Yes!ウサギもやって来ました♪ (白結雪羽)
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Yes!ウサギが参ります!

一発ネタ、続くかは分からぬ




 

 

「――クハッ! まぁだ行きますよぉ!!」

 

 

 真紅の双眸が爛々と光り、透くような緋色の髪はその激しい四肢の動きに伴って翻る。宙に漂う無数の光芒のテラスを足場に少女は目の前の獲物へと肉薄する。その速さたるやまさに神速と言っても過言ではなく、複雑に描く軌道を目で追うことはもはや不可能の域だ。

 

 

 

「──っとと、危ないね危ない」

 

 

 しかし、相対する者も彼女同様只者ではなかった。彼の者は少女の振りぬかれただけで宙を震わす蹴りを、確とその紅眼に捉えてはか細い身を僅かに反らす事で難なく躱してみせる。

 それを目で確認することなく少女は振り切った脚を切り返し、切り返し、切り返し──刹那の間に百にも及ぶ猛襲を繰り出した。

 

 

「ぎっ……!?」

 

 

……筈だった。

 猛襲の反動を利用し距離を空けテラスに降り立つ彼女はどこかぎこちない。だがそれも無理はない。今膝を着く事となった彼女、その右脚は膝から先が鮮やかな切り口を残して跡形も存在していない。対して、猛襲を受けた彼はその装いに一切の汚れも乱れもなく、極めつけその手には少女のものであろう膝から先の片足が握られていた。

 

 血玉が流れ出るそれをまるで片手でお手玉するように遊ばせながら、彼は呆れたように少女を見る。

 

 

「はあ…まったく。随分と荒っぽいというか、いい歳した女の子がまあ慎みの欠片もないというか……。毎度の事だけど〝献身の兎〟がそれでいいの?」

「なははっ、何を仰いますか〝さとり様〟。数多の悪鬼羅刹を蹴り倒し、傲岸不遜な修羅神仏の試練から弱き者達を身を呈して守り抜く。この身は神々の眷属なれど数多くの厄災(ケンカ)を仲間の為に踏み越えてきた私こそ、正に献身的な兎ではありませんか!」

「……自分立場を顧みないその太々しさはある意味尊敬に値するね。ほら、返すよ」

「ああっ、乙女な兎の貴重な生足をそんなぞんざいに!?」

 

 

 気付けば髪色が緋色から青み掛かった黒に変わっていた――いや、戻っていた少女は、サトリと呼んだ少年から雑に放り返された自信の足をケンケンで近付き慌ててキャッチする。その際溢れ出る血玉が彼女の顔にはね思わず「ひゃっ…!?」と可愛らしい悲鳴をあげてしまった。その途端に今まで飄々と笑みの絶やされなかった顔に羞恥と怒りの色が浮かんだ。要するに顔真っ赤である。

 

 

「くっ…! 私ともあろうものが今の様な辱しめを……! さとり様ッ、清廉潔白報恩献身を誇る私を汚した罪! どう償うつもりですか!?」

「寝言なら御休みなさいした後に言うのがマナーだよー。寧ろ君は自分の胸に手を当てて過ち(やらかしてきた事)を猛省した方がいいんじゃない?」

「はて? 私の女性の象徴は確かに世の慎ましやかな同性の方々から羨望と嫉妬の目に晒される程豊かなものですか、この世界では私と同等かそれ以上などざらです。ましてこの方恨み辛みとは無縁の身でございます故、どこを猛省すればよろしいのでしょうか……ハッ! もしやその嫉妬の目を知らず知らずの内に集めていたと!? 持たざる方々の僻みがいつの間にか募っていたと!? そういう事なのですね!?」

 

 

 返された足の切り口をミリ単位で合わせようとしながら、あまりに的外れな言葉をつらつらと口にする少女。既に紅み掛かっていた表情は潮を引き、胡散臭く飄々とした悲愴感を漂わせていた。

 この少女、どうやらやや煽り口調で喋らないといけない病気にでも掛かっているのかもしれない。

 これにはサトリも苦笑を通り越して嘆息してしまう。

 

 

「献身的な兎さんが自身の恥態を不特定多数に八つ当たりって形で発散するのは如何なものよ?」

「私にとって誰かを弄るのは、それはもう加減を間違えれば色々大洪水になりかねない程に耽美な性分でありますが……逆に弄られるのは、たとえこのお腹をかっ捌かれても、たとえこの身を業々と焼べられた火の中に投じるよりも苦痛を伴う恥辱にございます。故のご理解を何卒」

「うん、最低だね。どうして未だに〝とくちゃん〟が君の権能を剥奪しないのか不思議な位の鬼畜っぷりだ」

 

 

 少女の悪どい性格を垣間見せる軽口を交わしつつ、漸く納得いくように足を合わせ終わった少女。彼女は片手で足を固定しながらもう一方の手でサトリを手招きした。どうやら位置を合わせはしたものの縫合する手段は持ち合わせていないようだ。

 サトリは二度目となる溜め息を吐き少女の元へ寄る。そして押さえてある足の傷口へと手を伸ばし――

 

 

「――シッ! ッ、カ、ッハ……!!?」

 

 

 ――今の流れを順に説明すると、少女が息を吐くように腰を落ち着けていた体勢から一本足の蹴撃を繰り出し、難なく反応され片手で阻止された上、治療の為に伸ばされていた手を腹部に叩き込まれた……という感じだ。

 一矢報いられず。少女の脚力に耐える程のテラスを一撃で砕く威力の刺凸は呆気なく彼女の体を貫き、その意識を瞬く間に暗転させるのだった。

 

 

 

 

 

◆ ◆

 

 

 

 

 

「……あーとくちゃん? うん……そう、またなんだよね。怪我はちゃんと治したし毎度の如く今は気絶中。……うん……うん、りょーかい。それじゃあ()()()()()()、手伝ってあげるからよろしくね。……はーい、今から送るよー」

 

 

 耳に手を当て誰かと会話をしていたサトリ。その手に携帯の様な品はなく、彼独自のオカルトチックな手法で連絡を取っていたのだがそれはまあ置いておこう。

 彼は宙に〝蒼球(母なる星)〟を見上げながら、傍のテーブルに置かれた紅茶で満たされているティーカップを手に取り一口含む。そして、対面で仏頂面になりながらセットのクッキーを咀嚼する少女に視線を移す。さっきまで負っていた中々に酷な傷は完全に治されており、服の解れも見当たらないスッキリとしている。

 

 今更だか彼女。その容姿は見積り160はあるさとりの肩程までしかないにも関わらず、幼さの残る端整な顔立ち、スラりとした足に、出る所は出て引っ込む所は引っ込んでるという中々のプロポーションを持っている。加えて、恐らく感情の昂りによって変色する髪。そして何より、頭部にピョコンと生える一対のウサ耳が目につく。

 端的に言えば黒(青)髪ロングロリ巨乳ウサ耳……あとS(サド)属性持ちと言う訳だ。特定の界隈には大ウケ間違いなしである。

 

 

 

 

 

 そんな属性てんこ盛りな彼女の名は――〝黒ウサギ〟。

 嘗てその身を犠牲に軍神〝帝釈天〟を飢餓から救い、その功績を称えられ月へと昇った〝月の兎〟の末裔にして、箱庭が生んだ問題児兼超規格外である。

 どのくらい問題児兼超規格外かと言うと、酒好き女好き娯楽好きで動けば余計な事ばかりやらかすに定評のある帝釈天当人がその悪癖を抑え頭と胃を痛める位である。その悪行の数々は……具体的には控えるが、幸い特定の一線を越えていないのが唯一の救いとかなんとか。

 

 

「すみませんサトリ、どうやら私の高性能素敵ウサ耳に塵でも詰まってしまったようです。折角ですし貴方に、し・か・た・な・く、耳掃除をする権利を差しあげますので、今〝とくちゃん様〟と話していた〝罰〟とやらの話を詳しくお聞かせ願います♪」

 

 

 先のサトリの言葉とは裏腹に気絶からはとっくに復活して茶菓子を摘まんでいた黒ウサギは、それはもう良い笑顔を浮かべていきながら〝とくちゃん様〟との会話内容について問

 。因みに二人の言う〝とくちゃん〟とは……だいたい察しがつくだろうが、黒ウサギの主である〝帝釈天〟その(ヒト)である。そこらの神々と一線を画する武勇伝説逸話を持つ彼に対して敬意のへったくらもない呼び名であった。

 

 

「んー? あー、その話ね。詳しくはとくちゃんの所で」

「どうせ御身の苦労を癒す体裁とかで御酒と女遊びに耽てるとくちゃん様の元へわざわざご足労する時間など勿体無くございます! 私は、黒ウサギは今すぐこの場で伺いたいのです!」

 

 

 〝月の兎〟は主である帝釈天を心より敬愛し、且つ献身的との伝聞があるのだが……黒ウサギはそれでも一切容赦はなかった。息をするように毒を吐く彼女にサトリも今更何も言わなかった。二人はそれなりに長い付き合いなのだが、無論お互いの性格くらいはハッキリと理解しているのだ。

 

 

「はいはい。文句なら向こうで幾らでも聞くから」

「っ! は、離してください!! か弱い乙女に対してコレはあんまりでしょう!?」

 

 

 サトリが呆れながら席を立つと同時に抗議の声を挙げる黒ウサギを捕らえる八足のカラクリ。あまりにも気配もなく突然と背後に現れた為一切の抵抗も黒ウサギは出来ていなかった。

 

 

「簀巻きって……暴れないように抱き締めてるだけでしょ? 女の子はそう言うの好きって聞いたけど」

「真っ当なお付き合いをして愛を育んでいたならッ、です! そうでもないのに抱き着かれて喜ぶなんてどんな尻軽ですか!? と言うか! 抱き締めてるのは貴方じゃなくてこの蜘蛛みたいなカラクリでしょう!? と言うかマジで捕食される五秒前的な危機感を覚えるんですけど!! なんか後ろでギチギチ言ってるんですけどお!?」

 

 

 黒ウサギの叫びを、慣れているのかスルーして光芒のテラスを歩き出す。

 移動距離はほんの数歩。すると二人の視界から星々の輝き、それを受け色彩映える青い星は爆発的閃光に呑まれ、次の瞬間には青空の望める地へと移動していた。

 

 彼らが立つのは作為的に配置された石、池、低木、灯籠、周囲を囲う縁側、そして鹿威しの音が心地よく響く――宛ら武家屋敷を思わす中庭のど真ん中。言い換えるなら和の趣を取り入れた現代日本における旅館を彷彿とさせる中庭の中央である。

 

 

「さーて、とくちゃんはーっと」

「……もう暴れたりしないので離してくれませんか? 角が食い込んで至る所痛いです」

「おっと、ごめんね。……痛いって事は力加減は重畳か。まだ慣らしていけるね、うん」

「おいこら待ちやがってくださいサトリ。私はいつから貴方のオモチャの実験台(モルモット)になったのですか。この屈辱極まる状況をとくちゃん様とサトリのお呼びという手前屈辱ながら我慢していると言うのに、それをいい事にまた私の至高な体を傷物にすると? 屈辱極まる所か限界突破してその辺の神軍に〝シアイ〟のけしかけちゃいますよ? ストレスパージしに行っちゃいますよ!?」

「その時は先に君を捻り潰してあげるから安心して」

「ハッ! それは此方の台詞ですよー! ふんっ」

 

 

 取り留めない煽りあいの最中も移動を続け、屋敷内のとある一室の前に到着した二人。黒ウサギが折れることで煽りあいは一旦治まり、同じくして彼女の拘束が解かれる。ノースリーブ故に肩から露になてる腕には締め付けの赤い跡が残っていた。

 黒ウサギの恨みがましい視線がサトリを射抜くが、やはりそれをスルーして彼は雅な襖を開いた。

 

 その先には――

 

 

「直ぐに送ると聞いたんだがな……。まあお前らの仲が宜しいのは今更だからあまりどうこう言わんが」

 

 

――着流しという簡素な装いをした〝とくちゃん〟こと帝釈天が苦笑混じりに座していた。

 その彼を前に黒ウサギは、

 

 

「とうとう超々更年期障害でも患いましたか? それはいけません! 我らが敬愛する主神様に患いなどあっては他の厚顔無恥な神軍王軍の方々に卑しくもその名を貶められてしまいかねません! ですが御安心を! この身における全てはとくちゃん様に捧ぐ物。たとえこの命、彼の埒外共の前では呆気ない散花なれど! とくちゃん様に仇なすあらゆる災厄は禍根共々道連れにしてあげる覚悟の所存です。さあ! この黒ウサギめになんなりと神命を賜りください」

 

 

それはもう毒のある、この場にまったく関係のない多方面にも喧嘩を売りながら、同時に仰々しく彼を持ち上げ、肩膝を着くのだった。

 

 サトリは思わず額に手を当て首を振り、訳のわからない宣誓をされた帝釈天は口許を大いに引き吊らせる。

 そして二人は暫し黒ウサギを視界から外し視線を交わした。

 

 

「……改めて聞くけど、()()()()()()()?」

「……ああ、構わん。これもいい機会だ、余所で折檻がてら矯正を図るのも一興てやつだ」

「向こうからしたらいい迷惑だろうけどねー、っと」

「ふぎゃっ!?」

 

 

 文字通り脱兎の如く入口へ回れ右して駆け出そうとした黒ウサギを、彼女自慢のウサ耳を掴むことで阻止するサトリ。チラリと彼女へ目を向けてみると、本日何度目か、彼を射殺さんとばかりに向けられる視線と目が合った。

 黒ウサギは今の二人のやり取りで今この場に留まるのは不味いと直感したのだが、大人しく着いてきてしまった時点で詰みであった。

 

 

「ひ、卑怯ですよ御二人とも! こんなにも幼気(いたいけ)な黒ウサギを『飛ばす』とか『折檻矯正』するとか! どんな厭らしい事をさせるつもりですか!? 黒ウサギの100年守り抜いてる純潔に何かあったらどう責任を取るおつもりで!?」

「安心しろ黒ウサギ。――予め人払いは済ましてっから、何を大声で喚こうと喉が枯れるだけだぞー」

「とくちゃん様!? 黒ウサギには何をどう安心していいのやらさっぱりで……と言うよりどうして私の考えが…!?」

「お前の面倒見てきたのは誰だと思ってんだ」

「はいな! ここ数十年だらしなーいとくちゃん様の身の回りのお世話をしたのは黒ウサギで御座います♪」

 

 

 このウサギ、この場から逃げ果せたいものの性分にはどうしても逆らえないらしい。帝釈天の引き吊った笑い方も彼女の最後の言葉を聞くや清々しいまでの笑顔に変わった。

 笑顔には笑顔で。今なおウサ耳を捕まれたままの黒ウサギも主に最高の笑顔で返した。

 

 

「とくちゃ……帝釈天様? あの、ですね。此度の罰? とやらは何卒御慈悲を。黒ウサギも心を入れ換え、帝釈天様の眷属に恥じぬ振る舞いを心掛けます故ー……」

「ほう、まだ罰の旨は伝えていないが殊勝な事だ。しかしだな、この期に及んで漸く改心の誓いを宣うというのは些か虫が良すぎるとは思わんか? 我が自慢の眷属よ」

 

 

 直接的に言う必要はない。言葉の裏にある意図を察せられる程の関係である彼らにとっては、包み隠した物言いの方が時に効果を絶大に発揮する。

 帝釈天の言い分は要するに

 

 

「それに、たしか極東の言い回しにこういうのがあったろ。『可愛い子には旅をさせろ』って」

「い、いやー……目に入れても痛くない純粋可憐な子はむしろもっと甘やかしてもバチは当たらないと思いますよ?」

「そうか。残念だったな、俺は寧ろバチを当てる側だ」

 

 

『許すわけないから反省してこい』である。

 

 この後、サトリにまで助けと慈悲を請う黒ウサギの必死な姿が見られたのだが、彼女が積み重ねてきた業は果てしなく高く。何より(仕置き)と言いつつどこか楽しそうな男二人を止めるには、少々黒ウサギには荷が重すぎた。改めて言うが、詰みである。

 

 

「それじゃあ〝島流し〟ならぬ〝世界流し〟の説明を軽くしようか」

「いやだああああああああ!! 誰かお助けえええええ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は、はは」

 

 

 頬を撫でる風を受けながら漏れる渇いた笑い声。足は天に向き、頭は地に向いている。

 

 ――黒ウサギは、高度およそ一万メートル上空を絶賛紐無しバンジー中であった。

 

 

「――――くはっ♪」

 

 

 双眸を命一杯広げ果てのある大地を拝む。見覚えのある、しかし、感覚的にはまったく違うと解る大河、森林、建造物、その他諸々。体を反転させ広大な天を仰ぐ。蒼天の明るさの中に朧気だが見える数多の星々(御旗)

 

 黒ウサギは歓喜した。罰と聞いてどのような枷を負い、どの権能を剥奪され、どんな過酷な地に落とされ、どんな試練を課されるのか。ああも騒ぎ抵抗していた反面、彼女は内心期待半分不安半分といった心情だった。しかして、その思いは今決した。

 彼女を語る上で先に述べた属性以外にも一つ挙げられるものがある。それは――

 

 

「箱庭だけど箱庭じゃない……いや、()()()()()()()()じゃ()()()()()()()()。あはっ♪ これが、これがサトリの見てる〝セカイ〟! あの様な広くてもちっぽけな世界じゃない! は、はは、あははははは!! ありがとうございますサトリ! とくちゃん様! 私に、この様な〝罰〟は勿体無く御座いますよ!!」

 

 

――悠久に枯れる事のない欲望――

 

 

「Yes(ええ)Yes(ええっ)Yes(ええッ)! 初めましてニューワールド(別の箱庭世界)!! 貴方達は私を、どこまで楽しませてくれますか!?」

 

 

――刺激を求めて止まない、生粋の快楽主義者ということだ。

 

 




最初は大半の箱庭所属キャラの性格改変ネタで問題児三人組が振り回される側的な感じったものの黒ウサギだけでよくね?ってなった結果の産物

もう苦労詐欺なんて呼ばせない(続くか知らんけど


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Yes!ウサギは二匹もいりません

気分が乗ってたので2話目
続くなら基本この二人メインになりそう


 

 

 自慢のうさ耳にダイレクトで届く風切り音が煩わしいなと、途中から仰向けになって落下する黒ウサギだったが、これでは上空一万メートルから落下しつつ世界の果てまで見渡せる限りの全貌を拝むという貴重な体験ができないと仕方なく体勢を戻した。とは言うものの、その実彼女は超高度からの落下というのはちょくちょく経験していたりする。

 因みに最高記録は月面から地上に僅か十数秒を以て叩き落された経験、となる。帝釈天曰く「よく生きて帰ってきたな…」との事。

 

 

「うーん、困りました」

「……奇遇だね、私も今すんっごい困ってるわ」

 

 

 現状を鑑みてある問題が浮上した黒ウサギ。そんな彼女の呟きに答える者は本来であればいるはずもないのだが、そうじゃならなかった。

 知った声だった故に思案しながらも隣を見ると、そこには黒ウサギと同じくらいの背丈の少女が宙に寝そべるとでも言うべきか脱力した姿勢で一緒に落下し、彼女へ不機嫌そうに細められた眼差しをむけていた。

 

 真っ黒なレインコートを羽織り、空いた胸元と股の箇所には覆い隠すように二対の巨大なベルトが張られている。瞳と被ったフードの間から垂れる髪は共に淡い桃色と中々に特徴的な外見をした少女だ。ただそれだけではない、彼女を示す特徴として真っ先に目に入るのは、フードに付属した一対のメカメカしいウサ耳に、両肘から先に延びる三指の巨大なアームだろう。

 そんな彼女の名前は〝ナフェ〟。黒ウサギを一方的に弄んでいた全身真っ白な少年に組しており、今回黒ウサギの付き添いを半ば無理矢理任された少々ツキの無い子であり。

 

 

「おや? えーっと……ナベさんでしたっけ?」

「……ハッ、相変わらずまともにヒトの名前すら覚えられないポンコツ兎なのね。あー何かちょっと安心したわ」

 

 

 

 

 ついでに補足するならナフェと黒ウサギは基本馬が合わない。今のように黒ウサギ生来煽り癖に対してナフェの沸点が割かし低いのが主な原因である。売り言葉に買い言葉、二人をセットにすると所構わず死闘に発展しかねないと帝釈天を度々悩ませていたりする。

 

 

「ふふん、それはもう箱庭きっての清涼系癒しキャラと定評のある黒ウサギですから? この愛らしい姿を拝めるだけで安心できるなど当然の事なのですよ、お鍋さん?」

「チッ、私の名前はナフェだっつってんでしょうがこの腐れ兎。口を開けば人を小馬鹿にしないと済まないとか性根処から頭とか臓の芯まで腐りきってるんじゃないの?」

「なはは、何をおっしゃいますやら。口を開けば口汚く他人を罵る事しか知らない貴女がそれを言ってしまっては、もはや同情もされませんよ? ぜひ今一度ご自分を見つめ直し、赤子から教養を身に着けては如何でしょうか、身も心も貧しい似非兎さん?」

 

 

 ニッコリと聖母のような笑みを湛え、声音優しくナフェに毒吐く黒ウサギ。その際わざとらしく豊かに育った双丘を見せつけるように腕を組み、腿から脹脛まで露になってる磁器のような素足をこれまた見せつけるように組み直した。

 

 ブチっと、ナフェの中で何かが切れる音がした。

 

 

「…………どうせ将来垂れるだけの脂肪に興味なんてねえっての。しかもそっちに栄養取られてチンチクリンなままとかバランス悪すぎ。その点? 私は確かに背も胸も小さいけど? これは生物的に合理的なバランスを保って形成された結果だ。出来損ないとじゃ話にすらならないってわけよ」

「はてさて、私は一言も貴女の身体的特徴について触れたつもりはないのですが……。あ、そういえば。言ってもいない事を言葉尻を捉えて陰湿に指摘する人ってその箇所に大きなコンプレックスを抱えているからと風の噂で聞いた事が御座います! つまりは、ええ、ナベさんはそういう悩みをお持ちなのですね。でもきっと大丈夫です! 私もナベさんも将来性ならまだまだ……あ、そういえば。ナベさんは私より何千倍も歳上でしたねー。ま、まあ人生何が起こるか誰にも把握しきれるものではないですし? 希望は持っていても損はないですよ! たぶん! それに言うじゃないですか、見た目も大事だけどそれ以上に心が大切…………あっ」

 

 

 そこまで言ってホロリと目尻に涙を浮かべる演技派黒ウサギ。ナフェの限界は疾うにハチ切れていた。

 

 瞬間、黒ウサギの眼前で空気が爆ぜた。胴から始まり全身を貫くような衝撃は彼女の落下層度を何倍にも加速させ、あと一分はさせられたであろうフリーフォールを物の数秒で大地へと到達させた。小隕石でも衝突したかのような爆音、衝撃波が眼下にあった森を駆け巡り、黒ウサギが着弾した個所から半径数十メートルの範囲が更地と化す。

 まず五体満足どころか命の危機すらあり得る惨状。しかし、立ち昇る砂塵の中にユラリと立つ影が存在した。

 

 

「っつつ……まったく、沸点の低い子が強い力を持ってる程厄介な事はありませんね──っと!」

「っらあ!!」

 

 

 パッと見無傷な様子で紺色のベストについた砂埃を払う黒ウサギだったか、空から急接近してきた殺気に弾かれるようにして後退した。直後、ナフェが(たけ)びを挙げながらアームを叩きつけてくる。黒ウサギの落下でそこそこ割れていた地盤は今度こそ蜘蛛の巣のように亀裂を奔らせ、途方もない衝撃に宙へと踊る。

 状況、足場視界共に一時的に最悪。だが黒ウサギにはこの程度まったく差し障りない。

 

 

「っそが! ──ッ」

「悪態吐く暇があるのでしたら少しでも気を張ることをお勧めしますよ。おナベせーんぱい?」

 

 

 黒ウサギが忠言を口にするよりも早く振りぬかれた蹴りは、落下と叩き付けの反動で数秒にも満たない僅かな隙を作ってしまったナフェを捉えるには充分だった。

 電子が爪弾きにされるが如く、強烈な蹴りに大森林を木々ごと突き抜けるナフェ。彼女が漸く止まったのは数キロに亘って森を一直線に抉り、そこそこ大きな大木を圧し折ったところであった。べきべきと鈍い音を立て大木は重力に従い倒れる。それに留まらず、ナフェが吹き飛ばされた衝撃に巻き込まれた木々の一部が後から殺到し彼女が崩れ落ちた場所を次々と塞いでいった。

 

 その場へ駆けつけつつ様子を見ていた黒ウサギは少し離れた位置で停止、気まずそうに頬を掻く。

 

 

「あらら……少々加減を間違えてしまいましたか? サトリだったらこれ位簡単に対応してくるのでどうにも調整がおざなりに──」

 

 

 最後まで言葉は紡がれなかった。咄嗟に立ち止まってた枝を蹴り対比しようとする黒ウサギだが、それよりも数瞬早く巨大なアームに足を掴まれてしまう。一体誰がなど愚問だ。歯を食いしばってはここに来て初めて焦りの表情を見せる黒ウサギの目に、全身にチラホラと木の葉が引っ掛かっている以外は全くの無傷なナフェの姿が映る。その顔はさっきまでの苛立ちの気配など微塵も感じさせず、黒ウサギをその辺の石ころでも見るような冷めた目で見つめる能面顔だった。

 

 

「長生きな私から一つ教えてあげよっか」

「っしぁッ──うっ……!?」

「余裕噛ます暇なんてアンタにはないんだよクソ兎」

 

 

 ナフェの言葉を無視して捕まってない方の足で彼女の顔を蹴り抜くが、今度は飛ばされるどころか微動だにすらしない。むしろその反撃とばかりに捕まったままの右脚の骨を容易く砕かれ、間髪を入れず頭部を鷲掴みにされるなり地面に地殻すら砕きかねない勢いで叩き付けられた。

 

 

 

「──」

 

 

 もう息すら吐かせない圧倒的破壊力。地盤の崩壊が何重にも起こり、純粋な力の衝撃は爆風となって平穏だった自然を悉く蹂躙していく。

 

 数秒か、数分か。いくら経過したころにやっとナフェの一撃の余波は完全に治まり、彼女は自身の作った巨大な窪みの中心で気怠そうに手を上げた。その先には、はてさて余程の頑丈さだったのか、はたまたあれで尚手加減されてたのか、全身血濡れでズタボロながらも原型をちゃんと留めている黒ウサギが掴まれている。しかも辛うじて息もしており、その目には確りと光が宿っている。

 

 

「まったく、調子に乗るのは結構だけど。そういうのは相手を選ぶこと…ってこれ言うの何回目よ。ほんとっ、サトリにといい私にといい、一度たりとも勝ててないくせに。これだから粋がるだけのウサギは気に食わないっての」

「は……は、ケ、ホッ……! いいじゃ、ないです…か。勝て、ないな、ら……勝つま、でっ……ッ、ゴ、ッホ!? ひ、ぁ……は、ははは。そのかわい、らしい…顔、いつかぜっ……たいにっ。ぐちゃぐ、ちゃに……して、許しを請わせ、てやりますからッ。覚悟、しておく……ことですよ……!!」

「はいはい、取り敢えず喋んな。私の手がアンタの血とかその他体液諸々でもうべっとべとなの。……まあ間食変わりにはなるけどさ」

「く、はっ……♪ 私の、体液を間しょ、くだとかっ……この変態、おナベ…さん♪」

「ここまでの流れをもう一度体験させてあげようか? あー勿論、アンタにターンは渡さないけど」

「なは、は……いや、あ。さすがにそれは、勘弁です…ね」

 

 

 こうして問題児黒ウサギと御伴(苦労人)ナフェの異・箱庭珍道中はなんとも血生臭い歩みを始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、私基本引き篭もってアンタには口出しとかしないから。そこんとこ分かっといてよ」

 

「おー……それは、ありがたいこと…コフッ、ですねぇ」

 

 

 

 




問題児SSの例に漏れずバグ気味な闖入者

今の所名前の出てきてるキャラの強さ比較としては
サトリ(オリキャラ)>(超えられない壁)>ナフェ(BRSTGより)>=帝釈天(微改変)>黒ウサギ(改変)

サトリが俗にいううちの子(オリ主)的ポジに当たるけど偶に登場する程度で忘れても無視しても支障はない
メインはあくまで性格その他諸々改変した黒(うしない)ウサギ


追記:二人の落書き的なもの

【挿絵表示】


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Yes!ウサギの恩恵なのです

まったりと


 

 

「はぁあ、楽チンですねー――ふみゃっ!? ナ、ナベさん! いきなり落とすなんて貴女に人情は無いんでっ……す、か……」

 

 

 上半身に突き付けられる巨大アームの爪先にそっと無抵抗のポーズをとる黒ウサギ。そんな彼女を見下ろすナフェの目はその辺のゴミを見るかの様に冷え冷えとしていた。

 つい先刻前までの威勢は何処へやら、今の黒ウサギは割りと潔い。と言うのもまま仕方なく、そのつい先刻前にナフェから無慈悲に叩き伏せられ満身創痍なのだから。とある事情からやたらと高くなった自己治癒能力と、ナフェのアシスト有りきでなんとか外傷は消した次第である。ただあくまで目に見える傷だけで、総合的なダメージは健在。故に移動をナフェのアームに担がれつつ彼女に任せていたのだった、当人は物凄く嫌々ではあるが。

 

 

「ざーんねん。私人じゃなくて侵略者(エイリアン)だから。人情とかよく分からないしどうでもいいんだよねー…………で?」

「い、いやですねーナフェさんってば。この一度受けた恨み辛み……あ、あと恩をこの黒ウサギが早々に忘れる訳がないじゃないですかーあははは。バッチリ下手に…じゃなくて報復…てまもなくて、相手の名前くらいは確りと覚えてますとも! 間違える筈が御座いません♪」

「……あっそ。じゃあ次私の名前を間違えてみろ……その日の食事は兎鍋だから。ああ、安心して? ちゃんと食べさせてあげる♪」

「Y、Yes。肝に命じておくのですよ」

 

 

 最後の最後にこの先あまり見ることのないだろう飛びっきりの笑顔で恐ろしい処断方法を口にするナフェに、黒ウサギらブンブンと首を何度も縦に振る以外の選択肢はなかった。この手の脅しは割りと冗談で終わるのが定石だが、黒ウサギに限っては累積する行いが行い故に本気で実行されかねない。特にナフェなら一切の躊躇無く殺ると確信できる。

 尤も、完全回復した暁にはまた同じことを繰り返すのだろうが。このウサギはそういった怖いもの知らずなのである。

 

 

「ったく……怪我人は大人しく座ってろっての」

「なはは、感謝感謝なのですよ。何だかんだナフェさんはお優しいですねー。これが所謂ツンデレってや「あ゛?」あ、いえ、ナンデモナイノデスヨ」

 

 

 こんな感じに二人(厳密にはナフェ一人)は颯爽と森の中を駆け抜け、河を飛び越え、ちょっとした山をひとっ跳びし――――暫くして舗装された道を目の前に足を止めた。

 自分達が移動してきた方向とは逆側を道なりに目を凝らせば、遠くにドーム状の建造物が目視できた。距離にして数百。因みに単位はキロメートルだ。

 

 

「おお、箱庭の……この辺の特色的に東側の都市でいいんですかね? この世界が箱庭であることは間違いないのですが如何せん現状では時系列までは判然としませんし。私達の箱庭とは違った歴史の転換期(パラダイムシフト)を迎えていて文明やらなんやらが異なっていたらどうしましょうか」

「それを私に聞いた所でやる事は変わらないんでしょ」

YesYes(それもそうですね)、面白そうなら願ったり叶ったりです♪」

 

 

 ところでこの黒ウサギ、もとい〝月の兎〟は(少なくとも彼女がいた)箱庭では〝箱庭の貴族〟と呼ばれており、それなりの地位と箱庭全土で通用する特殊な権限を有していたりするエリート様なのだ――が、当の本人はその自覚があるのかすら怪しいくらいに快楽に忠実だった。

 なぜ今この旨を説いたかというと、

 

 

「そう言えばナフェさん。先程道すがらに言ってた私に課せられた制限と言うのは〝審判権限(ジャッジマスター)〟に関してで宜しいんですよね?」

「そ、確かそんな名前のやつ。それとアンタが借りてるって聞いた〝太陽の鎧〟に〝必勝の槍の模造品(レプリカ)〟、それと〝月の神殿〟に……あの、何て言ったけ、〝雷の金剛杵〟? もあの男(帝釈天)が回収しといたってさ。なんでも『良くも悪くも影響力が強すぎる』からだって」

 

 

 ナフェの説明の内、先に〝審判権限〟から説明しよう。

 箱庭には法と同等の機能を持つ〝ギフトゲーム〟というシステムが存在する。各々決められた特定のルール下で提示された商品、権利等を勝ち取る為の競争・闘争システムだ。簡潔に言うと、黒ウサギは〝月の兎〟が有するそのギフトゲームの一時中断権やそこ間に行う不正判断権を当然有している。これは〝とある系統のギフトゲーム〟において絶大な効力を発揮し、それ以外のゲームでも絶対的進行権を含んでいる為に強力な権限と言えよう。

 つまりその権限を一時停止、回収されたわけである。

 

 次に恩恵(ギフト)と呼ばれるものを説明しよう。それは武具だったり形のない権能や、黒ウサギのようにその者をその種族足らしめている要素だったりと多岐に亘る。因みに〝ギフトゲーム〟はこの〝ギフト〟を有してる物しか原則参加できない。

 で、黒ウサギが帝釈天に回収されたのはその内武具に関するもので、述べた順に正式名称を――

 

疑似叙事詩・日天鎧(マハーバーラタ・カルナ)

 

疑似神格・梵釈槍(ブラフマーストラ・レプリカ)

 

月界神殿(チャンドラ・マハール)

 

疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)

 

――という。

 二番目のギフトは正確に言うとその武具の召喚権に当たるのだが、黒ウサギが使ったことがあるのがこの一つだけなので特に差し障りはないだろう。

 この四つは黒ウサギが誕生したその時、また後々彼女の力を認められた為に与えられた神々の恩恵だ。このウサギ、エリート一族の中でもさらに頭一つ抜きん出てたエリートだった訳である。

 天は二物を与えない所か結果四つも与えてしまっている。世の中理不尽だ。

 

 本題に戻るが、つまりは『これらの権限・恩恵は強過ぎるから一時的に返してもらうな?』ってことだった。これに対し黒ウサギの反応は……特に変わりなかった。寧ろ仕方ないかと言わんばかり様子で、右手のギフトを収納、確認する為の便利道具――〝ギフトカード〟をクルクルと回している。

 その時ふと、彼女が手の内の遊びを止めた。そしてカードの表記をまじまじと見つ始める。

 

 

「んー? ……ねえねえナフェさんナフェさん。私お手製の〝(びゃく)・霊格叙事シリーズ〟が手付かずなんですが……これはいいのでしょうか」

「白・霊格叙事シリーズ? 何そのだっさい名前の……って、ああ。アンタが偶々発現させた〝あれ〟? 残ってるって事はいいんじゃないのー。どうせパチモンの域を出ないんだし」

「せめてリスペクトと言ってくださいな」

 

 

 珍しくムッとして毒のない返しをする黒ウサギ。

 〝白・霊格叙事〟は彼女が以前偶然にも手にする事となった()()()()()()()。もっと分かりやすく言うならば〝とある人物達を再現出来る恩恵〟である。

 

 思わぬ残り物に黒ウサギは口許を綻ばせ、嬉しさ微妙に抑えきれないのかアームの上でナフェに表情が確認できる程度に少し身を乗り出した。

 

 

「さてさてまあまあ。これって一応罰ですし? この位は許容範囲内…ってより残す物は残してくれて寧ろ至れり尽くせりです。一昔前の私なら『か弱い乙女になんて仕打ち!』とか『見知らぬ土地で抵抗虚しく乱暴されるのを見てハアハアするつもりなのでしょう!?』とか苦言の一つでも呈してる所ですけど、今の私には別にあってもって『まあ便利?』かな位です。敬愛するとくちゃん様やその御友神から授かっていた身の上として太々しいとは思いますが」

「……一昔前からちっとも学習してないのだけはよーく分かるわ」

「人はそれを〝温故知新〟と表現したそうですねー」

「悪い方向へ新しくはなってるよね」

YesYes(要するに)! 黒ウサギは大変勤勉努力家で皆々様の模範的ウサギなのですよ♪」

「…………あっそう」

 

 

 とうとうツッコミを放棄したナフェ。黒ウサギは(勝った…!)と言わんばかりに彼女へ表情を見せないようにしながらしたりと嗤った。しかしまあ、次の瞬間には巨大アームの三指にガッチリと拘束された。

 

 

「!? あ、あっ、お待ちくださいナフェさ…いえナフェ様! ほんの出来心というかいつもの癖ですから! せめてもの慈悲をおおおああああっ!!? 待って待ッ、黒ウサギの中身が出ちゃう! 出ちゃいますぅう!? 療養中の素敵ウサギボディが道端に落ちたザクロみたいになっちゃいますからああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛――!!?」

 

 

 歩きにシフトした為、都市への道はまだ長い。だがしかし、たった二人の旅路は退屈することはなさそうだ。代わりに一人のエイリアンの機嫌と一人のウサギの体調が犠牲となっているが、尊い犠牲だろう。

 

 

 

 




本家同様に苦労さぎしてるかもしれませんが基本自業自得な上、力関係上仕方ない

白・霊格叙事シリーズは特に原作キャラからどうというギフトじゃないので登場する度にそういうものなんだと思ってください


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Yes!白ちゃん発見しました!

だらだら


「くすんっ。今日だけで貴重な月の兎の寿命が三日は縮んだのですよ……」

「なーんだ、あれで三日しか縮まないんだ。あと一万二千回同じことするとか面倒だなあ」

「なはは、50年分も犠牲にすれば耐性も付いてナフェさんに一矢報いれそうですねー。その綺麗なお顔も吹っ飛ばせるかもしれません。でも痛いのは嫌なので遠慮しておきますから手をギチギチ鳴らすの止めてくれるとウレシイナー」

 

 

 身体の治癒が幾分か進んだ辺りで歩の速度を上げ、風に流れる駿足程度で道を駆けるナフェと黒ウサギ。その間も飽きない懲りない省みないの三拍子揃い踏み故に繰り返し茶番は交わされていた。元の世界の帝釈天が見れば溜め息を零すこと間違いない。

 

 そんなやり取りで精神的にも調子づいてきた黒ウサギは、とうとう目的地である都市を間近で見上げられる場所に辿り着いた(着かせたのはほぼほぼナフェだが)。目深に被ったフードを軽く捲るように上げ、都市と彼女らが通ってきた自然諸々とを隔てる外壁に笑みを浮かべた。

 

 因みにフード被っていると言ったが、彼女は今ナフェの着ていたレインコートに似通ったデザインの物を彼女から借り着している。黒ウサギは月の兎であり本来なら特殊な権能を宿してる存在故に注目されやすい。また特徴的なウサ耳もあることで特定も容易。そんな理由から「少しでも目立たなくした方がいいでしょ」とナフェからのありがたい施しがあったのである。

 一部分ナフェとは決定的に異なる窮屈そうな箇所があり、そこに触れて痛い目を見た間抜け兎が居たことはついでに言っておく。

 

 

「いやー長いようで短い道程でした! やはりウサギの健脚は伊達じゃありませんね!」

「そっ。ウサギ自慢の健脚、さぞ身が引き締まって美味しいんだろうね」

「HAHAHA、絶賛成長期(笑)なナフェさんってば本当食い気しかないいやしんぼさんで――あ、待って無言で掴みかからないで黒ウサギ自慢の御足はそんな簡単に消費していい物ではないのですよ!?」

「なによ。今日だけで二回も傷物にされてるんだから三回も四回も問題ないでしょ? どうせ治るんだし」

「あ、それもそうですねーってそんな訳ありますかあ!! 私の扱いはプラナリアか何かですか!? 潰しても千切ってもどうせ治るし増えるしー、で軽んじられるのは甚だ遺憾なのですよ!?」

 

 

 周りに人が居なくて幸いだろう。くどい位に行われる戯れは事情を知らない者から奇異の視線を向けられること間違いないのだ。尤も、他人の目がないからこそ二人はいつも通りのペースなのであって、誰かしらの目があれば多少自重はするだろう……ナフェが。黒ウサギに期待してはいけない。

 

 

「もう、短くも壮快な旅路に感心していただけなのにこの仕打ちですよ。それなのにナフェさんは……」

「さっきの言葉に悪意なんて微塵もありませんでしたって、貴女の主とサトリに誓える? 誓えるなら裸で謝罪でもなんでもしてあげるけど?」

「……」

 

 

 ゆっくり逸らされる薄ら笑み。このウサギ、実に惨めである。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

「――ふむふむ。紐無しバンジー(フリーフォール)中から察しは付けてましたが、此所は箱庭第七桁東側区画・二一〇五三八〇外門管轄範囲の街で当たりですね。街並みとか、窺える旗印からコミュニティの様相は私が居た箱庭の時代とはだいぶ異なりますけど、街の基礎があまり変わっていないならある程度特定も容易なのですよ」

『これで大外れだったら最高(爆笑もの)ね』

「NoneNone、これでも金糸雀(カナリア)オバサンにしつこーっく手解きを受けた身です。八割方自信はあります!」

『定期報告ん時に言伝え頼んでおくね。――〝金糸雀オバサンのお陰で時代的街の分別が着きましたよ! 金糸雀オバサン仕込みの観察眼で八割位しか自信なかったけど当たりましたよ! 金糸雀オバサンのお陰で!〟――って』

「うなっ!? ね、捏造は御法度なのですよ!? ……ま、まあ今更? 金糸雀()()()すら歯牙にも掛けない私ですし? 特別困る事でもありませんけど! た、ただやっぱり捏造はいけない事ですし――」

『――はい終ーわり。サトリに伝えといてって言っといたから』

「なんてことを!?」

 

 

 さて、何やら黒ウサギが安心信頼安定の自爆をしたところで説明をしていこう。

 

 都市の内部へ移動した黒ウサギはまず、確認できる範囲で自身が居た箱庭との差異を確認するのに努めた。結果、時系列的差異も考慮しての大まかな現在地の推測までを完了した。本人は誇張気味に断言していたがあくまで推測である。他数多とある要素を断定するには、来たばかりの彼女達には情報が少なすぎる。

 そして、その情報はある程度元の箱庭を頼りに当てを付けていこう――と言うのが一先ずの方針だった。

 

 ところで今現在確認できるのは黒ウサギの姿のみでナフェの姿が確認できない。と言うのも、元々彼女が明言していた通り基本的活動は黒ウサギに一任するつもりだったので、今は黒ウサギの腕に黒に桃色のラインの通った腕輪(ブレスレット)という形(厳密にはその中に形成された特殊空間に)で待機している。

 彼女が喋る度に透過するライン部分が発光するのはどこぞの某魔法少女の得物(相棒)を彷彿とさせた。

 

 

「くぅ……ナフェさんの鬼! 悪魔! 似非兎! そんなに私を追い詰めて楽しいですか!?」

『とおーっても♪ 私ね、アンタみたいにクッソ生意気なお子様(ガキ)(あそ)ばれてるの見るとお腹が捩れそうになるのよ。いやーもう勘弁してよね?』

「ワーオなんというド畜生発言。流石当て馬経験のある策士様(笑)、小者感も一級ですね♪」

『――ああサト……〝総督〟? まあ総督でもいいや。さっきの報告に追加なんだけど、』

「ぬああ!? それはだから卑怯ですって!!」

 

 

 一々過剰に反応してくる黒ウサギ。そんな彼女に面白くも呆れの方が勝ってきたナフェは、喧しい声に耳を塞ぎつつ周囲を見回し、繰返し呆れながら黒ウサギに忠言する。

 

 

『ほら駄兎、騒ぎすぎ。ただでさえアンタの格好不審極まりないんだから、そのわざとらしいリアクション控えてよ』

「むむ、元はと言えばナフェさんのせいですのに……。ま、確かにこれ以上目立つ訳にもいきませんね。ささっと移動しちゃいましょうか」

 

 

 気付けば道行く人達からの視線が痛い状態。ナフェの言う通り今は風貌すら怪しさ極まる黒ウサギは、これ以上変な目で見られぬよう敢えて平然堂々と噴水広場を後にする。

 その迷いのない歩みにナフェは問う。

 

 

『で、今からどこに向かつもり?』

「んふふー、どこだと思いま……あ、すみませんちゃんと答えますから腕輪をそんな締め付けないで! 千切れちゃう! 私の華奢な手が千切れちゃいますから!?」

『そうそう、この腕輪ね。サイズも付ける位置も〝首〟だったら自由に変えられるのよねー』

「なにそれこわい」

 

 

 懲りない兎に新たに一つ、珍妙な戒めが設けられたがそれはさておき。腕輪からの有無を言わせない圧力に肩を落としつつ黒ウサギは検討している〝当て〟とやらを口にする。

 

 

「はあ……〝サウザンドアイズ〟にちょっとお邪魔するつもりです。商業コミュニティ最大手の一角ですし、最下層とは言え支店の一つくらい展開してるでしょう。と言うか確かこの街に一ヶ所支店を置いてたと記憶してます」

『〝サウザンドアイズ〟……もしかして〝白夜叉〟に会う気なの?』

「YesYes。あのチョロ甘幼――――コホン、取り敢えず困った時は泣き落として協力でも扇いどけで有名な白ちゃんです。あの方なら別の箱庭から来ただなんて突拍子もない立場の私達の話も聞いてくれはするでしょう」

 

 

 黒ウサギの言う〝サウザンドアイズ〟とは『目に関するギフト』を持つ者が多い箱庭屈指の大手商業コミュニティを指す。そして彼女が頼ろうとしている白夜叉なる人物はこのコミュニティの幹部に席を置いており、且つ箱庭最強格の実力者で懐が広く慈悲に溢れてると有名なのだ。あくまで黒ウサギとナフェが居た箱庭での話したが。

 その点を指摘しようとも思うナフェだったが、どう転ぼうとも責任は黒ウサギに帰結し、自分は基本裏で傍観に徹すると決めたという……のは建前で、余計な口出しは面倒という気持ちが勝りに勝り、結局黙っておくことにするのだった。

 

 

『そ、ちゃんと計画立ててるならいいんじゃなーい?』

「私が普段から無計画で突っ走ってる猪兎みたいなニュアンスに聞こえたのは気のせいでしょうか」

『気のせいでしょ』

 

 

 釈然としないと半眼をナフェに向けながら黒ウサギは水路に挟まれた路を進む。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

「おー、見つけたのですよ! 正直なかったら別プランなくてどうしよーとか、ナフェさんにまたタクシー頼むのも気が引けるなーとか思っていたのですが、いやー万事オーケーってやつです!」

『おいこら何さらりとふざけた事抜かしてんだ』

「いざって時の為に黒ウサギの素敵足を休ませなきゃという粋な心遣いです」

『甘えんなクソウサギ』

「うぎっ……!?」

 

 

 腕輪を首に回され咳き込む黒ウサギにもはや呆れすら湧かないナフェは、彼女を無視して目と鼻の先にある純和風の建物を確認する。

 元より閑散としている通り故か人の出入りはあまり見られないが、出入り口に掛けられた暖簾からそこが何かしらの店で営業中ということは解る。そして何より注目したのは、店先に掲げられた双女神の旗印――二人が居た箱庭でも掲げられ、目的地としていたコミュニティ〝サウザンドアイズ〟の旗印だ。

 

 

『ふーん、よかったじゃん。当てがちゃんと見つかって』

「ケホッ、ケホッ……Y、Yes。あとは白ちゃんが所属しているかどうか。そしてあわよくば面会まで漕ぎ着けたら御の字です。

――と、言うわけで都合よく玄関子さんもいらっしゃいますし早速お伺いしてみましょう!」

『……念の為に言っておくけど普通に聞きなさいよ?』

Yeses(勿論なのです)!」

 

 

 「十中八九余計な煽りを入れるだろうな」と果てしなく不安なナフェだったが、代わりに諸々の説明込みで聞き込みをするつもりなんてない為、成り行きを見守ることにした。

 

 そんな懸念を余所に、店先で竹箒を動かす女性店員に小走りで近付く黒ウサギ。第三者から見れば、黒基調のレインコートのフードを目深に被って顔を隠した暫定少女が天下の〝サウザンドアイズ〟の支店に近寄っている図。

 黒ウサギの見立て通りに玄関子を勤めている女性が彼女に気付いてからの反応は、想像するに易かった。

 

 

「ハイハイっそこの如何にも融通利かなさそうで将来は胃薬が恋人間違いなしな顔してる店員さーん! ちょーっとその固そうな頭解して私の話を聞いてくださ――のわあっ!?」

 

 

 読んで字の如く煽り文句を添えた黒ウサギへの返答は、鼻先ギリギリへと突きつけられた竹箒と刺すように冷たい眼光であった。実に冷静(クール)な対応だ。

 

 

「門戸を預かってそれなりに経つ身ですが、初対面の相手を貶しながら白昼堂々不逞を働こうとする輩は初めて見ましたね」

「むむむ?それは此方の台詞です。天下の〝サウザンドアイズ〟の店先を預かる者がお客に対してこの様な暴力的な対応を執る野蛮人とは……。やれやれ、双女神の御旗が泣いてしまいますよー?」

「ほう? お客様、ですか。でしたらまずその素性を悟らせない装いと減らない口を改めた上で所属するコミュニティの旗と名を提示してください。話はそれからです」

「む――」

 

 

 売り言葉に買い言葉。開口一番二番と失礼きわまりない黒ウサギに女性店員は至って落ち着き身分を問うてくる。

 これには黒ウサギも直ぐに皮肉を返そうとはしなかった。彼女は性悪ではあるが馬鹿ではない。箱庭における身分証明の代替たるコミュニティの名と旗の重要性は充分理解している。故にやや考え込む。

 彼女の身分を証明する物は懐にちゃんとある。しかしながらそれは彼女達が居た箱庭においての物。似ていれど異なる今居る箱庭で通用するわけもない。騙せたとしても後処理が大変なことになる。

 

 

 ――と事前にすこーし考えれば分かっていた筈の状況なのだが、後悔先に立たずである。馬鹿ではなかったが間抜けではあった。

 

 

(くっ…迂闊でした! この私としたことがとんだうっかりを……!)

((ざまぁ)ないわね)

 

 

 調子をこいてた口が悔しげに閉じられる様に女性店員はもはや呆れすら覚えていた。断定してしまうには早計にしろ、目の前の不審者の御粗末さに警戒心が幾分か和らぐ。仮にこれが算段によるものなら感心ものだが、その時はその時なりの対応をするだけだと、玄関子としての常套句を告げる。

 

 

「……申し訳ありませんが、我々のコミュニティは信用が第一です。名と旗を示せないのであればそのままお引き取りを願います」

「く、くぅ…! ……せめて、私の用件だけでもーそのー……聞き入れてはくれないでしょうか♪」

 

 

 黒ウサギ、言い訳は厳しいと判断し、泣く泣く下手に出て目的の足掛かりだけでも確保しようと試みる。少々鼻につく媚びたような言い方なのはなけなしの意地だろう。

 そんな往生際の悪い彼女に女性店員は「あくまで聞くだけと」釘を刺してそれを了承する。

 

 

「コホン、実はですね。そちらのコミュニティを訪ねたのは少々所在を伺いたい御方がいまして……」

「それは『我々のコミュニティに所属している人物』という意味で?」

「うーんそこまでは私も把握してないんですよねー。って、なんかまどろっこしいのもアレなんで単刀直入に聞いちゃいます。そちらに白ちゃん様……あー、〝白夜叉様〟はいらっしゃいか?」

 

 

 剣呑とした空気が再び漂いだした。

 〝白夜叉〟と名が挙げられた刹那、女性店員の顔色が今一度険しいものに打って変わったのだ。そして、その様子、警戒心の上がった視線に、黒ウサギは心の内で『ビンゴ♪』と薄ら笑みを浮かべた。

 

 

「……それを知って、貴女はどうするおつもりで?」

「ヤハハ、そう警戒しないでくださいよ? 私、やましい事なんて何一つ考えてませんって。ただ白ちゃ……白夜叉様に相談事があるだけなのです。コミュニティの名と旗を明かせない事情にもすこぉーし関わってくる物なので、ここは融通を利かせて欲しいなー♪なーんて」

「っ!」

 

 

 二歩分は空いていた距離を一瞬の内に詰め、ズイッと女性店員の顔間近に迫る黒ウサギ。その揺れたフードの奥からは彼女の紅い瞳が妖しげに見つめていた。

 

 竹箒を掴む手が無意識の内に力み、気丈に振る舞う姿が半歩程後ろに追いやられる。明らかに自分では手に終えない位の輩だと。目ですら終えなかった一挙動、刹那の間に放たれた威圧感にそう悟らざるを得なかった女性店員。

 

 黒ウサギ、ここに来て多少の強引にでも突破を図ろうとする。

 

 

「んー、どうか致しました? ハッ、まさか! 白ちゃん様との繋ぎは出来るけどもこんな怪しさ極まりない輩に教えていいものか、何より話は聞くだけと言った手前無理に答える必要もない――とか思ってたり? いやはや困りました。大変お仕事熱心で外様の私も感心の一言に尽きます!

――ですので、()()()()()()は《・》これで最後にしますね♪」

『(アンタねぇ……)』

 

 

 物理行使じゃないだけマシと考えてそうだと、呆れて物も言えないナフェ。今日だけでどれ程の心労を積むのだろうか、そんなの彼女自身が知りたい。

 

 一方で黒ウサギは非常に楽しそうだ。さらには浮かべる笑みに余裕もありありと見てとれた。ごり押しにどう自信を持てるのか気になる所である。

 

 

「い、今のは脅しとみて、間違いないですね?」

「はて、私は懇切丁寧に『お願い』をしているだけなのですよ? 脅しだなんて誤解を招いてしまうてはないですかーあっはっは♪ ……それにしても、お顔が青く声も震えているようで。もし具合が悪いのでしたら他の店番の方にお代わり頂いては如何でしょう? お仕事熱心なのは良いことですが無理は禁物なのですよ」

 

 

 嬉々とした声音で心にもない言葉をつらつら並べながら、そっと、微かに震える頬に手を添える。先程とは比にならない程度に弱くはなっているとは言え黒ウサギの威圧感は顕在だ。女性店員は伸ばされた手を反射的に弾こうとした。

 だが相手は血の気の多いウサギ。振られた彼女の手を難なく掴みとり、その端正な顔を更にと近づける。もうお互いの吐息が交わるか否かの距離だ。

 

 やり過ぎだ。厄介事はなるべく避けろと前もって決めていた癖にこの始末。もはや手遅れであろうがこのまま暴走させておくのも頂けない。黒ウサギの厄ネタは自分にもそのまま関与してくるのだ。

 そう結論付けたナフェは、黒ウサギを昏倒させて即時離脱を図ろうと腕輪から出ようと――

 

 

 

 

 

「その辺にしてもらえんかの、童」

 

 

――したその時、図ったようなタイミングで店内より掛けられた声に踏み留まった。

 平静とした声音ながら、そこには黒ウサギに対する明白な威圧が伴っていた。

 

 

「っ! っは、ぁ……ハァ…ハァ…!」

「あらま、まさかの棚ぼた」

 

 

 心身共に重圧から解放された女性店員は堪らずその場にへたり込み、必死で息を整える。

 その傍ら重苦しい空気を霧散させた黒ウサギはと言うと、やや想定外の介入、支店の二階――瓦屋根に立つ人物に目を丸くした。

 

 背丈は身長低めの黒ウサギより更に小柄。洋式を取り入れた着物を装う幼い女子。特徴的な短い白髪の隙間から生える角は人外の証。そして何より、その圧倒的気迫と存在感。それが彼女の初めの印象を〝強者〟として第三者に知らしめる。

 

 

 

 

 彼女こそ、黒ウサギが此方(異なる箱庭)に来て求めた人物――かつて〝最強の星霊〟として黎明期の箱庭に存在した白夜叉(白夜王)、その人である。

 

 



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Yes、白ちゃん様は頼もしいのです

捗る時にちまちまやってお話にあまり進展なし
亀にも劣る足並みですよこれは…


 

 

「ふむ…」

 

 

 音もなく黒ウサギと女性店員との間に降り立った白夜叉は、目の前の自分より頭一つ分背が離れているかどうかのレインコートの少女(黒ウサギ)を観て、思案する。

 彼女が表にこうして出てきたのは黒ウサギの尋常ならざる威圧感を感知したからに他ならないが、今こうして相対してみると微塵も敵意や害意といったものが感じられない。そもそも箱庭を席巻する大手商業コミュニティたる〝サウザンドアイズ〟に支店とは言え喧嘩を吹っ掛けてくる命知らずはこの箱庭には早々居ない。日々を生き抜くのに必死な最下層であれど、また賊であれ利を求める相手は弁えているのだ。

 そこで気掛かりなのは先程呟かれた『棚ぼた』というワード。軽い言葉ながらその意味する所は、白夜叉自身がこの場に現れた事が相手の目的、もしくはそれに準じた成果と言うことであろう。

 

 この考えはあながち間違いでもない。黒ウサギは話の進展が望めない女性店員に代わる人物を探知、あわよくば誘き出す為に威圧感を放ったのだ。これに誘われる程の者なら多少話も通じる余地、これまた運が良ければ白夜叉とのコネクションになり得ると。

 まあこうして白夜叉当人が釣れてしまったのは予想外であったようだが。

 

 

「ほほう……白ちゃ――じゃなくて、白夜王――でもなくて、〝サウザンドアイズ〟の幹部〝白夜叉〟様で相違ないですか?」

 

 

 一応初対面、黒ウサギは目の前の少女が自身の知る白夜叉に当たる者なのか問う。連続訂正のお陰でなんとも締まらないが。

 

 

「(ほう? 私の昔の名を知っている、か……)如何にも。私が白夜叉様だよ、童」

「なはは、そう警戒しないで……って言うのも無理な相談でしょうか。私としてもちょおーっとばかし強引なやり方に奔ってしまったと自覚しております」

「そうだの。私でなければ問答無用で処されても文句は言えなかったぞ?」

「そこは、ほら? 〝サウザンドアイズ〟の方々は堅実怪しさ胡散臭さ寛大さがアイデンティティな人達が大半と聞きますし? そこを信頼した迄で御座います♪」

「……不逞の身で随分な言い種だな」

 

 

 黒ウサギのお馴染み煽り文句に流石にムッとする白夜叉。現状どちらの立場が危ういかなど明白、もっと言うなら自身の経歴をおおよそ把握してるだろうに実に物怖じのへったくれもない立ち居振舞いであった。

 対していつもの癖がでた黒ウサギはと言うと、実は内心冷や冷やしていた。

 

 

(あ、あれぇ…? 私が知ってる白ちゃん様とだいぶ違いますね。正に『我強者!』って雰囲気マシマシなんですけど!? いや向こうの白ちゃん様も怒らせたらヤバイんですけどね!)

 

 

 彼女の知る白夜叉は、簡単に言うなら気弱な小動物系なのだ。それ故会う度におちょくって困らせたりと散々困らせていたりしたのだ。それがまさか、今相対する白夜叉は不遜とした堂々たる態度で正反対の印象を与えている。

 そして最後に、黒ウサギの知る白夜叉は嗜虐心を誘う振舞いとは対照的に〝正真正銘箱庭最強の存在〟だったりする。

 そんな相手にちょっかい掛ける黒ウサギも黒ウサギだが、要するに、同等の実力を持っているかもしれない相手の性格が違っている事実にややひよっていた。

 

 なら煽るなと言いたい。

 

 

「まあよい……貴様は私に用があるらしいな? ここで立ち話もなんだ、私の部屋まで通そうじゃないか」

「オーナー!?」

「おーさすが白ちゃん様。どこかのマニュアルオバケさんと違って柔軟な対応、誠に痛み入りますです♪」

 

 

 あまりにも順調に白夜叉との面談の機会に漕ぎ着けた黒ウサギ。一行に解かれる気配のない警戒心を白夜叉からヒシヒシと感じつつ、鼻唄混じりに嬉々として彼女の後へ続――こうとしたが、行く手を女性店員に塞がれてしまった。当然の事だがその顔に浮かぶ表情は険しい。

 

 しかし、そんな彼女を白夜叉は諭すように制した。

 

 

「おんしはそのまま店番に就いといてくれ。なに、事の責任は私が持つし、こやつに下手な真似はさせんよ」

「っ、しかし…!」

「しかしも駄菓子ないのですよ。先程見せた私のつぶらな瞳をお忘れですか? とても時と場所も選ばずに蛮行を働くような目に見えないでしょう! 仮にその様な誤解をされてしまっていては、私の矮小なガラスのハートは粉々なのですよ……」

 

 

 ヨヨヨと誤魔化す気もない嘘泣きを見せつける黒ウサギ。この状況に煽り性能はこれまた抜群だ。女性店員の竹箒を握る手にも思わず力が入る。白夜叉がこの場に居なければ堪らずその手の物を差し向けていた事だろ。

 だが逆に考えて、白夜叉がいるからこそ彼女は後一歩の所で内心踏み留まった。得体の知れないレインコート女(黒ウサギ)を誇りあるコミュニティの敷居へ跨がせるなど毛頭あり得ない話だが、彼女の上司への信頼はそれなりに……否、相当厚い。人格に少々難あるとは言え実力は箱庭のトップクラス故にだ。

 

 結局睨みを利かせるのは止めずとも、静かに黒ウサギへと道を譲った。

 

 

「おろ? 思ったより早く折れましたね」

「……オーナー自らが招くのであれば一応の客人として見なしただけです。貴女を認めた訳ではありません」

「都合の良い解釈、感謝なのです♪ それにままご安心を、箱庭の中枢に誓って荒事は起こしません。私はただ『お話』に伺っただけですので」

「呵々、その言葉だけには精々期待しとくかの?」

 

 

 凄みのある視線に黒ウサギは胡散臭い笑みを以て返す。

 

 このやり取りを黙りと静観していたナフェはただ一言、

 

 

『あほくさ』

 

 

そう誰にも届かない呟きを吐き捨てていた。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 和の赴きを漂わす〝サウザンドアイズ〟の支店内、その更に奥へと黒ウサギ達が通されたのは、小池のせせらぎがより清閑とした雰囲気を醸す中庭の望める茶の間であった。

 ここが白夜叉の私室らしいが、案内されるや黒ウサギはある種関心を覚えていた。と言うのも、彼女は元の箱庭でも殆ど同じ場所に構えられたこの場所を訪れた事がある。間取りも、そしてよくお邪魔していた部屋も同じなのだ。

 今のところ時代と人物の性格以外に目立った差異は少ない。

 

 

「相変わらず素敵な佇まいですねぇ」

「相変わらず、か。私は貴様の様な胡散臭い輩を此処まで通した覚えはないんだがの」

「なはは、何をおっしゃいますかー。白ちゃん様のお知り合いなんて大半の方が胡散臭さ全開じゃないですか♪」

「……減らない口だな」

 

 

 黒ウサギの馴れ馴れしさの籠った感想に訝しむ白夜叉。挙げ句交友関係にまで無遠慮な言葉を投げられる始末であったが、その点についてはやや否定しにくいものでもあった。彼女の知り合いにはその実変わり者がそこそこいるのだ。

 

 改めて、目の前で口は失礼だが行儀よく正座をする人物を観察する。彼女の口ぶりはあまりにも白夜叉の方を知った様なものが多い。ただ対して白夜叉には彼女の様な言動を執る者に心当たりがなかった。次に自身の交友関係内から何らかの目的で派遣されてきた者とも考えたが、白夜叉にここまで気安く接するよう仕向ける輩ならまずだいたい本人が顔を出している。例外がいるとするなら、彼女を一方的にライバル視して時偶嫌がらせもしてくる嘗ての同類(魔王)〝クイーンハロウィン〟が居るものの、こうして直接人を寄越した前例が無い故憶測の域を出ない。

 

 要するに何も分からず終いで、今も警戒したまま相手の出方から判断するしかない。

 

 

「して、何用があって〝サウザンドアイズ〟を――延いては私の元を訪ねてきた? 今更ただ買い物やら商談の為とは言うまい?」

「うーんそうですねー……っと。その前に改めて自己紹介しませんか? 私、白ちゃん様とは御会いするのは初めてですし?」

「の割りには随分と馴れ馴れしく呼んでくれるな」

 

 

 黒ウサギの提案は特別断るものでもなかった。素性を隠す身で自らそれを明かすと進んできたのだから、白夜叉にとって願ってもない事だ。ただそれを機に何かしら危険な行動を執られるかも分からない為、警戒は尚解かない。

 

 

「成り行きで隠してたとは言え、こういざ顔出しと言うのは中々に照れ……るものでもないですね。はぁー、フードって正直鬱陶しかったです」

 

 

 レインコートのフードのみならず、レインコートその物を颯爽と脱ぎ捨てる黒ウサギ。貸したナフェから怒りのオーラを感じたが敢えて無視し、白夜叉と対面する。フードで無理に押さえられていたウサ耳をひょこひょこ動かし、その顔には胡散臭い微笑みを浮かべながら。

 

 

「なっ…」

 

 

 晒された黒ウサギの素顔に白夜叉は驚愕する。対し黒ウサギは微笑みを悪戯が成功した子供のように屈託ないものに変えた。

 

 白夜叉が驚いたのも無理はない。何せフードの奥から出てきた顔が彼女もよく知った人物のものだったのだから。

 今一度確認するが、ここは黒ウサギが居た箱庭とは別の、平行世界(パラレルワールド)とも称される世界に存在する一つの箱庭。平行世界とは得てして、人物建造物文化社会事象等々、似たり寄ったり、または同様のものが存在する傾向を見せる。

 

 なれば、〝元の箱庭〟と〝此方の箱庭〟に白夜叉と言う人物が存在するように、〝黒ウサギ〟と言う人物が居てもおかしい話ではないだろう。

 

 

「おー、なんともテンプレな驚き方。流石皆の心のオアシスこと白ちゃん様、反応もお手本その物ですねー」

「黒、ウサギ…? いや、しかし、あやつは今……それにその背格好、性格まで……」

「っとと、白ちゃん様。自己紹介すると言いました手前おおまかな説明は私からさせて頂きますので、そう無駄に深く考え込まなくてもいいのですよ?」

 

 

 予想外の顔合わせだったか大変狼狽する白夜叉。その反応を見るに此方の世界にもちゃんと〝黒ウサギ〟が存在するのだと半ば確証を得られた。

 黒ウサギ(ゲス)のたのしまがまた一つ増えた瞬間である。

 

 

「さてさて……っと、その前に一つだけ。私は〝黒ウサギ〟に化けた何某とかではなく。正真正銘、歴とした黒ウサギでございます。まあ白ちゃん様なら月の兎の気配くらいは判別付きそうですけども?」

「あやつとはそれなりの付き合いだ。(まご)う筈もない。……確かに、改めて感じてみれば黒ウサギと似た雰囲気……いや、私の黒ウサギレーダーが本人と判定している、か」

『(なんでしょう黒ウサギレーダーって…?/なんだその胡散臭い機能…)』

 

 

 黒ウサギレーダーとやらは兎も角、目の前の黒ウサギの言葉が少なくとも悪意による虚偽の類いではないとは納得したのか、白夜叉の警戒が幾分か薄れる。しかしその表情はまだやや難しいものだった。

 

 

「しかしおんしの言葉は中々に解せんぞ。黒ウサギではないが黒ウサギとは……姉妹(きょうだい)でも居ったのか? その様な話、聞いたこともないが……」

「なはは、まあお手頃な勘違いと言った所ですかね? まま、この辺はコレカラです。いやーでも、白ちゃん様とは言え流石に物分かりには限界がありますかー。いえ結構なのですよ? お話が通るだけでも私の白ちゃん様への株は相変わらずですし? 何も恥ずかしがる事はありません! 星霊様にも理解の及ばない事の一つや万もありましょう」

「……その顔で煽られるのはちと慣れそうにないな」

 

 

 真面目は長くは保たないようで。再び煽り口調を混ぜ始めた黒ウサギに思わず口許が引き釣った白夜叉を誰が責められようか。

 

 

 これより小一時間、黒ウサギによる『ストレス耐久素性説明タイム』が始まる。そしてそれによりナフェと白夜叉の心労が一層貯まる事は火を見るよりも明らかだろう。

 

 




黒ウサギに関してなら多少ギャグ補正入っても問題なさそうな白夜叉(偏見
話を進めるには都合が良い


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Yes、やはり白ちゃん様は頼りになるのです。

すすまなーい


「――とまあ。簡単にですが、私の素性は今説明させて頂いた通りなのですよ。understand(ご理解頂けましたか)?」

「はぁ……概ね理解したよ。帝釈天の御旗まで示されてしまってはな……まあ一応納得はしておこう」

 

 

 長いようでそうでもない黒ウサギの身元説明――異なる箱庭の説明を聞き終えた白夜叉は、言葉に対して少々気が滅入ったようであった。それもこれも説明の合間悉く煽り兎の煽り口調を挟まれたのが原因である。むしろ最後までよく平静を保ったと言うべきだろう。

 そんな彼女の心労をおそらく察知しているだろう黒ウサギは思わず殴りたくなる笑みをこれでもかと浮かべていた。

 

 

YesYes(ありがとうございます)♪ 本来なら日天鎧(カルナ)とか梵釈槍(ブラフマーストラ)とか月界神殿(チャンドラ)とか金剛杵(ヴァジュラ)とか見せて手早くご理解してもらうのがよかったのですが、生憎此方の箱庭に飛ばされる際に没収されてしまったようでして。まあ無くても然して困りはしないのですが、こう言う身元証明し難いのは厄介ですねー」

「おんしちと神格級ギフトの認識が緩すぎないか? オリジナルには敵わないとは言えその威力は絶大なのだぞ」

「神格級ギフト四つを全力で使ったのに瞬殺された可哀想な兎の話を聞きます?」

「その兎は一体どこに喧嘩を売ったのだろうな……」

 

 

 箱庭広し、黒ウサギ以上の実力者は上層に行く程安易に存在する。ただ、軽々しく喧嘩を売るにはいずれも危険度が文字通り桁違い、とてもじゃないがこうも調子好くも語れる相手は限られてくる……の以前に。この黒ウサギの性格では多方面の琴線に触れてそうだというのは考えない方が精神的に優しいとスルーする白夜叉であった。

 因みに黒ウサギの言う瞬殺された相手とはナフェの主たるサトリ、その内側に存在している()()()()()()の方だったりする。

 

 

「やはは。――さて、経緯も粗方話しましたし。ちゃちゃっと本題の方に入っちゃいましょうか。あ、シリアスとかそういうの無しで単刀直入に言っちゃいますとね? 私達今根無し草なのでございますよ、お話から当然ご理解頂けるでしょうが。そこで白ちゃん様にどこか都合の……面白そうなコミュニティに居候の計らいをしてもらいたいのです!」

「おう、厚かましくもぶっちゃけたなおんし。一応私らは初対面なのだがな」

「でも真剣に考えてくれている素振りが見受けられた辺り白ちゃん様も人がよろしいですね♪」

「そら……面白そうだからの!」

 

 

 グッと親指を立て握り拳を合わせる黒ウサギと白夜叉。今回散々振り回した側と振り回された側。しかしながらこの二人、本質的には奇遇にも似てしまっており、基本は振り回す側で俗に言うトラブルメーカーである。短いやり取りの最中ある程度の波長は掴みあってしまったのだった。

 ナフェの頭痛が加速する、表に出て止めるつもりはないが。

 

 

「あっと、そうでした。何かとお世話になってしまう訳ですし、序でに私のツレの紹介もさせてもらいましょうか!」

『おいクソウサギ』

 

 

 出るつもりは無かったのだが、そうは問屋が卸してくれなかった。悉く意に反する黒ウサギにナフェ額に青筋が浮かぶ。

 

 

「なぬ。ツレが居ったのか? ……そう言えば今さらりと〝私達〟と言っておったかの」

Yes(はいな)。お話のどこに挟もうかと最初に悩んでいたらうっかりと忘れていました♪

――って訳でお出でなさいませですよーナフェさnふぎっ!?」

 

 

 腕輪を外し指先で器用に回していた黒ウサギが、ソレを宙に軽く跳ばして呼び掛けた。そして次の瞬間に巨大な機巧の手に押し潰された。

 本人としては、回転する腕輪から閃光が奔りそこからナフェが荘厳に現れる――なんてかっこつけた登場をイメージしての一連の動作だったが、ナフェにとっては要らん気遣いでしかなかった。

 

 

「ねえクソウサギ。達磨にされて私のウサギ達の射撃の的になんのと、その辺の獣の為にハンバーグになんのどっちがいい?」

「どちらもノーセンキューなのでこざいたい痛い痛い!? ちょ、ちょっとこれは流石に理不尽なのですよ!! ナフェさんがいィイッくら面倒事に関わり合いたくなァアッいとは言っても、私とご一緒してる時点でそんなの無ゥッ!? 理な訳ですから! それに隠れててもいずれ居ることバレちゃいますしィギャッ――」

 

 

 黒ウサギの弁明を聞くだけ聞き流し適当な制裁と言う名の八つ当たりを終えたナフェは、心底嫌そうな顔をしながらも白夜叉と向き合う。八つ当たりの弊害で部屋が荒れないようにしていた辺りまだ理性的な彼女である。出張らされた以上はちゃんと話もつける。

 

 

「これは……巷に聞く〝メカ娘〟と言うやつかの?」

「余計な風呂敷広げようってんならあんたもしばき倒してあげようか?」

「ははっ、随分と気の短い娘っ子が出てきたな。差し詰そちらの黒ウサギのお目付け役とでも言うか」

「……不本意ながらね」

 

 

 苦虫を噛み潰したように口許を歪めそっぽを向くナフェ。それだけで白夜叉は彼女の苦労をだいたい察し、細やかに同情の視線を送るのであった。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 話をつけるとは言ったが、概ねの事情は黒ウサギから説明されているので、ナフェの言うことといえば簡潔な自己紹介と溜まりに溜まった愚痴くらいなものだった。尤も、元の箱庭の白夜叉ともそこまで交流があったわけでもなく、況して此方の彼女は初対面。精々遂溢す程度のものだが。

 

 

「――こんな所。コイツ(黒ウサギ)があんまりにもはっちゃけ過ぎた時は私も全力で潰しに掛かるけど、その時以外は此方の(箱庭の)奴等にお任せって感じ」

「とんだ厄介払いだな……普通なら強引に押し返されても文句は言えんぞ」

「だろうねー。ま、コレも野放しにされてるからって分別が着いてない訳じゃないし? 餌付けさえしとけばまだ扱いやすいでしょ」

「それはまあ……改めて考えてみれば、此方の黒ウサギのような奔放者は箱庭の上層でも珍しくないしな」

「うっわー……マジか」

 

 

 解ってはいてもこれから先にあろう気苦労案件にげんなりするナフェである。もういっそ自分も好き勝手暴れてやろうかと一時逡巡していた。

 仮に黒ウサギを放るなり便乗するなりに彼女も自由にし始めれば収拾着かなくなる事間違いなしだ。その場合……彼女の主も出張ってより状況が支離滅裂な事になるだろう。

 

 

「ちょっとお二人さーん? 幼い気な美少女ウサギさんが死に体なのに無視は酷くはありませんかー?」

 

 

 ぼろ雑巾にされて部屋の隅に転がされてた黒ウサギから抗議の視線が送られる。しかしナフェと、多少は慣れたのか白夜叉の両名とも、一瞥もくれずこれをスルー。

 

 

「で、私が聞くってのも何だけど……コイツの引き取り当てってあんの?」

「そうだのう……月の兎が授かる〝審判権限〟がないのが懸念ではあるが、先の話を掻い摘まむに実力は申し分ないのだろう? それなら引く手はそれなりに約束はされるな。なんなら私の下で面倒見るのも吝かではないぞ? 二人とも小柄ながら、黒ウサギは出るとこは出て引っ込むところは引っ込んどるし、おんしも――のわぁ!?」

 

 

 ナフェの鉄拳が容赦なく降り下ろされるも白夜叉、これを懐から瞬時に取り出した鉄扇で防ぐ。見事な手並みだった。

 それは兎も角、一見して言葉を最後まで聞かぬまま暴挙に出たナフェだが、こめかみに薄ら青筋を浮かべてる所から見て気に触った所があったのだろう……と言うかあった。

 

 

「別にさあ、容姿を褒めてくれんのはいいんだけどねー。実際私……とそこのクソウサギも見た目は上の上だし? おだてられて悪い気はしないし?

――でもなんかそのキッショイ目で言われんのは超ムカつく……ってかアンタがクソウサギと似たタイプってだけで腹立ってきた」

「それはちと理不尽ではないか!? ワタシナニモワルクナイ!」

「脳ミソ捏ね直してでもやらない限り存在悪よ」

「何故私は初対面の娘に人格否定されておるのだ……」

「野蛮で粗暴で理不尽がナフェさんの専売特許ですからねー、っぶない!?」

 

 

 キレ芸がもう板に着いてきたナフェ。尤も煽ったり余計な下心を見せなければよかった話である。

 

 茶々を入れた黒ウサギを潰し損ねつつ、乱暴に上げた腰を下ろしてナフェ視線をより鋭くする。意を汲むに「さっさと答えろ」とのことだ。とてもじゃないがお願いしている側の態度ではない。

 

 

「さてな、おんしらの引き取り手だが……取り敢えず無難なところが二つある。一つは先も言った通り、私の保護の下〝サウザンドアイズ〟に席を置くだ。こちらは他の者へ便宜を図らねばならんし、あくまで暫定的な面が強い。が、まあその辺は私が何とかしよう」

「至れり尽くせりですねー。なんだか申し訳なくなってきたのですよ」

「思ってもないこと言うなっての。……で、残りの一つはなんなの? 先に良さ気なの提げてきたって事は、信頼置いてるけど十中八九訳有りなんでしょ」

 

 

 あまりにも好条件、ならば残る選択肢に警戒するのは少なくともナフェにとっては当然であった。無論考え過ぎという事もあり得たが――予想を口にされ控えめに唸った白夜叉の様子を見るに正鵠を射ていたようだ。

 二匹のウサギからは正反対の反応が顕れた。

 

 

「ほうほう、訳有りですか! 旧来のよしみで白ちゃん様がご贔屓してなんとか食い扶持を繋いでいる崖っぷちコミュニティとかそんな感じですか!?」

「……ああ、その通りだよ。もう一つはつい三年前まで東区最強と謳われていたコミュニティだ。そして――この世界の黒ウサギが所属しているコミュニティでもある」

「ふーん? こっちのコレ(黒ウサギ)がいる、ねぇ…」

 

 

 今居る箱庭の黒ウサギについては、先の話合いの最中背丈といい性格といいナフェの知る黒ウサギとは対照的な者だと聞いている。実力は申し分ないようだがそこはこの際重要じゃない(とうでもいい)

 その彼女が所属する元最強箱庭クラスで現存続綱渡り状態のコミュニティに就いてくれないかと暗に白夜叉は言った。その意味するところは、最早想像するに易い。

 

 

「結局決めるのはそこの駄ウサギだから私はどっちでもいい…ぶっちゃけるなら前者の方がいいんだけど。アンタはどうすんの?」

「ムムム、要するに此方の(黒ウサギ)のお手伝いをーってことですよね! それに元東区画最強のコミュニティって、もしかしなくても〝   〟ですよね?」

「! 知っておったか」

「はいな。私達の居た箱庭の時間軸は此方でいう100年程遡った箇所が近似してます。〝   〟は数多に存在するコミュニティの中でも一際頭角を示してきた優良株なのですよ。因みにそこの参謀を務めていらっしゃる金糸雀おば様とは結構仲良くさせて頂いてました♪」

「……そうか。金糸雀とも……世界が違えども変わらぬ縁もある、か」

 

 

 過去を顧みるように少しの間目を伏せる白夜叉。

 一方で黒ウサギはニコやかな笑顔を絶やさないものの、元の世界での金糸雀とのやり取りを想起していた。一時は共に戦線に臨んだこともあり、些細な出来事から衝突しあったこともある間柄。そして彼女はまだ健在で〝   〟で己の務めを果たしている。

 対して此方は? 人としての差異はあれどコミュニティの練度としての差はそこまでないと考える黒ウサギ。金糸雀含む強者揃いで他との交遊関係も厚いだろうのコミュニティが壊滅するなど、内輪の不和を除けば一つ位しか思い浮かばない。

 

 

「〝   (彼ら)〟を下す程の〝魔王〟、ですか……フフ、俄然興味が湧いてきましたねェ」

「私も信頼を寄せ一目置いていた彼奴らが名、肌、コミュニティの同士達すら剥奪した下手人だ。易々とはいかんぞ?」

YesYes(結構結構)、寧ろ張り合いがないと面白くありません。それに〝   〟――いえ、今までのニュアンス的に現〝ノーネーム(名無し)〟でしょうか? 文字通りの最底辺からの再起とは私も初体験です。あぁ…どれ程素敵で刺激的な経験ができるのてしょうかね!」

 

 

 湧いてくる高揚感を抑える為か体を抱き締め熱い息を吐く黒ウサギ。新に変態の称号でも授かりそうだ。

 その変態を横目にナフェは投げ遣り気味に首を振り、

 

 

「……ま、返答はわざわざいらないでしょ」

「みたいだな……。事情は此方からおおまかに伝えて「あ、それはお構いなくです。私達が独自で接触してみます。いわゆるサプライズジョインってやつです♪」

そ、そうか? おんしがそれで良いなら私も何も言わないが、不足の事態が起きれば遠慮なく言ってくれ。可能な限り手を貸そう。それと……あまり羽目を外してくれんようにな」

「善処するのです♪」

 

 

 黒ウサギの当初の目的、白夜叉とのファーストコンタクト及び身元の保障は無事達成された。お互い出逢ってまだ少し、信頼関係が芽生えてたというにはまだまだ早い段階だが、利害関係の取引の観点から見れば結果は上々だろう。たとえ白夜叉が懸念を抱き目を光らせようと、黒ウサギとナフェは何も侵略しにきたり謀略を巡らせ人々を陥れる為に来たのではない。殆ど自由にされてはいるが、これは羽目を外しすぎた黒ウサギへの一時的島流し()なのだ。

 

 

「んでー? 話はスムーズ過ぎるくらいあっさり着いたけど。この後どうすんの? 早速此方のアンタ(黒ウサギ)に突撃でもかますの?」

「それも有りではありますけど、折角此方の白ちゃん様と友好を深められる機会なのです。もう少しお話でもしましょう♪ 白ちゃん様もよろしいでしょうか?」

「私は構わぬぞ。そちらの箱庭の歴や私の活躍とか興味が尽きんしな。後だな、ここ最近骨のある若造が中々居らんで退屈してたところだ――おんしなら付き合ってくれるだろう?」

「ほうほう? まさか白ちゃん様から誘ってくれる日が来ようとは――それはもう、是非!」

「やるなら勝手にやっててよね。巻き込んだら殺ス」

 

 

 罰、なのだ。一応。

 

 

 

 

 




戦闘回省略されそうな〆方になったけど次は恐らく戦闘回(たぶん短い


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Yes、闘いは箱庭の花形なのです!!

白夜叉の戦闘スタイルわがんない


 それは一瞬の出来事だった。白夜叉の金色の双眸が妖しく細められたのと同時に、世界は即座に塗り潰された。

 徐々にヒンヤリと冷たさを伝えてくる()()から徐に腰を上げ、黒ウサギは変貌した茶の間を見渡す。いや、そこはもう茶の間というにはあまりにも広大で、壮大で、神々しかった。

 天に頂くは沈まぬ太陽、大地を巡るは白銀の雪原、それを囲う連峰と側に控える澄みきった湖――極限の〝白夜の世界〟がそこには広がっていた。

 白夜叉の所有するギフトゲームを行う為の〝ゲーム盤〟である。

 

 

「んー、いつ拝見しても綺麗な(ゲーム盤)ですねー」

「ん、その反応を見るにそちらの私も確りと〝白夜〟を体現しているのだな」

「同じ白ちゃん様ですから当然と言えば当然ですかねー。まあ、あちらは此処とは別にとんでもない奥の手を持ってるんですけども」

「ほう、そいつは気になるのう?」

「奥の手だけあって詳しくは私の口からは説明しませんけど、取り敢えずお盆ちゃんと一緒に巻き込まれた時はですね……本気で死ぬかと思いました」

 

 

 元の箱庭での白夜叉との間で起こったとある一件を思い出し、遠い目で白い太陽を仰ぎ見る黒ウサギ。今までの好戦的様子からは想像しにくい哀愁漂う様であった。

 因みに彼女の言う隠し球は向こうの白夜叉の箱庭最強を体現したゲーム盤のことだ。余程の緊急時か本気で怒らせでもしない限りは切らない奥の手で、黒ウサギが体験してしまった原因は主に後者のせい(自業自得)である。

 

 

「……まあ、その、なんだ。私もそれなりに寛大な方と自負はしておるが、限度はあるとだけ言っておこう」

「うえー白ちゃん様いけずなのですぅ……ま、此方の貴女とはとても気が合いそうなので案外上手くやっていけそうですけどもね?」

「くく、だな」

 

 

 二人は軽口を交わしながら対峙する。白夜叉は昂然として、黒ウサギは悠然とちょっとした柔軟運動で体の調子を確かめつつ。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 彼女達がこれから何を行うのか。先の話の終いにそれとなく交わしたやり取り――〝決闘〟だ。世間話なんて平和なものはなかった。

 黒ウサギは元々戦闘狂(バトルジャンキー)の嫌いがあって、白夜叉は特別好戦的な訳ではないものの箱庭最強格の一端として刺激を欲する(たち)がある。総括するなら両名共に日常に刺激的出来事を求めていた訳で、こうして交戦する利害が一致したのも何ら不思議ではなかった。

 因みにナフェは黒ウサギに因る強制加入を懸念して白夜叉の自室の方に残って、茶菓子をつまみながら借りた遠見用のギフトで観賞している。

 

 

「長話はこの後でも沢山する訳ですし、そろそろ始めましょうか!」

「はは、まあそう急くでない。際限無しにやり合っては落とし所を見失いそうだしな。ある程度様式に則らせるぞ?」

 

 

 言うや白夜叉は柏手を一つ鳴らした。すると虚空に一枚の羊皮紙――〝契約書類(ギアスロール)〟が出現した。

 

 

『ギフトゲーム名〝白夜と月の兎の決闘〟

・ルール説明

 -ゲーム開始の合図はこの契約書類が消滅しきった瞬間。

 -参加者のどちらかが背中を地面に接させた時点で決着。

 

宣誓 上記のルールに則り、〝白夜叉〟〝黒ウサギ〟の両名はギフトゲームを行います。』

 

 

 目の前に浮く羊皮紙の文面を流し読みした黒ウサギは、不満そうに唇を尖らせて白夜叉を見る。

 

 

「むぅ……ちょっと温くないですか? この決着方法では戦法も偏ってしまいそうですし、満足いけそうにないですよ」

「ふふん、逆に考えてみるといい。直ちに背を地面に投げ出す醜態を晒すような輩が私の相手を務まると思うか?」

「…………ほう、ほうほう? ふーん? そうですかそうですか、いいですよその挑発買わざるは黒ウサギの名折れというもの。白ちゃん様こそ仏門に下って全力が出せないからと言い訳するなら今のうちですよ?」

「ぬかせ。100ちょっとしか生きとらん小娘に後れを取る星霊ではないわ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべ合う中、湧き上がる絶大な闘志が空間をも揺るがす。中途半端な実力者が同じ場に介そうものなら意識をあっという間に持っていかれそうな位の重圧。仮に遠くから直接視認しなくても身体が震えてしまいそうだ。

 〝契約書類〟が少しずつ、粒子となって消えていく。両者の間にもう言葉はない。後は己の力と技をぶつけ合うのみ。

 

 

 

 

 

 ──〝契約書類〟が完全に消滅したその刹那、雪原が爆ぜた。

 (あか)い線が数多の軌跡を描き、地を踊る。その都度敷き詰められた雪は大いに巻き上げられ、剥き出しになった大地に深い傷跡が刻まれる。

 

 

「ッストォー、っと」

 

 

 気付けば宙に躍り出ていた黒ウサギが神速の勢いで蹴りを放つ。虚空を振り抜いたその一蹴……と見せかけた刹那の連撃は不可視の衝撃波を無数に生み出し、傷だらけの大地に(クレーター)を空けた。

 

 僅か10秒にも満たない怒濤の攻め。黒ウサギがやったことは今の通り、目にも留まらぬ速さでいどうしながらの終始蹴りによる衝撃波を浴びせるという単純なものであったが、その威力は見ての通りである。生半可な相手では何も認識出来ぬまま脱落しても不思議ではない。

 

 しかしながら、黒ウサギの対戦相手はその生半可な者には到底数えられない強者だ。

 

 

「――っぶない!」

 

 

 砂塵と雪が辺りに立ち込める中、それらを除けるように突如として膨大な熱波が吹き荒れた。さらにそれは遮られる視界を一新したに限らず、黒ウサギを呑み込まんと意思を持つかの如く彼女へと肉薄してくる。

 ただ暑いだけの奔流ではない。それは恒星の輝きの副産物、俗に〝紅炎(プロミネンス)〟と呼ばれる代物だ。

 此方は実際の一万度に昇る程超高温には()()()()()ものの、それでも地表を瞬く間に焼き付くすには充分な熱量を誇っていた。

 

 黒ウサギは熱波から瞬時に距離を稼ぐ為に後方へと跳ぶ。だが、それだけでは状況打破にならない。それならばと、

 

 

「退避ッ、なのですよ!」

 

 

 跳ぶ際に高度を稼ぎ、最頂点で空を蹴る。そのまま地面へ急転直下の蹴りを突き刺した。地殻を砕く破壊力は衝撃の反動で地面をめくり、巻き上げ黒ウサギを隠す。同時に熱波を前以て受ける防壁の役割を果たすこととなった。

 されど熱波の威力も絶大。地殻の壁は数秒と保たず黒ウサギが居た一帯を焦土に変えた。

 

 

「ふむ、中々に過激な初手を見せてくれたの……ちとヒヤッとしたぞ」

「白ちゃん様に言われたくないのですよ。危うくコンガリ焼き兎になってしまう所じゃなかったですかっ」

 

 

 お互いの攻撃の余波が治まり、白夜叉と黒ウサギは晴れた視界で改めて対峙する。お互いに大した破壊の一波に曝された割りに怪我は殆ど見られなかった。

 

 

「しっかし、私の自慢の足技を一歩も動かずに防ぎきるとは流石ですねー」

「呵々、この白夜叉にかかれば当然の事よ」

 

 

 黒ウサギの賞賛に謙遜もなく胸を張る白夜叉。

 ただ、一方その内面は全くの逆。冷や汗ダラダラで動揺を隠せてしなかった。

 

 

(しょ、初撃見極め用の囮を出しとってよかった。アレを初見無傷で受けきるのは私でもちと厳しいぞ……)

 

 

 一連のタネは非常に簡単だ。黒ウサギが出るより前に白夜叉が蜃気楼の囮を配置し後ろに退がろうとしたのである。ただし、囮を出した直後に退がる間もなく黒ウサギが神速の連撃を噛まし始めたので、慌てて身を守る方向に移ったのだった。

 一歩間違えれは大打撃だった訳である。尤も、それでなおあの攻撃を防ぎきった白夜叉の実力はやはり本物であろう。

 

 

「借り物の神格武具は返却中ですし、私の持ち技これ(蹴り)くらいしかないんですけどねぇ、どうしましょうか。バリエーションはあるとはいえ小手先の技に過ぎませんし」

「ハッ、安心せい。その小手先の技とやらから()()()まで余すところなく私が引き出させてやるさ」

「あらまなんともお熱い台詞。でしたら、今度はちゃーんと白ちゃん様ご本人で私の全てを受け止めてくださいね?」

「う……気付いておったか」

「似合わないことするからです♪」

 

 

 黒ウサギの言葉が終わると同時に白夜叉は袖から取り出した鉄扇を右こめかみの前に掲げる。その次の瞬間に白夜叉の体が霞み、その場に暴風が巻き起こった。

 

 

「ぬぅ…ッ!?」

「あははっ♪」

 

 

 咄嗟に蹴りを防ぐも衝撃は殺しきれず大きく後退する白夜叉。考える暇はない。そのままの姿勢で即座に背後へ鉄扇を振りかぶる。そこへ黒ウサギの真っ赤な閃光を放つ襲脚が振るわれ、衝突する。

 今度は後退こそしなかったが、あまりにも重すぎる一撃に小さな体がやや地面に沈んだ。それから先は黒ウサギの連打を白夜叉が捌き、防ぎ、時に鉄扇や腕を切り返す応酬となった。

 

 

「さっきのは――純粋な火かっ?」

「所謂〝属性付与(エンチャント)〟と呼ばれるギフトでございます! 木に火を着けるや鉄に電気を通す程度のこけおどしに過ぎない技です!」

「っと! 確かに神格級や伝承由来の輩にはそう言えるかもッ、しれんが。それを加味にしてもおんしのそれは上等なものであろう!?」

Yes(それはもう)! 私の友人からお情けで譲り渡された品ですから! いつか泣きを見させてやると私怨も込み込みのいりょくなのですよ!!」

「……そ、そうなのか」

 

 

 攻撃の()を止めないまま悠長に言葉を交わす二人。だけども彼女らを中心に辺りは元の壮大な美しさなど微塵も感じさせない有り様だった。

 黒ウサギの脅威的蹴りが属性付与も相俟って天変地異の如く自然級の嵐となり、白夜叉が太陽の炎熱を荒れ狂わせ時に神格級以上の純粋な力を振るう。もはや一通り見渡して無事な箇所の方が少ない。

 

 

「くはッ♪」

「ぐっ! 本当に生粋かおんしは!」

 

 

 中段蹴りを威力を極力流すように受け止め距離をとる白夜叉。それを許す黒ウサギではないが、灼熱の奔流を放つことで接近を阻止しようとする。

 しかし戦いに熱が入り言動もいよいよ戦闘狂(バトルジャンキー)のソレになり始めた彼女。なんと身を焼く壁など眼中にないかのように、その身を焦がしながら突き抜けてきた。

 両者もう無傷とは言えない状況であるが、以上の戦闘傾向もあって一見すると黒ウサギの方が酷い状態である。

 

 

「まずはー、右ッ!」

 

 

 それでも攻めの姿勢に関しては黒ウサギの方に分があった。

 彼女の蹴り一つ一つを受け止め続けるのはさしもの白夜叉でも厳しいものがある。故に途中から受け流すか躱すようにしていたのだが、今の無謀な突撃で僅かに不意を突かれてしまった。

 咄嗟に盾にした右腕全体に途徹もない衝撃が炸裂する。

 

 

「あはっ、白ちゃん様さっすが頑丈でございますねー♪ でも…暫くその腕は使えませんね?」

「そのようだな……よくまあやってくれたよ若いの(小娘)

 

 

 ダランと力なく垂れ下がる右腕を一瞥し、白夜叉は獰猛に笑って返す。此方も此方で闘争心に更に火が着いてしまったようだ。

 

 二つの小柄な姿に似合わない威圧感が更に膨れ上がる。

 

 

「延長戦からの第二ラウンド、参りましょうか! 遅れをとらないでくださいよ!?」

「呵ッ、おんしこそな!」

 

 

 彼女達の闘いは、ここらからさらに熾烈を極めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そんな様子を遠見のギフトで見ていたナフェは白夜叉の茶菓子(せんべい)を噛りつつ一言、

 

 

「あほくさ」

 

 

あの場に居合わせなくてよかったと心底思うのだった。

 



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Yes、ナフェさんはやっぱりおっかな――

短い上にほとんど進展なし


「馬鹿も極まるといっそ清々しいって本当(マジ)なんだね」

「いッ…!? ちょ、ちょおぉっとナフェさん? 怪我人にはもう少し優しぐぅ!? ですねぇ……!」

「ほう……たいした手際だの」

 

 

 所変わらず、白夜の世界にて。もはや雪原の面影もない土くれの上に五体を投げ出している黒ウサギは、状況を鑑みて来てもらったナフェから軽い手当てを施されていた。

 先の決闘、結果を言うなら黒ウサギの敗けである。いくら黒ウサギの蹴り技が強力であったとしても、いくら白夜叉が全盛期には及ばない実力しか発揮できていなかったとしても、根底にある〝兎〟と〝星〟とではやはり地力が違いすぎたのだ。むしろ白夜叉の本気に生き延びる処か、噛みつく事の出来ている黒ウサギを誉めるべきだろう。

 尤も、無茶に無茶を重ねた結果、全身至る箇所に火傷に両腕と左足を不全に持ち込まれるまでの重傷を負ったのだが。ナフェの従える兎型ビットに搭載された治療機構と持ち前の治癒能力が無ければ大事である。

 

 

「ったく……ほら、終わったよ。今日だけで二回も面倒な…借り二つじゃ済まされないからね」

「なははっ。自己責任とか面倒とかおっしゃる割りに手を貸してくれるナフェさん本当ツンデ――じょ、冗談ですよ冗談! ムーンラビットジョークです♪」

 

 

 

 無言で機械手を振り挙げたナフェを焦って宥める黒ウサギ。とことん懲りない娘である。

 ともあれ、昼間同様に最低限五体を動かせるまで回復した彼女はのそりとその場に上体だけを起こした。服はボロボロ、流れた血も拭いきれてないと絵面は凄惨なままだが。

 

 

「いやぁ、参りました! 流石白ちゃん様、箱庭(せかい)違えど実力に遜色なんてありませんね! 結構本気で挑んだのですが、現在の全力も引き出せないとは……私もまだまだです」

「ははっ、腕一本と片目を持っていっておいてよく言う。全力ではないとは言え私も本気ではあったのだぞ? 星霊の身に二矢報いてみせた己自身をもう少し褒めてはどうだ」

「〝対等な決闘〟という手前、そう甘やかしてはいられないのですよ」

「そうか。……なら、次からはおんしもちゃんと全力で来る事だ。悔いは少しでも残さぬ方が良いだろう?」

 

 

 白夜叉の射抜くような視線に黒ウサギは束の間目を丸くし、やがて苦笑を浮かべた。

 そう彼女の闘いは本気であったが全力とは言えない。なにせまだ彼女の保有する〝秘奥の恩恵(おくのて)〟を切っていなかったのだ。白夜叉にとって今回唯一の不満である。

 

 

「あ、あはは。……正直を言うと、此度の決闘は私自身の地力を再確認する意図もあったのですよ。あまり繋がりの深くない恩恵に頼ってばかりだと自分を誤って認めかねないですし」

「ふむ、気持ちは解らんでもない。だが、何にしろ今手元にあるならば、それは紛れもなくおんし自身が手に出来た恩恵《実力》だろうよ」

「それもそうでございますね……。ま、月の兎の小さな矜持というヤツです♪」

 

 

 そう締め括り、黒ウサギは起こした背を再び地に転がせ、バネのように手で地面を押し軽やかに立ち上がった。もうあられもない恰好以外は問題ないようだった。

 ギフトカードを取り出し、替えの服装を引き出そうとする……が、

 

 

「んん? あれ……あー、白ちゃん様。そのですね、この際なのですがまた一つ折り入ってお願いが出来ちゃいました」

「ん? ――ああ、成る程」

 

 

 このタイミングでお願いと聞いて首を傾げる白夜叉だが、黒ウサギの手元にあるもう一着のややボロボロの衣装(ナフェとのじゃれ合いの際の物)と彼女の困り顔を見てその意図を理解した。

 あられもないと言う通り、黒ウサギの今の装いは八割方肌を露出してしまってる状態である。下の下着は見えてしまっているがなんとか無事、上はもはや上着として機能してるかも怪しい位だった。

 いくら慎みとは縁遠い彼女でも女性としての矜持を完全に放棄してはいない。ある程度身嗜みは調えるし、同性しか居ないこの場でも半裸であり続けるのはなけなしの常識が許容しなかった。

 

 因みに羞恥心は皆無である。

 

 

「ま、決闘に興じてくれた礼だ。替えの衣装くらい此方で用意しよう。あと、その二着も私が仕立て直してやるぞ」

「おー、白ちゃん様太っ腹ですね。感謝感激なのですよ♪」

「んむ、もっと誉めるがいい! ただ、そうだの……ここまでしてやるのだから、私に即物的な見返りがあってもよいとは思わぬか?」

 

 

 ニヤリと怪し気な視線を黒ウサギに――厳密には彼女の肢体に向ける白夜叉。やる事を終え、また遠慮の欠片もなく茶菓子をつまんでいたナフェは心当たりのあるその視線の意図を察し、思わず息を吐いた。

 一方で黒ウサギも、向けられる視線とその行く先を数往復させた後理解した。

 

 

Yesyes(なるほどなるほど)。なはは、此方の白ちゃん様はどうにもとくちゃ――帝釈天様と似たご趣味をお持ちのようで」

「可愛い、美しいは尊く、この世の絶対的至宝、不変の真理だ。おんしは私の知る黒ウサギと比べるとまだ幼さが目立つが……一部に関しては遜色ない。私はロリでデカくても問題ないぞ!」

 

 

 もはや公には見せられない顔で手を艶かしく動かし寄ってくる白夜叉に、さしもの黒ウサギも引き気味――

 

 

「んー、まあ減るものでもないですし。お触りくらいなら構わないのですよー」

「っ、ほ、本当か! あんなことやこーんなことをしても良いのか!?」

「流石に貞操までは認められませんが、抱きしめるなり揉むなりなら幾らでも♪」

 

 

――なんてこともなかった。むしろオープンだった。あまりにもすんなり受け入れるものだからセクハラ発言上等だった白夜叉も戸惑い気味だった。普通拒まれる反応を示されるのだから無理もない。

 

 

 

 

 

 この後、滅茶苦茶まさぐられた。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「くぁー……おはようございまふぅ……」

「お、おう。おはようさん」

 

 

 翌朝、夜も更けていた事もあり〝サウザンドアイズ〟の客間を寝床に借りた黒ウサギの寝起きは非常に眠た気なあくびと一緒だった。昨日の時点で黒ウサギの奔放さを実感していた白夜叉は、その無防備且つあどけない姿で私室を訪れた彼女にやや動揺した。机の紙束を横に作業中だった手を止め彼女――彼女達に振り向く。

 うつらうつら、ふらふらと覚束無い足取りの後ろから、あくびを噛み殺すナフェが現れた。昨日とは違い外見相応の人の手で黒ウサギを誘導している。

 

 

「あぁ…もう、自分でちゃんと歩けっての」

「随分とまあ、昨日の様とは大違いだの……」

「コイツ朝は弱いんだって。ずっとこれならまだマシだったくらいね」

「ほう? つまり寝起きならそのエロボディを好きにできると」

「できんじゃなーい? ほら」

「おわっ…!?」

 

 

 まだ半覚醒の黒ウサギを白夜叉の方へ押すナフェ。対して黒ウサギは特に踏ん張るでもなく、そのまま白夜叉の懐へ倒れていった。そして白夜叉は唐突な事に驚きながらも難なく彼女を抱き止め、反射的に押し付けられた柔っこい体を堪能しつつナフェへと半眼を向ける。

 

 

「これ、寝ぼけてるのだからもう少し優しく扱ってやらんか」

「柄でもない甲斐性遣わされて私も疲れてんの。役得付けてあげたんだし別にいいでしょ……ふぁあ」

「それとおんし、昨日の決闘の裏で随分と私のお茶請けを消費してくれたな……。茶のお供にと許しを出しはしたが限度と言うものがあるだろう?」

「んーナフェちゃんむずかしいことわかんなーい」

 

 

 盗人猛々しいとまではいかないが、その太々しい態度に思わずイラっとした白夜叉は何も悪くないだろう。落ち度が自分にもある手前これ以上しつこく言うのも憚られたが。

 

 ナフェは部屋の隅に縦に並べられた座布団を一つ掴んで、戸棚側の柱に背を預けるように腰を下ろした。そしてそのまま、再び寝息を立て始めた黒ウサギを預かったまま渋々と作業に戻った白夜叉を漫然と見つめる。

 

 

「……それ全部アンタの持ち分(仕事)?」

「ん? ああ。これでも私は東側の〝階層支配者(フロアマスター)〟だからな。こなすべき事務はそれこそ山のようにある」

「ふーん……の割りには昨日は暇してたみたいだけど?」

「ふふんっ。書類仕事なら片手間でも充分だし、外回りも予め優先順位を決めて効率を考えれば然程時間もかからん。ひとえに、私が優秀すぎる故だな!」

 

 

 自分で言うかとも思うが、現に白夜叉は取り留めない話をしつつもその両手は恐ろしい速さで書類を捌き続けている。

 その優秀さを己が欲望の為に全振りしている辺りが彼女らしいと言えよう。デキる変態ほど厄介と同時に頼りになるとはよく言ったものだとナフェは感心三割呆れ七割の気持ちだった。

 

 

「ところで、おんしらは今後の予定はもう決まっておるのか?」

「さあ? 私はなその辺関与しないつもりだし。まあ、その惰眠ウサギの事だし行き当たりばったりでしょ」

「ふむ……それなら、ちと頼まれ事をしてはくれんか?」

 

 

 言うや白夜叉は一旦事務の手を止め、ナフェに向き直る。ナフェの表情が途端に心底不機嫌に歪められる。

 

 

「まあまあそう不満そうな顔をするな。頼み事とは言っても軽い偵察みたいなものだ」

「それで譲歩した方とかほざくなら一発ぶん殴るわよ。……で?」

 

 

 脅し文句を吐くナフェだが断固拒否まではせず話を聞こうとはする。これから曲がりなりにも黒ウサギ共々世話を掛けるのだから、その対価を払うのは妥当という帰結である。それにまだ両者事情を明かしたとは言え一日程度の付き合い、信頼を築ける機会ならそれをわざわざ無下にする利点もない。

 

 

「……少々トゲが強いがまさしくツンデレの鑑――」

「気が変わった。蜂の巣にしてあげるからそこに直りやがってください♪」

「ぬおおおっ!? 待て! 室内でその明らかに物騒なものを放とうとするんじゃない!!」

 

 

 突然現れた六機の兎型ビットが光を収束し始める。そして白夜叉の静止も聞かないまま、躊躇なく桃色の光線(レーザー)を総射した――ものの、放たれた光の線は綺麗に白夜叉をギリギリ掠めるか否かという距離で彼女の周りで折れ曲がり他のビット同士に吸収されていった。

 堪らず冷や汗が流れる。そんな白夜叉にナフェは笑顔ながらドスの効いた声音で一言、

 

 

「次は当てっから」

 

 

 ナフェの前で冗談を言うのは間を空けてからにしようと心に決める白夜叉であった。

 

 

 



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Yes、ふぁーすとこんたくとってやつなのです

んー


「んんーっ……よく寝たのですよー。お陰で怪我も疲れもバッチリです!」

「毎度ボロ雑巾にされては死んだ様に寝て朝起きると完全復活……絶対早死にするヤツだよね」

「そんなこんなで御歳100ちょっとの黒ウサギで御座います♪」

 

 

 ナフェと白夜叉のやり取りから程無くして覚醒した黒ウサギは今、最低限の身支度を整え終えて〝サウザンドアイズ〟支店の表で軽く伸びをしていた。店はまだ開店前、時刻的には空も朝日が顔を出して少しというのもあり周囲にあまり人影は窺えない。昨日一悶着あった生真面目女性店員も流石に従事前のようで姿は――

 

 

「……開店準備の邪魔ですので退いて頂けませんか?」

「わわっ! …あれま、昨日の店員さんですか? こんな朝早くからその様な窮く――コホン、しっかりとした身形で何をなされるので?」

「この距離でヒトの文言を聞きそびれるとは、どうやらあまりに早起きなさって目が覚めきってないようですね? そんな寝坊助様に親切心でもう一度言い聞かせてあげま――」

「うわぁ……朝から陰険さ全開だなんて昨晩はちゃんとお休みになられたんですか? 夜更かしは女性的にも、大手コミュニティの玄関番を任されてる身としても如何なものでしょうか♪ 私はこうも不真面目になりたくはないですねー。反面教師として参考にさせて頂きますね?」

 

 

 売り言葉に買い言葉、水を得た魚の様に活き活きと煽り文句(読んで字の如く)を連ねてく黒ウサギに一歩も退かない昨日の女性店員。

 彼女はとことん真面目だったようだ。こうして誰よりも早朝に仕事モードに移っているのが何よりの証拠である。ただ不幸にも口減らずの煽りウサギと出くわしてしまったが。

 

 

「……止めましょう。貴女のお巫山戯に付き合ってあげる程私も暇ではないので」

「おっとそうでした。実は私も依頼を一つお請けしてまして、その為にこうして早起きをしたのですよ」

「なら時間をもう少し有意義に使う事ですね」

「お互い様ですねー」

 

 

 突き刺す様な視線を笑みで受け流し、黒ウサギはサウザンドアイズ支店、並びに女性店員から背を向けた。

 実の所そこまで急いでもいないのでもう少し遊んでこうかとも思っていたのだが、人知れず姿を彼女の腕輪へと潜ませていたナフェから腕を落とすぞとの無言の圧力を受けた為、渋々と手を退いたのだ。

 

 桜を彷彿とさせる桃色花弁舞う並木道をまったりと進みながら黒ウサギは唇を尖らす。

 

 

「そろそろ物理的に黙らそうとするのは勘弁願いたいのですよ」

『お飾りな耳に閉じない口持ってるアンタに一番優しい諭し方でしょ』

「所謂肉体言語というやつですね、おっかないですねっ」

「総督よりかは万倍もマシよ」

 

 

 いつもの他愛ないやり取り。そこに暫しの沈黙が挟まり、ナフェが本題を切り出す。

 

 

『――で、奴の〝頼み事〟はどうすんの? 今からでも行くつもり?』

「いえいえ、見知らぬとは言いませんが慣れない土地です。偵察ごっこだなんて正直苦手も良いところですが堅実に参りましょう!」

 

 

 不得手と前置きしつつフードの奥の顔は清々しく笑う黒ウサギだった。

 

 さて、彼女達の言う〝頼み事〟とは他でもない白夜叉から請け負ったものである。その内容とは、今現在二人のいる街の大半を牛耳るコミュニティ〝フォレス・ガロ〟の偵察――つまり怪しい事してないか確かめてくれ、というものだ。なんでも、他コミュニティを吸収してのあまりにも急激なコミュニティ巨大化の動きと街の時折張り詰めるような空気が気に掛かるようだった。

 そもそも、コミュニティは余程の事態でない限り同盟を組むか合併をする手段を執らない。他に取り込む手段としてはコミュニティの利権を賭けたギフトゲームが挙げられるが、各々が仕切る組織を易々と描けるような者は少なくとも箱庭においては通常ありえないのだ。

 

 となれば、何か不穏な動きが水面下で行われたと推して然るべきだろう。

 

 

『堅実ねぇ……。具体的になんか考えてあんの?』

Yes(勿論)、Noプランでございます♪」

『知ってた』

 

 

 イエスなのかノーなのかハッキリしてほしい。

 案などないと言う(ぶっちゃける)黒ウサギ。ただ幸い、彼女は故意的阿呆ではあるものの馬鹿ではない。

 白い目で見られつつも、さも直ぐに妙案が浮かんだかのように人差し指を立てた。

 

 

「おっと、何やら黒ウサギの頭に素晴らしい案が湧いてたのですよ?」

あほくさ(白々しい)……んで?』

「聞きたいですか? もうナフェさんってば仕方ないお人で『首チョンパしよっか?』YesYes、冷静になりましょう冷静に。ちゃんとお話ししますから!」

 

 

 危うく首という首を落とされかけた黒ウサギは背に冷や汗を感じつつ、思い付いた〝素晴らしい案〟とやらを語り始め――

 

 

「あ、先に申しておきますと。ナフェさんにもちょこおっとばかり協力して頂きますね?」

『……は?』

 

 

 またも首を手心一切無く絞められたのだった。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

「ふふん、連戦連勝!最下層はやはりチョロいのですよー」

「うっわあ……言ってる事が小物のそれだよ」

 

 

 あれから数日間。黒ウサギはナフェを腕輪内ではなく隣に引き連れ、素性が明るみにならないよう慎重になりながらも滞在する街を気儘に散策し続けていた。

 ただ、散策とは言ってもただ歩いていた訳ではない。その道すがらで件の怪しいとされる〝フォレス・ガロ〟――その傘下に属するコミュニティの行うギフトゲームに片っ端から挑んでは勝利を収めていたのである。

 

 つまり彼女の提案した探りの案はこうだ。『見掛けない二人組が自身の傘下のコミュニティで荒稼ぎしていれば目を付けられあわよくば引き抜かれるかもしれないね』と。堅実とはなんだと問いたい程実に運任せな手法であった。そして何より派手に事を起こし、こなすタイプの黒ウサギには到底似合わない。

 しかし、これも今後の異なる箱庭の楽しい愉しい新生活(ニューライフ)為ならばと、地味な作戦にも甘んじてるという事だった。

 

 

「小物を釣るに小物の疑似餌。実に良いことではないですか」

「アアソウ」

「なはは……ああ、それとーナフェさん? 今は大丈夫でしたけど、『寡黙でひ弱な非戦闘員《ブレイン》』はその様に乱暴な口調で話されませんのでお気をつけください♪」

「……」

 

 

 黒ウサギの注意にナフェは口を閉ざし、目深にフードを下げるとコクりと頷いた。ついでに自然を装って黒ウサギの左足を万力を以て踏み抜いた。実に学習しないウサギである。

 

 そんなじゃれ合いをしつつ、次のゲーム相手(獲物)を求めて二人は街を練り歩いてく。

 ふと、そんな彼女達に声を掛ける者が現れた。

 

「――もし、そこのレディ達。よろしければ少々お時間頂けますか?」

 

 

 背後からの声に黒ウサギは立ち止まり、ナフェを背後に庇うようにして声の主へと向き直った。

 その者は二メートルを超す巨躯に、ピッチリとしたタキシードで身なりを固めた男だった。装い、言葉遣い、そして黒ウサギ達へと向ける柔和な笑みは紳士的趣を与えてくる。

 ただそれでも黒ウサギ達にとっては初対面の相手。肩を縮こまらせ震えるナフェを安心させる為に抱き留めつつ、警戒心を最大に口を開く。

 

 

「……もしかしなくても、そのレディ達とは私達の事でしょうか?」

「はい。実は、ここ最近この街に現れた見慣れない二人組が、此処等一帯を活動拠点とするコミュニティの開催するギフトゲームに連戦連勝しているという噂を耳にしましてね。この街の管理を授かってるコミュニティの長である私もこうして偵察に回っていた――という次第です」

「……それは、ご苦労様なことです。それで……名も知らないコミュニティのリーダーさんが、こんな路銀で食い繋いでるような浮浪者に如何なご用で?」

 

 

 性分の煽り口調をなるべく抑えつつ、相手の素性に探りをいれる黒ウサギ。勿論警戒心は強めたまま。対し巨躯の男はそんな彼女の警戒を解くように優しく応える。

 

 

「おっと、そう言えば自己紹介がまだでしたね。失礼いたしました。私はコミュニティ〝フォレス・ガロ〟のリーダーを務めておりますガルド=ガスパーと言います。貴女方にご用と言うのは他でもない、先程の噂の真偽の程を確認したかったのです。……しかし、そちらの件はどうやら真実であったようですね?」

「……なるほど。貴方のコミュニティはこの街の管理を任されている。差し詰め私達が相手した方々は全て貴方の傘下の者で、彼らを短期間で下し続けた私達を厄介者とした抑えに来たと?」

「ははっ。抑えに来たなど、我々はその様な強引な手段を執りはしませんよ。しかし、素性の分からない貴女達をあまり自由にさせ続けるのも、我々の立場上難しい話。一先ず、貴女方の所属するコミュニティを伺わせてもよろしいでしょうか?」

 

 

 探りを入れにきたのはお互い様のようだ。そして、その時の対応は既に黒ウサギの中で決まっている。と言うより殆んど現状を明かせばいいだけだ。白夜叉と縁を作り一宿の恩を受けたとはいえ、彼女達はまだ根なし草なのだ。

 

 

「……先程も言いましたが私達はこの箱庭に来たばかりの浮浪者です。コミュニティにはまだ属してません」

「ほう、新しく来られた方々でしたか! でしたら――」

「予め言っておきますが、案内や勧誘でしたらお断りさせて頂いてます。仮に貴方のような大きなコミュニティを率いている方に誘ってもらえるのは大変魅力的な話ですけど……」

 

 

 黒ウサギがそう言うと、背にすがり付いていたナフェの彼女を繋ぎ止める手がより強くなった。そんな彼女を今度はしっかりと安心させるように抱き留める。

 

 

「もしその様なお気持ちがおありでしたらとても嬉しく思います。ですが、私にも守らねばならない者がいるのです。逢って間もない殿方を信用できる程、気を許す事は出来ないです」

「……そうですか。因みにお聞きしますが、この箱庭における最低限のルールはご存じで?」

「この場合、コミュニティに属さないでいられる期限についてでしょうか? 勿論、若輩と言えその辺りの原則は理解しております。その上でもう一度はっきりとお伝えしましょう――余計なお世話です」

 

 

 ガルドには見えない位置で、ナフェの黒ウサギを掴む手が軽く布地を、延いては皮膚に深く食い込んだ。そんな唐突に与えられた痛みに思わず声を上げそうになる黒ウサギだが、なんとかこれを我慢。

 最後の最後で変に煽るなというナフェからの戒めだった。

 

 辛辣な返しにもガルドは動じた様子はなかった。自身が提案しようとした事を予測したように釘を刺されてしまいはしたが、あくまで紳士的に彼は対応する。

 

 

「――失礼、出すぎた真似でしたか。まあこればかりは貴女方の意思ですし仕方ありません。不正を働いているようでもなく、コミュニティ非所属の期限もご存じだ。でしたら、その間我々から致す事は何もありません。ただ仮に何か困った事がおありでしたらどうぞ、我々〝フォレス・ガロ〟をお尋ねください。出来うる限りお力添えしましょう」

「「……」」

 

 

 そう締め括るガルドに黒ウサギとナフェは暫し彼の様子を窺った後、一の句も告げぬままその場を後にした。

 

 お互いの表情が愉悦と苛立ち(正反対の装い)に歪められた事を両者は知る由もないし、知る必要もないだろう。

 

 

 

 

 

「……おい。手の空いてる奴二、三人であいつらを追え。狙い目は後ろのガキだ」

「はっ…」

「――チッ、たかだか二人の新参風情が。少しは腕が立つとは聞いているが……こっちが下手に出てれば付け上がった事、後悔させてやるッ。く、くくく……!」

 

 

 

 

 

「――さぁて。あとはあのエセ紳士さんが食いついてくれれば……加減は無用なのですよー?」

「……」

「あ、ナフェさんナイス演技でしたよ♪ 普段の乱暴さからは想像できない位にしおらしかったですねっ。あーああー普段からはあんな感じに可愛いげがあれば人生損しませんのにイッッ!!?!?」

「……ハッ」

 

 



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Yes、はつのぴんちなのですよ?

「はぁああ……」

 

 

 日もすっかり落ち、建物から漏れる灯もなければ人の往来などとうに無くなった噴水広場。月と星明かりだけが頼りなその場所、淡々と清涼な水を供給し続ける噴水の縁に腰掛ける黒ウサギは重く息を吐いていた。

 そんならしくない彼女の様子に、隣で夕食用のサンドイッチをチマチマと食していたナフェは小首を傾げる。

 

 

「あむ……ん、どうしたの?」

 

 

 えらくか弱く似合わない声音に一瞬鳥肌が立った黒ウサギだが、今回ばかりは我慢とそのまま気落ちしている旨を溢し始めた。

 

 

「どうしたもこうしたも……ふぉれす、ぎゃろ? ガロ? とか言いましたか。昼間に向こうの接触があってからというもの、モチベーションがだだ下がりなのですよっ」

「それは……仕方ない。彼はこの辺の統括コミュニティの長。ポッと出の私達の動向を警戒するのも已む無し」

「そこは別にいいのですよ。私が気に障ったのはあの下心見え見えなのに紳士を気取って私達を勧誘してきた事ですっ。しかもアイツ……一瞬ナフェの方に視線を寄越しやがりました」

 

 

 黒ウサギの感じていた事はナフェもなんとなく察知していたので、言い過ぎな気もしたが否定はしなかった。それよりも、彼女は最後に自身の名前が出てきた事に疑問符を浮かべた。

 

 

「? 私……なにか変なこと、してた?」

「違うのです。あの目……あれは、自分より弱い者に目を着けた(ゲス)の目でした。大方、私がダメならナフェを利用しようとかそんな魂胆があったのでしょう」

「そ、それは……言い過ぎっ、だと思う。コミュニティを大きくする意志は組織の長として当たり前。だから……気のせいだって」

 

 

 キュッと黒ウサギの外套の裾を握って首を振るナフェ。彼女自身を心配しての懸念だと言うのになんと優しい心持ちだと、黒ウサギも張り詰めていた気をそっと緩めてフード越しに頭を撫でた。非常に鳥肌が止まない。

 

 

「……まったく、ナフェは本当甘々なのですよ。そこが貴女の良い所でもあるのですけど……ここは修羅神仏の跳梁跋扈する箱庭。下層とは言え気の緩み過ぎは禁物ですよ?」

「ん、分かってる」

 

 

 張り付いたような能面顔を弛緩させナフェは微かに笑みを浮かべた。大変、両人とも酷い寒気が背筋を奔ってばかりだ。

 

 遅めの夕食を終え、黒ウサギは残った包み紙やら(ゴミ)をナフェから回収し、ホッと立ち上がった。

 

 

「さてさて、辛気臭いお話はここまでなのですよ。もうすっかり暗くなってしまいましたし、今晩の寝床を探しましょう」

「……また野宿?」

「コミュニティを拵えるまでの辛抱です。まあ私は別に野宿生活も悪いとは思いませんけどー」

 

 

 タハハと屈託なく笑う彼女にナフェは「女の子なんだからそれはダメ」と叱責する。この数日まともに湯浴みが出来ず、精々が程々に冷たい水浴びをする程度だ。乙女としては中々の死活問題である。

 その意図を察している黒ウサギとしては、理解できなくもないが然して気になる事でもないと掌をいい加減に揺らし、

 

 

「水もここじゃ貴重みたいですからその内ですねー」

「むぅ……」

 

 

 不満を頬袋で顕してくるナフェの頭をポンポンと適当に撫でて誤魔化かす。そして掌サイズまで丸めたゴミを一旦捨てようと、捨て場を探して辺りを見回す。

 

 その際、意図せず黒ウサギはナフェの元から少しと言えど離れていた。離れてしまった。

 

 

「っとと、あそこで――」

「キャッ……!!」

 

 

 突如聞こえてきた悲鳴に反射的に振り向く。その視線の先には、ローブで容姿を隠した複数の者達がナフェを捕らえている光景があった。

 黒ウサギは咄嗟に駆け寄ろうとする。

 

 

「ナフェッ!!」

「動くなッ。その場から少しでも動けば、この娘の身の安全は保障しない」

「ッ…くっ!」

 

 

 しかし、ナフェと言う人質の存在が彼女の足を嫌が応にも止めさせてしまった。よく見れば、ナフェの首もとに鋭利な爪が軽く食い込む程、あと少し押し込むだけでその薄皮を突き破らんとばかりに当てられている。

 

 

「……どちら様でしょうか。その様な悪し事、少なくともこの街では許された事ではありませんよ?」

 

 

 動くに動けなくなった状況に、黒ウサギもいつもの軽口を顰めて簡潔に伺う。だが、下手人達は彼女の言葉にまともな答えは返さずにただ一言、

 

 

「大人しく着いてきてもらおうか」

 

 

そう口にするだけであった。そして同時にナフェの元に二人を残し、他二名が黒ウサギの背後に着いた。

 この瞬間、彼女はこの場においての問答は無駄だと悟り、臨戦態勢を解かざるを得なかった。

 

 

「おね、え…ちゃんッ」

「……ごめんなさいナフェ。少し、大人しくしててください」

「っ……う、うぅ」

 

 

 自分のせいで黒ウサギが攻勢に出れないと分かり、またこの状況で手も足も出せない己の不甲斐なさに、ナフェの声音に嗚咽が混じる。

 こうして二人は夜更け、誰に知られぬ事もなく()()()()()()()()()()チャ()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 




(´・ω・`)ピンチ…?


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Yes、やっぱりお腹真っ黒なのですよ

チマチマと


 黒ウサギとナフェが連れてこられたのは木々の生い茂る敷地の奥に佇む一つの洋館であった。そして玄関広間、二階、その一番突き当たりに位置する部屋に中へ誘導される。

 ナフェは依然とローブの輩に捕まったまま。だが直ぐ様に危害は加えられないだろうとなけなしの希望を信じて、黒ウサギは正面の上質な執務机の席に着く男を射殺さんとばかりに睨み付けた。

 

 

「端から腹の中に何かしら黒いものを抱えているとは思っていましたが……ここら一帯を治めるコミュニティの長が聞いて呆れるのですよッ」

「おっと、それは人聞きの悪い。私はただ箱庭に不馴れなレディ二人を夜の下で不自由な日々を送っていては不憫だと気を回しただけのことです」

 

 

 目の前の男――ガルド=ガスパーは白々しく黒ウサギの責め句の揚げ足を取ってくる。それは昼間に黒ウサギから受けた挑発とも取れる物言いの意趣返しでもあった。

 煽り耐性の高い黒ウサギは敢えてそれに乗った。

 フードの奥でその瞳は更に鋭さを増し、木偶の坊に一発死なない程度の蹴撃を喰らわそうと腰を落とす。だが彼女が飛び出さんとする前に、ガルドは彼女の背後の部下に視線を以て指示を寄越した。

 

 

「ヒッ…」

「っ、ナフェ!?」

 

 

 咄嗟に振り返れば、そこには再び首もとに鋭い爪を先程より更に食い込まされたナフェの姿があった。

 思わず冷や汗が背筋を伝う。

 

 

「……口の聞き方もそうだが、態度にも気を付けた方がいいぜ。そのガキの命が惜しいならな」

「ッ。このっ、下種がっ……!」

「ククッ、テメェみたいな強気な奴程下手に回らざるを得なくなっては惨めったらねえなぁ?」

 

 

 下手に回ってやってるんだと、本気でこのまま蹂躙してやろうかと青筋が浮かぶ。だが黒ウサギ、約束を守る為。そして何より自分で決めた茶番劇には責任を以て最後まで付き合うと決めていた。

 

 内心昂る熱をどうにか一呼吸入れることで落ち着け、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……目的はなんですか」

「目的はなんだと? そんな事既にお前は知ってる筈だぜ?」

 

 

 もはや紳士的な態度を繕う気も見せないガルド。したり顔と、最早見ていて哀れにも思える笑い方をする彼の返しに、黒ウサギは静かに答える。

 

 

「……ここまでして、私達を引き入れたいと?」

「ああ。昼間にも言ったが此処等に本拠を置くコミュニティは粗方我がコミュニティ〝フォレス・ガロ〟の傘下にある。そうなるよう今まで手を回してきた。此処より上層に本拠を構えてる〝サウザンドアイズ〟や〝六本傷〟には…惜しいが、今の俺らじゃ手が出せねえし正直今後も難しいだろう。――だがッ、行く行くは追い縋り、並び立つまでになってやるさ。……分かるだろう? その為には多少の手段なんざ選んでられねえし、将来有望な駒は早い内に取り込んどいて損はねえ…!」

 

 

 一人の()の、自身の取れる手段を尽くして高みを目指そうとする壮大な野心。ただがむしゃらに、然れど無鉄砲さはない力強く理知的な願望。

 しかし、それ故に黒ウサギは口惜しいと感じた。箱庭において上を目指す事はなんら可笑しいな事ではない。無謀や、立場を弁えろと言われようとその意思は否定できるものではないのだ。ただ……何事にも越えてはならない一線はあるのである。

 

 

「……少々、この箱庭に来てから舞い上がっていたのかもしれません。貴方の様な下種者が居ようと居まいと、目立つ行為は控えるべきでしたっ」

 

 

 黒ウサギは脱力し、抵抗の意を完全に霧散させた。その意味するところを履き違えたガルドはしたりと笑う。

 

 

「口の割には呑み込みが早くて助かるぜ」

「……コミュニティに加わる前に、一つ約束してください。私はどう扱おうが構いませんけど、ナフェは……彼女の身の安全だけは確約してください。でないと――我を失うかもしれませんヨ」

 

 

 今できるなけなしの反抗。加減に加減した威圧を放ちガルドを睨む。実力だけならいつでもこのコミュニティを独りでも潰してやるぞと、暗にそう叩きつけた。

 ここ一番の威圧感にガルドも思わず怯んでしまう。だがいくら高い実力を秘めていようとも、黒ウサギを制す人質(ジョーカー)は自身の手の内にある。むしろポッと湧いて出た実力者をコミュニティの戦力として引きずり込めたという優越感が勝ってしまった。

 

 

「く、くくっ、安心しな。そっちのガキの安全は確かに保証させてもらうぜ。お前が俺達に大人しく従っている間はな」

 

 

 こうして、黒ウサギとナフェはその身をコミュニティ〝フォレス・ガロ〟に置く事となった。彼女達は万が一の逃亡も許さぬよう別々の場所で監視を付けられる事となる。特に黒ウサギに関しては現状コミュニティ内屈指の手練れでもあるが為、ナフェとの面会も簡単には出来ない状況になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃっ!っ、ケホッ、ケホッ…!」

 

 

 黒ウサギと離れ離れにされ、ナフェが連れてこられたのは屋敷の地下に存在する簡素な個室であった。手入れはされておらず、まともな家具すら存在していない真の意味で空き部屋な個室だ。

 室内に押し込まれ倒れた際に舞った埃に堪らず咳き込んでしまう。そしてその背後、閉められたドアの置くで施錠音が鳴った。

 

 

「……命が惜しいなら、下手に騒がない事だ」

 

 

 扉越しにそう忠告をし、ガルドの部下は暗がりの廊下の奥へと消えていった。

 静寂が訪れる。地下という立地上外から明かりを招く窓のようなものはなく、辺り一面暗闇が広がっている。唯一の明かりと言えば、ドアの上部に据え付けられた小窓の外に覗く小さな照明によるもの程度だった。それもあってないようなものだが。

 

 

「…………チッ」

 

 

 室内、及び室外の解析と探知を済ませ、盗聴や直近での監視がないと分かるや、ナフェは苛立ちを隠そうともせず舌を打った。

 やがて徐に立ち上がり、衣服に付いた砂埃を払い除け、昼間のものと変わらない明瞭な視界で部屋を見回しながら一言──

 

 

「ねえねえクソウサギぃ。今夜のディナーは……〝獣肉のフルコース〟なんてどうかなあ?」

『ここまでやっておじゃんにされては困るのですよ!?』

 

 

 内耳に搭載された通信機越しの黒ウサギ必死の制止を15分程聞かされ、なんとか溜まりに溜まったフラストレーションを鎮めるに至るナフェであった。

 

 

 




なんというずさんな茶番だろうか


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Yes、俗に言う渡りに船なのですよー

 

 〝フォレス・ガロ〟の不正を明るみにする為、黒ウサギとナフェがお粗末な茶番劇を決行してから早くも一週間が経過した。あれから二人は逃亡を許さないように常時離れ離れに身を置く事となり、妥協案として就寝前にガルドの部下の監視を付けつつ扉越しの会話のみの安否確認だけは許可されていた。黒ウサギの戦闘力を目の当たりにしてはいないとは言え、相当の実力者であることはすでに知らしめている。人質の安否と言う盾を失い逆鱗に触れ暴れられては堪ったものじゃないという判断のものだ。

 尤も、ガルドの部下をいくら監視に付けようと何も悟らせぬまま鎮圧し二人で脱出する事など双方にとって造作もない事なのだが。

 一週間も大人しく二人が従っているのは、偏に黒ウサギの気紛れに因るものなのだった。お陰ナフェのストレスは貯まる一方である。

 

 

「ねえねえちょっとー、いつまでこんなクッッッソつまんない御遊戯続けるつもり? 薄汚い部屋に監禁されてる身にもなれってのー」

『ま、まあまあ後少しの辛抱ですからっ。もう少しお付き合いくださいな♪』

「はあーあ、軽ぅく口約束なんてするんじゃなかったー」

 

 

 相も変わらず外側施錠の地下部屋に閉じ込められてるナフェ。黒ウサギに通信機で現状への愚痴を溢しつつ、暇つぶしに作った立方体型の機械パズルをバラシては組んで気分を紛らわせていた。短気な割に律儀である。

 

 

「……ん、」

 

 

 ふと彼女のいる部屋に近づく気配を感じた。一応とばかりに予め部屋の外に飛ばしていた小指の第一関節にも満たないサイズの端末を介して姿を確認する。

 時刻はお昼時。基本彼女の元を訪れるのは定期的に様子を見に来たり食事を持ってきたりするガルドの部下か、就寝前に安否の確認を建前上しにくる複数の監視付きの黒ウサギくらいだ。そして今回は考えるまでもなく前者であった。

 ナフェは怪しまれぬようパズルをしまい、フードを目深にかぶり直して部屋の隅っこ。もはやここ一週間の定位置としている場所で体育座りをして膝に顔をうずめた。短期の割に実に律儀だ。

 

 施錠を解かれ開かれた扉の奥からガルドの部下が灯りをナフェの元に向ける。それにナフェはもはや目もくれず震える演技をするばかり。ここ一週間で日常(ルーティン)と化してる光景だ。

 変わらない様子を確認した部下の男は、無言でその日の昼食の入った紙袋を彼女の方へと放り、再び外から鍵を掛け部屋から離れていった。

 

 

「…………本当、何やってるんだろ私」

 

 

 自身の主(サトリ)からの頼み、加えて多少の娯楽にはなるかと判断してしまった手前付き合わされてる黒ウサギのお守。その末にか弱い人質に扮して無為に日々を過ごしてる状況にナフェもそろそろ限界が来そうであった。と言うよりむしろまだ保っていると、サトリや黒ウサギが見たら感心するかもしれない。

 

 

『やっほー自己愛強くて(ナルシストで)我儘で短気なナフェさーんっ』

 

 

 与えられた昼食をチマチマと消費し終えた頃。再び黒ウサギからの通信が繋がってきた。ご丁寧なあいさつ付きで。

 

 

「うん、やっぱり我慢はよくないわね。喜んでよねクソウサギ、今からアンタに会いニ行ッテあげルッ……!!」

『ひえーおっかないですー……じゃなくてですね!何やら此方面白い事になりそうなのですよっ』

 

 

 機械の腕を取り出し屋敷を吹き飛ばさんと怒気を放つナフェ。しかしながら黒ウサギの跳ねた語調が気になり、一旦強行(凶行)の手を留めた。

 通信機越しでも分かる楽しそうな声音。黒ウサギがその感情を露わにしているという事は、(てい)のいい遊び相手でも見つけたという事なのだろう。もしくは付き人に等しく行動を共にしているガルドの身にとても愉快な事でも起きたのか。

 

 正直ナフェとしてはどちらにしても構わない。少なくともこの不満な現状さえ変わってくれさえすればよかった。

 

 

「アンタ、首元緩めときなさい。見えないから」

『さっすがナフェさん! なんだかんだ好奇心には勝てないんですねーグエェ…!?』

 

 

 そう、決して。誰かに(彼女の主)似て好奇心が働いてしまった訳でも、誰かさん(黒ウサギ)と気が合った訳でもない。単なる暇つぶしの一旦である。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 その日、黒ウサギはガルドの付き人という体で箱庭二一〇五三八〇外門内壁・ペリドット通りの噴水広場へと繰り出していた。なんでも新しい人材を見つけたとかなんとかとの事らしい。が、彼女的には大して期待も関心もなかった。

 一週間、外面的には感情を押し殺し〝フォレス・ガロ〟に身を置いている彼女だったが、ガルドは取り合えず新しいフリーの人材をただ引き入れたかっただけらしく、大きな活動らしい活動をさせなかったのである。そこはギフト保有者、どこか遠出でもして成果をあげてこいとでも言われるのかと内心その辺だけは期待してたが故の反動である。

 先程ナフェから〝つまらない御遊戯〟との愚痴を聞かされ、なんとか嗜めていた斯く言う彼女もそろそろ飽きが回ってきているのだった。

 

 

(監視と見極めも兼ねているのでしょうけど、一週間も虎のお守ばかりと言うのも厳しいのですよ…。もっとこう、野心があるのであれば強気な行動バンバン起こしてはくれないものでしょうか)

 

 

 仮に強気な行動をバンバン起こしでもしていたら、その分の粗から〝フォレス・ガロ〟の後ろ暗い事実がもっと早くに露見していたかもしれない。ガルドがこうもつまらない活動をするのは後ろ暗い事実の露見を多少なり警戒もしているからでもあるのだ。

 

 因みに、この一週間で黒ウサギやナフェが退屈ばかりを募らせていたかと言えばそうでもない。ちゃんとガルドのしでかしてきた〝不正〟の調査も行っており、それも既に言い逃れ出来ないレベルで証拠も秘かに押さえている。

 簡潔に言うなら、ガルドはコミュニティを成長させるにあたり周辺のコミュニティから人質を取る形で脅迫をしていたのだ。つまり、黒ウサギへと仕掛けた手と同じである。しかし彼女たちとは少し違う点も存在する。なんとガルド、人質を既に一人残らず始末して、最早存在しない彼らを山車に今尚参加のコミュニティを引き留めているのだ。

 

 修羅神仏人外魔境集う無茶苦茶な箱庭と言えどしてはいけない御法度も存在する。ルールに則らない殺し、略奪──これらも例に漏れずであった。

 

 

(加えて従わせてるコミュニティを介してのゲームの報酬を横領改竄。まあまあ絵に描いた様な小悪党の大盤振る舞いですねぇ。これ、白ちゃんが気にするまでもなく勝手にボロ出してその内破綻してましたよきっと)

 

 

 フードの隙間から前を歩くガルドに視線を向ける。黒ウサギを引き入れ(たと勘違いし)新たな人材を引き抜けるからなのかとても上機嫌そうだ。無駄に整えた身なりが哀れにすら思えてきていた、思うだけだが。

 

 

(ま、今回の犠牲者さんを囮にしていい夢の感想でも聞いてあげましょうかねぇ)

 

 

 少々撤回、彼女がガルド程度を哀れに思う事すらなかった。元より面白そうだからと茶番を企てて迄乗った案件、同情するなどと言う殊勝な心持はこの序に期待するだけ無駄であった。

 

 そんなこんな、ガルドが色々と垂れていた高説を完全に無視して嗜好に耽っていた黒ウサギ(一週間頑なに素顔も見せず会話も最小限だった)。ふと、ガルドの視線が動いたのを察知し同じ方へと首を向けた。目線の先ははコミュニティ〝六本傷〟の経営するカフェ。そのテラスに今さっき着いたのだろう、店員にメニューを渡されている齢10程の少年一人、続いて齢14・5程の少女二人と猫一匹のグループへと至っていた。

 その中で黒ウサギは緑髪の少年にだけ覚えがあった。

 

 

(おっとっとー? これはこれは……少々面白い展開に漕ぎつけたのかもしれないのですよ♪)

 

 

 ジン=ラッセル──此方の世界の〝黒ウサギ〟が所属するコミュニティ〝名無し(ノーネーム)〟、その現状の長。そしてこの先黒ウサギが苦労を掛けにかけまくるだろう少年である。

 

 

 

 

 

 



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Yes、所謂藪蛇というやつです!

んー


「おんやぁ?誰かと思えば東区画の最底辺コミュ〝名無しの権兵衛〟のリーダー、ジン君じゃないですか。今日はお守役の黒ウサギは一緒じゃないんですか?」

(〝黒ウサギ〟という名はお守の業でも背負う決め事でもあるんでしょうかねー。いやぁ大変です)

 

 

 嫌味を隠そうともしないガルドの言葉に、背後に着く黒ウサギはそんなどうでもよい事を考えていた。因みに彼女の言うお守役は言わずもがなガルドである。別に本当にお守をしている訳でもないが。

 

 ガルドが目を付けたジン=ラッセル含む三人と一匹のグループ。前情報からして彼以外の黒髪の少女と、茶髪の少女が新しい人材なのだろうと、とりあえず観察をしてみる。

 一見して普通の人間。茶髪の子の方が何やら首に奇妙なネックレスを掛けている事以外は見た目でそこまで特別感は存在しなかった。だがこの箱庭で見た目程当てにならないものはない。

 ガルドとジンの話を聞いていれば、その二人はどうにも箱庭の外からやってきた人類らしい。ただの人が箱庭にやってくるのは、偶然迷い込むでもない限り可能性は限りなく低い。つまり、彼女達はその身に類まれない恩恵(ギフト)を宿しているのだろう。

 少なくとも、今小物感を漂わせている目の前の虎よりは黒ウサギの興味を惹くには充分な材料であった。

 

 

(ふむ、この状況であまり動じている様子もなし。お二人とも己の己の恩恵に自信を持っているのか……はたまた単に胆が座っているのか。いずれにせよこのままだと良い具合に(ガルド)当て馬(かませ)になってくれそうですねぇ。ふぁいとーなのですよー)

 

 

 事の成り行きを静観しつつ、胸の内でガルドへ精一杯の声援を送る。

 

 彼らの会話はジン=ラッセルの所属するコミュニティの現状への言及へと映っていった。しかもそれを切り出したのは箱庭に来てまだ日も跨いでないだろう黒髪の少女。面持ちからも強気な印象を受けたものだが、その印象に違わぬ人物のようだ。対して三毛猫を抱える茶髪の少女はあまり動じた様子はない。彼女曰く箱庭には『友達を作りに来た』とのことらしい。しかしながら彼女も彼女で話へ一切の関心がない、というわけではないようだ。

 

 因みに、この間黒ウサギは素顔も見せず基本黙りである。途中黒髪の少女にその存在を気に掛けられたが、ガルドが『先日入ったばかりの無口な側仕え』と軽く紹介し、彼女もそれに会釈を返しただけである。

 あくまで役作り故の対応なのだが、一行にとってこれは幸いであろう。彼女が口を開いたら一体何を口走るか分かったものではない。

 

 

「――私は本当に黒ウサギが不憫でなりません」

(ん? ……ああ、こちらの私の事ですか。むう、今後行動を共にする機会も増えるでしょうし、此方での通し名を考えた方がいいですかね?)

 

 

 ジンへの追求はいよいよ大詰めのようだ。その途中自身の名を挙げられ一瞬反応しかける黒ウサギだったが、今いる箱庭の黒ウサギの事だと分けるやそんな悩み事をしだした。もはや目の前の一行の会話など話し半分である。

 

 そんな彼女はさておき、ガルドと少女達の問答は大きな場面転換を迎える。

 

 

「事情はだいたい分かったわ。……それで? ガルドさんはどうして私達にそんな話を丁寧に話してくれるのかしら?」

「ええ――単刀直入に言います。もしよろしければ黒ウサギ共々、私のコミュニティに来ませんか?」

(あ、漸く本題に入った。と言うかこの新人二人はともかくとして、慈愛と献身で有名な月の兎をそう易々と引き入れようだなんて度胸だけは一人前ですねぇ)

 

 

 勿論この黒ウサギに慈愛だの献身だのそんな要素は、――一応なくはない。

 

 

(ま、もう今日でいい加減終わらせないと白ちゃんにも申し訳ないですからね。虎さんには最期くらい悦に浸らせて後は――)

「結構よ。だってジン君のコミュニティで私は間に合ってるもの」

(…………おやおや?)

 

 

 この茶番の締め括りについて考えている、その時だった。性能だけは無駄にいいウサギ耳で話を傍ら聞くだけ聞いていた彼女に、その言葉は一際耳に届いてきた。

 思わず顔を上げてガルドへと臆しもせず言い切った黒髪の少女を見やる。呆然とするガルドとジンを差し置いて大した澄まし顔だった。

 そして彼女の口から放たれるは、今までのガルドの勧誘の思惑を根本から一刀両断していく啖呵の数々であった。全てを捨て箱庭にやってきた、自身に絶対の自信を置く少女の意志だった。

 

 

「おおよその人が望みうる人生の全てを支払ってこの箱庭に来た私が。高が知れる小さな一地域を支配してる程度の組織の末端に迎え入れてやると。慇懃無礼に言えば魅力を感じるとでも思ったのかしら? だとしたら自身の身の丈を知った上で出直してほしいものね、このエセ虎紳士」

「……っ」

 

 

 今ここで吹き出さなかった自分を心底誉めたいと思った黒ウサギ。黒髪の少女――久遠飛鳥(くおんあすか)の言葉一つ一つの煽り方が実にお腹に来ていた。彼女へ対する好感度と嗜虐心が鰻登りである。正直もう演者ごっこなど辞めて便乗して煽り散らして手打ちにしてもいいかもしれない、という気分であった。

 

 だがそれでも黒ウサギは我慢する。彼女の予感が告げていたのだ、これからまだまだ面白くなると。

 

 因みにだがもう一人の茶髪の猫を抱えた少女――春日部耀(かすかべよう)も、飛鳥と同じく〝ノーネーム〟に所属するようだ。此方は今のところ黒ウサギの興味を強く惹くものがなかったのでついで程度の認識である。

 

 

『――で、ナフェさーん。ねっ、面白い事になりそうでしょう?』

 

 

 先程密かに首輪越しに事の次第を大雑把に伝え、目の前のやり取りを共有していたナフェに黒ウサギがほくそ笑む。

 

 

『……下らなくは無かっただけまあ許してあげる』

『ナフェさんの一デレ頂きまヒグッ!? ケ、ケホッ…ケホッ。て、照れ隠しはもう少し穏便にしません?』

『うっさい。ってか、そっちがそんな感じなら私ももうお役御免でいいでしょ? いいよね。どうせすぐにボロ出すでしょその虎』

『えー……ここまで来たんですから最後まで付き合って下さいよー』

 

 

 脳裏にブチッと通信が途切れる音が響く。恐らくフラれてしまったと内心肩を竦める黒ウサギ。この後下手をしなくてもしばかれそうだが、そんな事は思考の隅にと思考を、視線をガルドの方へと向ける。

 ワナワナと肩を震わす様は大変ご立腹な様子だった、無理もないが。ただそれでもまだ紳士的体面を崩さない辺り彼も維持になっていると受け取れた。

 

 

「お、お言葉ですが……レディ――」

()()()()()

 

 

 しかし黒ウサギはまだ手を出さない。目の前で久遠飛鳥の言葉にガルドが強制的に従わされてるような事象を前にしてもまだ動かない。否、だからこそ動かない。

 

 

(んふふー……大変結構)

 

 

 得られる快楽を彼女が見す見す逃す訳もない。

 

 

 久遠飛鳥の恩恵(ギフト)は言霊を以て対象の人物にその意思を強制させる。今観測出来るだけだとそう考察できた。尤も恩恵の発動も適用範囲もこれだけには限らないだろうとも想像はつく。

 閑話休題(それはそれとして)。恩恵によって言動の全てを縛られてしまったガルドは、久遠飛鳥の質問……という名の尋問により、黒ウサギ達が調べあげていた後ろ暗い事実――『他コミュニティの女子供を人質として彼らを従わせていた』等の全てを白昼の下に晒させられていた。証人として渦中の四人の他、ただならぬ事態に駆けつけてきたカフェテラスの店員もいる。第三者の証言もあってしまえば最早言い逃れはできまい。

 

 もしかしなくても黒ウサギとナフェの一週間が無駄になってる気がしなくもないが気にしてはいけない。

 

 

「――それで、人質に取ったと言う子供達は何処に幽閉されているの?」

「もう殺した」

(あ、空気が凍りました。比喩ですけども)

 

 

 一同が今の言葉に凍りつくなか黒ウサギは悠長だった。勿論、ナフェというやむを得ず残された特例を除く人質の全員がこの世にいない事など、彼女はとうに認知している。

 言われるがままにガルドがつらつらと喋る、『煩いから殺し、部下に死骸を食わせて処理させた』という悪辣非道、外道極まりない経緯も既知の事実である。

 

 

(うーん、これが所謂普通の反応でしょうか。私としては周りが如何せん〝アレ〟ですし、合理的見地から言えば……今は詮なき事ですね、うん)

 

「こ、この小娘があぁあああああッ!!」

 

 

 突然叫び出すガルド。どうやら体の自由が戻ったらしい。

 彼はもう人目も気にせんと自身〝ワータイガー〟としての本性を顕し、元より巨体だった身体をより巨体へと膨張させた。その様は変化した体毛も含め正に怒れる虎だった。

 黒ウサギは静かに、そして僅かに腰を落とした。

 

 

「テメェ、どういうつもりか知らねえがッ……俺の上に誰がいるか分かってるんだろうなぁ!? 箱庭六六六外門を守る魔王が俺の後見人だぞッ! 俺に喧嘩を売るってことはその魔王にも喧嘩を売るって事だぞ!? その意味が――」

()()()()()。まだ話は終わってないわ」

 

 

 久遠飛鳥の恩恵により再び口を閉ざされるガルド。しかし今度は体の自由がまだ利く。彼は激情に駈られるままに飛鳥へとその豪腕を伸ばし――

 

 

「はい、そこまでなのですよ」

『!?』

 

 

 余裕を決めていた久遠飛鳥。ガルドから彼女を守ろうとした春日部耀。まだうまく状況を呑み込みきれず当惑していたジン。そして怒りに身を任せたガルド。全員が全員、ここに来て漸く言葉を発し、明確に動いた黒ウサギに驚き、戸惑いを露にした。

 彼女はガルドと三人の間に滑り込み、彼の襲撃を易々と()()受け止めていた。その速さたるや最早神速と言っても過言ではないだろう。

 

 

「暴力はいけないのですよガスパー=ガスパー。この件は貴方の落ち度。ここは素直に退くのが最善手では?」

「ぐ、う……!? な、んだとお゛……!! ぐおっ!!?」

 

 

 ガルドの豪腕を押し返し、体勢を崩し尻餅をついた彼の首元に健脚を突き付けた。取り敢えず場を悪化させたくなければ黙っとけと言う、黒ウサギなりの気の利いた心遣いである。

 そのまま彼女は久遠飛鳥達へと向き直った。

 

「うちの頭が大変失礼を致しました。直ちに連れ帰った後、この度の件についても含め確りとけじめを付けさせて頂きます故――お話はここまでと言うことで宜しいですね?」

「なっ……ふざけッ、っ」

「……ここぞとばかりに割って入ってきて、言う事欠いて素直に引き下がれと?」

「端的に申しますとその通りですね」

 

 

 往生際の悪い虎を黙らせつつ、キッパリと尋問会を終わらせようとする黒ウサギ。それに対して久遠飛鳥の鋭い視線が返されてきた。

 

 

「それは些か虫のいい話ではなくて? 貴女、そこの外道の側仕えなのでしょう? そちらでケジメを付けると言いつつ彼を逃さないと言い切れるのかしら」

「なはは、ご冗談を。私も彼に人質を捕られやむを得ずここに籍を置いている身ですよ?」

「っ……そうなの。でもそれなら尚更この場でおめおめとお帰り頂く訳にはいかないわ」

 

 

 それから語り出すは久遠飛鳥の意志。ジンのコミュニティで〝打倒魔王〟を掲げ、どんな障害にも屈するつもりはないという固い決意。ガルドの背後に件の魔王がいると言うなら寧ろ自ら出向かんと言わんばかりの勇猛果敢さ。

 正直最後に関しては世間知らずの命知らずと思う黒ウサギであったが、同時に大きく共感も得ていた。彼女も魔王には喧嘩を売りたくて堪らない性分なのであるから。

 

 

「――なるほど。貴女方の意思は理解したのです。しかし、魔王に対する意気込みと彼の処遇を預かる事についての関係性は薄いように思えます。どちらにせよこの先ガルド=ガスパーに明るい未来など無いでしょう?」

「ええそうね。……でもね、私は彼がただコミュニティを失くしてただ罰せられるだけでまんぞくはできないわ。この外道はスタボロになって己の罪を後悔しながら罰せられるべきなの」

「ふむ、この際です。率直に申しては?」

 

 

 「それもそうね」と飛鳥は黒ウサギから、逃げ場を喪失し項垂れるだけのガルドへと視線を移す。なけなしの抵抗か恨めしそうな視線を向けてはいるが、微々たる脅威も感じさせなかった。

 そんな彼に久遠飛鳥はクスリと微笑を溢し、ただ一言簡潔に告げた。

 

 

 

「――私達とゲームをしましょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アンタねぇ……』

「んふふー。性分が合うと予想も誘導もチョロいものですねー? ささっ、明日が楽しみですよナフェさん!」

『勝手にやってろっての』

 



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