仮面ライダーハッカー (六界の魔術師)
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第1章 The Curtain Went Up(そして、幕は上がった)
DISK1 真夜中と侵入者


 

-カタカタカタカタ、カタカタカタカタ-

 

草木も眠る丑三つ時。

 

-カタカタカタカタ、カタカタカタカタ-

 

誰もが身体を休め、夢の世界に旅立っている時刻にも関わらず、休まずに巡回する警備員がいる、ある建物の一室。

 

-カタカタカタカタ、カタカタカタカタ-

 

その部屋には、何か重要な物が保管されているのか、鍵穴の無い重厚な鉄の箱を中心に、周りには幾重にも赤外線が張り巡らされ、床には電流が流されるという、非常に厳重に警護されていた。

 

-カタカタカタカタ、カタカタカタカタ-

その部屋の片隅で、青年をノートパソコンのキーボードを黙々と素早く打ち込んでいた。

 

彼の打ち込むノートパソコンからはケーブルが伸び、近くのパソコンの端末に繋がっており、彼のノートパソコンの画面には、数字や文字の羅列が並んでは別のウィンドウが開き、また並んでは別のウィンドウが開き、を繰り返していた。

しばらくして、

「……ふぅ~、できた~。」

そう言いながら彼は、ぐぐっと身体を伸ばす。

「ん~~~、ふぅ~、良し。

あとは、こ~れ~で~、終わり♪っと。」

そう言いながら彼は、最後のボタンを押した。

周りにカタッと、音が短く響いた、その数秒後。

 

-ピピ-

 

という電子音と共に、画面に『ALL GREEN』と浮かぶ。

それとほぼ同時に、鬱陶しいほどに張り巡らされた赤外線と、床を走っていた電流が解除され、青年はそれを確認すると、ノートパソコンを閉じ、ゆっくりと鉄の箱に近づいていく。

彼があと数センチまで近くと

 

-プシュー-

 

という音と共に箱が4つに割れ、中に保管されていた物が姿を現した。

中には一枚のディスクが入っており、青年はそれを持ち上げると、満足そうに笑みを浮かべながら頷いた。

「良し。

いただく物はいただいたし、とっととずらかると…。」

そう言いながらディスクを、横にかけてあるディスクケースに入れた瞬間。

 

-ヴゥーー、ヴゥ――ヴゥ――-

 

いきなり建物全体に響き渡るほどの大音量で、警戒音が鳴り響いた。

「……あ゛~、解除されちまったか。

やれやれ、面倒なことになったかな?

うーん、わりとえげつねえのを送ったんだけどな~。」

そう言いながら彼は、四隅にある四つの監視カメラの内一つに目を向けた。

 

 

 

青年が箱を開ける少し前、

 

-カタカタカタカタ、カタカタカタカタ-

 

同じ建物の別の一室、管理室で一騒動起きていた。

 

-カタカタカタカタカタン-

 

「状況はどうなっている!」

「警報器のシステムはあと少しで解放できそうです!」

「開閉システムの方は!」

「申し訳ございません、まだもう少しかかりそうです!」

「く、おのれ~~!!」

男は苦虫を噛み潰した様な表情をしながら、目の前の大画面を見つめる。

本来ならそこに監視カメラの映像が映っているのだが、今は『残念賞!』と言いながらアッカンベーをする顔文字が映っていた。

「えぇい!とにかく、さっさと解除するのだ!急げ!」

怒鳴り声をあげる男横で、その部下達は急ピッチで作業を続ける。

彼らが相手しているのは、とても強力なウイルスではあったが、彼らとて様々企業から引き抜かれてきた精鋭であった。

なので、暫くすると

「ウイルスに侵された管理システムの80%奪還しました。」

「警報器復旧しました!

警報器を鳴らします!」

-ヴゥ――、ヴゥ――、ヴゥ――-

 

と、次々とウイルスを駆逐し、コントロールを取り戻していく。

「監視カメラのコントロールを取り戻しました!

画面映します!」

そう言いながら部下がボタンを操作すると、さっきまでの画像は消え、開放された箱と、一人の青年が映しだされた。

「な!…っ、通信システムはまだ復旧せんのか!」

「通信システム、ほぼ復旧完了しました。

警備班と通信繋ぎます!」

そう言いながらボタンを押すと、ピッ、と音と共に通信が接続される。

「警備班!今どういう状態だ!」

「こちら警備班、只今機密室の前で、突入準備中です。

あと1、2分で突入できます!」

「良し!中の奴は絶対に逃がすな!

逃がしたら我々の命は無いと思え!」

「っ!はっ!!

おい!準備を急げ!」

警備隊の慌ただしい声を聞きながら、男は再び画像に目を移した。

「……奴はなにをやっているのだ?」

男の視線の先で、青年は左腕からプラグを4本垂れ流していた。

そして、無造作に左腕を振ると、まるで意志があるかの様に、四隅の監視カメラに向かって四つのプラグがそれぞれ飛んでいき、監視カメラと接続した。

突き刺さったのではない、比喩的表現でもない、文字通り監視カメラのシステムと直接接続されたのだ。

『なっ!?』

これには管理室の面々も驚きのあまり絶句する。

それを知ってか、知らずか、青年は軽く笑みを浮かべながら、流れる様に左腕に着いている装置を操作すると、

 

-プツン-

 

という音と共に画面が切れる。

「なにが起きた!?」

「またウイルスです。

どうやら画像を送れなくしたようです。

とはいえ、この程度なら直ぐに直せます!」そう言いながら部下達は素早く復旧作業に入る。

「こちら警備班、管理室応答願います!」

「どうした!」

「こちら突入準備完了しました!

いつでも行けます!」

「扉の開閉システムも今解除完了しました!」

「良し!

突入しろ!!

必ず捕まえるんだ!!」

その言葉と共に扉が開き、警備班が突入する。

「監視カメラのシステムも取り戻しました!

画面映します!」

その言葉に頷きながら、男は画面に再び目を移した。

そこには、先に突入した警備班に銃を突きつけられた青年が映っていた。

 

 

 

 

 

そう思っていたのだが、

「…なん…だと!?」

「繰り返します、目標ロスト。

部屋の中には誰もいません!」

「そんな馬鹿!!

本当にどこにも居ないのか!?」

「……残念ながら、影も形も。」

警備班の言葉に男は顔を青くしながら、椅子に座り込む。

画面には青年を探す警備班と、空の鉄の箱だけが映っていた。

 




そんな訳で、初ライダー小説でした。
バトルも怪人もライダー出てこない話でしたが、必要な話ではあった(と思う)ので、お付き合いください。
ちなみに、次の話も、ライダーも怪人もバトルも無しです。
ですが、必要な話なので、どうかお付き合いください。


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DISK2 睦月と日常(朝)

思ったより長くなってしまったので、3分割しました。
前にも言いましたが、怪人もライダーもまだ出ません。
待っている方いたら、すみません。


-ジリリリリリリリリリリリ-

 

「…うるさい。」

カチッと目指しのボタンを押しながら、俺こと睦月 好子(むつき こうし)は寝ぼけ眼を擦りながら、起き上がった。

「くぁ~~、……ん、眠いぞ、チクショウ。」

そんなことを呟きながら、俺はポット型の湯沸し器にスイッチを入れ、顔や歯を磨きに洗面所に向かう。

歯磨き、髭反りなどの諸々のことを終わらせて戻ると、丁度湯が沸いたので、俺は昨日炊いといたご飯をよそいつつ、カップの味噌汁を用意。

「うーん、やっぱり無難に豆腐か?

…いや、油揚げも捨てがたい。

…ん~、どっちにすっかな?悩む。」

……どっちも豆腐だろ?なんていう突っ込みは受け付けない。

突っ込みは受け付けない。

大事なことだから2回言った。

「こういう小さなことの変化って大事だよな、きっと。」

そんなことを言いながら、一人でうんうんっと頷いた。

……寂しい奴とか言うな、一人暮らしが長いと独り言も多くなるんだよ、ちくしょいめ。

世のカップル共なんて爆発してしまえば良いんだ(泣)

 

 

 

等と一人小芝居をしながら自爆した俺は、豆腐のカップ味噌汁を開け、お湯を注ぎながら一人涙を流した。

……今日の味噌汁は、塩分が多そうだな。

 

 

「いただきます!

ふー、ふー、……アチチ、今日はやけに熱いな、まったく。

モゴモゴ、ふぇーと、ひょうのヒューフふぁ、っほ。(訳えーと、今日のニュースは、っと。)」

そう言いながら俺は、ご飯を食べながら、机の上に置いた端末を操作すると、

 

-ブゥーン-

 

という音と共に、新聞の記事が、俺の目の前に立体的に写し出される。

それを味噌汁をすすりながら、空いた手でスクロールさせて読んでいく。

ちなみに、食べながら記事をいじくるのは行儀が悪いので、良い子のみんなは、食べる時はちゃんと食べることに集中しなきゃ駄目だぞ?

俺みたいに悪い大人の真似しちゃ駄目なんだぜ!

「…うーん、また子供が親を殺した事件か。

嫌な世の中になったもんだね~、まったく。」

 

そんなことを呟きながら、味噌汁をすする。

他人事の様に言っているが、こういうのはやはり一人、一人が当事者意識を持って考えないと駄目だよな。

特に俺自身の夢にも関わってくる話題だしな。っと、そんなことを考えていると、

 

-ピピピピピピピピピピ-

 

と、携帯のアラームが鳴る。

「ん?おわ、やべ!!

もうこんな時間じゃねえか!?」

そう言いながら、ご飯茶碗に味噌汁を流し込むと、一気に掻き込んだ。

「…ふぅ、ごちそうさまでした!

良し、急いで準備しなきゃ。

今の時間なら、まだ電車に間に合う!」

そう言いながら俺は素早く着替えると、荷物を持って部屋を飛び出した。

階段をなるべくゆっくりと降りるが、築29年のボロアパートの階段がミシミシ音をたてる。

うぅ、大家さんにいつも「静かに降りなさい!!」と怒られるんだけど、これはどう考えてもアパートの問題だよな~。

まあ、部屋は狭いし風呂無しだけど、便所と洗面所はあるし、家賃は198に丸2つだけだから、貧乏学生の俺には助かるんだけどねぇ~。

ちなみに、別に曰く付きとかじゃないよ?念のため。

そう、たまに壁に影ができたり、染みが移動したり、物音がしたり、お札が四隅に貼っていたりするけど、曰く付きじゃないよ?

大事だから2回言った!

そんなことを思いながら俺は、駅まで駆けていく。

もうすぐ駅というところで、電車が向こうからやってくるのが見えた。

くっ、普段普通に来ると2、3分は遅れて来る癖に、ギリギリだとほぼ定時に来るんだもんな、どちきしょうめ!

そんなことを思いながら加速し、素早くPASMOを取りだし、改札にかざして、階段を駆け上ろうとした、その瞬間

 

-ピンポーン-

 

と共に改札の扉が閉まる。

疑問に思いながら横を見ると、

『残金98円、チャージしてください。』

との文字が浮かんでいた。

「ギャー!チャージし忘れてた~!!」

慌て切符売り場でチャージをし、急いでホームに向かうが、既に電車は走り去っており、俺はその場でガクッと項垂れた。

 

 

 

「で?そんな馬鹿なことがあって、俺との約束に遅刻した。っていうわけか?おい?」

「本当にすみません。」

そう言いながら俺は目の前の男、大津 生介(おおつ しょうすけ)に深々と頭を下げた。

彼は小学校の頃からの数少ない友人で、たまにこうして会ったりしていた。

ちなみに、友人は数でなく、質だと俺は思う。

「まったく、久しぶりに会おう。って誘ったのはお前だろうに。

なにやってんだ、お前は?」

「ま、待って、待ってくれ!これは罠、そう誰かが仕掛けた巧妙な罠なんや!

俺とお前の仲を引き裂こうと誰かが仕掛けた罠なんや!」

「はいはい、そう下らんこと言ってないで、早く行こうぜ?」

「うぅ、親友が冷たいよ~。」

「それ何回聞いてると?もう飽きたよ、それ。」

「うーん、そうか、流石に飽きたか。

……わかった、別なの考えておく。」

「そういうことじゃねえし。

というより、まだ別のを考えるつもりなのか?」

「当然だろ?

なんせそういうことを考えるのが、俺のライフワークなんだからな。」

胸を張りながら答える俺に、生介は呆れながらも苦笑を浮かべる。

「ライフワークも良いけど、そんなことばっかりしてたら、友達無くすぞ?

主に、お前の目の前のやつとか。」

「おっしゃる通りです。

大変申し訳ございませんでした。」

「冗談だよ、冗談。

……7割りほどな。」

「残り3割りは!?」

「ん?そりゃまあ、お前次第だろ?」

「うぅ、善処します。」

「そうしてくれ。

じゃ行こか?」

「…おうよ。」

そう言いながらショボーンっと項垂れる俺は、生介と共に今日の目的地である、近代文化博物館へと歩きだした。

 



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DISK3 睦月と日常(昼)

 

 

「ふぅ~、流石に疲れてきたな。」

「かれこれ2時間近く歩いたからな、丁度あそこに売店があるし、なんか飲み物買って一休みするか?」

「そうだな、そうするか。」

そう言いながら俺達は近くの売店に向けて歩きだした。

「……しかし、便利な世の中になったんだよな~。」

「なんだよ、唐突に?」

「いや、この展示物を見てるとな、そんなことを思ったんだ。」

「…まあ、確かにな。」

そんな会話をしつつ、俺達は目の前の展示物を歩きながら眺める。

今展示されているのは、今より3つ前の年号、「平成」と呼ばれていた頃の物が並んでいた。

「この年号の最後の頃にマイナンバー、っていうが始まったんだよな?」

「そうそう、今でいう『個人認識番号制度』の先駆けだな。

あ、俺緑茶にするけど、お前はどうする?」

「あ、俺はオレンジな。

無論、お前のおごりだよな?」

「え~、……まあ、遅れてきたしな。

了解したよ。

すみませ~ん。」

『イラッシャイマセ、オシナモノハ、ナニニ、ナサイマスカ?』

売店のカウンターに声をかけると、中の売り子ロボットが反応する。

「緑茶とオレンジジュースで。」

『カシコマリマシタ。

コジンニンショウヲ、イタシマス。

タンマツヲ、オダシクダサイ。』

「ちょっと待ってね、…ほい。」

そう言いながら俺は、定期券ぐらいの大きさのカード型の端末を取り出した。

カードの真ん中辺りは少し凹んでいて、そこに親指を乗せながら、カードをかざした。

 

『ピピ、ニンショウイタシマシタ。

ホンジツ、オカイケイハ、200エンデ、ゴザイマス。』

「あ、このままお願い。」

『カシコマリマシタ、コチラカラ、ヒキオロシマス。

ピピ、カクニン、イタシマシタ。

アリガトウゴザイマシタ。

マタノゴリヨウヲ、オマチシテマス。』

俺はドリンクを受けとると、近くのベンチに座っていた生介の所へと向かった。

「お待たせ、ほいよ。」

「おう、サンキュー。」

 

生介は俺から飲み物を受け取ると、間髪入れずに缶を開け、一気に飲み込んでいく。

よほど喉が渇いていたのか、数秒もすると500缶を飲み干していた。

「すげぇ勢いだったな。」

「…ふぅ、思っていた以上に喉が渇いていたみたいだ。

ありがとうな、これ。」

そう言いながら空缶を振る彼に、俺は自分の分を飲みながら、空いてる方の手を振って答えた。

 

 

 

 

「……さっきの話の続きだけど、本当に便利になったよな。

基本的にこの端末一つあれば、身分証明も会計も、更には新聞だって読めるしな。」

「だな、これ無しの生活は考えられないよな。

もっとも、無かったら移動はおろか、マトモな生活はできないけどな。」

「認証されないと、なにもできないからな。」

 

緑茶を一口飲みながら、俺は生介の言葉に頷きつつ苦笑した。

「「個人認識番号制度」が始まった時は、反対派が多数だったみたいだけどな。」

「そりゃまあ、そうだろうな。

とはいえ、衆議院のやる事に文句しか言わない野党が、裏で手を回していたのが、大多数だったみたいだけどな。」

しかも、それを指示している所と証拠を記者に掴まれ、スクープとしてすっぱ抜かれて、一時期野党の信用は完全に失墜した。

当時の野党は、なにをやってんだか。

「まあ、先生曰く、野党は基本的に、文句しか言わない夢想家達の集まりである。だからな~。」

「ん?また例の大学の先生の言葉か?」

「そうそう、俺が尊敬する葉月教授の言葉。まあ、じいちゃんの言葉でもあるけどな。」

「またその人の話か、飽きないね、お前も。」

「飽きさせないのが、商い(あきない)の基本なので。」

「…寒。」

「黙らっしゃい。」

そう言いながら俺は、緑茶の最後の一口を飲み干した。

「……ところで、便利になったと言えば、あの時代と比べると、ロボット科学も大分進歩したんだな。」

「だな。

ロボットの売り子とか、割りと普通だしな。」

そう言いながら先ほどの売店を見ると、カウンターの奥でロボットは、静かに立たづんでいた。

「だよな。

こういう博物館や大手企業は、接客もロボットがやっている所が多いしな。まあ、良い所の店だと、未だに人オンリーみたいだけどね。」

「そういえばこの前、ラーメンを作るロボットが出たみたいだぞ。」

「みたいだな、ついにここまできたか!的な感じだな。」

「わかる、わかる。

下町にも遂にロボットが!みたいな。」

「そして、バイト先と、仕事先が減っていく。と。」

「まあ、そこら辺はしょうがないんじゃねえ?

サボる、文句を言う人間より、サボらない、文句を言わないロボットの方が良いに決まっているわな。」

「そりゃまあ、そうだろうな。

バイトで思い出したけど、あの時代(平成)には、まだ新聞配達をバイトでやれたらしいぞ?」

「らしいな。

今は電子新聞が普通だからやってないし、紙の新聞なんて今や金持ちしか見てねえもんな。」

「紙って高いからな、一種のステータスみたいなもんらしいな。」

「らしいな。

しかし、こんだけロボットが台頭してくると、そのうち人間が働くこと無くなるんじゃないか?」

「…かもな。

ちなみに、お前はそうなって欲しいか?」

「いや、勘弁してほしい。

お金は働いて得てなんぼだ。

そうしないで得たお金は、所詮はあぶく銭。

直ぐに消えて無くなる。」

「おぉ、立派、立派。

で、その言葉も?」

「すまん、やっぱりじいちゃんの言葉なんだ。」

「結局それかい。」

そう言いながら生介は軽く呆れたように、俺は気恥ずかしそうにしながら、互いに苦笑を浮かべあった。

「さて、そろそろ行くとするか?」

「ああ、そうしよう。」

そう言って俺達は空き缶を捨て、再び展示品を見に行くのだった。

 



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DISK4 睦月と日常(夕)

「んあぁ~~~、……疲れた。」

「まあ、なんだかんだで5時間は歩いたからな。」

夕焼けが照らす中、俺と生介は駅に向かって歩いていた。

「……今日はありがとな、付き合ってくれて。」

「ん?あぁ、別に良いさ。

やること無くて暇だったし、お前にも会いたかったからな、丁度良かったよ。」

「そっか、そりゃ良かったよ。」

「すみません、そこお二人。」

『ん?』

肩を叩かれながら呼び止められ、二人して怪訝な顔をしながら振り返ると、サングラスを掛けた黒づくめの男が二人、俺達の後ろに立っていた。

「失礼、我々はこういう者です。」

そう言いながら片方の男が端末を取り出し、情報を映しだした。

映しだした情報には男の名前と顔写真、そして、

「国家保安警備隊!?

テロ対策にできた、っていう噂の?」

「本物か?

初めて見たぞ?」

「そう言う詐欺事件も確かにありますが、それなら職業証明書を提示することは出来ません。

何故ならば、この証明書には幾重にプロテクトが掛かっており、同じ物はおろか、似た様な形のも作ることは出来ません。

なのでご安心を、我々は本物です。」

そう言い男達は俺達に笑みを見せた。

まあ、正直怖いとしか思わなかったけど。

「それで、俺達になにか?」

「実は、テロの実行犯らしき人物がいたとの情報がありまして、失礼ですが端末を確認させてください。」

 

「ん~。」

「まあ、そういうことなら。」

そう言って俺達は自分の端末を取り出すと、情報を映しだした。

男達はそれを確認すると、自分達の端末を近づける。

ピッという音がした後、男達は端末を離して自分の端末を確認した。

しばらくして、

「確認完了しました。

ご協力ありがとうございました。」

そう言い頭を下げ、すたすたと別の方へ歩いて行った。

「……テロの実行犯ね~。

やれやれ、物騒なもんだ。」

「おや?

そんな反応なのか?

お前のことだから、「おし、見つけ出してスクープとったる!」みたいなことを言うかと思ったけど?」

「あのな、いくら俺でも、なにも情報は無し、そいつの影も掴めて無い状態で、追いかけるほど馬鹿じゃねえよ。」

「ほ~、お前にしては、まともな考え方だな。」

「どういう意味だ、こら。」

「聞いたそのままの意味だ。」

「なんだと!?」

「じゃあ聞くが、仮に情報や、目の前に怪しいやつがいたら?」

「もちろん全力で追いかける!!」

「そんな返答をするのをわかっているから、こっちはそう言ってんだ!大馬鹿野郎!!」

「なにを~!!」

お互いににらみ合いながら、俺達はおでこをぶつけ合う。

「知ってか?

馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!」

「お前は小学生か!?」

「残念ながら違う。むしろ小学生なら行っているわ!」

「…なんでだ?」

「勝算(小3)があるからだ!」

「アホかお前は!!

こっちは真面目に「俺だって至極真面目だ!」……なに?」

俺の怒鳴り声に怪訝な表情をしながら、俺達はゆっくり離れた。

「……お前、俺の夢、…知っているよな?」

「ああ、「喋ってギャグれるジャーナリスト。」だろ?

何度も聞いたが、正直ギャグれる必要は無いと思うぞ。

それがなんだ?」

「……俺はどんなぎりぎりの時でもギャグるのを忘れる気はない。

何故なら、それは常に考え、心に余裕がある。ってことだからだ。

考えることを止めたら、そこで終わりだから。

だから俺は考えのを止めない、まだ死にたくないし、俺のことをなんだかんだで心配してくれる友人のためにもな。」

 

そう言って俺はニィっと、笑ってみせた。

生介は、自分の本心を見透かされて恥ずかしかったのか、顔を少し赤くしながら顔を逸らした。

「……そう思うなら、ちょっとは自重しろ。」

「たはははは、わりいな、それはちょっと難しそうだ。

まあ、善処するよ。」

「……まったく、厄介な友人を持ったもんだ。」

「そんな俺も嫌いじゃないくせに。」

「……マジで、友達辞めようかな?」

「冗談だから!

マジで言ってないから!」

「ハハハハ、ソンナノワカッテルサ、冗談ダヨ、冗談。」「目が笑ってねぇよ!!

っていうか、めっちゃ棒読みじゃねえか!!」この後も、さっきと同じように大声でボケ合い、ツッコミをいれ合うが、さっきまでの嫌悪な空気はなく、ただただ笑みを浮かべ合いながら、駅へと向かって行く。

 

 

 

 

楽しい時間っというのは、本当にあっという間に過ぎるものである。

駅まで15分という道のりも、気の合う相手がいるだけで、本当に短く感じるものである。

「今日は本当にありがとうな。」

「だから気にするなって。

俺も楽しかったよ。

ありがとうな。

じゃあ、俺向こう側だから。」

「ああ、また会おうな。」

「応、また誘ってくれ。」

そう言って生介は、反対側の階段を登って行った。

俺も階段を登りホームにつくと、丁度生介側の電車が見えてきた。

「じゃあな~!」

「またな~!」

互いに手を振り合っていると、電車がホームに止まり、彼が乗り込むのが見えた。

その数秒後、ベルの音共に扉が閉まり、電車が動き出した。

もう一度手を振り合いながら、俺は電車が見えなくなるまで見送った。

 

「うーん、今日は本当に疲れたな。」

そう言いながら体を少し伸ばし、窓の横のボームの壁に寄りかかった。

窓から外を見ると、建物がところ狭しと立ち並び、ほとんどぎゅうぎゅう詰め状態だった。

下の方を見ると裏通りだからか、人通りはほとんどなく、ちょっと寂しい雰囲気を醸し出していた。

俺は窓から目を離し、壁に寄りかかり直す。

しばらくすると俺側にも電車が見えてきて、もう数秒後には着くだろうと思い、前にでようとした、その時だった。

「ん?」

それはたまたまだった、本当にたまたまもう一度窓から外を覗いた時、連なった建物と建物の間から、一人の青年が顔を覗かせた。

彼は周りをキョロキョロと見渡し、辺りに注意を払っていたみたいだが、まさか上の方にある駅の窓から見られているとは思ってなかったらしく、周りに人が居ないことを確認すると、間から出てきて大通りへと歩き始めた。

 

「………いやいやいやいや、ちょっと待て!

あり得ねえだろ!?」

そう言いながら我に還った俺は、もう一度外を見た。

さっきと変わらずに、建物はところ狭しと立ち並んでいる。

そう、建物と建物の間に、人が通れる隙間なんて無いぐらいに。

「……どういうことだ、これ。」

今目の前で起きた怪現象に戸惑っていると、丁度電車がホームに止まる。

今、俺の目の前に2つの選択肢がある。

一つは今のを忘れ、電車に乗って帰ること。

もう一つは今の青年を追いかけること。

正直な所、彼からは危険な気配がする。

情報も準備も出来てない状態で追うには、非常に危険である。

(「……そう思うなら、ちょっとは自重しろよ。」)

さっきほどの生介の言葉が頭に浮かぶ。

あいつには色々と恩がある。

だから、あいつの言葉を無下にしたくもなかった。

プシューっと、音と共に電車の扉が開く。

そして俺は、その電車に乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改札口を抜け、駅から出た俺は、静かに大きく息を吐いた。

(これでいい、これでいいんだ。)

そう心で呟きながら、もう一度大きく深呼吸をして、

「……行くぞ。」

そう呟きながら駆け出した。

一度乗った電車を降りて改札口に行く前に、ホームの大通りが見える窓から、遠くを歩く青年を見つけていた。

あとは、彼が見える所まで素早く移動するだけだ。

「あいつにバレたら、怒られるだろうな。

とはいえ、なんか感じるもんがあったんだ。

許してくれよ。」

そう言いながら、心の中で生介に詫びつつ、携帯をマナーに変えておく。

「………!見えた。」

ようやく青年を見つけ、安堵のため息をつきつつ彼に近づき、残り100mぐらいの距離でゆっくり速度を落とした。

あとは付かず離れず、この距離を保って跡を追うだけだ。

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

なにが起こるかわからない現状で、俺は不謹慎にも若干ワクワクしながら、青年の尾行を続けた。




というわけで、3部分に分けての投稿させていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
怪人、ライダー共に次回話に出る予定です。
では


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DISK5 潜入と真実(前)

長くなったので2つに別けました。
次の話で漸く怪人、ライダーが参上します。


「……どこまで行くんだろうか?

っていうか、バレてないよな、俺。」

尾行を始めて約10分。

未だに大通りをテクテクと歩き続ける青年に、俺は若干の不安が過り始めた。

尾行なんて初めてで、これの追い方で良いのか正直自信がない。

どうしたものかと、考え始めた時、青年は道を曲がり、別の道に入っていった。

「ようやく進路変更か。

しかしこの道、なんか見覚えがある気がするな~。」

辺りを見渡しながらそんなことを呟きつつ、青年の尾行を続ける。

それから2~3分くらい歩いただろうか、俺の視界に見覚えのある建物が見えてきた。

「あれは……近代文化博物館?道理で見覚えがある道だと思ったよ。」

そう呟きながらも、青年との距離に気をつかいつつ、尾行を続ける。

ちなみに余談だが、俺達の行き帰りは、彼とは別の道を使っている。

大通りの方は判りやすい道筋だが、大きく遠回りをすることになるので、何度か来たことがある人は、大抵距離の短い裏ルートを使って来るのだ。

閑話休題。

 

 

青年の跡を追って道なりに進み、遂に博物館の入り口の前までたどり着いた。

どうするのか見ていると、彼は入り口に入らず、博物館を壁に沿って歩き始めた。

しばらく待ち、彼が角近くまで行くのを見届けると、素早くなるべく無音で角まで駆けて行く。

 

そして、角から向こう側を覗きこみ、

「……。」

「……。」

同じくこちらを覗き込もうとした青年と、しばらく顔を至近距離で見つめ合い、

「……。」

「……。」

お互いになにもなかったように顔を引っ込めた。

しかしあの青年、何気にイケメンだったな。

理性的な感じだったが、ああいうのってクール系っていうのかね?

まあ、何はともあれ、

「……さて、帰るとする「ちょっと待て。」…だよね~。」

ひきつった笑みを浮かべながら後ろを振り返ると、先程まで跡を追っていた青年が、俺の肩を掴みながらそこにいた。

「僕の跡を追っていたみたいだけど、僕になにか用かい?」

青年の顔はニコニコと良い笑顔を浮かべながら聞いてくるが、目がまるっきり笑っていない。

メッチャ睨んでる。

いや、俺も逆の立場なら、多分似た表情をしてただろうけど。

「……いや~、俺実は男好きでね、カッコいいお兄さんを見つけたから、つぃたたたたたたた!

ごめんなさい!ごめんなさい!冗談だから!冗談だから!だから、ツボを押すのは止めてくれぇぇぇ!」

あまりの痛みに悶えながら懇願する俺に、青年は冷ややかな目をしながら、力を緩めた。

「あ゛ぁ゛~、痛かった。」

「……まず一つ、僕の質問に答えろ。」

「あ゛ぁ゛、了解。

とりあえず、痛くはしないで。」

「安心しろ。

ちゃんと答えれば、痛くはしない。

…君はクラッカーか?」

「…………はい?」

クラッカーって、あれか?

お祝い事の時に使う、あれか?

いや、だったらクラッカーか?なんて聞かないよな~?

そんなことを困惑しながら考え、答えに困っていると、

「ふ~、その反応を見ると、違うみたいだね。」

そう言いながら、青年は肩の力を少しぬいた。

「ならば、なおのこと気になるな。

なぜ、僕をつけて来た?」

まあ、そうなるはな~。

正直に話しても良いが、隙間の無いはずの所から出てくる様な怪人物に、それをするのはあまりにも危険過ぎな気がする。

ならそもそも追うな!っていう話だが、まあ、そこは気にするな。っていう感じだな、うん。

でも、嘘や冗談が通じそうじゃ無いしな~。

っと、思考を巡回させていると、青年は軽くため息をつき、目を細めた。

どうしたのかと思った、その瞬間。

 

-ゾワッ-

 

覗きこまれてる様な、そんな妙な悪寒が走り、咄嗟に青年の手を弾いた。

弾かれた青年は驚きの表情を一瞬するが、

「へぇー。」

直ぐに興味深い物を見るかの様に、笑みを浮かべながら目を細める。

そんな青年に警戒しつつ、俺は直ぐに逃げられる様に構えた。

「……ねえ、もう1つ別の質問して良いかい?」

「…なんだ?」

「なんで僕の手を弾いたんだ?」

「………別に深い意図があったわけじゃない。強いて言えば直感だな。」

「直感?」

「ああ、これ以上触らせていたら不味い様な、そんな気がした。」

もっと言うなら、彼を追いかけたのも直感である。

電車に乗り込んだ時も、彼を追いかけた方が良いと感じたのだ。

「もっと別の答えを期待していたのなら謝る。

すまん。」

「いや、そんなことはないさ。」

そう言いながら彼は構えを解き、さっきまでとは違う、柔らかい笑みを浮かべる。

「君は面白いな。

興味がでてきたよ。

名前を教えてくれないか?」

「……普通こういう時は、名前は自分から名乗るべきじゃないのか?」

「ふむ、そういうものか。

僕の名前は神無月 犬正、君の名前は?」「……睦月 好子だ。

変な奴だな、お前。」

「失礼だな、君には言われたくないよ。」

「……まあ、だろうな。」

苦笑しながら言う彼の態度に毒気を抜かれた俺は、ため息をつきながら構えを解いた。

「…で?改めて聞くけど、なんで僕を追いかけてきただい?」

「たまたま建物と建物の間から出てきたお前を見つけてな、なんとなく追った方が良い気がしたからだ。」

「ふむ、あれを見られていたか。

それは気になるよね。

しかし、君は直情型なんだね。

危険だとか、考えなかったのかい?」

「考えたさ。

でも、俺は直感を信じるタイプでな。

だから行動した。」

真面目な話、直感はわりと馬鹿にできないと思う。

その時の雰囲気や流れ、気配など、その場にしかわからないものを掴み、感じたものが直感の本質だと俺は思っている。

常に感覚を研ぎ澄ましている人の直感が当たりやすいのは、そういう情報を的確に掴んでいるからだと思う。

なので、直感で動くこと自体は悪いとは思わない。

まるで考えず、直感だけで行動のは問題だけどね。

閑話休題

 

「まあ、将来ジャーナリストになりたい。って思っている奴が、こんなことで戸惑っていたら、話にならないしな。」

「ジャーナリスト?」

「しゃべってギャグれるジャーナリスト、が俺の夢なもんでな。」

「……ギャグれる必要はないんじゃないか?」

「……よく言われる。」

夢を語るとみんな必ずと言って良いほど、ツッコムんだよな~。

なんで理解してもらえないんだろう(泣)

「…まあ、夢を見るのは自由だしな。

とりあえず良いか。

…ふむ、ジャーナリストか。」

そう言うと彼は顎に手を当てて、しばらく思案にふける。

「……ねぇ、睦月さん?」

「ん?なんだ?」

「僕はこれから、この研究所に忍び込むつもりなんだけれど、もし良ければ、このまま僕と一緒に行動してみないか?」

「……へ?」

一瞬彼がなにを言っているのか、理解出来なかった。

少しの間考え、彼の言ったことを理解したが、意味がわからなかった。

「いきなりなにを?と、考えていると思うよ。

僕もなにを言っているんだろう。って思っているし。」

「おいおい、自分でそんなツッコミを入れる様な場所なのかよ?」

「うん、危険しかない危ない場所。」

「そんなところに軽いノリで誘うな!!」

「しょうがないだろ?

君を連れて行った方が良い。って感じたんだ。

他でもない僕が、ね。

それに、君にメリットが無いわけでもない。」

「メリット?」

「……この世界の真実、見てみたくない?」

「…真…実?」

「そ、僕について来るなら、見せてあげるよ。どうする?」

そう言い彼は、笑みを浮かべながら俺を見つめる。

正直な所、胡散臭いことこの上ない。

危険であることも理解している。

それでも、

「……わかった。

ついて行こう。」

彼は嘘をついてない、一緒に行った方が良い。って感じた。

「OK。

じゃあ、さっそく行こうか。」

そう言って歩き出した彼の跡を、俺は頷きながら歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「……ところでさ、研究所って、どこにあるの?」

彼に従って歩き出した俺だが、彼はさっきから博物館の外壁に沿って歩くだけで、辺りにはそれらしい建物は一切見えなかった。「ん?研究所?目の前にあるだろ?」

「え?どこに?」

「だから、ここだよ。」

そう言って彼は、博物館の方を指差す。

「……え?えぇぇ!?

ここが!?」

「そう、ここが。」

そう言われ、俺は博物館を改めてまじまじと見た。

確かに相当なデカさだし、無いとは言えないよな。

とはいえ、昼間いた建物の裏側で、そんな世界の真実があるなんて、ちょっと信じられないと思うところある。

…まあ、世の中絶対なんて存在しない。って、先生にもじいちゃんにも言われてるし、案外そんなもんなのかもしれん。

などと自己完結させつつ、彼の跡をついて行く。

 

 

 

 

 

 

「……あった。」

「ん?なにが?」

「研究所に入るための入り口。」

更に彼に従って歩いて数分後、彼は壁を触りながら、嬉しそうにそう言った。

彼の触っている壁を見るが、別段他の壁と変わりなく、本当なのか?と思っていると、彼はおもむろに左腕からコードを一本伸ばすと、壁に突き刺した。

そして、慣れた手つきで左腕の機械を操作すると、

 

-ピピッ-

 

という電子音と共に壁がスライドし、中に入れる様になった。

「ほら、呆けてないで行くよ。」

「お、おぉ、おう。」

その様子をポカーンっと見てた俺は、我に還ると、慌てて彼の跡をついて行った。

中に入ると、そこはいかにも研究所。的な廊下と扉だった。

某ゾンビゲームの実写版映画の研究所をイメージしてもらえば問題無い。

そんな廊下を彼はスタスタと、普通に歩いて行く。

「お、おい、俺達忍び込んでいるんだろ?

そんな普通に歩いて大丈夫なのかよ?」

「ん?ああ、問題無い。

さっき扉を開けた時にウイルスも一緒に送って、システムを乗っ取っているから、監視カメラも警備システムも作動しないよ。」

「え?あの一瞬で!?」

「ああ、あの程度なら数秒あれば十分だよ。」

事も無げに彼は言うが、それ普通に凄くないか?

そんなことを思っていたら、彼は左腕の機械をまた弄りだした。

数秒後、機械音と共に見取り図が浮かび上がってくる。

どうやらここの見取り図らしく、彼は見取り図を指差しながら場所を確認しつつ、なにかを探していた。

「……ここと、ここだな。

よし、行こう。」

その言葉と共に歩きだした彼を、俺は感心しながら跡を追った。

 

 

 

 

「えーと、……よし、ここがコントロールルームだな。」

歩きだして数分後、一つの部屋の前に立ち止まり、見取り図を確認しながら彼はそう言った。

「中に人はいないのか?」

「ん?ちょっと待ってくれないか?」

そう言うとプラグを一本伸ばし、近くにあった監視カメラに投げ刺した。

そして、左腕の機械を操作し、画像を映し出す。

「……いや、いないみたいだな。」

「いやいやいやいや、ちょっと待った!!」

「ん?どうかしたか?」

「どうかしたか?じゃねえ!

なんで指し口のない機械に突き刺さってんだよ!!」

「ああ、それのことか。

別に、さっき壁にも刺してたじゃないか?」

「……ああ、そうだったな。

あまりにも自然にやってたから、指し口があったのかと思ってたよ。」「…まあ、それも含めて中で説明するよ。」

ガクッと肩を落とす俺に、青年は抜いたプラグを扉の横の機械に突き刺し、操作しながら苦笑をしていた。

しばらくして、機械音と共に扉が開き、彼と共に中に入りこんだ。

中には、大小様々なコンピューターが並び、画面には俺にはちんぷんかんぷんな文字の羅列が並んでいた。

目の前には大画面のスクリーンがあるが、今はなにも映ってなく、真っ暗な状態だった。

俺が物珍しそうにキョロキョロ見回す横で、彼はノートパソコンを取り出すと、プラグを繋げ席に座って操作し始めた。

「…ねえ、睦月さん。」

「ん?なんだ?」

「人間。

いや、ありとあらゆる物って、なにで出来ていると思う?」

しばらく横で彼を見ていると、彼はパソコンの操作を続けながら、そんな質問を俺に投げ掛けきた。

「ん?なにって……、たんぱく質とか、鉄とか、そういう類いことか?」

「いや、もっと根本的なことで。」

「ん?ん~~、………原子、とか?」

「おしいけど、ちょっと違う。

正解は情報。

ありとあらゆる物は、原子に記載されている情報を元に構成されているんだ。

つまり、その物質の原子構造の情報があれば、全ての物質は生み出すことが可能であり、仮に情報をデータ化し、原子を電子で表現出来れば、電脳世界に具現化することも可能となる。」

「ん、まあ、理論上はそうだよな。

でも、そんなこと不可能だろ?」

「なんでそう思うんだい?」

「なぜって、例えば人間なら同じ経験をしても、受け止め方は違うだろ?

タイミングによっては、同じ人でさえ受け止め方が違ってくる。

受け止め方が違えば、後に起きたことの受け止め方や行動が違ってくる。

そんな風に変化していくわけだから、同じ人や事柄を生み出すことは、不可能じゃないか?」

「なるほど、確かに君の言う通りだね。生き物の事柄については、僕も同意見だよ。

でも、例えば見た目だけなら、あるいは服や物だけなら、真似たり、同様な物を作ることはできるよね?」

「ん、まあ極論を言えばな。

んで?

それがどうしたんだ?」

「………勘の良い君なら、気付くと思ったんだけどな。

あるいは、気付いているけど、気付いていないフリをしているだけなのか?」

そう良いながら彼は、俺の方をジーっと見つめてくる。

「……イケメンに見つめらると照「今はボケるタイミングではないよ?」…。」

さっきよりも幾分かキツくなった視線を受けながら、俺は言葉を繋げられず押し黙ってしまう。

……いや、その考えが無いわけではないんだ。

頭の隅っこの方でもたげる、彼の言葉からあり得る一つの可能性。

……でも、あり得ないだろ?

…だって、

……それって、

「………あり得ないだろ、…そんな、………俺達が電子で出来ていて、この世界が電脳世界だなんて。」

 

「なんであり得ない、なんて言えるんだい?」

「何故って、俺はここにいるし、今生きている!

…それに、…それに!

……信じられっかよ、……いきなりそんなこと言われたって!

……信じられっかよ、……今までの行動が、……ただのプログラム通りに動いてただけだなんて。」

 

自分の足元が、ぐらぐらと崩れていく感覚に襲われる。

足の力が抜けそうになるので、必死に力を入れるが上手くいかない。

頭がふらつき、目眩がしそうで、頭を手で押さえて必死に考えようとしても、考えがまとまらない。

自分の信じてた物、事柄、出会ってきた人達、全部偽物だった気がして、涙が溢れて弾け出しそうだった。

いや、多分あと数秒後には泣き叫んでいたと思う。

「……あ~、どうやら、なにか勘違いしてるみたいだね。」

「……へ?」

彼の言葉に疑問符を浮かべながら彼の方を見ると、真面目な表情をした彼が、こちらを真っ直ぐ見ていた。

 

「僕はさっき言ったはずだ。

生物の事柄については、君の言う通りだ、と。

実際君の言う通りなんだ、例えば同じAIに同じ体験をさせたとしても、同じようになるとは限らない。

むしろ、時を追う事に違ってくるものだ。

確かに外見、器は同じかもしれない。

だけど、重要なのは中になにが入っているかだろ?

君が経験してきた物、出会ってきた人達、その一つ一つが今の君の中身を作り出しているんだ。」

「だけど、俺達はスイッチ一つで消されてしまう様な存在なんだろ?」

「それが君が勘違いしている所だ。

いいかい?

さっき僕はこう言ったはずだ、原子を電子で表現出来ることが出来たら、と。

あくまでも僕達は原子の変わりに、電子で表現されているだけなんだ。

肉体だって、遺伝子という情報によって構成されているし、なにかあれば死んでしまう。

君のいうスイッチ一つで消されてしまう存在と、なんら変わりはないのさ。」

「……っ、だけど。」

「だけども、なにも無い。

体が電子だろうと、原子だろうと関係ない。

大事なのは、なにを考え、行動し、成し遂げてきたか?だ。

そして、もう一つ君が勘違いしていることがある。

さっき君はプログラム通りに動いてきた、と言ったね?

だからこそ、君は全てが偽物だった様に感じたのだろう。

だけど、そんなことはないんだ。

さっきも言ったけど、僕達は原子が電子になっただけで、他はなんの変わりはない、そう意味では電脳も現実も違いはないんだ。

だから、君が今まで見てきたこと、感じたことは、偽物なんかじゃない。

それは君だけではない、この世界全ての者に言えることなんだ。

だから、君が出逢ってきた人も人形なんかじゃない。

君が信じてきたものは間違いなんかじゃないんだ。

……君の名前と夢はなんだ?」

「…睦月、…好子。

夢は、しゃべって、ギャグれるジャーナリストになること。」

「そのためにやってきたことは?」

「何事も、経験することが大事だ。と、尊敬する人達に言われたから、色々なバイトや企画に参加したり、色々な場所を見て回ってきた。」

「他に同じことやってた人はいるか?

同じ考えになった人はいたか?

又は、君が人から話を聞いて共感したその人と、全て同じになった人はいたか?」

「いない。

共感をしたり、されたりはしたことけど、俺の考えと全て同じ人は、誰一人いない。」

「ああ、そうだろうさ。

僕は僕でしかないし、君は君でしかない。

それ以上でも、それ以下でも、そして、それ以外でもない。

唯一無二の存在。

それが僕であり、君なんだ。

違うかい?」

「…いや、その通りだ。」

彼の言葉を俺は胸を張って答えた。

若干視界が歪んでいた様な気がしなくもないが、まあ気のせいだろう。

「……ありがとな。」

「……僕の言葉が足りなかったせいもあるからね。

気にするなよ。」

そう言って彼は、再びパソコンに向き直し、再び打ち込み始めた。



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DISK6 潜入と真実(後)

「……ところで、お前の言っていた真実っていうのは、今の話のことなのか?」

「いや、違うよ。

今の話は、あくまでもこの世界のことを話しただけであって、君が知るべき真実は、今の話の先にある事柄だ。」

「今の話の先?」

打ち込みを再開して少したった頃、俺は気になっていた事柄を切り出したわけだが、彼の言葉に怪訝な表情をした。

今の話だけでも十分衝撃的だったのに、更に奥があると言われれば、怪訝な表情ぐらいする。

「……君は、今の世界が変だと思ったことはないか?」

「変って、なにが?」

「言い方を変えよう。

君はその端末をどう思う?」

「どう?って、あって当たり前の物。

便利だけど、不便な所もある物。かな?」

この端末は産まれた時に用意され、5歳になる頃に渡される様になっている。

そして、常にそれを持ち歩く様に義務化されている。

機能自体はとても便利で身分証明書にもなるし、財布代わりにもなるし、ネットにも繋げれるので、パソコン代わりに持っている人もいる。

防犯もしっかりしていて、機能は自身の指紋を読み取らせないと使えないし、ハッキングも出来ない様に多重にプロテクトが施され、仮に忘れそうになっても、100メートル離れたら大きな音がなる様になっている。

とはいえ、無いとなにもできないし、義務化もされているので、常に持ち歩かないといけないから、面倒な部分は結構あった。

とはいえ、端末自体に問題があるわけではないので、文句を言う人はほとんどいなかった。

「で、この端末がどうかしたのか?

まさか、これによって人々は悪の組織に管理されてるとか?」

「……よくわかったね、その通りだよ。」

「え?嘘、マジなの!?」

冗談で言ったことを肯定され、戸惑う俺を彼は至極真面目な顔で見ていた。

「君は、なにをするにも端末が必要になることを、妙だとは思ったことはないか?

そして、その理由を考えたことはあるか?」

「……いや、特に考えたことはないな。」

産まれた時からずっと一緒にあって、端末があることが当たり前になっていた。

そういうものなんだと、疑問にも思わなかった。

「義務化されているとはいえ、その端末はとても便利な物だ。

不便な所があっても手放せないほどにね。

でも、義務化されているのは、おかしな話なんだ。

携帯電話を思い浮かべると良い。

あれも色々と便利ではあるけど、義務化されることはなかった。

それは何故か?

理由は別に使わなくても大丈夫な人が存在したから。

だからこそ、義務化されなかった。

それゆえに奴らは、その端末がなければなにもできないシステムを作り出したんだ。

端末に様々な便利な機能をつけたのも、受け入れやすくするためだ。

やがてその端末は、全ての人に無くてはならない物になった。

それこそが奴の思惑通りと知らないでね。」

「いったい、いったいなんのために?」

「奴らが、自分達の管理しやすい世界を作るためさ。」

そう言って彼は、自身のノートパソコンのエンターキーを押した。

次の瞬間、今まで真っ暗だった画面がパッと明るくなり、色々な人の写真がズラリと並んでいた。

写真の横には名前の他、様々な情報が書いてあった。

「こ、これは!?」

「ここに集められていた、端末の情報の一端だ。

君達が持っている端末は、なにかを行動したり認識したりすると、自動的に情報を奴らのデータベースへ密かに送信しているんだ。

そうして奴らは危険分子を探したり、人々を効率よく管理しているんだ。」

彼の言葉を聞きながら、俺は体がブルッと震えていた。

自分の知らないところで、こんな恐ろしいことが起きていたなんて想像もしなかった。

そして、それを成す組織のデカさに、今更ながら若干の恐怖心を感じた。

「…なあ、お前の言う奴らって、いったい何者なんだ!?

どういう存在で、どんだけの規模なんたよ!?」

彼はしばらく黙ったまま画面を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「……ルートキット。

それが奴らの組織の名前だ。

その組織は、元はWorld Compsehensive Intelligence Agencies。

世界総合情報機関、通称WCIAと呼ばれる組織の一部門に過ぎなかった。

そのWCIAっていうのは、表向きは世界のありとあらゆる情報を集め、無料又は、低価格で提示、提供する機関だったが、裏では個人情報に裏取引の情報、果ては国の機密すらも売買していたそうだ。

そしてルートキット、当時は違う名前だったらしいが、その組織の中で情報のデータ化、管理を司る部門だったらしい。

そしてある時、電脳世界を作る計画がうち出され、それにその部門が中心メンバーとして選ばれたんだ。

やがて、世界中の古今東西の情報をデータ化して、あいつらが情報をまとめる為作り出したシステムをベースにして、この電脳世界が産み出された。ってわけさ。

やがて、例のシステムが組み込まれ、奴らはこの世界を裏から支配し始めた。

まあ、ベースがベースだから、奴らも例のシステムを組み込むのも楽だったんじゃないかな?」

「うーん、でもさ、例えデカイ組織だったとしても、たかだか一部門なんだろ?

そんな大それたことなんて出来るのか?

そもそも、古今東西のありとあらゆる情報をデータ化、って簡単に言うけど、そんな簡単なことじゃねえだろ?

そいつらは、そんなに優秀な奴らだったたのか?」

「そう、そこが謎なんだよ。」

「…………は?」

「実は、電脳世界が産まれるまでの経緯や技術については謎が多くて、僕も全てを知り得てないんだ。

奴らの主要メンバーの名前も未だにわからないけど、どうやらそこまで優秀ではなかったみたいだ。

政府から優秀な学者や技術者も送られていたみたいだけど、彼らも違うみたいなんだ。」

「……謎だらけなんだな。」

「残念ながらね。

さて、話は一段落ついたし、そろそろ目的の物を取りに…。」

そう言いながら、彼が立ち上がろうとした、その瞬間

 

-ヴゥ~~~~~、ヴゥ~~~-

 

突然けたたましいサイレンの音が響いた。

「な、なんだ!?」

「馬鹿な、警備システムが作動している。

まさか、ウィルスを駆除しきったというのか!?」

「……もしかして、俺と話してたせいか?」

「いや、関係ない、油断した。

ウィルスは前回より強力にしていたから大丈夫だと思った、僕の慢心のせいだ。」

「と、とにかく、逃げよう!

いつまでもここに居たら、不味いだろ?」

悔しそうにする彼に、俺はそう言いながら扉へ向かおうとするが

「残念だが、そうはいかんな。」

その声と共に突然扉が開き、そこから骨のような柄がついた全身黒のタイツ姿の男達が、ぞろぞろと俺達を囲む様に入ってきた。

タイツ姿の男達が全員入った後、一人の男(?)が部屋に入ってきた。

男だと思ったのは、声が男の声だったから。

(?)を入れたのは、

「………蜘蛛?」

その姿が人に見えなかったからである。

はっはははは、おいおい、その姿、まるで映画や漫画に出てくる怪人みたいじゃないか。

冗談も程々にしてくれよ。

そうツッコミを入れ様と思っていたが、何故か声にできず、乾いた笑い声しかでなかった。

……いや、わかってんだよ。

この雰囲気が、嫌でも冗談じゃないって伝えてくる。

これは本当に不味いだろ!

「………久しぶりだな、会いたかったぞ!」

俺が内心慌てていると、蜘蛛男(仮)は神無月の方を見ながらそう言った。

いやいや、というか、

「…知り合いなのか?」

「いやいや、それなりに特殊な育ちはしているけど、さすがに蜘蛛の知り合いはいないよ。」

「そうか、だよな~。」

正直なところ、一瞬本気にしかけたが、本気で嫌そうな表情してる辺り、本当に違うようだ。

「まあ、知らなくて当然だろうな、私もお前のことは、画像でしか知らないしな。」

「どういうことだ?」

「私は、先日お前がディスクを盗んだ研究所の所長だ。

お前を逃がした責任をとらされ、こうして改造をされたのだ!」

「…改…造?」

「…さっき僕は、古今東西ありとあらゆる情報をデータ化した、っと言ったよね?」

「あ…、ああ、言っていた。」

「その情報は、残念ながら正の情報だけではなかったんだ。」

「…どういうことだ?」

「かつて現実世界では、闇より支配しようと企む者達がいた。

ショッカー、デストロン、ゴルゴム、バダンっといった秘密結社。

グロンギ族、アンノーン、オルフェノク等の怪人達。

そういった闇の者達の情報もデータ化され、この世界に組み込まれているんだ。」

「……闇の組織の見本市かよ。

っていうか、節操なさ過ぎだろ!」

「同感だね。」

俺のツッコミに、神無月は苦笑をしながら頷いていた。

「どんな経緯があったかは知らないが、私はその技術をもってこの体を得た。

そのせいで私は、

そのせいで私の妻は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惚れ直されたみたいでな、昔以上にラブラブになってしまったわい!」

ぐわはっはははは!っと高笑いしながら、彼は嬉しそうに頭を掻く。

……うん、それって、むしろ。

「……改造されて、良かったんじゃないのか?」

「いや~、まったくだ。

人生なにがプラスになるか、わかったもんじゃないわい。」

そう言って、また嬉しそうにぐわはっはははは!っと高笑いする蜘蛛男。

さっきまでの緊迫の雰囲気はどこへやら?という感じである。

………うん、反応に困るな、これ。

「まあ、そういうわけで、私は少しだけ感謝している。

だから、本来なら侵入者は即死刑なのだが、選択させてやろう。

おい、奴らを連れてこい。」

『イィー!』

横にいた数人が足を揃え、右手を斜め上にビシッと挙げて返事をすると、扉から出ていった。

……揃ってやってると、意外と格好いいな、あれ。

「選択肢は2つ。

まず1つ目は、組織に入り、絶対服従を誓うこと。」

『イヤだ!』

「……まだ2つ目を言っていないんだが?」

「でも普通に考えて、服従はイヤだろ?」

「ん~、まあな。

だが、その場合。」

「イィー!」

「入れ。」

その言葉と共に扉が開き、さっきの出ていった男達が、す巻き状態に猿ぐつわをされた2人の男達を連れてきた。

男達が2人を乱暴に放ると、2人はうめき声をあげながら倒れた。

……ん?よく見たらあいつら、俺達に職質してきた奴らじゃねえか。

「コイツらは、その男の偽情報に踊らされ、ここまで潜入を許す結果になった。

このミスはけして許されない。

よって!」

そう言い右手を口で覆い、次の瞬間。

「カァァァァ、ペッ!!」

男達に向けて、口から紫色の液体を吐き出した。

吐き出された液体は放物線を描き、男達に降りそぞぎ、そして……、

 

 

 

 

 

………うん、今目の前で起きていることを、そのまま話すぜ。

さっきまでいた男達が、3分足らずで服、縄も残さずに、跡形もなく消えてしまった。

連れ去られたとか、逃げ出したとか、手品や魔術とかいった、そんなちゃちなもんじゃねえ。

というか、そっちの方が幾分かマシだ。

もっと恐ろしい、どす黒いものを感じるぜ。

「……大丈夫か?」

「……脳内でボケられる程度には。」

心配そうな表情で神無月が聞く辺り、俺の顔色は結構ヤバいんだろう。

まあ、あんなもん見せられたら、顔色も悪くなるわな。

むしろ吐いたり、失禁しなかったことを褒めてやりたい。

………あ~、そこで情けない奴だな~。って思った、あんた。

人間や色んな物が溶けていく様を、3分ばかりじ~~~~~っくりと見てみやがれ。

苦悶の表情とか、ぐもった悲鳴とか、肉の溶ける臭いとか、暴れてたのが段々弱々しくなる様とかetc

あんなの見てたら普通発狂するぞ!

 

「………本当に大丈夫なのか?」

「逆ギレが出来る程度には回復した。」

人間、時には怒りも必要だね、今実感したよ。

「さて、見てわかってもらった様に、我々は反抗する者、裏切り者、使えない者には容赦しない。

我々に忠誠を誓わないのであれば、次は貴様らがああなる。」

そう言って蜘蛛男は、2人がいた所を指差した。

「……このまま黙って帰してくれる。っていう選択肢は?」

「ない。

これでも大分譲歩してやった方だ。

さあ、選べ。

死か、服従か!」

まあ、だよな。

となると、死にたくなけりゃほぼ1択か~。

やれやれだな。

まあ、賢くやらなければ生き残れないし、生きてこその物種っていうしな。

だから、ここの答えは当然、「冗談はあんたの口臭だけにしておけ、オッサン。」

「……なに?」

「何度でも言ってやらぁ!

あんたの口臭が臭すぎて話になんねぇ!

人を誘いたきゃ、その口臭以上に臭え心を、叩き直してからにしやがれ!」

俺の罵倒に蜘蛛男は信じられない者を見る様にしながら、口をパクパクとさせていた。

「……それに、自分の心を殺して、あんたらに従いながら生きるのは、死んでいるのと同じ事だ。

だから、俺は絶対に従わない。

それが俺の信じる事だから!」

そう言いながら俺は胸を張った。

間違っていないっと、そう自信をもって言えたから。

まあ、もっとも、

「……そうか、良い覚悟だ。」

そう言う蜘蛛男の肩はプルプル震えている。

「ならば、その覚悟に殉じて死ぬがいい!」

そう言いながら右手を口元にもっていく。

まあ、そうなるよな~。

悔いは………、なくはないが、まあいいさ。

自分に殉じたんだ。

じいちゃんも、笑って許してくれんだろう。

生介、悪いな。

先に逝くぜ。

そう思いながら、俺は覚悟を決めた。

なるべく楽に死にたいな~。と考えていると、

「……ふふ。」

「ん?」

「ふふふふ。」

「んん?」

「あはははははははははは!!」

隣にいた神無月が急に大笑いをし始めた。

あまりに笑うので若干引いていると、漸く気がすんだのか、荒く息をしながら笑い止んだ。

「…なあ、なにかそんなに面白いことあったか?」

「ん?

ああ、嬉しかっただけだよ。

僕の直感は正しかったからね。

君も、どうやらこっち側の人間だったみたいだね。」

「こっち側?」

「ああ、こっち側。

そして…、」

そう言いながら神無月は、どこから出したのか、大きめのスマホ大のDVDプレイヤーのような物を取りだし、

「僕もお前達に従うつもりは無い!」

それを腰に充てた。

すると、それからベルトのような物が彼の腰に沿って伸び、反対側に繋がる。

「……なんのつもりだ?」

「…僕はさっきこう言った、正の情報だけではなかった、と。」

「だからなんだというんだ!!」

「わからないのかい?

つまり、正の情報もこの世界に組み込まれているってことさ!

そもそも、不思議に思わないのかい?

それだけの組織や怪人がいたのに、人が支配されたことはなかった。

それは何故か?」

そう言いながら神無月は、プレイヤーの丸いスイッチを長押しした。

するとプレイヤーから、ディスクが高速で回る音が辺りに響く。

「それは何時の時代にも、自由や人々の笑顔のために、戦い続けた人達がいたからだ!」

やや右半身に構え、肘を溝うち辺り、右手を左肩の前に構える。

「人々の自由と笑顔のために戦う彼らは自分達のことを、彼らのことを知る人達は、彼らのことをこう呼んだ。

仮面ライダーと!!」

そう言いながら神無月は、もう一度丸いスイッチを軽く押した。

「変身!!」

そう叫ぶ彼の体を無数のウィンドウが覆い、彼に漂着して弾けた。

弾けた所に残った彼は、今までの姿ではなかった。

腕と脚には白を基調とした装甲をつけ、胸の方ははキーボードのボタンのに様な凹凸がある装甲を、頭は白で覆われ、顔の方はパソコンのディスプレイ画面みたいになっていた。

ヴォンっという画面起動音と共に、画面に目の様な丸い物が浮かぶ。

「……僕はその系譜を受け継ぐ者の一人。」

『仮面ライダーハッカー ディスプレイフォーム!』

「仮面ライダーハッカーだ!!」

ビシッと構えながら神無月は叫んだ。

「さあ、行くぞ、外道共!!」

そう言って彼は拳を握りしめ、敵に向かって行った。

 




てなわけで、漸くライダーと怪人の登場です。
1章も半ばまで来ました。
お付き合いいただけると嬉しいです。
感想、誤字脱字報告などありましたら、お気軽にどうぞ。


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DISK7 技ととうそう(前)

「うおぉぉ!!」

叫びを上げながら、神無月は握った拳で目の前の戦闘員を殴りかかった。

一方、殴られそうな戦闘員は避けられず、覚悟を決めたのか、目を瞑っていた。

そして、

 

-ポコッ-

 

辺りに短く小さな打撃音が響く。

「うおぉぉ!」

 

-ポコポコポコポコ-

 

彼は叫びながら殴り続けるが、辺りには可愛い打撃音しか響かない。

「イィー。」

流石にうざったくなったのか、戦闘員が虫を払うかの様に手を振った。

そして、それが神無月に当たると

「グハッ!!」

っと叫びながらすっ飛んできた。

「…………。」

「…………。」

『……………。』

「あいたたたた。」

全員がその姿を凝視していると、神無月が叩かれた場所を擦りながら立ち上がった。

っていうか俺、さっきからいやな予感しかしないんだけど、気のせい……だよな?

「……おい。」

「ん?」

「そのディスプレイフォームって、もしかして戦えないのか?。」

「残念ながら、戦闘力は皆無。」

「ちなみにお前は?」

「喧嘩は空っきし!」

「バッキャローー(バカ野郎―ー)!!!」

サムズアップをしながら答える彼に、俺は頭を抱えながら叫んだ。

いや、これは叫ばずにはいられないだろ。

「……さて、覚悟は良いか?」

そう言いながら蜘蛛男は構える。

表情がわかるなら、多分良い笑顔をしてんだろうな―。

「……遠い目をしてるが、大丈夫か?」

「お前のせいだろ!!!!」

ぐわぁぁぁ、マジヤベーよ!!!

うぅぅ、まったく、しょうがねえ奴だな。

「……まったく、とうそう本能に火を点けてくれる奴だよ、お前は。」

そう言って俺は握りこぶしを作る。

「……なにを言っているんだ?君は!止めるんだ!」

後ろで神無月がなにかを言っているが、気にしない。

こうなったら、なにがなんでも生き延びてやる。

さっきまで死ぬ覚悟までしてたクセに、って思った奴もいるだろう。

しょうがねえだろ?

こいつは、神無月は死なせちゃいけないんだ。って、感じたんだから!

「行くぞ!」

「止めろぉぉぉぉぉ!」

俺を止めようと神無月は素早く立ち、手を伸ばすが、タッチの差で空を切る。

「うぉぉぉぉ!」

叫びながら蜘蛛男に向かって駆け寄る。

そして、奴に向かって左の拳を

「あ!!」

振るわずに上を指さした。

「ん?」

『イ~?』

それに釣られ奴らも上を向く。

残念というか、当然というか、なにもそこにはない。

「あ~~~……。」

そう言いながら指を上から下へ下ろし、自分の右手を指さした。

釣られて全員が見る右手の中には、一本の催涙スプレーが、

 

-プシュー-

 

『うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「今だ!走れ!!」

「え?あ、ああ!」

悶える男達の横を駆け抜け扉を開けると、俺達は部屋から飛び出し、急ぎ駆け出した。

「な、なにをしている!

早く追え!」

『イ、イィー!』

後ろの方からドタドタと、人が飛び出す音が聞こえてくる。

「ヤベ、追ってきた!」

「ああ、急ご…!!

睦月、左へ行くぞ!」

「え?わ、わかった!」

二股を右に曲がって、入り口へ戻ろうとしていた俺だったが、神無月の雰囲気に押され、一緒に左へ曲がる。

 

「な、なあ!入り口へ戻らないのか?」

「監視カメラをハックしたら、既に入り口は戦闘員達に固められていた。

そのまま行ったら、確実に捕まっていたよ。」

「そうだったのか、危ねえ~。

………って、ということは、俺達逃げらんねえんじゃね?」

「……このままの状態なら、ね。」

「おいおい、どうすんだよ!?」

「君も話を聞かない人だね。

僕はこのままの状態なら、って言ったんだ。」

「っていうことは、なんかあるのか?」

「ああ、このまま奥に行き、僕の探し物が手に入れれば、ね。」

「……随分と勝算の低い博打の様だな。」

「なら、大人しく捕まっておくかい?」

「それは、まっぴらごめんだ!」

「なら、乗るしかないよ?」

「みてえだ…!」

そんな会話をしていると、前の方から数人の戦闘員が現れた。

「不味い、このままじゃ。」

ああこいつ、戦闘員にも勝てなかったよな。

となると、

「……しゃあねえ、な!」

「ちょ、ちょ!」

一気に加速した俺に、神無月は驚きの声を上げた。

悪いが気にしている暇は

「無いんだ、よ!!」

叫びながら俺はジャンプすると、一番目の前にいた戦闘員に向かってドロップキック一閃。

「イィー!?」

「どりゃぁぁ!!」

そのままの流れで、腕を広げライトニングネックブリーカードロップをその横にいた戦闘員にぶちかます。

『イ゛ィ―!?』

「まだまだぁぁぁ!」

 

俺は素早く起き上がり、近くの戦闘員に向かって前転し、寝っ転がっている戦闘員の上へフランケンシュタイナーを仕掛けた。

『イ゛ィ―!!??』

頭から落ちた戦闘員は、みごと仲間の溝うちの上へ落ち、一緒に悶絶している。

「よし!!……なにしてんだ!急ぐぞ!!」

「あ、ああ。」

呆気にとられている神無月を呼ぶと、彼は慌てて駆け抜け、俺も跡に続いた。

「ねえ?」

「ん?」

「今のプロレス技といい、さっきの逃げる時の行動といい、なんでそんなことが出来るの?」

「ああ、「一見は百聞に如かず、経験に勝る説得力なし。

ジャーナリストになるなら、色々なことをやっておけ。」って言われていてな、昔から色々とボランティアやバイトしていたのさ。

 

今のプロレス技は、少し前にバイトしていた時に教わって、さっきの逃げる時のやつは、ボランティアで奇術の手伝いをした時、ミスディレクションの技術を教えてもらって、その応用。」

「な、なるほど。

ちなみに、さっき言っていたとうそう本能は?」

「んなもん、逃走本能に決まっているだろ?

あんな多勢に無勢で戦えないし、怪人と戦うなんて、もっとごめんだね。

それに俺は、基本的に魔法使いのポジションだしな。」

「魔法使い?」

「おう、某冒険漫画で言っていたんだ。

「魔法使いは常にクールであれ。」ってな。

俺自身、常に考え続けられる様に心掛けているから、そういう気構えでやっているんだ。」

「ふ~ん、なるほどね。

そうなると……。」

そう言うと彼は、顎に手を当てながら考え込み始めた。

「ん?どうした?」

「いや、それの意味することを考えていた。」

「意味すること?」

「ああ、それはつまり君は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DTっていうことだね?」

 

-スドドドド-

 

ずっこけた、もう見事なまでに。

走っていた為か、結構な勢いで滑り、そのせいで顔が痛い。

「~~~~!どういう意味だ!コノヤロウ!!」

「ん?意味を知らないのか?

なら聞き直そう。

君はチェ「そういう意味じゃねぇぇぇ!

なんでそんな話になったのか?って言ってんだ!!」……なんだ、そんなことか。

たしか、その状態だとなるんだよね?

魔法使い。」

「それは30越えたらだぁぁ!!」

まあ、それも眉唾物だけどな!

「ん~、そうなのか。

ただ、そんなに大きい声を出していると、「イィー!」…ほら、見つかったよ。」

 

「だぁぁぁ、邪魔だぁぁぁぁ!!」

そう叫びながら、俺は駆け出した。

ああ、そうだよ。

俺はDTさ。

それのなにが悪いよ!

彼女いない歴19年=歳の数さ、なんか悪いか!

世の中、そんな奴は沢山いるんだぁぁぁぁぁぁ!!

と、心の中で叫びながら、俺は目の前の戦闘員達に怒りと悲しみのラリアットと、100%エルボーを喰らわす。

『イィ~!!(理不尽だぁぁ!!)』

なんかあいつらの心の声が聞こえた気がするが、まあ気のせいだろ。

気のせいにちがいない。

ついでに涙が出そうなのも、さっき顔を擦ったからにちがいない。

「しかし、魔法使いポジションっという割には、いやに武道派だな?」

「誰のせいだと思ってんだぁぁぁぁ!!!」

こいつ、一度殴った方が良いか?

そんな物騒なことを考えつつ、向かってくる戦闘員達に、ひたすらプロレス技をかけ続けた。

 

 

 

「よし、着いたぞ。」

それから数分間ひたすら走り続け、俺達は白い廊下の前にたどり着いた。

「あの扉がそうか?」

「ああ、あれだ。」

白い廊下の奥には扉があり、どうやらあそこに目的の物があるようだ。

………しかし、この廊下、あからさまに怪しいよな?

イメージ的には、某実写版ゾンビ映画のレーザートラップみたいな感じだ。

その廊下へ神無月は無造作に入っていく。

「おいおい、大丈夫なのか?」

「ん?ああ、トラップは解除済みだよ。」

あ、やっぱり罠あったのね。

「ちなみにこれ、どんなトラップなんだ?」

「入り口と出口に壁が落ちてきて、その中を無数のレーザーが照射され、それが縦横無尽に動くトラップだよ。

普通の人なら数秒でバラバラになるね。」

そのまんまかい!!

そんなことを脳内でツッコミつつ、俺達は廊下を駆け抜け、神無月がプラグを扉の横の機械に投げ刺した、その瞬間だった!

 

-ビュー-

 

っという風切り音と共に、白い塊が俺達に向けて飛んできた。

「がはぁ!!」

「ぐっはぁ!」

突然のことにかわせなかった俺達は、塊と共に壁に叩きつけられた。

「な、なんだ?いったい?」

体を動かそうとするが、白い塊は鳥もちみたいに粘着性が強く、壁に貼り付けられてしまい、俺は僅かに横を向いている状態で受けたおかげか、僅かに頭と左腕は動かせるが、後ろからモロに受けた神無月は、左腕以外は動かせないでいた。

「いったい、なにが?」

「クックックックッ、漸く捕まえたぞ。」

「その声は、蜘蛛男!」

僅かに動く頭を動かし、声の方を見ると、戦闘員達を従えた蜘蛛男が、ゆっくりとこっちに向かってくる。

「てこずらせおって。

仮面ライダーとやらも、逃げ足だけは優秀だったしな。」

苦々しく言ってはいるが、捕まえたことが嬉しいのか、足取りはどこか軽い。

「く、くそぉぉ!動かない!」

「なんか、なんか手は…、

ん?あれは?

………おい、神無月……。」

 

 

 

 

 

 

 

「…ふむ、逃げんのか?」

睦月達とあと十数メートルの位置までたどり着いた蜘蛛男は、二人に対して余裕しゃくしゃくな態度で話しかけてきた。

ちなみに、その時二人はというと、

「ふんぬぅぅ!」

「うぉぉぉぉ!」

粘着から逃れようと、未だにもがいていた。

「うむうむ、逃げぬのは、覚悟が出来ているっということだな?

良い覚悟だ。

では、その覚悟に答え、今止めを「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」…なんだ?

今良いところなんだから、邪魔をするな。」

「良いところって、どこがだ!それに返答も聞いていないのに、一人納得してんじゃねぇ!!」

「そんな当然だ、答えは聞いてないからな!」

『うわ~~。』

胸を張って言いきる蜘蛛男に、二人も絶句するしかなかった。

「納得したか?

では、止め「だから、ちょっと待てぇぇぇ!」…んー、なんなんだお前は?

場や空気を読まん男はモテんぞ?」

「余計なお世話だぁぁ!

って、そうじゃなくて、あんたを見ていて、2つ謎かけを思い付いた。

最後だ。っていうなら、それを言わしてくれないか?」

「駄目だ。」

「即答かよ!」

「さっき程あんなことをされたのに、はい、どうぞ。っと許すわけないだろ?」

「ん~、まあ、言いたいことはわかる。

わかるけど……、今この状態で、なにが出来ると?」

そう言いながら睦月は、自分の左腕をパタパタと振ってみせる。

実際問題、彼の力でそこから抜け出すのは無理そうだった。

隣の神無月も左腕が自由で腕からコードが伸び、刺さりっぱなしではあるが、身動き一つ出来そうにない。

蜘蛛男はその姿を見ながらしばらく考え、

「……良いだろう、許してやる。

その代わり、怪しい動きをしたら、即殺す。

肝に命じておけ。」

「ん、わかった。」

そう言うと睦月はぐりぐりと動き、顔を蜘蛛男達の方へきちんと向けた。

「…よし、行くぞ。

まず一つめ、蜘蛛とかけまして、敵の諜報員を見つけた時の言葉と解く。」

「…その心は?」

「お前がスパイだー(スパイダー)!」

そう言いながら睦月は、左手でビシッと蜘蛛男の後ろを指さした。

『イィー。(あぁ~。)』

「なるほどな。」

蜘蛛男達はというと、睦月の謎かけに感心はしているが、彼からは目を離さないでいた。

「…………。」

「…………。」

『…………。』

「ん?どうした?

どれだけ待っても、我々はお前から目を離さないぞ?」

「そのようだね、残念だよ。」

と睦月はそう言うが、表情は少しも残念がっておらず、むしろニヤリと笑みを浮かべていた。

その表情に蜘蛛男は一瞬訝しげたが、ただのハッタリだと思い直し、余裕綽々な態度を崩さずにいた。

 

「それじゃ、2つめ。

蜘蛛男、あんたに忠告とかけまして、図面の上に注意と書いてある絵の読み方。と解く。」

「?その心は?」

「図上に注意(頭上に注意)だ。」

睦月はそう言いながら上へ指を指した。

当然、蜘蛛男は視線を逸らさず、睦月の方しか見ない。

しかし、

「イィー!!(上ぇぇ!!)」

後ろの戦闘員の声に蜘蛛男は上を見上げると、物凄い勢いで壁が上から落ちてきた。

「うぉぉぉぉぉ!?」

突然のことに、咄嗟に蜘蛛男は後ろへ素早く跳んだ。

その判断は正しかったらしく、壁が落ちきるギリギリで抜け出すことに成功した。

ズドンと地響きと共に壁が落ちきる。

あと少し遅かったら、自分はぺったんこになっていたであろう事実に、蜘蛛男は恐怖した。

「あ、危なかった。

もう少しで潰される所だったな。」

そう言いながら安堵のため息をつく蜘蛛男。

しかし

「イィー!(横ぉぉ!)」

「ん?」

彼の、いや彼らの危機は、まだ始まったばかりだった。

蜘蛛男が横を見ると、無数の機械がこちらに銃口を向ける動きをし、そして、

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!??」

一斉に照射されるレーザー、蜘蛛男はその一瞬前に、もう一度後ろへ跳んでいたため、ギリギリかわすことができた。

だが、

「くぅぅ、レーザーがくるぞぉぉ!!」

中にいる者を消さんと、レーザーが縦横無尽に動き、彼らに襲いかかってくる。

 



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DISK8 技ととうそう(後)

 

「………上手くいったみたいだね。」

「その様だ。」

そう言い、俺は当面の危機が去ったことに安堵のため息をついた。

「しかし、驚いたよ。」

「ん?なにが?」

「今の話術もだけど、話してないこのディスプレイフォームの特性まで当てるんだから。」

その言葉に、俺は先ほどの会話を思い返した。

 

―――――

「おい、神無月。

お前が止めたトラップ、もう一度起動させること出来るか?」

「出来るけど、……右手はこの通り動かない状態だ「いや、関係ないはずだ。

そのディスプレイフォームっていうのは、機械を手動で操作しなくても機械が操れるフォーム、なんだろ?」…?!なんでそれを!?」

今は出来るかどうかを答えてくれ!」

小声でも確かに伝わる彼の強い意思に、神無月は数瞬巡回する。

「……可能だ。

ただし、外から解除出来ない様に細工するから、少し時間が欲しい。」

「どのくらいだ?」

「2分あれば。」

「わかった、なんとか稼いでみる。」

「でも、出来るのか?

さっきので奴らは大分警戒しているはずだけど。」

「大丈夫、今は逆にそっちの方が都合が良い。

っと、来たぞ。

抜け出そうと、もがく素振りは見せておこう。」

「そうだね。

うぉぉぉ!」

「ふんぬぅぅぅ!」

ーーーーー

「まさか、本当に時間を稼ぎきるなんて、思ってもみなかったよ。

しかも、みんな君に警戒していたから、僕もやり易かったしね。」

「これもミスディレクションの一つさ。

騒いでみせたり、ボケて魅せたりも、全ては俺に意識と視線を向けさせるためさ。

さっき引っ掛かったから、なおのこと集め易かったよ。

さて、あとはこれから抜け出せれば完璧なんだが。」

「ああ、それは僕に任せてよ。」

そう言うやいなや、左腕から2本コードが伸び、それぞれ白い塊に刺さる。そしてその数秒後、突然粘着性を無くした塊は二人と壁から剥がれ、ゴロッと地面に転がり落ちた。

「な、なんで?どうして?」

「さっき僕は君に、原子構造が分かれば、なんでも生み出すことができる。って言ったのを覚えているかい?」

「ああ、覚えてる。」

「それは同時に、構造さえ分かっていれば、その特性を強めることも、無くすこともできる。ってことさ。」

「なるほどな。

じゃあ、これは粘着性を無くした結果。っていうわけか。」

「そういうこと。

更に言えば、この左腕の機械は電子に働きかけることができる物で、基本的にこのコードを概して、原子構成を弄ったり、電子を操ることができるんだ。

ちなみにこのコード、電子に直接接続出来る優れものだよ。」

「なるほど、俺達は電子で出来ているからな。

だから、色んな物に挿すことが出来るのか。」

「そういうこと。

もっとも、原子構成や電子を操ることができるのは、生物以外の物に限るけどね。」

「ん?なんでだ?」

「なんでって、君も言ったろ?

生きとし生ける物全て違うんだ、って。

器は同じでも、中のデータは全て少しずつ異なっているから、下手にいじれないんだ。

せいぜい出来て、データの読み取り、つまり記憶を見るぐらいだね。」

「記憶を見る、ねぇ~。」

それはそれで便利な様な気が………、いや、ちょっと待て。

それって、

「もしかしてあの時のは!?」

「ああ、記憶を読もうとしてた。

もっとも、君はその前に僕の手を弾いたけどね。

正直なところ、本当に驚いたよ。」

そう言いながら、彼はあはは、っと笑っている。

いや、笑えないんだが。

「…っと、そんな話をしている内に、解除出来たよ。」

その言葉と共に扉が開き、彼はさっさと部屋に入って行った。

俺もそれに続いて入ると、

「なんじゃこりゃ!?」

俺は目の前の状況に、あんぐりと口を開けながら驚いていた。

部屋の中央には、鍵穴の付いてない四角の鉄の箱が置いてあり、その周りを赤外線がランダムに飛び交い、床には電気が流れているのか、時折バチッと音している。

そんなもん見たら、叫び声の一つも出るってもんだ。

「こんなの大したことはないよ。」

「いやいや、そうは言うがな?

これはちょっとやり過ぎじゃねえか?」

「まあ、確かにね。

でもね、こんな警備も近付かなきゃ、あっても無くても同じことさ。」

そう言いながら神無月は、近くのパソコンにコードを繋げて操作を始めた。

画面に無数のウィンドウが、次々と文字羅列を並べながら立ち上がっていく。

「うぉぉ、スゲェな。」

「このフォームは技術特化だからね。

この程度のことなら、お茶の子さいさいだよ。

そう言えば、睦月さんはなんでこのフォームの特性がわかったんだい?」

「…最初に疑問に思ったのは、お前がそのフォームになってから、左腕の機械を弄った様子がなかったことだ。

そのくせ、監視カメラの映像は見てるは、トラップは解除してるはで、少し気になっていた。

確信したのは白い塊にやられた時だな。

お前、避けられないのがわかって、左腕だけ残しただろ?

普通は機械を弄る右腕もなんとか残そうとするはずなのに、お前はそれをしなかった。

それで確信したんだ。

それに、お前は戦闘力は皆無だ。とは言ったけど、戦えない。とは言ってなかったしな。」

「なるほどね。

意外と良く見ているんだね。」

「意外とは余計だ。」

そんなことを話つつも、画面上では次々とウィンドウが表れ続ける。

「……あと、どのくらいかかりそうなんだ?」

「今最後の壁に挑むところ、これが越えれば完了だよ。

トラップももうすぐ終わるし、出来るだけ早めにやらなきゃね。」

「ん?トラップが終わる?」

「あれ?言ってなかったっけ?

あれ、ある一定の時間が過ぎると、自動的に終わるんだよ?

それに、恐らくあのトラップじゃ、あいつらは殺せないよ。」

「マジかよ!?

それヤバくないか!?こんな所でのんびりしている暇は「大丈夫。

逃げる算段はついてるよ。」……そ、そうなのか?」

「うん、それに最後の壁も、あと数秒もすれば終わ…。」

そう言いかけた、その時だった。

 

-ビービービービー-

 

突然の警告音に俺だけでなく、神無月も驚いた表情を見せる。

「なんだこれは!?

これは、…パスワード?

このタイミングで!?」

「大丈夫なのか?」

「この程度なら大丈………、え?」

「なんだ?どうかしたのか?」

「な、なんなんだ、これは?」

今まで焦りはすれど、普通だった彼の声色に戸惑いが混じる。

「…こんなの、……いるわけが!?」

「おい、神無月。

どうした?なにがあった!?」

「……睦月さん。」

「ん?なんだ?」

「……君は、…こんな生物、……知っているか?」

そう言いながら、彼はパソコンの画面に目をやる。

俺もそれに釣られ目をやると、パスワード画面に変わっていた。

そこには、こう書いてあった。

『この謎かけの答えをパスワードに打ち込みなさい。

 

 

口は一つ、目は3つ、頭は5つあって手足が1000本ある生き物はなに?』

「………。」

「………うん、なるほどな。」

戸惑いもするわな、こんな問題。

「わかるかい?

睦月さん。」

すがる様な声色で、神無月は俺に問いかけてきた。

ん~~、なんとかしたいけど、そんな生物……。

ん?あれ待てよ?

もしかして、これって……。

「……まあ、普通に考えて居ないわな、そんな生物。」

実際問題、居たら怖いよな、これ。

「……やっぱり知らない、……か。

ここまで来て、諦めないといけないなんて。」

そう言いながら彼は頭を抱え、突っ伏した。

……いやいや、ちょっと待て。

「なんか勘違いしてないか?お前。」

「……え?」

不思議そうな声をだしながら、神無月は顔を上げる。

「別に俺、わからないとは一言も言っていないぞ?」

「……へ?

いやだって、そんな生物居ないって、今言ったじゃないか!?」

「ああ、言った。

むしろ、そんな生物が居るならお目にかかりたい。」

まあ、出来れば避けたいけどね。

そして、俺の言葉に頭をひねっている彼に一言。

「居ない。って認めることが第一歩だ。

まあ聞きなよ。」

そう言いながら、俺はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

同じ頃

神無月達の策により、レーザーが飛び交う中に閉じ込められた戦闘員達はというと、

「イィー!!」

元気だった。

「イィー!!」

溢れんばかりの良い笑顔をしながら、彼らは健在だった。

「イィー!!」

某カード会社のCMの踊り子や、某バレー団顔負けの華麗なダンスを踊りながら、時折、

「イィー!!」

と決めポーズまで決めていた。

 

ちなみに、彼らが本当に踊りを楽しんでたか?というと、

「イィー?(あとどれくらいだろうか?)」

「イィー。(さすがに疲れてきたよ。)」

実はそうでもなかったりする。

では、なぜ彼らは踊っているか?というと、単純にレーザーのに当たらない形がそうなっているだけで、意識してやっているわけではない。

ちなみに、

「イィー。(おい、そろそろだぞ。)」

「イィー。(わかってるよ。)」

『イィー!』

彼らが決めポーズをするのは、格好つけではなく、やらないとレーザーに撃ち抜かれるからである。

とはいえ、神無月も言ったが、これは普通の人なら数秒で細切れにされるぐらいに難しい動きや形が設定されている。

彼ら戦闘員は、改造手術を受けた時に埋め込まれた情報があるから踊れるが、それでも並みの戦闘員では命を落としかねんほどの激しさであった。

では、なぜ彼らは踊れるのか?

それは彼らが数多の任務を乗り越え、厳しい訓練に耐え抜いた戦闘員の中の戦闘員、エリート戦闘員と呼ばれる者達だからである。

 

彼らは厳しい訓練に耐え抜いた証しとして、赤い腕章を右腕に着けており、戦闘員の間では赤キャプと呼ばれ、憧れと羨望の眼差しを受ける存在なのだ。

また、彼らは通常の戦闘員の約3倍の戦闘力を持ち、身体能力も優れていた。

睦月は彼らの虚をついて逃げたが、戦っていたら、ものの数秒でのされてたに違いない。

それほどまでに、通常の戦闘員達とは一線を画しているのだ。

ちなみに、神無月が殴りかかったのは、普通の戦闘員だったと、ここに明記しておく。

 

閑話休題

 

やがてレーザーが終わり、彼らは少し乱れた息を整えた後、前方にある円柱状の白い塊まで駆け寄った。

「イィー、イィー!(蜘蛛男様、レーザーが終わりました!)」「む、そうか。」

前方の白い塊から、そんな声が聞こえたかと思うと、シュルシュルっという音と共に白い塊が少しずつ消えていき、中から蜘蛛男が姿を表した。

「ふん、手間取らせおって。

行くぞ!」

『イィー!!(はっ!!)』

そう言って彼は、なんでもなかったかの様に歩きだし、壁が上がりきった通路を蜘蛛男はすたすたと歩いていき、扉の前で懐からカードキーを取り出した。

「イィー?(急がなくてよろしいんですか?)」

「ふっ、安心しろ。

前回のことがあったから、今回はちょっとした問題を用意しておいたのだ。」

「イィー?(問題ですか?)」

「そうだ、あの手の奴は頭は良いが、固い所が多々ある。

そういうやつには、絶対に解けない問題を用意しておいたのだ。

今頃奴は頭を抱え、悶絶しているにちがいない。」

『イィー!(おぉー!)』

クックックックツと、蜘蛛男が悪いの笑みを浮かべながらカードキーを差し込む後ろで、戦闘員達は拍手を送っていた。

実際問題、彼の目録は正しく、神無月一人だったら間違いなく諦めていただろう。

だが、神無月には幸運なことに、

「イ、イィー。(あ、でも。)」

「ん?なんだ?」

そして、彼には不幸なことに、

「イィー、イィー。(一緒にいた奴、頭柔らかかった様な気が。)」

 

睦月 好子というイレギュラーな存在がいたことだった。

「あ。」

『イ。(あ。)』

その言葉に反応する様に扉が開き、彼らの前に丁度箱から数枚のディスクを取り出している、神無月達の姿があった。

「あ゛ぁぁぁ!」

『イ゛ィー!(あ゛ぁぁぁ!)』

「おろ、ギリギリだったみたいだな。」

「その様だ、危なかったよ。」

そう言いながら神無月は、手にしたディスクを腰に着けたディスクケースに閉まった。

「おのれ、おのれー!!

そのディスクを返せぇぇぇぇ!!」

「イィー!!(返せ!!)」

「おっと。」

「わわわ!!」

飛びかかってくる蜘蛛男達を睦月は慌てて、神無月は悠々と避けると、二人は蜘蛛男達から再び距離をとる。

「おのれぇぇぇ!

逃げるなぁぁ!」

「ふぅ、まったく。

そんなに慌てなくても、僕達は逃げる気はないよ。」

「いやいや、とっとと逃げないか?」

「ん?なんでだい?」

「なんでだい?って、お前な~。」

いまいち緊張感が無い二人に、蜘蛛男のイライラが積もっていく。

「さっき頭を抱えていたのが、嘘みたい自信だな。」

「な!?

それは関係ないだろ!?」

「でも本当のことだろ?」

「全然関係「ふざけるなぁぁぁ!」おお!?」

「さっきから聞いてれば、関係ないことをごちゃごちゃごちゃごちゃと!

さっさとディスクを返しやがれぇぇぇぇ!!!」

「……さすがにおちょくり過ぎたか?」

「その様だね。」

蜘蛛男のあまりの怒気に、二人は顔を見合わせた。

「なんだとぉぉぉ!?」

「だから止めておこう。って、言ったんだ。

絶対に怒るから。」

「あんな問題を出してきたんだ。

これぐらいは許してくれよ。」

「おいおい。」

「それに、僕は嘘はついてないよ?」

そう言いながら神無月は、プレイヤーの上の方の小さなぼたんを押す。

すると2枚並べて入れられるドライブが出てくる。

「僕は逃げる気はないよ。

なぜなら…、」

そこに2枚のディスクをセットする。

「なぜなら、これで漸く僕も戦えるんだから!!」

そう言いながらドライブを戻すと、周りにディスクを読み取る音が響く。

『仮面ライダー1号』

「ライダー、変身!!」

『仮面ライダークウガ』

「変身!!」

『ミックストール!!』

その電子音と共に無数のウィンドウが、彼の体をおおい、ディスクを読み取る音が更に大きくなる。

そして次の瞬間、

『仮面ライダーハッカー アルト オブ サウザンドアーツ!』

彼の体の周りのウィンドウが弾け、そこには赤色のボディの仮面ライダー1号に似た戦士が立っていた。

彼は人差し指と中指の2本を、蜘蛛男に差し向けると、こう一言。

「Are You Ready?」

 




次回より漸くバトルパート入ります。
お待ちの方、お待たせしました。
なお、謎かけの答は次回の後書きに書かせていただきます。
もしよろしくければ、皆さんも一緒に考えてみてください。


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DISK9 ニ千の技と技の戦士

ようやくバトルです。
久しぶりに書くので、満足して貰えれば幸いです。


『仮面ライダーハッカー アルト オブ サウザンドアーツ!』

その電子音と共にウィンドウが弾け、中から深緑色の戦士が現れた。

その戦士の体を纏うプロテクターと目は炎の様に赤く、首にオレンジ色のスカーフを巻いき、額にはクウガの様な金色の角がついていた。

「……これが神無月の言っていた、ミクストールってやつなのか。」

目の前で変身を終えた神無月を見ながら、俺はそう呟きながら、先ほどの会話を思い返していた。

 

―ーーー

「……ふぅー、よし!

これで戦える。」

パスワードを解き、鉄の箱からディスクを取り出しながら、神無月は安堵のため息をついていた。

「探し物はあったのか?」

「ああ、あったよ。

いや~、合うのがあって良かったよ。」

「合うの?

どういう意味だ、それ?

そもそも、そのディスクってなんなんだ?」

「さっき僕が変身した時に言ったこと、覚えてる?」

「ん?仮面ライダーと呼ばれてた、と言っていた辺りか?」

「違う違う、情報のことを話した辺り。」

「ああ、正しい情報も、悪い情報も入っている。ってやつな。」

「そうそう、蜘蛛男達みたいのを造る悪の情報と対となる、正の情報。

仮面ライダーの情報が入っているのが、このディスクなんだ。」

「へー、このディスクがねえ。」

そう言いながらマジマジと見てみると、恐らくそのディスクに入っているライダーなのだろう。

ディスクに何かの顔が浮かんで見えた。

「そして、その情報を引き出すのが、これ。

このハッカードライバー、ってわけさ。」

そう言いながら、彼はおなかの機械を指差した。

「へ~。」

「でも、誰かの陰謀なのか、はたまたそういう仕様なのかわからないけど、これ一枚だけでは使えないんだ。」

「ん?どういうことだ?」

「この一枚と対となるディスクがそれぞれあって、2枚揃わないと、力を引き出すことができないんだ。

今まで何枚かディスクを手に入れていたんだけど、どれも合わないディスクでね。

今回手に入れた、この3枚のディスクのおかげで、漸く力を引き出すことができる様になったよ。」

「へ~、そりゃ良かったな。

…………って、おい。

もし、今回も対となるディスクが手に入ってなかったら?」

「ん~、ちょっと不味かったかな?

まあ、結果オーライってやつだよ。」

あはははっと、彼は笑いながら言っているが、まるで笑えない。

勝算が無いにも程がある。

道路には歩道がある。

………うん、ボケられるぐらいには冷静だな。

今すぐこいつを殴りたいけどね。

「……ありがとう。」

「へ?」

「睦月さんが居なければ謎が解けず、こうしてディスクを得ることはできなかっただろうし、もしかしたら、途中で捕まっていたかもしれない。

君が居たから手にできたんだ。

本当にありがとう。」

 

「……別に、気にすることはないさ。

好きでついてきたことだし。

それに、得たのはほとんどお前の実力だ。

俺はほんの少しだけ、手助けしただけだ。」

「それでも、それのおかげで得られたんだ。

君のおかげだよ、睦月さん。」

「呼び捨てで良い。」

「……へ?」

「だから、睦月って呼び捨てで良い。

俺もお前のことを呼び捨てにしてたし。

何より、さん付けだとむず痒くてしょうがないんだ。」

「……うん、わかったよ、睦月。」

「…おう。」

我ながら現金だと思う。

今の言葉で怒りが大分ひいている。

あと多分、今頬赤いだろうな。

ちょっと恥ずかしいし、何より神無月の奴、なんか意味ありげに笑み浮かべているしな。

まあ、いいけどね。

「ん?どうやら奴らが出てきたようだよ?」

「ふぅ、遂に来ちまったか。」

「……なあ、睦月。」

「ん?」

「あいつらのこと、少しおちょくりたいんだ。

付き合ってくれないか?」

「いいけど、滅茶苦茶怒らないか?それ。」

逆の立場なら、ブチキレる自信があるぞ?

「いいから、いいから。」

「あんま良くないと、思うんだけどな~。」

そんなことを言っていると、扉が開き、蜘蛛男達が部屋へと入ってきた。

ーーーー

 

まあ、そんなことがあったわけなんだが、……やっぱりおちょくらない方が良かったんじゃないか?

当然ながらあいつ、滅茶苦茶怒ってるぞ?

「ふん、姿形変わったぐらいで、なんになるというのだ!

行け!戦闘員共!」

「イィー!!(ハッ!)」

神無月に向かって襲いかかる戦闘員達。

それを見ながら俺は、

「あ。

あんた(蜘蛛男)は、襲わないのね。」

そんなことを一人ぼやきつつ、戦闘の邪魔にならない様に神無月から離れていった。

 

 

 

 

 

 

「かかれぇぇぇ!」

「イィー!(ハッ!)」

蜘蛛男の号令に従い襲いかかる5人の戦闘員達。

それを見ながら、蜘蛛男は勝利を確信していた。

姿形が変わった程度で、劇的に強くなるわけがないと思っていたし、よしんば強くなっていても、エリート戦闘員達が複数で襲いかかっている。

彼らの強さは自分を含む怪人達だって、彼らを複数で相手すると手こずるくらいなのだ、無事で済むわけがない。

エリートの名は伊達ではないのだ。

そうこう思っている内に、戦闘員達と神無月の距離はすぐ近くまで詰め寄り、飛び掛かろうとしていた。

その時だった。

「ライダー……、」

神無月が左足を一歩踏み出しながら、右手を引いた。

今から殴りますと言わんばかりの構えに、蜘蛛男はにやりとする。

そんなテレフォンパンチ、当たるわけがない。と思っていた。

事実、戦闘員達は既に回避の準備していたし、当たっても大したことはないと思ってもいた。

「パンチ!」

そう言いながら重心移動をし、腰を振り、右腕が消えた。

それと同時に

 

-バキッ-

 

鈍い音が辺りに響き、それと共に神無月の前の方にいた戦闘員が、真っ直ぐこちらへぶっ飛んできた。

「くっ!」

蜘蛛男が素早く避けると、戦闘員はそのまま開いていた扉から部屋の外へ飛び出し、白い通路の途中まで転がっていった。

「なあ!?」

「イィ!?(なあ!?)」

突然のことに驚きを隠せず、蜘蛛男と戦闘員達は飛んでいった方を見る。

睦月でさえも口を開けて驚いていた。

だが、

「ライダー…、」

それは戦いの最中に晒してはいけない隙だった。

「チョープ!!」

「イ゛ィー!(ギャー!)」

逆袈裟に振られた一撃に、さっきと同様のコースを通りながら、戦闘員が飛んでいく。

「イィー!(一斉に行って押さえつけろぉぉ!)」

ショックから戻った戦闘員達が、一斉にに飛び掛かる。

神無月はそれを転がりながらかわし、ベルトに向けて両手をかざした。

すると、ベルトから高速回転する音が響き、それと同時に神無月の目の色とプロテクターが海の様な青に変わる。

「ドラゴンロッド!」

そう叫ぶと、彼の手に蒼色の根が現れた。

そして、再び襲ってくる戦闘員達を薙ぎ、透かし、払っていく。

そして、

「まず一人。」

「イ゛ィー!(ぐぁー!)」

「二人!」

「イィー!(うわぁぁ!)」

「これでラスト!!」

「イ゛ィ―!(ギャー!)」

一人目はバッティングの要領で打ち飛ばし、二人目を服に柄を引っ掛けて投げ飛ばし、最後は槍投げの要領で根ごと戦闘員を投げ飛ばす。

「これで、あとはお前だけだね。」

全ての戦闘員を廊下まで飛ばしたのを確認しつつ、再びドラゴンロッドを出した神無月は、そう言いながら蜘蛛男へ構えた。

 

 

 

 

 

 

これで引いてくれると助かるんだけどな~。

俺は神無月と蜘蛛男を見つめながら、そんなことを思っていた。

まあ、残念ながら多分ないだろうけど。

「………ふん、所詮は戦闘員か。

使えぬ奴らめ。」

そう言いながら蜘蛛男は、パチンと指を鳴らした。

すると、先程のトラップの壁が落ちてきて、戦闘員達を閉じ込めてしまった。

って、いやちょっと待て!!

「なんでトラップを発動させてんだ!!

中にお前の部下が!!」

「ああ、居たな。

それがどうした?」

「な!?」

蜘蛛男の言葉に絶句する俺を尻目に、蜘蛛男は言葉を続ける。

「私は言ったはずだ。

使えぬ者も消す、っと。」

「そんな、……そんな勝手なこと、……そんな勝手なことが許されてたまっかぁぁぁぁぁ!!!」

「その通りだよ、睦月。

こんなこと、許されてはいけないんだ。」

「ふん、貴様らが許そうと、許すまいと関係ない。

この世界は我々の物だ、所有物をどうしようと、我々の勝手だろ?」

「ふざけんな!!

俺の命は俺の物だ!

神無月の命はこいつの物だ!

さっきの戦闘員達の命は、そいつらの物だ!

好き勝手に奪って良い物じゃねえんだ!!」

「うるさい!

戦うことの出来ぬ弱い犬が、キャンキャン吠えるでない!

文句があるなら、力強くで止めろぉぉ!!」

そう言いながら蜘蛛男は左手を口の前にやる。

その数瞬後、無数の白い小粒の塊を口からこちらに向け、マシンガンの様に吐き出した。

「うおわぁ!」

「はっ!!」

俺は必死に避け、神無月はロッドを回して塊を弾こうとするが、

「…!

これは!」

塊はロッドから離れず、回せば回すほどに塊から糸が伸び、周りにくっついて神無月の動きを邪魔する。

これ以上やると自分に糸がくっつくと判断したのか、神無月は素早くロッドを捨てた。

「ぬぅぅぅ、はぁぁ!!」

「チィ!!」

蜘蛛男から再び吐き出された塊を、再び現出したロッドで弾くが、しばらくやるとまた糸が絡まりそうになり、神無月はそれも投げ捨てた。

「くっ、このままじゃ、じり貧だ!」

「ふふふ。

さあ、どうする?

このまま繰り返して、やがて捕まるか?

自ら投降するか?

どちらが良い?」

そう言いながら蜘蛛男は、再び左手を口の前に持っていく。

「……どちらも、ごめんだね!」

 

そう言い神無月はベルトに両手をかざすと、目とプロテクターが今度は緑色に変化する。

「それがどうした!

くらえ!!」

「ペガサスボーガン!!」

左手にペガサスボーガンを現出させ、超感覚による正確無比の射撃で白い塊を全て撃ち落とす。

「触れたら不味いなら、触れなければ良い。

全て撃ち落とすまでだ。」

「おのれぇ!」

有効だった攻撃を無にされ焦ったのか、蜘蛛男は一気に距離を詰めてきた。

それを見ながら神無月は、再びベルトに両手をかざした。

再び高速回転する音が響き、今度は紫色に目とプロテクターが変化する。

「くらえぇぇ!!」

そう言いながら左手をかざしていた口から、今度は塊ではなく、蜘蛛の巣状の糸を吐いた。

「これで避けられまい!」

そう言って蜘蛛男は、右手を口の前にかざす。

迫り来る蜘蛛の巣。

避けることのできない攻撃を前に、

「……読めてたよ、それ。

そして、避ける気もない!

タイタンソード!」

そう言いながら上弦に構えた剣で、真っ直ぐ下へ一閃。

切り裂かれた糸を目にし、蜘蛛男は少々驚くが、関係ないと言わんばかりに紫色の液体を吐き出した。

こちらに真っ直ぐ飛んでくるそれを前に神無月は、

「それも読んでいたぁぁ!」

そう言いながら彼は、何もない空間をおもいっきり蹴った。

「なあ!?」

凄まじい力と速度で出された蹴りにより、前方に暴風がまきおこる。

その風に押され、紫色の液体は蜘蛛男の方へ帰っていき、

「ぐわぁぁぁぁぁ!!」

帰ってきた液体をもろにかぶり、蜘蛛男は苦悶の悲鳴をあげる。

「ふぅ、睦月、君の予想通りだったね。」

「ああ、正直冷や汗が止まらんかったけどな。」

そう言いながら俺は、先程の会話を思い出していた。

ーーーー

「あ、わかっていると思うけど、あいつの右手には気をつけろよ。」

「……え?なんでだい?」

パスワードを解き、箱へ向かう途中で、俺はそう話かけた。

「なんで?って、お前気づいてないのか?

あいつ、あの紫色の液体を出す時は、必ず口を右手でおおうんだぞ?」

「……確かに、言われてみればそうだ。」

ちなみに、白い塊に捕まった時も、奴は右手で口をおおったのを視線の端に見えた。

「でも、なんで?」

「多分だけど、右手にある物質Aと口にある物質Bを合わせて、初めて溶かせるんじゃねえか?

最初から溶かせたら、くしゃみとか咳とか大変じゃねえか?」

「…たしかにね。」

俺の言葉に、神無月は苦笑しながら頷く。

「まあ、射程距離は短そうだから、離れていれば、そんなに危険はないと思うよ。」

「……ごめん、理由は?」

「……もし、奴のそれが遠くまで飛ばせるなら、そもそも糸の塊を吐かず、その液を吐けば良かったのさ。

それで全部終わっている。」

「なるほど、ところで糸の塊ってなんだい?」

「……俺達にぶつけられた白い塊のがあっただろ?

あれだよ。

多分遠距離なら固め、近距離ならほぐして使っているんだろうさ。」

「?なんのために?」

「捕らえ方が違うのと糸の特性状からだろうな。

糸は風の影響を受け易いから、固めることで、遠くまで飛ばすためだろうな。」

「ふむ、なるほどね。」

「多分下手に逃げられて、液体が自分にかからないようにするためだろうな。

だから慎重なんだろうさ。」

「ん?

別に彼はかかっても大丈夫なのでは?」

「いや、多分あいつ自身には耐性はない。

でなきゃ、あんな不確かな吐き方をせず、近くに立って嘔吐の用途でかければ良い。」

「……それはそれで、嫌なかけられ方だね。」

「ああ、そうだな。

俺もごめんだ。

まあ、液体だから、強い風が吹けば跳ね返せそうだけどね。」

「……たしかに。

もしかしたら使えるかもしれない、覚えておくよ。」

「まあ、参考程度でな。」

苦笑しながら答えると、俺達は箱の目の前にたどり着いた。

ーーーー

 

「……さてと、決めますか!」

そう言いベルトに両手をかざすと、彼は再び赤色に変化する。

「蜘蛛男、さっきお前は睦月を戦えない弱い犬と言ったね。

それは間違えだ。

睦月が居たから僕は戦えるんだ。

睦月が居たから、お前をここまで追い詰められたんだ。

戦うのに必要なのは、力だけじゃないんだ!

そして、強大な敵を前にしても立ち向かう彼は、けして弱くない。

本当に弱いのは、強い者にかしづき、自分より弱い者をないがしろにするお前の方だ!

もし、戦う必要があるのなら、僕が代わりに戦ってやる!

何故なら僕は、仮面ライダーだからだ!!」

そう言って彼は右足を僅かに下げ、構えた。

「ハァァァァァァ!」

そして、深く息を吸ったのち、空手の息吹きの様な吐き方をしながら気を溜める。

やがて、それが最高潮になった時、

「ハッ!!」

彼は数歩駆け、跳躍して、ある技へと移行する。

それは1号から始まり、様々なライダー達に受け継がれていった技。

全ての始まりの技。

その名は!

「ライダーキーック!!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!」

必殺の蹴りを喰らい、吹き飛んでいく蜘蛛男。

数回地面を跳ね転がりながら、いつの間にか壁が上がった白い廊下の途中まで飛んでいく。

「うぅぅ。」

よろよろと立ち上がる蜘蛛男だったが、蹴られた所になにかの紋が浮かびり、そこからヒビが広がっていく。

「ぐぉぉぉぉぁぁぁ!!」

蜘蛛男が最後の雄叫びを上げた瞬間、白い壁が上から落ち遮断する。

それと同時に壁の向こうから爆発音と、激しい振動がした。

「……終わったのか。」

「ああ、終わったよ。」

そう言いながらサムズアップをする彼に、俺もサムズアップで返した。

 



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DISK10 終わりと始まり

書き忘れてたので、DISK8の謎かけの答えも書きます。


「居ないと認めることが第一歩。
まあ、聞けよ。
こんな生物は居ない、つまりこれはクイズではなく、なぞなぞなのさ。」
「なぞなぞも謎かけというのか?」
「おうよ。
寧ろ、クイズも謎かけっていうことを最近知った。
でだ、これの答えだが、お前、これを見た時になんて思った?」
「ん?こんな生物いる訳がない。」
「それをもっと短く言ってみ。」
「ん?こんな生物いなーい!」
「おしい、もっとツッコミを入れる感じで言ってみな。」
「んん?
……こんな生物イルカ(いるか)ー!」
『………………。』
「ねえ?」
「ん?」
「まさか、今のが…。」
「そう、恐らく正解はイルカだ。」
「そんなの解るかぁぁぁぁ!」
「まあ、なぞなぞだからね。
そんなもんさ。」
こうして俺達はパスワードを解き、ディスクを手に入れた。

皆さんは解りましたか?
では、本編へどうぞ。


「さて、それじゃ逃げようか?」

「ああ、そうすっか。」

戦いが終わり、変身を解いた神無月に俺は頷きながら答えた。

「………ところで、……どうやって?」

俺はそう言いながら、扉の外の壁に目を向ける。

先ほどの爆発の影響なのか、一向に上がる気配がない。

そもそも、入り口は固められていなかったか?

……まさか、帰り道は考えてなかったとかは、ないよな?

いやこいつ、以外と考えなしだからな~、下手したらあり得…、

「……君、今失礼なことを考えているだろ?」

「いや、まさか。

ははははは。」

…はい、考えてましたよ。

それがなんか悪いか?俺は心の中でそう思いながら見てると、あいつも俺を睨んでいる。

しばらくにらみ合いっているが、彼がため息をつきながら首を振る。

「まあ、今までの僕の行動にも問題はあったしね。

まあいいよ。

じゃあ、今準備するから、ちょっと待ってね。」

そう言って彼は左腕のコードを伸ばし、隅にあった監視カメラに向けてコードを投げた。

突き刺さったのを確認し、左腕の機械を少し弄ったあと、戻したコードを今度は壁に刺した。

そして、また左腕の機械を操作し始める。

すると、なにもなかった壁に突如扉が出現した。

唖然とする俺を尻目に、彼は扉を開け入ろうとする。

「なにをしてんだ?早く行くよ?」

「お、おう。

ん?あ、あれ?ペンが無い!」

「ん?どうかした?」

「いや、ペンを落としたみたいなんだ。」

「ペン?」

そう言いながら彼は、訝しげに俺を見る。

「ああ、大事な物なんだが…。」

俺は服の色んなところを擦るが、俺の探し物は見つからなかった。

さっき走りまわったり、プロレス技をかけまくったしな~、その時に落としたか?

あるいは、白い塊に捕まった時か?

それなら、見つけられそうだが……。

「……残念ながら、探している時間は無いよ。

もうすぐウイルスの効果が無くなる。

この扉の存在は特殊でね。

これだけは絶対に知られたくないんだ。

どうしてもと言うなら、悪いが置いて行く。」

「ん、そっか。

それは残念だ。」

まあ、命あっての物種だしな。

あれ一本でどうこうなるとも思えないし、あいつからもらった大事な物だが、諦めるしかないか。

あいつには、後で謝っておこう。

そう思いながら、扉に入って行く彼に従って、俺も扉に入って行った。

 

 

 

俺はこの時のことを思い出す度に、いつも後悔に駆られる。

悪の秘密結社相手に僅かでも隙をみせてしまったことを。

なんにせよ、こうして俺と奴らの最初の戦いは終わった。

だがそれは同時に、俺と神無月の真実を知るための旅の始まりでもあった。

先の見えぬ旅路。

様々な敵が待つ戦いの日々。

絶望と希望が混在する真実。

しかし、全てを知るための旅に行くことを、神無月を追うと決めた時に、無意識に選んでいたのだ。

明日は希望に満ちた日か、それとも絶望まみれの日かは、わからない。

しかし俺はその日、確かに一歩を踏み出したのだ。

そして、幕は上がった。

 




これにて第1章は終わりとなります。
いかがだったでしょうか?
満足いただけたら幸いです。
そして、第2章もお付き合いいただければ嬉しいです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


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第2章 Collapse Leaving Day To Day(崩れ去る日常)
DISK11 執事、メイドとコーヒーブレイク


新章スタートです。


「ふぅー、美味しい。」

「お気に召した様でなによりです。」

そう言って左目に眼帯を着けた初老の男性は、俺に軽く頭を下げた。

「なんかすみません。

突然来たのに色々と良くしてもらった上に、こんな美味しい物を。」

「いえいえ、お気になさらないで下さいませ。

あの方がお客様を連れ、ここに戻って来るのは初めてなので。」

 

「あ、そうなんですか。」

初めての客人か、割とレアな体験かな?

ここは秘密にしたい、って言ってたしな~。

……単純に呼ぶ友達が居ない、って可能性も捨てきれないけどね。

「あの方は少々特殊な育ち方をされていまして、親しく付き合っている方は数少ないのです。」

「なるほど、特殊な育ち方ねぇ。」

じゃあ、あれもその影響か?

そう思いながら、神無月の方へ目をやると、

「さあ、馬奈美(まなみ)?

早く手をだすんだ。」

「い、いやだ!

絶、対、出すもんか!」

「我が儘を言わないで、さあ?」

部屋の隅にメイドさんを追い詰めながら、爽やかな笑顔で消毒液とティッシュを持つ彼が見えた。

なんでこんなことになっているのか?

それを語るには、俺達が扉に入った後のことから話さなければならない。

 

ーーーー

「………どこだ?ここは?」

扉を抜け、最初に目に入った光景に、俺は思わずツッコミをいれた。

いやだってさ、入った瞬間、どこぞの豪邸だ?っていう様な屋敷の中だったんだぞ?

ツッコミの一つや二つはいれたくなる。

「ただいまー。」

その横で普通に帰って来た感じの奴が一人。

あれ?俺の反応がおかしいのか?これ?

そんなことを思っていると、パタパタと音が聞こえてきて、

「ご主人様!?」

その声と共に奥からメイド服を着た、俺と同い年ぐらいの女性が小走りで駆けてきた。

「ああ、馬奈美。

ただい「こんな時間まで、どこほっつき歩いていたんだ!このバカご主人!」…ま。」

いきなり怒鳴られたことに驚いたのか、神無月は目をぱちくりとさせてフリーズをしていた。

いや、俺もなんだけどな。

だって教育係は別にしても、普通メイドさんは主人を怒鳴らんだろ。

あれ?やっぱり俺がおかしいのか?これ?

「それに、あんたいったい何者だい?」

そう言って彼女は、今度は俺に鋭い眼光を向けてくる。

……うん、怖い。

普通の殺気じゃないぞ、これ。

蜘蛛男のが可愛く感じてくるぞ、おい。

「駄目ですぞ、文月さん。

せっかく主がお客様をお連れになったのに、そんな対応では。」

彼女の殺気に戦々恐々していると、奥の方から今度は左目に眼帯を着けた、執事服の初老の男性が出てきた。

「ご主人様、お帰りなさいませ。

そして、いらっしゃいませ、お客様。」

 

「ああ、ただいま。

亥澄(いすみ)。」

「えーと、お邪魔します。」

そう言いながら俺が頭を下げると、女性の方もしぶしぶっという感じだが、殺気を無くした。

まあ、訝しげに俺を見てはいるけどね。

「さて、お二人共顔も衣服も大分お汚れですので、お先にご入浴なさいませ。」

「ああ、すまない。

そうさせてもらうよ。」

「……ん?二人って、もしかして俺も?」

「もしかしなくても、君しかいないだろ?

まさか君は、僕と馬奈美が一緒に入るとでも思っていたのかい?」

「な、な、な、な、なに馬鹿なことを言っているんだ!あんたは!

そんなことするわけないだろ!」

「あ、いや、すまん。

俺が間違っていました、許してください。

だから、そんなに全力で否定してやんな。」

若干神無月が、可哀想に思えてきたぞ。

「ん?別にいつものことだから、気にしてないよ。」

そういう問題なのか?

「そこら辺は当人達の意識の問題かと。」

「んー、そういうもんか。」

まあ、あいつが良いならか。

「でも俺、着替えなんか持ってないけど、どうします?」

「お召し物は、こちらでご用意させていただきます。

お気になさらずに、どうぞごゆっくりなさってください。」

 

深々と頭を下げる亥澄さんを前に、

「あ~、うん。

わかりました。」

俺はそう言って頷く以外なかった。

 

 

 

 

 

「ふぃ~、やっぱり風呂は浸かってこそだよね~。」

そう言って俺は、案内された個室のバスタブに身を預けた。

案内された個室は、どこかの高級ホテルでも通用する様な部屋で、風呂には既にお湯が張ってあった。

温度も熱すぎず、ぬるすぎずの丁度良い温度で、思わず感嘆のため息が出たぐらいだ。

服を脱ぎ、体を綺麗に洗った後、ゆっくり湯船に身を沈めると、今まで張り続けていた緊張がほぐれたのか、ただ単純に気持ち良かったのか、深いため息が自然と口から漏れていった。

まあ、何度か死を覚悟した後の一時なのだ、しょうがないよな?

しかし、マジで極楽なのだが。

こんなにゆっくり浸かるのも、本当に久しぶりだしな~。

いや、確かに家は風呂無しだけど、近場のスーパー銭湯に行っているから、別に浸かってないわけではないけど、一人分の湯船にゆっくり浸かるのは久しぶりだから言っているだけですよ?念のため。

ただ、どこぞの漫画みたいに大浴場に通されると思ったら、こういう個人の浴槽に案内されたのが少し意外だった。

聞いたら亥澄さん曰く、

「大浴場はございますが、これだけしか人数がいないのに、その様な無駄遣いはできませんので。」

とのこと。

しっかりしていらっしゃる。

 

「お湯加減はいかがですか?」

「へ?あ、凄く良いです。

本当にありがとうございます。」

唐突にドア越しに聞こえた声に驚きはしたが、素直な感想を伝えた。

「そうですか、それはなによりでございます。」

「いや本当に、極楽気分です。

昇天しそうな勢いですよ。」

「おやおや、せっかく死地から戻っていらしたのに、それはもったいないですぞ?」

「………確かに。」

「代えのお召し物はのベッドの上に置かせていただいておりますので、そちらをご利用下さいませ。」

「何から何まですみません、ありがとうございます。」

「いえいえ。

では、ごゆるりと。」

そう言って亥澄さんが出ていく気配がした。

しばらく耳を澄ましていたが、どうやら本当に出たらしく、気配も感じなかった。

……まあ、あの人が本気を出したら、気配を感じさせること無く、俺の真横に佇むことが出来そうだけどね~。

しかし、今さっきの、入る音も気配もなかったけど、あの人はいっぱい何者なんだ?

別に後ろめたいことをしてたわけではないが、気配消されて行動されると正直心臓に悪い。

まあ、ドア越しに聞こえる声は楽しげで、凄く柔らかな口調だったから、別に危険視されているわけではないと思うんだけどな~。

そう思いながら一つため息をつき、もうしばらく湯船に浸かることにした。

 

 

 

 

 

「ふぃ~、さっぱりした~~。」

あれから数分後、俺は体を拭きながら、体を伸ばしていた。

欲を言えば牛乳があれば嬉しいが、そこまでは言っちゃ駄目だよな。

そんなことを思いながら、ベッドの上の服を手に取った。

「青のシャツか。

久しぶりに着るな~。」

個人的には暖色系が好きなので、寒色系はあっても2枚ぐらいしか持ってないので、なんとなく懐かしい物を見る気持ちになった。

ちなみに、俺は暖色系は好きだが、男色系は好きではないから、間違えない様に。

閑話休題

 

俺は手に取った青のシャツに袖を通し、上にストライプの長袖シャツを着て部屋を出た。

ちなみに、個人的な好みで、Tシャツの上に長袖のシャツを着るのが好きで、夏以外は基本的にその格好でいる。

 

閑話休題

 

 

「お待ちしておりました、こちらへどうぞ。」

部屋から出ると、扉の横に亥澄さんが立っていて、軽く頭を下げてから俺をエスコートしてくれ、俺はされるがままに後を着いて行った。

………タイミングばっちりだったけど、まさか亥澄さん、外でずっと待っていたわけじゃないよな?

「いえいえ、たまたまあちらに居ただけですぞ?」

はあ、さいですか。

そう思いながら俺は、亥澄さんの後ろを黙って着いていく。

………あれ?なんか違和感が?

「……睦月様?」

「はい?はい!なんでしょう!」

「いえ、着きましたので、お声かけさせていただきました。

こちらのお部屋へどうぞ。」

そう言って開けた扉に、俺は案内されるまま中に入った。

中に入るとそこは広めの食堂だった。

と言っても、学校とかにある感じのでなく、貴族や富豪が食事をする大きなテーブルがある部屋の方をイメージして欲しい。

「やあ、湯加減はどうだった?」

そこには、先に着替え等を神無月が座っていた。

「最高だったよ、危うくあそこで昇天するとこだったよ。」

「それは危なかったね。」

「まったくだよ。」

互いに苦笑をしながら亥澄さんに導かれ、俺は席に座った。

「悪い、待たせたみたいだな。」

「大丈夫だよ、今来たばっかりだよ。」

「…十分は待たされたし。」

ぼそっと言われた声の方を見ると、神無月の斜め後ろに控えていた女性、先ほど神無月を怒鳴ったメイドさんがムスッとした表情をして立っていた。

「…おい、馬奈美。」

ジロッと睨む神無月にもプイッと顔を反らしてしまう。

これには、さすがの亥澄さんも眉をしかめてしまう。

嫌悪な空気が辺りに漂い始める。

うーん、やっぱりこれ、俺のせいかね~?

なら、とりあえずは、

「……なあ、そういえば俺、執事さんとメイドさんと自己紹介を済ませてなかったよな?」

『あ。』

俺の言葉にその場にいた全員が硬直した。

「すまない、すっかり忘れていたよ。」

「いやいや、気にするな。

俺もすっかり忘れていたしね。」

たははは、と俺が苦笑を浮かべると、メイドさんは少しばつが悪そうな表情をしている。

うん、掴みはこれでオッケーだな。

「では改めて、俺の名前は睦月 好子。

しゃべってギャグれるジャーナリストを目指して頑張っています。

今日は二人の主人、神無月に助けてもらい、ここに来ました。

その上、このような暖かい対応をしていただき、本当に感謝してます。

ありがとうございます。」

「挨拶遅くなり、申し訳ございませんでした。

私は神無月様の執事をやらせていただいております、亥澄 師走(いすみ しわす)と申します。

以後、お見知りおきを。」

「……神無月様のメイドをやらせていただいております、文月 馬奈美(ふみつき まなみ)と申します。

以後、お見知りおきくださいませ。」

「今日、僕がこうして無事に戻ってこれたのは、彼のおかげだ。

命の恩人と言っても過言じゃない。

彼には最大限の礼を持って接してほしい。」

『はい、かしこまりました。ご主人様。』

神無月の言葉に、二人共僅かに目を開いて驚いていたが、直ぐに平素な表情になり頭を下げた。

……しかし、

「そんな恩人だなんて大袈裟な。

それに最大限の礼を、なんて要らんぞ?

逆に普通の対応してほしいんだが。」

 

「そう言うわけにはいきません。

主の命は絶対。

相手が主の命の恩人であるならば、なおのことです。」

ピシャッと言い放つ亥澄さんの前に、俺は唇を尖らせながら考える。

「………なあ、俺は恩人なんだよな?」

「ああ、その通りだ。」

「なら一つお願いがあるんだが、聞いてくれるか?。」

「可能なことなら良いよ。」

「なに、簡単なことだ。

俺と友達になってくれ。」

『…………。』

「………ごめん、なんだって?」

「だから、友達になってくれ、って。

駄目なのか?」

「い、いや、駄目ではないけど。」

突然言われたこと真意がわからずに戸惑う神無月を他所に、俺は席から立つと、彼の横に立ち手を差し出した。

「え、えーと?」

「握手だよ、友好の握手。」

そう言ってずいっと出された手を、彼はおずおずと握った。

「よし、これで俺とお前は友達だ。

そんなわけで、これから恩人とか、なんとかは無しな。」

「……へ?」

「当選だろ?

俺達は友達なんだ。

友達を助け合うのは当然だ。

俺はそうしてもらったし、俺自身もそうしてきた。

あと、あんたら。」

『は、はい。』

ビシッと亥澄さんと文月さんに指を指すと、二人は突然振られたことに驚きつつ、直ぐ神妙な表情になり返事をする。

「見ての通り、俺はあんたらの主の友人だ。

だから他人行儀な対応は止して、もっと親しく接してくれよな!」

俺が胸を張ってそう言うと、しばらくその場にいた全員が、口をポカーンと開けていた。

場をしばらく沈黙が包んだが、

「………くっ。」

その沈黙を破ったのは、

「くっくっくっくっ。」

俺の横にいた神無月だった。

「あはははははは!」

思い切り笑い始めた彼に驚きつつ、周りを見ると、文月さんも笑いをこらえている感じだった。

亥澄さん、表情は平素だけど、こめかみと口の左側がピクピク動いてますよ?

ただ、なんというか、

「……笑い過ぎじゃね?」

いまだに笑い止まない神無月に、さすがに顔をしかめる。

「はははは、そ、そうだよね。

ご、ごめん。」

そう言いながらも、まだ笑っていた。

……なにがそんなに面白かったんだ?

もうしばらく待っていると、ようやく収まったのか、荒い息をしながらも息を整え始めた。

「はあ、はあ、はあ、はあ~。

あ~、笑った。」

そう言いながら目にたまった涙を払う。

だから、なにがそんなに面白かったんだって!

「ふぅ~~、……君は案外強引なんだね。

モテないよ?そんなじゃ?」

「余計なお世話だ!」

「あははは、ごめんごめん。

……うん、わかった。

君は恩人じゃない、対等な友人だ。

二人もそう接してくれ。」

『はい、かしこまりました。』

神無月の言葉に、今回は二人共笑顔で答える。

うん、やっぱり人間笑顔が一番だね。

場が和やかな雰囲気になったのを感じながら、俺は笑顔で握手を続けた。

「ふぅ、今日は戦ったし、よく笑ったから、お腹が空いてきたね。」

「まあ、なんだかんだで、もう夜の9時近くだもんな~。」

ちなみに、俺が生介と別れ、神無月を追ったのが5時ぐらいで、風呂に入ったのが8時30分近くだったから、研究所にはかれこれ3時間ぐらいいたことになる。

うん、濃い3時間だったな。

「ご飯の準備は出来てる?」

「はい、整ってございます。」

「そっか、ありがとう。

なら食事の準備「あ、あの!」……さっきからなんだい?馬奈美。」

明らかに苛ついた表情で神無月は彼女を見るが、彼女はなぜか顔を赤くしながら、何かを言おうと先ほどから口をモコモコさせている。

「…?どうしたんだい?

なにかあるなら言ってくれないか?」

「あ、うん。

えーとね、…ご飯、私も作ってみたんだけど、……食べてみてほしいかな~。と。」

「馬奈美が?」

そう言って驚いた神無月は、うんと頷く彼女を見たあと、亥澄さんに目をやる。

その視線に微笑みながら頷いた。

というか、そんなに驚くことなのか?それ。

「そっ…か。」

そう呟きながら、素面の振りをするが、口角が少し上がっている辺り、よほど嬉しかったんだろうな。

「うん。

ただ、その……。」

そう言いながら文月さんは、俺をチラチラと見る。

……ああ、そういうことね。

うん、察した。

しょうがないね~、まったく。

「……神無月悪い。

実は俺、昼遅かったから、あんまり腹減ってないんだ。」

「そう…なのか?」

「ああ。

で、物は相談なんだが、この屋敷、ちょっとぐるーっと見てきて良いか?」

「屋敷を?」

「ああ、こんな面白そうな場所、ジャーナリストの卵として見ない手はないのさ。」

そう言ってにやりと笑って見せる。

「でも、ここはそこそこ広いよ?迷わないか?」

「ならば、私が案内いたしましょう。」

「亥澄?」

「お、そりゃ助かる。

そんじゃ、お願いします。」

「………良いのか?亥澄?」

「ええ、おまかせください。」

「そっか、ならスマナイが頼む。」

「かしこまりました。

では睦月様、参りましょう。」

「すみません、お願いします。」

そう言って俺は、亥澄さんは頭を下げた。

 

 

 

 

「気を使っていただき、ありがとうございます。」

「まあ、もともと俺は予定に入ってなかったわけですから、俺の分が無くても当然ですよ。」

そう言いながら亥澄さん案内の元、俺は屋形を歩いていた。

「しかし、それもさることながら、あの話術。

素晴らしかったですよ。」

「ありがとうございます。」

まあ、ジャーナリスト志望ですからね、それぐらいはね。

「いえいえ、そんなことはございませんよ?

技術は使いこなすのは、睦月様の努力があればこそ、ですよ。」

そう言われると 照れるな。

「睦月様は純な方なのですね。」

「たはははは。」

………あれ?今、違和感が?

「気のせいでは。」

「……っていやいや!

今俺話してなかったよね!?」

「おや、バレましたか。」

そう言いながら彼は、イタズラが見つかった子供の様に舌を出して笑った。

「バレましたか。って。」

その姿に俺は頭をガクッと落とした。

「それって、あれですか?

読心術かなにかですか?」

「はい、左様でございます。」

「なるほどね。」

通りで話がサクサク進む訳だ。

考えていることがわかれば、そりゃ滞りはないよな。

「そういうことでございます。」

「…考えを読まないでください。」

いや、本当に。

「読心術は執事のたしなみなもので。」

左様でございますか。

 

 

 

 

 

 

その後、一通り見させてもらった俺は、リビングでコーヒーをいただいていた。

「……ところで彼女、文月さんって、料理をやらない方なんですか?」

「なぜそう思われるのですか?」

「彼女が料理を作った。って言った時の二人の反応ですね。

普段からやっている人に対する反応じゃなかったですよ?

あれ。」

「なるほど、確かに。

おっしゃる通りですね。」

まあ、彼女のあの態度はあれだね、せっかく作って待っていたのに、遅く帰るは、知らない男を連れてくるは、挙げ句の果てに待たせてくるは、の三連コンボだったからなんだろう~。

悪いことしちゃったな、後で謝っておくかな。

「あと、あの二人って付き合っているの?」

「それはなぜですか?」

「いや、なぜって、あの二人の反応見ればもろバレでしょ?」

「ふむ、やはり睦月様から見ても、そう思われますか。」

「……ってことは、あの二人。」

「はい、付き合っておりません。」

「……マジか。」

「マジです。」

え~、あれどう見ても好き合ってる反応だぞ?

それで付き合ってないとか。

「なんで?」

「恐らく、二人共主従関係が長いせいか、そういうことに関してはあまり素直になれないのだと。」

「なるほどね~。」

あれか?

身分の違いとか、愛情と献身の違いが分かりにくいとか、そういうことか?

「恐らくそういうことだと。」

だから読まないでって。

そんなツッコミを入れた瞬間。

 

ーバタンー

 

っと、物凄い音と共に扉が開いた。

何事かと見ると、

「だから、大丈夫だって!」

「いやいや、そういうわけにはいかないな~。」

今にも泣きそうな表情の文月さんと、見たことのないぐらい、物凄く良い笑顔で神無月が入ってきた。

 

「どうしたんだ?」

「いや、実は馬奈美が手を怪我していてね。

治療をしようと思っているのに、彼女が逃げるんだよ。」

そう言われて見てみれば、確かに手に切り傷とかちょっと火傷した様に赤い点がついていた。

多分、慣れない包丁で切ったり、油が跳ねたりしたんだな。

「絶対に嘘だ!

そんなこと言って、痛がる私を見て楽しむ気なんだ!!」

「ああ、もちろんそれもあるよ?

なんだ、ちゃんとわかっているじゃないか。

さあ、観念して大人しく治療されなよ。」

「絶対にいやだ!!」

そう言い合いながら、お互いに距離を計っている。

「亥澄さん!睦月さん!二人共見てないで助けてくれよ!!」

「…………睦月様、もう一杯いかがですかな?」

「ありがとうございます、ありがたくいただきます。」

そう言いながら俺は、亥澄さんが入れてくれた美味しいコーヒーをいただいた。

「ちょっとぉぉ!」

「さあ、観念しなよ。」

「絶対にいやだぁぁ!!」

そう言いながら、再び追いかけっこをしだす二人。

「……彼女が素直にならないのは、あいつの性格のせいじゃないですか?」

「その可能性は、なきにしもあらず、ですね。」

それしかないのでは?

そんなことを思いつつ、俺はコーヒーに口をつけたながら、一時の団らんを楽しみ、明日のことを考えていた。

この時、俺は気づいていなかった。

俺の今までの日常は、二度と戻って来ないこと。



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DISK12 代償と絶望

この話はかなり暗いです、グロい部分があります。
人によっては気分を害する可能性がありますので、読む時は自己責任の上でお願いします。


そんなどたばたがありつつも、和やかな雰囲気で時間は流れ、時刻はもう10時30分になるところだった。

「ん、もうこんな時間か。」

「本当だ、時間が経つのはあっという間だね。」

「まったくだ。

さてと、あんまり長くいると迷惑になるし、明日も学校だから、そろそろ帰るよ。

って、どうやって出れば良いんだ?ここ?」

『え?』

「へ?」

俺の言葉に、信じられないものを見る物を見る様に、全員が目を見開きながら、俺の方を見る。

あれ?

俺今変なこと言ったか?

「神無月様。」

「なんだ、亥澄。」

「侵入する際、睦月様にちゃんと説明されましたか?」

「……危険しかないところだとは、きちんと伝えたぞ。」

『~~~っ!』

神無月の言葉に文月さんや亥澄さんまでもが、しかめっ面をする。

だから、なにが不味いんだって!

 

「……睦月様。」

「はい?」

「あなた様は今日相手にしたのはどのような組織かはご存じで?」

「…?世界を裏から支配する、悪の秘密結社。である。

と、研究所内で教えてもらったけど?」

その言葉に二人は頭を抱え始めた。

だから、なにが不味いだよ!!

「……君は、本当にわかっていなかったのかい?」

遂には神無月まで顔をしかめ始めた。

だから…!

「……睦月。」

「……なんだよ。」

「君は本当にわかっていないのかい?」

「……なにが言いたいんだ?」

言葉の一つ、一つを強めに言いながら、神無月は真っ直ぐ俺を見つめる。

その目に俺は言葉を繋げなくなり、押し黙ってしまう。

「もう一度聞くよ、睦月。

君は本当にわかってないかい?

本当はわかっているんだろ?

わかっているけど、心がそれを否定している。

違うかい?」

「それは……。」

神無月の真っ直ぐな目を見れなくなり、俺は目を反らしてしまった。

 

それは俺がずっと目を反らしていた可能性。

でも、あり得ないだろ?

顔を見られた、或いは撮られたかもしれないとはいえ、それだけで個人の特定なんて…。

「……君がなにを考えているのかは、なんとなくわかるから一応言っておく。

君自身言っていただろ?

奴らは裏から支配をしている、と。

君も持っている端末を使ってね。

そして、その端末からは、様々な情報が奴らのデータベースに送られている。

どこでなにを買い、誰と会ったか?というプライベートなことから、血液型、性格、病気などの個人情報。

そして、その個人情報の中には当然…。」

「……顔写真も含まれる、か。」

「ああ、その通りだ。

それは、つまり…。」

「……俺の身元は割れている可能性が高い。ってことか。」

俺はそう言いながら空を仰いだ。

そして、自分の迂闊さを呪った。

相手を知らずに行動することの危険さを知っていたはずなのに、自分のとった行動はそういうことを一切無視するものだった。

「………とりあえず、君はしばらく…。」

神無月が言葉を繋げようとした、その時だった。

 

ーぶるぶる、ぶるぶるー

 

どこからか、振動音が聞こえた。

「ん?」

「……すまん、俺の携帯だ。」

そう言いながら、俺はポケットから携帯を取り出す。

そういえば、マナーにしていたっけか。

変なところがしっかりしていた自分に苦笑しつつ、神無月に出ていいか?と目で確認すると、彼は静かに頷いたので、俺は電話に出た。。

「…もしもし?」

『もしもし!?』

「母さん?久しぶりだな。どうした『好子!?好子なの!?』……なんだよ、唐突に?

俺以外に出る奴がいるわけ無いじゃん。」

『なにかあったの!?なにか事件に巻き込まれなかった!?』

うん、なんともタイムリーな話題を振ってくる人だな、おい。

……しかし、

「いきなりどうしたんだよ?

なんか虫の知らせがあったのか?」

『違うわよ!!今警察から電話があって、あなたに電話を直ぐ掛けなさいって!』

「……警察から?」

それを聞いた時、俺は妙な胸騒ぎを覚え、母になにかを伝えようとした、その時だった。

『ーガシャーンー

 

ーガタガタゴトゴトドカッー』

 

突然電話の向こうから、ガラスが割れる音と、なにかが崩れ落ちた音が聞こえた。

『!?』

『お父さ~ん!?、どうかしたの!?』

母さんが声を上げ訪ねるが、しばらく待っても返事はない。

『お父さ~ん!?お父さ~ん!?

……さっきから騒がしいし、なにかあったのかしら?

ちょっと見てくるから、少し待っててね。』

そう言いながら、母は受話器を本体の横に置いたのだろう。

少し音がして、歩き出す音がした。

「……駄目だ、駄目だ母さん!

戻ってきてくれ!!

母さぁぁぁぁん!!」

向こうの音にフリーズをしていた俺は、慌てて母を呼ぶが、僅かの差で届かなかったらしく、離れていく足音が聞こえる。

『お父さん?お父さん?

開けるわよ?』

その言葉と共に、カチャと扉が開く音が聞こえた、その次の瞬間、

『イヤァァァァァァァァァ゛ァ゛ァ゛!!!!!』

「母さん?母さん?どうした?なにがあった!?」

母の悲鳴と共に、なにかが崩れ落ち、そして暴れる音が電話越しに聞こえてくる。

「母さん!?母さん!!…クソッ!

すまん、神無月。

今直ぐ外へ出してくれ!」

「わかっている。

直ぐに繋げるから、少し待ってくれ。」

そう言いながら神無月は左腕のコードを扉に差し込む。

「どこだ?」

「え?」

「睦月の実家はどこだ?と、聞いている。」

「虹ヶ原2-2-3だ。」

「近場か、少し待っていろ。」

そう言うと彼は目を瞑り、黙りこんだ。

その表情は真剣そのもので、話しかけられない雰囲気を醸し出していた。

「……!あった!

ここなら繋げられる!」

「…!すまん、頼む!」

「わかった!」

そう言って左腕の機械を操作すると、扉の方からカチッと鍵が開く音がした。

「これでよし。

亥澄、すまないが一緒に来てくれ。」

「かしこまりました。」

「馬奈美は、なにかあった時のために待機をしていてくれ。」

「え…っ、かしこまりました。」

そう言いながら頭を下げる文月さんではあるが、なにか言いたさげに口をモゴモゴさせていた。

 

神無月にも、それが見えていたはずだが、彼は無視して扉を開けた。

開けた先の空間は真っ白で、薄い膜のようにも見えた。

そこに迷わず神無月は頭を突っ込んだ。

「…右よし、左よし、上よし!

出てきて大丈夫だよ。」

そう言って扉を抜けた彼に続いて、亥澄さん、俺の順番に外へ出た。

扉を抜けるとそこは街の裏道みたいな、静かで人通りが無さげな道だった。

そして、俺には見覚えのある景色だった。

ただ…、

「……なあ?ここ、3丁目だよな?」

「ああ、そのようだね。」

「そのようだね、じゃねえよ!

場所違うじゃねえか!」

「あれは、どこへでも繋げられるわけではない。

ど○で○ド○ではないんだぞ?」

「それなら、そうと言いやがれぇぇぇぇ!!!」

そう言いながら俺は駆け出していた。

ちなみに、ここから俺の実家まで、走って3分ぐらいかかる。

間に合わないかもしれない、そうじゃないかもしれない。

ただただ、感情が急かすままに俺は駆けていた。

「お、おい。」

「神無月様、今は追いかけるのが先決かと。」

「あ、ああ。

急ごう。」

そう言って少し遅れて二人も駆け出した。

必死に駆けていくと、段々見慣れた景色に変わっていく。

ここまで来れば、あともう少し。

あと、あの角を曲がれば実家は目の前。

俺ははやる気持ちを抑えながら、更に加速する。

角を曲がり、走り続けて漸くたどり着いた我が家。

閑静な住宅街の一角に存在し、どこにでもあるような一軒家。

俺は門を開けて入ると、ポケットから鍵束を出して家の鍵を開け、扉に手をかけた。

「あら?どうしたの?」

「どうしたの?って、あんな電話来たら誰でも急いで帰ってくるわぁぁぁ!」

「あらあら、ごめんなさいねぇ~。」

そう言いながら母は笑い、何事かと父が顔を出す。

そうだ、そうに決まってる。

あの母は、時々洒落にならない冗談をする人だ。

そんな質の悪い冗談に決まっている!!

祈りにも似た想像の会話を思い浮かべながら、俺は扉を開けた。

そして、そこには、

「ぷう助ぇぇぇ!!!!」

絶望が俺を待っていた。

扉を開けてまず目に入ったのは、我が家の飼い犬である、ぷう助(ゴールデンレトリバー)が上がり口で血溜まりの中、こちらに頭を向けて倒れていた。

土間まで垂れている血の量から、もう助からないだろう。

そして、その血溜まりと近くの扉までを往復する、一種類の足跡がくっきりと残っていた。

小柄なのか、足跡の大きさの割には歩幅は小さく、その横を大小様々な血痕が飛び散っていた。

俺は靴も脱がずに上がり口に上り、真っ直ぐ部屋に向かって駆ける。

扉の前の床は血塗れで、反対側の壁も血で濡れていた。

俺は銀色の取っ手に手をかけ、扉を開けた。

開けた先はリビングで、俺がここに暮らしていた頃は、生介とゲームをしたり、父と碁や将棋を指したり、父や母の知り合いが遊びに来たり、家族でテレビやご飯を一緒に食べたりしていた。

そこは俺にとって平穏な日々を、幸せな日々を象徴する場所でもあった。

だけど、

「あ゛ぁ゛。

…に…て、」

今その場所にあったのは、首もとを血で濡らし、うつ伏せで横たわる両親と、その足元で両手を血に染め、血を滴り落としながら立っていた狼男だった。

「なにしてやがんだ、この野郎ぉぉぉぉぉ!!!!」

敵うとか、敵わないとか、そんなこと一切頭になく、ただただ目の前のそいつが憎くて、俺は無我夢中で殴りかかっていた。

基本もくそも無い、ただの大振りのテレフォンパンチ、仮面ライダーならまだしも、なんでもない俺のそれが当たるはずもなく、避けられて体を崩した俺は、勢いあまって転がってしまう。

それでも直ぐに勢いを止め、振り向き再び殴りかかろうとした。

だが、振り向いた先にはいた相手もただ立っておらず、俺に向かって一歩踏み出しながら、血で濡れた右手を下から振り上げようとしていた。

それを後ろ側に倒れることで避けようとするが、爪が服に引っ掛かり、それに引っ張られて体が浮き上がるが、奴の切れ味が良い爪と俺の自重によって服が破け、俺は背から地面に落ちてしまった。

「がふぅ!」

背中に痛みを感じながら、同時に危機感も感じていた。

あまりにも無防備な格好を相手が見逃すわけが無いと思い、素早く起き上がる。

だが、奴は白い歯を見せながら唸り声を上げて俺を一瞥した後、割れた窓から外へと飛び出し、外に飛び散ったガラスを踏み鳴らしながら逃げて行った。

それとほぼ同時に、

「睦月!!」

「睦月様!!」

神無月達が漸く追い付き、家に入って来る音がした。

ただ、今の俺にはそんなことどうでもよかった。

ふらふらと立ち上がると、俺はゆっくりと両親に近づく。

まるで見せつけるかの様にうつ伏せに寝かされた二人は、お腹の上に両手を組まれており、その表情は切ないほど穏やかで、今にも目を覚まして起き上がってきそうだった。

だけど、首の傷と出血の跡がそれを否定する。

急に体から力が抜け、俺はその場にへたりこんでしまった。

俺の両親は、殺されたのだ。

否、俺が殺した様なものだ。

俺が目を背けてきた可能性。

それは危害が自分だけでなく、周りの人に、大事な人達に及ぶ可能性。

それを省みずに行動した結果が、これである。

「あ゛、あ゛ぁ、」

『好子、美味しいお菓子があるわよ♪』

楽しい話の最中に浮かれながら俺を呼ぶことも、

『大丈夫か?好子。』

『もう、気をつけなさいよ?』

怪我をしている俺を心配そうに呼ぶことも、

『好子、ここに座りなさい。』

俺が悪いことをして怒りながら呼ぶことも、

「う゛あ゛ぁ。」

『好子、頑張ってきなさい。』

『しっかりやりなさいよ。』

励まし、送り出してくれた時の様に呼ぶことも、

『好子。』

『好子。』

優しく、時に厳しく、俺に接してくれた二人。

俺の大事な二人のいた日常。

昨日まで確かに存在したその日常は、粉々に砕かれた。

いや、俺自身が壊してしまったのだ。

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」

頭を抱えて、涙を流しながら俺は泣き叫び、自分の考えの甘さを呪った、自分の思量のなさを恨んだ、自分の無力さを嘆いた。

悪い夢なら覚めてくれ!っと、心の中で叫ぶが、残念ながらこれは現実で、目の前の惨劇は紛れもない事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

睦月に遅れること、約1分。

僕達は漸く睦月宅にたどり着いていた。

「や、やっと着いた。」

「…神無月様、今度からもう少し体をお鍛えくださいませ。」

「…善処する。」

これからは戦いもあるから、本当に鍛えておいた方が良いかな?

変身した方が楽そうだけど。

僕がそんなことを思いながら、荒い息を吐きつつ門をくぐり抜けた、その時だった。

ドスンっとなにかが落ちる音と共に、

「ぐふぅ!」

っていう睦月の声が聞こえた。

「睦月!!」

「睦月様!!」

ガラスを踏み鳴らす音が聞こえる中、僕達は彼の名を叫びながら彼の家に飛び込んだ。

「っ!これは。」

最初に飛び込んできた惨劇に表情を歪めつつ、僕は目の前の開いた血塗れの扉へ向かって駆けて行く。

その部屋で僕らが目にしたのは、部屋の中央辺りに寝かされている二人の死体と、幽鬼の様に真っ白な顔をした睦月だった。

彼はゆっくりと立ち上がると、夢遊病者の様にふらふらと歩きながら、部屋の中央にある二人の死体に向かって歩いていた。

恐らく、あの二人が睦月のご両親なんだろう。

やがて足元にたどり着くと、力が抜けた様にへたりこんだかと思うと、

「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!!!」

頭を抱えながら泣き叫びだした。

「……睦月。」

その姿に重なる物があり、僕は彼になにも言えず、ただそこで立ち尽くすしかなかった。

しかし、そんなにゆっくりしている暇もなかった。

 

―ファンファンファンファンファンー

 

遠くからパトカーのサイレンが聞こえ始め、それは確実にこちらへ向かっていた。

「……亥澄、僕は逃げる準備をする、睦月を頼む。」

「はっ!」

そう返事をすると、亥澄は素早く睦月に近づいていく。

その姿を見ながら、僕は壁にプラグを刺し、屋敷の扉へのリンクを始める。

「睦月様、もうすぐ警察が来ます。

早く逃げましょう。」

優しく語りかける亥澄。

だが、睦月はその言葉に対して、いやいやと首を横に振るだけだった。

その姿は、まるで幼い子供がただをこねている様にも見えた。

「睦月様!しっかりなされよ!」

そう強く言いながら肩を強めに叩き掴む亥澄に、睦月は目を大きく開きながら亥澄を見つめる。

「辛いかもしれません。

ですが、お気をしっかりお持ちくださいませ。」

その言葉に目を細め、歯を食い縛る様な表情をすると、体に力を込めて、ふらふらと立ち上がった。

破けた上着がゆらゆら揺れ、中に着ている青色のシャツが見え隠れしていた。

亥澄は睦月の肩を支えると、無言で僕を見た。

ちょうど僕の方も準備が終わり、扉を開けようとしていた。

「神無月様。」

「ん?なんだい?亥澄。」

「少し調べたいことがございます。

先に睦月様とお戻りになってくださいませ。」

「調べたいこと?」

そう言いながら、僕は怪訝な表情をした。

彼がこんなことを言うのは、僕にとって初めてだったからだ。

「はい、睦月様が正気に戻った時、必ず必要となります。

お時間はさほどかけません。

その為にどうか。」

「……わかった、頼む。」

「はっ!」

そう言って亥澄は素早く動き出した。

睦月の為、か。

出会って間もないはずなのに、こんなに肩入れをするなんて、本当に珍しいこともあるものだ。

まあ、それは僕にも言えることだけどね。

そんなことを思いながら僕は、横で傷心しきった表情の彼を肩を支え、扉をくぐり抜けた。

 



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DISK13 自由と責任

「……うーん、まだかな?」

チラチラと扉の方を見ながら、馬奈美は自分の仕事を続けていた。

といっても、どうして扉の方へ気がいってしまうので何度かミスをしかけており、先ほども壺を落としかけて割りそうになっていた。

もう一度扉を見て、まだ開かない扉にため息を一つ吐いて、別の場所へ行こうとした、その時だった。

カチャっという音と共に、扉が開く音が響く。

その音を聞き、彼女は喜び勇んで扉へ駆けていく。

もし彼女に犬のしっぽがあれば、間違いなく大きく振っているにちがいない。

とはいえ、自分のそういう感情を出すのは恥ずかしいため、おくびにも出さず、平素を装うようにしていた。

まあ、周りにはバレバレではあるが、そこは敢えてつっこんではいけない。

やがて、白い膜から二つの影が浮かび、二人が出てきた。

「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ!?」

お辞儀し、顔を上げた瞬間に目に入った睦月の様子に、平素を装うことも忘れて叫んでしまった。

まあ、上着は破れ、幽鬼の様に真っ白な顔をしていれば、叫び声の一つは出るというものである。

「…ふぅ、ただいま。」

「あ、お帰りなさいませ、じゃなくて。

どうしたんだい、いったい?」

「…………睦月の両親が殺された。」

「……!そんな。」

「亥澄はまだ向こうで調べたいことがあるって言って、向こうにい「…でだ。」…ん?」

「え?」

睦月がなにかを呟いた様な気がして、二人が彼を見た、その瞬間、神無月は強い衝撃を受けた。

 

 

 

 

「ただいま戻り…!?」

亥澄が扉をくぐり抜け、目に入った場面に目を開くのを見ながら、今日は珍しいものが良く見れるものだ。と、場違いなことを僕は考えていた。

ちなみに、どんな場面かというと、僕が睦月に胸ぐらを掴まれ、浮かび上がらせている場面である。

うん、何気に力あるんだね、君は。

直ぐに僕を助けるために駆け寄ろうとする亥澄を、僕は手で静止した。

ちなみに、馬奈美には既に静止をかけている。

二人が止まるのを確認して、僕は睦月に視線を戻した。

彼の目は黒い怒りの炎に燃え、僕のことを睨んでいた。

「…なんで、なんで俺をあんな所に誘ったんだ!!

お前が、お前が誘わなければ、俺はあんな所へ行かなかったんだ!!」

そう言いながら彼は、僕を掴む手に力を込める。

「なんで、なんでだぁぁぁ!

答えろぉぉぉぉぉ!!」

叫ぶ度に力が込められ、若干苦しくなってきた。

ちなみに、彼がこの質問をしたのは、これで三回目である。

怒りで我を忘れ、大分錯乱しているようだ。

……身に覚えがあり過ぎて、他人事に思えないかな。

とはいえ、そろそろ苦しいし、止めてあげようかな?

「……なんか、なんか言えよ!!」

「なら、言ってあげるよ。

睦月。」

彼は僕の言葉に目を一瞬見開いたけど、また直ぐに目に力が入り、僕を睨み付ける。

「睦月、君はなにか勘違いしている。」

「勘違い?」

「そう、確かに僕は君を誘った。

それは紛れもない事実だ、認めよう。

でも、あの時君には、僕の誘いを断ることも出来たはずだ。

危険な場所だとわかっているのだから、なおのことだ。

そもそも、僕みたいな得体のしれない奴の跡をつけたり、信用すること自体がおかしな話だ。

違うかい?」

「それは…。」

そう言いながら彼は、苦虫を噛んだ様な表情をして顔を横にそらした。

「誰もが選択する自由を持っている。

だけどそれは、それを選択したことに対しての責任も、その人に同時に付いてくる。

君は僕の話を聞いた時、危険を感じながらも、ついてくることを選んだ。

蜘蛛男に服従を迫られた時、君は誇りを持って死を選ぼうとした。

だからこそ、奴らと戦うことになったんだ。」

容赦なく続ける僕の言葉に、彼はどんどん頭を下げていく。その姿に少し心が痛むが、でも言わなければならない。

彼自身のために、彼がもう一度真っ直ぐ立ち上がるために。

「…君は自分で選んだんだ。

僕を信じることも、奴らと戦うことも、全部君の意思で決めたことだ。

だからこそ、君が責任を取らなければならないだ。

厳しい言い方だけど、今回のことは君の責任なんだ。」

その言葉を最後に、僕は黙って睦月を見つめた。

彼はなにも言わず、僕の胸ぐらを掴みながら、ただ俯いていた。

手からはさほど力を感じず、むしろしがみついている様にも見えた。

そのままの体制で暫く動かなかった彼だったが、最後に手に力をギュッと入れた後、ゆっくり力を抜き僕から離れていった。

「……………すまない。」

「大丈夫、気にしてないよ。」

虫の鳴くような声で謝る彼に、僕は首を横に振って答えた。

いまだに俯いたままだから、彼の表情は見えないけど、恐らく申し訳なさそうな顔をしているのだろう。

………さて、ここまでは良いとして、これをこの後どうするかなんて、なんにも考えてなかったけど、どうしよう?

内心冷や汗をかきながら、そんなことを考えていると、

「睦月様、お召し物も破れておりますし、一度お部屋に戻られてはいかがでしょうか?

睦月様からお預かりしたお召し物も、洗濯は終わっておりますので、よろしければお替えくださいませ。」

「そうだね、そうした方が良いと思うよ。」

亥澄が合いの手を入れてくれたので、本当に助かった。

流石亥澄、出来る執事は違う!

いえいえ、それほどのものでもございません。

……あれ?今なにか聞こえた気が?

「………ごめん、そうさせていただくよ。」

「ええ、それがよろしいかと。」

「え?あ、うん。

場所は大丈夫かい?」

「うん、大丈夫。

ありがとう。」

そう言い、睦月はゆっくりとした足取りで部屋に向かっていった。

「…馬奈美。

すまないけど、彼に君のハーブティーを入れてあげてくれないか?」

「あたしのですか?」

「うん、亥澄には頼みたいことがあるし、なにより君のは美味しいし、落ち着くからね。

頼めるかい?」

「ま、まあ、ご命令とあればしょうがないな、うん。

じゃあ、淹れてくる!」

そう言うと、馬奈美は小走りでキッチンへ向かっていった。

心なしか嬉しそうだったのは気のせいかな?

「褒められ、頼られたのが嬉しかったでしょう。」

「ん?いつも頼りにしているけど?」

「そう意味ではないのですが、まあ、それは置いとくとしまして、私に用とはいかがされましたかな?」

「ごめん、それ、ただの口実なんだ。

……馬奈美に、……こんな姿を、……見られたく…なかっ…た…か……。」

「神無月様!」

ふらつき、倒れかけた僕を亥澄は慌てて抱き止めた。

「ははは、…格好つかないな、…まったく。」

「そんなことはございません。

先ほどの睦月様へのことも、見事でございました。」

自嘲の笑みを浮かべる僕に、亥澄は真剣な表情でそう言った。

その言葉に、僕は目を見開きながら亥澄を見た。

「今日は本当に珍しい日だね。

亥澄が手放しに僕を褒めるなんて。」

「当然のことです。人のために己の持てる力を使い、救った者に賞賛の言葉以外、贈る言葉はございません。」

「僕は大したことはやっていないよ。

昔、僕が亥澄にやってもらったことをやっただけだ。」

「そうだとしてもです。

例え模倣だったとしても、貴方様はやりきった。

睦月様を救ったのです。」

「……僕は救えたのかな?」

「あの方は、我々が思うより強い方の様な気がします。

必ず立ち上がり、貴方様の助けとなるはずです。」

「……亥澄は彼とは会って間もないのに、随分と買っているね。」

「それは貴方様も同じだと存じます。

あの方はなんの根拠もないのに、何故か信じられる、大丈夫だと思える、そんな不思議な方です。

どうか信じてくださいませ、貴方と共に戦うと決めたあの方を。

そして、あの方と共に戦うと決めた貴方様自身を。」

「………ありがとう、亥澄。」

そう言い僕が微笑むと、亥澄もニッコリと笑いながら頷いた。

 

 

 

 

 

「……はぁ~~、俺って奴は、まったく。」

神無月達と別れた後、俺はあてがわれた部屋に入るとベッドに座り、深いため息を吐きながら項垂れていた。

着替えは確かにあった。

それも、綺麗にアイロンかけまでされている。

ここまでくると、最早恐縮するレベルだが、今はそんなことを感じることが出来るはずもなく、ただただ自己嫌悪に陥っていた。

座ってから十分ぐらい経っただろうか?

 

ーコンコンー

 

と控えめなノックと共に、

「失礼します。

睦月様、お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「文月さん?

ええ、どうぞ。」

「はい、では失礼します。」

そう言って文月さんは、ポットとカップの乗ったトレーを持って、俺のいる部屋に入ってきた。

「どうかしましたか?」

「神無月様が、睦月様にハーブティーを。とのことで、お持ちいたしました。

どうぞ召し上がりください。」

そう言いながら彼女は、慣れた手つきでお茶を注ぎ、俺に差し出した。

「神無月が?」

「はい!」

俺の問いに、満面の笑顔で答え彼女。

……なんか良いことでもあったのか?

そんなことを思いながら一口飲んでみた。

「…!旨い!」

「ありがとうございます。

まだありますので、どうぞ召し上がりくださいませ。」

普通に美味しかったので、思わず口にしてしまった俺に、彼女は嬉しそうに答えた。

直ぐにカップのハーブティーを飲みきってしまった俺は、お代わりをもらい、再び口をつけた。

淹れ方が巧いのか、凄く美味しく感じる。

それにこの香りは、

「これレモンバーベナですか?」

「あら?わかるんですか?」

「昔、ハーブ専門のお店でバイトしたことがあったので。」

もっとも、違法ハーブを自宅栽培してたのを知って、速攻で辞めて、警察に通報したけどね。

飲みながら、沈んでいた気持ちが落ち着くのがわかる。

やれやれ、我ながら現金なものだ。

「……あの。」

「ん?」

「先ほどは神無月様が失礼しました。」

「へ?」

 

 

「あの、先ほどの……。」

「ん?あ、ああ、あれね。

いやいや、さっきのはどう考えても俺が悪いだろ?」

「それでも、あの人が巻き込んだのは本当ですし。

それに、あの人には悪気は無いのですが、あんな言い方は…。」

そう言って彼女は少しうつむく。

多分、彼女が言っているのは、責任について言っていた時のことだろう。

それに関しては、気にしていないんだよな~。

むしろ、

「逆に俺、あいつに感謝していますよ?

逆上して冷静でなかった俺を、あいつはしっかり受け止めてくれた。

言っていることも、あいつが正しい。

全て俺が選んだ結果だ。」

「だ、だけど……。」

「『いかなる理由があろうとも、起きた事柄は、起こした本人の責任である。』さ。」

「その言葉は?」

「俺のじいちゃんの言葉。

俺が大事にしている、人生の指針。

なのに、あの時俺は、自分の感情のままにあいつを責めてしまったんだ。

頭ではわかっていたのに、ね。

難しいもんだ。」

 

そう言い自嘲の笑みを浮かべながら、俺は頭を掻いた。

昔からそうだ。

気をつけていても、どうしても感情を抑えきれない時がある。

感情を破裂させては自己嫌悪し、破裂させては自己嫌悪しの繰り返し。

特に今回は事が事だけに、罪悪感が半端ない。

「……あの、……そのさ、……そんなに気にしなくても良いんじゃないか?って、あたしは思うんだけどさ。」

「……理由は?」

言葉を急に崩した事から、恐らくメイドとしてでなく、個人的になにかを伝えたいのだと感じたので、なにも言わないで先を促した。

「えーと、……あたしもさ、あんたみたいになることがあるんだ。

…その、………本当は言いたいことがあるのに素直になれなくて、つい別の言葉を言ってしまうんだ。

やっては後悔して、やっては後悔してだったんだけどさ。

この前、ようやく言いたいことが素直に言えて、…まあ、直ぐに反発しちゃったんだけどさ。

…その、あまり考えないあたしでも少しずつ出来るようになっているんだから、もっと考えているあんたが出来ないわけがない。っと思うんだ。

……だから、……その~、」

そう言いながら彼女は、言葉を探す様に目をさ迷い始める。

それを見ていると自然と笑みが浮かび、

「……クック。」

悪いとは思いつつも、忍び笑い始めてしまった。

「……あんた、それは流石に失礼じゃないか?」

「ああ、ごめん、ごめん。

本当に良い人なんだな~、って思ったら、ついね。」

「……そんなことは「あるさ。」…っ。」

「さっきの謝罪だって、あいつのためだろ?

俺があいつを嫌わない様に、って。」

俺が笑みを浮かべながら言うと、彼女は頬を赤く染めて俯いてしまった。

なんて言うか、可愛い人だな、この人。

あいつが好きでなかったら、惚れてたかもな。

「……大丈夫、こんなにお世話になっているのに、嫌うなんて失礼なことはしないよ。

あいつを裏切る気もないですよ。」

その言葉に彼女は頬を染めたまま、コクリと頷いた。

その姿を見ながら、自分が少し明るくになっていることに気づいた。

多分、笑って少し元気が出たのだろう。

……そういえば、あの時も笑顔に救われたんだったな。

……救われぱなしだな、俺は。

自分の夢の原点を思い出し、少し懐かしい気持ちになりながら、残ったハーブティーに口をつけると、

 

 

ーぶるぶる、ぶるぶるー

 

携帯が振動音と共に震え出した。

「…こんな時間に?しかも、一体誰が?」

時刻は既に0時を回っており、かけてくる相手も心当たりがなかった。

不審に思いながら携帯を取り出すと、ディスプレイには大津 生介の字が浮かんでいたので、俺は慌てて通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『もしもし!?

好子か!?

好子なのか!?』

「俺以外でこの電話に出たら、それはそれで問題じゃねえか?」

『バカ野郎!!!!

ふざけてる場合かぁぁ!!!

お前の実家が大変なことになってんだぞ!!!』

「………知ってる。」

『……は?』

「………父さんと母さんが殺された。

……いや、俺が殺したも当然だな。」

『……おじさんとおばさんが!?

っていうか、お前なにをしたんだ!?』

「……すまん、言えない。」

『おいおい、ふざけんなよ?

ここにきて黙りとか聞かねえぞ!』

「やべぇネタを掴んじまったんだ!

話たらお前まで巻き込むことに『巻き込めよ!!』…っ!」

『…俺達友達だろ?

なら、背負わせろよ。

お前だって言ってんだろ?

友達は助け合うもんだ。って。』

「………すまん、これはそんな次元じゃねえんだ。

俺のせいで、お前まで失いたくない。」

『………そっ…か。』

「…悪い。」

『ん、いや、気にするな。』

その言葉を最後に、お互い黙ってしまった。

なにか言おうとしても、言葉が喉をつっかえて出てこなかった。

「……ありがとうな。」

『ん?』

「いや、心配してくれたんだろ?

だから、ありがとう。」

『いや、お前が家の近くを凄い形相で走っていたし、さっき警察が来て、お前のことを尋ねられたから、何事かと思ってな。』

あれを見てたのか、っていうか。

「警察が?」

『ああ、なんでもお前のいた形跡はあったのに、お前がいないから、重要参考人として探しているらしいぞ?』

「そうなのか。

まあ、現場から逃げたのは本当だからな。

追われてもしょうがないかな。」

『おいおい、マジで逃げてたのかよ。

って、まさか、本当はお前が犯「冗談でも怒るぞ。」…だな、すまん。』

俺の言葉に、ばつが悪そうに生介は返した。

まあ、疑われる様なことをした俺が悪いんだけどな。

『だけど、逃げるのはやっぱり不味いって。』

「……まあな。」

『……なあ、今どこにいるんだ?』

「あ~、……今外だな。

ただ、二人が死んでいるところを見て、気が動転してな、滅茶苦茶に走ったから、今どこにいるかわからん。

なんでだ?」

「……今から会えないか?」

「…?この時間にか?」

『ああ、そうだ。

お前がどんな厄ネタを拾ったかはわからんが、このままで良いはずがない。

俺も一緒に行ってやるから、警察へ行こうぜ?』

「……警察、か。」

生介の言葉に、俺は少し考える。

普通に考えれば、あいつの言っていることが正しい。

ただ、俺はこの世界の事実を知った。

それに母さんとの会話から、下手したら警察もあてにならない状況だ。

おいそれとは行動はできない。

「…少し、考えさせてくれないか?」

『ん、わかった。』

「すまんな、心配かけて。」

『まったくだ、心配ばっかりかけやがって。』

ため息を吐きながら言う彼に、俺は苦笑するしかなかった。

「朝の電車といい、二人のことといい、ひどい目に会う日だよ。」

まあ、両親のことは自分の罪なのだが。

『そうなのか?

あ、そういえば、今日珍しく青いシャツを着てただろ?

そのせいじゃねえか?』

「ああ、そういえば色々あって着てたな。」

そう言いながら自分の今着ている青いシャツに目をやる。

確かに基本的に着ないもんな。

げん担ぎではないが、これのせい……はないな。

そんなアホなことを考えながら横に目をやり、

「え?」

畳まれた服を見て、硬直した。

『…?どうした?』

 

「あ、いやいや、気にしないでくれ。

………でも、そうだな。

このままでいるのは不味いよな。」

『まあ、間違いなくな。』

「………わかった、会おう。

一緒に来てくれるか?」

『!ああ、わかった!

良いぜ、一緒に行こう。』

「ただ、心落ち着かせたいし、戻るまでに時間がかかると思うから、少し時間をくれないか?」

『わかった、じゃあ一時に宮野坂の坂の下で待ち合わせしないか?』

「ああ、そうしよう。」

『じゃ、また。』

「ああ、後程な。」

そう言って電話を切ると、横で聞いていた文月さんが、俺のことをジッーっと睨んでいた。

「……あの、怖いんですが。」

「……あんた警察に行くのか?

あの人を裏切って。」

そう言いながら、殺気まで漏らす始末。

「……行かないよ。」

「でも、今行くって!」

「会って確かめなければならないことができたんだ。

だから、会う約束をしただけだ。」

「確かめたいこと?」

「ああ。

さて、ゆっくりしている暇はねえな!」

そう言って俺は上着とシャツを脱ぎ、ベルトに手をかけ、

「わわわわわわ!!

ばばばば馬鹿!!

あたしがまだいるだろ!!」

そう言って彼女は頬を真っ赤に染めながら、部屋から出て行った。

「あ~、すっかり忘れてたな。」

心の中で謝罪しながら、折り畳まれた朝着ていたシャツに袖を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……随分とゆっくりだな。」

「まあ、すぐにと言っても、本当にすぐに立ち直る訳では……。」

「彼じゃない、馬奈美の方だ。」

「ああ、そういえばそうですね。」

「ハーブティーを入れるだけで、なんでこんなに時間がかかっているんだ?」

そう言いながら僕は、すぐにでも睦月の部屋に行きたい自分を抑える。

理由?

行ったら何故か負けの様な気がするからだ。

「……ふむ、やはり男の部屋に彼女を送ったのは、間違いでしたかね?」

「………どういうことだ?」

「いえ、たとえ紳士的彼ではありますが、今は傷心の身。

それに馬奈美さんの母性がくすぐられて、深い仲に……。」

「あ、あはは、ないない、ないない。

そんなことないさ。」

「絶対にそうだと言えますか?」

「もちろん、……そんな、……うん。

……そんなこと。」

そう言いつつも想像してしまう。ベッドに腰かけ項垂れる睦月。

「………元気だしなよ?」

その横に座り手を重ねて、励ます馬奈美。

しかし、睦月は未だに首を横に振るだけだった。

「……もう、しょうがないな。」

そう言って彼女は、睦月の頭を自分の胸に押し当て抱きしめる。

突然のことに慌てる睦月。

だけど、意外とある馬奈美の胸の中であまり暴れることが出来ず、ただもがいていると、

「…大丈夫、あたしはここにいるよ。」

その言葉に動きは鈍くなり、やがてすがる様に胸に頭をつけていく。

しばらくそのままでいた二人だったが、睦月が僅かに力を入れ、馬奈美を優しくベッドに押し倒す。

だが、馬奈美も嫌がることなく、むしろ望む様に目を潤めて睦月を見つめる。

お互いになにも言わないが、ゆっくりと睦月の顔が馬奈美の顔に近づき、

 

 

 

「神無月!!」

そんな僕の妄想も、彼の大声で中断されることになった。

「…!あ、ああ、なんだ睦月。」

「お前に頼みたいことがあるんだ。」

そう言いながら、とても真剣な表情で真っ直ぐ僕を見つめる彼。

その横を、頬を赤く染める馬奈美がついてきていた。

その瞬間、先ほどの妄想が頭に浮かびリフレインする。

もしかして、馬奈美を?

そう思った瞬間、頭がカーっと赤くなり、

「だ、駄目だ!

馬奈美は僕のメイドだ!

誰かに渡す気はない!!」

気がついたら、そんなことを大声で言っていた。

その場にいた全員が一瞬ポカーンとするが、一足先に立ち直った睦月が僕の肩を叩いて一言、

「神無月、お前はなにか激しく勘違いしている。」

「……え?」

「俺は文月さんが欲しいとか、そんなこと考えてないぞ。」

「……へ?」

「……俺は友人の好きな人には手を出さん主義だ。」

困惑する僕の耳元に彼は顔を近づけ、小声で僕だけに聞こえる様にそう呟いた。

「!!??」

「おや~、どうしたのかな~?」

驚いて離れる僕に、睦月はイヤらしい笑みを浮かべながら、こちらを見ている。

くっ、さっきまでの沈んでいたんじゃなかったのか!?

「ご主人様達、どうかしたのか?」

「我々が気にしなくても大丈夫な事柄ですよ。」

不思議そうに見つめる馬奈美の横で、亥澄は楽しそうな笑みを浮かべながら、僕達のことを見つめていた。

いや、見つめてないで助けてよ。

「止めておけ、余計に引っ掻きまわされるぞ?」

読心術!?

亥澄さんのを見てたら、なんとなく覚えたよ。

ほほう、やりますな。

いや~、それほどでもないです。

僕の頭で会話をするな!!

「…随分と元気みたいだけど、もう大丈夫みたいだね。」

「まさか。」

「へ?」

「全然立ち直ってねえよ。

でも、確認しなきゃならないことが出来た。

気になることも残っている。

だから、俺はこの事件から逃げる訳にはいかないんだ。

この事件の全てを最後まで見続ける。

それが俺の果たすべき責任だ。」

「……そ…っか、わかった。

それなら、これ以上はなにも言わないよ。

その代わり、僕も一緒に見続けよう。

君をこの戦いに導いた責任をとるために。」

「…わかった、よろしくな?」

「ああ、よろしく。」

そう言いながら僕達は、強く握手を交わした。

 



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DISK14 気になることと確認

二話連続投稿。
一話目。
説明回になるので、ほぼ会話文になります。
お付き合いいただけると助かります。


「で、僕に頼みたいことってなんだい?」

「俺をあの事件現場に、もう一度連れて行ってくれ。」

「君は馬鹿なのか?」

「即答で罵倒かよ!」

「でも否定は?」

「しない!」

「しないのか!?」

うん、良いツッコミだ。彼女は良いツッコミ師になれそうだ。

「そんな職ありませんよ?」

「大丈夫です、わかって言ってますので。」

「それで?

そんなふざけたことを言った理由を教えて貰おうか?」

いかにも呆れてます。

という表情をしながら、神無月は俺をじっーと見る。

だけど、その目は俺の真意を探ろうとしているのは感じとれた。

「いくつか気になることがあってな。

それに、あの時焦ってたから、ちゃんと見れなかったところの確認。」

「でも、もう警察がいて、調べるのは無理なんじゃないか?」

「そこら辺は神無月先生になんとか「無理だ。」……へ?」

「だから、無理だ。って言ったんだ。

僕だってなんでもできる訳じゃない。」

「なんかないのかよ?

例えば、時間を止める道具とか、そこにいる人間を別世界に放り込む道具とか、いっそ消滅させちゃうとかできないのか?」

「物騒だな君は!

そもそもそんなの持っているわけないだろ!」

「ねえねえ、なんか良い道具出してよ!

カンえもん!!」

「藤○・○・○二○先生に謝ってこぉぉい!!!」

 

閑話休題

 

「しかし参ったな。

割とあてにしていたんだけどな。」

「それはすまない。

だが、良い情報もあるぞ?」

「良い情報?」

「はい、私がばっちりと隅から隅まで見ておきました。

今でしたら、全て明確に答えられますぞ?」

「本当ですか!?」

「亥澄に感謝しろよ?

警察がもう直ぐ来るところなのに、お前の為に残って情報を集めてくれたんだからな。」

「本当にありがとうございます。」

「いえいえ、なんのなんの。」

そう謙遜はするが、その表情は少し嬉しそうだった。

「では、まず一通り流れを一度確認するのはどうだろうか?」

「そうだな、その後現場の状態を聞かせてもらいます。」

「ええ、そうしましょう。」

 

 

 

「まず、俺の元に母から電話があって、俺はそれに出た。」

「それ、本当にお袋さんだったのか?」

「その時点で偽者だったとか?」

「…否定は出来ないけど、会話は一応出来たし、そこまでやる意味はないはずだから、多分本物だと思う。」

「ふむ、なるほど。

それで?」

「その後、突然ガラスが割れる音がして、なにかが暴れる音がしたんだ。」

「暴れる音?」

「ああ、で母さんがなにかあったのか?と言って、見に行ったんだ。

そして、扉を開けた瞬間、…悲鳴を。」

未だに耳に残っている母の悲鳴が頭の中で響き、俺はその音を抑える様に手で頭を抑えた。

「……睦月。」

「……ごめん、もう大丈夫。」

数回深呼吸をして、心を落ち着かせると、あの時のことをまた思い返す。

「その後、お前に扉を開けてもらって、現場まで走って行ったんだったな。

ちなみに、その時の姿は親友に見られていた。」

「ああ、さっきの電話の人かい?」

「そうそう、あいつ。

あ、そうだ。

後であいつと会う約束したから、もう一度外へ行かせてくれないか?」

「それは構わないけど、こんな夜更けに会う約束をしたのかい?」

「ああ、あいつに確認しなきゃならないことができたんでな。」

「……わかった。」

納得いってなさそうだが、それでも不承不承ながら彼は頷いてくれた。

「ありがとう。

えーと、それでだ、自宅に着いた俺は、鍵を開けて中に入ったんだ。」

「鍵ですか。

防犯はしっかりなさっていたのですね。」

「ええ、二人共、そこら辺はしっかりしてましたし。」

「なるほど。」

「それで入ったら、犬のぷー助が『ぷー助!?』……なんだよ?

問題でもあるのかよ?」

「い、いや、でもさ、その名前は……ねえ?」

「しょうがないだろ、母さんの命名なんだから。

うちのパワーバランスは、母さんが一強なんだよ。」

『ああ、なるほど。』

理解していただけてなによりです。

いや、あの人マジで最強だったんだから。

 

「…話を戻そう。

ぷー助を見つけた後、俺は閉まった扉を開けて、リビングに入ったんだが、そこには首元を真っ赤に染めた両親と、両手から血を垂らした人狼がいた。」

「両手を、ですか?

間違いありませんか?」

「ああ、間違いない。

そいつに殴りかかったんだけど、避けられてな。

隙だらけのところを、振り上げる様に下から爪で襲ってきてな、その時に両手が血まみれなのを見たんだ。」

「殴りかかった。って、君も無茶をするな。」

「あの時は頭が真っ白になってな、深く考えられなかったんだよ。」

我ながら無茶をしたものである。

「それで、爪を避けようとしたんだけど、服に引っ掛かって持ち上げられたんだ。

まあ、服が破けて直ぐに解放されたけど、敵の目の前で腹を見せる様に倒れてしまったんだ。

あの状態で追撃いれられたら、ヤバかったね。」

「ということは、追撃は?」

「無かった。

こっちを一瞥してから、ガラスを踏みながら逃げて行ったよ。」

「ああ、それなら僕達も聞いたよ。」

「ええ、入れ違いだったので姿は見れなかったですが、ガラスを踏み荒らす音は聞きました。」

「しかし、到着が少し遅かったな。」

「むう、すまない。」

神無月様が、少々体力的に辛かった故に遅くなってしまいました。

神無月お前、ちょっと体鍛えた方が良いんじゃないか?

いざというときに文月さんを守れんぞ?

だから、人の頭で話をするな!!

そもそも、なんで馬奈美の名前がそこで出てくる!?

そりゃまあ、ねえ?

ですねえ?

くうぅぅ。

「……みんな急に黙っちまったけど、どうかしたのか?」

「ん?大丈夫、大丈夫。」

「ええ、問題ありませんよ?馬奈美さん。」

「……ん~、ならいいんだけど。」

不承不承ながらも引き下がる文月さん。

うん、脳内会話はこういうところが便利だね。

悪用は厳禁ですよ?

わかってますって。

だから人の脳内で会話するな!!

 

閑話休題

 

「奴が逃げた後は二人の知っての通り、両親の前で泣き叫んでた。

これで俺の話は終わり。」

「なら、次は僕だね。

睦月を追って家の前に着いた僕達は、なにかが落ちる音と共に睦月の声が聞こえてきて、慌てて中に入ったんだ。」

「多分、引っ掛かった服が破けて、落ちた時の音だな。」

「多分ね。

それで血まみれの扉から入ったら君がいて、亥澄に介抱をお願いし、僕は扉にリンクさせて戻ってきた。」

「そして、今に至る、と。」

まあ、一通りの流れはこんな感じかな?

「よし。

じゃあ、それを踏まえた上で、いくつか質問なんですが、亥澄さん、いいですか?」

「ええ、構いませんよ。」

「まず、……両親の死因、…わかりましたか?」

「いやいや、いくら亥澄でも、そんなの専門じゃないんだから、わかるわけ「わかりましたぞ?」…ってわかったの!?」

「ええ、薬品を使ったとかでしたら難しかったですが、今回は首にこうしょうがあったので、直ぐにわかりました。」

「交渉?」

「校章?」

「咬傷(こうしょう)、獣や蛇に噛まれた時にできる傷のことだ。」

「ええ、その通りです、睦月様。

死因は、その傷から大量の血が出たことによる失血死だと思われます。」

「まあ、あの状態ならそれしかないだろうけど、……咬傷、か。」

そう言って俺は、あの時見た人狼のことを思い返す。

俺が黙っている間三人共口を挟まず、黙って待ってくれていた。

「……亥澄さん。」

「はい?」

「傷は裂傷ではなく、咬傷だった。

間違いないですか?」

「ええ、間違いありません。

あと、お父様の腕にも同じ咬傷がありました。」

「腕に?」

「はい、恐らく初撃は腕で受け止めたのではないでしょうか?

左腕にはっきりと残っていましたよ。」

「……そうですか。

……ちなみに、ぷー助の死因とかわかりましたか?」

「はい、調べしましたよ。

彼はまず背中に爪での一撃を食らった様です。

そして、動けなくなったところを首に止めの一撃を食らい、その場で絶命したようですね。」

「……そうですか。

あいつがあそこで死んだのは間違いないんですか?」

「恐らく間違いないかと。

血も大量に出ておりましたし、あの場から動かした形跡も暴れた跡も「え?ちょっと待って!?」…はい?」

「暴れた跡がなかったんですか?」

「はい、間違いございません。

毛並みは暴れた様に乱れ、体中血まみれではありましたが、あの辺りに暴れた形跡はありませんでしたし、血はその二撃以外の飛沫血痕ありませんでした。

二撃もらったのは、あの場で間違いないありませんし、暴れてもいません。」

「…?それって、なにか問題あるのか?」

「ああ、わりとな。」

それはつまり、ぷー助は襲われる前まで自らの意志であそこでいて、あの方向を向いていたことになる。

それはつまり、………でも、そうだとしたら、あいつがとった行動の意味がわからない。

「……亥澄さん、その辺りで、他に気になったところはなかったですか?」

「気になったところ、でございますか?

ん~、そう言えばあの足跡、二往復してましたね。」

「二往復ですか?」

「ええ、重ねてつけられた物もあり、わかり辛いのもありましたたが、あれは間違いなく二往復でつけられたものです。

それと、電話の乗っている台の近くに数滴の滴下血痕が落ちてましたね。」

「滴下血痕がですか?」

「はい、そこそこの大きさでしたが、それ以外は特になかったですね。

その辺ではそこ以外に血痕はなく、荒らされた様子もなかったですし、電話も受話器がしっかりと置かれた状態でした。」

「……亥澄さん、それは間違いないありませんか?」

「え?ええ、間違いありませんが?」

急に目付きが鋭くなった俺に、驚きながらも頷く亥澄さん。

そんなに怖かったかな?

「…?なにかあったのか?」

「ああ、小さいことだけど、謎がね。」

「謎?」

「ああ。

とはいえ、これは電話に出てない、みんながわかんなくて当然だけどね。」

さて、通路はこんなところかな?

「じゃあ、すみませんが亥澄さん、次はリビングの方をお願いします。」

 

「え、ええ、わかりました。」

俺が言わなかったことを聞き出そうにしながらも、亥澄さんは頷いてくれた。

大丈夫です、ちゃんと後で話しますから。

約束ですぞ?

「えっと、まずはリビングはどんな状態になっていましたか?」

「酷い有り様でしたね。

お二人が寝かされた場所の周り以外は、なにかが暴れた様に色々な物が散乱し、倒れていました。」

「リビングには、なにが残ってましたか?

大雑把で良いので、お願いします。」

「ふむ、まず数冊の本、花瓶、テレビ、碁盤、将棋盤、駒箱と碁笥が一つずつ、ソファー、携帯電話、っといったところでしょうか。」

「碁盤と将棋盤か。

睦月のお父さんは好きだったのか?」

「ああ、家にいた頃はしょっちゅう付き合わされたものだよ。」

おかげで、そこそこの腕前には育ったけれどね。

しかし、

「一つずつ、か。」

「それがどうかしたか?」

「実は結構問題あり。

通常なら考えられないかな?」

「私の覚え違えと?」

「いや、亥澄さんの覚え間違えとは思えないから、なにかあったんだと思う。

そして、それは多分、事件と繋がっているんじゃないかな?って思う。」

まあ、ただの直感だけどね。

「他に、なにか気になることはありませんでしたか?」

「気になるところ。

そういえば、扉の近くにも滴下血痕が残ってましたね。」

「………それの大きさ、電話のやつより、少し小さくなかったですか?」

「え?ええ、幾分か小さい物でしたが、よくわかりましたね。」

「……まあ、そんな気がしただけです。」

「それと、お二人の顔の横に百合の花が置かれていました。」

「百合の花?

なんでだ?」

「百合の花は二人の思い出の花でな、大事な日には父さんが母さんに渡していた。」

「そうだったんですか。」

百合の花に気付かないとは、相当錯乱していたんだな。

今更ながら、自分の精神状態が相当ヤバかったのだと実感した。

「…あと、……父さんは、……父さんは寝ていた場所で殺されてましたか?」

「…いえ、恐らく違います。

リビングの一角に血溜まりができていたので、殺された後、あそこに移動されたのだと。」

「……やっぱり、……なのか。」

「やっぱり、っと言いますと?」

「……なんとなく、そんな気がしたんです。」

「ということは、なにかわかったのか?」

「まあ、ある程度は、ね。

ただ…。」

『ただ?』

「意図が読めないんだ。

まるでバラバラなんだ。」

まあ、それが気になっていることにも繋がっているんだけど。

「ところで、ずっと気になっていたんだけど、あんたの気になることってなんなんだ?」

「いけませんよ、馬奈美さん。

お客様に対して言葉使いに、もう少し気をつけなさい。」

「あ、いやいや、亥澄さん。

俺はこれで大丈夫ですよ?

むしろ、固くなり過ぎないんで助かります。」

「……むぅ、まあ、睦月様がそうおっしゃるのであれば。」

そう言って、不承不承ながら下がる亥澄さん。

なんだか、みんなさっきから不承不承に納得するのが多いな。

次は俺だったりして。

「で?気になることってなんだ?」

「まず、俺が生きていること。」

「いきなりド本命!?」

「そんなに驚くことだろうか?

だって、そうだろ?

俺は奴らの秘密を見ちまったんだぞ?

とりあえず、消そうとするだろうさ。

でも、あいつはしなかった。

殺すのに絶好のチャンスだったのにも関わらず、にだ。」

「案外、生かさず殺さずの生き地獄を味あわせるために、生かしたのかもしれないぞ?」

「うん、その可能性は否定しないけど、……なんて言うかな?

あいつからは、殺意は感じられなかったんだよな。」

「爪で襲われたのに?」

「それもなんだけど、あいつが俺を殺そうと思うなら、もっと別の上手い手がいくらでもあるんだよ。

例えば、体格差を生かして体ごと突っ込んでくるとか、上から覆い被せる様にして俺を掴むとか、横から払う様に攻撃するとか、いくらでもあるんだよ。

なのに一番避けられそうな、下からの一撃をしてきた。

それもギリギリ避けられる間合いで、だ。」

「……もし、狙ってやったのでしたら、攻撃を当てる気はなかった。ということですかな?」

「避けて体勢が崩れている内に逃げるつもりが、偶然服に引っ掛かってしまった、ってわけか。」

「多分、そうだと思う。

それに、俺に電話掛けさせたことも気になるんだ。」

「それは、今お前の端末から位置情報を得られないから、誘き寄せるためにやったんじゃないか?」

「位置情報?」

「ああ、この端末にはGPSみたいに位置情報を自動送信していたらしいんだけど、蜘蛛男から逃げている時に壊してもらったんだ。

だから、誘き寄せるために電話掛けさせたのはわかるけど、それなら何故二人は綺麗な状態にされたんだ?

ただでさえ位置情報が掴めない奴なんだ。

誘き寄せたのなら、そのまま俺も殺ればいいのさ。

だから見せしめのために、わざわざ死体を綺麗にする必要はないんだ。」

「そうだよね。

運んだりするのも大変そうだし、もがき苦しんだ顔も直すのが大変そうだよね。。」

「確かに、全てやろうとしたら時間も労力もそこそこかかるからね。

一家惨殺にするなら、そんな手間をかける理由がないか。」

「なのに奴はそれをやった。

そこら辺が、妙にちぐはぐなんだよ。」

そう言い俺は、自分の頭を右手でガシガシと掻きながら、ため息を一つ吐いた。

「そいつ、まるで多重人格者だな。」

「どうしてだ?」

「いやだって、行動が食い違っているんだろ?

それがまるで、別々の人格が動いているみたいだったからさ。」

「……まったく、そんなわけ「うん、確かにそれに近いかもしれない。」って、なんだって!?」

「それはどういうことですかな?」

「二つの異なる意志が存在したのは、確かなんだよ。

ただ、」

『ただ?』

「…理由、動機がわからない。

いや、片方はわかるんだけど、もう片方がわからないんだ。」

そう言う俺の頭を掻く手の回転数が、どんどん上がっていく。

その時だった。

 

―ピピ、ピピ、ピピ、ピピー

 

セットしていた携帯のアラームがなり、俺に時間がきたことを伝える。

「……行くのか?」

「ああ、俺の想像通りだろうと、違ったとしても、あいつにはきちんと筋を通さなきゃならんでな。」

それがあいつに対する礼儀だしな。

「そんなわけで、悪いがまた開けてくれないか?」

「かまわないよ。

その代わり、その場に僕も同行するからな。」

「いや、ちょっと待て。

それは勘弁して欲しいんだ「なら開けない。」……それ、ズルくね?」

「ズルくないさ。

全うな交渉だよ。」

ニヤリと笑みを浮かべながら、俺をじーっと見つめる神無月。

助けを求める様に亥澄さん達を見るが、ゆるゆると首を横に振るだけだった。

「それに、君と約束したしね。」

「約束?」

「ああ、君をこの戦いに導いた責任として、君と一緒に見続ける。

その誓いを果たす為にも、僕も君と一緒に行かせて欲しいんだ。」

そう言いながら彼は、先ほどとは違う力強い目で俺を真っ直ぐ見つめる。

やれやれ、そんな真っ直ぐ見られちゃ、頷くしかないって。

「……はぁ、わかった。

一緒に行こう。」

そう言いながら苦笑して頷く俺。

それに微笑み、頷き返しながら神無月はコードを扉に刺し、機械を操作し始める。

数秒後、カチャっという音と共に扉が開き、神無月は扉へ歩を進める。

「じゃあ、行ってくるよ。」

「行ってきます。」

『いってらっしゃいませ。』

亥澄さん達の言葉を背に、俺と神無月は扉をくぐり抜けた。

 




こぼれ話
「ところで亥澄さん。」
「なんですか?馬奈美さん。」
「飛沫血痕と滴下血痕ってなんですか?」
「……わからないで聞いていたのですか?」
「聞くタイミングがなくて。」
「…まあ、良いでしょう。
飛沫血痕とは、動いた時、飛び散った時に出来る血痕です。
イメージとして「!」みたいな血痕が飛沫血痕です。
逆に滴下血痕は、静止した状態で垂れた血痕を差します。
落ちると円形に広がる血痕で、高ければ高いほど、その円は大きくなります。」
「へー。」
「睦月様は滴下血痕で、なにかに気付いていたようですな。
さて、どうなりますことやら。」


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DISK15 事実と真実 (問)

二話連続投稿。
二話目。
最初に下ネタが入ります。
苦手な方はすみません。


扉をくぐり抜け、約束の場所に少し早めに着くと、既に生介がそこに立っており、青々と生い茂った葉桜の隙間から見える満月を見上げていた。

「よう、待たせたか?」

「ん?いや、俺も今来たところだ。

なにより、珍しく今回は時間5分前に来たんだ。

文句なんてないさ。」

「珍しく、は余計だ。」

「本当のことだろ?」

そんな会話を互いに苦笑をしながら、俺は生介の元に歩み寄った。

「……おじさんとおばさんのこと、……なんて言えばいいのか。」

「……お前が気にすることはないよ。

全部俺のせいだ。」

「……本当になにがあったんだ?

なにをしたってんだ?

後ろにいる奴と、なんか関係あるのか?」

そう言いながら生介は、後ろにいる神無月を指さしながら睨み付ける。

「ん~、まあ関係はあるが、そんなにこいつを睨むな。

こいつも俺の友人なんだから。」

 

「友達!?君に?」

……おい、それはどういう意味だ、こら。

「はじめまして、彼の友人になった神無月 犬正だ。

会って数時間しか経ってないけど、彼とはそれなりに深い関係だ。」

「…大津 生介だ。

深い関係って、どういうことをこいつとやったんだよ。」

「生死を共にくぐり抜けた仲さ。」

「精子を共「チェストォォォォ!」にゃびゃぁ!!」

気味悪そうに顔を歪めた生介に対して、勢いよく脳天チョップを叩き込んだ。

我ながら会心の一撃だった。

そのせいか、生介は頭を抑えながら、うずくまっている。

「今お前、ものすっっっごく気色悪いこと考えただろ。」

「…うん、ごめん。

考えていた。」

「……すまないが、そっちの趣味は僕には無いよ。」

「俺だって無いわぁぁ!!」

俺が力一杯叫んだ魂の叫びが、夜の街にこだました。

 

閑話休題

 

「…で?

その生死の境がって話も、話してくれないのか?」

「……まあ、お前なら話してもいいかもな。」

『え!?』

「……いや、なんで二人して驚くんだよ。」

目を見開きながら驚いた顔をする二人に、俺は眉をひそめた。

「いや、急にOKしたからな、びっくりしちまって。」

「僕は、……なあ?」

そう言いながら神無月は良いのか?っと不安そうにしながら、俺のことを見た。

まあ、こいつに関しては大丈夫だろう。

……俺の想像通りだったらだけど、ね。

「それはそうと、少し歩かんか?生介。」

「良いけど、警察には行かんのか?」

「え?」

「行くけど、別に警察は逃げんだろ?

なら別にゆっくり行ったって、問題なかろうさ。」

「え?え?えぇぇ?」

俺達の会話にひどく狼狽する神無月を無視して、俺達はゆっくりと歩き始めた。

……そう言えば、あいつになにも説明してなかったな。

悪いことしたな。

そう思い、少しだけ神無月の方にに目を向けた。

その視線からどれだけのことを伝えられたかはわからないが、神無月はなにか言いたげにしながらも一つ頷くと、黙って俺達の後ろをついて来た。

「……俺達さ、会って何年ぐらいかね?」

「ん~、小2ぐらいだから、もう12年ぐらいじゃないか?」

「そっか、もうそんなに経つのか。

なら今年で一周年だったんだな。」

「ん?なんの一周年だ?」

「干支が一周するだろ?」

「おー、なるほど。

そういう意味か。」

「干支といえば……、」

「ああ、それあったな。

そういえばさ……。」

満月が照らす中、俺達はとりとめの無い会話を続ける。

最近の話しだったり、昔話だったり、今日のことが嘘や冗談だった。と言わんばかりに、本当に普段と変わらない会話を続ける。

しばらく歩き続けていると、広い原っぱにたどり着いた。

そこは近くの大きな自然公園の一角で、昼間は家族連れやピクニックをする人達でにぎわっている。

かくいう俺もこっちにいた頃は、ぷー助の散歩の途中に寄っては、彼相手にボールやブーメランを投げて遊んでいた。

「……しかし、変わらんな、ここも。」

「まあ、ここは環境保護指定地区だしな。

…田舎臭くて嫌か?」

「いや、大好きさ。

ここで生まれ育って良かったよ。」

「……そ…っか。

……うん、そうだな。」

そう言いながら、俺達は空に浮かぶ満月を見上げる。

錯視っといっただろうか?

やけにでかく見えるが月が、きらきらと光っている。

「……月が綺麗だな。」

「そうだな。」

「なんかさ、月を見てたら叫びたくならないか?」

「……そうかな?」

「そうだよ、現に俺叫びたくなったし。

こんな風にな、ワォォォォォォォン!」

俺の似ていない犬の遠吠えが辺りに響いていく。

「…相変わらずたまに訳のわからないことをするよな、お前は。」

「たははははは。

……遠吠えで思い出したんだけどな、今日事件現場に行ったって言っただろ?」

「ああ、言ってたな。」

「その時さ、俺見ちまったんだ。」

「なにを?」

「狼男。」

「……お前な、おじさん達を殺されてショックなのはわかるけど、そんな下らないじょ「冗談じゃないよ。」…。」

「本当に俺は、この目ではっきりと見たんだ。

狼男を、な。」

俺の言葉に生介は呆れた様な表情をするが、その目は俺の真意を探ろうとする、とても鋭い目付きだった。

「……そうか、それならその内、吸血鬼とかフランケンシュタインとか出てくるんじゃねえか?」

「かもな。

っていうか、実際のところいるのか?そいつら。」

「俺がわかるわけないだろ?」

「本当に?

知り合いにいないのかい?」

そう言いながら、俺はゆらゆらとゆっくり歩き出す。

「いるわけないだろ!そんな知り合い!」

「本当か~?」

「…っ、さっきからなにを言ってんだ、お前は!

ふざけてんのか!!」

「……いや、至極真面目だぞ?」

歩みを止め振り向き、生介と真っ直ぐ向き合う。

俺の真剣な目からなにか感じたのか、生介の表情も引き締まる。

「……なら、質問を変えてやるよ。

お前、ルートキットのなんなんだ?」

「…っ、…ルートキット?

なんだよ、それ?

初めて聞く名前だぞ?

それに、それが今日のこととなんの関係があるんだよ!」

友よ、嘘をつくならもう少し上手くつこうぜ。

その反応じゃ、モロバレだぞ。

しかし、そういう反応をするということは、やっぱり奴らとお前は無関係ではないんだな。

「…今日のことと奴らは無関係ではない。

そして、お前もな、生介。」

「……どういう意味だよ?」

「なぜならば…、」

「……なぜならば?」

「……なぜならば。」

そこまで言って、俺は言葉を紡げなくなる。

今から言おうとしていることの、答えを聞くのが正直怖かった。

今まで信じていたものを否定される様な気がした。

でも、全てを見届けると決めたから、ここで立ち止まるわけにいかないから。

そう思い腹を決めると、生介の刺すような視線を真っ向から受けながら、俺は意を決して口を開いた。

「なぜならば、あの時いた狼男はお前なんだろ?

生介。」

俺の言葉に二人は異なった反応を見せた。

神無月は驚いた表情をしながら生介を見つめ、生介は一瞬顔を歪めたが、すぐに目に力を入れて俺を睨みつける。

「いきなりなにを言ってんだ、お前は?

そんな根拠もないこ「根拠はある。」とっ!?。」

「なあ、生介。

さっき電話で話していた時、お前はこう言ってくれたよな、『今日珍しく青いシャツを着ていたな。』って。」

「ああ、言った。

それがどうかしたか?」

「……あり得ないだよ。」

「え?」

「お前が俺の青いシャツを着ている姿を見ることは、絶対に不可能なんだよ。」

「……どういう意味だ?」

「簡単なことだ。

俺が昼間着ていたのは、この服だからだ。」

そう言いながら上着のボタンを外すと、中からオレンジ色のシャツが顔を覗かせた。

「……いや、それ嘘だろ。」

「なんでそう思う?」

「そのシャツ、昼間から着ていた割には汗の匂いや着ていた感が無さすぎる。

だからそれは、俺を嵌める為に着替えてきたんだろ?」

「……残念ながら、お前はいくつか勘違いしている。」

「勘違い?」

「ああ、まずこのシャツのことだが、今日一日これだけを着ていたわけではないぞ。」

「え?」

「とある事情で埃と汗まみれになってな、神無月の屋敷で今着てる服を洗ってもらって、青いシャツをお借りしたんだ。

ちなみに、これがそのシャツ。」

そう言いながら俺は、懐に入れていた青いシャツを取り出した。

「……それ、どこにしまってたんだ?」

「クリーニングのバイトした時に教わった折り方と、マジックの手伝いをした時に教わったしまい方の応用で、膨らみや違和感が無い様に閉まっていた。」

「君はもうなんでもありだね。」

得た技術は活用してこそだしね。

「でだ、また汚れたから見てわかる様に、今はオレンジのシャツに着替えてたんだ。

つまり、俺が青いシャツを着ていたのはほん一、二時間程度。

しかも、俺はさっきみたいに上着のボタンを上まで閉めていたから、普通なら中の色なんてわかるはずがないんだ。」

「ん?

なら、こいつもわからないんじゃないか?」

「ああ、“普通”なら、ね。

ただ、今日は数十分間だけ、中のシャツを見ることができた状態があったんだ。

そして、その姿は神無月も見てるはずだぞ?」

「僕も?

………!もしかして、あそこから戻る時の姿か?」

「ああ、偶然上着が破けたせいで、中に着ていた青いシャツが見えるようになったんだ。

あの時、体勢が崩れて慌てて起き上がった俺を、お前は一瞥してから去って行ったよな?

その時にお前は見たんだ。

上着の隙間から見える青いシャツを、俺が青いシャツを着ている姿を。」

青いシャツを突きだしながら真っ直ぐ見つめる俺に対し、生介は俯き押し黙っていた。

「でも、そのオレンジのシャツは着替えたばっかりだとわかったのに、なんで青いシャツは着替えていた物だとわからなかったんだ?」

「それは走ったのと汗のせいだろ。」

「汗?」

「さっきあいつはこう言ったろ?

『汗の匂いや着ていた感が無さすぎる。』って。

俺はこのシャツを風呂上がりに着たんだが、どんなに綺麗に拭いても、汗っていうのは気づかない内にかいていくもんだ。

更に、俺の実家まで全力疾走したから、なおさら汗が出たし、服もぐしゃぐしゃになったんだろ。

それが、こいつが勘違いした理由だ。」

「なるほど。」

「……だけどさ、俺自身信じられないんだ、こんなこと。

だからさ、違うって言ってくれよ。

いつもみたいさ、『なに馬鹿なこと言ってんだ?』って、苦笑しながら言ってくれよ。

………違うって根拠を並べて否定してくれよ。

……頼むよ、……親友。」

最後は絞りだす様に、懇願に近い状態になりながら、俺は生介に言葉を投げ掛ける。

それに対して生介はなにも言わず、ただ俯き続けていた。

5分ぐらいそのまま黙っていただろうか。

「ふぅ、どうやら友達ごっこも、これまでのようだな。」

そう言いながら生介は顔を上げた。

その瞳は寒気がするぐらいに暗く濁って見えた。

「…ごっこって、どういうことだ?」

「聞いた通りさ、俺は今まで組織の命令に従って、お前と友人のふりをしていただけさ。」

「なぁ!?」

驚く俺に生介はふっと笑いながら、言葉を続ける。

「なかなか大変だったんだぜ?

付き合いたくもない場所に一緒に行ったり、聞きたくもない話や冗談を聞いたりさ。

退屈で、嫌でしょうがなかったよ。」

「……ずっと、……騙してたのか?」

「ああ、その通りさ。

お前の両親の最後も、なかなか見物だったぜ?」

「……てめえ。」

自分の声が低く、冷たい声色になったのがわかった。

少なくとも、親友と呼ぶ人間に対して向ける声色ではなくなっていた。

 

「睦月、偽りでも友と呼んだ仲だ。

最後の慈悲をやる。

このまま俺と大人しく一緒にこっちへ来るか?

それとも、」

そう言った瞬間、生介の体が毛に覆われ始め、肉体も筋肉が膨れ上がっていく。

「……ここで死ぬか、どちらが良い?

選ぶと良い。」

完全に狼男の風体となった生介は、そう言いながら俺を睨み付けてくる。

「……どちらもお断りだ。」

「…なに?」

「どっちもお断りだと言ったのさ。

てめえらに従うのは死んでもごめんだし、死ぬのはもっとごめんだ。」

「…この、相変わらずの我が儘野郎がぁぁぁ!!」

大地を蹴り、一気に距離を縮めてくる生介。

それを俺はひどく冷めた目で見続ける。

あと数センチで俺にその手が届く。

その時だった。

「…!」

突然生介は跳びはねると、俺から距離をとった。

その直後、神無月の飛ばしたプラグがその場所を通り過ぎる。

「…っ、くそ、外したか。」

「……わりぃ、助かった。」

「気にするな、この程度どうってことないよ。」

駆け寄って来た神無月に笑みを浮かべながら礼を言うと、彼も笑み浮かべ返してきた。

「っ、俺の邪魔をするなぁぁぁ!!」

「断る!!」

再び距離を詰めてくる生介に、神無月はプラグを飛ばして応戦する。

プラグはまるで意志があるか如く、上に下にと飛び回る。

「くっ、煩い!」

飛び回るプラグから逃れる様に、生介は神無月から距離をとる。

その瞬間、神無月はハッカードライバーを腰に当て、素早く装着するとスイッチを押した。

「変身!!」

中のディスクが高速で回転する音が響き、彼の周りを無数のウィンドウが包む。

『仮面ライダーハッカー ディスプレイフォーム。』

ウィンドウが弾け、変身した神無月が現れる。

彼は再びドライバーのスイッチを押し、出てきたドライブにディスクを二枚並べて挿入する。

『仮面ライダー一号』

『ライダー、変身!』

『仮面ライダークウガ』

『変身!』

「数多の技と歴戦を越えた巧手(こうしゅ)、使わせていただきます!!」

『ミクストール!

仮面ライダーハッカー アルト オブ サウザンドアーツ!』

再び無数のウィンドウが包み弾けると、彼は緑色の体に赤いプロテクターの戦士に様変わりしていた。

「……そうか、…お前が例のやつだったのか。」

「例のやつ?

なんのことだ?」

「……お前がそれを知る必要は、…ない!」

「っ、速い!」

「まだまだ行くぞ!!」

その言葉と共に、先ほどの倍以上の速度で動き、こちらを翻弄する生介。

あちらの攻撃を避けようとするが、速度が速い上に光源が月明かりしかないため、神無月は避けきれずにダメージを蓄積していく。

「っ、くそ!

スピードにはスピードだ!」

そう言いベルトに両手を添えると、ディスクが高速回転する音と共に、青いプロテクター姿に変わっていた。

「行くぞ!!」

「こい!」

駆け出した神無月は、現出させたドラゴンロッドを振るい、生介に肉薄するが、

「はっ!」

「ふん!!」

 

ーガキッー

 

「な!?」

「うおぉぉぉぉ!」

「わわわわわわ!?」

「うりぃやぁぁ!!」

「だあああ!?」

振ったロッドを捕まれ、逆に神無月ごとロッドを振り回され、投げ飛ばされてしまった。

「ぐはっ!!」

「どんどん行くぞ!!」

「くう、ならば!」

再びベルトに手をやると、今度は緑色に変化し、ペガサスボーガンを現出させる。

「これでどうだぁぁ!!」

「そんなの当たらないぜ!!」

超感覚で生介の場所を的確に掴み撃ち込むが、撃った瞬間には既にそこにおらず、予測して撃ち込んでも、すぐさま方向転換して避けられてしまう。

「う、うぅぅぅぅ。」

そうこうしている内に、リミットである30秒が近づいてくる。

「く、そ!」

ベルトに手をやり、素早く紫に変化するが、

「うあぁぁぁぁ!」

装甲が厚くなった分スピードが殺され、逆になぶりものされてしまう。

「ぐ、くそ!」

「そんな鈍い攻撃なんで当たらないぜ!!

くらえぇ!!」

「ぐわぁぁぁ!!」

なんとか反撃しようと攻撃をするが、避けられカウンター気味の蹴りに、蹴り飛ばされてしまう。

「神無月!!」

こちらに蹴り飛ばされて来た神無月を、俺は慌てて受け止める。

勢いが強く、若干後ろへ飛ばされてしまうが、なんとか止めることに成功した。

「あったたた、大丈夫か?」

「うぅぅぅ、…なんとか。」

そう言いながら彼は立ち上がるが、ダメージが蓄積しているのか、若干ふらついていた。

「やれるのか?」

「やれるけど、正直このままだと厳しい。」

そう言いながら彼は、ギリッと歯ぎしりをさせながら生介を睨む。

「パワーが強い上にスピードも速いとか、インチキだろ。」

「……多分、身体能力に特化しているからだろうな。」

「特化?」

「ああ、特殊なことが出来ない代わりに、狼的なことや肉体が強化されてんだろ。

お前のそのフォームはまんべんなく戦える代わりに、ああいう特化型には弱いとみた。」

「なるほど、そうかもね。

なら、どうし「いつまでも喋ってんじゃねえぇぇ!!」って、うわぁ!」

「うぉっと!」

距離を一気に詰め、こちらに襲いかかる生介をかわしながら距離をとろうとするが、そうはいかないとばかりの猛攻を神無月に対して仕掛けてくる。

「おらおらおらおらおらおらおらぁぁぁ!!」

「くっ、そ!

こ、ん、な、の、どうしたら、良いん、だぁぁぁぁぁ!」

なんとか避け続けていた神無月ではあったが、鋭い蹴りを食らい、再び蹴り飛ばされてしまう。

俺は急いで駆けると、先ほど同様に神無月を受け止めた。

「よぉぉぉっと!

……まだ動けるか?」

「………ああ、……まだ、…いける!」

「そうか。

なら一つ確認する。

他のディスク、組み合わせはわかっているのか?」

「わかっているのもあるが、なぜ?」

「今、あいつに対抗しようと思ったら、全体の能力をアップさせるか、あいつ同様に、なにかに特化させるかの二つしかない。

前者は厳しいはずだから、後者しかなく、そしてそれは、残りの組み合わせに賭けるしかないんだ。

どうだ?ありそうか?」

「……それなら一つだけやれそうなのがある。

だけど問題は、「これで終わりだぁぁぁ!!」時間がない!」

猛然と駆けてくる生介に対し、神無月は焦りの声をあげる。

「ああ、それは安心しろ。」

まあ、そこまで焦る必要もないんだけどな。

なぜなら、

「数秒程度なら、俺が時間を稼いでやるさ。」

そう言いながら俺は、神無月を庇う様に彼の前に立った。

「ちょ、なにを!?」

「ちょ、馬鹿!こうちゃん!!」

俺の突然の行動に、二人して驚きの声をあげる。

 

飛びかかりながら、勢いよく降り下ろされる生介の右手。

速度の乗ったその手に対し、俺は一歩前に右足を踏み込んだ。

その足を軸に右に半回転しながら背を向ける形で彼の懐へ入り込み、その流れの中で左手は彼の右手首に、右腕は彼の肘を極める様に絡ませて、抱き込む様に彼の腕を引き寄せ、一本背負いの要領で彼を投げた。

ちなみにこの技、勢いよく来ている相手にやる時は、しっかり腕を掴んであげないといけない。

でないと腕を引き寄せた際、腕を支点に慣性の法則で円を書く様な動きをしつつ、勢いよく動き続け、

 

ースポーンー

 

と、勢いで腕が抜け、

「うぎゃあぁぁぁぁ!!??」

背中から勢いよく落ちながら、数メートル転がることになるのである。

これは打ち所が悪いと、本当に死ぬ事もあるので、良い子のみんなはマネしちゃ駄目だぞ?

睦月お兄さんと約束だ!

そんな風に頭の中でボケている横で、神無月は投げ飛ばされた生介の方を見ながらポカーンとしてた。

「……おい、いつまでぼーっとしているつもりだ?

言った通りに時間を稼いだんだから、早くフォームチェンジしなよ。」

「あ、ああ、そうする。

……しかし、ここまでやれるなんて、君は本当に凄いね。」

「あいつが知らなかったから上手くいっただけだ。

次はこうはいかないし、俺自身上手くできると思えない。

二度目はないから、なんとかしてくれ。」

「わかった、任せてくれ!」

神無月はそう言いボタンを押してドライブを出すと、中に入っていたディスクを素早く取り替え、再び挿入した。

ディスクが高速で回る音が周りに響き渡る。

『仮面ライダー二号』

『変身!』

『仮面ライダー響鬼』

ーキーンー

「困難打ち砕く力と鍛え抜かれし鬼の力、使わせていただきます!」

『ミクストール!

仮面ライダーハッカー パワー オブ サウンド!』

無数のウィンドウが弾け、中から紺色の体の戦士が現れる。

その戦士は体にベストみたいのを付け、白いスカーフに赤い手袋をし、大きな目の上の方には一対の角が生えていた。

 

「……それが次の手、ってわけか。」

そう言い、頭を掻きながら生介が戻ってきた。

「…まだやるのかい?」

「当然だ。

もうさっきの様にはいかないよ。」

「あっそ。」

まるで興味がない、といった返事を神無月に返しつつ、生介は俺の方を見た。

「相変わらず無茶ばっかりをするね、お前は。」

「無茶でもなんでも、必要ならやるさ。」

「………なあ、好子。

俺と一緒に組織に来ないか?

お前ぐらいの実力があれば、幹部だって夢じゃない。

お前を馬鹿にしていた奴らだって、見返してやれる。

力が足りないなら、欲しいなら、俺がお前の力になったって良い。

だから、だから一緒「断る。」…っ。」

「別に、あいつらことなんてどうでもいい。

あいつらなんて言おうと、知ったこちゃない。

俺は俺の目指すものに向けて頑張るだけだ。

それに、別に偉くなりたいとも思っていない。

大事な人達がいてくれる日常がそこにあれば、それで十分だった。

きっかけは俺だったとしても、奴らはそれを奪ったんだ。

なにより奴らは、俺の信念からも外れた行動をしている。

そんな奴らを、俺は信用なんてできない。

だから悪いが、何度誘われようとも断らせてもらう。

お前と一緒に行ってやるつもりはない!」

そうはっきりと断言してやると、生介は体を震わせながら俯いてしまう。

それから数分間、全員なにも言わず、時さえ固まってしまった様に、無音の時が流れた。

「………わかった。

お前は変なところ頑固だからな、なにを言っても聞かないだろうさ。

だから、だから力づくで連れて行く!!」

バッと顔を上げ、殺気のこもった目で俺を睨みながら、猛然と駆けてくる。

「そんなこと、僕がさせるわけないだろ?」

「っ、俺の邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!」

俺と生介の間に阻む様に立つ神無月に、生介は先ほどの一撃より速い一撃を降り下ろす。

「……やれやれ、君も案外安直な奴だね。」

今までのどの一撃よりも威力がありそうなその一撃を、彼はなんでもないように左腕で受け止めると、一歩踏み込んで生介の胸に一撃をいれた。

なんのへんてつもない、ただのパンチだった。

少なくとも俺にはそう見えた。

だが、

「うぐわぁぁぁ!!!」

しかし、ただそれだけで俺が投げ飛ばした時よりも勢い良く、遠くへすっ飛んでいく。

「言っただろ?

さっきの様にはいかないよ、って。」

「いやいや、変わり過ぎだから。」

思わずツッコミを入れてしまうぐらいの変わり様に、今度は俺が呆然とする番だった。

「うん、これなら行けそ「……けるな。」…ん?。」

「ふざけるなぁぁぁ!!」

「うお!」

叫び声を上げながら、生介は猛烈な勢いで爪を振るう。

その一撃は大地をえぐり、空を裂き、全てを切り裂く勢いだった。

「……でだ。」

「ん?」

「なんでこうちゃんの隣にいるのが、お前なんだぁぁ!」

「はい?」

「ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと隣にいたのは俺なのに!

なんで少ししか過ごしていないお前の隣なんだ!!」

「え?え?」

そんなことを叫びながら攻撃を続ける生介に対し、俺も神無月も困惑した顔になっていく。

「お前が、お前さえいなければ、おじさんも、おばさんも、狙われる必要はなかった!

こうちゃんだって、危ない目に遭う必要もなかった!

俺だってこんなことをする必要はなかった!!

お前の、お前のせいでぇぇぇぇぇ!!!」

凄まじい速度の蹴りが神無月めがけて飛んでいき、蹴りが当たった瞬間、ものすごい音が辺りに響いた。

たが、

「なあ!?」

神無月は微動だにせず、悠然と驚きで固まった生介の足を掴んだ。

「……君がどんな思いを抱えているかは知らないし、知る気もない。

だけど、」

「え?うえぇぇぇ!?」

「僕の初めての友達を傷つけたお前を、僕は絶対に許さない!」

そう言いながら神無月は、左腕の力だけで生介を持ち上げていく。

これには流石の生介も驚いたのか、手足をバタバタさせている。

「くらえ、烈火豪響撃(れっかごうきょうげき)!!」

そう叫び、右手に炎を纏わせながら生介の足を放ると、左足を強く踏み込んで、それを生介に撃ち込んだ。

「ぐわぁぁぁぁぁぁ!!!」

撃ち込まれた生介は、凄い速度で吹っ飛び、近くの森の中にある廃ビルまで飛んでいくのが見えた。

「逃がさない!」

そう言いながら神無月はものすごい速度で走り出し、あっという間にビルに続く森へと入って行った。

「………って、俺を置いて行かないでくれよ!」

そう言い、俺も駆け出しながらビルの方を見上げる。

その廃ビルはかつて何かの観測所だった様だが、老朽化が進み危険になったので、今までは使用されていない建物だ。

そこまでは直線距離で500mぐらいなのだが、傾斜が30度ぐらいの少し小高い丘の上に存在し、その周りも木々に囲まれているのため、非常に行き辛い。

一応そこまで続く舗装された道はあるのだが、ここからだと反対側にあるので、時間が掛かり過ぎてしまうのだ。

「……しょうがない。

久しぶりだから自信ないし、素手ではあまりやりたくないけど、背に腹は変えられないしな。」

そう言いながら加速し、木々の近くまで近づくと、手近の枝に向かって飛び跳ねる。

その枝を掴みながら振り子の要領で勢いをつけ、少し先にある枝に向かって更に飛ぶ。

放物線を描く様に飛び、体勢を整えながら枝に飛び乗ると、しなりを利用してその先の枝へ飛んでいく。

だが目測を誤り、手を伸ばしても枝に届かず、手前の方で落ちてしまう。

が、

「っと!危ね~。」

たまたまその下にも枝があり、それに掴まり勢いをつけ直し、移動していく。

このフリーランニングの技術は、小さい頃に祖父のところへ遊びに行った時に培ったものなのだが、最近やってなかったせいか、少々技量が落ちてた様だ。

とはいえ、自転車をしばらく乗ってなくても、少し乗ればコツを取り戻せる様に、これも汗水たらし、傷だらけになりながら得た技術なため、大分勘は取り戻していた。

そんなわけで、少し余裕が出始めた俺は、先ほどからあることについて考えていた。

それは、

「あいつ、なにを考えているんだ?」

神無月に対して言っていた言葉、あれは本心で言っている様に感じた。

だけど、それじゃあまるで…、

「…それじゃあ、…まるで?」

そう呟いたのと同時に、乗った枝がボキッと折れ、俺は枝から滑り落ちてしまう。

素早く体勢を立て直しながら、頭の中では今までの疑問が、まるで糸がほどけた様にするすると解けていくのを感じつつ、俺は着地した。

「……たく、そうだとしたら、俺達は本当に馬鹿者だよな。

少しは素直に本心晒せよ、馬鹿野郎。」

そう言いながら顔を前に向けて、俺は駆け出した。

大分移動できたはずだから、もうすぐたどり着けるはずだ。

「急がなきゃ!」

足に力を入れて走ると、急に木々が途切れ、古びた5階建ての建物の前に出た。

建物は広い平地の真ん中に存在し、その建物の入口付近で、

「卍放旋火(まんじほうせんか)!」

そう叫びながら生介を屋上まで投げ飛ばす、神無月の姿があった。

「生介!!神無月!!」

俺の声が聞こえなかったのか、神無月はわき目もふらずに屋上へと壁を駆けながら登って行った。

 

「だあぁぁぁ!

このぉぉ!!」

急いで建物の入口に向かうが、鉄の扉は厳重に鍵がかけられており、開きそうにも無い。

ただし、老朽化も大分進んでいるため、周りの壁はぼろぼろである、と。

俺はそう判断して、扉から距離を少しとると、

「…管理会社の皆さん、すみません!!」

数歩踏み込むと、扉に向けてドロップキックをぶちかました。

派手な音をたて、建物の中に瓦礫を撒き散らしながら、扉はぶっ飛んでいく。

俺は建物の中に入ると、破片を踏み鳴らしながら、急いで階段を登っていく。

 

とはいえ、先ほどまでフリーランニングをやってからの階段ダッシュなので、流石に大分息が上がり、足も上がらなくなってきていた。

だけど、急がなければ。という一心で、足を無理矢理動かし登っていく。

やがて、ようやく登りきった俺は、目の前の扉を勢いよく開けると、神無月がトドメの一撃の準備に入るところだった。

「…………って。」

止めようと声出すが、酸欠と口が乾いて、声が上手く出すことができなかった。

「これでトドメだ!」

そう言いながら神無月は、ベストみたいなところからなにかを取り出し、生介に投げ、

「…てっ…、言……んだ……!!」

 

ースッパコーンー

 

「へぶぅぅぅ!!」

ようとしたところを、俺が彼の後頭部に掌底を一撃食らわせた。

「……ぃったいじゃないか!

なにするんだ!」

「…お前が!…全然!…止まんない!…からだろ!!」

「え、あ、あ、うん。

ごめん。」

息も絶え絶えにし、肩で息をする俺の怒気に圧されたのか、神無月は謝りながら引いていく。

「で?なんで止めたんだ?」

「…全部、…わかったからだ。

…こいつがやったこと、…やらなかったこと、…真意まで、…全部な。」

震える体を無理矢理起こし、荒い呼吸をしながら、俺は真っ直ぐ生介を見つめた。

 




一応、理由があってですが、この章は推理小説ぽくやってみよう。と思って色々とやってみたのですが、いかがでしたか?
暇があり、お付き合いいただける心広い方がいましたら、私が書いた謎を解いてみてください。
謎は大きく分けて三つ。
誰が誰を殺したのか?
なぜ行動がちぐはぐなのか?
大津 生介の真意は?
ヒントは、この章にちりばめさせて、いただいています。
次回は解答編です。
需要が無いのは重々承知なのですが、どうかお付き合いください。


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DISK16 事実と真実(解)

解答編です。
よろしければお付き合いください。


「……もう少しか?」

そう呟きながら、暗い森の中を僕は駆けていた。

しばらく走り続けると、木々が途切れ、五階建ての建物にたどり着いた。

「ここか、どこにあいつは…!

見つけた!」

そう言いながら僕は駆けると、二階の壁に埋まった大津めがけて飛び跳ね、

「どりゃぁぁぁぁ!!」

「うぉっと!!」

飛び蹴りを放つが、寸前のところで避けられてしまい、壁を突き破りながら中へ転がりこんでしまった。

素早く立て直して、穴から外へ出ると、既に立ち直った大津が構えていた。

「ずいぶんと荒っぽいヒーロー様だな。」

「ヒーローだから、スマートにやらないといけないのかい?

お互いに生死をかけている状態で、周りに配慮とか、加減なんてそうそうできないと思うけど?

少なくとも、僕にはそんな余裕はないよ。」

「そりゃまあ、普通はそうだな。」

僕の言葉に、苦笑しながら彼は頷いた。

……なんだろう、さっきまでとずいぶんと雰囲気が違う気がするのは、気のせいだろうか?

「…ん?…ハァ、生身の体であんだけ速く移動するとか、本当にとんでもない奴だな。」

「ん?なにがだ?」

「いや、もう少しでこうちゃんがこっちに着きそうなんだ。

だから悪いけど、急がせてもらう、よ!」

そう言って動きだし、猛攻をする大津。

その速度は確かに速い。

普通の人なら数回は細切れにされているだろう。

でも、

「……さっきに比べると、大分スピードも落ちてるし、キレもないよ。」

「ぐっ!」

 

全ての攻撃を避け続ける僕に彼は焦りからか、大振りの一撃を振る。

それに対して僕は、一気に踏み込んで彼の懐に入ると、股下から右腕を通し担ぎ上げる。

左手で彼の首根っこを掴み、腰を左右にひねりながら、彼の体を上下左右あらゆる方向に振る。

彼は何度か僕の体を掴もうと手を伸ばすが、掴む度に強烈に揺らし、彼の手を無理矢理引き剥がす。

何十回と揺らした後、彼の体ごと数回回転して勢いをつけ、

「卍放旋火!」

と叫びながら建物の屋上へ向けて、彼を放り投げた。

回転しながら飛んで行く彼を見つつ、僕は建物の壁を駆け登る。

 

僕が屋上にたどり着くのと、彼が体勢を整えながら着地したのは、ほぼ同時のタイミングだった。

僕は駆け登った勢いをそのまま駆ける力に変え、彼との距離を一気に縮めて蹴りを放つ。

彼は直ぐに立とうとするが体がふらつき、立ち上がることができないため、僕の蹴りを腕でガードするが、

「ぐっ!!」

勢いを殺せず転がっていく。

「…っ、く…っそ!」

大津は立ち上がろうとするが、体をまともに動かせず、動くこともままならない状態だった。

まあ、あの技を受けた後なのだから、当然と言えば当然なんだけどね。

別に僕は、無意味に彼を振った訳ではないし、あれはただの投げ技でもない。

ああすることで三半規管を揺らし、まともな受身や行動を阻害し、優位に戦える様にする技なのだ。

分かりやすいイメージとしては、悪路をそこそこの速度で走る車に乗り、激しく揺られた後のフラフラした感覚、あれの五十倍きつくした状態をイメージしてもらえば、まず外れていない。

なので、彼みたく体勢を整えて着地したり、ガードしたりするのは、わりと凄いことなのだ。

 

だからだったのだろうか。

「……君、強いんだね。」

僕の口から素直な感想がでてきていた。

「……嫌味か?」

「いや、ただの称賛。

正直なところ、このフォームじゃなきゃここまで戦えなかったし、そもそも、睦月がいなきゃとうの昔にやられてたしね。」

「……まったく、普段は抜けているくせに、こういう時はしっかりしているんだよな~、あいつ。」

「昔からあんな感じなのか?」

「まあね、おかげで苦労したよ。」

「だろうね。」

そんな風になぜかのほほんと、お互い苦笑しながら話ていると、

 

ードガラシャンー

 

鉄板が激しく跳ね回る様な音が、辺りに響き渡る。

「な、なんだ?」

「…多分、睦月が入口の扉を蹴破ったんだろうな。」

「……あの馬鹿は、本当に無茶ばっかりしやがって。」

「まったくもって、その通りだね。

僕と一緒の時も、かなり無茶なことをしていたよ。」

「こっちの気も知らないで、本当にあの馬鹿は。」

「まったくだね。」

彼の行動に呆れながら、僕達は揃ってため息をついた。

「……ふふ。」

「……なにが面白い?」

「ああ、すまない。

いや、もし僕達が別の形で出会っていたら、けっこう良い友達になれたんじゃないかな?って思ってさ。」

「……悪友に振り回される友人同士、でなら、あり得たかもな。」

そう言い大津も、苦笑しながら頷いていた。

「……悪いけど、睦月が登りきる前に、トドメをささせてもらうよ。

流石に、友達の最後を見させる訳にはいかないからね。」

「……できるだけ、痛くない様にしてくれよ。」

「善処するよ。

……じゃあ、いくぞ。

これでトドメだ!」

そう言いながら僕は、ベストから円形の道具を取り出し、彼に投げ、

「…てっ…、言……んだ……!!」

 

ースッパコーンー

 

「へぶぅぅぅ!!」

ようとしたところを、睦月が僕の後頭部に掌底を一撃食らわせた。

「……ぃったいじゃないか!

なにするんだ!」

「…お前が!…全然!…止まんない!…からだろ!!」

「え、あ、あ、うん。

ごめん。」

息も絶え絶えにし、肩で息をする彼の怒気に圧され、僕は謝りながら引いていく。

……そういえば、こんな風に怒られたことって、あんまり経験なかったな~。

…うん、これはこれで新鮮だな。

そんなことを思いつつ、彼から離れるのを止め、話を続けることにした。

「で?なんで止めたんだ?」

「…全部、…わかったからだ。

…こいつがやったこと、…やらなかったこと、…真意まで、…全部な。」

そう言いながら睦月は、震える体を無理矢理起こし、荒い呼吸をしながらも、真っ直ぐ大津を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「……まず、最初に言っておくが、こいつは俺の両親を殺してない。」

「いや、ちょっと待て。

いきなりなに言ってるんだ、君は!?」

「ん?俺、なんかおかしいこと言ったか?」

「言ってただろ!!

君自身が彼がご両親を殺したと、言って「ないぞ。」……へ?」

「俺は両手が血まみれだの、襲われただのは言ったが、こいつが二人を殺したとは、一度たりとも言っていないぞ。」

「……そうなのか?」

「まあ、最初はこいつがやったと思って襲いかかりはしたけどな。

落ち着いてから考えてみたら、おかしなことに気づいたんだ。」

「おかしなことって、なにがだ?」

「こいつが殺したにしては、体が綺麗過ぎたんだよ。」

「ん?でも、手は血まみれだったんだよね。」

「手は、ね。

でも、二人は咬傷という傷跡からわかるように、噛まれたことによる出血死だ。

もし、こいつがやったのなら、口周りや体も血まみれになっていないとおかしいんだ。

でも、こいつの口も体も血まみれではなかったよ。」

「噛みついたまま血を飲んだとか?

あるいは、拭いたりしたとか?」

「あのな?

血って心臓というポンプで全身を凄まじい速度(分速約10万キロと言われてます。)で、絶えまなく送られているんだ。

その中でも特に血が流れている大動脈を傷つけると、振りに振りまくった炭酸水みたいに勢いよく血が吹き出してくるんだぞ?

そんなのこぼさずに飲めるか?」

「あー、ちょっと難しいかな?」

「だろうな。

それに、成人男性の血液の量は、およそ4,6リットルと言われているんだぞ?

そんなに飲んだら、体がおかしくなるというか、そもそもそんなに飲めるか!」

「……それもそうだね。」

「それに、床が血まみれになるぐらいに血が出てたから、飲んだっていうのはないだろうな。

ついでに、俺が母さんの悲鳴を聞いてから、こっちに来るまでの時間を考えると、体や口を拭いたと考えるのは現実的ではないよ。

それにその場合、手も綺麗じゃないとおかしい。」

「じゃあ、なんで彼の両手は血まみれだったんだ?」

「……こいつが二人にやってくれたのは、血溜まりから運びだし、見綺麗に整えてくれたことだけだ。

あと、二人に添えてあった百合の花を置いてくれたのも、お前だろ?

あの花が特別であることを知っているのは、家族以外ではお前ぐらいだ。」

俺の問いに生介はなにも言わず、胡座をかきながら俯いていた。

「ふむ、彼が殺していないことは納得した。

しかしそうなると、外から侵入した別の誰かがやったってことか?」

「いや、それもない。

なぜならあの時、俺の家は完全な密室だったからだ。」

「ん?でも、窓ガラスを割られたんだろ?

そこから侵入したんじゃないのか?」

「…なんか勘違いしているみたいだが、あれは中から割られたものだぞ?」

「………な、なんだって!?

いやしかし、なんでそんなことがわかるんだ?」

「動いている物が静止した物にぶつかった時、一体になって動くことを運動量保存の法則っていうんだ。

ボウリングとか、ビリヤードをイメージしてもらえば分かりやすいかな?

で、ガラスもその例に漏れず、物がぶつかって割れると、ぶつかった物と一緒の方向に破片も飛んでいくんだ。

もし、外から割られたのならば、破片は部屋の中に散らばっていないといけないのだが、生介がガラスの破片を踏み鳴らしながら逃げたことから、破片は外に散らばっていたことになる。

そのことから、ガラスは外からではなく、中から割られたということになるのさ。」

「な、なるほど。

でも、そうなると誰にも殺せなくなるぞ?」

「そんなことはないさ。

…………一人だけ、……いや、一匹だけいるだろ?

人を殺せる牙を持っている奴が。」

「………!?

え?いや、でも、それって!?」

「……全ての不可能を除外して、最後に残ったのが如何に奇妙なことであっても、それが真実となる。だ。

……正直なところ、俺自身が信じたくないさ。

だけど、あいつしか考えられないだよ。

………我が家の愛犬、ぷー助しかな。」

 

その言葉に反応する様に、生介の方からギリッ、という歯ぎしりが聞こえた気がした。

その反応から、自分の想像が間違っていないことを確信しつつ、心が重たくなっていくのを感じた。

「い、いやいや、ちょっと待て、なんでお前の家の犬がそんなことを?

それ以前、飼い犬に人が殺せるのか!?」

「犬の噛む力は約100キロ近くだと言われている。

事実、昔幼児が同じゴールデンレトリバーの頭を噛まれ、死亡する事件があった。

やろうと思えば、彼らは俺達を噛み殺すことなんてわけないのさ。」

「そ、そうなのか。」

「だけどそんなんの、なんの根拠にもならないだろ?」

『え?』

声の方に目をやると、俯いていた生介が顔を上げ、こちらを真っ直ぐ見つめていた。

「それ自体はなんの根拠にもならないぞ?

お前はなにを根拠に、彼が二人を殺した犯人だと言うんだ?」

「……父さんの腕の傷と、ぷー助が死んでいた場所だ。」

「腕の傷?」

「死んでいた場所?」

「ああ、まず傷についてだが、もしお前みたいな奴に襲われて噛まれてたら、腕はひとたまりもないし、なにより噛み殺す以外にも殺る方法はあるのだから、それに固執必要がない。

なのにそれをしなかった。

いや、出来なかったんだ。

それしか殺す術を持っていなかったんだからな。

またあいつは、玄関で背中から一撃を受け、のどにトドメの一撃を食らって死んだらしいが、動かされた形跡はなかったそうだ。

もしそうだとしたら、おかしな点がある。」

「おかしな点?」

「ああ、俺が家に入った時、あいつはこちらの方を向いて死んでいた。

もし、あいつがあの場所で背中から襲われて、死体を動かされていないのなら、あいつはリビングに背を向け、玄関の扉の方を向いていたことになる。」

「…?それがどうしたんだ?」

「それはつまり、あいつは母さん達が襲われているにも関わらず、無視して玄関の方を見ていたことになるんだよ。」

「!!」

「絶対ないとは言わないが、それはあまりにも不自然過ぎる。

だからこそ、俺はあいつが犯人だと思ったんだ。

それに、物的証拠も一応ある。」

「物的証拠があるのか?」

「ああ、父さんの腕の咬傷と、ぷー助の歯形と合わせれば良いんだ。

歯形は指紋と同じで、同じ物はないからね。」

「…そう、…か。」

俺の言葉に、生介は苦虫を噛んだ様に苦い表情をしながら、そう呟いた。

「……あれ?

でも、なんでぷー助は玄関の方を向いていたんだ?

それに、いったい誰がぷー助を殺したんだ?」

「……ぷー助を殺したのは生介だ。

割れた窓ガラスから入って、玄関にいたぷー助を後ろから襲ったんだ。」

「へ?

でも君はさっき、彼は誰も殺してない。って言って「ないよ。」……はい?」

「俺は、両親を殺してない。とは言ったけど、誰も殺してないとは、一言たりとも言っていないぞ?」

『………………。』

「……なんだろう。

凄く納得いかない、このもやもや感は。」

「ああ、凄く良くわかるよ、その気持ち。」

そう言いながら、ジトーっとした目で、二人は俺を見ていた。

っていうかお前ら、いつの間に仲良くなったんだ?

「…続けるぞ?

昨日あったことをまとめると、こうなる。

まず、警察から電話する様に言われた母さんから、俺宛に電話がくる。

さっきから騒がしいっと言っていたことから、恐らくこのタイミングで、ぷー助は父さんを襲いかかったんだと思う。

初撃を腕で止め、抵抗する父さん。

多分、物を投げたりして応戦したんじゃないかな?

そして、投げた碁笥が窓ガラスに当たり割れた。」

「なんで碁笥だと思うんだ?」

「碁っていうのは、白い石と黒い石を交互に打ちながらやる、陣地取りゲームなんだ。

だから、石が混ざらない様に碁笥も二つ用意するんだけど、亥澄さんの話だと、碁笥は一つしかなかった。

つまり、なんらかの理由で無くなったことになる。

そのことから、窓ガラスを割ったのが碁笥と考えられるわけだ。」

「でも、それで本当に割れるのか?」

「碁笥自体はプラスチックとかだから、そんなに重くはないよ。

でも、中に石が入っていると、それなりの重量になるのさ。

おもいっきり投げたら、窓ガラスが粉々になったよ。」

「…………やったことあるのか?」

「…………あの時は、メッチャ叱られたな~。」

軽く笑みを浮かべながら、俺は遠い目をしていた。

 

閑話休題

 

「話を戻そう。

父さんを襲い、殺したぷー助は扉の近くまで行き、電話を切り上げてきた母さんが扉を開けるのを待って、あの人に襲いかかったんだ。

扉の近くに落ちてた滴下血痕が、待っていたことを裏付けているし、血溜まりから母さんがあそこで襲われたのも明白だ。

また、俺が開けっ放しにした扉を、亥澄さんと神無月が血まみれの扉と言っていることから、扉が開いた状態で襲われたことがわかる。」

「なるほど、確かにそうだね。」

「ぷー助は母さんを襲った後、土間まで移動した。

そこに生介がやってきて、ぷー助を殺害。

その後、ぷー助の足跡を踏み潰す様に足跡をつけながら、落とした受話器を戻した。

違うか?」

「受話器?」

「ああ、母さんとの電話で、あの人は受話器を本体に戻さずに、父さんの様子を見に行った。

なのに、亥澄さんが見た時は受話器は本体に戻っていた。

つまり、誰かが受話器を本体に戻したということだ。

多分、お前がぷー助を殺った時の振動で落ちたんじゃないかな?

だから、お前は受話器を本体に戻した。

そして、その時に滴下血痕が残ったんだ。」

「ふむ、なるほどね。」

「そして、母さんと父さんを運んだ後、二人を身綺麗にし、百合の花を置いた。

そして、そこに俺が来た、ってわけだ。」

「………うん、確かに筋は通っているけど、彼はなぜ、そんなことをしたんだ?

そもそも、ぷー助はなんでこんなことをしたんだ?

虐待とかしていたのか?」

『そんな訳ねえだろ!!』

俺と生介の声がハモったことに、驚きの表情をする神無月を見ながら生介を横目で見ると、しまった。っという表情をしながら、横を向いていた。

……まったく、本当にお前って奴は。

そう思うと、自然と笑みが浮かんできた。

「………なんだよ。」

「いや、お前は本当に良い奴だな、って思っただけさ。

なのに、……いや、だからこそお前は、罪を全部被ることにしたんだろ?」

「罪を被る?どういうことだ?」

「……それは、…ん?」

話を続けようとする俺だったが、扉の方から気配を感じ、そちらを見つめる。

「ん?睦月、どうかしたか?」

「……いやどうやら、お前が聞きたがっていた理由が、向こうからやって来たみたいだ。」

「やって来た?」

そう言って、神無月が扉の方に目をやった瞬間、数個の影が扉の奥から飛び出し、俺達を取り囲んだ。

「…こいつらは!」

「………犬?」

 

そう言いながら見渡し先には、ドーベルマン、ブルドッグ、ダックスフント、果てはチワワまで、様々な種類の犬が唸り声をあげながら、俺達の周りを囲む様に身構えていた。

「ど、どういうことだ、これ?

僕は犬に怨まれる様なことはした覚えはないよ?」

「いや、これは…。」

生介が口を開こうとした、その時だった。

 

ーピシャンー

 

鋭い鞭の音が鳴り響いたかと思うと、犬達は急にお座りをした。

『な!?』

「……どういうことだ?

どうしてあんたがここにいる?

ドマー。」

「ふん、そんなの決まっているだろ?

我々に反抗する愚か者を処刑するためよ。」

そう言いながら扉の奥から、スキヘッドに顎髭をたっぷり生やした軍服姿の男が、丈夫そうな鞭を持って現れた。

「ちょっと待ってくれ!

こいつは必ず役にたつ!

無理矢理にでも組織に連れて、従わせる様にする!

だから、もう少しだけ猶予をくれ!」

「聞けんな~。

我々に刃向かう者には、一切の情け容赦なく死あるのみ、だ。

そもそも、そこの訳のわからん輩に押されていたではないか。」

ドマーと呼ばれた男は、そう言いながら鼻を鳴らし、高圧的な態度で生介を睨らみつける。

「……えーと、誰なんだ?こいつは?」

「……ドマーって言って、一応、この地域で一番偉い奴だ。」

「へー、…あれが、……ねえ。」

「……お前も苦労してんだな。」

「…わかるか?」

「まあ、あれを見れば、なんとなくな。」

「あ~、納得。」

「なに無駄話を喋っている!!」

そう怒鳴りながら、ドマーが鞭を何度か振ると、その度に犬達は立ったり、お座りをしていた。

…お前らも苦労してんな。

 

…しかし、

「……やっぱり、そういうことなんだな。」

「やっぱりって、どういうことだ?」

「……お前さっき、なんでぷー助がこんなことをしたのか、と聞いたよな?」

「え?ああ、聞いた。」

「虐待されていた以外で、襲う理由があるとしたらなんだと思う?」

「ん?

ん~、だとしたら、命令されたか、操ら…れ?」

そう言いながら神無月は、なにかに気づいた様に、周りの犬達を見回す。

首輪を着けてない野良が多い中、首輪を着けた犬もちらほらいた。

「……まさか?」

「…ああ。

……ぷー助は、あいつに操られて、父さんと母さんを殺したんだ。」

真っ直ぐ睨み付ける俺のことをどこ吹く風と言わんばかりに、ドマーは余裕の笑みを浮かべながら、鞭で自分の手ををペチペチと叩いていた。

「なるほど、貴様が我々に楯突く愚かな一般人か。

確かに、私はこの鞭で犬を操る能力は持っているが、無理矢理操っていると思われるのは心外だな。

私は、貴様ら俗物の元から彼らを解放してやっているだけだ。」

「解放だと?」

「ああ、貴様の犬には感謝してもらいたいものだ。

ここにいる犬達の様に、愚かな俗物から自由になり、我々という素晴らしい主人の物となるチャンスをいただけたのだからな。

しかし、それを大津!

貴様が無にしたのだ!」

そう言いながらドマーは、さっきとは真逆の怒りの形相をし、ビッと鞭の柄で生介を指した。

「無にしたって、どういうことだ?」

「……。」

「反逆者には死を。

貴様とて、例外ではないぞ?

大津よ。」

「……。」

神無月の言葉にも、ドマーの言葉にも、生介はなにも言わず、ただドマーを睨み付け続けていた。

「……反逆者、か。

……やっぱり、そういうことだったんだな。」

「……やっぱりって、どういうことなんだ?」

「……神無月、確認なんだが、この事件の本来の標的は誰だ?」

「それは……君か?」

「ああ、その通りだ。

まず、そこが第一前提。

では、その標的である俺が、今も生きている理由は?」

「理由?んん?」

「質問を変えよう。

ぷー助が玄関に向かった理由は?」

「ぷー助がか?

ん~、………成り行き?」

「違う、明確な意思を持って、あそこへ移動している。」

「そうなのか?

えーと……。」

「……聞き方を変えようか。

もし、俺達が駆けつけたあの時、生介がぷー助を殺してなければ、一体なにが起きていたと思う?」

「なにが起きたって、それは……………!?

ま、まさか、ぷー助が玄関に来た理由って!?」

「ああ、その通りだ。

ぷー助は、玄関から入って来る俺を襲い、殺すために玄関まで来たんだ。」

「そんなことって、……ん?

でも、おかしくないか?

君を殺すのが組織の目的だったなら、なんで大津はぷー助を殺したんだ?

なにもしなければ目的は達成したはずだろ?」

「ああ、その通りだ。

生介の目的が、本当に俺を殺すことだったら、な。」

「ん~?それはどういうことだ?」

「発想を逆転させるんだ。

殺すための行動を邪魔し、俺を殺させなかった。

それはつまり?」

「……君を死なせる気がなかった、っていうことか?

でも、それは…。」

「ああ、組織の意向に背くことになる。

だからさっき反逆者、って呼ばれていたんだ。

そうだろ?」

「……ふん、反乱分子にしては、頭が働くではないか。

そう、その通りだ。

その男は愚かにも、我が組織の命令を無視し、なんの価値もない愚か者の為に、その命を捨てたのだ。

 

……愚かといえば、貴様の所の犬もだったな。

大人しく私の言葉に従っていれば良いものを、散々抵抗していたな。

まあ、結局は私の言いなりになったのだから、無駄な足掻きであったがな。

そうそう、貴様の親の最後をスパイカメラで見ていたが、あれは中々良かったぞ?

信じていた者に裏切られ、絶望に染まりながら死を迎えていく様は見物だったな。

もっとも、スパイカメラは大津の一撃の巻き添えを食らって壊れてしまったため、貴様のペットの最後は見れなかったが、さぞかし無様な最後を迎えていたのだろうな。

まあ、飼い主と同じく、我々に楯突く愚か者だ。

我々の所にいたところで、邪魔にしかならなかっただろうさ。

まったく、飼い主もペットも、揃いも揃って愚かな「そろそろ黙っておけ、おっさん。」……なんだと?」

「黙れって言ったんだ、このクソ野郎。

黙って聞いてりゃ、俺の親友と家族のことを好き勝手言いやがって、ふざけんじゃねえぞ、このハゲ頭!!」

「なあ!!」

『ブフゥ!!』

 

俺の横で吹き出した二人を他所に、ドマーの顔がみるみる赤くなっていく。

「ち、違う!

これは剃っているだけで、断じてハゲているわけで「じゃかしい!」!?」

「これでも理髪店のバイトをやっていたんだ、ハゲか否かなんか見ればわかるわ!

そのくせ、顎髭がフサフサとかアンバランスなんだよ、このハゲ助!

だいたい、偉そうに能力だの云々言っているけど、本当はお前の髪並みに人望が無いだけだろうが!

自分より弱い者を操って戦うことしか出来ないスットコドッコイが、偉そうに言うじゃねえぞ、このハゲタコ!!

それに「もう止すんだ、こうちゃん。」なんでだ!!」

怒りに燃え、荒い息をしながら後ろを振り返ると、

「こ、これ以上は、お、俺達がもたないぃぃぃ。」

口角をひくひくさせながら、笑うのを必死に堪えている生介と、腹を抱えながら口を押さえる神無月の姿があった。

………あいつを散々罵倒しまくった俺が言うべきことでないかもしれないが、お前らのその反応は、ちょっとひどくないか?

ちなみに、罵倒された本人は?というと、顔を茹で蛸の様に真っ赤にしながら、プルプルと体を震わせていた。

 

しかし、

「そんなに笑うことか?」

「い、いや、すまない。

君の言うことが一々ツボに入ってね。」

「俺は、みんなが思っていることを良く言ってくれた!って感じだな。」

「おいおい。」

そう言い、ため息を一つ吐いた、その瞬間。

 

ーパーンー

 

という破裂音が突然し、慌てて振り返ると、

「……さん。」

 

―パーンー

 

再び先ほどの破裂音を響かせながら、両足の太ももから下の服が、突然盛り上がった筋肉により、弾け飛んでいく。

その前のは両腕だったらしく、二の腕から先の服も同様に弾け飛んでいた。

「貴様ら、絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

―むち、むち、むち、むち、むちむちむち、パァァァァンー

 

その叫びと共に体の筋肉が肥大化し、激しい音をたてながら服を弾け飛ばした。

変化し終わったその姿は、世紀末な世界で主人公に挑んでくる敵キャラみたいにムキムキで、図体もでかくなっていた。

ちなみに、ズボンの下腹部の部分は無事な姿で残っていた。

そこまで弾けていたら、目も当てられない姿になっていただろう。

……とはいえ、これ。

「……流石にズルくないか?」

「後悔しても、もう遅い!

食らえぇぇぇ!!」

そう叫びながら、降り下ろされる腕。

なにかを感じた俺達は、咄嗟に左右に飛んだ、その瞬間。

 

ーズガァンー

 

「うぉぉ!?」

「うわぁぁ!?」

「どぉぉ!?」

俺達にいた辺りに、もの凄い速度で振られた鞭が降り下ろされ、建物の床に衝撃で亀裂が走った。

……うん、これは。

「……流石にズルいだろ。」

そう言いながら俺は、右手の人差し指を眉間に当てた。

「フハハハハ!

どうだ?私の力は!

私の力の前に絶望して死「うるせえよ、偽筋。」……なんだと!?」

「たかだか筋肉が増えたぐらいで、偉そうにするなよ。

そんなだから人望が無いんだろ?

まったく、呆れてくるよ。」

「………この状況で挑発出来る君も、相当なものだと思うよ。」

「同感だ。」

そう言いながら二人は、俺のことを呆れたという目で見ていた。

なんでだろうか?

「……ともかく、お前みたいな偽筋野郎は、この場で倒してやるよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺じゃなく、仮面ライダーがな。」

「………。」

「………。」

「…………………、僕がか!?」

「なに当たり前のこと言ってだよ。

仮面ライダーは、お前しかいないだろ?

そもそも、ただの人間の俺が、あんな筋肉ゴリラとマトモに戦えるわけないだろ?」

「いやいや、あんだけ煽って、そりゃないだろ?」

そう言いながら生助は、呆れ果てた目を俺に向ける。

本当になんでだろうか?

「……貴様、ふざけているのか?」

「いや、至極真面目だぞ?」

「ならば、舐めているのか!?」

「いやいや、あんたなんか舐めたくないし、なにより不味いだろ?

あんた。」

「き、貴様~~、何様のつもりだぁぁぁぁ!!!」

「とんでもない、あたしゃ神様だよ。」

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!!」

「うぉっと、危ねえな。」

再び凄い速度で振られた鞭をかわし、神無月達に合流するため近付いた、その瞬間。

『チェストォォォ!!』

「ヘブゥン!!??」

二人からチョップを脳天に受け、その場にうずくまった。

なんか、出てきちゃいけない汁が、大量に鼻から出てきてる気がするのは気のせいか?

「こうちゃん、いくらなんでもふざけ過ぎ。」

「高○ぶ○さんに謝ってこい。」

悶絶する俺に容赦なく叱咤する二人。

正直、頭の痛みで話を聞くどころではないのだが、とりあえず頷いておく。

というか二人共、お前らは自分の状態を考えてから、殴るなりして欲しい。

これはマジで死ぬぞ?

「まったく、こんな時までふざけることはないだろ?」

「………あ゛いづに対じでボゲだのは認めるが、お゛前を゛指名じだのは、冗談じゃないぞ?」

 

そう言いながら俺は、ふらつきを抑える様に頭に手を当てながら、ゆっくり立ち上がる。

あ゛~、頭がまだ痛でえし、言葉も微妙に濁るが、さっきよりはマシか。

そう思いながら深呼吸を一つして、ドマーを睨み付ける。

「俺だって、やれるならやりたいさ。

あいつは、俺の家族の敵なんだからな。」

「……睦月。」

「……でも、俺じゃ勝てないんだ。

あいつを倒せるのは神無月、仮面ライダーであるお前だけなんだ。

だから頼む、あいつをぶっ飛ばしてくれ。

頼む。」

そう言って頭を下げる俺を、神無月は少しの間、黙って見ていた。

「……はぁ~、そういうことなら、初めからそう言いなよ。

また冗談を言っているのかと思ったよ。」

「なんだよ、それだとまるで、俺が常に冗談しか言わないみたいじゃないか。」

『違うのか?』

「ハモんな!!」

「……話は済んだか?」

そう言われて振り返ると、ドマーは手で鞭をペチペチと叩きながら、こちらを見ていた。

「……なんだ、律儀に待ってくれてたのかよ?」

「これが最後の会話になるのだ。

それぐらいの慈悲はやるさ。」

「そりゃどーも。

…さて、あいつの相手は神無月に任すとして、俺達は……、こいつらの相手か。」

「…その様だね。」

ぐるりと見渡すと、周りにいた犬達が、牙を剥き出しにしながら唸り声を上げていた。

「こっちはこっちで大変そうだな。」

「…だな。」

そう言いながら俺と生介は背中合わせに立ち、構える。

「足を狙ってくるからな、気をつけろよ。」

「ああ、わかった。」

「神無月、そっちは任せた。」

「任せろ!」

そう言いながらドマーに立ち向かう神無月。

こうして、俺達とルートキットの二回戦目が始まった。

 




犯人は別にいるんだ!
なんだってぇ!
的なことをやろうと思い、今回の推理小説的な話になりました。
一応、自分なりに筋は通したつもりなのですが、いかがだったでしょうか?
ここがおかしい、筋が通らない等のご意見ありましたら、遠慮なくお願いします。
次回よりバトルパート、頑張って書かせていただきます。


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DISK17 力の戦士と音撃の戦鬼(前)

思った以上に長くなったので、前後編になりました。
後編も急ぎ書き上げます。


「食らうが良い!!」

そう言ってドマーは、鞭を連続で振る。

「はぁぁぁ!!」

神無月はそれを避けながらドマーの懐へ入り、強く踏み込んで、一撃を腹に入れた。が、

「ふん!!」

「おわ!?」

彼の攻撃は固い腹筋に阻まれ、逆に弾かれてしまう。

「食らえぇ!!」

「うわぁぁ!!」

弾かれてたたらを踏んでいるところを、ドマーの鞭が襲いかかる。

「おらおら!!

どうしたどうしたぁぁ!!」

「くっそ!!」

なんとか体勢を立て直し、再び避け始めるが、攻めのチャンスを作れないでいた。

そんな彼の横では、

「うおっと!」

「この!」

睦月と大津は襲いかかる犬達を蹴ったり、弾いたりしていた。

怪我をした犬は数匹いたが、死んでいる犬は皆無だった。

本来、大津が本気を出せば、ここにいる犬など、ものの数分で片付けられるのだが、彼は殺さぬ様に気をつけながら弾いていた。

それというのも、

「…っ、こうちゃん!

どうしても殺しちゃいけないのか!?」

「こいつらは操られているだけだ、こいつらに罪は無い!!

だから殺すな!!

殺したら、友達辞めるからな!!」

そんな縛りをした為、犬達は未だに現在だった。

しかし、相手はそんなことお構い無しに殺しにかかってくる為、徐々に劣勢に追い込まれてしまう。

「……っ、その前に俺達が殺されるぞ!!」

「そうならない様に、踏ん張れ!!」

「無茶苦茶言うな!!」

「知ってか?

無茶が通れば、道理も通るもんなんだぜ?」

「そんなの知るかぁぁ!!」

 

そんなことを言いつつも、律儀に弾くことを止めない辺り、彼の本心が見えてくるものである。

「……とはいえ、確かにやり辛いよな。」

睦月はそう呟くと、すたすたと犬達へ歩み寄って行く。

「ちょ!?こうちゃん!?なにやってんの!?」

「ん?なにって……。」

そう言いながら睦月は、目の前の犬に蹴りを一撃、そのまま回転しながら水面蹴りで二匹を蹴り飛ばす。

「蹴り飛ばしているだけだぞ?」

その回転はその後も止まらず、ブレイクダンスみたいにアクロバティックな動きをしながら、襲いくる犬達を蹴り飛ばしていく。

だが、中にはその蹴りを見切り、詰め寄ってくる犬もいた。

そういう犬に対し、睦月は体を起こしながら素早く膝を曲げて正座すると、チワワみたいな小型犬は胴を掴んでは放り投げ、ドーベルマン等の中型犬はクマ手(指のみを曲げた手の握り方)に握った手で裏拳や、掌底を横面にかます。

また、大型犬は膝を使った体捌きで攻撃を避けながら、後頭部やお腹に手刀や掌底で一撃をいれる。

襲ってくる数が増えてくると蹴りを加え、再び近づけさせない様に回転を始めた。

「……お前とは長い付き合いだから、そこまで驚きはしないが、本当になんでもありだよな。」

「ん~、そうでもないぞ?

経験したことがないのはできないし、経験してもできないこともあるぞ?

そのことは、お前だって知っているだろ?」

「まあね。

ちなみに、おっと…、今回のネタはなんだ?」

「ネタ言うな、っと!

……この蹴り技はカポエイラっていう、蹴り主体の武術だ。

このカポエイラっていうの…は、奴隷として捕まった黒人達が、手枷を付けられた状、態、でーも!戦える様に、編み出された技なんだぞ。」

「なるほ…ど!

だから蹴り主体なのか。」

「ああ、これは音楽に合わせて踊ったりも…するん、だ、が、それはかつて彼らが奴隷として囚われた頃、踊りの練習と称して鍛練を積んでいた頃の名残だったりするんだよ、…ね!」

「なるほど、…ね。

この前言ってい…た、じゃんけんと同じ、ってわけ…か!」

「そういう、こと!

あれも、邪拳っと呼ばれていた頃…に、遊びと称して鍛練をしていたんだしね。」

「だったな。

で、その正座のやつは?」

「これは柔術の型の一つだよ。

日本では世界にはない、正座という文化、作法があり、無防備になるこの状態でも対応できる様に編み出された技が、…これ、…なの、…さ!」

そう言いながら睦月は、襲いかかる犬を掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返す。

ちなみに、先ほどから途中、途中で会話が途切れたりしたのは、そのタイミングで犬達を弾いたり、攻撃を避けたりしていたからである。

「……しかし、さすがに疲れてきたな。」

「誰かが変な縛りを作ったせいで、数が減らないからな。」

「限られた条件化でも、しっかりと結果を出していくのが、プロだぞ?」

「なんのプロになれってんだよ!」

「ん~、……犬弾き?」

「そんなプロになりたくないわ!!」

「やり抜いて極めれば、新たな道が開けるかもしれないぞ?」

「ふざけるな!

そんな道、開きたくも「ふざけるなは、こちらのセリフだ!!」うわっと!?」

「よっと。」

 

降り下ろされた鞭を二人は左右に別れて避け、ドマーの方を見ると、怒りで頭のてっぺんまで真っ赤にした彼の姿があった。

「おいおい偽筋、本当に茹で蛸みたいになってんぞ?」

「なんだと!!」

「うぉっと!」

睦月は再び振られた一撃を悠々と避けると、観察する様にドマーを少しの間見つめる。

「……おいおい神無月、そっちの方は任せてんだから、さっさと倒してくれよ。」

「……君も大概無茶を言うね。

あんな筋肉の塊、そんな簡単に倒せるわけ「倒せるに決まっているだろ?」……へ?」

「お前は本当になにを言っているんだ?

お前は仮面ライダーなんだぜ?

そんな偽筋、ど楽勝だろ?」

「……随分と簡単に言ってくれるけ「それに、」……ど?」

「……俺は、こいつなら出来る。って、思った奴にしか頼まんよ。

お前なら出来る。

間違いなく、な。」

自信満々な表情をしながら断言する睦月を、神無月は数瞬呆けるが、

「……まったく、君という人は、本当に人をのせるのが上手いよ。」

そう言いながら彼は苦笑をし、ベストから一枚のステッカーを取り出すと、

「それなら、期待に沿わなきゃね。」

そう言いながら、ドマーへ向き直った。

「ふん、そんなステッカー程度で、この私をどうにか出来る、と?」

「ああ、出来るさ。

それを今、お前で証明する!」

そう言いながらステッカーをドマーへ投げると、ステッカーがどんどん大きくなり、太鼓大の大きさになったそれが、ドマーの体に貼り付いた。

「ぬ!?それがどうした!」

そう言いながら振ってくるドマーの鞭を、神無月は全て避けて懐へ入り込んだ。

「いくぞ!百火両乱(ひゃっかりょうらん)!」

そう叫びながら強く踏み込み、炎の宿した両手で、先ほどのステッカーを強く殴りだした。

 

ードドドドドドドドドドドドドドドドー

 

神無月が殴る度に太鼓の打音を鳴り響き、鳴る度にドマーの体が揺れる。「はぁぁぁぁ!!」

ードドンー

 

最後のニ撃に、今まで以上の力を込めて打ち込むと、より一際高い音が辺りに響いた。

ぐらりっと揺れるドマーの体。

やったか?と神無月が思った瞬間。

「…ぬぅ!!効かぬわぁぁぁぁ!!」

「うわぁ!!

…っ、嘘だろ!?」

ドマーは直ぐに身体中に力を入れ、筋肉を膨張させて体制を立て直しつつ、その時の衝撃を使って神無月と身体に貼り付いたステッカーを弾き飛ばした。

相手が直ぐに立て直したことに驚きつつも、神無月も直ぐに体勢を立て直し、ドマーを真っ直ぐ睨む。

ドマーは笑みを浮かながら立っていたが、さすがに多少のダメージがあったのか、身体が少々ふらついていた。

「……なら、何度でもやるまでだ!」

そう言って踏み出そうとした、その時だった。

「ーーーー!」

叫び声が聞こえた気がして、ふっと、後ろを振り向くと、

「君はなにやってんだ!?」

目に入った光景に、思わず叫んでしまった。

彼がなにを見たのか?

それを語るためには、少し時間を巻き戻すことになる。

 

丁度神無月がドマーへ攻撃を仕掛けたその頃、睦月と大津に犬達が猛攻を仕掛けていた。

「…なあ、こうちゃん?」

「なんだ!?」

「こいつら、さっきより激しくねえか!?」

「ああ、確かに、な!

……あいつを煽り過ぎた、か、な?」

「…だと思うぞ?」

「すまん。」

犬達を弾きつつ、そんな会話を続ける二人。

一見まだ余裕がありそうだが、共に荒い息を吐き始めていた。

そんなことお構い無しに、二人に猛攻を続ける犬達。

二人が同時に犬を弾いた、その時だった。

 

ードドドドドドドドドドドドドドー

 

神無月の方から太鼓の打音が響き、大津は数瞬の間、そちらの方に気をとられてしまった。

だが、それは、

「っ、しょうちゃん!!」

獰猛な狩人である彼らに対して、

「っ!しまった!!」

けして見せてはならない隙だった。

 

大津の意識の隙間を突き、一気に三匹の犬が駆け寄ってくる。

「っそ!!」

慌てて追い払おうと腕を振るが、一匹はそれを逃れ、大津の首もとに飛び付いてくる。

急所を狙う牙を、大津は咄嗟に腕を出して防ぐ。

「っぉぉぉ!!」

噛みつかれた腕からは鋭い痛みが走るが、それも構わずに腕を振り、噛んだ犬を無理矢理引き剥がした。

引き剥がされた犬は宙を舞い、屋上のへりまで飛ばされる。

かつてはフェンスが張られていただろうが、老朽化でぼろぼろになり、今はフェンスがない状態だった。

ここで止まらなければ、死あるのみ。

犬は爪を立てて、必死に止まろうとする。

そのおかげか、勢いは減速していき、ぎりぎりのところで止まることができた。

そして、彼が再び二人に襲いかかるために、足に力を込めた、その瞬間。

 

ードドォンー

 

と一際高い音が響いたのと同時に、彼の足場がぐらぐらと揺れる。

恐らく、老朽化で脆くなっていたところが、今までの戦いの振動で更に脆くなり、今の振動で限界を越えてしまったのだろう。

がらがら、っという音と共に、足場が崩れ落ちていく。

犬はなんとか前足を崩れて無い所へ置くことができたが、崩れる速度が速かったために後ろ足は間に合わず、宙ぶらりんの状態になってしまう。

しかも、上手く爪を引っかけられず、自重でずるずると落ちていく。

必死に爪をかけようと、何度も前足をバタバタとするが引っ掻からず、遂に手が離れてしまった。

空を切る前足を、もう一度伸ばした、その時だった。

「うぉぉぉ!!」

駆け寄って来た睦月が、彼の前足を掴んだ。

睦月は足を止め、その反動を使って、ハンマー投げの要領で犬を放る。

宙を舞いながら帰還する犬と入れ替わる様に、今度は睦月の身体が徐々に落ちていく。

『お前(君)はなにをやってんだ!!』

声をハモらせながら駆け寄る大津と神無月。

「手を伸ばせ!こうちゃん!!」

その声にぎりぎりで体勢を残していた睦月が反応し、必死に手を伸ばす。

足が滑り落ちる寸前に伸ばした二人の手が届き、二人はギリギリのところで留まることができたが、ホッとする間もなく、二人を襲うために犬達が駆け寄ってくる。

「させるかぁ!」

後ろを走る神無月が、そう叫びながらベストからステッカーを取り出すと、床に向かって投げた。

「痺振波(ひしんは)!!」

広がり、手のひら大になって張り付いたそれを、神無月はおもいっきり踏みつけると、それを中心に振動が広がり、その場にいた全員が痺れて動けなくなった。

だが、

「ぬぅおぉぉぉ!」

ドマーは痺れる身体を無理矢理を動かし、神無月達に向けて鞭を振った。

三人に向け、音速を超える一撃が迫る。

「なんの!!」

それに対し、神無月はもう一枚ステッカーを取り出すと、鞭に向けて投げた。

空中で太鼓大に広がりながらその場に留まるステッカーへ、鞭がおもいっきりぶつかった。

 

ぶつかった場所がへこみ、ステッカーが砕かれるかと思われた、その瞬間。

バイ~~ンという間抜けた音と共に鞭が跳ね返り、そのままドマーに襲いかかる、

「ぬおおぉぉ!?」

なにが起こったのか分からず、困惑するドマーを他所に、神無月は痺れて動けない犬達を追い抜き二人の元へたどり着くと、踏ん張り続けていた大津ごと睦月を引き上げた。

「二人共、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。

ありが「ふざけんな、馬鹿野郎!!」とぉぉ!?」

「なにが大丈夫だ、だ!

危うく死にかけてんじゃねえか!!

お前は馬鹿か!馬鹿なのか!馬鹿だったな、この大馬鹿野郎!!」

「あ゛~、耳元で叫ぶな、耳が痛い。」

怒鳴り散らす大津に、睦月は目を細めながら耳を塞いでいた。

「だけど、僕も大津の言葉通りだと思う。

なんで、あんな無茶をしたんだ?」

「なんでって、俺はしょうちゃんの友達を辞めたくなかっただけだけど?」

『…………はい?』

睦月の言葉の意味が分からず、二人は揃って首を傾げた。

「言っただろ?

一匹でも殺したら友達辞める、って。

だけど、別に俺は友達を辞めたいわけじゃない。

だから助けた。

それに信じてたしな。

仮に落ちそうになっても、お前か、神無月が助けてくれる、ってな。」

真っ直ぐ見ながら伝えてくる言葉に、大津は顔をしかめながら目を反らしてしまう。

「……でだ。」

「ん?」

「なんで、そこまでできるんだ?

なぜ俺を信じられる?

俺はお前を騙していたんだぞ?」

「……昔じいちゃんに言われたんだ。

『信用して欲しいのなら、まず自分が相手を信用すること。』ってな。

まあ、誰しも人に言えんことなんて、一つや二つはあるもんだ。

今回は、たまたまそれがかなり重かっただけさ。

それにお前は、俺のために命を賭けてくれたしな。」

「命を賭けてって、どういうことだ?」

「さっきドマーが言っていたろ?

反逆者には死を、ってさ。

組織に属していたこいつが、組織に歯向かえばどうなるかを知らないわけがない。

なのにこいつは、俺を救う為に組織に歯向かってくれたんだ。

その後どうなるかを、半ば承知の上で、な。

そんなお前を信じない選択肢は、俺には存在しないよ。」

「……こうちゃん。」

そう言いながら笑って見せる睦月を、大津はなんとも言えない表情で見ていた。

「……さてと、神無月の方はどうだ?」

「………筋肉が鎧の様に硬くて、単純な打撃じゃダメージは与えられなかった。

ただ、音撃は効いていたから、それで攻めればいけると思う。」

「…なるほど、ね。」

 

そう言いながら睦月は、右手の人差し指を額に付けながらドマーを見つめる。

見つめる先にいるドマーは、先ほどのダメージが抜けたのか、しっかりと立ちながらこちらの様子を伺っていた。

「……しかし、意外と律儀な奴なんだな、あいつ。」

「ん?なんでだ?」

「なんでってあいつ、僕達が話終わるのを待ってくれたりするだろ?

だから、律儀だなって。」

「ん~、そんな奴だったかな?」

「そんなわけねえだろ。」

『え?』

「残念ながら、あの偽筋が仕掛けないのは、そんな理由じゃないよ。

もっと個人的な理由だ。

そしてそれが、俺があいつを偽筋と呼ぶ由縁だ。」

「……嫌味じゃなかったんだな、それ。」

「最初は嫌味だったよ。

でも、あることに気づいてからは、マジで言っている。」

「あること?」

「ああ。

ある意味、当然と言えば当然のことをな。」

 

そう言いながら、睦月は嘲笑を浮かべてドマーを眺める。

その視線に気づいたのか、ドマーは再び顔を真っ赤にするが、さっきと違い、鞭を振ろうとしない。

「……ふむ、煽りに耐性がついてきたか。

もう一振りさせられるかと思ったが、中々上手くはいかないか。」

「後が大変なんだから、あまり煽んなよ。」

「勝つ為にうてる手をうっているだけだ。

それはそうと、神無月に一つ聞きたいんだが、良いか?」

「ん?どうかしたかい?」

「お前が今さっき出した鞭を跳ね返したあれ、複数だせるか?」

「反射板のことか?

ああ、ステッカーは四枚までなら同時に、自由な組み合わせでだせるよ。」

「そうか。

……なら、頼みたい奴の倒し方があるんだが、頼めるか?」

「…できる範囲内で良いのなら。」

「安心しろ、そんな無茶は言わないから。」

そう言いながら睦月は、不敵な笑みを浮かべた。

 



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DISK18 力の戦士と音撃の戦鬼(中)

まさかの三編構成に(汗)
楽しんでいただければ幸いです。


「………ぬぅ。」

屋上の端で話す三人を見ながら、ドマーは一人唸っていた。

先ほどのダメージや諸事情で動けなかった身体も、すでに回復して動ける様になっており、いつでも仕掛けることは出来たが、避けられることも考え、手を出さずに様子見に徹していた。

 

だが、

「……ぬぅ!

またしても、あの小僧は!!」

時折睦月がこちらを見ては嘲笑をしてきて、その度に鞭を全力を振りたくなる衝動を抑えて我慢してきたが、それもそろそろ限界を近かった。

そんな風に苛立っていると、ようやく話が終わったのか、三人がこちらの方に向き直った。

「……ようやく内緒話が終わったようだな。

で?私を倒す算段でもついたのかな?」

「……なんか勘違いしてないか?

俺達は別に、お前のことなんか話してないぞ?

ただ世間話をしてただけだ。

自意識過剰過ぎるぞ?

偽筋ハゲ野郎。」

 

―ピキー

 

睦月の言葉に、ドマーの眉間に青筋が走る。

「まあ、自意識過剰になるのも無理ないか。

今まで自分で自分を激しく励まし、励んできたんだろうからな。

そういう風になるのも、しょうがないか。」

 

ーピキピキー

 

睦月の追加の言葉に、ドマーの眉間の皺と青筋の数が増していく。

「ここまでいくと、むしろ同情してしまうよ。

どんだけ人望がないんだ、てな。」

 

ーブチ、ブチー

 

睦月の言葉を聞くドマーの眉間は青筋と皺で埋まり、身体は小刻みにプルプル震え始めた。

『君(お前)は悪魔(鬼)か?』

「ハモりながらツッコミを入れんな。

それにこの程度、まだまだ入り口、序の口、宵の口だぞ?」

『うわぁー。』

睦月のトンでも発言に、さすがの二人も、表情を歪めながらドン引きしていた。

「あいつが俺の家族にしたことを考えたら、まだ足りないぐらいなんだけどな。

とはいえ、「…ふ、ふはは。」……これ以上はとりあえず止めておくか。」

「ふはははははははは!!

ひぃはははははははははははははははは!!!

殺す!

殺してやる!!

欠片も残さず、殺してやるぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

「やべ!」

「うおぉ!」

「くそ!」

今までの中で一番速い速度で振られた鞭を、三人はぎりぎりではあったが、なんとか避けることができた。

だが、

「逃がすかぁぁぁぁぁ!!!」

そう言いながらドマーは、睦月に対して連続で鞭を振り続ける。

「うお、お、お、お、お!

全、部、俺に、か、よ!」

かなりの速度で飛んでくる鞭を、睦月は紙一重で避け続けていく。

「ぬぁはははははははは!!!

さっきまで調子の良さはどうした、どうしたぁぁぁ!!」

「ちぃ!!」

勢いついたドマーは、更に鞭の速度を上げていくが、睦月はそれらも避け続けていく。

「そらそらそらそらそらぁぁぁ!!」

言葉と共に高速で飛んでくる鞭、嗜虐の笑みを浮かべるドマーとは対称的に、睦月は悲しげな表情を浮かべていた。

「んん~~?どうした、そんな表情をして?

怖いか?

辛いか?

悲しいか~?

後悔しても、もうおそいぞ~?

さあ、私の好きな絶望に染まった顔に変わるまで、踊り続けろぉぉぉ!!」

睦月の表情に嗜虐心が煽られたのか、笑みを深くしながら振る速度を更に上げていく。

一つしかないはずの鞭の先が、あまりの速さに残像を残し、まるで無数に飛び交う様に見えた。

風切り音を鳴らしながら襲いかかるそれを、睦月は表情を変えずに避け続ける。

そんな中、

「睦月!」

「しょうちゃん!」

『今助けに「行かせるか!」な!?』

睦月を助け様とする二人だったが、その二人に犬達が再び襲いかかってきた。

犬達の妨害により、二人共睦月に近くことが出来ないでいた。

「ふはははははははは!!

そら、踊れ、踊れ、踊れぇぇぇ!!」

辺りに笑い声と鞭の風切り音を響かせながら、ドマーは上機嫌で鞭を振り続けた。

しかし、

「………ぬぅ。」

それから二分ほど経つ頃には、その表情は焦りと苛立ちに変わっていた。

なぜなら、ドマーがあれから何百回と振り続けているにもかかわらず、睦月には未だに掠りすらしていなかった。

「………なぜだ、なぜ当たらん!!」

「……当たるわけないだろ。」

「なんだと!?」

「何度でも言ってやるよ。

偽物の力に頼るあんたの技が、本物の技を使う俺に当たるわけがない。」

「本物の技、だと?」

睦月の言葉にドマーは怪訝な表情をしながら、鞭を振るその手を止めた。

「俺が今避け続けられたのは、見切りの技術とダブルダッチやブレイクダンスの技術を合わせ、一つの技にしたからだ。

どの技術も俺自身が行動し、体験し、時に汗を、痛みを感じながら会得した、生きた技術達だ。

片やあんたの今の力は、他人から借りた大きな力を、ただ振り回しているに過ぎない紛い物だ。

そんな奴の技なんて、一生やったところで掠りもしねえさ。」

 

「……偽物、…だと?

…私の鞭の技が、…偽物だとぉぉぉ!?」

「ああ、そうさ。

なんの価値もない、ただのガラクタだ。」

「……ふ、……ふ、……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

ドマーはそう叫びながら、血が出そうな勢いで握りしめた鞭を再び振り始めた。

その鞭の技は、今までにないくらいのキレと速度で、睦月も避けようとするが、避けきれずに鞭が掠り始める。

「貴様に、貴様なんぞに私のなにがわかるというのだ!

本部の者には無能とどやされ、下の者には影で鞭だけの無知男と笑われ、そのストレスで禿げたせいで妻に逃げられた私の気持ちが、血へどを吐きながらも鞭の技術を磨いた私の苦労が、私の言うことを聞いてくれる動物達だけが唯一の支えとなった私の気持ちが、貴様なんぞにわかってたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」

そう叫びながら鞭を振る手を捻りつつ、素早く切り返すと突然鞭が不規則な動きをし、跳ねる方向までもが変化した。

 

「なっ!?

ぐぅぅ!」

なんとか反応し避けるが完全に避けきれず、頭を掠めた衝撃で強く揺らされ、一瞬ではあったが、動きが完全に止まってしまった。

「睦月!!」

「こうちゃん!!」

「これで終わりだぁぁぁぁぁ!!!」

ドマーは腕を振り上げ、全力の力を持って鞭を振り下ろす。

鞭は今までのを遥かに超えた速度で落ち、爆音を轟かせながら地面に激突した。

その衝撃は地面を揺らし、辺り一面に土煙を舞わせた。

「……ふん、たわい無い。

私に逆らう者は、全てこうなるのだ。」

モウモウと土煙が舞う中、ドマーは一人ごちる。

「ふむ、しかし、やり過ぎたか。

恐らく跡形も残って「いるけど、どうかしたか?」……なに!?」

ドマーが驚きの声を上げるのと同時に強い風が吹き、辺りの土煙を吹き飛ばす。

土煙が無くなった先に、睦月が変わらない姿で立っていた。

「なっ!?

あ、あれを避けたというのか!?」

「技術を伴わない力任せの攻撃なら、どんだけ速かろうと、数が多かろうと物の数じゃないさ。

それよりも、俺だけに集中して良いのか?

お前の相手は、俺だけじゃないんだぞ?」

 

ドマーはそう言われて、反射的に差された方向を見ると、神無月が既に肉薄し、強く踏み込んでいるところだった。

咄嗟に腹筋に力を入れ、先ほどみたいに跳ね返そうとするが上手く力が入らず、神無月の拳はドマーの腹に深々と捻り込まれた。

「ぐほぉぉ!!??」

殴られた勢いで僅かに宙に浮き、よろよろと後退りしていく。

痛みで腹を押さえながら前屈みになった瞬間、神無月のアッパーが顎にまともに決まり、ドマーの頭が跳ね上がった。

「……なるほどね。

睦月の言った通り、偽筋だったわけか。」

 

そう言いながら神無月は、先ほどの会話を思い返した。

 

 

 

 

「……うん、君の要望はわかった。

なんとかやってみるよ。

だけど、問題はどうやってそこまで持っていくか?だな。

下手に攻撃しても弾き返されるだけだ。」

「まあな。

だから、俺が隙を作るから、その一瞬でラストまで繋げろ。」

「隙って簡単に言うが、どうするんだ?

なんだかんだであいつ、隙ないぞ?」

「そうでもないぞ?

なんせ、あいつに本気で筋肉を使わせれば良いだけなんだから。」

『……はい?』

なんでもないように答える睦月の言葉に、二人は揃って首を傾げた。

「……恐らくだけど、あいつがあの筋肉を手に入れたのは、つい最近なんじゃないかな?」

「なんでそう思うんだ?」

「鞭の技術と筋肉の使い方がバラバラだったからだ。

本来のあいつは、相当な腕前の鞭の使い手のはずだ。

でも、筋肉に振り回されているから、力を上手く使えてないし、上手く鞭の技術を活かせてないでいる。

だから、全力で振った後の少しの間、力を上手く入れることができないから、その間なら弾かれることはないはずだ。」

「なるほどね。

でも、そこまでいう根拠はなんだい?」

「あいつが鞭の使い手の根拠は、お前が弾かれた時に拳ではなく、鞭を使って攻撃したことだな。

あの距離で、あの筋肉ならぶん殴った方が早いのに、鞭を使って攻撃した。

人は咄嗟の時は普段やっている行動、身体が覚えている行動をとるものだ。

つまり、あいつは拳よりも鞭の方が使い慣れている、ってわけだ。

筋肉に関しては、あいつが全力で振った後、短い間隔で鞭を振った時があっただろ?

その時のは楽に避けられる程度の威力と速度しかなかった。

つまり、あいつはその時は全力で振れなかった、ということになる。

そして、その理由として考えられるのが……。」

「全力で振った後は、しばらく上手く筋肉を扱うことができない、ってわけか。」

 

「そういうことだ。

俺達が話している時に攻撃しないのも、インターバルと外れた時に大きな隙ができてしまうから、それを避けるためだろうな。」

「なるほどな。

それはわかったが、お前が囮になるのは反対だ。

囮には俺がなる。」

「……残念だけど、それは承諾しかねる。」

「なんでだ?

お前は生身の人間なんだぞ?

なにかあったらどうするんだ?」

「それは違うぞ、しょうちゃん。

生身だからこそ、俺がやるべきなんだ。」

「……どういうことだ?」

「せっかく改造して人を超えたのに、ただの人に馬鹿にされたり煽られたら、中々くるものがあるだろう?

そういう意味で、俺がやるのが一番効果的なんだ。

それに、そもそもこれは俺が果たすべき復讐なのに、俺は煽るだけで肝心の所は人任せだ。

だから、これくらいのリスクは負って然るべきなんだ。

むしろ負わせてくれ、頼む。」

真っ直ぐ自分達を見つめる睦月を、二人は少しの間見ていたが、

「はぁ~、まったく。

こういう時は、絶対引かねえもんな~、お前は。」

「良くわかっているじゃねえか。」

「付き合い長いからね。」

ニヤリと笑う睦月に対し、大津は苦笑で返すしかなかった。

「まあ、そんな感じで隙を作るつもりなんだが、神無月。

お前にあらかじめ一つ言っておくが、あいつに隙ができたら、例え俺達になにがあろうと、振り向かずに必ず仕留めろ。

チャンスは必ず物にするんだ、良いな?」

「………わかった、必ず仕留めるよ。

その代わり、約束してくれ。

けして無理はしない、と。

それが約束できるなら、やってみせるさ。」

「……わかった、無理はしない。

約束する。」

睦月はそう言って二人に頷いてみせた後、ドマーの方に目を向けると、ニヤリと笑ってみせた。

「さて、待たせるのも悪いし、そろそろ始めますか。

じゃあ、頼んだぜ?

俺達の仮面ライダー。」

そう言って睦月は、ドマーの方へ向き直った。

 

 

 

 

そんなことを思い返しつつ、一気に決めるべく、ベストからステッカーを取り出そうとしたその瞬間、鞭を持つ方の手首が僅かに動く。

それに釣られ、鞭の根元から先端へ動きが伝わり、

ーピシャンー

 

と鞭の音が辺りに響いた。

「な!?」

「ふぅぅ、この状態でも、これぐらいの芸当できるわい。

そして、今の鞭の意味するものは……。」

「っ、こっちに来るな!」

「こうちゃん!」

その声に神無月は、ステッカーを取り出しながら横目で声の方を見ると、睦月に向かって犬達が迫っている姿が見えた。

「さあ、早く助けにいかなぁぁ!?」

しかし、それもドマーの言葉も無視してステッカーを投げると、両手に炎を纏わせながら強く踏み込み、

「散々漆憑思(さんさんななびょうし)!!

そーれ!」

技名を叫びながら、ステッカーを殴り始めた。

 

―ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドンー

 

後ろからなにかが崩れる音が響く中、神無月は一定のリズムを繰り返しながら、ドマーを殴り続ける。

「な、なぜだ!?

なぜ助けに行かない!?」

「約束したんだ。

なにがあっても、助けに行かない、ってね!

それに、僕まで行ったらお前を自由にしてしまう。

そっちの方がよっぽど危険だ!」

「ぐむぅぅ。」

「なにより、僕の狙い通りなら、もうそろそろ……。」

「ぬう?

どういうことだ、犬達が!?

貴様、なにをやった!?」

ドマーの反応から、自分の技が上手くいっていることを確認しつつ、神無月は殴り続ける。

「敵に教えてやるほど、僕もお人好しじゃないよ。

それに、なにがあってもあの二人なら大丈夫だって、僕は信じてる。

だから、僕は僕にしかできないことをやるんだ!!」

後ろで二人がなにかを叫びあっているのが、音の端端から聞こえてくるが、神無月は構わず殴り続ける。

「ぐぉぉぉ、お前らなにをやっている!

早くそいつ等を殺すんだぁぁ!!」

ドマーがそう叫ぶが、後ろの犬達に動き出す気配は感じられなかった。

技が上手く効いていることに安堵しつつ、神無月は更に一歩踏み出しながら腰を落とすと

 

ードドドドドドドドドドドドドドドドー

 

再び崩れる音が後ろから聞こえる中、連続で殴り始め、100発ぐらい殴ったところで、

 

ードン、ドン、ドンー

 

再び踏み込み、やや大振りの締め一撃を三発打ち込むと、ドマーはよろよろとしながら後退った。

 

 

 

時を巻き戻すこと、少し前。

 

「ふぅ、これでなんとかなるかな?」

ドマーの腹部に神無月の一撃が決まるのを見ながら、睦月は一人呟いた。

「…っ、あいたたた。

……やれやれ、あれは危なかったな~。」

そう言いながら、先ほど掠めた部分を軽く撫でると、軽い痛みを感じた。

頭も揺らされたため、未だに多少のふらつきが残り、先ほどああ言ったものの、避けられたのは本当にギリギリで、ほとんど偶然に近かった。

「このままでいるのも危険かな?

早めにしょうちゃんと合りゅ…ん?

……これは、…気をつけて動かなきゃ、かな?」

そう呟きながら動き始めた、その時だった。

 

ーピシャンー

 

という鞭の音が辺りに響いた。

音の方に目をやると、ドマーがこちらを向きながら笑みを浮かべていた。

その意図に気付き、周りを見ると既に犬達がこちらへ駆け始めていた。

瞬間的に彼は、自分の現状のヤバさを感じる。

彼としたら犬が襲いかかること自体は、別に大したことではない。

弾き飛ばせは良いだけなのだ。

だが、彼が今さっき感じた異変を考えると、今ここに来られるのは、非常に不味かった。

しかも、その後ろには彼を守るために大津が駆け寄っていた。

「っ、こっちに来るな!」

「こうちゃん!」

大津に向けて言った言葉を、彼は犬に向けて言った言葉と解釈したらしく、更に加速する。

「っ!」

無音の気合いと共に睦月は犬達に向かって走り出した。

自分に向かって飛びかかる犬達に対し、彼は急所を守りながらも犬達を受け止めるかの様に腕を広げ、腕や肩を噛みつかれながらも走り続ける。

睦月の行動に驚きながら、大津がなにかを叫ぼうとしたその瞬間、睦月のいた辺りの足元が突如ぐらつき始め、襲いかかろうとしていた犬達は足を止め、反転して離れていく。

「うぉぉぉ!!」

一方睦月は、噛みついた犬達の顎の付け根を軽く叩いて外しては投げ、外しては投げを繰り返しながら走り続けていた。

そして、最後の一匹を外したその瞬間に足元が崩れ、睦月の身体が落ち始める。

「だりゃぁぁぁぁ!!」

瓦礫を蹴って、ジャンプしながらも最後の一匹を放り投げ、崩れていないところへ手を伸ばすが、僅かに届かずに空を切ってしまう。

だが、

「うぉぉぉぉぉ!!」

駆けて来た大津が伸ばした手を掴み、身が乗り出した状態ではあったが、なんとか踏み留まることができた。

建物も半壊にはなったものの崩壊も止まり、二人は安堵のため息を一つ吐いた。

とはいえ、壁がなくなったのでよじ登ることも出来ず、自分達のいるところもいつ崩れるかわからない上、いつ犬達に襲われるかわからない危険な状況であることには変わりなく、二人の顔には焦りの色が浮かんでいた。

そこに、

 

ードンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドンー

 

神無月の音撃の音が、こちらまで響いてきた。

「始まったか。

……ん?」

「…?どうかしたのか?」

「い、いや、犬達が突然伏せ始めたんだ。」

「犬達が?」

そう言われて耳をすますと、確かに太鼓の音とは別に、なにかが座る様な音が混じっていた。

「なんでかわからないけど、今がチャンスだな。

待ってろ、直ぐに引き上げる。」

そう言いながら大津は力を入れるが、手を置いている辺りからミシミシと不吉な音が響いていた。

「しょうちゃん、手を離せ!

お前まで落ちるぞ!!」

「馬鹿言うな!

離したら落ちて死んじまうだぞ!」

「死神の数字を持つスナイパーは35階建てのホテルから落ちても死ななかったぞ?」

「あれは小さい用水路の水を使ったからだろ!!」

「五点着地を使えば、なんとか無傷で…。」

「いけるか!

それにあれは二階くらいまでだろうが!」

「……なら、フリークライミングで壁づたいに登れば…。」

「壁がないだろうが!!

そもそもあれは、ロケットの発射口からフリークライミングで登りきることができるぐらいの技術が必要らしいが、お前はそれができるのかよ?」

「あはは、無理無理。

あんなの人間技じゃねえ。」

「出来ねえ技を言うなよ!!」

縁を掴み、ツッコミながら力を入れて引き上げようとするが、力を入れ辛い体勢と踏ん張りが効かないため、睦月をなかなか持ち上げられない上、ミシミシという不吉な音はどんどんに大きくっていく。

そして更に、

「ぐぉぉぉ、お前らなにをやっている!

早くそいつ等を殺すんだぁぁ!!」

ドマーの叫び声が辺りに響き、その言葉に睦月は絶句した。

「なにを言っているんだ、この馬鹿野郎!!

今崩れ落ちる一歩手間のギリギリの状態のなんだぞ!

彼らまで来たらここは崩壊し、彼らまでそれに巻き込まれてしまうだろうが!!」

「……いや、多分それが狙いじゃねえか?

なんにしろ、急ぐぞ!」

そう言いながら大津が更に力を入れると、掴んでいるところにもヒビが走り始める。

「お、おい!止めろ!

ヒビが走ってんぞ!」

「そんなこと言ってもしょうがないだろ!

なら、どうしろっんだ!」

「……っ、しょうがねえ、ちと賭けるか!

おい!

俺を前後に振れ!なるべくおもいっきりだ!」

「なにをするつもりだ?」

「説明している時間はねえ!!

早くしろ!」

「っ、わかった。

いくぞ!」

その言って大津は、勢いをつける様に数回腕を上下させ、おもいっきり降り下ろした。

その勢いに乗って大津の寝転がっている床の反対側、下の階の天井に足をつけ、おもいっきり蹴って勢いをつけると、大津の肩を支点にして円運動をしながら屋上に着地した。

「っしょ!

すまん、助かった。」

「……本当になんでもありだな。」

そう言いながら苦笑する大津に、睦月はニヤリと笑って見せてから辺りを見渡すと、未だに殴り続けている神無月と、伏している犬達が見えた。

「今の蹴りで崩れるかもしれない、早く移動しよう。」

そう言いながら睦月が手を差し出すと、大津は頷きながら手を取った、その瞬間。

突然床がピシッ、ピシッと音を立てながら亀裂が走り、大津のいた床が崩れ落ちた。

「うわぁぁ!?」

「だぁぁ!?」

睦月のいた床が崩れ無かったことと、たまたま繋いでいた手のおかげで大津は下まで落ちずに済んだが、それでも危ない状態であることには変わりなかった。

しかも、睦月の足が上手く床に引っ掛からないため、力を入れて動かない様にしているが少しずつ身体が滑り、徐々に睦月の身体が端へ乗り出してきていた。

「っ、しょうちゃん早く手を離せ!

お前まで落ちちまうぞ!!」

「断る!

お前だって離さなかっただろうが!!」

「馬鹿野郎、俺とお前じゃ力も体重も違うだろうが!!

お前じゃ無理だ!!」

「成せば成るさぁぁ!!」

「成るかぁぁ!!」

懸命に力を入れる睦月だが、踏ん張りの効かない現状では今を維持するのが精一杯であった。

むしろ、どんどんずり落ち、既に上半身の三分の一が端から出ていた。

「俺のことは、もう良いんだ!

だから、手を離してくれぇぇぇ!」

「絶対に嫌だぁぁぁ!!」

「なんで離さない!?

死にたいのか!?

俺にお前を殺させたいのか!?

俺はあの人達を、本当の両親の様に慕い、大好きだったあの二人を守れなかった!

ぷー助も救うことが出来なかった!

だからせめて、せめてお前だけは守ると決めたんだ!

だから、頼む。

手を離してくれ、俺にお前を殺させないでくれぇぇ!!」

叫びながら懇願する大津を、睦月は少しの間だけ見つめた後、薄く笑みを浮かべた。

「少し思い違いをしてるぞ?しょうちゃん。」

「…え?」

「二人が殺されたのは、俺のせいだ。

お前のせいじゃない。

それに対して、お前が罪を感じる必要はない。

それにな、俺だって大事な人を死なせたくないんだ。

だから、この手は離さないからな。

絶対に、だ。」

強い意思の籠った目をしながらそう告げる睦月に、大津はなにも言えずにいたが、そんな二人の思いとは裏腹に、睦月の身体は既に二分の一ほど出始めていた。

 

「クソッ、せめて踏ん張りさえ効けば!」

睦月がそう言いながら更に力を込めた、その時だった。

 

ードンドンドンー

 

一際高い音を鳴らして、睦月の連撃が終了する。

身体をぐらつかせながら数歩下がるドマーだったが、

「…、…にを、なにをやっているぅ!

早く奴らを殺せぇぇ!!

私の言うことを聞かんか!

役立たず共ぉぉぉ!!

拾ってもらった恩を忘れ「いい加減にしやがれ、クソ野郎ぉぉぉ!!」…なにをぉぉ!?」

「なにが恩だ!

てめえの勝手な都合で操っているだけだろうが!

てめえが本当に欲しいのは、理解者でも、妻でも、心の支えでもねえ!!

都合の良い道具だろうが!!

まるで自分が悲劇のヒーローみたいな言い方しやがって、大の大人が情けねえことしてんじゃねえぞ、この大馬鹿野郎!!」

 

上体を無理矢理持ち上げ、真っ直ぐ睨みながら叫ぶ睦月に、ドマーは一瞬顔を真っ赤にさせるが、直ぐにニヤリとイヤミな笑みを浮かべた。

「ふん、友も救えず、今にも死にそうな奴に言われたところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえから、なんとも感じんぞ?」

「ふっ、舐めんなよ。

こんぐらい、どうにでもしてやらぁぁぁ!!!」

睦月はそう叫びながら膝立ちになると、全身に力を入れて引き上げ始めた。

だが、彼の気持ちとは裏腹に身体は持ち上がらず、膝はズルズルと端の方に近づき始めていた。

「睦つ「来るなぁ!!」…!?」

「お前はそいつから離れるな!

このくらい、どうにかしてみせらぁ!!」

「ほう、その割にはどんどん引きづられているぞ?

このままでは、手を離し一人だけ落ちるか?

または共に落ちて、二人共に果てるかしかないぞ?

それに、例え今この場を凌いだところで、貴様等にあるのは死のみ。

行き着く先が一緒なら、今この場で楽になった方が良いのではないか?」

「いらねえアドバイスをどーも!

余計なお世話だ、こんちきしょう!!

行き着く先だとか、運命だとか、そんなの知ったこっちゃない!!

目の前で助けたい人がいるから助ける。

ただそれだけだ!

それに、もしもそんな下らない未来しか待っていないなら、自分自身で新しい未来を作りだすだけだ!!

抗い、戦い続ける!

最後のその瞬間まで、絶対に俺は諦めない!!

絶対にだ!!」

更に力を込め、目に強い意志を纏わせながら叫ぶ睦月。

膝は相変わらず端へと寄っていたが、先ほどと違って少しずつではあったが、大津の身体が持ち上がり始めていた。

「……ふん、ならば抗ってみると良い、抗えるのであればな!」

ーピシャッー

 

そう言いながら鞭を鳴らすと、伏せ続けている犬達がビクッと震えた。

「さあお前ら、あそこの不届き者を噛み殺せ!!

現実という物を、教えてやるのだ!!」

睦月を指差しながらドマーは叫ぶが、犬達はぶるぶる震えるだけで、動こうとしないでいた。

「………なにをしている。

早く行かぬか、この役立たず共がぁぁ!!」

 

怒鳴り声を上げながら鞭を二、三回振り鳴らすドマーに対し、犬達は少しの間伏せ続けていたが、

「……グル。」

一匹が短く唸り声を上げて立ち上がりると、睦月に向かって駆け出した。

すると、それに続けとばかりに次々と駆け出し、結局全匹が睦月に向かっていった。

「…っ、もういい!

お前のさっきの気持ちで十分だ!!

だから、俺の手を「残念だが、無理だ」っ、なんでだ!?」

「離したところで、今更間に合わんさ。

それに、さっき言っただろ?

俺は最後のその瞬間まで諦めない、ってな。」

「馬鹿野郎ぉぉぉぉ!!」

怒鳴り声を上げる大津に対し、睦月は柔らかい笑みを浮かべ続けていた。

そんな彼の身体に、犬達が次々と噛みついていく。

「はっははは、残念だったな!

これで奴も終わりだぁ!!

ぐわぁはっははは!!」

「……それはどうかな?」

高笑いをするドマーを他所に、神無月は静かにそう呟いた。

 



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DISK19 力の戦士と音撃の戦鬼(後)

VSドマー戦のラストです。



睦月が最初に感じた違和感は、噛まれているのに痛みを感じなかったことだった。

それどころか、後ろにぐいぐいっと引っ張られている気がしたので、後ろを見てみると、なんと犬達が睦月の上着を、裾を、ズボンを、服のあらゆるところに噛みついて、一緒になって後ろへ引っ張ってくれていたのだ。

「……え?」

思わず一瞬呆ける睦月だったが、犬達が目で「早く引っ張れ!」と訴えている気がした。

「……よし。

みんな、一気に行くぞ!」

『がう!!』

「せーの、よいしょぉぉぉ!!!」

沢山の犬達が一緒に踏ん張り、引いてくれていることにより、先ほどまでと違ってしっかりと踏ん張ることができるため、大津の身体が一気に持ち上がっていく。

そして、

大津の手が縁のところまで上がると、

「こうちゃん、ありがとう。

もう大丈夫だ!」

そう言って彼は両手で縁を掴むと、自力でよじ登ってみせた。

「やっ「喜ぶのは後だ!」…た?」

「急げ!

床が崩れぞ!」

「…へ?」

『わふ?』

犬達と睦月が同時に下を見ると、ピシッ、ピシッ、っと音を立てながら、床にヒビが走り始めていた。

「…は、走れぇぇぇぇ!!!」

『ワンワンワンワンワンワン!!』

全員が全力で走りだすと、後を追う様に亀裂が走り、端の方から崩れ始めてきた。

亀裂が徐々に迫ってきてたが、ギリギリで全員が安全なところまで駆け抜けることができた。

「ふぅ~、危なかったぁ~。」

「本当にな。」

『わふ。』

息を切らしながら安堵のため息を吐いていると、前の方からクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。

「……なんだよ。」

「いや、ごめん、ごめん。

凄い奴だな~、思っていたら、ついね。」

「凄い?」

「ああ、正直なところ、大津はもう駄目だと思った。

君が言っていることも、ただの絵空事だと思っていたよ。

でも方法はなんであれ、君は自身が言ったことを成したんだ。

そのことを僕は素直に凄いと思う。」

 

「……ん、そうか。」

神無月の率直な言葉に、睦月が少し照れながら頬を掻いていると、

「……ぜだ。」

『ん?』

「なぜ、そいつらは貴様を助けたのだ!!

そもそも、そいつらの支配がなぜ解けている!」

「なぜ支配が解けたかなんて、そんなの簡単だ。」

「ん?わかるのか、お前?」

「当然!

理由は勿論、俺の熱い心に感化され、自力で支配を解い『それはない。』…全員でハモるなぁぁ!!」

敵味方全員から同時にツッコまれるという、世にも珍しい状況に叫び声を上げる睦月だったが、

「そんなことで解けるほど、やわな支配ではないわ!!」

 

ーゴスッー

 

「悪いけど、僕もそう思うよ。」

 

ーバスッー

 

「というかお前、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えたよな。」

ーボコッー

 

「あ、あれ?

お、おかしいな?

もしかして、…四面、…楚歌?

お、俺の味方は、…ど、どこへ行ったんだ?」

言葉のボディーブローにふらつく睦月を、

『クゥ~ン。』

と悲しそうな声を上げながら、犬達は見上げていた。

 

閑話休題

 

 

「彼らがお前の支配から逃れた理由は、僕がさっき仕掛けた技、【散々漆憑思】のおかげだ。

あの技は、人を操る邪悪な存在や思想を祓う浄化の技でね。

彼らを救う為に使わせてもらったよ。」

「へ~~、そ~~なんだ~。」

そう言いながら唇を尖らす睦月に、大津はため息を一つ吐いた。

「……こうちゃん、ここで不貞腐れるなよ。

そもそも、お前がふざけて答えたのが悪いんだろ?」

「……悪かったな。

真面目に答えて、これで。」

「…………それは~、………なんていうか~、………………ごめん。」

「……別に良いさ。

俺が間違っていたんだ「まあ、もっとも。」…し?」

「……あくまでも、この技でできるのは邪悪な存在や思考を祓うだけであり、彼らが君を助けたのは彼ら自身の意思だ。

そう考えると、君の熱い心に感化された。っていうのは、あながち外れてないかもしれないね?」

どこか楽しそうに語る神無月の言葉に、睦月が呆けていると、

『わん!!』

と犬達が一斉に吠えてきたので下を向くと、彼らは嬉しそうな表情をしながら、パタパタとしっぽを振っていた。

「……そっ…か、ありがとうな、みんな。」

そう言って近くにいた犬の頭を撫でてあげると、気持ち良さそうに目をつぶりながら、睦月に撫でられていた。

すると、

「……ん?」

クイクイと反対側から引かれている気がして、そっちを見ると、一匹が自分も自分もと言わんばかりに裾を噛み、睦月を見ながらクイクイと引っ張っていた。

そうなると、他の犬達も自分も自分もと言わんばかりに服を噛んで引っ張ったり、ジャレついてくる。

 

「お、おいおい、待ってくれよ!?」

「……モテモテだな、こうちゃん。」

「茶化すなよ。

ああもう、わかったから。

ちゃんと撫でやるから、ちょっと待ってくれって。」

そう言いながら、一匹一匹の頭を律儀にしっかりと撫で始める睦月だったが、

 

ーピシャンー

 

と鞭の音が聞こえ、そちらを見ると、ドマーが怒りの形相でこちらを見ていた。

 

「…貴様ら、随分と楽しそうだが、よもや私のことを忘れてはおるまいな?」

『あ、すまん、忘れてた。』

「きぃさぁまぁらぁぁぁ!!」

「待ちなよ、お前の相手は僕だろ?

それとも、僕には勝てない。っと観念したかい?」

「なにを!?」

睦月達の間に割り込む様に入りながら言った睦月の言葉に、更に顔を赤くするドマー。

そんな二人を見ながら、睦月は一つため息を吐いた。

「……それはそうと神無月、なんで約束を破ったんだ?」

「…なんのことだい?」

「俺達を気にせず、必ず決める。って約束しただろう?

なぜ、やらなかったんだ?」

「……確かに僕は必ず決める。とは言ったけど、あのタイミングで倒すとは一言も言っていないし、必要だと思ったからやったんだ。

現に、僕が彼らを助けたおかげで、君も大津も助かっただろ?

それで良いじゃないか。」

「…それに関しては感謝しているよ、ありがとう。

だけど、そのせいでせっかくのチャンスをふいにしてしまったんだぞ?

どっちの方を優先すべきかなんて、お前ならわかるはずだろ?

なのになんでだ?」

「……睦月、君は一つ勘違いをしている。」

「…勘違い?」

「ああ、僕にとって君や彼らを救うことは、あいつを倒すことと同じくらいに大事な事なのさ。

目の前にいる人を、助けを求めている人を救えないようでは、なにも護れないからね。

それに、君だって言っただろ?

あんな偽筋程度、隙をつかなくても堂々と真っ正面から打ち倒してみせるさ。」

「なんだとぉぉぉ!!!」

「何度でも言ってやるよ。

弱い者を操り、人を傷つけることを楽しむお前みたいな奴に、僕は絶対に負けない。

負けてはならないんだ!

なぜなら僕は、弱きを護り、悪をくじく戦士、仮面ライダーだからだ!!

いくぞ、ドマー!

これで決着をつけてやる!!」

「ほざくな、小僧がぁ!!」

そう叫びながらドマーは鞭を振るが、神無月は全てを見切り、一気に間合いを詰める。

そして、鞭を持つ左手に右足で蹴りを一撃を入れ、蹴った手を踏み台にして左回転に跳び、跳び後ろ回し蹴りをドマーの左肘に入れた。

 

ーメキッー

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

鈍い音と共に、ドマーの左腕は本来ならあり得ない方向に曲がり、彼は自分の肘を抑えながら叫び声を上げっていた。

「……お、おのれ、貴さ「今のは…。」…ぬぅ?」

「今のはお前に操られ、望まぬことをやらされていた犬達の分だ。」

「なにをごちゃごちゃと!

ぬぅおぉぉぉぉぉぉ!!!」

ドマーが叫びながら右腕にぎりぎりと力を込め続けると、どんどん左腕が萎み、代わりに右腕が先ほどの倍近い大きさになっていく。

筋肉で大きくなったその姿は、とてもアンバランスな上に奇妙で、睦月達は眉をしかめていたが、ドマーは気にせずに高笑いをし始めた。

「ふははははははは!

これならどうだ!

覚悟し「御託は良いよ、来いよ。」…ろぉぉぉぉぉ!!」

強く踏み込み、降り下ろされるように襲いくる拳に対し、神無月も強く踏み込みながら炎を纏った右の拳を真っ正面からぶつけた。

ぶつかりあった瞬間、

 

ードォゴンー

 

という凄い音を響かせながら地面は揺れ、勢いに押されて神無月の足元が僅かに陥没する。

『神無月!!』

「ふははははははは!!

これで終わ「………ぁぁぁぁ!」りぃぃぃ!?」

しかし勢いに押され、足が埋まりながらも力を込め続けた神無月の拳が、徐々にだが押し返し始め、そして遂に、

「はあ゛あ゛ぁぁぁぁぁりゃあぁぁぁぁ!!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

気合いと共に力を込めた神無月の拳はドマーの拳を突き破り、彼の右腕を破壊しながら拳を振り抜いた。

「…筋肉が、私の筋肉がぁぁぁぁぁ!!!」

「……これが、自分の気持ちを押し殺しながら戦った大津の分!!」

「神無月。」

「そしてこれが、睦月のご両親とぷー助の分だぁぁぁぁ!!」

そう言いながら神無月は流れるようドマーの懐に踏み込むと、左右のボディーブローから右手で強力なアッパーカットを決める。

「…ぐ、…ほっ!?」

ゆうに三メートルは浮き上がったドマーの背に、神無月はステッカーを投げて、貼り付けた。

「……そして、これが……。」

打ち上げられた勢いが落ち、背中から落ち始めるドマー。

「お前らに大事な人を奪われた睦月と僕のぉぉぉ!」

神無月は落下地点まで移動すると、腰を深く落とし、

「怒りだぁぁぁぁぁ!!!」

背中のステッカーに向け、強力なアッパーカットを打ち込んだ。

「天昇展華(てんしょうてんげ)ぇぇぇぇぇ!!」

「ぐはぁぁぁぁ!!」

太鼓を打音を鳴り響かせながら、空高く飛んでいくドマー。

その姿を三人は静かに見つめる。

「……ふぅ、疲れた。」

「お疲れ。」

「しかし、あれだけやってまだ倒せないとか、あいつ何気に凄いな。」

「筋肉の鎧様々だろうな。

…とはいえまあ、これで終わりだろうけどな。」

ドマーを見上げながら、睦月は静かにそう言った。

 

 

 

 

「ぐぬぅ。」

神無月の技でどんどん高度が上がる中、ドマーは一人呻いていた。

左腕は動かず、右腕に至っては跡形もなく破壊され、身体中も所々激しい痛みが走っていた。

だがしかし、

「…よぉぉし、まだ生きているぞぉぉぉ。」

そう言ってドマーはニヤリと笑みを浮かべた。

痛かろうが、ぼろぼろだろうが、生きていれば問題ない、なんとでもできる。

右腕は時間が掛かるだろうが、組織の技術さえあれば新しい腕を生やすか、作らせれば良い。

ここから生き延び、傷を癒したら奴らに復讐しよう。

と、そう思っていた。

「……ぬ?」

この時までは。

「なぜあれが、あそこにある!?」

そう呟くドマーの視線の先には、睦月のステッカーがくるくる回って浮いていた。

困惑している内にステッカーとの距離が近づき、その勢いのままぶつかると、

 

ードンー

 

「ぐはぁ!?」

強い打音と共に強烈な衝撃が走り、壁当てのボールの様に跳ね返ると、加速しながら落下していく。

「がはっ。

い、いったいなにが…!?」

身体を走る痛みに悶え、困惑を深めながら落ちていくと、

 

ードンー

 

「ごはっ!?」

突然背中の方から打音と共に強烈な衝撃が走り、今度はトランポリンの様に跳ね上がって、先ほどよりも更に加速して昇っていく。

「な、なにが!?」

そう言いながら顔を横にして下を見ると、下から睦月のステッカーが自分の跡を追う様に昇ってきているのが見えた。

 

ードンー

 

「がはっ!」

そんなことをしている内に上にあったステッカーのところまで昇った身体に、再びステッカーがぶつかり、先ほどより強い衝撃を感じながら再び落ちていく。

 

ードンー

 

「…ぐっ…は。」

意識が朦朧としかける中、先ほどより短い時間で下のステッカーにぶつかり、ドマーの身体は再び昇っていく。

 

―ドンー

 

「ぐはぁ!!」

 

ードンー

 

「がはっ!!

こ、これはぁ!」

 

ードンー

 

「がゃひゃぁ!?

ま、まさかぁぁぁ!?」

だんだん間隔が短くなっていく衝撃に、ドマーの顔がみるみる歪んでいく。

―ドンー

 

「ぐほっ!

い、いや…、」

 

ードンー

 

「だほぉ!

し、死にた…、」

 

ードンー

 

「くあぁぁぁ!

な、ない…、」

 

―ドンー

 

「いぃぃぃぃぃ!!」

最早ステッカーとドマーの身体との隙間は、上下共に数センチほどしかなく、先ほどから打音が途切れることなく響いていた。

跳ね返る度に威力は上がっていくが、腕がまともに動かせないために攻撃を防ぐことも出来ず、まともに食らい続けてたせいで彼の顔は嘆き、苦痛、絶望等の負の感情で埋め尽くされていた。

「だ、れ゛、が、だ、の゛、む゛、う゛ぅ゛ぅ゛!

だ、ず、げ、で、ぐ、れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛!!」

その悲痛な叫びは誰にも聞いてもらえることはなく、ドマーの身体がステッカーに完全に挟まれた瞬間、

 

ードォォォォォォンー

 

今までで一番の打音を辺りに響かせ、ドマーは炎に包まれながら身体を四散させるのだった。

 

 

ードォォォォォォンー

 

 

「……終わったみたいだな。」

「……ああ、……だな。」

轟音と共に炎が花の広がり消えていく様を、睦月達は静かにを見上げていた。

「……でも、本当に倒せて良かったな。

もし耐えられたら、ヤバかったんじゃないか?」

「それはないな。」

「なんで言い切れるんだ?」

「音撃の威力の正体が音だからさ。」

「んん?

どういうことだ?」

「音ってなんで聞こえるか知っているか?」

「え?

そんなの空気を伝わってくるんだろ?」

「もっと正確に言うなら、物体が起こした波動が空気が振動させ、その波動を聴覚を刺激する現象、だ。

つまり、音っていうのは波動であり、振動なんだ。

そして、その振動が激しく、大きくなればなるほど大きな音となり、強い衝撃となる。

雷や花火等をイメージしてもらえばわかりやすいかな?

で、その振動という衝撃が身体にぶつかった時、波となって外部だけでなく内部にも影響を与える。

太鼓を叩いているところに近寄ると、身体の中が揺れる時があるだろ?

それと同じだよ。」

「だけど、さっき僕が100発近く打ち込まれても立っていたんだぞ?

なんで今回は倒せたんだ?」

「ああ、それは前回は一方からだったからさ。

今回は両側からの攻撃だし、反射板もあったからな。

それも、返せば返すほど威力が高まるという、オマケ付きのやつな。

確かに奴は、100発は耐えられるかもしれない。

けど、さすがに何百発は無理だろうさ。」

そう言いながら睦月は、先ほどドマーが散った辺りをもう一度見上げた。

「しかし、ずいぶんとえげつない倒し方を提案したもんだな。

あれだと、なにもできなかっただろうな。」

「あいつが好きだと言った絶望に満ちた顔にしてやったんだ。

感謝してほしいぐらいだよ。」

「いやいや、見るのが好きなだけでは?」

「なら、鏡でもつけてやればよかったかな?」

そう言いながら乾いた笑いをする睦月に、怪訝な表情をする二人だったが、

「……?

…睦月、…君はなんで泣いているんだ?」

「………なんでだろうな。

せっかく、みんなの仇を討てたのに、ただただ虚しいんだ。

……切ないんだ。

……………なんで、……だろうな。」

 

乾いた笑いとは真逆に、睦月は両目から涙を流しながら空を見上げていた。

「……本当はわかっているからだろ?

……仇を討ったとしても、時が戻るわけではない、誰も戻ってこない。

……大事な人達とは、二度と会うことが出来ないことを。

自分のやっていることは、ただの自己満足でしかないのだと。

そして、今回自分が為したことは、自分が一番忌み嫌うことなのだと。」

大津の言葉に睦月はなにも答えず、ただ空を見上げ続けていた。

「忌み嫌うこと?」

「ああ、あいつが俺によく言っている言葉だ。

それは「そこにいかなる理由があっても、人が人を殺すことは許されないことである。ってな。」……しょうちゃん、俺のセリフを取るなよ。」

「元々は俺の言った言葉なんだから、別に良いだろ?」

そう言いながら苦笑する睦月だったが、目尻にはまだ涙が溜まっていた。

「……どんな形であれ、俺はドマーを倒すことに、殺すことに手を貸した。

例え、殺らなきゃ殺られていた状況だったとしても、それは免罪符にはならない。」

「……後悔しているのか?」

「……これは自分で決めて行動したことだからな、後悔はしてない。

しちゃいけないことなんだと思う。

とはいえ、なにも感じてないと言えば、嘘になるかな。

……それでも、あいつを倒したおかげで、自分の中で一区切りつけられた気がするんだ。

それが例え許されないことだったとしても、な。

…少し時間はかかるかもしれないけど、これで前を向ける気がするんだ。

……お前のおかげだ、神無月。

…だから、ありがとう。」

「……まあ、大したことはやったつもりはないけど、どういたしまして、って答えておこうかな?」

そう言いながらサムズアップをする神無月に、睦月も微笑みながら返した。

 




ドマーの倒し方については、この章を考えた時からなんとなくイメージしていたので、予定通りではあったのですが、いざ書くと、若干可哀想だったかな?っと思ったり。
ごめんな、ドマー。



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第3章 Wolves of the feast(狼達の宴)
DISK20 喧嘩と仲直り


「ふぅ~。

さて、これからどうする。」

 

ーなでなでー

 

「まあ、移動するべきだろうな。

今の音で人が来る可能性が高いしな。」

変身を解きながら問う神無月の言葉に、生助も人狼から人の姿に戻りながらはそう答え、

 

ーもふもふー

 

「まあ、だよな~。」

俺はそう言いながら、犬を撫で続けていた。

 

ーさわさわー

 

「……。」

 

ーなでなでー

 

「……。」

 

ーもふもふー

 

『………………。』

 

ーくしくしー

 

『お前(君)はいつまでやってんだ!!』

「ほえ?」

先ほどからずっと犬達を撫で続けている俺に、二人は同時に声を荒げるが、俺は犬を撫でる手を止めずにいた。

何故ならば、

「あ~、あと1匹だから、ちょっとだけ待ってくれないか?」

『はぁ!?』

「いやだって、そいつだけやらなかったら可哀想だろ?

それに助けてもらったのに、なにもお返ししないのは嫌だし、俺の信念にも反する。」

「言っていることはわかるけど、お前は状況がわかっているのか!?」

「そんなのわかっているよ。

5分もかからないから、少し待ってくれ。

…よし、最後の子は~……、あ、いたいた、おいでおいで。」

そう言って手招きする俺だったが、犬は照れているのか、もじもじしながらなかなか近付こうとしない。

むう、仕方ない。

時間がないし、久しぶりにやるか。

「……ふぅ、では。

わん、わんわんわんわわん。わふくぅ~、わわわん。」

俺が声かけながら手招きを続けると、もじついていた犬は意を決した様に近づいていき、俺の手の中に収まった。

うむ、素直が一番だ。

「よしよし、良い「いやいや、ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁ!!!???」……なんだよ、ビックリしたな~。」

「君は今、なにをしたんだ!?」

「なにって、呼んだだけだぞ?」

なに変なことを言ってんだ?

こいつは?

「僕をおかしな奴と思っている様だが、どう考えたっておかしいのは君だろうが!!

なんで普通に犬と喋っているんだ!」

「なんでって、小さい頃からぷー助と話してかけていたら、自然とできる様になっていたけど?」

「そんな馬鹿な話がある「んだよ、実は。」……え?」

「お前の言いたいことは良くわかるよ。

俺も同じ気持ちだったからな。

だが俺は、ぷー助とこいつが意思の疎通をしているところを、何度か見ている。」

「う、嘘だろ?」

「むしろそっちの方がこちらも助かるのだが、非常に残念ながら本当だ。」

そう言いながらと、生助はとても深いため息を吐いた。

……なんでだ?

そう思いながらも俺は撫で続けると、何匹が服を噛んでクイクイっと引っ張っていた。

「ん?お前達はもうやってあげただろ?

時間もないし、もう終わりだ。」

そう言われた犬達は離れていくが、一匹だけいやいやと、首を振りながら離れずに噛み続けていた。

「お前もだ。

ほら、我が儘を言わないで。

いい子だから。」

そう言いながら見続けると、噛むのを止めて俺から離れると、しょんぼりと頭を垂れてしまった。

「……そいつもやってあげたら良いんじゃないか?

今更一匹ぐらい変わらんだろ?」

「悪いが、そういうわけにはいかないよ。

俺のせいで遅くなっているのに、これ以上待たせるわけにはいかない。

なにより、こいつをやり始めたら、絶対に周りの子も自分も!となるのは目に見えているしな。」

「……なるほど、確かにな。」

そう言いながら生助は周りを見渡していた。

恐らく彼には、ジーっと期待の眼差しを俺に向ける犬達が見えたことだろう。

「……はい、終わりだ。

みんな、力を貸してくれてありがとな。

本当に助かったよ。」

そう言いながら立ち上がると、みんながしっぽを振りながら見上げる中、あからさまにしゅんっと頭を垂れている子がいた。

「……なんか可哀想だね。」

「まあね。

でも、ここでやっちゃうと、際限なくやることになるからね。

「それに、寄ってくれた動物と女は平等に愛する、っていうのが俺のモットーなんでな、特別扱いをするわけにはいかないんだよ。」

「へ~、なるほどね。」

「…とか言っているけど、寄ってくるのは動物だけで、女は影すら無いけどな。」

「うるさい!」

「ああ、そういえば君、魔法使いになりたかったんだけ?

なるほど、そう言う信条を持ちつつ、女性を近づけないのは、そのためか。」

「魔法使いっていうのはただの立ち位置の話で、けしてなりたいわけじゃねえ!!

勝手に人の夢を作り替えんな!!

女に至っては、ただお近づきの機会がないだけで、近づけないわけじゃない!!」

「ん?そうだったのか?

てっきり神無月が言うように、そっちを目指していたのかと思っていたが?」

「そんなわけあるか!

あまりふざけていると、いい加減俺も怒るぞ!」

「まあまあ、落ち着きなよ。」

「誰のせいだと思ってんだよ!!」

「…誰って、お前だろ?」

「なんでやねん!!」

そう言いながら大津にツッコミを入れる俺を、神無月は苦笑しながら見ていた。

「……そう言えば二人共、最初と呼び方が変わっているけど、なんでだ?」

「いや、昔は互いにこう呼びあっていたんだよ。

それを大学にに上がった時ぐらいにこいつが、【お互い良い歳なんだから、あだ名で呼ぶのは止めようぜ。】って言ってきたから、止めてただけだよ。」

「へ~、そうなのか?」

「ま、まあな。

やっぱり、そこら辺は大人として変わっていかないといけないしな、うん。」

「……とか言って、本当は後ろめたくなかったからじゃねえのか?」

「ぐっ。」

「後ろめたくなったから?」

「…こいつが組織の命令で俺に近づいてきたのは、多分本当なんだろうな。

でも、付き合っている内に本当に友達と思ってきたんだろ?

だけど、親しくなればなるほど、組織の命令で近づいたことが心苦しくなってきて、少し距離をとる為にそう言ったんだろ?

違うか?」

そう言いながら生助を見ると、あいつはなにも言わずに顔を反らしてしまうが、ブスッとしたその表情から、自分の考えが外れていない確信を持った。

「しかし、それなのに自分から呼んじゃうとか、アホかお前は。」

「うるさい。」

「まあ、おかげで俺もまた呼べる様になったんだけどな。

とはいえ、慣れねえことをやるから、ボロが出るんだよ、馬鹿が。」

「お前に馬鹿とは言われたくない!」

「バーカ、バーカ、バーカ、バーカ、バ~~カ。」

「馬鹿馬鹿言い過ぎだ!

馬鹿野郎!!」

「あ~、馬鹿って言った~。

知っているか?

馬鹿って言った方が馬鹿なんだぜ?」

「お前の方がよっぽど言っていただろうが!!

ふざけなんな!

この大馬鹿野郎ぉぉぉぉぉ!!!」

ゼーハーゼーハーと、息を切らしながら睨んでくる生助に対し、俺と神無月はそれぞれ一つため息を吐いた。

「…子供の喧嘩でもしてるのかい?」

「スマン、腹がたっていたから、ついね。」

「腹がたつ?

なんで?」

「………なあ、しょうちゃん、本当のことを話してくれてれば、俺だってもう少し違う対応をしていたかもしれないんだぞ?

なんでお前の身体のことや、父さん達のことを、正直に話してくれなかったんだ?」

「そんなこと言ったってしょうがないだろうが!

…俺だって、俺だって素直に言えれば、言いたかったさ。

でも、本当のこと言っても普通信じてもらえないだろうし、最悪の場合騙していたのかと言われ、お前との縁を切られる可能もあったんだぞ?

そんなの絶対にいやだった!

それに、仮に信じてもらったとしても、お前まで巻き込むことになる。

そんなことできるわけ「巻き込めよ!!」…っ!」

「お前だって言っただろ?

俺達は友達だろうが!

なんで巻き込まなかった!?

自分で言っておいて、お前自身はやらないのかよ!?」

「馬鹿野郎!

なら巻き込みたくない気持ちもわかんだろうが!」

「そんなこと知るか!!

自分で言ったことに責任を持てよ!!」

お互いに声を荒げながら、言い合いをヒートアップさせていった、その時だった。

「二人共、いい加減にしろ!!」

大声を出しながら、神無月が割って入ってきた。

「今そんな言い争う時間も、喧嘩をする時間もな『うるさい!!』っ!」

「横から入ってくんじゃねえ!」

「黙っていやがれ!」

「いいや、黙らないね!

こんな時に言い争いとか、なに考えているんだ!

そんなことしている暇はないだろ!」

真っ正面から言い返してくる神無月の迫力に押されてか、自分の中の熱が下がっていくのを感じた。

だが、

「っ、横からごちゃごちゃと!

だいたい、お前はいったい何者なんだ!」

「…そうだな、それは俺も気になっていた。

腕の機械といい、ハッキング技術といい、ハッカードライバーといい、普通では手に入らないものばかりだ。

いったいどうやって手に入ったんだ?」

生助の方は逆にヒートアップした様で、神無月に食ってかかっていた。

とはいえ、彼が言ったことは自分も気になっていたことだったので、便乗させてもらうことにした。

「……すまないけど、僕の素性や機械とかについては、今はなにも言えない。」

「ん~?

お前は秘密主義者なのか?」

「そういうわけではないよ。

だけど、色々とあって、今は話すことができないんだ。」

「ふざけんな!

そんなの納得「ちょ、落ち着け、しょうちゃん。」っ、落ち着けるわけねえだろ!!」

今にも殴りかかりそうな勢いの生助を、俺の前から腹に抱き着き、なんとか必死に抑えつける。

「なんで止めんだ!

こいつのせいで、俺もお前も大事な物をなくしたんだぞ!

それなのに、こんなふざけた答えがあってたまるか!」

「ふざけていると思われるのは心外だ。

僕は真面目に答えているぞ。」

「なにも言えない、っていうのが、ふざけているって言ってんだ!

人をおちょくるんじゃねえ!!」

「ふざけていないし、おちょくってもいない!

だいたい、そんなこと言ったら君だって睦月に自分のことを話していなかったじゃないか!」

「それは今の話しと関係ねえだ「いいや、あるね!」っ!?」

「睦月が言う様に、君が始めから素直に言ってくれていれば、こちらもそれなりに対応出来たはずだ。

それを怠り、ただただこちらを責めるだけなんて、その方がふざけるなだ!」

「悪いが俺は、お前みたいに素性もわからない野郎がいる前で、ペラペラペラペラ喋るほど無用心な人間じゃないでな。」

「ほぉ~、それはつまり、僕が居なければ睦月に話していた。っと言っているのかな?」

「場合によっては、な。」

「ちょ、二人共落ち着け!!」

睨み合いながら口論をする二人の間に、俺は無理やり体を捩じ込んで二人の体を押さえた。

『うるさい!

邪魔をするな!!』

「ちょ、神無月お前、木乃伊盗りが木乃伊になってどうする。」

「む。」

「しょうちゃんも、お前の言ってることは間違ってないが、本当に怪しいだけの奴なら、俺が一緒に行動するわけないだろ?

確かにこいつは、約束を破ったりするや「ちょっと待て。」…つ?」

「今の言葉、ちょっと聞き捨てならないな。」

「ん?なんでだ?」

「さっきも言ったが、僕は約束を破っていない。それに、君だって無理をしない。って、約束を破っているじゃないか!」

「人聞きの悪いな。

俺は無理はしていない。無茶をしたんだ!」

「むしろ駄目な方じゃん!!」

胸を張って言う俺に、すかさず大津のツッコミが入った。

コントか?と思わんばかりのテンポの良さだが、ここら辺は阿吽の呼吸は、付き合いの長さのおかげなんだろう。

「しょうがないだろ?

あいつの鞭捌き自体は凄かったんだから、無茶の一つや十や百はする。」

『多過ぎだぁ!!』

「あ、すまん、風呂敷を広げ過ぎた。

百じゃない、五十だ。」

「たいして変わんないだろ!」

「いやいや、三桁が二桁になるんだぞ?

だいぶ変わるだろ?」

「そういう問題じゃねえ!!」

「じゃあ、どういう問題なんだ?」

「無茶した回数が多すぎなんだよ!」

「なら、何回ならして良いんだ?」

「何回もなにも、しないのが普通だ!!」

「普通じゃなかったんだから、しょうがないだろ?」

「だったら囮なんて引き受けるな!!」

「……はぁ~、やれやれ。

ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。

まったく、我が儘だな~。」

『お前が言うなぁぁ!!』

二人同時に大声でツッコミを入れた後、ゼイゼイと荒い呼吸をしながら、二人は凄い形相で俺を睨んでいた。

少しの間、場を沈黙が包んだが、

「……ぷっ。」

『……ん?』

「くっくくくくく。」

突然笑いだした俺に、カチンっときた二人の睨む力が増していく。

…まあ、当然と言えば当然だけどな。

「……なにが面白いんだよ。」

「ああ、すまない。

さっきまで口論してた奴らが一緒になってツッコミを入れているから、つい、ね。」

「…つい、って。」

「……お前な~。」

俺の言葉に呆れたという表情をしながら、二人は深くため息をついた後、互いに顔を見合わせる。

「……なんか、怒っていたのがアホらしくなってきたな。」

「…奇遇だね、僕もだ。」

そう言いながら二人共苦笑を浮かべ合うと、先ほどまでの重たかった空気が、だいぶ軽くなった気がした。

「……色々と勝手なことを言って、悪かったな。

言い辛いことだってあるよな。

俺もそうだったからわかるよ。」

「謝る必要はないよ、非は僕にある。

僕の方こそ、君の気持ちを考えずに酷いことを言って、ごめん。」

「それこそ気にするな、だ。

……なあ、こうちゃん。

一つ、聞いてもいいか?」

「ん?なんだ?」

「……お前は、さっきの神無月の言葉で納得してんのか?」

「当然だが、納得はしてない。

だけど、今は、って言葉と、言わないではなく言えない、って言った神無月の言葉を信じるよ。」

「…睦月。」

「…勘違いはするなよ?

今は聞かないってだけだからな。。

こっちだって死にかけたんだ。

必ず話してもらうぞ?」

「ああ、約束する。

必ず話すよ。」

そう言いながら俺達は、互いに笑みを浮かべて頷き合った。

「…そっか。

お前がそこまで言うなら、俺からはもう言うことはないな。」

「……いつもすまんな。

今回も振り回しちまって悪かったな。

あと、気にかけてくれてありがとうな。」

「長い付き合いだ、気にするな。

それに、無茶に巻き込まれる前提で、お前と一緒にいるしな。

お前の無茶には、もう慣れたよ。」

「……それはそれで酷くないか?」

「そうかな?

僕もそのぐらいの覚悟は必要かと思っていたけど?

君、そこら辺の加減しなさそうだし。」

「ああ、その通りだぞ。

こいつ、半端じゃないぞ?」

「だろうね。

彼と知り合って、まだ一日も経っていないけど、その事はもういやになるぐらいに理解したよ。」

「理解してもらえてなによりだ。

他の人には、なかなか理解してもらえないんだよ。」

「まあ、彼はだいぶ個性的だからね。

付き合える人はなかなかいなさそうだよね。」

「そう考えると俺達は、けっこう稀有な存在だね。」

「ちがいない。」

「………お前ら、そういう会話は、俺がいないところでやれ。」

ニヤリと笑みを浮かべ合いながら会話する二人に、俺は苦虫を噛んだ様な表情をしながらツッコミをいれた。

 



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DISK21 部隊長と古の一族(前)

遅くなってすみませんでした。
再び前後編です。
後編も急ぎ書き上げます。


「……っていうかお前ら、いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

「そりゃまあ、なあ?」

「共通の話題があれば、ねえ?」

「……さようで。」

ニヤリと笑みを浮かべながら顔を見合せる二人に、俺はそう言いながらため息を一つ吐いた。

ちなみに、共通の話題の中身は聞かないでおく。

なんとなく想像はつくんでな。

「…まあ、お前と真の友にまた一歩近づいたし、お前に友達が増えたのだから、ここは喜ぶべきなんだろうな。」

「真の友?」

「……ああ、あれか。

まだそんな恥ずいこと言っているのか?」

「恥ずい言うな!

別に間違ってないだろ?」

「……ごめん、意味がわからないから、説明お願い。」

「ん、こいつの持論でな。

【本音を言えん間柄は、真の友に非ず。

喧嘩し、仲直りして、判り合ってこそ、友なり。】なんだと。」

「……どんな格好つけだ?」

「格好なんてつけてねえよ。

本音を言えない仲なんて、ただの馴れ合いだろ?

そりゃ、お前みたいに言えないこそあるかもしれないけど、普段の会話位は本音で言って欲しいし、お前ともっと判りあいたい。

だから、今回最悪なことが起きたけど、お前のことをまた一つ知れたことは、素直に嬉しいと思っている。」

「……はぁ~、まったく。

なに馬鹿なこと言っているんだよ、お前は。」

ニヤリと笑って見せる俺に、生助は困った様な笑みを浮かべていた。

「……さて、いい加減行くとしよう。

本気でそろそろ人が来そうだ。」

「だな。

だれかさんが犬を愛でてなければ、もっと早かったんだけどな。

今更言ってもしょうがないが、な?」

「そうだね、もっと早く行けたよね。

今更言ってもしょうがないけど、ね?」

「~~だぁぁ!悪かったって言っているだろ!」

そう言いながら扉に向かおうとした、その時だった。

「へ~、ずいぶんと仲が良いんだね。」

『!?』

突然扉の向こうから聞こえた言葉に俺達が身構えると、クスクスとの笑い声共に中学生位のメイド服の少女が、扉を開けて現れた。

「あなたは!」

「お前は!」

「久しぶり、犬正。

あの時以来かな?」

「え?」

「……知り合いなのか?」

「ああ、二度と会いたくなかったけどな。」

そう言いながら睨む神無月を、俺は戸惑いの目で、生助は驚きの表情で見ていた。

「……なんでお前がここにいるんだ、孔月(こうげつ)。」

「そんなの、ご主人様の指示に決まっているでしょ?

大きな音が響いているから、見て来てくれ。って、“わ、た、し”、に命令されて来たの。

わたしや周りは、ただ珍走族が走り回っているだけだと思っていたけど、的確な指示のおかげで、こうして反逆者達を見つけることが、出来たんだもの。

流石はご主人様よね~。」

 

そう言いながら笑顔で、誇らしげに胸をはる少女。

それだけを見るなら、多分微笑ましい光景なのだが、

「……なあ、二人。

一つ聞きたいんだが、良いか?」

『なんだ?』

「……こいつ、何者なんだ?」

そう言いつつ俺はひきつった笑みを浮かべ、背筋に冷たい汗を感じながら、孔月と呼ばれた少女を睨み続ける。

一見、無防備に自分の主人の自慢話をしている様に見えるが、其の実一分の隙も見当たらないのだ。

表情も満面の笑みを浮かべているが、目は獲物を狙う狩人の様に鋭かった。

「……この組織、ルートキットは、ボス直属部隊とその下の7つの部隊で構成されている。

そして、彼女は7つの部隊の一つ、ルシファーの部隊長だ。」

「……なるほど、道理でな。

まったく、一番上が直々に来るとは、ご苦労なこって。」

今までの敵と違う雰囲気に気圧されそうになりながらも、俺は軽口を言いながら真っ直ぐ少女を見上げた。

「………へ~、いが~い。

犬正と一緒にいるぐらいだから、てっきりただのお人好しか、超絶なお馬鹿さんかと思っていたけど、思ったよりもしっかりとした目をしているんだね。

見直しちゃった。」

「は、はぁ。

そりゃ、どうも。」

「……もっとも、ほとんどはその通りだけどな。」

「僕について来たのも、半分は勢いだったみたいだしね。」

「……うるさい。」

……まあ、実際その通りだから、強くは言い返せないんだけどな。

「ふ~ん、そうなんだ~。

……ねえねぇ、そういうことなら私達の仲間にならない?

もし仲間になるのなら、命は助けてあげてもいいよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「うん、もちろん。

君のしたことも不問にしてあげる。」

彼女の言葉に反応した生助に頷き、笑みを浮かべながら言う彼女に、俺はいぶかしげた。

「……ずいぶんと気前が良いな?

普通、こういう風に反抗した奴って、問答無用で殺されるもんじゃないのか?」

「まあ、普通はね。

でも、その人物が優秀で組織に忠誠を誓うなら、許す場合もあるんだ。」

「………へ~、なるほどね。」

そう言いつつ俺は、右手の人差し指の先を額につけながら、彼女を見つめ続ける。

「……ちなみに、下手な抵抗は止めておいた方がいいと思うかな?

私、強いよ?」

彼女がそう言った瞬間、彼女を中心に風が舞い、それと同時に凄まじい殺気を感じた。

その殺気に今すぐ逃げ出したい衝動に駆られるが、膝が震えて動くことが出来なくなっていた。

「……っ、…みたいだな。

………ところで、神無月。」

「……なんだ?」

「仮にあいつと戦ったとして、勝つ自信はあるか?」

俺のその問いに神無月は答えず、孔月を黙って睨み続けていた。

「……なるほど。

それはちと厄介だな。」

神無月の無言の返答に、俺は左手を腰に当て、右手で頭をガリガリと掻きながらため息を一つ吐いた。

「……まあ、しょうちゃんと同じ組織に入るわけだし、命がそれで助かるのなら、それも悪くないかもな。」

「ふふ~ん、そうでしょ、そうでしょ~。」

と、俺の言葉に上機嫌に頷く彼女だったが、

「だが、断る。」

「……へ?」

「……は?」

次の俺の言葉に、その場に居た全員が、口をポカーンと開けながら固まった。

全員そのまま数秒間固まっていたが、生助がいち早く動き出した。

「いやいやいやいや、お前なに言っちゃってんの!?

ふざけるタイミングを考えろぉぉ!」

「ん?

いや、別にふざけてはいないぞ?

至極真面目に答えていたが?」

「今の受け答えのどこがふざけてないと!?」

「ん~、そんなにふざけている様に聞こえたか。

まあ、なんにしろ落ち着け。」

「落ち着いていられるか!

せっかくお前が助かるチャン「はい、ダウト。」……す?」

「お前はそれ、本気で言っているのか?

この世界の秘密を知ってしまった奴を野放しにする様な、そんな甘い組織だと、お前は本気で思っているのか?」

「そ、それは……。」

そう言いながら生助は、俺から目を反らした。

まあ、すがりたい気持ちはわからなくもないんだけどね。

だけど、

「………俺はこの目で見たんだ。

役にたたないから。という理由で、躊躇なく殺す奴らをな。

それにな、彼女が保証したのは命だけであって、俺の身は保証はしていない。」

「………?

同じじゃないのか?」

「普通ならな。

だが、相手が世界的秘密結社なら、別に考えた方が無難だろ。

例え四肢がもがれ、身体も内臓はぼろぼろで植物状態であったとしても、命があることには違いないからな。」

「それはまた、随分と極端で物騒な例だね。」

「そうか?

これでも想定する中では、一番マシだぞ?」

「え?それでか?」

「ああ、意識がない分、痛みも苦しみも感じないからな。

他のやつよりは、幾分かマシと言える。」

「他のって、例えばなにが考えられるんだ?」

「うーん、まず二度と逆らえない様に洗脳するのは第一前提として、あとは用途によって改装手術。と言ったところかな?」

「用途?」

「ああ、例えば戦闘要員なら使い捨てのきく戦闘員にして、最前線に送り出すだろうし、慰安要員なら性転換させて、昼夜問わずに使わせるだろうな。

まあ、慰安用なら需要と供給の少ない男娼にする可能性も、なきにしもあらずだな。」

「そ、それはエグいな。」

「いやいや、自分の意思で動ける分、まだこれの方がマシさ。

想定する中で一番最悪なのは洗脳処置はせず、手足の腱を取り除かれた状態で再生能力特化に改造され、永続的に拷問地獄。

足を噛み砕かれ、内臓はえぐり出され、股間は握り潰され、胸は引き裂かれ、首は不自然に折れ曲がり、顔はタコ殴りにされ、目は潰され、口を引き裂かれても、心臓と脳さえ無事なら次の日には元通りになる仕様なので、ぼろ雑巾の様になるまでボコされる毎日。

洗脳されていないから、思考がまともな故に苦しみが続き、狂おうとしても再生能力特化のせいで、次の日には元通りになっているという生き地獄。

しかも、時々道具を使ってくるのだが、それもエグい。

爪と指の間に鉄串を刺し、ピーラー(皮剥き器)で肉を少しずつこそぎ取られ、卸し金で肘や膝をゴリゴリとし、時に粉砕器で下半身を削り取「ストォォーーーップゥゥゥゥ!」……ん?どうした?」

「もういい!

もう止めてくれ!

聞いてるだけで痛くなってくる!!」

「ぞわぞわが止まらないんだが。」

そう言いながら二人して腕を擦っていた。

うーん、そうは言っても、

「これからが本番なんだけどな~。」

「なんでお前がノリノリなんだよ!

お前がやられることを言ってんじゃないのか!」

「そんなにやられたいのか!?

Mか?M男なのか!?」

「んなわけあるかぁ!!

……まあしかし、………そういう話だったのを、すっかり忘れていたよ。」

『おいおい。』

「あはは、わりぃ、わりぃ。

だけど、お前達はそうするつもりだったんだろうが!」

ガクッと肩を落とす二人を尻目に、俺はそう言いながら彼女の方を向きつつ、ビシッと指をさすと、

「い、いや~、流石にそこまでは~…。」

「あ、あれぇ~?」

両腕を擦り、表情を引きつらせ、ドン引きしながら彼女はそう答えた。

…というか、なんでやる側がドン引きしているんだろ?

「……と、とにかく俺はお前達を信用できん。

だから、組織に入る気もない!」

俺がキッパリと言い切った後、少しの間沈黙が辺りを包んだ。

「……そう、なら覚悟は出来ているよね?」

そう言いながら彼女は、重なり合った孔雀の羽根を取りだすと、扇の様に広げだした。

そして、半月状にまで広げた、その時だった。

「お待ちくださいませ、天慢寺(てんまんじ)様。」

後ろから聞こえたその言葉に、彼女はピタリと動きを止めた。

 



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DISK22 部隊長と古の一族(中)

思ったより長くなってしまったので、半分にしました。
途中、謎解きもありますので、暇な方は解いてみてください。
わからなくても、特に支障はないので、飛ばしていただいても構いません。



「お待ちくださいませ、天慢寺(てんまんじ)様。」

後ろから聞こえたその言葉に彼女は動きを止め、ゆっくりと後ろを向くと、

「そやつら程度、貴女様のお手を煩わせるまでもございませんよ。」

そう言いながら扉の影から、髭を生やしたヨボヨボの白髪のおじいさんが出てきた。

「……へ~、人狼族の誰かが来るとは思っていたけど、あなたが来るとは思ってなかったな~。」

「一族の者が迷惑をかけたのです。

まず、きちんとお詫びを申し上げようかと思いまして参りました。

今回の件、本当に大変申し訳ございませんでした。」

そう言いながらおじいさんは、頭を深々と下げた。

「今回の件は、我が一族の者の不始末でもあります。

けじめをつけるという意味でも、どうか我々にお任せください。」

「………わかったわ。

そこまで言うなら、あなたに任せるわ。

その代わり、しっかりやりなさいよ?」

「ありがとうございます。」

そう言いながらおじいさんは再び頭を下げた後、ゆっくりとこちらを向いた。

その瞬間、凄まじい殺気が俺達に襲いかかってきた。

その殺気は、目の前のヨボヨボなおじいさんが出しているとは信じられないほどに、強烈なものであった。

……なるほどな。

人は見かけによらない。って言うが、このおじいさんも、ってわけか。

「……恩を仇で返すとはな、生助。」

「うるせえよ。

普段は気にもしないくせに、偉そうに言ってんじゃねえよ。」

「……知り合いなのかい?」

「……あのじいさんは、この一帯の人狼族の長でな、一応俺の保護者だ。」

「あぁ、あの人がお前の言っていた人か。

見たことがなかったから、わからなかったよ。」

「まあ、保護者っと言っても、名義上で必要だから名前を借りているだけで、基本的に一人暮らしだからな。

見たことないのは当然だな。

で、その名義上の保護者様が、なんの用だ?」

「保護者としてお前を連れ帰りに来た。

それ以外の理由があるか?」

「はあ?

なにを言っているんだ、あんた?

今まで放っておいて、今更保護者面するな!」

「……ふぅ、予想通りの反応、か。

……ならば、仕方ない。

力づくで連れて帰るとしよう。」

「おいおい、力づくとは穏やかじゃねえな。

そんな暴力的な方法じゃ、なにも解決しないぞ?」

「黙れ、小童!!

なにも知らん者が、横から口をだすんじゃない!

そもそも、貴様が余計なことをしたから、こんなことになったのだぞ!!

わかっているのか!!」

「……たしかに。」

「……ごもっともな意見だな。」

「お前らはどっちの味方だぁ!!」

『正しい事を言っている方の味方だ。』

「……さいですか。」

間髪入れずに声を揃えて返された答えに、俺はガクッと肩を落とした。

視界の端の方では、天慢寺とおじいさんが酷く戸惑った表情をしていた。

いやまあ、気持ちはよくわかるけどね。

「と、とにかく、無理矢理連れて行かせる気はない!

もちろん、神無月も同じ気持ちだろ?」

「……ん~、僕としては別にあなた達が彼を連れ帰って、なにをしても別に構わない。と思っている。」

『いやいや、よくねえだろ!!』

「だが、あんた以外に誰もいないんだが、僕達を相手にあんた一人でやるつもりなのか?

そうだとしたら、僕達を相当舐めてるとしか思えんのだが?」

「ふん、慌てるな、小童。

言ったであろう、我々に、と。」

そう言いながらおじいさんが手を二回ほど叩いたかと思うと、ビルの壁を登ってきた八人の人狼が俺達を囲う様に現れた。

「な!?

おいおい、マジかよ。

……っ、この人達を呼ぶとか、じいさん本気みてえだな。」

「ん?こいつらがどうかしたのか?」

「…俺達人狼族は実力社会でな、それぞれ順位が決まっているんだ。

そして、例え若くて問題が多い奴でも、順位が上ならば低い者に対してなにしても、ある程度は許されてしまうんだ。

もちろん、一族内での話だがな。」

「……まるでカースト制だな。

文句あるなら、こいつよりも強くなれ!ってか?」

「ああ、その通りだ。

順夜祭てのが満月の夜にあって、この辺りの人狼族が集まって実力を競い、そこで順位を決めるんだ。

そして、上位十位の奴らを、俺達は十狼士と呼んでいて、この人達はそのメンバーだ。

特に、じいさんの右隣にいる奴は、その中でも第二位の実力者だ。」

「……へ~。

これで、ねえ。」

グルルっと唸り声を上げる人狼達を、俺がそう呟きながら一通り一瞥すると、心なしか唸り声が強くなった気がした。

「お~、お~、殺気だっているねえ~。」

「お、おい、いつもの調子で、あんまり挑発するな。

冗談抜きで強いんだぞ!」

「ん~、と言われても「おい、人間。」……な?」

「さっきから聞いていれば、べらべらと好き勝手言いやがって!

貴様ら劣等種は、俺達の言う事を全てハイって言っていれば良いんだよ!!

むしろ、ハイ以外言うんじゃねえ!!」

生助の言葉に微妙な表情をする俺に、周りにいた人狼の一人がそう言いつつ、肩を揺らしながらこちらに近づいて来た。

……なんて言うかこの人、そこら辺のヤンキーみたいな人だな。

「ん~、どうした?

怖くて声もでないか?」

そんなことを考えていたら、どうやらこちらがビビっていると勘違いしたらしく、上機嫌になりながら喋ってくる。

「お前らの生死与奪権は、俺達にあるんだよ!

だから、俺達に大人しく従っていれば良いんだよ!

わかった?理解したか?

わかったんなら、返事しやがれ!!」

「はい、はい。」

仕方なく、という感じが満載の返事で返すと、上機嫌だった笑みがピシッと固まった。

「……テメエ、小さい頃に親に返事の仕方を習わなかったか?

ハイは一回で良いって言われなかったか!?」

「はい。」

「そうか。

なら、もう一回聞いてやる。

お前らは、俺達に大人しく従っていれば良いんだよ!

わかったか!!」

「は~~~~~~~~~~~~~~い。」

…おや?おかしいな?

注文通りに一回しか返事してないのに、なんか怒っているぽいぞ?

「……お前な。」

「…君って奴は。」

そして、友人達は俺を見て呆れた表情をしていた。

しかし、そういう台詞は、頬をピクピクとしながら言う台詞ではないぞ?「テメエェェ、馬鹿にしてんのかぁぁ!?」

「ハイ!(断言)」

「テメエ、ふざけんなぁぁぁ!!!」

おもいっきり降り下ろされた手を避けて距離をとると、俺はため息を一つ吐いた。

「はい、はい。

はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはい、はい。

はい、はい。

はいはいはいはいはいはい、はいはいはいはいはい。

はいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはいはい、はいはいはいはいはい。

はいはい、はい。

?」

「………は?

なんだって?」

「はい、はいはい。

はいはいはいはいはいはいはいはい、はい。

はい、はい。

はいはいはいはいはいはい、はいはいはいはいはい。

はいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはいはい、はいはいはいはいはい。

はいはい、はい。

。」

言い終わった俺を、彼は困惑した顔で見ていた。

まあ、わからないだろうな~、とは思っていたけどね。

「……お前、それはひどくないか?」

おや?

流石親友、よくわかったな?

「長い付き合いだからね。

前に似た問題だされたから、すぐわかったよ。」

なるほど。

……って、俺一言も喋ってないけど、よく俺の考えていることがわかるな?

「表情見れば、なんとなくわかるさ。」

さいで。

「~~~、だぁぁ!

さっきから、勝手に話してんじゃねえぇぇ!!

だいたいテメエは、さっきからなにわけのわからないことを言っているんだ!」

 

「……それは多分、さっきあなたが言った、ハイ以外は言うな。っていうのを、律儀に守っているだけだと。」

「はい。」

「そんなこと知るかぁ!!

っていうか、そんなもん、臨機応変に切り替えやがれぇぇ!!」

「はいはいはい、はいはい。

はいはいはいはいはいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはいはいはいはいはい、はいはいはい。

はいはいはい、はいはいはいはいはい。

はいはいはいはいはいはいはいはいはいはいはい、はい。

はいはいはいはいはい、はい。

はいはい、はいはいはいはいはい。

はいはいはいはい、はいはいはいはいはい。」

無茶苦茶な相手の言葉に、俺がため息を吐きながら答えていると、神無月が呆れ顔でため息を一つ吐いた。

「………そろそろ終わりにしておきなよ。

僕の方も、そろそろ解読するのが面倒になってきたよ。」

「……ん、わかった。」

まあ、俺も濁点や促音を外した文を考えるのが面倒になってきたし、丁度良かったかな?

「……余興は終わったか?」

そう言っておじいさんはため息を一つ吐きながら、俺達を呆れ顔で眺めてた。

……まあ、気持ちはわからんでもないけど。

って、そう言えば、

「今更だけどお前のじいちゃん、なんて名前なんだ?」

「ん?

ああ、そういえば言ってなかったな。

じいちゃんの名前は「言う必要はない。」…っえ?」

「これから死に行く下等種に、我らの名前を教える必要はない、と言ったのだ。」

そう言いながらおじいさんの横にいた男が、ゆっくりと数歩前に出る。

「やれやれ、随分とう「黙れ。」……え?」

「貴様の言葉など聞いていないし、聞く必要もない。

そもそも貴様の様な下等な輩が、我々と一緒の場にいること自体がおこがましい。」

男は蔑む様な目をしながら、俺達に向かってそう言い切る。

しかし、

「………ん~、随分と偉そうだけど、そんなに大層な存在なのか?

正直、さっきの奴とあんたを見てると、そこら辺のヤンキーや、チンピラが良いところだけど?」

「まったくだ。

っていうか、まだそんなくだらないこと言ってのか、あんたらは。」

「ふん、優れた肉体と能力を古(いにしえ)より受け継いできた我々の偉大さを、貴様の様な混ざりものや、ただの人間にわかるはずもない。」

「古?混ざりもの?」

「ああ、そうだ。

我々は古き時代より、高貴で優れた純粋な血筋を受け継ぎ続け、それに誇りを持っていた。

だが、お前の隣にいるその男の母は、あろうことか下等な人間の男に恋をし、駆け落ち当然で一族から飛び出した後、一人の赤子を産んだのだ。」

「それがしょうちゃん、ってわけか。」

「もっともその二人は、数年前に事故で死んだがな。

まあ、我々の血筋を汚した天罰が下ったんだろうな。

その後、一族でこいつを引き取り、育ててやったのだ。

とはいえ、弱くて気がきかないため、召し使いとしても人狼としては使えぬし、しかもこの男、満月の夜にしか満足に狼化ができない出来損ないときた。

出来損ないは出来損ないらしく、そのまま大人していれば良かったものを、よりによって人間につくなんてな。

所詮は誇りを捨て、人間の男と一緒になった馬鹿な女の子供、っていうわけか。」

男がそう言うと、周りから下卑た笑い声が漏れ、辺りを包んだ。

その笑い声を生助は黙って聞いていたが、先ほどよりも眉間の皺は増え、両腕はプルプルと小刻みに震えていた。

「それに、ドマーとか言ったか?

貴様ら程度にやられるぐらいだ、大した奴ではなかったんだろうな。

そもそもただの人間が、我々の上であったのが間違いだったのだ。

初めから我々に任せておけば、今回の無様な結果にはならなかったにちがいない。」

周りの奴らも男と同意件だったらしく、その言葉に何度も深く頷いていた。

そんな彼らを尻目に、俺はため息を一つ吐くと、おじいさんの方に向き直った。

「………なあ、おじいさん?」

「ん?私か?」

「おい、てめえ。

なに長に気軽に話しかけているんだよ!」

「はい、二つ聞きたいことがあるんだけど、構いませんか?」

「無視するんじゃねえ!」

自分の言葉を無視して話を進め様とする俺に腹がたったのか、取り巻きの一人が俺の襟を右手で掴み上げた。

それに対し俺は、掴んできた手の手首を右手で掴むと、合気道の要領で腕を逆関節に極めながら頭に足を乗せると、震脚の要領でおもいっきり踏み込んだ。

 

ードゴーンー

 

という音と共に床に頭を叩きつけられ、男は床を陥没させながら気絶してしまった。

叩きつけた時の足の裏に感じた骨の砕ける音や、感触に僅かに眉をひそめるが、特に気にせずに足をどかしながら極めた腕を離すと、体の横に沿うように力なく倒れた。

一瞬、死んでしまったか?と思ったが、ぴくぴくと痙攣している辺り、恐らく死んではいないだろう。

まあ、踏んだ時の感触から、顎は粉砕骨折になっていると思うから、人狼としては終わったかもだけどね。

………しかし、

問答無用でこれをやる辺り、そうとうキテるな、俺。

こりゃ、早めに話しを終わらせた方が良いな。

そう思いながら顔を上げると、目の前のおじいさんと以外は、目を丸くしながら唖然としていた。

特に周りの人狼達と天慢寺は、なぜだかかなり困惑していた。

……まあいっか、気にするほどのものではないしな。

さてと、

「二つ聞きたいことがあるんですが、構いませんか?」

改めて言い直しながら、俺はニッコリと微笑んだ。

うん、大事なことだから、二回言わないとね。

周りは若干引きぎみだったけどね。

なんでだろう?

「私が答えられる範囲でよければ、良いぞ?」

「ありがとうございます。

では、まず一つ。

この子達、逃がしても構いませんか?」

そう言いながら俺は、生助の足元にいる犬達を指差した。

「彼らは巻き込まれただけだ。

そちらも、自分の眷族をこれ以上巻き込みたくないはずだ。」

「……ふむ。

……一つ尋ねるが、構わんか?」

「どうぞ。」

「私自身は構わない。

が、それをしてお前になんの得がある?」

「ん?いや、ないよ。

強いて言えば、多少動き安くなるぐらいだ。」

「ならば、なぜ得にもならないことを聞いた?」

「彼らには、さっき救ってもらったからな。

そのお礼だよ。」

「……そんな理由で、か?」

「それ以外に、なにか必要か?」

肩をすくめるながら言った俺を、おじいさんは眉をひそめ、顎に手をやりながら静かに俺を見つめてきた。

その目は、俺の真意を探っている様にも見えた。

「………天慢寺様。」

「なあに?」

「この小童の願い通り、我らの眷族を逃がしたいのですが、構わいませんか?」

「うーん。

………ま、いっか。

良いよ、逃がしても。」

『ありがとうございます。』

了承した彼女に、俺とおじいさんは揃って頭を下げた。

「……いや、なんでお前まで頭下げて、お礼を言っているんだ?」

「そして、なぜ敬語?」

「ん?

いや、お願いを聞いてもらったら、普通お礼を言うもんだろ?

それに、初対面の女性にタメ口をきけるほど、俺の器量はでかくねえよ。」

「……なるほど、君らしいよ。」

「ああ、そうだな。

お前はそういう奴だったな。」

「なんか、私も調子が狂いそう。」

そう言いながら三人は、ため息を一つ吐いた。

……あれ?

俺なんか変なことしたか?

……まあ、いっか。

「では、許可を得たので、…エフン。

わん、わんわんわんわん。

わわわわわわわん、わわわん!」

俺がそう言うと、ほとんどの子達が扉に向かって歩き出したが、二匹の犬が俺のズボンの裾を噛んで、ぐいぐいと引っ張ってきた。

俺を見つめる目から、一緒に行こう?って言っているのがわかった。

「バウ!

わうわう!」

「クゥ~ン?」

「グルッ!

わぅん、わわわん。」

「キュ~ン?」

「グルッ。」

『クゥ~ン。』

「……わん、わんわんわん。

わぅん、わわわん。」

俺の最後の言葉に、二匹は項垂れながらゆっくり扉へ向かって行った。

そして、扉を潜る直前にこちらをチラッと見た後、タッと走り出して行った。

「……達者でな。」

俺は最後にそう呟くと、改めておじいさんの方へ向き直った。

「………では、もう一つの質問なん「ちょっと待って!」…で?」

「で?じゃないでしょよ。

なんなのよ、今の!?」

「?

会話していただけだけど?」

「なに変なことを聞いているの?的な顔をしながら言うな!

どう考えたっておかしいでしょ!

あなた達だって、そう思うでしょ!」

そう言って、彼女は周りを見た。

が、

「犬語を話せるのって、そんなに変なのか?」

「俺達は普通にしゃべっているしな?」

「僕は二回目だから、そこまでは、って感じかな?」

「昔からなので、今更な感じです。」

 

「あ、あれ?

なんでみんな普通なの?

あれ?

私が違うの?」

そう言いながら彼女は、片手で頭を抑えながら頭をふらつかせていた。

訳のわからないことでダメージをあたえたみたいだけど、周りが人狼プラス敵の状態なら、まあこういうことになるわな。

 




後編は来週の土曜日(7/28)を予定しています。
今回の謎解きの答えもその時に。
ちなみに、謎解きのヒントとしては、睦月の最初の言葉は一番最初の単語、二番目は一番最後の単語、といったところでしょうか。
では。


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DISK23 部隊長と古の一族(後)

「………問題ない様なので、話を続けるぞ。

さっき生助は、周りの奴らを十狼士のメンバーだと言っていたが、ここには八人しかいない。

残りの面子はどこにいるんだ?」

「……答えんと駄目か?」

「いや、半分確認みたいなものだから、答えたくなければそれでも良い。」

「……そうか。

 

……いないのは第1位と第3位なのだが、第1位は今欠番中でな、今の十狼士は元々人数が少ないのだ。」

「欠番?」

「ああ、前の第1位はそやつの、大津の母でな、順夜祭の時はいつも圧倒的な力を見せつけておったよ。

だから、半端な強さでは私はもちろん、他の人狼も認めなかったから、未だに欠番なのだ。」

「へ~、お前のお母さん、すごい人だったんだな。」

「正直なところ、よくわからん。

なにせあの人、俺がガキの頃に死んだからな。

もう顔も覚えてないよ。」

そう言いながら生助は、ため息を一つ吐いた。

「んで、もう一人は?」

「3位の者にはなにかあった時の為に、他の一族の者を守ってもらっておる。」

「はん、あんな裏切り者、いない方がせいせいするぜ。」

「まったくだな。」

「裏切り者?」

「ああ、そうだ。

あいつは俺達に、人と争うべきではない、仲良くやってくべきだ。と、言ってきたのさ。

優れた力を持ちながら、その力を人狼族の為に使わないなんて、裏切り者以外のなんでもない!」

そう言い息巻く男に、同意する様に周りから頷いたりしていた。

「……ふーん。」

そう言いながら俺は、人差し指をおでこにつけつつ、周りを見渡した。

周りの人狼達がにやりと笑い、神無月達が周りを睨む中で、おじいさんは目を細め、天慢寺はなにかを考えているかの様に、怪訝な表情をしていた。

………うん、今の言葉に感じたものは気のせいじゃなさそうだ。

「………なあ、生助。」

「なんだ?」

「二つ確認、良いか?」

「良いぞ、なんだ?」

「一つ、お前以外の人狼って、普段なにやっているんだ?」

「……基本的に人間の中で、一緒に仕事したり、生活している。

だけど、上手く馴染めない奴もいて、そういう奴は仕事もしないで、他の人狼の稼ぎで暮らしている、とは聞いたことはある。」

「……まあ、要はヒモか。」

「ああ、そういうことだ。」

「へ~。」

そういう言いながらもう一度見渡すと、渋い顔をしている奴が何人かいた。

「……んじゃ、もう一つ。

お前、順位は何位?」

「……………まだ順位はない。

そもそも順夜祭には、二十歳を越えなきゃ参加出来ないんだ。

一応、来月から参加予定だったんだが、通常は見学位は幼い頃からさせているらしい。

まあ、要はずっと省かれていた、ってわけさ。」

「……ふむ。

…ちなみに、その他の交流は無かったのか?

「いや、満月以外の日の集まりには、何度か呼ばれたことはある。

もっとも、呼ばれた理由はただの給仕役だった上、俺や母さんの悪口ばっかり聞かされてたけどな。」

「……ひでえ話だな。」

「まあ、そうは言っても、主だってしてたのはここにいる十狼士の人達と一部の人達だけで、香(かおる)さん以外の人達は命令されて仕方なく、って感じだったかな。」

「香さん?

誰だ、その人?」

「……この場にいない第三位の方だ。

よく飲みに連れて行かれては、潰れるまで飲まされる。

給仕をやろうとしても、『俺の性に合わないから止めろ!

それよりも飲むのを付き合え!』って言ってくるんだ。」

「あやつらしいの~。」

「しかも、酔いが回ってヤバくなって、飲みのを拒むと『俺の酒が飲めないのか!』って、良く言われている。」

「それはまた、随分と強引な方だな。」

「ああ。

しかもあの人、寝る時は腹出して寝るから、こっちは風邪引くんじゃないか?って、心配になるし。

本当に困った方だよ。」

そう言いながら深くため息を吐く生助だったが、その表情はどこか優しかった。

「……なるほど。」

それを見ながら俺は、人差し指をおでこにつけたまま目を細めた。

そして、人差し指をゆっくりと離すと、俺はおじいさんに向き直って、深く頭を下げた。

「………なんのつもりだ?」

「……あなたの思いを、ふいにしてしまったことを含め、生助を巻き込んだこと、お詫びします。」

「……お前がしなくとも、いずれはこうなっていたのだろう。

だから、気にすることではない。」

周りに怪訝な表情で見られながら、おじいさんはゆっくりとため息を一つ吐いた。

「……そう、成るように成っただけだ。」

まるでおじいさんは、自分に言い聞かせる様に呟いた後、目を静かに閉じてしまった。

「………さて、確認も聞くことも終わったし、やるか。」

そう言いながら数歩前に出る俺を、その場の全員が怪訝な表情で見てくる。

「ん?なんだよ、やるんだろ?

早くかかって来いよ。」

そう言いながら誘う様に、人差し指をクイクイとやると、周りがざわっと殺気だった。

「……てめえ、ふざけているのか?」

「ふざける?

雑魚相手には勿体ないくらいに、誠実に言っているつもりだけど?」

「ちょ、お前、止めろって!

マジで落ち着けよ!」

不敵に笑う俺に、周りが更に殺気だっていく中、生助がそう言いながら俺の肩を掴んだ。

「落ち着け?なんでだ?」

この時俺は、いったいどんな顔をしていたのだろうか?

生助は俺の表情を見て、酷く驚いた表情をしていた。

「あのな?

これでも俺、今相当頭にきてんだぞ?」

「な、なんでだ?」

「そんなもん、自分の大事な親友や、敬意を払うべき人を馬鹿にされたからに決まってんだろうが!

それ以外に理由あったら、逆に俺が聞いてみてえよ!」

「え、あ、うん、ごめん。」

俺の逆ギレに引きぎみに謝る生助だったが、俺は気にせずに奴らに更に数歩近づく。

「いいか、もう一度言うぞ!

てめえらは、俺に一番やっちゃなんねえことをやったんだ!

お前らの覚悟の有無を聞く気は一切ねえ!

その下らねえプライドごとぶっ潰してやるから、さっさとかかって来やがれ、三下共ぉぉ!!!」

その言葉を受け、俺に一斉に飛びかかる人狼達。

それに対して身構えた、その瞬間、四本のプラグが飛び交い、コードが奴らの足を引っ張り、手を払い、重心をずらして、奴らを遠ざけた。

「…………なに余計なことをしてんだ、お前は。」

そう言いながら俺は、プラグを戻しながら静かに近づいてくる神無月を睨み付ける。

「誰が助けろなんて言った!!」

「ん?いや、誰も言ってないよ?」

「じゃあなんで手をだした!!」

「友達が友達を助けるのに、特に理由がいるのかい?」

「…………………はい?」

「頼れよ、僕達は友達だろ?」

「い、いや、で「それに、だ。」も?」

「友達を馬鹿にされて怒っているのが、君だけと思ったかい?」

そう言いながら鋭い目付きになる神無月を見て、俺は頭を掻きながらため息を一つ吐いた。

「……引かねえんだな?」

「勿論だよ。」

そう言いながら神無月はベルトを取り出し、腰に装着してスイッチを押した。

「変身!!」

『仮面ライダーハッカー ディスプレイフォーム。』

「……そっか。

なら、一つだけ言っておく。

こいつらは…。」

「大津と同じ組み合わせにする必要はない、だろ?

彼と組み合ったのは僕だよ?

わからないわけないだろ?」

驚きの表情をする俺を見ながら、神無月はイタズラに成功した子供の様に笑みを浮かべていた。

「……わかっているなら良い。

さっさとフォームチェンジさせろよ。」

「無論だよ。」

そう言いながら神無月は、ディスクを二枚ドライブに挿し込んだ。

『仮面ライダーアギト!』

「変身!」

『仮面ライダーキバ!』

ーカプ、チューー

 

変身!!」

「未来の可能性と闇の王の力、使わせていただきます!!」

『ミクストール!

仮面ライダーハッカー シャイニング “ロード” オブ ザ ダークネス!』

ウィンドウが弾けると、中から赤のプロテクターの上に黒のベスト、額に左右対称に広がる金色の角を持つ戦士が現れ、隙無く構えた。

「さて、やろうか?」

「ああ、じゃあそっちの三匹は任せた、こっちの四匹は俺に任せ「ちょっと待て。」……なんだよ?」

「なんで君の方が数が多いんだ?

普通は変身している僕に比重を寄せるだろ!?

僕がこっちの五匹をやるから、君はあっちの二匹にしておきなよ!」

「なんだよ、それ!

ズルいじゃん!

別に俺の方が多くても良いだろ!?」

「良くはないよ!

僕の方が君より戦えるんだぞ?

それなのに、君に戦わせてどうするんだ!

5:2は譲らないぞ!!」

「4:3!!」

「5:2!!」

「ごちゃごちゃうるせえぇぇ!!」

『ん?』

疑問符を浮かべながら声の方を見ると、一人の人狼が飛び掛かってきた。

降り下ろされた一撃を難なく避けた俺達を、唸りながら睨み付けていた。

「好き勝手言いやがって、あいつを倒したから調子に乗っているんだろうが、残念だったな!

あいつの順位は第10位、つまり我々の中で一番最弱!

お前の技はあいつに効いたかもしれないが、第5位の俺に効くと思うなよ!

死にさらせばぁふぁだあああぁぁぁぁぁ!」

叫び声を上げながら男は、俺達に再び襲いかかろうとするが、音もなくその間に割って入った人物の強烈なアッパーを受けて、男は奇声を上げながら宙を舞い、そのまま縁を越えて落ちていった。

「……まったく、なんで人の問題に、こうも首を突っ込むかね~。

おかげで俺も参加するほかないじゃないか。」

ほとほと呆れたという表情をしつつ生助(人狼Ver)は、俺達にそう言いながらため息を一つ吐いた。

「よく言うよ。

本当はやりたくてしょうがなかったくせに。」

「まったくだ、人を言い訳の材料にするなんて、なんて奴だんだ!」

「はて?

俺にはなんのことだか、さっぱりと?」

そんなことを言いながら互いにニヤリと笑い合うと、互いに背中合わせになって襲撃に備える。

「…しかしさっきの奴、色んな意味でテンプレ通りの奴だったな。」

「たしかに。

っていうか、あいつ大丈夫なのか?」

「まあ、人狼族は基本的に頑丈だから大丈夫だよ。

もっとも、頭から落ちればその限りではないけどね~。」

『おいおい。』

「大丈夫大丈夫。

混ざりものって言われた俺でも、体勢を整えるぐらいは出来るんだ。

生粋の人狼が出来ないわけがないよ。」

「…まあ、そうだよな。」

「だよな~。」

乾いたと笑いをしながらそう答える生助に、俺達は若干引きながら頷くしかなかった。

「さて睦月、相手にする数は3:2:1で行こう。

さっき君は一人倒しているんだ、それで良いだろ?」

「………わかった、それで良いよ。」

「うし、決まりだな。

なら俺は、目の前の二人を『なに言ってだ、お前(君)は?』………へ?」

『お前(君)の相手は、あいつだ。』

俺と神無月が声を揃えながら指差した方を生助が見ると、怪訝な表情をした第2位の男がそこにいた。

「……いやいやいやいやいやいや!!

二人してなに言っているんだ!?」

「ん?

俺達、なんか変なことを言ったか?」

「いや?

そんなことはないだろ?」

「いやいや!言ってんだろ!

相手は一族の第2位なんだぞ!?

わかっているのかよ!?」

「そんなのさっき教えてもらったよ。

それで?

それがどうかしたか?」

「……へ?」

「……君があいつのなにを恐れ、どれくらい強いかは僕達にはわからない。

けど今の君の強さなら、さっき戦った僕達が一番わかっている。

その上で、君ならいけると思っているよ。」

「今夜は満月なのだから、本来なら順夜祭なんだろ?

せっかくなんだから、あいつとの上下の格付けを済ませて来いよ。

……まあ、どうしてもやりたくないと言うなら、俺がやるからそれでも構わんよ。

あいつの顔に、グーパンチを入れたいんでな。」

「ちょっと待て。

そういうことなら、僕にやらせて欲しい。

僕自身、あいつの言動には腹がたっていたんだ。」

「いや、俺が!」

「いや、僕が!」

「俺!」

「僕!」

「い、いや、ちょっと待て!

誰もやらないなんて一言も言って『じゃ、任せた。』……うぉい!」

まるでコントの様なやり取りに、俺と神無月は意地の悪い笑みを浮かべながら忍び笑いをする。

「……大丈夫、君ならやれる。」

「あいつとは、色々と思う事があるんだろ?

しっかり決着をつけろよ。」

「君の邪魔はけしてさせない。」

「周りの三下の相手は、俺達に任せろ。」

『だから、しっかり勝ってこい(きなよ)!

生助!』

「こうちゃん、神無月。

……わかった、背中は任せたよ!」

「おう!」

「任せろ!」

その言葉を受け、駆け出す生助を背中越しに感じながら、俺は安堵のため息を一つ吐いた。

「……ふぅ、これでお膳立ては済んだかな?」

「ああ、大丈夫さ。

あとは彼次第かな?」

「……その様子だとおじいさんの本当の目的、お前も気づいたみたいだな。」

「まあ、あの会話を聞けば、なんとなくはね。

しかし、君はなかなかの演技派だね。」

「ん?なんでだ?」

「なんでって、さっき奴らの前で大見得きったのは、大津を参加させるためだったんだろ?」

「……一応はな。」

「へ?一応?」

「ああ、あの時は既に八割方キレていたからな。

成るように成れば良い、とまで思っていたから、悪いがそこまで深く考えてなかった。」

「………じゃあ、あの時君は……。」

「半ば本気で一人でやるつもりだったが、なにか?」

「………おいおい。」

若干呆れた声色の神無月を他所に、俺は気を取り直して構え直すと、周りの人狼達がじわじわと距離を詰めていた。

「…さて、奴(やっこ)さんもやる気だし、俺達もやるか。」

「ああ、そうだな。」

そう言いながら神無月は左半身になり、左手の人差し指と中指を揃えて、相手に向けた。

「……なあ、神無月。」

「ん?なんだい?」

「それ、俺も一緒にやって良いか?」

「それって、これ?」

そう言いながら神無月は自分の左手を指差すと、俺は頷いて肯定した。

「別に構わないけど、なんでだ?」

「そんなもん、格好良かったからに決まっているだ「本当か!?やっぱ、そう思うか!?」…ろぉぉ?」

「いや~、俺も格好良いとは思っているんだけど、なかなかみんなわかってくれなくてさ~。」

共感してもらえたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。

敵の目の前にも関わらず、こちらを向きながら笑いかけてきた。

……まあ、その気持ちはすごくわかるけどね~。

とは言え、いつまでもこうしているわけにも行くまい。

「……で?

やって良いのか?」

「ああ、良いよ。」

「悪いな、ありがとう。

代わりと言ってなんだが、助けが必要ならば、いつでも呼んでくれよ?」

「いや、ちょっと待て。

どうしてそうなる。」

ジト目で睨む神無月に俺はニヤリと笑って見せると、素早く右半身になり、右手の人差し指と中指を相手に向け、二人同時にこう言った。

『Are You Ready?』

 




次回よりバトル回。
次のアップは8/4(土)を予定しています。

謎解き解答。
解る方は速攻で解ったと思いますが、それぞれのはいの数は、五十音の横の列、縦の列に対応しています。
例えば、一番最初は1、1なので、あ。
次は11、1なので、ん。
この要領で解くと、この様になります。
「あんた、アホなのか?」
「いや、アホなのか。」
「しらんよ、そんなこと。」
と、なります。
お付き合いいただき、ありがとうございました。


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DISK24 知識と技術

予告した日時より遅れてすみませんでした。
約束は守らないとですね。
では、どうぞ。


無音の気合いと共に睦月は駆け出すと、一気に任された二人の人狼の内の一人の懐に入り込んだ。

「ぬぉぉ!?」

勢いよく降り下ろされた手を紙一重で避けると、おもいっきり踏み込んで、相手の横っ面に一撃をいれた。

が、

「っ!!」

巧い具合にカウンターが決まったにも関わらず、逆に睦月が顔をしかめながら離れた。

「……大丈夫か?」

「ああ、蚊に刺されたかと思ったよ。」

そう言いながら殴られた人狼は、ニヤリと笑いながら睦月を眺めた。

「あれだけの大見得を切ったから、どれだけやれるかと思えば、所詮はこの程度か。」

そう言いながら男は、殴られたところを数回撫でた後、

「……次は、……我々の番だ!!」

そう言って横にいたもう一人と共に一気に駆け出し、睦月に襲いかかってきた。

縦に、横に、袈裟に、あらゆる角度から襲ってくる一撃を、睦月は黙々と避け続ける。

「ぬぅぅ…、っ!

うおぉぉぉ!!」

攻撃が当たらず、次第に苛つき始めた男だったが、突然叫びながら腕をおもいっきり広げ、睦月に抱きつく様に飛びかかってきた。

睦月はそれをバックステップで避けるが、その次の瞬間!

「うおぉぉぉ!」

男の後ろにいた片割れが男の左側を駆け抜け、全てを薙ぎ払うかの様な勢いで左腕をおもいっきり振ってきたのだ。

当たればただでは済まない勢いのそれに対し、睦月はその場で跳ねると、迫り来る左腕に向けてドロップキックを放った。

当然勢いと力の差で睦月の蹴りは押され、弾き飛ばされてしまうが、睦月は素早く体勢を整えながら手を伸ばして地面に触れた。

僅かに勢いが殺された腕を支点にして、睦月は体を半回転しながら着地したが、完全に勢いが殺されなかったため、土煙を立てながら少し滑ることになった。

だが滑り続ける間、体勢が崩れることは一切なく、真っ直ぐ相手を睨み続けていた。

その視線の先には、先程まで戦っていた二人の他にもう一人、第十位と言われていた男が、暗く濁った目を爛々に輝かせながらこちらを睨みつけていた。

もしあの時、あの攻撃を今回の様に対処せず、しゃがんで避けたり、後ろに下がって避けていたら、今頃は十位の爪の餌食になっていた可能性が高かった。

「……ふん、運が良い奴だ。」

男達もそれがわかっていたからか、忌々しそうにそう呟いていた。

「………運、か。

ま、それがあんたらの限界か。」

「……なにが言いたい?」

「別に?

それよりも、これで終わりなのか?

来るなら、さっさとこいよ。」

「…こぉぉんのぉぉ、減らず口がぁぁぁ!」

その言葉と共に三人の人狼は睦月に飛びかかって来るが、どの攻撃も睦月は紙一重で避け続けていく。

「むぅおぉぉぉぉぉ!」

なかなか当たらぬ事に苛ついた一人が大振りの一撃を放つが、睦月はそれを数歩下がって避ける。

男達は睦月を追う様に駆け出すが、それと同時に睦月も駆け出し、その距離を一気に縮めた。

彼の予想外の行動に動揺した男達の頭は数瞬真っ白になり、そのせいで動きも僅かに鈍ってしまう。

その僅かな隙を彼は見逃さなかった。

硬直している目の前の男とその横にいた十位の間を疾風の様にすり抜け、奥にいた片割れの男に肉薄する。

すり抜ける際に男に耳に辺りに掌底を、十位の男には鼻の穴に向けてスプレーを噴射しながら駆け抜け、片割れの男の懐に入り込む。

だが、男の方もただぼーっとはしていなかった。

「おぉぉぉぉ!」

動揺から素早く立ち直った彼は、雄叫びを上げながら睦月に向かって爪を降り下ろした。

だが、睦月はそれをなんでもない様に避け、懐からなにかを取り出すと、無防備に空いた口に放り込みながら下顎に手を添え、強く踏み込んで突き上げる様に掌底を撃ち抜き、強制的に口の中の物を噛み潰させた。

口の中でそれが噛み潰されるのを手のひら越しに感じながら、素早く三人から距離をとると、

「うごぉぉぉぉぉ!?」

耳に掌底を食らった男は耳を押さえ、

「がはぁぁぁぁぁ!?」

鼻にスプレーを噴射された男は、鼻元を押さえながら息を吐き、

「げぇぇぇぇぇぇ!?」

顎に掌底を喰らった男は必死になにかを吐こうとして、三者三様の悶え方をしながらのたうち回っていた。

「き、貴様ぁぁぁぁ!

我々になにをしたぁぁぁぁ!?」

「ん?

なにって、お前には鼓膜破りを、鼻を押さえている奴にはアンモニアを吹き掛け、今吐いている奴には玉ねぎ半玉を噛み潰させただけだが?」

「なあ!?」

それがなにか?と言わんばかりに眉をしかめる睦月に、男は完全に絶句してしまう。

「ふ、ふざけるなぁぁ!!

なんてことしやがるんだぁぁぁ!!」

「なんてこと?

どういうことだ?」

「こんな時にふざけるな!!

嗅覚や耳の良い我々に、強烈な刺激臭を嗅がせたり、我々にとって毒にも等しい玉ねぎを食べさせるなど、どれだけ酷いことをしているのかわかっているのか、貴様はぁぁぁぁ!!」

「わかっているさ、だからやったんだろ?」

「な、な?なぁ!?」

「相手の武器となるところを、相手の弱点を狙うのは普通のことだろ?

そもそも、狼男と戦うことになるかもしれないんだぞ?

それなりに用意はしておくさ。」

「……なるほど。

そしてこの結果というわけか、卑怯者め。」

「卑怯者?」

「ああ、そうとも。

己の力のみで戦わず、道具や小細工を用いて正々堂々と戦う者を陥れる。

それが卑怯者でなくて、いったいなんだという!!

これだ「なあ、」下等な生物は嫌「なあ。」るの「なあ!」…なんだ?」

「やれやれ、やっと聞いたか。」

「……人の話の途中に話しかけるな。

お里が知れるぞ。」

「そりゃ失礼。

だけど、あそこまでツッコミ所が満載なら、口も挟みたくはなるよ。」

呆れ顔でそう言う睦月は、手に持っていたスプレーをくるくると手遊びをしながら、ため息を一つ吐いた。

「ツッコミ所だと?」

「ああ。

まずあんた、俺達が今なにをしているのか、わかっているのか?」

自分の言葉に眉をしかめる男を見て、ため息を一つ吐きながら言葉を続けた。

「この戦いは、どこかの公式戦か?

順夜祭ってやつか?

それとも、エキジビションマッチってやつか?

どれも違うだろ?

俺達が今やっているのは、命を賭けあった喧嘩だ。

命のやり取りに浄も不浄もあるかよ。

それにあんた、正々堂々とか言っていたけど、あんたの言う正々堂々ってなんだ?

明らかに筋力に差がある者同士が、素手で戦うことか?

明らかに体格の違う者同士が小細工を使わず、フェアプレイで戦うことか?

もし本気でそう思って言ってんなら、お門違いにも程があるし、ふざけるなとしか言いようがない。

あんたら人狼は俺達普通の人間に比べ、肉体的には遥かに優れているんだぞ?

そんな相手に、あんたの言う様な戦い方したら、命が百個あったって足んねえよ。

それに残念ながら俺は、力がそんなに強くない方でな、そういう戦い方はできんのさ。

だからこそ、日頃磨いた技術を、溜め込んだ知識を使って戦うのさ。

この二つこそが俺の武器、それをあんたにとやかく言われる筋合いはねえよ。

そもそも、本気で正々堂々云々言うなら、まずあんたが人間の姿で戦うか、せめて一対一で戦えよ。

あれもしない、これもしない、でも言いたいことは言う。

あんた、どこぞの政治家か?」

そう言いながら呆れ顔の睦月は、盛大にため息を一つ吐いた。

「ぬぅ~、ごちゃごちゃごちゃごちゃうるさい!!

下等生物の分際で、人の挙げ足ばかりとりやがって!

お前ら下等生物は、俺達の言うことを聞いていれば良いんだよ!!」

「……ごめん、それ聞き飽きた。

もうちょっと違う言い回しはないのか?

……ああ、そうか、ボキャブラリーがないから、それが精一杯なんだな。

ごめん、ごめん。

それは悪いことをしたね。」

「………ろす、殺す、殺してやる!

八つ裂きのバラバラにして殺してやるぅぅぅぅぅぅ!!」

嘲る様に言う睦月に対し、男は今までの鬱憤を爆発させる様に叫んだ。

よく見ると、周りで悶えていた二人もゆっくりと立ち上がりながら、こちらを凄い形相で睨み付けていた。

「おー、おー、怖い怖い。

怖いし、相手するのも疲れてきたし、そろそろ決めますか!」

そう言いながら睦月が駆け出すと、三人も順々に駆け出した。

一気に互いの距離が縮まり、男の間合いに入ったその時だった。

突如睦月がスライディング土下座の要領で体を丸めながら、勢いよく男の足元へ滑り込んだのだ。

「ぬおぉぉぉぉ!?」

「だあぁぁぁぁ!?」

それに気づいた男は僅かに速度を緩めたが、直ぐ後ろを走っていた片割れが反応出来ずにぶつかり、押し出す様に前へ押してしまう。

そこへ勢いよく滑ってきた睦月が足にぶつかり、バランスを崩した二人は絡み合う様にして転がっていく。

一方、二人とは少し離れた場所に居たため、巻き込まれずに済んだ十位の男は、しゃがんでいる睦月を見て好機と思い、一気に詰め寄りながら左爪を振り下ろした。

それに対して睦月は特に慌てることもなく、爪を避けながら流れる様に懐に入り込むと、生助の時と同じ様な要領で絡み合っている二人に向けて投げ飛ばした。

「ぬわぁぁぁぁ!?」

『うぎゃぁぁぁぁぁ!?』

勢いよくぶつかった三人は、なお一層絡み合いながら端の方まで転がっていく。

『うおぉぉぉぉぉぉぉ!!』

これは不味い、と各人手を伸ばし、爪を引っかけたりしてなんとか減速させようと奮闘し、なんとか端ギリギリで止まることができた。

止まったのを確認した三人が安堵のため息を吐いた、その瞬間!

 

ーど―ーーん!ー

 

という音と共に、激しく床が揺れていく。

何事かと三人がそっちを向くと、足を降り下ろした睦月が立っていた。

「………流、地振派。」

彼がそう言った瞬間、

 

―ピシッー

 

という音と共に亀裂が走り、それが三人の方へ向かって走りだした。

慌てて動こうとするが、絡まり合った体を上手く動かせずにわたわたとしか出来ず、そして、

 

―がらがらー

 

『うわあぁぁぁぁぁぁ!!!』

三人は悲鳴を上げながら、瓦礫と共に下へと落ちて行った。

「……ふう、やれやれ、ざっとこんなもんか。」

そう言いながらズボンに付いた土埃をパンパンと払った。

「どうやらあの三下達には、俺の相手は荷が重すぎた様だな。

…さて、神無月達は大丈夫かな?」

そう言って睦月はその場から背を向けるのだった。




次回8/16を予定しています。


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DISK25 光の道と闇の王

遅くなり、すみません。
バトルパート 神無月編です。


睦月が戦っていたのと同じ頃、神無月もまた三人の人狼を相手にしていたのだが、

「おらおらおらぁぁぁぁぁ!!」

「遅い遅い遅いぃぃぃぃぃ!!」

「貧弱貧弱貧弱ぅぅぅぅぅ!!」

「くっ。」

素早い連携攻撃の前に、防戦一方になっていた。「はっ!」

「なんの!」

「当たるかよ!」

相手の攻撃の合間を縫って攻撃を仕掛けるが、全て空を切り、翻弄され続けてしまう。

「ほらほらほらぁぁ!!」

「どうしたどうしたどうしたぁぁ!!」

「うらららららぁぁぁぁ!」

「ぐあっ!!」

ヒット&アウェイを繰り返しながら、徐々に弱らせようとする様は、まるで猫がネズミをなぶって遊ぶかの様だった。

否、実際のところ、彼らにとっては遊びも当然だった。

それが証拠に、彼らの攻撃はチマチマと翻弄するだけので、決定的な一撃は与えないでいた。

「っ!」

「よっと。」

「当たらねえよ~だ。」

おどけながら神無月の攻撃を避け、距離をとったその瞬間、神無月はベルトに手をかざした。

ディスクが高速で回転する音が響いた次の瞬間、神無月の右腕と右目が赤色に、左腕と左目が青色に、プロテクターは赤と青のストライプに変化した。

勢いよく両手を振ると右手に長剣、フレイムセイバーが、左手にフランベルジェ、ガルルセイバーがそれぞれ握られており、無音の気合いと共に駆け出して距離を詰め寄ると、気合いと共に剣を降った。

「はっ!!」

「ハズレ~~!」

「どこ狙ってんだよ。」

だが、それらの攻撃は何度やっても空を切り、逆に振った後の無防備になった体に彼らの攻撃が襲う。

「そらそらそらそらぁぁぁ!!」

「ほれほれほれほれぇぇぇぇ!!」

「くそっ!!」

「これでもくらえぇぇ!!!」

「ぐぅぅぅ!!」

二人の攻撃を耐えていたところへ、もう一人が叫び声を上げながら鋭い蹴りが飛ばしてきた。

蹴り自体はなんとかガードできた神無月だったが、それでも屋上の淵まで飛ばされてしまう。

なんとか体勢を整えながら足に力を入れて踏ん張ると、手を再びベルトにかざした。

再びディスクが高速回転すると、今度は右腕と右目が緑色に、左腕と左目が濃い青に、プロテクターは緑と濃い青のストライプに変化する。

体が止まるのとほぼ同じタイミングに腕を振ると、右手に緑色の銃、バッシャーマグナムが、左手に両側に刃の付いた棍、ストームハルバードが握られていた。

それらを強く握りしめると、バッシャーマグナムの引き金を引きながら駆け出していく。

たが、

「よっと。」

「ほっと。」

「ちょろい、ちょろい。」

彼らはそれもドッチボールの球を避けるかの様に、ひょいひょいひょいひょい避けていく。

また、

「はっ!!」

「当たらねえっての!」

「どこ狙ってんだよ!」

「ぐぁ!」

接近してストームハルバードを振っても避けられ、先ほど同様になぶられるだけだった。

それでも神無月は武器を振るい続ける。

だがやがて、

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

荒い息を吐きながら、その場に止まってしまうのだった。

「………ふん、どうやらここまでの様だな。」

「やれやれ、仮面ライダーっていうのは、この程度の力しかないのか。」

「しょうがないよ、俺達相手では、誰だってこんなものさ。」

「それもそうだな。」

彼らはそう言うと、馬鹿みたいに高笑いを始めた。

そんな彼らを前に、神無月は数度深呼吸をすると、

「…う、…れ……分かな。」

そう呟きながら再びベルトに手をかざすと、目とプロテクターが赤色に変わる。

「ん~、どうした、どうした~?

最初の姿に戻るとは、いよいよ覚悟を決めたか~?」

「なんだ、やっと覚悟を決めたのか。」

「覚悟を決めんのが、遅いんだよ!」

口々に好き勝手言いながら、下卑た笑みを浮かべていた彼らだったが、

「………人の覚悟を問う前に、自身の覚悟を問いたらどうなんだ?

ヒモ共。」

神無月が静かに返したその言葉に、彼らは笑うのをピタッと止め、唸りながら神無月を睨み付ける。

「なんだい?

せっかくいい気分だったのに、突然現実に引き戻されて腹がたったかい?」

「うるさい!

そもそも、なにを根拠に我々をヒモと言ってきたのだ!!」

「さっき睦月達がヒモの話をしていた時、君達は顔をしかめていただろ?

更に君達は先ほど、仲間であるはずのドマーを馬鹿にしていただろ?

仲間でさえ軽んじる君達が、一般生活で他の人達と上手く仕事ができるとは、到底思えない。

故に、働かない君達は他の人達のヒモになるしかない。

と思っているのだけど、どこか違うかい?」

「うぬぬぬぬ!!

言わせておけば、好き勝手言いやがって!!

そもそも、なんで俺達がお前達下等生物達と一緒に仕事しなければならないんだよ!」

「その通りだ。

そういったものは、我々上位の者でなく、下の者達にやらせておけば良いんだよ!!」

「………で?

だから、君達は働かなくて良いと?」

「ふっ、それは少し違うな。

我々はあ、え、て、働かないでいてやっているのだ!!

我々とて、働くことはやぶさかではない。

だが、それでは下の者達の仕事を奪ってしまうことになる!

更に、我々に奉仕をする機会を無くしてしまうことにもなってしまう!

我々はゆっくりとでき、下の者達の我々に奉仕ができるというWinWinの状況になるのだ!

故に、我々は働かないでいるのだ、わかったか!」

「……ソウカイ、ソレハシツレイシマシタネ。」

「……感情が一切こもって無い様な気がするが、気のせいか?」

「キノセイダロ?

キニスル。」

「いやいやいやいや、今のは明らかにおかしいだろ!!

馬鹿にしているのか!?」

「そこ、疑問系じゃなくて断言系ね。」

「ふざけるなぁぁぁぁ!!!」

断言する神無月に対し、これ以上ないくらいにぶちギレた男は一気に距離を詰めると、神無月に向けて今日一番の鋭い左蹴りを放った。

迫り来る蹴りの前に神無月は特に焦ることもなく、ただ漫然と右腕を構えるだけだった。

その間も更に加速した一撃は、吸い込まれる様に神無月を襲い、

 

ーパァンー

 

という強烈な炸裂音が辺りに響き渡る中、男達は勝利を確信していた。

なぜなら、先ほどからこちらの攻撃は面白い様に入るのに、神無月は一撃もいれられていない上、息も既に切れていた。

そんな奴に負けるわけがない。

そう思っていた。

否、普通ならその通りなのだ。

だがしかし、

「…なぁ!?」

彼らは忘れていた。

「……さっき言っただろ?」

彼が、神無月が普通の戦士でないことを。

「もうこれで十分だな、っと。」

そう言いながら腕で足を受け止めた神無月に対し、男は困惑していた。

それはそうだろう、先ほどまで効いていたものが通用しなかった。

そのショックに、男の動きが完全に止まってしまった。

「ごふっ!?」

『うぉぉ!?』

その一撃だけで男の体は吹き飛び、後ろにいた男達に激突した。

男達はなんとか踏ん張って堪えたが、それでも数メートルを土煙を上げながら後ろの方へ下がっていく。

ようやく止まり、二人から離れた男がゆっくりと立ち上がりながら、怒りに燃えた目でこちらを睨み付けてきた。

「ぐぅぅぅぅ、おのれぇきさまぁぁ!!

さっきまで手を抜いてやがったなぁぁ!

舐めた真似するんじゃねえぇぇ!!」

「………勘違いをしないでほしいな。」

「なにぃ?」

「僕は一切手を抜いていないよ。

最初から今まで、常に全力だったよ。

だからこそ今の状況なのさ。」

「……どういうことだ?」

「残念ながら、僕は敵にべらべらと手の内を話せるほど、豪胆な性格はしてないよ。

でもまあ、強いて理由を上げるとしたら、それは僕があらゆる困難を真っ正面からぶつかり、努力を持って越えていく戦士、仮面ライダーだからだ。

あともう一つ、君達に言っておこうか。

今の僕は、かなり強いよ。」

そう言いながら神無月は、徐々に腰を落としていき、

「行くぞ!!」

とのかけ声と共に駆け出すと、目の前の敵に肉薄して一撃を放った。

「ぬぅぅ!!」

強く踏み込みからくり出されたその一撃は、相手を端の方まで飛ばすのに十分過ぎる一撃で、受けた男は危うくビルから落ちそうになるが、なんとか堪えてみせた。

追撃するために足に力を入れたその時、左右から殺気を感じた神無月は素早く後ろへ飛び退いた。

彼が下がった瞬間、彼の居たところへ爪が上から、横から通過する。

「ふう、危ない、危ない。」

そう言いながら構える神無月の視線の先には、唸り声を上げながらこちらを睨む二人の人狼がいた。

そこへ先ほど殴った人狼が混ざると、強く唸った次の瞬間、一斉に神無月に襲いかかってきた。

凪ぎに、袈裟に、払いに、唐竹に、あらゆる方向からくる一撃をかわし、払い、時に受けながら神無月は三人の猛攻に耐えていた。

そして、二人が同時に攻撃を仕掛け、避けた神無月にもう一人が襲いかかってきた、その瞬間。

神無月は襲いかかってきた男に向けてショルダータックルを敢行し、男ごとその場から距離をとった。

神無月が止まると慣性の法則で男は吹き飛び、ゴロゴロと転がっていくのを横目で見つつ、神無月はベルトに手をかざす。

辺りにディスクが高速で回転する音が響くと、赤と青の戦士、フレイムガルルに変化した。

両手に剣を現出させながら振り返ると、追いかけてきた二人が爪を振り上げながら襲いかかってきた。

だが、それに対しても神無月は焦ることなく、降り下ろされた爪を剣で受け止めた。

『な!?』

受け止められたことにショックを受け、僅かに止まってしまった男達の一方に前蹴りを入れて引き離すと、もう片方は剣で弾き返した。

そして、ガルルセイバーを口にくわえてフレイムセイバーを両手で持って構えると、剣で弾いた男へフレイムセイバーで右下から逆袈裟に切り上げ、その勢いで回転しながらガルルセイバーで右上から袈裟斬りに切り裂いた。

斬りつけた相手を見届けずに次の相手を見ながらベルトに手をかざすと、ディスクの高速音が響き緑と青の戦士、ストームバッシャーに変化して両手に武器を現出させながら右半身に構えると、ストームハルバートを水平に頭よりも少し高めの位置まで持ち上げた、その瞬間。

 

ーガキーンー

 

っという音が、後ろから襲いかかってきた男の爪とストームハルバートがぶつかりあって鳴り響く。

二人が力を込め、押し合う中、男は密かに戦慄していた。

神無月の今の反応速度や先ほどショルダータックルをかました力や、今押し合っている力は、先ほどまでの彼からは考えられない物だった。

それこそ、今まで手を抜いていたとしか思えないほどに。

もし彼がさっき言った通り、一切手を抜いていない状態からの今だとしたら……、と男がそう思いながらおののいた瞬間、バッシャーマグナムから放たれた一撃を腹に食らい、大きく吹き飛んで行った。

そして、前から襲いかかってくる蹴り飛ばした男へ、ストームハルバートで素早く三回切りつけた。

その攻撃で吹き飛んだ男へ、エネルギーを貯めた銃口を向けると、ふらふらと立ち上がった男へエネルギーを放ち、無防備な体に衝突した。

それを見た後、振り返ると、

「さてと、これで決めだ。」

そう言いながら手をベルトにかざすと赤の戦士、グランドキバへと変化し、右足を某野球漫画の主人公よろしく、高々と上げた。

「ウィークアップ!!」

そう叫ぶと右足の腿辺りの装甲が弾け、コウモリの形に広がる。

更に、それと同時に角から二対の角が出てきて、六本三対の角が展開した。

「はぁぁぁぁぁ、はぁ!!」

気合いを溜めると後ろにに金色の紋章が浮かび上がり、気合いと共に飛び上がった。

バッシャーマグナムで飛ばされた男はふらふらと立ち上がり、神無月を探す様に辺りを見渡すが姿はどこにも見えず怪訝な表情をしていると、ふっと上から気配を感じて上を見上げた。

そこには高角度で落ちてきた神無月が目前まで迫っており、なにをする間もなく強烈な蹴りを胸に入れられ、そのままの勢いで地面に叩きつけられた。

叩きつけた勢いで地面が大きく陥没したが、その形は翼を広げたコウモリに六本の牙が生えた形をしていた。

彼がそこから離れると、男の体がステンドグラスの様に成りながら硬質化していく。

周りを見ると他の二人も同様の状態になっていた。

神無月は黙ったまま指を鳴らすと、彼らの体に音もなくヒビが走り、そのまま崩れ去っていった。

「……さて、睦月達は大丈夫かな?」

神無月はその様を見届けると、そう言いながらその場から背を向けた。

 




次回は大津のバトルパートです。
アップは8/27の予定です。


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DISK26 過去の因縁と今の因縁(前)

バトルパート大津編です。
どうぞ。


「オスッ、お疲れさーん。」

戦闘を終えて振り返えった神無月に、俺は腕を組みながら手を振った。

ちなみに、俺の戦闘は既に終了しており、二人の戦いを見守っていた。

「………………いやいやいやいやいやいやいやいや、おかしいだろ!

なんで君の方が早いんだよ!」

「なんでってそりゃ、お前のフォームみたいに学習しながら戦っているわけじゃないんだから、時間はかからないのは当然だろ?」

「……え?」

「学習能力特化ってところかな?

しかし、経験すればするほど強くなるとか、随分と俺好みの能力だな、それ。」

「……このフォームの特性、彼らはわからなかったのに、君はよくわかったね。」

「寧ろわからないっていうのが、俺には理解出来んのだが?」

そんなに難しいく、解り辛い能力ではないんだけどな?

最初と最後は明らかに能力が違っていたし、動きも洗練されていたしな。

まあ、進化が異様に早いとフォームと思えば、まあ間違ってないかな?

「まあ、頭が悪そうな人達だったしね、しょうがないんじゃないかな?」

「いいのか?

それで?」

「いいのさ、これで。」

「……まあ、割りとリスクがあるフォームぽいからな、相手があいつらで丁度良かったのか?」

「…リスク?

なんのことかな?」

「安心しろ、言いたくないだろうし、これ以上聞く気もないよ。

その代わり、そのリスクのことはきちんと把握しておけよ。」

「……うん、わかってるよ。」

俺の言葉にゆっくりとだがしっかりと答えながら頷く神無月に、俺は少し安心しながら前に視線を戻した。

その視線の先には、

「はぁ!ほぉ!」

「ふん!せい!」

二人の人狼が互いの攻撃をかわしながら、しのぎを削っいた。

「……状況はどうなんだい?」

「……一応見ての通り、」

「はぁぁぁ!!」

「おぉぉぉ!!」

『ふん!!』

互いに気合いと共に放った一撃は、真っ正面からぶつかり合い、弾き合うが、二人共すぐに体勢を整えると、再びぶつかり合った。

「互角、いや、勢いを考えるなら、生助がやや押している。

が、」

「が?」

「………相手は腐っても第二位だ。

このまま終わるとは、到底思えない。」

「……だよね。」

苦い表情の俺に、神無月も心配そうな声色で返しながら頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!」

「ふん!」

……ちくしょ、わかっていたけど、やっぱり強いな、この人は。

そう毒づきながら俺は、第二位の男こと、梅沢 克郎(うめさわ こくろう)の攻撃を皮一枚で避け続ける。

先ほどから攻撃しては避けられ、攻撃されては避けてを繰り返していて、なかなか主導権を掴めないでいた。

もっとも、彼が強いということは第二位という順位からわかってはいた。

というのも、十狼士のメンバーは割りと変動しやすいのだ。

特に下位(八、九、十位)はかなり拮抗しており、運やその日の調子等で変動しやすく、高い頻度で入れ替わっている。

中位(四、五、六、七位)となると、そこまで大きな変動はないものの、それでも入れ替わりはそれなりにあったが、上位(一、二、三位)となると別格で、ここ数年変動は一切無かった。

ちなみに、順夜祭に一切参加も見学もしていないのに、なぜそれがわかるかというと、宴会の給仕はさせられた時に相手をさせられていたのが、だいたいが十狼士のメンバーだったからだ。

入れ替わりの激しい下位の人達の名前と顔を覚えるのが激しく面倒くさかったし、俺や母さんのことを馬鹿にされたりもして嫌な思いもしたけど、おかげで顔と名前を一発で覚えられる様になった上、香さんとも知り合えたから良しとする。

そんなわけで、奴が伊達や酔狂、運で第二位を名乗ってないことは知っていた。

だが、

「………それが、…どうした!!」

それでも尚、二人は自分を信じて送り出してくれたのだ。

神無月はわからないからともかく、観察眼が優れている好子が本当に無謀なことをさせるとは、俺には到底思えなかった。

なんだかんだで長い付き合いで、俺を信じてくれた親友は、そういう奴なのだ。

つまり、例え細かろうと勝てる見込みがあるから、俺の背中を押してくれたのだと俺は信じている。

だから、ともすれば萎えそうな自分の心を叱責しながら、俺は一歩強く踏み込んだ。

それに対して梅沢は、迎え打つ様に右手の爪で攻撃を仕掛けてくる。

その攻撃を俺は敢えて避けず、左腕を盾にしてガードしつつ、更に踏み込んで奴の顎に突き上げる様に掌底を食らわした。

「ぐぅむ!!」

まともに食らった一撃に、梅沢から初めてぐもった声が聞こえてきた。

ここが好機と感じた俺は、まず左右のボディーブローを入れ、頭がこちらへ落ちてきたところへ再び顎へ左の掌底を突き上げた。

そのまま左手で梅沢の首の毛を掴むと、自分の方へ引き寄せて、その顎へ向けて膝を一閃。

そしてはね上がった頭へすかさず右の後ろ回し蹴りを放つと、バキッという音が辺りに響き、梅沢の巨体が揺れた。

「おお!!」

後ろから聞こえた声に勢い付きながら、返す足でふらついた頭へ右の上段蹴りを放とうとした、その瞬間。

「しょうちゃん、止めろぉぉぉ!!

罠だぁぁぁ!!」

好子の声が後ろから響き、俺は慌てて蹴りを止めて後ろへ下がった。

なんで下がったのか?と問われれば、なんとなくとしか返せないが、あの時は下がってしまった。

結果として、それは正解だった。

なぜならば下がったその直後に、凄まじい勢いで梅沢の蹴りが、俺の居た場所を通り過ぎたからだ。

「………後ろの男に感謝するんだな。

とはいえ、これを避けるとはな。」

それを驚きと喜びが混じった表情で言いながら梅沢は足を下ろし、コキコキと首を鳴らした。

「……おいおい、マジかよ。

わりと本気の攻撃だったんだけど?」

「ほぉ~、そうか。

まあ、なかなか良かったぞ?

だが、その程度で第二位たる俺を倒せると思うのは、いささか舐めていないか?」

「………ごもっともで。」

そう言いながら構える二人は、ジリジリと距離を縮め始め、再び詰め合って打ち合いを始めた。

 

 

 

 

 

 

「………ふ、普通に動いているけど、あのラッシュが効いてないのか?」

「まるっきりってわけではないだろうが、ほとんど効いていないみたいだな。」

上擦んだ声を上げる神無月に、俺は苦虫を噛んだ様な表情をしながら頷いた。

予想してたとはいえ、実際に目にすると結構きついな。

「だ、だけど、あんなに頭を揺らしまくっていたのに、なんで無事なんだ!?」

「………なあ、神無月。

相撲って知っているか?」

「え?あ、ああ。

日本の国技だからな、知っているけど。」

「その人達の突っ張り、威力どのくらいか知っているか?」

「い、いや、知らんけど。」

「およそ一トンって言われている。」

「トン!?」

「ちなみにぶちまかし(ぶつかっていくやつ)は、軽自動車に跳ねられたのと、ほぼ同等の威力らしい。

なんにしろ、どちら共本気の一撃を普通の人が受けたら、ほぼ確実に即死する。」

「そ、それはすげえな。

だけど、それとなんの関係が?」

「そんな一撃を日常的に顔面とかに受けて、なんであの人達は無事なのかというと、鍛えられた首のおかげなんだ。

当たった威力を、あの野太い首の筋肉がクッションになって、打ち殺しているんだ。」

「………つまり?」

「……簡単にいうなら、あいつにも同じことが起きているんだ。

しょうちゃんの蹴りは、あいつの首の筋肉のせいでほとんど効いていないんだ。」

「だけどあいつ、相撲選手みたいに太っていないぞ?」

「別に太っていないといけないわけではない。

首の筋肉がかなりついていれば、それでいいのさ。

……しかし、相手が人狼だとわかった時点で首のことを気づくべきだったな。

しょうちゃんの方も、そこら辺に実戦不足の弊害がでちまったか。」

「ちょ、ちょっと待って。

ど、どいうことだ?

なんで人狼だと首の筋肉が強いになるんだ?

意味がわからないぞ?」

困惑気味の神無月を横目で見たあと、俺は人差し指をおでこに付けながら口を開いた。

「……いいか?

噛む力っていうのは、咀嚼筋という骨格筋が、首や頭の他の筋肉と連動して生まれるんだ。

また、頭っていうのは意外と重くてな、体重の十%は頭の重さと言われている。

なので狼を始め、四足歩行の生き物は頭を支えるために首の筋肉が発達しているんだ。

それが結果、噛む力が上げることに繋がっているんだけどね。

そんな訳で、狼の頭を持つ彼らの首や噛む力がかなり発達していると想定するのは、ある意味当然と言えば当然なことなのさ。」

「な、なるほど。」

 

そう言いながら頷く神無月を横目で見つつ、俺は第二位の男と生助の攻防を見続ける。

「だから人狼を倒そうと思ったら、お前の時みたいに圧倒的な力か、俺の時みたいに色々な技能を持ち合わせていないと、かなり厳しい。

また、同じような体格の人狼同士の戦いは、僅かな力や技能の差によって勝敗を決する可能性が非常に高いと思う。」

「なるほどな~。

………!?

な、なあ睦月?」

「ん?」

「それって、さ。

…………もしかして不味くないか?」

「ああ、もしかしなくても不味い。」

なんせ相手は百戦錬磨の第二位様、片やこちらはなんの予備知識もない新人。

どう考えても旗色が悪すぎる。

「それで勝てとか、無理なんじゃないか?」

「……いや、なくはない。」

「え!?

本当か!?」

「ああ、とても細い細い道筋だが、一つだけある。

が、問題はあいつがそれに気付き、実行できるかどうか、だな。」

そう言いながら俺は、組んだ腕を強く握りながら二人の攻防を見続けた。

 

 

 

 

 

 

「おらおらどうした!?

さっきまでの勢いはどこへ行った!!」

「くっ!」

梅沢の猛ラッシュに俺は呻き声を上げながらも、なんとか捌き続けていた。

どうにかして攻撃に転じなければ、とは思うも、俺はそのタイミングを図れずにいた。

「……ふっ。」

そんなことを思っていると、突然梅沢は攻撃を止めると、俺から距離を取る様に一跳びして離れた。

怪訝な顔をしながら見つめる俺を見ながら、梅沢はため息を一つ吐いた。

「……おしいな。」

「……は?」

「…なあ大津よ。

…俺の右腕をやる気はないか?」

唐突過ぎるその言葉に、俺は一瞬呆気にとられ、そして、「はぁぁぁぁぁぁ!?」

と叫んでしまった。

 




次回は9/7予定です。


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DISK27 過去の因縁と今の因縁(後)

遅くなってすみませんでした。
では、後編です。


「なにをいきなり言っているんだ、あんたは。」

「……確かにいきなりだな。

正直なところ、今までお前を半端者と見ていて、舐めていたところはあった。

そのために、正当な評価を出せてなかった。

それに関しては謝ろう。

すまなかった。」

そう言い、深々と頭を下げる梅沢の姿に、俺はかなり動揺していた。

むしろこの状況下、動揺しない方がどうかしていると思う。

梅沢の真意が読めず、なんとも言いよどんでいると、頭を上げた梅沢がゆっくりと口を開いた。

「大津、お前は強い。

俺に届かないにしても、今から十狼士の上位に食い込める位の実力はある。

だからこそ、今ここでお前を失うのがおしい。

もし、お前が俺の右腕になると言うのなら、命は救ってやれる。

無論、完全にではなく、多少の制限はあるだろう。

だが、ここで命を失うよりは良いはずだ。

それに右腕になれば、今の立場からも脱却できるはずだ。

今までのことを全て水に流してくれとも言わない。

だがもし、お前も望んでくれるのであれば、どうか俺と共に人狼達のために戦って欲しい。」

「………今まで散々人のことを色々言っておいて、随分と虫の良い話だな。

それにあんたは良くても、他の奴はどう思うかな?」

「虫が良いのは百も承知だ。

だが俺は、どんな奴でも必要ならば受け入れることにしている。

周りの奴に関しては、俺に任せておけ。

第二位の権限において、文句は絶対に言わせない。

もし必要ならば、そこの人間達も助けられる様に尽力しよう。

だから意地を張らず、力を貸してくれ。

もし力を貸してくれるのであれば、この手を取ってくれ。」

そう言って梅沢は、笑みを浮かべながら右手を前に差し出した。

それに対して俺は、その手をただ見つめるだけだった。

突然のことだったから、戸惑いは確かにあった。

だが、それ以上に梅沢の笑みがなぜか引っ掛かり、二の足を踏んでいた。

「……別に、嫌なら取らなくてもかまわない。

ただし、その時はお前を敵と見なし、容赦なく殺す。

命乞いもその時心変わりしても、なにも聞く気はない。

後ろの奴ら共々血祭りに上げてやろう。」

そう言いながら梅沢は、先ほどの柔らかな笑みとはうって変わって、高圧的で冷たい笑みを浮かべていた。

それを見ながらようやく察した俺は、ため息を一つ吐いた。

つまりこれは、勧誘に見せかけた。

「………最後通達ってわけか。」

「どう受け取ってくれても構わんが、これが最後であることは違いはないな。

そして、お前を失うのがおしいと思ったのも本当だ。

そうでなければ、問答無用で既に始末している。

お前達がどういう仲なのかは知らんが、あんな奴のために命をかける必要があるのか?

そこまでする価値があるのか?

それよりもこれからは、同じ人狼族として、俺達と共にやっていこうじゃないか。

死か?共に生きるか?

好きな方を選ぶと良い。」

そう言い答えを迫る梅沢を見ながら、俺は答えに迷っていた。

これが俺一人なら問題ない、即否定する。

だが二人の、好子の命がかかってくると、話はまた違ってくる。

梅沢の右腕になるなんて嫌だったが、正直なところ、このまま戦っても梅沢に勝てる気がしなかった。

そして俺は、たとえどんなことがあったとしても、あいつだけは、好子だけは絶対に死なせる訳にはいかなかった。

だから、たとえ本意でないとしても従うべきか?と思った、その時だった。

「ふわぁぁぁぁぁぁ。」

誰かのなんとも間の抜けた声が、辺りに響いたのだ。

……いや、誰かなんてわかっているんだよ。

長い付き合いだから、それこそ気配だけでわかるさ。

お前がどんな奴かも重々承知だ、それなりに考えがあんだろう。

だけどな、だけど、

「今このタイミングで、なんで欠伸こいてんだよ、お前は!」

「んあ?」

しかも大欠伸で、悪気も一切なさそうである。

「……なにを考えておるのだ、あの男は?」

「流石にあり得ない反応ね。」

「なにやっているんだ、君は!」

その行動には敵味方問わずに非難し、

「………あれがお前の守ろうとした男、か。

なんとも随分な反応だな。」

「…………。」

梅沢の皮肉に、俺はなにも返すことができなかった。

とても残念なことに、梅沢の言葉は俺の心境その物だった。

ちなみに、言った当の本人の反応はというと、

「……うわ~、なんかスゲーボロクソに言われてんな~。」

と言いながら、ケタケタと笑っていた。

……うん、そろそろこいつを殴っても良いと思うんだけど、構わんよね?

「……笑い事じゃないと思うんだが?」

「いやいや、こんな小芝居や茶番劇を見てたら、誰だって笑いたくなるし、欠伸もでるさ。」

「……茶番劇?」

「小芝居だと?」

「ああ、こんな答えや結果が見えている問答なんて、見てるだけ退屈ってもんさ。」

「ほぉ、それは興味深い。

是非どんな結果になるかを教えて欲しいものだ。」

「敵になんでもかんでも情報をやるほど、俺はお人好しではないさ。

ただ強いて言うなら、ある奴の答え次第で味方と敵の数が上下する、ってぐらいかな?」

「ほぉ、ある奴の答え、ねぇ。」

そう言いながら梅沢は、俺の方へ視線を向けてきた。

いや、梅沢だけではない。

今この場にいる全員の目が、俺に集中していた。

正直、勘弁して欲しい。

「あ、あと生助。」

「ん?」

「お前に一言言っておくが、人を負けの理由にするのは止めてくれ。」

「………は?」

「だから、人を負けの理由にするのは止めてくれ、って言ったんだ。

はっきり言って迷惑だ。」

「……いきなりなにを言っているんだ、お前は?

誰もそんなこと言って…。」

「言ってなくても、それき近いことを思っただろ?」

「………なんでそう思うんだ?」

「むしろ、なんで気付かねえと思ったよ?

長い付き合いなんだ。

お前がなにを考えているかなんて、気配でなんとなくわかるわい。

まあ、お前があいつの軍門に下るのは別に構わんよ。

お前の人生だ、好きにしろ。

ただ、その理由はお前が弱かったからで、間違っても俺のせいにすんじゃねえぞ。

………まったく、自分の弱さを棚に上げて、人のせいにするなん「………せえよ。」……ん?」

「うるせえよって言ったんだよ、この馬鹿野郎!

黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって、お前はそんなに俺に喧嘩を売りてえのか!?」

「それは心外だな、俺は欠片だって売った覚えはないぞ?

俺はただ事実を言ったまでだぞ?」

「ふ・ざ・け・ん・な!

なにを持ってそんなことを言ったのかは知らないが、そんなことは欠片だって思っていない!!」

「ほぉ、あくまでも白をきるってわけか?」

そう言いながら詰め寄る俺に合わせて、好子も合わせて詰め寄ってきた。

「だいたい、負けると思って戦う訳がないだろうが!

適当な事を言ってくんじゃねえよ!」

「ほぉぉ、耳を情けなくへたらせていたやつが、なに偉そうに言ってんだ?

そういう台詞は、一切折れない心と覚悟を持ってから言うんだな!!」

「ほう、つまりなにか?

俺には覚悟が足りねえってか?」

「ああ、本気で覚悟があるのなら、親友の命も一緒賭けて、相手に打ち勝つぐらいのくそ根性を見せてみやがれ、このすっとこどっこい!!」

「なんだと!?

ふざけんじゃねえぞ!!

実際に戦う訳じゃねぇのに、よくもまあ、そんな好き勝手言えるな、お前は!」

「そんなの知ったことか!!

そもそも、俺はお前の前では常にこんな感じだろうが!!」

「ああ、そうだったな!!

お前はいつも無茶や馬鹿な事を言って、俺を困らせてくる、そんなひでえ奴だったな!」

「なんだと!

てめえはそれ、本気で言っているのかよ!!」

「ああ、本気も本気、超本気!!

お前なんかもう知らん!!

なにがあっても、後悔すんなよ!!」

そう言って俺は、肩を怒らせながら梅沢の方へ歩き始めた。

「っ!

ああ、そうかい!

それなら敵にでもなんでもなっちまえよ!!」

後ろで怒鳴る好子の声を無視しながら梅沢の前に立つと、奴はニヤリと笑みを浮かべた。

「どうやら、心を決めてくれたようだな。」

「まあな。」

「ふっ、そんな顔をするな。

所詮奴らとはわかりあえないのさ。

あんな身勝手な奴は、切り捨てて当然だ。

これからは同じ種族同士、共にやっていこう!」

そう言って梅沢は改めて手を差し出してきた。

俺はその手に向けて手を伸ばし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

掴まずに梅沢の手の甲に裏拳を打ち込み、その手をおもいっきり払った。

「………なにをしている。」

「手に裏拳を打ち込んだ。」

「そういう意味ではない!!

なぜこんなことをしたのか?と聞いている!!」

「……言わなきゃわからないか?」

そう言いながらニヤリと笑って見せると、梅沢は苦虫を噛んだかの様に顔を歪めながら、ギリッと歯ぎしりを鳴らした。

「……なぜだ、なぜあんなに身勝手な奴を選ぶ!」

「たしかにあいつは身勝手だ。

だけど、今まで人のことを省いたり、散々貶したりしておきながら、利用できるとわかれば、コロリと手のひらを返す。

俺からすれば、あんたの方も十分に身勝手さ。」

「ならばなぜ、なぜ同族の俺ではなく、奴なんだ!

身勝手であるのは、同じはずだろう!?」

「そんなもん、あんたとあいつじゃ積み重ねてきた物の違いだよ。」

「……?

どういうことだ?」

「別に俺達は、今までずっと仲良しこよしでやってきた訳じゃない。

価値観も考え方も違うのだから、今まで何度も言い争ったり、衝突もしたさ。

でも、その度に相手の考え方を知って、思いを知って、互いに互いを理解し合っていったんだ。

今でも口喧嘩ぐらいはするさ。

でも、それと同じぐらいに危ない時、間違えそうな時に互いに助け合っているんだ。

だから俺達は、今さらどうこうなるような一朝一夕の間柄じゃねえんだよ!!」

「っ!」

真っ直ぐ睨みながらそう言い切る俺を、梅沢は顔を更に歪ませながら睨みつけていた。

「そういう訳だ、こうちゃん。

悪いけど、最後まで付き合ってもらうぞ?」

「え~~~~。」

「………お前が煽ったんだよな?」

「わかっている、そんなに怒んなよ。

ただの冗談だろうが。

……しかし、奴さんはまだかくし球があるみたいだけど、この決断で良かったのか?」

「良いからこの決断をした。

それとも、俺に敵に回って欲しかったか?」

「さっきから言っているが、お前の人生なんだから、俺からは口出しする気はないよ。

……ただ、………。」

「ただ?」

「…ただ、お前相手に技は使いたくなかったからな、少々安堵している。」

「………お前も素直じゃないねぇ。」

「……うるせえ。」

そう言いつつ、互いにニヤリと笑って見せると、俺は梅沢に目を戻した。

梅沢は頭を垂らしながら、なにかをぶつぶつと呟いていているのだが、彼からなんとも言えないなにかが醸し出されており、背筋に寒気が走っていた。

その数秒後、梅沢がゆっくりと顔を上げたのだが、その顔は無表情で瞳はどんよりと濁っていた。

そのまま少しの間、梅沢は俺の事ををじーっと見続けていた。

「……そうか、お前達母子(おやこ)は、なにがあっても俺を拒むというのだな。」

「……は?」

「……もういい。

そっちがその気なら、全て……。」

その瞬間、梅沢の中で溜まっていたなにが膨れ上がり、

「全て終わりにしてやる!!」

その叫び声と共に、それがが弾けたのを感じた。

「冥土の土産だ、見せてやろう。

なぜ俺が第二位であるかを!

俺の本気を!!」

 




次回は9/17予定です。


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DISK28 本気と全力(前)

今回は少し短めです。
すみません。



「ワオォォォォォォォォォォォォォォ…」

突然遠吠えを始めた梅沢。

力強い遠吠えは途切れることなく続き、その場の空気を、地面を揺らし続けていた。

たが、彼がしていたのはそれだけではなかった。

遠吠えの途中途中で、ガコッ、ガギッといった異音も同時に響いていた。

そしてその音がなる度に、それに呼応するように彼の身体が揺れ動き、筋肉が激しく脈動をしていた。

「な、なんの音だ!?

いったいあいつに、なにが起きているんだ!?」

「……おそらくだけど、あいつの身体の関節が組変わっている音だと思う。」

「…………はぁ!?」

「言いたい気持ちはわかる。

言っている俺自身が信じられない。

だが、音と状況から鑑みると、それしか考えられないんだ。

おそらく、あいつの言う本気を出す為に最適な形に変わっているんだろう。」

「じゃ、じゃあ、あれもそうなのか?」

そう言って神無月が指差す先、未だに異音を鳴らす梅沢に、別の変化が出始めていた。

異音が鳴る度に、爪や毛、牙がにょきにょきうねうねと伸びてきたのだ。

「………ソ、ソウナンジャネエカ?」

「………ずいぶんと適当な返答だな。」

「しょうがねえだろ!

あんな反応に困るもん、どうしろってんだよ!

あの状況だって、憶測でしか説明出来んわ!!」

「むしろあれを説明できるのか!?

そっちの方が凄くないか!?」

「え?

い、いや、あれに関しては間近にわかりやすい例があったから、直ぐに思いついたけど?」

「間近にわかりやすい例??

そんなのあったか?」

「ああ、目の前に。」

「目の前、って俺!?」

「ああ、そうだ。

あくまでも憶測ではあるけど、あれはお前の今のフォームと同じことが起きているんだ。」

「これと同じこと?」

そう言い首を傾げる神無月に頷きながら、睦月は話を続けた。

「もっとわかりやすく言うと、奴は自身が望む姿へ凄まじい速度で進化、変化しているんだ。

もっとも、お前みたいに多様な変化ではなく、決まった形への変化ではあると思うけどな。」

「………あり得んのか?

それ?」

「……言っておいてなんだが、俺自身あり得んと思いたい。

なんせ、奴さんがやっていることは、色々な意味で無茶苦茶なことだからな。」

「無茶苦茶なこと?」

「ああ、本来進化や変化って物は、長い時間をかけて行われるものだ。

いや、正確にはかけなきゃならないんだ。」

「ん?どういうことだ?」

「新しい物を作る時は昔あったものを壊さなきゃならない。

つまり、変化や進化の基本はクラッシュ&ビルドなんだ。

分かりやすいのは筋肉かな?

あれも負荷をかけて一度筋肉を破壊した後、超回復で筋肉をより強くするだろ?

それと同じだ。

ちなみに、毛と爪が凄い勢いで伸びているのは、身体を作り替えるために新陳代謝を高めているからだと思う。」

「なるほど。

でも、なんで時間をかけないと駄目なんだ?」

「身体にかかる負荷が強すぎるからだ。

ほら、筋肉だって、治るまでは筋肉痛がひどいだろ?

あれの何倍も負荷がかかっていると思えば良い、」

「ああ、なるほど。

………ん?でも、俺に負荷がかかった感じはしないぞ?」

「お前の場合は着ているやつが強化されるからだと思う。

だけど、あいつは違う。

あいつが変化しているのはあいつ自身の身体だ。

だからあいつは今、強烈な痛みの中で変化していることになる。」

「……それは本当なのか?、」

「俺はあいつじゃないから、はっきりと断言は出来ないけど、多分外れていないと思う。」

「……痛そうだな。」

「痛いって次元じゃないだろうな、きっと。」

痛みを想像した二人は、顔を歪めながら腕を擦った。

「だけどそれは同時に、そこまでしなければしょうちゃんに勝てないと、あいつが認めたということでもある。」

「……それって、なんかプラス要素はあるのか?」

「…………気持ちの面だけだな。

むしろ油断しなくなった分、マイナス要素の方が多い。」

「………駄目じゃないか、それ?」

「まあな。

あとは、しょうちゃん次第だ。」

そう言いながら手に力を入れる睦月の視線の先で、遠吠えを終えた梅沢が、ゆっくりと大津の方を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、待たせたな。」

「いや、そうでもないよ。」

深いため息を吐きながらこちらを向く梅沢に対し、大津はなんでもない様に緩やかに首を横に振った。

「………それがあんたが本気になった時の姿なのか?」

「正確には、狼化の更に一歩先の姿、だ。

俺達はこの姿を、真狼(しんろう)と呼んでいる。」

「……真狼。」

大津はそう呟きながら、梅沢の変化した姿を改めて見た。

もともと大きくがっちり付いていた胸や腕の筋肉がビルドアップされ、一回り大きくなっていた。

また、上体の筋肉量の増えたことによる重量の増加と下半身の関節を組み換えもあっためか、やや前傾姿勢になっているが、それを支える下半身の筋肉も肥大化し、どっしりと安定していた。

全身の毛、特に背中側の毛が長々と伸びていたかが、何故か腕の下側の毛はフリンジの様になっていて、腕から垂れ下がっていた。

伸びた爪や牙はより鋭利に尖り、あらゆる物を引き裂くものへと強化されている。

もともと強力だった力はより凶暴に。

強固だった肉の鎧はより堅牢に。

強烈なバネはより強靭に。

強いところがより剛く(つよく)なって、穴が見る限りではまるっきり見当たらない状況に、大津は苦笑を浮かべるしかなかった。

「……なぜ攻撃をしなかった?」

「……ん?」

「なぜあの時、遠吠えの最中に攻撃をしなかった?

お前ならば、あんなに隙だらけの俺を攻撃するのは容易かったはずだ。

なのに、なぜ?」

「………理由は二つ。

攻撃したところで、あまりダメージは与えられなかっただろうし、反撃を受ける可能性もあったからな。

だからやらなかったのが、一つ。」

「…もう一つは?」

「…………あんたの本気が見たかったんだ。」

「……なに?」

「我ながら、なにを考えているのか?と思うけどね。

……でも、なぜか見たいと思った。

本気のあんたと戦いたい。と、心底そう思った。

それがもう一つの理由だ!」

そう言いながら構える大津を、梅沢はなにも言わずにしばらく見ていたが、唐突にフッと笑みを浮かべた。

「………なにも聞いてないはずなのに、……なのに知らないはずなのに、……それを言うとはな。

………お前は本当に、あの人の子なんだな。」

そう呟き構える梅沢に対し、大津の頭には?が大量に浮かんでいた。

「………なにを言ってんだ?

あんたは?」

「フッ、気にする必要はない。

ただの独り言だ。」

「………随分とデカイ独り言だな?」

「ああ、その通りだな。

すまない。」

互いに軽口を言いあっているが、二人の間の緊張感は徐々に膨れ上がっていた。

「……全力で行きます!」

「こい!」

そう言葉を合図に二人は同時に駆け出し、戦いが幕を上げた。

 



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DISK29 本気と全力(中)

すみません、今回も短いです(汗)



「は!」

目の前の梅沢に向け、大津はおもいっきり爪を振る。

気合いの入った一撃は、本日一番の速度を引き出しながら梅沢に向かうが、

「な!?」

先ほどまでいたはずの梅沢が幻の様に消え、大津の一撃は空を切った。

なにが起こったのかわからず、大津の動きが一瞬止まりそうになるが、突然無理矢理身体を動かし、前方へ飛ぼうとする。

だが、

「悪くない反応だ。」

「っ!」

「だが、遅い!」

「ぐはっ!」

いつの間にか後ろにいた梅沢に強烈な蹴りを食らい、身体が前方へ大きく飛ぶ。

幸い前方へ飛ぶ直前だったため、ダメージ自体はなかったが、大津に大きな隙が生まれてしまった。

そして、それを見逃すほど目の前の男は甘くなかった。

「まだまだ行くぞ!」

「がはっ!」

素早く放たれた追い討ちの攻撃を今度はまともに食らい、大津は更に飛ばされそうになるが、

「ぬぅがあ゛あ゛あ゛、はあぁぁ!!」

足を伸ばして爪を引っかけ減速し、多少たたらは踏みながらも直ぐに地に足をつけると、勢いを利用して素早く回し蹴りを梅沢がいると感じた場所へ放つ。

だが、そこには梅沢はおらず、大津の蹴りはただ空を切るだけだった。

「どこを蹴っている、俺はこっちだ!」

「ぐはっ!

っ、だぁぁ!」

再び食らった背後からの一撃に顔を歪めつつも、大津は振り向きながら梅沢がいると感じた場所へ再び爪を振ったが、そこには梅沢の姿はなく、再び爪は空を切った。

「こっちだ!」

「ぐぅ!」

三度食らう背後の一撃に、大津はたたらを踏みながらも堪え、再び構えをとった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ちっ、完全に遊んでやがるな。」

苦々しくそう呟く睦月の視線の先では、攻撃を避けながら背後より一撃を入れる梅沢と、それに翻弄される大津の姿があった。

今はまだ翻弄されながらもなんとか動けている大津ではあったが、このまま行けば敗北は目に見えており、その様をただ見てるだけしかない自分に、睦月はイライラが募っていた。

「な、なあ、睦月?」

「ん?なんだ?」

「あれはいったい、どういうことなんだ?」

そう言って神無月が指差す先には、梅沢に悪戦苦闘する大津をいて、今丁度強烈な一撃を背中に食らっていた。

大津はその一撃にたたらを踏むものの、直ぐ様下から蹴り上げるように後ろ蹴りを放つ。

だがその一撃が梅沢に当たる直前、梅沢は幻の様にそこから消え、数瞬後に大津の後ろに姿を現してもう一撃与えていた。

「……どういうって、見ての通りあいつが強いから、悪戦苦闘してんだろ?」

「いやいやそうじゃなくて、明らかに今おかしいかっただろ!」

「……おかしいって、なにが?」

「まず大津の動きがおかし過ぎるし、全部避けられているとはいえ、なんで大津の奴は見えない位置にいるはずの梅沢に対して、あんなに正確に蹴りを放てるんだよ!?」

そう、今まで大津が反撃していた場所には、その直前まで梅沢がいたのだが、先ほどの様に寸前で居なくなっては大津の背後に現れていた。

そのため、大津視点では見当違いの場所を攻撃している様に見えていたのだ。

「ああ、そんなことか。

そんなもん、あいつが人狼だからに決まってんだろうが。

梅沢に至っては、そのための変化だろ?」

「……い、いやいや、なんかわかって当然だろ的な返答だったけど、普通わかんないから!

わかんないから!

大事なことだから、二回言った!」

「あ~、わかったわかった。

ちゃんと解説してやるから、ちと落ち着け。」

「………それはそれで、下に見られている様で嫌だな。」

「じゃあ、解説しない。」

「うわ~、そんなことで止めるなんて、君って案外器小さいな。」

「じゃあ、どないせいと!!

どないせいと!!」

 

ー閑話休題ー

 

 

「まず、なぜしょうちゃんが見えない位置の梅沢を正確に攻撃できたかというと、単純に見える必要がないからだ。」

「………はい?

どういうことだ?」

「犬や狼は目が悪くてな、通常0.2~3と言われているんだ。

まあ、しょうちゃんはコンタクトをしていたはずだから、人並みはあるかもだけどな。

で、その代わりに嗅覚と聴覚が発達していてな。

それで場所を判断しているんだ、………と思う。」

「思うかよ!!」

「しょうがないだろ、俺はただの人間なんだから。

あいつの感覚をイメージは出来ても、共有は出来ん!」

「……普通それって、胸張って言えないじゃないか?」

ふんっと鼻で息を吐きながら胸を張る睦月に、神無月はジト目でツッコミをいれた。

 

「…しかしそうなると、このまま行くのは不味くないか?」

「まあな。

ただ、こんな単調な攻撃だけならば、そろそろ…。」

「うおぉぉぉぉ!」

梅沢からの一撃を叫びながら避け、大津の蹴りがついに梅沢の頬を掠めた。

「おぉ!」

「……これで流れが変われば良いけど。」

それを見つめながら睦月は静かに呟いた。

 




次回は10/8予定です。


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DISK30 本気と全力(後)

予定日より遅くなってすみませんでした。(汗)
では本編をどうぞ。


「はっ!!」

「どこを攻撃している!!」

「ぐぅ!」

これで何度目だろうか?

そんなことを思いながら大津は、殴られてぐらつく身体を踏ん張らせた。

「ぬぅぅおおおお!!」

先ほどから攻撃で背中が痛みを訴えていたが、大津はそれを無視して反撃の一撃を放つ。

だがそこには梅沢の姿なく、大津の一撃は今までと同様に空をきってしまう。

またか。と、心の中で毒づく大津ではあったが、静かに目を閉じながら細く息を吸いこんだ。

それとほぼ同時に再び後ろに現れた梅沢が、大津に向けて右手を降り降ろした。

たが次の瞬間、大津は素早くしゃがみこんで梅沢の攻撃を避けると、立ち上がる勢いを使って梅沢の顔に向けて鋭い後ろ蹴りを放った。

「うるぅあぁぁ!!」

「むっ!!」

迫る蹴りに対し、梅沢は咄嗟に左足に更に重心を寄せ、身体を左側へと倒したため、蹴りは僅かに頬掠めただけに終わり、避けた梅沢は素早く離れて大津と距離を取った。

「ちっ、外したか。」

「馬鹿言うな。

むしろ掠ったことに驚き、誇れ。

この姿になった俺に攻撃を当てられたのは、お前で四人目だ。」

「……ちょっと微妙な人数だな。」

「まあ、この姿で本気で戦うのは、お前が四人目だがな。」

「全員じゃねえか!

ふざけんな!!」

「ふざけてはいないが……、まあいい。

…さて、では行くぞ!」

そう言った瞬間、大きな音と共に梅沢の姿が消え、それとほぼ同時に大津が少し横へと移動した。

その数瞬後、大津より少し離れた後方に背を向け、しゃがんだ状態で再び現れた梅沢は、少し驚いた表情をしながら大津の方へ向き直った。

「……ほう、あれを避けるか。」

「舐めんな、目の前で動かれれば、流石に見えるさ。

まあ、あんだけ散々やられたからな、慣れた部分も大きいかな。

位置も大分掴める様になったし、……次は当てる!」

「……ふっ、おもしろい。

……なら、やってみせろ!!」

そう言った瞬間、再び大きな音と共に梅沢の姿が消える。

しかも、さっきみたく一回だけではなく、連続して何回も現れては消え、消えては現れていた。

大きな音も連続して鳴り響く中、その中心にいる大津は横に下に上にと、踊りを舞う様に動き続ける。

そして、一際大きな音が響くのとほぼ同時に大津も強く踏み込み、右フックを放つ。

「ぐおっ!!」

バキッという音が周りに響くのとほぼ同時に、梅沢が砂ぼこりをたてながら転がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大津が一撃を与えた時より、さかのぼること約一分ほど前。

「……やっぱ速いな。

全然見えなかったし。」

「……うん、一人納得してないで、きちんと解説してくれないか?

なにが起きているか、いまいちわからないだが?」

「ん~、なにがわからないんだ?」

「梅沢はなんで消えるんだ?

それに、さっきまでぼこぼこにされていた大津は、なんで急に避けられる様になったんだ?」

「梅沢に関してはさっきも言ったが、そのための身体の変化だ。

大津に関してはあいつ自身が言った通り、見えているからだ。」

「……うん、すまん。

答えになってないから、もう少し詳しく言ってくれないか?」

「ん~、……まず梅沢だけど、あれは単純に動きが速過ぎて、俺達の目に映らないだけだ。

まあ、某幕末剣士漫画の縮地と同じもんだと思えば良い。」

「ああ、あの目にも映らない速さ、ってやつな。」

「そうそう、それ。

だからあれは見えてないだけで、別に消えているわけではないんだ。」

「ん~、なるほど。

……しかし、前々から思ってたんだけどさ。

真の縮地との最終交差の時、見ていた二人が色々と考えていたけど、あの距離で放ったら瞬く間に終わってないか?

更に言うなら、主人公も駆け出していたけど、タイミング的には相手とはほぼ同じはずなんだよ。

そう考えると、決着は瞬く間もない内に着いたと思うんだけど、どう思う?」

「……そこら辺はあれだろ、某死神技術班長や某暗殺一家のじいちゃんが言っていた達人の感覚とか、時間の凝縮ってやつだよ。

……きっと、…うん。

……多分、……うん。」

「……ん~、そうだとしても、悪一文字の方はまだわかるけど、女性の方は……。」

「うん、わかっているよ。

だから、皆まで語るな。」

 

 

閑話休題

 

 

「…で、結局大津はどうして避けられる様になったんだ?」

「それはさっきも言ったけど、単純にあいつには見えているからだ。」

「はい、ダウト。」

「…は?」

「いやいや、君はさっき自分で目にも映らない速さ、って言っていただろ?

それなのに見えているとか、わけわからないぞ!?」

「ん?

いや、別に嘘は言ってないぞ?

確かに人の目では映らないし、追えないけど、人狼のあいつには追えるんだよ。」

「どういうことだ?」

「イヌ科の動物の目は、視力自体は悪いけど動体視力は非常に優れているんだ。

一例を挙げると、シェパードは静止した物なら500メートル、動いている物なら800メートル先の物も認識できるそうだ。」

(ちなみに、牧羊犬は1500メートル先の人の指示を認識できるそうです。)

「目が良いのか悪いのか、よくわからないな、それ。」

「まあ、人間の立体的に物を見るためにあるのと違って、彼らのは広範囲を物を見るためだからな。

そこら辺はしょうがないだろうさ。」

(人の視野が180度に対し、犬は250~270度と言われています。)

「……ん?

でも、それならなんでさっきまで避けられなかったんだ?」

「それは梅沢が常に死角に居たからだ。

どんなに視野が広くて動体視力良くても、見えなきゃ意味がない。」

「なるほどぉぉ!

見ろよ睦月!

大津がやっと一撃が入ったぞ!」

そう言って喜ぶ神無月の視線の先には、大津の一撃を受け土煙を上げる梅沢がいた。

「……あの馬鹿!

中途半端にやりやがって!」

「……へ?」

「あれは悪手だ。

一番やっちゃいけないやつだ。」

「へ?

それは…、」

「どういうことだ?」

睦月の言葉に神無月だけではなく、大津も反応し、こちらの方を向いてしまう。

だがそれは、

「ば、馬鹿野郎!

あいつから目を離す……!」

「まったくだ。」

「っ!!」

なによりもしてはならない、悪手だった。

梅沢の声と共に、砂煙の向こうから数本の銀色の紐が伸びて来て、大津の体をぐるぐる巻きにする。

その紐から逃れ様ともがく大津だったが、どんなに暴れてもびくともしなかった。

「この程度で勝ったつもりか、小童(こわっぱ)?

俺も随分と侮られたものだな。」

左腕を真っ直ぐ大津の方に向け、そう言いながら梅沢は口から流れた血を腕で拭いつつ、ゆっくりと大津へと歩み寄っていく。

大津に巻き付いた紐は、梅沢の腕からフリンジの様に伸びていた毛であり、左腕のそれを伸ばして大津の身動きを封じたのである。

「……忘れている様だが、これは順夜祭ではない。

ただの殺し合いだ。

……とはいえ、俺もそこまで本気でやっていなかったからな。

その点では俺にも非はある。

だからここからは…、」

ドン、っという叩く音と共に大津の腹に梅沢の右の拳が突き刺さり、大津は身体をくの字に曲げる。

「ぐっ…はっ!」

「……本気で殺しにいく。」

そう言って梅沢は、右の拳を引き抜きながら大津の側頭部へ左肘を叩きつける様に打ち付けた。

それにより、ぐらりと崩れ落ちそうになった大津の顎に梅沢の右膝が突き刺さり、大津の頭が大きく跳ね上がる。

「…あ、…が。」

そのまま後ろへ倒れそうな大津に対し、梅沢は左腕の毛を自身に巻き付ける様に反時計回りに回りだすと、大津に巻き付いていた毛が引っ張られ、彼の身体は無理やり真っ直ぐ立っている状態にさせられる。

そしてその流れのままに梅沢が放った、左の後ろ回し蹴りが大津の側頭部に決まった。

蹴り飛ばされた大津を、梅沢は巻き付いた毛を引っ張って無理やり引き寄せると、今度は時計回りに回転して左の回し蹴りを大津の右腹へ放った。

「ご…ふっ!」

強烈な一撃に、大津の身体が視界の果ての方まで飛んで行きそうな勢いでぶっ飛んでいくが、巻き付いた毛が限界まで伸びたところで大津の身体が止まり、そこから重力に従って地に落ちていく。

その毛を梅沢がぐいっと引っ張ると、大津の身体がバウンドしながら梅沢の方へ寄せられていき、その身体を梅沢は上へおもいっきり蹴り上げた。

再び毛の限界まで勢い良く飛んで行く大津に対し、梅沢は腕をぐいっと引くと、巻き付いていた毛がほどけて大津の身体が自由になった。

とはいえ、散々殴り蹴られた今の大津が反応できるわけもなく、解放された腕を重力に従ってだらっと下げていた。

その大津へ、梅沢は飛び跳ねて前方回転しながら近づき、回転で勢いついた身体で大津の腹にかかと落としを叩き込んだ。

強烈な一撃により大津の落下速度が加速し、ズドンっという音と共に地面に叩き落とされた彼は、身体を地面にめり込ませながら呻いていた。

「つ、強い。」

「……これがあいつの本気なのか。」

静かに呟く二人を他所に、大津の近くに着地した梅沢がゆっくりと近づき、大津の胸に足を踏み降ろした。

「ぐはっ!!」

「……その程度か?

いささか期待外れだな。」

「ぐあ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

踏みつけた足に力を入れられ、彼の身体からミシミシと骨が軋む音が響く。

「………苦しみに悶えさせるのは趣味ではない。

止めを刺してやろう。」

そう言って梅沢は抜き手に構えると、大津の顔めがけて抜き手を放った。

 




次回は10/22の予定です。


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DISK31 積み重ねたものと決着(前)

始めに
予定日より大幅に遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
色々とありまして、遅くなってしまいました。
今後、このようなことが無い様にしっかりやっていきます。
では、本編にどうぞ。


「………ほぉ。」

「うっくぅ。」

顔面に向けて降り下ろされた一撃を、大津は身体と首を無理やり捻って避けていた。

だが、やはり完全に避けることは出来ず、肩口から鮮血を流しながら大津は梅沢を睨みつけていた。

感心した様に呟きながら梅沢は、手首まで埋まった右手を引き抜き、身体を起こした。

「まだ足掻くか。

だが…、」

「……っぅおぉぉぉ!」

「…いつまで続くかな?」

大津は左手で梅沢の左足を掴み、足首に一撃を与え様と右の拳を振るが、梅沢はなんでもない様に足を持ち上げてかわし、右腕ごと胸を再び踏みつけた。

「ぐはっ!」

強い衝撃に肺から空気が強制的に排出され、更に圧迫されているために息を吸うこともままならないために、脳が酸欠状態に陥り、大津の頭はぼーっとなりはじめていた。

だが、霞む視界の先で降り下ろされる右の抜き手が見え、もう一度身体と首をひねって避ける。

「……ふむ、これも避けるか。

しかし残念だが、俺の手は二本ある。」

そう言いながら梅沢は、反対の手も抜き手に構える。

「……これで終わりだ。」

その言葉と共に降り下ろそうとする梅沢に対し、大津は口を大きく開けながら、首を反対側に向けて梅沢の腕に噛みつこうとする。

それを察知した梅沢は、素早く右手を引き抜きながら左の抜き手を放つが、それに合わせて大津も反対側に首と身体を捻り、梅沢の一撃を避けた。

「……しぶといな。」

「当たり前だ!

なにもしないで、むざむざ殺られて堪るか!」

「……それもそうだな。

ならば、どこまで耐えられるか、見せてみろ!」

そう言って梅沢が両手を抜き手に構えた、その時だった。

「…せ、…月!」

「……だ…て、……てん…ろ!」

言い争う声が聞こえ、不審に思った梅沢は後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、梅沢が大津の胸を踏みつけた頃。

「大津!」

「っ!待て!」

大津のピンチに駆け寄ろうとする神無月を、睦月は彼の左腕と右肩を掴みつつ、左足で左足を踏んで動きを止めていた。

「離せ!」

「嫌だね。

離したら、助けに行っちまうだろ?」

「当たり前だろ!

黙って見てられるか!」

「なら駄目だ。

ここで俺達がでしゃばったら、あのじいちゃんが今までしてきたことが、全て無駄になる。」

「そんなこと知るか!

命あっての物種だろが!

死んじまったら、なにもかも意味をなさないんだぞ!」

「ああ、そうだな。

その通りではあるが、これは駄目だ。」

「なんでだよ!」

「……言わなきゃ駄目か?」

「当たり前だろ!

むしろ、なんで言わないんだよ!」

「気分!!」

「ふざけるなぁぁぁぁ!!」

そう言いながら動こうと、じたばたする神無月だったが、身体が動く気配はなかった。

「離せ!

っていうか、なんで身体が動かないんだよ!」

「そりゃそうだ。

そういうツボを押しているんだし。」

「随分と便利なツボだな!おい!」

「ん~、そうでもないぞ?

ピンポイントで押せなきゃ意味ないし、わりと全力で押さなきゃいけないから、けっこう疲れるんだな、これが。」

「……だったら離せよ。」

「ん~、そうしたいのは山々なんだが…。」

「……これ以上は暴れない、約束する。

だから、頼むよ。」

「……ふむ、俺も疲れてきたし、そろそろ良いかとも思う。」

「なら「だが断る!」…うおい!」

「そんなこと言ったって、お前がさっきの言葉の意味は、「これ(今暴れている力)以上は暴れない。」っていうことだろ?

今はツボを押しているから動けないけど、本当はけっこうな力で暴れているからな。

離したら、その力で割り込む気なんだろ?」

「わかってんなら離せよ!」

「だから、駄目なんだって!」

そんな会話をしている内に、梅沢が大津に両手で抜き手を放った。

それをなんとか避ける大津だったが、圧倒的に不利な状況は変わらなかった。

「っ!くそぉぉぉぉぉ!」

「っぅぅぅ!!

あ、ば、れ、る、なぁぁぁ!」

「っっっ、離せ、睦月ぃぃぃ!」

「だから、嫌だって言ってんだろぉぉぉ!」

必死に拘束を外そうとする神無月を、睦月は更に力を込めて押さえ込む。

「大事な友達の危機なんだぞ!

それなのに、なんで邪魔をするんだぁぁ!」

「必要がねえから、止めてんだろうがぁぁ!

それぐらいわかれぇぇぇ!!」

「………必要ない?

どういうことだ?

なにを根拠に君は言っているんだ?」

「……別に言う必要はねえだろ。」

「そう言うな、俺も聞きたいんだ。

だから言ってくれ。」

突然の声に二人は驚きながら声の方を向くと、梅沢が大津に足を乗せたままにしながら、睦月達の方を向いていた。

「ここまで圧倒的な不利な状況下で尚、こいつが勝つと言い切るお前の根拠が知りたいな。」

「……敵であるあんたの目の前で言わなきゃ駄目か?」

「ああ、駄目だ。

………それとも、急に怖じ気づいて、適当な理由を付けているだけ、か?」

梅沢のその言葉に、神無月と大津は睦月に目を向けた。

睦月には二人の表情はわからないが、不安や疑惑の念を抱いているのを雰囲気で感じ、一つ大きなため息を吐いた。

「……わかった、言えばいいんだろ。

っていうか、神無月はともかく、しょうちゃんにまで疑われるとはな。

そんなに信用ないか?」

「いや、信用してないわけではないんだが、お前は冗談が過ぎたり、勢いで言ったりする節があるから、あんまり信用出来ん。」

「失礼な!

俺がいつ度を越えた冗談を言ったり、勢いで物事を言ったってんだ!」

『自分の胸に手を当てて、今までの自分の行動を鑑みろ!』

「なんで全員(敵含め)ハモってんだよ!!」

人間、普段の行動が物を言う。

 

ー閑話休題ー

 

 

「……で?

お前はなにを根拠に、そこまで言い切るんだ?」

「根拠は三つ。

一つ目は、勝ち筋が未だに健在であること。

これが残っている限り、ある程度の勝機はある。

二つ目は、しょうちゃんが未だに諦めていないこと。

勝機はあっても、やる奴にその気が無ければ無いのと同じだ。

……そして、最後の三つ目は…。」

そこまで言って一度言葉を切り、睦月は大津に目を向けた。

「……未だに俺があいつが、しょうちゃんが勝つと信じているから、だ。」

なんの淀みも迷いもなく言い切った睦月の言葉に、一同は言葉を無くし、辺りに沈黙が漂った。

「……ふ、…ふふ。」

「ん?」

「ふわっははははははは!!」

突然笑いだした梅沢に、一同は驚きながら彼を見つめる。

梅沢はひとしきり笑うと大きく息を吐き、キッと睦月を睨んだ。

「どんな大層なものが出るかと思えば、それが根拠ぉぉぉ!?

笑わせるなぁぁぁ!」

先ほどと真逆にそう言いながらぶちギレる梅沢を、睦月は不思議そうな顔をしながら見つめる。

「ん~、そんなに変なこと言ったか?

俺としたら、真面目に答えてたんだが?」

「…まあ正直なところ、最初の二つはともかく、三つ目のを根拠に挙げるのは、僕としてもどうかと思う。」

「う~ん、そうか?」

「ああ、むしろ君がなんでそれを根拠に挙げたか、僕にはわからないんだけど?」

「もっともな意見だな、貴様はなにを考えてそんなことを言った!」

そう言いながら犬歯を剥き出しにする梅沢に、睦月は人差し指を額に付けながら片目を瞑る。

「……なあ、梅沢……さん?」

「………なぜ疑問系なんだ?」

「いや、敵だから呼び捨てにしようかと思ったけど、年上を呼び捨てにするのは憚れるし、なんか収まり悪くてな。

呼んで欲しい呼び方があれば、そっちにするが?」

「………好きに呼べ。」

一同が呆れ半分脱力半分的な表情をする中、若干毒気を抜かれた梅沢はそう言いながら大きなため息を吐いた。

「そうか。

なら、梅ちんに聞「それは止めろ。」……オッケー、ふざけ過ぎたことは謝ります。

すみませんでした。

だから、そんなぐるぐると唸らないでいただきたい。」

歯を剥き出しにしながら唸る梅沢に対し、睦月は両手を挙げながら詫びを入れていた。

「んじゃまあ、気を取り直して梅沢さんに聞きたいんだが、あなたは信用していない奴に、自分の命を預けられるか?」

「………そんなもの、答えなんぞわかりきっていると思うが?」

「まあそうだろうけどさ、一応答えてくれると助かるかな?」

睦月のその言葉に梅沢はもう一度ため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。

「…なにを考えて聞いたかは知らんが、そんなことあり得んな。」

「うん、まあそうだよね、普通。

仮に信用があったとしても、命を預けるということは、それ相応の覚悟がいることだ。」

「ああ、その通りだ。

それがどうかしたのか?」

「……あんたの足元にいる男はな、あんたと戦えと言った時、戸惑いこそすれど、否定も拒むこともせずに戦うことを決意してくれた。

あんたと戦うことが、どれだけ困難で危険なことは生介自身もわかっていたはずだ。

それでも尚、こいつはあんたと戦うことを選んでくれた。

だから、俺はどんな状況になったとしても、こいつを信じ続ける。

それが、俺を信じて戦うことを選んだこいつに対する礼儀だからな。」

「……危険とわかっている割には詰めが甘かったり、油断して隙が多かったりするがな。

それに、それが根拠にどう繋がる?」

「まあ、そんなに焦るなよ。

俺はあいつが勝つと信じている。

だから一つ、あんたに約束しよう。」

「約束?」

「ああ、もしあんたがあいつに、生介に勝ったら、次は俺が一人であんたに挑む。

他の誰にも邪魔はさせない。

小細工無しの、正々堂々真っ正面から挑んでやるよ。」

「…ほぅ、随分と面白いことを言うな。」

「そうかな?」

「ああ、そうとも。

つまりお前は、親友の仇を討つため戦い、そして勝つ。と言うわけか。」

そう言いながらニヤリ笑って見せる梅沢だったが、その目には憤怒の色が灯り、今にも爆ぜそうであった。

しかし、

「いや、全然違う。

そもそもの話、俺があんたに勝てるはずがないだろ?」

「………ならば、なんのために戦うのだ?」

睦月のその言葉に、先ほどまで見せていた憤怒の色は潜め、逆に困惑の表情をしながら問う梅沢に、睦月はため息を一つ吐いた。

「……生介は俺を信じて戦たかってくれた。

自分の命を賭けてな。

もし生介が敗れ、命を失ったのなら、次は俺が命を賭けて戦う番だ。

それが俺を信じて戦ってくれた親友に対して出来る、俺の唯一のことだからな。」

「…こうちゃん。」

「…睦月、君は。」

「……しょうちゃん、俺はお前が勝つって信じている。

だからこそ、こんな無謀なことを言えるんだ。

だからこそ、命を預けられるんだ。

だから負けるな、勝ってみせろ!」

そう言いながらニヤリと笑って見せる睦月に対し、梅沢はふんっと鼻で笑うと、大津を踏む足に力を込めた。

「……その程度で勝てるなら苦労はしない。

そんなに死にたいなら、こいつを始末して、直ぐに相手してやる!」

そう言って右手を抜き手に構え、大津に降り下ろした。

大津の利き手である右手は未だに足の下。

狙う大津は満身創痍。

逆転できる要素はなく、梅沢はこれで終わった。と、思いながら肉を貫く感触を感じた。

だが、

「~~~っ!」

「な!?」

次の瞬間、梅沢は自分の目を疑った。

梅沢は確かに肉を貫いていた。

但しそれは大津の顔ではなく、直前に割り込ました大津の左腕であった。

しかも、指の第一関節まで貫いたその瞬間に大津が左腕に力を込めたため、梅沢の右手は筋肉と骨に絡み取られ、それ以上進むことも、抜くことも出来なくなっていた。

ならばと、貫いた指先で大津の顔を左腕ごと貫こうと力を込めるが、大津は貫かれたその左腕に噛みつき、それ以上近づけない様にする。

また、無理に動かそうとすると、素早く口を放して腕を使って指を逆関節に極め、動きを妨害する。

「っ!

まだ足掻くか!

まだ諦めないのか!」

「当然!

あの馬鹿はな、俺を焚き付けのが昔から得意なんだよ!

あんなこと言われたらなぁ!

意地でも負ける訳にはいかないんだよぉぉ!!」

貫かれた腕と肩からは血が滴り、大津と梅沢を血で濡らしていく。

しかし、大津は諦めることなく足掻き続ける。

「っっ!

忘れている様だな!

さっきも言っただろ!

手は二本あると!」

そう言って梅沢は、大津の右手を踏みつけながら左手も抜き手に構える。

「~っ!」

「……行くなよ。」

「わかってる、わかっているけど!!

この状況は……!」

「……そう悲観することはない。

むしろ、チャンスでもある。」

「チャ、チャンス?」

「ああ、下手したら一発で形勢が変わるぐらいの、な。

大丈夫、勝機はまだあるよ。」

「……なんでそんなに自信満々に言えるんだ?」

「信じている、って言っただろ?

大丈夫だ。

あいつに有って、梅沢に無いものが、あいつが気付いていない勝ち筋に導いてくれるから。

あいつはそれに気付けるはずだから。

だから、ここであいつが勝って戻ってくるのを、待っていよう。」

そう言いつつ睦月は神無月から手を放し、飄々とした態度で彼の横に立つ。

「……ああ、わかった。」

横に立つ睦月の手が、ギュッと強く握られているのを神無月は見ない振りをしながら、静かに頷いた。




次回は11/9予定です。


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DISK32 積み重ねたものと決着(中)

「っ!

まだ足掻くか!

まだ諦めないのか!」

「当然!

あの馬鹿はな、俺を焚き付けのが昔から得意なんだよ!

あんなこと言われたらなぁ!

意地でも負ける訳にはいかないんだよぉぉ!!」

と、啖呵はきったけど、さて、どうしたものかな?

ヒートアップする心と状況とは裏腹に、俺こと大津生介は頭の一部でそんなことを呑気に考えていた。

貫かれた腕と肩からは血が滴り、俺と梅沢を血で濡らしていく。

打開策もないまま足掻き続けても、いずれ破られるのは明白だった。

それなのに俺は焦るどころか、勝ち筋だかなんだか知らないが、あいつはもう少し分かりやすく、具体的に伝えろよ!

ジャーナリスト志望なんだろうが!

と、こうちゃんへの文句を垂れていた。

だが、頭の中でそんなことを思いつつも、俺の表情は不敵な笑みを浮かべていた。

喧嘩にしろ、賭け事にしろ、勝負ごとの最中、特に劣勢の時に浮かべられる笑みほど、気味が悪いものはない。

というか、今までそれのせいで、こうちゃんに賭け事で何度も煮え湯を呑まされてきたのだ。

先日のポーカーでもそうだった。

ブラフと思った笑みに幾度となく引っ掛かり、ぼろ負けしたのだ。

……って、こら、そこ!

勝手に自滅しただけじゃない?とか思わない!!

自覚はあるんだから、ツッコムな!!

あぁ!思い出したらまた腹がたってきた!

これが終わったら、絶対に殴ってやる!

と、そこまで考えて、今自分が終わった後のことを、死ぬことを一切考えていないことに気がついた。

さっきまで苦しさに悶えていたのに。

痛みや酸欠で死すら覚悟していたのに、だ。

そこに至って、自分がいつも通りの思考に戻っていることに漸く自覚する。

そこに気づくと、もう笑う他無かった。

あんな無茶苦茶なことを根拠にした親友が、あいつの思惑通りに立ち直り、信用されていることを嬉しく思っている自分自身が、なんだか笑えてきて、気がつけば本気の笑みを浮かべいた。

その本気の笑みと俺が諦めることなく足掻き続けることに、流石の梅沢も焦りを覚えたのか、顔が僅かに歪んで見えた。

「っっ!

忘れている様だな!

さっきも言っただろ!

手は二本あると!」

そう言って左の抜き手を構える梅沢だったが、俺はその瞬間、え?と思いながら僅かに動揺してしまった。

その動揺を不味いとかヤバいとかの負の方と捉えのか、梅沢は迷いなく抜き手を放った。

だが、放たれたその一撃に先ほどまでのスピードが存在せず、俺は自分の考えが間違っていないことを確信する。

そう思うのとほぼ同時に、強く握っていた左の握りこぶしの人差し指と中指のみほどき、第二関節が突き出る形に握り直すと、右の抜き手が突き刺さったままの左で、放たれた梅沢の左の抜き手を殴りつけた。

「ぐむっ!」

俺の尖らせた指の関節が上手い具合に梅沢の左手首の関節に入り、梅沢が痛みに顔を歪ませるのとほぼ同時に抜き手を弾いた。

抜き手を弾かれて体勢を崩して倒れそうになる梅沢だったが、俺の顔の横に手を着くことで倒れるのをなんとか堪えた。

だが、その不安定な体勢のせいで右腕を踏んでいた足の押さえつけが僅かに緩む。

その一瞬の隙を見逃さす、力を入れて腕を引き抜くと、がら空きになった左脇腹に向けて抜き手を放った。

「ぬおぉぉぉぉ!」

その攻撃に反応した梅沢は左腕に力を込めて無理矢理動かし、体勢を更に崩しながらも素早く間に挟みこむ。

挟み込ませた左腕に右の抜き手が深々と突き刺さるが、目的であった左の脇腹には届かず、それを阻んだことに梅沢は僅かにホッとした様に顔を綻ばせる。だが、

「……ぉ。」

俺の攻撃はまだ終わっていなかった。

「うおぉぉぉぉ!」

「なに!」

肩と足を支えにし、ブリッジをする様に腰を跳ね上げつつ、右腕に更に力を込めた。

すると、先ほどまでどうやっても動かなかった梅沢の身体がぐらつき、ゴロンっと一回転しながら俺の上から離れていく。

その隙に俺は素早くひっくり返ると、腕と脚の力、そして全身のバネを使って跳ね起きながら梅沢と距離をとる。

ちなみに、突き刺していた右手は転がり始めた時に、突き刺さった右手は梅沢が転がっている最中に左腕の力を抜いて外しており、お互いの左腕からはポタポタと血が垂れていた。

互いになにも言わずに睨み合っていると、突然梅沢がふっと笑みを浮かべる。

「……本当に強いんだな、お前は。」

「……いきなりなにを言ってんだ?」

「素直な称賛だ。

まさかあの状態から、この状況にするとはな。

しかも、手傷まで負わされるとは思ってもみなかったよ。」

「……そいつはどうも。」

若干訝しげにしつつも素直に礼を述べる俺に、梅沢は数瞬だけ笑みを深めるが、直ぐに真顔に変わり、膝を更に深く沈める。

「……だが、勝ちは譲らん。」

「そこは譲りましょうよ。」

「断る!」

そう言うが早いか、駆け出した梅沢は一気に距離を縮め、俺に向けて右爪を振る。

それを俺はギリギリの間合いでかわしながら、カウンター気味に左のボディーブローを梅沢の右脇腹に入れる。

『ぐぅぅ!』

梅沢は苦悶の表情を浮かべながら後ろへ飛ばされ、俺は噴き出す血と痛みに歯を食い縛りながら耐え、離れていく梅沢との距離を詰めると、着地して体勢が整う前の梅沢に追撃を放つ。

「はぁぁぁ!」

「…ぬぅぅ!」

殴る、蹴る、ど突く。

殴る、蹴る、ど突く。

と、間を開けずに攻撃を続ける。

殴る度に左腕から血が噴き出るが、そんなことに構っている暇なんてなかった。

とにかく今は得た好機を逃さぬ様に、反撃の間を取らせない様に、がむしゃらに攻め続けた。

「ぬぅぅ、なめるなぁぁぁ!」

そう叫びながら梅沢は右フックを放つ。

それを俺は左腕で受けるが、当たったその瞬間に左腕を反時計回りに回し、梅沢の一撃を外側に弾いた。

「なぁ!?」

予想外のことが起きたせいで梅沢は動揺し、数瞬の間固まってしまう。

俺はその間を見逃さず、弾いた流れのままに踏み込み、無防備になった胸に向けて抜き手を放つ。

「っ!!」

だが、それに気づいた梅沢は素早く左腕を動かし、胸との間に入れて俺の抜き手を受け止めると同時に腕に力を込め、先ほどと逆に俺の指を絡め取った。

絡み取った瞬間、梅沢はニヤリと笑みを浮かべるが、次の瞬間困惑した表情になる。

なぜなら、同時に俺もニヤリと笑みを浮かべたからだ。

「……ありがとうよ。」

「…なに?」

「しっかり掴んでおけよぉぉ!」

そう叫びながら俺は腰を捻り、梅沢の右のあばら骨に斜め下から打ち上げる様に掌底を食らわす。

「ぐほっ!」

「はぁぁぁぁぁ!!」

ミキッという骨の音を手のひらで感じながら俺は更に力を込めると、梅沢の身体が掌底に押されて浮かび上がった。

そして梅沢が着地したその瞬間、俺は梅沢の左肘を左手で掴み、右手はその場に固定したまま、肘を時計回りに捻りを加える。

すると、俺の右手を支点にして梅沢の身体も時計回りに回り始め、梅沢の頭が三時のところにまで回ったところで、待ち構えてた俺の膝に勢い良くぶつける。

「ぐおぉ!?」

「もらぁがは!?」

膝にぶつけた勢いのまま地面に叩きつけようとするが、突然左側からの一撃が襲い、たたらを踏んでしまう。

その隙に梅沢は力を抜いて腕から右手を引き抜くと、俺から素早く離れて距離を改めてとる。

互いの左腕からは止めどなく血が溢れ、地面に赤色の花を咲かせていく。

荒い呼吸を繰り返しながら、俺達は先ほどと同様に睨み合っていた。




遅くなってすみませんでした。
次回は11/23~28の間にアップ予定です。


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DISK33 積み重ねたものと決着(後)

大変遅くなりました。
大津と梅沢の決着編です。


「あの馬鹿、周りにもっと注意を払えよな。

……いや、今のは梅沢の方が良く反応した、というべきか。」

大津の膝を頭に受けながらも、彼の左背に両膝を叩き込む梅沢を見ながら、睦月は口惜しそうに見つめていた。

「……なあ、睦月?」

「ん?なんだ?」

「今なにが起きたんだ?

さっき言っていたミスって、いったいなんなんだ?」

「……あとで解説はきちんとしてやる。

だから取り敢えず、今はあの二人に集中した方が良い。

多分、次の攻防で決着がつくぞ。

……いや、決着をつけないと不味い、が正しいか。」

「……どういうことだ?」

「二人共、そこそこダメージを受けている上、体力的にもそろそろ限界に近いはずだ。

荒い呼吸を繰り返しているのが、何よりの証拠。

更に、互いに血をけっこう流しているしな。

特にしょうちゃんの流した量は、そろそろ危険な域に達しているはずだから、ちょっとヤバいかもしれないな。」

「なら、やっぱり大津が不利なのか?」

「まあな、だが一方的ってわけでもない。

梅沢はたしかに血はそこまで流していないけど、時々動きが鈍くなる時がある。

恐らくどこかを痛めているか、あるいは折れているな。」

「そうなのか?」

「ああ、多分しょうちゃんが組伏せられていたところから抜け出した時と、今さっきの攻防でな。

少なくとも、先ほどの掌底であばらが何本かイッているのは間違いないだろう。

そんなわけで、互いに限界な状態だから、次の攻防で全てを出しきってくるはずだ。」

「……えっと、それで結局どっちが優位なんだ?」

「だから、梅沢だって言ってんだろ?

そもそも、地力はあいつの方が上なんだ。

良いとこ五分五分ってところだな。」

「…そんな。」

「とはいえ、勝ち筋が無くなたわけではないから、攻め方さえ間違えなければ、まだ勝機はある。」

「……なあ、本当に勝機はあるんだよな?

僕には勝ち筋ってやつが見えないから、不安でしょうがないんだが。」

「ん?

ああ、安心しろ、勝ち筋自体は俺にも見えてないから。」

「……おい、ちょっと待て。

今なんて言った?」

「ん?

なんてって、勝ち筋自体は俺にも見えない。か?」

「ああ、それだ!

どういうことだ!

勝ち筋は見えてんじゃなかったのかよ!?」

「ああ、それな、あくまでも俺ならそうする、ってだけで、あいつができるかまではわからん。」

「……おい、勝機も勝算もあるんじゃなかったのかよ!?

あれは嘘だったのか!?」

「そんなわけあるかよ。

勝機も勝算なかったらやらせんし、なにより命を賭けるかよ。」

「……た、たしかに。」

「勝機も勝算も感じたから、やらせてんだ。

命をかけるに値することだと思ったから、俺の命を全賭してんだ!

伊達や酔狂で賭けたとでも思ってんのか!?」

「そうだと感じたんだが、違ったのか?

そもそも、相手の戦力を把握していないのに、戦わせること自体が相当無謀な賭だと思うんだが?」

「………ま、まあ、一応しょうちゃんの戦力は把握していたからな、いけると思ったんだ。

ほら、孔子もこう言っている。

【彼を知らず、己を知れば一勝一負】と。」

「だが、それでも半分の確率で負けるんだよな?

下手したら詰んでいたんだぞ?

勝負を賭けるには、ちょっとキツい数字じゃないか?」

「……ほ、ほら、俺、直感を信じる方だからさ、行ける!ってびびって感じ「根拠のない自信ほど、怖いものはないぞ?」……あ!

ほ、ほら、あいつらが動きだしたぞ!

目を離すなよ?」

そう言いながら目を逸らす睦月に、神無月はジト目を向けるが、やがてため息を一つ吐いて目を前に向ける。

「……さっきの言葉、信じて良いんだな?」

「ん?どれのことだ?」

「勝機も勝算もあるって言葉だよ。」

「ああ、それに関しては大丈夫。

さっき自分でも確認し、今の二人の攻防を見て確信できたから、間違いないよ。」

「……どれのことだ?」

「内緒だ。

……あとはあいつがそれに気付き、実行できるか、否か、だな。」

睦月がそう言った瞬間に腰を低くし始めた二人を、睦月達は祈る様な気持ちで見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。」

荒い呼吸を繰り返しつつ、俺は同じように荒い呼吸を繰り返す梅沢を睨み続けながら、自分の身体の状態を確認していた。

不幸中の幸いにと言うべきか、痛みや深い傷はあるものの骨は折れた様子はなく、動くことには支障はない様だった。

だが、激しく動いた分、血が大分抜けてしまったせいか、若干頭がぼーっし始めてきた。

…えーっと、血ってどのくらい抜けたら不味いんだっけか?

……もう数分も動けないな。

この戦いの終わりが近いことを感じ、何故か一抹の寂しさを覚えながら、そんなことを考えていた俺だが、梅沢が涙を流していることに気がつき、ギョッとした。

「……あんた、なんで泣いてんだ?」

「……久しぶりに楽しかったからな。

それが終わるかと思ったら、つい、な。」

そう言って梅沢は流した涙を指で払い、僅かに微笑みを浮かべた。

「……俺が今まで本気を出した人数を覚えているか?」

「ああ、たしか四人だったけか?」

「ああ、その通りだ。

だが、実は自分で言っておいてなんだが、その表現は正しくはない。

正しくは、私が本気をだしても大丈夫だった人数、だ。」

「……どういうことだ?」

怪訝な顔をする俺に、梅沢は微笑みに悲しげな感情が混じらせながら言葉を続ける。

「……俺はな、昔から強かったんだ。

それこそ、本気で戦えば相手を必要以上に傷つけ、時には殺してしまうほどにな。

だから、本気で戦えなかった。

真狼の力が目覚めてからは、尚のこと、な。

だからこそ、こうやって本気で戦えることが、なによりも嬉しいのだ。

……だからこそ、終わってしまうことが、なにより悲しいのだ。

……わからないだろうな、この気持ちは。

……誰にも、……な。」

そう言って悲しげに顔を俯かせる梅沢を見ながら、俺はため息を一つ吐いて呟いた。

「………気色悪。」

「……なに?」

「だから、気色悪いって言ってんだよ。

あんた、悲劇のヒーローにでもなったつもりかよ?

あんたの気持ちなんて、知りたくもないし、知ろうとも思わない。

大の大人の男が、そんなことでメソメソしてんじゃねえ!

もっとしゃんとしやがれ!

このスットコドッコイ!」

「………………ぷふ、……ふ、…ふふ、ふはははははは!」

まくし立てる様に吼える俺に対し、梅沢は呆気にとられた顔をしながら数秒間瞬いていたと思ったら突然笑いだし、逆にこちらが呆気にとられてしまった。

「………おい、なにがそんなにツボにハマッたんだ、こら。」

「くくく、い、いや、すまん。

……つい、…懐かしくてな。」

「……懐かしい?」

「昔、似たこと言われただけだ。

ただそれだけのことだ、気にするな。」

「……際ですか。

…しかし、もうすぐ負けるというのに随分と余裕なんだな。」

「ふ、ここに来て、そんな強がりを言えるとはな。

その心胆は本当に評価ものだな。」

「………じゃねえよ。」

「……なに?」

「強がりなんかじゃねえ。

次の攻防で俺が勝つ、って言ってんだよ。」

「……本気で勝てると思っているのか?」

「当然。

これでも勝ち目のない勝負はしない主義でね。

あんたの穴を見つけたからな、もう負ける気はしねえ。」

「……ほう、……この俺に穴、か。

なかなか面白いことを言うじゃないか。

そこまで言うからには、よほど勝算があると見える。」

「でなければ、軽々にそんなこと言わないさ。」

「…なるほど、な。」

そう言いながら俺達は睨み合いながら、徐々に腰を落としていく。

「……ちなみに、あいつの言う、勝ち筋とやらは見えたのか?」

「ん~、どうだろうな?

見えた気がしなくもないけど、それはあくまでも俺視点だからな。

あいつの考えとは違うかもしれないな。

……だけど。」

「だけど?」

「……なんとなく、ほとんど一緒の様な気がする。」

「………そうか。」

そう言いながら梅沢は柔らかな、そしてどこか羨ましそうな表情で微笑みを浮かべる。

「……さあ、決着をつけようか?」

「……はい。」

そう言い合いながら俺達はやや前傾姿勢になりつつ、足に力を込めていく。

西部劇の決闘のシーンの様に、静かにだが、徐々に緊張感が高まっていくのを感じながら、細く長い息づかいを繰り返す。

俺達の緊張感に呑まれたのか、周りは誰一人身動き一つせず、息も殺して、俺達の様子を見守っていた。

そして、緊張感が最大になったその瞬間、強く地を蹴る音を二つ鳴らしながら、俺達は一気に肉薄した。

俺と梅沢の最後の攻防が始まったのだ。

 

 

 

 

 

梅沢の縦横無尽に繰り出される爪を掻い潜り、懐に入り込んだ大津は強く踏み込んで左腹にボディーブローを打ち込んだ。

しかし、梅沢はそれを少し下がって避けると、戻る反動を使って膝蹴りを大津の鳩尾に向けて放つ。

しかし、大津はその膝を左手で受け止め、横に払いながら自分の身体を回転させると、梅沢の顔に向けて後ろ回し蹴りを放つが、彼はそれを僅かに身を屈めて避けた。

ちなみに、二人が今放っている一撃の威力は、人に当たれば骨が一撃で粉砕され、頑丈である彼ら人狼族でさえも骨折、あるいはヒビが入るほどのものであり、避ける度に空気と肌がヒリついていくのを二人は感じ、自然と嗜虐的な笑みを浮かべていた。

一歩間違えば終わるこの危険な戦いを、二人は心の底から楽しんでいた。

願わくば、一秒でも長くこの時間が続けば良い。

鮮血を撒き散らしながら、図らずも同じ事を願う二人だったが、その願いは直ぐに潰えてしまうことになる。

 

ーズルッー

 

『!?』

恐らく、辺りに散らばった血で滑ったのだろう。

大津が足をおろした瞬間、身体の外側へ足が滑り、動きを止めてしまった。

その大き過ぎる隙を梅沢が見過ごすはずもなく、放たれる抜き手。

これで終いか。

声に出ない、出す暇すらなかった言葉が、憂いの気持ちと共に梅沢の頭に浮かぶ。

だから、

いえ、まだです!

大津の声がその言葉と共に聞こえた気がして、力強い意志が込もった大津の瞳がそれを肯定している気がして、梅沢は数瞬動揺してしまう。

その隙というには僅か過ぎるその間に、大津は握りしめた一撃を放つ。

その拳は梅沢の抜き手と正面からぶつかり、梅沢の指を破壊しながら、その手を大きく後ろへ弾き飛ばす。

梅沢は驚きで硬直しそうになるが、身体と心を無理矢理動かして左爪で襲いかかった。

それに対し大津は、左の抜き手を梅沢の手のひらに叩きこむ。

真っ直ぐぶつけた為、梅沢の手のひらを大津の指が貫通し、痛みに梅沢の顔が歪み、身体が硬直してしまったが、大津の動きはそれで止まらなかった。

「……チョキにはグーを、パーにはチョキを。」

静かにそう呟きながら右手を梅沢の顎に添え、右肘に未だに貫いたままの左腕を添えると、思い切り踏み込みながら左腕を上げる。

すると、右肘は関節の可動に従い、踏み込みと相まって凄まじい勢いで真っ直ぐ伸び、梅沢の顎も勢い良く跳ね上げた。

「ぐおぉ!?」

「……面より線で、線よりも……。」

目を白黒させながらふらつき、たたらを踏みながら数歩下がる梅沢に、大津は右腕を素早く後ろに引き、思い切り踏み込んで、

「点!!」

そう力強く言いながら右ストレートを梅沢の胸に打ち込んだ。

「ぐはっ。」

胸を拳大に陥没させるその威力に、さしもの梅沢も顔を歪ませながら後ろへ吹き飛び、片膝を着いた。

「………これで終いですか?」

身構えながら梅沢に問う大津。

「…な、舐めるなぁぁぁ!!」

それに対し、梅沢はそう叫びながら立ち上がって駆け出し、左の拳を突進の勢いを乗せて大津に放つ。

どうだ!これが第二位の力だ!

という思いと共に放たれたその一撃は、手負いであるにも関わらず、否、手負いであるからこそ力を増したそれは、今までの中で一番の速度と威力をもって大津に迫る。

ええ、流石です。

柔らかい微笑みと共に伝わる大津の想い。

だが、

「……けれど、これで終いです!」

次の瞬間に再び力強い意志が込もった表情に変わると、左足で踏み込んで左の拳底を真っ正面からぶつける。

だが、今までの中で一番の勢いの一撃に勝てるわけもなく、ぶつかった瞬間から競り負け、押し返されてしまった。

勝った。

梅沢は押し勝った瞬間、心の中でそう感じていた。

だが、その次の瞬間に、大津が自らの懐に入り込んでいると気づいたその瞬間に、それは間違いだったと気づいてしまう。

大津は掌底を放ち、それが梅沢の拳にぶつかったその瞬間、素早く右足を左足の前の方に踏み出し、ぶつけた左手で梅沢の右手を掴んだままその腕を巻き込む様にしながら身体を反転させると、睦月が大津やその他の人狼を投げ飛ばしたのと同じ要領で、梅沢を自分ごと叩きつける様に一本背負いを決めた。

「ぐはぁぁぁ!!」

自分自身の勢いと大津の力を足した速度で叩きつけられた上、大津に勢いよくのし掛かれ、さしもの梅沢も地に伏し、動けなくなってしまった。

それに対し大津は、ゆっくりとだがゴロンっと寝返りをうち、ふらつき、荒い息を吐きながらもしっかり立ち上がった。

「……たった一人で、俺を倒すとはな。

……見事だ。っというべきなのだろうな、この場合は。」

寝そべり、大津を見上げながら梅沢は、そう言ってため息を一つ吐いた。

「……一人じゃねえさ。」

「……なに?」

「……俺があんたとまともに戦うことができたのは、あいつと、好子と共に過ごしてきた数年間の中で、あいつが俺に教えてくれた色んな技術や、事柄のおかげだ。

そして、あいつの言葉があったからこそ、俺はあんたに立ち向かえた。

あいつと積み重ねてきた時があったからこそ、あんたに勝てた。

だから、今日の勝利は俺一人の力じゃねえ。

あんた達が馬鹿にした俺とあいつ、二人の勝利だ。」

力強く言い切った大津を、梅沢は少しの間無言で眺めてたかと思うと、

「………ああ、…きっとその通りなんだろうな。」

そう言いながら、ふっと柔らかく、どこか安堵した様な笑みを浮かべた。

それに対して大津もふっと笑みを浮かべると、睦月達の方へ行くために踵を返した。

「……待て。」

「ん?」

「トドメを刺さなくていいのか?

でないと、恐らく後悔することになるぞ?」

「……どういうことだ?」

「忘れたか?

これは順夜祭ではない。

ただの殺し合いだ。

俺達はこれから先、幾度となくお前や、お前の友を襲うだろう。

それを考えたら、ここで一人消しておくべきではないか?

ついでに言っておくが、俺は一度負けた程度では引き下がらんぞ?

何度でもお前達を殺しに現れるからな。

もし面倒なら、今トドメを刺しておいた方が身のためだぞ?」

「…………なるほど、たしかにあんたが言っていることは一理あるし、実際その通りなんだろうな。

だが、断る。」

「……なんでだ?」

「別に俺、殺し合いなんてやっていた覚えなんてないし、やりたいとも思わない。

なおかつ、俺はあんた達が嫌いだ。

だから、あんたの言う通りには絶対にやらない。」

「……なんだ、その子供みたいな返しは?」

「まあ、実際問題まだまだ子供だけどね。」

苦い表情を浮かべる梅沢に、大津はそう言ってペロッと舌を出した。

「……それになによりかにより、あいつは.こうちゃんはそういうのは好かないんでな。

俺もそういうことは、極力避けたいんだよ。」

「…またあいつか。

そんなにあいつが大事か?」

「ああ、大事だ。

でなけりゃ命なんか賭けねえよ。

あいつがいたから、俺は前を向いていられた。

あいつがいたからこそ、俺は俺になれたんだ。

あいつのためになら、命を賭けるのも惜しくねえんだよ。」

「………そうか、……そんなやつがいるとはな。

羨ましい限りだな。」

「そいつはどうも。

まあ、こっちだって殺られるつもりはサラサラないけどね。

誰が来たって、それこそあんたが来たって、全員返り討ちにしてやるよ。

そっちの方があんたにとっても良いだろ?」

「……どういうことだ?」

「だって、俺があんたに勝ち続けていれば、あんたは何度だって本気を出して戦えるってことだろ?

ようやくあんたの望みの相手が、本気だせる相手が見つかったんだろ?

やりあわなきゃ損じゃねえ?」

「………それ、普通お前が言う台詞ではないと思うぞ?

というか、お前は俺に勝ち続けられると思っているのか!?」

「まあ、俺一人じゃ無理だな。

……だけど、あいつとならきっと大丈夫だ。って、なぜか言える。」

胸を張りながら答える大津を、梅沢は黙って数秒見つめ、盛大なため息を一つ吐いた。

「………本当にお前らは、変わった奴らだな。」

「ん?そうかな?

……ま、いいや。

そんなわけだから、俺はトドメを刺さない。

……文句があるなら、次やって勝った時に言ってくれ。」

「…………。」

「じゃ、そういうことで。」

本日何度目かの呆気にとられた顔の梅沢を尻目に、大津は再び踵を返して睦月達の元へ歩いていく。

「…しょうちゃん!」

「…!こうちゃん!」

自分の名前を呼び、ニヤリと笑みを浮かべながら右手を挙げる睦月に、大津は嬉しそうに駆け寄り右手でハイタッチをする。

「………たく、去り際の言葉までそっくりとはな。

………本当に、……困ったもんだ。」

パーンと音が響く中、梅沢が静かに呟いた言葉は、誰の耳に届くことなく静かに消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っっっっっっっっ、……てんめぇは、加減ってもんをしやがれぇぇ!!」

「うん、ごめん。」

 




次回は1/1の予定です。


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DISK34 語りと目論み(前)

「あ゛~、痛かった~。」

「だから、悪かったって言ってんだろうが。」

未だに赤く染まった右手をプラプラと振る俺を、生介は苦い表情で見ていた。

「……謝りゃ良いってもんじゃねえだろ。」

「うっ、…そりゃそうだけど…。」

「まあまあ睦月、落ち着けって。」

そう言いながら神無月が、まだまだ言い足りなさそうな俺と生介の間に入り、俺をなだめようとする。

「そうは言うけどさ~。」

「だから、もう言うなって。

無事に戻って来たんだから、それで良いじゃないか。

こっちは正直、気が気じゃなかったんだからな。」

「そこまで心配してくれていたんだな。

すまん、ありがとうな。」

「いやいや、あんなこと聞けば、誰だって不安になるさ。」

「あんなこと?」

「ああ、睦月がさっき『勝ち筋自体は俺も見えていない。』って言っていたんだ。

そんなことを聞けば、誰だって「ちょっと待て。」……ん?」

顔を歪ませながら手をピシッと前に伸ばし、神無月の言葉を止めた生介は、俺の方をジロッと睨んできた。

「おいこら、そりゃどういうことだ。」

「どういうこともなにも、そういうことだ。

ただ、一つ間違いを訂正させてもらうが、俺が見えていなかったのは、あくまでもお前の勝ち筋であり、俺自身の勝ち筋は見えていたぞ?」

「……で?」

「だから、俺は別に間違ったことは言っていない。

ただ、言葉が少々足りなかっただけだ。」

「…っ、ざっけんじゃねえぞ!てめえ!

なんだその言い訳は!」

「別に言い訳なんてしてないぞ?

ただ開き直っているだけだ。」

「なお質が悪いわ!」

しれっと言う俺に、生介は肩を怒らせながら言葉を続ける。

「そんな中途半端な状態で命を懸けさせんな!!」

「命を懸けさせろよ!

友達だろ。って言ってたじゃん。」

「ああ、言ったよ!

言いましたよ!!

だけど、これはあまりにも無謀だろうが!!

俺は命を捨てさせろとは言っていねえよ!」

「馬鹿を言うな。

勝率もそこそこだったからやらせたんであって、けして無謀じゃねえよ。」

「へ~、そうだったのか。

ちなみに、勝率はどのくらいだったんだ?」

「低くて一割、最大でも三割。」

『それのどこが高いんだよ!!』

声を揃えてツッコミを入れる二人に、俺は両の手のひらを上に向けながら肩をすくめた。

「しょうがないだろ?

その時の俺は、お前の人狼時のスペックを完全に把握しているわけじゃなかったんだから。

どうしてもそんな曖昧で低い数字になるさ。」

「そういう問題じゃ…。」

渋い表情しながら生介が言葉を続け様とした、その時。

 

ーヒュンー

 

という風切り音と共に、なにかが俺達に向かって飛んできた。

だが、それに対して俺達はそれぞれの回避行動(俺は僅かに、生介は体一つ分横に移動し、神無月はしゃがみこんだ。)をし、それをかわした後、飛んできた方へと目を向けた。

「随分と楽しそうだね。

私も混ぜてくれないかな?」

そう言って天慢寺は微笑みながら訪ねてくるが、例のごとく目は一切笑っていなかった。

……しかし、まずったな。

あいつらの相手をしてたせいで、彼女の存在をすっかり忘れていたぞ。

そのことを悟られない様にしなければ。

「………ふ~ん、私のこと、すっかり忘れていたんだ。

部隊長相手に、随分と余裕のあるんだね。」

な!?

なぜ考えていることがわかっ……、はっ!

サトリか!

彼女はサトリだったのか!?

彼女の正体に思い至り、戦慄を覚える俺だったが、

「いや、こうちゃん。

モロ顔に出てたぞ?」

「……え?」

「残念ながら本当だ。

僕が見ていても気づけるぐらいだったぞ?」

「………マ、マジか?」

「ああ。

今まで黙っていたけど、普段のお前は考えていることが、割りと顔に出やすいんだぞ?」

「……知らなかったのか?」

「し、知らなかった。」

いや、昔から隠し事はよくバレていたけど、まさかそんなわけがあったとは思わなかった。

「……というか、なんで誰も教えてあげなかったんだ?」

「……こうちゃんって、たまに洒落にならないイタズラとか仕掛けることがあってな。

大抵そんな時は悪い笑みを浮かべているんだよ。

だから、いち早く察知するために、あえて言わなかった。」

「……彼のご両親が言わなかったのも?」

「……まあ、多分似たような理由だろうな。」

「ガーン!」

お、俺って、そんなに信用されてなかったのか?

割りと地味にショックがでけえぞ、それ。

次々と語られる(自分にとって)衝撃な真実に、俺はそんなことを考えながら地に四つんばに伏した。

だが、次の瞬間には横へ跳ね飛び、その数瞬後に刺さったなにかをかわすと、連続で俺に向かって飛んでくるそれを転がってかわし続ける。

「……やれやれ、落ち込む暇すらくれませんかね。」

「はぁ?

なんで孔月がそんなことしないといけないの?

隙を見せる方が悪いんでしょ?

責任転換しないでよね!」

投擲が終わり、素早く片膝立ちになりながら軽い感じで軽口を俺に対し、彼女は心外という表情をしながら、孔雀の羽根を数本持ちながら俺を指さしてくる。

……まあ、実際その通りだから返す言葉はないんだけど、……ないんだけどさ、

「……キャラ、変わってね?」

「え?あ!

ん、ん~ん、……隙を見せた貴方が悪いんでしょ?

私に責任転換しないでもらえる?」

孔雀の羽根を扇子の様に持ちながら口元を隠して慌てて言い直す彼女に対し、俺は目線だけ神無月に移すと、彼が呆れているのが雰囲気から伝わってきた。

……なるほど、さっきのが素か。

まあなんにしても、話題を変えるチャンスは今しかないな。

そんなことを刹那の間に考えた俺は、ゆっくりと立ち上がり、手の平を上に向けて肩をすくめる。

「そう言うなよ。

こちらはそちらの面倒になりそうな案件を、どうにかしたんだ。

感謝されても良いぐらいだぞ?」

「面倒になりそうな案件?

なんのこと?」

不思議そうな表情をしながら聞き返す彼女を、俺は目を細めて見つめ返す。

……冗談やとぼけで言っている様には見えないし、先ほどまでの様子からして、恐らくそういうのは得意ではない。

かと言って、奴らの会話を聞いていた時の反応から、気づいていないとは考えられない。

……もし、これが演技だとしたら、本気で凄いんだが、どうだろうな?

「………やれやれ、ここまで読めないのは久しぶりだな。」

俺は額に右の人差し指をつけながらそうぼやき、内心困り果てていていながらも、顔に笑みが浮かぶのを止められなかった。

「……まったく、なにがそんなに楽しいんだか。」

そう言いながら自分の性分に苦笑しつつ、俺は一つ博打をうってみることにした。

「あんただって気づいてんだろ?

あいつらがやろうと目論んでいることを。」

「目論んでいること?」

「ああ、そうだ。

とはいえ、まあそれは…、」

そう言って俺は一度言葉を切り、扉に目を向けると、なにかが駆け足で登ってくる音が聞こえ、それは段々大きくなっていく。

そして、

 

―バコーンー

 

と、いう扉を蹴破る音と共に、三人の人狼が屋上に姿を表した。

「やつらに語ってもらうことにしよう。」

肩をすくめながら俺は、静かにそう言い切った。

 




次回は1/28予定です。


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DISK35 語りと目論み(中)

「あいつらにか?」

「ああ。

俺の推論より、本人達に語ってもらった方が良いだろ?」

肩をすくめ続けながらそう言う俺の視線につられ、一同は扉前にいる人狼達を見つめる。

一方扉前の三人は、突然自分達に視線が集まったことに驚き、傍目からもわかるぐらいに困惑していた。

「な、なんだ!?」

「い、いったいなんだってんだ!?」

「ん?

いや、なんでもないぞ?

ただお前らが考えている目論みについて話をしていたら、丁度お前らが姿を現しただけで、それ以上の意味はないんだが?」

なんでもない様にさらりと言った俺の言葉に、彼らは目に見えて狼狽をし始める。

「も、目論み!?

い、いったいなんのことだ!?」

「おいおいお前ら、自分達の組織を舐めすぎじゃないか?

初対面の神無月や、関わりが少なかった生介はまだしも、この世界を牛耳る組織の部隊長や、お前らの一族の長が気づいていないと、本気で思っていたのか?」

ややオーパーに肩をすくめながら言う俺の言葉に、やつらはギョッとしながら件の二人を見るが、二人はなにも言わずに俺の方を見続けていた。

特に天慢寺の方は、興味深そうな視線を俺に送っていた。

その視線を受け流しながら、俺は言葉を続ける。

「ま、なんにしろ、それの続行はもう諦めた方が良い。

何故ならば、お前達のトップである第二位の男は生介が、お前達が出来損ないと言った男に倒され、あそこで大の字にのびているんだからな。」

三人は俺の言った言葉を一瞬理解出来ず、ポカーンと呆けた表情をするが、次の瞬間には驚愕という表情をしながら、俺が指差した方と生介の方を交互に見ていた。

「………う、嘘だ!!!

あの人が、梅沢さんが負けるわけがない!!」

「いやいやいや、嘘もなにも、そこに倒されてんだろって。」

「……っな、なら、ならきっと卑怯な手を使ったんだ!!

そうに、そうに違いない!!」

梅沢が倒されたことがあまりにショックだったのか、頭を横に振りながらそう叫ぶ男の隣で、顎が砕かれた男が壊れたオモチャの様に激しく頭を上下していた。

「失礼な奴らだな。

そんなに疑うのなら、お前らの長に聞いてみればいいんじゃね?」

「………どうなんですか?長。」

「……どうもなにも、二人共に正々堂々と戦っておったよ。

でなければ、ワシが止めておる。」

呆れ顔で返すおじいさんの言葉に、二人は完全に言葉を無くしていた。

そんな中、先ほどから一人黙って腕組みをしていた男が、腕組みを解きながら口を開いた。

「……ふん、十狼士の面汚しが。」

「な!?

貴様、なんてことを!!

冗談も大概にしろ!」

口を開いた男に対して反論する男にの横で、顎を砕かれた男が何度も頷いていた。

「大概にするのはお前らの方だ!!」

『っ!?』

「いつから俺達は、あいつの腰巾着になった!!

いつから俺達は、あいつらの御用聞きになった!!

俺達の上下関係は力による物だ。

だからこそ、一度でも低い奴に負ければ全てを失う。

あいつらは、あそこにいる奴らに破れた以上、その順位は失われた。

なのに、貴様らは今なおあいつの下のつもりか!?

もう一度言うぞ、貴様ら大概にしろ!!」

男の言葉に二人は思うところがあったのか、なにも返せずに押し黙っていた。

「あいつが、上の連中が負けていなくなったのなら好都合だろうが!!

俺達で奴ら三人を倒し、その勢いのまま全てを俺達の物にしようじゃねえか!」

犬歯を剥き出しにしながらそう言う男に対し、俺は内心好意的な反応をしていた。

言っていることは漁夫の利丸出しの最低な発言ではあるが、これぐらいがつがつしていた方が個人的に好ましい。

……ただ、問題があるとしたら、

「……俺にも勝てなかった奴らが、第三位や他の二人に勝てるとは到底思えないんだが?」

「我々はけして負けていない!!

それに、我々があそこまで追い込まれたのは、貴様が卑怯な戦い方をしたからだろうが!!」

「だから、あれが俺の戦い方なんだって言ってんだろ?

そもそも、お前ら相手にマジな戦い方したら、命いくつあっても足んねえよ。」

「だから、ああいう戦い方をしても、しょうがないと?

……ふん、自分の行いを正当化させるために理屈をこねるとはな。

これだから下等な奴らは困る。」

そう言いながら男はため息を吐くが、こいつは気付いているだろうか?

自分が今、盛大にブーメランをかましていることを。

「……ま、いいや。

なんにしろ、お前ら三人が束なってかかってきた所で俺達を倒すことは出来やしないんだ。

無謀なことは止めておくんだな。」

「……ふっ。」

「…ん?」

「俺がいつ、三人でと言った?」

その言葉に怪訝な表情をする俺を他所に、男は声高らかに遠吠えを始めた。

それは数秒間続き、その間地面と大気をビリビリと震わせた。

やがて遠吠えが終わり、辺りに静寂が戻ったかの様にみえた、その時だった。

複数の気配を感じたかと思うと、それらは一気にこちらに近づき、十人程の人狼達が先ほどの人狼達の同様に壁を登って姿を現すと、俺達を囲う様に横に広かる。

「………こやつらは?」

「我々と志を共にする者達です。

こいつらが逃げようとした時に、逃さぬ様に山の中に散ってもらっていました。」

「……わしは有事に備えて、十狼士の面子以外は残る様に言ったはずじゃぞ?

そんな指示を誰がした?」

 

「こちらに来る際に、我々が募ったのです。

こいつらを逃がした場合、我々人狼族にとって災いの種になることは間違いありません。

なので皆、命令違反になるとわかっていても、もしもがあってはいけないと、人狼族の為に集まってくれたのです!」

手をグッと握りしめ、そう力強く言いながらおじいさんを見つめる男に対し、おじいさんはなにも言わずに睨み続けていた。

周りの人狼達も肯定する様にうん、うん、と頷いていた。

しかし、そこに異を唱える人狼が一人いた。

そして、それは意外にも

「………それ、変じゃないか?」

おじいさんを毛嫌いしていた生介だった。

 




この小説を書き始めて、お陰様で一周年になりました。
この場借りて、お礼申し上げます。
ありがとうございます。
あと、活動報告でお知らせを書かせていただいていますので、そちらもどうぞ。
次回は2/16の予定です。


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DISK36 語りと目論み〔後〕

大変遅くなり、すみませんでした。


「おかしい、だと?

いったいなにをもって、お前はそんなことを言っている!」

「そんな、お前ら自身が一番わかっていることだろ?

もし、それを本気で言ってんなら、お前は下っ端からやり直した方がいいぞ。」

生介の言葉に憤慨し、声を荒くする男とは対照的に、生介は冷静に、若干呆れた表情をしながらため息を一つ吐いて言葉を続けた。

「俺達人狼族は実力社会だ。

どんなに気に食わなくても、上の命令は絶対。

それは番外の俺も例外じゃねえ。

だからこそ俺は、本当は嫌でしょうがない集まりに出ていたんだ。」

「あぁ、なるほど、そういうことなのか。

ちなみに、言うことを聞かなかった場合は、いったいどうなるんだ?」

「その命令の度合いや、聞かなかった者の状況にもよるけど、基本的に懲罰室行きだね。」

「懲罰室?

そんな部屋があるのか?」

「ああ。

俺も昔一回だけ、その部屋に叩き込まれたことがあったけど、あの部屋に入るのは二度とごめんだね。」

もの凄く嫌そうな表情で言い切る生介の言葉に、その場にいたほとんどの人狼が同様の表情をしながら頷いていた。

「…ちなみに、どんなことをやられんだ?」

「なにも。」

「……は?」

「だから、なにもやられないよ。

真っ暗な部屋に一時間から一日放り込まれるだけだ。

ただ、部屋の上にクサヤが吊し上げられ、足元に黒光るGやムカデが終始蠢いているけどな。」

「……なにその拷問。」

「……拷問なんて言葉すら生ぬるいよ。

あれを受けた奴は入った時間にもよるけど、暫くの間は正気を無くす。

俺は初犯だったから一時間で出されたらしいけど、放り込まれてからその後三日間の記憶が無い。」

「それはまた、凄まじいな。」

「……真面目な話、あれはもう二度とごめんだね。」

その言葉に一同が揃って頷いていることから、本当に全員同意見なのだろう。

……とはいえ、

「……まあ、やる理由はわからなくないかな?」

「……言うと思ったよ。」

俺の言葉に一同が驚く中、生介だけは呆れ顔で俺を見ていた。

「いやでも、酷すぎやしないか?」

「いやでも、酷すぎやしないか?」

「…まあ、確かに若干のやり過ぎ感はあるけど、理由を考えれば理解は出来るよ。」

「理由?」

「ああ、そもそもルールって、なんで必要なんだと思う?」

「…なんでって、好き勝手やらない様にするためじゃないのか?」

「ああ、簡単に言うとそうだな。

もっと正確にいうなら、ある基準を作り、それに従わせることで、不特定多数の集団を管理しやすくするため、だな。

ちなみに、人狼族って何人ぐらい居るんだ?」

「俺のところは百人くらいだな。

ただ、会ったことはないけど、他にも人狼族の集まりはいくつかあるらしい。

人数は他のところも似たような数だとは、聞いたことがある。」

「ふむ、なるほど、ありがとな。

……さて、人狼に限らず、そんだけの人数が自分勝手に行動したら、確実に暮らしは滅茶苦茶になる。

だからこそ、ある一定のルールを作る必要があり、それを守らない者には目に見える形で酷い罰を与えて、その人や他の人にルールを厳守させる必要があるのさ。

でないと、一族そのものが滅ぶ可能性があるからね。

だから、懲罰室っていうのがあっても、なんらおかしくはないのさ。」

「なるほど。」

「……まあ、意義は理解できなくはないが、入った経験がある立場からすると、それは到底納得しかねるな。」

「……だろうな。」

苦虫を噛んだ様に、苦い表情をする生介に、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

「……話を戻そう。

上の者の言うことに従わなければならないのは、なにもランク外の者だけではない。

ランク内のやつらも、自分より上位のやつの言葉に従わなければならない。

特に、長であるじいさんの言葉は絶対だ。

これに従わない者は、良くて懲罰室に一日放り込まれ、最悪の場合粛清される。」

「な!?」

「まあ、そりゃそうだろうな。」

「うえぇ!?」

「別段おかしな話ではないさ。

一番上の人物の指示に従わない者は、その集団において邪魔者でしかない。

下手に生かして禍根や不安を残すより、消した方が手っ取り早く済むしな。」

「そ、そうかもしれないけど、粛清はやり過ぎだろ。」

「まあ、粛清は本当に最悪の最後だろうさ。

そんな簡単にポンポン粛清していたら、そのせいで一族が滅ぶ場合があるからな。」

「更に言うなら、罰は懲罰室でじゅ~~~~~~~~~~分過ぎるから、粛清は滅多にない。」

「………イヤに力が込もってんな。」

「…そんだけキツイんだよ、あれは。」

そう言いながらため息を吐く生介に同調する様に、周りからも深いため息が聞こえる。

……よっぽど嫌なのね。

「……しかし、そんだけキツイ罰が待っているにも関わらず、こいつらはじいさんの命を守らずに行動をしたわけか。

随分と殊勝な心がけだこって。」

「いや、それはないな。」

「………はい?」

「……集まりの時、嫌でも顔を合わせるからな、ここにいる奴らとも付き合いは長い。

だからこそ断言出来るんだが、こいつらにそんな殊勝な心がけなんてもんは、欠片も存在しない!」

なんの躊躇もなく断言する生介に、俺達は一瞬ポカーンっと呆けてしまうが、素早く再起動した俺は、感じた疑問を素直に聞くことにした。

「……欠片も、なのか?」

「ああ、ここにいるのは一族の中でも常に自分のことだけを考え、己の為だけに行動する奴だけだ。

そんな奴らが一族の為に、なんて考えて行動するなんて、到底信じられん。」

「……そうか。」

重ねて断言する生介に、俺は頷きながらため息を一つ吐いた。

生介が嘘をつく理由がないから、言っていることは本当なんだろうさ。

…しかしそうなると、こいつらがここにいる理由、一つしかないんだがな~。

そんなことを思いながら生介を見ると、彼と目が合い、なにも言わずに頷いてきた。

…なるほど、想像通りですか。

…さて、どうしたものか?

「……いやいや、二人だけで納得してないで、きちんと教えてくれよ。

こいつらは一体なにをしようとしているんだ?」

『………。』

どうする?と思いながら生介と再び目を合わせると、頷いてきたので頷き返した。

うん、任せた。

「…なあ、神無月。」

「ん?」

「もしお前があいつらの立場だったとして、どういう時に命令に背く?」

「どういう時って……、命に関わる時かな?」

「……他には?」

「他?

………命より譲れない物が侵されそうになった時?」

「それ以外は?」

「えぇ!?

それ以外!?

他には……。」

そう言いながら顎に手をあてて数瞬思巡らすが、次の瞬間にハッとした表情をしながら顔を上げた。

「長より強い奴、あるいはそれに準ずる者に指示された場合か。」

「ああ、その通りだ。

己の利しか考えられないあいつらが動く理由は、それしか考えられん。」

「でも、指示した人物は一体誰なんだ?」

「……この場で該当する奴は、一人しかいないだろ?」

そう言いながら生介が視線を向けた先へ、神無月が目をやると、未だに大の字に倒れている梅沢の姿があった。

「……なるほど。

だけど、なんでそんなことをしたんだろうか?」

「それは……。」

「……チャンス、だと思ったんだろうさ。」

「チャンス?」

「ああ、チャンス。」

言い淀む生介の言葉を継ぐ様に、俺は言葉を続ける。

「状況をよく考えてみろ。

今宵は満月。

自分達十狼士のみを護衛に長は外出。

外出先にいるのは、出来損ないと言われた生介だけ。

しかも生介を懇意にしている第三位は留守番でいないため、邪魔者はいない。

これほどないほどの好条件時に、なにもしないのはただのヘタレだぞ?」

「ヘタレって。」

「そうだろ?

長の命を狙うのに、四の五の躊躇して「ちょ、ちょっと待って!」…ん?なんだ?」

「お、長の命を狙うとはなんのことだ!?」

囲んでいた一人が慌てふためきながら聞いてくる。

「なんだって?」

「ど、どういうことだ?」

「お前は知っていたか?」

否、動揺の大小はあれど、十狼士の連中以外は全員似たような反応を見せていた。

……これは、もしかして、

「……話してなかったのか、こいつらに。」

「ああ、その通りだ。

こいつらには話していない。

いや、話す気すらなかった。」

『な!?』

十狼士の言葉に、周りの奴らは絶句してしまう。

まあ、そうだろうな。

恐らく理由は、

「…話さなかったのは、長の命を狙うのが粛清の対象になるからか?」

「ああ、その通りだ。

ヘタレて逃げ出したり、裏切る者がいるとも限らんからな。」

「そ、そんな。」

「ひ、酷い。」

十狼士の言葉に周りの数人が身体を震わせ、中には涙を流して膝を着いていた。

その姿に、握りこぶしを握る力が強くなる。

「……なあ、睦月。」

「…なんだ?」

「お前の言っていた計画って、これのことなのか?」

「……いや、違う。

なにより、この話にはもうちょい先がある。」

神無月の問いに、俺は首を横に振りながら答えると、一歩前に出た。

「…この際、可能不可能は無視するとして、その後お前らはどうするつもりなんだ?

一族の長になって満足、ってわけじゃないんだろ?」

「ふっ、当然だ。

俺が一族の長になった暁には、この国を征服し、人狼の、人狼による、人狼のための国を造り上げる!!」

『……………………は?』

十狼士の面子と俺とおじいさん以外の全員が男の言葉を理解できず、口を開けてポカーンとしていた。

うん、まあだよね。

普通、そういう反応だよね。

他の人の反応を見ながら、俺は心の中で頷いていた。

奴の答えと、他の人の反応はほぼ予想通りだった。

……予想通りだったわけなんだが、正直外れて欲しかった。

いやだって、普通にあり得んだろ?

人狼族がどんだけいるかわからないけど、科学と情報設備が進んだ今の世でそれができるわけがない。

……だけど、

「…だがしかし。」

ん?

「それも俺の真の目的の前には、それすらも足掛かりに過ぎん!」

………へ?

な、な、なんだってぇぇぇぇ!!??

更にその先があっただと!?

こ、これは予想外だった。

しかし、奴の真の目的とは一体?

「俺の真の目的。

それは世界中の女共を俺達の物にし、俺達の子を孕ますことだぁぁぁ!」

『………はい?』

多分この時、俺と神無月は相当変な表情をしていたと思う。

いやだって、緊迫した状況でいきなり予想の左斜め上なことを言われてみなよ。

普通に理解出来ずにフリーズするぞ?

しかし、他の奴らにとってはそうではないらしく、周りにいた奴らは伏せていた顔を上げ、真剣な眼差しで男のことを見つめていた。

隣を見ると生介もまた、周りと違う意味で真剣な眼差しで聞いている。

……えーっと、なにが彼らのこと線に触れたんだろうか?

そんな風に困惑していると、生介と目が合った。

彼は一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに納得した様に頷きながら口を開いた。

「俺達人狼族は、基本的に順位が上の奴ほどモテて、子供も沢山作れるんだ。」

「……いわゆるハーレムってやつか。」

「まあ、そうだな。

そんなわけで、格付けが上であるほど子孫が残し易く、良い思いが出来るわけだ。」

「ふむ。

しかし、子供関係や嫉妬、愛憎とかで揉めたりしないのか。」

「ん~、そりゃまあ、多少な。

だけど、基本的に関係は良好だよ。

子供関係も、産まれた子供は一族みんなの子供。って感じで協力して育てているかな。

まあ、俺は関係なかったけどな。」

そう言って暗い笑みを浮かべる生介に、俺はなにも言えずに冷や汗をかくだけだった。

「……とはいえまあ、そっちは少数派なんだけどな。

大体の人は、格付けや強さの関係なく普通に愛し合い、夫婦になる人達ばかりだ。

まあ結局のところ、女性にこの人の子供を産みたい。と、どうやって思ってもらえるか、どうかに尽きるんだな。

……だから、例え強くても、格付けが上でも、相手にされない奴もいるわけだ。

こうちゃんなら、そこまで言えばわかるだろ?」

「……つまり、あいつらは選んでもらえなかった奴ら。ってことか?」

「そういうことだ。」

なるほど、だからあんな反応なのな。

まあ、言っていることはともかくとして、彼女いない歴=年の数の俺としては、気持ち自体はわからんでもないかな。

「……勘違いをするな。」

『ん?』

「我々は選ばれなかったのではない。

我々に相応しい雌がいなかったから、我々“が”選ばれない様に苦心していたのだ!

だが、長となったからには別だ、全ての民を等しく愛さなければならないからな。

一族の女を皆愛して、平等に俺達の子を孕ませてやる!!

そして、同じ苦しみを味わいながらも耐えていた同士たちよ!

その際には、共に喜びを分かち合おう!」

『………!!

…ぅうおぉぉぉぉぉ!!!』

周りの人狼達は男の言葉を理解出来ずに数瞬硬直をしていたが、意味を理解した次の瞬間、周りの人狼達は喜色に染まった目で男を見つめながら雄叫びを上げた。

……さっきまで落ち込んでいたのに、現金な奴らだ。

そんな奴らに対して、

「…へー。」

生介はそう呟きながらひどく冷静に、絶対零度の視線彼らに送っていた。

「……長になった程度で、相手にされるとは思えないけどね。

そもそも、そんなことあの人が、香さんが到底許さないと思うけど?」

「ふん、そんなの長の強権を行使するに決まっているだろ?

どんなに強かろうと、長にそれを行使することは出来ん。

散々舐めたマネをしてくれたからな、今までのことを後悔させながらたらふく可愛がって、雌の鳴き声を上げさせてくれるわ!!」

そう言って男は大口を開けて、わっはははっと笑い始めた。

……うん、生介の反応と名前から、なんとなくそんな気はしていたが、やっぱり香さんって人は女性だったんだな。

どんな人かは想像つかないが、第三位張るぐらいなんだから、世紀末風な方か、女子レスリングや女子プロレスラーみたいな感じなのかな?

まあ、なんであれ、生介にとっては大事な人にはちがいないんだろうさ。

……だから、…だからさ、上気分になって馬鹿笑いをするのは構わないからさ、

「……ほ~。」

あいつに爆弾を投下するのは止めてくんないかな!?

さっきから、生介からのプレッシャーが強くなる一方なんだぞ!

「……なあ、睦月。」

「ん?」

「…僕、今すぐここから逃げたい気分なんだけど、いいよね!?」

「…奇遇だな。

俺も状況が許せば、今すぐ逃げたい気分だよ。」

先ほどから増す一方のプレッシャーに冷や汗が止まらない俺達だったが、その原因であろう人物を、俺達は直視できないでいた。

更に、自分達の周りの体感気温だけが五度ほど下がった様な寒気と、猛烈な悪寒を隣から感じて今すぐ駆けて逃げたいところだが、残念ながら状況がそれを許してくれない。

周りは穴らしい穴が無い上、天慢寺は隙なく俺達を見つめている。

しかも、いつでも攻撃できる様に、先ほどの孔雀の羽根を数本握っていた。

……下手に動くと危険だな。

さて、この状況をどう突破しよ………。

「しかし、香と言ったら、あのFカップはある胸を、おもいっきり揉みまくりてえよな~。」

…え、Fカップ?

「いやいや、揉むべきは、あの安産型のケツだろ!!」

あ、安産型!?

「あのボリュームで、きゅっとしたあのくびれは反則だよな!」

く、くびれ、だと!?

こちらの状況を無視しながら男達が口々にする香さんの情報に、俺は別の意味で戦慄する。

ちょっと待ってよ、つまりなにか?

香さんって方は、峰不二子並のプロポーションでありながら、男達に引けをとらないぐらいの強さを持っている、ってことなのか!?

それって、ある意味最強ではないか!?

くっ、イメージしたいが、いかんせん情報が足りない。

…しょうがない。

かくなる上は、俺の会話スキルを駆使して、情報を聞き出してやる!

え?

そんな下らないことにスキルを使うな?

なにを言うか。

使わずに閉まっていては、ただの宝の持ち腐れ!

スキルは使ってこそ意義があるのだ!

さあ、いくぞ!

彼女の全てを丸裸にしてやらぁぁぁぁ!

 

ーコキッー

 

「くだらない話は、そこまでにしてくれないか?

それと一つ気になったことがあるんだ、答えてくれ。」

「なにぃ!?

ただの人間風情が、俺達に意見を…。」

「……答えてやれ。」

「なぁ!?

お、長まで、なぜ!?」

「答えてやれと言っている。

わしの言うことが聞けんのか?」

「……くっ、わかりました。

……で、なにが聞きたい。」

あ、危なかったぁぁぁぁ。

悔しそうな表情をしながら聞いてくる男を見ながら、俺は心の中でそう思いつつ、内心冷や汗が止まらないでいた。

なぜって、あいつの関節を鳴らす音があと数瞬遅かったら、間違いなく俺は香さんの情報を聞き出すための話術は使っていた。

そして、その数瞬後には、生介の爪によって葬られていたにちがいない。

長い付き合いの俺だから断言できる。

あいつはマジでやると決めた時は、相手が誰であろうとやる奴だ。

この件に関しては、マジで気をつけよう。

そんなことを考えているのをおくびにも出さず、俺は口を開いた。

「……仮に征服が成功し、お前の望みが叶ったとしよう。

しかしその場合、生介の様なハーフが、お前らの言う出来損ないって奴ばっかりになるんじゃないのか?」

「フッ、貴様はなにを言っているんだ?

与える側の我々と受け取った側のあの女では、天と地ほどの差がある。

だから、同じなわけないだろ?」

「…?

どういうことだ?」

「フン、いいか、よく聞け。

我々は貴様ら下等種に、種を与えてやるのだ。

貴様ら下等種が、我々の子供を産めるのだぞ?

これ以上の名誉はあるまい。

だが奴の母は、己より弱い下等種の種を、自ら望んで受け入れたのだ!

これは種族上でも、格付け上でも、あってはならないことだ!

そんな売女の子と我々の子供を一緒なわけがない!」

鼻息を荒くしながら言い切った男に同調する様に、隣にいた奴らと周りの人狼達はうんうんと頷いていた。

「………なあ、睦月。」

「……ん?」

「……僕、日本語がわからなくなったのかな?

彼が言った意味がまるっきりわからないんだけど。」

「……安心しろ、それが普通だ。」

呆れ声の神無月に対し、俺は能面のように無表情で無言でいた。

いや、そうしていないといけなかった。

何故ならば、そうしなければ自分の中から溢れそうになる感情を、抑えきれそうになかったからだ。

だが、まだだ。

まだ感情を吐き出してはいけない。

まだあいつには、どうして確認しなければならないことがある。

それは、どうやってこの国を征服するつもりなのか?

その方法を聞き出さなければならない。

さっきも思ったが、今の科学と情報設備から考えて、そんなこと万が一もあり得ない。

……だが、もしそれが本当に可能であるならば、その事柄は一転して、もの凄く不味いことになる。

それも、どんな手段を使ってでも防がないといけないほどに。

俺はそう思いながら深い深呼吸を一つし、男達へと目を向けた。

 



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DISK37 浅はかな考えと力の差(前)(改)

9/22加筆修正しました。


「んで?

征服って、具体的にどうするつもりなんだ?」

「フン、良いだろう、答えてやろう。

まず都庁を襲撃し、この地を掌握。

そして、その勢いのまま国会議事堂を襲撃して、この国のトップの首をとる!

その頃には我々が決起したことが他の所にも伝わり、同じ考えを持つ者達がそれぞれの地域で決起し、その地を掌握しているはずだ!

その者達を取り込みながら、掌握した地をまとめあげていく。

そしてこの国の全てを掌握した暁には、決起した俺達を褒め称える言葉を背に、俺達をトップとした人狼のための国を、この地に建国するのだぁぁぁ!!」

『おぉぉ!!』

「………。」

「………。」

「…………………。」

宣言をするかの様な男の言葉に、テンションがうなぎ登りに上がっていく人狼達に対して、俺達はなにも言わず、ただ冷めた視線を送っていた。

「……どうした?

我々の壮大な計画に、言葉もでないか?」

「……そんなわけないだろうに。

……まあいいや。

いくつか説明が足りなかったから、聞かせてもらうぞ。」

俺はそう言ってため息を一つ吐き、言葉を続けた。

「まず一つ、都庁を襲撃するって言ってたけど、どうやって入って襲うつもりなんだ?」

「そんなの入口から入って、受付からに決まってんだろ?」

「……………は?

ごめん、今なんて言った?」

「だから、入口から入って、受付からに決まってんだろ?って言っているんだ。

なに当たり前のことを聞いてんだ、お前は?」

男の言葉をいまいち理解できず、俺は男に聞き返したが、呆れ顔で返されてしまう。

周りの人狼達も白けた目で俺を見ている。

あれ?

今の俺がおかしいのか?

「……いや、そういうことじゃなくてな、セキュリティとかガードマンがいるだろ?

それをどう「必要ない。」……はい?」

「下等種の貴様らが作ったものなど、恐るるに足らず!

なにが来ようと、我らの力で打ち砕いてくれるわ!」

自信満々に宣言する男の言葉に、力強く頷く周りの人狼達。

……今ので、なんで頷けるんだ?

理解出来ない俺が悪いのか?

軽く目眩を感じつつも、俺は話を続けることにした。

「……わかった。

とりあえず、それで成功したとしよう。

次に議事堂まで行くって言ったけど、移動手段はあるのか?」

「そんなもん、走ってに決まってんだろ?」

「はい!?」

いや、行けなくはないけど、5~6kmはあったよな?

「なに驚いているんだ?

我々ならばあの程度の距離、15分あれば十分だ。」

「……しょうちゃん、そうなのか?」

「ああ、それぐらいの距離なら余裕かな。

本気出せば、15分切るんじゃないか?」

「……マジか。」

人狼が身体能力が高いことはわかっていたけど、そこまでとは思わなかった。

ん~、やっぱり真っ当に当たらなくて良かったか。

普通にやっていたら、確実に負けていたな。

「…で、国会に着いたとしよう。

その後はどうすんだ?」

「そんなの決まっているだろ?

そのまま国会に強襲をかけ、トップの首を取るのさ!

そいつがどれだけ強いかは知らんが、俺の手にかかれば赤子の手を捻るより容易いことだ!」

……まあ、今の総理は大分恰幅の良い人だからな。

サシでやれば、間違いなくあいつが勝つな。

「……で、その後に他の奴らが地域をまとめ上げる、と。

……ちなみに、どうやってまとめるつもりなんだ?」

「そこのトップと戦って打ち勝ち、その一族を我が一族に編入していくのだ。

無論、多少の不平不満はでるかもしれんが、そこは力で捩じ伏せるまでだ。」

………こいつらに、話し合いで平和的に終わらそう、って発想はないのか?

……いや、そんな発想ができるなら、そもそもこんなこと考えないか。

「そして、全てをまとめ上げたその暁には、この国に俺達の国を「そこはどうでも良い。」……良くなぁぁぁぁい!

それが一番重要なことだぁぁぁ!」

「はいはい、さいですか。

…しかし、お前らは特別な連絡網でも持っているのか?」

「…いや、持っていないが、なんでだ?」

「なんでって、仮に都庁ないし国会が襲われて制圧されたとしても、そんな重大な情報は箝口令が敷かれ、一般には伝わらない様にされるはずだぞ?

その状態で他の場所に情報が伝わるとは、俺には到底思えないんだが?」

「別に我々が情報を共有できれば良いのだから、貴様らに伝わらなくてもよかろう?」

「いや、そりゃそうだろうけどさ、連絡手段もないのにどうやって伝えるんだよ。」

「本当になにを言っているんだ、貴様は?

我々には貴様ら下等種とは違い、遠吠えという連絡手段があるから、特別な連絡網なんぞ必要ないぞ?」

「…遠吠え?」

「ああ、そうとも。

我々はその気になれば、20キロ先から会話ができるからな。

特に俺は、その気になれば50キロ先まで声を届かせられるぞ。」

「………そうなのか?」

「……50キロ云々はわからないけど、20キロ先っていうのは本当だよ。

それで指示を受けることもあるしな。」

「……それって、お前やこいつらが特別、ってわけでは?」

「ないよ。

人狼族にとっては、普通の連絡手段だからね。」

「…………それ、こっちにとっては、十分特別だから。」

「だよね。」

大きなため息を一つ吐く俺に、生介は苦笑を浮かべながら頷いていた。

自分の普通、相手の特別。ってやつだな。

確かにこちらには、そんな連絡手段は無いし、できない。

強固な肉体を支える強靭な内臓と、発達した聴覚があってこその連絡手段と言える。

……とはいえ、随分と不確かな連絡網でもあるがな。

「強襲を成功させたのちに、俺はこう叫ぶのだ。

【我、強襲成功せり。

今までの恥辱に耐えし我が同胞達よ、時は来た!

眼前の敵を討ち滅ぼし、今こそ我々の悲願を成し遂げよ!

我に続け!!】

とな。

そして、その言葉に感化されて決起した者達を引き連れ、この地を「それもどうでもいい。」……よくなぁぁぁい!

貴様はどうして重要なところをおなざりにしようとするのだ!」

「確かに結果も大事だけど、今の場合は過程の方が大事じゃねえのか?」

騒ぎたてる男に、俺は呆れながらため息をもう一つ吐いた。

しかし、まいったな。

こいつの話を聞いていると、ある可能性が頭をよぎるんだけど、普通に考えてあり得ないんだよな、それ。

どうしたものか?と思いながら空を見上げると、満月が上をとっくに通りすぎり、西の中頃まで沈み始めていた。

……なんだかんだで、大分時間が過ぎていたんだな。

そんなことを考えた瞬間、俺はあることに気付き、それと同時に、先ほどまで考えていた可能性が現実味をおびたのを感じた。

しかし、仮に俺の想像通りだとしても、いくつかわからないことがある。

そして、それを知るためには踏み込むしか無いのだが、……こっから先は色々と少し危険なんだよな~。

大丈夫なんだろうか?

だけど、なにもしないわけにはいかないんだよな~。

………しょうがない、少し危険だけど踏み込むか。

俺はそう思いながら頭をボリボリと掻き、大きくため息を吐いて覚悟を決めた。

「で、話は変わって若干今更な質問なんだが、人狼には昼でもなれるのか?」

「……なれなくはない。

が、昼の変化は命を削るため、基本的には禁止されている。」

「命を?」

「ああ、理由はわからないが、昼に変化すると、急激に生命力を失っていくのだ。

だから、昼に変化することは禁止されている。

だがその代わり、夜であればいつでも変化は可能だ。

そこの出来損ないと違ってな。」

『………。』

その男の言葉に、俺達は揃って渋い顔をした。

こいつは本当に、とことん人の親友を馬鹿にしているのな。

人を見下してないと、生きていけない病気なのか?

「………で?

それがどうしたと言うのだ?

今それは特に関係なかろう?」

「ところがどっこい、そうじゃないんだな、これが。

あ、ついでにもう三つ確認な。一つ目、さっき都庁を落としたのちに叫ぶと言っていたけど、その先の連絡系統はしっかりしてんのか?」

「……ん?

どういうことだ?」

「あんたの声は50キロ先まで届くと言ったが、その先は届かないわけだろ?

だから、その先に伝えるための準備を、あんたは当然しているはずだ。

更に言えば、周りの集落ともそれなりに打ち合わせ済みなんだろ?

そこら辺の話を聞きたかったんだが?」

「……なぜする必要がある?」

「聞いたのはただの興味本意だ。

深い意味はないよ。」

「違う、そうではない。

なぜそんな面倒なことをする必要があるのか?

と聞いているのだ。

そんな面倒なことをしなくとも、周りの奴らも我々と同様に今の現状に不満を持ち、反乱の準備をしているに違いない。

今だに動きがないのは、機を見ているからだ。

だからこそ、我々が先頭をきって行動し、他の者達を奮い立たせ、この間違った世を正すのだ!」

堂々と言い放つ男の言葉に頷く人狼達。

それを見ながら俺は、呆れ顔を隠すことができなくなっていた。

「……ちなみに、決行日って決めているのか?」

「無論、決めている。

詳しくは教える気はないが、近日中とだけ言っておこう。」

「他の人狼族と会ったことはあるのか?」

「いや、ない。

だが、叫びなら聞いたことはあるぞ。」

「叫び?」

「ああ、そいつは早く自由になりたくて、あがらい、逆らい続けていたそうだ。

そんな同胞のためにも、我々は立ち上がらなければならないのだ!」

「あがらい、逆らい続けた、…か。

……他になにか言っていなかったか?」

「他にか?

他にはたしか………、強さが一番だからと、強さを競い合ったり、夜の校舎って場所の窓ガラスを壊して回った、って言っていたな。」

「………一つ聞くが、そいつは最後に“卒業”って言ってなかったか?」

「ああ、言っていたぞ。

なんで知っているんだ?」

『………………。』

……やっぱりそうなのか。

「……なあ、睦月。」

「……ん?なんだ?」

「今僕の頭の中で尾○豊さんの歌が響いている気がするんだけど、気のせいかな?」

「俺もだから気にするな。」

そう言いながら俺は、僅かに頭痛を起こし始めた頭を抑えながらため息を吐いた。

なんか、どっかで聞いたことがあるから、もしかしてとは思ったけどさ。

どう考えてもあの歌だよな、それ。

恐らく、どこかの人狼が酔っ払って歌って、真に受けたんだろうな。

あの歌に影響されて事件を起こした中学生がいたのは知っているが、まさかそれを現実に見るとは思わんかった。

……というか、

「…なんで校舎がわからないんだ?

あんたも学校に行っていたはずだよな?」

「学校?

ああ、貴様らが色々と教わりに行く所だったか?」

「ああ、その学校だ。」

「……なぜ行かなければならない?」

「…………はい?」

「だから、なぜ我々が貴様ら下等種に教えを乞わねばならないのだ?と言っている。

貴様らが、【どうか教えさせてください、お願いします。】と、懇願するならまだしも、我々から行く必要はない!」

人間、あまりに想像を超えたものに遭遇すると、自然と口が開くらしい。

俺にビシッと指をさしながらそう言い切る男と、周りで頷く人狼達に対し、俺はポカーンと口を開けて硬直していた。

「だいたい、我々には偉大な父と母がいる。

大自然という素晴らしい教材がある。

貴様らに教わらんでも、我々は十分なのだ!」

そう言いながらドヤ顔をする男と何度も頷く周りの人狼達に、俺は呆れてため息がでた。

しかし、同時に奴らの偏った思考になった理由も、俺の疑問もようやく得心がいった。

恐らく奴らの閉鎖的思考は、代々受け継がれてきたものなのだろう。

それこそ、奴らの始祖ぐらい遥か昔からにちがいない。

その手の思考は時代と共に廃れていくものだが、人狼達の実力主義の社会と相まって、途切れることなく受け継がれてきたのだろう。

………とはいえ、

「………なあ、しょうちゃん。」

「…ん?」

「他の人狼族の人達も、あんな感じなの?」

「そんなわけねえだろ。

あいつらがみたいなのは、ほんの一部だけで、それ以外は普通に人間社会に溶け込んでいるよ。」

「…そっか、ホッとしたよ。」

いや、本当マジで。

あれが人狼族の基本的な考え方だったとしたら、本気で笑えないところだった。

……さてと、疑問も解けたことだし、じゃあ本題いくか。

「二つ目、あんたらの言う夜の定義は時刻か?

それとも太陽の有無か?」

「……太陽の有無だ。

太陽が出ている間は、変化をしないことになっている。」

「なるほど。

つまり、今までのあんたの話は、夜の、日が暮れてからの話、ってことでいいんだな?」

「そんなの当然だろ?

奇襲は夜やるのが効果的な上、我々のゴールデンタイムも夜だ。

それに合わせてやらん手はないだろ?

それがなんだというのだ?」

俺の意図がわからず、イライラしながら聞く男と対照的に、周りの何人かは何かに気づいた様に、ハッという表情をしていた。

うん、あんたの考え方は別段間違ってない。

間違っていないが、これに限っては間違っている。

「三つ目、あんた、都庁と国会議事堂って、どういう所だと思っている?」

「なんだ、その質問は?

そんなのこの国の偉い奴らが仕事し、住んでいる所に決まってんだろ!」

その答えに対しては、反応が二つに別れた。

一つはその答えと同意見なのか、訝しげな表情で俺を見ている者。

十狼士と周りの人狼達がそういう反応だった。

残りの者は、信じられないとか、呆れた様な目で男を見ていた。

しかし、やっぱり勘違いしていたか。

今時そんな勘違いは小学生でもしないけど、まあ奴らの置かれていた環境を考えれば、わからなくもないな。

……さて、聞くべきことはこれくらいかな?

聞いている限りでは、奴らを相手にする必要もなさそうだし、あとはこの場から逃げる算段をすれば良さそうだな。

………うーん、しかし、どう切り出すかね?

切り口があり過ぎて、どれから言うべきかと悩むんだが。

こういうのを贅沢な悩みと言うのかな?

……いや、どう考えても違うか。

などと、脳内で一人ノリツッコミをしながらため息を一つ吐いた。

「……おい。」

「…ん?」

「先ほどから貴様は、なに難しい顔をしているんだ?

だいたい、我々を無視するとはどういう了見だ。

貴様ら下等種はいつもそうだ。

我々が貴重な時間を使ってやっているのに、それに対する感謝がまったく無い!

どれだけありがたいことなのか、わかっているのか!

だいたい~~~~~~!」

……うん、こいつ、本気でなに言ってんだ?

そもそも、こうなったのは誰のせいと?

俺はそんなことを思いながら、今まで抑えていたものが、噴き出す寸前であることを感じた。

しかし同時に、今からやることを考えれば丁度良いとも感じていた。

なので俺は、未だにまくし立てる様になにかを言い続ける男の言葉を右から左に聞き流しながら、自分の中で溢れかえった感情に身を委ねた。

「貴様ら下等種は、我々の言うことだけを黙って聞いていれ「そろそろ黙っておけや、腐れオ○ニスト。」……なに?」

「だから、黙っておけって言ってんだ、腐れ野郎。

こっちが黙っていれば、好き勝手ぬかしやがって。

てめえらの妄言なんて、もう飽き飽きなんだよ、こっちは!」

「な!?

我々がいつ妄言なんて言った!」

「徹頭徹尾終始一貫、最初から最後まで!

むしろ、あの中で妄言じゃないところを探す方が大変じゃい!

もしお前ら以外で、さっきの一部始終聞いた上で賛同する輩がいるのなら、今すぐ会ってみてえよ!

そんなに自分の妄想でハアハアハアハア興奮したいなら、今すぐお家に帰ってマスかいていやがれ、このスカタン!!!」

一気に言い切ったため、若干息を切らしながらも睨み続ける俺に対し、男は怒りで顔を真っ赤にさせながら唸り声を上げていた。

「……貴様、そこまで言ったからには、覚悟は出来ているんだろうな!?」

「……てめえらをぶっ飛ばす覚悟なら、とうの昔に出来てんよ。」

「減らず口を!」

その言葉と共に十狼士と周りの人狼達が俺に襲いかかろうとした、その瞬間。

「待て。」

突如天慢寺の声が、静かに響き渡った。

その声は静かではあったが、形容し難いなにかがそこには込められており、全員がその場に縫い付けられる様に動けなくなってしまった。

その中を彼女は、特に気にすることもなくてくてくと歩き、俺の前まで近寄ってきた。

「………君、彼らが今まで言葉は妄言だ。って言ったよね?」

「ああ、言った。」

「それがなんで今のが妄言だと言えるの?

もしかしたら、可能かもしれないでしょ?」

『!?』

彼女の言葉に十狼士と周りの人狼達の表情が喜面に染まり、俺は訝しげな表情を彼女に向けた。

「難しい顔をしているけど、どうかしたの?」

「……仮にも部隊長を名乗る者が言う台詞とは思えなくてな、真意を計りかねてる。」

「ん~、深い意味は無いかな?

ただ、そこまで言うからには、それなりの根拠があるんでしょ?

それを聞きたいかな?

……まさか嫌なって、言わないよね?」

そう言いながら、彼女はにっこりと笑みを浮かべた。

………例によって、目は一切笑っていなかったけどな。

しかし、まいったな。

あいつにあまりにも腹がたったので、プッツンした流れのままA(煽りに煽って)R(乱戦の途中で)T(とっとと、とんずら)に繋げようと思っていたんだが、見事にぶった切られてしまった。

奴らの問題点自体はわかっているから、話せと言われれば話せるが、彼女の狙いがなんなのかがわからないぞ?

………最悪の場合、乱戦に無理矢理にでももっていって、逃げるほかないかもしれないな。

あの事を確認したのち、タイミングを逃さない様に、話しながら周りの様子に気を張るしかない、か。

あとは、覚悟を決めて行動あるのみだな。

昔の人もこう言った。

【為せばなる、成さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり。】と。

……よし、いくぞ!

そんなことを数瞬の間に考えて腹を決め、俺は静かに頷いた。

 



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DISK38浅はかな考えと力の差(後)

大変遅くなりまして、すみませんでした。
9/22に前話の最後の方を改編していますので、ご覧になっていない方は、そちらからご覧下さい。


「……わかった。

そういうことなら、根拠を言わせてもらう。

まず一つ目は、あまりにも見立てがずさん過ぎることだ。

だろう。とか、はずだ。とか、希望的観測が多すぎる。

これがもし、周りに根回しや情報収集をやった上での発言ならば、まだ良い。

だが、聞いた限りではそんなことも一切せず、周りが勝手に動いてくれるだろうという、浅はかなものだった。

そんな他力本願丸出しの考えなんて、上手くいくはずがないだろ、って話だ。

二つ目、あらゆる部分の準備が、あまりにも不十分すぎること。

何人で反乱を起こそうとしているかはわからないが、そんなに人数は多くないんだろ?

だからこそ遠吠えをして、周りの奴らに呼び掛け、巻き込もうとしたんだ。

しかしだとすれば、なおのこと周りに話を通しておくべきだったのさ。

でなければ、襲撃に成功できたとしても、そっから先は繋がる可能性は限りなく低いからな。」

「なんでそんなことが言えるの?

もしかしたら、彼らと同じ様に不平不満を持つ者達が同調してくるかもしれないでしょ?

それとも君は、それすらもあり得ないとでもいうの?」

「そこまで言った覚えはない。

人狼に限らず、今の世の中の在り方に不平不満を持つ奴は、多かれ少なかれいる。

それによって反社会的な行動をしたら問題だが、その考えまで否定する気はないさ。

ただ、いきなり上から目線で、【俺について来い!】って言われたって、大多数は不信感しかもたれないから、ついて行こうとは到底思われない。

それにな、他の人狼族にあいつらと同様に不平不満を持つ奴らがいたとしても、それはほんの一握りにすぎない。

でなければ、人狼族という種はとうの昔に消えていたはずだからな。」

俺のその言葉にほとんどの者が?を浮かべる中、目の前の天慢寺だけは、興味深そうに目を細めるだけだった。

「……まあ、それは今は関係のない話だからな、話を戻すぞ。

そもそもの話、あいつらが攻めようとしている場所は、あいつらの生活圏内から大きく離れた場所なんだぞ?

そこへ勝手に入ってきて、好き勝手暴れた上にいきなり上から目線で物を言ってきたら、俺だったら間違いなくそいつらをぶっ飛ばしに行くね。

そして三つ目、お前らは人間を舐めすぎで、知らなすぎだ。

なるほど、確かにお前らの身体能力は驚異的だ。

並みのセキュリティ程度では止められないだろう。

だがしかし、お前らが襲おうとしている二ヶ所に仕掛けられているやつは特別製でな、許可書を持ってない奴はもれなくレーザーでなます切りにされるんだ。

それも奥に行けば行くほどそのセキュリティは強固になり、最終的には地を這う蟻や飛ぶ蚊一匹すら入れない状態になる。

例えお前らがどんだけ強かろうと、あそこに張り巡らされた強固なセキュリティの前では無意味だ。

いや、仲間を盾にしながら突っ込めば、あるいはたどり着くことは出来るかもしれない。

だが、その際は確実に無傷ではないだろうし、GGの人達がいるはずだから、そこで終わりだ。」

「GG?」

「グレート・ガーディアンズ。

要人護衛のための組織でな、軍や警察、消防にガードマン、果てはプログラマーからサラリーマンまで、優秀な人材を業種問わずに集められた、国内最強のスーパーエリート集団なのさ。」

「ふん、ガーディアンだかなんだか知らんが、下等種ごときが束になった所で、我々に敵うわけが「ライオンと素手で組み手をする人達だぞ?」………はい?」

「だから、ライオンと素手で組み手をする人達だぞ、って言ったんだ。」

「……こうちゃん、それマジか?」

「ああ、初めて見た時は流石にびびった。

人ってここまで強くなれるんだな。っと、遠い目をしながら幼心に思ったもんだ。」

「……まあ、なるわな。」

とはいえ、初めて見たあの時に、ここまでじゃなくていいから、誰かを守れるぐらいに強くなりたい。と感化はさせられたんだけどな。

「……っていうか、なんで君がそんなことを知っているんだ?」

「知り合いにそれ関係の人がいてな、本当は駄目なんだけど、特別に見学させてもらったことがあるんだ。

あの時は、ライオンとも戯れさせてもらったな。」

「た、戯れ…る?」

「おう、後ろにSPのおじさん達がいたからか、大人しかったぞ?

だからかな?

ちょっと調子に乗ってしまって、要らんことやっちゃったよ。」

「要らんこと?」

「ああ、なんでも好きなことして良いって言われたから、一通り芸を仕込んできちゃった。」

「………なにやってんの、お前?」

「いや本当に、なにやってんのだろうね。」

そう言いながら、過去の自分の行動が恥ずかしくなり、赤くなった顔を隠す様に手で押さえながら俯いた。

ちなみに、ライオン達が大人しく言うことを聞いてくれたおかげか、見学していた数時間の間に教えた芸に関しては、全て覚えてくれた。

そのおかげか、隊員の方々には大変可愛がってもらい、隊長さんに至っては、『将来、うちで働かないか?』とまで言っていただいた。

無論、お世辞だっただろうし、自分の実力がそこまであるとは到底思えない。

そしてなにより、自分の夢があったため、その場で丁重に断らせていただいた。

とはいえ、評価してもらったのは純粋に嬉しかったけどね。

 

―閑話休題ー

 

「そんで四つ目、こいつらはあらゆる意味で、人間社会の一般常識を知らないすぎだ。

そんなんで、よく人狼達の国を作るなんて戯言を言えたもんだ。」

「戯言だと!?

貴様、我々をどこまで愚弄するつもりだ!

それに言ったはずだ!

貴様ら下等種か、なにを仕掛けてこようとも、力で粉砕「できるわけないたろ、アホ垂れ。」……なんだとぉぉぉ!!」

「じゃかあしい!

そんな猪みたいに、力任せに突撃すれば大丈夫!って、アホなこと言っていれば、アホ垂れとも言いたくもなるわ!

もし、力任せだけで物事が万事上手く回るなら、今頃この世は世紀末覇者が闊歩する世界になっている。

しかし、この世がそうなってないというのは、力任せだけで物事が上手くほど、世の中甘くないということを示しているんだ。

基本的に、戦術で戦略を覆すことはできない。

お前らの力任せな戦術など、人々が練り上げ、積み上げてきた戦略の前に潰されるのがオチだ。

 

それに、ターゲットを確実に葬るためにも、情報っていうのは必要なんだ。

なぜなら、苦労して奥まで行ったのに、そこにターゲットが居なかったら、骨折り損もいいところだからな。」

「……それがどうした?

なにが言いたい?」

「勘の悪い奴だな。

今のお前らがそうだって言ってんだよ。

お前らが無理をして突撃したところで、無意味なんだよ。

なぜなら、お前らの目的の人物はその時間、基本的にはそこに居ないんだからな。」

「……はぁ?

なにを言っているんだ、貴様は?

そんな言葉に引っ掛かると思ったか!?

自分の住みかから離れる奴がどこにい「それが間違っているってんだ。」……る?」

俺の言葉に目を点にしながら固まる男を無視して、俺は言葉を続ける。

「あそこは仕事場であって、住んでいるわけではない。

そんな一般常識すら、お前らは知らないんだ。

そして五つ目、これが最後にして最大の根拠。

それは、お前ら人狼族は夜しか行動できないことだ。

仮に襲撃が上手く行き続けたとしても、やがて夜は明け、お前らは変化を維持できなくなる。

命を削れば維持できるそうだが、お前らの為に命を削るやつは、いったい何人いるやら。

で、お前らが約半日動けない間に、こちらは警備態勢の立て直しと、襲撃時のデータを元に警備の強化を図る。

まあ、政府がよっぽど無能ではない限り、半日もあれば準備は十分間に合う。

そうなれば、お前らは終わりだ。

攻めたところで強固になった守りに阻まれ、それ以上進めないだろうし、攻めずに逃げたところで、いずれ特定されて消されるだけだ。

なんにせよ、この世で正確な情報ほど重要なものはない。

それさえあれば、よほどのことがない限りは、負けることも失敗もない。

かつて孔子もこう言った。

【彼を知り、己を知らば、百戦危うからず。】とな。

お前らの場合、彼を知らなきゃ、己もきちんと把握出来ていない。

そんな状態で戦おうなんて、例え冗談でも笑えねえよ。

以上が奴らの失敗する根拠なのだが、なにか質問はあるか?」

「……なら、一つだけ。

もし仮に、彼らが今すぐ行動を移すのを止め、あなたの言う通りに周りと連携をとり、準備を万全にすれば、計画は成功するの?」

「……ん~、まあ、成功率は多少上がるだろうな。

ただし、それでも限りなく0に近い上、計画が実行されない可能性が非常に高い。」

「んん?

なんでだ?」

「理由は二つ。

一つ目、時間がかかり過ぎること。

もし本気でやろうとするならば、あらゆる人狼族と正しい情報を共有し、全員足並みを揃え、迅速に行動しなければならない。

それこそ、この初撃で全てを終わらせるぐらいの気持ちで、だ。

でなければ、さっき言った様に追い詰められるだけからな。

だが、それをやろうとしたら全ての人狼族に声をかけ、協力をあおがなければならない。

すんなりいけばいいが、時には受け入れなかったり、邪魔してくる奴らもいるだろう。

そいつらを説得するか潰すかまでは知らんが、それをしていたら、余計に時間がかかること間違いなしだ。

全ての人狼族と話のに、どれだけの時間がかかるかなんて、正直な所俺にも想像がつかん。

少なくとも一世代はかかんじゃねえかな?と思う。

それをやりきるだけの覚悟と想いが、お前らにあるとは到底想えん。

二つ目、あいつらがあんな妄言を言えるのは、ひとえにこちらのことを知らない、無知だからだ。相手を知るということは、相手の強さや恐ろしさを知ることでもある。

知らないからこそ、恐れずに行動できるんだ。

だからこそ、、現実を知った時に二の足を踏む。

中には、それを超えて踏み出せる奴もいるが、全ての者にそれを求めるのは酷だ。

まあ、それを超えさせるカリスマ性をトップが持っていれば、また別なんだが、あいつらにそれを望むのは、更に酷な話だ。

そんなわけで、計画が実行されないと思っている。

まあそもそもの話、省かれいたあいつらの話を真面目に聞くやつなんて、始めからいないだろうけどな。」

『……………え?』

「…やっぱり気付いてなかったのか。

妙だと思わないか?

省かれていたしょうちゃんは別として、十狼士と呼ばれている男が、自分達以外の人狼族と会ったことがない、っていうのは、普通に考えたらあり得ない話だ。

それも、声が聞こえる範囲にいるにもかかわらず、だ。

ここまでいくと、今まで偶然逢わないでいた。と言うには、少々無理がある。

そうなると、意図的に逢わない様にしている、としか考えられないわけんだ。

では、何故彼らは意図的に逢わない様にしていたか?

そして考えられる理由が、お前らも周りから省かれていた、というわけさ。」

周りの人狼達と十狼士の面子が、呆気にとられた様な表情で固まっているのを見ながら、俺はそう言い切ると、一人が徐々に顔を赤くしながら、身体を震わせ始めた。。

「き、貴様!

我々がはぶかれていただと!?

ふざけるな!!

そんな貴様のただの妄想だろ!?

そんなわけのわからん根拠で、そんなことを言うな。」

「なら一つ。聞くが、お前らは上の奴らに一切不満をもってなかったのか?」

「っ!」

「自分よりも順位が上だから。

ただそれだけの理由で、そいつらに良いように使われても、なにも思ったことがない。と、お前らは言うのか?」

俺の言葉に生介とおじいさん以外の人狼達は、顔をしかめながら顔を背けた。

「力による支配は、反感しか買わない。

それは人間の歴史も証明している事実だ。

力で縛れば縛るほど人の心は離れていき、そして縛る力を失った時、人その物が離れていく。

お前らの両親が、そうであった様にな。」

俺のその言葉に、先程まで語っていた十狼士の男と周りの数人は、更に顔を歪めた。

「睦月、今の言葉はどういうことなんだ?」

「言葉通りだよ。

あいつらの親もまた、一族の人達から省かれていたんだよ。

今のあいつらと同じく、力で色んな人を縛り、扱っていたために、な。」

その言葉に更に顔を歪める男に、俺は自分の考えが正しかったことを確信する。

「……なんでそう思ったの?」

「さっきあいつは、自分には偉大な親がいる、教材は大自然がある。

だから教えてもらう必要はない。と言っていたよな?

聞いた時は気づけなかったけど、よくよく考えてみればおかしいことなんだよ。」

「?

どこら辺がおかしいの?」

「まずこいつ、いや、こいつらは、あまりにも常識的なことや知識、教養がなさすぎる。

さっきしょうちゃんは、あいつら以外の人狼はみんな人間社会に溶け込んでいる。と言っていた。

それはつまり、他の人達は一般教養をきちんと身につけているということになる。

また、産まれた子供は一族みんなの子供、とも言っていた。

であるなら、例え自分の子供でなかったとしても、きちんと教えているはずだ。

なのに、奴らにその様子はない。

また、奴は大自然と言っていたが、ここら辺は言うほど自然は多くない。

あってこの自然公園ぐらいだ。

なのに、奴は大自然と言った。

この二点から察するに、あいつらは幼少の頃はここら辺ではなく、もっと自然の多い場所で育ったと推測出来る。

だがそうなると、なぜ奴らの両親は一族から離れてたのか?という疑問が残る。

だってそうだろ?

普通に考えて、両親二人だけで育てるよりも、手を貸してくれる人がいた方が良いはずだ。

一族の子供はみんなの子供というなら、なおのことだ。

つまり、あいつらの両親には離れなければならない理由があった。

そして、理由として考えられるのが…。」

「一族から省かれているということ。

ってわけね?」

「ああ、そういうことだ。

しかし、両親を誇るのは良いことだと思うんだが、もう少し考えて行動しなよ。」

「なにを言っている、私は常に色々と考えながら動いているぞ?」

「どこがだよ。

きちんと考えず、言われた通りにしかやらなかったから、失敗した所まで真似することになったんだろ?。」

「ふざけるな!

俺の両親は、失敗などしていない!

たしかに、両親から人は離れていった。

だがそれは、あの二人の強さに嫉妬した連中が、周りになにかを吹き込んだに違いない!

だからこそ俺が、俺達が証明するのだ!

俺達の両親は間違ってなかったのだと!

周りが間違っていたのだと!

人狼の国を作って、それを証明してやるんだぁぁ!!」

『うおぉぉぉぉぉ!』

叫ぶ様な男の言葉に、下がっていた周りの人狼達のテンションは、一気にに跳ね上がっていく中、俺はそれを醒めた目で静かに見つめていた。

「……なにも言わないの?」

「……言っているのが親友なら、ぶっ飛ばしてでも諭すけど、あいつにそこまでやる義理はない。

なにより、借り物の言葉しか言わないあいつに、特に言うことはないよ。」

「借り物?」

「そ、借り物。

あいつは、他の人が言った言葉をなぞって言っているに過ぎない。

そこにあいつの想いがない。

だからこそ熱が感じられない。

そんなやつは早々に淘汰されるか、干される。

だから、こちらがなにかをする必要はないのさ。

……さて、これで奴らの計画の実行は無理だというのと、他の一族の人達は関係ないというのが説明できたと思うが、納得したか?」そう言いながら俺は、真剣な表情で見てくる天慢寺に対し、にやりと笑みを浮かべて見せた。

…まあ内心、冷や汗が止まらないがな。

「………確かに無理そうね。

うん、納得したよ。」

そう言ってにっこりと笑う彼女だったが、俺はその笑顔に更に冷や汗が増えていくのを感じる。

「も~、色々と言ってくるから、転覆可能なのかと、いらない心配しちゃったよ~。

それなら後は、ここにいる全員消せば、問題解決だね♪」

『……え?』

にこやかな笑顔とは真反対の物騒なことを言う彼女に、一同が疑問符を上げた瞬間、恐ろしいほどの殺気が彼女を中心に、辺り一面に広がった。

「……やっぱりそうなるのか。」

凄まじい殺気を前に周りが顔を青くしたり、驚きの表情をしたりする中、俺は一人そう呟きながらため息を吐いた。

「…やっぱりって、どういうことだ?」

「…なあ、しょうちゃん。

支配者が支配した後に望む物ってなにかか知っているか?」

「支配者が支配した後に望む物?

……金とか女か?」

「……まあ、それも望むだろうが、一番は安定なんだ。

永続的に支配していくには、問題や障害はない方がいいからな。

だからこそ、危険分子や問題の種を嫌い、憎むんだ。

それがどれほど些細で、とるに足らないものであろうとも、危険な芽は早めに摘み取るに限るからな。」

「ああ、なるほど、そうだよな。

…………って、こうちゃん。

それってつまり……。」

「…残念ながら、俺達も問題の種に認定されたらしいな。

ただ、俺や神無月、周りの人狼達はともかく、しょうちゃんと長のじいちゃんは関係ないと思うんだが?」

「そうかな?

だって彼はあなたを助けるためにドマーと戦ったんでしょ?

なら、あなたと同罪。

そしておじいちゃんは、彼らをまとめなければならない立場にありながら、それが成されていなかったが為に、組織に不益が生じそうになった。

その監督不届きに対する処罰だよ。

そもそもの話、君が首を突っ込まなければ、彼らは巻き込まれることはなかったんじゃない?

そのこと、自覚あるのかな?」

「…………。」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら聞いてくる彼女に対し、俺はなにも言えずにただ奥歯をギリッと噛みしめた。

実際、彼女が言っていることは事実であり、俺は返す言葉がなく、唇を噛みしめるしかなかった。

「………とはいえ、彼は人狼族の長として、今まで組織に尽くしてくれたし、有力な若手を失うのが惜しいのも事実だから、最後のチャンスをあげる。」

「最後のチャンス?」

「うん、そう、最後のチャンス。

今から反逆者達を処刑するから、その間その場から一歩も動かないこと。

それが出来たなら、今回のことは不問にしてあげる。」

『なっ!?』

「なんだ、そんなことでいいのか。」

『はいぃぃ!?』

天慢寺の言葉に驚く面々を他所に、ホッとしながらそう答える俺を、その場の一同が驚愕しながらこっちを見た。

しかし、揃いも揃って騒がし奴らだな。

「……ねえ、」

「ん?」

「君はそれ、わかって言っているの?」

「当然だろ?」

怪訝な表情をしながら尋ねる彼女に、俺がなんでもない様に答えると、彼女は表情を更に歪めた。

「………できると思っているの?」

「できるかどうか?ではない。

やるのさ。」

俺の言葉に困惑の表情を浮かべる一同を尻目に、俺は怪訝な表情をするしょうちゃんの側まで近寄った。

「…?

なんっ……!?」

しょうちゃんがなにかを言うよりも早く、俺は彼の顎を左手で固定し、右手で頭を軽く前後に振った。

すると、今まで普通に立っていたはずの彼は、糸を切られた操り人形の様に、突然その場にへたりこんでしまった。

「……なにしたの?」

「脳を揺らした。

例え、どれだけ首や体を鍛えようとも、脳を直接揺らされれば意味はないのさ。」

「………本当になんでもありだね、君。」

「そうでもないさ。

今のは不意討ちだったから出来たたけだし、本来なら片手でやる技だが、力が足らないから両手でやらなきゃいけない上、それでも成功率はたったの三割程度だ。

ほぼ運に助けられている様なもんだ。」

「……いやいやいやいや、それでも十分凄いから。」

ため息を吐く俺に、神無月がツッコミを入れてくる。

「ん~、しかしだな。

やる以上は成功率八割にはしておかないと、いざという時が怖いからな~。」

「……ねえ、君はなにになろうとしているの?」

「ん?

しゃべってギャグれる新聞記者だが、なにか?」

そう言いいつつ俺は、キリッとした表情をしながらサムズアップをした。

その表情は我ながらキマッていた感触があった。

おそらく、普段の三割増し(当社比)にキマッていたと思われる。

「……いや、睦月。

その顔は腹がたつだけだから止めておいた方が良い。」

「そうだね、思わず殺っちゃいそうだったよ。」

だが、周りには不評だったらしく、その場の全員に冷たい視線を送られた。

……解せぬ。

「そもそも、普通の新聞記者に、そんな技能は要らないだろ?」

「なにかあった時のために、習得しておいただけだよ。

……とはいえまあ、流石にこの展開までは想定していなかったけどね。」

「…まあ、そうだろうな。」

「これぞ正に、備えあれば嬉しいな!だな。」

「それを言うなら、憂いなし。だ。」

「………そうとも言う。」

「そうとしかい言わないぞ。」

呆れのため息を吐きながらツッコミを入れる神無月に、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。

「……あ、ボケたことは言っているが、使った技はマジもんな上、上手く決まったから、本当に暫く動けないぞ、しょうちゃん。」

体を動かそうと。ぐぐっと力を込めている彼だったが、俺がそう話しかけると、彼の体がビクッと跳ねた。

……気づかないとでも思ってたのか?

「……お前は生きろ、生介。

そこのじいちゃんのためにも、人狼族のためにも、そして俺のためにも、お前はここで死ぬな。

この願いはとても身勝手で、お前が望まない願いだとはわかっている。

……それでも、…それでもお前には生きて欲しいんだ。」

そう言いながら俺は、生介から視線を外し、天慢寺を真っ直ぐ見据える。

「……じゃあな、親友。」

俺は最後にそう一言呟いて、数歩前に出た。

「…悪い、待たせたか?」

「ううん、最後の別れだもの。

それぐらいは待ってあげるよ。」

「そりゃまた優しいこって。

その優しさを、もう少しこちらに回してもらえると助かるんだけど、駄目?」

「うん、無理。」

「……だよね~。」

あ~、やっぱ駄目か。

と、内心はそう苦々しく思いつつも、表情は苦笑を浮かべ、軽い口調で返えす様に努めた。

まあ、わかっていたから、良いんだけどね。

「……さてと、じゃあ、そろそろ始めようと思うけど、準備は良いかな?」

「ま~だだよ。」

「答えは聞いていないよ♪」

『なら聞くな!!』

そんな軽い掛け合いしつつ彼女は、無数の羽根を空に向けてばらまいて両手を大きく広げると、鳥が羽ばたく時の様に両腕を勢いよく前へ降った。

すると、それに呼応する様にばらまかれた羽根が四方八方へ、弾丸の様に真っ直ぐ飛んで来る。

、先ほどの倍以上の速度で飛んで来る羽根を、俺と神無月は素早く動きながらそれ避けていた。

『ギャー!!』

「ぐはっ!」

「がはっ!」

周りから複数の叫び声が聞こえてくるが、避けるのに精一杯で、気にしている余裕はなかった。

雨の様な弾幕がようやく終わり、素早く周りを見ると、俺達の周り方にいた人狼の半数近くに、羽根が数本深々と刺さっていて、それぞれが痛みに悶えており、その姿を避けきった奴らが唖然としながら見ていた。

羽根は様々な所に刺さっており、中には両目に刺さっている奴もいて、その姿には流石に顔をしかめた、その時だった。

『………え?……あ、……あ゛、…あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛………!!!???』

突然奇声を上げ始めたかと思うと、彼らの目から、鼻から、口から、ありとあらゆる穴という穴から赤色の煙が登り、身体が歪にボゴボコと膨れ始めたかと思った次の瞬間、彼らの内側から突如炎が吹き出し、それと同時に突き刺さった羽根も激しく燃え出したため、彼らは一瞬の内に火だるまに変わってしまった。

『なっ!?』

業火は始め、激しい勢いで燃え続けていたが、全てを燃やし尽くしたのか、勢いはゆっくりと弱まっていき、数秒後には人狼だった物の燃えカスを残して鎮火した。

「……おいおい、マジかよ。」

「よそ見している暇はないよ?」

「チッィ!!」

彼らの死に樣に一瞬呆けそうになったが、その言葉に素早く意識を、動き出そうとした、その時だった。

「お、お待ちください、天慢寺樣!!」

「……なに?

なんの用?」

大声を上げて呼び止める十狼士を、彼女はギロリと睨みながら動きを止めた。

「な、なぜ、なぜ我々まで攻撃されるのですか!?

その場で動かないでいれば、攻撃はしない。と、言ってくださったじゃないですか!!」

「………へ?」

叫ぶ様に訴えるその言葉に、周りの人狼達もうんうんと頷いているが、俺と彼女は揃って疑問符を浮かべた。

「…ん~、孔月、そんなこと言ってっけ?」

「優秀な若手を失いたくない。と言った後に、動かなければ処刑しない。と、言ったではないですか!!」

「……うん、言ったね。

でもね、あくまでも孔月が残すと言ったのは、優秀な人であって、その他大勢の雑兵は必要ないんだよ?

それとももしかして、自分達が優秀な若手だと思っていたの?

だとしたら、勘違いにも程があるんだけど?」

表情を隠す様に、左手で口元を隠しながらそう言う彼女ではあったが、眼の形や声色、頬の動きから、嘲笑の笑みを浮かべているのが見てとれた。

「……それはつまり、我々もまた、その他の雑兵程度のレベルである、と?

強靭な肉体を持ち、鋭い爪と牙を兼ね備え、優秀な頭脳をあわせ持つ我々が、雑兵程度のレベルである、と?

他のどの種族よりも上位の力を持つ我々が、なんの力を持たぬ下等種と同じレベルである、と!?

ふざけるなぁぁぁ!!」

そう叫びながら十狼士の一人が駆け出し、彼女に向けて鋭い爪を降り下ろした。

だが、彼女はそれを特に慌てることもなく、ヒラリと避ける。

「ぬぅぅうおぉぉぉぉぉ!!」

余裕を持って避ける彼女の姿に、男は速度を上げながらラッシュを続ける。

だが、凄まじい風切り音を上げながら繰り出されるそれを、彼女は眉一つ動かさず、先ほどと一切変わらぬ様子で避け続けていた。

その間俺はというと、彼女の気が一瞬でも俺から逸れたら、即動き出せるように、ラッシュが始まった時からその場に留まり、彼女の動きを注視していた。

………そう、つまり彼女は、あれだけの激しい攻めの中でも、一瞬たりとも俺から気を逸らしていないのだ。

しかも、意識の比重はこちらに多く向けられている。

その比率はだいたい八対二といったところだろうか。

………我ながら、この比率はおかしいだろ、ってツッコミをいれたいのだが、飛んでくる殺気の強さが、俺の考えを肯定する。

しかし、彼女も無茶をするよな。

今彼女がやっていることを、分かりやすく例えるならば、マシンガンが乱射される中を、大音量の音感をイヤホンで聞いている様なものだ。

はっきり言う。

あれは俺でもできないし、やろうとも思わない。

なんにしろ、今は動けないには違いない。

さて、どうする?

そんなことを思っていると、天慢寺が避けるのと同時に身体をひねり、数瞬力を溜めた、次の瞬間。

 

ードゴッー

 

という鈍い音と共に、男の胸に彼女のローリングソバットキックが突き刺さり、男の身体をきく後ろへ蹴り飛ばす。

男が苦悶の表情を浮かべながら吹き飛んでいくのとほぼ同時に、俺に向かって無数の羽根が飛び交い、辺り一面に突き刺さった。

だが、羽根が飛んできた時には、既に俺はその場から駆け出していたため、それが突き刺さることはなかった。

「…ったく、ローリングソバットをかましながら、羽根でこちらを牽制するとか、随分と器用な真似をするもんだな。」

「…逆だよ。」

「ん?」

「さっきの攻撃、蹴りの方がついでで、君への投撃の方がメインだよ。

悪いけど、君になにもさせるつもりはないよ。」

「……おいおい、ただの人間相手に、随分な警戒のしようだな?

ちょっと過分に対応し過ぎじゃねえか?」

「うん、そうかもね。

でもまあ、念には念をって感じかな?

なにもないことに越したことはないでしょ?」

「……そりゃまた、身に余る光栄ですな。」

そう軽口で返しながら苦笑を浮かべて見せるが、内心は若干焦っていた。

今まで上手くいっていたのは、相手が俺をただの人間と心のどこかで侮っていたから、その隙を上手くついていたが、今の彼女からはそれを感じられない。

恐らく今なにかをしようとしたところで、彼女の言葉通り、する前に潰される公算の方が高い。

……ヤバいな、手詰まり感が半端ないぞ。

……まあ、だからと言って諦めるという選択肢はないけどな。

そう思い、なんとか手を探そうと構え続けていると、彼女の後ろで動く影があった。

「……へ~、生きていたんだ。」

そう言いながら彼女が振り返ると、先ほど蹴り飛ばされた男が、胸を抑えながら立ち上がっていた。

「一応殺すつもりで蹴ったんだけどね。

言うだけあって、身体だけは頑丈みたいだね。」

「……ぬかせ。」

とはいえダメージは大きいらしく、荒い呼吸を繰り返しながらも、なんとか立っている。っという感じだった。

「……おい、お前ら。

なにぼーっと突っ立っているんだ。

とっとと構えろ。」

『…え?』

「ぼーっとしてないで、貴様らも戦えと言っているんだ!」

『ええっ!?』

周りを見回しながら叫ぶ男の言葉に、周りにいた若い人狼達は目を白黒させながら驚きの声を上げる。

「ちょっ!?

なにを馬鹿なことを言っているんだ、お前は!?

ふざけたことをいうな!!」

「ふざけたことを言っているのはどっちだ!!

ここであいつを殺らなければ、俺達が殺られるんだぞ!

生き残りたいなら、戦え!!」

唸り声を上げながら飛ばされた男の激に、周りの人狼達が呼応する様に唸り声を上げながら構えをとる。

天慢寺はその様を、目をぱちくりさせながら見ていたが、その数瞬後ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた。

「……へー、孔月と戦う気なんだ。

たかだか身体能力が少々優れている程度で色々と勘違いしている人達が、孔月に勝てると思っちゃっているんだ。」

「うるせえ!!

てめえら、一斉にかかれぇぇ!!」

男の号令と共に、十狼士の二人を除いた周りの人狼全員が動き出し、男は高く跳び上がった。

周りから距離を詰める者は全員で六人。

その六人も同時に詰めるのではなく、前後に三人づつ別れて詰めているため、仮に最初の三人を避けても、直ぐ波状攻撃ができる様に布陣されていた。

しかも、上に飛んで逃げようとしても、先に跳んでいた男がいるため、無傷で避けるのは難しいと言わざる得ない。

仮に無傷で全員を倒せる実力があったとしても、あれだけの数になると、意識を嫌でもあちらに向けなければならないはず。

それが例え数秒だったとしても、この場から逃げるきっかけには十分だ。

つまり、逃げるなら今が絶好のチャンス!というわけなのだ。

そう思いながら神無月を見ると、向こうもこっちを向いていて、こちらへ頷いてきた。

うん、考えが一緒の様で助かる。

よし、なら後はあいつらが攻撃を仕掛けた瞬間、動きだせば……、

「……邪魔。」

………たった一言と一動作だった。

「……え?」

先ほどの一言と、払う様に大きく腕を振る動作の一つだけ。

たったそれだけで、周りにいた六人の人狼は突如生まれた火炎に呑み込まれ、数瞬後には黒ずみの物言わぬ塊へと変わっていた。

「なっ!?」

跳んでいたがために炎に呑まれなかった男は、一瞬驚きの表情を浮かべるも、直ぐにギリッと歯を食い縛ると、落ちる勢いをそのままに腕を思い切り振る。

「ぬおぉぉぉ!!」

 

ーグシャバキッー

 

振り下ろした右手がぶつかった瞬間、辺りに肉と骨が砕ける音が響いた後、二人はその場で固まった様に動かないでいた。

俺の方からでは男の背中しか見えず、天慢寺がどうなったかまでは見えなかったのだが、存命であることは断言できた。

何故ならば、

「……これで終わり?」

先ほどから変わらず、彼女の殺気がビンビン飛ばされてくるからだ。

男の身体が後ろへぐらついたかと思うと、彼女は送り足払いの要領で足を払い、男の身体を背中から叩きつけた。

「がはっ、ゴッポッ!!」

叩きつけた時の音と共に、グチャっという肉を時の音が辺りに響き、男の口からは赤黒い血が大量に吐き出された。

見ると彼女の左手は男の右手首をがっしり掴み、右手は男の胸に深々と刺さっており、彼女の右腕を赤く染めていた。

恐らく振り下ろされた右手を左手で捕らえ、カウンターの右手で胸を貫いたのだろう。

「……ねぇ?

本当に勝てると思っていたの?

その程度の実力で、本当に勝てると思っていたの?

投撃ばっかりだから、接近戦に持ち込んで、数で攻めれば勝てるなんて、浅はかな考えだったの?

……ねぇ、孔月は聞いているんだけど!!」

その言葉と共になにかが握り潰される音が辺りに響き、男は赤黒い血を再び吐き出した。

「………まあ、良いや。

とりあえず君、いらないから。

じゃあね。」

彼女が笑顔でそう言うと、突然男の身体がガクガクと痙攣し、先ほどの男達以上の火が口から吹き出して男を呑み込み、数瞬後にはただの炭の塊が転がっていた。

その炭から手を抜き、パンパンっと払うと、こちらを見てニッコリと笑って見せた。

「ところで、さっき君は面倒くさい案件がどうのこうの言っていたけど、なんのことかな?」

「……いや、すまない。

どうやら俺の勘違いだったらしい。」

「そう?

それは良かった。」

ニッコリと花が咲くような笑顔を浮かべる彼女に対し、俺は自分の浅はかさを呪った。

さっきの彼女の態度は、本心からだったのだ。

例え奴らが暴れたとしても、直ぐに鎮圧させられるだけの力を有して入れるからこそ、あんなに余裕だったんだ。

そして、今自分の置かれている状況の不味さも理解した。

……マジで、どうするかね?

俺はそう思いながら静かにため息を吐いた。



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DISK39 逃走と別れ(前)

「それそれそれぇぇ!」

「クッ!」

あれから何分がたっただろうか?

上から、下から、横から、様々な角度から無数に飛んでくる羽根をなんとか避け続けているが、だんだん膝が震え、足が重くなりだしてきた。

…さすがにそろそろ限界が近いか。

まあ、立ち止まるなんていう選択肢はないけどな。

そんなことを思っているそばから、複雑な軌道を描く羽根が数本迫ってきたが、なんとか見切って避けきる。

だが、どうしてもスレスレを避けることになるのも数本あり、羽根の持つ熱の余波によって、いたる所が火傷でヒリヒリしている。

今もこめかみスレスレを羽根が横切り、新しい火傷が一つ生まれたところだ。

「ったく、シューティングゲームの弾幕かよ!!」

「体験型3Dだよ♪」

「生憎だがその手の物は、VR版の東方でやり飽きたんでな。

命懸けのプレーなんて真っ平ごめんなんだが?」

「残念、強制参加だよ♪」

「うぉい!

もうちっとプレーヤーの意思を反映してくれよ!」

「大丈夫、ちゃんと次回作の参考にはするからね♪」

「今すぐ反映してくれ!!」

そんな弛い会話とは裏腹に、飛んでくる羽根の数が、そろそろえげつないことになっ…て…き……、い、いかん。

ただでさえ酸欠になりかけていたのに、今のツッコミのせいで、マジでヤバくなってきたぞ!

クソッ、これも彼女の罠なのか!?

そんなあほなことを考えつつも、ギリギリながら避け続ける俺だった。

一方、神無月はというと、

「はっ、はっ、だりゃ!」

彼はフレイムガルルにフォームチェンジして、両手の剣で飛んでくる羽根をひたすら捌いていた。

流石の彼女も、神無月相手には意識を偏らせることはできないらしく、半々又は六対四ぐらいの割合で、意識を向けていた。

なので、どうしても攻撃が雑になるところが生まれ、僅かな隙が生まれることがあった。

「っ!

いくぞ!」

その僅かな隙を突き、神無月は何度も距離を縮め様とするが、

「させないよ。」

「くっ!!」

その度に今までの倍近い数の羽根を放たれ、その場に釘付けにされる。

だが、その瞬間は神無月に集中しているため、俺への攻撃はほんの僅かだが止み、その間に一~二呼吸だけだが整えることができた。

呼吸を整えながらチラリと空を見ると、空が大分白んできていた。

夜明けは間近に迫っているということか。

今までやり取りからも判るかと思うが、彼女は本気ではない。

今の状況を例えるなら、猫がネズミをいたぶって遊ぶみたいな、そんなか感じだろうか?

正直なところ、神無月が受けたあの無数の羽根を避け切る自信はないし、あの火炎で攻められたら、当たらなくても焼死体になれる自信がある。

それをやらない辺り、遊ばれているのだろう。

……まあ、おかげ生き長らえているんだけどな。

なんにしても、夜が明ければ生介達は変化出来なくなるし、人の目も増える。

そうなれば、彼女にも焦りがでるはず。

そこを突けば、逃げる算段もつけられるはずだ。

そんなことを数瞬で考えながら、俺は彼女へ視線を戻すが、こちらへは羽根が放たれておらず、一瞬疑問符を浮かべた。

だが、飛んでいないのも事実だし、もう一呼吸しておくか?と、息を吸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが運命の別れ道だった。

「っ、ぅえだぁぁ!!」

「!?」

誰かの声に弾ける様に上を見上げると、数本の羽根がこちらに向かって、急降下しているのが見えた。

しまった!っと思うのと同時に、身体は回避行動を始めるが、息を吸い始めたタイミングだったため、その動きはひどく鈍かった。

たかが呼吸と思うかもしれないが、これ一つで動きが大きく変わってくるのだ。

試しになにも考えず、重い荷物を持ち上げてみて欲しい。

その次に、なにも考えずに立ち幅跳びをして欲しい。

大抵の人は、持ち上げる時は息を大きく吸って、息を止めながら持ち上げ、跳ぶ時は息をおもいっきり吐いているはずである。

それを感じた後、それぞれの行動を今度は逆の呼吸でやって欲しい。

恐らく上手く行動が出来ないか、できても力を余計に使ったり、記録が悪くなっているはずである。

これは、力を外に出す動き(息を吐く行為と遠くへ飛ぶ行動)と、力を内に溜める動き(息を吸う行為と力を込める行動)に、それぞれ準じた動きをしているため、それぞれ行為と行動が逆の動きをすると、相対し合って思うように力を発揮出来なくなるのだ。

今回の俺を例にするなら、避けるために駆ける行動(力を外に出す動き)と、息を吸う行為(内に力を溜める動き)を同時にした為、思うように動けないのだ。

……簡単にいうと、大ピンチなんだな、これが。

「……って、ボケてる場合か!!」

ノリツッコミをしつつ、力の入らぬ身体に無理やり力を込めるが、全て避けるには僅かに足りない。

このままでは、一~二本は直撃する。

そう考えた瞬間、俺は片足に力の比重を強くかけ、横へ転がる様に跳んだ。

その動きで僅かに身体が加速し、その僅かのおかげで俺は羽根を避け切ることに成功する。

だが、その代償は大きかった。

転がりながら避けたため、体勢は大きく崩れ、動きも緩慢な隙だらけの状態になってしまったのだ。

その隙を彼女が見逃すはずもなく、

「もらったぁぁぁぁ!!」

そう叫びながら、こちらへ振り向きざまに左と右の二回、足を止めて身体を捻り、数瞬力を溜めてからの右の一回。

計三回の投撃を仕掛けてきた。

本当ならもう一回、左の投撃がくるところだったのだが、

「はっ!!」

「くっ!」

そこは神無月が斬りかかり、彼女はそれを羽根で受け止めたため、それは未然に防ぐことができた。

だが、それでも俺を殺すには十分と言えた。

彼女の投げた羽根は一回一回の量は少なかったが、波状に投げられている為にそれぞれの隙間をカバーし、逃げ道を塞いでいた。

もし、これが駆け回っている間にやられたのならば、まだ避けられる可能性はあったが、ほぼ止まっている状態の俺では、駆けて避けるのはまず無理な話である。

「……なら、動かないでどうにかするまでだ。」

俺はそう呟き、右手で懐に入れていた青のシャツを取り出しながら、左手で上着の表前立てを掴むと、ボタンを引きちぎりながら上着をはだけさせ、素早く袖から左腕を抜きながら、迫り来る第一波に向けて、右手の青のシャツを右から左へ薙ぎ払う様に振った。

振ったシャツで、飛んでくる羽根を次々と巻き込みながら払っていくが、シャツが羽根の温度で直ぐに燃え始めた為、振り切った瞬間にそれを手放す。

目前にまで迫る第二波に対し、振った勢いで右手首まで移動していた上着の袖を掴むと、今度は左から右へ薙ぎ払う様に振った。

先ほどと同様、シャツは第二波の羽根を巻き込みながら払っていくが、こちらも羽根の温度で燃え始めた為、振り切った瞬間に手放す。

第三波は身体を捻ったり、力を溜めた時間があった分、ほんの僅かではあったが間が空いていたが、力を溜めて放った分、スピードは今までの中で郡を抜いていた。

だが、ここまでの間に体勢は立て直すことができたため、第三波はしっかり見切って避けることができた。

「う、嘘ぉぉぉ!?」

これには彼女も予想外だったらしく、本気で驚いている様だった。

「はぁぁっ!!」

「しまっっ、あぁ!」

その一瞬の揺らぎを見逃さず、力を込めた刃は受け止めていた羽根を切り裂き、彼女へ痛烈な一撃を与える。

当たる寸前に右手から生み出した羽根のおかげで、刃が直撃こそしなかったが、それでも身体を吹き飛ばされ、俺達と大きく距離が開いた。

「よし!」

「今だ!

神無月、走れ!」

「え?

あ、ああ!!」

階段へ続く扉へ向かって駆け出す俺の後を、神無月は慌てて駆け出した。

扉までの距離はこちらの方が近く、例え今羽根を投げられたとしても、こちらの方が早く逃げ込められる。

そう思いながら扉まで後数歩の所まで来た、その時だった。

 

ーゾワッー

 

今まで感じたことがないぐらいの殺気を背に感じ、反射的に後ろを振り返ると、小型の火の玉が高速でこちらへ飛んで来ていた。

『うおぉぉ!?』

神無月も殺気を感じとって振り返っていたらしく、慌てて左右に別れてそれを避けた。

高速で抜けていく火の玉に安堵するのもつかの間、さらに強い殺気を上から感じて見上げると、いつの間にか高く跳んでいた天慢寺が、急角度かつ、高速でこちらへ向かって来た。

「うおぉああぁぁ!?」

俺は慌てて足に力を込めて加速し、素早く彼女の攻撃の軌道から外れた。

そして、軌道から外れたその瞬間に彼女は高速で扉へ突っ込み、

 

ードガラガラガラガラー

 

という凄まじい音と共に階段への入り口は崩れ、階段で下へと降りることが不可能になってしまう。

入り口が砂煙を上げながら瓦礫の山になるのを見つつ、俺は彼女から距離をとり、どんなことをされても良い様に身構えた。

やがて砂煙が晴れると、無傷の彼女が砂ぼこりを払いながら立っており、無表情ままの顔をゆっくりとこちらへ向けてきた。

「………へ~、これも避けるんだ。」

「……別にあれぐらいで驚くこともないだろ。

今の攻撃も、羽根の投撃も、いくらスピードがあっても、軌道の変化のない、ただ真っ直ぐ飛んでくる攻撃ならば、如何様(いかよう)にも、蛸様(たこよう)にも対応できるさ。」

「ふ~ん。

……で?

唯一の逃げ道塞がれたけど、まだ君は逃げるつもりなの?」

「そりゃ当然だろ?

生きることを諦める選択肢がない以上、どこまでも抗うさ。」

そう答えながら俺は、軽く笑みを浮かべてみせた。

……と、なんでもない様にする俺ではあったが、内心は冷や汗だらけだった。

先ほどの投撃は、第四波が来ていれば間違いなく詰んでいたし、今のだってわりとギリギリだった。

それでも、彼女を少しでも揺さぶるために、わざと余裕がある様に見せるが、そんな内心を知ってか知らずか、彼女は表情を崩さないまま俺を見続けていた。

「………君は、危険な人物だね。

普通、こんな絶望的な状況下にいたら、膝を折ったっておかしくないのに、君は未だに諦めず、生き残る道を模索している。

それ自体は、本当に凄いことだと思うよ。」

「…過分に評価してもらって、ありがたいとは思うが、それは買いかぶり過ぎだろ?

俺は所詮はただの人間なんだぞ?」

「そう、君はただの人間でしかない。

だからこそ凄いし、危険なんだよ。

もし仮にこの場で君を逃してしまったら、君は必ず力をつけ、組織に、ご主人様に仇なす可能性が高い。

だから力の無い今、君を確実に殺す!!」

「させるかぁぁ!!」

強い意思を込めながら構える天慢寺に、神無月は素早く切りかかった。

が、

 

ーガキッンー

 

「なっ!?」

「……あなたの相手は、後でして上げます。

ですので、今はすっこんでいて下さい。」

「うわっ!?」

先ほど吹き飛ばすことができた一撃を、彼女は羽根で微動だにせずに受け止めた上、今度は先ほどと真逆に弾き飛ばされてしまった。

「はっ!!」

「くっ!」

そして、再び投げられた羽根を素早く避けていくが、先ほどまで以上に余裕が無くなっていた。

だから、

「……もらったよ。」

「なっ!!??」

いつの間にか近くにいた彼女に気づけないでいた。

「これで終わりだよ!」

そう言いながら彼女は右手に炎を纏わせ、俺に向けて拳を放った。

白色の混じった炎を見ながら、俺は背筋が凍った。

通常の炎の色は橙色であり、温度が上がる毎に白、青、無へと変わっていく。

通常白炎は五千~七千℃の間と言われ、それ以上だと青色に変わっていく。

原爆の爆発時の温度が三千~四千℃と言われ、太陽の表面温度は六千℃と言われていることから、彼女の炎のとんでもなさがわかると思う。

ちなみに、市販のガスコンロの炎が青色なのは温度が高いのではなく、ガスに使われている気体に化学反応起こしているだけである。

こういう化学反応を炎色反応という。

……つまり、なにを言いたいか?というと、彼女の手にある炎は炎色反応でない限り、あの炎は超高温であり、あれがカスっただけでも、俺はこの世から影や塵すら残さず消滅してしまうということだ。

つまり、大ピンチpart2ってわけだ。

……え?

その割には余裕だな。って?

そんなわけねぇだろうが!!

これでも選択肢2を選ぶ為に、必死に考えているんだよ!!

……え?

選択肢ってなんのことだって?

おいおい、マジで言っているのかよ?

この状況下で選択肢っていったら、

1,誰かが助けに来てくれる。

2,俺が天才的な閃きをして、自力でこの場から脱する。

3,逃げられずに消滅、現実は厳しいのだ。

の3つに決まってんだろ?

とりあえず3は除外するので、1か2になるわけだが、残念ながら1は望み薄だろうと思う。

何故なら、人狼達は恐怖で動けず、生介はあと20~30分は動けない、もとい動いちゃいけないし、神無月は吹き飛ばされているので不可。

あとはおじいさんだけなのだが、あの人も動いちゃいけない上、俺を助ける義理も無い。

つまり、誰かが助けに入ることは期待できないわけだ。

そうなると必然的に2になるわけで、さっきから色々考えているんだけど、こういう時に限って妙案が閃かない!

いや、案自体は思い付くのだが、どれも現状を打破するに至らない案ばかりなのだ。

例えば、

案1,彼女にハイキックを当てて蹴り飛ばす。

神無月の一撃に耐えられたことから、不可能と思われる。

仮に飛ばせたとしても、彼女は構わず右手を振り、俺を消滅させるだろう。

案2,全力でバック走をする。

一番現実的な案だが、恐らくこれも無理だ。

一応、百メートルを十秒で走ることはできるが、初速はどうしても鈍くなってしまう。

今から駆けた所で恐らくぎりぎりカスるか、当たらなくても恐らく余熱で燃える。

なので、この案もボツ。

案3,彼女を踏み台にして反対側に逃げる。

押して駄目なら引いてみろとばかりに、彼女の身体に足をかけて駆け上がるという、これ以上ないぐらいに単純な案なんだが、恐らくこれも駄目だろう。

駆け上がる間に自由な左手で抑えられたらアウトだし、仮に成功しても近くに居たら回転して炎をぶつけられるし、遠くに跳んでも羽根で追撃を喰らう可能性が高い。

なのでこちらもボツ。

その他に瞬間脱衣で全裸になって、相手の隙を作るとか、キスをして混乱及び動揺させる、といったとんでも案から、しゃがんでやり過ごすや、右側にひたすら逃げるなどの現実的な案まで、様々な案が浮かんではボツになり、浮かんではボツになっていく。

………え?

そんな色々と考えていないで、とっとと逃げろよ。って?

残念ながら、そんな時間の余裕は無い。

……いや、正確にはそんなに時間は経っていない。と、いうべきだな。

今まで色々と考えていたけど、実は現実の時間はコンマ数秒も経っていない。

人は死の危険が迫った時や感情が高まった時、今までの出来事が、洪水の様に溢れ出ることがある。

それをパノラマ記憶(いわゆる走馬灯)というのだが、その時に周りの時がゆっくりと流れ、思考は高速化すると、現在進行形でその状態で色々と思考しているんだがな。

しかし、俺も色々と体験してきたし、走馬灯自体は何度か見たことはあるけど、身体や周りの時が完全に止まるほどのものは、今回が初めてだな。

……まあ、そんだけヤバい状況である、ってことなんだけどな。

とはいえ、炎を目の前にして動けないのも、なかなかキツいものがあるな。

DIOの時を止める+無数のナイフの投撃を受けた丞太郎の心境は、こんな感じだったんだろうか?

……さて、あれこれ考えてみたが、やっぱり右後ろへ全力で駆けるのが、助かる見込みが一番高そうだな。

あとは万事を尽くすのみだな。

……よし、行くぞ!

 

ー時は動きだす。(子安武人さん調)ー

 

そんなことをノリで思った瞬間、本当に世界は突如動き出し、彼女の炎は俺へと迫ってきた。

マジか!?っと内心若干焦りながらも、それとほぼ同時に炎から逃れる為に、俺は素早く右後ろへと全力で駆け出していた。

そのおかげか、彼女の間合いからわずかに外れだした為、なんとかなるかもしれない。っという考えが一瞬頭に過った。

だが、それを見た彼女が目に力を入れた次の瞬間、手のひら大の炎が突如膨らみだし、一気にバスケットボール大の大きさにまで変化した為、彼女の間合いが広がり、逃げ切れなくなってしまう。

「なっ!?」

これには俺も驚きの声を上げてしまい、少しでも離れようとするが、どう考えても逃げ切れるわけがない。

あと考えられるのは、腕で顔をガードしつつ炎を耐えることなのだが、人狼達ですら数秒で消し炭に変えられる火力を、ただの人間である俺が耐えられるわけがない。

……これは、さすがに詰んだか?

そう思ったその時、視界の右端になにかが見えた気がして、反射的に腹筋を絞めた。

その瞬間。

 

ードゴッー

 

っという鈍い音が身体の中から響くのと同時に、

凄まじい勢いでタックルを喰らい、身体が同じ速度で移動しているのを感じていた。

誰がタックルをしてきたのかわからなかったし、気にもなっていたが、右腹部から感じる痛みが激し過ぎてそれどころではなかった。

その数瞬後、ザザッという音と共に身体の動きが止まったので、状況を確認するために顔を上げ、痛みで未だに歪む視界で周囲を見渡すと、そこには驚きの表情を浮かべる天慢寺とおじいさん、神無月とその他の人狼達が目に映った。

しかし、その中に映るべき人物が居らず、嫌な予感がしながら横にいるタックルした人物に目をやると、

「……良かった、今度は間に合った。」

そう言って安堵の笑みを浮かべる親友の、大津 生介の姿がそこにあった。



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DISK40 逃走と別れ(中)

また前回より半年かかってしまった(汗)
努力します。


「……なんでお前が?

まだ動けるはずないのに!」

「おいおい、さっき大声でお前の危機を伝えてただろ?」

「っ!

あれはお前だったのか?」

「ああ、さすがに多少ぐらついていたから、変な声色になっちまったけどな。

とはいえ、あんだけの時間があれば、動けるぐらいには回復するさ。」

そう言いながら大津は、ニヤリと睦月に向かって笑って見せたが、次の瞬間には険しい表情に変わり、睦月を脇に抱えながら横に駆けた。

その直後、その場所を激しい炎が焦がし、熱風が睦月達を襲う。

通常時の大津ならば耐えられただろうが、調子が万全でなかった上、睦月という荷物を抱えていたため、大津の態勢が崩れてしまった。

「逃がすかぁぁ!」

そこへ、右手に白炎を纏わせた天慢寺が怒りの形相しながら、ものすごい勢いでで迫ってくる。

纏わせた白炎の熱で服を焦がしながら迫る彼女からは鬼気迫るものがあり、態勢を崩した大津は完全に呑まれて、動けなくなってしまった。

「はあぁぁぁ!!」

「っ!!」

だがそこへ、神無月がガルルセイバーを咥えながら、身体ごと突っ込む様にフレイムセイバーで突きを放つ。

それに気づいた彼女は、素早く反転しながら左手に羽根を出し、右手を炎を纏わせたまま素早く羽根に添えると、炎が羽根に吸いとられる様に消えていき、それと同時に羽根が炎を思わせる様な形の剣へと変化した。

その羽根でガキンっという金属音をたてながら、フレイムセイバーを真っ正面から受け止めるが、さすがに神無月の渾身の突きの威力を全ては受け止められなかったらしく、今回は弾かれる様に後ろへ飛ばされていった。

「二人共、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。」

「すまない、助かった。」

大津はそう言い、睦月を脇に抱えながら態勢を立て直すと、先ほどいた場所に目をやった。

「…しかし、本当に凄い火力だな。」

「だな。

当たっていたら、瞬間的に消し炭になっていたな。」

炎に焼かれ、炭化した床を見ながらしかめっ面をした二人は、彼女の方へ顔を向けると、彼女はムスッとした表情でこちらを睨んでいた。

「……明らかに不機嫌だな、あいつ。」

「そりゃまあ、殺れると思ったら二回も邪魔されたからじゃねえか?」

「…普通、邪魔した人が言うかな?」

怒気を孕んだ声でそう言う彼女の目はとても恐ろしく、三人の背中に冷や汗が流れて止まらないでいた。

「……凄い目付きだな。

寒気がするぞ。」

「……そうだな。

俺もあの目で見られていると、背筋がゾクゾクしてきたよ。」

「……目覚めたのか?」

「そんな酔狂な趣味はねえよ!!」

「……こんな状況下で、君達はよくボケる余裕があるね。

というか、睦月はいつまでそのままでいるつもりなんだ?」

「それは俺が聞きたい。

さっきから抜け出そうとしているんだが、さっきからこいつが腕でガッチリ挟んで、放してくれないんだ。」

「そうは言うがな、こうちゃん。

お前今怒ってんだろ?

怒っている時のお前はなにするかわからないからな。

そんなお前を解放するほど、俺は迂闊ではないぞ?」

「……誰のせいで怒っていると?」

「神無月、なにやってこいつを怒らせたんだよ?」

「違う!!

神無月じゃねえ!!」

「そうか、なら残るは天慢寺か、じいちゃんか。

じいちゃんとは考え辛いから、そうなるとやはり、彼女がこうちゃんをここまで怒らせたんだな!」

「んなわけあるか!!

お前だよ!!お・ま・え!!」

「……本当に君達、余裕だね。」

漫才を繰り広げる俺達を、神無月は横目で見ながら、呆れた声色でツッコミを入れつつため息を一つ吐いた。

「本当にね。

まあ、片方は組織に歯向かってきた馬鹿で、もう片方は周りの気持ちを考えずに行動するする馬鹿。

お互い馬鹿同士だから、気が合うんだろうけどね。」

「まあ、俺が馬鹿なのは否定しない。

だがしかし、自慢じゃねえがテストの点数で赤点はおろか、常に平均点より下を取ったことはない!!」

「本当に自慢にならねえよ!!

むしろ当たり前のことを胸張って言うな!!」

「……平均点以上取っているのなら、そこまで馬鹿ではないんじゃないか?」

「いやいや、実はいつもテスト前に勉強を見てもらっていてな。

それが無かったら、ほぼ確実に赤点だらけだった!」

「そんなことを威張って言うな!馬鹿たれ!!」

「ああ、そうさ、馬鹿さ、馬鹿だとも。

馬鹿だからこそ、お前が考えてくれていたことも、じいちゃんがやろうとしたこともわからない。

周りがなにを思おうと、それによって起きることなんて知ったことじゃない。

……俺はただ一人、お前を助けることができれば、それで良かった。

それが出来れば、俺はどうなったって構いはしなかったのさ。」

「……それで、自分の命を賭けることになってもか?」

「当たり前だろ?

考えるまでもないさ。」

「…ちょっとは躊躇しろよ、アホたれ。」

自分の問いに即答しながら胸を張る大津に、睦月は頭を抑えながらため息を一つ吐くと、頭をガリガリと掻き出した。

「……はあ~、ったく。

好き勝手言いやがって。

こっちはお前のために、色々と考えていたんだぞ?」

「それは悪いとは思っている。

だが、さっきも言ったが、俺はお前がなにを考えているかわからん。

だから俺は、俺が思う様に動くだけだ。」

「本当に勝手な奴だな。

フォローするこっちの身にもなれ。」

「……むしろ、俺の方がフォローしている気がするんだが、気のせいか?」

「気のせいだ。

なんにしろ、逃げ切ったら説教くれてやるから、そのつもりでいろよ。」

「……それは勘弁したいな。」

そう言いながら肩をすくめ苦笑いを浮かべる生介に、睦月もニヤリと笑みを浮かべて見せた。

「……終わったかい?

で、説教は良いけど、ここからどうやって逃げるつもりなんだ?」

「本当だよね。

馬鹿もここまでいけば、大したものだね。

で?

君は孔月から逃げ切れると、本気で思っているの?

今だったら悪い冗談だったって、笑って聞き流してあげるけど?」

「本気も本気、超本気。

逃げなきゃ死ぬだけなんだぞ?

なら、逃げの一択だろ。

そもそもの話、俺が逃げる算段をつけていないのに、こんな馬鹿なやりとりをしている。と、本気で思っているのか?」

『……!!』

肩をすくめながら答えた睦月の言葉に、大津以外の全員が、驚きの表情を浮かべながら彼の方を見る。

「生介、悪いが降ろしてくれ。」

「……ああ、わかった。」

ようやく生介の脇から解放され、地に足を着けた睦月は、数歩前に出ながら話を続けた。

「色々と思うことはあるだろうが、まず前提として、俺はただの人間だ。

それは間違いない。」

「間違いないのか?」

「違ってないよ!

俺は上から下までまんべんなく、どこからどう見たって、ただの人間だぞ!?」

「……ただの人に、鉄の扉を蹴破れないと思うが?」

「犬と話す芸当も無理だと思うけど?」

「強化人間である戦闘員や、人狼を倒せるのも変じゃない?

むしろ、改造人間であった方が、しっくりくるんだけど?」

「………い、いや、だって俺は、ほら、昔から鍛えているし、色々な技術を学んできたからさ。

っていうか、そもそも俺、改造手術とか受けた覚えがないぞ?

それに、さっきしょうちゃんだって、俺のことをただの人間だったって言ってただろ!?」

「……ああ、確かに言ってたね。

しかし大津、なんで君はそう言いきれたんだ?」

「……昔、あいつがあまりにも人間離れし過ぎてたから、組織に調べてもらったことがあったんだ。

それで調べた結果、改造手術などの外的要因も、遺伝子などの内的要因もない、ただの人間である。ということがわかったんだ。」

「……成る程ね。

確かに組織が調べたのであれば、間違いないね。

信じがたいけどね。」

「ああ、納得するしかないな。

信じがたいけどな。」

不承不承、という表情をしながら頷く二人を、睦月は苦虫を噛んだ様な表情を見た後、ため息を一つ吐いた。

「………のんびりしている暇はないから、話しを戻すぞ。

俺はただの人間、それが大前提だ。

だが、イコールなにもできない。というわけではない。」

「……どういうこと?」

「床を焦がし、人を燃やし尽くす炎は、さすがにどうにもならんが、あんたなら如何様にも出来る、って話さ。

そもそもの話、本当に俺が、なにもできずにただ逃げ回っていただけだと思うか?

むしろ、仕掛けを準備していたからこそ、逃げ回っていた。とは思わないのか?」

そう言いながらニヤリと笑みを浮かべる睦月の言葉に、その場の全員がはっ、と息を呑んだが、孔月だけはすぐにニヤリ、と睦月に笑みを見せてきた。

「へ~、なかなか面白いことを言うんだね。

でも、そんなハッタリは通用しないよ?」

「おやおや、ハッタリとはまた手厳しこった。

ま、こちらとしては、そう思ってくれた方が仕掛けやすいから、その方が好都合だがな。」

そう言いながら不敵な笑みを返す睦月に、天慢寺は笑みを引っ込め、鋭い目付きで睦月を睨み付ける。

「…煽るのは別に構わないけど、そろそろ止めないと後悔するよ?」

「踏み潰そうとした虫が反撃してきたから、腹がたったてか?

みっともねぇな。」

「………あんた今、なんて言った?」

「みっともねぇ、って言ったんだよ。

あんた、耳悪いのか?」

そう言いながら、睦月が薄笑いを浮かべた瞬間、天慢寺の両手から、凄まじい勢いで炎が溢れ、彼女の両腕を覆う様に燃え広がった。

その勢いを、睦月は少し冷めた目で見ながらため息を一つ吐いた。

「……ぬかしたよな、お前さん。

全力で俺を殺す、って。

なんだよ、まだまだ全然余力残してんじゃん。」

「当然でしょ?

最初から敵に手の内の全てをさらけ出すほど、孔月は馬鹿じゃないよ。

それとも、怖くなって、降参する気になった?」

今だったら、聞いてあげてもいいよ?」

「けっこうだ。

命乞いなんて、まっぴらごめんだね。」

「そう、それは残念ね。」

そう言いながらニヤリと笑みをを浮かべる彼女を、睦月は特に気にすることなく大津の方へ顔を向けた。

「以上だ。

神無月の誘導は任せたぞ?」

『……はい?』

睦月の言葉に怪訝な顔をする一同だったが、その中でただ一人、

「わかった。

神無月、こっちだ!」

「うおっ!?」

大津だけが素早く動き出していた。

彼は返事をするのとほぼ同時に神無月を掴むと、ひきずる様に駆け出した。

「なにを…っ!?」

その行動に当然反応する天慢寺であったが、彼女が反応したその瞬間、睦月が彼女に向けて、なにかを投げつけてきた。

彼女は反射的に、それを炎を纏った腕でそれを払って消滅させた、その瞬間。

「っ!?

うごっへほ!?」

彼女の目と鼻を、凄まじい刺激が襲った。

「ごほっ!

これは…、ごほっ!

アンモニア!?

ごほっ!」

自身を襲う激しい刺激臭に僅かに怯みながらも、彼女が投げられた物がなんだったのかを理解するまでにかかった時間は、僅か二~三秒。

だが、

 

ードゴーンー

 

「!?」

その間彼女は、彼ら三人のことを完全に意識から外してしまっていた。

そのことに内心焦りながら音の方へ目をやると、三人が崩れた床と共に下へ落ちる所だった。

「くっ!!」

それを見て、天慢寺は素早く火の玉を飛ばすも間に合わず、三人は下の階へと消えて行った。

「二人共、ほほろうけいち、みろつごる!」

『へ?』

「降りたら、もう一回下へ、だ。

そのまま床をぶち壊せ!!」

「っ!応!」

「わ、わかった!」

「っ!

逃がすかぁぁぁ!!」

睦月達の言葉に、天慢寺は床を凹ませながら飛ぶように駆け出すと、両腕の炎を右手に集中させ、バスケットボール大の火玉を作りだした。

そして、二~三歩で彼らが開けた穴にたどり着いた彼女は、彼らの頭上から叩き込む為に駆ける勢いのまま、地を蹴ろうとしたその時、ポーンっと、穴の中から筒状のなにかが、彼女の目の高さまで飛び出してきた。

いつもの彼女ならば、躊躇なく火で消し飛ばしていたのだが、先ほどのアンモニアが脳裏を掠め、

一瞬躊躇してしまった。

 

 

 

 

その一瞬が、彼らの命運を分けることになった。

 

 

 

 

次の瞬間、下の階で床を壊す音と同時に筒が炸裂し、爆音と強烈な閃光が辺りを包み、闇夜に慣れた目を眩ませた。

特に目の前で炸裂したため、モロに閃光と爆音を食らってしまった天慢寺は、光と音のダブルショックで一瞬意識を失い、豪快に土埃をたてながら横転してしまった。

直ぐさま意識を取り戻すも、身体は既に加速の勢いのままに転がり続けていた。

「くっあぁぁぁ!」

このままでは落ちる!と感じた天慢寺は、素早く左腕を床に突き刺し、下の階の天井を掴んで回転を無理矢理止めようと試みた。

「ぐうぅぅぅ!」

当然そんなことをすれば、左腕に凄まじい力がかかり、その痛みにさしもの彼女もうめき声をあげた。

しかし、そのお陰で回転を止めることに成功し、彼女は屋上からの転落は免れた。

「かぁっ!…くっ!……くあぁ!」

だが、その代償に左腕を痛めたらしく、彼女は痛めた左腕を押さえながら、いまだに引かない目と耳の痛みに耐える様に、のたうちまわっていた。

 

 

 

 

一方その頃、

『よっと。』

床を壊して落ちた三人は、なんとかに下の階へと着地していた。

「……ふぅ、やれやれ。

上手くいって良かった。」

「あいたたた。

あぁ、そうだな。

まあもっとも、僕達も無傷ではなかったけどね。」

「み、耳が、ガンガンする~。」

「文句言うな。

命あるだけマシだろ?」

口々に文句を言ってくる二人に、睦月はため息を吐きながらそう返す。

「いやまあ、たしかにそうだけどさ。

さっきのを使うなら、もっとわかりやすく言ってくれよ。」

「…っていうか、なんでフラッシュグレネードなんて物を持っているんだ?」

「下手に喋れば感付かれる可能性があるし、なによりあれを見せながら言ったんだ。

雰囲気で察しろ。

フラッシュグレネードは、お前対策で用意しておいた物だ。

どうやって用意したかは、後で説明してやる。

とにかく、上手くいったとはいえ、そんなに長くは足止めできないだろうから、とっとと逃げるぞ。

神無月、前みたいに扉を出すことはできるか?」

「いや、ここでは無理だ。

恐らく外に出ないと繋げられない。

もう一回下へ降りるのか?」

「いや、壁を壊して、そこから出よう。

神無月、すまんがそこの壁をぶっ壊してくれないか?」

「わかった。」

神無月はそう言って頷くと、素早く壁へと駆け寄り、一撃で壁を壊して大きな穴を作ってみせた。

「おぉう、流石。

よし、あそこから飛び出すぞ。

あ、二人共念のため言っておく。

なるべく遠くへ跳んだ方が良いぞ。」

「なんで?」

「……なるほど、たしかにそうたね。」

「…どういうこと?」

「外へ出ればわかるさ。

いくぞ!」

そう言いながら睦月は駆け出し、躊躇なく外へ飛び出すと、それに続けて神無月も僅かに下がった後、助走をつけて飛び出した。

「ちょ、ちょっと待てよ!!」

そう言って大津も慌てながら駆け出し、勢い良く飛び出した。

外へ飛び出すと、先に跳んだ睦月は下の方で五点着地を決めた後、すぐに立ち上がって駆け出し、神無月は森の近くまで跳び、丁度着地を決めるところだった。

それに続く様に大津も無事に着地して振り返ると、丁度睦月が駆け寄ってきた。

「大丈夫か?」

「ああ、問題ない。

問題はないが…。」

「ん?

どうかしたのか?」

「いやな。

あれを見て、遠くへ跳んでよかったな。と思っただけだ。」

そう言って、遠くを見つめながら大津はため息を一つ吐いた。

大津の視線の先には、先ほどまでいた建物があったが、良く崩壊しなかったな。っと思うぐらい、ぼろぼろに半壊していた。

所々壁が壊れ、瓦礫が入口を塞いでいる上、辺り一面にも散乱していたため、中途半端に跳んでいたら、痛い思いをするところだったのだ。

「しかし、本当にぼろぼろになったな。」

「そりゃまあ、あんだけ激しく戦えば、ああなる…。」

「なにやってんだ、二人共!!

早く逃げるぞ!」

「おっと、すまん!

すぐに行く!

「のんびり話している暇はなかったな。

さっさと行こうぜ!」

「ああ、そうだな。

急ごう。」

睦月の言葉に大津は頷き返すと、二人は直ぐ様林に向かって駆け出した。

それを見た神無月も駆け出し、三人は次々と林の中へ消えて行った。

 




今回は二つ謎解き入れてますので、良ければ解いてみてください。
答えは次回の後書きで。


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