蘇ったのは自由ではなく隕石だった (スターゲイザー)
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蘇ったのは自由ではなく隕石だった

 

 

 オーブ連合首長国の首都オロファト。

 前大戦で多大な被害を受け、亡くなった者達の慰霊碑が置かれている高台に花を手向けている一人の少女の姿があった。オーブ連合首長カガリ・ユラ・アスハである。

 海から吹き渡って来る潮風に金の髪を靡かせ、その表情は苦悶に満ちていた。

 

「……お父様、私は……」

 

 国を、世界を守る為に戦ってくれた人達に銃口を向けてしまった後悔。己の力不足故に父が守った理念を捨て去ろうとしている悔恨。

 まだ十代の少女に背負えるはずのない荷物を、その肩で支えなければならない重圧に押し潰されようとしていた。

 

「相変わらず寂しい所だね、此処は」

 

 後ろから聞き覚えのある声がかけられた。

 カガリが振り向くと、カガリと似た服を着た二十代半ばの男が慰霊碑のある高台の階段を上がってきていた。

 

「出来た当初のままだ。おじ様達の墓も、もういい加減ちゃんとしないといけないな。カガリもそうは思わないかい」

「ユウナ……」

 

 階段を上がりきってカガリの前に現れた男――――ユウナ・ロマ・セイランは穏やかに笑った。

 

「此処だと思った。でも駄目じゃないか、護衛の一人も連れずに歩き回っちゃ。オーブ国内は安全とはいえ、今は情勢が情勢なんだよ。首長がいなくなったって官邸がてんやわんわになってたよ」

 

 護衛と言われて専属だったアスラン・ザラの顔が脳裏を過った。

 彼は少し前にプラントに行ってから戻って来ていない。連絡もまだ、ない。そのことに思い至らず、勝手に首長邸を抜け出した責はカガリにある。

 

「僕も言っておいたけど、カガリも対応しておいてよ。それだけみんな、心配してたんだから」

「…………すまない。どうしても一人になりたかったんだ」

「ずっと近くに誰かがいると気が抜けないのは気持ちは分かるけど、それでも護衛はつけないと駄目だよ。カガリは国の柱なんだから」

「分かってる」

 

 ユウナはその手に持った花束を慰霊碑に献花して静かに手を合わせる。

 正直に言えば、カガリはユウナが苦手だった。

 感情を優先しがちなカガリと違ってユウナは理詰めで話をする。ユウナが言うことは正論なので、カガリは自分が間違っていたり悪いことをしているような気分になる。事実、ユウナが言うことは概ね正しいので言いくるめられるのは何時もカガリだ。苦手にもなろう。

 再び、風が吹いた。

 カガリが潮風に靡く髪を抑えているとユウナが手を下ろしてカガリに向き直っていた。

 

「で、何の用だ? 用があるから来たんだろ? だったら早く言えよ」

「やれやれ、お姫様はご機嫌な斜めのようだ」

「そのお姫様は止めろ」

「分かったよ。でも、ご機嫌斜めは否定しないんだ」

 

 誘導尋問のようなユウナの話術にどれだけ引っ掛かってきたことか。今回もまた引っ掛かった。

 

「先のザフトの船に対する扱いが気に入らないようだね」

「そうだ」

 

 全てお見通しだと言わんばかりにユウナは笑う。

 二年以上前ならば肉体行使で止めることが出来たが、今のカガリはそのような行動を取ることは出来ない。幾ら身内といえども、どこで誰が見ているか分からない高台で暴力行為はスキャンダルになる。

 口では勝てない。手も出せない。カガリは大人しくを認めるしかなかった。

 

「大西洋連邦との同盟は最早避けようもない」

 

 ゆっくりとカガリが事実を認識できるように、まるで聞き分けのない子供に語り掛けるようにユウナは喋る。

 

「未だ同盟締結は成されていないといっても時間の問題だ。我が国にザフトの船がいることが不味いことはカガリにも分かっているだろう?」

「その同盟を推進したセイラン家がよくも……」

「国を再び焼かせないためだ」

 

 憎々しげに言った呟きも返された返答の前には掻き消されざるをえない。

 

「僕だって、いや首脳陣の誰一人だって好き好んで卑怯な真似も大西洋連邦と手を組みたいわけないじゃない。彼らはこの国を焼いたんだよ」

「なら……!」

「それでもその勢力は、力は絶大だ。この同盟を跳ね除ければ、待っているのは二年前の再現だ。例えプラントと手を結んでも、彼らはこれ幸いと大義名分を得て侵攻してくるだろう。選択肢なんてないんだよ」

 

 噛んで含めるような言い方にイラツキを覚えても、その事実を前にして返せる言葉をカガリは持っていなかった。

 先のユニウスセブン落下テロ事件――――ブレイク・ザ・ワールド――――後に大西洋連邦がプラントに一方的に宣戦布告し、核攻撃を行なったことは既に世界に広がっている。

 幸いにもプラントは破壊されていないが、二年前にようやくの思いで収まった戦乱が再び巻き起ころうしている。戦乱の波はオーブにもやってきているのだ。

 

「二度と国を焼かせない――――君が二年前の演説で言った言葉だ」

 

 戦争を止めた英雄の一人として持て囃され、若くして首長となった最初の演説で言った言葉が重く圧し掛かる。

 

「子供の時間は終わりだよ、カガリ。君はウズミ様には決して成れないってことを分からなくちゃいけない。大人に、なりなさい」

 

 ユウナのその言葉は最後通牒のようにカガリの心を傷つける。

 カガリは縋るように左手の指輪に触れた。だけど、潮風に晒された指輪はとても冷たく、送ってくれたアスランの温もりを伝えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーブ本島から離れた島にあるアスハ邸の別宅。ユニウスセブンの破片が海に落下し、発生した津波に家を失ったキラ・ヤマトが身を寄せていた。

 

『トリィ、トリィ』

 

 定位置となった安楽椅子に座るキラの頭の上に足を下ろしているペットロボットのトリィが鳴き声を上げている。

 穏やかな昼下がり。聞こえてくるのは波が浜辺を打ちつける音と、ヤマト家と同じように伝道所を失って身を寄せているマルキオ導師が世話している子供達の元気な声が聞こえてくる。

 

「キラ」

 

 このまま寝てしまおうかと考えたキラの瞼を開けさせたのは、鈴を転がした涼やかな声だった。

 閉じていた瞼を開き、顔を横に向けるとプランケットを持った少女――――ラクス・クラインが直ぐそこに立っていた。

 彼女もまた津波によって家を失い、カガリの好意でアスハ邸の別荘に身を寄せていた。

 

「外で寝るのは体に障りますよ」

 

 言いつつ、ラクスはキラの膝にプランケットを掛ける。

 

「ちょっとウトウトしてただけだから」

「いえ、わたしくが声をかけなかったら絶対に寝てましたわ。もっと体を気遣って頂かないと」

「ごめん。最近は体調が良いって己惚れてたみたいだ。気をつけるよ」

「はい、気を付けて下さい」

 

 寝ようとしていたのは本当だったので、心配をかけたことを大人しく謝るとラクスもようやく笑みを浮かべてくれた。

 キラは座ったまま、ラクスは横に立って何を喋るでもなく二人で海を眺め続ける。

 

 

 

 

 

 ヤマト家の近くに居を構えていて、同じようにアスハ邸の別荘に身を寄せているのはラクスだけではない。

 

「む、このブレンドは当たりだな」

 

 そんな二人が見下ろせるテラスで、手摺に手を乗せてコーヒーを飲んでいたアンドリュー・バルドフェルドは一人で自画自賛していた。

 

「ええ、珍しく飲めるものが出来たようですね」

 

 バルドフェルドの隣で同じような体勢で、彼がブレンドしたコーヒーに舌鼓を打っていたマリュー・ラミアスは階下のキラ達の穏やかな様子に表情を曇らせていた。

 

「キラ君の容態は?」

「変わらず、と言ったところだ。恐らくこればかりは医療技術が発達しない限り難しいだろう」

 

 応えるバルドフェルドの表情もマリューと似たようなものだ。いや、同性でよりキラと気心の知れた仲であるだけに彼の方がその懊悩は深いのかもしれない。

 

「何故、キラ君が……」

「余波とはいえ、ジェネシスのガンマ線を受けて生き残れたことだけでも喜ぶべきだと僕は思うがね。キラも長い闘病生活を終えてようやく日常に戻ることが出来たんだ。俺達大人が辛い顔をしちゃいけない」

 

 二年前の大戦時、ザフトの英雄であるバルドフェルドと地球連合に所属していたマリューらとキラは紆余曲折して戦争を止める一躍を担った。

 前大戦の第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦でキラが乗るフリーダムは、ザフトの最終兵器である核エネルギーを使用した巨大なガンマ線レーザー砲『ジェネシス』の近くで戦っていた。発射直後にアスラン・ザラが乗るジャスティスの自爆によりジェネシスは崩壊したが、射線上にいたキラが巻き込まれたのだ。

 なんとか回避はしたものの、余波で機体はボロボロ。コクピットにいたキラもまたガンマ線の影響を受けた。

 

「ええ、そうね」

 

 ここに至るまでにキラが辿った壮絶な闘病生活を知っているだけに、大人達の顔はとても見れるものではなかった。それでも子供達の前ではしっかりとしなければと、マリューは自らを戒める。

 二人は暫し、コーヒーを飲むこともせずにテラスから穏やかな日常に浸るキラ達を見守った。

 

「キラの体はもう以前のようには戻らない。周りが支えないとな」

「ラクスさんのことも。自分の行動の結果とはいえ、プラントを離れざるをえなかったことは彼女にも傷を残しているだろうし」

 

 一度はキラと殺し合いをし、恋人・左眼・左腕・左足を失いながらもへこたれなかった男の言葉に静かにマリューも頷きながら、心に傷を負っているだろうラクスのことを心配する。

 前大戦でクライン派のトップとして蜂起したラクスは戦争終結の立役者であってもプラントに戻ることを許されなかった。

 大戦後の混乱もあり、一度は反旗を翻した勢力を受け入れるほどプラント上層部は優しくはなかった。国家反逆罪は撤回されたが、戦艦エターナルと当時の最新鋭モビルースーツであるフリーダムを奪取した罪は重く、公にはなっていないが国外追放となった。

 知己であったカガリが、同じように故郷を追われたバルドフェルドらクライン派と、敵前逃亡をして軍籍を剥奪されているアークエンジェルの乗組員らを纏めて受け入れてくれなければ宇宙海賊にでもなるしかなかっただろう。

 

「だが、何時までもこうやってのんびりしていることも難しくなった」

「大西洋連邦との同盟の話ですか?」

「まだ話の段階だが、先のザフトの船に対する対応を見る限りでは避けることは難しいだろう」

 

 ブレイク・ザ・ワールドを基点として、安寧の日々を脅かすモノは着々と忍び寄っている。平和の国、オーブであろうとも例外ではいられないのだ。

 

「ええ、カガリさんも頑張ったんだろうとは思いますけど……」

「首長といっても、まだ十代の子供だ。この情勢の中での政治は老獪な政治屋でも手に余るぞ。彼女を責める気は毛頭ないが、問題は大西洋連邦との同盟が果たされた場合の対応だ」

「彼らがコーディネイターをどう扱うかなんて、プラントに一方的に宣戦布告して核攻撃までしたことを考えれば火を見るよりも明らかですものね」

 

 大西洋連邦との同盟が締結されれば、オーブはコーディネイターの数少ない地上の居場所ではなくなる。

 少なく見積もっても碌な扱いはされないだろう。その前にこの国に住むコーディネイターは身の振り方を考えなければならない。

 

「他のコーディネイター達はプラントに行けばいいが、俺達はそうもいかない。中立のスカンジナビアに頼るか、他の場所を探すか。少なくともオーブにはいられなくなるだろう。キラの体のことも考えないといけない」

「私達も同じです。まだ選択肢は多いでしょうが」

 

 ナチュラルのマリュー達アークエンジェル組はともかく、コーディネイターの国であるプラントに戻ることも出来ないラクスやバルドフェルドにキラ、クライン派は戦況が悪化すれば地球圏にいることも難しくなってくる。火星に移住するか、宇宙海賊をするかしかなくなる。

 どちらにせよ、キラの体が持つかどうか。

 

「私達は平和に暮らしたいだけなのに…………」

 

 それでも世界を覆う戦乱の渦は、平和を願うマリュー達もその渦に巻き込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球におけるザフトの一大拠点であるジブラルタルで、ザフトの特殊部隊隊長であるヨップ・フォン・アラファスは目の前の人物からの指令に眉を顰めた。

 

「強襲作戦でありますか?」

 

 目の前に立つ人物はヨップの直属の上司ではない。

 ないが、目上に当たる人物である為、礼儀を欠くことは出来ないし、安易に否定から入ることも出来ない。

 

「そうだ」

 

 否定してほしいと思ったヨップの思惑とは異なり、目の前の紫服を纏った壮年の男は頷いた。

 眼の前の男が来ている紫服は、国防委員会に属する武官であることを示している。本来ならばヨップは大人しく命令を受けるべきなのだが、デュランダル政権下の国防委員長であるタカオ・シュライバーの腹心の男をヨップは好ましく思っていなかった。

 彼は権力欲が強すぎるのだ。今の立場を手に入れるために強引な作戦を敢行したり、犠牲を犠牲と思わぬところがある。特殊部隊の隊長であるヨップは今までどれだけの迷惑をかけられてきたことか。

 

(しかし、命令書は本物。偽造の可能性はないこともないが、この男にそこまでの能力はあるか?)

 

 やりかねないだけに疑念は晴れない。が、見た感じでは本物であるだけに判断に困った。

 わざわざプラントから本人が降りて来て命令書を渡してくるのも怪しさに拍車をかけていた。

 

「地球、それもオーブに仕掛けるとなれば外交問題にもなると思うのですが」

「オーブは大西洋連邦と同盟しようとしている。現にミネルヴァが卑劣な罠を仕掛けられている。既に敵のようなものだ」

 

 もう一つ欠点があった。この男は大のナチュラル嫌いでも有名であるのだ。

 コーディネイターを受け入れているオーブを、ナチュラルがコーディネイターの能力を利用していると声高に叫んでいるぐらいだ。幾ら敵になる可能性があるといっても、国防委員長の側近が現時点ではまだ敵になっていない国をそのような扱いにしていいはずがない。

 しかし、一兵士でしかないヨップは懸命にも口に出すことはなかった。

 

「貴様らの仕事はオーブにいると思われるラクス・クライン嬢の偽物の確保である。確保に失敗した場合は周辺も含めて殲滅せよ」

 

 あまりに与えられた命令がきな臭すぎてヨップは眩暈がした。

 

「ラクス嬢の偽物、でありますか?」

「貴様にもオーブの策略が見えるだろう。大西洋連邦との同盟が成立すれば、彼の国にいるコーディネイターはプラントに来る。本物と入れ替えてよからぬことを考えているのだろうが、そうはいかん」

 

 ヨップはラクスの偽物がいることを疑ったのだが、紫服の男は勝手に持論を展開している。

 こういう手合いは持論を真実として周りの話を聞こうともしないので、ヨップは早々に否定を諦めた。

 

「確保に失敗した場合の周辺も含めての殲滅とは、穏やかではありませんな」

「偽物と、偽物を使って策略を張り巡らせている連中だ。ザフトが侵入した証拠を残すわけにもいかん」

「ですが、やり過ぎでは……」

「貴様は命令に逆らうというのか?」

 

 凄まれてしまってはヨップは命令を受け入れざるをえない。

 あくまでヨップは一部隊の指揮官でしかない。作戦を決めるのは上の人間であり、国防委員長の承認印が押された命令書を前にして公然と命令違反は許されない。

 

「貴様らの部隊には最新鋭水陸両用MSアッシュが配備されていたな」

「慣熟訓練を終えたばかりです」

 

 配備されているモビルスーツまで把握されていては、何を言っても逆らうことは難しいと悟り、ヨップはそれ以上の抗弁を諦めた。

 

「命令を受領します」

「下がって良し」

「はっ」

 

 ザフト式の敬礼をして部屋から出る。

 ドアが閉まって少し歩くと、ヨップの口から盛大な溜息が漏れた。

 

「隊長」

 

 待っていたらしい部下の一人がヨップに近づきながら声をかけてきた。

 

「命令が来たぞ」

「不服そうですね」

「疑って下さいと言わんばかりの作戦だ。文句を言いたくもなる」

「特殊部隊の常では?」

「限度があるということだ」

 

 部下と共に歩きながら渡された命令書を渡して見せると、途端に顔色が変わった。

 

「これは……」

「余裕のないスケジュールに出どころの分からない情報の数々。怪しんでくれと言っているようなものだ」

「では」

「だが、命令は命令だ。ご丁寧に我々の出発まで見送ってくれるのだ。逆らうことも出来ん」

 

 そもそも逆らうことが出来るのなら既にしている。部下の期待には応えられない。

 部下の首を引き寄せ、その耳を口に近づける。

 

「お前はこの命令書を信頼できる筋に預け、調べさせろ。運が良ければ作戦が実行される前に止めることが出来る」

「急ぎます」

 

 自分の命もかかっているので離れた部下は急ぎ足でどこかへ向かって行った。

 その背を見送るヨップの表情は苦み走っていた。

 

「間に合わんだろうが、あの男に一泡吹かせるぐらいは出来るだろう」

 

 ヨップは作戦の正否に関わらず、自身にやがて訪れる破滅の未来を予感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、キラ・ヤマトは不思議なことに全く眠れなかった。

 オーブのトップであるアスハの別荘だけあって、小さな子供達と面倒を見ているラクスを除いてそれ以外に個室をあてがってもまだ余裕がある。キラもまた個室を与えられていた。

 二年前から不眠症の気があるが、夢と現の境を彷徨うに微睡んでいることが多いので、ここまではっきりと目が開きっぱなしになっていることは珍しい。

 

「眠れない……」

 

 ひっそりとした呟きは部屋に消えていく。

 体調を考えれば睡眠は絶対に必要だが、無理して眠ろうとはとても思えなかった。

 虫の知らせとでも言うべきか、横になっていることも出来なくて起き上がった。

 ベッドから体を起こすと虫の知らせは、はっきりとした予感に代わった。

 

「空気が変だ。この感じは……」

 

 懐かしいとも言える、忘れもしない感覚に居てもたってもいられなくなった。

 ベッドから降りて立ち上がろうとすると、眩暈がしてフラッと体が揺れる。

 ポンコツになっても反応速度は変わっていない体のお蔭で、咄嗟にベッドに手をついて支えたが倦怠感は抜けない。

 キラの体はボロボロだ。以前のように戻ることは医療技術がブレイクスルーでもしない限りありえない。健康なんて言葉は二年前からキラの辞書から消え去った。

 一呼吸を置けば眩暈も収まる。

 体調が落ち着いて来れば、感じられる空気の異変も分かりやすくなる。

 取りあえず外に出て確認してみようと部屋を出ると、キラよりも早く出ていたアンドリュー・バルトフェルドが黒光りする拳銃を手に廊下の窓から階下を見下ろしていた。

 

「キラ、お前も感じたか」

「ええ、誰が?」

「分からん。が、この感じからして個人ではなかろう」

 

 連合でもプラントでも、その他でも狙われる可能性と利用価値のある者達がこの別荘には沢山いる。残念ながらキラも自分自身狙われる心当たりがあるだけに、襲撃者の予想はつかない。

 

「隠密作戦だろうが、これだけ殺気を放つのは下の下だ。しかし、油断も出来ん。キラも持っておけ」

「僕は銃は……」

「護身だ。撃てなかろうが向けるだけで威嚇になる」

 

 実戦で撃った苦い記憶を思い出して断ろうとするがバルドフェルドが押し付けるように渡し、本人は大口径の銃を取り出して警戒しながら窓の外を確認する。

 

「招待されていない客がお越しなのは間違いない。ラクスと子供達を地下のシェルターへ連れて行け」

「バルドフェルドさんは?」

「ラミアスと合流して敵の確認をする。来ようと思うなよ。足手纏いだ」

「分かってます。気をつけて」

「ああ、そっちも無理だけはするなよ」

 

 キラは一応、元軍人ではあるが正規の訓練は受けていない。銃の撃ち方ぐらいは習ったが実戦経験はほぼ皆無。キラの本分はモビルスーツパイロットであったから、ザフトの英雄と言われたバルドフェルドや女性ながらも対人戦ではコーディネイターを凌ぐとオーブ軍に太鼓判を押されたマリューと一緒に行ったところで足手纏いなのは明白。

 マルキオ導師がブレイク・ザ・ワールドの慰問で留守にしているので、孤児達とラクスを守る役目に回るのが当然であった。

 キラはバルドフェルドと別れて、ラクスと子供達が寝泊まりしている一階の部屋へと降りようと階段を目指す。

 アスハ邸の別荘だからこそシェルターなんてものもあるのだが、広すぎることでどこから襲撃者が入り込んでいるか分からず、通路の角から現れないと限らないので慎重に進む。

 途中で上の階から銃声が聞こえたのはバルドフェルドから外に向かって威嚇射撃を撃っているのだろう。

 

「敵……」

 

 散発的に聞こえる銃声が思考に熱中させてくれない。

 バルドフェルドのお蔭か、まだ目立った被害はないが襲撃者が集団だと分が悪い。早めにラクスと子供達を連れてシェルターに向かわなければならない。

 幸いラクスと子供達の部屋に着くまで誰にも出会うことはなかった。

 

「ラクス、僕だよ」

「キラ?」

 

 周りを警戒しながらノックしつつ呼びかけると、直ぐに内側からゆっくりとドアが開いた。

 開かれた扉にラクス・クラインの不安を湛えた顔が見え、僅かに垣間見えた窓とドアから離れた壁際に集まっている子供達の姿を確認する。

 

「全員いるね。シェルターに急ぐよ」

 

 何かを尋ねようとしたラクスを遮って急かす。

 上からの銃が発射される間隔が短くなっている。悠長に事情を説明している時間はなさそうだった。

 

「分かりました。ここは危険です。安全なシェルターへ行きましょうか、皆さん」

 

 寝起きを叩き起こされた子供も多いようだが、良いのか悪いのか孤児だけあって危機の感知力は高くて誰も文句一つ言うことなく部屋から出てくる。

 全員が部屋から出て来たのを確認して振り返ろうとしたキラは、気配に反応して体が勝手に動いた。

 体が殺気に反応したのはパイロットの時代の名残か。持っていた銃を向ける。

 

「キラ君、私よ」

「マリューさん、驚かせないで下さい」

 

 背後にいたのはマリュー・ラミアスだった。

 胸を撫で下ろし、撃ちかけたと文句を言おうとして、銃がマリューの手でしっかりと抑えられている。例え引き金を引いても撃てはしなかっただろう。

 実力の差を思い知ったような気がして、男としての挟持に罅が入ったが、今はそんなことを言っている場合ではないことはキラも承知しているので顔には出さなかった。

 

「全員いるわね。シェルターまで先導するわ」

 

 ならば、銃を持っているキラは最後尾で殿を務めなければならない。

 真ん中にラクスを置いて怯えている子供達を宥めてもらいつつ、警戒しながら通路を進む。

 窓から離れて身を低くしながら進んでいると、上の階から窓ガラスを割れる音がして恐怖の声を上げて怯える子供達を連れては進行速度は上がらない。

 はっきりと人と人が争っている音が聞こえてくるようになる頃にようやくシェルター前に辿り着いたキラ達。

 キラとマリューが警戒しつつ、ラクスが壁のパネルにカガリに教えられたパスワードを撃ち込んでいると、銃撃が近づいて来て誰かがシェルター前の通りに飛び込んできた。バルドフェルドだ。

 

「銃を!」

 

 バルドフェルドが左腕の義肢を失い、無手なのを見て取ったキラは横をマリューが通り過ぎるのを感じながらまだ一発も撃っていない銃を投げた。安全装置はつけたままで。

 予備の弾倉まで使い切ったのだろう。キラが持っていた銃を受け取ったバルドフェルドと彼の脇から通路の角の向こうへと銃を向けたマリューが牽制の射撃を始める。

 間断なく続く銃声に子供達は泣きじゃくっている。キラは泣いている子供達を抱き寄せ、万が一にもマリューとバルドフェルドが突破された場合の壁となる決心を固めた。

 

「開きました!!」

「子供達を!」

 

 重い扉が開く。

 ラクスの喜色の声に銃声に負けないように張り出されたバルドフェルドの大きな声に促され、キラは子供達をシェルターへと押し込んでいく。腰が抜けたり、動けない子供は抱えてでも。

 

「二人も急いで!」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、全部の弾を撃ち尽くしたマリューとバルドフェルドは持っていた銃を角の向こうへと投げつけ、急いでシェルターへと入り込んだ。それを見届け、キラは急いでシェルターの入り口を閉じる。

 シェルターがロックされたのを確認すると、最も戦っていたバルドフェルドが大きく息を吐いた。その音がやけに響く。

 

「逃げ遅れはいないな」

「はい。でも、誰が……」

「コーディネイターだ。それも素人じゃなく、戦闘訓練を受けた連中だ」

 

 子供達の人数を目視で確認して安心したように二度目の息を吐いたバルドフェルドから返って来た返答に、キラは考えうる限り最悪に近い状況に陥っていることを思い知らされた。

 

「ザフト、ですか……?」

「だと思うが、少し様子がおかしい」

「おかしい、ですか?」

 

 バルドフェルドの答え方にキラは首を捻った。

 

「どうにもやる気を感じん。形だけ襲っているような、そんな印象を受けた」

「確かに襲撃してくる割には手緩いという感じがしたわ」

 

 バルドフェルドの意見にマリューも追随する。

 キラには分からないが元本職の二人がそう言うのならそうなのだろうと思っていると、安全な場所に入ったことで若干落ち着いてきた子供達から離れて歩いてくるラクスの哀しげな表情が見えた。

 

「狙われたのはわたくし、なのですね」

 

 疑問ではなく断定で、ラクスは言った。

 バルドフェルドの言う通り、襲撃者がザフトであるのなら狙いはほぼラクスで間違いないだろう。それでも彼女が哀しげな表情を見ることが嫌で何かを言おうとしたキラの視界がブレた。

 

「爆発!?」

 

 キラの視界がブレたのではない。部屋ごと揺れているのだ。

 

「ちっ、この揺れはまさか奴さんはモビルスーツまで持ち出して来たのか」

 

 断続的に揺れる床は攻撃が続けられていることを示している。

 これだけの振動を起こす攻撃を放ち、かつオーブ軍に気づかれずに接近するにはモビルスーツぐらいしかない。

 

「何機もいるとも思いたくはないが、火力のありったけで狙われたらこのシェルターも長くは持たん」

 

 アスハ邸の別荘のシェルターも現在主流になっているビームライフルに何発も耐えられる設計にはなっていない。

 シェルターを出ることは出来ない以上、攻撃を受け続ければシェルターごとキラ達は焼き尽くされる。その前にオーブ軍が気付いて駆けつけてくれるかは完全に運だ。

 

「…………ここで襲撃を受けたのは運が良かったのか悪かったのか。いや、襲撃を受けている時点で運は悪いか」

「バルドフェルドさん?」

 

 揺れるシェルターと子供達の泣き声、ラクスとマリューが子供達を宥めようとする声だけがキラを支配する。その中でバルドフェルドはキラを見ていた。

 その眼は決断を迫る様でもあった。

 マリューが目を落とし、ラクスが追い詰めたように身を震わせる。

 

「バルドフェルド隊長!」

「悪いが、今の俺は隊長じゃない」

「でも、今のキラでは」

「乗れるなら俺が乗ってやりたいんだが、今の俺はこれだからな。他に選択肢はない。このままでは全員死ぬだけだ」

 

 何故かラクスがバルドフェルドを昔の呼び方で呼び、バルドフェルドは義肢が無くなった左腕を掲げて静かな目でキラを見つめ続けている。いや、キラを通して背後の壁を見ている。

 キラは後ろを振り返って、バルドフェルドが見ている壁を見た。

 

「キラ……」

 

 キラの背にラクスの涙に濡れたような掠れた声が届いた。

 バルドフェルドの言葉、ラクスの反応、マリューの様子。全てを見て聞いて分からぬほどキラは愚鈍ではない。

 

「僕が戦います」

 

 口から自然と言葉が溢れ出た。

 

「キラ君」

「大丈夫です。自棄にも自暴自棄にもなっていません。生きるために戦うんです」

 

 ラクスと同じように背にかけられたマリューの声に込められた言葉以上の気持ちを感じ取り、感謝の念を抱きながらもキラの中で急速に決意が固められていく。

 

「いいんだな、キラ? お前の体は」

「承知の上です」

「そうか……」

 

 バルドフェルドも何も好き好んでキラを戦闘に駆りだしたくない気持ちは言葉から十分に伝わって来た。その気持ちだけで十分だった。

 

「キラ!」

 

 背中に誰かが抱き付いてくる。

 振り返られなくてもラクスだと分かった。この二年間、ずっと傍に居てくれたのだから、分からないはずがない。

 戦いに行くことを止めるように彼女の手はキラの体へと回されていた。だが、その手に力はない。彼女にも分かっているのだ。キラが戦わなければみんな死ぬと。

 キラの前の巨大な扉がゆっくりと開いていく。

 扉が開き切ると同時にライトが灯った。

 ライトに照らし出された先にあった物に、キラは目を瞠らずにはいられなかった。

 

「ストライク!?」

 

 二年前に数奇な運命と共に出会い、キラを戦いの場へと引き出した機体。フリーダムに乗り換えてからはムウ・ラ・フラガの乗機となり、彼の死と共に前大戦で失われたはずの機体が記憶の形そのままにキラの前に存在する。

 

「いいや、これはストライクルージュだ。カガリが代表になってからは使われなくなって、機体も旧式化してきてたがカガリの専用機だから廃棄するわけにもいかないからここに置かれていたらしい。天の采配というやつだな」

 

 もう表に出ないことになっているのだろう、キラの記憶にあった左肩にあった右向きの獅子にユリの花のパーソナルマーキングがなかったのでストライクと間違えてしまった。

 ストライクルージュにはカガリも愛着を持っていた。元より物を安易に捨てるのを好まないカガリは、ストライクルージュを自分の手元に置いておきたかったのだろう。だが、それが今のキラ達を救う好機となる。

 

「ラクス、僕は行くよ。このまま君達のことすら守れない方がずっと辛い。だから、待ってて」

 

 ラクスの手を解き、振り返ってその眼に揺れる悲しみと不安を見たキラは何時かそうしたように額に口づけをした。

 そしてキラは嘗ての運命を繰り返す様にストライクルージュに向けて足を踏み出した。

 

「必ず帰って来て下さい、わたくしの下に! でなければ許しませんから!!」

 

 二年前は自らの命を使ってでも為すべきことを為すと不思議な使命感に駆られていた。

 だけど、今回は必ずと生きてラクスの下へと帰ると情熱にも似た赤い炎がキラの胸に灯っていた。その炎に急かされる様に足を速め、ラクスの言葉に応えるように右手を突き上げてキラは二年振りに戦いの場へと舞い戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃を続けろ。このまま奴らを殲滅する」

 

 最新鋭水陸両用MSアッシュを操るヨップ・フォン・アラファスは気に入らない展開であることを表情に出さぬまま、部下に周辺も含めた殲滅を命令する。

 部下達はヨップの命令を守り、両腕部のビーム砲及び機関砲、胴体部のフォノンメーザー砲等の持てる火力の全てを海辺に見える豪勢な家へと向けていた。

 襲撃前はヨップも一度は住んでみたい思わせた豪邸は、度重なるモビルスーツの火力に任せた攻撃によって見る影もない。

 ザフト軍と分からない様にアッシュに偽装が施されているので、早くオーブ軍が来るなりして撤退の理由が出来るのを待っていた。住人はシェルターらしく場所に逃げ込んだとの情報を受け取っているので、このまま終わってくれれば良かったのだが、そうは問屋が卸さないようだ。

 

『ヨップ君、急ぎたまえ。私の子飼いの部隊がオーブ軍を惹きつけていられる時間はそう長くはない。シェルターに逃げ込んだろう。シェルターごと殲滅したまえ』

 

 これだけ目立つ真似をすれば不法侵入その他でオーブ軍が直ぐに出張って来ると考えたヨップの考えは甘すぎた。件の紫服の男は己が権力を使ってザフトの別部隊を使ってまでヨップ達から注意を引き剥がそうとしていたのだ。

 アッシュの火力ならばシェルターだろうが纏めて殲滅するのに長い時間はかからない。これはオーブ軍も間に合いそうにもない。

 

「各自、底の金属板を狙え。あそこがシェルターだ。一点集中して、突き崩せ」

『しかし、隊長』

「仕方あるまい。このままでは帰ろうとも残した家族の命が危うい。彼らには悪いがこちらも命があっての物種だ」

 

 通信して来た部下だけではなく、自分自身や部隊全員に伝わる様に通信を広げ、次は受け付けぬとばかりに切った。

 すると、部下達も覚悟を決めて火力を一点に集中する。

 

「誰がやりたくてこんな任務を引き受けるものか」

 

 その光景を見ながらヨップは、命令を持ってきた紫服の男をぶん殴りたい気持ちで一杯だった。

 部下に任せた命令の裏取りを行い、万が一でもトカゲの尻尾を切り落とされる前にこの報復をしなけれならないと考えると、山の地面から一条の光条が闇夜の空を切り裂く。

 

「なんだ!?」

 

 困惑の声を上げながらもヨップの手は慣れた手つきでモニターを切り替えると、山の斜面から何かが飛び出した。

 アッシュのセンサーが飛び出した物体を捉え、データベースで検索してヒットした物を表示する。

 

「馬鹿な、ストライクだと?! あの機体は前大戦で失われたはずだぞ!」

 

 ヨップは現物を見たことが無いが、モニターには確かにストライクと表示されている。

 トリコロールの特徴的な色付けの機体はヨップもデータで見たことがあるストライクそのものである。

 前大戦中期に活躍し、砂漠の虎アンドリュー・バルドフェルドを始めとして数々のザフトのパイロットを撃ち落とした地球連合の機体は、後に特務隊に栄転となったアスラン・ザラが討ち取ったはず。

 その機体特性から再生機が作られたりしたが、その場合ならデータは違う物を示しているはず。

 

「はっ!?」

 

 突然のストライクの登場に、特殊工作員としての訓練を受けたヨップは部下たち共々に思考の硬直に陥っていた。特殊部隊の頭を強制的に解させたのは、宙を飛来するストライクから放たれた二発のビームだった。

 ストライクの登場には誰もが驚愕し、反応が遅れた。その僅かな一瞬の隙に放たれたビームは正確に二機のアッシュのメインカメラを頭部ごと貫いた。

 そしてそのまま混乱収まらぬアッシュの編隊に突っ込んできた。

 ヨップや他の部下達は自分のことを守るのが背一杯で、頭部を破壊されて行動が遅れたアッシュ二機が瞬く間にダルマにされた。

 正しく瞬く間にという表現が正しく思える早業だった。

 持っていたライフルとビームシールドを上空に放り上げ、両手に握った二刀のビームサーベルで鎧袖一触。これでアッシュ二機は四肢と頭部を失って戦闘能力を完全に失ってしまった。

 

「旧式が! 応戦しろ!」

 

 仕掛けてきたのならばやり返さなければならない。襲撃をかけたのはヨップ達だが、そう言っていられる状況でもない。

 ストライクは二年前ならば高性能機であったが、今となっては旧式・型遅れの印象を拭えない機体だ。現在のザフトの量産機であるザクウォーリアどころか、二年前のゲイツの時点で基本性能で追いついている。

 流石にアッシュも水陸両用とはいえ、高機動型のエールストライカーを装着しているストライクに陸での機動力は劣るが、その分、火力は遥かに勝る。その火力に任せて攻撃し、敵戦力の抵抗を理由に撤退できるとヨップが思考の端で考えるていると、ストライクは信じられないことに三機がかりの弾幕をいともせずに避ける避ける。

 それだけではなく、上に投げていたビームライフルとビームシールドをキャッチすると、当たりそうなビームやミサイルをシールドで受け流しながらライフルで反撃して来た。

 避け、受けながらの攻撃ならば恐れるに足りないというヨップの浅い考えを突き破って、一発のビームが正確に近くにいた部下のアッシュの右クローを撃ち抜いた。

 一部の弾幕が薄くなったのをこれ幸いとばかりに、ビームの嵐の中を突っ込んで来る。更にビームシールドを突進のスピードを全く緩めないまま投げつけて来た。

 

「ちっ」

 

 ビームシールドはビームを受け止める。何回も当てれば突破できるが、ヨップと部下との間で考えに齟齬が生まれる。

 ヨップはこのままシールドを破壊することは可能だと判断し、片方のクローを撃ち抜かれたアッシュに乗っている部下は出来ないと考えたのか、勝手に応戦を止めて避ける動作に入った。

 

「馬鹿者!?」

 

 接近してくる敵を前にして逃げ腰になったアッシュをストライクは見逃さない。投げつけたビームシールドに追い付き、ヨップともう一人の部下がいる方へと弾き、自身は避ける動作に入ったアッシュへと地を這うように滑空する。

 地を這うように飛ぶストライクにアッシュは攻撃を仕掛けるが、狙われた動揺もあって狙いが甘い。一瞬で懐に近づいたストライクがビームサーベルを抜き放ちながらアッシュの両足を膝から切り払った。

 膝下を斬られて自身の体積を支えきれなくなったアッシュを見届けることなく、ストライクが残った獲物に黄色い双眼を光らせる。

 

『連合の白い悪魔め!』

 

 味方が次々とやられ、鬼神の如きストライクによる恐怖に錯乱でもしたのか、残った部下が先行する。

 ヨップは舌打ちをしながらも、敵に先手を取られては手に負えないと一連の戦闘から読み取り、先走ったアッシュを追従する。

 ビームクローを展開させて迫って来るアッシュを待ち構えるように立っていたストライクが突如として動く。

 足下に倒れていたアッシュの手を掴み、振り回したのだ。

 アッシュはストライクよりも巨大だが、四肢の内の三つを失っている。旧式のストライクのパワーでも投げつけるぐらいは可能だった。

 部下のアッシュはこれを避けたが、全てはストライクの読み通りだった。

 投げつけられたビームサーベルが機体腹部に突き刺さり、爆発を引き起こす。後方にいたヨップは巻き込まれるのを避けるどころか、むしろ踏み込んだ。

 

「どうせ失敗して死ぬぐらいなら!」

 

 戦って死ぬとばかりに機体の爆発を突破してビームクローをストライクに叩き込んだ。

 しかし、ストライクはまたもや超人的な反応を見せ、回避して見せた。流石に完全な回避は出来ず、エールストライカーの羽を折るに留まったが、この一撃がヨップの闘志に火を点けた。

 被害は軽微だが、傷をつけられた以上は決して勝てない無敵の存在ではない。

 

「機体性能の差を見せてやる!」

 

 勢いのままに機体をぶつければ、バランスを崩すのは性能で劣るストライクだった。どれだけパイロットが優れていようとも機体性能は変えられない。

 バランスを崩したストライクに向けて追い打ちのビームを放つと、なんと避けて見せた。が、バランスの崩れは更に酷くなる。

 反撃しようと上がりかけたビームライフルを足で踏みつけ、突きつけられたビームサーベルも右腕を犠牲にすることで受け止める。

 

「これで!」

 

 敵が装備を失ったと判断したのはヨップの油断だった。ストライクは背部のエールストライカーを切り離して特攻させたのだ。

 この戦術にも咄嗟の反応か、ヨップの秘められた才能かによって動いたアッシュのビームクロウがエールストライカーの突き崩す。だが、ストライカーバックを失って素の機体のみとなったストライクがビームライフルを捨てて突進してきたのまでには反応できなかった。

 ストライクがバーニアを吹かして鋭いステップで踏み込み、何時の間にか両手に取り出したアーマーシュナイダーをエールストライカーを弾いてがら空きの右脇と首元に叩き込んだ。

 

「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 装甲が薄く、機体の制御系が走っている場所をピンポイントで狙われたアッシュはあっさりと無力化される。

 灯りの落ちたコクピットでヨップは各場所にあるボタンを押して再起動をかけようとしたが、どのスイッチを押してもウンともスンとも言わないのは電気系統が完全にショートしていることを示していた。

 

「ハイドロ応答無し、多元駆動システム停止。ちっ」

 

 機体が完全に無力化されたことを認めざるをえなかったヨップは一つのボタンを押し、テンキーに素早く暗証番号を打ち込んだ。

 直後、赤色灯が点灯されていたモニターに、時間が表示されて時と共に減っていく。カウントダウンと記された画面が示すのはただ一つ、機体の爆破だ。ヨップが引いたレバーは機体を自爆するための起動装置だったのだ。

 アッシュから発せられる空気に不穏な雰囲気でも感じたのか、ストライクはアーマーシュナイダーを離して離脱する。

 

「俺もここまでか。救いが歴戦の勇士に敗れたなんてな」

 

 あの紫服の男に報いよ下れ、とだけ願ってヨップの意識は白色に染まり、永遠に元に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アッシュの自爆の爆炎が装甲を舐めるように触れ、ギリギリで離脱することが出来たストライクのコックピットの中でキラは荒い息を吐いていた。

 

「ギリギリ、だったかな」

 

 モビルスーツ戦闘として短い時間だったのに、たったあれだけで息を大きく乱す体になってしまったキラは後ろに凭れて大きく息を吸い込む。

 

「コーディネイターの特殊部隊だとするとプラントがなんでラクスを」

 

 深呼吸を繰り返しても短い間しか全力を発揮できない体は休息を求め、キラの意識は急速に落ちていく。

 

「アスラン……」

 

 無性にプラントに渡ったアスランと話がしたかった。

 

 

 




ストライク、というかストライクルージュで原作通りのことをしようとしたらキラが死ぬ。
旧式+パイロットが病弱で。

続かない。


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