IS-迷子の首輪付き- (メルチル)
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prologue
道を外れた者の戦い


ACfaの主人公、『首輪付き』が死の間際にIS世界に転生しちゃうお話です。原作崩壊、かーなーりーの設定変更が御座いますので、苦手な方はご注意して下さない。尚、私は小説と言うものを執筆するのは始めてでしてお見苦しい所も多々あると思われます。どうか、生暖かい目で見守ってくれると嬉しいです。


俺は、何処で間違ってしまったのだろうか。

 

そんな自問自答をもう何度繰り返したか分からない。そして答えが帰って来ないその質問を繰り返す事に、俺は疲れを感じていた。もう嫌だ。何も考えたく無い。堕ちるとこまで堕ちた俺は、最早足掻く気力すら存在していない。

 

取り返しのつかない自体を引き起こした俺は、考えるのを辞めた。何もかもがどうでもよくなった。そして、罪を重ねた。目の前の出来事から逃げる為に。嫌な事を思い出させる奴らを、片っ端から潰した。そして平静を取り戻して、また後悔する。それの繰り返しだった。

 

だが、それも今日で終わる。良くも悪くも、今日で全てが終わるんだ。

 

 

目の前には企業連があからさまに用意した決戦の舞台、アルテリア・カーパルスが存在する。周囲は海。そして、完璧に無人となっている施設の中心でネクストを停止させた暫く後、不意に通信が入った。

 

 

「偽りの依頼、失礼しました。貴方には此処で果てて頂きます。理由はお分かりですね」

 

 

かつて俺を兄と呼び、慕ってくれた彼女は抑揚の無い声でそう告げた。

 

黙って、OBを起動する。

 

 

「まあ、そういう事だ。君には期待していたのだがな、首輪付き。……残念だ」

 

 

かつて俺を首輪付きと呼び、成長を見守ってくれていた熟練のリンクスは何処か悔しそうにそう告げた。

 

彼らもOBを起動する。

 

 

「今はタダの狂犬だ。人の言葉すら解さないだろう」

 

 

かつて俺を同志と呼び、人類の未来へと想いを馳せた革命家は憎らしげにそう告げた。

 

レフトアームに装備しているマシンガンーーーモーターコブラを構え、ライトバックユニットーーーTORESORを展開する。

 

 

「お前とこうなるとはな……。残念だが、私の撒いた種だ。刈らせて貰うぞ

 

 

かつて俺を救い、リンクスとしての道を開いてくれた彼女は覚悟を感じさせる声色でそう告げた。

 

接触まで残り僅か。俺はライトアームユニットーーーMOONLIGHT、レフトバックユニットーーーCGR-500、ショルダーユニットーーーASB-0710の接続を再確認。オールクリア。

 

 

「殺しすぎた、お前は」

 

 

かつて共に戦った、愚直なまでに真っ直ぐな彼女は短くそう告げた。

 

 

アルテリア・カーパルスに集った5機のネクスト。最悪の大罪人である俺を討つ為に集められた彼らは自他共に認める最強の一角。

 

しかし、それでも。今の俺は止められないかもしれない。あの一件以降、俺は自分が負ける姿を想像出来ない。ただ、目の前の全てを破壊している姿しか思い浮かべられない。

 

何の為に戦っていたのか、分からない。何の為に戦っているのか、分からない。俺はあの時壊れてしまった。最早戦う意味は無い。それでも、戦い続けている。殺し続けている。その果てに望んでいるのかーーー俺には、分からない。

 

だから、願う。イカれた外道(ストレイド)が彼らに葬られる事を。この無限地獄から救済される事を。

 

 

「行くぞ。ストレイド」

 

 

俺の願いとは裏腹に、『ストレイド』は彼等に牙を剥く。どうか、この悪夢がここで終わりますようにーーー。そう願いながら、最後の戦いが幕を上げた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「バカな!?この俺がッ!!貴様如きに!同胞達の想いを踏み躙った、貴様如きにーーー」

 

 

最初の脱落者はカラード・ランク1のオッツダルヴァの駆るステイシスだった。一時期は最悪の反動組織、ORCA旅団のテルミドールとしても行動していた男は、誰よりも人類の未来を臨み、そして散って行った仲間達の想いを抱えていた。その全てをぶち壊した『ストレイド』への憎しみは生半可なものでは無い。更に言えば、その超絶的な機動は正に自分以外が停滞していると宣うのも理解出来るというモノだ。

 

しかし、それでも。『ストレイド』は、その上を行く。

 

 

TORESORの放つ光の弾丸に呑まれ、爆散したステイシスには目もくれず、次のターゲットへ。狙いはGA最高のリンクス、ローディーの操るフィードバックだ。

 

 

「首輪付き……君は若過ぎた」

 

 

決して高いとは言えないAMS適性で、全てとは言わないが『ストレイド 』の攻撃を回避して行くのは流石と言うべきか。しかし、それもいつまでも続かない。『ストレイド』が仕掛ける。

 

急激なバックブースト。そしてまるで測ったのように、一瞬前まで『ストレイド』がいた其処にレイテルパラッシュの双発のレーザーキャノンが着弾していた。

 

 

「チィっ!?今のを躱すか、狂犬が!」

 

 

横槍を入れてきたレイテルパラッシュを放置し、『ストレイド』は目の前で上がった水柱に向けて、ノーロックでTORESORを放つ。直後、老兵の苦痛に耐える声が聞こえきた。

 

 

「ぐぉっ!?まさか、目測で当てて来るとは……信じられん」

 

 

そう呟いた直後、水柱が割ける。そこから飛び出して来たのは鋭角的なフォルムの、モノトーンカラーが特徴的なネクストーーー『ストレイド』だ。

 

 

「ここまでか。すまないが、後は任せたぞ」

 

 

直後、MOONLIGHTがフィードバックを両断した。爆散した機体を確認する間も無く、ロックオンアラートが鳴り響く。

 

『ストレイド』はそれを確認するよりも先に、前方にQB、更にQT(クイック・ターン)で背後から迫る多数のミサイルをチェインガンで迎撃。更に、レイテルパラッシュがパルスガンにより展開する弾幕を化物じみた機動で回避してゆく。

 

次の標的はレイテルパラッシュ。モーターコブラで着実にPA(プライマル・アーマー)とAPを削りとる。レイテルパラッシュが距離を離そうとしても、圧倒的な機動性にモノを言わせて距離は潰されて、瞬く間に『ストレイド』の独壇場と化す。

 

 

「チィッ!セレン・ヘイズ、リリウム・ウォルコット!援護を頼む!!」

 

 

言葉同時に、レーザーライフルをパージ。格納していたレーザーブレードを手にしたレイテルパラッシュが突撃を仕掛ける。

 

 

「くっ、この猪女め!」

 

「ウィン・D様!リリウムもカバーに入ります」

 

 

悪態をつき、シリエジオからASミサイルが射出される。アンビエントもPMミサイルを発射すると同時にパージ。更にレーダー妨害用のFCMを展開するとOBで距離を詰める。

 

『ストレイド』は飛来するミサイルをギリギリまで引きつけると、バレルロールで誘爆させる。そのまま爆煙から飛び出したストレイドの目の前には、ブレードを展開したレイテルパラッシュが存在していてーーー。

 

 

「貰った!!」

 

 

ブレードが展開、それを縦に振り下ろす。しかし、その刹那の間にQBを発動して僅かに機体を逸らせた『ストレイド』は直撃を免れた。代償は、左腕と左肩の補助ブースター。それを失ったが、代わりに手に入れるのはーーー。

 

右肩のTORESORが火を吹く。軽量化され、威力が抑えられているとは言え、レーザーキャノンの一撃はレイテルパラッシュのAP一気に削り取った。

 

 

「OBでの脱出を……ッ!!」

 

 

それを見越していた『ストレイド』がチェインガンをお見舞いする。ほぼ零距離ならば、いくら命中率の低いチェインガンでも当たるのだ。凄まじい勢いでPAが削られ、OBは起動不可に。APを相当数削られながらも、レイテルパラッシュはQBで逃げ出す。

 

しかし、次の瞬間には目の前に『ストレイド』が。まるでお見通しだと言わんばかりにレイテルパラッシュに追従し、右腕のMOONLIGHTを展開するーーー。

 

 

「やらせませんッ!」

 

 

寸前に、OBで突っ込んできたアンビエントに妨害された。『ストレイド』はターゲットを変更。アサルトライフルとレーザーライフルをWトリガーで乱射するアンビエントを標的に変える。

 

左右のQBで瞬く間にアンビエントの視界から消え、そのままOBで急速下降。すれ違いざまにブーストを解除しQT。無防備なアンビエントの背にTORESORを叩き込む。残弾を撃ち尽くしたTRESORをパージし、再度OB。狙いは、機体が僅かに硬直してしまっているアンビエントだ。

 

正に刹那の間で懐に潜り込んだ『ストレイド』はMOONLIGHTを突き刺さんと突き出す。

 

その刹那。

 

 

「やらせるかッ!!」

 

 

シリエジオのレールガンが側面から襲い掛かってきた。衝撃により僅かに狙いの逸れたMOONLIHGTはアンビエントの右腕を破壊する。直ぐに状況を判断したアンビエントはQBで離脱してゆく。『ストレイド』がそれを追う素振りを見せた刹那、レイテルパラッシュが突っ込んできた。

 

 

「これでええぇ!!」

 

 

薙ぎ払うかのような軌道で振られたブレード。流石の『ストレイド』も躱しきれないと、ウィン・D・ファンションがレイテルパラッシュ内で笑みを深めた刹那。『ストレイド』はブースターを切ったのか、自然落下し始めた。そして寸前の所でブレードの一撃を躱したと思いきや、直ぐにブースターが再起動。QBと共に、MOONLIGHTを起動する。

 

 

「ばっ、化け物め……」

 

 

一瞬の交錯。すれ違い様にレイテルパラッシュをMOONLIHGTで両断。背後で爆散した彼女の最後を気に留める間も無く、『ストレイド』は残された獲物へと牙を剥く。

 

改めて見ると、その外観は既に満身創痍。左腕はもげており、ショルダーユニットの補助ブースターも左肩部分は大破。ライトバックユニットのTORESORは既にパージされており、残る武装はレフトバックユニットのCGR-500と右腕のMOONLIGHTのみ。

 

それと相対するのは、右腕を欠損した以外に特に被害が見受けられないリリウムが駆るアンビエントと、未だ一切の被弾をしていないセレンの駆るシリエジオのみ。

 

 

一瞬の膠着状態。破ったのは、アンビエントだった。

 

 

「どうして、どうして貴方はこんな事をッ!何故リリウムを裏切ったのですか!?」

 

 

常に年不相応に冷静沈着だったリリウムが突っ込んでくる。アンビエントにはAAは積まれていない。にも関わらず、近接特化に構成された俺のネクストに突っ込むとは彼女らしくない下手策だ。

 

 

リリウム・ウォルコット。俺は、何処か儚げな彼女の姿を遠い昔に無くした妹と重ねていた。

 

特別だったのに。大切だったのに。今はもう、どうでもいい。これ以上何も考えたく無いから殺す。ただそれだけの存在。

 

 

「リリウムッ!くっ、バカが!」

 

 

無謀な特攻を見せるアンビエントをカバーするべく、シリエジオがASミサイル、レーザーライフルで『ストレイド』を牽制する。

 

 

「…………」

 

 

『ストレイド』はチェインガンでASミサイルを撃ち落とすと同時にOBを起動。アンビエントの放つレーザー、シリエジオの放つレーザーを恐ろしい程精密な機動で回避しつつ、一気に距離を詰める。

 

ブレードのロック距離に到達。その瞬間無情にもMOONLIGHTがアンビエントに振り下ろされる。

 

 

「……兄様。リリウムは先に待っております」

 

「……くっ!?」

 

 

自分でも何故だか分からない。しかし、反射的に刃を逸らしてしまった。MOONLIGHTはアンビエントの右腕を切り裂き、APを削り切ったのか機能停止へと追い込んだ。……リリウムは、生きている。

 

 

「ほう、驚いた。コックピットを外すとは……まだ、そんな感情が残ったいたのか」

 

「……セレン」

 

 

かつてのパートナーの声が聞こえた。聞き慣れていたはずなのに、何故かとても久しぶりに感じてしまう。そして、そんな感情が自分にまだ残っていた事に気がつき、少し驚いた。

 

 

「……なあ、私達の道は何処で違ってしまったんだ?お前は何故、こんな結末を迎えてしまったんだ?」

 

「……わからない、わからないんだ。俺の大切なモノをこの世界に奪われたことを知った時、その仕返しに、俺も色んなモノを奪った。その時からまるで俺が俺じゃないみたいに狂っていく。考えるのが嫌になる。だから、壊す。それが延々と続く。助けてくれよ、セレン」

 

「……阿呆が。自分の心を壊してしまうなんて、お前は本当に、本当に大馬鹿者だよ」

 

 

シリエジオが構える。『ストレイド』も再び戦闘体勢に入った。

 

戦いの決着は直ぐに着くだろう。そして、これが良くも悪くも『俺』にとって最後の戦いになる。俺のまま死ねるか、それとも『ストレイド』として災厄を振りまき続けるか。全ては、目の前にいる信頼出来る彼女に掛かっている。

 

 

「いくぞ。×××」

 

 

ああ、セレン。お前はまだ、その名で呼んでくれるのか。

 

暗いコクピット内、一人笑みを零した俺はブーストを噴かした。狙うは短期決戦。EN攻撃に高い耐性を持つシリエジオ相手にはMOONLIGITでの一撃必殺は現実的では無い。ならばーーー。

 

刹那の間に思考を纏める。シリエジオは引きながらASミサイルとレーザーライフルで牽制射撃を行うが、『ストレイド』の前では対した障害では無い。チェインガンでASミサイルを迎撃、レーザーを回避、どうしても間に合わないモノはMOONLIGHTで切り落とす。

 

 

「チィッ!そんな曲芸じみた動き、教えた覚えは無いんだがな」

 

 

スピードは『ストレイド』が上である以上、いつかは追いつかれる。そして迎撃は上手く行かない。ならばーーー。

 

 

シリエジオはOBを起動。さらにASミサイルの代わりにレールガンを構える。

 

 

「此方から行かせて貰うぞッ!」

 

 

OB発動。真っ直ぐに敵へと突っ込むシリエジオにチェインガンをばら撒くがPAの加護で大してダメージは入らない。そしてクロスレンジに入った刹那、二機はほぼ同時に行動する。

 

先に動いたのはシリエジオ。近接距離で取り回しづらいレールガンを見事なサイティングで撃ち込む。至近距離で放たれた超高速の弾丸はストレイドを抉るかと思われたが、次の瞬間にセレンは我が目を疑う事になる。

 

 

「なっ!?」

 

 

既に使用不可能だと思われていた右肩の補助ブーストが起動したのだ。凄まじいQBでレールガンを回避したストレイドは更に続くレーザーライフルの一撃もQBを重ねて回避し、ブレードレンジに入った刹那、MOONLIGHTを振るう。

 

直撃はマズイと咄嗟にQBで回避行動をとったセレンの身体に、凄まじいGが襲いかかる。しかし、それでも完全に回避し切れなかった。

 

 

MOONLIGHTが、シリエジオの左腕を断ち切る。一気に三分の一近くのAPを削られ、更にPAも根こそぎ削られてしまう。

 

凄まじいGの負荷と攻撃の衝撃に機体バランスが崩れ、更にKP出力の低下によりOBが中断される。決定的な隙を生んだシリエジオに、『ストレイド』は緑色の光ーーーAA(アサルト・アーマー)をちらつかせながら接近する。

 

 

「当然か……私が見込んだのだからな。お前にやられるのも、悪くは無い…」

 

 

回避不可能と判断したセレンが何処か誇らしげにそう呟いた刹那。黒い影が、目の前を駆け抜けた。

 

 

「アンビエントッ!?」

 

 

そこには既に機能を停止したはずのネクストがいた。限界を超えた再起動。AMSがパイロットに与える負荷は想像すら出来ないが、致命的なのは明白だ。

 

それをやり遂げた小さな少女は、AA起動直前の『ストレイド』にOBでタックルをお見舞いし、そのまま力尽きるように機能を停止した。しかしAAは既に止まらない。

 

 

「兄様……生まれ変われたら、今度こそ私達はーーー」

 

 

コジマ粒子の光が、炸裂する。小さな願いを胸に秘めた少女が、緑色の光の中に消えて行った瞬間。俺の中に残っていた最後の何が、音を立てて崩れた気がした。

 

 

ーーーーーーーーー

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

『AP0%。これ以上の戦闘は不可能です。機能を停止します』

 

 

真っ暗いコックピットに無機質な機械音が流れた。ノイズの酷いモニターに映るのは、半壊のシリエジオの姿だった。しかし、まだ動いてる。シリエジオは、残った最後のレーザーライフルを此方に向けていた。

 

これで、終わるのか。

 

 

「……ありがとう、セレン」

 

「バカが、殺されて礼をいう奴がいるか。……お前には山程説教がある。先にいって、待ってろよ」

 

 

ああ、勿論だとも。じゃあまた後でな、セレン。

 

 

薄暗いコックピットで小さく笑みを零した大罪人は、光と共に消え去った。




戦闘描写って難しい(._.)

違和感半端ないと思いますが……楽しんで頂けたら幸いです。


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天災との出会い

第二話目の投稿となります。亀並みの更新速度ですが今後もお付き合い頂けたら幸いでございます。

尚、原作ルート突入はもう少しお待ち下さいませ(._.)


「懐かしい夢、見たな……」

 

 

飾り気の無い質素な部屋の中、一人の少年が目を覚ました。男にしては少し長い黒髪を後ろで束ねた彼は、大きく伸びをする。

 

眠気の今一つ取れない少年の顔は幼さもあってか、中性的である。その中でも一際目を引く琥珀色の瞳には僅かながらの涙が残っていた。

 

 

少年が見ていた夢は、前世での自身の最後。本来ならばあり得ない事ではあるが、彼にはその記憶が残っていた。穢れ切った大地で終わりの無い闘争に明け暮れた記憶が。澄み切った空に住まう人々を虐殺した記憶が。そしてーーー大切な人々を自らの手で葬り去り、そして自身も葬られた記憶が。

 

朝から暗い方向にシフトする思考を切り替えるべく、少年は顔に冷水を叩きつけるのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

ツヴァイ。それが今の彼に与えられている名前。同時に、与えられた番号でもある。

 

少年は遺伝子を意図的に弄り、開発された人間としてこの世界に生を受けた。所謂、デザインベイビーという代物。

 

しかし彼は悲観などしていない。むしろ、それは喜ばしい事ですらあった。元より、前の彼も改造人間のようなものであったし、そこから一般の人間の感覚に戻されては色々と不便が生じていただろう。だから、不満など無い。

 

例え、『企業』と呼ばれる巨大な権力に首輪を付けられた存在だとしても、不満など無かったのだ。

 

 

『企業』に於いて、彼の立ち位置は微妙な位置に存在する。本来ならば、彼の持つ『特異性』の原因究明の為に解剖されてもおかしくはないのだが、それを免れている。それは偏に、彼が『兵器』として至極優秀であるからだ。

 

そんな立場である彼は他のデザインベイビー達とは異なり、重要な作戦に重用される事も少なくは無かった。

 

そして今も正に、そうであった。

 

 

薄暗いブリーフィング・ルーム。そこに立つのはピッチリと身体にフィットしたスーツに身を包む少年と女性達。そして、小綺麗なスーツに身を包んだ老人。

 

重苦しい雰囲気の中、老人は嗄れた声で話し始める。

 

 

「奴の場所を特定した」

 

 

重い響きを持ったその言葉に何人かが息を呑んだが、少年は興味が無いのかつまらなさそうにコキコキと首を回している。老人はそんな彼に汚物をみるかのような視線を送る。

 

 

「ツヴァイ。貴様は態度を改められんのか?『機関』の保護を受けているとは言え、私の権力に掛かればーーー」

 

「御託はいいですから、話を進めましょう。仕事なんでしょう?」

 

 

年相応の笑みを浮かべて、しかし信じられない位冷たい雰囲気を放つ目の前の少年に薄ら寒いモノを感じたのは老人だけでは無かった。老人は切り替えるかのように咳払いを一つ。そして、再度話を切り出す。

 

 

「ターゲットの位置情報は既に諸君の端末に送信済みだ。出撃は一時間後……各員、念入りに準備をしておけ。本作戦は絶対に失敗する事を許されない。手ぶらで帰ってきたのなら、相応の罰を与える。特にツヴァイ。貴様は即刻解剖だ。いいな?」

 

 

神妙な面持ちで頷いた女性達を尻目に、少年は気怠げにブリーフィング・ルームを後にした。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

『間も無く対象の潜む無人島が見えて来る。相手はあの天災と呼ばれる女だ、ぬかるなよ』

 

 

戒めるような老人からの通信が漸く切断され、少年は小さく溜息をついた。そして、今回の作戦に当たる、8機にも及ぶ僚機達に視線を送った。どれもが各国の最精鋭機。少年も『企業』の最精鋭機ーーー『アルファート』を使用している。

 

 

『企業』の連中がどんな理由をこじ付けたのかは分からなかったが、それでもこれだけの戦力を整えたのは異常の一言に尽きた。『企業』が幾ら世界の経済を牛耳る超巨大コングロマリットと言えども、だ。しかも、操縦者も一級品と来ている。アメリカの国家代表を筆頭に各国の腕利きの操縦者が集められているのだから。一体、『企業』の保有する権力はどれ程のモノなのかーーー。

 

 

そんな思考を巡らせる少年の耳に、通信が入った。

 

 

「聞こえているかしら?此方は今回、この隊の指揮官を務める事になったナターシャ・ファイルスよ。よろしくね」

 

 

恐らく、オープン・チャンネルで全員に話しかけているようだった。次々と返事を返して行く中で少年と、少年と同年代に見える、同じく『企業』の最新鋭機、アルフォートに身を包む十代前半と思わしき少女は無反応。

 

それに、今度は違う操縦者が通信を送る。

 

 

「あらあら、『機関』の玩具は感情まで欠損してるのかしら?哀れねぇ」

 

 

高慢な物言いでそう告げたのは日本人と思わしき女性の操縦者だった。ナターシャが咎めようとした刹那、少年が口を開く。

 

 

「どうでもいいですが……貴女、死にますよ?」

 

 

その女性が声を返そうとした刹那。遥か彼方から飛来したナニカーーー恐らく、エネルギー弾と思わしき物体が女性を襲った。

 

それはまだ良い。相手は『天災』、想定の範囲内だ。しかし、信じられないのはーーー。

 

 

「絶対防御が効いてない!?嘘でしょう!!」

 

 

今、彼女達が身に纏う特殊な装備ーーー通称、インフィニット・ストラトス(以下IS)には絶対防御と呼ばれる操縦者の命を守る防衛機能が積まれている。なので理論上、エネルギーがある限りは致命傷は喰らわない。そのはずなのだ。

 

しかし、目の前で上半身を爆散させた僚機を見る限り、その考えを改める必要がありそうである。

 

 

「くっ!?各機散開して目標地点へ向かいなさい!尚、敵の攻撃は此方の絶対防御を貫通する。絶対に避けて!!」

 

 

ナターシャの指示通り、散開。そのまま各自別ルートで無人島を目指す事になるのだが、少年は迷わず真っ正面から突っ込む。そして、その隣には彼と同じ年頃の少女が並走している。

 

そんな彼等の呑気な会話を耳にした操縦者は更に驚く羽目になる。

 

 

「ねぇ、ツヴァイ。どうせなら競争しない?どっちが早く辿り着くか」

 

「別にいいですよ。フィアにはまだ負ける気はしませんしね」

 

「……見てなさいよ」

 

「はいはい。精々撃墜されないようにしてください」

 

 

軽口をたたいた直後、急速加速する二人。無邪気に笑いながら降り注ぐ死の雨を掻い潜る二人を見た彼女達は、言い知れぬ恐怖を感じていた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「あーあ、また私の負けか。やっぱツヴァイは凄い」

 

「フィアは機動に無駄が多すぎるんですよ。まあ、ドライとならいい勝負が出来るんじゃないですか?」

 

 

敵地の真っ只中で無駄口を叩く二人を見て、一時的ではあるが隊長を任せられているナターシャは深い溜息をつく。注意しようにも、これでいて誰よりも先に敵の攻撃に気付くのがこの二人であるから始末が悪い。

 

 

ーーー無事に無人島に到達出来たISは6機。あれから更に一機のISが撃破されていた。残った彼女達は無人島を探索している最中だ。

 

 

「そもそも、ツヴァイの機動はおかしいのよ。何なの、アレ?どうやったら出来るのよ」

 

「努力と根性です。因みに真似しちゃダメですよ?」

 

 

デザインベイビーである少年の身体の作りも頑丈になっているが故に、デタラメな機動によって生じる皮膜装甲(スキン・バリアー)すら意味をなさない程のG負荷に耐えられる。だが、一般人が彼の起動を真似しようとした身体の骨がバラバラになるのは間違い無しだろう。まあ、フィアもデザインベイビーではあるのだが、如何せんツヴァイとは規格が違うのだ。フィアはそういう調整を受けてはいない。

 

 

「でも、私だって貴方と同じデザインベイビーよ?耐えられると思うけど……」

 

「俺はその後、更にG耐性を上げる施術受けてますからね。多分、今のフィアじゃ無理ですよ」

 

「じゃあ、私もその施術を受ければーーー」

 

「オススメはしませんよ。凄い痛いですから」

 

 

何処か日常から逸脱した二人の会話に、ナターシャを筆頭とする操縦者達は酷い違和感を覚える。年端もいかない彼等が平然としているその会話を聞くだけで、彼等の存在意義が一般人とかけ離れている事を思い知らされる。

 

そして何より異質なのが、二人がそれを受け止めている事であった。

 

 

ーーー探索を回避してから、早い事で30分が経過した。襲撃は未だ無い。しかし、そんな折り。少年ーーーツヴァイが徐に顔を上げた。

 

 

「どうしたの、ツヴァイ君」

 

「急速接近するISあり。未登録のコア……恐らく、新型かと」

 

「遂に来たわけね……。各員、戦闘配置について。プランはB。鹵獲が不可能だと判断出来たらAかCに移行するわよ」

 

 

張り詰めた空気の中、ナターシャの指示に全員が頷いた。

 

彼女達は使用機体、更に操縦技術に於いても世界トップクラスと言っても過言ではない。しかし、相手は『天災』の名を冠する科学者でありISの生みの親。時折各国に流布される情報は、各国並びに『企業』の最新鋭機ーーー第二世代型のISの更にワンステージ先、第三世代へと目線を向けている。

 

 

そんな人物が差し向けたIS。期待と不安が入り混じった彼女達の前に在られたのは、見慣れたーーーと言うよりも、ISに関わるならば誰もが知る機体であった。

 

 

白い装甲。背部の翼を連想させる非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)。そして手にする装備は大剣。

 

始まりにして最強のIS。『白騎士』が、そこにいた。

 

 

「飛んで火に入る夏の虫、ってヤツね。そんな骨董品で、私達をどうにかするつもりかしら?」

 

 

最初に口を開いたのは日本の新型標準機、打鉄(うちがね)に身を包む女性だった。それに同調するように何人かの操縦者も言葉を続けるが、白騎士は反応を示さない。

 

いや、反応はした。ただし、発したのは言葉では無く荷電粒子砲であったが。

 

 

「各機、行くわよ!」

 

 

それが合図となり、戦闘が開始された。この時彼女の達の心に確かにあった白騎士の打倒という夢は瞬く間に打ち崩される事となる。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「嘘でしょう……?」

 

 

そんな言葉が虚しく響き渡った。辺りにはISを破壊された操縦者達が無造作に転がっている。残っているのは、ナターシャとツヴァイ、フィアの三人のみ。

 

白騎士の戦力を見誤った結果だ。

 

 

「ナターシャ・ファイルス。気絶した役立たず達を回収して撤退して下さい」

 

 

抑揚の無い声でそう告げたのは、ツヴァイだった。反論しようとしたナターシャを遮り、フィアが言葉を続ける。

 

 

「元から貴女達には大して期待してなかったわ。邪魔だから消えて」

 

 

悔しいが、それは事実だった。日が浅いとは言え国家代表を預かるナターシャだが、悔しい事に白騎士には到底敵わない。そして、目の前の少年と少女にも、だ。

 

仮とは言え、隊長である以上部下の死はナターシャの責任となる。既に二人の死亡者を出してしまっている故、各国の軋轢は最早避けて通れぬ道となってしまったが、これ以上の損害は深刻な外交問題に発展し兼ねない。

 

 

本来ならば、ここで引くべきなのだ。しかしそれだと、結局『企業』の連中だけに甘い蜜を啜られる事になる。それだけは阻止しろと口煩く軍上層部に言われているのだがーーー。

 

 

「……わかったわ。後は任せます。私達は離脱するわ」

 

 

唇を噛み締め、ナターシャが選択したのは撤退だった。無事に戻ったとしても、『企業』による篠ノ之博士の独占を許したとなれば軍上層部からの罰則は免れないが、それよりも共に戦った操縦者の命を選択した。本当ならばツヴァイとフィアも連れて帰りたいのは山々だが白騎士の追撃が無いとは言い切れない以上、殿が必要なのも確か。

 

故に、ナターシャは撤退を決断した。

 

 

「懸命な判断です。では、場所を変えますか」

 

 

軽い調子でとったツヴァイの次の行動に、その場にいたフィア以外の全員が目を見開いた。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)。近接機動技術として最もポピュラーなモノであるソレ。ツヴァイが行ったは恐らくソレなのだろう。しかし、少なくとも彼女達の知る瞬時加速の二倍の速度が出ていた。早過ぎて何をしたのかは不明だったが、恐らくは信じられない程高度な移動方法なのは明らかである。

 

 

兎も角、正に瞬間移動と呼んでもいい機動で白騎士に接近したツヴァイは、両腕に展開した実体ブレードで切りかかった。

 

ガキィン!という甲高い音が響き渡る。白騎士が自身とツヴァイとの間に剣を滑り込ませ、難を逃れたのだ。しかし、加速の勢いを止める事は出来ず、押し出されるようにしてかなりの距離を弾き飛ばされてしまう。

 

後方で離脱を始めるナターシャ達の方へ一瞬だけ視線を送った白騎士であったが直ぐに視線を戻す。ツヴァイを敵として認識したのだろう。

 

 

そんな中、目の前の小さな少年は一瞬目を瞑る。そして瞳を開いた次の瞬間には、まるで別人のように雰囲気が変わっていた。

 

それはそう、まるで考える事を放棄した能面のような無表情である。

 

 

そんなツヴァイの隣に、フィアが並ぶ。

 

 

「ツヴァイ。またソレ?私、戦闘中の貴方の雰囲気嫌いなんだけど」

 

「…………」

 

 

フィアは豹変したつヴァイの有様を見て、盛大に溜息をつく。こうなったツヴァイは殆ど口を聞かないのだ。故に、自分の役割は援護に徹することーーー。

 

 

仕掛けたのは、ツヴァイだった。

 

 

近接特化に調整された彼のアルファートは瞬時加速を利用して接近。先程に比べれば速度は遅めだが、それでも生半可な速度では無い。しかしその機動は直線的なモノ。白騎士は的確にコースを見抜き、荷電粒子砲を放つ。

 

 

瞬時加速の欠点は直線的な機動しか出来ない事。故に、白騎士の攻撃は理に適った的確なモノと言えよう。しかし、目の前のアルファートはソレを嘲笑うかのように覆した。

 

一瞬、背部スラスターが完全停止。そして直ぐ様再点火、方向を右斜め45度に修正。そして瞬時加速。正に刹那の間に行われたその化け物じみた機動により、荷電粒子砲は虚しく空を穿つ。

 

そして無防備な白騎士に近接ブレードを叩き込んだ。

 

 

金属が擦れあうような不愉快な音。咄嗟に左腕を盾にした白騎士。力に逆らう事無く吹き飛ばされる事で距離を稼ごうとする白騎士にアルファートが右手に持っていたサブマシンガンが火を吹く。

 

 

「私の事も忘れないで欲しいわね」

 

 

拗ねたような声色のフィア。彼女の砲戦特化に調整されたアルファートは長大なスナイパーライフルを構え、そして爆音のような後ともに弾丸を叩き込む。

 

 

対する白騎士はPICで即座に体勢を整えると、サブマシンガンの弾幕を気にも止めずに大剣を構える。上段の構え。何をするつもりかフィアが頭上に疑問符を浮かべた刹那、白騎士はソレを尋常では無い速度で振り抜いた。

 

 

「は?」

 

 

間抜けな声を出したのはフィアであった。それもそうだろう。目の前の白騎士は、自身の放ったスナイパーライフルによる一撃を文字通り切り落としたのだから。

 

 

「流石、白騎士。あんたも大概化け物ね」

 

 

楽しそうに呟いたフィアは、再びスナイパーライフルを構える。白騎士はそんな彼女に荷電粒子砲を放つと同時に反転。間近まで迫っていたツヴァイのアルファートの実体ブレードの一撃を受け流すと、流れるように袈裟斬りを見舞った。

 

 

咄嗟に左腕に備えられた物理シールドで防いだものの、大きく弾き飛ばされる。PICで姿勢制御したツヴァイの隣に、フィアが並び立った。

 

 

「流石は伝説のIS。機体性能だけじゃなく操縦者も生半可じゃないわね。スナイピングが切り落とされたのは初めてよ」

 

「……パワーもさることながら、剣技のキレも半端じゃないですね」

 

 

幾分か表情の戻ったツヴァイが一発でおシャカになった物理シールドをパージする。

 

そして二人は顔を見合わせると、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「でもまあーーー勝てないって程でもないわ」

 

「では、援護は任せますよ、フィア」

 

「了解よ、ツヴァイ。世界一の狙撃手の援護があるのよ?とっとと決めなさい」

 

 

フェイの言葉に笑みを返すと、目を瞑る。再び人間らしからぬ表情に戻ったツヴァイは、最強に向かって牙を剥くーーー。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「……呆れた。まさか、ここまで苦戦するとはね」

 

 

深い溜息を着いたのは、フィアだった。彼女のアルファートは既にボロボロ。物理シールドは当然破壊され、背部のスラスターも右部は破損。左脚部も装甲は全損。更に、拡張領域(バススロット)の武装も大半は既に使用不可になっている。残っているのは手元のスナイパーライフル一挺のみ。しかも、残弾はラスト1。

 

フィアは最高のタイミングを待ち続けている。

 

 

一方、ツヴァイは白騎士と激しい近距離戦闘を繰り広げている。残弾の切れたサブマシンガンの変わりに実体ブレード二本での打ち合い。白騎士も荷電粒子砲を失い、完全な格闘戦へともつれ込んでいた。

 

そして、現在優勢を保っていたのはツヴァイであった。

 

 

アルファートが接近。同時に左腕のブレードを振るう。白騎士は大剣を丁寧に取り回してそれを受け流し、そのまま斬撃を繰り出す。アルファートは右腕のブレードでその一撃を払う。

 

同時に生まれた両者の隙。すかさずそれぞれの拳と蹴りが繰り出され、互いが吹き飛ばされる。

 

 

直ぐ様PICで体勢を整え、今度は白騎士が仕掛ける。

 

瞬時加速で距離を詰める。瞬く間に距離を詰めた白騎士は袈裟斬りを繰り出すが、アルファートは機体を僅かに後進させて回避、更にブーストを点火。至近距離から、瞬時加速を繰り出し、更にその勢いのまま両腕のブレードで切り払いをお見舞いする。

 

 

ガキィン、という甲高い音。白騎士は正眼に構えた大剣でその一撃を受け止めたのだ。両者は暫くの間鍔迫り合いを続けるが、やがてお互い飛び退いた。

 

 

アルファートと白騎士は睨み合う。お互いにもう余力がないのは分かっている。そして、決着をつけなければならない事も。

 

 

刹那の間。そしてほぼ同時に、両者が動いた。アルファートは右腕のブレードを放棄し、居合の構えをとる。そして最初に見せた、過剰なまでの瞬時加速による高速機動。白騎士はフィアのスナイピングを叩き切った時と同様の、上段の構えだ。

 

両者は、瞬く間に接敵。そして、互いの全力の一撃を放った。

 

 

ーーー決着は白騎士の勝利で終わった。アルファートの一撃は、白騎士の上段斬りと衝突。そして性能、質量の差で叩き折られてしまった。

 

その瞬間、アルファートはその場からの離脱を行うのだが、それよりも早く斬り上げを喰らってしまう。それによりシールドエネルギーは0に。ゆっくりと墜落していく中、表情を取り戻したツヴァイは小さく笑みを浮かべる。

 

 

「やはり、その構えは二段構えでしたか。『読み通り』ですよ」

 

 

刹那。凄まじい衝撃が白騎士の操縦者を襲った。自身のシールドエネルギーが0になり、緩やかな墜落が始まった時。ハイパーセンサーが最後の勝者の声を聞き取る。

 

 

「ぐぅれぇいと!私ってば世界最強?」

 

 

場違いとも言える、楽しそうな少女の声が響き渡るのだった。

 

 

ーーー白騎士。始まりにして最強を謳われるIS。機体性能もさる事ながら、その操縦者も超絶的な腕の持ち主だった。しかし、敗れた。敗れてしまった。操縦者である女性は唇を噛み締め、此方に銃を向ける少年と少女へと視線を向けた。

 

フィアは女性の顔を見ると、少し驚いた表情を浮かべた。

 

 

「へぇー。誰が操縦してるのかと思ったら、天下のブリュンヒルデ様だったとはね。それなら私達があれだけ苦戦したのも納得出来るわ」

 

「確か、本名は織斑千冬さんですよね?篠ノ之博士との関係から、此処にいる理由は充分理解出来ますが……来月には第二回モンド・グロッソ。このような所で油を売っていてもよろしいのですか?」

 

 

鋭利な雰囲気を纏った女性ーーー織斑千冬は忌々しげにツヴァイを睨みつける。

 

 

「元はと言えば、お前ら『企業』の連中がくだらん茶々をいれるからだろうが。あいつの我儘に付き合わされる私の身になってみろ」

 

「……?言っている意味がーーー」

 

「きゃあああぁぁ!?」

 

 

ツヴァイが言葉を続けようとした瞬間、真後ろからフィアの悲鳴が響き渡った。慌てて振り返ると、其処には何やらワイヤーネットで拘束されているフィアと、ネットランチャーらしきものを構えている、奇天烈な見てくれの女性がいてーーー。

 

 

「はーい、捕獲せいこーう!」

 

 

次の瞬間、首の後ろに衝撃が走ったのを感じ、ツヴァイの意識は闇に沈んだ。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

次にツヴァイが目を覚ました時、何故か棺の中にいた。意味の分からない状況に戸惑いつつも身体を起こすと、其処は研究室の様な場所であった。ISと武装類は奪われているようだが、それは当然の処置と言えよう。しかし、理解出来ないのはーーー。

 

 

「この格好は……?」

 

 

まるで、おとぎ話の王子様みたいな服を着ていた。そして気づく。隣に鎮座する、豪奢なデザインの棺に。

 

棺の中にはお姫様のような格好をしたフィアが納められていた。ここでふと、眠り続けるお姫様をキスで起こすという昔の童話を思い出すが直ぐにそれを削除。更に辺りを見回す。

 

 

部屋の至る所に機材が置かれている。ツヴァイとフィアを寝かせるためのスペースを確保する為、無理矢理機材を隅に追いやったのか乱雑な配置になっていた。そして、何よりも異質なのがヤケにメカチックなウサ耳を装着した女性。

 

ツヴァイは呆れた様に溜息を漏らす。

 

 

「貴女が篠ノ之博士ですか、噂に違わぬ人柄のようですね」

 

「そうでーす!私が天才束さんです!初めましてだね、ツヴァイ君!」

 

 

にぱっと人懐っこい笑みを浮かべる束に少なからずの疑問を抱く。世間一般に伝わる彼女のイメージというものは、ディスコミュニケーションを体現しているかのような人間である。それ故に、目の前の束の対応は異質に思えたのだ。

 

 

「話に聞いていたのと随分違いますね。近しいモノ以外とはまともにコミュニケーションを取らないと聞いていたのですが」

 

「うん!確かにそこらの有象無象は相手にしないよ?でも、ツヴァイ君達は違うじゃん。何てたって、私の白騎士とちーちゃんを倒しちゃったもんね!」

 

 

それで、興味を示し得る対象へと格上げされたと。

 

ツヴァイは厄介な人物の目に止まったと、溜息を漏らす。

 

 

「で、俺達をどうするつもりですか?解剖?それとも見せしめに殺して『企業』に送りつけますか?」

 

「そんなことしないよっ!ねぇねぇ、ツヴァイ君。それよりも、そこのフィアちゃんを見て何も思わない?」

 

「フィア、ですか?……童話のお姫様みたいだな、とは思いますが。それが何か?」

 

「眠るお姫様!そして今の君は王子様!となると、する事はただ一つ!それはそうーーー熱いベーゼだ!」

 

 

目をキラキラさせて、指をビシッと突き出す束を見てポカンとするツヴァイ。一瞬、何を言っているのか理解出来なかったのだ。

 

まさか、捕虜の身になって、眠る同志にキスをするよう言われるなど誰に想像出来ようか。いや、出来まい。

 

 

「……子供同士でキスをさせて喜ぶなんて、変態ですか?」

 

「もぉ、硬い事言わずに、ね?いいでしょ?束さんからの一生のお願いだからぁ!!」

 

 

目の前で駄々をこね始めた世界を変えた天災科学者に眩暈を覚え始めた時、救世主が登場した。

 

 

「やめろ、変態」

 

 

ズガン。大凡人を殴った時に響く音では無い、そんな音の後に束が頭を抑えて蹲った。その背後には、呆れたような表情を浮かべるクールビューティーを体現したかのような女性ーーー織斑千冬が立っている。

 

 

「助かりました、ブリュンヒルデ……」

 

「此方こそ、この馬鹿が騒ぎ立てて悪かったな。ほら、束。いい加減本題に入れ。私はそんなに暇じゃないんだ」

 

 

千冬に急かされ、束は再び人懐っこい笑顔を浮かべる。

 

 

「ねぇねぇ。ツヴァイ君達はどの位眠っていたかわかる?」

 

「一日とちょっとですか?」

 

「ううん、一週間だよ!」

 

 

束の言葉にツヴァイは疑念を抱く。一週間も身体を動かさなければ何らかの違和感を抱くし、それに気付かぬ彼では無い。しかしその違和感が無いのだ。

 

そんな疑問を抱くツヴァイだが、束は構わずに話し続ける。

 

 

「そして天才束さんはツヴァイ君とフィアちゃんに専用機を作っちゃいました~!」

 

「……はい?」

 

「因みに二人のISは粉微塵にして『企業』の連中に送り返して、身体に埋め込まれてた有害なナノマシンもぜーんぶ除去しといたからね!今の君達は自由だよ」

 

「自由……俺が?」

 

 

自由。それはツヴァイにとっては苦痛でしかなかった。自分で何かを考えて行動するぐらいなら、『企業』の連中に付けられた首輪で拘束され、駒として扱われる方がどんなに幸せな事か。

 

前世の影響か、そんな歪んだ願望を抱くツヴァイは薄く笑みを浮かべる。そして、彼の顔から感情が消えた。

 

 

「余計なお世話、ありがとうございます。ですが、俺は『企業』に戻ります。フィアの事、頼みますね」

 

「……逃げるのか?」

 

 

意外な事に、ツヴァイに声をかけたのは我関せずを貫いていた千冬だった。そして彼女は、ツヴァイの表情に僅かな憤りが現れたのを見逃さなかった。

 

 

「ええ、逃げますよ。俺は弱い人間何です。誰かに利用される方がよっぽど楽だ」

 

「情けないな。いや、男の癖に女々しい」

 

「確かに女の子みたいな顔してるもんね~。ツヴァイ君は」

 

 

ピクリと僅かに笑みを引き攣らせたツヴァイが反論の為に口を開いた刹那、束が言葉を重ねる。

 

 

「じゃあさ、束さんが首輪を付けてあげるよ!それならいいでしょ?」

 

 

束の言葉が昔、自分に道を示してくれた恩人の言葉と重なった。奇妙な偶然に少し呆然としたツヴァイだが、やがて小さな笑みを浮かべる。

 

 

「何方にしろ、俺に選択権はないのでしょう」

 

「よく分かってるねぇ。じゃあ、これからよろしくね!あっ、その前に名前決めよっか」

 

「名前?ツヴァイという名がありますが……」

 

「それは番号であって、名前では無いでしょ?だから、この天才束さんが名付け親になってあげよう!」

 

「……ブリュンヒルデ。助けて下さい」

 

「すまんな、諦めてくれ」

 

 

最後の頼みの綱にあっさり見捨てられたツヴァイは深い溜息をつく。そんな事を気にも止めない束はあーでもない、こーでもないと色々と案を出している。

 

 

「ーーーエレン!エレン君なんてどうかな?」

 

 

一瞬、ツヴァイの表情が変わったのを千冬は見逃さなかった。そこに宿っていたのは驚きであったが、次の瞬間には酷く儚げでいて、自分を嘲笑しているかのような笑みに変わる。

 

 

「ええ、それでいいですよ。これ以上、貴女にネーミングセンスは期待出来そうも無いですしね」

 

「やったぁ!じゃあ、これからよろしくね、えっくん!」

 

「……あだ名を付けるなら名前の意味がないと思うのですが」

 

「気にするな。こういう奴なんだ……」

 

 

この数分で千冬の今までの苦労を悟ったツヴァイーーー改め、エレンは溜息を漏らしつつも、何処か高揚する気持ちを胸に抱いている。

 

それが新しい飼い主(しののの たばね)への期待なのか、はたまた『企業』から逃げ出せた事への喜びなのか、エレンには分からなかったが、しかし悪い気はしなかった。

 

 

 

 




後書きにオリジナル設定を書こうと思ったのですが、纏めて次々回にオリジナル設定、キャラの紹介ページをいれさせて頂きます。



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LAST DANCE

プロローグ最終章です。
長々と申し訳ございませんでした(._.)


実はISのライトノベルを読む為の時間稼ぎだったり……。
漸く四巻まで読み終わりました。後半分……道程は長い(*_*)


中東のとある紛争地帯。怒号と弾丸が飛び交う殺伐とした其処に不釣り合いな青年がいた。

 

真っ黒い髪を後ろで緩く結んだ彼は、面倒くさそうに溜息を漏らす。

 

 

「まったく。何てたってVTシステムのサンプルの回収なんて……」

 

 

VTシステムと呼ばれる違法システムのデータが入ったディスクの回収が今回の青年ーーーエレンに与えられた仕事であった。彼の飼い主はどうやらこのシステムを酷く毛嫌いしているが故に徹底的に潰したいらしい。

 

エレンがISを使えば早いのだが、この数年で良くも悪くも有名になってしまった彼のISを使用すると面倒な連中に嗅ぎつけられてしまう。協力者の情報操作により、地元のゲリラ組織がターゲットを襲撃している間にサンプルの回収を済まそうとしていたのだが、如何せん敵の戦力を見誤っていた。

 

 

「仕方ない、行きますか」

 

 

エレンは腰のホルダーから二挺の拳銃を抜き放つ。それと同時に銃身下部に仕込まれている刃が飛び出し、鈍い光を放つ。

 

状況を確認し、次の瞬間には飛び出して行った。

 

 

先ずは敵の懐に入り込むべく、エレンは凄まじいスピードで戦場となっている住宅街を駆け抜ける。

 

しかし後少しで敵の陣地に潜り込めるという所で三人の敵兵と遭遇してしまう。直ぐに手にしたアサルトライフルで掃射を開始する彼らに舌打ちを漏らすと、路地の陰に姿を隠した。

 

 

「ーーー!ーーーー!?」

 

「ーーー?ーー!」

 

「ーーー!ーーー!」

 

 

何をを話しているかは分からなかったが、しかし収穫はあった。声を元に大体の場所を脳内で描き、シミュレート。直ぐGOサインが出た。

 

 

物陰から飛び出す。慌てて銃を構える三人。両端の二人に銃を突きつけ、発砲。額に命中。残る一人が銃の引き金を引くよりも早く、その銃口から弾道を読み、身を引いたエレンは弾丸を躱す。そのまま懐に飛び込んで銃身のナイフで敵の喉を切り裂く。

 

鮮血が雨のように降り注ぐ中、エレンは退屈そうにナイフの血を払って手元の端末を覗き込んだ。

 

 

「此方エレン。敵陣地に潜入成功。援護を頼みます」

 

『此方フィオナ。了解よ、カバーするからさっさとお願いね』

 

 

かつて四番(フィア)の名を与えられていた少女と短い会話を終えたエレンは死体を手早く物陰に隠し、束から支給された携帯端末を開く。それには周辺の地形情報と目標物の入ったトラックまでの距離、そしてフィオナの位置情報が表情がされている。

 

 

「ターゲットに動き無し。誘っているのか、それとも動けないのか……まあ、何方にせよ行きますが」

 

 

脳内に位置情報を焼き付けたエレンは移動を開始。天災の放った猟犬は敵の駆逐を開始する。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

男は焦っていた。

 

本来ならば、VTシステムのデータサンプルを『とある国』まで護送するだけの簡単な任務であった。『企業』の情報操作により外部に漏れは無いハズ。至って簡単な任務の筈だったのだ。

 

 

それが、どうだろうか。何故か地元のゲリラ組織の襲撃に合う羽目になっている。敵の奇襲でサンプルを積んだトラックは横転。その他の装甲車輌は健在なのだが、それで逃亡中にサンプルごと爆破されたら全てパーになる。故に、ゲリラ組織の迎撃を優先する事になったのだがーーー。

 

 

「チクショウ、まただ!」

 

「これで9人目だぞ!?さっさとスナイパーの特定を急げ!」

 

 

歩兵同士の質ならば明らかに此方の方が上手。事実、ゲリラ組織の大半は駆逐した。しかしながら移動を再開出来ない理由は単に敵の狙撃手にある。

 

 

優秀過ぎるのだ。此方とて其処らの国の軍隊に劣らぬ兵士の集まりではあるのだが、敵の狙撃手は異常の一言に尽きる。そもそも補足が困難。迂闊にスナイパーを配置しようものなら即座にカウンタースナイプを喰らう。かと言って歩兵を送っても帰ってくるのは死体だけ。

 

 

かくなる上はーーー。

 

 

「此方アルファ1。該当空域への航空支援を要請する。座標は既に転送済み。迅速な支援を要求する」

 

『航空支援が受理されました。三分後に該当空域に空爆を行います』

 

 

かくなる上は力技に出るしかあるまい。後は、勘付かれないように索敵行動を続けていればいいだけの事。

 

男が漸く見えてきた終わりに口元を歪めた直後、部下から新たな報告が入る。

 

 

「隊長。南でバリケードを張っていた奴らと連絡が取れなくなりました。如何致しますか?」

 

「南だと?彼処は粗方片付けたハズだが……まあ、いい。スティーブとウィスを連れて確認に行け」

 

「イエス・サー!」

 

 

この時の男はまだ気付いて居なかった。南から忍び寄る第二の異常戦力にーーー。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

住宅街をかけていたエレンが唐突に足を止めた。暫くその場に立ち尽くした後、直ぐに近場の建物に入り、少し先にある広場の方へ視線を向ける。

 

 

やがて、向かい側から二人の歩兵が歩いて来た。狙撃手も居ると見積もると恐らくは三人が妥当な所か。連絡の取れなくなったさっきの三人の確認に来た事は容易い。そして死体に気付くのも時間の問題だろう。ならば、選択肢は一つだけだ。

 

 

エレンは建物から飛び出すと同時に発砲。瞬く間に二人の歩兵の命を摘み取る。後はスナイパーのみ。エレンはわざわざ広場の真ん中に立つと、目を瞑る。

 

 

右斜め32度から発砲音。距離は約80メートル。

 

常時離れした聴覚と空間認識能力を持つエレンは直ぐ様狙撃手の位置を特定、更に弾道を予測しスナイピングを回避。死角に入って狙撃手の潜む建物へと駆ける。

 

 

木製の扉の前に辿り着いたエレンは其処にマガジンの弾を全て叩き込む。やがて空になったマガジンを排出、新たなマガジンを装填し、ボロボロになった扉を蹴破ると蜂の巣になっている狙撃手の死体があった。

 

 

「さて、流石に勘付かれる頃ですね。一気に行きますか」

 

 

狙撃手の死体からサブマシンガンを奪い取ったエレンは再び駆け出す。目標を駆逐するために。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

薄暗い室内。長い間手入れのされていない埃っぽい室内に一人の少女がいた。腰ほどまではあろう黒髪を弄りながら小さく溜息を漏らすと、その宝玉のように美しい赤色の瞳をスナイパーライフルのスコープへと寄せた。

 

 

「動き無し、か。エレンの存在に気付いたのかしら?いや、それにしてもこっちを放置するとは……」

 

 

少女ーーーフィオナは思案を巡らせる。

 

 

「やーめた、面倒くさい。こういう時は……」

 

 

が、直ぐに白旗を上げる。スコープから目を離すと懐から携帯端末を取り出し、『協力者』へコールをした。

 

 

『どうしました、姉さん?』

 

 

通話先は自分を姉と呼び慕う少女の元。今回の作戦に於いての情報戦も担当しており、フィオナとエレンとは違った方向ーーー主に電子戦に於いて多大な才を発揮させている。しかし、唯一の欠点を上げるとするならばーーー。

 

 

「何か敵の動きがきな臭いのよね。何かそっちで掴めてない?」

 

『えっと……。あ、数分前に『企業』の爆撃機が発進してますね。間も無く其方の空域に空域に入るみたいです。多分、姉さんの目なら目視出来る距離だと思いますが……』

 

「……ええ、見えたわ。クロエ、一ついいかしら?」

 

『何でしょう、姉さん?』

 

「戻ったらお仕置きよ」

 

 

反論を聞かず、通信を切る。少女のーーークロエの欠点は二つ。うっかり屋さんだという点と、フィオナとエレンの事を超人か何かと勘違いしている所だろう。故に、現在のような報告し忘れがある。デザインベイビーである二人は確かに常人より遥かに人間離れしたスペックなのだが、流石に空爆されれば死ぬ。

 

 

(まったく、今回、私達のISは使えないって言ってるのに……)

 

 

内心で愚痴りながら素早くスナイパーライフルを分解。ボストンバッグに詰め込むと足速に離脱を開始する。

 

帰ったらクロエにどんなお仕置きをしてやろうかな、などと考えながらフィオナは合流地点へと向かうのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

物言わぬ肉塊となったモノから、ナイフを抜き取ると、エレンは溜息を漏らした。それはいつものような気怠さを含むモノでは無く、達成感に満ちたモノである。そんな彼の周りには無数の死体が転がっていた。

 

 

残る任務はデータの回収のみ。それらしいトラックの荷台にてそれらしきデータディスクを発見したエレンは手持ちの携帯端末に取り出し、差し込んだ。

 

 

『ナウ・リーディングなんだよ!』

 

 

可愛らしくデフォルメされた束と人参がクルクルと回る画面にそんな文字が表示される。毎度毎度、戦場でこの画面を見る度に毒気を抜かれるのだが、束は断じてこの画面を変えようとしない。まあ、読み込みなど直ぐ終わるのでいいのだが。

 

 

数秒で読み込みを終えた端末を懐に入れ、ディスクを叩き折る。ソレを再びトラックの荷台に戻し、エンジン部分にC4をセット。起爆を五分後に設定したエレンはフィオナとの合流地点へと向かうのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

三年。束に首輪を付けられて、既にそれだけの時が過ぎていた。フィオナもが束に飼われる事を望んだのは意外だったが、今としてはよかったとエレンは思う。もしフィオナが居なかったら

、あの天災の面倒を一人で見なければならない羽目になっていた。そうなっていたら、ストレスで胃に穴が空いていたと断言出来る。

 

そんな事を考えながら、エレンは束の篭る研究室へと足を踏み入れた。

 

 

「おー!お帰り、えっくんとフィオちゃん!どうだったー?」

 

「任務達成です。これにデータが入ってるんで、どうぞ」

 

 

端末を投げ渡すと早速解析を開始する束。空間投影されたディスプレイには瞬く間に情報が表示されていく。この人の前ではこの程度のセキュリティーロックでは鍵を開けっ放しでいるのと同レベルであろう。

 

 

「……あっ」

 

 

珍しく、束の表情が驚きに満ちたモノになった。次いで、憎々しげに空中に投影されたディスプレイを睨みつける。

 

 

「まさか束さんにダミーデータを掴ませる何てね。『企業』にも少しはまともに思考出来る人間がいるんだ」

 

「へぇ、とてもじゃないけどあの老害達が博士を出し抜けるとは思えないけど」

 

「そうだね、これからはちょっと警戒しないとね。さっ、お引っ越しの準備だよ。今ので位置情報がばれちゃったからね、奴らが来るよ」

 

 

端末をあっという間に分解し、ガラクタの山へと変えた束はパンパンと手を叩くと、辺りの機材を次々と量子変換

(インストール)して行く。

 

エレンとフィオナも自室で荷造りをすべく、そこで別れる事になった。

 

 

ーーーエレンの部屋は質素の一言に尽きた。というのも、今回のように拠点を放棄することが多々ある為、家具などを集めても意味がないからだ。

 

その為荷造りなど直ぐに終わる。荷物をスーツケース一つに手早く纏めたエレンは一年程は世話になった部屋を後にした。

 

 

再び束の研究室へと向かう途中、一人の少女と出会った。二年程前、束が唐突に拾って来た少女ーーークロエである。

 

流れるような銀髪と真っ黒闇に金の雫を落としかのような、不思議な色合いの瞳。何処か神秘的な印象を抱かせる少女が幽鬼のようにユラユラと歩いていた。

 

 

「どうしたんですか、クロエ」

 

「あっ、兄さん。さっき姉さんに怒られてしまって……うぅ」

 

「帰投途中、フィオナが随分張り切っていると思っていましたが、この為ですか……。ああ、クロエ。引っ越しの事は聞いてますか?」

 

「はい、今から部屋に行く所です」

 

「そうですか。では、また後で」

 

 

最後にくしゃっとクロエの頭を撫でてやり、エレンは再び歩を進める。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

それから一時間もしないウチに全ての支度を整えた一行は、束が何処からか調達した航空機でとある国へと向けて大海原を渡っていた。

 

そんな中、不意に束のメカうさ耳がピコーンと反応。ぐーすか昼寝していた束がガバッと目を覚ます。

 

 

「皆、束さんレーダーで敵機複数確認したよ!ISが三機……所属は不明。『企業』の奴らだね」

 

「俺が出ます。先に進んで下さい」

 

「了解だよ!えっくんのISなら余裕だろうしね」

 

 

心無しか弾んでいる束の声を気にせずにISを展開。近年では殆ど見かける事の無くなった完全装甲(フルスキン)。刺々しく、そして禍々しい印象を抱かせる鋭角的な外観。白と黒のツートーンで左右非対称なカラーリングが施されたそのISは異形とも言えた。

 

 

「『ストレイド』、出ます」

 

 

開閉されたハッチから飛び出したその機体は、背部に固定設置されている三基の大型スラスター、並びに脚部、腰部の各所に設けられた小型スラスターで姿勢を制御。更に背部には非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のウィングスラスターが二基。過剰とも言えるそのブースター設備による加速力は、恐らく既存のISでも最速と言えよう。

 

 

「作戦を開始します」

 

 

両腕にサブマシンガンを展開したその異形のISは、超速度での移動を開始。空気を切り裂き、眼前の敵へと向かって飛び去った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

『此方フィア、輸送機より敵ISを確認。コアの識別結果はアンノウン。移動速度からして『首輪付き』の片割れーーー『黒白』かと推察されます。尚、『魔弾』はいない模様です』

 

『現場把握、並びに交戦を許可する。速やかに『首輪付き』を撃墜し、篠ノ之束を確保せよ』

 

『任務了解。フィアより各機へ。交戦許可が出た。装備をアンロック、プランBで行きましょう』

 

『此方ドライ、了解だよ~』

 

『此方ツヴァイ、了解だぜぇ!』

 

 

彼女達が駆るのは『企業』の第3世代機、アルマデウスである。

 

アルマデウスは背部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)と兵装の互換により、凡ゆる状況下での戦闘を可能にするというコンセプトの元に開発された第三世代型ISである。

 

 

ツヴァイのアルマデウスが使用するのは近距離特化用パッケージ、『グラディウス』。

 

近距離戦闘を主眼に於いているのが一目で分かる、大型のバスターブレードのみを手にしており、背部には非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)のスラスターが二基展開されている。その側面には楔のような小型兵器が幾つか設置されているが、用途は不明である。更に左腕には大型の物理シールドが備え付けられている。砲身が備え付けられている事から、シールドに何らかの火器が搭載されているのも伺える。

 

 

ドライのアルマデウスが使用するのは高機動強襲用パッケージ『アイテール』。

 

他の二機よりも大型のスラスターを備えており、そのスラスターにはミサイルポッドとレールガンが二つずつ配備されている。手元にはエネルギーライフルと実体シールドという、ベーシックな装備で纏められている。

 

 

フィアのアルマデウスが使用するのは

遠距離砲撃用パッケージ『イグニス』

 

長大なスナイパーライフルを一挺持ち、肩部にはミサイルポッド、そして前面に展開可能な物理シールドが備え付けられている。更に背部のスラスターの変わりに大型レールカノン、グレネードランチャーが搭載されている。

 

 

『企業』の最新鋭機三機の協働。しかも、搭乗するパイロットは『企業』の有する強化人間の中で2、3、4位の称号を与えられている者達だ。

 

そんな普段ならば絶対にあり得ない程豪華な面子の前に、お目当ての機体が現れた。

 

 

既存のISにしてはかなり珍しい完全装甲(フルスキン)の機体は鋭角的なフォルムを描いている。過剰なまでに増設されているスラスターにより、常識離れな機動を行う事から無人機では無いかと言われる程である。

 

 

「ようよう、首輪付きぃ!初めましてだなぁ!だがな、今日で堕ちてもらうぜえええぇ!!」

 

 

口上と共に飛び出したのはツヴァイ。シールドに埋め込まれたビームマシンガンで弾幕を形成しつつ、首輪付きへと突撃して行く。

 

対する首輪付きも、両手のサブマシンガンを乱射しつつ距離を詰めて行く。

 

 

「そらああぁぁぁぁ!!」

 

 

装甲を削る弾丸などお構い無しに、獣のような雄叫びを上げたツヴァイがバスターブレードを横に一閃。上方にブーストを噴かしてその一撃を回避した首輪付きだが、ツヴァイはそのまま一回転、更にバスターブレードを下段から上段へ一気に振り上げる。

 

 

両者の間で火花が散る。ツヴァイのバスターブレードは首輪付きの膝下から爪先の間に現れたエネルギーブレードによって受け止められていた。

 

 

「チィっ!!ウザってぇヤツだな!」

 

 

力任せにバスターブレードを振るい、首輪付きを弾き飛ばす。直ぐ様PICで体勢を整えた首輪付きの前にはスラスターに設置されたレールガンを展開したドライが待ち構えていた。

 

 

「そりゃ~」

 

 

気の抜けそうな声と裏腹に、放たれたレールガンは尋常では無い速度で首輪付きへと向かう。しかし首輪付きは肩部アーマーに備え付けられたサイドブースターで横方向への急速回避。

 

そのままサブマシンガンをドライに向けた刹那、その場でクルリと上方で宙返りをして見せて、背後から迫っていたフィアのスナイピングを回避、更に機体を反転させて瞬時加速を発動。一気にフィアへと迫る。

 

 

「チィッ!?やらせるかよォッ!」

 

 

咄嗟に両者の間に割り込んだのはツヴァイであった。サブマシンガンからばら撒かれる弾丸の雨をシールドで防ぎつつ、バスターブレードを構える。

 

首輪付きは瞬時加速を使用しているが故に急激な方向転換が出来ない。ならばタイミングを合わせてバスターブレードを叩き込むのはツヴァイにとっては朝飯前だ。

 

 

(勝負を焦ったな。コレで、幕引きだ!)

 

 

最高のタイミングで振るわれるバスターブレード。そして、勝利を確信していたツヴァイの表情から、笑みが消えた。

 

 

「は?」

 

 

凄まじい衝撃の後、機体が弾き飛ばされる。反転する視界の中、ツヴァイに理解出来たのは自分の攻撃が外れた事だけである。

 

 

「何てデタラメな……ッ!」

 

 

一部始終を目にしていたフィアはそう毒づく。

 

首輪付きがたった今目の前で行った、瞬時加速中の急激な方向転換、更にツヴァイに反撃まで加えて見せるその技量。噂以上にデタラメだ。

 

 

「しかし、この距離ならばッ!!」

 

 

前面に物理シールドを展開。これによりスナイパーライフルは使えなくなるが、まだレールカノンとグレネードランチャー、更にはミサイルポッドも残っている。

 

一瞬どの装備で迎撃を行うか思考を巡らすフィアだが、答えは直ぐに出た。

 

 

全弾発射(フルバースト)!!」

 

 

目の前のISには常識は当て嵌まらない。ならば全力を持って迎撃に当たるべきだろう。そう結論づけたフィアは全装備による一斉射撃を行った。

 

 

爆音と共にレールカノン、グレネードランチャー、ミサイルポッドが放たれる。流石の首輪付きも回避行動に移ったのだが、如何せん量が量だ。直ぐに爆煙に呑まれて行った。

 

 

「敵IS反応沈黙。やりましたね」

 

「あれ~。なんかあっけなかったね~」

 

 

何処か達成感に満ちた様子のフィアと、相変わらずマイペースなドライとは裏腹にツヴァイはただ一点ーーーたった今、首輪付きが呑み込まれた爆煙を見つめていた。

 

そんな彼女だったからこそ、僅かな変化に気付けた。

 

 

「来るぞッ!!」

 

 

瞬間、爆煙から首輪付きが飛び出してきた。先ほど見せた瞬時加速よりも二倍近くの速度で迫る首輪付きには幾つかの変化が現れていた。

 

先ず、目を引くのが機体を覆う緑色の粒子のようなモノ。用途は不明だが、それはまるでシールドのような印象を抱かせる。武装も先程までのサブマシンガンでは無く、漆黒と呼ぶに相応しい太刀が握られていた。

 

 

そして、正しく刹那の間と呼ぶに相応しい時間で首輪付きはフィアの懐へと侵入した。

 

 

「なっーーー」

 

 

咄嗟に展開した物理シールドが、漆黒の太刀によっていとも容易く両断された。驚きに満ちた表情を浮かべるフィアへ両脚のビームブレードによる乱撃が見舞われ、見る見るウチにシールドエネルギーが削られて行く。

 

近接装備を物理シールドに頼っていたフィアのアルマデウスはなす術無く蹂躙されて行く。

 

 

「テメェ、いい加減にしやがれぇ!」

 

 

そこにツヴァイがカバーに入る。バスターブレードによる上段切り。案の定、漆黒の太刀に防がれるのを見越していたツヴァイは直ぐ様シールドのビームマシンガンをお見舞いする。

 

しかしそれは、首輪付きの纏う緑色の粒子によって打ち消されてしまった。

 

 

「デタラメな兵装使いやがって!」

 

 

視界の隅で、ドライがフィアの機体を回収したのを捉えたツヴァイも一旦後退する。首輪付きは特に追撃をするでも無く、その場に佇んでいた。

 

 

「チッ、余裕ってか。胸糞ワリィ!フィア、シールドエネルギーはどうだ」

 

「半分程持ってかれました。物理シールドは使用不可、更にミサイルポッド、並びにグレネードランチャーも使用不可です」

 

「ありゃ~、あの短時間でそこまでやられちゃうかぁ~」

 

「……申し訳ございません。後方からの支援射撃に徹した方が良いですか?」

 

「いや、そりゃ論外だ。あいつのキチガイ機動見たろ?距離なんかあってないようなもんだ。それなら三機で固まって互いをカバーしあった方がまだマシだ」

 

「了解~。あっ、緑のキラキラ消えたね~」

 

 

ドライの言うとおり、首輪付きの周りを浮遊していた謎の粒子が消滅していた。意図的に消したのか、はたまた稼働限界迎えたのかは定かでは無かったが、彼女達としては後者が望ましかった。

 

 

「出し惜しみをして勝てる相手じゃねえ。一気に行くぞ」

 

 

ツヴァイの号令と共に、戦闘が再開される。

 

 

「行けよ、ルシオラッ!」

 

 

背部スラスターに設置されていた楔形の兵器が分離、そのまま鋭角的な機動を取りながら首輪付きに向かって行く。所謂、ビット兵器というヤツだ。

 

それと同時に、ドライはミサイルポッドを起動。大量のミサイルをばら撒きつつ、自身もレーザーライフルとレールガンで首輪付きを追い立てる。

 

フィアも二人の少し後ろを追従しながらスナイパーライフルとレールカノンでの精密射撃を行ってゆく。

 

 

「ちょこまかちょこまか……鬱陶しいんだよッ!!」

 

 

ツヴァイがバスターブレードで上段斬りを行う。それと同時に上空へと逃げる首輪付きに、ツヴァイの操るビット兵器とミサイルが追従してゆく。

 

 

「当ったれぇ~!」

 

 

レーザーライフルとレールガンを展開、乱射。上下左右、縦横無尽に駆け回り、全ての攻撃を回避する首輪付きだが、流石に反撃までは行えず、後手に回り続ける。そんな中、フィアのスナイパーライフルが火を吹いた。

 

 

回避機動をとっていた首輪付きだったが、右脚部にその一撃を貰ってしまう。僅かに硬直したその瞬間を、ツヴァイとドライは見逃さなかった。

 

 

「貰ったぜええぇ!」

 

「いっけぇ~!」

 

 

ツヴァイはビット兵器による一斉射撃を、ドライはレーザーライフル、レールガン、ミサイルポッドの一斉射撃を行う。しかし、首輪付きはギリギリの所でサイドブーストを使用して急速回避、更に追尾してくるミサイルはバレルロールで誘爆させ、そのまま上空まで高度を上げて上から三機を見下ろす。

 

 

「信じらんねぇ機動性だな。こりゃあ無人機だって噂が流れんのも納得だわ。とてもじゃねぇが人間に耐えきれる機動じゃねぇしな」

 

 

半ば飽きれたように首を振るツヴァイはエネルギー充填の為に一度ビット兵器を回収する。さて、次はどうするかな、と熱を帯びて来た刹那、秘匿通信が入った。

 

 

『……此方ツヴァイ。何か用か?』

 

『口に聞き方に気をつけろ、モルモット。前の『ツヴァイ』のようになりたくなければな』

 

『テメェ、あの人の事を侮辱すんのか?殺すぞ、老害』

 

『人形が喚くな。それよりも任務の更新だ。至急帰還しろ。今回の作戦はそれで終了だ』

 

 

はぁ?と、声を漏らす。久々にーーーそれこそ、『あの人 』との戦闘以来のまともな戦闘だ。いつものような雑魚では無い、正真正銘な強者との戦いが此処にはある。それなのに、なぜ引かねばならないのか。

 

 

『これは『機関』からの命令でもある。従えないならば相応の処分が下されるぞ。幾ら貴様でも、それは嫌だろう?』

 

『……チッ、分かったよ。退けばいいんだろ、退けばよ』

 

 

苛立ちを隠そうともせずに通信を打ち切ったツヴァイはドライとフィアに目配せをする。既に連絡が来たのか、二人はコクリと頷くと離脱を開始した。

 

 

「首輪付き。今日の所は引いてやる。だがな、次に会う時は必ず堕とす。必ずだ!」

 

 

威勢良く啖呵をきったツヴァイも去って行く。一人残された首輪付きは、そのフェイスマスクの下でかつての面影を残す少女達に向けてアンニュイな笑顔を浮かべた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

帰投したエレンを迎えたのは満面の笑みを浮かべる束であった。心無しか、いつもより二割増のいい笑顔を浮かべている。クロエなんかは目をキラキラ輝かせながらエレンに視線を送っている。

 

どうにも状況を掴めない中、唯一いつもと変わらないフィオナへと視線を向ける。

 

 

「はぁ。あのね、博士がさっきのあんた達の戦闘を録画して、一般の動画サイトに投稿したのよ。凄いわよ、色々と。見てみる?」

 

「……遠慮しておきます」

 

 

深いため息と共にこめかみを抑えるエレン。そんな彼とは正反対に至極楽しそうなのは束とクロエである。

 

 

「見て見てえっくん!このアクセス数!やっぱ『企業』の印象はよくないみたいだね~。その最新鋭機をボコボコにするえっくんってば、ヒーローみたいになってるよ!」

 

「流石兄さんです!姉さんもいれば、もっと圧倒的な戦力差を示たのですが……」

 

「嫌よ、こんな客寄せパンダみたいな事。エレンだけにしてよね」

 

「ちょっと待って下さい。俺だって嫌ですよ。というか俺のIS余計に使い辛くなったじゃないですか!」

 

「まあまあ、気にしない気にしない!あっ、それよりも見えて来たよぉ」

 

 

あからさまに話を逸らす束であったが、最早慣れてしまったエレンは深いため息を一つ。束の指先にある島国ーーー日本へと視線を向ける。

 

 

「へぇ、彼処が日本ね。博士の生まれ故郷よね、確か」

 

「一応ね~。まあ、無能ばっかで飛び出しちゃったんだけどね!」

 

「博士の才能を見抜けない無能共に使われる必要なんて無いんです。寧ろ滅べばいいんです」

 

 

言葉を交わす三人を尻目に、何処か遠いところを見ているようなエレンは徐に呟く。

 

 

「ブリュンヒルデも此処にいるんですね」

 

 

エレンの発言に目を丸くし、そして過剰なまでに反応を示したのは束であった。

 

 

「まさかえっくんってちーちゃん狙いなの!?束さん大ピーンチ!!でもでも、そんな二人のなり染めも気になっちゃう~!どーする私ッ!?」

 

「とりあえず黙ったらいいと思いますよ」

 

「兄さんは白騎士の事が好きなんですか!?そんな、クロエは認めませんよ!」

 

 

暴走し始めた束とクロエの対応をフィオナに丸投げしたエレンは、ブリュンヒルデーーー織斑千冬に想いを馳せる。

 

ゆっくりと閉じた瞼の裏。其処でかつて自分に道を示し、そして終わらせてくれた恩人と彼女の姿が重なったーーー。

 




キャラ紹介、オリ設定を載せた後に原作ルートに突入します。


設定的に甘い所もあると思われますが、ご了承頂けたら幸いでございます。


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オリジナル設定

こーゆーのマジいらんから、という方は飛ばして頂いても問題ありません(._.)


主人公関係の事は後々、物語の中でという事になります此処では『企業』の設定について書かせて頂きます。


・企業

世界規模の超巨大コングロマリットの俗称。特に軍事産業の方面へ力を入れており、世界の経済を牛耳っていると言っても過言では無い。それ故に各国政府からの干渉を一切受けず、何処の国家にも帰属していない為に最早一つの国家のような存在とも言える。

 

公式、非公式を含めて21ものISコアの所有権を手にしているが、更なる発展と力を求めて篠ノ之束の存在を求めている。

 

 

・機関

企業の傘下にあたるバイオテクノロジーに重点を於いている研究機関。企業の水面下で動いている為、企業に所属する人間でもその存在を知る物は限りなく少ない。デザインベイビーの開発を主にしていたが、ある時期に非検体の一部が逃げ出した事により各国から糾弾を受け、現在はデザインベイビーの製造を中止している。

 

尚、機関出身のデザインベイビーで特に優秀な物達には番号が与えられ、それがそのまま序列にもなっている。

 

 

・アルファート

企業が開発した第二世代型IS。無骨な外観と地味なダークブルーのカラーリングからは想像出来ない程の汎用性を持つ。第二世代の目標として掲げられる、後付武装(イコライザ)による多様な戦闘局面への対応を実現すべく、距離を選ばない万能仕様になっている。特に優れている点はチューニングのし易さであり、武装と内部エネルギーの割り振りを変えるだけで近距離特化から遠距離射撃特化など、実に多様な戦局に対応出来る。

 

その扱い易さから人気を呼び、様々な国で使われていてISシェア、全世界第一位でもある。

 

 

・アルマデウス

企業の開発した第三世代の最新鋭試作機。銀色のカラーリングが施されていて、何処となくアルファートの面影を残しているが性能面は格段に上がっている。背部の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)の換装により多様な戦闘を可能とする仕様は、常に実戦を想定している企業の開発態勢をありありと示している。勿論、パッケージ無しでも充分な戦闘力を有している。最終的には、各種パッケージを拡張領域(バススロット)量子変換(インストール)し、戦局に応じて即座に換装する事を目標としているが現時点の企業の技術力では実現出来ていない。

 

第三世代兵器として『とある機能』が搭載されているモノの、異常とも言える負荷が操縦者に掛かる為に使用される事は殆ど無い。

 

 

・パッケージ『グラディウス』

アルマデウスの近接戦特化パッケージ。武装としては大型実体ブレード『アロンダイト』、ビームマシンガン内臓型シールド『モエニア』、スラスター側面に取り付けられている小型ビット兵器『ルシオラ』×4基。近距離兵装とビット兵器という異色の組み合わせにより、操縦者に高い操作技術、並びに空間認識能力が求められる。既存の三つのパッケージでは最も玄人向けと言える。

 

 

・パッケージ『アイテール』

アルマデウスの高速機動戦特化パッケージ。武装は中距離戦を意識したモノが多い。手元には実体シールド『モエニウム』とエネルギーライフル『ラディウス』を備え、更に背部のスラスターには二連装レールガン『アクィラ』と8連ミサイルランチャー『プルマ』を備えている為火力も充分保持している。既存の三つのパッケージでは最もスピードの面で優れるが、装甲が若干薄い。

 

 

・パッケージ『イグニス』

アルマデウスの遠距離砲撃戦特化パッケージ。武装は大型スナイパーライフル『ウィス』、肩部の展開式実体シールド『ポルタ』、同じく肩武の12連装ミサイルランチャー『インベル』、背部にスラスターの代わりに備えられた大型レールカノン『イラ』と大型グレネードランチャー『インサニア』が存在する。既存の三つのパッケージどころか、全ISの中でも最大の火力を保有しているが、変わりに全ISの中でも最低の機動力を誇る。




漸くプロローグが終了になります。長らくお待たせしましたが、次回から原作ルートに入らせて頂きます。

これからも未熟な私の作品に目を通して頂けたら幸いでざいます(._.)


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第一章
IS学園・入学


遂に本編突入です。


原作との差異が目立つと思われますが、一応大筋は合わせて行くつもりです(._.)
……今の所は。


そびえ立つ巨大な校舎ーーーというよりも、最早一つの街のような外観。昨今の世界に於いて、唯一のIS教育の専門学校、IS学園。

 

校門の前に立っている一人の青年は盛大にため息を漏らした。

 

 

「どうしてこうなったんでしょうね……」

 

どうしても何も無い。篠ノ之束(飼い主)からのお願いという名の命令だからである。

 

こうなったのも、何もかもが突如として現れた男性操縦者ーーー織斑一夏のせいである。彼さえいなければ、束から『秘密裏にいっくんの護衛をしてくださぁい!』などという命令は下されなかったハズだ。いや、何方にせよ、彼女の妹である篠ノ之箒の護衛にはつかされていたかもしれない。

 

 

もう一度だけ盛大にため息を漏らしたエレンは、観念してIS学園へと足を踏み入れるのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

IS学園は何処の国にも属さないーーーつまり、不干渉地帯と定められている。しかしながら、結局のところ各国の支援により成り立っているが故に完璧な不干渉地帯という訳にもいかないのだ。その裏では、常に各国の策謀が張り巡らされている。

 

流石に表だって仕掛けてくるという事は無いだろう。そんな事をすれば、他国に侵略の理由を提供するのと同義なのだから。しかし、逆に言えば内通者がいる点には警戒をしなければならない。教師も生徒も、基本的には帰属国家があるのだから、国から脅されてしまえば断れるとは限らない。そんな者たちから織斑一夏と篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒を護る為、束はエレンをIS学園に派遣したのだ。

 

そんな理由を分かっていても、黒いスーツに身を包む妙齢の女性ーーー織斑千冬は、頭を抱えずにはいられなかった。

 

 

「よりによって、お前とはな……エレン。男のお前よりフィオナの方が注目を浴びないだろうが……」

 

「そんな顔しないで下さいよ、ブリュンヒルデ。俺だって好きで来たわけじゃないですし、そう思います。ただ、俺の存在によって織斑一夏のブランドが下がって、少しでも注意を逸らさせるでしょう?」

 

「それはそうだが……。お前はそれでいいのか?」

 

「構いませんよ。そういう命令ですしね」

 

「……変わってないな、お前は」

 

 

一瞬、悲しそうな表情を浮かべた千冬だったが、直ぐにいつも通りの鋭利な刃物のような雰囲気を纏う。

 

 

「ともかく、だ。お前は真っ当な教育機関に通った事はあるのか?」

 

「企業の潜入捜査で二週間ほど。まあ、六年も昔の話ですが」

 

 

はぁ、とため息を漏らしてこめかみを抑える千冬。対するエレンも苦笑い浮かべている。

 

 

「ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。ブリュンヒルデ」

 

「……学校では織斑先生と呼べ」

 

「善処します」

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「はぁ……」

 

織斑一夏は大きなため息を漏らした。自分に向けられる数多の好奇の視線のせいもあるが、根本的な問題があるのだ。

 

 

(本当に女の子しかいねええぇぇ……)

 

 

内心で頭を抱えてボヤくがそれでも現実は変わらず、相変わらず見渡す限り女生徒しかいない。

 

現在、彼のいる場所はIS学園。IS操縦者を育成する唯一の教育機関であり、ISの性質上、実質的な女子校であったのだが今年からは織斑一夏というイレギュラーの為に共学、という形になっていた。

 

 

「織斑君。織斑一夏君!」

 

「は、はいっ!?」

 

 

完全に上の空であった耳に飛び込んできたその声に、情けない声を上げてしまった。クラスメイトのクスクス笑いに気恥ずかしさから顔を紅潮させつつ、声をかけてきた女性に目を向けた。

 

何よりも先に目がいくのは、自己主張の激しい胸。幼い顔立ちからは想像出来ない程に発育したその豊満なバストの破壊力に若干頬を赤らめた一夏に、再度声がかけられる。

 

 

「あの、自己紹介がね、織斑君の番なんだよね。よっ、よかったら自己紹介してくれないかな?」

 

 

IS学園初の男子生徒である一夏の扱いに戸惑っているのか、はたまた異性への免疫が無いのか。兎に角、一夏の前の女性は不安げな表情を浮かべていた。

 

一夏としては女性が頭を下げた際にぷるんと揺れたある一部に意識が言ってしまい、気が気じゃなくなっていたので逃げるように教壇の前に立った。

 

 

「……織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

 

ぺこりと一礼。クラスからの反応は無かったが、変わりに『お前もっと喋れよ』的な雰囲気が充満していくのがよく分かった。

 

取り敢えず何か口にしようとした矢先、パァン!と凄まじい衝撃が一夏の脳天を貫いた。

 

 

「いってえええぇーーー!?」

 

 

余りの威力に頭の一切の感覚が消え去る。本気で頭が無くなったのではないかと錯覚するような一撃。しかし一夏は、その一撃に覚えがあった。

 

恐る恐る振り向いた先には黒いスーツに身を包む、妙齢の女性がいてーーー。

 

 

「ちっ、千冬姉っ!?」

 

「織斑先生と呼べ、馬鹿者が」

 

 

パァン、と最早破裂音と言っても過言では無い音と共に再度鋭い痛みが走る。涙目ながら抗議の視線を向けた一夏だったが、しかし少し開いたドアの先の信じられないモノを見て言葉を失ってしまう。

 

 

「あ、織斑先生。遅刻した生徒は大丈夫でしたか」

 

 

恐らく、一夏が邪魔で扉の先にいる生徒を見ていない副担任の女性ーーー山田真耶は幾分か落ち着いた声色で問う。そして同時に、あからさまに表情を歪めた千冬に疑問を感じた。

 

 

「……まあ、見てもらった方が早いだろう。エレン、入れ」

 

 

扉から現れたその生徒を見た真耶は絶句。一夏は驚きの表情に僅かながらの喜色を見せ、クラスの女子生徒の大半が目を輝かせた。

 

 

「初めまして、エレン・クロニクルと言います。男ですがISを動かせる事がわかったので、此方に入学する事になりました。何分学校自体久しぶりで皆さんにはご迷惑をお掛けする事になると思いますが、どうぞよろしくお願いしますね」

 

 

ニコッと友好的な笑顔をエレンが浮かべた刹那、一年一組に絶叫が響き渡った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

エレンは首を傾げていた。自分の自己紹介は完璧だったハズだ。愛想の良い笑顔も浮かべたし、言葉のチョイスも間違っていないはず。なのに何だ、この騒ぎは。

 

 

割と真剣に頭を悩ませるエレンだったが、クラスの惨状は留まる所を知らない。各自が思い思いの質問を始め、最早収集がつかなくなっている。

 

苦笑いを浮かべたエレンの耳に、鋭い一喝が飛び込んできた。

 

 

「静まれッ!!」

 

 

ピタッと、まるで時が止まったかのように止まる女子生徒達。そんな女子生徒達にため息を漏らしつつ、話を始める。

 

 

「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事は必ず聞け。出来なかったら出来るまで挑戦しろ。私が出来るまで付き合ってやる。いいな?」

 

 

ああ、そんな格好良い事をいったらーーー。と、内心でエレンが呟いたのとほぼ同時に、再び嬌声が上がった。

 

 

「キャーーー!!本物の千冬様よ!今の声、録音しました!目覚ましに使わせて貰いますっ!」

 

「私、お姉様に憧れて九州から来ました!」

 

「世界最強の人が教師なんて!友達に自慢出来ますッ!!」

 

「……相変わらず同性からモテモテですね、ブリュンヒルデ」

 

「言うな……頭が痛くなる」

 

 

再びの大騒ぎの中、エレンは一夏に向き直る。そして状況の把握が出来ていないのか、ポカンとしている一夏に手を差し出した。

 

 

「どうも、織斑一夏君。これからよろしくお願いしますね」

 

「あ、ああ。よろしくな、クロニクル」

 

 

戸惑いがちに手を取った一夏と、余裕のある笑顔を浮かべるエレン。対象的な二人の姿を見て、女子の嬌声が倍加したのは致し方無い事ない事なのかもしれない。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

放課後。休み時間の度に迫り来る女子生徒の応対に一夏とエレンは疲れ果てていた。特に、こんなに大勢の人間に声を掛けられる事自体が始めてのエレンには相当な苦痛であった。

 

 

そんな二人の元に、長い髪をポニーテールで纏めた女子がやって来た。エレンの記憶が正しければ休み時間中に一夏を何処かに連れ出していた生徒だ。顔見知りらしく、親しげに名前で呼び合う仲のようである。

 

少女の名は篠ノ之箒。護衛対象の一人である。

 

 

「よっ、箒。どうしたんだよ?」

 

「どっ、どうせなら一緒に寮まで行こうと思ってな。どうだ?」

 

 

妙に上擦った声。それを聞いて、箒の抱く一夏への思いに気づいたエレンはそこはかとなくその場を後にしようとするのだが、予想外の伏兵が現れる。

 

 

「おう。じゃあエレンも一緒に行こうぜ。どうせ俺達同じ部屋だろうしな!」

 

 

二カッと爽やかな笑顔を浮かべる一夏に呆れたようにため息を漏らしたエレンだが、当の本人は何処吹く風か、さあ行こうぜと号令を出す。

 

あからさまにテンションが下がった様子の箒に少し同情しながら、彼らは寮へと足を向けた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

とてもじゃないが学生の寮とは思えない其処に辿り着いた時、偶然遭遇した山田真耶ーーーエレン達のクラスの副担任に出会い、部屋の割り振りを聞かされた。

 

 

「「えぇ!?」」

 

 

揃って声を上げたのは一夏と箒だった。何とこの二人、同室なのだ。箒としては好都合だし、これを気に二人の距離が縮まるかもしれないのは良い事だ、などと考えれたエレンはニヤニヤしながら二人を見送る。

そして、山田先生から部屋を聞いた刹那。自分でも表情が凍りついたのがよく分かった。

 

 

「クロニクル君は更識簪さんと同室ですね」

 

「は?」

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

エレン・クロニクルは悩んでいた。この扉を開けるべきか否かを。

 

一夏と箒が同じ部屋な事には別段驚かなかった。十中八九、束の厚意と言う名の余計なお世話だろうだから。しかし、自分の部屋までもが見知らぬ女子と同室とは予想外である。というか、任務の実行の為に一人部屋が用意されていると思い込んでいた。

 

 

「……まあ、いいでしょう」

 

まあ、どうにでもなるかと結論づけたエレンはため息を一つ漏らし、意を決して扉を開いた。

 

部屋には既に人がいた。内側に跳ねた癖のある水色の髪に赤い瞳という、何処か浮世離れした容貌の少女である。眼鏡越しに見える瞳は少し垂れ目気味で、隈が残っていた。

 

少女はエレンの入室に別段驚く素振りも見せず、眈々と、事務事項を読み上げるように話し始める。

 

 

「……貴方の事情は学園から聞いてる。私の事は気にせずに活動していい。シャワーは私が先に使いたい。いい?」

 

「勿論、構いませんよ。此方としては異性を受け入れてくれるその寛容な姿勢だけでも有り難いですから。それよりも、貴女は知っているのですか?」

 

 

あからさまに表情を歪めた少女は、忌々し気に吐き捨てる。

 

 

「……私の姉さんが、更識楯無だから」

 

 

それを聞いて、エレンは束から渡されていた情報端末を開いた。其処にはIS学園に於ける彼の協力者のリストが載っており、其処には確かに『更識楯無』の名前がある。

 

 

「成る程。ではこれからよろしくお願いしますね、更識さん」

 

「……簪でいい。名字は嫌いだから」

 

「わかりました、簪さん。では俺の事も、エレンと呼んで下さいね」

 

 

何か事情があるのだろうと察したエレンだが、必要以上に深入りするつもりもない。気付かないふりをして、笑顔を浮かべるのだった。

 

 

ーーーーーーー

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ーーー

 

 

「皆さんは既に知っていると思いますが、篠ノ之束博士の開発したISは既存の兵器を凌駕する性能を持った、マルチフォーム・パワードスーツです。本来は宇宙空間での運用を視野に入れて開発されていましたが、現時点では各国の軍事戦力としての中核を担っていて、ISの性能が国力を表すと言っても過言ではありません。その為、アラスカ条約でISに関する様々な協定が設けられーーー」

 

 

教科書を片手にスラスラと授業を進めて行く真耶。何時ぞやの狼狽えっぷりがまるで嘘であるかのようなその姿に、クラスの者達も熱心に耳を傾ける。

 

そんな中、織斑一夏は焦っていた。

 

 

(やべぇ。何言ってんのかまったくわからんぞ……)

 

 

机の上の分厚い教科書をペラペラとめくって見るも、その内容は殆ど理解出来ない。キョロキョロと辺りを見渡すも、皆熱心に講義を聞いていて、一夏のような人はいそうも無い。

 

 

(いや、待てよ。エレンだって俺と同じ男。ISの事なんて知ってるはずーーー)

 

 

「ーーーでは、クロニクル君。ISの運用には何が必要か分かりますか?」

 

「現時点では帰属国家の認証が必須とされています」

 

 

スラリと答えたエレンにより、一夏の儚い希望が粉々に砕かれた。神は死んだ!などと内心で叫ぶ一夏の異変に気付いたのか、クラスメイト達の視線が集まる。

 

 

「どうしかしましたか、織斑君?もしかしてわからない所とかありますか?でしたら、私に聞いてください。何せ、先生ですから!」

 

 

人並み以上に成長を遂げている真耶の胸が更に強調される。普段の一夏なら鼻の下を伸ばすのは必死であろう光景だが、それどころではないのか冷や汗を流しながら、申し訳なさそうに答えた。

 

 

「ほっ、殆どわかりません……」

 

「えっ……?」

 

 

流石に予想外だったのが、山田先生も絶句してしまった。そんな中、授業風景を見守っていた千冬が立ち上がる。

 

 

「織斑。お前、入学前に貰ったISの入門書は見なかったのか?」

 

「ふっ、古い電話帳と間違えて捨てました」

 

「……直ぐに新しいモノを用意してやる。一週間で全て叩き込め。分かったな?」

 

「いや、千冬姉。幾ら何でもーーー」

 

「わ か っ た な?」

 

「はっ、はいいいぃぃ!!」

 

 

直立不動で敬礼する一夏にため息を送る千冬。クラス中からクスクスと笑い声が聞こえて来て、居心地の悪さが加速度的に増して行く。

 

それとほぼ同時に、終礼のチャイムがなった。

 

 

千冬と真耶が教室を後にすると、女子達は楽しそうに雑談を始める。一夏も唯一の男子生徒、エレンの元へ向かう。

 

 

「おい、エレン。お前、もしかしてIS関係には詳しい系かよ?」

 

「まあ、人並みには知っているつもりですよ。……それにしても一夏は大物ですね。まさか、参考書を捨てるとは……流石はブリュンヒルデの弟と言った所ですね」

 

「……すげー良い笑顔のせいで嫌味に聞こえないけど嫌味だろ、それ」

 

 

下らない事で談笑する二人の元に一人の女子生徒が歩み寄ってきていた。豊かな金色の髪を少し巻いている白人の女子生徒であり、その表情は自信に満ち満ちている。身に纏う雰囲気も、最近の女性には有りがちなーーー所謂、女尊男卑を思わせる高圧的なものであった。

 

 

「ちょっと、よろしくて?」

 

「ええ、勿論ですよ。イギリスの代表候補生、そして入試主席のセシリア・オルコットさん」

 

 

口を開こうとした一夏を目線で制して、代わりに対応したのはエレンである。一夏も直ぐにエレンに任せた方が良い事に気づき、黙りを決め込む事に。

 

 

「あら、今時の男には珍しく礼節のなっている方ですわね。褒めて差し上げますわ」

 

「いえ、滅相もない。それよりも、オルコットさんは何かご用でしょうか?」

 

「ええ。本来なら色々と言いたい事があったのですが、貴方の対応に免じて良しとしましょう。それに、どうしてもいうのなら代表候補生にして入試主席。正にエリート中のエリートであるこのわたくしがISの事を教えて差し上げてもよろしくてよ」

 

「それは光栄な申し出ですね。しかし、その様な俗事でオルコットさんの手を煩わせるのは言語道断。自分達で何とかして見ますよ。……どうにもならなかったら、その時は是非ともお願いしますが」

 

「ふふふ、お上手ですわね。では、気が変わったらわたくしに教えを乞いなさいな。特別にレクチャーしてあげますわ」

 

 

そう言って満足気な様子のセシリア・オルコットは自分の席に戻ってゆく。そんな背中を見送り、一夏は呆れた様に呟く。

 

 

「エレンってスゲぇな。俺、あーいう子苦手だから助かったわ」

 

「そうですか?あの手の輩は適当に持ち上げてやれば直ぐに満足してくれるので楽な方ですよ。単純で助かりました」

 

 

心無しか、笑顔が黒いエレン。偶々周囲で聞き耳を立てていた女子生徒達の背中に薄ら寒いモノが走ったのは言うまでもないだろう。

 

 

暫くして、チャイムがなる。授業の開始を表すソレと同時に千冬が教室へと入り、途端に楽し気だった雰囲気が引き締まった。

 

 

「よし、では授業を始める。……いや、その前にクラス代表を決めなければならないな」

 

 

クラス代表。所謂、学級委員みたいなモノだ。近い行事としてはクラス対抗戦での代表という役割もあり、割と重要な役目でもある。

 

 

「立候補者はいるか?自薦他薦は問わないぞ」

 

「はーい。織斑君がいいと思います!」

 

「私もそれがいいと思いまーす」

 

「えー?私はクロニクル君を推薦します!」

 

「あっ、じゃあ私もクロニクル君を!」

 

「ふむ、織斑とクロニクルだな。他にはいないか?」

 

 

一夏が抗議しようとした瞬間、バン!と机を叩く様な音が響き渡った。

 

 

「待ってください!納得がいきませんわっ!」

 

 

勢いよく立ち上がったのは先程一夏達に絡んでいたセシリア・オルコットであった。どうやら異議申し立てらしく、凄い剣幕でまくし立てる。

 

 

「そのような選出は認められません!本来ならクラス代表とは実力トップの生徒がなるべきです。そしてそれは、わたくしですわ!物珍しいというだけで、どこの馬の骨とも分からない男を代表にするなど言語道断ですわっ!大体、文化的にも後進的な日本で暮らす事自体、わたくしには耐え難い苦痛でーーー」

 

 

いいぞー、もっとやれー!と内心でエールを送るエレンだったが、対する一夏の表情に陰りがあるのに気づいてしまっていた。直ぐ様フォローに回ろうとするも、それよりも一夏が食ってかかる方が早かった。

 

 

「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

 

「なっ!?あっ、あっ、貴方ねぇ!わたくしの祖国をバカにしますの!?」

 

「先に言ってきたのはそっちだろ」

 

「もう我慢なりませんわ!わたくしと決闘なさい!!」

 

 

非常に面倒くさーい予感がエレンの脳裏に過る。いや、予感というより最早確信であった。

 

 

「オルコットの言う事にも一理ある。という事で、来週月曜の放課後にクラス代表を決定する為に実戦形式の模擬戦を行うぞ。三人とも異存はないな?」

 

「勿論ですわ!」

 

「おう、望む所だ」

 

「……はぁ。了解です」

 

「では、授業に入る。教科書六ページを開け」

 

 

パン、と手を叩いて話しを纏めた千冬による授業が始まる。エレンは気怠さを隠そうともせず、盛大なため息を漏らすのであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「はぁ……」

 

 

ベッドで仰向けに寝転がるエレンはため息を吐いた。部屋には簪もおり、その目は手元のパソコンのディスプレイに釘付け。キーボードを打つカタカタという音が部屋に響き渡る。

 

 

「はぁ……」

 

 

数にして、21回目のため息。簪はディスプレイを一旦閉じると、鬱陶しさを隠そうともしない視線をエレンへと向けた。

 

 

「……どうしたの?」

 

「え?いや、大した事では無いんですが……」

 

 

クラス代表の件を話そうか考えた刹那、エレンの脳裏に一つの考えが浮かんだ。

 

 

「……簪さんは日本の代表候補生でしたよね?」

 

「それが……なに?」

 

 

このIS学園に於いて、エレンは誰よりもISでの戦闘経験があると自負している。しかも、相対してきたのは世界最強のブリュンヒルデを筆頭に、各国指折りの猛者と『企業』のデザインベイビー達。正直、代表候補生程度ならば赤子の手を捻るように始末できる。

 

 

しかし、基本的に面倒ごとはノーウェルカムなエレンにとってクラス代表など願い下げしたい仕事だ。勿論、試合は負けるつもり満々だが、セシリア・オルコットの性格からしてわざとらしく負けたら突っかかってくるのは火を見るよりも明らか。

 

ならば、代表候補生のレベルを図る為に簪に話しを持ちかけたのだがーーー。

 

 

「……私、専用機が無いから無理。……織斑、一夏のせいでっ」

 

 

どうやら地雷だったようである。それと同時に、エレンには心当たりもあった。

 

 

(確か、日本の企業が一夏の専用機を急遽作る事になって、大量の人員を割いたとか言ってましたね……。まあ、結局頓挫して、ウチの天災が引き取って楽し気に改造してましたが。兎も角、それが原因みたいですね)

 

 

さて、どうしたものかと思考を巡らすエレンの耳に、簪の言葉が入り込んでくる。

 

 

「……でも、別にいいの。専用機は…一人で作る。……お姉ちゃんだって……っ!」

 

 

あからさまに表情を歪めた簪。その表情から子供っぽい反抗心と、そしてコンプレックスを抱いている事に気付いたエレンは、気づけば小さく笑みを零していた。

 

 

「……なっ、なに?」

 

「いえ。簪さんを見ていたら、少し思い出してしまいましてね」

 

 

それは、もうずっと昔の記憶。エレンがエレンになる前の、そして『ストレイド』になる前のーーー恐らく、最も幸せだった頃の記憶。兄であった自分と意地っ張りだった妹との懐かしく、そして暖かな記憶。

 

 

そんな懐かしい記憶が思い起こされ、エレンの心に一つの願望が生まれた。自己というモノを呪い、誰よりも恐れているエレンが、自分の意思で簪を手伝ってやりたいという、そんな願望がーーー。

 

 

「……うん、そうですね。簪さん、専用機の設計、俺も手伝います」

 

「……いい。一人でやらなきゃ、意味が無いから…」

 

「簪さんは頑固ですねぇ。でも、それじゃあダメです。ほら、今貴女の目の前にいるのはISの産みの親と行動を共にしていた男ですよ。利用し無い手は無いですよ。それに……どうせなら、お姉さんに勝ちたいでしょう?」

 

「姉さんに……勝つ?」

 

 

何時もの作り笑いとは違った、柔らかな笑みを浮かべているエレンの言葉は正しく雷のように凄まじい衝撃を与え、心を打った。

 

 

ーーー初めは唯々憧れた。何をしても完璧な姉は簪の自慢であった。同時に、姉のように成りたいと願い努力を重ねた。しかし努力を重ねれば重ねる程に姉と自分との距離が浮き彫りになり、代わりに酷く醜い感情が自分の中に溜まって行く事に気付いてしまった。

 

いつしか姉は、絶対に越えられない壁として立ちはだかっていた。

 

 

何時だっただろう。その背中を追う事を辞めたのは。姉の顔を見る度に苦痛を感じるようになったのは。姉と同じ名を名乗る事に酷く抵抗を感じるようになったのは。それはずっと前の様な気もするし、ごく最近のような気もする。

 

 

完璧な姉が、大好きだった。そして姉と同じに成れない自分が、大嫌いだった。姉に絶対に勝てないとわかっていながらも姉と同じ道を選び、このIS学園に入学し、更に日本の代表候補生にまでなった。そんな未練がましい自分が、大嫌いだった。

 

 

ゴチャゴチャになって行く思考の中、簪はエレンのその言葉を理解するのに幾ばくかの時を有した。

 

そんな簪の葛藤を知ってか知らずか、エレンは言葉を続ける。

 

 

「もう、お姉さんの背中を追うのは終わりです。簪さんは簪さん。決してお姉さんにはなれません。同時にーーー貴女は、お姉さんを超える事だって出来るんですよ」

 

 

何時の作り笑いとは違う、優し気で、何処か超俗的な笑顔を浮かべているエレンが手を差し出す。

 

簪はその手を取ろうと手を伸ばすがーーーしかし、取ることが出来ない。今までの失敗から来る確信にも似た直感が、それを拒否していた。

 

 

「頑固で臆病なんですね、簪さんも」

 

 

一瞬、此処にはいない誰かを見るように目を細める。そんな神秘的な美しさを感じさせるエレンの表情に、簪は頭の中が真っ白になるのがよく分かった。だからかもしれない。普段の自分なら考えもしない、姉を超えるなどという妄想を実現しようと思えたのは。

 

 

「大丈夫。貴女ならやれますよ、簪」

 

(その笑顔は……ズルい)

 

 

顔を紅潮させた簪はコクンと頷くと、エレンの手をギュッと握り締めた。

 

 

ーーーーーーー

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ーーー

 

 

翌日。昨日から剣道の特訓を始めたという一夏と箒に付き合って、エレンは剣道場へ訪れていた。そしてたった今終わった二人の試合を見て、純粋な感想を零す。

 

 

「弱いですね、一夏」

 

「うっ!」

 

 

率直な、しかし的を得たその言葉に何も言い返せない一夏。箒の実力は一般人からしたらかなりのレベルであろうが、エレンからして見ればまだまだ不満が残るレベルであった。

 

束からの依頼を完遂するに当たり、この二人の強化は必須となるだろう。幾らエレンと言えども、四六時中彼らの身を守れる訳では無い。必要最低限の自衛能力ぐらいは持って貰わなければ話にならない。

 

 

「にしても、本当にコレがIS操縦に役立つのか?」

 

「昨日も言っただろう?お前は、IS以前の問題だと!どうしてそこまで腕が鈍っているのだ」

 

「そんな事言ったってなぁ。中学三年間は帰宅部だった訳だし……。なあ、エレンはどう思う?」

 

「箒さんの着眼点は素晴らしいですよ。結局、ISを動かすのは人間ですからね、操縦者の技量を上げるという考えは的を得ています。しかし、剣道というチョイスがいただけない」

 

「……なに?」

 

 

僅かに眉を釣り上げた箒を宥める様にエレンは言葉を続ける。

 

 

「結局、剣道はルールに縛られたスポーツですからね。しかし、ISの戦闘に求められるのはより実戦的な戦闘技術ーーー敵を打ち倒す為の技術です。ソレを培うには、やはり実戦が一番何ですよ。……という事で、二人とも防具を外して下さい」

 

 

エレンの言わんとしている事が理解出来てない二人を首を傾げながらも、防具を外した。そんな二人に竹刀を投げ渡し、自身は上着を脱いでネクタイを緩める。

 

 

「さっ、全力で打ち込んで来て下さい」

 

「いや、エレン。防具無しじゃ、流石に危ねぇよ」

 

「一夏の言う通りだ。それに二対一では勝負にならん」

 

「大丈夫ですよ、二対一だろうが一対一だろうが勝負になりませんから」

 

 

何時もの様に笑顔を浮かべて挑発してくるエレンに、箒は青筋を浮かべる。

 

 

「そうかそうか。では……行くぞッ!!」

 

 

一夏の制止を振り切り、箒が踏み出す。一瞬で距離を詰めた箒は竹刀を上段から振り下ろしたーーー。

 

 

「はい、一回死亡です」

 

 

チョン、と背中を竹刀で突かれた。目の前にいた筈のエレンは何時の周りか背後に回り込んでいて、同時に竹刀を突き付けて来ている。

 

 

「……さ、わかったでしょう?では次は二人で掛かって来て下さい。全力でね。あっ、此方からは手を出さないのでご安心を」

 

 

カチンと来た一夏と箒だったが、甘んじてソレを受け入れる。目の前の男と自分達の間にある力の差を理解してしまったから。例え、これだけのハンデがあってもこの剣が届くかどうか怪しい事に気づいてしまっているから。

 

二人の表情に闘志が宿った事に気づいたエレンの口元には、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かんでいた。

 

 

ーーーーーーー

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ーーー

 

 

一夏達との実戦形式の組み手を終えたエレンは、更衣室に備えられていたシャワーで汗を流した後、自室へと向かっていた。

 

結局、組み手を二時間ぶっ続けでやっていたのだが二人はエレンに有効打を与える事が出来なかった。負けず嫌いの二人の提案により、この組み手は定期的に行われる事になった。それを見越してあの勝負を吹っかけたエレンからしてからみれば、作戦成功と言えよう。

 

 

そんなこんなで少し上機嫌なエレンが自室のドアを開けると、Tシャツに短パンという非常にラフな格好の簪がパソコンのディスプレイ相手に睨めっこをしていた。昨日の一件以来、少しばかり距離の縮まった二人は簡単に挨拶を交わす。

 

 

「遅くなってすいません。簪さんはご飯はまだですか?」

 

「……うん」

 

「では、一緒にどうですか?」

 

 

コクンと頷いた簪に少しだけ待つようにお願いしたエレンは手早く制服からスウェットに着替える。

 

 

「さ、行きましょうか」

 

「……うん。食事終わったら、手伝ってね?」

 

「ええ、勿論ですよ」

 

 

談笑しながら食堂へ向かう二人の背中を物陰から覗き見る視線があったのだが、それは知らない方が幸せなのかもしれない。

 

 

ーーー簪の強い要望により、手早く食事を済ませた二人は早速部屋に戻って専用機の開発に取り掛かっていた。

 

 

「……一応、基礎データは送られてきてるの。後は細かい稼働データとか…エネルギーの分配に…あっ、武装は手付かず……」

 

「ふむふむ、成る程……」

 

 

簪の専用機ーーー『打鉄・弍式』は第二世代型『打鉄』の改良系のようであった。防御力の高さが特徴の打鉄とは打って変わり、高速戦闘を意識している機体構成になっているのが特徴か。そして第三世代兵器として積まれる予定であったのが『マルチロックオン・システム』。これにより、打鉄・弍式に搭載されている連装ミサイル『山嵐』による精密爆撃が可能になるらしい。

 

 

「武装の方のデータは心当たりがあるので俺に任せて下さい。細かい調整は簪さんにお任せしても大丈夫ですか?」

 

「……うん」

 

「じゃあ、俺の端末に武装データを転送しておいて下さいね。あっ、それと第二整備室の貸出申請も受理されたので、明日からは放課後に其処に集合しましょう」

 

 

自分の知らない所でテキパキと物事を進めていたエレンに簪は驚く。そして同時にこの人となら姉に勝てるかもしれないと、何故かそう思えてしまう。期待に満ちた簪は一度だけ大きく頷き、そして打鉄・弍式の調整を始める。

 

そんな簪の様子に気づいたエレンも、より一層のやる気が出てくる。自分から何かをしたいと思うのは一体何年振りだろうか。しかしこういうのも、偶には悪くはない。いや、寧ろ良いモノである。

 

彼も武装データのサンプル入手の為に、早速数少ない知り合いの元へと通信を送るのであった。

 

 




お楽しみ頂けましたでしょうか。


次回はVSブルー・ティアーズ戦でお送り致します。


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クラス代表決定戦

予告通りVSブルー・ティアーズ戦です(._.)


因みにブルー・ティアーズのセカンドシフトを既に妄想し始めています。装備は纏まっているんですが、名前が思い浮かばない。搭乗者が貴族様ですし、某ネクストの名前を使いたいのですが、ブルー・ティアーズの名残りも残したいし……悩みどころです。







「一夏。いけそうか?」

 

 

心配そうに声を掛けてくる幼馴染ーーー篠ノ之箒に、一夏は思わずため息を返してしまった。

 

 

「行けるも何も、ISに乗らずにひたすら剣しか振ってないからな。不安しかねぇよ」

 

「し、仕方ないでは無いか!お前の専用機が来なかったのだから」

 

 

箒の言う通り、学園が用意すると言っていた一夏の専用機は未だに届いていなかった。それにしても、基礎的な知識とかぐらい教えてくれてもよかっただろう……。と、内心で愚痴るが決して声には出さない。そんな事を言えば、気の短い幼馴染によって木刀での制裁が明らかだからである。

 

「にしても、エレンのヤツ。マジで逃げたのか……?」

 

 

もう一人の対戦相手であるエレンは、今日に限って学園を欠席していたのだ。千冬に聞いて見ても機密だの一言で片付けられてしまい、相手にされないのだ。

 

 

「ーーー織斑君!!」

 

 

そんな折り、唐突にピットの扉が開け放たれた。そこから現れたのは童顔とは対象的なわがままボディーの持ち主にして我らが副担任、山田真耶先生だ。急いでいたのかその豊満な胸を上下させている。

 

 

「一夏、何処を見ている」

 

「勿論、おーーー」

 

 

思わず本音を口走った一夏の鳩尾に箒のボディーブローが打ち込まれた。おお、なんて一撃だ。世界を狙えるぜ、箒ぃ……などとくだらない事を考える一夏の頭上から、最近すっかり聞きなれた友人の声が聞こえて来た。

 

 

「まったく、随分余裕そうですね。一夏も機体を受け取って、早く来てくださいよ」

 

 

呆れたように告げたのは、いつの間にか入室していたエレンだった。問い詰めようとした刹那、エレンはダークレッドカラーのISに身を包み、ピットを飛び出していく。

 

そんな後姿を見送った一夏は、漸く息を整え終わったであろう真耶の方へ向き直る。

 

「山田先生、俺の専用機は?」

 

「此方です!」

 

 

案内された先には白いISが鎮座していた。中世の騎士を思わせる外見のソレは初めて見たはずなのに、何故か懐かしいという不思議な感覚を思い起こさせる。

 

これが、俺のーーー。

 

 

「これが今日からお前の専用機になる『白式』だ」

 

千冬の声が何処か遠くから聞こえるように感じながら、一夏はただそのISに視線を向けていた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

ピットから飛び出したエレンは、アリーナを飛行しながら所定の位置へと向かっていた。

 

その身に纏うISは、束の動画提供により最早世界的にも有名になってしまった『ストレイド』では無く、頭部を隠すような形状のバイザーと無骨なアーマーが特徴的な『企業』の第二世代型IS『アルファート』であった。

 

 

急遽、親切な兎さんに用意して貰ったISーーー『アルファート・カスタム』は想像以上に馴染んでおり、昔使っていた『アルファート』と殆ど差異は感じられない程。

 

その仕上がりに満足したエレンはセシリアと同じ高さへと到達した。

 

 

「あら、てっきり逃げ出したと思っていたのですけれど。のこのこやられに出て来るとは意外でしたわ」

 

 

自信満々な様子でそう告げるセシリアは、青いカラーリングのISに搭乗していた。

 

ハイパーセンサーが齎す情報によればイギリスの第三世代機『ブルー・ティアーズ』。イギリスのビットシステムを搭載した初の試験機であり、四基のレーザービットと二基のミサイルビットを備えている中距離戦使用の機体。

 

セシリアもハイパーセンサーによってエレンの機体を検索したのか、その顔に明らかな嘲笑を浮かべていた。

 

 

「あら、まさかカスタム機とは言え第二世代型のISでこのわたくしに挑むなんて……勝てるおつもりかしら?」

 

「ははは、どうでしょうね。ですが、まあ……『代表候補生』程度になら、負ける気はしませんね」

 

「……貴方は少し利口な男だと思っていたのですが、思い違いだったようですわね。いいですわ、先ずは貴方から潰して差し上げます」

 

 

今まで礼節を尽くしていたエレンの手の平を返したかのような態度が余程気に入らなかったのか、額に青筋を浮かべるセシリア。狙い通りの展開に持ち込めたエレンがニヤリと笑みを浮かべるのと同時に、ピットから純白のISが飛び出して来た。

 

一夏とその専用機、白式である。

 

 

「悪りぃ、待たせたな。……って、何この雰囲気。何かあったのか?」

 

「何も無いですわ。唯、貴方達を相手にするのに一切の手加減をしない事にしただけです」

 

「……エレン。何したんだよ、お前」

 

「一夏、もう敵同士ですよ。お喋りはまた後でにしましょう」

 

 

既に開始のコールはされている。なのでいきなり仕掛けれても文句は言えない。

 

それを理解した一夏はゴクリと唾を呑み込むと、意識を目の前の二人に集中させる。

 

 

「そうですわよ。彼の言う通りですわ」

 

 

ロックオンアラートの後、セシリアの長大なエネルギーライフルが火を吹いた。狙いはエレンだが、彼はスラスターを噴かせてその一撃を回避。それと同時に左手には実体ブレードを、右手にはサブマシンガンを召喚(コール)し、迎撃に移る。

 

 

実際に目の前で行われるISバトルに、一夏は小さく驚きの声をもらす。そして、自分も二人のようにISを扱いたいという願望がフツフツと大きくなって行く。一夏は白式のデータから使える武装を検索する。

 

 

「装備は……ブレード一本!?」

 

 

表示されたのは『名称未設定』と表示されている実体ブレードのみ。召喚(コール)すると、手元には刃渡り約1.6m程の太刀が現れた。一夏はギュッとそれを構えると、一度目を瞑る。

 

 

「……大丈夫。やってやるさ!」

 

 

力強くその場を飛び出した一夏は、激しい戦闘を繰り広げるエレンとセシリアに突貫するのであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「クッ!ちょこまかと!!」

 

 

レーザーライフルーーー『スターライトmk-3』の繰り出す射撃を的確に回避、または左手に固定装備された実体シールドで防ぐエレンに、セシリアは焦ったさから声を漏らした。

 

エレンは時折りサブマシンガンで弾をばら撒くも、セシリアには殆ど当たっていない。所謂膠着状態が続いていた。

 

 

「おおおおぉっ!!」

 

 

そしてそんな膠着状態を破ったのは、良くも悪くも一夏だった。雄叫びと共に突貫して来た一夏は狙いをエレンに定め、ブレードを振るう。

 

 

ガキィン!

 

 

甲高い音と共に、両者のブレードが激突した。エレンは直ぐに蹴りを繰り出し、更に体勢を崩して宙を舞う一夏にサブマシンガンの掃射をお見舞いする。

 

しかし、その隙をセシリアは見逃さなかった。

 

 

「踊りなさい!セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

 

セシリアのISの一部が切り離される。それをハイパーセンサー越しに視認したエレンは一夏への追撃を中止し、直様狙いをセシリアへと変える。

 

 

「蜂の巣にして差し上げます!」

 

 

四基のビットからなる三次元的な全方位射撃。思わず足を止め、回避機動に移ったエレンの元に、体勢を立て直した一夏が再び迫る。

 

 

「さっきのお返しだ!」

 

 

振るわれたブレードを実体シールドで受け止めた刹那、セシリアの操るビットが集中砲火を行う。咄嗟に一夏を弾き飛ばしたエレンだが、回避は間に合わず集中砲火を受けてしまう。

 

 

「やりましたわ!」

 

 

セシリアが喜びの声を上げた刹那、彼女は背後からの凄まじい衝撃により大きく吹き飛ばされた。ハイパーセンサーで確認すると、其処にいるのはブレードを手にした一夏がいる。

 

 

「くっ、生意気ですわよ!行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」

 

 

エレンに向かっていたビットが、今度は一夏に殺到する。一夏は慣れないながらもビットを避けていくものの、やはり被弾が目立つ。一夏はそんな状況で、笑みを浮かべた。

 

 

「あら、やられ過ぎて変になったのかしら?」

 

「……さっきの不意打ち決めた時に気付いたんだけどさ、オルコットさんってビットの操作中って、他の行動出来ないんだろ?」

 

「なっ!?しかしそれが分かった所で、貴方は何も出来ませんわ!」

 

 

ここでニヤリと笑みを浮かべた一夏は、セシリアの直ぐ後ろを指差す。

 

 

「忘れてね?コレ、三つ巴だぜ」

 

 

直ぐに振り返ったセシリアだが、なす術無く其処にいたエレンの斬撃を受けてしまった。再び弾き飛ばされる機体を素早くPICで制御したセシリアは一旦ビットを回収し、忌々し気にエレンと一夏を睨みつける。

 

 

「全く、だいぶ喰らってしまいましたよ。お陰でシールドがダメになってしまいました」

 

「アレ、もしかして今んとこ俺が一番勝ってね?」

 

「直ぐに引き摺り下ろして差し上げますのでご安心下さいな」

 

 

宣言通り、セシリアのライフルが一夏の白式を穿つ。しかしその隙にセシリアの懐に潜り込んだエレンが物理ブレードを振るう。

 

 

「っ!?」

 

咄嗟にライフルを滑り込ませ、その銃身で斬撃を受け止める。これには少しだけ驚いた表情を浮かべたエレンだが、直ぐ刃を引き、今度は突きを放つ。

 

 

「くぅっ!?」

 

 

大きく弾き飛ばされ、更に其処にサブマシンガンの火線が集中する。エレン自身も追従し、ブレードでの更なる追撃を試みているのは想像に容易い。セシリアが『奥の手』を利用しようとした刹那、横入りして来た一夏がエレン目掛けて物理ブレードを振るった。

 

 

「一夏、邪魔しないで下さいよ。後少しでオルコットさんを撃墜出来たのに……」

 

「こうでもしないと、俺空気になんだよ!てか、お前らの戦闘レベル違い過ぎるわ!!」

 

 

同じく物理ブレードで受け止めたエレンは抗議の視線を一夏に向けるが、一夏は逆ギレを始める始末。

 

セシリアは、コレを好機と踏んだ。

 

 

「貰いましたわ!行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」

 

 

再び放たれたビット兵器に、二人は直ぐに鍔迫り合いを終了して回避機動に移る。

 

 

「エレン、これどうすればいい!?スゲぇ躱し辛いんだが」

 

「オルコットさんは優秀ですから、此方の死角を狙ってきているんですよ。しかし、的確過ぎて逆に読みやすい。では、そろそろ……俺は行きますね」

 

 

軽い調子で言ったエレンはビットの射撃を回避した瞬間、その移動経路を予測し、ブレードで両断。続くもう一基も同じ要領で切り裂くと、セシリアの元へ向かう。

 

 

「成る程……。俺達もやるぞ、白式!」

 

 

そして信じ硬い事に一夏もがビットの移動経路を予測し、ブレードで切り落として見せる。

 

湧き上がる観客の声に気分を良くした一夏も、エレンに続いてセシリアへと突撃した。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「凄いですねぇ、織斑君とクロニクル君」

 

 

ピットでリアルタイムモニターを見ていた真耶がため息混じりに呟く。一夏はISの起動が二回目とは思えない程の健闘ぶりであり、エレンに至っては代表候補生のセシリアと互角にやり合っている。

 

しかし、千冬は忌々し気に顔を歪めた。

 

 

「一夏のヤツ、浮かれているな。……左手を閉じたり開いたりしているだろう。あれは、あいつの昔からの癖でな。あれが出る時は、大抵簡単なミスをする」

 

「へぇぇぇ……。流石ご兄弟ですねー。そんな事まで分かるなんて」

 

 

何気なしにそう言った真耶に、しかし千冬はハッとして話を逸らす。

 

 

「……それより、クロニクルの事だが。アイツは、相当手を抜いているな」

 

「えっ!?アレでですか?というか、そもそもクロニクル君は不明な部分が多いですよね……。自由国籍権を持ってるのに何処の国家にも帰属していませんし。あっ、もしかして。『アルファート』のカスタム機を使ってるって事は、『企業』のーーー」

 

「それだけは無いな。……まあ、アイツは少し特殊でな。山田先生も、近い内に知る事になるさ」

 

 

そんな二人の会話を気にも止めず、真剣な眼差しでモニターを見つめ続けているのは箒であった。

 

心なしか険しいその表情には様々な思いが含まれているが、それは彼女と親しい者で無ければ気づけないレベルの変化であった。

 

 

「……一夏」

 

 

そんな彼女が、モニターに映る少年の名前を呼んだ刹那。勝負が、大きく動いた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

(ーーー獲った!)

 

 

先行したエレンがブレードによる斬撃を繰り出し、セシリアがそれをライフルの銃身で受け止めた時。一夏は確信めいたその直感に従い、一気にスラスターを全開にした。しかしその直後、目の前で大きな爆発が巻き起こる。

 

 

「何だ!?」

 

 

思わず急ブレーキを掛けた一夏。次の瞬間には目の前の爆炎からセシリアが飛び出して来ていた。その周りには、今までのレーザービットは違う形状のビットが二基浮いている。

 

 

「奥の手は最後まで取って置く物でしてよ!」

 

「やべぇ!」

 

 

惚けた一夏に、ミサイルが射出される。折角のチャンスが一気にピンチに変わってしまった。

 

 

空中を縦横無尽に駆け巡り、ミサイルを振り切ろうともがく一夏。しかし無情にもミサイルは一夏を飲み込み、そして派手な爆炎が巻き起こった。

 

 

「まさかこのタイミングでミサイルとは……計算外でした」

 

「あら、まだ残ってましたの。……まあ、男の割には中々粘った方ですわよ、貴方達」

 

「お褒めに預かり光栄です、貴族様」

 

「……バカにしていますの?」

 

「とんでもない。さあ、貴族様。貴方のお相手は彼方でございます」

 

 

仰々しく一礼したエレンが高度を下げて行く。そしてセシリアは反射的に爆煙の方向へと視線を向けた。

 

其処には、純白のISがいた。先程までとは違い、より洗練されたフォルムになっているそれは織斑一夏の専用機『白式』であった。

 

 

「ま、まさか……一次移行(ファースト・シフト)!?あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたっていうの!?」

 

「……ああ、多分な。でもこれで、漸く俺専用になった」

 

 

一夏はそう言って、形を変えた手元のブレードに目をやった。ハイパーセンサーからの情報に少しだけ目を丸くする。

 

 

ーーー近接特化ブレード『雪片弍型』。

 

日本刀から生まれたようなその刀身は、刀より反りのある太刀に近い。鎬には僅かに溝があり、其処から呼応するように光が漏れ出ている。

 

しかし、一夏が驚いたのは其処では無い。その名だ。

 

 

雪片。それはかつて、世界最強の女性(ブリュンヒルデ)が振るっていた刀だ。そして同じく名を冠する刀が、自分の唯一の装備となっている。

 

 

「ああ、まったく。俺は世界で最高の姉さんを持ったよ」

 

 

そして一夏の中で一つの思いが生まれる。

 

ーーー今までは、千冬姉に守られてきた。しかし守られるだけの関係は今日でお終いにしよう。これから先、手にしたこの力で今度は千冬姉を守って行きたい。その初めとして、先ずはーーー。

 

 

「とりあえず、千冬姉の名前を守るさ。そして、いつか……同じ舞台に立って見せる!」

 

「はっ、はぁ!?貴方、何を言っていますの!?……ああ、もう!行きなさい!!」

 

訳がわからないといった様子のセシリアは再装填の済んだミサイルビット二基を多角的な機動で一夏の迎撃に向かわせる。

 

対する一夏は雪片弍型のモードを変更。長大なエネルギーソードへと外観を変えたソレを片手に、ビットの迎撃を行う。

 

 

「ぜええぇいッ!!」

 

 

一夏は若干甘くなっていた機動を的確に見抜き、ビットを続け様に両断。しかしそれはセシリアにとっては計算の内。既にロックオンを終えたスターライトmk-3の砲口へ一夏へと向けていた。

 

 

「わたくしは、そう簡単に負けるわけにはいかないのですわ!」

 

 

完璧なタイミング、射角で放たれた青白いレーザーが一夏へと飛び込んで行く。突撃体勢に入っていた一夏は回避機動に入れず、思わず目を瞑るがーーー。

 

 

「一夏、行きなさい!!」

 

 

声は前から聞こえた。目を開いた先にいるのはエレンの駆る『アルファート・カスタム』。まるで盾のように一夏の前に立ちはだかり、青白いレーザーの直撃を受けていた。

 

エネルギーが0になり、緩やかな墜落を始めたエレンに小さく礼の言葉を口にした一夏は、今度こそ雪片弍型の間合いにセシリアを捉え、ソレを振るったーーー。

 

 

そして、勝者を知らせるブザーが鳴り響く。

 

 

『試合終了。勝者ーーーセシリア・オルコット』

 

 

その場にいた殆どの人間は首を傾げていたが、その理由を知るエレンは苦笑いを浮かべ、千冬は「やれやれ」という表情を浮かべていて。一夏は、不思議そうに唯の実体ブレードに戻っている雪片弍型に視線を落とす。

 

「……あれ。俺、負けたの?」

 

 

そんな一夏の虚しい声が静かなアリーナに響き渡った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「よくもまあ、持ち上げてくれたものだ。それでこの結果か、大馬鹿者」

 

「『とりあえず、千冬姉の名前を守るさ。そして、いつか……同じ舞台に立って見せる』。ねえねえ、一夏。これ、誰の台詞だと思います?カッコいいですよね~。あー、もう一回聞きたいなぁ」

 

「うっ、うぐぅッ!え、エレン!お前、流石にそれは酷いぞ!!」

 

「そうですかねぇ?折角盾になってまでチャンスを上げたのに、見事に棒に振った織斑一夏君」

 

「お、おぅふ……」

 

「そのぐらいにしてやれ、クロニクル」

 

 

漸くエレンの精神攻撃から抜け出せた一夏は安堵のため息をもらす。しかし、数秒後にはまたもや辟易してしまう。

 

 

「武器の特性を考えずに使うからああなる。身をもってわかっただろう。明日からは訓練に励め。暇があればISを起動しろ。……私と同じ舞台に立つのだろう?それならば、誰よりも多くの修練を積め。いいな」

 

「……はい」

 

 

しっかりと頷いた一夏の顔付きは数十分前の彼とはまるで別人のように逞しくなっていた。

 

 

「一夏、暫くは俺がコーチになって上げます。ビシバシ行くので覚悟して下さいね」

 

「ああ、頼むよ」

 

 

今日の戦闘でエレンが自分以上にISを動かせる事を文字通り身体に刻み込まれた一夏はその申し出にガッツポーズを決める。

 

最近始めた組み手で分かった事なのだがエレンは強いだけで無く教えるのも上手いのだ。そんな人がコーチをやってくれるというのなら、願ったり叶ったりである。

 

 

「えっと、ISは今待機状態になってますけど、織斑君が呼び出せば直ぐに展開(オープン)出来ます。ただし、規則があるのでちゃんと読んでおいて下さいね。はい、これ」

 

どさっ。『IS起動におけるルールブック』と書いてある電話帳並みの分厚さを誇るソレを前にして、やる気を起こしたばかりの一夏だが、またもや辟易してしまう。

 

 

「さて、久々のISバトルで疲れたので俺は先に帰りますね」

 

「疲れた?どの口が言うか、馬鹿者」

 

「ははは、手厳しいですね、ブリュンヒルデ。まあ、慣れない事をすれば誰でも疲れるモノですよ。ね、一夏」

 

「ん。ああ、そうだな。俺も慣れない事ばっかで疲れたよ」

 

 

ここでいう『慣れない事』のニュアンスはエレンと一夏ではかなり違うのだが、それに気付いたのはエレンの本来の実力を知る千冬のみであった。

 

 

「あっ、後。箒さんも明日からISの訓練を始めましょう。ISは訓練機を確保してあるのでご心配せずに。では、また明日」

 

「うっ、うむ。わかった」

 

 

言いたい事を言って去っていたエレンの後姿を見送った後、一夏と箒も帰路へつくのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

シャワーノズルから熱めのお湯が流れ出る。水滴は白人特有の陶器のような白い肌に当たっては弾け、均整の取れたボディーラインを滴り落ちて行く。

 

同年代の白人女子に比べれば些か小振りな、しかし東洋人の女子に比べれば充分な膨らみを持った胸の内で、セシリアは物思いに耽ていた。

 

思い出されるのは、やはり今日の試合である。

 

 

どうして最後の場面で、いきなり一夏のエネルギーが切れたのか分からない。しかし、もしあの攻撃が当たっていたならばーーー今回の勝者は、自分ではなかった事は理解出来る。

 

何時だって勝利への確信と更なる向上への欲求を抱き、そして、何より残された唯一人の家族を守る為に勝ち続けなければならないセシリアにとって、今日の試合は大きな衝撃を与えていた。

 

 

(織斑一夏とエレン・クロニクル……)

 

 

織斑一夏は強い意思を瞳に宿した、現代では珍しいぐらい真っ直ぐな人だった。

 

それに対して、エレン・クロニクルは空虚な瞳をした、何処か掴み所の無い人であった。

 

 

正反対の彼等だが、しかし両者ともに強かった。セシリアの忌み嫌う実の父とは違って。

 

 

(嫌な事を……思い出しましたわね)

 

 

母は強い人だった。しかし、父はそんな母に頭が上がらない弱い人だった。そう、既に過去形なのだ。セシリアの両親は既にこの世にいない。唯一残っている肉親は愛する妹だけである。

 

セシリアはその妹を守る為に力を付け、そして代表候補生となった。日本に来たのもブルー・ティアーズの実働データを取る為であり、決して遊び感覚で来てるわけでは無い。セシリアが結果を出せなかった時、本国の者達の目は妹に向いてしまう。そうしたらきっと妹はその才能を見抜かれてしまうだろう。そうしたらISと無関係ではいられなくなる。妹を溺愛しているセシリアにとって、それは一番望ましく無い結末であった。

 

 

しかしセシリアは出会ってしまった。理想の中だけの存在だった、強い意思を持った男性に。

 

 

「織斑……一夏」

 

 

胸が高鳴る。ギュッと締め付けられるような感覚がする。その全てがセシリアにとって初めての経験で戸惑いを隠せない。

 

ーーー知りたい。この気持ちが何なのかを。

 

ーーー知りたい。どうして彼は、そんなに強い意思を持っているのか。

 

ーーー知りたい。織斑一夏の事を。

 

 

浴室には唯々水の流れる音だけが響いていた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「一年一組の代表は織斑一夏君に決まりました。あっ、一繋がりでいい感じですね!」

 

 

一夏は真耶が何を言っているのか一瞬理解出来なかった。そんな一夏に構わず大盛り上がりのクラス。一夏の疑問が確信に変わるが、それでも僅かな希望を捨て切れなかった。

 

 

「先生、質問です」

 

 

挙手。質問はてをあげて行うものだ。基本に則った一夏を、真耶は笑顔で指名する。

 

 

「はい、織斑君」

 

「俺は昨日の試合、散々格好付けた挙句負けたのですが、何でクラス代表になってるんでしょうか?」

 

「それはわたくしが辞退したからですわ」

 

 

ガタンと立ち上がり、早速腰に手を当てるポーズ。様になっているが、一夏は直ぐにどうでも良くなってしまった。

 

一夏の感心はそんな事よりも、昨日と比べてあからさまに変わった態度に向いていた。昨日までの一夏達を見下した感じは消え失せ、その代わりに非常に上機嫌な、そんな雰囲気に身を包んでいるのだ。

 

 

「まあ、勝負はわたくしの勝ちでしたが、しかしそれは当然のこと。何せわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですからね。……それでまあ、わたくしも大人気なく怒った事を反省しまして」

 

 

そこで、セシリアは少し間を置く。ほんのり頬を紅く染め、何か躊躇するように両手の指を絡めている彼女に首を傾げる一夏。感の良いエレンは敏感に察知し、そしてニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

 

「今回は一夏さんとエレンさんに譲る事にしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば実戦には事欠きませんもの」

 

「いやあ、セシリア分かってるね!」

 

「折角世界で二人しかいない男子がいるんだから、同じクラスになった以上持ち上げないとねー」

 

「私達は貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度美味しいね、織斑君達は」

 

 

騒ぎ始めるクラスメイト達の中、一夏だけは釈然とせずにいぎをもうしたてる。

 

 

「ちょっ、ちょっと待った!セシリアさん!あんたの言い分はよく分かったけど、何で俺が代表なんだ?エレンでもいいじゃないか」

 

 

と言うか、寧ろエレンの方がーーー。となすりつける気満々の一夏の言葉を遮ったのはエレンであった。

 

 

「一夏。仮に昨日の模擬戦に順位を付けるとしたら、どうしますか?」

 

「は?そりゃあ、普通に残ってた順だろ……あっ」

 

 

そこまで言って一夏は墓穴を掘った事に気づいた。慌てて訂正しようとするも、エレンが言葉を続ける方が早かった。

 

 

「その通りです。一位はオルコットさん、二位は一夏。そしてビリが俺です。そして一位のオルコットさんが辞退したら、次に優秀なのは誰でしょうか?」

 

「……俺です」

 

 

男が一度言った事を曲げられるか!と下らない意地を張っていた一夏は遂に自分で認めてしまう。クスクスと笑みを零すエレンとは裏腹に、盛大なため息をついた一夏であった。

 

 

 




セシリアの妹はオリジナル設定になっております。
まあ、暫く出番は無いんですけどね……。

何と無く誰か分かった!という方。多分正解ですので胸の内に秘めておいて下さると幸いです(._.)


※エレンのアルファート・カスタムのカラーリングを変更しました。


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転校生来襲

凄まじく間が空いてしまいました。


というのも、個人的にこれから色々と忙しくなってくる時期ですので……ご理解頂けたら幸いです(._.)


四月も下旬に差し掛かる。遅咲きの桜の花弁も散った今日この頃、エレンは貸し出し申請を出していた第二アリーナでISを起動させた。

 

 

「さあ、今日もやりますか」

 

 

エレンの言葉に頷いた人影は三人。一夏と箒、そして最近になって合流したセシリアである。

 

 

「一夏と箒さんは昨日教えた瞬時加速の練習からやって下さい。終わったら実体ブレードでの近接格闘戦を。オルコットさんは俺と模擬戦をお願いします」

 

 

言われた通り瞬時加速の練習を始める一夏と箒を尻目にエレンとセシリアは向かい合う。

 

 

「ふっふっふっ……今日こそ、今日こそは勝たせて頂きますわよ!」

 

「ええ、楽しみにしていますよ」

 

 

余裕の笑みを浮かべるエレンに以前のセシリアなら間違い無く噛み付いていただろうが、今となってはそんな事をしない。なんせ、最近の戦歴は7戦7敗と完敗中なのだ。出来るわけが無かった。

 

 

「と言うより、エレンさんは学園に来る前は何をしていらっしゃったの?やけに戦闘慣れしているのは何故かしら?」

 

「俺に勝てたら教えて上げますよ」

 

 

あからさまな挑発。しかしセシリアは激昂するでも無く、扇情的な笑みを浮かべる。

 

 

「あら、言いましたわね。では今日こそ話して貰いますわよ!」

 

 

セシリアの持つ、ロングレーザーライフル『スターライトmk-3』が青白いレーザーを放つ。数週間前よりも更に精密な射撃はエレンを捉えていたのだがーーー。

 

 

「おっと」

 

 

横方向へ急速回避。相変わらずの反応速度に呆れたセシリアだが、再度照準を合わせて射撃を行う。エレンは射撃を躱し、際どいモノは左手の実体シールドで防いで行く。

 

 

(わたくしとて上達してるハズなのに距離が縮まらない。……もしかして、わたくしのレベルに合わせて、少しずつ実力を出しているの?)

 

 

セシリアの推察は正しい。エレンは一夏に対しても、箒に対してもーーー届きそうで届かない、そんなギリギリの戦闘を意図的に行っている。そちらの方がモチベーションが上がるからだ。

 

セシリアは分かっていた。そんな事が出来るのは、エレンが自分達の数段高みにいるが故であると。

 

 

(入学当初、エレンさんにISの事を教えてやると言っていた自分を殴り飛ばしてやりたいですわね……)

 

 

マイナス方面へ向かって行く思考を断ち切るように頭を振ったセシリアは、今度はビットによる多角射撃を行う。

 

 

「相変わらず正確な狙いです。嫌な所を的確について来る。しかしそれだけでは直ぐに読まれてしまいますよ?」

 

「分かっていますわ!」

 

 

力強い言葉と同時に、スターライトmk-3が火を吹いた。これには流石のエレンも驚きを隠せず、思わず被弾してしまう。

 

 

「驚きました……。ビットの制御中に射撃まで出来るようになっていたとは」

 

「何時までも弱点を残しておく程、わたくしは愚かでは無くってよ」

 

 

一矢報いた事が嬉しかったのか、少し自慢げなセシリア。そんな彼女に素直な賞賛の言葉を送ったエレンは、ここに来て漸く武装を召喚(コール)する。

 

 

「……何ですか、その装備?」

 

 

何時もとは違う装備に、セシリアは思わず質問を零す。エレンの手に現れたの武装は普段の彼の装備とはまるで違う。

 

実弾系のマシンガンを多用するエレンには珍しく、エネルギー兵装である荷電粒子砲を一挺。そしてもう片方の手には何時もの実体ブレードでは無く、薙刀のような形状の兵装を手にしている。

 

 

「知り合いの武装テストです。あんまり気にしないで下さい」

 

「へぇ……随分余裕ですわね。慣れてない武装でまともに戦えるのかしら?」

 

「それは、自分の目で判断して下さい」

 

 

挑発的な笑みを浮かべたエレンが放った荷電粒子砲が合図となり、二人の戦闘は再開される。

 

 

「当たりませんわ!」

 

 

鮮やかな空中機動で荷電粒子砲を回避していくセシリアはその合間を縫ってスターライトmk-3での牽制射撃を怠らない。エレンは暫く荷電粒子砲による射撃戦を展開していたが、唐突に瞬時加速を発動。迫っていたレーザーをシールドで受け止めつつ、一気にセシリアとの距離を詰める。

 

 

「ッ!インターセプター!!」

 

 

咄嗟に短剣を召喚(コール)し、迫る実体ブレードの一撃を受け止めたセシリア。エレンは直ぐにもう片方の手に持つ荷電粒子砲を構え、至近距離からソレを放つと同時にその場から後退した。

 

 

「ぐぅっ!逃がしませんわ!!」

 

 

瞬時にPICで体勢を整えたセシリアはビット四基と、ミサイル搭載型ビット二基を迎撃に向かわせる。

 

 

「同時操作出来る数も増えたのですか……。厄介な」

 

「無駄口を叩いてる余裕がありまして?」

 

 

背後から迫るビット1の射撃。上方回避。そこに既に待機していたビット2が頭上から射撃。実体シールドでガード。その隙にビット3、4とミサイルビット1、2が十字砲火。

 

 

セシリアは獲った!と、内心で笑みを浮かべる。しかしエレンはニヤリと悪戯っぽい笑みを零すと「甘いですよ」と一言。直後に、真下に向かっての瞬時加速。ビット3、4のレーザーが虚空を穿つ。

 

追跡を続けるミサイルは真下に移動したエレンを追跡するが、それ等は合流した途端ビット2と共に荷電粒子砲に呑み込まれてしまった。

 

 

一瞬惚けたセシリアを見逃さず、エレンは瞬時加速で一気に距離を詰める。

 

 

「真下への瞬時加速だなんて聞いた事がありませんわよ!」

 

「やり方教えてあげましょうか?」

 

「ええ、ぜひ、お願い、したいですわっ!!」

 

 

無駄口を叩きながらもインターセプターでエレンの薙刀を受け流していくセシリアだが、徐々に傷が目立ち始める。

 

薙刀という特性上、近距離戦闘では若干の取り回し辛さが想像される装備だが、エレンは柄による打撃を上手く織り交ぜている為に近距離戦も難なくこなしている。

 

 

「んー、薙刀って扱いが難しいですねぇ。刃を当てないと決定打になりませんし……あっ、隙ありです」

 

「くぅっ!?柄の打突も凄い衝撃ですからご安心下さい!!」

 

 

半ばヤケクソ気味に叫んだセシリアだが、やがて近接戦でエネルギーを削られ切ってしまい、8度目の敗北を喫することになるのであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

二時間程の訓練を終了させたエレンはロッカールームでシャワーを浴びて、第二整備室へと足を向けていた。心なしか、その足取りは軽い。

 

というのも、護衛対象である一夏と箒の成長スピードが速いからである。ついでにセシリアも。一夏へ好意を向けている以上、セシリアも戦力に数えて問題はなさそうである。

 

 

目的地へと辿り着いた。第二整備室と書かれた扉を開き、入室。そこは閑散としていて利用者はエレンを含めて三人のみ。エレンは先に作業を進めていたであろう二人の女子生徒に声をかける。

 

 

「すいません、遅くなりました」

 

 

展開状態の打鉄弍式の側に座っていた二人の少女が漸くエレンの存在に気づき、顔を上げた。一人は簪。もう一人は最近よく手伝ってくれるクラスメイトーーー布仏本音だった。何でも更識の家に代々使える家柄の者らしく、簪の専属メイドという立場らしい。

 

 

そんな本音は常に眠そうな垂れ下がった瞳にエレンを捉えると、何故か異様にダボダボと余っている袖を振るう。

 

 

「おー、えれち~だぁ。訓練お疲れさまぁ」

 

 

妙に間延びした話し方をする本音に返事を返すエレンに、今度は簪から声がかけられる。

 

 

「……お帰り。装備の試験、どうだった?」

 

「ええ、充分なデータが取れましたよ。夢現(ゆめうつつ)はほぼ完成、春雷(しゅんらい)の方は、今回の荷電粒子砲の稼働データを元に微調整ですね」

 

「……私達の方もほぼ出来た。後は……FCS(火器管制システム)だけ」

 

 

整備科コースの本音の協力もあり、既に打鉄弍式はほぼ完成していた。しかし残った厄介な問題がある。FCSだ。

 

 

既存のFCSでも充分動かせるのだが、それだと打鉄弍式の第三世代兵器『マルチロックオン・システム』が実現出来ない。此方は手付かずの為、一から構築しなけらばならないのだがーーー。

 

 

「それなら心当たりがあります。知り合いにマルチロックオンを自分の脳味噌だけで行ってるヤツがいるので、データを提供してくれるよう頼んでみますね」

 

「……それって、もしかして『黒騎士』?」

 

 

若干ながら、期待に瞳を輝かせる簪。どうやら簪も束がアップした動画を見た口らしく、『黒騎士』ーーーつまり、エレンの『ストレイド』に興味津々らしい。

 

元々勧善懲悪モノのヒーローアニメが好きであった簪。世界中から追われる身である篠ノ之束博士とそれを実力行使で捕らえようとする『企業』。そして、そんな『企業』の最新鋭機三機を相手に大立ち回りを演じた謎のISーーー『黒騎士』。その構図は正にプリンセスを外敵から守るナイトのそれであった。

 

 

まるでアニメの中から飛び出して来たかのようなその存在は、彼女ーーーとういよりも、世界中の多くの人々の心に大きな衝撃を与えていたのだ。

 

 

だからエレンがやんわりと否定の意を示した時、簪はその声色に落胆の色を隠せなかった。

 

 

「ねぇねぇ~。そろそろお腹減らないー?私はぺこぺこなのだよ~」

 

「そうですね。時間も時間ですし、食堂に行きますか。簪さんも行きますよね?」

 

「うん……」

 

 

手早く片付けを済ませた彼等は、そのまま食堂へと向かうのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

食堂はいつも通り賑わっていた。しかし、何時もと違うのは奥の一角。『織斑一夏クラス代表就任パーティー』と書いてある暖簾が掛けられている其処は、今日だけは貸切となっていた。

 

 

「……エレンは、行かないの?」

 

 

まるで仇を睨むような視線を、クラスメイト達に囲まれている一夏に送っていた簪の言葉にエレンは苦笑いを返した。本音も食堂に来るまでは一緒だったのだが、簪の勧めを受けてクラスメイトの輪に混ざったようだった。

 

 

「ええ、騒がしいのは苦手なんです。俺はこうして、簪さんとゆっくり食事をするのが好きなんですよ」

 

「……そう」

 

 

俯いてうどんをちゅるちゅると啜っている簪を、優しげな笑みで見守りながら手元のケーキを切り分けて口に運ぶ。エレンの周りには色取り取りのスイーツが並べられており、それは周りの視線を集めていた。

 

 

「……いつも思うけど…エレンは甘いもの以外食べないの?」

 

「そういう訳じゃないんですが……その、好きなんですよ、甘いもの」

 

 

珍しく恥ずかしそうに言葉を詰まらせたエレン。心無しか赤みが差したその笑顔は、中性的な彼の容姿もあってか美しい。盗み見ていた周りの女子生徒から小さな歓声が漏れる。

 

しかし、時折見せるこんな笑顔に漸く耐性が出来て来た簪は別段顔色を変える事は無かった。

 

 

「……昔から好きなの?」

 

「そう、ですね……。知り合いにね、凄く美味しいアップルパイを作ってくれる女の子がいたんですよ。その子影響で好きになったんです」

 

 

まるで遠い昔を思い起こすような、そして大切な何かを思い出すのかようなーーーしかし、深い悲しみと後悔が宿る笑顔。

 

一瞬惚けてしまった簪だったが、紅潮してしまった顔を隠すように俯いて小さく呟く。

 

 

「その笑顔は、ずるい……」

 

「え?何かいいましたか、簪さん?」

 

「……何でもない。…これ、貰う」

 

 

一番近くにあったフルーツケーキを奪い取った簪に疑問を頂いたエレンであったが、直ぐに食事を再開するのであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「ねーねー、織斑君は聞いた?転校生の話!」

 

 

いつも通り登校した一夏は、隣の女子から掛けられたその言葉に首を傾げた。

 

 

「この時期に転校生?」

 

「うん、何でも中国の代表候補生らしいよ」

 

「ふーん」

 

「ふふん、きっとわたくしの存在を危ぶんでの転入ですわね!」

 

 

今日も平常運転のセシリアを他所に、一夏は一年程前に中国に帰った幼馴染の事を思い出していた。

 

 

「別にウチのクラスに来るわけでもないし、あまり気にする必要もあるまい。……というより、一夏。お前にそんな事を気にしている余裕があるのか?クラス対抗戦が来月に迫っているというのに」

 

「……返す言葉も御座いません」

 

 

厳しい幼馴染の言葉に縮こまる一夏。そんな箒から逃げるように、丁度教室に入ってきたエレンに声を掛けた。珍しい事にその表情には一夏達から見てもわかる程に疲れが溜まっている。

 

 

「おはよう、エレン。朝っぱらから何かあったのか?すげー疲れてるみたいだけど」

 

「ええ、ちょっと知り合いのIS設計に精を出し過ぎてしまって……」

 

 

いつも余裕さを感じさせるエレンが人前でこのような姿を見せるのは初めてで、一夏達も少し驚く。そして、少し気になった。

 

 

「ISの設計って……誰のですの?」

 

「四組の更識簪さんのですよ」

 

 

セシリアの問いにサラリと言ってのけたエレンに、聞き耳を立てていたクラスメイト達から非難の声が上がった。

 

 

「クロニクル君、まさか裏切ったの!?」

 

「えー!ライバル増えちゃうじゃん」

 

「えれち~の裏切者ー!私達とは遊びだったっていうの~」

 

 

若干一名、共犯者がいた気がしたが気にしない。エレンはいつも通りの笑顔を貼り付けて、声を上げた。

 

 

「皆さんご心配せずに。ウチの代表は、ブリュンヒルデと同じ舞台に立つと明言した織斑一夏君ですよ?その程度の苦難、乗り越えられないワケがないじゃないですか」

 

 

この言葉で全ての矛先が一夏に向いた。一気にクラスメイトの意識がエレンから一夏に向けられる。一夏が抗議の視線をぶつけるも、犯人は素知らぬ顔で我関せずを貫き通すようだ。

 

 

そんな中、一夏の耳に聞き覚えのある声が響いて来た。

 

 

「その情報、古いよ。二組も専用機持ちーーー中国代表候補生『凰鈴音(ファン・リンイン)』が代表になったの。簡単に勝てると思わない事ね」

 

 

視線をやると、其処には腕を組んだ女子生徒がいた。少し小柄のその少女は茶色の髪を黄色の布でツインテールにしていて、彼女の動きに合わせてぴょこぴょこと動く。ネコ科を連想させる鋭くも愛嬌のある瞳は緑色で、全体的な顔立ちからしてアジア圏の人種だろう。制服は肩に大きなスリットが入った改造制服にミニスカートという、活動的なイメージも抱かせるものだった。

 

 

そんな少女が扉に持たれ掛かって足を立てるその姿は様になっていたが、以前の少女を知る一夏は疑問符を浮かべてしまう。

 

 

「鈴?鈴じゃないか!ひっさしぶりだなぁ!」

 

「久しぶりね、一夏。でも今日は宣戦布告に来たの。だからーーー」

 

「さっきから何格好つけてんだよ。全然らしくねぇぜ」

 

「んなっ!?何て事言うのよ、あんたは!」

 

 

ネコ科を思わせる吊り目気味の瞳を更に釣り上がらせ、猫ならば全身の毛を逆立てているであろう剣幕で一夏に喰ってかかる鈴に、ふとエレンが声を掛けた。

 

 

「凰さん。後ろ、気をつけた方がいいですよ」

 

「後ろ?何よ、鬼でもいるーーー」

 

 

スパァン!

 

 

鈴の頭に炸裂音が響いた。堪らず頭を抑えて蹲る鈴音だが、それは一瞬。直ぐにギラつく怒りの炎を宿した瞳を背後の人物に向ける。

 

「ちょっと、あんた何すんのよ!?あたしを誰だとーーー」

 

 

言いかけて、鈴は固まった。目の前にいる黒いスーツをビシッと着こなす女性の姿を見て。そして怒りに満ち満ちていたその表情はあっという間に消え失せ、代わりに酷く怯えた様子で口をパクパクしていた。

 

 

「あたしを?続きを言ってみろ、凰鈴音。因みに私は世界一になった事のある鬼だが……?」

 

 

最初の言葉を根に持っていたのか、冷たい笑顔を浮かべて鈴音に問う千冬。その光景を見ていたクラスメイト達はブルブル震え、真ん前の鈴音の足は最早産まれたての子鹿レベルで震えている。

 

 

「あっ、あの……そのっ……ごめんなさぁぁぁい!!」

 

 

泣きながら逃げ帰って行く鈴音の姿を見て、一年一組の面々が感じた感情は紛れもない同情の念であった事を此処に記しておく。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

昼休み。今朝の少女がアクションを行すには持って来いのタイミングだろう。それを見越したエレンは一夏とは別行動をとっていた。

 

と言っても、基本的に広く浅くを実行しているエレンには友達と呼べる者などいない為、必然的に独りになる。そして、話題の男子生徒が一人で食事をとるとなればそれを見逃すIS学園の少女達では無い。

 

 

「ねーねー、クロニクル君!私達と一緒に食べない?ていうか食べようよ!」

 

「たまには違うクラスの女子と食べるのもイイと思うの!だから私達と一緒に、ね?」

 

「君がエレン・クロニクル君?良かったら私達と一緒に食べない?先輩だし、色々と教えてあげると思うけど」

 

 

グイグイ来る女子達の対応に手を焼くエレン。苦笑いを浮かべてやんわりと断るのだが彼女達は一向に引く気配を見せない。そんな感じに話が堂々巡りを始めた頃、エレンにとって救世主が現れた。

 

 

「えれち〜?どうしたのさー。んん?いや、本音さんは分かってしまったのだよぉ。ズバリ、お昼ご飯を一緒に食べてくれる人がいないんだ〜」

 

「……まあ、そんな感じですね」

 

 

突如として現れたのは布仏本音。この場においてもゆったりした彼女特有の雰囲気に周りの女子達もペースを乱されたのか、その乱入を咎めるものはいなかった。

 

 

「仕方ないなぁ〜。そんな可哀想なえれち〜を私達のお食事会に招待してあげるのだよぉ」

 

「ええ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせて頂きましょう」

 

 

途端に周りの女子たちから非難の声が上がるが、エレンの懇切丁寧な謝罪と愛想のいい作り笑いで事態を収束させ、本音に連れられて席を移動する。

 

 

 

「お待たせ〜。えれち〜捕獲してきたよぉ」

 

「……エレン?なんで…」

 

 

テーブルにはすっかり見慣れた水色の少女がいた。今日も今日とてうどんをちゅるちゅると啜っていた彼女は顔を上げ、少し驚いたように視線をエレンへと向けた。

 

 

「仲間外れにされて可哀想だったから拾ってきた〜。かんちゃんがヤなら、戻して来るよぉ?」

 

「べっ、別に嫌じゃない!……たっ、ただ珍しいだけ。…いつも、織斑一夏と一緒にいるから……」

 

 

不満そうに頬を膨らませてしまった簪を宥めるのは本音に任せ、取り敢えずエレンは席につく事にした。

 

 

パンケーキを切り分けていたエレンだが、不意に視線を感じてそちらへ視線をやる。

 

 

「俺の顔に何かついていますか、簪さん」

 

「なっ、何でもない。……今日は、何で独りだったの?」

 

「今日来た二組の転校生が一夏の知り合いでしてね。恐らく、昼休みに接触を計ってくると思ったので離れたんですよ」

 

「えー、何で〜?」

 

「朝の一件を見る限りだと癖のありそうな方でしたから。面倒ごとは極力回避したいんですよ」

 

「その割にはかんちゃんのIS開発を手伝ってるよね〜」

 

「うっ!」

 

 

エレンが珍しく笑顔を引き攣らせた。この布仏本音という少女、ゆったりしているように見えて中々確信をついて来る。

 

 

「ええ、まあ……そう、ですね。簪さんだけですよ、そういうのは。今の所も、きっとこれからも」

 

 

少し憂いを帯びたエレンの表情に気付いたのは本音だけだった。簪はと言うと、その言葉を少々違うニュアンスで捉えてしまったのか顔を真っ赤にして席を立ち上がった。

 

 

「……わ、私は先に戻るからっ」

 

 

エレンが呼び止めるも、そそくさと食器を片付けに行ってしまった簪はそのまま食堂を出て行ってしまった。

 

 

「簪さん、どうしたんですかね」

 

「えれち〜はねぇ、言葉が素直過ぎるよ〜。かんちゃん、きっと勘違いしちゃったよぉ?」

 

「……え?」

 

「えれち〜もおりむーの事バカに出来ないね〜」

 

 

本音のその言葉に結構傷ついたエレンは、ヤケクソ気味にパンケーキに噛り付くのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「えっと……」

 

 

放課後。いつも通り第三アリーナで訓練を行う予定だったエレンは、目の前の息巻く二人の少女に間抜けな声を漏らしてしまった。

 

 

「本日は実戦形式での訓練を提案致しますわ!クラス対抗戦は最早目前。その為にも、一夏さんには実戦を積んで貰わなければなりません。……あのチャイニーズには、絶対に勝って頂きませんませんとッ!!」

 

「私もセシリアに賛成だ!大体なんなのだ、あの女はッ!一夏、お前もそれでいいな!?」

 

 

恐らく、噂の転校生と昼間に何かあったのだろう。偉くご立腹な二人に気圧され気味な一夏は苦笑いを浮かべながらエレンに助けを求める。

 

エレンは呆れたようにため息をもらすと、額を抑えた。

 

 

「そうですね、そろそろ実戦も良いでしょう。三人の成長具合も気になりますし、今日は四人でバトルロワイヤルにしましょうか」

 

 

その提案に嬉々とした様子で頷く二人の少女。取り敢えずは満足してくれたようでエレンも一安心である。

 

四人はそれぞれのISを起動させると、アリーナの四方に散らばる。

 

 

「準備はいいですか?」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

「うむ、何時でもいいぞ」

 

「おう、準備オーケーだ」

 

 

アリーナの中央にカウントが投影される。

 

 

『3』。

 

セシリアがスターライトmk-3を、エレンがサブマシンガンをアンロックする。一夏と箒は実体ブレードを正眼に

構える。

 

 

『2』。

 

各々が戦闘体勢へ入る。セシリアはスターライトmk-3の狙いをエレンへ向かわせる。箒と一夏も、剣の切っ先をエレンの方へと。意図を悟った彼は、一人苦笑いを浮かべる。

 

 

『1』。

 

白式、打鉄、アルファートのスラスターにエネルギーが充填される。それは、瞬時加速の予兆。

 

 

『0』。

 

ブルー・ティアーズのスターライトmk-3が放たれる。少し遅れて白式、打鉄が弾かれるようにその場から飛び出した。

 

 

「まったく……弱い者イジメは感心しませんよ」

 

 

呆れたような言葉を残し、アルファートも瞬時加速を発動。ブルー・ティアーズの放つレーザーを半身を逸らして避けると、弾丸のように飛び出した。

 

 

ほぼ同時に飛び出した白式と打鉄だったが、スラスター出力の関係上若干の誤差がーーーそれは本当にコンマ数秒の誤差であるのだが、生じてしまう。

 

そして先にエレンに接敵したのは、一夏の駆る白式であった。

 

 

「おおおおぉッ!!」

 

 

勇猛な雄叫びと共に、青白いエネルギーブレードと貸した雪片弍型ーーー『零落白夜』が迫り来る。

 

 

(いきなり単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)、零落白夜ですか。自分のエネルギーすらも攻撃へと転化する諸刃の劔だって分かってるんですか?)

 

 

零落白夜は自分のシールドエネルギーを攻撃に転化する代わりに、相手のエネルギーを無効果出来る超攻撃特化の能力だ。故に喰らえば一撃で絶対防御が発動してしまい、大量のシールドエネルギーが奪われてしまうのだ。

 

 

(まあ、当たらなければ問題無いんですけどね)

 

 

横薙ぎに振るわれた零落白夜を紙一重の所で回避し、無防備となった所へ回し蹴りを叩き込む。弾き飛ばされる白式を尻目に、目前に迫る箒の打鉄が放った上段からの斬り下ろしを実体ブレードで受け止めた。

 

 

「素晴らしい太刀筋ですね。誰かさんを思い出しますよ」

 

「ふん、余裕ぶってられるのも今のウチだ。このまま押し切ってーーー」

 

 

打鉄が両手持ちの実体ブレードに更に力を込め、刃を届かせんとしたその瞬間。アルファートはワザとブレードを引くと同時に高速回転を行って打鉄の斬撃を避けると同時に、その勢いのままブレードを打鉄に叩き付けた。

 

 

「くぅっ!!」

 

 

苦悶の声を上げた箒。そしてそんな彼女の打鉄に更なる追い打ちを掛けるべくサブマシンガンの銃口を向けた刹那。真横からの青白い閃光が、アルファートを穿った。

 

 

「……やはり、貴女が一番厄介ですね」

 

「あら、今更気付きましたの?」

 

 

ターゲットをブルー・ティアーズへ変更したアルファートが瞬時加速を行おうとした刹那。背後から迫る白式をハイパーセンサーに捉え、反転。サブマシンガンを放ちつつ、後退してゆく。

 

 

「エレン!男なら正々堂々、剣で勝負しろよ!」

 

「三対一で俺を潰すのが男のする事なんでしょうか?」

 

「……ぜええぇい!!」

 

 

白式が瞬時加速で強引に距離を詰めてきた。上方へ急速回避すると同時に機体を反転。迫っていたレーザーを実体シールドで回避すると同時に、真下から迫る鋭い切り上げを実体ブレードで受け止めた。

 

 

「なーんか、妙に手慣れたコンビネーションですね」

 

「べっ、別に訓練後居残って練習してワケでは無いぞ!?断じて違うからな!」

 

「なるほど。よく分かりましたよ」

 

 

打鉄の繰り出す連撃をのらりくらりとやり過ごしていたアルファートだったが、不意にブレードを思い切り投げ付ける。咄嗟に手元のブレードで叩き落とした打鉄の目前には、サブマシンガンのニつの銃口が向けられていた。

 

 

「行きますよ」

 

 

瞬間、凄まじい衝撃が打鉄を襲った。箒が蹴りによりブレードを弾き飛ばされ、更に踵落としをお見舞いされた事に気づく頃には弾丸の雨が更なる衝撃を与えていた。

 

 

「箒いいぃぃ!!」

 

 

しかし、それを黙って見ている一夏とセシリアでは無い。

 

白式が瞬時加速によって急速接近、ブルー・ティアーズがスターライトmk-3での精密射撃。ハイパーセンサーに入ってきた情報を元に瞬時に判断を下したエレンは左手のサブマシンガンを白式に投擲した。

 

 

「こんなものおおぉぉ!!」

 

 

一夏はまだ、瞬時加速中に回避機動を取る事が出来ない。故に迫るサブマシンガンを叩き落す以外の選択肢は無い。

 

エレンの予想通り、雪片弍型でサブマシンガンを叩き落とした白式に、瞬時加速で接近した。同時に背後からブルー・ティアーズのスターライトmk-3が火を吹いた事も知らされるが、計算通りである。

 

 

「一夏、ちょっと痛いと思いますが我慢して下さいね」

 

「何のーーーへぶぅあ!?」

 

 

顔面への回し蹴り。その衝撃に白式が体勢を下した刹那、空いている手で白式を引き寄せ、そのまま盾のように構えて振り返る。

 

一瞬、目を眩ませていた一夏の視界に入ったのは目と鼻の先に迫る青白いレーザーであった。

 

 

「おっ、おい!待て!!セシリア、これ止めーーーふぐぅあぁぁぁ!!」

 

 

またしても顔面に直撃。フラフラと浮遊する白式に、アルファートは実体ブレードを二刀召喚(コール)する。

 

 

「我が身を呈して庇ってくれるなんて……流石はブリュンヒルデの弟ですね」

 

「盾にした張本人の言葉とは思えねぇ!」

 

 

実体ブレード二刀流によって繰り出される連撃。瞬く間に削られ行くシールドエネルギーに顔を顰める一夏だが、セシリアは先程の誤射から射撃を躊躇っているようで援護は期待出来ない。残りはーーー。

 

 

「はあああぁッ!!」

 

 

瞬時加速によって飛び出してきた箒の打鉄。アルファートは一夏を蹴り飛ばして距離を空けると同時に実体シールドでその一撃を受け止めた。

 

 

「セシリア、誤射になっても構わんから援護を頼む!」

 

「ッ!?誰に言ってますの!このセシリア・オルコット、同じ過ちを二度繰り返す程愚かでは有りませんでしてよ!」

 

 

ブルー・ティアーズからの精密射撃を回避、しかしそこに箒の打鉄が迫り、実体ブレードがアルファートに叩き込まれる。

 

 

「一夏!!」

 

「おう、任せろッ!!」

 

 

体勢を崩したアルファートに、白式が瞬時加速で迫る。その手の雪片弍型は零落白夜を発動している。勝負を決めるつもりだ。

 

 

「貰ったああぁぁ!!」

 

 

嬉々とした表情の一夏が零落白夜を振るう。そして、直撃。エレンのアルファートは絶対防御を発動させてしまい、急速にシールドエネルギーを削り取られてゼロになる間際。

 

ポロッと手から球体が滑り落ちた。

 

 

「一夏。貴方は道連れですよ」

 

 

ポカンとした刹那、爆音と共に凄まじい衝撃が一夏を襲った。そのままシールドエネルギーがゼロになった一夏は、エレンと共に緩やかに墜落して行く。

 

 

「お前なぁ……自爆とかマジかよ!これからセシリアにリベンジしたかったのに!!」

 

「三体一とはいえ、流石に一機も堕とせないのはショックですからね。手荒な手段でしたが成功して良かったですよ」

 

 

結局、その後は箒を封殺したセシリアの独り勝ちだったのは言うまでは無いだろう。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「では、今日はこの辺りで終わりにしましょう」

 

「おー、今日も疲れたなぁ」

 

「まあ、最初の頃に比べればだいぶマシだがな。これもエレンの訓練のお陰だな」

 

「いえいえ、二人の呑み込みが早いからですよ。では、俺はお先に失礼しますね」

 

「あら、わたくしもご一緒してよろしくて?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 

エレンとセシリア。珍しい組み合わせだが、二人が並んで歩くその様は絵になる。

 

一夏はそんな事を考えてボーッと二人を見送りながら、隣の箒に声を掛ける。

 

 

「なあ、箒。あの二人、付き合ってんのかな?」

 

「……はぁ。一夏、お前という奴は、本当にどうしようもない」

 

「え?何だよ、それ」

 

「何でも無い。それよりピットに戻るぞ」

 

「おうよ」

 

 

ピットに戻った二人はISを解除。同時にISの補助が無くなり、疲れがドッと押し寄せる。

 

自分と同じように汗に濡れた箒の横顔が何時もとは違い、何処か艶めかしい。一夏は頭をブンブンと振って、その考えを頭の片隅に追い払った。

 

 

「今日もシンドかったなぁ。でもまあ、エレンの特訓のお陰で俺も大分強くなったよな?」

 

「そうだな、セシリアと三人掛だったとは言え、エレンを撃墜出来たしな」

 

「……でもよ、代表候補生でも無いのにセシリアより強いってどういう事なんだろうな」

 

「……噂だが、エレンのアルファート、未登録のコアが使われているらしいぞ」

 

 

規格外の操縦者。そして、未登録のコア。二人の頭にとある人物が連想されてしまう。

 

 

「いやー、まさかなぁ。そんな分けないだろ~。大体、あの人とまともに会話出来る人、殆どいないしな」

 

「それもそうか。心配のしすぎたな、私達は」

 

 

あはは、と声を重ねて笑っていると、 不意にスライドドアが空く。其処には本日、劇的(?)な再会を果たした一夏のセカンド幼馴染ーーー鳳鈴音がいた。

 

 

「おつかれ。はい、タオルとスポーツドリンク。温いのでいいんだよね?」

 

「おー、助かる。サンキューな、鈴」

 

 

常に厳しいファースト幼馴染とは正に正反対。これが幼馴染の気遣いってヤツか……などとくだらない事を考えてみたり。

 

 

「にしても変わらないねー。一夏は。その健康マニアっぷり」

 

「何を言うか。若い頃から不摂生な生活をしていると歳取ってから苦労するんだぞ」

 

「はいはい、相変わらずジジくさいんだから」

 

 

ケラケラと笑う鈴に釣られ、一夏も笑みを零す。思えば、こうして話すのも中2の冬に彼女が転校して以来になる。何処か懐かしく、そして変わらぬ彼女との掛け合いが、一夏は純粋に好きだった。

 

 

「ねえ、一夏。あたしがいなくて寂しかった?」

 

「ん?ああ、まあな。やっぱ遊び友達が減るのは寂しいだろ」

 

「そうじゃなくってさぁ。もっと、こう言う事があるでしょ?ほら、例えばーーー」

 

 

心なしか少し照れているような鈴に首を傾げる一夏。しかしそこで、完全に空気になっていた箒がワザとらしく咳払いをした。

 

 

「一夏、私は先に戻る。部活棟のシャワーを使って帰るから、今日は先にシャワー使っていいぞ」

 

「おう、サンキューな」

 

「うむ。では、また後でな」

 

 

そのままスタスタと更衣室を出て行く箒。二人からしたら別段何時もと変わらぬ光景であったのだが、それは鈴に大きな衝撃を与えていた。

 

 

次の瞬間、鈴の怒声が一夏を貫き、更に一悶着あったのは言うまでも無い。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

場所は変わり、反対側のピットにはセシリアとエレンが佇んでいた。

 

 

「どういう風の吹き回しですか?俺に用だなんて。貴女はてっきり、一夏の事を好いているとばかり思っていたのですが」

 

「なっ!?ななな何を仰っているのかしら?わたくしは、別にそんな風に一夏さんを見ているワケではーーー」

 

「ふふふ、冗談です」

 

 

悪戯っぽい笑みを浮かべるエレンに気付き、更に顔を真っ赤にさせるセシリアであったが、一度深呼吸。終える頃にはいつも通りの彼女にーーー否、何処か冷たい雰囲気を纏っていた。

 

 

「率直に聞きますわ。先日、我がイギリスが開発していた第三世代型IS『サイレント・ゼフィルス』が何者かに強奪されましたわ。それについて、何か知っていまして?」

 

「……あの、それって機密じゃないんですか?」

 

「質問の答えになっていませんわ」

 

 

冷淡な返答に、エレンの表情から笑みが消えた。同時に思考を巡らせ、直ぐに答えに辿り着いた。

 

 

「……そうですね。結論から言いますと、俺は関係がありません。いや、全く関係が無いとは言えませんがーーーそれはまあ、置いときましょう」

 

「いえ、其処が重要なのですわ。不躾ですが、貴方の調査は我が祖国の誇る諜報員達により済んでおりますの。出生から現在までの動向、全てがデタラメという事もです。

 

単刀直入に聞きますわ。エレン・クロニクル、貴方は『企業』の関係者では無くって?」

 

セシリアは口ではこう言っているが、実際エレンの経歴に関しての調査結果では何一つ怪しいものが出てくることはなかった。なんら特徴のない平々凡々な人生を送ったどこにでもいる少年、しかしセシリアはえれんの卓越した戦闘技術を目の当たりにして、その結果に違和感を覚えていたのでカマをかけたのだ。

 

エレンはそうとは気づかずに、めんどくさそうにため息を零す。

 

「……はぁ。分かりました、話しましょう。しかし、一夏とーーー特に、箒さんには内密にお願い致します」

 

「それは内容次第ですわ」

 

 

更に強まる疑惑の眼差しに苦笑いをもらし、エレンは話し始めた。

 

 

「俺は、篠ノ之束博士によって送り込まれた織斑一夏と篠ノ之箒の護衛です」

 

「……それを証明出来るものはありまして?」

 

「ええ、誠に不本意ながら」

 

 

そう言ってセシリアに見せたのは、首から下げていたドッグタグであった。首を傾げるセシリアにエレンは言葉を繋げる。

 

 

「オルコットさんは、『黒騎士』を知っていますか?」

 

「ええ、勿論ですわ。篠ノ之束の護衛として存在する、未確認ISの通称です」

 

「では、見ていて下さい」

 

 

瞬間、エレンの身体が光に包まれる。そして次の瞬間、目の前に展開されたISにセシリアは目をパチクリさせた。

 

 

「まっ、まさかそのISはーーー」

 

「ええ、世間一般で『黒騎士』と呼ばれるISです」

 

 

白と黒のモノトーンカラーと、鋭角的なフォルムの完全装甲(フル・スキン)。そこには確かに、『黒騎士』と呼ばれるISがいる。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいまし!エレンさんのISはアルファートでは無くって?」

 

「ええ、そうですよ。単純な話ですが、俺はコアを二つ持ってるんですよ」

 

「なっ!?そんな事がーーー」

 

「俺の飼い主はあの天災ですよ?ISのコア位で驚く事も無いでしょう」

 

 

ISを解除、『ストレイド』をステルスモードに移行させたエレンは左手のアームバンドーーー待機状態の『アルファート・カスタム』を見せながら、さも当たり前のように言う。

 

 

ISのコアは完全なブラックボックスと化しており、篠ノ之束博士以外には製造が出来ないと言われている。しかもとある日を境に製造中しした為、その絶対数は467個。未登録とは言え、コアを二つも保有している個人ーーーそれがこの世界に於いてどれだけイレギュラーで危険な存在かは説明するまでも無いだろう。

 

 

「どうですか?信じて頂けましたでしょうか」

 

「えっ、ええ。一夏さんは兎も角、箒さんまで訓練を行ってる理由も漸く理解出来ましたわ。……そして、わたくしを鍛える理由も」

 

「気を悪くしたのなら謝ります。すいませんでした」

 

「いえ、わたくしは感謝こそすれど恨んでなどいませんわ。貴方からしたら、手駒が増えた程度にしか考えていないのでしょうけど……。それで、貴方のような強者からご指導頂けるなら安いものでしてよ」

 

「意外としたたかですね、貴女は」

 

「女ってそういうものでしてよ」

 

 

二人は顔を見合わせ、笑い合う。この日、セシリア・オルコットは本当の意味でエレン・クロニクルの共犯者となった。

 

 




文字数が多めになってしまいました(._.)


次回はクラス対抗戦でお送り致します。


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クラス対抗戦

今回は文字数少なめです(._.)





五月。クラス対抗戦は既に来週へと迫っていた。

 

 

対戦表は既に発表され、初戦の対戦カードは一組VS二組の代表。つまり、一夏と鈴の対戦カード。鈴の性格からして宣戦布告やらなんやらに来そうなものだったが、そんな気配は一切見せない。それ所かあからさまに一夏を避け、更には怒ってますオーラを全面に展開している。

 

心当たりがあるのか複雑そうな表情を浮かべる一夏だが、それでもこれといった行動を起こさずに今日まで過ごしていた。

 

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 

いつも通り放課後の訓練を行うべく、アリーナへと赴いた一夏達。ピットに繋がるスライドドアが開くと、其処には鈴が待ち構えるように立っていた。

 

先日まで不満を全面に押し出していた時とは違い、腕組みをして不敵な笑みを浮かべるその姿を見つけて箒とセシリアが顔を歪めたのに気づいたエレンは、一人苦笑いを浮かべる。

 

 

「あの、凰さん?一応此処、関係者以外は立ち入り禁止なのですが……」

 

 

そうだそうだーと抗議を重ねる箒とセシリアを見て、余裕そうに鼻を鳴らした鈴は自信満々に言い切る。

 

 

「あたしは関係者よ。一夏関係者。だから問題無いわね」

 

 

清々しいまでの開き直りっぷりに呆れを通り越して最早尊敬の念まで感じ始めたエレンは、どうぞお好きにと全てを一夏に丸投げして先にアリーナへと飛び出していく。

 

 

「あの男、空気読める奴で助かったわ。其処の二人もそうだと嬉しいんだけど……。まっ、いいや」

 

 

元々気の長い方では無い箒は爆発三秒前といった所か、額に浮かぶ青筋がヒクヒクと引き攣っていく。セシリアは何処か余裕さを残したまま、ISを展開した。

 

 

「長くなりそうですし、わたくしは先に失礼しますわ。エレンさんが何時までも、わたくし達に時間を割いてくれるとは限りませんし」

 

「せっ、セシリア!?……わ、私も先に行くからな!いいか、一夏。お前も早く来るんだぞ」

 

 

ピットを飛び出したセシリアを追って、箒も訓練用の打鉄を展開するとピットを飛び出す。

 

残った一夏と鈴の間に、微妙な沈黙が訪れる。

 

 

「一夏。反省した?」

 

 

漸く切り出されたその言葉に一夏は首を傾げてしまう。その行動は鈴の怒りに油を注いでしまう結果となる。

 

 

「俺が悪かったなー、とか!仲直りしたいなー、とか!なんかあるでしょうが!」

 

「いや、鈴が放っておけって言ったんじゃないか。それに俺の事を避けてたみたいだし、それじゃ無理だろ」

 

「言うに事欠いてソレ!?信じられない!一夏、あんたそれでも男!?女の子が放っておけって言ったら放っておくわけ!?」

 

「じゃあどうすればよかったんだよ!?約束だってちゃんと覚えてだろ!」

 

「約束の意味が違うのよ、意味がっ!!兎に角謝りなさいよ!」

 

「だから、その約束を説明してくれりゃあ謝るって!」

 

「出来るわけないじゃない、このバカ!」

 

 

一夏と鈴はそれなりに長い付き合いだ。故に互いが譲らない事も分かっているが、二人ともそれで自分の意見を曲げられる程器用な人間ではなかった。

 

 

「……そうだ、ならこうしよう。来週のクラス対抗戦で勝負しよう。それで勝った方が負けた方に何でも命令出来るってどうだよ、鈴?」

 

「へぇ、いい度胸ね。代表候補生のあたしに勝負を吹っかけるなんて。いいわ、買ってあげる」

 

「俺が勝ったらお前の言う約束の意味を話して貰うからな」

 

「なっ!?……ふっ、ふん!いいわよ!その代わり、あたしが買った時は誠心誠意謝罪をして貰うから覚悟しておきなさいよ!」

 

 

鋭い視線を一夏に浴びせた後、鈴はアリーナから出て行く。そして啖呵を切った数秒後、圧倒的不利な現状を少しでも何とかする為に一夏はエレン達の元へと急ぐのだった。

 

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

そして迎えた試合当日。第二アリーナにて行われる第一試合は学園のーーー否、世界から注目を集める男性操縦者にしてブリュンヒルデの弟である織斑一夏と中国代表候補生である凰鈴音。

 

その話題性は凄まじく、席は満席。立ち見で見る生徒も多く、更には来賓として各国の重鎮も訪れているため観客席は多いに盛り上がっていた。

 

 

控室へと向かった一夏達と別れたエレンはそんな大多数から外れ、人気の無い通路で携帯端末を弄っていた。

 

 

「……はぁ。全く、何を考えているのか」

 

 

ディスプレイに映るのは今朝届いた彼の飼い主からの指令書ーーーと言うよりは、連絡事項みたいなものである。そしてそれにより、エレンの頭痛は加速度的に増していた。

 

その内容と言うのが、これである。

 

 

『えっくんへ。

 

はろはろ、えっくん元気かなー?束さん達はみーんな元気もりもりだよ!まあ、強いていうならくーちゃんが寂しがってるぐらいかなぁ。あっ、フィオナちゃんは心配してたよ。生温い環境で弱くならないかってね!

 

さて、では本題にはいりまーす。実はね、今日そっちに束さん制作の無人機試作型『ゴーレム』を送っちゃいました!いっくんとチャイニーズの試合中に乱入させるけど、最初は邪魔しないでね~。束さんはいっくんの成長具合が気になるのですよ!いっくんが撃破したらゴーレムはIS学園に回収させちゃっていいからね~。もしいっくんが危なくなったら助けてあげてね!

 

らぶりー束さんより』

 

 

「はぁ。何で俺がこんな尻拭いまで……」

 

 

一応、ゴーレムのスペックデータも送られて来ている。それを見る限り、恐らく今の一夏なら十分対応出来るだろう。

 

と言っても過信は禁物。一夏は大事な場面で小さなミスをする傾向が多々あり、それはエレンも訓練を通して把握している。故に、万が一に備えて準備をしなければならない。

 

 

その時、エレンの携帯端末が無機質な着信音を告げた。懐から取り出したのは主に学園で使用している携帯端末。見れば、簪から一件のメッセージが届いていた。

 

 

『今何処にいるの?よかったら一緒に観戦しない?』

 

 

それは実に珍しく、簪からお誘いのメールだった。エレンからして見れば、一夏を毛嫌いしていた簪が今日の試合を見に来ている事自体が意外である。普段の彼ならば二つ返事で了承するのだが、如何せん今日に限っては仕事がある。簪に謝罪のメッセージを転送し、携帯端末の電源を落とした。

 

 

結局、簪の打鉄弐式は完成していない。厳密にはギリギリで完成したのだが、キチンとした作動テストが行えなかったので今回の対抗戦は見送っていた。まあ、どちらにせよ、これから起きるイレギュラーのせいで対抗戦は中止になるのだろうが。

 

 

「……イレギュラーが一つならばいいのですがね」

 

 

何処か憂いを帯びた言葉を残し、エレンは通路の暗がりへと消え行った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

人、人、人。生徒のみならず教師や何やらお偉いさん方までもがいる。初めての大規模な観衆に、ISを展開した一夏は震えていた。

 

目の前でISに身を包む鈴は何時もと同じように不敵な笑みを携えていて、そんな彼女を羨ましくも感じてしまう。

『両者、規定の位置に着いて下さい』

 

 

コールに従い、二機のISは高度を上げる。一機は一夏の駆る、表面上は日本によって開発された事になっている純白の機体、白式。そしてもう一方は、中国の第3世代型IS、甲龍(シェンロン)だ。

 

 

セシリアのブルー・ティアーズやエレンのアルファート・カスタムとはまた違った様相の機体。近接戦に特化しているのは手元の巨大な青龍刀から察せられるが、気になるのは妙に刺々しい形状の非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)。十中八九、あれが第3世代兵器だろう。

 

そう目星を付けた一夏の思考は、しかしそれよりも気になる点へと移る。

 

 

(しかし、シェンロンって……。流石中国というべきなのか?ややこしいし、俺は甲龍(こうりゅう)って呼ぼう)

 

上昇停止。規定位置につく。両者の距離は10m。ISの速度なら瞬く間に潰せる距離だ。

 

一夏が第一手をどうしやうかと思案を巡らせていると、不意に鈴からの開放通信(オープン・チャネル)が入った。

 

 

「一夏、今謝るなら少しくらい痛めつけるレベルを下げてあげてもいいわよ」

「鈴、これは勝負って言ったよな?……手加減なんかしたら承知しねぇぞ」

 

「っ!?うっさいわね、分かってるわよそんな事!お望み通り、全力で叩き潰して上げるわ!!」

 

 

鈴は一瞬、得体の知れない威圧感を放った一夏に怯えたモノの持ち前の胆力で直ぐに啖呵を切る。そして一夏はニヤリと笑みを浮かべ、それに答えた。

 

 

「ああ、そうじゃないと意味がない。自分が何処まで成長してるのか……悪いが、鈴で試させて貰う」

 

 

セシリアとエレンと行った最初のバトルロワイヤル。一夏が真っ先に撃墜されなかったのは色々な条件が折り重なり、そこから生まれた奇跡によってだ。それは誰よりも一夏がよく分かっていた。

 

しかし奇跡は二度も続かない。ましてや今回は完璧なタイマン勝負。以前の様にさりげないエレンのカバーを受ける事も出来ない。頼れるのは己自身の能力だけ。

 

 

この状況の全てが、一夏を高揚させた。

 

 

熱を帯びてきた思考を冷ますべく、一度深呼吸。そして雪片弐型を正眼に構える。

 

そしてーーー。

 

 

『試合開始』

 

 

ほぼ同時に、両者が瞬時加速を発動。刹那の間に距離を詰め、互いの得物を振るう。

 

 

ガキィン!

 

甲高い音と共に雪片弐型と甲龍の持つ青龍刀ーーー双天牙月が激突。火花を散らす。鈴がもう片方の青龍刀を振るうよりも先に剣を引いた一夏は、そのまま上昇して距離を取った。

 

すかさず追撃する鈴。手数の多さもさることながら、持ち前の操縦技術により繰り出される流麗な連撃。しかし一夏はそれらを雪片弐型と回避起動を交えて上手くやり過ごして行く。

 

 

暫くして、鈴が距離を取った。

 

 

「……へぇ、あたしの連撃を凌ぐなんてやるじゃない」

 

「エレンのヤツ、俺とやる時大抵二刀流だからな。手数の多い攻撃には大分慣れたよ。……それに、あいつの攻撃に比べれば全然楽だしな」

 

 

無意識に口にした一夏に悪気は無かったが、それは鈴のプライドを多いに傷付けた。

 

鈴とて血の滲むような努力をして現在の立場を手に入れたのだ。そんな自分が最近現れたという二人目のイレギュラーに劣ると言われて憤りを感じないはずが無い。

 

 

「舐めた口聞いてくれるわね……。なら、これでどうよ!」

 

 

双天牙月の柄の部分を連結。それをバトンのようにクルクルと回しながら鈴が迫る。

 

回転する刃の動きを読むのは容易では無い。しかし一夏は鈴の繰り出す斬撃を雪片弐型で的確に受け流して行く。ただ、それが精一杯。流石に反撃までは行えない。

 

 

(このままじゃ埒があかない。……まだ見せたく無かったが、仕方ないか)

 

 

「鈴。行くぞ」

 

「はぁ?攻めてんのはあたしーーー」

 

 

次の瞬間、一夏が目の前から消えた。一瞬惚けた鈴だが流石は代表候補生。20m下方向34°ーーーハイパーセンサーに一夏を捉える。それは本当に一瞬の隙であったが、しかし一夏にはその一瞬さえあれば良かった。

 

 

「うおおおおおぉっ!!」

 

 

零落白夜起動。青白いレーザーブレードを手に、下方向からの瞬時加速による急速接近。

 

あまりに予想外のその挙動に、鈴の表情が驚きに染まった。

 

 

(ーーー獲った!!)

 

 

一夏が勝利を手にしたと感じた刹那、白式からロックオンアラートが鳴り響く。そして次の瞬間には凄まじい衝撃を感じた。

 

 

「ぐあっ!?」

 

 

地面に叩きつけられた一夏は一瞬何がが起きたか理解出来なかった。直ぐにISの状態を確認。エネルギーシールドが減っている事に気づく。

 

 

(今の攻撃が甲龍の第三世代兵器か?見えない衝撃……ダメだ、さっぱりわからん。分かったのは非固定浮遊部位がスライドしてから衝撃が来た事……あれが砲口なのか?)

 

 

「一夏……今あんた、何したの?」

 

 

攻撃が決まったはずなのに、逆に追い込まれたかのような表情の鈴に一夏は首を傾げてしまう。

 

 

「何って……瞬時加速して零落白夜で切りかかっただけだろ?」

 

「違う、その前よ!」

 

「前?……ああ、アレは下方向に瞬時加速したんだよ」

 

 

その言葉には鈴だけで無く、観客達すら絶句した。さも当たり前のように言い放った一夏だが、下方向への瞬時加速など誰が考えをしたか。その発想もそうだが、それを成す技量にも舌を巻く。

 

一夏からしてみればエレンの真似をしてみただけ。しかも、毎日こんなレベルの機動技術を見せつけられている彼からしたら、そんなに驚く意味も分からないのだが。

 

 

「お喋りは終わりにしようぜ、鈴。再開だ」

 

「ふっ、ふん!ここからは一方的な展開になるわよ、一夏!」

 

「望む所だ!」

 

 

甲龍の非固定浮遊部位がスライド。エネルギーが収束されるのが視認出来る。その瞬間に一夏はハイパーセンサーの感度を引き上げる。

 

 

ーーー21m前方42°にて大気の歪みを感知。

 

白式から告げられた情報に従い、一夏はほぼ直感的に機体を動かす。先程のような衝撃は無い。

 

鈴は一瞬驚いたように表情を変えたが、次の瞬間には再度エネルギーをチャージ。第三世代兵器『龍砲』が牙を剥く。

 

 

しかし同じ要領で一夏はそれを回避して見せる。四回目の攻撃が失敗に終わった時、鈴は思わず声を上げた。

 

 

「一夏、あんた『龍砲』が見えるの!?」

 

「見えねぇよ?だからハイパーセンサーで大気の歪みを感知した瞬間に動いただけだ」

 

「……そうね、あんたは世界最強の弟だもんね。そのぐらい出来ても不思議じゃないわ」

 

 

はぁ、とため息を漏らす鈴。しかし顔を上げた彼女の顔には落胆は無く、寧ろ先程までより更に闘志が感じられる。

 

 

「けどね、こっちだって代表候補生としてのプライドがあんのよ!IS動かして一ヶ月そこらのあんたに負けるわけにはいかないわ!! 」

 

 

一般人ならすくみ上がるような闘気を発する鈴に、一夏も不敵な笑みを返す。

 

 

「一ヶ月もあれば人間変わるもんだぜ?見せてやるよ、今の俺の全力……」

 

 

お互いが瞬時加速で距離を詰めようとした刹那。

 

 

一条の光が、アリーナに降り注いだ。

 




次回はVSゴーレムの予定です。

多分、一週間ぐらい間が空いてしまいますがf^_^;


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イレギュラー

随分と間が空いてしまいまして申し訳ございません。
最近忙しいのと……そして何より、ACVDのお陰でなかなか執筆が出来ず仕舞いでして(._.)

いやー、VD面白いです。Vのオンライン速攻で投げた私ですが今回は楽しめてます。マッチング速度も素晴らしいですし。……何か宣伝みたいになってますね。


最後に一つだけ。武器腕のブレードマジでイケメンです。





「……来ましたね」

 

 

地面を揺らす衝撃。そして次の瞬間には警報が鳴り響き、赤いランプが点滅する。相変わらず人気の無い通路にその身を置くエレンは、手元の携帯用ディスプレイに映し出される異形のISを見て、小さくため息をもらした。

 

 

形状は異質の一言に尽きる。灰色のカラーリングを施されたその姿は今時珍しい全身装甲(フル・スキン)。異常に長大な両腕は膝下まで伸びており、異様な外観を助長している。

 

そしてエレンが何よりも呆れたのは、先程アリーナのシールドを一撃で粉砕したその火力である。

 

 

「予定スペックより高くなってるじゃないですか、あの駄兎……」

 

 

大方、作ってる途中にテンション上がってこうなったのは察しがつく。というか、これでもフィオナ辺りが止めてくれたのだろう。もし彼女がいなかったら、更にデタラメなスペックになっていたに違いない。

 

 

若干ながらデータ上のスペックに違いはあれど、今の一夏になら問題無いだろうとエレンは判断した。無論、1人ならば手に余る相手だが今回は僚機として中国の代表候補生がいる。彼女の技量は見た所それなりだし、そこそこの援護は期待出来そうだ。

 

 

「お手並み拝見です、一夏」

 

 

気付かぬウチに笑みをもらしてた事に気づいたエレンは取り繕うようにそう呟き、万が一の為に移動を開始した。

 

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「何なんだ、アイツ」

 

 

突如として現れた未確認のIS。機体登録もされていない、通信にも応じないそれは正しくイレギュラー。一夏と鈴は休戦し、その動向に意識を向けていた。

 

 

「鈴。あれ、何なのか分かるか?」

 

「見た事の無い機体ね。多分、イレギュラー。……一夏、あんたは先にピットに戻りなさいよ」

 

「お前はどうすんだよ?」

 

「暫く戦って時間を稼ぐわ。何方にしろ、あの機体がアリーナのシールドを破壊する程の火力を持っている事が分かった以上、放置出来ないしね」

 

「で、鈴は俺が大人しく引き下がるように見えるのか?」

 

 

イタズラっぽく返す一夏に鈴は呆れたような、しかし何処か楽しげな表情を浮かべるとため息をもらす。

 

昔から一夏が無茶をしようとする時、鈴は決まってこう返していたのだ。

 

 

「仕方ないわね。あたしが手伝って上げるから感謝しないさいよ」

 

 

昔に戻ったかのような錯覚に、一夏と鈴は思わず笑みを浮かべ、そして互いの武器の切っ先を打ち合わせた。

 

その表情に恐れは無い。

 

 

『織斑君、鳳さん!聞こえますか!?今すぐ教員部隊がISで鎮圧に向かいます!今すぐアリーナから脱出して下さい!』

 

 

秘匿通信で焦った様子の真耶から通信が入る。その声には、いつもより何処か厳格さが宿っているように思えた。

 

 

『俺と鈴でヤツを足止めします。その間に先生方は生徒の避難を優先させて下さい』

 

『そっ、そんな事認められません!織斑君達だって生徒なんですよ!?それで貴方達が怪我をしたら元も子もありません!』

 

『先生も最初の一撃、見ましたよね?ここで俺達が逃げて、アイツが1人になったらあの火力が客席に向かないとは限らないじゃないですか』

 

『それは!……そうですが』

 

 

頭では理解出来ても、心で納得出来ない真耶は言葉を詰まらせてしまう。そんな通信に割り込んだのは千冬だった。

 

 

『……織斑、鳳。10分だけ時間を稼いげ。但し少しでも危険だと感じたら直ぐに引き上げろ。いいな?』

 

『『了解!』』

 

 

通信を切った二人は大きく頷くと、未確認機との戦闘を開始した。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「織斑先生!いいんですか!?生徒達にあんな危険な役目をーーー」

 

「本人達がやると言ったんだ。やらせてみようじゃないか。それに鳳は代表候補生だ。引き際も弁えている」

 

 

千冬はすでに犯人の目処を立てている。推測に過ぎないが、護衛として派遣されているエレンが戦闘に介入していない点を考慮すれば十中八九は正解だろう。

 

無論、それでもただ1人の肉親が危険な場所にいるのだ。まったく心配では無いと言ったら嘘になる。

 

 

「でもーーー」

 

「山田先生。糖分を取れば少しは落ち着くぞ」

 

 

コーヒーを注いだ千冬は砂糖の横にある塩を何度かカップにいれる。普段の彼女らしからぬその行動に目を丸くした麻耶だったが、次の瞬間には納得したように手を合わせた。

 

 

「やっぱり織斑先生も心配なんですね!織斑君は実の弟さんですし」

 

「なんでそんな話になる。第一私はーーー」

 

「だって、さっき入れてたの塩ですよ?」

 

「……何故こんな所に塩が置いてある?」

 

「何ででしょうね?で、やっぱり織斑君の事が心配でーーー」

 

 

水を得た魚のように幕し立てる真耶に千冬の鋭い眼光が飛ぶ。そしてずいっ、と今しがた多量の塩をいれたコーヒーを突き出した。

 

 

「山田先生は疲れているようだな。コーヒーでも飲むといい」

 

「……い、いや。私は喉乾いてないんで大丈ーーー」

 

「飲むといい」

 

「はっ、はいぃ……」

 

 

千冬の有無を言わさぬ態度に涙目になってしまった山田先生は仕方無しにコーヒーを受け取ると、まずーと嘆きながらも飲み始める。

 

そんな真耶を尻目にセシリアが千冬に詰め寄った。

 

 

「織斑先生!何故直ぐに助けに行かないのですか!?教員部隊が鎮圧すれば一夏さん達が危険な目に合う必要は無いのでしょう?」

 

「これを見ろ」

 

 

手元のコンソールを叩き、画面を変える。其処に映されたのはアリーナのステータスページ。何処もかしこが真っ赤に染まっており、扉は殆どがロック、更に遮断シールドまで展開されているとの表記が現れていた。

 

 

「ハッキング……このIS学園にですか!?相手は誰ですの?」

 

「不明だ。但し、相当なハッカーなのは確かだ。現在も三年の精鋭と教師がシステムクラックを実行中だが、まだ時間が掛かるだろう」

 

「そんな無謀な人間がいるなんて……」

 

 

信じられないといった様子のセシリアを尻目に、千冬は部屋を見渡す。そして一つの変化に気づいてしまった。

 

 

「……篠ノ之は何処だ?」

 

「箒さんですか?先程まで其処にーーーあら?」

 

 

千冬の表情が鋭いモノに変わるが、それに気づいたモノはいなかった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「ぜえぇぇいッ!!」

 

 

零落白夜、起動。接近した白式はその刃を振るう。対する未確認機は各所に取り付けられたスラスターで無理矢理回避機動を行って離脱。

 

そこから身体を駒のように回転させ、更に掌からレーザーを放って白式を迎撃。其処に甲龍の『龍砲』による牽制が行われ、その隙に白式は離脱する。

 

 

このやり取りは既に三回目であり、レーザーの範囲から離脱した一夏はため息を吐いた。

 

 

「くそっ、何なんだあの機体!?動きが予測出来ねぇ」

 

「あたしも初めて見るわ、あんなデタラメなの。にしても一夏、そろそろ決めないとヤバイわよ?」

 

 

お互い目立った被弾は無いモノの、当初の戦闘でのダメージも残っておりシールドエネルギーに余裕は無い。零落白夜を使用した白式は特に顕著で、既に3割を切っていた。

 

 

「わかってる。もう一回だ」

 

「またやる気?三回も失敗してるし、作戦を変えた方がいいと思うけど」

 

 

此処で一夏の中で何かが引っかかる。

 

 

(……そうだ。零落白夜で攻撃した時、アイツの取る行動が毎度同じだったんだ。強引にスラスターを吹かして離脱、回転してレーザーの繰り返し。……なんだ、この違和感は)

 

 

「なぁ、鈴。あのIS、変じゃないか?」

 

「そういえば、あたし達が話してる間は攻撃して来ないわね。まるで話を聞いてるみたいに」

 

「それもそうだし……あのIS、本当に人が乗ってるのか?動きがワンパターンじゃないか?まるで、予め設定を組み込まれたプログラムみたいだ」

 

「無人機だって言いたいの?仮にそうだとして、どうなるのよ」

 

「遠慮無く全開の零落白夜で叩き切れる」

 

 

不敵な笑みを浮かべ、一夏は答える。

 

 

ISのシールドを無条件で破る零落白夜。それを発動する時、一夏は深い斬撃を入れることを躊躇して使っている。無論、それは彼の技術が未熟だという側面もあるのだが、主な理由はあまりにも高威力な為まともに当てたら操縦者に甚大な被害を被らせてしまうからだ。

 

しかし、もしアレが無人機ならば。迷い無く剣を振れるならば。一夏は、その刃を未確認機に届かせる自信がある。

 

 

「そもそもその攻撃が当たらないじゃないの」

 

「次は当てるさ。それに策もある」

 

「ふふふ、言ってくれるじゃない。じゃあ、あり得ないと思うけどアレを無人機だと仮定して攻めてみましょうか」

 

「頼りにしてるぜ、鈴」

 

「で、あたしは何をすればいいの?」

 

 

鈴はニヤリと不敵に笑う。それは昔の彼女がよく見せた、『もし間違っていたら駅前のクレープを奢らせる』という顔。一夏はこんな状況でも変わらない幼馴染に苦笑いを返す。

 

 

「合図をしたら全力でアイツにーーー龍砲だっけ?あれを撃ってくれ。最大威力で」

 

「いいけど当たらないわよ?」

 

「いいんだ、それで」

 

 

これ以上の問答は無用。一夏が集中し始めた事に気づいた鈴は小さく頷くと、龍砲のチャージを開始する。

 

 

そして白式が事を起こそうと突撃体勢を取った刹那。キーンとハウリングが響き、次の瞬間には聞き慣れた少女の声が響いて来た。

 

 

「一夏あぁっ!」

 

 

驚きつつハイパーセンサーで確認すると、中継室に箒がいる。肩で息をする彼女の表情は憤っているようにも、そして不安そうにも見える矛盾したモノであるが、しかし今の一夏にはそんな事を気にする余裕は無かった。

 

 

「箒!?速くそこから逃げろ!!」

 

 

未確認機が完全に箒の事をロックしている。両腕を前方に翳し、エネルギーチャージ。その様相に一夏は、未確認機がアリーナのシールドを突破した初撃を放とうとしている事を直感的に理解する。

 

 

「鈴、龍砲頼む!」

 

「まっかせなさい!……って、一夏!あんた邪魔だからどきなさいよ!?」

 

 

何故か甲龍の前に立ちはだかる白式に通信を送るも、帰ってくるのは早くしろという淡白な通信のみ。鈴は半ばヤケクソ気味に怒鳴った。

 

 

「あー、もう!どうなっても知らないからね!!」

 

 

龍砲、最大威力で発射。

 

白式のハイパーセンサーがそれを伝えると同時に瞬時加速を発動。背後に『丁度』現れた莫大なエネルギーを速度へと変換し、通常の瞬時加速を遥かに上回る速度で飛び出した白式は瞬く間に未確認機に接敵し、そして絶対的な威力を誇る青白いエネルギーブレードでその両腕を両断した。

 

切断箇所に雷が迸り、そして小爆発。それと同時に一夏は秘匿通信でとある人物へ通信を飛ばした。

 

 

『狙いは?』

 

『完璧ですわ』

 

 

刹那、いつの間にか上空にて待ち構えていたブルー・ティアーズによる一斉射撃。

 

四つのレーザービット、そしてその手のスターライトmk-3から放たれた五つの蒼い軌跡は吸い込まれるようして未確認機へと向かい、そしてその装甲を抉った。

 

爆音。そして大破した未確認機が墜落して行く。

 

 

『流石だよ、セシリア』

 

『ふふふ、一夏さんこそ。いい作戦でしたよ。賭けの要素も大きかったですけど』

 

「ふぅ、何にしてもこれで一件落着ーーー」

 

 

セシリアとのプライベート・チャネルを閉じた一夏がそう漏らした刹那。白式のセンサーが更なる情報を告げる。

 

 

ーーー上方より熱源多数接近。『企業』所属のコアと判明。ロックオンされています。

 

 

それは誰も予想していなかった乱入者。新たな侵入者は、バイザー越しに笑みを浮かべた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

 

待機していたエレンは新たな侵入者を感知すると直ぐに移動を開始し、そして秘匿通信で束へと通信を送った。

 

 

『此方エレン。学園上空に『企業』のISが出現しました。数は三機。何れも俺が依然に撃退した機体です』

 

『こっちでも確認したよ。まさか束さんの包囲網を潜り抜けるとは……やっぱり『企業』には少し出来るヤツがいるみたいだ』

 

 

束が他者の能力を認める事など滅多にない。そしてその言葉に込められた苛立ちを感じ取ったエレンだが、追及はしなかった。

 

 

『目的は恐らくゴーレムの回収。もしかしたら、白式も狙われている可能性が有り。『ストレイド』を出しますか?』

 

『……お願いするよ。いっくんと箒ちゃんの安全を第一に、ゴーレムはなるべく企業の連中に奪われないようにして』

 

『了解です。通信終わり』

 

 

通信を終えたエレンはそのまま外に出る。辺りに誰もいない事を確認した彼が『ストレイド』を呼び出したのとほぼ同時に、爆音がアリーナに響き渡った。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「あー、下にいるIS共に告げる。ウチらは『企業』所属の特殊部隊だ。『たまたま』近くで任務活動中、このIS学園が襲撃を受けている事を感知して救援に来た。感謝しろ」

 

「生憎だが、襲撃は終わったよ。わざわざありがたいが、お引き取り願おうか」

 

 

一夏が言葉を返すと、先程と同じ少女が苛立たしげに鼻を鳴らした。

 

 

「皆まで言わなきゃわかんねーか、クソガキ。ウチらがその未確認機回収してやるからそこから消え失せろ。さも無くば消すぞ」

 

 

それは明確な敵対宣言。幾ら世界に影響力を持つ『企業』と言えども完全中立地帯を貫くIS学園を襲撃したとなれば、それこそ各国から狙い撃ちされ兼ねない。

 

そんな簡単な事がわからないほど愚かでは無い少女ーーーツヴァイは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて言葉を重ねた。

 

 

「言っとくが、IS学園を覗き込んでる各国の監視衛星はジャミングしてる。今ここで何が起ころうと、何とでも理由はつけられんだ。……もう一度言うぞ、ガキ共。退け」

 

「嫌だね」

 

「そうか。……フィア、ブチ破れ」

 

「了解しました」

 

 

一夏を一蹴したツヴァイが端的に告げると同時、フィアが背部のレールカノンとグレネードランチャーを発射。アリーナのシールドが音を立てて崩れ落ちて行く中、一夏達に通信が入る。

 

 

『アリーナにいる専用機持ち達。聞こえているな?お前達の目の前にいるのは正真正銘の戦争屋だ。一介の学生がどうこう出来る相手では無い。織斑と鳳のお陰で生徒の避難は既に済んでいる。教員部隊が其方に向かうから今すぐに離脱しろ。……いいか、絶対に戦うな。お前らでは、死ぬぞ』

 

 

恐らく、その時の千冬の声は今迄聞いた中でも最も重い響きを持っていた。納得がいかないのか鈴とセシリアが何やら抗議をしている隙に、三機のISがアリーナに侵入して来る。

 

ゆっくりと高度を降ろして行き、やがて着地した。

 

 

「お前が世界で初って事になってる男性操縦者か。確か、織斑一夏だったな」

 

「……だから何だよ?」

 

 

一夏はツヴァイに注意を払いつつ、白式のステータスをチェックする。残シールドエネルギーは二割。実体レベルの損傷は皆無。但し先程の無理な加速により背部のウィングスラスターの出力が17%の低下。

 

まだ、戦える。

 

 

「お前の姉は確か、織斑千冬ーーーブリュンヒルデだったよなぁ?こりゃあ、都合がいい。テメェをいたぶればあの女も出てくんだろ」

 

 

残忍な笑み。ツヴァイへの嫌悪感を隠そうともせずに睨みつける一夏だったが、そんな二人の間に割って入る影がある。

 

 

「ツヴァイ、任務を優先すべきです。いくら雑魚と言っても一応は専用機持ち。無駄な時間を喰えば教職員の部隊まで出張ってきます」

 

「ウチは『ツヴァイ』だぜ?『フィア』のお前が指図出来る人間じゃねぇんだよ」

 

 

吐き捨てるように告げるツヴァイに、フィアはため息を漏らす。反論しようにもツヴァイの意見が正しい。自分は『フィア』で相手は『ツヴァイ』。何方の意見が尊重されるかは明白である。

 

 

「……分かりました。ではプランを変更します。今、其方に送ったのでご確認を。ドライも付き合ってくれますか?」

 

「楽しそうだしおっけ~」

 

「ではツヴァイ。時間になったら離脱を」

 

 

フィア、ドライのアルマデウスが離脱してゆく。ドライは未確認機を抱えてIS学園外へ。フィアはその正反対ーーー学園方面へと飛び去る。

 

それに気付いた一夏達が慌てて後を追おうすると、その前にツヴァイが立ち塞がる。

 

 

「おっと、オメェらの相手はウチだ。月並みだが、ウチを倒して先に進みな」

 

「お前ら、一体何が狙いなんだよ!?あの未確認機の回収に来ただけじゃなかったのか!?」

 

「そりゃあ『企業』の目的だよ。ウチの目的は、織斑千冬をぶっ殺す事なんだ。やる事やりゃあ、あのジジイも文句はねぇだろ」

 

 

ツヴァイの言葉に唖然とする一夏を庇う様に鈴とセシリアが出て来る。

 

 

「一夏、あんたは下がりなさい。アイツはあたし達が受け持つから」

 

「ええ、それがいいですわね」

 

 

鈴は先程までの戦闘により消耗しているが一夏程では無い。セシリアに至ってはほぼ完璧なステータス。最も経験が浅く、そしてエネルギーも減少している一夏を庇うのは当然の事なのだが、しかし一夏は納得出来ない。

 

 

「……俺も戦う。アイツの狙いは千冬姉なんだ。それを知って逃げる程俺は腰抜けじゃないし、そんな事したら俺が俺じゃなくなるんだよ」

 

「はぁ。昔っから強情ね、あんた」

 

「ふふふ、でも一夏さんらしいですわね」

 

「……おいおい、そんなチープな青春ごっこをウチに見せんじゃねぇ!本当に殺してやりたくなるじゃねぇか」

 

 

バイザーのせいでツヴァイの表情は分からない。それでも三人は目の前の少女の発する濃厚な殺意に思わず身震いしてしまう。

 

 

「行くぞ、素人ども」

 

 

苛立たしげに告げたツヴァイが瞬時加速を発動しようとした刹那、上空からナニカが物凄い速度で落下。アリーナに激突した。

 

その正体に気付いたツヴァイは驚きの声を上げ、頭上に顔を向ける。其処には白と黒のカラーリングが施されたISが佇んでいた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

ストレイドを起動したエレンは直様アリーナに寄るつもりだったが、襲撃者が三手に別れた事に気付いて一瞬だけ思考した。

 

 

一機はIS学園の方向へ。恐らくは教員部隊への囮だらう。先程、織斑千冬によって保護された篠ノ之箒がいるから優先事項は高い。しかし教員部隊がいる以上、無理にエレンが追う必要は無いだろう。

 

 

一機はIS学園を離脱するコースを取っている。四方を海に囲まれているIS学園に急遽出現した三機のIS。恐らく、IS学園のレーダーに感知されない程のステルス性を持った潜水艦か航空機が控えているのだろう。そしてこのISは其処へ未確認機を運搬する役割のようだ。

 

優先事項は第二位。取り敢えずは保留。

 

 

最後の一機はアリーナに残り、一夏達と相対している。『企業』は表沙汰にしていないがエレンのいた頃には既にIS適性を持つ男性の『造り方』を確立している。とは言っても、エレンのように様々な『オプション』を付ける事が出来なかった為、莫大なコストと能力が不釣り合いだとされ殆ど製造はされなかったのだが。

 

兎も角、そんな関係で『企業』に対する織斑一夏という男性操縦者への執着は殆ど無い。にも関わらず残っているのは束の作った白式が狙いか、はたまたはエレンの推測出来ない別の理由か。

 

優先事項は第一位。最優先で介入すべき事柄だ。

 

 

束からの命令を忠実に果たすならば今すぐに一夏達の元へ向かうべきだろう。しかしエレンは知っている。『企業』には『天災』程じゃないにしろ、『天才』と呼ぶに相応しい人間が何人もいる事を。

 

そんな彼らの元に束お手製の無人機を強奪されるのは非常にマズイ。データを解析した『企業』が更なる飛躍を遂げ、今以上の脅威を手にするのは今後の事を考えても避けるべきなのだ。

 

 

其処まで考えを巡らせて、エレンは目標を学園を離脱しようと動き出したISーーーアルマデウス・アイテールへと狙いを定めた。

 

 

固定設置された三機のスラスター、そして背部の非固定浮遊部位のウイングスラスターニ基。それらに同時にエネルギーをチャージ。そして、連続で瞬時加速を行う。

 

|個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)と呼ばれる高等移動技術を使用。元々のブースター出力の高さも有り、爆発的な速度を瞬時に手に入れたストレイドはアルマデウス・アイテールとの距離をものの数秒で縮めた。

 

背後からの急な接近に気付いたアイテールが慌てて機体を反転させるが、遅過ぎる。脚部エネルギーブレードを展開したストレイドの二連撃を受けて大きく吹き飛ぶ。

 

 

慌ててPICを制御して体勢を立て直すアイテールに、ストレイドは両腕に備え付けられたブレードアンカーを射出した。

 

 

「くぅ!?」

 

 

一本目のアンカーをシールドて防いだモノの、直ぐに迫る二本目のアンカーがアイテールを捉える。そのまま回転。遠心力を乗せてアリーナの方へ投げ飛ばすと同時に漆黒の長刀を召喚(コール)。瞬時加速で急速接近し、その刃を振り下ろす。

 

 

甲高い音と共に切り捨てられたのはアイテールの物理シールドと、機能を停止したゴーレムのコア。計算通りの結末に内心で笑みを浮かべたエレンは最後の仕上げと言わんばかりに、アイテールの胴体に踵落としを叩き込んだ。

 

 

ゴーレムの残骸と共にアリーナへと激突したアイテール。それに驚いた一夏達とツヴァイだったが、それも一瞬。直ぐに上空で佇むストレイドへと注目が集まる。

 

そしてその姿を見つけたツヴァイは歓喜に口元を歪めた。

 

 

「誰かと思えば首輪付きじゃねぇか!さて、どうすっかなぁ。首輪付きと戦るか、織斑一夏を殺るか……」

 

「また侵入者……お前ら、一体何なんだよ!」

 

 

目まぐるしく変化する状況。この場で最も経験が浅く、故に混乱していた一夏は何の策も無く突貫。

 

標的は目下の敵であるツヴァイ。笑みを深めたツヴァイも大型のバスターブレードを構え、迎撃の体勢に入る。

 

 

「一夏さん!?ああ、もうっ!」

 

「このバカ!考え無しにッ!!」

 

 

慌ててフォローに入るセシリアと鈴だが、それよりも白式とアルマデウス・グラディウスの接近の方が早い。焦る二人の視界に写ったのは、両者の間に割って入った黒と白のカラーリングが施された機体であった。

 

 

「邪魔を、するなあぁぁあ!!」

 

 

白式は構わず突撃。立ち塞がるストレイドに向かって雪片弍型を振るうがそれを綺麗に受け流されると同時に蹴り飛ばされる。

 

そんな白式に目もくれずに機体を反転、目前まで迫っていたグラディウスのバスターブレードを漆黒の長刀で受け止めた。

 

 

「何だ、ウチとはちゃんと遊んでくれんのかよ?そりゃあありがてぇなぁ!!」

 

 

力任せにブレードを振り切り、蹴りをお見舞いする。少し後退したストレイドに向けてシールドに内蔵されてるビームマシンガンを放つ。

 

 

しかしストレイドは即座に体勢を立て直すと同時に空中へ離脱。長刀の代わりに展開したサブマシンガンをグラディウスにばら撒き、弾幕を形成。その隙にセシリアに秘匿通信を送り、白式と甲龍を戦闘領域から離脱させるように伝える。直ぐに行動を起こした彼女はシールドの修復が追い付いていないアリーナの上空から離脱して行った。

 

 

 

「チッ、織斑千冬と戦えるチャンスだってのにっ!お前、マジでウザってぇ……行けよ、ルシオラぁ!!」

 

 

小型ビット兵器『ルシオラ』を四基射出。自身もバスターブレードを手に突撃。

 

先ずはビットによる牽制射撃。死角をつくというよりも、ストレイドの動きを制限するかのような弾道のレーザーを躱し、身近の一機を脚部エネルギーブレードで両断して見せる。

 

しかしそれはツヴァイが意図的に仕掛けた誘導。ストレイドが脚部ブレードを展開した瞬間に笑みを浮かべたツヴァイは瞬時加速を発動。一気に距離を詰める。

 

 

「おらああぁぉ!!」

 

 

振り下ろされるバスターブレード。しかしストレイドは全身に備え付けられた小型スラスターで姿勢を制御。無理矢理蹴りを繰り出して脚部ブレードでその一撃を受け止めた。

 

しかしツヴァイの表情には尚も笑みが張り付いている。

 

 

「甘いぜ、首輪付きぃッ!!」

 

 

ハイパーセンサーが背後から迫る物体を捕捉。それが何なのか理解すると共に、背部からの衝撃。同時に目の前のグラディウスがバスターブレードを叩き下ろす。

 

 

咄嗟に両手のサブマシンガンを盾にしたものの、サブマシンガンは爆散。勢いを殺しきれずに地面へと真っ逆さまに向かうストレイドに、『ビームによる刃』を展開した二基のビット、更には三基のビットがレーザーを放ちつつ追撃を仕掛ける。

 

 

「どうだよ、新作のBT兵器『ゼノ=ルシオラ』のお味はぁッ!?」

 

 

五基のビットの同時使用。更にその内のニ基はエネルギーブレード搭載型の特殊ビット。ツヴァイと言えどもフル稼働中は操作に集中しなければなら無い。

 

故に、次の瞬間に一瞬だけビットの操作に乱れが生じてしまった。

 

 

PA(プライマル・アーマー)展開』

 

 

無機質な機械音がそう告げると同時に、薄い緑色の粒子が散布。それはストレイドの周囲で球体のような形をとると、迫り来るレーザーを打ち消し、ゼノ=ルシオラの斬撃は弾き返して見せる。

 

 

「クソ、またその装備かよ!」

 

 

悪態をついたツヴァイは一度ビットを回収。シールドのビームマシンガンで弾幕を張りつつ後退。対するストレイドは武装を召喚。その手に現れたのは漆黒の長刀。

 

 

お互いに間合いが空くと、ストレイドはPAを遮断した。

 

 

「おい、ドライ!テメェ何時寝てやがる!さっさと援護しろっ!」

 

「怪我人に鞭打つなんて酷いよ~」

 

「グダグダ言うな。ウチらはそんな柔に造られてねぇだろうが」

 

「それもそうか~」

 

 

ここでアイテールも参戦。シールドは先程失ったが、その他の装備は健在。シールドの代わりに物理ブレードを召喚し、戦闘態勢をとる。

 

 

対するストレイドはとある人物と秘匿通信を行っていた。

 

 

『クロニクルだな?此方は織斑千冬だ。現状の把握がしたい。そちらの状況を端的に報告しろ』

 

『敵戦力は『企業』の第三世代型IS三機。目的は恐らくは例の無人機かと。無人機のコアは破壊しましたが、企業側へ無人機の技術漏洩の危険性があるので出来れば学園で回収して頂きたいですね。

 

尚、敵機がわざわざ戦闘を仕掛けた理由は不明。現在は此方にニ機、教員部隊の方に囮として一機ですね』

 

『成る程。お前には後で色々と聞きたい事があるが……今はいい。目の前の二機は鹵獲出来るか?』

 

『鹵獲となると少々厳しいですね。撃墜なら可能です』

 

『……分かった。そちらの対応は任せる。私も打鉄で出る。直ぐに囮役のISをどうにかして其方に向かう』

 

『了解。通信終わり』

 

 

長刀を正眼に構える。そして再びPAを展開、そして個別連続瞬時加速による超速度接近を行う。

 

 

「チィっ!?相変わらず信じられねぇ速度だッ」

 

 

辛うじてその一撃をバスターブレードで受けたツヴァイ。同時に切り離された二基のビットによる射撃を行うも、それを読んでいるかのように上昇。同時に左腕のブレードアンカーを射出しビットの一機を破壊した。

 

 

「隙ありぃ~!!」

 

 

ロックオンアラート。同時に二門のレールガンが火を吹く。

 

ストレイドは一瞬だけPICの補助とブーストをカット。自然落下する事で僅かに狙いを逸らさせると同時に再点火。瞬時加速を用いてアイテールとの距離を詰める。

 

 

「も~!デタラメな動きだなぁ~」

 

 

呆れたような声を漏らし、機体を後退させつつレーザーライフルによる牽制を行う。しかしストレイドはわずかに機体を逸らし、時には長刀で打ち払って距離を詰める。

 

そして、間合いに入る。

 

 

全ての勢いを乗せた刺突。圧倒的な威力を誇る点の攻撃。シールドとISのコアを容易く両断した長刀の切れ味ならば、絶対防御を貫通しても何らおかしくない。

 

咄嗟に物理ブレードでわずかに切っ先をそらす事に成功。掠めた頬から鮮血が舞い、ドライの背筋に嫌なモノが駆ける。しかしまだ終わらない。

 

返す刃で袈裟斬りを放とうとしている事に気づいたドライは考えるよりも先に、ミサイルポッドを起動させた。

 

 

連続する爆音。多連装ミサイルは至近距離で誘爆し、アイテールへもダメージを与えた。しかし爆発の衝撃で何とかストレイドとの間合いを開ける事に成功。

 

 

外部装甲に若干の破損が見られるストレイドが更なる追撃を仕掛けようとした刹那。ハイパーセンサーが捉えた情報に従い機体を反転。更に同時に長刀を二度振るい、今まさに牙を剥かんとしていた二基のブレードビットを切り落とした。

 

 

「おっらああぁぁあ!!」

 

 

今度は頭上。叩き降ろされるバスターブレードの一撃を長刀で受け流す。続く剣戟を捌いていると、不意にツヴァイがその場を離脱。同時に警告音。それが何なのかを理解するよりも上昇瞬時加速。追跡して来るミサイルをバレルロールで誘爆させ、その間も止む事のないレーザーとレールガンによる砲撃を躱し、叩き切る。

 

 

「本当に操縦者は人間か?この量の砲撃をやり過ごせるか、普通?」

 

「ツヴァイ~。そろそろ時間やばいよ~?一気に行くよ~」

 

 

ミサイルポッド、レールガン、レーザーライフルの一斉射撃。当てると言うよりもばら撒くという方が正しい砲撃。同時にレーザーライフルをパージし、両手に物理ブレードを手にしたアイテールがレールガンとミサイルをばら撒きつつ接近。

 

 

「おらああぁぁ!行くぜえええぇ!!」

 

 

ツヴァイは瞬時加速を発動。アイテールとは真逆の、挟み込むような軌道で迫る。

 

 

ストレイドは再びPAを起動。同時に居合の構えを取ると、個別連続瞬時加速を用いて一気に加速した。

 

狙いは、アイテール。

 

 

ストレイドは爆発的な加速を得た代わりに直線的な軌道を辿る。それ故にPAを起動し、砲撃に備えているのだがその防御も完全というわけではなく、一定以上の貫通力を持つ兵装ーーー今回ならば、アイテールのレールガンがそれに相当する装備ーーーは威力を減衰するだけに留まってしまう。

 

 

被弾。被弾。被弾。短時間に連続した被弾によりアラートが響く。装甲が抉られるが、まだ行動に支障が出るレベルでは無い。ならば突き進む。

 

 

「くっ!?このぉ~!」

 

 

至近距離から放たれる二門のレールガン。被弾により響くアラート。しかし間合いに入った今、そんなモノは既に関係無い。ストレイドは、居合を放つ。

 

 

「くぅっ!?」

 

 

咄嗟に二本の物理ブレードで防ぐモノの、長刀はそれを容易く両断。さらに装甲をーーーその先の肉体をも切り裂き、決して少ないない量の鮮血が舞う。体勢を崩したアイテールに対し、ストレイドは脚部ブレードで二連撃を見舞い、的確に背部の非固定浮遊部位に備えられていたレールガンを破壊する。

 

緩やかに墜落して行くアイテールを尻目に、機体を反転。目前まで迫っていたバスターブレードの一撃を長刀で受け止めた。

 

 

「てめぇ……よくも、よくもドライをッ!」

 

 

力任せにバスターブレードを振り切り、ストレイドを弾き飛ばす。同時にビームマシンガンを放ちつつ距離を詰め、バスターブレードを横に薙ぎ払う。

 

マシンガンをPAで無力化し、バスターブレードの一閃を上昇して回避。長刀を振り下ろす。

 

グラディウスはシールドでその一撃を防ごうとするが、長刀はバターを切るように容易くシールドを切り捨てて見せる。そして一瞬の隙の内にブレードアンカーを射出。グラディウスを捉え、そのままアリーナの壁に叩きつけた。

 

 

「くそっ、ふざけた武器使いやがって!シールドの意味がねぇじゃねぇか」

 

 

悪態を漏らしつつ、その瞳に宿る闘志は衰える所か更に増して行く。獣じみた笑みを浮かべるツヴァイが戦闘を開始しようとした刹那。上空から何かが降って来た。

 

 

爆音と共に地面に激突したそれは、教員部隊の囮に出ていた企業のISであった。

 

 

「フィア。てめぇ、此処で何してる?しくじったのかよ?」

 

「ええ、計算外の相手が出現しまして。……ほら、アレです」

 

 

フィアが指差す先にいる打鉄を見て。その搭乗者を見て。ツヴァイは、雄叫びと共に飛び出した。

 

 

「見つけたぜぇ、織斑千冬うぅ!!」

 

 

狂気じみた笑みを浮かべたツヴァイの突貫を物理ブレードで受け止めた千冬は怪訝そうに表情を歪める。

 

 

「何だ貴様は。私に何か用か?」

 

「ったりめぇだろうが!テメェが『ツヴァイ』さんを撃墜したんだろう!?」

 

 

一瞬驚いたように目を開いたのは千冬とエレン。それぞれが思い当たりがあり過ぎたのだ。

 

千冬は暫く何か考えるような素振りを見せると、やがて小さくため息を漏らした。

 

 

「いい事を教えてやろう。確かに撃墜はしたが、殺してはいない。彼は生きている」

 

「なっ!?嘘をつくんじゃねぇ!なら何故ウチらの元に戻ってこねぇ!!」

 

「知らんな。本人に聞け」

 

 

面倒くさそうに話を終わらせた千冬がツヴァイを弾き飛ばす。懲りずに再び突撃しようとした刹那、ツヴァイのーーー正確には、ツヴァイ達の元に秘匿通信が入った。

 

 

『貴様ら。何を好き勝手やっている』

 

『黙ってろ、ジジィ!漸くあの人の仇を見つけた!今更引けるか!!』

 

『……ドライ、フィア。無人機とやらのサンプルはどうした?』

 

『コアは首輪付きにやられちゃいましたけど、その他の外装は既に拡張領域に量子変換済みです~』

 

『それぞれの被害状況は?』

 

『フィア機は攻撃ユニットはほぼ全壊。離脱用の機動パッケージは使用可能です』

 

『ドライ機は背部の非固定浮遊部位の武装が破損~。通常機動には問題なしです~。ついでに私も一撃貰ってます~。保護機能のお陰で今の所は大丈夫ですが、エネルギーが切れたらヤバイです~』

 

『……ツヴァイ機はビットが殆どとシールドが欠損。その他被害は無し』

 

『了解した。ならば帰投しろ。今すぐにだ』

 

『だから言ってるだーーー』

 

『黙れッ!!機関の人形風情が偉そうに!貴様らの勝手な行動で既にどれだけの後始末が必要になっているのかわかっているのか!?これ以上の命令違反を行うならば、即刻処分(リジェクト)するぞ!?』

 

 

処分(リジェクト)。それは企業が過去の失敗から考えついたデザインベイビーへの対処方法。単体にて複数に匹敵する彼等が反逆を行った際や、任務を失敗しその情報を外部に漏らすのを避けるべく、予め埋め込んでいたナノマシンで強制的に死を与える事を指し示す言葉だ。

 

 

生死の決定権は企業にある。ツヴァイ達とてそれがわからない訳ではない。ツヴァイは血がにじみ出る程に唇を噛みしめると、小さく工程の言葉を返した。

 

 

『ならば回収地点へ向かえ。貴様らの処罰は追って伝える』

 

 

一方的に通信が切られると、グラディウスは思い切り地面にバスターブレードを突き立てる。やがてそれが粒子となって消える頃、憎々しげに千冬へと視線を向けた。

 

 

「織斑千冬。今日の所は引いてやる。だが忘れんな……いつか絶対殺してやる。お前もだ、首輪付き!」

 

 

吐き捨てるようにそう告げると同時に一気に離脱して行く三機。それを見送った直後、エレンの元に千冬からの秘匿通信が送られて来た。

 

 

『……色々言いたいことはあるが、お前はどうする?一応、侵入者という事になっている以上、お前の事を放っておくわけにはいかないのだが』

 

『一度離脱して適当に学園に戻りますよ。後でまた、連絡下さい』

 

『わかった。通信終わり』

 

 

ストレイドもまたその場を後にする。

 

 

半壊のアリーナに取り残された千冬は、これからの事を考えるとため息をつかずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 




次回は文字数少なめの予定なので早めに投稿出来ると思います。

……きっと。


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打鉄・弐式

「……完成っ!」

 

閑散とした整備室に、簪の嬉しそうな声が響き渡った。目の前にある、専用機『打鉄・弐式』が遂に完成したためである。少し後ろからそんな彼女を微笑みながら見守っていたエレンと本音は、拍手を送った。

 

「おめでとうございます。ですが、クラス対抗戦に間に合わなかったのは残念ですね。まあ、結局有耶無耶にはなってしまいましたが」

 

「かんちゃんおめでと〜!えれち〜に褒めてもらえてよかったね〜」

 

簪は照れ臭そうに顔を赤くして2人に感謝の言葉を送る。元々、一人で作り上げる気でいた専用機だが、この二人の助力がなければ完成がいつになるかもわからなかったのだ。感謝してもしきれない。特に、エレンの齎してくれたデータがなければマルチロックオンシステムなど夢のまた夢であったに違いなかった。

 

「さて、では行きましょうか」

 

「……どこにいくの…?」

 

「折角完成させたんです。実際に、起動させたいでしょう?」

 

悪戯っぽく笑いかけるエレンに顔を赤くした簪は大きく頷く。元々、動作確認や起動データをとるために何度か搭乗はしていたのだが、それだけである。ようやっと完成した自分の専用機。それに乗りたくないわけがないのだ。三人はいつもエレンが一夏達との訓練用に使用しているアリーナへと移動するのであった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「更識、簪です…。よろしく…」

 

アリーナにはすでにいつものメンツが揃っていたので、早速顔合わせを行う。最近になって鈴も参加するようになったこの特訓には、現時点で3名もの代表候補生がいることになる。簪も専用機が完成し、本人の希望もあり今後は特訓にも参加するのが決まった。

 

「では、早速やりましょうか。今日は3対3のチーム戦にします。俺、簪さん、箒さんのチームとオルコットさん、鳳さん、一夏のチームに別れてください。開始は15分後。それまでにブリーフィングを済ませてくださいね」

 

手早く指示を出したエレンは簪、箒ととも一夏達とは反対側のピットへ移動する。簪は初の実戦で心なしか落ち着かない様子だったので、エレンはあやすようにポンポンと頭を叩いた。そんな様子をみて箒が驚きに目を見開く。

 

「珍しいな、エレンがそんなことするなんて。異性との接触は意図的に回避してるように見えたんだが」

 

意外と観察していた箒に苦笑いを零したエレンは手を引っ込める。その手を名残惜しそうに簪が見ていたのだが、エレンは知る由もない。

 

「簪さんは、まあ、なんというか……例外?ですかね。とにかく、ブリーフィングを始めましょう」

 

エレンのいう例外に別段特別な意味などなかったのだが、簪はあらぬ勘違いをしているのか顔を赤らめて俯いてしまう。なんとなく二人の関係を察した箒は思わず苦笑いを零したが、頷く。

 

「では、まずは敵の戦力を分析しましょう。……そうですね、箒さん。簡単に、敵戦力の考察をお願いできますか?簪さんは今日が初めてなので俺達のIS、戦闘スタイルが把握しきれてないですし、出来るだけ細かくお願いします」

 

「うむ。まずは、敵の戦力だな。セシリアのブルー・ティアーズは遠距離特化のISで、本人の射撃能力も高く、距離を置いた射撃戦を好む。中距離になるとビットを駆使して此方の足止めに徹し、その隙をついて距離をとって仕切り直すか、狙撃を加えてくることが多いな。近距離戦になるとミサイル搭載のビットと短剣も使用してくる」

 

ふむ、と簪は真剣に箒の言葉を聞いている。わざわが箒に説明させたのは、彼女が普段からエレンが言っている『敵の力量を見極める所から戦いが始まっている」という教え

を守れてるかを試すためなのだが、しっかりこなしていることが伺える分析であった。

 

「一夏の白式は、セシリアとは正反対の近距離特化のISだな。零落白夜による超攻撃が可能で、当たればまさに一撃必殺だ。逆に遠距離武装を一切持てないので、中、遠距離では空気に等しい。ただ、最近は一夏もかなり技量を上げてきているし、瞬時加速による急速接近があるから要注意だな」

 

簪は一夏の話になると不機嫌になる傾向があったのだが、今回は真面目に話をきいている。というより、エレンは彼女の瞳の奥に闘志の炎が燃えたぎっていることに気づき、一夏に心の中で合掌しておく。

 

「最後に鈴だが……最近参加したばかりで、まだよくわからない。とりあえず、近、中距離での戦いを好み、近距離では双天牙月、中距離では龍砲か連結した双天牙月を投擲してくる」

 

どうだ、といってエレンに視線をおくる箒に、よくできました、と言わんばかりに笑顔を返すエレン。欲を言えば、短い時間でも鈴のことを把握して欲しかったが、流石に訓練を始めたばかりの箒にそこまで求めるのは酷であろう。

 

「さて、次に俺達の戦力ですね。先ずは箒さん。ISは訓練機の打鉄。近距離戦闘が得意で、近距離戦闘ならかなりいい線までいくでしょう。アサルトライフルも拡張領域に入っているはずですが、あまり使わないですね。一応、促しているんですが、射撃はまだ不得手のようです。近距離戦闘なら一夏、凰さんとも張り合えるので前衛を担当するのが妥当でしょう」

 

射撃のことを指摘され、うっ!と声を漏らす箒。確かにエレンによく指摘されるのだが、どうしてもブレードを持っているとそれに固執してしまい、切り替えが出来ない。頑固で負けず嫌いな性格のせいでもあるため、エレンとしても早々に矯正出来るとは思っていないが。

 

「次に、簪さん。彼女は俺達のメンバーの中で唯一のオールラウンダーですね。すべての距離に対応可能な武装を有しており、本人の技量もそつなく全距離での戦闘を熟るほどあります。マルチロックオンを併用した山嵐により、一人で多数を相手取ることも出来ますし、今回は箒さんの援護に回ってもらうのがいいでしょう」

 

簪はベタほめである。元々、更識として生きてきた簪は人並み以上に武芸に通じており、またISに関しても代表候補生になれる程度の実力は秘めているので、当然の評価でもある。褒められた簪はやる気十分といった様子で大きく頷く。

 

「最後に俺ですが……基本は近、中距離で戦います。遠距離も出来なくはないですが、拡張領域に入れてないので選択肢から外しますね。視野は広い方なので、今回は最前線に飛び込んで敵の撹乱に徹します。まあ、遊撃、といったところでしょうか」

 

「…私は、篠ノ之さんの援護だけでいいの……?」

 

「彼女、タイマンならばかなり力を発揮できるので、そういった状況を展開できるように場を整えてあげてください。初めての協働ですが、簪さんなら大丈夫ですよ」

 

「…うん!がんばる…」

 

「うむ、一対一ならば、任せておけ!」

 

「よし、ではいきましょう。……簪さんの初陣です。勝利で飾りましょうね」

 

エレン達はISを展開。そのままアリーナへと飛び立ってゆく。そこには既に、一夏達が待ち構えていた。

 

「お、きたな。さぁ、やろうぜエレン!」

 

「ちょっと、一夏!あんた自分の役割忘れないでよ?エレンは私の獲物よ!」

 

「ちょっと、鈴さん!大きな声で作戦言わないでくださいまし!」

 

コントのような反応で彼らの大体の戦術がわかってしまったエレンは苦笑いを浮かべる。恐らくは鈴をエレンにぶつけ、その間に2対2の試合展開を行うつもりなのだろう。分断は戦術のセオリーであるし、悪い判断ではない。彼らの判断ミスは、見ず知らずの簪の力量を低く見積もり過ぎたことであろう。

 

『簪さん、開幕に山嵐を使えますか?』

 

『…うん、大丈夫。…ねらいは?』

 

『一夏とオルコットさんにお願いします』

 

『…了解』

 

『箒さんは一夏の相手を。貴女の近接戦闘の技量ならば、難しくはないでしょう。ただ、零落白夜には十分気をつけて下さい』

 

『ああ、任された!』

 

プライベートチャネルでの通信を終えると同時に、カウントが始まる。

 

3。一夏と箒がそれぞれの得物を構え、お互いを見据える。エレンは両腕に近接ブレードをコール。鈴も双天牙月を二刀状態で構える。簪はいつでも山嵐を使用できるようにマルチロックオンを行い、セシリアはスターライトmk-3の照準をエレンへと向ける。

 

2。一夏と箒のISの背に、エネルギーが収束し始める。エレンと鈴は睨み合ったまま。簪はマルチロックオンを終了し、セシリアもエレンをロックオンする。

 

1。一夏と箒は瞬時加速の目前。エレンがここにきて急激にエネルギーをスラスターに集め始める。鈴は迎撃を選び、背後の龍砲も起動。簪とセシリアは、トリガーに指をかける。

 

そして、0。

 

「「おおおおおぉっ!!」」

 

真っ先に飛び出したのは箒と一夏。ついで、簪の駆る打鉄・弐式のミサイルユニットが火を噴く。

 

「…いけ…!」

 

精密に操作されたミサイルの弾幕が、一夏とセシリアへと殺到する。完全に不意を突かれた一夏は慌ててブレーキをかけようとするが、それはナンセンスだ。セシリアもそんな一夏の援護と、自分に殺到するミサイルの対処に回らざるを得なくなり、止むを得ずエレンからロックを外した。

 

それと同時に、エレンが瞬時加速で飛び出す。狙いは、鈴。

 

「っ!このぉ!!」

 

セシリアの援護がなくなったことに慌てた鈴は、焦って衝撃砲を撃ち出す。それらは瞬時加速を行ったエレンの僅か後ろを通過するだけに終わってしまう。

 

「いきますよ」

 

声をかけると同時に、両手のブレードで挟み込むように切りつける。鈴はとっさに両手を広げるようにしてその斬撃を防ぐが、それと同時に腹部に蹴りを貰ってしまう。

 

「くううぅ!?」

 

すぐに姿勢を制御するも、目前には再びエレン。繰り出される斬撃を受け流すが、それで手一杯。龍砲による反撃を行うほどの余力はなく、剣技でもエレンには及ばずに防戦一方。なす術が無く、着々とシールドエネルギーがのみが削られてく。

 

「あんた、強すぎない!?これ、絶対最近IS乗ったやつの動きじゃないわよ!」

 

「んー、まあ、そこは……才能ですかね?」

 

「こんの……っ!」

 

おどけるように首を傾げたエレンに青筋をたてる鈴。プライベート・チャネルで一夏とセシリアからの報告を聞く限り、向こうも劣勢。援護は期待できない。ならば、自分の力だけで活路を開く他ないと考えた鈴は、賭けに出る。

 

 

「これなら……どうよ!!」

 

龍砲を最大出力で、発射。狙いはほとんど適当だが、この距離なら外れない。暴発とも言えるその一撃でなんとかエレンとの距離を離すことに成功した鈴は、すぐさまPICで姿勢を制御し、エレンの方へ視線を向けた瞬間。目の前に、紫雷が奔った

 

「きゃあぁ!?」

 

「流石です、簪さん」

 

簪の春雷による絶妙な支援により、再び鈴の姿勢が崩される。エレンは瞬時加速を用いて刹那の間に肉薄すると同時に、ブレードを一気に振り下ろす。

 

「ああ、もう!!ちゃんと抑えてなさいよ、一夏あああ!!」

 

そんな捨て台詞ともに緩やかに墜落して行く鈴を尻目に、エレンは対象を一夏へと移す。この時点で、最早勝敗は決していたといっても過言ではなかった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「あー、負けた負けた!」

 

「ま、まさかここまでお強いとは……。とんだダークホースがいたものですわね」

 

「くうぅ!もう一回よ!!エレン、タイマンでやるわよ!」

 

合計で5戦したもの、結局のところ勝敗はエレン達が全勝。最初の方こそまさしく瞬殺されていた一夏のチームであったが、後半ではだいぶ簪のISの特徴を観察したのか、いい試合をしていた。それでも勝てないのは、偏に簪の能力が高く、また、連携もそつなくこなす器用さがあるからだろう。

 

「簪は強いな!私もとてもやりやすかったぞ!!援護、感謝する」

 

簪の援護の恩恵を受けていた箒が、簪の技量の高さは1番理解している。常に箒が敵と一対一になるように場をととのえ、さらに不利になるとすぐさま援護射撃を飛ばしてくれる。さらに、セシリアに箒が接近できた際には、残された前衛担当の一夏だったり鈴だったりを近接戦闘で分断することまでしてくれた。お陰で、この試合において唯一訓練機である箒がもっとも撃墜数が高いという異例の結果を叩き出していた。

 

「…ううん。箒こそ、とっても近接戦が上手い…」

 

だいぶ打ち解けた二人はもう名前で呼び合う仲のようだった。今まで打鉄・弐式の開発にかかり切りで、交友関係があまり広くないことを知っていたエレンとしてもそんな簪の様子は喜ばしいものであった。

 

「さて、今日は解散です。一夏達は時間があるときでいいので、なぜ負けたのかを三人で分析してみて下さい」

 

各々の返事をし、その場を解散になる。それぞれピットに戻る中、簪とエレンだけがアリーナに残った。

 

「…エレン。…いろいろ、ありがと」

 

「いいえ。こちらこそ、久々に楽しかったですよ。まるで、リリウムと協働した時のことをーーー」

 

にこやかに笑いかけて、思わず口から出た言葉。それに気づいたエレンは言葉を飲み込むと同時に、戦闘中感じていた既視感の理由にようやく気づけた。そうだ、この痒いところに手の届くような援護は、彼女に似ていたのだ。今はもういない、二人の妹の面影を感じさせる少女の頭を、誤魔化すようにエレンは撫でる。

 

「…むぅ。…子供あつかい…」

 

「あはは。簪さんを子供扱いだなんて、とんでも無い。貴女は充分魅力的な女性ですよ」

 

「…エレンは、いっつもずるい……」

 

頬を赤らめて視線を落としていた簪だったが、やがて何かを決めたような表情を浮かべ、顔を上げる。

 

「…エレン。私と…戦って…」

 

「ええと……理由を伺っても?」

 

「…貴方と私の間にある力の差を…理解しておきたい……」

 

何となくだが、エレンは察してしまった。簪が、自分の隣に立って戦いたがっていることを。いつもなら笑って流し、誤魔化すところだが、目の前の少女には誠実でいたいと思うエレンは直ぐに応えることができなかった。それが裏切ってしまった二人の妹への償いだとわかっていても、もう2人が戻ってこないとわかっていても。

 

エレンはプライベート・チャネルで千冬に現在使用中のアリーナのロックを依頼すると、簪へと向き直った。

 

「わかりました。俺も、正真正銘本気でやります」

 

「……うん!」

 

嬉しそうな簪の声と同時にアリーナがロックされる。それを確認したエレンはアルファートを待機状態にし、ストレイドを展開する。白と黒のモノトーンカラーに、鋭角的なフォルム。この世で最も有名といっても過言ではない、黒騎士と呼ばれるISがそこに出現する。

 

「え…?」

 

「黙っていてすいません。俺が、黒騎士です」

 

簪が呆気にとられたのは、ほんのすこしの間だけ。直ぐに気を引き締めた彼女は、鋭い視線をエレンへと向ける。

 

「…私のワガママに付き合ってくれて、ありがとう。……期待は、裏切らない…」

 

最後の言葉は自分に言い聞かせるようにして、簪は目をつむり、大きく深呼吸。そんな姿を見て、エレンは手元に黒刀をコールする。

 

「「…………」」

 

カウントは敢えてしない。先手は、簪に譲ると決めていた。簪は精神を統一し終え、目を見開く。同時に、数多のロックオンアラートが鳴り響いた。

 

「…いって、山嵐…!!」

 

間違いなく、今までで最大の量のミサイルが展開される。対象をエレン一人とすることで緻密な操作を可能にしたその一撃はそれぞれが違う軌道を描いてエレンへと殺到する。エレンは薄く笑みをうかべると同時に、上昇瞬時加速を発動。ミサイルが軌道を変更するや否や、急制動、鋭角に瞬時加速。それを瞬く間に繰り返したエレンはミサイルを置き去りにし、簪へと接近。黒刀を振り下ろす。

 

「…っ!?」

 

世界最高といっても過言ではないスピードを誇るストレイドの繰り返すデタラメな機動。稲妻瞬時加速(ライトニング・イグニッションブースト)と名付けられた、エレンとストレイドのみが行えるその超機動に、何度も何度も黒騎士と企業の三機の戦闘動画を見返した簪だからこそ辛うじて反応することができ、何とかその一撃を夢現で受け止めることに成功する。しかし、それが限界だった。

 

エレンは受け止められると同時に脚部にビームブレイドを展開。簪に蹴撃を叩き込むと同時に弾き飛ばす。直ぐさま追撃のために瞬時加速を発動するエレンだが、簪は迎撃のカードを切る。一連の動作を見てから反応することは凡そ不可能に近いが、エレンに近づきたいと願い、そして黒騎士に憧れや畏怖を抱き、その戦闘を見ていた簪は次の行動を予測することが出来た。

 

「これなら……!」

 

山嵐をはなつ。今度は精密な操作はしない。等間隔にミサイルを置いて質量の壁の構築するだけだ。エレンは感心したように一人バイザーの中で笑みを浮かべると同時に、さらなるカードを切る。

 

「PA、起動」

 

ある程度の攻撃ならば完全に無効化できる粒子膜を形成、強引に突破を試みる。爆煙とともに、シールドエネルギーが削られるがその威力のほとんどは減衰されている。爆煙を突破した先では、紫電がエレンに向けて奔っていた。

 

「……っ!!」

 

エレンが驚いたのは一瞬。ほぼ反射的に黒刀で受ける。それにより減衰された紫電がさらにPAにより削減され、エレンにはほんの雀の涙ほどのダメージしか届かない。しかし、久方ぶりに喰らう直撃に面喰らったエレンは、自分が簪を侮っていたことに気づき、気を引き締める。

 

距離を詰め、黒刀を一閃。簪が選んだのは迎撃だった。一見後退がいい手にも見えるが、ストレイドのスピードとエレンの力量を踏まえれば、迎撃一点に絞って集中したほうが望みがある。

 

初撃を夢現の中程で受け止める。すぐ様繰り出されるビームブレイドを展開した蹴りを機体を後退させて回避。同時に瞬雷を放つが、エレンは脚部ビームブレイドの一撃で相殺。近距離で射撃武器を撃ち落とすなど信じられない光景だが、簪は目の前の男の実力把握してる。蹴りを繰り出したエレンにすぐ様夢現を突き出す。

 

「狙いはいいですね」

 

しかしエレンは脚部のビームブレイドを消すと同時に、脚部ブーストの出力を展開装甲を用いて引き上げ、強引に体勢を変える。その勢いのまま夢現の側面を蹴りとばして矛先を逸らすと同時に、黒刀の一撃を簪へ見舞った。

 

「っあ……!?」

 

簪は衝撃を受けてわずかに後退すると同時に、エレンの次の行動を推測する。彼の場合、確実に追撃を仕掛けてくる。このままでは黒刀、脚部ビームブレイドの乱舞で瞬く間に撃墜に追い込まれる未来が目に見えている。瞬間的に判断した簪は、自爆覚悟で山嵐を発射した。

 

「いい判断です…っ!」

 

エレンは先頭のミサイルを両断すると同時に、後方瞬時加速。連続する爆風から遠ざかり、わずかに届いた爆風もPAがかき消す。簪も後方に移動していたものの、エレンのように後方瞬時加速を行うことはできないので爆風に吹き飛ばされる。それも予測の範囲であり、簪はすぐ様PICにて姿勢を制御し、前を見据えた。

 

「簪さん。貴方は、強い」

 

エレンは攻撃ではなく、言葉をかけた。素直な賞賛の言葉にいつもの簪であるならば喜んでいたに違いないが、彼女はエレンを警戒しつつも、機体の状況確認を行っていた。

 

(エネルギー残量、10%弱。被害状況はスラスターの出力が21%低下、パワーアシストも12%低下。山嵐は残弾ありでも、半壊で使用不可。春雷は運用可能。夢現は爆発の衝撃で紛失。……取れる選択肢は、迎撃のみ)

 

マルチロックオンというシステムを使いこなしている以上、簪の脳処理速度は常人より遥かに高い。すぐ様状況を確認、さらに次の一手を導き出した簪だが、違和感を感じる。

 

(なにか……音が?)

 

ーーーーキイィィィィン。

 

ハイパーセンサーが捉えた雑音。初めは小さかったそれがやがて大きくなる。そしてその頃には、エレンの黒刀から発せられる音だと気付いた。

 

「だから、本気で行きます。ーーー|LUNATIC(ルナティック)、機動」

 

黒刀が哭いていた。そして、エレンが居合の構えを取る。この構えはエレンが勝負を決める必殺の一撃を放つ兆候。それを知る簪はギリギリまで引きつけたのちに、春雷の一撃を叩き込もうとしたのだが……。

 

「え……?」

 

気付いた時には、簪の駆る打鉄・弐式のエネルギーはゼロになり、墜落していた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

(……負けた…)

 

シャワー浴びながら、簪は先ほどのエレンとの戦いを思い返していた。内容的には、自分の全力を出すことが出来たと自信を持って言える。しかし、その結果はエレンのシールドエネルギーの1/10も削れぬうちに終わるという、残酷なものだった。

 

エレンの使っていたISは篠ノ之束によって作られたものであり、確かにそこには埋めがたい性能の差があるのは間違いない。だがそれと同じくらいにエレンと簪の操作技術に差があるのも痛感させられた。仮にエレンが普段のアルファート・カスタムを使っていたとしても、大して結果は変わらなかったように感じる。

 

エレンは戦いのあと、簪を賞賛していた。その言葉に嘘がなかったのはある程度付き合いのある簪には理解できる。簪も、黒騎士と企業の三機の戦闘動画を見ているから、自分がどれだけ奮戦出来たのかも理解できる。しかし、それでも。

 

(今の私じゃ……足手まといだ)

 

今回は偶々奇襲が功を成し、攻撃を当てることができた。運の要素が大きい。戦いの中で運というものも重要であるのも承知だ。しかし、次にエレンの駆るストレイドと戦った時には通じない。今度は恐らく、完封されるだろう。

 

策を弄するのは大切なことだ。だがそれ以上に、実力が足りない。簪にも、打鉄弐式にも。

 

「…つよく、ならないと……」

 

初めはただ、憧れであった。巧みな操作技術を持ち、心優しい彼に少しでも恩返しがしたいと思った。しかし、今は違う。彼の力になりたいと思う。彼の敵を討ちたいと思う。彼に必要とされたいと思う。

 

気がつけば彼のことばかり考えてしまう。頭を撫でられて、心地よかった。褒めてくれて、嬉しかった。隠し事を教えてもらえて、安心できた。でも、時折寂しそうな笑顔を浮かべる訳をまだ教えてくれなくて、モヤモヤとした感情が溜まっていく。

 

「…頑張らないと……」

 

強くなれば、その理由も教えてくれるだろうか。隣に立つことを許して貰えるだろうか。もっと彼のことを教えてくれるだろうか。もっと、もっとーーー。

 

その感情が何なのか、簪はまだ理解していない。ただそのもどかしくも心地よい感情が、好きであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

エレンは簪との戦いを終えると、千冬に礼と共にアリーナのロックを解除しても良い旨を伝えた。野暮用があると簪を先に部屋に返し、今は人気のないピットに独り佇んでいた。

 

「……で、どうでしたか?妹さんは。姉の貴女から見て」

 

その問いは、今までの戦い全てを覗いていた者に告げられてた。問いかけられた主は苦笑いと共に、姿を現わす。

 

「お姉さん、バレてない自信あったんだけどなー。黒騎士さん」

 

現れたのは簪とよく似た容貌の少女。水色の髪が外側に跳ねていて、人好きのしそうな笑みを浮かべていた。バッと開かれた扇子には流石!、とやけに達筆な文字で描かれていた。

 

「まあ、だいぶ前から監視には気づいていましたしね。結構なお手前でしたよ」

 

監視対象から褒められ、苦笑いを返す少女。その少女が誰なのかは、エレンもよく知っていた。

 

「それで、学園最強でもあり、更識家の現当主、楯無さん。どうでしたか、妹さんは」

 

「随分と強くなったのね、簪ちゃんは。でも、複雑な気分よ。目標が私ではなく、貴方になっているのは」

 

本当に不本意そうな楯無に今度はエレンが苦笑いを返した。それにしても、と楯無が話を切り出す。

 

「良かったのかしら、あのISを簪ちゃんに見せてしまって?一応、最高機密だと伺っていたのだけれど」

 

「ええ。元々、俺の裁量で正体をばらしても構わないと言われていたので。それに、簪さんは口外しないでしょうしね」

 

「あら、そうかしら?あの子、随分と黒騎士にご執心だったから、案外友達とかに自慢しちゃうかも」

 

「その時はその時ですね」

 

「……ふーん。簪ちゃんに甘いっていうのは、本当だったみたいね」

 

少しだけ、楯無から送られる視線に敵意が混じっていることにはすぐに気付いた。それが嫉妬であるのは彼女達姉妹の関係から直ぐに理解出来るので、エレンも戦闘態勢をとったりはしない。微笑ましいと思う一方で、羨ましいな、とエレンは感じた。

 

「……一つだけ、忠告です。貴女と簪さんの間にあるすれ違いは、早めにどうにかしたほうがいいですよ。いなくなってからでは遅いですから」

 

「どう意味かしら、それは」

 

「別に、特に深い意味はないのですが……先日、企業の私兵が襲撃してきたのはご存知ですよね?」

 

「ええ……。衛星が『偶々』不具合を起こしていたせいで、揉み消されたけれどね」

 

「あの時は偶々被害がゼロでしたが、もし次に同じようなことが起きたらどうなるかはわかりません。此処も、完全に安全とは言い難い」

 

「……耳に痛い話ね。でも、黒騎士様がなんとかしてくれるんでしょう?」

 

「俺の任務はあくまで一夏達の護衛です。出来る範囲で力は貸しますが……企業が本腰を入れてきたら、被害0でというのは難しいでしょうね」

 

企業は国家でないにも限らず、下手な国家よりも多くのISコアを所持している。おまけにそのパイロットはエレンと同じく、戦うためだけに作り出されたデザインベイビーと、戦闘に長けた傭兵だ。エレンは強いが、独りだ。守れる範囲にも限度がある。

 

「……情けない話ね、貴方に頼りきりなんて。兎も角、ご忠告ありがとう。少し考えてみるわ」

 

「ええ。それでは、失礼します」

 

神妙な顔付きの楯無と別れ、エレンも部屋へと戻るのだった。

 

 



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転入生

「皆さんおはようございます!今日は転入生が2人きました!」

 

「「「「えええぇ!?」」」」

 

朝のホームルーム。麻耶の報告に、1年1組の生徒のほとんどが驚きの声を上げた。つい最近、隣の二組に転入生が来たばかりなのだ。そんな中でこのクラスに二人同時に転入など、驚くのも無理のない話である。

 

「静かにせんか!仲良くやれ、いいな?」

 

千冬の鋭い眼光に逆らえるものなどいなく、コクコクと首を縦に振るクラスメイト達を見て、エレンは苦笑いを浮かべる。事前にクロエから二人の転入生について知らされていたので大して驚きはしなかったものの、その面倒さに額を抑えていた。

 

「では、二人とも。入れ」

 

千冬の声に合わせ、扉が開く。そこから出てきた2人の転校生ーーー正確には、そのうちの一人にクラスメイトほぼ全員の視線が集まっていた。エレンは数少ない例外で、そのすぐ後ろに付いて歩いてきた銀髪の小柄な少女へと視線を向けていた。

 

「デュノア、先にお前から自己紹介をしろ。殆どの者が気にしているようだしな」

 

「はい。この度IS学園に転入したシャルル・デュノアです。ここに僕と同じ境遇の生徒が2人、入学したと聞いて本国、フランスより転入してきました。これから一年間、よろしくお願いします」

 

次の瞬間、正しく待機を震わせるような大声が1年1組に響き渡った。

 

「きゃあああぁ!!男の子!しかもまたイケメン!」

 

「織斑君、クロニクル君とはまたタイプの違うイケメン!!守ってあげたい!」

 

「王子様系のデュノア君に、クール系のクロニクル君が執事で……ぐふふふ!」

 

「そして、そこに現れるワイルド系の織斑君が乱入!!デュノア君を攫って……!!」

 

姦しいでは済まされない騒ぎようで、最早収集がつかなくなっているが、仕方ないとも言える。世界で三人しかいないとされている男性操縦者がこのクラスに三人ともいるとなれば、それはもう奇跡といっても過言ではない確率なのだから。

 

「ちなみにデュノアは代表候補生でもあり、専用機ももっている。織斑、クロニクル。同じ男子として学園での生活の仕方をレクチャーしてやれ」

 

「任せといてくれ、千冬姉!」

 

「了解です、ブリュンヒルデ」

 

「お前ら2人は何度言ったら……まあ、今はいい。次はボーデヴィヒだ。自己紹介をしろ」

 

「はっ!了解であります、教官」

 

銀髪の少女はビシッと敬礼すると、姿勢を正す。

 

「この度ドイツ軍より出向になりました、ラウラ・ボーデヴィヒであります!よろしくお願い致します!」

 

軍人らしい敬礼をして見せたラウラであるが、視界に一夏を捉えるや否や、怒りに顔を歪める。そのまま一夏の前まで移動する。

 

「お前が、教官の輝かしい成績に泥を塗った……っ!!」

 

平手が飛ぶ。しかし一夏はおどろきつつもその手を取って見せた。

 

「いっ、いきなり何すんだよ!?俺が何かしたかよ!」

 

「ちっ、少しは出来るようだな。だか、すぐに思い知らせてやる。お前が教官の弟としてふさわしくないことに」

 

そのまま割り振られた席に着くラウラ。クラスは突然の自体により静まり返っていたが、それを打ち消すようにチャイムがなった。

 

「あまり騒ぎを起こすなよ、お前ら。では、ホームルームを終了とする」

 

千冬と麻耶が出て行くのを見送ると同時に、エレンは一夏の手を取った。一部の女子から嬉しそうな悲鳴が漏れ出していたが気づかないふりをする。

 

「呆気にとられるのはわかりますが、移動しましょう。かこまれますよ」

 

一瞬その意味がわからなかった一夏だったが、騒がしい教室の外の様子とシャルルを交互に見てすぐに納得する。そのままシャルルの元へと走りよって手を取る。

 

「デュノア、いこう!男子はIS実習の授業の時は一々更衣室に移動して着替えなきゃいけないんだ。それとーーー」

 

「「「「「きゃああぁぁぁ!!」」」」」

 

「ちっ、遅かった!エレン……ってもういねぇ!?デュノア、いくぞ!!」

 

「え、え?えぇ!?もう、なんなのさぁぁ!」

 

因みに迅速にその場を離れていたエレンは無事に授業に間に合ったのだが、多数の女子に追いかけ回され、遠回りを余儀なくされた一夏とシャルルが千冬にどやされるのは言うまでもないだろう。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

「「「「はい!」」」」

 

1組と2組の合同授業であるからか、いつもよりも熱気が伝わる。出てくる返事も妙に気合が入っているように感じられた。

 

「本日は、戦闘を実演してもらおうと思う。幸いにもここには多数の専用気持ちがいるからな。では……クロニクル、前へでろ」

 

「……ここは、遅刻してきた一夏達に任せたいと思うのですが」

 

「エレン!?さっきも俺らのこと見捨てといてまた見捨てる気か!」

 

一夏の叫びをスルーして、千冬へ視線を向ける。

 

「現時点、専用機持ちの中で最も技量の高いのがお前だから頼んでいるんだ。『学生の目標』となるような試合を見せてくれ」

 

「了解です」

 

やりすぎず、かといって手を抜きすぎない。言外の千冬の意図を察したエレンはアルファート・カスタムを展開する。向かいのピットからはラファールに身を纏った真耶が姿を現わす。

 

「山田先生はああ見えて元代表候補生だ。これからの戦いをよーく見て参考にしておけ」

 

「よ、よよよよろしくおねがいします!!」

 

可哀想なほどテンパっているのは、エレンの正体を知っているが故だろう。そんな真耶にすこし同情しつつも、千冬の合図により戦闘を開始した。

 

「では、今の間に……デュノア。山田先生の使っているISについて解説しろ」

 

「あっ、はい。山田先生が利用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後期の機体です。安定した性能と高い汎用性、豊富な後付け武装、コストパフォーマンスの良さが売りの機体です。よく、企業のアルファートのダウングレード版なんて言われちゃいますが……。それでも、世界第3位のシェアがあり、7ヶ国でライセンス生産、12ヶ国で正式採用されています。特筆すべきは操縦のしやすさで、操縦者を選ばないことと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています」

 

「ご苦労。では、織斑。お前はクロニクルの使っている機体について解説をしろ」

 

「ええっと、エレンの使ってる機体は企業の第二世代型IS『アルファート』。確か、第二世代中期に登場した機体にも関わらず、ISシェアは現在まで世界1位をキープしてる凄い機体だ。安定した性能、拡張領域の多さ、後付け武装の多さ、あとは内部エネルギーの分配変更によるチューニングの多様化が売りだな。今、エレンの使ってるアルファートはスラスターにエネルギーを多めに振ってるから速度が上がってる代わりに、マニュピレーターのパワーとシールドエネルギーが低めになってるらしい」

 

「それぐらいでいい。何か質問のあるやつはいるか?」

 

はい、と元気よく手を挙げたのは二組の女子生徒であった。千冬に指名された彼女は純粋な疑問を口にする。

 

「ラファールよりもアルファートが強いのはわかりました!ならなんで、IS学園には打鉄とラファールしかないんですか?」

 

「それはアルファートの開発元である『企業』が大きく関係する。そもそも『企業』は、力ある軍事産業のコングロマリットの総称であることについてはいいな?そういった事情があって、本社をアメリカに置いてこそいるものの『企業』はどこの国にも所属していないのだ。まあ、その影響力を見れば『企業』自体が国家並みか、それ以上の力を持っているのだがな。話が逸れたな。まあ、つまるところ、奴らは国家ではないからISコアは分配されない。しかし軍事産業のコングロマリットである以上、ISは無視することは出来ない領域だ。そこで奴らは、ある条件を出したんだよ。『ISコアを自分たちに分配しない国には、IS関連の製品を販売しない』とな。勿論その脅迫みたいな条件はIS学園にも突きつけられたのだが、完全中立を謳う以上その要求突っぱねた。その結果、IS学園の備品には企業のIS製品は一つもないという状況が出来た訳だ。……と、そろそろいいぞ、二人とも」

 

「いやぁ、山田先生お強いですね。流石は元代表候補生といったところですか」

 

「い、いえ!そ、そんなとんでもないですっ」

 

余裕綽々なエレンと、テンパりすぎて噛みまくる真耶がゆっくりと戻ってくる。二人の高度な戦いを見て少しでも技を盗もうとしていた一夏がすこし残念そうにしていたのを見て、エレンはその貪欲な姿勢に思わず笑みを零す。

 

「では、早速実習行う。専用機持ちの織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰のもとに出席番号順にそれぞれ集まれ。8人グループを作った所から山田先生の元へ訓練機を借りに行くように。……クロニクルは、すこし私についてこい。山田先生、あとは任せます」

 

千冬の目配せを受け、エレンは千冬とともにアリーナを後にする。人気のない廊下に出ると、そこには見慣れた水色の髪を持ちながら、見慣れぬ笑みを浮かべた少女が待っていた。

 

「クロニクル。呼ばれた理由はわかっているな?」

 

「ええ、勿論。二人の転入生のことですよね」

 

「知ってると思うが、そこの更識楯無は学園の守護を政府より任されている家計の現当主でな。今回の情報も彼女が手に入れたものだから、ここに呼んだ」

 

「どうも、エレン君。こないだぶりね」

 

ニコっと人好きのする笑みを浮かべて手を振る楯無だが、その笑みが作られたものであるのは散々そういう世界で生きてきたエレンからしたらすぐに見抜けるものだった。適当に挨拶を返すと、千冬が話を切り出す。

 

「今回の二人の転入生の件について、お前の知っていることを話して貰いたい。束が関わっているか否かをな」

 

 

この不自然な時期に同時に二人の転入生。しかも、どちらも厄介ごとを抱え込んでいるときたら、千冬にとって真っ先に疑うのは篠ノ之束だろう。先日も無人機による襲撃をやらかしている手前、当然といったら当然だが。

 

「今回の件に、ウチの天災は無関係ですよ。今のところは、ね」

 

「今のところ、だと?」

 

「えぇ。簡単に言うと、ラウラ・ボーデヴィッヒのISにVTシステムが組み込まれている可能性があります」

 

「入学前のドイツ軍の提示データ、それに学園で彼女のISを競技基準にリミッターがかかっているかを確認した時に、そんな反応はでていなかったわよ?」

 

「そんなわかりやすいところに隠すわけ無いでしょう。恐らく、ISコアのブラックボックスに紛れ込ませるように組み込んだと思われます。なので現時点ではうちの天災が直接解析しないとどうにもならないでしょう」

 

「……もし、そのシステムが起動したら束はどうするつもりだ?」

 

「ドイツにハッキングして関連施設、関係者全て塵にするでしょうね」

 

「……はあ。ドイツも面倒なことを……。私としては、ドイツよりもフランスのことを憂慮していたのだが」

 

「フランスは眼中にないですね。まあ、仮に何かあっても天災の今回の怒りの矛先はドイツに向かうのですし、あまり気にしなくていいのでは?」

 

「そうだな……。ラウラのことは私が気をつけて見ておくことにする。次に、フランスのことだが……更識、頼む」

 

「わかりました。突如として発表された2人目の男性操縦者のデュノア君についてよ。彼について更識の情報網で色々調べたのだけど、なにひとつボロが出てこないの。経歴も、戸籍も完璧。だけど発表するタイミングか明らかにおかしいのよ。……恥を承知で聞くわ。彼……いえ、彼女は女の子よね?」

 

「ええ、そうですよ。生徒会長が把握しきなかったのも無理はありません。今回の彼女の入学はデュノア社だけでなく、フランス政府とIS委員会の一部も加担していますから。彼女についてウチのサポーターが用意した調査結果があるので差し上げますよ」

 

ストレイドの拡張領域に入れていた書類の束を渡す。そこに目を通していく楯無と千冬の顔が苦々しく歪んだ。

 

「これは……酷いわね」

 

「この様子だと、仮にデュノアの罪を追求したとしてもトカゲの尻尾切りで終わりになりそうだな」

 

「彼女の境遇は今は置いておきましょう。ここからは、仕事の話です。シャルロット・デュノアの部屋は、一夏と同室になるんですよね?」

 

「……ああ、対外的には男同士だからな。篠ノ之といつまで同室では問題があるから、今日から部屋割りが変わる予定だ。一夏と篠ノ之にも既に通知してある」

 

「となると、一番危険なのはハニー・トラップね。……はぁ、お姉さん頭痛くなっちゃうなー」

 

「生徒会長の言う通り、そこが一番のネックです。流石に俺もそこまでは護衛できません。俺とデュノア、もしくは俺と一夏を同室にすることは出来ないのですか?」

 

「……上からのお達しで、一夏とデュノアを同室にしろとの指示がきている。それにお前が更識妹と同室なのは監視の意味合いも兼ねているのだ。お前は更識の手の者と同室になることが入学前の会議で決められている」

 

「相変わらず、組織というのは面倒ですねぇ。俺は、考えるのはあまり得意じゃないのですが。まあ、なるようになりますよ。現状、打てる手は特にありませんし。もし、ハニー・トラップが成功してしまった時は、俺が対処します」

 

「どうするつもりだ?」

 

「殺しますよ。そうすれば何も起きなかったことになる」

 

いつも通り笑顔を浮かべたまま、当たり前のようにそう言い放ったエレンに千冬と楯無は薄ら寒いものを感じた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「そういえば……エレンのところ、転入生きたの…?」

 

昼休み。一夏に昼食を誘われるも、なにか危険な香りを察知したエレンはそれをやんわりと断り、食堂にて簪と共にいた。珍しくうどんではなく、パスタをちゅるちゅる食べている簪の問いに、ああ、そういえばとエレンは厄介な二人の転入生のことを思い浮かべる。

 

「ええ、そうですね。フランスとドイツの代表候補生で専用機持ちの二人が来たんですよ。フランスの方は男性操縦者で、恐らく放課後の訓練に参加すると思いますから後で会えますよ。ドイツの方は、すこし気難しいようで……なんとも言えませんが」

 

シャルルがここに来た目的を考えれば、訓練への参加を希望するのは当たり前の事だろう。第三世代機の開発が遅れているデュノア社からすれば、イギリス、中国、日本そして篠ノ之束作の第四世代に片足突っ込んでる第三世代機の情報が取れるのだ。食いつかないわけがない。

 

「…ふーん。ドイツの人は…知り合いなの…?」

 

「え?なんでそんなこと聞くんですか?」

 

「なんか…心配してるみたいに、見えたから…」

 

よく見ているな、と簪を褒めると同時に自分の最近の緩み具合に苦笑いを禁じ得ない。実際、ラウラ・ボーデヴィッヒというデザインベイビーには少し、思うところがあった。

 

「ええ、まあ…。遠い親戚、なのかな?もしくは知人の親族といったところでしょうか……」

 

企業が行っていたデザインベイビーの研究。一定の成果を上げた後、企業はその研究を打ち止めにした。しかしその情報を流用し、その研究を、続けた者たちが少なからずおり、そして一部の国家はそれを支援し、利用していた。その成れの果ての一つが、ラウラ・ボーデヴィッヒなのだろう。

 

「……ふーん」

 

「えっと、簪さん…?」

 

心なしかジトッとした視線を向けられ、たじろぐエレン。随分と心を許しているその様子をもしも、かつて企業にいた頃の彼を知る者がいたら、驚嘆すること間違いなしな光景だろう。

 

「……エレンは、隠し事がおおい…」

 

「あ、あははは……。そ、それより、どうですか?打鉄弐式は?」

 

「エレンのくれたデータのおかげでマルチロックオンシステムの精密さはかなり上昇してる……。だから、山嵐を改良しようと思ってる…」

 

「え……改良、ですか?」

 

「うん……。通常弾頭の48門だけじゃ、エレンには届かないのはこないだわかったから……。フレッシェットとクラスター弾頭を追加して、逃げ場を無くそうと思う…。荷電粒子砲も粒子バリアを貫通出来るようにもう少し威力を上げてーーー」

 

真剣な顔でエレン対策の打鉄弐式の改良案を練り出した簪。これは自分が倒されるのも意外と、すぐかもしれないなぁなどと何処か他人事に思うのと同時に、嬉しく感じるエレンであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「ええぇい!厄介な!!」

 

「うふふふ、踊りなさい!ブルー・ティアーズ!!」

 

「行くわよ、一夏ああぁ!!」

 

「今日は勝たせてもらうぜ、鈴!!」

 

放課後。いつも通りアリーナにて特訓を行う面々に、思わずシャルルが呟いた。彼女は既に己の専用機、オレンジ色のラファール・リヴァイブのカスタム改修機に身を包んでいた。

 

「まあ、皆さん呑み込みが早く、熱心ですからね。あともう一人、日本の代表候補生の方もいるんですけど……彼女はちょっと、機体の改修を行っていて今日はお休みです」

 

「へぇ。贅沢なメンバーなんだね」

 

はにかむシャルル。その可愛らしい笑顔を見て、どうして一夏達は彼女が女だと何故気づかないのか不思議に思ってしまうエレンだったが、思考を切り替える。

 

「じゃあ、俺たちもやりましょうか」

 

「あ、うん。えっと、その。一夏から色々聞いてるから……お手柔らかに、お願いします」

 

ほんのり怯えの宿ったシャルルの笑顔を見て、果たして一夏がどのような話をしたのか気になったエレンだったが、思考を切り替える。サブマシンガンと近接ブレードをそれぞれコールした。

 

「先手はどうぞ。タイミングも任せます」

 

「……む。じゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ!」

 

刹那の間にコールされた武器は、デュノア社製アサルトカノン『ガルム』。高速切替(ラピッドスイッチ)と呼ばれる技能により高速展開からの射撃は的確にエレンのアルファート・カスタムの装甲を削った。

 

「あたった!このまま……!?」

 

確かな手応えを感じたシャルルは咄嗟にサイドブーストを吹かしていきなり投げつけられたブレードをギリギリ回避。しかしその一瞬の間に視界からエレンを逃してしまっていた。すぐ様ハイパーセンサーでエレンの姿を捉えるが、既に目と鼻の先まで迫られていた。

 

「このぉっ!?」

 

ガルムから近接ブレード、ブレッド・スライサーへ切り替えたシャルルが新たにコールされていたエレンのブレードの一撃を受け止める。同時に向けられていたサブマシンガンを左腕に備え付けられたシールドで弾く。

 

「いい反応ですね」

 

「ぐっ!?」

 

そんな声とともに、視界が反転。顔面に蹴りを見舞われたことに理解したシャルルは直ぐにPICで姿勢制御を行うが、それと同時に瞬時加速を発動させたエレンがブレードを携えて突っ込む。

 

「うわっ!」

 

咄嗟に滑り込ませたシールドで直撃を凌ぐが、エレンはそのままシャルルをアリーナの壁まで押し飛ばす。背部の衝撃に取られた瞬間に、エレンはブレードを放棄しサブマシンガンをコール。近距離から暴力的な弾丸の雨をシャルルへと叩きつけてシールドエネルギーを削りきるのだった。

 

「……あー、その。すいません、シャルル。大丈夫ですか?」

 

「…………う、うん。いや、なんだろう。絶対防御があっても、こんなに怖いんだね」

 

完全なレイプ目であははと笑うシャルルの姿を見て流石のエレンも罪悪感が湧いてくる。すかさず話を逸らす作戦に出る。

 

「そ、それにしても高速切替とは珍しい特技ですね。射撃も精密ですし、近接戦闘の反応も良かったので少し驚きました」

 

「……あははは。近接戦闘でエレンに手も足も出せなかった僕なんて……」

 

完全に裏目に出てしまっていた。

 

「あー、まあシャルル。気にすんなよ。エレンは反則みたいにつえーからさ」

 

「そーよそーよ。あたしも初めてタイマンでやった時はボッコボコにされたし気にしない方がいいわよ」

 

「うむ、そうだぞ。近接武器のみのハンデを貰っても、未だに私も勝てないしな」

 

「私なんか、1対1だと直ぐに接近戦に持ち込まれておしまいですわ……」

 

とりあえず他のメンバーがシャルルを宥めに入ったので、一安心するエレンであった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

訓練を終え、一夏と共に寮へと向かう帰り道。エレンはふと足を止めた。

 

「ああ、すいません、一夏。忘れ物をしました。先に帰っていて下さい」

 

「ん?いや、なら俺もついていくぜ」

 

「ははは、子供じゃないんですから大丈夫ですよ。先に帰って今日の訓練の復習でもしてて下さい」

 

「そっか、わかったよ。先、戻るな」

 

一夏が去っていくのを見送る。背が見えなくなったあたりで振り返り、訓練時からこちらを見ていた者に声をかけた。

 

「いい加減、出てきたらどうですか?ボーデヴィッヒさん」

 

「チッ……やはり気づいていたか」

 

木陰から姿を表したのはもう一人の転入生、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「覗き見は感心しませんね。仲間に入りたいのなら何時でも歓迎しますよ?」

 

「ふん、素人共と学ぶことなど無い。それよりも、貴様……何者だ?」

 

ラウラの瞳に鋭い光が宿る。そこには一夏を見るときのような侮りは存在せず、色濃い警戒の色が見られた。

 

「それは、難しい質問ですね。……一体、何なんでしょうねぇ、俺は」

 

「貴様の動きは明らかに戦場を知る者の動きだ。今こうしている時も、私が忍ばせているナイフに警戒し、それに対応できる自分の間合いを保っている」

 

「……はぁ、本当に面倒くさい。クロエの関係じゃなければ、思わずーーー」

 

ーーー殺してしまいそうなほどに。

 

「ッ!?」

 

エレンの殺意を敏感に感じ取ったラウラが大きく飛び退いた。ガクガクと震える足を、座りこまぬように必死に奮い立たせるラウラの姿を見て、エレンは直ぐにいつも通り笑顔を浮かべた。

 

「流石に感がいいですね。流石は、試験管から生まれた、デザイン・ベイビーなだけはーーーああ、ドイツでは遺伝子強化試験体(アドバンスド)と呼ばれているんでしたっけ?」

 

「貴様……ッ!なぜそのことを知っているうううぅ!!」

 

「おっと、危ないですよ」

 

怒声とともにラウラが突っ込む。エレンは突き出されたナイフを手を捻り上げて取り上げると、そのまま軽く押す。ラウラは情けない声と共に尻餅をついてしまった。

 

「うーん、その反応速度からして俺とは違う規格ですねぇ。フィオナと同じマルチタスクの規格かな?」

 

「何なんだ、お前はっ!?」

 

「またそれですか。……仕方ないから教えて上げます。でも、誰にも言ってはいけませんよ?その時は、あなたを迷わずーーー」

 

ニコッと微笑み、言葉を切るエレン。ラウラはその先に続く言葉を正しく理解したのか、コクリと頷く。

 

「貴女と同じですよ。企業によって作られたデザインベイビー。完璧な兵士(パーフェクトソルジャー)を作るための過程の捨て駒の一つ、試験体B06。そして今は、IS学園に於いて天災の指示で動く飼い犬です」

 

ラウラの表情が驚きに満ちたのを見て、エレンは満足そうに微笑んだ。



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分岐点

今回は短めになります。


「準備はいいかしら、簪ちゃん」

 

「……うん、大丈夫。お姉ちゃん」

 

視界に映る自分のIS、打鉄弐式のステータスを確認。オールクリア。自身のコンディションも悪くない。いや、それどころか今までで最高かもしれないと感じるほど頭は冴え、視界は澄んでいる。きっとこれも彼のおかげだ、と簪が薄く微笑みを浮かべると、ちょうどその人から通信が送られてきた。

 

『大丈夫ですか、簪』

 

その一言に色々な意味が込められていることを察した簪は嬉しく感じる。優しい彼は心配してくれているのだ。簪にとってコンプレックスの原因となった姉との対戦に。だけど、簪にとってもはやそれは過去の事。目を瞑り、胸に手をやる。湧いてくるのはどうしようもない姉への劣等感ではなく、暖かく、心地よい気持ち。だから、簪は伝える。大好きな彼へ、その気持ちの一端を。

 

『大丈夫だよ、エレン。これは私にとっての通過点。貴方の隣に行くために、避けては通れない道。だから、大丈夫。私はそのためなら、どこまでもいけるから』

 

本当はきちんと自分の思いを伝えたいけど、まだまだ彼と共にいるには力不足だから。だから、ここまでで我慢。共に歩めるように力が手に入ったら、きっとこの気持ちを伝えよう。そしてお礼を言おう。翼をくれてありがとうと。こんなに暖かい気持ちをくれてありがとう、と。

 

「行こう、打鉄弐式。一緒に、彼のところまで」

 

画面の端に映っていたカウントがゼロになる。そうして二人の少女の、盛大な姉妹喧嘩が幕をあげた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

『ーーー以上です。なにか命令に変更はありますか?』

 

『いえ、今の所変更はありません。…えっと、その……』

 

二人の転入生がやってきてから3日が経過した。自室にて秘匿回線による定期報告をクロエに行うと、彼女が何かを聞きたそうにしていた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒが心配ですか?』

 

『っ!?いえ、そういうことではなく……もし、彼女のISにVTシステムが搭載されていたら、彼女を殺すのですか…?』

 

クロエにとって忌まわしい記憶であったとしても、やはり同じ被験体、その完成系にして生き残りであるラウラの事を気にしているのは想像するに容易い。不安に濡れたその声を聞いて、さすがに問答無用でラウラを殺そうと思うほど、エレンはまだ狂っていなかった。

 

『安心して下さい、クロエ。必要以上に傷つけない事はお約束します』

 

『はい……っ!えへへ、流石兄さんです。では、そろそろ切りますね!また明日』

 

『了解です。お疲れ様です、クロエ』

 

わかりやすい態度から、クロエの純粋さが変わっていないことに気づき思わず苦笑いを零す。彼女の良いところの一つではあるが、将来変な輩に誑かされないか心配ではある。まあ、それこそあの天災が許さないだろうが。

 

「エレン……?あがったよ…」

 

鼻腔をくすぐる心地よい香りと、落ち着いた声色。顔を上げるとほんのり頬を上気させ、タオルで髪を拭いている簪がいた。可愛らしいクマのイラストが描かれたパジャマを着ており、それが簪のお気に入りであったことをなんとなく思い出していた。

 

「……どうかした?」

 

「あ、いえ。可愛いパジャマだなぁ、と」

 

「むぅ……子供っぽいって思ってる…」

 

「そんなことないですよ。よく似合ってます」

 

ぽんぽんと頭を叩くと、不満そうにしながらも簪は黙り込むが、せめてもの抵抗にジトッとした視線を向ける。ほんのり上気した顔でそんなことをされても余計可愛らしいだけで、逆効果だなと感じたエレンであるが、今度は口に出さなかった。

 

「俺もシャワーを浴びてきます。風邪をひかないように早めに髪を乾かすんですよ?」

 

「……お母さんみたい…」

 

確かに、とエレンも苦笑いを漏らす。元々、束達と共にいた時から家事をしない束の世話や、来たばかり頃の常識知らずだったクロエにあれこれと手を焼いた影響に違いなかった。

 

化粧台の前でドライヤーを使い始めた簪を尻目に、エレンも浴室へと向かうのであった。

 

 

ーーー消灯時刻は既に過ぎ、日付も変わって幾ばくか。比較的夜更かし型の簪と、その体質上短期間の睡眠で十分休息を取れるエレンも遅くまでおきていることが多い。最近は特に簪が気合をいれて打鉄弐式の改良に励んでいたのだが、それもようやく終わった所だった。

 

「ふぅ、中々時間がかかりましたね。今日の放課後に一夏達相手に試運転と行きますか」

 

「……そのことなんだけど…戦い人が、いるの…」

 

弱々しくそう告げた簪は酷く怯えているように感じられた。しかし同時になにかを決めたような真っ直ぐと視線を向けられて、エレンは黙って耳を傾ける。

 

「……今までずっと逃げてきた。諦めてきた…でも、このままじゃ……変われないから。私は、変わりたい」

 

言葉は少ないが、エレンは簪の望みを理解した。純粋に、凄いと思う。そして、結局変わることが出来なかったエレンよりも強くなるだろうという予感も感じた。

 

「だから、お願い……。最後にもう一回、背中を押して……?」

 

トン、と簪がエレンの胸に頭を預ける。わずかに震える身体に気づき、エレンは思い出す。あの子がこうして震えていた時は、どうしていたのかをーーー。

 

ゆっくりと肩を抱き、頭を撫でる。最初はビクッと強張った簪の身体だったが、やがてリラックスするように身体を預けてきた。

 

変に飾った言葉はいらない。そもそもエレンは、そういったものには疎いのだ。だから、慈しむように簪の頭を撫で続ける。それだけだが、それこそが簪の心を優しく包み込んでいた。震えが止まり、代わりに規則正しい寝息を立て始めた簪を優しくベッドまで運んでやる。

 

「……簪なら、大丈夫。おやすみなさい」

 

妹を寝かしつけていた頃によくやっていたように額に優しくキスをする。自然な流れで行ったその行為であるが、エレンはそんな自身の変化に気付かずに眠りにつく。救われているのは簪だけではないと言うことに彼が気付くのは、もう少し先になりそうだった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

翌日の放課後。いつもとは違うアリーナを千冬に頼み直々に開けてもらったエレンは、そこで2人の少女を待っていた。先に現れたのは、快活なイメージを持たせる水色の髪の少女だった。

 

「いきなり呼び出しなんて、何かしら?まさかお姉さんのこと、好きになっちゃった?」

 

「ええ、実はそうなんです。俺と付き合って頂けませんか、生徒会長」

 

「…………ふぇ?」

 

まさかの切り返しに、楯無の口から情けない声が漏れた。続いて言葉の意味を理解し、顔が真っ赤に染まる。何時もの余裕ある態度とは裏腹に、せわしなく髪をくるくるともてあそび出す辺り、想像以上に初心なことに若干驚きを隠せないエレン。同時に、なんだか申し訳ない気もした。

 

「えっと、そのね、私は生徒会長でね、更識の当主でね、普通の女の子じゃないのよ?そ、それでも、いいのかしら……」

 

若干潤んでいる瞳で、エレンを見上げる楯無。罪悪感で心が押しつぶされそうになったその時、悪寒が走った。

 

「……何してるの。2人とも」

 

何時ものような声色だが、何故かその声はよく通っていた。同時に底知れぬ恐怖を煽るような、平坦な声でもあるから不思議だ。現れた簪に驚いた様子を見せた楯無があたふたし出したの尻目に、エレンは渡りに船だと思い話に乗ることにした。

 

「少し、生徒会長の事をからかって遊んでいたんですよ。俺は先にピットに入っているので、あとはお二人でごゆっくり話してください」

 

楯無がからかわれていたことに気づき、怒り出しそうなのを察して速やかに逃げ出すエレン。簪もそれ以上追求することはせず、ジトッとした視線を姉に向けた。

 

「お姉ちゃん……。満更でもなさそうだったけど……どういうこと?」

 

「い、いや。ちがうのよ、簪ちゃん!?決して男の子に告白されたのが初めてで舞い上がってたわけじゃないのよ!?エレン君の事を意識して、かっこいいなー、なんて思ってわけじゃないのよ!?」

 

久しぶりに話したが、いつもの何でも出来る姉はそこにおらず、分かりきった言い訳をする年相応な姿を見て、簪は思わず笑ってしまった。

 

(ああ、そうなんだ。お姉ちゃんも、ただの女の子なんだ)

 

自分が美化し過ぎていただけなのだ。何てことはない。姉はただの少女であり、自分はそんな人の妹。完全無欠の超人なんかじゃない。ちょっと特殊な家系に生まれてきただけの、ただの姉妹なんだと簪はようやく気づけた。

 

そこまでわかれば、もう迷うことなんかなかった。

 

 

「お姉ちゃん、今まで避けてごめんなさい。また、昔みたいに一緒にお話したり、ご飯食べたり、アニメを見たりしてくれますか…っ?」

 

「……え、ええ!勿論よ、簪ちゃん!お姉ちゃんこそごめんね……ごめんねぇ……っ!」

 

ようやく元に戻った二人の姉妹の関係。お互いが感じていた喪失感が埋まる感覚。抱き合い、わんわんと泣く二人の姉妹は自分達のために世話を焼いてくれた一人の少年に感謝するのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「ーーーお姉ちゃん、私と戦って」

 

心ゆくまで涙を流した後、簪は静かにそう告げた。楯無は一瞬驚いたものの、いつになく真剣な眼差しを向けてくる簪のその申し出を断るという選択肢は存在しなかった。

 

「……本気で、戦って欲しいのよね?」

 

コクリと頷く簪。楯無はそれを確認すると、わかったわと短く返すと向かいのピットへと向かっていった。簪も、先にエレンが向かったピットへと移動する。

 

ピットに着くと、壁に寄りかかっていたエレンが簪へ視線を向ける。簪の表情から結果を察したエレンは、暖かい笑顔で彼女を迎えた。

 

「…ありがとう、エレン。……エレンがいてくれたから上手くいったよ…」

 

「嬉しいですが……過大評価ですね。頑張ったのは簪さんで、俺は少しだけお手伝いしただけです」

 

「…むぅ。…いい加減、簪って呼んでほしい…」

 

「ええっと、それは……」

 

「頑張ったから…ご褒美、くれてもいいとおもう……」

 

ああ、まったくこの子は。だんだんと自分の扱いがわかってきてるな、と内心で苦笑いを零すエレンだが、彼女の思惑通りそう言われたら断れない。意外と強かなのだ、目の前のか弱くみえる少女は。

 

「ええ、わかりましたよ、簪。……生徒会長とは、やはり戦うのですか?」

 

「うん。……でも、コンプレックスのためとか、そんな理由じゃないよ?…私はいつか、最強のヒーローの相棒になりたい、から……。お姉ちゃんは、最初の通過点…」

 

「持ち上げすぎですよ、簪。でも、まあ……悪い気は、しませんね」

 

最悪の外道。人類の天敵。虐殺者。そう呼ばれていた自分には相応しくないのは承知だが、それでも、目の前の少女がそうあって欲しいと願うならば、そうあるのも悪くはない。そう考えられることがーーー自分で、自分の在り方を決定できている事が、エレンにとってどれだけの進歩であるのかを、彼自身も未だ気づいてない。

 

「行ってくるね、エレン」

 

「行ってらっしゃい、簪」

 

彼と共に作り上げた、大事な大事な愛機を展開した簪は、空へ飛び立つ。遥か彼方で待つ彼に追いつくために、その一歩をたった今踏み出した。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

更識楯無は浮かれていた。というのもつい先ほど、最愛の妹と仲直りに成功したからだ。二人の関係の修復に力を貸してくれたエレンには感謝してもしきれないが、先ほどからかわれたのは些か癪だった。密かに彼への復讐を誓った矢先、簪がピットから飛び出してきた。

 

「あれが、簪ちゃんのIS」

 

打鉄弐式。倉持技研が開発を担当していがらも、織斑一夏の専用機、白式に篠ノ之束が関わった瞬間から見向きもされなくなってしまったIS。そうした態度の倉持技研に愛想を尽かした簪が引き取り、自分で製作したIS。といっても、完全に漕ぎ着けたのはエレンや本音などの協力があったのだが、それでも学生だけでISを作り上げるのは非常に困難なのだ。それは、実際にやったことがある楯無自身がよくわかっていた。

 

「少し、フォルムが変わってる…?」

 

背部のスラスターが大型化しているし、荷電粒子砲の形状も変更されている。この短期間でさらなる改良の跡が見られることに驚くと同時に、妹がエンジニアとしても優れている事を誇らしくも思う。

 

カウントが始まる。簪は特に武装を構えるでもなく、目を瞑っていた。多分ではあるが、エレンとプライベート・チャネルによる通信を行っているものだと推測できた。

 

(先手は譲ろうかしら。簪ちゃんが頼ってきてくれたんだもの、胸を貸すつもりじゃないとね!)

 

楯無のそんな甘い考えは、カウントがゼロになった瞬間に消え去る。

 

「行こう、打鉄弐式。一緒に、彼のところまで」

 

そんな声が響いたのと同時に、楯無の視界が真っ赤に染めあがった。そのすべてがロックオンアラートだと気がつくのには、若干の時間がかかってしたまったのは無理も無い。

 

「これは……っ!!まずいわね!」

 

全弾射撃。八門六基のミサイルポッドと、増設された十二門二基のミサイルポッドから繰り出されるのは88発の思考制御されたミサイル。これだけの数を操作しきる簪の演算能力は素直に凄いと思うが、今は厄介以外のなにものでもない。楯無はメイン武装であるランス、蒼流旋をコールすると、内蔵されたガトリングで迎撃を始める。

 

「くっ、厄介ねぇ、もう!」

 

通常のミサイルとは違い、簪の操作するミサイルは誘爆により数を減らすことがほとんど無く、着々と逃げ場が塞がれてゆく。アリーナを飛び回りつつ、ガトリングで数を減らすが、半数も落とせないウチに壁際まで追い込まれてしまった。しかし、楯無も漸く反撃の用意が可能になった。

 

「清き熱情(クリア・パッション)!」

 

楯無がパチン、と指を鳴らすと同時にアリーナの至る所で爆炎が上がった。彼女のIS、ミステリアス・レイディに搭載された第三世代兵装、アクア・クリスタルによって形成、霧状に散布されたアクア・ナノマシンのエネルギーを一気に熱へと転換し、爆破を起こしたのだ。一見して、かなり強力な攻撃に見えるのだが、その代わりにアクア・ナノマシンを散布するとその分装甲を代わりの水のヴェールが薄くなり、防御性能が低下するという弱点も存在している。

 

連続する爆発音から、ミサイルの誘爆を確認した楯無は内心でガッツポーズを決める。しかし次の瞬間には、ハイパーセンサーに走ったノイズに気づき、まんまと踊らされていることに気づいてしまった。

 

「ジャミング効果のあるスモーク弾頭が混じってたのね……ッ!やられたわ」

 

ここまでの行動が全て簪に読み切られていることに気づき、楯無の中に焦りが生まれる。とりあえずジャミング・スモークの効果範囲から逃れるために移動を開始するが、残ったミサイルが楯無に追随してきていた。

 

「落ちなさい!!」

 

止むを得ずにガトリングで迎撃を行う。案の定その中にもスモーク弾頭が混じっており、更に煙幕が広がる。ジャミングが酷くなり、ハイパーセンサーの反応が鈍っている今この瞬間こそが、簪の狙っていた機会であった。

 

「ここだ……っ!」

 

今まで操作していたミサイルをオートに切り替え、同時に新たに増設したミサイルポッドから24発のミサイルを打ち出す。それらは山なりの軌道を描き、上空から楯無に襲いかかろうとしていた。

 

「IS学園生徒会長はね、学園最強の証でもあるのよ!このぐらい……!」

 

しかし楯無も目視による認識、そして磨き上げられた更識としての危機感知能力をもってして上空から迫る24発の弾頭に気づく。同時に空いていた左手に蛇腹剣『ラスティーネイル』を呼びだし、損傷覚悟でミサイルを切り裂く。

 

しかし楯無の思惑は外れる。爆炎は怒らず、ラスティーネイルも壊れることはなかった。その代わりに襲い来るのは、鉄の杭の雨。今しがた破壊したのは全て、フレシェット弾頭であった。簪の戦略の深さに驚いたのはほんの一瞬。すぐ様アクア・クリスタルの稼働率を無理やり引き上げて身にまとう水のヴェールの強化を行った楯無の判断は、現時点では最善であった。

 

「あああああぁぁ!!」

 

勿論、防ぎきれるわけがない。フレシェットによるダメージを刻まれ、さらにその影響で第一波のミサイル群の迎撃が疎かになってしまい、それも襲いかかってくる。ミサイルの猛攻が収まる頃には、ミステリアス・レイディのシールドエネルギーは半分以下にまで削られていた。

 

「くっ……これ以上は…」

 

ここで一気に決めたかった簪だが、連続した多数のミサイルの精密操作により脳が悲鳴を上げ始めていた。山嵐による追撃は諦め、出力を上げた荷電粒子砲を打ち込む。

 

「凄いわ、簪ちゃん。いつの間にか、こんなにも強くなってたのね…」

 

楯無は恥じた。妹の事を、心のどこかで侮っていた自分自身の事を。そして決意する。今更ではあるが、全力で迎え撃つことを。

 

「お姉ちゃんは、そんな簡単に負けられないのよ!」

 

荷電粒子砲をスレスレで回避し、瞬時加速を用いて接近。蒼流旋による鋭い突きを繰り出す。簪も夢現を召喚し、迎撃を行うが近接技能では楯無の方が一枚も二枚も上手であり、徐々にシールドエネルギーが削られてゆく。

 

「くっ、流石に一筋縄じゃ、いかない…!」

 

技量の劣る自分が逃げに回っても勝ち目がないことぐらい、簪はわかっていた。だから、一歩も怯まずに攻め続ける。近接戦に荷電粒子砲も織り交ぜ、致命的な一撃は自爆覚悟の山嵐にて強引に距離を離し、姉に、学園最強に、ロシア国家代表に食らいつく。

 

「簪ちゃんは、強いわ……。これからもっと強くなれるわ。でもね、まだ……負けるつもりは、ないわ!」

 

激しい近接戦の最中、楯無が指を鳴らす。同時に、簪の周りで大爆発が起こった。少しずつ撒いていたアクア・ナノマシンによる二度目の清き情熱は、範囲を狭めたこともあり、簪の機体に大きなダメージを与えることに成功していた。

 

大きく弾き飛ばされた簪だが、その目はまだ諦めていない。楯無も全霊で当たると決めた。だから、トドメとなる一撃を放つ。

 

「全てのアクア・ナノマシンを攻撃にーーーミストルティンの槍、起動!!」

 

「ここが私の、ターニングポイント……っ!いっけええぇぇ!山嵐ぃっ!!」

 

巨大な水の槍と、数多のミサイルが激突。アリーナを覆い尽くすほどの爆炎が巻き起こる。それと同時に、戦いの終わりを告げるブザーが鳴り響いたーーー。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

ボコボコになったアリーナに、二人の少女が寝そべっていた。先ほどまで激戦を繰り広げていた姉妹は、満足そうに空を見上げる。勝敗は、どちらもISを身に纏っていないことが何よりも物語っていた。

 

「強くなったのね、簪ちゃん」

 

「もっと強くなるよ、私。じゃないと、きっとエレンの隣には立てないから」

 

「妬けるわねぇ。ここまで簪ちゃんに思われるなんて」

 

思い返せば、昔から簪は楯無について回る子だった。自分で何かを決めるということは殆どなく、楯無の後を追いかけてばかりいた。それが良くないことだとはわかっていたし、新しい目標を見つけてくれたのは姉として非常に喜ばしいことなのだが、その相手が問題であった。

 

「エレン君のこと、知ってるのよね?彼、普通の人じゃないのよ」

 

「うん、知ってるよ。エレンはとっても強くて、とっても優しくて、とっても隠し事が多い人。ただ、それだけ。皆が知らないだけで、エレンはそんな、ただの男の子なんだよ」

 

「……彼といるだけで、命の危険に晒されるかもしれないのよ?怖くないの?」

 

姉として、妹の意思を尊重したいが、それ以上に危険な目にはあって欲しくないと思う。楯無は顔を上げ、簪を見つめる。しかし、続く言葉を聞いて、楯無は簪の意思を尊重することを決めざるを得なかった。

 

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。だって私は、エレンの事が大好きだから」

 

ーーーああ、もう。そんな幸せそうな顔でそんなことを言われたら、お姉ちゃん、見守ってあげることしか出来ないじゃない。

 

 



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VTシステム

武装パロ多めです


「簪ちゃん、あーん!」

 

「……自分で食べるからいい」

 

「んもぅ!恥ずかしがっちゃって!でもそんな簪ちゃんもとってもプリティーよ!!」

 

浮世離れした水色の髪を持つ二人の少女が、イチャコラするのを眺めて思わずため息をつかざるを得ない。正確には姉の方が構い過ぎてるだけなのだが、妹の方も久方ぶりに姉と過ごすからなのか、満更でもなさそうである。

 

そんな時、不意にエレンの元に一夏からメッセージが届いた。内容は簡潔で、相談事があるから部屋に来てくれというものであり、今のエレンにとっては渡りに船であった。

 

「一夏が何か用があるそうなので、少し出てきますね。……生徒会長も、満足したら帰ってくださいよ?」

 

「やーん、お姉さんのことは楯無でいいのよ?というか、楯無で呼びなさい!」

 

バッと広げられたセンスには強制決定の文字が書かれており、いろいろ疲れていたエレンは適当な二つ返事を返すと、そのまま部屋を出て行った。

 

「むぅ……。冷めてるわねぇ」

 

「……お姉ちゃん」

 

唇を尖らしてそんなことを呟いた楯無に、簪から声がかけられる。その底冷えするような恐ろしげな声に思わずびくりと肩を震わせると、冷や汗を流しながら笑顔を浮かべる。

 

「か、簪ちゃん?だ、大丈夫よ?別に、変な意味は無いのよ?エレン君と仲良くなりたいとか、そんなんじゃーーー」

 

「お姉ちゃんのばかぁ!」

 

珍しくも声を荒げた簪により、そのまま部屋を追い出された楯無。そんな彼女が啜り泣きながら部屋に戻る姿が多くの生徒達に目撃され、噂されるようになるのは完璧な余談である。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

エレンは深いため息をついた。どうしてこうも面倒ごとが巻き起こるのか、と。その元凶である、目の前で頭を下げる一夏とシャルルの姿を一瞥した後に取り敢えずは顔を上げるように促すことにした。

 

「状況を整理しましょうか。シャルルは本当は女で、スパイだった。それがひょんなアクシデントで一夏にばれてしまった。ここまではいいでしょう。ですが、そこからが頂けない。シャルルを守りたい?何を言ってるかわかってるんですか、一夏。貴方を騙してデータを奪おうとしていた相手ですよ?彼女の目的がデータの収集ではなく、暗殺だったら殺されていたような状況ですよ?自分がどれだけ危険な状況にあったのか、きちんと理解できているのですか?」

 

「そ、それは……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

エレンの正論に一夏とシャルルはぐうの音も出ない。もちろん、一夏が本当に危険な目にあうのならばエレンが是が非でも守り抜くので極端な例を引き合いに出したのだが、元々エレンは一夏の警戒心の低さを危険視していており、今回が丁度良い機会に思えた。なので、敢えてシャルルの存在は泳がしていたのだが、まさかこんなことになるとは。

 

「どうにも、上手くいかないものですね……」

 

陰謀やらなんやらはつくづく向いていない、と額を抑える。あまりにも面倒で、思わずシャルルを殺害してしまいたい衝動に駆られるが、一夏との信頼関係を崩すとそれこそこれから先の護衛に多大な支障が出てしまう。仕方ない、とばかりにエレンは大きなため息を吐いた。

 

「一応ですが、さっき一夏の引っ張り出してきた特記事項で学園にいる間は大丈夫でしょう。ブリュンヒルデへの説明はお二人がやるより俺が適任でしょうから、そちらも任せてください」

 

「な、何から何まで、すまねぇ……」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「一夏はこれを機に自分の立ち位置を再確認して、もう少し警戒心を強めないと、いつか本当に取り返しのつかないことになりますよ?シャルルは……まあ、未遂ということですし、境遇と環境から推察するに上層部からの圧力というのは誰が見ても明白ですのであまり心配いらないでしょう。……まあ、デュノア社は大変なことになるでしょうが」

 

「これからは気をつける……」

 

「うん、ありがとう」

 

元々、この問題はシャルルを捕まえて突き出すだけで全てが丸く収まる。しかしながら、彼女の生い立ちや境遇を知ってしまった以上、一夏がそれを良しとしないのは十分予想できた。一夏の良くも悪くも素直な性格は中々変わるものでもないだろうし、美徳の一つでもある。正直、そう在れる一夏を非常に羨ましく感じるし、そのままでいて欲しいとも思う。だから、エレンは告げる。

 

「一夏、貴方のやっていることは間違っていない。でも、自分の意思を押し通すには相応の力が必要で、今回の問題に関しては貴方は力不足だ。自分の力と守れる範囲を把握出来ないと、いつか後悔する日が来ますよ」

 

妙に説得力のあるそのことばに一夏は釣られるように頷く。そのときエレンの浮かべていた自嘲を感じさせる笑みが、何故か一夏の頭の中に暫く残った。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

翌日。放課後になり、エレンは昨夜の出来事を千冬と楯無に報告すると同時に対応を話し合い、結局シャルルの処罰は無しで、今度のタッグトーナメントの後に女子として再び編入させるという手を取ることに落ち着いた。わざわざ時間を置くのは、シャルルがタッグトーナメント目前にスパイだったとばれて、イベントに参加できないことを防ぐという為だろう。案外甘い処置に驚きつつも、エレンとしても特に不都合はないので反対はしなかった。

 

多目的室で話を終え、エレンが一足先に退席すると、直ぐ外に待っていた不安そうな表情を浮かべる一夏とシャルルが視線を向けた。

 

「シャルルの処置は、今度のタッグトーナメント後に女子として再び編入することになりました。フランス政府とデュノア社にはIS委員会の方から対処をして下さるそうです。……まあ、実質お咎めはなしです。生徒達との距離感が難しくはなるでしょうが、そこは頑張ってください」

 

「うん……!本当にありがとう!!」

 

「感謝なら一夏に。一夏が貴女を守りたいと願わなければ、俺は力を貸していなかったのですし」

 

「うん!ありがとう、一夏!!」

 

「あー、俺なんもできてないんだけどなぁ。まあ、うん。どういたしまして、シャル」

 

そんなやり取りの後、三人はいつものアリーナへと向かう。そこでは先にセシリアと鈴が訓練を行っているはずだった。簪は、先日の戦いで損傷した打鉄弐式の修理のために整備室に篭っており、箒は珍しいことに整備に興味があるのか、簪について行っていた。

 

「ねえねえ!あそこのアリーナでドイツの第三世代型が戦ってるらしいよ!!観に行こうよ!」

 

「うそ!?まだトライアル段階って噂だったのに!行こ行こ!」

 

ふと、強化されたエレンの聴力がそんな話を捉えた。女子生徒達が向かった方向は、いつもエレンたちが訓練を行っているアリーナと同じだ。ということは、つまりーーー。

 

「一夏、シャルル。少し、急ぎましょう。何やら問題が起きてるみたいです」

 

恐らく、セシリアと鈴がラウラと戦闘を行っている。セシリアと鈴がいくら代表候補生といっても、戦闘用に生み出されたデザインベイビーで、尚且つ現役軍人のラウラに今の時点で勝てるとは思えなかった。威勢のいい返事を返した二人とは裏腹に、エレンの中に薄暗い感情が渦巻いていく。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

やがてたどり着いたアリーナでは、2対1による戦闘が繰り広げられていた。一見、ラウラを虐めているようにしか見えない光景だが、その戦闘内容はラウラの圧倒的優勢であった。

 

「くぅぅ!このおぉ!!」

 

「この至近距離でウェイトのある衝撃砲とは……バカか、貴様は」

 

ラウラの駆る黒いIS、シュヴァルツェア・レーゲンが鈴の甲龍に接近。腕部のプラズマブレードでの連撃を見舞う。技術の差からそれを捌ききれない鈴が衝撃砲での打開を試みた瞬間、ラウラは両腕のプラズマブレードを龍砲のスライドした砲口に突き入れた。

 

「鈴さん!」

 

さらなる追撃を試みるラウラに、セシリアのスターライトmk-3が火を噴く。精密な射撃を地を這うような機動で回避しつつ、ラウラは6本のワイヤーブレードをセシリアに向けて放った。

 

「厄介ですわね、もう!」

 

縦横無尽に襲い来るワイヤーブレードのせいで精密射撃はもちろんのこと、ビットの呼び出しも行えないセシリアは回避しか選択を取ることが出来ない。しかし、その背後で静かに起き上がった鈴の甲龍を見て、セシリアは内心で笑みを浮かべた。

 

「よくもやってくれたわねええぇ!!」

 

瞬時加速を行った鈴が、双天牙月を手にラウラの背後から襲いかかる。獲った!と内心で笑みを浮かべた瞬間、鈴は身体の自由がきかなくなっている事に気がついた。同時に、ラウラが左手をこちらに向けていることにも気づく。

 

「何度も言ってるだろう?私とシュバルツェア・レーゲンの停止結界の前では、貴様らなど取るに足らん木偶だと」

 

「きゃああぁあ!!」

 

「鈴さん!」

 

身動きの取れない至近距離から、鈴にレールキャノンを見舞う。凄まじい衝撃により後ろに弾き飛ばされる鈴の姿を見て、一瞬ではあるがセシリアが気を散らす。その瞬間を見逃さず、ワイヤーブレードがセシリアの足を絡め取っていた。

 

「戦闘中に気を抜くなど、自殺志願者か?」

 

嘲笑とともに、セシリアは自身が投げ飛ばされたことに気づいた。乱雑に投げ捨てられたと思いきや、その先にいたのは衝撃でフラついてる鈴。二人はそのまま激突し、無様に地に這いつくばっていた。

 

「ふん、所詮はこの程度か。入学時のデータと比較すると、確かに腕は上がっているがーーー」

 

「おおおぉぉ!!」

 

詰まらなそうにラウラが二人を一瞥した瞬間、視界の隅に白いISが映る。再び停止結界ーーーAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を用いてそのISを拘束した。

 

「な、なんだこれ!?動けねぇ!?」

 

「ふん、誰かと思えば貴様か。丁度いい。ここで貴様を叩き潰して、証明してみせよう。貴様が教官の弟としていかに相応しくないかを」

 

「勝手なことを……っ!」

 

「一夏っ!」

 

レールキャノンの照準を合わせた刹那、ラウラ目掛けて無数の弾丸がばら撒かれる。咄嗟に一夏へのAICを会場したラウラは再びAICを発動すると、シャルルの放った弾丸は彼女の目の前で停止し、カラカラと音を立てて地面に落ちていった。

 

「僕も加勢するよ、一夏」

 

「ふん、フランスのアンティークでどうこうできる程、私のシュバルツェア・レーゲンは甘くないぞ」

 

「そうかな?AICに頼りきりのルーキーよりはよっぽど戦えると思うけど?」

 

「貴様……っ!」

 

やすやすと挑発に乗ったラウラが怒りのままにレールキャノンを放とうとしたその時、凄まじい悪寒がラウラをーーーいや、その場にいた全員の背筋を駆け抜けた。

 

「はぁ。どいつもこいつも……面倒ごとばかり……俺は、考えるのが嫌いなんですよ」

 

ダークレッドカラーのISに身を包むのは、一夏たちの知るエレン・クロニクルであるはずなのだが、まるで別人のように感じるほど冷たい声色でそう呟いた。

 

「……一夏、シャルル。セシリアさんと鈴さんを連れて下がってください。後は念のため、二人を保健室に連れて行ってあげて下さい」

 

「お、おう。任せろ」

 

「わ、わかったよ!」

 

有無を言わない威圧感を感じさせるエレンの言葉に逆らうことなど出来ず、戦う気満々だった一夏達はセシリアと鈴と共に、アリーナを後にする。ラウラも目の前のエレンの放つ威圧感により、それを止めることなど出来やしなかった。

 

「……先に謝りましょう、ドイツのアドヴァンスド。ごめんなさい」

 

「な、なんだいきなり?いや、そもそもお前はーーー」

 

理解できないという様子のラウラに構うことなく、エレンは話を続ける。

 

「これはただの八つ当たりです。俺にしては頑張った方だとは思うのですが、如何せん、昔から考えることはあまり得意ではなくて……。それこそ、全てを壊してしまおうと思うくらいには」

 

ニコリ、とバイザー越しに笑みを浮かべたのがラウラにはわかった。それと同時に恐怖する。エレンの浮かべるあまりの歪な笑顔に。自分はとんでもない化け物を目覚めさせてしまったことに。

 

「ああ、安心して下さい。何も殺しはしませんよ。クロエとの約束もありますしね。ただ、そのISは後々面倒なことになりそうなので、ここで破壊させて頂きます」

 

「ッ!!企業製とは言え、第二世代ごときが偉そうに!やれるものなら……やってみろぉっ!!」

 

自らの中にある恐怖を誤魔化すように、レールキャノンによる砲撃を放つ。それを合図に、企業のデザインベイビーとドイツのアドヴァンスドによる戦いが幕を上げた。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

ラウラの放ったレールキャノンをサイドブーストで避けたエレンは両手にサブマシンガンをコール。弾幕を張るように発砲してゆく。

 

「ふん、こんなもの!」

 

ラウラが手をかざすと、AICが起動する。サブマシンガンからばら撒かれる弾がラウラの付近では停止し、力なく地面へと落ちてゆく。

 

「これならどうですか?」

 

円を描くようにラウラの周りを飛びつつ、サブマシンガンを連射する。全方位から襲い来る弾丸にラウラが堪らず上空へと逃げると、それを待っていたと言わんばかりにエレンは両腕のサブマシンガンをラウラへと投擲。同時に両手に物理ブレードを召喚する。

 

「この程度でッ!!」

 

両腕のプラズマブレードで二つのサブマシンガンを叩き切る。その直後に瞬時加速を用いたエレンの強襲を、ラウラはプラズマブレードで受け止めた。

 

「ふむ、反応速度も悪くはないですね。イメージインターフェースも人並み以上に使えると言うことは……俺とフィオナとは違う規格ですねぇ」

 

「戯言を……ッ!」

 

無理矢理エレンを弾き飛ばすと、ラウラはワイヤーブレードを射出。しかしエレンは二本のブレードで巧みに受け流すどころか、そのワイヤーを刀身にわざと絡みつかせた。

 

「しまっーーー」

 

「遅いですよ」

 

絡め取られたワイヤーブレードをパージすることが遅れたラウラは、エレンにより乱雑に投げ飛ばされる。咄嗟にワイヤーブレードをパージし、威力を最小限に抑えたラウラは直ぐさまPICにより姿勢を制御する。しかし、エレンからしてみればそれは遅すぎた。

 

「久しぶりですねぇ、こんなもの使うのは」

 

そんなことを呟くエレンの両腕に握られていたのはチェーンに大量の地雷が吊り下げられている奇妙な武器。軍人であるラウラは、軍事産業において頭一つ飛び抜けている企業により開発されたその装備のことももちろん知っていた。

 

「『ケンプファー』!?実戦でそのようなものをッ!」

 

13にも及ぶ吸着型機雷をチェーンで括り付けたその武装は通称チェーンマインとも呼ばれる、企業が開発した異形の兵装。見た目通りの扱いずらさはあるものの、敵の装甲に直接機雷を吸着させ、ゼロ距離からの爆破を行うことにより、莫大な損傷を与えることが出来る程の威力を誇っている。

 

そんな武装が二つも目の前に存在している。咄嗟にAICによる拘束を行おうと手を突き出すラウラだが、エレンはそれを先読みし、その腕を蹴り飛ばす。同時に、二つのケンプファーを背部のアンロックユニットに巻きつけた。

 

「この至近距離でイメージインターフェースを用いるとは……貴女、バカですか?」

 

そんな皮肉とともに、ラウラの胴体に回し蹴りを叩き込み、大きく吹き飛ばす。同時にケンプファーを起爆。連続した爆音とともにその姿が爆炎に飲み込まれる。胴体に巻きつければこれでシールドエネルギーを削りきれていたのだが、今回の目的はラウラのISの破壊である。あえて背部のアンロックユニットを狙ったのだ。恐らく、爆風により背部のスラスターにも支障が出ているはずだ。あとはトドメをさすのみ。

 

「うわあぁぁあああ!!」

 

ラウラは錯乱した子供のように叫びながら、ワイヤーブレードを射出する。しかしそんな状態ではまともな操作をすることなど出来ず、物理ブレードを再び召喚したエレンにより順々に叩き斬られてゆく。

 

「これで最後の一本ですね。さて、あとはそのプラズマブレードですか?」

 

全てのワイヤーブレードを叩き斬り、悠々とラウラの前に立ち塞がるエレン。ラウラは堪らず、出力が大幅に低下したスラスターを全開で起動して離脱を試みる。

 

「まだですよ」

 

それを見逃すことなく、エレンはラウラを追撃。プラズマブレードで応戦するも、技量の差は歴然としているだけでなく、最早平静を保てていないラウラがその攻撃を捌けるはずもない。

 

「なぜだ!なぜ当たらん!?私は、戦うために生まれてきたのだぞ!!その為だけに、生きてきたのだぞ!?」

 

「へぇ、奇遇ですね。俺と一緒です。まあそれでもーーー俺と貴女では、年季が違いますから」

 

まずは左腕。鋭い斬撃がプラズマブレードの発生装置を破壊する。そこからは瞬く間に右腕のプラズマブレードもその光を失うことになった。

 

「どうして……私は、わたしは…たたかうために……かつために……なのに、なぜ……」

 

膝をつき、虚ろな瞳で呟き続けるラウラ。そんな彼女を同情の宿る瞳で見下ろしたエレンは、告げる。

 

「一回ぐらい、自由に生きてみなさい。もし、それでも何もわからなかったその時はーーー俺が、殺して上げますから」

 

ブレードが振り下ろされる。シールドエネルギーがゼロになったと同時に、変化は起きた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

(こんな……こんなところで負けるのか、私は……)

 

元々は織斑一夏を釣り上げるために、交友のある二人の代表候補生をいたぶっていた。予想通り織斑一夏は出てきたが、同時にラウラと同じ境遇だと嘯く謎の男、エレン・クロニクルというイレギュラーも出てきた。

 

そうして現れたイレギュラーは、隔絶したIS操作技術によりラウラを圧倒した。もうすでに、十分理解した。彼には勝てないと。しかし、それでもーーー。

 

(私は負けられない!負けるわけにはいかない……!)

 

ただ戦いを行うことのみを考えて作られ、生まれ、育てられ、鍛えられた。世間のことはわからないが、戦闘に関する知識なら誰にも負けないと自負していたし、それを活かせるだけの技量も持っていると自信もあった。

 

しかし。それでも。いま、ラウラの目の前に立ち塞がるイレギュラーを打ち倒すことが出来なかった。戦うために作られたラウラは、戦う事によってしか自分の価値を見定められない。負けは即ち、無能の烙印であることも重々承知している。

 

(やだ……もう、あんな思いはしたくない……!)

 

ISが登場した事により一変した世界。それに合わせるが如く、ラウラに求められる知識と技術も変容した。そしてその適合性上昇のために行われた施術ーーー『境界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』がラウラの障害となった。

 

企業の一部の規格のデザインベイビー達が先天的にその目に埋め込まれているナノマシンーーー通称『運命の瞳(フォルトゥナ・オクルス)』。そのデッドコピーを後天的に肉眼へと移植するという施術であった。理論上不適合などのデメリット無しに、運命の瞳には及ばずとも、大幅な視覚信号伝達の速度上昇と動態反射の引き上げが可能であるハズだった。しかし、ラウラの境界の瞳は制御不能に陥る。稼働状態のままになってしまい、脳へと莫大な負担を与え続け、更には移植された左目は金へとその色を変えてしまった。

 

それにより部隊のトップにいたラウラは一気に底辺まで落ちぶれ、無能の烙印を押されることとなった。あの屈辱的な日々は忘れようもない嫌な思い出であったが、その後の織斑千冬との出会いがラウラの世界を変えた。

 

「ここ最近の成績は振るわないようだが、なに心配するな。一ヶ月で部隊内最強の地位へと戻れるだろう。なにせ、私が教えるのだからな」

 

そう告げた世界最強のその人は、本当に一ヶ月でラウラを元の居場所まで引き上げてくれた。そしてラウラは、そんな織斑千冬に惹きつけられた。その強さに焦がれた。誰よりも気高い姿勢に憧れた。そしてーーー戦うためだけに生まれてきた存在にも関わらず、その戦う事ですら1番になれないことに気づき、怖くなった。いつかまた、無能と呼ばれ、そのまま捨てられる日が来るのでは無いかと。

 

(勝てない兵器に何の意味が?無能の烙印をまた押される?今度は破棄か?何のために戦う?なぜ生まれた?なぜ勝てない?なぜ否定する?なぜ邪魔をする?なぜ私は弱い?戦う為に造られ私が負けたら、その存在意義はどうなる?)

 

自分でも感情がごちゃ混ぜになってゆくのが分かるが、最早止めることなど出来なかった。ぐちゃぐちゃになった感情の中で、最後に残ったのは戦う意思。そして、力への渇望だった。

 

(私は、証明する……存在意義を……その勝利を…無能じゃない……力があれば、私は!私はッ!!)

 

『ーーー願うか?汝、自らの変革を望むか……?より強い力を欲するか……?』

 

自身の奥底で何かが蠢くような不気味な感触。しかし今のラウラにはそんな違和感を気にする余裕などなく、ただ目の前に差し出された力を求めた。

 

(元々、私に戦う以外の意味など無い。こんな空虚の器、あっても無くても変わらん。捧げよう、この身を。その代わりに……何にも負けぬ力を、比類なき最強を、唯一無二の絶対をーーー私に寄越せッ!!)

 

 

意識が深い闇に沈んでゆく。心地よい微睡みに身を委ねたラウラは、安らかな顔で眠りについた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「……やっぱりありましたか」

 

溶けて行くシュバルツェア・レーゲンを前にして、エレンは小さくため息を漏らす。VTシステム。かつてエレンとフィオナが破壊を試みたソレだが、あの時はダミーデータを掴まされるに終わった。まさか、そんな代物がドイツにあるとは意外であった。

 

ドロドロと溶けたシュバルツェア・レーゲンにまたも変化が訪れる。黒い液体となった装甲はラウラを呑みこむと流動的な動きを繰り返し、やがて『ソレ』を象った。

 

「……ブリュンヒルデ、ですか。まあ、最強のヴァルキリーといえば、彼女が妥当でしょうが」

 

雪平弐型の原型となった、最強の剣ーーー雪平を手にしたその姿は恐らく千冬の愛機であった暮桜を模しているのだと分かる。正直なところ、エレンは期待していた。この生温い学園に、本気のエレンと戦えるものなど当然おらず、力を持て余していたのは言うまでもない。そこに現れたのはデッドコピーとはいえ最強のヴァルキリー。しかも、過去にエレンの戦ったことのある白騎士ではなく、暮桜に搭乗した織斑千冬である。不謹慎であるが、エレンはそれがどれだけの強さを持つのか楽しみであった。ラウラとの戦いを始める時点から千冬に頼んでアリーナをロックしてもらっているので、邪魔が入る心配も無い。

 

「では、お手並み拝見といきましょうか」

 

両腕に物理ブレードを召喚。瞬時加速で一気に距離を詰める。Xを描くように同時に斬撃を繰り返すが、黒い暮桜はそれを正眼の構えで受けるや否や、直ぐさま切り返してくる。エレンも左手のブレードで受けると同時に右手のブレードを突き出すが、黒い暮桜は巧みに雪平を操り、それを叩き落とす。そこから繰り出された凄まじい速度の切り上げを、エレンは一度後退して回避した。お互い追撃はせずに、膠着状態となる。

 

「ふむ、中々の再現度ですね。正直、ここまでやるとは思いませんでした。……少し、本気でやりましょうか」

 

ストレイドを使っても良かったのだが、学園内では誰に見られたものか分かったものではないので、緊急時意外では使用はしたくない。エレンにとって、目の前の黒い暮桜の力は、その程度の評価であった。

 

「…………」

 

表情が消えた能面のような表情を浮かべたエレンが、唐突に動き出す。両腕の物理ブレードで挟み込むように斬撃を見舞うが、黒い暮桜は身体を屈めて回避。それと同時に凄まじい速度の一閃が返されるが、エレンはその場でスラスターを瞬間的に吹かせて上方へ回避。黒い暮桜の頭上を通り抜けざまにブレードを振るうが、黒い暮桜は前に滑り込むようにして躱す。

 

しかしエレンは止まらない。回避されるや否やPICを制御し、身体を半回転させるとその勢いのままに両手にもつブレードを思い切り投げつける。黒い暮桜が態勢を崩しながらもその二振りを叩き落とすと同時に、凄まじい衝撃がその身を襲った。

 

黒い暮桜の視線の先にいるのは、両腕に小型のハンドリボルバーを構えたエレンの駆るアルファート・カスタム。一見、ただの大口径リボルバー見えるその武装は、企業により開発された多様な弾頭を使い分けることのできるリボルビングランチャー、『ノルン』。先程の衝撃はスラッグ弾によるものであった。

 

黒い暮桜は間合いを潰すべく凄まじい速度で肉薄するが、エレンも同時に後方瞬時加速を発動する。当てやすいものの距離が離れるとその威力が大きく減衰してしまうスラッグ弾から、徹甲榴弾へと既に切り替え済みのそれを撃ち出してゆく。

 

世界最強のブリュンヒルデならば勝利への最短距離を変更することはしない。エレンの読み通り徹甲榴弾を叩き切って尚も突き進む黒い暮桜に対して、エレンは後方瞬時加速の終了と共にノルンのシリンダーから空の薬莢を排出、それと同時に拡張領域から次の弾薬を直ぐさま変換、弾を込めると目前に迫っていた黒い暮桜にその弾丸を撃ち込んだ。

 

独特な音と共に放たれたのは青い白い光を帯びた弾丸。煩わしそうにそれを雪平で切り落とした黒い暮桜はそのままエレンにも斬撃を繰り出すが、両手のリボルビングランチャーを盾にして回避。爆散するリボルビングランチャーを尻目に、幾分か表情の戻ったエレンは不敵な笑みを浮かべた。

 

「まあ、これがシステムの限界、といったところですかね?」

 

俊光式徹甲榴弾。今しがたエレンが用いたのは敵に接触すると吸着し、時間差で爆発する特殊な徹甲榴弾である。本物のブリュンヒルデであったならば、得体の知れない武装を受けることはせずに回避に移行していたに違いないが、所詮はシステム。そこまでの応用性は備えていなかった。

 

瞬間、黒い暮桜の持つ雪平が爆発する。破壊されることはなかったものの、予想外の衝撃により雪平はその手を離れ、宙を舞う。そうして大きく態勢を崩した黒い暮桜の懐には、瞬時加速を用いて入り込むとそのままの勢いのまま壁に叩きつける。そして、その右手には企業が開発したIS武装の中でも特に凶悪な威力と効果を持っており、公式の試合では使用を禁止されている9連装電磁加工パイルバンカー、『セラフ』。別名『九つの杭(ナインポール)』とも呼ばれるそれはあまりにも過剰な火力に加えて、更には打ち込まれる杭の一つ一つにEMP効果が付与されており、対象のハイパーセンサー等の電子系統に致命的な欠損を与える、まさに一撃必殺の兵装である。

 

勿論、その効果の高さに比例するように、通常のパイルバンカーに比べてかなり大型化されており、使用距離である至近距離において取り回し辛いという致命的な欠点があるが、今のこのタイミングでこれを当てることなど朝飯前だった。

 

ズガン、ズガン、ズガンーーー。

 

凄まじい炸裂音と共に電磁加工された杭が黒い暮桜に打ち込まれて行く。EMP効果でVTシステムに障害が出始めたのか、ノイズ共に黒い暮桜が波打ち、回数を重ねるごとにその姿を維持出来なくなって行く。

 

「これで、最後です」

 

淡々と告げたエレンが最後の一発を打ち込む終わると、まるでそれを待っていたかのように黒い暮桜は遂にその形状を維持出来なくなり、弾け飛ぶようにして消え去った。中から捨てられるように出てきたラウラを抱きとめる。

 

「……はあ。随分とまあ、気持ちよさそうに眠っていることで」

 

呆れたようにため息をつくものの、その声は何処か穏やかであった。ラウラが力を求めた事は、間違ってないとエレンは考える。それは前世において、力が無いものは虐げられるのみということを痛感していたからであり、自分の意見を通すのには、力が不可欠なのはこの世界でも変わらないのを知っているからである。システムに頼ったのは頂けないが、その貪欲に力を求める姿勢は、IS学園で漠然と学生生活を楽しむ生ぬるい考えの生徒達よりは余程好感が持てるものであった。

 

元々、ラウラが気に入らなかったというより、ここ最近面倒ごとが続いていて、最も苦手な考えて決定するということが多発していた事が原因で今回の暴走とも言えるエレンの行動が起きてしまった。なので、完全に八つ当たりのとばっちりを受けたラウラには悪いことをしたな、などと柄にもなく罪悪感を覚えたエレン。

 

とりあえずは事の顛末を千冬と束に報告をして、ラウラを保健室へ連れて行ってーーー。やることが多すぎて辟易としたエレンは、もう一度深いため息をついて、アリーナを後にした。

 

余談であるが、ラウラを保健室に連れて行くまで俗に言うお姫様抱っこをしていたことが学園中で噂され、簪から冷たい視線をぶつけられるのことになるのはご愛嬌である。



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狂気

超絶不定期更新ですが、また少しずつ投稿していきたいと思います。よろしくお願いします。

※後半グロ注意


(ああ、そうか。私は、負けたのか)

 

心地よい微睡みに身を委ねていたラウラは、自分の敗北を理解した。勝つために、ただ力を求めた。元々は織斑一夏を叩きのめしたかっただけなのに、いつしかエレン・クロニクルという不可思議な存在に勝とうと躍起になっていた。きっと、自分と同じ造られた命と彼の口から聞いた時から、ライバル視していたのだろう。ラウラの産まれた施設では結果が全てであり、能力がないと見なされた試験体達は処分されていた。故に、恐怖した。エレン・クロニクルに敗北し、兵器として劣っていることを証明されてしまうことを。あの施設が今はもう無いと分かっていても、怖かったのだ。

 

(私は、結局なんなのだろうな……。わからない、なにもわからない……。もう、どうでもいい)

 

『深く考え過ぎです、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

 

(……強い貴方には、わからないのだろうな)

 

『強くなんか無いですよ、俺は。どうしようもなく弱虫で意気地なしです』

 

(嘘だ。貴方は強かった。現に、訳のわからないシステムを使っても倒せなかったではないか……)

 

なんとなく、ラウラには顔が見えないはずの彼が、苦笑いを浮かべているような気がした。

 

『強さというものは、ただ敵を倒す力だけ持ってれば良いというものでは無いんですよ

。それを正しく御しきれなければ、それは強さではなく、ただの災厄だ』

 

(私達は……戦うために造れられた。ならば、強くなければその存在価値を証明出来ない)

 

『そればかりですね、貴女は。そんなに、拘らなくてもいいでしょう?兵器としての貴女に』

 

(……私は、これ以外の生き方を知らないんだ)

 

『それなら、色々と試してみましょう。放課後に友達と下らない話しをしたり、一緒に甘いものを食べたり。休みの日は買い物に行ったり、映画を見たりーーー貴女の未来には、無限の選択肢があるんですよ?自由に生きなきゃ勿体無いでしょうに』

 

(貴方も……自由に生きているのか?)

 

『いいえ。言ったでしょう?俺は弱虫で意気地なしだと。自分の事が怖いんです。誰よりも、何よりも』

 

(ははは、なんだか……説得力がないな)

 

『ええ、俺もそう思います。……怖いですか?造られた目的に反して、自分で自分の生きる道を決めることが』

 

(……怖い。どうしようもなく怖いよ。なにも知らないんだ、私は。何も決めたことがないんだ、私は。正しい選択を出来るか、怖くて怖くて仕方ないんだ)

 

『ええ、分かりますよ。その気持ち。自分で何かを決定する事は本当に怖いことです。だからーーーかつて、俺がそうしてもらったように、道を示しましょう』

 

(道……?)

 

『この学園にいる間、貴女は自由に生きなさい。やりたいことをやり、様々なことを学びーーー自分の進む道を、選びなさい』

 

(……私が間違った時は、どうするんだ?)

 

『その時は、責任を取ってあげます。例え貴女を殺すことになっても』

 

(貴方は……冷たいのか、優しいのかよくわからないな。でも……うん、悪くない)

 

冷たくも優しい、矛盾した少年は、造られた存在である無知な少女に道を示した。やがて少女が選ぶ道が少年を救うことに繋がるのだが、今の彼らはそれを知る由もなかった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「う、ぁ……」

 

ぼやっとしている光が天井から降りているのを感じて、ラウラは目覚めた。全身が気怠く、すぐには動けそうにはないことを確認すると、辺りを見回す。

 

「気がついたか」

 

その声は、ラウラが敬愛して止まない織斑千冬のものであった。ベッドの隣の椅子に腰掛けた彼女は穏やかな表情を浮かべていた。

 

「私……は…?」

 

「全身に無理な負荷がかかったことで筋肉疲労と打撲がある。暫くは動けないだろう。無理はするな」

 

千冬の言葉はラウラの状態を説明してはいたが、ラウラが聞きたいのはそこではない。何が起きたのかを知りたいのだ。

 

「何が……起きたのですか…?」

 

「一応、重要案件である上に機密事項なのだがな。……VTシステムは知っているな?」

 

「はい……。正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンドグロッソのヴァルキリーの動きをトレースするシステムで、確かあれは……」

 

「そう、IS条約でどの国家、組織、企業においても研究、開発、使用全てが禁止されている。それがお前のISに積まれていた」

 

ラウラ自身、システムの起動時からロクなものでは無いだろうとは思っていたが……まさか、違法なシステムが自分のISに積まれていたことには驚きであった。思わず、息を飲む。

 

「操縦者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、そして何より操縦者の意思……いや、願望か。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園はドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

「私が……望んだからですね」

 

貴女に、なることを。口にはしなかったが、千冬には伝わった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!!」

 

「は、はい!!」

 

いきなり名前を呼ばれたラウラは釣られて勢いよく返事をしてしまう。全身に引きつったような痛みが走るが、今は気にならなかった。

 

「お前は誰だ?」

 

「わ、私は……。私……は…」

 

ふと、先ほどまでの夢を思い出す。彼が道を示してくれたことを。兵器としてでは無い、ラウラとして生きる道を示してくれたことを。

 

「……私は、ラウラ・ボーデヴィッヒです。自分が何をしたいかもわからない、小娘ですが……これから、探して行きたいと思っています」

 

「そうか。あいつが、道を……」

 

織斑千冬のようになりたいと願っていた自分との決別。金と赤のオッドアイの双眸が真っ直ぐと千冬の姿を捉える。千冬はラウラの変化と、そして恐らく影響を与えたであろう少年のことを思い出すと、笑みを零して席を立つ。

 

「……あいつは、何時になったら救われるのだろうな」

 

誰に問うでもない、そんな言葉がラウラの耳に届く。それは懐かしむような、それでいて後悔を感じさせるような不思議な声色に感じられた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

ラウラが目を覚ましたちょうどその頃。彼女のいる隔離された医務室ではなく、一般生徒用の医務室のベッドに二人の少女が横になっていた。遅れてそこに到着したエレンは事の顛末を話し終えると、不貞腐れた様子のセシリアと鈴に苦笑いを零した。

 

「べつに、エレンが入ってこなくてもよかったのに。あそこからあたしたちの華麗なる大逆転劇が始まる予定だったんだから!」

 

「そうですわ!日頃の特訓の成果をお見せしようと思っていましたのに」

 

「こっ酷くやられているように見えたので、つい手を出してしまいました。それで、二人のISの損害状況は?」

 

鋭いエレンの指摘に思わず言葉を詰まらせた二人。顔を見合わせると、二人は観念したようにため息を漏らした。

 

「あたしの甲龍はしばらく使えないわよ。おかげでトーナメントも見送りね」

 

「ブルー・ティアーズも同じくですわ。はぁ、折角一夏さんとタッグを組めるチャンスでしたのに……」

 

二人からの簡単な報告は概ね予想通りであったが、一つだけ引っかかることがあった。

 

「一夏とタッグ……ですか?」

 

「ええ。今回のトーナメント、タッグ戦らしくて。先ほどここに一夏さんとシャルルさんとペアを希望する方々が殺到しましたの」

 

「まあ、結局一夏は男同士ってことでシャルルと組むらしいんだけどね〜。あたしとしては一安心よ」

 

「なるほど……。一夏とシャルルのタッグですか」

 

まだシャルルが女だということは知られていない。ならば一夏のその場しのぎの言い訳としてはシャルルと組むのが最も違和感のない展開だったのだろう。トーナメント後にはシャルルが女子であることがバレるので一波乱ありそうではあるが、そこまで関与するつもりはエレンにはさらさらなかった。

 

「ま、せいぜい気をつけなさいよ。残った男はあんた一人なんだから」

 

「そうですわね。しかも、男子の中でもーーーというより、一年の中で間違いなくトップクラスの実力をお持ちなのですから引く手数多ですわ」

 

「えっと。それはつまりーーー」

 

嫌な予感がしてきたエレンは言葉を続けようとして、それを飲み込んだ。常人離れした聴力が、こちらに向かって駆けてくる複数の足音を捉えたからだ。

 

「はぁ……こういう役目は一夏でしょうに。嗅ぎつけられたようなのでそろそろ行きますね。お二人とも、お大事に」

 

手早く別れの言葉を告げたエレンはさっさと移動を開始する。デザインベイビーとしてのスペックをフルに活用して、誰にもバレないように自室を目指すエレンであった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

我輩は猫である。そう名付けられたのは天災科学者、篠ノ之束の移動研究拠点。エレンよりVTシステムが積まれていたという報告を受けるや否や、ドイツにおける関連施設を潰した束は満足そうに伸びをしていた。

 

つい先ほど、千冬から連絡があったのも束が上機嫌な事を助長させている。内容は叱責に近いものであったのだが、それでも久しぶりに聴く親友の声は変わりなく、束を安心させた。

 

「はぁー。随分ご機嫌ねぇ、博士は」

 

鼻歌まで歌い出した束を尻目に、黒髪に真紅の瞳をもつ美しい少女ーーーフィオナはため息を漏らす。というのも、VTシステムに関するドイツの関連施設を潰して回ったのは彼女なのだ。特に、最重要施設にはドイツのIS部隊、黒ウサギ隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)が待ち構えており、止むを得ず交戦になってしまい、想像以上に手間取ってしまった。

 

そんな気苦労を知ってか知らずか、束は能天気な笑みを浮かべている。

 

「束様。姉さんのヴァルプルギスのチェック終わりました。特に異常はないようです」

 

『ヴァルプルギス』。フィオナのためだけに用意された、篠ノ之束に手がけられたワンオフの第四世代機である。企業からは篠ノ之束の飼い犬ーーー『首輪付き』、その片割れの『魔弾』として疎まれている機体でもある。 ストレイドがエレンの規格特性とも言える『運命の瞳(フォルトゥナ・オルクス)』を用いることで十全なスペックを誇るのと同様に、ヴァルプルギスはフィオナの規格特性である『支配者の瞳(インペラトル・オルクス)』を最大限活かすことのできるISへと仕上がっていた。

 

「おつかれ、くーちゃん!えっくんが大元のシステムは破壊してくれたみたいだし、当分はあの不愉快なシステムを見なくて済みそうだねぇ。そろそろ、本腰入れて造っちゃおうかな!」

 

ものすごくいい笑顔を浮かべる束を見て、そこはかとなく嫌な予感がしつつもフィオナはそれをスルーした。どうせこの天災の事だから、なにを言っても無駄なのだと諦めているからだ。エレンならば、小姑のように小うるさく口を挟むのだろうが、フィオナとしてはそんな面倒なことは御免であった。

 

「んふふー。待っててね、箒ちゃん!お姉ちゃんが箒ちゃんだけの特別なISをプレゼントしちゃうんだから」

 

凄まじい速度で作業を開始した束を見て、フィオナは「これは一波乱くるわねぇ……」とどこか他人事のように呟いたのだった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「はぁ……。ついてねぇ」

 

無骨な通路を食事の載ったトレーを持った男が歩いていく。彼は企業に入ったばかりの研究員の一人であり、上司に命じられた厄介な仕事を済ますべく施設の奥の奥まで進んでいるところだった。目的となる場所は隔離区画の最奥にて軟禁されている企業の最高傑作、アインの居室である。

 

企業に所属するデザインベイビーの中で最も優れていて、そしてPS(パーフェクト・ソルジャー)に近いと言われるのがまだ幼い少女であるのは有名な話であった。しかし、それ以上に耳にするのは、彼女の異常性。いるはずのない兄を執拗に探し続け、兄以外の人間はゴミとしか見えていないような態度をとるだけでなく、気に入らない人間はすぐに殺してしまう異常者。妄想に取り付かれた最強の兵士は敵味方の区別がつかないが故に疎まれ、軟禁状態が続いていた。

 

「本当についてねぇ……」

 

男は目的地に近づくにつれ、重くなっていく足を引きずるようにして進む。そうして人気のない通路の最果てにある分厚い金属製の扉の前まで辿り着く。近くの壁には赤黒い染みが残っており、そこでアインが昔、部屋の前にいた見張りをいきなり千切り殺した話を思い出した。

 

ゴクリ、と唾を飲み込んだ男はゆっくりと扉を解錠してゆく。そして、様子を伺う為に少しだけ扉を開けて部屋の中を見渡してみる。

 

その部屋からはまるで生活感が感じられなかった。ほとんどモノが置かれておらず、いっそ場違いにも見える大きなベットが置かれているだけ。そのせいか、床に散らばる綿がむき出しになっている山のような熊のぬいぐるみが異様さを際立たせている。

 

男は人気のない室内の観察をほどほどに、天蓋まで付いている仰々しいベッドに目を向ける。みるからに値の張りそうなシーツががせり上がっており、そこに人がいることを示していた。

 

「し、失礼します……」

 

消え入りそうな声で呟き、男は入室する。視線はシーツかのふくらみに向けられたままだが、反応はない。このまま気づかれないことを願いながら、男は恐る恐る進んで行く。ベッドの近くにゆっくりとトレーを置き、内心安堵の息を漏らした直後のことであった、

 

「ん……ふぁ、ぁん……にい、さぁん……」

 

艶かしい嬌声。幼さを感じさせる声色によって奏でられるそれに、男は思わず息を飲んだ。視線をベッドへと向ける。

 

「…にいさぁん……そ、そこはぁ……んんぅっ…」

 

気がつけば、男の足はベッドに向かっていた。ゆっくりと、しかし確実に心を覆ってゆく歪んだ劣情。醜く歪んでゆく顔を自覚しながらも、男は足を止めなかった。

 

やがて、ベッドの横へと佇む。ゆっくり、ゆっくりと、激しくなってゆく動悸を悟られないように気をつけながら、男はシーツへと手を伸ばしてゆく。そして、シーツを掴んだその時。

 

「……にい、さん?」

 

ドクン、と男は自分の心臓が跳ねるのを感じた。しかし、同時にチャンスだと思った。この狂った少女に、自分を兄と誤認させることができたのならばアインという最強の武力をその手に出来る。それに、アインが空想の兄の存在に劣情を抱いてるのは明白だ。ならば、その身体を貪り尽くすことだってーーー。

 

「ああ、そうだよ。兄さんが迎えに来たよ」

 

そこまで考えると、半ば無意識のうちにそんな嘘を吐いた。狂った少女の描く、空想の兄に成りすまそうとした。少女は、そんなことを露とも知らず嬉しそうに声を弾ませた。

 

「にいさん!やっときてくれたんだ!!なかなかきてく」ないからさびしかったんだよ?でもひとりでがんばったんだぁ。だからね……ごほうびちょうだい?」

 

シーツから顔を覗かせたのは、漆黒の艶やかな髪と黄金の瞳を持った作り物めいた美貌を持った少女であった。病的なまでな白い肌を持ち、アンティークドールのように整った顔立ちは美しさと可憐さを備えている。赤らんだ笑顔を向けてくるが、ハイライトを失ったその瞳に狂気を感じたのは一瞬。すぐに欲望が押し勝った男が少女に手を伸ばした。

 

「ああ、もちろんだ。たくさん、ご褒美をあげよう。いっぱい、してあげよう」

 

男はシーツを引き剥がす。白い貫頭衣のような服から覗く、白い肌に顔を近づけようとしたその時だった。

 

「……ごほうび、は?」

 

抑揚の無い少女の声が聞こえる。男が思わず顔を上げると、そこには能面のような表情でジッとこちらを見つめる少女がいた。男が臆したのはほんの一瞬。すぐに劣情が打ち勝った。

 

「ああ、いまから上げるとも。だから、大人しくーーー」

 

「ごほうび、は?」

 

少女の言葉に構わず、手を伸ばす。しかしその手は少女の手に止められてしまった。男は舌打ちを漏らすと、焦ったさから声を荒げた。

 

「だから、今からご褒美をやるっていってんだよ!!大人しくしてりゃあいいんだよガキが!!」

 

頭に血が上った男はすっかり忘れていた。目の前少女は狂っているが、アインの名を冠する最強の兵士であることを。

 

ボキッ。

 

何かが折れたような音。男がどこか他人事のようにそんな感想を抱いたのとほぼ同時に、燃えるような激痛が少女に掴まれている腕から迸った。感じたことの無い痛みに絶叫する男を気にもとめず、少女はぶつぶつと言葉を発し始める。

 

「にいさんなんでごほうびくれないのいじわるはやだよいつもやさしくしてくれるのにどうしたんだろうまさかわたしのこときらいになったのかなそんなことないよねだってわたしのことがせかいよりもたいせつだっていってくれたもんねうんそうだよねうたがってごめんなさいでもにいさんにいじわるされたらかなしいのつらいのくるしいのだからごほうびちょうだいいつもみたいにねぇはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくはやくにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさん」

 

「ひいいいいい!!」

 

少女の狂気に、男は耐え切れなかった。兄を演じるのも忘れて掴まれた腕を振りほどくことに必死になる。だから、乱雑に振り回した男の腕が少女の頬を叩いたのは単なる偶然だった。

 

「……いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいにいさんにぶたれたいいこにしてたのにまってたのにしんじてたのにわるいこだとおもわれたんだきらわれたんだすてられたんだわたしはこんなにすきなのにあいしてるのにしんじてるのになんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……あ」

 

呆然と、叩かれた頬を撫でながら呟いていた少女が何かに気づいたように顔を上げた。同時に、だんだんと男の腕にかかる圧力も増していった。折れた骨がさらに細かく砕かれてゆく痛みに絶叫する男を尻目に、少女は笑った。

 

「あなたはにせものだ。だってだいすきなにいさんはわたしにひどいことをしないもの」

 

ブチブチブチ。

 

肉を引きちぎるような音が聞こえたのはほんの一瞬。続いた絶叫がすべてをかき消した。目の前の少女が人間の腕らしきものをそこらへんに放り投げた瞬間、男は自分の考えの浅はかさにようやく気づいた。続いて掴まれたのは残ったもう一つの腕。同じように砕かれ、そしてちぎり捨てられた。

 

「にいさんだったらわたしのあたまをなでてくれるはずだもんぶったりなんかしないもんどなったりしないもんしたうちしたりしないもんいやらしいめでみてこないもんわたしをまもってくれるもんわたしをたすけてくれるもんわたしをほめてくれるもんわたしをあいしてくれるもんわたしをだましたりしないもんにいさんはあなたなんかよりもっとかっこいいんだよあでもかっこいいっていうよりきれいなのかなむかしよくおとこのひとにこくはくされてたもんねおとこのひとでもしっとしちゃったなあのひとどうしてるかなころしにいきたいんだけどああでもそれよりもにいさんにまとわりついていたあのごみみたいなおんなたちをさきになんとかしないととしまのくそばばあにわたしをじゃまものあつかいするくそがきあとあのじいしきかじょうそうなたかびしゃおんなもにいさんをいやらしいめでみてたなぁゆるせないねつぎあったらただじゃおかないんだからうでをちぎっていのちごいさせてうるさくなったらのどにあなをあけてあげるのそのあとはあしをもいでおなかにてをつっこんでなかみをぐるぐるかきまぜてあげるのあいつらがにいさんをだましておかそうとするかもしれないからねさきにおなかをかきまわしてあかちゃんつくれなくしてあげるんだからだいたいにいさんはわたしのなのにあいつらはきやすくさわるのなんでなのにいさんはわたしのわたしだけのわたしのためのにいさんなのにゆるせないよねゆるさないよねゆるせないよじゃまものばっかりみんないなくなればいいにいさんもそうおもってるよねわたしのためにいっぱいころしてくれたんだよねしってるよやさしいにいさんがだいすきでもあいつにだまされたんだよねだからはなればなれになっちゃったんだもんねぜったいにゆるさなさいあのうらぎりものわたしたちのじゃましないでよこんどはちゃんとやるもんころすもんいらないもんわたしとにいさんだけのせかいつくるんだえへへたのしみだねにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさんにいさん……」

 

貫手が、喉を貫く。さらなる痛みに声をあげるが最早その機能を失った喉からは不恰好な風音が漏れ出すだけだった。

 

少女の両腕が、男の腹を突き破った。グチャグチャと中身をかき混ぜられるたびに声にならぬ絶叫を挙げ、身体を痙攣させる。

 

「あは、あははははは!!れんしゅう!いっぱいれんしゅうさせてね!!ここ?ここをまぜまぜするといいのかなぁ!?」

 

緩急をつけて、腹を掻き回す少女。痙攣する男の身体を楽しげに見つめていたが、やがて動かなくなったことを確認するとつまらなそうに身体を二つに引裂き、部屋の隅の方へと投げ捨てた。

 

「はやくあいたいなぁ、にいさん。こんどはぜったいにはなさないから」

 

鉄の匂いが充満した紅い部屋で少女は兄を待ち続ける。今度こそは二人だけで幸せになれると信じて。



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悪戯

「ねえねえ、聞いた?あの噂」

 

「うん、つぎのトーナメントで優勝したら、織斑くんたちと付き合えるんでしょ?」

 

「織斑くんに男らしく守ってもらいたいなぁ…」

 

「私はクロニクル君に頭を撫でてもらいたい!」

 

「デュノア君の笑顔を近くで見守りたい…」

 

ラウラとの一件から1日が過ぎた。朝のホームルームが終わり、教室の喧騒の中から何やら聞き捨てならない話が聞こえてきていた。昨夜、箒が一夏に優勝したら付き合ってくれと告白まがいのことをしていたのは知っていたが、何故か尾ひれがついた話になっている。箒の方を見てみると、頭を抱えている姿になんとなく同情してしまった。

 

だから日を跨いでからは勧誘が来なくなったのか、と妙に納得したエレンであったが同時に問題でもある。エレンは未だにパートナーがいないのだ。一夏とシャルル以外で組むとなると、いつものメンバーになるのだが、セシリアと鈴はISの修復のために辞退、残りの箒と簪は既にお互いでペアになってしまっていた。本音にも聞いてみたのだが、彼女は不参加らしい。

 

いっそのこと出ないという手もあったのだが、おかしな噂が出てしまっている以上トーナメントは放置はできない。どうしたものかと頭を悩ませていると、銀の髪を靡かせるラウラがこちらに向かって来ていることに気づいた。

 

「エレン・クロニクル。貴方に話がある」

 

「どうかしましたか?ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「昨日、貴方はあの後、責任を取ってくれると……そういった」

 

些か語彙が足りてないが、確かにそう言った。しかしその言い方はマズイとツーと冷や汗が伝う。同時に、こちらの会話が聞こえていた周りの生徒達がざわめき始めていた。けれども真剣なラウラにそんな指摘をするのも気が引けたエレンは、とりあえず平静を装って話を進めることにする。

 

「ええと、まあ、いいましたね。それがどうかしたのですか?」

 

「その……今度のトーナメント、私とペアを組んでくれないだろうか?」

 

「理由を聞いても?」

 

「私は……その、なんというか。友達が、まだいないのだ……」

 

「そ、それは……」

 

しゅん、とした様子で顔を伏せたラウラのそんな言葉に流石のエレンも返答に困ってしまった。転校初日から生徒に高圧的な態度を取り続けていたラウラは言うまでもなく孤立しており、それは自己責任とも言える。しかし、昨日までのラウラなら気にしないような事柄であっただろう。その小さな変化は尊いものであるとエレンは知っている。

 

「……そう、ですね。丁度良かった。実は変な噂が流れているせいで俺もペアがいなかったんです。よろしくお願いしますね、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

「ラウラでいい。その代わり、私もエレンと呼ばせてもらっていいだろうか?」

 

「ええ、わかりました。頑張りましょうね、ラウラ」

 

少し驚いたように、しかし喜色を感じさせるぎこちない笑顔を浮かべたラウラが小さく頷く。クラスのそこらで現役軍人であるラウラと卓越した戦闘技術を持つことを認知されているエレンのタッグ結成に呪詛の言葉が聞こえてきたが、知らないふりを突き通すのだった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「あのー……簪?」

 

ちゅるちゅるちゅる。

 

「かんちゃんはね〜、ただいまげきおこ!なんだよ〜」

 

時刻は昼食時。いつものように簪、本音と食堂で合流した時から、簪は随分とご機嫌ななめであった。昨日の夜まで普通だったことを考えると原因はやはり、朝の一件だろう。とりあえず、弁明をしようと口を開こうとした刹那、背後に気配を感じて振り返った。

 

「エレン。隣、いいだろうか」

 

最悪のタイミングであった。簪から向けられる視線が最早痛い。しかしながら自ら距離を縮めようとしているラウラの努力を無下にはできず、結局は隣に座らせた。

 

「えーと、彼女は最近転校してきたラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。よろしく頼む。布仏本音と……」

 

「…更識簪です。よろしく…」

 

「わぁ〜。らうち〜、名前覚えてくれてたんだ〜!」

 

「うむ。昨夜、我が優秀な副官から友達を作る為に助言を貰ってな。とりあえず、クラスメートの名前と顔は全員一致させてきたのだ」

 

ラウラはどうやら本格的に友達作りに励むらしい。息巻く彼女の姿は年相応の幼さを感じさせて、エレンは少しだけホッとした。

 

「……エレンって、意外とおせっかいやきだよね。今もおじいちゃんみたいな顔してたし…」

 

「お、おじいちゃんですか……」

 

内心ショックを受けたが、どうやらラウラの様子を見て簪も朝の一件についてなんとなく変な風に誤解されていることに気づいてくれたのだろう。ラウラはよく言えば純朴、有り体に言えば些か世間知らずなのは見ての通りであるし、そらは察せられないほど簪は鈍くはない。

 

「まあ、それも悪くはないですかね」

 

ともあれ、ラウラの交友関係は順調な滑り出しなのではないだろうか。楽しそうに話す三人の少女の姿を見ていると、不思議とそんな呟きが漏れた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「そういえば、気になっていたんですが」

 

ふと、アルファート・カスタムに身を包んだエレンは思い出したように向かってくる少女へと声をかけた。

 

「なん……だっ!!」

 

対する彼女は言葉とともに、黒いISーーーシュバルツェア・レーゲンの腕部のプラズマブレードを展開。予備のパーツで組み上げたばかりだからか、いつもよりほんの僅か出力が低くなっているブレードに内心舌打ちを漏らしつつ、エレンへ踊るように斬りかかる。

 

「話したくなかったらいいんですが、ラウラのアドヴァンスドとしての規格は何なのかなぁ、と」

 

片手に物理ブレード、もうは他方の手に腕部装着型の実体シールド、さらにはサブマシンガンを持ったエレンが器用に受け流してゆく。ラウラがAICを発動させる素振りをエレンの運命の瞳は逃さない。すぐさまサブマシンガンの弾を乱射してラウラの気を散らす。

 

「くっ……!!私達の、施設は!企業で言うところの、ハイブリッド型によるPSの作成を目指していたのだ!よって、私も例に漏れずにハイブリッド型の調整……だっ ッ!!」

 

近距離ではあまりに分が悪い。ラウラも境界の瞳を利用してそのスペックを飛躍的に上昇させているが、エレンはそれさえも軽々と凌いでいく。運命の瞳という強力な特性もあるが、それ以上に戦闘経験の差が圧倒的に違うことを悟ったラウラは、無理やり近距離でレールガンを放つことを選択する。

 

 

「やはりそうですか。しかし、ドイツに逃げた企業の研究員は中々に優秀だったみたいですねぇ。ハイブリッド型で俺と打ち合えるなんて……なかなかいなかったですから」

 

レールガンの砲身を盾で殴りつけるように跳ね上げる。そのまま身体を一回転させつつ斬撃を叩き込む。ラウラがプラズマブレードで辛うじて防いだところに、サブマシンガンが弾丸をばら撒いた。

 

「時間制限付きだが……失敗したと言われた私の境界の瞳も、捨てたものじゃないだろう!?」

 

しかしラウラは怯まない。弾丸を受けつつも一気に前に出る。明らかにセオリーから外れた攻撃にエレンが面食らったのはほんの一瞬。エレンは撃ち切ったサブマシンガンを捨てると同時にシールドをパージ。代わりに物理ブレードをコールしてラウラを迎え撃つ。

 

「境界の瞳、ですか……。なんだか、運命の瞳よりキラキラしてて、キレイですね」

 

エレン達の運命の瞳は一見してただの瞳であるが、ラウラの境界の瞳は粒子が煌めいてるような美しさがある。境界の瞳はナノマシンが未完成であったのと、安定性に難があるが故の煌めきなのだが。

 

「な、ななななにをいうか!!普通、こんな瞳は気持ち悪いものだろうっ!!」

 

「生憎と、生まれ方からして普通じゃないんです」

 

「むぅ!屁理屈をおおおぉ!!」

 

感情の揺れに伴い、ラウラの動きは精彩を欠いて行く。焦ったさからラウラがワイヤーブレードを纏めて射出するが、エレンは瞬時加速を用いて一気に通り抜ける。同時に物理ブレードがラウラのシュバルツェア・レーゲンを切り裂くと同時に、シールドエネルギーが0となった。

 

「はい、お疲れ様でした。機体の方はどうでしたか?」

 

二人が試合を行っていたのはラウラが予備のパーツで組み上げたシュバルツェア・レーゲンの動作確認と改めてお互いの実力を計り合う目的があってだった。本来なら一夏達と訓練を行っている時間帯であるのだが、トーナメント景品の関係上、全員が敵だと思った方が正しい。なので、トーナメント期間は各自で訓練を行うことになっていた。

 

「うむ、機体の方は問題なさそうだ。少しパワーが落ちてるが……許容範囲内だろう。それよりもだな……その、どうだった?今の戦いは?」

 

少し期待するようにラウラがこちらを見上げてくる。エレンは「うーん」と一度間を置いてから、タッグを組むにあたって戦闘中に感じたことを伝えることにした。

 

「先ず、AICの発動が遅い。あの速度でも学生程度なら捉えられるでしょうがそれでも一度見た相手には対策されかねません。今のままだとトーナメントでは近接戦でむやみやたらと連発するの危険ですね。次ですが、攻撃は何故正面からのワンパターンだけなのですか?どこかの世界一の影響を受けすぎです。ブレードで注意を惹きつけてワイヤーブレードでの全方位攻撃とか色々やりようはあるでしょう?で、最後にこれが一番の課題ですが、感情を抑えなさすぎです。戦闘中に照れたり、怒ったりしてる余裕なんてありますか?あんな単調な攻撃、一夏でも避けれます」

 

「む。むううぅ……」

 

何か言いたげなラウラだったが、思い当たる節があるのかその言葉を飲み込んだ。しょぼーんと肩を沈ませたラウラの綺麗なプラチナブロンドに優しく手を置いた。

 

「ラウラは、今まで自分よりも格上の相手と戦ったことがあまりないでしょう?なまじ操縦技術が高いせいで、細かい戦略を用いなくても勝ててきたんでしょう。これからそういう戦い方も教えてあげますから、一緒に頑張りましょう」

 

「うむ!!頑張るぞ、私は!」

 

キョトンとしたラウラはエレンを見上げると、途端に嬉しそうに笑顔を浮かべる。犬だったら尻尾をブンブン振っていそうなほどの喜びようには思わず苦笑いをもらしてしまった。

 

「さて、今日はそろそろ切り上げましょう。この時期はアリーナを長く使えませんしね。ラウラ、このまま食事がてら作戦会議でもしませんか?」

 

「おお、なんだか楽しそうだな、それは!ところで昼間いた簪と本音も来るのか?」

 

すっかり意気投合した様子で何よりであったが、エレンは苦笑いと共に首を横に振った。

 

「いえ、どうやら今回のトーナメント、本気で勝ちたいらしくて。暫くライバルである俺達には会わないそうですよ。部屋も、お姉さんの方に泊まるらしいですし」

 

簪に限って、あの妙な噂を信じているわけではないだろう。彼女のISーーー打鉄弐式の、公式の場における初のお披露目ともなるのだ。負けず嫌いな彼女なことだし、きっと華々しく活躍して、倉持技研の研究者達に一泡吹かせてやろうなどと考えているに違いない。

 

「ならば仕方ないな。……それにしてもエレンは、簪と仲が良いのだな」

 

「え?そう、ですかね?」

 

「簪のことを話してる時のエレンは……なんだ、その。ちょっと羨ましいと思うぐらいには、いい笑顔を浮かべているぞ?」

 

「そ、そんなことないと思いますがっ!!」

 

珍しく取り乱したエレンを見て、ラウラは笑みをもらす。それがますます恥ずかしく感じたエレンはただではやられまいと、ISを消して眼帯を付け直そうとしているラウラを呼び止めた。顔をぐっと近づけるとラウラが頬を赤らめたが、エレンは気にせずにラウラの黄金の瞳を見つめた。

 

「もう、隠してしまうのですか?とても綺麗なのに」

 

「〜〜〜ッッッ!!な、な!ずるいぞ、エレン!!」

 

顔を真っ赤にしたラウラはあまりの恥ずかしさからバッと顔を背けた。そのままいそいそと眼帯を付け直す。しかし、不意にくるりと顔だけをこちらに向けた。

 

「……ふ、二人きりの時だ」

 

「は?」

 

「だから!二人っきりの時だけだからなぁ!!まじまじと私の目を見ていいのは!」

 

「えっと、はい」

 

顔を真っ赤にしてプンスカしてるラウラは昨日までの彼女とはもはや別人に感じられたが、きっとこれが本来あるべき彼女の姿なのだろう。そう考えるとなんだか昨日までの彼女が無理に突っ張ってるけど根は善良な不良みたいに思えてきて、エレンはおもわず笑ってしまった。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

 

「おかえりなさぁい、ア・ナ・タ!私にする?それとも私にする?それともワ・タ・シ?」

 

「帰ってください」

 

自室の扉を開けると、そこには裸体にエプロンという格好の楯無がいた。猫なで声で投げかけられた選択肢のない三択を切り捨てて第四の選択肢を選んだエレンは彼女の横を通り抜けてリビングへと移動する。

 

「も〜〜〜!!こんなに可愛いお姉さんが、こんな格好で部屋にいるのよ!?なんでそんな冷めたリアクションなのよ〜!」

 

「俺からしたら知り合いの姉が本格的に痴女として覚醒して、今後どう付き合っていこうか考えることの方が大事なんですよ。とりあえず、簪を呼んで貴女を回収してもらいましょうかーーー」

 

「わぁー!!ごめんなさいエレン君!服着る!!ちゃんと服着るからそれだけやめて!?簪ちゃんに頼まれた忘れ物取ったらすぐ帰るから!」

 

慌ててエプロンを脱ぐ楯無。その下は前からでは気付けなかったがスクール水着を着用しており、なんだか羞恥心があるのかないのかよくわからない組み合わせだな、とエレンは感じた。

 

それにしても、この人の悪戯癖はどうにかならないものかとエレンも頭を悩ませる。今は誰にも見られてなかったからいいが、もし目撃されてたら大スキャンダル間違いなしである。学園での生活もようやく落ち着いてきたのにそれをかき乱されるのは、護衛の任務にも差し支えてしまうので避けたかった。

 

「ここらで……釘を刺しておきますか」

 

楯無は負けず嫌いだ。それはもうなんとなくわかっている。今回の悪戯は失敗に終わった以上、機会を狙ってまた仕掛けてくるのは簡単に想像できる。ならばーーー。

 

考えをまとめたエレンはぶーたれながら着替えを持って簪側のベッドの方に向かい、仕切りを立てた楯無の元へと行く。楯無からの心象が最悪になろうとエレンにはどうでもいい。ただ、この無意味でリスキーな悪戯を根絶出来ればいいのだから。

 

「生徒会長。貴女が悪いんですよ」

 

「エ、エレン君!?あ、まだ着替え終わってーーー」

 

下着姿にワイシャツのみという格好の楯無の言葉を遮る。その華奢な腕を掴むと、簪のベッドの上に彼女を押し倒した。驚きで頭が追いついていない楯無の耳元で、エレンはそっと呟く。

 

「俺だって男です。生徒会長みたいな綺麗な人に誘惑されたら……ね?」

 

「なっ、えっ、ちょっ、だめよ!?だめったらだめ!だめなんだからねエレン君!?おねーさん……ひゃっ!」

 

楯無の頬を優しく撫でる。顔を真っ赤にして瞳を潤ませながらテンパる彼女を見て、アレ、これちょっとやりすぎっていうか本当にいけないやつではないだろうか?などという考えが頭を過る。さっさと終わらせようと決めたエレンは、耳元で優しい声色で命令を下す。

 

「目を瞑ってください」

 

「え、や、それ、は……」

 

「目を瞑ってください」

 

「だっ、だめよ!!こんな、こんなことーーー」

 

「目を瞑って、楯無」

 

「……ず、ずるいわ、そんなの」

 

顔を真っ赤にした楯無が、ゆっくりと目を閉じた。改めて間近で見ると、本当に綺麗な人だな、と思う。これでもう少しまともな性格だったならーーーなどと見当外れの方向へ逸れてゆく思考を打ち切ると、ゆっくりと顔を近づけてゆく。全てのネタバラシをするために、楯無の耳元へと。

 

そしてエレンが口を開こうとしたその時だった。

 

「お姉ちゃん、遅いよ……。何してーーー」

 

「エレン、いるか?少しシュバルツェア・レーゲンの武装についてーーー」

 

「あっ」

 

これは本格的にまずいやつだと思った時にはもう手遅れであった。

 

「エレン、お姉ちゃん……なに、してるの?」

 

「ち、違うんです簪!!これにはーーー」

 

「なに……してたの?」

 

ハイライトの消えた瞳で笑顔を浮かべる簪を見て、どうやらこちらの話が通じないことを悟ったエレンは、助けを求めてラウラの方へと視線を向ける。しかし彼女は金魚のように口をパクパクさせると、顔を真っ赤にして部屋を出て行ってしまった。

 

(こうなったら、生徒会長にーーー)

 

組み敷いてる形になってる楯無へと目線を移すが、彼女は固く目を瞑ったままだ。普段の彼女なら簪達の乱入に気づいてもおかしくないが、極度に緊張していた彼女はそんなことに気づけるはずもなく、エレンの言いつけ通り固く目を閉じたままだった。

 

「……正座」

 

「はい……」

 

今回ばかりはなにも言い返すことができないエレンは、言われるがままに正座する。そこで漸く何かおかしいことに気づいた楯無が目を開いた。

 

「エレン君……?ちょっと、焦らしすぎーーー簪ちゃん!?」

 

そして視界に入った愛する妹の姿に驚愕する。慌てて周りを見渡すその姿はまさしく浮気現場が見つかった不倫相手そのものでる。しかも相手が妹の想い人であるからとんでもない修羅場である。そんな姉の姿に絶対零度の視線を向けて、簪はただ一言、命じた。

 

「正座」

 

「……はい」

 

下着にTシャツという姿のまま、エレンの隣に正座する。逆らう気力が一切わかない程度には、今の簪の放つオーラは尋常ではなかった。

 

「……言い訳、聞いてあげる」

 

とりあえずではあるが、弁明の余地は貰えた。エレンは内心安堵の息を漏らしながら、ゆっくりと事の顛末を話して行くのだった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「と、とりあえず……助かった」

 

数時間の釈明を終えたエレンは、漸く一人になった自室のベッドにだらしなく倒れこんだ。結局、簪は事の成り行きについての理解はしてくれたが、納得はしてくれなかった。楯無も流石にあれだけからかわれたのは初めてだったらしく、激しく復讐心を燃え滾らせていたので結果としては最悪だろう。今後、恐ろしい報復が待っていそうで今から憂鬱であった。

 

「まあ、確かに……自業自得、ですかね」

 

エレンとしてもやりすぎた感は否めない。なので今回は甘んじて罰を受ける気だったのだが、楯無にも非があることもあって、簪はそれを良しとしなかった。代わりに、トーナメントで優勝したら何か言うことを一つ聞くという妙な約束をさせられたが、姉と違って無茶なお願いをするとは思えない以上、幾分か気が楽だった。

 

「それにしても……生徒会長には、今度お詫びをしたほうが良さそうですね」

 

簪の意思を尊重する楯無が、トーナメント期間中に何かを仕掛けてくるとは思い難い。しかしそのあとはそれこそ何をしてくるかわからない怖さがある。なるべく早めに詫びを入れて、丸く収めるのが理想的ではあるがーーー。

 

「いや、でも……すんごい悔しそうな顔してたしなぁ」

 

あの姉妹はとても負けず嫌いなのだ。お詫びをしたところで、あの姉が引くとは思えない。ましてや大好きな妹の前であのような醜態を晒されたのだ。最早、衝突は避けられない運命であるようにも感じられた。

 

先々のことを考えていると憂鬱な気分が纏わりついてくる。そんな時は早めに寝るに限る、と内心で決めたエレンは携帯端末でクロエに日課となる業務連絡を送ると、そのまま眠りにつくのだった。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「……はぁ」

 

エレンと楯無の痴態を目にしてから、これで何度目のため息だろうか。数えるのも億劫になるぐらいため息を漏らした簪だが、その陰鬱とした気分は一向に晴れそうもない。その原因の一助となってしまった楯無は自室ながら非常に気まずく、この時ばかりは気を利かせて友人の部屋に暫くのあいだ移ってくれているルームメイトが戻っきてくれないかと自分勝手な願いを抱いていた。

 

「……はぁぁ」

 

もちろんそんな我がままな願いが聞き届けられることはなく、愛しい妹の重い溜息が再び漏れる。楯無もふと、先ほどの出来事を思い出してしまい顔がカーッと熱くなっていくのを感じ、枕に顔を埋めてそれを隠した。

 

更識楯無は、悪戯が大好きだ。女子しか居なかったIS学園に入学してきた二人の男子は、悪戯を仕掛けるには絶好の相手であり、隙あらばなにか仕掛けようと考えていた。そうしてちょうどいい機会が回ってきて、悪戯を仕掛けてみたものの、その結果は逆に自分がいいように弄ばられるという思ってもみない結果に終わってしまった。

 

(うぅ……まさかあんな手痛い反撃を受けるなんて。というか、エレン君。なんだか、凄い場慣れしているような感じだったし……も、もしかして、そういうことも経験済み…?ほっぺを撫でてるのも、とても上手で……その、なんだかちょっとだけ、気持ちよかったような気がするし……)

 

そもそも、あの時のエレンの言い分は本当だったのだろうか。仕返しと釘をさすのが目的?本当に、やましい気持ちは一欠片もなかった?もし、あのまま簪とラウラが来なかったら。有り得たかもしれないその先の光景を妄想した楯無は、声にならない悲鳴をあげた。

 

「……お姉ちゃん?」

 

すぐ近くから、妹の声が聞こえた。妄想に浸りすぎていたのか、まったく気づかなかったことに驚愕しつつ慌てて顔をあげた楯無の瞳に映ったのは、ハイライトの消えた瞳をこちらに向けている簪の姿であった。身体のうちに残っていた熱と余韻が吹き飛んでいくのを確かに感じた。

 

「……お姉ちゃん、今何を考えてたの?」

 

抑揚の感じられない、冷たい声。さっきまでは熱かった身体が、今度は寒い。だから楯無は、簪から目を逸らしてしまった。

 

「な、何って……それは、その……」

 

適当に出まかせでも言えばいいかと思ったが、簪の底冷えするような視線はそれを見透かしてしまうような気がして、楯無は言葉に詰まった。簪は、黙ったままこちらを見つめていたが、やがて言葉を続ける。

 

「お姉ちゃん、今、頭の中でエレンと何をしてたの?」

 

ーーーバレてる。背筋が凍るような思いで、楯無は息を呑んだ。何か言い訳をしようにも、喉がカラカラに乾いてうまく言葉を発せる自信がないし、何より、今の簪には何もかも見透かされてしまっているような気がした。

 

沈黙を保たざるを得ない楯無から、簪は視線を外した。そのまま自分で用意した布団まで戻ると、楯無に背を向けるようにして横になる。楯無がホッと一息ついたのもつかの間。簪が小さく呟いたのが聞こえた。

 

「エレンは私だけのヒーローなんだから。お姉ちゃんには、分けてあげない」

 

チクリと胸を刺すような痛みを感じた楯無だったが、結局最後まで答えることが出来ず、逃げるように目を瞑って意識を闇に沈めた。

 



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トーナメント前半

6月も最終週に入り、遂に学年別トーナメントが始まる。話に聞いてはいたが、やはり実際に多くの人々が所狭しとアリーナに詰め込まれているのを見てみれば驚きもする。ISを兵器として転用しようとしている社会全体が、それを忌避する所かスポーツの観戦のような気楽さで覗きに来ているのには歪みを感じざるを得ない。知らずのうちに顔を顰めていたエレンに、声がかけられた。

 

「どうした、クロニクル。何か、不審な点でもあったか?」

 

「ああ、いえ。何でもないですよ、ブリュンヒルデ。今回はあの駄兎は何も仕掛けて来ませんし、一夏達にも異常は無いようです」

 

薄暗い部屋の中で行われる、そんな二人の会話。学園の中でも秘匿された区画のブリーフィングルームにて、千冬とエレンは至る所に設置された監視カメラからの映像を見ていた。千冬としては不安要素である束が大人しくしてくれるのは好都合であったが、しかし懸念はまだある。

 

「……企業は、何か仕掛けてくるかと思うか?」

 

「いえ、流石に無いでしょう。今回はスカウト目的で世界中からIS関係者が来ていますし、あまりにあからさまな仕掛け方はしてこないでしょう。それに今回はクロエが事前に情報の洗い出しを済ませてくれているので、後ろ暗い目的を持っていた方々はフィオナと俺で事前に排除してあります」

 

「……あまり無茶はしてくれるなよ。お前もフィオナも、そしてクロエもまだ、子どもだ。少しは私たち大人のことも頼れよ?」

 

不敵な笑みを浮かべてそんなことを言ってのけた千冬に、エレンは自分を掬い上げてくれた女性の姿を幻視した。どこか彼女に似た雰囲気、そして容貌を持つ千冬にそんなことを言われて、少しだけ嬉しくなると同時に寂しくもなった。

 

「……まったく、ウチの駄兎にも見習ってもらいたいものです」

 

そんな感情を紛らわすように肩をすくめて見せたエレン。千冬はそんな微妙な変化を見抜いたが、問いただすことはしなかった。

 

「失礼します。織斑先生、観客の誘導、無事に終了しました。……って、エレン君!?」

 

報告のために入室した楯無はエレンの姿を見るや否や酷く狼狽えてしまった。件の悪戯からお互い気まずく、顔を会わせることをしなかったのだが、タイミングとしては最悪である。

 

最初はそんな楯無の様子を物珍しそうに見ていた千冬だが、やがてニヤリと不気味な笑みを浮かべるとポンポンと楯無の肩を叩いて耳元に口を寄せる。

 

「ようやくお前にも春が来たか。何、エレンはああ見えて意外と情が深いし、気遣いも出来る。見てくれもいい部類だしな。まあ、家族構成が些か……いやかなり面倒ではあるが、優良物件だぞ?」

 

「なっ!?なにを言ってるんですか織斑先生!べつに、そんなんじゃ……っ!」

 

「良い良い、みなまで言うな。……さて、私はそろそろアリーナへと向かうことにする。クロニクル、更識姉も試合に遅刻はしないようにな」

 

千冬は意地の悪い笑みを浮かべてエレンを一瞥すると、そのままブリーフィングルームを後にする。デザインベイビーであり、過剰発達しているエレンの聴力を知っている彼女は、会話が筒抜けになるのは百も承知で散々煽り、去っていた。沸々と怒りが込み上げてくるが、それよりも眼の前で顔を赤らめてあたふたする学園最強様をどうにかしなければならないだろう。

 

「生徒会長。この間は大変申し訳ありませんでした」

 

とりあえず、素直に謝罪をすることにした。釘を刺すのが目的とは言え、うら若い乙女の柔肌を覗き、あまつさえ押し倒して迫るなどーーーフリとはいえ、流石にやりすぎである。というかフリというのもまた、ある意味女性に対して大変失礼であると今更ながら思い至ったエレンは、深々と頭を下げた。

 

「ふ、ふん……お姉さん、誰にもあんな姿見せたことなかったのになー。エレン君に汚されちゃったなー」

 

「いや、人の部屋で水着エプロンで待ち構えていたりした人が汚されたって……」

 

「ぐっ……!?痛いところを突いてくるわねっ」

 

本当に手強い相手である、と楯無は内心毒突く。ここは勢いで押し切り、責任とってくれないと困っちゃうなーみたいな流れでエレンに対してアレコレと要求を突きつけていこうと思ったのに、早速思惑が大外れである。というより、楯無はまったく懲りて無いようであった。

 

「どうせ、勢いで押し切ろうとしていたんでしょうが、そんなの一夏ぐらいにしか通用しませんよ。悪戯好きも結構ですが、時と場所、あとは相手もよく考えてくださいね」

 

「ふーんだ」

 

「はぁ……生徒会長、意外にも男慣れしてないみたいですし、本当に気をつけて下さい」

 

「い、意外って、エレン君はお姉さんのことどう思ってたのか甚だ疑問ね!!」

 

「兎も角、今後は気をつけて下さい。生徒会長、お綺麗なんですから。あまり男に過激な悪戯を仕掛けないように」

 

「……ふん、わかってるわよ」

 

不貞腐れて見せるものの、本当に心配してくれているようなエレンを見て、楯無は内心で非常に浮かれていた。更識楯無の名を背負ってから、自分を女の子扱いしてくれた人はどれぐらいいただろうか。その上、楯無の身を案じてくれた人など果たして存在しただろうか。

 

楯無だから、出来て当たり前。楯無だから、男になど遅れをとらない。楯無だから、楯無だから、楯無だからーーー。そんなしがらみを乗り越えてくれた彼が、とても尊い存在のように思えてきて、楯無は顔が熱くなってくるのを自覚する。

 

「ーーー貴女に何かあったら、簪が悲しみます」

 

夢心地だった楯無は一気に現実に引き戻された。結局、彼にとって大事なのは自分ではなく妹で、あくまで付属品なのだ。今まで簪が、自分に対して抱いていたであろう感情を図らずとも自覚させられた楯無は、情けなくて、悔しくて、悲しくて。

 

「……っ!」

 

気がつけば、唇を固く噛み締めていた。瞳から涙で零れ落ちないように、そしてそんな自分のみっともない姿を見られないように、楯無はエレンに背を向けた。

 

「……わかってるわよ。簪ちゃんのことを悲しませるなんて、もうごめんだもの」

 

確かにそう思っていたはずなのに。仲直りできて、もう二度と喧嘩なんかしたく無いと思っていたはずなのに。楯無はやり場の無い鬱屈とした思いを押さえつけると、部屋を後にした。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「しっかし、凄いなこりゃあ」

 

更衣室に設けられたモニターから観客先の様子を覗き見て、一夏は思わず声をもらした。

 

「3年にはスカウト、2年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。1年にはあまり関係はないと思うけど、それでもやっぱり、上位に食い込めたらチェックが入ると思うよ。……まあ、今年は一夏とエレンっていうイレギュラーがいるから、去年よりもだいぶ人が多く入ってるらしいんだけどね」

 

「あ、そういえば一応、まだ僕も男性操縦者ってことになっていたね」とシャルルがはにかむ。シャルルはISスーツに着替えているのだが、偶然、シャワーを覗いてしまった時に見えた結構な豊かさを誇る胸部は完全に潰されている。果たして痛くないのだろうか?などと、胸をガン見したまま考え始めた一夏を咎めるように、シャルルが唇を尖らせた。

 

「もう、一夏。これから試合だっていうのに、気が抜けすぎだよ!」

 

「ああ、悪い。そういや、初っ端だったな、俺たちの試合」

 

一夏達は仕組まれたかのように第一試合であった。まあ、話題の男性操縦者二人のペアには観客の多くが期待しているはずだ。勿体ぶって観客に無用なフラストレーションを溜めさせないための処置でもあるのだろう。

 

「まったくもう。対戦相手がクラスメイトだからって気が抜けすぎだよ、一夏は」

 

シャルルの言う通り、彼らの第一試合の相手はクラスメイトのペアであった。鷹月静寐と四十院神楽。エレンから常日頃から言われているので、二人に対する分析は既に済ませている。とは言え、些か気が抜けすぎているようにシャルルは感じていた。

 

「心配性だなぁ、シャルルは。それよりエレン達は、と……お、この組み合わせなら準決勝で当たるな!」

 

目先の戦いより、一夏の気は既にエレンとの再戦にある。そんな姿に一抹の不安を抱えるシャルルを嘲笑うかのように、学園側からの通信が入る。どうやら、出番のようだ。

 

「うし、いくか。シャルル、作戦通りに行こう」

 

「うん、わかったよ。でも一夏、油断しないようにね」

 

「ああ、勿論。……こんなところで躓いてられないからな」

 

自分に言い聞かせるように、一夏は呟く。シャルルはどこか焦りを感じさせる一夏の背を追うように、ピットから飛び立つ。

 

 

ーーーそこは、まるで別世界だった。人々の熱狂が空気を震わせ、熱い眼差しがアリーナに入場した四機のISへと向けられ、そして最早音として捉えられぬような歓声が轟音となり脳髄に響く。

 

一夏が今まで感じたことのある中学時代の剣道の大会とは比べ物にならない熱量は、その奥底の闘争心を滾らせるには十分であった。シャルルの方を見やると、緊張はしていそうだが、真剣な眼差しで向かい側のピットから飛び出してきた二機のISを見据えている。どこか夢心地だった一夏も、目線を向ける。そこには二機のラファール・リヴァイヴがいた。

 

『一夏、四十院さんが打鉄じゃなくてラファールなのは妙だ。彼女の今までの記録から見ても打鉄を使っての近接戦闘が得意なのは確実。なのに、ここにきて変えてきてるのはーーー』

 

プライベートチャネルからシャルルの声が聞こえてくるが、一夏はそれが酷く遠くに感じた。止むことのない歓声、そして好奇の視線が一夏とシャルルに向けられている。織斑千冬の弟としてじゃない、織斑一夏としての価値を見定めようと数多の視線が向けられている。それが一夏は堪らなく嬉しくて、そして、ようやく姉と同じ舞台に立てたような気がした。

 

「俺は……やれるんだッ!」

 

3。シャルルは返事のない一夏に不安を抱きつつ、武装をコール。事前に決めた手筈通り、アサルトライフル『ヴェント』を二挺構える。一夏は手を握り、そして開く。対する静寐と神楽はギリギリまで戦術を読ませないためか、武装はまだコールしない。

 

2。一夏は雪平弐型を握り直し、背部のウィングスラスターにエネルギーを充填させる。シャルルはロックを神楽のラファールへと向ける。対する静寐と神楽も武装をコール。光が手元に収束して行く。

 

1。一夏は突撃態勢へと移行する。同時に静寐の両手には

近距離で取り回しにくいが、一発の大きいアサルトカノンと近距離で真価を発揮するフルオートショットガン。神楽の両手には同じくフルオートのショットガンと、かなりの大型物理シールドが握られている。彼女達の意図に、シャルルだけが気づく。

 

0。シャルルが制止の声を上げる間もなく、一夏の駆る白式が飛び出した。静寐は神楽の後ろへと下り、アサルトカノンの引き金を引く。神楽は前面に盾を構えて一夏の初撃とその後を追いかけつつライフルを乱射するシャルルの攻勢に真っ向から耐えることを選んだ。

 

(四十院さんは剣道部にも所属していて、近接戦もそつなくこなせる。鷹月さんは良くも悪くも普通。座学の成績はいいが……狙うなら、鷹月さんだ)

 

そんな思考を一瞬で済ませて、一夏は狙いを静寐へと定めていた。零落白夜は必中の場面でのみ、使う。武骨な太刀のままの雪平弐型を水平に構え、瞬時加速の中で一夏は静寐のラファールを見据える。アサルトカノンから放たれる弾道をハイパーセンサーが予測、瞬時加速のせいで計算が遅れているのか、それは一夏の少し手前に着弾することが見えた。

 

(残る兵装はショットガン……四十院さんはシャルルのライフルで釘付けになってるからーーーッ!?)

 

クロスレンジまで残り僅か。そこで一夏の目前に広がったのは白煙であった。発生地点は先ほどのアサルトカノンの着弾点だ。

 

『スモーク弾頭!?一夏、罠だ!』

 

「ッ!!ぜえぇぇええい!!」

 

プライベート・チャネルを通してシャルルからの警告が聞こえるが、瞬時加速の急停止など一夏には出来ない。せめてもの抵抗として、目測で静寐がいたであろう場所に零落白夜を振るった。

 

「この感覚ーーーシールドか!」

 

鈍い手応えは、ISの絶対防御領域を切り裂いた感触とはまた違うものであった。即座に失敗を悟った一夏はそのまま切り抜けるように離脱を行おうとするが、その背を凄まじい衝撃が襲う。

 

「織斑君、覚悟!!」

 

白煙を割いて現れた二機のラファールによる連装ショットガンの嵐。近距離ではそのダメージ量もさることながら、それ以上に凄まじい衝撃による硬直が驚異となる。加えて雪平弐型しか武装を持たない白式では、反撃に転ずることが出来ない。ゴリゴリと削られてゆくシールドエネルギーに焦りが加速していく。

 

『一夏、出し惜しみしたら負けちゃう!僕の切り札で鷹月さんを抑えるから、一夏は四十院さんを』

 

『わかった!!』

 

シャルルは、瞬時加速を人前で使ったことが無かったし、使えなかった。しかし今は使える。このカードはもっと後半ーーー出来ればエレンとの対戦まで温存していたかったが、最早そんな余裕は無い。一夏とシャルルはお互い抱いていた慢心に漸く気づき、そして切り捨てたのだ。

 

「これで、お終いよ!……きゃあっ!?」

 

「静寐さん!?デュノア君は瞬時加速を使えなかったのではーーーくっ!」

 

「使えなかったさ!使ったのは今日が……初めてだッ!」

 

 

ラピッドスイッチでヴェントから連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』に切り替えたシャルルが通り抜けざまに神楽のラファールに連射、その体勢を崩すと静寐のラファールに、もう片方の手にコールしていた近接ブレード『ブレッド・スライサー』を振るう。静寐ではシャルルの卓越したIS操作技術を超えることは叶わない。不意打ちまで決められた状態ならば、よほどの事がない限り負けはしないだろう。

 

「……格好悪いなぁ、俺」

 

皆と訓練をして、強くなった気がしていた。実際に操作技術は目を見張るほどの成長ぶりを見せていた一夏だが、戦闘経験という面ではまだまだだ。二ヶ月と少ししか戦いに身を置いていない一夏には戦術はまだ身についておらず、またそれに対応する術を持ち合わせていない。今回にしてもシャルルがいなかったらなす術なく撃墜されていたのは目に見えていた。

 

以前、シャルルのことをエレンに相談した時。力の必要性を教えられた。一夏が自分の力とその力で守れる範囲を考えてみると、それはとてもちっぽけで小さいものであることに気づかされることになった。自分の周りにいる大切な人達を守りたい。ならば強く、もっと強くならないと。訓練にこれまで以上に熱と、焦りが混じるようになったはその頃からだろう。それを誤魔化すように慢心を抱くようになったのも、きっと同じ時期であるのは間違いない。

 

グルグルと回る思考を打ち切ると、一夏は雪平弐型をしっかりと握り直す。見据えるのは、相棒から任された神楽の駆るラファールだ。ここから先は、慢心などせずに全身全霊で向かう。そして試合が終わったら、礼を失していたことを二人には謝らなければならない。苦笑いを浮かべ、一夏は白式のスラスターを起動した。

 

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「今日はお疲れ様でした」

 

「うむ。お疲れ様、だ」

 

カチン、とジュースの入ったグラスを合わせる。いつもならマナー的に咎められてもおかしくないのだが、今日に限ってはそのぐらい見逃してくれるだろう。食堂のあちらこちらで祝勝会や、少し早いお疲れ様会などが催されているのだから。エレンとラウラは、勿論前者である。

 

「私達のタッグはどうやら最有力の優勝候補として挙げられているみたいだ。まあ、私とエレンなので優勝するのも当然ではあるがな!!」

 

「へー、そうなんですか。でもラウラ、油断してると足元を掬われちゃいますよ」

 

負けず嫌いであるらしいラウラはふんす、と鼻息荒くやる気を見せている。普段ならやる気を見せないエレンであるが、今回は割と本気で望んでいたりする。というのも、見物に来ているであろうIS委員会と各国の有権者達に自身の存在とその力を見せつけることで、一夏と箒の護衛としての力を示すと同時に、シャルルの件のような茶々を入れられないように牽制するつもりだからだ。上層部ならエレンが束の回し者であると気づいているだろうし、敵に回したいとは思わないだろう。

 

「なんだか、こういうのは新鮮だな!軍属であったので形式ばった会は割と縁があったのだが……その、友人と一緒というのは初めてだ。中々、良いものなのだな!」

 

「トーナメントが終わったら、今度はいつものメンバーでもやりたいですね」

 

「おお、それはいいな!とても楽しみだ!」

 

嬉しそうに笑うラウラに釣られ、エレンも笑顔を浮かべる。1日目突破のご褒美として、エレンがラウラに奢ることになったのは懐石料理だった。食堂のメニューとしてそんなものが存在するとは流石IS学園である。ちなみに相応のお値段もするのでとてもじゃないが学食で食べるものではない、というのがエレンの感想だったりする。

 

最近和食にハマっているラウラはいつもより豪華な食事に舌鼓を打ちながら、幸せそうに吐息を漏らしていたのでそんな野暮なことは口に出さないのだが。

 

「それで、だ。エレンから見て、トーナメントはどうだった?」

 

一通り食べ終え、暖かい緑茶で一息ついたラウラはエレンの方へ視線を向ける。エレンもチーズケーキの最後の一欠片を飲み込むと、少し考える素振りを見せて、今日見た様々な試合を思い返していた。

 

「一年生は、専用機持ちとそうでない生徒で大分差が出てるように感じましたね。まあ、入学して3ヶ月も経ってないですし、一般生徒はISの操縦に慣れる時間が足りてないので仕方ないのかもしれないですが。逆に二、三年生の試合は中々見ごたえがありましたね。特に、何人かかなり戦い慣れしている生徒もいましたし」

 

実際、エレンの目から見てもそこそこのやり手は何人かいた。特に気になったのは楯無以外に二名ほど、試合ではなく戦うことに慣れている様子の高学年の生徒だが、生憎と名前までは分からなかった。

 

「確かに、2年生で生徒会長もやってる更識楯無はIS学園最強に相応しい戦いぶりだったな。ロシアの国家代表を務めているだけはある。機会があれば、是非とも手合わせ願いたいものだ。……因みに、エレンと更識楯無が戦ったら、何方が勝つ?」

 

「それは勿論、生徒会長でしょうね」

 

正直な話、アルファートを使っている今のエレンでも楯無に勝つのはそう難しいことではないが、勝ったら色々と面倒なことが起きてしまう。元々、楯無はエレンが万が一の事態を起こした場合の抑止力としての存在でもあるのだ。その楯無がエレンに負けてしまえば、IS委員会からの要らぬ茶々が入ってしまうだろう。それは非常に好ましくないため、IS学園にいる限りはエレンが楯無に勝つことはあり得ないことである。

 

少しだけ残念そうなラウラを見て、「でも」とエレンは言葉を続ける。

 

「ラウラと二人で戦えるのなら、もしかしたら勝てるかもしれないですね」

 

「む、そうか。それは中々、私達のタッグも捨てたものではないな!」

 

ラウラからしたら、憧れの象徴でもある織斑千冬をーーーVTシステムという劣化コピーだったとは言え、打ち負かしたエレンが負ける姿は好ましくなかったのだろう。そんなフォローを入れると本当に嬉しそうにうんうんと頷いている。

 

「それは、ともかく。明日の準決勝について、少し話しておきましょうか」

 

「準決勝の対戦相手は織斑一夏とシャルル・デュノアだったな」

 

「あはは。この組み合わせはまるでいつかの再現みたいですね。あの時のラウラの悪役っぷりは中々のものでした。今の貴女と比べると、殆ど別人のようにも見えますけど」

 

「さ、さすがに恥ずかしいから、あんまりからかわないでくれ。……あの時の私はその、色々と軽率であったのだ」

 

ラウラも過去の反省はしっかりしている。セシリアと鈴には謝罪をしているが、なんだかんだ一夏とシャルルとはまともに話す機会がなかったのであれっきりだ。顔を赤くして俯いてしまったラウラの頭をポンポンと優しく撫でる。小柄な身体つきもあってか、心地よさそうに目を細めて息を漏らしたその姿はまるっきり仔犬のようであり、数週間前の尖っていた彼女の面影はどこにもない。

 

周りの生徒達がヒソヒソとそんな二人の和やかな光景を眺め始めているのを察知したエレンはラウラの頭を撫でるのを止め、話しを戻すことにする。その際、ラウラが捨てられる寸前の仔犬のような面持ちを浮かべていたのはあえて無視する。これ以上は、変な噂が立ちそうだからだ、

 

「幸い、シャルルの隠し玉であろう瞬時加速は彼らの第一試合で見せてくれました。そして、そのあとの試合でも何度か使用していましたね。シャルルが瞬時加速を使える、というのを印象づけたいかのようにも感じましたが」

 

「うむ、それは同感だ。つまり奴らにはーーー」

 

「「まだ、隠してるカードがある」」

 

軍属なだけあって、ラウラの戦闘に関する洞察力は同年代においてはズバ抜けている。同じ結論にたどり着いた二人はその先ーーー彼らの隠しているカードについて考えを巡らせていく。

 

「元々シャルルが隠していた瞬時加速は、意表を突いた奇襲を目的としたカードでした。つまり、彼らの目的はこちらの予想外の一瞬を作ること。そして、恐らくはそこから狙うのは一撃必殺でしょう」

 

「ふむ、一撃必殺となると、織斑一夏の白式、その象徴たる零落白夜が思い浮かぶが……ああ、そうか。それもブラフなのだな?」

 

「ええ、恐らくは。初見の相手ならまだしも、俺たちは零落白夜の効果も、その弱点も知り尽くしている。ラウラと俺の戦闘能力を知っている一夏とシャルルなら、一瞬の隙を生み出せたとしてもそれだけで俺たちに零落白夜を当てることが出来るとは思ってはいない筈です」

 

「と、なると仕掛けてくるのはデュノアの方だと言うのか?しかし、奴の専用機は第二世代型だ。そのような火力はどうやっても……あっ」

 

「えぇ、公式試合で使える中で最高峰の火力は、第二世代機でも出せます」

 

「灰色の鱗殻(グレー・スケール)……つまり、盾殺し(シールド・ピアース)か」

 

パイルバンカーと呼ばれる非常に癖の強いカテゴリーの武器だが、その威力は折り紙つきだ。しかし近接武器でありながらその使いづらさも有名であり、それこそ相手の一瞬の隙を正確につかなければ当てることすら叶わないだろう。

 

ラウラとしても朧げながらその威力を身体が覚えている。エレンがVTシステムに呑まれたラウラに使ったのもパイルバンカーであったのだから。ただ、エレンが使った9連装電磁パイルバンカー『セラフ』は公式試合では使用禁止を食らうほどに威力と破壊性能が高い、とんでもないものなのでそれに比べると『灰色の鱗殻』は幾分か格落ちする。それでも、まともに食らえば致命傷になる程度の火力は備わっているのだ。

 

「まあ、あくまでも可能性の話です。さらに裏をかいて、シャルルが特殊な拘束系の武装を使って一夏の零落白夜を確実に当てにくる可能性も否定しきれませんし」

 

「それもそうだな。どちらにせよ、デュノアの動きには要注意といったところか」

 

「そうですね。単純に、瞬時加速が加わったことで彼女の『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』もより磨きが掛かってます。シャルルに細心の注意を払いつつ、一夏の挙動にも目を配るのが妥当なところでしょう」

 

どちらにせよ、埋めがたい自力の差がある以上、一夏達のチームは圧倒的な瞬間火力でこちらを落として少しでも有利な戦況を作る他ないのだ。しかし狙いがわかっていれば、未だに見えない何かしらのカードが切られても対応はそう難しいことではない。

 

「準決勝を突破したら、インターバルを挟んで決勝か。……簪が上がってくるだろうな」

 

「ええ、間違いなく」

 

そして決勝戦で当たることになるのは簪と箒のペアであると二人は確信していた。これまでの試合を順当に勝ち上がっているのは勿論のこと、いままでエレンが見た以上の手札は切って来ていない。恐らく準決勝でも隠し通して、万全の状態でエレンとラウラの前に立ち塞がるだろう。

 

「簪の支援の手厚さも見事だが、篠ノ之箒の近接戦闘技術も相当なものだ。その一点だけなら、代表候補生と比べても遜色がないようにも見える」

 

「ええ、俺も驚いてます。元々素質はありましたが、ここに来て一気に化けましたね」

 

今の箒は近接戦闘という括りならば訓練機である打鉄で専用機持ち達とも対等に渡り合えるだろう。エレンというイレギュラーがいなければトップに位置するであろうラウラにさえ、食い下がれるというのがエレンが今の箒への評価だ。

 

欠伸を噛み殺しているラウラを見て、エレンも時間確認する。そろそろ食堂が閉まる時間だ。明日に備え、早めに休んだほうがいいだろう。

 

「簪達のペアの対策は、明日のインターバルにでも改めて話しましょう。無論、準決勝を勝てたらの話ですけど」

 

「うむ、そうだな。目の前の試合に集中しよう。油断は大敵だからな」

 

食堂でラウラと別れたエレンは真っ直ぐに部屋へ帰ると、すっかり一人であることに慣れてしまった部屋で眠りにつくのだった。

 



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トーナメント中盤

トーナメント準決勝。その日のアリーナはかつてない程の盛り上がりを見せていた。世界に初めて現れた、三人の男性操縦者。その対戦カードを見るために全世界の要人達が集まってきている。その中でも各国でも上層に位置する者達やIS委員会の者達はエレン・クロニクルという篠ノ之束の私兵についての情報を収集しようと躍起になっていた。勿論、アリーナで向かい合う彼らにはそんなことは知る由もなく、各々がISのハイパーセンサー越しに睨み合っている。

 

「ようやくだな、エレン。それにボーデヴィッヒ。正直お前らの組み合わせ聞いたときは驚いたぜ」

 

「ええ、まあ。此方も色々ありましてね」

 

「ああ、セシリアと鈴から聞いてるよ。……それでも、思うところがなくなったわけじゃあない」

 

「……ふん、望むところだ。精々、私のことを失望させてくれるなよ、織斑一夏」

 

「相変わらず、達者な口だね。どれだけの弾丸を撃ち込めば静かになるのか、試してみようかな」

 

「何度も言うが、フランスの骨董品如きに遅れをとる私ではない」

 

軽い挑発の応酬もそこそこに、試合のカウントダウンが始まった。お互い、相手が感情的になってくれることを期待しての挑発であったが効果が見込めなそうなことを理解すると、お互いそれ以上の言葉を発することはない。

 

「ーーーいくぜ、エレン」

 

一夏の呟きは、試合開始を示すブザーと4機のISから発せられるスラスターの轟音に掻き消された。お互いのチームが選んだ初手は、奇しくも同一。瞬時加速による強襲である。

 

「ぜええぇい!!」

 

仕掛けたのは一夏の白式。正面からエレンの駆るアルファートに突貫し、零落白夜を起動。文字通りの一撃必殺を初っ端から放つ。対するエレンは少しだけ口元を緩めると、背部のスラスターをカット。その勢いのまま地面を滑るように移動しながら低姿勢へと移行し、横薙ぎの一撃を潜り抜けて見せた。エレンは視線をラウラの方に向け、手筈通りシャルルと近接戦闘を繰り広げるているのを見るとそのまま一夏の相手をするべく、アルファートを反転する。

 

「いい太刀筋です」

 

スラスターをゼロから最大まで一気に引き上げる。速度を上乗せした物理ブレードによる一撃を一夏も機体を反転させることで受け止める。同時に顔面目掛けてアルファートの空いた左手に握られているサブマシンガンが突き出され、発砲されるが顔を逸らして回避。そのまま流れるようにアルファートが機体を捩りながら蹴りを放ってくるのを腕でガードした所で、再び白式が零落白夜を起動し、斬りこむ。

 

「ぜぇやあああぁ!!」

 

後退しつつ回避に徹するアルファート、白式の振るう零落白夜が徐々に迫る。一夏の脳裏に、確かな手応えと二手三手先において着々とアルファートを白式が追い詰める構図が浮かび、それをなぞるように零落白夜を振るってゆく。

 

「次でーーー獲る!!」

 

左下からの斬り上げ。機体を後退させつつ身体を逸らしたアルファートに、確かな隙が生まれる。後退するには速度が足りないのは一夏の読み通りで、アルファートのサブマシンガンの銃口が白式を捉えるより、物理ブレードを振るうよりも、白式が一歩踏み込んで上段からの斬り下ろしを見舞うほうが早い。目前にぶら下がっている勝利に向かい、一夏は隠しきれない笑みを口元に携えて零落白夜を振り下ろす。

 

「今のは、危なかったですね」

 

凄まじい衝撃。視界に広がる無骨な鉄の塊が原因であるのは明白。それがアルファートの腕部に備え付けられていた実体シールドであることを把握すると同時に零落白夜を解除。短期決戦が失敗に終わったことを認めた一夏は潔く後退する。短い間に行われたハイレベルな近接戦闘に観客席が大いに盛り上がっているが、一夏は対象的に苦笑いを零していた。

 

「あのな、エレン。シールドって蹴り飛ばすもんじゃないんだぞ」

 

「ええ、勿論知っています。間に合いそうになかったので、つい」

 

いつも通りの笑みを浮かべるエレンだが、内心では想像以上に洗練された一夏の近接戦闘技能に舌を巻いていた。目覚ましい成長を遂げたのは喜ぶべきことだが、エレンも相応の実力を発揮せねば呆気なく撃墜されてしまうだろう。

 

『っと、無事か?エレン』

 

睨み合いを続けるエレンと一夏の元に、それぞれのパートナーが戻ってくる。見た感じではあるがラウラのシュバルツェア・レーゲンに被弾した様子は見えず、それはシャルルのラファール・リヴァイヴも同じようであった。

 

『ええ。ただ、一夏が予想以上に成長していて、殆どダメージは与えられていませんが』

 

『ふふふ、何だか嬉しそうだな。私の方も似たようなものだ。デュノアのやつ、私の今までのAICの間合いと速度を完全に把握しているようだ。高速切替のおかげで射撃も絶え間無いし、リロードの隙を消すために武器を使い捨てくるから中々隙が見出せん』

 

ラウラの言う通り、二人が戦っていた地点には幾つかの銃火器が打ち捨てられている。擬似的な一対一を続けても埒が明かないのはお互いに理解していた。ならば、次はーーー。

 

『では、俺たちの連携を見せてやりましょうか。援護、任せます』

 

『うむ、存分に暴れてくるのだぞ!』

 

スラスターにエネルギーを充填し、両腕に物理ブレードをコール。ラウラはその場でレールカノンの照準をシャルルへと向ける。一夏達もその意図に気づいたのか迎撃の体勢に入る。

 

「ーーー行きます」

 

瞬時加速。同時にラウラからレールカノンが放たれる。シャルルと一夏は共に回避行動を取りつつ後退。どうやらエレンを分断し、別個撃破を狙うつもりのようだが構わず突っ込む。多対一の戦いはエレンにとっては慣れ親しんだものであり、別段憂慮すべきことではないからだ。

 

「シャルル、頼む!!」

 

「任せて、一夏!」

 

エレンの振るう物理ブレードを一夏が受け止める。すかさず繰り出される二撃目よりも早くシャルルの手にするアサルトライフルが発射。誤射を恐れているのかセミオートでの射撃なのでエレンはあえてそれを避けずに被弾。体勢を崩しつつも無理やり一夏の白式に一撃を喰らわせる。

 

「っこの!」

 

すかさず反撃に転ずる一夏の一撃を物理ブレードで合わせると同時に二射目を放とうとするシャルル目掛けてもう片方のブレードを投擲する。流石のシャルルも近接戦闘の距離では高速切替からの射撃で撃ち落とすことは出来ず、備え付けのシールドでガードするが、それと同時に凄まじい衝撃がシャルルの身を襲う。

 

「くあっ!?レールカノン……っ!」

 

下方にいるラウラのレールカノンの絶妙なタイミングでの砲撃が直撃。せめてもの牽制としてスモーク弾頭入りのグレネードランチャーを高速切替でコールし、ラウラの視界を遮る。

 

『一夏、だめだ!エレンの動きも凄いけど、ボーデヴィッヒさんの狙撃もかなりの腕前だ!!あまり長くは保たないよ!?』

 

『そうだよなぁ!やっぱこいつら強すぎるよなぁ!!』

 

シャルルがアサルトライフルでの援護を行うが、エレンは再び物理ブレードをコールし、2刀を携えて巧みに回避するか強引に攻め込むので一夏は防戦一方である。元々の技量の差は勿論、二刀流のエレンの方が手数でも勝る。一人で凌ぎきるのですらギリギリだ。小まめにラウラが位置を移して射線を通そうとしてくるのでシャルルは必然的にエレンへの射撃よりもスモーク弾頭の牽制が多くなってしまい、この状況でも五分の戦況に持ち込むのがようやっとなのが現状であった。

 

『思ったより粘りますねぇ。ラウラ、センサーで俺の位置は把握してますね?』

 

『ああ、どうやらただのスモーク弾頭みたいだから問題はない。全く、奴らもツメが甘い』

 

『それはなにより。では10秒後にアルファートのセンサー目掛けて射撃を』

 

『了解』

 

執拗に攻め立てるエレンと、それを引き剥がそうと後退しつつ雪平弐型を振るう一夏。シャルルも合間を縫ってアサルトライフルでダメージを与えていくので今の時点ではエレンが押されているのは間違いない。しかし焦りを抱いているのはエレンではなく、逆に一夏とシャルルの方である。

 

『ほぼ二対一なのに押し切れない!くそ、わかってはいたけど……!』

 

『一夏、合図をしたら僕が隙を作るから零落白夜で反撃して!あまり時間をかけても僕達が不利になるだけだ!』

 

『了解。任せたぞ、シャルル』

 

エレンの攻勢は苛烈を極めるが、それでも隙がないわけではない。その僅かな隙を突くためには片手間の援護射撃では無理だとシャルルは理解していた。シャルルはスモーク弾頭の入ったアサルトカノンをコールすると同時に下方へ投げつける。そこ更に高速切替でアサルトライフルを二挺コールし、それを自ら撃ちぬくことでかなりの範囲をスモークで覆い隠してみせた。

 

『一夏、今だ!』

 

二艇のアサルトライフルから一発ずつ放たれた弾丸。エレンは一撃は回避して見せたが、もう一撃は腕に直撃。衝撃でブレードを取りこぼしてしまう。それは誰か見ても確かな隙であり、一夏はすかさず零落白夜を起動した。

 

「ーーーぜえええぇい!!」

 

今度こそ、届く。エレンとの近接戦闘を誰よりも長い時間こなし続けていた一夏だからこそ、ここからではブレードも蹴りも間に合わないのがわかる。先ほどのようなシールドをパージし、蹴り飛ばすなんて芸当はもう出来ない。故に、残ったブレードを手放していることを大して気にせず見逃してしまった。

 

「惜しかった、ですね」

 

腕が振り切れない。違和感を感じた一夏が視線を落とすと、そこには機体同士が密着するほどの至近距離において、全霊を持って振るった腕自体が押さえつけられている光景だった。半ばには信じがたい反応速度とその胆力に驚いたのはほんの一瞬。エレンのアルファートのスペック的にパワーで白式に負けているのは確実であるのを思い出し、直様パワーアシストを全開にして振り抜かんとするが、その一瞬が両者の命運を分けていた。エレンのアルファートは即座に脚部のブースターを最大で吹かし、そのまま宙返りを行うように一夏の背後に回り込むと同時に羽交締めを決める。それと同時に、秘匿通信から幾分か楽しそうなラウラの声がきこえてきた。

 

『ラウラ・ボーデヴィッヒ、目標を狙い撃つ!』

 

スモークを突き抜ける雷電。それは真っ直ぐにエレンへと向かいーーーその間に立ち塞がる一夏の白式へと直撃した。一発、二発はそのまま直撃したが、三発目は射線に割って入ったシャルルがシールドで受け止める。その頃になってようやく一夏が力任せにエレンのアルファートを引き剥がすことに成功していた。

 

「おい、エレン!ISであんな動きするなんておかしくないか?今度教えてください!」

 

「PICの調整と姿勢制御に使ってるスラスターの出力をきちんと把握してればそう難しいことではないですよ。あ、さすがにもうPICは分かりますよね?」

 

「バカに……しすぎだっ!!」

 

軽口を叩きながら、一夏とエレンは高度な近接戦闘を繰り広げる。間髪入れずに仕掛けた一夏の判断は正しく、エレンは新たな武装をコールするだけの時間が稼げていない。徒手空拳で凌いでいる形になるが、それでも一夏の刃は届かない。一夏は内心で舌打ちを漏らすが、同時に当面の目標となる壁が遥か高みまでそびえ立っていることに嬉しくもなる。

 

「僕だって……!」

 

スモークは未だ晴れていない。不可思議なラウラの狙撃を警戒していたシャルルだったが三発目を弾いてからの追加砲撃はない。時間をロスすればそれだけ負けに近づくことを理解していたシャルルは直様両腕に持つアサルトライフルをエレンへと向け、そのトリガーを引こうとした瞬間。サイト越しにエレンが小さく笑みを浮かべていることに気づいた。

 

「二人が思ってるより、俺のパートナーは凶悪ですよ」

 

「ーーーおおおおぉ!!」

 

地上から援護狙撃に専念しているように見えていたラウラが、瞬時加速を用いてシャルルを強襲した。スモークのせいでその姿を捉えきれなかったシャルルはプラズマブレードで切り裂かれてようやくその存在に気づく。しかしその時には追撃として放たれたワイヤーブレードに絡め取られ

ていた。

 

「吹き飛べえぇ!!」

 

そのまま勢いをつけてシャルルをアリーナの壁に目掛けて放り投げると、レールカノンを一夏目掛けて発砲。一夏は舌打ちと共にエレンとの近距離戦闘を中断して後退する。その間にラウラはエレンの隣へと移動しており、先ほどまでとは真逆の構図になっていた。

 

「さぁ、今度はこっちが二人になりましたが。何か策はありますか、一夏?」

 

「おう。まとめて叩き斬ってやる」

 

「ふん、貴様程度の刃が届くかどうか……試してみろ!」

 

ラウラが素早く手を翳す。一夏はそれがAICの発動の挙動だとわかっていたが、回避行動に入るよりも先に身動きが取れなくなる。ラウラの今までの戦闘データを遡ってAICの発動速度と有効射程を理解していた一夏は、格段に早くなった発動速度と長くなっている有効射程に驚きを隠せない。

 

「な、急に発動速度と距離が……っ!?これがそっちが隠してたカードか!てか、そんなすぐ上達するもんなのかよ!?」

 

「エレンに散々しごかれたからな……」

 

「ああ、そっか……なんか、ごめん」

 

「お喋りは終わってからにしましょうね」

 

急に暗くなってしまった二人を他所にエレンは武装をコール。その手に握られたのはブレードの柄だった。その先端部からはケーブルが伸びていて、アルファートの背部に接続される形になっている。あまりに奇妙なソレに、一夏が眉をひそめる。

 

「おいおい、そんなんじゃ俺の白式は斬れないぜ?」

 

「ーーーMOONLIGHT」

 

答える代わりに、エレンは手にした武装を起動する。青白いレーザーが収束し、やがて淡い輝きを放ちながら刃が象られていく。その様を見て、一夏は何処か零落白夜に似ているな、と思った。

 

『MOONLIGHT』。その武器は現存するレーザーブレードの中でも最強の威力を保有していることはあまりに有名である。元々。このブレードは企業が単一仕様能力の効果を擬似的に再現させようとしたことが発端となり開発された武装でもあった。そこで白羽の矢が立ったのは世界で最も優れたIS操縦者であるブリュンヒルデーーーその中でも歴代最強と名高い織斑千冬の代名詞でもあった単一仕様能力『零落白夜』である。

 

勿論、企業とて単一仕様能力の再現は難題であった。そこで彼らは視点を変えたのだ。『零落白夜』はいわば一撃必殺の代名詞。その根底にあるのは絶対防御を無効化するという特殊能力であった。それが無理なら、別の面から一撃必殺という結果にアプローチすればいいのでは?そうした結論に至った企業が作り上げたのが圧倒的な破壊力を持つ超高出力レーザーブレード『MOONLIGHT』であった。圧倒的なまでの出力を再現するために、それこそ、ISコアに直接接続して機体の維持に関わるエネルギーまでをも出力に転換しているのだ。

 

「一夏。こらで終わりです」

 

AICに囚われた一夏に、MOONLIGHTが迫る。思わず目を瞑りかけた一夏の視界に、瞬時加速でラウラに体当たりをかましたシャルルの姿が見えた。同時に身体には自由が戻ってくる。

 

「零落、白夜ああぁぁぁ!!」

 

瞬時に零落白夜を起動。MOONLIGHTの一撃を受け止める。少しだけ驚きを表情に浮かべたエレンだったがそれはほんの一瞬。直ぐさまMOONLIGHTをもう一度振るうが、一夏も零落白夜で合わせてくる。

 

「く、不覚……。気が緩んでいたか」

 

アリーナの地上部では、ラウラとシャルルが激しい戦闘を繰り広げていた。瞬時加速からの体当たりをかましたシャルルはそのあと、腕部に備え付けられていたシールドをパージ。体勢を崩したラウラに奥の手として用意していた盾殺し(シールド・ピアース)を見舞うが、それは一撃のみに留まった。事前に警戒していたラウラは直ぐさま近距離からレールカノンを放つち、シャルルの背部のウィングスラスター一基を破壊して距離を離すことに成功したからでたる。しかし一撃とはいえ盾殺しの威力は生半可なものではなく、ラウラのシールドエネルギーは一気に半分を割ってしまっていた。

 

「早く一夏の援護をしたいからさっさと決めるよ?」

 

「ふん、お前はここで……終わりだッ!!」

 

ワイヤーブレードを射出。縦横無尽にアリーナを駆け回りつつ、その全てがシャルルへと向かって行く。対するシャルルは背部のウィングスラスターを一基失ったことで機動力が激減しているにも関わらず、前へ出る。依然として腕部には盾殺しを備え付けたまま、アサルトライフルをコールして動き回りながらも精密な射撃を行っている。

 

「距離を見誤ったな!!」

 

しかし、ラウラからして見ればそれはただの悪あがきでしか無かった。有効範囲に入った時点で即座にAICを起動してシャルルを捉えることに成功する。シャルルも一夏と同様、ラウラの成長した後のAICの有効範囲の拡大については知らなかったが故に驚きの表情を浮かべたが、直ぐにニコリと笑顔を浮かべた。

 

「もう少し近寄りたかったけど、仕方ないか……。ただではやられないよ?」

 

ゴトン、と何か硬いものが落下するような音が何回もラウラの耳を突く。視線を向けると、盾殺しを装備している方の手が開かれていて、そこから幾つものグレネードが転がり落ちているのが目に入る。

 

「しまっーーー」

 

爆音が幾重にも重なる。とっさに機体を後退させたラウラだが躱しきれるはずもなく、機体に大きなダメージが刻まれてしまう。

 

「ラウラ、一夏が向かってます!」

 

エレンが珍しく声を荒げる。MOONLIGHTを起動している都合上、機体スペックが低下してるアルファートでは反転してラウラに向かって行く白式に追従するも、直ぐには追いつけない。エレンが武装をコールし直して攻撃を行うよりも一夏がラウラに接近する方が遥かに早い。

 

ラウラは警告に従い、プラズマブレードを起動して迎撃態勢に入る。手榴弾の中にEMPグレネードも混ぜ込んでいたのかノイズが酷く、とてもじゃないがAICを使える状況ではなかった。

 

「シャルルの、仇だああぁっ!!」

 

頭上から振り下ろされる零落白夜をプラズマブレードを交差させて防ぐことに成功する。一夏は舌打ちと共にそのままラウラの後方へと切り抜けていくが、EMPの影響か動作が些か鈍くなってしまう。それでも可能な限り早く振り向き、レールカノンを見舞おうと振り向いた瞬間。銃声と共に連続した衝撃が機体を襲ってきた。

 

「くっ、デュノアか!いや、この方向はーーーッ!?」

 

被弾、被弾、被弾。撃墜判定まであと僅かとなる所までエネルギーを削られたラウラの前に、ようやくエレンのアルファートが降り立つ。新たにコールした実体シールドで、ラウラを銃撃から守るように立ち塞がった。

 

「無事ですか、ラウラ」

 

「あ、ああ。すまない、大丈夫……とは言えないな。あとほんの数撃でエネルギーがゼロになってしまう。それにしても、この銃撃は……」

 

「一夏ですよ。これは完全に裏をかかれましたね」

 

エレンの視線の先には、アサルトライフルを構える一夏がいる。そのアサルトライフルは序盤、ラウラと戦っている間にシャルルが使い捨てたように見せかけて地面に打ち捨てていたモノであった。

 

「あぁ、クソ。ここで削り切りたかったんだけどなぁ」

 

「大分手痛い反撃を受けましたが……これで、2対1です。まだ何か手はありますか?」

 

「いや、これで俺たちの用意した小細工は終わりだよ。ここからは真っ向勝負だ!」

 

アサルトライフルを捨て、サブマシンガンを拾い上げた一夏は前に出る。ブレードとサブマシンガンの組み合わせは奇しくもエレンが多用する組み合わせでもあり、そして技量が追いつくならば近距離戦闘では有効な組み合わせでもあった。

 

「なら、こちらも」

 

物理シールドをラウラに渡し、エレンも物理ブレードとサブマシンガンをコール。そのまま瞬時加速を発動して一気に間合いを詰め、ブレードを振るう。

 

甲高い音とともに両者のブレードが激突する。エレンはそのままサブマシンガンを顔面目掛けて突き出しつつ発砲するが、一夏は顔を逸らして回避。サブマシンガンを横薙ぎ

にしつつ発砲するが、エレンはその銃身を蹴り上げつつ、上昇回転。そのままスラスターを起動して一気に斬り下ろしを見舞う。

 

「っ!?」

 

片手では受け切れないと判断した一夏はそれを雪平弐型で受け止めるのでは無く、受け流す。続けざまに襲い来る切り上げを僅かに後退して躱すと同時に、前方に瞬時加速。零落白夜を起動して斬りかかるが、エレンは上昇瞬時加速で逃げると同時にサブマシンガンを弾丸をばら撒く。一夏もサブマシンガンをばら撒きつつシャルルの落とした銃器のある地点へと後退して行く。

 

「分かってたけど、反応速度おかしくねぇかエレン!?普通今の躱すかよ!」

 

「いや、今のは割とギリギリでしたよ。それに射撃も中々様になってますね、一夏。正直、予想以上の強さです」

 

「そんな余裕そうな顔で言われてもなぁ……」

 

「なので、ここからは二人で行かせてもらいます」

 

「悪く思うなよ、織斑一夏!」

 

弾切れになったサブマシンガンを捨て、もう一挺のサブマシンガンを拾う。同時にエレンの後方に控えていたラウラがワイヤーブレードを射出する。シャルルのグレネードのせいでその数は3本まで減っていたが、その分のキャパシティを割いているためにより精密で、複雑な軌道を描いて一夏へと殺到する。

 

一夏は上空に逃げつつラウラに銃口を向けるが、間髪入れずにエレンが襲いかかる。咄嗟に雪平弐型でブレードの一撃を受け止めるが、足を止めた一夏の後背をワイヤーブレードが穿つ。体勢を崩した瞬間にエレンの斬撃が見舞われる。そのままサブマシンガンの弾幕を浴びせられ、白式のシールドエネルギーは瞬く間に危険域まで削り取られた。

 

「くっ、こんのおおおおぉ!!」

 

そんな中、一夏は一か八か、無理矢理瞬時加速を行う。その狙いは、あと一撃でも食らわせればシールドエネルギーを削り切れるラウラ。雪平弐型を携えて突撃を敢行するその姿を、ラウラは冷めた目で見つめながらその手を翳す。

 

「最後の最後で、無謀な賭けに出たな」

 

EMPの効果からすでに回復していたラウラがAICを起動。中空に固定されたかのように固まった一夏に、無情にもレールカノンの砲塔が向けられる。

 

「私達の勝ちだな」

 

レールカノンが放たれる。白式のシールドエネルギーがゼロになり、試合終了のブザーが鳴り響く。シャルルも一夏も全力を、それこそ持てる全てを出し切ったと断言できる。それでも尚、届かない。どこか満足感を抱きつつ、しかしそれ以上の悔しさを堪えるように一夏はキツく唇を噛み締めた。

 

ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

 

「織斑君とデュノア君のペア、負けちゃいましたね……」

 

「そうだな。だが、あの二人相手に善戦できた方だろう」

 

「確かに、これまでのクロニクル君とボーデヴィッヒさん達にまともなダメージを通せたペアはいませんでしたしね。……ボーデヴィッヒさんは軍属だから納得出来る強さですが、クロニクル君は一体、どこであれだけの戦闘技術を学んだのでしょう」

 

真耶が訝しむのは当然であった。ある程度戦闘を経たものであるなら、エレンのその強さの異質さに気がつく。ISの扱いもそうだが、それ以上に戦うことそのものに慣れている者の動きであるのだ。篠ノ之束の私兵である、という点を差し引いてもあの年代の少年が大凡持ち得るものではない。

 

千冬は観察室を軽く見回す。此処には丁度彼女達二人しかいないし、監視の目もないことを再確認する。

 

「クロニクルが織斑一夏と篠ノ之箒の護衛として束が派遣した私兵だ、という話は以前したな?そして、黒騎士本人でもあると」

 

「えぇ、それはお聞きしましたね。あっ、でも、篠ノ之博士の私兵って色々と……その、大丈夫なんでしょうか?」

 

「大丈夫な訳がないだろう。更識楯無と私が抑止力として此処にいるからこそ黙認されているが、事情を知る者達からの追求は生半可なものではないさ」

 

篠ノ之束とのパイプ役も可能で男性操縦者。さらに卓越した戦闘能力を持つエレンの存在は、事情を知る者達にとっては一夏よりもマークされている。そういう意味では束の計算通り、エレンは囮として十分な役割を果たしているとも言える。

 

「少し、話が逸れたな。山田先生に質問だが、普通の人間に篠ノ之束の私兵が務まると思うか?」

 

「えぇと、確か篠ノ之博士って各国は勿論、企業にも追われてるですよね?しかも実力行使で無理矢理な感じで」

 

「ああ、そうだ」

 

「相手が企業ともなると、やはり、その……相手が悪いというか、命に関わるというか……普通の人なら絶対に敵対しようとは思わないですよね」

 

「普通、ならな……。クロニクルは、元々企業によって戦うためだけに作られた、デザインベイビーなんだよ」

 

「話には聞いたことがありましたけど、まさかそれが事実で、私達の近くにいたなんて……。えっと。あの、もしかしてこれって、ものすごーく重大な秘密だったりするのでは……?」

 

話の重要性にようやく気付いたのか、真耶が恐る恐るといった様子で千冬の顔色を伺う。千冬は珍しくもにこりと真耶に笑いかけた。

 

「無論、他言無用絶対厳守の機密事項だ。というわけで、事情を聞いてしまった山田先生にも今後、協力してもらうのでそのつもりで」

 

「や、やっぱりぃ……。うぅ、頑張りますっ」

 

とんでもない事に巻き込まれた真耶は涙目になりつつも、しかしこれもかわいい生徒の為と自分に言い聞かせるのだった。



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