青ピが第六位のよくある話 (更識 連歌)
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木原の異端

諸々修正しましたので、初投稿です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラと見える電光掲示板には時刻が午後四時を過ぎていることを示していた。あたりには放課帰りの学生がチラホラどころではなく、学生しかいないのは言うまでもなく当たり前の光景。そう学園都市である。

 

「ほなら、お二人さん、また明日〜」

 

 学生鞄を肩に掲げ直し、級友と別れを告げる三大テノールもビックリな低音ボイス。次第に離れていくにゃーにゃー金髪サングラスと上から性善ウニ頭を見送りながら自分もまた住処に帰るのだった。

 ――歩きながら、大して変わらない表情が口を開く。

 

「しっかしまあ、あの二人も最近は学校まともに来とらんし、なんや、えらいつまらんようになったなぁ……」

 

 自身の異名の象徴でもある、耳たぶにあるピアスを空いた手でさすりながらそんなことをいう彼は、百八十cmを優に越える身長と程よくついた筋肉を、女性の守備範囲の広さに於いては追随を許さない包容力を持つ持ち主だが、抜群に女運がない、そんな彼。名前は誰が呼んだか青髪ピアス。

 意外と落ち着きがいいその名の広まりも本人にとっては都合の良い者だった。

 

「三人揃っての三馬鹿(デルタフォース)やっつーのに……。出欠とるときの小萌センセの泣きそうな顔見てるのもこっちは結構シンドいねんで、アホンダラ」

 

 顔を突き合わせれば、そんなことを言う気にもなれない。結局はまた何時ものように、くだらない会話で笑いあってしまう。

 淡々と湧いて出て来る恨み節は、そんな調子のいい自分をどこか自嘲するようにも聞こえた。

 

「……ま、アイツらの『日常』でいるためには、いくら嘆いてもしょうのないことやな」

 

 そんな彼の姿に周囲の学生は珍妙な顔を浮かべては振り向く。しかし、決して彼の直前の言葉が意味ありげに聞こえたからではない。

 

「おっ、これはもしやモテ期到来ってやつかいな……」

 

 行き交う人々全ての注目を受ける本人はさして気にすることなく、ふざけたフリをしながら続ける。彼のふざけた通り、彼の容姿や言葉の端々に周囲がざわついているのではないと彼自身も当然理解してのことだった。元来の、または普段のものが通じたのかはわからないが、往々にして変人加減が通じたことで幾らか注目は薄れていた。

 

『……おい青髪。また『公衆電話』か? 心臓に悪いから止めろって言ってるだろうが。毎度毎度言ってるから慣れたけど』

 

 彼は、虚空を掴み取り、何も無い空間に耳を当てていた。見る人にとっては、その人の癖だと思われるだろうし、パントマイムのようにも思われるその行動は、彼にとっては意味を持つ行動になる。

 

「感謝して〜よ、こっちはわざわざ足がつかんように配慮したってんのに……つーてもGさん――」

 

『――恋する乙女に向かって爺さんとはなんだお前!! その配慮は有難いが、私は老けてないし、ましてや男扱いはどうなんだ男扱いはァ!!』

 

 ふんす、と鼻息の荒さがモロに聞こえる奴に女性らしさをどうのこうと言われたくは無いが、これ以上揶揄うとにゃーにゃーサングラスの心労に負担が掛かるだろうと思い、なんとか彼はとどまった。

 なんせ件のシスコンは人身御供で電話越しの女の座椅子だ。言い換えれば、四つん這椅子とも取れる。あの恵まれた身体に座られることを考えると青髪としては全然ご褒美なのだが、アロハの友人としてはそれはまた違うのだろう。

 

「……いやいや、アンタの妹さんが言ってたことやから。それにジジイのことやのーて、ご自慢のカップ数の話をしてるわけで、ね?」

 

『ね、で済まされんぞセクハラだ。というか、まだあのバカ妹はそんなことを言ってるのか……』

 

「持つものと持たざるものとでは、巨大で強大な姉妹(きょうだい)の軋轢なんやろうね〜」

 

『気にする必要はないとあれほど言ってるのに……まああれはあれで可愛いけど』

 

「…………」

 

『どうした青髪?』

 

「おお、分かったんやな……無我の境地が。ない事に悩み、ない事に葛藤する。その姿が萌えるねんな、ようこそこちらへ」

 

『いいや断固拒否する絶対にだ! 妹の為なら片目を失っても構わないけど、お前と同類にだけは扱われたくない。ああ……言いたいことは理解できるけど』

 

「まったく、素直じゃないねぇ〜。そういうとこ見せれば妹さんとも仲良くなれるっていう話やないか、セッちゃん」

 

『ぐぬぬ、何も言い返せないのが痛いところだな』

 

 これでも具積のブレインなんだが、と悔しげな声が青髪の気持ちを昂らせる。先ほどから話している声の主は雲川芹亜(くもかわせりあ)。裏では統括理事の一人、貝積継敏(かいづみつぐとし)のブレインを務める、こと話術にかけては右に出るものはいない天才少女。青髪にとっての直接的な繋がりといえば一応学校の先輩に当たる人物であった。

 だが、そんな天才少女も青髪にとってはただのシスコン拗らせお姉ちゃんである。そして今、彼女のステータスとシチュエーションにより、青髪的には最高のオカズが完成していた。幾ら二重スパイを出し抜き撃破する実力があったとしても、変態の前に話術は通じないのだ。

 

『というか、音量調節機能はないのかコレ……、鼓膜が痛いっていうほどではないが、爆音すぎて疲れるんだけど』

 

 電話越しの彼女もまた、実際電話などでやり取りはしていない。

 仕組みは複雑だが、今こうして話せているのも()()()()()()()()()であった。お互いが遠隔地に離れていても一度言葉を発せば、耳小骨に糸電話的に振動が伝わるというもの。

 

「まま、情報秘匿性に関しては天下の第六位様お墨付きなんやし許して」

 

『……なんだか、お前と関わっていると自分が心理に関してのエキスパートだということを忘れるよ。……正直、お前に興味があるわけでも無いしどうでもいいけど」

 

「うわぁ……なんか、嫌いやキモいより、興味ないっていうのが一番傷つくんやけど……」

 

 ま、そんな態度もカワイイんやけどな、と言ったことを全く気にしていない素振りで電話口では振舞っていた。はたから見れば軽薄な男性にしか見えないが、心うちでは何を考えているのか分からない。そんな印象を人々に抱かせるのだろう。

 

『ったく、いきなり何を……もう知らん! お前には付き合いきれん』

 

「……はぁ、カミやんにもその初心なとこ見せればギャップ萌えで一発やっていうのに……つくづく難儀な性格しとんのなアンタ」

 

 学校での彼女とウニ頭との寸劇を見させられる身にもなってほしい。いつもあの三馬鹿でモテない談義をしてぎゃあぎゃあと騒いでいる青髪であったが、誰がいち早く『チキンレースに負ける(脱童貞)』か、誰が誰と付き合おうがそれさえも別にどうでもいいことではある。だが、知り合いの恋愛(未満)模様を間近で見た後に、ラブコメ漫画を見ながら食うメシはマズい。どんな感じかというと、漫画のワンシーンを見て、現実にアイツが引き起こした同じシチュエーションがフラッシュバックされると言えばわかりやすいだろうか……折角、主人公やヒロインに感情移入していたところに、突如としてウニ頭の顔が連想されるのだ。こちらとしてはたまったものではない。くっつくなら誰でもいいからさっさとあのフラグ野郎とくっついてくれというのが、青髪の本望だ。

 

『……ゴホン、さて世間話はやめにしよう。いいな、これから私を一切からかうな』

 

「なんか、すんませんわ雲川センパイ。特になんも考えてないすけどね」

 

『余計にタチが悪い。妹もそうやって誑かすんだろう……、どうせ?』

 

「んなアホを言うて……」

 

『だって、そうだろう?』

 

「……………」

 

 これには本当に困ってしまう。青髮には、誰とどう接してもそんな桃色イベントは起きない。本人がそれを自覚しているから、尚更話題を返すのが難しい。

 

「おい芹亜……頼むからそれだけは言わないでくれ……や」

 

 お得意の胡散臭さ満載のキャラではいられない。それはその話題が青髮にとってどんなものかを明確に表す。

 自分にとっては恋は眺めるもの。

 青髮という存在は、どう足掻いても傍観者から当事者になるのは叶わないのだ。

 

「……確かに、あの子はまだ加群センセのことを好きや。死んだ人間が帰ってくるわけでもない。叶わない恋になってしまったし、女として幸せに暮らして生きるんならいつかはそりゃ諦めなアカン」

 

 雲川芹亜の妹、雲川鞠亜(くもかわまりあ)は恩師である木原加群(きはらかぐん)に恩以上のモノを抱いていた。彼は彼女のそんな想いに一番早く気付いた人間でもあった。同じ環境で彼に惹かれていった者同士として、そんな彼女が好きになった。

 だから、彼女の今まで温めてきた想いを踏みにじられるのには黙っていられない。

 

 ただな、と吐き捨てるように叫ぶと、それだけ周囲の人がざわついてしまった。

 

 飲食店のキャッチーが迷惑ですから、と告げるが彼には止まれない。片手で謝意を適当に表してあしらう。それに別段止まっている理由もないので足を進める。

 

「あの子はそれだけ加群センセのことが好きやったんや……、どうしようもない恋心を向ける相手がいなくなっても、好きっていう気持ちが溢れてくんねん。でも好きと思う度に、残酷なその現実が訪れてくる。いくら泣いても好きな人に慰めてもらえへん、抱きしめてももらえへん。独りぼっちで耐えなアカンねや」

 

『…………』

 

「……芹亜。お前はそんな妹を見てて辛いのかもしれないけどな。せめて、お前だけはあの子の恋心を認めてやってくれ。好きでいるのも結構、諦めて前を向くのも結構。どちらにしろ、本当に辛くて、その辛さに向き合うのは鞠亜自身なんだからさ」

 

『分かっているけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()辛さは……』

 

「そうか……、せやな、それはセンパイが一番感じてることか。ボク、てぇ〜きり忘れとったわ」

 

『とにかく、電子のデータ類はそっちに送っておいた。『木原』がいなくなるのはこっちとしても動きやすくなるけど』

 

「……サンキュ、()()()()()()()助かるわ、いつもおおきに」

 

『ありがとうの意味を二回込めるのか……まったく、なんでこんな難儀なことやってんだかお前は……』

 

「まあ、先生との『約束』やな。ただそれだけやで。『復讐』っていうには何もそこまで考えてないし」

 

『ったく、施設内に予め細工を仕掛けなくてもいいのか?』

 

「へーきへーき、ボクにとってこの街は『庭』やからな。試さなくても、センパイの真っ赤なパンティも視えとんねんから安心しいや」

 

『っちょま、お前、()()!!ふざけんなコロ――』

 

 掛けていた手を離し、繋がっていたモノを切る。何やら物騒な単語が聞こえたような気がしないでもないが、もう終わったことだ。

 だからニガテなんやセンパイは、笑みを浮かべながら青髮は呟いた。

 

「ホンマ、気付いたらすーぐ女の子を好きになってしまう。哀れな男やで、ボクは……」

 

 ラブコメ漫画に出てくる主人公の友人二枚目ポジ特有の台詞を吐きながら、憂いた表情とともに、前に手を差し出す。この手を掴む者がいれば、ボクは二度と離れることはないのに……ああ。

 

「これがフラグを建てたっちゅうことか……」

 

 近くで空気を裂く鋭い音がする。不覚をとったわけではない。ただ、こういうタイミングでいつも彼女は来るなと、青髮はため息をはいてしまった。

 

「まーったく、大声で芝居の練習をしている殿方がいると通報を受けて来てみれば、また貴方ですの? こっちも暇じゃないんですから、大人しくしててくださいまし」

 

 チミっこい身体で両手を腰に当てている姿は、ロリという時限文化遺産を理解する青髮に堪えるものがあった。可愛いという表現の爆弾はまさに彼女に送られるものだろう。ああ、どうにもむず痒い。というか、ダミ声ロリツインテお嬢様ちっぱい、などという一目見ただけで属性の塊(加えて、見えないところでは心酔系後輩百合というものもある)であると分かる彼女にどう接したらいいのか戸惑ってしまうというのが、本音である。あれ、このむず痒さは……もしかしてこれって、恋?

 

「黒子ちゃん……今日も可愛いね。滾る気持ちを君に伝えとーて、愛の台詞を練習しとったんや。そしたら君が来てくれた。もう、これ運命ちゃう?」

 

「はいはい、そんなクッサいセリフ、チューバみたいな声で言われても身体に響くだけですわ。それと運命ではなく通報ですから、んたく、悪いお方なら即座に蹴りをいれられるのに、やけにそこら辺しっかりしてるから対処しづらいんですのよね……」

 

 とにかく御同行願いますの、と手を掴む仕草が一々可愛い。

 ってあーあ、手を掴まれてしまった。ボクはこの人と一生を添い遂げることになるんやな……いやいやメッチャタイプ。ありがとう神様!!

 

「いやー、そないなこと言われると照れてまうからやめて〜や。うーん、ゴメンな黒子ちゃん、じっくりお説教されたいのは山々なんやけど、今日はしなアカンことがあんねんな。ホンマにゴメンな――」

 

 掴まれた手を軸にして彼女を抱き寄せる青髮。字面にすれば中々変態的な行動だが実際にもそう見えるのは彼の成せる技と言える。

 

「ななな、一体何ですの!?貴方案外身体おっきいですわねって、あれぇ、身体が動きませんの〜。ちょ、貴方お待ちなさい!! 一体私に何をしましたの!?」

 

「いや男に掴まれたっていうならぶん殴ってるけど、黒子ちゃんやからな。嫁入り前の身体に下手に傷はつけられんっていうだけなんや。お願い許して。二、三分もすれば身体の硬直も取れるやろうし……あ! それも暴漢が出てきたら危ないわな……そこの女の子!! そこのお姉ちゃんが動けるようになるまで、そこに居たってくれへんか?頼む五千円あげるわ!」

 

 通りすがろうとしていた女子小学生を捕まえ、五千円札を握らす青髮の男。今まで実力を行使するまでもなく神妙にお縄についていたばかりに、能力でなす術なく敗北するとは思ってもみなかった。その事実が悔しい。あまりにも適当な説明で理解できない力に、彼女、白井黒子は呆然とするしかなかった。それに相手にも気を使われた。たった二、三分身動きが出来ないだけで何かが起こるでもないのに、自分は淑女としての扱いを受けた。堪らない悔しさとともに、湧き上がって来る何か別の感情がある。

 

「だ、大丈夫ですか?流れで貰っちゃったけど、ジャッジメントさんどうしたらいいですか?」

 

 小学生に守られる中学生の図。ああ、お姉さまのパートナーとして情けないと彼女は泣きそうな気持ちにもなっていた。しかし、風紀委員(ジャッジメント)としての態度は常日頃持ち合わせなければいけない。年下の彼女を不安にさせないように……いや待て、暴漢にって小学生にそんなこと頼むのはおかしくないのかあの青髮。まあ咄嗟の判断だろうことは分かるけれども、腑に落ちない。

 

「今の私がいうのも格好悪いですけど……ですが、それがこの労働に見合う対価だっていうのなら、素直に貰っておきなさいな。その五千円でお菓子でも買えばあの人も喜びますわ」

 

 首から上だけが動くことだけにも、屈辱感を感じてしまう。

 その気になれば、自分を殺せる力を操れるということを実感してしまうから。

 

「お姉様が類人猿……あのお方を追いかけるのも今ならなんだか分かる気がしますの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈んでいく、この世界で一番赤く染まり上がる時間。

 そんな莫大な天気というものを否定するかのように青い髪をした男がそこに立っていた。

 彼もまた、莫大な数の『何か』を否定するために今生きている。

 

「さーて、横チン。今から三分でこの中のヤツら片付けて来るから、『藍花悦』の見守りだけはよーく見るよう頼んだで」

 

『(いきなり連れて来られた部屋だがなんだよコレ。その倉庫みたいなトコで何やるのかも聞かされてねぇし。つーか数千もあるモニターで学園都市全域を監視してるのか……おっかねぇな第六位)』

 

 その声に応えるように、彼の耳には、小さく気弱な声でハイとだけ聞こえる。それを確認したのか、青髮はまるで陸上の競技選手のように自身の身体の念入りなチェックをし始めた。

 

『あの、青髮さん。今更なんすけど、なんで第六位の名前の貸し与えなんかやってんすか……裏でこんなことやってんなら、こういうことで目立てばいいでしょうが。そっちの方がゼッテー泊がつくと思うんすけど』

 

 チェックを続けながら青髮は応える。

 

「甘いなー横チン。甘々やで、たこ焼きのソースより甘いまである」

 

『そ、そうスか、てか横チンっていうのやめて下さいよ。アレみたいでなんか嫌っす』

 

「エエやんかわええやんけ、どうせお前みたいな粋がってるヤツってちっこいんやろ。あ、そーや今日から一文字減らして粗チンにしたろか」

 

『ああ、イイっす。自分が悪かったす。横チンでイイすよ。横鎮みたいでイイすね。……そう、発音に悪意がなければ』

 

 悪意はある。痕跡を今まで残すことのなかった自分を追い詰めただけあって対応はそれなりに酷いものだとは思ってるつもりだ。半ば自己嫌悪を横須賀にそのままぶつけてるようだが、彼に言うのはまた酷なことだろう。

 

 ……まあ、そうやな、と横須賀の先ほどの問いに青髮は感慨深く頷き

 

「『藍花悦』っていうのは一種のブランドもんや。グッチとかロレックスにトヨタとか、言わずと知れた老舗の技がなす熟成品。昨今ブランドの意味を高級品やらと履き違えてるヤツがおるけど、ブランドっていうのはな、本来は信頼出来るモンっていう意味を持ってんねん。分かるか?」

 

『まあ壊れにくかったり、修理もメーカーに出すだけでカンタンすね』

 

「そうや。ブランドっちゅうもんはそういう容易なことでは揺るがん安心感っていうもんが存在するんやな」

 

 これから派手に動くっちゅうのに学ラン着てきてしまったけど大丈夫やろか、と少し心配にも陥る青髮だが、これも横須賀に見せるためのいわば例示の仕草であった。

 横須賀は今、()()()()()()()()()()()位置にいる。そこを貸し与えた自分だから分かる。横須賀には自分のことがはっきりと見えているだろう。

 

「この学ランも学園都市が誇る技術を詰め込んで、モノによっては銃弾さえ通させへんとかのたまってるみたいやけど。幾ら学園都市に住んでるボクらでもいうたかて、そんなんアテにせいとは言われへんやろ。特に外の世界なら尚更のコト」

 

『実際に戦争に巻き込まれて、街を一回放棄せざるを得なかった。それに一時期イギリスまで乗っ取るなんて、そんなトコの技術なんかアテにならないっすよね……』

 

「そやそうや、そういうことやの三段活用。そうや、そんな危ないこの街の技術なんて例え見栄えが良かろうが壊れにくくても、ブランドもんになんかなりえへん。内実を知らん人になんか、この手のもんを簡易自殺キットとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()機能がついとるとか、有る事無い事考えてまうねんな。特に、今なんかこの街は目も当てられへん……自分の住んでる街にさえ不安を抱いてる子もおる」

 

 終始糸目の彼だが、彼には周りのことがどのようにでも見える。自分の存在さえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の視点で見ることもできる。人はどんなに頑張っても自分の頚椎を見ることは出来ないというが、彼にはそれが分からない。彼には自分のそれが見えるのは当然の事象でしかないことなので、疑問のタネにすらなり得ない。

 

「ボクはな、そういう何もかも信用することが出来へん子達の希望として『藍花悦』を貸し与えてんねや。その希望に縋ってまで安心感を得て何かを成し遂げようとする子達の頑張りの結果、『藍花悦』もまた、ブランドとして確固たる地位を築き上げる。其処には超能力者としての強さは関係ない、希望の象徴……誰もがなれる『ヒーロー』としての可能性だけが其処には存在すんねや」

 

 青髮にとっては、それが自分の能力の信頼出来るところ……ブランドの一つだ。だが反対に自分の藍花悦としての名前に恩恵を感じたことは一切ない。今言った言葉を否定している『藍花悦』本人だったが、それを知るものは誰一人としていないのだから『藍花悦』のブランドが落ちることはない。

 

「ボクはオッチャンらに自分の眼ん玉あげたんや、だから『藍花悦』語って『ヒーロー』になれんくてもこんくらいの見返りはあって当然やろ?」

 

 青髮の前に佇むものは、一見して錆び付いた造船所。トタンの屋根には苔が生え、外壁となっている鉄はもはや錆び付く島もないといったところ。この造船所が今回の『木原』の根城。一人足りとも生かしておくことが出来ない、一族の端くれ。

 カモフラージュのための塗装だろうか、わざとそうさせるには立派な技術が使われている……だが彼の眼にはそれがハゲたメッキのようによく映ってしまう。

 

「甘いな……、ホンマに、こんなようじゃ、加群センセにも見つけられてまうで」

 

『……?』

 

「――ほな、いこか。大丈夫、説明は続けたる」

 

 首をもみ、ローファーのつま先を地面に三回。それが、先生との『約束』を始めるためのルーティンワークとなる。おふざけ禁止のゲッシュにもなり得る。

 

「手抜かれへんからな、――さっさと行くで」

 

 彼が今いるのは敷地外、埠頭を介して、湖を越えた四km先にその工場がある。不用意に近づけば、センサーが反応し、防衛機構が働くだろう。だが、大した距離じゃない。脚に力を入れれば、遠そうな距離でも一気に詰めれる。

 そう意識した途端、身体は勝手に動いてしまった。武者震いがあるなら武者震って四km先の鉄板に突っ込んでしまうこともあるだろう。

 爆発音が鳴り響く、青髮と鋼鉄の扉とが互いにぶつかり合って生まれた音は、付近にいたものの意識を失うほどのものだった。倒れた研究者の耳と口からは血栓がなくなったかのように血が流れ出てきた。

 

「……あらま〜鼓膜どころか、脳味噌シェイクしてもうたか……」

 

 まあ、ええか、と呟き先を進む青髮。

 研究所というものは大概道が入り組んでいる。だから青髮は自身の目だけでなく、図面としての地図も事前に頭に入れ込んでいた。効率良く徹底的に潰すために。

 しかしまあ。メンドくさい。もっと効率良く建物を潰す人間がいるのを知っているために青髮はやる気になれなかった。触っただけで全ての物質がどろりと溶けていくような攻撃をする人間を青髮は知っていた。

 

「……案外脆そうやな。ちょうど良い武器もあるし、地均しにはちょうどええやろ」

 

 自身が突っ込んできた鋼鉄の扉を持ち上げ、それを右から左にふるう。高さは造船所を模様しただけあって高い。三〇メートルはあるだろうが、所詮青髮からしてみれば道具のサイズに収まっている。

 

「――っく、だからボクはなぁ!! 自分で!! 動くのがメンドくさいんやぁ!! 他の超能力者の奴なら一瞬で終わっとることも!! ボクだと中々終わらんからなぁ〜」

 

 一連の流れを追ってみても同じ超能力者の面々なら同じ程度の災害を軽々と起こしてやってのけるだろう。手段は違えど、直接的に動かなければ正確性と破壊力が出ないのが第六位『藍花悦』の能力だ。

 

『……それ、マジで言ってます?もう半分は潰れてますよ』

 

 今まで沈黙を貫いていた、正しくは息を飲んでいた横須賀だったが、時計を見れば、先ほど会話していた時から一分も経っていない。彼は自分はまるで超能力者の中でも出来損ないだというように振る舞うが、その造船所は半分が既に更地となっていた。彼の自己評価が低いのか、周りが彼の評価通りの超能力を操っているということなのかは分からない。

 けれども横須賀はその惨劇を見て思った。

 

『(……オレ六位に喧嘩ふっかけた時、もしかしてあの時チョー手加減されてたァ!!?勢い余って挑んだは良いけど、これ見たらもうムリ!!つうか、あの時削板に何回も挑んでたオレ命知らずだな!!意味ワカンねぇぇぇ……)』

 

 モニターから目を離してその恐ろしさに震える。三〇メートルもの鉄の塊を武器としてみなせるのか、どこの怪物だよと率直な感想が出てくる。そうやって目を離していた。ちゃんと見とけよと言っていたのは、青髮がこのような事態に陥った時、自分にこういうサポートを頼んでいたからではないのか。

 一瞬腑抜けていた。だからこそ気づけなかった。そのすぐ横にあるモニターには青髮の背後から忍び寄る研究者の姿が映っていたのだ。

 自分が想像している研究者とは違うと思ったのは、ソイツの持っている鎌があの超能力の命を本気で刈り取れるような形をしていたからだと思う。いやそれ以前に命を奪う事を厭わない表情をしていたことがもっともな原因なのだろう。

 

 ――とにかく、今危険を伝えなければ、あの超能力者の生命が終わる。

 

『――あ!! 青髮さん後――』

 

「――怖がるのは人間の本能やし構わんけど、ただ他人にはあんまし見せんほうがいいなぁ。寝首かかれるのはそういう奴やからな!!」

 

 瞬間、後ろの研究者がどこかに消えた。その代わりに血の噴流が上下左右に揺れ動くのが見える。目を疑う光景だった。

 横須賀には彼の能力が、身体操作系の能力で超能力者の座についているのだと思っていた、横須賀が青髮と対峙した時、一瞬にして決着がついてしまったから詳しくはわからないが、鳩尾に一発もらったことだけは理解できていた。かなりすごく早く動いてそんで殴られた。

 無能力者としてその程度の知識しかない横須賀にはそこまでの考察を出すことしか出来なかった。今の殲滅の様子を見ても、自身の身体能力をあげて全て目標を潰していたのだとしか思えない。

 

「横チン、ボクはな。例え誰かに隠し事されたとしても、なんや隠し事にならんくなってしまうねん。あー意味わかる?」

 

 喉元にナイフを突き立てられた。耳に響く言葉だけでそのような錯覚あるいは幻聴を起こしてしまい、横須賀は今朝食べたわずかな朝食を吐いてしまった。

 その姿を見てか、青髮はシャーないなぁ、とどこか呆れた口調で答えていた。横須賀は事なきを得た。しかし……青髮は?

 先ほど後ろから、この世のものとは思えない鎌を振りかざそうとしていた研究者は一体どう対処したのだ。

 彼の言葉は余裕綽々である。その言葉尻の軽さからただたんにあの研究者を軽くいなし、痛い目をあわす程度のものだろうなと踏んだものだから見誤った。

 崩れ落ちた体制から立て直そうと、横須賀が慌てて立ったその時、先ほどまで都市の様子がバラバラに映っていたモニター群には異様な光景が広がっていたのだ。

 

「今、キミが見ている映像のように、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 夕焼けに照らされて、雑多でいかにも即席だと分かる十字架に先ほどの研究者がボロボロになって磔にされていた。ボロボロといってもとても生易しいものではない、肉が削ぎ落とされ、骨が見える部分もあったり、注視すると指の骨は全て奇怪な形に曲がっている。彼の恐ろしさの片鱗を垣間見た気がした。

 

「ソレ――なんでやと思う?」

 

 

 今度は喉だけではなく身体中にありとあらゆる刃物が突き立てられている感覚に陥ってしまう。

 

滞空回線(アンダーライン)

 

『……あ、アンダーライン?』

 

 なんとか声を振り出し、盤上に立とうとする。何故自分がそんなに必死になるのかも分からないが、動物の本能的にしなければならないと思ったのだろう。画面越しにでも分かる青髮の薄ら寒い笑顔は、殺気に満ち溢れていた。

 

「上空も、ビルの中も、街の中心部にも路地裏にも、他人様の家にだって平気で入ってくるボクのめんたまのことや。因みにちっこちっこくて眼に見えんし、学園都市に()()()()はあるらしいで……」

 

『ご、五千万? わけワカンねぇ』

 

「そやろ〜わけ分からんで、テストのカンニングにも使えるし、見ようと思えば女の子のシャワーシーンも拝み放題。……まあ使わんけど」

 

 その青髮の能力の一端とでもいうのだろうか……先ほどの一瞬で舞台が既に大きく変わっている。数千を超えるモニター群の塊が一つとして、青髮と研究者の二人を映していたのだ。

 モニターとの親和性からか、まるでどこか世界規模のアーティストのライブビューイングに訪れているような……、夕焼けと十字架、鉄骨を折り紙のように曲げて作ったみたいな血塗られた即席のステージ。その異質で神秘的で猟奇的な光景は映画を観ている感覚にも似ている。

 

「……モチロン、キミのことも見えとったでぇ」

 

 パチンとこちらを見たまま青髮が指を鳴らすと、続いてポンという子気味良い音が辺りに響いて、研究者の()()()()()()()()

 横須賀には青髮の言う『キミ』というのが、自分を指しているのか、今の無残な研究者のことを指しているのかもはや判別もつかなくなっていた。腰が抜けそうになってデスクチェアに倒れこむ。

 

「これも勿論ボクの能力。さっきの滞空回線を密集させてあとはボーン。どこにでもあるから、横チンも射程に入っとるしな。ただまあ自分の眼やで、痛いねんこれが」

 

『……狂ってやがる』

 

「ああ、そうや狂っとる。今日は横チンにこれを見てもらいたくて呼んでんよ」

 

 猟奇的な事をしても笑っていられる。この腑抜けた糸目に対し半信半疑を貫いてきた横須賀だったが、その態度を改めなければならないと実感させられた。

 ――ああ、そうだ。『キミ』というのは学園都市に住んでいる人物全体の事を指す。青髮にとって――いや藍花悦にとって、この街にいる全ての存在は自分か自分以外の二極の存在なのだろう。例えそれが、徒党を組んだ暗部の集団でも、彼にとっては計画の段階から筒抜けになっている。性別名前住所通帳口座家族構成友達隣人電話で話した内容も昨日食べた夕飯も、糸目を開けることもないまま、奴らを見透かしてしまうんだろう。

 

『あああアンタに逆らったら最後、逃げ場なんて用意しちゃくれねぇんだろうな』

 

「まあそう思うやろな……普通は。別にいつでも視てへんよ……安心しいな〜」

 

『……狂人の言ってることは信用ならねぇな』

 

 

ボクそんなに人格破綻してる方ちゃうねんけどな、横須賀の怯えた声に反応して困った顔をしながら青髮はそう告げる。

 

「見とき、これはただの血肉祭(パレード)や。これから活動する上で、横チンにはボクが確かにこっち側の人間であることを証明する証人になってもらう。誰かさんらの為に『日常』でぬくぬく暮らしてんのも構わんけど、そろそろ独りぼっちは飽きてしもうてんボク」

 

「……あ、やや、めてくれ」

 

 さて、と青髮が腰を上げた時、磔にされた研究者はこれから訪れる末路に恐怖し、青髮に懇願してきた、生きたいと。今まで勝機を狙っていただけに、口を開くのは決まって死ぬ時なのだろうかこの『木原』という一族は。

 恩師の顔を思いながら、青髮はその研究者を見つめる。

 

「惨めだな……、人の命を無理矢理正当化して弄ぶお前達が最後には自分の死が受け入れられないでみっともなく助けてくれなんて、所詮お前は『木原』の中でも『木原』になりきれない奴にすぎないのか」

 

 青髮ピアスとして『木原』を潰すわけじゃない。

 ましてや藍花悦として能力を振るうわけでもない。

『木原加群の復讐』、としてここにいる今、いつもの似非関西弁で空気を濁すようなことは必要ない。これが青髮ピアスの本来の喋り方であり、口調は自然と平坦で殺伐としたものになってしまう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「……そう、だよ。僕は落ちこぼれだ」

 

 青髮の眼を真っ直ぐに見て、そう啖呵を切った『木原』の青年。

 身体で既に至る所の肉が削ぎ落とされ、右脚に至っては爆散して見る影もない。それでも強い意志を瞳に込めて、磔にされた彼は青髮を見下げている。

 

「はぁはぁ……僕を殺しに来たんだろう『ブラッディルーマー』一族の中でも話題になって来ているよ。()()()()()()()()()()()()()()()()人間が出て来たってね」

 

「相変わらず閉塞的な社会だな、情報が回るのが早いわけだ……」

 

「『木原』の最果てにいる僕でも回って来たんだ。君に対する対処法も既に構築されつつあるんだろうね。アイツらはそういうやつだ。自分の研究のためなら周りを巻き込むのも辞さない……」

 

『木原』の青年はそれだけ言うと、クソ一族が、と言って血が混じった唾を吐き捨てた。そんな表情に糸目を崩すことなく青髮は無言を貫く。

 

「なんだよお前、んんだよその眼は! いつもいつもそんな諦めたような眼で僕を見やがって、きっと運命がそうさせるんだろう。俺には時間がないんだろう! だけど僕は抗ってやるんだ。『木原』の運命に」

 

『木原』を葬って来て大分慣れてきた頃合いだと感じていた。

 加群先生との『約束』を果たすために、自分はいま『木原』を滅ぼそうとしている。個人的な復讐ではなく、自分の行動はあくまで代理だ。ただ『約束』を果たすだけなら『木原』の青年が話していることに耳を傾ける必要もない。だが、青髮にはこの青年に有無を言わさずいますぐに処断を行うという決断も出来ないでいた。

 

「そうさ、僕は『木原』の中ではありえない大馬鹿ものだよ。生きたい理由がある。()()()()()()()()()()()()()理由があるんだ」

 

 取り憑かれたような目をしている彼を見て、青髮はただゆっくりと能力を行使する準備に入った。もうアカンなコイツと……そんな冷めた気持ちで見ていた。彼の一挙一動が激しければ、青髮は揺り動かされていたかもしれない。

 

『青髮さん……本当にやっちまうのか……。コイツオレよりもよっぽどガキだぜ?オレも大概だが……これに手を出したらきっと、アンタは外道に落ちることになるぞ』

 

 予期していなかった耳小骨の震えに、面食らった表情をしてしまう青髮。どうやら集中していて、滞空回線へのアクセスを無意識にシャットダウンしていたらしい。

 

「横チンおったんや……てっきり逃げ出したかと思たで……」

 

『オレも男だぜ。ましてや体格はアンタよりもデカい。そんな奴が逃げ出してちゃ、カーチャンに顔向け出来ねぇっつうの』

 

「そーかいな……それは立派なこった」

 

 小物の中の小物、青髮の横須賀に対する評価はそんなものだった。第六位の存在に接触できたことこそ奇跡だが、おしなべて見ても彼の脅威性は高くなり得ない。『藍花悦』の正体を知っていても、それを理由に彼を脅すつもりもサラサラないし、横須賀が勝手に逃げても見逃すつもりでいた。正直な話、横須賀がここまで律儀に命令に従ってくれるのは青髮としても驚くべきことだった。

 

 そういえば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とそんな悠長なことを考えてしまう。

 

(ホントに、どいつもこいつも立派なもん抱えとんな……)

 

 彼には生きねばならない理由がある。そして実験を終わらせなければならない理由もある。彼自身が『木原』を恨む理由も()()()()()

 しかし、()()()()()()()()()()。彼が『木原』を捨てて生きる道を選ぶ覚悟というものが。少なくとも、青髮は()()()()()()()()()()()()()()の存在を知っている。『木原』が関わることが無ければ、きっと()()()()()()()()()()()()を知っている。()()()()()()()()()()を知っている。彼にも『木原』が捨てられていたならば、自分はそれに助力を惜しまなかっただろうに……。

 

 なあ、と最後の最後にして青年は憑き物の取れたような顔をして笑っていた。まるで、その『運命』からも逃れるように。

 

「遺言つっても、届けられる自信はないで」

 

「別にそれでもいい……ただこれは僕の贖罪でもある。殺すならせめて実験を終わらせてからにしてほしかったが……『ルーマー』、僕の変わりに彼女を救ってやってくれないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()だということに気付いていたら……僕は実験なんていう道を選ぶことはなかったかもな……」

 

 なんや、出来るやん……。加群センセ、すまんけど、アンタとの『約束』ちょっと変更させてもらう事にするわ。

 

「そうやな……なら()()()()()()()()()()()()

 

 直後、磔にされた青年の胸に血の杭が打たれ、『木原』の青年は確かに絶命した。

 

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 

 

 

 ゆらゆらと何かに揺られている。

 小さい時はお母さんに抱っこされて揺らされるのが好きだった。

 誰かに身を委ねるのは本質的に好きなんだと思う。決して自分一人で生きているわけではないと実感できることが好きで、それをお母さんに伝えたら、よく変な子なんて言われもした。

 幸せな頃の記憶。全部そんな『木原』のカケラも感じられない生活しか断片的に取れない。

 僕にとって幸せってなんだろう。確かにその記憶も幸せの象徴ではあるけど、そのような記憶が幸せなものだったなと感じられるあの日々は、実際僕の幸せな記憶という位置に記憶されているものの中では一割にも満たないものだ。

 大事な幸せの記憶ではもっと僕は求めていた。幸せのためならなんでも、自分さえ投げ出す覚悟でいた。でもそれがなんの幸せなのか分からない。

 朧げに覚えているのは僕の手を取ってくれたのはあの時の僕と同じような小さい手だったこと。そして一緒に遊ぼうって誘ってくれる()()()()()()()()()()()()()だった。

 その子と日々を重ねていくごとに幸せで心を満たされて、僕の在り方はガラッと変わったのだと思う。

 

 そう、あの子と僕の関係は実験体と研究者という立場だった。

 それなのに、お互いがお互いを認めて恋仲と呼ばれるものになってしまった。

 それは『木原』の中ではありえない、禁忌とされていた。

 

 そして一族の中でも見放されるようになった僕は当時、その境遇に焦りを感じて過ちを犯してしまった。

 

 彼女を壊し、僕も本格的に()()()()()()()()()をする事になったのだ。

 

 それからというものの、一度やってしまった過ちをやり直そうとするために僕はどんどん『木原』へと近づいていった。本質的には『木原』へと近づいていく僕だったが、目的は『木原』のそれとは大分違うものとなっていった。

 僕が一族の変わり者と呼ばれるようになるのも時間の問題だった。

 

 そうしていつしか、彼女を取り戻そうと願うより、実験を重ねる事にファクターを置いてしまうようになってしまった。

 僕は幸せとはなんなのか見失ってしまった。彼女のためならなんでもする覚悟だったが、結局は『木原』という自分を捨てきれないで、この地獄まで彼女を付き合わせてしまった。

 

 光のような白い靄で目の前が霞む。その時僕は信じられないことに体を固まらせてしまった。

 

「……そんなコトないよっ! ソーくん。私も好きでソーくんと一緒にいたんだよ」

 

 今まで、何度も何度も目を覚ましてほしかった女の子が目の前にいた。気付いたらこんなところにいる。最後に覚えているのは血の噴流奔流濁流が固まって自分の胸に突き刺さったことだけ。ここはきっと死後の世界で、僕が見てる彼女は幻影なのだろう。

 それでも、会いたかった……。目を開けた彼女に。

 

「あ、あかりちゃん……いや、でも僕は君を傷付けた。何度何度も僕の身勝手な行動に巻き込んだんだ。僕は君の幸せを奪ってしまった」

 

「ソーくん……」

 

 お願いだから、そんな寂しそうな顔をしないでほしい。最後なんだから笑顔くらい見せてくれたっていいじゃないか。

 

「もー!! ソーくんのバカー!!」

 

「え!?ちょ待ってぇ!!」

 

 お腹に途轍もない衝撃が走り、グルンとそのまま地に倒れ伏せてしまう。彼女が思いっきりクリーンタックルしてきたのだ。君、どこでそんな技習ったの。

 

「そうやって、いっつもいっつもアホみたいに悩むんだから〜。アナタそれでも研究者なの?」

 

「ち、近いよあかりちゃん」

 

 共に白い空間に横たわる僕達。久しぶりに見る彼女の顔は綺麗で、プンスカ頬を膨らませてるけどとてもかわいかった。そうじゃない。いけない僕はこれからお別れを言わなきゃいけないんだ。

 

「あかりちゃん……笑ってくれよ。結局僕は君を助けることが出来なかった。君が僕の見る幻だっていうんなら、僕のお願いゴトを聞いてくれ。そしたら僕は君にお別れが出来るんだ」

 

「…………」

 

「あ、あかりちゃん? なんで笑ってくれないんだ。それどころかむしろ怒ってる?」

 

 僕の願いを聞き入れないスタンスなのか、僕の言葉を聞いてますます不機嫌になっていく彼女。な、なんだか不安になってくる……。

 

「怒ってるよ!! なによ、久しぶりにあってマボロシなんて、ソーくんそんな酷いこと言うんだもん。それにお別れってなーに!? 勝手に泣いて、勝手に悩んで、最後は勝手に消えるですって!? ソーくんはワタシをなんだと思ってるの?? ワタシはアナタにとって都合の良いお人形さんかなにか!? そんなコト言っちゃうくらいにワタシのこともう信じらんないの……ソーくんは?」

 

「そ、そんなわけないじゃないか!! 人形なんて、そんなこと」

 

 研究者と実験体。僕は本来『木原』なら、彼女を人形のように扱わなければいけなかった。口癖は実験動物、目的に辿り着く際には例え被験者を壊しても構わない。それが綺麗な目的のためなら多少の犠牲は必要だと見限らなければいけない。

 それが『木原』の在り方、褒められるべき『木原』というものだ。

 

 だが、僕にはそれが出来なかった。彼女の善性に僕は惹かれていった。彼女の全てが僕の全てだった。

 

「あかりちゃんは、僕の大切な恋人だ。隣に並んで歩きたい大切な人だ!! 人形なんかじゃ、決してない!!」

 

 そんな彼女を人形扱い出来るわけがない。彼女は僕の何よりも大事な人で、何よりも大事なパートナーなんだ。

 

 手を伸ばして彼女の身体を掴む。

 

「ほらね、マボロシなんかじゃない。ワタシ、ソーくんが暖かいって感じるもの。ソーくんもそうでしょ?」

 

「そう……だね。こんなにあったかいのに幻なわけないや。……ありがとう、あかりちゃん……こんな簡単なことに気付かせてくれて」

 

「うん……だって好きな人だもん。これからも隣で支えなきゃいけないんだから、これくらい出来てトーゼンでしょ、ねっ!!」

 

 そう言った彼女の笑顔は眩しくて、あの日見た笑顔とは比べものにならないものだった。

 

 僕は彼女を優しく抱きしめた。この手で二度と離さないように。

 

 

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーんてコトをしとるんやろうなぁ、このバカップルどもは!! ペッ」

 

 開発途上の胸の膨らみを背に受けている分、幾らか気分はマシに思えるのだが、日頃溜まった怨嗟が唾に込められたのだろう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを見て、そんなコトありえねぇからと、隣で言っている横須賀もすっかり青髮の異常性に慣れたものだった。もとい、そのデカイ図体で『青髮さん』というキモチ悪い呼び方をしなくなっていた。

 

「やっぱ、テメェにはそういう三枚目みたいなキャラが一番合ってるよ……」

 

「なーにを言うとんねん、横チン。さっきまでのボクもカッコよかったやろ? どうやってもかなわん魔王みたいで」

 

「カッコいいカッコわりぃの問題じゃねーよ。お茶の間が凍るわ!!」

 

 夕焼けに照らされて、川の土手沿いを歩く二人。二人ともそれぞれ、背中に若い男女を抱えて、夢の中で乳繰り合ってるだろう二人の邪魔をしないようにゆっくり歩いていた。

 

「しっかし、現場に向かえばもう跡形も無くなってるとか一体何やったんすか、想像するだけでも恐ろしいからあえて聞かねぇけど」

 

「あれはな「聞いてねぇけど!!」」

 

「それよりもの話だっつうの。コイツ、最後はバカでかい血の杭で胸を貫かれましたよね。結局助けるなら、一体なんであんなコトをしたんだか」

 

 あーそれなーと、あの時の残虐性を感じさせない声色で横須賀の素朴な疑問に青髮は淡々と語り出す。

 

「コイツは良くも悪くも『木原』の血を受け継ぐ、木原一族の一人なんや。その木原一族の説明を一からするのはちょっと時間掛かるから割愛するけど、要はこの『木原』の一族は呪われとんねん。目指す目的は綺麗で夢見る少年のような可愛さやねんけど、『実験に際し一切のブレーキを掛けず、実験体の限界を無視して壊すことが研究の第一歩』『壊さなければ限界の数値はわからない』という実験における過程の段階がぶっ飛んでんねん。それは最早呪いで、科学に関わっとたら否が応でも『木原』は出てくる。血族を死滅させても、ゴキブリのように湧いてくるんやろうなぁ」

 

 でも、と青髮は切り出す。

 

「偶にこういう奴がおんねん。『木原』に居って『木原』というステータスから逃れようとする哀れな奴が、その身に降りかかる『木原』の悪意を恐れて。でもな、幾ら逃れようとしても逃れられへん。どれだけ外部環境や科学に触れようとせずとも、『木原』の本質である『科学を悪用しなければならない』なんていう業をいつしか背負ってしまうんや。お前の背中に背負っとるソイツみたいにな」

 

 言われて横須賀は首だけを回して後ろを見る。コイツが恐ろしい一族で、今聞いた説明みたいなコトをやってのけたとはパッと聞いただけでは横須賀には思えなかった。だが、青髮のさっきまでの行動がそれを裏付けるならそうなのだろう。それを含めて、横須賀は問いかける

 

「このガキは、一体何をしたんすか?何が目的で、一体何をやっちまったんだ……」

 

「実験の失敗で恋人を夢から目覚めさせんようにしてまった。他人の夢に干渉するっていう能力を開発する目的でな……」

 

「そうっすか……」

 

 馬鹿でかい図体でも思うところがあるのか、青髮はそんな横須賀の姿がおかしくてブフっと笑ってしまった。横須賀はそんな青髮に、なんスカとジト目気味にな視線を送るが、やめーてやー男のジト目はいらんし、とだけ言うと。

 

「いやぁ、散々『木原』に取り憑かれて恋人を取り戻そうとしたみたいやけど、全部ボクが()()()()()()()()()()()()()()みたいやな、なぁー、眠り姫の灯火燈(ともしびあかり)ちゃん」

 

 恋愛泥棒やでボクは、と言った青髮の背中にはあの青年が守ろうとした大事な女の子がいた。そんな調子の良い青髮が気に入らないのか、それとも、恋人の頑張りを貶されたからか、後ろから応えるようにチョップが青髮の脳天に下された。

どうやら彼女は生理現象としての眠りを享受しているわけではなく、意識的に能力を使い、夢の世界へと干渉を行なっているらしい。

 

「いや、イタァッッ!! ……アハハ〜、仲良く夢見とんのかと思っとったら、ちゃーんとこっちにも聞き耳立てとる。逞しい女の子やな。実験も成功しとったんか……やるやんけコイツ」

 

 実験の内容も結果も雲川芹亜から送られてきたデータによって、理解していたが、奇跡というものはどうやらそのデータの中に記録されていなかったらしい。横須賀もそんな光景を見て、一つ思ったことがある。

 

「オレ、スキルアウトだっつーのになんでこんな正義の味方みたいなコトをしてんだよ!! ふざけんなぁ!!」

 

「エエやん、終わりよければなんとやら。正しいコトをするのは気持ちええでぇ。それに女の子が関わっとたらもう最高や」

 

 歩きながら、青髮はこれまでのコトを振り返る。

 木原加群との『約束』で今まで『木原』を潰してきたが、これからは自分の意思でその時々に対応を変えないかんなと。

 

「それで……本題に戻るけど、コイツを一度殺した理由は単純や。コイツの中にある『木原』の血を抜いて、ボクのもんと『入れ替え』る必要があってん。その中でカラダんなかにある様々な『木原』の残りカスをついでに潰していった。それにはコイツの『木原』を捨てる覚悟がいるんやけど、どうやらコイツは『木原』よりも()()()()大事らしい。脚を潰して弱音吐いたら殺してしまおうと思ったけど、そうはならずにちゃーんとこの子を助けるっていう意志が見られたから助けたった。ついでに眠りこけてるこの子もあっという間に治してやった。それだけのことや。ボクにとっては他人の身体を治すことはギャルゲーの女の子を落とすよりも簡単なことやねんから、これくらい朝飯前やで」

 

 それに、ハナからコイツは殺さんでおこうと思ってたしな、と青髮は軽い口調でそう言った。

 そして、()()()()()()()()()()に青髮は、その糸目を開き、真剣な眼差しで宣言する。

 

「エエか、横チン。ボクが『藍花悦』の名前を貸し与えてソイツらを『ヒーロー』にさす理由の裏には、こんな汚い理由があるんや。『藍花悦』が増えて表で活躍すれば、ボクは裏で『木原』の一族に悟られることなくソイツらを滅ぼすことが出来る。もちろん『藍花悦』の貸し与えが隠れ蓑になるからっておざなりにすることはない。ボクは『ヒーロー』として活躍する奴が好きやからな。

 

 そんなボクやけど、横チンはこのボクの戦い、手伝ってくれるかな?」

 

 学園都市全域を監視出来て、何かが起こったとしても、自身の能力で一瞬で駆けつける事が出来る。強敵が現れたとしても、彼の力の前には敵わない。

 そんな化け物にこれ以上何が必要なのだろうか、少なくとも、無能力者の自分に出来ることはなんなのか、分からない。

 しかし、横須賀は熟考の後に青髮の方に向き直った。

 

「当たり前だ。テメェに出来ねぇコトを意地でも探して、それをオレが成し遂げてやる。テメェの仲間になんのは癪だが、こんな面白いコト、他を探しても何処にもねーよ」

 

 その馬鹿でかい図体をこれから酷使させてもエエんやろなぁ。やっぱり横チンはボクの見込んだ通りの男やで。口にはださんが、いつか言ってやろう。案外その日は近いのかもしれないけれど。

 

「……ホンマ、おおきに」

 

 

 

 夕焼けと川の土手沿い。一言で表すなら青春とでも言える風景に、一つの変化が起こる。

 

 

 

「ぜぇぜぇ……やっと見つけましたわ。あな、た……二、三分で何処まで逃げたかと思えば見失って、学区を跨いでこんな所まで……一体どんな能力を使ったのか分かりませんけど、風紀委員として、貴方を拘束しますの」

 

 艶やかな常盤台の制服を身に纏い、息を切らしながらも気品を保つ、ピンク髪の巻き巻きツインテール。風紀委員としても活躍する彼女は大能力の『空間移動(テレポート)』を持つ、白井黒子。

 今まで、逃げた青髮を追い続けていたのだ。一時間くらいずっと。

 

 その健気さ? に青髮は自分のためにこんなになってくれたんやと歪んだ解釈をして叫ぶ。

 

「黒子ちゃーん。迷惑掛けてゴメンやで!! ボクの愛をあげるから早く、つっかまえってー。て言いたいところやけど、ご覧の通り、ほら後ろに」

 

 シュンシュン、と空気を裂く音を連続させ、ドンドン近付いてくる黒子。ジーッと訝しむような目線を青髮に送りながら口を開ける。

 

「貴方、元々変態だとは思っていましたけれど、まさか、現実に少女に手を出す人だとは思っていませんでしたの。はい、逮捕」

 

 黒子は自分の腕と空いていた青髮の肩腕を手錠で繋ぎながら告げる。確かに、現実にはそうにしか見えない。

 

「……そんな、そんなアホなぁああああ!!!!!!」

 

 三大テノールもビックリな低音ボイスが、あの赤い夕陽に向かって鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




青髮ピアス第六位説。何番煎じやねんお前ん家ぃーって感じですが。
一応能力は肉体変化系、滞空回線については、自身の眼細胞とアレイスターの術式を応用して作られたものという感じでこじつけました。なんで唯一さんの滞空回線潰しの名前が横紙破りなんでしょうか、A.O.フランキスカがあるんやったらこんなこともあるんちゃうと不思議に思う今日この頃。それにお犬様からしては、滞空回線の主は『彼』という呼び方をされている……なるほど分からん。


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落ち零れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽちゃ、ぽちゃ、と静まり返った空間の中で水滴が水から水へと滴り落ちる音。あまりの静けさに、その音は暗がりの中で何処までも反響していく。

 

 明かりが一切灯らない中、月夜の明かりだけが、幾多もある部屋の窓から差し込み、その空間の光源となっていた。冷え切ったコンクリートが反射板となってうっすらと照らす室内は物暗く、一言で言えば不気味だ。

 

 

 そんな生活感を感じさせないこの空間は、ある少女を隔離する為の鳥籠だ。いや、鳥籠などよりずっと酷い――人間としての尊厳を踏み躙るような、ヒトであれば発狂しかねないその劣悪な環境にいるのはただ一人の少女だ。

 

 

 

「るんるらら〜、るんるんるぅー」

 

 

 

 錆びついた鉄格子越しの少女は、周りの環境とは正反対にはしゃぎ回り楽しそうな明るい声を出す。少女の声には嘘偽りがない。本当にこの環境が少女にとって正しいものとされているように少女は振る舞うのだ。

 

 

 

「――あはは! うん、分かってるよ。『木原』だったらこうしなきゃなぁ……」

 

 

 

 一歩違えば、ネズミが彼女を喰い殺すことだってありえる環境下で、少女はそれでもまるで一家総出でピクニックに出かけるかのように楽しそうに笑う。

 

 

「……だって私は『木原』だもん。此処は、とっても楽しいことばかりだけど、自分に甘えちゃダメなんだって……そうだよね、数多おじちゃん」

 

 

 少女もまた『木原』の名を冠する木原一族の卵であった。少女はその特質を恐れられ、統括理事長――いや、現在は同じ『木原』により一種の幽閉状態に強いられていた。

 

原型制御(アーキタイプコントローラ)

 

 今、少女は自らの意思でこの廃墟同然の檻の中に入っている。それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という価値観をつけられて。しかし、誰も不思議に思うことはない。この廃墟を管理する者、少女の監視を行う者、少女に最低限生きていれさえすればいいだけの食事を賄う者、そして少女さえも、これが少女を取り巻く環境として普通、いやそれ以上に高水準なものだという認識の矛盾を押し付けられようとも誰も疑問に思わないのだ。

 この『原型制御』というものはそのようなことを簡単に成し遂げてしまう恐ろしい科学の産物だった。現在に蔓延る科学信仰の元々も、この『原型制御』に影響がある。

 

 強いては、『()()()()()()()()()()()()()()のも、この『原型制御』が主な要因であることは青髪しか知らないことだ。

 

「でも、いつか、『木原』の皆で笑い合いながらピクニックとか出来たらいいなぁ〜」

 

 

 少女の足は生活を続けるうちにロクに整備されてない床に傷つけられて傷だらけで……血が滲んでは乾いているような跡が見受けられた。しかし、それでも少女は暖かな夢を抱きながら曇りのない笑顔を浮かべている。

 

 

 少女の楽しそうな様子とそれを覆う現実の劣悪な環境とのギャップを暫し目の当たりにし、表情を歪める男がいた。

 

 

「残酷なもんやな……例え()()()()()()()でも」

 

 

 己の両拳を強く、血が滲み出るほど強く握りこみ、目の前の悲劇に耐える。そんな彼は普段開くことのない糸目を――目の前の光景を絶対に忘れないように、胸に刻みつけるように開き見た。

 

 恩師の言葉が思い出される。

 

『木原円周……幼少期から彼女は監禁されていた。文字も数字も教養も与えられない中で、彼女はただ『木原』というだけで監禁されたのさ。そのせいで、モラルも行動の善悪も分からず、文字も分からない彼女は絵本を読むことすら出来ない子になってしまった。『木原』から離しておけば『木原』らしくならないだろうと思った輩がいたようだが、そのことが彼女を『木原』への執着を強めていってしまった。常識的な理性を持ち合わせているが、彼女は『木原』として生きるが故に善人にはなれないだろう……()()()()()()だ』

 

 

「よりにもよって、あの先生がそう言った。なんとなく気持ちも分かるわ」

 

 

『木原』にありながら『木原』を裏切った男、木原加群。

 青髮が恩師だと慕う彼でさえも、この少女については救うでもなく、かと言って切り捨てるでも無いそのような言葉を残した。

 

 

『円周は一族からも真っ当な木原として扱われず、その境遇、またそれが産み出してしまったものも悲惨なものだ。……『木原』としても、真っ当な人間としても、この世に彼女の居場所は無い……』

 

 

「なるほど……あれほど待ち望んだ『木原』になっても結局は駒扱いされるんかこの子は……」

 

 

 東欧のバゲージシティでの一件、そしてこの木原円周が災禍の中心に居たことは青髮も勿論知っていた。

 

『木原』と決着をつけた恩師の最後を。

 それを止めようと必死に足掻いた少女の努力を。

 ここにいる男はただ見守ることしか出来なかった。

 大切な二人を自分の元に留めることが出来なかった。

 

 少女はそんな戦いの中で都合の良い『木原』の駒として参戦していた。間接的に恩師の死に関わっただろう少女だが、今はもう見る影も無い、いたいけな少女だ。一目見れば復讐心が湧いてこの少女を殺すかもしれないという気持ちを持ってここに訪れて来たが、やはり木原加群という人間はどこまでも『木原』を知っているらしい。

 

『もし、この先の戦いで彼女がもし私と敵対することがあったとしても、私は彼女のことを恨まないだろう。彼女は私と同じく『木原』の呪縛に人生を狂わされた人間だ。出来るなら『木原』でもこの手で拾い上げてやりたい。だが、もう私は教師として彼女を救ってあげることは出来そうにない』

 

 恩師の叶えられなかった教師としての最後の願い。

 この少女を『木原』から解放して救う事。

 

 

『――悦、無理なお願いだとは分かっている』

 

 

 先生はいつもそうやった。

 お願いをする時はいつもその子が出来る範囲のお願いをする。

 決して無理の無い範囲で、その時には出来ないことでも、その子が成長した時には必ず成し遂げられるようなお願いを。

 

 

「ホンマ……罪作りな男やな、加群センセは」

 

 

 自分に掛けられたお願いが、かなりの重荷なことは分かっとる。

 そのお願いはヒト一人の人生を背負うってことと同義やっちゅうのは重々承知やった。普段の先生なら絶対にしないお願いやった。

 

 

『彼女を救う……私の未練を君にを託したい』

 

 

 あの頃は実感が湧かんかったけど、今ならよう分かる。先生はボクが先生の願いを叶えられるくらいに立派になると遠からず予測してたんやと。当時小六のガキンチョにこんなこと頼むなんて、えらく打算的で、責任のカケラもなくて、とんだ笑い話やなとは思ってしまう。

 

 だけど。

 

「せやかて……そんなん言われたら断れへんがな。ボクはあんたとって一番最初の教え子なんやから……」

 

 それだけの力が今の藍花悦には確かにある。

 木原加群の望みを叶えるくらいの力はもう既に持っている。

 何よりも、この少女を助けたいという気持ちが強くあるのだ。結局は恩師の言葉通りに彼女を救おうとする自分がいた。

 その事実に実は恩師に全て見透かされていたのではないかと恥ずかしながら思うが、それどころではない。

 

 

「……ぐすっ、なんでいつも……こんなところにいるんだろ?」

 

 目の前の少女は泣いていた。

 

 幾ら価値観の操作を受けた人物でも、人並外れた『木原』という属性に属していても、彼女はまだ、人のぬくもりを噛み締めるべき年齢にある少女なのだ。幾ら監禁に慣れていようが、流れる涙は嘘をつくことなく流れていく。

 ただ、寂しいと。青髮には涙を流す少女がそう訴えかけてきているように感じた。

 

 シャク、とだけ音を鳴らし、先ほど流した血を操作して鉄格子を切ると、青髮は少女の前で中腰の姿勢で止まる。

 

「な、なに!? わわっ! お、お兄ちゃん誰?」

 

 その音にびっくりして少女は青髮の方を向くとさらに腰を抜かして肩の震えを隠すことなく怯え続ける。

 近づくと分かったことだが、お団子頭の髪も元の色とは明らかに違ってくすみ切り、その状態からはいかにも風呂に入っていないことが見て取れた。入れさせてもらえないというのが正しいのだろう。

 再び拳に力が入る。

 

「わ、私が誰だか知ってるの? 泣く子はもっと泣かせる『木原』の円周ちゃんなんだよ? あ、危ないから近づかない方が良いと思うけどぉ……」

 

 青髮の様子が怖がらせたのか、少女は弱々しい声で言葉で虚勢をはる。嗚咽交じりに泣いて喋っとるのはそっちの方やないか……。

 その様子のあまりの痛ましさに青髮は遂に口を開いた。

 

「円周ちゃん……今の生活楽しいか?」

 

「えっ、ど、どういうこと?」

 

「だから、こんな狭い檻に閉じ込められて、ロクに学校も通わさせられんで、友達もおらずに楽しいかって聞いとるんや……」

 

 努めて明るい調子で喋ろうと思っていた青髮だったが、自分で言葉を繋げるたびに、どんどん無機質な喋りに近付いてしまうと歯嚙みした。無性にイラつくのはこの環境の劣悪さに対してが概ねを占めていたが、その環境にこの少女を住まわせるよう強要したサディスト(木原唯一)にはさらに腹が立つ。そして何より、今何より不安でたまらないのはこの少女であり、その少女を怖がらせているのは自分だろうということに行き場のない怒りが溜まってしまう。

 

「な、なんでかな? 此処は綺麗で可愛いお部屋だし、学校なんか行く必要もないって聞いたし、友達だって居なくても『木原』の皆がいーっぱいいろんなこと教えてくれるから楽しいのに」

 

「……へぇ、そうなんか」

 

「うん、そうだよっ!」

 

 少女はそれが全てだと言わんばかりに頷く。その無垢な笑顔が青髮にはたまらなく痛かった。

 しかし笑みを浮かべる顔には矛盾があった。一つの差異が少女の言う言葉全てを虚構にし、少女の言う言葉が心からそう思っていることなのかと青髮に疑念を抱かせる。

 

「……じゃあ、なんで円周ちゃんは今こうして泣いとるん?」

 

「えっ……?」

 

 先ほどの悲哀に満ちた呟きも、未だに流し続ける涙も、少女の言う楽しさを肯定するものにはなり得ない。それは他者から見れば簡単に分かることだった。

 

「幾ら価値観の設定をなされたって、心が、身体が苦しがっとるんや。アレイスターや木原唯一にどういう風に価値観を定義されたのかは知らんが、これだけ傷ついて、自分で気付かん訳がないやろ?」

 

「そ、そんなの……知らない……」

 

「ホンマにか? ボクにはまったくもってここが、人が住んでいいようなところやとは思えんけどなぁ……」

 

 辺りを見回しても、コンクリートの灰色一色。物件として良さげなところは何一つとしてない。

 第一と、言いながら青髪は円周に向き直り、

 

「――そこまでして、なんで『木原』に縋りつこうとするんかな?」

 

「し、知らないよっ! 分からないんだもん!! だって何が正解なのか分からないから、私は『木原』の落ち零れなんだから、認められるために、他の『木原』のみんなに認められるために、『木原』を頼るしかないのっ!! そ、そうだ! こういう時こそ『木原』ならこうするって――」

 

 ハッとして、円周は首からぶら下げた携帯端末を持ち上げて起動させようとする。少女はいつもこうして端末の情報から『着想』をし、他の『木原』の思考パターンを選択していくのだ。脳幹から幻生、五千人の木原の思考パターンが彼女の脳内にインプットされている。

 それが少女の存在理由であり、利用価値であった。

 

 だが。

 

「あれ……なんで、動かないの? なんで……なんで!?」

 

 

 この廃墟に電気が供給されているわけでもなく、端末のバッテリーがあがってしまっていたのも当然のことだった。しきりに何度も起動ボタンを押すが、行動は虚しいものとなってしまう。

 そうなれば、少女の『木原』はもう用済みであった。

 扱いを間違えれば、少女は『木原』の中でもトップクラスに危険な人物だが、少女の『木原』自身は殲滅性も悪にも染まりきっていない中途半端な存在となってしまっている。

 

「……円周ちゃん、もうええんとちゃうか。君に優しさと愛情注いでくれる人はだーれもいいひん。君はこの街からも、ひいては一族からも疎まれてんねん。辛い話やけど、君が『()()()()()()()()()、君は一生ひとりぼっちのままや」

 

「……ひとりぼっちは悲しいよ」

 

 囁くような渇いた声からは少女の本音が漏れてきた。

 

「そうやな、ボクもひとりぼっちの時はめっちゃ辛くてたまらんかったわ」

 

 その嘆きに笑顔で答える青髪。心を開いてくれたことが何より嬉しくて笑顔が浮かんできたのだ。

 

「じゃあ……」

 

「ん、じゃあどうしたんかな……」

 

「お兄ちゃんは、一生私のそばに居てくれる?」

 

 肩を震わせながら、何も縋るものがないと、弱々しくそんな望みを訴えかける少女。青髪は首を揉みながら、どことなく気まずくなって応えた。

 

「うっは、こんな別嬪さんにそないなこと言われるとはなぁ〜」

 

「えと……」

 

 少女は初めて容姿について褒められたことに少しだけ顔を紅潮させた。その様子を見て、青髪は心配すんなと少女の手を握り、

 

「当たり前や、勉強も遊びも恋もなーんだって、面倒見たる。」

 

 空いた片手で、その大きな手で、少女の頭をガシガシと少しだけ乱暴に撫でながら、青髮は少女と目を合わせた。

 

「……もう無理せんでええよ、大歓迎やで、円周ちゃん」

 

「――うん、ありがとう……お兄ちゃん」

 

 

 照れ臭そうに笑いながら、少女は自身を受け止めてくれる存在に出逢えたことを感謝した。

 

 

 そして、何よりも不幸な少女の『木原』はここに終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ××××

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャリンチャリーン、とドアを開けると同時に入店のベルの音が鳴る。

 ここは第七学区にあるそこそこ有名なアットホームなパン屋さん。

 店内はそこそこ広く、焼きたてパンの良い香りと店内にあるダイニングスペースから聞こえる女子学生の楽しげな話し声が、その店がどれほど人気であるかを表していた。

 そんな店内に、小洒落たパンを食べるとは想像しにくいガタイの良い二人組の男が入ってくるのだから、ダイニングにいる女子学生の話し声が一瞬止むのも無理はない。

 

「……痛つつ、アハハー、黒子ちゃんの関節技は容赦がなくてやっぱ好きやわ」

 

「女子の物理攻撃を受ける時だけ能力解除してるとか、アンタやっぱどうにかしてるよ……それに余韻も楽しんでやがる」

 

 肩を極められても痛くはないむしろ快感、と平常運転でその身のMの性を発揮させているのは青髪ピアス。

 スキルアウトのリーダーから一挙に使いパシリに転落した筋肉モリモリマッチョマンで別段変態ではないが、近頃ツッコミしかしてねぇな俺と嘆くのは横須賀だ。

 

 彼らがこの店に来たのは素直にパンを食べに来たという訳ではなく、青髪がこの店に下宿しているからただたんに帰って来たというだけなのだ。だが最近、横須賀がこの店のパンにハマっていることは内緒の話。

 

「ただいまやで〜、おやっさん」

 

「お邪魔しゃっす、オヤジさん」

 

 と糸目のまま青髪と横須賀は奥の店主に帰宅を告げる。店主から返ってきたのは燻し銀な渋い声でおーう、とだけの気怠い返事であった

 

「なんや、寂しいの〜せっかく帰ってきたのにそれだけかいな」

 

 口をとんがらさせ、わざとらしくそう言ったのも束の間、厨房の奥からタタタとお団子頭が走ってくるのが見えた。

 

 

 

「おっかえりなさーいっ! お兄ちゃーん!! どーんっ!!」

 

 

 

 パン屋の装束を着たお団子頭が音速旅客機よろしく青髪に突っ込んできた。

 

 

 

「――へぐばっ!?」

 

 

 

 

 それも男の尊厳たる部分に見事クリーンヒットして……。

 声にならない声をあげながら、青髪は静かに崩れ落ちた。

 

 

 

 

「おぉ、あの青髪さんを一撃で葬るとは……、これが木原一族」

 

「むぅー、酷いよ。横須賀のお兄ちゃん、もう円周は『()()()()()()()()()()んだからその名前は出さないでって言ってるよねぇー」

 

「あぁ、ごめんな嬢ちゃん」

 

 

 巨体の漢がちんこい少女に叱られている絵を想像してほしい。そんな感じに横須賀は元『木原』の少女、木原円周に信じられなーいと言われ、プンスカプンスカ怒られていた。

 

 そんな最中、痺れを切らして厨房の奥から、葉巻が似合いそうな、頭にスカーフを巻いたガテン系の中年男性が出てくる。

 もっぱら最近、従業員からはパン屋じゃなくて粉物屋の店主っぽいと言われているのを気にしているのが特徴だ。

 

 

「ったくヨォ〜青髪、わざわざ可愛い妹にただいまって言ってもらいたいがために、毎回金的くらってたらサマァねえぞ、おめえさん」

 

「ぅおぉっつ、くぁー、まあ……せやけど、こ、これもまた、じ、人生やで、おやっさん」

 

 

 呻き声をあげながら、必死に患部を労わる青髪の姿を見て、これが第六位だとはやっぱり思えんという感想も抱きつつある横須賀。

 自分で仕掛けたことなのに、どうしたの、大丈夫? と加害者なのに傍観者のような気遣いをみせる木原円周。

 そういえば、まだパンを作ってる途中だろうガァ! と狼狽える円周を一喝する店主。

 痛みと気遣いに、苦痛と幸せを感じつつ、それでもこの何気無い日常を大切にしていきたいと思う青髪。

 

 

 

 

「(加群センセ……、こんなボクやけど、加群センセとの『約束』ちゃんと守ってるから、安心しいや……)」

 

 

 

 青髪の日常はこんな風に回っている。

 大切な存在に囲まれて。

 

 

 

 

 

 

 




円周ちゃんが義妹になったで土御門。
これで青ピも晴れて義妹同盟の仲間入りや!!

息抜き程度に1日で書き上げて展開も字数も少なめです。
だらだら続けると3万文字超えそうなのでこんな感じでまとめました。また何かあったら加筆修正します。では。


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青髪ピアスという日々

とある高校の昼休み。教室内に一つの咆哮が轟渡った。

 

「ボクぁ落下型ヒロインのみならず、義姉義妹義母義娘双子未亡人先輩後輩同級生女教師幼なじみお嬢様

金髪黒髪茶髪銀髪ロングヘアセミロングショートヘアボブ縦ロールストレートツインテールポニーテール

お下げ三つ編み二つ縛りウェーブくせっ毛アホ毛セーラーブレザー体操服柔道着弓道着保母さん看護婦さん

メイドさん婦警さん巫女さんシスターさん軍人さん秘書さんロリショタツンデレヤンデレチアガールスチュワーデス

ウェイトレス白ゴス黒ゴスチャイナドレス病弱アルビノ電波系妄想癖二重人格女王様お姫様ニーソックス

ガーターベルト男装の麗人メガネ目隠し眼帯包帯スクール水着ワンピース水着ビキニ水着スリングショット

水着バカ水着人外幽霊獣耳娘まであらゆる女性を迎え入れる包容力を持ってるんよ? 」

 

青い髪の毛に両耳にあるピアス。終始糸目で悲痛な表情を浮かべる彼は、その容姿通りの異名で呼ばれる誰が呼んだか青髪ピアス。

このクラスの男女誰もがそう呼ぶ名前を持つ彼は、ああそう言えば3話にして初めてかーこのセリフと、どことなくメタな気持ちにもなりつつ慟哭の声をあげていた。

 

「うわーん。せやのに、世界は残酷や……」

 

「にゃー、何時もの五割り増しでウザいにゃー」

 

そして隣に座るのは、学校というものを大概舐め腐っている服装の土御門元春。金髪だけにはのみならず、サングラスを掛けてはアロハシャツまで着用するその姿には青髪の容姿さえも霞んでしまう特異性を身に纏っていると言えようもの。

しかし、彼は実はというとイギリス清教の必要悪の教会属する元天才陰陽師で、学園都市の『グループ』という暗部組織にも属する二重スパイだったりする。まあ結局、義妹との天秤に掛ければ組織を容易く裏切ってしまうような男であるために、意外とポンコツな面もあったりする。

そんな一見ガラの悪いヤンキー風なシスコンだが、彼は青髪の良き友である。

 

「うるさいねん、この鬼畜アロハ猫!! その余裕そうな表情がボクの心を苦しめていると分かっとんのか!?」

 

「おうおう、オレはいっつもこんなんじゃないか、なのになんだその言い草はー?」

 

「……ええい、しぇからしか!!そないなこと言うてば、えずかな目に合わすけん。とりあえずばくらすぞ!?」

 

「はっ? 何故に福岡弁が入り出したコイツッ!? しかもいつもの関西弁より流暢じゃねーか!!」

 

なんて騒ぎ方をする二人。かたや明らかに面白がって行動しているが、一方ではマジギレも寸前、ニヤつくサングラス頭を殴り掛かろうと席を立とうとしていた。

 

「まあまま二人とも、幾ら昼休みだからって教室でこんな騒いでいいわけないだろ? ほら、ここは紳士として一旦落ち着こうぜ、なあ!?」

 

そんな青髪を言い諌めるのは、もう熱膨張とは呼ばせない……良質な改変によりホクホク顔の主人公、上条当麻だ。このウニ頭が一度拳を振るえば女の子と運命的な繋がりをを果たすのはもはや言わずと知れた常識にさえなっている。

そんな彼は、幻想殺しというこの世の異能をなんでも打ち消すという自身の特殊な右手の存在から、魔術と科学の両面から板挟みの状態で世界を救ってきた人物でもある。

しかし、世界から一目置かれる災厄の救世主である彼だが、ここでは赤点回避に奔走し、なんとか二年生に上がれることになった事を喜ぶただの高校生である。

そんな巻き込まれのハーレム帝王である彼もまた、青髪の良き友である。

 

「ははぁあん、上やん? ボクはキミにも勿論怒っとるんやで? 大体そもそもの原因はオマエやっちゅうことやねんけど分かってますぅ!? そうやって自分はコイツらとは違うマトモな人間ですよ、って演じて女子の人気を掻っ攫っていくのに、ボクは苛立ちを超えて灼熱のような憎悪で沸々とハラワタが煮えくり返ってきとるんやぞこのアンポンタン!!」

 

「んなあまりにも横暴な……それに女子の人気なんか上条さんには巡ってきませんっつーの……」

 

「カァー、あぁもうな、その態度やて言うとるんやろうがッ!! つか上やんはホントにそないなこと言うてんねんやったら、いつか耐えかねた女の子に襲われてまうで!?」

 

「それには同意だにゃー」

 

「あぁん!?ボクはまだ怒りが収まっとらんので、黙っといてくれますぅ?? それにキミもやツッチー、キミいっつもチャラついてるけど、そんなんやったらいつか浮気して義妹に刺されて死んでしまう未来が目に見えとるで?? てかそんな優しさも要らんな、あーもう死ね!」

 

「えぇ……なんか直球で死ねと言われたんだが……」

 

「……あはは、ここまで荒れてる青ピも中々見たことないな」

 

青髮の勢いに飲まれ逆ギレする気さえ起こらない二人。

そんな良き友人達に罵声を浴びせる青髪は、ここ数日何処か切羽詰まった様子で学校生活を送っていた。

 

「そら見たまえ!! 学校全体が浮き足立っとる……ボクにはな、男子と女子のフィーリィインッなあのピンクのオーラがもわんもわんと立ち昇っとるのがはっきり分かるねん……」

 

二月も初陣。まだまだ寒さはこれからだと言った風に寒波は学園都市を襲っていた。しかし、それを感じさせない空気が最近、このとある高校をいや、ひいては学園都市中を包んでいた。

愛に飢えている青髪が唸るのもそのはず。

 

「なるほど、そういえばもうすぐバレンタインだったな」

 

「あぁ、そうだにゃー」

 

「なんや、なんでや、なんなんですかあなた達は!? 女子は色めき男子はそのお預け期間を悶々とスゴさなあかんあのヴァレンタインデェイをそういえばの一言で済ましてしまえんのかキミ達っていうニンゲンはぁ!!? 」

 

机をダンと叩き、二人の謎の余裕に訴えを掛ける青髪。なんやかんや言っても彼も男の子であるからして、この一大イベントには掛ける期待がそりゃもう違っていた。だというのに、何時もの三馬鹿での温度差の違いに青髪は疑問を隠せない。

 

「ふふ、ふははは! そう騒ぐ時点で敗者だというのに気づかないのか?」

 

そこに背もたれに背中を預け、踏ん反り返っている土御門が口を開いた。

 

「一つ言おう。オレは舞夏から貰えればそれでいいし、それ以上を望まないからこの手のイベントはもはや関係ないんだよ青髪君……」

 

「なん……やと……」

 

そんなバレンタイン戦線早期離脱の一声に、ガガーン、と雷が落ちたかのような衝撃が青髪の体内を駆け巡る。

打ちひしがれた青髪は地面に両の手をつき、ガクガクと震えさせていた。

 

「アハハー残念だったな! 最初から本命チョコ貰えることが確定している俺にはバレンタインに巡らす不安の気持ちなど無いにも等しいんだぜい!?うひょー、オレ勝ち組ー!!」

 

好きなもの義妹、趣味義妹、一線を越えているのも義妹である土御門元春にもう隙は無かったのだ。たかがバレンタインに身を捩らせるステップに自分はいないとそう青髪に事実を突きつけるサングラスはそんな青髪を見て、なーははぁん、と高笑いをあげていた。

 

「クッソ……悔しいが勝ち目はない……」

 

「ま、まあ仮にも妹だし勝った負けたは違うんじゃないかな……」

 

汗のようにポタポタと落ちる雫が涙だということに青髪は気づく。

これが敗北感というものか、まるで甲子園球児が負けて砂を持って帰るような気分で青髪はゆらりと立ち上がると、肝心な事を忘れていたとはっと上条の方に振り向く。

 

「せ、せや! 上やんはなんやねん、その落ち着きっぷりの理由は。どうせしょうもない理由なんやろ、なぁ?」

 

「お、俺か!?」

 

隣にいる上条に言いながら問い詰める青髪は何処と無く余裕がなかった。三馬鹿の片割れが裏切ったとなれば、もう一方に縋るしかない。ちんけなプライドを守ろうとする男のサガは、目の前の敵の強大さを時に忘れさせるらしい。

だが、忘れてはならない。上条当麻は異常なくらい女子にモテるのだ。例え本人が、数多の女子から向けられる熱視線に気づかなくとも、周りの男子はそうはいかない。事実、このクラスの女子の三分の二が上条の毒牙にかかっているのは、上条を除いて男子全員が知り忌むべきタブーなのだ。

 

「「「…………」」」

 

空気が変わった。

男子達は言わずもがな、テメーなに地雷踏みに行ってんだこのヤロォーという顔を全員で青髪に向ける、少なからず上条に関われば天と地の差を垣間見るバレンタイン被害は、青髪だけでなく彼らにも影響することは明々白々だ。だからこそ男達はそんな青髪の自爆特攻に対して嘆きを隠さずにはいられなかった。

だが、そんなもの可愛いものだ。すべての問題はもう一方である。

 

「青髪く~ん、ちょっとうるさいってーよかったら静かにしてもらえるかな?」

 

「ごめんねー青ピ、楽しく話してるところに水挿してさー」

 

「例え三分の二の内でも良い……それが私のステータスで、出番だから……」

 

女子達である。

話し方も穏やか、表情も朗らか、なのに感じる視線は殺気で満ち満ちているのではないかと疑うばかり。

青髪は自身の感じた女子達の殺意が勘違いであると願いたかった。

 

「ア、アハハ~。そやねーボク、ちぃと騒ぎすぎてしもたなぁー、ゴメンなみんなー」

 

「良いんだって! それでこそ青ピ君なんだからさー」

 

「そうそう、分かってくれれば……ね?」

 

否、断じて勘違いではない。上条当麻に対して浮ついた話はあるかと下手な詮索をかければ文字通り殺しにでも掛かってっくると、彼女たちは青髪に語りかけているのだ。

 

「えっ、ええぃ分かってますともぉ!!」

 

自由奔放、唯我独尊、厚顔無恥と、女性の機敏な態度に疎そうなキャラである青髪ピアスだろうとも、そんなの関係ない。

普段ならそのトゲトゲしい視線もご褒美として受け取れていただろうが、ハッキリとした殺意を感じ取ってしまい流石に青髪も、ただうんうんと激しく頷くことしかできなかった。

 

「ほらみろ~青髪。そんなギャンギャン騒いでるから叱られんだぞ」

 

そんな件の色男上条当麻は、青髪と女子達の水面下のやりとりも知らずと言った風に、笑いながら弁当を口に掻き込んでいる。白飯にふりかけ、貧相に輪を掛けたこんな食事で笑っていられるのも彼の持てるサガだろう。

 

「いやぁ……まったくもって、聞かんでも結果は見えとったか……」

 

「オレはカミやんが、この場において堂々と笑っていられるのにびっくりだにゃー」

 

二人はそんなお気楽な友人をどこか遠い目をして見つめていた。鈍感もここまで来たらおっかなびっくりである。

 

しかしながら、そんな女子達の気持ちも知らずも、さきほどの青髪の問いには一応答えられる理由はあったようで、そうだなーと上条は口を開いた。

 

「まあ、しょっちゅう騒動にまきこまれでもしたら、こういう季節ごとのイベントなんかすぐ頭から抜け落ちちゃうんですよ。というか、わずかな間のこととはいえ、学園都市が遥か宇宙に旅立ったっていうのに呑気にそんなこと考えられる方がおかしいんじゃないですかアナタタチねぇ!?」

 

今は二月も上旬、先に起こった 科学対魔術 の決着も遂に終わりを告げ、学生全員が古巣学園都市に帰ってきたのも最近のことであった。要は上条が言うには、都市全体を含んだ大立ち回りがあったというのに何食わぬ顔で、せんぱいぃ♡ すきぃです♡ わぁいチョコレイトだー、(当社比込み)と一喜一憂していられるのはなんか違うと思わないかよぉボーイミーツガール? ということである。

 

(((なんだ、そんなことか……)))

 

しかしながら、第三次世界大戦、世界的な暴動、大熱波、謎のイギリス騒動。表にまで影響が出た大事件をくぐり抜けてきた学園都市の生徒にして言わせてみれば、もはやそんなことの域である。

上条の身辺に桃色な出来事が起きないと知ると、三分の二の女子達も険しいオーラを解き、残る男子達も二次災害を食らうことなく済んだためにホッと一息ついて安堵する。

 

「う〜いや、せやけどな~~」

 

発端である青髪はというと、悪鬼羅刹のような女子達の視線から解放されると

普通の男子高校生としては、バレンタインにかかる期待も大きい。この普通じゃない二人を相手にしてか、げんなりとした気持ちで青髪は顎を机に乗せる。

 

「はぁ……ボクちんの憂鬱。異世界人でも宇宙人でも未来人でも、だれかボクを愛してくれる人はおらんのですか……」

 

「なにこの青髪……ねえ、いつものテンションはどうしたのよ?」

 

紙パックの健康飲料をストローで吸いながら、三馬鹿の前に現れたのは吹寄制理。このクラスでは、三分の二に属さない稀有な上条属性完全ガードの巨乳女子である。

ビニール袋を引っさげた彼女は先ほどまで購買に足を運んでいて、先ほどの騒動は知る由もなく、項垂れる青髪に驚きながらサイドの二人に事情を聞く。

 

「吹寄か! ちょうどいいとこに助かる!」

 

「ああ、正直オレたちじゃあ手の施しようがなくて困ってたとこなんだにゃー!!」

 

思いもよらない助けに顔を明るくさせ足元に寄ってくる男二人に当然眉間に皺を寄せる吹寄。

そんな構図も日常茶飯事のことで済ませられるのがこことある高校の小萌クラスだ。

 

「ええい! そんな唐突に頼られても困るわよ……一先ず、いったい何があったのか教えてくれる?」

 

「さっすが吹寄ぃ! よっ纏め役!!」

 

「その言葉を待っていたぜい!! デルタの参謀!! クラスの委員長!!」

 

「大声を出すな、うるさい! それとだ! 貴様達の仲間になった覚えは一切絶対毛頭ないし、委員長はそこにいる青髪だろうが!!」

 

そして吹寄がこの三馬鹿の準レギュラーポジションに身を置かれるのも、ひとえに世話焼き委員長気質なところがあるからのことだった。アクシデントがあれば率先して動くのは主にこの四人。必然的にそういう扱いを受けるのも無理はない。

そして数分。二人からこれまでの経緯を聞いた吹寄は、なるほどね、とため息を漏らすと。

 

「チョコなら私と秋沙でこのクラスにいる全員分作るつもりだったんだけど……、どうにも青髪らしいというか、なんというか……ねぇ、秋沙」

 

「うん、青髪君、そういうことだから安心して良い。あと、小萌からも特大チョコが送られる予定」

 

頭を抱える吹寄に、自分の席からサムズアップを構える姫神。

そしてその宣言を聞いた男子達は、クラスでも一二を争う美人から、そして優しさは裏切らない担任からもチョコが確定で貰えるということに、どっと大盛り上がりを見せた。

 

だというのに。

 

「エエことするやん。ははっ、男子が羨ましいわ……」

 

青髪の機嫌は一向に良くはならなかった。目を閉じていても分かる、彼の瞳は死んでいた。

 

「……ん、なんでそんな他人事みたいに唸っているんだコイツは」

 

「確かに普段なら、女子からのチョコってだけで号泣するまでもあるぞ……」

 

「青髪君が普通なだけで可笑しい……ふふっ、なんだか笑える」

 

そう、彼の性格なら、ここで普通は狂喜乱舞してもおかしくはないはずなのだ。その上、青髪が一番敬愛する小萌からもチョコが贈られる。だからこそ、彼のテンションが上がるどころか下がることに一同は疑問の心を隠せないでいた。

 

「しょうがないやん……だってバイトなんやから……」

 

あの青髪が、アルバイト、とそう言った。この一言にクラス全員が戦慄したのは言うまでもない。

 

「なん……だと……」

 

死神代行ならぬ、ツンツン頭の魔神代行もビックリである。

何故皆がそう思うのか、それは少しでも恋に発展するチャンスがあるなら青髪は飛び込んで行くだろうという至極簡単な答えが出るだけに、わざわざそんなイベントを潰してまで仕事を優先するのかというもの。

 

「ま、まあ、青髪の分は保管しておくから、次の日とか学校に来たら渡すようにするわよ。あ、安心しなさいよ、ね?」

 

「そ、そうだにゃー! どっちにしろチョコは貰えるってことなら良かったじゃないか!! 」

 

そう言う二人の顔には信じられないという言葉が張り付いているが、青髪を必死になだめようとしているだけまだマシだった。他の人間に関しては一部では放心状態だ。あの青髪が、という言葉がクラスで溢れかえり、「俺、バレンタインを素直に楽しんだら良いのかわからねぇ……」「バレンタインで告白するつもりだったけど、やめよう」など、模範的なイベント事をこよなく愛する青髪の欠席という事態の影響はあまりにも甚大だった。

 

 

「ごめんなさい……、青髪君いますか?」

 

 

そんな中である。教室の後方のドアから顔を覗かせる少女がいた。

他クラスということがネックになり弱々しく発せられた声だったが、クラスの雰囲気が下がっていたところだったので辛くも青髪の周囲の人間にももちろん聞こえる形となっていた。

 

「あ、青髪ならここにいますけど」

 

「あぁ、そうですか。良かった……」

 

ツンツン頭の少年が辿々しく応える。

見れば彼女は紙袋を控えめに持って立っていた。

少し大人しめな印象もそのままに上条の言うことにホッと胸を撫で下ろすと、恐る恐る教室内に入ってくる。

緊張しているのか、慌ただしく視線を右に左に持っていく姿も相まって男子達は静かに見守っていた。

 

「あの子、結構可愛い感じじゃん」

 

「案外好みかも……」

 

容姿も姫神や吹寄に引けを取らないものだった。

手脚が細長く、顔立ちも端整。モデル体型に映えるニーソ。肩まですっきりと伸びた黒髪に、胸元にはラベンダーのコサージュがアクセントとなっている。その中でも一際目立つのは肘まで伸びる白いサテン生地の長手袋だ。

 

「あの、ありがとうございます。わざわざ」

 

「別に良いのよ、それより、青髪に用事があるんでしょう? えーっと……」

 

「あ、誘波です」

 

「誘波さんね……、青髪とは知り合いみたいなのかしら?一応言っておくけどコイツにはあんまり関わらない方が……まあいいわ、ほらこっちに来ないと、積もる話も出来ないわよ」

 

「委員会とかの用事か? そういえば、集まりがあるって言ってたよな」

 

彼女の登場に一挙一動、それはすなわち教室に新しい風が吹いたことを意味していた。桃色で甘い恋風だ。

 

「あの、青髪君……えっと、だ、大丈夫?」

 

吹寄に手を引かれ、青髪の前まで少女は来ると、顔を俯かせている青髪に気づき、声をかける。

 

「ん、なんや……って芽依か、どうしたん、一体?」

 

声を掛けられてからようやく顔を上げた、青髪も糸目のまま開かないものの、驚いた表情をしている。

 

「あ、あのね。えっと、別に、大したことはないんだよ……。い、いや、私にとってはものすごく大切なことなんだけど……あの、その」

 

「お嬢さん、ここは一旦落ち着いた方がいいんじゃないかい? 」

 

「せや、ツッチーの言う通り、ほーら深呼吸」

 

身体をモジモジとさせて、目をぐるぐると回す彼女にたまらずフォローを入れる土御門。面白い展開が何よりの好物である彼は、咄嗟の判断を怠らない。

言われた通り、すーはー、と数回深呼吸を繰り返すと少女はまた口を開いた。

 

「青髪君、お仕事で数日、日本に居ないよね。それで、寂しい思いもするかなと思って、早めに作っておいたんだ、これ」

 

「なんや、そんなわざわざありがたいけど……一体なんやねんな……」

 

はい、と微笑みながら紙袋を前に差し出す彼女。

訝しみながらも、青髪は受け取る。

周囲では青髪とあの子の関係は一体なんだと、噂されているようだが、当人達にはまるで聞こえていない。それこそ独特の空気感が伝わって来るほどに。

 

「……チョコレート、だよ。本当はその日に渡したかったんだけど、仕方ないよね」

 

「あーそうか、わざわざごめんな。苦労かけるわ」

 

「苦労なんかしてないよ……苦労だなんて思ってないもん」

 

寂しげな表情を浮かべる少女。座る青髪を見下ろす形となっているから隠れているが、声色でそれがわかる。

 

「だって――」

 

少し口をまごつかせて、なにかを言おうとしている。まだ伝えたりないことが彼女にはあった。

 

「――す、好きだから作ったの。ほ、本命だからっ!! そ、それじゃ!!」

 

クラス中にその言葉は響き渡り、その言葉を言った張本人はというと、自分の言った言葉に赤面しながら、居た堪れない気持ちになってしまい、それはもう脱兎の如く小萌クラスを後にしていった。

 

「…………」

 

ポカーン、と口を開ける青髪。

それは他の面々も同じだった。

あの青髪が、チョコを貰い、更には告白をされた。

しかも、スーパーウルトラ級の美少女にだ。

まずもって、割と深い関係にある知り合いだということにも驚きだが。

今までの通例では、青髪は人一倍こういうイベントで騒ぎはするが、結局は収穫なしの惨敗に終わる、いわゆる『当て馬』のポジションにいる。そのことにより、どんなに荒れた人間がいても、クラスが大して荒れもせず平穏無事にあるのは、最底辺を漂う青髪のおかげなのだ。

本人も周囲もそれを薄々認めてはいたが、今回のイレギュラーではその地位は崩れ落ちた。

そして、今まで仲間だと思っていた男子達がそれを間近で見さえすればどうなるのかは、火を見るより明らかなものだった。

 

 

「「「今のはなんだッッ! 青髪ピアスッ!!」」」

 

 

「あっはははー、なんやみんなして、そない怖い顔せんくても別にかまへんやろ!?」

 

一同の詰問に苦笑いを浮かべる青髪。

男子達の怒りからは逃れられない。そしてその怒りを一挙に纏めて引き受ける者がいた。

 

 

「いいぜ……、青髪。お前があの子との関係を答えないと言うんなら、男子達のガラスのハートを粉々に打ち砕くって言うんなら!!俺はまず、お前のそのふざけた幻想をぶち殺すッ!!」

 

 

世界を何度も救ってきた右手が青髪の頬にジャストミートにクリーンヒットで決まるのも無理は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

××××

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ぁ"……カミやんの拳はアカン。どうあがいても耐えきれん。ボクの能力まず無効化されるし……モロにクル……」

 

ヒリヒリする頬を撫でながら、公園の遊具で遊ぶ二人の少女を見ながら青髪は呟いた。時刻はまもなく夕方。冬も真っ只中でそろそろ暗くなることが分かっていたので、学校帰りにこの公園に立ち寄ったのだ。

二人の内一人。過ごした日はまだ少ないものの、青髪がこれからの一生を掛けて面倒を見ると決めた少女だ。

 

木原円周。

 

木原一族の異端児。青髪が滅すると決めた一族の、出来損ないの少女だ。彼女が木原として未熟だったからこそ、あの決断は出来た。

木原という概念を捨てさせて生きさせる――木原を渇望していた少女にはとてもではないが難しい話だっただろう。だが、今はそれを感じさせないほど、普通の女の子として日々を過ごしている。

その姿を見るだけで、青髪はどこか救われたような気がしていた。

自身の決意と恩師の願いはささやかながら報われたのだと思えるのだ。だからこその迷いが青髪にはあった。自分が円周に対してどのように接していくべきか、というものである。

円周を救うという青髪の決断は決して間違ったものではなかったのだろう。

あの少女の一生は青髪が知る中で一番過酷なものだった。親に甘え、友達と遊び、勉強に勤しんで、異性に恋をする。普通の女の子なら当たり前の人生が彼女にとっては非日常の世界のものだった。

ただでさえ、外界と隔絶される監禁生活というものを青髪は経験したことがない。来る日もくる日も実験漬けの日々を送ったことはあったが、その中でも、誰かに甘えたり、友達とも遊ぶことは出来た。ましてや、その実験漬けの日々も、あの少女が辿ってきた地獄のような日々と比べると微々たるものだ。

 

「オイ」

 

物思いに耽っていたさなか、後方から脳天めがけて飛来してきた物体を青髪は一旦首を横に振って避けてから難無くキャッチした。『視界』の端から飛んできたのは自販機で売っている缶コーヒーだった。

銘柄はよくあるブランドの物。味は無論ブラック。飲めないわけではないが、甘さ=優しさという図式が成り立つなら、今は糖分が入っているものが良かったとため息をつく。

しかしながら、気をまわして飲料を奢ってくれる存在に今は感謝すべきだな、と完結した思考の後に口を開いた。

 

「すんまへんなあ……、いや、おおきにって言うべきやろか……」

 

「ンなこた、どっちでもイイだろうが……」

 

「いや、結構ニュアンスってのは大事やで、ちょっと話の掴みが違うだけで女の子には嫌われてまうし……まぁ、ギャルゲーの話なんやけどな」

 

「聞いてねェよ……」

 

話をいったん打ち切り、お互いに缶の中身を呷る。

12月の寒空には丁度良いホットのコーヒー。苦い味がなんとなくセンチメンタルな気分を誘ったからか、柄にもなく目を開いたりしてみる。久しぶりに開いた自身の目。映像越しに見るのと違う視界に少しばかり新鮮さを感じ、感動したりもする。

目の前の少女たちも先ほどより少し遠くに見えた。今は鉄棒に遊具を変えて、坂上がりにチャレンジしている様子だ。運動神経がまともな円周はもうすでにクリアを果たしている。片一方の少女は、かなり苦戦しているようだ。

それもそのはず、二人の少女の歳の差は離れていると言っても良い。肉体的アドバンテージはやはり円周の方が上なのは変えられない事実。そんな二人が同じテンションで遊べているのが、少しおかしくも見える。だがそれが彼女のあたりまえなのだ。円周の境遇では精神年齢はさほどかわらない。そのことが二人を繋いでいるのだろう。精神性でいえば、もう一方の少女の方が大人びている時もある。そんな奇妙な関係を見守るのは心地が良い。

 

「不思議なもんやな……、運命の巡りあわせってものは……」

 

「両手で数えるのが事足りる超能力者の内二人がガキの御守りやってることが不思議だっつうンなら同意だ」

 

「いや、まあ、せやけど……」

 

ホントは三人なんやけどな…という言葉は喉元にしまい青髪は押し黙った。

奇妙な関係というなら、今こうしてコーヒーを呷る者どうしもまた奇妙なものだ。

学園都市最強の能力者、一方通行。

暗部の最奥に位置する正体不明の能力者、藍花悦。

奇妙な縁から、青髪は今こうして一方通行と共に児童公園にて、保護者の務めを全うしていたのだ。

もともと第七学区では中学生より下の学年の子供は少なく、遊具がある公園も少ない。そして、彼らが過保護と呼ばれるくらいに子供達の外出に付き合えば、いつかは必然的に出会ってしまうものだ。

 

「それよりや、一体どうやって知ってんボクのこと?」

 

出会った当初から一方通行は藍花悦の正体を知っていた。

青髪としては円周のためにもご近所付き合いは大事だと思い、一方通行と関わるリスクより、円周のため人間関係を構築することを選んだ。

上条当麻と一方通行、この二人に関しては定期的に『滞空回線』で探りを入れている。

前者に関しては言わずもがな、彼の周りで起こる出来事は多く、彼を張っていれば、学園都市ごと巻き込むような事件には前もって対処することが出来る。加えて彼は友人だ。毎度毎度死地に特攻を仕掛ける友人が心配にならないわけがない。

そして彼が、“上条当麻”という人間ではないことも青髪はもちろん知っていた。

一方通行にしてもそうだ。彼の周りではこの街の裏に関わることが蠢いている。有名ドコロでは絶対能力者実験や暗闇の五月計画といったもの。ただ、第一位のネームバリューは伊達じゃなく、表の実験にも依頼要請が駆り出される。その他にも一方通行の力にあやかろうとした案件が多々あった。そうして裏表がはっきりしないグレーゾーンで生きていた彼は、良くも悪くも擦り寄ってくる人間は多い。

対して青髪は違った。顔はおろか、その存在すら謎とされている第六位。彼に意図して近づける者はまったくもっていない。だからこそ、彼は一方通行のような存在が有り難かった。一方通行、彼を起点に周囲を探っていけば、芋蔓式のように情報が手に入り、看過することの出来ない案件にいち早く対処出来るからだ。

裏の世界でさえも、藍花悦である青髪ピアスとのパイプを持つ人間は少ない。それも大半は統括理事長含む理事達数名といったところ。

青髪も彼らから情報を与えられ、暗部全体の流れは掴むことは出来ていた。

だがそれでは遅い。渦中にいる人物を張り込むのがなによりも手っ取り早い手だということには変わりなく、自分の能力の副産物で、そのことを容易にしてしまうなら、使わない手はない。

故に一方通行がもう一人の監視対象であった。彼の葛藤も、成長も、身に抱えるカルマも、青髪は全て覗き見ていたのだ。

 

「この街のトップだった奴が言う“落とし前”にオマエも入ってたンだよ」

 

「なるほどなぁ……」

 

つまりは学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーが一方通行に自分の存在を語った。だが、どうやら一方通行が第六位の存在を問うたわけではないらしい。それにしては奇妙な単語が出てきたからだ。

 

「……おっちゃんがバラしたなら合点はいくが、“オトシマエ“って一体なんのこっちゃ……」

 

“落とし前”

つまりアレイスターは、自身が清算しなければいけない罪と心残りは青髪に終局すると言ったのだ。

青髪は、今の今までアレイスターがそのような約束を一方通行に取り付けたとは知らなかった。いくら情報戦において唯一無二の優位性を誇る滞空回線にいつでもアクセスする権利があるとしても、四六時中その中身を確認出来るわけではない。今回がその例となる。

先の大熱波では、『青髪ピアス』としての日常を守るために青髪は普通の高校生として動かなければならなかった。自身の存在を隠すため能力を制限しつつ、こっちの事情も考えない木原唯一の“悪戯”に耐えながら、誰一人として死者を出さまいと奔走していた。そのため彼は大熱波襲来からは明らかに体力を消耗してしまい、滞空回線を覗くことにマージンを取ることが出来ないでいた。そしてそれ以降学園都市は事実上の霧散、統括理事長の大胆な施策により学園都市は遥か彼方に一度打ち上げられた。青髪は事態が収束するまで件の滞空回線は使うことが出来ずにいた。

だから、青髪はその理事長と優等生の執り成しを知らない。だがしかし、あえて言うならその短時間に起こった出来事なのだから、アレイスターと一方通行の対面がいつ行われたのかは逆算して想像がつく。

 

「書庫争奪戦の時か、それともイギリスに一斉蜂起したあの時か、どちらにしろその時に一方通行君はアレイスターと話をしたと……」

 

「……あァ、実際はその後も続く訳だがどうでも良い。……それでだ。オマエがこの街の木原のクズ共を根絶やしにしようとしてるのもそこで聞いた……。この街に蔓延る忌々しいクソみてェな坩堝はそこにあるってなァ」

 

一方通行の鋭い視線に、なんとなく顔を背けたくなる青髪。

 

学園都市統括理事長――いや、魔術師アレイスター=クロウリーは家族を再び手に入れた。そして自身はここにいる一方通行に学園都市の全てを託しこの世界から去っていった。

 

「なるほど、そういうコトねぇ。だから最初会った時、そない怖い顔して円周のこと睨んでたんや」

 

「ン、まさか第六位がそンなメンドくせェことしてっとは思ってなかっただけだ……」

 

「めんどくさいて……もーあの子に聞かれたら怒られるで?」

 

幼気な少女を守ると決めたのは青髪も一方通行も同じだ。「てか大体そんなん自分も同じやないの」と言いながらこっくりと首を傾けるが白髪の彼は何の反応も見せない。驚くほどの無反応だ。

そうして生まれた沈黙を皮切りに、口に缶を持っていく。

温かかった缶コーヒーも次第に冷めてきた。公園内の子供ももう少なく、そろそろ帰る時間だろう。

 

「それで改めて聞かせてもらいますけど、ボクの能力使ってまで会いに来て、何のようなんかいな?新しい学園都市統括理事長さん?」

 

青髪にとって、やけに見慣れた画面が映る。目を閉じればそれは更に繊細に映るだろう。その手に握る携帯型端末を見せつけながら、些か若すぎる統括理事長は挑発的な監視者に対し啖呵を切る。

 

「ッハ……憎まれ口叩けるだけ十分だ。目的は分かってンだろ?学園都市の闇を完膚なきまでに潰す……否定はさせねェ。どっかのヒーローには到底向いてない。泥の中にいるようなオレ達しか出来ねェことだ。そのために協力しろ……藍花悦」

 

両の手を組みながら、一方通行は目の前の人物が藍花悦という人間を語るに相応しいか試すかのように青髪を見入る。

 

「男だか女だか訳わかんない見た目まで継いでしもうて、今度は恐喝かいな……どこまでも理不尽なところまであのおっちゃんにソックリやでホンマ……」

 

「あのクソ野郎と似てるとは反吐が出る……が、同じ穴の狢ってヤツだァ……クズはどこまでいってもクズってことには変わりねェ」

 

「それ……自分一人で溜め込むようなトコも似てるんちゃうの?」

 

両手を解き、解いた両手を忌々しげに見つめる一方通行に、青髪は呆れながらそう言った。

 

「それは違ェよ……俺は使うモノはなンでも使う。大事なものを守るためならな。それが例え意味がわかンねェ力でも、この町でのさぼってやがる悪どい野郎でも、ましてや悪魔でもなァ……?」

 

その言葉と共に、蠱惑的な表情を浮かべながら、頭部がクラゲのようになっている少女が一方通行の後ろからうっすらと限界する。一般人では見えないようなごく僅かな程度に。

 

「……か、海洋系ロリ巨乳ギザ歯背後霊とは、中々良い趣味持ってるやん君ィ!!ええよ…かまへん一方通行君!!いやあっくん!!」

 

何が彼の感性に触れたのか、青髪は一方通行の後ろに控える海洋系ロリ巨乳ギザ歯背後霊もといクリファパズル545の姿を見るや否や感動のあまりに号泣していた。

 

「その後ろの可愛いこちゃんに免じてなんでも手伝ってあげる!!だから先っぽだけでええから!そのうにょうにょ触らしてくれへんやろか!?」

 

「…………」

 

態度の豹変ぶりに加え尋常じゃないほど手をわきわきさせながら言う青髪に対して一方通行は言葉が出なかった。

そんな中必死に抵抗の意思を告げる者がいた。

 

『いひ、ひいぃぃ!?なんだかすごく身の危険を感じるですぅ!?あ、あのご主人さま!アタシ悪魔ですぅけど、悪魔より恐ろしい人が目の前にいるですぅ!ひぃ!助けてご主人さまぁ!!』

 

ぶるぶると震えながら一方通行の背に隠れる姿は、さながら散歩先で大型犬を目の前にした子犬のようである。

間に挟まれた一方通行は、ここに来るまで考えていた様々な事柄すっぽ抜けてしまっていた。

 

 

「いや、まァ……アッサリと事が進ンで良かったと言うべきか……あァ、オレは特に間違ってはいない。だから狼狽えるな第一位ィ……これからやることを考えたら些細なことだろォオイ……」

 

「うんうん、人生平和が一番や!ということで、悪魔ちゃ〜ん、ボクと愛の和平活動としけこもうやーアハハ〜!」

 

『いひ、いひひっ!?う、うわーん!!ご、ご勘弁するですぅ〜!?』

 

この数日後、一方通行が学園都市に蔓延る闇と対峙するため、統括理事会の会議に乗り込み暗部組織を一掃するために罪刑法定主義のもと自ら自首した。

一方通行は未だにこの手錠(ハンドカフス)作戦における期待、つまり学園都市の自浄作用の一端にもこの男の要素が絡んでいるとは思いたくないと獄中で嘆いているという。

 

 

 

 

 

 

 




間めっちゃ空いたなぁ。いつの間にか創約へ……、アレイスター死んじゃったよ…。以前に描いたものなのでところどころ情報が古いw
書いてる暇がなかったもので、もう……すごく間空きました。原作で散りばめられた伏線を拡大解釈して作った今作、頭の中では壮大な物語になっているものの文字に表すのはとても難しいですよね(笑)
青ピが過去に受けていた実験が体晶の副作用を抑えるためのものであったり、それにより副次的な能力を開発するに至ったこととか、風斬と面識があることとか、本筋のキャラをサポートする感じのお話を入れたりしたかったり、加群に救われた話とか書きたかったのですが、もう風呂敷を畳めない!自己満足で書いてるのでいつか暇が出来たら書きます_φ( ̄ー ̄ )ではまた


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