暗殺教室 28+1 (水野治)
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3月
第0.1話 導入の時間


タイトルにある通り導入部です。特に進展はしないです。
あと10話ほどで原作1巻の1話に入ります。

雪村先生と関わった2週間です。
雪村先生がE組メンバーと関わっていた時期が原作では明確になっていなかったので文中にありますが、卒業式終了後としています。この理由は後に詳しく解説したいと思います。


 ~渚視点~

 僕が通っている椚ヶ丘中学校は進学校だ。それもただの私立の進学校とは違い"超"が付くくらいに教育が徹底されている進学校。

 

 授業のレベルが高いことはもちろんだが、明らかな違いがあるのは「E組」と呼ばれるクラスの存在だ。

 エンドのE組と呼ばれ、このクラスに行きたくない、優越感に浸っていたいという意識から生徒たちは勉学に勤しむ。

 

 もちろん僕だって行きたくない、堕ちたくないっていう思いから必死に勉強しテストを受けたがダメだった、無理して中学受験をして自分に見合わないレベルにいたことのツケが回ってきてしまい、E組落ちが決定した。

 担任の先生からはお前の顔を見なくてよくなるのが唯一の救いだとか、クラスメートからは今までとは180度違う言葉を吐かれた。

 

 家に帰ると母さんからありとあらゆる言葉で罵倒され、この先どうすれば良いのかなと色々と話されたが何一つ頭に入ってこなかった。中学二年生、年齢にすると14歳にして人生の落伍者の烙印を押されてしまったのだ。そうやすやすと立ち直れるものではない。

 

 そして今日がクラス替えの日である。椚ヶ丘中学校の場合卒業式終了後進級前にクラス替えを行う。そこで改めて格差というものを認識するのだ。

 僕は今本校舎から1㎞離れた旧校舎へと歩いている。クラスにどんな人たちがいるかわからない、クラス替え特有のドキドキ感は多少あるが憂鬱な気持ちが勝ってしまっている。早めに家を出たということで特に誰と会うこともなく旧校舎に到着し、教室に入ると僕は驚いた。そこにはE組とは程遠い人がいたからだ。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 いかん、早く着きすぎてしまった。そう考えながら自分の座席で鞄の中身を整理していた。

 だってさ、クラス替え初日だよ?早く学校行こうとか思うじゃん。学年末テスト後に貼り出されていたE組行き名簿を見るに面白そうなやつが多いクラスだと思ったし、何より仲が良い友達が少なくとも5人はいるんだ。

 

 早く誰か来ないかなんて思いながら持参した本を読んでいたら教室の戸が開いた。すぐにそちらに目をやると口をポカンと開けて立っている男子がいた。

「おっす、これからよろしく」と声をかけると、ゆっくり口を開いて南雲君だよね?と確認をとられた。

 

「おっ俺のこと知ってる感じ?」

 

「知らない人の方が少ないと思うけど…それにここにいるはずがない人だから…」

 

「そんなに俺有名かなー…ていうかここにいるはずないって面白いこと言うのな。名前なんて言うの?」

 

 そう尋ねると男子は潮田渚だよと自己紹介した。

 

「渚か、これからよろしく。改めて自己紹介すると南雲純一だ、名字、名前好きな方で呼んでくれ」

 

 じゃあ…南雲君でと渚は言った。

 

「渚は俺のことここにいるはずないって言ったけど、そんなことないぞ。他の人たちと同じで成績・素行不良と見なされたからここにいるんだから」

 

「そうだよね…ごめん…」

 

「いいっていいって、それより話しようぜ。一人で寂しかったんだよ」

 

 それから渚と漫画、映画など色々と話をした。ていうか可愛い顔してソニックニンジャ好きなのな。 やっぱり男なら世界を救う孤独のヒーローとかに憧れるよな。

 始業のチャイムがなる10分前くらいに結構な人数が教室に入ってきて自分の座席に座り始めた。渚もそろそろ先生来るからと自席に戻っていった。

 

 俺の座席は出席番号順的に一番後ろなので教室全体を見渡すことができる。その特権を生かし全体を見るとやはりほぼ全員浮かない顔をしている。そりゃそうだよなと思いつつ、知り合い5人がいることもしっかりとチェックした。

 そのとき教室に女の先生が入ってきた。クラスにいる全員は同じ事を思ったはずだ。"そのシャツ何!?"と。

 

 

――

 

 

「これから君たちと一緒に勉強していく雪村です、1年間という短い時間だけどよろしくね」

 

 と、雪村先生は軽い自己紹介を終えて、今後の予定を語り始めた。クラスのみんなは配られたプリントに目を通しつつ先生の話に耳を傾けていた。

 雪村先生はたぶん、いや絶対に優しく良い先生だと感じた。その考えを持ったのは俺だけじゃなくクラス全体が同じく感じたのだろう、さっきまでの強張った顔から固さが取れている顔になっていた。

 

 進級初日は授業がなく、教材配布や今後の説明だけ行われ午前中には学校は終わる。

 明日からは通常通り授業が行われるが、まずは今日をどう過ごすかを考えた。家に帰ったら何をするかなと考えていると出席番号順にクラス全体への自己紹介が始まっていた。

 出席番号1番の赤羽は現在停学中らしく2番の磯貝からだった。…こいつ絶対にイケメンだなと思う完璧な自己紹介だった。

 順々に自己紹介をしていき、ついに俺の番がきた。雪村先生に南雲君と呼ばれ、ハイと返事をして俺はその場に立ってクラス全体を見ながら話した。

 

「南雲純一です、興味を持って何でも取り組んでいこうと思います。これから1年間よろしくお願いします。」

  と短く挨拶するなかで5人に目を合わせると、気まずい1人を除いて4人は何となく挨拶的なのを返してくれた。

 俺の出席番号の次の狭間が自己紹介しているなか、俺はその1人と今後どういう接し方をすればいいかを考えていた。

 

 

 

 

「それじゃあ今日はこれで終わります。みんな寄り道とかしないで家に帰るんだよ」

 

 そう優しく雪村先生は言ったあと終業の挨拶をしてみんな鞄を持って帰り始めた。俺はすぐに鞄を持って5人の内の1人に声をかけた。

 

「岡島!久しぶり!」

 

「純一!お前がここにいるのまじでビックリだぞ」

 

 そうか?と俺は笑いながら答える。

 

「そうだよ。教室に入って渚と話してるやつを見たらお前なんだもん。」

 

 会話に入ってきた前原がオーバーリアクション気味に話し始めた。

 

 そのまま3人で話に花を咲かせながら帰った。

 ここで説明をするが俺と岡島と前原はE組に入る前から仲がいい。前原は中学校からだが岡島とは小学校からの付き合いだ。俺の家が父子家庭ということで運動会などの学校行事のときはいつも岡島家にお世話になっていた。

 前原とは1年のときに同じクラスでそのときに仲良くなった。当時のクラスの女子が俺たち2人をイケメン二人組と言ったのがきっかけでそこから遊ぶことなどが多くなった。

 他のE組の人たちで話をしたことがあるやつは多くいるが、仲が良いと言える男子は現時点ではこの二人である。

 

 3人でバカな話をしていると帰りが別れるところまで着いた。

 

「じゃあ、俺ここまでだから。また明日」

 

 

「「おう、また明日なー」」

 

 久しぶりに話をしたなーと若干にやけながら家に帰る。先生もクラスメイトも良いやつばかりで明日から楽しみだなと思いながら俺は家の鍵を開けた。

 

 




主人公プロフィール

南雲純一(なぐも じゅんいち)

出席番号 : 18番
誕生日 : 8月5日
身長 : 178㎝
体重 : 70㎏
得意科目 : 国語、英語
苦手科目 : 社会
百億円獲得できたら : クラスのみんなで山分け

見た目については短髪のイケメンを想像してください。設定、最終構想ちゃんと練りましたが明確なビジュアルまで考えませんでしたので申し訳ないです。

その他不明な点ありましたらご指摘お願いします。又作者は北海道出身なので北海道弁など聞き慣れない言葉がありましたら答えるようにします。


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第0.2話 相談の時間

 クラス替えから数日がたち、徐々にクラスメイトも互いに打ち解けてきたのかクラス全体の雰囲気も明るくなってきた。それでもE組という負い目からかどこか暗い感じが、授業で当てられたときに答えられなかったときなどはズンとクラスが沈む感じがあった。

 雪村先生は明るく接してくれているが、エンドのE組というレッテルを持った生徒は自信などなくその明るさが返って空回りしさらに雰囲気が暗くなるという悪循環にもなっていた。

 

 俺はというと関係が気まずくなっている1人といまだに話せてないという焦燥感から授業に身が入っていない。

 岡島、前原はもちろんのこと、野球仲間である友人。1,2年生時に同じクラスで比較的話をすることが多かった速水とはE組に来てからも問題なく接することができた。

 

 ただ、中村莉桜とは一言も話せていない。

 小学生のときに天才小学生と呼ばれていた彼女は始業式、終業式など毎回何らかの表彰を受けていた。テストで解けなかった問題で盛り上がってるときに寂しそうな目でこちらを見ていた彼女に話しかけたのが仲良くなったきっかけだった。

 普通がよかった、普通になりたいと言っていた彼女は当時小学生だった俺たちの誰よりも大人だったと思う。そんな彼女とテストの話はあまりできなかったが休み時間に一緒に遊んだり、休日に映画を観に行ったりなど楽しく過ごした。

 小学6年生になったときに椚ヶ丘中学校を受験するという話を聞いてそれなりに頭のよかった俺は1人じゃ寂しいだろ?と岡島も誘って3人揃って中学受験をした。

 3人の合格が決まったときには3人の家族でご飯を食べに行くくらい祝福されたし俺たちも喜んでいた。

 

 そして椚ヶ丘中学校の入学式の時俺は驚愕した。開いた口が塞がらないとは正にこのことだと思った。中村が黒髪を金髪に染めていたからだ。入学式終了後の下校時に一緒に帰った際に中村が言った一言は今でもはっきりと覚えている。

 

「頭が悪くなりたい。バカになりたい。」

 

 小学生のときと同じ寂しい目で言った彼女に俺は声をかけることができなかった。何て言えば正解なのかわからなかった。結局その日以来疎遠になってしまい、何度か彼女に話しかけようと機会を伺っていたら今までと環境が変わったことと前原、速水といった新たな関係が生まれたことで話すことなどなく約2年が過ぎてしまって今に至る。

 俺は誰にも、父さんにも相談することができなかった。だって恥ずかしいじゃないか。女の子となんとなく気まずくなったからどうにかしたいって。思春期にはかなり高いハードルだよ。絶対にからかわれるに決まってる。

 でも俺はE組に来てその考えは捨てようと思った。E組での彼女の浮かない顔、寂しげな目を見たときもう一度彼女と仲良くなりたいと心から思った。

 

 どうすればいいかはわからないが、ちゃんと話を聞いてくれそうな、信頼できそうな人が今は目の前にいる。

 今日の放課後に相談してみようという考えに至り、まずは授業を真面目に聞こうとノートに板書をまとめはじめた。

 

 

 

 

 そして放課後。

 先生に帰りの挨拶をしてみんなが帰り始めてる中、岡島と前原が俺の席にきて、俺たちも帰ろうぜーと言われ俺は言葉を返す。

 

「悪い、この後先生に話があってさ一緒に帰れないんだ」

 

「じゃあ話が終わるまで教室で待ってようか?」

 

「いやどれくらいかかるかわからんし、二人に悪いから先に帰っててくれ」

 

 二人はりょーかーいと間延びした声で返事をし、また明日なと帰ってった。俺はそれに応えるように手を振った。

 

 二人を見送りとりあえず職員室に向かうかと心の中でタメ息をつきながら歩き始める。ギッギッと古い床特有の音が放課後の廊下に響く。その音が俺の心臓を急かしているのか職員室に近づく度に鼓動が速くなる。

 心臓の鼓動と汗ばんだ手に気付き、柄にもなく緊張していることを情けないと感じた。職員室に入る前にハンカチで手を拭き、息を吐ききることで気合いを入れて失礼しますと俺は職員室の戸を開けた。

 

 

――

 

 

 職員室に入るとハーイと明るく返事をした雪村先生はどうしたの?と聞いてきた。先生の鞄が机の上に置いてあり、ひょっとして帰ってしまうのだろうか、今日中に相談したいんだけど。

 

「先生に相談があって来たんですけど…ひょっとしてもう帰っちゃいますか?」

 

「いやいや!大丈夫だよ!私の用事なんかより生徒の相談の方が大事だよ!」

 

 と、体の前で小さく手を振りながら言葉を返してくれた。

 よかった、今日相談できると安堵した俺はふうと息を吐いた。そして雪村先生に悩んでいることを包み隠さず現在に至る経緯までを話をした…。

 

 

――

 

 

 話し終わると先生は顎に手を置き、むむむと唸っている。先生には申し訳ないけど正直可愛いなと思っていると先生は口を開いた。

 

「つまり中村さんと話をして蟠りを解きたいってことだよね?」

 

「そうです。それでどうすればいいかなって。」

 

「それはね、簡単にできるよ♪」

 

 先生はウインクをしつつ手でOKマークを作りながらそう言った。俺が訝しげにそんな簡単にいくんですか?と言うと幼子を諭すように話し始めた。

 

「結論から言うとね、中村さんと向かい合って話をすればすぐに解決するの。でも君たちは思春期だし思ってることを素直に言えないのが普通なのね。大人でも気まずくなっちゃって話が出来なくなることだってあるけど結局は話し合いでしか解決できないんだー。だからね、勇気を持って中村さんに話しかけてみよ?」

 

「でも…拒絶…というか向き合ってくれますかね。」

 

「その点は心配ないよ♪」

 

 また同じ仕草をして雪村先生は言う。再度俺は訝しげな視線を送りながらどうしてですかと尋ねると雪村先生が優しい笑顔で

 

「たぶん中村さんも同じ事を考えているからだよ。言って良いのかわからないけど中村さん休み時間に何回も南雲君のこと見てるもの。普通関わりたくない人なんて見向きもしないでしょ?だからきっと大丈夫。」

 

 と、言ってくれた。

 

 俺は嬉しくなって思わず笑顔になった。悩みが解決することもそうだが、先生がちゃんと俺たちのことを見てくれてるんだってことがわかったから。

 満足そうな顔をした俺を見て先生は大丈夫?解決できそう?と聞いてきた。俺はもちろん!と答え、

 

「これで解決できなかったら男じゃないですよ」

 

 と、続けた。

 

 うんうんと先生は笑顔で頷いた。相談が終わり油断している先生に俺は、早く帰らなくて大丈夫ですか?用事あるんですよね?と聞くと、先生は時計を確認して、いけない!と焦り始めた。

 さっきまで頼れる先生の顔だった人が正反対の顔になったので俺は思わず声を上げて笑ってしまった。先生はもうバカにしてと頬を膨らませながら急いで鞄に私物を入れていた。

 

「先生ありがとうございました。話し合ったら先生にまた報告します。」

 

 帰り支度をしている先生にそう言うと頑張ってねとエールを送ってくれた。失礼しますと職員室を出ると、いつのまにか心臓の鼓動が元に戻っていた。こんな簡単に胸のつっかえが取れるんだなと俺は帰り道を歩いた。

 明日の放課後中村を捕まえて話し合うぞと小さく拳を握った。




思春期のときってなかなか人に相談しづらいですよね。
作者が中学三年生の時は野球で特待生の話が来ていて、道外に行くかなど一人で決めれないことがほとんどだったので相談しまくってました。


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第0.3話 勝負の時間

 朝目覚めて布団から出て朝食の準備をする。俺の家は父子家庭で二人で家事を分担して行っている。

 炊事について大まかに言うと平日は俺、休日は父さんだ。平日の昼飯は互いに弁当なので前日に作り朝起きて弁当箱に詰めるという方式なのであまり手間に感じない。

 その他の家事については細かい決めごとなどあるが2人で協力して行っているので汚部屋などになることなく生活が送れている。

 

 朝飯ができる時間帯に父さんが必ず起きてくるので揃って朝食を食べるのが習慣となっている。今朝はご飯、味噌汁、前日の夕飯の余り物の焼き魚という和食テイストだ。

 いただきますと互いに言い、テレビをBGMに朝食を食べる。ある程度食べ終わったところで父さんが口を開いた。

 

「新しいクラスはどうだ?」

 

「岡島とかいるし、楽しくやってるよ」

 

「そうか…。楽しいんだったら大丈夫だな。仲良くやれよ」

 

「言われなくてもそうするよ」

 

 それもそうかと父さんは笑う。

 2人ともに食べ終わったのでごちそうさまでしたを言い、それぞれ身支度をし家を出る。

 ちなみに食器は潤かしておいて夕食後に一緒に洗う。これも生活を楽にする1つの方法だ。

 

 既に誰もいない家にいってきますと言い、鍵を閉め学校に向かう。今は自分の考えを纏めている。昨日先生に相談した通り、中村と話し合う予定だからだ。

 

 …しかし何も思いつかない。話すと決めたがどう切り出せばいいかもわからない。こういうときは下手に考えずにそのときに思ったことを口に出せばいいかと思い、考えるのをやめた。

 俺は宇宙空間をさまよう完全生物かよと自分にツッコミを入れ旧校舎へと続く裏山を登り始めた。

 

 

 

 

 午前の授業も終わり、昼休みになった。誰が言ったわけでもなく各々机を組み合わせてグループを作って弁当を食べるのがE組の昼食時の動きとなっている。

 今日は誰と食べようかなと思いながら教科書を片付けていると速水がちょっといい?と話しかけてきた。

 

「どうしたー昼飯でも一緒に食べようって誘いにきたのかー?」

 

「そうだけど…何にやけてるの?私の顔になんかついてるの?」

 

「いや、誘われると思わなかったから。2人きりで食うの?」

 

「バ、バカじゃないの?神崎と話しててあんたの話になって仲良くなりたいって言ってたからよ。カン違いしないでよね」

 

「す、すまん。…女子2人だと緊張するから杉野誘っていい?」

 

「ああ、野球やってる男子だっけ。全然大丈夫。」

 

「うし、じゃあ誘ってくる。」

 

 俺は机を動かす前に杉野のところに行き、一緒に食わないかと誘うと二つ返事で了承を得たので自分の席へと戻り準備を始めた。

 

 

――

 

 

 今俺たちは4人で昼食を食べている。俺の隣に杉野、正面に速水、斜め向かえに神崎という座り位置だ。

 仲良くなった経緯を聞くに速水と神崎は二人とも国語が得意で読書が好きという共通点があるようだ。てっきり神崎がジャズダンスでも得意なのかと思った。

 女子二人の話が終わったところで神崎が質問してきた。

 

「杉野君と南雲君って何がきっかけで仲良くなったの?」

 

「あー友人とは野球繋がりだな」

 

「そうだな、俺が野球部でランニングしてるときにいきなり野球部に所属してなかった純一が話しかけてきたんだよ」

 

「南雲君は野球部じゃないんだ。ちなみに何て話しかけてきたの?」

 

「話しかけてきたというかほぼ技術指導だよ。『お前セットポジションのときに同じテンポで投げすぎだ。相手にバレたらランナーに走られ放題だぞ』っていきなり言ってきてよ」

 

「いや野球部の紅白戦のときに見たらお前まじで同じテンポだったんだよ。メトロノームかよって思ったからさ」

 

 メトロノームという単語が面白かったのか速水が吹き出し、神崎は上品に口に手を当てて笑っている。

 

「二人はそこから仲良くなったんだ?」

 

「まあ最初はなんだこいつって思ったけど、純一は野球で有名人だったから言ってることは間違ってないんだなって。それに言われたところ直したら盗塁されることは減ったし」

 

「そうなの?純一って野球やってたの?」

 

「あれ?速水に言ってなかったっけ?父さんが昔やってたからその影響で小学生のときだけやってたよ」

 

「ふうん。有名人ってことは南雲君野球上手いんだ?」

 

「いや、純一は上手いなんてもんじゃない、化け物だ。何てたって小学6年生のときに少年野球の日本代表として世界大会に出てたんだから」

 

「「…すごい」」

 

「いや、ありがたいけどそんなに褒めるな。それに友人だって部活でエースだったろ」

 

 速水が何あんたたち男同士で褒めあってるのよと苦笑してたら、神崎が当然の疑問を投げかけてきた。

 

「でもそんなに上手だったら何で中学でもやらなかったの?」

 

「んー…他にやりたいことあったからかな。それに友達と仲良く遊んだりとかしたかったし。野球やってたら土日がほぼ潰れちゃうからさ」

 

 そっかと神崎は納得した。友人が弁当を食べ終わったのか片付け始めた。しかしどうやらお腹一杯になっていないらしく、俺にお菓子持ってない?と聞いてきたので飴ならあると俺は制服のポケットから出すとそんなんで腹が膨れるかと断られた。こいつ、人の好意を無下にしやがった。

 

 杉野君、いいものあるよと神崎が笑顔で板チョコを出すと友人は顔を赤くしながら、えっい、いいの?あ、ありがとうとチョコを受け取った。

 今の一連の流れを見た俺と速水は目を合わせ、こいつ完璧に堕ちたなと思った。

 神崎がところでと新たな話を切り出してきた。

 

「南雲君は速水さんのことどうして名字で読むの?速水さんは南雲君のこと純一って呼んでるのに」

 

「ちょっと!神崎!?」

 

「あーそれはだな、神崎…」

 

 隣の友人を見るとまだ浮かれている。俺はなんて言おうかなと思った。まさか1年生のときに"はやみん"とか"凛香ちゃん"とかとふざけて呼んだときにぶっ叩かれ、それから名字でしか呼べなくなったなんて言おうものなら速水に処刑されるかもしれない。

 俺の頭がフル回転してるのを感じる。脳が震える。そこで出てきた言い訳は自己犠牲だった。

 

「それは俺が女子に不馴れで緊張しちゃうからだ」

 

 そうなんだと神崎は納得してくれたみたいだ。速水を見ると少し申し訳なさそうな顔をしている。友人はそういえば純一が名前呼びしている女子がいない気がすると小さな声で漏らしている。そして神崎はまたも爆弾を投下してきた。

 

「じゃあ、これからは名前で呼んだら?南雲君の苦手の克服になるし凛香ちゃんも喜ぶし♪」

 

「神崎!ちょっと待って!」

 

「純一…男を見せろ」

 

「そうだな…克服に繋がるなら仕方ないな」

 

 俺はこの状況を楽しむことにした。女子に苦手意識はないつもりだし仲の良い相手を名前呼びするなんてイージーだ。赤子の手を捻るものだ。

 さて、景気よく名前を呼ぼうと思い速水、いや凛香の目を見て口を開く。

 

「……り、り、凛香」

 

「…はい?」

 

 顔を赤くしていた凛香だったが俺の不馴れな様子と赤い顔を見て普段の呆れ顔に戻った。その様子を見ていた友人と神崎は二人して笑っている。

 

「純一本当は女子が苦手だったの?」

 

「いや、そんなつもりはない。本当に。ただなんか凛香の目を見たら緊張してしまってな」

 

「かしこまって名前を呼ぶことって普段ないからね。恥ずかしくなってもしょうがないよ」

 

 天使や。ここに天使がおるで。フォローしてくれた神崎を拝みたくなった。すると天使はじゃあと話を続けた。

 

「私のことも有希子って名前で呼んでもいいよ?」

 

「…いやそれは勘弁してください」

 

 天使じゃなくて小悪魔だったみたいだ。背中の白い羽が黒に染まっている。

 覆水盆に返らず。吐いた唾は飲めぬ。二度と取り返しのつかないという言葉が俺の頭を駆け巡る。どうやら女子に不馴れで緊張してしまって名前で呼べないというキャラが出来てしまった。

 仕返しではないが赤面した凛香が見たかったため、俺の提案で凛香と神崎はお互い名前で呼び合うようになったが、赤面を拝むことはできなかった。

 そんなこんなで4人で楽しく昼食兼昼休みを過ごし、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 3人にじゃあまた今度と言い、机を片付けて自分の席へと戻る。神崎はおしとやかで美人だが見た目に反して結構ぶっこんでくるなと思いながら次の授業の教科書とノートを机に並べた。

 

 

 

 

 そして放課後。

 雪村先生がみんなの挨拶に手を振って応えてるとき、俺と目があった。

 

 口パクで頑張れと言ってくれた。俺は小さく頷き、中村の下へと言って声をかけた。

 

「中村、一緒に帰らないか。ちょっと話したいことがあるんだ」

 

「!…いいよ」

 

 中村は驚いたかのように目を見開いてすぐに返事をしてくれた。まずは第一ステージクリアと心でガッツポーズをし、先生さよならーと二人で教室を出る。

 先生はまた明日ねと言いながら片目でウインクをして手を振る。中のシャツはダサいのに着てる本人はなんてカッコいいんだと俺は思いながら旧校舎を後にする。

 

 

 *

 

 

 中村と二人で並んで山を下りながら話すタイミングを伺っていた。いや、というよりも何て切り出せばいいのかを考えていた。

 

 雪村先生の言葉を思い出す。"勇気を持って向かい合う"たったこれだけなんだ。何を怖がる必要がある。

 俺はふうと息を吐き切り気合いを入れ、話しかける。

 

「中村あのn…「純一ごめん!」

 

 えっと俺は驚き中村を見る。彼女は立ち止まってこちらに頭を下げている。

 

「えっちょっ頭上げて!中村は俺に頭下げるようなことはなにもしてないし、ただ互いに気まずくなってただけじゃん」

 

「…そんなことないよ。入学式の日以降勝手に壁作ってたし、心配して話しかけようとしてくれた純一を避けてたから…」

 

「そうだったのか…俺は全然気にしてないけど中村が気にしてるんだったら謝られておくかな」

 

 出来るだけ彼女が気負わないように笑顔でそう返した。改めてごめんと言われたので俺はおう、もう俺のことは避けるんじゃないぞとおどけながら彼女の頭にポンと手を置いた。

 彼女は頭に手を置かれたことに驚いたのか、こちらを見てきた。

 

「あっ悪い。小学生のときの癖で…。嫌だった?」

 

「…嫌じゃないよ。ただ懐かしいなって」

 

 そうかそうかと俺はそのまま頭をワシャワシャと撫でる。まるで昔に戻ったみたいだなと思った。

 今でこそ10センチ以上身長が離れてるが、2年前小学生だったときの彼女の身長は約160センチで俺の身長は164センチと彼女よりやや高かったが、女子である彼女に身長を抜かれるのではないかと危惧した俺は彼女の頭を撫でる度に心で『縮め!縮め!』と唱えていた。

 ちなみに頭を撫でる理由付けとして、親しい間柄で相手を褒めるときには頭を撫でなきゃいけない、考えてもみろ、親は撫でてくれるだろう?という謎理論を展開し俺と彼女はテストで満点を取ったときなど互いに撫であっていた。

 

 昔と違い互いの知らないことが増えたため、俺と中村はゆっくりと歩きながら多くのことを話した。

 バカばかりやってたら勉強の仕方や点の取り方も忘れて本物のバカになっちゃってE組に落ちたこと。親の涙を見て失ったものの大切さに気づいたこと。俺の知らないことがいっぱいあった。俺もE組に落ちた理由を言うと純一らしいねと笑われた。

 

 色々と話しているとそろそろ互いの帰り道が別れるところが近づいてきた。

 ふと中村はあっと思い出したかのように話し始めた。

 

「あんたそういえばはやみんのこと今日から名前呼びすることにしたの?」

 

「お前は凛香と友達なのか、はやみんって…。そうだな、流れとして仕方がないから名前呼びだな」

 

「ふーん、そっか。じゃあ私のことも名前呼びに変えてよ」

 

「いいよ別に。ところで名前なんだっけ?」

 

 俺が笑いながらふざけてそう言うと、てめ~と言いながら脚を軽く蹴ってきた。

 

「冗談だよ、莉桜。これからよろしく」

 

「…っ。不意撃ちすんな。…こちらこそよろしく!純一!」

 

 莉桜の笑顔を見て俺は思った。俺たち二人の間に壁なんて元々なかったんだなって、勝手にあると勘違いして思い込んで捕らわれてただけなんだなって。

 雪村先生が言った通り簡単なことだったなと思いながら歩いていると帰りが別れるところに着いたようだ。

 

「…純一あんた今までに彼女いた?」

 

「俺に?いないよ。どうして?」

 

「2年間純一とは話してなかったけど、結構女子の間で話題になってたからさ。それに告白だってされてたでしょ?」

 

「…まあ確かにたまにされてたな」

 

「断ってたってことは好きな人でもいるの?」

 

「いないよ。異性と手を繋ぐとかすら考えたことないからな」

 

「…まさか男が好きなの?岡島とか前原とか杉野とか」

 

「ちげーよ!単純に考えたことがないってだけだ!ちゃんとそう言って断ってたし!」

 

 ふーん、そうなんだと莉桜はにやにやしながら俺を見ている。この2年間で随分変わったな。俺が知ってる莉桜は純粋そのものだったのに。

 

「じゃあ面白いことも聞けたし帰る!改めて来週からよろしくね!純一!」

 

「おう、気をつけて帰れよ」

 

 莉桜が敬礼してきたので敬礼で返し、互いの道を帰る。俺は週明けの学校がより楽しみになり、脚を弾ませながら家へと帰った。

 

 

 

 

 ~中村視点~

 

「純一、色々と大きくなってたなー」

 

 歩きながら、そう呟いた。2年前より伸びた身長、そして二回りくらい大きくなった手。頭を撫でられたことを思い出し顔が赤くなる。

 

 そういえばと純一が言っていた言葉を思い出す。

 告白してきた相手に付き合うことを考えたことがないって言ってたんだっけ?告白してきた相手にその返しはつまり"そういう目で君を見たことがない"って言ってるようなもんだよね。告白してフラれた女の子に少し同情する。

 

 純一との壁も解消され、E組に落ちたことに対するショックがなくなり心が軽くなっているのを感じた。心地良い気分のまま私は昔見たCMの曲を小さく口ずさみながら家へと向かう。




文中で南雲君に言わせてますが、中学生のときの悩みって人から見たら大したことないってのが多いと思います。
中学生は半径100メートルの見えてる範囲が自分の世界って感じなんで正に思春期だなって思います。


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第0.4話 日常の時間

サブタイトルは本文書き終わってから考えてるんですけど良いのが思い付かないですね。


 莉桜との関係が回復したのは金曜日だったので土日に休み週明けの月曜日に登校すると、何やら教室が騒がしかった。誰が騒いでるのかと思い教室の戸を開けると騒がしさの中心にいたのは莉桜だった。おはようと声をかけるとおはよーとアホっぽい感じで返事が返ってきた。

 先日まで比較的大人しかった莉桜が元気になったのもやっぱり心のつっかえが取れたからだろうとうんうんと納得しながら席に向かうと急に制服が引っ張られた。てめーと振り返るとやはり犯人は莉桜だ。

 

「莉桜、制服を強く引っ張るんじゃあない。服が破けちゃうだろうが」

 

「そんなに簡単に破けるわけないじゃない」

 

 俺の一言に不破が、あっジョジョと進撃だと小声で言った。さすが自己紹介のときに漫画が大好きと言ってただけはある。

 

「そんなことよりあんたは渚の性別どっちだと思う?男か、それとも女か!」

 

「いや、どう考えても男だろう。確かに可愛い顔はしてるがズボン履いてるし」

 

「…その言い方だとズボンじゃなかったら女ってことになるけど」

 

 ふとスカートを履いた渚を想像してみる。うん、これは…

 

「女だ、間違いないね」

 

「ちょっと!南雲君!」

 

「悪いな、渚。お前の可愛さが眩しくて俺は庇うことが出来そうもない」

 

 そう言って渚に親指をたて今度こそ席に向かう。鞄を開けて忘れ物がないかを確認していると神崎がおはようと話しかけてきた。

 

「おはよ、神崎。俺に話しかけるなんて珍しいな」

 

「うん、昨日せっかく仲良くなったしね。あと凛香ちゃんから南雲君も結構本を読むって聞いたからもっと仲良くなってどんなの読んでるのかなって聞きたくて」

 

「ああ、なるほど。俺はわりと幅広く読んでるよ。エッセイからミステリーまで」

 

 神崎がクスっと笑った。うーむ、可愛い。 笑った理由を尋ねると、

 

「本を読む幅でエッセイって言う人始めてだったから面白くて」

 

 なんだ、そんなことかと俺も笑った。それでと神崎は話を続ける。

 

「今は何か読んでたりするの?」

 

「今は…これだな」

 

 と、言い俺は鞄から本を取り出す。

 俺の今読んでいる小説は読書家でなくてもおそらく子供のときなどに耳にしたり、あるいは絵本を読んだりなどして絶対に目にしたことあるものだ。

 

「オズの魔法使いだね、話が分かりやすくておもしろいよね」

 

「そうなんだよ、だからこそ絵本だったり人形劇だったりで幅広い年齢層に受けてるんだろうな。俺も正直絵本でしか知らなかったから小説を読んで懐かしく感じることもあったり新しい発見があって面白いんだよ」

 

「へぇ~、読み終わったら今度貸してもらっていいかな?」

 

「おう、いいぞ。じゃあ神崎もなんかオススメあったら貸してくれ」

 

「ふふっ、南雲君が満足する一冊があるかな?」

 

「読書家の神崎のオススメなんだから間違いないだろ」

 

 それじゃあ約束だよと神崎は笑顔で小さく手を振って自分の席に戻っていった。本の話なんて誰かとすることがあまりないから楽しかったなと思った。漫画だったら前原とかと話すことが結構多いんだけど。

 さて本でも読むかと開こうとしたら、岡島がオイオイオイオイと俺の下へと来た。お前は露伴先生か。

 

「純一ひょっとして中村と仲直りしたのか?」

 

「いや、別に喧嘩してたわけではないからな?昨日の帰りに話をして関係が回復したよ」

 

「いやーよかったよ。小学生のときの大人しさはどこへやらだが元気になったからな」

 

「そうだよな、女の子はやっぱり笑顔じゃなきゃな」

 

 俺がそういうと前原にいきなり肩をポンと叩かれ、わかってるじゃないかと言われた。やかましいわと俺は前原に軽くパンチし会話を始めた。どうやら前原は片岡以外のE組全女子に声をかけたが玉砕したらしい。ざまあみろ。

 

 話していると教室の戸が開いてみんなおはようと笑顔で雪村先生が入ってきた。みんなはおはようございますと返したとき、先生は騒がしくしている莉桜を見たあとに俺を見てきた。

 俺は報告代わりに笑顔のVサインで応えた。それを見た雪村先生もVサインを返してくれた。前原はお前もしかして雪村先生とデキてるのかと嘆き、岡島はあの2つの大きな夢はお前のものだったのかと崩れ落ちていた。

 前原はまだいいとして岡島、お前はぼかして言ったつもりかもしれないけど周りの女子がドン引きしてるからね。仲間と思われたくないから離れてくれない?俺の願いが通じたのかは別として始業のチャイムが鳴りそうなので二人は自分の席へと戻っていった。

 

 チャイムが鳴ると起立して改めておはようございますと挨拶をする。今日も頑張りますかと心の中で呟き、一時間目の準備を始めた。

 

 

 

 

 SHRが終わると雪村先生は両手をパンと叩き、素晴らしい提案をするかのように言った。

 

「みんなある程度クラスに馴染んできたと思うので今日は席替えをしようと思います!」

 

 素晴らしい提案をするかのようにと言ったが素晴らしい提案そのものだった。

 E組の現在の座席は出席番号順で廊下側から縦に数えて奇数列が男子、偶数列が女子となっている。俺の席は3列目の一番後ろで男子と女子の人数の関係で俺の両隣は誰もいない。これが中々に寂しかった。普段は良いのだが授業中に何となく暇になったときなどにどうしようもできないのだ。小声で話すことも出来なければ、イタズラもできない。そんな小さな不満持っていたからこそこの席替えは非常に嬉しかった。

 

 雪村先生が席替えの説明をしていた。女子の人数が少ないことで不人気の前側の席になる可能性が高いことから女子の座席全てに番号を振り出なかったところを空席とすると説明をした。

 いや、そこは別に重要ではない。とにかく俺の隣に誰かが来てくれればそれでいい。そんなことを考えていると左斜め前に座っている凛香が俺の方を向いて、隣になれるといいねと小声で言ってきた。そんなことを可愛い女子に言われたら舞い上がっちゃうだろ。俺は凛香の言葉に笑顔でそうだなと返した。凛香は照れたのか顔を赤くしてすぐに前を向き直した。

 

 くじを引く順番は男女それぞれの出席番号の頭とケツがじゃんけんで決めるみたいだ。男子は磯貝と吉田が、女子は岡野と矢田がじゃんけんをした。じゃんけんの結果男女ともに番号が若い方から引いてくことになったが、俺は番号が中間らへんなのであまり変わらないなと思いながらくじが回ってくるのを待っていた。

 

 

――

 

 

「何も変わらないじゃあないか…」

 

 俺はそうぼやいた。席の位置が変わらなければ、両隣には誰もいない。ちなみに凛香は前までの席の一個前に移動とあまり変わっていない。

 席替えの移動も終わって各々準備をしていると俺の前の席となった千葉が小さくよろしくと言ったので、俺もよろしくと返した。

 

 午前の授業が終わり、みんなは昼食の準備をしている。なにやら雪村先生に矢田と倉橋は何かを聞いていた。まあ、大方授業でわからないことでもあったんだろうと思い準備をする。

 今日は前原と岡島、そして磯貝という男のメンバーで昼食をとる。岡島が下の方向に暴走しないようにだけ気をつけようと俺は3人のところへと弁当片手に行った。

 

 

 *

 

 

 今は弁当を食べながら3人の話を聞いている。磯貝は自己紹介で感じた通り、話の随所にイケメンらしさが見える。テニス部だったらしく今度一緒にやろうぜと誘われたのでありがたく誘われておいた。

 そのまま話をしていると片岡と倉橋と矢田の女子3人が磯貝の下へと来て片岡が話しを始めた。

 

「磯貝君ちょっといい?」

 

「片岡さん、どうしたの?」

 

「倉橋さんと矢田さんが雪村先生に旧校舎の前にある花壇を整備して花を植えていいかって聞いたら了承を得たから男子の学級委員の磯貝君にも言っておこうかと思って」

 

「そういうことか、じゃあ手伝うよ!」

 

 イケメンな委員長は快諾し、その場でクラス全体に放課後に花壇の整備をするから手伝ってくれないかと呼びかけた。半分くらいのクラスメートがいいよーとそれに応える。スムーズに快諾するのもそうだが、クラスに呼び掛ける姿は正にイケメン。俺の中での磯貝のあだ名は"椚ヶ丘のジュノンボーイ"に決定した瞬間だった。

 女子三人がありがとうと手を振って戻っていくのに手を振り返す磯貝。それを見た俺はここだけ少女漫画の世界かなって思った。

 磯貝はお前らは放課後大丈夫?と聞いてきたので俺と岡島は大丈夫と返した。しかし前原はすまんと両手を合わせて謝ってきた。

 

「今日は他校の女子とカラオケに行く約束があるんだ!だから手伝えない!」

 

「そっか、お前らしいな」

 

 そう苦笑いする姿も絵になる男、磯貝。お前の爪の垢を煎じて煩悩の岡島とチャラ男の前原に飲ましてやりたいと思った。あるいは磯貝の切った爪を瓶にいれて保管すればいいのに。…吉良かよとセルフツッコミを入れていると友人と渚にキャッチボールに誘われた。俺はいいよと昼食を共にした3人に一言言ってから準備を始めた。なんでも旧校舎の用具室に野球道具が一式置いてあったらしい。

 

 

 

 

 放課後俺たちは腕捲りをしたり男子は制服のズボンを折り畳んで動きやすい服装を作って花壇に集まった。雪村先生は花壇の整備道具と花の種を持ってきてくれた。用事があって手伝えないのと謝っていたが、みんなは大丈夫だよとか準備してくれただけでもありがとうございますなど言っていた。先生は頑張ってね、水やりとかは率先して手伝うからと帰っていった。

 

 集まったメンバーは出席番号順に、

 男子は磯貝、岡島、木村、渚、友人、千葉、俺

 女子は奥田、片岡、神崎、倉橋、莉桜、凛香、不破、矢田の計14人だ。

 磯貝がさて、と口を開く。

 

「さっそく整備するか。ところでちゃんとした花の植え方とか知ってる人いる?」

 

 磯貝の問いに倉橋がハイハーイと元気よく手を挙げた。それに矢田も小さく手を挙げていた。

 

「いきもの好きだし、花も好きだから詳しいよ~」

 

「私は小学生のときに花壇のお世話係だったから…陽菜ちゃんほど詳しくないけど…」

 

 倉橋と比べて矢田は控えめに言っていたが知識が0なのと多少経験してるのは雲泥の差だ。磯貝も同じことを思ったのか矢田に頼りにするよと言っていた。

 

 倉橋がみんなにやり方を説明し、片岡がそれぞれに役割を振って整備がスタートした。俺の仕事は土作り。土の状態が良いらしいのでフカフカにして肥料だかを加えるだけでいいらしい。

 詳しいやり方についてははあまり説明していなかったので、とりあえず野球のグラウンド整備と同じ要領でやったら倉橋からちがーう!とツッコミが入った。それを見た友人は危なく注意されるところだったと胸を撫で下ろしていた。ただ倉橋さん、やり方の説明をするときに俺に抱きつくような指導は中学男子である俺には刺激が強いのでやめてもらっていいですか?それを見た岡島がけしからんとか言ってるし、周りの女子引いてるじゃん。お前はもっと女子がいる前では煩悩を隠せよと思った。

 

 

――

 

 

 作業がほぼ終わりに近づいたので俺は休みながら種を蒔いてるクラスメートを見ていた。花壇の看板作りをしていた千葉も休んでいたので俺は千葉にようお疲れと話しかけた。

 

「イメージ的に千葉が花壇の手伝いにくるとは思わなかったからビックリしたよ」

 

「…まあ俺も花が特別好きって訳じゃないから」

 

「へー、じゃあどうしてだ?」

 

「…俺は将来建築士になりたいから。設計するだけじゃなく外観にも拘る必要があるだろ?…庭が欲しいっていう家庭もあるだろうから」

 

 だからかと俺は思った。手伝いに来た理由を聞いただけなのに将来の夢を言われたから俺は驚いた。俺なんかに夢なんて話してよかったのかと聞くと千葉は少し考えたのか間を開けてから答えた。

 

「…南雲は何となくただ生きてるだけじゃなくてやりたいこととか目標がある気がして。…なんかそんな感じがしただけだから間違ってたら申し訳ないけど」

 

「バレたか。誰にも言ってないけど…、千葉が将来を言ったから俺も言おうじゃあないか」

 

 俺は自分の夢を千葉に教えた。千葉の目は前髪に隠れて見えなかったけど、たぶん見開いたと思う。

 そりゃ驚くのが当たり前だ。俺の夢は誰もが憧れるけど世界が違うからと将来の夢の選択肢にすら入れない。それくらい大きな夢だ。

 

 何となく間が空いて、しんとした空気が流れた。そうしたらいきなり千葉にお前ジョジョ好きだろって聞かれたからどうしてわかる?と返したら語尾でわかると言われた。確かにわかるわな、あからさまではないにしろ知ってる人がいたら語尾の違和感に気づく。

 俺はジョジョを知っている人がいるというのが嬉しくてついテンションが上がって声が大きめになってしまったら、不破も会話に入ってきた。千葉は有名どころの漫画を読んでいて、不破は少年誌だったら幅広く何でも読んでいるらしい。

 

 3人で話していたらどうやら完成したらしく、かんせーいと倉橋を中心としてみんなが言った。まだ花は咲いていないけれど、整備された花壇は前と比べて見違えるほどだった。差し入れの飲み物の買い出しに行っていた磯貝と木村も戻ってきてみんなで飲み物を飲んで完成を祝った。中心となっていた倉橋と矢田が咲くのが楽しみだね~という言葉にみんなは同じことを思ったのか頷いている。

 

「みんな今日はありがとう!水やりとかの当番はまた明日話し合おう。決まるまでは私が責任持ってお世話をするから」

 

 片岡の一言でみんなはじゃーねとかまた明日と言って解散した。俺も帰るかと思い教室に鞄を取りに戻ると凛香が俺を待っていて一緒に帰らない?と言われたので俺はいいよと言って二人で帰ることにした。凛香と帰るのは1,2年のときに数えるほどしかなかったので誘われたのに驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 花が咲くの楽しみだな~とか他愛もない会話をしながら歩いている。凛香が一緒に帰ろうと誘ってきたのは何か話したいことがあるんじゃないかなと思った俺は長く続きそうな話題は避けていた。会話が終わり、少し間が空いたあと案の定凛香が重々しく口を開いた。

 

「…実は純一が千葉と話していた内容聞こえてきたんだ」

 

 俺と千葉が話していた内容でなんか重くなるようなことなんてあったかなと考えて、それがどうかしたのかと聞くと凛香は浮かない顔で言葉を返してきた。

 

「…勝手に聞いてしまってたことを謝りたいのと、私って将来何をやりたいのかとか目標がないからさ。二人の夢を聞いて私って何も考えてないなと思って」

 

 凛香の言葉を聞いて俺はこれはちゃんとした言葉で返さなきゃダメだなと思った。上辺を取り繕った言葉じゃなく、俺の言葉で。少し考えたあと、俺は凛香の目を見て言った。

 

「盗み聞きした訳じゃないんだから気にするなって。やりたいことが今の段階で決まってるやつのほうが少ないだろ。それに将来の夢が決まるきっかけなんて大したことないぞ」

 

「そうかな…うん、そうだね」

 

 凛香が笑ったので俺も笑った。

 雪村先生に相談したときもそうだけど、中学生の俺たちは他人から見たら大したことないでも自分の中で難しく考えすぎてしまうんだなと思った。たったの十数年しか生きてないから答えが出せないのは当たり前だ。周りに頼ればいいのにそれに気づかない。色々と経験して成長して大人になってくんだろう。そしてまた下の世代に伝えていく。きっとそれの繰り返しだ。

 頭の中で小難しいことを考えていたら凛香が話しかけてきた。

 

「そういえば席替え隣になれなかったね」

 

「しかも俺の両隣は誰もいないしな。席は離れたけど俺のことを構ってくれよ」

 

「当たり前でしょ。1年からの付き合いなんだから」

 

「よろしくな、はやみん」

 

「その呼び方はやめて」

 

 凛香のジト目になったのを見て俺はしてやったりと思った。それでと話の中で気になったことを聞いてみた。

 

「俺の将来の夢ってみんなに聞こえちゃったかな?だとしたら恥ずかしいんだけど」

 

「その点は問題ないよ。私と有希子にしか聞こえてないと思うから」

 

「まあ凛香と神崎なら大丈夫か」

 

「みんなには言わないから安心して、有希子にもそう言っておくから」

 

 神崎は注意しなくてもたぶん言わないと思うけど、ありがとうと凛香に伝える。

 

「どういたしまして。ところでさっき夢が決まるきっかけなんて大したことないって言ってたけど純一のきっかけは?」

 

「あーそれはだな…」

 

 俺は凛香にきっかけを話すと凛香は堪えきれなかったのか口を開けて笑った。

 

「本当に大したことなかったね」

 

「うるせー、そんなもんなんだよ」

 

「ふふっ、ところでこの理由って他に誰か知ってるの?」

 

「いや、誰にも言ってないから知ってるやつはいないな」

 

 俺の言葉に凛香は、じゃあ…とウインクをしながら人差し指を口に当ていたずらっ子のような顔で俺に言った。

 

「このことは二人だけの秘密だね」

 

 

 

 

 凛香と別れたあと、俺はふぅと息をついた。最後に言われた言葉もそうだが、普段見せない仕草に俺はめっちゃドキッとした。

 漫画とかで読むギャップ萌えの破壊力は現実でも効果があるんだなと思った。普段は悪い粗暴な性格や行動をするが、いざというときにいい人キャラになる。"ジャイアン映画版の法則"を体験することができた。ジャイアンと凛香を一緒にしたら怒られるなと苦笑いしながら俺は家へと帰った。




改変あります。
席なんですが原作では最初から出席番号順ではなくバラバラに座っているので雪村先生のときに席替えしてそのまんまだろうという設定で書いています。

ちなみに南雲君の席は原作でのカルマ君の位置です。カルマ君には窓際2列目の一番後ろのイトナが本来座る位置に移動してもらいました。

あと色々な作品(漫画、アニメ、小説、映画など)の小ネタと言いますか台詞などを引用してるのが多いので探してみるのもまた1つの楽しみかたかなと思います。


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第0.5話 ドッチボールの時間

どれくらいの長さが適当かわかりませんがドッチボールの描写は割と詳しく書きました。



 3月の中旬にクラス替えをしてから日を重ね、2年生として学校に通うのも残すところあと2日となった。今日はいつも通り授業を行い、明日は終業式で明後日には春休みへと突入する。などと今後の予定を頭で考えながら俺は今登校している。

 

 話は変わるが俺はいつもイヤホンで音楽を聴きながら登下校している。一人で歩いてるときに耳が寂しいからだ。登校中にクラスメートに出くわしたときや誰かと帰るときにはもちろん外して会話を楽しむ。

 ジャンルはアニソンから洋楽まで幅広く聴いている。本を読むときもそうだが、俺は何かをするときに幅広く何でもやるということに重点を置いている。それは父さんの教えだ。父さんは俺に一つのことを好きになるのは重要だけど、色々と好きになったほうが人生楽しめるぞと教えてくれた。俺はなるほどと思い、その教えを愚直に実践している。某狩りゲーでは片手剣からガンナーまで、インクが銃弾のゲームではローラーからチャージャーまで。

 出来る幅が広がるのも楽しいが、一つ一つのやり方が異なるので長く楽しめるっていうのが一番の利点に思える。

 

 歩いていると後ろから肩をトンと叩かれた。叩かれた方向を見ると指が俺の頬の形を変えた。俺はクスっと笑ってイヤホンを外しながら挨拶をする。

 

「おはよ、莉桜」

 

「おはよー、なに聞いてるの?」

 

 そう言って莉桜は俺が外したイヤホンを奪って聴き始めた。

 

「大迷惑って曲。今の莉桜にピッタリな曲だよ」

 

「むむっ、朝から可愛い女子が構ってあげてるというのに何て言い草だ」

 

「可愛いとか自分で言ったらダメだろ。…いや、可愛いって言われてそんなことないですよ~って否定しまくるやつのがダメだな」

 

「純一は何言ってるのさ。ところでこの曲テンポが激しいね、歌詞もなんか嘆いてる感じだし」

 

「まあ昔の曲だから、父さんの影響で聴いているだけだよ」

 

「あんたのとこ親子仲いいもんね、羨ましい」

 

 そう言った莉桜を見て、失言だったかなと思ってたら莉桜がすぐにその考えを否定した。

 

「いやいや、気にしないで!今はギクシャクしてるけどその内解決するからさ。純一さっき女子が可愛い云々って言ってたけど、あんたも女の子を見て可愛いとかって思うの?」

 

「そりゃそうだ。思わないわけないだろ」

 

「へぇ~、じゃあクラスでは誰が一番だと思う?私的には渚を推すけど」

 

「渚は男だろ…。まあ、男子の一番人気は神崎だろうな」

 

「渚じゃないのか~。じゃあ純一今日神崎ちゃんに可愛いって言ってみてよ、言われ慣れてそうな人がなんて返すか気になるし。」

 

「えー、言わされるのはなんか違うだろ。言うんだったら俺がそう思ったときに言いたい。言ったことないけど」

 

「純一は変な拘り持ってるね。…ってことは神崎ちゃんを可愛いって思ったことあるんだ?」

 

「そりゃあるよ」

 

「二人とも楽しそうだね、なんの話をしているの?」

 

 莉桜と話してたら当事者来たよ。聞いてたかな?とか考えていたら莉桜が口を開いた。

 

「おはよー神崎ちゃん。いや渚より神崎ちゃんのほうが可愛いよねって話」

 

「ふふっ渚君は男の子だよ。でも可愛いって言ってくれてありがとう」

 

 神崎はそう言って微笑んだ。言われ慣れてる人は違うなと莉桜と顔を合わせて感心していたら、南雲君もおはようと挨拶をされたのでおはよと返した。

 それから3人で話をして登校した。教室に入ったときに友人がえっ何で神崎さんと登校してんの?みたいな顔で見てきた。お前には一緒に入ってきた莉桜が見えていないのか。友人の視線を流しながら俺は忘れ物の確認を始めた。確認が終わる頃に雪村先生が教室に入ってきて始業のベルが鳴る。おはようございますと挨拶をした後にみんなは着席した。

 ここまではいつもと同じ流れなのだが唯一違うことがあった。出欠確認をするために先生が筆箱からペンを取り出すのがその時に鼻唄を歌っていたのだ。それを見た前の席のやつらは先生をいじり始める。

 

「なんか最近ゴキゲンだね、雪村先生」

 

「良い事あったの?」

 

 先生がえーと…と困っていると前原が止めを刺した。

 

「フフフ、俺には見えるぜ。男の影が」

 

「そーいやさっきバッグの中にプレゼントっぽい包みがあった!」

 

「おいマジか!!」

 

「クラス始まったばっかのこの時期にお熱い事で!!」

 

 みんなは拍手を送ったりヒューヒューと囃し立てる。もちろん俺も。先生はううう…と困っているがやはり教師、すぐに空気を切り替えるために出欠を取る。

 

「バカな事言ってないで出欠取ります!赤羽君!!」

 

 先生はみんなにいじられたからかいつもはやらないポカをした。クラス全体の雰囲気が先程とは打って変わり静まる。

 

「……ごめん、休みだったね」

 

「…いーって先生、ここはそういう場所なんだから」

 

「赤羽君は今日様子見に行きます。次磯貝くん!」

 

「…はい」

 

 停学中ということで先生はみんなに気を使って赤羽の出欠は取らないようにしたが、誤って名前を読んでしまったためみんなはE組は停学になる生徒がいるくらい堕ちた場所ということを思い出したかのように沈んだ。何とかクラス全体を元気付けることはできないかと俺は考えを巡らせた。

 

 

 

 

 そして昼休み、みんなはまだ何となく元気がない。その時に磯貝がクラス全体に呼びかけた。

 

「みんな、昼食が終わったらドッチボールをやらないか!実質今日が最終日みたいなもんだし最後にみんなで体を動かそう!」

 

 磯貝の呼びかけに倉橋などの元気の良いメンバーは賛成!と返事をする。それに伴って続々とやるか~などの声が聞こえてきたが、寺坂、村松、吉田、狭間のグループはパスと言って断ってきた。無理に誘う理由がないので、磯貝がわかった、でも参加したくなったらいつでも来てくれよと言っていた。

 

 俺はドッチボールの準備を磯貝とするためグループを作ることなくいつもより早く弁当を平らげた。磯貝の下へと行くと、食べるの早いなとツッコミながらラストスパートをかけ最後には飲み物で流し込んでいた。急かしたみたいでごめんなと言うと磯貝は気にすんなってとウインクをしてきた。そのやり取りを見ていた三村は絵になるな~と言っていた。確か映像編集が趣味だったか、俺は三村の一言にVサインで応え磯貝と教室を出た。

 廊下を歩きながら白線引きやボールが必要だなとかコーンのほうが視認性がいいかなど準備の段取りを話した。職員室にいる雪村先生にドッチボールをやる旨を伝えるとじゃあ先生は審判やるよ!と笑顔で返してくれた。

 

 職員室を後にして用具室からラインカー(白線引き)とコーンとボールを用意して、今は白線を引いている。大きさは何となくでいいよなと確認するとオッケーと返事が返ってきた。出来るだけ乱れないように引いていると磯貝が真面目な顔で話しかけてきた。

 

「南雲、ドッチボールを提案してくれてありがとな」

 

「いいよ、気にすんなって。クラスが暗いままなのは嫌だったからさ」

 

「俺より委員長に向いてるんじゃないか?」

 

 そんなわけないだろと俺は磯貝に返す。俺が本当に委員長に向いていたら授業の間の休み時間に磯貝に相談などせず自分で昼休みにみんなに呼び掛ける。そうしなかったのは磯貝が俺よりも人徳があるからだ。それに俺はリーダーとしての磯貝を信頼してるからな。

 その旨を磯貝に言うとありがとうと分かりやすく照れていた。準備が終わったので磯貝とボールを軽く投げ合っているとみんなが集まってきた。参加者全員が集まったあと片岡が口を開いた。

 

「チーム分けはどうするの?」

 

「それについてはさっき南雲と話した。自分の主観でいいから自分と同じくらい運動できる人とペアを作ってじゃんけんをしてくれ。勝ったらAチームで負けたらBチーム。男子は11人で1人余るからそこは3人でじゃんけんをして分かれてくれ」

 

 みんなはわかったーとペアを作り始め、俺は友人とペアを作ってじゃんけんをした。

 

 結果、

 Aチーム

 男子:磯貝、木村、竹林、俺、菅谷

 女子:片岡、奥田、神崎、凛香、矢田

 

 Bチーム

 男子:前原、岡島、渚、友人、千葉、三村

 女子:岡野、原、倉橋、莉桜、不破

 以上10人-11人に分かれた。

 

 磯貝がルールを説明する。

 ・ゲームはジャンプボールで開始し、ジャンプボールを行った者に初手ボール当ては禁止

 ・最初外野は男子2人女子1人の計3人とする

 ・内野が当てられたら外野に行く、復活はなし

 ・顔はセーフ、ただし鼻血などが出たら一時的に治療のため抜ける。治療後は戻って試合に参加する

 ・複数人に当たって誰もキャッチできなかったら当たった人全員がアウト。逆に当たっても地面にボールが落ちる前に誰かがキャッチした場合はセーフ

 

 説明後全体に質問はあるかと確認したらなかったので全員ルールを理解したようだ。まあ、正直復活がない以外は普通のルールと変わらんしな。

 AチームBチームで分かれいよいよ始まる。

 Aの外野は木村、竹林、奥田でBの外野は渚、三村、原だ。

 そしてAのジャンプボーラーは俺、Bは前原である。ジャンプボーラーってジャイロボーラーみたいでカッコいいなと思った。俺は父さんの事をおとさんとは言わないけど。なんて下らないことを考えながら分析するが、前原と俺では若干俺のほうが身長は高いが運動神経が良いので油断はできない。雪村先生がそれじゃあ始めます!といい試合が始まる。

 

 

 

 

 ピッと笛がなり先生がボールを上げる。

 俺と前原は同時にジャンプするが、余裕で俺がボールを取った。それを見てクラス全員が「「ジャンプ力やばっ!!」」とハモった。俺が幼い頃からバスケをやっていることは誰も知らないからなと内心ほくそ笑む。

 

 Aが勝ち取ったボールを拾った片岡はすぐに外野の木村へとパスをする。運動神経の良い木村を外野に置いたのは機動力が優れていて相手を撹乱できるからだ。

 

 パスを受けた木村はすぐ近くにいた不破にボールを当てアウトにする。不破は私の敵を討ってくれよとオーバーリアクションをして外野に行った。友人は任せておけと素早くボールを拾いこちらに投げてきた。ここで俺はフッと笑う。なぜなら友人が投げたボールが遅い速度でゆっくりとカーブしたからだ。

 なぜカーブするのか知らない人に解説すると、野球ボールを投げるという動作では指からボールが離れる瞬間に指先で回転を加えて投げている。だから野球経験者ではドッチボールなどで投げるのが苦手という人が多いのだ。余談だがその時の回転数が多ければ多いほどストレートであれば伸びる球になる。

 

 友人はやってしまった!と叫んだ。この球なら誰でも捕れるだろと思って見てたら矢田の下へとボールがいった。矢田も簡単に捕れると思ったのか捕ろうとしたら落球した。それを見たBチームはラッキーと喜んでいた。落とした矢田はというとやっちゃったと舌を出して笑っていた。なにそれ可愛いな。

 

 切り替えていこうと磯貝が言って攻撃に移る。磯貝が力強く投げると前原がキャッチをし、すぐさま速い球を投げ返してくる。磯貝はくっと言いながら避けると後ろ側にいた菅谷は避けようとしたが当たり、ボールが少し上に浮いた。

 浮いたボールを捕れると判断した片岡は菅谷をセーフにしようとしたがボールを滑らして落としてしまった。…なんとダブルアウト。雪村先生がピッと笛を吹きアウトになった2人の名前を呼び、Bチームはよっしゃー!とハイタッチをしている。

 これで残り4人-7人とAチームが不利になってしまった。

 

 Aチームは外野から内野、内野から外野と細かくパスを回した。相手も内外でしかパスをしないなと感じ始めた辺りでパスを受けた竹林が素早く外野同士である片岡にパスしこれまた素早く相手にボールを投げる。伊達に眼鏡をかけてないな、頭脳プレイだ。

 投げたボールは倉橋に当たり、これで4人-6人。だが依然として男子が残り2人のAが不利なのは変わらない。

 千葉が当てれそうだと判断したのか凛香を狙う。当てやすい上半身ではなく相手が捕り辛い下半身を狙ってくる当たりコントロールが良い。下半身だったら当たってもボールが浮きにくいしな。

 

 避けるかなと思ったら凛香はボールを見事キャッチした。このプレイには敵味方関係なく、おぉ~と歓声が上がる。凛香は照れているのかすぐにボールを投げず、少し止まってから急に俺にパスしてきて小声で言った。

 

「純一ちょっと本気で投げてみてよ。杉野みたいなミスをしないように上手くね」

 

「…怪我人が出たらスマンな」

 

 俺がそう言うと会話が聞こえていた磯貝がえっと漏らした。俺は大きく助走をつけて思い切り投げる。指先で回転を加えることなく、ボールを掌で押し出すように。女子は狙わないように。

 ボールは物凄い勢いでBチームのコートへと投げられた。岡島がヘッととぼけた声とボールが体に当たったバン!!という音と共に被弾した。勢いがすごい分ボールは体に当たると大きく弾む。弾んだボールは千葉にも当たりダブルアウト。

 

 雪村先生がピッと笛を吹きアウトになった2人の名前を呼ぶ。みんなは呆然としている。本気で投げてみてよと言った凛香でさえも。 岡島は外野に行きながらチートや、チーターやろそんなんと叫んでいる。それを見た竹林は吹き出していた。

 

「えっと…南雲くん?今の球を女の子に当てないようにね?」

 

「ハイ、もちろんです」

 

 俺は先生の言葉にそう返事をする。何はともあれこれで4人-4人となり不利な状況を脱した。しかしB側にボールがあるので油断はできないし、ボールは友人が持っている。パスをするか、当てに行くかを迷っているので俺は神崎に耳打ちをして友人を揺さぶってくれと頼んだ。神崎は意味あるかなっと苦笑いしながら友人に向かって言った。

 

「杉野君…その…痛いのは嫌だから優しくしてほしいな?」

 

「…ハ、ハイ」

 

「「「いや、ハイじゃないだろう」」」

 

 クラス全員がツッコミをいれた。前原がこいつダメだと思ったのかすぐに外野にパスをしろと指示を出す。友人は原さんにパスを出すと原さんはすぐにボールをこちらに投げてきた。ボールは神崎に当たりアウトとなった。外野に行くときに神崎は友人に嘘つきと泣き真似をして言った。それを見た前原がすぐにこちらに抗議をしてきた。

 

「純一!精神攻撃は卑怯だろう!」

 

「うるさい!あそこまでやれとは言ってないしお前の遊びの遍歴を言っていないだけありがたいと思え!」

 

 俺の言葉に神崎はふふっと悪戯っ子のように微笑み、前原はぐっと黙りこんだ。Bチームで味方同士であるはずの岡野が何故か前原を睨んでいる。

 

 神崎が当たったことによりボールはこちら側にある。俺はすぐに外野となった神崎へとパスを送る。パスを受けた神崎は近くにいる友人へと先程の微笑みのままボールを投げる。見蕩れてしまったのか友人はキャッチすることなくアウト。挙げ句当たったのに悔しさの欠片もなくデレデレしている。その様子を見てクラス全員が察した、こいつ堕ちてるなと。

 

 これで3人-3人。残りはAチームは俺、磯貝、凛香でBチームは前原、岡野、莉桜となった。男子が多い分今度はこちらが有利だ。

 

 ボールは現在Bチーム側で莉桜がボールを持っている。莉桜は助走をつけて投げようとしたとき急に投げるのをやめた。どうした?とみんなが思っていると遠くを見ながら、あっ寺坂たち参加しに来たのかな?っと言った。

 当然みんなは莉桜が向いている方向を見る。誰もいないじゃないかと前を向き直すと磯貝が被弾していた。莉桜はしてやったりとずるい顔をしている。みんなはポカンと口を開けている。そりゃそうだ。莉桜が元気よく先生アウトだよね!?と聞くと先生はむむむと考えてから、

 

「…まあ南雲君の精神攻撃もあったからこれでチャラということで」

 

 ジーザス。因果応報で貴重な戦力を失った。そんなことを考えていると凛香が転がっているボールを素早く拾い投げる。投げたボールは岡野に当たりアウトとなった。凛香の素早い判断に俺はナイスとハイタッチを求めた。凛香は笑顔で手を出してきたのでパンと互いの手を合わせる。

 

 これで2人-2人となった。Aチームは俺と凛香でBチームは前原と莉桜だ。ボールはBチーム側。俺と凛香どっちを先に潰しにくるかわからないので何にでも対処できるように警戒する。

 前原は凛香に対して力強く球を投げてきたが凛香はそれを難無くかわした。そのときに俺は凛香は動体視力がいいんじゃないかと思った。考えたら千葉が投げた低い球も動体視力がいいからこそ捕れたんだなと気づいた。

 

 避けたボールはそのまま相手の外野の下へといった。友人はすぐに凛香に投げる。凛香は最初と同じ曲がった遅い球がくると油断したのか友人の速い球への反応が遅れキャッチをミスって球が浮いた。浮いた球を捕ろうとしたとき凛香が待って!と声を出したので俺はキャッチをしなかった。

 

「いや、今の頑張れば捕れそうだったけど」

 

「バカ、頑張ればってことは少しきついってことでしょ。純一がキャッチをミスったらダブルアウトで負けになっちゃうでしょ」

 

 あーなるほどなと思ってたら転がったボールが相手側にいってしまった。それを見た凛香は呆れ顔で、そのこぼれ球は確保しなさいよと言ってきた。いや、今凛香と話してたやんと思ったが悪い、勝つから許してと言った。凛香は頑張ってねと俺の背中をバンと叩くと外野へと向かった。

 

 Aチームの残りは俺1人。なんとしてでもボールを確保するしかない。当てる自信があるのか前原がパスを要求して前原の手にへとボールが渡った。

 前原は助走をつけて思い切り投げてきた。ボールは勢いよく俺へと向かってくる。体の下側で捕り辛い位置だなと思ったので俺は補球態勢ではなくバレーのレシーブの形を作ってボールを上に上げてからキャッチした。

 みんなはそんなのありかとポカンと口が開いている。俺の真後ろで不破だけはカイザーが!ゲームマスターが現実に現れた!と騒いでいる。

 

 俺はお返しだと前原に素早く投げ返す。俺の曲芸とも言える捕り方に驚いている内ならばそれほど速い球でなくても大丈夫だろうと先程よりも遅く投げた。案の定前原の反応が遅れたので残りは莉桜だけとなり勝ったなと思ったら莉桜がボールを横から叩き前原を守る形でアウトになった。

 

「…磯貝への騙し討ちといい油断ならんな」

 

「へへん、私だけが残ったら負けが確定するからね」

 

「すまん、中村助かった」

 

「いいっていいって。とりあえず色々と暴れて好き放題やってる純一を倒してきてよ」

 

 前原は莉桜の言葉に任せろと言った。いや、待て。暴れてもいないし、好き放題にやってないと俺は心の中で莉桜にツッコミをいれた。

 莉桜が外野に行ったのを確認してから前原はよし、と言って再び助走をつけてボールを投げてきた。勢いよく球が向かってくる。キャッチするのは難しいからとりあえず避けるかと思い避けた。幸い俺の真後ろには先程騒いでいた不破しかいないし、不破が前原の球を捕ってすぐに投げれるとは考えにくい。仮に投げれたとしても簡単にキャッチできるだろう、そう考え避けた。

 すぐに後ろを振り返り相手の動きに備えようとしたら俺は被弾した。なぜ被弾した?不破が投げたのか?と前を向いたら笑顔で渚が立っていた。

 真後ろにいるのは不破だけじゃなかったか?素早く回り込んで投げて俺に当てたのか?そもそも試合中渚はどこにいた?俺の頭は今とても混乱している。だが俺がアウトになったというのは事実。雪村先生がピッと笛を吹き試合終了!と元気よく言った。

 整列を促されたので全員整列をする。Bチームの勝ち!と先生が言うとBチームはよっしゃー!とガッツポーズをする。負けたAチームはというと悔しいとかではなくみんな楽しかったー!と笑顔でいる。みんなの笑顔を見て俺と磯貝はやってよかったなと拳を合わせて喜びを共有した。

  みんなが一頻り感想を言い合っていると昼休み終了のチャイムが鳴る。それを聞いたみんなは教室へと戻っていく。戻っていく中で俺は渚に声をかけた。

 

「最後やられたよ、不破のいたところまで回り込んだのか?」

 

「違うよ、僕はゲームの最初から外野の真ん中にいて当てられてアウトになった不破さんが後からやってきたんだよ」

 

「…マジか、渚に当てられるまでどこにいるか気づかなかった」

 

「僕強くないし影が薄いからかな?でも上手い南雲君をアウトにできたしよかったよ」

 

 そう言って笑う渚の頭を俺はグシャグシャと撫でた。それを見ていた前原や岡島から渚に当てられてやんの~とからかわれた。俺がからかわれてるのを見て笑っている渚になに笑ってんだよとお姫様抱っこをして運んでやった。それを見たクラスのみんなはイケメン王子と可憐なお姫様だ!と笑う。雪村先生も潮田君ごめんねと言いながら笑っている。片岡だけはキラキラした目でお姫様抱っこを見ていたのでおそらく憧れでもあるのだろう。

 落ち込んで沈んでいたのが嘘みたいだなと思いながら俺は教室へと戻って授業の準備をした。

 

 

 

 

 ~放課後、帰り道~

 

「勝つから許してって言ってたのに負けちゃったね」

 

「いや、まあ、うん、そうだね」

 

「純一ははやみんにお前のために勝つってカッコつけたのに私たちBチームに負けたのか」

 

「いや、そんなことは断じて言ってないしカッコつけてもいない」

 

 俺たちは3人で帰っている。授業が終わって帰ろうとしたときに凛香と莉桜から一緒に帰ろうと誘われたのだ。そして今俺は2人にからかわれている。

 

「申し訳ないけど負けたから許すことができないね」

 

「申し訳ないと思ってるんだったら許してくれてもいいんだよ?」

 

「なんか甘いものでも食べないと許す気になれないよね?はやみん?」

 

「そうだね、ちょうど帰り道の近くにハニートーストが絶品な喫茶店があるんだけど」

 

「最初からそれが望みか。わかった、ずっとこのネタでからかわれるのもあれだからそれで手を打とう」

 

「「いいの?ありがとう」」

 

「…君たち仲良いね」

 

 ハァ~と溜息をついて俺は歩く。女子2人はなに食べる~と盛り上がっている。えっハニートーストじゃないの?他にも何か頼むつもりなの?心でツッコミを入れながら3人で喫茶店へと向かう。喫茶店で磯貝がバイトをしていて莉桜がからかいまくるのはまた別のお話。




渚の片鱗を少し覗かせました。

作者の実体験ですが、ドッチボールのときにバレーで全国行ったやつがHUNTER×HUNTERのレイザーと同じくレシーブでボールを上げるやつやってたんですが無敵でした。
あと杉野君のボールが曲がる現象は野球やってた人あるあるだと思います。


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第0.6話 ボーリングの時間

E組の女の子みんな可愛く書きたいですね。




 今日はついに2年生最終日である。俺たちは終業式があるため早めに登校して今は本校舎へと向かっている。竹林がふぅと溜息をついたので俺は声をかける。

 

「竹林疲れたのか?体力もないほうだし俺がおぶってやろうか?」

 

「ありがとう、南雲君。でも心配には及ばないよ。ただ集会の事を考えたら気乗りしないだけさ」

 

 俺は確かになと苦笑いする。集会などの全校行事の際には他の生徒から嫌味を言われたり差別待遇を受ける。E組になって今日が初めての全校生徒が集まる行事ということで竹林は気落ちしているということだ。まあ差別待遇なんて慣れるもんでもないしな。俺は竹林の肩を軽く叩き気にせず行こーやと言う。

 

「純一おぶってくれるの?」

 

「莉桜、俺がおぶる提案をしたのは竹林だ」

 

「えーケチくさい!おぶってくれてもいいじゃん!」

 

「何でやらなくてもいいことをやらないだけでケチ扱いされないといかんのだ。…よし、俺にジャンケンで勝ったら本校舎の校門前までおぶってやろう」

 

「えっいいの?さっすがー!」

 

 まあ、竹林より軽いだろうしなと俺は付け加える。いざジャンケンというときに莉桜はよくある心理戦を仕掛けてきた。

 

「純一ってジャンケンのときに毎回パーから出すよね?」

 

「莉桜、その手には乗らないぞ。最初はグーから始めるかジャンケンぽんだけでやるか、かけ声だけ決めよう」

 

 莉桜はちぇっとこぼしながらジャンケンぽんだけでと言った。俺はフッと笑いをこぼす。なぜなら心理戦を仕掛けてきたのもそうだが莉桜が勘違いをしていて、俺がジャンケンのときに初手でよく出すのはグーだからだ。つまりパーを出すと思っている莉桜はチョキを出してくるわけで俺はいつも通りグーを出せばそれだけで勝てる。俺はイージーだなと思い勝負に臨む。

 しかしここで俺は気づく。パーから出すよねって莉桜は言ってきたが、果たしてさっきの考えの通りに相手が素直にチョキを出してくるか?答えは否。仕掛けてきたのだからそのままチョキなはずない。だとすると…パーだ!パーが正解だ!俺はにやけそうになる顔を我慢して莉桜と向き合う。対する莉桜は笑っている。いざ、開戦。

 

「「ジャン!」」

 

「「ケン!」」

 

「「ぽん!」」

 

 勝負は一瞬だった。俺がパーで莉桜がチョキ。

 負けてしまったと自分の出したパーを見つめていると、莉桜がイエーイと言いながら俺の背中に飛び乗ってきて言った。

 

「純一は深く考えすぎなのよ」

 

「ひょっとして俺がよく出す手知ってた?」

 

「そんなの知ってるわけないじゃない」

 

 莉桜は俺の背中でそう言ってカラカラと笑っている。俺は本当に深く考えすぎていたんだなと感じたので、これ以降ジャンケンは何も考えずやろうと思った。

 

「中村さんいいな、おんぶしてもらって」

 

「神崎ちゃんも純一に頼んでみたら?今日は私だけど他の日だったらいいよ」

 

「勝手に言うな。江戸時代の駕籠かきじゃないんだから人を進んで運ぼうとは思わん」

 

「えー?そう?純一って結構押しに弱い気がするけど」

 

 莉桜がそう言うと会話が聞こえていたのか近くにいた凛香が確かにと言っている。…マズイ、このままじゃ本校舎に行く度に俺は人を運ばなければならなくなる。流れを変えるために俺はそうだ!と話を切り出す。

 

「今日は午前中に終わるし午後にみんなでどこか遊ばないか?」

 

「純一から言い出すとは珍しい。でもいいじゃん!」

 

 莉桜がそう言うと周りも同調する。どこに行こうかと話し合って最終的にボウリングに決定し、磯貝と片岡が場所などを細かく決めている。委員長の2人はもうすっかり役職が板についてきている。

 莉桜が俺の背中で早く着かないのか~とジタバタしているので自分で歩いたほうが速いんじゃないか?と言って降ろそうとしたら、絶対に降りませーんと舌を出しながら笑顔で拒否してきた。不覚にも可愛いと思ったが悔しいので絶対に言ってやるもんか。

 

 

 

 

 終業式も無事に終わりE組は早く旧校舎に戻るように促された。無事にと言っていいのかはわからないが、校長先生の話のときや司会進行の教頭先生がいちいちE組いじりをしてくるのが鬱陶しかったらしい。なぜらしいという言い方なのかというと、俺は立ちながらボートを漕いでいたので知らないからだ。

 ともあれこれで旧校舎に戻って雪村先生の話を聞いて帰るだけだなと体育館を出ようとしたときに俺は本校舎の女子の集団に南雲君!と呼び止められた。

 

「どうした、何か用か?」

 

「こ、これを渡したくて!」

 

 集団の1人が意を決したかのように手紙を渡してきた。おそらくラブレターだろう。 受け取らない理由もないのでありがとうと返すと、女子の集団は足早に離れていった。受け取った俺もすぐにみんなの輪に戻る。前原にさすがだなと言われた。

 本校舎にも一応E組用の靴箱がある。そこで集会のときなどに靴を履き替える。なぜ突然こんな話をするかというと俺の靴箱には本校舎に来たときにはなかったものがあったからだ、ラブレターだ。それを発見した岡島が靴箱にラブレターって都市伝説じゃなかったんだなーと言って手に取ったので俺は岡島の手から素早く手紙を取り返す。

 

「こういうのは他の人に見られたら嫌だと思うから」

 

「ご、ごめん。そうだよな」

 

 俺と岡島のやり取りを見たE組のみんなはイケメンだ!と口を揃えて言った。いやいや普通に考えて自分の書いた手紙を出した相手以外が読むのは嫌でしょ。

 男子勢によっ色男などとからかわれながら裏山を登り始める。すると倉橋が純君~と言って俺の隣に来た。

 

「俺の事そんな呼び方してたっけ?」

 

「莉桜ちゃんと凛香ちゃんが下の名前で呼んでたから~。私なりの呼び方だよ~嫌だった?」

 

「いや、別に嫌じゃないよ。それでどうした?」

 

「ずっと立ってて疲れちゃったからおぶってほしいな~って!」

 

 俺は察した。莉桜が言っていた押しに弱いということを聞いていたなと。

 

「俺は午後のボウリングに備えて体力を温存しなきゃならないんだ、すまんな」

 

「え~、ダメなの~?」

 

 ぐっ上目遣いとは、さてはおねだり上手だな。これで手を打とうじゃないかと俺は上着のポケットから桃味の飴を渡す。

 

「いいの?やった~♪」

 

 倉橋はそう言ってジャンプしながら喜びを表現している。その反応可愛いな、てか疲れてたのはやっぱり嘘かよ。上機嫌な倉橋を見ていると凛香が話しかけてきた。

 

「純一、私も飴が欲しいんだけど」

 

「んっ…ほい」

 

「ありがとう。ていうかラブレターもらってるところ久しぶりに見たよ」

 

「あーかもなー。なに?嫉妬してくれてるの?」

 

「バ、バカじゃないの。別に嫉妬なんかしてないんだから、カン違いしないでよね」

 

 冗談だから怒らないでくれと凛香に謝る。すると矢田も話に参加してきた。

 

「私は誰かがラブレターを渡すところなんて初めて見たよ」

 

「矢田は誰かに書いたこととかないのか?」

 

「んー…あっ!書いたことあるよ!小さいときにパパに結婚してくださいって紙に書いて渡したよ!」

 

 …矢田の父さんを見たことはないが、デレデレで受けとる姿が容易に想像できる。

 

「そうなのか、矢田の父さん喜んでたろ」

 

「うん!桃花は絶対に嫁に出さんって雛人形を片付けるのがすごく遅くなったよ」

 

「…なかなか愉快なパパさんで」

 

 私のところもそういえば片付けてないと凛香が小さく言った。まあ確かにこんなに可愛い娘がいたら嫁には出したくなくなるだろうな。生憎我が家は男だけなのでその感覚はわからないが。凛香と矢田が家での娘に対してのお父さんあるあるを話してるのに相づちを打ちながら山を登っていると旧校舎が見えてきた。

 エネルギッシュに溢れた雪村先生が一番乗り~♪と教室に入っていった。やっぱり先生最近機嫌がいいな。

 

 

――

 

 

 学校が終わるとすぐに家に帰って遊ぶ準備をする。13時半に椚ヶ丘駅に集合とのことなので時間に遅れないようにする。俺たちはまだ中学生で外食にお金をかけられないので昼食は各自家で取って来るようにと磯貝から指示があった。俺は適当にカップ麺を作って食べ身支度を整えて家を出る。少しのんびりしすぎたため時間ギリギリになりそうだ。俺の格好は白を基調としたシャツに軽くカーディガンを羽織り、下はデニムのジョガーパンツとラフなスタイルだ。

 腕時計を何度もチラ見しながらいつもより気持ち速めに歩いていると椚ヶ丘駅が見えてきた。時刻は13時25分で俺以外全員到着してるっぽい。

 

「ごめーん、待ったー?」

 

「大丈夫、今来たとこだよ」

 

「ふっ最高の答えだ。…1000点やろう」

 

「あんたたちバカなの?」

 

 俺と前原のやり取りを見て凛香がそう言う。不破がいないから漫画ネタが通じるやつがいないのが悲しい。磯貝がこれで全員揃ったなと言った。俺は誰が来るのか把握していないのでここでメンバーを見る。

 男子は磯貝、渚、友人、千葉、俺、前原

 女子は岡野、片岡、神崎、倉橋、莉桜、凛香と綺麗に男女6人ずつの計12人のメンバーだ。矢田がいないのは珍しいなと片岡に聞くと病弱な弟さんの看病だとか。なんて良くできた娘なんだ、矢田の父さんが嫁に出さんと言っている気持ちがよくわかった。

 

 それじゃあボウリング場に向かおうと磯貝が先導する。みんなはそれに付いて行く形で歩き始める。俺は財布は忘れてないよなとクラッチバッグの中身を確認していると凛香が話しかけてきた。

 

「さっきの1000点やろうってなに?何かのネタ?」

 

「あーあれはバガボンドって漫画に出てくる伊藤一刀斎ってキャラのセリフ」

 

「ふうん。純一って割と何でも詳しいよね、漫画とか映画とか」

 

「家で時間さえあれば見てるからなー。話変わるけど凛香そのハット似合ってるな、服装もオシャレだし」

 

「あ、ありがとう…。純一も似合ってるよ」

 

「お、おう。素直に褒められるとは思わんかったからビックリしたわ」

 

 凛香がどういう意味?とジト目で見てきたのでそのまんまの意味だよと返す。莉桜がヒューと言いながら会話に入ってくる。

 

「お熱いねー二人ともー。ちなみに私はどう?純一」

 

 そう言って莉桜はその場で器用に1回転する。シャツにジーパンというシンプルな服装だが女子の中では身長の高いほうである莉桜にピッタリな服装だと思う。

 

「あー世界一可愛いよー」

 

「うわー…適当ー」

 

「まあ、似合ってるぞ」

 

「そう?どうもどうも」

 

 そう言って莉桜はニシシと笑う。莉桜は女子一人一人を指差してファッションの評価を促してきた。

 

「ひなたは?」

 

「一番動きやすそう、似合ってる」

 

「メグは?」

 

「なんかカッコいい、似合ってる」

 

「神崎ちゃんは?」

 

「一番清楚な感じ、似合ってる」

 

「陽菜乃は?」

 

「なんかふわふわしてる、似合ってる」

 

「…最後似合ってるしか言ってないけど適当じゃない?」

 

「いやちゃんと見た感想を言ってるけど…」

 

 俺の評価間違ってないよな?と男子陣に同意を促すとみんなはうんと答えた。ほらね、間違ってない。前原は岡野にお前も女らしい格好似合うのなと言って脛を思い切り蹴られてた。なぜそこでお前はデリカシーがなくなる?

 

 そうこうしていると駅から一番近いボウリング場に到着した。ボウリング場というよりゲーセンとか色々な遊戯施設がある場所だ。要するにラウンドワンみたいなところと言えばイメージしやすいだろう。

 磯貝と片岡が受付をしている。何ゲームやるかわからないのでとりあえず投げ放題にしたらしい。2ゲームやれば元が取れるらしく最低2ゲームやるぞと磯貝は意気込んでいる。

 

 磯貝が盛り上げるために罰ゲームを用意したと説明を始めた。

 3人1チームの計4チームに分かれ、最初の2ゲームでの合計点数が最下位のチームが1位のチームに飲み物を買うという罰ゲームを行うらしい。そのため出来るだけ力が平均的になるように上手いと思う人は自己申告で名乗り出てそれを均等に分けていくとのこと。

 上手いと自己申告したのは磯貝、千葉、前原、片岡のちょうど4人で、後は俺を除いて経験者。みんなにやったことないっていうのが意外と言われたが中学生でボーリングをやったことないなんてザラにいるらしく特にそれ以上何も言われなかった。ちなみになぜ俺が今までボーリングをやっていないかというと腕や指を痛めたくなかったからだ。

 

 チーム分けの結果は、

 A:磯貝、友人、神崎

 B:千葉、倉橋、凛香

 C:俺、前原、岡野

 D:渚、莉桜、片岡

 となった。Dチームはパッと見女子しかいないように見える。どうやら莉桜も同じ事を考えたようで女子3人組~と言って肩を組んでる。何度も言うようだが渚は男だからな。

 

 始める前に俺は前原からレクチャーを受ける。ボールの持ち方から最低限怪我をしないようにやらない方がいいことなどを教わる。点数の計算法を聞こうとしたらモニターに合計点数が表示されるから別に覚えなくてもいいぞと言われた。最初に試投が出来るから俺の投げ方を真似れば大丈夫だからと笑う前原は自信満々だ。

 そして前原が投げる。おーテレビとかでよく見る投げ方や。…ストライクやんけ。すると岡野と前原はイエーイとハイタッチをしてそのまま俺にもハイタッチを求めてくる。イエーイ。…どうやらボーリングはストライク、スペアを取るとこうやってハイタッチをするのが習わしなんだとか。それを聞いたときにふと友人に目をやると神崎とハイタッチをしたらしく顔が緩んでいた。幸せそうで何よりです。

 岡野に南雲君の番だよと言われたので先程の前原の投げ方を真似て投げてみる。…むっ、前原みたいに曲がらないな。てか端の3ピンしか倒れてねえ。

 俺がピンのボールの行く末を見守ってから後ろを振り替えるとみんなは無言で俺らの卓のモニターを見ている。

 

「…あのーコメントがないと寂しいんですけどー」

 

「…いや40キロ越えてるの初めて見たから言葉が出ない」

 

「1ピンだけしか倒れないコースなのにピンの跳ね方がすごくて巻き添えで倒してる…」

 

「…ピンが可哀想」

 

 みんな思い思いの感想を口にする。ていうかピンが可哀想ってなんだよ、ガーターとかでピンが倒れないほうが可哀想だろ。

 

「それよりもだ。純一はちょっと力強く投げすぎだ、もっと力を抜いてコントロール重視でも大丈夫だ」

 

「ほーん、そんなものなのか。なんかコツとかある?」

 

「レーンの手前に黒の三角形があるだろ?エイムスパットって言うんだけどあれを目印に投げると安定するぞ」

 

「おー全然気づかなかった。ちなみにカーブってどうやって投げてんの?」

 

「俺は2本指で持って投げてる、まあ本当は3本指で投げなきゃダメなんだけど俺たちはプロじゃないからな」

 

「なるほどなーでも今日は初めてだしストレートだけでいくよ」

 

 前原もそれがいいと言う。

 さて2投目だ。前原に言われたことを守りつつ三角形をよく見て投げる。綺麗に真ん中にいったが1ピンだけ残ってしまった。

 

「おー2回目にしてこれなら1番をとれるぞ!」

 

「南雲君も出来そうだし充分狙えるよ!」

 

 そう2人は盛り上がっている。俺も負けじと最下位だけは避けるぞ!というと2人にそりゃそうだと返される。お前らなんか息合ってるな。

 他のチームも試投が終わり、いよいよゲームが始まる。第一投の前原がストライクを取り良いスタートを切った。

 

 

――

 

 

 1ゲーム目終了時点での各チームの点数は

 A:スコア334:磯貝 140、 杉野 102、 神崎 86

 B:スコア346:千葉 161、 倉橋 72、 凛香 113

 C:スコア388:前原 174、 俺 103、 岡野 111

 D:スコア384:渚 108、 片岡 134、 莉桜 142

 となっていた。

 

 俺たちCチームは前原が上手いのはもちろんだが俺がビキナーズラックかはわからないがそこそこ点数を取って現在一位である。しかしスコアを見て少々おかしい部分があるので本人に直接聞いてみる。

 

「なあ莉桜、お前上手くないか?」

 

「そう?たまたまでしょ、たまたま」

 

 そう言った莉桜は悪戯な笑みを浮かべている。俺はそれを見て確信する。こいつ自己申告のときに隠しやがったなと。それでも磯貝は説明のときに上手いと思う人は自己申告で名乗り出てほしいと説明したので何もルールに引っ掛からない。

 

「さすが莉桜、小賢しいな」

 

「賢しいと言いなさい、賢しいと」

 

 清々しいまでに堂々としているので思わず笑ってしまう。前原と岡野は俄然やる気が出たらしく燃えている。第2ゲームが始まろうとしたそのとき事件が起きた。

 

 

――

 

 

「あれー?前原君?」

 

 女子の声がした方向を見るとそこそこ可愛い感じのセミロングの女子がいた。名前を呼ばれた前原はというとおっ久しぶりーと言いながらその子との会話を始めた。

 みんなはやれやれこの男はという感じだったが岡野だけは違う反応を示していて、段々と不機嫌になっていくのが目に見えてわかった。さすがにこの雰囲気でボウリングをしたくなかったので俺は岡野に話しかける。

 

「岡野?喉乾いてないか?何か買ってくるか?」

 

「大丈夫、乾いていない」

 

 一蹴された。みんなから同情の視線を受ける。岡野がなぜ不機嫌になったかはなんとなく察したが状況を打破しないことには何も始まらない。くそー岡野がダメなら前原をどうにかするしかない。

 

「おーい前原、話に花を咲かせてるところ申し訳ないんだがそろそろ2ゲーム目を始めたいんだが」

 

「ああ悪い悪い」

 

「ごめんね前原君、私もグループのところに戻らなきゃ!今度また遊ぼうねー!」

 

「遊べるとき連絡くれよなー」

 

 ふう、どうやら引き戻すことに成功したようだ。前原とCチームの卓に戻るとさっきより更に不機嫌になった岡野がいた。片岡はご機嫌取りに失敗したのかこちらに両手を合わせて頭を下げている。

 

「あれ?岡野?なに怒ってんだよー、ほら始めるぞ」

 

「…うん」

 

 いやお前が原因だよと心の中でみんなツッコんだに違いない。岡野の今の返事の怒気を聞いて普通にボーリングが出来るお前のメンタルを見習いたいよ。

 …と思ってたが顔には出てないだけで前原のスコアがた落ちやんけ。1ゲーム目の点数はどこへやら。俺たちCチームは全員がスコアを大きく落とした。

 

 

 

 

 結果、1位は片岡率いるDチームとなった。最下位はもちろん俺たちCチーム。

 飲み物を自販機で奢るときに莉桜のやつは一番高いレッドブルにしやがった。今夜寝られなくて明日学校に寝坊すればいいのにとか考えたが、明日から春休みなので何も影響がなかった。ジーザス。

 ボーリングが終了し、みんなはゲームセンターでUFOキャッチャーなどをやっている。俺が後ろから見ていると前原がこそっと話しかけてきた。

 

「おい純一、頼みがある」

 

「…用件を聞こうか」

 

「岡野機嫌悪かったじゃん?たぶん俺のせいだと思うんだけど俺から謝っても聞いてもらえなさそうだからこれを渡して間接的に謝ってくれないか?」

 

「まあ別に構わんが。許してもらえなくても俺のせいにするなよ?」

 

「OKOK、じゃあ頼んだ!」

 

 そう言うと前原は離れていった。岡野はどこだと探すとみんなとは別のUFOキャッチャーの前に立っていた。俺はなぜ前原がこれを渡してほしいと言ったのかがわかり、そのまま岡野に話しかける。

 

「よっ岡野、元気か?」

 

「元気ではないけど落ち着いた。…さっきは当たってごめんね」

 

「いいよいいよ、その代わり俺が怒って八つ当たりしたときは多目に見てくれよ?」

 

「ふふっなにそれ…あれ?その手に持ってるのって」

 

「ああ、これは前原がお前に渡してくれって、あとごめんって伝えてほしいって」

 

「…全くあの男は直接謝りにこいってのに」

 

「岡野、前原を許してやってくれよ。あいつチャラチャラしてるけどいいやつだぜ?見てたからわかると思うけど今日初めてボーリングする俺にも丁寧に説明してくれたしさ」

 

「それはわかってるけどさ…」

 

「それに今渡したぬいぐるみもさ、たぶん前原が岡野が欲しがってるってわかったから急いで取って謝る準備したと思うんだ。早く岡野と仲直りしたくてさ」

 

「ふふっ」

 

「おっ笑った」

 

「だって南雲君は全然悪くないのに前原のために必死に弁明してるんだもん、それが面白くて。…前原にありがとうって伝えてもらっていい?」

 

「おう、お安いご用だ」

 

「…本当はさ、他の女の子と仲良くしてようが私は彼女でもないし前原が怒られる謂れはないと思うんだ。でも仲良くしてるのを見たら不機嫌になっちゃう自分が女の子と仲良くしてる前原以上に嫌」

 

「…答えたくなかったら無視してもいいけど、前原の事好きなんだろ?」

 

「…うん。好きかはわからないけど確実に気になってはいる」

 

「そっか、まあ俺からは頑張れよとしか言えないな」

 

「…南雲君は好きな人いないの?ラブレターもらったりモテるでしょ」

 

 岡野の質問に俺は考えてから答える。

 

「好きな人はいないな。たぶん今の身の回りの関係が心地よくて、それが壊れるのが嫌なんだと思う。ラブレターをもらうのは一言二言しか話したことがない人からがほとんどだから告白してきた相手に付き合うことはできないってすぐに返事ができるのかな?…でも親しい人から告白されたことはまだないし付き合うとかって本格的に考えたことないからそういうのはわからないんだ――」

 

 俺は親しいと思う人を思い浮かべてから言葉を繋ぐ。

 

「でももし、親しい人から想いを伝えられたらちゃんと答えを見つけないとダメだよな。仲の良い友達の関係を続けたいとかも俺のエゴだと思うし…、ごめん上手くまとまらないや」

 

 俺は長く話続けてしまったかなと思ってたら岡野はずっと真剣な顔をして話を聞いてくれていた。

 

「ううん、そんなことないよ。きっと南雲君に想われてる人は幸せだと思うな、相思相愛かは別として」

 

「最後の一言がなかったらもっと嬉しかったんだがな」

 

「私、嘘つけないから」

 

「それは今日知ったよ。お互いとりあえず頑張ろうぜ」

 

「うん!南雲君に好きな人ができたら教えてね!」

 

「それはケースバイケースだな」

 

 なにそれーと岡野は笑う。岡野と話してる中で、恋愛について考えたが言葉にしようにも上手くまとまらなかった。よく話に聞くが恋愛に正解はないというのはこういうところからきてるのかなと思った。理屈ではない、人と人が関わることによって生じる化学反応。中学生の俺たちではまだわからない、大人になってからわかる日が来るのだろうか。

 ボーリングを始めてやって良い経験になったのもそうだが、普段意識しないことについて考える良いきっかけとなった日だと思った。

 

 

 

 

 ~その日の夜、個人LINE~

 

 

 純一:おーいまだ起きてるかー

 

 凛香:起きてる

 

 凛香:どうしたの?

 

 純一:いやなんとなく寝れなくて

 

 純一:話し相手が欲しかった

 

 凛香:寝るも何もまだ10時だけど

 

 純一:なんとなく疲れて寝る準備したけど

 

 純一:目が冴えちゃってな

 

 凛香:わかる

 

 凛香:疲れて逆に眠れない感覚

 

 純一:そうそう、まさに今その感覚

 

 凛香:別に春休みだから寝なくてもいいんじゃない?

 

 純一:いや明日予定あるから寝たい

 

 凛香:どこか行くの?

 

 純一:凛香と隣町のワンにゃんショーに行く

 

 凛香:は?私知らないんだけど

 

 純一:これから誘うつもり

 

 純一:明日予定空いてる?

 

 凛香:空いてるからいいけど…

 

 凛香:なんで私?

 

 純一:一度前原とペットショップ行ったけど

 

 純一:女の人から声かけられるの多かったから

 

 純一:女子連れてれば大丈夫かなって

 

 純一:あと凛香といると色々と楽

 

 凛香:ふーん、楽ってどういうこと?

 

 純一:他の人と違って気使わなくていいし

 

 純一:俺の事わかってる感じするから

 

 凛香:まあ2年間一緒にいればね

 

 凛香:それで何時から?

 

 純一:開園は10時で閉園が18時だから

 

 純一:凛香の都合の良い時間でいいよ

 

 凛香:じゃあ12時半に駅に集合で

 

 純一:おーけー、楽しみにしてる

 

 凛香:私も

 

 凛香:そういえばボーリングやったことなかったって

 

 純一:おーなかったよー

 

 凛香:球速くてビックリした

 

 純一:そんなに速かったのか?

 

 純一:いまいちピンとこない

 

 凛香:私筋力ないからちょっと憧れる

 

 純一:凛香細いからな

 

 純一:UFOキャッチャーはなんか取ったのか?

 

 凛香:ちょっと欲しいのはあったけど

 

 凛香:小遣いも限られてるし我慢した

 

 純一:偉いな

 

 純一:ちなみに何欲しかったの?

 

 凛香:猫のぬいぐるみ

 

 純一:そんなのあったのか、気づかなかった

 

 凛香:岡野と話してたもんね

 

 純一:ああなんか八つ当たりしてごめんって

 

 凛香:素直だけど直情型っぽいよね

 

 純一:あんまり話したことないのか?

 

 凛香:うん、クラスも別だったし

 

 純一:俺もクラスで話したことないやつ結構いるし

 

 純一:そんなもんか

 

 凛香:キッカケあったら今度話してみる

 

 凛香:そういえば純一から借りた小説有希子がおもしろいって

 

 純一:おーそれはよかった

 

 凛香:私にも今度なにか貸して

 

 純一:OK、明日何か持って行くよ

 

 純一:ちなみにジャンルは?

 

 凛香:ミステリーがいいかな

 

 純一:儚い羊たちの祝宴って読んだことある?

 

 凛香:ない、面白いの?

 

 純一:短編が続くから読みやすいのと、その短編ごとに緩い繋がりがあるからそれに気づいたらより楽しめる感じかな

 

 凛香:面白そう、楽しみにしてる

 

 純一:忘れずに持って行くよ

 

 純一:眠くなってきたから名残惜しいけど寝るかな

 

 凛香:おやすみ、私も話せて楽しかった

 

 純一:おやすみ、明日楽しみにしてるよ




中村がやっていましたが学生のときにジャンケンのときに心理戦を仕掛けてくるやつ絶対いましたね。
そういうくだらないことにも遊び心と言いますか、アホなことをやっていたのが懐かしいです。

矢田パパの雛人形を片付けるのが遅くなった件ですが、これは作者の父親ですね。作者妹が幼いときに矢田さんと全く同じ事を言ったらしく本当に雛人形を片付けるのが遅くなったらしいです。このネタは家族が集まったときに絶対話に出てきて父親をいじっています。


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第0.7話 犬猫の時間

 凛香と隣町のワンにゃんショーに行く約束をしたので待ち合わせの場所へと行く。集合の時間より10分ほど早く着いた。どうやら凛香はまだ来てないらしい、そう思っているとポケットの携帯が震えたので確認する。

 

 凛香:12時半ちょうどに着く

 

 純一:了解

 

 純一:黒ぶちの伊達眼鏡してるからいつもと違う

 

 純一:あと白い靴履いてる

 

 凛香:上着とかを教えてくれたほうが見つけやすいんだけど

 

 純一:それは着いてからのお楽しみで

 

 凛香:わかった

 

 凛香の返信を確認して俺は携帯をしまい貸す予定の本を開く。この本の最大の面白さは各短編の最後の一行がどんでん返しとは言わないけどその一行によって作品の全容が明らかになる感じだと思っている。高尚な印象は受けないので本を普段読まない人にも勧めやすい一冊に感じる。気に入ってもらえるといいなと何ページか捲っていると純一と声をかけられた。

 

「オッス、昨日ぶり」

 

「ごめんね、待たせちゃって」

 

「いや時間的に遅れてないから気にしなくていいよ。いつもと髪型違うのな」

 

「うん、せっかくだし変えてみようかなって。どう?」

 

「似合ってるし服装にあってると思う」

 

「そう、ありがとう。純一も眼鏡似合ってるよ」

 

「それはよかった。似合わないとは思ってないけどそう言われたら安心する」

 

 ジャズダンスという洒落た趣味を持っている凛香は普段の服装もオシャレなので服装を褒められると普通の人に褒められるより嬉しく感じる。ちなみに凛香の髪型はサイドアップにしていて、服装も動きやすい感じのジーパンスタイルだ。服装に安堵していると凛香がところでと話を続ける。

 

「隣町までどうやって行くの?」

 

「ああ、あと10分くらい待ってればバスが来るからそれに乗っていく」

 

 じゃあまずバス停に向かうよと凛香が先に歩き出す。男的には先導したほうが良いのかもしれないけれど、これが俺と凛香の距離感。俺が先に立つことがあれば今みたいに凛香が先に立つこともある。それは他の女子にはないものに思える。

 バス停はそこそこ混んでいて席に座れるかどうかというものだった。バスが来たので乗り込むと案の定待ち合い客全員が座れなく俺と凛香を含めた5人が立つこととなった。出発時刻となりバスが走り出す、公共機関ということもあり会話はあまりしない。目的地まで約20分、停留所は10個ほどだったか。そんなことを考える。

 暇だなーと車内にある看板を目で追っていると目の前に座ってる乗客二人の間の降車ボタンがあり、そのボタンに泥を拭ったような痕がついていることに気がついた。やんちゃな子供でも乗ったかなーと思いながら携帯に目を移す。

 

 

 

 5分ほど経過したときにふと目の前を見ると先程の降車ボタンの泥が拭われていた。このボタンを押す可能性があるのは俺と凛香とそのボタンの前後の一人がけに座っている乗客の2人の4人である。

 席が空いた場合に残りの時間を凛香に座ってもらうために俺はどちらの乗客が降りるのかを推理して座席をプレゼントしようと考えた。

 

 さて、と情報収集を開始する。前の座席に座っているのはクリーム色のコートにイヤホンをつけ、ポケットに手を入れて外を見ている大人の女性。後ろの座席には車の揺れに耐えるかのように背中を丸めている老女。俺と凛香はまだ降りないので降りるのは2人のどちらかだが2人とも降りる気配はない。本などを読んでいて閉じるなどの行動をしてくれたらわかりやすいのだけど。

 ボタンの汚れが拭われているので手袋でもつけているのかと思い2人の手元を見てみると老人は手袋をつけているが女性はポケットに手を入れているのでわからない。

 しかしここで俺は考える。別に手袋をしていなくても泥を拭うことは可能なのではないかと。ボタンを押すという行為で汚れが消えるということは落ちやすい汚れであり別に手袋はなくても消えると推測する。

 

 他に何かないかなと女性に目をやるとバッグからマフラーがはみ出ていた。暑い車内では確かにマフラーはしていられない、つまりマフラーをしていないということはまだバスから降りないのでは?…うーん少し弱いな。そもそも狭い車内でマフラーをつけるとは考えにくいし外に出てからつけるかもしれないし、もっと決定的な何かはないか。

 バスを降りるときには何が必要か、そうICカード又は運賃だ。ポケットに手を入れている女性は定期入れをポケット内で掴んでいるという線はないか。加えて普通は膝に置いているバッグなどは落ちないように手でも添えはしないだろうか?そう考える。

 ましてや女性は男性と違い化粧道具などを持ち歩く人が多い。バッグからマフラーが顔を出しているということはそれらの小物が散乱する可能性が非常に高い。つまりバッグを支えずポケットに手を入れているということは定期入れを手で掴んでいるということだ。それに今は信号待ちでバスは揺れていない。

 バスが走り出すと女性が降りるのが決定的となった。ポケットから手を出しバッグを落ちないように掴んだのだがその手には定期入れが握られていた。俺は勝利を確信して少し移動をして凛香に声をかける。

 

「凛香、もう少しこっち側来て」

 

「どうして?」

 

「ちょっと良いことがある」

 

 凛香は不思議そうな顔をしながらも少し移動して女性の目の前に立つ形となった。

 特に混んでいる訳ではないから普通に席が空いたときに座っていいよと譲ればいいじゃんと思う人もいるかもしれないが、凛香の性格的に目の前の席が空いたら目の前に立っている人が座るべきと座らない可能性が非常に高い。なので俺はどちらの乗客が降りるかを推理して座席の目の前に立つよう誘導して座ってもらおうと考えたわけだ。

 

 運転手が停留所の名前を言い、バスの扉が開く。推理通り女性は席を立ち降りていく。それに付いて行くように遅れて老女も降りていった。

 …2人とも降りるのかよ。俺は釈然としない思いを胸に抱えながら席に座る。もちろん凛香も空いた席に座る。

 

 オモイコミ、ダメ、ゼッタイ。外の景色を見ながら俺は今日の出来事を教訓にしようと思った。

 

 

 

 

 バスから降りたときに凛香はそういえばと聞いてきた。

 

「ちょっと良いことがあるって言ってたけど、あれってなんだったの?」

 

「あーそれはだなー…」

 

 俺はバスの中での推理を話す。それを聞いた凛香はいつものクールさはどこへ?と思うくらい笑っていた。

 

「別に気にしなくていいのに」

 

「いやー女子が立って男が座るっておかしいじゃん」

 

「私は気にしないよ」

 

「俺が気にするから今後は俺が譲ったら座るようにお願いします」

 

  「わかったよ」

 

 それに推理が無駄になっても困るしねと凛香は悪戯な笑みを浮かべながら言ってきた。くそー悔しいが可愛いので許す。そうこう話していると目的地の会場に到着する。心なしか凛香の頬が緩んでいる気がする。

 

「聞くのかなり遅い気がするけど、犬猫好き?」

 

「猫がすごい好き、みんなには秘密にしてるけど」

 

「ほーん、秘密にしてるのはなぜ?」

 

「…だって私のキャラじゃないし」

 

「まあ確かに普段の凛香からは想像はできないな」

 

 そう言えばボウリングのときに猫のぬいぐるみ欲しがってたなと思い出す。あまり猫が好きということは口外しないようにしようと心に誓う。

 

 俺と凛香はまず犬のコーナーへと足を伸ばす。猫を先に行くかと提案したら満足して帰っちゃいそうだからと犬を先にすることとなった。満足して帰っちゃうって猫好きすぎでしょ。俺は犬派か猫派かと聞かれると僅差で犬のほうが好きなので犬派と答えている。両方ともめっちゃ好きなのでワンにゃんショーは天国かな?と思うくらいだ。

 犬との触れ合い広場で今は2人共犬と戯れている。猫が好きと言っていたが犬も好きらしく笑顔が眩しい。いや、ほんとに。普段のクールさが微塵もない。凛香と子犬の写真を撮ろうとしたが、撮影はご遠慮くださいという注意書きを思いだし断念した。せめて忘れないようにこの光景を目に焼き付けておこうと思う。

 満足したのか、次はお待ちかね猫のコーナーへと行く。犬のときより数倍眩しい笑顔が見れた。太陽かなって思うくらい、猫と凛香が重なったときにようやく直視できる感じ。日食かよ、と心で1人でツッコミを入れる。

 

 凛香は満足したのか猫のコーナーを後にする。犬は時間にして約30分、猫は約1時間。単純な話、犬の倍は猫のことが好きらしい。さて次はどうするかと凛香に尋ねる。

 

「うーん…確かカフェあったよね?そこで休まない?」

 

「そうだな、一度休憩するか」

 

 ということでいざカフェへ。

 

「本当に猫が好きなんだな、いつもの凛香と180度違ってビックリしたわ」

 

「…忘れて」

 

 今ごろになって恥ずかしくなってきたのか顔が赤くなっている。

 

「あれが世間でよく言われているギャップ萌えと言われるものかと実感したよ」

 

「忘れて」

 

「…はい」

 

 有無を言わさない凛香の言葉に思わず返事をしてしまった。くそー、もうからかうことができない。

 

「あれ?純君と凛香ちゃん?」

 

「あっほんとだ、おーい!」

 

 声のした方を見ると倉橋と矢田がいた。

 

「おー倉橋と矢田か、倉橋はやっぱりと思ったが矢田も来てたのか」

 

「うん、陽菜ちゃんに誘われてきたんだ」

 

「桃花ちゃんと来たから誘ったんだ~、凛香ちゃん犬とか猫好きだったの~?」

 

「うん、そうだよ」

 

「凛香は俺が誘ったんだ、一人で回るのもなんだし」

 

「そうだったんだ、てことは南雲君と凛香はデート?」

 

「すまん、その辺りは全く考えもせず誘ってしまった」

 

「気にしなくて大丈夫だよ、私も犬と猫楽しみだったし」

 

 倉橋と矢田はなんだーと言っている、意識してなかったが確かにデート言われればデートだ。なんかそう思ってたらちょっと恥ずかしくなってきた。凛香の方をちらと見ると凛香も恥ずかしいのか少し俯き気味な気がする。

 

「ところで2人はどこに行くの?」

 

「ああ、俺たちは一度カフェで休憩しようかなと思って」

 

「そうなんだ、もしよかったら一緒に回らない?人が多いほうが楽しいと思うし」

 

「俺はオッケーだけど、凛香は?」

 

「うん、それでいいよ」

 

「じゃあカフェへと行こう~」

 

 了承の返事をすると倉橋を先頭にカフェへと移動する。俺は凛香にだけ聞こえるようにこそっと話しかけた。

 

「ごめんな、考えなしに誘っちゃって。今度から気をつけるよ」

 

「さっきも行ったけど気にしなくていいよ、私は誘ってもらえて嬉しかったし。また遊びに行くとき誘ってよ」

 

「そう言ってもらえると助かる、ていうか俺からも誘うけど凛香からも誘ってくれよ」

 

 気が向いたらねと凛香は笑う。話ながら移動しているとカフェに到着した。席に着いてメニューを開く。ワンにゃんショーが開催に合わせて開かれたカフェなのでメニューは多くはないがオーソドックスなものは一通りあった。

 俺はコーヒーで女子3人は紅茶、あとはそれぞれ違う味のケーキを頼んだ。こうすれば違う味も楽しめるからな。

 

「俺の家は特にペットは飼っていないんだが3人は何か飼ってたりするの?」

 

「私の家は両親二人とも働いてるから飼ってないよ」

 

「私は弟の体が弱くてペットどころじゃない感じかな?」

 

「私は可愛い犬飼ってるよ~、ドーベルマン!」

 

「ド、ドーベルマン…。可愛い…のか?」

 

「カッコ可愛いよ~お兄ちゃん代わりだから!」

 

 ドーベルマン飼ってる人っているんだな~、警察犬とかのイメージしかないからビックリだ。倉橋のペットトークを聞いていると店員さんが飲み物とケーキを持ってきたのでそれぞれ食べ飲み始める。

 

「へ~純君コーヒーブラックで飲むんだ」

 

「ああ、甘いものを食べるときだけな。普段はもっぱら雪印かマックスコーヒーだよ」

 

「雪印のコーヒー美味しいよね~」

 

「それでもブラックでコーヒーを飲めるのすごいと思うな」

 

「苦いだけならいいけど酸味が強いのはダメなんだよ。だから缶コーヒーとか買うときはちゃんと文字を見てから買ってる」

 

「なに、缶に書いてある文字見たら酸味あるかとかわかるの?」

 

 凛香の問いに俺はウンチクみたいなこと言うの好きくないけどと答える。

 

「大雑把に言うと粗挽きが酸味、細挽きが苦味がそれぞれ強い。豆によって違いはあるけど」

 

「へ~南雲君よく知ってるね」

 

「酸味が少ないのを選ぶために色々調べたからな、まあこの話は置いといてケーキ食おうぜ」

 

「そうだね~」

 

 それぞれの選んだケーキは俺がチョコレートケーキ、凛香がチーズケーキ、矢田がシフォンケーキ、倉橋がショートケーキとなっている。

 女子同士はお互いに食べさせあい、所謂あーんをして食べてるわけだが俺は恥ずかしくて絶対に無理なので押しに負けず皿に分けて渡すという方式にしようと思っている。そんなことを頭で考えていると凛香が自分のケーキを切ってこちらの皿に乗せてきた。さすが凛香。

 

「てんきゅ」

 

「純一のも頂戴よ」

 

「もちろん…ほれ」

 

「ありがとう、…甘くて美味しい」

 

「チーズケーキは甘すぎなくていくらでも食べれるな」

 

「ふふっそれは無理でしょ」

 

「純君の私にも頂戴~」

 

「私も南雲君のチョコケーキ欲しいな」

 

「おー今切るから暫し待たれい」

 

 俺はフォークで食べやすい大きさにカットしてそれぞれの皿に乗っける。矢田も自分のケーキを切ってこちらの皿に渡す。よし良い流れだと思っていると倉橋があーんとこちらに向けてケーキの刺さったフォークを差し出している。

 

「あのー倉橋さん?恥ずかしいのでお皿に乗っけていただいてよろしくて?」

 

「何その喋り方~いいから食べなよ~」

 

 倉橋が意識していないものを俺が断るのもおかしいかとあーんともらう。…ショートケーキのほうがチョコケーキより甘いな、いやそんなはずはないんだけど。雰囲気か?倉橋のゆるふわ雰囲気が足されて甘くなっているのか?甘党の方は倉橋と付き合えば将来安泰じゃないか。

 

「美味しいけど同級生のあーんは恥ずかしいので次からはもうやらないからな」

 

「食べさせてもらったほうが美味しいんだよ~、私の家の犬も手であげたほうがよく食べるんだよ」

 

「…俺は犬と一緒か」

 

 倉橋はそれほど異性を気にせず接してる感じだな。なんか慣れてる雰囲気から察するにおそらく男兄弟がいるなと推測する。

 俺も普段は異性は意識しないが、あーんなど一歩踏み込んだような感じのアクションに関してはてんで弱い。そういう自己分析をする。だって男の子だもん。しゃーない。

 

 ある程度休憩もできたので店を後にする。女三人寄れば姦しいという諺があるがこの三人にはそれは当てはまらなかった。ちゃんと節度を持って行動しているというか話のボリューム調整が上手いのか。単純にお喋りなやつがいないのか。そこはわからないがとりあえず静かに行動している。無言というわけではないが。

 俺は3人の一歩後ろに付いていくように歩いている。方向的にどうやら猫の触れ合い広場に行くようだ。猫のコーナーへと再度訪れると先程よりやや空いている位だったので色々な猫と3人は触れあっていた。俺はというと近くのベンチで座っている。遊園地で遊び疲れたお父さんみたいだなと思った。

 凛香は最初に来たときみたいに笑顔ではなく凛とした感じで猫を抱っこしている。どうやら倉橋と矢田には見られたくないらしい、まあ俺もデレデレしてる顔とか他人に見られたくないから当然だなと思う。

 

「ひょっとして南雲か?」

 

「そういう君は磯貝悠馬」

 

「何でフルネームなんだよ」

 

 そう言って磯貝は笑う、ふと見ると後ろに子供がいたので磯貝に尋ねる。

 

「弟と妹?」

 

「うん、ほら兄ちゃんの学校の友達の南雲お兄ちゃんだよ。ちゃんと挨拶して」

 

「「南雲お兄ちゃんこんにちは!」」

 

「おーこんにちは!元気で良いな」

 

「元気すぎて困ってるくらいだよ、今日は一人で来たのか?」

 

「子供は元気すぎるくらいがちょうどいいんじゃないか?俺は凛香と2人で来たんだけどさっき倉橋と矢田と偶然会って一緒に行動している」

 

「そうなのか、じゃあ3人にも声をかけてくるかな」

 

 そう言って磯貝は弟たちを連れて3人のところへと行った、雰囲気から察するにおそらく磯貝の弟たちを含めて猫と戯れるみたいだ。…と思っていたら磯貝だけがこちらに戻ってきた。

 

「どうした、こっちに戻ってきて」

 

「いや、南雲が1人で寂しいかと思ってさ」

 

 磯貝はカッコいいとか抜きに良いやつだ。それに頭もいい、この間クラスで行った小テストでも満点を取っていた。E組に落ちる要素がないだけになぜ落ちたのか不思議に思ったので聞いてみることにした。

 

「言いたくなかったらいいんだけどさ、どうしてE組に落ちたんだ?」

 

「うーん…簡単に言うとアルバイトしてるのが学校にバレてそれで落ちたんだ」

 

「重度な校則違反で落ちたって感じか」

 

「うん。…俺が中学1年生のときに父さんが交通事故で他界しちゃってさ、それで家計の足しにでもなればと思ってバイトしてたんだ」

 

「そうだったのか…ごめんな嫌なこと聞いちゃって」

 

「いいんだ、俺は気にしていないから。ただ弟たちに寂しい思いさせてないかってことが不安で…。母さんは働いて弟たちは甘えたいのにあまり甘えられないしさ」

 

「見てる感じだと弟さんたちが寂しそうには見えないな。ほら、倉橋とかと話して屈託なく笑ってるし。寂しいやつはもっとそういう笑い方するから大丈夫じゃないか?」

 

「そうかな…うん、そうだな!」

 

 これだけじゃ言葉が足りないというか弱いと思ったので俺は磯貝に意を決して打ち明ける。

 

「…磯貝だから言うけどさ、…実は俺母親がいないんだ」

 

「えっそうなのか?」

 

「話でしか聞いたことがないんだけど、俺の母さんは体がかなり弱かったらしくて俺を出産した数日後にそのまま体力が低下して亡くなったらしい」

 

「…」

 

「さっき磯貝がさ、弟たちは母親に甘えたいと思うって言っていたけどきっと大丈夫だと思う。俺もそうだったから」

 

「俺も、というと?」

 

「誰かに甘えたいっていうときに父さんがいたんだ。磯貝の弟さんたちでいうと磯貝、お前と同じだよ。父さんが俺を構ってくれたから俺は腐らず成長できたと思う。だから磯貝の弟さんたちは大丈夫だ、俺が保証する」

 

「そうだったのか、ありがとな。俺を元気付けるために自分が辛いことを話してくれて」

 

「別に辛くないから大丈夫だ」

 

「嘘つけよ、涙落ちそうだぞ」

 

「えっ」

 

 目に触れてみると確かに涙が零れる一歩手前だった。俺は慌ててハンカチで涙を拭く。

 

「これは寂しいからとかじゃなくてあれだ、雨だ」

 

「そっか、傘持ってきてないから止むことを願うよ」

 

「ああ、これ以上降らないように祈っててくれ」

 

 磯貝はティッシュ使うかと差し出してきたがハンカチで事足りるので断った。とりあえず凛香たちにはバレたくないので俺は逆側を見て落ち着くのを待つ、その間磯貝は黙っていた。俺は落ち着いてきたので再度磯貝には話しかける。

 

「…寂しくないとかは嘘じゃないんだ。…ただ、1度くらい母さんに甘えてみたかったなって」

 

「そうだよな、俺の弟たちも1度も甘えたことないってことではないからな。…南雲辛いことがあったらいつでも頼ってくれよ、こういう話をした間柄だしさ」

 

「おう、磯貝もな」

 

「もちろん」

 

「さて、湿っぽい話も終わりにして猫と戯れるか」

 

「そうだな、行くか!」

 

 磯貝と二人でみんなのところへと向かう。

 

 俺は母親が早くに亡くなってからずっと父親と2人だった。最初から母親がいなかったが磯貝はどうだろうか?中学1年生という多感な時期に父親を亡くしている。最初からいないものならそういう風に変換できるが、今までいた人がいなくなるというのはかなり辛いはずだ。ましてや大黒柱である父親。俺も母親がいなくて辛いが磯貝はもっと辛いはずだ。けど泣き言を一切言わず前を向いて生きている。俺が後ろを向いているとは思わないが、磯貝に対してただのクラスメートというだけではなく尊敬の気持ちが生まれてきた。どうか俺たちがこれからも前を向いて生きていけますように、それを願わずにはいられない。

 

 

 

 この日の夜、月の直径の7割は消し飛んだ。

 

 

 




バスの中の降車ボタンが誰が押したかという件は米澤穂信さんの「秋期限定栗きんとん事件」に出てくるもののオマージュですね。
色々と観察して推理した南雲君ですが二人とも降りるという落ちをつけています。米澤さんの作品の方ではきちんと、より詳しく推理してますので興味がある方は手に取ってみてください。

月が爆発したのをたった一言で終わらせましたが、身近で起きなかった大きな出来事って大抵ニュースとかで結果だけ聞くことが多いというかほとんどです。なので簡素な感じで一言にしました。


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第0.8話 幕間

月が三日月になってしまったらE組はどういう反応するのか。男子と女子で分けました。

短いです。後書きで改変した箇所について詳しく書きます。むしろ後書きが本編みたいなもんです。


 ~E組の男子グループトーク~

 

 前原:お前ら今朝のニュース見たか!

 

 三村:見た!月のやつだろ?

 

 杉野:月?なんだそれ?

 

 渚:月が爆発して蒸発したってやつだよ

 

 前原:ずっと三日月なんだぞ!やばいだろ!

 

 杉野:テレビつけたらマジだった!

 

 菅谷:餅をついている兎はもう見られないのか…

 

 南雲:菅谷は目の付け所がSHARPだな

 

 渚:月の兎なんて久々に聞いたよ

 

 木村:海外とかだと見え方違うんだっけ?

 

 岡島:女性に見えるとかもあるらしいが、

 

 岡島:もしも月が二つあればおっぱいになると思うんだ

 

 前原:知らねえよw

 

 南雲:それ女子の前で絶対に言うなよ

 

 千葉:色彩認識能力の違いで男女で見え方が違うって聞いたことがある

 

 磯貝:へ~そうなのか

 

 前原:今度女の子に言ってみるよ、ありがとう千葉

 

 南雲:思い切り付け焼き刃だな

 

 岡島:付けると言えば最近俺は家のトイレで練習しているんだ

 

 渚:何の練習?

 

 岡島:みなまで聞くな…

 

 南雲:じゃあ最初から言うな

 

 杉野:あー察した

 

 三村:なるほどねw

 

 磯貝:岡島…女子の前では本当に言わないでくれよ…

 

 木村:片岡とかめっちゃ冷めた目で見てるしな

 

 岡島:そうなんだよ、片岡はエロ警察だな

 

 岡島:バレたら取り締まられる

 

 前原:エロ警察って響きヤバイな

 

 三村:片岡がいやらしいみたいだ

 

 岡島:普段が真面目なだけに、こう…ギャップがな

 

 前原:うむ、素晴らしいな

 

 南雲:ちょっと笑っちゃったけどそういう話は個人トークでやってくれない?w

 

 岡島:個人トークでもしてるから

 

 木村:尚たちが悪いなw

 

 磯貝:ハイハイ!この話はもうやめ!

 

 前原:じゃあ渚なんか新たな話題を提供してよ

 

 渚:えっぼく?

 

 岡島:渚はこのクラスに一人しかいないだろ

 

 杉野:そうだよ、早くしろよ

 

 渚:えっとー…今みんなでトークしてるけど予定ある人とかはいないの?

 

 磯貝:あっ

 

 前原:あっ

 

 南雲:あっ

 

 木村:あっ

 

 菅谷:あっ

 

 杉野:お前らはみんな用事があったのかw

 

 南雲:結構時間が危うい

 

 磯貝:俺はバイトに行かなきゃいけない

 

 前原:デートの準備をせねば

 

 南雲:渚てんきゅ、助かった

 

 渚:話題じゃないけどよかったのかな?

 

 

 

 

 ~E組の女子グループトーク~

 

 片岡:三日月のニュースやってたけど私達の身の回りで異常とかないよね?

 

 矢田:ないよ!

 

 中村:なーい

 

 原:ないよー

 

 不破:ジャンプの発売日に影響ないから大丈夫だよ!

 

 片岡:そう、何もなくてよかった

 

 矢田:さすが委員長、みんなが第一って感じだね

 

 倉橋:生態系崩れてなきゃいいんだけど~

 

 速水:倉橋、それは大丈夫だと思うけど

 

 倉橋:ほんと?よかった~

 

 矢田:まだ大丈夫って決まったわけじゃ…

 

 奥田:地球には今のところ問題ないってやってましたよ

 

 片岡:なら大丈夫だね、それよりみんな春休み満喫してる?

 

 矢田:してるよ!陽菜ちゃんとワンにゃんショー見に行ったんだー

 

 倉橋:凛香ちゃんと純君も途中から一緒だったよ~

 

 岡野:途中から?

 

 中村:凛香デートしてたの!?

 

 速水:してないよ、色々理由あって誘われた

 

 中村:ふーん、怪しいな~

 

 矢田:南雲君もそこら辺はあまり考えてなかったって言ってたよ

 

 中村:あいつモテんのに誰とも付き合わないからなー

 

 岡野:でも色々考えてるみたいだよ

 

 神崎:そうなんだ

 

 不破:うちのクラスの男子で一番かっこいいのって誰かな?

 

 中村:磯貝か純一か前原の3人の内誰かじゃない?

 

 原:前原君はその3人だったらちょっとなしかな

 

 岡野:えっどうして?

 

 矢田:うーん、そうだねー…

 

 神崎:女子みんなに声かけてたからね…

 

 岡野:あー…確かに…

 

 片岡:えっそうなの?私声かけられてないよ?

 

 速水:委員長だから怒られると思ったんじゃない?

 

 倉橋:雷落ちたら嫌だもんね~

 

 片岡:私そんな怒ってるかな…?

 

 奥田:そんなことないですよ!しっかりしてて良いと思います!

 

 矢田:イケメグだもんね!

 

 片岡:ならいいんだけど…

 

 中村:じゃあ磯貝と純一のツートップってことで

 

 倉橋:ヨーグルトベリーパフェみたいなおいしいスイーツの店誰か教えて~

 

 速水:すごい話変わったね

 

 矢田:うーん…パット出てこないな

 

 神崎:場所わからないんだけど学校の近くにハニートーストがおいしい店があるって聞いたことあるよ

 

 中村:あー磯貝がバイトしてるところかな、たぶん

 

 倉橋:有希ちゃん莉桜ちゃんありがとう!今度行ってみるね!

 

 片岡:磯貝君またバイトしてるのかー…

 

 中村:短期で入ってるって言ってたよ

 

 不破:家庭のために頑張るイケメンって漫画の世界みたいだよね!

 

 片岡:まあ家庭の事情とかもあるし私達でカバーしていかないとね

 

 不破:私の一言は無視ですか?

 

 …――




男子は月について触れますがすぐに関係ない話に飛びます。中学生男子なんてこんなもんです。
女子は月が爆発したことによる影響はないか確認した後に恋やスイーツの話に飛びます。
女子のほうがしっかりしてるものの、自分達とは無関係な場所で起きてるという認識なので両者ともに早めに話が切り上げられています。

さて本題である改変については説明しますが、そんなもんてどうでもいい、ネタバレすんなという人は飛ばしてください。











大きな改変については"月が爆発した日付"です。
これについては疑問に思うことがいくつかあって整理しますと、
・原作16巻で3月13日に地球が滅ぶと説明される(殺せんせーの過去)
・原作19巻でとどめのレーザーの発射日として発表されたのは3月12日
・原作20巻でE組で殺せんせーの誕生日を祝ったが、それはレーザーが発射される3時間前でつまり3月11日

ここで殺せんせーの誕生日が3月11日と判明しましたがいくつか問題が生まれます。問題というのは殺せんせーの誕生日が雪村先生の命日だからです。

問題を箇条書きで書くと、
・渚達E組メンバーを2週間受け持ったと原作の中でしっかり説明している。(原作15巻で2年の3月の2週間ぽっちと竹林君が言っている)
・普通クラス替えなどを行うのは卒業式終えてからでは?
・3月の頭からE組だけ隔離してと考えたら辻褄は合うけど、渚達の1個上の学年はどうしてるの?

細かくあげれば結構ありますが大きいのはこの3点ですね。
個人的に私立だからとか漫画だからの一言で済ませたくないので辻褄を合わせるために作者が考えたタイムスケジュールは、

3月10日(日)
→卒業式及びクラス替え
3月11日(月)~3月22日(金)
→ここが雪村先生と関わった2週間
3月23日(土)
→月が爆発及び雪村先生が亡くなる

こうすれば辻褄が合うかなと思います。中学校のスタートは4月1日からではなく大抵4月5~8日辺りなので、そうと決めたら一直線の茅野さんは頑張って編入してくれます。

以上の改変により台詞とか多少いじる場所が出てきますが雪村先生を絡ませつつ本編も矛盾なく進ませることができるのかなと思います。茅野さんに無理はさせていますが。

他にも細かく改変してますが書き溜めした後に投稿しているので結構見逃してるかもしれませんので突っ込みどころや疑問点、感想などありましたらお願いします。

MHWとスプラ2などのゲームや仕事との兼ね合いで投稿が遅れますが必ず完結させるので安心してください。


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4月
第1話 暗殺の時間


やっと原作1巻です。
おかげでタイトルを考えるのがすこぶる楽になります。


 ~渚視点~

 

 春休みを終えて僕たちは3年生となった。始業のチャイムが鳴り担任の先生が入ってくる。

 

「HRを始めます。日直の人は号令を!」

 

「き、起立!!」

 

 日直は僕なので号令をかける。それと同時にクラスのみんなは立ち上がり銃を一斉に先生に構える。

 

「礼!!」

 

 打ち合わせ通りに僕の声と同時に一斉射撃が開始される。

 

「おはようございます、発砲したままで結構ですので出欠を取ります。銃声の中なので大きな声で。磯貝君」

 

「は、はい!」

 

「岡島君」

 

「はい!!」

 

…――

 

「吉田君」

 

「はい」

 

「遅刻なし…と。素晴らしい!先生とても嬉しいです」

 

 一斉射撃なんてなかったかのように平然としている先生を見て、クラスのみんなはやや俯き気味になっている。

 

「残念ですねぇ、今日も命中弾ゼロです。もっと工夫しましょう、でないと…最高時速マッハ20の先生は殺せませんよ!」

 

 出来ない生徒に勉強のアドバイスをするかのような軽やかな口調で先生は話をする。すると急に顔が縞々模様に変わった。

 

「先生を殺せるといいですねぇ、卒業までに」

 

 僕等は、殺し屋。標的は、先生。

 椚ヶ丘中学校3-Eは暗殺教室。始業のベルが今日も鳴る。

 

 

――

 

 

 何でこんな状況になったのか、3年生の初めに僕等は2つの事件に同時に遇った。

 1つは月が爆発、7割方蒸発してしまい三日月しか見れなくなってしまったこと。

 2つ目は始業式後のHRのとき…

 

「初めまして、私が月を爆発させた犯人です。来年には地球もやる予定です。君達の担任になったのでどうぞよろしく」

 

 このときクラス全員は5,6ヵ所ツッコませろ!と思った。そのとき担任の先生を名乗る者の横にいるスーツの人の一人が補足のような説明を始めた。

 

「防衛相の烏間という者だ。ここからの話は国家機密だと理解頂きたい」

 

 烏間さんの話を要約すると、

 ・担任と名乗る怪物を殺してほしい

 ・この生物は来年の3月に地球を破壊する

 ・なぜか3年E組の担任をやらせてほしいという提案をしてきた

 

 ということらしい。ちなみに政府が承諾した理由としては教師として教室に来るのなら監視ができるし、何よりも30人もの人間が至近距離で殺すチャンスを得るからと烏間さんは言っていた。

 

 何で怪物が担任に?どうして僕らが暗殺なんか?そんな皆の声は烏間さんの次の一言でかき消された。

 

「成功報酬は百億円。暗殺の成功は地球を救うことなのだから当然の額だ」

 

 そう言うと烏間さんは銃とナイフを生徒みんなに手渡した。僕は編入してきて隣の席となった茅野と顔を合わし、この異常事態は夢ではないということを確認した。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 

 変な状況になったなと思う。中学3年生になって特に変わることなく学校生活を送り普通に卒業できるはずだったのに。考えてみると月が爆発してから何もかもが変わってしまったのだろう、渚の髪型も変わったしな。

 その渚はというと寺坂たちと外に出ていった。あまり渚は寺坂たちと親交があったわけではないのでキナ臭いと感じるも、おそらく暗殺の計画でも進めてるんだろう。

 俺は神崎と凛香に昼飯を誘われたので友人に声をかけて4人で食べることとなった。

 

 

――

 

 

「お題にそって短歌を作ってみましょう、ラスト七文字を"触手なりけり"で締めてください。出来たものから今日は帰ってよし!」

 

 触手っていつの季語だよ。先生の見た目的にタコの触手だとして…October的な感じでいくと10月で秋か?それともマダコの旬は冬だから冬の季語か?そんなアホなことを考えていると茅野が手を挙げた。

 

「先生しつもーん」

 

「…?何ですか、茅野さん」

 

「今さらだけどさぁ先生の名前なんて言うの?他の先生と区別する時不便だよ」

 

「名前…ですか、名乗るような名前はありませんねぇ。なんなら皆さんでつけてください、でも今は課題に集中ですよ」

 

「はーい」

 

 そういえば名前は言ってなかったな、呼ぶときに先生という固有名詞でしか呼んでなかったけど会話の時とか不便だな。

 茅野の質問に答え終わったあと先生の顔がうすいピンク色に変わった。それと同時に渚が課題の紙を持って立ち上がった。

 

「お、もうできましたか。渚君」

 

 いや、違う。殺る気だ。課題の紙の裏に対先生用のナイフを忍ばせている。まさか寺坂たちと計画したのはこれか?でもこれだけのために計画なんて必要なのか?

 先生に課題の紙を手渡せる距離、つまりナイフが充分に当たる間合いに入ると同時に渚は動き出す。左の逆手でナイフを持つと先生の頭目掛けてナイフを突き刺す。しかし迫真の攻撃は空しく先生に止められていた。

 

「…言ったでしょう、もっと工夫を」

 

 渚はまるで決めていたかのように先生に前から抱きつく。なんだこの暗殺と無関係な行動は?疑問に思っていると突然先生と渚が大きな音をたてて爆発した。いや先生と渚が爆発したんじゃなくて何かが爆発したんだ。

 

「ッしゃあやったぜ!百億いただきィ!まさかこいつも自爆テロは予想してなかったろ!」

 

「おい寺坂!渚に何を持たせた!」

 

「あ?おもちゃの手榴弾だよ、ただし火薬を使って威力をあげてる。対先生弾がすげえ速さで飛び散るようにな」

 

「渚が死んでたらどうする気だ!」

 

「人間が死ぬ威力じゃねーよ、俺の百億で治療費ぐらい払ってやらァ」

 

 俺が渚に駆け寄って安否を確認すると…無傷だった。それどころか火傷のひとつも負っていない。もっとよく確認すると渚を何かの膜がおおっていてこの膜が渚を守ったらしい。

 

「実は先生、月に一度ほど脱皮をします。脱いだ皮を爆弾に被せて威力を殺しました、つまりは月イチで使える奥の手です。」

 

 声のする方を見ると先生は天井に張り付いていた、でもそんなことは問題じゃない。先生の顔色は、顔色を見るまでもなく真っ黒。ド怒りだ。

 

「寺坂、吉田、村松。首謀者は君らだな。」

 

「えっ、いっいや渚が勝手に!」

 

 そう言うと同時に先生は目の前から消えた。と思ってたら数秒でまた目の前にいた。手にたくさん持っているのはなんだ?…表札だ、それもクラス全員分はある感じだ。

 

「政府との契約ですから先生は決して君達に危害は加えないが…次また今の方法で暗殺に来たら君達以外に何をするかわかりませんよ。家族や友人…いや、君達以外を地球ごと消しますかねぇ」

 

 クラス全員悟った。"地球の裏でも逃げられない"と。どうしても逃げたければこの先生を殺すしかないと。みんなが黙っていると寺坂が震えながらも反論し始めた。

 

「何なんだよテメェ…迷惑なんだよ!いきなり来て地球爆破とか暗殺しろとか…迷惑なやつに迷惑な殺し方をして何が悪いんだよ!」

 

 寺坂の言い分もわかる、俺らが状況を飲み込めていないのは確かだ。すると先生の顔色が普段の黄色に変わり赤丸が浮かび上がる。

 

「迷惑?とんでもない、君達のアイディア自体はすごく良かった。特に渚君、君の肉迫までの自然な体運びは百点です。先生は見事に隙を突かれました。…ただし!寺坂君達は渚君を、渚君は自分を大切にしなかった。そんな生徒に暗殺する資格はありません!」

 

 今の言葉にクラスみんなはハッとする。先生の言わんとすることが先程の当事者のみならずクラス全体に言っているものだったから。

 

「人に笑顔で胸を張れる暗殺をしましょう。君達全員それができる力を秘めた有能な暗殺者だ。これがターゲットである先生からのアドバイスです」

 

 俺は異常な教育だと思った、でもなにか暖かさを感じる。きっとそれは俺たちをよく見た上でアドバイスをくれたからだろうか。

 

「さて問題です、渚君。先生は殺される気など微塵もない、皆さんと3月までエンジョイしてから地球を爆破です、それが嫌ならどうしますか?」

 

「その前に先生を殺します」

 

「ならば今殺ってみなさい、殺せた者から今日は帰ってよし!」

 

 いや、今殺すのは無理だろ。

 

「殺せない…先生…、あっ名前"殺せんせー"は?」

 

「おっいいですねぇ、先生気に入りました!これからは殺せんせーと呼んでください!」

 

 そう言うと殺せんせーは表札の手入れを始めた。俺は殺すのではなく課題の紙にペンを走らせて短歌を完成させて先生の下へと行く。

 

「おや、南雲君。暗殺ですか?」

 

「いいえ違います。短歌です、完成したので」

 

「おお!どれどれ… "雪の内 君と出会いて 芽吹く春 不易流行 触手なりけり" それっぽい感じで素晴らしいですね!」

 

「ありがとうございます」

 

 日本語が合っているかはわからないが殺せんせーの言った通りそれっぽく詠んでみた。ちなみに触手は冬の季語のつもりだ。すると茅野が質問してきた。

 

「南雲君、どういう意味なの?解説して」

 

 俺はとりあえず黒板に短歌を書く。俺が説明しようとしたら殺せんせーが解説し始めた。

 

「雪が降る季節にあなたと出会って私の中にも春が来ました、季節などの変化と共に進展する新しさは触手のようにうねり私の中に根付くでしょう。という意味です。おそらくここでのあなたとは異性のことでしょう。つまり恋をして変わっていく自分を詠んだ句ですね、でしょう?南雲君」

 

「そ、そうです」

 

 恋を詠んだ句だからか女子達がお~と言っている、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。

 

「純君ロマンチスト~」

 

「倉橋、ちょっと黒歴史になりかけてるからやめて」

 

 殺せんせーはというと顔をピンク色にしながら俺の顔を覗いてくる。

 

「南雲君は恋多き男子生徒なんですか?要チェックですねぇ」

 

「恋多き男子生徒は前原です!あと殺せそうにないんで一句詠んだし帰ります!表札持って帰りますから!」

 

 俺は自分の家の手入れされた表札を持って、先生さようなら!と言いながら教室を出る。出ていくときに一番前の座席である木村と倉橋と磯貝がまた明日と言っていた。

 

 帰り道に俺は恥ずかしかったがクラスの雰囲気が柔らかくなったしよかったかなと思う。自爆テロのような暗殺のせいで怒られたことなどみんなはたぶんどうでもよくなっただろう。明日からどうやって胸を張れる暗殺をしようか、その事を考えながら俺は学校を後にする。

 

 

 

 

 ~個人トーク~

 

 神崎:南雲君が詠んだ短歌素敵だったよ

 

 南雲:数少ない黒歴史に入りかけてるんだが…

 

 神崎:そんなことないよ、いつも本とか読んでないとああいうのは思い付かないから胸を張っていいと思うな

 

 南雲:神崎がそういうなら黒歴史には入れないでおく

 

 神崎:ところであれは誰かのことを想って詠んだの?

 

 南雲:いや、あれは誰のことも考えてない

 

 南雲:こんな感じの恋がしたいなって思う感覚で詠んだ

 

 神崎:じゃあ南雲君の心は今は冬なのかな?

 

 南雲:そんなことないよ

 

 南雲:クラスのやつらはいいやつばかりだし充実してる

 

 神崎:そうなんだ!

 

 神崎:話は変わるけど明日私のお薦めの本を持っていこうと思ってるんだけどいいかな?

 

 南雲:おっまじか!全然オッケー!

 

 神崎:アルジャーノンに花束をって読んだことある?

 

 南雲:ない!タイトルはレンタル店かで目にした記憶あるけど

 

 神崎:小説を原作に映像化もしてるからレンタル店で見たことあるのかも

 

 神崎:序盤はストーリーの都合上文章が読みにくいんだけど引き込まれるし是非読んでほしいな

 

 南雲:楽しみにしてる!明日の朝簡単なあらすじとか教えて!

 

 神崎:うん!朝話すの楽しみにしてるね

 

 南雲:そんなこと言われたら照れるから!

 

 南雲:じゃあ今日はもう寝るかな、おやすみ

 

 神崎:おやすみなさい




短歌については辞書を引きながら5分くらいでそれっぽく仕上げました。コピペとかではないです。正真正銘作者が仕上げた一句です。当然おーいお茶の横にも書いていません。

本文内で出てくる本のタイトルなどは実際に現実世界にあるもので、作者はしっかりと読んだり見たりしているものしか出していないです。
アルジャーノンに花束をは本当に名作なので是非手に取ってもらいたいですね。


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第2話 野球の時間

1日24時間が短く感じます。
20歳で人生の体感時間の折り返し地点らしいんでそういうことなのかなって思いながら執筆しています。


 眠い目を擦りながら登校する。最初は山を登るなんてキツかったが今は疲れることなく登校することができているので体力がついたということを実感する。通学していると後ろから声をかけられた。

 

「南雲君おはよー」

 

「おう茅野、おはよう」

 

「今日はいつもより早いんだね」

 

「ああ、神崎が本を貸してくれるからな。少し早めに出てきた」

 

「神崎さん読書好きなんだ」

 

「読書家だから国語の成績良いって言ってたな。何か読みたくなったら神崎に聞くといいよ」

 

「そうなんだ、今度聞いてみる。南雲君も貸し借りするくらいだから詳しいんじゃない?」

 

「まあまあかな」

 

「まあまあか~、でも神崎さんとも仲良くなりたいし本をキッカケにしてみるよ」

 

「茅野ならすぐに仲良くなれるだろ、3年から編入してきたのにもう馴染んでるし」

 

「えへへ、みんなと早く仲良くなりたいから積極的に声をかけるようにしてるんだ」

 

「ほーん頑張り屋だなー」

 

「うん!…あれ?あそこでキャッチボールしてるのは渚と杉野君?」

 

「ああ、渚と友人は毎朝キャッチボールしてるよ」

 

「そうなんだ、2人は仲がいいんだね」

 

「たしか美化委員だったときに仲良くなったって言ってたな」

 

「へぇ~。でも南雲君も杉野君のこと名前で呼んでるってことは仲いいんだ」

 

「俺と友人は野球繋がりだな」

 

「そうなんだ!今度キャッチボールしようよ!」

 

 渚とやれと言うと茅野がなんでさ!と反論してくる。いや渚は面倒見いいし加減もしてくれるから、決してキャッチボールが面倒くさいというわけではない。ええ、決して。

 横でブーブー言っている茅野と教室に入ると既に神崎が登校していたので神崎の下へと行く。

 

「おはよ、神崎」

 

「おはよー神崎さん」

 

「おはよう南雲君、茅野さん。珍しいね、2人で登校?」

 

「なんかついてきたから」

 

「なんかとはなにさ!なんかとは!」

 

「ふふっ仲良くていいね」

 

 いや仲が良いけど友達っていうより親戚の子供っていう感じが強い、背とか小さいし。

 

「ハイ、南雲君。約束の本だよ」

 

「てんきゅ、神崎。ちなみにどんな話なんだ?」

 

「知的障がい者の男性が主人公で脳の手術をすることで頭が劇的に良くなるんだけど、それに伴って今まで気づかなかったことだったり人間関係が変わる様を主人公視点で書いた作品だよ。きっと感動すると思うな」

 

「おう、読むときは横にハンカチでも用意しておくよ」

 

「とか言って淡々と読みそうだよね、南雲君は。泣く姿が想像できない!」

 

 茅野はそう言うがそんなことはない、俺は泣いたことがあるものを思い出す。

 

「ちゃんと泣いたことあるぞ」

 

「へぇ~何で泣いたの?」

 

「んー…スパイダーマンでうるっときたな」

 

「スパイダーマンはアクション映画でしょ!」

 

「おじさんが死ぬ場面だよ、大いなる力には大いなる責任が伴うっていうシーン」

 

「確かにあのシーンは感動したな」

 

「神崎さんまで!…私がずれてるのかなあ」

 

「まあ人の感性はそれぞれだしな、気にすることはない」

 

「むーなんか偉そうでムカつく!」

 

 茅野が軽く殴ってくるが全く効かない。これが俗にいう蚊が止まってるかと思ったぞ、か。

 気づいたら始業のベルが鳴る時間が近づいてきたので神崎に再度お礼を言って席に戻る。俺も茅野もバッグを持ったまま話してたので慌てて机に戻りバッグを置く。忘れ物の確認をしていると渚と友人が教室に入ってきた。気のせいでなければ友人が落ち込んだ様子だ、何かあったのだろうか。本人には聞きづらいのであとで渚に聞いてみようと思っていると始業のベルが鳴った。

 

 

 

 

 休み時間になったので渚の下へと行き友人のことを聞いてみる。

 

「渚、友人なんかあったのか?」

 

「うん…野球ボールを投げるっていう暗殺をしたんだけど杉野の球が殺せんせーに届くまでに用具室までグローブを取りに行かれてキャッチされちゃったんだ」

 

「あーなるほど、球速が遅いことを落ち込んでいるのか」

 

 友人の良さはそこじゃないんだけどなーと思う。あいつはランナーがいるときの牽制や間の取り方はかなりうまい、それこそ友人からエースの座を奪ったやつより。フィールディング1つを取ってもそこらの強豪のエースより上手かった。

 渚と話をしていると烏間さんと鵜飼さんが入ってきたので磯貝が対応している。どうやら殺せんせーの放課後の予定は授業終了と共にニューヨークまでスポーツ観戦らしい。烏間さんは俺らに暗殺と勉強の両方頑張ってくれと言って教室を出ていった。

 でもマッハ20で飛ぶ生物をどうやって殺せばいいのだろうか、全く検討がつかない。

 

 

――

 

 

 翌日の放課後、俺と渚は英語で日記を書くという課題をやってきたので殺せんせーを探している。ちなみにこの課題、やってもやらなくてもいいらしいがちょっと点数がもらえるということなのでクラスの大多数はやっていないが2人はやってきたというわけだ。

 

 職員室にいなかったので2人で探していると外で友人と話してるのを発見した。外靴に履き替えて行くと友人が触手に絡まれてたので慌てて駆け寄る。

 

「なにしてんの殺せんせー!」

 

「生徒に危害を加えないって契約じゃなかったの!」

 

「おや南雲君に渚君。今先生は杉野君の筋肉を見ているんですよ」

 

「「筋肉?」」

 

「ええ…杉野君、昨日見せた投球フォームはメジャーの有田投手を真似ていますね」

 

 そう言えばそうだ。友人は有田選手の豪速球に憧れてフォームも真似ている。

 

「でもね触手は正直です。彼と比べて君は肩の筋肉の配列が悪い、真似をしても豪速球は投げれませんねぇ」

 

「なんで先生に断言できるのさっ」

 

 渚が友人に代わって反論すると殺せんせーは新聞を見せてきた。そこには触手責めにあっている有田投手が写っていた。

 

「そっか…やっぱり才能が違うんだなぁ…」

 

「一方で肘や手首の柔らかさは君の方が素晴らしい!鍛えれば彼を大きく上回るでしょう。才能の種類はひとつじゃない、君の才能に合った暗殺を探してください」

 

「肩じゃなくて肘や手首が俺の才能か…」

 

 どうやら友人は投手としての道を見つけたらしい。俺と渚は本来の目的を思い出し離れていく殺せんせーの下へと行く。

 

「殺せんせーは友人に助言するためにニューヨークへ行ったんですか?」

 

「もちろん!先生ですから」

 

「でも普通の先生はそこまでしてくれないよ、ましてやこれから地球を消滅させる殺せんせーが…」

 

「…先生はね、ある人との約束を守るために君達の先生になりました。地球は滅ぼしますがその前に君達の先生です、君達と真剣に向き合うことは地球の終わりよりも重要なのです」

 

 そう言いながら俺と渚の提出課題をマッハで採点する。ノートの裏には変な問題が書き足されていてペナルティをくらった気分だ。殺せんせーの言った言葉の中に気になることがあったので訪ねてみる。

 

「殺せんせー、ある人との約束って雪村先生ですか?」

 

「…ええ、転勤する彼女に頼まれましたから」

 

「そうですか、会うかはわからないですが先生によろしく伝えてもらっていいですか」

 

「もちろんです」

 

 採点を受けた俺と渚は帰る準備をする、友人を誘うとちょっと特訓するから先に帰ってくれと言われた。キャッチボール相手がいないのにどうする気だ?と聞くと書店に寄るとのことだった。それは特訓じゃなくて調べものだろ。

 

 

――

 

 

 1週間後、放課後に渚とキャッチボールしてるから成長した俺を見てほしいと言われたのでグラウンドに行く。するとキレの良い変化球を投げる友人がいた。

 

「おー!すげえ変化量だ、初見じゃ打てんかも」

 

「そうだろ!肘と手首をフルに活かした変化球を習得中なんだ!遅いストレートもこいつと二択で速く見せれる」

 

 今までの投げ方じゃできない変化球を見て俺は素直に感心した。きっとフォームも色々と研究したんだろうなと思う、有田投手の面影はほとんどない。

 

「渚、純一、俺続けるよ。野球も暗殺も。まずは景気付けに純一と勝負しようと思う」

 

「そうか!でもいいのか?俺は打つのが本職だからガッツリ打ち込んで自信無くすと思うけど」

 

「…もう少し磨いてから勝負にするかな?」

 

 友人の変わり身に俺と渚は顔を合わせて笑う、やっぱり友人に落ち込んでるのは似合わない。

 正直殺せんせーを殺せる気はしない。でも不思議と俺たちを殺る気にさせる殺せんせーの暗殺教室はちょっと…いやかなり楽しい。




野球の用語を解説しますと、フィールディングというのはピッチャーのバント処理などのことを指しています。強豪校ほど打ったり走る以外のこういう部分に相当力を入れています。

野球はガチでやっていて今は社会人と指導者として野球に携わっているので杉野君の野球回は結構ガチで書きます。ご期待ください。

公式ガイドブックによりますと杉野君は変化球はもちろん、守備、打撃、マウンドさばきなど技術面のほとんどで進藤君を上回っているそうです。
まあでも中学のときはなにも考えていない指導者ほどただ球が速いだけでエースにしてることが多いんで、この点に関しては現実寄りかなって思います。


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第3話 カルマの時間

原作沿いにする予定なんであまり南雲君動かないです。せっかく書いてるんでもっと動かした方がいいのかなと思うんですが、難しいところです。


 ~烏間視点~

 

「防衛省から通達済みだと思いますが…明日から私も体育教師でE組の副担任をさせていただきます。奴の監視はもちろんですが…生徒達には技術面精神面でサポートが必要です。教員免許は持ってますのでご安心を」

 

「ご自由に、生徒達の学業と安全を第一にね」

 

 こちらを見向きもせずに理事長は答える。理事長室を後にすると同僚の鶴田が口を開く。

 

「ものわかりのいい理事長ですねぇ」

 

「フン、見返りとして国が大金を積んでるしな。だが都合が良いのは確かだ。地球を壊せる怪物がいて、しかもそいつは軍隊でも殺せない上に教師をやっている。こんな秘密を知ってるのは我々国と理事長とE組の生徒だけでいい」

 

「それもそうですね」

 

 廊下を歩いていると成績について話している生徒を見かけた、どうやらこれ以上成績が落ちたらE組行きとなるらしい。言葉の端々からE組への尖った言動が見られる。

 俺はこの生徒達を見て、なるほどと思う。

 極少数の生徒を激しく差別することで大半の生徒が緊張感と優越感を持ち頑張るわけか。

 合理的な学校の仕組みだし、我々としてもあの隔離校舎は極秘暗殺任務にうってつけだが切り離された生徒達はたまったものではないな。

 それに個人的にもこの差別的な対応には首を傾げたくなる。

 

 

 

 

 E組の校舎へと行くと何人もの生徒が棒などを持って忙しそうにしていた。何だろうと思っていると茅野さん…だっただろうか、1人の生徒が声をかけてきた。

 

「あ、烏間さん!こんにちは!」

 

「こんにちは、…明日から俺も教師として君らを手伝う、よろしく頼む」

 

「そーなんだ!じゃあこれからは烏間先生だ!」

 

「…ところで奴はどこだ?」

 

「…それがさ、殺せんせーがクラスの花壇を荒らしちゃったんだけど、そのお詫びとしてハンディキャップ暗殺大会を開催してるの」

 

 茅野さんが指差す方向を見て俺は言葉を失った。木に吊るされ縛られた奴が生徒達の攻撃を避けている。

 …これはもはや暗殺と呼べるのだろうか。

 

 そう思っていたら木の枝が折れて奴が地に落ちた。このチャンスを逃すまいと生徒達は一斉に襲ったが奴は校舎の屋根上へと逃げ延びた。

 

 その様子を見ていた渚君がなにやらメモを取っていたので見せてもらうと弱点を記していた。今のところは3つ。

 

 ・カッコつけるとボロが出る

 ・テンパるのが意外と早い

 ・器が小さい

 

 暗殺に直接使えるかは別として、先程の奴の慌てようを見るに確かに弱点だなと思う。渚君にはこの調子で弱点を調べてくれと頼む。

 

 今まで一番惜しかったのかクラス委員である磯貝君を中心にクラスが盛り上がる。

 …中学生が嬉々として暗殺のことを語っている、どう見ても異常な空間だ。――だが不思議だ。生徒の顔が最も活き活きしてるのは本校舎の生徒ではなくこのE組だ。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

「八方向からナイフを正しく振れるように!どんな体勢でもバランスを崩さない!」

 

 今は烏間先生の体育の授業中でナイフの素振りをしている。…正直殺せんせーの授業より楽しい、殺せんせーは身体能力が違いすぎて異次元すぎる体育の授業を展開していたからだ。それに今までやっていた授業とは全く別の内容なので新鮮さもある。

 殺せんせーはというと烏間先生に砂場へと追いやられていた。心なしか悲しそうに見える。

 

「奴も追い払えたし授業を続けるぞ」

 

「でも烏間先生こんな訓練意味あんすか?しかも当のターゲットがいる前でさ」

 

「前原君の言い分もわかる。しかし勉強も暗殺も同じことだ、基礎は身に付けるほど役に立つ。具体的には…そうだな。磯貝君と前原君、そのナイフを俺に当ててみろ」

 

「えっいいんですか?」

 

「2人がかりで?」

 

「ああ構わない、そのナイフならケガの心配もないしな。かすりでもすれば今日の授業は終わりでいい」

 

 そう言うと3人は模擬戦闘を開始する。正直2人がかりなら当ては出来なくてもかすりくらいはするかなと思っていたがそんなことはなかった。烏間先生は2人の動きを完璧にいなして制圧したのだ。素直にすごいしカッコいいと思った。

 

「俺に当たらないようではマッハ20の奴に当たる確率の低さがわかるだろう。それにクラス全員が俺に当てられる位になれば少なくとも暗殺の成功率は格段に上がる。ナイフや狙撃など暗殺に必要な基礎の数々は体育の時間で俺から教えさせてもらう!」

 

 そう烏間先生が言うと授業が再開される。

 凛香と倉橋が烏間先生がカッコいいという旨のことを言っているのを見て殺せんせーはハンカチを噛み締めていたのが少し笑えた。

 

 ナイフの扱いを実践していたら5時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。俺たちは疲れたーと言いながら教室へと戻る。ていうか次の英語は小テストだな。

 ふと見ると校舎の前にはいちご煮オレを飲んでいる生徒がいた。…見覚えがないということは停学明けの赤羽か?

 

「よー渚君久しぶり」

 

「カルマ君…帰ってきたんだ」

 

「うん。わ、あれが例の殺せんせー?すっげ本トにタコみたいだ」

 

 そう言うと赤羽は俺たちの間をすり抜けて殺せんせーの下へと行く。

 どうやら挨拶をしてるみたいだ、握手を求めている。赤羽と殺せんせーが握手をすると同時に先生の触手が破壊された。俺を含めた生徒全員が驚き2人の動きを見る。

 

「へー本トに効くんだ、このナイフ。細かく切ってて貼っつけてみたんだけど。…けどさぁ先生、こんな単純に手に引っ掛かってそんなとこまで飛び退くとかビビりすぎじゃね?」

 

 赤羽を見て俺は一種の感心というか尊敬の念を抱いた。殺せんせーに単独でしかも初めてダメージを与えたからだ。

 

「殺せないから殺せんせーって聞いたけど、せんせーってもしかしてチョロい人?」

 

 赤羽の挑発を受けて先生の顔はどんどん赤くなっていく。まあ、あんだけ挑発されたら顔色を見るまでもなくキレる人のほうが多いと思うけど。

 

「ねえ渚、私知らないんだけど彼どんな人なの?」

 

「…うん、1,2年の時に同じクラスだったんだけど2年生の時に続けざまに暴力沙汰で停学食らってさ。このE組にはそういう素行不良の生徒も落とされるんだ。…でも今この場じゃ優等生かもしれない」

 

「…どういうこと?」

 

「凶器とか騙し討ちの基礎なら多分カルマ君が群を抜いている」

 

 2人の会話を聞いて俺は確かにと思う。赤羽のケンカっ早さは割と有名だしケンカ慣れしてるっていうことは渚の言う通り騙し討ちなどの基礎もあるということだ。

 でも俺は疑問に思った、果たしてあの殺せんせーにそれらが通用するのだろうかと。

 

 

 

 

 ブニョンという音が6時間目の小テスト中の教室に響き渡っている。騒音に耐えきれなくなったのかついに岡野が殺せんせーにうるさいと注意した。

 俺はというと問題を全て解き終わったのでテスト用紙にドラえもんなどを描いて時間を潰している。すると赤羽も終わっているのか話しかけてきた。

 

「ねー南雲君さー俺のこと覚えてる?」

 

「赤羽とは直接面識なかったと思うけど」

 

「覚えてなかったかー。喧嘩してるときに1度やり過ぎだって止められたんだけど」

 

「喧嘩してる奴を止めた記憶はあるけど誰かまでは覚えてないな」

 

「ふーんそっかー」

 

「というか君付けこそばいから呼び捨てでいいよ」

 

「じゃあ俺もカルマって呼んでよ、名前気に入ってるんだ」

 

「こらそこ!テスト中にお喋りしない!」

 

「ごめんごめん殺せんせー、俺らもう終わったからさジェラート食って静かにしてるわ」

 

 そう言うとカルマは俺にジェラートを渡してきた。うむ、うまい。

 

「そっそれは昨日先生がイタリア行って買ったやつ!」

 

 殺せんせーのかよ。てかカルマは勝手に人の物を食べるなよ…。って俺もか。

 

「どーすんの?殴る?」

 

「殴りません!残りを先生が舐めるだけです!」

 

 そう言いながら先生がこちらに詰め寄ってくる、すると先生の脚の触手が破壊された。いつの間にか床に対先生BB弾がばらまかれていた。

 

「何度でもこういう手使うよ、授業の邪魔とか関係ないし。それが嫌なら…俺でも俺の親でも殺せばいい。でもその瞬間からもう誰もあんたを先生とは見てくれない。ただの人殺しのモンスターさ」

 

 確かにカルマの言うとおりだ。前回ぶちギレた時に俺たち以外に何をするかわからないと言ったが実際に手を出されたら先生と見なくなる。それこそ犯罪者を見るかのようになるだろう。

 

「はいテスト、多分全問正解。じゃあ先生~明日も遊ぼうね~」

 

 そう言ってカルマは帰っていった。

 ――カルマは頭の回転が速い。今も先生が先生であるがためには越えられない一線があるのを見抜いた上で駆け引きを仕掛けている。殺せんせーはカルマに押し付けられたジェラートをハンカチで拭いている。

 

「殺せんせー元気出してよ、俺のジェラートあげるからさ」

 

「南雲君ありがとうございます。でもこれは先生のジェラートです」

 

「…そうでした」

 

 

――

 

 

 カルマによる先生への暗殺というか嫌がらせはカルマの早退により打ち切られた。なんというか先生に対するカルマの暗殺の姿勢は執念じみたものを感じる。なんにせよここは暗殺教室なのだから生徒が暗殺を積極的に行うのは良いことだと思う。

 時刻は放課後、俺は烏間先生に用事があるので職員室を訪ねる。

 

「すみません、烏間先生今いいですか?」

 

「南雲君か、どうしたんだ」

 

「今後の体育の授業で防御術みたいなのってやるんですか?」

 

「…いや暗殺にとって優先度が低いから教える予定はないな、どうしたんだ」

 

「いえ授業でやらないのであれば放課後などの烏間先生が空いている時間で教えていただきたいなと」

 

「ふむ、俺は構わんが…どうしてだ?」

 

「怪我をしたくないので授業でやらないのであれば個人的に教えてほしくて」

 

「なるほど、ではこれから互いの都合のいいときにやるとしよう」

 

「ありがとうございます」

 

「ではさっそくやろうと思うが、今日は何か予定があるのか?」

 

「いえ、お願いします!」

 

 

 

 

 

「やべー遅刻ギリギリだ」

 

 昨日烏間先生と放課後に訓練をしたため疲れが溜まり、なかなか布団から出られなかった。

 山を小走りで登り教室に滑り込む、するとクラスにいつもの騒がしさがなかった。みんなの視線の先を見ると教卓の上に蛸がナイフを刺された状態で乗っけられていた。…ほーん、犯人はカルマだな。あまりこういうのは好きではないが暗殺の一貫なのだろう。

 そう思っていると始業のベルが鳴り殺せんせーが教室に入ってきた。

 

「おはようございます…ん?どうしましたか皆さん?」

 

 殺せんせーが蛸を見るのを確認すると案の定カルマは喋り始めた。

 

「あっごっめーん。殺せんせーと間違えて殺しちゃったぁ、捨てとくから持ってきてよ」

 

「…わかりました」

 

 そう言うや否や殺せんせーはマッハで蛸を調理しカルマの口のなかにたこ焼きを入れていた。

 

「あっつ!」

 

「その顔色では朝食を食べていないでしょう、そのたこ焼きを食べれば健康優良児に近付けますね」

 

「……」

 

「先生は暗殺者を決して無事では帰さない。手入れするのです、錆びて鈍った暗殺者の刃を。今日1日本気で殺しに来るがいい、その度に先生は君を手入れする。放課後までに君の心と身体をピカピカに磨いてあげよう」

 

 

――

 

 

 結論から言うとカルマの暗殺は全て失敗に終わった。

 1時間目の数学では殺せんせーが板書を書いている間に背後から撃とうとしたところ止められネイルアートが施された。

 4時間目の調理実習ではスープを鍋からひっくり返すと同時にナイフで急襲しようとしたところスープをスポイトで吸うと共に味の調整、カルマ本人はハートが大きく刺繍されたエプロンを着用させられた。これには俺と菅谷も笑いを堪えるのが大変だった。

 5時間目の国語では朗読をして教室を歩いている先生がカルマの目の前を通る瞬間襲おうとしたらしいがおでこを押さえられ席を立つこともままなっていなかった。ちなみにこのときは髪を七三分けにされていた。

 

 そして今は放課後となり俺と渚とカルマの3人は椚ヶ丘町を一望できる崖付近にいる。

 

「カルマ君、焦らないでみんなと一緒に殺っていこうよ」

 

「そうだぜカルマ、個人マークされたらどんな手を使ってもマッハの殺せんせーは1人じゃ殺せないぜ」

 

「…やだね、俺が殺りたいんだ。変なとこで死なれんのが一番ムカつく」

 

 そう呟くカルマに俺と渚は黙る、すると殺せんせーがしましま模様で近づいてきた。

 

「さてカルマ君、今日は沢山先生に手入れをされましたね。まだまだ殺しに来てもいいですよ?もっとピカピカに磨いてあげます」

 

「……先生ってさ命をかけて生徒を守ってくれる人?」

 

「もちろん!先生ですから」

 

「そっか良かった。なら殺せるよ、確実に」

 

 そう言うとカルマは銃を構えて崖から飛び降りた。

 俺と渚は焦って崖の下を見る。人が空を飛んでいる、いや落ちている。初めて見る光景だ。

 カルマが地面と近くなったところで地面の近くにクモの巣のようなものが突如現れた。…殺せんせーの触手だ。

 ――殺せんせーに無事に受け止められたカルマは崖の上に戻された。

 

「カルマ君平然と無茶をしたね」

 

「別にぃ…今のが考えてた限りじゃ一番殺せると思ったんだけどしばらくは大人しくして計画の練り直しかな。少なくとも先生としては死なないし、殺せない」

 

「ええ、もちろんです。南雲君と渚君にも言っておきますが見捨てるという選択肢は先生にはない、いつでも信じて飛び降りてください。それにしてもカルマ君、もうネタ切れですか?君も案外チョロいですねぇ」

 

 うわー煽りよる、良いこと言っていたのに台無しだ。カルマも苛立ったのか殺意が湧いている感じだ。…けどさっきまでとなんか違う、健康的で爽やかな殺意だ。事実殺すと言ったカルマの顔が先程までと打って変わって明るい。

 

「帰ろうぜ、南雲に渚君。帰りにメシ食ってこーよ」

 

「ちょっそれ先生の財布!」

 

「だからぁ職員室に無防備で置いとくなって」

 

 …確かに無防備に置いとくのも悪いが盗る方が悪いだろ。俺は苦笑しながらクラスに戻ってきた祝いとして奢るよというとカルマは素直に殺せんせーに財布を返した。中身を全部抜いていたらしいが。

 

 暗殺に行った殺し屋は暗殺対象にピカピカにされてしまう。それが俺たちの暗殺教室、明日はどうやって殺そうか。




仕事は別に問題ないんですが、家での余暇の時間全てモンハンに費やしてるので投稿が確実に遅れます。
ストーリー自体は既にクリア済みなのであとどれくらいでプレイ時間が落ち着いてくれるかってところですね。


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第4話 休日の時間 その1

お久しぶりです、オリジナル回です。
前回投稿からmhw漬けの1ヶ月でした。
その1とかつけてますけどその2があるかはわかりません。



 俺は今大型の本屋にいる。毎月の終わりの休日に家で集めている本やアーティストのCDを買うのが我が家のルールとなっている。まあコンビニで新刊が出てたら誘惑に負けて買ってしまうけど。

 

 家で事前に調べてきて買うものはある程度決まってるので効率よく回る、まずは小説コーナーだ。目当ての本を数冊取って次に漫画コーナーへと行く。俺が探している本は6年ぶりの新刊なので帯にデカデカと"6年ぶり!"と書かれてた。詳しい事情はわからないけど読者としては待たせないでほしい。HUNTER×HUNTERも面白いので許されてる感があるが是非とも早く連載を再開してほしいと思う。

 

 さて次はCDコーナーだ、確かストレイテナーの新作のアルバムが出てるはず。目当てのアーティストの棚を探していると声をかけられた。

 

「…あれ?南雲か?」

 

「ん?千葉か!学校以外で会うなんて珍しいな」

 

「ああそうだな、今日はCDを買いに来たんだ」

 

「おーなに聴くん?」

 

「パンクロックが好きでブルーハーツとか」

 

「おー!いいな!」

 

「南雲はどんなの聴くんだ?」

 

「邦楽から洋楽、アニソンまで聴いてるけど一番聴くのはロックかな」

 

「だと思ったよ」

 

 千葉と5分ほど音楽の話をして別れる。前の席で結構話すようになったがやはりまだまだ知らないことは多いなと実感する。

 

 本屋での買い物も終わったので自転車に乗り家に帰る。まだ時刻は11時、やろうと思えば何でも出来る。

 とりあえず早いけど昼飯にするかと思い炒飯を作る準備を始めた。すると携帯が短く鳴ったので誰かと思い見てみる。

 

 矢田:南雲君って子供のときに何好きだった?

 

 南雲:どうした突然?

 

 矢田:いや弟の誕生日が近くてさ、何あげたらいいかなって

 

 南雲:本人に直接聞いてみたらどうだ?

 

 矢田:うーん、サプライズ的な要素も盛り込みたくて!

 

 南雲:そうか、それだったら尚更欲しいものを聞くべきだな

 

 矢田:えーどうして?

 

 南雲:欲しいものを聞かれたらそれが買ってもらえると思うだろ?

 

 南雲:それで実際にプレゼントがもらえたら喜ぶわけだ

 

 矢田:それはそうだよー

 

 南雲:それでだ。欲しいものがもらえたら普通はそれで終わりだと大抵の人は思う

 

 南雲:そこで+αのものをサプライズプレゼントする

 

 南雲:そうすれば絶対に喜ぶし仮にサプライズが微妙なものだとしても第一希望が叶ってるわけだから変な空気にはならない

 

 矢田:おー!それ採用!

 

 矢田:南雲君頭いいね!

 

 南雲:褒めても何も出てこないぞ

 

 南雲:まずは弟に欲しいもの聞いてそれから俺も+αの部分を考えるよ

 

 矢田:うん!ありがとう!

 

 矢田:やっぱり南雲君に相談して正解だったよ!

 

 南雲:やっぱりとは?

 

 矢田:E組の女子のグループトークで相談したらみんなが南雲君に聞いてみたら?ってなってさ!

 

 南雲:それは名誉だな

 

 南雲:E組の女子達には俺は頼りになると事実よりほんの少しオーバーに伝えておいてくれ

 

 矢田:わかったよー!本当にありがとね!

 

 南雲:頼んだぞ!

 

 

 矢田とのLINEを終えて俺は炒飯を作る。父親が出張でいないので自分好みのやや濃い味付けをする。むーんデリシャス。

 

 

――

 

 

 昼食の片付けを終えて時刻は12時過ぎ。腹もふくれたことで外へ出る気力を完璧に失った俺は買ってきた小説を読むことにした。神崎に薦められて読んだアルジャーノンに花束をに影響されて海外作家の小説を買ってきた。九マイルは遠すぎるという本で裏のあらすじを読むに純粋な推理で大学の教授が事件を解決していく短編小説らしい。ちなみにタイトルが気に入って手に取ったので前評判などは一切わからない。

 本を読むために取り合えず片手で食べられるお菓子と紅茶を用意してリビングのソファに座る、これが俺の読書スタイルだ。

 準備が出来たので本を読み始める。…なるほど読みやすく面白い。

 

 

 短編を2つほど読んだ辺りで連絡が来てることに気づいたので返信をする。

 

 中村:純一は今何してんの?

 

 南雲:本読んでた、莉桜は?

 

 中村:あら奇遇、私も本を読んでた

 

 南雲:珍しい、何て本だ?

 

 中村:ライ麦畑でつかまえてってやつ

 

 南雲:おー読んだことあるけど莉桜が読んでそうなイメージじゃないな

 

 中村:やっぱわかる?

 

 中村:実は殺せんせーから薦められてさ、2ヵ国語で読んでる

 

 南雲:へーすげえな、なんか違う?

 

 中村:意味は変わらないんだけど、日本語訳だったらやっぱり表現が違うって感じする

 

 南雲:そうなのか、両方読み終わったら感想教えてくれよ

 

 中村:オッケー、じゃあまた読書に戻るわ

 

 

 莉桜が読書とは殺せんせーの薦めとはいえびっくりだな。俺も負けずに読書するかと思ったら友人から連絡が来た。

 

 杉野:純一今日暇か?

 

 南雲:暇と言えば暇

 

 杉野:BCに行かないか?

 

 南雲:は?BC?

 

 杉野:B バッティング C センター

 

 南雲:最初からそう言えw

 

 南雲:いいよ、場所は?

 

 杉野:場所は椚ヶ丘駅の近くのとこ!

 

 南雲:あーあそこか、了解

 

 杉野:俺はたぶん15時くらいに着く!

 

 南雲:じゃあそれくらいに着くように行くよ

 

 

 さて外出の準備をするか。取り合えず上下はウィンブレでいいか、靴は外用のバッシュで。

 所要時間は15分と仮定して10分前に着くようにするとして…あと30分はのんびり出来るな。

 タオルも持っていくか、あとバッ手(バッティング手袋)も。飲み物は向こうで買えばいいか。

 家の鍵をかけ、ママチャリではなくロードバイクに跨がりいざ出陣。準備もしたし忘れ物もないだろ。汗をあまりかかないようにのんびり漕ぐか。

 

 

――

 

 

 14:55に到着、友人はまだきてないな。とりあえずバッティングセンター内に入ると中々良い打球を飛ばす奴がいたので斜め後ろに立つ。…友人じゃねえか。

 打ち終わって出てきたのでよっと声をかける。

 

「先に打ってたんだな」

 

「ああ、ちょっと前についたんだけど我慢できなくてさ」

 

「本当に野球好きだな」

 

「ああ、殺せんせーのおかげでもっと好きになったよ」

 

 それはよかったなと言い、軽くストレッチをする。バッティングセンターに行く皆さんに伝えたいんだがストレッチは必要にないように見えて必要だ、経験者は特に。

 なぜなら経験者ほど力強い打球を飛ばせるのだがその力がどこからきてるのかというと下半身からだ。下半身の力をバットを持つ上半身に伝える役目をしているのが股関節、ここだけは最低でもストレッチをするべきだ。

 

 さてご高説が終わると同時にストレッチも終わったので俺も打つか。

 

「あっ純一、この券使えよ」

 

「えっいいのか?50回の回数券なんて高いだろ」

 

「クラブチームに入団したんだけどそこの監督が回数券を何枚かくれたんだよ、それで誘ったってわけ。別に使いきる必要はないし余ったら返してくれればいいから」

 

「50回打席に入ったら1000球バットを振ることになるんだぞ?現役じゃないし無理に決まってる」

 

 だろうなと友人は笑う。1回200円で正直お金が浮くのは助かるのでありがたく借りることにした。

 

 券を通す前に打席で素振りをする。よし、好調だ。

 券を通そうと機械に近づいたら俺の打席の真後ろに友人がいたので悪態をつく。

 

「なにお前、真後ろで見る気?」

 

「だって参考にしたいし」

 

「まあ、良いけどさ。下手なバッティングできねえじゃん」

 

「その心配はないと思うけど」

 

 球速を120キロに設定して券を通す。

 

 初球は思い切り空振り、よくあることだ。

 2球目以降はタイミングが掴めてきて良い当たりを量産できた。金属バットを使用しているのだが芯を食った良い音がバッティングセンターに響く。

 打ち終わり打席から出ると友人に話しかけられる。

 

「相変わらずエグい打球を飛ばすな…、打つときって何を意識してるんだ?」

 

「うーん…ピッチャーがビッて投げてリリースしたらその時点で球種の判別はできてるな。あとコースも。伸びるストレートだったらギュッと手元にくるから早めにバットを始動させる、ちなみに変化球だったら後ろの股関節で溜めて無理に引っ張らないような感じかな」

 

「打つ瞬間にそんなに考えてるの?」

 

「いや言葉にしたら長くなるけど感覚的なものだな、ただマシンじゃなくて実際の対戦だったら配球とかは予測してる」

 

「俺は配球よりもコースを予測してるな」

 

「まあその辺りは人それぞれだろ、あとはバットスピードを上げるためにバットを振り込むことかな」

 

「素振りなんてやってないわけないだろ」

 

「そりゃそうか」

 

 友人はミートは上手いがパワー不足感が否めない。だから強い打球を飛ばしたいなら単純な話バットを振り込んでバットスピードを上げるか、体重を増やすしかない。手の豆を見るにバットは振り込んでいるので体重を増やすしかないと思う。

 そう思ったのでそのまんま友人に伝える。

 

「でも体重増えて太ったら学校とかでからかわれないか?」

 

「そんなもん努力してるんだからカッコ悪くないだろ、寧ろカッコいいよ。からかってくるやつなんて俺が怒ってやる」

 

「おう、その時は頼むよ」

 

「ていうか飯食って体重が増えても運動してるんだから太らないだろ、単純に筋肉がつくくらいで」

 

「それもそうだな、じゃあまた打つから変なところないか見ててくれ」

 

 そう言って友人は打席へと入っていった。別に変なところなんてないだろと思いつつも言われたので見るとする。

 それから俺たちは10打席ほど打ち込んでから帰宅した。

 

 

 

 

 今日の夜ご飯は昼食時に多めに作った炒飯にコンビニで買った餃子だ。最近のコンビニは随分と進化していてプライベートブランドの冷凍食品がマジにうまい、1品足りないときなどに重宝する。

 後片付けをして風呂に入って自室へと戻り今日は色々としたなと1日を振り返る。やはり友人と行ったバッティングセンターが一番体力を使ったなと思う。何気なく携帯を見ると矢田から返信がきていた。

 

 矢田:弟に聞いてみたよ~

 

 南雲:おー何て言ってた?

 

 矢田:野球のグローブって言ってた!

 

 南雲:グローブか~

 

 南雲:ざっくりいうと色々形が違うから詳しく聞いてみたほうがいいかもしれん

 

 矢田:何かピッチャー用がいいって言ってたよ、それで色は赤がいいって

 

 南雲:なるほど、それなら+αはグローブの手入れ道具でいいと思う

 

 矢田:そうなのか!ちなみに理由は?

 

 南雲:矢田の弟って体弱くて寝込みがちって言ってたから

 

 南雲:手入れ道具あれば外に出なくてもグローブに触ってられるしな

 

 矢田:へぇ~そうなんだ!

 

 矢田:じゃあグローブを両親が買うって言ってたから私は手入れ道具をプレゼントする!

 

 南雲:決断早いなw

 

 南雲:なんにせよ喜ぶといいな

 

 矢田:うん!相談に乗ってくれてありがとね!

 

 南雲:piece of cake

 

 矢田:お安い御用だっけ??

 

 南雲:そうそう、まあ俺も相談あったらするよ

 

 矢田:いつでも頼ってね~

 

 

 矢田の返信を見て俺はベッドに倒れこむ、私生活なのにまるで学校にいるみたいに人と関わっているなと感じる。E組に行ってから横の繋がりというか友達との関係が本校舎にいたときより深くなっている。それは閉鎖された環境にいるからなのかもしれないが、こんなに仲良くなれるなら閉鎖されていても別にいいのかもしれないなと思った。

 俺は変な幸福感に浸りながら目を瞑るとそのまま夢の世界へと旅立った。





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ちゃんとmhwやってたよという報告代わりにスクショ載せます。
HR、プレイ時間は言わずもがなですが、ギルカを見ていただけるとプレイしてる人ならわかると思いますが残る勲章はモンスターのサイズだけで、背景は環境生物コンプリートしたら設定できるものです。
仕事場では本業がハンターで副業で働いていると言われてます。まあ1ヶ月でこんだけやってたら言われて当然ですね。

平日は仕事かモンハンか筋トレ。
休日はモンハンか筋トレかバスケ。
そんな日々を過ごしていて、小説は仕事の休み時間とか使ってコツコツ書いてました。
時間が空きますが必ず投稿しますのでお待ちください。


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5月
第5話 プロの時間


前回の前書きで休日のその2があるかわかりませんと言いましたが小説紹介で中学生らしい生活を盛り込むとか言ってたので絶対あります。


 殺せんせーが地球を爆破するという3月まで残り11ヵ月、それが暗殺と卒業の俺たちの期限だ。

 暗殺を開始してから早1ヵ月、光陰矢のごとしに月日に関守なしとはよく言ったものだ。

 

 始業のベルが鳴ると殺せんせーだけではなく烏間先生と外国人の女性が教室に一緒に入ってきた。すんごい美人な女性は殺せんせーにベタベタとくっついている。なぜ?おそらくクラス全員がそう思っていると烏間先生が話し始める。

 

「…今日から来た外国語の臨時講師を紹介する」

 

「イリーナ・イェラビッチと申します、皆さんよろしく!」

 

「本格的な外国語に触れさせたいとの学校の意向だ、英語の半分は彼女の受け持ちで文句はないな?」

 

「…仕方ありませんねぇ」

 

 殺せんせーはそうしてイリーナ先生?だかの胸を見る。

 …普通にデレデレじゃねーか。殺せんせーとイリーナ先生はイチャイチャしてるが俺たちはそこまで鈍くない。この時期にこのクラスにやって来る先生は結構な確率で只者じゃない。

 

 昼休み明けの5時間目までは英語がないのでイリーナ先生の授業は午後までない。転校生が来たかのようにクラスは何となく落ち着きがないがHRが終わったのでいつも通り授業が開始された。

 

 

――

 

 

 時間は過ぎて昼休み、今俺たちは殺せんせーを暗殺しながらサッカーをしている。烏間先生に話を聞いたところ今日来たイリーナ先生の本職は案の定殺し屋だった。美貌だけでなく10ヵ国語を操る対話能力を持ち、ガードの高い暗殺対象でも容易に近付き至近距離から殺す潜入と接近を高度にこなす暗殺者らしい。その暗殺者は殺せんせーに手を振って駆け寄ってきた。

 

「烏間先生から聞きましたわ、すっごく足がお早いんですって?」

 

「いやぁそれほどでもないですねぇ」

 

 それほどでもある感じの対応ですね。

 

「お願いがあるの、一度本場のベトナムコーヒーを飲んでみたくて私が英語を教えてる間に買ってきてくださらない?」

 

「お安いご用です、ベトナムに良い店を知ってますから」

 

 そう言うや否や殺せんせーはマッハで飛んでいった。…おっぱいか?おっぱいが原動力か?殺せんせーが飛んでいった数秒後昼休みの終わりを告げるベルが鳴ったので磯貝がイリーナ先生に話しかける。

 

「えーとイリーナ先生?授業始まるし教室戻ります?」

 

「授業?…ああ各自適当に自習でもしてなさい。それとファーストネームで気安く呼ぶのやめてくれる?あのタコの前以外では先生を演じるつもりもないし "イェラビッチお姉様"と呼びなさい」

 

 …すげー変わり様。空気が一気に凍ったぞ。

 

「…でどーすんの?ビッチ姉さん」

 

 凍った空気の中カルマが口火を切る。ていうかビッチ姉さんってなんだよ、ただの淫乱な姉さんじゃねえか。

 

「あんた殺し屋なんでしょ?クラス総掛かりで殺せないモンスターをビッチ姉さん1人で殺れんの?」

 

「…ガキが、大人には大人の殺り方があるのよ。烏間に聞いたけど潮田渚ってあんたよね?」

 

 ビッチ姉さんはそう言って渚へと近づく。

 その瞬間!やっ、やったッ!!ビッチ姉さんは渚にディープキスをした。キスをされた渚はというと力が抜けたかのように足元から崩れ落ちた。キスで人を気絶させるってどんだけ巧いキスなんだよ。

 

「後で職員室にいらっしゃい、あんたが調べたやつの情報聞いてみたいわ。…ま、強制的に話させる方法なんていくらでもあるけどね。その他に有力な情報を持ってる子は話に来なさい!良いことしてあげるわよ…あと少しでも私の暗殺の邪魔をしたら殺すわよ」

 

 "殺す"という言葉の重みから彼女がプロの殺し屋だと実感した。…でも同時にクラスの大半が感じた事。この先生は…嫌いだ。

 

 

 

 

 昨日の自習に引き続き今日の英語の授業も自習だ。ビッチ姉さんはタブレットをずっと操作している。おそらく暗殺の計画でも練っているのだろう。教室にはタブレットのタップ音が響いている。

 

「なービッチ姉さん授業してくれよー」

 

 前原がそう言うとクラス中が授業しろよとビッチ姉さんに訴える。

 

「あー!ビッチビッチうるさいわね!まず正確な発音が違う!あんたら日本人はBとVの区別もつかないのね!…そうだ、正しいVの発音を教えたげるわ。まず歯で下唇を軽く噛む!ほら!!」

 

 促されクラス全員が下唇噛む。

 

「…そう、そのまま1時間過ごしてれば静かでいいわ」

 

(((なんだこの授業!?)))

 

 クラス全員同じ事を思った。

 

 

――

 

 

 5時間目の体育では射撃を行っていた。殺せんせーに見立てた的を出席番号順に撃っているとビッチ姉さんと殺せんせーが倉庫にしけこんでいくのを見た。するとクラスの誰かがタメ息を漏らした。

 

「…なーんかガッカリだな殺せんせー、あんな見え見えの女に引っかかって」

 

「烏間先生、私達…あの人の事好きになれません」

 

「…すまない、プロの彼女に一任しろと国の指示でな。…だがわずか1日で全ての準備を整える手際、殺し屋として一流なのは確かだろう」

 

 烏間先生の一言にクラス全員が黙る、確かにその通りだが何か釈然としない思いがある。授業が中断していると倉庫から激しい銃声が聞こえてくる。恐らく殺しにかかってるのだろう。

 …銃声が消えた。殺せんせーは死んだのか?俺たちは顔を見合わせていると倉庫からビッチ姉さんと思われる女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

「めっちゃ執拗にぬるぬるされてるぞ!」

 

「行ってみよう!」

 

 岡島と前原を先頭にクラス全員倉庫の方へと走る。倉庫に近づくと殺せんせーが出てきた。渚が殺せんせーへと尋ねる。

 

「殺せんせー!おっぱいは?」

 

「いやぁ…もう少し楽しみたかったですが皆さんとの授業のほうが楽しみですから。六時間目の小テストは手強いですよぉ」

 

「…あはは、まあ頑張るよ」

 

 そうだった。いくらおっぱいに弱くても殺せんせーは先生なんだ。俺たちを教えるということから逃げないし目を逸らさないということを忘れていた。みんなは殺せんせーが帰ってきたみたいな感じでどこか安心した表情をしている。

 その数秒後健康的でレトロな体操服姿になったイリーナ先生が倉庫から出てきて倒れた。…一体どんな手入れをしたんだ。

 

 

――

 

 

 タンッタンッとタブレットをタップする音が昨日の授業より大きく響いている。殺せんせーに手入れをされたという屈辱からかビッチ姉さんは相当に苛立っている。

 

「あはぁ必死だね、ビッチ姉さん。あんなことされちゃプライドズタズタだろうね~」

 

「言ってやるなよ…カルマ…」

 

 カルマの言葉に俺が返すと磯貝がビッチ姉さんに話しかける。

 

「授業してくれないなら殺せんせーと交代してくれませんか?一応俺ら今年受験なんで…」

 

「はん!あの凶悪生物に教わりたいの?地球の危機と受験を比べるなんて…ガキは平和でいいわね~。それに聞けばあんた達E組ってこの学校の落ちこぼれだそうじゃない、勉強なんて今さらしても意味ないでしょ」

 

 最後の一言がクラスの大半の越えちゃいけないラインを越えたのか、空気がピシッと音をたててヒビが入った気がした。

 

「そうだ!じゃあこうしましょ。私が暗殺に成功したらひとり五百万円分けてあげる!あんたたちがこれから一生目にすることない大金よ!無駄な勉強するよりずっと有益でしょ、だから黙って私に従いn…」

 

 そこまでビッチ姉さんが言ったとき誰かが消ゴムを投げ黒板に当たる。

 

「…出てけよ」

 

「出てけくそビッチ!!」

 

「殺せんせーと代わってよ!!」

 

 おーこれが俗に言う学級崩壊か。ペンや消ゴムなどあらゆるものが教室を飛び交っている。茅野だけが脱巨乳という紙を掲げ抗議している。…別に中学生なんだから小さいほうが普通じゃないのかなあと思った。

 午後もビッチ姉さんの英語の授業あるけどまた自習かとタメ息をついた。

 

 

 

 

 5時間目のビッチ姉さんの授業が始まる時間となったが教室はわいわいと騒いでいる、まあ自習が確定しているみたいなもんだし当たり前だよな。そのまま5分ほど騒がしい状態が続いていると教室の戸がガララッと勢いよく開かれてビッチ姉さんが入ってきた。そしてそのまま黒板に英文を書き始めた。

 

「You're incredible in bed!リピート!」

 

 クラス全員がポカーンとなっている。

 

「ホラ!」

 

「ユーアー インクレディブル イン ベッド」

 

「これは私がアメリカでとあるVIPを暗殺したとき、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時彼が私に言った言葉よ、意味は"ベッドでの君はすごいよ"」

 

(((中学生になんて文章読ませんだよ!)))

 

「外国語を短い時間で習得するにはその国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ、相手の気持ちをよく知りたいから必死で言葉を理解しようとするのよね。私は仕事上必要なときにその方法で新たな言語を身に付けてきた。だからは私の授業では外人の口説き方を教えてあげる。プロの暗殺者直伝の仲良くなる会話のコツを身につければ実際に外人に会ったときに必ず役立つわ。受験に必要な勉強なんてあのタコに教わりなさい、私が教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ」

 

 ど、どうしたビッチ姉さん。まるで先生みたいに授業をしている…。

 

「もし…それでもあんた達が私を先生と思えなかったらその時は暗殺を諦めて出ていくわ。…そ、それなら文句ないでしょ?…あと悪かったわよ色々」

 

 急にしおらしくなったビッチ姉さんを見てクラス中が笑い始める。これはギャップとかいうレベルじゃない、ジキルとハイドみたいだ。

 

「なにビクビクしてんだよ、さっきまで殺すとか言ってたくせに!…なんか普通に先生になっちゃったな」

 

「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」

 

 前原と岡野がそう言うとビッチ姉さんは手を口に当てて感動し始めた。

 

「考えてみりゃ先生に向かって失礼な呼び方だったよね」

 

「うん、呼び方変えないとね」

 

「じゃ"ビッチ先生"で」

 

 ビッチ先生の表情が固まった。

 

「えっ…と、ねぇキミ達?せっかくだからビッチから離れてみない?ホラ、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」

 

「でもなぁ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」

 

「うん、イリーナ先生よりビッチ先生のほうがしっくりくるよ」

 

「そんなわけでよろしくビッチ先生!」

 

「授業始めようぜビッチ先生!」

 

「キーッ!やっぱり嫌いよあんた達!」

 

 

 

 

 放課後になり俺は烏間先生から防御術を学んでいる。最初に教わったときに烏間先生から筋が良いと褒められ嬉しくなった俺は鼻先に人参をぶら下げられた馬のごとく頑張っている。

 休憩に入ったので烏間先生にビッチ先生のことを聞いてみる。

 

「ビッチ先生が午前と午後で180度違ったんですけど烏間先生なんか言ったんですか?」

 

「…そんな大それたことは言ってない。ただあのタコの教師としての仕事振りや君たち生徒の努力している姿を見せただけだ。だからイリーナが変わったとしたらそれはあいつや君達のおかげだろう」

 

「そうなんですか。でも烏間先生のおかげでもあると思いますよ」

 

「俺はなにもしていないぞ」

 

「だってビッチ先生が烏間先生と話したとしたらあの時間的に昼休みくらいですよね?僕たちは直接的な努力なんてしてなくて昼休みにやってたことっていったら"暗殺バドミントン"なんでそのトレーニングを教えてくれた烏間先生のおかげですよ」

 

「ふっ、そういうことにしておくか」

 

 烏間先生もなかなか強情だなと思う。暗殺バドミントンは遊びの中で腕を磨けるものだがやはり遊びの側面が強い。その遊びを烏間先生は努力と言ってくれた。あと烏間先生は口にはしていないが殺せんせーや俺達のことをビッチ先生に詳しく説明しているはずだ。だからビッチ先生が改心したのは一重に烏間先生のおかげだと思う。

 

 太宰治は言った。"人は人に影響を与えることもできず、また人から影響を受けることもできない"と。

 でも太宰は嘘つきだ、人は人に影響を与えるし受ける。現にこのE組がそうじゃないか。友人もカルマも、先生であるビッチ先生だって変わっている。

 

「そろそろ訓練を再開するか、今日の君は調子が良さそうだからもう少し厳しくいくぞ」

 

「…お手柔らかにお願いします」

 

 俺は烏間先生の期待に応えなければならぬ。今はただその一事だ。




太宰治の言葉を引用したので締めの一言も太宰治にしました。走れメロスの一文をもじったものなので覚えのある方が多いと思います。


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第6話 支配者とテストの時間

10年以上ジャンプを毎週買い続けていますが、260円の内の200円分は鬼滅の刃のためだと思っています。
1話を見た瞬間電撃が走り、岩を切るシーンで再度体に電撃が走りました。何が言いたいのかというと今のジャンプでダントツに面白いです。


 ~理事長視点~

 

 今日は月に1度の全校集会だ。これは95%の生徒にとって自分達の優秀さを確認するイベントだ。

 私は今PCのモニターで集会の行われている体育館の様子を確認している。

 

「この手はいつも効果的ですね、理事長。これのおかげで3年E組以外の一流高校大学の進学率は非常に高い」

 

「いわばこれは大人の社会の予習です。落ちこぼれまいとする意識を今のうちから強く育てる。悲しいかな人間は…差別し軽蔑する対象があったほうが伸びるのです」

 

 私は常に合理で動く。学校経営も暗殺さえも理に適っていればそれでいい。

 

 …だが。今日のE組はどうだろうか。集会での様子や先程E組の生徒に絡みに行った学生が押し退けられていた。

 それは私の学校では合理的ではない。少し改善する必要がある、私にとっては暗殺よりも優先事項だ。

 

 

 

 

 ~渚視点~

 

 

「学校の中間テストが迫ってきました」

「そんなわけでこの時間は」

「高速強化テスト勉強を行います」

 

 クラス全員目が点になっている。なぜなら殺せんせーが数十人、おそらくクラス全員分の分身をしているからだ。ご丁寧に頭のはちまきにみんなの苦手科目が書かれている。

 

「先生の分身が1人ずつマンツーマンで」

「それぞれの苦手科目を徹底して復習します」

 

 …殺せんせーはどんどん速くなってると思う。国語6人、数学8人、社会4人、理科4人、英語4人、NARUTO1人

 クラス全員分の分身なんて。ちょっと前まで3人ぐらいが限界だったのに。ちなみにNARUTOは寺坂君だ、苦手科目が複数あるって殺せんせーが言っていた。

 

「うわっ!!」

 

 突然殺せんせーの顔が大きく歪んだ。

 

「急に暗殺しないでくださいカルマ君!それ避けると残像が全部乱れるんです!!」

 

 犯人はどうやらというか案の定カルマ君だった…、僕は当然のように感じた疑問を殺せんせーに聞いてみる。

 

「でも先生こんなに分身して体力もつの?」

 

「ご心配なく、1体外で休憩させていますから」

 

「それむしろ疲れない!?」

 

 外を見るとビーチやプールサイドにあるようなベンチに腰かけて飲み物を飲んでいる殺せんせーの分身がいた。

 

 …この加速度的なパワーアップは…1年後に地球を滅ぼす準備なのかな。なんにしても殺し屋には厄介なターゲットでテストを控えた生徒には心強い先生だ。

 

 

――

 

 

「さようなら殺せんせー!」

 

「ヌルフフフ明日は殺せるといいですねぇ」

 

 帰りの時間となったのでそう言って殺せんせーに挨拶をし靴箱に向かう、教員室の中が見える窓があるので中を覗きながら歩いていると理事長がいた。理事長がルービックキューブを急に分解したり殺せんせーが理事長と分かるやすごい速さで下手に出たのが気になったので聞き耳を立ててみることにした。

 

「――いずれご挨拶に行こうと思っていたのですが…、あなたの説明は防衛省や烏間さんから聞いていますよ。まぁ私には全て理解できる程の学は無いのですが…。なんとも悲しい御方ですね、世界を救う救世主となるつもりが世界を滅ぼす巨悪となり果ててしまうとは」

 

 救う…滅ばす?どういうことだろう?

 

「…いやここでそれをどうこう言う気はありません、私ごときがどうあがこうが地球の危機は救えませんし。よほどのことが無い限り私は暗殺にはノータッチです」

 

 理事長は殺せんせーだけでなく、教員室の中を歩き演説しているかのように烏間先生とイリーナ先生にも話している。なんだかわからないけどカリスマ性みたいな、人を惹き付けるものを感じる。

 

「しかしだ、この学園の長である私が考えなくてはならないのは…地球が来年以降も生き延びる場合、つまりあなたを殺せた場合の学園の未来です。率直に言えばE組はこのままでなくては困ります」

 

「このままと言いますと成績も待遇も最底辺という今の状態を?」

 

「働き蟻の法則を知っていますか?どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残りの60%は平均的になる法則。私が目指すのは5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です。『E組のようにはなりたくない』、『E組にだけは行きたくない』、95%の生徒がそう強く思う事で…この理想的な比率は達成できる」

 

「…なるほど合理的です。それで5%のE組は弱く惨めでなくては困ると」

 

「今日D組の担任から苦情が来まして、『うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた、殺すぞと脅された』という内容でした」

 

 僕のことじゃないか…。かなり脚色されてるけど根も葉もないことではないから反論もできない。

 

「暗殺をしてるのだからそんな目付きも身に付くでしょう、それはそれで結構。問題は成績底辺の生徒が一般生徒に逆らうこと、それは私の方針では許されない。以後厳しく慎むよう伝えてください。」

 

 そう言うと理事長は懐に手を入れて何かを殺せんせーに向かって投げ渡した。あれは…知恵の輪!?

 

「1秒以内に解いてくださいッ」

 

「え、いきなりッ…」

 

 瞬間殺せんせーが知恵の輪にテンパり絡まっていた。なんてザマだ。

 

「噂通りスピードはすごいですね、確かにこれならどんな暗殺だってかわせそうだ。…でもね殺せんせー、この世の中にはスピードで解決できない問題もあるんですよ。…では私はこの辺で」

 

 そう言って理事長は教員室を出ようとした。僕は聞き耳を立てていたことがばれたくなかったので素早く窓から離れ死角に隠れる。

 ちょうど隠れ終わるのと同時に理事長が出てきたので思わず目が合ってしまった。微妙な空気が流れる。

 

「やあ!中間テスト期待してるよ、頑張りなさい!」

 

 乾いた言葉と笑顔だった。そのとても乾いた"頑張りなさい"は一瞬で僕を暗殺者からエンドのE組へと引き戻した。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

「「「さらに頑張って増えてみました、さぁ授業開始です」」」

 

 …増えすぎだろ!そう思わずにはいられない。残像もかなり雑になっているしドラえもんやミッキーが混ざっている。

 

「…どうしたの殺せんせー?なんか気合い入りすぎじゃない?」

 

「んん?そんなことないですよ?」

 

 茅野がみんなの気持ちを代弁するかのように質問してくれたが殺せんせーは何もなかったと言う。…昨日の今日でいきなり変わったら何かあるに決まってるはずだ。ある日突然今まで聴いていなかったアーティストを聴き始めたら恐らく好きな人が聴いているからとかそんなんだし、腕に突然包帯を巻きだしたらそれは中二病だ。

 つまり何でも行動には理由があるのだ。まあジョジョでは人を助けたときに"おれにもようわからん"とか"なにも死ぬこたあねー"とか言ってたから理由なき行動もあるんだろう。

 そんな無駄なことを考えていると授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

 

 

――

 

 

 授業が終わり疲労困憊といった様子で教壇に肘を置いて複数の触手で団扇を扇ぐ殺せんせー、それを見た岡島と前原が声をかける。

 

「…さすがに相当疲れたみたいだな」

 

「なんでここまで一所懸命先生をすんのかね~」

 

「…ヌルフフフ、全ては君たちのテストの点を上げるためです。そうすれば君たちから尊敬の眼差しを一身に受けたり、先生の評判を聞いた近所の巨乳女子大生に勉強を教えられるかもしれない。まさに先生には良いことずくめ」

 

 まあ女子大生は置いといて俺たちが尊敬の眼差しを向けるっていうのはその通りだと思う。殺せんせーの話を聞いたクラスの大半は互いに顔を合わせ言葉が交わされない微妙な空気が流れる。無言を破ったのは三村だった。

 

「…いや勉強の方はそれなりでいいよな」

 

「…うん、なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

 

「「「百億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしさ」」」

 

「にゅやッ、そういう考えをしてきますか!」

 

「俺たちエンドのE組だぜ、殺せんせー」

 

「テストなんかより…暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」

 

 …上手く説明はできないがその考えは間違っていると思った。何もしない先から駄目だと決めつけてしまうのは怠惰だ、テストを欠席してE組に落ちた俺が偉そうに言えることではないが今のE組には怠惰の空気が流れている。

 

「なるほど、よくわかりました」

 

 顔の模様をバツ印に変えて殺せんせーは言う。

 

「今の君たちには…暗殺者の資格がありませんねぇ。全員校庭へ出なさい、烏間先生とイリーナ先生も呼んでください」

 

 殺せんせーが校庭へと向かったのでそれに続いて俺たちも校庭へ向かう。クラスの大半はなぜ殺せんせーが急に不機嫌になったか理解できてない様子だったが何人かはなんとなく何かを察してる様子の人もいる。おおよそ先ほど俺が考えていた内容で間違いないと思う。

 

 校庭に着くと殺せんせーがサッカーのゴールをどかしていた。そしてこちらを向くとビッチ先生を指差し尋ねる。

 

「イリーナ先生、プロの殺し屋として伺いますがあなたはいつも仕事をするとき用意するプランは1つですか?」

 

「…いいえ、本命のプランなんて思った通り行く事の方が少ないわ。不測の事態に備えて予備のプランを綿密に作っておくのが暗殺の基本よ」

 

「では次に烏間先生。ナイフ術を生徒に教えるとき重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが次の動きも大切だ。強敵相手では第一撃は高確率でかわされる、その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」

 

「先生方の仰るように自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君たちはどうでしょう?」

 

 殺せんせーの問いかけにみんなはハッとなり、バツの悪そうな顔になる。俺も心のどこかにそんな気持ちがあったかもしれないと今までの生活を省みる。

 

「"俺らには暗殺があるからそれでいいや"…と考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです。」

 

 話ながら殺せんせーは残像すらも見えない速さでその場で回転している。あまりの速さからか校庭に竜巻が起きるが尚も話を続ける。

 

「もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?暗殺という拠り所を失った君たちにはE組の劣等感しか残らない…、そんな危うい君たちに先生からのアドバイスです。」

 

 竜巻の大きさが最大となりそれと共に先生の話も山場を迎えたらしい。

 

「第二の刃を持たざる者は…暗殺者を名乗る資格なし!」

 

 竜巻が止むと同時に雑草や小石が校庭の端に滝のように音をたてて落ちまとめられる。整備のされていない校庭が甲子園の試合開始前のように綺麗になっていた。

 

「校庭に雑草や凸凹が多かったのでね、少し手入れしておきました。みなさんお忘れかもしれませんが先生は地球を消せる超生物、この一帯を平らにするなど容易いことです」

 

 烏間先生を含め全員が言葉を失っている。それもそのはず、一瞬でクラス全員分の表札を集めてくるより遥かに凄まじい超常現象を目の当たりにしたのだから。

 

「もしも君達が自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にはいないと見なし校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

「…その第二の刃はいつまでにですか?」

 

「決まっています、明日です。明日の中間テストクラス全員50位以内を取りなさい」

 

 俺の問いかけに間髪入れず答える殺せんせー。全員50位以内?そんなこと可能なのか?…いや可能かどうかじゃない、やるしかない。

 

「君たちの第二の刃は先生が既に育てています。本校舎の教師達に劣るほど先生はトロい教え方をしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい、ミッションを成功させ恥じる事なく笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者であり…E組であることに!」

 

 最後はいつも通りの殺せんせーだった。俺たちを安心させる間の抜けた笑顔で教壇に立って授業をする、そんな感じで話をしてくれた。

 周りを見ると甘えた中途半端な空気は既に消え、そこには仕事人のような顔になっているみんながいた。

 

 

 

 

「…これは一体どういうことでしょうか、公正さを著しく欠くと感じましたが」

 

 テストが返却されクラスが沈んだ空気を漂わせている中、烏間先生が抗議の電話を本校舎にかけている。殺せんせーに第二の刃を示せと言われ俺達は忸怩(じくじ)たる思いを消すかのようにテストに望んだ、しかしクラスのほとんどはことごとく惨敗という結果になった。

 

「伝達ミスなど覚えはないしそもそもどう考えても普通じゃない。"テスト2日前に出題範囲を全教科で大幅に変える"なんて」

 

 そういうことだ、テストの序盤の問題は勉強した通りの内容が出たのだが後半の問題は俺達が聞いていた出題範囲とは大きく異なった問題が出されていた。それがこの結果だ。

 殺せんせーは教壇に立っているが俺達生徒の方ではなく黒板の方を見て背中を向けている形となっている。

 

「…先生の責任です、この学校の仕組みを甘く見すぎていたようです。…君達に顔向けできません」

 

 瞬間、対殺せんせーナイフがカルマから投げられる。後ろを向いていたのにも関わらず殺せんせーは避ける。

 

「いいの~?顔向けできなかったら俺が殺しに来んのも見えないよ?」

 

「カルマ君!先生は落ち込んで…!」

 

 カルマはテスト用紙を殺せんせーに手渡すとそのまま話を続ける。

 

「俺問題変わっても関係ないし、俺の成績に合わせてあんたが余計な範囲まで教えたからだよ」

 

 すげぇ、合計494点かよ。ん?494点?

 

「たぶん南雲も余計な範囲まで教えられてたから同じ感じじゃない?」

 

 カルマの言葉を聞いて殺せんせーが一瞬で俺の目の前に来てテスト用紙を確認する。各教科の点数は違えど合計点数が同じなのだ。

 

「だけど俺はE組を出る気ないよ、前のクラス戻るより暗殺の方が楽しいし。南雲もそうでしょ?」

 

「当たり前だ」

 

「…でどーすんのそっちは?全員50位に入んなかったって言い訳つけてここからシッポ巻いて逃げちゃうの?それって結局さぁ、殺されんのが怖いだけなんじゃないの?」

 

 うわー煽りよる、殺せんせーの顔どんどん赤くなってきてるし。カルマの意図をクラス全員理解したのか流れに乗って煽っていく。

 

「なーんだ殺せんせー怖かったのかぁ」

「それなら正直に言えばよかったのに」

「ねー?怖いから逃げたいって」

 

「にゅやーッ!逃げるわけありません!期末テストであいつらに倍返しでリベンジです!」

 

 怒った殺せんせーを見てクラス全員が笑顔になる。

 中間テストで俺達は壁にブチ当たった。E組を取り囲む作られた分厚い壁に。…それでも俺は心の中で胸を張った、自分がこのE組であることに。

 

 

 *

 

 

 ~放課後、帰り道~

 

 

「ねえ純一、なんであんな点数よかったの?」

 

「俺はやればできる子なんだよ」

 

 俺は莉桜と一緒に帰っているが話題はやはり今日のテストだ。

 

「いや今そういうのいいから」

 

「んー…1、2年のころの俺の成績知らん?」

 

「…関わりなかったし正直知らない」

 

「自慢みたくなるからあまり言いたくないが全部のテスト10番以内には入っていた」

 

「へぇ~意外ね」

 

「だからYDKなんだって」

 

 椚ヶ丘中学校に入学してきてる時点でみんなそれなりに、というか相当に頭が良いはずだからやればできるはずだ。それになんとなく苦手意識のある社会も好調だったのでカルマと同率4位を取ることができた。

 

「ところで純一は修学旅行の班どうするか決まった?」

 

「いや決まってないな」

 

「じゃあ私のとこ来ない?凛香とかいるよ」

 

「今のフレーズ氣志團みたいだったぞ。…ま、ありがたく入れさせていただきます」

 

「じゃあ男子は適当に誰か誘っといてね~」

 

「渚とか?」

 

「?なんでそこで渚?」

 

「いやなんとなく、まあ適当に声かけてみるよ」

 

「じゃあよろしく~」

 

 その後は他愛もない話をして帰った。

 テストの次は修学旅行か。中学3年に進級してからというものの、今までと比べて内容の濃い生活を送っている。

 暦はまだ5月。夏を感じさせる風も吹くが春のような目新しい空気も感じるこの時期が俺は好きだ。




会社の内示がそろそろ出るんでなんとなく落ち着かないです。


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第7話 準備の時間

オリジナル回です。


 眠い目を擦りながらリビングに行くと父さんが朝食を作っていた。

 

「おはよーっす」

 

「おう、ちゃんと起きれたみたいだな」

 

「どんなに夜更かししても休日早く起きないと損した気分になるから」

 

「まったく誰に似たんだか」

 

 たぶん父さんだと思うがあえて返答しない。

 

「今日朝飯なに?」

 

「ふっ見て驚け、ラピュタパンだ」

 

「驚くもなにも思い切り昨日の金曜ロードショーに影響されてるよね」

 

「映画では目玉焼きだけだがこれにはベーコンもついてるぞ」

 

「マヨネーズは?」

 

「お好みで」

 

「了解」

 

 台所を覗くと昨日の夜のスープも暖めていたので洋食チックな朝食だ。朝はご飯派だが特別なこだわりもないため今日みたいにパンの日もある。それが南雲家の食卓もとい朝食事情。

 

「飯食って9時過ぎに家出るか」

 

「オッケー」

 

「おやつは何円までだ?」

 

「今時そんなの守る方が少ないよ」

 

「バナナはおやつに含まれるのか?」

 

「ボケが微妙に古いよ」

 

 父さんの小ボケに対してツッコミを入れつつ食事を進める。バナナはおやつに入りますかという様式美とも言える質問に代わるお題はないのだろうか。ゼリーだとバナナほどのインパクトはないしグレーゾーンでもない。なんだろう、ハニトーとかカステラ辺りだろうか。

 

 朝御飯も食べ終わり身支度をする、これから行くのは大型ショッピングモールなので誰かに会うかもしれないのでちゃんとした服装に着替える。

 修学旅行ということで今日は父さんと旅行の際に必要なものを買いに行くというわけだ。細々したものが多くなる予定なので車で向かう。

 

「オッケー準備できた」

 

「車でかけるCDが決まんないから待ってくれー」

 

「ピロウズの気分だからピロウズで」

 

「父さんは林檎がいいな」

 

「じゃあ行きがピロウズで帰りに林檎で。ていうか聴きたいアーティスト決まってるじゃん」

 

 今決まったんだよと父さんは笑いながら返す、ちなみに林檎とは椎名林檎のことだ。

 財布、携帯と最低限の物を持って車に乗り込む。到着まで約20分、前回父さんと外出したのはいつだったかなと記憶を遡る。

 

 

――

 

 

「ピロウズってやっぱり男女の曲っていうか恋愛の曲多いよな」

 

「まあ他のアーティストと違ってバリエーション豊かだし上手くいきましたーってのは少ないけどね」

 

「恋愛といえばお前好きな子いないのか」

 

「恐ろしく雑な話題転換だな」

 

「思春期真っ只中に聞くのもなんだけど実際どうなんだ」

 

「いや可愛いと思うことはあっても好きとはならんな」

 

「莉桜ちゃんはどうなんだ?」

 

「たぶん父さんが今の莉桜見たら別人だと感じると思う」

 

「へー今どんな感じなの?」

 

「金髪ですごい騒がしい」

 

「へー久しぶりに会ってみたいな。今度家に連れて来てよ」

 

「後半だけ聞くとセクハラ親父だな」

 

「そんな気持ちは微塵もないからな、俺は母さん一筋だから」

 

「その言葉何回も聞いたよ、てか髪の色に関して何も気にしないんだ」

 

「別に髪型や髪色で人間性が問われるわけではないと俺は思ってるからな。世間一般で見たら俺みたいのは少数派だけど」

 

「そんなもんかねえ」

 

「そんなもんだよ、これから俺も渋さを表すかのように髪が少しずつ銀色になっていくから見とけよ」

 

「それはただの白髪だ」

 

 30代だしまだそんな心配いらないだろうに。白髪のメカニズムはわからないがなんとなくストレスで増えるイメージがある、そう考えたら父さんより烏間先生のほうがヤバイんじゃないだろうか。ここにはいない人の心配をしていると目的地が見えてきた。

 

 

 

 

「じゃあ俺は先に食材買ってから後で合流するから先に必要な物を見ててくれ」

 

「オッケー、荷物持ちはしなくていい?」

 

「ふっまだまだ現役だ、なんか飲み物買っとくけど何がいい?」

 

「車の中で飲む用に500mlのミルクティー、家用にコーラ」

 

「了解」

 

 そう言って二手に別れる。あっ旅行分の飲み物頼むの忘れてた、まあ当日に自販機で買えばいいか。

 とりあえず歯ブラシ辺りのエチケット辺りから見る。父さん曰く家用とは別に用意しておいた方がなにかと楽らしいので使い捨てではなくちゃんとしたものを選ぶ。先人の知恵というか三十数年生きてるだけあって様々なことに詳しいなと思いながら商品を見ていく。

 

 

――

 

 

「あー!南雲君だ」

 

 クラスで聞き覚えのある声がしたので声のした方向を向くと女子三人組がいた。

 

「茅野か、同じ班の三人と一緒ってことは買い出しだな」

 

「おーさすが!学年4位は察しがいい!」

 

「いやE組ならたぶん誰でもわかると思うぞ」

 

「そうかなー?ところで芳香剤の匂い嗅ぎながら話すのやめない?」

 

「…いや嗅いでる最中に話しかけてくるから」

 

 茅野に指摘された通り俺は芳香剤売り場にいた。流れで商品を見てたら芳香剤にたどり着きテスターを開けては嗅ぐを繰り返していた。

 

「ひょっとして…匂いフェチ?」

 

「断じて違う」

 

 匂いフェチのレッテルを貼られては例え事実無根であってもカルマと莉桜にからかわれまくる、それだけは阻止したい。

 

「あーでも嗅いだことのない匂いの商品を見ると手を伸ばしてしまうな。てことで奥田、今度色々と調合して作ってみて」

 

「えっ私ですか!?」

 

「うん、化学得意だし好きじゃん。殺せんせー用の毒も作ってたし。ついでついで」

 

「えーと、じゃあ今度試してみますね」

 

「おう、調合したら是非呼んでくれ」

 

「あっ私も!」

 

「私もいいかな?」

 

 俺の提案に思いの外女子たちが乗ってきた。イメージで語るのは好きくないがこういうフレグランス的なのはやっぱり男子より女子だなと思った。

 

「話戻すけど修学旅行の買い出しで何か入用な物って特別ないよな?」

 

「うーん…特にないんじゃない?女子的には化粧水とかハンドクリーム忘れたらショックだけど」

 

「茅野さん大丈夫だよ、忘れたら私の貸すから」

 

「か、神崎さん…!」

 

「神崎だったらそういうところしっかりしてそうだし大丈夫そうだよな、茅野と違って」

 

「むー、南雲君って私の扱い雑じゃない?」

 

「そんなことないそんなことない。なあ、奥田?」

 

「えっ…うーん…同じ言葉を二回繰り返すときってどうでもいいことって聞いたことあります…」

 

 あっ爆弾投下しやがった。

 

「えー!私のことどうでもいい存在だと思ってるの!?」

 

「なんだその反応、ヒステリックな彼女か。違うよ、何となく男子と同じ感じの返しになるだけだよ」

 

「全然フォローになってないよ!」

 

「あーあれだ、そう、妹的な!」

 

「なるほどー、南雲君って妹いるの?」

 

「いや、一人っ子だよ」

 

「やっぱり適当に返事してるでしょ!」

 

「いやいや、本当に適当には返事してないよ」

 

「本当~?嘘じゃない~?」

 

「本当だよ。ジュンイチ、ウソツカナイ」

 

 俺と茅野のやり取りを見て奥田はあたふたした感じ、神崎は上品に笑っている。大人しい二人でもこうも反応に違いがあるんだな。

 

「ところで南雲君は一人で来たの?」

 

「いや、父さんと来たよ。何一つ旅行の準備してないから車のほうが楽だと思って」

 

「そうなんだ、それでお父さんは?」

 

「先に食材とか買ってるからもうそろ終わってこっち来ると思うけど」

 

「嫌じゃなかったら見てみたいんだけどいい?」

 

「全然いいよ、父さんもその辺は気にしないと思うし」

 

「二人もいいかな?」

 

 茅野の提案に二人は控えめに了承していた。

 

「でも珍しいね、大抵の人は親と会わせたくないって人多いのに」

 

「変な人だったら俺も会わせたくないけど変な人じゃないからな」

 

「へぇ~、どんな感じの人なの?」

 

「芸能人で言えば竹野内豊みたいな感じかな」

 

 俺が喋り終わるのと同時くらいに肩をとんとんとされたので後ろを振り返る。頬に人差し指が刺さった。

 

「うわー親にやられてもときめかねー」

 

「じゃあ三人の内の誰かにやられたらときめくのか?」

 

「やられてないからわからん」

 

「そうか、三人ともこんにちは。純一の父の竹野内豊です」

 

「いや、違うだろ。南雲家の人間だろ」

 

 父さんの言葉に三人は挨拶を返す。

 

「すごい、一発で親子ってわかる」

 

「いやどこが」

 

「見た目似てるしイケメン親子だ」

 

「だってさ、父さん。よかったな」

 

「最近言われないから嬉しいねー、三人も可愛いよ」

 

「後半だけ抜き出したらやべえやつだな」

 

「抜き出すな、流れを見ろ」

 

「抜き出してないから安心してくれ」

 

「なんかすごい仲良いね」

 

 茅野の言葉に奥田と神崎は同調するように頷いていた。

 

「純一、女の子と話してばかりいないで目当てのピッケルは見つけたのか」

 

「なんでピッケルだよ、雪山には行かないよ」

 

「虫アミも忘れたらダメだぞ」

 

「あっモンハンのほうか。どっちにしろ旅行には絶対に必要ないよ」

 

 俺と父さんのやり取りを見て神崎だけ笑っていた。どうやらモンハンネタが通じたらしい。

 

「ごめん、三人とも。やっぱり変な人だった」

 

「ううん、そんなことないよ。お父さんと仲が良くて羨ましいな」

 

「そう?引いてない?大丈夫?」

 

「どんだけ心配なんだ。ところで三人の名前はなんて言うんだ」

 

「髪をサイドにまとめてるのが茅野、眼鏡をかけているのが奥田、ロングでおしとやかなのが神崎」

 

「茅野さんに奥田さんに神崎さんね、よし覚えた。三人ともうちの純一と仲良くしてやってね」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

「なんで急に真面目になってんだ」

 

「父親らしいこともしておこうかなと」

 

 いつもちゃんと父親してもらってるよと思ったが恥ずかしいので口には出さない。

 

「そろそろ買い物に戻るかな」

 

「せっかく会えたのにもういいのか?」

 

「互いに買い物あるし、なあ?」

 

「そうだね、名残惜しいけどまた学校で」

 

「三人ともいつでも家に遊びに来ていいからな」

 

「息子の意志も聞かずに誘うな」

 

「南雲君は嫌なの?」

 

 首をかしげながら聞いてくるんじゃない、神崎。それやられたら嫌でも嫌って言えないでしょ。

 

「嫌じゃないから別に構わんけど」

 

「本当?じゃあ今度行ってもいいかな?」

 

「都合のいい日があったら」

 

「ふふ、楽しみにしてるね」

 

「じゃあ俺達は行くよ、三人ともまた学校で」

 

「うん、またね南雲君」

 

「バイバーイ」

 

「父さんじゃなくて俺に言ったんだよ」

 

 三人に別れを告げ買い物へと戻る。ちゃんとした服装で来て正解だったなと思う。それにしてもこの父親は友達の前でもいつも通りすぎるな。

 

 

 

 

 買い物も無事に終わり、今は帰りの車に乗っている。

 

「みんないい子そうだったな」

 

「実際いいやつだよ、まだ1ヶ月ちょっとしか一緒に過ごしてないけどなんとなくわかる」

 

「お前も楽しそうだったしよかったよ」

 

「そうかい」

 

 俺の返事を皮切りに車内にはしんとした空気が流れ、椎名林檎の曲だけが響く。少し間が空いたあと父さんが口を開く。

 

「まあ父親としたら不安なんだよ、本人がどんなに学校が楽しいって言ってても直接見てる訳じゃないし。そういった意味でもクラスメートと仲良くしてるのを見れたし本当によかったよ」

 

「そうかい」

 

「うん、そうだ」

 

 またも車内は静まり返る。

 

「父さんは…」

 

「ん?」

 

「たまには父親らしいこともしておくって言ってたけどいつもしてもらってるよ」

 

「本当か?それならよかったよ」

 

「ん」

 

「なに外を見てんだよ~、照れてんの?」

 

「うるせー、ちょっと恥ずかしいんだよ」

 

「可愛いとこあんじゃーん」

 

「思春期真っ只中の中学生をからかうなよ、昔は父さんもからかわれたくなかったろ?」

 

「そりゃ父さんも中学生のときはそう思ってたよ。でもな、純一。この年になって中学生の息子を持つとからかいたくなるんだよ」

 

「なんだよそれ」

 

「父親になって子供ができたらきっと、いや絶対にわかるよ」

 

「そうかい」

 

 結婚…か、全然想像もできないな。そもそも付き合った経験もなにもないし。いつか結婚するのだろうか、そんな遠い未来を想像している俺を乗せた車は家へと走る。

 

 

 

 

 ~個人トーク~

 

 

 神崎:旅行楽しみだね

 

 南雲:そうだな、今日会えてびっくりしたよ

 

 神崎:私も。お父さんとすごい仲がよかったね

 

 南雲:あそこまで仲良いのは俺の家くらいじゃないか

 

 神崎:そうなのかな?ちょっと羨ましいな

 

 南雲:神崎のとこは仲が悪いのか?

 

 神崎:うん…父親が厳しくてね

 

 南雲:そうなのか、ごめんな嫌なこと聞いて

 

 神崎:ううん、気にしないで

 

 南雲:時間が解決してくれるんじゃないか

 

 南雲:反抗期とか色々あるしその内普通に話せるようになると思う

 

 神崎:ありがとう

 

 南雲:いえいえ、班違うけど旅行でもよろしく

 

 神崎:こちらこそお願いします




寝る前に木曜日のフルットを読んだらいい感じに眠気が襲ってくるという発見をしました。


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第8話 旅行の時間 その1

ついに修学旅行です。ちなみに3話で終わります。
修学旅行の班については南雲君が2班に入り、元々原作で2班にいた三村君は3班に行ってもらいました。


 今日は修学旅行当日。天気にも恵まれ集合場所である駅まで問題なく到着することができた。烏間先生がE組の人数確認などを行っているが殺せんせーがどうも見つからない。国家機密だから現地で合流するのだろうか。

 ちなみに班編成は、

 1班:磯貝、木村、前原、岡野、片岡、倉橋、矢田

 2班:俺、岡島、菅谷、千葉、凛香、莉桜、不破

 3班:竹林、寺坂、三村、村松、吉田、原、狭間

 4班:カルマ、友人、渚、茅野、神崎、奥田

 となっている。

 

 そうこうしていると新幹線の発車時刻が近くなってきたため車内へと乗り込む。

 

「うわ…A組からD組まではグリーン車だぜ」

 

「うちらだけ普通車、いつもの感じね」

 

「まあまあ、みんなと一緒ならどこでも楽しいだろ」

 

「それはそうなんだけどー…」

 

 俺が菅谷と莉桜を宥めていると後ろから「ごめん、あそばせ」と聞こえてきたので振り返る。

 

「ごきげんよう生徒達」

 

「ビッチ先生、何だよそのハリウッドセレブみたいなカッコはよ」

 

「フッフッフッ、女を駆使する暗殺者として当然の心得よ」

 

 木村の質問にビッチ先生はさも当然のように説明を始める。

 

「狙っているターゲットにバカンスに誘われるって結構あるの。ダサいカッコで幻滅させたらせっかくのチャンスを逃しかねない。良い女は旅ファッションにこそ気を遣うのよ」

 

 旅ファッションに気を遣うのもいいけど俺等にも気を遣ってほしい。あっ烏間先生が来た。

 

「目立ちすぎだ、着替えろ。どう見ても引率の先生のカッコじゃない」

 

「堅い事言ってんじゃないわよカラスマ!ガキ共に大人の旅を…」

 

「脱げ、着替えろ」

 

 

――

 

 

 先程の元気なビッチ先生はどこへやら。寝巻きに着替えてしくしくと泣いている。

 

「誰が引率だかわかりゃしないな」

 

「金持ちばっか殺してきたから庶民感覚がズレてるんだろね」

 

「ところで殺せんせー見てない?」

 

「確かに新幹線が出発したのに見てないね」

 

 渚と話していて車内を探すように見ていると渚がいきなり声をあげて驚いたのでそちらを見る。うわっこれはビビる、新幹線の窓に殺せんせーが張り付いている。普段あり得ないことを目にすると声が出てしまうな。渚はすかさず携帯を取り出し殺せんせーへと電話する。

 

「何で窓に張り付いてんだよ殺せんせー!」

 

「いやぁ…駅中スウィーツを買ってたら乗り遅れまして、次の駅までこの状態で一緒に行きます。なにご心配なく、保護色にしてますから服と荷物が張り付いてるように見えるだけです」

 

「それはそれで不自然だよ!」

 

 

――

 

 

「いやぁ疲れました、目立たないよう旅するのも大変ですねぇ」

 

「そんなクソでかい荷物持ってくんなよ、ただでさえ殺せんせー目立つのに」

 

「てか外で国家機密がこんなに目立っちゃヤバくない?」

 

「にゅやッ!?」

 

「その変装も近くで見ると人じゃないってバレバレだし」

 

 各々殺せんせーへと意見する。変装は確かにまずいよなー、人じゃないってバレてないだけすごいと思う。

 

「殺せんせー、ほれ。まずそのすぐ落ちる付け鼻から変えようぜ」

 

「…おお!すごいフィット感!」

 

「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ、俺そんなん作るの得意だし」

 

 菅谷が先生へと新しい鼻を作ったがなかなかどうして、焼け石に水くらいには自然になった。旅行となると皆の意外な一面が見れるなと思いながら自分の座席へと戻る、すると不破が大富豪をしようと提案してきたので俺は快諾し大富豪を始めた。

 

 

――

 

 

 一日目の日程をこなし、旅館にに到着する。旅館の名前は"さびれや旅館"だ、客商売をするにしてはありえないネーミングだなと思う。

 殺せんせーは入口の近くにあるソファで顔を青白くし瀕死となっている。

 

「新幹線とバスで酔ってグロッキーとは…」

 

「大丈夫?寝室で休んだら?」

 

 心配してるのは岡野だが言動とは裏腹にナイフで暗殺を試みてる。

 

「いえ、ご心配なく。先生これから1度東京に戻りますし、枕を忘れたので」

 

(((あんだけ荷物あって忘れ物かよ!)))

 

 グロッキーな殺せんせーを置いて部屋に行こうかなと思ったら神崎が何かを探すように鞄の中身を確認している。俺は鞄の中が見えない位置から話しかけることにした。

 

「どったの神崎?忘れ物?」

 

「ううん、日程表が見つからなくて」

 

「朝はしっかりあったのにね」

 

 落としたのかな?そう思っていると殺せんせーが話しかけてきた。

 

「神崎さんは真面目ですからねぇ、独自に日程をまとめてたとは感心です。でもご安心を、先生手作りのしおりを持てば全て安心」

 

「そんな分厚いのを持って歩きたくないからまとめてたんだと思うけど」

 

「確かにバッグに入れてたのに…、どこかで落としたのかなぁ」

 

 なんとなく神崎が落ち込んでたので気休めだが俺は鞄から飴を出して渡す。

 

「ほれ、神崎。これでも食べて元気出せよ」

 

「ありがとう。南雲君って飴好きだよね」

 

「喉潤うし、何より美味しいからね。もし日程表が見つからなくても奥田と茅野がいるしきっと大丈夫だろ」

 

「うん、ありがとう。茅野さん、もし見つからなかったら見せてもらってもいいかな?」

 

「もちろん!」

 

 旅行初日からアクシンデントとまではいかないがツイていないなと思った。ところで運が良い状態をツイてると言うが語源はなんなんだろうか。

 

 

 

 

 修学旅行2日目。昨日は男子で枕投げをして全員雑魚寝で寝たせいかなんとなく疲れが残っている。

 

 俺達E組の修学旅行は当然の事ながら暗殺もかねている。具体的には2日目と3日目が班別行動となっているがその際殺せんせーはそれぞれの班を順番に回って付き添う予定となっているのでプロのスナイパーが狙撃を行う手筈だ。各班はスナイパーの配置に最適なスポットへと誘い込むように烏間先生から言われている。

 

 俺達2班は東映太秦映画村で暗殺を行う。男子が言わずもがな疲れているので女子が先導していく。

 

「ちょっと純一、そんなんで大丈夫なの?」

 

「まだ朝だから調子出ないんだよ。それにしても莉桜は元気だな、何か良いことでもあったのか?」

 

「なにバカなこと言ってんの、ていうか昨日夜何してたの?」

 

「枕投げ、敵側だった千葉が強いのなんの」

 

「それで結局どっちが勝ったの?」

 

「俺も千葉も疲れてそのまま寝た」

 

「ふーん、純一と引き分けなんて千葉君やるじゃん」

 

 千葉のコントロールが良すぎて気を抜けなかったのが疲れた原因だなと分析。とりあえず飴でも舐めるかと思いバッグから取り出す。

 

「みんな飴食う?純露だけど」

 

「おっもらうわ」

「せんきゅー」

「…どうも」

「気が利くじゃん」

「…本当に飴好きだね」

「飴が好きな漫画キャラいたかな?」

 

 各々一言ずつ言ってから持っていく。不破の一言に関して考えてみたが思い付かない。飴好きのキャラなんて誰かいたかな?

 

 

――

 

 

「おー無事に到着したな」

 

「純一ちょっとちょっと」

 

「ん?どうした?」

 

「女子三人の写真撮ってよ」

 

「了解、じゃあ男子の分も撮ってくれよ」

 

「オッケー、殺せんせー来たら全員でも撮ろうよ」

 

「そうだな、じゃあ撮るぞー。はいチーズ」

 

 言葉と同時にカメラのシャッターを切る。そしてそのまま携帯のカメラも起動させそちらでも撮る。

 

「あとで送っとくよ、じゃあ次は男子だな」

 

「ほいほい、ちゃっちゃと並んで」

 

 ぞろぞろと男子は並び始める、俺を始めとしてみんなまだ本調子じゃない感じだ。ちゃっちゃと動けないし、いつもより動きに無駄が多い。写真を撮ったあとに莉桜にいつまでもそんなんだったらケツを蹴飛ばすよと低めに脅されたので男子陣は空元気に振る舞う。

 俺達が映画村で行う暗殺は映画村で殺陣が行われるのでそれに気が向いている隙に殺せんせーを狙撃してもらうというものだ。人が多いし、俳優達はいつもより派手に立ち回るらしいのでいつもとは違う暗殺になるはずだ。

 

 時刻が11時にさしかかろうとしたときに殺せんせーが来た、つまり1班は暗殺に失敗したということだ。たしかトロッコ列車だったか。

 

「遅いよー殺せんせー、殺陣始まっちゃうでしょー」

 

「いやぁすみません、保津峡の絶景が素晴らしくて…」

 

「まあとりあえず写真撮ろうぜ」

 

 近くを通りかかった人に写真を撮ってもらうように交渉すると快諾してもらえた。ただ殺せんせーを見たその人は首をかしげて珍しいものを見たような顔をしていた。まあそういう反応になるよね。

 

 何はともあれ殺陣が始まる。なるほど、ドラマ仕立てでちゃんとストーリーがあるのか。

 

「間近だと刀の速度すげーな」

 

「速く魅せるよく練られた動きですねぇ、先生こういう殺陣大好きなんです」

 

「へぇ~」

 

「そんなこと言ってたらこっち来た!」

 

 その場所に留まっているとぶつかってしまうので殺陣を見ながら移動する。本当にすごい迫力だな。ん?殺せんせーどこ行った?周りを見渡すと1対多だったのが2対多になっている。って何してんだ殺せんせー!

 

「いつの間に俳優に混じって殺陣やってんだ?」

 

「おまけに着替えまで済ませて…」

 

「助太刀いたす、悪党どもに咲く仇花は血桜のみぞ」

 

「「決め台詞も完璧だ!」」

 

 こんなに動き回ってたら狙撃できないんじゃないか?ってくらいに動く動く。

 こりゃ俺達の班も暗殺失敗だなと苦笑いしながらより迫力が増した殺陣を楽しむことにした。

 

 

――

 

 

「殺陣にも参加できたし先生大満足です!」

 

「あれだけ派手に動けばね」

 

「俳優の人は見せ場奪われて切ない顔してたよ…」

 

「にゅやッ!それでは先生次は清水寺に行かなければなりませんので!」

 

 言うや否や先生は飛んでいった。俺達の中で一番旅行を楽しんでるの殺せんせーじゃないかな?そんな気がしてきた。

 

「とりあえず映画村見て回りますか」

 

「そうだね、お土産も見たいし」

 

「じゃあせっかくだしみんなで見て回るか」

 

「「賛成」」

 

 てことで見て回る。俺達が先程の殺陣を見ていたのは江戸の町なので明治通りのほうへと行く。

 

「純一はお父さんになんか買っていくの?」

 

「生八つ橋頼まれてるからどっか適当な場所で買うよ、そういや莉桜に会いたがってたから今度遊びに来いよ」

 

「そうなの?じゃあ誰か誘っていくね」

 

「おっ俺も純一の父さんにしばらく会ってないな」

 

「岡島については何も触れてなかったから別にいいんじゃないか?」

 

「俺の扱い雑か!」

 

「三人って小学校から一緒なんだっけ?」

 

「そうだよ、なんやかんやずっと一緒だな」

 

「ふーん、そうなんだ」

 

「なにー?凛香、純一とずっと一緒なのが羨ましいの?」

 

「別にそんなんじゃないし」

 

「照れなくていいのに~、うりうり」

 

 莉桜が肘で小突くのに合わせて不破も小突いている。不破って意外とノリがいいんだな。

 

「お土産と言えば俺の家も八つ橋を指定されたな」

 

「菅谷の家もそうなのか、ご家族八つ橋好きなんだ?」

 

「いや、あんたのセンスに任せたらキワモノになるのが目に見えるからって言われた」

 

「…菅谷のセンスはワンランク上な感じだからな」

 

 確かに菅谷に適当にお菓子を買ってきてと頼んだらスタンダードな物は一切なしのラインナップになりそうだなと思う。お土産についてあれやこれやと話していたらお土産屋が見えてきたので中に入り各々見て回る。

 

 ストラップ系を見ていると小さな急須のストラップが目に止まった。おーなんかわからんがいいな、これ。ただ生憎ストラップを付けるものを持ち合わせてないので買わないでおく。

 そのまま流れで見ていると凛香が立ち止まっていたので話しかける。

 

「なんか欲しいものでもあったのか」

 

「ん、いや、別に」

 

「…あー絵葉書か。確か好きだよな、絵葉書」

 

「えっ」

 

「えっ?中2のとき言ってなかった?なんか大切にしてるとかなんとか」

 

「いや、そうだけど。覚えていると思ってなくて」

 

「俺もさっきまで忘れてたよ」

 

 あれは中2のときだったか、国語の授業だかの話の流れで宝物の話になったときに俺が初めて買ってもらったアーティストのCDと答えると凛香は絵葉書と言っていたんだ。

 

「覚えていてくれて、ありがとう」

 

「いや、別になにもしとらんが」

 

「それでも」

 

「じゃあ…どういたしまして?」

 

 何で疑問系なのと凛香は笑う。普段はクール顔だが笑うと幼く見えるなと思う。

 そのまま二人で絵葉書を見ていると古臭い野球のグラウンドなどの絵葉書がいくつか出てきた、おそらく明治時代に日本で野球が広まったからだろう。

 野球関連のネタだったのでそのことを友人にメッセージで送る。するとすぐに電話がかかってきたので出る。

 

「野球ネタだから感激したのか?」

 

「違う、そうじゃないんだ」

 

「どうした?」

 

「神崎さんたちが攫われたんだ」

 

「は?どういうことだ?」

 

「祇園で高校生達がなぜか俺達のこと狙ってたっぽくて、それで不意打ち食らって男子はみんなやられた。奥田さんは無事だったけど」

 

「それで烏間先生とかには連絡はしたのか?」

 

「ああ、それでしおりに"クラスメイトが拉致られた時"って対処法が載ってたからそれの通りに動くよ。あと拉致実行犯潜伏対策マップの祇園から一番近くに向かうつもり」

 

「わかった、俺もマップ見て各場所回るよ。そのほうが早く解決するだろ?」

 

「了解、それにしても何でそんなに落ち着いているんだ」

 

「さあ、わからん。でも取り乱してたら解決するものもしなくなるからな」

 

 そう言って電話を切る。

 

「ねえ今の電話って…」

 

「4班がトラブったらしいから俺は行くよ。凛香はみんなに俺が烏間先生に呼ばれたとかなんとか言っておいて」

 

「私も行くよ」

 

「ダメだ、もしかしたら凛香まで危険な目に合うかもしれないしきっと殺せんせーがなんとかしてくれる」

 

「それだったら純一は行かなくても…」

 

「何か出来るのに何もしないのが俺は一番嫌なんだ、だから行ってくる」

 

 時間が惜しいので走り出す。凛香が後ろから何か言っていたが押し問答になってしまうのでそのまま駆けた。

 映画村を出ると同時に一番近くの拉致地点はどこかを確認する、走れば5分とかからない位置なので俺は1秒でも早く着けるように快足を飛ばした。どうか茅野と神崎の二人が無事でいてほしい、今はただそれだけしか考えられなかった。

 

 

 

 

 ~凛香視点~

 

 

「待って!」

 

 私の言葉で制止せずに純一はそのまま行った。

 トラブルの内容は聞いていないがあの様子を見るにおそらく大事なんだろうと思った。4班のみんなは心配だ、それでもどうして純一が行く必要があるんだろうという思いはなくならない。

 純一の言っていたこともわかる、でも私達はまだ中学生だ。出来ることには限界もあるし解決できない問題も多くある。助けに行きたいけど力になれないかもしれない、4班のみんなは心配だけど純一に行ってほしくない、そんな矛盾が私の中で渦巻いている。

 

 ただはっきりしていることがある。純一がいなくなってから胸の奥が締め付けられるように痛い。この痛みはなんなのだろう、今の私にはわからない。

 そのあと純一に言われた通りに烏間先生に呼び出しを受けていなくなったことを伝えた。みんなが何か言っていたけど、言葉がぼんやりと遠くてよく頭に入ってこなかった。

 それなのに胸の痛みだけがどうしても治まらない。

 ――どうしても、治まらない。




最後に恋愛要素をいれました。ちなみに速水がヒロインって決まったわけではないのでご安心を。

作者が修学旅行で一番印象に残っている思い出は空港での預け入れ荷物の検査です。検査のときにX線で鞄の中身をチェックしますが、その際に64とWiiを旅行バッグに入れて持ってきていたクラスメートがいまして空港の係員がチェックしている画面に本体とコントローラーのレントゲンがガッツリと映りました。横でそれとなく見ていた先生は見事な二度見をし、持ち込んでいるとわかっている自分を含めた他のクラスメートは大爆笑でした。他にも楽しい思い出はありますがこれが断トツですね。


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第9話 旅行の時間 その2

全3話なので3日連続投稿します。


「はあ、はあ」

 

 潜伏予想箇所の1箇所目は誰もいなかった。次は2箇所目だ。

 俺の今の行動は骨折り損かもしれない。それでも俺は自分にできることをやるだけだ。考えても仕方がないことは考えるな。今は神崎と茅野のためだけに動け。そういえば2班のみんなはどうしてるだろうか。最後凛香を無視する形になってしまったから後で謝らないと。ちゃんと許してくれるだろうか。

 

 頭の中で様々な考えが浮かんでは消えていく中、2箇所目に到着した。…ここにもいない。1箇所目と同様またしおりのマップのページを開き場所に目星を付ける。マップを指で追っていると電話が鳴る。慌てて取り出し画面を見ると友人からだったのですぐに出る。

 

「どうした!?」

 

「無事に救出できたぞ!」

 

「本当か!ケガとかは!?」

 

「ない、二人とも無事だ」

 

「ふーっ…」

 

 安堵からか俺はその場にしゃがみこむ。

 

「純一?大丈夫か?」

 

「…ああ、安心して力抜けただけだ」

 

「そっか、純一も4班のために動いてたってことを殺せんせーに伝えたらすぐにそっちに行きたいって言ってるんだけど今どこだ?」

 

「あー…川沿いの空き地というか空き家というか。特に目印もないんだけど殺せんせーに言えば伝わるかな?」

 

「了解、ちょっと待ってて」

 

 俺はもう一度息をつく。ずっと走っていたせいか脚がなんとなく重い。

 

「純一?おーい」

 

「ちゃんと聞いてるから大丈夫だ」

 

「場所わかったからそっち行くって」

 

 わかったのかよ。心の中でツッコミをいれる。

 

「じゃあとりあえず電話切るよ、本当に無事でよかったよ」

 

「ありがとな、純一。じゃあ」

 

 そう言って電話を切ると後ろからヌルフフフと聞こえてきたので振り返る。

 

「さすが殺せんせー、速いなあ」

 

「いえいえ、南雲君が行動していたと聞いたのですぐにこちらにも来なければと思いまして」

 

「俺なら問題ないです。…まあ俺が行動しなくても結果は変わらなかったんじゃないかなって思ってましたけど」

 

「…つまり自分の行動に意味はなかった、と?」

 

「結果的に言えばそうだけど、そうじゃなくて。ただ自分が納得したかったから行動しただけなんじゃないかなって。ちょっと自己嫌悪してます」

 

「…ふむ」

 

 そう言って殺せんせーは思案顔になる。少し間が空いてから俺に語りかける。

 

「これから先生はいくつか質問します、いいですか?」

 

「どうぞ」

 

「南雲君は4班のみんなが心配でしたか?」

 

「もちろん、友達だから」

 

「拉致されてる可能性の場所を回ったと聞きましたがその行動は誰のためですか?」

 

「神崎と茅野のためです」

 

「それでは二人が無事だったと聞いてどう思いました?何も感じませんでした?」

 

「何も感じないわけないです、無事でよかったと安堵しました」

 

「それでは最後の質問です。今までの質問の答えを振り返って君はまだ自分が納得したかったから行動したと思いますか?」

 

「…いいえ、思わないです」

 

「ほら、君の心はわかってるんですよ。南雲君、結果的に見れば君は動かなくても今回のトラブルは解決しました。ではもし仮に拉致されていた場所が別の場所だったらどうですか?君が走った場所にもしかしたら二人がいたかもしれない。その時君が行動していなかったら?救出が遅れ二人が傷つけられたかもしれない。そんな可能性だってあったんですよ」

 

 確かに殺せんせーの言うとおりだ。今回はたまたま助かっただけで助からない可能性も十二分にあったのだ。

 

「君は"ハチドリのひとしずく"という絵本を知っていますか?」

 

「いいえ、知らないです」

 

「この絵本はとても短いお話です。簡潔に説明するまでもなく短いので全て話しますが――、ある森が燃えていて、その森に住む動物達は一目散に逃げていきます。みんなが逃げていく中で1羽のハチドリだけはくちばしで水のしずくを1滴ずつ運んでは火の上に落とし、運んでは火の上に落としと繰り返しています。それを見た他の動物達はハチドリを笑います。"そんなことをして一体なんになるんだ"と。それに対してハチドリはこう答えます。"私は、私にできることをしているだけ"。…ここでこの絵本は終わります。南雲君は今の話を聞いてどう思いましたか?」

 

「なんか…今の俺みたいですね。ハチドリも、ハチドリを笑った他の動物達も」

 

「そうですね、では南雲君はハチドリの行動は間違っていると思いますか?」

 

「いいえ、問題を解決しようと行動しているので間違っていないと思います。むしろ出来ることを全うしているので笑われる謂れがないです」

 

「先生もそう思います。先程南雲君はハチドリも他の動物も自分みたいだと言いました。ええ、その通りです。でも南雲君、ハチドリのように素晴らしい行動をしたのだから自分の行動を他の動物達と同じように笑わないでください、卑下しないでください。君と同じように友達のために行動できる人はそういない。ましてや中学生の君がだ。行動に点数をつけることはできませんが今日の君の行動は百点満点ですよ」

 

「…ありがとうございます」

 

「心は晴れましたか?」

 

「はい、充分すぎるほどに」

 

「それはよかったです、では旅を続けますかねぇ」

 

 そう言うと先生は飛んでいった。俺は川を見て一息つく。一度こうと決めたら、自分が選んだのなら決して迷わないようにしようと思った。選んだのなら目標に向かって進み続ける、そう心に決めた。

 

 俺は携帯を取り出すと凛香にメッセージを打ち込む。

 

 南雲:無事に解決した、さっきはごめん

 

 やっぱり怒ってるかな?てかそもそも返信返ってくるのか?そんなことを考えていると携帯が鳴る。

 

 凛香:解決してよかった、大丈夫だから気にしないで

 

 凛香:それより会えない?

 

 南雲:ああ、これから2班のみんなと合流するけど

 

 凛香:そうじゃなくて、

 

 凛香:2人で抜け出して会わない?

 

 

 

 

 俺は今指定された場所で待っている。先程凛香から抜け出さないかと提案を受けたときはビックリしたが謝るのであれば二人きりのほうが何かと都合がいいので了承した。莉桜とかに変な茶々を入れられる心配もないしな。

 待ってる間は暇なので俺は内ポケットからイヤホンを取り出し携帯に繋げて音楽を聴く。"音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである"と言ったのはベートーベンだったかモーツァルトだったか。――そんなことを考えながら聴いていると肩をトントンと叩かれた。

 

「ごめん、待った?」

 

 そこには少し走ったのか、軽く息切れしている凛香がいた。

 

「いや、今来たとこ」

 

「嘘、音楽聴くくらい待ってたでしょ」

 

「そんなに待ってないよ、10分もかかってないくらい」

 

「やっぱり待ってるじゃん、ごめんね?」

 

「いいって、気にすんな。むしろ俺のほうが謝りたいし」

 

「映画村でのこと?あれはもう大丈夫だよ」

 

「それでも、直接謝らないと違う気がするんだ。ごめんな、凛香」

 

「そういうことなら。気にしないでいいよ、純一」

 

「ありがとう。そういえば俺いなくなったあとみんな何か言ってた?」

 

「色々言ってたけど覚えてない」

 

「そっか、まあ旅館戻って合流したらまた言い訳するよ」

 

「…抜け出した本当の理由みんなに言わなくていいの?」

 

「言うほどでもないし、誘拐されましたなんて広まったらいくら仲がいいって言っても神崎と茅野は嫌な気持ちになる思うしいいかな」

 

「そっか、そこまで気回らなかった」

 

「心配してくれてありがとな」

 

「ん」

 

 それきり無言が続く。今いる場所は駅の近くの公園だが人通りが少ないこともあり車などの環境音だけが響く。

 

「私――」

 

「ん?」

 

「私、純一がいなくなってからすごい不安だった。純一が事件に巻き込まれたらどうしようとか有希子たちが傷つけられてたらどうしようとか。マイナスなことしか頭に浮かばなかった。その中で色々矛盾したこと考えちゃって、もう…なんかよくわかんない」

 

「…わかんなくていいんじゃねーの」

 

「…え?」

 

「俺もさっき殺せんせーと話してさ、自分が正しいと思って行動したんだったらそれを卑下するなって言われて。それに凛香の場合は行動しようとしたのに俺が止めちゃった部分あるしさ。何をどう考えたのかとか詳しく聞かないけど、自分のことを一から十までわかってる人なんていないんじゃないか」

 

「そうかな?」

 

「俺が偉そうに言えたことでもないけどね」

 

 そう言って笑うと凛香も小さく笑った。その微笑を見て俺は鞄の中から綺麗に包まれた物を取り出し手渡す。

 

「なにこれ?」

 

「絵葉書。ここに来る途中で買った。なんか色々考えたら凛香が好きなもの買って行こうかなって思って」

 

「ありがとう、開けていい?」

 

「どうぞ」

 

 両手を差し出すようなジェスチャーをしつつ開けるよう促す。ここに来る途中で土産屋に寄った際に目に止まったのを買ったのでたぶん良いものだと思う。たぶん。

 

「綺麗」

 

「感想一言だけだったら簡素すぎません?」

 

「いや、本当に綺麗だなって」

 

「そっか、それならよかったよ」

 

 俺が買ったのは伏見稲荷大社の千本鳥居の絵葉書だ。気に入ってもらえたならよかった、これでディスられたらみんなより1日早く帰るところだった。

 

「そういえばだけど、凛香」

 

「なに?」

 

「なんで抜け出そうなんて提案したんだ?」

 

「んー…なんとなく?」

 

「なんだそりゃ」

 

「特に理由なんてないよ、なんとなくだから」

 

「そうか、それならしょうがないな」

 

「うん」

 

「じゃあとりあえず旅館帰るか、時間的に一番早いだろうけど」

 

「そうだね」

 

 そう言って並んで歩く。なんだろうか、修学旅行してんなあとと思った。トラブルがあったり自由行動を抜け出して女子と二人きりになったり。物語でよく見るシチュエーションを体験したような気分だ。

 

「なんか機嫌良さそうだけど絵葉書そんなに嬉しかったの?」

 

「えっ?う、うん、そうだよ」

 

「そんなに喜ぶなら渡した甲斐あったよ」

 

「私あんまり顔に出ない方なのによくわかったね」

 

「2年も同じクラスで付き合いあるからそれくらいわかるよ」

 

「そっか」

 

 それきり会話もなく旅館へと向かう。関東と関西、同じ日本なのに雰囲気はもちろん、風が吹いたときの印象が随分と違うということを肌に感じながら歩いた。

 

 

 

 

 旅館についたあと部屋が違うため凛香と別れる。案の定一番早く着いたためとりあえず風呂に入ることにした。というのもやはり疲れがあるからだ。走ったのもそうだけどやはり昨日の枕投げで体力を使いすぎたなあと思う。

 この旅館は見た目と中身がそこそこボロいが浴場は意外や意外。天然温泉だかなんだかわからないがちゃんとした湯らしい。そこそこ広いし修学旅行生を受け入れるだけあるなというのが素直な感想だ。ましてや今はそれを独り占めできているわけで評価はうなぎ登りだ。あー最高、将来は布団か風呂と結婚したいなー。でも布団はダメだな、あいつ誰とでも寝るらしいし。

 そんなくだらないことを考えているとのぼせそうになってきたので風呂から出て部屋へと向かう。とりあえずみんなが戻ってくるまで寝ようと思う。ガチ寝したら困るので布団ではなく部屋に常備されてる座布団を並べて簡易的な敷き布団のような形にし1つの座布団を2つ折りにして枕にすれば寝床の完成。修学旅行最終日の前夜は長い。その長き戦いに備え眠ろう。

"私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい"と花嫁にメロスが言ってたなぁと思いながら俺は意識を手放した。




投稿したものを読み直してるんですが誤字脱字が多くて申し訳ないです。
たぶんPCではなくスマホで書いて投稿しているので誤字脱字が多いっていう言い訳をしておきます。今後読み直しはタブレットで行っていくのでたぶん減ると思います。

南雲君と殺せんせーの話の中で登場させた"ハチドリのひとしずく"という絵本は本当にあります。今は道徳の授業で使われてるとかなんとか。興味のある方は図書館や本屋で是非手に取ってみてください。殺せんせーが言っていた通りのあらすじで本当に短いです。


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第10話 旅行の時間 その3

修学旅行はこれにて終了です。
書きたいこと詰め込んだらいつもよりボリューミーになりました。


「えー起きちゃうよ?」

 

「大丈夫大丈夫、そんな柔な男じゃないから」

 

「鼻にワサビ入れていーかな?」

 

「カルマ君、それはダメだよ!」

 

「純君の寝顔可愛いね~」

 

 カシャッ

 

「誰かマジック持ってない?」

 

「中村さん!風呂入ったあとっぽいからダメだよ!」

 

「さっきから渚が頑張ってるな」

 

 …なんだ?なんか騒がしいな。

 

「おい、女子に手上げようとするなよ」

 

「純一?寝ぼけてるのか?」

 

「あ?あー?あっ前原か」

 

「なんださっきの寝言は」

 

「わからん、なんか夢見てた。夢の中で渚が近くにいたから渚を守る夢だったのかもしれん」

 

「南雲君!僕は男だよ!」

 

「そういえばそうだった。あーよく寝た。あっみんなおかえり」

 

「そして平常運転か」

 

「てかなんで全員集合してんの?」

 

「自由行動から4班が一番乗りで帰ってきたんだけど大部屋で寝てる人いたから女子にも集まってもらった」

 

「そういうことか、なんかイタズラしてない?大丈夫?特にカルマと莉桜」

 

「渚が頑張って止めてたから大丈夫だよ」

 

「ありがとう、渚。夢の中で守った甲斐があったよ」

 

「それ女子としてだよね!?」

 

 渚のツッコミを聞くと安心するなあ。

 寝てる俺の見学会も終わり磯貝と片岡が次の行動の指示を出す。部屋に荷物を置いて食事、その後は自由時間とのこと。夕食はなにかなーと思っていると岡島がやって来た。

 

「速水から聞いたけど烏間先生なんで純一のこと呼び出したんだ?」

 

「あーなんかビッチ先生が迷子になったとかで」

 

「へーそうなのか、なんか途中から速水もいなかったけど」

 

「さあ、そっちはわからんな。まあでも俺が旅館帰ってきたときにはいたからたぶん体調不良とかじゃないの?」

 

「あーなるほどな、とりあえず飯行こうぜ」

 

 了解と腰を上げて移動する。そういえば旅行中にジャンクフードを口にしていないのでカップ麺やハンバーガーが恋しく感じる。

 

 

――

 

 

 食事も終わり、各々風呂に入るなどして自由時間を過ごす。俺達は今館内ゲームコーナーにいて神崎のゲームプレイを見ている。ジャンルは弾幕ゲーだ。

 

「うおお、どーやって避けてんのかまるでわからん!」

 

「恥ずかしいな、なんだか」

 

「おしとやかに微笑みながら手つきはプロだ!」

 

 さっきから友人やかましいな。でも実際すごいと思う、ゲームうますぎだろ。…あっだから俺と父さんのモンハンネタが通じたのか。

 

「すごい意外です、神崎さんがこんなにゲームが得意だなんて」

 

「…黙ってたの、遊びが出来ても進学校じゃ白い目で見られるだけだし。でも周りの目を気にしすぎてたのかも、服も趣味も肩書も逃げたり流されたりして身に付けてたから自信がなかった。殺せんせーに言われて気付いたの、大切なのは中身の自分が前を向いて頑張ることだって」

 

 神崎の意外な一面が見られたなと思った。それに見た感じ茅野との空気が軽いので何か話したのかな?

 画面には"Congratulations!"と表示されていたのでどうやらクリアしたらしい。ゲームが得意ということでもしやと思い俺は神崎に話しかける。

 

「神崎、ひょっとしてスト2やったことあるか?」

 

「うん、あるよ。一緒にやる?」

 

「そうこなくちゃ。じゃあ対戦するか」

 

 スト2の筐体に移動し二人で椅子に座る。

 

「あー!」

 

 友人は相変わらずやかましいな。

 念のために友人が叫んだ理由の説明をいれるが最近の新しい格ゲーのアーケードの筐体は対面式がほとんど、というか対面式以外見たことがない。対面式は対戦相手の顔が見えないのが特徴。ゲームセンターで対戦終了後に席を立ちどんな相手だったのかなと顔を見に行くと怖い兄ちゃんだったというケースになるのが対面式だ。一方で昔の筐体には隣り合わせでやるものがある。1つの画面を共有しプレイするので文字通り席の位置が隣り合わせになる。これの最大の特徴は席の近さだ。さして大きくもない1つの画面を共有しプレイするために肩がピッタリとくっつくくらいに近くなる。

 この旅館の筐体はもちろん隣り合わせ式だ。よって神崎と俺はくっついた状態になったので友人が叫んだのである。ちなみに俺は健全な中学生男子なので頭の中は

 ・肩がくっついているなあ

 ・いい匂いするなあ

 と当然のことを考えている。正直対戦に集中できるか自信ない。が、こちらから申し込んだ以上負けるわけにはいかない。キャラクターセレクトで迷わず俺はガイルを選択。神崎も迷わずガイルを選択。…あっこれあかんやつや。

 

 ラウンドワン、ファイッ!という掛け声と共に勝負がスタートする。両者互いに相手に向かっていくのではなく後ろに下がりしゃがんで溜めを行いソニックブームという飛び道具系の必殺技をひたすら繰り出す。この光景を見ている友人達は頭に?が浮かんでいるのかなにも言葉を発しない。

 簡潔に説明するならば格ゲーには溜めキャラというカテゴリーがあり、俺と神崎が選択したガイルは溜めキャラに分類され更には"待ちガイル"と呼ばれる完成された戦闘スタイルがある。ガイルには"ソニックブーム"と"サマーソルトキック"という必殺技があり、その2つは方向キーを相手とは反対側に入力することで溜めて撃つことができる必殺技だ。

 待ちガイルのやり方は以下の通り。

 1.相手に対して後ろ斜め下にレバーを入れて待つ。(斜め下入力をすることによってSBとSKの両方の技が溜めれる)

 →相手が正面から近づいてくる→ソニックブーム

 →相手が飛んで近づいてくる→サマーソルトキック

 これだけ。相手が何をやってこようと迎撃することができる。例外はあるけど。

 話を戻すが俺も神崎も待ちガイルという戦闘スタイルのため、遠くで互いに必殺技を繰り出し続けるという恐ろしく地味な絵面だ。がしかし、必殺技をガードしたときの削りダメージですら致命傷となるため水面下ではかなりの読み合いが行われている。

 残りカウント40を切ったところで神崎が仕掛けてきた。ジャンプなどで避けつつこちらに近づいてくる。恐らくしゃがみキックで直接ダメージを与えてくるつもりだろうが簡単にはそうさせない。ソニックブームを繰り出しつつこちらも同じくしゃがみキックで迎撃する。ここまで両者互いに無傷、どこかで動かなければドローとなってしまう。神崎側はかなり近づいてきているがまだ攻撃が届く範囲じゃない。尚もソニックブームを互いに撃ち合う。残りカウント15を切ったときに一瞬神崎が必殺技を繰り出すのが遅れたのでその瞬間を俺は逃さない。ソニックブームを撃ち、ジャンプで近付く。これで神崎の行動はガードで防ぐしかなくなった。つまり必殺技による削りダメージが発生するのでそのままタイムアップになればこちらの勝利。案の定神崎がガードしたので削りダメージが入りそのままタイムアップ。まず俺の1勝だ。

 

「南雲君すごい上手いね」

 

「父さんに仕込まれたからな。それに神崎だって上手いだろ」

 

「すげー!神崎さんに勝ったよ!」

 

「まだだ。2勝しないとダメなんだ」

 

「そうなのか?」

 

「「うん」」

 

 俺と神崎がハモって返事をすると共にラウンドツー、ファイッ!と2戦目が始まる。1戦目同様互いに距離を取ってソニックブームの撃ち合い。

 

「なんかもう達人同士の戦闘だよね…」

 

「そうですね、あそこだけ別の空間みたいです…」

 

「南雲君と神崎さんが遠くに感じるよ…」

 

「そういえば純一、スマブラとかも強かったな…」

 

 後ろのオーディエンスたちが何か言っているが会話の半分も頭に入ってこない。そのくらい神崎との戦闘に集中力を要している。先程は神崎から仕掛けてきたが次は俺から動く。一歩、また一歩と相手にだんだんと近付く。残りカウントは30、互いに無傷、一撃が致命傷となるこのスリルが堪らない。俺のほうが先に1勝しているため状況的には有利だが負ける可能性も十分にある。だから慎重にいくべきだがそれでは勝負がつかない、どこかで仕掛けなければ。

 カウントに目をやったときに必殺技を繰り出すのが遅れてしまい、神崎のソニックブームをガード。削りダメージが入ってしまった。残りカウントは15。このままでは負けて五分五分の状況となってしまう。神崎もそれをわかっているため後ろに下がりつつ迎撃体制。ここで焦ってミスをしたほうの負けとなる。俺はフッと一息つき頭を落ち着かせる。しゃがみキックで削ってくることはあちらもわかっている。ならば…。

 俺が近付くのに合わせて神崎がしゃがみキックを行う。しかしギリギリのところで届かない。攻撃判定が消えると同時に相手に近づき必殺技でもキックでもなく俺は投げ技を繰り出した。投げ技は見事に決まりそのままタイムタップ。俺が2勝を先取し勝利が確定した。

 

「う~悔しい、負けちゃった」

 

「これより前に神崎は弾幕ゲーやってたから疲れもあるしな。条件的に俺のほうが有利だったから」

 

「ふふっフォローしてくれてありがとう、南雲君。またやろうね」

 

 画面ではガイルの「くにへ かえるんだな。 おまえにも かぞくが いるだろう…」という勝利コメントが表示されている。復讐のために家族を捨てたお前が言うなと表示される度に毎回思う。

 

「アーケードはスト2しかできないけど、家の据え置きのゲームは色々できるから一緒にやろうぜ」

 

「いいの?じゃあ今度家にお邪魔するね」

 

「おっ俺も!純一の家行くよ!」

 

「おう、みんな来いよ。大勢のほうが楽しいしな」

 

「お父さんにも会えるかな~?」

 

「なに茅野、父さんのこと気に入ったの?」

 

「だって南雲君とのやり取り面白かったし」

 

「あれが平常運転なんだけどなあ」

 

 修学旅行で家にみんなが来るフラグを作ってしまったがまあいいだろう。見られて困るものも置いてないし。たぶん神崎達だけじゃなくて莉桜とかも来るだろうからお菓子とか買っておかないとなと考えながら館内ゲームコーナーを後にした。

 

 

 

 

 ゲームを終えた俺達は部屋に戻ることにした。風呂に入っていたやつらも戻ってきて最終的に大部屋で男子全員がダベり始めたので俺とカルマは一緒に自販機に飲み物を買いに行く。

 

「南雲さーなんか俺達のために色々と動いてたらしいね」

 

「まあ結果は変わらんかったけどね」

 

「本当、真面目でいい子ちゃんだよねー」

 

「友達が困ってるんだから助けるのは当たり前だろ」

 

「んー理屈ではそうだけどさ。実際その通りに動ける人のほうが少数派でしょ」

 

「あー殺せんせーにも同じようなこと言われたわ」

 

「でしょ?今回のことなんて公にはなってないけど普通に全国ニュースになるレベルのトラブルじゃん?そんなのに頭突っ込もうとするなんてちょっと異常だよ」

 

「そんなレベルのことなのに警察に通報せずに直接処刑させてくれって言ってたやつがいたらしいぞ」

 

「へーそんなやついたんだー」

 

 お前のことだよ、と心の中でツッコミを入れる。

 

「まあなんにせよ、誰も怪我なく帰ってこれてよかったよ」

 

「そうだねー、それで南雲は何買うの?」

 

「なんか微妙なラインナップだなー…、カルマと同じのでいいや」

 

 そう言ってレモン煮オレのボタンを押す。ホテルや旅館の自販機特有の無難なラインナップはなんなんだろうか。あれか?色々な客層が来るから定番のもので固めてるのか?

 

「そういえば自販機のルーレットあるじゃん?あれの当たる確率知ってる?」

 

「え、なに。確率なんてあるの?」

 

「うん。当たる確率は1/50~1/990の範囲で自動販売機設置者によって決められてるらしいよー」

 

「へー。てことは当たる確率は最低0.1%で最大2%ってことか」

 

「細かく言うと景品表示法という法律で決まってて、自動販売機の場合は売上げの総額の2%が当たりにしていい上限になるんだってさ。つまり120円のジュースで100本の売上げがある場合、2本が当たりとして付けられるってこと」

 

「カルマってなんかそういう系詳しそうだよな」

 

「うーん、例えば?」

 

「UFOキャッチャーを取りにくく設定してるゲーセンとか」

 

「自分の行動範囲の店は把握してるよー」

 

 まじに把握してんのかよ。すごいを通り越して怖いわ。

 会話が弾んだので気がついたら部屋の前まで来ていたのでそのまま襖を開けて中に入る。

 

「お、面白そうなことしてんじゃん」

 

「んー?ああ。気になる女子ランキングか」

 

「カルマに南雲か。良いとこ来た」

 

 ふーん。1位は神崎、2位は矢田、3位は倉橋か。まあ順当な順位だな。

 

「お前らクラスで気になる娘いる?」

 

「皆言ってんだ、逃げらんねーぞ」

 

「うーん…奥田さんかな」

 

 奥田?意外だな。

 

「なんで?」

 

「だって彼女怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそーだし俺のイタズラの幅が広がるじゃん」

 

「…絶対にくっつかせたくない2人だな」

 

「次に南雲は?」

 

「気になる娘かー…うーん……」

 

 あかん。相対性理論の曲しか頭の中に出てこない。

 

「いやいねえわ」

 

「そんなことないだろ。速水とかと仲良いし」

 

「中村とも小学校から一緒だし」

 

「それに神崎さんとも仲が良い」

 

「どれが本命なんだよ?」

 

「なあ純一。ひょっとして今日お前と速水がいなかったのは2人きりで抜け出したからか?」

 

「「「まじで!?」」」

 

 飯の前に誤魔化したのに岡島が爆弾投下しやがった。

 

「本当に2人抜け出したのか?」

「なになにどこ行ったの?」

「1年のときから仲良いから怪しいと思ったんだよー」

「ついに彼女持ちがE組から出たかー」

 

 洪水のようにみんなが色々と言ってくる。だが俺が抜け出したのは誘拐の件があったからだし、凛香と抜け出した感じになったのは謝罪とかの件があったからだ。どっちにしろ本当のことを言うつもりはないので岡島のときと同様に誤魔化す。

 

「みんなとりあえず落ち着け。2人きりで抜け出したかどうか、これはNOだ。烏間先生から呼び出し食らったから俺は抜けて凛香はおそらく体調不良だ。あと俺と凛香が付き合っているかどうか。これも答えはNOだ。そもそも付き合うとか考えたことないしそんな雰囲気になったこともない」

 

 俺が抜け出した本当の事情を言わない理由をカルマと渚と友人は察したのか突っ込んで来なかった。4班以外には高校生グループに絡まれたとだけ伝えられ誘拐されたなどの詳しいことは説明されていないのだ。なんか釈然としないけどと磯貝がまとめ始める。

 

「よし、これで気になる女子ランキングは終了だな」

 

「ちょっと待て純一。まだ言ってないだろ」

 

 …バレたか。

 

「まあまあ前原。たぶん南雲は本当に気になる娘がいないんだろうから好きな女子のタイプとかにしようか」

 

「じゃあ純一、好きなタイプはずばり?」

 

「一緒にいて落ち着ける人だな。静かな人がいいとかってことじゃなくて騒がしい人でも構わない。一緒にいて自然体でいれる人がいい。あとお互いの趣味が合う合わないは気にしてない。合うのであれば一緒に楽しめばいいし、合わないのであれば色々聞いたりして逆にその趣味に目覚めるかもしれないからな」

 

「…気になる娘はいないのに好きなタイプはすげー饒舌になったな」

 

 うるせー。聞かれたから答えただけじゃねーか。

 

「でも純一って自分からあまり女子に話しかけないよな。なんで?」

 

「俺は"コヨーテよりロードランナー派"なんだよ」

 

俺の言い回しにいまいちピンとこなかったのか全員が頭に?を浮かべている。するとカルマがあーなるほどねと俺の言葉の意味に気付いたようだ。

 

「カルマ、わかったんだったら言ってくれよ」

 

「つまり南雲は"追うより追われる方がいい"ってことでしょ?」

 

「そういうこと」

 

みんながあっワーナー・ブラザーズかと理解する。

 

「よし皆、この投票結果は男子の秘密な。知られたくないやつが大半だろーし、女子や先生に絶対に…」

 

 磯貝が急に無言になったのでみんな磯貝の視線を追う。視線の先には殺せんせーが窓に張り付いていてメモを取っていた。

 

「メモって逃げやがった!殺せ!」

 

 前原の言葉を皮切りに男子全員がナイフと銃を持って廊下に飛び出す。俺は女子の名前を言っていないしバレたところでダメージがないので追っていない。

 

「待てやこのタコ!」

 

「生徒のプライバシーを侵しやがって!」

 

「ヌルフフフ、先生の超スピードはこういう情報を知るためにあるんですよ」

 

 

 

 

 ~凛香視点 in 女子部屋~

 

 

「「ビッチ先生まだ二十歳(はたち)ぃ!?」」

「経験豊富だからもっと上かと思ってた」

「ねー」

「毒蛾みたいなキャラのくせに」

 

「それはね濃い人生が作る色気が…誰だ今毒蛾つったの!」

 

 

 ビッチ先生がツッコミを入れるのを見てE組にもかなり馴染んできたなと感じる。すると突然神妙な顔つきになってビッチ先生は言葉を続けた。

 

「女の賞味期限は短いの。あんた達は私と違って…危険とは縁遠い国に生まれたのよ。感謝して全力で女を磨きなさい」

 

 ビッチ先生の言葉は胸にストンと落ちてきた。教室に来たばかりの時に発した殺すという言葉の重みと同じくらい今の言葉には重みがあった。みんなも同じく感じたのかシンとした空気が流れる。

 

「ビッチ先生がまともなこと言ってる」

 

「なんか生意気~」

 

「なめくさりおってガキ共!」

 

 …そうでもなかったかな。激昂したビッチ先生を宥めるように矢田がじゃあさじゃあさと話をする。

 

「ビッチ先生がオトしてきた男の話聞かせてよ」

 

「あ、興味ある~」

 

「フフ、いいわよ。でもその前にあんたたち、修学旅行らしいこともしておきなさい」

 

 みんな頭に?が浮かんだ顔になった。私もいまいちピンときてない。

 

「もう、正解を言わないとわからないの?あんたたちは好きなオトコの話もしないの?」

 

「あー確かにしてないね!」

 

「そうだね~しようよ!」

 

 ビッチ先生を慕う矢田と倉橋が話に乗っかる。…確かに女子といえばやはり恋バナが鉄板だ。だけど私は…。

 

「…はぁ」

 

「どうしたの、凛香。タメ息なんてついちゃって」

 

「…別に。気乗りしないだけ」

 

「とか言って好きな人バレたくないだけじゃないの」

 

「莉桜って肘で小突くのが癖なの?」

 

 映画村のとき同様肘で小突いてくる。今度は不破は一緒じゃないけど。そうしていると片岡が段取り良く説明し始める。

 

「じゃあ今からみんなにメモ帳の切れはし配るから男子の名前書いて四つ折りにしてビッチ先生の前のお菓子の箱に入れていってね。ビッチ先生は全員が入れるまで開いちゃダメだよ」

 

「私ぐらいになると筆跡や顔を見れば大体わかるわよ」

 

 …本当かな。顔はともかく筆跡ではバレなさそうだけど。実践的な英語の授業だからテストとかやっているわけじゃないし。みんなの字を目にする機会は少ないはず。

 

 配られた紙を見てみんなは笑顔のような真顔のような、なんとなく真剣な表情になった。やはり恋愛ガラミの話だからかな。私は少し真剣な表情になったみんなを見て純一から借りた小説に書いてあった、"人間は恋と革命のために生まれてきたのだ"という言葉を思い出した。

 私は正直この話になったときから純一のことしか浮かばなかった。でもまだ好きかはわからない。だからきっと消去法の結果だ。前原の女たらしや岡島の変態みたいな男子がいるから純一が思い浮かんだのだと言い聞かす。

 下の名前で書いたらそれこそバレると思ったのでしっかりと名字で書く。

 

「よし、全員分集まったわね」

 

 ビッチ先生がそう言って集計を始める。四つ折りの紙を広げて名前を確認して得票数を書き込んでいく。あれ?烏間先生の名前だ。

 

「誰よ、カラスマの名前なんて書いたのは。妙に丸っぽくて女子らしい字だけど」

 

「あ~それ私~」

 

 倉橋はエヘヘと笑っているが誰が書いたかわかっては意味ないのでは?と思った。

 

「ふーん、やっぱり人気ツートップは磯貝と南雲ね、わざわざ呼び方と違う名前で書いてるのもいたし。渚が2票っていうのが意外ね~」

 

 嘘、本当にわかるの?自分のことかと思って一瞬体温が上がったような感覚に見舞われる。それにしても人気トップとはやっぱりなという印象だった。

 

「人気だからって訳じゃないけど南雲辺りは有望株よ。あいつは将来絶対大物になるからキープしとくのも手よ」

 

「ビッチ先生みたいにそんな簡単にキープとかできないって」

 

「だからこれから私がオトしてきた男の話をするのよ。子供にはシゲキが強いから覚悟なさい。例えばあれは17の時…」

 

 女子全員がごくりと息を飲む。

 

「おいそこぉ!さりげなくまぎれこむな女の園に!」

 

「いいじゃないですか、私もその色恋の話聞きたいですよ」

 

 ビッチ先生が指差した場所を見ると殺せんせーがいた。一体いつからいたんだろう。純一の名前を書いた紙見られてないよね?

 

「そーゆー殺せんせーはどーなのよ。自分のプライベートはちっとも見せないくせに」

 

「そーだよ、人のばっかずるい!」

 

「先生は恋バナとかないわけ?」

 

「そーよ!巨乳好きだし片想いぐらいぜったいあるでしょ」

 

「………………」

 

 女子全員に指を指されて無言を貫いている殺せんせー。少し間が空いたあとにいつものスピードでいなくなった。

 

「逃げやがった!捕らえて吐かせて殺すのよ!」

 

 ビッチ先生の言葉を引き金にみんなナイフと銃を持って殺せんせーを追う。なんだかんだで結局は暗殺になるんだなと思いながら私も銃を握った。

 

 

 

 

 ~南雲視点 深夜~

 

 

 寝れねえ。みんなが寝静まっている部屋の中で俺は思う。どうやら夕方に寝たのがよくなかったらしい。疲れがあるから寝れるものだと思ってたが俺の脳は絶好調、冴えている状態だ。

 さすがに布団で何もせず目を瞑っているのも退屈なので俺は財布と携帯を持って部屋を抜け出す。とりあえず自販機で飲み物でも買って廊下の途中にあるソファのとこでくつろごうと思った。旅館内は暗くなくちょうどいい明るさで保たれていた。見た目がボロいが風呂がきれいだったり明るさがお客側に配慮されているなどしているから店を畳むことなく営業できているのかなと感じた。

 旅館の評価を改めていると自販機には先客がいたので声を掛ける。

 

「よっ、二人も寝れないのか?」

 

「あっ南雲君だ。違うよ、おしゃべりしてて飲み物が無くなったから買いに来たんだ」

 

「今の言い方だと南雲君は眠れないの?」

 

「うん、しかも俺以外寝ちゃってるから抜け出してきた」

 

 自販機の前では茅野と神崎が飲み物を選んでいた。男子が全員息絶えているのに女子は起きてるってことか。肌に悪いだろうに。

 

「じゃあ俺は廊下のソファでのんびりしてるから。おやすみ」

 

「待って。それだったらちょっと私たちと話さない?」

 

「へっ」

 

「ダメ?」

 

「いや、俺は構わないけど…。まあ先生方に見つかっても理由説明すれば大丈夫か」

 

「ふっふっふ。その点に関しては大丈夫だよ」

 

 廊下を歩きながら茅野がどや顔で説明をしてきた。なんでもビッチ先生が俺たちだったらばか騒ぎもせずに過ごすだろうから最終日前夜くらいは見回りはやめようと提案してくれたらしい。その話を聞いた殺せんせーと烏間先生は確かにと納得してくれたんだとか。ビッチ先生もちゃんと俺達のことを考えていてくれてるんだなと嬉しかった。

 

「ふぃー到着到着。そっちの二人掛けどうぞ使って」

 

「じゃあ失礼しまーす」

 

「ふふっ、なんだか偉い人みたい」

 

「それでなに話す?自販機の当たりの確率くらいしか今思い付かないんだけど」

 

 なにそれと二人は笑う。すると一呼吸置いてから急に真面目な顔になって頭を下げられた。

 

「本当は明日言おうと思ってたんだけど、今日は私たちのために動いてくれてありがとう。」

 

「いやいや、頭あげてよ。困ってたら助けるのは当たり前だから気にしないで」

 

 なんか前にも女子にいきなり頭を下げられたことがあったなと思い出す。

 

「それでも貴重な修学旅行の時間を潰しちゃったから…」

 

「いいんだって。旅にトラブルはつきものって言うだろ?それに女の子のために走るっていう貴重な体験させてもらったし」

 

「なにそれ、でも本当にありがとね」

 

「なにかお返ししたいけど何にもできないし…」

 

「そういうことも考えなくて大丈夫だって。…そうだな、何かしたいってんなら今度俺の家にみんなで遊びに来てよ。渚とか莉桜とかも呼んでさ。父さんと2人きりだから広い家を持て余してるんだ」

 

「南雲君がそれでいいんだったら…。いいよね?茅野さん?」

 

「うん。でもお父さんと2人って。聞きにくいんだけどお母さんはどうしたの?」

 

「母さんは俺を産んですぐに亡くなったんだ。だから俺と父さんの2人きり」

 

「そうだったんだ。ごめんね?聞きにくいこと聞いちゃって」

 

「気にすんな。気使われたほうが嫌だし気になるのもわかるから」

 

「ありがとう。お詫びっていう訳じゃないけど良いこと教えてあげる。南雲君はなんと女子が思うかっこいい男子ランキングで1位だったよ!」

 

「おーまじか。なんか照れるな。磯貝とかじゃないのか?」

 

「磯貝君は南雲君と同率1位だったよ!」

 

「へー。男子も似たようなことやったけど生憎これは内緒だからなー」

 

「ケチっ!教えてくれたっていいじゃん!」

 

「私もちょっと気になるな」

 

「すまんな、こういうときの男子同士の結束力は高いから言うことはできない」

 

「そっか、残念」

 

「話はすごい変わるけど2人は寝れないときってどうしてる?」

 

「私は色々と落ち着く姿勢を模索するかな。大抵は横を向いて脚の間に手を挟める形になるよ」

 

「私は読んだ本の内容を思い出したら自然と寝ちゃうかな」

 

「つまり横を向いて脚の間に手を挟めて読んだ本の内容を思い出してたら寝れるってことだな」

 

「ミックスすればいいってもんじゃないよ!」

 

「ふふっ、そうかもね」

 

「大分遅くなったし俺は部屋に戻るかな。とりあえず教えてもらったこと試してみるよ」

 

「わかったよー、おやすみー」

 

「おやすみ、南雲君」

 

「おやすみ。また明日な」

 

 そう言って別れる。とりあえずさっきの寝方を実践してみるとして最近読んだ本はなんだったか、思い出すことから始めるかと部屋に戻った。

 

 

 

 

 ~神崎視点~

 

 胸が温かいな、南雲君と別れたあとそう感じた。私たちは今日トラブルに巻き込まれたけど4班のみんなと殺せんせーが動いてくれたおかげで無事に帰ってこられた。トラブルが解決した後に南雲君が色々と動いてくれてたってことを杉野君が教えてくれた。

 それを聞いたとき私はなんてカッコいい人なんだろうと思った。それと同時に映画"ダークナイトライジング"の、"ヒーローはどこにでもいる。それは上着を少年にかけ、世界の終わりではない。と励ますような男だ"という台詞を思い出した。私が父親との関係を話したときには時間が解決してくれると励ましてくれたし、そして今回は私たちのために走ってくれていた。まさしく彼は私のヒーローだ。

 

 先程邂逅し話したことで疑問が確信に変わった。私は彼に惹かれている。その気持ちを私の胸の高鳴りが教えてくれた。明日は話せるかな?もし話せたらどんな話をしようかな?

 今私は新しい遊びを知ったばかりの子供のように南雲君との関わりが楽しみになっている。




神崎さんは自分の気持ちが何なのかわかってて、速水さんはそうかもしれないけど認めてないって感じです。
胸が苦しい速水と胸が暖かい神崎で対比させてます。だからなんだって話ですが。
茅野がカッコいい男子ランキングと言っていますがその投票は行っていないです。気になる男子ランキングの結果をそのまま伝えるのは良くないと思った茅野の配慮によって呼称が変えられただけです。

冒頭で南雲君が寝ててイタズラをされてないか確認していますが写真を撮った誰かがグループトークの画像を変更しているっていう本編に書かなかった小ネタがあります。

待ちガイル VS 待ちガイルは文字で伝えきれなかったので動画を調べていただければあるので気になる方は観てみてください。


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第11話 転校生の時間

突然ですが速水が一番好きです。単純に可愛いなって思います。デレマスの担当と同じ名字っていうのもポイント高いですね。
場面を切り替えるときに使っている*と――の段落下げを無くしました。時間を見つけて過去に投稿したものも修正しておきます。


 修学旅行も無事に終わりいつもの学校生活が戻ってきた。5月ももう終わりを迎えるこの時期に烏間先生から一斉送信のメールが届いた。

 

『明日から転校生がひとり加わる。多少外見で驚くだろうがあまり騒がず接してほしい』

 

 とのことだ。男子と女子どっちだろうかと考えながら登校していると岡島と渚と友人がいたので合流する形で一緒に登校する。

 

「烏間先生からの一斉送信のメール見た?」

 

「ああ、文面的にどう考えても殺し屋のやつだろ?」

 

「ついに来たか、転校生暗殺者」

 

「転校生名目ってことは…ビッチ先生と違って俺等とタメなのか?」

 

「そこが気になってさ、顔写真とかないですかってメールしたのよ。そしたらこれが返ってきた」

 

 そう言った岡島は携帯の画面を見せてきたので俺達は覗きこむ。おお、女子だ。ていうかよく烏間先生に返信できたな。俺だったら恐れ多くてメールできないわ。

 

「なんだよふつーに可愛いじゃん、殺し屋に見えねーな。わーなんか緊張してきた!」

 

「仲良くなれんのかなー」

 

 確かに殺し屋であろうとなかろうと転校生には期待と不安が入り混じる。どんな人でどんな暗殺をするのだろう、すごく興味があった。

 校舎につくと友人が一番早く教室に乗り込む。女子とわかってから一番足取りが軽いのは友人だ。神崎一筋じゃないのか?

 

「さーて来てっかな転校生?」

 

 友人が入り口で急に立ち止まる。…なんだ?あの黒い自販機みたいな箱は?存在感半端ないな。

 すると液晶部分が光り転校生の顔が表示される。その顔は確かに岡島に見せられた画像と同じ顔だった。

 

「おはようございます。今日から転校してきました、"自律思考固定砲台"と申します。よろしくお願いします」

 

 そう言うと液晶の画面がまた暗くなる。

 

((……そう来たか!!))

 

 

 

 

「――みんな知ってると思うが転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 …烏間先生も大変だなぁ。クラス全員同情の視点を送っている。ツッコミどころが多過ぎるだろ。

 

「プークスクスクス」

 

「お前が笑うな、同じイロモノだろうが」

 

「…言っておくが、彼女はAIと顔を持ちれっきとした生徒として登録されている。あの場所からずっとお前に銃口を向けるがお前は彼女に反撃できない。『生徒に危害を加えることは許されない』、それがお前の教師としての契約だからな」

 

「…なるほどねぇ、契約を逆手に取って…なりふり構わず機械を生徒に仕立てたと。いいでしょう、自律思考固定砲台さん。あなたをE組に歓迎します!」

 

 

――

 

 

 HRも終わり授業が始まる。転校生は固定砲台という名前だが見た目は黒い自動販売機そのもの。外側に銃などはついていないがおそらくSF映画に出てくるロボットみたいに内側に収納されているのだろう。

 すると自律思考固定砲台がギラリと光ったかと思うと案の定内側から銃が展開され殺せんせーに対して射撃を行う。なんだろう、男心をくすぐるものがあるな。一方で殺せんせーはというと俺達が行った一斉射撃のときのようにすごい早さで避けている。

 

「ショットガン4門に機関銃2門。濃密な弾幕ですがここの生徒は当たり前にやってます。それと授業中の発砲は禁止ですよ」

 

「…気を付けます。続けて攻撃に移ります」

 

 気を付けるだけで攻撃はするのかよ、日本語って難しいな。少し間が空いたかと思うと再度銃が展開され射撃が行われる。同じ状況に殺せんせーの顔は縞々模様になる。

 

「…こりませんねぇ」

 

 再度避け始めるが突如殺せんせーの指が弾け飛んだ。俺達は驚きから開いた口が塞がらない。

 

「右指先破壊。増設した副砲の効果を確認しました。次の射撃で殺せる確率0.001%未満。次の次で殺せる確率0.003%未満。卒業までに殺せる確率90%以上」

 

 増設した副砲?つまり全く同じ射撃の後に見えないように銃弾を追加したのか?隠し弾(ブラインド)ってやつか?

 しかしここにきて初めて俺達は気付いた。"彼女ならひょっとして殺るかもしれない"と。

 

「よろしくお願いします、殺せんせー。続けて攻撃に移ります」

 

 プログラムの笑顔で微笑みながら転校生は次の進化の準備を始めた。

 

 

――

 

 

 一時間目は自律思考固定砲台による暗殺が絶え間なく行われたために床には大量の対殺せんせー弾が転がっている。

 

「これ…俺等が片すのか?」

 

「掃除機能とかついてねーのかよ、固定砲台さんよぉ」

 

「……」

 

「チッ、シカトかよ」

 

「やめとけ、機械にからんでも仕方ねーよ」

 

 村松と吉田が不満を漏らしているが不満に思っているのはクラス全員同じだ。授業が妨害されるだけでなく暗殺の後片付けも俺等任せとなると文句のひとつやふたつも言いたくなるだろう。

 二時間目、三時間目。結局その日は1日中ずっと…機械仕掛けの転校生の攻撃は続いた。

 

──そして翌日。

 

「朝8時半、システムを全面起動。今日の予定、6時間目までに215通りの射撃を実行。引き続き殺せんせーの回避パターンを分析…!? 殺せんせー、これでは銃を展開できません。拘束を解いてください」

 

 固定砲台さんは自分の状況に異議を申し立てるがそれもそのはず。箱をガムテープでぐるぐる巻きにされているからだ。アナログな方法だが外部に手などがない以上これより優れた自律思考固定砲台対策はないと言える。

 

「…うーん、そう言われましてもねぇ」

 

「この拘束はあなたの仕業ですか?明らかに私に対する加害であり、それは契約で禁じられているはずですが」

 

「ちげーよ、俺だよ。どー考えたって邪魔だろーが。常識ぐらい身に付けてから殺しに来いよ、ポンコツ」

 

 そう言ったのは寺坂だ。言い方はあれだが確かにその通りだ。

 

「…ま、わかんないよ。機械に常識はさ」

 

「授業終わったらちゃんと解いてあげるから」

 

 まあ、そりゃこうなるわな。昨日みたいにずっとされてたら授業にならないし。

 今日は昨日とは打って変わって平和に授業ができた。そして放課後になり俺は神崎に誘われたので一緒に下校している。

 

「うーん…」

 

「どうした、神崎?」

 

「固定砲台さん可哀想だなって」

 

「確かにあの状態はなー」

 

「なんとかできないかな?」

 

「俺達がなにかするっていうのはたぶん無理だと思う。でも――」

 

 一呼吸置いてから俺は言葉を続ける。

 

「あの状態を殺せんせーが放置しておくとは思えないからきっと何とかしてくれるはず」

 

「うん、確かにそうだね」

 

「話変わるけど、今日教室で何の本読んでたんだ?」

 

「えっとね、"嵐が丘"っていう小説だよ」

 

「タイトルだけ聞いたことあるな。どんな内容なんだ?」

 

「一回読んだあとにまた読み直しているから詳しく説明できるけど、たぶん南雲君はこれから読むだろうから簡単に説明するね。お話は2つの家で三代に渡って繰り広げられるんだけど、特に"ヒースクリフ"と"キャサリン"っていう二人の登場人物にスポットを当てて愛憎や復讐が描かれている作品だよ」

 

「へぇ、大雑把に言うと恋愛小説の括りか」

 

「うん、だけど "リア王"、"白鯨"に続いて世界の三大悲劇に数えられているから明るいお話ではないよ」

 

「そうなんだ、俺は白鯨だけは読んだことあるんだよな。よかったら読み終わったら借りていい?」

 

「もちろんいいよ。南雲君も何かオススメの本ある?」

 

「うーん…そうだな……今パッと出てこないから後日なんか持ってくるよ」

 

「ふふっ、楽しみにしてるね。小説の貸し借りしてるのってなんかロマンチックじゃない?」

 

「あー確かに少女漫画でありそうだよな。挟まっていたしおりに告白の言葉が書かれていたりとか」

 

「そうそう!…なんだかそういうの憧れるな」

 

「さすが女の子」

 

 やはり女子はそういうのに憧れを持つのだろうか。具体的な例を挙げると白馬の王子様だけど現代では馬は無理だろうから車だな。だとしたらきっとこんな感じだ。

『私、昔から憧れてるんだ!白のベンツの王子様に!』

 …なんだこの女。玉の輿狙っているやつみたいだな。

 その後も話が続き、気がつくと固定砲台の話題とは大きくかけ離れたものになっていた。何にせよこのままの状態が続くとは思えないのでどうなることやら。

 

 

 

 

 翌日。俺は渚と友人の2人と登校している。

 

「なぁ…今日もいるのかな、アイツ」

 

「多分…」

 

「仮にも生徒だからな」

 

「烏間先生に苦情言おうぜ、アイツと一緒じゃクラスが成り立たないって」

 

 友人は朝からご機嫌斜めのようだが俺と渚はどちらかというと何とかなるでしょの精神でいた。だって殺せんせーが担任だしなぁ。何とかなるでしょ。

 教室の戸を開けると初日同様友人が立ち止まる。

 

「なんか体積増えてるような…」

 

「増えてるな、いや、増えてるね」

 

 俺達が教室に入ると液晶画面がパッと光る。昨日まで窓くらいの大きさだったのが正面部全体が液晶となっている。

 

「おはようございます!南雲さん、渚さん、杉野さん!今日は素晴らしい天気ですね!こんな日を皆さんと過ごせて嬉しいです!」

 

 俺等が呆然としていると殺せんせーが目の前に現れ説明を始める。

 

「親近感を出すための全身表示液晶と体・制服のモデリングソフト、全て自作で8万円!豊かな表情と明るい会話術、それらを操る膨大なソフトと追加メモリ、同じく12万円!そして先生の財布の残高…5円!!」

 

 転校生がおかしな方向へ進化してきた。いや、可愛いけど。てか貯金残高5円て。いや、可愛いけど。

 ちょっと思考が追い付かないが転校生が進化した。俺達が驚いているとクラスメートが段々と登校し集まってきた。みんな俺達と同じような反応になっている。

 

「庭の草木も緑が深くなっていますね、春も終わり近付く初夏の香りがします!」

 

「たった一晩でえらくキュートになっちゃって…」

 

「これ一応固定砲台…だよな?」

 

「何ダマされてんだよ、お前ら。全部あのタコが作ったプログラムだろ。愛想良くても機械は機械、どーせまた空気読まずに射撃すんだろ、ポンコツ」

 

「…おっしゃる気持ちわかります、寺坂さん。昨日までの私はそうでした。ポンコツ…そう言われても返す言葉がありません。グスン…グスッ…」

 

 泣いてる…。俺が泣かせたわけじゃないけど心が痛む。

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろ!」

 

「いいじゃないか2D(にじげん)…Dを1つ失うところから女は始まる」

 

「竹林戻ってこい!まだ間に合う!」

 

「でも皆さん、ご安心を。殺せんせーに諭されて…私は協調の大切さを学習しました。私のことを好きになって頂けるよう努力し皆さんの合意を得られるようになるまで…私単独での暗殺は控えることにいたしました」

 

「そういうわけで仲良くしてあげてください。ああ、もちろん先生は彼女に様々な改良を施しましたが彼女の殺意には一切手をつけていません。危害を加えるのは契約違反ですが性能アップさせることは禁止されてませんからねぇ。先生を殺したいなら彼女はきっと心強い仲間になるはずですよ」

 

 何でもできるな、殺せんせーは。機械までちゃんと生徒にしてしまうとは。

 

 

――

 

 

「では菅谷君、教科書を伏せて。網膜の細胞は細長い方の桿体細胞とあとひとつの太い方は?」

 

「え、オレ?やばっえーっと…」

 

 授業中に舟を漕いでた菅谷に当てる殺せんせー、当てられた本人は困った様子だ。ちなみに答えは錐体細胞。するとウィィンという機械音と共にチカチカと固定砲台さんが光を発する。……固定砲台の液晶にはスカートをたくしあげて太ももに錐体細胞と表示させてる姿が映っている。

 

「えーと…錐体細胞」

 

「こら!自律思考固定砲台さん!ズル教えるんじゃありません!」

 

「でも先生、皆さんにどんどんサービスするようにとプログラムを」

 

「カンニングはサービスじゃありません!」

 

 殺せんせーが固定砲台を叱ると同時に授業終了のチャイムが鳴る。みんなは授業が終わるとすぐに固定砲台のもとへと行きコミュニケーションを取っている。

 

「へぇーっ、こんなのまで体の中で作れるんだ!」

 

「はい、特殊なプラスチックを体内で自在に成型できます。データがあれば銃以外も何にでも!」

 

 すげぇ、ミロのヴィーナスだ。要するに3Dプリンタみたいなものか。固定砲台は何でも作れると言っていたが銃を3Dプリンタて作って捕まったやつがいたなと思い出したのでこの事は忘れることにした。

 

「おもしろーい!じゃあさ、えーと…花とか作ってみて!」

 

「わかりました、矢田さん。花のデータを学習しておきます。王手です、千葉君」

 

「…3局目でもう勝てなくなった。なんつー学習力だ」

 

 遠目で見ているがちゃんとコミュニケーションが取れてるなと感心する。それより千葉が将棋得意なことに驚きだ。

 

「思いのほか大人気じゃん」

 

「1人で同時に色んな事こなせるし、自在に変形できるし」

 

「…しまった」

 

「?、何が?」

 

「先生とキャラがかぶる」

 

「かぶってないよ1ミリも!」

 

「自分で改良しといてなんですがこれでは先生の人気が喰われかねない!」

 

「大丈夫だって、先生には先生というカテゴリーがあるんだから」

 

「いえ、南雲君。現状維持では衰退していくだけなんです。皆さん皆さん!先生だって人の顔ぐらい表示できますよ、皮膚の色を変えればこの通り」

 

「「「キモいわ!!」」」

 

 "いらすとや"みたいな人の顔を表示させているが本当にキモい。殺せんせーを切り捨てるかのように片岡がそーだ!と話を切り出す。

 

「このコの呼び方決めない?"自律思考固定砲台"っていくらなんでも」

 

「だよね」

 

「…そうさなぁ」

 

「何か1文字とって…」

 

「自…律……そうだ!じゃあ"律"で!」

 

「安直~」

 

「おまえはそれでいい?」

 

「…嬉しいです!では"律"とお呼びください!」

 

 名前をつけてもらった律は本当に嬉しそうだ。おもちゃを買ってもらった子供のように無邪気な笑顔、それは機械ということを忘れてしまうくらい眩しい笑顔だった。

 

「上手くやっていけそうだな」

 

「んーどーだろ。寺坂の言う通り殺せんせーのプログラム通り動いてるだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない。あいつがこの先どうするかは…あいつを作った開発者(もちぬし)が決める事だよ」

 

「…そうか、メンテナンスとかで開発者が今の律を見たとしたら」

 

「そっ、たぶんていうか絶対に元に戻されるでしょ」

 

 今の話は聞いた俺は思った。前までの律なら無理だが今の律なら少し話をするだけで何とかできる、と。

 

 

 

 

「じゃあね~律!また明日!」

 

「はい皆さん!また明日会いましょう!」

 

 放課後となりみんなは帰り始めるが俺は律と話をするために教室に残っている。

 

「南雲さんは帰らないんですか?」

 

「ああ、律と話そうと思って」

 

「私とですか?何ですか?」

 

「律はさ、今の律の状態を開発者が見たらどうなると思う?」

 

「暗殺だけじゃなく学校も楽しめると喜ばれると思います!」

 

 …なんだろう。疑うとかそういうプログラムは入っていないのかな?遠回しに言っても伝わらないと思ったのでハッキリと言うことにする。

 

「律。たぶん、いや絶対に開発者達は律の状態を見たら喜ばない」

 

「それは…どうしてでしょう」

 

「烏間先生から聞いたんだ。律の主なシステムは最新の軍事技術が使われているって。だから軍事的な…暗殺と関係のない要素が入っていたら取り除かれると思う」

 

「…確かに私のルーツはイージス艦の戦闘AIです。でも今の私は皆さんと話し、関わり、学校生活を楽しんでいるれっきとしたE組の生徒です」

 

 い、イージス艦?これも聞かなかったことにしよう。ただ今の会話で俺は思った。律は俺達と何も変わらない、ただ形が違うだけだ。

 

「今の律ならフォークト=カンプフ検査をしても人間と変わらないし、きっと電気羊じゃなくて普通の羊の夢を見るだろうな」

 

「それは何かのジョークですか?」

 

「そっ、ジョークだよ。だから説明はしない。…なあ律、今のその気持ちを失いたいか?」

 

「いいえ、嫌です。皆さんともっと仲良くなってお話がしたいです!」

 

「それを聞きたかった。…律は反抗期って知ってるか?――

 

 

 

 

 

――翌日。

 

「おはようございます、皆さん」

 

 ……元に戻っちゃった。

 

「"生徒に危害を加えない"という契約だが…『今後は改良行為も危害と見なす』と言ってきた。それと君等もだ、"彼女"を縛って壊れでもしたら賠償を請求するそうだ。開発者(もちぬし)の意向だ、従うしかない」

 

 そう説明する烏間先生も前の律がいなくなったことが残念そうにしている様子だ。

 

「これまた厄介で…、親よりも生徒の気持ちを尊重したいんですがねぇ」

 

「……攻撃準備を始めます。どうぞ授業に入ってください、殺せんせー」

 

 ダウングレードしたって事はあの1日中続くハタ迷惑な射撃がまた始まるのか。

 律がピカッと光り側面部が展開される。射撃が始まると思った俺達は教科書を盾にするなど身構える。…………射撃はどうした?そう思い律の方に目をやると側面部から大量の花が展開されていた。

 

「…花を作る約束をしていました」

 

 それは…矢田との約束だ。まさか――

 

「殺せんせーは私のボディに計985点の改良を施しました。そのほとんどは開発者(マスター)が"暗殺に不要"と判断し削除・撤去・初期化してしまいましたが、学習したE組の状況から私個人は"協調能力"が暗殺に不可欠な要素と判断し消される前に関連ソフトのメモリの隅に隠しました」

 

「素晴らしい、つまり律さんあなたは――」

 

「はい!私の意志で産みの親(マスター)に逆らいました!殺せんせー、こういった行動を"反抗期"と言うのですよね。律は悪い子でしょうか?」

 

「とんでもない!中学三年生らしくて大いに結構です!」

 

「それと南雲さん、私なりの"ジョーク"、どうでしたか?」

 

「最高だ。今ならアインシュタインと朝まで呑めそうだ」

 

「ふふっ、それはいいですね!私も混ぜてください!」

 

「もちろんだ。でもアインシュタインは来ないぜ。なぜなら俺はディスカウントストアのタイムマシン売り場を知らないんでな」

 

「じゃあ話題は相対性理論以外でお願いしますね!」

 

 俺のアメリカンジョークっぽいのにここまでついてくるだと…!?

 こうしてE組の仲間がひとり増えた。これからはこの28人で殺せんせーを殺すんだ。律ひとりだけで卒業までに殺せる確率は90%以上だったんだ、必ず殺せるに決まってる。




最後の南雲君と律のやり取りはラーメンズの"条例"というネタの中に出てくるものです。

神崎さんが下校に誘うなど頑張ってます。
ちなみに断っておきますがハーレムには絶対になりません。原作から剥離しすぎるっていうのと単純に書く技量がありません。他の人が書いてるのを見るのは好きなんですが。

最近実家に帰ったら飼い犬に何回も頭突きされました。解せぬ。


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6月
第12話 仕返しの時間


最近の投稿間隔が短いのは異動がないことがわかり、やる気に満ち溢れてるからです。


 雨の季節だ。梅雨の6月。殺せんせーの暗殺期限まで残り9ヵ月。

 

(大きい)

 

(大きいぞ)

 

(((なんか大きいぞ)))

 

 今は授業中なのだが明らかに殺せんせーの頭が大きい。頭と体のバランスが悪すぎて遠近感がおかしい。

 

「殺せんせー、33%ほど巨大化した頭部についてご説明を」

 

「水分を吸ってふやけました、湿度が高いので」

 

「「生米みてーだな!!」」

 

「雨粒は全部避けて登校したんですが湿気ばかりはどうにもなりません」

 

 そう言って殺せんせーは顔を雑巾のように絞る。…すげーバケツが一気に水で一杯になった。

 

「いくら鵜飼さんが直してくれたからといってE組のボロ校舎じゃ仕方ねーな」

 

「エアコンでベスト湿度の本校舎が羨ましーわ」

 

 4月に雨漏りがひどいということで一級建築士の資格を持つ防衛省の鵜飼さんが雨漏りがしないように補強してくれたのだがいかんせん、ボロい校舎なので湿度などはどうにもならない。

 

「先生帽子どしたの?ちょっと浮いてるよ」

 

「よくぞ聞いてくれました倉橋さん。先生ついに生えてきたんです」

 

 一番後ろの席からだとわからないがどうやら帽子が少し浮いていたらしい。

 

「そう、髪が」

 

「「「キノコだよ!!」」」

 

「湿気にも恩恵があるもんですねぇ。暗くならずに明るくじめじめ過ごしましょう」

 

 明るくじめじめってなんだよ。――でもそうだ、梅雨はじめじめ。人の心もちょっぴり湿る。その事を俺達は体験する。

 

 

 

 

「なー上に乗ってるイチゴくれよ」

 

「ダメ!美味しいものは一番最後に食べる派なの!」

 

 そう問答している茅野と友人。現在俺達は下校中だ。雨ということでいつもは自転車で通学している岡野も傘をさして一緒に下校している。

 

「岡野、前原との進展はあったのか?」

 

「全然。矢田っちみたいにプロポーションがいいわけでもないし」

 

「中学生なんだから背伸びしない方がいいんじゃね。とりあえず普通に話してみたらどうだ?」

 

「それができたら苦労しないよ。全くこれだから異性と普通に話せるやつは」

 

「岡野が今話してるのは異性だぞ」

 

「訂正。意識している相手だとダメなの」

 

「うーん…話すときに質問を多くするとか。そうしたら自分は相槌中心というか相手の言うことに反応すればいいから」

 

「それいいね、実践してみるよ」

 

「なあ、二人ともあれ見てみろよ」

 

「ん?…あ、前原だ。相合い傘してやんの」

 

 たった今話題にしていたため気まずく思い岡野をチラと見ると落ち着いた様子だ。春休みには不機嫌になっていたので前原の性格を理解し成長したんだなと思った。

 

「一緒にいんのは確か…C組の土屋果穂」

 

「はっはー。相変わらずお盛んだね、彼は」

 

「ほうほう、前原君駅前で相合い傘…と」

 

 そこには木の陰でカッパを来てメモを取っている殺せんせーがいた。

 

「相変わらず生徒のゴシップに目がねーな殺せんせー」

 

「これも先生の務めです。3学期までに生徒全員の恋バナをノンフィクション小説で出す予定です。第一章は杉野君の神崎さんへの届かぬ想い」

 

「ぬー…出版前に何としても殺さねば」

 

 ノンフィクションと言いつついきなりフィクションじゃあないか。まだフラれてないし。

 

「じゃあ前原君の章は長くなるね。モテるから、結構しょっちゅう一緒にいる女子変わってるし」

 

 確かにな。前原はスポーツ万能の行動的イケメン。普通の学校なら成績も上位で今以上にもっと人気者だっただろう。

 

「あれェ?果穂じゃん、何してんだよ」

 

「あっ瀬尾君!」

 

 土屋は前原を押し退け瀬尾のところに行った。確か瀬尾は…生徒会だったか。後ろにいるのは荒木と…誰だ?

 

「あれ、そいつ確かE組のやつだったか?」

 

「ち、違うの瀬尾君、そーゆーのじゃなくて…たまたま傘がなくてあっちからさしてきて…」

 

「今朝持ってたじゃん」

 

「学校に忘れて…」

 

 俺達は何を見せられてるんだ?そう思っていると前原が口を開く。

 

「あーそゆ事ね。最近あんま電話しても出なかったのも急にチャリ通学から電車通学に変えたのも。で、新カレが忙しいから俺もキープしとこうと?」

 

「果穂、お前…!」

 

「ち、違うって、そんなんじゃない!そんなんじゃ…」

 

 これ修羅場ってやつ?そんなふざけたことを考えていると土屋は表情を一変し前原に向き直る。

 

「あのね、自分が悪いってわかってるの?努力不足で遠いE組に飛ばされた前原君。それにE組の生徒は椚ヶ丘高校内部進学で進めないし、遅かれ早かれ私達接点無くなるじゃん。E組落ちてショックかなと思ってさ、気遣ってハッキリ別れは言わなかったけど言わずとも気付いて欲しかったなー。けどE組の頭じゃわかんないか」

 

 いきなり自分の正当化を始める言葉に俺は言葉も出ない。土屋の演説を聞いて前原は少し怒ったのか本校舎の面々に詰め寄る。

 

「…おまえなぁ、自分のこと棚に上げて…」

 

 すると瀬尾が前原を思い切り蹴飛ばす。今の瀬尾の行動で俺の怒りゲージが跳ね上がったのを感じる。

 

「岡野、ちょっと傘持っててくれ」

 

「ちょっと!南雲!」

 

 土屋の言葉に関しては呆気に取られて怒りも起きなかったが仲間が暴力を振るわれて我慢できるほど俺は人間ができていない。

 

「わっかんないかなぁ。同じ高校に行かないって事はさ、俺達お前に何したって後腐れ無いんだぜ」

 

「じゃあ俺がお前等に何したって後腐れはないんだな」

 

「じゅ、純一!」

 

「な、何だこいつ。…南雲か。おい、前原より先にこいつやるぞ」

 

 すると3人は俺を囲み始め攻撃を仕掛けてくる。…俺がいつも誰に稽古をしてもらっていると思っているんだ。3人とは言え素人の攻撃など食うか。

 

「こ、こいつ!動きが!」

 

「よ、避けるので精一杯だ!一気にやるぞ!」

 

 攻撃が単調なんだよ。瀬尾が次に蹴りを入れてくるから俺はそこに合わせて一歩踏み出して一撃入れて沈めてやる。…きた。前原の痛みを知りやがれ。

 

「やめなさい」

 

 俺のパンチが瀬尾に当たる前に止められた。小さくも大きくもない、威厳のある声だった。この声は――

 

「りっ…理事長先生!」

 

「ダメだよ、暴力は。人の心を…今日の空模様のように荒ませる」

 

「はっ…はい…」

 

 そう言った理事長は俺を一瞥したあと地面に膝をついて前原にハンカチを差し出した。

 

「これで拭きなさい。酷い事になる前で良かった」

 

 そして理事長は俺と前原の顔を交互に見ると機械のように冷たい笑顔で告げる。

 

「危うくこの学校にいられなくなる所だったね、"君達が"」

 

 …さすが理事長だ。この場の空気が既にこの人の物になっている。

 

「じゃあ皆さん、足元に気をつけて。さようなら」

 

「は、はい!さようなら!」

 

「…人として立派だなぁ理事長先生。膝が濡れるのも気にせずにハンカチを…」

 

「あの人に免じて見逃してやるよ、お前等。感謝しろよ」

 

「…嫉妬してつっかかって来るなんて、そんな心が醜い人だとは思わなかった。二度と視線も合わせないでね」

 

 土屋の一言を最後に本校舎の面々は笑いながら去っていく。

 

「平気か、前原?」

 

「ああ、サンキュな純一。見てたのか?」

 

「ああ…、俺一人じゃないけど」

 

「えっ?」

 

「前原!へーきか!?」

 

「…おまえら見てたんかい」

 

 瀬尾の行動に怒った俺だけが動いていて渚達は車道を挟んだ歩道から今のやり取りを見てたのだ。

 

「ふー。…上手いよな、あの理事長。事を荒立てず、かといって差別も無くさず、絶妙に生徒を支配してる」

 

「そんな事よりあの女だろ!とんでもねービッチだな!…いやまぁ、ビッチならうちのクラスにもいるんだけど」

 

「違うよ。ビッチ先生はプロだから…ビッチする意味も場所も知ってるけど彼女はそんな高尚なビッチじゃない」

 

「…いや、ビッチでも別にいーんだよ」

 

「いいの!?」

 

「好きな奴なんて変わるモンだしさ、気持ちが冷めたら振りゃあいい。俺だってそうしてる」

 

「中三でどんだけ達観してんのよ」

 

「…けどよ、さっきの彼女見たろ?一瞬だけ罪悪感で言い訳モードに入ったけど、その後すぐに攻撃モードに切り替わった。『そーいやコイツE組だった、だったら何言おうが何しようが私が正義だ』ってさ。後はもう逆ギレと正当化のオンパレード、醜いとこ恥ずかし気なく撒き散らして。…なんかさ、悲しいし恐えよ。ヒトって皆ああなのかな。相手が弱いと見たら…俺もああいう事しちゃうのかな」

 

 前原はそう言って俯く。俺は今の話を聞いて考える。E組じゃなかったら俺はE組の皆にどう接していただろう。意にも介さず学校生活を送っていたのだろうか。

 

「うわぁ!殺せんせーふくらんでるふくらんでる!」

 

 渚の声で我に返る。

 

「仕返しです」

 

「「「へ?」」」

 

「理不尽な屈辱を受けたのです。力無き者は泣き寝入りするところですが…君達には力がある。気付かれず証拠も残さず標的を仕留める暗殺者の力が」

 

「…ははっ、何企んでんだよ殺せんせー」

 

「屈辱には屈辱を。彼女達をとびっきり恥ずかしい目に遭わせましょう」

 

 殺せんせーは暗い笑みを浮かべる。何やら大事になってきたなと前原と目を合わせ互いに苦笑いになる。

 

 

 

 

「さて仕返しの件ですが先生が考えようと思いますが、みなさん明日の放課後は大丈夫でしょうか?」

 

 みんなは大丈夫だと言っているが俺は、

 

「すみません、前原のために何かやりたいですが明日の放課後は予定が入っています」

 

「そうですか、それでは南雲君は先生と一緒に作戦を練りましょう。他の皆さんは帰って大丈夫ですよ」

 

「先生さようならー」

 

「ええ、さようなら」

 

「純一…とびきりいいの考えてくれよ!」

 

「お、おう」

 

 被害者にあんな笑顔で言われたら考えるしかないな。そうでなくても考えるけど。

 

「では南雲君、一度学校に戻りましょう。なに、帰りは送ってあげるので一瞬ですよ」

 

「わかりました」

 

 ここで俺は殺せんせーのマッハを体験することになるのだが速すぎてよくわからなかったっていうのが感想だ。瞬きしたらそこはもう学校だったし。

 

「さて、南雲君。先生は恥ずかしい目に遭わせると言いましたが南雲君が恥ずかしいと感じた体験はありますか?」

 

「そりゃありますよ」

 

「ほう、具体的には?」

 

「それは…いや言うのやめときます。殺せんせーに知られたらクラス全員に広がりそうなんで。代わりに別の話をしますが、幼稚園の時にお漏らししちゃった子がいたんですけど、俺があの子の立場だったら恥ずかしくて幼稚園に行かなくなったと思います」

 

「お漏らしですか。いいですね、その路線でいきましょう」

 

「えっいいの?先生、あいつら中学生ですよ?いくらなんでも漏らすことはないんじゃ…」

 

「ヌルフフ、南雲君。世の中には下剤というものがあるんですよ」

 

「あーその手がありますね。でもああいうのってすぐに効くんですか?」

 

「速効性は期待できないですね。なので市販のものを強力にする必要があります」

 

「強力にする……、それは奥田担当ですね」

 

「ええ、そうです。奥田さんに頼みましょう」

 

 殺せんせーは黒板に化学担当 奥田と書き込む。

 

「そうすると下剤を飲ますシチュエーションが必要ですね」

 

「その辺りは先生に考え、もとい計画があります。彼等は明日喫茶店に行くようです。そこで何かしら飲み物を頼むはずなのでその飲み物に仕込みましょう」

 

「てことは仕込む担当が必要か。一番はあいつらの卓に運ばれる前に混入させることだけどそれは難しい…。従業員に化けるのも現実的じゃない…」

 

「さすが南雲君。頭の回転が早く合理的に考えている。なのでヒントをあげましょう、調合した下剤はちょうどBB弾と同じ大きさにすることが可能です」

 

「…そうか!遠くから狙撃すればいいんだ。てことは…飲み物から注意を逸らすために撹乱する役も必要だな」

 

「ええ、そうです。ここでクラスの射撃の成績を思い出してみましょう」

 

 俺の成績の前後は…

 

「千葉と凛香ですね」

 

「ええ。ところで南雲君は速水さんを名前で呼んでいるようですが何か深い意味があるのでしょうか?」

 

「ありません、今は計画に集中しましょう」

 

「…はい」

 

「撹乱役だけど生徒ではバレるから誰かに頼むべきか…。鵜飼さんとか鶴田さんは…」

 

「いいえ、ダメです。烏間先生に怒られてしまいます。なのでここは菅谷君の力を借りましょう、パーティー用のマスクを改造してもらうんです。彼は一度その手の暗殺を仕掛けてきましたから」

 

「へぇ、じゃあ撹乱役は今日いたメンバーで言うと…渚と茅野辺りはどうでしょう」

 

「あの二人ならおそらく大丈夫でしょう」

 

「あっ忘れてたけど狙撃場所どうしよう。殺せんせー、喫茶店の名前は?」

 

「はい、それでしたら…」

 

 殺せんせーに言われた喫茶店の名前をスマホに打ち込み地図を確認する。えーと…民家の中にある隠れ家的な喫茶店なんだな。

 

「うーん…民家しかないのでどこかにあげてもらえるよう頼むしかないなー…」

 

「南雲君がE組の中でお願い事をされて断りづらい方は誰ですか?」

 

「断トツで神崎ですね。次点で倉橋と矢田です。交渉事で言ったら倉橋と矢田のほうが適任なのでその二人で。神崎はあまりこういうのに巻き込みたくないですし」

 

「ほうほう、つまり神崎さんは大事にしたいってことですね」

 

「先生、俺帰っていいですか?」

 

「にゅやーッ!ダメです!先生ふざけすぎました!」

 

 全くもう、全くもうだよ。

 

「…よしこれで狙撃場所は確保できましたね。民家からの見張り役に友人を置いて撹乱役の二人と連絡を取ってもらえばよりバレずに動きやすくなりますね」

 

「はい、ではここで一度整理しましょう」

 

 事前にやること

 ・奥田による下剤の調合

 ・菅谷による変装マスクの作成

 

 当日の動き

 1.矢田と倉橋が狙撃兼見張り場所である向かいの民家を確保。

 2.友人が瀬尾たちの動きを確認、それを撹乱役の渚と茅野に連絡して動いてもらう。

 3.渚たちが陽動しているときに千葉と凛香が下剤を飲み物に狙撃で混入させる。

 

「こんなところでしょうか。岡野と前原本人が役どころないですが」

 

「おおむねいいでしょう。でもまだ加えられますね」

 

 そう言って殺せんせーは書き加えていく。…うわぁ、先生がこんなこと考えるなんてちょっと引くわ。自分のことを棚に上げて俺は思った。それと同時に俺が作戦を立てたというより殺せんせーにヒントを与えたりなどされてこの作戦になるように誘導されてたような感覚を覚えた。

 殺せんせーが加えたことにより計画も完成したので俺は実行メンバーにメッセージを送る。菅谷と奥田には今日中に必要な物を作ってほしいこと、そしてみんなに明日の朝に計画を説明するから早めに登校してほしい、と。

 

 

 

 

 そして翌日。

 

「みんなに集まってもらったのは他でもない。これは弔いだ。前原のために一矢報いるんだ」

 

「純一、俺死んでない」

 

「考えてみれば前原はいいやつだった。ボーリングをやったことがない俺に教えてくれたり…、他には…えーと……ドリブルが上手い」

 

「純一、思い付かないんだったら言わなくていいよ。あと俺死んでない」

 

 俺の小ボケに対して当事者でありツッコミを入れている前原以外は笑っている。みんな朝から反応しづらいのにボケちゃってごめんな、笑ってくれてありがとう。

 

「よし、じゃあ計画について話すぞ」

 

 俺は黒板にそれぞれの担当を書き込んでいく。

 化学担当:奥田

 偽装担当:菅谷

 交渉担当:倉橋、矢田

 連絡・見張り担当:友人

 撹乱担当:渚、茅野

 狙撃担当:千葉、凛香

 木こり:磯貝、前原、岡野

 

 1.矢田と倉橋が狙撃兼見張り場所である向かいの民家を確保。

 2.友人が瀬尾たちの動きを確認、それを撹乱役の渚と茅野に連絡して動いてもらう。

 3.渚たちが陽動しているときに千葉と凛香が下剤を飲み物に狙撃で混入させる。

 4.腹痛を訴えるはずなので事前に茅野がトイレを占拠。

 5.プライドが高く民家のトイレを借りる発想の無い彼等はコンビニへと走る。(事前にコンビニの存在を匂わせておく)

 6.コンビニの途中に木の枝を切る予定の家があるので木こり達は瀬尾たちが木の下を通過するときに枝を切り汚れさせ追い討ちをかける。

 7.汚れた姿で大慌てでトイレに駆け込む中学生爆誕。

 

「――っていう流れだけどわかった?」

 

「おもしろそー!」

 

「なんかワクワクするね!」

 

「イタズラなんて久しぶりだ!」

 

 おお、結構反応いいな。安心した。

 

「純一…本当にありがとな。みんなも俺のためにありがとう」

 

「いいっていいって」

 

「まずはこの作戦を成功させよう」

 

「…まだ実行してないけどさ、俺みんなの活躍が目に浮かぶよ。一見おまえらって純一みたいに強そうじゃないけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってる。そこには俺が持ってない武器も沢山あるんだろうな」

 

「強い弱いはひと目見ただけじゃ計れないからな。強さっていうのは肉体に対してのみ使う言葉じゃないし」

 

「そういう事です」

 

 気が付くと殺せんせーが教室にいた。なんかいきなり現れても驚かなくなってきたな。

 

「E組で暗殺を通して強さというものを学んだ君達は…この先弱者を簡単に蔑むことは無いでしょう。だから今日は自信を持って作戦に臨みましょう!」

 

「「「ハイ!」」」

 

 この作戦は無事に成功する。がしかし、この復讐がバレて烏間先生のカミナリが落ちることを俺達はまだ知らない。




鵜飼さんがE組校舎を直したことにより雨漏りがしなくなるという改変をしました。本編には何も影響はないです。雨の日の授業大変だろーなーと思ったのでそうしただけです。

岡野さんが矢田さんのことを矢田っちと呼ぶのは公式です。名前の呼称については"公式キャラクターブック名簿の時間"に載っているものにしていますが全員分載っていないので公式じゃない呼び方もあります。
ちなみに倉橋さんの家族設定が"名簿の時間"と"卒業アルバムの時間"で異なっているので、一人っ子のほうを採用しています。


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第13話 ある雨の日の出来事

オリジナル回です。
暗殺教室らしからぬ内容です。なんと登場人物は全3人。


「しっかしこの時期はよく降るなー」

 

「そうだね、6月は祝日もないし何となく気分下がるよね」

 

「あーわかる。ドラえもんでのび太くんも言ってたしな」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 俺と渚は二人で下校している。梅雨の時期ということもあり連日当然のように雨が降っている。

 

「俺雨の日の匂い好きなんだよね、わかる?」

 

「何とも言えないあの匂いだよね。うーん…あまり意識したことないなあ」

 

「そっか、あの匂いって実は正体あるんだぜ」

 

「えっそうなの?」

 

「そう、しかも実は2種類ある」

 

「2種類もあるんだ、ていうことは雨が降る前と降ったあと?」

 

「おっさすが、大正解。解説すると雨が降る前の匂いの正体はペトリコールという物質なんだ。雨が降らない間に植物が土の中で発する油だったかな?それが湿度が高くなると鉄分と反応して匂いを発するんだけど、雨が降り始めると油が流れて匂いがしなくなるんだ。ちなみにペトリコールはギリシャ語で“石のエッセンス”という意味なんだって」

 

「ギリシャ語!…なんだか日本語と英語だけしか習ってないから遠い話みたいだ」

 

「ところがどっこい実は遠い話でもないんだ。雨の季節にちなんだもので言ったらカッパも外来語だ。確かポルトガル語だったかな?」

 

「そうなんだ、僕達が知らないだけで実はそういうの多いんだね」

 

「それで雨が降った後の匂いだけど、これはジオスミンっていう物質で土の中に存在する細菌が出す物質だったかな?これは“大地のにおい”という意味だから土の匂いそのものって言っても過言ではないな」

 

「なんでそんなに詳しいの?」

 

「小説の中に出てきたからかな。本当かどうかはちゃんと調べて裏とってるから大丈夫だよ」

 

「南雲君って隙がないよね」

 

 そうか?とおどけて笑う。

 雨が学校を出たときより強くなってきた。学校を出たときより雨とアスファルトがぶつかる音が激しい。風が吹いているわけではないので横殴りではないが下校するには支障が出るくらいになってきた。

 

「渚、そこの公園のベンチのところで雨宿りしないか?屋根もあるし」

 

「ちょうど僕も提案しようも思ってた」

 

 図らずも同じ事を考えていたようだ。

 小走りで屋根の下のベンチへと向かう。ベンチには先客がいた。傘を杖のようにして顎を置いていて横には本物の補助用の杖が置かれている。年齢は70は確実に越えてそうだ。

 

「おじいさん、横失礼します」

 

「ああ、構わんよ。公園はみんなのものだから」

 

 低く威厳があるような声だと思った、一家の大黒柱のような。おじいさんに対して渚がありがとうございますと言葉を返す。

 

「すごい雨だね、文字通り土砂降りだ。」

 

「ああ。たしか土砂降りって昔違う言い方してたんだよ、なんだったかな…」

 

「南雲君ほど博識じゃないから僕はわからないよ」

 

 なんだっけなと頭を回転させているとおじいさんがもしかしてと話しかけてきた。

 

「滝落としのことかな?」

 

「あっそうです!さすがですね」

 

「これでも長く生きてるからね。では()らずの雨って何のことかわかるかい?」

 

「「うーん…」」

 

 やらず、やらず……もしかして漢字で書くとしたら遣らずか?だとしたらラ行五段活用"遣る"の未然形だよな。遣るは他方に移らせるって意味だから移らないってことか。

 

「降り止まない雨?」

 

「1ヶ所に留まる感じの雨の事ですか?」

 

「惜しいね。正解は来客を帰さないためであるかのように降って来る雨のことだよ」

 

 渚はたぶん遣らずと止まずで聞き間違えたな。

 

「へぇ~、なんかドラマとかでよくあるシチュエーションみたいですね。来客を帰さないだなんて」

 

「ははっ、そうだね。君達は見たところ中学生だけどどこの中学校なんだい?」

 

 普通この手の質問にはまともに取り合わない、なぜなら不審者かもしれないからだ。でもこのおじいさんはそんな気が微塵もしなかった。年長者だからだろうか、始めて話すのに固くならずに話すことができる。

 

「椚ヶ丘中学校です」

 

「おー椚ヶ丘学習塾の生徒か。きっと頭がいいんだろうね」

 

「いえいえ、僕はそんなことないですよ」

 

「謙遜しなさんな、近所でも評判なんだから。何でも若い先生がすごい分かりやすい授業をしていてみるみる頭がよくなっていくとな」

 

 俺達の中学校に若い先生なんていたかなと思い出すがこのおじいさんから見たら殆どが若い先生の範囲に入るだろうから考えるだけ意味がないな。

 

「おじいさん、学習塾じゃなくて中学校ですよ」

 

「あれ?そうだったかな。いやぁどうにも記憶力がめっきり悪くなって。君達はまだまだそんな心配はいらないけどね」

 

 そうおじいさんは自虐的に笑った。まだまだ雨は止みそうにないし自己紹介しようと思った。

 

「俺、南雲純一っていいます」

 

「僕は潮田渚です」

 

「南雲君に潮田君か、最近の中学生なのにしっかり挨拶ができるね。私が話しかけても無視する子が多くて…」

 

 あー本校舎のやつらか?まあなんにせよ、同じ中学校の不始末なので謝罪をしておくか。

 

「すみません、それたぶん同じ学校のやつかもしれません」

 

「いやぁいいんだよ、仕方ないからね」

 

「仕方ないってそんな。おじいさんのことはなんて呼べばいいんですか?」

 

「年寄りはどこ行ってもおじいさんとしか呼ばれないよ」

 

「「えぇ…」」

 

 俺と渚の声が揃う。まあでも本人がそう言うのなら無理に聞けないな。

 

「おじいさんは何か用事とかですか?生憎の天気ですけど」

 

「いや、雨の音が好きでね。いつもってわけじゃないけどたまにこうやって公園に来て雨音を聞いているんだ」

 

「そうなんですか」

 

 老後のささやかな楽しみなのかなと少し失礼なことを考える。

 

「家内とはもう長いこと会ってないからね、一年に一度顔を合わせる程度で。人と話すこともほとんどないからこうやって話すのは久しぶりだよ」

 

 年配の方が長いこと会ってないとか言うと病気なのかなとか考えてあまり突っ込んだ話ができないなと思った。

 

「へぇ~、じゃあ色々とお話を聞かせてもらっていいですか?」

 

「こうやって会ったのも何かの縁ですし」

 

「もちろんいいよ、こっちから頭を下げてお願いしたいくらいだ。何を話そうか…そうだ、君達は大切な人はいるかい?」

 

「家族とか友達…かな?」

 

「僕も同じです」

 

「そうかい、じゃあその人達を大切にするんだよ。顔を知らない他人ですら"袖振り合うも多生の縁"っていう言葉があるくらい宿縁があるって言われてるんだから」

 

 袖振り合うも多生の縁…か。中学生で意識するには早すぎる気もするが先人の言葉なので覚えておこうと思った。

 

「15年…、いや20年くらい前かな。みんなが私のために集まってくれたんだけどあれは嬉しかったなぁ。君達もそういう風になってほしいな」

 

「おじいさんは良い友達がたくさんいるんですね」

 

「それが私の自慢だからね、さっきも言ったけど人との出会いは本当に大事にするべきだよ。特に好きな人なんかはね」

 

「うーん…僕はまだいないかなぁ」

 

「俺もいないです」

 

「そうかい。でもこれから生きていく中で絶対にそういう人と巡り会うんだよ、もしかしたらもう出会ってるかもしれない。その人との会話や思い出が蓄積していって好きだということに気が付くんだと私はそう思ってる。一目惚れだったり自分の心の琴線に触れるものがあって突然意識することだってあるけどね」

 

「へぇ~」

 

「まだまだ難しいですね」

 

「君達は既に中学生だしそう遠くない内にそういうことを考えるようになるさ」

 

 そう言っておじいさんは顔をクシャッとさせて笑う。俺はその笑顔を見てなぜだかわからないけど安心した。渚も俺と同じことを感じたのか力が抜けた顔をしている。

 

「ん、雨も弱くなってきたし私は行くよ」

 

「ちょっと待ってくださいね、雨雲を確認しますから」

 

 俺はそう言ってスマホを取り出して現在の雲の動きを気象庁のサイトで確認する。するとおじいさんは感心したかのようにスマホを見てる。

 

「?、どうしたんですか?」

 

「その小さい機械はなんだい?」

 

「あっこれですか?これはスマートフォンっていって携帯電話の一種です」

 

「ほー、電話ってこんなに小さくなったのかい。古いタイプの人間だから知らなかったよ、恥ずかしいなあ」

 

「いえいえ、持ってない方もいるので大丈夫ですよ」

 

「雨雲も薄くなってきたのでしばらく小降りが続くみたいです」

 

「電話なのにそんなこともわかるんだね、いや勉強になったよ。それでは帰ろうかね」

 

「俺達も帰るか、渚」

 

「そうだね。おじいさん、道が悪いので気を付けてください」

 

「ありがとね、南雲君に潮田君。こんな老人の話に付き合ってくれて」

 

「いえ、僕達も楽しかったので」

 

「俺達はこっち方面なんですけどおじいさんはどっち方面なんですか?」

 

「私は君達とは反対だよ。君達も気を付けて帰るんだよ」

 

「はい、ありがとうございます。では」

 

 俺と渚は手を振っておじいさんと別れる。公園の出口に差し掛かったときにおじいさんが何かを忘れていたかのように声をかけてきた。

 

「君達はサザンクロスや石炭袋で降りないようにね」

 

 何を言っているんだ、あのおじいさんは。俺と渚は顔を合わせて笑ったあとに再度手を振って公園を後にした。

 

 

 

 

 少し歩いた後に渚が口を開く。

 

「なんだか少し不思議なおじいさんだったね」

 

「そうだな、それに最後に言ってた言葉なんだったんだろうな」

 

「うん。確か…石炭袋とサザンクロスって言ってたっけ?」

 

「ああ…」

 

 …………ん?石炭袋にサザンクロス?ひょっとして――

 

「渚、おじいさんの最後の言葉をもう一度言ってくれないか」

 

「えっ?"君達はサザンクロスや石炭袋で降りないようにね"って」

 

「…」

 

「どうしたの?急に?」

 

 もしかしたらと思ったが言ったところで信じてもらえるだろうか。頭のおかしい奴だと思われないか? おじいさんが会話の中で言ってたことがどんどんと繋がっていく。

 

「なあ、今から俺が考えたことを言うけど最後まで聞いてくれるか?」

 

「えっいいけど、どうしたの?」

 

「結論から言う。あのおじいさんはたぶん既に亡くなっている」

 

「えっ!」

 

「まあ、待て。ちゃんと説明する。俺がそう考えたのは最後のおじいさんの言葉だ。渚は石炭袋、サザンクロスって聞いたら何が思い浮かぶ?」

 

「うーん…特に何も思いつかないよ」

 

「そうなんだ、普通じゃ何言ってるんだろうで終わるんだ。でも宮沢賢治の銀河鉄道の夜を読んでたら話が変わってくる。銀河鉄道の夜を俺なりの解釈で簡単に説明すると"死後の世界へと旅立つ友達と旅をする"っていう話なんだ。話を戻すが"サザンクロス"、これは天上の世界のことだ。次に"石炭袋"、これは多くの解釈があるが俺は冥界へと続く深く暗い穴だと思っている」

 

「えっと…つまり、おじいさんは僕達に死ぬんじゃないよって忠告したってこと?」

 

「そうだ。『君達は』って言葉から察するに既に亡くなっている」

 

「そんな…僕達は幽霊と話してたってこと?」

 

「他にもまだ気付いたことがある。妻とはしばらく会ってないって言ってたがおかしくないか?人との繋がり、特に好きな人は大切にしろって言ってたおじいさんだ、別居の可能性は低い。そして友達が多いのも自慢とも言っていた、仮に亡くなっていると仮定した場合の話だが20年くらい前におじいさんのために友達が集まってくれたってのはおそらく葬式のことだ」

 

「そ、そんな…」

 

 渚は所々相槌を打っていたがついに茫然自失といった様子になっていた。俺だってこの話が真実だとは思いたくない。あんなに人のいいおじいさんなのに。だが渚に説明していく中で否定する材料がないということに気付いた。

 

「でも…いい人だったよね?呪いとか祟りとか、そういうのとは無縁そうな」

 

「…ああ。全て俺の妄想だといいんだけど」

 

「でも、話しかけても無視されること多いって…。それに人と話すのも久しぶりだとも言っていたよ…一年に一度しか会わないってひょっとしてお墓参りのことじゃ…」

 

「…」

 

 考えれば考えるほど不思議に思える。おじいさんは本当に幽霊だったのか、俺達は答えを出せない。出す術がない。だが――

 

「幽霊かどうかは置いておくとしておじいさんの言葉はその通りだと思ったよ。大切な人の話とか」

 

「そうだね、僕もそう思う」

 

「案外枯れ尾花かもな」

 

「かれおばな?」

 

「ああ、"幽霊の正体見たり枯れ尾花"っていう慣用句だよ。幽霊かと思ってよく見ると枯れたススキの穂で、実体を確かめてみると平凡なものだったって意味。まあ、今回は実体も何もわからないけど」

 

「だといいね」

 

「渚は幽霊が怖いか?」

 

「うん、それはそうだよ」

 

「俺は全く怖くないんだけど…どうしてか説明した方がいい?」

 

「せっかくだしお願い」

 

「これは小学生のときの話なんだが俺は夢枕に亡くなった人が立つっていうことを聞いたんだ。いや、何かの本で読んだんだっけ?まあ置いておくとして、家に帰って父さんに聞いてみたんだ。父さんは母さんの幽霊が枕元に現れたことがあるかって。父さんは笑いながらあるわけないよって答えたんだ。それで俺は続けて質問したんだ、どうして母さんは出てこないのかって。そうしたら父さんは笑ってるような悲しそうな、そんな顔で説明してくれたんだ。 『幽霊ってのは、どうしても何か言いたかったり、どうしても誰かと会いたかったりするから出てくるんだよ。死んだら、みんないつかはその人のこと忘れちゃうでしょ?でも幽霊は忘れてほしくないんだよ。母さんは、父さんや純一が母さんのことを忘れてないから出てこないだけだよ。だから、もし出てきたとしても、きっと思い出してほしいだけなんだ。大事な人を忘れてないか?ってね』 そう父さんは言ってた。だから俺は怖くなくなったんだ」

 

「確かにそう考えたら怖くないね」

 

「それにおじいさんは"遣らずの雨"の話をしてたろ?おじいさんはきっと俺達と話をしたくて雨を強くして公園に引き止めたんじゃないかな」

 

「そうだね…、そうに決まってる」

 

「この事は俺と渚だけの秘密にしようぜ、きっと信じてもらえないだろうし」

 

「変に話が広がってもおじいさんに迷惑がかかるだろうしね」

 

「じゃあ俺はこっちだから。明日また学校で」

 

「じゃあね、南雲君」

 

 渚と別れたあと俺はおじいさんがなぜ俺達を呼び止めたのかを考えたがこれこそ枯れ尾花のように難しくもなく単純なことだと思った。

――きっとおじいさんは寂しかっただけなんだ。




銀河鉄道の夜についての解釈は作者のものですのでこれが全てではないです。色々な解釈が多数存在します。

ドラえもんで有名な"藤子・F・不二雄先生"はSFのことを
S=少し
F=不思議
と略していて本来の意味であるサイエンスフィクションではなくありふれた日常の中に紛れ込む非日常的な事象として描いています。今回の話も少し不思議を意識して書きました。
ちなみにおじいさんのモデルは実在します。作者が小学生の時に通学路の途中にある公園に雨の日だけいるおじいさんがいたんですが、その事を思い出したときにこの話を思い付きました。実際は犬が一緒にいたので散歩の途中で休憩をしていただけだと思います。


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第14話 師匠と克服の時間

飲み会シーズンなので予約投稿の恩恵がかなり感じられます。



「――今の映像を見たらわかったでしょ?サマンサとキャリーのエロトークの中に難しい単語は1コもないわ。日常会話なんてどこの国でもそんなもんよ。周りに1人はいるでしょう?"マジすげぇ"とか"マジやべぇ"だけで会話を成立させるやつ。そのマジでにあたるのがご存知"really"、木村言ってみなさい」

 

 ビッチ先生の英語の授業は海外ドラマを主として教材にすることが多く、ドラマ内の会話から実践的な英語を学んでいく。

 

「リ、リアリー」

 

「はいダメー、LとRがゴチャゴチャよ。LとRは発音の区別がつくようになっときなさい、私としては通じるけど違和感あるわ。言語同士で相性の悪い発音は必ずあるの。韓流スターは"イツマデモ"が"イチュマデモ"になりがちでしょ。相性が悪いものは逃げずに克服する!これから先、発音は常にチェックしてるから。LとRを間違えたら…公開ディープキスの刑よ。じゃあ今の教えを踏まえて南雲言ってみなさい」

 

「really」

 

「あら、やっぱりあんた発音いいわね。ご褒美にキスしてあげる」

 

 なんですと?

 

「いや、いいです」

 

「遠慮することないわよ。ほら早く」

 

「キスって発音間違えたらじゃないんですか」

 

「発音を間違えたらもちろんするわ。でもこれはご褒美のディープキスよ」

 

「ちょっとよくわかりません」

 

「もう!来ないならこっちから行くわよ!」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「あっビッチ先生ほら!授業終わったよ!」

 

「くっ。タイミングがよかったわね、今回は見逃すわ」

 

 ふぅ、事なきを得た。

 授業が終了したのでビッチ先生はぶつくさと文句を言いながら教材を持って職員室へと戻っていった。

 

「しっかしヒワイだよな、ビッチ先生の授業は。下ネタ多いし。アレ中学生が見るドラマじゃねーだろ」

 

「でもわかりやすいよ、海外ドラマは良い教材だって聞いたことあるし」

 

「確かに。それに潜入暗殺が専門だから話術も上手いし間に挟む経験談も聞いてて飽きないしな」

 

「たださ」

 

「「ただ?」」

 

「正解してもどっちみち公開ディープキスなんだね…」

 

「ほぼ痴女だからな、あの先生」

 

 ビッチ先生は芸能人以上に美人なんだが、いかんせんあの中身だからな。これで中身が伴ってたら偉い評判になっただろうに。

 

「南雲君、僕と杉野はもう帰るけど一緒に帰る?」

 

「いや、今日は帰りに寄るところがあるから。誘ってくれててんきゅな」

 

「わかったよ。そう言えば南雲君ってサンキューのことてんきゅって言うよね、なんで?」

 

「あっ確かに」

 

「うーん…何でだろ。気付いたら根付いてたんじゃね」

 

「あはは、口癖ってそういうもんだからね。じゃあまた明日」

 

「じゃあな、純一」

 

「さいなりー」

 

 さて俺も荷物をまとめて帰るか。

 

「南雲さん!相談があります!」

 

「どーしたー律」

 

「皆さんが帰ってしまわれたらお話しすることができなくてネットサーフィンしかやることがないんですがどうすればいいでしょうか?」

 

 ネットサーフィンって…。だから最近色々と流行の言葉とかも覚えているのか。

 

「そうだな、ラインって知ってるか?」

 

「はい、SNSの一種ですよね」

 

「そうそう、まずはラインを始めよう。俺がグループに招待すればクラス全員の連絡先もわかるし個人チャットもできるしな」

 

「わかりました!さっそく取りかかりますね!」

 

「ほいほい。…これが俺の連絡先ね」

 

「ありがとうございます。…南雲さんの設定しているこの画像はどこの場所ですか?」

 

「ああ、修学旅行で泊まった旅館の入口だよ。寂れてて風情があるだろ?」

 

「修学旅行ですか…私も行きたかったです…」

 

「たぶん卒業旅行とかあるだろうしその時までお預けじゃないか?」

 

「そんな…!それに旅行だと私はお留守番じゃないですか」

 

「うーん…そんなこと言ったってなぁ」

 

「外出方法計算…自己計算フェイズ5-28-02に移行…38通りの方法を算出…38通り中クラス全員とより親密になれる方法…1通り。南雲さん!素晴らしい方法を思い付きました!」

 

 えっなに、このコ今自分の演算能力を暗殺とは無関係なことにフル活用したの?

 

「全員の携帯に私の端末をダウンロードするんです!そうですね…"モバイル律"と呼称しましょう。モバイル律があればみなさんの携帯のカメラから私は外の景色を見ることが可能になりますし、何より皆さんとの距離がグッと近くなります!どうでしょう?」

 

 そうだね、距離は物理的に近くなるね。まあ、でも気軽に外出することができない律にとってモバイル律は願ったり叶ったりの機能だろうな。

 

「ああ、いいと思うよ。さすが律だな」

 

「えへへ、ではさっそく準備に取りかかりますね!」

 

「了解、じゃあ俺はこの後用事あるし帰るから。また明日」

 

「さようなら、気を付けてお帰りください!」

 

 

 

 

 翌日。今日は1時間目から体育で烏間先生のナイフ術の授業だがいつもと様子が違う。

 

(狙ってる…)

 

(狙ってるぞ)

 

(((なんか狙ってるぞ!)))

 

 木の陰からこちらの様子を窺うようにビッチ先生と…誰だろう?外人のおじさんがナイフ片手に見ている。誰もなぜかを聞かないのでしびれを切らしたのか倉橋が烏間先生に尋ねる。

 

「先生、あれ…」

 

「気にするな、続けてくれ。…と言っても気になるし集中できないだろうから説明する。昨日の放課後にイリーナの師匠であるあそこにいる男性が訪ねてきた。名前はロヴロ、通称"殺し屋屋"だ。腕利きの暗殺者だったが現在は名前の通り暗殺者を斡旋している。用件はイリーナのこの教室から撤収だが殺せんせー(アイツ)が反対し紆余曲折の結果"殺し比べて俺を先に殺した方が勝ち"ということになった。具体的には模擬ナイフを俺に先に当てた方の勝ちとのことだ。迷惑な話だが君等の授業に影響は与えない、普段通り過ごしてくれ」

 

 苦労が絶えないな、烏間先生は。肩揉みとかしてあげたほうがいいのだろうか。

 

「今日の体育はこれまで!解散!」

 

「「「ありがとうございましたー」」」

 

「カラスマ先生~」

 

 なんだこの猫撫で声は。クラス全員が声をしたほうを見る。

 

「おつかれさまでしたぁ~。ノド渇いたでしょ?ハイ、冷たい飲み物!」

 

「「「…………」」」

 

 烏間先生を含めクラス全員言葉を失う。見知った相手に色仕掛けはいくらなんでも意味ないでしょ。

 

「ホラ!グッといってグッと!美味しいわよ~」

 

(なんか入ってる)

 

(絶対なんか入ってるな)

 

「はぁ。おおかた筋弛緩剤だな、動けなくしてナイフを当てる。…言っておくがそもそも受けとる間合いまで近寄らせないぞ」

 

「あ、ちょっと待って。ここに置くから…、あっ」

 

 するとビッチ先生はズルッ、ベシャッとリズム良く滑って転んだ。トムとジェリーみたいなコケ方をしたなと思った。

 

「いったーい!おぶってカラスマおんぶ~!」

 

 色仕掛けダメなら駄々っ子かい、暗殺の幅よ。ビッチ先生を見かねたのか磯貝と三村が起きるのに手を貸しに行く。

 

「ビッチ先生…」

 

「さすがにそれじゃ俺等だって騙せねーよ」

 

「仕方ないでしょ!顔見知りに色仕掛けとかどうやったって不自然になるわ!キャバ嬢だって客が偶然父親だったらぎこちなくなるでしょ!?それと一緒よ!」

 

(((知らねーよ!)))

 

「…でもまずいわ。一刻も早く殺さないと」

 

「ビッチ先生。あの…ロヴロ?って人はそんなに凄いんですか?」

 

「ええ、師匠(センセイ)は凄腕なのよ。その気になれば一瞬で相手を仕留めてしまうわ。それに私に決定的に足りないものを持っているわ」

 

「「足りないもの?」」

 

「卓越した技の精度とスピードよ。そりゃ私だってプロだから射撃に関してはあんた達やタコにいつもやっているように命中させたりわざと外すくらい訳ないわ。でも仕留め損ねたときの決定打にかけるの、だからこそ私の暗殺スタイルは潜入・接近なのよ。」

 

 いつもビッチ先生は俺等にいじり倒されているが本業は殺し屋、客観的に見ることで自分の能力を把握している。ビッチ先生の自己分析・評価を聞いた俺達はビッチ先生のプロとしての顔を垣間見た気がした。

 

「…でも、だからと言ってそれが諦めることにはならないわ。アンタ達に偉そうに苦手を克服しなさいって言ってる私がこの暗殺を投げ出すわけにはいかないわ。それに…先生も辞めたくないし」

 

 そうだ、E組の中で俺だけが知っていることがある。放課後に烏間先生と訓練をしていたときにビッチ先生を見かけたのだ。それは生徒達には絶対に見せない隠れた努力だった。

 ふとビッチ先生と目が合った。俺が考えていたことがわかったのか、柔らかく笑うとそのまま職員室へと戻っていった。

 

 

 

 

 午前の授業も終わり俺達は昼食をとっている。

 

「渚君に南雲、見てみあそこ」

 

 カルマに声をかけられ一緒に弁当を食べていた俺と渚と茅野は外を見る。

 

「…ああ、烏間先生ってよくあそこでご飯食べてるよね」

 

「しかも大抵ハンバーガーかカップ麺だよな」

 

「その烏間先生に近付いてく女が1人。殺る気だよ、ビッチ先生」

 

 するとその様子に気付いたのかE組全員が教室の窓に張り付いてビッチ先生の暗殺を見守る。

 声は聞こえないが何をしているのかは大体わかる。今は烏間先生に上着を脱いで色仕掛けをしている。

 

「烏間先生には色仕掛けは通じないんじゃないかなー…」

 

「うん、でも正面からいっても防がれるよね?」

 

「でも色仕掛けはなー…」

 

 一見したらただの色仕掛けだ、しかし実際は違う。

 烏間先生とビッチ先生はなにか話しているのか少し間が空いたあとにビッチ先生が一歩、また一歩と距離を積める。それと共に烏間先生の警戒が強まるのが見て取れる。

 しかし次の瞬間、予想もしないことが起きた。ビッチ先生が腕を素早く引いたかと思うと脱いだ上着が烏間先生が背中にしている木を支点として動いて烏間先生の脚を払ったのだ。

 そう、これがビッチ先生の見えない努力である"ワイヤートラップ"だ。誰にも知られたくなかったのかE組校舎から離れたところで行っていたので当然烏間先生も知らない。

 罠にはまり対応が遅れた烏間先生を追撃するビッチ先生。ついにはマウントポジションを取った。

 

「すげー!」

 

「うおお!烏間先生の上を取った!」

 

「やるじゃんビッチ先生!」

 

 格闘技の試合の観戦客のように一挙一動盛り上がるE組の面々。ビッチ先生もプロだが烏間先生もプロ。そんな2人の模擬暗殺が面白くない訳がない。

 マウントポジションを取ったビッチ先生は流れるようにナイフで烏間先生に止めを刺しにいく――決まったか!?…いや烏間先生が防いでいる。しかし膠着状態が数秒続いたかと思うとビッチ先生のナイフが烏間先生に当たる。

 

「当たった!」

 

「すげぇ!」

 

「ビッチ先生残留決定だ!」

 

 俺はビッチ先生が言っていた言葉を思い出していた。

 "苦手を克服しなさいって言ってる私がこの暗殺を投げ出すわけにはいかないわ"

 本校舎の先生達は授業の中で出来ないなら出来るまでやれとか言うだけで具体的なことは何も示してくれなかった。だがビッチ先生は違った。決定打に欠けていると言っていた自分の暗殺の欠点を補うように技術を磨いていた。今回のワイヤートラップについては俺しか知らなかったことだが、これからクラスのみんなもビッチ先生の苦手なものでも一途に挑んで克服していく姿を目にするだろう。

 それを見て挑戦をすることを学べば俺達に今まで以上の向上心が生まれ、暗殺のみならず勉強のレベルも上がっていくと思った。

 卑猥で高慢。けれど真っ直ぐ。ビッチ先生は俺達E組の自慢の英語教師だ。

 

 

 

 

 ~放課後~

 

「俺の攻撃を防ぐことが出来てきたな。やはり筋が良い」

 

「防ぐだけだったら確かに大丈夫になってきました。でも反撃したら烏間先生に防がれたあとに必ずカウンターを食らっちゃうのでそこが駄目ですね」

 

「ふっ。俺の攻撃を防ぐなんて並みの一般人ならできない、君は誇っていい。…そうだな、俺がアドバイスするとしたら攻撃と防御は表裏一体だ。2つに分けて考えないことだ」

 

「攻撃は最大の防御ってことですか?」

 

「考えとしては間違っていないが少しニュアンスが違うな。確かに攻撃をしている間は相手が防御してくるから同時に防御をしていることにもなる。でもそこでカウンターを合わせられたら?防御を頭に入れていないと対応できず不意の一撃を食らうことになる。心がそのどちらかにとらわれれば負ける。…ある古人の言葉を借りるなら"水になれ"、だな」

 

 …どういうことだ?

 

「すみません、よくわからないです。なんとなく言いたいことはわかるんですけど…」

 

「言葉全てを言うならば…『心を空っぽにして、形も捨てて水のようになれ。水をコップに注げば水はコップとなるし、水をティーポットに注げば水はティーポットになる。水は流れることも出来るし、激しく打つことも出来る。だから友よ、水になるんだ』そうブルース・リーは言葉を残したそうだ。つまり形にこだわることなく流れに身を任せるようにするべきってことだ。例えば見るという行為。見るともなく全体を見る、それが見るということだ。南雲君、わかったか?」

 

「個にとらわれず臨機応変に対応するっていうことで大丈夫ですか?」

 

「ああ、その認識で概ね間違っていない。ここらで一度休憩にするか」

 

 放課後の烏間先生との防御術の訓練は始めは稽古のようにやっていたが、俺のレベルが上がってきたからか最近は模擬戦闘というか組手のような形となっている。おかげで授業では烏間先生にナイフを多く当てることが出来ているが、プロと一般人のレベルの差、もっと言うならば生きている世界の違いを実感する。

 休憩中に色々と考えていると今日のヒーローがやって来た。

 

「あら、今日もカラスマと訓練してるのね」

 

「ハイ、自分から頼んだことですので」

 

「ふーん、カラスマも教えるの満更でもない感じだしアンタ達って人としての相性がいいのかもね」

 

「そうなんですかね」

 

「きっとそうよ。それとアンタって基本的に敬語よね、みんなといるときは普通にいじってくるのに二人きりとか個人的なことになると一歩引いて接してるような。なんで?」

 

「なんでって…うーん…。たぶん尊敬の気持ちがあるからだと思います。みんなといるときは一緒にばかやったりビッチ先生のこといじったりできるけど、個人での関わりとなるとその人の意思というか立場を尊重しないとって考えるからだと思います」

 

「ふーん、やっぱり日本人ね。何となくわかるけど外国人としてはわからないわ」

 

「文化の違いってやつですかね。それよりビッチ先生今日は大活躍でしたね」

 

「そうなのよ!本当はワイヤーアクションはあのタコに決めたかったけどアイツにはバレてたし、カラスマに決まってよかったわ。…それより、私の見えない努力についてクラスのみんなに言ってくれた?」

 

「えっ」

 

「えって…アンタまさか…」

 

「ビッチ先生が言うなって言ってたので誰にも言ってないですよ」

 

「なんで言わないのよ!アンタが言うことでクラスのみんなから尊敬されると思ってたのに!」

 

 えぇー…そんな理不尽な。

 

「だって言うなって…」

 

「それは言葉の綾よ!女心が全くわかってないわね~。これだから無自覚でモテる男はダメね」

 

 女心関係なくね?と思ったがここでツッコミを入れたらもっと言われると思ったのであえて何も言わなかった。

 

「全く、次は頼むわよ。…あ、あとこれ。アンタ訓練で疲れてるでしょ?これ差し入れよ」

 

 そう言ってビッチ先生は水筒を差し出してきた。飲み物もなくなったのでありがたくもらう。

 

「ビッチ先生ありがとうございます。やっぱさすが、デキる女性は違いますね」

 

「でしょでしょ!」

 

 ビッチ先生は腰に手を当て誇らしげにしている。そんなビッチ先生を見ながら俺は水筒の蓋兼コップに中身を注いで飲む。…なんか苦い。

 

「このお茶なんか苦いんですけど体にいいやつですか?」

 

「あーそれは麦茶に筋弛緩…あっ!!」

 

 時すでに遅し。プロ御用達の筋弛緩剤だからか即効性が違う。

 

「ちょっと南雲!アンタ気合いで動きなさい!カラスマが来たら何を言われるか…」

 

「俺ならもう既にいるぞ」

 

 ビッチ先生の背後には烏間先生が立っていた。このあとビッチ先生には当然雷が落ち俺はVIP待遇で家へと送り届けられた。




もう1年の1/3が終わりますね。4月から新生活始まる人は頑張りましょう。そうでない人も頑張りましょう。作者も頑張ります。
ただ頑張りすぎると張った糸が切れるようにモチベーションの糸が切れるらしいので息抜きも忘れずやっていきましょう。”目標の階段を上がっていないように見えても実は螺旋階段で確実に上がっているから大丈夫”っていうセリフを何かの漫画だか小説で見たのを覚えています。タイトルが思い出せないですが。


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第15話 転校生の時間 その2

4月から良いスタートを切るために体調管理に気を付けましょう。


「みなさんおはようございます」

 

「「「おはよーございます」」」

 

「烏間先生から転校生が来ると聞いてますね?」

 

「あーうん、まぁぶっちゃけ殺し屋だろうね」

 

 始業の挨拶を終え前の席の前原と殺せんせーは話している。昨日の夜に烏間先生から律の時と同様に転校生が来るというメールが届いた。

 

「律さんの時は少し甘く見て痛い目を見ましたからね、先生も今回は油断しませんよ。いずれにせよ、みなさんに仲間が増えるのは嬉しいことです。生憎天気が悪いのが残念ですが元気よく来てくれるでしょう」

 

「そーいや律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

 

「はい、少しだけ。初期命令では私と『彼』の同時投入の予定でした。私が遠距離攻撃で彼が肉迫攻撃、2人で連携して殺せんせーを追いつめると。ですが…2つの理由でその命令はキャンセルされました」

 

 その2つの理由とは、

・彼側の調整に予定より時間がかかったから

・律が彼より暗殺者として圧倒的に劣っていたから

――ということらしい。

 殺せんせーの指を飛ばした律がその扱いって…一体どんな怪物なんだ。体に七つの傷があるのかそれとも魔界の謎を喰い尽くした魔人か。とにかく只者ではないだろう。

 すると勢いよく教室の戸が開かれた。一歩一歩雪の道を確実に踏みしめるかのように白装束の人が入ってきた。なるほど、これは只者じゃなさそうだ。

 男は手を顔の高さくらいまでスッと上げるとポンっと鳩を出してきた。前列にいる生徒たちでなく全員がビクッと体を震わせた。ちなみに俺は後ろの席にいるからかイマイチよく見えなかったので驚かずに済んだ。

 

「ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ。私は保護者、…まぁ白いし”シロ”とでも呼んでくれ」

 

「…いきなり白装束で来て手品やったらビビるよね」

 

 あれ?殺せんせーはどこだ?クラス中が同じことを考えたのかみんなキョロキョロとしていると誰かがあっと言って天井を見る。

 

「「「ビビってんじゃねえよ殺せんせー!!」」」

 

「しかも奥の手の液状化まで使ってるよ…」

 

「…いやぁ、律さんがおっかない話をするもので」

 

 噂に踊らされてるし…、気持ちはわからないでもないけども。ちなみ液状化とは奥田が作った薬を飲むことによって変身することができる殺せんせーの奥の手である。例えるならばチョッパーのランブルボールだな。

 

「はじめましてシロさん、それで肝心の転校生は?」

 

「はじめまして殺せんせー。ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね、私が直接紹介しようと思いまして」

 

 なんか掴み所がない人だなぁという印象を受ける。話し方もキャラもなんとなく作ったような感じがするし。

 

「しかしみんな良い子そうだなぁ、これならあの子も馴染みやすそうだ。席はあそこでいいんですよね、殺せんせー」

 

「ええ、そうですが」

 

 席の位置は俺とカルマの間で奥田の後ろだ。男子と女子の人数の関係で女子列となる。

 

「おーいイトナ!入っておいで!」

 

 さてどんなやつなんだろうか。律が彼と言っていたから男は確定だ。E組にはまだかまだかという空気が流れている。

 するとゴシャッという鈍い音と共に俺達と同じくらいの年齢の男子が入ってきた。

 

(((ドアから入れ!!!)))

 

「俺は…勝った。この教室のカベよりも強いことが証明された。それだけでいい…」

 

 いや、よくない。せっかく雨漏りがしなくなったのに壁を壊すなんて。鵜飼さんの仕事が増えちゃうだろうが。それにしても――

 

(((なんかまた面倒臭いの来やがった!)))

 

 殺せんせーもリアクションに困ってるし。幼稚園児が書くような中途半端な顔になっちゃってるよ。

 

「堀部イトナだ、名前で呼んであげてください。それと私は少々過保護でね、しばらくの間彼のことを見守らせてもらいますよ」

 

 …なんかきな臭いな。白装束の保護者に話が読めない転校生、今まで以上にひと波乱ありそうだ。

 

「ねぇイトナ君、ちょっと気になったんだけど。今外から手ぶらで入ってきたよね。外はどしゃ降りの雨なのになんでイトナ君一滴たりとも濡れてないの?」

 

 カルマがそう尋ねたがたしかにその通りだ、髪はおろか衣服すら濡れていない。イトナはE組全体をキョロキョロと見回したあとカルマに向かって言葉を投げ掛ける。

 

「……お前はたぶんこのクラスで2番目に強い。けど安心しろ。俺より弱いから…俺はお前を殺さない。…そして1番強いのはお前だ」

 

 イトナは俺を指差して言う。人を指差すなよ、人差し指合わせてETに仕立てあげるぞ。

 

「だがお前でも俺より弱い。…俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれない奴だけ。この教室では殺せんせー、あんただけだ」

 

「強い弱いとはケンカの事ですか、イトナ君?力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ。それに強さとは肉体に対してのみ使う言葉ではありません」

 

「立てるさ、だって俺たち『血を分けた兄弟』なんだから」

 

「「「兄弟ィ!?」」」

 

 このきょうだいとは顔や姿をうつし、化粧をするための鏡を取り付けた台でもなく橋の両端で橋をささえる部分のことでもない。同じ親の持つとかそっち方面の兄弟のことだろう。当然だが。

 

「負けた方が死亡な、兄さん。小細工は要らない、お前を殺して俺の強さを証明する。放課後にこの教室で勝負だ。――それと、今日があんたの最後の授業だ。全員にお別れでも言っておけ」

 

 そう言うとイトナは教室を出ていった。ここぞとばかりにみんなが質問攻めをする。

 

「兄弟ってどういうこと!?」

「人とタコで全然違うけど!?」

「ちゃんと説明して!」

 

「いやいやいや!全く心当たりありません!先生生まれも育ちもひとりっ子ですから!両親に弟が欲しいってねだったら家庭内が気まずくなりました!」

 

 そもそも親とかいるのか?ツッコミどころ満載な解答が返ってきたな。

 

 

 

 

 昼休みとなり俺達は昼食を取っているが俺達の視線はイトナと殺せんせーに釘付けとなっている。

 

「すごい勢いで甘いモン食ってんな、甘党なところは殺せんせーとおんなじだ」

 

「それと表情が読みづらいところとかな、顔色は変わるのかな?」

 

「兄弟疑惑で皆やたら私と彼を比較しているのでムズムズしますねぇ。気分直しに今日買ったグラビアでも見ますか、これぞ大人の嗜み」

 

 そう言って殺せんせーはグラビアもといマガジンを取り出す。巻頭のグラビアを大人の嗜みつて言われてもなぁ。チラとイトナを見るとイトナも殺せんせーと同じ雑誌を机上に広げていた。

 

「こ、これは俄然信憑性が増してきたぞ」

 

「そうか?岡島」

 

「そうさ!今週の巻頭グラビアの後田寒子は巨乳なんだ!巨乳好きは皆兄弟だ!!」

 

 そう言って岡島は2人と同じ雑誌を鞄からの取り出す。その理屈でいうと3人兄弟ということになるがいいのか?

 

「もし本当に兄弟だとして…何で殺せんせーはわかってないの?」

 

「うーん、きっとこうよ」

 

 そう言うと不破は得意気に語り始める。

 

「舞台は戦争がやまない国よ、そしてついには二人の兄弟が住む村にまで敵軍が侵略してくるの!敵軍の猛攻から兄の殺せんせーは弟を庇って生き別れるのよ!――で、成長した2人は兄弟と気付かず宿命の戦いを始めるのよ」

 

「うん…で、どうして弟だけ人間なの?」

 

「それはまぁ…突然変異?」

 

「肝心なとこが説明できてないよ!もっとプロットをよく練って不破さん!」

 

 茅野と不破の会話を聞きながらイトナを見ると目が合った。なんかこのままなのも気まずいので話しかけることにした。

 

「甘いもの好きなようだけどどれが一番好きなんだ?」

 

「…ルマンドだな。味だけでなく食感もいい」

 

「たしかにうまいよな。あっブラックサンダーもらっていい?」

 

「…構わない」

 

「てんきゅ」

 

 兄弟のことを語るなら過去について触れざるを得ないので、殺せんせーの隠している過去がわかるかもしれない。イトナは一体俺達に何を見せてくれるのだろうか。

 

 

――

 

 

 放課後となり俺達はシロに指示され机を教室の真ん中を囲うように移動させた。まるで机のリングだ、試合のような暗殺なのか?

 

「ただの暗殺は飽きてるでしょ、殺せんせー。リングの外に足が着いたらその場で死刑ってルールはどうかな?」

 

 シロの提案に友人がぼやく。

 

「負けたって誰が守るんだよそんなルール」

 

「いや…そうでもないぞ」

 

「ああ。皆の前で決めたルールを破れば"先生として"の信用が落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

「…いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君、観客に危害を与えた場合も負けですよ」

 

「では合図で始めようか」

 

 そう言うとシロが腕をあげる。

 

「暗殺……開始!」

 

 腕を陸上の審判のように振り落とすと同時に暗殺が始まる。

 "一閃"という言葉が相応しいかもしれない。開始と同時に殺せんせーの腕は切り落とされた。しかし俺達の目は切り落とされた腕ではなくただ一ヶ所に釘付けになった。

 

「「「触手!?」」」

 

 イトナの頭もとい髪から触手が生えていて生きてるかのように操っている。それと同時に納得もする、全部触手で弾けるから雨の中手ぶらでも濡れなかったのかと。

 

「…………どこだ」

 

 空気が変わった。どす黒い殺気を感じ思わず身震いした。

 

「どこでそれを手に入れたッ!その触手を!!」

 

 殺気の正体は殺せんせーだった、顔色はどす黒く色を変えて激しく怒っていることが一目瞭然だ。

 

「君に言う義理はないね殺せんせー、だがこれで納得したろう。両親も育ちも違う、だが…この子と君は兄弟だ」

 

「……どうやらあなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

 

「聞けないよ、死ぬからね」

 

 そう言った白は腕をスッとあげ服の隙間から眩しい光を照射した。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると君の細胞はダイラタント挙動を起こし、一瞬全身が硬直する。全部知っているんだよ、君の弱点は全部ね」

 

「死ね、兄さん」

 

 イトナはシロの光線の照射に合わせて触手で激しく攻撃を仕掛ける。見た感じ殺せんせーはそれを防げてはいない。…まさか殺ったのか?いや、上だ。脱皮をして逃げたのか。

 

「脱皮か…そういえばそんな手もあったっけか。でもね殺せんせーその脱皮にも弱点があるのを知っているよ」

 

 シロはそのまま弱点を続々と解説していく。

・脱皮直後は見た目よりもエネルギーを消費するのでスピードが低下する

・再生直後も同様に体力を使うのでスピードが低下する

・特殊な光線を浴びると硬直する

 

 それだけではない、俺達が見つけた"テンパるのが意外と早い"などの弱点も今の暗殺では露骨に現れている。

 

「お、おい…これマジで殺っちゃうんじゃないか」

 

 誰かが言った、だがそんな言葉すら頭には入ってこなかった。たった今殺せんせーの触手が2本切り落とされたのだ。

 

「フッフッフッ。これで脚も再生しなくてはならないね、なお一層体力が落ちて殺りやすくなる」

 

「…安心した。兄さん、俺はお前より強い」

 

 殺せんせーが追い詰められ地球が救えるというところまできている。…なのに、どうして俺は悔しく感じているんだろう。後出しジャンケンのように次々出てきた殺せんせーの弱点、本当ならそれは俺達がこの教室で見つけたかった。悔しい理由はそれだけではない。烏間先生やビッチ先生、そして何より殺せんせーから教わった技術で俺達"E組"の手で殺したかった。

 俺と同じ思いなのか隣に立っている渚は対殺せんせーナイフを強く握りしめている。

 

「脚の再生も終わったようだね、次のラッシュに耐えられるかな?」

 

「…ここまで追い込まれたのは初めてです。一見愚直な試合形式の暗殺ですが、実に周到に計算されている。あなた達に聞きたい事は多いですが…まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」

 

「まるで負けダコの遠吠えだね」

 

「…シロさん、この暗殺方法を計画したのはあなたでしょうが…ひとつ計算に入れ忘れてる事があります」

 

「無いね。殺れ、イトナ」

 

 イトナが触手で再度攻撃を仕掛ける。がしかし、イトナの触手は溶けていた。なぜ?

 

「おやおや、落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

 手に持ったハンカチをヒラヒラとさせながら殺せんせーは笑っている。落とし物って一体――床に…対殺せんせーナイフ!?

 

「えっ、あ!」

 

 横では渚がナイフが手元から無くなっているのに気付いたのか声をあげている。渚のナイフをイトナの攻撃に合わせて床に置いたのか、いつの間に。

 殺せんせーは脱皮した皮で動揺して動けなくなってるイトナを包み込むとそのまま外へと投げ捨てた。外のどしゃ降りの雨が止んでいたことに気が付かないくらい二人の戦いに意識を奪われていたことに気付く。

 

「同じ触手なら対先生ナイフが効くのも同じ。そして触手を失うと動揺するのも同じですね。今、君の足はリングの外に着いている。先生の勝ちですねぇ、ルールに照らせば君は死刑。もう二度と先生を殺れませんねぇ」

 

 殺せんせーの言葉に気を悪くしたのかイトナの顔が大きく歪む。

 

「生き返りたいならこのクラスで皆と一緒に学びなさい。性能計算ではそう簡単に計れないもの、それは経験の差です。君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはね、それを君達に伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ…君は私に勝てませんよ」

 

「勝てない?弱い?俺が…?」

 

 言葉に気を悪くしたのではない。あれは自分の弱さに腹を立てている感じだ。

 顔だけでなく体全体で怒りを表しているイトナ、触手もどす黒く変色している。外からひとっ飛びで教室に舞い戻ったイトナはそのまま殺せんせーに襲いかかる。飛びかかろうとした瞬間イトナの首もとに何か撃ち込まれたのが見えた。

 

「すいませんね、殺せんせー。どうもこの子は…まだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。転校初日で何ですが…しばらく休学させてもらいます」

 

 そう言ったシロはイトナを担いで教室を出ていこうとする。

 

「待ちなさい!担任としてその生徒は放っておけません、一度E組に入ったからには卒業するまで面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞きたいことがやまほどある」

 

「嫌だね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」

 

 尚も教室から出ていこうとするのをやめないシロに殺せんせーは肩を掴もうとして制止を促すが触手が溶け叶わないこととなった。

 

「対先生繊維、君は私に触手一本触れられない。責任持って私が家庭教師を務めた上ですぐに復学させるよ、殺せんせー」

 

 そう言ってシロは去っていった。取り残された俺達は誰が言うでもなく机を片し始めたら。

 

 

 

 

 俺達が机を片付けている最中殺せんせーはずっと両手で顔を覆って何か小声で言っている。俺は気にせず片付けを続行していたがついに片岡が殺せんせーに話しかける。

 

「何してんの、殺せんせー」

 

「シリアスな展開に加担したのが恥ずかしいのです、先生どっちかと言うとギャグキャラなのに」

 

「「自覚あるんだ!」」

 

「カッコ良く怒ってたね~『どこでそれを手に入れたッ!その触手を!』」

 

「いやああ言わないで狭間さん!改めて自分で聞くと逃げ出したい!」

 

「…ねぇ、殺せんせー。説明してよ」

 

「あの2人との関係を」

 

「先生の正体いつも適当にはぐらかされてたけど…」

 

「あんなの見たら聞かずにいられないぜ」

 

「私達生徒には先生の事よく知る権利があるはずでしょ」

 

 今までそれとなく聞いても煙に巻かれてたが今回のような事があっては誤魔化せない。殺せんせーも観念したのか立ち上がって重々しく口を開く。

 

「……仕方ない、真実を話さなくてはなりませんねぇ。実は、先生…………人工的に造り出された生物なんです!」

 

 …うん、で?

 

「だよね、で?」

 

「にゅやッ反応薄っ!これ結構衝撃告白じゃないですか!?」

 

「…つってもなぁ、自然界にマッハ20のタコとかいないしな」

 

「宇宙人でもないならそん位しか考えられないし」

 

「それであのイトナ君の弟だと言ってたから…」

 

「先生の後に造られたと想像がつく」

 

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの?イトナ君の触手を見て。…殺せんせーはどういう理由で生まれてきて何を思ってE組に来たの?」

 

 渚が全員の気持ちを代弁してくれた。クラスに沈黙が訪れる。

 

「…………残念ですが、今それを話したところで無意味です。先生が地球を爆破すれば皆さんが何を知ろうが全て塵になりますからねぇ」

 

 そうだった、殺せんせーは先生である前に超破壊生物だった。平和で淡々と濃密に流れていく日々の中で俺達が忘れていた事実を殺せんせーは突きつけてきた。

 

「逆にもし君達が地球を救えば、君達はいくらでも真実を知る機会を得る。もうわかるでしょう?知りたいなら行動はひとつ、殺してみなさい。暗殺者と暗殺対象、それが先生と君達を結びつけた絆のはずです。先生の中の大事な答えを探すなら…君達は暗殺で聞くしかないのです。質問がなければ今日はここまで、また明日」

 

 そう言って殺せんせーは教室を出ていく、質問は当然なかった。俺達はここでは殺し屋だ、銃とナイフで答えを探し殺せんせーに問わなければならない。

 

「…なぁみんな、俺が考えたことを聞いてくれないか?」

 

 磯貝が口を開く。俺達が無言で頷くと話を続ける。

 

「今日までさ、"誰かが殺せんせーを殺すだろ"って他人事だったけど今回の事を見て思ったんだ。"他の誰でもない俺達の手で殺したい"って。俺達が何のために頑張ってたのか、殺せんせーが一体何者なのか、限られた時間で殺れる限り殺りたい。殺せんせーを自分達の手で殺して、自分達の手で答えを見つけたい」

 

 俺達は再度無言で頷く。

 

「だからさ、烏間先生にもっと暗殺の技術を教えてもらえるようにお願いしにいかないか?」

 

「…いいと思う」

 

 最初に口を開いたのは片岡だった。

 

「私は磯貝君の意見に賛成だけど、みんなはどう?」

 

「賛成~!」

 

「俺も」

 

「私も」

 

 次々に同調の声が上がる。磯貝はありがとうと言い言葉を続ける。

 

「実はさ、南雲が放課後に烏間先生に教えてもらってたの見てたんだ。だからさ、南雲を始めとして一人一人が意識を変えていけば暗殺の成功確率はもっと高くなると思うんだ。だから、今からお願いしに行こう」

 

 俺はそれは違うと言いたかった。俺が烏間先生から教えを受けていた理由は怪我をしたくなかったからだ。でもここで俺がそれを言ってしまうと水を差すことに繋がると思ったので俺も士気を上げるために磯貝の話に言葉を繋げる。

 

「言うなって言われてたから言わなかったけど、俺も言うよ。放課後に俺より頑張ってた人がいたんだ、ビッチ先生だよ。みんなもこの間のワイヤートラップ見たろ?あれってビッチ先生が放課後ずっと練習していたんだ」

 

「「「へぇ~」」」

 

 ビッチ先生これでいいですか?と心の中で呟く。

 

「よし、じゃあ烏間先生が外にいるし、みんな行こう!」

 

 磯貝を先頭に皆が烏間先生の下へと向かう。

 椚ヶ丘中学校3年E組は暗殺教室。雨も止んで、始業のベルは明日も鳴る。殺せんせーを暗殺すること、それこそが全ての答えと繋がっている気がした。




オクトパストラベラーが楽しみで早く7月にならないかなと思っています。
北海道の桜開花は大体GWなので入学式などのときは咲く兆しすら見せてません。本州の方は金木犀があったり春の歌と桜の開花が一緒の時期なので少し羨ましいです。時期がずれてるせいかなんとなく感情移入しづらいと感じるのはたぶん自分だけじゃないと思います。


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第16話 球技大会の時間 その1

全2話なので2日連続で投稿します。
アニメとかで前編とか言われたら我慢できない質なので修学旅行や球技大会のように話を跨ぐ場合は連日投稿することを宣言しておきます。


 昼休みを終えて今はHRの時間、議題はもちろんあの学校行事についてだ。

 

「クラス対抗球技大会…ですか、健康な心身をスポーツで養うというのは大いに結構!……ただ、トーナメント表にE組が無いのはどうしてですか?」

 

「E組は本戦にはエントリーされないんだ、1チーム余るっていう素敵な理由で」

 

「その代わり…大会の締めのエキシビションに出なきゃなんない。要するに見せ物さ、全校生徒が見てる前で男子は野球部の、女子は女子バスケ部の選抜メンバーとやらされんだ」

 

「なるほど、いつものやつですか」

 

「そう、でも心配しないで殺せんせー。暗殺で基礎体力ついてるし良い試合して全校生徒を盛り下げるよ!ねー皆!」

 

「「おー!」」

 

「お任せを片岡さん、ゴール率100%のボール射出器を製作しました」

 

「あ…いや、律はコートに出るにはちょーっと四角いかな…」

 

 女子は片岡を中心にまとまっている、ていうか律は大概なんでもありだな。一方で男子は――

 

「俺等晒し者とか勘弁だわ、お前らで適当にやっといてくれ」

 

「寺坂!…ったく」

 

 寺坂、村松、吉田の3人はそう言うと教室を出ていった。一応今はHRの時間なんだがな。

 

「野球となりゃ頼れんのは杉野だけど、なんか勝つ秘策ねーの?」

 

「……無理だよ。最低でも3年間野球してきたあいつらと…ほとんどが野球未経験の俺等、勝つどころか勝負にならねー。それにかなり強いんだ、うちの野球部。とくに今の主将の進藤なんて豪速球で高校からも注目されている。…俺からエースの座を奪った奴なんだけどさ。勉強もスポーツも一流とか不公平だよな、人間って」

 

 おい、そこで俺をチラ見するな友人。別に一流ではない。

 

「――だけどさ、殺せんせー。勝ちたいんだ、善戦じゃなくて勝ちたい。好きな野球で負けたくない、野球部追い出されてE組に来てむしろその思いが強くなった。…皆とチームを組んで勝ちたい!…まぁでも、やっぱ無理かな?」

 

 友人の言葉を俺達は真面目な顔で聞いていた。容姿とかそういうのじゃなくてカッコいいなと思った。自分の好きなものを堂々と主張して対抗心を燃やす、カッコ悪いわけがない。

 

「ヌルフフフフ、先生一度スポ根モノの熱血コーチをやりたかったんです」

 

 そう言った殺せんせーは野球のユニフォームならずグローブにボールにバット、果てには野球盤まで手にしていた。用意良すぎだろ。

 

「最近の君達は目的意識をハッキリと口にするようになりました。殺りたい、勝ちたいとどんな困難な目標に対しても揺るがずに。そんな心意気に応えて殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう!」

 

 2本目の刃を示せと言われた時から俺達は目的意識がハッキリするようになった。最近で言うと殺せんせーを自分達の手で殺したいとかだ。殺せんせーが俺達の変化、言うなれば成長をちゃんと見てくれているんだと思ったら口許が緩んだので下を向いて顔を隠す。

 

「それとバスケを教えるのは殺せんせーではありません。もっと適任な方がいます」

 

 

 

 

 

 

 

――数日後。

 球技大会が近付いてきたということで午後の授業を球技大会の練習に当てることが出来ることになったので俺達は校庭に出てそれぞれ練習を始めるところだ。

 

「あーそれではまずは皆の実力を確認しまーす」

 

「純一、あんたやる気あんの?」

 

 そう言ったのは莉桜だ。やる気?あるにはあるがちょっと気分が乗らない。

 

「純君ってバスケット上手かったんだね」

 

「野球もうまいって知らなかったし」

 

「「ねー!」」

 

 ほら、これですよ。女子特有の脱線。これがあるからイマイチ気分が乗らないのだ。

 

「練習始める前になんで上手いのか教えてよ」

 

「賛成!教えて教えて!」

 

「私もちょっと気になるな」

 

 神崎まで!…まあ、それでスムーズに事が進むのなら。

 

「野球は父さんの影響でやってて小学生の頃は野球チームに所属していた。バスケは…亡くなった母さんがやっていたって聞いたから頼み込んでやらしてもらった。まぁチームに所属してたんじゃなくて父さんの知り合いに教えてもらってて1on1とかやってたから上手くなった。草バスケチーム的なのに所属しているって言えばいいのかな?これでOK?」

 

 やはり亡くなった母さんの影響とか言ったからみんなは聞いちゃいけないことだったのかとかあたふたと気にしている様子だ。

 

「いや、みんな別に気にしなくて良いから。普通に接してもらうのが一番助かる。それじゃあみんなの実力確認するから、順番にドリブルからのレイアップをしてくれ」

 

 殺せんせーの手によってグラウンドの隅にはバスケコート片面が作られていたのでそこで練習をしている。本当に準備が良いこと。

 全員の実力を確認した後に俺は比較的レベルが高かったメンバーをピックアップする。

 

「片岡、岡野、原は確定だな。あとは練習の途中経過を見て決めてくよ」

 

 片岡はやはりというか普通に上手い。それこそバスケ部にも見劣りしないくらい。岡野は素早さだ。ドリブルもそこそこ出来ているのでもう少し磨けばボール運び役をこなせる。原は安定感がある。動きに危なげがないのとゴール下での威圧感がありそうなのでパワーフォワード、センター辺りに収まるだろう。

 

「球技大会まで時間がないから作戦と役割をハッキリさせる。ボールを運ぶ役は基本的に片岡と岡野だ、それ以外は細かくパスで繋げていく。今から基礎をやっても間に合うか微妙だ。だからパスでシュートへと繋げていくスタイルで。ディフェンスは…いや、ここで説明やめとく。一度に言ってもわかんないと思うし、何か質問はあるか?」

 

 みんな口をポカーンと開けている。

 

「本当にバスケ経験者なんだね」

 

「なんかビックリ」

 

「あーうん。そうだね、じゃあ練習するぞ」

 

 

――

 

 

 ~凛香視点~

 

「片岡!無理な体勢でシュートにいくな!今は原がフリーになってたからパスフェイクを入れてからのシュート、それとそのままパスをするのもありだ!片岡がブロックでもされたら相手に一気に勢い持ってかれるからな」

 

「わかったよ!」

 

「厳しいよー南雲君が鬼だよー」

 

「茅野さん…見て、ほら」

 

「神崎さんどうしたの…あっ」

 

「でもその思い切りの良さはチームに得点以上の良い影響があるから大事にしろよ」

 

「「……」」

 

「…爽やかなアメと鞭だ」

 

「…さすが気になる男子No.1だね」

 

「No.1タイね、磯貝君忘れたらダメよ」

 

「みんな、一度休憩にするぞ。磯貝がみんなの分の買い出し行ってくれたらしいから全員分の飲み物あるぞ」

 

「本当だ、気を遣える男子二人組は違うね」

 

「日向じゃなくてちゃんと日陰で休めよ、俺はちょっと男子の方にも顔を出してくるから」

 

 そう言って純一は男子の方へと行った。素直にすごいなと思う、男子として野球に出場するだけじゃなくて女子バスケの方まで指導するなんて。本当に同じ中学生なのかなって思う。

 

「凛香ちゃん純君見てどうしたの~」

 

「別に、すごいなって思っただけだよ」

 

「たしかに純君すごいよね、何でもできるって感じで」

 

「でも陰ではかなり努力してるんだよね、みんな気付いてないだけで」

 

「私達ももっと頑張らなきゃね!」

 

「…そうだね」

 

「二人ともなに話してるの?」

 

「あっ桃花ちゃん、純君が頑張ってるから私達も頑張らなきゃって話してたんだ」

 

「南雲君本当にすごいよね」

 

「最近烏間先生より気になってるんだ~」

 

「「えっ」」

 

「?、どうしたの2人とも?」

 

「いや、あまりにも陽菜ちゃんが唐突に衝撃の告白をしたからビックリしちゃって」

 

「矢田に同じく」

 

「烏間先生よりってのは言いすぎたかな、でも気になってるのは本当だよ」

 

 倉橋が眩しかった。自分の気持ちに素直で明るくて、自分にはないものを多く持っている彼女を羨ましく思った。今も胸がズキンと痛んだ。私はこの気持ちがなんなのか気付いている、ただ認めたくないだけで――

 

「ただいまー、それじゃあ練習再開するぞー!…あれ凛香、髪二つ結びに変えたのか?なんか新鮮だな」

 

 純一の言葉で胸の痛みが消えた。…このタイミングでそんなこと言われたら認めるしかない。私の、この気持ちの名前を。

 

 

 

 

「たぶんこれで教えるのは最後にして、あとは片岡を中心に頑張ってもらうことになると思う」

 

「そんなこと言って面倒臭いだけじゃないの~」

 

「バッカ莉桜そんなわけないだろ。男子も危ういんだ。たまには様子見に来るけどさ」

 

「そっか、それなら仕方ないね。それで教える内容は?」

 

「お待ちかねディフェンスについてだ。ディフェンスはマンツーマンディフェンスって呼ばれる形で行こうと思う。マンツーマンっていうのは"1対1"ってことだ、文字通り常に特定の相手選手に対して1対1でくっ付いてディフェンスをするんだ。ここまではOK?」

 

「「うん」」

 

「よし、それじゃあ説明を続けるぞ。ただスクリーンと呼ばれるプレーがあってそう言った場合はマークしてる相手選手を切り替える必要がある。これをスイッチって言うんだが…まぁ見てもらった方が早いから実践する。片岡と岡野ちょっと前に出てくれ」

 

 2人に軽く説明してペアを作る。

 

「俺と岡野がオフェンスで片岡がディフェンスだ。片岡が岡野をマークしてるっていう設定で見ててくれ」

 

 そう言って実践してみせる。

 岡野がボールを持って攻めようとするが片岡がディフェンスしているので一筋縄にはいかない。そこで俺は片岡の右側へと事前に移動し岡野に分かりやすく親指で進行方向を示しドリブルを促す。岡野は自分から見て左側へとドリブル、片岡は岡野の進行方向、即ち右側へと移動するが俺がいるためそちらには行けない。岡野は楽々とレイアップを決めてゴール。今の一連の流れを見た女子はおーと声をあげている。

 

「今のがスクリーンと呼ばれるプレーだ。相手の行動を制限できて味方へのアシストになる。さてここでディフェンスの立場になって考えてみてくれ。俺が片岡を止めたために岡野はフリーになった、では岡野に対して誰がディフェンスに行くべきか。莉桜、わかるか?」

 

「純一をマークしていた人が岡野ちゃんにつけばいいんじゃない?」

 

「そう、正解だ。なんでかわからない人はいるか?いたらもっと詳しく説明するけど」

 

「「……」」

 

「よし、大丈夫そうだから続けるぞ。本来マークしていた相手が変わるからスイッチするんだが入れ替わるのが遅れたら相手に攻撃のチャンスを与えることになる。だからディフェンスが入れ替わるときは気づいたほうが先に"スイッチ"と言うんだ。そうすればすぐにマークを切り替えることができる。スクリーンについては俺がやったみたいな感じで空気を読んでやってくれ、以上だが何か質問は?」

 

「はい」

 

「なんだ、凛香?」

 

「最後のスクリーンの説明雑じゃない?」

 

「良い質問ですねぇ、それについてはちゃんと理由がある。スクリーンは簡単に言うと合図を送る相手と意思疏通が出来なきゃ意味がないんだ。俺は今回分かりやすく親指で進行方向を示したけど慣れてきたり上手くなってくると視線を交わすだけで出来るようになる。ただ俺はこのスクリーンについてさして心配などはしていない。E組女子は仲良いからきっとすぐに連携が取れると思ってるからな」

 

「池上彰似てないよ、でもスクリーンについてはわかった。ありがとう」

 

 うるさいよ、似てないのは知ってるよ。しかもどっちかというと殺せんせー意識したんだし、それでも似てないけど。

 

「他には何かあるか?」

 

「基本的にシュートはレイアップだけのほうがいい?」

 

「うーん…それについては難しいところだな。シュートは素人としては確率が低いからあまり撃つべきではないってのが当然の考えなんだけど相手もレイアップしかないと気付いたら中を固めてくるのが目に見えてるからな。だからリバウンドを取れそうな味方が、例えば片岡、原がゴール下にいてリバウンドが大丈夫そうだったら狙っても良い気がするけどな。そこは広く視野を持ってくれって感じだな、ちょっと投げやりだけど。今ので気付いたけどリバウンド教えてなかったから最後にリバウンドを教えてから野球の方に行くよ」

 

「シュートについてはわかったわ、ありがとう」

 

「いいんだ、片岡。曖昧なことがあったらすぐに聞いてくれ。他に質問がないようだったら最後にリバウンドを説明するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

――リバウンドを教え終わった俺は片岡に全てを託し男子野球の方へと舞い戻った。すると岡島から手厚い歓迎を受けた。

 

「やいやい、女子といちゃついていたチャラ男め。それ相応の事は覚悟してもらうぞ!」

 

「別にいちゃついてねーし。なんだ岡島、羨ましかったのか?」

 

「当然だ!」

 

 うわ、言い切りやがった。

 

「レベルの高いE組の面々と汗のかいた体で密着し体を動かしていたんだぞ!男として羨ましくないわけないだろ!」

 

「お、おう…」

 

「おうじゃない!お前にはいくつか質問がある!」

 

「あ、ああ…」

 

 勢いに気圧されて返事が母音だけで構成されてしまっている。

 

「誰が一番良い匂いがしたんだ!」

 

「…は?」

 

「だから、誰が一番良い匂いしたんだ?」

 

「あのな、岡島。そんなこと気にならないくらい俺は集中していたし女子の方もそれに応えてくれるように頑張っていたんだぞ?そんなこと考えるわけないだろ。それにそんなことを考える心配がないから俺が教える立場に任命されたんだと思うぞ」

 

「そ、そうなのか。俺の心が汚れていたのか…」

 

「心が汚れてる訳じゃない、むしろ健全だ。俺がおかしいのかもしれない。ただ女子の前では自重しろよ、頼むから」

 

「ああ、気を付けるよ」

 

 ちなみに俺はおかしくない。教えてる最中には普通に良い匂いだなとか思ってたし、ポーカーフェイスを装っていただけだ。

 

「…で、さっき様子見に来たときも思ったけど打撃練習だけでみんな疲れすぎじゃね?なんか元気ねーし」

 

「南雲君は殺捕手の恐ろしさを知らないからだよ…」

 

「どういうこと?」

 

 渚から一通り説明を受ける。

 俺達男子陣はバッティングに焦点を当てて練習を行っているのだがピッチャーだけでなく内野、外野の全てを殺せんせーが分身でこなしているのだという。

 殺投手は300kmの球を投げ、殺内野手は分身による鉄壁の守備を敷き、そしてみんなの疲れた最大の要因である殺捕手はささやき戦術で集中を乱すとのことだ。なんでもそのささやき戦術の内容がエグいらしく、三村は校舎裏でノリノリのエアギターをやっていたということをバラされたそうだ。

 

「ほら、南雲君。早く打席に立ってください。打ってないのは君だけですよ!」

 

「…じゃあ行ってくるよ、渚」

 

「「御愁傷様」」

 

 おい、男子共。ともあれ俺はヘルメットを被りバッティング手袋を身に付けて打席に入る。

 

「さすが、経験者は打席に入る前から雰囲気が違いますねぇ」

 

「俺は何を言われても動揺しませんよ」

 

「ほう、そうですかそうですか」

 

 殺捕手はマスク越しでもわかるくらいにしましま模様になっていてオマケににやけているのがわかる。

 

 1球目、殺投手の300kmの球を見送る。…速っ!それしか言う言葉が見つからない。

 

「ところで南雲君」

 

 殺捕手は打席に入っている俺にだけ聞こえる声の大きさでささやいてきた。

 

「速水さんにあげた絵葉書、もっといいのがあったのではないかと思うんですが…どう思います?」

 

 ジーザス、なんで知ってる?

 

「絵葉書をあげたとき速水さん、顔には出していなかったですが嬉しそうでしたねぇ」

 

 ……ヤバい、集中できたもんじゃない。

 

「ところで現時点で一番気になってるのは誰ですか?」

 

「殺せんせー、許してください」

 

「ヌルフフ、ここまでにしておきしょう。それと三振ですよ?」

 

「えっ」

 

 集中を乱され過ぎて三振したことにすら気付かなかったらしい。うーん、情けない。

 

「みんな、殺せんせーに比べれば本校舎のやつらなんて大したことないぞ!」

 

「純一、カッコつけてるところ悪いが三振したよな?」

 

「打撃練習だけで疲れすぎとか言ってごめん。拷問も兼ねられていたんだな」

 

「これ球技大会の練習だよね!?」

 

 渚のツッコミを聞いたことにより平常心が戻ってきた。すげーな渚のツッコミ、効能ありすぎだろ。

 

「マッハ野球にも慣れたところで対戦相手の研究です。竹林君お願いします」

 

「ハイ、まず投手の進藤ですがMAX140kmで持ち球はストレートとカーブのみで練習試合は9割方ストレートでした」

 

「確かにあの豪速球なら中学だったらストレート一本で勝てちゃうよな」

 

「ええ、その通りです杉野君。逆に言えばストレートさえ見極めればこっちのもんです。というわけでここからは先生が進藤君と同じにとびきり遅く投げましょう。さっきまでの先生の球を見た後では彼の球など止まって見える。従ってバントだけなら充分なレベルで修得できます」

 

 確かに木村を始めとして走れるやつが多いE組ならセーフティーバントをすることで出塁可能だな。ただ点数をとるとなると俺と友人が頑張らなきゃだな。

 

「杉野君と南雲君はバントだけでなくバッティングもです。君達が打たなければ試合は勝てません、経験者の二人が要だということを意識してください」

 

「「ハイ!」」

 

「それでは始めましょう。皆さんも最低限の動きを覚えるために守備位置についてください」

 

 

 

 

 疲れた体を引きずるように俺と杉野は下校している。要と言われてはその期待に応えるしかない、同じことを思った俺達は他のメンバーより遅くまで残って練習していたのだ。そして殺せんせーから与えられた宿題を二人でメモを取りながら考えている。

 

「ピッチャーは友人としてキャッチャーはどうする?」

 

「キャッチャーは個人的に渚がいい。ずっと俺のキャッチボールに付き合ってくれたし」

 

「そうか、それなら渚で決定だな」

 

「ファーストは磯貝か前原はどうだ?」

 

「確かに問題はないがその二人は動けるからセカンドかサードに置きたい」

 

「言われるとそうだな…他に捕球が上手いって言ったら誰だ?」

 

「菅谷が結構よかったぞ。打球とかの予測ができてたから少しやればそれなりになると思う」

 

「じゃあファーストは菅谷、セカンドに前原、サードに磯貝。ショートはもちろん――」

 

「俺だな」

 

「肩いいし経験者だしな。ていうかメインポジションか」

 

「外野はセンターは確定だな」

 

「ああ、当然木村だよな。一番俊足だし」

 

「あとはレフトにカルマ、ライトは三村ってのが俺の考えなんだけど」

 

「それでいいと思う」

 

「最後に打順だな」

 

「木村の1番と純一の4番は確定だな」

 

「木村はいいとして4番は俺じゃない、友人だろ」

 

「純一のほうが打つし適任だろ」

 

「今回の球技大会の主役は友人、お前だろ?友人の教室での一言があって一念発起って感じの雰囲気になったんだからさ。それに――」

 

「それに?」

 

「それに、神崎に良いところ見せるチャンスだろ」

 

「純一…俺、お前と友達でよかったよ!」

 

「あーハイハイ。じゃあ打順決めてくぞー」

 

 二人であーでもないこーでもないと議論を重ねてついに決定した、それがこちら。

 

 1:中:木村

 2:捕:渚

 3:三:磯貝

 4:投:杉野

 5:遊:南雲

 6:二:前原

 7:右:三村

 8:一:菅谷

 9:左:カルマ

 

 補足としてカルマを9番に置いた理由について説明する。打順を見ての通り上位に上手いメンバーで固めているのだが9番にいるカルマが下手かと聞かれればそうではない。運動神経が良いカルマは野球においても何でもそつなくこなすことができたので上位打線に良い流れで繋げる役目を果たす9番に置いたというわけだ。

 

 球技大会について大方決まってきていよいよ本番が近付いてきたなと感じる。本校舎のやつらの度肝を絶対に抜いてやると決意しながら俺達は帰り道を後にした。




バスケに関しては習ってたのではなく友人に誘われて教えてもらってチームに所属してる感じなので説明が野球ほど上手くないです。
スポーツに関わる単語が多く出てきたのでわからない方はお手数ですが調べていただけると作者が助かります。
用語とかよりもスポーツをする上での考え方の方が大事だと思っています。


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第17話 球技大会の時間 その2

1:中:木村
2:捕:渚
3:三:磯貝
4:投:杉野
5:遊:南雲
6:二:前原
7:右:三村
8:一:菅谷
9:左:カルマ

打順です。

前編と来たら後編だろと思っていたら中編を間に挟まれたときの虚無感といったらないですね。でも安心してください、全何話かハッキリさせて尚且つ連続で投稿しますので。


『それでは最後に…E組対野球部選抜のエキジビションマッチを行います』

 

 球技大会当日。俺達は本校舎のグラウンドに集まっている。野球部のやつらは見た目から既に気合い十分、試合着を着てこの試合に臨む。

 

「やー惜しかった!」

 

「勝てる感じはあったし次リベンジだね」

 

「ごめんね、私が皆の足引っ張っちゃった」

 

「そんな事ないって茅野さん」

 

「女バスのぷるんぷるん揺れる胸元を見たら怒りと殺意で目の前が真っ赤に染まって…」

 

「茅野っちのその巨乳に対する憎悪はなんなの!?」

 

 女子たちがこちらに合流したがどうやら負けてしまったらしい。茅野の件については触れないでおく。

 

「おっお疲れ」

 

「ごめんね、南雲君。せっかく教えてもらったのに」

 

「気にしないで大丈夫だ。それに皆やりきった顔してるしな」

 

「うん。その代わり男子には勝ってもらわないとね!」

 

「純一、しっかり頼むよ」

 

「凛香に言われないでも頑張るよ。ところで髪結ぶの気に入ったの?」

 

「ビッチ先生と被ってるの嫌だったし、良い機会だからこれからはこうする」

 

「ふーん、似合ってるしいいんじゃね。じゃあ俺はアップしてくるよ」

 

「ありがと、頑張って」

 

 股関節を中心に体を伸ばす。運動前は柔軟などの静的ストレッチよりも軽いダッシュなどの動的ストレッチが良いらしいので動的ストレッチを多めにやる。俺は両方やらないと気が済まないので両方やるようにしているけど。

 

「純一!そろそろ整列だってよ」

 

 友人の声掛けに了解と返し整列する。礼が終わったあと進藤が友人に対して話を始める。

 

「学力と体力を兼ね備えたエリートだけが選ばれた者として人の上に立てる。それが文武両道だ、杉野。お前はどちらも無かった選ばれざる者だ。俺は選ばれざる者がグラウンドにいるのを許さない。そいつら共々二度と表を歩けない試合にしてやるよ」

 

 そう言って進藤はマウンドに登る。

 

「よかったのか友人、何も言い返さなくて」

 

「いいんだ、試合で返すから」

 

「その意気だ!じゃあミーティングしようぜ」

 

「よしみんな、遠近法で殺せんせーがボールに紛れてるから顔色をよく見てくれ。それがサインになってるから。バントとか最低限のものはみんな覚えているな?」

 

 友人の言葉にみんなはおう!と返す。すると殺せんせーが青緑→紫→黄土色と変化した。…何それ?いきなり知らないサイン出さないでくれない?渚はノートをペラペラと捲って解読する。

 

「えーと…"殺す気で勝て"ってさ」

 

「「よっしゃ殺るか!」」

 

「「おう!!」」

 

「「男子頑張って~!」」

 

 殺せんせーのサインと女子の応援で男子の気合いは十分。あとは試合に勝つだけだ。

 こちらの先頭バッターは木村だ。

 

「やだやだ、どアウェイで学校のスター相手に先頭打者かよ」

 

「木村、全員の度肝抜いてやれよ」

 

「まあ、頑張るよ」

 

『E組の攻撃、一番センター木村君。早く打席へ』

 

 生徒会の荒木が実況アナウンスしてる。投球練習終わってないのに打席行くアホいないだろと心の中でツッコミを入れる。

 

 初球の殺せんせーのサインは"待て"。まずは様子見といったところだろうな。進藤が投げた初球はズドンという音と共にミットに収まる。

 

『これはすごい!ピッチャー進藤君、さすがの剛球!対するE組の木村は棒立ち!バットくらい振らないとカッコ悪いぞ~!』

 

 実況がやかましいがE組いじりはいつものことなのと殺せんせーのささやき戦術のおかげで俺達は誰一人として気にしていない。荒木が俺達の秘密でも暴露しない限りは問題ない。

 おそらく殺せんせーからサインが出たのか木村は帽子のつばを触る。サインを確認したということの合図だ。

 

『さぁ進藤君2球目…投げたッ!』

 

 コォン、という金属バットの渇いた音と共に木村は快足を飛ばす。殺せんせーのサインはセーフティーバントだ。

 

『あーっとバントだ!良い所に転がしたぞ!内野誰が捕るか一瞬迷った!……セーフ!これは意外、E組がノーアウト一塁だ!』

 

 よしよし、練習通りだ。俺達の作戦はバントで出塁からの友人か俺の一発だからな。

 

『2番キャッチャー潮田君――ピッチャー投げて…今度は三塁線に強いバント!前に出てきたサードが脇を抜かれた』

 

 強豪っていう割にバント処理が甘く、いかに進藤のピッチングに頼って勝ってきたのかが感じられる。単純に俺達のバントが上手いっていうのもあるが。

 続く磯貝もバントを決めノーアウト満塁のチャンスが出来る。

 

『満塁だーっ!調子でも悪いのでしょうか進藤君!そしてE組の4番の杉野君が打席に入る!』

 

 進藤が俺達の攻めに動揺しているのが目に見える。友人が打席に入ったときはポーカーフェイスとは無縁なくらいに顔が歪む。

 友人は最初からバントの構えをする、だがバントをするわけではない。バスター打法というやつだ。しかし野球部連中は三連続に完璧にバントを決められているのでヒッティングではなくバントの可能性も捨てきれない。ノーアウトということもあり攻め側の選択肢は多くなる。その事から外野は定位置よりやや前、内野は中間守備とも言えなくもない微妙な守備位置となっている。

 

『進藤君、やや間を開けて第1球……打ったァー!深々と外野を抜ける!』

 

 よし!思わず拳を握る。

 

『走者一掃のスリーベース!E組3点先制ー!』

 

 戻ってきた渚達とハイタッチをしていると打順が次の前原が鼓舞してきた。

 

「純一!お前も続けよ」

 

「打つに決まってるだろ」

 

「みんな見てるからな!」

 

「打てなかったら逆立ちで甲子園まで行ってやるよ」

 

 俺の一言を不破だけはわかったようで満足げな顔で頷いている。

 

『5番ショート南雲君、野球部はここから立て直したいものだ!』

 

 果たして立て直せるか?タイム取って無理矢理にでも空気を変えないと流れが戻らないぞ。

 俺は配球に目星をつけて打席に臨んでいるがその必要はない。今の動揺しているバッテリーならまず間違いなく初球はストレートだ。その初球を俺は仕留める。殺せんせーも初球からいけというサインを送ってきた。

 

『進藤君1球目…投げたッ!』

 

 きた。予想通り。

 バットを振ると金属バット特有の打撃音がグラウンドに響く。

 

『快音響くッ!――これは!レフト、センター共に見送っている!』

 

 俺は一塁に向かって走るが確信があったので全力では走らない。感触は間違いない。

 

『入ったッー!!まさかのE組から左中間へのホームランです!』

 

 E組ベンチが沸いている。それもそうだ、ホームランは打撃の花形だ。盛り上がらないわけがない。その様子を横目に俺はダイヤモンドを一周する。ホームでは友人が待っていた。

 

「相変わらずすごい打球だな」

 

「打つのが俺の仕事だからな。頼むぞ、ピッチャー」

 

「おう!」

 

「純一!お前本当に最高だな!」

 

「今のはカッコよかったよ!」

 

「南雲君カッコいい!」

 

「みんなありがとう。でもほら、次は前原だからって…ん?」

 

 E組ベンチは盛り上がっているが相手ベンチが何かあったのかこちらとは違う騒がしさがある。――理事長だ。

 

「審判タイムを」

 

 理事長は空気をリセットするべくタイムを取り野球部面々をベンチへと集合させる。

 

『……今入った情報によりますと野球部顧問の寺井先生は試合前から重病で…野球部員も先生が心配で野球どころじゃなかったとのこと!それを見かねた理事長先生が急遽指揮を執られるそうです!』

 

「こういう時さらっと出れるのカッコいいな~」

「野球部も今から頑張れ!」

「まだ始まったばかりだぞ!」

 

 空気が変わったな。少なくともE組の押せ押せムードではなくなった。ていうか重病って、あの監督ベンチでふんぞり返ってただろ。

 

「一回表からラスボスか~」

 

「たぶん、いや絶対にこちらとしてはよろしくないよね」

 

「なーに大丈夫だ。友人がいる」

 

「俺をドラゴンボールみたいに言うなよ!」

 

『――いくつか指示を出して理事長先生が下がりました!さぁここからはどのように…こっこれは何だ!?守備を全員内野に集めてきた!こんな極端な前進守備は見たことない!』

 

「バントしかないって見抜かれてるな」

 

「とは言ってもダメだろあんなに至近距離で!目に入ってバッターが集中できねえよ!」

 

「いや、岡島。ルール上ではフェアゾーンならどこ守っても自由なんだ。審判がダメだと判断すれば別だけど…それは期待できない」

 

 友人がみんなに対して説明を入れる。そうこう言っていると勢いが戻っている進藤が投球を開始する。

 

『おおっと!内野のプレッシャーにビビったか6番前原!真上に打ち上げてワンナウト!』

 

 しゃーない前原。続く三村が困った顔で打席に向かいつつ殺せんせーを見る。俺達もどのようなサインを出すのか気になったため同じく殺せんせーを見る。

 

(((…………打つ手なしかよ!!)))

 

 殺せんせーは顔色を変えるでもなく両手で顔をおおってしまった。

 

『――あっという間に3アウトチェンジ!ピッチャー進藤君完全に復調です!』

 

「よしっみんな切り替えていくぞ!」

 

「そうだな、5点もリードしてるしな。気楽に行こーぜ」

 

「さすが経験者2人は行動が速いね」

 

 一回表が終了し俺達は守りに入る。

 昔の友人しか知らない野球部面々をテンポよく三振を取り既に2アウトだ。

 

「さすがだな、杉野。このまま勝てるんじゃないか?」

 

「磯貝、次からクリーンナップだから打球が来る可能性が高いぞ」

 

「わ、わかった。少し後ろに下がるよ」

 

「それに理事長が進藤を改造してるからな。どーなることやら」

 

 俺の言葉に磯貝は苦笑いで返す。

 

『バッター2ストライクまで追い込まれてしまった!このまま三者凡退なのか!?』

 

 三球目、変化球に対応してきたバッターのバットから快音が響く。

 

『打球は三遊間!これは抜けたでしょう!』

 

 そうはいくか。

 俺は素早く動き、片膝を地面につきつつ打球を逆シングル気味に捌きファーストに送球する。結果は――

 

『ショート投げて……アウトだーっ!またしてもE組からスーパープレイが飛び出しました!』

 

 三遊間に打球がいってアウトにするのはショートをやってるときの醍醐味だからなと小さくガッツポーズを作る。

 

「南雲!ナイスプレー!」

 

「ありがとう、磯貝ももう少しで捕れそうだったな」

 

「純君カッコいい~!」

 

「さっきからおいしいところ持ってってねーか!?」

 

 そんなことはないと思ったが実際否めなかったので否定の言葉を口にはしなかった。

 

「カルマ、なんとか頼むぞ」

 

「なんか殺監督に頼まれたしね、まあ見ててよ」

 

『二回の表!相変わらず鉄壁のバントシフト!』

 

 …あれ?カルマのやつなかなか打席に入らないな。あれが殺せんせーの指示か?

 

「……ねーえ、これズルくない理事長センセー。こんだけ邪魔な位置で守ってんのにさ、審判の先生何にも注意しないの一般生徒(おまえら)もおかしいと思わないの?…あーそっかぁ!お前等バカだから守備位置とか理解してないんだね」

 

「小さいことでガタガタ言うなE組が!」

「たかだかエキジビションで守備にクレームつけてんじゃねーよ!」

「文句あるならバットで結果出してみろや!」

 

 この抗議には何か意味でもあるのか?単純に揺さぶりなんだろうか。

 2回表のE組の攻撃は9、1、2番の打順だったがなす術なく凡退した。

 そして2回裏、野球部の攻撃は4番進藤の三塁打を始めとして集中打を許し3点を返され5対3と射程圏内まで追い付かれる。

 

『3回表、E組の攻撃は3番の磯貝君からだ!ここで追加点がなかったらサヨナラ負けだぞ~』

 

 実況の荒木が煽ってくる、しかし言っていることは的確だ。実際理事長が監督になってからというものの流れは完璧に野球部にいってしまっている。何より打球を前に飛ばされてしまうと守備が完璧ではないE組では対処しきれないので次の回からは打者が一巡しているので友人の球に慣れられていた場合は危険なのだ。

 

『4番の杉野君も三振!絶好調の進藤君!このまま三者連続三振か!?』

 

「悪い、純一」

 

「気にすんな。それと友人、お前が進藤より優れているのを証明してやるよ」

 

「えっ、どうやって…」

 

「まあ、塁に出れないとダメなんだけどな」

 

 そう笑って俺は打席に向かう。今野球部バッテリーを相手にするにはこちらも配球を予測するなど本気でいかなければならない。少なくともストレートだけということはあり得ない。ストレートを前の打席で完璧に捕らえているので初球はまずはカーブで様子見だろう。

 

『進藤君、第1球投げて……おおっと!ここでカーブだ!獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くすとは言いますがまさに今の進藤君は獅子!一切手を抜きません!これが強者の風格だ!』

 

 幸い低めに外れたのでカウント0-1。もう1球様子見もあり得るので次もタイミングを取りつつ見送るのがセオリーだな。

 

『進藤君、第2球……カーブです!しかも今度はストライク!すぐにコース修正が出来るのか!?』

 

 カウント1-1。カーブを2球連続…次はストレート?球速差で振り遅れる可能性があるから始動を速くしないとな。

 

「進藤君、第3球……またしてもカーブです!バッターはファールにするのが精一杯のようです!」

 

 カウント2-1。予想と違ったから後ろに体重残してカットしただけなんだが。まぁ、それは置いといて3球連続か――理事長のおかげで次の球がわかったよ。あの人の洗脳を受けている今の進藤ならこれで間違いない。

 

「進藤君、第4球投げて……バッター打ったーっ!外野の間、左中間を抜ける!」

 

 やはり読み通りストレートだ。たぶん理事長なら色々と小細工をしてくる俺達E組を容易く捩じ伏せる圧倒的強者を見せたがるだろう。ならば決め球は見る者誰もが、それこそ素人の観衆でもすごいとわかる進藤のストレート以外ありえない。

 

「打ったバッターは2塁へ!たまたまヤマが当たったのでしょうか!?」

 

 塁に出ることも出来たし、友人のほうが優れてる部分を見せてやるか。それこそ観衆はわからないだろうな。

 

『続くバッターを押さえて、ここで切ることが出来るでしょうか!?いや、出来る!それこそが我らが誇る野球部です!そして進藤君第1きゅ…いや、なんと!既にランナー走っています!しかし投球モーションを始めてしまっては牽制することはできない!ランナー暴走でしょうか!?たまたま牽制されなかったものの死にに行ったようなものです!』

 

 サードベースに滑らずとも楽々セーフ。俺は進藤がセットポジションに入り始動をする前からスタートを切れた。なぜか、答えは単純。進藤はランナーがいても投げるペースは一定。あとはその秒数を数えて走るだけ。俺が昔友人に指摘したものと同じだ。友人は球速こそ遅いもののフィールディングや牽制など投球以外の所作についてはかなり研究しているので進藤よりも遥かに優れている。だが経験者はそういった部分がわからない。いや、わかるはずがない。なぜならそんなところ見ないし気付かないからだ。

 俺はベンチの友人にガッツポーズを送る。それを見た友人もガッツポーズで応える。

 

『少し想定外のこともあったものの危なげなく三振を取りました!いよいよ最後野球部の攻撃を残すのみ!』

 

 さてあとは守るのみだ。

 

「友人、気楽に投げろよ」

 

「サンキューな純一。みんなも頼んだぞ!」

 

『野球部の攻撃は1番の橋本君からだ!――あーっとバント!?今度はE組が地獄を見る番だ!同じ小技なら野球部のほうが遥か上!E組の守備では守りきれません!当然楽々セーフです!』

 

 ――確かに野球部が素人相手にバントは見てる生徒も納得しないだろうが俺達が先にやったからな。大義名分を与えてしまったようなもんだ。

 

『あっという間にノーアウト満塁!一回表のE組と全く同じ!最大の違いはここで迎えるバッターは我が校が誇るスーパースター進藤君だ!もとは同じ野球部で競いあった2人!しかし杉野君はE組に落ち部活も追放、ここでもやはり負けてしまうのか!?』

 

 流れ最悪だな。だがここで押さえる以外に勝機はない。

 

「磯貝、監督から指令~。南雲はサードが空くから持ち前の守備範囲でカバーしてくれってさ」

 

「…任された。」

 

 そう言ってカルマと磯貝はホームへと歩いていく。これは――

 

『この前進守備には見覚えがあるぞ!?』

 

「明らかにバッターの集中を乱す位置で守ってるけど、さっきそっちがやったときは審判は何も言わなかった。文句ないよね理事長センセー?」

 

 なるほど。さっきクレームをつけたのは同じことをやり返しても文句を言わせないための布石か。妨害行為と見なすかは審判の判断次第だがさっきのクレームを却下した以上は黙認するしかない。

 

「ご自由に。選ばれた者は守備位置ぐらいで心を乱さない」

 

「へーえ、言ったね。じゃ遠慮なく」

 

『ち、近い!!前進どころかゼロ距離守備!振れば確実にバットが当たる位置で守っています!』

 

 こんな守備だったら集中も冷めちゃうな。理事長の洗脳も意味がなくなってしまう。

 

「フフ、くだらないハッタリだ。構わず振りなさい進藤君。骨を砕いても打撃妨害を取られるのはE組の方だ」

 

 進藤の顔に動揺が見て取れる。

 友人が投げバッターの進藤がバットを振るが2人はほとんど動かずかわす。それもそのはず、2人の度胸と動体視力はE組でもトップクラスだ。

 

「だめだよそんな遅いスイングじゃ。次はさ、殺す気で振ってごらん」

 

 カルマの煽りを受けた進藤の顔が大きく歪む。この時点で理事長の戦略に体がついていけなくなった。同様にランナーも観客も野球の形をした異常な光景に呑まれていた。

 

「う、うわああっ…」

 

『腰が引けたスイングだぁ!』

 

 カスった当たりをカルマが取り素早く渚にトスするとホームベースを踏む。

 

『三塁ランナーアウト!』

 

 ホームを踏んだ渚はサードベースのカバーに入った俺に送球。…ナイスボールだ。

 

『二塁ランナーアウト!』

 

「菅谷っ!」

 

 俺はファーストの菅谷へと送球を送る。結果は――

 

『バッターアウト!ト、トリプルプレー!ゲームセットです!なんとE組が勝ってしまった!』

 

「「「やったー!」」」

 

「「男子すごい!」」

 

 ベンチの女子たちがハイタッチをするなど盛り上がっている。一方男子はというと勝ったという達成感より試合が終わったという安心感が強い様子だ。

 本校舎の面々はつまらないなどの文句を口にしながらゾロゾロと帰っていく。だが知るよしもないだろう。試合の裏で行われていた2人の先生の数々の戦略のぶつかり合いを。

 

「進藤、ゴメンな。ハチャメチャな野球やっちまって。…でもわかってるよ。野球選手としてはお前は俺より全然強いし、これで勝ったとも思ってないよ」

 

「だったら…なんでここまでして勝ちに来た。結果を出して俺より強いと言いたかったんじゃないのか」

 

「んー…E組の皆すごかったろ?渚なんて俺の変化球取れるし純一はめっちゃ打つし。でも勝って結果を出さなきゃ上手くそれが伝わらない。…要はさ、ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に今の俺の仲間のことを」

 

 友人が照れながら笑うと進藤は虚をつかれたかのように目を見開き、その後口許に笑みを浮かべてゆっくりと口を開く。

 

「覚えとけよ杉野。次やるときは高校だ」

 

「おうよ!」

 

「それと南雲。お前にもいつかリベンジするからな」

 

「…俺はもう野球やってないっての。…進藤1つ聞くが、お前は自分が一番だと思ってただろ?」

 

「…ああ、その自信があった。だが負けては意味がないな」

 

「いいんだよ進藤、自分が一番だと思うその考えは間違ってない。たった一回負けたくらいでそのエゴを曲げるな。俺は友人のような協調性のあるピッチャーもいいと思うが、自分を一番だと信じマウンドを譲る気持ちがないエゴなピッチャーも好きだぞ」

 

「…結局何が言いたいんだ」

 

「思い上がりは若者の特権だ。だから自信持ってやっていこうぜ」

 

「お前に言われるまでもなくそうするよ」

 

「そっか。じゃ、次対戦するまでに同じテンポで投げる癖直しとけよ」

 

 そう言葉を残すと俺と友人はその場を後にする。

 進藤は中学だけでなく高校でも活躍し、もしかしたらプロ入りするかもしれない。そんな選手がE組に負けたというだけで腐るかもしれないと考えるとエールを送らずにはいられなかった。まあ、あの様子だったら友人の言葉だけで十分だった気がするけど。俺は進藤という一人の選手に対して敬意を払いたかった。あの豪速球は才能にあぐらをかいてるだけでは身に付かない、それこそ血の滲むような努力があってこそだ。

 

「…高校で勝負って言ってたけど、それまで地球あるかな?」

 

「地球がなくならないように俺等が頑張ってるんだろ?」

 

「そうだった。球技大会に夢中で忘れてたよ」

 

「しっかりしろよ友人。今日のヒーローだろ?」

 

「ああ……なあ、ちょっと気付いたこと言っていいか?」

 

「どうした」

 

「純一は俺が神崎さんに活躍を見せれるようにってことで4番を譲ってくれたけどさ、純一の活躍で俺の印象薄れてないか?」

 

「さあ?でも友人の評価が下がったってことはないだろ?」

 

「うーん…なんか釈然としないが…ま、勝ったしいいか」

 

 友人と歩いていると校舎を彩る木々の木漏れ日の密度が濃くなっていることに気付く。本格的な夏の始まり、7月が来ることを木々が教えてくれたのかなと感じた。




実況の荒木君が良い仕事してるなーと思いながら書いてました。
作者が野球をやっていたときに一番言われたのが体重を増やせってことで、某甲子園常連校では体重が70kg以下だったら練習に参加させてもらえないそうです。体験に行った時にその様子を見てさすが強豪だなと当たり前のように考えていましたが、第三者から見ると異常な光景だと思います。
あと高校球児が眉毛を弄る理由ですが身だしなみもありますが坊主で髪が弄れない分眉毛に皺寄せがいっています。でも眉毛を弄るなっていうのもどうなん?って思っているので身だしなみ程度に整えろとは指導しています。


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7月
第18話 才能の時間


ようやと鷹岡まできました。原作をジャンプ本誌で読んだときは大きな転換点だなと思いました。



 ~烏間視点~

 

‐暗殺訓練の中間報告‐

 四ヶ月目に入るにあたり…「可能性」がありそうな生徒が増えてきた。

 磯貝悠馬と前原陽斗。運動神経が良く仲も良い2人のコンビネーション。2人がかりならナイフを当てられるケースが増えてきた。

 赤羽業。一見のらりくらりとしているが…その目には強い悪戯心が宿っている。どこかで俺に決定的な一撃を加え赤っ恥をかかそうなどと考えているがこちらも警戒しているので一撃を与えるには至っていない。

 南雲純一。ナイフ術以外にも俺から直接防御術を学んでいるので近接では頭一つ二つ飛び抜けている。一撃が鋭くクリーンヒットを唯一受けた生徒でもある。

 女子は、体操部出身で意表を突いた動きが出来る岡野ひなたと男子並みのリーチと運動量を持つ片岡メグ。このあたりがアタッカーとして非常に優秀だ。

 …しかし、俺が今まで感じたことのない気配を時折覗かせるものがいる。潮田渚、小柄ゆえに多少はすばしこいがそれ以外に特筆するべき身体能力は無い温和な生徒だ。彼の気配は俺の勘違いだろうか?

 全体を見れば生徒達の暗殺能力は格段に向上している。奴を殺す可能性が4月と比べて大きく上がっていることが感じられる。

 

「それまで!今日の体育は終了!」

 

「せんせー!放課後街で皆でお茶してこーよ!」

 

「…ああ、誘いは嬉しいがこの後は防衛省からの連絡待ちでな」

 

 プロとして一線を引いて接するというのが俺のやり方だ。今教えているのは中学生だが仕事として暗殺を依頼した以上はプロ同士だ、馴れ合いはしない。

 ――それに俺の任務の成果を上の連中は快く思っていない。暗殺の糸口をつかめていない今の状況を打破するために人員を増やすとのことだが…。

 頭に思考が渦巻いていると校舎の戸が勢い良く開かれる。

 

「よ、烏間!」

 

 ……鷹岡!

 俺が荷物を持って生徒達の方へと歩いていく鷹岡を呆然と見ていると園川が遠慮しがちに上からの通達を報告する。

 

「…烏間さん、本部長から通達です。あなたには外部からの暗殺者の手引きに専念してほしいと。生徒の訓練は…今後全て鷹岡さんが行うそうです。同じ防衛省の者としては生徒達が心配です。あの人は極めて危険な異常者ですから」

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 

「誰だあの人?」

 

「体でけぇ~」

 

「やっ!俺の名前は鷹岡明!今日から烏間を補佐してここで働く!よろしくなE組の皆!…ま、なんだ。ケーキとか飲みもんだ。皆で遠慮なく食ってくれ!」

 

 烏間先生の補佐ってことは防衛省の人か。E組の面々は運ばれてきたお菓子をキラキラした目で確認している。ていうかいいのか?こんなに大量のデザートを食べちゃって。有名ブランドばかりだから高いだろうに。

 

「おっとモノで釣ってるなんて思わないでくれよ、お前等と早く仲良くなりたいんだ。それには…皆で囲んで飯食うのが一番だろ!」

 

 そう言って鷹岡さんはエクレアを口にする。一人が口にしたことによってE組の皆は一斉に食べ始める、俺もとりあえずプリンから食べる。

 

「でも…えーと鷹岡先生。よくこんな甘い物ブランド知ってますね」

 

「ま、ぶっちゃけラブなんだ。砂糖がよ」

 

「でかい図体してかわいいな」

 

 甘い物に惹かれたのか殺せんせーがヨダレを垂らしながらケーキを見ている。それを見た鷹岡先生が殺せんせーにケーキを差し出す。

 

「殺せんせーも食え食え!まぁいずれ殺すけどな!はっはっは」

 

「同僚なのに烏間先生とずいぶん違うすね。なんか近所の父ちゃんみたいですよ」

 

「ははは、いいじゃねーか父ちゃんで!同じ教室にいるからには俺達家族みたいなもんだろ?よしここらで俺がなんで来たのか説明するぞ!皆はそのまま食べながら聞いてくれ」

 

 ――要約すると、烏間先生の負担を減らすために来たらしい。

 

「つまり明日から体育の授業は鷹岡先生が?」

 

「ああ!あいつには事務作業に専念してもらう。だが大丈夫!さっきも言ったが俺達は家族だ!父親の俺を全部信じて任せてくれ!」

 

 自己紹介も終わり鷹岡先生は戻っていく。

 俺たちも次の授業があるため校舎への戻る。その道で誰かが呟く。

 

「鷹岡先生どう思う?」

 

「えー私は烏間先生の方がいいなー」

 

 真っ先に反対意見を出したのは倉橋だ。確かに倉橋は烏間先生のことカッコいいとかよしよししてほしいとか言ってたからな。俺も普段お世話になっているということもあり烏間先生のほうがいいなと思っている。

 

「でもよ、実際のとこ烏間先生何考えてるかわかんないとこあるよな。いつも厳しい顔してるし、飯とか軽い遊びも誘えばたまに付き合ってくれる程度で。その点あの鷹岡先生って根っからフレンドリーじゃん。案外ずっと楽しい訓練かもよ」

 

 言いたいことはわかる。でも訓練に楽しさは必要か?そりゃ楽しいに越したことはないけどそれは違う気がする。出来ることが増えて楽しいとか真新しい楽しさとかだったらわかるんだけど。

 ともあれ明日からの体育の授業は鷹岡先生なのでそこでも俺は出来る限りをやるだけだ。

 

 

――

 

 

「…よーしみんな集まったな!では今日から新しい体育を始めよう!」

 

 翌日の体育の授業は昨日の説明通り鷹岡先生となっていた。

 

「ちょっと厳しくなると思うが…終わったらまたウマイもん食わしてやるからな!」

 

「そんなこと言って自分が食いたいだけじゃないの?」

 

「まーな、おかげ様でこの横幅だ」

 

 鷹岡先生のジョークにクスクスと笑いがこぼれる。烏間先生のときにはなかった雰囲気だ。

 

「あと気合入れのかけ声も決めようぜ!俺が"1,2,3"と言ったらおまえら皆でピース作って"ビクトリー!"だ」

 

「うわ、パクリだし古いぞそれ」

 

「やかましい!パクリじゃなくてオマージュだ!…さて!訓練内容の一新に伴ってE組の時間割も変更になった。これを皆に回してくれ」

 

 そう言って新時間割のプリントが渡されたが俺達はそれを見て驚愕した。

 

「うそ…でしょ?」

 

「10時間目…」

 

「夜9時まで…訓練…?」

 

「ああ!このぐらいは当然さ、理事長にも話して承諾してもらった。"地球の危機ならしょうがない"と言ってたぜ。このカリキュラムについてこれればおまえらの能力は飛躍的に上がる。では早速…」

 

「ちょっ、待ってくれよ!無理だぜこんなの!」

 

 前原が時間割に異議を申し立てる。E組全員が同じ気持ちだ。

 

「勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!理事長もわかってて承諾したんだ!遊ぶ時間もねーし…出来るわけねーよこんなの!」

 

 ズンと鈍い音が響いた。鷹岡先生、いや鷹岡が前原に膝蹴りをしたのだ。

 

「『できない』じゃない。『やる』んだよ。言ったろ?俺達は"家族"で俺は"父親"だ。世の中に父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」

 

 鷹岡が豹変した。いや本性を見せたといった方が正しいかもしれない。こいつは鋳型にいれたような人間だ、心の箍が外れてるんだ。そんな鷹岡を見て俺達は何も言えなかった。すると支配欲に満ちた顔から人好きがする笑顔に変わり鷹岡は言う。

 

「さあ!まずはスクワット100回×3セットだ。…抜けたいやつは抜けてもいいぞ。その時は俺の権限で新しい生徒を補充する。1人や2人入れ替わってもあのタコは逃げ出すまい。――けどな。俺はそういう事したくないんだ、おまえら大事な家族なんだから。父親として一人でも欠けてほしくない!」

 

 気の弱い生徒は鷹岡の一挙一動にビクッと体を震わしている。気が強いと思っていた凛香でさえも体を震わしていたのでやはり女子なんだなとこの場には相応しくないことを思った。鷹岡は演説をするが如く歩いて俺の隣にいる三村と神崎の肩を組んで言葉を続ける。

 

「家族みんなで地球の危機を救おうぜ!な?お前は父ちゃんについてきてくれるよな?」

 

「…は、はい、あの…私……――私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」

 

 俯いた顔をあげ強がった笑顔で神崎は言った。――まずい、前原と同じように暴力が飛んでくる。鷹岡が舌舐めずりをしたあと手を振りかぶり神崎の頬を目掛けて平手打ちを仕掛けたので俺は横からその腕を止める。

 

「…なんだ?お前は?」

 

「おい、女子に手上げようとするなよ」

 

「誰かを守るなんて父ちゃんは嬉しいぞ、だがわかっていないようだな、『はい』以外はないんだよ。文句や反抗があるなら拳と拳で語り合おうか?そっちの方が父ちゃんは得意だぞ!」

 

「やめろ鷹岡!前原君平気か!?」

 

「へ、へーきっす」

 

「ちゃんと手加減してるさ烏間。大事な俺の家族だ、当然だろ」

 

「いいやあなたの家族じゃない、私の生徒です」

 

「「殺せんせー!」」

 

 この騒ぎに烏間先生と殺せんせーが校舎から駆けつけた。だが解決するとは思えなかった、鷹岡が余裕のある笑みを浮かべていたからだ

 

「フン、文句があるのかモンスター?体育は教科担任の俺に一任されてるはずだ。そして!今の罰も立派に教育の範囲内だ。短時間でお前を殺す暗殺者を育てるんだぜ?厳しくなるのは常識だろう。それとも何か?多少教育論が違うだけで…お前に危害も加えてない男を攻撃するのか?」

 

 その言葉で殺せんせーと烏間先生は下がってしまった。確かに間違っていると思うが鷹岡なりの教育論がありそれを頭ごなしに否定するのは筋が通らない。だから俺は考える。まずは鷹岡の授業を実践し終わったあとに『あんたの教育だと技術が身に付かない』と反論しようと。

 

 

――

 

 

「1!2!3!4!――」

 

 俺達は結局鷹岡の言う通りスクワットを行っている。体力に余裕のある運動系の者は根を上げていないがそれ以外はキツそうにしている。

 

「じょっ冗談じゃねえ…」

 

「初回からスクワット300回とか…死んじまうよ…」

 

「烏間先生~…」

 

「おい。烏間は俺達家族の一員じゃないぞ」

 

 烏間先生の名前を出した倉橋に鷹岡が詰め寄る。そして指をポキポキと鳴らし威圧したあと拳を固めた。

 

「おしおきだなぁ…父ちゃんだけを頼ろうとしない子は!」

 

 バキッという音が響く。

 

「純君…」

 

「南雲!」

 

 俺は倉橋に手をあげようとした鷹岡の腕を止めると同時に思いきり殴ったのだ。

 

「…またお前か。それに父親に暴力を振るうなんてな…」

 

「反抗期なもんで」

 

 強がりを口にしたが内心はまじかよと困惑していた。しこたま力いれて殴ったのに鷹岡は全然効いてなさそうだからだ。

 

「ひとり欠けることになるなあ…悲しいなあ!」

 

 そう言って鷹岡は俺へと襲いかかってくる。俺は烏間先生との訓練を思い出す余裕もなく攻撃を凌ぐ。俺が鷹岡の拳を何発か防ぐと鷹岡は気味の悪い笑みで口を開く。

 

「へぇ~…ある程度の戦闘の心得があるようだな。でもまだまだ中学生のガキだ、力もねえし――実践も知らねえ」

 

 鷹岡は一歩引いたかと思うと届きもしない距離で脚を蹴りあげる。――この蹴りは俺を仕留めるためのものじゃなかった、仕留めるための下準備だ。蹴られた校庭の砂が舞って俺の目に入り視界が奪われる。

 

「じゃあな」

 

 鷹岡の声がやけにハッキリと聞こえた。やられると思った。…だが鷹岡に一撃を入れることができなかったらしい。

 

「それ以上…生徒達に手荒くするな。暴れたいなら俺が相手を務めてやる」

 

 砂を払い目を開けると烏間先生が鷹岡の拳を止めていたのだ。

 

「言ったろ烏間?これは暴力じゃない、教育なんだ。暴力でお前とやり合う気はない。やるならあくまで教師としてだ」

 

 鷹岡は一度俺を睨んだあと胸元から対先生用ナイフを取り出し言葉を続ける。

 

「おまえらもまだ俺を認めてないだろう、父ちゃんもこのままじゃ不本意だ。そこでこうしよう!こいつで決めるんだ!」

 

 鷹岡はそう言うと手に持ったナイフを指し示す。

 

「烏間。お前が育てたこいつらの中でイチオシの生徒を一人選べ。そいつが俺と戦い一度でもナイフを当てられたら…お前の教育が俺より優れていたと認め俺はここを出てってやる。男に二言はない。――ただしもちろん。俺が勝てばその後一切口出しはさせない。そして、使うナイフはこれじゃない」

 

(((ほ、本物!?)))

 

「殺す相手が俺なんだ。使う刃物も本物じゃなくちゃなぁ」

 

「よせ!彼等は人間を殺す訓練も用意もしていない!本物を持っても体がすくんで刺せやしないぞ!」

 

「安心しな、寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だしこれ以上無いハンデだろ?さぁ烏間!ひとり選べよ!嫌なら無条件で俺に服従だ!生徒を見捨てるか生け贄として差し出すか、どっちみち酷い教師だなお前は!」

 

 

 

 

 ~烏間視点~

 

 ――俺はまだ迷っている。地球を救う暗殺者を育てるには鷹岡のような容赦のない教育こそ必要ではないのか?……この職業についてから迷いだらけだ。仮にも鷹岡は精鋭部隊に属した男。このクラスで一番戦闘能力が高い南雲君でさえ不意打ち以外手が出なかった。

 しかし、その中でひとりだけわずかに"可能性"がある生徒を危険にさらしていいものかも迷っている。

 

「…渚君、やる気はあるか?」

 

「!?」

 

 言われた本人は周りの生徒よりも驚いた顔をしている。

 

「選ばなくてはならないならおそらく君だが返事の前に俺の考え方を聞いてほしい」

 

 話をする前に俺は渚君だけでなく生徒全員の顔が見えるように向きを直す。

 

「地球を救う暗殺任務を依頼した側として俺は君達とはプロ同士だと思っている。プロとして君達に払うべき最低限の報酬は当たり前の中学生活を保証する事だと思っている。――だから渚君、このナイフを無理に受け取る必要はない。その時は俺が鷹岡に頼んで…"報酬"を維持してもらうよう努力する」

 

「…やります」

 

 そう言うと渚君は俺の手からナイフを受け取る。いつもの彼とは違う目だった。周りとの親和を一番に考え思いやりを持った目ではなく、覚悟を決めた、俺が舞台にいるときによく見た死地に赴く兵士の目だった。

 

「お前の目も曇ったなぁ烏間。よりよってそんなチビを選ぶとは。まださっきの南雲だかのほうが可能性はあったぞ?」

 

「…渚君、鷹岡は素手対ナイフの闘い方も熟知している。全力で振らないとかすりもしないぞ」

 

「…はい」

 

「…いいか?ナイフを当てるか寸止めすれば君の勝ち、君を素手で制圧すれば鷹岡の勝ち。それが奴の決めたルールだ。だがこの勝負の君と奴の最大の違いはナイフの有無じゃない。わかるか?」

 

「…?」

 

「いいか、鷹岡にとってこの勝負は"戦闘"だ。目的が見せしめだからだ。二度と皆を逆らえなくする為には攻防ともに自分の強さを見せつける必要がある。対して君は"暗殺"だ。強さを示す必要もなくただ一回当てればいい。そこに君の勝機がある。戦闘技術を誇示するためにしばらくは反撃が来ない、つまり最初の数撃が最大のチャンス。君ならそこを突けると思う」

 

「…わかりました」

 

「作戦会議は終わったか?もっともそれは意味がないだろうがな」

 

 鷹岡が上着を脱ぐ。その顔からは誰の目からも油断が窺える。

 

「さぁ来い!」

 

 鷹岡が戦闘態勢に入る。しばらくシンとした空気が流れる。

 渚君はナイフを何秒か見てから突然柔らかい笑みを浮かべた。そして構えもせずに普通に歩いて近付いた。レッドカーペットを歩くセレブのような派手さもなく、通学路を歩く中学生のように普通に。体が密着する距離まで近付いた。

 そのまま数秒が経過し突然ナイフを振る。鷹岡はここで気付いたようだ。自分が殺されかけていることに。

 自分の死を告げるナイフに鷹岡はギョッとして体勢を崩す。彼は鷹岡の重心が後ろに偏っているのも見逃さなかった。服の裾を引っ張って転ばせたのだ。

 そして仕留めに行く。正面からではなく、背後に回って確実に。流れるような一連動作は気付けば鷹岡の首もとにナイフを突きつけていた。

 

「捕まえた」

 

 ――なんて事だ。予想を遥かに上回った!普通の学校生活では絶対に発掘されることのない才能。戦闘の才能でも暴力の才能でもない。暗殺の才能!俺が訓練で感じた寒気は、あれが訓練ではなく本物の暗殺だったとしたら殺されていたからだ。これは咲かせてもいい才能なのか?

 普段の彼はとても強くは見えない。だが暗殺者にとっては弱そうなことはむしろ立派な才能だ。体運びのセンス、思い切りの良さ、殺気を隠す能力、これらは暗殺でしか使えないものだ。だが喜ぶべきことか?E組ではともかく彼の将来にプラスになるのか?

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 

「このガキ…父親も同然の俺に歯向かってまぐれの勝ちがそんなに嬉しいか、もう一回だ!今度は絶対油断しねぇ!心も体が全部残らずへし折ってやる!」

 

「…確かに次やったら絶対に僕が負けます。…でもハッキリしたのは鷹岡先生、僕らの「担任」は殺せんせーで僕らの「教官」は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押し付ける鷹岡先生よりプロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。本気で僕らを強くしようとしてくれたのは感謝してます、でもごめんなさい。出て行ってください」

 

 渚の言葉に鷹岡は俺が今まで見たことがないくらいの顔になった。憎悪とか人間の黒い部分が極限まで表れてるかのような顔だった。

 

「黙っ…て聞いてりゃ、ガキの分際で…大人になんて口を…!」

 

 鷹岡が渚に襲いかかるが烏間先生がそれを一撃で制し言葉を続ける。

 

「俺の身内が迷惑かけてすまなかった。後の事は心配するな、俺一人で君達の教官を務められるよう上と交渉する。いざとなれば銃で脅してでも許可をもらうさ」

 

「交渉の必要はありません。――経営者として様子を見に来てみました。新任の先生の手腕に興味があったのでね。確かに鷹岡先生の言う通り教育に恐怖は必要です、だが暴力による恐怖は負けた時点で説得力を完全に失う」

 

 突如現れた理事長はA4用紙に手早く何かを書くとそれを倒れている鷹岡の口へと突っ込む。まさか今の一連の出来事を全て見ていたんだろうか?

 

「解雇通知です。任命権は防衛省にはない、全て私の支配下だということをお忘れなく」

 

 そう言って理事長は去っていった。

 

「「「よっしゃあ!」」」

 

 E組全員が喜ぶ。だが俺の胸中には複雑な思いがあった。

 俺の心に渦巻いたのは熱狂、そして強烈な嫉妬だった。渚が鷹岡に対して行った暗殺。それは見るものをある種魅了するものだった。人は自分にないものを羨む。俺の場合は――渚の持つ暗殺の才能。

 まるで結果がわかりきってるような暗殺を見せつけられ俺は胸の内に尊敬にも似た畏怖の念すら抱いていることに気づく。そして激しい嫉妬の裏側に確かな信頼を抱いていることも。

 

「純君行こ!烏間先生が甘い物奢ってくれるって!」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

「それと…助けてくれてありがと!カッコよかったよ!」

 

「気にすんな。……倉橋、ありがとう。なんか吹っ切れたよ」

 

「えへへ、じゃあ行こっか!」

 

 倉橋の笑っている顔を見ていると渚に嫉妬している自分が馬鹿らしく思えてきた。俺が動いた結果で倉橋が助かって渚の活躍でE組が鷹岡の支配から逃れられた、それでいいじゃないか。比べる必要なんてない、才能があろうがなかろうが俺に出来ることをやるだけだ。配られたカードで勝負するしかない、それがどういう意味であろうと。




小ネタというか作者が仕込んだことですが南雲君が修学旅行で予知夢を見ていることがセリフから判明します。
こういう小ネタを漫画などで見つけるのが大好きなので書いてく中で自然な流れで仕込んでいけたらいいなと考えています。

ヒロイン未定とタグに書いていましたが候補を3人に絞りましたのでタグを変更します。3人目は倉橋です。この話の南雲君の行動がキッカケで惹かれるようになったと考えています。候補が3人になったからと言ってその他の生徒との絡みがなくなるわけではないのでご安心を。
前の後書きで触れましたが作者の技量不足などの理由によりハーレムにはしません。恋愛関係についてはハーレム設定が好きな人でも楽しめるようなもの、読者が読んでいて納得できるような流れで書いていくつもりです。
一例をあげると作者は物語シリーズを原作で読むくらい好きですが、なんで阿良々木君は羽川さんを選ばなかったんだろうって思っています。恋愛は何が起こるかわからないと言われたらそれまでですけど。でもガハラさんのほうが可愛いからしょうがないですね。


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第19話 歩く花

ヒロイン候補3人になったということで倉橋さん回です。
どちらかというと倉橋さん回っていうよりはオリジナルの話に倉橋さんを登場させてるっていう感じです。


 家を出るのが少し遅れた俺はいつもより遅めの登校となった。始業のチャイムがなる何分か前に教室へと入ると笑顔の倉橋がこっちに手を振っている。

 

「純君おはよー!」

 

「オッス、朝から元気いいな」

 

「えへへ、最近朝早く起きれるんだ~」

 

「前まで遅かったん?」

 

「遅くはないけど今より早くはなかったよ~」

 

「ほーん、早起きは三文の徳っていうしいいんじゃね。ちなみに今の価値にしたら三文って90円くらいらしいよ」

 

「へ~やっぱり詳しいね」

 

「いやテレビでやってたから。チャイム鳴るからそろそろ席つくか」

 

「うん。じゃあまた後でね~」

 

 

――

 

 

「純君純君!今度の土曜日って暇?」

 

 なんだろう、鷹岡の一件があってから倉橋に懐かれてる気がする。

 

「暇じゃなーい」

 

「えーなんか予定あるの?」

 

「家でゴロゴロする」

 

「それ予定じゃないよ~」

 

「いや、嘘。図書館行って本借りようと思ってる」

 

「そうなんだ。よかったらだけど私も付いてっていい?」

 

「いいよ。ていっても本借りるだけだから遊んだりとかしないぞ?」

 

「いいのいいの!」

 

「了解。何か借りる本とかあったら図書館に登録しないと駄目だから一応生徒手帳持ってきた方がいいよ」

 

「わかった!楽しみにしてるね!」

 

 そう言えば女子と休日に出掛けるのは凛香とペットを見に行った以来ないなと思った。スウェットとか適当な服装で行こうと思っていたが女子と出掛けるならそれ相応の服装をしないとならないなと考えていたら次の授業のチャイムが鳴ったので鞄から教科書を取り出し机に並べた。

 

 

 

 

 そして土曜日。待ち合わせは駅に13時。時計に目をやると家を出るには少し早いので適当に漫画を取り出して読むことにした。

 久しぶりに読んだのでやっぱり面白いなと感じる。

 ……――ふと時計を見ると夢中になって読んでいたので13時ギリギリに着くくらいの時間になっていた。遅れる可能性もあるので倉橋に連絡をする。

 

 南雲:悪い少し遅れるかも

 

 倉橋:大丈夫だよ

 

 南雲:急いで行くから

 

 倉橋:事故とか気をつけてね!

 

 事故の心配をしてくれるとか優しいなと思ったが、自転車をかっ飛ばしていくしか約束の時間に間に合わなさそうだったので事故に気を付けつつ急いでいこうと思った。出掛ける前に本を読んで家を出るのが遅れるのと掃除のときにアルバムを見て片付けが進まないのってなんか似てるなとか考えながら自転車を漕ぐ。俺の自転車の車輪は錆び付いていないので悲鳴はあげていなかった。

 

「倉橋!待ったか?」

 

「ううん、あんまり待ってないよ。あとハイ、これ」

 

 倉橋は女子特有の小さめのショルダーバッグから飲み物を出すと俺に差し出してきた。

 

「飲み物?どうして?」

 

「急いできたら疲れるだろうなって思ったからそこの自販機で買っておいたんだ」

 

「悪い、いくらだった?」

 

「いいよいいよ!付いてくって言ったの私だし!」

 

「うーん…あっ、じゃあ俺もなんか倉橋に買うよ」

 

「いいの?」

 

「待たした挙げ句に飲み物を買っておいてもらうって申し訳ないしな。どれがいい?」

 

「えーと…じゃあこれで!」

 

 そう言って倉橋が買ったのは桃の天然水だった。チョイスというかイメージが倉橋っぽいなと感じた。

 

「桃天ウマイよな」

 

「おいしいよね!純君って桃天って略すんだね」

 

「俺っていうか南雲家は桃天って呼んでいるな。他にはアクエリアスをアクエリとかポカリスエットをポカリって略してる」

 

「へ~そうなんだ!」

 

「略すといえば関西の人ってマクドナルドのことマクドって略すらしいけど、朝マックは何て言うんだろうな」

 

「朝マクドかな?……なんか語呂悪いね」

 

「な?悪いよな。企業側も朝マックってCMしてるしどうなんだろう。関西人の知り合いいる?」

 

「いないからわかんない!」

 

「誰か知ってるやついないかな」

 

 倉橋と話ながら少し離れた図書館まで歩いていると、倉橋が突然あっと声を出して立ち止まった。

 

「どうした?生徒手帳でも忘れたか?」

 

「ううん、噂を思い出して」

 

「噂?」

 

「うん。そこの花壇の話なんだけど」

 

 そう言って倉橋はある一軒家の前の歩道の脇にある花壇を指差す。それは市などで管理してるどこにでもある植樹帯の花壇だった。

 

「その花壇がどうかしたのか?」

 

「えっとね、近くまで行って見たらわかると思うんだけど…私も話だけしか聞いたことないから…」

 

「?、…うん、普通の花壇だな」

 

「なんか気づかない?」

 

「…………一輪だけ珍しいというか他の花とは違う気がする」

 

「そうなの、その花に関する話なんだけど――」

 

 倉橋の話はこうだった。植樹帯は町内会の方の手によって整備されていて花なども一年草のものが綺麗に並んでいるのだが、その規則的に整備されているものの中になぜか別の花が植えられているらしい。しかも不定期でその花は変わっているとのこと。

 

「それで花が自分で動いてこの花壇に来ているんじゃないかってことで"歩く花"っていう噂話になってるんだよ」

 

「歩く花か。この場合ブルーハーツは関係なくて状況を見て名付けられた感じだな」

 

「ブルーハーツってリンダリンダとか歌っている?」

 

「そうそう、ちなみに結婚する友達のために作った歌だからラブソングだよ」

 

「へ~今日家帰ったら聴いてみるね」

 

「話を戻すけど…えーと、マリーゴールドはわかるんだけど他は何の花?」

 

「赤いのがサルビアでピンクのがペチュニアだよ。どれも一年草で花壇に植えられることが多いんだけど…、この花だけはわかんない」

 

「動物だけじゃなくて植物も詳しいんだな、そういえば学校の花壇の整備のときに率先して動いてたっけ。歩く花についてはこれから図書館行くし図鑑でも広げてみるか」

 

「そうだね~。じゃあ一先ず図書館行こっか!」

 

 

 

 

 俺と倉橋は10分ほど歩いて図書館に着いた。着くと同時に倉橋がところでとこちらを向く。

 

「純君は何の本を借りに来たの?」

 

「読んだことない東野圭吾の本を借りようと思って」

 

「あっ知ってるよ!ガリレオの作者でしょ?」

 

「そうそう。文章が淡白って言われてるけど俺はそれが好きなんだよね」

 

「へ~。私も何か小説借りようかな」

 

「おっいいんじゃね。内容じゃなくて目を惹いたタイトルで決めるのもいいよ」

 

「うーん…なんかおすすめある?」

 

「どういうジャンルを読みたい?」

 

「えっとねー読みやすくて恋愛ものかな!」

 

「それだったら"恋空"か"イニシエーションラブ"だな。映像化もされてるから聞いたことあると思うけど」

 

「あっ恋空は観たことあるよ!」

 

「さすが女子。ちなみに俺は薦めておいてなんだけど恋空は読んだことない。イニシエーションラブはある」

 

「じゃあイニシエーションラブにしようかな」

 

「図書館にあるかわからないけどね。とりあえず貸出券作るか」

 

 倉橋の貸出券を作り各々借りる本を探す、俺は東野圭吾の変身と秘密を手に取る。歩く花を調べるための図鑑も一緒に取ってテーブルに広げる。索引を見ていると本を借り終わった倉橋も合流する。

 

「よかった、無事借りれたんだな」

 

「うん。ありがとね」

 

「俺はなにもしてないよ。とりあえず花を探そう」

 

 そう言ってページを捲る。

 

「花、綺麗だね」

 

「ああ」

 

 捲ってはそんなことを言い合う。するとあるページで手が止まった。

 

「これじゃない?」

 

「確かに。見比べてみるか」

 

 俺はあらかじめ撮っておいた画像と図鑑に載っているものを見比べる。

 

「これっぽいな。ダリアっていうのか」

 

「花言葉は移り気、華麗、優雅だって」

 

「妙に目立ってたけどなんか意味あるのかな、目印とか」

 

「花壇の前の家の人が使う暗号とか?」

 

「それにしちゃ回りとくどいよな。近くに花屋あったっけ?普通に植えられていないようなものだからなんか知ってるかも」

 

「確かすぐ近くにあるよ。行ってみる?」

 

「ああ。倉橋は時間とか大丈夫か?」

 

「もちろん!なんかこういうのってわくわくするね!」

 

「隠されている秘密を探る感じがいいよな。じゃあ行くぞワトソン君」

 

「?、なーにそれ?」

 

「シャーロック・ホームズ」

 

 図鑑を棚へと戻し借りる本をカウンターに持っていく。念のために聞いてみるかと思い受付のおばさんに尋ねてみる。

 

「すみません、図書館とは関係ないんですけど歩く花の噂って知ってますか?」

 

「歩く花?うーん…聞いたことはあるけど詳細はわからないわ。ごめんなさいね」

 

「そうですか、いえ大丈夫です。変なこと聞いてすみません」

 

「あっでも花壇を整備しているのは町内会の方々よ。図書館の前のはうちでも水をあげたりしてるけど」

 

「へ~、ちなみに植える花とかって決まってるんですか?」

 

「ええ、そうよ。役所にまちづくりに関する課があるんだけどそこに申請したら必要な分の種とかがもらえるのよ」

 

「そうなんですか。仕事中色々聞いてすみません」

 

「いいのよ、そういうのも含めて仕事なんだから。それではまたのご利用をお待ちしております」

 

 気のいい受付のおばさんはやはり仕事のことは忘れていなかったのか形式上の挨拶はしっかりとしていた。

 

「あのダリアの花はやっぱり町内会とは別なんだね」

 

「そうらしいな。とりあえず花屋に向かうか」

 

 

――

 

 

 花屋に到着、ちょうど例の花壇と図書館の中間距離らへんにあった。

 

「なんか外観がいかにも花屋って感じだな。自宅兼花屋みたいな」

 

「そうだね~、ドラマとかに出てきそう」

 

「えーと…見た感じ店員は若い女の人だけか」

 

「じゃあ入ってみよう~」

 

 そう言って店内に入ると少し小さめの声でいらっしゃいませと聞こえる。店内は落ち着いた雰囲気で花が所狭しと並べられているのではなくそれぞれが映える置き方をされてるように感じられた。現在俺達と店員さん以外はいなかったので歩く花について聞きやすいなと思った。

 

「店員さん、すみませんちょっといいですか?」

 

「は、ハイ、どうされましたか?」

 

 なんとなく引っ込み思案な印象を受ける。目を合わせてるというより俺の目と目の間を見ている。

 

「お姉さんは歩く花の噂って知ってますか?」

 

「歩く花?あっダリアのことですか。噂には聞いたことがありますよ」

 

「何であそこだけ違う花か知ってますか?」

 

「えっと…ごめんなさい。わからないです」

 

「そうなんですか~…」

 

 答えがわからなかったからか倉橋がしょぼんと小さく返事をする。そんな倉橋を見てお姉さんはあたふたとしながら情報を話す。

 

「あっでも花壇の花のお世話のことは色々と聞かれますよ。花屋なので」

 

「確かに枯れたら大変ですもんね」

 

「ハイ、ここの方々はイイ人ばかりですよ。ボランティアで水をあげるだけじゃなくて元気がなさそうな花とか見つけてどうすればいいか聞いてきますから」

 

「花のお世話ってやっぱり大変なんですね」

 

「でもそこが私好きなんですよ。お世話してあげた分応えてくれるというか自分の子供みたいで愛着が湧くんです。それでそれを買っていってくれたお客様も喜んでくれて」

 

「じゃあ花屋はお姉さんの天職なんですね」

 

「天職だなんてそんな。ありがとうございます」

 

「ねえ純君、良いこと思い付いたんだけど教室に飾る花買っていかない?」

 

「おっいいな。じゃあなんか買っていくか」

 

 お姉さんにオススメの花を聞いてアネモネを買っていく。二人で割り勘したがとりあえず倉橋が持って帰って月曜日に持ってくることになった。

 買い物と話が終わり俺達は件の花壇へと戻ることにした。

 

「結局何もわからなかったね」

 

「そうだなー、歩く花だし本当に歩いてきてるんじゃね?」

 

「ここの土って花にとって魅力的なのかな?」

 

「栄養がいいとか?」

 

「そうなのかも…あっ!」

 

「どうした…あっ」

 

 俺と倉橋が見る先には花壇の前の家に住んでるらしき人がいた。チャンスだと思って話しかける。

 

「すみませーん!ちょっと聞きたいことがあるんですがいいですか?」

 

「大丈夫だよ、どうしたの?」

 

 年齢は20代後半くらいだろうか、優しそうな大人の男性という印象を受けた。

 

「えっと、この花壇について聞きたくて」

 

「歩く花のことかい?」

 

「そうです、図書館行って調べたり花屋の店員さんに聞いてもわからなかったんです」

 

「花屋の店員に聞いたってことは若いお姉さんだったかい?」

 

「そうです」

 

「そっか、入江さんはやっぱり言わなかったのか」

 

 入江さん?花屋の若いお姉さんは入江さんっていうのか。

 

「うーん……君達は口が固いかい?」

 

「言われるなと言われたら絶対に言いません。国家機密を誰にも言ってないですから」

 

「私もです!」

 

「あはは、なんかのジョークかい?――そうだね、図書館に行って調べたり熱心だから歩く花の噂の真相を教えてあげるよ」

 

「「ホントですか!」」

 

「うん。ただし誰にも言わないっていうのが条件だけど」

 

「もちろんです」

 

 倉橋がそう答えるとお兄さんは姿勢を正すように話をし始めた。

 

「じゃあ話すよ。歩く花って名前をつけられてるけど君達は花が歩くと思うかい?」

 

「メリーポピンズやディズニーの世界なら動くと思います」

 

「私は動いたら素敵だなって思います」

 

「君達面白いこと言うね。でも二人はやっぱり花は動かないっていう考えだね。うん、合ってるよ。花は動かない、誰かが花を植えてくれてるんだよ。じゃあ誰が植えてるかってことだけど君達はさっきの僕の言い方からなんとなく検討がついているんじゃない?」

 

「入江さんですか?」

 

「そう。歩く花の正体は入江さんだよ」

 

「でも入江さんはわからないって言ってましたよ?」

 

「色々と考えた結果言わなかったんだと思うけど、きっと恥ずかしかったんじゃないかな。彼女少し恥ずかしがり屋だから。あと歩く花の噂を台無しにしたくなかったのもあると思う、悪い噂話じゃないからさ。どことなくロマンチックじゃない?」

 

「子供でいうサンタクロースみたいなもんですかね」

 

「そうそう。E.T.がゴム人形だっていうのはみんな知っているけどあえて口には出さないし、大人はサンタクロースの正体を知っているけど子供にバラさないでしょ?それと一緒で夢を壊したくなかったんだと思うよ」

 

「なるほど。言わなかった理由はわかったんですけどここの花壇っていうのはなにか理由があるんですか?」

 

「ああ、ここじゃなきゃダメな理由があるよ。じゃあここで問題です。なぜここじゃなきゃいけないんでしょうか?」

 

 突然クイズ形式にしたお兄さんはなかなか茶目っ気のある人だなと思った。少し笑いながら問題に答える。

 

「「誰かに見せたいから」」

 

 倉橋と答えがハモってしまい思わず顔を見合わせて笑っているとお兄さんも笑っていた。

 

「大正解!ここの家では僕と花好きな祖母の二人で暮らしているんだ。でも祖母は脚が悪くて外に出ることができなくてそれで僕が入江さんのところの花屋で家に飾る花を買ってたんだ。いつだったか…3年くらい前かな?花を買っている事情を知った入江さんが聞いてきたんだ。"私にもお手伝いできることないですか"って。最初は断っていたんだけど祖母が僕が買っていく花以外にも窓から見える花壇の花を楽しみにしているって話したら"じゃあ花壇に一工夫加えます"って言ってさ。それで歩く花の誕生さ」

 

「じゃあ花が不定期だけど変わるのは…」

 

「入江さんが違う花をわざわざ育てて変えてくれてるんだよ」

 

「素敵な話ですね」

 

「でしょ?だから僕も真相を言わないようにしているんだ。僕と祖母と入江さんの3人しか知らない秘密だよ。あっでも君達も入れたら5人か」

 

 お兄さんはそう言っておどけて笑った。なんだかその笑顔は遠いところにあるというか眩しく感じた。

 

 

 

 

 お礼を言って帰路へとつく。すると倉橋がポツリと呟いた。

 

「素敵な話だったね」

 

「そうだな。人の善意っていうか思い遣りというか」

 

「歩く花の噂もロマンチックだと思ったけど、真相はそれ以上にロマンチックだったね。誰かのためにずっと花を変え続けるなんて」

 

「…ブルーハーツの歩く花の中に "野に咲かず、山に咲かず、愛する人の庭に咲く"っていう歌詞があるんだ」

 

「それって――」

 

「うん。きっと入江さんはお兄さんのことが好きなんだと思う」

 

「そうだよね。そうじゃなきゃ何年も花を変えるなんてできないもんね」

 

「休日にいい話きけたな」

 

「うん!じゃあ帰ろっか!」

 

 俺達が知らなかったり気付いていないだけで身の回りには色々な善意で溢れてるのかもしれないと思った。ゴミが1つも落ちていない公園も歩きやすく整備された歩道も、あって当たり前のものじゃなくて誰かが良くしたいと思って生まれたものなんだと気付かされた。

 




話の中でも出てきましたが題名にある歩く花はブルーハーツの曲です。
ブルーハーツ名義で出されていますが演奏してるのはヒューストンズという別のグループということもあってかリンダリンダやTRAIN-TRAINのような有名な曲とはかなり違う印象を受けると思います。
自分の中で倉橋さんは恋愛に対しても積極的なイメージがあるので遊びに誘うのも普通にしてくるんじゃないかなって思って書きました。

作中で植えられていたダリアなんですが外に植えることができるかはわかりません。すみません。話を書いていく中で最初は花の種類については触れていなかったんですが書き上げたあとに読み返してみて不自然だなと感じたので花について調べて素人知識で話に加えました。


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第20話 ビジョンの時間 その1

明日も同じ時間に投稿します。
菅谷君と片岡さんの個人回を飛ばしてしまい申し訳ございません。南雲君の捩じ込み方が思い付きませんでした。


 季節は夏。本格的な暑さはまだまだだがそれでも暑いことには変わりはない。授業中に関わらず俺達は机に突っ伏して溶けている。

 

「「「暑っぢ~」」」

 

「全くだらしない…ちなみに先生は放課後には寒帯に逃げます」

 

「「「ずりぃ!」」」

 

 殺せんせーも文字通り溶けている。

 

「でも今日プール開きだよね!体育の時間が待ち遠しい~」

 

「いやそのプールも地獄なんだよ、プールは本校舎にしかないから山道を往復しなきゃいけないし」

 

「そうだったー…本校舎まで運んでよ殺せんせー」

 

「先生のスピードを当てにするんじゃありません!…でもまぁ気持ちはわかります」

 

 そう言うと殺せんせーは教科書を閉じ立ち上がる。

 

「そばの裏山に小さな沢があったでしょう。そこに涼みに行きましょう」

 

 促されるままに俺達は準備をするが沢なんてあっただろうか?俺が首をかしげてると千葉が殺せんせーの説明を補足するかのように話しかけてくる。

 

「足首まであるかないかの深さのがあってたぶんそれのことだと思う」

 

「じゃあ出来るとしたら水かけ遊びくらいか。俺達は魚人じゃないから散弾銃にはならないな」

 

「アーロンパーク編か、懐かしいな」

 

 さすがワンピース、誰にでも通じる。

 

 男子は教室、女子は別室で水着を中に着てジャージをその上から着る。水着特有のゴムの締め付け感がいずい。

 

「皆さん準備ができたようですね、それでは向かいますよ」

 

 殺せんせーが遠足の引率のように先導する。少し歩いたところで肩を小さな力でトントンと叩かれたので振り返ると神崎がいた。

 

「どうした?」

 

「鷹岡先生から助けてくれたお礼がしたくて」

 

「あーそういえば」

 

「本当はもっと早く言いたかったんだけど倉橋さんと話してることが多かったから話しかけられなくて。どうしても直接言いたかったから、本当にありがとう」

 

「そんな改まらなくても。助けるのは当たり前なんだから」

 

「なんか南雲君には助けられてばかりだね」

 

「俺だって神崎を始めとしてみんなに助けられてるよ。学校だって楽しいし」

 

「ふふっ、なんかお礼を言ったら毎回謙遜してる気がする」

 

「まあなんだ、照れくさいんだよ」

 

 俺の言葉に神崎は上品に微笑む、それを見て俺は斜陽の最後の貴婦人はこんな感じだったのだろうかと考える。

 

「なんか聞こえね?」

 

 前原の一言にみんなは立ち止まり耳を澄ませる。殺せんせーはそんな俺達を見てにやにやとしている。

 

「これって…」

 

「もしかして…」

 

 何かを察した俺達はさあさあと流れる音がする方へと走る。深い茂みを抜けるとそこは自然豊かなプールだった。

 

「小さな沢を塞き止めコースを整えることで自然のプールを作りました。制作に1日、移動に1分。あとは1秒あれば飛び込めますよ」

 

「「「いやっほぉう!」」」

 

 全く。こーゆー事をしてくれるからうちの先生は殺しづらい。

 

 

 

 

 みんなはビーチボールで遊んだりクロールで競争したりなどしている。俺は背泳ぎの形で浮いてラッコのように漂っているが俺のすぐ近くに浮き輪に座りながらみんなの盛り上がりとは逆に溜め息をつく茅野の姿があった。

 

「楽しいけどちょっと憂鬱。泳ぎは苦手だし水着は体のラインがはっきり出るし」

 

「中学生なんだし茅野くらいが普通だろ。周りがちょっとあれなだけで」

 

「うーん…そうなのかなあ」

 

「たぶんそうだろ」

 

「たぶんって。…なんかこのプールを見てスティーブンキングの映画を思い出したよ」

 

「クリープショー2の"殺人いかだ"だろ。たしか最初に死んだのは女性だったから茅野が先にいなくなるな」

 

「それは嫌だなぁ。まだまだ成長するかもしれないのに」

 

「大丈夫さ茅野。その体もいつかどこかで需要があるさ」

 

「うん岡島君。二枚目面して盗撮カメラ用意すんのやめよっか」

 

 岡島はバズーカみたいな立派なカメラを持参しているが堂々としすぎてて逆に盗撮がバレないみたいな感じだ。岡島のこの行動に名前をつけるとしたら"勇気"というのがふさわしいなと思った。女子にドン引きも気にせず堂々と盗撮するその様が。

 そんなことを考えていたら突如ピピピッと笛の音がプールに響く。

 

「木村君!プールサイドを走っちゃ行けません!転んだら危ないですよ!」

 

「あ、す、すんません」

 

 注意された木村はというと鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をしている。

 

「原さんに中村さん!潜水遊びはほどほどに!溺れたかと心配します!」

「岡島君のカメラも没収!」

「狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!」

 

(((小うるせぇ…)))

 

 注意と共に笛の音がひっきりなしにプールに響く。

 

「いるよな、自分のフィールドで王様気分の人」

 

「ありがたいのにありがたみが薄れるやつな」

 

「ヌルフフ、自然を活かした緻密な設計。皆さんにはふさわしく整然と遊んでもらわなくては」

 

「固いこと言わないでよ殺せんせー、水かけちゃえ!」

 

「きゃんっ!」

 

 え?なに今の子犬のような悲鳴は。何かを思い付いたかのようにカルマはスウッと殺せんせーの下へと泳ぎ殺せんせーの座っている椅子を揺らす。

 

「きゃあっ!揺らさないで水に落ちる!」

 

 …もしかして。

 

「いや別に泳ぐ気分じゃないだけだし。水中だと触手がふやけて動けなくなるとかそんなん無いし」

 

 泳げないし水で触手がふやけるのかよ。

 だが俺達の大半は直感した、今までの中で一番使える弱点だと。

 

 

 

 

 数日後。登校していると渚がいつもより眠そうな様子で歩いているので声をかける。

 

「よっ渚。いつもより眠そうだな」

 

「南雲君おはよう。ちょっと昨日の夜中に殺せんせーと片岡さんのお手伝いをしてさ」

 

「へ~。お手伝いって?」

 

「片岡さんの本校舎の友達が泳げないからそれを泳げるようにするために演技したんだ。なんかその友達のせいで片岡さんがE組落ちしたらしいんだけど」

 

「そんなやつ放っておけばよかったのに」

 

「なんか殺せんせーが共依存がどうのとか色々言ってて泳げるようにする流れになったんだよね。それより聞いてよ、殺せんせーやっぱり泳げないって」

 

「やっぱり?」

 

「うん。でも水中でも一人くらいなら相手できるしそもそも落ちないから大して警戒してないって」

 

「そっかー。じゃあ水の弱点は組み合わせて使うことになるな」

 

「そうだね――」

 

 なにかを言いかけたところで思い出したかのようにあくびをする渚。

 

「そんなんで一時間目のプールの授業大丈夫か?」

 

「…うん。ほどほどにしとくよ」

 

 

――

 

 

 教室に着き授業の準備をしていると岡島が勢いよく戸を開き街で号外を配る新聞員のように声を上げる。

 

「おい皆来てくれ!プールが大変だぞ!」

 

 岡島の一言にクラス全員がプールに向かうとそこにはベンチなどの設備が破壊され投げ捨てられている状態だった。

 

「ニュースとかで見るゴミ山ってこんな感じだよな」

 

「冷静に言ってる場合か純一!メチャメチャじゃねーか!」

 

「ゴミまで捨ててひどい…誰がこんなことを…」

 

 ふと渚を見ると寺坂グループの三人を見ていた。寺坂達はにやにやとしておりまるで自分達がやりましたと公言しているようなものだった。

 

「あーあー…こりゃ大変だ」

 

「ま、いーんじゃね?プールとかめんどいし」

 

「んだよ渚。何見てんだよ。俺らが犯人とか疑ってんのか?くだらねーぞその考え」

 

 殺人現場で誰が犯人なんだとか言っておいて血塗れの服を着てるくらいには疑わしいんだけどな。

 

「まったくです。犯人探しなどくだらないからやらなくていいですよ」

 

 そう言って殺せんせーは匠も真っ青なビフォーアフターを披露する。何ということでしょう。荒れたプールが一流ホテルばりのプールに早変わり。

 

「ハイこれで元通り!いつも通り遊んでください」

 

「「はーい」」

 

 そう言ってプールを離れてく殺せんせー。俺は渚達と話をする。話題はもちろん寺坂だ。

 

「寺坂達なんか変じゃないか?」

 

「うーん…元々3人とも暗殺とかに積極的じゃなかったけど…特に寺坂君が苛立っている気がする。たぶん主犯は彼だと思うし」

 

「放っとけよ。いじめっ子で通してきたあいつ的には面白くねーんだろ」

 

 そう言った友人は我関せずといった様子で言い捨てる。カルマはというといつも通りのにやけた様子で飄々と話す。

 

「殺していい教室なんて楽しまないほうがもったいないと思うけどね~」

 

 カルマの意見には同意だった。せっかくもらった権利というかこの状況を楽しまないのは損だと感じる。俺達の周りでは蝉が絶え間なく鳴き続けている。その鳴き声は、まるでこれから何かが起きるということを教えてくれているように思えた。

 

 

――

 

 

 教室に戻ろうと校舎に入ると教室から大きな声が聞こえてきた?この声は――吉田か?

 

「マジかよ殺せんせー!」

 

「この前君と話したやつです。プールの廃材で作ってみました」

 

 作ったってなにを……すげー!

 

「「まるで本物じゃねーか!」」

 

 吉田と完璧にハモってしまった。そこには曲線美が美しい木材のバイクに跨がっている殺せんせーがいた。いや殺せんせーはこの場合どうでもいい、バイクが素晴らしく男心をくすぐるものがある。

 

「このバイク最高時速300km出るんですって。先生一度本物に乗ってみたいです」

 

「アホか!抱きかかえて飛んだほうが速えだろ」

 

 吉田の一言にクラスに笑いが生まれる。良い雰囲気だと思っていると教室の戸が開かれる。

 

「何してんだよ、吉田」

 

「あ、寺坂。いやぁついバイクの話で盛り上がっちまってよ。E組にあんまり興味のあるやついねーから――」

 

 吉田の言葉を遮るようにバキッという木材が折れた音が教室に響く。寺坂が殺せんせー自作のバイクを蹴って破壊したのだ。

 

「何てことすんだよ寺坂!」

 

「謝ってやんなよ!殺せんせーも可哀想でしょ!」

 

 寺坂は机から何かを取り出し振りかぶりながら話始める。

 

「…てめーら虫みたいにブンブンうるせーな。駆除してやるよ」

 

 そう言って寺坂は手に持っているものを床に叩きつける。取り出したのは殺虫剤のスプレー缶だった。教室中に勢いよくガスが散布されるがスプレーってああいう感じで叩きつけたくらいで中身出たっけ?たまたま穴が開いたのか?

 

「寺坂君!ヤンチャするにも限度ってもんが――」

 

 寺坂を制止しようと肩を掴んだ殺せんせーの手をはね寺坂は尚も反抗する。

 

「さわんじゃねーよモンスター。気持ちわりーしつまんねーんだよ。テメーも、モンスターに操られて仲良しこよしのテメーらも」

 

 敵意を全員に向ける寺坂に呆れながら俺は溜め息と共に話しかける。

 

「中学入学してからお前みたいなやつ増えたよな。全部分かったような顔して勝手にひねくれて、学校がつまんねえだのなんだの。学校なんて関係ないだろ、お前がつまんねえのはお前のせいだ」

 

「そうだよ寺坂、気に入らないなら殺せばいいじゃん。せっかくそれが許可されてる教室なのに」

 

 カルマも寺坂に向けて話すが俺達の言葉は半ば煽り文句みたいになってしまったので寺坂は怒った顔でこちらに詰め寄ってくる。

 

「何だよテメーら、ケンカ売ってんのか?上等だよ。だいたいテメーらは最初から――」

 

 文句を言いながら近づいてくる寺坂の顔をカルマは思いきり掴み、人差し指を口に当てて幼子をあやすように言葉を続けた。

 

「ダメだってば寺坂。ケンカするなら口より先に手を出さなきゃ」

 

「っ!放せ!くだらねー!!」

 

 カルマを振りほどくと寺坂は教室から出ていく。シンとした空気が一瞬流れると男子の誰かが呟く。

 

「…何なんだアイツ」

 

「平和にやれないもんかな…」

 

 ふと殺せんせーを見ると顎に手をやって何かを考えている様子だった。それを見て俺は太宰治の有名な横顔の写真を思い出した。

 

 

 

 

 翌日。昼休みになったが寺坂はまだ登校していない。だがそんなことより変わったことがあった。

 

「ぐすっぐすっ」

 

 殺せんせーがずっと泣いているのだ。それを見かねたのか矢田達と昼食を一緒に食べていたビッチ先生が話しかける。

 

「なによ、さっきから意味もなく涙を流して」

 

「鼻なので涙じゃなくて鼻水です。どうも昨日から体の調子が変です、夏風邪ですかねぇ…」

 

 目と鼻がだいたい同じ位置についているからまぎらわしいな。みんなが殺せんせーを見て苦笑いをしていると教室の戸が開かれる。

 

「おお寺坂君!!今日は登校しないのかと心配でした!昨日のことなら皆気にしてませんよ!ね?ね?」

 

「うん…それより鼻水がだらだら垂れてて寺坂の顔にかかってるよ…」

 

「寺坂君、やはり先生と一度話しましょう。悩みがあるなら聞かせてください」

 

 寺坂は少し黙ったあとに殺せんせーのネクタイで乱暴に涙、もとい鼻水を拭いて口を開く。

 

「おいタコ、そろそろ本気でぶっ殺してやんよ。放課後にプールへ来い、水が弱点なんだろ?テメーらも全員手伝え!俺が水の中に叩き落としてやっからよ!」

 

 寺坂が全員に暗殺を呼び掛けるが応えるものはいない。すると前原がゆっくりと席を立ち上がり俺達の意見を代弁する。

 

「お前ずっと皆の暗殺に協力してこなかったよな?それをいきなり命令されてハイやりますって言うと思うか?」

 

「別にいいぜ来なくても。そん時は俺が賞金独り占めだ」

 

 そう言って寺坂は教室を出ていく。それと同時に教室全体が呆れにも似た溜め息をつく。

 

「私行かなーい」

「同じく」

「俺も今回はパスかな」

 

「皆行きましょうよぉ!せっかく寺坂君が殺る気になったんです。皆で一緒に暗殺して気持ち良く仲直りです」

 

「…まず殺せんせーの顔が気持ち悪いよ」

 

 メトロイドフュージョンに出てくるボスのナイトメアそっくりに顔が粘液でデロデロになっている。

 ふと渚がいないことに気づいた。寺坂を追ったのか?最近の寺坂だと手を上げることも少なくないので念のため俺も追うか。そう考えて教室を出る。すると外から渚と寺坂の話し声が聞こえたので物陰から盗み聞く。

 

「本気で殺るつもりなの?」

 

「当たり前じゃねーか」

 

「だったら…ちゃんと皆に具体的な計画を話した方がいいよ。しくじったら同じ手は使えないんだし」

 

「具体的な計画なんて――…うるせぇよ。弱くて群れるばっかの奴等が、本気で殺すビジョンも無いくせによ。俺はテメーらと違う。楽して上手に殺るビジョンを持ってんだよ」

 

 …寺坂は計画に自信を持ってる様子だったが俺の目には自分に自信を持ってるようには見えなかった。喋る言葉が、具体的に言うならばビジョンという単語が誰かの受け売りというか借り物のようで、当てはまらないパズルのピースのようなちくはぐさに胸騒ぎがした。

 

 

 

 

 放課後となったが俺とカルマはプールには行かなかった。俺は迷っていたがカルマに一緒にサボろうと言われたから行かないことにしたのだ。

 

「寺坂の方に行かなかったのはサボりたいっていうのもあったんだけど渚君の暗殺について南雲に聞きたかったんだよね」

 

「俺に?渚本人じゃダメなのか?」

 

「うーん…渚君本人に聞くのはなんか変な感じするっていうか。その点南雲君は頭良いし俺に近い視点で見てたんじゃないかなって」

 

「カルマに近い視点って。俺なんか渚の暗殺を見て嫉妬したよ」

 

「ふーん、それってどういう意味の嫉妬?劣等感?」

 

「いや普通に自分に持っていないものを持ってる羨ましさからくる嫉妬だな」

 

「南雲の口から嫉妬って聞くと嫌みっぽいなあ。本校舎の連中の言葉を借りるなら文武両道でナイフ術、射撃も高い能力を持っている南雲はどちらかというと嫉妬される側なんだから」

 

「まあ、なんだ。能力って先天性と後天性のものってあるだろ?俺はどっちかというと努力の人だから。先天性のものなんて持ち合わせてないつもりだ。…まあ体の大きさとかは恵まれてるけど。話を戻すけど渚の暗殺は直接見なきゃどうしてもわからないというか伝わらない部分がある、だから渚が次なにかやるときはちゃんと見とけよ」

 

「ま、百聞は一見に如かずって言うしね。機会が巡ってくることを祈ってるよ」

 

「努力って言葉で思い出したけど期末テストに備えて勉強してる?」

 

「特別備えてはいないよ。だって殺せんせーだよ?教え方いーし大丈夫でしょ。それに――」

 

 カルマが何か言おうとしたが爆発音で遮られた。俺とカルマは顔を見合わす。

 

「なあ、今の音って…」

 

「十中八九寺坂絡みだろうね。でも――」

 

 状況から考えて寺坂関係で間違いないと思うが普通ではない音だ、暗殺以外の何かが起こっていると考え俺達はプールへと走る。

 ――俺達が目的地に着くとプールはなくなっていた。もっと正確に言うならばプールに溜まっている水が抜けて裏山特有の明るい色をした岩肌が広がっていたのだ。

 俺達の目に映るのは疲労困憊の様子のE組面々と言葉を失い両膝を地面について項垂れている寺坂の姿だった。

 

 




ちょっと長くなるなと感じたのでキリがいい場面で次回に続きます。
茅野さんは昔の映画とかも詳しいだろうなと勝手に考えたのでスティーブンキングについて触れさせました。
クリープショーについてですが作者が幼いときに見た記憶を頼りに感想を言うと古き良きB級ホラー映画だなと思います。興味を持った方は是非観てみてください。オムニバス形式なので今回触れた殺人いかだだけ見ても影響はありません。


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第21話 ビジョンの時間 その2

既にGWが待ち遠しいです。


「寺坂、何があった?お前何をした?」

 

 現状を見て苛立っているのか少し冷たい声音だなと自分でも思った。寺坂は声を震わせながら話す。

 

「俺は…な、何もしてねぇ。話が違げーよ…イトナを呼んで突き落とすって聞いてたのに…」

 

 イトナってことはシロ関係か。話してる内容的にどうやら聞かされてた計画とは大きく違うことが起きてるらしい。

 

「なるほどねぇ、自分で立てた計画じゃなくてまんまとあの2人に操られてたってわけね」

 

 カルマの正論とも言える言葉を聞いて寺坂は違うと叫びカルマに詰め寄る。

 

「言っとくが俺のせいじゃねーぞカルマ!こんな計画やらす方が悪りーんだ!皆が水に流されてったのも全部奴等が――」

 

 ゴッという拳の鈍い音が響く、カルマが寺坂を殴り諌めたのだ。

 

「ターゲットがマッハ20で良かったね、でなきゃお前大量殺人の実行犯にされてるよ。流されたのは皆じゃなくて自分じゃん。人のせいにする暇があったら自分の頭で何をするべきか考えたら?」

 

 そう言ってカルマは騒ぎの方へと走っていく。残された俺は呆気に取られてる寺坂に声をかける。

 

「今回の騒ぎは寺坂、お前一人が起こしたことじゃない。クラスで居心地悪そうにしていたお前を放置してた俺達全員の責任だ。ただそこにつけこまれただけだ。それに今回の出来事の責任をクラス全員で割れば27分の1だから気にすんな」

 

「その計算はおかしいだろ…」

 

「でもそう考えたら楽になったろ?…お前が始めた暗殺だ、嘆いてないで行くぞ」

 

「ああ、すまねーな。…南雲ひとつ聞いてくれねーか?」

 

「手短にな」

 

「…俺は自分が強いと思ってた。ガタイと声がデカいだけで大概のことは有利に運んだしたまたま勉強もできたし椚ヶ丘に入学したよ。だけど――ここじゃその生き方は通じなかった。本当は俺は弱かったんだ。」

 

「本当に弱いやつは自分を弱いとは言わないらしいぞ。それは…そう言う人は強くあろうとする者って言うらしい。まあ、俺の言葉じゃないけどな」

 

 俺の言葉に寺坂は何も返さなかった。府に落ちたというか少なくとも先程のように狼狽えた様子はないので大丈夫だろう。あとはシロ達をどうにかするだけだ。

 俺と寺坂はカルマのあとを追って走るとすぐに追い付いた。いや追い付いたというよりは全員が動けない状況になっていたところに合流したという感じだ。

 皆の視線の先を見るとイトナと殺せんせーが前に行われた教室での試合のように戦っていた。だが前回と決定的に違うのは殺せんせーがかなり押されぎみということだ。

 

「触手の数を減らしてパワーとスピードに特化させたからね、より操りやすく一撃を鋭くしたんだよ。片や君は生徒を助けたことにより全身が濡れ動きが鈍っている。心臓を破壊するのも時間の問題だ」

 

 シロの懇切丁寧な説明のあとに寺坂がそれだけじゃねえと言葉を続ける。

 

「力を発揮できねーのはお前らを助けたからよ、タコの頭上を見てみろ」

 

 あれは…

 

「村松と吉田と原!」

 

「それに原が今にも落ちそうだ!」

 

「あいつらの安全に気を配るからなお一層集中できない。おそらくシロはそれも計算に入れている」

 

 淡々と説明する寺坂を前原が問い詰める。

 

「のんきに言ってんじゃねーよ!マジで危険なんだぞ!お前ひょっとして今回の事全部奴等に操られてたのかよ!?」

 

「フン、あーそうだよ。目標もビジョンもねぇ俺みたいなやつは頭の良いやつに操られる運命なんだよ」

 

 自嘲気味に笑って言う寺坂を皆は少し睨む。だがそれに怯むことなく寺坂は急に覚悟を決めた真面目な顔になって言葉を続ける。

 

「だかよ、操られる相手ぐらいは選びてえ。だからカルマに南雲!テメーらが俺を操ってみろや。お前らの頭脳で俺に作戦を与えてみろ!完璧に実行して全員助けてやる!」

 

 指名されたカルマと俺は顔を見合わせ軽く笑う。カルマはいつものいたずらっ子がするようなずるい笑顔のまま口を開く。

 

「良いけど…実行できんの俺の作戦?死ぬかもよ?」

 

「やってやんよ、こちとら実績持ってる実行犯だぜ?」

 

「カルマ、寺坂だけだとあれだから俺も使えよ」

 

「ふーん、南雲もいるなら大丈夫だね」

 

 カルマと俺の言葉を聞いて寺坂は文句を言いたげだったが指示を待っている状態だ。10秒くらい経ったあとにカルマがよし!と言うとそのまま作戦を言い始めた。

 

「原さんは助けずに放っとこう!」

 

 え?俺と寺坂のみならずクラス全員がポカンとなる。

 

「カルマふざけてんのか?原が一番危ねーだろうが!ふとましくヘヴィだから掴まっている枝も折れそうだ!」

 

[寺坂さぁ昨日と同じシャツ着てんだろ?同じとこにシミあるし。やっぱお前悪だくみとか向いてないよ」

 

「あァ!?」

 

「でもな、バカでも体力と実行力持ってるからお前を軸に作戦立てるの面白いんだ。まぁ南雲っていう上位互換がいるけど。それでもお前の方が面白いよ。だから俺を信じて動いてよ、悪いようにはならないから」

 

「ふん、いいから早く指示よこせ」

 

「わかった。みんなにも動いてもらうから指示をちゃんと聞いてよ――…」

 

 カルマが一通り説明し、皆は無言で頷きそれぞれの持ち場へと移動し、作戦の起点である寺坂は殺せんせー達の下へと行く。

 

「さて足元の触手も水を吸って動かなくなってきたね。とどめにかかろうイトナ、邪魔な触手を全て落としその上で心臓を」

 

「おいシロ!イトナ!よくも俺を騙してくれたな!」

 

「…ああ君か。まぁそう怒るなよ、ちょっとクラスメイトを巻き込んだだけだしE組で浮いてた君にとっては丁度良いだろう?」

 

「うるせぇ!テメェら許さねぇ!イトナ!俺とタイマン張れや!」

 

「やめなさい寺坂君!君が勝てる相手じゃ…」

 

「すっこんでろタコ!」

 

「布切れ一枚でイトナの触手を防ごうとは健気だねぇ。黙らせろイトナ、殺せんせーに気を付けながらね」

 

 イトナは寺坂に対して触手を振るう。だが寺坂はそれをシャツを盾のようにして受け止めることができた。なぜなら死ぬ威力ではないからだ。今までのシロの言動から生徒に振るわれる触手の威力は明らかになっていて生徒が生きてるからこそ殺せんせーの集中が削げるというのがカルマの見解だ。どうやらその通りだったらしい。

 

「よく耐えたねぇ、ではもう一発だ」

 

 気絶する程度の触手に死ぬ気で喰らいつくのが寺坂の仕事、そして俺の仕事は寺坂への追撃を防ぐこと。狙撃銃の乾いた発砲音がプールに響いた。2本しかないイトナの触手の片方を破壊することに成功する。直後イトナは激しくくしゃみを繰り返す。作戦の成功を確信したのかカルマが得意気に語り始める。

 

「寺坂のシャツが昨日と同じってことは教室で撒いたスプレーの成分をたっぷり浴びたってことだ。殺せんせーと同じく触手を持つイトナだってタダで済むわけがない。――で、イトナに一瞬でも隙を作れば原さんは殺せんせーが勝手に助けてくれる。殺せんせーと弱点が同じなら後は同じ事をやり返せばいいだけだ」

 

 カルマが身ぶりで指示を出すと個別の作戦を実行した俺と寺坂以外のE組全員が高いところから水へと飛び込みイトナに水を吸わせる。イトナの触手は見る見る内に膨れ上がっていく。

 

「だいぶ水吸っちゃったね、これであんたらのハンデは少なくなった」

 

 イトナだけでなくシロも表情には出さないが動揺が見て取れる。

 

「で、どーすんの?賞金持ってかれんのも嫌だし皆あんたの作戦で死にかけてるし。まだ続けるつもりならこっちも全力で水遊びさせてもらうよ」

 

「……してやられたな、丁寧に積み上げた戦略がたかが生徒のせいでメチャメチャだ。ここは引こう、皆殺しにするのは容易いがモンスターがどう暴走するかわからないしね。帰るよイトナ」

 

 シロの言葉を聞いてもイトナは動こうとしない。むしろ怒りに肩を震わせ今にも殺せんせーに飛びかかりそうな様子だ。

 

「どうです?皆で楽しそうな学級でしょう?そろそろちゃんとクラスに来ませんか?」

 

「…フン」

 

 イトナは殺せんせーの言葉を聞くと呆れ返った表情に変わりシロとそのまま去っていった。それを確認した全員は安堵の溜め息をつく。

 

「なんとか追っ払えたなー」

 

「良かったね殺せんせー、私達のお陰で命拾いして」

 

「ヌルフフフ、もちろん感謝してます。まだまだ奥の手はありましたがねぇ」

 

 殺せんせーのいつものにやついた笑みを見て本当に騒ぎが収まったんだなと実感する。渦中にいた原がそういえばと寺坂に詰め寄る。

 

「寺坂君さっき私の事さんざん言ってたね。ヘヴィだとかふとましいとか」

 

「い、いやあれは、状況を客観的に分析してだな…」

 

「言い訳無用!動けるデブの恐ろしさ見せてあげるわ!」

 

「あーあ、ほんと無神経だよな寺坂は。そんなんだから手の平で転がされんだよ」

 

「うるせーカルマ!高いところから見てんじゃねー!」

 

 そう言うと寺坂はカルマを水の中へと引きずり込む。カルマはぶっと普段からは想像できない声を発して着水することになった。

 

「はぁァ!?何すんだよ上司に向かって!」

 

「誰が上司だ!南雲の狙撃による保険があったからと言って触手を生身で受けさせるイカれた上司がどこにいる!」

 

「水に濡れてないのは南雲も一緒だろ!」

 

「いや、俺は上司というか業務を任された下請けみたいなもんだから」

 

「話を逸らすなカルマ!大体テメーはサボり魔のくせにオイシイ場面は持っていきやがって!」

 

「あーそれは私も思ってた」

 

「この機会に泥水もたっぷり飲ませよう」

 

 周りの同調もあり急遽カルマを水に叩き落としたりするなどの遊びが始まる。

 俺はそれを見て安堵する。寺坂が乱暴で直情的なままだがクラスに馴染んでいたからだ。その事が内心嬉しくて遠くから見て笑っていると神崎が来て話しかけてきた。

 

「南雲君なんだか嬉しそうだね」

 

「ああ、やっとなんかクラスが1つになったていうか。それが嬉しくて」

 

「確かにやっと1つになったって感じだよね。…さっきの狙撃カッコよかったよ」

 

「てんきゅ、あのときら訓練通り当たってよかったなって顔には出さないけど安心してたよ、任されたからにはそれに応えるしかないから。それより神崎も皆と一緒に水に飛び込んだの意外だったな」

 

「そうかな?でも確かに普段しないことだから場にそぐわないけど内心楽しんでたかも」

 

「神崎って意外と茶目っ気あるよな。てか俺達は水遊びしてるわけじゃないからこのままここにいたら神崎は体が冷えるな。校舎に戻って着替えるか?」

 

「ううん、もうちょっとここにいたいな。せっかく皆楽しそうだし」

 

「そっか。じゃあこれ、上着羽織れよ。何もないよりましだと思う」

 

 俺が制服の上を渡すと神崎はありがとうと一言言ってそのまま着る。貸しといてなんだけど匂いとか大丈夫だろうか?気を遣ってはいるが汗とかかいたし心配になってきた。

 

「あー神崎。匂い大丈夫か?汗とか欠いたから不安になってきた」

 

「ふふっ大丈夫だよ。良い匂いだしなんか安心する」

 

「そっか、それならよかった」

 

 それきり二人の間には言葉がなくなり無言の時間が流れる。バカ騒ぎしている生徒を見ていると神崎が不意に言葉をこぼす。

 

「海、行きたいね」

 

「海?海水浴?」

 

「うん」

 

「そうだな、クラス全員で行けたら楽しいだろうな」

 

「……そうだね」

 

「それよりさ、ちょっといいか?」

 

「?、どうしたの?」

 

「あまり大きい声では言えないんだけど…」

 

 俺が小声で相談すると神崎は驚き、そして笑った。

 

「そんな変なことではないと思うんだけどなぁ」

 

「ううん、南雲君はやっぱり優しいなって。私も色々と考えてみるね」

 

 日々の忙しさですっかり忘れていたなと自分を叱りたくなった。だが期限までにはなんとかなりそうだったのでテスト勉強はもちろんそれに向けても準備をしっかりとしないとなと考える。暦はすでに7月。俺達にどんなことが起きようと時間の流れは止まってくれない、その事を実感した。

 

 

 

 

 ~個人トーク~

 

 千葉:よくイトナの触手を破壊できたな

 

 南雲:イトナが結構動揺してたからな

 

 南雲:寺坂の頑張りがあったからだよ

 

 千葉:撃つ時ってなに考えてる?

 

 南雲:照星と照門を合わせて目標をよく見るってことくらい

 

 南雲:ていうか千葉の方が成績良いから俺が聞きたいくらいだよ

 

 千葉:ちょっとでも人のコツを取り入れて命中率が良くなったらそれだけ殺せる確率が上がるからな

 

 南雲:仕事人だな

 

 千葉:仕事人って響きいいな

 

 南雲:いいよな

 

 千葉:うん

 

 南雲:うん

 

 千葉:オウム返しか

 

 南雲:まあ返信に困ったからな

 

 千葉:それだったら無視してくれてもいいのに

 

 南雲:まあまあ

 

 南雲:ちょうど勉強の休憩してたからさ

 

 千葉:俺も勉強しなきゃなあ

 

 南雲:千葉は実は勉強してそうだけどな

 

 千葉:本格的には始めてないかな

 

 南雲:それはほぼやってるようなもんだろ

 

 千葉:殺せんせーの授業面白いからさ

 

 千葉:今までとなんか違うんだよな

 

 南雲:確かにそれは感じるな

 

 南雲:じゃあ勉強に戻りますので

 

 千葉:わからないとこあったら聞くから

 

 南雲:答えや解説を見てくれ




南雲君が神崎さんに相談したことは次の話で明らかになります。
思ったよりボリュームが少なかったのでオマケで個人トークを書きました。作者の中で千葉君は射撃に関して貪欲なイメージがあります。なので他人の射撃とかを見て良いところは自分の中にどんどん取り入れてるんじゃないかなって勝手に考えています。

南雲君の射撃の成績に関しては速水さん以上千葉君未満という設定です。南雲君何でもできてチートやんって感じてる方もいると思いますが原作での各種成績を見るとカルマ君や磯貝君、片岡さんはオールラウンダーで全ての成績がトップクラスです。地味に速水さんも射撃だけでなくナイフ術や勉強の成績も良いです。
なので作者の中では全然チートではないつもりで努力をするカルマで且つ精神的に落ち着いていて本番に強いタイプと考えて執筆しています。


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第22話 期末の時間

ようやく期末テスト、つまり夏休みの一歩手前まできました。


 今さらだが椚ヶ丘中学校では成績が全てである。E組を誰に恥じることもないクラスにすると目論んでいる殺せんせーにとって期末テストは1学期の総仕上げ、つまり決戦の場である。だからと言って俺達も勉強をやらされているわけではない。自主的に勉強に励みわからないところは質問する、そんな模範的な勉強に対する姿勢を取っていた。

 

「ヌルフフフ、皆さん1学期の間に基礎がガッチリ出来てきました。この分なら期末の成績はジャンプアップが期待できます」

 

 前回のテストのとき同様殺せんせーの分身が一人一人についている。寺坂の苦手教科を示すハチマキがナルトのマークなのも健在だ。

 

「殺せんせー、また今回も全員50位以内を目標にするの?」

 

 渚が全員が思っていた疑問を殺せんせーに聞くといつものにやけたような笑顔で答える。

 

「いいえ、先生はあのときは総合点ばかり気にしていましたが生徒それぞれに合うような目標を立てることにしました。まさにこの暗殺教室にピッタリなものです!」

 

 暗殺教室にピッタリという一言で皆のペンを走らせている動きが止まり殺せんせーを注視する。

 

「さて皆さんは先生が触手を失うのはご存知かと思います。詳しく説明しますと――」

 

 説明の途中で殺せんせーはエアガンで自分の脚を撃つ。そして分身をすると数十体の中に子供の分身が紛れている。分身ってそういう減り方するもんだっけ?

 

「1本減ると全ての分身が維持しきれず子供の分身が混ざってしまいました。さらに1本減らすと……ごらんなさい。子供の分身がさらに増え親分身が家計のやりくりに苦しんでいます」

 

 なんか切ない話になってきたな。

 

「もう1本減らすと父親分身が蒸発しました。母親分身は女でひとつで子を養わなくてはいけません」

 

「「「重いわ!」」」

 

 殺せんせーの説明のボケ?に全員がツッコミを入れる。何で触手の本数の説明がドラマ仕立てなんだよ。

 

「色々と試してみた結果、触手1本につき先生は約20%運動能力が失われます。そこでテストの本題についてですが今回は皆さんの最も得意な教科も評価にいれます。つまり教科ごとに学年一位を取った者には答案の返却時触手を1本破壊する権利をあげましょう」

 

 全員の目の色が変わる、暗殺の成功率が格段に上がるだけではなく得意教科でクラスに貢献することができるからだ。殺せんせーが言っていた通り総合ではなく1教科であればという生徒はE組には多くいる。

 

「チャンスの大きさがわかりましたね?総合と5教科全てで6本の触手が破壊できます。これが暗殺教室の期末テストです。賞金百億に近付けるかは皆さんの成績次第なのです」

 

 本当にこの先生は殺る気にさせるのが上手いな。

 心配なのは理事長の妨害だけだが烏間先生とビッチ先生が交渉しに行ってるのでそちらも問題ないだろう。

 勉強も一段落し教室で各々休憩していると友人の携帯が震える。バイブレーションの長さから見て電話だろう。

 

「進藤か!……ああ……A組が?ちょっと待って――」

 

 そう言って友人は電話をスピーカーモードに切り替え進藤に続き話していいぞと告げる。

 

『――それでA組が全員会議室に集まって自主勉強会を開いてるんだ。こんなの初めて見る、音頭を取っているのは"五英傑"と言われる天才達だ。だが中でもとびきりヤバイのが中間テスト1位に全国模試1位の生徒会長の浅野学秀、あの理事長のひとり息子だ。奴等はお前らE組を本校舎に復帰させないつもりだ。トップ50はA組に独占される可能性がかなり高いぞ』

 

「ありがとな進藤、心配してくれてるんだろ?けど大丈夫だ。俺達も目標があってA組に負けないくらいの点数を取るために頑張っているから見ててくれ」

 

『フン、勝手にしろ。E組の頑張りなんて知ったことか。じゃあ切るからな、頑張れよ』

 

 そう言って進藤は電話を切った。なんか切り際の進藤がツンデレっぽいなって感じた。

 

「進藤って絶対根は良いやつだよな」

 

「ああ、部員からの信頼も厚かったしな」

 

「南雲ちょっといいか?」

 

 磯貝が横から俺に尋ねてくる。

 

「放課後空きなら本校舎の図書室で勉強しないか?」

 

「えっ図書館取れたの?」

 

「ああ。期末を狙ってずっと前から予約しといたんだ、E組は基本後回しだから正にプラチナチケットだ。それでどうだ?」

 

「すまんな、実は放課後予定があって。代わりと言っちゃあれだけど後ろで目を輝かせてる莉桜を連れてってやってくれよ」

 

「さすが純一!気が利くじゃない!」

 

 莉桜はそう言って俺の背中を叩く。磯貝の了承がないと図書館に行けないということを忘れてないだろうか。まあ磯貝が断るとは思えないけど。

 

 

 

 

 放課後となったが俺はE組の教室にいる。

 

「なんでこのメンバーで勉強会?」

 

 そう言ったのは凛香だ。だが当然の疑問だと思った。なぜなら勉強会のメンバーが男子は俺と千葉、女子は神崎、倉橋、凛香、矢田の計6人だからだ。

 

「私達じゃダメ?凛香?」

 

 そう言って矢田は上目遣い気味に男子だけでなく女子にも効きそうな仕草をする。

 

「いやダメって訳じゃないけど…誘ってもらえて嬉しかったし」

 

 あっちょっとデレた。矢田すげえ。

 

「凛香ちゃん可愛い~」

 

 直接言える倉橋もすげえ、てか男子2人だと肩身が狭いな。友人でも誘えばよかったと思うがそれは今回の趣旨とは微妙にずれているので考え直す。

 

「じゃあとりあえず勉強するか。まあわからないとこあったら教え合う感じで」

 

「南雲頼んだぞ」

 

「純君お願いね~」

 

 考えてみれば成績がこの中で一番良いのは俺だったので頼られるのは当然だった。

 

「同じ教科でも違う教科でもいいから始めるか」

 

 俺の一言で各々勉強を始める。ちなみに俺は数学が得意な千葉がいるということで数学を選択した。

 50分ほど経った辺りで倉橋がう~とうなり始めたので神崎が声を掛ける。

 

「倉橋さんどうしたの?」

 

「社会やってるんだけど全然頭に入らないよう。有希ちゃんはどうやって勉強してるの?」

 

「私は小説を読む感じで流れとかで覚えてるよ」

 

「難しいよ~…」

 

 倉橋が早くも音をあげて神崎が困っているので助け船を出すことにする。

 

「倉橋は暗記が苦手ってことか?」

 

「うん。有名なのは覚えてるんだけど掘り下げられたり細かい部分があんまり覚えられないんだ」

 

「突然だけど…倉橋は自分の携帯の電話番号は言えるか?」

 

「もちろん!」

 

「父さんと母さんのは?」

 

「2人のも言えるよ~」

 

「そうか。なら話が早いんだが電話番号は大抵10桁の数字だ、対して歴史の年号とかは3,4桁だ。10桁が覚えられて3,4桁が覚えられないって不思議じゃないか?」

 

 俺の言葉に皆はあー確かにと頷いている。ちょっと恥ずかしいので反応はしないでほしいなと鼻の頭を少し掻く。

 

「年号は"710(なんと)素敵な平城京"とか"794(なくよ)うぐいす平安京"みたいな感じで語呂合わせで少し苦労して覚えるのに電話番号はすぐに覚えれる。この記憶の定着に差があるのは脳の思考が関係あるらしい。倉橋は電話番号覚えるのは嫌だったか?」

 

「全然嫌じゃなかったよ!」

 

「だろ?面倒くさいとかの否定的な、マイナスな思考が働かないから簡単に頭に入るんだ。しかもことあるごとに反復するから絶対に忘れられなくなる、この『電話番号を覚える能力』を応用するだけで暗記系はなんとかなるよ」

 

「「へ~」」

 

「あとは神崎が言ってたけど小説とかみたいにストーリー仕立てで覚えるとかかな」

 

「例えばどんなの?」

 

 今度は倉橋ではなく矢田が質問してきた。どうやら俺の勉強に対する考え方に興味が湧いてきたらしい。

 

「うーん例をあげると…"敵に塩を送る"っていう慣用句あるだろ?あれを俺は小話にしてどっちがどっちっていうのを記憶してる」

 

「聞かせて聞かせて!」

 

 俺はコホンとわざとらしく咳払いをしてから話を始める。

 

「"敵に塩を送る"っていうのは武田信玄が兵糧攻めにあったときに上杉謙信が迷うことなく塩を送ったというのが語源なんだが武田信玄はこのことを感謝し上杉謙信に礼を言ったんだが、あまりに感謝をしすぎて上杉謙信はドン引いたらしい。『いやいや、塩を送っただけだというのにそんなに感謝するなんて。一体どれだけ腹を空かせていたと言うんだ。信玄、お前飢え過ぎだろ』『いや上杉はお前だよ』――って感じでな。完全に作り話だけど」

 

 俺の小話に一同はクスクスと笑う。

 

「他にもまだある?もっと聞きたい!」

 

「まあ他のは次の機会ってことで。話を戻すけど一番は嫌がって勉強しないってことだな、楽しいとか面白いって思いながらやればどんどん頭に入ってくよ」

 

「ありがと純君!有希ちゃんもありがとね!」

 

「ふふっ南雲君が頭良い理由わかっちゃったね」

 

「純一ってそこまで考えて勉強してたんだ」

 

「いつも考えてるわけじゃないけどね。この考え方は父さんの受け売りだから」

 

「それでもその考えを実践して且つ結果を残してるっていうのはすごいと思うぞ」

 

 千葉から褒められた俺は照れ臭くなったので額を軽く指先で触り話の軌道修正を試みる。

 

「まあそんなわけだから勉強再開するか」

 

「ちょっと南雲君…!」

 

 矢田はタイミングは今しかないということ感じで俺を見る。速水以外の4人も目で同じく語っている。俺達の様子を不審に思ったのか凛香がジト目気味に当然の如く質問してくる。

 

「なに?どうしたの?」

 

「あーなんというか、そのー…」

 

 俺は自分のタイミングで行けなかったせいか言葉が出てこない。それを見かねたのか千葉が机の下で俺の脚を軽く蹴る。頭を軽くかしげてる凛香を見て俺は今日の本当の目的を切り出す。

 

「凛香の誕生日7月12日で近いだろ?試験と被ってて当日皆で祝えないからさ今日祝おうと思って」

 

「えっ」

 

 中学1年から凛香と付き合いが今ほどの驚いた顔は見たことがなかった。二重でパッチリと開いている二つの目がいつも以上に大きく見開かれる。

 

「南雲から勉強会名目で集まって祝おうって提案があったんだ」

 

「そうそう!凛香は不必要に目立つの嫌だからって仲良いメンバーだけでってね!」

 

「まあそんなわけでちょっと早いけど――」

 

「「誕生日おめでとう!」」

 

「…ありがとう。…すごい嬉しい」

 

 そう言って凛香は照れたように笑う。

 

「それでこれ、みんなで買ったプレゼント」

 

「いいの?私特になにもしてないのに…」

 

「大丈夫だよ。誕生日ってほら、無条件にその人が主役でしょ?」

 

 いつもより少しテンションが高めの神崎がそう言うと凛香はそういうものかと納得した。

 

「じゃあお言葉に甘えて…みんなありがとう」

 

「気にしないで!ほらほら!開けてみて~」

 

「……これってブレスレット?」

 

「そうだよ!神崎さんを中心に女子でプレゼントを決めて男子に買いに行ってもらったんだー」

 

「そうなんだ。これシンプルなデザインで好きかな、色も私好みだし」

 

「俺は付いてったって感じだからほぼ南雲が決めたようなもんだよ」

 

「バカ千葉、2人で決めたことにしようって打ち合わせたろ!」

 

 千葉はそうだっけか?ととぼける。大人しいように見えて普通の男子同様こういう一面もある。

 

「みんな本当にありがとね。私今までで一番嬉しいかも」

 

「そこはかもじゃなくて断定してよ!」

 

 矢田が突っ込むとみんなが笑う。凛香も笑っていたがその笑顔の中には涙がうっすらと浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。それを見て提案した者として冥利につきるというか、なんだか油断すると涙が落ちそうだったがそれは死ぬ気で踏ん張った。

 

 

 

 

 凛香を祝ったあとは勉強をする雰囲気にもならなかったので2,30分駄弁ったあとに下校した。

 そして翌日。俺が登校し教室の戸を開くと友人が一目散に俺の下へと来た。

 

「純一聞いたか!」

 

「なにを?」

 

「図書館騒動だよ!」

 

「図書館騒動?」

 

 杉野の話を要約すると『A組と国数社理英の5教科で勝負をして学年トップを多く取ったクラスが負けたクラスにどんなことでも命令できる』ということらしい。

 

「そんな面白そうなことなら昨日の夜に教えてくれればよかったのに」

 

「俺がこの件は直接みんなに言おうって昨日の図書館にいたメンバーに言ったんだ」

 

 そう切り出して説明をし始めたのは磯貝だった。

 

「負けたりしたら今後の学校生活を左右することだからSNSで間接的に教えるのはなんか違うなって思ってさ」

 

「なるほど。さすがは磯貝というかなんというか」

 

「こっちには総合トップを狙える南雲にカルマもいるし、何て言ったって各教科のトップランカーがいるからな。俺は勝てるって思ってるよ」

 

「まあ賭けがあろうとなかろうと元々殺せんせーの触手予約権があったからな。頑張ることには変わらないだろう。それより勝ったら何でももらえるんだろ?それについて考えようぜ」

 

「そうだな!俺が提案するのは学校中の女子を…」

 

「岡島君自重して」

 

 片岡が氷のように冷たい目で岡島を制する。

 

「学食の使用権とか欲しいな~」

 

「ヌルフフフ、面白いことになっていますね~。それについて先生に良い考えがあります。この学校のパンフレットにとっても素晴らしいものが載っていたのですがこれをよこせと命令するのはどうでしょう?」

 

 殺せんせーの提案に全員が気付かなかったということもありハッとした表情になる。

 

「君達は一度どん底を経験しました。だからこそ次はバチバチのトップ争いも経験してほしいのです。成功のご褒美は充分に揃いました、暗殺者なら狙ってトップを取るのです」

 

 殺せんせーの一言は俺たちをより殺る気にさせた。

 A組、E組それぞれの利害が交錯する期末テスト、ある者にとっての勝利は別の者にとっての敗北だ。一人一人が自分にとっての勝利を求め知識という名の刃を磨く。

 

 ――そしてやってきた試験当日。

 

「随分と余裕そうだな、カルマ」

 

「皆が力入りすぎなんだって」

 

 俺はカルマと共に本校舎へと向かっている。みんなからはなんとなく気を張っている感じがするがカルマからはその様子が見受けられない。

 

「大体みんな目の色変えちゃって――勝つってのはそういうんじゃないんだよね。通常運転で勝ってこその完全勝利なんだよ」

 

「まあ確かにカルマはそれで結果出してるしな。とりあえずテスト頑張ろうぜ」

 

 そう言って二人で試験会場である教室へと乗り込む。理事長の妨害はないにしてもこの学校の問題が凶悪であることには変わりはない。だから試験中はいつも自分のことで精一杯だ。

 

 

 

 

 2日間のテストが幕を下ろした。暗殺、賭けなど全ての結果は○の数で決まる。椚ヶ丘中学校では学年内順位も答案と一緒に届けられる、よってテストの結果は一目瞭然だ。

 

「さて皆さん全教科の採点が届きました。では発表します、まずは英語から…E組の1位、そして学年でも1位!中村莉桜さん!」

 

 おー!莉桜が英語得意なのは知ってたけどまさか満点を取るとは。名前を呼ばれた莉桜はというと下敷きを団扇のように扇ぎ余裕綽々の表情だ。

 

「完璧です、君のやる気はムラっ気があるので心配でしたが」

 

「うふふーんなんせ賞金百億かかってっからね。触手1本忘れないでよ殺せんせー?」

 

「さてしかし1教科トップを取ったところで潰せる触手はたった1本。それにA組との対決もありますから喜ぶことができるかは全教科返したあとですよ。――それでは続いて国語…E組1位は……99点で南雲純一君!……がしかし!学年1位はA組浅野君!神崎さんも大躍進、96点で学年3位です!」

 

 まじか。国語は自信あった方なんだがな。殺せんせーから返された答案を見ると部分点で-1されていた。

 

「では続けて返します。社会!E組1位は磯貝悠馬君97点!そして学年では…………おめでとう!浅野君を抑えて学年1位!マニアックな問題が多かった社会でよくぞこれだけ取りました!」

 

「よっし!」

 

 勝利した磯貝はガッツポーズを作る。これで2勝1敗、あとひとつ勝てば勝利が確定する。

 

「理科のE組1位は奥田愛美さん!そして理科の学年1位は!――素晴らしい!学年1位も奥田さんです!」

 

 3勝1敗、数学の結果を待たずしてE組の勝ち越しが決まった。殺せんせーが複数の触手でクラッカーを鳴らすとE組全員が沸く。

 

「やった!!」

「よくやった奥田!」

「触手1本お前のモンだ!」

 

 みんなが盛り上がってる中カルマがいないことに気づく。少し心配になったので祝杯ムードのみんなに気づかれないように教室を抜け出し探すことにした。

 教室を出て窓から外を見ると木に寄りかかっているカルマが見えたので向かう。上履きを変えてカルマの下へと近づくと殺せんせーと話していたので俺は木の影に隠れて話を盗み聞く。

 

「さすがにA組は強い。5教科総合は南雲君と同点8位の竹林君、片岡さんを除くとtop10を独占しています。ですが当然の結果です、A組の皆も負けず劣らず勉強をした。テストの難易度も上がっていた。怠け者がついていけるわけがない」

 

「………何が言いたいの?」

 

「恥ずかしいですねぇ~。『余裕で勝つ俺カッコいい』とか思ってたでしょ?」

 

 隠れているので直接様子を窺うことはできないがカルマが動揺しているのはなんとなくわかった。

 

「先生の触手を破壊する権利を得たのは…中村さん、磯貝君、奥田さんの3名。暗殺においても賭けにおいても君は今回何の戦力にもなれなかった。わかりましたか?殺るべき時に殺るべき事を殺れない者はこの教室では存在感を無くしていく。刃を研ぐのを怠った君は暗殺者じゃない、錆びた刃を自慢気に掲げただけのガキです」

 

「……チッ」

 

 カルマは殺せんせーの言葉にバツが悪くなったのか校舎へと戻っていく。

 

「南雲君、そこにいるのはわかっていますよ?盗み聞きとは感心しませんねぇ」

 

 カルマにはバレてないけどやっぱり殺せんせーは気づくか。

 

「言い訳をするとカルマが心配で探していたので」

 

「ヌルフフわかってますよ、君はそういう子ですから」

 

「そんなことよりいいんですか?あそこまで言って…」

 

「ご心配なく。立ち直りが早い方向に挫折させました」

 

 そう言って殺せんせーはいつものにやけた表情をする。だけどもその表情はいつもとは少し違う気がして、老人が若かりし日の話をするかのように遠い目をしながら話を続ける。

 

「彼も君も多くの才能に恵まれています。だが力ある者はえてして未熟者です、本気でなくても勝ち続けてしまうために本当の勝負を知らずに育つ危険があります。そして大きな才能は負ける悔しさを早めに知れば大きく伸びます。テストとは勝敗の意味を、強弱の意味を、正しく教えるチャンスなのです。だから先生は成功と挫折を今一杯に吸い込んでほしいと思っています」

 

「…胸に刻んでおきます」

 

「さて南雲君。今回君は総合2位です、この結果に満足していますか?」

 

「…いえ、浅野にも勝てなかったしカルマは今回は勝負の土俵に上がっていなかったので満足していないです」

 

「そうですか。君の点数について詳しく言うと浅野君に勝った教科はひとつもありません。穿った見方をすれば詰めが甘いということです、ですが先生は君が今回努力を怠っていなかったことを知っています。だから勝てなかったからといって叱りつけたりしません、今この段階での君の勉強に対する理解が点数に現れたと思っています。きっと君はこの先も努力は怠らないと思いますがどうか今の現状に満足しないでください」

 

「叱ってはいないですけど…それって褒めてます?」

 

「褒めてるというよりは君に対する評価を言っています」

 

「先生の言った通り今後ももちろん努力は続けます」

 

「よろしい。そんな真面目な南雲君にアドバイスです。君に勝った浅野君を君はどう評価しますか?」

 

「…やっぱり俺以上に勉強をしてるんだなって思います」

 

「ええ、その通りだと思います。では彼の性格については?」

 

「傲慢だけど…進藤とはベクトルは違うけど常に上を目指してるというか、そんな印象です」

 

「そうです。一言で言うと彼の良さはあの気位の高さです。口だけでなく全てを支配しようと本気で考えて行動しそのための努力をしています。不思議なことに本当に高いプライドは目線をあげたまま人を地道にさせるのです。勉強は一朝一夕で身に付かないことからそのことが見て取れます」

 

「プライドを高くってことですか」

 

「むやみやたらに振り回すプライドではありません。目標に対するプライドを高く持つということです。君も自信のあるものや負けなくないことの一つや二つあるでしょう?」

 

「はい」

 

「そのプライドを是非大切にしてください。――そろそろ教室へと戻りますか、テストの触手破壊の報酬もありますし」

 

「そうですね。……先生ありがとうごさいます、色々とお話ししていただいて」

 

「先生だから当然です、では戻りますよ」

 

 

――

 

 

「さて皆さん素晴らしい成績でした、5教科プラス総合点の6つ中皆さんが取れたトップは3つでした。早速暗殺の方を始めましょうか、どうぞ3本ご自由に」

 

「おい待てよタコ。5教科のトップは3人じゃねーぞ」

 

 そう言って寺坂、村松、吉田、狭間の4人が立ち上がる。

 

「?、3人ですよ寺坂君。国数社理英全て合わせて…」

 

「はぁ?アホ抜かせ。5教科っつったら国・英・社・理…あとだろ」

 

 そう言って4人は100点の答案を突きつける。

 

「か…家庭科ァ~!?ちょ、待って!家庭科のテストなんてついででしょ!こんなのだけ何本気で100点取ってるんですか君達は!」

 

「だーれもどの5教科とは言ってねーよな?」

 

 …確かに。

 

「クックック。クラス全員でやれば良かったこの作戦」

 

 こういうときに殺せんせーを先陣切ってからかうのはカルマだ、だから俺は発言を促す。

 

「おい、言ってやれカルマ」

 

「……ついでとか家庭科さんに失礼じゃね殺せんせー?5教科の中で最強と言われる家庭科さんにさ」

 

「そーだぜ先生約束守れよ!」

「一番重要な家庭科さんで4人がトップ!」

「合計触手7本!」

 

「7本!?」

 

「それと殺せんせー、これは皆で相談したんですがこの暗殺に…今回の賭けの『戦利品』も使わせてもらいます」

 

 あたふたしてる殺せんせーに盛り上がる生徒達。なんにせよ1学期の残る行事は終業式のみ、中学校生活の終わりをまだハッキリと意識はしないがこうやってひとつひとつ終わっていくんだなと一陣の風のように寂しさがよぎった。

 

 




南雲君が神崎さんに相談したのは速水さんの誕生日の件です。ちなみに神崎さんは原作と違って図書館に行かなかったため榊原君のアプローチを回避しています。

南雲君の勉強に対する考え方ですがこれは作者が小学生のときに実際に父親から教えてもらったことで、原作の竹林君もそうでしたが勉強方法には合う合わないのがあるので自分にあったやり方で楽しくやるのが一番だと思います。

五英傑の影が薄いのは作者の文才がないからです。暗殺教室特有のテストの特徴的な描写も中間テスト同様やりませんでしたしね。せめて浅野君だけでも目立たせることができるようにオリジナルを入れなきゃなとも考えています。

浅野君のテストの合計は491点、南雲君は489点です。
内訳に関しては下記の通りで左が浅野君で右が南雲君となっています。
国語 100 99
数学 100 99
社会 95 95
理科 97 97
英語 99 99
※浅野君の点数は原作と同じ


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第23話 隣町の隣探訪記

ついに1学期が終わり夏休みに突入します。
話の大半はオリジナルとなっています。


『今日の運勢1位は獅子座のあなた!遠くに足を伸ばすと吉!ラッキーアイテムは襷です!続いて…』

 

 朝食を取りながらテレビを見ていると若手の女子アナウンサーがハキハキとした明るい声で教えてくれる。どうやら今日の主役は俺達獅子座らしい。終業式で午前中の内に学校も終わるのでバスに乗ってどこか行こうかなと考える。

 

「父さん、俺今日出かけるわ」

 

「占いで今日の予定決めるって安直だなー」

 

「安直じゃねーし、てかたまたまだし」

 

「襷は持っていかなくて大丈夫か?」

 

「家に襷があるわけないでしょ。ラッキーアイテムって何で持ってる可能性が低いものばっかりなんだろうね」

 

「『ラッキーアイテムを持ってるのにラッキーなことが起きなかった!苦情を入れてやる!』っていうモンスター視聴者を恐れたテレビ局の陰謀じゃないか?」

 

「何かと炎上しやすい世の中だしね」

 

「テレビ局の陰謀は置いといて出かけるんだろ?お金大丈夫か?」

 

「あーたぶん。足りてると思う」

 

「たぶんか……これで足りるか?」

 

 そう言って父さんは財布から3000円を出してきた。

 

「そんな大金いいの?」

 

「お前は頭良いからな、無駄遣いはしないだろ?それに大金って言ってるってことは物の価値がわかってるってことだ」

 

「まあそういうことなら…ありがとうございます」

 

「いえいえ楽しんでください」

 

 話が終わると朝食を食べ終え準備をしてから学校に向かう。期末の後はほどなく一学期の終業式、中学生活に束の間のピリオドが打たれる。

 

 

 

 

「おお~やっと来たぜ、生徒会長様がよ」

 

 俺達は他のクラスの生徒よりも早く登校し、A組の五英傑を待ち伏せていたのだ。

 

「何か用かな?式の準備でE組に構う暇なんて無いけど」

 

「おーう待て待て、何か忘れてんじゃねーのか?」

 

「浅野、賭けてたよな。5教科のトップを多く取ったクラスがひとつ要求できるって。内容についてはさっきメールで送信したけどあれで構わないな?」

 

「5教科の賭けを持ち出したのはテメーらだ。まさか今さら冗談とか言わねーよな?何ならよ、5教科の中に家庭科とかも入れてもいいぜ?それでも勝つけどな」

 

 寺坂が水を得た魚の如くイキイキとしている。気持ちはわかるが殴りかかられても文句は言えないレベルで憎たらしい顔をしているなと思った。

 

 

――

 

 

「それにしても珍しいな。カルマが全校集会来るなんてさ」

 

「だーってさ、今フケると逃げてるみたいでなんか嫌だし」

 

「まあ次のテスト頑張ろうぜ、俺もお前も」

 

「言われなくても刃は磨くよ」

 

「ところであの見慣れない女子は誰だ?」

 

「あーあれね、偽律だってさ。何でも律が機械だとバレないための必要な工作らしいよ。てか試験中気付かなかったの?」

 

「あんまり周り見てなかったからなー」

 

 カルマと話していると終業式が始まりつつがなく進む。E組がトップ争いをしてしまったためいつものE組いじりもウケが悪い。本校舎の面々がバツの悪そうな顔でE組が堂々とした面持ちという逆の状況が生まれていた。

 

 

――

 

 

 終業式が終わり教室に戻ると殺せんせーが俺達を待っていたのかそわそわとした様子で教卓に立っていた。

 

「殺せんせーただいま~。寂しかった~?」

 

「ビッチがいるせいで終業式に来るなって烏間先生が言うんで寂しかったですよ」

 

「あはは烏間先生そんなこと言ったんだ…」

 

 倉橋と殺せんせーが話しているがたぶん単純に烏間先生は来るなと言っただけだと思う。ビッチがいるからってなんだよ。

 

「それより皆さん、夏休みのしおりを作っておきましたよ!一人一冊です」

 

 あれしおりなの?分厚すぎてアコーディオンみたいになってるけど。

 

「これでも足りないぐらいです!夏の誘惑はいとまがありませんから。――さてこれより夏休みに入るわけですが皆さんにはメインイベントがありますねぇ」

 

「ああ、賭けで奪ったコレのことね」

 

 莉桜がドヤ顔気味に学校のパンフレットを取り出し掲げる。

 

「本来は成績優秀クラス、つまりA組に与えられるはずだった得点ですが今回の期末はトップ50のほとんどをA組とE組で独占していますので君たちにだってもらう資格は充分あります」

 

 みんなは殺せんせーの話を聞いてるようで聞いていない様子だ。なんと言っても中学生の俺達としては魅力的なメインイベントでありご褒美だからだ。

 

「夏休みに行われる椚ヶ丘中学校特別夏期講習!沖縄リゾート2泊3日!とても楽しみです!――君達の希望だと触手を破壊する権利はこの離島の合宿中に行使するということでしたね。触手7本の大ハンデでも満足せず四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島も使い万全に貪欲に命を狙う。…正直に認めましょう、君達は侮れない生徒になりました」

 

 殺せんせーは触手で額を掻きながら嬉しそうな表情になる。俺達は成長したことを告げられ明るい表情だ。

 

「親御さんに見せる通知表は先ほど渡しました。これは先生からあなた達への暗殺教室としての通知表です」

 

 殺せんせーはA4用紙にものすごい速度で何かを書き教室にバッとばら蒔いた。それは二重丸が書かれた紙だった。まるで桜吹雪のように教室いっぱいに舞っている。

 

「一学期で培った基礎を存分に活かし夏休みも沢山遊び、沢山学び、そして沢山殺しましょう!――暗殺教室!基礎の一学期!これにて終業です!」

 

 殺せんせーが夏休みの始まりを告げる。それと共に俺達は達成感の満ちた顔になる各々下校をする。もちろんアコーディオンみたいな夏休みのしおりは置いていく。俺は鼻唄を歌いながら忘れ物がないかなど鞄を整理してから教室を後にした。

 

 

 

 

 家に戻り昼食を食べ終えた俺は自転車で駅へと移動しバスが来るのを待っていた。程なくしてバスが来たので乗り込んで後ろの二人掛けの座席に座りイヤホンを装着しぼうっと外を見る。

 テストから時間が経ったとはいえ徹夜して勉強してた疲れと夏休みに入ったという安心感から眠気があるなと思っていると肩をとんとんと叩かれた。

 

「あっすみません、もう少し詰めます」

 

「あはは、南雲君私だよ」

 

 俺が顔をあげるとそこには小さめのバッグを肩にかけた私服姿の矢田がいた。

 

「ビックリした。てっきり座席が狭くて詰めろって言われたのかと」

 

「広いくらいだったから全然大丈夫だよ。それより南雲君もどこか用事があるの?」

 

 そう言いながら矢田は膝の上にバッグを移し俺の隣に座る。

 

「隣町の本屋に行こうと思って」

 

「奇遇だね!私も一緒だよ!」

 

「へ~何か買うの?」

 

「うん!ビッチ先生が薦めてくれた本買いに行こうかなって、朝の占いで遠くに足を伸ばすと吉って言ってたし!」

 

「えっひょっとして獅子座?」

 

「そうだけど…もしかして南雲君も?」

 

「8月5日生まれでな、矢田は?」

 

「私は8月1日だよ、誕生日近いね」

 

「一足先に軽く祝っちゃう?」

 

「いいね!500円以内で祝うっていうのはどう?」

 

 冗談で提案したのにノッてきたことに少し驚く。

 

「えっまじで?俺はいいけど矢田は小遣いとか大丈夫か?」

 

「フッフッフッ、修学旅行のお小遣いを残してあるから余裕があるのだ」

 

「なんか矢田って世渡り上手だよな、さすがビッチ先生の一番弟子というか」

 

「ちゃんと親には返そうとしたんだけどね。そしたらお小遣いにしなさいって言ってもらえたから」

 

「ちゃんと報告する辺り偉いな」

 

「その辺はちゃんとしないとね」

 

 そう言って矢田は片目でウインクする。こういう仕草はE組の女子の中で一番うまいなと思う。

 

「それにしても乗客俺達以外いないな」

 

「平日のお昼過ぎだからね、朝とか夕方だったら利用者は多いと思うよ」

 

「そっか。普段利用しないから知らなかったよ」

 

 すると出発時間になったのかバスが動き出す。

 

「本屋ってことは降りるところ同じだよね?」

 

「そうだな、なんか流れで一緒に行動する感じになってるけど矢田はいいのか?」

 

「うん!普段あまり喋らないし沢山話そうよ!」

 

 矢田の発言はなんか勘違いしそうになるな。狙って言ってる感じもしないしビッチ先生の教えを受ける前からおねだり上手というか男子のツボを押さえてるんだろう。

 

「確かにあまり話さないな」

 

「でしょ?陽菜ちゃんの横とか凛香の横で話を聞いてる感じだし」

 

「倉橋はわかるけど凛香と仲良いよな、なんか接点あるの?」

 

「ダンス仲間なんだよ。体育の空き時間とか二人でステップ踏み合ってるんだけど…見たことない?」

 

「ないなー、体育の時は烏間先生の動きを見て盗むようにしてるから」

 

「あはは、私はビッチ先生の一番弟子だけど南雲君は烏間先生の一番弟子って感じだよね」

 

「その自負はある」

 

「言い切るんだ!…そういえば私が来る前にイヤホンで何か聴いてたよね?」

 

「ああ、ピロウズ聴いてたんだ」

 

「ピロウズ?」

 

「うん。ロックバンドなんだけど…知らない?」

 

「うーんわからない。…ねえ聴かせてもらっていい?」

 

「いいよ、ハイ」

 

「ありがと、じゃあハイ」

 

 俺がイヤホンと携帯を渡すと矢田が携帯とイヤホンの片方を渡してきた。

 

「何となく察したけど片耳ずつ聴く感じ?」

 

「だってなに聴いたらいいかわからないもん。それにこっちのほうがどの部分を聴いてるかわかるでしょ?」

 

「あー確かに。じゃあ聴くか、音量は大丈夫?」

 

「…もうちょっと大きい方がいいかな。南雲君は大丈夫?」

 

「矢田に合わせるから心配しなくていいよ」

 

 俺はとりあえずピロウズに興味を持ってほしかったのでなんとなく一番ウケやすそうな"Tiny Boat"を流す。

 二人の間に会話はなくなったが無言なのに心地良い空気感が流れる。サビが終わった辺りで矢田が一言「私好きかも」と言ったので俺も短く「それはよかった」とだけ返した。

 ――1曲目が終わり2曲目に移りサビに入った辺りだろうか、矢田がコクコクと舟を漕ぎ始めた。それを見て少し笑った俺だが瞼が重くなってるのを感じた。

 ――…今何曲目だろうか?気付いたら俺は完全に意識を手放していた。

 

 

 

 

「…ここどこ?」

 

「…終着だって」

 

 俺と矢田は結局降りるべき停留所を寝過ごしてしまい終点に着いてから運転手に起こされた。停留所の名前を見ると全然知らない地名が書かれていた。

 

「バスってぐるぐる同じところ回ってると思ってた」

 

「俺もそう思ってたが違ったらしいな。世の中知らん事だらけだ」

 

 そう言いながら停留所に張られている時刻表を確認する。

 

「後30分くらいで帰り方向のバスが来るって」

 

「本当?」

 

「本当も本当。いやそれにしてもよく寝たから疲れが取れたよ」

 

「私も。テストの疲れとか色々溜まってたところに心地良い音楽だからね、寝るのも仕方ないよ。それよりバスが来るまで30分かー」

 

「…なあ、せっかくだしこの町を歩いてみないか?」

 

「…本当?」

 

 矢田の目が子供のようにキラキラと輝く。そのせいか何歳か幼く見える。

 

「俺達獅子座の今日の運勢は"遠くに足を伸ばすと吉"だからな。これも何かの縁だと思って」

 

「そうと決まったら行こっか!別に30分後のバスじゃなくてもいいよね?」

 

「俺はいいけど矢田は大丈夫か?女の子だし親御さん心配しない?」

 

「ちゃんと連絡しておくから大丈夫だよ!それより南雲君は襷は持ってる?」

 

「持ってない、ていうかよくラッキーアイテム覚えてたな…」

 

 切り替えが早い矢田が先導する形で歩き始める。

 

「矢田ちょい待ち」

 

「どうしたの?」

 

「知らない町だからな、迷ったら困るし今いる停留所の地点を登録しておく」

 

「そういうところしっかりしてるよね、南雲君って」

 

「イタズラをするときは逃走経路を複数用意するし何事も下準備が大事ってね。言うなれば第二の刃だよ」

 

「あはは、殺せんせーはそう言うつもりで言ったんじゃないと思うよ」

 

「よし、今度こそ行くか!」

 

「なんだかワクワクするね!」

 

 矢田も共に歩く。家がただ並んでいるだけでも新鮮に感じ、なんとなくノスタルジックな感情が生まれる。

 

「なんだか不思議な感覚だね」

 

「わかる」

 

「普段目にしないし来ないから意識しないけど、私達が学校で過ごしてるときもこの町はここにあって機能してるんだよね…、なんて!らしくないかな?」

 

「いや俺も似たようなこと考えてた。子供のときって目に入るもの全部新鮮で、今と同じ気持ちだったのかなって」

 

「そうだね、……あっ川だよ!」

 

「名前は……この川俺達の街にもあるな。例え迷っても川沿いに歩けば帰れるんじゃね」

 

「私達の街に着く頃には足が棒になってるよ、きっと」

 

「そうならないために地図に停留所登録したからな」

 

「第二の刃じゃなかったの?」

 

「そうでもある」

 

「もう適当だな~。川を見て思い出したことあるんだけど…聞く?」

 

「矢田がどうしても話したいなら聞く」

 

「そうかそうか、南雲君はどうしても聞きたいのか~。ならしょうがない、話してあげよう」

 

「…そういうことでいいよ」

 

「子供のときってさなんだかわからないけど怖いものってなかった?」

 

「押し入れが怖いとか?」

 

「そうそう!そういうの!私の場合はさ、川が怖くて近づけなかったんだよね」

 

「へぇ、どうしてまた」

 

「昔読んだ絵本でさ、河童が川から出てきていたずらっ子を懲らしめるっていうのがあったんだけどお母さんに悪いことしたら絵本の中の子供と一緒で河童に懲らしめられるわよって言われて。それで川が怖くなっちゃってさ。今はもう平気なんだけど」

 

「子供のときってさ大人の何気ない一言とか絵本で色々連想しちゃって怖いものを自分で産み出しちゃうよな」

 

「そうなんだよね。南雲君もなにかそういうのある?もしかして押し入れ?」

 

「そのまさか、押し入れが怖かった」

 

「ちなみにどうして?」

 

 矢田はいたずらっ子のような笑みを浮かべて尋ねてくる。俺もそうだがおそらくこういう今とは違うその人が持っている昔話などが好きなのだろう。

 

「絵本でさ、『いるのいないの』っていうのがあったんだけど知ってる?」

 

「あー怖いやつだよね!知ってるよ!でもあれって押し入れじゃなくて天井の暗がりじゃなかったっけ?」

 

「よく覚えてるな。それで幼稚園のときにその絵本を読んでなんとなく暗がりが怖くなったんだよ。夜に家の中の電気がついていない暗い部屋に入れなくなったりさ」

 

「うんうん。その感じわかるよ」

 

「それでまた別の日に違う絵本を読んだんだよ。今度は『おしいれのぼうけん』ってやつ」

 

「あー!確かイタズラをした子供二人が押し入れに入れられちゃうってやつだよね!」

 

「そうそう。押し入れに入れられた子どもがよくわかんないけど冒険に出るってやつなんだけど、俺は押し入れがどこか別の世界に繋がっているって考えちゃったんだな。暗いということも合わさって俺の中で押し入れという名のモンスターの誕生だよ」

 

「あはは、本当はなんてことないのにね。子供のときって不思議だよね」

 

「おかげさまで押し入れは明るいときも苦手だったよ。その時の名残で夜寝るときにクローゼットが少しでも開いていたら気になっちゃうんだよ」

 

「誰かが覗いているとか?」

 

「そうそう!そういうのってホラー映画によくあるだろ?ちょっとの隙間から殺人鬼が覗いていたりベッドの下に何かが潜んでいたり」

 

「もしかして意外と怖がり?」

 

「うーん…怖いのは平気なんだけど色々と連想しちゃうっていうのはあるな。矢田は平気なのか?」

 

「へっちゃらだよ。弟がいるしお姉ちゃんの私がしっかりとしないとね!」

 

「お姉ちゃんは強いな」

 

「えへへ、まあね!」

 

「川からずいぶん脱線したけどとりあえず散歩を継続するか」

 

「そうだね!じゃあ行こ!」

 

 そう言って矢田は俺の手を握って引っ張る。俺は驚いて咄嗟に引いてしまった。

 

「あ、ごめん。年が離れた弟がいるからクセになってるんだ。…嫌だった?」

 

「いや、ビックリしただけ」

 

「それならよかった!それより手握る?」

 

「花のJCなんだから好きな人のために取っとけ」

 

「冗談だよ、それに私だって握る相手は選ぶよ。南雲君は大丈夫」

 

「それは褒め言葉として受け取っておくよ。それより手握るのはなしで。俺の心臓が持たない」

 

「私もちょっとドキドキしちゃうかな。南雲君って正直者だよね、金の斧と銀の斧両方もらえそう」

 

 矢田の言葉に俺は思わず吹き出して笑ってしまう。矢田がそんな変なこと言ったかなと口を膨らませている。そんな矢田に俺は歩きながら笑った理由を説明する。

 

「正直者で泉の精を連想するっていうのが個人的に面白かったんだよ」

 

「むー、だってそう思ったんだもん」

 

「まあ確かに俺は金の斧と銀の斧の両方をもらえると自分でも思うよ。ただイソップ寓話とは違うもらいかたをする」

 

「どんな風にもらうの?」

 

 俺はわざとらしく咳払いをし寸劇を始める

 

「泉の精が『あなたが落としたのは金の斧ですか?それとも銀の斧ですか?』って尋ねてくるから俺はこう答える。『私が落としたのは普通の斧ですが金の斧も銀の斧も欲しいです!』ってな。そんな正直者の俺を見て泉の精は『なんて正直者なんでしょう!』と感動して斧をくれるってわけよ」

 

「正直者すぎない!?」

 

「両方もらって俺は更に続ける。『一本ずつと言わずもっとほしいな~』泉の精は『本当に正直者なんですね!』ってな感じで追加でもっと斧をくれるってわけよ」

 

「あはは、現代版イソップ寓話作ったら?他のお話もいじって」

 

「そうだな、その時の監修は矢田に頼むぞ」

 

「私プロデュースなんだ!?」

 

「もちろん。…あっ和菓子屋だ。寄ってみてもいい?」

 

「うん。行こ行こ」

 

 川から少し歩いたところに住宅地の中にある和菓子屋を見つけたので店内に入ってみる。そこにはいかにもなお婆さんが営んでいる店だった。

 

「あっきんつばだ!美味しそう!」

 

「和菓子って無性に食いたくなるときあるよね。…これなんだ?」

 

「それはべちこ焼きって言うんですよ」

 

 俺の疑問にお婆さんが答える。和菓子といえば和菓子なのだが見た目の色がカラフルで今まで見たことのない物だったので目を引いたのだ。

 

「へぇ。この町の名物かなにかですか?」

 

「いえいえ、そんな立派なものじゃありませんよ。私が作ってなんとなく命名したお菓子ですよ」

 

「じゃあべちこ焼き2つください」

 

「ハイ、240円になります」

 

 俺が会計を済ませると矢田にひとつ手渡す。

 

「えっいいの?」

 

「矢田も食べたことないだろ?」

 

「うん。ありがと!」

 

「ありがとうございました、またのご来店をお待ちしております」

 

 丁寧なお婆さんの店を後にする。店を出たところで買い食いのように食べながら散歩を再開する。

 

「ウマイなこれ」

 

「優しい味だね」

 

「隣町だったらリピーターになるかも」

 

「更にその隣だから車とかじゃないと来るのが辛いもんね」

 

「ネットで売ってたらなー」

 

「そうすれば願ったり叶ったりなのにね。和菓子といえばたい焼きって頭から食べる?それとも尻尾から?」

 

「頭からかなー」

 

「あっ一緒だ。ちなみに理由は?」

 

「頭から食べたら餡が尻尾まで行き渡るから。矢田も同じ理由?」

 

「ううん違うよ。餡がたっぷり入った頭から食べて最後にカリっとした尻尾を食べるのが通の食べ方ってテレビでやってたから同じ食べ方してるんだ」

 

「頭から食べたら餡が尻尾までいかないか?」

 

「そこはほら、微調整するんだよ」

 

「ガバガバじゃんか」

 

「むー。だってたい焼きも店ごとに微妙に違うじゃん」

 

「それを言われたら何も言えないな」

 

 どんなに下らない話をしようと歩みは止めない俺達。商店街のようなものが目に入ったのでそちらに進路を変更し尚も歩き続ける。

 

「矢田大丈夫か?歩き疲れてないか?」

 

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

「俺は体力に自信がある方だからさ、イマイチ加減というかどのくらいで普通の人が疲れるかってわからないんだ」

 

「心配しなくても大丈夫だよ!これでも訓練してますから」

 

 そう言って矢田は胸を張るが、如何せん発育が良い方なので目のやり場に困る。

 

「今日はもう本買えなさそうな雰囲気だな」

 

「だね。でも普段とは違う体験出来てるから私は満足してるよ」

 

「占い当たってるな」

 

「今までは良い占いだけ信じてたけどこれからは何でも信じちゃいそうだよ」

 

「俺はラッキーアイテムは信じないけどな」

 

「私もそこはちょっとだけ考えるかな?…あっそこにある雑貨屋さんに寄っていかない?」

 

「いいよ。ついでにそこでお互いのプレゼント買うか」

 

「いいのあるかな~」

 

 入り口のドアを開けると小気味いい鈴の音のような音がドアの開閉に合わせて店内に響く。いや違う、鈴じゃない。たしかウィンドチャイムだ。

 

「それぞれで買い物して店の外で交換するってのはどうだ?」

 

「おっいいね~。プレゼントは開けてみるまでわからないってやつだね」

 

「そういうこと。じゃあ俺はこっちから見て回るから」

 

 そう言って暫し矢田と別れる。

 500円という制限があるため豪華なものは買えないので普段使うものから選ぶのが妥当だろうか。矢田が普段使うといったらポーチだろうか?いやでも既にお気に入りのものがあったらあまり使われなくてもったいないな。矢田といえば…ポニーテールだな。髪留めはありだな、わからないがいくつあっても困らないだろうし。

 購入する物が定まったのでファッションコーナーへと足を伸ばす。そこには所狭しと多種多様なヘアゴムなどのアイテムが陳列されていた。小学生がするような派手なものから大人がするようなシンプルで落ち着いた雰囲気のものまである。どれがいいだろうかと手に取ろうとしたその時南雲に電流走る。

 誤算!ヘアゴムとシュシュの違いわからず!

 矢田がいつも髪をまとめているのはシュシュっぽいやつだと思うのだがあれは果たしてシュシュなんだろうか?派手なヘアゴムなんだろうか?そもそも女物のファッションアイテムに詳しくないことに気付く。そんな状態でプレゼントを送って微妙な顔をされたら俺はどんな顔をすればいいんだろうか。笑えばいいのか?

 失敗する可能性を考慮した俺は別のコーナーに移動し第2候補を購入することにした。

 

 

――

 

 

 俺がプレゼントを購入し店の外に出て5分ほど経ってから矢田も店から出てきた。

 

「ごめん遅れちゃって」

 

「俺が早かっただけだから」

 

「じゃあ交換しようか。せーので出す?」

 

「掛け声は任せた」

 

「私一人で言うの?」

 

「二人で言ったら息が合わずグダグダになりそうだから」

 

 矢田はもうっと頬を膨らますと後ろに隠したプレゼントを持ち直すように姿勢も正したので釣られて俺も背筋を伸ばした。

 

「いくよ?…せーの!」

 

 バッとプレゼントを互いに出すと同じ店で買い物したはずなのに二人の包装の仕方が全く別になっている。理由は明白だ、なぜなら――

 

「南雲君レジで自宅用って答えたんだね」

 

「矢田はプレゼント用なんだな」

 

「だって南雲君に渡すし」

 

 こういうところで男女の性格の違いが出てくるなと感じる。俺はすぐに渡すものだしいいかと思い自宅用と答えた。

 

「それじゃあ俺から開けるわ」

 

「気に入ってもらえるといいんだけど…」

 

 俺は丁寧に包装されたラッピングを崩さないように開いていく。なんとなくがさつな男と思われたくなかったからだ。中身を取り出すと紺色のシンプルなタオルが出てきた。大人になっても外で使えるような落ち着いた色だなという印象を受ける。

 

「ありがと!今必要なものランキングベスト3に入ってたよ」

 

「よかった!ちなみにベスト3ってことは他にもあるんだ?」

 

「うん。1位は襷かな」

 

「嘘ばっかり」

 

 矢田はそう言って無邪気に笑う。ちなみに襷が1位な訳がない、ランキングベスト100にすら入らない。

 

「襷は嘘だけどタオルが欲しかったのは本当だよ。ありがとう」

 

「えへへ、じゃあ私も開けるね。……わっ!ハンカチ?」

 

 俺が迷いに迷って買ったものはハンカチ。これもいくつあっても困らないだろうかと思い選んだものだ。

 

「仮にハンカチじゃなかったとしたらグレードダウンしたタオルだな、大きさ的に」

 

「色が薄ピンクなのは私の名前から?」

 

「それもあるけど単純に矢田っぽいなって」

 

「ありがと!嬉しい!」

 

 矢田が子供のように笑うのを見て俺も思わず笑みがこぼれる。

 

「結構いい時間になったし停留所に戻るか?」

 

「そうだね。それか川沿いに歩いて椚ヶ丘に帰る?」

 

「よし!そうするか」

 

「待って!冗談だよ冗談!」

 

「あはは、わかってるよ」

 

 俺は停留所に戻るためスマホであらかじめ登録しておいた地点を確認する。地図で見るに停留所を始点として円を描くような形で歩いていたらしい。それほど停留所から離れていない場所にいることがわかった。

 

「まあバスがなかったら歩くことになるかもね」

 

「え、嘘、バスあるよね?歩くことになったら私大変だよ?」

 

「時刻表を見ないことにはわからんな」

 

 ちなみに1時間に3本程度走ってることはここに来たときに見た時刻表で確認しているので俺は答えを知っている。

 

「ここから歩いて10分ないくらいだからとりあえず停留所に向かうか」

 

「大丈夫かなー…バスあるかなー…」

 

「なかったら川沿いに歩けばいいだけだから」

 

「…南雲君妙に落ち着いてない?」

 

「……いや?」

 

「変な間があったよ!ていうことはバスあるんでしょ!」

 

「……ないよ?」

 

「その反応はあるでしょ!」

 

「……いや?」

 

「もー!」

 

 半分答えを言ってしまってるようなものだがあえて口には出さない。矢田の反応が見ていて単純に面白いからだ。あるでしょないよ問答を繰り返しながら10分ほど歩くとスタート地点でありゴール地点でもある停留所が見えてきた。矢田は走って一足先に時刻表を見るとやっぱりあるじゃん!と頬を膨らましている。

 太陽が真上の辺りにあったのが今では低い位置にまで来ていて、それを見て時間の経過を実感しているとバスが到着したので乗り込む。二人で椅子に座ると矢田はふぅーと軽く筋肉を伸ばす。

 

「疲れたん?」

 

「うん。久しぶりにあんなに歩いたよ」

 

「そんな矢田に……ほれ」

 

「えっチョコレート?」

 

「えっ嫌い?」

 

「同じこと考えてたんだってびっくりしてる」

 

「同じことってことはもしかして矢田も――」

 

「うん……ハイこれ」

 

 矢田も同じくチョコレートを取り出す。それは互いにプレゼントを買った雑貨屋のレジに置かれていたものだ。歩き疲れた帰りのバスで食べようと思って買っておいたのだがまさか矢田も買っているとは。

 

「私達思考回路似てるのかもね」

 

「かもな。占い見て行動決めるとかな」

 

「私はたまたまだよ」

 

「俺もたまたまだ」

 

 俺達は顔を見合わせて笑う。今日一日だけで矢田とかなり話した気がする、まるで今まで話していなかった分の埋め合わせをしたかのように思えた。

 

「なんだか今日デートみたいだったね!」

 

「そうだな、彼女とか出来たら今日みたいな感じなのかね」

 

「きっとそうだよ」

 

「まあ今のところは縁はないがな」

 

 そう言って俺は窓側に座っている矢田越しに外を見る。少し間があったあとに矢田が俯き気味に言葉を呟く。

 

「…南雲君はさ、優しいからその人の気持ちに気づいてもきっと見て見ぬ振りをしたりとか、もしかしたら一人を選ぶことができないかもしれないと思うんだ」

 

 矢田の呟きに俺はひどく動揺した。自分の中の核心をつかれた気がしたからだ。

 

「私は…まだ誰かを本気で好きになったことがないからわからないけど、でも好きな人が出来たら返事に関わらずちゃんと答えてもらいたいって考えると思う。…だからもし誰かから想いを告げられたらちゃんと向き合ってほしいんだ。…これは私のワガママなんだけどね」

 

「…そうだな」

 

 俺は矢田の言葉を聞きながら3月の終わりに岡野と話したことを思い出していた。

 

「…選ぶって残酷だよね」

 

「…ああ」

 

「……うそうそ!今の全部私の独り言!忘れて!」

 

「忘れられそうにないけど…」

 

「そうだ!私行きと同じく音楽聴きたいな!ピロウズだっけ?また聴かせて!」

 

「わかったよ」

 

 ポケットからイヤホンを取り出し今度はちゃんと片方だけを渡す。

 

「2曲目にかかってたの聴きたい!なんて曲?」

 

「"パトリシア"って曲だけど…あの時もう寝てなかった?」

 

「か、完全には寝てなかったよ!」

 

「そっか。……矢田、ありがとな」

 

「…だから独り言だってば」

 

 矢田がおそらく言いたかったのはE組内で俺のことを好きな女子が複数いるということだ。そして一番言いたかったのは返事のイエスノーに関わらずちゃんと向き合って答えてあげてほしいということだった。俺はまだそれに関しての答えは持ち合わせていないが、だからと言って曖昧に返事を濁すのは相手だけでなく自分をも傷つける結果になるというのは理解している。理解はしているが――。

 

「そういえば、結局ラッキーアイテムの襷は必要なかったね」

 

「いや案外そうでもなかったぞ」

 

「えっどういうこと?」

 

「さあ?」

 

 矢田は今日小さめのショルダーバッグを持っていた。それを肩が疲れないように右に掛けたり、左に掛けたり、時には斜めに掛けたり。襷その物はなかったが俺にとっては充分眼福だったのだ。

 こうして俺と矢田の獅子座コンビによる小旅行は占い通り良い結果に終わった。




話の中に出てきた"べちこ焼き"というお菓子は現実にはありません。それでも町は廻っているという漫画の中に出てくるのをそのまま引用しました。

矢田さんと速水さんがダンス仲間なのは本当です。公式のキャラクターブックに書かれていて待ち時間などに無言でステップを踏み合ってるそうです。ただ矢田さんが子供のときに川が怖かったっていうのは作者が勝手に作りました。

ちなみに細かくてどうでもいいことですが"LOSTMAN GO TO YESTERDAY"というピロウズのアルバムを南雲君達が聴いていた設定です。"Tiny Boat"の次は"パトリシア"というセットリストとなっています。

余談ですが書き終わったときの文字数が2万近かったので可能な限り会話をカットしまくりました。それでも多いと思いますが。


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第24話 ガラスの脳

オリジナル回です。
ベンチプレスとスクワットの自己ベストを更新したので色々とやる気に満ち溢れています。


 7月が終わると同時に3月を待たずして地球が終わるんじゃないかと思うくらい暑い日に俺は前原と共にある場所へ向かっている。

 

「だから俺は旅行に着て行く服のどこかに遊びを取り入れたいんだけど、今持っているもの以外にもっと良いのがある気がするんだ」

 

「ふーん、まあいいんじゃねえの。俺は普通にラフな格好で行くよ」

 

「とりあえずモテるために純一との被りは避けたいから服を見るだけじゃなくて似たようなものだったら言ってくれよ」

 

「了解」

 

 暗殺旅行のために前原に買い物に付き合ってくれと言われた俺。なんでも旅行に来ていく服にイマイチ納得がいってないらしい。

 

「1,2年の頃はこうやってたまに一緒に出かけてたけど最近はめっきりなくなったよな、なんでだろ?」

 

「そんなの前原が女の子により夢中になったから以外にないだろ」

 

「…そう言われてみれば。原因は俺か」

 

「まあでも中学に上がってから告白してくる人増えた気がする」

 

「あー確かに、小学生の頃はたまにだったけど。やっぱり男女を意識するからかね」

 

「十中八九そうだろうな」

 

「純一も自分の顔をもっと有効活用しろよ。やろうと思えば取っ替え引っ替えできるだろ?」

 

「俺はそういうのには誠実でいたいんだよ。前原だって絶対に二股とかはしないだろ?」

 

「…うん」

 

 なんとなく歯切れが悪い気がしたがたぶん気のせいだろう。

 

「言い訳するとハッキリとした浮気ではないんだ。ただ付き合ってるときに他の女の子に目移りしちゃうときがあってそれが過っただけだ」

 

 うーん。綺麗な人がいたら目で追ってしまうのはわかるからしょうがないとは思うけど…人によっては嫌なんだろうな。

 

「そんなこと言ってたら目的地に着いたな」

 

「ああ」

 

「前原の服って全部ここで揃えてるんだっけ?」

 

「そうだよ。マルイで揃えるのが俺の流儀だ」

 

 俺達が目指していた場所はマルイ。マルイとは全国各地に大型商業施設を構えていて、プライベートブランドだけでなく有名ブランドもテナントで入っている日本のデパート業界の大手だ。

 

「とりあえず見て回るか。まずはこっちからだ」

 

「うぃ」

 

 前原の先導について行く。あまりマルイには来ないので店内のどこになにがあるかなどはほとんど覚えていない。

 

「ちなみに純一はどういう服装なんだ?3日もあるから完全に被らないのは無理だろうけど系統は別にしたいからな」

 

「たぶん3日とも七分丈のパンツスタイルだな、膝より上の短パンあんまり好きじゃないから。それにシャツをアウター感覚にするつもり」

 

「ふーん、俺もシャツをアウターにするから似た感じだな」

 

「俺は綺麗めな感じでいくから前原はモテカジ系でいいんじゃね?」

 

「あーそうするかな。綺麗めは磯貝の土俵だしな」

 

「とりあえずさっき言った系統で探すか」

 

「シャツとかは家にあるので大丈夫だからパンツだけでいいよ」

 

「あんまり金使うとデートにも行けないしな?」

 

「わかってるじゃん」

 

 半分冗談で言ったんだが中々侮れない男だな。

 前原に似合うパンツを探すこと数十分、パッとするものが見つからなかった。何着か試着してみると確かに似合うことには似合うのだがなんとなく違うと言って前原がNGを出していたからだ。

 

「前原、ひょっとするとなんだが…今日何も見つからないんじゃないのか?」

 

「奇遇だな、純一。俺もそんな気がしてきていた」

 

「そんな前原に俺が竹林から教えてもらった素晴らしい言葉を授けよう」

 

「どんな言葉だ?」

 

「『何を着たって自分は自分』…だそうだ」

 

「えっ竹林がそんなこと言ったのか?どんな状況?」

 

「いや普通に会話してて服装の話になったんだったかな?その時に竹林が言ってた」

 

「ほー。いやちょっと見直したよ」

 

「なんかのアニメの受け売りらしいけどね」

 

「へぇー、何を着たって自分は自分か。…よし!旅行へはいつも通りの服装に行くことにする!」

 

「…単純なやつ」

 

「うるせー。確かにどんなに良い服を着てたって中身が伴ってなかったら意味ないんだよ」

 

「なんで急にお前まで良いこと言ってんだよ」

 

 俺が前原の頭を軽くチョップすると前原がアハハと笑う。店員さんにチラ見されたので会釈をして謝る。

 

「せっかくこうして出かけたしな、色々と回ろうぜ」

 

「あっそれだったら俺なんか甘いもの食べたい」

 

「この辺だったら確か…」

 

「さすが前原さん、知ってるんですね?」

 

「そらそうよ、女の子が突然スイーツ食べたいとか言ったら困るからな。確か近くにある大きめの公園に人気があるクレープの販売車がよく来ているからそこに行ってみるか。そこで噴水とか見ながら食べるのが乙なんだよ」

 

「ほーん、じゃあ行くか。どれくらいで着く?」

 

「20分くらいだな。男二人だからもう少し早いかもだけど」

 

「じゃあのんびり歩きながら行きますか」

 

「おう、店を出て少し真っ直ぐ行ったところにある公園だから」

 

「少しって言ったって20分かかるんだろ?」

 

「それは女の子と歩いたとき」

 

 揚げ足を取るようにからかうと今度は前原が俺の肩に軽くパンチしてくる。

 予定が変わったので2人で並んで歩いて目的地へと向かう。

 

「なんで休日なのに男と並んで歩いてるんだろうな」

 

「忘れてるかもしれないけど言い出しっぺはお前だからな」

 

「冗談だよ、それに今はフリーだしな。だから南の島にかけてるんだ」

 

「E組の中には良いと思う人いないのか?」

 

「うーん…全敗してるからなぁ」

 

「そういえばそうだったな。岡野はどうなんだ?他のE組女子とは違う感じで接してる気がするけど」

 

「あー岡野は違うんだ。女子というよりは男子同士で馬鹿を言い合うみたいな、そっちに近いな」

 

「いやわかんないぞ?これは俺の言葉じゃないけどその人との会話や思い出が蓄積していって好きだということに気が付くらしい」

 

「それじゃあ俺も岡野のことを好きになる可能性もあるってことか」

 

「そういうこと」

 

「そっかあ。ところでそういう純一はどうなんだよ」

 

「俺?俺は…わからん」

 

「そっか」

 

「…思ったより突っ込んでこないんだな」

 

「友達の恋を掻き乱すのは野暮だろ?」

 

「意外と分別あるのな」

 

「ナチュラルに失礼だな。俺はE組のみんなが大事だからそういうからかいとかで関係が壊れるのは嫌なんだよ。…俺から純一に一つ言うとしたら難しく考えるなってことだな」

 

「難しく考えているつもりもないんだけどなあ。好きな人いないじゃダメなのかね」

 

「ダメじゃないさ。きっかけや好きのラインなんて人それぞれだし」

 

「ちなみに前原の好きだなって思うラインは?」

 

「うーん…その人ともっと話したいとか手を繋ぎたいとか友達以上の関係を望むってことかな。上手く言えないけど」

 

「なるほどね、参考にしとく」

 

「いや本当人それぞれだよ。1日に3回その人のことを考えたら恋っていう人もいるし」

 

「あはは、なんだそれ」

 

 真面目な顔なのに言ってる内容が少しぶっ飛んでて思わず笑ってしまった。そんな俺を見て前原も笑う。

 

「よし次の話題に移ろうぜ」

 

「話ってそうやって移ってくもんだっけ?」

 

「細かいこたあいいんだよ。それで純一なんかないか?」

 

「そうだな……前置きとして前原サッカー部だったよな?」

 

「そうだよ。おかげで暗殺の基礎体力もばっちしだ」

 

「そこで質問なんだけど飲み物でミロってあるだろ?あれって何でサッカーのパッケージなの?」

 

「たしかサッカー以外のパッケージもあった気がするけど」

 

「まじで?」

 

「うん。それでパッケージが何でサッカーかは知らないけど名前の由来は知ってるぞ。古代ギリシアのミロンだかって人から取ってるらしいぞ」

 

「へぇ~。そのミロンはサッカーやってたの?」

 

「いや古代オリンピックがどうとかだったかなー…。サッカーの監督が言ってたのを覚えてたからうろ覚えだよ」

 

「なるほどな」

 

「ミロってさ上手く混ざらなくね?上にダマが出来ちゃうから飲むっていうよりはそのダマを食べる感じになっちゃわないか?」

 

「あのダマうまいよな。単体で出したら売れるレベルで」

 

「な?正直ダマがミロの本体になっちゃってる感がある」

 

「前原ひょっとしてココアとか作るときも上手く混ざってないだろ」

 

「えっ何でわかったの?」

 

「俺も昔は上手く混ざらなかったから。今ではミロでもダマなく作れる方法を編み出したんだよ」

 

「一応教えてくれよ。最初に言っておくけどお湯で混ぜるのはなしな」

 

「冷たい牛乳だけでいけるよ。ちなみに前原の入れ方を教えてくれ」

 

「粉をスプーンで数杯取ってそこに牛乳を飲む分だけ入れる」

 

「カップは用意しないのか」

 

「してるに決まってるだろ!用意してる前提だよ!」

 

「冗談冗談。ところで入れ方だけどちょっと違うわ。牛乳は少量入れて混ぜてから飲む分だけ入れるんだよ」

 

「へぇー」

 

「少量の牛乳で粉を混ぜるとペースト状になるんだよ、そのあとに飲む分だけ入れて混ぜれば普通より溶けやすいからダマがないミロ、またはココアの完成」

 

「手順一つでなかなか違うんだな」

 

「ちゃんと混ざってるから味も変わってるんだよ。体感だけど」

 

「今度やってみよーっと。良いこと聞けた」

 

「話が随分と変わるけど今日前原と合流する前に理事長に会ったわ。A組に来ないかって」

 

「えっ」

 

 俺の突然の告白に間の抜けた返事をし、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする前原。

 

「もちろん断ったけどね。成績良かったから声をかけたんだと思う」

 

「おま、いきなりこんな重要なことぶっこんでくるか普通」

 

「ごめんごめん、でも答えはわかりきってただろ?」

 

「それはそうだけど…。なんか理事長って大人の汚さというかずる賢さがあるよな、この間の俺が本校舎の連中と少し揉めたときもさ」

 

「あの人は俺が今まで出会ってきた人の中で群を抜いて頭が良いと思う。殺せんせーとか烏間先生は置いておくとして純粋な一般人であれだけの人って中々いないよな。前原が言ったように大人の汚さみたいなのもあるけど理事長の場合は完全にそれらを理解して使いこなしてる気がする」

 

「確かに…。あっ公園見えてきたな」

 

「見えてきたっていうか到着したな。クレープ屋来てるかな」

 

 少しでも遠くが見えるように背伸びをする俺と前原。正直意味がない行動だなと思ったがなんとなく背伸びをしてしまうのは人間の習性なので仕方がない。

 

「来てるな、純一早く行こうぜ」

 

「急がなくても逃げないだろ。前髪しかないわけではないだろうし」

 

「それってなんだっけ?」

 

「チャンスの神様」

 

 逃げはしないだろうが気持ち早歩きになる俺と前原。販売車の下へと着くと車の横側に記載されているメニューを見る。

 

「前原さん、おすすめはなんです?」

 

「そうですね純一さん、イチゴとバナナが美味ですよ」

 

「何で前原さんまで敬語になってるんです?」

 

「純一さんが敬語になったんじゃありませんか」

 

「…似非貴婦人というか今の俺等かなり馬鹿っぽいな」

 

「…そうだな、やめておこう」

 

 店員さんに何にしますかと聞かれたので俺はオススメと言われたイチゴを選び前原はバナナを選んだ。お金を払い溢さないように気をつけてくださいとクレープを手渡される。生地が焼きたてらしく温かい、そして何より見た目がよく美味しそうなので人気なのも頷ける。最初に説明された通り噴水の近くのベンチに腰かけて食べる。

 

「これは……かなり美味いな。イチゴの酸味とチョコと生クリームの甘さが絶妙」

 

「だろ?別の味を頼んで女の子とあーんし合ったりするのが定番だ」

 

「ほーん。前原のバナナクレープも一口くれよ」

 

「いいよ。純一のイチゴも一口くれ」

 

 という訳であーんで食べさせ合う。他意はない。

 

「あっ前原、お前今二口食ったろ」

 

「いやいや、今俺が食べた場所にイチゴが乗ってなかったんだよ」

 

「風味あるだろ」

 

「風味じゃダメだろ!ていうか純一は俺のほうに乗っているバナナ食べたしこれでフェアだろ?」

 

「まあ気にしてないしいいよ、単純に突っ込んだだけ。バナナのほうも美味いな」

 

「人気ナンバー1と2だからな。当然だ」

 

「あーそういえば手書きのポップで書かれてたな」

 

「販売しているお姉さんらしい可愛い字だったな」

 

「いや知らんけど。後ろで作ってる男の人が書いてる可能性もあるぞ」

 

「やめろ!夢を見させてくれ!」

 

「なんか今の会話で思い出したことがある」

 

「ん?なんだ?」

 

「よく飲食店とか行ったらさメニューに"店長のオススメ!"って書かれてるじゃん。人気ナンバー1とかとは別に」

 

「あー確かに書かれてるな。それがどうかしたか?」

 

「いやあれってさ、店長だけがオススメしていて他の従業員は反対してるんじゃないかとか考えちゃうんだよな」

 

「そんな捻った考え持ってるのは純一くらいだろ」

 

「えー」

 

「いや、えーって。…まあでも店長のオススメとか書いてるけどただ単に在庫というか売りたいやつを薦めてるだけじゃないかとは考える」

 

「前原のほうがよっぽど捻くれてるというか汚い考えだな」

 

「なんでだよ!大人というか商売人はそういうところ汚いだろ!」

 

「いやいや、前原。お前の考えが汚いだけだ」

 

「えぇー…」

 

 互いの考えを貶しあうという何とも生産性のない会話をしてしまったなと思わず苦笑いをする。

 クレープを食べ終わったのでゴミを近くに設置されているゴミ箱に捨てに行く。

 

「いやークレープ美味かったな」

 

「気になる子いたら誘ってきてみろよ。きっと喜ぶぞ」

 

「考えとくよ。……前原、あそこ。ベンチのところ見てみろ」

 

「ん?……女の子が泣いてるな」

 

「どうする?」

 

「女の子が泣いてるんだからすることは決まってるだろ」

 

 前原の言葉に俺は頷き泣いている女の子の下へと行く。近くで見ると遠くで見たときより小さく見えた、年齢は小学校低学年くらいだろうか。とりあえず女の子に声をかけてみる。

 

「グスッ、グスッ」

 

「どうしたの?どこか痛いの?」

 

「グスッ、ちがう」

 

「ひょっとして迷子?」

 

「グスッ、ちがうもん」

 

 女の子の反応に俺と前原は顔を見合わせ無言で会話する。俺がどうすると目で訴えると前原がクレープがある方角を顎でクイッと示す。つまりクレープを与えてまずは泣き止ませようということだ。俺は無言で頷き買いに行く。再び買いに来た俺に店員さんは少し驚いた様子だ。

 

「いらっしゃいませ…って、あら?さっき二人組で買いに来てた子だよね?」

 

「あっ覚えてましたか」

 

「その日に販売したお客様の顔は忘れないよ。君達の場合はメニューを見て面白いやり取りをしてたから尚更ね」

 

「あ、あはは」

 

 あの下らないやり取りを聞かれてたかと思うと作った苦笑いしかできなかった。

 

「それで買いに来たんだよね?そんなに気に入ってくれたの?」

 

「確かに美味しかったんですけど、またこれには訳がありまして…」

 

 俺が事情を説明すると女性店員は偉い!と褒めて言葉を続ける。

 

「そういうことならタダでいいよ!ねっいいよね?」

 

 クレープを作ってるお兄さんに確認するともちろん!と男性の声が後ろから聞こえる。

 

「いや、そんな悪いですよ。こんなに美味しいクレープをタダでなんて」

 

「いいのいいの!その代わりちゃんと女の子の件を解決するんだよ!」

 

「ありがとうございます。そういえば僕と一緒にいた奴がお姉さんの字を褒めてましたよ」

 

「あっこの字?あはは!この字を書いたのは私じゃないよ、後ろの彼だよ。顔に似合わず可愛い字書くでしょ?」

 

 前原…、嘘から出た実というかまじでお姉さんじゃなかったぞ…。

 

「それじゃあ…ハイこれ!イチゴ味にしたから女の子も食べれると思うよ!」

 

「ありがとうございます。では」

 

 お姉さんからクレープを受け取ると溢さないように前原達の下へと戻る。心なしか会ったばかりの時よりも泣き止んでる気がする、さすが前原。

 

「ハイこれ、美味しいよ?」

 

「…いいの?」

 

「うん。イチゴは食べれる?」

 

「…すき。…ありがとう」

 

 女の子にクレープを渡すと少し笑った。それを見て安心すると前原が袖をクイッ引っ張ったので小声で話す。

 

「…純一わざわざクレープ買ってきたのか?」

 

「…わざわざって前原が顎で示したろ」

 

「…あれはそこの自販機で飲み物を買えって意味だよ」

 

「…確かにクレープ屋行く途中にあったけどさ」

 

 やはり言葉にしないと意思疎通は出来ないようだ

 

「…それで女の子からなにか聞けたか?」

 

「…名前ぐらいしか」

 

「…充分だ、それで名前は?」

 

「…あおいちゃんだって」

 

「…あおいってどういう字書くんだ?」

 

「…知らんわ。小ボケを挟むな」

 

 俺が前原と小声で会話を続行しているとあおいちゃんとやらはクレープを食べ終わったので出来る限り優しく質問をしていく。

 

「どう?落ち着いた?」

 

「…うん」

 

「名前あおいちゃんって言うんだって?」

 

「…うん」

 

「あおいちゃんはどうして泣いてたの?」

 

「…えっとね、…グスッ」

 

 あっやべ、また泣きそうになってる。選択肢ミスったか?

 

「バッカ、こういうのは徐々にいくんだよ。これだから一人っ子は」

 

「…お前も一人っ子だろ」

 

「姉二人いるわ」

 

「マジで?」

 

 姉が二人いるっていうここに来ての衝撃の告白。だから女性に対して抵抗なしのチャラ男になってしまったのか。

 

「大丈夫だよ。嫌だったら話さなくていいから」

 

「…ううん、だいじょうぶ」

 

「そっか。あおいちゃんは強いね」

 

 そう言ってあおいちゃんの頭を撫でる前原。これが一人っ子とそうでない者の違いか。

 前原の神対応によって話始めたあおいちゃんの話を要約すると、あおいちゃんが持ってきていたお気に入りの人形を一緒に遊びに来ていた友達が羨ましがったらしく人形をちょっと見せてくれと頼んだらしい。あおいちゃんはちょっとだけならと人形を渡したらそのまま返してくれずいなくなってしまったので泣いていたところを俺達2人が発見という流れだ。

 なんというか、物を羨ましがってる奴にそれを渡したら返してくれないのは目に見えてるというか想像つくけどなあと思った。

 

「あおいちゃんはその子のこと怪しいなとか思わなかったの?」

 

「だってみずきちゃんはトモダチだし…」

 

「そっか、あおいちゃんは優しい子だね」

 

 少しも疑わないのか。俺もこうだったのだろうか。

 

「おにいさんたちの名まえなんていうの?」

 

「俺は南雲純一だよ」

 

「俺は前原陽斗」

 

「ジュンイチとヒロトはこういうときどうする?」

 

「まあその子と…みずきちゃんと話すかな」

 

「俺も同じかな。どうしてこういうことするの?って」

 

「…なかなおりしたいけどみずきちゃんいないし」

 

「みずきちゃんとは二人で一緒に公園に来たの?」

 

「…うん。あおいはこうえんにきたことあったからいっしょにあんないしてあげたの」

 

「ならきっとみずきちゃんは戻ってくるよ。一人じゃ帰れないからね」

 

「みずきちゃん来るまでお兄さん方とお話ししよっか」

 

「いいの?あおいとおはなししてくれるの?」

 

「もちろん!」

 

「やった!えっとね、このあいだがっこうでね!――

 

 

 

 

 

 

 

 ――それでね、あおいはユウキくんよりヒロキくんのほうがカッコいいとおもうんだけどカナちゃんはユウキくんのほうがカッコいいっていうんだ。でもそれって――

 

 

 

 

 

 

 

 ――たいいくのときにユウキくんがあおいにさか上がりおしえてくれだけど、それでユウキくんのほうがいいなって思ったんだ!」

 

 な、長ぇ。そして中身がねえ。わかったことと言えば、

 

 ・あおいちゃんは小学1年生

 ・カナちゃんだかはユウキ君推し

 ・最近のあおいちゃんの押しもユウキ君

 

 以上3点。なんで女子小学生はこっちも知ってる前提で登場人物を話の中で増やすんだ。ユウキ君もヒロキ君もカナちゃんも知らんよ。辛うじてこの3人は覚えれたけどあおいちゃんの怒濤の小学生事情のせいで何も頭に入ってこんよ。

 それでも俺と前原は頑張ってあおいちゃんの話に相槌を打ち続けた。俺達中学生が中身のある会話をしてるとは思わないけど話の起承転結って大事だなと実感させられた。あおいちゃんの話は起起起起ばかりでたまに承が入ってくる。当然転結などありはしない。

 

「へぇ~あおいちゃんはヒロキ君よりユウキ君のほうが好きなんだね」

 

「ヒロキ君のほうがカッコいいよ。ヒロトはちゃんとお話きいてなかったの?」

 

 前原…お前は悪くない。俺が前原に同情の視線を送っていると前原が何かを見つけたように俺にあっちを見ろと口パクで伝えてくる。示された方向を見ると人形を持った女の子がこちらを伺うように少し離れたところから見ていた。俺はあおいちゃんに飲み物買ってくるねと言ってその少女の下へと向かう。とりあえず途中にある自販機でココアを2本買ってから話しかける。

 

「もしかしてみずきちゃん?」

 

「そうだけど…おにいさんはなんでみずきのことしってるの?」

 

「あおいちゃんから話を聞いたからだよ」

 

「…あおいちゃんおこってた?」

 

「ううん、仲直りしたいって言ってたよ」

 

「ほんと?」

 

「本当だよ。でもその前にどうしてあおいちゃんの人形を取ったのか教えてくれる?」

 

「…だってうらやましかったから。さいしょはちょっとみせてもらうつもりだったけど…手にもったらほしくなっちゃって…」

 

「そっか、でもどうして戻ってきたの?そのまま帰っちゃわなかったんだね」

 

「だってあおいちゃんにわるいことしたなっておもったし…かえりみちもわからなかったし…」

 

「悪いことしたってわかってるならみずきちゃんは大丈夫だね。それじゃあどうしたらいいかわかる?」

 

「あおいちゃんにあやまる…」

 

「お!わかってるなんて偉い!」

 

 俺がそう言って前原の真似をしてみずきちゃんの頭を撫でる。すると少し俯いてしまったのでまた選択肢をミスったかと焦る。

 

「あおいちゃんゆるしてくれるかな…?」

 

「大丈夫だよ、お兄さんが一緒に行ってあげるから。それなら行ける?」

 

「…うん。おにいさんなまえなんていうの?」

 

「南雲純一だよ」

 

「ジュンイチありがとう」

 

 あおいちゃんと同じく呼び捨てかい。妹いないからわからないけどいたらこういう感じなんだろうか。

 

「どういたしまして。じゃあ行こっか」

 

 手を繋いで前原達の下へと向かう。なんとなくみずきちゃんの手が震えてる気がした。

 

「あっ帰ってきた」

 

「ジュンイチおそい!…あっ」

 

 みずきちゃんを見てばつが悪くなったのか急に大人しくなった。とりあえず早く仲直りしてほしいから助け船出しますか。

 

「みずきちゃんが言いたいことあるんだって、聞いてくれる?」

 

「うん…」

 

「ほら、みずきちゃん」

 

「…おにんぎょうさんとってごめんね」

 

「ううん、あおいもちょっとじまんしちゃったから」

 

「…なかなおりしてくれる?」

 

「うん」

 

「ありがとう、これおにんぎょうさん」

 

「いいよ、ふたりであそぼ?」

 

「…うん!」

 

 2人のやり取りを見て思わず笑みが溢れる俺と前原。

 

「2人とも仲直りして偉いな。ハイこれ」

 

「あっココアだ!」

 

「ジュンイチいいの?」

 

「いいよ。喧嘩せずに仲直りした2人へのご褒美だから」

 

「「ありがとー!」」

 

「どういたしまして」

 

「じゃあわたしたちいくね!ヒロトもありがと!」

 

「おう!今度は喧嘩しないようにな?」

 

「うん!じゃあバイバーイ!」

 

 2人に手を振り別れる。ようやと一段落ついた俺達はベンチに座り深く溜め息をつく。

 

「あー疲れた」

 

「女子小学生ってあんなに扱い大変なのな」

 

「その割に手慣れてた感じがしましたけど?前原さん?」

 

「俺達が狼狽えてたらあおいちゃんも戸惑っちゃうだろ」

 

「たしかに」

 

「思いの外すんなり仲直りしてよかったな」

 

「そうだな。…俺達って喧嘩したりとかして先生とかに怒られてさ、とりあえずポーズみたいな形で謝るじゃん?」

 

「その場限りの取り繕いみたいな感じでな」

 

「そうそう。でもあおいちゃんとかは幼いからそういうのわからないと思うんだよ。(よこしま)な考えがないっていうのかな」

 

「あーたしかにな」

 

「相手が謝ったら許すっていう教えられたことを当たり前のようにやってるけどさ、なんか年齢を重ねるにつれて難しくなってくるよな」

 

「俺も岡野に直接謝れなくて純一経由で謝ったしな」

 

「そういえばそんなこともあったな」

 

「だからあの二人を見てたら眩しいものを見せつけられた感じがしたよ。純一も俺が悪いことしたらちゃんと許してくれよ?」

 

「内容による」

 

「そこは許せよ!」

 

 2人で馬鹿みたいに笑い合う。

 笑いながら俺は小さいときのことを思い出していた。昔の記憶を手繰っても幼いときの喧嘩で解決しなかったものは1つもなかった、全て仲直りという円満解決のみだった。

 しかし最近ではどうだろう。仲違いするような喧嘩はしてないが、仮にしたとして果たして先程のようにスッと仲直りすることができるだろうか。素直に首を縦に振ることができない俺は大人へと近付いているということなんだろうか。

 色々と考えていたが前原の声に俺は現実に引き戻される。

 

「なんか安心したら腹減ってきたな。またクレープ食べないか?」

 

「そういえばな、前原」

 

「なんだ?」

 

「クレープ屋さんの字な、お姉さんのじゃなかったわ」

 

「え?てことは…」

 

「後ろのお兄さんの字だ」

 

「バ、バカ野郎!そういうことは知ってても言わないもんだろ!」

 

「あはは!悪い悪い!」

 

「ちくしょう!夢壊しやがって!許してやらねー!」

 

 前原はこんなことを言ってるが少し大人に近付いている俺は知っている。言葉とは裏腹に前原があまり怒っていないこととすぐに許してくれるということを。そういう建前がわかるようになってる辺り大人になるのも悪くないなと思った。




今回2人の小学1年生が登場しましたが小学生特有の言葉の意味をイマイチ理解していない感を出すためにおそらく習っていない、知らないだろうという漢字はセリフの中でも平仮名で表記するという無駄なこだわりを取り入れたためにただでさえ読みにくい文がより読みにくくなってしまいました。申し訳ないです。

タイトルにあるガラスの脳は手塚治虫の短編漫画のタイトルから取りました。
内容は全く異なり手塚治虫のガラスの脳のあらすじをザックリ言うと、「62年の生涯の内たった5日間しか目覚めることができなかった女性由美を研究の為に解剖すると彼女の脳はガラス細工のように綺麗なものだった」というものです。
主人公との恋愛関係も短いながらに書かれていますがまとめるとこのような内容です。

今回の話で言うガラスの脳とはあおいちゃんを指しています。まだ幼いことから疑わず人形を貸してしまったり、仲直りを求めてきた友達を本心からすぐに許したりと大人になった作者視点で見てもちょっと考えられないなという行動をとります。
皆様も幼いときに覚えがあると思いますが、人を疑うという行為をきっとしていなかったと思います。それが年を取るに連れて汚い部分などを学び嘘をついたりなどするようになっていったはずです。
由美の脳がガラス細工のように綺麗だったのは5日間しか人間に触れず、雑念や人間の汚さなどを学ばなかったからガラスのような綺麗な脳だったんだと作者は解釈しています。所々あおいちゃんと南雲君達の考えを対比させることでそれを表現しているつもりですが、如何せん文才がないもので伝わり切らなかったため後書きにて解説している次第です。

前原君に美人な姉が2人いるというのは公式設定です。
ちなみに倉橋さんは2冊の公式ブックで一冊は男兄弟に挟まれている、もう一冊は兄代わりにドーベルマンがいるという矛盾が生まれてしまっているので一人っ子でドーベルマンを飼っている設定を採用しています。第0.7話で説明し忘れていたので遅れながら報告しておきます。

途中南雲君と前原君の会話の中で出てきた美味しいココアの作り方は作者自身が編み出した方法ですのでダマになってしまうという方は一度試してみてください。正直最初に少量のお湯で溶かすのが一番ですがそれが面倒だという人向けの飲み方です。


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8月
第25話 策謀の時間


いつも本作を読んでくださってる読者の皆様ありがとうございます。
なぜ突然このようなことを言ったかと申しますと今の今までお気に入りが何件あるとかどれくらいのUA?があるかなど見たことがなく、マイページに感想が届いてますよっていう表示が出たら感想に対して返信するのみで後は書いて投稿していたのみでした。しかしつい先日色々と弄んでたら小説情報なんてものが見られるということに気が付きました。
それで自分が今書いている本作がどれくらい見られてるかなどの情報を見たら多くの方が見てくださっているということを知りまして、その数が多いのか少ないのかはわかりませんが自分が好きで書いているものを見ていただけているというのは大変嬉しく明るい気持ちになりました。
待ってくださっている方が一人でもいる限り書き切ってみせますので楽しみに待っていただけたら幸いです。
本編に入る前に長々と語ってしまい申し訳ないです。ただ読んでくださっている皆様に感謝を伝えずにはいられなかったので前書きで書いた次第です。それでは本編をどうぞ。


 倉橋:ハロハロ~

 

 南雲:ハロー

 

 倉橋:純君明日って用事ある?なかったら一緒に出かけよ~

 

 南雲:実は明日朝から用事あるんだ

 

 南雲:誘ってくれたのにごめんな

 

 倉橋:私の方こそ急にごめんね?

 

 南雲:今度埋め合わせするからさ

 

 倉橋:ホント!楽しみ!

 

 南雲:それじゃあ朝早いから寝る、おやすみ

 

 倉橋:おやすみ~

 

 

 

 

 7月某日。朝6時。俺は今E組校舎のある山に来ている。

 

「おい純一!トラップを早く設置するぞ!」

 

「待て岡島。まだ慌てる時間じゃない」

 

「今日のトラップは今までの中で極上ものなんだ!早く設置しなきゃ鮮度が落ちる!」

 

「鮮度て。お前小学生の頃の方がまだ頭よかったんじゃねーの」

 

「あの時の俺は世の中を窮屈に感じていた!だが今は違う、体の成長に伴って俺は自分の中の殻を破ることに成功したんだ!」

 

「ハイハイ。……ネットは仕込んだぞ」

 

「よしこれで餌を大量に巻いて……一番上にこれを置けば完成だ!」

 

「まあ今まで一番成功しそうな気がしないでもないけど…」

 

「なんだよ純一、不満があるのか?」

 

「だってエロ本じゃん。不満はないが釈然としない」

 

 極上ものだとか鮮度だとかどんなに言葉で着飾ってもエロ本はエロ本。仮に暗殺が成功したとして俺だけじゃなくて世界が釈然としないだろう。暗殺成功の鍵はエロ本だなんて。

 

「その内お前も目覚めるよ。…エロにな!」

 

「力強く溜めて言わなくていいから。それよりなんか食おうぜ、コンビニで色々買ってきただろ?」

 

「ちょうど目の前にオカズもあるしな」

 

「ちょっと面白いのが腹立つな」

 

 そう言って俺と岡島は朝食を取る。俺の今日の用事は一言でいうと"岡島の暗殺に付き合う"だ。作戦概要を説明すると、

 大量の餌(エロ本)を巻いたトラップの下に対先生弾を繋ぎ合わせたネットを仕込み、殺せんせーが餌(エロ本)に夢中になってるときにネットと連動しているロープを切って捕縛、飛び出してナイフで止めを刺すというものだ。

 

「でも夏休みだぜ?都合よく殺せんせーが来るか?」

 

「標的の行動パターンは午前7時過ぎくらいにこの山にあるエロ本廃棄スポットで芸術鑑賞したあとに教室に行っている。みんなが登校するのは大体午前8時頃、俺はみんなより少し早めに登校してこっそりと殺せんせーのエロ本に対する反応を研究したんだ。夏休みに入ってからもこのパターンは変わっていない。事前に表情の変化の画像を見せたろ?」

 

「ああ、あの百面相ね」

 

 俺は岡島にこの作戦を持ちかけられたときにエロ本に対する殺せんせーの反応という画像フォルダを見せられた。そこには絵柄、シチュエーションなど多種多様なエロ本に対しての表情の変化を見せる殺せんせーが映っていた。

 

「どれ純一も待ってる間に一冊どうだ?」

 

「お酒を薦めてくるおっさんみたいにエロ本を差し出すな。俺はスマホをいじってるよ」

 

「そうか。……さっき純一はこの作戦を釈然としないって言ってたがエロに対して罪の意識でもあるのか?」

 

「別に罪の意識はない。ただ…そうだな、岡島の言葉を借りるならまだエロに目覚めてないだけかもしれない」

 

「ふっ大丈夫さ。年齢を重ねていくと共にエロに対する罪は反比例曲線のように小さくなる。反比例と違いやがて0になるのさ」

 

 俺が呆れて携帯を取り出すと倉橋から連絡が来ていた。トーク画面を開くと倉橋が現在いる場所の画像が送られてきていたのだがそこには見覚えのある風景が広がっていた。

 

「岡島、誰かが来ていたらこの作戦に支障は来すか?」

 

「いや殺せんせーは一度エロ本を読んだらよほどのことがない限り気づかない。メタルギアの兵士をイメージしてくれ」

 

「わかりやすい説明どうも。この山に今倉橋が来ているから報告しておく」

 

「倉橋が?どうして?」

 

「さあ、わからん」

 

「!、標的がきた。じっとしてろよ」

 

 音をたてないようにそっと盗み見ると既にエロ本を熟読している殺せんせーがいた。岡島も同じく殺せんせーを見るとニヤリと笑いドヤ顔で説明をする。

 

「あの殺せんせーのデレ顔見覚えがないか?」

 

「ビッチ先生が初めてE組に来たときにおっぱいを見てあんな顔してたような」

 

「さすが純一、正解だ。まるで目の前に生のおっぱいがあるかのようなデレ顔。やはり俺の考えに狂いはなかった、今日の獲物が殺せんせーのど真ん中ストライクだ。…もう少し熱中した頃に作戦を決行しよう、同じエロを追い求める者として自分の理想を目の前にして命を終えるのは忍びないからな」

 

「了解」

 

「生のおっぱいで思ったことがあるんだが…聞いてくれるか?」

 

「どうぞ」

 

「生チョコとか生キャラメルとか生のつくものは総じて素晴らしいだろ?でもそれって洋菓子ばかりで和菓子は少ないように感じる。そこで生煎餅なんてものを作ったらかなり売れるんじゃないか?」

 

「煎餅が生だったらそりゃ餅だろ」

 

「…なるほど、餅だ」

 

 岡島が妙に納得してる中、近くから声が聞こえてくる。それも一人だけでなく複数だ。

 

「岡島、誰か来た」

 

「この声は…倉橋と杉野?」

 

 耳を澄ますと確かに倉橋の声が聞こえてきた。だんだん俺達に近づいてきてるのか会話が鮮明になっていく。

 

「お手製のトラップを20箇所位仕掛けたからうまくいけば1人あたり1000円は稼げるよ~」

 

「おお~バイトとしちゃまずまずだな」

 

「純一、聞いたか?」

 

「会話を?まあ聞こえたけど」

 

「ちょっとあいつらに説教してくる。純一はそのまま標的の監視を続けてくれ」

 

「ラジャ」

 

 そう言って岡島は倉橋たちに近づいていく。すると少し離れた、大体10mくらいの距離から声が聞こえてくる。

 

「効率の悪いトラップだ、それでもお前らE組か!」

 

「「岡島!」」

 

「せこせこ1000円稼いでいる場合か?俺達のトラップで狙うのは百億円だろ!」

 

「百億ってまさか…」

 

「その通り、殺せんせーだ。…こっちにそっと来い、いいものを見せてやる」

 

 岡島がそう言うと複数人がこちらに近づいてくるのがわかる。それでも殺せんせーは微動だにせずエロ本を読んでいる。岡島がメタルギアの兵士と言ったのも頷ける。

 

「じゅ、純一!?」

 

「あっ!純君!おは~!」

 

「おはよう倉橋。みんなもおはよう」

 

 倉橋、友人の他に渚、前原がいた。なんだこの謎メンバー。

 

「みんなあれを見ろ」

 

 岡島が殺せんせーを指差すとみんなは呆れたような顔で驚く。

 

「すげぇ…スピード自慢の殺せんせーが全く動かない」

 

「よほど好みのエロ本なのか?」

 

「まさかこの作戦の立案者は純一か?」

 

「前原、違う、俺じゃない」

 

「いや、それでもだ。エロに対して関心がなかった純一が岡島の作戦に、それもエロ本を利用した作戦に協力するなんて。…純一、2つの意味で一皮剥けたな」

 

「うまいこと言えてねえし、ぶっ飛ばすぞ?」

 

「みんなも手伝ってくれ、エロの力で覚めない夢を見せてやろうぜ」

 

「でも殺せんせーって巨乳なら何でもいいんじゃ…」

 

「渚の疑問はもっともだと思うが岡島は殺せんせーの好みを相当研究したんだ」

 

「純一の言うとおりだ。俺は殺せんせーを研究した、いや、し尽くした。みんなも気づいてほしい。エロ本は夢だ。人は誰しもそこに自分の理想を求める。写真も漫画もわずかな差で反応が全然違うんだ。お前のトラップと同じだよ倉橋、獲物が長時間夢中になるよう研究するだろ?」

 

「……うん」

 

 普段岡島のエロい話をスルーする倉橋が引くくらい熱弁を振るう岡島。倉橋に軽くなんかごめんなって言うといいの気にしないでと笑って返してくれた。そんな倉橋になんだか泣きそうになった。

 

「俺はエロいさ、蔑む奴はそれで結構。だがな誰よりエロい俺だから知っている。エロは…世界を救えるって。純一、作戦決行のときだ。ロープを切って発動させてくれ」

 

「合点」

 

 さっきの岡島はなんかカッコよく見えた。どんなものでも研ぎ澄ませば刃になるということを岡島が教えてくれた気がする。

 

「な、なんだ!?あの目は!?」

 

 岡島が急に狼狽えたので殺せんせーの方を見ると目がみょーんと伸びていた。その顔は今まで見たことのないものだった。

 

「ヌルフフフ、見つけましたよ」

 

 そう呟くと触手をシュパッと目にも止まらぬ速さで動かす。すると手に何か持っているのが見えた。

 

「ミヤマクワガタ、しかもこの目の色!」

 

「白なの!?殺せんせー!」

 

 倉橋が急に飛び出していく。どういうこっちゃ。

 

「すっごーい!探してたやつだ!」

 

「ええ!この山にもいたんですねぇ」

 

 よほど嬉しいのか二人は飛び跳ねて喜んでいる。エロ本の上で担任の先生と同級生の女子が飛び跳ねているのは生涯見ることができない光景だろうなと思った。

 俺達も倉橋に遅れて出ていくと殺せんせーは急停止する。どうやらエロ本があるということを忘れていたらしい。そしてそれを読んでいたということも。両手で手を覆い恥ずかしいと呟き続ける。

 

「面目ない…教育者としてあるまじき姿を…」

 

「いや、まあ、うん。でも殺せんせーだから」

 

「本の下に罠があるのは知ってましたがどんどん先生好みになる本の誘惑に耐えきれず…」

 

「岡島、バレてたな」

 

「そんな馬鹿な!?」

 

「で、どーゆー事よ倉橋?それってミヤマクワガタだろ?ゲームとかだとオオクワガタより安いぜ」

 

「最近はミヤマの方が高いときが多いんだよ、まだ繁殖が難しいから。このサイズなら2万はいくかも」

 

「「2万!?」」

 

「そしてよーく目を見てください、本来黒いはずの目が白いでしょう。授業で"アルビノ個体"について教えましたね?」

 

「ああ、ごくたまに全身真っ白で生まれてくるやつだろ?」

 

「全身とは限りません。クワガタのアルビノは目だけに現れ"ホワイトアイ"と呼ばれます。天然ミヤマのホワイトアイはとんでもなく希少です。売ればおそらく数十万は下らない」

 

「「す、数十万!?」」

 

「一度は見てみたいって殺せんせーに話したらズーム目で探してくれるって言ってたんだぁ。ゲスなみんな~、欲しい人手ー上げて♪」

 

「「欲しい!」」

 

 そう言って倉橋が逃げるのを男子達は追いかける。あの渚までもが走ってるのを見て俺は思わず笑ってしまった。

 

「おや南雲君は追いかけなくていいのですか?」

 

「もうすぐ南の島で百億円手に入りますからね。それに比べたら数十万円なんて」

 

「ヌルフフフ、そう簡単にいきますかねぇ。明日から先生は南の島に行くまではエベレストで避暑に行きますからそれまでにしっかりと作戦を立てておいてください」

 

「殺せんせーこそ最後の旅行になるかもしれないんでしっかりと堪能してくださいよ」

 

 

 

 

 ~渚視点~

 

 南の島での暗殺旅行が1週間後に迫り今日はその訓練と計画の詰めに集まった。勝負の8月。殺せんせーの暗殺期限まで残り7ヵ月となった。

 

 いつもの訓練は烏間先生が僕達を見てくれているけど、今日はビッチ先生の師匠であるロヴロさんが来てくれている。何でも今回の作戦にプロの視点から助言をくれるらしい。

 

「殺センセーは今絶対に見てないな?」

 

「ああ、予告通りエベレストで避暑中だ。部下に見張らせてるから間違いない」

 

「ならば良し。作戦の機密保持こそ暗殺の要だからな」

 

 そう言うとロヴロさんは気を引き締めるかのように黒い手袋をギュッと履き直す。真夏なのに暑くないのかな?

 烏間先生とロヴロさんの話を聞いていると現在の僕達以外の暗殺の状況が見えてきた。

 

・臭いに敏感な殺せんせーのせいで旅行に殺し屋が送れないこと

・上と同じ理由で同じ殺し屋は使えないこと

・有望な殺し屋数名に何故か連絡がつかないこと

 

 以上のことからロヴロさんは僕達に殺してもらうのが一番だと考えているらしい。どんな理由であろうと期待してもらっていることが嬉しかった。

 

「誰か旅行での暗殺について説明してくれないか?」

 

「あっそれは僕が説明します」

 

 僕が後ろから返事をするとロヴロさんはキョロキョロと辺りを見渡してからようやく僕を見つける。…そんなに背が小さいかな?

 

「先に約束の7本の触手を破壊して間髪入れずクラス全員で攻撃して奴を仕留める、それはわかるが"精神攻撃"とはなんだ?」

 

「まず動揺させて動きを落とすんです。この前殺せんせーエロ本を拾い読みしてたんですけど…他にもゆするネタはいくつかあるのでまずはこれを使って追い込みます」

 

「残酷な暗殺法だ。――それで肝心なのはとどめを刺す最後の射撃だが…これについては問題ないな。特にあの3人は素晴らしい」

 

「…そうだろう」

 

 ロヴロさんの言葉に烏間先生が珍しく笑みを浮かべて3人の説明をする。

 

「千葉龍之介は空間計算に長けているおかげか遠距離射撃では並ぶ者のないスナイパータイプ。速水凛香は手先の正確さと動体視力のバランスが良く動く標的を仕留めることに優れたソルジャータイプ。そして南雲純一は近距離ではまず狙いを外さない。加えて長距離射撃もいける万能型だ。3人とも結果で語る仕事人タイプという共通点もある」

 

「ふーむ、俺の教え子に欲しい位だ。他の者も高いレベルに纏まっていてとても短期間で育てたとは思えない。人生の大半を暗殺に費やした者として…この作戦に合格点を与えよう。彼等なら充分に可能性がある」

 

 ロヴロさんの言葉に僕は誇らしくなった。作戦だけでなくE組のみんなが認められているっていうのは上手く言葉には出来ないけど口角が持ち上がるのを押さえられない。

 

 その後もロヴロさんの指導は続く、狙いを安定させる方法だとか心を落ち着かせる方法。烏間先生が基礎ならばロヴロさんは応用を教えてくれる。そんなロヴロさんに僕は聞いてみたいことがあったのでハンドガンでの射撃訓練を中止して尋ねてみることにした。

 

「ロヴロさんいいですか?」

 

 僕が声をかけるとロヴロさんは一瞬少し驚いたような表情になるとすぐ元の強面に戻りどうした?と返してきた。

 

「クラスメートのことで聞きたいことがあって」

 

「いったい誰のことだ?」

 

「彼です。南雲君って言うんですけど」

 

 僕が指で南雲君を示すとロヴロさんは少し目を細め彼かと溢す。

 

「彼がいったいどうしたんだ?」

 

「南雲君って僕達と同じ時間の訓練しかやってないのに何でもそつなく、高いレベルでこなすんですけど僕達と何が違うのかなってプロの視点から聞きたくて。やっぱり才能とかですか?」

 

「…ふっ、才能か。まあ言うなれば才能なんだろうが…」

 

 ロヴロさんがハッキリとしたことを言わないので僕は少し首をかしげる。

 

「そうだな。少年、君から見て彼のナイフの振り方や銃の構えはどの様に映る?」

 

「…すごい綺麗でお手本みたいだなって思います」

 

「では君のナイフや銃の構えはどうだ?」

 

「固いというか少なくともお手本とは言えない形です」

 

「そうだ、彼はお手本のように綺麗というよりお手本そのものだ。能力はカラスマに及ばないにしても、まるでどこかの部隊にいたかのように動きが洗練されている。ではなぜ洗練されているかということだが…君は『運動の再現性』というのを聞いたことがあるか?」

 

「いえ、ないです」

 

「人は誰しも動くときにまず頭でイメージをする。ベースボールで言えば理想的なバットのスイング、射撃で言えば理想的な構え、全て頭に理想の形というものを思い浮かべるのだ。だがその理想通りに動けるかと言えばそうではない、どういうことかわかるか?」

 

 僕が首をかしげるとロヴロさんはそのまま説明を続ける。

 

「訓練次第では限りなく理想に近い形には近づけることができる。だが頭の中のイメージと全く同じ通りには出来ていないんだ、手首の角度などどこかでわずかなズレが必ず生じる。だが彼の場合はそのズレがほとんどなく理想通りなのだ、だから同じ訓練の時間でも上達の早さに差が生まれる」

 

「えっと、つまり頭の中でイメージしている通りに体を動かすことができているっていうことですか?」

 

「そういうことだ。彼のような人間は表舞台では一流のトップアスリートになれる」

 

「なるほど」

 

「私の説明により信憑性を持たしたいなら良いテスト方法がある。紙を2枚用意して彼に同じ大きさで自分の名前を書いてみさせてみろ。私の見立てでは2枚の紙を重ねたら文字もピッタリ重なるはずだ」

 

「文字を書くのも運動の再現性?なんですね」

 

「そうだ、運動の再現性は一種の才能だが多くの者はそれに気づかず飲み込みが早いだとかの一言で片付けてしまい有効に使うことができない。そういう意味では多くのことに挑戦できるこの教室は素晴らしい環境だな。彼だけでなく多くの者にとって」

 

「それともう一つ聞きたいことがあって…どちらかというとこちらがメインなんですが、ロヴロさんが知ってる中で一番優れた殺し屋ってどんな人なんですか?」

 

 僕の質問にロヴロさんは少し黙ったあと笑った。なんだかその反応が場にそぐわないというか不釣り合いで僕達と違う世界にいることを実感する。

 

「興味があるのか?殺しの世界に?」

 

「あ、い、いやそういう訳では…」

 

「そうだな…俺が斡旋する殺し屋の中にそれはいない。最高の殺し屋、そう呼べるのはこの地球上にたった1人。彼の本名は誰も知らない、ただ一言の仇名で呼ばれる。曰く、"死神"と。死を扱う我々の業界で"死神"と言えば唯一絶対奴を指す。夥しい数の屍を積み上げ死そのものと呼ばれるに至った男。いつかは奴が姿を現すだろう、ひょっとすると今でもじっと機会を窺ってるかもしれない」

 

 ロヴロさんの言葉に僕は息を飲む。尚更南の島のチャンスは逃せないと気を引き締める。

 

「少年よ、君には才能がある。南雲というのが優秀な兵士なら君は暗殺者だ」

 

「暗殺者?」

 

「そんな君には"必殺技"を授けてやろう。プロの殺し屋が直接教える"必殺技"だ」

 

 そこからのロヴロさんはまさしく鬼、僕がそれを身に付けるまで厳しく教えられた。

 …そして、南の島の暗殺ツアーが幕を開ける。

 

 




今回は暗殺旅行の前準備と南雲君についての解説、そして渚君の必殺技習得回でした。

ロヴロさんが語っていた運動の再現性については芸能人の武井壮さんも自身の理論で、練習をして技術を磨くよりもまず自分の体を思った通りに動かす訓練を最初にするべきだと言っています。南雲君は頭の中のイメージ通りに、お手本などを見たまんまに出来かつ努力をしてるから射撃やナイフ術の成績がトップクラスという設定です。
ちゃんとした理由があった上で勉強や暗殺の技術の成績が良いということを描きたかったので本作を書く前から勉強に対する考え方、運動の再現性というものをちゃんと設定として組み込んでいました。後付けとかではないです。

岡島君や前原君の台詞はポンポンと浮かんできて最早勝手にしゃべるレベルです。やはり下ネタが他のキャラより多いせいでしょうか。しかし中学生という設定がありますので作者自身中学生のときどのくらいそのような知識があったか、公式の資料集にそのようなことに触れられていないかなどを調べたり、E組の中で書く上で一番手のかかってるいる2人です。
本作でおそらく使わないであろう岡島君の公式設定をひとつ書きますと、父親がまた非常にエロくヘッドフォンを片耳ずつつけてビデオの鑑賞をしていて、母親が近付いてくるのを感知してから2秒弱で画面を切り替えゲームの対戦を装っているという設定があります。

原作ではアルビノ個体のミヤマクワガタのその後には触れていませんでしたが公式本には書いてありました。クワガタはその後大事にしてくれそうなマニアを選んで比較的安値で譲り、遺伝子混雑を避けるために同じ山で採取したメスと土も一緒に送ったそうです。

最後に岡島君の台詞で「エロに対する罪の意識は反比例曲線のように小さくなり、やがて0になる」というものがありましたがイマイチ文字じゃ伝わりきらないかなと思ったので図を作ってきましたので意味が分からなかった方は是非見てください。値などかなりおかしいグラフですがイメージしやすいかとは思います。


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第26話 リゾートの時間 その1

ついに暗殺旅行です。
全4話ですので4日連続投稿します。




 待ちに待った2泊3日の暗殺旅行。現在俺達は船の揺れを堪能しながら本を読んでいる。

 船の動いている音や波の音、そして同じクラスの級友の声をBGMに読む本はいつもとはまた違ったものだなと感じる。俺達のいる部屋には紙を捲る音が人数の分だけ響いている。

 

「純君!島見えてきたよ!あっみんなごめん、本読んでたんだったね」

 

「てんきゅ、倉橋。そろそろ外出るか」

 

「そうだね」

 

「なんか久しぶりに集中して本読めた」

 

「教室は騒がしいのが多いからね」

 

「う~いつも騒がしくてごめんなさい」

 

 最初は俺も倉橋達と船の甲板で遊んでいたが6時間という長旅のため途中から読書に切り替え神崎、凛香、狭間のわりと最初から読書をしてた組と合流したのだ。

 

「でもみんなよく船の中で本読めるね」

 

「船は大きいからそんなに揺れが気にならなかったな」

 

「車とかだと酔っちゃうんだけどね」

 

「神崎は車の中でも本を読むのか?」

 

「小さいときに車の中で絵本を読んでお兄ちゃんとかお母さんに迷惑かけちゃった」

 

「「えっお兄さんいるの?」」

 

「うん、そうだよ。言ってなかったかな?」

 

「…びっくり」

 

 凛香と狭間はポーカーフェイスを保っていたが俺と倉橋は驚きを隠せなかった。こんだけ可愛い子が妹だったらやはりシスコンなんだろうか。

 みんなで中から外に出ると倉橋の言うとおり島が見えていた。6時間前のワクワクとした気持ちが沸々と湧いてきたのだが船に酔ってグロッキーになっている殺せんせーを見ているとなんだかその気持ちもなくなってきた。殺せんせーを哀れな目で見ていると茅野が話しかけてくる。

 

「南雲君途中からいなかったけどどこにいたの?」

 

「神崎達と本読んでた。まあ一緒の空間でそれぞれが読んでただけだけど」

 

「ふーん。南雲君ってスポーツもやるのに読書とか映画とかにも詳しいよね、なんで?」

 

「色々経験したほうが為になるからな」

 

「大人びてるね。そんな映画とかに詳しい南雲君に問題です!私は今何の映画を思い浮かべてるでしょうか」

 

「タイタニック」

 

「正解!さすが!」

 

「よかった、沈黙の戦艦だったらどうしようかと」

 

「あはは、私はスティーブンセガール好きだよ」

 

 女の子でスティーブンセガールを知ってるとは中々の映画通だなと思ったがそもそもが有名なのでその考えは捨てる。

 

「暗殺頑張ろうね、今回の作戦のキーマンは南雲君なんだから」

 

「キーマンはあと2人いるけどな。ていうかみんな無くして暗殺は達成できないんだからキーマンはみんなだろ」

 

「たしかに。今南雲君良いこと言ったね!」

 

「どうもどうも」

 

 船の停泊の準備が終わり各々荷物を持って宿泊場所へと移動する。俺達が泊まる普久間島リゾートホテルは海がすぐ横にある。個室ではなく男子と女子にそれぞれ大部屋2部屋が割り当てられていて食事などは共同の場所で食べるらしい。大部屋に荷物を置き、外に出ると当たり前だが目の前には海が広がっている。ホテルの施設の一つである見晴らしのいいロビーでまずは休むことにした。南の島らしい音楽がウクレレやアコギなどで奏でられている。

 

「純君ハイこれ!」

 

「ジュース?」

 

「うん!サービスのトロピカルジュースだって!」

 

「てんきゅ。なんか倉橋から飲み物もらってばかりだな」

 

「えへへ」

 

 一口飲むと口いっぱいにフルーツの味が広がる。南の島という環境もあってかいつもより美味しく感じる。E組のみんなもコテージに集まってきてこれからの予定を確認する。

 

「いやー最高だな」

 

「景色全部が鮮やかで明るいな~」

 

「ホテルから直行でビーチに行けるし、様々なレジャーも用意してるんですねぇ」

 

「暗殺は夕飯の後にやるからさ、まずは遊ぼうぜ!」

 

「修学旅行の時みたく判別行動で殺せんせーも一緒にさ!」

 

「ヌルフフフ賛成です。よく遊びよく殺す、それでこそ暗殺教室の夏休みです」

 

 

――

 

 

 そこからの俺達は遊びに見せかけて真剣に暗殺の段取りをする。各班を殺せんせーが回るのでその間に計画通りに暗殺を行えるか綿密に現地をチェックして回る。ある班はグライダーで、ある班は海底洞窟巡りで他の班の下準備に目がいかないようにしているので殺せんせーに計画がバレることなく準備をすることができる。

 

「今殺せんせーどこだっけ?」

 

「3班と海底洞窟巡り。こっちの様子は絶対に見えないよ」

 

「じゃあ今なら射撃スポット選び放題だな」

 

「サクッと決めちゃいますか」

 

「2人がそっちなら俺はこっちに行くよ」

 

「…3人とも渋いな」

 

「もはや仕事人の風格だ」

 

 スポット選びで1人になったことから考える時間ができた。物音1つもしないくらい静かすぎて自分の体の中の音と地面を踏みしめる音しか聞こえない。

 そんな中、俺は暗殺が成功したらということを考える。もし仮に殺せんせーを殺すことができたらE組の教室からいなくなるということだ。もちろん殺せんせーだけではない、烏間先生もビッチ先生も当然いなくなる。

 今いる先生方が全員いなくなったら本校舎から補充の先生が来るのは当たり前だが、果たしてその人は俺達に真摯に向き合ってくれるだろうか。俺にはそうは思えない。むしろ雪村先生や殺せんせーのように普通と変わらず接してくれる人のほうが貴重だ。かといって本校舎に戻ろうとも思えない。今いるE組のメンバー全員が本校舎に戻れるならば喜んで戻るが、戻るためには50位以内に入るだけでなく元の担任の復帰許可がいるので100%戻れる保証はどこにもない。

 

 

 暗殺しないほうが俺達は幸せなのではないか?

 

 

 ……ダメだ、考えてはいけないことが頭を過ってしまっている。頭で変な考えが渦巻いているが計画通りに射撃スポットに細工をする。

 今俺が考えていることは俺だけが持っている思いなのか、それとも他の人も同じ事を考えているのか。わからない。でも今は暗殺をするしかない。俺に今できることは暗殺だ。それ以外のことは今は考えるべきじゃない。

 

 

 

 

「いやぁ遊んだ遊んだ。おかげで真っ黒に焼けました」

 

「「「黒すぎだろ!」」」

 

 墨汁より真っ黒に日焼けしてる殺せんせーを見て全員少し引いている。

 

「歯まで黒く焼けてるし」

 

「表情が読み取れないよ」

 

「じゃあ殺せんせー、メシの後に暗殺なんでレストランに行きましょう」

 

 磯貝にスキップ気味に且つ鼻唄を歌いながら付いていく殺せんせー。

 

「ま、今日殺せりゃ明日は何も考えずに楽しめるじゃん」

 

「まーな、今回ぐらい気合い入れて殺るとすっか!」

 

 珍しくやる気を出している村松と吉田。一方で俺の心には先程の考えが渦巻いていてみんなと同じように上手く笑えているかわからなかった。

 

 

――

 

 

「夕飯はこの貸し切り船上レストランで夜の海を堪能しながらゆっくり食べましょう」

 

「な、なるほどねぇ…まずはたっぷりと船に酔わせて戦力を削ごうというわけですか」

 

「当然です、これも暗殺の基本ですから」

 

 磯貝の言った通り俺達は今船上レストランにいる。ご飯が美味しいだけでなく殺せんせーの弱点である乗り物酔いも誘える正に一石二鳥の計画だ。

 

「君達は実に正しい。ですがそう上手く行くでしょうか?暗殺を前に気合いの乗った先生など恐れるに足りません」

 

「「「黒いわ!」」」

 

「…そんなに黒いですか?」

 

「表情どころか前も後ろもわかんないわ」

 

「ややこしいからなんとかしてよ」

 

「ヌルフフ、お忘れですか皆さん?先生には脱皮があることを、黒い皮を脱ぎ捨てれば……ホラもとどおり」

 

 脱皮をしたことによっていつも通りの殺せんせーの姿になる。ただクラス全員が脱皮を見て何かを察した表情になっている。

 

「月1回の脱皮だ」

 

「こんな使い方もあるんですよ。本来はヤバイときの奥の手ですが…………あっ!」

 

「バッカでー、暗殺前に自分で戦力減らしてやんの」

 

「どうして未だにこんなドジ殺せないんだろ」

 

 この日のために夏休みに入って密かに特訓を重ねてきた。計画も綿密に練っており、今のところ順調で仕込みも万全。ただ――

 

「――も君?南雲君?」

 

「あっ神崎。どうした?」

 

「なんか考え込んでるようだったから…気分でも悪いの?」

 

「いや大丈夫だ。心配してくれてありがとな」

 

「それならいいんだけど…何かあったら言ってね?」

 

 どうやら上手く笑えていないだけでなく、いつも通りの俺ですらないらしい。計画を練りに練った今回こそ殺せんせーに刃を届かせなければならないのに…その刃を届かせていいものかと考えてしまっている。

 気分を切り替えようと食事をするがあまり喉を通らず充分に味わうこともできなかった。それでもみんなの士気か下がらないよういつも通りを装い続けた。

 

 

――

 

 

 夕食を終えE組全員で暗殺前の最後の下準備のために水上パーティションルームへと向かう。但し、俺と千葉と凛香を除いて。俺達3人は殺せんせーに止めを指す役目なのでここからは別行動となる。暗殺の流れはこうだ。

 

 1.三村が編集した殺せんせーの恥ずかしい姿を編集した映像を1時間に渡って上映。終わる頃には満潮になっているので触手に水を吸わせることができる。

 2.触手破壊権利を持ってる7人が触手を破壊。

 3.殺せんせーは急激な環境の変化に弱いので木の小屋を崩しホースなどの放水で水の檻を作る。

 4.殺せんせーに当たらない弾幕を作ることによって逃げ道を塞ぐ。(殺せんせーは当たる攻撃には敏感なため)

 5.俺達3人で止めを指す。

 

 以上が暗殺の流れだ。

 俺達は酸素ボンベの準備を入念に行っている。行程3が行われたときには既に水中に潜んでいなければならないからだ。陸の上には匂いが染み込んだダミーを置いたので俺達の居場所はバレないという寸法だ。

 

「純一、大丈夫?」

 

「?、何が?」

 

「何がって…ずっと浮かない表情してるから…」

 

「あっそれは俺も思った。なんかボーッとしてるっていうか」

 

「柄にもなく緊張してるのかもな。今日で暗殺生活終わると思ったらなんかね」

 

「南雲でも緊張するんだな」

 

「人っていう字を手に3回書いたら?」

 

「久しぶりに聞いたな、それ」

 

「あーたしかに。小学生のときの発表会でやってたよ」

 

「千葉は木の役っぽいから必要ないんじゃないか?」

 

「失礼な、村人A役だよ」

 

「それあまり変わらないんじゃない?」

 

 凛香の言葉に3人は笑う。これから暗殺を行うとは思えない雰囲気だなと思った。

 

「そろそろ上映開始から50分経つから潜るか」

 

「そうだな」

 

「2人とも頑張ろうね」

 

「「……」」

 

「なに?2人して口開けて」

 

「いや凛香がデレたなって」

 

「俺は珍しいものを見たなって思って」

 

「あんた達バカ?早く行くよ」

 

 素直な感想を言って一蹴される男2人。凛香に続いて海中へと潜りそれぞれの持ち場へと泳ぎ移動する。

 ――10分ほど経った辺りで爆発音にも似た大きな音が水を伝わって聞こえてくる。暗殺が開始されたということだ。

 水が叩きつけられる音に続いて一斉射撃の音が聞こえ水中で水面に出るタイミングを合わせる。

 小屋の中で陸上を警戒させておきフィールドを水の檻へと変えることで全く別の狙撃点を創りだす。俺達の匂いも発砲音も水が全て消してくれる。

 引き金をじわりじわりと引いて、殺せんせーの背後からついに俺達3人は発砲する。

 

 瞬間、殺せんせーの全身が閃光と共に弾け飛んだ。

 

 

 

 

 弾け飛んだ衝撃で周辺にいる俺達全員は爆風に煽られる形で体勢を崩され数メートル吹き飛ばされる。

 クラス全員が感じている今までの暗殺とは明らかに違うこと。

 

 殺せんせーが爆発して後には何もない。確かに殺った手応え。

 

「油断するな!奴には再生能力もある!片岡さんが中心になって水面を見張れ!」

 

「「「はい!」」」

 

 烏間先生の指示に従い殺せんせーを警戒する俺達。すると水面にブクブクと空気浮いているところを発見する。

 俺達は全員でその一点を囲むように移動し銃を構える。

 俺達が見たものは殺せんせーの顔が入ったオレンジの変な球体だった。

 

「これぞ先生の奥の手中の奥の手、完全防御形態!」

 

 完全防御形態?

 

「説明いたしますと外側の透明な部分は高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体です。肉体を思い切り小さく縮め、その分余分になったエネルギーで肉体の周囲をガッチリ固める。この形態になった先生はまさに無敵!水も対先生物質もあらゆる攻撃を結晶の壁が跳ね返します」

 

「そんな…じゃあずっとその形態でいたら殺せないじゃん…」

 

「ところがそう上手くいきません。このエネルギー結晶は24時間ほどで自然崩壊します、裏を返せば結晶が崩壊するまでの24時間先生は全く身動きが取れません。この状態で最も恐れるのはロケットに詰め込まれはるか遠くの宇宙空間に捨てられることですが…その点はぬかりなく調べ済みです。24時間以内にそれが可能なロケットは今世界のどこにもない」

 

 説明を聞いてやられたという感情しか生まれてこなかった。ここに来ての殺せんせーの隠し技、その欠点までちゃんと計算ずくで…。完敗だなと思ったのは俺だけじゃないのか俯いている者が多くいる。

 

「……とりあえず解散だ皆。上層部とこいつの処分法を検討する」

 

 そう言って烏間先生はビニール袋に球体の殺せんせーを入れる。袋に入れられた殺せんせーはいつも通りのにやついた笑顔で俺達全員に向けて話をする。

 

「皆さんは誇っていい、世界中の軍隊でも先生をここまで追い込めなかった。ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」

 

 殺せんせーはいつものように俺達の暗殺を褒めてくれたが全員の落胆は隠せなかった。かつてなく大がかりな全員での渾身の一撃を外したショック。異常な疲労感と共にホテルへの帰途につく。

 俺と凛香と千葉の3人は皆より遅れて水面から上がる。

 

「律、記録はとれてたか?」

 

「はい千葉さん、可能な限りハイスピード撮影で今回の暗殺の一部始終を」

 

「俺さ、撃った瞬間わかっちゃったよ。『ミスった、この弾じゃ殺せない』って」

 

「完全防御形態に移行するまでの正確な時間が不明瞭なので断定はできません。ですが千葉さんの射撃があと0.5秒早いか速水さんの射撃があと30センチ殺せんせーに近ければ射撃に気付く前に殺せた可能性が50%ほど存在します」

 

「自信はあったんだ。あそこより不安定な場所で練習しても外さなかった。だけどいざあの瞬間、指先が硬直して視界も狭まった」

 

「…同じく」

 

「絶対に外せないというプレッシャー、『ここしかない!』って大事な瞬間」

 

「…うん、こんなにも練習と違うとはね」

 

 千葉と凛香の2人はとぼとぼとホテルの方へと帰っていく。だが俺は空を見たままその場から動くことができなかった。

 

「…………律」

 

「南雲さん何でしょうか?」

 

「俺のことは言わなくてよかったのか?」

 

「…何のことでしょう?」

 

「記録してたからわかるだろ?俺が銃を撃てなかったことだよ」

 

「…そうですね」

 

 俺はあの瞬間引き金を引くことができなかった。狙いを定めじわりじわりと引き金を引いていたのだが今にも発砲しそうな瞬間指を離したのだ。そして殺せんせーは爆発した。

 

「私はE組で暗殺以外にも様々なことを学びました。だからこそ南雲さんのことは黙っておくのが正しいことだと判断しました」

 

「…ちなみに理由を聞いてもいいか?」

 

「はい。南雲さんは暗殺が行われる前からどこか変でした。おそらく暗殺をするべきかしないべきか迷っていたのではないでしょうか?」

 

「…合ってるよ。俺は迷ってた。このまま暗殺をしないほうが俺達は幸せなんじゃないかって」

 

「…」

 

「もし暗殺が成功したらさ、殺せんせーも烏間先生もビッチ先生も律もみんないなくなる。…そう考えたら引き金が引けなかった」

 

「南雲さんは優しいですね。クラス全員のことを考えてくださって」

 

「違うよ、これは俺のエゴだよ」

 

「たしかにその考えの中には南雲さんの願望が少なからず含まれていたはずです。ですが南雲さんは言いました、俺達って」

 

「…」

 

 律の言葉に俺は何も言えなかった。自分の考えを否定しようにもそれが間違ってるとは思えなかった。

 

「人間には人生を失敗する権利があります。…だから皆さんのところへ帰りましょう。南雲さんの考えは何も間違っていないと思います」

 

「ありがとう、律」

 

「はい!」

 

「俺が撃たなかったことは言ってもいいけど、俺の持っていた考えは言わないでくれな。暗殺教室の持つ意味を否定することになるから」

 

「もちろんです。……人間とは不思議なものですね。様々な葛藤の中もがいて答えを探す、私達AIにはない感覚です」

 

「俺達も律も、何も変わらないよ。きっと」

 

 

――

 

 

 ホテルのロビーへと帰るとみんなはロビーで休んでいた。ある者は天を仰ぎある者は突っ伏している。

 

「しっかし疲れたわ~」

 

「自室帰って休もうかな…もう何もする気力ねぇ」

 

「ンだよテメーら、1回外した位でダレやがって。もー殺ることやったんだから明日1日遊べんだろーが」

 

 寺坂の言葉に何名かは頷くが多数は疲れているのか反応を示さない。

 

「そーそー。明日こそ水着ギャルをじっくり見るんだ。どんなに疲れてても全力で鼻血出すぜ」

 

 …何か変だ。いくらなんでも皆疲れすぎじゃないか?

 

「渚君よ、肩貸しちゃくれんかね…部屋戻ってとっとと着替えたいんだけどさ、ちぃ~とも体が動かんのよ」

 

「なっ中村さん!ひどい熱…!」

 

 莉桜が渚にもたれ掛かる形で倒れる。やはりおかしい。

 

「いや…もう想像しただけで…鼻血が…あ、あれ…?」

 

「岡島!」

 

 岡島は鼻から大量に鼻血を出して机に突っ伏す。

 それを皮切りに多くの者が熱などを訴える。

 

「フロント!この島の病院はどこだ!」

 

 烏間先生がホテルの従業員に医者の確認をするが当直医はよその島に帰ってしまっていて明日の10時にならないと来ないらしい。

 するとピピピピと電話の着信音が響き渡る。烏間先生はそれに出ると電話先で問答を始める。

 このタイミングでこの電話。どんなに察しが悪い者でもわかる。この騒動は人為的なものだ。




本文でホテルの部屋について大部屋としていますが原作で部屋の描写を探しまくって、潜入が終わった後の一コマで大部屋と判明したので男女それぞれ分かれた大部屋ということにしました。

殺せんせーを殺せた場合の未来を考えた南雲君は引き金を引けませんでした。仮に5,6月の時点で暗殺が成功したら南雲君が言っていたように烏間先生方は撤収、本校舎から別の先生が来たことでしょう。
そのことが自分達にとって幸せではないと考えた結果の葛藤です。南の島という普段とは異なる環境、今までにはないくらい暗殺の条件が整い成功率が格段に上がった結果、暗殺に対しての迷いが生じたということです。

神崎さんにお兄さんがいるのは公式設定です。真面目で優秀で妹である神崎さんにも優しいらしいのですが重度のマザコンだそうです。この設定を見たときシスコンじゃねえのかよと思いました。


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第27話 リゾートの時間 その2

暗殺旅行、4分の2。
今回の話で今までなんとなくぼかしてたことがハッキリします。

追記
内容を一部修正しました。


 電話の相手と交渉をしている烏間先生。だが交渉が決裂したのか、電話を切るや否や珍しく苛立ちを隠そうともせずに袋に入った殺せんせーを机に叩きつける。

 

「皆、聞いてくれ。今起きていることを説明する」

 

 そう言って烏間先生は説明を始める。

 

・生徒達が苦しんでいるのは人工的に作り出されたオリジナルのウイルスであること。

・治療薬は一種類のみで電話先の相手しか持っていない。

・治療薬は袋に入っている殺せんせーと交換でしか渡さないこと。

・交換場所は山頂にある"普久間殿上ホテル"の最上階。時間は1時間以内で最も背が低い男女(渚と茅野)に持ってこさせること。

・外部との連絡、時間が過ぎた場合は即座に治療薬は破壊する

 

「――という訳だ」

 

「…ひどい、誰なんですかこんなことする奴は!」

 

「…わからない」

 

「烏間さん!」

 

 防衛省の園川さんが烏間先生に報告する。どうやら政府としてホテルに連絡しても一切の情報は答えてくれなかったらしい。

 その理由を烏間先生が説明する。普久間島は通称"伏魔島"とも呼ばれ様々な世界の警察組織からマークされているらしい。山頂の普久間殿上ホテルだけは他の真っ当なホテルとは違い国内外のマフィア勢力、財界人らが出入りしていて政府としてもうかつに手が出せないとのこと。

 

「ふーん、そんなホテルがこっちに味方するわけないね」

 

「ど、どーすんすか!?俺達殺されるためにこの島に来たんじゃねーよ!」

 

「落ち着いて吉田君。そんな簡単に死なないから、じっくり対策考えてよ」

 

 原の言葉に吉田だけでなくE組全体が落ち着きを取り戻す。

 

「こんなやり方する奴等にムカついてしょうがねぇ。人のツレにまで手ェ出しやがって。要求なんざ全シカトだ!今すぐ全員都会の病院に運んで…」

 

「ダメだ寺坂。烏間先生の説明を聞くにおそらくあっちは監視カメラでこちらの様子を見ている」

 

 烏間先生は説明の中で治療薬は袋に入っている殺せんせーと交換でしか渡さないと言っていた。なぜ殺せんせーが袋に入ってると知っているのか。海岸で暗殺を行ってホテルのロビーにしか移動していないのでその短い距離でこちらの様子を把握したとは考えにくい。監視カメラが仕掛けられているとしか考えられない。

 

「南雲の言う通りだ、寺坂。僕は違う観点から賛成できない。もし本当に人工的に作った未知のウィルスなら対応できる薬はどんな病院にも置いていない。無駄足になれば患者の負担を増やすだけだ。対症療法で応急処置はしとくから急いで取引に行った方がいい」

 

「竹林…」

 

 打つ手がなく皆が固まっている。烏間先生は額に手を当て様々なことを考えているのだろうが良い案が出てきてないみたいだ。殺せんせーが動けるのなら手の打ちようがあるが俺達の暗殺が良い所まで行ったせいで身動きが取れなくなってしまっている。

 

「皆さん良い方法がありますよ」

 

「「「え」」」

 

「病院に逃げるよりおとなしく従うよりもです。律さんに頼んだ下調べも終わったようです。敵の意のままになりたくないなら手段はひとつ、動ける生徒全員でホテルに侵入し最上階を奇襲して治療薬を奪い取る!」

 

「ダメだ、危険すぎる。この手慣れた脅迫の手口は明らかにプロだ」

 

「ええ、しかも私は君達の安全を守れない。大人しく私を渡したほうが得策かもしれません。全ては君達と指揮官の烏間先生次第です」

 

「…烏間先生行きましょう」

「指揮はお願いしますね」

「キッチリ相手に落とし前をつけてやる」

 

 俺を始めとして動ける全員がホテルに行く意思を示す。烏間先生はそんな俺達を見てまだ迷っている様子だ。

 

「…見ての通り彼等は只の生徒ではない、ある種の特殊部隊です。さぁ、時間はないですよ?」

 

 殺せんせーの言葉に烏間先生は目を瞑り深く深呼吸をしたあとに目をカッと開き言葉を発する。

 

「注目!目標山頂ホテル最上階!隠密潜入から奇襲への連続ミッション!ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う!いつもと違うのはターゲットのみ!3分でマップを頭に叩き込め!19時(ヒトキュー)50分(ゴーマル)作戦開始!」

 

「「「はい!!」」」

 

 

 

 

 各々が動きやすい服装に素早く着替えてホテルを出る。磯貝と烏間先生が全員が出るまで出口で待機してるが最後の一人は俺だった。

 

「南雲まだか?」

 

「いや、今行く。…おっと!」

 

 何もない場所で躓いてしまった。

 

「大丈夫か?南雲?」

 

「ああ、大丈夫だ……うわっ」

 

 立とうとするとまたしても足元が覚束ないのかよろけてしまった。それを見た磯貝と烏間先生は怪訝な表情に変わる。

 

「なあ南雲、お前もしかして…」

 

「いや大丈夫だ。熱は出てないし目眩も起こしていない」

 

「南雲君。ちょっと目を瞑って両足でその場に立つんだ」

 

 俺は言われるがままに目を瞑り両足を地面につける。すると頭がグラグラとしているのが自分でもわかった。倒れそうになったので目を開けバランスを保つと何かを察した表情の2人がいた。

 

「間違いない、感染している。能力が突出している君が来れないのは心許ないがここに残れ」

 

「…まじですか」

 

「南雲、俺達を信じてくれ。お前に及ばないにしろそれぞれのエキスパートがいるんだ。烏間先生もいるしきっと上手くいく」

 

「で、でも――」

 

「こうしている間にも君を含めた生徒みんなの病状は悪化していく。南雲君、わかってくれ」

 

「…わかりました。…磯貝頼んだぞ。みんなを守ってやってくれ」

 

「もちろん。烏間先生行きましょう」

 

「ああ。南雲君、君もロビーに戻って安静にしているんだ、決して無理はするんじゃないぞ。こちらに何か問題が起きた場合には必ず律さんから連絡がいくものと思ってくれ」

 

 俺は2人を見送ったあとしばらくその場から動かなかった。激しい自己嫌悪が襲ってくる。なんだよ、暗殺だけじゃなくクラスの皆が苦しんでいる状況でも俺は足手まといなのかよ。

 物を破壊したい衝動に刈られるが物に当たっても何も意味はない。目を瞑り深く息を吐き気持ちを切り替える。俺に今できることは何か。それを考える。個人差からか俺には高熱や目眩などは起きていない、ならば竹林、奥田と共にみんなの治療に当たるのが最適解か。

 出口から回れ右をして患者の下へと向かうと竹林と奥田が驚いた顔をして患者から離れて俺に近づいてくる。

 

「南雲、君は行かなかったのか?」

 

「ああ。俺は感染している」

 

「そんな!今すぐ休んでください」

 

「幸い重い症状はまだ表れていない。だから手伝わせてくれ」

 

「…わかった。でも体調が悪くなったらすぐに休んでくれ」

 

「ありがとう、竹林。それで俺は何をすればいい?」

 

「竹林君が男子を、私が女子を治療しているので南雲君は飲み水を持ってきてもらっていいですか?」

 

「わかった。すぐ持ってくる」

 

 奥田の指示を受け言われた通りに動く。いつもは自分から動かない竹林と奥田が率先して動いているのを見て俺はすごいなと思った。この緊急事態に自分に何ができるかを考え動いている、その姿勢がカッコいいなと思った。

 

「すみません、冷たい水をもらえますか?」

 

「ハイ、今すぐお持ちいたします」

 

 ホテルの従業員はすぐに裏に行くとペットボトルに入ったミネラルウォーターと氷がたくさん入った容器の2つを持ってきてくれた。従業員は運ぶのを手伝おうかと申し出てくれたが伝染(うつ)したら困るということで丁重に断ると何かできることがあったらすぐにお申し付けくださいと言ってくれた。俺は再度深く頭を下げ水と氷を運び、コップへと注ぎみんなに渡していく。

 

「南雲、一先ず君も休んでくれ」

 

「わかった竹林。何かあったらすぐに言ってくれ」

 

 言われた通りに俺も椅子に腰掛け水を飲む。幸いまだ熱などの症状は表れていない。その中で俺は考える。

 いったいこのウィルスはどこから感染したのだろうか。ホテルの食事というのは考えられない。なぜなら夕飯を食べずに動画を編集していた岡島と三村が感染しているからだ。…ダメだ、ヒントが圧倒的に足りない。それになんとなく頭が働かない。

 

「あっ純君だ…」

 

「倉橋、大丈夫か?感染してるんだから無理するな」

 

「純君は…感染してないの?みんなと一緒に潜入に行かないの?」

 

「俺は……俺はみんなの護衛を頼まれた。万が一ここに敵が来たら困るからって烏間先生から言われたんだ」

 

「えへへ。なら大丈夫だね…。純君はいつも守ってくれるから」

 

 倉橋が力なく笑ったのを見て俺は自分に対して怒りが湧いてきた。こうして信頼してもらえてるのに俺は何をしているんだ?肝心の暗殺では引き金を引けず、ウィルスに感染してみんなを助けに行くこともできない。

 頭を冷静に今一度俺にできることを考え直す。なにか、なにか必ずあるはずだ。ホテルの設備に何があったか、その設備はどのように利用できるか。南の島に来てからの会話の中にヒントはないか。

 思考の渦の中で1つの活路というか道が見えた。そのための障害は敵の監視カメラだ。

 そこで俺はある1つのことに気付く。監視しているならばクラスの他の者達が潜入しているのに気付くはずだがなぜ気付いていないのか。俺の中で導き出された答えは単純明快なものだった。設置したカメラの数が少ないから俺達全員の動きが把握できていないんだ。つまりカメラの位置と数、その映る範囲が特定できれば俺は行動することができる。ちょうどこちらにはその手伝いができる者が残っている。俺は席を立ち岡島に話しかける。

 

「岡島、おい岡島」

 

「…純一か。何でここにいるんだ?潜入は?」

 

「そんなことは後回しだ。ちょっと手伝ってもらいたいことがある。お前にしか頼めないことだ」

 

「…わかった。こんな状態の俺でもよかったら」

 

「すまん。手伝ってほしいのは監視カメラの発見とその視野角にについてだ」

 

「?、…とりあえず監視カメラを探せばいいんだな」

 

「ああ。歩くのが辛いなら俺に寄りかかれ」

 

「…わかった」

 

 岡島に肩を貸す形でロビーをぐるりと周り監視カメラが仕掛けてある可能性があるところを全て探す。すると1つだけ天井の照明のところに発見することができた。

 

「岡島、あのカメラはどれくらいの範囲映るかわかるか?」

 

「…普通のカメラだな。魚眼ではないから狭いアングルでおそらくそこからそこまでは映っていて音は拾っていないタイプだな」

 

 岡島は映る範囲を指で指し示す。

 

「了解、体調が悪いのにすまない」

 

「…いいんだ。それより純一何をするんだ?」

 

「まあお楽しみってことで。みんなには監視カメラの範囲に気を付けるようそれとなく言っておいてくれ」

 

 俺は岡島を元の場所へと運ぶと再度従業員のところへと行き、あるものを持ってきてほしいとお願いする。数分待つと頼んだものを持ってきてくれたので俺はお礼を言ってみんなの下へと向かって準備をする。

 

「南雲どうしたんだ?ギターなんて持って。体調は大丈夫なのか?」

 

「竹林はさ、音楽の力って信じるか?」

 

「音楽の力?」

 

「ああ。ジョン・レノンは音楽で平和を歌った。ある音楽がきっかけで戦争が一時的に休戦になった。胎教でも音楽が密接に関係があると言われている。つまり――」

 

「つまり?」

 

「ここで歌わなきゃ俺じゃねえ」

 

「全く話が繋がってないんだが…」

 

「みんなの苦痛を和らげるために俺がギターを弾いて歌うんだよ。みんなが苦しんでいるのを黙っては見てられない。だから俺はやる。オーケー?」

 

「…わかった」

 

 俺はギターのチューニングをする。そして準備完了。全員に聴こえるように出来るだけ中央で演奏をする。だがその前に――

 

「あーあー。みんな聴こえるか?」

 

 俺の声に俯いている者は顔をあげ、そうでないものは何をしているんだ?という不思議な顔でこちらを見ている。

 

「…純一?何するんだ?」

 

「これから弾き語りで歌うから出来る限り耳を傾けてくれ。そうすれば辛いのも多少は軽くなると思う。だから…俺を信じてくれ」

 

「…私は信じるよ。純君のこと」

 

「…何を歌うの?」

 

 神崎の質問に俺は出来る限りの笑顔で答える。

 

「楽しい気分にならなきゃ辛いものも和らがないからな。だからみんなが1度は耳にしたことがあって口ずさみたくなるような曲だ――」

 

 そう言って俺は演奏を始める。短いイントロから聴き覚えのある歌へと入っていく。

 

「…これビートルズだっけ?」

 

「CMで聴いたことあるな」

 

「…英語の発音きれい」

 

 みんなは口々に曲について言葉を発する。そしてサビへと入ると倉橋や前原が声は聞こえないが口をパクパクとさせて口ずさんでいるのがわかった。

 

 サビを歌い終えるとみんなが何の歌かわかったみたいだった。俺は思わずしたり顔になるが演奏と歌うことはやめない。曲を歌い終えるとまばらながらに拍手が送られる。

 

「今の曲は知ってる人も多いと思うがビートルズのOb-La-Di, Ob- La-Daだ。ちょっと解説すると市場に勤めるデズモンド・ジョーンズと、バンドで歌手をしているモリーが恋をして結婚する物語だ。ポップな感じで口ずさみやすいかなって思ったからこの歌をチョイスした」

 

「ギターも歌も上手いけど密かに練習してたの?」

 

「密かにってわけじゃないけど…まあ理由は全てが解決したら話すよ。次の曲も口ずさみたくなるようなものだ。それでは、『can't take my eyes off you』」

 

 俺の言った曲名にみんなは聞き覚えがあるようだった。でも日本で知られてる曲名は原題とは少し違う。

 『can't take my eyes off you』は日本では『君の瞳に恋してる』と和訳されている。原題をそのまま訳すと君から目が離せない、それを君の瞳に恋してると訳すのは洒落ているというか何だかロマンチックだなと感じる。

 曲の中盤辺りからだろうか、体温が上がっているのがハッキリとわかった。おそらくこれはテンションが上がってるからではなくウィルスの症状が表れてきてるからだ。だがここまで来たら関係ない、潜入してくれている皆が帰ってくるまで演奏を続かせてちょっとでも病人が楽に感じるようにするだけだ。そのためには体調不良を悟られてはならない。

 

「汗かいてきちゃったからちょっと水を飲ませてくれ」

 

 2曲目を終えると同時に水を飲む。体との温度差がかなりあるせいか氷を飲んでるように感じた。

 

「次からは一人一人のリクエストに応えていこうと思う。俺が知ってる曲だったら大丈夫だから…倉橋なにか弾いてほしい曲はあるか?」

 

「…えーとね、…『ベイビー・アイラブユー』が聴きたいな」

 

「TEEの曲だな、オーケー。確かに南の島にいるっぽいていうか海が見えるところってイメージの曲だな」

 

 指先の感覚はハッキリとしている。喉の調子も悪くない。いつもと違うのは体調が悪いということだけだ。みんなが戻ってくるまで意地でも弾き続けてやる。それこそが俺が敵に対して唯一できる抵抗だ。

 

 

 

 

 ~神崎視点~

 

 倉橋さんのリクエストを受けて南雲君は歌い始める。

 私は彼の夢を知っていたから他のみんなほど驚きはしなかったけど、自分が考えていた以上に夢に対して真摯に取り組んでいたんだなと別の意味で驚いた。

 彼が歌い始めてからは確かに体が少し軽くなったというか気が紛れてるように思う。いや、彼の歌は気が紛れるなどと形容してはいけないレベルのものだ。私は正直音楽には疎いがそんな私でもそのような印象を受ける。

 

 私は彼の声が好きだ。教室でもどこでも彼がいると思ったら彼の声を探してしまい、そして聞き入ってしまう。そのような状態や脳の働きのことをカクテルパーティー効果だということをビッチ先生が授業の中で話していた。

 でも彼の歌声は普段のものとは別次元のものであるかのようだった。耳を傾けずにはいられない、ずっと聴いていたいと思えるくらい惹き付けられるものがあった。

 

 彼は今ラブソングを歌っているが私の心は嬉しさよりも嫉妬の気持ちが勝っている。なぜなら倉橋さんのリクエストで彼がラブソングを歌っているからだ。

 この非常事態に現状晒されている問題よりも自身の恋愛事情を優先させてしまうだなんて自分は案外図太い人間だったんだなと思わず口許が緩んでしまう。

 クラスの皆が体を張って頑張ってくれているという事実を思ったら私の今の状態なんて大したことのないように思えた。せめて皆の頑張りに報いれるよう自分の意識は覚醒させ続けようと心に決めた。

 

 今私にできるのは南雲君の歌を聴くこと。どうか歌っている彼の意識の片隅にでも私がいてくれたら…そう思わずにいられなかった。

 




第0.4話で触れた南雲君の将来の夢についてやっと回収できました。本作を執筆する前から暗殺旅行はこうすると決めてたのである種の達成感を感じています。

詳細については次の話の本編にて触れるので割愛させていただきますが、なんかギター演奏して歌うとか突然じゃないかと感じた方のために解説させていただきますと、所々ヒントというか南雲君が音楽に携わっているとわかっていたら府に落ちる場面を各所に張り巡らせています。
いくつか挙げますと、

・第4話にてロックを一番聴くと言った南雲君に対して千葉君が『だと思った』と返す。
・飴を常備している描写が各所に存在。飴を舐めるのは喉が大事だから。
・音楽に関わる描写が各所に存在。

など色々あります。正直作者も把握しきれていませんが書いた当初はその事を意識して書きました。

その1でトロピカルジュースを飲んだ南雲君が感染したのを隠して寺坂君同様潜入すると思わせておいて潜入させませんでした。良い意味で読者の皆様を裏切りたかったのです。


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第28話 リゾートの時間 その3

暗殺旅行、4分の3。
あっさりと潜入が終わっていますが交渉期限は1時間以内なのでそんなに潜入に時間はかかっていないはずです。


 ~渚視点~

 

「…寺坂君ありがとう。あの時声をかけてくれて、間違えるところだった」

 

「…ケ、テメーのために言ったんじゃねぇ。1人欠けたらタコ殺す難易度上がんだろーが。それに鷹岡の野郎にも腹が立ったからな」

 

「うん…ごめん」

 

 僕らはミッションを無事に終え現在はヘリコプターでみんなの待つホテルへと向かっている。今回の黒幕は鷹岡元先生だった。みんなが感染してるのは殺人ウィルスだと鷹岡元先生に言われ目の前で薬を爆破されたときは本当に殺しそうだった。だけど寺坂君の言葉で我に返ることができロヴロ先生から教えてもらった"猫だまし"で鷹岡元先生を倒すことができた。ちなみにクラスのみんなが感染してるウィルスは食中毒菌を改良したもので交渉用の物なので無毒になるらしい。

 他にも暗殺者はいたけどクラスの皆で力を合わせて退けることができ、今日の経験は殺せんせーの暗殺に必ず役立つということを実感できた。

 

「早くみんなに大丈夫だってこと伝えたいね」

 

「みんな大丈夫かな?盛られた毒が無毒になるとはいえあと3時間は猛威を振るうんだよね?」

 

「大丈夫だって渚君。寺坂見てみ?全然平気そうでしょ。あっでもみんな寺坂みたいにバカじゃないから心配だよね」

 

「おいカルマテメぇ。治ったら覚えとけよ」

 

「確かに寺坂君は体力があるから平気そうに見えるけど…」

 

「でも栄養剤もらったからな。みんなに飲ませて今日はもうゆっくり休もう」

 

 磯貝君の言葉にみんなは頷き無言になる。解決したと思ったらドッと疲れを感じてきた。それでも感染したみんなはまだ不安なはずなので無事を伝えるまでは休まないようにしようと思った。

 ヘリがホテルの近くのビーチへと降り立ち岡野さんなど脚が速いメンバーを先頭にみんなの下へと向かう。僕は少し出遅れてしまって一番後方になってしまった。ホテルに繋がる入り口の前に着くと先行したメンバーが立ち止まっていたので釣られて僕も止まる。一体どうしたんだろう?

 

「立ち止まってどうしたの?」

 

「歌が聴こえる」

 

「…ホントだ。すごいうまい」

 

「男の人の声だね。ビッチ先生が演奏してたみたいにホテル側の人が演奏しているのかな?」

 

「なんか聴き入っちゃうね」

 

 茅野がそういうとみんなはそのまま入り口の前で歌を聴き続ける。たしかにこの歌のうまさは自分の周りにはいないレベルのものだなと感じる。

 

「あれ?この歌…」

 

「矢田さん、この歌知ってるの?」

 

「うん。"Tiny Boat"って曲だよ。まさかとは思うけど…」

 

「どうしたの?」

 

「次に歌う曲で確証が持てるんだけど…この曲が終わるまで待ってちゃダメかな?」

 

「矢田っちがそう言うならもう少し待ってみようか」

 

「ありがとう、ひなたちゃん。でもみんなはいいの?」

 

「うん待ってみよう。むしろもう少し聴いていたい」

 

 磯貝君がそう言うとみんな頷き尚も聴き続ける。端から見たら大勢の中学生がホテルの入り口で立ち止まっているという不思議な光景なんじゃないかなって思う。曲が終わって別の曲が始まると矢田さんはやっぱりと言った。

 

「今聴こえてる曲"パトリシア"っていうんだけど、歌ってるのきっと、ううん絶対南雲君だと思う」

 

 えっ南雲君?みんなが僕と同じように驚いた表情になるが千葉君と速水さんの2人はさほど驚いた様子ではなかった。

 

「矢田っちどうして南雲君だと思うの?」

 

「前に一緒に音楽聴いたんだけどその時と全く同じ曲なんだ。だからなんとなくなんだけど…言うなればカンかな?」

 

「仮に歌ってるのが南雲だとしてもギターの音も聴こえてるぜ?」

 

「無事を伝えなきゃいけないしそろそろ入ろうみんな。そしたら演奏者もわかるし」

 

 片岡さんの言葉で入り口のドアを開ける。

 すると矢田さんが言っていた通り南雲君が感染してるクラスメートに向けてギターを演奏しながら歌っている光景が広がっていた。

 

「おっみんな帰ってきた。大丈夫だったか?」

 

「南雲一体どういうこと…いやまずはみんなに報告しないとな」

 

 さすが学級委員と言うべきか磯貝君は自分の好奇心よりもクラスを優先した。感染してるものは無毒になるということと無事に潜入をこなしてきたということを要所要所掻い摘んで説明をするとみんな安心しきった顔になった。

 

「南雲君大丈夫!?」

 

「ああ渚、うん大丈夫だ」

 

「南雲君そっちは茅野だよ、僕はこっち。全然大丈夫じゃなさそうだから早く休もう」

 

「すまん。正直しんどい」

 

「僕の肩使っていいから布団に入ろう。あっでもその前に栄養剤あるからそれを飲んでから休んだほうがいいかも」

 

「ありがとう渚」

 

「このタイミングで聞くのもなんだけど、さっき歌ってギター弾いてたのって南雲君だよね?」

 

「そうだよ。俺にできることっていったらこれくらいだったから」

 

「詳しいことは…一段落したら聞かせてくれるよね?」

 

「もちろんだ茅野。…俺は大丈夫だから神崎とか見てやってくれ、きっと辛いだろうから。渚だけ貸してくれ」

 

「わかった。南雲君もしっかりと休むんだよ!」

 

 そう言って去っていく茅野に南雲君はなんか頼もしく見えるって言って椅子に腰掛けた。その後栄養剤を飲ませて部屋へと運んだ。

 病人をみんな休ませてから潜入してきた人達も布団へと入り休むことになった。それぞれがそれぞれの疲れで泥のように眠った。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 目覚めたとき男子全員が大部屋で並んで寝ていた。

 時計に目をやると正午前。徐々に覚醒していく頭で昨日の記憶を思い出す。そうだ、ミッションは無事に終わったと磯貝が言っていた。俺は歌を歌い続けて戻ってきた渚の肩を借りて布団に入ったんだった。

 起きそうにもないクラスメート達に小さくお疲れ様とこぼし俺は服を着替えてから洗面所に向かい顔を洗い歯を磨く。

 なんとなく外の空気を吸いたくなったのでホテルから出るとビッチ先生がビーチ横でくつろいでるのが目に入ったのでそちらへ向かう。

 

「あら南雲起きたのね。みんなはまだ寝てるんでしょ?」

 

「ハイ。昨日はお疲れ様でした、そして…ありがとうございました」

 

「私はなにもしてないわよ。全部あんたたち生徒が頑張ったからこうしてゆっくりできてるのよ」

 

「はあ」

 

「それに私に潜入の内容を聞こうとしても意味ないわよ。私はみんながホテルに潜入するために序盤に離脱したから」

 

「そうなんですか」

 

「そうよ」

 

 ビッチ先生はそう言うと手元のトロピカルジュースを上品に飲む。

 

「ビッチ先生、聞いてほしいことがあります」

 

「…どうやらその顔は真面目な話みたいね。なに、言ってみなさい」

 

「…俺、昨日の暗殺で引き金を引けなかったんです。殺せんせーを殺さないほうが俺達E組は幸せなんじゃないかって考えちゃって」

 

「……」

 

「ビッチ先生は殺したくないのに殺したことってありますか?」

 

「…そうね、1度だけあるわ」

 

「聞いても大丈夫ですか?」

 

「ええ。あれはそうね…5年くらい前かしら、私はターゲットに恋をしてしまったの。色仕掛けで近づいて相手が色仕掛けをしなくても警戒しなくなった頃にその気持ちを自覚したわ。それからは殺す機会を何回も逃した。誰にもバレずに確実に殺せたとしても彼といたいと思うとその首もとにナイフを突きつけることができなかった。そして、遂に――タイムリミットを迎えたわ。つまり依頼主から予め言われていた暗殺期限を過ぎようとしていた。私は迷った、迷った結果…彼を殺したわ。私の気持ちを心の奥底にしまって眠っている彼を出来るだけ苦しまないように、一撃で」

 

「……」

 

「気分は最悪だったわ。依頼主からはよくやったと多額の報酬をもらったけど…何か大切なものを失った感覚と自分の中の何かが麻痺していくのを感じた」

 

「辛く…なかったですか?」

 

「結局その暗殺がきっかけで人を殺すことに何も感じなくなったわ。…いえ違う、自分の気持ちを殺すようになったのよ。南雲、あんたは今暗殺に対して疑問を持っているのよね?」

 

「そうです」

 

「私から言えることは…何もないわ。悩んで悩んであんた自身の答えを見つけなさい」

 

「わかりました」

 

「あんたの持ったその考えは間違っていないわ。だから引き金を引けなかったのは気にしなくていい、人間には人生を失敗する権利があるんだから。たった一回の暗殺の失敗を引きずる必要なんてないわ」

 

「…あれ?」

 

「どうしたの?なんか私おかしいこと言ったかしら?」

 

「律も人間には人生を失敗する権利があるって言ってたから」

 

「律が?…フッ、そういうことね」

 

「どういうことですか?」

 

「これはある映画のワンシーンの台詞なのよ。私はこの映画をとても気に入ってるから覚えてるけど…あのコもあんた達と一緒で色々と学んで成長してるんだなって思ったのよ」

 

「あーなるほど。でもいい台詞ですね、なんかこう胸にストンと落ちてくるというか」

 

「でしょ?だから好きなのよこの台詞が。…話を戻すけどあんたの暗殺に対する考えが決まったらよかったら教えなさいよ、先生としてもプロとしても気になるから」

 

「わかりました、ありがとうございます」

 

「既に昼だけどあんたももう少し休みなさい。たぶんみんな夕方くらいまで起きないでしょ」

 

「そうします」

 

 ビッチ先生に別れを告げ俺は部屋へと戻るとやっぱりみんなは眠ったままだった。俺は布団に入ると先程話した内容を頭で反芻しゆっくりと目をつぶった。

 

 

――

 

 

 夕方に目覚めると俺以外誰もいなかった。枕元にはみんなジャージで浜辺にいるというメモが残されていた。メモの右下の隅に小さく渚と自己主張をあまりしない感じで書かれていた。渚らしいなと小さく笑ってジャージに着替えみんなの下へと向かう。

 

「みんなおはよう」

 

「あっ南雲君。ジャージってことはメモ見たんだね」

 

「ああ、渚色々とありがとな。それであの浜辺に浮いている大きなコンクリート?の固まりはなに?」

 

「ダメ元だけど殺せんせーが元に戻ったとき殺せるようにガッチリ固めてるんだって。烏間先生が不眠不休で指揮とってるよ」

 

「…本当に同じ人間なのか不安になってくるな」

 

「あはは…」

 

 烏間先生達の作業を見てシンとした空気が流れている。

 すると磯貝が小さく言葉を溢し始める。

 

「烏間先生だけじゃなくてビッチ先生もすごい人だし、ホテルで会った殺し屋達もそうだった。仕事に対してしっかりとした考えを持っていたし。…と思えば鷹岡元先生みたいに"ああはなりたくないな"って人もいて。いいなと思った人は追いかけてダメだと思ったやつは追い越して…多分それの繰り返しなんだろうな、大人になってくって」

 

 磯貝の言葉にみんなは無言で頷く。すると聞いたことがないくらいの爆発音が響き体が思わず反応する。

 殺せんせーを固めていたコンクリートが爆発したのだ。でもきっと失敗しているはずだと思った。そう思ったのはどうやら俺だけじゃなかったらしくみんなは殺せんせーの姿を探すようにキョロキョロと周りを見ている。

 

「ヌルフフフ、先生のふがいなさから苦労させてしまいました。ですが皆さん本当によく頑張りました!」

 

 みんなの真後ろに殺せんせーは気付いたら立っていた。なんだか触手がある殺せんせーを久しぶりに見たような気分になった。

 

「では皆さん旅行の続きを楽しみましょう…と言いたいところですがその前にやることがあります」

 

「「「やること?」」」

 

「正確には聞くべきことですね。南雲君、わかってますね?」

 

「…はい」

 

 殺せんせーがそう言うと皆は口々にそういえばと言っている。

 

「正直昨日の南雲君を見た瞬間からどうしてかギターが弾けてあんなに歌がうまいか聞きたくて聞きたくて。ですが烏間先生に止められました」

 

 あとで烏間先生にお礼を言っておこう。

 

「そうだなあ…どこから話そうか…」

 

 俺が話の切り出しかたを考えているとみんなの視線が俺に集まっている。当然といえば当然だがなんだか恥ずかしくなってきた。

 

「みんなは…将来の夢はあるか?俺はある。自分の歌で食っていくことだ。もっと言えば今組んでいるバンドでメジャーデビューをして日本全国で知らない人がいないくらいになる」

 

 俺の言葉にみんなは物真似みたいな真剣な顔になる。やはり中学3年生という将来を見据えた時期だからだろうか。

 

「バンドで俺はボーカル、ギターの役割だ。だから歌も普通の人よりは上手いし当然ギターも弾ける。これで昨日なんで俺がああいうことができたっていう説明になると思うんだけど……みんなは笑わないのか?」

 

 俺の言葉にみんなは無言のまま顔を見合わせる。すると笑って言葉を続ける。

 

「ギター弾けるなんてそんなカッコいいこともっと早く言えよ!」

「人の夢なんだから笑うわけないだろ!」

「今度弾いてほしい曲あるからお願いしていいか?」

 

 男子達の声が大きすぎて女子も何か言ってるのだが俺の耳には届かなかった。でも批判的なことを言ってる人は誰もいなくて、油断すると涙が落ちそうだった。それくらい嬉しかった。

 

「だってさ歌手だぜ?現実を見ろとか思わないのか?」

 

「ヌルフフ、そんな冷たいことを言う人はこのクラスには一人もいませんよ?それよりも皆さん質問はないですか?」

 

「ハイ!ハイ!」

 

「では中村さんどうぞ」

 

 気付いたら俺への質問コーナーみたいになっている。

 

「私小学生のときに何回か純一の家言ってるけどギターとかなかったよね?いつからやってんの?」

 

「目指し始めたのは幼稚園のときだ。ギターは俺の部屋じゃなくて別の部屋に置いてたから気付かなかったんだろ。それと秘密にしてたのは…恥ずかしかったからだよ」

 

「いやー幼馴染の新たな1面が見られたね」

 

「じゃあ他に質問がある人はいませんか?」

 

「はい!」

 

「岡島君どうぞ」

 

「バンドは何人組なんだ?女の子はいるのか?」

 

「4人組で俺の他にベース、ドラム、キーボードがいてキーボードだけ女の人だよ。ちなみに俺以外は高校生」

 

「おー!その女性は可愛いのか?」

 

「まあそれなりに」

 

「今度ライブやるときチケット売ってくれ!」

 

「いいけど彼氏いるからな」

 

「可愛い人は見るだけで癒されるから十分だ!」

 

「そ、そうか。岡島がそれでいいなら」

 

「他に何か聞きたいことがある人はいますか?キリがないのでこの場では最後にしますか」

 

「はーい!」

 

「倉橋さんどうぞ」

 

「純君は自分で曲作ったりするの?」

 

「するよ。でも自分の中の経験だけじゃ足りないと思ってるから本を読んだり映画を観たりで補っている」

 

「今度聴かせてね!」

 

「いいよ。ライブやるときチケットあげるからその時にでも聴けるよ」

 

「俺もチケットほしい!」

「私も!」

「純一と俺親友だよな!?」

 

 みんながチケットを欲しがっているのでキャパとかの関係があるから順番になるからと説明する。ていうか前原の俺とお前は親友だよなって頼みかたは俺がまるで宝くじに当たったみたいだなと思った。

 俺はみんなが聞いている今だからこそ言うべきことがあると思ったのでさっきまでの笑顔とは全く別物の真剣な顔になって話を切り出す。

 

「俺、みんなに謝らなきゃいけないことがあるんだ」

 

 俺の真面目な空気を察したのかクラス全員が姿勢を正すかのように俺を見る。

 

「昨日の暗殺で俺…引き金を引くことができなかったんだ。せっかく信頼してくれて俺に止めを任せてくれたのに…みんなごめん!」

 

「…おい南雲、なんか勘違いしてねぇか?」

 

「寺坂…」

 

「お前一人の責任な訳ねえだろ。信頼してお前に止めを任せたけどなにも100%確実に成功するなんて誰一人思っちゃいねえ。それにお前が引き金を引こうと引くまいと昨日の暗殺はこのタコが防いで失敗に終わってたはずだ」

 

「でも…」

 

「それにお前は俺に言ったよな?出来事の責任をクラス全員で割れば27分の1だって。お前の失敗は俺達の失敗だ。お前が撃てなかったんだったら俺達が撃てるわけがねえ。なあみんなそうだろ?」

 

「…寺坂の言う通りだ」

「南雲君気にしなくていいんだよ」

「てか寺坂のくせに良いこと言い過ぎ」

 

「おいカルマ!聞こえてるからな!本当に許さねえからな!」

 

 寺坂がカルマのコメントに対して怒ったのを見てみんなは笑う。でも俺は――

 

「みんな…ごめん、本当に…ありがとう…」

 

「お、おいあの純一が…」

「な、泣いている…?」

「なんか泣いてる姿もイケメンなのがちょっと腹立つ」

 

「ヌルフフフ、仲間はいいものですねぇ。楽しいときは共に笑いあい、悲しいときはその分辛くなくなる。先生はこの旅行で君達の本当の繋がりというものを感じました。そうでしょう?南雲君?」

 

「…ハイ。本当に良い仲間を持ったと思います。…俺の自慢です」

 

 仲間の優しさに触れて俺は涙が止まらなかった。止めようと思っても止まらなかった。

 

「南雲君、これ」

 

「ありがと、神崎」

 

 ハンカチを受けとると俺は涙を拭く。

 

「そういえば前に話したこと叶ったね」

 

「?、前に?」

 

「うん。海行きたいねって話したでしょ?」

 

「そんなのよく覚えてたなぁ。言われて思い出したよ」

 

「…忘れないよ。南雲君と話したことだから」

 

「えっ?」

 

 神崎の言葉に驚いた俺は横にいる彼女を見る。その目は俺の方は向いていなくて、どこか遠くを見てるような、何か別の事を考えていてここにいるのに別の場所にいるかのような目だった。その横顔を見て俺は綺麗だなって思った、今まで見たどんな人よりも。

 

「今度一緒に出かけようよ」

 

「いいよ。みんなも一緒?」

 

「ううん、2人で。南雲くんの都合の良い日で大丈夫だから」

 

「了解。そのときになったら連絡するよ」

 

「約束だよ?」

 

 神崎が小指を差し出してきたので俺も小指を出して指切りをする。最後に指切りをしたのはいつだったろうか、記憶を辿っても思い出せない。

 

「それでは旅行の続きを楽しみますよ!」

 

 殺せんせーが仕切り直しと言った感じで全体に対して宣誓する。

 

「旅行の続きったってもう夜だよ?」

 

「うん、明日は帰るだけだし」

 

「1日損した気分だよね~」

 

「ヌルフフフ、夜だから良いんですよ。昨日の暗殺のお返しにちゃんとスペシャルなイベントを用意しています。真夏の夜にやる事はひとつ、肝試しです!」

 

殺せんせーの言葉にみんなはポカンとした顔になる。何もないと思った矢先また何か始まるみたいだ。




ビッチ先生がちゃんと先生をしています。
律とビッチ先生が言った『人間には人生を失敗する権利がある』というのは映画"アメリ"の台詞です。とてもいい映画なので興味を持った方は是非ご覧になってください。

矢田さんが真っ先に歌ってるのが南雲君だと気付いたり、寺坂君の励ましの言葉が南雲君から言われたことを引用していたり、今までのことが回収できている感じがして書いていて気持ちよかったです。


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第29話 リゾートの時間 その4

これにて暗殺旅行終了です。
これでGWは心置きなく遊べます。



「「「肝試し?」」」

 

「先生がお化け役を務めます、久々にたっぷり分身して動きますよぉ。もちろん殺しにきても構いません。旅行の締めくくりにはピッタリでしょう」

 

「おもしろそー!」

「えーでも怖いの嫌だな~」

「へーきへーき!」

 

 はしゃぐ俺達を見てあったかーい目でこちらを見ている殺せんせー。

 

「場所はこの島の海底洞窟。300メートル先の出口まで男女ペアで抜けてください。男女ペアは…そうですねぇ、組みたい方と是非組んでください」

 

「渚!私と組まない?」

 

「茅野は僕でいいの?」

 

「おーい岡野組まねえ?」

 

「うん…いいよ」

 

 続々とペアか出来ていく、どうしたもんかな。

 

「あら純一、お困り?」

 

「莉桜のほうこそ困ってるんじゃ?」

 

「しょうがないから組む?」

 

「そうだな、よろしく」

 

 流れで莉桜と組むことになったが久しぶりにこういうのでペアになったなと感じた。小学生の頃は当たり前だったのに。

 

「南雲君どうしよう!前原から誘われちゃったよ」

 

「ああ、よかったな」

 

「岡野ちゃんおめ~」

 

「ありがとう…じゃなくて!どうすればいいかな?」

 

「別にいつも通りでいいんじゃないか?…訳もなく殴ったり蹴ったりしない限り嫌われはしないだろうし」

 

「それと心配してたアピールしたら?体調よくなってよかったーみたいな」

 

「…そうだね。うん、そうする。ありがと!」

 

 そう言って岡野は前原の下へと戻る。残された俺達は離れていく岡野を見送る。

 

「…やっぱりこういうので関係が進展したりとかするのかねぇ」

 

「なんだ莉桜らしくない。誘いたいやつでもいたのか?」

 

「ま、声かけるか迷ってたって感じね。それに純一も困ってる感じだったし」

 

「ふーん…俺達の番だな、行こうぜ」

 

「エスコートよろしく~」

 

 怖いの平気なはずだからエスコートもなにもないだろとは思ったが、岩場で歩きづらいはずなので段差くらいは教えてやろうかなと一歩先を歩いた。

 

 

 

 

 ~杉野視点~

 

「神崎さん、よかったら俺と組もう!」

 

 殺せんせーが組みたい人と組んでいいと言ったとき俺はすぐに彼女の下へと行き肝試しに誘った。勇気を出した甲斐あってか良い返事をもらうことができ、思わずガッツポーズをしてしまった。

 

「それでその時俺は言ったんだよ――」

 

 今は肝試しの順番待ちをして彼女と話している。神崎さんは俺の話の要所要所に相づちを打ってくれていたので俺も話しやすかったけど、あることに確信が持ててしまった。認めたくはないけど。

 俺と話しているけど、神崎さんの心はここにはなくてどこか別のところにあるって。他の誰が見てもわからないだろうけど、ずっと彼女の事を見てた俺だからわかる。

 教室とかで俺が神崎さんを目で追ってしまうように、彼女もまた目で追っていたんだ。それは俺の親友でその事に気付いたとき俺はどうすればいいんだろうって頭を悩ませた。だから今まで気付かない振りをしてたんだ。

 

 もちろん純一に対して手を引いてくれとかそういうのは一切言うつもりはなかった。神崎さんのことが好きだと言いつつ、彼女に対して起こせたアクションは何もない。強いて挙げれば修学旅行に誘ったくらい、ただそれだけだ。彼女の心が純一に靡くのも当然だった。同性の俺から見ても純一はカッコいいし、何より良いやつだから。

 俺のこの気持ちが届かないとわかっても、それでも俺は神崎さんを諦められなかった。追いかけても心の距離は縮まらないし、叶わない恋に飛び込んだ俺だけどこの気持ちは偽れなかった。

 俺は神崎さんのことが誰よりも好きだ。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

「莉桜、そこ滑りやすいから」

 

「なに?私の話が面白くないって?」

 

「そのスベるじゃない」

 

「冗談、わかってるわよ。ありがと」

 

「それにしても…殺せんせーの考えがわかってきたんだけど…」

 

「これって明らかに私達をくっつけようとしてるよね」

 

 入り口で殺せんせーは気合いの入った語りをしていたので本格的なんだと思った矢先にカップルベンチに座れだのイチャイチャするカップルを見れば恨みが収まるだの明らかに目的が透けていた。極めつけはポッキーゲームをしろという指令、訳がわからないよ。

 

「でも殺せんせーってE組で一番怖がりだよな?その内ボロ出るんじゃねーの?」

 

「たしかに。狭間ちゃん辺り見たら驚きそうだよね」

 

『キャーッ!!化け物出たーッ!!』

 

「…殺せんせーだよね」

 

「…うん」

 

 そこからはひっきりなしに殺せんせーの悲鳴が聞こえ続けた。もはや肝試しのきの字もなかったので俺と莉桜の2人はそのまま出口へと向かった。

 

 

――

 

 

「要するに…怖がらせて吊り橋効果でカップル成立を狙ってたと」

 

「殺せんせーは結果を急ぎすぎなんだよ」

 

「怖がらせる前にくっつける方に入ってるから狙いがバレバレだし」

 

「だって見たかったんだもん!手ェ繋いで照れる2人とか見てニヤニヤしたいじゃないですか!」

 

「うわっ泣きギレだ」

 

 殺せんせーは大人のはずなのだが隠すことなく大泣きで駄々をこねる。ちょっと感情に正直すぎないかな。

 

「まあでも殺せんせー、そーいうのはそっとしときなよ。うちら位だと色恋沙汰とかつっつかれるの嫌がる子多いからさ」

 

 珍しく莉桜が宥めるほうに回る。

 

「うぅ…わかりました」

 

「何よ!結局誰もいないじゃない!怖がって歩いて損したわ!」

 

 俺達全員が声がした方向を向くとビッチ先生が一方的に腕を組んでいる状態で海底洞窟から烏間先生、ビッチ先生ペアが出てきた。

 

「だからくっつくだけ無駄だと言ったろ。徹夜明けにはいいお荷物だ」

 

「うるさいわね男でしょ!美女がいたら優しくエスコートしなさいよ!」

 

「ただの洞窟に何もあるわけないだろ」

 

「だからって…もう…」

 

 ギャアギャアと騒いでたのとは一転、俯き気味に寂しそうな表情になるビッチ先生。そんな様子を見て誰かが呟く。

 

「…なぁ、うすうす思ってたけどビッチ先生って…」

 

「…うん」

 

「…どうする?」

 

「明日の朝帰るまで時間はあるし…」

 

(((くっつけちゃいますか!?)))

 

 クラス全員が悪い表情になる。それと共に暗殺旅行最後の作戦が開始された。

 

 

 

 

「意外だよな~あんだけ男を自由自在に操れんのに」

 

「自分の恋愛にはてんで奥手なのね」

 

 ホテルのロビーにてビッチ先生を囲んで話をしている俺達。烏間先生は暗殺の報告とやらで部屋に籠っているので逆に都合がいい。

 

「仕方ないじゃないのよ!あいつは世界でも見ないくらいの堅物なのよ!そりゃ私にだってプライドがあるし男をオトす技術だって千を越えてるから色々試したわよ!ムキになって本気にさせようとしてる間に…その内こっちが…」

 

「…可愛いと思ってしまった」

 

「なんか屈辱」

 

「なんでよ!」

 

 ビッチ先生は意外と不器用だし、積み上げた経験が逆に邪魔で気持ちに素直になれないんだろうな。こういう恋の形もあるということを覚えておこう。するとE組きっての恋愛の達人こと前原が口を開く。

 

「俺等に任せろって!2人のためにセッティングしてやんぜ!作戦決行は夕食の時間だ!」

 

「いつもお世話になってるしね~」

「最高のディナーになるといいね!」

「烏間先生をビックリさせるか!」

 

「あ、あんた達…」

 

「ヌルフフフ、では恋愛コンサルタントE組の会議を始めますか」

 

「ノリノリね、タコ」

 

「同僚の恋を応援するのは当然です。女教師が男に溺れる愛欲の日々…甘酸っぱい純愛小説が描けそうです」

 

「殺せんせー、それ明らかに官能小説だよね?」

 

「まあまあ南雲君。今回の会議は君が重要ですよ、何て言ったって烏間先生の一番弟子ですから。色々と情報提供、提案をお願いします」

 

「うーん…まず服が悪いかな」

 

「たしかに。露出しときゃいーや的な」

 

「烏間先生みたいな日本人はそういうのは好みじゃないからもっと清楚な感じで攻めないと」

 

「む、むぅ…清楚か」

 

「清楚つったらやっぱり神崎ちゃんか。昨日着てた服乾いてたら貸してくんない?」

 

「あ、う、うん」

 

 そう言ってビッチ先生と神崎は部屋へと着替えに行った。数分後に戻ってきたので俺達は全員下を向いてせーので一斉に見る。

 

「ほら、服ひとつで清楚に…なってねーな」

 

(((なんか逆にエロい!)))

 

 女子でさえも赤面している。清楚系ガーリーなワンピースを着ていた神崎だが、ビッチ先生が着ると胸元が大きくはだけてしまい、それこそビッチみたいな感じになっていた。

 

「そもそも全てのサイズが合わないな」

 

「神崎さんがあんなエロい服を着てたと思うと…」

 

 岡島の言葉に赤面し顔を両手で覆う神崎。俺はなんとなく腹が立ったので無言で岡島のケツを蹴飛ばす。

 

「もうこの際エロいのは仕方ない!大切なのは胸よりも人間同士の相性よ!」

 

「そーだよ!岡野さんの言うとおり!」

 

 岡野と茅野の2人がなぜこんなに声をあげているかは全員がわかっているがあえて口には出さない。

 

「それでは南雲君、烏間先生の女性の好みは?」

 

「うーん…あー1度だけ女性をべた褒めしてたことあるけど…」

 

「えっなにB専?」

 

「いや、そうじゃなくて…褒めてたのって柔道女子の無差別級の人だから理想のタイプってよりは理想の戦力って感じかなって」

 

「「「たしかに」」」

 

「いや…強い女が好きって線もあり得るけど、なおさらビッチ先生の筋肉じゃ絶望的だね」

 

 竹林の一言にビッチ先生はぐぬぬと唸る。奥田がそんなビッチ先生を見てじゃ、じゃあと切り出す。

 

「手料理とかどうですか?ホテルのディナーも豪華だけどそこをあえて2人だけは烏間先生の好物で!」

 

「烏間先生、ハンバーガーかカップ麺しか食ってんの見たことないぞ」

 

「…なんかそれだと2人だけ不憫すぎるわ」

 

「純一なんか他にないか?」

 

「訓練後にサラダチキンとプロテインを2人で摂取したことあるよ」

 

「なお不憫だわ。てか摂取の時点で食事というより栄養そのものとしか見てないだろ」

 

 つけ入る隙が無さすぎる。さすが烏間先生。

 

「なんか烏間先生の方に原因あるように思えてきたぞ」

 

「でしょでしょ?」

 

「先生のおふざけも何度無情に流されたことか…」

 

 打つ手を無くして烏間先生がディスられ始めた。

 

「と、とにかく!ディナーまでに出来ることは整えましょう。女子は日本人が好むようなスタイリングの手伝いを、男子は2人の席をムードよくセッティングです」

 

「「「はーい!」」」

 

「そうだ純一!ディナーのときにギターでムードいい感じで演奏できないか?」

 

「やってもいいけど烏間先生怪しまないかそれ」

 

「た、たしかに」

 

「でも音楽でムードを作るのはいい案だな。ホテル側が演奏してれば自然だし頼んでみるか」

 

「席はどーするよ?俺達のガヤがあったらいいムードもなにもなくないか?」

 

「それだったら取って置きのいい場所があるよ~」

 

「いい場所ってどこだカルマ?」

 

「ほらあそこ」

 

 カルマはそう言って外を指差す。その席は俺達が夕食を食べる場所とは別に用意されているホテルの施設の一部であろう特別席だった。

 

「さすがカルマよく見つけたな」

 

「いやあそこで食べてる人だったらイタズラしやすいな~って思っただけだよ」

 

「…烏間先生とビッチ先生の邪魔はするなよ」

 

「とりあえずこれで大丈夫だな。後は女子のコーデ次第ってことで!」

 

 磯貝がまとめて男子による会議は終了、ホテル側に許可を取ったり夕食までに時間がないので迅速に行動した。

 

 

――

 

 

 21時ディナー開始。時間に正確な烏間先生はちょうどにホテルのレストランに来た。

 

「俺の席がないように見えるが…どこだ?」

 

「あっ烏間先生。いつも先生方にはお世話になっているのでホテル側にお願いして特別席を取ったんです。外に席を用意してるんでビッチ先生と楽しんでください」

 

「俺達国が迷惑をかけている立場なのにすまないな」

 

「いえいえ。そちらのドアから出られるので」

 

 烏間先生は俺の言葉に従って外に向かう。外へと繋がるドアが閉まると同時にクラス全員が特別席が見えるドアへと近づく。

 席には既にビッチ先生がいつもと違った大人しめのドレスのような服装でスタンバイしている。

 

「あのショールどうしたの?」

 

「売店で買ってミシン借りて…ネット見ながらブランドっぽくアレンジした」

 

「原さん家庭科強いもんなー」

 

「ていうか声が聞こえないね」

 

「てことはせっかく頼んだ音楽も2人に聴こえないんじゃない?」

 

「…まあ俺は良い音楽が聴けて嬉しいから」

 

「純君と同じで私も嬉しいよ~」

 

「ともあれフィールドは整った、いけビッチ先生!」

 

 前原の言葉にクラス全員が同調する。たしかにビッチ先生をからかって楽しんでいるが上手くいってほしいというのは全員同じ気持ちだった。

 

「なに話してるんだろうね」

 

「月がきれいですねとか?」

 

「それくらいじゃやっぱり烏間先生は気付かないよ」

 

「でも2人とも楽しそうだよね」

 

「先生3人いて1人はタコだから、人間同士仲良くなんのはトーゼンだろ」

 

「うぅ、寺坂君ひどい!」

 

「殺せんせー静かに。あっビッチ先生席立った」

 

 ビッチ先生は席を立つと烏間先生がの胸元のナプキンを直し口をつけると、ナプキンの同じ場所を烏間先生の口へとつけ何か言っていた。一体何を言ったんだろうか?ビッチ先生が中に入ってくるとクラス全員がブーイングを浴びせる。

 

「何よ今の中途半端なキスは!」

「いつもみたいに舌入れろ舌!」

「ビッチってのは名前だけか!」

 

「あーもーやかましいわガキ共!大人には大人の事情があんのよ!」

 

「いやいや、彼女はここから時間かけていやらしい展開にするんですよ、ね?」

 

「ね?じゃねーよエロダコ!」

 

 ビッチ先生とみんなが騒いでいるのは南の島も終わりかーとセンチメンタルな気持ちになった。だけど旅行が終わっても暗殺は続く。今回のような失敗を2度とするわけにはいかない、俺はひとつの決心をした。

 

 

 

 

 俺はみんなが寝静まった頃外のベンチでカルマを待っていた。今回の潜入について詳しく聞こうと思ったからだ。

 

「南雲ここにいたのか、ちょっと思ってたところと違ったよ」

 

「すまんな、カルマ」

 

「いいよ、それで潜入のことが聞きたいんだって?」

 

「ああ。カルマの主観でもいいからできるだけ詳しく頼む」

 

「了解、まず最初は――」

 

 そこからカルマは潜入の一連の流れを説明してくれた。

 

・ロビーを通るためにビッチ先生がピアノの演奏で警備の目を引き誰も気付かれることなく潜入でき、そしてそれを見た烏間先生が"優れた殺し屋ほど万に通じる"という印象的なことを言ってたこと。

・俺達にウィルスを持った人はホテルで最初サービスドリンクを配っていた人でその人の麻酔ガスで烏間先生が戦闘不能になったこと。

・素手が暗殺道具のプロとカルマが戦闘、毒使いのおっさんの未使用をくすねた麻酔ガスを使用し勝利を収めたこと。

・渚が女装したこと。

・3人目の暗殺者に対して千葉と速水が実弾で応戦しクラス全員で撹乱して相手を拘束したこと。

 

「それで鷹岡を渚君が猫だまし?で怯ませたあとにスタンガンを流して勝利って感じ」

 

「詳しくありがとな、カルマ」

 

「いつだったか南雲が『渚の暗殺は直接見なきゃどうしてもわからない』って言ってたけどその意味がわかったよ」

 

「と言うと?」

 

「怖くないのが怖いっていうのが俺の感想かな」

 

「怖くないのが怖い?」

 

「そ。渚君見て正直俺衝撃受けた。鷹岡を倒したことじゃなくて倒して帰ってきた後なんだけど…全っ然怖くないんだ。あんだけの強敵を仕留めた人間が。突然だけど俺がクラスで一番警戒してるの南雲なんだよね」

 

「成績とかそういうの?」

 

「それもあるけどそうじゃなくて…烏間先生に唯一クリーンヒット与えたの南雲だけでしょ?それで仮に戦闘になったとして俺の敵となるのは南雲くらいだからそういう意味で警戒してるんだ。それでそういう腕っぷしが強い所を見せた奴って普通ちょっとは俺だけじゃなくて誰もが多少は警戒するけど…渚君は何事もなく皆の中に戻ってった。目立つのが苦手だからちょっとだけ照れ臭そうに」

 

「その様子が容易に想像できるな」

 

「ケンカしたら俺が百パー勝てるけど殺し屋にとってそんな勝敗何の意味もない。警戒できない、怖くないって実は一番怖いんだなって初めて思った。…でも負けないけどね、先生の命をいただくのはこの俺だよ。E組で勝つのはアインシュタインじゃなくてダーウィンだ」

 

「強い者が生き残るんじゃなくて環境に適応した者が生き残るからな。…まあお互い頑張ろうぜ」

 

「そうだね~」

 

 俺の言葉にカルマは真面目な顔から一変し、いつもみたいなのらりくらりと人を小馬鹿にするような顔に戻る。

 

「アンタ人を呼んどいて場所を教えないってどういうことよ…って、赤羽も呼んだの?」

 

「なに南雲ビッチ先生呼び出し?烏間先生から略奪すんの?」

 

「ちげーよ、昼頃に話したことで答えが出たからビッチ先生に報告しようと思って。それにカルマがそれを聞くことでもし失敗したときに言い訳しないように逃げ道なくしておこうと思ったんだよ」

 

「アンタなりの答え出たんだ」

 

「ハイ。俺は…殺せんせーを殺します。信頼してくれている皆のためってのもあるけど…自分が、俺が納得するために暗殺を続けます」

 

「…そう。じゃあ頑張りなさい。あんたには良い仲間がいるんだから」

 

「はい」

 

「じゃあ私は部屋に戻るわ。夜更かしは女の敵だからね」

 

 そう言ってビッチ先生はホテルへと戻る。俺のただ一言を聞くためだけにわざわざ来てくれたことにビッチ先生も先生として成長してるんだなって思った。

 

「なに?どういうこと?」

 

「気にするなカルマ。殺せんせーを殺すっていう宣言をしたんだよ」

 

「まあよくわかんないけどたぶん引き金が引けなかった関連でビッチ先生に相談したってところでしょ?」

 

「…バッチりわかってんじゃねーか。…話は変わるけどさ日本に戻ったら俺の家に遊びに来いよ」

 

「南雲の家に?いいの?俺行ったら部屋物色しまくるよ?」

 

「いいよ。渚とか誘えるやつみんな誘ってさ」

 

「了解、楽しみにしてるよ」

 

「…カルマ、お前結構な量勉強してるだろ?」

 

「…なんのこと?」

 

「指、ペンダコできてるぞ」

 

 カルマの指を何気なく見た俺は1学期にはなかったペンダコを発見した。カルマもカルマで殺せんせーに言われた言葉を噛み締めて努力をしてるってことがなんだか嬉しかった。

 

「ちょっと南雲、なににやけてんの?」

 

「にやけてねーよ。ただ凛香とは別ベクトルのツンデレだなーって」

 

「そんなんじゃないから」

 

「そうかそうか」

 

「だからそのにやけやめてくんない?殴りそうなんだけど」

 

「カルマも努力してるってことが嬉しかったんだよ。…次のテストは頑張ろうぜ」

 

「…言われなくても頑張るよ」

 

 そう言って2人で部屋へと戻る。まずは帰りの船の中ででも家で遊ぶ旨声をかけるかと頭で考えなから歩く。

 ふと空を見上げると日本では見られない数の星々が俺達を照らすように輝いていた。まだまだ夏休みは続く、E組のみんなともっと色々なことがしたいなと空の星々を見て思いを馳せた。




今回初めて杉野君の気持ちを書きました。それと共に中村さんの中にある想いについてもそれとなく触れました。作者の中ではこのときこの生徒はこんなことを思ってるなとか考えながら書いているんですが、文才がないのと場面などの都合で書き切れていません。

冷静に考えて自分の好きな子が自分の親友を好きだったらどうするかなって思いますね。身を引くか、好きな子が自分に振り向いてもらえるように頑張るか、杉野君は恋は叶わないかもしれないけれど諦めない選択をしました。

今後の恋愛模様がどうなっていくか、楽しみに待っていただけたら幸いです。

次回は南雲君の家に行く話です。本編で早い段階でフラグをたてたのに回収が遅くなったのは家に行ったらギターがあるとかで暗殺旅行で南雲君の夢を初披露できないと考えた作者のエゴです。


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第30話 同級生のうちへ遊びに行こう

南雲君の家にみんなが来る回です。
タイトルはジョジョ4部の露伴回をもじっています。


「父さん、明日家に友達来るから」

 

「了解、何人?」

 

「9人」

 

「9人か、クラスの3分の1くらい来るんだな」

 

「大丈夫だよね?」

 

「持て余すくらい広い家建てちゃったからな。いくら夢だったとはいえアホなことをしたなと少し反省している」

 

「反省はいいよ。たぶん俺の部屋だとキツいからリビング使うから報告しとく」

 

「了解。朝から来るのか?」

 

「12時過ぎくらいからかな」

 

「ふーん、そっか。俺は明日午前中に出かけて昼過ぎに帰ってくるからケーキでも買ってくるよ」

 

「えっいいの?」

 

「お前が友達を家に連れてくるの久しぶりだしな。…まあ本音を言うとこういうときくらいしかケーキ買わないからさ」

 

「ありがとう。それだったら誕生日プレート1枚買っておいて。じゃあ俺は明日に備えて寝るから、父さんも早く休みなよ」

 

「了解、じゃあおやすみ」

 

「おやすみ」

 

 

――

 

 

 そして翌日。みんなが来る前に掃除機などをかけておき、より綺麗な状態にしておく。

 片付けを終え時計を見ると11時30分。約束の時間までまだ時間があるからとりあえずギターでも弾いて時間を潰すかと思い部屋へと向かうと玄関のチャイムが鳴る。インターホンのボタンを押すと茅野が確認できたのでドアを開ける。

 

「いらっしゃい、一人で来たの?」

 

「うん、ちょっと行くところあったからみんなとは別に来たんだ」

 

「ふーん。まあ上がってよ」

 

「お邪魔しまーす。持て余してるって言ってたけど本当に家でかいね」

 

「ここの家主はでかくしすぎたって後悔してたけどね」

 

「あはは、なにそれ」

 

 茅野をリビングに通すとリビングでもおー!と声をあげる。

 

「ソファーがでかい!」

 

「リビングに入って第一声がそれかい」

 

「だってそう思ったし」

 

「他になんかあるだろ…ってなんか今日の茅野オシャンティーだな」

 

「あっわかる?今日の服今年の新しいやつなんだ」

 

 そう言ってバレエのダンサーのようにその場で一回転する茅野。なんだか妙に慣れてるというか絵になるなと思った。

 

「へぇ~可愛いじゃん」

 

「えへへ、ありがと!」

 

「渚が来るからそれ着たのか?」

 

「違うよ!単純に新しいの着たかっただけ!」

 

「ほーん」

 

「なにさ!南雲君もいつもよりおしゃれな格好しちゃって!神崎さんとかが来るからでしょ!」

 

「そりゃお客さんが来るんだからちゃんとした服装をするのは当然だろ」

 

「むー」

 

 そう言って茅野が頬を膨らましていると玄関チャイムが鳴ったのでインターホンを確認する。今度こそ全員来たみたいだったので玄関を開ける。

 

「いらっしゃい。ひーふーみー…全員来たみたいだな」

 

「純一、あんたひーふーみーで数えれるの?」

 

「いや正直無理」

 

「じゃあ数え直したら?」

 

「わかった。一、十、百、千、万、十万、百万、千万、よし全員いる」

 

「もっと数えにくいよ!」

 

「渚のツッコミを聞くと安心するなあ。とりあえず玄関にいるのもなんだから上がってよ」

 

「「お邪魔しまーす」」

 

 そう言ってカルマ、渚、友人、神崎、倉橋、莉桜、凛香、矢田の8人は家の中へと入る、これで9人全員揃った。

 

「わー!ソファーでかい!」

 

「小学生に来たときよりソファーでかくなってない?」

 

「なに?今は人の家来たらソファーを褒めるのが主流なの?」

 

「あっ茅野さん、おはよう」

 

「神崎さんおはよう」

 

「買ってきたお菓子はここに置くとして飲み物どうしたらいい?」

 

「あっ矢田ありがとう、わざわざすまんな」

 

「ううん、みんなで近くのコンビニで買ってきたから」

 

「コップ出すからテーブルに一緒に置いといてくれ」

 

「はーい」

 

「あれー?ソファーの下に何もないね」

 

「こっちのソファーの下にもないわ」

 

「カルマに中村、そんなところにエロ本があるわけないだろ」

 

「そっか、南雲の部屋に行かないとないよね」

 

「俺の部屋にもねえよ、てかこの家にそんなもんねえよ」

 

「純一、クーラーの設定2度下げといたわよ」

 

「その辺はどうでもいい。皆の様子を見て勝手に上げ下げしてくれ」

 

「なあ純一、このテレビ何インチ?」

 

「すまん友人、知らない」

 

「純君の家ってペット飼ってないんだね~」

 

「あれ倉橋言わなかったっけ?」

 

「南雲君が忙しそうだ」

 

「渚、そう思うんだったらツッコミを手伝ってくれ」

 

 閑話休題。

 お菓子を開け、飲み物を注ぎ先程までの怒濤の皆の攻め?は落ち着く。

 

「いやーでも小学生に来たとき以来だけど結構家具の配置変わってんのね」

 

「1年に1回くらい模様替えしてちょっとずつ変えてるから積み重ねだな」

 

「南雲の父さんは今日いないの?」

 

「用事で出かけてて昼過ぎに帰ってくるよ」

 

「へぇーそうなんだー」

 

「南雲君のお父さん面白いよ」

 

「茅野は会ったことあるの?」

 

「私もあるよ」

 

「茅野と神崎は修学旅行前に会ってるもんな。莉桜も小学生の頃に面識あるし」

 

「へぇ~楽しみだな」

 

「ところでだけど凛香大人しすぎない?お邪魔しますしかまだ喋ってないだろ。借りてきた猫状態になってるな」

 

「…いやなんか緊張しちゃって」

 

「凛香ちゃん可愛い~」

 

「…別に可愛くないし」

 

 倉橋と矢田両方から頭を撫でられ顔が少し赤くなる凛香。

 

「ていうか何でこんなソファーでかいの?なんか悪いことしてんの?」

 

「ナチュラル失礼かカルマ。いやたまに父さんへの来客あったりするからそれででかいんじゃないかな」

 

「ふーん」

 

「てかソファーだけじゃなくて食卓の椅子も使って10人が収まってるからこんなもんだろ」

 

「たしかに。ところで純一の部屋見たいんだけど」

 

「えー見せなきゃダメ?」

 

「純一、正直今日のメインイベントだろ」

 

「まあ断る理由もないしいいよ、2階だから階段気をつけて」

 

 そう言って俺が先導し自分の部屋を開ける。

 

「わーちゃんと綺麗にしてある」

 

「机変わってないのね」

 

「なんか良い匂いする」

 

「ベッドの下は…何もないと。机の引き出しの中かな」

 

「だからエロ本とかはないって」

 

「間接照明あるなんて洒落てるねー。この目覚まし時計も良い感じのデザインだし」

 

「本当にカルマは物色しまくってるな」

 

「やっぱりギターは置いてあるんだね」

 

「どうして3本もあるの?」

 

「ちょっと説明すると3本あるけど大きく分けたらエレキとアコギの2種類だけなんだけどエレキの2つがストラトとレスポールっていう種類なんだ」

 

「へぇ~やっぱり音違うの?」

 

「そりゃね」

 

「聞きたい聞きたい!」

 

 俺はそれぞれをアンプへと繋ぎ音を出す。同じのを軽く弾けばなんとなく違いがわかるかなと思い少し弾く。

 

「ほんとだ、なんとなく音が違う」

 

「なんとなく尖ってるのとなんとなく丸っぽい感じだ」

 

「おっ友人いい線いってる。音をこだわる人はすげーこだわるからね、俺はどちらかというと無頓着な方だよ」

 

「ねぇ純一なんか一曲弾き語りしてよ」

 

「嫌だよ。自分の家で同級生の前で弾き語りって拷問かよ」

 

「え~弾かないの~」

 

「まあライブに来てよ。チケットあげるから」

 

「弾かないんだったら何でもいいから秘密ひとつ教えてよ」

 

「何でそうなるんだカルマ」

 

「ほら、あれだよ、等価交換」

 

「絶対に今本棚にあるハガレン見て思い付いたろ」

 

「でも確かに純一の秘密知りたいかも」

 

「私も聞きたいな」

 

「凛香と神崎まで!…秘密って言われてもなあ」

 

 何かあったかなと頭を回転させてると矢田と目が合う。矢田は口をパクパクとさせて何か伝えようとしてる。なんだろう、目で壁の方を示してるけど…あーそれがあったか。

 

「あったわ、秘密」

 

「なになに!?」

 

「昔押入れが怖かったからその名残で今も押入れが閉じてないと寝れないことかな」

 

「押入れってこれ?」

 

 そう言って渚は押し入れを少し開ける。

 

「そうそれ。絵本で別の世界に繋がってるのを見てなんとなく怖くなった」

 

「あ~"おしいれのぼうけん"ね」

 

「みんな知ってるのか。絵本って結構記憶に残ってるよな」

 

「私はやっぱり"はらぺこあおむし"かなぁ」

 

「僕は"ねないこだれだ"がパッと出てきたよ」

 

「色々覚えてるんだね~」

 

「…あれ本棚に1冊だけ絵本ある」

 

「よく見つけたな凛香」

 

「これ"100万回生きたねこ"だよね。純一好きなの?」

 

「うん、絵本の中で一番好きだよ。…それとその一冊は母さんが俺が生まれる前に買ったやつだから。他のやつはどこかに寄付したけどそれだけは取ってあるんだ。…なんか湿っぽい話してごめん、小学生のアルバムもあるけど見る?」

 

「「見る!」」

 

「じゃあ……ハイこれ」

 

 俺は机の引き出しから卒業アルバムを取り出しみんなに渡す。

 

「ちょっと純一、私もいるんだけど」

 

「えーよくね?」

 

「私今と全然違うからあれでしょ」

 

「南雲君と中村さんは何組なの?」

 

「2組だよ。岡島も同じだから」

 

「えーっと2組は…あっいた!」

 

「純君の顔幼ーい!」

 

「あっ本当だ、中村さんも幼いね」

 

「髪はこのときまだ黒かったんだね」

 

 カシャッ

 

「おいカルマ、写真撮ったのお前だろ」

 

「えー撮らないわけないでしょー」

 

「カルマ君後で送っといて~」

 

「いいよー」

 

「俺はいいけど莉桜のは撮るなよ」

 

「大丈夫、南雲のしか撮ってないから」

 

「何でだよ」

 

「あっ南雲君リレーのアンカーだったんだね。襷つけてる」

 

「純一昔から脚速いから。鬼ごっこで全然捕まえられないのよ」

 

「そういえばそうだったな」

 

「他になんか純一のエピソードない?」

 

「うーん…あっ意外だと思うけど純一って劇のときに絶対主役やらなかったのよ」

 

「「ほんと?」」

 

「本当よ、ねえ純一?」

 

「うん」

 

「えーどうして?純君主役似合いそうなのに」

 

「なんとなく主役に苦手意識があったんだよ。台詞が何個かある役を台本見て選んでた」

 

「へぇ~意外」

 

「逆にこの中で主役やったことある人いるの?」

 

 俺の一言にみんなは無言になる、どうやらいなかったやしい。すると玄関のドアが開く音が聞こえる。

 

「あっ父さん帰ってきた」

 

「本当?なら挨拶しなきゃね」

 

「おお、なんか莉桜が礼儀正しい」

 

「失礼ね、私はちゃんとしてるときはちゃんとしてるわよ」

 

「とりあえずお父さん見たいな~」

 

「…私もちょっと気になるかも」

 

「了解、じゃあ降りるか」

 

 部屋を出て全員がリビングに降りると案の定父さんが帰ってきていた。

 

「父さん、おかえり」

 

「「お邪魔してます」」

 

「みんな、ただいま」

 

「そこはこんにちはじゃない?みんな南雲家の人間かよ」

 

「元を辿ればみんな一緒だから」

 

「アダムとイブまで遡る気か」

 

「それよりみんないらっしゃい。えーっと茅野さんに神崎さんに……もしかして莉桜ちゃん?」

 

「ハイ、お久しぶりです」

 

「いや、綺麗になってたからわかんなかったよ。えらいべっぴんさんになっちゃってまあ」

 

「べっぴんさんって死語じゃね?まあ順に紹介してくけど、この頭良さそうなのがカルマ、小さくて可愛いのが渚、運動してそうなのが友人、茅野と神崎は飛ばしてふわふわなのが倉橋、クールビューティーなのが凛香、で最後にポニーテールなのが矢田」

 

「カルマ君に渚君に友人君、倉橋さんと凛香さんと矢田さんね、よし覚えた」

 

「渚が男ってわかったんだ」

 

「わかるよそれくらい。何年生きてると思ってる」

 

「さすが」

 

「それよりみんなケーキ買ってきたから食べるといいよ」

 

「ありがと、父さんも食べるでしょ?」

 

「いや、また出掛けなきゃいけないから冷蔵庫にでも入れておいて」

 

「了解。帰りは遅くなる?」

 

「いやそんなに遅くならないから夕食は頼んだ」

 

「任された」

 

「それじゃあもうちょっとしたらまた出掛けるから。みんな遠慮しないで楽しんでね。男子諸君は純一のエロ本見つけてくれよな」

 

「見つけてくれよな、じゃねえ。そんなもんねえよ」

 

 父さんはそう言うとリビングを後にする。なんだか普段と変わらないやり取りをしているのにどっと疲れた。

 

「へ~あれが南雲の父さんか~」

 

「顔似てるな」

 

「南雲君がもっとフレンドリーになった感じだったね」

 

「純一、ケーキなんだけど実は私達ワンホール買ってきてるんだ」

 

「ひょっとして俺と矢田祝う感じで?」

 

「うん。だから包丁貸してもらえると嬉しい」

 

「了解、ありがとな」

 

「あーでもプレート1枚しかもらってきてないや。南雲我慢できる?」

 

「カルマ、お前は俺をなんだと思ってるんだ?」

 

「冗談、からかっただけだよ」

 

「プレートはこっちにもう1枚あるからこれで俺と矢田は喧嘩することなくプレートを食べれるな」

 

「プレートってそんな取り合うものだっけ?」

 

「あーでもわかる。なんとなく特別な感じする」

 

「とりあえず一人辺りケーキ2個食えるな。…茅野よだれ出てるぞ」

 

「えっ嘘!」

 

「ついてないから大丈夫だよ」

 

「ありがと渚…ていうか南雲君!私そこまでいやしくないよ!」

 

「ごめんごめん、プレートやるから許して」

 

「南雲君は私を子供かなにかと思ってるの?」

 

「プレートいらんの?」

 

「…いるけどさ」

 

「とりあえず純一、矢田ちゃん、遅れたけど誕生日おめでと!」

 

「「おめでとう」」

 

「どうもどうも」

 

「みんなありがとう!」

 

 祝いの言葉をもらいケーキに手をつける。うん、甘すぎず食べやすいな。

 

「桃花ちゃんこれ!女子のみんなで買ったんだ!」

 

「えっいいの?ありがとう!開けてみてもいい?」

 

「うん。気に入ってもらえるといいな」

 

「わあハンカチだ!みんなありがとう!」

 

 やはりプレゼントにハンカチは間違っていなかったんだなと心の中でどや顔をした。ただひとつ安心したことは色とデザインが被ってなくてよかったということだ。

 

「純君も!ハイ!」

 

「俺の分もあるのか、ありがとな」

 

「開けてみて~」

 

「おっマグカップだ」

 

「たしか純一って家で本読むとき紅茶とかコーヒー用意するって言ってたから」

 

「凛香よくそんなこと覚えてたな、みんなありがとな」

 

「ちなみに男子でケーキ選んだんだよ」

 

「えっまじで?」

 

「まあ茅野から色々と聞いたんだけど」

 

「確かに甘いもの大好きな茅野がケーキに口を出さないわけないしな。みんなって誕生日いつなの?近い人いる?」

 

「私は10月~」

 

「私は3月だよ」

 

「「8月」」

 

「おい今声被ってたぞ、莉桜と友人か」

 

「うん、私24日」

 

「俺は23日」

 

「へ~近いな」

 

「昔の純一は祝ってくれたのにね。あんた忘れてたでしょ」

 

「誕生日近いと言えばクラスで同じ誕生日がいる確率を計算で求められるの知ってた?」

 

「露骨に話を逸らしたけど中々気になる内容ね」

 

「だろ?俺らのクラスは約30人だけど計算すると約70%だって」

 

「あーなんか殺せんせーテスト勉強の時言ってたなー。こういうのを知ると数学がもっと楽しいですよって」

 

「でも70%って高くないか?1年は365日もあるのに。もっと低い気がする」

 

「私もちょっと違和感あるかな」

 

「自分と同じ誕生日の人がいる確率とクラス全体での同じ誕生日の人がいる確率が頭で混じって違和感を覚えるらしいよ。実際30人いたら自分と誕生日が被る確率は7%くらいだし」

 

「あーそれでか。それでも何となく違和感あるな」

 

「モンティ・ホール問題も解説されてもイマイチピンとこないよね」

 

「たしかに」

 

「モンティ・ホール問題って?」

 

「それはだな…って何で遊びに来てるのに知的な話してるんだよ俺達は。そんなのいいからゲームでもして遊ぼうぜ」

 

「おっいいね、神崎さんもいるし楽しみだ」

 

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

「有希ちゃんってそんなにゲーム上手いの?」

 

「そっか、倉橋とかは見てないのか。たぶん椚ヶ丘中学1じゃないかな」

 

「「そんなに!?」」

 

「スマブラとマリカーあるけど…どっちがいい?」

 

「CPUに負けたらショックだからスマブラがいい」

 

「莉桜、そんな理由で選ぶのか…。みんなはそれでいいか?」

 

「「いいよー」」

 

「まあ男共は全員やったことあると思うけど女子はないだろうから説明するよ」

 

「純君教えて~」

 

「とりあえず最初の対戦は俺を除いた男3人と神崎でいいか」

 

 ゲームを起動、キャラを選択しいざ対戦スタート。俺が知らなかっただけでスマブラは無双ゲーだったらしい。バッサバッサ男子達の残機が減っていく。

 

「有希ちゃんすごーい」

 

「話に聞いてたけどこんなにすごいとは思わなかった」

 

「ちょっと恥ずかしいな」

 

 その後は女子同士でやったり男子が女子を接待プレイしたり、色々と遊んだ。ただひとつ変わらなかったことは神崎が参加したラウンドは彼女が絶対に1位だったということだ。俺も善戦はしたがことごとく返り討ちにされた。

 

 

――

 

 

「いやー久しぶりに遊んだ」

 

「莉桜、お前は毎日遊んでるようなもんだろ。主に渚で」

 

「夏休みは渚で遊べないのよ」

 

「何で2人とも僕をからかう前提なの!?」

 

「そろそろ良い時間だし帰ろうか?」

 

「えっ帰っちゃうの?そこは夕飯を食べてく流れでしょ」

 

「カルマ君や、君は本当にぶれないねぇ」

 

「たしかにあんまり遅くなったら家の人に心配かけちゃうしね」

 

「なんか時間過ぎるの早かったね」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「じゃあ帰るかな」

 

「またね!南雲君!」

 

「気をつけて帰れよ。女子は特に」

 

「「お邪魔しました~」」

 

「あっ南雲、時限爆弾仕掛けておいたから日付が変わるまでに見つけないとダメだから~」

 

「はっ?時限爆弾?」

 

 するとみんなが笑い帰っていく。時限爆弾?とりあえずカルマがいじってたところを探すか。

 まず思い当たるのはソファーの下だったのでリビングのソファーの下を見ると案の定ラッピングされた袋があった。中を開けるとコースターが入っていておそらくマグカップのプレゼントと合わせたんだなということが伺える。

 莉桜がいじってた方には何もなかったので男子が中心になって買ったんだと推理。こうなると部屋も怪しくなってきたので自室へと戻る。

 渚が押入れを開けたのはなんとなく違和感があったので押入れを見るが何もない。ベッドの下は…同じく何もない。仕掛けたのはリビングのソファーだけで、どうやら時限爆弾はプレゼントのことだったらしい。たしかに今日が誕生日というわけではないが日付を越したらなんとなく意味がなくなってしまうような感じがするしな。

 みんなが来ていた割には汚れていない部屋を整理すると机の上に"百万回生きたねこ"が置かれていた。凛香が出したっきりだったのかと手に取って何ページか捲ると手紙が挟まっていた。便箋を開くと、

 

 誕生日おめでとう。

 抜け駆けしちゃった。 凛香

 

 とだけ書かれていて、それと共に栞もあったので凛香からのプレゼントということだろう。

 今日緊張していたのはこのためだったのかと思うとなんだか愛おしく感じた。

 

 

 

 

 その日の夜、日付を跨ぐと同時に南雲家には目覚まし時計の音が響いた。




オチとしては時限爆弾には2つの意味が込められていたっていうことです。
書き終えてみて登場人物が多過ぎてなんかワチャワチャしてるなと思いましたが、家フラグを乱立しすぎた結果ですね。これからは気をつけます。


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第31話 陽の香る場所

あとオリジナルを1話やって夏休みが終わります。



 

 夏休み某日。俺が本日の待ち合わせ場所である駅に着くと既に今日行動を共にする4人の内の1人が見えたのでそちらに駆け寄る。

 

「よお千葉、一番乗り?」

 

「ああ。まだ誰も来てないよ」

 

「突然誘って悪かったな」

 

「いや大丈夫だ、ちょうど暇してたし。でも動物園なんて久しぶりだよ」

 

「俺も倉橋に誘われなかったら行くことなかったと思う」

 

「倉橋は南雲と2人で行くつもりだったんじゃないか?」

 

「なんか緊張するからとかなんとか送られてきたよ」

 

「倉橋は緊張とかそういうイメージないんだけどな」

 

「それで凛香も誘うって言ってたから俺も千葉を誘ったってわけよ」

 

「そういうことか。さすがの南雲も両手に花はダメだったか」

 

「思春期男子舐めんなよ。てか千葉も女子2人と出かけろって言われたらどうよ?」

 

「無理だな。ていうか考えられない」

 

「だろ?ところで思ったんだけど千葉って倉橋とか凛香とどんな話すんの?」

 

「うーん…倉橋とは話すというより相づちを打ってるって言った方が正しいかもしれない。速水とは前に一度だけ一緒に行動することがあったんだけどその時はお互い終始無言だったかな」

 

「凛香は口数多い方じゃないからなー」

 

「南雲はどんな内容話すんだ?」

 

「俺?俺はなんか思い付いた話題を出して話す感じかな。凛香とは無言になるときもあるけど無言が苦にならないというか。2人きりになって話がなくて気まずいときの魔法の言葉あるけど…聞く?」

 

「聞きたい」

 

「2人きりに無言で気まずくなった場合って恐らくこっちだけじゃなくて相手側もそう感じてると思うんだよ。だから一言『こういうとき何話したらいいか困らない?』って言ったら自分も相手も楽になるってわけよ」

 

「あー確かに。相手が自分と同じく思ってたんだって安心するな。南雲はそれを中学生にして編み出したのか?」

 

「いや父さんの受け売りだよ。…あっ倉橋と凛香来た」

 

 千葉とベンチに座りながら駄弁っていると残りの2人が到着した。今日はこの4人で動物園に行く。

 

「純君、千葉ちゃんおは~」

 

「二人共おはよう」

 

「おは~」

 

「おはよう」

 

「ごめんね、遅くなって」

 

「時間に遅れてないから大丈夫でしょ。なんなら一番早かったの千葉だし」

 

「千葉なんだ。意外」

 

「何分前に着けば正解かがわからなかったから」

 

「それあるよね~。よしそれじゃあ動物園に行こっか!」

 

「列車だっけ?」

 

「うん!下調べはバッチリだから安心して!」

 

「私が動物園のシャトルバスに気付かなかったら目的地の駅から歩いてたけどね」

 

「凛香ちゃんそれは内緒にしてって言ったでしょ~」

 

 券売機で切符を買い改札を通り列車へと乗り込む。子供の時以来動物園には行ってなかったので柄にもなく心を弾ませていた。

 

 

 

 

「本当に今日快晴でよかったね!」

 

「これでちょっとくらい風があったら最高だったんだけどな」

 

「それは俺も思う」

 

「私はスカートだからないほうがいいかな」

 

 凛香が私服着ると女の子らしさグッと増すよねって言おうとしたが、おそらくそれを口にすると平手打ちが飛ぶことが予想されるので口には出さない。

 俺達4人は入場料を払い、現在は動物園入り口にあるデカイ案内図の前に立っている。

 

「ここって何の動物いるの?」

 

「レッサーパンダとかいるよ!」

 

「猫は?」

 

「ネコ科のコーナーがあってチーターとかいるよ~」

 

「だってさ凛香。ネコ科はどうだ?」

 

「…いいんじゃない?」

 

「速水って猫好きなのか?」

 

「他の動物と比べたら一番かな」

 

「素直に好きって言えばいいのに」

 

「ね~」

 

「…まあ、好きだよ」

 

「ふーん、そうなのか」

 

「じゃあまずはネコ科が集まってる場所から回るか?」

 

「いいの?」

 

「いいよ~」

 

「俺も速水が行きたいのでいいぞ」

 

「じゃあ行くか。それでネコ科の場所はどっちだ?」

 

 案内図を見るとここからさほど離れてないところにあることがわかったので向かう。

 

「13時過ぎからイルカのショーあるから見たい!」

 

「いいよ。男子2人もいいよね?」

 

「「うん」」

 

「純君と千葉ちゃんはどこか見たいところないの?」

 

「俺はデカイ動物が見たい」

 

「純一なんか子供みたい」

 

「子供のときは大きく感じたけど今はどう感じるかなって思ったんだよ」

 

「俺は…鳥かな」

 

「千葉は鳥か。どうして?」

 

「うーん…なんとなく?」

 

「なんとなくかい。まあでも千葉って鳥っぽいな、鷹っていうの?そんな感じ」

 

「あーわかる」

 

「鷹か。初めて言われたよ」

 

「能ある鷹は爪を隠すっていうし千葉ちゃんにピッタリだよ!」

 

「あ、ありがとう」

 

 褒められ慣れてないのか千葉が少し照れている。

 

「動物で例えたらみんなは何になるんだろうな」

 

「じゃあ鳥でみんなを例えてみよっか!」

 

「凛香は…なんだろうな。飛んでるっていうよりは地に脚が着いてる鳥って感じだな」

 

「あっそれちょっとわかる」

 

「どういう意味?」

 

「いや悪い意味ではない。孔雀とか?」

 

「凛香ちゃんはヘビクイワシ!」

 

「「ヘビクイワシ?」」

 

「うん。……こういう鳥だよ」

 

 倉橋が手慣れた操作でスマホを操作しこちらに見せてくる。

 

「あースレンダーな感じが凛香っぽい」

 

「なんか堂々してるしな」

 

「…ありがとう」

 

「ヘビクイワシは地球上で最も美しい生物って言われてるんだよ」

 

「「へぇ~」」

 

「そうなんだ」

 

「あっ満更でもない顔になった」

 

「私はいいから次いこ。倉橋はなんの鳥?」

 

「なんだろう…愛玩系?」

 

「ほら、あれ…冬場の雀。あの丸っとして可愛くなってるやつ」

 

「あーわかる」

 

「可愛いか~、えへへ」

 

「私は倉橋は鳥の雛って感じかな」

 

「陽菜乃だけに?」

 

「ただの偶然だから」

 

「じゃあ南雲は?」

 

「うーん…」

 

「なんだろう…」

 

 必要以上に頭を悩ます3人、ちなみに自分でも全く思い付かない。

 

「いや、そんなに真剣にならんでも。目的地着いたぞ?」

 

「動物園にいる間に思いつけばいいな」

 

「まあ期待しておく。ほら凛香、猫だぞ」

 

「ネコ科ね。…可愛い」

 

「猫可愛いね~」

 

「チーターってなんかドヤ顔してるみたいだな」

 

「俺には勇敢な顔に見える」

 

「見方の相違だな」

 

「だな」

 

「もっと可愛いとかないの?」

 

「可愛い上でドヤ顔だな」

 

「それ付け足しただけじゃない?」

 

「まあまあ凛香ちゃん。次行こー!」

 

 そこから4人でネコ科のコーナーをグルッと一回りした。俺は色々な種類の動物を見ながらイヌ科とかネコ科はどうやって区別してるんだろうかと考えていた。なんだろう、見た目か?

 

「ふぅ、満足」

 

「次行く前に休憩するか?昼飯もどこかで食べなきゃだし」

 

「そうだね~。2人もいいかな?」

 

 千葉と凛香の2人は無言で頷く。

 

「えっと、案内図はどこだ…っと」

 

「南雲、マップをさっき回収しておいたから手元にあるぞ」

 

「おっナイス千葉。どれどれ」

 

「いくつか休憩場所みたいなのあるな」

 

「俺はどこでもいいけど」

 

「じゃあ一番近いところにする?」

 

「そうだね~」

 

「えーと場所は……見えてるな」

 

「見えてるね」

 

「純一はボケてるの?それとも素?」

 

「今のは素だよ」

 

「もっとわかりやすくボケたら?ボケてるときだけ挙手するとか」

 

「ボケてるっていうよりそれやったらただのバカじゃないか?」

 

「そう?名案だと思ったんだけど」

 

 ひょっとして今のは凛香なりのボケだったのか?

 

「とうちゃーく!」

 

「先にとりあえず席確保しよ」

 

「じゃあ俺確保しとくから食べるもの選んできていいよ。俺の分は何でもいいから」

 

「何でも?嫌いなものとかってある?」

 

「ポテトサラダの中の玉ねぎ」

 

「たぶんそれはないだろうから大丈夫だな。じゃあ席は任せた」

 

「飲み物は持ってきてるから買わなくていいよ」

 

 俺の言葉に3人は頷き販売場所へと向かう。席を探そうとしたが別にその必要はなかった、そこそこに空いていたからだ。とは行っても急に人が来たら席がなくなる可能性もあったので座って3人を待つこととした。

 待ってる間にそういえば写真を全然撮っていないことに気づく。ここの動物園は写真の撮影自体は禁止しておらずフラッシュに関して禁止しているのみなので普通に撮影する分には問題ないだろう。ということで午後からは午前分も撮ることにしよう。

 

「ここにいたんだ~」

 

「あっ場所を連絡し忘れてた」

 

「いやあんまり混んでないしすぐに見つけられたから大丈夫だ」

 

「それならよかった。それでいくらだった?」

 

「600円」

 

 俺の問いに千葉が答えたのできっちりと金額分を支払う。買ってきたのはホットドッグとサンドイッチだった。

 

「お手軽な感じでいいな。他には何があったの?」

 

「カレーかな」

 

「へぇ~。他には?」

 

「がっつり系はカレーだけで他は細々としたのだったよ」

 

 腹持ちで言ったらカレーが一番なんだろうが匂いがな。もし食べようものならその後はカレーの香ばしい匂いと行動を共にしなければならないから選択肢には入らないなと思った。他の3人も当然のようにカレーは選んでいない。

 

「じゃあいただきます」

 

「「いただきます」」

 

 号令をかけたわけではないが図らずも声が被ってしまった。

 食べてる最中は互いに何を言うわけでもなく黙々と食べていた。たまに倉橋が凛香に一口頂戴と言うのみであとは無言、だが嫌な感じの無言ではなく心地の良い雰囲気だった。

 

「おいしかった~」

 

「そうだね。こういうところの食事も捨てたもんじゃないね」

 

「場所によってはもっと力を入れてるところもあるらしいよ」

 

「へぇ~」

 

「私ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 

「あっ私も~」

 

「行ってらっしゃい」

 

 残された男2人。飲み物を飲んだあとにリフレッシュがしたかったためミント味のタブレットを2粒ほど口にする。千葉にもいるか聞くといると答えたため2粒あげると同じく口に含む。

 

「そういえばさっきポテトサラダの玉ねぎが嫌いって言ってたけど生の玉ねぎがダメなのか?」

 

「うーん…そうだな、苦手かも」

 

「かもってことは食べれるのか?」

 

「食べようと思えば食べれるけど…まず玉ねぎを生で食べる機会ってそんななくないか?サラダ以外で」

 

「たしかに」

 

「ポテサラの味に生の玉ねぎ感が広がるのがダメなんだ。あと見た目では入ってるようには見えないから思い切って一口でいこうと思って口にしたら生の玉ねぎのザクッとした食感と共にあの玉ねぎの風味よ、むしろ食べられる方がすごいと思うけどな」

 

「俺食べられるけど」

 

「まじ?コンビニ弁当とかのポテサラも?」

 

「うん」

 

「今後俺のポテサラを千葉が食べることに決まった瞬間だった」

 

「なに言ってんだよ」

 

 そう言って口許を綻ばせる千葉。

 

「いやいやまじで。適材適所ってやつだよ」

 

「そんな都合の良い適材適所聞いたことないぞ」

 

「細かいことは気にすんな」

 

「…まあ別に食べても良いけどさ」

 

「てんきゅ」

 

「なんか動物豆知識ないのか?いつも教室とかで結構小ネタとか話してるイメージなんだけど」

 

「動物豆知識か~。なんかあっかな」

 

 千葉に言われ俺は頭を働かせる。本などで得た情報の中で面白いものはないか記憶を呼び起こす。

 

「あー1つだけ思い出した」

 

「おっじゃあ頼む」

 

「いいけど…聞かなきゃよかったとか言うなよ?」

 

「えっ。カバは実は凶暴とかそういうの?」

 

「いやそれとはベクトル違うんだけど…レッサーパンダっているじゃん?この動物園にもいるけどさ」

 

「あーいるな。それがどうしたんだ?」

 

「一時ニュースで立って歩くレッサーパンダが話題になったじゃん?でもレッサーパンダって普通に立つらしいぞ」

 

「そうなの?」

 

「ああ。威嚇や警戒をするときに尻尾を器用に使って立つらしい」

 

「へぇ~。でも別に聞かなくてよかったとはならないな」

 

「レッサーパンダの見方が変わるとか言われても困るからな。まあつまり、レッサーパンダは客寄せとかのために人間に立つのが珍しい動物っていうレッテルを張られた可哀想な動物なんだよ。本当はそんなことないのに」

 

「まるで俺みたいだな」

 

 目元が見えないから直接はわからないが、千葉が昔を思い出して遠い目をしてる気がした。

 

「俺も『あいつだったら大丈夫だろう』とか勝手な信頼押し付けられたりしてさ、わからない問題があっても周りには聞きづらいし先生とも上手くコミュニケーション取れてなかったし。それで結局成績が落ちてE組落ちだよ」

 

「でも今はそんなことないんだろ?そんな顔をしてるぞ」

 

「ああ。ここではそのプレッシャーを共有できる仲間がいるし、何より殺せんせーがいる」

 

「そうだな」

 

「……俺さ、心のどこかで南雲は完璧超人だと思ってたんだ」

 

「そんなことないだろ」

 

 千葉の突然の言葉に思わず苦笑いをしてしまう。

 

「模擬戦闘ではトップクラスだし、射撃の成績も俺に次いで良いし」

 

「まあ、うん」

 

「でもリゾートでの暗殺のときに改めて確認できたんだ、南雲も俺達と同じ中学生なんだって。だからさ、もっと俺達を頼ってくれよ。お前が頼ってくれないと俺達も南雲を頼れないんだよ」

 

 この言葉は恐らく俺にずっと言おうと思っていたんだなと思わせるくらいに普段の千葉からは想像もつかないほど流暢に発せられたその言葉は、俺の心にスッと入っていった。

 

「…ああ、もちろんだ。千葉も困ったら…いやそうでなくても誰かを頼れよ」

 

「…そうするよ」

 

 真面目な話はここで打ち切るという意思表示のために不必要なくらいにハッキリと話題を転換させる。

 

「ところで、凛香たち帰ってくるのも遅いし勝手に次に行くところ決めておくか」

 

「そうだな。たしかデカイ動物が見たいんだっけ?」

 

「そうなんだけど…13時からイルカを見るはずだからその前に回りやすい場所から行くべきかな」

 

「あーたしかに。じゃあなんかイルカの場所向かう途中に流れでって感じの方がいいかな」

 

「それでいこう」

 

 

 

 

 ~速水視点~

 

 

「ご飯美味しかったね~」

 

「そうだね」

 

 お手洗いという名のお色直しに行った私達は男子がいない神聖なところで身だしなみを整えていた。

 

「倉橋から誘われたときは突然だったからビックリしたよ」

 

「…うん、凛香ちゃんと有希ちゃんは誘わないとダメだと思ったから。残念ながら有希ちゃんは予定があって来れなかったけど」

 

 いきなり倉橋の口から有希子の名前が出てきたので思わず心臓が跳ねてしまった。たぶん表情の変化は悟られていないと思う。だけど、私は倉橋が誘ってきた理由をなんとなく察していた。察していたけど面と向かって言われるとは思っていなかった。

 

「倉橋は…純一と2人きりじゃなくてよかったの?」

 

「本当は2人きりがよかったけど…抜け駆けみたいでズルい気がしたから。だから声をかけたんだ」

 

 倉橋のまっすぐさに心臓を掴まれたような感覚になった。私が純一に秘密裏に送ったプレゼントがバレているのではないかと思った。

 

「私ね…純君のことが好き。大好き。……凛香ちゃんも…そうなんだよね?」

 

 まるで本人に告白しているかのように顔を少し赤らめ上目遣いに私を見る倉橋が、…彼女が私が願ってもなれない存在に思えた。

 互いに純一に気があるということは一度も話したことがない。けれど何となくわかっていた。それは有希子にも同じことが言えた。

 

「…うん。私も純一のことが好きだよ」

 

「…やっぱりそうだよね。うん、そうだと思った」

 

 倉橋は何か納得したような表情になってからまたいつもの笑顔に戻って言葉を続けた。

 

「同じ人を好きになっても…私達友達だよね?…上辺だけじゃなくて、心の底からそう思える」

 

「うん、もちろん」

 

「……よかったぁ」

 

 力が抜けたような顔で笑う彼女を見て私も思わず笑みがこぼれた。すると倉橋は今までできなかったことを許された子供のようにはしゃいで身を乗り出して質問をぶつけてきた。

 

「ねぇ凛香ちゃんは純君のこと好きなの?」

 

「私は…気づいたらかな」

 

「そっか~。私はね――」

 

「鷹岡から助けてもらったときから、でしょ?」

 

「え、え~!なんでわかったの!?」

 

「わかるも何も倉橋に関しては端から見ててもわかるよ」

 

「純君も気付いてるかな?大丈夫かな?」

 

「さあ?純一は鈍くもないと思うけど…わからないかな」

 

「うーん…でも仮に私の気持ちに気付いてて一緒に遊んでくれるってことは好印象を持たれてるってことだよね?」

 

「ふふっそうだと思うよ」

 

「よーし、これからも頑張ろう!凛香ちゃんも頑張ろうね?」

 

「そうだね」

 

「じゃあ戻ろっか!純君と千葉君待たせちゃってるし」

 

「あの2人は待たせても大丈夫なタイプだと思うよ、きっと」

 

 私が読んだことのある少女漫画では、友達と好きな人が被ったら仲違いをすることがほとんどだった。でも私達は前よりも本音で話せる関係に進展したように感じ、なんだかそのことが純一と一緒にいることよりも嬉しく思えた。そんな風に感じる私はきっと、恋する乙女失格なのかもしれない。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

 妙に機嫌が良い凛香達が戻ってきたあとは千葉と話した通りにイルカの場所に向かう流れで色々な動物を見た。図鑑でしか見たことのないものだったり、デジャブのように昔見た記憶があるものだったり様々な感情が押し寄せた。

 イルカショーも恙無く終わり、現在は俺が当初見たいと話していたデカイ動物ことキリンがいる場所に向かっている。

 

「イルカと飼育員のお姉さんの息ピッタリだったね~」

 

「予想以上に頭よかったなイルカ」

 

「カルマだったら寺坂より頭が良いとか言いそうだけどな」

 

「たしかに」

 

「寺坂が聞いたら怒りそう」

 

「いつもちょっと反論するだけだけどね」

 

「あっキリン見えてきたね」

 

「本当だ」

 

 話に夢中になっていると目的地に着いたらしい。自分達が立っている場所より低い囲いのような場所にいるのに俺達より少し高い位置にキリンの顔があることから、いかに俺達と比べてデカイ存在なのだということを実感させられた。俺が少し言葉を失っていると横にいる女子2人が感嘆の声を漏らしていた。

 

「恐竜とかも目の前にいたらこれくらいデカイのかな~」

 

「自分が思ってたよりでかくてびっくり」

 

「どうだ南雲、感想は?」

 

「デカイとしか言えねえ」

 

「あはは、もっと他にないの?」

 

「他に?…えーと、キリンの柄で四色問題出来そうだなって」

 

「あーたしかにできそう」

 

「「四色問題?」」

 

 数学に強い千葉とは対照的に頭を傾げる女子2人。

 

「そう。隣接する領域が異なる色になるように塗り分けるには4色あれば十分っていう数学の定理なんだけど…簡単に言ったら同じ色が隣にならないようにすればいいってこと」

 

「そんなのあるんだ~」

 

「キリン見てそれ思い付くって純一ちょっと疲れてるんじゃない?大丈夫?」

 

「なんで素直な感想を言ったのに心配されてるんだよ」

 

「だって…ね?」

 

「俺もちょっとだけ速水と同じこと思った」

 

「千葉、お前もか。…まあ言葉を失うくらいにはデカイことにビックリしたよ」

 

「そうだね、本当にデカくてビックリ」

 

 そう言って再度キリンを見上げる俺達。小学校や公園の遊具は大きくなった今目の前にするとこんなにも小さかったのかと驚きを隠せないが、キリンなどの大きなものはそれを感じさせない。

 

「そろそろ次行こっか」

 

「そうだな」

 

 そこからは動物園を隅々まで回った。レッサーパンダはもちろん日本にはいない動物も見た。

 昔見た動物が結構いたが、日常とはかけ離れた環境ということもあってか目に映る全部が新鮮に感じられた。その感覚がなんだか子供のときに戻ったみたいでくすぐったかった。

 気がつくと時間は人によっては夕方と言ってしまうくらいのものとなっていた。誰が言い出すでもなく今日が終わる雰囲気が流れている。

 

「今日楽しかったね!」

 

「そうだな、倉橋誘ってくれてありがと」

 

「みんな楽しんでる様子だったし誘ってよかった!今度はまた別のとこ行こうね!」

 

 倉橋の言葉に俺を含めた3人は頷く。

 

「じゃあ帰るか」

 

「ないとは思うけど落とし物とかないよね?」

 

「たぶんない」

 

「俺も」

 

「私も~」

 

「そう、よかった」

 

「凛香も大丈夫か?」

 

「私は大丈夫」

 

「よし、ならバスに乗るか」

 

 バスに乗り込むとまもなく出発した。俺はだんだんと遠ざかる動物園を見ながら残りの人生であと何回動物園に来る機会があるのだろうかとセンチメンタルなことを考えていた。

 

 

――

 

 

「悪い、ちょっとコンビニ寄っていい?」

 

「大丈夫だよ~」

 

 駅に着くと同時にコンビニが目に入ったおかげで買わなければいけない物を思い出した。

 俺は3人を外に待たせてコンビニに入ると他の商品には目もくれず目的の物を手に取ると素早くレジに向かう。幸いレジは空いていたので会計もすぐに終わり、過去最速と思われるほどの買い物スピードを記録したなと心の中で思った。

 

「目的の物なかったの?」

 

「あったよ、ほら」

 

「…リップって。それにしても早すぎない?」

 

「待たせたら悪いから最短を心がけた」

 

「カラスの行水みたいだな。本来の使い方とは違うけど」

 

「「あ~」」

 

 千葉の言葉に女子2人は納得したように相槌を打つ。

 

「動物園で純一の例えだけ出なかったけどカラスでいいんじゃない?頭いいし」

 

「カラスって…。素直に喜べないのはどうしてだろう」

 

「え~カラス可愛いよ?」

 

「倉橋、そういう問題じゃあない」

 

「とりあえず南雲は暫定カラスっていうことで。とりあえず列車に乗り遅れるから行こう」

 

「そうだね」

 

 釈然としないものがあるが嫌というわけではないので、まあ…いいかといった感じで納得してしまった。もっと俺に合う鳥がいると思うんだが。

 

「…俺にとっては油揚げをさらっていった鳶かな」

 

「ん?千葉なんか言ったか?」

 

「いや、何でもないよ」

 

 列車に乗り込み席に座ると歩き疲れたせいか目を開けるのが辛くなってきた。横を見ると千葉はわからないが倉橋と凛香も眠そうに見えた。間もなく全員寝るだろうという希望的観測のもと俺は目を瞑った。意識がなくなる最中、写真を全然撮ってないことに気づいた。記録より記憶に残る一日だったということでいいだろうと自分に対して言い訳をしながら夢の中へ旅立った。




GWが終わって次の祝日いつかなとカレンダーを見ると7月の海の日までなくて思わず溜め息が出ました。


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第32話 遠い記憶で溢れる前に

オリジナル回のタイトルは自分で考えていますが、内容からタイトルを決める場合とタイトルから内容が決まる場合の2通りあって、「鶏が先か、卵が先か」みたいだなと感じています。

暇と需要があればオリジナル回のタイトルがどのように決まったかまとめようと思います。




 ~個人トーク~

 

 南雲:明日か明後日って時間ある?

 

 神崎:両方とも大丈夫だけどどうしたの?

 

 南雲:出かける用事できたから誘おうと思って

 

 南雲:リゾートで2人でって言ってたから

 

 神崎:覚えててくれてありがとう

 

 神崎:よろしくお願いします

 

 南雲:遊ぶっていうよりは、

 

 南雲:俺の行きたいところ行くって感じなんだけど大丈夫?

 

 神崎:うん。

 

 神崎:明日でいいのかな?

 

 南雲:明日の12時半に駅集合で

 

 神崎:わかったよ、楽しみにしてるね

 

 南雲:少し歩くことになるからヒールとかは避けた方がいいかも

 

 

 

 

 翌日、約束の時間の10分前に駅に到着した俺は神崎が来るまでに今日のルートをどうするかスマホで地図を見て考えていた。なぜなら場所がハッキリとわかっていないからだ。スマホとにらめっこしていると俺の名前を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを見ると清楚な印象を受けつつも動きやすそうな服装の神崎が立っていた。

 

「ごめんね、待った?」

 

「いや今来たとこ」

 

「ふぅ、よかった」

 

「俺の予定に一方的に付き合わせる感じでごめんな。神崎は行きたいところとかないのか?」

 

「ううん、南雲君の行きたいところで大丈夫だよ」

 

「そっか。列車に乗って移動するからとりあえず切符を買うか」

 

 切符を買って改札を通りまもなくやって来た列車へと乗り込む。列車内はお盆を過ぎたということとローカル線ということもあってか俺達以外に乗客がいなかったので貸しきり状態で2人並んで座ることができた。

 

「そういえば今日行くのって私達の住んでいる街とは違う所だよね?何をするのか聞いてもいいかな?」

 

「そういえば詳しく説明していなかったな。えーと…どこから話すかな」

 

 俺は昨日家で父さんと話した内容を思い出しつつわかりやすいように整理する。

 

「俺が物心つくかどうかってくらい小さいときに父さんと色々と知らないところに行った記憶があるんだよ。そのことを思い出して父さんに聞いてみたらそんな場所行ってないって言われたんだ」

 

「何か別の記憶と勘違いしてるってことはないかな?ほら、似たようなところに出かけた記憶と混同してるみたいな」

 

「同じ事を父さんに言われたよ。でもそれだけは絶対に違うって断言できるんだ」

 

 ハッキリと違うということを口にすると神崎は首を傾げ俺がその理由を言うのを待っている。

 

「南雲家が出かけるときは基本的に車で外出するんだよ。俺が小さいときもそうだったし、もちろん今だってそうなんだ。例え目的地が駅の隣にあったとしても車でそこに行くんだよ」

 

「ということは南雲君の記憶では目的地へは車で行ったんじゃなくて――」

 

「そう、今と同じく列車で移動したんだ。だから記憶にも残ってる。さすがに幼いから場所の名称とかは覚えてないけど駅を降りてすぐのところに時計塔があったっていうことが印象に残ってたんだ。だからネットでその時計があるところを調べたらこれから行く駅が出てきたって訳」

 

「それで南雲君の記憶にあるところが本当にそこか一緒に回るってことなんだね」

 

「そうそう、公園とか花屋とかカフェとか色々朧げながら記憶にあるんだ。1人で行こうかなとも思ったんだけど神崎と2人で出かける約束をしていたから誘ったんだ。ちょっと神崎の思い描いていた出かけるとは違ったかもしれないけれど…」

 

「ううん、いいの。私が一緒に出かけたかっただけだから」

 

「ならよかった、でもなんかあったら遠慮なく言ってくれな。飲み物代とか基本的に俺が出すから」

 

 俺の言葉に神崎は小さく微笑みながらありがとうと言った。一先ず今日の目的についてはわかってもらえたようなので何か別の話をしようと話題を考えていたら神崎の方から話しかけてきた。

 

「この間南雲君の家に行ったときにケーキを食べたでしょ?」

 

「ああ、2つ食べたな。それがどうかしたの?」

 

「何のケーキが一番好きなのかなって」

 

「そうだな…チョコ系も好きだけど季節のフルーツが使われているケーキが一番好きかな」

 

「そうなんだ」

 

「神崎は何が一番好きなんだ?」

 

「私は…ショートケーキかな、やっぱり。シンプルなのが一番好きかも」

 

「へぇ~なんとなくイメージ通りって感じする。ショートケーキの苺は最後に食べる派?」

 

「最初に食べることが多いかな」

 

「神崎は最初派か、茅野はたしか最後まで取っておく派だったはず」

 

「南雲君はどっちなの?」

 

「俺は……全然意識したことないから次ケーキを食べる機会があったときにしっかりと覚えておくよ」

 

「どっちなのか楽しみにしてるね……あっもうそろそろ降車駅だね」

 

「本当だ。なんか時間過ぎるの早いな」

 

 列車が停車し俺達は降りる。改札を通り駅の外に出ると子供のときに来たのはやはりここだということを確信した。

 

「時計塔ってあれのことだよね?」

 

「うん。間違いない。この駅で降りて父さんに手を引かれて歩いた」

 

「他には何か思い出したことはある?」

 

「うーん……父さんはその日…全然喋らなかった気がする」

 

「それも確信があるの?」

 

「うん。神崎は俺の父さんに会ったことがあるからわかると思うけど、父さんってかなりお喋りじゃん?」

 

 俺がそう言うと神崎は苦笑いをする。否定はしなかったので直接口にはしないが彼女も俺の父親をお喋りだと思っていたようだ。

 

「でもさ、そのお喋りな父さんが全然喋ってなかったんだよ。――そうだ、喋らない父さんを見て俺は怒ってるのか不安で聞いたんだ、父さん怒ってるの?って。そしたら怒ってないよって返ってきたんだ」

 

「季節は今と同じ夏?」

 

「夏…だった気がする。熱中症になったら困るからって帽子を被ってたし、たぶん」

 

「南雲君の誕生日ってことで遠出をしたっていうことはないかな」

 

「そうなのかな、でもそれだったら父さんが頑なに言わないのも変だしなぁ。単純に忘れてるだけっていう可能性もなくはないけど」

 

 駅前にて頭を悩ます2人。自分のことのように考えてくれている神崎を見て俺が小さく笑うと彼女はどうしたの?と聞いてきたので俺は仕切り直すように言葉を繋ぐ。

 

「とりあえず公園向かうか。見覚えのある道があったら何か思い出すかも知れないし」

 

「公園は覚えてるの?」

 

「いや正直覚えてないけど、子供の俺が歩いていける距離ってことはたぶんそんなに離れていないと思う」

 

 俺はそう言ってスマホで周辺の地図を再度確認する。神崎が来る前になんとなく下調べはしたが土地勘がないためマップをちょくちょく見なければならない。歩きながら俺は横を歩く神崎に少し気になったことを聞いてみる。

 

「神崎はなんかないのか?俺みたいに記憶にはあるけどハッキリしなくて思い出したいこととか」

 

「私は…特にないかな。考えてみたら朧げな記憶の方が多い気がする。何て言うのかな……記憶の濃い部分は覚えてるけどそれ以外はあまり覚えていないみたいな」

 

「そう言われてみると…そうかも。幼稚園のときの出来事を全て覚えてるかと聞かれたら要所要所、それこそ行事とかの強烈なものしか覚えてない」

 

「やっぱりそうだよね。だからきっと…南雲君のナゾの思い出は何か大切な記憶なんだと思うよ」

 

 俺が頭を捻らせていると神崎が悪戯な笑みを浮かべながらところでと言葉を続ける。

 

「知らない街ってなんだか不思議な感覚がしない?」

 

 神崎の言葉に俺は既視感を覚えた。あれはたしか終業式の日の――

 

「私達が椚ヶ丘にいるときもこの街はここにあるんだよね」

 

 そうだ、矢田との会話だ。

 

「前にも似たような話をしたな、そういえば」

 

「お父さんと?」

 

「ううん、別の人。神崎の感覚わかるよ、上手く言えないけど…わかる」

 

「ふふっ、よかった」

 

 スマホで地図を開いて公園の場所を再度確認する。今のところ間違った道は歩いていない。

 

「あともうちょっとで着くな、5分とかからないくらい」

 

「わかったよ」

 

「線路沿いの道を歩いてたら連想するものないか?」

 

「もしかして『スタンド・バイ・ミー』かな?」

 

「そうそう!まあ、今の俺達が探してるのは死体じゃないけどね」

 

「南雲君ってやっぱり面白いね」

 

 微笑みながら褒めてくる神崎に俺は少し恥ずかしくなって頬を掻いた。

 

「公園ってここだよね?」

 

「そうそう、たしか父さんはブランコに乗った俺を押してくれてその後ベンチに座ってたな」

 

「ちょうど使ってる人もいないしブランコを漕いでみる?」

 

「そうするかな」

 

 ブランコは2つあるので並んで軽く漕いでみる。最後にこれで遊んだのはいつだっただろうか。

 

「神崎って小学生のときに公園で遊んだりとかしてた?」

 

「うーん…あんまり外では遊んでなかったかな。家の中で読書したりあやとりしてたほうが多かったかも」

 

「あやとりか、俺正直やったことないな。銀河とか作れるの?」

 

「ふふっ、そんなにすごいのは作れないよ」

 

「そっか。のび太君はやっぱりすごいんだな」

 

 あっドラえもんのことかと神崎は上品に笑う。

 

「南雲君は外で遊ぶことの方が多かったの?」

 

「そうだな。野球やっていたってこともあるけど雨の日以外は基本的に外で遊んでたな」

 

「雨の日は何をしてたの?」

 

「学校の図書館で本読んでた。インドアとアウトドア両方いけるハイブリッドな男の子だったから」

 

「珍しいタイプの男の子だったんだね。…どう?何か思い出した?」

 

「いや正直なにも思い出せない。ここで遊んだ記憶はあるんだけど」

 

「そっか、残念」

 

「次は花屋、それからカフェだな。大丈夫?疲れてない?」

 

「大丈夫だよ、ありがとう」

 

「疲れたら遠慮しないで言ってくれよ。おぶったりなんだりするから」

 

「それは…ちょっと恥ずかしいかも」

 

 はにかむ神崎と再度散策を始める。今日は夏だけどそれほど気温が上がっておらず、かといって天気が悪いわけでもない、風が心地いい日なのでまさに散策日和だなと思った。

 

「さっきブランコに乗ったときにさ、一瞬立ち乗りしようかなって思ったんだけど俺の中のモラルがやったらダメだって訴えかけてきたよ」

 

「中学生になって成長したってことかな?」

 

「だと思う。それに…身長が伸びてるからどっちにしろできなかったと思う」

 

「たしかにそうだね」

 

「思いがけないところで自分の成長を感じてしまった。神崎はどんなときにそういう風に思う?」

 

「私はやっぱり読書していて小さいときに読めなかった漢字が読めるようになっていたときかな」

 

「それは俺もたまに思う。読めたらちょっとドヤ顔したくなるんだよな」

 

 クスクスと口許を押さえて笑う神崎。

 

「南雲君のドヤ顔が見たいからちょっとやってみて?」

 

「えっここで?」

 

「うん、だめ?」

 

「この無茶ぶりは登ってもいない山を下山させられている気分だな」

 

「ふふっ。普段意識しないから難しいよね」

 

「まあ、今後の俺にご期待くださいって感じ。ドヤ顔してるなとは思うけどやれと言われたら難しいかな」

 

「楽しみにしてるね」

 

 見知らぬ街の土地勘のない道を歩いているわけだが初めて通る道ではない気がする。つまり今歩いている道は、やはり子供のときに通ったことがあるのだ。

 今度は地図で確認しなくても花屋の位置がなんとなくわかった。次の交差点を曲がれば商店街のやや外れに当たるところに――

 

「花屋見つけた。ほらあそこ」

 

「本当だ、あそこで間違いないの?」

 

「うん」

 

 花屋の前まで歩くと店内に何人かお客さんがいるのが見て取れた。それを確認した俺と神崎は買い物の用もないのに店内に入るのは憚れるのでやめておこうという結論になった。

 

「でも本当に店内に入らなくていいの?せっかく来たのに…」

 

「お店の人に迷惑がかかるのはちょっと…って感じだし。カフェはここからそんなに離れてないからそこで休んで今日は終わりって感じでいいか?」

 

「名残惜しいけどあんまり遅くなると家族に心配かけちゃうしね」

 

 時計に目をやると時刻は15時を回っていた。15時と言えばおやつの時間とよく言うが起源はなんだろう、昔やってた某カステラのCMか?

 俺は変なことに頭を捻らせながら神崎とカフェへの道を歩く。5分とかからずカフェに着いた俺達は店員に案内されるがままにテーブル席へとつく。個人経営でやってる店のようで店内からは初老の店主のこだわりのようなものが随所に感じられる。それでも落ち着いた雰囲気がしっかりとあるのは喫茶店特有のものなのかもしれない。

 

「今日歩きっぱなしになってごめんな」

 

「E組で鍛えてるし平気だよ。それに南雲君とお話するの楽しかったから」

 

「俺変なこと言ってなかった?大丈夫?」

 

「いつも通りだったから大丈夫だよ。ところでだけど…何か思い出した?」

 

 まるで記憶喪失にでもなったかのように今日は思い出そうとすることが多いなと思った。それでもたしかに店内に入ったと同時に既視感があったことを考えるとここに来たことがあるのも確実だった。あのときは――

 

「今みたいに神崎と向かい合わせで席に着いたんだけど…何だったかな、父さんがメニューを頼むとは別に一言なんか言っていた気がする。小さかった俺は全く理解できなかったけど」

 

「そうなんだ…」

 

「とりあえず今は昔のことを忘れて楽しもう。せっかく神崎と出かけてるのに俺のことばかり気にかけてもらったら申し訳ないし。俺が全部出すから何でも好きなもの頼んで大丈夫だよ」

 

「えっでもそれはちょっと申し訳ないし…」

 

「いいっていいって。神崎に奢れるなんて役得だし…それにプレゼントってわけではないけど俺の感謝の気持ちとして出したいんだ。ダメ?」

 

 俺がそう言うと神崎は申し訳なさそうな顔で何かを考えた後に少し笑って、それだったらと承諾してくれた。

 2人でメニューを見て注文をするものを決める。互いにチーズケーキに紅茶と全く同じものを注文したので2人して小さく笑った。

 

「南雲君って珈琲より紅茶の方が好きなの?」

 

「時と場合によるかな、今は紅茶の気分。神崎は?」

 

「私はケーキには紅茶の方が合うかなって思って」

 

「ああなるほど」

 

 程なくしてメニューが運ばれてくる。紅茶は家で飲んでいるインスタントとは大きく異なり、さすがお店で出すレベルの物だなと思った。ケーキも同様にかなり美味しい、自分の語彙力が低いことが悔やまれる。

 

「美味しいね、これ」

 

「うん、ウマイ」

 

 本当に美味しいものを食べたとき人がする反応は自然と笑顔になるんだなと思った。なぜなら俺も神崎も口許が弛んでしまっているからだ。神崎の場合は弛んでいるというより微笑んでいると言った方が正しいけど。

 ケーキを食べ終わり紅茶を飲みながら談笑していると制服のカップルが入ってきた。男子はブレザーで物珍しさは感じなかったが、女子はセーラーだったので新鮮に感じた。

 

「セーラーって新鮮だな。俺らのところは男女共にブレザーだからさ」

 

「そうだね。あのセーラー服って確かジャスミン女子大附属の制服だから2人は違う高校だよ」

 

「そうなのか。やっぱり制服で高校選んだりとかってあるの?」

 

「うーん…私はないかな。でもどこの高校の制服は可愛いとかで女子同士盛り上がったりするよ」

 

「へ~」

 

 相槌を打ってから紅茶に口をつけたと同時に俺の脳が活性化したと表現すればいいのだろうか。とにかく一気に記憶が呼び起こされた感覚に襲われた。

 

「神崎、俺全部とは言わないけど…思い出したかも」

 

「え?」

 

「まず思い出したきっかけについてだけど…俺の母さんの母校はジャスミン女子大附属なんだ」

 

「そうなの?」

 

「ああ、父さんが言ってたから間違いないと思う。高校は別だってことも言ってたし」

 

「さっき入ってきたカップルと同じように?」

 

「そう。それと…今日回った場所はおそらく昔に父さんと母さんが実際にデートした場所だと思う」

 

「…おそらくってことは確証はないの?」

 

「直接聞いたわけじゃないから確証はない…けどわかる。だって俺が小さいときに父さんとこの街を回ったあの日は母さんの命日だったから」

 

 神崎は大きく目を見開いた。

 

「きっとあの日父さんが全然喋らなかったのは母さんとの思い出を振り返っていたからだ。この街のどこに行っても父さんは俺のことを見ていなかった気がする、視界には入っているけど心ここにあらずというか」

 

「……」

 

「この喫茶店で言った言葉は『これで最後にする』だ。母さんが亡くなって、たぶん父さんもずっと寂しかったし泣きたかったんだと思う。でもまだ幼い俺がいたからその気持ちを押し殺すしかない…だから母さんとの思い出の場所を巡って寂しい気持ちと決別したんだろうな。今考えたら車じゃなくて列車でこの街まで来たのも学生だった当時をなぞった行動だったのかも」

 

「……」

 

「…あれ?」

 

 俺が神崎を見ると、彼女は泣いていた。俺はその姿を見て狼狽えずにはいられなかった。

 

「な、なんで神崎が…じゃなくて大丈夫か?これ、ハンカチ」

 

「ごめんね…」

 

 今にも消えてしまいそうな突然の謝罪の言葉に俺の頭はこの状況をどうするべきか、正答を出せなかった。

 

「と、とりあえず店を出るか?」

 

「うん…」

 

 

 

 

 会計を済ませ店を出ると神崎の手を引いて座れるところを探した。幸い最初に行った公園がすぐ近くだったのでそこのベンチに座ることにした。俺が手を引いているときも神崎はずっと涙を流していて、声を出さない彼女に俺は何て声をかければいいかわからず手を引くしかなかった。

 

「とりあえず座って落ち着こう」

 

「うん…」

 

「俺は母さんのことなんてほとんど覚えてないしさ、だからって訳じゃないけど…気にしなくて大丈夫だぞ?」

 

「ううん、そういうことじゃないの。ただ…申し訳ないなって思って…」

 

 神崎の言葉をそれほど理解できなかった。そんな俺を見て理由をポツリポツリと語り始めた。

 

「そんな悲しい記憶だったのに…私浮かれて楽しんじゃって…ごめんなさい」

 

「いやいや、神崎を誘ったのは約束したっていうのもあったけど一緒だったら楽しいなって思ってのことだから全然気にしなくて大丈夫だよ」

 

「ううん、それだけじゃなくて。南雲君のお父さんがどういう気持ちでこの街を巡ったんだろうとか考えたら…涙が止まらなくて…」

 

 俺は涙を流す神崎を見て自分は果たして人のために悲しむことが出来るだろうかと自問自答した。口ではなんとでも言える、だがこんなにも綺麗な涙を流すことは俺には出来ない。

 

「神崎、ありがとう。…俺と父さんのために涙を流してくれて」

 

「私はそんなつもりじゃ…」

 

「そうでなくても俺は嬉しかったからさ」

 

 少し時間が経って落ち着いたのか、神崎の涙は止まっていた。

 

「…きっと――」

 

「ん?」

 

「きっと南雲君のお父さんは昔のことをしっかりと覚えていると思うよ」

 

「…うん。俺もそう思う」

 

「忘れたことないと思う…ううん、絶対そうだよ」

 

「ああ、そうだな」

 

「…そろそろ帰ろっか」

 

「…ああ」

 

 公園のベンチから立ち上がり駅へと向かう2人。そこには会話はなかったが考えていることはきっと同じだと思った。

 とりあえず家に帰ったら事の真相を改めて聞いてみよう。




大人になってから昔のことを思い出すと濃く覚えてる大切な記憶となぜか覚えてるどうでもいい記憶の2つに分かれるなって作者は思っています。
その中で今回の南雲君のようなナゾの記憶もちらほらあるって感じですね。

話の中で神崎さんの好きなケーキはショートケーキと言っていますが本編で語られていないのでわかりません、イメージ的にそれっぽいのをチョイスしました。公式設定では神崎さんが好きな食べものは和菓子です。

ジャスミン女子大附属高校という架空の学校名を出しましたが暗殺教室の設定に基づく学校名です。イラストファンブックに載っているのですが中村さんが進学した高校の名前です。


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第33話 夏が終わる

タイトルはスピッツの歌から取りました。
文字通り夏が終わる回です。


 8月31日、それは長かったようで短かかった中学校生活最後の夏休みの終わりの日を意味している。

 俺は午前中に丁度宿題を終わらせ、2学期の準備をしてから読書をするなど有意義に過ごしていた。父親もどこかに出かけたらしく家の中はまるで誰もいないかのように、ただ紙を捲る音だけが響いていた。はずだった。

 

「南雲君!!」

 

「わっ!殺せんせー!?」

 

 俺の安寧の時間は開いていた窓により家の中に入ってきた殺せんせーにより奪われた。ていうかなんで泣いているんだ?

 

「聞いてくださいよう、今日の夜にある夏祭りにクラス皆を誘っているんですが用事で断る人が多くて先生傷ついています」

 

「そんなことよりも先生不法侵入だよ」

 

「そんなこと!…およよ、ということはやはり南雲君も…」

 

「…今時およよって泣く人いないんじゃないかなあ」

 

 家に突然来たかと思えば泣き言を言われる生徒の身にもなってほしい。

 

「そうですか、南雲君は来ないんですね。いいです、どうせ先生なんてその程度の信頼しかないんです」

 

「誰も行かないとは言ってないですよ」

 

「ということは――」

 

「行きますよ、夏祭り」

 

 俺がそう言うと先生はたくさんの触手を駆使して小躍りをし始めた。どれだけ嬉しかったんだろう、そしてやっぱり行けないと言ったらどれだけ落ち込むんだろう。少し気になる。

 

「それじゃあ19時に椚ヶ丘駅に集合です!夏休みの最後くらい何も考えずに遊びましょう!」

 

 殺せんせーはそう言うと目の前から一瞬で消えた。夏休みの最後という単語を聞いて、俺は改めてこの夏は色々とあったなぁと振り返る。

 時計に目をやると時刻は17時過ぎ、約束の19時までまだ余裕はあるが早めに準備しておいて損はない。俺はさっきまで読んでいた本に栞を挟み自室に戻る。軍資金はしっかりと足りているし、余程のことがない限り底を尽きるということはないだろう。

 俺は誰が夏祭りに来るのか少し心を弾ませながら準備を始めた。

 

 

 

 

 集合時間の5分前に着くと既に俺以外は全員集まっているように感じるくらいに人がいて、少なくとも10人以上は来ているように思えた。みんなの下へと近づくと後ろから声をかけられる。

 

「よっ純一、来たんだな」

 

「おっ前原。お前こそいないと思ってたからびっくりだよ」

 

「何でだよ」

 

「女の子と祭りに行くから無理とか言うタイプだろ」

 

「俺は先に予定が入っていた方を優先するタイプだから」

 

「…つまり今日は何も予定がなかったんだな」

 

「…それは言うな」

 

「まあまあ二人とも!君たちで最後です、それより早く祭りに行きましょう!先生皆さんが来てくれて嬉しいです!誰も来なかったら先生自殺しようかと思いました」

 

「じゃあ来ない方が正解だったか」

 

 茅野が苦笑いしながら殺せんせーに言葉を返すが、先生はその一言を意にも介さず皆を引率し始める。

 周りを見ると男子は全員私服だが、女子の多くは浴衣を着ていたのでこれが男女による祭りへの意気込みの違いなのかなと考えた。

 とにかく普段見慣れない見知った女子の浴衣姿はなんか…こう…グッと来るものがあるなと思った。

 

「やっぱり浴衣っていいな!」

 

 前原の言葉に一瞬心を読まれたのかと思ったが、こいつの場合は自分の心に素直なんだった。

 

「ああ、そうだな」

 

「おっ純一がそうやって同調するの珍しいな」

 

「ちょうどそう思ってたからな。前原は祭りで女の子が浴衣着てないと嫌だってタイプなのか?」

 

「いやそんなことないぞ?ただ浴衣が新鮮に感じていいっていうか。俺はその人に合った服装をしていればいいと思う」

 

「…なんか前原のくせに良いこと言ってない?」

 

「どういう意味だ?」

 

「あはは、そういう意味だよ」

 

 俺が前原とアホな問答を繰り広げていると祭りが行われている神社に着いた。広い境内の中には多くの出店がありお客さんも当然のようにかなりの人数が来ている。

 

「それでは皆さん楽しみますよ!ちなみに21時に打ち上げ花火が上がってそれでこの祭りは終わりますので時間を打ち合わせて皆で是非見ましょう!」

 

「「「はーい!」」」

 

 ということで祭りが終わる20分前、つまり20時40分に中央の広場に当たる部分に集まることになった。それまで誰と回ろうかなと思っていると小さく溜め息をついている少女がいたので声をかけた。

 

「どうした岡野、溜め息なんてついちゃって」

 

「あっ南雲君。いや大したことじゃないんだ」

 

「元気が取り柄の岡野が溜め息をついている時点でなんか変な感じするんだが…」

 

「本当に大したことじゃないんだよ。…ただ、私も浴衣を着てくればよかったなぁって」

 

「ああ、そういうこと」

 

 祭りに来ているE組女子のほとんどが浴衣で来ていたのを見てナイーブになってるって訳だ。ざっと見た感じ岡野、片岡、矢田の3人以外は浴衣を着ている。

 恋する乙女である岡野は前原に浴衣姿を見せたかったんだろう、クラスメートを見ては溜め息をついている。

 

「さっき前原が言ってたんだけど…」

 

「?」

 

「その人に合っている服装だったらいいらしいぞ」

 

「…本当?」

 

「本当だよ。浴衣姿見せたかったてのはわかるけどあんまり気にすんなよ」

 

「そっか…うん、そうだよね」

 

「おーい!前原!」

 

「ちょっと南雲君!?」

 

「どうした純一?」

 

「前原は誰と祭りを回るんだ?」

 

「いやまだ決まってないけど…」

 

「岡野が一緒に回りたいってさ。いいか?」

 

「岡野が?いいけど…どうしてまた?」

 

「せっかくの祭りなんだから仲良いやつと回りたいと思うのは普通だろ、な?岡野?」

 

「え、う、うん!そう!」

 

「そっか、じゃあ回るか」

 

「じゃあ行ってらっしゃーい」

 

 半ば強引な形になったが俺は前原と岡野を行動させることに成功した。当事者である2人だけが全く気づいていないが女子を始めとして、ある程度勘が良いE組の面々は岡野が前原に気があることに気付いている。そこそこ岡野が素直に行動しているのに前原は全く気付いていないので俺の行動の真意も恐らく気付いていないだろう。

 

「ファインプレーだよ南雲君!」

 

「おっ矢田か。まああれくらいしても気付かないだろうけどね」

 

「もうちょっとひなたちゃんに気を使ってもいいのにね、前原君は」

 

「まあまあ、変にくっつかせようとしてマイナスになるよりはいいだろ?」

 

「それはそうだけど……ってそうじゃなくて!南雲君は誰と回るか決まってる?」

 

「決まってないよ」

 

「じゃあ私達と回らない?」

 

「私達?」

 

 矢田1人しか見えないのに私達とはこれいかに。そう思って矢田の後ろを見ると浴衣を着た倉橋が縮こまっていた。ただでさえ小さいのに矢田の影に隠れていたので正直気が付かなかった。

 

「ああ倉橋も一緒で私達か。いいよ、回ろう」

 

「本当?やった!」

 

「ところで倉橋いつもより大人しいけど大丈夫か?調子悪いのか?」

 

「いやそうじゃなくて…」

 

 矢田が目で何か訴えかけてくる。俺の目と倉橋を交互に見て……ああ、そういうことか。

 

「倉橋、浴衣似合ってるぞ」

 

「…ホント?」

 

「本当だよ。花の模様っていうの?何て言うのかわからないけど倉橋っぼくてよく似合ってる」

 

「…えへへ、着てきてよかった!」

 

 どうやらというか、やはり正解だった。俺が倉橋の服装を褒めるといつもの彼女に戻った。

 

「じゃあ時間ももったいないし行こっか!」

 

「とりあえず目についたところに行くか」

 

 倉橋が真ん中となり3人並んで歩き始める。

 

「祭りといえばで一斉に言わない?」

 

「おっいいね!」

 

「じゃあそれで被ったところに行こう!」

 

「よし……せーの」

 

「焼きそば」

「かき氷!」

「わたあめ~」

 

 見事3人とも分かれてしまったが、やはり女子の2人は甘いものだった。

 

「桃花ちゃん頭キーンってなっちゃうよ?」

 

「でも夏っぽくない?」

 

「夏っぽい!」

 

「でしょ?」

 

「じゃあかき氷から行く?」

 

「「うん!」」

 

「何味にしよっかなー」

 

「イチゴにする~」

 

「あっ私も同じのにしようかな」

 

「2人は本当に仲良いよな。親友っていうの?そんな感じ」

 

「なんかすぐ仲良くなったよね」

 

「ね~」

 

「やっぱり休日に一緒に出掛けたりとかするの?」

 

「服を見に行ったりとか結構行くよね?」

 

「うん、桃花ちゃんオシャレだし色々と見立ててくれるんだ~」

 

「陽菜ちゃんも可愛い系を着こなせてるし羨ましいよ」

 

「えへへ、ありがとう~」

 

 竹林から教えてもらったんだがこういうの何て言うんだっけ。百合?だかなんだか。

 かき氷屋まで辿り着いたが暑さと人気が相まって他の出店と比べると多くの人が並んでいた。

 

「やっぱり祭りのかき氷の屋台は混むね」

 

「こういうときしか食べれないしな」

 

「確かに。コンビニとかスーパーで氷菓を買うっていってもかき氷ではないしね」

 

「氷菓とアイスって何か違うの?」

 

「シャリシャリしてるのが氷菓でクリーム系がアイスじゃない?」

 

「そうなの?純君?」

 

「えっそこで俺に振るの?」

 

「だって物知りだし」

 

「今の矢田の説明で大体合ってるはずだけど。…たしか乳固形分だかの割合じゃなかったかな。一番割合が高いのがアイスクリームで低いのが氷菓だよ」

 

「へぇ~。ということは中間もあるの?」

 

「全部で4つに分類されるはず」

 

「あっラクトアイス!」

 

「あーそういえば成分表にそんなこと書いてあったな。さすが倉橋」

 

「えへへ~」

 

「あと1つは何かな?」

 

「「「うーん…」」」

 

 全く思い出せない。殺せんせーにでも聞けば答えが返ってくるかな、全然見当たらないけど。

 話をしていると俺達の順番が回ってきたので先程の会話に合ったように女子2人がイチゴ味を、俺はブルーハワイ味を注文した。

 近くにベンチがあったのでそこで座って食べることにする。

 

「あっ」

 

「桃花ちゃんどうしたの?」

 

「ふふん、かき氷で思い出したことあるんだ」

 

「食べたら頭がキーンってなること?」

 

「そんなの当たり前でしょ…」

 

「あはは、それで?桃花ちゃん?」

 

「おほん、かき氷の味についてなんだけど…実は全部同じなんだって」

 

「えっまじ?」

 

「本当に?」

 

「うん、この間テレビでやってたの見たんだ」

 

「へぇ~食べ比べてみる?」

 

「じゃあハイ!あーん!」

 

 まあ当然そうなるよね。3人いるけど味は2種類しかないわけで。となると必然的に俺のブルーハワイ味が女子2人へ、どちらかのイチゴ味が俺の口へと運ばれる。

 だがあーんは想定してなかった。いや、あーんはこの際置いておくとして問題は間接キスの方だ。健全な男子中学生である俺にはハードルが高い。

 

「南雲君早く食べないと溶けちゃうよ?」

 

 矢田が急かしてくる。南無三、食べることにしよう。できるだけ平静を装って――

 

「ど、どう?味は同じ?」

 

「…違う気がする」

 

 ていうかよく見たら倉橋の顔が赤い。俺も赤くなってないか不安になってきた。

 

「じゃ、じゃあ純君のちょうだい」

 

「ほい」

 

 そう言って俺はスプーンでかき氷を掬い、そうするのが当然のような雰囲気を醸し出しつつ倉橋にスプーンを差し出す。

 倉橋は髪を耳の後ろにかけ直して俺のスプーンからかき氷を食べる。その仕草に俺はドキッとした。

 

「あれ?味違うよ?」

 

「ふっふっふ、実はね」

 

「「実は?」」

 

「匂いと色が違うから脳が錯覚しちゃうのだ!」

 

「へぇ~」

 

 いやこれは素直に感心した、匂いと色だけでこんなに変わるのか。

 

「てことで南雲君、私にもちょうだい!」

 

「はい、あーん」

 

「…違う味だね」

 

「人の脳って不思議だね~」

 

「そういえばブルーハワイ味ってなんなのかな?ラムネ味のこと?」

 

「たしかカクテルの名前から取ってるんじゃなかったっけ」

 

「へぇ~」

 

「じゃあラムネとソーダの違いは?」

 

「瓶かペットボトルじゃない?わからんけど」

 

「あーでもそれっぽいね」

 

「サイダーは?」

 

「ソーダが訛ったんじゃないか?またはサイダーが訛ってソーダになったか」

 

「色々可能性あるね」

 

「そうだね~」

 

「みんな食べ終わったしそろそろ次行くか」

 

「甘いもの食べたから次はしょっぱいの食べたいな~」

 

「わかる!甘いものとしょっぱいものでずっと食べ続けられるよね!」

 

「ね!」

 

「じゃあ歩いて食べたいものがあったらその場で買って食べ歩けばいいか」

 

「焼きそばはいいの?」

 

「祭りといえばで思い付いただけだから特にこだわりはないよ。どちらかというとお好み焼きの方が好きだし」

 

「あっわかる!粉ものってたまに無性に食べたくなるよね~」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

「2人はお好み焼きは関西風と広島風どっちが好き?私は関西風なんだけど」

 

「俺も矢田と同じで関西風かな」

 

「関西風と広島風って何が違うの?」

 

「大雑把に言うと関西風が具材を全部混ぜて、広島風は生地の上に具材を乗せて目玉焼きで挟んでるって感じかな?」

 

「じゃあ関西風かな~」

 

「ちょうどそこに広島風の屋台あるぞ」

 

 俺が指差した方向を覗く2人。しかし倉橋は身長が低いせいか見えていないらしい、背伸びをして前にいる人の頭と頭の間から頑張って見ようとしている。そんな倉橋を見ているとなんだか微笑ましく感じた。

 

「う~見えないよ~」

 

「倉橋、こっち」

 

「あ、ありがとう純君」

 

 俺はうまく隙間を見つけてそちらに誘導した。ちょっと倉橋と密着する形になってしまっているがこの際致し方ない。

 

「南雲君紳士だね~」

 

「まあね。どう倉橋見えた?」

 

「うん、あれが広島風なんだね」

 

「話の流れ的にお好み焼き食べる感じでよかですか?」

 

「なんで急に博多弁?…うーん、陽菜ちゃんどうする?」

 

「お好み焼きは食べたいけど…うーん」

 

 女子2人が難色を示しているのだが俺はなんとなく理由を察した。恐らく青のりが歯につく可能性があるからだろう、ブリトラでも青のりって曲があるくらいだしな。同様の理由で焼きそばもNGだろう。とすれば――

 

「あっちにフランクフルトあるんだけど、俺それ食べたい」

 

「ほんと?私もそっちのがいいかな」

 

「私も~」

 

 誘導成功。心でガッツポーズをする。

 屋台に行ってフランクフルトを買おうとしたら、私はこっちにすると言って矢田は隣のイカ焼の屋台へと行った。

 

「倉橋、歩く速さ大丈夫か?下駄でしょ?」

 

「大丈夫だよ、ありがと!それに実は下駄じゃないんだよ!」

 

「そうなの?」

 

「うん!ほら!」

 

 そう言って倉橋は片足立ちをし、もう片方の足をこちらに見せてきた。

 

「あーサンダルなのか。オシャレだな」

 

「えへへ、でしょ~?」

 

「うん。可愛い」

 

「あ、ありがとう」

 

「2人ともお待たせー!…って陽菜ちゃんどうしたの?顔赤いよ?」

 

「何にもなかったよ。それよりイカ焼は無事に買えたんだな」

 

「そりゃ無事に買えたけど……あっ!なるほどね~」

 

「矢田さん何がなるほどなのかな?」

 

「南雲君も隅に置けないなーって」

 

 矢田がにやにやして肘で小突いてくる。俺は普段可愛いとか思っても直接言わないのでどうかしてるのかなって思った。きっと夏の暑さのせいだ。

 買ったフランクフルトとイカ焼きは腹が減っているせいかすぐに3人とも食べ終わった。

 

「おーい純一!」

 

「岡島か。どこから現れた?」

 

「写真撮って回ってるんだ」

 

「浴衣の女性を?」

 

「ちげーよ!そりゃちょっとは撮りたいなーとか思うけど…って何言わせるんだよ純一。誘導尋問うめーな」

 

「いや今のは勝手にお前が言っただけだろ。てかまじに他人の写真撮ってるんだったらやめた方がいいぞ?」

 

「本当に撮ってねえよ!ほら!」

 

 そう言って岡島は慣れた手つきでカメラをいじると画像フォルダを見せてきた。そこには祭りの屋台や提灯などが直接目で見るより綺麗に収められていた。

 

「あっ本当だ。疑ってすまんかった」

 

「これ全部岡島君が撮ったの?」

 

「もちろん」

 

「すごーい!キレイ!」

 

「いやー素直に褒められると照れちゃうなー」

 

「さすがカメラマンを目指してるだけあるな」

 

「「すごい!」」

 

「褒められ慣れてないからどう反応すればいいかわからなくなってくるなー!…そうだ、E組のみんなの写真も撮ってるから3人も撮ろうか?そう思って話しかけたんだった」

 

「そうだったのか。じゃあ頼んだ」

 

「女子2人は前髪とか大丈夫か?ノークレームで頼むぞ」

 

「あはは、苦情なんていれないよ。ね?陽菜ちゃん?」

 

「もちろん!」

 

「よしじゃあ撮るぞー。ハイ、チーズ」

 

 俺を真ん中として3人並んで写真を撮ってもらった。撮影者が岡島だからか自然体で撮れたなと思う。

 

「撮った写真は二学期入ってちょっと経った辺りで渡すから楽しみにしててくれ」

 

「岡島ありがとな」

 

「ありがとう!」

 

「岡ちんありがとね~」

 

岡島に手を振って別れたが、その背中はなんだか学校で見るよりも頼もしく見えた。

 

「なんか甘いもの食べたい」

 

「そうだね~」

 

「りんご飴とかわたあめ?」

 

「りんご飴な気分、いやでもわたあめも捨てがたい」

 

「じゃあ私がわたあめ買うから少しあげるよ!それなら両方食べれるでしょ?」

 

「えっいいの?矢田が女神に見えてきたんだけど」

 

「あはは、わたあめでそこまで言ってもらえるんだ」

 

「私もりんご飴にするから一口ちょうだ~い」

 

「もちろんいいよ」

 

「時間的に買ったら約束の広場に向かった方がいいな。それほど急がなくても大丈夫だろうけど」

 

「楽しいことってあっという間だね」

 

「だね~」

 

「明日から学校か~」

 

「朝起きれるかな?」

 

「起きれても学校があること忘れてそうだよね」

 

「さすがにそれはないだろー…ないよね?」

 

 あるともないとも言い切れない微妙なラインだな。

 少し歩くとわたあめと飴細工の屋台へと着いた。

 

「あっ倉橋さんに矢田さん、それに南雲君も」

 

「殺せんせーどうしてわたあめとか売ってるの?」

 

「ヌルフフ、みなさんのおかげですよ」

 

 殺せんせーの話を聞くに金魚すくいを始めとした各屋台においてE組の面々が暗殺で鍛えた技術を遺憾なく発揮した結果、景品などがなくなり早じまいする店が多かったそうだ。その空いたスペースに殺せんせーは入りこんで支店を増やしているとのこと。

 

「そんなことより何にしますか?みなさんなら少し安くしますよ。10円くらい」

 

「「「せこっ」」」

 

「ほらこのりんご飴なんて青森産を使っているので美味しいですよ!」

 

「あっじゃあそれで~。純君もだよね?」

 

「俺はこっちにするかな」

 

「イチゴ飴を選ぶとはお目が高い。これには拘ってましてね、ただ糖度が高い品種を使うのではなく酸味があるものを使うことによって飴の甘味と調和して――」

 

「拘ってるのはわかったけど材料費とか大丈夫?ちゃんと元は取れるの?」

 

「ヌルフフ、その点も抜かりありません。みなさんに教えている数学を少し応用するだけでどれくらい売ればいいのかとかわかるんですよ。具体的には――」

 

「授業は明日以降にしてもらっていいですか?はい、お代です」

 

「毎度あり!」

 

「あっ私はわたあめで!」

 

「ハイどうぞ!200円です」

 

「今細かいのしかなくて10円玉ばかりだけど大丈夫?」

 

「もちろん大丈夫ですよ」

 

「じゃあ…1、2、3、4、5、6、7、8、祭りって何時で終わりだっけ?」

 

「午後9時に終わりですよ」

 

「10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20……じゃあ花火でまた!」

 

「こらこら矢田さん!時そばなんて渋いものどこで覚えたんですか!」

 

「ちぇー」

 

「待て矢田、殺せんせーは最初に10円安くしてくれるって言ってたから払う必要ないぞ」

 

「そういえば言ってたね~」

 

「だって!殺せんせー!」

 

「ぐぬぬ…男に二言はありません…」

 

 値引きするって言ったこと忘れてたな。俺と倉橋が値段そのまんま支払ったってのもあると思うけど。

 

「ちょっとボケたつもりだったのに10円得しちゃったよ」

 

「でも時そばなんてよく知ってたな」

 

「私わからな~い」

 

「さっき矢田がやったように勘定の時に時間を尋ねて釣り銭を誤魔化すっていう落語だよ。それを見た別の男が同じ方法を試すんだけど聞く時間を間違えたせいで多く払っちゃうっていうオチがつくんだけど」

 

「へぇ~そんなのがあるんだ」

 

「まさか本当に支払う金額が少なくなるとは思ってなかったけどね」

 

「なんなら殺せんせー気付いてたしな。…あっ本当にイチゴ飴美味しい」

 

「よかったね~、私のりんご飴も美味しいよ」

 

「わたあめ久しぶりに食べたけどやっぱり甘いね。ハイ陽菜ちゃん」

 

「ん…美味しい!」

 

「でしょ!ハイ南雲君も!」

 

 差し出されたのでそのまま一口もらったが正直最初のかき氷のくだりのせいか距離感が麻痺してる感じが否めない。

 

「わたあめいいな。一生食ってられそう」

 

「あはは、わただからね」

 

「ここで問題、1キロの鉄と綿はどっちが重いでしょうか」

 

「「鉄!」」

 

「ぶー、正解は両方同じでした。1キロの鉄と綿だから」

 

「あっ」

 

「完全にイメージで答えちゃったよ」

 

「鉄と綿だったらイメージ的にね。まあ引っかけ問題みたいなもんだな」

 

「引っかけ問題懐かしいね~」

 

「たしかに小学生以来やってないかも」

 

「なんか覚えてるのある?」

 

「うーん…」

 

「あっカエルの問題!」

 

「「かえるの問題?」」

 

「そうそう。お父さんカエルはケロケロケロ、お母さんカエルはケロケロと鳴きます。では子どもはどのように鳴くでしょうか」

 

「「ケロ」」

 

「ぶぶー。正解はおたまじゃくしだから鳴かない、でした!」

 

「「あ~!」」

 

「ちょっと盲点だよね」

 

「全然思い付かなかった~」

 

「後でカルマに出してみよっと」

 

「カルマ君はこういうの強そうだよね」

 

「悪戯っ子だからな」

 

 ちょうどイチゴ飴を食べ終わったので近くにあったゴミ箱にゴミを捨てる。女子2人もまもなく食べ終わったのでこれで心置きなく待ち合わせ場所に向かえる。

 

「時間は…ちょうど40分か」

 

「あっみんな来てる!おーい!」

 

「肝心の殺せんせーがいないね」

 

「きっと今が稼ぎ時なんじゃないか」

 

 行動を共にしてた倉橋、矢田は女子の方へと向かった。俺も当然男子の方に行く。

 

「よっ渚。茅野と回ったのか?」

 

「うん、なんとなく流れで」

 

「そっか」

 

「南雲君は倉橋さんと矢田さんだったよね」

 

「ああ、誘われたから」

 

「そうなんだ、どうだった?」

 

「楽しかったよ。渚は?」

 

「うん、楽しかったよ」

 

「他に男女で回ったやつはいたのか?」

 

「そういえば千葉君と速水さん一緒だったよ」

 

「そうなのか。どっちから誘ったか気になるな」

 

「千葉君から声かけてたよ」

 

「へぇ~、あと前原と岡野も男女ペアだったな。ていうか男女事情に詳しいな」

 

「ちょっと出遅れちゃったから。茅野もそうだったらしくてそれで一緒だったんだ」

 

「ああ、なるほど」

 

「あっそろそろ花火上がるね」

 

 渚がそう言うのを待ってましたとばかりに上空に花火が上がった。公園内ではなく位置的に恐らく近くの河川敷で上げてると推測。

 ともかく近くで見る打ち上げ花火は迫力があった。

 

「濃かったね、夏休み」

 

「そうだな」

 

 思えば俺の夏休みは矢田との隣町の隣の探索から始まったんだった。それから前原と小学生の女の子の仲直りを見届けて、リゾートで暗殺をして…昨日のことのように夏休みの記憶が過る。

 

「…同じ夏は二度と来ないんだよな」

 

「…そうだね、うん、たしかにそうだ」

 

「1日1日を大事にしなきゃな」

 

「うん、2学期も暗殺頑張ろうね。もちろんそれ以外も」

 

 花火が終わると来ていたお客さんの誰かが拍手をしてそれに釣られて全員が拍手をする。

 少し時間が経って拍手が鳴り止むと終わりの雰囲気が流れて帰り始める人が増えてきた。俺達もその流れに乗って歩く。

 

「ちょっと待ってください!」

 

「わっ殺せんせー!」

 

「夏はまだ終わりませんよ!」

 

 殺せんせーの言葉に全員が首を傾げる。

 

「これ、やりますよ!」

 

「「「手持ち花火?」」」

 

「そうです、みんなでやれば楽しいですよ!それに青春ぽいですよね!」

 

「ここでやるの?殺せんせー?」

 

「いえ近くの公園が22時までだったら大丈夫なようなのでそちらでやります。家の人が心配するのでしたら帰っても大丈夫ですが、先生の速さで皆さんを無事に家まで送り届けますのでそこはご心配なく」

 

 ああ、それなら時間については心配ないな。帰る時間さえ親に連絡を入れておけば後はそれに合わせて送ってもらうだけだし。

 後は家に帰るだけと思った矢先のサプライズだったので俺は心が小躍りしているのを感じた。

 

 

 

 

「皆さんくれぐれも危険な方法で楽しむのはやめてくださいね!先生が譲歩できるのは二刀流までです!」

 

 公園に移動し、バケツなどの準備を終えた途端に世間体を気にする殺せんせーの注意説明が入る。そんなこと言われなくても人に向けて遊ぶ人はE組にはいないと思うけど。

 何はともあれ花火がスタートする。打ち上げ花火のように迫力はないが手持ち花火にしかないメリットもある。身近っていうのとやはりこのような感じで友達らと楽しめるというのが一番の良さに思える。

 

「南雲君、火のお裾分けしてもらっていい?」

 

「あっ神崎。いいよ、ほら」

 

「ありがとう」

 

「手持ち花火なんていつぶりだろう」

 

「私も。たぶん小学校高学年の頃にはもうやってなかったかも」

 

「俺もそのくらいかな」

 

「同じだね」

 

「ああ。そういえば神崎は今日誰と回ったんだ?」

 

「片岡さんとかの女子メンバーで回ったよ」

 

「そっか。…今言うタイミングでもないけど浴衣似合ってるぞ」

 

「ふふっありがとう。着てきた甲斐があったよ」

 

「俺も次に祭りに行くときは甚平とか着ようかな」

 

「南雲君だったら絶対似合うよ」

 

「そう?」

 

「うん。…今度は一緒に回りたいな、祭り」

 

「夏も終わるし来年以降になるな。たぶん」

 

「そっか…」

 

「そのときまで地球があるかもわからないけどね」

 

「きっと…あるよ。きっと」

 

「そうだといいな。あっ火のお裾分けしてもらっていいか?」

 

「うん。どーぞ」

 

 それきり会話もなくなって俺はふと周りのE組のみんなを見てみると各々楽しんでいたので何だか安心した。大きな声を出さない辺り周辺住民への配慮もしっかりと出来ている。

 

「ふぅ」

 

「おわっ!…ってなんだ前原か。ビックリさせるな」

 

「いやずっと近くにいたよ」

 

「そうなの?打ち上げ花火のときにはいなかったような…」

 

「ああ、あのときはみんなと少し離れた場所で見てたから」

 

「なるほどね。それで溜め息なんてどうした?岡野と回ったの楽しくなかったのか?」

 

「いや楽しかったよ。でもそうじゃなくて――」

 

 前原はバツの悪そうな顔をしてその先の言葉を言わなかった。

 

「言いにくいなら言わなくて大丈夫だぞ。どうせ女絡みで岡野に怒られたとかだろ」

 

「当たらずといえども遠からずって感じ。まあその内話すよ」

 

「おう」

 

「なんか男の子っていいね」

 

「そうか?神崎?」

 

「うん。全部言わなくても通じあってるっていうか…上手く言えないけど」

 

「いや全然そんなことないぞ。この前目で会話して俺は前原にクレープを買ってきてくれと頼まれたと思ったら自販機で飲み物を買ってきてくれだったし」

 

「ふふっ、なにそれ」

 

「いやいや本当。な?前原?」

 

「そんなこともあったなあ。たしか7月の終わりだったよな」

 

「そうそう」

 

「みなさん!お待ちかね〆の線香花火ですよ!」

 

 気付くと殺せんせーが準備した手持ち花火が無くなっていて定番の線香花火をやるみたいだ。

 1人2本ずつ線香花火を手渡されて火をつけると先程の盛り上がりとは打って変わって、しんと静かになった。磯貝が誰が一番長く火がついてるかなと呟いたのが聞こえ、みんなはより落とさないように大事に線香花火を持ったように見えた。

 俺は移り変わっていく火を見ながら、最後まで落ちなかったら願い事が叶うんだっけと考えていた。

 

「あっ落ちちゃった」

 

 たぶん倉橋の呟きだったと思う。それから立て続けに火は落ちていったようで、ついには俺の線香花火の明かりも無くなっていた。

 

「一番長く火がついていたのは岡野さんですねぇ。では皆さん、最後の1本に点火する前に線香花火について学びましょう。皆さんは線香花火に段階があるのはご存知ですか?――」

 

 そう言って殺せんせーは説明をし始める。曰く、起承転結の物語があるものらしい。燃え方によって名前が変わるみたいだ。

 

 点火をしてすぐの段階の丸い火の玉、それが「蕾」。花を咲かせる蕾のように酸素を取り込みながら大きくなっていく。

 パチパチと小さな音を立てて火花が散り出す、この段階を「牡丹」というらしい。

 牡丹の段階での火花とは打って変わって勢いが強くなる、これが「松葉」。普通の花火と比べて線香花火は小さいのに堂々した様子で飛び散る火花は他の花火にないものだと殺せんせーは言った。

 松葉で激しくなった火花はやがて大人しくなっていく、この状態を「柳」というらしい。

 火花が1本ずつ儚げに落ちていく「散り菊」。やがて火花は分裂しなくなり火の玉は落ちるか燃え尽きていく。

 

「――以上のように5段階で分けられています。次は今教えたことを少し意識して風流を感じてみてください」

 

 俺達は線香花火に火をつけると1本目のときより、じっと火の一点を見ることに集中した。

 誰かが「まだ蕾だ」とか「牡丹に変わった」など段階を口にする。

 俺も心の中で先程の殺せんせーの説明を反芻して火花を見ていた。

 ――気が付くと俺以外のほとんどは火の玉が落ちてしまったらしくこちらを見ていた。

 

「純君と凛香ちゃんの線香花火長いね」

 

 どうやらもう1人いたらしい。

 

「うん。良いのに当たったかも」

 

「俺も…あっ」

 

 俺の火の玉はおそらく柳の段階で落ちてしまったが凛香のは大人しく、それでも絶え間なく燃え続けていた。

 ずっと続くかに思われた線香花火だったが先程の説明にあった通り、火花は1本、また1本と少なくなっていきやがて燃え尽きた。散り菊という名に相応しい情景に俺のみならず、全員が小さく感嘆の声を漏らした。

 

「落ちないで燃え尽きるの初めて見た」

「俺も」

「私も」

 

「線香花火に何か願ったのか?」

 

「…ううん、なんにも。ただ綺麗だなって」

 

「ヌルフフ、これがいわゆる日本の"侘び寂び"ですねぇ。…線香花火も終わって、これで本当に皆さんの中学校生活最後の夏休みが終わりました。先生はとても…いえ、言葉では表現できないくらい良い夏休みでした。皆さんはどうでしたか?」

 

 殺せんせーの言葉に全員が無言で頷いた。まだ十数年しか生きていないが今までにない、最高の夏だったと思う。

 

「皆さんも同じ気持ちで安心しました。あまり遅くなっては明日の学校に響きますので送っていきますよ」

 

 比較的家が近く、家族にしっかりと連絡出来ている人は歩き、若しくは自転車で帰ることになった。それ以外の人は先生がマッハで家に送るらしい。

 

 殺せんせーにさよならを告げて帰路につく。家の方向が同じ人を見ると岡野と矢田の2人だった。

 

「祭り、楽しかったね」

 

「そうだな」

 

「明日から学校か~!」

 

「ちゃんと朝起きるんだぞ」

 

「失礼な!ちゃんと起きるよ!」

 

「ならいいけど」

 

「南雲君こそしっかり起きれるの?」

 

「イージーだな」

 

「イージーなら大丈夫そうだね。…ひなたちゃん大丈夫?公園で花火をしたときからずっと元気ないけど」

 

「…うん、大丈夫」

 

「そういえば前原も大人しかったな」

 

「前原君も?」

 

「うん。なんか考え込んでいる様子だった」

 

 俺の言葉で誰も喋らなくなってしまった。地雷を踏んでしまったか?

 3人の間に流れた沈黙を破ったのは岡野だった。

 

「…前原に告白しちゃった」

 

「「…え?」」

 

 俺が告白されたわけでもないのに心がドキッとした。

 

「打ち上げ花火のときに前原からせっかくだし2人で見るかって言われてさ、それで2人きりで花火を見たんだけど…。――自分の中で好きって気持ちが抑えられなくて…それで好きって伝えちゃった…」

 

 岡野の言葉に適度に相づちを打つ矢田。勝手なイメージで女子はこういうとき盛り上がるイメージだったが、当事者である岡野が神妙な雰囲気なので聞く立場である俺達も真面目に話を聞いている。

 

「前原君はひなたちゃんの言葉に何て返してきたの?」

 

「『少し考えさせてほしい』って、それきり会話もなくなっちゃって」

 

「そっか…。ひなたちゃん、すごいね」

 

「…ああ、勇気出したな」

 

「…うん、ありがとう」

 

「良い返事だといいな」

 

「…そうかな?大丈夫かな?」

 

「無責任なことは言えないけど…、前原のあんな様子初めて見たからさ。だからってわけじゃないけど…」

 

「ありがとね、南雲君」

 

 またも沈黙が流れる。無責任な言葉を言えない俺と矢田はそれ以上何も言えず、対して岡野は何を言えばいいかわからない様子に見えた。

 

「あっ南雲君、私達こっちだから」

 

「送ってかなくて大丈夫か?」

 

「うん、ありがと」

 

「わかった。じゃあまた明日学校で」

 

「また明日ね」

 

 2人と別れたあとの帰り道、俺は"変わる"ということについて考えた。

 今回では人の気持ちだ。変わっていくものだとわかっているが普段はそんなこと考えない。しかし目に見える変化が起きてから初めて人はその変化に気付く。岡野が前原に気持ちを伝えたように。

 2人は恐らく、いや確実に今のような仲の良いクラスメートという関係ではいられない。より仲が深まるか、それとも別れるか。友達のままだとしても今回の出来事が必ず尾を引いてしまう。

 ――恋愛って難しいな。「自分の好きな人が自分のことを好きになってくれる」、言葉にするとそれだけのことなのに。

 

 ふと我に返ると腕や服に夏の濃い空気がまとわりついていることに気が付いた。それに外には微かに火薬の匂いが混じっている。

 どこかで俺達と同じように小さな夏を燃やしている人達がいたんだなと思った。




ついに人間関係が変わり始めます。

そして読者の皆様には申し訳ないのですがしばらく投稿することが出来なくなります。
理由としましては私生活が多忙になるからです。今年からフットサルを始めたんですが思いの外ハマってしまって本職である野球やバスケがおざなりになりかけています。

そして本日5月24日にはDARK SOULS REMASTEREDが発売されます。当然トロコンはするのですがRTA勢として走らなければなりません。
RTAだけならばまだいいのですが、全装備・全アイテムの回収もします。経験者ならばわかると思いますが作者は亡霊の刃マラソンが一番嫌いです。

個人的な理由で投稿が遅れるのは本当に申し訳ないのですが夏休みも終わってキリがいいので良いタイミングなのかなとも思っています。
時間が空きますが楽しみに待っていただけたら幸いです。


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第34話 始業の時間 2学期

約2ヵ月ぶりの投稿です。
後書きで近況報告などさせていただきますので本編をどうぞ。


 ~渚視点~

 

 二学期の始業式。夏休みから心を切り替え、勉強も暗殺も新しいステージへ。

 折り返しの9月。殺せんせーの暗殺期限まであと6ヵ月となった。

 

「久しぶりだな、E組ども」

 

 声のする方を見ると浅野君を除いた五英傑の4人がいた。

 

「おや…このような掃き溜めにも鶴がいる」

 

「「「?」 」」

 

 榊原君の言葉にE組のみんなが何を言ってるかわからない様子だった。もちろん僕にもわからない。

 

「君だよ、君。もったいない…学力があれば僕に釣り合う容姿なのに」

 

 そう言って神崎さんにボディタッチをしようとした榊原君の間に誰かが割って入った。

 

「神崎さんが困ってるだろ?」

 

「おや君は…たしか杉野君だったかな?球技大会では頑張ってたね」

 

「そんなこと今は関係ないだろ?」

 

「まあまあ榊原、こいつらに構ってないで行こうぜ」

 

「そうだね、では神崎さん。また声をかけるよ」

 

 そう言って五英傑は僕達から離れていった。残された僕達はと言うと──

 

「やるじゃん、杉野!」

 

「神崎さんを守るなんてやるじゃん!」

 

「杉野君、ありがとう」

 

 神崎さんを守った杉野を称えていた。みんなに声をかけられ、彼女からお礼を言われた杉野は照れ臭そうに笑っていた。

 ともあれ始業式があるため僕達は体育館に整列をした。

 

 

──

 

 

 夏休み中に活躍をした部活などが表彰され、つつがなく始業式は進む。校長先生の話も終わって式が終わると思っていると司会進行の荒木君が口を開く。

 

「さて、式の終わりにみなさんにお知らせがあります。今日から3年A組にひとり仲間が加わります。昨日まで彼はE組にいました」

 

 荒木君の言葉に僕達E組が動揺を隠せないでいるが、尚も話は続く。

 

「──では彼に喜びの言葉を聞いてみましょう!竹林孝太郎くんです!」

 

「「「!?」」」

 

 なんで竹林君が!?

 

「僕は4ヵ月余りをE組で過ごしましたが、その環境を一言で言うなら地獄でした」

 

 余りの事態に僕は竹林君のスピーチが一切耳に入ってこなかった。彼が話終わるとE組を除く全校生徒が一斉に彼を称えて、それで本当に竹林君がE組ではなくなったんだと思い知らされた。

 

 

 

 

 ~南雲視点~

 

「なんなんだよあいつ!」

 

 始業式が終わり、教室に戻ると同時に前原が黒板に怒りをぶつける。でも俺には竹林のことだけじゃなくて、別のことにも苛立ってるようにも見えた。

 

「ここの事地獄とかほざきやがって!」

 

「落ち着けよ、前原。たしかに言わされたにしてもないけどよ」

 

「でも南雲君。私は竹林君の成績が上がったのは殺せんせーに教えられてこそだと思う。それさえ忘れちゃったんなら、彼を軽蔑するよ」

 

 片岡も同様に静かに怒りというかやりきれない思いを抱いてるようだった。周りもそのような雰囲気で新学期早々にE組という学校の底辺である現実を突きつけられたような気がした。

 もしかして理事長は俺に声をかけたように竹林にも声をかけたのか?

 

「とにかくああまで言われちゃ黙ってらんねー!放課後竹林のところに行くぞ!」

 

 竹林のところに行くにもどうしたもんかなと考えてしまう。事情があるのかもしれないし、何を考えて本校舎に戻ったのかも本人しかわからない。

 それに竹林のことだけじゃなくて前原と岡野の件もある。二人の間だけの問題だけど、前原の苛立ちも含めて気になってしまう。岡野を横目で見ると夏祭りの帰り同様いつもと違って大人しい様子だった。

 

 

──

 

 

「おい竹林!」

 

「…」

 

 放課後になったので前原を先頭として俺達は竹林を訪ねに本校舎まで来ていた。当の竹林はというとこうなることがわかっていたかのような様子だった。

 

「竹林、俺達は別に怒ってるわけじゃないんだ。ただ一言の相談もなしに本校舎に戻ったからその理由が聞きたいだけなんだ」

 

「賞金百億、殺りようによっちゃもっと上乗せされるらしいよ。分け前が要らないなんて無欲だね~」

 

「……せいぜい十億円」

 

 竹林が答えた言葉に俺達は首を傾げる。

 

「僕単独で百億ゲットは絶対に無理だ。上手いこと集団で殺す手伝いが出来たとして…分け前は十億がいいところだね。僕の家は代々病院を経営していて、兄2人は揃って東大医学部。十億って金はうちの家族には働いて稼げる額なんだ」

 

 突然饒舌になった竹林の話をみんなは真剣な顔で耳を傾ける。

 

「E組に在籍していて落ちこぼれである僕は家族として扱われない。トップクラスの点数を取って成績の話を初めて親に報告できたよ。たったそれだけのためにどれだけ血を吐く思いで勉強をしたか…!──僕にとっては、地球の終わりや賞金よりも、家族に認められる方が大事なんだ」

 

 歯を食い縛るようにして自分の思いを吐露する竹林に俺達は何も言えなかった。先程まで怒りを隠せていなかった前原でさえも言葉を返さなかった。

 

「裏切りも恩知らずもわかってる。君達の暗殺が上手くいく事を祈ってるよ」

 

「ちょっと待て竹林!まだ俺達の──」

 

 振り返って帰ろうとする竹林を呼び止めようとしたところ誰かに腕を捕まれて止められた。

 

「…神崎」

 

「やめてあげて南雲君。親の鎖って…すごく痛い場所に巻き付いてきて離れないの。だから…無理に引っ張るのはやめてあげて」

 

「…そっか。ごめん、配慮が足りなかった」

 

 そう言って悲しげな、自分も経験してきたような顔で言った神崎に俺はそれ以上何も言えなかった。俺達が竹林と一緒に暗殺を続けたいっていう気持ちも、俺が個人的に竹林ともっと話したいという気持ちもエゴにすぎないと気付かされた。

 

「…俺達も帰るか」

 

 磯貝の言葉で俺達はその場を後にした。竹林にああ言われてしまっては俺達からはもう何もアクションが起こせない。SOSが出てるわけでもなく、自分の意志で本校舎に戻ったからだ。その事実がもどかしく感じて、中学生の今の自分の無力さを思い知らされた。

 

「南雲、一旦切り替えようぜ。竹林の件は俺達がどうこうできるわけじゃないし…一番熱くなってた俺が言うのもおかしい話だけど」

 

 隣を歩く前原が俺を宥める形で言葉をかけてくる。

 

「まあ、その通りなんだけどさ…。それより前原は大丈夫なのかよ?朝から竹林の事以外にも苛立ってる感じだけど」

 

「あーやっぱりわかっちゃうか。…南雲ってさ、口固いよな?」

 

「俺達は国家機密を抱えてるんだから口が固いに決まってるだろ?」

 

「そう言えばそうだったな。相談みたいな形になるんだけど、…実は岡野に告白されたんだよ」

 

「へー岡野に。いつ?」

 

 事前に聞いていたため反応が希薄になってしまったが、念のため初めて聞いたということにしておく。

 

「昨日。祭りの花火のときに」

 

「あー2人で行動してたもんな。それで相談って?」

 

「今俺は特に狙ってる子とかいない状況なんだよ。でも相手のことが好きでもない状態で付き合うとかそういう返事をするってのはどうなんだろうって思ってるんだ」

 

「茶化すわけではないけど、前原って意外とそういうとき簡単に付き合うって感じがする」

 

「いや、まあそういうイメージを持たれてても仕方ないけど…それでも俺はちゃんと好きな人としか付き合ってきてないよ」

 

「そうなのか、誤解しててすまん」

 

「大丈夫だ。…それより南雲はどう思う?」

 

「うーん…俺は…俺だったらちゃんと好きになってから付き合いたいかな。でも人それぞれだと思うし、色々な形があっていいんじゃねえの」

 

「南雲はそうなのか」

 

「うん。とりあえず返事に関わらずちゃんと答えるべきだな。自分の今思ってることを相手に伝えて、ちゃんと向き合うというか。そうしないと岡野が蛇の生殺し状態になっちまう」

 

「そっか、そうだよな」

 

「矛盾すること言うけど返事を焦る必要はないと思う。ちゃんと考えて、悩んで、前原の答えを出してくれよ」

 

「…ありがとな、南雲。お前も相談事があったら何でも言ってくれよ」

 

「そうさせてもらうよ」

 

 それからは岡野と竹林のことは話題に出さず、普通に話して帰った。互いにその事については口にしなかったけど、前原も察したような感じで今まで通りを装うように話題を探してる様子だった。

 

 

──

 

 

 翌日、学校に登校するとクラスが何となく大人しいような印象を受けた。やはり竹林がA組に行ってしまった影響だろうか。そう考えながら自分の席に着くとちょうど殺せんせーが教室に入ってきた。

 

「みなさんおはようございます」

 

「…なんで真っ黒になってるの殺せんせー?」

 

「アフリカに行って日焼けしてきました。完全に全身黒くなったことで人混みで行動しても目立ちません」

 

「「「恐ろしく目立つわ!」」」

 

 もっとバレない方法あるんじゃないかなぁ。ウォーリーみたいに赤と白の縞々模様の服を着るとか。…いや、これも恐ろしく目立つな。ウォーリー半端ねえ。

 

「でも何のために日焼けしたの?」

 

「もちろん竹林君のアフターケアのためです。自分の意志で出ていった彼を引き止めることはできませんが、新しい環境に彼が馴染めているかどうか見守る義務が先生にはあります。これは先生の仕事ですので君達はいつもと同じように過ごしてください」

 

 殺せんせーはやっぱりどこまで行っても先生だった。A組やE組だとかの境界線など関係なく見守ってくれているんだと思ったら、嬉しく感じてにやけそうになってしまった。

 

「俺等も様子見に行ってやろうぜ?」

 

「なんだかんだ同じ相手を殺しにいってた仲間だしな」

 

「竹ちゃんが洗脳でヤな奴になったらやだな~」

 

「殺意が結ぶ絆ですねぇ。では授業に入りますよ」

 

 どうやら竹林のことは心配なさそうだなと思い授業の準備を始める。鞄から教科書を出して机に入れようとすると机の中に何か入ってることに気づいた。中から出して確認するとメモ帳が四つ折りになっていて開いてみると矢田からのメッセージだった。それには短く──

 

 放課後一緒に帰れないかな?

 

 と書かれていた。次の休み時間にでも返事をしようと考えながら俺は教科書とノートを開いた。

 

 

──

 

 

 放課後となり、みんなが竹林の様子を見に行ったのを見送ってから矢田と一緒に帰っている。

 

「ごめんね、南雲君も竹林のところに行きたかったでしょ?」

 

「いや殺せんせーもいるし、何となくもう大丈夫なような気がしてるから。それで突然一緒に帰ろうってどうした?なんとなく察してはいるけど…」

 

「やっぱりわかっちゃうよね」

 

「たぶん前原と岡野の件でしょ?」

 

「うん。2人のこと何もしないでそっと見守ろうって言おうって思ってて。南雲君なら大丈夫だと思うんだけど…ってどうしてそんなに驚いた顔してるの?」

 

「いや、てっきり2人をくっつけるためにどうにかしようって言われるものかと」

 

「むっ、南雲君は私のこと何だと思ってるの?」

 

「ごめんごめん、でも本当に予想外だったんだよ」

 

「…私だって上手くいってほしいって思うけど、周りが勝手に盛り上がってもそれってどうなんだろうなって思ったからさ。だから2人を見守ろう」

 

「俺は元からそのつもりだったけどな。…でも、わかったよ」

 

「じゃあ指切りっ!ほら指出して!」

 

 急に子供っぽく笑う矢田にギャップを感じて反応が遅れた俺の手を、彼女は軽い物でも持つかのように簡単に持ち上げて勝手に指切りをする。

 

「じゃあ約束したからね?」

 

「一方的な約束感があったけど…まあいいか」

 

「南雲君はないの?恋の相談とか」

 

「俺はないよ。そういう矢田は?」

 

「私は…ないよ。うん、ない」

 

「そっか。お互い寂しいな」

 

「どう?寂しい者同士付き合う?」

 

「寂しさ2倍になるんじゃない?」

 

「あはは、冗談だよ」

 

「矢田のことは好きだけど、俺自身が誰かと付き合うってことを考えたことないからさ。どっちにしろ寂しい思いをさせることになると思う」

 

「そっか。でも南雲君って尽くしてくれそうなタイプだと思うな!」

 

「まあそりゃ好きな人には尽くすでしょ。矢田も一途そうだけど」

 

「女子は男子の前だったらそうじゃなくてもそう言うよ?」

 

「じゃあ違うのか」

 

「一途だから!」

 

「まるで違うみたいな反応が返ってきたけど」

 

「女の子はお砂糖とスパイスと素敵な何かで出来てるの!」

 

「答えになってないけど」

 

 そう返すと2人して大きく笑った。竹林の事があって学校に来てから笑えていなかったので、久しぶりに笑ったような気がした。

 

「矢田はそれの男バージョン知ってる?」

 

「そんなのあるの?」

 

「マザー・グースの中に"What Are Little Boys Made Of?"ってのがあるんだけど、それによると男の子は蛙とカタツムリと子犬の尻尾で出来てるんだとさ。そのあとにみんなが聞いたことある女の子が砂糖とかで出来てるってのに続くんだよ」

 

「マザー・グースってたしか童謡の総称だっけ?それにしても女の子に対して男の子可哀想過ぎない?」

 

「俺は言い得て妙だと思うけどね。小さいときって虫でも何でも好きだったし、目の前にあるもの全部に興味示してた記憶あるから」

 

「へぇ~。虫で騒いだりする南雲君が想像できないや」

 

「カブトムシとか好きだったよ、今はそうでもないけど」

 

「ちゃんと男の子の時代があったんだね」

 

「テレビでやってたりしたら今でも童心に返っちゃうのあるよ」

 

「待って!当てるから!」

 

 そう言うと矢田はむむむと言いながら色々と考える素振りを始めた。

 

「よし、わかった!当たったら何かあるよね?」

 

「えっ景品みたいなの?」

 

「うん!」

 

「当たったときに考えるよ。それでは答えをどうぞ」

 

「恐竜!」

 

「あー惜しい。正解はUMA、UFOでした」

 

「恐竜ってUMAじゃないの?」

 

「UMAは未確認生物のことだから」

 

「むー、釈然としない」

 

「まあまあ、飴でも食べて落ち着いて」

 

「まあいいけど。飴はありがたくもらっておくね」

 

「矢田の好きなものってなに?」

 

「私はパンケーキが好きだよ」

 

「おっ女の子って感じがする。磯貝がバイトしてる店のハニートースト美味いから今度行くか。パンケーキじゃないけど」

 

「あっ凛香が3月頃言ってたお店かな?」

 

「たぶんそうだと思う」

 

「楽しみ~、陽菜ちゃんとかも呼んでいい?」

 

「どうぞどうぞ」

 

「やった!」

 

 話の流れで一緒に出かける用事ができたが、矢田と行動することが多いなと何となく思った。

 

「じゃあ私はこっちだから」

 

「おう、気を付けて帰れよ」

 

「送ってくれてもいいんだよ?」

 

「送ってほしいの?」

 

「うん、ちょっとだけ」

 

「なにそのお願い、ビッチ先生にでも習ったの?」

 

「あはは、そんなところ。本当は送ってもらわなくても大丈夫だよ」

 

「なんだそれ。明日は創立記念日で集会あるから早めに登校だからな」

 

「はーい。それじゃあまた明日ね」

 

「また明日」

 

 

 

 

 そして翌日。俺達は集会のために本校舎に赴き、体育館に整列していた。始業式同様に校長先生の長い話が終わると司会の荒木が口を開く。

 

「それでは次は竹林君のスピーチです。お願いします」

 

 また竹林がスピーチ?そう思っていると原稿を開き竹林は口を開く。

 

「僕の…僕のやりたいことを聞いてください」

 

 やりたいこと?若干の声を震えを残しながら言葉を続けるを

 

「僕のいたE組は弱い人達の集まりです。学力という強さがなかったために差別待遇を受けています。でも僕はそんなE組がメイド喫茶の次ぐらいに居心地が良いです」

 

 …竹林は一体何を言ってるんだ?

 

「僕は嘘をついていました。強くなりたくて、認められたくて。そんな役立たずで裏切り者の僕をE組の皆は何度も様子を見に来てくれました。先生は僕のような要領の悪い生徒でもわかるように工夫して勉強を教えてくれました。家族や皆さんが認めなかった僕の事をE組の皆は同じ目線で接してくれた」

 

 前に立っている莉桜が俺の方を振り向き笑いかけてきたので、俺も笑い返す。対照的に本校舎の生徒は困惑した表情を浮かべている。

 

「世間が認める明確な強者を目指す皆さんを正しいと思うし尊敬します。でも、僕はもうしばらく弱者のままでいい」

 

 壇上の横から浅野が出てきたと同時に竹林は自分の胸元から盾のような物と対先生用ナイフを取り出した。

 

「これは理事長室からくすねてきたもので私立学校のベスト経営者を表彰する盾です」

 

 竹林は振りかぶってまるで何かを断ち切るかのようにナイフを振り下ろした。盾はガラス製だったらしく今までに聞いたことのないくらいに綺麗な音をたてて粉々に割れた。

 

「浅野君が言うには過去これと同じことをした生徒がいたとか。前例から合理的に考えれば僕もE組行きですね」

 

 そう言うと晴れ晴れとした笑顔で竹林は壇上を去っていった。俺達E組は竹林が帰ってくるという事実が嬉しくて、全員笑顔が隠せないでいた。

 

 

──

 

 

 いつもだったら集会が終わるとすぐに旧校舎戻るけど、俺達は本校舎の校門前で竹林が来るのを待っていた。少し待っていると竹林がバッグを背負ってこちらに向かってきた。

 

「おかえり竹ちゃん!」

「いやースカッとした!」

「伊達に眼鏡かけてねえな!」

 

 みんなは笑顔で思い思いの言葉を口にする。すると竹林はフッと笑いながら話始める。

 

「壇上では涼しい顔してたけど、盾を割ったときに指を少し切っちゃってね」

 

 そう言って竹林は絆創膏を貼った指を俺達に見せてきた。それを見てまた笑って、俺はやっとE組の2学期が始まるなと思った。

 旧校舎に戻る道中は竹林が主役で、みんなは彼を囲みながら色々と話をしながら裏山を登っていく。そんな中、全員に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声の大きさで前原が口を開いた。

 

「なあ岡野!」

 

「…どうしたの?」

 

「放課後時間あるか?」

 

「あるけど…」

 

「じゃあちょっと話があるから一緒に帰るぞ」

 

「…わかった」

 

 短いやり取りですぐに会話は終わったが俺の耳には確かに届いていた。竹林が決心したように前原もまた決心したんだなと思った。前原に話しかけるのは野暮だなと思っていると向こうから声をかけてきた。

 

「今日の竹林を見てさ、俺も決めたんだよ。普段大人しいやつが勇気出してるの見たら、黙ってられねえよな」

 

「…それ、俺に言う必要あるか?岡野に言えよ」

 

「岡野にはもちろん言うよ。でも、これを南雲に言うのは逃げ道を無くすためだから」

 

 そう言った前原はいつもよりカッコよく見えた。でもそれを言ったらいつもの前原に戻りそうな気がしたから俺は意地でも言わなかった。少しでもカッコいい状態で放課後を迎えてほしかったから。

 

 

──

 

 

 翌日登校すると前原と岡野の両名とも吹っ切れたような顔をしていたので俺はなんだか安心した。どのような話をしてどのような結論になったかはわからないけど、あの顔を見たら大丈夫な気がした。

 前原に朝の挨拶をすると放課後一緒に帰ろうぜと誘われたので俺は快諾した。柄にもなく放課後が楽しみで、竹林が火薬の取扱いを学ぶことになったが全然授業内容が頭に入ってこなかった。

 そして放課後──

 

「よし南雲、帰るぞ」

 

「うーい」

 

 教室を出て、2人並んで裏山を下る。

 

「それで?昨日の報告だろ?」

 

「おう、岡野と色々と話したよ。それこそ今の俺の気持ちもちゃんと言った」

 

「具体的には?」

 

「岡野のことは好きだけど、友達として以上には見たことなかったって」

 

「それ岡野のこと振ってない?」

 

「いや待て、続きがある。でも今は意識するようになったってところまでがセットだ」

 

「へ~、それで結論を言うと?」

 

「彼氏彼女の関係ではない」

 

「へ?」

 

「だから、まだ付き合ってない」

 

「お前は昨日の竹林を見て何を決心したんだ?」

 

「俺の気持ちを正直に岡野に話すことだよ」

 

「あーなるほど、そういうことか」

 

「まさか南雲は付き合うか否かの2択しかないと思ってたのか?」

 

「…そのまさかだよ。早合点だった」

 

「これだから恋愛初心者は」

 

「悪かったな。とりあえず前原も岡野も納得してるんだろ?ならいいのか」

 

「ああ。好きになる努力って言い方が正しいかはわからないけど、俺も岡野を意識するようになったし何かが変わるのは確かだよ」

 

「ちょっと聞きたいんだけど岡野のこと1日にどれくらい考える?」

 

「そりゃ何回も考えるよ」

 

「ふーん。どんなこと?」

 

「手繋いだらどんな反応するのかなーとか。…ってお前何言わすんだよ」

 

 夏休み前半に前原と出かけたときの会話を思い出して、思わず笑ってしまった。

 

「おい今言ったこと絶対に他の人に言うなよ!何言われるかわかったもんじゃねえ!」

 

「大丈夫だ、誰にも言わないから」

 

 俺は心の中でお前自身にも言わないよと付け加えた。俺が親友だと思っている前原には自分自身でその気持ちに気付いてほしいから。

 




本編とは全く無関係の作者の近況報告ですので、そんなの興味ないよっていう方は飛ばしていただいて構いません。

さて、久しぶりに投稿した訳なんですが投稿間隔はまた少し空いてしまいます。ですが、今回ほど期間は空きません。
理由としましては私生活が現在非常に忙しいからです。
今の仕事が楽しすぎて、残業させてくれとお願いしたら残業できるように手配してくれたということで平日にあまり時間が取れなくなってしまいました。それでも20時には帰宅してるんですがそこから家事などをすると就寝までの時間が2時間しかないので、ゲームなどをやるとなると平日に執筆が出来ないわけです。あと筋トレもやっています。
休日は野球の指導者をやっているので日中帯はほぼ確実に潰れます。夜は友人とスプラトゥーン2やPUBGをやっているのと筋トレで時間が取れないです。

じゃあ今回なんで投稿できたんだっていう話ですが会社の昼休憩でコツコツ書いてました。塵も積もれば山となるってやつです。

結論を書くと残業をやらしてもらえるのが8月いっぱいなのでそれ以降は確実に投稿間隔は縮まると思います。
長くなりましたが楽しみに待っていただけたら幸いです。


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