ガンゲイルオンライン:rehab (madamu)
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太陽の光は橙色

夕方となり、太陽の光は橙色となっていた。

俺は手にしたライフルの装弾状況を確認した。

装弾数は5発。藥室に込めてあるから、プラス1だ。

 

薮、カッコつけて言えばブッシュだが、ブッシュに身を潜ませ遠くに見える鳥の群れを眺める。

あ~、ログアウトしたくない。

ブッシュの不快感はあまりない。ギリースーツ(偽装服)も快適だ。

 

低山フィールドの夕刻。俺はブッシュの中から巣へ戻る鳥の群れを撃とうとしていた。

なだらかな斜面には無数のブッシュと木々。隠れるには持ってこいだ。

そして1時間程度なら余裕で無心になれる。

VR世界と言っても眼前に広がる広大な景色は、俺の脳に癒し効果を与えるには十二分だ。

 

明後日までに仕上げる翻訳の仕事があるのだが、どうも妙訳が浮かばず結局はGGOに潜ってしまった。

 

GGO<ガンゲイルオンライン>銃撃戦をメインとしたバーチャルオンラインゲーム。

ゲーム内の通貨を現金に換金できる唯一のゲーム。正直換金なんてどうでもいい。これはリハビリなんだ。

 

対人戦闘は死ぬほどやった。死ぬほどは比喩でもなく、勝てば殺すし、負ければ死ぬ、と言う意味で死ぬほどやった。

ゲームとはいえ、他人様に武器を向けるのはあんまり気持ち良くない。げんなりする。

 

鳥の群れの一番後ろ。一発。当たった。落ちた。

落下箇所をメニュー画面から呼び出した近隣マップに目印をつける。

メニューを閉じて、次の獲物を待つ。

 

『ぶっ殺すわよ』『ぶっ殺しますわよ』

 

どっちに訳すか悩む。

従来なら前者なんだけど、洒落者がふざけて言うなら後者だよな~。

10分ほど待ったが丁度いい鳥の群れはまだ空を渡らない。

 

いい加減、狩猟には暗くなってきたところだ。今日は泊まり込んでの狩猟はするつもりはない。

シティまで戻ってログアウトかな。

 

そう思っていたところ、背後の10mあたりで誰かログインしてきた。

フレンド登録していれば、ログイン位置をフレンドのいる位置に指定できるのだ。

誰か、ダンジョン探索で近場にいる俺を指定したのかな?

 

「まだ鳥なんか撃ってるの?」

小柄な少女だ。ホットパンツにニーソックス風のズボン。そして青い瞳に水色の髪。

アバターを見るに美少女だ。可愛らしいというよりカッコいい寄りだ。本人の実の顔がどうだかは知らない。

 

少しとげのある声だが、まあそんなもんだろう。

金儲けでもなく、レベル上げでもなく、装備集めでもない。

単に鳥を撃っているだけなら、ゲームとしてはあんまり意味がない。

 

「近くに潜るの?」

「ええ、欲しいものがあって」

彼女はいつも突き放すような声でしゃべる。きつい印象もあるが、女性アバターとしては当然だろ。

下心の無い男などいない。

 

最初に会ったときにプロフィールに「学生」の文字があったので、消す様に進めた。

個人情報なんてバラして特になることはない。いや、命懸けの説得には有効だったけど。

 

「ちょうど近くにいたから利用させてもらったわ。ありがと」

「いいえ、俺はログアウトするよ。仕事があるしね」

立ち上がりながら、ギリ―スーツを解除。

黒のジャケットに、濃茶のパンツ。普通の猟師みたいな服装だ。

 

「じゃあ、気を付けろよ、シノン」

「ええ、またね。ナイブズ」

 

彼女はシノン、GGOのトップスナイパーの一人。女性プレイヤーで限定すれば最高峰スナイパーじゃないかな?

 

俺は、ナイブズ。いや勿論キャラクターの名前だ。SAOサバイバー。そしてシティ・アインクラッドの市長で、トラブルバスターで、仲間に死の覚悟を求めた男だ。

 



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雨にはいい思い出は無い

朝は雨だった。雨にはいい思い出は無い。

 

SAO事件。ゲーム世界に閉じ込められた1万人は恐怖に震える者、それを打ち破り荒野に出る者、悪意をむき出しに振舞う者、いろいろいた。

 

俺は、冒険をして経験を積み、早々に「行政」を作ることを提唱し動いた。ギルドと言えばそれまでだった。

メンバーが手に入れた資材を買い上げ、ミッションを告げる。その繰り返しの中で未成年の保護、前線攻略組への支援、等々。

 

「これはゲームではない」とあのクソ野郎が言ったので、出来る限り現実として振る舞ってやった。

いくつものギルドにも協力を申し入れた。アインクラッド解放軍は協力後、内紛が起きそうだったので速攻解体させた。

ゲーム感覚で「狩場占拠」などトラブルを起こしたので、よく切れた。

 

「お前ら、弱い人間を殺す気か!」と何度怒鳴ったか数えきれない。

プレイヤーキラーもオレンジとか、レッドとか使わずに「暴行犯」や「殺人犯」と出来る限り現実に即した言葉を使った。

何度も何度も、「ゲームじゃないんだ。死ぬんだ」と説明した。時には実名で話をし、オレンジプレイヤーを説得した。

ラフコフの説得には大変だった。自分の手も汚した。

 

相手の家族やリアルな実情も聞いた。人生相談どころの話じゃなかった。

社会人経験者、警察官、行政関係者を集めて、怯えるプレイヤーを集団として安定させた。疲れた。

 

時には攻略組に混ざり命を削った。必要なら仲間を奮起させ戦いに向かわせた。数名死んだ。

 

SAO解放後、仲間の親御さんに頭を下げに行きたかったが、役人が個人情報を教えてくれなかった。

俺は「麒麟」と「白夜」と「ゴッドハルト」を死に追いやったのだ。

 

みんな市長と呼んでくれた。

 

血盟騎士団とも交流があった。キリトもアスナも知っている。

風林火山のクラインはお調子者だがいい奴だ。一度後任の市長を振ったが断られた。

 

「茅場の金玉蹴り上げて殺してやる!」と何度叫んだか。みんなは笑ったが半分は本気だ。

この糞みたいなことを始めたクソ野郎。

 

SAO解放後もALO内に意識を監禁された。クソ野郎が増えた。須郷の糞は逮捕された。

ざまーみろ。

 

仕事で海外との交流がある。VR会議が数回あった。どうも気持ちが乗らなかった。

カウンセラーに相談したところPTSDと言われた。

日常生活には支障はなかったが、以前より睡眠時間が少なくなった。

 

仕事でのVR会議は減らないだろう。どうにかしないと。

カウンセラーに相談したら、他のVRゲームを進められた。

 

アクション映画が好きで、ガンゲイルオンラインの存在を知ったとき興味を引かれた。

対人戦も数回やったが、ぎりぎり戦闘というものに緊張や快感を感じなかった。

 

俺は猟師を始めた。

 

 



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人間の悪意が現実と変わらない

「馬鹿どもが~!」

俺は岩陰で身じろぎもせず伏せていた。

 

対人戦闘をやって何一つ感じることもなく(逆に夜中一回吐いた)俺は別の方法でVR慣れをしようと思った。

狩猟である。この世界でもモンスターは少なからずいる。

そういったモンスター狩りを専門として始めたのだ。

多くの人は光学銃を使うが、別に成果を求めてのプレイではないので、ここは実弾銃を使ってのプレイをしてみた。

なんかSF設定の世界だけど、実銃と同じなものがあるなら使ってみたかった。

こればかりは銃に対して非日常感を感じる日本人だと自分を思った。

 

狩猟用ライフル。レミントンのモデルらしい。

ライフルの中で一番安かったので取り敢えず装備して、目につくモンスターを撃っている。

大型モンスターではなく、小型の鳥系だったりを相手にしている。

これはこれで集中力が必要で楽しい。心拍と連動するといわれるバレットサークルの変化も、自分の緊張と向き合うようで

なかなか考えさせられる。俺ってここまで緊張しただろうか。

 

山岳フィールドのはげ山の中腹。岩陰に隠れて今日も今日とて小型のモンスターを狩っていたら

何者かに追われた数人のグループが来た。

「スコードロン」ギルドとかパーティとかチームみたいな意味でGGO内で使われる用語だ。

4人ばかりの集団が走って逃げてきた。それを追うように三台のバギーが現れた。

 

「追い剥ぎかよ」岩の陰に隠れ、状況を見たが追い剥ぎが今にも犠牲者に追いつきそうだ。

助けようかと思ったが、なんとも居心地が悪くなり、どうにかしてこの場をやり過ごせないか身を縮ませた。

 

追い剥ぎの銃口が犠牲者に向けられた瞬間。

一発の銃声が響き、バギーの一台が転倒した。

数秒の間をおいて、もう一度銃声。

もう一台バギーが転倒した。

追いかけられていた4人が反撃した様子もない。

 

あいつらは撒き餌だ。きっとどこかに狙撃手が潜んでいて、タイミングを計って狙撃したのだ。

すでに目の前では反撃に転じた4人組が無差別に銃を撃っている。

「馬鹿どもが~!」

俺は岩陰から飛び出し、逃げるタイミングを逃した。

あいつらは完全に頭が血がのぼっている奴の行動だ。

笑い声も聞こえる。逆転して一気に優位になったのだ。狩られる側が狩る側へと変わった。

岩陰に身を潜め、事が終わるのを待った。

 

断続的に聞こえる射撃音が収まると「やったぜ!」「これで安心だ」と声がする。

恐る恐る岩陰から顔を出したとき、俺の目の前に銃弾が着弾した。

どこかにいる狙撃手が撃ってきたのだ。

4人組は俺の方を向き、銃を構える。

 

「なんだ!あいつらの仲間か!」「こいつもやっちまうか!」「いいね~」

有利な状況で見せる加虐的な表情を浮かべ4人が近づいてくる。

 

俺は岩陰に身を隠し、ライフルの装弾数を再度確認する。

ついていない。ゲームのデスペナルティ、ランダムで装備品を落とすことより殺されるというのが嫌だ。

痛みは無くても嫌なものだ。

 

俺を威圧するように、身を隠す岩には銃弾が撃ち込まれる。

VRMMOの悪い点だ。人間の悪意が現実と変わらない。

 

少しばかり俺を嬲るのを楽しんだ4人に声がかかる。

「つまらないことしてるんじゃないわよ。その人は関係ない」

女性の声だ。

青い髪をした少女アバターだ。太もも丸出しなのはゲームのお約束なのかな。

手には狙撃用ライフルを持っている。

「シノン。やっぱりいい腕だな」「そうそう」

少女、シノンと呼ばれた彼女は先ほどよりも不機嫌な声で返す。

「関係ない人を撃つなら、今後あんたたちとは仕事をしないわ」

その語気に押されたのか4人組は

「いや~」「ちょっと遊んだだけで・・・」と弱弱しく返事をする。

なにやら言い訳じみたことを2度3度言って、シティへと戻っていった。

 

「ねえ、あんた、大丈夫?」

俺は岩陰から身を出した。怖いので両手を上にあげている。

「助かったよ。戦闘に巻き込まれるとはね」

彼女、シノンと呼ばれた少女アバターはため息を一つつく。呆れた、といったニュアンス。

「なんで、戦わなかったの?それは玩具じゃないでしょ」

顎で俺の持つライフルを指す。なんだ、西部劇みたいなことを言うな。

俺はライフルを肩にかけ直す。

「対人戦がダメでね。モンスター狩り専門でやってる」

「そう」

俺の返答に納得したのか彼女は帰ろうとする。

「ナイヴズっていう。君はシノンでいいんだよな。ありがとう助かった」

彼女は俺の声を背中で聞いて軽く手をあげる。

スゲーカッコいい西部劇のヒーローみたいだ。

 

 

彼女との出会いは、そんな感じだ。

俺は猟師気取り、彼女は狙撃手。

フィールドにおける高所やブッシュ、物陰で偶然会うことが二度ほど続いた。

「お互い考えることは近いわね」

「あっちに猪いたんだよ」

 

笑い話をするわけでもないが

「猟の場所取りに楽だから」と言う意味でフレンズ申請をしてみたら

彼女も「狙撃ポイントの把握が楽」ということで受理された。

その時プロフィールに「学生」の文字があったので、男の下心を説明してみた。

「男ってホント、ダメね」と言ったので、ガチで女子学生なのだろう。

 

クールというより、人嫌いな感じのするシノンはたまに顔を合わせるゲーム内の知り合いとなった。

友人と言えるような関係ではなかった。

 

それでいいと思う。

 

 

 

 

 



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夜のフィールドは月と星明かりで意外と明るい

「いつもの」

エギルの店も、19:00を過ぎる頃には人がチラホラといる。

俺は二日に一回のペースで晩飯を食べにくる。

御徒町と秋葉原の間。大通りから一本入ったところにcafe&BAR「ダイシーカフェ」がある。

 

最初は冷やかし半分だったが、住まいが近いので

晩飯が面倒だと、この店のチーズトーストで済ますようになっていた。

一緒にウィスキーをロックで貰う。

「食べ合わせとしては微妙だな」と店主のエギルに言われたが「店の売上に貢献している」と返した。

 

エギルはガタイのいい黒人ではあるが、中身はがちがちの日本のおっさんで

「せっかくだから、俺はこの赤い扉を選ぶぜ」も理解するゲーマーだ。

SAOサバイバー。あっちに居たときは色々世話になったし、世話もした。大人のプレイヤーだ。

あんなに嫁さんが美人とは・・・。

 

店に来るとくだらない話が多い。映画、ドラマ、漫画、最近はジムに行って体力を昔に戻すべく頑張っているとか、日常の話題が多い。

SAOのことも話すが、俺が乗り気でない内容になる前に話題を変えてくれるので助かっている。

 

「GGOの方はどうなんだ?」

「変わらず。この間は半獣半機械のモンスターと出くわして逃げたよ」

「そんなものまで出てくるのか」

エギルはGGOをやっていない。そんな暇がない。まあ店とALO(アルヴヘイムオンライン)やっていればGGOまで手を出す余裕はないか。

 

キリトやクラインなどの聞き慣れた奴らの近況も聞けた。学生は大変だし、会社勤めも大変だ。

 

俺はSAO事件前にそれなりの額の宝くじが当たっており、生活に余裕がある。

そこそこのマンションに部屋買って、年間500万使っても50年は持つ。

 

ただ、漫然と生きると居心地が悪い。いや違う。何かしら人と袖すり合うことをしていないと、嫌なことばかりを考えてしまう。

ロシア留学時代の知人からコミックの翻訳の仕事があったりで、日々そこそこ仕事がある。

 

一生を一人で過ごす気がする。それでもいい。それがいい。

 

「おう、市長。今日も一人?」

この店の常連でSAOサバイバーでシティで色々動いてくれた護民官のアルフ。

現実で会うと革ジャンの似合う金髪の男性ゲーマーだった。仕事はwebデザイナーらしい。

一度仕事場に行ったことがあるが、女性ばかりで「これはこれで大変」とこぼしていた。

20代半ばで、身体は細いが病的といより、一昔前のロックンローラーに見えてなかなかカッコいい。

今日もトレードマークの革ジャンは変わらず。

 

「仕事終わったのか?」

「飯食ったら戻り。仕事詰まってる。明太子スパ」

エギルは注文を聞くと奥の厨房に一度下がる。

アルフ、本名は聞いたがどうもアルフと呼んでしまう。アルフ本人もそれでいいらしい。

俺の本名も知っているはずだが「市長の方が呼びやすい」と言った。

まあ、それでいい。

 

アルフとバイクの話を少し。見かけ通りアルフはバイクやら自動車やらが好きで、今度新しいバイクを買う算段をしているらしい。

ガソリンエンジンのバイクは絶滅危惧種なので、アルフも電気二輪が前提だがフォルムに関してはあーだーこーだ拘りがあるらしい。

 

俺も自動車免許は持っているがほとんど身分証明書としてしか使っていない。

1時間ほどいつもの面子で話をし、俺は自宅に戻った。

 

先日の「ぶっ殺しますわよ」の訳はそれなりに向こうさんに理解してもらえた。

食後に一度GGOにログインする。

2時間ばかりしたら風呂入って寝よう。

 

 

あの半獣半機械を警戒して弾数の少ない狩猟用ライフルは止めた。

俺の手にはM4カービンライフルが握られている。

 

アメリカ軍で採用されていた突撃銃(アサルトライフル)で全長も長くなく構えやすい。

弾数も30発と余裕がある。

持っているのは一番安いモデルなので、単発でしか撃てない民生モデルらしい。

狩猟目的に使うので倍率の高いスコープだけは載せている。

 

俺のアバターはそれほど体格の大きくないアバターなので

狩猟用ライフルの全長の長いヤツとかだと、取り回しがきかなくて大変だった。

 

今いるフィールドは長い間時間が経った廃墟フィールドらしく

崩れた建物から樹木が枝を伸ばしている。

これなら半獣半機械が登場するのも納得だ。

 

腰に付けたライトが進む先を示す。夜のフィールドは月と星明かりで意外と明るい。

周辺の瓦礫や廃墟の獲物がいないか慎重に確認しながら、歩みを進める。

この先にはドーム型の廃墟があるので、まずはそこを目指す。

ドームの屋根は一部崩れているので、うまく登ると建物のてっぺんに立てる。

狩猟には持ってこいのポジションだ。

 

「おいっしょと」

 

ドームに到着し、壁やら屋根やらを登り、てっぺんへと立つ。

眺めはまあまあ。昼にくれば結構な景色だとう。流石にこの月あかりだと今二つ。

 

「あ、しまった」

 

先に仕掛けて置けばよかった、と思いながら簡易的な光源であるサイリウムを何本か遠くへ投げる。

北側にぽつぽつと明かりが地面に落ちる。これで、地面を走る獲物も見やすくなる。

正しい狩猟との仕方とは違うが、ソロで好き勝手やれれば成果なんてどうでもいい。

目的はそっちじゃないしね。

 

あとはサイリウムのある辺りをスコープで見ながら待つだけ。

 

「よっと」

 

まずは1射。トカゲモンスターには当たらず。

ドームの天辺は平らになっているので伏せた状態から撃てる。

別のサイリウム地点に別のトカゲが。

 

「ほっと」

当たった。よしよし。バレットサークルの収縮も安定しているのでさほど緊張状態ではないようだ。

もう数匹狩ったところでトラブルが起きた。

 

遠くからの地響きだ。

俺はそちらへ伏せたまま身体を向ける。

月明かりの中でもわかる。体長数メートルを超える巨大なモンスターがこちらへ走ってくるのだ。

スコープを覗くと人を追っている様だ。

 

装備や服装で思い出した。シノンを助っ人に追い剥ぎ狩りをしていた4人組だ。

俺は一息ついてスコープを覗き、照準をモンスターに合わせる。

半獣半機械だが、四本足の獣というより恐竜のような感じだ。

 

息を止めて連続で2射。着弾を確認して更に2射。

機械恐竜は足を止めて、ターゲットを4人組から外した。

一度呼吸し、俺はヤツの頭部を狙って、3射。着弾確認し3射。

ヤツが周辺を見渡す。まだ俺を認識していない。

深い呼吸をして、弾倉の残弾を撃ち込んだ。

 

デカい体を地面に横たえるのを確認すると俺の視界には、HEADSHOTの文字と、経験点の数字が出る。

 

「お~い、生きてるか」

ドームの天辺から下にいる4人に声を掛ける。

機械恐竜のターゲットが外れたので、4人とも物陰に隠れたようだ。

安全が確認とれたのか物陰から出た4人は俺に手を振り生存を伝えてくる。

 

彼らの声をが幾つか聞こえてくる。どうやらシティ戻りの時に襲われたらしく、廃墟で迎えうつつもりだったらしい。

彼らは感謝を言い終わるとシティへ向かっていった。

 

俺も人助けの余韻を味わいつつ、狩った獲物の素材を拾って、ログアウトすべくシティへ向かう。

 

狩猟生活は楽しい。ソロでもだ。

 



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呼び名くらい勝手に言わせてくれ

運営会社からBoBの案内メールが来た。対人戦はやらないから別に興味がない。

 

明け方までの仕事も終わり惰眠を貪り、もう昼だ。

打合せが先方の都合で明後日に移動した。基本打合せのスケジュールは空白が多いので別に気にしない。

今日の午後は請求書の準備とGGOでだらだら遊ぼう。

 

 

「ねぇ、ちょっと手伝ってよ」

最初の狩猟が終わり、シティで換金が終ったタイミングでシノンに声をかけられた。

学生だったよな。学校は終わったかな。

 

シティ。俺は勝手にそう呼んでいる。正式な呼び名もあるが面倒だ。呼び名くらい勝手に言わせてくれ。

プレイヤーが集うBAR。

周りにはハードボイルドを気取る奴や、傭兵稼業として格好つける奴もいる。

テーブルの上には分解された銃器を「これが俺の実力だ」と言わんばかりに見せつける奴もいる。

 

俺は俺で葉巻を吸いながら、次に何を購入するか銃器のリストを眺めていた所だった。

「狩猟?」

「そうよ。少しまともな方法で稼ぎたいの」

葉巻を灰皿に押し付けて消す。実際にこんな勿体ないことはできない。

VRMMOだから出来る贅沢だ。先日、知人から3,000円の一本を貰って、吸ったがやっぱり葉巻はいい。

 

 

シノンの案内で海岸線まで来た。

同じスコードロンと数回仕事をしたが、男の下心が透けて見えたので全面的に助っ人の依頼を断っているとシノンは説明した。

「賢い判断だと思うよ」

「そう」

素っ気ない。

ただ日々の弾薬代や稼ぎのためにも真っ当な方法として狩猟選択し、効率重視で俺とコンビを考えたらしい。

 

海岸線の岩場に来るとシノンは海を指さす。

 

「クジラが頭を出すから撃って。素材は波に乗って海岸に漂着するから大丈夫」

それだけ説明すると彼女は岩場に寝そべり待ちの体勢になる。

 

俺は狩猟用ライフル、レミントンのあれを肩から下ろし、スコープのチェックをし、同じように射撃体勢に入る。

 

そこから3時間はお互い「ヒット」「ナイスヒット」「右狙うわ」「残りはこっちで」と二言三言の会話で過ごした。

シノンの声は素っ気なく、人を突き放し感じがするが、それでも美声で魅力がある。

これなら惚れる奴は出るな。

 

海岸に打ち上げたクジラ、と言っても巨大な角と凶悪な棘を持つモンスター、の素材の回収が済むとシティへ戻った。

 

「思ったより稼ぎになったな」

「あそこはスナイパー向きの場所だから、我慢強くないと元が取れないの」

プレイヤーのたまり場のBARで稼ぎの確認をした。

シノンも心なしか声の調子が機嫌がいい。

「シノンはBoBに出るのか?」

たまの世間話もいいだろう。

「出るわよ。出て自分の実力を確かめないと」

それは挑戦をするという感じではなく、もっと、こう、なんというか切羽詰まった感じもする声での返事だった。

彼女の眼も「楽しむ」とか「有名になる」とか「勝ちたい」というのともちょっと違う。

まあ、相当入れ込んでいるんだろう。

「ナイヴスはどうするの」

「俺はパス。対人はやめとく」

「対人装備は持ってるけどやらないんだ~」

珍しく意地悪そうに聞いてくる。外見が美少女だが、職業学生と考えると、こんな表情がリアルに近いのかも。

葉巻に火をつけつつ答える。

「シェーンの仕事は終わったのさ」

「なに?」

俺の映画的ネタを全く理解できないのか、こっちを呆れた顔で睨んでくる。

「昔の映画を使ったネタさ。シェーン知らない?」

「知らない。あんた映画とか見るタイプなんだ」

その後10分ばかり映画の話をしたがシノンはあまり映画を見ないらしい。

「お勧めは?」

と聞かれたので一昔前のミュージカルを教えた。我が人生ベスト10の一つだ。

 

 

「シノン」

BARで映画の話が終わるころ、二人組が近づいてきた。

一人は長髪で細身のアバター。

もう一人はフードをかぶった赤いゴーグルの男。

声をかけてきたのは長髪の方だった。

「あれ、今日は一人じゃないの?」

シノンも知り合いなのか、軽い口調で返す。

「ども」

俺は葉巻を口から離し、軽く頭を下げる。

「シノン、そちらの人は?」

「今日ハンティングを手伝ってくれたフレンドの人」

二人組は軽くお辞儀をする。

「シュピーゲルと言います」

長髪の方がシュピーゲルか。

「俺はザザ」

フード姿がザザね。ザザ?

俺も名乗る

「ナイヴスです。初めまして」

 

ザザは俺の顔をじっと見つめて言った。

「もしかして市長っすか」

 

歯車が少し進んだ。



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寂しそうにも嬉しそうにも見える

「乾杯」

「ザザの生還に」

 

BARの隅で男アバター二人の乾杯だ。

シノンはシュピーゲルと話、俺はザザと二人、店の隅でグラスを当てる。

 

「すいません。1時間後には夜勤に出るんで・・・」とザザの仕事もあるのでまずはVRで。

 

まずは近況の交換だ。

俺がALOに囚われていたことはあまり知られていない。

「ピーチ姫になるとは思わなかった」

「マリオがお姫様抱っこしたら腰痛めますよ」

そんな下らない冗談を交えながら話が進む。

 

ザザはSAO事件後、親父さんと話をし、ぶつかったらしい。

今はバイトしつつ、受験勉強をして、理学療法士を目指しているそうだ。

「やっぱり医者の家系でそっちばっかりでしたから」と呟く。寂しそうにも嬉しそうにも見える。

 

ザザからジョニー・ブラックの近況も聞けた。

親戚が寺を営んでいるので、出家したらしい。

ザザもジョニー・ブラックもレッドプレイヤー、つまりは殺人者だ。

この二人とは二度ほど刃を交えた。殺し合いだ。

デスゲームの最初期に荒れていた二人を見つけ何度も説得した。

最終的には仲間と取り囲んで叩きのめし、牢屋に入れてずっと説得だ。

二人の生い立ちも聞いた。アドバイスなんて柄じゃないが色々話した。

 

レッドプレイヤーはまだ裁かれるかどうかもわからない。いや、結審するのが何年かかるかわからない。

ただ自分の行いを告白し、保護観察官の観察下にいる者もいる。ザザとジョニーがそうだ。

扱いが難しい。その中でジョニー・ブラックは出家した。

あいつも考えての事だろう。

 

SAO事件の生還者で心に傷の無いものなどいない。

誰しも明るく振る舞おうとするが、傷つき病んでいるのだ。

 

「シュピーゲルは弟で、あいつが受験の憂さ晴らしで始めて、一緒になってやってみたんですよ」

「そうか、どんなビルドでやってる?」

「いやあんまり、細かくは考えずに、ただ、なんか、その、懐かしさっていうんですかね」

少しずつ声が詰まる。泣いているのだ。ザザは。

 

贖罪の方法などわからない。生きることと悔いること。この二つの間で見つけるしかない。

 

「市長はBoBは?」

「止めとく。対人やるために始めたゲームじゃないしな~。お前は」

ザザは意外そうな顔もせず、頷く。

「俺もです。VRの導入は病院でもありましたし、リハビリ程度です」

 

すでに世の中におけるVR需要は、ブームではなく産業として根付きつつある。

これから10年、20年と都市部での労働を主眼に置くなら、VRへの忌避は仕事の幅を縮めかねない。

 

VRで傷つくも生活のためにはVRと向き合わなければならない。

 

ザザとは少し話し込んで、フレンド登録をお互い交わしその日は別れた。

 

GGOから戻ると夜だ。エギルの店で夕食は済ませた。

新しいメニューとして考えているバジルソースのパスタの試食をした。上手かった。

SAOサバイバーに会った話もした。ザザについては、俺の記憶では面識がなかったはずだから

個人名は出さなかったが、それでもあのクソみたい世界からの生還者の今には、お互い安堵の微笑みが絶えなかった。

 

翌々日、変わったところから電話があった。

 

俺の携帯のディスプレイには「菊岡」の文字が浮かんでいた。

 



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他人に見せない一面は自分を守る殻だ

「大した用事じゃなかった」

久々に寄ったシガーショップで細巻きの葉巻を買い込んで、ダイシーcafeのBARタイム開店早々に夕食に来た。

一応禁煙店なのでここでは吸わない。最近は本当に外食でタバコを吸える場所が減った。

今日は無駄足とは言わないが、あまり愉快な話題ではなかったな。

「あれかALO関係か?」

「いやSAOでの話」

菊岡さんの話だと、行政構築までのフローを知りたいそうだ。事件の全体像が見えてきたので、今度は囚われていた人々から、今後の対策やVRMMO内で行われた事柄のヒアリングの段階らしい。

「思い出したくないこともあるからな」

一つため息をついて、ウィスキーを煽る。

次回から菊岡さんの部署以外の人間も同席を予定らしい。

 

昔は好奇の視線など構うものかと思っていたオタク少年が、歳を食って社会人になるとこれ程までに好奇の視線に弱くなるとは思わなかった。そう思うのは俺だけだろうか。

 

ドアが開いてベルが鳴る。見知った顔だ。

「あれ?市長じゃん」

スーツ姿でネクタイを崩したクラインだ。

「なんだ、仕事帰りか?」

「ああ、アキバで買い物してた」

クラインの伝手には漫画ショップのビニール袋だ。

「エロいの?」

「ちげーよ」

口をとがらせ否定するクライン。

 

学生連中には言えない冗談だ。俺はクラインより幾分か歳が上だが、クラインのざっくばらんさが好きだ。

裏表のない人間は信頼できる。だが裏表があることは悪いことじゃない。他人に見せない一面は自分を守る殻だ。

この裏表のないざっくばらんな青年は妙に守りたくなる、人の輪の中心に置いておきたい不思議な印象を持たせる。

つまりはリーダーの器だと思う。

 

30代がする人物評ほど浅いものはないだろう。こんなのは俺の印象だ。

その日は、クラインを少し弄って帰った。

 

 

今日の狩猟はいつもと趣を変えてみた。

ハンチング帽。手には水平二連ショットガン。服装はネクタイをして、ハンティング用のノーフォークジャケット。

どこからどう見ても貴族の狩猟スタイルだ。

はっきり言おう。このノーフォークジャケットを着るために課金した。

出来れば猟犬とかも欲しいがゲームには「猟犬」はいないのだ。

残念。

 

森近くの平原。少し先には森の入口が見える。森の奥には水鳥のいる大きい池だか、湖だかがある。

今日の目的地はそこ。俺のような狩猟プレイヤーがプレイしている狩猟のメッカのようなところだ。

 

元来効率重視や、ビルドでの最強重視なプレイはしていなかった。

雰囲気重視で遊んでいたゲーマーなので強い銃より、服装を凝りたい。

いや~映画コラボでこんな古式ゆかしいスタイルの服が出るとは嬉しい限りだ。

 

森の中を歩くが、すでに地面は踏み固められたところが道になっていた。

仮想森林浴で気持ちがいい。

装備を変えて鹿撃ちなんてのも趣があってよい。

デカい猪とかのハンティングも面白そうだ。

 

森の切れ目、少し先に池が見えてきた。

装備はショットガンと少しだけのスタングレネード。

グレネードは森の中で他のモンスターと会ったときの護身用だ。

 

「うっし」

池のほとりにある少し小高いところ。

そこで水鳥達から身を隠す様に膝立ちになり、獲物を探す。

今日はいい日だ。天気もいい。寒くもない。狩猟日和だ。

正しくは、だった、である。

トラブルはすぐに来た。

 

 

さて、水鳥を撃とうかと思ったところ池の対岸辺りを走る集団を見つけた。

追い剥ぎに追われている初心者かと思ったがそのグループにシノンがいる。

何かドジを踏んだな。

 

シノンは他のプレイヤー、アサルトライフルで装備した数人と

「走って!」とか「待ち伏せかよ!」と声を出しながら走っている。

一人がスタンなり麻痺なりの副次効果で動けないのか、仲間が抱えており

移動速度は遅い。

 

後ろの方から追い立てる数人の声が聞こえる。

「おおい~シノン~今度はうちのスコードロンに来いよ~」

「姫プレイし放題だぜ!」

下品な声だ。胸糞が悪くなる。自分達の優位を誇る。こういう輩はどこにでもいるし、いた。

名前が出たシノンは走りながら時折威嚇射撃をする。

こりゃ一つ手助けするか。前に助けてもらったお返しだ。

 

シノンたちが走り抜けるのを確認し、俺は後続にいる追跡者の姿を確認した。

数は4人、装備は対人用の実弾系のアサルトライフル。

 

4人のうち先頭と思われる人物の進行ルートに一発。

先頭のプレイヤーは自分が進む先の木が突然の銃撃で震え、敵の存在を知り動きが止まる。

もう一発、同様に当てないよう、しかし敵意を持って発射。

俺はそそくさと近くの木の陰に移動し、弾を装填。

特に目標を絞らず、敵のいなさそうな辺りに発射。少しばかり足止めすればシノンたちも大丈夫だろう。

敵さん達は俺の存在を敵視して、撃ってくる。どうやら具体的な場所は判別ついていないようだ。

先ほどまでいた小高い土の山へ射撃をしている。

ポケットからグレネード3つを取り出し、ピンを抜き池の浅瀬に投げ込む。

 

ボン。ボン。ボン。

 

水と泥が弾ける。

もう木の影を出て移動しながらもう一発射撃。別の木の影の入る。

 

!!!!!!!!

 

フルオートで撃って来やがった。

「出てこいや!」

かなたから声を張り上げてくる。伏兵に驚いたのか。

弾をショットガンに込めつつ、地面を這って次の木の影を目指す。

スモークグレネードを持ってくればよかった。

 

すぐ近くに銃弾が着弾した。もしかして場所バレてる?ヤバいな。

 

!!

 

先ほど敵のいた方向に銃口を向けて的を絞らず撃つ。

連続で2射。

 

ついでだ。最後の通常グレネードを一個投げる。

 

ボン。

 

逃げようか。

俺は膝立ちから身をかがめ中腰で走り出す。

 

!!!!!!

 

風切り音どころの話じゃない。周辺に着弾し後ろから複数の銃弾が飛んでくる。

視界の端にあるライフゲージが減り、視界が揺れる。

ダメージだ。

「ふざっけんな!」「殺すぞ!」

あまり遠くない後ろから声。移動してきたな。

また視界が揺れる。ダメージ。

 

 

振り向いて1発。狙いなど無しだ。

ボチボチいいところか。

俺がログアウトの文字を確認するためステータスを開くとすぐ近くにグレネードが飛んできた。

 

!!!

 

爆発。自分が宙に舞うのがわかる。近くの木に激突した。

「!」

痛みはほとんどないが、それでもいきなりの木に衝突し姿勢が崩れ、地面に落ちる。

「ふざけんじゃねぇぞ」

既に数メートル先には敵さん達が集まってくる。

「でかい声で下品なこと言うのは感心しないな」

そう言ってショットガンを目の前のプレイヤーに向ける。

 

!!!!!

 

こちらの引き金を引く前にフルオートが叩きこまれる。

GGOにはログアウトの文字があることは先ほど確認した。

 

ログアウトのあるゲームでは死ねる。

 

死亡地点の近くのセーフティエリアに着くとすぐログアウトした。

 

俺はログアウトすると、ヘッドセットを脱いですぐにトイレに駆け込んだ。

最悪だ。

 



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シノン、お前が踏み込んだからだ

先日のシノン達の逃走撃から3日。

カウンセラーに相談した日の午後。また俺はGGOにログインしていた。

睡眠導入系の薬を数日分処方され「また戻すようなことがあれば、無理せずにゲームから離れるのもアリですよ」と言われた。

 

シティのカフェで装備を確認する。

ソファシートに座り、デスペナで失くした装備を見ると、ハンチング帽がダメになっていた。

よかったノーフォークジャケットは大丈夫だったか。一安心だ。

 

「この間はありがと」

ソファでくつろいでいると、シノンが来た。

「あれ、気付いてた?」

「うん、反撃しようとスコープ覗いたら見えた」

シノンは向かいのソファに座る。

いつもの厳しい顔とは変わって感謝の表情は年相応なのだろう。

「あれか、助っ人絡みのトラブル?」

「そんなとこ、前から誘ってくるところとばったり。誘いがしつこいから怒鳴ったら逆恨み」

こういうところが子供っぽい。いやリアルと違って、人間関係が雑なのだろう。

「対策はしたかい」

「フレンドから外してブロックした。仕事相手としては最悪ね」

一端の口だ。

ゲームでの付き合いは半匿名で、知り合うのも別れるのも早い。

 

現実とゲーム世界は別だから出来ることだ。

 

リアルでの最悪の事態は暴力の応酬だ。

ゲームの暴力の応酬なんてアカウントを消して別なゲームにいくか

管理側に通報するか、SNSでボコスカにしてやれば黙る。

 

ゲームとリアルがイコールになった世界では、人間関係もリアルと大して変わらなかった。

 

「助けてもらってなんだけど、ナイヴスはもう少し対人した方がいいよ」

アドバイスを口にするシノン。軽い口調。大きなお世話だ。

「いや、対人はね。狩猟が楽しいし」

言葉に棘が出ないように軽く返す。そこに入ってくるな。

シノンは俺の言葉が単なる趣味趣向の範囲での対人嫌いと思ったのか、さらに言ってくる。

声に少しだけ優越感を感じる。なんだ、対人戦が強いことが偉いのか。

「それでも、自分の身は守らないと。ナイヴスはああいうのとの遭遇多いし」

「いいの」

声がきつくなった。シノンのいきなりのトーンの変化に少し緊張している。

一呼吸おいてシノンが聞いてきた。

「何かあるの?」

やめろ。そこに踏み込むな。もう知らんぞ。

「何かあるんだよっ」

声の棘はさらに増えた。あからさまに不機嫌な声色。違うんだ。俺が出したいわけじゃない。

シノン、お前が踏み込んだからだ。

「ごめん」

少し俯き加減に謝るシノン。俺も視線を下げた。

「言って楽しくない話だし、聞いても楽しくない話でね」

ダメだ。語尾の棘が消えない。

 

少しだけ、気持ちを柔らかくし、シノンに聞く。

「それより今日は空いてる?時間があるなら狩猟手伝って」

「ごめん、助っ人の予約が入ってる」

シノンはソファから立ち上がり、それだけ言うと行ってしまう。

後ろ姿に声を掛けた、

「次の時はこっちも頼むよ」

 

 

「で、凹んでるわけか」

「まあ、凹んでいる」

 

二杯目のウィスキーを空ける。

まいった。俺、ここまで繊細だったんだ。

「そこらへんは対人しなかった俺が口が出せる範疇じゃないな」

エギルはそう言って、チェイサーを置いてくれた。

「ウォッカ」

「先に水飲め」

口の中のアルコールを洗い流し、冷たい水が喉から胃に流れていく。

「ウォッカ無し。ダメ。これ以上飲んでも楽しくない」

注文を取り消し、カウンターに突っ伏す。

「邪魔だから何か食うか、帰るかしろ」

「きつねうどん」

困らすつもりでなさそうなメニューを言ったが10分経たず出てきた。

エギルは得意そうな顔だ。

「ふふ、うちの和食メニューに入れようと思って準備していたんだ」

「たぬき蕎麦だったら?」

「それもある」

ぎゃふん。

 

 

シノンにしたのは八つ当たりだな。自己嫌悪になる。

対人戦闘が前提のゲームで、対人戦をしない奴はどうなのだろう。邪魔者か?

辞めるか。だが、狩猟ゲームは今のところ他にはない。

ファンタジー系は今はしたくない。

 

VRMMOはダメなのだろうか。こんな形で仮想異世界を嫌いになるのは茅場の目論見なのか。

あいつは仮想世界が本当は嫌いだったのか?

自分の嫌悪を他人に引き継がせる。呪いか。

そんなことを考えながら帰路につく。

 

それから1週間、GGOにはログインしていない。

 

 



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クソくらえ資本主義

「君、シノンのこと好きなの?」

目の前のシュピーゲル君が顔真っ赤になる。

VRMMOでも当人の顔色が反映されるのは凄いな。

 

あれから一週間。ザザからメッセージが来たのでログインしたら、ザザの弟であるシュピーゲル君に説教?された。

やれ、シノンは傷ついているとか、シノンはシノンでいろいろあるんだ、彼女も悲しんでいる、彼女は、シノンは、アサダさんは、30分以上もシノンの話をしてくる。最初は「鬱陶しい」だったが、どうやらリアルで面識があるようなのと年齢やら話の勢い等々から、はっと思いついた。

 

昼を少し回ったBARには人はまばらだ。

自宅学習組のシュピーゲル君と俺は以前に出会ったBARで話し合っていた。

 

「君はシノンが好きで、そのシノンが俺のことで凹んでいるから、俺に意見してきたんだね」

「ぼくは・・ゆうじんとして」

「好きなんでしょ」

3分以上間が空いた。消え入りそうな声で「はい」と言った。そうか。

 

「シノンはいい奴だが、VRMMOでしか付き合いのない人間とは恋愛関係にはならないから大丈夫だよ」

冷たい言い方だし、声もあまり楽観的じゃない。だけどこれは本当だ。今はゲームと現実の区別はしっかりつけたい。

そうしないと、本当に区別がつかなくなる。

 

「あの、そのですね、僕の恋愛感情とは別にやっぱりシノンは凹んでいるんです。何をおっしゃったかわかりませんが、そこの部分でシノンに謝ってもらわないといけないと思うんですよ!」

早口だな~、シュピーゲル君よ。まあ彼からしたら俺はシノンを凹ませた悪役だな。

 

「なあシュピーゲル君よ。少し長話に付き合ってくれるか」

俺は彼の言ったことに怒るでもなく呆れるでもなく、ゆっくりと諭すように言った。

「はぁ、はい」

 

「SAOのことは知っているかい?」

「はい、だいたいは」

ザザはどの程度伝えたのだろうか。PKのことは?

「俺はね、SAOで対人戦闘もモンスター戦闘もそこそこやったんだが、あの世界で攻撃されると現実に死ぬ」

シュピーゲルは息をのんだ。

彼は言葉の意味を正しく認識してくれただろうか。

単に兄以外のSAOサバイバーからあの事件を語られることに緊張しているだけなのだろうか。

「1,000人以上の人がゲーム内で死んだが、俺の眼の前で何人も死んだよ。だからどうもね、ゲーム内での生死がトラウマになってね。どうも同じプレイヤーへの攻撃がね・・・」

彼の前で涙を見せるつもりはないが、これ以上しゃべれば自分の言葉で涙が出るだろう。

「だから、対人やらないんですか」

彼も緊張している声だ。いい歳した大人のトラウマを聞かされればコミニュケーション下手の10代ならこうなるだろう。

「そう。対人の無いゲームでもよかったんだけど、何となくGGOに手を出してね」

俯いて黙るシュピーゲル君。シノンの力になりたがったのだろう。

彼はきっと俺を説教して翻意させシノンに見直されたかったのでは?

だが、突いた薮には年長者のトラウマ話だ。

3分ほど無言が続いた。賢い彼は俺の口調と話で、俺の経験を想像したのだろう。何もしゃべらない。

 

「多少大人げない対応だったのは反省しているから、改めてシノンを狩猟にでも誘うよ」

我ながら言い訳がましい。少し愛想笑いが出た。

あの頃なら茅場への文句とカラ元気な馬鹿笑いで済んだが、今は違う。俺は誰かと痛みを共有したいんだ。誰か俺と一緒にカラ元気の馬鹿笑いをしてくれ。

 

もう一度シュピーゲル君の方を向き愛想笑いをする。

「まあ、そういうわけだ。シノンにもよろしく言っておいてよ」

軽く肩を叩いてその日は別れた。

 

「出版?」

「クソくらえ資本主義!って気分だ」

ダーシーカフェの夕刻。カフェタイムでココアを飲みながらエギルに朝一で来たメールについて相談した。

「SAOにおける行政機能構築について本を書かないか」という話が菊岡さんから来ていた。

 

「MMOにおける行政機能の構築方法を出すことによってゲーム内の深刻なヘイト行為を是正できるのでは?」という厚生省内から提案。

SAOサバイバーがまだ見世物同然な扱いを受けている中で本など出すつもりはない。

「それよりも、変な噂が出てるぞ」

「変な噂?」

「GGOで狙撃事件」

「いやGGOはそういうゲームだから」

エギルの矛盾を正したつもりだが、話は俺の想像を超えていた。

「いや、プレイヤーがログアウトすると撃たれたところと同じところに痛みを感じて、調べた見たら何か小さなもの、BB弾とかで撃たれた跡が発見されたらしい」

「はぁ?」

撃たれたところに撃たれた形跡。

オカルトか?

 

「フェイクの話じゃないか?」

そう言った瞬間、スマホが振動した。メールを見ると菊岡さんからだった。

明日も会いたいらしい。

 

そしてそれが死銃事件に関わる第一歩だった。



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救うことと死なせたことは等価にはならない

こまった。

内心思いながらコーヒーを飲む。砂糖入れないがミルクは多めだ。

目の前には眼鏡の公務員、厚生労働省の所属、SAO対策の責任者の一人だった、いや今も担当の菊岡さんだ。

年齢は俺より上で、良いビジネススーツを着ている。

俺もジャケットパンツスタイルで公共の場に出ても恥ずかしくない程度の服装をしているが、公務員の服装センスには負ける。

そして菊岡さんの隣には警視庁のサイバー犯罪対策課の諸志田(もろしだ)さんだ。

こちらも年齢は菊岡さんと同じくらいだろうか。

 

菊岡さんに呼び出されたのは日比谷のちょっとだけ豪華な喫茶店だ。

「犯罪捜査なら警察の仕事ですよね。傷害事件じゃないですか」

「確実に犯罪といえるかどうか。どうもね」

菊岡さんの、このはぐらかすようなしゃべり方は好きじゃない。

 

一度、同調圧力で集団を動かそうとする声のデカい奴を戦闘地域に連れてったことがある。

大の大人が泣き崩れる姿は気持ちいいものじゃなかった。見せしめだ。だがそれで数千人がまとまったのも事実だ。

 

未来には希望を、現実には恐怖を。それが行政の上層部のスタンスだった。

生死にかかわる状況ではぐらかす奴は、後ろめたい失敗を持つか、無責任な発言を態度でごまかしているだけだ。

つまりは、菊岡さんはこの話に責任を持てないが、ヤバい案件だと感じているのだろう。

 

「サイバー事件なら民間人よりサイバー課でしょう」

「いや、それが犯罪として立件されているわけじゃないんだ。ネットの噂というか」

事件が起きないと捜査が出来ない。

予防捜査は簡単には認められない。

菊岡さんが言い淀むと諸志田さんが口を開く。

「たしかに被害者からは訴えは無いんだが、傷があるのは事実だ。どうしてもSAO事件のことを思うと今の段階で情報収集をしておきたいんだ」

前のめりになって話してくる。

 

「数日、時間を下さい」

そう言ってコーヒーを飲んで帰るのが精いっぱいだ。

銃撃が肉体に浮かび上がる?そんな馬鹿な。

 

 

4週間前からGGOのコミュニティで噂が出た。

撃たれた場所と同じ場所が赤く腫れる。

そんな噂だ。

 

ネットの隅の噂を諸志田さんを知り調査を始めた。

諸志田さんはSAO事件対応チームにおける警視庁からの出向者だった。

噂を調べるうちに3人の人物と接触した。

それが「被害者」だ。

 

ゲーム後に起きてみると撃たれたところが腫れていた。

大した腫れではないので湿布などでごまかして治療したらしい。

だが諸志田さんは聞き取りで事実であることを確認した。

 

そこで菊岡さんを通してGGOをプレイしている俺に話が回ってきた。

刑事個人が民間人に「噂の検証」を頼む。違法捜査ぎりぎりじゃないのか?

 

ダーシーカフェに寄って晩飯だが、依頼のことはエギルには相談できない。

守秘義務というわけじゃないが、犯罪の可能性があることだ。

あまりペラペラ言うことじゃない。

 

エギルが心配している。

「浮かない顔だな」

「クレープケーキ残ってる?」

俺がダーシーカフェの甘い系で一番好きなのがクレープケーキ。

クレープをミルフィーユのように重ねて生クリームで食べる珠玉の一品だ。

最高なのだ。500円スイーツでは関東最強だろう。

「ちょっと待ってろ」

エギルは厨房に引っ込む。

 

どうしよう。

諸志田さんの読みだとGGOのBOBの出場が必要になってくる。

被害者(仮)の共通点はいくつもある。男性であること。ログイン時間が夜半であること。一人暮らしであること。そして前回のBOBの参加者であること。

この条件で、思い当たる協力者候補で俺が浮かび上がったのだろう。BOBは関係ないけれど。

 

正直言って怖い。ゲームで怪我をするという噂を俺は事実として受け取っている。

ついこの間まで「ゲームの死=現実の死」の世界にいたのだ。

ゲームの中でも極力死にたくない。

 

そしてこの件だ。断るのも選択肢の一つだ。

だが、だが、断っていいのか。

 

普通に考えれば違法捜査一歩手前への協力だ。断ってもいい。いや断るべきなのだ。

だが、俺のこの苦しみを溶かす運命なんじゃないだろうか、とも思っている自分がいる。

SAOでの苦しみ、悲しみを、この事件の捜査に協力することで消せるのでは。

誰か救えれば、誰かを死なせた贖いになるのでは。

いや、それは勝手すぎる。救うことと死なせたことは等価にはならない。

 

「いつも以上に暗い顔だな」

ケーキを俺の前に出される。

エギルから見ると相当暗い顔していたようだ。

「そんなに?」

「ぼうけんのしょが消えてもそんな顔はしないぞ」

この例えは少し笑えるな。

「ん~面倒ごとなんだけど、なかなか踏ん切りつかなくてね」

少しだけ無理して笑い顔を作る。

「お前はきつい時は、そういう笑い方するよな」

エギルが知っているということは皆知っていたのかな。

「なんだ、知ってたのか」

「命預ける相手の顔色くらい見るさ」

そうだよな。あんな世界で命を預けるんだ。まともなリーダーかどうか値踏みするよな。

「お前を市長に選んで正解だったよ。帰ってこられた。お前じゃなきゃ街の皆は一つにならなかったよ」

「褒めても余分に会計しないぞ」

「本当だよ」

 

俺じゃなきゃ、か。

 

その日の晩はケーキを食べて帰った。少しだけ、気持ちは調査を引き受けることに傾いた。

自分にしかできないこと、と言うつもりはないが誰かに頼られていると思えば受ける気にもなる。

 

だがそんな感傷的な気分は翌日には吹き飛んだ。

 

被害者が出たのだ。



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現実にあの世界が侵食してきた気分だ

世の中言うほど監視社会ではない。

 

簡単に言えば「被害者」を襲った「加害者」を特定できなかった。

不審な事件ではあるが、その証拠は限りなく少ない。

住宅街の車道や歩道を映す監視カメラ設置は「公共の防犯」と「プライバシー」の問題の両面に板挟みだ。

繁華街や公共施設、学校周辺、コンビニには監視カメラ設置は日本全国一般的になったが、住宅街となると少し話が変わる。

 

俺がGGO不審事件の話を聞いた前日に新しい「被害者」が出たのだ。

一人暮らしの男性。夜半にGGOプレイ中に寝落ちしてしまい、翌朝起きたら銃弾を食らった右太ももから出血をしていた。

それ程大きな怪我でもない。

 

男性は強盗に入られたと思い警察に届け出をしたところ、男性の証言「ゲームをしたまま寝てしまい」というワードを諸志田さんが見つけて、事情を聴いたところGGOだったという流れだ。

 

一応被害届は出た。これでれっきとした傷害事件だ。

その事実が俺の心に波紋を作る。ゲームで負傷したのだ。フルダイブVRで。

おかしい。脳を焼かれるという茅場のクズのやり方ではない。負傷箇所は足だ。それもそれほど大きな傷でもない。

不思議だが異様だ。

VRで怪我。なんなんだ。現実にあの世界が侵食してきた気分だ。それなら俺の仲間を生き返らせてくれ。課金が必要なら全財産を出してもいい。

 

 

秋葉原は2010年ごろから飲食の街でもある。ラーメン屋、牛丼屋、カレーショップetc

中央通りから一本裏に入った通りの昼からやっている飲み屋のランチメニュー。

ここのもつ煮定食が美味しいので月に1,2回はお昼に食べに来ている。

 

昨晩はあまり寝れなかった。事件調査の返事はOKを出したが、いろいろと条件を付けた。

ログイン場所の確保、ログイン中の立会人の準備、何よりも心拍等のバイオモニターをすること。

 

「ええ明日で」

電話を終えて、俺は秋葉原の街から御徒町へと歩き出した。特に御徒町に何かあるわけではなく、宝石商などがひしめくこの街をぶらつくのが好きだ。寂しい街でもなく賑わい激しい街でもない。

 

もう一時間後には中野に向かう。仕事の関係だ。

何となく御徒町をぶらつき、気持ちを整える。少し空白の時間を作らないと仕事に影響しそうだ。

 

 

第1日目

 

「お久しぶりです」

「元気みたいですね」

看護師として俺のバイオモニターチェックを担当してくれるのは野木さんという俺より2,3歳上の女性だ。

彼女の案内でモニターする病室には、家庭用ではない業務用のPCやヘッドセットがベッド共に準備されていた。

 

「準備できしだい始めるようにというお達しですけどどうします?」

「数時間は潜りっぱなしになるので、先に手洗い済ませてきます」

 

 

シティでは至る所にBoBの広告が出ている。

映画のポスター風からアニメキャラとのコラボイラスト。

曇り空に設定され、どんよりと思い空気を纏うこの都市でアニメ調の広告は目立つ。

 

足元の道は薄っすら濡れている。

宇宙船が存在するSF設定はあるが街並みは、暗く重い。

一説には、公共スペースであるシティの道や広場は意図的に「滞在したくない」ようにデザインされており

ゲーム内通貨を消費する店に入りやすくするよう調整されている、という都市伝説もある。

 

市長時代に年長者プレイヤーでリアルでは行政関係の仕事をしていた「凶馬」さんから

何度が圏内の大掃除提案をされ実施したことがある。

不思議な事にプレイヤーに半ば強制で掃除をさせると犯罪率が下がった。

生存圏内を「生活の場」と意識させることで、諍いが減ったのだろう。

そう言えばMMOTODAYのSAO関係のスレッドに凶馬さんが結婚したという書き込みがあった。

 

俺はふとそんなことを思い出しながら「BAR」という文字とB.A.R(ブローニングM1918自動小銃)のイラストが描かれた看板の店に足を踏み入れた。

 

VRMMOにおける情報収集は大まかに3パターン。

 

1、ゲーム内SNS

2、VR上での井戸端会議

3、情報屋

 

BAR「B.A.R」はアメリカスタイルのBARだ。

ネオンで形作られたデフォルメされた女性や、アンクル・サムの「I WANT YOU FOR U.S.ARMY」の汚れたポスターが貼ってある。

白いシルクハットの初老の白人がこちらを指さす有名なポスターだ。

店内は薄暗く、ネオンの明かり、光量の抑えられたスポットライトが幾つかと、ピンボールマシンの明かりが店内を彩っている。

 

情報屋というのは、公式情報屋と野良の二パターンがある。

公式は登録ユーザーがオフィシャル情報の拡散をする役割をしており、一種の広報マン。

野良は噂、人脈を使い「誰が何のアイテムを持っている」から「嫌いなスコードローンの行動予定」まで探り出す。

 

「よう、ナイヴス」

声を掛けてくれたのがジェイクだ。

よれた黒スーツにレイバンの型落ちグラサン、小太りな姿は愛嬌。

俺が唯一知る野良の情報屋であり、このBARのオーナーでもある。

店を持つには運営に区画代を月額で払い、専用のモジュールアプリで店を作る。

 

「やあジェイク。一つ面白い話はないかい」

まるで映画だが、このジェイクの服装を見ると彼が求めているものはよくわかる。

映画ごっこだ。

VRMMOにはロールプレイ、つまり役割演技を忠実にこなしたい人たちは少なくない。

「まずは?」

ジェイクはニヤッと笑い、俺に店のルールを再確認させた。

「そうだった。バーボン、ロックで」

これだ。バーボン、ロック。

1980年代のアメリカの探偵映画のお決まり。

バーボンをロックで頼むシーンは観たことないが、このBARでは鉄板。

カウンターに座ると間を置かずグラスが出てくる。

 

店の隅の席には三人組だけ。

カウボーイハットでこちらを舐めるように見ている。

あれはこの店のルールを知らない新参者をイチャモンをつけて、逆にやられる三下ロールプレイの愛好者だ。

一度絡まれて店から叩きだしたが3分後にはニコニコして戻ってきた奇特な三人組だ。

叩きだした後に不安感と自己嫌悪に陥りそうになったが、ネタ晴らしを喰らって「嵌められた」と凹んだことがある。

SAOには絶対いないゲーマーだ。命懸けじゃないとこういう遊び方もある。

 

「あっちの三人にはビールを」

目線を隅の三人を示し、彼らにビールをおごる。

ビ―ルが手元に来ると三人は俺に向かって「グラシアス!」と言ってくれた。

 

「で、今日は何のようだい?」

情報屋の顔が少し覗き、ちょっとした交渉となる。

「一つ二つ面白い噂話を聞きたくてね」

「うちじゃ金の代わりに情報を貰うぞ」

もう一度ジェイクは笑う。

金の代わりに情報を交換するのは情報屋の常とう手段だ。

そうすれば、一つの情報を売る代わりに別の情報が手に入る。

「VRMMOで怪我した話って聞いているか?」

「その返事はお前さん次第だな」

「出来れば一から十まで知っていれば聞きたい」

「そうなるとちょっとやそっとじゃ無理だな」

簡単に言えばジェイクは色々と情報を知っているようだ。

 

いつかどこかで漏れるだろう。いいや、話してしまえ。

「SAOサバイバーの情報」

俺が小声で呟く。

ジェイクは身を乗り出し顔を近づける。

 

SAOサバイバーは一種の都市伝説になっていた。

2年間近くVRMMOに囚われた人々。その生活情報や内部事情はあまり知られてない。

勿論、SAOサバイバーをまるでステータスのように言いふらす輩はいるが、それでもその証拠となるものはない。

「で、どんな奴だ?もしかしてTOPプレイヤーか?」

早口なジェイクはそこからTOPプレイヤーの名前を10人ばかり言ってくる。

 

「ジェイク。俺だよ」

バーボンを一口飲み、情報を宣言する。

この時、本格的にこの事件へと踏み入れたんだろう。



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謎解きは得意じゃない

「事件は5つだ」

B.A.Rのカウンターでジェイクは嬉しそうに手を広げる。

情報屋という役割の人たちは、実際はおしゃべりだ。

映画のようにヒントの書かれた紙をそっと渡すなどということはしない。

 

「5つ」

諸志田さんが接触した〔被害者〕は4人。それよりも1件多い。

「具体的には」

話を促すがジェイクは自慢げな笑顔を見せ、グラスに入ったバーボンをさらに俺の前に出す。

俺が飲むとジェイクの口も軽くなるようだ。

「最初の噂は2か月前。ちょっとした世間話の中で、撃たれた太ももに痣が出来たっていう話だった」

バーボンに口をつける。

「最初は馬鹿話だったがその後にそのプレイヤーの友達も撃たれた肩に痣が出来たという」

たしかにそれなら「俺も俺も!」といった内輪の話だ。

子供ころにカブトムシを捕まえたのを自慢し合ったこととよく似ている。

 

「ここまでならオカルトだが、こっから話がややこしくなる。2人目が痣ができたことを他のプレイヤーに疑われ、フェイク扱いされた。で、このプレイヤーがへそ曲げて疑った奴と喧嘩になったわけよ」

ジェイクの舌が良く回る。

俺の合いの手で一言。

「で」

「結局2人目はGGO引退。今はレースゲームやっているらしい。その後も足に痣、腹に痣と出来て、最近出血を伴う怪我人が出たらしい。で、5人目は2人目の友達らしい。実は内輪の愉快犯っていう話もある」

なんだかな。

俺は少しだけ口を歪ませた。

MMOでの「友達」っていうのは名義上「友達」ってパターンもある。

単なるフレンド登録してある相手、何となくお互い知っているだけ。お互い都合よくアイテムを交換する相手。

そういった「友人」よりももっと軽い存在も「友達」に含まれる。

関係性の薄さは容易に人間関係を消滅させる。昨日の関係が今日には消えるのだ。

諸行無常なのだ、MMOは。

 

ジェイクは言葉を切り俺を軽く睨む。

「それよりもお前だよ。本当にサバイバーなんだな?」

「MMOTODAYのSAOスレで俺の名前出せば反応があるよ。信じるかどうかは任す」

「まあちょっと待て」

ジェイクは手元のモニターを弄る。どうやらリアルタイムで書き込んでいる様だ。

「で、その被害者は特定されているのか?」

「2人までならわかっている。個人情報だ、そう簡単にはいかなかったがね」

謎解きは得意じゃない。当人に聞くのが早そうだ。

 

「会えるかい?」

「会ってどうすんだよ。伝手はあるが相当大変だぞ。知り合いの知り合いの知り合いくらいの関係だからな」

「まとめてコミケで売る」

俺の冗談を真面目に受けてジェイクは胡乱な眼でを俺を見て来る。

「本気か?」

「冗談だよ。ちょっと人に頼まれてMMOの変わった話を集めてる。出版したいんだと」

「そうだな、手配してやるがMMOTODAYの反応しだ……」

手元のミニターを横目で見ていたジェイクの言葉が切れる。

二呼吸置いてジェイクは口を開く。

「おい!お前があの市長か?!」

デカい声を押し殺し何とか小声で叫んでいる。

器用だな。

 

 

「一応市長っていう役職でギルドの取りまとめしていたが、SAOサバイバーじゃない人から見ると市長ってのはどうなんだ?」

「アインクラッドの市長って言えば伝説的なギルドマスター扱いだよ!連合や傘下入れれば3,300人のギルドをまとめたカリスマじゃねぇか!」

カリスマって、俺としては走り回って「どうした?!」「なんだ?!」「任せろ!」くらいしか言った覚えがない。

3,300という数字もどこから出たのかは不明だが、SAOから開放される直前では圏内で俺のことを知らない奴は少なかった。

カリスマの響きは気持ちがいいが、誰かを死地に向かわせた立場でもある。

 

「俺はカリスマだったのか」

ジェイクは声を潜める。

「本当に本当なら、今すぐお前に握手してサインねだってハグしてキスして妹を紹介するくらいだ」

「妹はいないんだろ?」

ジェイクは真剣な顔をして

「いない」



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探偵には早すぎる

久しぶり~


「なんだ」

「なんだは無いだろ、なんだは」

 

B.A.Rで俺の過去の話を掻い摘んで15分程話していた。

MMOTODAYでは、どうやらプチ祭になっているらしい。

 

「市長降臨」とか「伝説は生きていた」とか「俺は市長の右腕だ」等々。

ジェイクは俺の話に相づちをうちながら、どこからか来るメッセージに大急ぎで返信している。

 

「ジェイク、で会えそうか」

問題の引退プレイヤーへの接触について聞いても返答は今ひとつだ。

「待て待て待て!今情報屋達からの問い合わせで手一杯だ!もう5分待て!」

 

まあ、俺のハンドルネームはどこにでもあるモノだし、アバターの外面は実際の年齢より若い。

現実、SAO、GGOと共通するのは金髪であることぐらいだ。

ザザに聞いたら「名前と金髪っでビビッときました」とのこと。

SAOのアクセス前週に勢いで金髪にしたことが、ここに来て目印となっていた。

SNSなどもやっていないし、ゲーム用のアカウントとの紐づけもしていない。

 

俺の個人情報は全てこのアバターの外見情報だけだ。

バレたところで、怖くないし課金をすれば外見は多少調整できる。

 

手元のグラスを空けるとジェイクも一息ついたようで、手元のウイスキーボトルからもう一杯、俺の目の前のグラスに注ぐ。

 

「で、お前もこれで有名人だ。どうするんだ?」

「どうするんだって言われても、その二人目の情報が欲しい。ちゃんとこの件のディテールを知ってみたい」

警察の掴んでいない、二人目の被害者。それは事件の活路になるのか迷路への入口か。

推理とか調査とか言うほどでもないが、繋がりだけは持っておきたい。

必要があれば警察に伝えて事情聴取もあるだろう。

 

「なんだ、探偵か。チャンドラーにしては…身なりがな」

探偵には早すぎる。いいとこ警察の御用聞きだ。

若々しい外見だとフィリップ・マーロウとはいかないか。

「気に入ってるアバターなんで変える予定はないぞ」

 

金髪細身の優男、いいじゃん。

やっぱりスタイルが細い方が服の選択が多いのは嬉しい。

 

「じゃ、そうだな。明日同じ時間に来れるか?それまでには段どってみる」

俺はその言葉を受けて、モニタリングしている野木さん用に発行されたアカウントにメッセージを飛ばす。

彼女がこのメッセージを受けて菊岡さんなりに確認して行動指針が決まる。

「ちょっと待ってくれ、明日の予定を確認してみる」

ウィンドウを開きスケジュール確認をする風にしつつ時間を潰す。

ジェイクからは「それでSAOはどうだったんだ?」「本当の首謀者は?」といくつか質問が来るが「本件は刑事事件であり、裁判の結審がされていない現状では本件に関する情報の公開は不適当と考えます。また多くの本件被害者の方々、死亡存命関わらずいらっしゃいます。その方々の心のケアを含めて今後対処する必要があり、現時点でその方々の心理的負担になるという判断も含まれます」と以前の警察の公式回答をそらんじてみた。

 

「自分がSAOサバイバーだってばらす奴は気を付けた方がいいぞ。そいつはいかれているか、疲れているかのどっちかかもな」

俺の言葉に口を閉ざすジェイク。

そうさ、俺はこの事件に贖罪を求め、自分の情報を切り売った。

自分でもわかる。一つ心が重くなったのを感じる。

 



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