Fate/Grand Order ~孤高の剣士~ (黒ヶ谷・ユーリ・メリディエス)
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序章:1 ~放浪~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 あらすじにある通り、ジャンヌ・オルタを引いて、新宿衣装を手に入れて再燃した熱で書きました。突貫作業なのでガバガバなのはお察し。

 それでも良ければお進みください。

 文字数は約七千。

 視点は基本三人称で、思考・感情の部分で一人称的な描写という挑戦。

 ではどうぞ。




 

 

 ――――唐突に、ふと、目が覚める。

 

 何に起こされた訳でも無く、ただ生物の在り方として自然と脳が、体が覚醒し、瞼を開く。

 眠りから覚めたばかりの視覚情報として、視界一杯に黒と赤が映し出された。

 黒は、暗雲と影。

 赤は、炎。

 メラメラと、灰色の瓦礫や地面を嘗めるように揺蕩う赤を、ぼうっと見つめる。

 立ち上る黒を、その先の空一杯に広がる暗雲を見て、ぼうっとする。

 耳朶を打つのは乾いた炎の音と微風のみ。

 邪魔する存在は何も無く、ただ只管に周囲に広がる終焉の光景を見続けた。

 

 *

 

 無心に光景をぼうっと眺め始めてどれくらい経っただろうか。

 一分かもしれないし、十分、一時間かもしれない。

 時間を忘れてただ只管眺める最中、眠りから覚めた時と同じようにまた唐突に意識が覚醒した。

 

「――――此処は、一体……?」

 

 最初に浮かんだ疑問は、己が居る場所の事。

 だが、その疑問は二重の意味が込められていた。すなわち、己が居る場所への疑問と、この場所に己が居る経緯への疑問だ。

 意識が覚醒し、疑問を自覚してから、今度は意識して改めて周囲を見渡す。よく見れば猛る炎に包まれたモノは大半が石材によって作られた建物で、凄まじい力か何かで崩壊、倒壊しているものだった。

 視線を下へ向ければ、幾つもの破片や瓦礫で埋もれているものの、辛うじて覚えのある白線を見付ける。

 どうやら自分が眠っていた場所は道路のど真ん中らしかった。

 道路や石材で作られた建築物から、この場所が現代都市である事が何となく分かった。よく目を凝らすと離れたところには道路標識や信号機が屹立しているから間違いない。

 ――――問題は、現代都市に己が居る事だった。

 

「記憶喪失とは違う気がする……」

 

 思考し、出した結論を小さく独白する。

 自分の事について忘れている事があるか、分からない事があるか振り返るが、少なくとも自身の名前や立場、目を覚ます寸前まで何をしていたかについては覚えていた。

 自身の名前は《キリト》。

 かつては織斑一夏と蔑まれ、今は桐ヶ谷和人という名前を義理の家族から戴き、苗字と名前を組み合わせた独自の名前を名乗っていた者。

 独自の名前を名乗る事になったのは、『ゲーム世界に飛び込んだような体験』を可能としたフルダイブ型のMMORPGをプレイしていたから。

 そのゲームは正式サービス開始と同時に何者かの手によってデスゲームと化し、以降、舞台となる鋼鉄の浮遊城にて約一年半もの間をほぼ一人で生き抜いて来た。強大な敵を相手に徒党を組む事はあるが、それでも集団からは疎まれ、人によっては殺意を向けて来る事もある関係性となっていた。

 目覚める前までにある直近の記憶では、自身の大切な義理の姉と戦闘指南をしている二人の女性プレイヤーを助ける為に、死亡する事を覚悟の上で外周部から飛び降りた。二人をしっかり転移で街へ送った後、自分はゲームのシステム上死ぬしかない運命を辿った。

 己にある記憶はそこまで。欠けた、足りないと思う部分は無かった。

 つまりこの場所に居る答えが自分の記憶にあるとは思えない事になる。

 

「誰かが、此処に……?」

 

 次に考えた事がそれだが、それでも疑問がまた発生。

 約一年半もの間生き抜いて来た自身の肉体は絶対的に肉体的な衰えを見せている筈なのだ。現代都市に居る以上リアルの肉体を使っていると考えても良いと、そう思った。

 この肉体がリアルのものか否か気になり、岩に腰を下ろしたキリトは己の体を見下ろす。

 服装は、少なくとも現代の日本だと避けられるであろう、黒一色で統一されたものだった。黒い半袖シャツと長ズボンはともかく、背中に物を背負うように斜めに回されたベルトと前開きの黒コートは確実である。加えて両手は指貫手袋に覆われ、ブーツは黒い革で作られている上に鋲付きという危険仕様。

 それらはキリトがデスゲームで戦う最中に愛用していた装備だった。

 当然だがキリトはリアルでこんな服を持っていないので、必然的に『仮想世界に居る』という結論に行き着く。その結論であれば肉体的に衰えが見られない事にも納得がいった。

 別の仮想世界への移行については、自身の義理の姉や戦闘指南をしていた女性二人が経験していると知っていたため、別段不思議では無かった。かなり現実感の薄い話ではあるが前例があるのだ。前例がある以上鼻から否定するほどキリトは愚かでは無かった。

 そうして自分の中に現状に納得がいく仮説を持ったキリトは、次の思考に移った。

 無論、それは『これからどうするか』である。

 約一年半の間命懸けの戦いを一人で生き抜いて来たキリトは戦闘に関する経験は豊富だ。しかしその幼さと過去の経歴が災いし、常識的な部分の知識に乏しい面があった。

 現状を『自身が今まで居た世界とは違う仮想世界』と捉えているため、ゲーム的な思考で動こうとしたのだ。

 しかしキリトが経験しているゲームは、デスゲームとなったMMORPG、すなわちファンタジー世界の冒険ものしかキリトは知らないのだ。装備を整え街を発ち、道中遭遇する敵を倒し、新たな街に着いたらまた装備を整え……それを繰り返す事しかキリトは知らなかった。

 災害についての知識はある事情からそれなりに持っていたが、流石に街が崩壊していると思しき規模の大災害での対応を知っている筈もなく、表向き冷静でも内心では混乱していた。

 無知である事、未知の状況とそれに対する混乱で、キリトは眉根を寄せた。腕を組んで首を捻る。勿論、これだ、と思う案など浮かぶ筈も無く、時間は無為に過ぎていく。

 

「……一先ず、火の手が少ない場所に行こう」

 

 結果、次善とも言えない行動を取る事にした。炎が酸素を使って燃えていて、煙を吸うと昏倒すると知っていたが故の結論だった。とにもかくにも今は考える時間を持てる安全な場所へ移動しようと判断したのだ。

 キリトはゲーム的な思考と、現実に於ける災害に対する知識を合わせ、どうにか行動を選択した。

 そうと決まれば早速と、キリトは岩から腰を上げる。

 かつては未踏の危険域で未知のモンスター達を相手に一人で蹂躙を繰り返し、様々な情報を入手した経験を持つキリトは、『時は金なり』とばかりに速さを尊んでいた。拙速では無く、巧遅でも無く、巧速をこそ好んでいた。最善の手を得る為に何よりも情報を求めていた。

 結果的にそれで生き残って来たからこそ、キリトは何よりも『情報』を得ようとする。

 だが、『情報』を得るにはまず『生命線』の確保が必須。そうでなければ情報収集もままならなかった為だ。なまじ一人で生きて来たからこそ生命線の確保の重要性を理解していた。

 キリトは火の手があまり回っていない場所を拠点とし、そこから水と食料の確保を考えていた。仮想世界では水分補給と食事、排泄を必要としないが、ヒトとして最低限の衣食住は保とうと心掛けているが故の思考だった。かつては不要と断じていたが、己を案ずる人の言葉を無碍には出来なかったのである。

 岩の上に立ち上がったキリトは、地図や案内板にあたるものは無いかと周囲を見渡した。現在地と全体図を把握出来るだけでも行動が楽になる上に脳内地図も描ける為だった。

 

「……無い」

 

 しかし願いとは裏腹に地図に該当するものは無かった。

 しょんぼりと肩を落とし、嘆息する。

 そうなればあとは地図の発見、拠点や水、食料確保を同時進行するしか無いため、気を取り直してキリトは火の手の薄い場所から移動する事にした。

 

 *

 

「……アレは……」

 

 移動を開始しておよそ十分が経った頃、キリトは倒壊した建物の瓦礫の影に隠れて、およそ三十メートル先の様子を窺っていた。

 視線の先には黒色の人骨が筋肉や脂肪も無く骨だけでガシャガシャと音を立てて歩く光景があった。

 キリトのゲーム的知識の中にその骸骨に該当しそうな名称があった。《スケルトン》と呼ばれる存在で、以前いたゲーム世界では死霊系にカテゴライズされ、個体によって剣や槍、斧、弓矢など様々な武器を持ってプレイヤーを苦しめた存在だ。

 名称を何度か変えて立ちはだかった骸骨達は、見た目こそ色や装備の形状違いばかりだったが、そのどれもがプレイヤーにとって脅威となっていた。

 以前キリトが居た世界は『仮想現実』という現実に限りなく似せられた電子世界、更にゲームはVRMMORPG、すなわち多人数を前提とされたものだったので、雑魚を相手にするのも複数を前提にされていた。故に一個体のサイズは基本的に大きく、二メートルから三メートルなどザラに居た。幼いキリトにとってすれば他の者達よりも遥かに巨大に映っていた。

 無論、サイズが大きければ力も強い。筋肉などは無かったがそこはそれ、ゲーム世界なので関係無く、攻撃力や防御力といった数値の勝負での競り合いだった。

 スケルトンは骨なので、打撃系の武器に弱かった。また武器や盾での防御を除けば基本的に攻撃が直撃すると痛快な程に体力を減らすくらい防御力も高くない。

 反面、攻撃力は高く、また人型なのでプレイヤーと同様のシステム的な技を扱えた。搭載された人工知能の質によっては作戦を立て、技術を見せ付ける個体も居たほどだ。

 システムによって動かされるモンスターとは言え、そこまで来ればほぼプレイヤーを相手にしているも同然だったが故に、ゲーム世界でも人型は恐れられていた。

 その恐ろしさは、ソロ故に一度の失敗が死に直結する薄氷の上を常に歩いていたキリトが、誰よりも理解していた。建物の影に隠れて様子を窺っているのもそのためだった。

 

「……どうしよう……」

 

 キリトが暫定的に《スケルトン》と呼ぶ事にした個体は、刃が毀れたボロボロの蛮刀を手に徘徊していた。カトラス、あるいはマチェーテと呼ばれる剣だ。

 武器を持っている時点である程度の知能があると分かるので、キリトは下手に動けなくなってしまった。一体居ればまだ他にも居ると考えた方が身のためだと身を以て知っているからだ。

 そのためキリトは悩んだ。

 周囲に他の敵影は無いのでアレ一体。

 一対一に持ち込めるので、威力偵察や自分のこの世界での戦力の確認を込めて一当てするか、あるいはここは無視して拠点確保を急ぐか。

 

「――――一度、当たってみよう」

 

 数秒悩んだ末に、キリトは戦う事を決断した。

 その決断の根幹には、少なくともデスゲームで使っていた武器は全て扱える事に移動中気付いたから。

 キリトはとある死闘の果てに、ローマ数字で《ⅩⅢ》と書いて『サーティーン』と読む装備登録型の召喚武器をゲーム世界で手にしていた。通常のプレイヤー一人につき一つしか武器を装備出来ない制限を、『武器に武器を登録する』性質を持つ《ⅩⅢ》を使う事で、間接的に『全ての武器を装備し扱っている』状態にする特殊武装である。

 《ⅩⅢ》は装備者の強固なイメージによって出し入れ可能なので、使い手が反応さえ出来ればどんな状況、どんな敵にも対応可能な武装となる。しかも武器を出す場所は手許だけでなく敵の足元や背後にも可能で、仮に投擲した後もその先の軌跡を強くイメージすれば自在に動かせるという破格の性能もあった。

 イメージとして『不可視の武器庫』とキリトは考えている。 

 《ⅩⅢ》を手にしたのは一週間ほど前なので未だ万全に扱えている訳では無いが、キリトの単騎戦力が一気に向上し、数十人で一斉に掛かる必要がある強大な敵を一人で一方的に倒せる戦闘能力を得ていた。

 この壊滅した都市で目を覚ました後、その《ⅩⅢ》の使い心地を多少確かめ、最低限であれば戦闘も可能であると確認していた。

 その確認が今回、キリトに戦闘を行う決断への決定打となっていた。

 剣持ちのスケルトンと戦う決断をしたキリトは、右手に自身が長らく使ってきた愛用の剣を取り出した。鍔の部分は機械のギアを模した形状で、刃の部分は白いが、それ以外は切っ先から柄の先まで漆黒という剣。知り合いの鍛冶師から魔剣とまで称された、エリュシデータと呼ばれる片手直剣である。

 《ⅩⅢ》の仕様と性能を確認した後、今度は自身の武器がどれだけ相手に通用するかの確認も込め、万が一も考え、キリトは己が最も信用する剣を選択した。これで余裕があるのなら他の武器も使い、拮抗ないし圧倒されれば一気に押し切る腹積もりをしていた。

 愛用の剣を右手に携えたキリトは、改めて他に敵が居ないか周囲を見回した。

 結果、敵影は無かった。

 

「ふ……ッ!」

 

 ならば躊躇う必要は無く、キリトは骸骨剣士が自身に背を向けた瞬間強く地面を踏み締め、地を蹴った。

 瞬間、轟ッ! と風が鳴り、風景が流れ――――一秒も経たぬ内に、キリトは骸骨剣士の背後へと移動していた。

 

「く……ッ?!」

『――――?!』

 

 三十メートルもの距離を一瞬で詰める事になると予想しておらず、酷く不完全ではあるが、速度と勢いに任せた袈裟斬りをキリトは放つ。

 袈裟掛けの強烈な斬撃を受けた骸骨剣士は、その一撃で肩甲骨、鎖骨、肋骨、脊椎、骨盤を纏めて両断され、乾いた音と共に乾いた大地に転がった。

 

「と、とと……ッ!」

 

 斬り付けた勢いを瓦礫に剣を突き立てて抑え込み、数メートル地面を滑って漸く止まる。

 警戒しながら骸骨剣士が居た場所を見れば、地面に崩れ落ちた人骨の数々は青白い粒子へ散っていく途中だった。

 

 ――――やっぱりここは、何らかの仮想世界なのか……

 

 キリトが以前いた世界も、体力をゼロにされた敵は蒼白い欠片へと爆散し、散っていった。演出こそ異なるが青白い粒子へ散っていく様は慣れ親しんだ現象に近似していて、キリトにとってこの場所が仮想世界であるという予測を根拠付ける一つとなった。

 気になる事は装備が引き継げている事だったり明らかに前の世界の時以上の身体能力を得ている事だったが、そもそもどういう世界か分からない以上どうしようも無いので現状は棚上げする事にキリトはしていた。

 一応、これではないか、という推察は立てられていた。

 キリトの義理の姉はデスゲーム化した仮想世界のゲームとは別のゲームをプレイしていたが、原因不明の何かをきっかけにデスゲームの世界へ迷い込んでしまったプレイヤーだった。その義理の姉は、デスゲームの世界と共通するデータ項目に関しては引き継いでいたのである。

 義理の姉は妖精郷を舞台にしたゲームをプレイし、そこで一流のプレイヤーとなっていた。その義理の姉がデスゲームに来た時、レベルは初期レベルでは無くある程度上がっている状態だった。

 自身もその状態なのではないか、とキリトは予想した。

 デスゲームの世界のレベルとステータスが引き継がれた結果、この世界でのステータス判定はデスゲーム世界でのものより大きく影響されているのでは、と。そうであれば特にレベルアップする行為をしていないのに以前より能力が高くなっている事にも説明が付くのである。逆に言えばそれでしか説明出来ないという事なのだが。

 理屈や真実はどうあれ事実として戦闘を可能とする要素となっているので、最終的にキリトは真実究明を横に置き、疑問を棚上げする事を良しとしていた。

 

「倒せはしたけど……過信は、気を付けないと……」

 

 以前よりも身体能力が更に上昇している事実に気が付いたキリトは、それでも気を抜かない事を己に課した。

 キリトは一度デスゲームの世界で死亡した――と思われる――身故に、慢心・過信で痛い目を見ている。しかも大切な人を護れなかった負い目があるせいでその心掛けは半ば責務、義務にまでなっていた。

 身体能力が上がったのならまだ無事な建物の屋上から屋上へ飛び移ったら速いかも、と一瞬考えたが、それを戒める為にも敢えて自分に言い聞かせるように独白していた。骸骨の剣士タイプは確認出来たが、弓矢を扱える者が居ないとも限らない。狙撃されては堪らないと自らに注意を促していた。

 よってキリトは骸骨剣士を倒した後、自分の身体能力がどれほど以前より向上したかを確認、敵影を探りつつ、安全な場所を求めて彷徨い始めた。

 

 ***

 

「――――何だ、あの坊主……」

 

 災禍に見舞われた街の中で起こった戦闘とも言えない光景を偶々目にし、その不可解さに疑問を洩らす。

 何が起きたか詳細は分からないが、とにかく『人が居なくなった』という事実だけを知っている身として生きている人間が居た事ですら驚きなのに、それが自身にとって雑魚とは言え常人では歯が立たない存在を一撃で屠ったのだ、疑問も覚える。

 

「アレを倒せるって事は、あの坊主は魔術師、なのか……?」

 

 少年が倒した骸骨という化生を初め、およそ人外に該当する存在は特定の力を持った存在にしかどうこうする事が出来ない。その特定の力を持った存在は《魔術師》と俗に呼ばれている。

 呼び方は正直どうでも良い話で、『特定の力』の方が重要となる。

 その『特定の力』とは、『魔力』と呼ばれるもの。基本肉眼では視れない力の源だ。

 骸骨は魔力によって構成されていたモノ。物質的なモノを一つとして含んでいないが故に、魔力を扱えない/知らない常人にはどうする事も出来ない。撃退するのに魔力が必要なのに常人に出来るのは物理的手段だけなのだからそれも当然の事。

 だから己が目にした光景と事実を考えれば、あの少年は魔力を使っていたという事になる。実際少年の体の中にはかなりの量の魔力があった。

 だが、不可解な点がある。

 

「何か魔術を使ったようには見えなかったが……」

 

 魔術にも色々と種類があるが、己が使う北欧のルーン魔術の他には、物質に魔力を通して構成する物質同士の結合を強める、あるいは肉体に施して身体能力を底上げする強化の魔術などもある。

 炎や風などを使わず物理的手段に頼ったのであれば、一番考えられる事は少年が手にしていた剣に強化の魔術が施されていたか、あるいは剣そのものが魔力を絶つものだったかの二つに一つ。

 だが、《森の賢者》としての己ですら、何か魔術を行使したと思しき様子は見られなかった。剣にもだ。

 かと言って、あの剣に魔力を絶つ力があったとも見えなかった。

 幾ら体内に膨大な魔力を内包していると言えど、それを体外へ放出しなければ、攻撃は純粋な物理攻撃でしかなくなる。それでは骸骨を倒せない。

 魔力や魔術を使った訳では無いのに骸骨を倒せた。

 その矛盾が不可解な点なのだ。

 

「こりゃどういう事だ……?」

 

 全知という訳では無いし、《森の賢者》として戦う事も数は少ないが、それでも経験自体は豊富な身だ。不可解に過ぎる矛盾を見てしまっては経験が多いからこそ疑問も募るというもの。

 猫の手も借りたい状況ではあるが、この矛盾が己に躊躇いを持たせていた。

 

「――――チッ。槍を使ってる身ならむしろ望んで突っ込んでいただろうによ。儘ならねぇモンだ、まったく」

 

 ただ強いヤツと戦いたくて参加したというのにとんでもない事になったものだと、現状を打破出来ない己の状態に忸怩たるものを覚えながら、火の手の薄い場所へ向けて進む少年を見送った。

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 実は文体の挑戦も含めて投稿したのだ……書き方の改善点があればドシドシ送って下されば嬉しいです。

 内容は……うん、お察しなので。

 そもそも第一部をクリアしないといけないというね……!



 ちなみに、本作のキリトについて。

 拙作《孤高の剣士》本編のSAOでは、HPが全損してもリアルでは死んでいない設定になっています。

 それから《孤高の剣士》の内容で、義姉(リーファ)と弟子(シノン)が外周部から落とされ、助ける為に己が身を犠牲にする文中にて語られている通りの話があります。

 本編では落下中に強制転移で《ホロウ・エリア》へ転移しますが、本作のキリトはそこから分岐した存在。何らかの理由/ご都合主義で、SAOの装備/能力を持ったまま並行世界へと流れた存在、という感じ。

 なので転生でも、憑依でもありませんが、念のために《転生》タグを付けています。

 また、文中で『別の仮想世界?』と考えているのは、落下中に拙作本編リーファが経験したような、別ゲームへの転移現象が起きたのかと考えているからです。

 ――――ほらね? もうご都合主義満載でしょう?(白目)

 熱が高じて書いた本作とそんな私に期待を掛けてはいけませんよ(迫真) 偉大な先人達とは違うのだから(戒め)



 そして、時間が出来て、且つ熱が再燃した時に書く感じなので、次の投稿が何時かは分かりません。拙作《孤高の剣士》を優先してますし、これから忙しくなりますし。熱がある今は多分ちょっと速いでしょうけど。

 なら浮気すんなよ、っていう指摘はやめて……分かってるから……(´;ω;`)

 感想の他、批評・批判・評価等、待ってます。

 では、次話にてお会いしましょう。



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序章:2 ~邂逅~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 ほらね、熱がある内は筆が乗るから速いんだ(白目)

 今話は約一万一千。視点も前話と同じ三人称、思考・感情は一人称的描写。

 ちなみに本作のFate/に於けるエネミーは、見た目通りの重量です。なので身体能力が半端ないと吹っ飛ばせるし、重量武器なら一撃で粉砕も可能。

 被弾について? 攻撃は、当たらなければ良かろうなのだァ!

 ではどうぞ。




 

 

 骸骨剣士を初めて倒して以降、キリトはチラホラと別の骸骨を見掛けるようになったと感じていた。先ほど倒したマチェーテを持つ剣士タイプの他に、木造の柄に鋭利な刃が付いた長槍や弓矢を装備しているタイプも居て、やはり建物の影を縫うように進む選択をして正解だったと思っていた。

 見た限り、スケルトンのタイプは剣、槍、弓矢の三種類程度だった。

 弓矢のリーチや索敵範囲には気を付けなければならないが、剣と槍タイプは幾度かの交戦を経て武器を投げる行為をされなかったため、接近にさえ注意を払えば強敵では無いとキリトは判断する。

 スケルトン達の行動は、浮遊城で幾度となく戦ったモンスターとしてのスケルトンとほぼ同じで、複数集まっても連繋を考えていない点を考えればやや劣るという印象だった。

 それでもキリトは一切油断や過信はせず、一体一体を初見で戦うかのように挑み、これらを撃破する。何せ一度慢心・過信で大切な人達の命を危ぶめ、自身の命も落としているのだ、慎重さに拍車は掛かるというものだった。

 自身は決して才能がある者では無い、むしろ誰よりも劣る非才の身であると、キリトは固く信じている。

 己の実態をよく見ない者達からはともかく、武道や勉学の師である義理の姉からも才能は無いと言われていたからだ。人を恐れ、信を置く事に忌避感を抱いているキリトは、しかし一度信用するととことん信じるという性質があった。信用している相手の言葉を疑う事無く信じるという子供特有の性質がまだ残っていたのだ。

 故にキリトは、どれだけ努力を積んでも満足はしない。まだ上がある、まだ足りないと、貪欲なまでに経験を積み、努力を重ね、更なる高みを求め続ける。

 結果的にそのお陰で戦闘に関しては生き残って来た。

 デスゲームで命を落とす切っ掛けになったのは、他者の為にその身を犠牲にする思想が、そしてキリトを疎ましく思い殺す算段を立てた者達が原因だった。

 護るべきと断じる他者が居なければ、キリトは命を落とさない強者だった。

 

「誰も居ない……?」

 

 しかしキリトは、幼さ故の精神から人を求め、自己犠牲の思想から他者に拠り所を求めるという性質があった。

 己の《安全地帯》となる拠点、食料と水の配分を考える必要が出るので好ましくは無い選択だと理解しているが、しかし思考は他者を考える。

 未知の場所、大災害の中心に居るのに他者の存在を考える事がその証左。

 しかしキリトの思考に反し、周囲の何処にも人影は無い。燃え盛る街であれば焼死体の一つも無ければおかしいが、それすら無いという時点で異常だった。

 

「……何か、居る……?」

 

 その異常性がキリトの警戒を更に引き上げ、身構えさせた。

 右手には愛用のエリュシデータが握られており、左手には“ともだち”である鍛冶師が鍛え上げた翡翠の片手直剣ダークリパルサーが握られている。

 ――――二刀流。

 それはデスゲームの世界に於いてシステム的にキリトにだけ認められたスタイルだった。隙は大きいが、キリトにはそれを殺すだけの突破力と回避力、攻撃力と速力があった。解禁してからの期間が短いながら、キリトは幾度も死闘を経験した。その強敵達も、二刀を以て幾度も打倒していた。

 デスゲーム世界特有の技は使えなかった。世界が違うから当然だろうとキリトは納得した。

 であるなら、今最も活躍するのは己の経験。

 戦闘に於いて、そして一対一、一対多という状況の経験であればキリトは一家言あると自負するシチュエーションだ。未知の存在への警戒と対処は全力で無ければ一気に押し切られる事も経験で理解している故に、キリトは己の持ち札の中でも最大の突破力を誇る二刀流を選択していた。

 その裏には、“ともだち”の剣を持つ事で自身を奮起するという、恐怖心故の理由もあった。

 恐怖を抱き、警戒心を最大限に引き上げたキリトは、しかし構えながらも進み続ける。立ち止まった方が格好の的であると、殺人快楽者達との死闘で経験しているが故に。

 

 

 

 ――――キャアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!

 

 

 

 そうして進んでいると、燃え盛る炎と微かな風の音だけが満ちていた街中にて、女性の声が響き渡った。

 その方向は丁度キリトが向かう進路。

 

「人か……ッ!」

 

 きっとスケルトン達に襲われたのだろうと即座に当たりを付けたキリトは、未だ慣れない大幅に上昇した身体能力を以て全力で駆け出した。周囲の景色がかなりの勢いで後ろへ流れて行き、風が長い黒髪やコートをたなびかせる。

 走り始めて十秒の後、角を曲がると同時にキリトは悲鳴を上げたと思しき人物の下に辿り着いた。

 女性は肩甲骨程まで伸ばした綺麗な銀髪を振り乱しながら走っていた。しかし服装はスーツに似たもので、走りにくいと思えるもの。厚底のブーツである事がまだ幸いしていると言えた。

 しかしキリトが女性の姿を認識すると同時、慌てて走っていたせいで女性は岩に躓き、転んでしまう。

 キリトの予想通り女性を追い掛けていた骸骨は、ここぞとばかりに走りながら剣を振り上げた。追い付いたと同時に斬り付けるつもりなのが見て分かる。

 

「いやっ、来ないでよッ! このッ!」

 

 女性と骸骨剣士の距離はまだ多少あるので今駆け出せば間に合うと判断し、キリトは駆け出そうと腰を落とすが、しかしそれは女性の行動で止められた。

 その女性は右手を手刀の形で突き出し、左手で腕を固定し、右手の先から野球ボール程度の赤黒い弾丸を放っていた。赤色の稲妻を纏ったその弾丸は最も近付いていた剣士タイプの骸骨へと向かい、直撃し、破裂する。

 

『――――ッ!』

「嘘でしょ……?!」

 

 しかし見た目ではかなり痛そうな弾丸を喰らった骸骨は、僅かに仰け反ったものの痛痒にも感じていないかのようにすぐさま歩みを再開する。

 女性はそれを見て赤黒い弾丸を連続射出するが、当たっても骸骨は怯むだけで、倒れる気配が微塵も無かった。

 更に悪い事に骸骨は一体だけでなく、合計七体は存在していた。剣士タイプ三体、槍タイプ二体、弓タイプ二体だ。

 そして弓矢持ちの二体が、遠方から銀髪の女性を狙っているのが見えた。加えて残りの剣、槍タイプの骸骨もあと数秒で追い付いてしまう。

 

「伏せてッ!」

 

 自分で殺すならいざ知らず、目の前で他人の手で人が殺される事は見るのは厭っているキリトは、駆け付けた目的を果たす為に一言そう言って駆け出した。

 女性が慌てたように振り返るが、キリトはその横を通り過ぎ、先頭を走る骸骨剣士目掛けて全力で二刀を右薙ぎに振るう。ただし斬るのではなく、刀身の腹で叩きつけるような形で。

 体格差で骨盤辺りに速度を全部乗せた二刀の腹を叩きつけられた骸骨剣士は、踏ん張る事も出来ず後方へ吹っ飛ばされた。吹っ飛んだ骸骨剣士は、まるでボウリングのピンを倒すボールの如く後続の骸骨達を吹っ飛ばす。

 

「せ、生存者……?!」

 

 一瞬で自身の横を通り過ぎ、加えて自分がどうやっても怯ませる事しか出来なかったスケルトンを一撃で吹っ飛ばした存在に、女性は驚愕し、そして現状が打破された事に歓喜を抱いた。

 ある事情で大火災の中心部へと赴いた女性は、キリトと邂逅するまで生存者を一人も見ていなかった。

 キリトと同じように死体すら無いその異常性に警戒心を抱いていた。

 そんな中でスケルトン達に見つかってしまい、もうダメだと思った時に、探し求めていた生存者を見付けた。驚きもするし、助かったのだから歓喜も抱く。

 

「――――って、こ、子供……?」

 

 ただ、その現状を打破した人物が、年端も行かない子供である事には困惑を抱かざるを得なかったが。

 

「全部倒すまで、そこを動かないで」

 

 キリトも、自身の幼さが困惑を抱かせている事には気付いていた。

 しかし敢えて言及はしなかった。言及しても年齢は仕方ない事であるし既に馴れた事だったから。そして今優先すべきは会話では無く、安全確保のための敵の殲滅であると判断していたからだ。

 それ故にキリトは真剣みと険しさを増した声音で、横目に振り返りながら女性に指示を出した。

 

「っ……!」

 

 その姿と指示に、女性は一瞬苛立ちを覚えた。まるで自身が見下されているように感じたから。

 しかし今正に助けてもらった手前、そしてまだ危機が去っていない以上、自身の生命線とも言える少年の気分を害するのは得策では無いと一瞬で結論を弾き出し、唇を噛んで押し黙る事を選択した。

 それでも『目は口程に物を言う』と言われるように、女性の眼つきは怒りの鋭さを見せており、キリトも苛立ちを覚えた事を察した。

 察して、敢えて無視し、視線を敵が転がる前方へと戻す。

 

『『――――ッ!』』

 

 戻した瞬間、約四十メートルの距離を開けていた弓矢持ちの骸骨が、番えて射た矢から指の骨を離した。

 物理法則に則って弦から弾かれ射出された矢は、凄まじい勢いでキリトを狙う。

 およそ二秒足らずで、矢はキリトの許へ辿り着き――――二つの斬閃により斬り払われた。

 キリトが二刀を以て斬り落としたのだ。避けなかったのは、軌道からして躱すと背後の女性に当たっていたからである。

 偶然か、あるいは意図しての事か。後者だとすれば思ったより厄介だと敵の脅威度を上方修正した。

 そうしている間に連続して吹っ飛ばされた骸骨達が起き上がり、キリトと女性を仕留めるべく駆け出し始めた。それに続くように弓の骸骨も二本目の矢を番え始める。

 

「――――やぁぁぁあああああッ!!!」

 

 その時、弓の骸骨の真横にあった瓦礫の陰から、気迫の籠った掛け声と共に飛び出した人物が居た。

 その人物は深みのある黒と薄紫のボディースーツ、急所を守る鎧を纏い、十字架の如き大盾を携えた女性だった。片目を隠す短めの桃色の髪にアメジスト色の瞳の女性は、乾坤一擲とばかりに大盾を振りかざすや否や、突進の勢いそのままに弓の骸骨を横殴りに吹っ飛ばす。

 打撃攻撃に弱い骸骨はその一撃で粉砕し、即座に青白い粒子へと散った。

 傍らにいたもう一体の弓の骸骨は即座に大盾を持った女性へと狙いを定め直すが、その僅かな隙に、女性は盾を眼前に翳しながら突進していた。

 矢の一撃は確かに侮れないが、しかしかなりの重量があると見て分かる大盾を突き破る程の貫通力や威力がある筈もなく、放たれた矢は当然の如く甲高い音と共に弾かれた。

 射撃手である骸骨は即座に振るわれた大盾の突きにより、先の焼き直しの如く粉砕し、消え去った。

 キリトは先頭を直走る骸骨を斬り倒し、各個撃破するつもりでいたが、一度その予定を変更して再度刀身の腹を、今度はエリュシデータのみ叩きつけて骸骨を吹っ飛ばし、また仕切り直した。

 僅かな間を得た隙にキリトは闖入者たる大盾の女性に鋭い視線を向ける。

 味方でなくても良いが、少なくとも敵か否かを見極める必要があった。骸骨を倒した事からそれらの仲間では無い事は理解したが、しかしだからと言って己と背後の女性を傷付けないとは限らないが故の警戒心だった。

 

「ま、マシュ……?!」

「所長! 先ほどの悲鳴はやはり所長だったんですね!」

 

 しかしその警戒心は、今現在己が護ろうとしている女性とのやり取りで、まず必要無いという結論へ即座に至った。短いやり取りではあったが、少なくともこの二人が親しい間柄である事が分かったのだ。

 それが分かったなら今は良いと判断し、キリトは大盾の女性から、互いの間に居る五体の骸骨達へと視線を移した。

 

「あの、貴方は一体……!」

「この人を護る為に来た! まずはスケルトンを一掃しよう、話はそれからだ!」

「ッ……マスター、どうしますか?!」

 

 キリトの返答に対し、一瞬の間を置いて大盾の女性は傍らまで走って来た黒髪の青年へと問い掛けた。

 青年は白いベストに黒い長ズボンを纏った動き易そうな服装だった。

 ただしそれは、大盾の女性やキリトのそれと異なり、戦う者の装いでは無い。大盾の女性の問い掛けから、恐らく指揮官のような立場なのだろうとキリトは当たりを付ける。

 

「彼に助力して、所長を助け出して!」

「――――了解です! マシュ・キリエライト、これより戦闘を開始します!」

 

 青年の判断は一瞬の迷いも無かった。日本人にしては珍しい事にサファイアのように澄み渡った蒼の瞳は、キリトを一切疑う事無く信じていた。

 少なくとも共闘を許される程度の信は得られたのだなと一定の安堵を覚えたキリトは、再度起き上がった骸骨達を斬り伏せるべく、《マシュ・キリエライト》と自らを称した女性と同時に駆け出した。

 

 *

 

 五体のスケルトンを屠るのに然程時間は要さなかった。

 《マシュ・キリエライト》という女性は重厚な大盾一撃で骸骨を粉砕出来るし、キリト自身も斬撃一発で倒せる為、各々が青年と女性を注意を配っても尚余裕があった。

 リザルトとしては、大盾の女性マシュが一体、キリトが四体。

 単純にキリトの近くに骸骨が寄っていたから多く倒せただけである。

 仮に大盾の女性とやり合えば、まず間違いなく自身は勝てないだろうと、キリトは先の戦闘から予想した。あの盾を破る事は、鉄壁とも呼ばれる知り合いの騎士の盾を破るより難しいと。

 しかし同時に、今はまだ負けもしないとキリトは感じていた。

 それは戦闘中の女性の行動の拙さにあった。能力は高いが、しかし技術に乏しい、あるいは力に振り回されている感がそう思わせる要因だった。恐らく戦闘経験も乏しいのだろうと予想出来る程に。

 能力の高さに振り回されているという点に於いては自身も同様だと、大盾の女性への批評と共にキリトは自身を再び戒めた。戦闘経験で勝っていると言っても勝てないのでは話にならないのだから。

 周囲に敵影が無いかを確認しながら、キリトはそう考えていた。

 

「――――ちょっと、そこのあなた」

 

 大盾の女性と、女性が《マスター》と呼称した青年二人との会話の間、何やら立て込んだ事情があると察したキリトが周囲の警戒をしていると、一通りの区切りが付いたようで銀髪の女性が声を掛けた。

 その傍らには青年と大盾の女性の姿もある。

 銀髪の女性の顔は訝しみ、苛立ちに満ちた険しい表情が浮かんでおり、残る二人の顔には困惑が浮かんでいた。

 

「話は終わった?」

「ええ、こちらの話は終わりました。なので次はあなたに話があります――――私はオルガマリ・アニムスフィア、人理保障機関フィニス・カルデアの所長を務めています」

「僕はカルデアの職員の藤丸立香。よろしく」

「局員のマシュ・キリエライトです。よろしくお願いします」

 

 オルガマリーと名乗った銀髪の女性が硬い声音で、立香という青年とマシュという女性が柔らかめに自己紹介をした。

 

「俺は……桐ヶ谷和人。キリトって呼んで欲しい。よろしく」

 

 一瞬、キリトは本名を名乗るべきか迷ったが、信用を得る為にも一度名乗っておくべきだろうと判断し、今の名を名乗った。

 続けた名前は、剣士としての意識を保つ為に名乗った。

 キリトにとって、《桐ヶ谷和人》とは平穏な時や家族が居る時にこそ呼んで欲しい名であり、危険な死地で呼ばれる時は《キリト》の方が良い。小さいが、しかし意識付けという事もあり、キリトはそれに拘りを持っていた。

 それを知る由も無いが、三人は曖昧に頷く。本人がそう呼んで欲しいと言っているし、呼ぶ事に不都合は無いので一応了承しようと考えたから。

 

「では、キリトと……それで質問しますが、この街で何があったのですか?」

 

 嘘や誤魔化しは許さないと鋭い目つきでオルガマリーが端的に問い掛ける。立香やマシュは、威圧したら答えにくいのではと心配した。

 心配そうな面持ちになった二人を見て何とも言えない心地を抱きながら、キリトは首を横に振る。

 

「生憎だけど、分からない。俺が気付いた時にはこうなっていたから」

「……そう、ですか」

 

 キリトの返答を、オルガマリーは一旦信用する事にした。

 オルガマリーはまだ所長としての経験は浅いが、それでも《時計塔》と呼ばれる場所で優秀な成績を収めた一門の者、対人交流の経験はそれなりに有していた。故に相手が嘘を吐いているか否かくらいは読める技術があった。

 その経験と技術から、キリトは嘘を吐いていないと読み取れた。

 ――――確かにキリトは嘘を吐いていなかったが、同時に真実も語っていなかった。

 そもそもキリトはこの街に基から居た訳では無い。目を覚ました時にはこの事態だったのだから言っている事は本当で、しかし自身の事に関する情報の開示は拒んでいた。

 己の事を知った途端殺しに掛かって来る者がザラに居たからこその、キリトの処世術だった。

 

「では他に生き残りは見ていませんか?」

「見てない。オルガマリーさん達が初めて」

「なるほど、私達と同じ状況なんですね……」

 

 マシュへの返答で、キリトもまた自分達と同じ状況である事が分かり、三人は僅かに落胆を抱く。ある程度予想はしていたが、それでもだった。

 

「……話が長くなるなら、せめて火の手が薄い場所に移動してからが良い。まだ拠点も水や食料調達の目途も立ってないし、此処だと視界が悪くて奇襲を受けやすい」

「え? え、ええ、そうね……」

 

 いやに現実的且つ馴れたような対応を見せるキリトに、オルガマリーは狼狽えると同時、気味の悪さを覚えた。自身の半分以上下の年齢であろう少年が自身より遥かに冷静なのは得体が知れないからだった。

 

「あの、あなたは、サーヴァントなんですか?」

 

 そこで疑問を呈したのは、マシュだった。

 マシュはキリトの幼さに反する冷静さから、サーヴァントという存在ではないかと予想したのである。

 サーヴァントとは、人類史に於いて名を残した英雄達の分霊。剣士、槍兵、弓兵、騎兵、魔術師、暗殺者、狂戦士の基本となる7つのクラスに各英雄達の分霊を当て嵌め、ランクダウンさせる事で現世へと降霊させた使い魔の事を指す。

 人間として考えればキリトの幼さに反する冷静さは異質だが、しかしかつて偉業を為した英雄達の記憶・記録を所持したサーヴァントであれば、その冷静さも当然だと判断したが故に、マシュは問いを投げた。

「……サーヴァント?」

 

 しかしキリトからすれば身に覚えの無い話故に、当然ながら首を傾げる事になる。

 その反応に、マシュの疑問からもしやと予想を持ったオルガマリー、立香の二人も、マシュも、首を傾げる事になる。

 

「え。あの、違うんですか?」

「そもそも定義を知らないから答えられないんだけど……」

「……違うのね」

 

 心底困った様に答える姿を見て、三人はサーヴァントでは無いという結論を出した。嘘を吐いている様子では無いので同じ人間なのだと。

 マシュだけは些か異なるのだが。

 

「サーヴァントについて訊きたいけど……ともかく、拠点を得ないと」

「あ、待って下さい。私達、ちょっとこの場所に用事がありまして」

「此処に……?」

 

 あまり長居していると戦闘時の物音を聞きつけたスケルトンが襲って来るとも限らないと思い移動を促すキリトを、マシュは制止した。

 その言葉にキリトはまた首を傾げ、次いで周囲を見渡す。どれだけ見ても炎が揺らめく建物や破壊された瓦礫の山しか無く、これといって有用そうなものは見当たらない。

 

「……分かった」

 

 それでもそこまで強い気迫と共に言うのなら何かするのだろうと判断し、マシュ達の用事を済ませるまで待つ事にした。

 周囲の警戒を始めたキリトに礼を言ったマシュは、オルガマリーが座り込んでいた辺りに大盾を設置する。

 すると青白い光が大盾から立ち上った。

 

「は……?」

 

 その光景を見て虚を突かれたキリトは唖然とする。

 まさか鈍器としてマシュが使っていた大盾が魔法の祭具にもなるだなんて思いもしなかったのだ。十字盾である事に何らかの意味はあるのかもとは思っていたが、よもやそんな使い道があるとは予想外だった。

 

『ああ、やっと繋がった! 霊脈に辿り着いたんだね! 立香君、マシュ、怪我は無いかい?!』

 

 更に驚く事が続いた。

 地面に設置されて青白い光を放つ大盾の真上に白衣を纏った男性が一人映るホロウィンドウが表示され、そこから聴こえて来る穏やかながら焦りも感じられる声音が放たれたのだ。

 これには科学技術も真っ青である。

 キリトはちょっぴり遠い目をした。段々と自分が立てていた予測が全くの見当違いなのではないかと思い始めたからである。

 

「はい、ドクター。私と先輩は勿論、所長も無事です。また現地での協力者も得られました」

『そうか、それは良か――――って、ええええええええええ?! 所長?! 生きていたんですか?! あの爆発のど真ん中に居たのに?! マジで?!』

「ちょっと、それはどういう意味ですか!」

 

 《ドクター》とマシュに呼ばれた男性は、オルガマリーの生存を知るや否や驚愕の絶叫を上げた。その男性の近くに居るらしい画面の向こうの人達のどよめきも聞こえて来た。

 その反応にオルガマリーは顔を真っ赤にして激怒する。

 まぁ、当然の反応かなぁと、キリトは両者に思った。爆発の中心に居たらしい女性は五体満足で生きているから驚くのも当然だし、勝手に死なれた扱いにされていたら感情的な人は怒りもするだろう。

 ちょっと苦手かなぁと、キリトはオルガマリーに対して苦手意識を芽生えさせていた。

 

「というかロマニ、医療部門トップのあなたが何故そこに居るの?! レフは?! レフはどうしたの!」

 

 白衣を着ている事や《ドクター》という呼称からキリトも察していたが、《ロマニ》という男性は医療部門のトップのようだった。素直に凄いと尊敬を抱く。

 その男性から、カルデアと呼ばれる組織の壊滅ぶりが伝えられ、オルガマリーは悲痛と焦燥も露わに指示を出していた。

 曰く、瀕死の47名のマスター達を死なせない為に、凍結保存をしろ、と。

 マシュによれば、本人の許可無しの凍結保存は何らかの違反事項らしい。それを無視して即座に決断を下した事に、オルガマリーの善良さと所長としての在り方をキリトは垣間見ていた。仮令それが『47人の命を背負いきれる訳が無いから』という理由だとしても、見捨てるよりよっぽど良いと。

 また、オルガマリーが言う《レフ》という男性も、爆発に巻き込まれ死亡しているだろうと伝えられた。ドクター・ロマニが連絡をしているのも、ドクターより上の階級の者達が軒並み死亡か意識不明の重体だかららしい。

 どうにか施設の電力や機材を回し、《イミショウシツ》とやらを避けるべく全力で対処しているのが現状。カルデア側からのサポートは幾らかの物資提供が精々という話だった。

 ちなみに、マシュの体が《デミ・サーヴァント》という話について、カルデア第六の実験についても話題に上っていたが、そもそもサーヴァントやカルデアについても無知なキリトでは理解が及ぶ筈もなく、早々に思考を諦めて警戒に意識を割いていたりした。

 

『これがカルデアの現状です。それで……あの、現地協力者というのは、そっちの黒尽くめの子で……?』

 

 オルガマリーに尋ねつつ、ドクター・ロマニは視線を画面端に映る二刀を携えた少年に向ける。

 その視線と話のメインが自身になったと察し、キリトもまた画面へと近寄った。

 

「ええ。名前は桐ヶ谷和人、キリトと呼んで欲しいと言っているのでそのように。見た目は幼いけど、付近をうろついていたスケルトン達をマシュと共に一掃した実力者よ」

『え。スケルトンを、エネミーを、ですか?』

「ええ、そうです……私のガンドでも怯ませる事しか出来なかったというのに、この少年は生身で、何の魔術も使わず、強化すら無く、二本の剣だけでエネミーを片付けたのよ!」

『うわっ?!』

 

 目の前で起きた事を語っている内に激情が再燃したのか大声を張り上げるオルガマリーの剣幕に、真っ向から受けたロマニは怯んだ。

 隣に立っていたキリトは僅かに顔を顰める。

 

『うーん、所長はマスター適正やレイシフト適正こそ無いけど、それ以外は一流の魔術師だ。その所長のガンドで怯むだけのエネミーを倒せるとなったら一流どころの魔術師じゃないけど……キリト君、だっけ? 君、何者なんだい?』

 

 ロマニの疑問は非常に正しく、また正鵠を射た想定だった。

 規範化されたランク付けがある訳では無いが、《魔術師》という存在にもそれなりの格というものが存在する。基本的に強い力や膨大な魔力を持つ血統の血が濃い程に先天的な素養とは強いものになりやすく、オルガマリーも血統では名門の出だ。魔力の質や量も良く、また本人が努力家である事が幸いし、多くの事を卒無く熟す天才である。

 魔力の量、質、魔力を練る力量、努力と才能が合わさったオルガマリーの《ガンド》――行動不能の呪いをぶつける魔術――は、物理的な威力すらも伴う魔術へと昇華されていた。大柄の人間ですら一撃喰らうだけで致命傷でなくとも暫くは動けない程のダメージを負う。

 その純粋な魔力、魔術の塊の一撃を受けても、スケルトン達は怯むだけだった。

 しかしオルガマリーの話が本当であれば、肉体的にも魔術師としても所長に劣る筈の少年は、一切魔術の行使、強化を行わず、自分の力量だけでそれらを排した事になる。

 スケルトンを初め、基本的に人外とされる存在は魔力で構成される存在のため、純粋な物理攻撃では一切ダメージを受けない。現代兵器では決して倒せない存在なのだ。物理攻撃で倒すには、使用武器に強化魔術を施す形で魔力を通す必要がある。

 つまりキリトが行った事は、魔術師達の常識に照らし合わせると道理に合わない事。

 伝聞の形で知ったのであれば虚言ではと疑いもするが、何しろ証言が自身の上司である上に状況からして嘘を吐く事はあり得ない。加えて所長の性格からして嘘は吐かない。だから事実として捉える。

 結果、ロマニはその疑問を持つ事になった。

 

「何者って、言われても……剣士キリト、としか……」

 

 だがキリトにとってそんな事を問われても困るだけだ。

 何しろ《サーヴァント》の定義も分からない現状で、また新たに《魔術師》という知らない単語が出て来て、それを知っている前提で語られても答えようが無い。反応に困るだけである。

 またキリト自身、今の自分がどういった存在なのか理解が及んでいないので、答えようも無かった。

 キリトにとって、《キリト》という存在は仮想世界に生きる剣士であり、あくまで仮の姿でしかない。剣士キリトというそれ以上でもそれ以下でも無い立場なのだ。

 故にサーヴァントだとか、魔術師だとか、何者だと問われても剣士と答えるだけが精一杯だった。

 ある程度冷静に状況を把握し、判断し、行動を選択出来ているが、実のところキリトの混乱は未だ続いているのである。今は何も分からないから棚上げしているだけで、その事について問われても混乱を酷くするだけだった。

 

「う、ぅ……」

『わぁっ、ごめん、待ってくれ、いきなり質問した事は謝るから頼むから泣かないでくれ!』

 

 混乱の極みにあると見て分かる程に表情を歪めた少年を見て、ロマニは慌てて謝罪する。

 その慌てように、オルガマリーが額を抑えながら嘆息を洩らした。

 

「ロマニ、貴方はもう少し順序というものを考えなさい。それでも医療部門のトップですか」

『うーん、所長にはあまり言われたくない気が……』

「何か言いましたか?」

『いえ何も無いですハイ!』

 

 ドクター・ロマニの欠点は些か以上に空気を読めないところ。真剣な時にもその緩い空気・雰囲気・言動が場を乱すので、そこに関してオルガマリーは苛立ちを覚える事も多い。

 ロマニもそれは自覚しているのだが、何分直そうにも直せない事だった。

 

「……質問がある」

『あ、何かなキリト君?! お兄さんが答えられる事なら答えちゃうぞぅ!』

「逃げましたね、ドクター」

『あははは、何の事かなマシュ?! ――――それで、質問って何だい?』

 

 割と必死な寸劇を見せた後、ロマニは真剣な面持ちで問いを投げた。

 

 

 

「――――此処は、現実なのか……?」

 

 

 

「「「『……え?』」」」

 

 今にも泣きそうな、苦し気な面持ちで放たれたその問いに、場の空気は凍り付いた。

 

 





 はい、如何だったでしょうか。

 本作キリトの身体能力は、拙作《孤高の剣士》のステータスを更にアップしてる状態なので、見た目に反して案外ある。

 サーヴァントのランクにしたらE+くらい?(+があるだけでも高い方)

 原作設定的にEランクでも常人以上だし、その基準だと作家系鯖ですらコンクリート砕けると思うから、骨だけのスケルトンを吹っ飛ばすくらいは軽く出来る筈。

 UBWのアーチャー(筋力D)も衛宮士郎の全体重を掛けたジャンプ斬りを抑え込んで空中に浮かしてたから、骨だけで尚更軽量なスケルトンなら吹っ飛ばすくらいEランクでもイケるイケる。

 本作ではイケるんだ!(断言)

 サーヴァントなら体術だけでエネミーは倒せるんだ!

 キリト? キリトは武器が無いと倒せません。

 ちなみにキリトの戦闘能力は、エネミーにはバリバリ神代の存在でなければ総合的に十分拮抗し、サーヴァントを相手にするならトップサーヴァントでない限り防戦だけなら10秒は持ち堪えられるレベル。FGOのレア度で言えば☆3以下は保つ。☆4以上は無理。

 つまり黒化英霊のアチャミヤ相手には勝てないんだ(嗤)

 加えてアーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカー枠には現状無条件敗北です。セイバーとか最優の英霊に勝てる筈も無し。ランサーも言わずもがな。ライダーも正直微妙。

 更にランク詐欺に等しい英霊達にも勝てない。敵になりはしないと思うがアーラシュや佐々木小次郎辺りは無理ダナ(白目)

 オルトリア? もっと無理だね。そもそも騎士王ってトップサーヴァントですし、おすし。

 つまり、全クラスに勝てないって事に……こうして考えると英霊ってやっぱ強い……(小並感)

 ――――つまり、目には目を、刃には刃を、英霊には英霊をという事ダナ!(だからこそのマスター枠)

 という訳で、次回はガチャる!(予定)

 ちなみに立香、キリト共に召喚枠は一騎。物資的に困窮してる状態だからね、仕方ないネ。

 開始最初に回すストーリーガチャ10連と初めてのフレポガチャ10連で出て来た鯖の中から選択するゾ(バサクレス、タマモキャット、ステンノ、清姫、キャスニキはストーリー的に今は除外)

 では、次話にてお会いしましょう。



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序章:3 ~召喚~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 日を跨いだけど24時間以内で三度目の投稿ダゼ!

 文字数は約一万四千。地味に増えていってるのはわざとではない。自分で自分に呆れた。

 本作の視点はもう基本三人称、思考・感情描写は一人称的視点で固定しようかなって。

 今話では私がFGOを始めて最初に回したストーリー&フレンドガチャで出て来た鯖を二騎登場ダゼ!(ただしかなり最後の方)

 あと本作のオルガマリーは原典より幾分か落ち着いてるけど、慌てようは健在ダヨ。

 ではどうぞ。




 

 

 ロマニを始め、オルガマリー達は、キリトが放った質問に対し疑問を覚えざるを得なかった。

 

 此処は、現実なのか。

 

 その問い掛けは、内容も不可解だったし、その言い回しも不自然だった。

 これは、と言っていたなら、まだ現実を認識していないのか、あるいはハッキリと現実を認識する為の問いなのかとも考えられた。

 しかしキリトが放った問いは『此処』という場所についてだった。

 まるで『自分は現実には居なかった』と、そう捉えられる内容だったのだ。

 

『――――キリト君、どういう意味の問いなのか、尋ねても良いかい?』

 

 意図も問うている内容についても分からない以上、下手に答えは出せないためロマニはまず情報を求めた。その内容から、目の前の現地協力者という少年が知りたい事に当たりを付けて、答えようと考えたのだ。

 ロマニは確かに時に空気を読めない言動を取る。

 しかし職務や役割はキチンとこなす大人であり、子供であろうキリトの疑問を解消してあげようと世話を焼く面を持ち合わせる、善良な人間だった。

 同じ轍を踏まないよう尋ねたロマニに、キリトは一瞬悩んだ。

 そもそも先ほどの問いは、『この世界は別の仮想世界なのだろう』という己の予測が誤っているのではないかと不安を抱き、焦燥に駆られ、真実を知りたがったが故の失言だった。オルガマリー達には己の情報を秘したというのにこれでは本末転倒である。

 だが先ほどの問いの内容を正確に伝え、求める答えを得るには、自らの身の上というものを語らなければならない。

 オルガマリーやロマニ達にとっては常に目の前に広がる全てが現実世界の出来事だ。

 キリトにとっては生きる世界が仮想世界と現実世界の二つあるが、通常そちらが異質なのである。ロマニ達の認識が普通なのだ。

 その認識の差異がある以上、キリトは己が求める正確な答えは得られないと理解していた。

 

「――――ぁ、ぅ……!」

 

 理解していたが、語ろうとすると上手く言葉を発せられず、音としても成立していない声ばかりが出るだけ。

 キリトは恐怖を抱いていた。

 顔を合わしたばかりの、まだ名前くらいしか知らない間柄で己の情報を伝える事の恐怖心があった。過去無数の人々に、名前は勿論顔すら初見の者からすら疎まれていたからこそ、キリトは恐怖心を抱いていた。

 そして、自身の予測が誤りである事を確定的にする事への恐怖があった。

 半ば確信めいたものを抱く程までに、キリトはオルガマリーやロマニ達の会話から、己が居る世界は現実で起きている事なのだと認識していた。すなわち最もあり得ない可能性――――ゲーム世界の装備/能力のまま現実世界に居るという状態を肯定し始めていたのだ。

 それは普通あり得ない事態である。ゲームの能力で現実に出るなどフィクションの話だ、現実に起こり得る筈がない。

 だからそんな事はあり得ないと、そう、キリトは信じていた。

 いや、最早信じたかったと、過去形になっている。それ程にキリトは現実的な思考を持っていた。

 ただそれを信じる事を、認める事を、恐れているだけなのだ。

 だがロマニとオルガマリーの沈痛、焦燥、怒り、嘆き、哀しみといった感情を見て、触れて、嫌でも現実での出来事なのだと認識させられる。

 仮想世界は全てプログラムで再現された世界だが、人の心や感情、記憶といったものは、現実世界でのそれと変わりない『本物』であると、キリトは考えていた。その価値観が幸い/災いして、キリトは真実をほぼほぼ掴んでいた。

 ただそれを認めたくなくて。

 でも認めざるを得なくて。

 その鬩ぎ合いが、キリトを上手く言葉を発せない状態へと陥れていた。

 ――――しかし、究極的にキリトは現実を見る思想の持主であるが故に、どういう結果になるかは定まっているも同然だった。

 キリトは目の前の出来事から目を背ける事を良しとはしない主義故に、恐れはしても、認めたくない事実でも、最終的にはそれら全てを受け止める選択を常に選んできた。それがキリトの生き方だった。

 それしか知らなかった。

 故に呼吸を整え、気を静めた後、キリトは己の身の上を明かす事にした。自身が生きた世界の事を、生まれた世界の事を。

 

『――――そんな、馬鹿な』

 

 桐ヶ谷和人/キリトという少年の素性を、成り立ちを、大災害の中心である街に居る経緯を知った一同で最初に口を開いたのは、ロマニだった。四人の中で最年長であり、更に情報的にも《観測者》という立場故に多く持っているからこそ最初に立て直す事が出来た。

 だからこそ誰よりも早く、キリトの存在の異常性へ理解が及んだ。

 及んでしまった。

 

『キリト君、君は今、2024年から来たと言ったね?』

「確かに、そう言ったけど」

『だとすればおかしいぞ、実に不可解だ……良いかいキリト君。《フィニス・カルデア》が在る、立香君や、マシュ、所長に僕が真の意味で生きる時代は、2016年なんだ』

「――――は?」

 

 厳かに、慌てさせないようにゆっくりとロマニは真実を口にした。

 年代の食い違いという、本来あり得べからざる事実を知ったキリトは、初っ端から思考が真っ白になる程の驚愕を覚えた。何しろ仮想世界の姿、性能のまま現実に来て混乱していたところに、今度は時代が違うという追い打ちが来たのだ、驚きで思考も止まるというものだった。

 ある程度の事は受け容れる冷静さを取り戻していたキリトも、これには混乱するしか無かった。

 それでもどうにかしようと、何とか事実を事実として認識し、思考の橋に寄せる事で思考を回し始める。

 だが現実は非情だった。

 

『そして今君や所長達が居る場所の年代は2004年だ』

「は……え、な……えっ?」

 

 続けて明かされる、ロマニが居る場所と己が居る場所の更なる年代の相違。

 キリトは今度こそ理解が追い付かなくなり、思考が止まった。

 表情を困惑に満ちさせたキリトは、虚空に浮かぶ男性の顔から視線を離し、立香やマシュ達に視線を向ける。本当かと言外に問う視線に、三人は不憫に思いながらも揃って首肯した。

 嘘だと、キリトは叫びたかった。

 しかし少なくとも現実の都市である事が分かる以上、ロマニ達の言を一方的に否定する事が出来なかった。そも、怪しさや理解の不能さで言えば、己の身の上や事の経緯の方も負けず劣らずの突飛さなのだ。それを一応信じてもらった以上、己もまた彼らの言葉を信じる事が道理だと思い、叫びを飲み下す。

 

『――――っと、所長、そろそろ通信の電力が一旦切れそうです。後の説明は任せても良いですか?』

 

 気を取り直し、今度はカルデアや異なる年代に来ている理由について問おうとしたところで、ロマニが映るホログラムからピピーッ、と無味乾燥な電子音が響いた。ロマニの発言から、通信に割ける分の電力が尽きそうな事が分かった。

 《イミショウシツ》というものを今現在無事な機器と人員を総動員して何とか避けているので、無駄な電力は使えない現状で、短時間の通信がやっとである事をキリトは悟った。

 故にキリトは無理矢理訊こうとはせず、数歩ホログラムから下がる事で、オルガマリーから説明を受ける事の意を示した。

 それを見てオルガマリーやロマニは感心した。先ほどの苦しみ様、悩む素振りからここで慌てて問いを投げるかと思っていたのだが、存外精神の立て直しが早かったためだ。

 そんな少年を視界の端に納めつつ、オルガマリーは医療部門トップの言葉に頷いた。

 

「分かりました。説明は私が後で纏めて行います、貴方は今出来る最善を尽くしなさい。この特異点は私、藤丸、マシュ、そしてキリトを探索メンバーとして何とかします」

『了解しました。通信は今後適宜行えますので、緊急事態の時は繋いで下さい。あと、物資支援として、英霊召喚の為の触媒を送りますね――――健闘を祈ります』

 

 ロマニがそう言ってから数秒と経たない内に、床に置かれ青白い光を発する大盾の上に幾つかの物体が出現した。それを契機とするようにロマニが映っていたホログラムが途切れる。物資を送るので丁度電力を使い切ったらしかった。

 大盾の上に現れた物資は、キラキラと七色に輝く石だった。五芒星よりも更に多く四方八方に角を見せるその石が大盾の上に合計で六つ存在していた。

 その石を見て、オルガマリーがほう、と感嘆の息を吐いた。どことなくマシュも希望を見た明るい面持ちになっていた。

 キリトと立香だけがその物資を何に使うか分かっていなかった。

 その拳大の石をオルガマリーが三個、マシュが三個手に取り、それぞれがキリトと立香に渡す。

 

「さて……キリトに私達の目的について話そうと思うのだけど、その前にこの物資を使って英霊召喚を行いましょう。キリトへの説明は召喚に応じてくれた英霊達への説明と同時に行います」

「「英霊、召喚……?」」

 

 石をキリトへ手渡しながらのオルガマリーの言葉に、男は二人揃って首を傾げた。カルデアに所属する立香も初めて聞く単語だった。

 そんな立香の様子を見て、オルガマリーは眉根を寄せる。

 

「ちょっと、キリトならともかく、あなたも英霊召喚を知らないの? まさかと思うけどサーヴァントについても知らないんじゃないでしょうね」

「あの、所長、先輩は一般家庭の出ですし、集会の直前にカルデアに到着したばかりだったので講習を受けていないんです……知らないのも、無理からぬ事かと」

「む……そういえば、そうだったわね。それなら仕方ないけど……はぁ、何でこんなへっぽこ魔術師がマシュのマスターなのよ……」

「えっと……す、すみません……」

「謝らないでよ。私が惨めになっちゃうじゃない」

「ええー……」

 

 オルガマリーのセリフに理不尽なものを覚えつつ、立香は半笑いを浮かべる。マシュはオルガマリーの対応を見慣れているので見守るに留め、キリトは苦手意識が芽生えている故に下手に口出ししないよう引っ込んでいた。

 一通り鬱憤を晴らしたらしいオルガマリーは、それから立香とキリトに、サーヴァントについて語り始めた。

 

「サーヴァントというのは魔術世界に於ける最上級の使い魔と思って良い。人類史に語られる様々な英雄、偉業、概念など、そういったものが召喚され、霊体として現世に降霊した存在なの。加えて実在していようと居なかろうと彼らが『地球で発生した情報』である事は同じだから、伝承や伝説に語られるだけでも彼らはサーヴァントとして召喚出来るわ。英霊召喚とは、この星に蓄えられた情報を、人類の利益となるカタチに変換する儀式の事だから」

「ふむ……じゃあギリシャ神話や北欧神話なんかも?」

 

 キリトにとって馴染みのある伝承・伝説と言えば、義理の姉の自室にあったギリシャや北欧の神話だった。特にギリシャ神話に於ける英雄ヘラクレスには神々に与えられた十二もの無理難題な試練を突破した話から、憧れそのものをキリトは抱いていた。

 もしかしたらヘラクレスを召喚出来るのかと機体を持ち、光の無い瞳が活力に満ちる程の姿に、さしものオルガマリーも苦笑を禁じ得ないまま首肯した。

 

「流石に神霊ともなると格が大き過ぎてスケールを小さくしても召喚は不可能だけど、神話に語られる英雄であれば理論上は可能な筈。分かりやすく言えば、ヘラクレスやアキレウスは召喚出来るけど、ゼウスやヘーラー、アポロンは不可能といった感じよ」

「……じゃあ、サーヴァントを使役するのが、マシュの言う《マスター》?」

 

 首を傾げながらキリトが尋ねれば、再びオルガマリーは首肯する。

 

「その認識で合ってるわ。過去の英霊を使い魔にした存在が《サーヴァント》であり、これと契約を交わし使役する者が《マスター》よ」

「ちなみにですが、サーヴァントには基本となる7つのクラスが存在し、それらは英霊の逸話・能力、適正の有無によって変化します。先ほど神霊の話で触れましたが、《サーヴァント》は謂わば英霊という本体のスケールダウンです、そうしないと人間の魔術師ではリソースとなる魔力が足りませんから。そのためその英霊が持つ一部の側面だけを固定化し、クラスとして当て嵌める――――それがサーヴァントであり、クラスというものです」

「クラスはそれぞれ《セイバー》、《ランサー》、《アーチャー》、《ライダー》、《キャスター》、《アサシン》、《バーサーカー》があり、どんな《英霊》であれ、必ず何れかのクラスになって顕現する。真名こそが英霊の伝承、弱点になるから、クラスはそのプロテクトという役割にもなるわ」

「「へぇ……」」

 

 オルガマリーとマシュによる説明の連続に、初めて知る事ばかりな男二人は最早生返事しか返せなくなっていた。理解が速い方のキリトですら追い付かなくなっている時点で未知な事の概念が多く、また理解に困難さがあるという事である。

 二人からすれば、サーヴァントや魔術師という単語に漸く理解を持ったのに、今度はそこに新たに《魔力》という単語が出て来たのだからまたチンプンカンプンになり始める。

 加えて、キリトにはまだ理解していない事があった。

 

「じゃあ、マシュの《デミ・サーヴァント》というのは、どういう存在なんだ?」

「「――――」」

 

 キリトからすれば、それは単純な疑問でしか無かった。

 話を聞いた限り、《サーヴァント》とは霊体であり、決して物質的な存在では無い。しかし字面から読み取ると何れかの英霊の《サーヴァント》が、マシュと融合しているように受け取れる。

 その事実はオルガマリーとロマンのやり取りで把握出来たが、しかし所長の方の反応が酷く気掛かりだった。まるで、あり得ないとでも言いたそうな、そんな反応を再開直後に見せていたのである。

 その時は理解が追い付かなかったので流していたが、《サーヴァント》について理解を得た今なら分かるだろうと、そう思ってその質問を投げただけだった。

 だが予想に反し、打てば響くような明朗な説明を二人はしなかった。オルガマリーはばつが悪そうに顔を背け、マシュはそんな彼女を見て静かに目を伏せるだけ。

 これは訊いてはマズい事だったかと、キリトでも察した。

 

「……その、話したくなかったら、別に無理はしなくていいから……」

「――――いえ、概要だけでも知っておいた方が良いでしょう」

 

 キリトの気遣いを、しかしオルガマリーは両断した。どこか確固たる決意を秘めているような面持ちでマシュの状態について語り始める。

 それは半ば、マシュの契約者である藤丸立香へ、己のサーヴァントへの理解を持ってもらう指導のようにも見えた。

 《デミ・サーヴァント》。

 それは生身の人間に、霊体である英霊の技術、知識、経験などを融合という過程を経る事で引き継ぐ、謂わば人工英霊の結晶と言える存在の呼称。

 特異点と呼ばれるこの街へ来る前に大怪我を負ったが、そんな彼女を救う為に一人の英霊が、核である霊基や能力などを全てマシュへと引き継がせ、生き永らえさせた結果《デミ・サーヴァント》へと覚醒したのだという。謂わばほぼ偶然の産物だった訳だ。

 そんなマシュのクラスは《シールダー》。盾を武装とする守備に特化したサーヴァントであり、護りに関してはピカ一だという。

 ちなみに、通常であれば《サーヴァント》はマスターから魔力というエネルギーを供給してもらわなければ、現界を維持出来ない。契約はエネルギーを受け渡しする回路を繋ぐためのものだ。マシュもその為に契約を交わし、立香から魔力を提供してもらい、戦闘を円滑に進めるようにしているという。

 だがマシュは生ける英霊であり、魔力を生産する生身も有しているため、通常の英霊との契約状態に較べマスターへの負担は小さいらしかった。更にカルデアの電力によるバックアップで更に負担を軽減しているので複数のサーヴァントを一気に使役出来るという。

 その為に、ロマニは英霊召喚の為の石を送って来たのだという。

 

「ロマニは雰囲気が緩いし、空気を読まない緩さが目立ちますが、あれで仕事には真摯な人間です。こちらの事情も理解してこれらを送って来たのでしょう」

「こちらの事情……?」

「……端的に言えば、役職や家の問題を少しでも和らげるために、今回の探索で成果を上げられるよう援護してくれたのよ。さっき凍結保存を指示した47人でここに来て調査する筈だったけど、カルデアを壊滅に追いやる爆発のせいで死傷者が大量に続出している。次のチームを組もうにも資金繰りやその他諸々で到底一ヶ月で終わる話では無いわ。カルデアも一枚岩では無いからその間に各方面から非難は轟々、最悪カルデアはアニムスフィア家の管理から取り上げられる。それを抑え込むための手柄を立てられるよう気を回してくれたのよ……まったく、ロマニのクセに生意気なんだから」

 

 カルデアの者が特異点と呼称する街へ調査に赴く理由はまだ語っていないので、それでも分かる範囲でオルガマリーは説明した。

 浮遊城にて様々な組織の折衝や関係維持を図って来た身であるキリトは、そんな彼女の姿に同情を抱いた。自分はまだゲームだった上に敵を倒すだけで良かったが、オルガマリーの場合は相手を納得させ、説き伏せる手段を講じにくい中でそれを為さなければならなかったのだ。自分が経験した苦難以上の事が多い役職にある事を素直に凄いと思った。

 そして、そんな彼女を陰ながら気遣う存在が居る事に、かつて自身を案じてくれていた人々を思い出し、また何とも言えない心地をキリトは覚える。ホームシックとは言えないが、もう二度と会えないのではないかという想像が沸き立ち、胸がざわめいていた。

 

 *

 

「では、これから英霊召喚を始めます」

 

 説明が一段落付いたため手早く召喚をする事になり、オルガマリー達は大盾の周囲に集まった。七色の石はキリトと立香が三個ずつ持っている。

 英霊召喚をするにあたって必要な触媒は、《聖晶石》と呼ばれる魔力の塊に等しい七色の石だ。一度召喚するのに必要な個数は三つである。

 当初はカルデアが正式に認めたマスターである立香が二騎召喚し、契約を結ぶ計画だった。

 だがそれをするにあたって、立香の魔力量の少なさ、カルデアのバックアップの程度が少ない事が災いし、一騎しか使役出来ない事が分かった。マシュが基本自力で魔力を生産し、消費するというサイクルを築いているが、戦闘時は僅かに魔力を持って行くので、それを考えると長期戦を考慮して一騎が妥当であるとなったのだ。

 となれば、残る一騎分は、カルデアが設備を修復してからであっても遅くはない話になる。

 しかしオルガマリーはその貴重な一騎分を、キリトに費やす事を決断した。

 オルガマリーはサーヴァントを使役する適正こそ持たないが、しかし魔術師としては一流の中でも上位に位置する者である。素養があり、且つ努力を怠らなかったオルガマリーの目は、立香の何倍もの魔力量をキリトが内包している事を見抜いていた。

 故にこの街での戦いの間、カルデアのバックアップは通信や《イミショウシツ》を回避する為の観測に必要な電力を除いた分をほぼ全て藤丸立香のサーヴァントの戦力に要する魔力補給へ回し、キリトは召喚の際にバックアップを受けるだけで、平時の現界維持から戦闘に至るまでの魔力供給を自力で行う事になった。

 つまり契約形式は両者同じであるが、カルデアのバックアップの有無が変わるという事である。

 

「基本的にカルデア式の英霊召喚は召喚者の呼び掛けに《英霊》が応える形で果たされるので、召喚早々殺される事はあまり無いと思って良いわ……理性が無い《バーサーカー》や、各英霊達の逆鱗を踏み抜かなければ、だけど」

「所長、いざ召喚する前になって不安を煽るような事は言わないで下さいよ……」

 

 半ば脅すような運試しとも言える事実を突き付ける女性に、立香が何とも言えない微妙な面持ちで抗議する。

 オルガマリーとしても意地悪で言った訳では無く、中にはそういった事態になり得るのだと教える意味も込めての言葉だった。

 

「そのための《令呪》です」

 

 《令呪》とは、サーヴァントと契約した際に現れる聖痕の事で、立香とキリトの両者はそれぞれ右手の甲に現れている。紅の紋様のそれは全部で三画分存在し、三回分、マスターである二人は己が契約したサーヴァント達へ絶対命令権というものを行使出来た。

 それは《サーヴァント》によって殺される事を防ぐ自衛手段であり、敵との戦いの際に援護する力を与える手段でもある代物。

 カルデア式の《令呪》は参考元となったものと異なり、一日一画分回復していく反面、その効力は幾らか減衰しているという。自害の命令は可能だが、しかし遠方に居る《サーヴァント》を目の前に呼び戻すといった魔法の域に等しい現象までは起こせなくなっている。可能なのは《令呪》という形に集約された魔力をサーヴァントへ与え傷を癒す、魔力を充填させ大技を放たせたり威力を増幅する、一時的に身体能力を強化する、そして自害させる程度である。

 《バーサーカー》を引いた場合、理性を喪っている状態だと視界に映る存在全てをマスターであろうと殺しかねないため、基本は自害が安定。加えて現界や戦闘に必要な魔力量も莫大なので燃費が悪く、現状に於いて非常に引きたくないクラスなのである。

 元々《バーサーカー》は、伝承的にそこまで強くはない英霊の強さを押し上げるべく、理性を犠牲に狂化というスキルを以てステータスを上げたクラスの事を言う。

 理性が無いという事は、すなわち生前あった技術も喪われているという事。

 オルガマリー達にとって《バーサーカー》の存在は厄介だが、キリトの個人的な事情でも技術が喪われているというのは嬉しくなかった。

 キリトは他者の技術を見て学び、己を成長させる事で、最も己を鍛えられる。自分だけで鍛えるのにも限界があり、その限界を突破する為の起爆剤が『他者の成長を見る事』なのである。

 英霊とは完成した存在なので成長では無いが、しかしそれでも戦い方は参考になる。それが己の成長に繋がると確信を抱いているからこそ、そういう事情でキリトも《バーサーカー》は召喚したくないと思っていた。

 ――――そんな思考をしている時点でキリトはカルデアに行く気満々になっている。

 オルガマリーも半ば自然な流れでキリトをカルデアに招くつもりでいた。それは戦力的な意味が大きいのだが、特異点という異常な場所という事情にも関わっていた。

 カルデアがタイムスリップ同然の事をしている理由は、未来に於いて人類の生存を確認出来なくなったから。その理由が未来に無い以上は過去にあると判断し、過去の異常を見て、それを特定した。その異常な場所がキリト達が今いる特異点と呼ばれる場所なのである。

 カルデアが呼ぶ《特異点》は、謂わば人類史というドレスに付いた『染み』。そこに存在するだけで価値を損なわせてしまう害悪。

 凍結保存された47名とマシュ、藤丸立香は、その染みを取り除く為に編成されたチームだった。染みこそが未来を喪わせているのだから、これを修正する事で未来を取り戻すのだ。

 ――――だが、特異点の異常を取り除き、歴史を修正すれば、その場所は『無かった事』になる。

 歴史に無かった場所が特異点なのだから、歴史の前後の辻褄が合えば、人類史から弾き出されていた特異点は消失する。

 つまりキリトがカルデアに行かなければ、半自動的に消滅するのだ。

 オルガマリーは様々な事情から辛辣な印象を人に与えるし、時に口は悪く、当たりも強い事がある。しかし決して悪人では無い。追い詰められているが故にきつくなっているだけで、根は善良な人間なのだ。そうでなければ人理保障の職務に忠実にあろうとはしない。

 そんな善良な人間としての心が、キリトを特異点に残し消滅させる事を拒んでいた。

 仮にキリトが特異点に元から存在する地元民であったなら、消滅は自然な事故にそうは思わなかった。心苦しくは思うが、しかし消滅、すなわち『自分達は会わなかった』という歴史こそが正しいのだと己を納得させられた。

 だがキリトの事情を知り、地元民では無く世界を超えた流浪の人間であると知ったからこそ、保護しようと考えた。

 貴重な戦力として確保したいという思惑の他に、ただ只管に善良な思考でカルデアに招こうという思惑があった。

 ――――そうオルガマリーは自身に理論武装をぶつけ、納得させた。

 真相は逆。カルデアに招く際に『戦力になるから』と周囲を納得させられるだろう理由を持たせておこうと考えたからこその行動である。

 良くも悪くも、オルガマリーは決して悪人にはなり切れない人間なのだった。

 

「じゃあ最初は立香、あなたからよ。年上としての威厳を見せてやりなさい」

 

 そんな女性の指示により、先に召喚するのは立香に決まった。

 魔術師として新米どころでは済まない初心者なのに威厳も何も無いのではと思いつつ、それでもやはり見栄を張りたくて、立香は所長の指示通りに三角形を描くように石を並べていく。

 頂点にそれぞれ並べ終わった後、ロマニが英霊召喚システム・フェイトを起動した。

 七色の石が魔力へと還元され、物質としての形を喪い、空気へ解ける。その七色の光が盾の上で円を描き始め、三つの光輪と共に眩い極光が放たれた。

 青白い光が収まった後、大盾の近くには先ほどまでは無かった人影があった。

 その人影は腰ほどに届く青みがかった髪を一つに括った侍だった。顔の造形は日本人のそれで、背丈は立香よりも遥かに高く、されど背に吊る長刀は長身の侍よりも更に長い。臙脂色の着物の上から雅な陣羽織に羽織る侍は、細身に見えるが意外に肩幅は広くも映る不思議な立ち姿をしている。

 その侍が己の眼前に居る人間四人を認めると、にやりと口角を釣り上げた。

 

「――――《アサシン》のサーヴァント、佐々木小次郎。此処に参上仕った。して、マスターは誰かな?」

 

 軽薄そうな笑みを浮かべながら青年はそう名乗りを上げた。

 佐々木小次郎。

 それは日本有数の剣豪《宮本武蔵》の好敵手として語られる剣士の名であり、若くして巌流を極め、向かうところ敵なしとされる程の天才剣士だったという。

 幼いキリトですら知っている名前故に、英霊への知識を深める為に勉強をしていたオルガマリーとマシュは勿論、日本人である立香もその名を知っていた。

 知っていたからこそ、首を傾げる事になる。

 

「ふむ、その表情から察するに私の名前とクラスについて疑念を覚えたようだな?」

 

 侍の側としても、その疑念は抱かれて当然だった。彼の剣豪の好敵手として知られる剣客が暗殺者のクラスで現界するのはおかしいと理解していたのだ。

 

「あ……えっと、すみません。有名な剣客の名前なのに、セイバーじゃないんだなって思って……」

「こ、こら立香?! あなた何て事を……!」

 

 それを察した侍の促しに素直に肯定する立香。

 オルガマリーは早速やらかした立香を焦りと共に叱り付ける。英霊にとって己の名や格とは誇りそのものと言ってもよく、それを貶めるような発言とそれの肯定は、謂わば禁句。地雷原や逆鱗と言って良い程のタブーなのだ。

 先ほど注意したというのにこの男は! とオルガマリーは内心で憤慨と英霊を怒らせる事に対し涙目になっていた。

 ――――しかし、オルガマリーと立香が幸いしたのは、そんな事に侍が拘らない点だった。

 

「ははっ、いや、別に構わんよ。今し方《佐々木小次郎》と名乗りはしたが、私自身は名も無いまま死んだ無名の剣客故、そも名乗りなど出来はしない。ただ『伝承にある剣技を使える』という共通点から《佐々木小次郎》という皮を被せられた亡霊に過ぎんのでな」

「……えっと、つまりあなたは便宜上《佐々木小次郎》の役目を担ってはいますが、中身の人物、生前は無名の人間だったと?」

「応とも、盾の少女よ。私は畑仕事の傍ら、暇潰しとして日がな一日棒振りしていただけに過ぎんつまらん男だ。私の事は一振りの刀と思ってくれれば構わんさ……して、マスターは誰かな。先ほどから目を輝かせているそちらの少年かな?」

「「「え?」」」

 

 マスターが誰か確認をする侍は、微苦笑を禁じ得ないとばかりの面持ちで予想を口にした。

 そう言えば静かだなと思いながら三人がキリトへ目を向ければ、当の少年は光の無い黒い瞳をしていながら目一杯期待を膨らませるという器用な面持ちで小次郎と名乗った侍を見詰めていた。

 これには小次郎含め四人は揃って微笑ましく思った。

 オルガマリー達は英霊への憧憬や尊敬故の期待だと考え、小次郎は未だ磨き切られていない原石たる少年の気概を好ましく感じたが故に。

 キリトはデスゲームの世界で生き抜く為に己を磨いていたが、ゲームに興じるよりも前に義理の姉から武道を教わっていた身でもある為、武道に通ずるものへの興味関心は人一倍強い方だった。

 それ故に、キリトは非常に佐々木小次郎に――――伝承と同じ剣を使えるから、という理由で召喚された侍に、強い憧れと尊敬を抱いた。

 英雄と呼ばれる者達は大半が波乱な人生を歩み、その果てに偉業を成し遂げ、人々に知れ渡る。

 しかし目の前にいる侍は人に知られる事無く、名無しのまま死んだという。それなのに英霊へと至る剣技を身に着けたのだ。キリトにとって目の前にいる侍の境地はある種己が目指すべき到達点の一つとして映っていた。

 純粋な技術と努力だけで英雄へと踏み入れる事も可能という事実こそが、キリトに強い関心を抱かせ、同時にその困難さの一端を知っているが故に尊敬の念を抱いていた。

 天才だから、才能が有ったから、という理由でキリトは諦めない。キリトにとって才能とは成長速度や経験値倍率の事で、才能が無くても成長は出来ると固く信じているのだ。そうでなければやってられない部分もあった。

 努力だけでも最強に届くかもしれないという可能性を見た事が、キリトの感情を呼び起こしていた。

 

「いえ、小次郎さん。あなたのマスターはこちらの先輩です」

「あ、えっと、初めまして、藤丸立香です。よろしくお願いします」

「ふむ、そちらがマスターだったか。ではこれからよろしく頼むとしようか」

 

 マシュの訂正もあって立香―小次郎主従の関係は無事に成立した。

 小次郎は比較的近代の生まれなので他の英雄達に較べて膂力は高くないが、反面生涯を剣に捧げる程の巧さがある。小次郎の武器は己の剣技のため、そこまで魔力を消費しない事が判明した。

 そのためある程度であればキリトにも魔力を回せる事がロマニの通信で分かり、オルガマリー達は思わぬ朗報に歓喜した。

 その一幕の後、続けてキリトが大盾の周囲に石を配置する。それからカルデア側がシステム・フェイトを起動し、召喚を開始した。先ほどと同じ現象が満ち、ほぼ一瞬にして眩い光が放たれ、そして消える。

 

 光から現れた人影は宙に浮いていた。

 紫紺色の薄手のクロークを纏い、黒いフードとマントを纏った女性は、フードから覗かせる蒼い口紅を塗った唇を喜悦に歪めていた。

 

「――――あら、随分と可愛いマスターなのね?」

 

 妙齢の女性と分かる妖艶な声音で、眼下で己を見上げる黒尽くめの幼子を見て言う。

 魔女の一言が思い浮かぶその様を見て、クラスが《キャスター》である事は名乗りを聞かずとも察せた。続けて名前は何だろうと各々は考える。

 キリトは自らが召喚した《サーヴァント》がどんな力を持ち、どんな戦い方を可能としているかを思考していた。

 そして残る立香のサーヴァント、小次郎は――――

 

「何だ、誰かと思えば女狐ではないか。何時ぞやは世話になったな」

「「「「へ?」」」」

 

 淡々とした口調で、しかしからかうような面持ちで宙に浮いてキリトを見て笑む女性を《女狐》と称した。

 小次郎が生きる時代には魔女なんて存在は概念自体無い筈であるが、しかし旧知の仲であるような物言いに四人の思考が一時停止すると共に、罵倒に近い呼称で呼ばれた女性が小次郎へ視線を向ける。

 その姿からは、どこか少女に近い不満というものをキリトにも感じられていた。

 

「あら、誰かと思えばアサシンじゃない。あなたも召喚されていたのね」

「応さ。何時ぞやの夜とは違いしっかりと正規のマスターと契約しての現界よ。此度は十分に私の剣を振るえるというもの、いやはや、何時ぞやとは違い胸が躍るというものよ」

「あらあらご挨拶ね」

 

 ニヤニヤと笑みながら小次郎が皮肉を口にすれば、《キャスター》はクスクスと口元に手を当てて艶然と笑声を上げる。

 そのやり取りを、オルガマリーは生きた心地がしない状態で見守っていた。つい先ほど小次郎の竹を割ったような性格で窮地を脱したというのに、今度はキリトが召喚したサーヴァントとの間で問題が起きそうな予感がしているのだ。オルガマリーは非常に胃が痛い思いをしていた。

 そんな人間が居る事も知らず互いを挑発し合っていた侍と魔女は、しかしどちらからともなく視線を切り、会話を打ち切った。

 

「それで、坊やがマスターで良いのよね?」

「あ、うん……桐ヶ谷和人。キリトって呼んで欲しい。よろしく」

「ええ、よろしく、キリト。私は見て分かる通り《キャスター》、真名はメディアよ。神代随一の魔術師の腕で貴方をしっかり支援してあげる」

「なぁ……ッ?!」

 

 魔女の名乗りを聞いて、現代の魔術世界の知識がこの場で最も深いオルガマリーは喘ぎを洩らした。

 メディア。

 それはギリシャ神話に語られる【裏切りの魔女】で知られる女性。アルゴナイタイのリーダーに惚れる呪いが掛かっている間様々な悪逆非道な真似をしてでも振り向かせようとしたが、最後にはその男に裏切られ、捨てられ、一生を終えたという悲劇の女性。肉親を己が手で殺し続けたが故に【裏切りの魔女】で知られる事になった英雄だ。

 そんな女性は、本人が口にした通り確かに神代で随一と言える魔術師と言えた。何しろヘカテー直々に魔術を教わったというのだ。現代の魔術師では発音できない神代言語の魔術を扱うとなればその威力・効果は桁違いとなる。

 極論メディアの魔術による支援があれば小次郎の膂力を強化して大英雄に匹敵させる事も不可能では無い程に、メディアという英雄の魔術は他を隔絶しているとされている。

 実際のところ、史実として本当なのかは不明だ。

 だが多くの魔術師が『メディアの魔術はそういうものだ』と認識している以上、キリトによって召喚されたメディアは事実としてその魔術を使える事になっている。

 それを考えれば小次郎の直接戦闘力、メディアの神代魔術による支援・援護、攻撃に防御魔術、そしてマシュの物理的な護りが揃っているので、バランスが良いと言えた。

 加えて基本無力と言えるマスターだが、キリトに関してはエネミーであれば拮抗以上の戦闘を可能とする。こちらもメディアの援護を加味すればそれ以上の戦果を叩き出せるだろう。強化の魔術を施せば今後通用しない可能性があるエネミーの打倒すら不可能では無いかもしれない。

 どちらが召喚したサーヴァントも現状に於いて最高級と思えたオルガマリーは、心の中で全力でガッツポーズを取り、気分を上向きにしたのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 立香鯖は佐々木小次郎、キリト鯖はメディアになりました。

 正直槍ニキ、ロビン・フッドの選択もあったんですが、よくよく考えたらキャスニキと縁を結んでから槍ニキの方が良いし、ロビンは第五特異点で縁を結んでからの方が良い気がしたので、没に。

 なので土地繋がり且つ(メディア・リリィは別として)ストーリーに絡まない鯖を選びました。

 また小次郎はキリトの技術的な部分の成長の起爆剤に、メディアは戦闘可能な範囲を広げるバフ役として選出した理由もあったりする。メディアって凄く便利キャラだと思うんだ……(メディえもん並み感)

 特異点Fクリア後なら青王や黒王も出せたんでしょうがね……自分、アルトリア顔は黒王しか居ないので、青王は出せませんが。

 原点でもそろそろ青王の出番を出してあげてもいいと思うのは私だけ? あとそろそろ強化してあげても良いと思うんだ、Fate/の顔なんだし。

 ……そういえば、メディアとキャスニキだとどっちが勝つんだろうか。時代的にどっちがより昔だっけか……?

 まぁ、本作だと多分メディアは支援、キャスニキは攻撃という感じの役割になるでしょうが。

 尚、キャスニキとメディアが味方鯖として揃うと、キリトの一時的強化バフがモリモリになったりする。あらすじ通りエネミーを倒せる暴挙の成立ですね(白目)

 では、次話にてお会いしましょう。



 ――――ちなみにこれまでの三話、一度もマテリアルを見返さずに書いてたりする。



 おかしい点が在ったら指摘下さいね!


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序章:4 ~弓兵~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 一万文字ペースの投稿を(増えすぎないかという意味で)維持出来るかなと、おかしい意味でドキドキしながら四話目執筆。

 文字数は約一万三千。場面はほぼ進んでないゾ。

 そして、本作の特異点Fにあたって、注意点をば。

 原典FGOだと、剣オルトリア、弓エミヤ、槍弁慶(?)、騎メデューサ、魔クー・フーリン、殺呪腕ハサン、狂バサクレスというキャストです。

 本作では弓と殺が変更されています。

 なので今話に出て来る特異点F《アーチャー》は、エミヤでは無い(そもキャスニキにまだ会ってないから大空洞では無い) 一応エミヤは出るけどね?(殺宮は殺宮でも義父では無いヨ、殺版アチャミヤダヨ)

 ちなみに《アーチャー》枠のキャラ、原典FGOには居ないです。

 ――――でも、とある同人には出てるんだ。

 元々紅茶やステイナイトキャラが好きな自分(原作は未クリアだ)は、そのキャラを見てFate/二次小説の火が熾り、そしてジャンヌ・オルタ&新宿衣装ゲットで燃え上がったのだ。投稿切っ掛けはあらすじの通りジャンヌ・オルタだが、熾火そのものはそのキャラだ。大人気なのも頷けるね。

 扱い切れるかは分からない。大人気で惹き込まれるキャラだからこそ、きっと批判や批評も来ると思う。

 でも私は精一杯頑張って描写したいと思います。だって『出したい』って思えたキャラだから。

 今話を読めば、誰かは分かる人には分かる。

 読んで分からなかった人は――――『アチャ子』でレッツ検索!(ほぼ答えである)

 ちなみに後書きに、ネットで調べて分かって本作に採用している真名以外のマテリアルを掲載しています。

 ではどうぞ。




 

 

 藤丸立香が《アサシン》佐々木小次郎を、桐ヶ谷和人/キリトが《キャスター》メディアを召喚した後、オルガマリーは拠点に出来そうな場所を捜し歩く道中で召喚したサーヴァント二騎とキリトに自分達の目的について語った。

 人理保障機関カルデア。

 それは文字通り、人々が紡ぐ歴史の航海図《人理》を保障する為に存在する機関。過去の歴史の編纂を観測し、今より約100年先の未来の生命の灯を観測する事で、これ以降も人類は存続すると確定付ける事を責務とした組織だ。

 通常であれば観測し続けるに留まる組織カルデアが時代を遡っているのは、未来の人理が保障されなくなるという異常事態が発生し、その原因を取り除くために動いたからである。

 一つの時空/一人の主観に於いて、『歴史』とは前にも後にも必ず地続きでなければならない。過去にあった事を切っ掛けに未来が定まるのだから当然だ。

 所長のオルガマリー、局員の立香とマシュが赴いた燃え盛る日本の地方都市は、正に『歴史の整合性の無い時代』すなわち特異点として、2016年以降の人理を崩してしまっていた。彼女達が時を超えるという神の一手に等しい所業に手を出したのも人理を取り戻す為なのだ。

 その一大事業は失敗を許されない。何せ全人類の未来が掛かっている案件だ、所長のオルガマリーもそれを理解していたからこそ、特異点Fと呼称された街への調査員を48名も揃えていた。

 その調査員達は時代を超える『レイシフト』と呼ばれる移動法が可能な者に限られており、魔術の家系であっても中々見つからないくらい希少な適正だった。そして『レイシフト』の適正を有している者がそれだけ。全世界から集めてその数というのは少ないと思うべきなのだろう。しかもレイシフト適正の他に、サーヴァントを召喚・使役するマスター適正というものも同時に備えていなければならなかったから、余計に人数は少なくなっていた。

 マスター適正も同時に持っている必要があったのは、カルデアを築いた初代所長の理念に基づいていた。

 カルデアが英霊召喚システムを有している/マスター適正を有する事を前提としている理由は、実際の人理保障が人の手だけで解決できる案件では無いと判断していたからだ。『歴史を変える』なんて所業を普通の手段で行える筈がなく、行えるとすれば驚異的な力を持つ存在と考えた方が良い。ならばこちらも驚異的な力を持つ存在の力を持たなければと先代所長が考えたが故に、英霊召喚システムはカルデアに築かれた。

 それでも、約60億人の人類の未来を、カルデアのサポートありとは言え、過去の英雄達の力を借りるとは言え、たった48名の人間が救うというのは至難を極める。

 ――――しかも、実際特異点Fに訪れている者は、カルデア所属では三人だけだ。

 ドクター・ロマンの通信で判明したように、未来の人理を崩した輩の内通者か何かがカルデアに紛れ込んでいて、人理を取り戻す作戦《ファースト・オーダー》を失敗させようと爆破したのだ。

 不幸中の幸いだったのは、一組のマスターとデミ・サーヴァントが意識を保ったまま、レイシフトを安全に行う為の専用機器の外でシークエンスを受け、特異点へと移動出来た事。専用機器に入っていなければ高確率で《イミショウシツ》を起こして消滅するにも関わらず、一桁台の確率を引き当てた立香、マシュ、オルガマリーは途轍もない超幸運と言えた。

 この奇跡があるからこそ、カルデアも特異点Fも未だ存在していると言えた。

 レイシフト適正が無ければ時代を超えるレイシフトは行えない。なまじ『修正可能』なレイシフト適正持ちで、『修正可能性を引き上げる』マスター適正も同時に持ち合わせる者を世界から集めたのだ、どちらも全滅してしまえば特異点の修正も行えず、人理が消滅する瞬間まで何も出来ないままという事になる。

 そして、崩壊の原因を観測出来る正常な状況に未だあるのも、それを打破する手段があるからこそで、打つ手が無くなれば/人理崩壊の未来が決定されてしまえば、仮令実際の人理崩壊が未来の事と言えど即座に人理は崩壊していた。

 つまり、『正常な人理』があるからこそ露見している『異常な過去/特異点』も、同時に消滅していた事になる。正常がなければ異常も何も無いからだ。

 キリトはその事実に理解が及んだ。

 幼い頃から『出来損ない』と蔑まれていた自分は、自分より『優秀』と言われる者が居たからこそ、そう蔑まれていたと理解していたからだ。批評・比較は基準が無ければ生まれない。異常もまた、正常が無ければ生まれないのだから。

 その恐るべき事実を理解したキリトは、続けて心底オルガマリー達の凄まじい幸運/悪運に感謝した。彼女達がレイシフト出来ていなければ己は気付かないまま消滅していたからだ。自己犠牲精神の強いキリトは死を受け容れる覚悟を固めてはいるが、何も好き好んで死にたい訳では無い、生きられるなら生きたいし死にたくないと思う心も辛うじて残っているのだ。だからこそ安全性を考えた行動を取ろうとするのである。

 仮に立香達がレイシフト出来なくとも、メディアを召喚してみせたようにマスター適正があるキリトが居る間だけは特異点も2016年の歴史も存在し続ける可能性は否定出来ないが、立香達が居たからこそキリトは現状の切迫を知れたと考えると、結局辿る結末は同じ事。

 だからと言って、キリトはまだ安心はしていない。今の現状にでは無く、この特異点の修正を終えた時、この特異点と共に己も消滅する可能性が未だ残っているからだ。

 それを解消するにはレイシフト適正の有無について知らなければならないが、専用の機器を用いる必要があると話の中で知ったため、一か八かのぶっつけ勝負しかないとキリトは悟った。

 本来、キリトは行き当たりばったりやぶっつけ勝負を嫌っている。そういった経験も案外しているが、少なくともキリト自らの意志でぶっつけをしようと決めた事は一度も無い。全てその場の状況や流れ、周囲の人間の行動の煽りを喰らっての事だった。

 決して、自ら望んでぶっつけ本番をしていた訳では無い。

 キリトとて生きてデスゲームから出たいと願っていた。己を拾い、名を授け、愛した家族の下へ帰りたいと望んでいたのだ。様々な事情から命の危機に晒される機会を増やす結果になってしまっていたが、その根幹は残っていた。

 だからこそキリトは『情報』を求めた。生き残るには知識を蓄え、備えておかなければならないから。

 だからこそキリトは『力』を求めた。力が無ければデスゲームに囚われた同じ立場の人々に、あるいはゲームを動かすシステムによって生み出されたモンスター達に殺されるから。

 ――――故にキリトは、自身に貴重な情報を語ったオルガマリー達に、更に深く感謝する。

 キリトにとってオルガマリー達が生きる時代は別世界だ。軽く訊いただけでも己が生きた過去とは違うと分かった。VR技術はともかく、《インフィニット・ストラトス》が無いのは明らかにおかしかった、キリトが2歳の時――――すなわち2015年にISは世に出されたのだから。

 魔術師が科学技術を厭うたとしても、カルデアは魔術と科学を融合させた組織な上に、ISは世界を巻き込んだ大波乱の根幹だ。どれだけ科学を厭うたとしても聞いた事すら無いというのはおかしい話。

 だからこそキリトは別世界と判断した。

 そしてキリトが元居た世界へ帰れるかは、まだ分からない。しかし生きていれば可能性が途絶える事は無い。幸いにも並行世界関連の事に携わる魔法使いが居るという話なので、その人の許を訪れようとも考えていた。

 最悪、自らが全力を掛けて、並行世界への魔法を身に着ける事も視野に入れて。

 現状を疎ましく思っている訳では無いが、しかし己を拾った家族や己を理解してくれた戦友達、そして自ら歩み寄って交友を持った数少ない“ともだち”が恋しくない筈もなく、絶対不可能でも無い限りあの手この手で帰ろうと決めていた。

 そのためにも、キリトはオルガマリー達に全力で力添えをするつもりだった。

 移動中幾度か遭遇した骸骨達との戦闘にてサーヴァントの凄まじさの一端をキリトも理解した。

 見えない訳では無いが、しかし見切れないという完成された剣を振るう小次郎からは、刀と剣という別物と言えど同じ剣士として次元の違いを感じ取った。速く、鋭く、重い剣戟はキリトが目指す極致の一つ。距離を詰められ長刀を振るい辛い間合いになれば体術で対処する万能性にも格の違いを覚える。

 義理の姉の面影を見たのはこの極致に女性が手を掛けていたからだろうと、キリトは己の師への崇敬を深めた。

 エネミーと戦う際にメディアが手早く神代の強化魔術を己に掛け援護するのと並行し、飛来する矢からオルガマリー達を防御魔法で護りつつ放たれた雷や炎の威力を見て、やはりこちらも次元の違いを感じ取る。オルガマリーが悔しそうに、同時に憧れの目を向けているのを見て、現代と神代の差を何となく理解したキリトはメディアへの尊敬の念を更に深めた。

 片や武芸を極め、片や魔術を極めた《英霊》を召喚した事で得た戦力は極めて高いと言えるだろう。カルデアの局員として、魔術師として学を修めているオルガマリーとマシュの様子を見れば、その戦力にどれだけ安堵を抱き、また信頼を寄せているかは分かる。

 

 ――――しかしこれでは足りないだろうと、キリトは念慮していた。

 

 小次郎とメディアが弱い訳では無い。護りに関してマシュもまたピカ一だ。

 しかしそれはキリトやオルガマリーといった現代人の所感であり、まだ特異点を発生させた存在について不明な間は決して個人の意見を出ないもの。

 過去の歴史に異常を発生させている時点で自身の理解の域を超えているキリトにとって、どれだけの戦力や強さがあれば安全なのかが分からない。無知であり、不明であるが故に不安なのだ。

 《英霊》の格は伝承や知名度にも依るが、根本的により昔に生まれた者ほど根本的な能力が高い傾向にある。

 知名度補正は、《英霊》を召喚した時の場所によって左右される事が多い。召喚したサーヴァントの地元であればそれだけで補正を受けるし、その《英霊》を知っている者が多ければ尚更補正は強くなる。

 それを踏まえれば、立香とキリトが召喚したこの特異点に於いて、人っ子一人居ない上に正常な人理から外れている以上は補正など皆無と言っても良い。

 辛うじて日本出身の小次郎が土地の補正を受けているだろうかと思う程度だが、平均ステータスが半分に満たない時点で、少なくともお察しレベルではある。

 つまりサーヴァントの性能を決定付けるのは、根本となる《英霊》の出生年代。

 佐々木小次郎はその恰好から日本出身。時代は遅くとも江戸時代、早くとも奈良時代が限界と言える。ガワとなった《佐々木小次郎》の出生は関係無いので亡霊と言う青年の正確な出生年代は分からないが、大体それくらいだとは判断出来た。

 しかしメディアは神代、すなわち西暦よりも更に前の神話時代の人物である。

 《英霊》として世界に召し上げられ、サーヴァントとして一側面しか反映されていないと言えど、生前よりも身体能力は高い事が多い。特に小次郎は生前よりも膂力が全体的に強化されていると言った。疲労しないという点も手伝っていると言えよう。

 しかしメディアは、生前の中でも魔術師としての一側面しか反映されておらず、それ以外の技能は封じられ、総合的には弱体化されている。それでもサーヴァントとして召喚された双方のステータスはメディアに軍配が上がる。魔術による補助を含めれば、メディアは幸運のステータスを除いて小次郎を抜く。

 それだけ出生時代が昔であるほどサーヴァントの基本能力は理不尽なほど高い。生前が高いのだ、弱体化を受けたとしても強いのは必然である。サーヴァントとして召喚された以上下限は設けられるので時代が違ってもある程度渡り合えるが、根本的な差は埋まらないのだ。

 

 ――――では、そんな存在が、敵として現れたら?

 

 キリトが懸念している事はそれだった。

 そもそもからして今いる特異点Fを修復して、それで未来を取り戻せる保証は無いのである。異常が見られた過去に行くなら、より根本的な強さのある《英霊》と見える可能性は高いだろう。

 過去華々しい伝説や偉業を成し遂げこの世を去った星の数ほどの英雄達が人理を崩す事に加担するとは思えないが、しかし敵の側が自分達と同じように《英霊》を召喚し、サーヴァントとして使役していれば話は変わる。

 人理修復側のマスターは立香とキリトの二人だけ。この二人両方が死ねばそれで終わりだ。

 更に使役出来るサーヴァントの最大数は不明だが、カルデアの電力で賄うにしても合計して二桁以上を戦闘に繰り出す事は難しいだろうと考えられた。サーヴァントが要する魔力を渡す回路と言えるマスターの身が保たないからだ。つまりマスターも戦闘参加のサーヴァントの数も限られているのである。

 数の暴力で来られてしまえば圧殺され、全滅するのは目に見えている。幾らメディアが神代魔術を使え、小次郎が一撃で敵を殺せるとしても、波濤の如く迫る敵の勢いを無限に受け止められる筈がないのだ。

 また、エネミーと戦闘して分かった事だが、マスターの身でエネミーを倒せる己がおかしいのであり、オルガマリーや立香のように戦えない方がむしろ普通である事もキリトは理解した。己が戦える理屈について何も分からないためどうしようもないが、それでも己もサーヴァントに敵わないのは小次郎とメディアを見れば分かる。

 サーヴァントは魔力供給減にしてカルデアの電力供給の回路たるマスターが居なければ現界出来ず、戦闘も出来ない。つまりマスターたる立香とキリトは決して死ねない身である。

 比較的近代の英霊である小次郎にすらキリトは敵わないと断言出来た。仮に対峙したとしても、一合交えられれば良い方で、刃を交えた次の瞬間には首を飛ばされると容易に想像がついた。最悪その俊敏性を以て初撃で首と胴体が泣き別れてもおかしくない。

 メディアに至ってはもっと酷い。

 戦う以前に勝負にすらならない。相手は浮遊している上に、自身を一撃で死に至らしめる攻撃を児戯に等しいとばかりに手振り一つで何重にも放つのだ、デスゲームに於いて百戦錬磨のキリトも挑めば嬲り殺されるのが目に見えていた。

 それ以前にサーヴァントの身体能力が己より高い時点で、キリトには決して勝ち目がない。

 経験で得た技術で攻撃を捌き、先読みして回避する事は不可能では無い。小次郎の剣は読めないが、しかし絶対的な反応速度で見えなくはないし、メディアの魔術砲撃も直線にしか進まないので読めば回避自体は可能だ。

 だから生き残る事だけを考えればキリトも抵抗は出来る。

 しかし、決定打は絶対に与えられない。そも、攻撃に転じた瞬間、己の命を刈り取られる幻視を見れるくらいに、エネミーと戦えるキリトとサーヴァントの間には絶望的な差があった。

 しかもメディアは魔術師のサーヴァントだから回避も可能だが、仮に近接に特化した神代の大英雄が襲い掛かって来れば、その力強さと速さから逃れられないのは明白だ。

 立香は雑魚であろうスケルトンに抗う力を持たず、キリトも少し時代を遡ったら見えるだろうエネミーを相手に勝てないと予想されるのに、敵にサーヴァントという絶対強者が居ては勝率は低い。サーヴァントだろうとエネミーだろうと数が多ければ多い程に更に低くなる。

 そんな理不尽な戦いが今後も続く可能性が考慮されたからこそキリトは不安を抱いていた。

 

 

 

『皆、大変だ! 早くその場を離れるんだ!』

 

 

 

 そんなキリトの不安を実現させたかのようなタイミングで、拠点を探すべく歩いていた一同にドクター・ロマニからの緊急通信が入った。

 カルデアの回復した設備と電力の兼ね合いから、ロマニは常に通信を開いている訳では無い。オルガマリー側から通信する以外では基本緊急事態以外では開かないようにして、《イミショウシツ》を避けるための電力を確保していたのだ。オルガマリーも消滅は一大事どころではないためその判断を是とした。

 その取り決めがある中のロマニ側から、それも切羽詰まった声音の通信という事は、内容も加味すれば危険が迫っているという事に他ならない。

 周囲を警戒していたキリトや小次郎が顔を引き締めると同時、メディアが再度神代の強化魔術を掛け直す。

 素では剣の横殴りで骸骨を吹っ飛ばすのが限界だったキリトも強化があれば粉砕も可能に――つまりマシュと同レベル――になったので、最低限であればキリトもある程度の危険に対応可能である。

 ――――尚、サーヴァントのステータスはE、D、C、B、Aの順で上がっていく。項目は筋力、耐久、敏捷、魔力、幸運、宝具の計六つ。

 メディアの強化魔術は前三つの項目を底上げするものであり、マシュは筋力、耐久、敏捷の順でそれぞれC、A、Dのランクを有している。

 サーヴァントですらないキリトの能力をランクに無理矢理直すなら、素手は最低のEだが、強化魔術を受ければ2ランク分アップして三つはランクCに匹敵する。

 尚、マシュにも強化魔術を掛けられたので、ランクはA、A++、Bと、実際この面子の接近戦では最強格に入っていたりする。

 

「どうしたのロマニ?!」

 

 実際に戦闘をするメンバーが改めて準備を終える中、オルガマリーがやや叫び気味に通信越しに問い掛けた。

 周囲の索敵を行っていたキリト、小次郎、メディアの三人はそれぞれが特有の索敵方法を有していた。

 小次郎は《アサシン》のクラス故に、特性として攻撃しない間は気配を隠すスキルを有しており、更に独自に攻撃中も気配を感じさせない技能を持っている。それを応用し、周囲に隠れている視覚的に見えない存在への感知能力を以て索敵を行っていた。

 メディアは神代の魔術を利用し、科学技術のソナーのように半径200メートル内の魔力を持つ存在の感知を担っていた。徘徊している骸骨達はこの土地に満ちる良くない魔力を材料に構成されているので、必ず引っ掛かるからだ。範囲はもっと広げられるが正確性を優先して絞っている。

 そしてキリトは、余計分からない事に仮想世界の肉体/アバターに宿っていた、現実の肉体に埋め込まれているISの機能を以て、動的反応を探っていた。

 IS、正式名称《インフィニット・ストラトス》とは、オーバーテクノロジーと言える科学技術の粋と言えるマルチフォームスーツで、理論上は単独で宇宙航空を可能とする代物。すなわち星と星という絶大な距離の間は勿論、数十億キロ離れた先を視認する機能も有している。数百メートル範囲内の動的反応を探るなど容易い事なのだ。

 厳密には原子・分子を観測し、その動きから動体反応を探し出すという手法なのだが、しかし骸骨は原子・分子では構成されていない為、ほぼ生存者が居ないかを探し出すためのものとなっていたりする。なのでほぼ遠くを見る事でしか役に立っていなかった。

 そんな三人はそれぞれ単独であれば欠点はあるものの、キリトが視覚的に感知し、小次郎が気配を殺す存在も感知し、メディアが魔力感知を担うという同時であれば万全な状態だった。

 それを信用していたからこそ、オルガマリーは慌てた。

 

『所長達が居る場所から数百メートル離れたところから、魔力反応が三つ近付いてます! ――――何れもサーヴァントです!』

 

 所長の問いに答えたロマニの言葉に、特に己の非力さを自覚している生者四名が息を呑んだ。

 己が懸念していた事が早速起きたかと、キリトは歯噛みし、両手の剣を握り締めた。

 しかも純粋に能力不足な己と戦闘経験が少ないマシュにサーヴァントの相手は辛い。キリトとマシュ双方が居て漸く一騎と対抗出来るかと希望を抱くのが精一杯だ。

 純粋なサーヴァントとの戦闘はこれが初めてなのでキリトの不安はより大きなものとなった。

 

「ドクター、どの方角から来るんだ?!」

 

 だが、それで諦めるキリトでは無い。

 一騎の戦力を己の物差しで量れるとは思っていないが、それでも人対人のセオリーはサーヴァントでも変わらないとキリトは考え、陣形を練る為にどの方向から来るかを尋ねる。

 古来より圧倒的に数に劣る側が勝る側に勝つ話なんて幾らでもある。スパルタやトロイアの戦争然り。桶狭間の合戦然り。

 数で劣ろうが能力で劣ろうが、要は戦い方、あるいは戦闘に入る前の備えが重要なのだ。

 デスゲーム時代、多い時は三桁に及ぶ人々と殺意混じりに刃を交えた経験から、立ち回り方や準備こそが勝敗を分ける要素でもあると経験則で理解していた。数の差は幾らでも相殺出来ると。

 サーヴァントの一騎の差は侮れなくはあるが、しかしキリトにとって絶望する程では無かった。

 

「ほぉ……」

「へぇ……」

 

 ――――その持ち直し様に、味方のサーヴァント達は目を眇め、幼い剣士に感心を覚えた。

 

 小次郎は己より強い者が幾らでもいる事を理解しているが、己の剣と生前の修行――本人曰く『暇潰しの棒振り』――に対する自負と誇りは棄てていない。刃を交える前から敗北した心持ちになるなど決してあり得ない。

 メディアもまた、神代の魔術師である事に多大な自負を持っている。余程の事が無い限り己の魔術が破られる事は無いと。だからこそ戦う前にマスターが敗北した気になられるのは酷く癇に障る。

 どちらも戦ってから結果を認める性格であり、決して戦う前から諦める事を良しとはしない。

 敵が来るなら迎え撃つまでの事。自分達にはどうしようもない天災でもない限り、両者は決してその手から刀/杖を取り落とさない。それは己が生きた生と築き上げた力への侮辱に他ならない。

 オルガマリーは生粋の魔術師として《英霊》の恐ろしさを知っているからこそ、恐怖と共に諦観が頭を擡げている。諦観し切ってはいない点は二人も評価していた。何せ数が数である、抱くくらいは仕方がないと大目に見ていた。

 マシュはマスターである立香を守る意思を支えに己を奮起しており、立香もまた少女の奮起に呼応して恐怖に打ち克とうとしていた。良い関係だと侍と魔女は思った。

 そんな中、依存する存在も支え合う者もいない少年が、いち早く現状を認識し対応しようと声を発したのだ。これには感心の一つもしようというものだった。キリトの事情は二人も聞いたいるため、それが過去の経験から来る『馴れ』である事はすぐに理解が及び、大人であればまだしも子供にそれはどうなのかと何とも言えない心地になったが。

 

『えっと、進行方向からは二つ! この反応は……《ライダー》と《ランサー》だ! 二つとも一緒になってそっちに一直線に向かってる! 接敵まで予測30秒!』

「残る一つは?!」

『《アーチャー》で、場所は――――えっ、もうそこまで来てるぞ?! 速すぎる?!』

 

 数秒前は離れてた筈なのに、と呻くロマニ。

 キリトもまた、嘘だろ、と苦みしばった表情になった。

 

「坊や、来たわよ!」

「ッ……!」

 

 しかし風雲急を告げるが如く、事態は非情なまでに進んでいく。

 サーヴァントが迫って来ている事を知らされてからメディアが注意を促すまでの時間は、約5秒。《アーチャー》の接近を知らされてからは1秒と経っていない。

 メディアの魔力感知範囲は半径200メートル。

 ロマニが注意する時点でそれ以上離れていて、数秒足らずで接近してきたという事は、移動速度はマッハ――秒速およそ340メートル――に近いという事になる。

 そんな《英霊》と戦えるかと内心で毒づきつつ、キリトはメディアが指し示す方角に向き直った。

 同時、視線の先にあった瓦礫の陰から、暴風を伴って人影が姿を見せる。

 ロマニの報告が正しければ相手は《アーチャー》だと言うので、骸骨達と同じように弓矢を手にしているものだと考えていた。

 しかし姿を見せた《アーチャー》らしきサーヴァントの手には弓は無く、背中や腰にも矢筒は無い。そもそも距離を取って戦う事で真価を発揮する《アーチャー》が距離を詰めて来ている時点でおかしい話ではあるのだが。

 そのサーヴァントは地面に亀裂を入れて踏み止まると共に、キリト達へと向き直る。

 《アーチャー》は一目見ただけでも、十人見れば十人全員が『美人』と言う美貌を誇る女性だった。

 細く長く編まれた三つ編みが尻尾のようにたなびいており、その色は光を反射する程に美麗な白銀。

 纏う服は炎より尚深い紅。ベストの如く着込んだ紅の下は首回りまで襟がある黒いシャツ。下は上着と対らしい紅色のミニスカート。脚は黒いストッキングに覆われ、頑丈と見て分かる革靴を履いていた。

 綺麗な人だ、とピンチにあるにも関わらず立香は見惚れた。何となく面白くなく感じつつマシュは警戒心を高め、オルガマリーは緊張が極限に達し――まだ二騎迫っているが――身を凍らせる。

 侍は女であろうと油断なく長刀を携え女性を見据え、メディアは何時でも攻撃や防御を行えるよう魔力を練り、魔法陣を黒ローブの下に幾つも仕込む。

 そんな、恐らく戦いの素人だろうと見れば分かるくらい敵意に満ちた警戒する一同を見て、《アーチャー》のサーヴァントは――――

 

「ああ、良かった! マトモなサーヴァントを漸く見つけたわ! しかも生きた人までいるじゃない!」

 

 向けられる警戒、畏怖、恐怖、敵意をものともせず、ただ出会えた事に満面の笑みを以て喜びを見せていた。

 その反応はさしもの小次郎、メディア両名にも予想外で呆けてしまっていた。緊張に凍っていたオルガマリーも、警戒心に満ちた心境だったキリトとマシュも、見惚れていた立香の誰もが唖然とする。

 そんな一同を半ば無視して女性サーヴァントは駆け足気味に歩み寄る。

 

「急で悪いんだけど共闘してくれないかしら?! 具体的に言うと仮契約プリーズ! 魔力が涸れそうでもーホント辛いのよ! 近付いてる《ランサー》と《ライダー》を倒すの手伝うからお願い!」

 

 そう、銀髪紅衣のサーヴァントは両手を合わせ、頭を下げて――――キリトに頼み込んだ。

 《アーチャー》がこの中で最も幼い少年に頼み込んだのは、一番魔力保有量が多かったからで、決して他意は無かったりする。

 立香の顔を見てややフクザツな心境にはなり、グラつきもしたが、仮契約するには魔力量が心許無かったので断念した。

 

「え……はっ?」

 

 敵か味方かも分からない外部の《サーヴァント》と初めて接触する事に不安と緊張、様々な懸念を抱いていたキリトは、女性の唐突なお願いに困惑した。『仮契約』という単語を初めて聞いた事もあって困惑は更に加速する。

 結果キリトは、魔術世界について詳しいオルガマリーやメディアに助けを求める視線を送った。

 多くの事について懸念し、戦力や警戒について思考を回しているキリトであるが、この一団のリーダーはあくまでカルデアの所長オルガマリーであるとキリトは判断している。勝手な判断は出来ないと。

 メディアにも目を向けたのは、最初に頼った女性が完全に呆けていて助けにならないと見たからである。

 

「別に仮契約しても良いんじゃないかしら。こちらに不利益はあまり無いのだし。問題があるとすれば私が攻撃頻度を下げる必要がある程度だけど……」

 

 カルデアの電力サポートを立香へ多めに振っており、また己の強化魔術をキリト、小次郎、マシュの三名に掛け、攻撃・防御・感知の魔術も使っているため、メディアの魔力消費量はかなりのものとなっている。

 カルデアのサポートが少ないのにそれでも保っているのは、偏にキリトの魔力保有量が非常に多いためだ。メディアの目から、立香はかなり少なく、オルガマリーはその十数倍を誇っているが、キリトはそのオルガマリーの数倍も保有している事が分かった。更に回復量もかなりのもの。だからメディアも補助と感知に全力を注ぎつつ、攻撃と防御の魔術も併用出来ていた。

 しかしここに来て《アーチャー》の仮契約が入ると流石に全てを使い続けるのは厳しくなる。不可能では無いが効果は落ちるし、長期的な視点で考えると得策とは言えない。攻撃量を少なくすれば多少は問題点を解決出来るかといったところ。

 《アーチャー》の能力にも依るが、クラス特性としてランクに応じてマスターからの魔力供給無しで活動出来るスキルがあるため、多少供給出来ないところで問題はほぼ無い。エネミーとの戦闘も小次郎一人でどうにか出来るレベル。

 対サーヴァントの事だけを考えるなら、仮契約を結んでも支障はほぼ無いと言っても良かった。キリトの魔力回復量が多めな事幸いしていると言えた。

 ――――幼い頃から魔力を扱い、鍛える事で量を増やすのがセオリーなのに、何故一流らしい女性の数倍も保有しているかはメディアにも分かっていない。

 しかし現状メリットしか無いのだから、利用出来るものとして考えるようにして棚上げすると決めていた。考える事は後でも出来るのである。

 その思考からメディアは幼い己のマスターに助言した。

 

「オルガマリーさん、仮契約して良いかな」

「――――えっ? え、ええ、構わないわよっ?」

「所長……しっかりして下さい」

 

 脳の処理が追い付いていない事が丸分かりな返事に、マシュがやや呆れ気味に言う。オルガマリーは顔を朱くしてそっぽを向いた。

 その姿を見た一同の中で、《アーチャー》がにんまりと悪戯っ子の如き笑みを浮かべる。

 

「ふふっ、いやー、反応がいちいち可愛いね――――食べちゃいたいくらい」

 

 言いながら笑みを妖艶なものにして、ぺろりと《アーチャー》は舌なめずりをする。

 《アーチャー》は生前から異性に対しある一人の男にしか興味はないが、女性に関しては――――美少女が大好きな性癖なのである。オルガマリーは既に成人しているが、《英霊》である女性にとってすればオルガマリーも等しく美少女判定だった。

 

「ひぃっ?!」

 

 それを知覚したオルガマリーは、ぞぞぞっ、と背筋を這い回る何かに叫びを洩らす。今生にして初めてと言える類の悪寒にオルガマリーは両腕で自身の体を抱き締め、更に銀髪紅衣のサーヴァントから距離を離した。

 その反応を見て、ますます可愛いとアーチャーは感じ、笑みを深める。

 

『――――見ツケタゾ、《アーチャー》!』

 

 そんな《アーチャー》の登場から緊迫感の薄れた空気を引き裂く声が響く。

 《アーチャー》は忌々しげな表情になると共に、チッ、と舌を打つ。邪魔者がと心の声が聞こえる程にあからさまな振る舞いに、キリト、メディア、小次郎は己の趣味・性癖を貫く部分に呆れとも感心ともつかぬ思いを抱いた。

 尚、メディアは《アーチャー》の趣味に内心賛同していたりする。

 そしてサーヴァントという恐るべき外敵が訪れたと言うのに、オルガマリーは何故か助かった心境になっていた。

 

「――――《アーチャー》!」

 

 そんな緩くなった空気だったが、再びいち早く持ち直したキリトは銀髪紅衣の女性を呼ぶ。言外に、早く仮契約を、と求めていた。それを読み取った《アーチャー》はキリトの手を取り、聖痕《令呪》がある右手に己の右手を重ねる。

 直後、メディアが術を使う度に何かが抜けていく感覚をキリトは覚え、立ち上がった時に偶に起こる眩暈のように視界が揺れた。

 しかし敵を前にして大き過ぎる隙を晒すつもりは無いキリトは、自ら踏ん張って倒れないように備え――――

 

 

 

「んー! 魔力充填完了! 私、ふっかーっつッ!!!」

 

 

 

 ――――ようとした時に、先ほどよりも更に活力が増したように感じる《アーチャー》に抱き寄せられた。

 倒れなくはあったが、同時に視界を封じられるというマイナスな事態に陥っていた。

 すぐ離されたので支障は少なかったものの、それでも危機感を抱いていたキリトは若干憮然とする。苛立ちにまでは至らないものの敵の前で隙を晒した行動に納得のいかなさを抱いていた。

 英雄としてそれはどうなんだと、先入観による感情だった。

 また、ほぼ常に余裕の無い戦いばかり経験していたキリトにとって、わざと隙を晒す意図のない余裕というものは受け容れ難いものだったからでもある。

 そんな事を知る由もない仮契約を結んだ女性は、新たに姿を見せたサーヴァントに向き直るや否や、どこからともなく剣を取り出した。右手には白の、左手には黒の、色が反転しただけの意匠の長刀が握られる。柄には陰陽の紋様が刻まれていた。

 

『クッ……面倒ナ女ダ!』

 

 その姿を見て悪態を吐く、女性と敵対しているらしいサーヴァント。

 その姿は異様だった。全身を薄っすらと黒い靄に覆われており、日焼けしていると思しき体表が泥に似た濁った色になっていたのだ。それは纏っている衣類にも及んでおり、手にしている長刀と背負われている幾つもの刀剣、槍も同様だった。

 肌だけであれば特徴的な日焼けなのかと納得出来るが、衣服や武器までも同様であれば流石に異常にも思う。

 恐らくは男性で《ランサー》のサーヴァントだろうと当たりを付けたキリトは、同時に相手の敵意が《アーチャー》だけでなく自身やオルガマリー達にも向けられている事から、自分達の敵であるとも判断した。

 恐らくはこの時代が特異点と化した原因の一端でもあろう、と。

 そんな男に、《アーチャー》が右手に握る白の長刀を突き出した。

 

「さぁて、散々好き放題暴れてくれたお礼をさせてもらうわよ――――お礼参りと洒落込みましょうか、《ランサー》」

 

 言い回しは喜悦に、しかし表情、声音は真剣さを帯びたもので言い放った《アーチャー》は、そう宣言すると共に腰を落とし、二刀を構えた。

 その華奢な、しかし己より大きな背に、キリトは己の実姉/義姉を幻視した。

 

 







 冬木のアーチャーの容姿は、F/sn原作の■■■が成長した姿。銀髪巨乳おねーさん。



 纏う色は紅と黒、使う武器は白黒一対の剣。



 ――――女性化版紅茶では無いからネ?(汗)



 ちなみに作者もそのキャラを出したサークルのサイト含めて調べ回ったが、結局このキャラが『どういう風に《英霊》になった』か、詳しい理屈は諸説あるのでよく分かっていなかったりする。最初は女性化だったけど、反響から設定を作って、本が出る度に加えられていったぽいからどれがどれかちょっと分からなかった(にわか並み感)

 以下、判明した事。本作で適用されている設定でもある。


・《アーチャー》
 真名:■■■■■■■■・■■■・■■■■■■■

『だってしょうがないでしょう。私はアナタの――――理想の、残り滓なんだから』
(とある同人作品より引用)

ステータス
 筋力:D
 耐久:D
 敏捷:B+
 魔力:A
 幸運:E
 宝具:――(E~A++)

属性:中立・善

クラススキル
《対魔力》:A+

《単独行動》:B(供給無しで二日程度の活動が可能)

保有スキル
《射撃》:E-
 クラスの割に弓がてんで駄目で、ランクが低いほどマイナス補正。後述のフェイルノートによりカバーされている。

《黄金の盃》:B
 万能の願望器として願いを叶える小聖杯としての能力。自身の魔力で行使可能な範疇であれば、必要な魔術理論を有してなくとも過程を省略し、結果のみを現出出来る。

《森羅の守護者》:EX
 カウンター・カウンター・ガーディアン。生き様の象徴。
 『抑止の守護者』としてとある《英霊》が限界した際に、世界との契約により、その抑止力として召喚される者の証。故に常にとある《英霊》の対となって喚び出される。

《魔術》:A+
 オーソドックスな魔術と■■■■■■■の魔術、《投影魔術》を習得。
 投影武器は原典よりワンランクダウンし、剣以外の投影では通常の2~3倍の魔力を消費する。


 女性。身長:凛よりは高い(高校生士郎とほぼ同程度) 発育良し。膝下まで銀髪を細い三つ編みに編んでいる。
 男性には『とある男一人』にしか基本興味なしだが、女性は美少女全般イケる口というバイセクシャル。明るく悪戯っ子気質で、その勢いを以て周囲を巻き込む。天然では無いものの偶にドジっ娘ぶりを見せる。
 同人(未完)の一つでは凛に召喚され、場を引っ掻き回してタイコロ時空を呼び寄せていた。
 『森羅の守護者』=『カウンター・カウンター・ガーディアン』と呼ばれ、【錬鉄の英雄】に付随して現れる女性。毎回毎回とある存在を邪魔しに動くらしい。つまり『錬鉄在るところに森羅在り』。錬鉄さんにとっては『毎回仕事の邪魔をしてくる変な女』という認識。つまり正体、真名に気付いてない。
 Fate/シリーズお家芸『殺し愛』を行う一人である(白目)

・戦闘能力
 アイスを取られて怒り心頭(殺しはしないレベル)な騎士王と数時間互角にやり合える剣の腕を持ち、『抑止の守護者』と戦闘スペックも互角。剣で斬り掛かる最中、スピードを活かした残像で相手を惑わす事も出来るという超技巧派。治癒魔術も行使出来るので魔力供給が十全なら手が付けられない存在。
 また、加減ありでも聖剣ぶっぱを完全相殺する宝具『夢幻凍結/ファントム・キャンセラー』を持つ。爆発で相殺では無く、完全に『無』へと還元する。被害はアーチャーの左腕の袖と、展開した自前宝具のフェイルノート(再構築可能)
 錬鉄と同じ投影能力を有しており、更にリスクやデメリット無しで固有結界を展開可能。ただし投影武器は例外なく原典よりワンランクダウンする。
 ――――魔力量、使用魔術の種類的にも、戦闘面では錬鉄以上にあらゆる事に対応出来る万能英霊(家事は除く)


・使用武器

 干将・莫邪(改)(投影宝具)
 例の中華剣を刀レベルに伸ばした武器。やはり二刀一対。引き合うかは不明だが本作では引き合う設定。

 刻印弓フェイルノート(自前宝具):A++
 種別:迎撃宝具
 レンジ:1
 最大補足:1人
 『無駄無しの弓』と書いて『刻印弓フェイルノート』と言う。
 左手に着ける手甲に刻印として刻まれた『矢を打ち出す魔術』の対宝具武装。曰く『弓術の腕が低いから』という事で魔術として武器を打ち出す形式を取っているらしい。つまり見た目が弓のガンド。本物のガンドも打てるのでそれの応用。投影した剣を装填し、即座に放つ。
 見た目のイメージとしてはロビン・フッドの射籠手と紅い小型弓。
 投影した宝具を使って『星の聖剣の斬撃を完全相殺する』というトンデモナイ事も可能とする他、他にも色々と出来る上に、展開中は全てのステータスが1ランクアップする。
 名前の元ネタはアーサー王伝説だという。
 第一解放、第二解放がある。《夢幻凍結》は第二解放時のもの。

《夢幻凍結》:A++
 レンジ:1
 最大補足:1人
 ファントム・キャンセラー。
 フェイルノート第二解放の時のみ発動可能。相手の宝具の真名を無効化し、相手の宝具をフェイルノートに載せて放つ。一度発動させれば理論上神霊クラスの魔術すら相殺可能。
 どのような武装であろうと肉眼で捉えたものであれば対象になるが、自身に投影出来ないものは該当しない(尚、聖剣の投影は可能である)
 ただし発動は術者の詠唱により行われるため、相手の宝具の軌道に対し、タイミングを合わせる技量を要する。更に使用後『無駄無しの弓』は破棄され、再構築するにも相応の魔力と時間を要する。

 処女神の第二原罪:『バスター・オリオン』(投影宝具)
 純潔の女神アルテミスが女たらしの恋人オリオンを射殺してしまった時の逸品――――つまり『矢』なのであるが、見た目が最早ジェット機を搭載したミサイル型バンカー。デザインで地味にハートマークがあるところが逆に怖い逸品。
 ちなみに破壊力は『相手への愛情に比例する』。つまり敵には効かない身内殺しの武器。流石ギリシャの神、マトモじゃないね(白目)

 無限の剣製:E~A++
 アンリミテッド・ブレイドワークス。
 アーチャーが可能とする、固有結界と呼ばれる大禁呪。展開される風景含め、本来は彼女のものでは無く、とある『魔術使い』から魔術刻印として継承したもの。
 視認した武器を貯蔵し、複製するが、複製した武器は例外なく全てワンランクダウンする。また展開中の防具投影は不可(槍など武器は可能)
 展開するにあたって魔力消費以外のペナルティ、デメリットは無い。

 ――――以上。


 参考元
1)『【Fate】みんなでかんがえたサーヴァントで聖杯戦争【皆鯖】まとめWiki』
2)『Arther_Girl_KKG's Profile』
3)同人サークル『比村乳業』様サイト(新旧)

 参考元の良いとこ取りをして、厄ネタは排したのがコレである(白目) このステータスの参考はほぼ1と2ですね(サイトを参考に作られてるからスキル、宝具の解釈以外は大体合ってた)

 取り敢えず紅茶は女性と同ランクの筋力である事と、同ランクの幸運値である事に仲間を得た気持ちで咽び泣くが良い(愉悦)

 ……まぁ、前者はともかく、後者は愉悦するのは不謹慎なんですがね……

 ともあれ、、本作に於ける特異点Fのサーヴァントは、原典FGOの特異点Fの弓鯖がコレになっています。

 同人(凛に召喚された話)を最後まで読んだ方は、これで殺鯖が誰か察したであろうな……殺鯖のステータスはにわかな自分で考えなきゃ……(白目)

 今後も本作をよろしくお願い致します。

 では!



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序章:5 ~回路~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷・ユーリ・メリディエスです。

 今話も全然進まないゼ☆ しかも《ランサー》と《ライダー》の戦闘シーンはカットするという暴挙。

 だってメディア、小次郎、マシュ、《アーチャー》の4騎が居るのに、黒化英霊2騎じゃね。小次郎一人でも技術的に強いのにメディアの強化が加わったら苦戦なんてする筈がない。

 あと、再び注意をば。

 今話は『魔術回路』と『神秘的存在(エネミーなど)に対する干渉』にそれぞれ独自解釈が入ってます(主にキリトが素で倒せてた事とか)

 ――――つまりご都合主義なんだ(白目)

 それを覚悟の上で。

 文字数は約一万一千。

 ではどうぞ。




 

 

 キリトと仮契約を結んだ事で戦線復帰を果たした《アーチャー》を含めた一同は、迫って来た泥のようなものを全身に被った薙刀使いの男《ランサー》と、その男の後から追ってやって来たバイザーを目元に巻いた長髪の女性《ライダー》との戦いを、呆気なく制した。

 《ランサー》を《アーチャー》が相手取り、小次郎はマシュと共に鎖の付いた釘のような短剣を使う《ライダー》を相手取る事になるが、相性が良すぎた。

 ――――ただし、相性が良いというのは実際に戦い始めてから分かった事である。

 交戦以前では相性が悪いとキリトには思えていた。

 アーチャーは基本的に距離を取って戦う事を最善とするクラス。故に基本は遠方から一方的に攻撃するのがセオリーである。

 しかしキリトが仮契約を結んだ《アーチャー》には適用されないセオリーだった。

 何故なら、《アーチャー》たる女性と仮契約を結んだキリトの目には、スキル欄の所に弓兵らしからぬマイナススキルが映っていたからだ。『《射撃》:E-』とあるそれは、ランクが低ければ低い程に的中率を下げるマイナス補正を与えるスキルで――――だからこそ、《アーチャー》が手に取る武器は刀剣なのだと理解する。

 女性はクラス的に己が不利な間合いで戦う事に対し、決して悲観も諦観もせず、ただ真剣な面持ちで居た。

 だからこそ小次郎達サーヴァントと、仮のマスターであるキリトは理解する。この弓兵は接近戦を可能とする力量があるのだと。

 更に、槍兵のサーヴァントは基本的に速さに秀でるという通説があるが、弓兵の敏捷性は薙刀使いを遥かに上回っていた。気付けば懐に潜り込まれる速さでは間合いの測り様も無い。

 槍とは基本的との間合いを中距離に保つ必要がある。穂先に刃があり、取り廻すにも懐に入られ過ぎてはマトモに武器を振るえないからだ。リーチがあるという利点は、時にあるからこそ攻撃出来ないという弱点にも転じる。

 《アーチャー》の速さは、正にその弱点を突くものだった。

 それでも、やや異質と言えどやはり《英霊》。薙刀使いの槍兵は潜り込まれてもすぐ反応するという一筋縄ではいかない力量を見せた。

 弓兵の速さと巧さに対し、薙刀使いの槍兵は己の経験を以て更なる抵抗を見せ――――る時は、しかし訪れずに終わる。

 何故なら、後から来た《ライダー》を相手にしているのは小次郎とマシュの二人であり、《ランサー》を《アーチャー》が相手しているのであれば、神代の魔術師メディアが未だ残っている計算だからだ。

 鎖と小剣を巧みに使い、立体機動や体術を駆使する《ライダー》の攻撃は苛烈を極めたが、しかしマシュの盾の前ではそよ風に等しく、また長刀使いの侍に至っては全て見切り、捌き、受け流す余裕を見せるほど。

 《ライダー》の筋力は平均的ではあるが決して低くもなかった。サーヴァントの平均は物理的に考えて超常のそれに匹敵する程であり、小剣や体術が盾にぶつかる度にコンクリートの大地には蜘蛛の巣上に罅が入り、衝撃波と爆風が発生した。

 《ライダー》と《ランサー》にとって不運だったのは、敵にメディアが回っていた事、そして数に劣っている事であろう。

 メディアの強化魔術で小次郎とマシュが強化されているが故に、《ライダー》は交戦開始から5秒と経たずに首を刎ねられ光に散った。

 それを見た《ランサー》は撤退を思考するが、己より敏捷が高い弓兵から逃れられる筈も無く、女性の二刀によってその場に釘付けにされる。それからメディアが雷を落として動きを止め、直後弓兵の女性が凄惨な笑みを浮かべながら槍兵の霊基――サーヴァントにとっての心臓――を貫き、破壊する。

 

 戦闘開始からおよそ10秒が経過した時には、オルガマリー達に最大級の緊張と警戒心を覚えさせた初のサーヴァント戦が終結してしまっていた。

 

「凄い……」

 

 戦闘全てを見た立香は、ただ一言、感嘆の声を洩らす。

 人理保障機関カルデアの局員にしてカルデア所属の最後のマスターとなっている立香は、生まれも育ちも特筆した点はあまりない平凡な日本人だった。そこそこ充実した学生生活を送り、大学に入学した年にバイトのチラシを見てそこに連絡した結果、偶然にもカルデアが求める人材だったというだけでマスターに選ばれ、特異点に居る。

 オルガマリーのような魔術師の家の子では無いし、マシュのような魔術を知る者でも無く、魔術関連の訓練も一切受けていない一般人。それが立香だ。

 現実に於いての本当の意味の『戦闘』など見た事がある筈もなく、己の眼前で起こった超常的な力のぶつかり合いは、まるでバトルアニメを見ているような心地になりそうだった。

 ――――しかし、立香は現実のものとしてそれらを見た。

 周囲にある炎に包まれた災害の光景が夢や幻などと思える筈も無い。

 自身を『先輩』と慕う少女の瀕死の姿を、そしてエネミーに殺されかかった時に颯爽と救い出してくれた新生した後輩を、立香は全て現実として認識していた。

 爆発し、炎に呑まれ、周囲が死屍累々と化したカルデアの施設の事も、立香はやや現実逃避をしつつも受け止めていた。

 故にこそ、立香が洩らした感嘆は決して呆気に取られて出たものでは無い。心の底から、サーヴァントとして契約に応えた者達を、特異点で出会った女性の弓兵を――――そして無垢な後輩の少女を称賛していた。

 称賛の声が端的だったのは、立香が覚えた感動その他諸々の感情を明確に言い表す程の語彙力が無かったから。

 本は読むが読書家とは言えない立香は、己の語学力を大学入試の入学希望理由を考えた時以来の悔しさを覚えていた。

 

「――――」

 

 対してキリトは、最早戦いとは言えないくらい一方的な結果を叩き出したサーヴァント達に、複雑な心境となっていた。

 自分達の味方をしてくれる存在が凄まじく強い存在である事には安堵を抱いているし、キリトも立香のように称賛を抱いていた。なまじ小次郎の在り様に強い憧憬と尊敬の念を持っているが故にその称賛の想いも非常に深い。

 しかし――――あるいは、だからこそ。

 キリトはサーヴァント達に、強い嫉妬を抱いた。

 既に生を終えた英雄が世界に召し上げられた存在こそが《英霊》であり、その『完成された姿』の一側面を切り取り、降霊させた存在がサーヴァント。人生全ての中から全盛期を呼び出しているのだ、未だ成長期を迎えていないキリトではどう足掻いたところで勝てる筈もない。

 《英霊》である者達に嫉妬を抱くには、自身は幼く、経験も浅い故に、キリト自身烏滸がましい事は百も承知だった。

 それでも抑え切れない嫉妬が胸中に湧き起こった。

 特にデミ・サーヴァントという存在の大盾の女性マシュに対する嫉妬をキリトは激しく持った。

 

 ――――キリトは身体能力を指す『能力』と、戦闘経験を指す『技術』の成長は、決して横並びのものではないと考えている。

 

 まず大前提としてキリトは幼い体である。十になったばかりの齢だ、肉体が頑強になる静長期を迎えていない以上『能力』が高まる筈もない。だが同年齢ほどの子供が武道を習っている事は現代でも普通の事。未成熟の身体能力ではあるが、しかし経験は積める。

 故に体が未成熟な間に、キリトは、現実あるいは仮想世界で己の『技術』を磨き上げる事を決断した。

 つまりキリトにとっては『技術』が先に高まり、後にそれに追いつくように『能力』が育ち、鍛練を続ける事で両者の均衡を保ち、最高のコンディションの形成に至るという流れが、イメージとして作られている。

 しかしデミ・サーヴァントたるマシュは違う。

 キリトはマシュの過去を知らない故に今のマシュでしか判断出来ない。恐らく幾らかの訓練は積んでいたのだとは予想しているが、しかし命を懸ける程の実戦経験はこの特異点が初めてだろうと、戦闘中にところどころ目に付く拙さから当たりを付けていた。

 つまりマシュは『能力』が高くて、それから『技術』を高めるという逆の順序なのである。

 しかも、マシュに霊基を託したという《英霊》の能力や技術、経験を、この特異点での戦闘を経て徐々に己のものへと還元している事から、『マニュアル』を見て己を高めているも同然とキリトには思えた。

 常に手探りで強くなる手段を模索し、装備を整え、常に命懸けで技術を高め続けて来たキリトにとっては、マシュの状態は嫉妬するものばかり。

 

 ――――とは言え、キリトは嫉妬こそ抱いても、『羨望』は抱いていない。

 

 キリトとて《英霊》をその身に宿して体に全く支障がないとは考えていない。生きる為もあって『力』を求めてはいるが、『力』を得る為に命を費やすつもりは、今のキリトには毛頭無かった。

 デスゲームで、浮遊城の秩序の為に全てを犠牲にする勢いで戦っていた頃なら、求める事高い可能性であり得ただろう。

 しかし今キリトが居る世界はデスゲームでは無いく、加えてまだ己を虐げる者達も、己が絶対守護を誓った人達も居ない。立香達は仲間ではあるが、しかし浮遊城で己を案じていた人々にはまだ比肩しない。

 元の世界に帰る事を決心し、その為にオルガマリー達の人理修復の任務に随行、助力する事を決心した以上、命を費やして得る力にわざわざ手を伸ばしたいとは思えなかった。

 故にキリトは決してマシュの境遇を『羨ましい』とは言わないし思いもしない。

 自身が知らないデミ・サーヴァントだからこその苦悩があるだろうと、キリトは己に埋め込まれたISコアの事から察していたのだ。

 ――――キリトの世界で流布しているマルチフォームスーツ《インフィニット・ストラトス》を動かす為の核《ISコア》は、エネルギーを生産すると同時に超高速演算を可能とする代物。人体に埋め込めばエネルギーで身体能力を強化し、超速演算で思考が早まり、またコアの機能である物質の量子変換を応用すれば欠損した人体部位の修復も可能という、恐るべき生体兵器を造れると理論上考えられていた。

 そんなモノ、当然人体には有害である。

 キリトは奇跡的に適合したので生き永らえているがそれでも体への負荷は絶大だった。他の被検者は誰もがISコアが生み出し、流すエネルギーに、あるいは脳がコアの演算に耐えられず、拒絶反応を起こし、死亡している。

 加えてオルガマリーの取り乱し様、デミ・サーヴァントについて尋ねた時の反応から、決して良い事ばかりではない話なのだとキリトも察している。

 サーヴァントを生身の人間に宿した話は、キリトからすればISコアを肉体に埋め込んだという話に等しかったのだ。

 だからこそ『羨ましい』とは思わない。スケールや種類は異なるが、しかし同種の経験をして苦しんだからこそ、キリトはデミ・サーヴァント関連の事ではマシュに羨望を抱かない事にしていた。

 それでも、己が強い憧憬を抱いた英雄達と共に戦える力を生きた人間でもあるマシュが手にし、共に戦っている姿には、嫉妬を覚えざるを得ない。

 『強さ』を追い求めているキリトにとって、『前線に立てない』事は屈辱まではいかないが激しい悔しさを覚えるもの。

 身の程を弁え、メディアによる強化魔術を受けてもサーヴァントと戦うつもりは毛頭ない。邪魔でしかないからだ。

 その事実は浮遊城で戦い抜いて来たキリトの自負を、自信を――――《キリト》としての根幹を、崩しに掛かっていた。サーヴァントは存在からして次元が違うと、人の身と比較する事すら烏滸がましいと受け容れているが故に折れはしないが、すぐに納得出来る筈も無かった。

 誰にも内心を悟られていない事は、喜ぶべきか、嘆くべきか。

 状況への不安、人理修復という大業、魔術、英霊、サーヴァントと、己の常識を完全に塗り替える事象の連続にある混乱、そして《剣士キリト》としての根幹を崩されている少年に、その答えは出せなかった。

 そんな複雑な/泣きそうな心境で、キリトは《アーチャー》やメディア達を無言で見詰め――――力無く倒れた。

 

「坊や!」

 

 唐突に倒れた少年にいち早く気付いたのは、サーヴァント同士の戦いに巻き込まれないよう下がっていたオルガマリー達を何時でも護れるよう、キャスターらしく後衛に居た神代の魔術師メディアだった。

 メディアは倒れ伏した幼いマスターの許へ転移魔術で距離を詰め、体を抱き上げる。

 軽く容態を確かめたメディアは、考えていた予測通りの結果に安堵とも呆れともつかぬ溜息を胸中で吐く。

 

「――――魔力切れね」

 

 『魔力』とは空気中に漂うものでもあり、同時に人間の体内で生み出され、体を循環している力でもある。

 コレが枯渇すると人間の体は酷く弱り、逆に濃すぎても体調を崩す。

 その辺りは人が食物から得る栄養素と同じようなものと言える。

 そしてキリトはこの『魔力』を限界まで切らしてしまっていた。

 

「え、もう? 何時かはすると思っていたけど流石に速過ぎない……?」

 

 現代では一流と言える魔術師の数倍、カルデアのサポートが僅かしかないながらメディアと《アーチャー》の現界、戦闘を可能とする魔力量を誇っているキリトが『魔力切れ』を起こした事に、オルガマリーは困惑を抱いた。

 それにメディアは、流石にそれに思い至らないのはどうなのか、と焦燥を抱きつつ呆れた。

 

「坊やが回路のオンオフを出来ていないからに決まっているでしょう」

 

 魔術師と一般人の区別する定義は、家系では無く、『魔術回路の有無』にある。

 『魔術回路』とは神経にも似た回路機構の事。魔術師は体内にある魔力を扱う為に、まずこの回路を築く事から始める。回路を有して漸く魔力を扱えるのだ。一度回路を作り、開いてしまえばあとのオンオフは比較的容易である。

 ちなみに、『築く』と言っても回路の有無や質は生まれた時点で決まっているため、正確には『魔力を通すパイプの元栓を造る』と言った方が良いかもしれない。

 サーヴァントを使役し、魔力を供給出来ている以上、『魔術回路』が存在する事は確かであり、回路が開通している事も判明している。

 しかしキリトはその鍛練と教育を受けていない故に、開き方は勿論閉じ方も知らない。

 つまり常に魔力を出す蛇口を全開にしていたのである。キリトが魔術を使う事無くエネミーを倒せていたのは、垂れ流した魔力が全身と剣を覆っていたからだったのだ。

 そして必要分以上の魔力を放出し続けていれば魔力切れを起こすは必定と言えた。

 

「坊やの回路を閉じるから時間を貰うわよ」

 

 そんな状態では遠からず魔力切れを起こす事は目に見えていたため、メディアも対抗策を講じていた。

 契約してから移動中の間に、メディアは密かにキリトの魔術回路を数割閉じていた。キリトはそれに気付かなかったが、神代の魔術師が本気を出せば人間相手に気付かれずに術を施すのは容易い事。

 『魔術回路』は巨大な一つのパイプでは無く、毛細血管の如く細いパイプが幾つもある。

 メディアはその数割を閉じる事で、総量として垂れ流される魔力を減らし、節約させていた。

 数割開いたままにしていたのは、キリトがある程度自衛出来るようにとの配慮だ。

 何故回路が既に作られていたか、何時開通したかメディアも分からないが、問題は、回路の覚醒を本人が自覚していなかった事。栓が開いている事に気付いていなければ閉じる事も出来はしない。やり方が分からないなら猶更だ。

 かと言ってやり方を教授するにも場所が悪く、時間も足りなかったため、勝手ながらメディアは回路を閉じたのである。召喚してからすぐでも分かるくらいの勢いで目減りしていたので一刻を争っていた。

 そうして適量分だけ魔力を放出するようにしていたのであるが、《アーチャー》すら一見でキリトの魔力量を見切れたのは、半分以下しか開いていない回路からでも膨大な量が放出されていたからである。

 キリト本人がエネミーに有効打を与えられて、且つ自身の現界、戦闘に必要な魔力量、自然に回復する量から勘案した結果がそれだった。キリトはオンオフが出来ないので、常に多少は開いていないとエネミーと戦えないのである。万が一を考えると全て閉じる事は出来なかった。

 ――――しかし《アーチャー》との仮契約が誘因となり、閉じていた回路が再び纏めて開いてしまう。

 オルガマリー達はサーヴァントを前にしてそこまで注意を向けられず気付かなかったが、サーヴァント達は気付いていた。小次郎は、少年から受ける圧が強まったな、と思う程度であったが。

 

「えっと……ごめんね、どうも私が原因みたい……」

 

 仮契約を結んだ途端放出される魔力量が膨大になり、一瞬で枯渇しかけていた魔力が充溢された《アーチャー》は、仮マスターの状態を知って漸くその異常事態に気が付く。

 流石にバツが悪くなり、手を合わせて少年に謝った。

 

「あら、別に貴女が謝る必要は無いんじゃないかしら」

「え?」

 

 しかしその謝罪は、サーヴァント二騎の現界、戦闘をこなせるだけの分を供給出来る程度に魔術回路を調整したメディアにより、妨げられる。

 

「貴女は知らないけど、坊やの事情を考えると回路のオンオフが出来ていないのは仕方ないし、貴女だってそれを知らなかったんでしょう?

「え、ええ……」

「なら、ただ『間が悪かった』だけよ」

 

 調整を終えたメディアは、フードの奥で笑みを浮かべながら言った。

 それに《アーチャー》は呆気に取られ、目を見開き――――

 

「ふ、ふふ……!」

 

 堪え切れないとばかりに腹を抱えて、笑い始めた。

 

「なるほど、『間が悪かった』ね! ああ、確かにそうかもしれないわ!」

 

 そう快活に笑う《アーチャー》は、唖然とする立香達の視線を受けつつ、でも、と言葉を区切った。

 

「私が罪悪感を覚える事に変わりは無いからねー……そうねぇ、仮のマスターは魔術師としてへっぽこみたいだし……」

 

 意識はあるがやや苦しげな少年を見ながら腕を組んで考え込む《アーチャー》は、唐突にニコリとまた笑んで、オルガマリーへと顔を向けた。

 先ほど悪寒を覚えた事もあって苦手意識が芽生えたオルガマリーは、《アーチャー》に笑顔で見られた事でまた肩を震わせ、一歩下がる。

 

「ね、あなたがこの一団のリーダーよね? お名前は?」

「……人理保障機関カルデア所長、オルガマリー・アニムスフィアです」

「あはは、警戒しなくても大丈夫よ。私、無理矢理は好きじゃないから――――ね、オルガマリー。取引しましょう」

「――――取引?」

 

 また悪寒のする目を向けられるかと思っている最中に出て来た単語に、一組織のリーダーを務める女性の意識が切り替わる。

 その真剣な顔を見て、《アーチャー》は強気な笑みでありながら相手を威圧するかのような真剣みを帯びた表情を浮かべた。

 

「貴女達ってこの異常な冬木の解決に動いてるんでしょ?」

「知っているのですか」

「ちょっと訳ありでねー。私にとっても此処って結構因縁があって、おかしいとは分かってたのよ……――――私が貴女達に求めるのは、この異常な冬木の聖杯戦争の終結の為の助力。代わりに私はあの仮マスターに魔術師として指導を、そして貴女達の目的に協力するわ。多分利害は一致してるけど、どう?」

「……」

 

 オルガマリーは《アーチャー》の提案を受け、口元に手を当てて思案する。

 2004年の冬木が特異点と知った時から、オルガマリーは《聖杯戦争》が原因なのではと予想はしていた。サーヴァントの強大さを考えると外れて欲しくはあったが。

 《聖杯戦争》とは、万能の願望器《聖杯》を求めて七人の魔術師が七騎のサーヴァントを召喚し、殺し合う魔術儀式。《聖杯》によって願いを持つ者の中から選ばれ《令呪》を与えられ、サーヴァントを召喚するサポートをされ、戦いの果てに勝ち残った者に《聖杯》が与えられるというのが大まかな流れだ。

 オルガマリーが調べた限り、カルデアがある時代の2016年から12年前に、冬木にて初となる《聖杯戦争》が開かれていたという。丁度その年代と合致していたため《聖杯戦争》が鍵であると予想していた。事実明らかに普通ではない状態の《ランサー》と《ライダー》を見たのでまず間違いないと確信も抱いている。

 そんな中現れた冬木で召喚されたであろう《アーチャー》は、この異常な《聖杯戦争》を終わらせたい。

 歴史的に見てこの大火災は起こっていないので、その異常な部分が特異点修復の鍵となるのは明白。その為にも襲い来る現地サーヴァントを撃退しつつ、原因を探らなければならない。

 ――――人理とは、小さな変化は許容するが、大き過ぎる変化は異常として受け容れ切れない側面がある。

 並行世界とは、その『小さな変化』を許容しつつ成立している人理の事。

 『大き過ぎる変化』は、過去に関してで言えばこの特異点と成る。

 街一つが滅びているのは確かに異常と言えるが、それが人理に影響を与える程かと考えれば微妙と言わざるを得ない。

 しかし冬木には《聖杯戦争》という魔術儀式があった。

 ひょっとしたら『冬木が滅びた』点に於ける分岐では無く、『《聖杯戦争》に異常が起きた』事こそが特異点の発生なのではないかと、オルガマリーは考察していた。その異常こそが冬木崩壊に繋がっていると結論付けたのだ。

 《聖杯戦争》が苛烈を極めて崩壊したならまだしも、《聖杯》に異常を来し、そのせいで崩壊したとなれば特異点発生も頷けると。

 『《聖杯》が原因である』という推測の正確性は先のサーヴァント二騎が裏付けている。“何かが狂った”のであればおかしくなっていても、マスターが居ないサーヴァントが居てもおかしくない。

 《聖杯》に原因があるかどうかは、冬木に召喚された七騎の内、六騎を倒さなければならないだろう。それを考えれば利害は一致していると言える。

 

「――――」

 

 オルガマリーは、続けて魔力切れで息も絶え絶えな少年マスターを横目で見た。

 自身が生きる時代より未来の並行世界出身で、デスゲームに居たのに特異点へと流れ着いたという少年は、確かに魔術師としてはへっぽこだ。いや、基礎も何もない時点で、そもへっぽこ以前の問題である。事情としては仕方ないが。

 そして目の前にいる《サーヴァント》は《アーチャー》クラスである筈だが、虚空から剣を取り出した事は武器の霊子化があるのでともかく、口ぶりから察するに魔術師でもある事は分かる。

 拠点を見繕った後は折を見て魔術師として、マスターとして教える事を教えようと考えていたが、魔力切れの速度とキャスター・メディアの対応、回路のオンオフが出来ない辺り、あまり手間を掛けているとメディアと《アーチャー》が戦えなくなる。

 それは流石にマズい。

 残るサーヴァントは《セイバー》、《キャスター》、《アサシン》、《バーサーカー》の四騎。こちらもそれなりの戦力とは言え、メディアによる強化魔術があったからこそというのは否めない。彼女の支援を受けられなくなり、《アーチャー》も戦えなくなっては、マシュと小次郎しか戦えなくなってしまう。それもこちらは動けないキリトを守らなければならないのだ、まずジリ貧で押し負ける。

 ――――だが、神代の魔術師メディアと、何時かは不明だが生前魔術師だったらしい《アーチャー》、そして現在の魔術師である自分が集中的に教授すれば、キリトも辛うじて何とかなる可能性は有る。何かしらの魔術習得や発明と違い、回路構築は子供出来るほど難解では無いのだ。

 問題は本人の素養、呑み込みに関してだが、オルガマリーはそこについてあまり心配していない。齢十歳なのに一人で戦い抜いて来たのだ。それなりの学習能力はあると踏んでいた。

 以上の事から、《アーチャー》の取り引きはむしろ受けた方が良いだろうと、オルガマリーは結論付けた。

 

「分かりました。こちらからもお願いします」

 

 その提案を受ける旨を、オルガマリーは伝えた。

 色好し返事に気を良くした《アーチャー》は、威圧感のあった真剣な表情を改め、快活な笑みを――――

 

 

 

「――――楽しそうな話してんじゃねぇか。オレも混ぜてくれよ」

 

 

 

 ――――浮かべようとした瞬間耳朶を打った男の声に、《アーチャー》たる女性は顔を顰める。

 

「え、何処から……?!」

「あそこの瓦礫の上です、先輩ッ!」

 

 所長と《アーチャー》のやり取りを固唾を飲んで見守っていた最中聞こえた声に、立香は慌てる。マシュは立香のサーヴァントとしての意識からすぐさま位置を特定し、注意を促した。

 マシュが指差した瓦礫の上には、一人の男が立っていた。

 髪の色は蒼く、結った房を肩に垂らしている男は、活力に満ちていると同時青年には無い老練さも感じさせる雰囲気を纏っている。全体的に水色のローブを纏い、ところどころを最低限の革防具で守り、何より男の背丈よりも長く先端が分厚い木の杖が特徴的だった。

 そのどこか神秘的にも映る装いから、サーヴァントであると判断した面々は緊張の糸を張った。

 先ほど撃破した二騎と異なり黒い靄に包まれてはいないが、それで味方と判断するには些か情報が足りなさ過ぎたのである。

 

「はぁ……《キャスター》、盗み聞きは感心しないわよ。大体何時から居たの」

「割と前から居たぜ? それに此処に来たら聴こえちまったんだから仕方ねぇだろ」

 

 どこかイヤそうな顔で《アーチャー》が言い、どこか楽しそうに口の端を釣り上げながら応じる冬木の《キャスター》。

 瓦礫から飛び降りて近付いて来る男に立香やマシュは警戒するが、しかし《アーチャー》が警戒しない事からどうするべきか判断に迷っていた。

 

「あら、誰かと思えば貴方だったのね。魔術師の恰好だなんて似合わないわよ?」

「此度は槍兵ではないのだな、蒼き槍兵よ」

 

 その男を見たメディアと小次郎は、記憶にある蒼き槍兵との恰好の違いからそれぞれ別の所感を抱いていた。

 その言葉を聞いて《キャスター》は首を傾げる。

 

「あ? ……あー、その口振りから察するに、別の《聖杯戦争》でランサーの『オレ』と会ってるのか。悪ぃけど『オレ』は覚えてねぇわ」

「そ」

 

 《キャスター》はルーン魔術の使い手としての側面で呼ばれているが、知名度で言えばむしろ槍の使い手《ランサー》として呼ばれる事の方が多い。何せ本人が槍を好んでいる事、また《聖杯戦争》に応じる理由が『強いヤツと戦う事』だからだ。

 なので別の《聖杯戦争》であればランサーの自身と戦っていてもおかしくはない。

 気になった事は、サーヴァントの記憶は《座》の英霊本体に記録として集積され、再度召喚される時は引き継がれない事なのだが、目の前にいる侍と魔女は引き継いでいる事だった。

 ただまぁ、そういう例外もあるんだろうと《キャスター》は勝手に納得する。

 サーヴァントである自身も記憶を引き継ぐくらいとある男を覚えているのだ。《ランサー》の自分がそれだけ強く印象に残っているという事なのだろうと思考を纏め、疑問を発する事は無かった。

 

「ランサーの……?」

「複数のクラス適正を持つ方も居るんですよ、先輩。この方は魔術師の側面も持つ高レベルの英霊という事です……多分、トップサーヴァントなのでしょう」

「ま、そういうこった。これで一つ賢くなったな坊主」

 

 クラスが何か分からない盾を持つ少女の解説に軽く応じた後、《キャスター》はオルガマリーと相対した。

 

「さて、さっき《アーチャー》がしてた話、オレも混ぜてもらいたいんだが良いか? オレと《アーチャー》の目的は同じみたいだからな。戦力は多い方が良いだろ」

「えっと……つまり、貴方もこの《聖杯戦争》を終わらせたいと……?」

「応。まぁ、仮契約してもらわないと戦えないんだが――――」

 

 そう言って、冬木の《キャスター》は緊張に身を固める立香と、倒れ伏しメディアに介抱されているキリトを見た。

 

「結ぶにしても選択肢はそこの坊主しか無いな。アンタはマスター適正無いみてぇだし……いや、ホント珍しいな。魔力の質も量も上等なのにマスター適正だけ無いとか何かの呪いか?」

「人が気にしてる事を言わないでくれる?!」

「お、おおっ、そうか、そりゃ悪かった。そんで残る一人は魔力切れを起こしてると……てか前見た時はかなりの量だったのに、何でこんな早くに底を尽いてんだよ」

「その口振り……前、どこかから見て……?」

「ああ。坊主が一人で雑魚を斬ってる時にな」

 

 以前見た時から魔力の膨大さを知っている《キャスター》は、キリトの魔力切れが早過ぎる事に疑問を抱く。

 

「坊やは魔術回路のオンオフが出来ないから、《アーチャー》との仮契約の時に私が閉じた分が纏めて開いたのよ。それなりに消耗していたから一気に枯渇したというわけ」

「……あー、なるほど。つまり《セイバー》の《魔力放出》みたいに、垂れ流してた魔力が剣に纏わりついてたと。エネミーを素で倒せてた理由はそれか……むしろよくここまでガス欠にならなかったな……」

「ぐぅ……」

 

 やや呆れた面持ちの《キャスター》の言葉に、己の未熟さを現在進行形で味わっているキリトは呻く。反論出来ないので押し黙るしか無かった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 キャスニキの格好いい場面はアチャ子に喰われたんだ、仕方ないネ(笑)

 ちなみに同人でのアチャ子はランサーに好意を向けられていたりする。初対面で一目惚れして『君のハートにゲイ・ボルク』とか何とか。あまりのしつこさにキレたアチャ子が『処女神の第二原罪』を投げて、ダメージ0という事に打ちひしがれていた。デートに誘ってたとか何とか。

 特異点Fのクーニキはキャスニキだけど、大体同じ感じという構想ダヨ。

 次に魔術回路について。

 コレ、Fate/の原点たる衛宮君が『毎回魔術行使時に作り直す』っていう鍛練してたけど、凛は『一度作ったらオンオフの切り替えだけで良い』って言ってて、何やら本数が決まってるってあったので、私は『回路を築くのは魔力を流す元栓を造る事に等しい』と解釈しております。

 でないと本数が決まってるのがちょっとおかしい。築けるなら幾らでも作れる事になるのだから。

 その魔術回路は、サーヴァント召喚&契約時に開く必要があるけど、一度パスを繋げた後は、契約者の回路は閉じていてもパスで勝手に流れるから無問題としております。

 で、キリトの魔力切れは、第一話からやってる『生身でエネミー討伐』の為に『魔力を全身に纏うほど垂れ流す』事が原因。メディアさんが閉じたけど、《アーチャー》との仮契約でまた開いたから尽きちゃったよと。

 限度がある容量なのに全力で流してたらそりゃ尽きもする。

 キリトが成長するには一回痛い目見ないとですからね(黒笑)

 ……というか、本作みたいなオリ主物や原作の主人公達が魔力切れで苦しんでるのって、あんまり見ないんですよね。だからさせたかったというのもある。

 ――――メディアさんがかなり世話焼きになってるのは、『純粋な憧憬・尊敬には多分弱いんじゃないかなぁ』って個人的に思ってるから。

 メディアさん、多分大人には厳しいけど、子供には結構甘くて世話焼きな部分があると思うの。異論は認める(でも本作はこのスタンスで往く)

 では、次話にてお会いしましょう。



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序章:6 ~事情~



 どうも、おはこんばんにちは、黒ヶ谷です。

 空いた時間でチョチョイと書いた。生存報告でもある。私は一応元気です!

 尚、SAO側の孤高の剣士の書き溜めは全然進んでいない模様。

 ではどうぞ。




 

 

 魔力切れで倒れたキリトに魔術回路の使用法を伝授するため、立香達カルデア一行は今度こそ本当に一休み出来る場所を求める事となった。

 過去、この特異点Fこと冬木の街で行われた《聖杯戦争》にて召喚された経緯を持つ《キャスター》ことメディア、《アサシン》こと佐々木小次郎は、その実街へ繰り出してはいないため殆ど地の利が無いと言っても良かった。

 ドクター・ロマンによるサポートも望み薄。常に存在の感知こそ行われているが通信自体は頻繁に行えるものでは無く、そもそもカルデアから分かるのは魔術的存在の有無や霊脈の通り道などであり、物理的な状態・状況まで把握出来ない性質から、今回は役に立てない。

 つまり一行は地の利も無く、何時どこから黒く侵されたサーヴァントたエネミー達に襲われるか分からない状況下で、自らの脚で拠点を探す事になったのだが――――早い解決を、女性の《アーチャー》が齎した。

 

「私に着いて来て。私のマスターが同盟を結んでた人の家なら広いし、新都に較べれば火の手も薄いから」

 

 そう言って一行を道案内する《アーチャー》。一度共闘し、しかも《令呪》に縛られる契約関係を築いた今、完全な信用こそ未だ出来ないもののある程度の信頼は出来ると考えた立香達は、《アーチャー》の案内を素直に受ける事にする。

 ――――立香達が居た場所は、冬木市に於いて《新都》と呼ばれる場所であった。

 冬木はかつて未曽有の大火災に見舞われ、市の大半を焼き払われた事がある。その『大半』が新都部分。復興と共に現代技術を大いに取り込んだ事で、焼き払われなかった地域に較べて現代風の建造物が増えた事から《新都》と呼称されるようになったのだ。

 対して《アーチャー》が案内したのは、住宅街が立ち並ぶ場所。その中でもやや異彩を放つ建造物だった。

 

「此処よ」

「おお……武家屋敷だ……」

 

 家主でも無いのにやや自慢げに言う《アーチャー》が示した家は、立香が洩らした感想通り、やや時代を遡った感のある武家屋敷。閂こそされていないが正門は寺などにある山門のそれと同一のもの。

 敷地内に入れば、母屋の傍らには道場もある。

 

「――――」

 

 立香に背負われながら道場を視界に収めたキリトは、胸の裡に郷愁を覚えた。

 自身を拾った《桐ヶ谷》の家も、母屋こそ現代の建築技術で作り直されていたが、その骨子は武家屋敷に通ずるものがあった。加えて敷地内には目の前にあるものとほぼ同規模の道場も。

 完全同一では無い。よく見れば多くの違いが見受けられたが、しかし多少の共通点を認めたからこそ、一年半も還っていない今の我が家への想いを募らせる。

 既に二度は死を受け容れる覚悟をしたからこそ、別の意味でも心苦しくなっていた。

 

「……ふぅ」

 

 そんな少年に、魔術的な結界を屋敷に施す傍らで神代の魔術師メディアは溜息を吐く。

 年齢に反して表情にこそ出ていないが、しかしその眼をよく知っていたこそメディアだけはキリトの内心に気が付いた。

 気が付いたが、しかし何も言わない。何も出来ないからこそ言わない。下手な慰めは時に一流の罵倒をも上回る侮辱になる事を理解しているから。

 難儀なマスターに当たったものだとメディアは思った。盾の少女や、かつて己が反則的に召喚した侍と契約している少年も、唐突な事態に巻き込まれ災難とは思うが、己のマスターはそれ以上だと。

 元の世界に還れる保証はなく、そもそも生きて還れる可能性すら薄いのだ。郷愁を抱くなと言う方が無理というもの。

 

「――――ほらほら、何を呆けているの。無駄にしていい時間なんて無いのだからさっさと入りなさい。休める時に休むのが一番よ。魔力回復の基本は睡眠なんだから」

 

 ぱんぱん、と手を叩いてメディアは一行を急かした。真意としては魔力枯渇に喘ぐマスターの回復を考えての事だが、無論それだけでは無かった。

 何時襲われるかは分からない。そんな状況で休める場所を確保出来たのは、ほんの僅かな間と言えども貴重である。

 特に今、マスターが魔力枯渇に陥っているせいで限界も危うくなっているメディアと《アーチャー》は戦えないため、必然的に戦力はマシュと小次郎、そして《キャスター》の三人だけとなる。オルガマリーは魔術的な援護を行えるが、キリトは立香に背負われているので足手纏いと言える。《令呪》によるブーストも一日に一回という回復こそあれ乱発して良いものでも無い。

 サーヴァントとしての霊格こそ低い小次郎も、技術的な面で言えば最高峰に近いだろう。

 しかし神代の英霊はふざけている程にふざけた連中ばかり。メディアが知る大英雄も、かつて《バーサーカー》として召喚されていたが、己の伝承を十二回の蘇生宝具として再現されているなど基本的な性能が桁違い。《キャスター》が《ランサー》であればまだしも、今そんな存在と鉢合わせすれば全滅は必至。

 

 ――――あまり考えたくないけど、まず間違いなく、《バーサーカー》はあの筋肉ダルマでしょうからね……

 

 己が知り得る英雄の中でも最上位に位置する大英雄。アレは武勇は勿論、存在そのものが最早常軌を逸した存在。

 己が知る《セイバー》と異なり、《対魔力》というスキルを持っていないため魔術は通じるだろう。しかし蘇生宝具や防御宝具を貫通する事は出来ない。つまり倒せない。出遭った時点で死は必定なのである。

 それでも幸いと言えたのは、カルデア一行の目的は全てのサーヴァントの討伐では無く、この冬木が特異点と化した原因の究明、およびそれの排除。無理してサーヴァントを倒す必要は無い。

 そして更に幸いと言えたのは、道中で合流した《キャスター》が冬木の異変について多少知っていた事だった。

 

「俺も詳しい事は分からねぇんだがよ」

 

 一先ず回復が先決と満場一致となり、勝手知ったるとばかりに家に上がり込んだ《アーチャー》が布団を敷き、そこにオルガマリーの魔術によって抵抗虚しく眠りに就いたキリトを寝かせた後、広いリビングに集まった一同の前で《キャスター》がそう前置きし、何があったのかを語った。

 とは言え、《キャスター》も詳しい事は知らない。

 

「たった一夜で冬木は火に呑まれ、人間は居なくなって、骨の雑魚共がウヨウヨ彷徨う場所になった」

 

 それを為した存在。それは冬木の《聖杯戦争》で召喚された《セイバー》。

 

「奴さんは水を得た魚みてぇに暴れてな、次々に他のサーヴァントを倒していった」

 

 その余波として、新都に巨大な一文字の傷として刻まれている。そう伝えられただけでオルガマリー達は絶句する。

 小次郎はやや思案顔。メディアに至っては、《セイバー》の真名に当たりを付けていた。

 

「あの、真名は……」

「《セイバー》の真名は、聞けば誰でも知ってるだろうさ。何せ有名な聖剣の担い手だからな。その聖剣の銘は――――《約束された勝利の剣》」

「「「……!」」」

 

 マシュへの返答に、再度絶句するオルガマリー、立香、マシュの三人。

 エクスカリバー。

 それは『アーサー王伝説』にて記された聖剣の名前。聖剣と言われればその名が挙がる事は間違いないとすら言われる程に有名どころ。かつて湖の精霊がブリテンの王に貸し、後に国が割れ、致命傷を負った際に忠臣の手によって返還された剣。

 その担い手を、現代の人々は騎士王と呼ぶ。

 

「騎士王、アーサー・ペンドラゴン……!」

 

 畏怖と共に、マシュが名を洩らす。マシュの霊基が震えた。

 

「……ふむ。話は分かった。が、一つ解せない事があるのだが、青き魔術師よ」

「何だ?」

「某、以前召喚された時にその騎士王と刃を交えているのだが、あの者はこんな事を仕出かすような俗物では無かった――――その騎士王は、本当に『騎士王』だったか?」

 

 訝しむ侍の眼は鷹を思わせる程に鋭い。名も無く、一生を田畑を耕す事と剣を振る事にのみ費やした男が唯一意味を持って死合った相手は、記憶に鮮烈に残っている。

 願わくば、もう一度――――などと、小次郎は思わない。己は敗北した、ならばそれで終わりと割り切っている。

 しかしそれでも、小次郎は騎士王と刃を交えた事を誇りに思っているし、その記憶を大切に抱いている。それは同時にあの騎士王の剣と性質を好ましく思っている事の顕れだ。

 だからこそ、小次郎は訝しんだ。

 己が好ましく思う事を認めた者は、決して人を蔑ろにする愚かな行為に手を染める輩では無い。であれば、その存在は本当に騎士王その人なのか、と。

 

「――――鋭いな、優男」

 

 その疑念に、青き魔術師が不敵な笑みを浮かべた。

 やはりか、と小次郎は己の疑念が正しかった事を悟り、同時に彼の騎士王がした事では無いと安堵した。

 

「俺も詳しい事を知ってる訳じゃねぇ。だが……お前ら、《ランサー》と《ライダー》と戦った時、何か妙だと思わなかったか?」

「そういえば、妙に黒かったような……」

 

 顎に手を当てながら、立香が言う。脳裏には同じマスター仲間である幼い剣士の姿と、先刻消滅させた二騎のサーヴァントの姿が浮かんでいた。

 キリトの恰好も確かに黒い。黒でない部分は肌くらいなものでは、と思うくらいには全身黒尽くめだ。

 しかしサーヴァント達は違う。肌の色すら日焼けなどでは決してない禍々しい黒に上塗りされていたし、服や装備なども、キリト纏う衣類や武器とは違う泥のような黒色に侵されていた。

 その違和感は全員が抱いている事。

 

「それは、《聖杯》が原因よ」

 

 その原因を、人数分のお茶を淹れ直す為に一旦席を立っていた《アーチャー》が、席に戻りながら口にする。

 

「厳密には柳洞寺がある円蔵山の《大聖杯》の汚染が原因」

「だい、せいはい……? 汚染……?」

 

 唐突に飛び出たワードに困惑するオルガマリー。マシュも眉根を寄せて疑問の表情となる。立香はそもそも《聖杯》がどういうものかイマイチ理解出来ていないので着いていけていない。

 《アーチャー》は《聖杯戦争》の裏の事情について、かいつまんで語った。

 《聖杯戦争》とは、七人の魔術師が七騎のサーヴァントを召喚して戦う戦争。マスターの権限所有は《聖杯》によって願いを持つ者の中から選ばれる。ここまではオルガマリーによるレクチャーと同一。

 しかし、《聖杯戦争》の仕組みはこれだけでは無い。

 

「《聖杯》を完成させるには、七人のサーヴァントが必要なの」

 

 万能の願望騎《聖杯》を完成するには、《聖杯戦争》で召喚されたサーヴァントの魂七騎分が必要なのである。

 そして《聖杯戦争》で召喚されるサーヴァントは、基本的に《聖杯》に何かしらの願いを持つ者しか呼ばれない。過程はどうあれ結果的にサーヴァントの願いは叶わない事になる。だからマスターは《聖杯》を手に入れる権利だけでなく、己のサーヴァントを自害させるためにも《令呪》一画を残す必要があった。

 その為にもマスターとなる魔術師は計画的に、狡猾に、事を進めなければならない。真実を知れば己のサーヴァントすら敵になる状況が決定付けられているのだから。

 《令呪》は一時的には魔法レベルの行為すら可能とする程破格な代物。

 それを使う事無く、しかし勝利するとなれば、強力なサーヴァントを召喚するのが一番。それ故にマスター達は召喚する際、己が立てたプランをこなせる《英霊》を狙うために触媒と呼ばれるものを用意するのが基本。

 小次郎を召喚出来たのは、立香と所縁のある《英霊》が日本出身の者だけで、且つ名立たる武将とは関係が無く、更に召喚場所が冬木というかつて小次郎が召喚された縁深い場所だったからである。これほど条件が揃わらなければ呼べないほど小次郎は存在が薄い。

 メディアに関しては、先に召喚した小次郎が触媒代わりになったと予想された。加えて言えば冬木の地か。

 メディアには、キリトに召喚されたのは内心抱いている郷愁や願いが近しいからではないか、という予想もあるのだが。

 ともあれ《聖杯戦争》を無事に勝ち抜き、勝者となった者が確実に《聖杯》を手にするには、極論強力なサーヴァントを召喚すれば良い。

 そうなると選択肢に入る存在は神秘に溢れた古代、神代、神話の存在となる。

 その中でも超級と言えるのは神話に挙げられる大英雄達なのだが――――

 

「この《聖杯戦争》のシステムを作り上げた『とある家』が、ズルをしたのよ。ゾロ・アスター教の邪神アンリ・マユを召喚したの」

 

 『とある家』が目を付けたのは、大英雄達では無く、神霊だった。神話に於いては天災とすら直喩される程に理不尽な存在を味方に着ければ勝ったも同然と、そう考えたが故の行動。

 しかし、結果は惨憺たるもの。

 召喚されたのは貧弱なサーヴァントだった。歴代最弱とすら言えるそのサーヴァントは、勿論《聖杯戦争》開始数日で敗退した。

 ――――それが《大聖杯》汚染の原因。

 

「アンリ・マユは、『こうであれ』と悪を望まれて生贄に捧げられた少年よ。『作物が育たないのはお前のせいだ』、『日照りが続くのはお前のせいだ』と言われた者、それがアンリ・マユーーーーつまり《アンリ・マユ》という《英霊》は、存在そのものが『悪を望まれる者』だった」

 

 存在からして悪を望まれる者、それがサーヴァント《アンリ・マユ》。

 そんな存在の魂が《大聖杯》にくべられた事で、無色だった願望を叶える膨大な魔力は穢され、汚染された。

 結果、何を願っても『悪』に属する形でしか願いを叶えないモノとなった。

 

「《聖杯》がガワだけで現れるのは魂六騎分、この時点で汚染された魔力、すなわち『泥』は滲み出る。完成の七騎分で溢れ出て大火に見舞われるわ」

「……でもそれが本当だとしたら、話がおかしくならない?」

 

 かつて己が求めたモノが欠陥品であると知ってショックを受けていたメディアは、しかしそれでも懸命に思考を働かせ、違和感に気付く。

 現在消滅を確認しているのは《ランサー》と《ライダー》の二騎。

 生存を確認しているのは《アーチャー》と《キャスター》。この眼で見てはいないが、二人の口振りから察するに《バーサーカー》と《アサシン》は野放しで、《セイバー》もまだ残っている筈。

 これでは《聖杯》のガワ出現分にも満たず、泥は滲み出てこない。

 つまり街が大火に見舞われる事は無い筈なのだ。

 しかも今出た話は街が大火に襲われた原因であろう話であって、《セイバー》がどうしてそんな事を仕出かしたのかについては未だ分かっていない。

 その指摘に、《アーチャー》は頷く。

 

「ええ、私もそこが引っ掛かってるのよ」

 

 しかもよ、と細い指を一本ピンと立てる《アーチャー》。

 

「サーヴァントって基本的に魔力の消費量がえげつないのよね。《聖杯戦争》は《大聖杯》で、リツカやキリトはカルデアの支援を受けて保たせてるけど、それでも全力戦闘をすれば現代魔術師は割とすぐ魔力枯渇に陥るわ」

 

 そう聞いて、立香達はキリトの姿を思い浮かべた。

 立香の何十倍、一流と言われても過言では無いオルガマリーの数倍もの魔力量を誇るキリトが魔力枯渇を起こしたのは回路を閉じていなかった事が原因ではあるが、回復量も桁違いであるのに、倒れてからはメディア達との契約を維持するので精一杯。契約と現界の維持でそれなのだから、軽い戦闘行為ですら倍以上は消費するのは目に見えている。

 更に、騎士王が生きたブリテン島は、神代最後の場所であった。やや神秘が薄れ気味ではあったが、しかしれっきとした神代の末端。当然だがネームバリューも相俟ってステータスは軒並み高く、能力も同様で、比例するように魔力消費量も馬鹿にはならないだろう。

 そんな騎士王が他の全てのサーヴァントを一夜にして蹴散らしたという。しかも一点に力を集中させるのではなく、街に破壊の傷跡を残す程の暴威を振るった。

 一体どれほどの魔力を必要とするのか、オルガマリーには見当もつかなかった。しかも長期的にでは無く短期的、たった一夜、すなわち数時間内で行った事なのだから、瞬間消費量がイコール魔力保有量と言っても良い。

 

「無理よ、絶対無理よ! 幾ら《大聖杯》のバックアップ込みとは言え、そんなトップサーヴァントの全力戦闘を支えるなんて不可能よ!」

 

 現実的に不可能と判断出来たからこそ、オルガマリーは恐怖し、惑乱する。なまじ理解出来たからこその恐怖が心を苛んでいた。

 日を置いて、長期的にするのであればサーヴァントの全力戦闘に耐えるのも不可能ではない。しかし敵対サーヴァントが何体も居て、その数だけ敵対魔術師も居て、諸共相手に戦う中で全力戦闘用の魔力消費と己の身を護る為の魔術に要する魔力を同時に賄うなど、幾ら何でも無理がある。

 そんな事が可能なのは、第二魔法に至ったキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグくらいなものである。

 

「そう、絶対不可能――――だからこそ、それが答えになる」

「へ……?」

 

 《アーチャー》の肯定、そして答えに、オルガマリーは惑乱を忘れて呆ける。

 

「簡単な話よ。カルデアも、この地に起こった《聖杯戦争》、つまるところ《聖杯》が特異点化の原因と見てたのでしょう?」

「え、ええ……でも、この地の《聖杯》は違うんじゃ……」

「そうね。でもこの大火を招いたのは間違いなくこの地の《大聖杯》よ、汚染されてなければこんな事にはまずならない。だから厳密には《大聖杯》は遠因、原因は別にある」

 

 その原因が《セイバー》の事か、とオルガマリーは察した。

 

「じゃあ、《セイバー》が……?」

「正確に言うなら、《セイバー》の魔力消費を支えるモノ、でしょうね。そしてそれを為したのは特異点を作り出した存在だと思う」

「……」

 

 暫しの沈思。

 

「……《聖杯》……?」

 

 ふと、オルガマリーに浮かぶ馬鹿げた発想。

 人間には支える事の出来ないサーヴァントの魔力消費を、《聖杯》が肩代わりする。

 しかしそれでは本末転倒な話になる。だって《聖杯》を手に入れる為の戦いで、サーヴァントが魔力を消費するのだ、これではアベコベな話になる。

 しかし――――しかし……オルガマリー達カルデアは、特異点発生の原因を、《聖杯戦争》という過程にあるのではなく、《聖杯》という結果に見出していた。

 人の手では過去を変える事など不可能という認識。

 《聖杯》くらいでなければ過去を変えられないという認識。

 それが今、合致した。

 

「まさか……特異点を作った黒幕は、《聖杯》を《セイバー》に与えた……?」

「恐らくね。ついでに言えば泥が溢れるくらいの魔力を《大聖杯》に注いだのも」

「ッ……」

「所長!」

 

 予測ではあるが、しかし英霊である《アーチャー》の肯定に、眩暈を覚えるオルガマリー。ふら、と状態を揺らがせた姿に、マシュが声を上げ、支えた。

 

 ――――《大聖杯》に魔力を注いだ事はともかく、《セイバー》が《聖杯》を受け取った、ねぇ……

 

 《アーチャー》が弾き出した答えを聞いて、メディアは思考に意識を没する。

 あり得ない話ではないと思う。《聖杯戦争》に召喚されたという事は、あの《セイバー》にだって願いがある事は明白なのだ、調停者たる《ルーラー》のサーヴァントでない限りこれは絶対である。

 予想はつく。《セイバー》は、あのブリテンの滅びを目の当たりにした一国の王。立場を鑑みれば、祖国の滅びを変えたいとか、そんなところだろうと当たりも付けられる。

 黒幕が与える《聖杯》を用いれば、マスターの魔力量を考える必要が無くなり、敵を一掃出来る。ともすれば彼の大英雄ですら屠れるだろう。それほどに星の聖剣は宝具としても図抜けている。《セイバー》とて人の子、可憐な少女なのだ、儚い願望の前に屈するのも已む無しと言える。

 己の願いを叶えるほどでは無く、しかし戦闘には足りる量に調節していれば、その地を大火に包む作業を行う時間も稼げるだろう。

 しかし、それでも解せない。

 あの《セイバー》を好む理由は、容姿が可憐だからだけでは無く、心もまた美しいと思ったからだ。悪を許さず、善をこそ尊ぶ騎士の在り方に、己は美しいと思うだけの価値を見出していた。

 飄々とした侍も理由こそ違っても同じ所感を持っている。

 だからこそ分からない。あの騎士王と名高き聖剣の担い手が、あからさまな悪、そうでなくとも謀略の誘いを受けるか、と。

 人の子故に願望の前に屈するのも已む無しとは思うが、しかし、どうにも違和感が残る。

 仮令泥に、狂気に侵されていようと、あの少女の根幹が変わる事は無いと思うのだが。

 

 ――――それに、《アーチャー》と《キャスター》が残ってるのもねぇ……

 

 ちら、と紅い外套を纏う銀髪の少女と、青の装いの青年を見て思う。

 この二人にマスターは居なかった。すなわち魔力供給が無いせいで戦闘能力が低下し、倒しやすくなった事を意味する。二人とも達者なようで巧く捌いていたようだが、しかし限界というものがある。泥に侵された者達と違い、二人には魔力供給が無かったのだから。

 特異点とは、まだ修復出来る状態だ。

 逆に言えば、ある一線を超えれば不可逆になる。それが恐らくはこの地の《聖杯》を用いた歴史の破壊、すなわち《セイバー》の願いの成就だろう。

 《セイバー》の願いを叶える為には現地のサーヴァント達を全て消滅させ、その上で《セイバー》自身も自害する必要がある。結果的に願いが叶わないとは言え、それを知らない以上は己以外の全てを消滅させようとする筈。

 しかし、現実としては残っている。しかも自分達と戦った《ランサー》と《ライダー》が最初の消滅相手と来ている。

 確認していない《アサシン》と《バーサーカー》を入れれば四騎、入れなければたったの二騎。これでは《聖杯》の完成など程遠い。

 しかも《セイバー》自身は円蔵山に籠っているという消極性。特異点を作った輩からすれば面白くない事態の筈だし、せっつかれていないにしても動こうとしないのはどういう事か。気長に構えるくらいなら、むしろ今《セイバー》に齎された絶大な魔力を持って全てを薙ぎ払えば話は速い筈だが。あの子の性格的に現状を打破出来る手札があれば打って出る方が似合っている。

 状況と事情に反するような《セイバー》の行為。

 これは……

 

 ――――……まさか、わざと誘いに乗った……?

 

 状況を引き延ばしていると考えれば、むしろ《セイバー》はカルデアのような特異点修正の者達を待っていたのかもしれない。

 それはイコール、あの騎士王ですら敵わない存在が黒幕、という予想に繋がるのだが。つまり星の聖剣ですら通用しない相手という事か。

 《聖杯》を与えたであろう事も含め、今回の敵は色々とスケールが違うらしい。

 

 ――――だとしても、少なくとも今は敵と考えておいた方が良いか。

 

 メディアの脳裏に浮かぶのは、黒い泥に汚染されたサーヴァント達。アレを最初に《セイバー》が受けたのだとすれば、同じ様に襲って来ると容易に予想出来る。

 そうでなくとも星の聖剣ですら敵わないかもしれない黒幕が居るのだ。サーヴァントという括りである以上、洗脳や《令呪》の縛りなどで言う事を聞かせる方法は幾らでもあるし、味方になると考えない方が良い。元より敵のつもりで自分達は居るのだから。

 諸々細かい問題はあるが現状最大の問題は己のマスターだな、と《アーチャー》が淹れた渋みのあるお茶を啜りながら、メディアは思考を終えるのだった。

 

 






 はい、如何だったでしょうか。

 今話は私がF/GOの特異点Fで感じた違和感や疑問について、私なりに考察した事を語る為に費やしました。

 や、だって『冬木の大火災』と『セイバー狂暴化』の因果関係と前後がおかしいんだもの。

 本編だと
1)セイバー狂暴化
2)キャスニキ以外汚染(消滅してないので魂回収はしてない)
3)冬木から人間消滅&大火災発生(2)とどっちが先かは不明)
4)カルデアレイシフト(今ここ)
 ――――という感じですが。

 黒幕が大火災を起こしたなら、オルトリアは必要ないし。

 他のサーヴァント達が汚染状態でも残っているなら魂回収無し=《聖杯》起動せず=大火災は発生しないし。そもそもアルトリアもオルトリアに反転しない。

 じゃあお前、オルトリアが遺してレフが回収した《聖杯》は何だ! って考えたら、こう考えるしか無い訳で。公式でもオルトリアさんは黒幕に対抗するべく時代を残そうと消極的に引き籠っていたみたいだし、多分この解釈で合ってるんじゃないかな。

 そもそもセイバーの魔力消費とマスター(多分衛宮士郎)の保有魔力量的に、バサクレス含めた全てを相手して全勝するのは不可能だと思うの。間違いなく凛レベルでも不可能。

 じゃあ黒幕が《聖杯》渡して、それを力の源にしたんじゃね? って(多分この時点でオルトリアに)

 ひょっとすると黒幕が《大聖杯》に魔力注ぐ、泥溢れて騎士王を反転、反転騎士王が暴れて他が汚染、その間に大火災発生って流れかもしれない。

 ともかく本作ではこんな感じ。

 あとマテリアル見返して思ったけど、《セイバー》の真名確認はアチャミヤ戦の前にするべきだと思うの。

 ついでに言うと、本作のメディアさんは過労死(常時スタメン)枠です。マイカルデアのアンデルセンさんや邪ンヌみたく。仮令敵にライダークラスが居ても出撃するアンデルセンさんみたく!(邪笑)

 ひょっとするとメディアさんはキリトにとっての義理の姉になるかもしれねぇなぁ………( = =) (本編の義姉・電姉を見つつ)

リー姉・ユイ姉「「自分達のライバルが出来た気がする」」ガタッ

 ――――とか言って『世界を渡り歩く存在』になって登場したり……

 そういえば、拙作本編でそういう人物が一人居たっけ。

 では。



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序章:7 ~休息~

 

 

 鼻に突く、鉄の香り。

 脳髄を揺るがす血煙の匂い。

 それらは全力で、否応なしに、闇に沈んだ意識を浮上させた。

 瞼を開くと共に視認する見知らぬ天井。似たものは知っている、だがこれそのものを知らない故に、反射的に上体を起こそうとした。

 途端、襲い来る頭痛と眩暈、それから吐き気、倦怠感。

 

「ぐ……」

 

 倦怠感は絶大だが、それ以外はまだ軽微と言える。少なくともダメージを受ける度に全身を走り苛む『極限まで再現され時間経過による減衰が無い痛み』に較べればまだマシか。

 それでも無視する事は出来ず、また過去に経験したタイミングでもない為に思わず呻きを洩らす。眩暈が起こった時から体を動かしていないのにぐらりと視界が揺らいだ。

 これは無理だなと起きるのを断念し、起こそうとした上体を敷布団に沈ませ、息を吐く。痛む頭を押さえようと右手を翳すが、その軽い一動作ですら倦怠と疲労が酷い。

 

 ――――これが『魔力枯渇』の弊害、か……

 

 《ランサー》と《ライダー》の撃破後に覚えたのは、まるで自分の芯となるナニカを削るが如き虚脱感だった。

 今はそれに取って代わって倦怠感がある。

 確か魔力とは、大気中に満ちる『オド』と、体の中を流転する『マナ』とで構成されていると聞いた。魔術行使で用いるのは後者、自然回復では前者と、魂が吐き出す余剰分のエネルギーの変換分が該当するとか。

 要は《戦闘時自動回復》スキルの回復が自然回復で、フル回復した後の余剰分が魔力として補充されるのだろう、とキリトは認識していた。

 今は体が枯渇した魔力を必死に充填している最中で、そのせいで倦怠感が酷いのだろうと。欠けていてはいけない分の回復まで休めという体の信号という訳だ。

 これではマトモに動けないな、と嘆息し、キリトは手を掛布団へと下ろした。

 

 

 

『ふぉーう』

 

 

 

 ――――突如、初めて耳にする動物の鳴き声。

 

 

 

「……?」

 

 古今東西あらゆる、とまではいかなくともそれなりの種類の動物を見て来て、鳴き声も耳にしたキリトをして、その鳴き声は本当に初めて聞いたものだった。

 聞こえたのは、キリトの左側頭部。

 揺らぐ視界と押し寄せる吐き気を抑え込み、ぐるりと枕の上で首を巡らせ――――枕元に、白いモフモフの小動物を発見する。

 

「な……」

 

 鳴き声は勿論、その姿を初めて見るキリトは瞠目し、身を固めた。

 白い毛並みの動物、というのであれば何十種類とキリトも知っている。だがしかし、リスか猫かよく分からない見た目の種類で、鳴き声が『ふぉう』というもので、カールの如きふわふわな毛並みの動物を、少年は知らなかった。

 加えてキリトは動的存在の気配や空気の動きには人一倍敏感な自負があった。

 魔力枯渇の弊害で酷く消耗してはいるが、しかしそれで、枕元にまで近付かれて気付かない愚を犯すほど、キリトも気を抜いてはいない。というか、仮にキリト自身が無意識に抜いていたとしても、反射の域に達するレベルで刷り込まれた技術が接近を許さない。

 接近する存在を排除するか否か、それ自体はキリト本人の意思ないし相手の意思により左右される。だが仮に敵意が無いとしても――――一撃死の恐れがある頭部の真横まで近付かれ、それに気付かないというのは、それまでただの一度も起きなかった。

 だからこそキリトは硬直し、驚愕し、絶句し――――

 

『ふぉう』

 

 てし、と。不可思議な小動物の右前脚を無抵抗のまま額に受けた。

 むに、と肉球が皮膚を押し、へ、とキリトが気の抜けた声を発する。虚を突かれたせいで思考停止して小動物にされるがままだ。

 小動物はそのまま幾度も前脚を押し付ける。

 てし、てし、てし、てし……

 

「……むぅ」

 

 数秒して我に返ったキリトは、どうしたものかと額に肉球アタックを受けながら思案を始め。

 取り敢えず、かわいいから撫でようか、と結論を出した。

 キリトは色々と疲れていた。何に、とは言わない。

 ゆっくりと左手を喉元に伸ばせば、察したようにふぉうふぉう鳴く小動物が首を差し出す。その小さな顎下、喉を指でくすぐってやれば、機嫌良さげに目を細め、ふぉーう、と間延びした声を発した。

 そのまま暫く小動物の喉元を擽り、次第に頭を撫でていると、布団が敷かれた和室の隣から足音が聞こえた。

 

「――――フォウさん、此処に居るんですか?」

 

 カララ、襖を開けたのは、カルデア所属の盾使いマシュだった。盾こそ無いが、しかし鎧を纏った武装状態の女性は、キリトが寝る部屋を見渡し、そこに馴染みある小動物がいるのを発見する。

 同時に、その小動物を撫でているキリトの状態も確認した。

 

「あ……キリト、さん、目を覚まされたんですね」

 

 やや詰まりながらも敬称を付けるマシュ。明らかに自分より幼い少年だが、しかし戦闘の経験値で言えば圧倒的に上である、君付けはどうなのだろうと悩んでの無難な選択だった。

 これに疑問を覚えたのはキリトの方である。

 

「……さん付けは、慣れない。呼び捨てでも良い」

 

 何しろこれまでいた環境の中で敬称を付けられる場面は一度も無く、会う人物全てが己より年上と来ている。呼び捨て、ないし君付けの方がまだ馴染みがあった。

 しかしマシュはそうもいかない。生真面目、礼儀正しさが服を着ているような人間であるため、マシュは誰かを呼び捨てで呼ぶ事が無かったのだ。呼び捨てにするにしても、大抵は役職を付けているため、実質敬称呼びだった。

 少しのやり取りを経て、キリトはさん付けで呼ばれる事になる。特に不都合が無い以上、拘りも無いのに呼び方を強制するのは我が儘だと思ったが故に折れたのだった。特に反対していなかったので『折れた』と言うのは語弊があるかもしれないが。

 呼ばれ方について一先ずの収着を見たキリトは、次に、文字通り目先に在る存在への疑問を解消しようとする。

 

「それで……この小動物の名前、フォウって言うのか」

「あ、はい。フォウさんです、カルデアで自由気儘に動き回る動物です。滅多に人に懐かない上に姿を見る事すら稀という存在の未確認ぶりから、カルデアのUMA認定間違いなしです」

「そ、そう……」

 

 小動物ことフォウについて尋ねた途端、唐突にこれまでの移動中に抱いていたマシュのイメージと遥かに違う饒舌な語りが展開され、キリトはやや圧倒された。自分が言うのもあれだが、マシュはちょっとズレてる部分があるな、と。そうキリトは感じていた。

 そんな思考を知ってか知らずか、真白い小動物フォウはキリトの元より駆け出し、マシュの足元を通り過ぎ、部屋から出て行った。

 

「あ……行ってしまいました。あんな風に何時も気儘に動くのがフォウさんなんです」

「なるほど、ね……」

 

 見た目から判別出来る上では猫では無いのだろうが、しかしあの気儘さは猫に通ずるものがあると笑みながら、キリトは上体を起こした。

 倦怠感はまだあるが、先ほどより眩暈などは薄れている。

 ぐっと手を握れば、やや弱ってはいるものの寝起きと片付けられる程度ではあった。試しに長らく使っている愛用の短剣を取り出し、柄を握れば、問題無い程度に握れた。

 

「あの……?」

「ん……ああ、体力は問題無いかなと、確認の意味を込めて武器を出したんだ。他意は無いよ」

 

 キリトがデスゲームの舞台で手に入れた武器は非常に特殊な代物。使い手の強い想起によって自在に呼び出し、しまう事が出来、使いようによっては敵の背後からいきなり武器を出すという邪道すら行えてしまう埒外のもの。

 共に戦う仲間として最低限の戦闘能力は知っておく必要があるだろうと、キリトは《ⅩⅢ》の特性について、己の身の上を語る最中に話していた。

 覚えているかは微妙なところではあるが義務は果たしている。覚えていなければ、それはそちらの責任だと。

 マシュの反応を見る限り、少なくとも彼女はしっかり覚えているようだった。

 

「ところで、俺はどれくらい寝ていたんだ?」

「えっと……現在時刻が午後十一時なので、一時間程度です……」

 

 一時間か、とキリトは返答を聞いて、意味を咀嚼する。

 一時間を無駄にしたと観るべきかは分からない。立香達も状況を把握する必要があっただろうし、オルガマリーと立香、マシュ、キリトは人間なので疲労がある。いざという時に動けないとなれば話にならない。

 加えて、たった一時間と言えど休めた事には違いなく、体力だけでなく魔力も消耗している面々は、そちらの回復も出来たと言える。つまりサーヴァント達の戦力維持が可能という事。

 問題は特異点Fと言うらしい冬木の状況がどうなっているか。

 切羽詰まっているのであれば、キリトは己に伝授される予定の魔術回路の運用については突貫で行わなければならず、不安が残る事になる。

 多少の余裕があるのであれば、今夜くらいはしっかりと休息を取り、然る後に鍛練を受けたいと思っていた。取り返しがつかない事になっては本末転倒なので『使える』程度で今は済ませようと考えていたので、どちらにせよ不安が残る事には変わりないのであるが。

 

 ――――そう思案するキリトを余所に、マシュもまた、別の意味で『一時間の休息』について思案していた。

 

 いや、どちらかと言えばそれは、キリトの状態についての意味合いが大きい。

 何故ならキリトは、一流魔術師のオルガマリーによって強制的に催眠状態にされ、眠りに就かされたのだ。高位の魔術師であればレジストされたり効果減衰もあり得るが、魔力枯渇状態のキリトにそれが起きるとは思えず、魔術をマトモに行使出来ないのでは、効果は十全に発揮されるはずだった。

 十全に発揮されていれば、キリトは翌日の朝までは目を覚まさない。

 しかし現にキリトはたった一時間で目を覚ましていた。しかも己が部屋に入るよりも前に、フォウという小動物と戯れる程度には、意識も覚醒している。

 フォウさんに起こされたのだろうか、とマシュは考える。一番可能性として考えられたのはそれだった。

 

 しかし、そう思案したところで、マシュはキリトの状態を見て息を呑んだ。

 

 マシュはデミ・サーヴァントとしての能力を発揮している状態故に、人間とはまた違った感覚というものがある。『違う』と言っても感覚の鋭敏さという部類であるが。

 そのマシュが知覚したものは、上体を起こし節々を伸ばしている少年の体内を巡る、その充溢した魔力の波動。

 武家屋敷への移動中、神代の魔術師メディアの手により、彼の魔術回路は契約したサーヴァント二騎との契約維持に必要な魔力量を提供出来る分だけ開かれ、残りは閉じられていた。開いていた割合は全体の一割弱だ。

 しかし少年が眠りに就く段階になって、メディアは彼の回路を完全に閉じた。最早現界している状態ではサーヴァントが体内に貯蓄している魔力を消費していくばかり。それでも一夜をただ越すだけなら保つ。そう確信した上での行動は周囲を驚愕させたが、しかし多少の納得もあった。

 通常、魔術回路はオンとオフを切り替える事で、魔力の無駄遣いをなくしている。コレの調整を極める事が魔術師として巧いとされる。

 魔術回路に魔力を流す事で魔術を発動させるが、それは『魔術基盤』と呼ばれるものを喚び出す、ないし構築する過程を挟む事で、魔術として発動しているだけ。

 そこに『目的意識』が無い限り、キリトのようにただ魔力を垂れ流す無駄遣いの極致をし続けるのみ。回路を開くという事は、水道の蛇口を開く事と同義。これを閉じることは、すなわち魔力の貯蓄に他ならない。

 キリトの枯渇した魔力を回復する一点に集中する事が、現状出来得る最大の回復法とメディアは捉えていたのだ。

 これが普通の魔術師であればとてもでは無いが効率が良いとは言えない。閉じている間に消費したサーヴァントの貯留魔力分を、閉じた時間の分だけ注ぎ込まなければならないのだ、都合二日は動けない事になる。

 キリトの最大魔力量と自然回復量が桁違いであったために、これはまだ合理的と判断されていた。

 

 ――――しかし、でも、これは……

 

 目の前の少年から受ける、充溢した魔力の波動。

 それはサーヴァントを召喚する際にも感じていたものより遥かに強い。間違いなく、所長を助ける為に共闘していた時よりも、遥かに。

 魔力量を増やす試みは古来より行われた実験で、僅かなりとも成功例は無くはない。しかしそれらは全て些少の増量を見込めただけ。如何に効率的に消費した魔力に見合った魔術を使い、それに見合った結果を出せるかが、魔術師の在り方の一つになっている。

 元より魔術師とは根源を目指す存在でしかない。その為に効率化、合理化という魔術基盤、論理を構築し、積み重ねていく。

 魔術師の格という意味では、魔力量や適性は確かに重要だ。

 しかし魔術師の本質という意味では、魔力量など根源への研究の前には遥かに劣る要素でしかない。精々一度に出来る研究の量や質を決定付ける要素の一つ。

 異世界の剣士故に、魔術師では無い少年が『魔術師』という種族や存在意義について知る筈もないし、回路の存在を知らない故に、魔力量の増加法について知る筈もない。

 であれば、特別な手段を用いていないのに魔力量が増えたという事は、それすなわち、この波動を放つ要因は少年そのものにあるという事になる。

 

 ――――単純に考えて、この圧は恐らく、以前の倍以上……

 

 ひょっとすると、自分達と会う時点で魔力を垂れ流していたから、元々これが最大量なのかもしれない。

 だとしても、たった一時間で完全回復ないしそれに近しい状態にまで戻る回復能力は、脅威の一言に尽きる。

 

 ――――彼が語っていた『げーむ』とやらが関係しているのでしょうか……

 

 詳しくは聞いていないが、サーヴァントが保有するスキルに似たような技能は彼が生きていた電子世界に多く存在していたという。

 その中には受けたダメージを時間経過で自然回復するスキルもあったらしい。

 リアルの肉体と『げーむ』のアバターが混ざっているらしいし、装備や技能についても混ざっているようだから、魔力の回復速度はそのスキルが関係しているのかも、とマシュは予想した。

 もし回復スキルとやらが体力だけでなく、魔力すらも回復する対象になっているのだとすれば、キリトがたった一時間で回復出来た事にも一応の辻褄が合う。

 『げーむ』での体力が肉体の疲労や体力に置き換えられているなら、彼は短時間で疲労から脱するという事になるし、魔力は元々生命力の余剰分を置換したものだから完全回復したらそちらを回復するという流れになってもおかしくない。そして完全に回路を閉じているため回復する一方で、一時間かけて魔力も完全回復したと考えれば。

 逆に考えれば、むしろ一時間も完全回復に要したのだとすれば、どれだけ馬鹿げた魔力量なのか。

 神代の魔術師メディアと特異点Fの《アーチャー》二騎の魔力負担を支え、且つ己を戦闘可能とする魔力も出していた事を考えれば……予測するのも恐ろしいと、マシュは感じた。

 そして、この少年が味方で良かったと思う。

 デミ・サーヴァントとは言え、人間は超越した能力を持つので簡単に負けるつもりは無いが、マスターである先輩や所長を狙われては手も足も出なかったに違いない。敵対する理由は無いが、勘違いで襲い掛かる事など無くて本当に良かった。

 というか、魔力回路を完全に閉じているのに圧を感じるって、一体どんだけなのか。

 

「――――マシュ?」

「ぇ……あ、はい、何でしょうか」

「この一時間の間に何かあったか? 話し合いとか、行動方針とかは?」

 

 キリトが求めたのは情報。己が眠っていた一時間の間に何があり、どんな行動を起こす事が決まったのか知る必要があった。

 マシュは思考に没していた意識を無理矢理浮上させ、布団の近くに座ってから、他のメンバーと話していた事を語った。この特異点で起こった《聖杯戦争》やその仕立て人、異常、《聖杯》について、そして今後の行動について。

 一先ず今夜は休息に充て、翌日にキリトへ魔術回路の使用法を伝授する事になっている。その後は伝授の進捗で決まるとなっていた。

 

「……なるほど。聖剣の騎士王、か」

 

 それらを全て聞き終えたキリトは、ポツリと、現在敵対し得る存在について思いを馳せる。

 

「アーサー王伝説、だったか。内容については全く知らないけど……トップサーヴァントと言うからには、相当強いんだろうな……」

 

 ゲームの世界とは言え、それでも未踏の地を一人で戦い続けて来たキリトは独学ではあるが経験は豊富。

 そんなキリトからして、サーヴァントは理不尽の権化と言えた。英霊としての格が低いという小次郎ですらそう思えるというのに、最優とされるクラス《セイバー》のサーヴァントが敵としている。しかも他のサーヴァント達を一掃し、魔力枯渇による戦力低下も《聖杯》によって弱点が無いと来ている。

 継戦能力があり、単独の戦闘能力も高い、神代最後を飾った国を統べた騎士の王。聖剣の担い手。

 

 ――――勝てるかは正直賭けだな……

 

 胸中で独語する。

 キリトは小次郎の剣捌きとメディアの神代の魔術、《アーチャー》の万能さ、《キャスター》のルーン魔術の巧さを信頼している。この中では恐らくメディアが最大火力だろうと贔屓目抜きで判断してもいた。宝具は知らないので全員考えていない。

 だがしかし、《セイバー》が有する《対魔力》というクラススキルのせいで、メディアと《キャスター》の攻撃は殆ど意味を為さないだろうとメディア自身が言ったらしい。事実暴れ出す前や後の《キャスター》の攻撃は全て《対魔力》の前に弾かれたという。

 では有効打を出せるのは小次郎か《アーチャー》となる訳だが、安心は出来ない。

 どちらも騎士王と刃を交えた事はある。

 しかし、今の《セイバー》に通用するかと問われると、それは微妙なところ。

 小次郎が刃を交えた騎士王は純粋な剣技による勝負が基本であったのに対し、《キャスター》や《アーチャー》が語る今の《セイバー》は無尽蔵の魔力による暴威で攻撃する方法であるため、小次郎では耐えられない。間違いなく一撃で刀を折られるとキリトは判断していた。

 《アーチャー》に関しては未知数なところがあるが、それでも己が見たステータスと話に聞いた《セイバー》の戦いぶりから、伍するのは出来ないだろうと判断する。保たせはする、しかし決定打を入れられないといったところか。

 《セイバー》を実際に見た訳では無いので完全な予測ではあるが、しかしキリトは己の予測がてんで外れのものでは無いと直感を抱いていた。

 

「――――いや、考えても詮無い事か」

 

 その直感と思考を、キリトは苦笑と共に首を振って払いのける。マシュが不思議そうに首を傾げるが、それにも苦笑を浮かべ、お茶を濁した。

 確かにマシュよりは戦闘経験はあるかもしれない。

 しかしサーヴァントや魔術といったものに対する造詣は己以外の方が上だ。サーヴァントの事はサーヴァントが最も知っているだろうし、キリトは他の面々が何か策を考えているかもしれないと考え、悲観的予測を排する。

 万が一何も思い浮かんでいない時に口にすればいいと、やや楽観的に構える事にした。

 

「それより、明日の朝までは全員休むんだよな」

「はい」

「じゃあ俺はまた寝るよ。起きはしたけど、まだ疲れはあるから」

 

 キリトの言葉に、分かりましたと応じてマシュは立ち上がり、部屋を退室する。退室する前に一度振り返り、お休みなさいと声を掛けて行った。

 お休みとキリトも応じ、一度嘆息する。

 一日を振り返り、常軌を逸した事が立て続けに起こったものだと遠い眼をした。

 暫く物思いに耽った後、思い出したように倦怠感が襲って来たため倒れるようにして再び横になる。視界が和室の襖から天井へ切り替わる。

 

 

 

 天井から迫る刃が、視界に映った。

 

 

 






 にわか知識故、色々と突っ込みどころがあってもスルー安定でお願いします(震え)



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序章:8 ~奇襲~

 

 

「――――ぐッ」

 

 倦怠感から敷布団へ倒れるように横になったキリトの視界一杯に映る、黒い切っ先。その刃は己の顔面を正確に貫く軌道を描いていた。

 反射的に体を左へ回しながら、キリトは右の拳を振るう。踏ん張りがきかないため威力こそ低いそれは、しかし天井から奇襲を仕掛けた輩の短剣を持つ手を正確に殴る。手許を殴られ、柄を握る指が緩み、短剣が襲撃者の手から離れた。

 先ほど立ち去ったマシュの話から、冬木に人間はおらず、居るのはスケルトン達かサーヴァントのみと把握しているキリトは、即座に襲撃者が敵対サーヴァントであると認識した。

 キリトは息を呑みながら、数秒前まで己が居た場所で膝立ちになっているサーヴァントの姿を見る。

 性別は男。背丈は非常に高く、体格も筋骨隆々としていてよく鍛えられていると分かる。身に纏う黒い外套を盛り上げる筋肉が、男が武人であると語っていた。

 髪は短髪、色は白。肌色は焼けた茶色。瞳の色は琥珀色。

 顔つきは日本人に思えるが、しかし容貌の色、体格がそうは思わせない。

 

 キリトが右手に使い慣れた愛剣エリュシデータを取り出し、構える最中、敵サーヴァントである男が何かを呟いた。

 

 突如、敵サーヴァントが殺気を向け動けないキリトの傍に落ちた短剣が爆ぜる。

 

「ぐ……ッ!」

 

 横合いから襲う強烈な爆裂。

 爆ぜる兆候に気付く事など出来なかったキリトはそれを諸に喰らった。

 幸いなのは、爆発の規模が比較的小さめであった事。

 《壊れた幻想》。俗に《ブロークン・ファンタズム》と呼ばれるそれは、神秘を内包した宝具を使い捨ての爆弾として用い、神秘そのものをぶつける英霊にとっての禁じ手だった。何せ使い捨て爆弾にするのだ、その宝具は二度と使えなくなると言っても過言では無い。

 だが、キリトを襲う敵サーヴァントの男にとって、《壊れた幻想》は主力の攻撃と言っても良い手段であった。贋作ではあるが、しかしれっきとした宝具を作り出す能力を持つ故に、どれだけ使い捨てようと痛くもなんとも無い故に。

 対するキリトは《壊れた幻想》の事を知らないので、男が持つ武器全てが爆弾と思い込む。

 その認識は一応正しくはある。男は武器を奪い取られたり落としたりすれば、その瞬間容赦なく爆発させる気でいたからだ。厳密には神秘を内包した宝具でなければ出来ない事だが、男の特殊性がそれを可能としていた。

 小規模だが、しかし爆発を諸に喰らったキリトは全身を貫く衝撃と痛みに悶えながら、しかし己を狙う敵から目を離さない。

 否。魔力を帯びていない攻撃は無駄と分かってはいるが、しかしそれでも衝撃で遠ざけられはするだろうと考え、両手に紫光の矢を装填されたボウガンを持つ。立て続けに、片手で秒間三回ずつ、都合六発の紫光の矢が男に迫る。

 

「――――む」

 

 流石の男も、己と同じ様に何も無い空間から武器を取り出す姿には瞠目した。続けて、エネルギー矢という予想外の武器を見て、やや驚きを抱く。

 しかし抱く感情とは別に、男は積み重ねた経験を以て冷静にそれらに対処した。

 蒼い靄から白と黒の双剣が現れる。陰陽の紋が鍔に刻まれた一対の中華剣を男は両手に携え、巧みに操り、己に迫る矢を弾きながら当たる軌道から脱する。

 男にとって、魔力が込められていない攻撃は本来意味など無い。

 しかし、男にとって未知の武器であるが故に、当たらない方が良いだろうと考えて弾いていた。

 

「ぬんッ」

 

 あまり時間を掛けていては面倒になるため、男は目の前にいるマスターたる少年の命を刈り取るべく、サーヴァントとしての速力を以て一瞬で彼我の距離をゼロへと縮めた。

 少年の眼前へ肉薄した後、男は左手に握る黒の剣を振り下ろす。

 それに抗するべくキリトは柄を両手で持ち、エリュシデータを縦に翳した――――が、刃が交わった瞬間、腕ごと剣が押される。

 ゴギ、と良くない音と共に、キリトの右手首が曲がってはならない方向へ曲がった。

 そのまま男は剣を振り抜き、少年を剣ごと吹っ飛ばす。華奢な体は容易に吹っ飛び、窓を突き破り、中庭を横切り、塀へと背中を打ち付けた。

 

「ッ……!!!」

 

 歯を食いしばり、悲鳴を押さえるキリト。肺から空気が押し出されて呼吸困難に喘ぐ。

 

 ――――だが、意識は手放さなかった。

 

「――――ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

 

 マトモに呼吸が出来ないにも関わらず、キリトは腹の底から、肺の中に辛うじて残った空気の全てを怒号として発する。

 双眸は憤怒を抱いた鬼のそれ。磁器を思わせる白さの肌は、戦闘への興奮故に朱に染まっている。ギリギリと全身の筋という筋が収縮し、引き締められ、キリトの華奢な肉体が一回り膨れる。

 それは昔にキリトが編み出した窮地を脱する対処法。全身を痛みに晒され脱力した隙を無理矢理埋める荒業。

 全身の筋肉を無理矢理収縮させ、一時的に固定するそれは、持続的に痛みを齎す。

 どちらにせよ痛みはあるが――――しかし、体から力は抜けず、倒れる事は無い。

 痛みはある。しかし隙は晒さない。であれば生き残る事が出来る。

 そういう狂った論理により磨かれた、キリトが現実で使っていた技。使う条件としては、肉体の筋肉がしっかり鍛えられている事と、骨折などの身体的損傷を有さない事の二つ。これらさえ満たしていれば、何時でも使えるごり押し戦法。

 代償としては全身を苛む痛みの他、瞬間的に体力を消耗する事が挙げられる。

 しかし、その代償があって余りある程の優位性があった。初見であれば、まず間違いなく即座に行動出来るとは思えない故に、反撃が入りやすいのである。

 そのため、壁に叩きつけられてもすぐに復帰し、拳を振るうキリト。

 

「な、に……?!」

 

 男も英霊であるし、高い動体視力も相俟って拳を喰らう事は無かった。しかし驚きが無い訳では無く、距離を詰めるのを中断する。

 直後、キリトは右手に蒼の装飾がされた細剣を握り、下から上へと振るう。

 同時、男の足元の地面一体から、間欠泉の如く膨大な量の水が吹き上がった。

 

「ぬ、おおおおおおおおッ?!」

 

 魔力が伴っていないのでダメージこそ無いが、しかし物理的影響が無い訳では無く、水の勢いに押されて空中へ放られる男。

 キリトが握った剣は《水》を操る力を持つ細剣。《ⅩⅢ》を入手した際、最初から登録されていた特別な剣であり、銘をアクアリウムと言う。使い手の強いイメージに応じて水を操る事が出来る能力は強力の一言に尽きるだろう。

 

「――――坊や!」

 

 男が激しい水流によって空中へ放られたと同時、キリトのすぐ横に、転移魔術で駆け付けたメディアが姿を現す。

 メディアは内心怒りを抱いていた。神代の魔術を以て構築した結界にサーヴァントの反応はあったが、しかしそれで異変を察知して駆け付けるよりも先に、己のマスターに襲撃を許した己に。己の不甲斐なさがこの事態を招いた事に。

 神代の魔術師としての誇りを持つメディアにとって、この事態は自分自身にとって許せない失態だった。

 同時に、よもや今襲撃を仕掛けて来るサーヴァントが居ると思わなかった自分の甘さにも、怒りを抱いていた。せめて誰か一人くらいキリトの近くにサーヴァントを置いておくべきだったと猛省もする。

 

「な……っ」

 

 そう渦巻く感情を抱く己の視界に入る、己の幼いマスターの姿に瞠目する。

 召喚されて以来初めて見る、マスターの鬼気迫る殺気立った顔に瞠目したのではない。空中に放られたやや見覚えのある敵対サーヴァントへの追撃をしようとする、マスターの構えに瞠目したのだ。

 マスターは左手に鋼鉄製の洋弓を携え、左膝を立てた中腰の姿勢で、斜め上に構えた。

 弓に番えられた矢は、矢に見立てられた細身の蒼き剣。切っ先からは純度の高い水が溢れ出し、刀身を覆うように渦巻いている。傍から見れば水が螺旋を描いていた。

 その姿は――――過去、己を追い詰めた紅き弓兵と同じ。

 

「水天、逆巻け――――」

 

 悪鬼の如き険しい双眸。その黒き瞳が見据える先には、白髪の黒衣の男。

 その男へ殺意を届かせんとばかりに紡がれた言葉を契機に、細剣を覆う水に激しさが加わった。切っ先を中心に螺旋を描く流水は瞬間的に激しさを増すばかり。その勢いは周囲に烈風を起こす程。

 堪らず、メディアは目深に被るフードが飛ばされないように手で掴んだ。

 それでもメディアの眼は、己のマスターに注がれている。

 話には聞いていた、マスターの武具の性質。想起する内容のまま再現される性質は便利なものだとしか思わなかったが、しかし。

 

 イメージの幅と強さ、何よりも感情の深さによっては、それは災害級のものになり得る。

 

 ここでの『災害』とは、自然現象のそれでは無い。人間にとって理不尽とも言えるサーヴァントの事を指す。

 神秘という面では決してサーヴァントの攻撃に劣るが、しかし威力という面で見れば、サーヴァントと伍する規模を発揮する。

 サーヴァントにも格があるように、出来る事も千差万別。同じ剣士と言えど小次郎は一対一にこそ強いのに対し、騎士王は聖剣の光を使えば集団戦が可能なように。

 キリトはそれと同じなのだ。別次元のサーヴァントには敵わないだろう。しかし、同じ人間やエネミークラスの間であれば、キリトはサーヴァントに等しい別次元の扱いとなり得る。敵がサーヴァントでない限り、己のマスターは単独であれば勝ちを確実に拾える。

 メディアの経験から来る直感がそう断言していた。己のマスターは規模だけ見ればサーヴァントに比する力を持つと。

 そして、それだけ強く深い感情を有する事に不安を覚える同時。

 

 

 

「アクア――――リウム……ッ!!!」

 

 

 

 満を持して、波濤を纏う螺旋の剣弾が放たれる。

 飛翔する先には自然落下する敵対サーヴァント、その腹部。瞬きした時にはマスターが構える洋弓から高度百メートル以上のところにいる男へ到達していて、一秒経った時には男を巻き込み、彼方へと吹っ飛ばしていた。

 男が吹っ飛んだ事を目視で確認しつつ、メディアは己のマスターに戦慄する。

 現在、マスターの魔術回路は閉じているため、先刻のような膨大な魔力を垂れ流し武器に纏わせ攻撃するというゴリ押しは出来ない状態にある。つまり神秘を纏った攻撃しか受け付けないサーヴァントに決定打は入らない。

 だがしかし、マスターはそれをものともせず、己の力だけで退けてみせた。

 あの男にダメージは入っていないだろう、しかし確かに退けたのだ。自分や《キャスター》の支援魔術無しで。

 《ⅩⅢ》という武具が強力な性質を持っていたからでもあるだろうが、それを使いこなすマスターの力量がこの結果を叩き出したと見る方が正確だ。

 何て子なのか、とメディアは独語する。

 己のマスターがそれだけ実力ある者である事に喜ぶ感情があり、同時にそれだけの力を有するに至った経緯に戸惑いと不可解さを抱いた。

 ――――そんな魔女の耳朶を、人が倒れる音が打つ。

 慌てて視線を暗い曇り空からマスターへ向ければ、幼い少年はぐったりとして、地面にうつ伏せに倒れていた。暗くて見え辛いが、よく見れば顔色が悪く、表情も芳しくない。

 

「ちょ、坊や、大丈夫なの?!」

「う、ぅ……あたま、いたい……」

 

 慌てて抱き起せば、顔を顰めながら掠れた声で状態を端的に伝えて来る。どうやら感情と想起を強く起こし過ぎて脳が耐えきれなかったようだ。

 ……いや、それだけでなく、庭の塀に叩きつけられたのが響いているのか、と塀に入ったすり鉢状の罅を見て思い直す。どう見ても己のマスターが叩きつけられた跡である。

 ここからよく逆転出来たものだと思った。

 そう感心している間に、マスターはメディアの腕の中で眠りに就いていた。魔力枯渇で疲労しているところに襲撃を受け、応戦し、単独で退ける程に強く脳を働かせたのだ、体が睡眠を求めていたのだろう。

 

「……ふぅ、まったく……ホント、難儀なマスターに召喚されたものだわ」

 

 苦笑を洩らした後、マスターの回路の二割を開き、魔力を分けてもらう。既に全回復しているようなので閉じ続ける必要も無かった。

 流れて来た分で貯留魔力を回復した後、マスターに治癒の魔術を掛ける。見た目の上で怪我はないが内臓や骨は分からない。それに疲労回復を促す効果もあるから、していないより遥かに疲れは取れるだろうと考えての事。

 本当はそこまでするつもりは無かったのだが……魔力を使えない状態で、単独でサーヴァントを退けるという結果を叩き出したのだ。ならそれに見合う報酬はあった方が良いだろう。

 

「本人が知らない内にするというのは、私の捻くれ具合の顕れかしらね……」

 

 そう言って、また苦笑を洩らす。

 まぁ、何もないよりは遥かにマシだろうと区切りを付け、マスターを抱き上げ、バタバタと駆け付けて来たマシュ達へと意識を向けた。

 

 *

 

『ふぉーう』

 

 頭を横切る、獣の鳴き声。

 声量は決して大きくない。が、それでも何故か、無視できない何かを感じた。

 

「――――ぬ、ぅぐ……」

 

 汚泥のような、決して心地いいとは言えない感覚の微睡みから意識を浮上させ、瞼を開く。すると視界一杯に真白い小動物フォウの顔が入って来た。

 眼が合うと同時、ふぉう、と鳴かれ、ぺろりと鼻先を舐められた。

 心地いいとは言えない感覚は胸の上にフォウが乗っていたせいか、とキリトは察した。昔、胸の上に物を乗せて圧迫すると、夢見や寝心地が悪くなるとと聞いていたのだ。リソースは己を見捨てた実の兄。

 

「……フォウ、起きるから降りて」

『ふぉう!』

 

 起きようにも胸の上に乗られていては起き辛く、降りるよう頼むと、フォウは了解したと言わんばかりの鳴き声と共にぴょんと飛び降りる。飛ぶ際に一際強く胸を圧迫されたキリトだったが、予想していたために何とかそれに耐え、呻きを堪える。

 耐える為に僅かに起きるのが遅れたキリトを、フォウは何やっているのかと言わんばかりにふぉうふぉうと鳴いて急かす。

 本当に気儘だな、とキリトは苦笑して、上体を起こした。

 

「――――おはよう、坊や」

「うおぅわぁ?!」

『ふぉうふぉーう』

 

 起き上がったと同時に傍にいきなり現れたメディアに、本気で驚くキリト。フォウはおはようと言わんばかりに落ち着いていた。

 己のマスターの驚きぶりに一瞬呆気に取られたメディアは、少しして相好を崩した。

 

「ふふ、どうしたのよ坊や、そんなに驚く事?」

 

 クスクスと、口元に手を当てて笑うメディア。

 うるさい、とキリトは頬を朱に染め、眼を逸らした。

 恥ずかしかったからでもあり、同時にフードを取って素顔を晒したメディアに、義理の姉の面影を見て哀しくなったからでもあった。

 キリトの義理の姉もれっきとした人間だが、ゲームアバターは、プレイしていたゲームが妖精郷を舞台としていた事もあり、耳が尖り、翅が生えた姿をしていた。

 メディアはマントが翅の形になる。それでも似つかないが、しかし彼女の耳は尖っていた。

 容姿の共通点と言えば耳程度。しかしそれだけでも郷愁を覚える程に、今のキリトは精神的に疲れていた。

 表情に疲労が浮かんでいないのは、今は羞恥の方が割合を大きく占めていたからに過ぎない。戦闘の疲労があれば浮かんでいた表情は逆になっていただろう。

 一日に満たない付き合いであるため、流石のメディアもそこまでは把握出来ず、浮かんだ羞恥に胸中を喜悦が埋め尽くした。

 メディアにとって、現代の魔術師など己の足元にも及ばぬ存在。自分を見下す存在は基本的に蹴り落とすスタンスを取っている。そんな彼女がマスターとして認めるなら、利害一致の関係を意識した上で対等である事を弁えた魔術師か、魔術師としての常識が無くとも己が気に入る者のどちらか。

 キリトは己に向けて来る純粋な尊敬や憧れの感情があるため、メディア自身、存外気に入っていた。無論彼我の戦力を冷静に分析し、適材適所に役割を振ろうとする点も評価している。

 

「さて、起きたならリビングへ行きましょう。マシュから話を聞いたらしいけど、朝食を食べながら改めて話し合うから。鍛練はその後よ」

「分かった」

 

 頷いて立ち上がったキリトは、テキパキと馴れた動きで布団を片付けていく。メディアも手伝い、二人揃って《アーチャー》が作った朝食を食べに、リビングへ向かった。

 

 *

 

「さて、魔術回路のオンオフについてだけど」

 

 朝食を食べながら今後の予定を聞いたキリトは、現在、数刻前まで自分が眠っていた和室にて《アーチャー》と対面で座って話していた。

 部屋の隅には念のためとばかりにメディアが居る。

 庭には立香とマシュ、小次郎らがおり、戦闘訓練をしながら時間を潰していた。

 

「……そもそもの話、魔術回路ってまず本人が自分でそれを築いて、それからオンオフの意識付けを行うのよねぇ」

 

 話し始めた《アーチャー》は、いきなり遠い眼をする。

 いきなりの事に一瞬呆気に取られたキリトは、気を取り直した。

 

「……つまり順番がアベコベだと?」

「そうそう。だからちょぉっと手古摺るかもしれないかなぁってね、オンオフの意識付けなんて人それぞれだし。私が出来るのは、魔術回路を感じる手助け程度よ」

 

 そう言いながら、《アーチャー》は立ってキリトの背後へと回る。動こうとしたキリトに動かないよう指示し、右掌を背中に触れさせた。

 

「魔術回路っていうのはね、魔術師にとっての生命線、人間にとっての神経そのもの。魔術を使う度に魔力が通されるコレは使えば使う程に疲弊していき、損傷すれば二度と修復しないものよ」

「脊髄みたいなものなのか」

 

 神経と言われ、二度と修復されないと来れば、キリトからすれば大脳や脊髄神経が近しいものだった。大脳の損傷は多少機能回復が見込めるが、厳密には死滅した細胞が復活している訳では無い。

 その仮令に、《アーチャー》は頷いた。

 

「そう。だから一度の失敗が命取りと思いなさい、下手すれば死ぬわよ」

 

 そして、冷たさすら覚える声音で、《アーチャー》は告げる。

 

「今から私は、あなたの魔術回路に魔力を流す。あなたはこの時に回路の存在を感じ取るの。存在を把握すれば、オンオフの意識付けも容易になるし、魔力が流れる感覚を覚えられるわ」

「ちなみに私がしないのは、痛みがあった方が感覚を掴みやすいからよ」

 

 その痛みは激痛どころではなく、下手すればショック死してもおかしくはない。

 しかしメディアは先に挙げた理由があって鍛練を付ける役を辞退していた。加えて言うと、神代の常識が通用すると思えなかったので、現代の魔術師らしい《アーチャー》の方が適任と判断した為でもある。

 

「そういう訳でショック死の可能性がある鍛練な訳だけど……どうする、それでも続ける?」

 

 実際に教える前に最後の確認をする《アーチャー》。

 《アーチャー》としても無理にする必要は無いのでは、と感じていた。メディアが居れば調整が効くし、キリト本人の戦闘能力は昨夜奇襲を仕掛けた《アサシン》を退ける程あると把握している。無理にして死ぬ方が無駄なのではと思い始めていた。

 その問いに、キリトは首を縦に振った。

 

「やる。出来なくてもいいかもしれない、でも出来た方が生存率は上がるから」

 

 確固たる決意を感じさせる言葉に、《アーチャー》はそう、と短く応える。

 その姿に、かつての義弟を重ねていた。

 

「じゃあ流すわよ……耐えなさい」

 

 事前に一言言った後、《アーチャー》は魔力を流し込んだ。

 

「ッ……!!!」

 

 ビグン、とキリトの体が大きく震え、脈打つ。

 外套を脱いでいる為に見えている腕に蒼白い線が走る。線は肩、首、頬、額にも走っていた。

 キリトからすれば、その全てに激痛が走っている。それも神経に直接焼き鏝を当てられているが如き灼熱感がある。過去体験したあらゆる痛みの中でもトップランクに位置する激痛に、体は無条件に反応し、痙攣した。

 

「ッ……ッ…………!!!」

 

 しかし、ただの一度とて、キリトは呻きを洩らさなかった。室内に立つ音は畳の上をのたうつ体の音を除けば鋭い呼吸音のみ。

 ぶわっ、と穴という穴からキリトは汗を掻く。

 全身が灼熱感に苛まれ、総毛立ち、痛みに震え、痙攣する。

 しかし悲鳴や絶叫の類は一度たりとも洩れなかった。

 そのまま、都合十秒ほど《アーチャー》は魔力を流した。掌を離すと同時に灼熱感が遠のき、キリトは途中から半ば無意識に止めていた呼吸を再開させる。

 

「ぐ、ぅ……ハ、ァ、ぐ……っ」

「――――今のが、回路の存在よ。自分の魔力じゃないから痛みが走ったけど、キリト自身の魔力なら痛みは基本無いわ。酷使すれば話は別だけどね」

 

 薄れはしたが、しかし遠のきはしない灼熱感に苛まれながらも、キリトは師たる女性の言葉に耳を傾ける。

 

「次にキリトがするべき事は、その回路の開閉を意識する事。今は全て開いてるから、閉じなきゃいけない。その切り替えるスイッチのイメージをあなたが決めるの。脳内のイメージでも良いし、何かの文言でも良いわ。あなたがしやすいものでやりなさい」

「は、ぁ……く、分かっ、た……」

 

 隣に座った女性の言葉に、身を起こして頷いたキリトは、眼を閉じて想起に集中する。

 それだけで、キリトの全身を苛む灼熱感と激痛は一時的に遠のいていく。そして知覚されるのは、全身を這う灼熱感の線路、すなわち魔術回路。《アーチャー》の魔力により拒絶反応を起こしたそれらを意識する。

 意識した途端、それらに流れるナニカをキリトは知覚した。

 更にそれに集中すれば、それは体全体を流れ、回路を通り、体外へ放出されていくのを把握する。逆に体内に入り込む流れも把握した。

 そして今やるべき事は、体外へ流れる回路を閉じる事。

 

 ――――そのためのイメージ、オンオフの切り替え……

 

 浮かぶのは、蛇口とか、電気のスイッチとか。

 しかしそれらをイメージしても、キリトの回路に変化は無い。僅かに閉じそうな気配はあったが変化なし。

 これは自分の中でイメージの強さが足りないのだろうか、と考える。

 

 ――――なら、自分の中で一番強い印象のスイッチは……

 

 そこまで考え、キリトの中で浮かんだものがあった。

 それは元の世界で、浮遊城へと魂を飛ばす為に口ずさんでいたセリフである。それはどちらかと言えば開く意味があるので、閉じる意味として、キリトはセリフを考えた。

 その結果、出来上がったセリフは――――

 

「――――リンク・オフ」

 

 蘇る、遥か彼方と錯覚しかねない記憶。デスゲームになる前に経験していた、ベータテスト時代に幾度となく体感した、仮想世界から現実世界へ復帰する時にアバターの五感が遠のく感覚。

 それを想起しながら、回路を閉じるイメージを働かせると――――キリトの魔術回路は、スッパリと全てが遮断された。

 

「あら、一発で出来たわね! じゃあ今度は開いてみましょうか!」

「ん……リンク・スタート」

 

 上手く出来た事にテンションを上げた《アーチャー》の言葉に、キリトは頷いて、今度は仮想世界へ旅立つ際に口にしていたセリフをそのまま口にする。同時に回路を開くイメージを働かせた。

 そうすると、キリトの魔術回路は全て開通し、魔力が流れ、暖かな感覚が全身を包む。

 そこで、キリトはふと、二つの繋がりを感じ取った。一つはすぐ横に、もう一つは少し離れた位置に繋がっている。起きた時のメディアの話から、恐らくこれがサーヴァントとのパスなのだろうと察しが付いた。

 

 ――――そういえば、回路を閉じたら、サーヴァントへの魔力供給が絶たれるんだっけ……

 

 厳密に言うと、パスが魔力供給の線であり、回路が開いていればそちらに流れる形らしいが。

 試しにその流れに、魔力を押し込む。

 

「ん?」

「……あら」

 

 すると、キリトの近くで二人分の反応があった。魔力は流せたらしいと判断し、流すのをやめて自然な流れに戻す。

 続けて魔術回路を、メディアがしていたように数割開いたり閉じたりする自主鍛練へとキリトは移る。

 ――――自身と契約したマスターを、サーヴァントの二人は微妙な面持ちで見つめていた。

 

 



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序章:9 ~合理~



 どうも、おはこんばんにちは、お久しぶりです、黒ヶ谷です。

 やっぱり自分、小説(ラノベ限定)を読んだり書いたりするとストレスが解消される……----という訳で、未だ実習期間ではあるものの毎日ちょっとずつ書いて完成した今話を投稿した次第。

 日を跨いで何日もかけて書いてるので、テンションにやや差があるのは否めない。

 ついでにこれまでに較べるとやや雑(その分展開は進む)

 文字数は約一万六千。

 視点は第三者視点。ちょこちょこと、キャラの心情、特定のキャラの立場を踏まえた解説を地の分で(くどいくらい)しています。

 ではどうぞ。




 

 

 ――――ぱきん、と儚い音が上がる。

 

「……キリト、今はいい加減諦めた方が良いわよ。一朝一夕でそれを物にするなんて流石に無理があるわ」

「ぬー……!」

 

 監督のオルガマリーの言葉に、やや膨れっ面で目の前の物体を睨むキリト。

 キリトの前にあるテーブルの上には、ガラスコップ――――が砕け散り、粉々の破片となった残骸がある。少し横を見れば幾つもの同じような残骸が散らばっていた。

 魔術回路の開閉を二割単位で制御出来るようになってから早小一時間が経過する現在、キリトはオルガマリーの指導の元、《強化》の魔術の鍛練に勤しんでいた。キリトのスタイルを考えると自分の身体強化を優先した方が効率が良いからである。

 とは言え、オルガマリーは《強化》を教授すると言っても、それをマスターしてもらうつもりは無かった。より正確に言うなら、マスターするなど不可能と考えていた。

 何故なら、魔術は料理と同じで、果てが無いからである。《強化》も強化の成功率を高めたり、度合いを高める事は出来るが、それをどれだけ鍛えたところで100%に達する事は無い。失敗する時はするし、強化度合だって低い時は低くなる。

 それらは全て、長い経験と練習を通して高めるもの。

 どれだけセンスがある天才だろうが、短時間で物に出来るほど簡単なものでは無いのだ。むしろ基礎で誰にでも出来るものだからこそ奥が深いとすら言える。

 そんな魔術を、魔力の扱いについて習い始めたばかりの新米魔術師が極められる筈もない。しかも初めて使い始めた魔術をたった小一時間でマスターなど土台不可能なのだ。

 あまり拘り過ぎるのも問題なのでそろそろ切り上げた方が良いとオルガマリーは判断していたが、やや意固地になったキリトは、武家屋敷の一角に積み上げられていた無数のガラスコップを全て消化する勢いで練習を続行している。まだ一度も成功させられていない事が響いているらしかった。

 

 ――――正直なところ、キリトの戦闘能力の一端を昨夜の奇襲で知ったオルガマリーは、《強化》の魔術が必須とは思っていない。

 

 あれば便利だろう。生存率も上がると思う。

 しかしデスゲームだった仮想世界での能力も引き継いでいて、並の人間を遥かに超える身体能力を有するキリトが《強化》の魔術を使ったところで、どこまでの効果があるかは不明だ。

 《強化》の魔術の使い道は大きく分ければ二つある。有機物と無機物への使用、すなわち肉体に干渉した身体強化と、武具などに干渉した硬さや鋭さの強化である。

 この内、キリトの身体能力は既に最高峰にあると見て良い。サーヴァントには至らないが、しかし人間の枠で考えればこの上ない域にあると。

 武器に関しては未だ未知数なところがある。何しろ仮想世界とやらから持ち出された代物だ、構成物質がどういうものかすら不明である。

 一応武器の損壊に関しては対策が打たれている。

 その証拠に――――と、オルガマリーはキリトの傍らに置かれた剣へ視線を向ける。

 漆黒の革鞘に納められた黒塗りの直剣。

 少年曰く【エリュシデータ】と言う銘を持つ剣の鍔には、現在冬木の《聖杯戦争》で召喚された《冬木のキャスター》により硬化のルーン魔術を刻まれている。余程の事が無い限りサーヴァントの攻撃にも耐え得る強度を誇るようになったのだ。これは一度消し、呼び戻しても維持されていたので、キリトがメインに使う武具の殆どに硬化のルーンが刻まれる事になった。

 刻まなければならないルーンの量に暫くボヤいていたが、それはともかく。

 これの影響で、キリトの武器は魔力を通していなくとも神秘を纏った事になるので、サーヴァントやエネミー等に多少攻撃が通用する事になる。しかも神代に生きた英霊のルーンだ、神秘としては一部であっても破格である。

 つまりキリトは魔術回路全開で垂れ流された魔力を纏わせるゴリ押しをする必要が無いし、無理して《強化》の魔術を修得し武器に施す必要も無い。むしろ付け焼刃が一番怖いのだから、時間を掛けて習得した方が良いと考えていた。

 しかしキリトとしては一度でも成功させたいのか、オルガマリーの制止の言葉を聞かず、テーブルに置いてあるコップを全て消費する勢いで鍛錬を続けている。

 その執念は未だ実を結んでいないが。

 オルガマリーの窘める言葉を掛けられた後も、キリトは強化の魔術の鍛錬を続行した。しかし魔術に触れて然程経っていない身で成功にこぎつけるのは些か無理があり、キリトは用意されたガラスコップを全て消費してしまった。

 

「ぐぅ……これで、打ち止めか」

 

 流石にモノが無ければ鍛練は出来ない。

 強化の魔術はその性質上、己の肉体を強化する方が遥かに容易だ。全身に走る魔術回路に沿えば体を壊す事無く強化出来る確率が高いためである。とは言え無機物有機物関わらず、まず構成を把握し、崩壊しないよう魔力を通し、魔術を発動させる繊細さを初心者が行える筈も無い。

 それ故、オルガマリーにはこうなる事が予測出来ていた。

 

「まさか一度に全部消費し切るなんてね……」

 

 予想外だったのはキリトの執念か。一度の鍛錬で消費し切れない量を用意していたのだが、集中力も魔力量も消費量も全てがオルガマリーの想定を上回っていた。

 悪く言えばそれだけ失敗続きだったという事だが、とオルガマリーは部屋の時計に視線を向ける。

 時刻は午前十時。

 今日の午前中は戦闘に慣れていないマシュを鍛える為に時間を設けられており、多少の休憩を取った後、この特異点探索に乗り出す事にしている。午後に出るか、明日に出るかはマシュの鍛錬の結果次第となっていた。

 マシュが鍛練を受けている理由としては、宝具を使えないという致命的な欠点を補う為。

 宝具とは、《英霊》にとってルーツの一つ。それを使う際には宝具の名前を明かす必要があり、それが必然的にサーヴァントの真名を特定する諸刃の剣となる。聖剣という二つ名を付けられたものの担い手は数多く居るが、エクスカリバーという特定の呼称が出れば、それを持つ者がアーサー王であると分かるように。

 すなわち宝具とは《英霊》にとって存在の証とも言える。英霊が宝具を持っているとも言えるし、宝具があるから英霊として在るとも言える。

 マシュは《デミ・サーヴァント》故、正規の英霊では無いにせよ、サーヴァントとしての力は確かに継承している。つまり宝具を使えない訳が無いのだ。

 マシュが宝具を使えない状態に陥っているのは、己に力を継承させたサーヴァントの真名、能力について知らない事もある――――が、それだけでは無い。《冬木のキャスター》によれば『吹っ切れていない状態』だかららしい。コレと決めたものが無いから使えない、栓が閉じた状態、それが今のマシュだという。

 それをどうにかするため午前中は鍛練に時間を割いた。

 キリトの鍛錬はおまけ程度の認識でしかない。たった数時間で実用レベルまで魔術を習得出来ると誰も考えていないからだ、むしろ付け焼刃こそが恐ろしいと考えている。

 故に本命はマシュの方。マシュが宝具を扱えるまで、それがキリトの鍛練に割ける刻限だった。無論この事は全員が周知している事実。

 だが、些かその判断は誤りだったかもしれない、とオルガマリーは思った。

 この鍛錬の間、キリトの表情から焦燥が消えた時は無かった。《キャスター》二人の補助無しでマトモに交戦出来ない事を重く捉え過ぎている。実際のところエネミーを相手取れるだけでも相当なもの、と言うより《冬木のアーチャー》曰く《アサシン》らしい昨夜の襲撃者を単独で退けただけでも異常な戦果なのだが、魔術師の基本を知らない少年からすればよく分からない感覚だろう。

 だからと言ってキリトの鍛練に時間を割き過ぎてもいけない。特異点修復の仕事があるし、《冬木のアサシン》はこちらの居場所を特定し、剰え夜襲まで仕掛けて来たのだ。暗殺者のサーヴァントが敵に回っている以上あまり時間を掛けられないのが全員の見解だった。

 尚、小次郎もクラスとしては《アサシン》だが、その戦闘方法から《セイバー》とほぼ同一視されているため、対暗殺者の役割には振られていない。むしろオルガマリー達のメンバーで最も暗殺者染みているのはキリトである。

 念のため部屋の中にはメディアと《冬木のアーチャー》も居るので、万が一再び襲撃してきても問題は無い。昨夜の事態からオルガマリー含めた三人で全力の結界を貼っている為だ。とは言え、それでもサーヴァント相手にはあまりに心許無いため、長居は出来ない事に変わりない。

 

「あはは……まぁ、最初はこんなものよ。少しずつ精度を上げていけば良いから気にし過ぎちゃダメよ?」

 

 《アーチャー》が苦笑しながら、憮然としている少年の肩を叩く。

 

「強化の魔術は、まず対象の構成材質、基本骨子の分析、解明をしないといけないけど、それが凄く難しい……というか、手間でね。ぶっちゃけ身体強化以外に使う事なんて殆ど無いのよねぇ。武器を確実に強化させる精度を求めるくらいなら、自分の得意な属性魔術を突き詰めていったり、魔術礼装を用意した方がマシだし」

「そうね。《アーチャー》の言う通り、実際強化の魔術は身体強化以外で使われる事はあまり無いわ。そもそも神秘しか通用しないサーヴァントを相手にする機会なんて普通無い訳だし。それを前提に鍛練する方があり得ない事よ?」

 

 《アーチャー》の言葉に、メディアが続く。

 実際二人の言う通りだ。そもそもからして英霊召喚という儀式自体が奇跡と呼んでよく、それが行われるのも《聖杯戦争》という例外に於いてのみ。サーヴァントには神秘を込めた攻撃しか効かないが、それを前提とした鍛練など普通は誰もしない。

 確かに魔術でなければ効果が薄い手合いはいる。だがそれらを倒すにあたって、別に魔術を極める必要は無い。ましてや強化魔術なんてその筆頭。身体能力を確実に強化し、それを維持出来るようになれば、それ以上求めようとはしないのが普通。それ以上を求めるくらいならメディアが言ったように魔術礼装を強化する方がよっぽど効率的なのである。そもそも魔術師は真っ向勝負を挑むようなものでは無い。

 《冬木のキャスター》は例外だが、基本的に魔術師と言われる者は己の拠点を《工房》という名の魔術的要塞とし、そこに篭もり、己の得意とする魔術を以て手札を増やす戦術を基本とする。だから接近戦は基本的に不得手な事が多い。

 稀に例外も居るには居るが、それも大概は礼装を用いて接近戦をこなせるというだけで、本職では無い。礼装無し、己の身と魔術だけで接近戦をするとなれば大概は木偶の坊と化す。相手が神秘しか通用しないエネミー、ましてやサーヴァントともなれば尚の事。

 自陣営にサーヴァントが居ないのであればまだしも、居るのだから、無理にマスターであるキリトが強くなる必要は無い。最低限身を守り、時間を稼げる、それだけですらサーヴァントを相手にするのなら大金星と言える。

 その観点から言えば、キリトは既にそれを満たしている。

 サーヴァントに有効打を与えるには、神秘を込めた攻撃でなければならない。武器を打ち合うとなれば相手の武器に込められた神秘に相当するものでないと己の武器が壊れくらい、その法則は厳然たるものとして存在する。

 

 ――――だが、それはあくまで『有効打を与える事』を前提にした場合。

 

 時間を稼ぐだけなら、キリトがしたように水で吹っ飛ばしたり、進行方向に障害物を発生させたりなど、やれる事は幾らでもある。サーヴァントと言えど物理法則には逆らえないからだ。物理法則を無視出来るのは神代までである。

 勿論閉じ込める事は出来ない。仮令檻の中に入れようが、相手は英霊。霊体化すれば物理的な障害などすり抜けられる。故に逃れる事は出来ない。

 だが、攻撃をする時は霊体化を解く必要がある。その瞬間さえ逃さなければ時間稼ぎだけは出来なくもない。そして時間を稼げれば、味方のサーヴァントが駆け付けるのも不可能ではない。

 無論歴戦の英雄相手にそれが出来れば苦労はしない。実際それが通用する事も少ないだろう。魔術師がそれをするには詠唱などでどうしても行動がワンテンポ遅れる。その一瞬すら、サーヴァントにとっては十分過ぎる隙である。現に小次郎であれば刹那の時ですら距離を詰め、刃を振るう事を可能とする。

 しかし、キリトはそれを既に実績として残した。過信は禁物だが、サーヴァント相手に持ち堪える能力はある事が判明した以上、現状無理に強化させる必要性も無い訳では無いが、サーヴァントが味方に複数居るのだから低いと言える。

 だからオルガマリー達も無理にさせるつもりは無かった。

 それよりもマシュが宝具を使えない事の方が状況を切迫させている。

 オルガマリー達が擁するマスターは現状二人。キリトはある程度自衛が出来るため、その分サーヴァントは迎撃に回せる。

 しかし藤丸立香はそうでは無い。彼はオルガマリーの教授によってカルデアの制服に仕込まれた魔術の起動は出来るようになったが、エネミー相手にすら無力な存在だ、契約したサーヴァントに守ってもらわなければアッサリと命を落とす。

 そんな少年の守りとなるのはマシュだ。クラス《シールダー》の少女は盾を主武装とするが故に攻撃は不得手。しかしその武装から、誰よりも守護に特化している。であればマシュを防御の起点とし、小次郎と《冬木のキャスター》を攻撃に回すのがこの特異点Fに於けるセオリーとなる。

 仮に小次郎と《冬木のキャスター》どちらかが守護に回らなければならなくなれば、それは立香側の威力不足へと繋がる。結果的にキリトが契約したサーヴァントに負担が掛かり、消費する魔力も増大する。ジリ貧になる訳だ。

 それを防ぐにはマシュの強化が必須。だからこそ、長居出来ないと見解が一致しているのに、わざわざ鍛練に時間を割いていた。

 キリトの鍛練は本当についで。出来れば生存率が上がるが、出来なくてもそれはそれでやりようがある、という認識。

 オルガマリーの頭に、この特異点で全滅する事など鼻からない。これ以降もキリトが鍛練に時間を費やせる事を前提としている思考は、逆説的に彼の聖剣の担い手にすら勝利する覚悟を持っている事を表していた。

 

「――――所長! 偽装登録ですが、宝具を使えるようになりました!」

 

 そこに駆け込む紫の少女。ボディアーマーを纏い、十字の大盾を携えし《シールダー》は、喜色を余さず発していた。

 掛かった時間にすればおよそ二時間。

 その間ずっと鍛練を続けていたのだろう。少女の顔には疲労があり、体はところどころ煤と埃で汚れている。

 しかし翳りなど無い程に、少女の顔は輝いていた。

 その様子にオルガマリーは安堵の息を吐く。宝具が使えないと告白した時、彼女の顔は焦燥と疲弊、悔悟に満ちていたが、今はそんな様子など欠片も無い。

 

「もう終わったのね。お疲れ様、マシュ」

 

 偽装登録、という部分に内心首を傾げたが、一先ず労いの言葉を掛ける。それに少女は嬉しそうにはい、と返事を返した。

 発現した仮想宝具について知るにあたり、鍛練の詳細を聞き、《冬木のキャスター》の荒療治――体力の限界までエネミーを相手にした後、《冬木のキャスター》自身が立香を殺す気でマシュと戦い、覚醒させた――に引くなどはあったが、マシュの《シールダー》としての能力については把握出来た。

 正式な宝具ではないため未だ無名のそれに、オルガマリーは名を付ける。

 マシュが発現した仮想宝具、その名は【仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)】。

 名前から分かる通り、人理修復の責務を意識したその名称。

 小心者で、責任に押し潰されそうで取り乱す事が多い女性は、しかしそれでも一組織を纏める者故に、その責任を全うする事を投げ捨ててはいない。

 それはアニムスフィア家の誇り。現当主として、《フィニス・カルデア》の所長として、人理修復の大業を掲げた者として、関わった者を纏め率いる責務を自覚しているからこその、女性にある《善性》の発露だった。

 

 *

 

 マシュが仮とは言え宝具展開を可能とした事でキリトの鍛練は切り上げられた。

 一同は早い昼食を摂り、特異点Fの原因と考えられる円蔵山へと歩を進める。

 先頭を進むは小次郎と《冬木のアーチャー》の前衛二人。その後ろをキリトとマシュが並び、立香、オルガマリー、メディア、《冬木のキャスター》と続く。

 道中のエネミーは前衛二人とキリトが殆ど対処している。

 マシュは立香、オルガマリーの二名の守護を重視していた。戦闘経験が多くない故にどうしても連携が難しい場面があるから――――だけでなく、《冬木のアーチャー》より齎された《アサシン》の情報を警戒しての事だった。

 曰く、《アサシン》は弓も使える。と言うより、《冬木のアーチャー》に出来る事は殆どあちらも出来るとまで言った。元来、《聖杯戦争》に於いて《アーチャー》クラスで召喚されるのは、あちらが普通だと。

 今回あちらが《アサシン》で召喚されたのはイレギュラーな事態に該当するという。

 それはともかく、問題は《アサシン》の弓の腕。紆余曲折あって幾度となく刃を交えた事がある《冬木のアーチャー》は、あの男は意図的に外そうとしない限り必ず中てる、と射撃の腕を評した。

 それすなわち、必中。何も対策をしなければ遠距離から射られて終わり。

 幸い、両者が弓を使う際には嫌でも魔力を使わざるを得ないので、それで前兆を察知出来る。止められはしないが気付く事は可能だという。

 だからこそ、マシュの防御は要と認識されていた。

 ――――その警戒に反し、一向はエネミー達の妨害を受けるだけで、円蔵山の麓に辿り着いたが。

 

「……妙だな」

 

 道中《アサシン》から何も妨害を受けなかった事を訝しむ《冬木のキャスター》。

 何の因果か、《冬木のキャスター》、もといアイルランドの光の御子クー・フーリンは様々な《聖杯戦争》に召喚されているが、その度に《アサシン》/《アーチャー》とは顔を合わせ、刃を交えている。

 仲が良いわけでは決してない。殺し合いとなれば情けなど掛けないのがクー・フーリンのスタイルだ、相手もそれは同じ事。

 それでも、あるいは幾度も刃を交えた間柄だからこそ、クー・フーリンは違和感を覚えた。

 

「キャスターさん、何が妙なんですか?」

「あの野郎が何の妨害もして来ねェなんておかし過ぎる。アイツは《セイバー》の信奉者、敵対する奴には容赦しねェ。基本ここに陣取ってるからな」

「それは近付いてくる敵を散らしているって事かしら?」

 

 問い掛ける《アーチャー》に、《キャスター》がおう、と首肯する。

 

「近付こうモンならすぐさま矢が飛んでくるくらいには信奉者やってたぜ」

 

 

 

「――――別段信奉者をやっている訳ではないのだがね」

 

 

 

「「「「「ッ……!」」」」」

 

 円蔵山の麓から柳洞寺へと続く石段を上る最中に上がった声。それはオルガマリー達一行のものではなかった。

 聞こえて来たのは上。すなわち石段を上った先。

 目を向ければ、数十段ごとに設けられている踊り場に、一人の男が立っていた。黒いボディアーマーの上から同色の外套を羽織り、はためかせる白髪の男。黒い靄に覆われているが、先に遭遇した《ランサー》達に較べると軽めで理性的な印象を与えた。

 オルガマリー、立香、マシュの三人は始めて見るが、キリトとサーヴァントの面々は見知っているが故に臨戦態勢を取った。

 

「そんな、こんなに近付かれていたのに、気付けなかったなんて……!」

「《アサシン》のクラススキル、《気配遮断》ね。元が《アーチャー》クラスだからランクは高くないのでしょうけど、元々アレは攻撃行動を取らない限りは気配を隠せるスキル。私達が此処に来るまで攻撃しなかったのはこういう事ね」

 

 魔杖を構え、幾つもの神代魔術を発動、配置しながら言うメディア。

 《アサシン》は皮肉気な笑みに口元を歪めた。

 

「君の察しの通りだ。何しろ、私の弓ではその盾の守りを破れそうにないのでね、無駄に魔力を使うくらいなら各個撃破した方がマシというものだ。頭上の優位は私にある。魔女の防御魔法は貫けるしな」

「ほぉ。その言い方だとテメェ、この数を纏めて相手して勝てると踏んだってのか。随分と舐めてくれンじゃねェか。黒化して判断能力が鈍ったンじゃねェのか」

 

 ドルイドを象徴する樹の杖が軋みを上げた。杖を握る《キャスター》が更に力を込めた上に、魔力を通し、何時でも空中に刻んだルーン文字から炎を飛ばせる状態にしたからだ。

 それを契機にしてか、石段を起点に魔力が迸り始める。

 

 ――――それは、黒化した《アサシン》も例外では無かった。

 

「――――二つ、キミ達は勘違いをしている」

 

 渦巻き、迸る青い粒子。それは徐々に輝きを強くしていく。

 それを引き起こしている《アサシン》は悠々とした様子で語り始めた。

 未だ、その手に剣は無い。

 

「ああ? 勘違いだァ?」

「《キャスター》、君の指摘は正鵠を射ていると言える。確かに私はこの状態になって以降、やや頭の回転が鈍った自覚がある。それは事実だ――――だが、己の力量と戦力、手札を見誤るほど耄碌した訳では無い」

 

 それを契機に、ごうっ、と渦巻く魔力の奔流が強まった。

 《アーチャー》が顔を引きつらせる。

 

「何で……何で、貴方が、そんな……そこまでの、魔力を……」

「しかも今あの《アサシン》ってマスターは居ないのよね?! 何であそこまでの魔力を出せるのよ?!」

「《アーチャー》クラスじゃない以上、《単独行動》のクラススキルは無い筈だし……どうして……」

「それが勘違いの一つ目だ。《セイバー》により倒れ、黒化して復活した場合、理性はともあれ魔力に関しては常に補充を受けている。故にこちらに魔力切れは起き得ない」

「……そうか、聖杯の泥ね?!」

 

 《アサシン》の男について自他共に認めるほどよく知り尽くしている《アーチャー》は、男から齎された情報と己が知り得ている情報とをすり合わせ、真実に辿り着いた。

 聖杯の泥。

 悪神アンリ・マユの破滅願望により無色の魔力が汚染された結果生み出されたそれは、溢れ出れば今の冬木のように大災厄を引き起こす代物。英霊が触れれば黒化、反転を起こし、暴走までする。人間が触れれば呪われ、その呪いによって死まで落とされる危険なものだ。

 それを浴びたのだろう《セイバー》。

 その《セイバー》に下された事で黒化し、様子がおかしくなった他のサーヴァント達。

 《セイバー》の魔力消費を支えているのは黒幕が与えた《聖杯》による影響では、と推察していた。それが当たっているかは知らないが――――黒化したサーヴァントもまた、《聖杯》により魔力を補充されているのだ。その証として黒い靄が体を覆っているのだろう。

 黒化したサーヴァント達に魔力を補充している《聖杯》は、冬木に元から在る呪われた《大聖杯》に相違ない。元々《聖杯戦争》に於ける英霊召喚は《大聖杯》のバックアップを前提としている。そのラインは脱落時に魂を回収するものがあるから問題無い。どういう手法でか、本来なら脱落時にのみ利用される筈のラインを使い、今も黒化サーヴァントに《大聖杯》は魔力を補充している。

 だからこそ、あり得ない量の魔力を男は迸らせている。

 その推察を《アーチャー》が語れば、《アサシン》の男は是と頷いた。

 

「――――なるほど。だから《ランサー》と《ライダー》には、《アーチャー》や《キャスター》に見られたような消耗が無かった訳か」

 

 そこでキリトが納得の声を上げた。

 《アーチャー》と契約し、クラススキルを把握した時から疑問を持っていた事。

 《アーチャー》クラスにはクラススキルとして《単独行動》というものが存在する。ランクに応じて、マスターの魔力提供無しでも活動出来る限界時間を引き延ばすというものだ。《冬木のアーチャー》の場合はBランク、およそ二日程度はマスター無しでも生き延びられる。

 つまり継戦能力はそのスキルを持つ《アーチャー》がかなり高い方に入る。

 それでも合流した時、《アーチャー》は魔力がほぼ空なくらい消耗していた。《ランサー》達のように黒化したサーヴァントの追撃を凌いでいたからとは容易に想像出来る。

 だからこそ、追撃していた筈の《ランサー》達に消耗が無かった点がキリトは気になっていた。貯蓄魔力を攻撃に完全転換する《キャスター》ですら戦闘を避けていたのに限界だったのだ。戦闘行為を行っていたであろう側に消耗が見られなかったのは不可解だった。

 その疑問、謎が解けたため、キリトは合点がいったと声を上げた。

 

「つまり俺達に長期戦は不利」

 

 眼を眇め、右手に愛剣エリュシデータを握りながら確認のように言うキリトは、続けて口を開く。

 

「だからこそ、解せないな」

「ほう? 何がだね」

「遠距離から弓を使っていれば俺達を消耗させられただろうに何故しなかったのかだ。《キャスター》にはここに陣取っていると知られていたんだ、だから尚更潜んでいた理由が分からない。ほぼ消耗が無い俺達を相手に、頭上の優位と魔力切れが無い優位だけで数を押し返せると踏んだ根拠は何だ」

 

 普段居る場所を知られているのにそこから動くつもりが無かった事は分かる。だからこそ消耗させられる機会を逃してまで何故接近戦に持ち込んだのか、それがキリトは気掛かりだった。

 恐らくそれこそが、この男の最大の切り札だろうと踏んで。

 

「――――I am the bone of my sword」

 

 返答は、流暢な英式の祝詞。

 呼応するように魔力の奔流が荒々しくなる。青い稲妻が走り始めた。

 訝しみ、警戒する一同。その中で唯一、《アーチャー》だけが戦慄と瞠目を見せた。

 

「まさか……しまった!」

「《アーチャー》、どうした?」

「アレを止めないとマズい……!」

 

 男をよく知るからこそ、何を狙っていたかに気付けた《アーチャー》。両手に握った長刀型の陰剣陽剣を手に石段を蹴り、男目掛けて疾駆する。

 

 しかし、妨害は間に合わず。

 

「――――So as I play “Unlimited Blade Works”」

 

 男から、炎が吹き荒れた。

 

 *

 

 乾いた風が頬を撫でた。

 鼻腔を擽るのは、木々に囲まれた山にはあり得ない砂の匂い。

 眼前に迫った炎を見て、反射的に翳した手を下ろし、眼を開ける。

 

「――――」

 

 そして、絶句。

 眼前に広がる光景は自然が広がる円蔵山と石段では無く、果て無き荒野。赤茶けた地面は地平線の先まで広がっており、大地の至る所に意匠が異なる無数の剣が突き立っていた。

 空には無数の錆色の歯車が回っている。周囲を見渡せば、歯車は全方位の空に展開し、ギシギシと軋みを上げながら動き続ける。

 空の色は暗い。黄昏、夕暮れ、逢魔が時を思わせる赤茶色の空模様。雲はあるが、それすらも鈍色にくすんでいた。

 

「これは、一体……?」

 

 呆然と風景を見ていると、背後から聞き覚えのある声がした。

 振り向けば、白いベストと黒いズボンに身を包んだ黒髪の青年が、先ほどまでの自分と同じように空を振り仰いでいるのが目に映る。

 

「……立香か?」

「キリト……? あれ、皆は、どこに……?」

「それは分からないが……どうも、マスターとサーヴァントとで分断されたらしい」

 

 分かっている事は分断された事。そしてそれを引き起こしたのが、炎を展開した《アサシン》の男である事。

 少なくとも状況は考え得る中でも最悪に近かった。

 

「どうやら『各個撃破』というのは、サーヴァントを一騎ずつ倒すんじゃなくて、俺達マスターを潰す事を意味していたらしい。俺達が死ねばサーヴァントも無力化されるから狙われるのは道理だな」

 

 実際、《聖杯戦争》はサーヴァント同士の戦いだけでなく、召喚したマスターである魔術師同士の殺し合いもある。それはマスターを殺せば魔力提供無しに現界を維持出来ないサーヴァントを無力化出来るからだ。

 敢えて近くまで接近させたのも、コレの有効圏内に入れる為だったんだろうな、と推測する。

 非常に理に適った戦法だとキリトは思った。これなら数の利なんてあって無いようなものである。

 

「……此処から出るには、やっぱり……」

「間違いなく《アサシン》を倒さないとダメだろうな」

 

 これを引き起こすにも魔力を膨大に消費するのは間違いないが、あちらは常に魔力提供を《大聖杯》により受け続けている身。時間経過で戻れるとは思わない方が現実的だ。

 時間経過で戻れるとしても、また魔力が溜まれば同じ事。

 

「だよね……でも、サーヴァントには」

「人間は基本敵わないらしいな。神秘を込めたものじゃないと碌に傷を付けられないみたいだし、事実昨夜俺の攻撃を受けた《アサシン》もピンピンしてるし」

「……俺、三つくらいしか魔術使えないんだけど。しかも支援魔術ばっかり」

「安心してくれ。俺は一つも使えない」

「――――大ピンチじゃん!」

「此処に来ている時点で非常に今更な所感だな」

「反論出来ない……」

 

 実際、特異点Fなんて物騒な場所に迷い込んで、サーヴァントが居るとは言え少数で探索、生還しなければならない時点でピンチなのには変わりない。

 それ以前に現在進行形で人理、もとい地球の人類がピンチである。

 キリトとしては、入ったら出られないボス戦を経験していた事もあってまだ余裕がある。《キャスター》にルーンを刻んでもらっていて、且つメディアと《キャスター》から受けた支援魔術が未だ有効だからこそまだ余裕を保てていた。

 幾ら仮想世界のアバターステータスをある程度引き継いでいるとは言え、生身も融合している以上は物理法則的な限界がある。例えば人間の身長は4メートルを超えると骨の耐久性の問題で自重により骨折を引き起こすという。それと同じで、どれだけ鍛えようと人間の肉体には限界というものがあるのだ。

 その限界を容易く上回っているのが《英霊》達。疲れ知らずも然る事ながら、神秘が濃い時代出身ともなると身体構造からして差があるようで、基本非力な《キャスター》クラスのメディアにすらキリトは腕力で勝てない。支援魔術があって初めて勝てるくらいだ。

 無論、幾ら身体を強化されていようと、耐久性の問題は解決出来ない。力を発揮すればするほど体は内側から壊れていく。

 そういう意味でも生身の人間は長期戦に向いていなかった。

 

「まぁ、良い。まだ想定の範囲内だ」

 

 だからこそ、キリトは出来れば強化の魔術だけでも修めておきたかった。

 キリトとて、自分が無理に強くなる必要性が低い事は分かっていた。サーヴァントにはサーヴァントをぶつけるのが定石である以上、マスターは魔力タンクに徹しておく方が良いという事も。

 しかし、それが常に保てる訳では無い。

 ましてや敵にサーヴァントが居るのであれば、こちらの魔力切れを待つよりも弱点であるマスターを狙う方があり得る話。あろう事かその弱点はサーヴァントと共に姿を晒して行動しているのだ。余程騎士道を重んじる者でない限りは弱点を突くのは定石として行動に移す。少なくとも自身がサーヴァントであれば実行に移す、そうキリトは考えていた。

 昨夜自身を襲った《アサシン》は一人休んでいる隙を狙った。戦闘経験を積んでいないマシュでは無く、マスターであるキリトを。それだけで卑劣な手段を厭う事無く取る者であると判断出来る。

 だからこそ警戒していた。だから自力で対抗出来る手札を増やしたく思っていた。分断される可能性を伝えてはいたが、こうなるとは考えていなかったのだろう。

 それを責める事は出来ない。自分だってまさかこんな方法で分断されるとは思っていなかったのだから。

 

「――――立香、支援は任せた」

 

 最初に荒野を見た時は唖然としたが、それ以降は油断なく警戒していたキリトは、自分達に向けられる殺気に気付く。

 同時、背後に振り向きながら右手に持つ黒剣を振るう。

 ギャリィッ、と剣音が響き、火花が散った。黒剣は流されるが、同時に振るわれていた白剣も往なす。

 

「ほう、これにも反応するか。昨日もそうだったがかなり馴れているようだな」

「ハイディングしてる手合いには馴れてるんだよ……ッ!」

 

 言い終えると共に、手首を返して左斬り上げに剣を一閃。《アサシン》はそれも往なしながら後ろへ跳んだ。

 

「キリト、前!」

 

 立香の声が響き、反射的に《アサシン》へと意識を向ける。

 《アサシン》は手に持っていた双剣を粒子へと消し、左手にハンドガードが付いた黒い洋弓を、右手に赤く輝く矢を持ち、番えていた。

 その姿を認めた瞬間、瞬く間に十三本もの矢が立て続けに射られる。

 

 ――――秒間十三とか、数がおかしいだろう……!

 

 キリトも弓を扱う者だが、どれだけ頑張っても一秒間に射れる本数は五本が限度。コンマ二秒で一本となれば破格の数字である。それもキリトの場合、弦を引けば自動的に矢が生成され、番えられるというもの。

 それを英霊たる《アサシン》は余裕で突破する。

 更に悪い事に、飛来する紅の矢団は追尾性能も多少あるらしく、放物線を描きながらもあり得ない角度でキリトと立香に迫る。

 キリトに迫る本数は九本。

 立香は残る四本。

 どちらも完璧に対処出来なければ、まず間違いなく片方が死ぬ。

 

「――――さ、せるかァッ!!!」

 

 一瞬浮かんだ三種類の死の未来を瞬時に捻じ伏せ、左手に洋弓を取り出す。それは《アサシン》が持つ者と瓜二つの黒き弓。キリトの世界では【無銘の洋弓】という名前でプログラミングされていた代物。

 右手に持つ剣は、黒き愛剣では無く、蒼き細剣アクアリウム。

 弦に番えた時には既に水の螺旋が形成され、烈風となって空気を揺らしていた。

 《アサシン》が紅き矢団を放ってからここまでの間、僅か一秒。コンマ一秒後には逆巻く水の螺旋剣が放たれ、傘の如く展開された水壁により全ての矢の狙いが逸れた。

 止めた訳では無い。水の細剣にもルーンは刻まれているが、しかし神秘が足りないせいで妨害出来る程では無かった。

 しかし、狙いは逸れた。

 キリトと立香、両者の横や後ろ、前に無差別に矢が降り注ぐ。砂塵が巻き起こり、視界が悪くなる。

 

 ――――だが、キリトは《アサシン》から、片時も視線を切っていなかった。

 

 飛来する紅の驟雨。キリトはその軌道を見切り、予測し、その線上で重なるよう水の螺旋剣を飛ばした。無論水を巻き起こすにあたって強固なイメージも作り上げている。

 それでもキリトの眼は常に《アサシン》に向けられていた。一瞥しただけで、矢団の結末までイメージし、それを現実のものにする事すら計算した上でのその行動。直近に落ちた矢に意識を外す事すら無い。

 

 ――――この少年、年齢に反して流石に戦い馴れし過ぎではないか……?!

 

 僅かにでも意識と視線が外れた瞬間、スキル《気配遮断》と贋作の認識阻害の礼装で姿を晦まし、まずは後ろに立つ青年から始末しようと考えていたが、その目論見が早くも潰えてしまった事に男は戦慄する。

 見た目に幼さを残す少年が、まさかここまでとは思わなかった。

 昨夜己を退けた時点でただものでは無いと思っていた。そもそもエネミーを単独で倒している段階で障害になると判断し、一人になる瞬間を狙ったが、それでもダメだったからこそこの強引な方法に打って出た。

 魔力が充溢しているため時間制限で解除される事が無いのは幸いだが、サーヴァントから引き離した優位性が若干薄くなったのは事実。

 

「――――《瞬間強化》!」

「ぬ……!」

 

 そこに少年へ向けられる支援魔術。

 名称から恐らくは身体能力強化の類だが、サーヴァントたる自身の剣を往なせた時点でかなりの能力を誇っている事が分かる。仲間の《キャスター》二人に支援魔術を受けている事から、ステータスランクに直せば自分より上だと推察出来る。

 幸いなのはあちらにサーヴァントを瀕死に陥れる礼装が見当たらない事。

 少年が持つ剣にはルーンが刻まれているので油断は出来ないが、神秘は薄いので幾らか減衰は見込めるだろう。

 問題は普段の自分であればともかく、今の自分の思考能力、判断能力で無傷を維持出来るか。

 先ほど少年は自ら『自分は魔術を使えない』と口にしていた。それはつまり、魔力枯渇を引き起こす可能性は限りなく低いという事を意味する。その気になれば回路を開き、魔力を剣に纏わせ、彼らに合流した頃のように戦う事も不可能では無いだろう。そうなればこちらの優位性はかなり失われる。

 

 ――――こうなったら、やや大人気無いが……!

 

 地面に着地すると同時、また地を蹴り、空へと身を躍らせる。それと共に右手に使い慣れた螺旋の剣を取り出す。

 それを弓に番えれば、螺旋を描く剣は細く尖り、一本の矢へと変じた。

 男にとって絶対の自信がある宝具――――の、贋作。己が最も使いやすいよう、矢として運用しやすいよう改良を施した投影宝具。アルスター伝説にその名を刻んだ魔剣。

 これを昨夜の双剣のように爆破させた場合、周囲一帯を更地に変える大爆発を引き起こす。無論マスターである少年達は爆発の殺傷圏内。

 仮令贋作で、宝具としてのランクが下がるとは言え、それでも絶大な神秘を内包する宝具。凄腕の魔術師であろうとコレを防ぐ手立てはない。この一撃は、神代魔術を操る魔女の防御魔術すら貫通せしめる威力を有するのだから。

 

 ――――これで詰みだ。

 

 紅の魔力光が鏃より放出される。

 

「させるかッ!」

 

 後は番えた矢を離すだけ。

 その段階で、しかし私の狙いは決定的に逸らされた。ガツン、と。唐突に虚空に現出した物体――――簡素な直剣により、鏃の狙いを上へ傾けられたのだ。

 

「な……ッ?!」

 

 気付いた時にはもう遅い。既に己が指は弓から手を離そうとしていた。狙いを外された、と気付いた時には既に螺旋剣は放たれていたのだ。

 狙いを上へ逸らされた螺旋の剣弾は荒れた空へと飛んでいく。

 一体何が起きた、と起きた事象へ思考を回す。

 客観的に言うなら、虚空に剣が現れ、狙いを逸らした。否、こちらが下へ狙いを下げようとした時点で剣が現れたため、妨害したの方が正しいか。

 男には《投影魔術》、その中でも一際特異な特性のものを使えるので、少年がした運用も出来なくはない。と言うより、現実的には男にしか出来ない方法だった。

 《投影魔術》とは、その場に無いものを一時的に具現化させるもの。儀式に使う触媒を一時的に出すような使い方が一般的であり、男のように武器として扱える強度のものはまず投影出来ない。それ以前に半永久的に存在し続ける、宝具級のものも投影出来るのは魔術師業界からすると異端も異端。

 異端だからこそ、男は己以外に同じ能力を持つ事があり得ないと理解していた。そういう意味では《冬木のアーチャー》の存在、能力は不可解なものの一つ。

 同様の異端さが少年にも見られた。

 先ほどの剣からダメージは受けていない。そも、少年が出した簡素な鉄剣に神秘は無かった。男が得意とする解析を試みても構成は鉄、しかもかなり粗雑な造りをしている。

 それらを読み取った男にとって、重要な事実は一つだけ。

 一切神秘を帯びていない事だけが男にとって重要な事実。

 

 ――――馬鹿な、ではどうやって虚空に剣を……?!

 

 サーヴァントは、神秘の存在。エーテル体により構成されたサーヴァントの現界維持には魔力が用いられるが、それは魔力をエーテルへと還元しているからに他ならない。すなわち逆説的に魔力は神秘の基とも言い換えられる。

 虚空に武器を喚び出す手段は、男には《投影魔術》くらいしか思いつかない。

 しかし《投影魔術》であれば、投影品には僅かなりとも魔力の残滓が残るもの。解析して漸く分かる程度ではあるが――――逆に言えば、解析すれば必ず分かる。

 だから少年が剣を喚び出した方法から、『魔術により作り出した』という可能性は消えた。空間魔術、転移魔術の類は神代の魔術師にしか出来ないため自動的に除外される。

 そして男は《投影魔術》と神代の空間魔術、転移魔術を除いて、それが出来そうな手段を知らなかった。

 男の目的は、ここでマスター二人を殺し、サーヴァント達を無力化する事。そうすれば半自動的に《セイバー》を守る事になる。

 そしてサーヴァントにとって人間はあまりにも無力な存在。

 無論例外も居るが、よもやそうではないだろう――――そう想定していたのだが、どうやら黒衣の剣士はその稀な『例外』に該当するらしい。

 詳細不明な武器の召喚手段も含め、少年に対する警戒レベルが一段と高くなった。

 

 






 本作に於ける《黒化英霊》と《シャドウサーヴァント》の差異。

 ※Fate/原典、FGOに於ける設定、解説との矛盾点あり。

・黒化英霊
 純正サーヴァントが、《聖杯》の泥によって反転(オルタ化)ないし侵蝕された状態。近い表現は狂化、非常に好戦的。言語能力はあるが思考能力が鈍い。宝具は基本健在。
 ぶっちゃけ《バーサーカー》クラスには関係無い話。戦術眼、思考能力を前提にした戦い方をするサーヴァントには致命的。
 だから今話の《アサシン》も宝具扱いの固有結界を使える。
 ――――というか、エミヤの場合は固有結界を使えないと《投影魔術》も使えないよね、というご都合主義。アニメのエミヤは投影してたから固有結界も出来るでしょという理屈。
 尚、ゲームの特異点Fで立ちはだかる黒化エミヤは固有結界は使わない。
 黒化英霊の筆頭はアルトリア・ペンドラゴン[オルタ]など。

・シャドウサーヴァント
 純正サーヴァントの影。なり損ない。あくまで力ある過去の人物、存在の形を真似ているだけで、能力は劣る。スキルは同一。でも影とは言え元が元なので人間からすれば理不尽な存在には変わりない。
 宝具ゲージが満タンになった場合、プレイヤーサーヴァント時のブレイブチェインによるEXアタックを仕掛けて来る。
 特異点Fに存在するサーヴァントは元々現地で召喚された純正のものなので、成り立ち的にシャドウでは無い。


 矛盾点はシャドウサーヴァントの扱い。場合によって『亡霊の集合体』、『《聖杯》によって作られた英霊の影』などマチマチなので、やや強引に括りつけました。

 オルガマリーって、本当に最初の最初くらいしか出番無かったけど、凄く人気あるよね……という訳で、自分もそれにあやかり、オルガマリーの株を持ち上げる。

 実際所長の立場だったらこれくらいはしてもおかしくないと思うんだ……(´・ω・`)



 ――――登場の可能性が出た(本作初投稿以降お迎え出来た)サーヴァント一覧
 《セイバー》アルトリア・ペンドラゴン
 《セイバー》沖田総司
 《セイバー》アルトリア・ペンドラゴン[リリィ]
 《セイバー》ジークフリート
 《セイバー》ランスロット
 《セイバー》ガウェイン
 《セイバー》鈴鹿御前
 《アーチャー》アタランテ
 《ランサー》カルナ
 《ランサー》メドゥーサ
 《ライダー》マリー・アントワネット
 《キャスター》玄奘三蔵
 《バーサーカー》ランスロット
 《バーサーカー》ベオウルフ
 《バーサーカー》アタランテ[オルタ]
 《バーサーカー》謎のヒロインXオルタ
 《ルーラー》ジャンヌ・ダルク

 ※尚、可能性が高いのはアルトリア顔である。

 霊基一覧を見て思った。《アーチャー》クラス、使ってるのがエミヤ、アタランテ、エウリュアレくらいしか居ねぇ……エミヤは《ランサー》相手以外で毎回出撃してるし。

 ちなみに、うちのカルデアの過労死枠はアンデルセン。《ライダー》クラスが出る戦いでも宝具使ってるお陰で一番に絆LV.がマックスに。ヤッタネ!

 では、次話にてお会いしましょう。


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