ロクでなし魔術講師と携帯獣使い (ゲームの住人)
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一章
転生


 こんにちは、ゲームの住人です。
 初投稿なので、色々おかしい所があるかもしれませんが、そこは温かい目で見てくださると嬉しいです。
 駄作ですが、もしよければ見ていってください。


 

(あぁ、短い人生だったなぁ……)

 

 おれはぼんやりとそう思った。

 

 目の前では信号を無視したトラックが今まさにおれを轢き潰さんと迫って来る。周囲のあちこちから悲鳴が聞こえてくるが、どうやらトラックの運転手は居眠りをしているようで、自分のトラックが人を轢き殺そうとしている事には気づいていないらしい。

 実際にはほんの数秒の事なんだろうが、その数秒が何故かおれにはひどくゆっくりに感じる。頭の中を今までの思い出達が次々と駆け巡っていく。

 

(あ、これアレか、走馬灯ってやつ)

 

 この走馬灯というのは、人が死ぬ直前に今までの記憶を頭の中に駆け巡らせることで、その記憶の中から助かる可能性があるものを探り出す為にあるらしい。しかし残念な事におれの頭の中には猛スピードで迫って来るトラックをどうにかできるような記憶は蓄積されていない。それに、おれの頭の中に一番多く浮かんできたのは、今の状況とはまったくといっていいほど無関係なモノばかりだった。

 

(まさか、こんな時でもゲームの事しか思い出さないなんてなぁ……)

 

 おれは思わず苦笑してしまう。

 

 死ぬ直前になってもゲームの事しか考えられないなんて、我ながらどうかしていると思ったが、同時に自分らしいとも納得してしまった。

 

(ああ……でも………)

 

 おれはあと一秒もしないうちにトラックに撥ねられて死ぬのだろう。この人生に不満などは無い。ごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の小学校時代を過ごした。小学校3年生頃にはもうおれはゲームにのめり込んでいたが、両親はおれを愛してくれたし、ゲームの話で盛り上がれる友人もできた。中学校でも、特に羽目を外すことも無く穏やかに過ごした。高校は、第一志望の高校に入る事ができたし、そこそこ充実した高校生活だったと思う。

 学校へ行き、友人とくだらない事を言い合って笑い、家に帰ってゲームをする。他の人から見れば、何の変哲もない、つまらない人生だという人もいるだろう。だが、おれにとっては幸せな人生だった。

 

 でも、少しだけ、心残りがあるとすれば……

 

 

「もっとゲームしたかったなぁ……」

 

 

 そう呟いた直後、トラックがおれを弾き飛ばした。

 体に走る衝撃と痛み、それらに見送られて、おれは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おれは死後の世界なんて信じていない。いや、信じていなかった。

 

「……………」

 

 しかし、今目の前に広がるこの景色を見て、おれは死後の世界を信じざるを得なくなってしまった。

 

「……………」

 

 目の前には、あたり一面に綺麗な花が咲いていた。

 

「……………」

 

 おれが周りを見渡して絶句していると、背後から声が掛けられた。

 

「おい、そこのおぬし」

 

 後ろを振り返ると、そこには白い髭をたくわえた老人が立っていた。………この人絶対神様だ。

 

「……………」

 

「……………」

 

「…………………………」

 

「…………………………」

 

「………………………………………」

 

「…………いや流石にそろそろ喋ってくれんかの?この沈黙気まずいのじゃ……」

 

「……はっ!す、すみません……」

 

 ありえないことが起こり過ぎて脳がフリーズしていたようだ。もっとも、もう死んだのだからフリーズする脳があるのか定かではないが。

 

「あの、一応聞きますけど此処は………?」

 

「うむ、ここはおぬしが考えている通り、あの世じゃ」

 

「あの世、ということは……」

 

「おぬしは死んだのじゃ」

 

「……………ッ!」

 

 自分が死んだのは理解していたが、他人にそれを伝えられると思っていたよりかなりキツい。

 

「そうですか……やっぱりおれ、死んだんですね…」

 

「うむ……残念な事にな」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………………」

 

「…………………」

 

「………………………あの」

 

「さっきの様に黙り込んでしまったのかと思うたわ……何じゃ?」

 

「おれはこれからどうなるんですか?」

 

「そうじゃのう…普通は、ここに送られて来た者は天国か地獄のどちらかに行く事になっているんじゃが……」

 

「普通は……?」

 

 なんだかその言い方だと、おれが普通じゃないみたいに聞こえてくるので少し不安になって、思わず話の途中で質問してしまった。だが神様は特に機嫌を損ねた様子も無く、

 

「おぬし、自分が死ぬ前に変わった心残りを言っておったじゃろう?」

 

 確かに言ったが、まさか聞かれていたとは思わず、おれは少しだけ恥ずかしくなってしまった。最期の言葉が「もっとゲームしたかった」だった人なんて、多分おれ以外に居ないと思う。

 

「そ、それがどうかしたんですか?」

 

「うむ、おぬしは地獄に送られるような罪は犯しておらんし、今世はまだ十六年しか生きておらん。そんなおぬしが不憫に思えてのお。今回は特別に、おぬしの願いを叶えてやろうと思ったのじゃよ」

 

「え、それってつまり…」

 

 生き返るということだろうか?でもどうやって?多分おれの体は今葬式に出されているだろう。まさか葬式の途中で生き返るのか?何それ怖い。

 

「あの、もう少し詳しくお願いします」

 

「おぬし、転生してみたいと思ったことはないか?」

 

「転生?」

 

「そうじゃ。おぬしは前の世界で死んでしもうたから、前の世界に転生させる事はできんがな」

 

「それじゃあ…」

 

「おぬしが転生するのは、異世界ということになる」

 

 マジか。

 異世界っていったら、魔法が毎日飛び交ってるヤバイ所ってイメージしかない。おれみたいなのがそんな世界で生きていけるのだろうか?

 おれの不安を察したのか、老人は、

 

「そんなに心配せんでも、転生先の世界に行けば、おぬしも向こうの人間と大体同じ事ができるようになるから大丈夫じゃよ」

 

 と言い、さらにこう続けた。

 

「それに、言ったじゃろう?願いを叶えてやると」

 

「え?」

 

「転生先の世界に、おぬしが持っていきたい物をなんでもひとつ持って行けるよう、ワシが取り計らってやろう。まあ、持って行きたい物はある程度決まっているようじゃがの?」

 

 持って行きたい物なんておれにはゲーム以外思いつかないので、持って行く物はゲームで確定した。問題なのはどれを持っていくかだ。ps4はテレビがないと遊べないし、switchはコントローラーをどちらかひとつでも失くしたらアウトだ。ここは持ち運びしやすい大きさかつ幼い頃から慣れ親しんだ3DSにしよう。

 

「3DSでお願いします」

 

 おれがそう言うと、老人は頷いた。

 

「うむ、分かった。3DSで良いのじゃな?」

 

「はい、お願いしま………」

 

 ここでおれは重大な事に気が付いた。

 

「あ、あの…ちなみに、3DSのカセットとかは…」

 

 そう、カセットである。

 当たり前のことだが、3DSは、ダウンロード版以外のゲームはカセットが無いと遊べないのだ。おれは当然、カセットも一緒に持っていくつもりだったが、この老人はさっき、「なんでもひとつ」と言った。もしも、この「ひとつ」に、カセットもカウントされるのなら、転生先の世界に3DS本体だけを持って行っても遊ぶことができない。

 おれが内心冷や汗をかきながら老人を見ると、老人は、

 

「なんじゃ、カセットまでカウントすると思ったか?ワシはそんなにみみっちい事は言わんぞ。好きなだけ持っていくがよい」

 

 と、大変気前のいい事を言ってくれたので、お言葉に甘える事にした。とはいえ、全部持っていくのは流石に申し訳ないので、3DSのカセットの中でも、特に気に入っていた十枚のカセットを持っていく事にした。

 おれがカセットを選び終えるのを静かに待っていてくれた老人は、おれが選び終わったのを確認すると、

 

「持っていく物はそれで良いな?選び直すなら今のうちじゃぞ」

 

 と言い、おれが頷くのを見ると、微笑みながら告げた。

 

「では、しばしの別れじゃ。おぬしを今から新しい世界へ転生する。ちなみに、その3DSとカセットは、おぬしの魔力で充電できるようにしておいたし、どんな事があっても絶対に壊れんようにしておいた。どうじゃ?これならおぬしも安心できるじゃろう」

 

 ここまで親切にしてくれた老人に、おれは感謝の気持ちが溢れてくるのを感じながら、

 

「あなたのお墨付きなら心配はいりませんね。…ここまでしてくださって、ありがとうございました」

 

 と言った。その直後、おれの足元に光り輝く魔法陣らしきものが現れ、ぐるぐると回り始めた。徐々に意識が薄れていくのを感じていると、思い出したかのように老人が言った。

 

「あぁ、そうじゃ。ワシからも、おぬしが喜びそうな力をプレゼントしておいた。まあ、それは後のお楽しみじゃの」

 

 

 ………プレゼント?

 

 

 

 疑問に思うのもつかの間、足元の魔法陣が強烈な光を放ち、おれは意識を失った。

 

 




 いかがでしたか?今回はロクアカのキャラと全く絡みませんでしたが、大丈夫です、そのうち出てきます。たぶん…


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こんにちは異世界

 こんにちは、ゲームの住人です。
 まだ一話しか投稿していないのにお気に入り登録して下さった方、ありがとうございます!
 今回はかなり短めになってしまいましたが、二話目です。


(知らない天井だ………)

 

 おれが意識を取り戻して最初に思ったのは、そんなどうでもいい事だった。

 どうやらおれは何処かに寝かされているらしい。

 周囲を探ってみようとするが、何故か身体をうまく動かす事ができない。ふとある可能性に思い当たり、自分の手を顔の前に持ち上げてみる。

 

(ああ、やっぱり……)

 

 おれの視界に映ったのは、小さくてぷにぷにした赤ん坊の手だった。

 

 

 おれが意識を取り戻してから十分程経った。その間におれは、赤ん坊でもできる事、つまり記憶の整理を行なっていた。

 

 普通は自分が赤ん坊になってしまったらパニックになってもおかしくないが、おれは前世で異世界転生モノの小説を何冊か読んだことがあったのでそこまでパニックにならずに済んだ。

 

 前世の記憶をある程度探ってみるが、問題なく思い出す事が出来た。どうやら何か忘れている訳ではないようだ。

 転生する時にこれまでの記憶を忘れてしまうのではないかと内心かなり不安だったが、そんな事はなかったのでとても安心した。

 

 そういえば転生する直前に、おれを転生させてくれたお爺さんが何か言っていた気がする。正直言ってあの時は意識が朦朧(もうろう)としていたので、何を言っていたのかよく聞き取れなかった。確か……プレゼントがなんとか言っていたが、何かくれるのだろうか?なにを?

 

 考え事をしながら見える範囲で周囲を観察してみたが、今のところ解った事はここが室内だという事くらいだ。………うん、それは見れば解るな。

 

 ところで、おれが記憶の整理を行なっていた理由は、自分の記憶に何かおかしなところがないか探るためだが、実はもうひとつ理由がある。

 

 くぅぅ〜〜………

 

 それは、このお腹の音の正体……つまり、空腹を紛らわせるためだった。

 

 本当は最初に目覚めた時からお腹が空いていたのだが、赤ん坊になってしまったとはいえ、精神年齢十六才の男子高校生が空腹程度で泣くわけにはいかない。そんな事はおれのプライドが許さない。しかし、身体の方はそろそろ限界の様だ。

 

「うぅ……」

 

 泣きたい訳ではないのに身体が勝手に泣こうとする。身体がおれの言うことを聞いてくれない。頑張れ、負けるなおれ!

 

「うぅう〜〜〜」

 

 やめろ、泣くんじゃない………!!

 

「うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」

 

 おれの泣き声が部屋中に響き渡った。

 おれは空腹に勝つことは出来なかった……。

 

 すると、おれの泣き声を聞きつけたのか、一組の男女が慌てた様子で部屋へ飛び込んできた。おそらくおれの両親だろう。母親らしき人がおれを抱き上げてあやしながら父親らしき人に何か指示を出した。それを聞いた男は頷くと、隣の部屋から小さな器とスプーンを持ってきて、器から掬ったおかゆのような物をおれの前にそっと差し出した。おれは半ば反射的にスプーンに食い付く。

 

 それを見た男の人はとても嬉しそうな顔をして、スプーンに新しいおかゆを掬い、おれの前に持ってくる。そんな男とおれを微笑ましそうに眺めながら、女の人がおれに向かって話しかけてきた。

 

「%&∂⊗∅♧★#@〜?」

 

 言葉は全く理解できなかったが、なんとなく「どう?おいしい?」的な事を言っている様だったので、とりあえず女の顔を見て「う〜!」とだけ言っておいた。

 お腹が一杯になったからなのか、おれは眠くなり、両親に見守られながら眠りについた。

 

 

 



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再会

 こんにちは、ゲームの住人です。
 早く主人公を学院に入学させたくて、今回はかなり早足で進めてしまいました。
 3話目です。


 異世界に転生してから、一ヶ月が経った。おれは相変わらずベッドに寝たきりだったが、あれから少し解ってきた事がある。まず、おれの両親についてだ。やっぱりというか、一週間前に始めて会った二人が親だった。

 

 父親の方は、名前をソルといい、青い髪に金色の瞳をした中々のイケメンさんだ。母親の方は、名前をクラリスといい、黒くて綺麗な髪に茶色の瞳のかなり美人な人だ。

 

 おれは自分の外見が気になったが、この部屋には鏡が無いし、まだ歩き回る事が出来ないので、今のところは想像するしかない。美男美女との間に産まれたのだからそこまで悪くはないと信じたい。

 

 おれの名前については、父さんと母さんがおれに話し掛けてくる時に、「コル」という言葉をよく聞くから、多分コルで合ってると思う。

 

 この国の言葉については、父さんと母さんがしょっちゅう話しかけてくるので、なんとなくだが少しずつ意味が解る様になってきた。

 

 

 

 おれが転生してから二年が経った。

 おれは自分一人で歩けるようになり、この世界の言葉もある程度話せるようになった。また、父さんや母さんに色々と質問して判明した事だが、おれ達が住んでいる街はフェジテといって、北セルフォード大陸の北西端にあるアルザーノ帝国という国の南部にある結構大きな街らしい。

 

 また、この世界に転生する前から気になっていた事だが、やはりこの世界にも魔法が存在した。

 正確に言えば魔法ではなく魔術らしいが、おれにとってはどちらも同じ様なものだ。

 

 そして、このフェジテには、アルザーノ帝国魔術学院という、魔術について学ぶ所もあるという。さすが異世界。

 

 ちなみに、家の中を探検している時に、鏡を発見したので自分の外見を確認したところ、黒髪に金色の目で、顔はブサイクではないが「やだ、かっこいい……」という程かっこよくはなかった。あと、家名が気になって母さんに聞いたところ、「ファルリル」だった。……とあるゲームに出てくる嫌いな敵キャラと一文字しか違わなくて地味にショックだった。

 

 

 

 

 

 そして、おれが十才になった時、大事件が起こった。

 その日、おれは母さんに言われて自分の机の引き出しの中を整理していた。

 

「………ん?」

 

 引き出しをいったん机から外した時、おれは引き出しの中に見覚えのない箱を見つけた。

 

(あれ、こんな箱持ってたっけ?)

 

 そう思いながら、おれは何気なく箱を開け、その箱の中から目を離すことが出来なくなった。

 

 

「な……!こ、これは……!!」 

 

 箱の中には、転生して以来ずっと探し続けていた3DSが入っていた。

 この大事件の後、部屋で小踊りしているところを母さんに見つかってしまい、とても恥ずかしかった。

 

 そしてこの日から、おれのゲーム三昧な日々が始まったのだった。なお、この世界からしてみれば、ゲームはイレギュラーな存在だと思うので、この3DSとカセットの事は、両親にはなるべく内緒にすることにした。

 

 ちなみに、おれが選んだ十個のカセットについては3DSにもとから入っていた何も書いてない黒いカセットの中にデータとしてダウンロードされていた。いちいちカセットを入れ替える必要が無くなったので、手間が省けて嬉しかった。

 

 

 

 そして数日後、おれは父さんと母さんから大事な話があるから居間においでと言われ、居間に向かった。

 

「お、来たね」

 

 おれの父さん、ソルは、おっとりとした物腰と優しい喋り方が特徴の全体的にのんびりした人だ。しかし、仕事がかなり出来るようで、この国の財務省に勤めるエリートである。人は見た目によらないとはこの事だな。

 

「父さん、母さん。大事な話って何?」

 

「ああ、それは…」

 

 父さんが何かを言おうとした時、お茶をコップに注いできてくれた母さんが、

 

「まあまあ二人共、立ち話もなんですから、座って話しませんか?」

 

 と言ってきた。

 おれの母さん、クラリスは、基本しっかり者だが、天然なところがあり、たまに素でとんでもない事をやらかすかわいい人だ。仕事で敬語に慣れきってしまい、敬語で話さないと落ち着かないらしいので、おれや父さんにも敬語を使っている。ちなみに母さんも財務省に勤めている。キャリアウーマンだ。

 

 母さんの言葉を聞いた父さんは、「そうだね」と頷いてから、居間にある椅子に座った。

 おれと母さんが椅子に座ったのを確認した父さんは、めったに見せない真剣な顔をして言った。

 

「コル、魔術を習ってみたいとは思わないかい?」

 

「魔術を?」

 

 もしかして、3DSの事がバレたんじゃ……と思っていたので、この言葉は予想外だった。

 

「そう、魔術だよ」

 

「興味はあるけど……でもどうして急にそんな事を?」

 

 おれがそう尋ねると、今度は母さんが言った。

 

「この間私と一緒に買い物に行ってアルザーノ帝国魔術学院の前を通った時に、学院のほうを見ていたでしょう?もしかしたら、あなたも学院で魔術を学びたいのかなって思って、お父さんと相談したんです」

 

「そっか……」

 

 相槌を打ち、考え込むおれに、母さんが少し慌てたように言った。

 

「あ、無理に行く必要はないんですよ!コルがもし学院で魔術を習いたいと思うなら、私達はコルの意見に賛成しますし、応援しますって事を伝えたかったんです」

 

 魔術学院には前から興味があったし、おれも魔術を使ってみたいとは前から思っていた。それに、父さんも母さんも俺の事をこんなに考えてくれていたんだ。断わる理由なんて無い。

 

「……うん、ありがとう二人共。おれ、アルザーノ帝国魔術学院に行きたい。行って、魔術の勉強がしたい」

 

 おれがそう言うと、父さんと母さんは優しく微笑んだ。

 こうして、おれはアルザーノ帝国魔術学院へ行くことにが決まった。

 

 

 そして、十五才になった今。

 おれは無事にアルザーノ帝国魔術学院に入学した。

 




 次回からはロクアカのキャラクター達とも関わる予定です。


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アルザーノ帝国魔術学院

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回でやっとこの作品のヒロイン、システィーナを出すことができました。キャラが少しおかしいかもしれませんが、温かい目で見守ってくださると助かります。
 では、4話目です。


 おれが学院に入学してから、一年後。

 

 

 少しずつ昇る太陽が、歴史を感じさせる建物を照らし始める。徐々に明るくなる街が、朝の訪れを告げていた。

 そんな街の中、静かに朝もやが立ち込める朝の空気を切り裂くように、一つの人影が駆けていた。

 おれだ。

 

「ヤバイ、寝坊した………!」

 

 そう叫びながら、おれは全力で走る。

 何故寝坊してしまったかと言うと、いつもはおれを起こしに来てくれる母さんが昨日の夜から仕事でいないからだ。我が家の朝は母さんの声で始まる。休暇を貰い、久しぶりに家に帰ってきていた父さんも今日から仕事だったらしく、つい五分前に二人して慌てて家から飛び出して来たところだ。いつも起こしに来てくれる母さんの有り難みが身に沁みた。

 

 おれは街の路地裏に飛び込み、細くて複雑な道を最短距離を考えながら走り抜ける。路地裏から大通りへ飛び出し、人を避けながら全力疾走する。

 

 走る途中で、目の前に見えてきたパンを売っている屋台に向かって速度を落とさずに走りつつ、「おっちゃん!いつもの!」と叫び、準備していた小銭を一枚屋台の中へ投げ込んだ。

 

 屋台の中にいたおっちゃんが小銭をキャッチし、同時に「おう!毎度!」と叫びながら手に取ったパンをおれに向かって投げ飛ばす。

 

 飛んできたパンを片手でキャッチし、「ありがと!」と礼を言いながら屋台の前を駆け抜ける。

 

 この間、約五秒。

 

 おれとおっちゃんのこのコンビネーションはこの市場の名物になりつつあるらしいが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。なんせ、おれのクラスには怒らせたら厄介な人がいるのだ。遅れる訳にはいかない。

 

 走りながら首尾よく朝食を確保したおれは更にスピードを上げ、アルザーノ帝国魔術学院目指して朝のフェジテを駆け抜けた。

 

 

 

 

「遅い!」

 

 息も絶え絶えになりながら教室のドアを開けると同時に、不機嫌そうな声がおれに向かって投げ掛けられた。しかし、おれの腕時計が正しければ、ギリギリで遅刻は免れたはず。……もしかして、この腕時計ズレてるのか?

 不安になり、教室に備え付けられた時計を見上げるが、遅刻はしていなかった。おれは声の主に抗議を試みる。

 

「遅いって……言っても、まだ、五分前……じゃ、ないか」

 

 さっきまで全力疾走していたせいで、言葉を発するのもままならない。荒い息を吐きながらなんとかそう返すが、不機嫌そうな声は無慈悲にこう返した。

 

「この誉れある学院の生徒なら、十分前入室は基本よ」

 

 どうやら五分前入室はおれにとってはセーフだが、彼女にとってはアウトだったようだ。

 

「さっきのも結構ギリギリだったのに、これ以上急いだらおれ死んじゃうよ……」

 

 そうぼやくおれに呆れた目線を向けながら、不機嫌そうな声の主、フィーベルさんは、

 

「それはコルが時間に間に合うように家から出て来ないからでしょう?だからそんなに急がないといけなくなるのよ」

 

 と、厳しい一言を下さった。

 すると、そんなフィーベルさんを(なだ)めるように、フィーベルさんの隣に座っていた少女、ティンジェルさんがこう言った。

 

「まあまあ、コル君も疲れてるみたいだし、その辺にしてあげなよ、システィ」

 

 その言葉を聞き、フィーベルさんは、

 

「今回はこの位にしてあげるけど、次は十分前には入室しないと駄目よ?分かった?」

 

 とおっしゃったので、「……善処シマス」とだけ答え、おれは教室の窓際、一番奥の自分の席へ向かった。

 自分の机に突っ伏して消耗した体力を回復しようとしていると、友人のカッシュが声を掛けてきた。

 

「朝っぱらから説教女神に説教されるなんて、お前も災難だな……」

 

「そう思うなら今日の学食奢ってくれ……」

 

 おれがそう言うと、カッシュは「おう、任せろ!」と快く学食を奢る約束をしてくれた。…冗談だったんだけどな……。

 心の中で今度カッシュになにか奢る事を決意しながら、おれはさっき調達した朝食のパンを食べ始めた。

 

「父さんは無事に朝食を確保出来たかな…?」

 

 まるで頭が爆発したかのような寝癖をしていた我が父を思い出しながらパンをかじっていると、すぐ横の窓から一羽の小鳥が入ってきて、おれの机の上にちょこんと乗った。

 

「おはようさん」

 

 そう言って、小鳥の前に小さくちぎったパンを置いてやる。小鳥はつぶらな瞳でおれの顔を見つめた後、目の前のパンをつつき始めた。 

 この小鳥は、以前教室に入ってきた時にパンくずをあげてからおれに懐いてくれたようで、たまにこの時間帯に遊びに来るようになった。

 

 パンをつつき終わった小鳥の頭を人差し指でそっと撫でてやる。小鳥は気持ち良さそうに目を細めた。

 

「あぁ………今日も平和だなぁ………」

 

 転生前は異世界=魔法が飛び交ってるヤバイ所というイメージだったが、全くそんな事は無かった。平和って素晴らしい……。

 おれが撫でるのを止めると、小鳥はおれの指を軽くつついてから、窓の向こうに飛び去った。

 

 

 

    システィーナ   

 

 コルが自分の席に向かうのを横目で見ながら、システィーナはため息をついた。

 

「はあ……遅刻ギリギリの時間に来るなんて、コルにはこの学院の生徒としての自覚が足りないわね」

 

 そう言うと、隣に座っているルミアが苦笑した。

 

「あ、あはは……きっとコル君もなにか事情があるんじゃないかな?いつも遅れてる訳じゃないんだし……」

 

「いーえ、あれは絶対に寝坊だわ。そうじゃなかったら、あんなに寝癖がついているはずが無いもの」

 

 ルミアと同時に後ろを振り返り、コルを見る。机に力尽きたように突っ伏しているコルの黒い髪は、まるで竜巻が通過した後のようにあちこちがぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 

「ほ、ほんとだね……」

 

「ね?あれは絶対に寝坊よ」

 

 システィーナがコルの跳ねた髪の数を数えていると、ルミアがふと思い出したかのように言った。

 

「そういえば………コル君って不思議な人だよね?何ていうか……雰囲気が他の人と違うというか……」

 

「あれ、ルミアもそう思ってたの?実は私も」

 

「うん…妙に変な事に詳しかったり、逆に皆知ってる事を知らなかったり……」

 

 そうなのだ。コル=ファルリルという男は、周りの人と比べると、どこか違う雰囲気を持っていた。優等生であるシスティーナでさえも知らないような事を知っていて博識なのかと思っていたら、皆が知っている事、いわば常識のような物を知らなかったりと、どこかが抜けている。

 

 それに、一度だけだが、彼がなにやら緑色をした箱のような物を持ち歩いていたのを見た事がある。とても大事そうに扱っていたのが印象に残っているが、アレが何なのかシスティーナには分からなかった。その箱について一度彼に聞いてみたのだが、分かったのは彼は誤魔化すのが下手だということぐらいで、箱については何も教えてくれなかった。

 

(あの箱はコルにとって何なのかしら……)

 

 今度もう一度あの箱について聞いてみようと、システィーナは密かに決めた。

 

 システィーナがそんな事を考えていると、ルミアがコルの方を微笑ましそうに眺めながら言った。

 

「でも、コル君が優しい人なのは分かるね」

 

「え?」

 

 システィーナが再びコルの方を見ると、コルは窓から入って来たのであろう小鳥に、自分のパンを分けてやっていた。

 その光景を見て、システィーナはわずかに口元を緩める。

 

「ええ、そうね」

 

 朝の澄んだ空気の中、学院の鐘の音が鳴り響く。

 今日もまた、授業が始まる。

 



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担任の失踪、非常勤講師の着任

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回で遂に原作主人公、グレン=レーダス大先生を登場させる事が出来ました。どこで話を区切るか迷ってしまい、いつものより少しだけ長くなってしまいましたが、
 5話目です。どうぞ。


 フィーベルさんからお小言を頂いた次の日の朝、教室の扉を開くと、教室の中にいたフィーベルさんがおれを見て満足そうに頷いた。

 

「おはよう。今日はギリギリじゃなかったわね。寝癖もついてないし」

 

「注意された次の日に遅刻をかます度胸は流石にないかな。おはよう、フィーベルさん、ティンジェルさん」

 

「おはよう、コル君」

 

 挨拶を交わしながら、おれは教室の中に入る。

 自分の席に向かっていると、クラスメイトのカイとロッドが真剣な顔をして話しかけてきた。

 

「おい、知ってるかコル?明日から学食のメニューに新しいのが加わるらしいぞ」

 

「へー、何が追加されるか楽しみだな。あ、そうだ。二人共、この前パスタが美味い店を見つけたから今度行ってみないか?」

 

「おお、良いな」

 

「ふっ……。料理に関しては誰よりもうるさいこの俺の舌を唸らせる事はできるかな?」

 

 二人と他愛もない事を話してからおれは席に着く。

 いつものように遊びに来た小鳥と戯れてから、おれはズボンのポケットからこっそりと3DSを取り出した。

 

 今日は少し早めに登校したので、ホームルームが始まるにはまだ時間がある。その空いた時間を有効活用するべく、おれはゲーム機を起動した。

 

 おれの席は教室の一番後ろ、かつ隣の席はクラスの人数の関係で無人なので、心置きなくゲームをエンジョイでき………

 

「ねえ」

 

「うおぁぁああっ!?」

 

 いきなり横から声がして、おれは思わず飛び上がった。

 

「そ、そこまで驚かなくても良いじゃない」

 

 いつの間にかおれの横に人が立っていた。

 お互いがお互いの声で驚いたようだ。

 おれの叫び声にびっくりしたように硬直している、おれを驚かせた犯人、フィーベルさんは気を取り直したように言った。

 

「ソレ、いつも持ち歩いてるみたいだけど、何の道具なの?」

 

 フィーベルさんの視線はおれが慌てて3DSを突っ込んだポケットに向いている。

 

「あ、いや、これは……」

 

 返事に困っていると、タイミング良く学院の鐘の音が鳴り響いた。ナイス!

 

「ほ、ほら!もう時間だろ?席に着きなよ」

 

 そう促すと、フィーベルさんは残念そうな顔をして去っていった。あ、危なかった……。

 どうやらこの3DSは、フィーベルさんに完全にロックオンされてしまったらしい。当分は持って来ない方がいいかもしれない。

 そう考えている間にホームルームの時間になったが、教室に入ってきたのは、何故か隣のクラスの担任をしている先生だった。

 

「あれ、何でハーレイ先生が?」

 

「ヒューイ先生は?」

 

 教室がざわつく中、皆の疑問に答えるかのように、先生はこう言った。

 

「ヒューイ先生は先日、この学院を退職なさった。代わりの教師が来るまで、このクラスの授業は他の先生方が代わりにしてくださる」

 

 その言葉を聞いたクラスメイト達は一様に疑問を抱き、先生に質問しようとするが、それらを跳ね除けるように先生は言葉を重ねる。

 

「私はこの後自分のクラスにも行かなければならないので、ホームルームはこれで終わりとする」

 

 それだけ言い残して、先生は教室を去っていった。

 

 そしてその日から、おれ達のクラスの授業は他の先生達が交代でするようになった。魔術の起動の仕組みはよく分からなかったが、ヒューイ先生の授業は頭に入りやすかったし、話しやすい先生だったので少し残念に思った。でも、一番堪えたのはフィーベルさんだろうな。ヒューイ先生が教師を辞めたと聞いてから、おれの3DSの事なんてすっかり忘れているようだ。これで3DSについての心配事は無くなったのだが、ヒューイ先生の事もあり素直には喜べなかった。

 

 

 こうして、おれ達のクラスはしばらくの間、担任の教師が居ないという寂しい状態で過ごした。

 

 

 それから、一ヶ月後。

 この日は母さんが家に居てくれたおかげで遅刻を免れたおれは、教室でゲームをしていた。今ちょうどダンジョンの最奥に辿り着いたのだが、マップを確認したところ、この先は広い空間になっており、どう考えてもボス戦の予感しかしない。ホームルームまでに倒せる保証は無いので、突撃するかどうか迷いながら、とりあえずキャラクター達の装備を確認して、アイテムを整理していると、突然とんでもない人物が教室に入って来た。

 

「アルフォネア教授……!?」

 

 セリカ=アルフォネア。

 一から七まである魔術師の位階、その最高位の第七階梯(セプテンデ)に唯一至ったと言われている、いわばこの国で一番の魔術師だ。

 

 今まで騒がしかった教室の中が途端に静かになる。

 しんと静まり返った空気の中、教卓の前に立ったアルフォネア教授は、教室に居る生徒達を見渡してから、こう言った。

 

「今日はこのクラスに、ヒューイ先生の後任を務める非常勤講師がやってくることになった」

 

 その言葉を聞き、教室が少しだけざわつき始める。

 アルフォネア教授は更にこう続けた。

 

「まあ、なかなか優秀な奴だよ」

 

 その言葉に、おれを含めたクラス全体に衝撃が走った。

 

「楽しみにしておくといい」

 

 そう言い残して、アルフォネア教授は教室を出ていった。その瞬間、教室が一気に騒がしくなる。話題は言わずもがな、今日赴任してくる非常勤講師についてだ。

 

「アルフォネア教授のお墨付きか…」

 

 おれは半ば無意識にそう呟いた。

 この一ヶ月、ずっと担任の先生がいなかったクラスに新しい先生が赴任してくること自体が喜ばしい事だ。しかも、あのアルフォネア教授が「優秀な奴」と言うことは、かなり優秀な人が来るのだろう。クラス中の期待が、否応なく高まる。おれも少しわくわくしている。今の状態だとボス戦に集中出来なさそうだ。

 

(……うん、ゲームは家に帰ってからしよう)

 

 そう思い、おれはセーブしてからゲームの電源を切り、新しい先生が来るのを待った。

 

 

  〜〜〜〜一時間後〜〜〜〜

 

「………おっそ!」

 

 おれがそう呟いたのと同時にフィーベルさんが、

 

「…………遅い!」

 

 と叫んだ。おっと、気が合いますねフィーベルさん。

 フィーベルさんはクラスの皆の気持ちを代弁するように続けた。

 

「どういうことなのよ!もうとっくに授業開始時間過ぎてるじゃないの!」

 

「確かにちょっと変だよね………何かあったのかな?」

 

 フィーベルさんの隣に座っているティンジェルさんも首をかしげている。

 

 他のクラスメイト達もさっきから落ち着かない様子でざわめいている。

 

「あのアルフォネア教授が推す人だから期待してたのに……これはダメそうね」

 

「そんな、評価するのはまだ早いんじゃないかな?何か理由があって遅れてるのかもしれないし……」

 

「たとえどんな理由があっても遅刻するのは本人の意志が低いからよ?本当に優秀な人が遅刻なんてするはずないんだから!」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 ゔっ、心に刺さる………!

 

「まったく、就任初日からこんな大遅刻するなんていい度胸ね。これは生徒を代表して一言言ってあげないといけないわね……」

 

 フィーベルさんがそこまで言った時、教室の扉が開いた。

 

「悪ぃ悪ぃ、遅れたわー」

 

 どこかやる気の無さそうな声が響き、教室中の視線がそちらに集中する。フィーベルさんが、「やっと来たわね!ちょっと貴方、一体どういう……」と言いかけて、途中でそのセリフが不自然に途切れる。どうしたのかと思い、おれが突っ伏していた顔を上げるのと、フィーベルさんが叫び声を上げたのは同時だった。

 

「あ、貴方は   ッ!?」

 

 フィーベルさんの視線の先にいたのは。

 だらしなく着崩したびしょ濡れでところどころ汚れている服を着た、黒髪の男だった。一体何かあったらここまでボロボロになるのだろうか。男はフィーベルさんをチラリと一瞥(いちべつ)し、こう言った。

 

「………違います。人違いです」

 

「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな人がそうそういるわけないじゃないですか!!」

 

 どうやらフィーベルさんはこの人と知り合いのようだ。

 まあ、彼女の反応からしてあまり仲が良い訳ではなさそうだが。クラスメイト達も突然現れた不審な男に困惑しているようだ。

 

 そんな周りの雰囲気を意にも介さず教卓に立った男は、黒板に自分の名前を書き、自己紹介を始めた。……まさか、この人がアルフォネア教授が言ってた先生?

 

「えー、グレン=レーダスです。本日から約一ヶ月間、諸君らの勉学の手助けをさせて頂きます。これから頑張っていきますので、短い間ですが………」

 

 そこまで言った時、フィーベルさんが話を遮るように言った。

 

「挨拶はいいので、早く授業を始めてくれませんか?」

 

 それを聞いたグレン先生は、

 

「それもそうだな…かったるいけど始めるか………仕事だしな……」

 

 と気だるげに呟き、

 

「えぇーと確か、一限目は魔術基礎理論Ⅱだったか…?早速だが始めるぞ……」

 

 そう言って黒板に向き直り、チョークを手に取った。

 それまで胡散臭そうに見ていた生徒達も、先生がチョークを手に取ったのを見て、気を引き締める。おれ達が注目する中、グレン先生はチョークを黒板に素早く滑らせた。

 

 自習。

 

 その文字を認識した瞬間、おれは自分の頭がおかしくなったのかと本気で思った。だが、何度目をこすっても黒板に書いてある文字は変わらない。おれのクラスメイト達も黒板に書かれている言葉の意味が理解できなかったのか、呆然とした表情で黒板の文字を凝視している。

 

「はい、本日の一限目は自習にしまーす………眠いから」

 

 この教室の空気を一瞬で凍りつかせた当の本人は、大あくびをしてから教卓に突っ伏した。十秒もしない内にいびきが聞こえてくる。それから間もなく、グレン先生の頭にフィーベルさんの教科書が彼女の怒りの声と共に直撃した。

 

 




 ポケモンが全く出てきませんが、もう少ししたらちゃんと出しますので、今しばらくお待ち下さい。


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ろくでなし

 こんにちは、ゲームの住人です。
 遂に知り合いがインフルエンザにかかってしまいました。皆さんは大丈夫でしょうか?まだまだ寒い日が続きますので、体調にはお気をつけ下さい。
 では、6話目です。


「おい、見ろよコル、あの講師を……」

 

「ああ、昼飯を食いっぱぐれた時のカイと同じかそれ以上に酷い顔をしてるな……」

 

「はぁ!?俺あそこまで酷い顔してねぇよ!何言ってんのお前ら!?」

 

 おれ達の視線の先には、まるでゾンビのような酷い顔をしたグレン先生が授業を行っていた。

 

「〜でこれがきっと大体こんな感じで〜」

 

 黒板には子供がイタズラで書いたような汚すぎて読めない文字が綴られ、教科書の内容をまるでお経のように読み上げる。この世にこれ程までに解りにくい授業があるなんて思いもしなかった。

 おれが前世に通っていた学校にも教え方が下手な先生というものは存在していたが、この先生と比べたら百倍はマシだ。

 

 しかし驚くべきことに、この授業を真面目に聞いている生徒がいた。リン=ティティスさんだ。

 

「あ、あの……質問があるんですけど……」

 

 その言葉に反応し、グレン先生が振り返る。

 

「なんだ?」

 

「えっと…先程先生がおっしゃったルーン語の共通語訳が分からなかったんですが……」

 

「悪いな、俺も分からん。自分で調べてくれ」

 

「えっ?」

 

 グレン先生にそう返されたティティスさんは、どう反応したらいいのか分からずに困惑していた。

 その言葉に我慢出来なくなったらしいフィーベルさんが立ち上がり、グレン先生に厳しい目を向けながら言った。

 

「先生、今の対応はあんまりじゃないですか?」

 

 その言葉に、グレン先生は面倒くさそうに応じる。

 

「あのな、俺も分からんって言ってるだろ?分からんものをどうやって教えろってんだよ」

 

「それを調べて生徒に教えてあげるのが先生としての正しい対応なんじゃないですか?」

 

「自分で調べた方が早いだろ」

 

「くっ………もういいです!」

 

 流石の彼女でもこの先生は手強かったようで、フィーベルさんは諦めたように着席してしまった。

 周囲の雰囲気は最悪で、生徒達の苛立ちが肌で感じられる程だった。こういうピリピリした雰囲気苦手なんだよなぁ……。

 

 こうしてグレン先生の最初の授業は、最悪な空気の中ダラダラと過ぎていった。

 

 昼休みの時間になった。

 おれは一人で食堂へ向かっていた。窓の外を眺めながらのんびり歩いていると、目の前の曲がり角から何故かさっきよりもボロボロのグレン先生が現れた。

 

「あ、グレン先生」

 

 思わずそう呟くと、その声が聞こえていたのか、グレン先生が振り返る。

 

「ん?お前は……」

 

 おれが教室にいたのは覚えているようだが、なんと呼び掛ければいいか分からないようだ。

 

「コル=ファルリルです。気軽にコルって呼んでください」

 

 おれがそう言うと、グレン先生は、

 

「そうか、コルな。覚えやすくていいわ」

 

 といかにも彼らしい事を言った。先生も食堂に行くようだったので、おれ達は一緒に行くことにした。

 

「ところで、先生。なんでそんなにボロボロなんですか?」

 

 おれがさっきから気になっていた事を訊ねると、先生は少し面倒くさそうにしながらも教えてくれた。

 

「あー、これか?さっき更衣室に着替えに行ったら、昔と違って男子更衣室と女子更衣室の場所が入れ替わってたんだよ。それで間違って女子更衣室に入っちまって…」

 

「よ、よく生きて帰ってこれましたね………」

 

「俺もそう思う」

 

 そんな事を話していたら食堂に着いたので、それぞれ食べたい物を注文し、料理を受け取ってから、おれ達は空いている席を探し始めた。

 

「おい、あそこが空いてるぞ」

 

 グレン先生がちょうど空いているふたつの席を教えてくれた。この先生は、捻くれてはいるが意外と良い人なのかもしれない。

 

 二人でそこに向かっていくが、空いている席の近くにフィーベルさんとティンジェルさんが仲良く座っているのを発見してしまった。グレン先生とフィーベルさんを引き合わせると揉め事にしかならなさそうなのでおれは慌てて先生を引き止めようとするが、先生は止める間もなくフィーベルさん達の近くの席に行ってしまった。

 

「あ、貴方は……!」

 

「違います。人違いです」

 

 そう言いながら、グレン先生がフィーベルさんの斜め前の席に座り、周りの事など知ったことかというように昼食を食べ始める。

 

 おれは面倒事に巻き込まれたくなかったので他の空いている席を探すが、残念ながら他に空いている席は無さそうだ。諦めてフィーベルさん達の所に行くことにする。

 

「あ、コル君」

 

 ティンジェルさんがおれを見つけて手を振ってくる。

 ……うん、ティンジェルさんのファンクラブが存在する理由が少しだけ分かった気がした。

 

「二人共、ここで食べてもいいかな?他に空いてる席が無くてさ……」

 

「もちろん良いよ。ね、システィ?」

 

「……別にいいわよ」

 

 二人がいいと言ってくれたので、おれは有り難くフィーベルさんの正面の席に着き、昼食を食べ始めた。

 

 少しして、不意にティンジェルさんがグレン先生に話し掛けた。グレン先生も話し掛けられればきちんと応じるタイプの人のようで、ふたりは仲良くとまではいかないが、それなりにスムーズに会話が進み始めた。また、先生とティンジェルさんは席が正面なので、位置的にも話しやすいのだろう。

 

 一方、おれとフィーベルさんはお互い黙々と昼食を食べていた。おれは沈黙が気にならないタイプなので黙っていても別にいいのだが、フィーベルさんがさっきから居心地悪そうにしている。こんなレアな彼女は中々見られないのでこのままにしとこうかとも思ったが、それはそれで彼女が可哀想な気がするので、おれはフィーベルさんに何の話題を振ろうかと考え始めた。しかし、なかなか良い話題が浮かばない。困っていたおれの視界に、フィーベルさんの昼食が入った。

 

「……なあ、それだけで足りるの?」

 

「え?」

 

 急に話し掛けられたのに驚いたのか、目をぱちくりとさせるフィーベルさんを見ながら、おれは彼女の昼食を指差した。

 

「それ」

 

「…ああ、これ?」

 

 フィーベルさんは自分の皿に乗っているスコーンをフォークで軽くつついた。

 

「お昼ご飯をたくさん食べちゃうと、眠くなって午後の授業に集中出来なくなるのよ」

 

「でもそれだと、授業中にお腹空いたりして逆に集中出来なくならないか?おれからしてみれば、そんなの腹の足しにもならないよ」

 

「あなたからすれば足りないかもしれないけど、私はこれで意外とお腹一杯になるのよ」

 

「へぇ、そういうものなんだな」

 

「ええ、そういうものよ」

 

 そう言って、フィーベルさんは微笑した。

 おれは彼女を思わずまじまじと見つめてしまった。

 

「……?何?」

 

「あ、いや……………なんでも……」

 

 おれが視線を逸らした先には、こちらを微笑ましそうに見守るティンジェルさんと、ニヤニヤしているグレン先生の姿があった。

 

「………………」

 

 つい魅入ってしまった恥ずかしさを誤魔化すように、おれは昼食をかき込んだ。

 

 




 あれ………?おかしいな………。
 なんか後半がラブコメっぽくなってしまった………。
 


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生徒VS教師

 こんにちは、ゲームの住人です。
 途中まで書いていたのを誤って消してしまい、しばらく落ち込んでいましたが、お気に入り登録してくださった方々の為に、頑張って書き直しました。長い戦いだった………。
 では、7話目です。


 おれ達のクラスにグレン先生がやって来てから、一週間が経った。

 グレン先生はこの一週間、一度たりとも授業を真面目にしようとしなかった。当然生徒達からの評判は下がっていく。フィーベルさんがなんとか真面目に授業をさせようと頑張っているが、今のところその頑張りは全て徒労に終わっていた。

 

 だが、おれは何故かグレン先生が悪い人とは思えなかった。交流らしい交流といえば一週間前に食事を共にしただけなのだが。

 

 なんせ、グレン先生はあの(・・)アルフォネア教授に「なかなか優秀な奴だよ」とまで言わせた人物なのだ。

 おれはグレン先生が授業を真面目にしたくない理由があるから適当にしているだけであって、先生が真面目に授業をすれば他の先生よりもかなりいい授業をするのではないかと睨んでいる。

 

 しかし、当のグレン先生には授業を真面目にする気はさらさら無さそうだ。今なんて、黒板に教科書を釘で直接打ち付けている。黒板に教科書を固定する事でそれ以降の授業内容を板書する手間を省くつもりらしい。その発想力と行動力は賞賛に値する。

 

 だが、しばらくは大人しく自習をしていたフィーベルさんも流石にその暴挙を見て我慢が出来なくなったようで、

 

「いい加減にしてくださいッ!」

 

 と立ち上がりながら叫んだ。しかし、先生は

 

「む?だからお望み通りいい加減にしてるじゃないか」

 

 と言い放つ。

 

 それからは、ここ最近ではすっかり見慣れた注意と屁理屈の応酬だ。こうなるともう誰にも止められない。

 

 おれは軽くため息をついて、3DSを取り出す。この間到達したボス部屋はとっくに攻略して、今は新しく辿り着いた大きな街の中を散策しているところだ。おれは街の中の店を一軒一軒見て回り、町中に居るNPCひとりひとりに話を聞く。

 

「そんなに怒るなよ。白髪増えるぞ?」

 

「し、失礼ね!これは白髪じゃありません!銀髪です!」

 

 ほとんどのNPCは大したことは喋らないのだが、そいつ等が話してくれる世間話やうわさ話の中にはたまに重要な事が含まれていたり、豆知識のようなものもあるのでおれはNPCを見かけたら必ず話し掛けるようにしている。その後はしばらく街の中を特に意味も無くうろうろしている。このゲームは結構細部まで造り込まれていて、こうして街の中を目的もなくぶらつくのは結構楽しい。心なしかおれのアバターも楽しそうに見える。

 

「先生が授業を真面目にしないのなら、私にだって考えがありますから!」

 

「ほう、言ってみろ」

 

 昔疑問に思った事がある。新しいゲームのCMやプロモーションムービーを見た時はそのストーリー性や画質の良さ、そして自由度の高さなどに感動し、そのゲームが喉から手が出る程欲しくなるのに、いざ買ってしばらくプレイしていると、あんなに喉から手が出る程欲しかったゲームをしているのにいつの間にか何とも思わなくなるのは何故だろう?と。

 

「私の親はこの学院にそれなりの影響力を持っています。私が進言すれば、貴方をこの学院から追い出すことだって出来るんです」

 

「………マジ?」

 

 答えはすぐに出た。慣れるからだ。ずっとゲームをしていると最初はひとつひとつに感動するが、その光景を見続けていると意識が無意識の内に「これが普通だ」と認識してしまうからだ。だからゲームの中で素晴らしいモノを見つけても、それが素晴らしいモノだと気付かなくなってしまうのだ。

 

「本当はこんな脅迫みたいな事はしたくはありません。でも、先生が授業を真面目にしないのなら  

 

「両親に宜しくとお伝えください!」

 

「………え?」

 

「いやー、良かった!俺が辞職届出したらセリカの奴から殺すって脅されてたんだけど、生徒の親からの苦情が原因ならアイツも流石に俺が仕事を辞める事を許してくれんだろ!ありがとな!」

 

「………ッ!」

 

 これは現実にも言える事だ。例を挙げるなら、凄く歌詞が良くて感動した歌も、毎日聞き続けたら何とも思わなくなる、みたいな。

 ここまで長々と語ってしまったが、要するにアレだ。「慣れは怖いね」って事だ。

 

 授業はおろか、この世界とも全く関係ない事を考えながらアバターをのんびり散歩させていると、おれは教室の中が異様に静かになっている事に気付いた。何事かと思い、顔を上げると、衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

 

 フィーベルさんがグレン先生の前を睨むようにして立っている。その左手には何も付けていない。そして、グレン先生の足元にはフィーベルさんの物と思われる手袋が落ちていた。おそらく、というか間違いなくフィーベルさんが決闘を申し込んだのだろう。ティンジェルさんが「ダメ!システィ!今すぐ手袋を拾って!」と叫んでいるが、フィーベルさんは引くつもりは無さそうだ。グレン先生が珍しく真面目な顔をして言った。

 

「お前……本気か?」

 

 グレン先生の問いにフィーベルさんははっきりと答えた。

 

「ええ」

 

「何が望みだ?」

 

「そのふざけた態度を改めて、きちんと授業をして下さい。最初は辞表を書いてもらおうかと思っていましたが、貴方の態度を見る限り、それはあまり効果が無さそうなので」

 

 フィーベルさんがそこまで言い切ると、先生は呆れた顔をした。

 

「お前、解ってんのか?お前が俺に要求出来るって事は、俺がお前に要求する事も出来るって事だぞ?そこらへんちゃんと考えてんのか?」

 

「はい」

 

 グレン先生もフィーベルさんの表情を見て、止めるのは不可能だと判断したらしい。面倒くさそうな顔をしながらもフィーベルさんが投げつけた手袋を拾い上げ、言った。

 

「その決闘、受けてやるよ」

 

 その後、先生とフィーベルさんは細かいルールを定め、決闘場所を中庭ですることに決めた。ちなみに、グレン先生が勝ったときの要求は「グレン先生に対する説教禁止」だ。

 

 先生とフィーベルさんが教室を出て行く後に続き、おれ達もどっちが勝つかを予想しながら中庭に向かった。因みにおれは先生が勝つと予想した。

 

 

 

 おれ達が中庭に着くと、そこには若干緊張しているフィーベルさんと、飄々(ひょうひょう)とした表情のグレン先生が十メートル程の間隔を開けて立っていた。

 

「ほら、いつでもかかってこいよ」

 

 先生は余裕の表情でフィーベルさんを煽っている。対して、煽られたフィーベルさんは額に微かに汗を滲ませている。しかし、次の瞬間には彼女は覚悟を決めた顔をして先生を指差し、呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》  ッ!」

 

「ぎゃああああああああああ  !!」

 

 どさり。と倒れ伏す音が響く。

 シーン、と辺りが静かになった。

 おれは半ば呆然としながら、隣のカッシュに話し掛ける。

 

「なあ……これって………」

 

「あ、ああ……。システィーナの勝ち、だよな……」

 

 そうは言っているが、カッシュもどこか自信なさげだ。

 

「……あ、あれ?私、ルール間違えた?」

 

 呪文を放ったフィーベルさん本人もオロオロする中、倒れていたグレン先生がゆらりと起き上がる。

 

「くっ……!なんて卑怯な……こっちはまだ準備できてないというのに急に仕掛けて来るなんて……」

 

「え?いつでもかかってこいって先生が言ったんじゃ……」

 

「ふ、だがこの勝負は三本勝負だったからな。このくらいのハンデは必要だろ」

 

「……は?」

 

 突然の三本勝負宣言にフィーベルさんはもちろん、決闘の行方を見守っていたクラスメイト達も眼を見開く。

 

「さあ、行くぞっ!《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち  

 

「《雷精の紫電よ》  ッ!」

 

「ぴぎゃああああああああああああ!!」

 

 再び倒れ伏すグレン先生。しかし今度は先程よりも少しだけ早く復活し、よろけながらも立ち上がる。

 

「ふっ、やれやれ。この俺としたことが、五本勝負だからってふざけすぎちゃったな。反省反省」

 

「さっき、三本勝負だって言ったのに…」

 

 フィーベルさんが呆れた顔をしながら呟くと、突然先生がフィーベルさんの後ろを指差して叫んだ。

 

「あー!嘘だろ!?今まで見た事無いくらい近くにメルガリウスの天空城が   

 

「どこッ!?」

 

 先生が言い終わる前に首がもげるんじゃないかと思う程の凄い速さでフィーベルさんが振り返る。そうか、フィーベルさんは重度のメルガリアンなんだったな。

 

「………。と、とにかく、引っ掛かったなバカめ!《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒  

 

 一瞬微妙そうな顔をした先生の呪文が完成しそうになったとき、慌ててフィーベルさんが振り返り、呪文を唱えた。

 

「《雷精の紫電よ》  ッ!」

 

「うぎゃあああああああああ!!」

 

 三度響き渡る叫び声。

 地面に崩れ落ちるグレン先生を半眼で見つめながらフィーベルさんは呟く。

 

「あ、あの……先生ってもしかして……」

 

「ま、まだだ!この勝負は七本勝負だぞ!?まだ終わってない!」

 

「………」

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ちた  

 

「《雷精の紫電よ》」

 

「うぎょわあああああああああー!!」

 

 それから(しばら)くの間、先生は一本取られる度に勝負の数を増やし、あの手この手を使ってフィーベルさんに勝とうとするが、為すすべもなく雷閃に撃たれ続けた。

 そして、勝負が四十七本勝負にまで増えた一戦が終わった後。遂に、グレン先生が音を上げた。

 

「すみません、これ以上は無理です。許して下さい」

 

 フィーベルさんは地面に倒れている先生を呆れたように眺めながら、言った。

 

「先生ってもしかして、【ショック・ボルト】の一節詠唱が出来ないんですか?」

 

 その言葉を聞いたグレンは、ビクッと身体を震わせた後、何かの言い訳をするように早口で喋り始めた。

 

「な、ななな何を言ってるのかな!?そ、そもそも、先人達が練り上げた完璧な呪文を省略するなんて先人達を愚弄してるよね!別にできないからそう言ってるわけじゃないけど!」

 

「できないのね………」

 

 フィーベルさんはグレン先生をジト目で見ていたが、気を取り直したように言った。

 

「とにかく、決闘は私の勝ちですから、明日からは授業を真面目に   

 

「え?なんの事だっけ?」

 

「はい?」

 

「俺お前となんか約束したっけ?全く覚えてないな〜」

 

(マジか………)

 

 どうやらこの人は、フィーベルさんとの決闘をなかった事にするつもりのようだ。流石のフィーベルさんもこの展開は予想出来なかったようで半ば呆然としている。

 

「まさか……先生、魔術師同士で交わした約束を反故にするつもりですか!?それでも魔術師ですか!?」

 

 この問いに、先生は当たり前の事を言うように答えた。

 

「だって俺、魔術師じゃねーから。魔術師じゃねーのに魔術師のルール押し付けられてもなー」

 

「な……、何を言ってるの……!?」

 

「まあ、今日のところは引き分けで勘弁してやるよ!」

 

 そう言い残し、先生は身体のところどころを痙攣させながら周囲の事など意にも介さず去っていった。

 ティンジェルさんが半ばぼんやりとしているフィーベルさんに歩み寄り、声を掛けている様子を見ていると、隣にいたカッシュが頭を振りながらぽつりと呟いた。

 

「なんなんだよ、あの馬鹿」

 

 その言葉を皮切りに、クラスメイト達がグレン先生を愚痴りだした。

 

「【ショック・ボルト】の一節詠唱すら出来ないなんて……」

 

「教師の風上にも置けない人だ」

 

「何故あんな人がこの学院の教師に」

 

 クラスメイト達の酷評は、当分止みそうもなかった。

 

 




 話をどこで区切ろうか迷ってしまい、少し長めになってしまいました。


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会心の一撃

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回は少し短くなってしまいましたが、多分次の話は長めになります。
 では、8話目です。


 グレン先生とフィーベルさんとの決闘騒動は、あっという間に学院中に知れ渡り、瞬く間にグレン先生の評判は地に落ちた。三日経った今では、先生が廊下を歩けば、周りにいた生徒や教師達は、ヒソヒソと先生の陰口を叩く。だが、グレン先生は周りの雰囲気を意にも介さず、自分のペースを貫き通していた。どんだけメンタル強いんだこの人。

 

 今では、クラスメイト達は完全にグレン先生を無視し、授業中に勝手に自習をするようになった。皆もともと魔術に対する関心が高いので、グレン先生の授業で時間を無駄にしたくないのだろう。ちなみにその時間、おれはゲームをしていた。今しているゲームはポケモンだ。おれは三ヶ月前から色違いのポケモンを出そうと頑張っていたのだが、一昨日(おととい)遂に念願の色違いを出す事に成功した。

 

 自分の部屋で歓喜の雄叫びを上げてからしまったと思ったが、幸い両親は仕事で家に居なかったので助かった。

 今はこの色違いのポケモンを鍛えているところだ。レベルが低いのでまだまだ弱いが、これから強くなっていく予定だ。

 

 おれが色違いを眺めながら三ヶ月の苦労を思い出している間に授業が終わったので、おれは育成の続きは夜にすることにして食堂に向かった。ちなみに、今日の学食は鶏肉を煮込んだやつと野菜を煮込んだやつだ。

 

 学食をトレイに乗せて席を探していると、異様な空間を見つけてしまった。

 

 食堂の端っこのテーブルにグレン先生が座っているのだが、先生の周りだけポッカリと穴が空いたかのように席が空いているのだ。

 

 最早いじめじゃんコレ!というかこんな状況でも平然としてるグレン先生のメンタルの強さが底知れないよ!?

 

 おれは流石に先生が可哀想に思えてしまったし、先生が嫌いなわけでもないのでそこに向かうことにする。

 おれが先生の近くの席に向かって行くのを周りの生徒達が驚いたように見てくるが気にせずに座り、こちらを意外そうに見つめる先生に話し掛ける。

 

「随分と嫌われちゃいましたね」

 

 先生は辺りを軽く見回し、なんでもなさそうにこう返した。

 

「まあな。お前はそうでもなさそうだけどな」

 

「おれは皆程魔術に真剣じゃありませんからね」

 

 そう答えると、先生は片眉を上げて興味深そうに質問してきた。

 

「ほう、ならなんで学院(ここ)に来たんだ?」

 

「魔術の仕組みが知りたかったんですよ。ただ単に使ってみたかったってのもありますけど」

 

 そう言うと、何故か先生が少しだけ眼を見開いた。

 

「…そうか。魔術の仕組みについて何かわかったか?」

 

「それがあんまり分からなかったんですよねー。何ていうか、教科書には魔術を起動させる呪文とかしか書かれてないので、どうしてその現象が起こるのかはさっぱりですよ………あ」

 

 もしかして魔術の仕組みが常識過ぎて教科書に載ってないだけなのかと最近は疑っていて、もしそれが本当だったらおれはバカの烙印を押されてしまうと考えたから他の人には聞かなかったのに、つい口を滑らせてしまった。

 

 実際おれの話を聞いたグレン先生は、おれを見てニヤニヤしているし、きっとおれの仮説は正しかったに違いない。

 内心で落ち込んでいると、グレン先生が口を開いた。

 

「コル、お前なかなか面白いな」

 

 終わった………。今絶対バカ認定されてしまった……。

 

「まあ、頑張ればその内分かるんじゃね?」

 

 そう言い残して、おれの心に会心の一撃を叩き込んだグレン先生は空になった食器を手に颯爽と去っていった。

 

 

 

 




 今回から少しずつポケモンの存在をチラつかせ始めますが、最初にどのポケモンを出すかがいまだに決められません。大体考えてはいるんですが……


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衝突

 こんにちは、ゲームの住人です。
 新しく買ったゲームに熱中してました!すみません!
 それにしても最近のゲームって自由度高すぎて何すれば良いのか分からなくなりません?
 9話目です。


 おれが痛恨の一撃を食らって瀕死になってから約三十分後、午後の授業が始まったが、今日もグレン先生は適当な授業を行い、生徒達は各自自習をしていた。おれは教科書を読み返してみるものの、やはり何度読み返しても魔術の仕組みについては分からなかった。早々に諦めて3DSを取り出し、いつもの様に机の下で起動する。意識をゲームへと切り替え、自分がするべき事を頭の中で整理する。午前中はポケモンをしたので、午後からはRPGの時間だ。

 

 おれのアバターは、今から盗賊のアジトを潰しに行くところだ。これはサブクエストなので別に必ずクリアする必要は無いが、クエストを達成した時に貰えるボーナス経験値がかなり多いので、おれはサブクエストもなるべく受けるようにしている。

 

 このクエストはまず盗賊のアジトを探すところから始まるのだが、アジトは昨日寝る前にあらかじめ探し出しておいたので、後は突撃するだけだ。

 

 装備やアイテムの調整をして行く準備を整えていると、ティティスさんが先生に質問している声が聞こえてきた。どうやらティティスさんは、呪文の訳がよく分からなかったらしい。だが先生はティティスさんに説明するのが面倒だったのか、ルーン語の辞書を手渡し、辞書の引き方を解説し始めた。すると、それを見ていたフィーベルさんが立ち上がった。

 

「その男に何を聞いても無駄よ、リン」

 

「あ、システィ」

 

 そのやり取りを聞き流しながら、おれは装備やアイテムの最終確認をする。

 

 装備、良し。

 

 アイテム、良し。

 

 確認を終わらせ、現在の進行度をセーブする。

 どうやらフィーベルさんが放ったセリフのどこかがグレン先生にとっては気に食わなかったらしい。いつもはフィーベルさんの言葉を適当に聞き流すのに、今日は何故か食い下がっている。

 その反応に一瞬戸惑ったフィーベルさんだったが、自分の考えに自信を持っているようで、返答に迷いはない。

 

 その様子をちらっと見てから、おれは盗賊のアジトに突入した。中に居た盗賊は五人。予想していたよりレベルが高めだが、この位なら問題は無い。おれは手早く敵の回復役と思われる奴を片付け、魔法使いに狙いを定めた。

 

 その間にもグレン先生はフィーベルさんに次々と質問をぶつける。フィーベルさんは頑張って答えようとするが、なかなかいい答えを見つける事が出来ずにいるようだ。

 

 おれは魔法使いに攻撃を集中して倒そうとするが、敵の一人が邪魔をしてきてなかなか上手くいかない。しかし攻撃を集中させ続けたおかげで、もう少しで魔法使いを倒せそうだ。

 

 そうしている間にも、先生とフィーベルさんの舌戦は激しさを増す。どうやら、フィーベルさんが劣勢のようだ。グレン先生の言葉の端々に魔術に対する憎悪のようなモノが滲み出しているのを感じる。

 

 おれのアバターが遂に魔法使いのHPをゼロにし、魔法使いが倒れる。残り三人   

 

 ぱぁん!と乾いた音が響く。

 

 おれは戦闘中にも関わらず顔を上げてしまった。

 

 フィーベルさんがグレン先生に歩み寄り、先生の頬にビンタしたのだ。

 

「いっ……てめっ!?」

 

 先生が何かを言いかけて、突然黙り込んだ。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない…もの……」

 

 フィーベルさんは、グレン先生を睨みつけながら、泣いていたのだ。

 

「どうして……ひどい事ばかり言うの……? ………大嫌い、貴方なんか」

 

 そこまで言い終えたフィーベルさんは、逃げるように教室を出ていった。教室に重苦しい沈黙が満ちる。

 

「……今日は自習だ」

 

 そう言い残し、グレン先生は教室を出て行った。

 3DSに視線を戻すと、おれのアバターは盗賊達に惨殺されていた。

 

「…………どうも今日は調子が出ないな」

 

 おれはそう呟き、3DSをしまった。

 




 今回は長めになるとか以前書いときながらそこまで長くはなりませんでしたね……


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ロクでなしの本気

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回からやっとグレン先生がやる気を出し始めましたね。次回からはもっと忙しくなりそうですが……。
 では、10話目です。


 フィーベルさんがグレン先生にビンタをかました日の放課後、おれは帰路に着いていた。夕焼けに染まりつつある美しいフェジテの街並みを眺めながら歩く。

 

 結局グレン先生はあの後全ての授業をサボり、一度も教室に顔を出さなかった。フィーベルさんもそのまま家に帰ってしまったのか、戻って来る事はなかった。

 

 ビンタ騒動を思い出しながら歩いていると、噴水がある広場にいつの間にか着いていた。おれはその広場に置いてあるベンチに見慣れた銀髪が座っているのを発見してしまった。そっとしておけば良いのか話し掛けた方が良いのかよく分からなかったが、一応話し掛けることにした。フィーベルさんが俯いて座っているベンチに歩み寄り、声をかける。

 

「や、やあ」

 

「…………」

 

(き、気まずい………)

 

 声を掛けたはいいが、その後になんて言おうか全く考えてなかった。早くも声を掛けた事に後悔する。こういうシチュエーションに遭遇した事は前世を含めても一度も無かったので、どう喋ればいいのか見当もつかない。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「……座ったら」

 

 おれが言葉に困っている事を察してくれたのか、フィーベルさんは自分が座っているベンチの空いているところをポンポンと軽く叩いた。

 

「あ、ありがとう」

 

 せっかく勧めてくれたのに座らないのも申し訳ないので、おれはベンチの端っこに腰を降ろす。

 

「………ねぇ」

 

 てっきり沈黙が続くと思っていたが意外にもフィーベルさんが話し掛けてきた。視線で続きを促すと、フィーベルさんは小さな声でぽつんと言った。

 

「……魔術は…人殺しの道具って貴方も思うの……?」

 

「……………」

 

 どうやらグレン先生に言われた事がフィーベルさんにはかなり響いてしまったようで、俯きがちにおれを見る瞳は不安に揺れている。まあ、自分が夢中になっているモノをそんな風に言われたらそうなってもしょうがない。

 おれは足元に転がっている石ころを見つめながら言った。

 

「グレン先生が言っていた事は間違ってはないと思うよ。確かに魔術があれば簡単に人を殺す事が出来るし、実際にここ数百年の歴史ではほとんどの戦争に魔術が使われてる」

 

「…………」

 

 スカートの上に置かれていた白くて小さなふたつの手がきゅっと握り締められるのを横目で見ながら、おれは続ける。

 

「でも、魔術が人殺しの道具になるかどうかは、使い方次第だとおれは思うんだ」

 

 フィーベルさんが顔を上げた。

 

「【ライフ・アップ】って呪文があるよな?あれは相手を癒やすための魔術だ。【フォース・シールド】は攻撃を防ぐ魔術で、自分や誰かを守る事ができる。後は  

 

 おれは指で数えながら自分が知っている攻撃性が無い魔術を挙げていく。十個挙げたところでおれは両手をフィーベルさんに見せながら言った。

 

「ほら、あまり魔術に詳しくないおれが数えただけでも誰かを『助ける』魔術がこんなにある」

 

「…………」

 

「魔術が人を殺す為に造られたっていうのは本当かもしれない。でもね、魔術はあくまで『道具』であって、それを使うのは『人間』なんだ。使い方次第で、魔術は『人殺しの道具』にも『人助けの道具』にもなると思うよ。……まあ、おれみたいなぺーぺーが何言ってんのって感じだけど」

 

 苦笑しながらそう付け加える。伝えたい事を上手く(まと)める事が出来なかったが、ちゃんと伝わったかな?というか、フィーベルさんがさっきから黙ったままなのがとても気になる。

 

 視線を街並みからフィーベルさんに移すと、フィーベルさんはどこかぼんやりとした表情でおれの顔をぽけっと見つめていた。その無防備な顔が普段のしっかり者の彼女からあまりにかけ離れていて、おれは思わず「ふふっ」と笑いをこぼしてしまう。その声で我に返ったのか、フィーベルさんは少し不機嫌そうな声を出した。

 

「ちょっと!何笑ってるのよ!」

 

「い、いや、フィーベルさんが普段からは想像もつかないような顔してたからつい」 

 

「人の顔を見て笑うなんて失礼ね!」

 

 確かに人の顔を見て笑うのは失礼だ。そう思い、おれはフィーベルさんに謝ろうとするが、ぷくっと頬を膨らませる彼女を見て、笑いが止まらなくなってしまう。フィーベルさんは不機嫌そうにしばらく唸っていたが、おれの笑い声に釣られたのか、やがてくすくすと小声で笑い始めた。

 しばらく二人で笑った後、フィーベルさんは吹っ切れたような表情になっていた。うん、やっぱりこっちのほうが良い。フィーベルさんに暗い表情は似合わない。

 ふと空を見上げると、日が大分暮れて暗くなりつつある。あまり遅くなるといけない。おれはベンチから立ち上がり、フィーベルさんに声を掛けた。

 

「そろそろ帰ったほうが良いよ。送っていこうか?」

 

 言ってしまってからフィーベルさんの家が何処か知らない事に気づき己のバカさ加減に呆れるが、幸いフィーベルさんは「ううん、大丈夫」と返してくれた。ほっとしたが表情には出さず、「そっか。気をつけてね」と別れの挨拶を告げ、おれが家を目指して歩き始めた、その時。

 

「待って!」

 

 突然呼び止められ、不思議に思いながら振り返る。沈みかけている夕日が、フィーベルさんの頬を赤く染めている。透き通るような銀髪が、夕日を反射して眩しく輝いた。その眩しさに、おれは目を細めてしまう。

 

「何?」

 

「……今日は、ありがと。元気出た」

 

 彼女の口から発せられた声はとても小さかったが、その言葉は風に乗って確かにおれの耳に届いた。微笑みながら答える。

 

「貸し百個ね」

 

「こんな時までふざけないでよ!?」

 

「はははっ!冗談だよ!また明日」

 

「冗談でも百個は多すぎよ……また明日ね」

 

 

 こうして、おれは少し遅めに帰路に着くのだった。

 

 

 

 次の日。

 学院の教室で、おれは絶句していた。いや、おれだけではない。驚いているのはクラスメイト達も同じだった。教室中がシンと静まり返り、皆の視線はある一点に固定されている。

 

 グレン先生がフィーベルさんに謝っている。

 フィーベルさんは最初先生が近づいてきた時は敵意剥き出しだったが、驚きの方が大きいのだろう、いまはその敵意も鳴りを潜めている。フィーベルさんの隣に座っているティンジェルさんが何故かニコニコしているのが目に入った。彼女が何かしたのだろうか?

 

 不思議に思いながらティンジェルさんを観察していると、とんでもない言葉が耳に入ってきた。

 

「じゃあ、授業を始める」

 

 グレン先生の宣言に、ざわめいていた教室が静かになる。誰もが目を丸くして先生の一挙一動に目を見張る。そんな中、先生は授業で使う教科書をパラパラと(めく)り、苦い顔をしたかと思うと、その教科書を窓の外に放り投げた。その行動を見て、ほとんどの生徒達は呆れたような表情になり、各自で自習を始めようとする。だが先生は再び教卓の前に戻り、おれ達を見渡しながらこう言った。

 

「授業を始める前に、お前らに一つ言っておく事がある」

 

 そこで先生は一呼吸置いて、爆弾を投下した。

 

「お前らって、ほんとバカだよな」

 

 いきなりなんて事を言うんだこの人は……!

 突然のバカ発言にクラスメイト達も動揺している。

 

「昨日までの十一日間、お前らの授業態度を見てたんだが、魔術の事なんにも分かっちゃいねーよ。分かってたら魔術式の書き取りとかする訳ねーもんな」

 

 バカにされて腹が立ったのだろう。先生の言葉を聞いた生徒のうちの一人、知的メガネのギイブルが先生にも聞こえるボリュームで言った。

 

「【ショック・ボルト】程度の一節詠唱が出来ない奴に言われたくないね」

 

 教室のあちこちから嘲笑が聞こえてくる。それをふて腐れたようにそっぽを向いて聞き流しながら、グレン先生は続けた。

 

「まぁそれを言われると耳が痛い。……だが、今【ショック・ボルト】程度(・・)とか言った奴。お前自分がバカな事を自分で証明してるぜ」

 

 そう言い放つと、先生は教卓の側に置いてある本棚から魔術書を取り出した。

 

「まあいいか。じゃ、今日はその件の【ショック・ボルト】の呪文について説明する。お前らはこれくらいがちょうどいいだろ」

 

その発言にクラス中が騒然となるが、そのざわめきを無視して先生は手にした魔術書のページを捲り、【ショック・ボルト】の大まかな説明を始めた。その後、黒板にルーン語で三節に区切った呪文を書き写していく。

 

「これが【ショック・ボルト】の基本的な詠唱呪文だ。ま、知っての通りセンスがある奴は一節でも詠唱可能だな。じゃ、問題」

 

先生は手に持っていたチョークで三節の呪文を四節に区切った。

 

「これを唱えるとどうなる?」

 

 その質問に皆が戸惑う。今までそんな質問をされた事がなかったからだ。当然ながら、答えられる生徒は誰も居ない。

 

「おいおい全滅かー?……じゃ、答え合わせな。答えは右に曲がる、だ」

 

 生徒達の戸惑った顔をひとしきり眺めた先生は四節になった呪文を唱えた。宣言通り、直進するはずの力線は途中で何かに引っ張られるように右に曲がり、壁に当たって火花を散らした。驚く生徒達を尻目に、先生はどんどん呪文をいじっていく。

 

「ちなみに、ココをこうすると射程が短くなる」

 

 放たれた呪文は、本来の射程の三分の一程で消えてしまった。

 

「呪文の一部を消すと、出力が物凄く落ちる」

 

 説明しながら生徒の一人に呪文を撃つが、撃たれた生徒は何も感じなかったようで、目を白黒させている。

 

「ま、ここまで出来れば『極めた』と言ってもいいだろ。……コル!」

 

「は、はい!」

 

 ここまでどや顔で説明していたグレン先生に突然名前を呼ばれ、おれは慌てて背筋を伸ばした。他の生徒達からの視線を強く感じる。

 

「お前、前に言ってたよな。『魔術の仕組みが知りたい』って」

 

「言いましたけど……」

 

「教えてやる」 

 

「……え?」

 

 おれが戸惑っているのを心底楽しそうに眺めながら、グレン先生は告げた。

 

「お前が知りたいのは、何故変な言葉を唱えただけで不思議現象が起こせるのか、って事だろ?なかなか面白いところに目ぇ付けたじゃねぇか。だが、その答えは教科書には載ってねぇ。……俺が、今から教えてやるよ」

 

 ………どうやら、おれは自分で思っていたよりも知識欲が強いらしい。魔術の理解がいつまで経っても深まらない事に、気付かない内に苛立っていたようだ。

 

 だが、その苛立ちは今日で(むく)われるかもしれない。

 

 おれは心が(たか)ぶっていくを感じながら、もしかしたらこの学院のどの授業よりも有益かもしれない授業に耳を傾けた。

 

 

 




ま…まだポケモンが出てこない……だと……!?
本当に申し訳ありません!次!次は絶対に出します!
………本当ですよ?(震え声)


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愚者

 こんにちは、ゲームの住人です。
 本っっっ当に申し訳ありません!
今回でポケモンを出すとか言っていたのに出せませんでした………。
次の話と纏めて出しますのでどうかご容赦を……!


 結論。

 グレン先生の授業は有益どころではなかった。

 その手腕は今までのだらけきった授業は何だったんだと思える程で、おれ達はグレン先生の説明を一言一句漏らさず聞き、黒板にハイペースで書かれる文字を急いでノートに書き写した。

 

「……それで、ココは〜〜だから(くだん)の法則に従ってだな……」

 

 先生がそこまで説明していた時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。それを合図に、授業を行っていた先生の身体が弛緩する。

 

「あー疲れた……じゃ、今日はここまでー」

 

 そう言って、欠伸(あくび)を漏らしながら教室を出て行くグレン先生を見送っていると、フィーベルさんとティンジェルさんの話し声が聞こえてきた。

 

「驚いたわ……。まさかアイツにあんな授業ができたなんて……」

 

「そうだね、私も驚いちゃったよ」

 

 フィーベルさんが若干悔しそうな声で続ける。

 

「これは……認めざるを得ないわね…。アイツは魔術師としては三流だけど、講師としては……」

 

 一流だな。

 

 心の中でフィーベルさんのセリフを引き取る。

 グレン先生の授業は他の先生達とは全く違うものだった。おれが今まで受けてきた授業は、魔術を発動させる呪文を覚えるだけの、まるで「ただ暗記すれば良い」というかのような授業だった。しかし、グレン先生の授業は、その呪文が起こす現象の解説から何故(・・)その現象が起こるのかなど、今までの授業では語られなかった部分を丁寧に説明していく、本物の授業だった。

 

 これまでの授業では得る事が出来なかった知識をこれからは得る事が出来ると確信し、おれは自然と口角が緩むのを感じた。

 

 

 

 

 ダメ講師グレン覚醒事件から、数日が経った。あの日から三日もしないうちに先生の(うわさ)は学院中に知れ渡り、先生の授業を受けようと他のクラスから生徒達が潜り込んでくるようになった。中には立ち見する者もいる。

 

 おれが心配していたグレン先生とフィーベルさんの仲の悪さは、徐々に緩和しつつある。昨日はフィーベルさんとティンジェルさんが先生の荷物を運ぶのを手伝ってあげていた。グレン先生はフィーベルさんの事を『白猫』と勝手に命名したようだ。フィーベルさん本人は「人を動物扱いしないでください!」と怒っていたが、結構良いネーミングセンスだと思う。

 

 おれの周りの環境もちょっと変わった。グレン先生がおれに絡みに来るようになったのだ。なんでも、

 

「同年代の友人と話してるような感覚」

 

 がするらしい。そしてそこにフィーベルさんとティンジェルさんもやってくる。おかげでおれの周りはいつもわちゃわちゃしているが、嫌な感じは全くしない。

 

 もちろん、ゲームの事も忘れてはいない。昼間は学院で皆とわいわい過ごし、夜は家でゲームをする。うむ、完璧だ。

 そんな、充実した異世界学院生活(ハッピーライフ)(魔術を除けばほとんど前世と変わらない)が今日も始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう思っていたのに……!

 

 トイレの出口からこっそり顔を出すおれの視線の先には、教室の扉の前に(たたず)む二人の怪しい男がいた。この学院の講師達は皆支給されたローブを着ていた筈(約一名除外)なので、こいつらが学院側の人間じゃないのはすぐに分かった。

 

 正体が分からない以上、今トイレから出るのは危険だ。

 

 そう判断し、男達が教室の扉を開け、教室に入っていくのを固唾を呑んで見守る。それまでざわめいていた教室が静かになった。突然現れた正体不明の二人組に対する戸惑いがここまで伝わってくる。耳を澄ませていると、フィーベルさんの声が聞こえてきた。教室からトイレまでは遠いし、教室がまだ少しざわついているので何を言っているのかはよく聞こえないが、彼女の事だし、きっと「部外者は立ち入り禁止です、即刻立ち去って下さい」とでも言ってい       

 

 教室の中から紫色の光が(ほとばし)った。

 

「え」

 

 口から無意識のうちに声が漏れる。

 数秒後、クラスメイト達の悲鳴でおれは我に返った。しかし、すぐに悲鳴は止み、教室は完全な沈黙に包まれる。静かな教室の中から先程よりもはっきりと聞き覚えの無い声が聞こえてきた。

 

「次喋ったら殺すから」

 

 ……どうやら誰かが殺された訳ではなさそうだ。

 おれは安堵の息を吐きかけ、安堵出来る状況じゃない事を思い出す。教室の中の音に集中しながら、先程の魔術についても考える。

 

 おれは魔術に関する知識がそう多くないので予測の範囲がある程度限られてくるが、あの電光の色は恐らく【ショック・ボルト】系だろう。でも、クラスメイト達が今更【ショック・ボルト】程度で悲鳴を上げるとは考えにくい。となると、考えられるのは……

 

「軍用魔術【ライトニング・ピアス】か……?」

 

 【ライトニング・ピアス】とは、簡単に言うと【ショック・ボルト】の強化版みたいなやつで、壁に穴を空ける程の貫通力がある恐ろしい魔術だ。この魔術をマトモに喰らったら瀕死は確定だろう。

 

 おれが必死に頭を回転させている間、しばらくはテロリスト達の話し声が聞こえていたが、やがてテロリストの一人がティンジェルさんを連れて教室から出てきて、そのまま何処かへ連れて行ってしまった。追いかけるか迷ったが、あの二人を追いかけるには教室の前を通らなければならない。そして、あの教室にはもう一人のテロリストが残っている。でもこのままだとティンジェルさんが……!

 思考がパニックに(おちい)りかけたその時、もう一人のテロリストがフィーベルさんを連れて教室から出てきた。フィーベルさんは頑張って抵抗しているが、その抵抗も虚しくフィーベルさんも何処かへ連れて行かれてしまった。

 

 ………ん?教室に入っていった二人のうち一人はティンジェルさんを連れて出て行って、もう一人はフィーベルさんを連れて出て行ったって事は……。

 

 おれは急いで、しかしなるべく音を立てずに教室に駆け寄った。教室の中に居たクラスメイト達がおれを見て目を見開く。クラスメイト達は全員【スペル・シール】という魔術で魔術を封じられているようだ。

 

「こ、コル……!?お前今まで何処に……」

 

「トイレに行って戻ろうとしたら怪しい奴らがいたから隠れてたんだ。それより、フィーベルさんとティンジェルさんは何処に連れて行かれたか分かる?」

 

「す、すまん…そこまでは……」

 

 近くにいたカッシュの【スペル・シール】を解呪しながら教室を見渡すと、壁に穴が空いているのを発見する。どうやら【ライトニング・ピアス】で確定のようだ。

 そこまで考えて、今更ながらおれは大事な事に気が付いた。

 

「そういえば、グレン先生は?」

 

「……………」

 

 おれの言葉を聞いたカッシュは、顔をそっと(うつむ)かせた。他の生徒達も同様だ。中には涙さえ浮かべている者もいる。

 ……周りの反応を見れば答えは明らかだった。

 

「……そうか」

 

 取り乱すな。自分にそう言い聞かせ、溢れそうになる感情を押し留める。今は哀しむ時じゃない。精神年齢は皆より上なんだ。おれがしっかりしないと駄目だ!

 

 解呪を終えたカッシュに「他の人も解呪してやって」と言い残し、おれは急いで教室を出た。先生が居ない以上、テロリスト達はおれが何とかするしかない。

 人の気配を探りながら廊下を進む。広い廊下はしんと静まり返っていて、まるで世界におれだけ取り残されたかのようだ。自分の息遣いと制服が擦れる音だけが聞こえる。何か考え続けないと緊張と恐怖でおかしくなりそうだったので、自分の状態をゲーム風に纏めてみる事にした。

 

装備         アイテム

・制服(上)     ・3DS

・制服(下)     ・ハンカチ

・靴         ・財布

           

 

 ………うん、バリバリの初期装備だな。生き残れる気がしない。ハンカチがド○えもんのヒラ○マントだったら凄く助かるのに……。

 

 くだらない事を考えていたおかげか、パニックになりかけていた頭が少しずつ落ち着いていく。その頭でテロリスト対策を考える。

 相手は軍用魔術が使える程の実力者。対しておれはただの学生。真っ向勝負では確実に負ける。勝ち目があるとすれば不意打ち一択だろう。とはいえ、おれには一撃で相手を気絶させる程の威力がある魔術は使えない。どうしようか……。

 

 結局、不意打ちで【ショック・ボルト】を撃ち、敵が(しび)れている間に急いで接近、定期的に【ショック・ボルト】を撃ち込みながら気絶するまで殴り続けるという中々に野蛮な作戦になった。我ながら酷い作戦だと思ったが、こっちだって命が掛かっているから必死なのだ。

 ふと、澄ませていた耳が何かの音を拾った。

 

          ?」

 

 この声は………フィーベルさん?

 声を頼りに廊下を進んでいく。突き当たりで左右に別れている廊下の角で立ち止まり、曲がり角の先をそうっと覗く。誰も居ないことを確認してから歩き出す。その間にも声は聞こえてくる。

 

「ふざけ   私は      

 

「へぇ、   も、関係        

 

 フィーベルさんと何やら言い争っているのは、フィーベルさんを連れて行った奴で間違いなさそうだ。おれは警戒を強め、先程考えた作戦を脳内で何度も反復する。

 それにしても、二人は一体何を話しているのだろう?

 二人の声は段々大きくなってくる。おれが二人のいる場所に近づいてきているのだ。男の声が聞こえてくる。笑っているようだ。

 

「な、何が  の!?」

 

 フィーベルさんの心なしか怯えたような声が聞こえてくる。男が何かを喋っているが、声が低いので何と言っているのか聞き取りにくい。声は廊下の左側にある魔術実験室から聞こえてくる。扉まではまだ距離があるが、おれは神経を張り詰めながら、音を立てないように静かに扉へ向かう。

 

 その時、おれの頭にふっと嫌な予感がよぎった。もしかして、これって……。

 

「…めて……助けて……お父様…お母様ぁ……誰か………」

 

「けけけ、お前最高!そんじゃ、頂きまーす」

 

「嫌、嫌ぁああああああああ  ッ!誰かぁああ   ッ!!」

 

 その声が聞こえた瞬間、おれは目前まで接近していた扉に飛びつき、勢い良く扉を開けた。同時に部屋の中心に倒れているフィーベルさんと、彼女の上に跨ろうとしていた男が視界に入る。男がこちらを振り返るよりも速くおれはそいつに駆け寄り、勢いを乗せた拳で思いっきり殴り飛ばした。

 

「げふぁぁあああっ!」

 

 潰れたカエルのような声をあげながら倒れ込んだ男を油断なく見据えながらおれは後ろに倒れているフィーベルさんに声を掛ける。

 

「遅れてごめん」

 

       コル……?」

 

 後ろから聞こえてくる弱々しい声に胸が痛くなるが、今はこの男を無力化しなければいけない。

 おれは左手をテロリストに向け、先に殴ってしまったので当初の作戦とは順序が逆だが【ショック・ボルト】の呪文を唱える。

 

「《雷精のしで   

 

「《霧散せり》」

 

 パァンッ!

 

 だが、唱えようとした呪文は男が唱えた対抗呪文(カウンタースペル)によって打ち消されてしまう。更に  

 

「《ズドン》」

 

 男がこちらに指を向け、無造作に放った言葉で発動した【ライトニング・ピアス】が、おれの左肩を貫通した。

 

「がぁっ………!」

 

「コル!!」

 

 左肩に走る激痛に耐えきれず、思わず床に膝を着いてしまう。床に血が飛び散った。後ろから「コル!大丈夫!?コル!!」とフィーベルさんの泣きそうな声が聞こえてくるが、答えている余裕などない。目の前では、おれが与えたダメージから回復した敵が起き上がりつつあるからだ。

 

「おいおい、これからお楽しみって時に邪魔しやがってよ〜……」

 

チンピラのような軽い口調とは裏腹に、その瞳は氷のように冷たい光を(たた)えている。

 ……正直に言おう。おれはテロリスト達をナメていた。まさか、こんなに切り詰めた呪文を使えるなんて……。

 

 状況は最悪だ。敵は一人だが、極限まで切り詰めた呪文を使える程の実力者。対してこちらは二人だが、一人は魔術を封印され、ロープで身体を縛られている。もう一人、つまりおれは魔術を使用するのに必要な左腕をやられてしまった。不意打ちのチャンスを逃したのは仕方がない。あの時飛び出さなければフィーベルさんを助ける事はできなかったのだから。

 おれは痛みを(こら)え、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お?ボク、まだやる気なの〜?頑張るね〜」

 

「駄目!逃げて!貴方じゃそいつには……!」

 

「…………」

 

 こうなったら、最初の作戦とは少し異なるが、敵の呪文をどうにかして回避し、接近して呪文を撃つ暇を与えずに無力化するしかない。捨て身の作戦だが、おれの頭じゃそれ以上に良い策なんて思い浮かばない。

 意を決して男の方に駆け出そうとした、その時。

 

 がちゃ。

 

 おれが勢いよく開けた反動で閉まっていた扉が間抜けな音を立てて開いた。入ってきたのは   

 

「ぐ、グレン先生…………!?」

 

「あれ?コル、お前なんでここに居るんだ?」

 

 呑気なことを言いながら部屋を何気なく見渡した先生の表情が、段々苦々しいものに変わっていく。

 

「……あー、そういう事ね。完全に理解した」

 

「て、テメェ何者だ!?」

 

 テロリストが放った言葉に先生は面倒くさそうに答えた。

 

「グレン=レーダス。非常勤講師だ」

 

「グレン=レーダスだとぉっ!?まさか、キャレルの奴が敗れたっていうのか!?アイツ程の魔術師が……!?」

 

 そうだ、大事な事を忘れていた……!

 しかし、おれが言おうとした事をフィーベルさんが先に言ってくれた。

 

「先生、気をつけて下さい!その男は呪文詠唱を極限まで切り詰めていま  

 

 しかし、フィーベルさんが言い終わるよりも早く、男が動いた。

 

「もう遅えよ!《ズドン》ッ!」

 

 しかし、男の呪文がグレン先生を貫く事は無かった。

 

「な、何……?《ズドン》ッ!《ズドン》ッ!」

 

 男が戸惑ったような顔をして、おれを見る。……いや、なんでおれを見るの?何もしてないよ?

 

 そこで先生に視線を向けると、先生が手に何か持っていた。あれは……カード、かな?

 男もそれに気付いたらしく、先生のカードを見て眉をひそめている。

 

「愚者の……アルカナ・タロー?何だよそれは」

 

「これは俺特性の魔道具だ」

 

 先生はカードをヒラヒラさせながら続けた。

 

「ま、詳しい事は面倒だから省くが、俺はコイツをチラッと見るだけで俺を中心とした一定効果領域内における魔術起動を完全封殺出来る。名前は……【愚者の世界】」

 

 な、何だって……!?それってもしかしなくても……。

 

「チートじゃん……」

 

「ちーと?」

 

 思わず呟いた言葉が聞こえたのか、フィーベルさんが首を傾げている気配がする。その声にハッとして、おれは急いで振り返り、フィーベルさんに声を掛ける。

 

「待ってて、すぐに解呪するから」

 

「で、でも、今は先生の固有魔術(オリジナル)で魔術が使えないんじゃ……」

 

 そうでした。

 

 心なしか呆れたような視線が飛んでくる。やめて!もうおれのライフはゼロよ!

 フィーベルさんの視線から逃れようと下を向くと、フィーベルさんの制服の前が切り裂かれているのが目に入ってしまった。光の速さで目を逸らし、着ていたブレザーを脱いでフィーベルさんに掛ける。ブレザーを脱ぐ時に左肩が酷く痛んだが、そんな事を気にしている場合ではない。

 

「ごめんこれ血が付いてるけど多分無いよりはマシだと思う」

 

 いつもより大分早口になってしまった。フィーベルさんは自分の格好を今頃意識したようで、若干恥ずかしそうな声で「あ……ありがと」とお礼を言ってくるが、それには答えず、おれはグレン先生とテロリストの戦いに意識を向けた。

 

 




本当はシスティーナが襲われてるところでポケモンを出そうと思っていたんですけど、そうするとグレン先生の出番が無くなっちゃうのでレイク辺りで出そうと思います。
あと、カウンタースペルの《霧散せり》について補足を。原作の一巻では《霧散せよ》になっていたのでそっちにしようと思ったんですが、八巻では《霧散せり》になっていたので《霧散せり》のほうを使う事にします。


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起動

こんにちは、ゲームの住人です。
今回でようやくポケモンを出す事ができました……!
これからはポケモンが沢山活躍すると思います。
ここまで長かった……。


 グレン先生が部屋に入ってきてから、十分後。

 

「よし、これでいいだろ。全く、これだから魔術師の捕虜は扱いが厄介なんだ」

 

 おれの目の前には、グレン先生の手によって亀甲縛(きっこうしば)りにされて魔術であらゆる動きを封じられた挙げ句、裸にひん剥かれて全身に落書きされ、股間に『不能』と書かれた紙を貼り付けられた一人の男が転がっている。そう、先程フィーベルさんを襲おうとしていた奴だ。ちなみに、先生がこの作業をしている間、おれはフィーベルさんに適当な事を言って後ろを向かせていた。

 グレン先生は自分が生み出した惨状には目もくれず、おれとフィーベルさんの方に向き直った。

 

「さてと、お前達、大丈夫だったか?コルは大丈夫じゃなさそうだが……」

 

 先生の視線はおれの左肩に向いている。今のおれはブレザーを脱いでシャツ一枚になっているのだが、出血量が思いのほか多く、白いシャツの左側は真っ赤に染まってしまっている。紅白だな。めでたくないけど。

 

「大丈夫ですよ。もう血は止まっていますし、フィーベルさんに【ライフ・アップ】掛けてもらいましたから」

 

 強いて言うなら、少しフラフラするぐらいだな。

 

 おれの言葉を聞いた先生は辛そうな顔で続けた。

 

「……すまん。俺がもう少し早く来れば……」

 

「何で先生が責任感じてるんですか。先生が来てくれたからこれくらいで済んだんですよ?先生は命の恩人です」

 

「……そうか。キツくなったら言えよ」

 

 そう言うと、今度はフィーベルさんに声を掛ける。

 

「白猫、お前はどこか怪我とかしてないか?」

 

 少し離れた所でおれのブレザーに腕を通していたフィーベルさんは、ブレザーのボタンを留めながらこちらに歩いてきた。

 

「私は大丈夫……先生とコルが助けてくれたから」

 

 おれは闇雲に突撃して更なるピンチを招いただけなんだけどな。

 

「そうか…二人共、よく頑張ったな。怖かっただろうに」

 

 そう言うと、先生は思考を切り替えるように一度長めに目を(つむ)った。

 

「さて、状況を教えろ、白猫、コル。何が起きているんだ?」

 

 おれとフィーベルさんはグレン先生に二人組のテロリストが教室に現れた事や生徒達の中に怪我人はいない事、ティンジェルさんが連れて行かれてしまった事を説明した。といっても、おれよりフィーベルさんの方が説明が上手だったので、途中からは彼女に丸投げしたが。

 おれ達(ほぼフィーベルさん)の説明を黙って聞いていた先生は、説明が終わると苦い顔をして腕を組んだ。

 

「ルミアが連れて行かれた?何故アイツが?」

 

「……分かりません」

 

「そうか……」

 

 その時、金属を打ち鳴らしたような音が鳴り響いた。おれが慌てて辺りを見渡していると、グレン先生がズボンのポケットに手を突っ込み、宝石のような物を取り出して耳に当てた。すると、驚いた事にアルフォネア教授の声が聞こえてきた。宝石で電話が出来るなんて、この世界なんでもアリだな……。

 先生が耳に当てている宝石は売ったら幾らになるだろうと考えながら眺めていると、フィーベルさんに名前を呼ばれた。

 

「コル」

 

「ん?」

 

「これ……」

 

 振り返ると、フィーベルさんの手の上にはおれの3DSが載っている。一瞬戸惑ったが、ブレザーの内側にある胸ポケットに入れていた事を思い出す。彼女がブレザーを着た時に違和感を感じて気付いたのだろう。

 

「ごめん、入れっぱなしだった」

 

 謝りながら3DSを受け取るが、フィーベルさんはジッと3DSを見つめながら黙っている。何かを考えているようだ。おれが首を傾げていると、やがてフィーベルさんはこう質問してきた。

 

「これ、何て名前の道具なの?」

 

 3DSはこの世界からすればイレギュラーだと思ったので今までなるべく人目につかないようにと思っていたが、彼女に誤魔化すのも限界な気がする。というか、そもそも学院に持って行かなければよかったのでは?と今更思うが、手の届くところに無いと落ち着かない性分なので、置いていくという選択肢はなかった。

 

 隠し事は苦手だし、フィーベルさんになら話してもいい気がする。それに、探究心が強そうな彼女に目をつけられてしまったのはおれが教室でゲームをしたからで、完全に自業自得だ。おれは正直に教えた。

 

「……3DS」

 

「すりーでぃーえす……」

 

 おれの言葉をたどたどしく繰り返したフィーベルさんが「不思議な名前ね」と呟いた時、それまでは静かにアルフォネア教授と交信していた先生が怒鳴った。

 

「ふざけんな!生徒達の命が掛かってんだぞ!?」

 

 そのまま何か叫ぼうとするが、アルフォネア教授が何か言ったのだろう。「……悪い、冷静じゃなかった」とばつが悪そうに頭を掻いた。そのまま小声で一言二言話した後、先生は宝石をポケットに押し込み、おれ達の方を向く。その表情を見る限り、助けは期待できなさそうだった。フィーベルさんも察したのだろう。深く俯いてしまう。 

 ……ジリ貧だな…………。

 

「…とりあえず、これからどうするかを考えませんか?」

 

 ズボンのポケットに3DSを押し込み二人に声を掛けると、先生は「そうだな」と頷き、しばらく何かを考えた後、床に転がっているテロリストを指差した。

 

「コルと白猫はここでコイツを見張っててくれ。ルミアは俺が助けに行…」

 

 先生がそう言いかけた瞬間、突然、部屋の中に魔力の共鳴音が響き渡ったかと思うと、おれ達の周りの空間が歪み始めた。

 

「なっ………!」

 

 その歪みから、次々と何かが現れる。ところどころひび割れた身体、むき出しになった関節、眼窩に宿る不気味な光    

 

「ボーン・ゴーレムだと!?しかもこいつら、竜の牙を元に錬成されてやがる……!というか……」

 

「………多過ぎません?」

 

 そう、空間の歪みは今もボーン・ゴーレム達を吐き出し続けている。ニ十体を越えた所でおれは数えるのを止めた。その中の一体が剣を掲げて襲いかかってきた。

 

「おわぁっ!」

 

 大急ぎで飛び退いた床に剣が突き刺さる。あと少し遅かったら真っ二つになるところだった。あ、危な………。

 グレン先生がボーン・ゴーレムの頭部に右ストレートを叩き込む。しかし、ゴーレムはぐらりと身体をのけぞらせただけで、あまり効いていないようだ。

 

「くっそ!こいつら牛乳飲み過ぎだろ!」

 

 そう言いながら先生が飛び退いた所を、一瞬遅れてゴォッ!と音を立てて剣が通過する。その直後、先生の拳が突然光り輝いた。フィーベルさんが【ウェポン・エンチャント】をかけたのだ。「サンキュー、白猫!」と叫んだグレン先生がボーン・ゴーレムに飛びかかり、今度こそ頭部を破壊する。

 おれは攻撃してきたボーン・ゴーレムの膝の裏側を膝カックンの要領で強く蹴って転ばせながら、部屋の出口に左手を向ける。上手く腕が上がらないので右手で左腕を支えながら、痛みを無視して呪文を唱える。

 

「《大いなる風よ》!」

 

 発動した【ゲイル・ブロウ】が部屋の出口を塞いでいたゴーレム達を扉ごと吹き飛ばす。大きな図体の割に意外と軽い事が判明した。骨の中身はスカスカなのかな?スカルだけに。

 

「うわ、さっむ……!先生、フィーベルさん!今のうちに!」

 

「ナイスだコル!白猫、走れ!」

 

「は、はい!」

 

 二人が出口に走り出したのを確認し、おれも後を追う。出口を出たところで振り返り、部屋の中にもう一度【ゲイル・ブロウ】を放ってから、おれは二人に追いつくべく速度を上げた。数秒で追いつくと、二人の走る速度が上がる。どうやらおれが追いつきやすいようにゆっくり走ってくれていたらしい。そんな場合じゃないのに、二人の優しさにじんわりと心が温かくなった。

 走りながらフィーベルさんが先生に話しかける。

 

「先生、あのゴーレム達は先生の固有魔術(オリジナル)で何とかならないんですか!?」

 

「ならん!」

 

 フィーベルさんの問いに先生が即答する。

 

「俺の【愚者の世界】は魔術の起動を封じるだけで、既に発動した魔術を止める事は無理だ!それに、今起動したら俺達も魔術が使えなくなっちまうぞ!」

 

 階段を二段飛ばしで駆け上る。

 言い忘れていたが、グレン先生の固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】は万能ではない。あの魔術は周囲の魔術起動を完璧に封殺する事が出来るが、封殺対象はなんと先生自身も含まれているのだ。それを知った時はどうやって敵を無力化するのだろうと思ったが、先生は格闘術で敵を倒すという魔術師らしからぬ方法で勝利していた。

 とにかく、今はあの魔術に頼る事が出来ないので、他の方法を考えなければならない。

 そう思っていた矢先、おれ達を先導するように走っていたグレン先生が右に曲がった。

 

「先生!?その先は行き止まりですよ!?」

 

 フィーベルさんが慌てているが、先生はお構いなしに走っていく。きっと何か考えがあるのだろう。そう思い、困惑気味に立ち止まったフィーベルさんの手を引っ張っておれは先生を追いかける。

 

「ちょっ、コル!?」

 

 フィーベルさんの抗議の声を無視してグレン先生に追いつくと、先生は廊下の途中で立ち止まり、フィーベルさんに言った。

 

「おれがここでゴーレム達を足止めする。お前は先に奥まで行って…即興で呪文を改変しろ」

 

「え…!?」

 

「改変する魔術はお前が得意な【ゲイル・ブロウ】だ。威力を下げて、広範囲になるように、持続性がなるべく長くなるようにしろ。お前は生意気だが、優秀だ。俺の授業をきちんと理解できているならこれくらい出来るようになってる」

 

「……そこまで言われたら、しない訳にはいかないわね。分かりました、やってみます」

 

「おう、準備出来たら呼べ、合図する!」

 

 廊下の奥に走っていくフィーベルさんを見送った先生は、その場に佇むおれに向き直る。

 

「コルは俺の援護を頼む」

 

「仰せのままに」

 

「…こんな時でも余裕だな、お前………」

 

「ふざけてないとパニックになりそうなんですよ、察して下さい」

 

 先生が意外そうに片眉を持ち上げる。

 

「へぇ、お前見た感じ割と落ち着いてるように見えるんだがな」

 

「ポーカーフェイスは大事ですから」

 

 軽口を叩きながらゴーレムを待ち受ける。

 ゴーレム達との距離が十メートルを切った時、グレン先生が爆ぜるように駆け出した。恐れる事なく骸骨の群れに突っ込んでいく。

 

「おおおおおおっ!」

 

 先生の雄叫びに、骨が割り砕ける音が重なった。

 ボーン・ゴーレム達は近くにいる生命体に攻撃するように命令されているのか、おれには見向きもしない。

 おれは左腕を右手で支え、いつでも魔術を撃てるように構えた。

 

 

 

 あれから三分が経過した。先生は攻撃を躱したりいなしたりしながら次々とボーン・ゴーレムを破壊していくが、躱しきれなかった攻撃が少しずつ掠めていく。

 おれは先生に【ウェポン・エンチャント】を掛け直したり、【ライフ・アップ】で増えていく傷を癒やしたりしている。先生の奮闘でゴーレムの群れは数を減らし、辺り一面骨の残骸が散らばっているが、そろそろ先生もキツそうだ。

 そう思った時、廊下の奥からフィーベルさんの声が聞こえた。

 

「先生、できた!」

 

 それを聞いたグレン先生がぱっと踵を返し、「行くぞ、コル!」と言いながら走っていく。おれも急いで先生の後に走り出した。当然ながらゴーレム達も追いかけてくる。

 先生が走りながらフィーベルさんに叫ぶようにして聞いた。

 

「何節詠唱だ!?」

 

「三節です!」

 

「よし、俺が合図する!ブチかませ!」

 

 おれ達とフィーベルさんとの間の距離がどんどん縮まっていく。二十メートル、十五メートル、十メートル     

 

「今だ、やれっ!」

 

 グレン先生がゴーサインを出した。同時に、フィーベルさんの呪文詠唱が始まる。

 

「《拒み阻めよ・    

 

 おれ達とフィーベルさんとの間が五メートルを切る。

 

  嵐の壁よ・    

 

 背後から骸骨達が迫って来る。

 

  その下肢に安らぎを》   ッ!」 

 

 おれ達がフィーベルさんの隣を転がるように通過したその瞬間、フィーベルさんの魔術が発動し、発生した暴風がゴーレム達の行く手を阻む。しかし、ボーン・ゴーレム達はジリジリと少しずつにじり寄って来る。

 

「ごめん、先生……!完全には足止め出来ない……!」

 

 フィーベルさんの悲痛な声に、グレン先生は笑って応えた。

 

「いーや、十分だ。そのまま止めてろ」

 

 そう言うと、ポケットから小さな石を取り出す。その石を握り込んだ左(こぶし)に右(てのひら)を合わせ、目を閉じる。一呼吸置いて、先生は呪文をゆっくりと唱え始めた。

 

「《我は神を斬獲せし者・    ……」

 

 先生の左拳を中心に三つの魔法陣が噛み合うように顕現する。

 

「我は始原の祖と終を知る者・    ……」

 

「……え?そ、その術は…………」

 

 おれは先生が唱えようとしている呪文が何なのかさっぱりだったが、フィーベルさんには分かったらしい。目を丸くして驚いている。

 先生の詠唱は続く。三節を超え、四節を超えるが、詠唱はまだ終わらない。魔法陣が徐々に速度を上げながら回り始める。

 先生がフィーベルさんの前に飛び出した。

 

  遥かな虚無の果てに》   ッ!」

 

 そう締めくくると、左拳をボーン・ゴーレム達に向け、拳を開く。同時に、左拳を中心に回転していた三つの魔法陣が拡大展開し、輝き出す。

 

「ぶっ飛べ、有象無象!黒魔改【イクスティンクション・レイ】   ッ!」

 

 先生がそう叫んだ、その瞬間。

 発生した巨大な光に目を灼かれ、おれはたまらず目を瞑る。破壊音が廊下に轟いた。

 やがて、破壊音が収まってから、辺りは一気に静かになった。聞こえてくるのは風が吹く音だけだ。

 

「…………?」

 

 おかしいな…。確か廊下の窓は全て閉まっていた気がするが……。

 目をこすりながらゆっくりと開いていく。

 

「………………………」

 

視界に写った景色は、劇的なビフォーアフターを果たしていた。

 まず、廊下側の壁が無くなっていて、非常に開放的な空間と化している。見晴らしは良好。フェジテの街並みがよく見える。風が直接吹き込んでくるので、換気もバッチリだ。

 次に、天井が無くなっていて、上の階の天井が見える。なるほど、下の階に行くのにわざわざ遠くの階段まで行くのが面倒な生徒達がすぐに下の階に降りられるようにという配慮ということだろう。天井全てが無くなっている訳ではなく、足場も残っているため、移動に支障はなさそうだ。

 ………やめよう。無理がありすぎる。

 

 おれが現実と向き合い始めた時、フィーベルさんが半ば呆然と呟くように言った。

 

「す、凄い……先生に、こんな高等魔術が使えたなんて…………」

 

 その言葉を聞いていたおれはハッとして先生の方に向き直り、お礼を言おうとした。一度ならず二度までも助けてもらったのだ。この恩は一生忘れないだろう。

 そこで、ようやくおれは異常に気付いた。

 

「先生……?」

 

 グレン先生は立ってはいるものの、足元がおぼつかない。土気色の頬に冷や汗が浮かび、呼吸も荒く、速い。

 明らかに様子がおかしい。

 先生が血を吐き、ぐらりと身体を傾かせるのと、おれが駆け寄るのは同時だった。倒れる直前でなんとか支え、壁に背中をつけるようにして座らせる。様子に気付いたフィーベルさんが大慌てで近づいてくる。

 

「先生、大丈夫ですか!?先生!!」

 

「これが大丈夫に見えたら病院に行け……」

 

 フィーベルさんの呼びかけに先生は減らず口で応えるが、いつになく元気がない。おれは急いで【ライフ・アップ】の呪文を掛ける。先生の具合を診ていたフィーベルさんが呟いた。

 

「マナ欠乏症になってる……」

 

 それを聞いたグレン先生が苦しそうに言った。

 

「まあ、分不相応な魔術を触媒もプラスして無理矢理使っちまったからな……」

 

 その会話を聞いていた時、おれの優秀な耳が靴音を捉えた。同時に、突き刺すような鋭い視線。

 

        ッ!?」

 

 バッと後ろを振り返ると、廊下の奥から見覚えのある人影が歩いてくる。ティンジェルさんを連れて行ったダークコートの男だ。

 

「ったく、次から次へと……」

 

 敵の襲来に気付いたのだろう、ぼやきながら先生が立ち上がる。足元はまだふらついているが、意識はしっかりしているようで、その目はまだ輝きを失っていない。

 

 おれ達を見据えている男は中々強そうで、特に目を引くのはそいつの周囲に浮かぶ五本の剣だ。見るからに中ボスの雰囲気を纏っている。

 もうやだこの世界、心が折れそう………。

 先生も嫌そうな顔で「浮いてる剣とか嫌な予感しかしないよなぁ……」と呟いている。気が合いますねグレン先生、おれも嫌な予感がします。

 五本の剣を携えた男は十メートル程離れた所で歩みを止め、口を開く。低い声が廊下に響いた。

 

「グレン=レーダス。前調査ではたかが第三階梯(トレデ)の三流魔術師と聞いていたが、【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな。少々見くびっていたようだ」

 

「あのゴーレム共の主はテメェだな?悪かったな、せっかく高級な素材を使ってたのに消滅させちまって」

 

 グレン先生の軽口を無視し、男は手を軽く掲げる。すると、周囲に浮かんでいた剣が一斉におれ達に切っ先を向けた。

 

「グレン=レーダス。貴様は魔術の起動を封殺する術を持っているのだろう?中々厄介な術だが、既に起動しているものは封殺出来ないのはボーン・ゴーレムで確認済み。………ならば、最初から起動していれば問題はない。まずは貴様からだ、グレン=レーダス。……行くぞ」

 

 そう言うなり、男がパチンと指を打ち鳴らす。それを合図に、五本の剣たちが一斉にこちらに飛んでくる。狙いはグレン先生だ。

 

「くそっ、生徒を逃がす隙もくれねぇか!コル、白猫、下がれッ!」

 

「は、はいっ!」

 

 先生の指示に従って、おれとフィーベルさんは慌てて廊下の奥に向かう。しかし、廊下の先は行き止まりになっているので、それ以上下がる事は出来ない。唯一他の場所に続く廊下の先には敵さんが立っていて、そちらに行こうとした瞬間に剣でみじん切りにされてしまうだろう。

 おれ達の眼前ではグレン先生がボロボロの身体に鞭打って戦っている。おれ達を守る為に傷だらけの拳で戦ってくれている。しかし、剣は少しずつ先生の身体を刻んでいく。剣が先生の身体を掠め、ぱっと血が飛び散った。フィーベルさんが小さく悲鳴を上げる。

 このままじゃ、先生が     

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時、ポケットの中の3DSが(わず)かに震えた。

 

「「       ッ!?」」

 

 戦っていたグレン先生がぎょっとした顔でこちらを見つめ、ダークコートの男が瞬時に距離を取る。フィーベルさんは何がなんだか分からないという顔をしていたが、少しして何かに気付いたらしく、おれの顔を目を真ん丸にして見つめてくる。おれは何故注目されているのか分からなかったが、遅れてその理由を(さと)った。

 

 

 3DSから魔力が漏れ出ている。それも、大量に。

 ポケットから3DSを取り出して見ると、3DSが(ほの)かに発光していて、薄い光のラインが本体のところどころに走っている。

 

「貴様が持っているその道具……どうやらただの魔道具ではないようだな。貴様……何者だ」 

 

「えっ?いや、これはただの……」

 

 ダークコートの男に問われるが、当然ながらこの現象に見覚えは無い。おれが戸惑っている間も、3DSが発する光は徐々に強まっていく。ダークコートの男が警戒するように数歩下がった。グレン先生が目を細めて3DSを凝視する。フィーベルさんが息を潜めてこの現象を見つめる。

 

 3DSがおれの手からふわりと浮かび上がり、ひとりでに開いた。上画面は真っ暗だったが、下画面には何か映っている。それは、おれにとってはよく見慣れたものだった。

 

(ボックス……?)

 

 下画面には、ゲームでお馴染みのポケモン達を預けるボックスが映っていた。ボックスの中にはおれが時間をかけて大切に育てたポケモン達が入っている。だが、おれは3DSの電源は切っていたはずなので、画面がつくはずが無い。

 

(何でボックスが……?)

 

 不思議に思いながら、なんとなく手を伸ばす。伸ばした手が画面に触れた途端、下画面が一瞬白く光った。そして     

 

 ポンッという音と共に、下画面から何かが飛び出してきた。床に落ちる前に慌ててキャッチし、手の中のモノを見て、おれは間抜けな声を上げてしまった。

 

「………は?」

 

 その球体は半分が赤い色をしていて、もう半分は白い色をしている。そして中央にボタンがついていた。

 どう見てもモンスターボールじゃないか……。

 

 おれが余りにも非常識な事態に混乱していると、ダークコートの男が突然動いた。

 

「教師から(ほうむ)る予定だったが……予定変更だ。貴様は生かしておくと後々我々(・・)の脅威になりかねない」

 

 そう言いながら、掲げた手を振り下ろす。五本の剣が凄い速さでおれを目がけて飛翔する。

 

「「コル!!」」

 

 先生とフィーベルさんが同時に叫んだ。先生がおれの前に飛び出し、フィーベルさんが前方に【ゲイル・ブロウ】を放つ。しかし、向かい風に晒されても剣達は速度を落とすこと無くおれ達を斬り刻まんと迫ってくる。

 

 その時、手の中に包み込んでいたボールが激しく揺れた。投げろと言われている気がして、おれは咄嗟にボールを投げる。先生の頭上を通り過ぎた直後、ボールがひとりでに開き、中から何かが飛び出してきた。ソイツは迫る剣達を一瞬で弾き飛ばし、おれ達の前にすとんと着地した。

 

 黄色い体毛に包まれた小さな身体。先端が黒い耳が揺れる。鋼色に輝いていたギザギザの尻尾がもとの黄色に戻っていくのを見ながら、おれは半ば呆然とソイツの名前を呼んだ。

 

「ピカチュウ……?」

 

「ピカッ!ピカチュー!」

 

 声に反応して、ソイツが振り返る。ゲームにしか登場しないはずの生き物   ピカチュウはおれ達に向かって、小さな手でサムズアップしてみせた。

 

 

 




最初に出すポケモンは大分迷ったんですけど、場所が廊下なので大きいポケモンは無理かなーと思い、今回はポケモンで代表的なピカチュウにしました。


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黄色い悪魔

 こんにちは、ゲームの住人です。
 戦闘描写って難しいですね………。というか、本文も前書きもだんだん雑になってる気がする……。


 緊張と戸惑いが場を支配していた。

 この場にいるおれ、グレン先生、フィーベルさん、そしてダークコートの男の視線は、おれ達を護るかのように前に立っているピカチュウに向いている。最初に動き始めたのはダークコートの男だった。

 

「……どうやらその魔道具は強力な使い魔を召喚する物のようだな。そのような姿をした使い魔は見た事がないが……」

 

 そう呟きながら、左手を上げる。ピカチュウに弾かれて廊下のあちこちの壁に突き刺さっていた剣が壁から抜け、男の周りを浮遊する。警戒しているのか、ピカチュウの体毛が僅かに逆立った。

 

「コル、お前さっきあの生き物を『ぴかちゅう』って呼んでたな。あいつを知ってるのか?」

 

 おれの前に立っているグレン先生が話しかけてきた。動揺しているのかいつもより微妙に早口だ。隣にいるフィーベルさんも気になるのか、おれが喋るのを待っている。

 

「……はい、知ってます」

 

「………味方…なのか?」

 

 その質問にすぐには答えられず、おれは浮いたままの3DSを見る。そして、ある事に気付いた。

 画面に映っていたボックスから一匹減っている。さっきまではちゃんといたはず……。

 おれはハッとしてピカチュウを見る。そして、ボックスに入れていたポケモン達を思い出す。

 恐らく、あいつはおれのボックスに居たピカチュウだ。

 

「……味方、だと思います」

 

 もし違ったら目も当てられないので断言はしないが、多分合っている……と思う。それに、さっき名前を呼んだ時、振り返ってサムズアップしていたので、少なくとも敵ではないだろう。

 おれの言葉を聞いた先生は、安心したように「そうか」と呟いた。その時、ダークコートの男がいきなり剣を放った。何かされる前に仕留めようという算段なのだろう、剣の切っ先は全てピカチュウに向けられている。ピカチュウは再び尻尾を鋼色に輝かせ、五本の剣を待ち受ける。

 

 ぎぃぃぃぃぃいんっ!!

 

 剣と尻尾が衝突して火花が散った。一本目の剣を叩き落とし、二本目の剣も素早く(はじ)く。しかし、残る三本の剣は真っ直ぐ突っ込んでくるのではなく、ピカチュウを囲むように展開した。二本目の剣も加わり、四本に囲まれている。

 

「ピ……」

 

 ピカチュウが周りの剣を警戒しながら、チラリとおれを見た。その眼が何かを訴えているように感じて、なんだろうと考えていると、不意に違和感が鎌首をもたげた。

 

 ピカチュウは本来電気技を得意とするポケモンだ。それなのに電気技を一度も使っていない。今使っている技は恐らく『アイアンテール』で、電気技ではない。

 違和感はまだある。ピカチュウはおれ達や自分の身を守る為に技を使ったが、自分からは一度も攻撃していないのだ。その気になれば、おれ達全員を気絶させることだって可能だというのに。

 ピカチュウのアイコンタクトの意図を考えるが、なかなか答えが出ない。

 

 そうだ、ゲームでバトルする時を当てはめて考えてみよう。ポケモンのゲームはコマンド制なので、プレイヤーが技を選んで……。

 そこまで考えた時、おれはピカチュウのアイコンタクトの意図が解った気がした。

 

(もしかして……)

 

 おれがハッとするのと同時に、周囲を警戒しているピカチュウの背後にいつの間にか復活していた一本目の剣が音もなく浮かび上がった。しかし、ピカチュウは気付いていない。そう思った瞬間に、おれは前に飛び出し、叫んでいた。先生が「おい、コル!?」と言っているが聞き流す。

 

「ピカチュウ、後ろだ!」

 

「ピッ!?」

 

 おれの叫び声に反応したピカチュウが飛び退くようにして剣を避ける。そのままおれ達のところまで戻ってきたピカチュウに、おれは訊ねた。

 

「君は……トレーナーの指示を待ってるの?」

 

 ピカチュウはおれを見上げた後、「ピカッ!」と頷く。そして、「ピカピー!」と言いながら、おれを指差した。

 

 おれがトレーナーってことか……。

 

「そっか……。ピカチュウ、おれが指示を出すから、アイツを倒すのを協力してくれる?」

 

「ピカー!」

 

 威勢の良い鳴き声を上げるピカチュウを見ながら記憶を探る。確か、コイツが覚えてるわざは………。

 

「……よし、いくぞピカチュウ!『でんこうせっか』だ!」

 

 内心では指示を聞いてくれるか不安だったが、ピカチュウはおれの意志に応えた。壁や床を足場にしてピカチュウが凄い速さでダークコートの男目がけて接近する。

 

「何っ……!」

 

 ダークコートの男が急いで五本の剣のうち二本を自身のところまで呼び戻して備え、残りの三本がピカチュウを迎え撃った。

 

「『アイアンテール』で剣の腹を!」

 

「ピッカァッ!」

 

 ピカチュウの尻尾が三度(みたび)輝き、鋼と化した尻尾が剣を打ち据える。支持通り尻尾は狙い(たが)わず剣の腹を叩き、刀身を半ばから折る。

 他の二本もあっという間に叩き折り、勢い余って尻尾で床を少し(えぐ)りながらピカチュウが前進する。これで使える剣は二本だけ。敵はもう目の前だ。

 

「『10まんボルト』!」

 

 ピカチュウが大きく跳び上がった。身体が電気を纏って金色に見える。バチバチと電気が弾ける音が廊下に響き渡った。

 

「くっ……!」

 

 男が咄嗟に自分の前で剣を交差させ、防御の姿勢をとる。

 

「ピ〜カ〜…ヂュ〜〜〜〜ッ!!!」

 

 そして、ピカチュウ渾身の『10まんボルト』がダークコートの男を剣ごと巻き込み、凄まじい轟音を響かせる。僅かな電気が空気を伝ってここまで届き、おれの頬を軽く痺れさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 雷撃が収まった後、そこには、ボロボロになった二本の剣と、ダークコートのところどころが焦げ、床に倒れている男の姿があった。

 

「……倒した…の………?」

 

 フィーベルさんの呟きが聞こえてくる。続けて、若干引き()った顔のグレン先生が呻くように言った。

 

「つ、強すぎだろ……なにこのちっこいの……」

 

 二人程ではないが、おれも驚いていた。ゲームやアニメで見るのと実際に見るのとでは迫力が全然違う。

 ダークコートの男の頬をぺちぺち叩いて気絶しているかどうかを確認していたピカチュウは、少し考えた後、男の右肩に手を当て、先程より威力を弱めた電流を流した。それで満足したのか、おれ達の方にちょこちょこと歩み寄ってくる。比例するように、先生とフィーベルさんが後ずさった。まあ、あんな力を見せられたら誰だってそういう反応をするだろう。

 

「お疲れ様。ありがとう、ピカチュウ」

 

 ねぎらいの言葉を掛け、頭を撫でてやる。思っていたよりふわふわしている毛並みを堪能していると、フィーベルさんが声を掛けてきた。

 

「こ、コル?触っても大丈夫なの?」

 

「平気だよ。フィーベルさんも撫でてみる?」

 

 そう言うと、フィーベルさんがこわごわとした様子で近づいてきた。ピカチュウがフィーベルさんに注目する。

 

「う…………」

 

 フィーベルさんはピカチュウの視線に一瞬怯んだように動きを止めたが、視線に敵意がないのを感じたのだろう、恐る恐る手を伸ばした。指先がピカチュウの体毛に触れる。そのまま指先で控えめに撫でた。くすぐったかったのか、ピカチュウが頭をフィーベルさんの(てのひら)に押し付けた。

 フィーベルさんは驚いたように手を引っ込めかけたが、ゆっくりと掌全体でピカチュウの頭を撫で始める。

 

「チュ〜……」

 

 ピカチュウが気持ち良さそうに目を細めた。

 フィーベルさんがピカチュウを優しく撫でているのを眺めていると、ダークコートの男に例の拘束を(ほどこ)し終わったグレン先生が歩いてきた。

 

 グレン先生の顔色は、ダークコートの男と戦う前よりはマシになっているが、まだ結構キツそうだったので【ライフ・アップ】を掛ける。「悪い…助かる」と言いながら床に座り込んだ先生は、しばらくフィーベルさんとピカチュウを眺めていたが、不意に言った。

 

「コル、お前は何者なんだ?」

 

 質問の意図が分からずにグレン先生を見るが、先生の表情は真剣そのものだ。とりあえず正直に答える。

 

「……ただの学生です」

 

「嘘付け。ただの学生があんなデタラメな力持った使い魔を召喚できるかよ。何らかの魔道具を使用したんだろうが……それにしたって普通の使い魔と比べても異常な魔力量だ」

 

 それもそうだ。

 恐らく先生は何故おれがピカチュウのような強大な力を持った使い魔を使役できるのかを疑問に思っている。でもそれはおれだって知りたい。ゲームの中からポケモンが出てくるなんて普通じゃない。なにか原因があるとすれば、それはおれがこの世界に転生する時くらい……か?そういえばおれを転生させてくれたおじいさんが転生する直前に何かを言っていたな……。確か………プレゼント?だったか?

 

 そこまで思い出すと、おじいさんの台詞が意外と簡単に思い出せた。ええっと……。

 

『ワシからも、おぬしが喜びそうな力をプレゼントしておいた。まあ、それは後のお楽しみじゃの』

 

 原因が判明した。プレゼントってこの事だったのか……。それにしても、3DSからポケモンが出てくるようにするなんて、なんて無茶苦茶なんだ……!いや、嬉しいけどね?一度でいいからポケモンに触ってみたいと思ってたし。というか改めて見るとピカチュウ可愛すぎる。

 

 ポケモンが出てきた原因が分かってスッキリした直後、目先の問題を思い出す。

 グレン先生が知りたい事を話そうとしたら、過去にかなりさかのぼって話をしなければならない。それこそ、おれが他の世界からの転生者である事も全てだ。そんな事を話してしまってもいいのか?というか、話したとしても信じてもらえない気がする……。

 

「……………」

 

 黙って(うつむ)いているおれをグレン先生は真剣な表情でしばらく見つめていたが、やがてふぅっと息をつき、言った。

 

「ま、お前にも何か事情がありそうだしな。無理に答えなくてもいいぜ」

 

「……すみません…………」 

 

 おれがそう言うと、先生はニカッと笑った。

 

「お前は良い奴だからな。それにどんな事情があろうと俺の生徒である事に変わりはない。……おお、俺今メッチャ教師っぽい事言った……!」

 

「………最後の台詞で台無しですよ」

 

 思わず苦笑を漏らしてしまう。でも、先生のこういう所は嫌いじゃない。

 グレン先生は自分の身体を軽く見回し、立ち上がった。腕をグルングルン回し、調子を確認する。顔色は少し良くなり、身体の怪我も大体塞がったようだ。塞がったとは言っても無理に動き回るとまた開きそうなので油断はできないが。

 

「ありがとなコル、もう大丈夫だ」

 

 その言葉を聞き、【ライフ・アップ】を掛けるのを止める。

 

「先生、もう平気なんですか?」

 

 ピカチュウと戯れていたフィーベルさんが立ち上がった先生に気づき、声を掛けた。

 

「ああ、もう大丈夫だ。ルミアを助けに行かんとな」

 

 先生のところにピカチュウが興味津々で寄って来た。

 

「ピッカピカチュー!」

 

 と鳴きながら右手を先生に差し出す。

 

「おう、さっきはありがとな。助かったぜ」

 

 先生は少し(かが)み、ピカチュウの手を握った。ピカチュウは嬉しそうに耳を揺らした。

 

 




 ポケモンの新作いつ出るのかなぁ……。早く発売されないかなぁ……。


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決着

 こんにちは、ゲームの住人です。
いつの間にかお気に入り登録者数が百を超えていてビビりました……。
高評価をつけてくださったハチミツたいやき様、バスカヴィルの駄犬様、ありがとうございます!これからも精進致します!


 おれ達は廊下を警戒しながら走っていた。

 おれの近くにはグレン先生とフィーベルさん、ピカチュウがいて、それぞれが別々の方向に注意を払っている。三人と一匹の足音が廊下に響く。目的はティンジェルさんの救出だ。

 

 最初はグレン先生が一人で行くつもりだったらしいが、おれとフィーベルさんが猛反対した結果、先生が逃げろと言ったら必ず逃げる事を条件についていく事になった。グレン先生(いわ)く、ティンジェルさんの居場所は大体予想がついているそうだ。おれ達はひたすらそこを目指して走り続ける。

 

 校舎を出て、足元が地面に変わる。そうして少し走っていると、おれ達の目的地である、白亜の建物が見えてきた。転送塔だ。しかし、敵もそう簡単に塔に入れてくれるつもりはないようで、塔の前には敵が召喚したのであろう、数十匹のゴブリンがたむろしている。おれ達は近くにあった茂みに身を潜め、こっそりゴブリン達の様子を伺う。先生が顔を(しか)めて言った。

 

「どうやらルミアがこの先にいるのは間違いなさそうだが……」

 

「問題はあのゴブリン達ね……」

 

「一、ニ、三   …うん、三十匹くらいかな」

 

「コル、今絶対適当に数えたでしょ……」

 

 茂みの影にしゃがんでひそひそと話し合う。

 こうしている今この瞬間にもティンジェルさんが危険な目に遭っているかもしれないのだ。この状況を手っ取り早く解決しないと……。

 思考を巡らせていた時、おれの傍にいたピカチュウと目があった。

 

「…ピカチュウ。あのゴブリン達に『10まんボルト』は効くと思うか?」

 

 ピカチュウは首を傾げて検討するような仕草をした後、問題ないと言うように頷いた。

 ……よし。

 

「先生、フィーベルさん」

 

 茂みから頭だけ出してゴブリン達を見ていた二人が振り返る。

 

「おれとピカチュウでアイツ等をどうにかするので、二人はその(すき)に塔まで走って下さい」

 

 おれの言葉を聞いていた二人は目を見開いた後、先生が真剣な顔で問いかけてきた。

 

「………やれるのか?」

 

「やれます」

 

 おれの隣にいるピカチュウが任せろとばかりに自分の胸を叩いた。

 

「……解った、頼む。タイミングはお前が決めてくれ」

 

 先生はそれだけ言うと、前を向いた。おれ達を信頼してくれているのが分かる。

 おれは心配そうにこちらを見つめるフィーベルさんに言った。

 

「ティンジェルさんは任せたよ」

 

 おれの言葉にハッとしたフィーベルさんは、少しだけ笑って返してきた。

 

「言われなくてもそのつもりよ。そっちこそ、遅れたら駄目だからね」

 

「すぐに追いつくさ」

 

 お互いに微笑を交わす。フィーベルさんは、ピカチュウの頭を撫でてから前を向いた。

 

「おれが『今』と言ったら走って下さい」

 

 二人が頷いたのを確認して、おれは視線をピカチュウに向ける。

 

「ピカチュウ」

 

 声を掛けると「ピカッ!」と頼もしい声が返ってきた。

 

「行くよ」

 

 そう言い、おれは茂みから飛び出して走り始めた。すぐ横をピカチュウがついて来る。

 おれ達の接近に気がついたゴブリン達が「グギャアッ!」と叫び声を上げ、手に持つ武器を振り回しながら近づいてきた。逃げたくなるのを必死に我慢してそいつ等の方へ走り続ける。ピカチュウだけ行かせるという選択肢はない。できるわけがない。彼はゲームでも、そして今でもおれを助けてくれる、大事な仲間(パーティーメンバー)なのだから。

 

 おれは『10まんボルト』の効果範囲内が分からないのである程度は危険を侵して接近するしかない。接近に気付いていないゴブリンもいる今がチャンスなのだ。少しでも多くのゴブリンを巻き込むため、確実に当てるためだと自分を叱咤してゴブリン達に近づいていく。そしてゴブリン達との距離が丁度良くなったと感じた瞬間     

 

「ピカチュウ!『10まんボルト』!」

 

「ピ〜カ〜……ヂュ〜〜〜〜ッ!!!」

 

 ピカチュウが跳び上がり、その小さな身体から激しい電気を放った。放たれた電撃がおれ達の元に集まりつつあったゴブリン達を纏めて呑み込み、轟音を響かせた。その轟音に負けないように、おれは叫んだ。

 

「『今』ッッッ!!」

 

 横を二人分の足音が駆け抜けていくのを耳にしながら、おれは倒れて痙攣しているゴブリンの傍に落ちていた剣を拾い、ピカチュウに指示を出す。ピカチュウの尻尾が鋼鉄に変わっていくのを視界の端で捉えながら、『10まんボルト』をかろうじて喰らわなかった十匹程のゴブリンに向き直り、剣を構える。

 

「ピカチュウ、おれがヤバくなったら助けてね」

 

「ピカッ!」

 

 うわ、この子頼もし過ぎる……。

 我ながら情けないと思いながら、おれは襲い掛かってきたゴブリンの剣を受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます」

 

 まだ朝靄(あさもや)が漂う時間帯に家を出る。

 両親は出張なので、起こしてくれる人は誰もいない。それなのにこんなに早く起きたのには理由がある。おれはあくびを漏らしながらゆっくりと歩きだした。

 

 

 

 あれから数日が経った。あの後、ゴブリン達をなんとか全員倒し、ピカチュウと急いで塔に向かうと、気絶しているグレン先生を膝枕しているティンジェルさんとその側で倒れているヒューイ先生、ヒューイ先生に魔術拘束を施しているフィーベルさんという中々にカオスな場面が展開していた。どうやら今回のテロ事件の黒幕はヒューイ先生だったようだ。聞いた時は本当に驚いた。

 

 すっかり忘れていたが、フィーベルさんを襲おうとしていた男は味方である筈のボーン・ゴーレムに殺されたようで、死体で発見された。敵とはいえ人が死んだ事に後味の悪さを感じたが、今まで何人もの人をふざけて殺してきたような男に相応しい末路とも思えた。

 

 その出来事の中でも最も驚いた事がある。クラスメイトのティンジェルさんが、なんと三年前に病死したと言われていたエルミアナ王女だったのだ。

 

 事件の後、おれとグレン先生、フィーベルさんは帝国のお偉いさんがうじゃうじゃいるところに呼び出され、ティンジェルさんの素性を聞かされた。その内容も凄かった。

 彼女は帝国の中では悪魔の生まれ変わりと言われ、忌み嫌われている『異能者』だった。そんな彼女は様々な政治的事情によって、帝国王室から捨てられてしまい、色々あってフィーベルさんの家の子になったらしい。

 

 真実を知ったおれ達は事情を知る数少ない人間として、ティンジェルさんを守る事を要請された。こうしておれは、帝国の秘密を知る重要人物になってしまったのだ。

 

 

 

 歩きながら本日四回目のあくびを漏らす。

 

 

 

 ティンジェルさんの情報と交換という訳ではないが、おれもついこの間学院の学院長室へ呼び出された。休日に呼び出される程の事と言ったらひとつしか思い当たらなかったので、話す内容を整頓しながら学院に向かった。部屋の中にはアルフォネア教授とグレン先生がいたが、予想外だったのがフィーベルさんとティンジェルさんもいたということだ。談笑していたのであろう四人の視線が一斉におれに集中して、思わず扉を閉めてしまった。皆が慌てて扉を開かなければそのまま帰っていたかもしれない。アルフォネア教授が慌てる姿を見たのはあの日が初めてだ。

 

 わざわざ休日に学院長室に呼び出したのは部外者に聞かれる可能性を無くすためだったらしい。

 話の内容はやはりというか、3DSの事だった。おれは事件があった日の夜中に公園で一通り試したのでポケモンの()び出し方、戻し方などの仕組みはある程度分かっている。持ってきていた3DSを皆に見えるように学院長室の机に置いて、途中でピカチュウを喚び出したり戻したりしながら説明した。アルフォネア教授が3DSの材質や構造に興味があるようだったので、おれは特に何も考えず好きに調べさせた。だが、それが良くなかった。アルフォネア教授は3DSがこの世界に存在しない物質で出来ていることを見抜いてしまったのだ。

 

 こうしておれは自分が他の世界から転生してきた事を話さざるをえなくなってしまった。最初は先祖代々伝わるモノだと言ってごまかそうかと思っていたのだが、隠し通すのも限界だと諦め、正直に全てを話した。 

 

 

 

 

 街角を曲がると、噴水がある広場が見えてくる。噴水の傍にグレン先生が立っていたので、近づいて声を掛けた。

 

「おはようございます、先生」

 

「……んぉ?ああ、コルか。おはようさん」

 

 おれよりも眠そうにしている先生の姿に苦笑し、おれは噴水の縁に腰掛ける。五回目のあくびをすると、つられるように先生もあくびをした。

 

 

 

 おれは自分の前世の事を話している時、この学院生活もこれまでかな……と思っていた。こんなおかしな奴、気味悪がられて避けられるようになっても仕方がないと諦めていた。

 しかし、おれの話を聞いた後でも、アルフォネア教授をはじめグレン先生やフィーベルさん、ティンジェルさんの態度は変わらなかった。気味が悪くないのかと聞いてみると、「前世の記憶があっても、コルはコルでしょ」とフィーベルさんから返ってきた。心が暖かくなったのを覚えている。

 

 

 

 その時の事を思い出してほっこりしていると、大通りの方から二人の少女が歩いてくるのが目に入った。向こうもおれ達を見つけたのか駆け寄ってくる。おれはあくびを噛み殺し、二人に挨拶した。

 

「おはようフィーベルさん、ティンジェルさん」

 

「おはよう、コル君、先生」

 

「二人共凄く眠そうね……おはよう」

 

「おー、おはようさん」

 

 挨拶を交わし、四人で歩き出す。

 テロ事件以来、おれ達はこうして集まって学院に通うようになっていた。グレン先生は認めようとしないが、恐らくティンジェルさんの護衛のためだろう。ちなみに、おれがこのパーティーに加わる事になったのは、たまたま早起きして学院に向かっていた時に三人とバッタリ出くわして、流れで一緒に学院に行く事になったからだ。

 

 

 歩き始めてしばらくは女子二人が会話に花を咲かせていたが、不意にティンジェルさんがグレン先生に話しかけた。先生は眠そうにしながらもきちんと答える。先生の言葉を聞いて、ティンジェルさんがクスクスと笑う。やけに嬉しそうなティンジェルさんの様子を後ろを歩きながら見ていたおれはピンときた。

 

「………ほほう」

 

「………ふぅーん」

 

 呟き声が(かぶ)る。横を見ると、翡翠(ひすい)色の瞳と目が合った。フィーベルさんとしばし見つめ合い、同時にニヤリと笑う。どうやらピンときたのはおれだけではなかったようだ。

 おれ達は二人を見守るように、しかしあまり離れすぎると怪しまれるので微妙に距離をとる。

 歩きながら二人のやり取りをしばらく眺めていると、フィーベルさんが思い出したように言った。

 

「ねぇ、この間から気になってたんだけど」

 

「んー?」

 

「貴方っていくつなの?」

 

 普通に十五歳と答えそうになるが、彼女が聞いているのはきっと精神年齢だろう。そうでなければわざわざ聞いたりしない。

 ティンジェルさん達の観察を中断し、考える。

 

「えーと、それは()の年齢と今の年齢を足していくつってこと?ちなみに今は十五歳」

 

 前世は確か十六歳で死んだから……。

 

「………!?」

 

 嘘だろ……気がついたらアラサーだった……。

 

 ショックを受けているおれを見てフィーベルさんがキョトンとしている。

 

「どうしたの?」

 

「いや……合計したら三十一歳になってたからびっくりしただけ……」

 

「てことは……ええっ!?貴方十六歳で死んじゃったの!?」

 

「え?そうだけど……」

 

 驚くところが違う気がする。

 フィーベルさんは驚いたようにおれを見つめていたが、やがて落ち着いたようで、小声で謝ってきた。

 

「……ごめんなさい。聞いていい事じゃなかったわね」

 

「いや、気にしてないよ。というか、フィーベルさんは嫌じゃないの?クラスメイトが三十歳越えてるなんて」

 

 すると、フィーベルさんは呆れたように首を振った。

 

「それは単純に年を足しただけでしょ?私が聞きたかったのは前の年と今の年を引いた年の数だったんだけど」

 

「ああ、そういう事ね……。一歳かな」

 

 そう言うと、フィーベルさんは「一歳…」と呟き、こう続けた。

 

「じゃあ貴方は私より一歳年上なのね」

 

「へ?」

 

「だってそうでしょ?貴方はその……上手く言えないんだけど、前の年齢を上書きする形で成長しているから、精神的には十六歳のままだろうし」

 

「そう…なのかな」

 

 彼女の言いたい事がなんとなく分かった気がする。良かった、まだおっさんじゃなかった……!

 

「システィ、コル君、置いてくよー?」

 

 遠くからティンジェルさんの声が聞こえる。フィーベルさんが「ごめんルミア、今行くー!」と叫んだ。そのまま走り出そうとして、振り返ったフィーベルさんが笑顔で言った。

 

「ほら、行くわよコル!」

 

 銀髪を(ひるが)して駆けていく少女をおれは慌てて追いかけた。

 

 




 ようやく原作の一巻が終了致しました……。
 ここまで長かった気がするなぁ……。
 原作二巻に行く前に3DSの機能の補足をしたいと思いますので本編は次の次になりますが、頑張って書いていきますのでお付き合いしてくださると嬉しいです!


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3DSの機能説明

 今回は区切りということで、物語の本編より先に3DSの機能の説明をします。本編を待っていて下さった方々申し訳ありません……!
 
 内容の一部、ポケモン召喚の部分を変更しました。


 『ロクでなし魔術講師と携帯獣使い』における3DSの機能について

 

 3DSの機能

 

・ゲーム

 普通にゲームをプレイする事ができます。3DS本体に黒いカセットが入っていて、その中に複数のゲームデータが入っているのでカセットをいちいち入れ替える必要はありません。所有者の魔力で動いているので、充電する必要はありません。また、どんな事があっても絶対に壊れないので、ゲーム中にウトウトしてうっかり落としてしまっても安心です。

 

・魔力吸収、蓄積

 3DSに魔力を込めることで魔力を貯蓄する事が出来ます。もちろん魔力を引き出す事も可能です。

 また、所有者が3DSを身に着けている(持ち歩いている)間は微量ながらも常に魔力を吸い取られており、身に着けている期間が長ければ長い程貯蓄されていきます。

 ちなみに、主人公は十歳の頃から約五年間3DSを肌見放さず大事に持っていたので貯蓄されている魔力量はとんでもないことになっています。また、ずっと魔力を吸い取られ続けて身体に負荷が掛かっていたので主人公自身の魔力量も上昇しています。

 

 

 ・ポケモン召喚

 転生時に新たに追加された機能(以下召喚)によってゲーム内のポケモンを喚び出す事が出来ます。召喚は3DSの所有者が「起動」と言えば発動します。喚び出せるのはポケモンのゲーム内でボックスに入れているポケモンの中から自由に選ぶ事ができますが、同時に喚び出せるのは最大六匹までです。召喚するポケモンによって消費する魔力の量が変動します。

 

 普段ポケモンは呼ばれないと出てきませんが(まれ)に自分の意志で勝手に出てくる事があります。また、ポケモンは基本トレーナーの指示に従って行動しますが、トレーナーが指示を出せない状況に陥った場合や特に指示を出されなかった場合、自由に行動する許可をもらった場合は自分で考えて行動しますし、強い怒りや悲しみに支配されるとトレーナーの声が届かなくなることがあります。

 

 ポケモンは3DSに貯蓄されている魔力を源にして実体化しています。ダメージを受けると身体を維持するのに使用している魔力が散らされます。魔力を散らされ続けて身体に維持するだけの魔力がなくなると身体を維持できなくなり、強制的に3DSの中に戻されます。また、技を使うのにも微量ですが魔力を使います。

 ちなみに、「ギガドレイン」などの技を使用すると、対象の魔力を吸い取って自身に取り込む仕組みになっています。「いやしのはどう」などは自身の魔力を使い、対象がポケモンなら魔力を、トレーナーやその仲間、生き物なら魔力を与えると同時に傷なども癒やす事が出来ます。

 

 




 メガシンカとかその辺が出てくるのはまだ先なのでこの場では書きませんでしたが、出てきた時にちゃんと説明しようと思っています。
 とりあえず思いついただけ書いただけなので、もしかしたら今後変更する所が出てくるかもしれません。


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二章
種目決め


 こんにちは、ゲームの住人です。
遂に原作二巻へ突入しましたが、最後ら辺の文章が雑になっているかもしれません……。


 アルザーノ帝国魔術学院、二年次生二組の教室。

 現在は放課後。いつもは賑やかな教室が、今日はシンと静まり返っている。

 

「はーい、誰か『飛行競争』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 教室の壇上に立ってクラスの皆に呼びかけているのは、『説教女神』の二つ名で有名な優等生、フィーベルさんだ。

 

「……えっと、じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

 静かな教室に彼女の声が虚しく響く。立候補する者は誰もいない。

 フィーベルさんは困ったような表情で黒板の前に立っている書記係のティンジェルさんを見る。フィーベルさんの助けを求めるような視線を受けたティンジェルさんは、皆を勇気づけるように言った。

 

「ねぇ皆。グレン先生も好きにしろって言ってくれたんだし、今年の魔術競技祭は皆で出てみない?思い出作りになるし、きっと楽しいよ」

 

 だが、ティンジェルさんの言葉を聞いても立候補する生徒はいない。普段なら彼女の意見には絶対に賛成する生徒達(主に男子)も、今は俯いている。これは重症だな……。

 

 そんな空気にウンザリしたかのように、このクラスのもう一人の優等生、ギイブルが眼鏡を押し上げながら言った。

 

「二人共、いい加減真面目に決めたらどうだい?優勝を狙うのなら、他のクラスのようにさっさとシスティーナや僕のような成績上位者で固めるべきだ」

 

「……でも、せっかくの機会なのに参加しないなんて…」

 

 フィーベルさんがムッとしながら言うと、ギイブルは呆れたように首を振った。

 

「分からないのかい?皆気後れしているんだよ。自分達が出場しても足手まといになるって分かってるから遠慮してるのさ。それに、負け戦と分かっていて挑む奴なんていないよ。女王陛下が賓客として御尊来(ごそんらい)なさるんなら尚更(なおさら)ね」

 

「そ、そんな言い方……!」

 

 ギイブルとフィーベルさんの間の空気がどんどん悪くなっていく。ティンジェルさんがオロオロしているのが視界に入った。放っておくのも可哀想な気がするし、そろそろ家に帰りたくなってきたので、おれは二人の口論を止めるべく口を開いた。

 

「あのー、二人共。ちょっと落ち着……」

 

 ばぁんっ!

 

「話は聞かせてもらった!後は任せろ、このグレン=レーダス大先生様になぁっ!」

 

 おれが台詞を言い終える前に、教室の前の方の扉が勢いよく開き、グレン先生が何ごとか叫びながら入ってきた。

 

「うわぁ、ややこしいのが来た……」

 

「はいそこー!ややこしいとか言わない!」

 

 思わず漏れてしまった言葉が聞こえていたのだろう、先生が変なポーズでこちらをビシィッ!と指差してきたので大人しく黙る。やけにテンション高いなあの人……。

 

 先生の突然の乱入に先程とは別種の沈黙が降りる。先生はつかつかと教壇に歩み寄り、フィーベルさんを押しのけるように教壇に立った。

 

「喧嘩はやめるんだ、お前達。俺達は優勝を目指して共に戦う仲間じゃないか」

 

 あれ?先生ってこんなキャラだったっけ……?何か変なモノでも食べたのか?

 今まで見た事が無いほど爽やかな笑顔でそう言った先生を、クラスメイト達が胡散臭そうに見つめている。

 

「どうやらお前達は種目決めに難航しているようだな。……ったく、他のクラスの連中はとっくに決め終わって練習に入っているというのに……まあいい。俺が絶対に負けないような編成をしてやる」

 

 先生は頭を振りながら、競技祭の種目表に目を通し始める。やがて一つ頷くと、ティンジェルさんに板書を頼み、競技名と名前を告げていく。

 

「まず『決闘戦』な。白猫、ギイブル、カッシュ。お前等三人が出ろ」

 

 へー、フィーベルさんとギイブルとカッシュが出るのか…………ん?カッシュ?ナーブレスさんじゃなくて?

 思わず斜め前の席に座っているカッシュを凝視する。

 呼ばれたカッシュ本人も疑問に思ったらしく、手をあげて質問する。

 

「あのー、先生」

 

「なんだ?」

 

「どうしてウェンディじゃなくて俺なんすか?」

 

「そうですわ!私の方がカッシュさんより成績がよろしくってよ!?」

 

 カッシュの言葉にナーブレスさんも追随するように立ち上がった。

 

「あー、ウェンディは土壇場でパニクりやすいし、時々呪文噛むからなー、その点カッシュは状況判断力に優れてるし、運動神経が良いから『決闘戦』やるならカッシュの方が強えと思った」

 

「なっ………!」 

 

 ナーブレスさんが不機嫌そうに頬を膨らませる。

 

「だから、お前には『暗号早解き』を任せようと思う。【リード・ランゲージ】の腕前はこのクラスの中ではお前がダントツで一番だからな。点数稼ぎよろしく」

 

 先生の台詞を聞いていたナーブレスさんの膨らんだ頬が少しずつしぼんでいった。

 

「ま、まあ……そういう事でしたら………」

 

 怒っている時に急にべた褒めされたからか、ナーブレスさんはなんとも微妙な顔で席に着いた。へー、頬を膨らませて怒っている人をべた褒めするとあんな風になるのか……。

 ………今度フィーベルさんにしてみよう。

 

 何はともあれ、去年は出場出来なかったカッシュが競技祭に出られる事になったのだ。友達として嬉しく思う。先生が他の科目の出場者を発表している間に、おれは斜め前のカッシュに小声で話し掛けた。

 

「良かったじゃないかカッシュ!」

 

「お、おう……でも、ホントに俺が出て良かったのかな………」

 

「何言ってるんだよ、いいに決まってるだろ?なんせ先生から指名してきたんだから。もっと自信持ちなよ」

 

「そうだな……」

 

「応援してるからな!頑張れよカッシュ!」

 

「おう!任せとけ!」

 

 去年の競技祭は優等生達だけが出ていてどこか別の世界の出来事のように思っていたし、その頃はフィーベルさん達とも今ほど仲良くなかったので一日中ゲームの事を考えて過ごしたが、今年は楽しくなりそうだ。

 去年の競技祭を思い出していると、先生がサラリとおかしな事を言った。

 

「あと、『迷宮探索』は……コルが適任だな。これ配点高いから頼んだぞー」

 

「……え?おれも出るんですか?」

 

 そう質問すると、先生がキョトンとした。

 

「何言ってんだ?出るに決まってるだろ」

 

「あ、そうですか」

 

 えぇー……。おれも出場するのか……。『迷宮探索』って名前でなんとなく想像つくが、それ絶対短時間じゃ終わらないやつでしょ…?しかも配点高いとか責任重大じゃないか……。

 

「やったなコル!お前も出られるぞ!」

 

 カッシュがニコニコしながら話しかけてきた。

 

「…そ、そうだな……お互い頑張ろう………」

 

 少し楽しみだった競技祭が一瞬で楽しみじゃなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜。

 街中の人が寝静まる頃におれは目覚める。

 あらかじめ畳んで置いていた動きやすい服に着替え、ポケットに3DSを突っ込んで家を出る。

 向かった先は少し離れた所にある大きな自然公園だ。注意深く周りを見渡しながら足を踏み入れ、奥にある雑木林へ向かう。奥へ奥へと歩き続けると辺りの草や木々が鬱蒼と生い茂り、雑木林というより森と言った方が正しいような雰囲気になってきた。そんな場所を更に歩くと、やがてひとつの空き地に辿り着いた。

 

 人が来ないような場所を予め探しておいたのだが、流石にここなら誰も来ないだろう。

 おれは3DSを取り出し、日本語で呟いた。

 

「『起動』」

 

 3DSに光の回路が走り、手から少しだけ浮かぶ。下画面に表示されたポケモン達の中の一匹をタップする。ポンッという音と共に飛び出してくるボールをキャッチし軽く投げると、ピカチュウが出てきた。

 

「ピカッ」

 

 片手を上げて挨拶してくるピカチュウに同じく片手で挨拶をする。寄ってきたピカチュウを撫で、おれは地面に座り込んだ。ピカチュウが背中をよじ登り、頭の上に乗ってくる。

 

「うーん、召喚にもだいぶ慣れてきたな……」

 

 頭の上に乗っているピカチュウが「ピー?」と鳴きながら上から覗き込むようにしてこちらを見つめてくる。

 

 テロ事件があって以来、おれは両親が仕事でいない日の深夜に家を抜け出すようになっていた。別にグレた訳ではなく、ポケモンの召喚方法や戻り方などを調べるためだ。また、あらかじめポケモンの召喚に慣れておくためでもあるし、単純にポケモンと触れ合いたいだけでもある。

 

「……ニ匹目いってみるか」

 

 傍に浮いている3DSに手を伸ばす。少し迷ってから、画面をタップ。新たなボールを少し離れた地面に投げる。

 おれが選んだのはイーブイだった。イーブイは前足で耳の裏を掻いた後、こちらをつぶらな瞳で見つめてくる。

 

「おいで」

 

 声を掛けると、少しずつ近寄ってきた。手が届く距離まで近づいてきたので驚かさないように優しく頭を撫でる。

 

「キュウ……」

 

 イーブイはくすぐったそうにしているが、嫌がっている感じはしない。

 ピカチュウがおれの頭から飛び降り、イーブイに向かって片手を上げた。

 

「ピカッ」

 

「キュイ」

 

「ピカピカ、ピカチュー?」

 

「キュウウ!」

 

「ピッカピカピー!」

 

 何やら会話?をしているように見える。ニ匹とも楽しそうだし見ていて和むので、しばらく二匹のやり取りを観察した。

 今日は一応二匹で止めておくが、もう少ししたら大きめのポケモンを召喚してみてもいいかもしれない。飛行タイプのポケモンに頼んだら背中に乗せて飛んでくれたりするんだろうかと考えながら、会話を終えて寄ってきたピカチュウとイーブイを撫でる。

 

「ピカチュウ、イーブイ。おれ魔術競技祭に出る事になったんだ」

 

「ピカー?」

 

「キュウウ?」

 

「おれは応援だけで満足だったんだけどさ……どうも先生はクラスメイト達全員を出場させるつもりみたいだ。去年は成績が優秀な人しか出場できなかったのに、凄い変化だろ?皆喜んでたよ」

 

 話の内容は二匹にとっては難しかったようだが、おれの気持ちが伝わったのか、二匹は嬉しそうに耳や尻尾を揺らした。

 

 




 はい、今回はイーブイを出しました。
書いてて思ったんですけど、イーブイってどんな声で鳴くんでしたっけ?ポケモンの鳴き声って難しいですね……。


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同郷者

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回は新キャラを投入します!


 魔術競技祭まであと一週間を切った。

 あれからクラスメイト達は集まって練習に励んでいる。一組の先生……名前なんだっけ………バーボン先生だったかな?と一度揉め事になったらしいが、その際にグレン先生とバーボン先生がお互いのクラスが優勝する事に給料三ヶ月分を掛けたそうだ。それ以来、クラスメイト達はより一層練習に励むようになった。モチベーションも高い。

 

 おれが出場する競技『迷宮探索』は、ギミック満載の迷宮を探索する競技だという事しか明かされていないので、あまり大した対策はしていない。している事といえば、家でナゾトキゲームをしたり魔術の練習をするくらいで、対策になっているかは微妙なところだ。

 

 

 今は昼休み。ほとんどの生徒が集まる食堂はごった返している。昼食のサラダをつついていると、正面の席に座るフィーベルさんがスコーンにジャムを塗りながら話し掛けてきた。

 

「コルは競技祭の練習進んでる?」

 

 隣の席に座ってシロッテの枝を(はし)のように構え、メインの焼肉を狙ってくるグレン先生をフォークで牽制(けんせい)しながら答える。

 

「んー、ぼちぼち。フィーベルさんは?」

 

「私もまあまあね」

 

 焼肉を諦めてシロッテの枝を(かじ)っている先生を見て可哀想に思ったのか、ティンジェルさんが手を付けていない自分のおかずを小皿に移して先生の前に置いてあげた。先生がティンジェルさんを呆然と見つめて「……て……天使様………?」と呟いている。

 

 あの二人のやり取りホント面白いなーと思いながら食事を終え、席を立つ。三人に「お先に」と声を掛け、食器を食堂の返却スペースに持っていってから、校庭へ向かって歩き出す。いつもは他のメンバーが食べ終わるまで待っているのだが、今日はカッシュとセシルと競技祭に向けて昼休みに一緒に練習する約束をしているので急がせてもらった。

 

 それにしても、昼休みまで練習に費やすなんて、カッシュ達はなんて真面目なんだろう……。それだけ今回の競技祭に対する情熱が伝わってくる。

 他の事を考えながら歩いていたせいか、おれはすぐ側に人がいることに気付くのが遅れた。

 

     どんっ!ガシャッ!

 

「っ!」

 

「あいたっ!」

 

 避ける間もなくぶつかってしまう。相手が慌てたように声を掛けてきた。

 

「す、すまん!大丈夫か?」

 

「あ、ああ、大丈夫!おれこそよそ見しててごめん」

 

 おれが視線を上げた先には、同い年くらいの男子生徒が立っていた。

 短く刈り上げた金髪に、水色の瞳。身長はおれより少し低めだが、身体つきはがっしりとしていて、鍛えているのが(うかが)える。この学院の生徒達は学者気質の生徒が多く、ひょろひょろしている生徒や太り気味の生徒が多いのだが、こんなタイプの生徒も珍しい。この男子生徒は学者というよりも、軍人という言葉の方がしっくりきそうだ。

 その男子生徒はおれの返事を聞くと、安心したように笑った。それから、思い出したかのように足元に視線を落とす。その視線を何気なく追い、おれは凍り付いた。

 

(やばっ……!3DS…!)

 

 ぶつかった拍子に3DSを落としてしまったようだ。急いで拾おうとするが、それよりも早く少年の手が3DSを拾い上げる。

 

「ほら、これ君のだ……ろ………」

 

 少年の声が不自然に途切れた。顔を上げると、少年は眉をひそめて3DSを凝視している。

 

「ああ、うっかり落としちゃったみたいだ!拾ってくれてありがとう!それじゃあ!」

 

 急いで受け取り、ポケットにねじ込む。強引に会話を終わらせて少年に背を向け、早足でその場を立ち去ろうとした時、後ろからよく知っている、しかしここでは聞けるはずのない言葉が聞こえた。

 

「………3DS(・・・)……」

 

「……えっ?」

 

 思わず立ち止まり、振り返る。

 金髪の少年は、おれの顔を呆然と見つめている。やがて、その口から流暢な日本語(・・・)が流れ出した。

 

「…お前……転生者(・・・)、なのか?」

 

 転生者。その言葉の意味をおれは一つしか知らない。それに、この少年はたった今、完璧な日本語を話してみせた。

 

「……君もだろ(・・・・)?」

 

 日本語でそう返すと、少年がたじろいだ後、ゆっくりと頷く。

 

 おれ達のただならぬ雰囲気に、周りを騒ぎながら歩いていた生徒達がいつの間にか静かになっていた。おれと金髪の少年を中心にして人混みの中にはぽっかりと穴が空いていて、周りから小声で「何、喧嘩?」「先生呼んだ方がいいかな…?」などと聞こえてくる。

 

「……場所を変えて話そう」

 

 言語を戻してそう言うと、金髪の少年も辺りを軽く見回して「そうだな」と頷いた。

 カッシュ達には悪いが、今は練習どころではない。後で謝っとこうと思いながらおれと少年は逃げるようにその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論。やはり彼も転生者だった。

 おれ達は人気の無い場所に移動し、お互いの情報を交換した。

 前世で日本の高校生だったという彼は、色々あってこの世界に転生する事になったそうだ。前世の死因は流石に聞かなかったが、多分おれと似たようなものだろう。

 驚いた事に、彼も転生する時におじいさんに会ったそうだが、その時に3DSをプレゼントされたのだという。おじいさんに「3DSを持っている少年を見つけて一緒に遊べ」と言われたのだそうだ。

 

「……お互い大変だな……」

 

「全くだぜ……オレあんまゲームした事なかったのに……」

 

「えっ?3DS使ってないのか?」

 

「いや、最近ポケモン遊び始めた」

 

 それからしばらく身の上話をしていると、少年が昼休みが残りわずかになっている事に気づいた。

 

「わっ!もうこんな時間か!」

 

「ホントだ、戻らないと……!」

 

 二人で慌てて廊下を走り始める。走りながら少年が思い出したように言った。

 

「そうだ、名前まだ言ってなかったよな!オレはライアス!ライアス=エルモンドだ!」

 

 最初に聞かないといけない事を聞かなかったおれ失礼過ぎるな……。

 

「コル=ファルリルだ!よろしく、ライアス!」

 

「おう!よろしくな、コル!」

 

 こうしておれは、自分と同じ境遇(きょうぐう)の仲間を見つけ、友達になった。

 

 




 今回は少し短めでしたが、いかがでしたか?
今回の新キャラ、ライアス君のモデルは私が大好きな小説のキャラクターなんですが、果たして、分かる人いるかなー?

 あと、都合上3DSの機能の一部を変更させて頂く事に致しました。それに伴い、この作品の本文の一部も変更させて頂きます。申し訳無い……!
 詳しい事は以前投稿した『3DSの機能説明』に記載します。


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魔術競技祭

 こんにちは、ゲームの住人です。
 すみません、ちょっと忙しくて書く時間が中々取れませんでした……。
 


「ピカ!ピカー!」

 

 

 声が聞こえる。

 

 

「んん……」

 

「ピーカ!ピカピー!!」

 

 

 布団ごしにおれの上で何かが跳び跳ねている。

 

 

「…………待って……あと五分……」

 

「ピカピチュカピッカー!!ピカチュー!!」

 

 

 ……ん……?ピカチュウ…?なんでピカチュウが………?

 

 

「ピ〜カ〜…ヂュ〜〜〜〜ッ!!!」

 

「あ"あ"あ"あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 最悪の目覚めだった……。

 どうもピカチュウはおれがいつまで()っても起きないのを心配して3DSから出てきたらしい。

 起こしてくれるのは嬉しいんだけど…10まんボルトは止めて………起きるどころか永眠しちゃうから……。

 

 焦げた寝癖を整えながらいつもの噴水広場に向かって歩く。(すで)にそこに来ていたフィーベルさんとティンジェルさんがおれを見て目を丸くした。

 

「おはよう二人共」

 

「お…おはよう……」

 

「おはよう……あの、コル君?髪の毛が少し焦げてるけど……何かあったの?」

 

「ち、ちょっと朝食を焦がしちゃって……」

 

「どんな料理をしたら髪が焦げるのよ……」 

 

 フィーベルさんが呆れたように首を振っている。

 三人でしばらくお喋りしていると先生が来たので四人で学院に向かう。フィーベルさんやティンジェルさんがどこかそわそわしているのは決して気のせいではないだろう。

 今日は魔術競技祭。皆の練習の成果が表れる日、そして、ティンジェルさんのお母さんがやって来る日だ。

 

 

 

 

 開会式が終わり、おれ達は観戦席でクラスメイトを応援していた。今の競技は『飛行競争』。学院敷地内の広大なコースを二人一組のリレー形式で飛び回る競技だ。

 

『さあ最終コーナーッ!二組のロッド君いけるか!?いけるのか!?    いったあぁぁぁぁあッ!二組のロッド君、七組を抜いて三位でゴオォォルッ!この展開を誰が予想したぁぁッ!?』

 

 実況者が興奮気味の奇声を張り上げる。洪水(こうずい)のような拍手と歓声が上がった。おれも夢中で手を叩く。

 少し意外だったのは、おれ達以外のクラスの人達も応援してくれている事だ。何故かは知らないが、応援してくれる人数は多いに越したことはない。

 先生がクラスメイト達に問われてさっきの競技について解説している。競技が始まって最初ら辺はやけにペースがゆっくりだなーと思っていたが、どうやら先生の作戦だったらしい。先生の頬が何故か引きつっているように見えたが、きっと気のせいだろう。

 

 貴賓席に目を向ければ、ティンジェルさんのお母さん   女王陛下の隣にアルフォネア教授が座っているのが見える。選手が優等生ばかりの中、二組が好成績を収めた事が愉快だったのか、教授が膝を叩いて大爆笑していた。それは遠目にも判るほどで、隣の学園長やメイドっぽい人に(たしな)められているようだった。

 

「おい、見たか!?三位だぞ三位!」

 

 カッシュが興奮気味にセシルに話しかける。話しかけられたセシルも目をキラキラと輝かせて言った。

 

「凄い!凄いよロッド君とカイ君!」

 

 クラスメイト達は皆こんな感じに騒いでいる。テンションMAXだ。

 ……おれを除いて。

 

 おれは静かに立ち上がり、カッシュ達に声を掛けた。

 

「……()ってくる」

 

「ああ、もうすぐコルの競技か!おう、行ってこい!」

 

「いってらっしゃい!応援してるよ!」

 

 二人の暖かい言葉に見送られる。さっきから緊張しっぱなしで、落ち着かない。こんなに緊張するのは前世の高校受験以来かもしれない。

 

「ちょっと、緊張しすぎじゃない?」

 

 からかうような声が聞こえてきたのでそちらを向くと、ニヤニヤしているグレン先生とフィーベルさんがこちらを見つめていた。

 

「もう、ダメだよシスティ!からかったりしちゃ!先生もですよ!」

 

 ああ、こんな時ティンジェルさんの優しさが心に染みる……。

 

「おやおやぁ〜?コル君は一体何にビビっているのかなぁ〜〜?」

 

「べ、別にそういう訳じゃ……」

 

「コル、お前なら大丈夫だ。リラックスしていけ」

 

 ふざけた顔から一変、真面目な表情で先生が励ますように言った。

 

「なにも優勝が全てって訳じゃない。所詮(しょせん)これは『(まつり)』だ。楽しんでこい」

 

「……はい」

 

 緊張がわずかに薄れるのを感じながら、おれは競技場に降りる階段に向かった。

 

「次の競技、『迷宮探索』に出場する生徒はこちらに集まってくださーい!」

 

 アナウンス係の指示に従って参加者が一列に並ぶ。おれ達が整列したのを確認した実況者が魔術の拡声音響術式を起動し、喋りだした。

 

『それでは、『迷宮探索』のルール説明をこの競技の考案者、アルフォネア教授が行います!教授、お願いします!』

 

 実況者と入れ替わるようにアルフォネア教授が前に出る。

 

『えー、この競技の舞台は競技場の地下にある迷宮だ。この日のために私が造っておいた。諸君らには今からその迷宮の最深部を目指してもらう』

 

 教授がパチンと指を鳴らすと、競技場の中心に巨大な魔方陣が出現し、それを囲むように一定の間隔を空けて十個の降り階段が現れた。

 

『迷宮の中には仕掛けを解かないと開かない扉やモンスターに似せた魔導人形も用意されていて、諸君らを見つけ次第(しだい)襲うように設定してある。慌てなければ倒せる強さにしてあるが、戦うか避けるかは諸君らが好きに決めていい』

 

 ルール説明を聞いているうちに、思考が少しずつ落ち着いてきた。そうか、無理に倒す必要はないのか……。

 

『制限時間はニ時間。こちらから戦闘不能と判断された場合、または何らかの非常事態に(おちい)った場合、諸君らは強制的にそこの魔方陣の上に転移するようになっている。また、攻撃対象が行動不能となった場合は魔導人形は攻撃を止め、非常事態の場合全ての魔導人形は停止する』

 

 非常事態というのは地震があった時とかに備えているんだろうけど………。そういえば、この世界に転生してから一度も地震にあった事がないな…。

 

『配点については簡単だ。最深部に辿り着けば得点、辿り着けなければ配点はなしだ』

 

 最後に、と教授が続けながらニヤリと笑う。

 

『最深部に降りる階段は、一体の魔導人形が守っていて、ソイツを倒さなければ先に進めないようになっている。……強いぞ。心してかかれ』

 

 そう言い残して、アルフォネア教授は席に戻っていった。

 

『アルフォネア教授、ありがとうございました!それでは選手の皆さんは、それぞれ自分のクラスの応援席前の階段に移動してください!』

 

 実況者の指示に従い、おれは二組の側にある階段に向かった。

 

 

 

    システィーナ   

 

「コル、大丈夫かしら……」

 

 システィーナが呟くと、隣に座っているルミアが苦笑いした。

 

「凄く緊張してたもんね……」

 

 システィーナ達の応援席の前には地下へと続く階段が口を開けていて、その階段をじっと見つめているコルの姿がある。

 システィーナは斜め後ろに座るグレンに声を掛けた。

 

「先生、コルは大丈夫だと思う?」

 

「いや、分からん」

 

「「えっ?」」

 

 てっきり自信満々に「余裕」とか言うと思っていたグレンの意外な返事にシスティーナとルミアは目を(またた)かせる。

 

「正直、全部あいつ次第だな」

 

「コル次第……?」

 

「この競技をコルに任せたのは、あくまでコルならいけるかもしれんと判断したからだ」

 

 これだけでは不十分だと思ったのか、グレンはそう判断した理由を説明し始めた。

 

「理由は二つあるんだが、まず一つ目の理由な。これは最近判明した事なんだが、コルはちょっと異常なほど魔力が多い」

 

「え?」

 

「異常なほど……?」

 

 二人の戸惑いを無視してグレンは話を続ける。

 

「二つ目。あいつは咄嗟(とっさ)の判断に優れていて、突発的な状況に対する耐性も高い。多分、このクラスの誰よりもな」

 

「コルが……?」

 

 システィーナは普段のコルを思い浮かべようとするが、浮かんでくるのは昼休みに校庭で昼寝をしている姿やクラスメイト達とふざけ合っている姿ばかりだ。

 

 グレンが立てたニ本の指を振ってみせる。

 

「魔力量が多ければニ時間もの長丁場でも耐えられるし、状況判断も優れてるから、不意打ちされない限りそうそう遅れはとらんだろ。あいつ意外と慎重だし」

 

 グレンがそこまで話し終えた時、グレン達の応援席の前に投影魔術による大きな画面が現れた。画面は真っ暗で何も映していないが、迷宮の中に入った選手を観戦するための物だろう。競技の準備が整ったようだ。

 

『さあさあ皆さん、お待たせ致しました!これより本日の目玉競技『迷宮探索』を開始します!選手の皆さんは合図とともに迷宮の中に入ってください!いきますよ!よーい………』

 

「コル……頑張って」

 

 システィーナがそっと呟く。すると、まるでこの喧騒(けんそう)の中でも声が聞こえたというようにコルがこちらを振り向いた。

 

 翡翠(ひすい)色の瞳と金色の瞳が交錯(こうさく)する。

 

 彼の顔に緊張の色はもうなかった。システィーナに向かって軽く微笑みかけると、正面の階段に向き直る。

 

 

 パァンッ!

 

 音響魔術による破裂音が響き、それを合図に十名の生徒達による『迷宮探索』が始まった。

 

 

 




 次回からは完全オリジナル展開になります。更新速度がますます遅くなるかもしれませんが、気長に待っていただけると嬉しいです!


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探索

 こんにちは、ゲームの住人です。
 高評価をくださった癒しを求めるもの様、ありがとうございます!励みになります!駄文ですが、少しでも書き方が上達するように頑張ります!


 靴音が石の壁に反響する。どうやら地上の実況などは聞こえないようになっているようだ。壁のところどころに設置された証明魔道具のおかげで真っ暗ではないが、視界は少し薄暗い。

 前世でまだ幼かった頃に連れて行かれた遊園地のお化け屋敷を思い出した。あの時は両親の服の袖を掴んで必死に恐怖に耐えたっけ……。

 

 前世の事を思い出しながら歩いていると、とても不思議な気分になった。おれ、異世界にいるんだなぁ……。

 

 今のところ敵とは遭遇していないが、油断は禁物だ。おれはいつ敵と遭遇してもいいように心の準備をしながら先に進んだ。恐らくトラップの(たぐ)いだろう、他のと比べて微妙に色が違う石畳にもご用心だ。

 五分程進むと、少し広い場所に出た。目の前には閉ざされた扉があり、その前には台座のようなものが設置されている。後ろを振り返ったりしながら近づいてよく見ると、九つの石版が入りそうな四角いスペースに八つの石版がはめられている。なんとなく既視感を覚え、その既視感の正体を探るとすぐに分かった。

 

(ああ、これナゾトキゲームでやった事あるやつだ)

 

 試しに石版の一つを動かそうとすると、思ったより滑らかにスライドする。

 

(これはスライドパズルだな。それなら………)

 

 かちゃかちゃスライドさせる事三十秒。

 台座の上には空を飛んでいるドラゴンの絵が完成した。 

 同時に、重低音を響かせて目の前の扉が開く。

 

「おお、開いた」

 

 ささやかな達成感に包まれながら扉の先に進む。直線にしばらく進んでいると、前の方から何かを引きずるような音が微かに聞こえてきた。

 

「………!」

 

 目を凝らして見ると、かなり先の方で何かが動いている。襲い掛かって来ないのでまだ気付かれていないのだろうが、気付かれるのは時間の問題だ。隠れようにも、この通路は直線なので隠れる場所がない。

 

(後ろに行ってもさっきの部屋に戻るだけだし………うん、迎撃しよう)

 

 そうと決まれば先手必勝だ。おれは左手を構え、呪文を唱えた。

 

「《雷精よ》!」

 

 練習したかいもあり、通常よりも少し短い詠唱で発動した【ショック・ボルト】が光の線となって飛翔し、通路の奥の敵に命中する。ガシャガシャッ!という音を最後に、何かを引きずる音はしなくなった。

 【ショック・ボルト】一発で倒したとは思えないのでしばらく様子を伺ったが……何も起こらない。慎重に先に進むと、通路の先で人形が倒れているのが見える。さっきの音は人形が倒れた音だったようだ。油断なく左手を向けながらそっと近づく。

 

 倒れている魔道人形はゲームで言うところのリザードマンのような姿をしていて、手に先端が丸まった槍を持っていた。引きずるような音は尻尾が床に当たって出していたのだろう。額に付いている結晶が割れているので、【ショック・ボルト】はきっとこれに当たったのだ。

 

「ここに当てれば一発で倒せるのか……?」

 

 いかにも弱点っぽいところを発見したが、ここを攻撃すれば一発なのか、別にどこを攻撃しても一発で倒せるのか今のところはよく分からない。おれは立ち上がり、歩き出した。

 敵が持っていた槍は持って行くか迷ったが、重いし使い慣れてないので止めた。

 

 それから探索を進めていき、数体の人形を倒して判明したのだが、額の結晶以外のところを攻撃した時と結晶を攻撃した時のダメージの通り方はやはり違うようだ。

 辿り着いた部屋のパズル  今度は十五ピースだった  をさくさく解いて扉を開き、先に進む。そうして曲がり角をいくつか通り過ぎ、広い場所に出る。その場所はおれが出てきた通路を含めて分かれ道が三つあり、進むとしたら右の通路か左の通路だが、どっちに行こうかと悩んでいると、左の通路から誰かが出てきた。慌てて構えるが、出てきた人物を見て、おれはすぐに構えを解いた。

 

「あれ?コルじゃないか」

 

「ライアス……?何でここに?」

 

 現れたのは、数日前に会ったばかりのライアスだった。彼も警戒していたのか拳闘の構えを取っていたが、すぐに構えを解いて歩み寄ってくる。

 

「何でって……この競技の選手だから?まさかこんな所でコルと会うとはなぁ」

 

「偶然って怖いな」

 

「なー」

 

 会話を交わしながら、おれ達は広い空間の中央に集まる。

 ライアスが親指で後ろの通路をピッと指差した。

 

「オレが通ってきた通路は何もなかったぞ」

 

「こっちも何もなかった。となると……」

 

 二人で同時に右の通路に視線を送る。

 

「こっちだな」

 

「ああ」  

 

 頷きあう。

 

「ついでだし、一緒に行こうぜ」

 

「いいよ」

 

 ライアスの提案に乗り、おれ達は一緒に迷宮を探索する事になった。

 通路はおれ達が並んで歩けるぐらいの幅なので、二人で並んで世間話をしながら歩いた。もちろん警戒も忘れない。

 

 しばらく歩いていると、急に通路が下り坂になった。

 

「うーん……迷宮の最深部って結構下の方にあるみたいだな」

 

「制限時間二時間で足りると思うか?」

 

「さあ……」

 

 首をひねりながら歩いていると、突然ライアスが立ち止まった。

 

「ライアス?」

 

「…何か聞こえないか?」

 

 耳を澄ませると、遠くからかすかに地響きのような音が聞こえてくる。

 

「……聞こえる」

 

「何の音だ…?」

 

 地響きが酷くなるにつれ、振動が伝わってくるようになった。

 

「なあ、これって……」

 

 ライアスの呟きを聞きながら、おれはゆっくりと後ろを振り返る。 

 

 おれ達が通ってきた下り坂を大きな鉄球が転がってくるのが見えた。

 

 おぅまいがー……。

 

「……………なあ。突然だけどおれ、今凄く走りたい気分なんだよね」

 

「え?急にどうし……奇遇だなコル。実はオレもそう思っていたんだ」

 

 後ろを見て真剣な表情になったライアスと同時に走り出す。

 後ろから近づいてくる地響きに恐怖を感じながら全力疾走していると、下り坂の途中の脇道から魔導人形が飛び出して来た。

 

「あーもう!こんな時まで出てくんなよ!!コル、オレがやる!」

 

 走る速度を上げながら早口で【ウェポン・エンチャント】の呪文を唱えたライアスの拳が光を纏い、魔導人形の顔面に拳がめり込んだ。

 

 ゴシャアッ!バキバキバキィ!

 

 顔面をひしゃげさせて倒れ込んだ人形の横を駆け抜けた数秒後、後ろでそんな音が聞こえてきた。チラリと振り返ると、魔導人形が鉄球に押し潰されていく光景が目に入った。

 いくら死なないとは言っても、これは怖い……!

 

 必死に足を動かす事三十秒。遂に、おれ達と鉄球の鬼ごっこの終着点が見えてきた。下り坂の終わりが見えてきたのだ。安堵するのも(つか)()、おれはとんでもない事に気付いてしまった。

 

    床が無い。

 

 下り坂の最後ら辺の通路の床がきれいに無くなっている。向こう岸まではかなりの幅があり、その先は通路が続いている。

 

 だが、そこに到達するにはあの穴を飛び越えなければならない。

 

 左右に素早く目を走らせるが、通路の壁には鉄球をやり過ごす(くぼ)みはおろか僅かな(へこ)みすら見つからない。

 おれは走る速度を上げ、半ばヤケクソ気味に叫んだ。

 

「飛び越えよう!もうそれしかない!」

 

「くっそぉっ!こんな所でリタイアしてたまるかっ!」

 

 おれは覚悟を決めて最後の数メートルを全力で走り抜き、思いっきり跳んだ。

 おれ達が穴を飛び越えて向こう岸の床に倒れ込んだ直後、後ろから迫ってきた鉄球が穴の中に落ちていき、かなり下の方で轟音を(とどろ)かせた。

 

「つ、疲れた………」

 

「同じく………」

 

 立ち上がる気力も残っていなかったおれ達はしばらく床に転がったまま荒い息を吐いていた。

 

 

 

 

 

    システィーナ   

 

『おおーっとぉ!?七組のマロー君トラップに掛かってしまい戦闘不能!ここで無念の脱落だー!』  

 

 競技場の真ん中にある魔法陣の上に脱落した生徒が次々と転送されてくる。

 

『残っている選手は五人!盛り上がって参りました!果たしてこの迷宮を攻略出来る選手はいるのか!?』

 

 実況者の楽しそうな声をBGMに、システィーナ達は画面に映るコルをはらはらしながら見守っていた。

 

 今のところコルは敵を危なげなく倒しているし、トラップにも引っかかっていない。周囲に気を配りながら歩いているコルを見ながらグレンが呻くように言った。

 

「ったくセリカの奴、難しくしすぎだっつーの……コルを選んで正解だったぜ……」

 

『あっ!ここで一組のジーロ君と六組のフリット君が合流しました!何やら言い争っていますが……あぁーっ!ジーロ君がフリット君を攻撃しました!フリット君避け切れずに直撃ー!……なんと、一組の選手が六組の選手を倒してしまいました!残り四人!これは予想外の展開になってきたぁぁあッ!?』 

 

「えっ!?選手が選手を攻撃するなんて、そんなのアリなんですか!?」

 

 システィーナがグレンに質問する。グレンは苦々しげに答えた。

 

「ああ、アリだ。ルールには『選手同士の潰し合い禁止』とか無かったからな……」

 

「でも、それじゃあ……あっ!」 

 

『おおっ!続いて二組のコル君と四組のライアス君が合流しました!この二人も戦闘に突入してしまうのでしょうか!?』

 

 先程の事もあり、システィーナ達二組の生徒と四組の生徒達に緊張が走った。固唾を呑んで画面に映る二人を見守る。

 しかしその心配は杞憂だったようで、二人はお互いを認識した途端に構えを解いた。広間の中央に集まり、通路を指差したりしながら会話を交わしている。一緒に行動する事にしたのか、二人は同じ通路に入っていった。

 

『どうやらニ組の選手と四組の選手は行動を共にするようです!これも意外な展開!さあ、最深部に到達するのは一体誰だッ!?』

 

 生き残っている選手のクラスメイト達は、目の前の画面を食い入るように見つめた。

 




 この競技の話は後一話くらい続きます。競技祭が終わるまではポケモンの出番が減ると思いますが、原作三巻では新しいポケモンを出したいと思いますのでもうしばらくお付き合い下さると嬉しいです!


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ボス戦

 こんにちは、ゲームの住人です。
遅くなってしまい申し訳ありませんでした……。少しずつ書き溜めていたのがようやく纏まったので投稿します。ペースは遅いと思いますがこの作品を放棄する気は全くありませんのでご安心下さい。
 それはそうと、遂にポケモンの最新作のゲームが発表されましたね!
 イーブイとピカチュウ、どちらを相棒にするか今から悩みます………。


 鉄球との鬼ごっこを繰り広げた後、おれ達は少し休憩してから探索を再開した。心なしか敵が強くなっている気がするが、ライアスと連携して屠っていく。

 そうする事、約20分    

 

 歩いていた通路の先が開け、小さな広場に辿り着く。これまでに小さな広場は嫌というほど通ってきたが、今回の広場は他とは違った。

 広場は半円状になっていて、右と左の二つの通路と繋がっている。広場の中央にはパズル台が設置されていて、広場の奥の方に黒光りする重厚な扉があった。

 

「うわぁ……このパズル三十五ピースもあるぞ」

 

 パズル台に歩み寄ったライアスが嫌そうな声を上げる。おれは歩み寄ってパズルを眺め、解き始めた。今回は結構難しそうだが、めげずにパズルをスライドさせているとピースに描かれた絵がだんだん出来てきた。

 それから数秒後、赤い魔法陣が描かれたパズルが完成した。

 

「なんだこれ?」

 

「んー……多分、こういう事かな……」

 

 完全な姿を取り戻した魔法陣の上に手を載せ、魔力を流す。

 すると、ブゥゥゥンという音と共に、黒光りする扉の表面に赤い模様が走り、パズルに描かれているのと同じ魔法陣が刻まれた。

 

 ゴゴゴゴ……

 

 地響きを立てながら扉が開いていく。完全に開ききったところで扉は止まった。扉の奥は暗くなっていて見ることができないが、この先がボス部屋で間違いないだろう。

 ライアスが扉を見ながら言った。

 

「この仕掛けむちゃくちゃカッケーな」

 

「同感」

 

 相槌(あいづち)を打って扉へ踏み出そうとした時、おれ達が通ってきた通路の反対側にある通路でチカッと何かが瞬いた。

 

「避けろ!!」

 

 咄嗟に叫び、もと来た通路まで後退する。

 

「へ?……ぅわっ!」

 

 キョトンとしていたライアスだったが、自分目掛けて飛んでくる紫電を慌てて避ける。おれの側まで戻って来たライアスが、反対側の通路に向かって叫んだ。

 

「何すんだ!」

 

 すると、不意打ちしてきた何者かが通路からゆっくりと姿を現した。

 

「ちっ……外したか」

 

 通路から出てきたのは、おれ達と同じ選手だった。どこかで見覚えがあると思ったら、いつもグレン先生にいちゃもんをつけてくるバーボン先生の周りをチョロチョロしている生徒だ。確か名前は……

 

「えーっと、ペペロン君?おれ達は敵じゃないと思うんだけど……」

 

「ジーロだジーロ!!間違えるな!」

 

「あ、ごめん」

 

 ペペロン改めジーロ君はおれを睨みつけていたが、気を取り直したように言った。

 

「ここから先は僕一人で行かせてもらう。君達は僕が競技を達成するのを指を咥えて見ていたまえ」

 

 何言ってんだこの人?というか……。

 

「それを言うためにわざわざ待ち伏せしてたのか…?」

 

 待つくらいなら先に行ってクリアすれば良かったのに、なんでおれ達が来るのを待ってたんだろう?それこそ時間の無駄なのになぁ……。

 すると、ライアスがニヤニヤしながらジーロ君を見た。

 

「いや、違うぜコル。コイツは多分パズルが解けなかったんだよ。だから解けるやつが来るのを隠れて待ってたんだろ」

 

「え?そうなの?」

 

 なるほど、通りでパズルのピースが中途半端な位置にズレてると思った。

 

「ち、違う!あんな簡単なパズルが解けない訳ないじゃないか!」

 

 赤い顔で否定したジーロ君は左手を構え直すと、おれとライアスを牽制しながらじりじりと扉の方に進み始めた。

 

「いいか、この先には来るなよ。優勝は僕達一組のものだ」

 

 ジーロ君はドヤ顔でそう言い残し、扉の向こうへ消えた。

 

「あ、あの野郎、なんて身勝手なんだ!追うぞ、コル!」

 

 そう言って走り出そうとしたライアスの前で、沈黙を保っていた扉が再び重低音を響かせた。驚いて足を止めるライアスの前で扉がゆっくりと閉まっていく。ゴゴン、という音を最後に扉は行く先を固く閉ざしてしまった。

 

「何で閉まって……」

 

 そう言いかけたおれの耳がカチャカチャカチャッという音を捉えた。音のする方を見ると、パズル台の完成していたパズルが自動でシャッフルされていくのが目に入った。

 どうやらこの扉は、人が中に入ったのを感知して勝手に閉まり、中に入るにはもう一度パズルを解く必要がある仕組みになっているらしい。歩み寄ってパズルを見るが、完全にぐちゃぐちゃになっていて解き直すのは骨が折れそうだ。 

  

「えぇー…また解かないと入れないのか…?」 

 

「そうみたいだ。……まぁ、制限時間までにゴールすれば良いんだから焦らなくても」

 

 いいさ、と続けようとした時。 

 

「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 

 扉の向こうから悲鳴が聞こえてきた。そして、それに続くようにドガァァァンッと何かを叩きつける音。

 

 おれとライアスは顔を見合わせ、それぞれ動いた。

 おれがパズル台に飛び付くようにしてパズルを解き始め、ライアスが扉に走り寄る。

 

「おい、大丈夫か!!」

 

 ライアスが呼びかけるが返事はない。しかし、扉の向こうから聞こえてくる轟音は止まない。時折轟音に混じって悲鳴が聞こえてくるのでジーロ君はまだ無事だろうが、それも時間の問題だ。

 

「コル、まだか!?」

 

「今やってる!!」

 

 これはただの競技なので敵にやられたとしてもせいぜい掠り傷や捻挫程度の怪我しかしないという事を半ば忘れ、おれは頭を必死に回転させた。先程解いたおかげで、このパズルの完成形は頭に入っている。それを思い浮かべながら手を動かしていく。自分でも恐ろしくなる程のスピードでパズルのピースは正しい位置に(はま)っていき   

 

     出来たっ!!」

 

 完成した瞬間に左手を叩き付け、パズルに魔力を流す。

 扉が輝き、再び開いていく。人が入れるスペースができるやいなや、ライアスが身を滑り込ませて中に入っていった。おれも急いで後を追う。

 

 先程中を覗いた時は扉の向こうは真っ暗だったが、今は明かりが付いており、部屋の奥まで見渡せた。

 

 扉の向こうには円形の広い空間が広がっていて、壁に一定の間隔を空けて松明(たいまつ)が設置されていた。いかにも『ボス部屋』っぽい雰囲気を醸し出しているが、その部屋をよりいっそう『ボス部屋』たらしめているのは、空間の中央に立っている存在だった。

 

 大きい。前傾姿勢なので正確には分からないが、三〜四メートルはありそうな巨大な魔導人形がおれ達を見下ろしている。頭の両脇からは水牛を思わせる角が生え、細長い尻尾が揺れる。身体には青い光の回路が走っている。手に持っている大槌は持ち主のサイズに合わせてあり、轟音の正体はもしかしなくてもコイツだろう。

 

 魔導人形の無機質な瞳と目が合う。

 

 次の瞬間、ゲームでお馴染みの『ミノタウロス』によく似た魔導人形が手にしている大槌を高々と振り上げ、同時に背後の扉がゴゴン、と音を立てて閉まった。

 

「うわあっ!」

 

 慌てて飛び退いた、その場所に大槌は振り下ろされ    

 

 ドガァァァァァァンッ!!

 

 扉越しで聞いた音の三割増しの轟音を響かせた。

 

「……これを倒せと?」

 

 顔から血が引いていくのを感じながらおれは辺りを見渡す。ライアスは……若干顔色が悪いけど無事だ。ジーロ君は……いない。どうやら間に合わなかったようだ。天(地上)へ旅立った彼に黙祷を捧げる。

 

 ゆっくりとこちらを向き直るこの迷宮の主を前に、おれは腹を(くく)った。大丈夫、死にはしないさ!………多分。

 

「ライアス!」

 

 声を掛けると、「お、おう!」と返事が返ってくる。

 

「せっかくここまで来たんだ、クリアして帰ろう!」

 

 そう叫びながら、左後方に跳んで大槌を避ける。

 

「今まで戦ってきた魔導人形達と同じように、コイツにもきっと弱点があるはずだ!それを探そう!」

 

「分かった!」

 

 ライアスの返事を聞きながら、おれは大槌を手に歩み寄ってくるミノタウロス(勝手に命名)に左手を向けた。

 パッと見た感じ、弱点らしき部分は見当たらないので、とりあえず眼を狙ってみる。

 

「《雷精よ》!」

 

 飛んでいった紫電が右眼に命中すると、ミノタウロスは上体を軽く揺らして立ち止まった。しかし数秒もしないうちに再び動き出す。

 

 【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばせないかと考えたが、すぐに頭を振ってその考えを捨てる。魔導人形がそれなりの重さを持っているのはこれまで倒してきた魔導人形で確認済みだし、そもそも目の前で大槌を振りかぶっているこの人形は他の人形より一回りも二回りも大きいので【ゲイル・ブロウ】をぶつけても大したダメージは与えられないだろう……

 

「………わっ!」

 

 頭上から降ってくる大槌を慌てて躱す。

 

 とりあえずは、弱点を探しながら少しずつダメージを蓄積させていこう。

 

 そう決め、おれはミノタウロスに左手を向けて、新たに呪文を唱えた。

 

 

 

 

 

    システィーナ   

 

 会場の全てのモニターが、コルとライアス、そして魔導人形を映していた。

 

『二組のコル選手、魔導人形の攻撃を躱し続けています!その間に後ろから四組のライアス選手が攻撃を仕掛けるが……駄目だ、攻撃が魔導人形の尾に阻まれて通りません!』

 

 大槌がコルを掠めるたびに、システィーナの心臓が縮み上がる。

 

『今や残っている選手はこの二人のみになってしまいました!ここまでくれば最早クラスは関係ありません!どっちも頑張れー!』

 

 実況者の声援に合わせて他のクラスからも応援の声が次々に上がる。

 

 グレンが呻くように言った。

 

「これ、死なないって分かってても心臓に悪いな……」

 

「あ、あはは……」

 

「そうね……」 

 

 画面の中のコルは、魔導人形の大槌を後ろに下がって避けながらカウンターで呪文を放っている。魔導人形と遭遇し、目の前に大槌を叩きつけられた時は血の気の引いた顔をしていたが、今は慣れたのか顔色も良くなりつつある。

 その様子を見守っていると、システィーナはあることに気が付いた。同時に、グレンが呟く。

 

「まずいな……あいつ、自分でも気付かんうちに壁際に追い込まれてる」

 

「そうね……」

 

「え?……あ、本当だ……」

 

 コルは攻撃を避けて魔術で反撃する事に集中し過ぎて周りに気を配れていないし、共闘している生徒はムチのようにしなる魔導人形の長い尾に翻弄され、更に魔導人形の身体自体が大きいので視界を遮られて前方の壁に気付いていないようだ。

 

「……あっ!」

 

 システィーナ達が見守る中、大槌を振りかぶった魔導人形を警戒して後ずさったコルの背中が広間の壁にぶつかった。コルの目が見開かれ、ちらりと後ろを振り返る。金色の瞳にはっきりと焦りの色が浮かぶのを、システィーナは画面越しに見た。

 

 

 

 

    コル   

 

 大槌を避けるために後ろに下がろうとすると、背中が何かにぶつかった。

 

    ッ!?」

 

 慌てて振り返ると、視界いっぱいに壁が広がる。辺りに視線を走らせると、さっきまで部屋の中央に居たのにいつの間にか部屋の端まで移動していた。しまった……!避けるのに集中し過ぎて周囲に気を配るのを忘れてた……!

 

 正面ではミノタウロスが大槌を振り上げている。横に避けようとするが、ミノタウロスの尻尾がまるで通せんぼするかのように行く手を阻んだ。

 魔導人形の瞳が勝利を確信したように瞬いた、気がした。

 

 くそ、こうなったら……!

 呼吸が乱れ、冷や汗が頬を伝う。おれは自滅覚悟で呪文を叫ぶように詠唱した。

 

「《大いなる風よ》  ッ!!」

 

 その瞬間、黒魔【ゲイル・ブロウ】が発動した。しかし、おれは左手を敵に向けずに背後の壁に添える。ゼロ距離で壁にぶち当たった風は、行き場を失って荒れ狂い    

 

 ビュゴオオォッ!!

 

 暴風と化した風は床からおれをすくい上げ、斜め前方へ吹き飛ばした。

 振り下ろされた大槌が頬を掠める。

 ミノタウロスのすぐ横を通り抜け、おれは空中へと飛び出した。

 

「ぐ……お…………っ!」

 

 身体を叩く衝撃と風圧に耐える。

 この使い方はグレン先生がフィーベルさんに吹き飛ばされている光景を見て思いついたことだ。しかし一度公園の空き地で試してみたところ、風が強過ぎて身体に負担が掛かるし細かい方向調節が難しかったのでこの使い方は封印していたのだが、早くも封印を解いてしまった。

 

 この競技祭が終わったらちゃんと改良して緊急回避用として使えるようにしよう、と決意しつつ、迫りくる床に備える。

 

 ズシャアアアァァ……!

 

 摩擦で靴底から煙が上がるが、なんとか転ばずに着地に成功する。

 

 広場の中央辺りまで飛ばされて来たようで、ミノタウロスとはかなりの距離がある。ライアスが急いで走り寄ってきた。

 

「大丈夫か!?急にすっ飛んで行ったから何事かと思ったぞ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

 本当は吹き飛ばされた衝撃で体中が痛くて全然大丈夫ではないが、そこは我慢する。 

 

「それより、どう?そっちは何か気付いた事はある?」

 

「いや……正直、あいつの尻尾の相手をするので精一杯だった………。というか、アレは学生なんかがどうこう出来るレベルじゃない気がしてきたぜ」

 

「だよな……多分だけどこの競技、選手達が協力して戦うのが正規の攻略ルートだったんじゃないか?ルール説明の時、アルフォネア教授は『最深部に至れば得点』って言ってたけど、『一番に着いた人だけ』とは言ってなかったし……」

 

 話しながら、こちらに向かってくるミノタウロスを眺める。

 

「くそ……分かり易い弱点とかがあれば良かったのになぁ…」 

 

「一通り呪文をぶつけてみたけど、魔術の属性とかはあまり関係ないみたいだったし……」

 

 ミノタウロスをじっと見つめているが、やはり弱点らしきものは見当たらない。ジリ貧だな……と思いながら、何気なく大槌に視線を送る。

 

 大槌は、全体的に黒っぽい光沢を放っていて、所々に薄青い光のラインが通っている。装飾は控えめだが、両側面にきれいな青い宝石が嵌っていた。

 

「………ん?」

 

 よく見ると、光のラインはその宝石と繋がっている。そして、そのラインは大槌からミノタウロスの手を渡り、ミノタウロスの全身に広がっていた。

 

「………見つけたかも」

 

「ん?どうした?」

 

 ライアスが首を傾げているが、おれはそれに答えず、左手を構えた。狙いは当然     

 

「《雷精よ》!」

 

 飛翔した紫電が大槌の宝石に命中した瞬間、ミノタウロスがこれまでとは違うアクションを起こした。

 膝を付いたのだ。

 見ればその身体に通る光の回路が紫色に輝き、時折スパークを散らしている。見守っている間にスパークは収まり、回路は元の薄青色に戻った。

 

 盲点だった。

 まさか敵を倒すための武器が弱点でもあったなんて……!

 

 ゆっくりと起き上がる魔導人形に向かって駆け出しながら、おれは叫んだ。

 

「大槌の側面に嵌ってる宝石を叩け!」

 

 後ろから足音が追いかけてくる。

 

「《その剣に光在れ》ッ!」

 

 ライアスはボス戦が始まった直後に【ウェポン・エンチャント】を掛けていたが、おれは掛けていなかったので走りながら両手に掛ける。

 

 おれは移動を始めたミノタウロスの正面でわざと立ち止まった。それに反応したミノタウロスが大槌を振り上げる。落ちてくる大槌を避けて右に回ると、ライアスが左側に踏み込んだ。二人で大槌を挟む形になる。

 

「ふっ!」

 

「どりゃあっ!」 

 

 宝石に拳を勢い良く叩きつける。

 

 ビシッ!

 

 宝石に亀裂が走った。そのタイミングで大槌が床から離れ、ジャンプしても届かない高さに持ち上げられる。

 

「くそ、やっぱ一回じゃ壊せないか!」

 

 頭上まで持ち上がった大槌を見てライアスが毒づいた。

 

「一旦距離を   

 

 そう言いかけた時、ミノタウロスが見慣れない動きを見せた。これまでは正面に構えていた大槌を横に倒し、後ろに軽く引く。

 

    ッ!!」

 

「おわぁっ!」

 

 おれは咄嗟にライアスの足を払って転ばせ、身を屈めた。

 

 ゴオッ!

 

 風切り音と共に頭上を大槌が通り過ぎる。

 どうやら弱点を攻撃されると行動パターンが変わるようだ。トラップといい魔導人形(コイツら)といい、アルフォネア教授気合い入れ過ぎだろ全く……!

 

「すまんコル、助かった!」

 

「貸し百個だぞ!」

 

「十倍にして返してやるよ!」

 

 軽口を叩き合いながらもミノタウロスから視線は外さずに距離を取る。

 

「攻撃パターンが増えたせいで近寄りづらくなっちまったな……どうする?」

 

「んー………【ショック・ボルト】を撃ち込んでみるよ。もしかしたらさっきみたいにしゃがんでくれるかもしれないし」

 

「分かった、じゃあオレが引き付けるから、その間に頼む」

 

 即席の作戦会議を終わらせ、意識を魔導人形に集中させる。

 力の源である宝石にヒビが入ったせいか、魔導人形の身体に走る光の回路は所々明滅している。尻尾に伸びていた回路は完全に光を失い、尻尾は力無く垂れ下がっていた。右足も上手く機能していないようだ。

 敵は確実に限界に近付いている。

 

「来るぞ!」 

 

「おうっ!」

 

 ミノタウロスが前に一歩踏み出したタイミングで、ライアスが走り出した。おれは左手をミノタウロスに向ける。

 

「《雷精よ》ッ!」

 

 紫電は狙った通り大槌の宝石に命中し、バチッと音を立てた。宝石が薄紫色に輝き、その輝きが回路を通してミノタウロスの全身に回り、スパークを散らす。

 

「……よし!」

 

 ミノタウロスが身体をふらつかせ、膝を付いた。その隙を逃さず、ライアスが拳を二度振るう。

 それで十分だった。

 

 パキィィィィンッ!

 

 儚い音を響かせて宝石が粉々に砕け散り、魔導人形は完全に停止した。

 

 

 

 

 

 二人分の靴音が壁に反響する。

 

「いやー、ここまで長かったな」

 

「そうだな……あー疲れた………」

 

 魔導人形を倒した後、広場の真ん中が振動を立てて割れ、階段が現れた。ゴールはここではなく最深部だった事を思い出したおれ達は広場の中央に向かい、今こうして階段を降りている。

 

 三十秒ほどで階段は終わり、おれ達は小さな部屋に辿り着いた。中央の床に魔法陣が描かれているほかには何もない部屋だ。恐らくこの魔法陣の上に乗ると地上にワープする仕組みになっているのだろう。

 ライアスと頷きあい、魔法陣の上に歩を進める。 

 視界が白く染まり、おれ達は地上へ脱出した。

 

 

 

    システィーナ   

 

 会場はしんと静まり返っていた。

 誰もが目を見開いて目の前の画面を凝視している。

 画面にはうずくまって動かなくなった魔導人形と、二人の生徒が映っている。

 

『た……倒したああぁぁあッ!!コル選手とライアス選手、見事迷宮の番人を倒しましたッ!!もうゴールは目前だあぁぁぁああ!!』

 

 その実況を皮切りに、爆発したように歓声が上がった。その中でも特に大騒ぎしているのは、二組と四組の生徒達だ。

 

「もう、無茶するんだから……」

 

 コルが自身を吹き飛ばして魔導人形の攻撃を避けるという荒技を披露した時のことを思い出し、システィーナは軽く溜息を付いた。あの時は本当に焦ってしまったが、画面に映るコルは痛そうにする様子はなく、大した怪我はしていなさそうだ。

 

「あいつ……本当にクリアしやがった」 

 

 グレンが嬉しそうに呟く。ルミアもニコニコしながら画面を見つめて言った。

 

「あ、戻ってくるみたいだよ、システィ!」

 

 その直後に競技場の中央の魔法陣が光を放った。それが収まると、そこには疲れた様子のコルと四組の生徒が立っていた。歓声が大きくなる。

 

 コルは四組の生徒とハイタッチをすると、システィーナ達が座っている観客席に目を向けた。

 

 システィーナとコルの目が合う。

 

 コルは満面の笑みを浮かべて、システィーナ達に向けて親指を立て、サムズアップをしてみせた。 

 




 大槌のイメージはでっかいハンマーで、横の部分に結晶が嵌っている感じです。


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再燃

 こんにちは、ゲームの住人です。
 時をかける少女を見て感動しながら書いていました……。
 暑い日が続いていますが、皆さん体調は大丈夫でしょうか?水分補給をしっかり行って、熱中症などに備えて下さいね。
 


 観客席に戻ってテンションが高いクラスメイト達にもみくちゃにされた後、おれはやっと自分の席に座ることができた。自分が出場する競技はこれで終わったので、後は応援に徹するのみだ。

 

 二組の快進撃は続き、午前中最後の競技がやってきた。最後の競技は『精神防御』といって、放たれる精神作用系の呪文を、白魔【マインド・アップ】と呼ばれる自己精神強化の呪文を自身に掛けて耐えるという、いわゆる我慢大会のような競技だ。

 その競技に参加する生徒達は皆タフそうな顔つきだったが、その中に一際強そうな生徒が混じっていた。他の生徒より一回りも二回りも大きな体躯。赤く染められた髪に、筋肉が盛り上がり、入れ墨が入った腕。ライアスも中々筋肉質だが、小柄なのも相まって迫力では完全に負けているだろう。去年の『精神防御』の勝者だ。

 

 そんなむさ苦しい男連中の近くに、ティンジェルさんがちょこんと佇んでいる。

 驚く事に、グレン先生はこの競技に彼女を出場させたのだ。

 

「……ルミア、大丈夫かしら……」

 

 フィーベルさんが心配そうにしているが、結論から言えば、この心配は杞憂となった。

 なんとティンジェルさんは数々の精神作用系呪文に最後まで耐え抜き、去年の勝者すら下してしまったのだ。

 

 クラスメイト達が大はしゃぎで観客席から飛び降り、ティンジェルさんを取り囲む。もちろんおれも皆と一緒に行った。

 

 ティンジェルさんは駆け寄ってきたおれ達を見て最初は戸惑っていたが、やがて嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、おれは購買を目指して歩いていた。

 両親は応援に来たがっていたが、どうしても外せない仕事ができてしまったらしく、とても残念そうにしていた。

 何を買おうか考えながら歩いていると、不審人物を見かけた。その人物は校舎の壁に隠れるようにして中庭をこっそりと覗きながら、なにやら独り言を言っている。

 

「頑張って、ルミア……!」

 

 静かに近付いてその人物の後ろから中庭を覗くと、中庭に設置されているベンチにグレン先生が座っているのが見えた。そしてそのベンチに何かの包みを持ったティンジェルさんが歩み寄っていく。一言二言会話を交わした後、ティンジェルさんが持っていた包みを先生に渡した。

 

「あ、手作り弁当か」

 

「ひぁああっ!?」

 

 ぽつんと呟くと、不審人物が文字通り飛び上がった。どうやら後ろに人がいることに気付いていなかったらしい。  

 慌てて後ろを振り返った不審人物   フィーベルさんは、おれを見るや否や頬を膨らませた。

 

「もう、驚かせないでよね」

 

「ごめん、何見てるのか気になっちゃって」

 

 視線を中庭に戻すと、ティンジェルさんがくれた包みを訝しげにしながら開けた先生が顔を輝かせたところだった。包みの中からサンドイッチを取り出し、物凄い勢いで食べ始める。あっという間にひとつ目を平らげ、ふたつ目に取り掛かる先生をティンジェルさんはニコニコしながら眺めている。

 

「先生どんだけ腹減ってたんだ……?」

 

「さ、さあ……」

 

 サンドイッチを完食した先生がティンジェルさんに頭を下げて拝んでいる光景を見てから、おれはフィーベルさんに声を掛けた。

 

「微笑ましいものも見れたし、おれはそろそろ行くよ。購買でパンでも買ってくる」

 

 そう言って購買がある方向に歩き始めると、少しして後ろからフィーベルさんの声が聞こえてきた。

 

「……ま、待ちなさいよ!」

 

 振り返ると、フィーベルさんがツカツカと歩み寄ってきて、何かを押し付けてきた。反射的に受け取る。

 

「お弁当用に作ったんだけど、作り過ぎちゃって一人じゃ食べ切れないからあげるわ!じゃあね!」

 

 早口気味にそう言い切ると、フィーベルさんは何処かに走って行ってしまった。

 

「……………えっ?これって……」

 

 受け取った包みをマジマジと見つめる。こ、これはまさか……!?

 

「…………でも『作り過ぎた』って言ってたから『弁当』っていうより、『余り物』を貰ったって感じだな……凄く有り難いけど」

 

 それに、たとえ余り物であっても女子の手作り料理を食べる機会なんぞ前世では一度も無かったし、嬉しくなってしまうのは仕方ない。

 

 おれは前世で好きだった歌を口笛で吹きながら、落ち着いて食事ができる場所を探し始めた。

 

 

 

「美味かったな……」

 

「チュ〜……」

 

 包みに入っていたサンドイッチを美味しく頂き、おれとピカチュウは満足の溜息を付いた。

 一人で食べるつもりだったが、おれが一人になったタイミングを見計らったように3DSから出てきたピカチュウがサンドイッチをじっと見ていたので、一切れあげたのだ。大喜びでサンドイッチに(かじ)り付いたピカチュウとほぼ同時に食べ終え、今に至る。

 

 いつもは生徒達で賑わっている校庭も今日は閑散としていて、おれが見える範囲内には誰も居ない。おかげでベンチを確保するのが簡単だったし、ピカチュウが人目につくことも無かった。

 

 最近判明したのだが、一度3DSから喚び出した事のあるポケモンは3DSを起動していなくても、名前を呼ぶだけで出てきてくれるようだ。というか、ピカチュウは呼ばなくても勝手に出てくる。

 

 サンドイッチが入っていた包み紙を頑張って綺麗に畳もうとしているピカチュウを眺めていると、遠くから先生の叫び声が聞こえてきた。

 

「じょ、じょ、女王陛下   ッ!?」

 

 女王陛下?

 

 ピカチュウが差し出してきたくしゃくしゃの包み紙を片手に持ち、首を傾げる。

 が、すぐに動作を再開し、包み紙を使って(つる)を折り、ピカチュウに渡す。おれの動作を不思議そうに見ていたピカチュウが、折り鶴をちょんちょんと触ったり、持ち上げたりして観察している。

 

 女王陛下はティンジェルさんのお母さんだ。遠い所からはるばる来たのだから娘に会いたいと思っても不思議じゃないだろう。

 

 おれは大きく伸びをして立ち上がった。

 

「確か午後の競技一発目は『遠隔重量上げ』だったかな……ピカチュウ、悪いけど一旦3DSの中に戻ってくれ」 

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウが頷き、その身体が淡い青色の光の粒子に変わる。光の粒子(りゅうし)が3DSに吸い込まれた後、ベンチに残っていた折り鶴をポケットに仕舞い、おれは応援席に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 応援席に戻ると、何かを探しているのか、ウロウロしているフィーベルさんを見つけた。困ったように視線を彷徨わせていたフィーベルさんと目が合ったので、そちらに向かう。

 

「サンドイッチありがとう。美味かったよ」

 

 お礼を言うと、フィーベルさんはふいっと顔を背け、素っ気なく返事をした。

 

「そ、そう。まあ、捨てるのも勿体無かったし、別にいいわ」

 

 少し顔が赤いのは、きっと「美味かった」と言われたからだろう。誰だって自分が作ったものを褒められたら嬉しいものだ。

 

「ところで、ルミアを見てない?いなくなったんだけど」

 

「ティンジェルさん?見てないけど……何かあったの?」

 

 フィーベルさんに小声で問い掛けると、彼女は力無く首を振った。

 

「それがよく分からないのよ……いなくなる前からなんだか元気がないみたいだったし……。聞いてみても『何でもない』の一点張りで」

 

「うーん……」

 

 すると、少し離れた場所でぼんやりとしているグレン先生が視界に入った。

 …………そういえば………。

 

「ちょっと来て」

 

 おれはフィーベルさんを伴って先生のところへ向かった。おれ達がすぐそばに来たのを見ると、先生は怪訝そうな顔をした。

 

「なんだお前ら、そんな真面目な顔して」

 

「先生、昼休み中に女王陛下にお会いしませんでしたか?」

 

 先生が驚愕の表情を浮かべる。

 

「なっ、どうしてそれを……!?」

 

「校庭のベンチで(くつ)いでいたら先生の叫び声が聞こえてきたんですよ。ティンジェルさんがいなくなったんですけど、もしかしたらその件が関係あるかもなと思って」 

 

 そう言うと、先生は難しい顔をした。

 

「……おい、白猫、コル。ちょっとこっち寄れ。耳を貸せ」

 

 ヒソヒソ声で事の顛末を聞かされたフィーベルさんは、なんとも複雑そうな表情を浮かべた。きっとおれも同じような表情だろう。

 

 女王陛下   ティンジェルさんのお母さんは、お(しの)びでティンジェルさんに会いに来たそうだ。しかし、ティンジェルさんはそれを他人行儀な言葉と態度で拒絶。そのまま面会は終わってしまったらしい。 

 

「じゃあ、あの子がいなくなったのは……」

 

「十中八九それが原因だろうな……。そんな状況、俺だって一人になりたいわ。……だが、一人になり過ぎるのも良くないよなぁ……。しゃあねぇ、探しに行くか……」

 

 そう言って歩き出そうとした先生が顔をこちらに向け、

 

「お前らも来るか?」

 

 と言ってきた。

 

 おれはフィーベルさんと顔を見合わせ、首を横に振った。

 

「いえ、おれはここに残ります」

 

「私も。クラスの事は私達に任せて、先生はルミアを迎えに行ってあげて」

 

「そうか?コルはともかく、白猫は来ると思ってたが……お前ら、親友なんだろ?行かなくて良いのか?」

 

 訝しげにしている先生から視線を外し、フィーベルさんは呟いた。

 

「親友だからこそ、よ。………それに、こんな時あの子が誰にそばにいて欲しいかくらい……」

 

 後半部分は先生には聞こえなかったようで、不思議そうな顔をしながらも先生は頷いた。

 

「なんかよく分からんが、俺に任せるってことで良いんだな?じゃ、行ってくる」

 

 歩き去っていく先生を、おれとフィーベルさんは無言で見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……先生達遅いなぁ……」

 

「そうね……」

 

 おれとフィーベルさんは同時に溜息を付いた。

 午後の競技が始まってから既にかなりの時間が経過している。 

 

 二組の順位は上がったり下がったりで現在四位。優勝を狙うのは少し厳しくなってきた。また困った事に、クラス全体の士気が下がってきている。ここまでの結果に満足してしまった生徒が増えてきたのだ。このままでは一組との勝負に負け、グレン先生の三ヶ月分の給料がパーになってしまう……!

 

 若干の焦りを覚えた時、不意に後ろを見たフィーベルさんが声を上げた。

 

「やっと帰ってきたの!?遅いわよ先生、ルミ   あれ?」

 

 勢いの良かったセリフが尻すぼみに消え、彼女が戸惑っている雰囲気が伝わってきた。

 

 おれも後ろを振り返ってみると、そこには、見覚えのない男女が立っていた。

 鷹のように鋭い目つきが印象的な長髪の青年と、青い髪で感情が一切伺えない無表情の少女。全体的に黒っぽい服装をしていて、見るからに怪しい。これは厄介事の予感……!

 

「お前達が二組の連中だな?」

 

「違います」

 

 反射的にそう答えると、何故か微妙な沈黙が流れた。

 

「……………」

 

「……………」

 

「……………」

 

「……ちょっと、話が進まないじゃない」

 

 フィーベルさんが小声でそう言いながら脇腹をつついてくる。

 

「………はい、そうです」

 

 正直に答えると、青年は自己紹介を始めた。

 

「……俺はアルベルト。グレン=レーダスの昔の友人だ。同じくこの女がリィエル」

 

 アルベルトさんの紹介に合わせて、リィエルさんが僅かに頭を下げた。

 

「俺達はグレンの奴に招待されて来たんだが、グレンは急用が出来てどうしてもそちらに行かなければならないそうだ。唐突だが、奴からの頼みで今からは俺がこのクラスの指揮を執ることになった」

 

 その発言で、クラスメイト達がにわかにざわめき出す。

 

「奴から伝言を預かっている。『優勝してくれ』だそうだ」

 

「ゆ、優勝してくれって……」

 

「で、でも……グレン先生がいないのに……」

 

 生徒達がざわめく中、不意にリィエルさんが戸惑っているフィーベルさんに近づき、その手を握った。無表情だが、真剣な声音で話し始める。 

 

「お願い……信じて」

 

「!」

 

 手を握られた瞬間、フィーベルさんが目を見開き、リィエルさんをじっと見つめた。アルベルトさんにも視線を送る。

 

「………貴方達は……」

 

 小さく呟いた後、フィーベルさんは目を閉じて何事かを考えているようだった。しかしすぐに目を開き、頷く。

 

「……分かったわ。このクラスの指揮は貴方に任せます、アルベルトさん」

 

 そう言って、今度はクラスメイト達に向き直る。

 

「大丈夫。きっとこの人達は信用出来るわ。それに、誰が指揮を執ろうが、結局私達のやる事は変わらない。そうでしょ?」

 

「えっ?あ、うん」

 

 突然話を振られ、急いで返事をする。

 

「グレン先生がどこで油を売ってるのかは分からないけど……」

 

 フィーベルさんが何故かアルベルトさんをチラリと見て、続ける。

 

「せっかくここまで頑張ってきたんだから、優勝しよう!諦めるにはまだ早過ぎるわ!」

 

 堂々と告げられた優勝宣言を聞いても、クラスメイト達の不安そうな顔はなかなか晴れない。

 

「そ、それはそうだけど………」

 

「でも………」

 

「俺達、グレン先生がいないと……」

 

 弱気なクラスメイト達を見て、フィーベルさんが言った。

 

「あのさ……先生がいない間に私達が負けちゃったらアイツ、なんて言うと思う?」

 

 場に沈黙が降りる。

 

 おれはフィーベルさんが言った状況の先生のセリフを想像してみた。

 

『あれあれぇ〜?俺がいない間になに負けちゃってんのカナ〜?あ、そっかぁ〜、お前らって俺がいないとダメダメだったのかぁ!ぎゃはははは、ごめんね勝手に抜けちゃってー!てへぺろろろろろろろろろろろろ』

 

「うわぁ……」

 

 物凄くイラッとした。

 

「う、ウザいですわ……とてつもなくウザいですわ……」

 

「ああくそ!考えただけで腹立ってきた!」

 

「こうなったら意地でも優勝して先生をギャフンと言わせてやる……!」

 

 ナーブレスさんやギイブル、カッシュを筆頭にあちこちから怒りの声が上がる。どうやらフィーベルさんに煽られ、皆のやる気に再び火がついたようだ。

 

「……こんなものかしらね」

 

 皆を焚きつけることに成功したフィーベルさんは、アルベルトさん達に向き直る。

 

「さて、それじゃあお手並み拝見させてもらおうかしら?アルベルトさん?」

 

 挑戦的な笑みを浮かべたフィーベルさんがアルベルトさんに挑発するような言葉を投げかける。

 

「…………」

 

 アルベルトさんは仏頂面で頷いた。

 

 

 

 




 魔術競技祭は次回で終わりにしたいと思います。


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閉会式

 こんにちは、ゲームの住人です。
 長い間更新できずにいたにも関わらず、お気に入り登録していて下さった方々、本当にありがとうございます!やっと原作二巻を終わらせる事ができました……。
 


『おぉーっとぉ!?徐々に成績が下がっていた二組、再び火が点いたのか勢いを盛り返してきて現在三位!優勝が再び射程に入りました!』

 

 二組の指揮にアルベルトさんがついてから、おれ達はティティスさんの『変身』の競技を皮切りに、午前中の勢いを取り戻しつつあった。フィーベルさんが発破を掛けたのも効いているのだろうが、おれが驚いたのはアルベルトさんの的確なアドバイスだ。現に今行われている『グランツィア』の競技でも、二組の選手達にハンドサインで細かく指示を出している。

 

『あっ!一組がアブソリュート・フィールドの構築に入りました!二組が慌ててノーマル・フィールドの構築に取り掛かるが………駄目だ、あっと言う間に一組のディフェンダーに潰されてしまった    ッ!一組、着実にアブソリュート・フィールドの構築を進めていきます!ここに来て二組にピンチ到来だぁーっ!』 

 

「ふははははっ!二組の奴らめ、今まで散々小賢しい真似をしてくれたが、それもここまでッ!この勝利で我々の優勝は確定だ!」  

 

 遠くからバーボン先生の勝ち誇った叫び声が聞こえてきたのと同時に、一組のアブソリュート・フィールドが完成した。そしてこの時、一組の敗北が決定した。

 

「な、何ぃぃぃぃいいッ!?」

 

 一組の赤いフィールドが構築されると同時に、それを大きく取り囲むように黄色の巨大なフィールドが出現したのだ。

 

『こ、これはまさかのどんでん返しだあああああああああッ!?サイレント・フィールド・カウンターですッ!なんと二組、一組のアブソリュート・フィールド構築を条件として予め組み込んでいた    ッ!?』

 

 グランツィアのルール上、囲まれたフィールドは無得点となるので、二組は一組の得点を防ぐのと同時に得点をゲット。正に一石二鳥だ。

 

 一組の選手達はフィールド上いっぱいに拡がった黄色のフィールドに圧倒され、呆然と周囲を見渡している。そんな彼等を見たバーボン先生が我に返った。

 

「お、お前達っ!何をしておるのだ、少しでもいいからそのフィールドを    

 

 その時、競技の終了を告げる笛が鳴り響いた。

 

『おおっと、ここで競技終了!二組、終盤で滅多に見ない高等戦術を見せてくれました!これで二組は現在一位の一組にぐっと追い付きました!これは優勝が分からなくなってきたぞおおおおぉ      ッ!?』

 

 会場に歓声と拍手が響き渡った。クラスメイト達は大騒ぎだ。

 

「やったああああ!」

 

「アルフ、ビックス、シーサー!お前ら最高だああああああ  ッ!」

 

「凄いよ三人とも!お疲れ様ー!」

 

 観客席に戻って来た三人を皆で出迎え、ねぎらう。クラスメイト達のテンションは最早天井知らずだ。

 

 こうしておれ達のクラスは高得点を叩き出し続け、遂に最後の種目の時間になった。

 

『さあ、時間があっと言う間に過ぎ去り、種目も残すところひとつとなりました!本競技祭のメインイベント、「決闘戦」です!出場する生徒の皆さんは係の指示に従って集合して下さい!』 

 

「よし、行ってくるか!」

 

 カッシュが気合いを入れるように膝をばしんと叩き、立ち上がった。

 

「応援してるよ、カッシュ!」

 

「頑張ってね!」

 

「おう!」 

 

 去って行くカッシュを見送ってから、少し離れた席に視線を向ける。先程からフィーベルさんはアルベルトさん達のそばで得点を記録しながら会話していたのだが、丁度会話が終わったらしく、フィーベルさんがアルベルトさん達から離れていくのが見えた。なんとなくそのまま見つめていると、ちらりとこちらを見た彼女と目が合う。拳を握って上に突き上げる動作をすると、フィーベルさんはしばしキョトンとした後、不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

  

 

 

 フィーベルさん、カッシュ、ギイブルの三人は、対戦相手を次々と下し、順調に決勝まで進んだ。驚いた事に、決勝戦の相手はなんと因縁の一組だ。そして、決勝戦でどちらか勝った方が優勝というなんとも分かりやすい構図となった。

 

 先鋒のカッシュと一組の選手は大接戦の末、相手の攻撃をまともに喰らったカッシュが行動不能に陥り、惜敗に終わった。

 

 現在は中堅、ギイブルと一組の選手が戦っているところだ。ギイブルの召喚【コール・エレメンタル】という呪文で召喚された使い魔が相手の選手を追い詰めていく。

 

 ……3DSを我が家に代々伝わる召喚術の媒体装置だって誤魔化せば、人前でポケモンを呼び出しても怪しまれないだろうか?いや、でもこの世界の使い魔と比べて魔力量半端ないしなぁ……。

 

「ううーむ……」

 

 この世界には『火ネズミ』という魔獣がいるんだし、電気ネズミがいても問題無い気がする。ポケモン達の身体はおれの魔力で構成されているので、魔獣だと言っても嘘にはならないだろう。

 ………たぶん。

 ちなみに、『火ネズミ』はつぶらな瞳が可愛らしい魔獣で、使い魔としてよく使役されている。見た目は完全にネズミだが、名前に『火』という文字がついている通り、燃えるように熱い身体をしている。というか燃えている。

 

 火ネズミも可愛いが、やっぱり一番可愛いのはピカチュウだな。短めで柔らかい毛並みは触り心地抜群で、永遠に撫でていられる。平日は10まんボルトで容赦なく叩き起こしてくるが、休日の朝などは二度寝していると布団の中に潜り込んでくる甘えん坊なところもある。なにより撫でても火傷しない。……まあ、たまに指先が痺れるが。

 

『クライス選手の投了宣言により、ギイブル選手の勝利です!これで1ー1!勝負の行方はそれぞれの大将に託されましたッ!』

 

 他の事を考えている間にギイブルがさらりと勝利していた。流石優等生、眼鏡は伊達じゃないな。

 わあああ、と歓声が上がる。観客席、特に我がクラスは大盛り上がりだ。おれはそろそろ叫びすぎて喉が痛くなってきたんだが、皆は痛くならないのか? 

 座りっぱなしだった身体を伸ばし、首を軽く回していると、貴賓席が視界に入った。首の動きでそのまま視線は外れ    

 

「……んん?」

 

 おれは首を回すのを止め、貴賓席をじっと見つめた。

 女王陛下、女王陛下の護衛の人達、学園長、アルフォネア教授。

 一見すると何もおかしくはないように見えるが、何か違和感を感じる。強いて言えば午前中に見た時には居たメイドっぽい人がいなくなっているくらいか?

 首を捻って少し考えると、違和感はすぐに分かった。

 

 そう、午前中はグレン先生率いるおれ達二組の生徒が他のクラスの優等生達を相手に善戦、もしくは勝利するたびに、周囲のお偉いさん達を全く気にせず爆笑していたアルフォネア教授が、今は大人しく座っているのだ。

 

 一組と二組が見事に張り合っているこの状況を見れば、あの人なら大はしゃぎしていそうだと思ったのだが……。笑いを堪えているだけとか?

 

 なんとなく気になったおれは、こっそり呪文を唱えた。

 

「《彼方は此方へ・鋭利なる我が眼は・万里を見晴るかす》」

 

 発動したのは、黒魔【アキュレイト・スコープ】という魔術だ。この魔術を使えば、まるで望遠鏡を覗いたかのように遠くのものがよく見えるようになる。

 早速教授をガン見するが、教授は笑っていなかった。それどころか、どことなく張り詰めたような表情で黙り込んでいる。女王陛下や護衛の人達も似たり寄ったりの表情だ。観客席とは違い、貴賓席はまるで葬式のような雰囲気を醸し出していた。

 

 なにかがおかしい。

 

 あの(・・)アルフォネア教授が、第七階梯(セプテンデ)に至った大魔術師が張り詰めた顔をする……つまり、それほどの異常事態が起こっている?

 

 不意に、少し前から姿が見えないグレン先生とティンジェルさんの事が頭に浮かんだ。

 先生達が居なくなったのは、女王陛下がティンジェルさんに会いに来てすぐ後のことだった。そして、ティンジェルさんは王家から追放された元・王女であり、異能者。

 二人が居なくなった事と、貴賓席の状況は何か関係があるのか?

 

 気になる事は他にもある。アルベルトさんとリィエルさんだ。二人は先生達とまるで入れ替わるかのように現れ、二組の指揮を執り始めた。驚いた事に、アルベルトさんはまるで生徒達をいつも見ているかのような的確なアドバイスと指示を出してみせた。「グレンから様子を聞いていた」と言っていたが、それだけでここまでの指示が出せるのだろうか?

 

 そして、リィエルさんから手を握られた時に驚いた様子を見せ、その後は何故かアルベルトさんに対して挑戦的な態度を取っていたフィーベルさん。

 

「……なんか読めた気がする」

 

『さあ、いよいよ大将戦!この勝負で全てが決まります!今競技祭の優勝を手にするのは一組か!それとも二組か!これは熱い展開が期待できそうだあぁ   ッ!』

 

 呟き声は、実況者のアナウンスと上がる歓声に掻き消された。

 

「両者、前へ!」

 

 審判の声を合図に舞台に進み出てきたフィーベルさんと一組の選手を見て、観客席が少しずつ静かになる。シン   と静寂が満ちる中、最終戦の開始を告げる声が響いた。

  

「大将戦、始めッ!」

 

 その瞬間、二人が同時に動いた。

 

「《雷精の紫電よ》ッ!」

 

「《災禍霧散せり》ッ!」

 

 一組の選手が放った【ショック・ボルト】を、フィーベルさんが即座に【トライ・バニッシュ】の呪文で打ち消す。二人は弧を描くように横へ駆け出し、互いの呪文をぶつけ合う。

 

 他の試合とは一線を画した名勝負に場は沸き立ち、観客やクラスメイト達の声援にも熱が入る。

 眼前で繰り広げられるレベルの高い魔術戦を見つめながら、思考を重ねる。アルベルトさんとリィエルさんが言っていた台詞が、頭の中をぐるぐると回った。

 

『奴から伝言を預かっている。『優勝してくれ』だそうだ』

 

『お願い……信じて』

 

「ムゥ……」

 

 脳内でリフレインする台詞達を一旦止め、眉間を押さえる。

 恐らくアルベルトさんとリィエルさんの正体は、グレン先生とティンジェルさんだ。変装している訳は分からないが、そうしなければならない理由があったのだろう。

 何が起きているのかは分からないままだが、グレン先生達は変装してまで『優勝してくれ』と言いに来たのだ。いくらロクでなしの先生といえども、バーボン先生との賭けで勝ちたいからという理由だけではここまで大掛かりな事はしないはずだ。………多分。

 

 アルベルトさんを煽っていたのを見る限り、多分フィーベルさんは二人の正体に気付いている。聞きたい事もたくさんあったに違いない。それでも彼女は、ティンジェルさんの『信じて』という言葉を信じ、優勝という目標を達成する為に戦っている。皆の想いを一身に背負って、戦っている。

 

 なら、おれに出来る事はひとつだ。

 

 顔を上げると、一組の選手と今まさに闘っているフィーベルさんが目に入った。魔術の攻防で魔力(マナ)を消耗し、動き回って体力を持っていかれたのか、肩で息をしている。額を拭う動作をしながらも、相手からは視線を外さない。

 

『す……凄い戦いだッ!両者、一歩も引きません!実力は完全に互角です!』

 

「いいぞぉぉぉーっ!」

 

「うおぉぉぉぉ、どっちもやれ   っ!」

 

「負けるなぁぁッ!」

 

「頼む、勝ってくれシスティーナ   ッ!」

 

「ええい、ハインケルッ!負ける事は許さんぞッ!勝てッ!とにかく勝てぇ  ッ!」

 

 周りの声援に掻き消されないように、おれは大きく息を吸い、思いきり叫んだ。

 

「頑張れぇぇぇッ!」

 

 今や、会場は応援の声でいっぱいになっていた。観客も、生徒も、教師も皆何かしら叫んでいる。

 

 会場の熱気は際限なく高まっていき    

 

 

 

 

 

 

    遂に、終わりを迎えた。

 

「《拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを》   ッ!」

 

「っ!?な、なんだこの魔術は……!?」

 

 フィーベルさんの改変魔術、【ストーム・ウォール】が一組の選手を囲むように展開し、行方を塞いだ。一組の選手は未知の魔術に動揺し、判断が遅れる。

 

「そこっ!《大いなる風よ》   ッ!」

 

「う、うわあぁぁ   っ!?」

 

 フィーベルさんはすかさず【ゲイル・ブロウ】を放ち、一組の選手を吹き飛ばした。

 

『じ、場外   ッ!ハインケル選手、場外負け!システィーナ選手の勝利です!と、いう事は……!優勝は、二組!あの二組が優勝だああぁぁぁぁッ!!』

 

「%:mゃ⊗‰≤p∇±ぬ2&♢ー!!」

 

 クラスメイト達がなにか喚きながら観客席から飛び降り、猛然と走り始めた。おれも皆に混じって飛び降り、走る。向かう先は当然フィーベルさんのところだ。

 

「j&↛≥%ふぉ♡@^a∀$↗↨あー!」

 

「wa#*(5≥‰Ⅳ★ねw@;+∅く♧っ!」

 

「えっ、その、きゃあっ!?」

 

 嬉しすぎて人語を忘れてしまったクラスメイト達にフィーベルさんがあっという間に取り囲まれ、見えなくなる。数秒後、きゃああああ、という悲鳴を響かせながら、空中にフィーベルさんが打ち上げられた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、閉会式の時に騒ぎが起こった。

 女王陛下の前に進み出たアルベルトさんとリィエルさんの姿が変わったと思ったら、女王陛下達を囲むように謎の結界が張られ、護衛の人達が閉め出されてしまったのだ。

 

 やはりというか、アルベルトさん達の正体はグレン先生とティンジェルさんだった。

 

 結界が消滅した後、女王陛下からこの騒動の説明があった。曰く、テロ組織の卑劣な罠に掛かっていたところを、勇敢な講師と生徒の手によって救われたそうだ。

 

 この功績を讃え、グレン先生には後日、勲章が与えられるらしい。

 

 優勝したおれ達は、グレン先生の奢りで店を一軒貸し切り、そこで打ち上げをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある路地裏を、一人の女が歩いていた。メイド服に身を包み、かつんかつんと靴音を鳴らす音が響く。

 

「あらあら……失敗してしまいましたか。まあ、成功するとは思っていませんでしたけれども」

 

 クスクスと笑いながら、その女は上機嫌そうに呟く。

 

「それに、中々珍しいものも見られましたし……」

 

 女の脳裏に蘇るのは、一人の少年。少年自体に特に目立つ点は無かったが、女が注目したのはそこではない。

 

「あの魔獣……それに、あの魔道具……」

 

 内に膨大な力を宿した魔獣に、見たこともない魔道具。

 

「……ふふ、面白くなりそうですわ……」

 

 愉快そうに呟く女の前に、二人の人影が姿を現す。

 

「あらあら、見つかってしまいましたわね……」

 

 人影   いつでも攻撃できる態勢のアルベルトとリィエルを見て、女   天の智慧研究会、第二団(アデプタス)地位(オーダー)》が一翼、エレノア=シャーレットは愉しそうに嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー、では、先生達がまだ居ないけど、ひとまず……競技祭、お疲れ様でしたー!乾杯!」

 

「「「かんぱーい!」」」

 

 音頭に合わせ、おれ達は飲み物が入ったコップをぶつけ合う。カチャン、という音が響いた。

 

 店を貸し切っているので、店内には店員さんとクラスメイト達しかいない。テーブルには沢山の料理が並べられ、どれも美味しそうだ。とりあえず近くにあったパスタを取皿に取り、食べる。美味い。

 

「いやー、すっげぇ楽しかったな!」

 

「あはは、そうだねカッシュ。僕はまだ、優勝したって実感が湧かないよ」

 

「『優勝』…………素晴らしい響きだぜ。なあ、ロッド?あ、そこのピザ取ってくれ」

 

「ああ、そうだなカイ。俺達は頑張った……ほらよ。ついでにソース取ってくれ」 

 

「リン。貴女の変身術、見事なものでしたわ」

 

「本当、びっくりしたわよ!貴女が変身したのって、『時の天使』ラ=ティリカ様でしょ?凄く綺麗だったわ」

 

「あ…ありがとう……二人も、凄かったよ」

 

 優勝した時の興奮が未だに冷めないのだろう、皆の話題はもっぱら競技祭についてだ。

 ワイワイと騒いでいる皆の声をBGMに、料理に舌鼓を打つ。唐揚げを何個か取皿に盛っていると、隅っこの席にひとりで腰掛けているギイブルが目に入った。彼の皿には何も載っていない。

 ……そういえば、ギイブルとはあまり話をした事がなかったな。

 

 皿とコップを持って席を立ち、ギイブルの隣に移動する。怪訝そうな目で見てくるがそれを無視し、おれは席に着いた。

 

「え、唐揚げ食べたいって?しょうがないなー、ひとつあげよう!」

 

「あっ」

 

 返事を聞く前にギイブルの皿に唐揚げをひとつ載せる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 横からの視線が顔面に突き刺さるが、気にせずに唐揚げを頬張る。うむ、美味い。 

 黙々と唐揚げの数を減らしていると、騒がしい周りの様子を見てギイブルがポツンと呟いた。

 

「ふん……皆、優勝したくらいでなにはしゃいでるんだ。これぐらい当然の事だろう?」

 

 ごくんと嚥下し、おれも呟く。

 

「全員で出場して掴んだ優勝だから、こんなに喜んでるんじゃない?」

 

「…………」

 

 ギイブルは店内に散らばって楽しそうに騒いでいるクラスメイト達を見渡し、皿の上の唐揚げに視線を落とした。

 

「…………」

 

 ギイブルは無言で唐揚げを口に入れ、もぐもぐと咀嚼する。

 

「こんな空気も、悪くないだろ?」

 

「…………………………まぁ、たまにはね」

 

 ギイブルは静かに席を立ち、少しして戻って来た。その皿には唐揚げが何個か載っている。どうやら気に入ったようだ。

 

 それからしばらくは無言の時間が続いたが、フィーベルさんがやって来たことで無言の時間は終わった。

 

「……珍しい組み合わせね」

 

 微かに目を丸くしたフィーベルさんが、おれ達の前の席に座る。おれは唐揚げを指差して言った。

 

「おれ達は『唐揚げ同盟』を結んだんだ。な?」

 

「いつの間に結んだんだ、僕は覚えがないぞ」

 

「ふふっ、仲良くしてるようでなによりだわ」

 

「これのどこが仲良くしてるように見えるんだ……」

 

 ギイブルが不機嫌そうな声を出すが、フィーベルさんはどこ吹く風と聞き流した。

 

「それにしても、先生とルミア遅いわね………」

 

「事情聴取に時間が掛かってるんじゃない?ほら、勲章の授与についての話とかもあるみたいだったし……」

 

 喋りながら喉の渇きを感じ、コップに手を伸ばす。しかし、中は空になっていた。近くのテーブルに飲み物の瓶が置いてあったので、それを開け、コップに注ぐ。

 

 一気に飲み干すと、葡萄のような味がした。美味かったので、もう一杯飲む。いつの間にかフィーベルさんとギイブルが魔術理論で言い争いを始めていたので、それを眺めながらコップを傾ける。

 

 討論の内容は難しすぎて理解できないが、二人は生き生きとしているように見えた。好きな魔術に関する話をしている時は、うちのクラスメイト達はいつも楽しそうだ。

 

 しかし、なんだか身体がふわふわするぞ。疲れてるのか?

 

 瓶が空になってしまったので同じ物を注文し、コップに注ぐ。

 

「……あっ、それは!」

 

 討論していたギイブルが急に慌て声を出し、椅子から腰を浮かせた。つられてこっちを見たフィーベルさんがぎょっとした顔でおれを見つめる。正確には    おれが持っている瓶を。

 

「こ、コル!?それお酒じゃない!?」

 

「……………んぉ?」

 

 瓶のラベルを良く見る。

 

「あぁ〜?……ほんとーだぁー」

 

「……これはもう手遅れだ」

 

 視界の端で、ギイブルが諦めたように首を振るのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 グレンとルミアは、すっかり暗くなった街の中を歩いていた。事情聴取と勲章授与式の日程調整がやっと終わったのだ。

 

「あ、先生!お店が見えてきましたよ!」

 

「ああ、あそこで打ち上げしてるんだったな。……でも、流石にもう帰ったんじゃねーか?」

 

「まあまあ、一応覗いてみましょうよ。まだいるかもしれませんよ?」

 

「それもそうか」

 

 グレン達は店の扉を開け、中に入る。店内に足を踏み入れた瞬間、聞き慣れない大きな笑い声がグレン達の耳に届いた。

 

「あはははは!あはははははははは!」 

 

 見れば、賑やかな店内の奥の方で、ひとりの男子生徒   コルがまるでタガが外れたように笑っている。普段の彼は他の男子達と比べると比較的静かな部類に入るので、こんなコルは珍しかった。 

 

「あ、二人共!お先にやってまーす!」

 

「お、おう。……なあ、コルのやつ一体どうしたんだ?アイツあんなキャラじゃなかっただろ」

 

 片手を上げて挨拶してきたカッシュにグレンが問うと、カッシュは苦笑を浮かべた。

 

「あー……それがっすね……」 

 

「あっ、二人共!やっと来たのね!」

 

 カッシュが何か言い終わる前に、グレン達のもとへ困り果てたような表情のシスティーナがやって来た。

 

「ちょっと先生、助けてください!コルが間違えてお酒を飲んじゃって………!」

 

「なるほど、それでああなってんのか……………おい、ちょっと待て。アイツが持ってるの、くっそ高い酒じゃね?」

 

「あ、あはは……本当だ……」 

 

 コルの手に握られている酒瓶のラベルを見て、グレンが顔を青くし、ルミアが苦笑いした。

 

「あはははは、次のやつ持って来ぉーい!」

 

「ちょっ、止めろ!これ以上注文すんな!?」

 

「あはははははははは!」

 

「人を指差して笑ってんじゃねぇよ!?ああもう、この笑い上戸が……!」

 

 けらけらと笑いながら、コルがどこかへ移動しようとした。しかし、その足取りは覚束ないもので、放っておけばすぐにでも転んでしまいそうだ。見かねたシスティーナがコルの腕を掴み、近くのソファに誘導する。

 

「ほら、こっちよ」

 

「ん〜?」

 

 ふらふらしながらソファまで辿り着いたコルは、システィーナを見上げてふにゃりと笑みを浮かべ、「ありがと〜」と気の抜けた言葉を発した。ルミアが持って来たコップを受け取り、中の水をちびちびと飲み始める。

 

「全く、世話が焼けるんだから……」

 

 文句を言いつつも、穏やかな目でコルの様子を見るシスティーナを見て、ルミアがくすりと笑みを溢し、グレンに囁きかけてきた。

 

「システィ、なんだかコル君のお姉さんみたいですね」 

 

「はは、説教臭い姉貴だな」

 

「もう、先生ったら」

 

 酔っ払いはシスティーナに任せて、グレン達はそれぞれ好きな料理を皿に取り、少し遅めの夕食を摂り始めるのだった。

 

 

 

 

 

 次の日、コルは頭痛で学院を休んだ。

 

 

 




 かなり詰め込んだので長くなってしまいましたが、次回はもう少し短くなると思います。そして、次回からはとあるポケモンが活躍します。楽しみにしていて下さると嬉しいです。


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三章
相棒


 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回は少し短めです。


 

 休日。

 

 両親が家を開けていて、かつ暇だったのでおれは自分の家にライアスを招待し、一緒にゲームをしていた。3DSの画面には、緑のとんがり帽子を被った少年がトゲ付き甲羅を背負った怪物を場外に吹き飛ばす光景が映っている。

 

「うがあああ、負けたー!」

 

 ライアスが悔しそうに叫び、床にゴロンと寝っ転がった。肩に乗ってきたピカチュウを撫でながらこう言い放つ。

 

「ふっ、おれに勝とうなんて百年早いよライアス」

 

「くっそぉ、いつかそのドヤ顔を敗北の悔しさで歪めてやる……!」

 

 気炎を吐くライアスの側には、小さな翼をパタパタさせながら彼を見上げる一羽のワシボンがいる。

 

 このワシボンはライアスが召喚したポケモンだ。おれはつい最近知ったのだが、なんとライアスもポケモンを召喚出来るのだ。彼はポケモンのゲームを始めたばかりの頃に3DSからポケモンが飛び出してきて以来、ちょくちょく召喚して仲良く遊んでいるようだった。

 

 ワシボンを優しく抱き上げて膝に乗せながら、ライアスは感慨深げに呟いた。

 

「しっかし、すげぇよなぁ……。ポケモンに触れる日が来るなんて思いもしなかったぜ」

 

「そうだなぁ……」

 

 見上げてくるピカチュウの頭を撫でていると、ふとある事が脳裏をよぎった。

 

「……おれ達の他にも、転生者っているのかな」

 

 ライアスは目を瞬かせ、考え込むように腕を組んだ。

 

「うーん……いるんじゃないか?オレ等みたいに3DS持ってるかはともかくとして」 

 

 伸びをしながら壁掛け時計を見たライアスが「もうこんな時間か」と呟き、立ち上がった。

 

「そろそろ帰るわ。晩飯作らないと妹にどやされる」

 

「それは大変だ」

 

 ライアスを玄関まで見送り、おれも夕食の準備に入る。

 

「転生者、ね……」

 

 手早く作ったパスタをフォークでくるくる巻きながら呟く。

 

「案外すぐ近くにいたり……しないか」

 

「ピカ?」

 

 小皿に盛ったパスタを頬張っていたピカチュウが、不思議そうに首を傾げた。

 

 

 

 

 その日の夜、夜中に目を覚ましたおれは動きやすい服に着替え、3DSを携えて家を出た。行き先は公園の空き地だ。

 月が出ていて、意外と明るい街中を歩く。公園に近付くにつれ、おれは気分が高揚していくのを感じた。

 

 おれは今日、遂にあいつを召喚するのだ。

 

 結構前から決めていた事だったが、間の悪いことに、ここ数日はずっと雨が降っていたので召喚はしなかった。雨が降っている中召喚されると、嫌だろうと思ったからだ。

 

 無事空き地に着いたおれは、3DSを起動した。浮かび上がる3DSの画面に映るボックスの中から、ある一匹をタップ。

 

 飛び出してきたモンスターボールを空き地の中央に投げると、ポン、と軽い音を立てて一匹のポケモンが現れた。

 

 大きく広げられた、立派な翼。長い尾の先端には炎が燃え盛り、鋭い爪と牙が月光を反射して輝く。朱色の身体がゆっくりとこちらを向き、若草色の瞳にじっと見詰められる。

 

 ポケモンのゲームを初めてプレイした時からの相棒、リザードンがそこにいた。

 

 ……やばい、感動して涙が出そうだ。

 

「…………」

 

「…………」  

 

「…………」

 

「…………グオォ」

 

 見つめ合っていると、リザードンが照れたように目を逸らした。かわいい。 

 

「リザードン……おれが、判るか…?」 

 

 問い掛けると、こくんと頷く。そっと近付いて手を伸ばし、お腹を撫でる。リザードンは気持ち良さそうに目を細めた。かわいい。

 

「グルルルゥ」

 

 しばらくすると、リザードンが満足そうな唸り声を発したので撫でる手を止める。

 

 撫でられて上機嫌になったのか、尻尾がゆらゆらと揺れ、時折地面を叩いている。かわいいいいいいいいえああああああああああああああ!!

 ……コホン。

 

 おれは飛行タイプのポケモンを喚んだら叶えようと思っていた野望を果たすべく、リザードンに問い掛けた。

 

「なあリザードン。もし良ければ、おれを乗せて飛んでみてくれないか?」

 

 そう言うと、リザードンは任せろと言わんばかりに翼をはためかせ、おれの襟首をくわえた。ひょいと背中に乗せられ、感動する間もなく翼が動き始める。リザードンはニ、三度軽く羽ばたいた後、地面を強く踏み込み、跳躍。翼を大きく広げて羽ばたき、夜空へ飛び上がった。

 

       っ!」

 

 風が耳元でごうごうと鳴り、あっという間に空き地が小さくなる。視界いっぱいに夜空が広がり、数え切れない程の星達が頭上を彩る。

 

 ある程度の高さで上昇を止めると、リザードンは街の上を旋回するようにゆっくりと飛び始めた。

 

「うわぁ……」

 

 ひとつひとつの建物がとても小さく見える。おれの家なんて米粒のようだ。

 深夜なので明かりが付いている家は少ないが、月明かりに照らされるフェジテの街は、とても綺麗だった。

 

 景色を堪能していると、街を見下ろしていたリザードンが顔を上げ、何か言いたげに唸った。

 

「どうした?」

 

 首辺りを撫でながら聞くと、リザードンは視線を上に向ける。つられて上を見ると、おれ達よりも高い位置にメルガリウスの天空城が浮かんでいるのが見えた。

 

「ああ、あれね。映画のやつみたいだろ?おれもこの世界(こっち)に来た時は驚いたよ」

 

 リザードンは天空城をじっと見つめている。

 

「……行ってみるか?」

 

 提案してみると、リザードンは少しだけ慌てたようにふるふると首を横に振った。

 

「そっか」

 

 実を言うとおれはちょっぴり行ってみたかったりするのだが、乗り気じゃないリザードンを無理に行かせようとは思わない。

 

 しばらく夜景を楽しんだ後、おれとリザードンは空き地に戻り、これからも時々空中散歩をしようと約束した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日から、深夜に街の上空を飛んでいる謎の光を見たという目撃情報がたびたび上がるようになった。学院の生徒達は謎の光の正体をあれこれ議論しているようだが、未だ明らかにはなっていない。

 

 全然分からない。UFOかな?

 

 




この話を書きながら、ヒックとドラゴンを思い出しました。3が楽しみ過ぎて……
 多分次回は長めになります。


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編入生

 こんにちは、ゲームの住人です。
 今回はちょっと急ぎめで書いたので駄文が更に駄文になっているかもしれませんが、暖かい目で読んで下さると嬉しいです。そして前回長めになるとか書いておきながらあまり長くならなかった……。



 朝。

 

「………っ」

 

 肌寒さを感じて目覚めると、おれは真っ先に違和感に襲われ、すぐに状況を理解した。

 

「…………ああ、ここで寝ちゃったのか」

 

 自然公園にある森の奥。体感的には朝だと思うが、周囲はまだ暗い。ぽっかりと空いた空間を囲むように生えている、背の高い木達。その木の一本に寄りかかり、おれは眠っていたようだ。

 

 普段ならちゃんと家に帰って寝るのだが、昨夜は休憩のつもりで木に寄りかかり、そのまま寝てしまったらしい。

 

「くそ、魔術の改良って難しいな……」

 

 昨日の散々な結果を思い出しながらぼやく。

 

 そう、おれは以前魔術競技祭で思い付いたように、【ゲイル・ブロウ】を回避用に改良する事にしたのだ。

 

 二日前から取り組み始めたばかりなので結果が出ないのは当たり前だが、暴発する度に身体が吹き飛び木にぶつかるので、あちこちが痛い。早くも心が折れそうだ。もう止めようかな……。

 

「……いや、止めないぞ!」

 

 ネガティブな思考を頭に載っていた木の葉と共に払い落とし、立ち上がる。

 そうだ、始めて二日で諦めるなんて早過ぎる!諦めずに頑張れば、絶対結果が出るって誰かが言ってたんだ!…………誰だっけ?まあいいか。

 

 さくさくと落ち葉を踏みながら歩く。木々の数が減るにつれ、周囲が仄かに明るくなってきた。

 

 家に帰ったら少し寝ようかな……うわ、ここ痣できてる……等と思いながら歩いていると、誰かの話し声が聞こえてきた、気がした。

 

「…………?」

 

 耳の後ろに手を当て、耳を澄ます。しばらくそうしていたが、やはり誰かの話し声で間違いない。

 

「こんな早朝に……?」

 

 気になったおれは、進行方向を声がする方へ変更し、そちらに向かって歩み始める。

 

「こんな時間帯に、こんな場所にいる……おれが言うのもなんだけど、怪しいな」 

 

 警戒を強めつつ、慎重に歩を進めていくと、やがて大きなブナの木が生えている空き地に着いた。この場所はポケモンを喚べそうな空き地を探して彷徨っている時に見つけたが、森に入って少し歩けばすぐに到着できるような距離にあったため、人が来るのを恐れて敬遠した場所だ。

 

 そして、そのブナの木のふもとに、おれがよく知る二人がいた。グレン先生とフィーベルさんだ。二人は掛け声を上げながら何やらやっている。距離を詰めると、様子がよく見えるようになった。

 

 拳闘の構えをしたグレン先生が技を繰り出し、隣に並んだフィーベルさんが先生の動きを真似している。フィーベルさんの構えを時々指摘して修正しながら、先生は拳闘の技と型を一通り繰り出した。

 

 どうやら先生は、フィーベルさんに拳闘の技術を教えているようだ。面倒臭がりの先生が自ら進んで教えるとは思えないので、多分フィーベルさんが頼んだのだろう。……折角なら拳闘の技術じゃなくて魔術を教えて貰った方が良いんじゃないか……?

 

 おれが無言で見守る中、二人は両手に革の手袋を嵌めると、模擬戦を始めた。

 

「はっ!やぁっ!」

 

 フィーベルさんがグレン先生に攻撃を仕掛けるが、その全てが虚しく空を切る。先生が攻撃を避けながらフィーベルさんに急接近し、がら空きの胴を軽く小突いた。

 

「くっ……!?」

 

 ぺちぺちされた箇所を庇うようにフィーベルさんが下がろうとするが、先生はぴったりと追随し、ぺちぺちぺちぺち小突きまくる。 

 

 見つかると面倒なので、二人が模擬戦に集中している間に、おれは退散することにした。フィーベルさん、頑張れ。

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってシャワーを浴び、布団に入ったと思ったらピカチュウの10まんボルトで叩き起こされた。時計を見ると丁度良い時間になっていたので、名残惜しいが布団から出る。朝食を終えて家を出ると、外はすっかり明るくなっていた。

 

「そういえば、今日は編入生が来るって先生が言ってたな……」

 

 独り言を言いながら歩いていると、丁度視界の端に青い何かが映り込んだ。そちらを見ると、そこには、アルザーノ帝国魔術学院の制服を着た青い髪の少女が立っている。

 

 ……見覚えがあると思っていたら、あの人アレだ。ティンジェルさんが変身してた人だ。

 

 なんとなく眺めていたが、少女は動く気配はなく、その場に静かに佇んでいる。同級生に青い髪の生徒はいなかった気がするので、多分あの人が編入生だろう。ずっとあの場に留まっているが、もしかして道が分からないのか?

 

 おれは声を掛けるか少し悩み、結局話し掛ける事にした。

 

 歩み寄ると、人の接近を感じたのか顔を上げた少女と目が合った。眠たげな瞳に「なんか用?」とばかりにじっと見つめられる。謎の眼力に気圧されながらも、おれは言葉を切り出した。

 

「えっと……君、編入生?」  

 

「………ん」

 

 問い掛けてから数秒後、素っ気ない返事が返ってくる。

 

「学院までの道分かる?」

 

 重ねて問うと、少女は少し黙った後にぼそぼそと喋り始める。

 

「………………分からない、けど」

 

 少女は少しだけ顔を上げ、言った。

 

「……………頑張れば、そのうち着く」 

 

 あかん、それ絶対着かんやつや。

 

「そっか。ところで、おれは学院までの道を知ってるんだけど、良ければ一緒に行かない?」 

 

「…………ん」

 

 この子を絶対に学院まで送り届けてみせる、という謎の使命感に突き動かされるままに、青髪の少女にそう提案すると、少女はほんの少し首を縦に動かした。おれが歩き始めると、少し後ろを無言でついてくる。

 

 ゲームのパーティーよろしく一列になって歩いていると、やがて噴水広場が見えてきた。既にフィーベルさんやティンジェルさん、グレン先生が集まっている。

 

「あっ、コル君!おはよう!」

 

「おはよう。今日も遅刻せずにちゃんと来たわね」

 

「おー、おはよーさん」

 

 挨拶してくる先生達に挨拶を返そうとした時、後ろからぼそりと呟き声が聞こえてきた。

 

「……………見つけた」

 

「えっ?」

 

 おれが振り返るのと、青髪の少女がしゃがみ込み、石畳に手をつくのは同時だった。

 

「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」

 

 流れるような詠唱が終わると辺りに紫電が走り、少女が腕を引き上げる。その腕には、一本の大剣が握られていた。

 

「なっ……………!?」

 

 剣を見たフィーベルさんとティンジェルさん、グレン先生が目を見開いた。

 少女は軽々と大剣を肩に担ぐと、猛然と走り出す。途中で大きく跳躍し、身を固くするフィーベルさん達を飛び越えると     

 

「おわああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

       グレン先生の脳天目がけ、剣を振り下ろした。

 

「な、な、何しやがんだてめぇえ   ッ!?」

 

 それを見事な真剣白羽取りで止めてみせた先生。ブラボー、拍手を贈ろう!

 

「オイやめろ、呑気に拍手してる暇があったら助けろよ!?」 

 

 先生がなにか喚いているが、拍手の音で聞こえない。拍手を止めると、青髪の少女の喋り声が聞こえてきた。

 

「…………会いたかった、グレン」

 

「会いたかった、じゃねーよ!?さっさと剣を下ろしやがれ!一体なんの真似だ!?」

 

「挨拶」

 

 また随分とアグレッシブな挨拶だな……。グレン先生だから大丈夫だったが、おれだったら上手く受け止められずに死んでいる自信がある。

 

「挨拶だとぉ!?てめぇ、辞書で『挨拶』という言葉を百万回くらい調べてきやがれ!?」 

 

 剣を下ろした少女に吠えかかる先生に、ティンジェルさんが話し掛けた。

 

「えっと……先生。その子って確か、魔術競技祭の時の……」

 

「ん?ああ、覚えていてくれたか。そういえばお前ら。俺が昔、帝国軍の宮廷魔導士団に所属してたってのは話したっけ?」

 

「いえ、初耳です」

 

「私も初耳です。……なんとなく、そうなのかなとは思っていましたけど……」

 

 帝国軍の宮廷魔導士団といえば、魔術の扱いに長けた戦闘のスペシャリスト達が所属するような組織だ。先生がそんなエリート集団の一員だったとは………。

 

「それで、リィエル……こいつは俺の魔導士時代の同僚だ。ルミアは直接会ったし、コルと白猫も顔くらいは知ってるよな?まあ、お前らが見たのはルミアが変身していたやつだが」

 

 先生の言葉を聞くと、フィーベルさんが安堵の溜息をついた。

 

「な……なんだぁ……刺客じゃなかったのね……よ、良かった………」  

 

 ……ああ、そうか。先生の真剣白羽取りに気を取られてたけど、リィエル、さん?の挨拶を見たら誰だって刺客の可能性を考えるよな……。

 ……というか、目の前に凶器が現れたのに、よく呑気に拍手なんか出来たな、おれ。……きっとまだ寝惚けてるんだ、うん。

 別に、剣かっこいいとか思ってそっちに意識が集中していた訳ではない。断じてない。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、おれ達とリィエルさんは流れで一緒に登校する事になった。

 

 リィエルさんはティンジェルさんの護衛として、表向きは編入生という事でおれ達のクラスの一員になるそうだ。

 突然斬り掛かったり護衛対象であるティンジェルさんより先生を守りたいと言ったりと奇行が目立つ彼女だが、彼女も立派な宮廷魔導士団の一員だ。戦闘のスペシャリストが常に側にいるのはとても心強いし、頼りになる。

 

 なるのだが………。

 

「……リィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷魔導士団、特務分室所属。軍階は従騎士長。コードネームは『戦車』、今回の任務は………」

 

「だあああぁぁぁぁぁああ!!うおあああああああああああ    !!」 

 

 大声でレイフォードさんの自己紹介を誤魔化し、彼女を掻っ攫って教室の外へ飛び出して行った先生を見ながら、おれは呟かずにはいられなかった。

 

「……だ、大丈夫なのか……?」

 

 




 感想を貰うと嬉しくてつい長文になってしまいますね……。短い文章を心掛けてはいるんですが……
 ちなみに、コル君は基本女子は苗字呼びなんですが、リィエルに最初に会った時は名前しか分からなかったのでリィエルさん、自己紹介後はレイフォードさんと呼び方を変えています。


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戦車

 こんにちは、ゲームの住人です。
 何気なく作品情報を見てみたら、評価バーが赤くなっていて驚愕しました。お気に入り登録してくださる方もじわじわと増えてきて、嬉しさを感じる一方でプレッシャーも感じてしまいますね……。
 今後も頑張って書いていきたいと思います!


「《雷精の紫電よ》   ッ!」

 

 凛とした声が響くと同時に、空中を一閃の光が走った。

 光は二百メートルほど離れた地面に据えられているブロンズ製ゴーレムに迫り、頭の部分に取り付けられている的に命中、小さな穴を空ける。

 

「やった!」

 

 その光景を見届けたフィーベルさんが嬉しそうな声を上げ、小さくガッツポーズをした。

 

「ろ、六分の六かよ……」

 

「おぉ……流石システィーナ……」

 

「やっぱ、名門のお嬢様は違うわ……」

 

 クラスメイト達から感嘆の声が上がる。

 

 今回の授業では、【ショック・ボルト】の命中精度を測っている。二百メートル離れた場所に設置されているゴーレムには頭、胴、両手両足にそれぞれ一つずつ、合計六つの的が取り付けられていて、【ショック・ボルト】を撃つ回数は六回。つまり、上手い人は全ての的を壊す事が出来るのだ。

 

「ほう、六分の六か。この距離で全弾命中は普通にすげぇぞ、白猫」

 

 グレン先生が感心したような声を上げながら、手元のボードに結果を書き込んでいく。先生の褒め言葉をフィーベルさんは嬉しそうに聞いていた。

 

「くぅううう……ッ!こ、これで勝ったと思わないことですわ!システィーナ!」

 

 ナーブレスさんが悔しそうにハンカチを噛み締めながら、フィーベルさんを睨みつける。

 彼女の成績は六分の五。最初の五回は全て的に当たったのだが、最後の一発を撃つ瞬間にくしゃみをしてしまい、狙いが逸れてしまったのだ。

 

「先生、やり直しを要求します!(わたくし)が本来の実力を出し切れば、システィーナに負けるはずがありませんわッ!」

 

「はいはい、全員終わってからな……ドジっ娘」

 

「きぃいいい    ッ!」

 

 ヒステリーを起こしたナーブレスさんを適当に宥めつつ、先生はフィーベルさんに「もう戻っていいぞ」と声を掛けた。

 

 皆の賞賛の視線と声を背中で受け流しながら、フィーベルさんはティンジェルさんのところへ戻って行く。だが、おれの近くを通り過ぎる直前、チラッとおれの方に顔を向けてきた。

 見事なドヤ顔。今にも何か言いそうな態度だ。

 

「ふふん」

 

 言った。これ以上ないほど得意げだった。

 

 勝ち誇ったような表情で通り過ぎて行くフィーベルさんを見て、おれの中に小さな対抗心が芽生えた。

 

「こうなったら、本気を出すしかあるまいな……」

 

「何を言ってるんだ?」

 

 怪訝そうな目で見てくるギイブルを尻目に戦意に燃えていると、丁度おれの番が回ってきた。ふっふ、見てろよフィーベルさん、ゲームで鍛えた射撃の腕を見せてやる……!

 

 おれは自信満々の笑みを浮かべながら、ブロンズ製ゴーレムに指を向けた。

 

 

 

 

 

 

「えーっと、コルは……六分のニだな。よし、下がって良いぞー」

 

 当たり前だけど、ボタンを押すだけのゲームと現実は全く違いました、はい。 

 ちくしょう、余裕ぶってニヤニヤしていた少し前の自分を殴りたい!

 

「ギイブル……おれの仇を、討ってくれ……!」

 

「君は何と戦っているんだ……」

 

 無様を晒し、両膝を地面に着いて項垂れているおれをギイブルは呆れ顔で見ていたが、順番が回ってきたので去って行き、当然のように全弾命中させて戻って来た。流石。

 

 そうこうしているうちに、呪文を撃っていない人は残すところ一人となった。

 注目の人物、レイフォードさんだ。

 

「さて……リィエルちゃんの実力は如何ほどかな……?」 

 

「あの子、帝国軍入隊を目指してるらしいし、結構やるかもよ?」

 

「お手並み拝見ですわね……」

 

 皆が彼女の実力を見極めようと注目する中、眠たげな目をしたレイフォードさんが前へ出る。彼女はどこかぎくしゃくとした動きで腕を伸ばすと、ぼそぼそと呪文を唱えた。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 棒読みの詠唱が終わると同時に紫電が空中を駆ける。紫電はゴーレムを大きく外して通り過ぎていった。

 

「……………………」

 

 場に沈黙が降りる。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ》」

 

 レイフォードさんは淡々と呪文を詠唱し、第二射を放った。今度はゴーレムの左側を通過し、地面を浅く削る。

 途端に、周囲の視線が値踏みするような視線から、小さな子供を見守るような優しい視線になった。

 

「後四回残ってるぞ、頑張れー!」

 

「ちょっと固くなり過ぎですわ。もう少し、腕の力を抜いて……」

 

「リィエルちゃん、リラックスリラックス!」

 

 クラスメイト達の温かい声援をBGM に、レイフォードさんは【ショック・ボルト】を撃ち続ける。しかし、一発も的には当たらず、遂に最後の一射になってしまった。

 一射目を見た時点でなんとなく予想はついていたが、まさかここまで遠距離射撃が下手くそだったとは……。

 

 様子を見ていると、レイフォードさんがほんの微かに眉を寄せた。ここからはよく聞こえないが、先生と何か話している。少しして話し終えたのか、レイフォードさんが再びゴーレムに向き直った。

 

「《万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を》」

 

 そう言葉を紡ぎ、地面に両手をつく。紫電が走ったと思ったら次の瞬間にはもう、今朝も見た大剣が再びレイフォードさんの手に収まっていた。

 

「「「な、なんだぁああ    ッ!?」」」

 

 クラスメイト達が目を見開き、驚愕もあらわに叫んでいる。

 

「お…おい待てリィエル、お前一体何を……?」

 

 頬を引き攣らせた先生がレイフォードさんに話し掛けるが、レイフォードさんは意を介さず、大剣を軽々と待ち上げた。

 

 この距離で剣?うーん、剣からビームが出たりは……流石にしない、よな?剣圧で斬るとか?それはそれで凄いな……。

 

 おれがあれこれ考えている間に大剣を上段に構えたレイフォードさんは、地面を蹴り、気合を放ちながら勢い良く     

 

「いいいいいやぁああああああああ   ッ!」

 

      剣を投げた。

 

 縦回転しながら物凄い速度で飛んでいった大剣は二百メートルの距離を一瞬で飛翔し、ゴーレムを粉々に粉砕した。当然、取り付けられていた六つの的も木っ端微塵だ。

 

「「「…………………」」」

 

「わお……」

 

「………ん。六分の六」

 

 静寂が満ちる中、顔を上げたレイフォードさんは、どこか得意げに呟いた。

 




 つい最近、他の方の作品を読んでいて、その作品の主人公とコル君の名前が微妙に被っている事に気が付いてしまいました。名前を変えるか結構悩んだんですが、とりあえずは『コル』のままでいこうと思います。急に名前を変えることがあるかもしれませんが、その時はあしからず……。


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日常

 こんにちは、ゲームの住人です。
 皆さん、今日はクリスマスイブですよ!今頃外はリア充達で溢れていると思いますが、私は温かいこたつの中で音楽を聞きながら小説を書いています。外は寒そうだぜ……。
 


 

「おい……お前、なんか話し掛けて来いよ……」

 

「で、でも……あの子、なんか怖くね?」

 

「あのデタラメな力……本当に人間なのか…?」

 

 教室のあちらこちらから、そんな囁き声が聞こえてくる。

 時間は昼休み。普段はもっと和気あいあいとした空気なのだが、今日は打って変わってどこか気まずい空気が流れている。

 

 クラスメイト達がチラチラと視線を送る先に、この空気の原因がいた。レイフォードさんだ。

 

 眠たげな瞳でぼんやり座っている様子を見ていると、とてもじゃないが大剣をぶん投げてゴーレムを粉々にした人物と同一人物だとは思えない。

 

 午前中の一件以来、クラスメイト達はすっかりレイフォードさんから距離を取ってしまった。別に仲間はずれにしようとしている訳ではない。ただ、とにかく話し掛けづらいのだ。レイフォードさん自身も他の誰かに話し掛けようとする様子はなく、それどころか席を立つ気配すらない。

 

 着席しているレイフォードさんを中心に、教室内には彼女に話し掛けたいが怖くて話し掛けられない生徒達がぱらぱらと散り、遠巻きに彼女を取り囲むという何とも言えない光景が広がっていた。

 

「ううむ……」

 

 賑やかな教室の中心で一人ぽつんと浮いているレイフォードさんの姿は、見ていてなんだか切なくなってくる。

 何か話し掛けた方が良い気がしてくるな……。

 

 おれがなんと話し掛けようか考え始めた時、ティンジェルさんとフィーベルさんがレイフォードさんに近付いていくのが見えた。ティンジェルさんに話し掛けられたレイフォードさんは、相変わらず無表情だがきちんと応じている。

 

 ティンジェルさん達に任せておけば、レイフォードさんのぼっち化は防げるだろう。

 

 ティンジェルさんのカンストしているコミュ力に脱帽しつつ、おれは昼食を摂るべく教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ」

 

「お」

 

 料理が載ったトレーを持って食堂内を歩いていると、ばったりライアスと出くわした。

 

「一人か?それなら一緒に食おうぜ」

 

「いいよ。向こうが丁度二席空いてる」

 

 席が埋まらない内に急いで移動し、おれ達は昼食を食べ始めた。今日のメニューは魚のフライと茹で野菜を挟んだ大きめのパン、オニオンスープ、デザートのアップルパイだ。

 

 正面に座るライアスのトレーには、ローストビーフとサラダ、大きなパン二つとコーンスープが載せられている。全て大盛りだ。

 

 パンに齧り付いていると、かなりのハイペースで皿の上のローストビーフを減らしていたライアスが訊ねてきた。

 

「そういえば、編入生が来たんだって?どんな人なんだ?」

 

 頭の中に眠たげな表情のレイフォードさんの姿と、大剣でゴーレムを粉砕した時のレイフォードさんの姿が浮かんだ。

 

「うーん……その人は女子なんだけど、大人しそうに見えて、結構アグレッシブっていうか……」

 

「ふーん……個性的な人なんだな」

 

「ま、まあね」

 

 そこで会話は一旦終了し、お互い食事に集中する。少しして、遂にローストビーフを皿の上から消滅させたライアスが言った。

 

「そういや、お前らのクラスはもうすぐ遠征学修に行くんだったな。何処に行くんだ?」

 

「ええと……『白金魔導研究所』ってところ」 

 

 確か、生物の構造や遺伝情報に魂の情報、合成獣(キメラ)とかの研究をしているところだったような気が……。

 

「何処に行っても普段は見られないものばかりだろうし、おれは何処でもいいんだけどね」

 

「まあそんなもんだよな」 

 

 他愛もない話をしながら食事を続ける。

 

「ところで、最近ポケモンしてる?」

 

「ん?ああ。一応クリアしたぞ」

 

「おおー、おめでとう」 

 

 ぱちぱちと拍手を送ると、その時の事を思い出したのか、ライアスが楽しげな笑みを浮かべた。

 

「なんつーか……育てるって楽しいんだな。どんどん強くなるし」

 

「おっ、遂にライアスも気付いたか、ポケモンの魅力に」

 

 うんうんと頷いていると、物思いに耽っていたライアスが何故かニヤリと笑った。

 

「……なあ、今度バトルしようぜ」

 

「うん?別に良いけど」

 

 ……こやつ、さては前回おれに挑んでボロ負けしたのを忘れたと見える。ふふふ、あの時からどれ程強くなったのか楽しみだな。

 

「じゃあ、オレそろそろ行くわ」

 

「ああ、また今度」

 

 あっという間に大盛りだった昼食を平らげたライアスは、トレーを持って去って行った。それから間もなく、おれが来るより前から近くに座っていた女子集団がおしゃべりしながら立ち去ると、おれの周りは一気に人気が無くなり、静かになった。寂しい。

 

 黙々とパンを食べ終え、スープを飲み干す。アップルパイに手を伸ばした時、遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あっ、あそこが空いてるよ」

 

 そちらを見れば、レイフォードさんを伴ったティンジェルさんとフィーベルさんの姿が。

 

 来た、友達来た!これで勝つる!

  

 心の中で謎の喝采を上げる。周りが賑やかな場所で一人でいる時特有の空気よ、さらばだ。貴様の出番は終わった。

 

「コル君、ここ空いてる?」

 

「五百年前から空いてるよ、ぜひ座って!」

 

「う、うん、ありがとう……?」

 

「どうしてそんなにテンション高いのよ……?」

 

 怪訝そうにしながらフィーベルさんが隣に座り、正面にティンジェルさん、斜め前にレイフォードさんが座る。

 

 ティンジェルさんの昼食がライアスの昼食と量を除いてほぼ被っている事に軽く驚きつつ、アップルパイを堪能する。ちなみにフィーベルさんはスコーン二つ、レイフォードさんに至っては小さな苺タルトがひとつだけ。栄養偏るぞ……? 

 

「………………」 

 

 レイフォードさんは両手で持った苺タルトをじっと見つめ、ふんふんと匂いを嗅いでいる。そして恐る恐る顔を近付け、そっと一口齧った。

 

「…………!」

 

 心なしか目が輝き、先程までの躊躇(ためら)いが嘘のように苺タルトを食べ始める。

 あっという間に食べ終えると、レイフォードさんはじっと自分の手を見つめた。

 

「…………」

 

 どこか名残惜しそうに見える。

 

「……えっと……もう一個食べる?」

 

「!」 

 

 声を掛けると、レイフォードさんが眼球だけ動かしておれを見た。

 

「………もう一個食べられるの?」

 

「うん、注文すれば何個でも食べられるよ。注文する?」 

 

「………ん」

 

 席を立ったレイフォードさんの付き添いとして、おれも一緒についていく。ついでだし、おれも苺タルト買おうかな……。

 

「ちょっと行ってくる」

 

「コル君、リィエルの事よろしくね」

 

「あいよ。席とっといて」

 

 この後、おれとレイフォードさんは苺タルトを買う為にカウンターと席の間を六往復した。

 




 こたつを開発した人って天才ですよね……。

 追記:感想欄で今日がフィーベルさんの誕生日だと教えて頂きました。フィーベルさん、誕生日おめでとう!


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遠征学修

 こんにちは、ゲームの住人です。
 少し遅れましたが、あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします!
 そして、お気に入り登録してくださった方の人数が300人突破しました!やったー!
 


 

 

 

 レイフォードさんが編入してきてから、数日が経った。

 

 あれからレイフォードさんはフィーベルさん達と一緒に過ごすようになり、三人で談笑している姿をよく見かけるようになった。クラスの皆とも交流できているようで、彼女はクラスに馴染みつつある。

 

 今は放課後のホームルーム前なのだが、三人で仲良く席に着いて勉強をしているようだった。

 

「いい? リィエル。ここの問題はこの法則を当て嵌めて考えるの。そしてこの言葉をさっきの魔術式に組み込んで……」

 

「……むぅ……難し…、……すぅ……すぅ……」

 

「あっ、駄目だよリィエル! ほら、起きて? せっかくシスティが教えてくれてるんだし、もう少しだけ頑張ろう? ね?」

 

 教科書を手に解説しているフィーベルさん、途中までは真面目に聞いていたものの、次第にうつらうつらし始めたレイフォードさん、肩に寄り掛かってきたレイフォードさんを優しく揺すって起こそうとするティンジェルさん。

 

 ………癒やされる。

 

 微笑ましい光景に心を浄化されていると、賑やかな教室の扉を開けて、気だるげな顔のグレン先生が入って来た。先生はフィーベルさん達に囲まれて勉強しているレイフォードさんをチラリと見て、ほんの一瞬、ふっと微かに表情を綻ばせる。しかしすぐにもとの気だるそうな表情に戻ると、教壇に上がってパンパンと手を叩いてクラスメイト達の注目を集めた。

 

「えー、お前らも心待ちにしてたんだろうが、明日から遠征学修が始まる。場所は以前言った通り、『白金魔導研究所』だ。必要な物は……あー、しおりを読め。集合時間は……しおりを読め。とりあえず、なんかあったらしおりを読め。いいな? じゃ、解散」

 

「ちょっと先生、真面目にやってください!」

 

 やる気ゼロの先生にフィーベルさんの叱責が飛ぶ。すると、面倒くさそうにしていた先生が突然ハッとした。

 

「あっぶねぇ、一番大事な事を忘れてた! お前のお陰で思い出せたわ、サンキュー白猫!」

 

「は、はぁ……」 

 

 先生は真剣な顔つきで教卓に両手を置くと、厳かに告げた。

 

「女子は絶対水着を持ってこい」

 

 直後、フィーベルさんが投擲した教科書が先生の顔面にめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………眠れん」

 

 おれは布団の中で呟いた。

 

 時刻は深夜。

 布団に入ってからかれこれ一時間は経過しているが、眠りの妖精さんは未だにやって来ない。マジで早く来て、お願い。

 

 もう何回目かも分からない寝返りをうつが、目は完全に冴えてしまっている。自分ではあまり意識していないつもりだったが、そんなに明日の遠征学修が楽しみだったのか……?

 

 …………。

 

 …………………。

 

 …………………………………。

 

「………………起きよう」

 

 おれは寝るのを諦め、布団から出た。タンスから動きやすい服を出して着替える。

 今日は大人しく寝て明日に備えるつもりだったのだが、どうせこのまま布団に入っていても寝付けないに違いないのだ。夜風でも浴びれば気分転換になるだろう。

 

 家を出て程なくしていつもの空き地に到着し、おれは3DSを起動した。

 

 今日は星が綺麗な夜なので、リザードンと空を飛ぶのも良いかもしれないな……。

 

「出ておいで〜」

 

 呟きながら画面をタップし、画面から飛び出してきたマスターボール(・・・・・・・)を地面に放る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ん?

 今……何投げた?

 

 思考が停止すると同時に、前方からズズンという地響きが聞こえてきた。

 そして感じる強い視線。

 

「……………………」

 

 突然だが、おれは伝説のポケモンを捕まえる際、なるべくマスターボールを使うようにしている。特に意味は無いが、強いて言えばそのほうが特別感が出るからだ。

 つまり、今召喚したのは……………。

 

 体中から冷や汗が流れる。

 存在感を放つ生物が、おれを見つめているのが分かる。視線はおれを捉え続け、小揺るぎもしない。

 おれは俯かせていた顔をゆっくりと上げた。

 

「ギャアァァ」

 

 ほんの数センチ先にある、真紅の瞳と目が合う。

 

「………………」

 

「ゴガアァァァ」

 

 灰色の身体に、金色の甲殻。漆黒の翼には三本ずつ赤い棘が生え、翼は揺らめく影のように形を変える。六本の足がしっかりと地面を踏みしめ、体重を支えている。

 

「ギゴガゴーゴー……」

 

「ギャアァァ?」

 

 呟くと、つぶらな瞳の持ち主    ギラティナは、大きな頭を斜めに傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、油断すると閉じそうになる目を擦りながら集合場所である学院の中庭に向かうと、集合時間より三十分前にも関わらず、そこには既にほとんどのクラスメイト達が集まっていた。それぞれ旅行かばんを持ち、どこかそわそわしている。

 

「おう、おはよう!」

 

「おはようコル」

 

「おはよー……」

 

 元気に挨拶してきたカッシュとセシルに挨拶を返す。

 

「ふっ、いよいよだぜ……なんかテンション上がってきたーっ!」

 

 カッシュが両手を突き上げて叫ぶと、近くに居たギイブルが呆れたように首を振った。

 

「やれやれ……君は相変わらずだね、カッシュ。僕らは遊びに行く訳じゃないんだけど?」

 

「お前も相変わらずつまんねー奴だな、ギイブル……」 

 

「セシル、おれ達って同じ馬車だよな?」 

 

「うん、確か寝る部屋も一緒だったよ」

 

「そっか、よろしく」

 

「うん、こちらこそよろしくね」

 

 わいわいしている間にグレン先生がやって来て点呼を取り始め、先生の引率で馬車に乗り込む。馬車は二列に並んでいて、隣の馬車にフィーベルさん達が乗り込むのが見えた。

 

 間もなく馬車は動き出し、朝靄漂うフェジテを出発した。

 

「ふぅ……」

 

 椅子の背もたれに寄りかかり、窓の桟に肘を置いて一息つく。

 あの後、ギラティナと少し遊んでから家に帰ったのだが余計に目が冴えて寝付けず、何かしていればそのうち眠くなるだろうと思ってゲームを始めたが、ますます目が冴えてしまい、ほとんど寝ることが出来なかった。

 おかげでゲームがめっちゃ(はかど)った。……何してんだろおれ……。 

 

 とりあえず、今度からポケモンを喚ぶ時は画面をよく見て、喚び間違いがないように気を付けないとな……。あれはびっくりした。ギラティナが大人しくしてくれていたから助かったけど。

 ……ああくそ、眠い。景色を見たいのに勝手に瞼が落ちてくる。抗っても抗ってもきりがない。

 

 まあ、昨日寝てない分の眠気が今まさにやって来ている訳でして……。

 

 落ちてくる瞼を持ち上げる事が出来ずに、おれの意識はあっという間に暗闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    システィーナ   

 

 システィーナは窓の外の景色を眺めていた。見渡す限り続く放牧地では、毛刈り前のもこもこ羊達が草をのんびりと食んでいる。

 

 その光景をしばらく眺めてから、システィーナはちらりと反対側の窓に目を向けた。

 窓の向こうからは隣を並走する馬車が見え、その馬車の窓に肘を置いて居眠りしているコルの姿がある。目元には微かに隈が浮かび、少しの揺れでは身じろぎもしない。

 

(疲れてるのかしら……?)

 

 視線を感じて振り返ると、こちらをニコニコしながら見つめるルミアと目が合った。なんとなく気恥ずかしくなり、システィーナはぶっきらぼうに話し掛ける。

 

「………なによ」

 

「ううん、別にー?」

 

 早くも眠りについたリィエルの頭を撫でながらこちらを微笑ましそうに見つめてくるルミアを見ていると、システィーナの中にいたずら心が芽生えた。

 

「そういえば、最近どうなの? 進展あった?」

 

「進展?」

 

「進展」

 

「……? ………………。………………っ!

ぐ、グレン先生とは別になにも……!」

 

 数秒キョトンとした後、途端に顔を赤くして慌て始めたルミアに追い打ちを掛けるべく、言葉を続ける。

 

「あれ〜? 私別に、先生の事だとは言ってないんだけど?」

 

「あうぅぅ……」

 

 顔を林檎のように真っ赤に染めたルミアを見て、システィーナはささやかな逆襲が成功したことを悟る。慌てふためくルミアを見ているともっとからかいたくなってくるが、これ以上は可哀想なのでからかうのは止めておいた。

 

「白金魔導研究所では、どんな研究を見学させてもらえるのかしら……」

 

 話を逸らすと、どこかほっとしたような表情でルミアも呟いた。

 

「楽しみだね、システィ」

 

「ええ」

 

 システィーナは、まだ見ぬサイネリア島と白金魔導研究所に思いを馳せた。

 遠征学修は、始まったばかりだ。

 

 




 はい、今回から伝説ポケモン『ギラティナ』参戦です!ギラティナには盛り上げ役としてこれから大いに動いてもらいます!

 


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