アニの使命と運命 (イグアナの眼)
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第1話_使命の果て

私は空を見上げて、頬に風を感じている。

人の気配はしない、風の音と時折聞こえる小鳥のさえずりだけがこの空間を支配している。

 

 

私はただひたすらその場に立ち尽くす。

 

何も考えたくない・・・。

 

 

それがただ現実から目を背けていることにすぎないのはわかっている。

 

でも、でも”この場所”でだけは、私が”私らしく”いることができたここだけでは、”現実”から逃れていたい。

 

訓練所と”呼ばれていた”建物があった空間の、裏であるこの場所では・・・。

 

 

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どのくらい時間が流れたのだろうか、私の瞳からは涙がずっと流れている。

 

誰も見ていないのに、私は涙が零れ落ちるのを防ぐように再び空を見上げた。

 

・・・そう、”あの夜”にアイツに泣き顔を見られたくなくて、星空を見上げたように。

 

何も考えないはずだったのに、私の頭の中にはこの場所で過ごした”自分らしい”時間が次々に浮かぶ。

 

私が泣くなんてことが許されない、涙を流す、過去を懐かしむ資格なんてないのはわかっている。

 

 

この場所を壊したのも、人が生きている証である喧騒を消したのも”私たち”だ。

 

でも私の感情は止まらない、涙が溢れるのも止まらない。

 

立っていることもできなくなり、地面に膝と両手をついた。

大声で泣き叫びたい、大声で”みんな”に謝りたい。

 

そんな感情を必死に押さえ込む。

 

・・・そんなこと許されるはずもない、泣いても謝っても”みんな”には届かない。

 

 

一瞬にも何時間にも思える時間が過ぎて、私は意地で、誰に張っているのかもわからない意地でなんとか立ち上がった。

 

 

しばらく私はまた空を見上げていた。

 

すると

 

「・・・アニ。」

 

背後から私のことを呼ぶ声が聞こえた。

 

「やっぱりここにいたんだな」

 

「・・・なんのようだい、ライナー。」

 

 

私は振り返らずに空を見上げたまま、私の名を呼んだ”戦士仲間”に応えた。

 

「明日、”故郷”へ出発するから準備しておくようだとさ。」

 

「・・・そうかい。わかったよ。」

 

ライナーの言葉に短く返答する。

 

 

「・・・やっと”故郷”に帰れるんだ。少しは嬉しそうにしたらどうだ?」

私にそう言葉をかけるライナーの声色にも、ちっとも”嬉しさ”は感じられない。

 

「・・・そういうあんたも嬉しそうにしたらどう?」

 

「・・・俺たちは”使命”を果たしたんだ。親父さんにも会えるんだぞ。」

 

言葉とは裏腹に、ライナーが悲しんでいる、苦しんでいるのが伝わってくる。

 

 

「・・・そうだね。」

ライナーの言うとおり、私たちは”使命”を果たした。

父さんにも、もうすぐ会える。

 

「これは”戦争”だったんだ。仕方がなかったんだ・・・。」

ライナーが絞り出すように言った。

 

「・・・”使命”と”戦争”、やるしかなかった、仕方がなかった、か。」

 

 

「・・・そうだよ。だからあまり自分を責めないでアニ。」

 

空を見上げたまま呟くように言葉を発した私に、違う声の主が話しかけてきた。

 

 

「。ベルトルト、怪我はもういいのかい?」

私とライナーとともに”壁の中”で”使命”を果たしたもう一人、ベルトルトだった。

 

「うん。”再生”したよ。」

 

「そうかい、よかった。」

ベルトルトにそう声をかけながらも、私は視線を空からは外さない。

 

最後の作戦でもっとも怪我を負ったのがベルトルトだった。

 

それは一番熾烈に戦線にいたことを意味する。

 

「アニ、やっと”故郷”に帰れるんだよ。」

 

「そうだね。やっとね。」

私たちはやっと”故郷”帰れる。

 

明日は待ちわびた日、のはず。

 

この日をどれだけ待っていたか、私の父さんにまた会うことができる。

 

・・・そう喜べると信じていた。

 

いや信じているように思おうとしていたのだ、私は。

 

 

「他に用件はあるのかい?」

 

「アニ・・・僕たちはっ!」

何かをいいかけたベルトルトをライナーが無言のまま視線で押しとどめる。

 

「いや、話しはこれだけだ。」

 

「明日の準備、しっかりしておいてくれ。」

 

「わかった。」

 

「あぁ、では明日な。」

 

ベルトルトはまだ何か言いたそうだったけど、ライナーが無理やり話しを終わらせてくれた。

 

ライナーは意外に気がまわるヤツなんだよ。

 

私はライナーの言葉には無言で空を見上げたまま二人が遠ざかっていくの待った。

 

 

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二人の気配が消えてしばらくした後、空を見上げていた私はゆっくりと視線を元に戻しながら、

 

 

「・・・嬉しい、はず、なんだけどね。私の”運命”は残酷だった、ということか・・・」

 

誰もいない、人間の心臓の鼓動や足音、人が生活している音が全く聞こえないこの場所で、あたかも目の前に誰かがいて、その相手に話しかけるように私は言葉を紡いでいた。

 

 

「明日、”故郷”に帰れる、こんなに嬉しいことはないはずだったのに・・・。」

私の顔にはきっと自嘲的な笑いが浮かんでいるだろう、と自分でも思いながら、そして再び涙とともに誰にも届かない言葉を口にした。

 

 

「壁の中の人類は悪魔だ!」

 

 

「悪魔は滅ぼさないといけない!」

 

 

私が”ここ”に来る前に嫌というほど聞かされた言葉だった。

 

その言葉を疑うことなく信じ、”故郷”に帰るためには、”家族”に再び会うためには”使命”を果たさなければならない・・・。

 

だから私たちはあの時躊躇なくシンガシナの壁とウォール・マリアを壊した。

 

 

”使命”のために、訓練兵団に入り”壁”を内側から壊す。

 

そのときは”使命”になんの疑いも躊躇もなかった。

 

”壁の中”で暮らし、”悪魔”と教え込まれた”壁内人間”と出会う前までは。

 

 

壁の中の人間たちは、私の、私たちが聞かされていたような”悪魔”ではなかった・・・。

 

人々は”普通の人間”だった。

ごく普通に生活し、家族がいて、友達がいた。

楽しいことに笑い、悲しいことに泣いていた。

夢を語り、恋をしていた。

 

そして、訓練兵の同期たちは、”仲間たち”は暖かった。

 

誰とも関わらない、心を開かないと私は訓練兵団に入るときに決めていた。

実際、入団当初は”氷の女”、なんて二つ名もついた。

しかし、月日が流れるうちに私の”氷”はゆっくりと、でも着実に融かされていった。

最初はうっとっしい、と感じた。

私に関わらないで、と。

 

 

・・・私はあなたたちを”裏切る”のだから。

 

 

それでも”仲間たち”は私の心に勝手に近づいてきた。

 

人を思いやるという、”仲間”を大切にするということ、”人”の心を受け入れるということ。

そのことを私は身をもって知った。

 

 

 

無愛想な私を気にかけ、人懐っこい笑顔で、時には心配そうな顔で話しかけてくれてた同室のミーナ・・・。

 

 

何も考えていないようで、実は周りのことを気にかけていた”芋女”、サシャ・・・。

 

 

”バカ”だけど、周りの人間を明るくしていたコニー・・・。

 

 

口が悪く、自分勝手そうに見えて誰よりも”仲間”を気にかけ行動していたジャン・・・。

 

 

口数は少なかったけど、温和で理知的だったマルコ・・・。

 

 

何かを私と同じように隠していながらも微笑みながら人に接していたクリスタ・・・。

 

 

いつもクリスタの傍にいて口は悪いけど優しさが隠し切れなかったユミル・・・。

 

 

何を考えているかわからず、ただ化けの物じみた力をもっているだけの女かと思ったら、強い優しさで周りの人間を包んでいたミカサ・・・。

 

 

バカみたいに”巨人を駆逐する!”なんてほざいていたけど、向上心のかたまりで、信念をもって行動でき、まっすぐな心で相手に接し、暖かい心で人を包み込んでくれた、”死に急ぎ野郎”エレン・・・。

 

そして・・・

 

弱いし、か弱いし、兵士には全く向いていないように見えて、その類まれなる頭脳と根性で”人類”を、”仲間”を、・・・そして”私”までを、最後の最後まで守ろうとした、私を多くの優しさと”愛情”で包み込んでくれた、私にとって”最愛の人”アルミン・・・。

 

 

 

”氷の女”と呼ばれ、心を消して日々を過ごしていた私に、”心”を取り戻してくれた”仲間たち”。

 

そんな”みんな”を私は、裏切ったのだ。

 

 

“壁”を壊し、巨人を呼んだ。

 

 

・・・私の手も真っ赤に血で染まっている。

 

 

 

何度ももう止めたい、と思った。

 

 

でも”戦士としての使命”が私を離してはくれなかった。

 

 

そして、”壁の中の人類”は滅びた。

 

 

 

”故郷”に帰るため、”家族”を守るために、私は”仲間”を裏切り、この手で命を奪った。

 

 

きっと、”故郷”に帰れば、私たち3人の”戦士”は”英雄”扱いされるのだろう。

 

 

憎っくき”悪魔の末裔”、”悪魔”である壁の中の人類を滅ぼしたのだから。

 

 

私たちは”復讐”を成し遂げた。

 

本当にそうなのだろうか?

 

”悪魔の末裔”は”悪魔”なのか?

 

 

生まれたときから”悪魔”な人間なんていない。

 

 

その”復讐”は何の罪もない多くの人間の命を、未来を、笑顔を奪ったのだ。

 

 

・・・終わってからこんなことを考えても仕方のないことだとわかっている。

 

 

 

昔に酷いことをされたから、”復讐”する。

 

 

では、今回の”使命”は酷いことではなかったのか?

 

 

最後の最後まで、死に急ぎ野郎やアルミンは私たち側との和解の道を探してくれた。

 

 

多くの”仲間”を失い、怒りの感情が渦巻いているときでも、今ある命を、そしてこれからの命を大切に考え、”血で血を洗うようなことを繰り返さないように考え、行動してくれた。

 

 

でも、それを”私たち”側の人間は利用し、結果”だまし討ち”のような形で最後の戦いを起こし、”復讐”を成し遂げたのだ。

 

 

ライナーとベルトルトと私は、その”最後の戦い”には反対した。

 

・・・でも、結局止めることができなかったからには、私たちも”同罪”だ。

 

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どのくらい時間がたったのか・・・。

 

ここにきた時は、頭上にあった太陽が夕日となって沈もうとしている。

 

 

ここにいる間、私の頭の中を色々なことが駆け巡った。

心が暖かった日、遠く感じる想い出。

 

その全てを私が壊してしまったのに。

 

・・・おかしいね、明日”故郷”に帰れるというのに、父さんに逢えるというのに。

苦しかった”使命”を達成したというのに。

 

これっぽちも嬉しさも達成感も沸いてこない。

 

今、私の心にあるのは、悲しさと罪悪感、そして”仲間”と”愛する人”を失くした【喪失感という絶望】だけ・・・。

 

 

・・・こんなはずじゃなかった。

 

 

「私は何のために生まれてきたの?」

そう呟くように口から言葉にしてしまうと、私の涙腺は我慢してくれなかった。

とめどなく涙が流れる。

 

「ごめん、ごめんなさい・・・。ごめんさない ”みんな”、ごめん・・・。」

再び私は立っていることもできずに、両膝と両手を地面について泣き崩れる。

 

口にしない、口にしてはいけないと思っていた謝罪の言葉が口から溢れ出る。

 

夕日も沈み、うっすらと暗闇が辺りを包み始めたころ、やっと私の涙は止まってくれた。

・・・枯れ果てたというのが正しいか。

 

なんとか身体を持ち上げるように立った。

 

 

本来なら明日の出発の準備をしないといけないのだろう時間になっていた。

 

 

でも、私は準備などする気になれなかった、いや、する気がなかった。

 

私は”戦士”ということ、”使命の枷”から逃れられなかった、逃れようとしなかった。

私は”運命”に負けたのだ。

 

人々の大切なもの、命を奪って”使命”を果たした。

私の心には喜びや達成感ではなく、”罪悪感”だけが刻まれた。

 

そんな私が”故郷”に帰り、父さんと再会して、幸せな人生を過ごす・・・。

そんなことが許されれるはずもなく、私自身が許すことはできない。

 

私は耐えられないだろう、きっと私は壊れてしまう。

 

私は”幸せ”に”生きる”なんて”資格”はない。

 

それが私の人生、”運命”だったのだ。

 

 

それであれば、私はその”運命”に少しでも最後は抗うことを選ぼう。

 

”運命”からの”逃げ”なのかもしれない。

 

 

でも、この先の”心の苦しみ”だけが待っている”人生”を、私は受け入れる勇気も強さもない。

・・・か弱い乙女なのさ。

 

「お父さん、ごめんなさい・・・。」

こんなことをしても、なんの償いにもならないことはわかっている。

 

 

でも、私にはこれぐらいしか思いつかない。

 

 

”みんな”に、そして”アルミン”に赦してもらえるはずもないのもわかっている。

 

ただの自己満足だということも。

 

ううん、ただの”逃げ”、さ。

 

 

私は懐のポケットからナイフを取り出す。

 

「どうして、何のために私は生まれてきたのだろう。」

 

 

もう一度私は”運命”を呪う言葉を呟く。

 

”違う運命”はなかったのか。

 

何かが”違えば”、私は生まれてきたことを呪うのではなく、生まれてきたよかった、と思えたのだろうか。

 

考えても仕方のないことを思いながら、私はそっと、ナイフを自分の首の後ろ、”うなじ”にあてた。

 

心臓を突き刺そうとも思ったけど、”巨人”らしく死に逝く方がいいような気がしたから。

 

「お父さん、ごめんなさい・・・。私は帰りません。」

 

「”みんな”、ごめんね。」

 

「アルミン・・・、本当にごめん・・・。」

 

 

最後にもう一度、謝罪の言葉を口にして、罪悪感と、でもどこか安堵した気持ちに包まれながら、 ナイフを握った手に力を入れて、真横に”削ぐ”ように動かした。

 

 

 

 

私は感じるはずのない”時間の流れ”を感じた。

 

 

・・・私はもう”消えた”はず。

 

 

でも確かに”時間の流れ”があった。

 

 

その時間の流れが、とてもゆっくりに感じた…

 

そして目の前が白い光で包まれた。

 

 

どこからか、いや私の頭の中に響くように声が聞こえた気がした…。



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第2話_異なる運命のはじまり

「アニ・・・」

はっきりと私の呼ぶ声が聞こえる・・・。

 

「・・・アニ、起きなさい!!」

今度は身体を揺らしながら、その”聞き覚え”がある懐かしい声が再び聞こえる。

 

 

「えっ」

私は飛び起きた。

 

「もう、本当にアニは朝が苦手だな。早く起きなさい」

 

目の前にいたのは・・・

「・・・お父さんっ」

会いたかった、”父さん”だった。

 

訳がわからずしばし呆然とする。

 

「お父さんっ・・・、会いたかった・・・」

私の瞳から自然に涙が溢れ出す。

 

「アニっ、どうしたんだい?」

父さんは驚きながらも、優しく私の頭をなでてくれる。

 

「・・・。お父さん、お父さん・・・」

何が起こったのか、これは”夢”なのか、”死後の世界”なのか・・・。

私の頭は全く動いてくれないけど、とにかく目の前に父さんがいる・・・。

そのことがただただ嬉しくて涙を流し続ける。

 

「本当に今日はどうしたんだい、アニ・・・」

 

「・・・、お父さんっ・・・」

 

「怖い夢でも見たのか?でも大丈夫だよ、父さんがいる・・・」

そう言って、また私の頭を撫でてくれる・・・。

 

これは本当に”幻”ではないのか、私は”死んだ”はずなのに・・・。

私は自分の身体を触ってみる。

確かにここに存在している、少なくても感触がある。

 

私は”生きている”のか?ここは?

どういこうことなんだろう・・・。

 

・・・そのいえば”あの時”なにか声のようなものが聞こえた気がする。

 

私は父さんの温もりを感じながら、ひたすら考えていると、

 

「落ち着いたか?」

父さんが優しく声をかけてくれる。

私はなんとか涙を止まったのを感じて、その言葉に頷く。

 

「よかった・・・。そしたら起きて朝ごはんを食べよう。もうできているよ。」

 

とにかく起きよう、それから色々考えよう、今は”幻”でも父さんがいることを喜ぼう、と思って寝ていたベッドから立ち上がろうとした時、

 

「早くしないと”アルミン君”たちが迎えにくるぞ。」

 

父さんの口から信じられない言葉が私に掛けられた。

 

「お父さんっ!、今なんて・・・!」

私は思わず声を荒げて父さんに聞き返す。

 

「うん?、今日は”アルミン君”たちと出かけるって言っていたじゃないか。」

 

私は絶句した。

父さんの言っていることが理解できない・・・。

なぜ、父さんの口から”アルミン”という名前が当然のように出てくるのか?

 

いや、それ以前に私はなぜ生きているのか、なぜ父さんが目の前にいるのか?

ここはどこなのか?

頭の中に疑問ばかり浮かんでくる・・・。

 

「どうしんだい、アニ。具合でも悪いのかい?」

父さんが心底不思議そうに私の顔を見つめながら問いかけてくる。

 

私は考えを全く整理できず、言葉を発することもできず黙り込んでしまう。

 

「・・・本当に具合が悪いなら寝ていなさい。アルミン君たちには父さんが謝っておくから。」

父さんが私の様子を見て心配そうに話しかけてくれた。

 

「ううん、大丈夫・・・。」

私はなんとか首を横にふりながら、父の心配をとにかく否定した。

 

「・・・そうか。ならよかった。でも無理はしたらだめだぞ。」

 

「うん・・・。」

 

まだ私は混乱していたが、父の言葉に今度は頷いた。

 

「まぁ、今日のこと楽しみにしていたんだから楽しんできなさい。」

父さんは少し安心したように、微笑みながら言った。

 

「さぁ、ご飯を食べて準備しなさい。」

そういって部屋から父さんが出て行く。

私は訳がわからないながらも、今度こそ立ち上がってその後ろをついて部屋から出た。

 

 

私は父の後をついて歩きながら必死になって状況を整理する。

・・・私は生きている。少なくても意識はある。

父さんがいる。一緒に住んでいるらしい。

ここは家?

 

でも私の”記憶”の中にはない家だ。・・・”懐かしい”感じがするのは不思議だけど。

 

一番の疑問は、父さんが”アルミン”を知っているということ。

 

色々な疑問に答えは出ないまま、父さんと食卓についた。

父さんが目でそこに座りなさいと合図を送る。

私は静かに頷いて、椅子に腰かける。

机の上にはパンとサラダがのった皿があり、父さんがスープをよそってくれる。

 

 

「ありがとう・・・。」

父さんが私の前にスープを置いてくれた。

私は父さんにお礼を言う。

混乱はしているけど、今この瞬間に父さんがいる、そのことは私の心を少し暖かくしてくれる。

 

 

「早く食べて、アルミン君たちと出かける準備をしないとな。」

父さんが私を心配して、優しく声をかけてくれる。

 

「うん・・・。」

 

「こんな狭い”壁の中”にいるんだ、仲間たちと遊ぶところも少ないけど楽しんでおいで。」

 

アニ「えっ・・・」

さっきから父さんの言葉には驚かされてばかりだ・・・。

 

ここは”壁の中”なんだ。

 

「本当に今日は様子が変だけど大丈夫かい、アニ?」

驚いて声を失くしている私を心配してくれる父さん。

 

「・・・ううん、大丈夫だよ。」

父さんにこれ以上心配かけないように、ぎこちない笑顔を作って言葉を返す。

 

「ならいいのだが・・・。とにかくご飯を食べて準備しないとな。」

 

「うん、いただきます。」

私は食事をしながら頭の中の整理を続ける。

 

・・・ここは”壁の中”らしい。

 

”今”はいったい”いつ”なんだろう・・・?

 

私は”あの時”、死んではいないみたい。

 

・・・私は”アルミン”とどんな関係なんだろう。

 

”戦士”としての”使命”は・・・。

 

 

・・・とにかく、情報が少ない。

なんとかして情報を集めないと。

 

「アニ?本当に大丈夫かい?」

父さんの呼びかけに意識を目の前に戻すと、父さんが不思議そうな顔をしている。

 

「もうスープは入っていないぞ。」

手元に視線を向けると空になったスープ皿を私は必死になってすくっていた。

 

「・・・ごめんなさい、大丈夫。ちょっと考えごとしていたから。」

私は慌てて父さんに釈明する。・・・ちょっと恥ずかしい。

 

「本当にアニはしっかりしてそうで、うっかりさんなんだな。」

父さんが笑う。

 

父さんの笑顔を見て、私も少し微笑んだ。

 

「さぁ、食事がすんだら準備を急ぎなさい。もう時間ないぞ。」

 

「うん・・・。ごちそうさま。」

父さんが私の前の食器も片付けて、洗いはじめようとする。

 

「私も手伝うよ。」

席を立って父さんに近づきながら言うと、

 

「いいよ、準備しなさい。もう”アルミン君たち”くる時間だぞ?」

 

「・・・うん。」

父さんはどこか嬉しそうにそう言って、私を制した。

 

私は父さんの言葉に従って、自分の部屋(らしい)に戻って着替えることにする。

 

 

今からアルミンと会う、らしい。

 

怖い・・・。

 

私は一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。

 

アルミンとエレンたち”仲間”を死においやった”記憶”が蘇る。

 

アルミンは”覚えている”のだろうか・・・。

 

怖い。

 

・・・でも会いたい。

 

部屋に戻り、クローゼットの中の”見慣れない服”からちょっと小奇麗な服を選び袖を通していると、

 

「アニ!早くしなさい。”アルミン君”たちが迎えにきたよ!」

父さんの呼ぶ声が下から聞こえた。



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第3話_動き出す運命

「アニ、おはよう。」

懐かしい、私が見たかった顔に微笑みを浮かべてアルミンが声をかけてくれる。

 

「――――っ」

その笑顔を見た瞬間に私の瞳から涙が溢れ出す。言葉が出ない。

様々な感情が頭の中を駆け巡る。

 

「おい、アニどうしたんだ!」

「アニ、どうかしたの?」

私の様子に驚いて、アルミンの後ろにいた二人、エレンとミカサが心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「アニ、大丈夫かい。」

目の前にいるアルミンも心配してくれている。

 

「・・・、大丈夫。ちょっと眩しくて。」

私はとっさに見え透い嘘をついて誤魔化そうとする。

 

 

「なら、いいんだけど。具合悪かったりしない?」

 

「うん、本当に大丈夫。ありがとう…。」

アルミンは私の言葉を信じたわけではないだろうが、それ以上は涙については触れてはこなかった。

 

「アニが大丈夫なら、さっさと行こうぜ。」

「うん、そうしよう。」

エレンとミカサもアルミンが追及しないので、それ以上私の涙を話題にすることはなかった。

これからの外出に向けて楽しそうな声色に変わった。

 

「そうだね、今日はアニが楽しみにしていた買い物にいくんだから。」

アルミンも再び私に笑顔を向けながら、”以前”と同じ優しい声色で声をかけてきた。

 

「といっても”シガンシナ”の街だからたいしたことねえけどな。」

エレンも笑いながら私のほうを向いた。

 

「うん・・・。」

私はそのアルミンの笑顔と言葉に、嬉しさと”罪悪感”を感じながらも返事をして、アルミンとエレン、ミカサの顔を見る。

そこには確かに3人が生きていた。

息をしている、笑顔を向けてくれる、声をかけてくれる。

戦士の私たちが、私が奪ってしまったものがそこにあった・・・。

 

「やっぱり元気ねえぞ、大丈夫かアニ?」

「うん、やっぱり心配。」

私が再び黙って考え込んでしまったのを見て、エレンとミカサが心配してくれる。

 

「ううん、大丈夫。ごめんなさい・・・。」

そんな二人に私は、何に、どんなことに向けてか分からない、ずっと言いたかった謝罪の言葉を口にした。

 

「まぁ、とにかく出発しようよ。」

アルミンは私の様子を見て心配しながらも、歩きだした。

それを見てエレンとミカサも歩き出す。

 

 

アルミンとエレン、ミカサの後を少し離れて私は歩く。

 

まだわからないことが多いけど、私は今の状況を整理しようとする。

 

 

ここはアルミンやエレン、ミカサたちの故郷のシガンシナ区らしい。

まだ、【壁】は破られていないみたいだ。訓練兵団にも入っていない。

ということは、戦士の私たちが壁を壊す前なのか。

 

そしてアルミンたちは”以前”のことは覚えていないみたいだ。

私とアルミンたちは幼馴染のような感じなのかな。

少なくても仲は良さそうだ。

 

 

必死になって考えて歩いていると、

「あっ!」

私は何かに躓いてしまったようだ。転んで手と膝をついてしまった。

 

「アニ!大丈夫?」

少し前を歩いていたアルミンが慌てた様子で駆け寄ってきれくれた。

 

「もう、今日は本当にアニらしくないね。気をつけてよ。」

やっぱり、アルミンは優しい。

微笑みを浮かべ言葉をかけながら、私に手を差し出してくれる。

 

「ありがとう・・・。」

私もできる限りの笑顔を浮かべてアルミンの手をとって立ち上がろうとする。

 

「えっ!」

アルミンの手を取った時だった。

私の中から何かがアルミンに向けて流れ込んでいく、そんな感覚におそわれた。

私の手からアルミンの手に白い光のようなものが流れ込んでいく、そんな風に私には見えた。

 

アルミンも何かを感じたように、驚いている。

 

ほんの数秒のことだったけど、私には数時間に感じた。

 

アルミンの表情が変わった。

それは驚きと、悲しみに溢れているように私には見えた。

 

「アニ・・・。」

アルミンが少し震える声で私の名前を呼んだ。

 



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第4話_罪悪と恐怖

その表情と声色で、私は悟った。

アルミンは思い出したのだと。

 

そう、”以前”のことを。

 

 

「ア、アルミン・・・」

私は何とか目の前にいるアルミンに向けて言葉を捻りだすようにその名を呼んだ。

 

 

「・・・・・・」

アルミンは何も言葉を発せずに私を見つめている。

 

 

「アニ、大丈夫か?」

「アルミン、どうかした?」

膝をついたまま止まっている私と、黙ってしまったアルミンを心配してエレンとミカサが駆け寄ってきた。

 

 

「わ、私はだい、」

「・・・アニが怪我してしまったみたいだから、一度アニの家に戻って手当てしてくるよ。だからエレンとミカサは先に行っておいて。」

 

私は大丈夫、と言いかけた私の言葉を遮るようにアルミンがエレンとミカサに答える。

 

やっぱりアルミンは思い出したんだ・・・。

私たちの過去を。

 

 

「本当かよ、大丈夫なのか?」

「なら、私たちも一緒に戻ろう。」

アルミンの口から出た怪我という言葉を聞いて、エレンとミカサも心配そうな表情を浮かべてくれる。

 

「いや、僕一人で大丈夫だよ。二人は先に行ってお昼ごはんのいいお店でも見つけておいてよ。」

アルミンは優しくも、どこか有無を言わさない口調で二人の申し出を断る。

 

「・・・」

私は色々なことが頭の中を駆け巡っていたが、アルミンの言葉に同調するように静かに頷いてみせた。

 

 

「アルミンがいうなら・・・。」

「わかった。」

エレンとミカサの二人もアルミンのいうことなら、という感じで同意した。

 

「じゃあ、よろしくね。後で追いかけていくから。」

そのアルミンの言葉にエレンとミカサが頷いて、私たちから離れていく。

私はただ黙って二人の後ろ姿を見送った。

 

私はゆっくりと、そして唇が乾くのを感じながらアルミンの方に向き直る。

 

「アニ・・・」

アルミンもゆっくりと私の方に、なんとも言えない悲しみの色を浮かべた顔を向けて私の名前を呼んだ。

 

 

「アルミン・・・」

私はアルミンの名前を呼んだ。

罪悪感とある種の恐怖感に苛まれながら。

 

「アニ・・・」

アルミンはもう一度私の名前を呼んだ。

 

「わ、私、」

「アニの家の裏で少しゆっくり話そうか・・・」

私は必死で言葉を発しようとしたが、アルミンがそれを遮り、ゆっくりと歩き出した。

 

 

「・・・・・・」

私はアルミンの後ろを静かについて歩く。

アルミンも黙ったままだ。

 

会いたかったアルミン・・・。

謝りたかったアルミン・・・。

 

そのアルミンが目の前にいるのに。

私は恐怖と焦りで何も言葉にすることができず、ただアルミンの後をついていくことしかできない。

 

 

沈黙の時間が無限に続くかと思われたけれど、私とアルミンは私の家裏の木陰についた。

 



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第5話_流れ始める時間

前回の更新から時間がたってしまいました。
今回は短いですが、マイペース更新で続けていきますのでよろしくお願いします。



「アニ・・・。」

 

木陰についた私たち、先に言葉を発したのはアルミンだった。

歩いているときは前を向いて、私の方を見ていなかったアルミンがゆっくりと振り返り、私の目を見ながら。

 

その表情は険しく硬い。

 

そう、だよね。

 

私はアルミンを裏切り、騙した。

そして、結果的に命を奪った。

 

そんな私が目の前にいるんだ。

憎くて、憎くてたまらないはずだよ。

 

今更、謝ったとしても・・・。

もう一度“笑顔”を見たい、なんてあの時、“うなじ”を自分で切ったときに願った私は甘いんだ。

 

 

「アニは”覚えて”いるんだよね?」

呼びかけられても、何も口にすることができないでいた私にアルミンが探るように言った。

 

「・・・、うん。」

その問いかけに私は短く、アルミンの顔を見れずに俯いて答えた。

 

「そう、やっぱりね。」

私の肯定に返ってきたアルミンの言葉には抑揚がなかった。

私の身体が恐怖で震えはじめた。

 

 

怖い、言葉を発するのが。

怖い、アルミンの顔を見るのが。

 

 

・・・怖い、アルミンに憎悪を向けられるのが。

 

それが仕方のないこと、当たり前のことだったとしても。

 

 

氷の女、と呼ばれていた私に笑顔を向けてくれたアルミン。

 

そんな私を受け入れて、話しを聞いてくれたアルミン。

 

私が愛したアルミン。

私を愛してくれたアルミン。

 

・・・最後まで私を守ろうとしてくれたアルミン。

そして、私が裏切ってしまったアルミン。

 

そのアルミンが目の前にいる。

 

やっぱりアルミンの顔を見ることができない・・・。

 

アルミンの私を見る目が憎悪に染まっているのを見たら・・・。

私の心が耐えられない。

 

私が最後に見たアルミンは・・・。

疲れて悲しんでいたけど、私に

「大丈夫だよ。」

と、笑顔を向けてくれた。

 

 

でも、私は大丈夫ではないと感じていた。

いや、わかっていたのだ。

 

 

私がアルミンに伝えた話しは【デタラメ】だと。

 

どうして私はあの時、アルミンに感じたことを伝えなかったのだろう。

 

どうして私はあの時、笑顔で私の元から”話しあい”にいくアルミンを止めなかったのだろう。

 

私が“戦士”だったから?

 

 

 

あの後何度も自問し、答えがでなかったことが再び頭を駆け巡る。

時間が止まったような感覚を打ち破ったのは、やはりアルミンの声だった。

 

 

「アニは・・・。どうするんだい?」

「いやどうしたいの?」

さっきの抑揚のない声色と違い、少し暖かい感じがした声だった。

 

私はその暖かさに少しだけ、ほんの少しだけ都合のいい期待をしながら顔を上げ、アルミンに視線を向ける。

 

そこには、困ったような表情を浮かべんながらも、私の方を暖かく見つめてくれているアルミンの顔があった。

 



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第6話_今の私

またまた更新の久しぶりになってしまいました。
少しずつでも書いていきます。


「私は・・・」

 

アルミンの顔を何とか見ながら私は言葉を発しようとした。

でも、何を言ったらいいかわからない。

私はいったいどうしたいのだろうか。必死になって考えをまとめる。

 

・・・もう二度とあんなこと、あんな思いをしたくはない。

 

 

私のことを大切に想い優しく接してくれた仲間を、大切な”アルミン”を・・・

 

仲間に嘘をつくこと、裏切ることの苦しさ。

 

人の命を奪ったときの悲しみと罪悪感。

 

そして、仲間や大切な人“アルミン”を失ったときの絶望感。

 

もう、私は嫌だ。

あんな思いをするのは。

 

 

私の言葉を、静かに、強い光を宿しているけど暖かい目で見つめながら待っているアルミンに視線を向けた。

私は自分の思いをはっきりと言葉にする。

 

 

「私はもう間違いを繰り返さない。」

 

 

アルミンが息を呑むのがわかった。

私はアルミンの瞳を見つめながら言葉を続けようとする。

色々な感情が溢れ出して、涙も溢れ出してしまう。

アルミンはそんな私をじっと暖かい目で見てくれている。

 

だめだ、ちゃんと言葉にしないと。

 

「私は、もう”使命”に縛られない。」

「私は、私は・・・、」

 

なんとか言葉を続けたけれど、嗚咽が止まらない。

言葉を紡ぐたびに、私の頭の中に“昔”の出来事が走馬灯のように駆け巡る。

 

「私は・・・、もうみんなを裏切らない。」

 

サシャの食べ物を目の前にしたときの笑顔。

 

 

「私は・・・、みんなを守りたい。」

 

ミーナの心配そうに私を見つめる顔、楽しそうな笑顔。

 

 

「私はもう仲間が、みんなが死ぬのを見たくない。」

 

クリスタの寂しそうな笑顔、恐怖にゆがんだ顔。

 

“仲間”たちの顔が次々と浮かび、苦しさと罪悪感で心が潰れそうになりながらも必死に言葉を続ける。

 

”使命”を達成した後、ずっと胸に秘めていた想い。

あの、”最後”の、自分でうなじを切ったときに願ったこと・・・。

それを言葉にするんだ、アルミンに伝えるんだ。

 

赦してもらないかもしれない。

でも、私はアルミンに伝えたい、伝えないといけないんだ。

 

止まらない涙を無視して私は言葉を絞り出す。

 

 

「私は・・・、私はみんなに謝りたい・・・。」

 

 

 

そして、私は意を決して最後の想いを言葉にしてアルミンに伝える。

 

 

「私はアルミンと一緒に生きていきたい・・・。」

 

 

その言葉を口にした瞬間、私はその場に膝をついて、声をあげて泣いた。

 

 

 

「アニ・・・。」

ずっと、しずかに私の言葉を聞いていたアルミンが、ゆっくり私に近づいてきた。

アルミンの声を聞いて、私はぎこちなく顔を上げて、恐々とアルミンの顔を見つめる。

 

そこには私がよく知っている、やさしいアルミンの微笑みがあった。

 



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