王様の仕立て屋 ~ジョルノ・ジョバァーナ~ (ルシエド)
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今は亡き君のもとへ

 さて、『パッショーネ』というギャング組織をご存知だろうか。

 ネアポリスの企業を支配し、賭博から麻薬の流通まで金になることなら何にでも手を伸ばす、かつて多くのスタンド使いを抱え込んだギャング組織のことである。

 この"ネアポリス"だが、要するにイタリアのナポリのことだ。

 

 さて、このナポリには風情がある。

 「ナポリを見てから死ね」という格言が、世界的に有名になってしまったほどだ。

 美しき街ナポリ……この街を麻薬で汚そうとしたパッショーネは、一部の人間から忌むべき名・忌むべき組織として毛嫌いされている。

 頭の固い老人は、パッショーネの名を呼ぶことすら嫌悪しているという噂だ。

 

 そんなパッショーネだが、最近はその評判を回復しつつある。

 街に流れる噂では、パッショーネの真のボスが姿を表し、組織の膿を吐き出しナポリ・カモッラ(現在はナポリのマフィア群体の総称)の誇りを取り戻したと噂されていた。

 パッショーネの真のボス、その名は『ジョルノ・ジョバァーナ』。

 若いながらも確かな手腕を認められた、ギャングでありながらもイタリアの表社会を思うがままに操る少年であった。

 

「失礼する。シニョール・オリベのサルトはここだろうか」

 

 そんな裏社会の大物が、今ナポリの片隅にあるさびれた服の仕立て屋……『SARTORIA ORIBE』を訪ねているなど、誰が想像できようか。

 

「お、お客さんかい? 悪いな、今ゴミ片付けてててね」

 

「……そのゴミは、少年二人が入れられたゴミ袋のように見えるのですが」

 

「知りませんな。

 俺は居候の癖に料理にドハマリして生地に変な匂いを着けるガキなんて知りません。

 っと、申し遅れました。店主の織部(おりべ)(ゆう)です。ご注文ですか?」

 

「ええ。僕はジョルノ・ジョバァーナ。

 伝説の仕立て屋マリオ・サントリヨ唯一の弟子であるあなたに、ひと仕事を頼みたい」

 

 オリベの目つきが変わった。

 

「お若いのにマリオ親方の名前からここに来るとは、こりゃまた珍しい」

 

「『ミケランジェロ・マリオ』の異名。

 ナポリ中の究めし職人(サルト・フィニート)から認められたという伝説。

 マリオ・サントリヨの名は色褪せませんよ。例え、死んでしまった後だとしても」

 

「だろうな。親方の周りの人間は皆そうだった」

 

「ユウ・オリベ。

 マリオ・サントリヨの唯一の弟子と聞いています。

 その技術の全てを受け継ぎ、今は師より受け継いだ技を自分のものとして昇華していると」

 

「おーおー、よく調べてくれたもんで」

 

 一人一人の体に合わせて服を仕立てるオリベの腕は『神業』と言われている。

 所謂、"知る人ぞ知る名人"の枠に入っているのが彼だ。

 服職人は年間で見れば多くの服を縫い上げられない。

 近年は、服を生み出すブランドの名に価値が付き、少数生産の服に希少性という価値を付け、機械生産品でしかない服を高く売るというシステムが、高級服の主流だ。

 

 だが、彼は違う。

 織部悠の仕立てた服の代金が高い時、それはその服の仕立てに信じられないような技術が使われている時なのだ、と考えてなんら差し支えない。

 今や表社会を動かすギャングとなったジョルノが、風聞だけで一定の評価をするほどに、オリベの腕には価値があった。

 

「この辺りで服を用立てたいんなら、大抵の人はジラソーレ社に行きますな。

 あんだけ広告打ってる有名社だ、信頼度が違いやす。

 そうでなくても表通りにいくらでも店はある。

 新興の有名店、老舗の名店をスルーしてくる客なんていくらもございやせん。

 うちの知り合いからの紹介か、こんな店を頼るしか無い訳有りの客か……」

 

 対し、オリベもギャングと名乗らなかったジョルノの背景を、ちょっとばかり見抜いたようだ。

 

「貴方は、訳有りの客のようですな」

 

「ほう、何故訳有りだと?」

 

「ギャングってのは、座る席が皆一緒なもんでさ。

 狙撃の警戒? 襲撃の警戒? まあどっちでもよござんすが。

 仕立て屋の勘だと、このタイプのギャングは外に護衛を控えさせているでしょうな」

 

「……参った。ナポリ・カモッラの膝下で一流になった職人というものを、甘く見ていたようだ」

 

 ジョルノが合図を送ると、サルトに男が入って来る。

 ワキガの男であった。

 

「おう、邪魔するぜ仕立て屋」

 

「どうぞどうぞ」

 

「グイード・ミスタだ。うちのボスに最高にカッコイイ服を頼むぜ?」

 

「最高にカッコイイ服?」

 

 オリベが首を傾げ、ジョルノが自分に先んじて勝手に注文を言ってしまったミスタを見て、悩ましげにこめかみを叩いていた。

 

「改めて自己紹介をしましょう。

 僕はジョルノ・ジョバァーナ。

 パッショーネという組織のボスをやってます」

 

「へえ、パッショーネ。カモッラの親分から話は聞いてますよ」

 

「僕も話を聞いたのはそちらからです。

 病に倒れた師匠の一週間の延命のため、師匠の一億の借金を肩代わりした男。

 そこから自分の腕一本で仕事を受け続け、借金を完済した男。

 シニョール・オリベ。一度会って、仕事を頼みたいと思っていた男です」

 

「そりゃ光栄なこって」

 

 ジョルノに握手を求められ、その若さゆえの熱さに当てられたのか、オリベは気恥ずかしそうに握手に応えた。

 

「仕事というのは、威圧感のあるスーツを頼みたいのです」

 

「威圧感?」

 

「僕はこの通り、20にもなっていない若造です。

 で、あるからして、敵味方どちらにも僕を侮る者は多い」

 

「でしょうな。あんたほど若いカモッラのボスを、俺は見たことがない」

 

「舐められてはいけないんです。それもボスの仕事ですから」

 

 ボスは舐められてはいけない。

 "あいつを攻撃したら酷い目にあう"という認識こそが平和を生む。

 "あいつに逆らうべきじゃない"という認識こそが安定を生む。

 だからこそ、ヤクザもギャングも「舐められたら終わり」と言っているわけだ。

 ジョルノがオリベに求めるのは、自分の『若さ』という弱点を補ってくれる、威圧感のあるスーツである。

 

「僕らは近く、パンナコッタ・フーゴという男を組織に迎え入れる。

 その男に会う時にそのスーツを着ていくとして、そこを期限としたいんだ」

 

「成程、成程、よござんす。その仕事、請け負いましょう」

 

「感謝します。オリベ殿」

 

「ああ、そうだ。ナポリ仕立てってことでいいんですかい?」

 

「僕は服飾に詳しくないので、あなたのやり方に一任したいところだが」

 

 オリベはジョルノの背後に立つミスタを見る。

 

「例えばあんたの服、良いミラノ仕立てだね」

 

「お、あんた分かるのか?

 いやぁーオレはこういう服わかんねえんだけどよォ~

 前に助けた奴が職人でさ、お礼に一着作ってくれるって言うからよ!

 そんで仕立てて貰ったんだが、こいつはいいもんだと前から思ってたんだ!」

 

「あんたのそれはミラノ仕立て。

 ブリティッシュスタイルに近いイタリアの仕立てだ。

 俺の仕立てはナポリ仕立て。

 すると、ジョバァーナさんに作る服はそれよりも柔らかいライン、リラックス感が出る。

 ミラノスタイルは肩パッドで肩幅を多く取り、男らしさと強い威圧感が醸し出されてるのさ」

 

「へえ、そりゃあいい! なんかわかんねえが良いこと言われてることは分かるな!」

 

 ギャングに贈るスーツに威圧感を持たせるのは、ギャングの仕事をよく分かっている証である。

 いい仕事だと、オリベは心中で賞賛した。

 

「分かりやすく例えるなら……そうだ、日本の学ランだな」

 

「学ラン?」

 

「学ランの襟のカラーをピシっと締めて、肩の部分も糊とアイロンでピシっとさせる。

 襟元と肩をしっかりとした形にして男らしさを押し出していくのがミラノスタイルだ。

 対し、ナポリスタイルは肩をなだらかにして襟を開ける。

 学ランの堅苦しさを緩和して、空けた襟から一仕事入れたシャツでも見せるかな」

 

「ほう……それにしても学ランか、懐かしいな」

 

 ジョルノは幼少期、日本に居たことがある。ジョルノの体に流れる血の半分は日本人で、彼の母親も日本住まいの日本人だったからだ。

 そんなジョルノにとって、日本を使う例えはどこか懐かしかった。

 

「仕立ては全て貴方に任せますよ、シニョール」

 

「まいったな」

 

 オリベが暗に匂わせている内容を分かっていないわけではないだろうに、ジョルノはその上でオリベに頼み込む。

 自分の弱点を補えるような服が欲しい、と。

 きっと期待外れの服が仕立てられても、ジョルノが文句を言うことはあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そこからが大変だった。

 

「採寸お願いします」

 

 ナポリ仕立ては仮縫いを何度も繰り返す。

 要するに、服を作る途中で何度も本人に着せ、職人はそこで体型に合わせた調整をし、完璧な仕上がりを求めていくのだ。

 なのでオリベは、足繁くジョルノの下に通うことになる。

 他のギャングから狙われることも多い、ジョルノの下へだ。

 

「仮縫いお願いします」

 

 血眼でジョルノの居場所を探す敵対ギャング、ジョルノを守るため怪しい奴は問答無用で射殺するパッショーネのギャング、それらの合間を抜けてすいすいジョルノの下へ。

 もう何回通っただろうか。

 

「仮縫いを」

 

「お前来んの何回目!?」

 

 ジョルノの部下がツッコミを入れても、命知らずにオリベは通う。

 彼からすれば注文を受けた服の完成が第一で、それ以外は二の次なのだ。

 その仕事一直線な在り方が、ジョルノの目にはとても好ましく映った。

 

「仮縫い」

 

「ボス! 止めましょうよコイツ! イカれてますよ!」

 

「ボスはやめろと言ったろう。

 それと、シニョール・オリベには全面的に協力するように。

 僕もここまで熱心に仕立ててもらえるとは思っていなかったから、少し楽しみだ」

 

「ボスぅ!」

 

 仕立ての話が裏社会で広まってくると、オリベに目を付ける裏社会のあれやこれやも増えてくるというわけでして。

 

「くくく……奴が噂の仕立て屋か」

「奴の後をつけてジョルノ・ジョバァーナを仕留めてやるぜ」

「いいや、あのオリベとかいう奴を捕まえて情報を吐かせて……」

 

「セックス・ピストルズッッッ!!」

 

「「「 ウギャァァァ!! 」」」

 

 オリベという餌に釣られて出てきた不穏分子を、ミスタが始末することも増えてきた。

 皮肉にも、戦いという場所から最も縁遠いはずのオリベが仕事をしているだけで、街から不穏分子が消えていくというサイクルが出来ていたのであった。

 

「ったく、なんだあの職人はよォ~……命知らずなんてもんじゃねーぜッ!」

 

 ミスタは返り血でべっちょりになったいつもの服を脱ぎ、オリベに話が通じやすそうな先日のスーツを着て、オリベに食って掛かった。

 

「おいアンタ! 服一着仕上げるためにそこまで覚悟決めることはねーだろ!」

 

 それはオリベに対する心配でもあったし、自分の仕事が増えるのが嫌だというシンプルな考えでもあったし、ジョルノに迷惑がかかりかねないというミスタらしい思考でもあった。

 オリベはミスタに威圧されても、飄々とその威圧を受け流す。

 

「あんたの服の下、銃入れても目立たないだろ」

 

「ん? おお」

 

「あんたの普段着がどうかは知らん。

 鉄火場でどういう服を着てるのかも知らん。

 が、仕立て服ってのは相手の体の寸法ギリギリを見て仕立てるんだ。

 服の下にホルスター吊って、服の下に銃を入れてりゃすぐ分かるくらいにはな」

 

 それどころか、ギャングの理屈に職人の理屈で反論してきた。

 

「その服はあんたが銃を懐に入れることも計算して作られてる。

 懐に銃を入れると自然な体のラインになるよう計算されてる。

 職人の本気の仕事ってやつだ。俺が同じようなもん目指してるのはそんなに変か?」

 

 正論かどうかは置いておいて、強弁ではある。

 世間一般の正しさよりも職人としての信念を貫こうとするオリベに、ミスタが言えることなど何も無かった。

 織部悠という男は、死にたくはないという一般的な感性を持ちつつも、自分の仕事と心中できる男だった。人、それを職人と言う。

 

「……職人ってヤツはとんでもねえなァ」

 

 "自分の仕事・信念と心中できる"という見方をすれば、ミスタもその在り方に理解と共感を示せそうな気がしていたが、やっぱ服に命をかけるとか分かんねーわ、と諦める。

 プロとしての共感ができそうでできない。

 悲しいかな、ギャングと職人の間には、見えなくて分厚い壁があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、オリベの服も仮の完成を迎える。

 ジョルノの依頼はフルオーダー。肌着のシャツだけでなく、服の上下からベルトにネクタイ、全てのチョイスまでもを職人のセンスと手製に任せるものである。

 オリベが一式揃えて持ち込んで来た時、ジョルノの表情には少し期待の色が見て取れた。

 

「シャツはまだだが、それ以外はほぼ完成一歩手前ですな。着てみてくれ」

 

「完成一歩手前?

 僕は服飾には疎いのですが、これで完成ではないんですか」

 

「できればもう少しいじりたいところでさあ。

 いいスーツってのは重量を全体に分散させるからな。

 スーツの重さが同じでも、重さのバランス次第で体感の重さが倍くらい違うもんだ」

 

「ほう」

 

 ジョルノはとりあえず、自前のシャツの上にこのスーツを羽織ってみた。

 スーツの色合いは上質な素材を使ったヘアライン・ストライプ。

 下衿(ラペル)の細さとナポリ仕立ての星ステッチがいい塩梅だ。

 ゴージラインも低めで、若々しい印象とモダンなイメージ作りに徹した印象を受ける。

 だがこのスーツに仕立てられた一仕事は、見ただけでは分からない。

 

「これは、動きやすいですね」

 

 動きやすいのだ。

 スーツは戦闘に向いていないと考えていたジョルノが、談合や交渉の時にしかスーツは役立たないだろうと考えていたジョルノが、その固定観念を吹き飛ばしてしまうほどに。

 

「変にシワが寄らないよう、内股側の裁断に一仕事がしてあるんでさ。

 それと、腿の前にちょっと膨らみを作ってあるからな。

 これで足を動かしてもつっぱらない。

 肘周りには同じ膨らみと通常より捻り気味の手縫いがしてある。問題ねえでしょう?」

 

「ええ、こんなに動きやすいスーツは初めてですよ」

 

「自慢に聞こえるかもしれやせんが、柔道着より動きやすいと言われたこともありまさあ」

 

「いや、それは間違いなく誇張でない事実でしょう。

 こんなに動きやすい服を、僕は一度も着たことがない」

 

 スーツは素材次第で柔軟性にかなり自由が利く。

 オリベは素材と構造の両面にこだわり、失われつつつある職人芸も盛り込んで、ジョルノに実戦向きの服を誂えてみせたのだ。

 

「ですが、これを着て……僕は舐められないボスに見られると思いますか?」

 

 ところがこの服には、ジョルノ視点一つだけ欠点がある。

 若々しい鋭さは感じられるのだが、大人らしい重厚さが足りていないのだ。

 ナポリ仕立てのリラックスしたラインも――ジョルノが半ば予想していた通り――スマートさを強調するだけで、威圧感の欠片もない。

 それはジョルノがオリベに望んだ事柄が実現されないということを意味する。

 

「ジョバァーナさんは今までの自分の服に問題がある、と考えてたわけですな。

 服を変えれば何かを変えられる。何かを解決できる。だから当サルトを頼ったと」

 

「ええ、そうです。僕を舐めている者達の目を一刻も早く変える必要があって……」

 

「それじゃあまるで、あんたが服選びを間違えてるからあんたが舐められてるみたいだ」

 

「!」

 

「そんなことはねえ。

 薄い服一着でそこまで大きく変わるほど、あんたは薄い人間じゃあないさ」

 

 オリベはジョルノと相対した時、大物であるという第一印象を受けた。

 その後寸法を測る際にも、細身ながらよく鍛えられていた肉体に感心したものだ。

 仮縫いでジョルノの下に足繁く通っていた時は、数え切れないほどの部下がジョルノに忠誠を誓っている姿も目にしている。

 『十分』なのだ。

 ジョルノは今でも十分、皆に慕われ、皆に恐れられている。

 

「うちの仕立てはお客さんの体の寸法にキッチリ合わせて作るもんでね。

 服ってのは悲しいもんで、実像より大きく作ってもブカブカにしかならないんですわ。

 すると背伸びしてる印象が出来て、情けない印象、未熟な印象が際立っちまう」

 

 オリベはジョルノの注文通りに作るのではなく、自分の信念に基づきジョルノに最も相応しい一品を仕立て上げていた。

 

「威厳がない? いえいえ、とんでもない。

 ジョバァーナさんには十分な威厳があるでしょうに。

 ご自身に威厳があるなら、下手な服を着せても威厳が隠れるだけでさあ。

 焦らず時間かけてやっていけばいいんですよ、どんなことに関しても」

 

 ジョルノに下手な服を作って、ジョルノを"仕立て屋に道化にされた裸の王様"にすることなど、オリベのプライドが許さなかったのだ。

 

「服は貴方が着るものであって、貴方が服に着られちゃ本末転倒でしょう」

 

「―――」

 

 仕立て屋は服で人間の良さを引き立てる。

 ジョルノ・ジョバァーナは最高の素体と言えるだろう。

 そこに余計な服を着せて素体の良さを殺してしまうなら、その職人はその時点で仕立て屋の看板を降ろしてしまうべきなのだ。

 

「すみませんね、勝手にご注文の服の中身をこんなにしてしまって」

 

「いや、シニョール・オリベ。あなたが正しい」

 

 ジョルノは頭を下げる。

 謝罪ではない。

 自責でもない。

 感謝だ。

 自分の中の思い違いを仕事で示してくれたオリベに対し、ジョルノは感謝の意を示す。

 

「僕は敬意を持てた男が居たから、ギャングスターを目指したつもりだった。

 それを夢として抱え、今でも変わっていないつもりだった。

 大切なものは僕の内にあったはずなのに。

 いつの間にか、僕は自分の内側でなく、自分の外側で勝負しようとしていた。

 僕はいつの間にか、上っ面の強さを演出し取り繕う愚か者になりかけていたんだな」

 

 ジョルノの眼光が増す。

 オリベと会った時ですら傑物だったというのに、今のジョルノはその時と比べても段違いの傑物に見えた。

 オリベが仕立てた服は、ジョルノの"切れ味のある若き傑物"というイメージを余すことなく表に出し、ジョルノの生来のカリスマを分かりやすく際立たせている。

 これで未完成、なんて言われても信じられない。

 

 すると、空気を読まないミスタが部屋に入って来た。

 

「ジョルノ、言われてた遺品整理終わったぞ」

 

「ああ、ありがとうミスタ。こればっかりは他の誰かに任せたくなかったからね」

 

 遺品整理? と?を頭の上に浮かべたオリベがそちらを見ると、ミスタが運んでいるものの中にハンガーにかかったシャツが見えた。

 

「ん? このシャツ、どこかで」

 

 オリベが近寄り、シャツに触れる。

 とても、とても、見覚えのある仕事だった。

 

「これは……」

 

「どうかしたかよ、オリベさんよ」

 

「俺が昔、ブチャラティという男に仕立てたシャツだ」

 

「―――!」

 

 忘却の彼方に置いていた、昔のオリベの仕事だった。

 

 

 

 

 

 いつのことだか、正確にはオリベですらも覚えてはいない。

 ただ昔、貧乏なくせに格好つけな男にシャツを仕立ててやった覚えはあった。

 「無茶はするなよ」と言ってやった覚えがあった。

 「頑張れよ日本人」と言われた覚えがあった。

 代金もそんなに取った覚えはない。

 だがシャツの仕立てに全力を尽くした覚えはある。

 その男の男気と、街と共に在ろうとするスタンスが気に入って、オリベもその時は気持ちよく仕事が出来たという記憶があった。

 

 ミスタが思い出したように口を開く。

 

「あー、オレも前にブチャラティがこのシャツ着てるとこ見たことあるわ」

 

「……そうか」

 

「つまんねーシャツだが、ブチャラティはこいつを大事にしてたように見えたよ」

 

 ブローノ・ブチャラティは死んだ。

 この街に麻薬を蔓延らせていた元凶を討つ戦いに参加し、死んだ。

 オリベはブチャラティにシャツを渡し、ブチャラティはそのシャツを大切にし、二人がシャツの受け渡しの後に再会することもなく、彼は死んだ。

 

「そうか、あいつは死んだのか」

 

 オリベの声が沈んでいる。

 感情はあまり顔に出ていないが、努めて無表情であろうとしているのが窺える。

 彼は悲しんでいるのだろう、ブチャラティの死を。

 ブチャラティの死を悼むオリベの姿を見て、ジョルノはシャツを掴んで決めた。

 

「シニョール・オリベ。

 シャツはまだ出来ていないと聞きました。もう一仕事お願いできますか?」

 

「ん? よござんすが、内容は……」

 

「このシャツを……

 ブローノ・ブチャラティのシャツを、このオーダーのシャツに仕立て直して貰いたい」

 

「……!」

 

 ジョルノの『粋』に、オリベとミスタの口元に同時に笑みが浮かんだ。

 

「喜んで」

 

 こういうのが好きなオリベからすれば、断る理由などあるわけが無かった。

 

 

 

 

 

 ブチャラティは街を愛していた。

 街の人からも愛されていた。

 ナポリの街から麻薬を根絶しようとし、そのために街に麻薬をばら撒くボスを討とうとして、ブチャラティは命を落とした。

 

 オリベはそんな街の一部だ。

 ブチャラティが守ろうとしたものの一部なのだ。

 ジョルノにはそれを守る義務がある。

 願いを、街を、そして今はこの服を。ジョルノはブチャラティから受け継いだのだから。

 そしてオリベは今、ブチャラティの代わりに街を守らんとするジョルノのために、ブチャラティの服を仕立て直した服を完成させる。

 

 ブチャラティが認めた、ジョルノの黄金の輝きを引き立てる服を。

 

「どうだい、着心地は」

 

 ジョルノの顔には、満足以外の感情が浮かんでいない。

 

「僕は次の仕事もあなたに頼むでしょうね。この服はまさに、黄金のような体験でした」

 

「そんな大袈裟な」

 

 オリベの言葉を謙遜と受け取ったのか、ジョルノは首を横に振った。

 

「去ってしまった者達から受け継いだものは、さらに『先』に進めなくてはならない。

 それが、僕の信条です。

 あなたに仕事を頼んでよかった。僕は彼から受け継いだものを、先に進めていける」

 

 ジョルノは自分に足りないものを補う服をオリベに注文した。

 オリベはそんなものはできないと、別の形の服を差し出した。

 だが、オリベはジョルノの注文を的確に叶えたと言えるだろう。

 明日からはどんなにふてぶてしい男達でも、ジョルノに逆らおうとは思わないだろうから。

 オリベの服は、ジョルノの外面ではなく、内面に変化をもたらした。

 

 また一つ、ジョルノは成長したのだ。

 

「服はいいものですね。次に継げる。次に繋げられる」

 

「そういうのを分かってくれるお客さんは、職人としちゃ嬉しいもんでさ」

 

 良き服は、人の外見だけでなく内面までも変えるもの。

 

「またいずれ会いましょう。ナポリのサルト・フィニート殿」

 

 良き職人は、良い男に認められるものである。

 

 

 




 パッショーネの地元は王様の仕立て屋の舞台ともろかぶりなのです


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