後輩と、いくつか上の先輩と (いろはにほへと✍︎)
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一色いろはの恋敵

「愛することは、いのちがけだよ」

―太宰治『雌に就いて』―




 「比企谷くんって今好きな人いるのかな」

 

 「......は?」

 

 通りに面したオシャレなカフェ。ショーウィンドウみたいなガラスから陽が差し込んで、隣の席に座る人物――陽乃さんを優しく照らす。

 

 本屋に来たはずの俺がなぜここにいるのか。

 エンカウントしてしまったからである。主人公が最初のポ○モンを選ぶ前にディアルガに遭遇してしまったようなものだ。武器を持っておらず抵抗することさえもできなんだ。

 ああ、こんなことなら小町の忠告を聞いて交通安全のお守り持ってくるんだった。言うならば事故。この人に会うのは俺の人生のレール上での事故。警察さん早く事故処理してください……。

 

 スマホを片手に、陽乃さんは間延びした声を漏らす。ついでに体を伸ばして周りの男たちの視線も集める。嫉妬の視線が俺に集まるYO!

 

 「だって比企谷くんったらいつもいつも雪乃ちゃんに興味無さそーなんだもん、恋愛的に」

 

 「いやべつにそんなことはないような」

 

 「ガハマちゃんの方が好きなの?」

 

 「違います」

 

 「えーじゃあだれ......私?」

 

 「なんでそうなるんだよ......」

 陽乃さんはクスクス笑うが俺からすればまったく笑えない。一刻も早く去らなければいけないような気がするのだ。言うならばシックスセンスが反応している。何もこれは中学生がかかる病を卒業できていないからという訳では無い。もちろん三十歳まで卒業せず魔法使いになる可能性が高いからでもない。

 陽乃さんの質問に辟易しながらコーヒーを飲んでぐっとテーブルに寄りかかった。いつ言い出そうか、そもそも日曜なのに、と恨みがましい視線を送る。しかし捉えたのは陽乃さんではなくて、後ろを歩くJK。

 

 ――これはまずい。

 

 総武の制服にピンクのカーディガン。セミロングで綺麗に整えられた艶やかな髪。大きくていたずらっぽそうな瞳。

そして何よりのビッチ感。

 

 ......完全にいろはちゃんだねあれ。

 ぐわんっと光のような速さで視線を戻す。ていうかなんであの子制服なの。生徒会? やっぱりいろはすって帰りに友達とス○バとか行っちゃうゆるふわ系ビッチなの?

 

 「ねえ、聞いてる?」

 

 「......聞いてます聞いてます」

 

 「君の好きな人は一色ちゃんかな?」

 

 「ふぁっ?!」

 

 はっと手で口を塞ぐ。しかし時すでにお寿司。店内中の視線が一箇所に集まってくる。

 

 「気づいてたのかよ......」

 

 「やっぱり一色ちゃんが好きなのかあ」

 

 「いやそっちじゃねえ」

 

 ――バレてんだろうなあ......。

 諦め半分で、ゆっくり視線を彷徨わせる。捉えたのは当然、にこにこと笑みを浮かべながらこちらに向かってくる一色いろはである。

 「せんぱーい、何やってるんですかあ?」

 

 甘い声を散らして営業スマイル。これが笑顔で他人を地獄に突き落とすゆるふわ系ビッチの怖いところだ。周りの男の視線突き刺さってるんだもん......。

 

 「別になんもやってない」

 

 「ハルさん先輩に何やってるんですかあ?」

 

 「いやそれ意味おかしいよね? ていうかどっちかっていうとやられてるの俺だからね?」

 

 「比企谷くん、そんな大声でやるとかやらないとか......恥ずかしい」

 

 なに演技してんだこいつは......。傍から見たら修羅場じゃねえか。証拠に静かでエレガント(笑)な雰囲気がざわつき始めてますね。

 「とりあえず移動しようぜ?」

 

 「わかりました。関係のもつれは解かなければいけませんしね」

 

 「ちょ、ちょっと? いろはちゃん? そういう他人様に誤解を生むような発言はやめてね」

 

 「いろはちゃんなんて気安く呼ばないでください。これからはいろはって呼んでください」

 

 「どさくさに紛れてなに提案してんだ。呼ぶわけないだろ。ほらさっさと行くぞ」

 店員さんは白い目で見てくるし、なによりあの足組んで、白衣でスーツ着こんでる人やばい。数珠持って般若心経唱え始めてる。

陽乃さんもどこか頬をふわりと赤く染めて、視線をテーブルに向けたまま動かない。

 

 「ほら行きますよ雪ノ下さん」

 

 いつまでも立ち上がらない陽乃さんの手首を掴んで引く。

 すると、不安げな目で、まるで獣でも見るかのように見上げてくる。

 

 「......心の準備はできてるからね?」

 

✕ ✕ ✕

 

 千葉駅エリアからモノレールと電車を乗り継いで、先輩に手首を引かれるままに私たちは閑静な住宅街に入っていく。時々身震いするほどに冷えきった風が吹いて、私は先輩の腕に巻き付くようにして暖をとっていた。

 南西にしばらく歩くと、先輩は一軒の住宅の前で立ち止まった。

先輩は私たちの手首から手を離して、まっすぐ目の前の住宅に人差し指を向ける。

 そして一言呟いた。

 

 

 「ハウス」

 

 「......なめてるのかな? 比企谷くん」

 

 

 ハルさん先輩のあまりの威圧の高さに、私がびっくりした。先輩でさえも怯んでいるようだった。

 

 「え、いやほら家は英語でハウス......」

 

 何とか先輩は取り繕おうとするけど、もう遅いみたい。ハルさん先輩の目が一瞬光りました。これはお話するまでもないかもですね。

 ハルさん先輩の目は調教師のような慈悲深い、けれども厳しそうなそんな目になった。

 

 「ああ、僕をハウスに入れてくださいって意味ね。ひいては監禁して一日三食、生きている意味を持たせるために家事をさせてってことかー。私としたことが比企谷くんの言葉を額面通りに受け取っちゃった」

 「いや......犯罪じゃないすか......。ん? 待てよ? この人のことだし栄養管理万全な上に専業主夫になれるんじゃ......」

 

 先輩は深く考える姿勢に入ってしまった。うん確かにハルさん先輩ならできそう......。って、ちょっと! なんでそんな話になるの!

 

 「先輩! 私だって! ほらっ......そのっ......養えますよ!」

 「マジか......養ってもらおっかな......ってあぶね、美人局にひっかかるところだった」

 

 親父にあれだけ言われてたのに、とか何とか呟きながら、先輩は流れに乗って帰ろうとする。

 だから思いっきり襟を引っ張る。

 

 「くっ......」

 

 「比企谷くん気持ち悪い声出してないでここがどこか説明してくれる?」

 

 ハルさん先輩が私と先輩の間に入って、そしてその長い腕を組んで、尋問の姿勢に入る。本当にこれはすごい。

 まさに抜群のプロポーション。そうとしか言いようがないんだもん。美人さん、美脚、腕はなんて言うのかな。美腕? そしてサラサラのセミロング。......ここだけは私とキャラかぶってますね。

 きっと男が寄ってたかっているに違いない。

 

 「ああ、ここは......」

 私は偶然、その答えを知っていた。答えというのはつまりここがどこかということ。見なれた駅、見なれた住宅、見なれた道路。

 私は結論から入る。

 

 「......先輩、ここ私の家ですよね」

 

 「......ああそうだな」

 

 「色々聞きたいことはあるんですけど」

 

 「......なんだ」

 

 「なんで私の家知ってるんですかね」

 

 私はスマホを手にして先輩に問う。すると先輩は私の顔の前で手をさっと払って否定する。

 

 「わかったわかった教えるからその打った番号を消しなさい」

 

 「打った番号? もしかして警察かな? 比企谷くんやっぱり......」

 

 「違いますよ、......前一色が風邪で休んだ時に由比ヶ浜とここまでお見舞いに来たんすけどやっぱり風邪で弱ってるところに俺が入るとさらに悪化するかと思って......」

 

 うがあーっ! あの時先輩いたんですかっ!

 そんな表情は決して出さず、ふと先輩が来たら、と想像してみる。

 うーん......先輩の言う通りですね。確実に悪化します。主に熱が。

 

 「わかりました、まあ仕方ないんでどうぞ」

 

 そう言いながら、私は玄関のドアを開ける。今日はお仕事でパパもママもいない。夜が怖いとかいえばきっと先輩は……。

 ――あとはハルさん先輩さえ......っ!

 

✕ ✕ ✕

 

 「紅茶でいいですかー?」

 

 一色ちゃんはグイグイと背伸びをして、キッチンの上の棚からコーヒーカップを取り出す。

 ......うーん、あざといなあ。

 なにがあざといって、わざわざ背伸びをしながら聞いてくることはもちろんだけど、彼女の服装。ブレザーを脱ぎ、でも決して着替えることはせず、スカートとブラウスは着たまま。

 それはつまり制服の上にエプロンをしている状態で、所謂、制服エプロンである。

 端的に言って可愛い。あざといけど。あざといけど。あざとすぎるけど。

 

 「あ、ああ、頼む......」

 

 ちょっとー? なんで一色ちゃんと目合わせないのかなー?

 

 「私も紅茶で大丈夫」

 

 「はいはーい、いろはちゃん頑張っちゃいますよー!」

 

 おーっ! と一人で手を突き上げる。

 

 「あざとい」

 

 「むーっ、あざとくないです!」

 

 いや、あざといから......。

 ふと気づいた。てかこの子、比企谷くんにモーションかけてない?

好意があるのは知っていたけれど、こんなにあからさまだったっけ。

 

 なんか、こう、なんていうのかな。まっすぐに気持ちを出してるのがとても、えーっと、羨ましいわけじゃないけれど、なんて言えばいいんだろう……。

 

 そんな私の考えるところなど露知らず、注いで紅茶を零さないように、一色ちゃんは丁寧に、ティカップを持ってくる。

 揺れるティカップの水面に不思議そうな顔の私が写った。なにか私に問いかけているような気がした。

 それから私はゆっくり顔を上げて、一色ちゃんに視線を移した。一色ちゃんは特に居心地を悪そうにもせずきょとんと首を傾げる。

 ……洗練されたしぐさだなあ。

 

 「玄関で落し物しちゃったみたいなの。見てきてもいいかな」

 

 私がそう言うと、一色ちゃんの目が一瞬ぎらりと光った気がした。きっと、先輩と二人きりになれる! とでも思ったのだろう。普段よりも自然な笑顔が一色ちゃんから零れた。それは女の私でも胸きゅんしそうになるくらい。

 

 「どうぞどうぞ! なんなら何時間でも探しちゃってOKです!」

 

 一色ちゃんは両手で大きな丸マークをつくりあげる。

 だから私はちょっといじわる目にすぐ戻ることを伝える。

 

 「まあすぐ見つかると思うけどね?」

 

 「いえいえお気になさらずなんならさっきのカフェまで探しに行って戻ってこなくても大丈夫です!」

 

 「一色ちゃん?」

 

 私は口元だけ笑って、その鋭い眼光を一色ちゃんに向けた。

 それでも一色ちゃんは続ける。

 

 「とりまお構いなく探してください!」

 

 高まる興奮を抑えきれないとばかりに一色ちゃんに突き放されて、けれども仕返しをする気も起きずに玄関に向かう。するとぼそぼそと囁き声が耳に入った。

 

 「おい一色、あんまり陽乃さんに失礼なこと言うと潰されるぞ」

 

 ちらと横目で見ると心配そうに一色ちゃんに耳打ちをしている比企谷くんがいた。一色ちゃんの耳から頬が真っ赤に染まっている。

  悪口を言われたからだけでなく、どこか体の底からふつふつと煮えたぎるような感情を覚えて、私はゆっくり振り返る。比企谷くんの顔が恐怖一色に染まった。

 

 「……比企谷くん?」

 

 「……すみませんでした」

 

 「わかればよろしい」

 

 未だ収まらぬ感情を抱えながら、土下座する比企谷くんを背に玄関に向かう。リビングから玄関に続く戸を開けると、暖房の効いていたリビングとは違い、身震いするような寒さが私を襲った。それに薄暗い。私は戸を閉じきらぬままにひょいっと振り返った。

 

 「一色ちゃん、暗くて見えないからライト貸してくれないかな」

 

 「スマホ使えばいいと思いますよー!」

 

 「私いまスマホ手に持ってなくてー」

 

 「……仕方ないですね、貸すだけですよ?」

 

 はあ、とあからさまなため息をついて、一色ちゃんは自分の桃色のケースに覆われたスマホを運んでくる。私は私でごめーんと両手を合わせながらあざとく謝る。一色ちゃんの白い目が私に突き刺さった。…………これが女子目線だぞ!

 半分だけ開いたドアのところに、一色ちゃんが手を伸ばしてスマホを渡してくる。

 私は「ありがとー」なんて言いながら思いっきり引いた。

 ……いろはちゃんの腕を。

 

 「……えっ?!」

 ようこそこちらの世界へ! そう言わんばかりに玄関に連れ出した一色ちゃんを勢いそのままに壁に追い詰めた。腕と腕の間に挟み込む。そう、いわゆる『壁ドン』。一色ちゃんのセミロングでよく手入れされた髪の香りがふわりと漂った。眼前に可愛く整った顔が現れる。驚きなのか、目を見開いて、心做しか顔が赤い。

 

 「スマホ持ってないなんて嘘」

 

 私は満面の笑みを貼り付けて、事実を吐き捨てる。理解の追いつかない状況でこの表情は恐怖この上ないだろう。

 

 「えっと、どういう……」

 

 決して目線は落とさず、そして私からも外さない。怖がっているけれど意外と意思が強いのかもしれない。

 「ちょっとお話がしたくてね」

 

 私は誰がどう見ても、きっと不敵な笑みと口を揃えるような表情で、私よりも少し背の低い一色ちゃんを見下ろす。

 

 「話……ですか?」

 

 「うん、そう」

 

 「はあ……」

 

 呆れたようなため息だったけれど、一色ちゃんの動悸がまだ早いのが肩の揺れで見て取れた。

 私は一色ちゃんの両腕の手首を掴んで、壁に押し付けた。それから私は一色ちゃんの耳元に顔を近づける。彼女の吐息が私の頬にかかった。

 

 私はまた赤く染まった一色ちゃんの表情を見てから、にやりと笑って耳打ちをする。

 

 「君、比企谷くんのこと好きでしょ」

 

 ふっと上気が昇るように、一色ちゃんの頬がさらに桃色に染まった。

 

 




改行&加筆修正版。

お久しぶりです。覚えている人いますかね……。
続きを投稿する前に1話を加筆修正したいなと思いまして、修正しました。笑
あまりにお久しぶりですので次話投稿前に再度最初から読み直していただけると嬉しいです。

僕実は俺ガイル×中二病とか、八色・八オリの静かに2人の後輩は決意するというものも書いて、完結させていますので一気に読み切りたいという方ぜひ!笑


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一色いろはの宣言


『恋愛は人世の秘鑰なり、恋愛ありて後人世あり、恋愛を抽き去りたらんには人世何の色味かあらん』

―北村透谷「厭世詩家と女性」―



 

 廊下は確かに冷えきって、けれどこの芯から冷えきってしまうような寒さは実際的な冷感からのみ来ている訳では無い。

 

 『比企谷くんのこと好きでしょ』

 

 ハルさん先輩からの、短いこの問いに私はすぐに返事を返すことは出来る。たとえば笑ってごまかせばきっとうまくいく。ハルさん先輩のことだから確信は持てないけれど、きっと話を話を流すことは出来る。

 

 ――でも、もしもの場合があったら。

 

 もしも、ハルさん先輩が先輩に対して、普通とは異なる感情――つまり、先輩に対して恋愛感情を持っていたとしたら。

 

 それは危機的な状況といえると思う。

 

 たとえば私がお茶を濁す。すると、まあ女子特有なのか、男子でもあるのかはわからないけれど、話は実際的に協力の方向へ持っていかれてしまう。それだけはいやだ。大好きな人の大好きな瞬間を譲り渡すために協力するなんて惨め極まりない。きっと涙が止まらなくなる。

 

 私はハルさん先輩に追い詰められた時の緊張感よりも、その答えに窮して血の気がひいているのがわかった。

 

 私は口を動かすけれどその答えは出ない。

 

 「それは……」

 

 まるで獲物は逃がさないとばかりに、ハルさん先輩の視線は外れない。これまで生きて初めて人と視線が合い続けることに怖さを感じた。

 

 「それは?」

 

 「だからですねー……」

 

 じゃあ、いっそ宣言してみるのはどうかな。

 

 頭にぱっと浮かんだけれど、すぐに霧散してしまった。

 

 相手はハルさん先輩だ。雪ノ下先輩や結衣先輩だって強敵なのに、この人は格が違う、そんな言葉が良く似合う。

 

 「ハルさん先輩はどうなんですか」

 

 「私?」

 

 きっと先輩に同じことを言えば、『質問に質問で返すなよ……』とか言い返してくる。でも、相手はハルさん先輩だ。人の心情を読むのにはきっと長けているし、深入りもしてこないと思う。

 

 ハルさん先輩は押さえつけていた私の腕を離して、私の頭を優しく撫でる。柔軟剤なのかシャンプーなのかは分からないけれど、大人の色気が漂う香りが鼻腔をくすぐった。私は撫でられたその意図が掴めなくて、さらに頭が回らなくなってしまった。

 

 ハルさん先輩はすっと息を吸って、ゆっくり吐き出す。どこか頬が赤らんだ気がした。

 

 「……私は、好きだよ」

 

 その一言は私の頭を回って、まるで落雷にでもあったかのように思考を痺れさせた。

 予想の範疇ではあったけれど、言葉にされると重みが違う。さっきが百グラムだったとすれば今は一トンくらい、そんな感覚。

 

 「へ、へー……、そうなんですか……」

 

 その動揺は留まるところを知らず、私の中を駆け巡ってどっと溢れ出そうになる。淡いベールに包まれた感情はいまにも溢れそうだった。

 

 「皆には言わないでね?」

 

 「それくらいわかってます」

 

 「それで、一色ちゃんは?」

 

 私は、なんて言えばいいんだろう。そんなことを悩んでいる暇は一秒としてなかった。どうせ一寸先は闇なのだ。私がどう答えたところでどう返ってくるかはわからない。けれど今ひとつ確信を持ったことは言わなければ協力に話を持っていかれること。ハルさん先輩からすればある意味でいまの状況は牽制のチャンスなのだ。もしも好きじゃないといえば、協力させることで牽制ができる。もし外れたとしても、ハルさん先輩の存在は大きなプレッシャーになる。はるのん恐ろしい子……。

 なんて私の妄想フル回転で私は、私の先、つまり最初の質問に対する回答を述べるのだ。

 すーっと息を吸って、思いっきり吐き出すと同時に、決して室内には聞こえないくらいの声でハルさん先輩の耳元に返事をする。

 

 「私は、確かに、ハルさん先輩の何倍も先輩のことが好きです!」

 

 ハルさん先輩の目が少しいつもより大きく開く。同時に冷風がスカートの中に入ってきた。

 

 言い切った、言い切ったんだ!

 

 ――怖いし、てか怖すぎるから返事を聞く前にリビングに戻ろう。

 

 そう思って急いで踵を返した。

 

 「いい度胸じゃない」

 

 そんな声が背中越しに聞こえた気がした。

 

 




評価低っ!!(*^^*)
皆さんお気に入り登録ついでに評価していってもいいんですよ??(*^^*)

読んでいただいてありがとうございます(*^^*)


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雪ノ下陽乃の吃驚


僕の存在にはあなたが必要だ。
どうしても必要だ。
―夏目漱石『それから』―




 「じゃ、お茶とかありがとな」

 

 靴を履きながら、先輩は視線だけを私に流した。その視線を受け取ってから、私はばっちりウインクをこなす。 するとはるさん先輩がどこか見透かしたような目で私を見ていることに気がついた。

 

 なんですか……。

 言いたいことあるなら言ってください。

 

 決して口には出さない。けれど、目は口ほどに物を言うらしいから、はるさん先輩は目ざとく気づいた。

 

 ……ぱっちりウインクされた。

 

 私は含みのある微笑みを返す。それからにこにこ笑顔で先輩の顔を見る。私たちの言葉のない会話に、先輩は困り顔だった。

 

 「先輩、帰り道気をつけてくださいね? 最近、魔王とか出るらしいんで」

 

 「え、マジ? 魔王もついに野生で出てくる時代になったか……」

 

 「なんなら人の家に上がってくる上に宣戦布告してくる時代ですよ?」

 

 「おっかねーな」

 

 ふと、先輩の背後のはるさん先輩と目が合った。おっかない顔だった。顔だけ笑ってた。死ぬかと思った。寒気がはしった。

 

 「ほらー、もう行こうよ比企谷くん」

 

 そう言って、はるさん先輩は、先輩の腕をとって自分の腕と絡ませる。先輩の頬がやや赤く染まった。

 

 「い、いやわかったんで少し離れ……」

 

 「えー? だってほら早く出た方がいいじゃない? きっと迷惑だよ……。ほら一色ちゃん明らかにイライラしてるじゃん」

 

 まあ、それは別の原因なんですけどね?

 

 ……なんでこんなもの見せつけられなくちゃいけないんだろう。

 

 私はすーっと息を吸って、吐き出す。それからゆっくり、決して笑顔は崩さずに口を開く。

 

 「あ、そうだ、これからは、はるさんって呼んでもいいですか?」

 

 はるさん先輩は一瞬あっけに取られてから、返しかけてた踵を戻して私に歩み寄ってくる。そして耳打ちをする。

 

 「いいけど、なんで?」

 

 耳朶にかかる甘い吐息に、やけに大人の色気があった。私は負けじとはるさん先輩の顔を両手で挟んで、耳を向けさせた。はるさん先輩の後ろで、先輩が目を見開くのが見えた。

 

 「先輩というよりも、一人の女性としてライバルですから」

 

 言葉に音を混ぜず、吐き出した息とともに静かな声を耳に送った。一瞬、はるさん先輩の頬が緩んだ。けれどその表情はすぐに戻って、私は慌てて両手を離した。

 すると突然、ぱっと私の顔が冷たいものに包まれた。はるさん先輩の手だと認識すると同時に、彼女の顔が、眼前に迫った。

 

 「いいよ。私もいろはちゃんって呼ぶね」

 

 × × ×

 

 「なんでいるんですか? はるさん」

 

 「んー、なんでだと思う?」

 

 放課後。生徒会をサボって奉仕部に来てみれば、はるさんがすでに先輩の横の席を陣取っていた。

 先輩はまだ来ておらず、かと言って先輩の席に座る訳にも行かず、私は渋々依頼人席に座る。

 

 「えーっと、お友達がいないのかな」

 

 「あはは! いろはちゃんって面白いこと言うね。確かにいないかも」

 

 「じゃあ今日はお友達探しのご依頼ですか? それなら無駄ですよ」

 

 「えー、どうして?」

 

 「だって奉仕部に入ってても、先輩も雪ノ下先輩も友達いないんですから……」

 

 だから無駄です! と言いかけて止まる。あれ、なんかまずいこと言った気がするなあ……。ついでに悪寒がするなあ……。

 

 「一色さん?」

 

 「は、はいぃ」

 

 「前言を撤回する意思はあるのかしら」

 

 氷のような眼差しが、逸らされることなく私の瞳に刺さった。

 私は恐怖のあまり、口から漏らす。

 

 「……ぼっちで孤高を気取っていて、その上、自分最高、とか自惚れているような人間は先輩だけです」

 

 「ひどい言い草だな」

 

 「あ、ヒッキー」

 

 ガラガラと無遠慮に扉が開かれ、話を聞いていたであろう先輩が割って入ってきた。相変わらず、言葉の割には傷ついた素振りがない。まったくいじりがいがないなあ。

 

 先輩は話に割って入ることばかりを意識していたのか、席に座る瞬間になって漸くはるさんの存在に気づいたようだった。傍目から見てもわかるくらい、嫌そうな顔を浮かべた。私は勝利の表情を浮かべ、はるさんを見つめる。けれど、はるさんは、それを意に介するほどの矮小な人間ではないらしい。

 

 「もー、比企谷くんこんな美人のお姉さんに会ってすぐ嫌な顔するなんて、ほんとに男の子?」

 

 「そっすよ、なんなら証明しましょうか?」

 

 ゆい先輩が頬を染める。

 

 「ちょ、ちょっとヒッキーここ部室だし!」

 

 は? と腕を捲る先輩と、顔を赤く染めたゆい先輩の目が合う。机に肘を置いて、先輩は腕相撲で証明するつもりだったらしい。勘違いしたゆい先輩は、茹でダコみたいに真っ赤になった。

 

 「ヒッキーのばか!」

 

 「なんで俺だよ……」

 

 「それより比企谷くんは腕相撲で姉さんに勝つつもりだったのかしら」

 

 「あはは、ほんとに比企谷くんって面白いよねー」

 

 「そうね、こればかりは姉さんに同意だわ。滑稽極まりないもの」

 

 「え、はるさんどれだけ強いんですか」

 

 「やってみる?」

 

 「いえ、遠慮しておきます……」

 

 強さが想像出来るのがはるさんの怖いところだ。レスリング会の女王とか適当なことを言われても納得しそう……。

 

 と、私は本来はるさんに聞かなければいけなかったことを思い出した。少しだけ姿勢を正してから、真っ直ぐにはるさんを見つめた。けれど、実際はるさんに聞いたのは先輩だった。

 

 「今日はいったいどういうご要件で?」

 

 「んー、静ちゃんへの挨拶ついでの監視?」

 

 「なんの監視だよ……」

 

 「最近、泥棒猫が徘徊してるらしいからね。気をつけてよ?」

 

 「は? 泥棒猫? 魔王とか泥棒猫とか物騒だな最近は」

 

 「そうだよねー、盗めもしないくせに盗もうとする間抜けな子らしいからだいじょーぶだとは思うんだけど……」

 

 そこで一旦話を区切って、はるさんは先輩に向き直る。そして少し翳りのある笑みを、先輩に向けた。

 

 「確実なんて存在しないじゃない?」

 

 「……は?」

 

 「現代っ子冷たーい」

 

 「いやいや突然来てなに意味不明なこといってんすか、日本語は得意な方なんですけど」

 

 「そうよ姉さん、彼は国語力だけは、国語力だけは自信があると奢り高ぶっているのだから」

 

 「おいなんで二回言った」

 

 「いや奢り高ぶってるもなかなかひどいですよ先輩……」

 

 「お、おにごーり?」

 

 「それポケモンな」

 

 「かきごーり?」

 

 「それ美味しいやつな」

 

 「あ、これからデザートでも食べに行きませんか? 今日はもう終わって」

 

 「あ、いろはちゃんいいこと言うね! パフェなんてどーかな? ゆきのんそうしようよ!」

 

 「まあ、私は構わないけれど……」

 

 「じゃあおねーさんは先にお暇するね。監視の役目は終わったから」

 

 「だからなんの監視だよ……」

 

 先輩の呟きむなしく、はるさんは荷物を取ると足早に部室を出ようとする。

 

 「それじゃあねー」

 

 手をひらひらと振ると、はるさんはすぐに帰ってしまった。

 

 「ほんとなに考えてんのかわからん」

 

 「あれが姉さんなのよ」

 

 「それもそうだな、じゃあ俺は帰らせてもらうわ」

 

 そう言うと、先輩はカバンに出しかけた本を閉まって、帰る支度をする。五時さえも回っておらず、サボりとも言える時間だ。

 

 「先輩!」

 

 私は精一杯のあざとさ、間違えた、可愛さを詰めて、先輩を呼び止める。

 

 「先輩も行きますよ、パフェ!」

 

 「へ?」

 

 先輩の困った顔が、妙に可愛かった。

 

 

 

 





どうもお久しぶりです。
受験があったり、五等分の花嫁を読んだり、小説読んだり、五等分の花嫁を再読したり、機種変更したり、五等分の花嫁を再読しているうちに気づいたら春休みに入っていました。
とりあえず大学は合格いたしましたことを報告します(*^^*)
あとは五等分の花嫁が最高だということを報告しておきます。いやまじ読んで……。一花と四葉可愛すぎて悶えたんで……。

いつも評価・感想・お気に入り登録などありがとうございます(*^^*)たくさん待ってるんでどうぞどうぞ!


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彼と神様はきっと相容れない



『みんなから馬鹿扱いされても、だからといって自分の信念をあきらめてはいけない』

―浅田次郎―



 「なにしてんすか」

 

 空いてしまった口が閉じきらぬ間に、俺はコーヒーを呷った。こうして一杯飲むだけで落ち着くのだ。

 

 週末の昼下がり。今日は季節外れの暖かさだというのに、全く予報を無視した室内のエアコンの音が轟く店内。この店は、レトロなBGMがお洒落で、客の年齢層はそれなりに高い。JKとかJDが来るような、そういうスター○ックス系ではない。

 けれど、今日は違った。

 学校帰りス○バでアゲアゲ卍系女子が店を訪れていたのだ。

 ワンピースに、深くかぶった麦わら帽子。いくら季節外れの暖かさだからって、普通ここまで大胆な格好は出来ないだろう。彼女は店内から奇妙なものでも見るような視線を注がれていた。

 ……ったく、誰かの連れか?

 ちらと目の端で見ただけなのに、この店と一線を画すオーラをまとっていたのがわかった。皆の視線は、彼女を追い続けていた。仲良くなりたいとか、羨望とかそういうのではない。こういう店でこういう雰囲気の子がいれば、意図せずとも排他的な空気が、店内で起こる。

 かかわり合いになりたくないから、俺は席に勢いよくもたれかかって、読み差しの本を開いた。

 コツコツとヒールの音が耳に障る。しかし、ようやくその音は落ち着いた。

 ……俺の目の前で。

 はあ、このパターン、慣れてきました。

 これ次、俺の中でかかわり合いになりたくないランキングで覇権を争っている

○ノ下陽乃か、一色い○はが出てくるパターンだ。

 大穴で折本が出てくる可能性も、それあるー! な。

 

 「こんにちは、先輩」

 

 ふっと視線をあげれば、いつものように含みのある笑みを浮かべる「陽乃」さんがいた。

 

 「……ども」

 

 「えー……無視した。私から先輩って言われるなんてレア中のレアだよ?」

 

 「呼ばれただけで告られてそうです」

 

 「ははは、さすがにそれはねー……。四・五回しかないかなあ」

 

 「多いよ、多い」

 

 差し込む陽射しはどこか優しさがあって、まるで神でも崇めるように彼女を照らす。どうやら陽乃さんは天から完璧に愛されているらしい。

 

 「ふう」と一息ついて、彼女は麦わら帽子を膝の上に置く。その洗練された所作と、しなやかながら厳かな雰囲気に、周りは皆圧倒されているようだった。

 横目で見ているだけでも、周囲の動揺がわかった。

 

 新聞に穴を開ける老紳士。

 

 そっと店を出るマダム。

 

 客の紅茶を飲む店長。

 

 陽乃さんに向き直れば、彼女はにこっと微笑む。あー、早く帰りたい。この人が笑ってていいことあったことないもん。

 俺は、店長と客がもめている間に店をそっと出ようと画策するがそうはいかないらしい。

 店長が店の出口にいるのだ。あいつ、謝りながらちょくちょく陽乃さんを見ている。どうやら陽乃さんを見やすい出口に移動したようだ。

 なんて肝が据わっているんだ……。

 あの白衣の怒っている客も視線に気づいてはいるらしい。だってちらちら見てるもん。

 …………俺のことを。

 

 てんちょぉぉぉぉ!

 

 

 「……ガヤ」

 

 「え」

 

 「……裏切り……」

 

 「あ、いや」

 

 意味不明な言動を繰り返した後、その客は俺の方に近づいてくる。俺は座った姿勢から見上げたまま身動きが取れなくなってしまった。

 その姿、もはや生気は感じられず、顔を見れば修羅である。そろそろ千本の手が見えそうだ。

 白衣の化け物は、動けぬ俺を見て嘲笑うかのごとく笑みを浮かべた。半開きの口、もはや妖怪である。

 

 あ、妖怪のせいなのね、そうなのね!

 

 ふと俺の前に座る妖怪を見れば、なにやらにこにこしていた。どうやら状況がわからないようである。しかもよく見てみれば、見ているのは俺ではない。もっと先の、小説かなんかで言う、僕を通して何かを見てるみたいな。

 と、彼女の視線の先を追ってみる。

 徐々に振り返ってみれば、ショーウィンドウがあった。

 街中を眺めれるように、街も俺らを見ているのだろうか。ただ、俺はそんな単純な疑問が浮かんだ。

 

 ショーウィンドウ越しにこちらを見てくる一色いろはは、きっと俺たちを見ているんだなあ。

 

 ……全て妖怪の仕業ですよね神様。

 




久しぶりすぎますね。大学生になっちゃいました。
高二から書いていたssも気づけば2年?3年目? 計算できないからわからないけど笑
僕なんかを覚えててくれた人がいれたら嬉しいなってとこでもう寝ますね!!!


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大好きな彼の寝顔


女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注される親切を嬉しがる性質が、男よりも強いように思われます。

―夏目漱石―


陽はすっかり傾いて、沈みかけの太陽が澄んだ空を綺麗な紅に染める。ガッガッと不躾な音を鳴らしながら俺は道端の石を蹴飛ばした。

 

「やべ……」

 

特に何も考えず――まあ本当に何も考えていないのだが――俺の蹴った石は前を歩くふたりへ、真っ直ぐ飛んで行った。

ふたり――とはもちろん、一色いろはと雪ノ下陽乃である。陽乃さんは見てもいないのに綺麗に石を避けて、電柱に当たった石が反射して一色にあたる。

 

「なんか石が飛んできたんですけど」

 

不機嫌そうな態度を隠すことなく、一色は膨れたまま俺を睨みつけてくる。

 

「まあ意志を持ってたんだろ」

 

「は?」

 

「はいごめんなさい」

 

本気でドン引きした一色に怯んでつい謝ってしまった。小町にこんな目をされようもんなら三日三晩泣きっぱなしで戸塚に慰められるところだった。

……逆にそれもいいのでは……。

『八幡もう泣かないでよ、そんなに泣いてたら僕まで悲しくなっちゃ――』

 

「比企谷くん?」

 

俺の妄想を遮って話しかけてきたのは、容姿端麗、有智高才、秀外恵中、大言壮語な人物――雪ノ下陽乃である。というか最後は僕のことですね。

 

陽乃さんはその豊満な双峰を強調するように腕組したまま俺に向き直る。

 

「いや、なんでもないです。というかなんで俺こんなところ歩かされてるんすか。俺早く家に帰って小町にゴミ扱いされながら面倒みられなきゃいけないんですけど」

 

「ゴミ扱いされてる上に面倒見られてるんですね……」

 

一色からの侮蔑の目線が痛い。

そんなことを思ってた俺の目線に気づいたのか、一色は少しはにかんだ。

 

「だから事情聴取って言ってるじゃないですかあ」

 

「だからなにを聴取されなきゃいけないんだよ。雪ノ下さんの性格の悪さについてか? それならくわしく聞かせてやれるぞ。なんなら雪ノ下さん(妹)まで語っちまうぞ」

「比企谷くん?」

 

「雪ノ下さんは裏表のない素敵な人です」

 

「よろしい」

 

本日ニ度目の『比企谷くん?』にビビりながら、変態紳士並のすばやさと謝罪をこなす。ちなみに俺はへそを舐めたりしない。

 

久しぶりに開く暇つぶし機能付き目覚まし時計。『時計』という名がつくだけあって俺の暇つぶし機能付き目覚まし時計、略してスマホは正確に時間を示してくれる。時刻はおよそ18時30分。

陽が落ちて、肌寒さを感じ始める時間である。

 

「で、俺はなんで『一色の家』に向かってるんですかね」

 

いくらアホな俺でもわかる。この道はもはや見なれてしまった『一色の家』へと続く道である。

 

「そんなの、今日私の家に親がいなくて怖いからに決まってるじゃないですかあ」

 

「『決まってるじゃないですかあ』って知らねーよ。泊まんの? 知らんけどそれなら雪ノ下さんだけでいいだろ」

 

「せんぱい本気で言ってますか」

 

「うぐっ……、じゃあ友達でも呼べば……あ、ごめんな、お前友達いないんだったな」

 

「比企谷くんもいないくせによくそんな顔できるわね」

 

一色劇場に取り込まれかけていた俺の意識を、陽乃さんがぐっと引き戻す。

 

「それに私はいろはちゃんの家に泊まるわけじゃないよ? 比企谷くんがいろはちゃんになにかしないようについてきてるだけ」

 

「なるほど? 俺は無理やり連れてこられた挙句、一色に何かしないか監視されてるのね?」

 

「だーかーらー、せんぱいは私の家にした忘れ物を取りに来るって体なんだからついてこないでください! せんぱいみたいな『死んだお魚の目』をした人が私になにかする度胸なんてありません! それになにかされても――」

 

「いろはちゃん? ゾンビつまりアンデッドものの映画を見ればわかるけれど死んだ者に理性なんてものはないの。それに年下に見境のないゾンビだよ?」

 

とんでもないことを言いかけた一色を遮って、陽乃さんがとんでもないことを言う。

 

「おいちょっとまて、俺生きてるから……。気に入らないからって勝手にゾンビ扱いするのやめてくれます?」

 

言うと、陽乃さんはふふっと笑う。

 

「やだ! 最近のゾンビって喋るんだあー」

 

そう言って俺を小馬鹿にして笑う姿は普通の大学生のようであって、そして雪ノ下雪乃の姉であることを俺に再確認させてくれた。

 

× × ×

 

「陽乃さんはどうしてせんぱいのこと狙ってるんですか」

 

結局、せんぱいが私の家に来ることは無かった。なんでかって平塚先生からの着信があったから。

最初は無視していた先輩だけど、数分間隔だった通知は数十秒間隔に、そして数秒も間隔がなくなっていた。しまいにはせんぱいは電源を切ったけど、後ろから猛烈な勢いで走ってきたスポーツカーの『女運転手』に連れていかれてしまった。

 

……先生と生徒があんなに近くてもいいのだろうかと、ふと思った。けれど、あの二人にはあの二人にしか分からない距離感というものがあるのだ。

きっとそれは、せんぱいと結衣先輩と雪ノ下先輩の三人『だけ』で作り上げられたあの空間にすごく近いものなんだと思う。

人に質問をしておきながら物思いにふけっていた私のことを怒るでもなく、はるさんはふふっと笑う。

 

「私、変な人がタイプだからなあ」

 

「それ私にもあてはまっちゃうんですけど……」

 

出来たてのご飯を運びながら、私達はそんな話をしていた。

……ていうかはるさんやばい。あまりにも料理スムーズすぎる。なんというか手馴れていた。

でもはるさんは、普段のご飯は専属料理人に任せてるって言ってたし……。神はどれだけのものをこの人に与えたんだろ……。

雪ノ下家のお父さんは県議会議員なんて聞いたけど、絶対それじゃあ収まらないよね。お父さんのお父さんがそーりだったって聞いてもきっと驚かないと思う。

 

と、そこでぴろりと私の携帯が音楽を奏で始めた。まあ、奏で始めたというほど綺麗なものではなくて無機質な木琴か何かの音が延々と流れてるだけだけど……。

 

と、ポケットから取り出して画面を見てみると、一瞬私の顔が映ってから番号が表示された。

 

「080-4444――だれからだろ?」

 

独りごちって、はるさんに謝ってから電話に出た。

『あ、もしもし平塚だが』

 

『ナチュラルに電話してくるのやめてください、ごめんなさい』

 

『いやすまん』

 

電話の主――平塚先生はひとつ謝ってくれた。って、なんでこの人当たり前のように電話してくるの……。番号間違えてたらどうするつもりだったんだろ。

 

『それで、なにかご用事ですか?』

 

「え、なになに? 静ちゃん?」

 

ぐっとはるさんが私に身を寄せてくる。だから私はスピーカーにしてスマホを置いた。

 

『いやそれがな、私のしつれ……いや、私の人生、いや比企谷の人生……? について説いていたら誤って比企谷に酒を飲ませてしまってな。まあ間違えたのは私でなく店員なのだが。つまりまあ簡潔に言うと比企谷は眠ってしまって、酒の抜けてないやつを家に返すのも何かと問題があると思ってな。なに、今日一色の家にはご両親がいないそうではないか。私も行くので少し預かってくれはしないか。――いや違う、保身ではない。責任ある大人としては一介の生徒とニ人で出かけたという事実から隠蔽……隠さなくてはいけないのだよ』

 

長いよ長い、それに結局保身……。というかこの人は失恋のショックで珍しく頭が回っていないのだろうか。何よりお酒を飲んで、車はどうするのだろう。

『あ、えっと車は』

 

『それなら私が比企谷を背負うから問題は無い。……なに、一色の家まで約五キロ。ちょっとした運動程度だ』

 

『だから彼氏出来ないんですよ』と言いかけてなんとか言葉を飲み込んだ。

 

すると、平塚先生は聞き逃せないことをぽつりと言った。

 

『それにしても普段屁理屈ばかり言っている比企谷も、眠ってしまうと可愛いものだな』

 

……今なんて?

 

『……せんぱいの寝顔!?』

 

「比企谷くんの寝顔!?」

 

さっきからずーっと珍しく茶化すことなく黙ってたのに、それにだけははるさんが反応した。

 

『いいです! ぜひ私のうちにどうぞ! あ、でもせんぱいの寝顔が見たいわけじゃなくてせんぱいがおきたときに私の家にいることを脅し……脅迫……恐喝……? の材料に使うだけですから!』

 

「いやいろはちゃん何も変わってないから!」

 

珍しく驚いてみせる陽乃さんを尻目に、私は一刻でもはやくせんぱいの寝顔を見るためにブルゾンを着るのであった。




投稿するする詐欺マンです。
1年ぶりですね^^*^^*

次回投稿頑張るマン(適当)


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