脳筋にはなりたくない (スーも)
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目標、いのちをだいじに



日々を退屈に生きていた。平々凡々な毎日に飽き飽きし、何か面白いものでもないかと思いつつも新しいことを始めるには億劫。世の人々の大多数は思っていることであろう。

何か面白い事はないか、そう考えつつ、コンビニで買った缶ビール片手に友人の家へと向かう。月曜なのでジャンプも白いビニールの中に入っている。レポートを終わらせることを予定し集まるのだが、一人暮らしの大学生が酒を片手に集まって勉強するわけがない。飲みたいがための体のいい口実である。

 

朝のニュースで今夜は皆既月食だと言っていた。いつもならもう少し明るいはずの通り道が嫌に暗い、最近見たホラー映画の影響か少しだけ怖くなった。足早に道を急ぐと友人の家が遠くに見えてきた、カーテンが閉められてはいるが中が明るいことは分かる。先に飲み始めているのだろう。ほっとしながら、ちかちかと点いたり消えたりしている電灯の横を通り過ぎようとする。その時だった。電灯が明るく点いた瞬間、白い大きな何かが目の前に居て自分に襲い掛かってきた。突然のことで一歩も動くことが出来ず、そこから記憶が全くない。

 

 

────

 

 

気が付くと長蛇の列に並んでいた。周囲の人間たちはなぜか古めかしいが、決して上等とは言えないであろうぼろ布の着物を着ている。自分も同じような服を着ていた、自分の体を見渡すと、身に覚えがないのに右手に明朝体の無機質な字で『no.3507 NRT H.manager,4 N.B.』と書かれている紙の切れ端を持っていた。そこから先はなくなっていて何が書かれていたのかも分からない。

 

何が何やらさっぱりで混乱していたのだが、流されやすい事なかれ主義の日本人である俺は、とりあえず順番がもうすぐ来そうな列に並んだまま待っていた。

「次、北流魂街80地区更木だ。そこの扉から向かえ」

俺や周りの人間が着ているものより上等な黒い着物をきて刀を佩いている男に告げられた。

「は…ルコンガイ?ざらき…」

俺はそれを聞いて真っ青になった。早く行けと急かされ背中を押され、雑木林に着く。一人でしばらく呆然と立ちつくし考え込んだことで理解した。ここはソウル・ソサエティ、自分はおそらく虚に襲われてここに居る。あの黒い着物は死覇装で佩刀していたものは斬魄刀だ。この世界で最も治安の悪い場所が、俺が送られてきた更木地区。目の前の雑木林には血に濡れた刀や斧、傷だらけの死体が転がっていた。

 

平凡な日々に飽きていたとはいえども、ヨハネスブルクより危険な場所に身一つで放りだされてしまった、こんなのはこれっぽっちも望んでいない。冷や汗がにじみ出てくるが、こうしてはいられない。目の前の惨状とむせ返るような鉄の臭いに吐き気がする。虚に襲われ呆然とし何もできなかったあの事態を繰り返したくはない。震える手を叱咤しながら、切られた傷が多く失血死したことがうかがえる亡骸に突き刺さった刀を抜く。

錆はこびりついているし、欠けているが転がっている他の武器は自分で振り回せそうにない。刀を失敬したあと、死体やその周囲の状況を調べることにした。情報がなければ生きていけない、何もせずに死ぬのだけは御免だ。口を手で押さえながら、横たわる男たちの着物を調べていく。

 

刀が刺さっていた男の胸元には、銅銭が紐にくくられて入っていたので失敬する。その横で倒れている、殴られすぎたのだろう顔が原型を留めていない男は、おそらくここに送られてきたばかりの人間だ。比較的着ているものが劣化していない。

刀を奪って反撃したのはいいが相打ちになったのだろう、ここまで考えてぞっとした。一刻でもここに送られてくるのが早かったらこうなっていたのは俺だ、最悪だけは回避したにせよ、とにかく生きるすべを身に着けなくてはならない。俺は人の通った痕跡のある道の脇を、道から見えないように慎重に歩いて行った。

 

文明を求めて歩いていくにつれ、最悪なことに気づいてしまった。喉も乾くし、腹も減ってきたのである。食べなくても生きていける体であれば、最悪ここでも生きていける可能性があったのに、殺しあいが日常茶飯事みたいなこの地区で物資調達が必須事項となった。スーパーハードモード突入である。

 

霊力なんてものいらなかったのに最悪だ、確認してみたが体力も腕力も現代社会スペックのままである俺は、筋トレと体力作りから始めなければならないだろう。伸びしろが主人公のオレンジ頭くんレベルだといいなと遠い目になった。

 

原作ではソウル・ソサエティでも、病弱な人間や病で死ぬ人間がいたはずだ。ある程度清潔を心がけておかないと、疫病や感染症の危険もあるだろう。霊体だというのに衣食住どれも妥協できないとか最悪である。死神になるのも一手だが、なり方が分からないし、そもそも自分の霊力とやらがそこまで強いと期待できなかった、虚に襲われる直前までそれを見ることも感じることもできなかったのだから。

 

空腹に悩まされつつも人の喧騒が感じられるところまでたどり着いた。どうやら視力だけはかなり良くなったみたいで、木に隠れたまま人々の様子をうかがうことができた。あばら家が立っているが、歩いている人間は屈強な男たちばかりだ。

老人や女性、子どもが見当たらない。殴り合いが始まるも、無視か囃し立てるかのどちらかの反応しかないし、誰もが武器を持っている。でかいハンマーみたいなのもあるし、正直このまま町に入っても嬲り殺される未来しか見えない。

 

食糧調達が最優先事項である、ここの人間たちの大半は食べなくても生きていけるはずだ。集落に入っても、そもそも食料がある可能性は低いだろう。幸いなことに、おそらく今の季節は春であるし、山で暮らすのが一番かもしれない。

しかし弓や縄、シャベルなどを盗まないと山では生活できない。今なら殴り合いをしている人間たちが注目を集めているしチャンスは今だと、あばら家の中へ裏から侵入した。何軒かまわって必要なものを手にした。拍子抜けするくらいうまくいってしまったが欲は出さず山へ戻ることにした。

 

 

───

 

 

山登りが趣味だった俺は、幸いサバイバル知識は豊富であった。熊やイノシシに襲われないよう木の上で自身を縄で幹に括り付け寝たり、縄でウサギやイノシシが引っかかるように罠を仕掛けたりと現代じゃ考えられない生活を繰り返した。

山ごもりの生活を始めて分かったことがある。俺は最初の身体スペックこそ現代日本人男子の中の上を少し超えるくらいであったが、ぐんぐんと体力も腕力も伸びていった。幸いなことに、2m先にいるウサギが逃げないくらいには気配を隠すのだけは最初から異常にうまかったのだ。そして狩猟生活を続けるうち、気配みたいなものをなんとなく察知できるようになった。

 

しばらく狩猟生活を続けたが、冬が来てしまったら家がないと凍え死んでしまう。それまでに、対人格闘もこなし集落に下れるように強そうな男たちを遠くから観察し、見様見真似で刀を振り続けていた。そしていよいよ刀を片手に集落へと足を踏み入れた、にやにやとガラの悪い男たちに囲まれる。

「おう、兄ちゃん、いいもの持ってるじゃねえか、それ置いていけよ」

「身を守る武器ですのでご容赦ください」

目を背けたら負けだ、気づかないうちに死んでしまうのだけはもう二度とごめんである。しっかりと目を合わせながら言った。それにしても、テンプレなガラの悪い男たちである、しかし何となくであるがそんなに強い相手だとは思えなかった。懸念事項であった、のちの更木剣八がいないことにほっとした。

 

「それじゃあここのルールを教えてやるよ、強いやつしか生きられねえとな!」

一斉に武器を持って襲い掛かってくる、しかし動きが遅い。野生動物、特に熊なんかよりは遥かにゆっくりだ、まずは一番近くに居た大剣を持った男に近づく、大振りな分超近距離では対応できないだろうからだ。そいつの手を引っ張って体勢を崩す、結果的に隣の男に大剣は振り下ろされ2人で共倒れを狙った。次に大槌を持った男の足を払って転ばす、最後にボスっぽい人間の懐に入り込みアッパーカット。山で半年間体を苛め抜いたおかげか、簡単に倒すことができた。

 

その集落ではそこそこ強かった男たちをのしたことで、ある意味認められたのか、恐れられたのかあばら家に住む権利だけは得た。以外とイージーモードなのかもしれないと3日ほどのほほんと暮らしていたのがフラグだった。

 

俺が倒した男たちは、他の更木地区の集落のチンピラの手下だったらしい。男たちより数倍強いやつらに襲撃された。腕や腹に傷を負ったが何とか逃げ切った俺は、痛すぎて脂汗がにじみ出る中、破傷風にならないようアルコール濃度の高い酒をかっぱらい傷口にかけ、動いているうちに内蔵が出てこないように何重にも布を巻いた。

初めて本格的に死の危険を感じた、頭の中で警報はなり続けるし、心臓の鼓動は収まらない。痛いのに涙すら出ない、ある種の高揚状態が収まらないでいた。

 

それから何度も襲撃を受け、何度も死にかけるような怪我を繰り返し、時には相手を手に掛けることもあった。相手が死なないように手加減することができるのは、一定程度実力が上である場合のみだということを知った。漫画やアニメみたいに、相手を殺さずに戦闘を終えるのは、特に荒事が日常茶飯事の更木では難しいことであった。

 

血の匂いや肉を断つ感触に吐いて、戦って、逃げて、それでも飢えれば死ぬ、反撃しなければ殺される、追いつかれれば奪われる。

なぜか分からないくらいに生きることに執着していた、生きるという生物の第一の本能には恐れ入る。現代社会で産まれ生きた倫理観や価値観は根幹にあるものの、仕方のないことだと日々を受け入れ、戦って戦って、戦って生き抜いた。

 

逃げ続けることも考えはしたのだが、すぐに追いつかれるし、逃げることで精神を削られ続けることよりも立ち向かう方が楽だった。元は知能派で性格的にも、本来罠を仕掛けたり、言いくるめたりする方が俺には向いているはずだ。しかし相次ぐ突然の襲撃や、言葉の通じないケダモノ達のせいで脳筋戦闘狂みたいな生活を強いられた。

憶していたり、泣いたり、震えたりしている暇なんてない、そんなことをしていたら一直線で死ぬだけだ。だめだ、やはり狂戦士寄りの思考回路になっている。どうやら俺のソウル・ソサエティでの人生はスーパーハードモードだったようである。

 

 

 



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・オリ主
原作知識として、大まかなあらすじ、すごくオサレな台詞、必殺技は覚えている。詳細は微妙。
なお使えるか別として黒棺の詠唱は完璧。




慣れちゃいけないのは百も承知だが、だんだんと戦いが日常となることに慣れていった。負傷することも少なくなり、食料が略奪されたり弱くて手に入らないことはなくなった。飢えの心配がなくなったのはいいことだが、治安が最悪な場所である。刀を振り回す日々がしばらく続いた。

 

期待はしていなかったが、やはり現代日本とは全く違う理でこの世界は成り立っているようだ、髪は伸びるものの、身体が成長することも老いることもなかった。

もちろん、髪は伸びっぱなし、肌は垢だらけ、衛生的な問題で髭だけはどうにか処理しているがきれいに剃れているわけでもない。仕方がないことだが全体的に不潔である。筋肉だけはついたが、そこそこ身綺麗にしていた平成の世を生きた俺の面影は全くない。

 

食料を調達し、戦って生きるばかりで余裕と言うものが皆無であったため、何年間か文字を読んでいない、さらに言うとまともな会話をすることも稀であった。

このままでは、健康で文化的な生活を享受していた昔の俺とはかけ離れてしまう。多少手遅れな気もするが、文化や平穏を求めて行動範囲を広げることにした。

 

更木で生活していて分かったことは、他の地区に行くことは想像よりも簡単なことではないということだった。さっさと一番治安のいい地区に逃げたかったのだが、境界線らしきところに薄い透明の壁があった。おそらく結界みたいなものだろう。いい加減活字に触れたいし、美味しいごはんが食べたい俺は、そこで諦める訳もなく、散策を続けた。

 

完璧に忘れていたが、お腹が減るということは霊力が多少なりともあるということである。力こそパワーみたいな頭の悪い連中としか関わっていなかったのでそんな設定は忘却の彼方であった。

 

 

 

ここは更木、人が消えたり、死んだりなどは日常茶飯事。瀞霊廷から離れているし、死神もほとんど現れない。霊力を持っていて、一人、人気のないところを歩くひょろっとした青年など、人体実験のための材料として恰好の的であった。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

散策の途中、何かの気配を感じ、身構えたはいいのだがすぐに目の前が急に真っ白になって意識を失った。

歩いていた場所は何もないので人などいないはずだと、完璧に油断していたので気配を察知するのが遅くなったのが原因か、と意識が覚醒してから冷静に考えた。

 

意識を失ったふりをし、まずは目をつむったまま状況確認をする。紐で後ろ手を拘束さているようだ、身に着けていた刀や、他の武器になりそうなものは全て無くなっている。

 

動き回る人間の気配が多少離れていることをいいことに、少しずつ目を開ける。周囲は真っ暗だ、腹の減り具合からもだいたい気絶させられて5時間くらいは経っているとみていい。

何のために拘束されたのかは分からないが、周りには自分同様拘束され意識を失った人々が倒れていた。年齢や性別がばらばらだし、身に着けている服や汚れ具合も異なる。

更木の知り合いなんて皆無に近いが、少なくとも自分の住む集落やその周辺集落の人間ではないことは分かった。共通点がある無いようは人達ばかりで何を目的としてここに集められたかが分からなかった。

 

誰かが近づいてくる気配を察知したので再度目をつむる、ここで昏倒させて逃げる手も考えたが、体がうまく動かないし状況もまだ把握できていない。それに少し距離があるとはいえ、6人くらいの気配を感じたので、様子見を続けることにした。

俺はこの時の選択を今後ずっと後悔し続けることになる。

 

 

 

月明かりも無く暗いのではっきりとは分からなかったのだが、何とか盗み見たところ黒い着物を着ていたように思う。俵担ぎをされ顔が見られないことをいいことに、自分を運ぶ人間をきちんと見る。斬魄刀持ちの死神で確定した、最悪だ。

 

俺は、両腕を別々に二人の男に抱えられ、地面へと膝をつく形で下ろされた。さらに別の人間が寄ってきて、俺の目の前で立ち止まった。

早く逃げなければならない、逃げなかればならないのにその機会を見失ってしまった。

 

実験を始めようという声が聞こえる、人体実験の被験者になる気はさらさらない、状況を打開しようと冷静に考えていた時であった、一気に自分の力が吸い取られ、何かが壊れるような感覚を味わった。

 

反射神経と危機管理能力はこちらに来てずっと鍛えられていたものだ、俺の本能みたいな部分が何が何でも逃げろとバカみたいに警告を発した瞬間、右腕を拘束していた男が佩いていた刀を抜き去って左腕を拘束していた男を叩き切った。

二人を自分の正面に立つ男の壁にし、死角に入って全速力で逃げた。

 

すぐに山の中に入り、足跡や血痕をわざと残し遠くまで逃げるように見せかけたうえで、気配を完璧に絶って先ほどの人間たちがぎりぎり見える範囲で潜む。瞬歩があるから距離を稼ごうと遠くまで逃げるほうが悪手だと判断した。どうせ追いつかれるのみだ。

 

何人もいる実験体の一人が逃げたくらいで、それに人員を割くのも非効率的であり、俺が切った男も軽い傷だったのだろう、実験の続行を優先させ追っ手が来る気配はなかった、不幸中の幸いである。

生い茂る草の隙間から実験しているところを覗き見る。

 

俺が逃げたことで、別の人間が実験体になっていた。

球体に近い石みたいなものを近づけられている。その瞬間背中に嫌な感覚が走った、冷や汗が止まらない、石が少し光っていることで、その石をもつ男の顔がはっきり見えた。

 

黒縁の眼鏡をかけた優し気な風貌の男である。最悪だ、ラスボスと遭遇してしまった。

……逃げることができたのは、本当に運が良かったとしか思えない。死神から奪った刀、おそらく浅打を持って細心の注意を払いその場を離れることにした。

 

 

 

───

 

 

 

この世界にやってきて、初めての接触がラスボスとか本当に笑えない。美人キャラ多いんだから美人寄越せ。

あばら家へと逃げ帰り、この時ばかりはがたがたと震えた。

 

確か、浦原喜助が崩玉を創り出す以前に、それにたどり着いていたと藍染は言っていたように記憶している。詳しい時系列は分からないが、今は原作開始よりはるか過去ということになる。

 

奴と遭遇したことで、ここが俺の識っている尸魂界であるという事が急に現実として迫って来た。

まずい、ここは更木だ。更木剣八が更木地区で暴れまわるのはいつだろう、更木でそこそこ有名になってしまった俺に勝負を挑みに来ないとは考えられない。と言うか、まだ俺に挑みに来ていないだけですでに暴れまわっている可能性の方が高い気がする。原作を見る限り斬魄刀始解なしでほぼ負けなしという正真正銘化け物である、しかも戦闘狂。生存が第一目標の俺にとって戦いたくないランキング3位以内には確実に入ってくる危ないやつだ。

 

しかし、この地区から脱するにはおそらく死神になるしか方法はない。霊力があるか分からないし、基本的に話の通じない更木の住人にそうそう瀞霊廷のエリート様たちが耳を傾けるとは思えない。そもそも中央とどうやって連絡取っているのだろう、この地区。

ちょうど愛用していた刀を奪われ、おそらく捨てられたところだ。

 

奪った浅打から何とか名前を聞き出し、死にもの狂いで始解を習得した後、たまに一瞬だけ見かける死神に頼み込むことで瀞霊廷に入ることを目標にしよう。活字と贅沢な食事が本当に恋しい。

 

正直、死神とまともに戦ったことはもちろん、きちんと見たこともないので、どの程度の実力がいるのかが分からない。少なくとも、俺自身剣の腕だけで死神になれるような化け物ではない、はずだ。

死神になったとしても藍染は平隊員に目もくれないだろう、逃げた実験体だとは気づかないはずだ。ラスボスや更木剣八とは全く関わりを持たず、瀞霊廷に住む小市民として生きていくことが完璧な理想である。

 

一応、念には念も入れて瀞霊廷に足を踏み入れる暁には大胆イメチェンをする予定である、今の良く言えばワイルド、いやそう言うのはいい無理があるな、単純に小汚い恰好をラスボスは一応目にしているのだ。忘れてくれているとは思うが、絶対に油断や慢心はまずい。やつを実際に見て本能的に思ったことだ。

前門の藍染、後門の更木剣八。さすがに人生辛すぎる。

 

 




オリジナル設定として、流魂街の地区の移動は簡単ではないということにしました。特に治安の悪い地区では簡単にそこから荒れくれ者が出ていくでしょうし、より良い場所を求めて1区あたりに人々が難民みたいに押し寄せるのでは?と。それでは土地区画整理の意味なし、少なくとも関所や結界はあるかなーと。


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なぜ藍染と目の前で対峙するまで逃げなかったんだ、数時間前の自分を殴り殺したくなる衝動でいっぱいだった。その怒りと恐怖を込めたまま浅打をブンブンと振るう。

 

藍染に実験体として使われそうになったことから、それまで以上に命を削って強くなろうと様々な手段模索し始めた。木や虫を切ったり、素振りを続けたり、実際に戦った時を思い出しシュミレーションしたりと思いつく限りのことは行った。

 

実は、霊力を持つ人間というのは流魂街においてそう多くはない。ソウル・ソサエティで暮らしていて分かったことだが、食料を必要としている人間たちはあまりいない。死神になってしまえばみな霊力持ちなので関係ないが、俺を捕まえた付近の更木の集落なんて限られている、さらに大食いで狩猟を行っている人間なんてここらでは俺くらいである。

隊長格を放置してたくらいだし、逃げた実験体のことなど捨て置いてくれているとは思うが、変な疑いをかけられたりする前にさっさとここから脱出するに限る。

 

それにしても農耕や牧畜といった仕事をする必要もなく、飢えて食料を略奪しなければならないという状況に陥ることは、ほぼないだろうになぜこんなにも治安が悪いのか謎である。

集落のチンピラを倒したことで、他の集落の連中から恨みを晴らすよう襲われたので組織的な抗争があるのは確かではあるだろうが、何年もここに居るのに何も知らないのだなと自分の世界の狭さに悲しくなった。

 

試しに刃禅?というものをやってみたのだが、周囲が気にかかりすぎてゆっくりと刀にのみ集中することは不可能だった。瞑想し、目の前のことに集中すると言えば聞こえはいいが、それはつまり視野を狭くすることを意味する。

 

野生動物はまだいいが、死神や更木の強い人殺し連中がやってきた場合、一歩遅れるということだ。すなわち、即、死である。

それを考えると今までよく生きてたな、現世だったらアマゾンの奥地だろうとサバンナだろうと戦場のど真中だろうと、どこに放り出されても生き抜く自信がある。あ、シベリアは無理だ、凍死だけは勘弁願いたい。

そんなこんなで刃禅は諦めて、修行して、狩猟して、襲撃されては殺さないように片手間で撃退し、あるいは四肢の一つをきれいにへし折るくらいに収めていた。

 

型なんて知らないし、生き残るための剣術だが、力を受け流すことを意識し重点を置きつつ、経験を積んでいった。

スピードや気配を消すという面では、自信を持てるのだが、パワーという面においてはいまだ勝てないやつらもいる。しかし、間合いを読み相手の呼吸に合わせ、攻撃を避け、そのまま相手の攻撃の力の流れを利用するという戦法で、誰が来ようと、誰に喧嘩を吹っ掛けられようと手加減できる程度には刀を扱う技術みたいなものを身につけていった。

 

このまま順当に経験を積んでいけば、始解までたどり着けるかもしれないといつも通り集落から外れた林の中で刀を振っている時だった。

突如、森の空気が変わった、何かが来ると感じ腰を落とし、刀を構える。

瞬間、刃物と刃物がぶつかりあう音が聞こえた、反射的に頭上へと刀を振りかぶったと認識する間もなく次の一撃が迫る、何とか横に転がることで避け距離を取りつつ突然攻撃してきた男を見据える。

 

「ずいぶんな挨拶だな、まずは口で言うべきでは?」

俺は男に対して言った。容姿や風貌ではなく、醸し出す気配から目を離せない。目の前の男と比べれば、まだ野生動物の方が高尚な気配を醸し出しているだろう。ただただ争いを、血を求めるケダモノみたいな男である。

ん…?待てよ……?嫌な予感はよく当たるものだ、頼む、外れてくれと思いながら名を問う。

 

「…名を名乗れ」

ついつい虚勢を張ってしまう、相手より自分が弱いと本能的に分かっているのだ、言葉くらい強くありたい。そうでなければ精神が保てないのだ。藍染様の名言に真っ向から反対するスタイルである、まあどちらかと言うと、長年の更木生活でだいぶ口が悪くなってしまった方が原因としては大きいが。

 

「名だぁ?そんなもんねえよ、無駄口はいい、さっさと殺し合いを始めようぜ!」

話が終わる前に切りかかってくる戦闘狂の鑑である、左目の傷、この強さ、態度、のちの更木剣八確定である、幼女の方のやちるパイセンが見えないのでまだ会えていないようだ。

 

恐怖で呼吸が荒くなる、汗も止まらない、瞬き一つ油断していたら、眼を閉じている瞬間に狩られる。

本気で逃げ出したいがおそらくこいつは原作開始時の瀞霊廷に居た時期よりもはるかに手に負えない化け物だ。背を向けた瞬間やられる、対峙した瞬間今まで生きてきた中で最も自らの死を明確にイメージさせられた。

 

「くそ…っ!なんていう力だよ!」

一撃一撃が重い、正直一発でも直撃したらまずい、この場をしのいで逃げ切るための余力を残せる気がしない。

受け流すにしたって、限界がある。避けきれず真正面で受け止めるが、ギギギギと錆ついた歯車を無理に回そうとするような音がする、刃物どうしでぶつかってなる音ではない。

 

目の前の野人は本当に力と戦闘センスと本能の塊みたいなやつだ。

俺自身もここで生きていく上で、仕方なく似たような戦闘スタイルで最近まで生き抜いてきたが、どう考えても向こうが上位互換。

このままではじり貧である、まずは俺の良く知るフィールドまで誘導し、野生動物やチンピラ相手の罠を利用しつつ打開策を考えないといけない。

 

色々と思考を巡らせていたせいか、動きがほんの少し鈍ったようだ。簡単に吹っ飛ばされ、木に打ち付けられる。口から血が滲んでくる、肋骨がやられたかもしれない。誘導なんてろくにしたことも無いのにできるわけがなかった、もう考えるのはやめだ。

並列で考えて体を動かすのはそういう訓練をしてからだ、今はただ鍛えられた野生の勘に任せて戦う。

すぐにやつが迫って来る刀を、浅打を持つ右手で受け流し、左手で顎を狙うふりをしつつ蹴り飛ばす、やっとまともに一回入った。

 

「ははははは!面白え!!おらァ!もっと来いよ、攻撃仕掛けて来ねえとどうせ死ぬだけだぜ!!」

超笑顔である、結構いい感じに決まったはずなのにダメージを受けたように思えない。俺は攻撃を受けないことを第一に動くタイプなので、やつが俺を傷つけることは少々面倒程度で済むが、俺がやつを傷つけるのは到底無理だ、固すぎる。

 

確か、霊圧の高い死神にダメージ食らわせるには、多少なりとも霊圧を込めて攻撃するしかないとかいう設定があったようなかったような。

そうだとしたら、かなりまずい、霊圧の使用法なんてこれっぽちも分からない、ついでに言うとそんな力を感じられたことがない。

試しにこっそり覚えていた六十三番の破道雷吼炮を唱えてみたのだが全く何も起きなかった、その後恥ずかしいやらなんやらで床に転がっただけである。

 

更木剣八が猛攻し、それをなんとかさばいて、たまにカウンターを入れる。基本防戦一方で、そらしきれなかった攻撃をちょくちょく受けており、現状打破のためには逃げるしかないと頭では分かっているのだが、俺の勘が背を向けたら死ぬぞと警告を鳴らす。

 

一体どうすればいいんだと思ったその時だった、やつの体勢をほんの少しだけ崩すことに成功した。ここぞとばかり懐に入り首を狙ったが、やつは笑みを深くした。

 

まずい、罠だ、カウンターを食らうのは俺の方だ。切れ味の悪そうな刃が俺の首へと触れそうな瞬間、それでも生き延びる方法や手段を考えた。死にたくない。

 

カッと真っ白い光が見えた。

その瞬間、住んでいるあばら家すぐ裏の修行場代わりにしている竹林の景色が見え、地上約3M付近の空中に頭を下にした状態で移動していた。

頭を打つことだけは回避したが満身創痍であり、ずるずると地面に座り込んだ。

気がついたら、持っていた浅打は三又に分かれた小刀に変化し、さらにまた右手に身に覚えのない紙の切れ端を持っていた。

『N.B. HIRAISINN -斬魄刀飛雷神』、無機質な紙にそう書いてある。

 

え?俺のわくわく内面世界は?斬魄刀の声を聴いて、名を呼ぶことで真の相棒を手に入れ、強くなるっていう熱い過程はすっ飛ばされた?話し相手ができるかもしれないと柄にもなく楽しみにしていたのに、この気持ちをどうすればいいのだろう。

 

あのケダモノから逃げ切れたのは良かったが安堵より困惑の方が大きい。やつからすれば目の前で獲物に逃げられたのだ、また会ったら問答無用で殺しにかかってきそうである、無論そんな機会を永久に作る気はない。

 

 

 

深呼吸し、気持ちを落ち着けて現状を整理することにした。光が見えた瞬間、普段物を切る練習をしている竹林に一瞬で移動したということは、瞬間移動や空間操作とかの能力だろう。

自分の斬魄刀と紙の切れ端を再度見る。嫌に見覚えのあるフォルムと名前である。

 

……もしかしなくてもNARUTOの四代目火影様、略して四様の飛雷神の術、これはクナイ?

しばし呆然として、その後小踊りしそうな気分になる。生き残るためのこれ以上ない強能力の斬魄刀ではないか。何が何でも使いこなしてみせる、がぜん鍛錬のやる気が湧いてきた。

 

戦闘後は嫌に頭が回ってしまう、気付きたくもないことに気付いてしまった。動体視力や敏捷性は高く、気配察知や隠蔽は得意だが、そこまで力が強くならなかった。忍者的な身体スペックなのかもしれない、そうだとしたら修行方法を明らかに間違えている、本能に任せ刀を振り回し、斬って斬って斬りまくっていたこの数年間の脳筋修行はかなり無駄だった可能性が高い、悲しすぎる。

 

最近始めた相手の動きを読んで、力を利用するような闘い方を最初からやっておけばよかった、嫌に習得早いなと感じていたのだ、忍者っぽいですね分かります。気分がジェットコースターの下りの時のように沈んでいく、他に何か今回のことで考えられる点はないか…

 

卍解、はまだまだ先のことではあろうがこの斬魄刀の本体は四様な気がしてならない。今回は声も姿も見ないまま、なぜか始解できてしまったが、いつか必ず自分の内面世界へのダイブと具象化を成功させてやる。

紙によるネタバレという最悪な形での相棒との始まりをいつか必ず消し去ってやるろうと、再度やる気を取り戻してきた。

 

この世界に来てからかつてないほど確固とした決意を胸に、死神となるべく明日にでもあばら家から出て、瀞霊廷関係者を探すことにした。もちろん、更木剣八とエンカウントしないよう注意を払うのが大前提にあるが。

 

よしっ!と勢いをつけて立ち上がろうとする。

…明日出立は無理だ、ダメージの蓄積がひどくて体が動かない。人の気配も近いし周辺に罠を張ってある、悪人も野生の生き物もここまでは来ないだろう、もう地面でいい、精根尽き果てそのまま倒れるように眠った。

 

 

 

 

 




本物の脳筋狂戦士に勝てる訳がない、所詮似非脳筋。しかしこの戦い方、実は向いてない。


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注意!今回完全オリジナル回です!瀞霊廷に入るまでのアレコレで独自設定多し!
組織である限り内部のゴタゴタはあるよねという妄想。みんな長生きだし、現世よりどろどろしてそう。



・斬魄刀について今のところの情報
一瞬で馴染みのある別の場所に移動した、任意使用はできていない
BLEACHの世界でいうきちんとした始解はできていない
NARUTOの飛雷神の術とは少し異なる形での移動




 

目覚めたら、斬魄刀は元の浅打に近い形に戻っていた。常時開放型の斬魄刀ではないようだ。そのままそこで腹ごしらえをして、さっそく斬魄刀の始解をしてみようとする。

斬魄刀の名を呼んだり、単純に力を込めたりしたつもりだがうんともすんとも言わない。

昨日の事が夢だったのかと疑ってしまうが、地面に放りだされたときの服の汚れや地面の後が残っている。

 

一度成功したのだから、死神やそれに準ずる人達に始解をどのようにするか聞いてみて、実際そこで挑戦してみることにする。このまま修行場で始解をしようとどれだけ努力しても無意味だろう、霊圧の扱い方を習わなければどうしようもない。何せここに来て霊圧なんてものを感じたことがない。

 

ということで、さっそく拠点としていた更木の集落のあばら家から出立した。ラスボスや戦闘狂のやつらに俺の情報を少しでも嗅ぎつかれないようにするため、念には念を押し修行場やあばら家など俺自身がここに居た形跡は抹消していった。

 

少なくとも3年はここに住んでおり、二度とここへ来ることは無いだろうに、誰一人挨拶する人間がいないことに泣きそうである。瀞霊廷に入れても社会性と人間性を鍛えなおすことから始まりそうだ。

 

他の比較的ましな地区に近く、更木地区の中でもそこそこ発展しているらしい場所へと向かう。大規模な暴力組織が実質取り仕切っているということを耳にしていたので、面倒ごとに巻き込まれないよう今まで近づかなかったが瀞霊廷関係者がいる可能性が高いのはそこだろう。

 

 

 

 

途中で襲ってきた雑魚どもから金品を回収していった結果、目的の更木南西部についた時にいろいろと今まで手に入れられなかったものを買う。

髭を剃り、髪を整え、着物もぼろ布から脱し、きちんとした身なりに整えた。見ためだけならば藍染も更木剣八も小汚い野生児と現在の俺が同一人物だとは、思いつきもしないだろうというくらい変化した。

 

着やせするタイプだったのか、傷跡さえ見えなければ書類仕事をこなす穏和な役所勤めという感じである。言葉や態度もこれに合わせていこう、今日から俺は爽やか穏和男子だ、目指せ浮竹さん。

見た目を整えたことで、やっと少し人間に戻れたような気がする。昨日までの俺は獣だ、棒切れ振り回してるだけのな。

 

佩刀してはいるものの、まっとうな恰好で一応、町と言える程度の作りをしている通りを歩く。瀞霊廷関係者っぽい人を探すが全く見つからない。

歩けど歩けど釣れるのはチンピラばかり、弱そうに見えるのかものすごい頻度で襲ってくる。割のいいバイトだと思って返り討ちにし、金も失敬する。

 

今日は諦めてどこかで一泊しようと思って宿、という高尚な場所ではないが寝る場所を提供してくれる家へと入る。

入口の椅子で座っていると、後ろから入ってきた女の客の一人が周囲に分からないように、背中に刃物を当ててきた。

 

「数刻ほど貴様を監視させてもらった。自然体を装い、何を探していたか答えてもらおうか。」

「…更木から出て死神に成りたいので瀞霊廷内から来た人がいないかと探しておりました。怪しく見えてしまったのであればお詫び申し上げます。ところでいきなり刀で切りかかってこないところを見ると、更木の大多数の住民たちとは違うようにお見受けしますがどちらさまでしょうか?」

嘘をつく意味もないので正直に答えさせてもらった。自然体を装いと言われても、全くそんなつもりはなかったのだが、何か後ろ暗いことをしている人間に見えたのかもしれない。

 

「質問しているのはこちらだ、とぼけるな。そのような恰好と言葉遣いで更木の者だとは笑わせてくれる。付け加えれば、浅打を持っているではないか、最後の機会だ、貴様は何者だ。」

「浅打を持っているのは偶然拾っただけです、ここは更木ですしたまに死神の方でも命を落とす方もいらっしゃるので。恰好や言葉については生前とった杵柄としか言いようがありませんが」

「言う気はないようだな、言いたくなるよう努力させてもらおう。」

 

背後から刺されようとする瞬間、上半身をひねり回避する。しかし、相手もそれを読んでいたのかすぐに二撃目が来る。

恐ろしく速い、今まで相手にしてきたことがないタイプだ、獲物は短刀、より人を効率的に殺す暗殺者という感じの動きである。襲ってきた女は、思ったより小柄な女だ、ソウル・ソサエティでは年齢を見た目で判断してはいけない鉄則があるので一応女と形容するが、見た目年齢中高生くらいに見える。

 

少しかすったと同時に、体の動きが鈍くなる。おそらく強力な麻痺毒か何かだろう、事を大きくしようと声を荒げるつもりがそれもできない。

こういう頭を使うタイプとやりあってこなかったのであっさりと捕らわれてしまった。連れていくということは、突然殺す気はないのだろう、とにかく情報を集めることが先決だ、なんで襲われたのかさっぱりだ。

 

「おう、お客さん、どうかしたか」

宿の従業員らしき筋肉ムキムキの男が聞いてくる。

 

「なんでもありません。私の連れが少し貧血を起こしたようなので、私の部屋に運びます、心配なさらずとも結構です。お騒がせしました。」

「なんだァ、なさけねえ貧血なんかで倒れてちゃここじゃ5秒ともたねえぞ、ハッハッハ」

周囲の客は何が起こったのか全く把握してないようである、何も分かっちゃいない癖に、従業員よ覚えてろ。

女も女で態度の変わりようがものすごい、さっきまで俺の背中に刃物あててた人間と本当に同一人物かよこいつ。

俺は何もできず、そのまま女に担がれて部屋へと通され、持ち物や刀を没収されたうえで拘束された。

 

 

部屋には老人が一人、中年のこれといった特徴の無い男が一人居た。女は俺に聞こえないよう状況報告をしそのまま尋問が始まった。

 

「君、どこの者だ。金で雇われているのなら、その倍は払うと約束しよう。前金として3分の1ここで払ってもいい、どうかな?」

どうやら部下と上司ではなく、金持ちの護衛対象と護衛のようだ。老人からは強さを感じない。先ほどの女に何か注射される、口が動くようになったことで、老人から質問される。

 

「先ほどそこの彼女に申しました通り、私は更木の一住民に過ぎません。おそらく霊力とやらがあるので、死神の方を探してそのなり方を聞こうと考え、更木の北の方の集落からここまでやって参りました。雇われると申しましても、何がなんやら…」

「そうか、どうだい?」

老人が中年の男に聞く。

 

「嘘は言っていませんね。本当に何も知らないようですよ。まあ顔を見られていますし、おいそれと返すわけにはいかないですけど」

中年の男は嘘発見器のような能力を持っているらしい、斬魄刀の力かどうかは知らないが少なくとも女と老人はこの男の能力を絶対的に信頼しているようだ。非常に便利な能力だ。

 

「殺しておきましょう、処理はこちらでいたします。」

女はそう言ったが老人がそれを止める。俺に妥協案というか、協力してくれという旨の依頼をしてきた。拒否したら死ぬので実質命令ではあるが、死神になれるよう取り計らってくれるとも言った、割とお人よしなのかもしれない。

「承りました。ところで何も分からないので説明いただけますか?」

 

老人は中央四十六室の賢者候補、つまり裁判官候補だという、派閥や権力闘争がひどく、次に選ばれる可能性のある他の候補者に命を狙われているらしい。内部推薦制度なので、事前の根回しが重要で、老人が所属した派閥は比較的良識派だそうだ。

現隠密機動の長官である四楓院家と老人の家は代々付き合いがあるので、そのコネで護衛として2人を借りたようだ。察するに、女というか見た目だけは少女に近い年齢の子と中年の男は二番隊の死神だろう。

 

さらに更木とかいう辺境の地になぜ賢者候補ともあろう者が居るのかを聞いた。

対立候補者は、自分の足がつかないように更木のヤクザみたいな組織を利用しているようだ。頭は悪いが、実力はある、何より替えが効くし簡単に切り捨てられる。そして、更木なんて治安の悪い地区で賢者候補というエリートが手を出すと思われていないようで私兵としては利用価値大だそうだ。

 

ヤクザ組織自体犯罪の温床なので、そんなことを黙認、利用している対立派閥に増長されるのは正義に反すると、老人は証拠を探っていたが、それがばれて狙われているようだ。

相手も同様、腐っても四十六室。同じく死神を利用しているかもしれない、実力のある暗殺者たちを差し向けられているらしい。老人は公明正大なことで結構である、これは依頼をこなせればきちんと瀞霊廷に入れるな。

 

そこで、死神ですらないので顔の割れようがない、女の一撃を避けることのできる実力を持った俺に白羽の矢がたったようだ。

肝は据わっているし、嘘も演技もうまそうだ、君にならできる、少数精鋭で頑張ってくれとおだてられてしまった、乗るかそんな手に。

 

本音は無辜の民をただ巻き込んでしまうのはしのびない、報酬を用意し依頼を自主的に受けてくればその後死んでも自己責任、証拠も残らず使い捨ての駒としては最適ってところだろう、こう考えてしまうのはひねくれすぎているかもしれないが。

 

依頼内容としては、紙面上の依頼書があればベストだが、不自然な資金経路やその他証拠になりそうなものを回収せよとのお達しだ。

いやなんでこんなことに巻き込まれてるんだ。このじじい、更木で瀞霊廷有力者に関わるなんてほぼないから依頼を全力でこなすだろうと高くくってやがるな、むかつく、まあ後ほど多いに利用させてもらおう。

 

 

 

 



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時系列としては原作開始より百数十年前くらいかな?
BLEACHの時系列は難しくて良く分からないので、そこらへんは優しく見てください。





じじいの思惑に乗って実際に四十六室のクソどもの証拠回収に乗り出した。成功しても失敗しても、権力者の弱みを握れるか、恩を売れるかの違いなのでどちらに転んでも俺としてはメリットはそこそこある。

 

乗り込む前に死神2人に自己紹介をしてもらう。とは言っても現在の設定上の名前や経歴であり、本名はまだ教える気はないようだ。下手に知っていた方が危険度は増すのでそこはありがたい。

2人は更木に居ても普通に溶け込めるような恰好をしている、俺の住んでいたあたりとは違い暴力組織によって治安が保たれ、ちらほら女子供も居るので違和感はない。斬魄刀もわざと置いてきているのか、それとも俺の物のように小さくなるタイプで隠し持っているのか腰には刀を佩いていない。

 

逆に俺は綺麗な恰好をした爽やか青年である、浅打を持っているし見る人が見れば死神に見える。

あれ?顔が割れていない俺を利用すると踏んでいたのに違った。これ俺を目立たせて、死神2人が動きやすくするための疑似餌じゃない?

嘘や演技が得意そうと言われたのでてっきりスパイの真似事でもするのかと思ったのに、完璧に騙されてしまった。

のせられるかと思っていたのに、そう思った時点で罠の中だった、食えないジジイである。

よく考えなくても不正証拠の奪取なんて素人の仕事じゃない、何かを探って怪しい俺に注意を向けさせ囮にすることが本当の目的のようだ、気付かなかった自分に嫌気がさす。さっさとラスボスにやられてしまえジジイ。

 

もう断りようがないし、報酬は欲しい、さっさと更木から出たい。仕方がないので騙されてやろうと思う。

そうしてヤクザ組織の拠点となっている建物の中に乗り出した。予想よりも頭悪くて簡単に中に入れたし、気配を消すのは得意中の得意である、探れと指示された場所周辺の引き出しの中とかは物色できたがこれといった情報は無かった。やはり本命は別のところにありそちらに本職の2人が乗り込んだと見ていいだろう。

 

ポーズは取ったが意味もないし、帰るかと思って扉を開けた瞬間、斬りかかられた。

死神お二人さんはどうやら敵をほぼこちらに差し向けたらしい。雑魚ばっかりだし、ジジイに騙されてむかついていたので、八つ当たりのようにばったばったと斬り倒した。廊下は血だらけ、窓には雨粒のように血が滴っている、なかなかの惨状である。

 

証拠を取ったであろう女の帰りにその様子を目撃され、目を丸くしているのが見えた。そうなんです、見た目爽やかお兄さんだけどめんどくさいと更木住民のお家芸、脳筋戦法が出ちゃうんです。

 

見たやつは全員殺すくらいの勢いでやっていたので冷や汗が止まらない、女とここで鉢合わせるとは思っていなかった。証拠を回収したら俺など見捨てて撤収すると思っていたのに、あとで土下座してでも口止めしないとやばい、瀞霊廷内では見た目通りの人間としてふるまいたい。むしゃくしゃしてバーサーカー化するなんてことは二度としないと心に誓った瞬間である。

 

「あの…ここで見たことはご内密にお願いできますか?ちょっと二重人格気味でしてむしゃくしゃするとこうなるんです」

惨状の現場から離れ、帰ろうと2人で歩きながら刀を振り血を落とす、置いてあった高そうなツボにあたり割ってしまった。動揺して動作も発言も適当になっている。

 

「あ、ああ…」

え、そんなドン引きするレベルだったのか。隠密機動ならこれくらい見慣れているだろうし、更木でこんなこと日常茶飯事である。もしかしたら新人さんだったのかもしれない、申し訳なさすぎる。これ俺の頼み了承してくれたのか微妙だな、返事が上の空だ。

中年の男とも遅れて合流し、その男に抱えられ、瞬歩でジジイのもとへ急ぐ。なんとなく気まずいこの雰囲気から脱出させてくれて感謝である。

 

ジジイのもとに帰って女が証拠を渡し、男は嘘の分かるその能力を使って引き出した情報を報告しているようだ。これにて一件落着かなと死神2人の緊張感らしきものが少し和らいだその時だ、殺気を感じた、ジジイを狙っている。

 

そういえば、相手は腐っても賢者候補、死神は利用してくるだろうと最初から分かっていただろうに一瞬の隙を狙って攻撃してきた。このままだとまずい、報酬がもらえないとかふざけるなと思ったが、ジジイに伸ばす手より迫る凶刃の方が先に届くだろう、俺が生き残るためにこのジジイは死なせるには惜しすぎる利用価値がある、どうにかしなければ。

 

──カッ

また白い光が見えた、見えたのは先ほど割ったツボあたりである。そう思ったら、ツボの残骸から2mほど離れた場所に俺とジジイは立っていた。

案の定、刀はまたあのクナイに変化している。おそらくこれで飛べる場所はこの刀で切った場所近くだ。有効範囲や斬ったものの中でどの場所に特定されるかなどはさっぱりである。

使いこなしてそれを知らなければなるまい。己を知り敵を知れば百戦危うからず、とあるが一番分からないのが自分の能力ってどういうことだ。

 

困惑しているジジイに訳を話す、おそらく自分の能力だと思うが場所を移動した、自分の意思で使うことはできていない、2人も何が起きたかさっぱりだろうし帰ろうという旨を伝えた。瞬歩は使えないし、あちらはすでに片付いているだろうから話しながら歩いて帰る。

 

「本当にご無事でなによりです。ところで、今回の件、きっちり仕事分は見返りを願ってもよろしいですか?」

恨みを込めて俺はそう言った。囮として利用しやがったな、死んでたらどうするんだ。こちとら命の恩人だぞ、もちろん大体の願いは聞いてくれるよなという脅しである。

 

「悪いね、利用したことは謝るよ。私が助かったのは君のおかげだ、心から感謝する。依頼の件だが、君は他の更木の住民よりもはるかに強いし、一応2人に気を配るようには伝えておいたんだがね。君の実力を見込んで、できると思った範囲の依頼だったんだ。それに元からきちんと見返りは渡すつもりだよ安心しなさい。」

ジジイは立ち止まって、こちらに頭を下げてきた。

「もう一度言う、ありがとう」

 

ここまでされてはこちらの溜飲も下がる、人の扱い方を熟知しているジジイだ。女が俺を追いかけてきたのはこのジジイの命があったからだったのか。そのおかげで、あの惨状を見られたので善意で余計なことしてくれたなという気持ちしかない。もう一度女に頼み込もう、今までで一番俺の力やら更木戦法やら、性格やらがばれている、口封じに殺してしまいたいレベルである。まあそんなことはこのジジイの手前できないのだけれど。

 

 

────

 

 

瀞霊廷内のジジイ宅にお邪魔する。立派な日本庭園のある広い屋敷だ。風呂なども入らせてもらい、白い胴着に紺色の袴、さらに見るからに高そうな黒の羽織をもらった。しばらくこれを普段着として生きていこうと思う。

 

ジジイの対立候補は無事失脚したらしい、相手も甘くはないので派閥の反対勢力を一網打尽にすることはかなわなかったがそれはおいおいという感じだと言っていた。もちろん詳細は聞かなかったし、教えてくれるとも思わない。

 

ジジイ自身死神ではないし、真央霊術院の入試は約半年後らしい。それまでいろいろと鍛えてもらうべく、俺の実力を見込んで、素晴らしい実力を持つ死神の屋敷に紹介状を書いてくれるということになった。

 

そこで期待に応えるかぎり、衣食住には困らないだろうし、ジジイも援助は惜しまないと明言した、言質はとったぞ。将来性のある有能な者を自身の家で養い、いざという時動いてもらう、古代中国からある食客みたいなものだ。

ジジイは貴族で、ジジイの紹介で俺が行くわけだからいい服をプレゼントしてくれたわけである。俺がみすぼらしい恰好をしていたり、失敗すればジジイの顔に泥を塗る形になるからな。

 

「というわけだ、四楓院家の屋敷まで彼の案内を頼む。今回は世話になったな。さすが夜一様の紹介だ、ありがとう、砕蜂。」

「こんなやつを夜一様の屋敷にですか…いえ、ご命令とあらば、案内いたします。では失礼します」

 

そいふぉん…だと?え?いろいろモロばれしてしまった相手が砕蜂?まずすぎない?逆になんで今まで気づかなかった。滅茶苦茶いやそうだが、俺を屋敷まで連れて行ってくれているこの女が原作キャラ、しかものちの隊長。口封じに殺すなんて考えていたが、その考えは霧散した、いろいろと弊害がありすぎる。

 

しかも向かうは夜一さんの屋敷である、褐色ナイスバディの夜一さんである。男として嬉しいが、実力隠して適当に落ちこぼれてモブに徹するのは無理そうだ。

否が応でも藍染関連の事件に巻き込まれる気がしてならない、藍染が生きてる限り俺の生存は脅かされるので手助けするのはいいし力を削るのは大賛成だが、全面的に敵対するのは勘弁願いたい、確実に死ぬ。

 

「あの、砕蜂さん。前にも申した通り、使いこなせていない斬魄刀のことだとか、更木出身ということはできるだけ黙ってていただけますか?勿論、仕えている方に報告するなとは言いませんので」

夜一さんに心酔している砕蜂のことだ、確実に主人には俺のことを言うだろう。夜一さんには話すのは仕方ないが、言うのはそれに限定して他に言うのは勘弁してくれと頼み込む。

 

「任務が無事完了できたのは、貴様のおかげでもある。夜一様には報告するが他には黙っていよう」

超不機嫌そうにそう言う、やはり俺のような得体の知れないやつを敬愛する主人のもとに連れていきたくない。

 

しかし、ジジイもいいとこの貴族っぽいしこの頼みを反故にすれば泥かぶるのは夜一さんだ、しかも俺は一応恩人である。主人の恥を自ら作るような真似はしたくないのだろう、素直に俺を連れていくしかない、心中お察しする。

 

 

 

 

 




砕蜂は見た目やしゃべり方、雰囲気とのギャップにドン引きしただけ。新人ちゃんかもとか思うから、砕蜂だと気づかなかった。
この子も下級と言えども貴族なのでそういう礼儀や作法は心得ている。

オリ主の原作知識は曖昧なので、相当奇抜な見た目や動作でない限りキャラを見ただけで一発でこいつだとは分からない。
砕蜂は原作よりはるかに小さいし、それほどまで現時点では強さを感じられなかったので特に分からなかった。

ちなみに、夜一さん宅は実際に何人かの実力者をお世話してたという公式設定があります。下駄帽子とかテッサイさんとか。


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6

現時点で四楓院夜一は隊長に就任したばかり、隠密機動の長官の方は前々からやってる。浦原喜助は二番隊に所属してちょいくらいの設定です。原作時点ほどはまだ強くない。




四楓院家に先に連絡は行っていたようだが、正式な紹介状を持って門をくぐり、召使的な人に居候予定の部屋へと案内される。砕蜂は門についたとたん瞬歩で消えた。砕蜂が終始警戒していたのと、俺自身の友好的な会話能力の著しい低下によって結局まともに話ができなかった、ずっと眉間にしわよってたぞあの子。

 

四大貴族の家だけあって、調度品はどれもこれも一級品ばかりであるし、1人の部屋としてはでかすぎる。俺はそこまで物を必要とするタイプではないのでだいぶガラッとした部屋になりそうだ。

早速ではあるが、ちょうど御当主がいらっしゃるということで、荷物を置いて鏡で身だしなみを整え挨拶しに向かう。

 

中年男も砕蜂に先立ち帰っていたので俺のことを報告していたはずだが、挨拶に向かうと近くに砕蜂が控えていた。俺のことを警戒して同席を願い出たのだろう。フシャーッと言って警戒する子猫が砕蜂の背後に見える気がする。

少し苦笑しながら、一礼し面を上げて挨拶をした。

 

「木無様から紹介に預かりました者でございます。この度、四楓院御当主「堅苦しいのはやめい、今日からここに住み共に己を高めあう同士となるのだぞ、夜一でよい」…では失礼して、本日からよろしくお願いいたします、夜一様」

どうでもいいことだが、ジジイの苗字は木無と言う。夜一さんはオフなのか黒い隠密機動の服ではなく、動きやすそうではあるが体のラインが目立つオレンジ色の服を着ていた、かわいい。目が合ったが全く譲る気はないと顔に書いてあったので大人しく下の名前で呼ぶ。

 

「お前の話は先に聞いておる、特に砕蜂から今しがた長々と聞いたわ。そんな敬語を使うような者でもなかろう、気楽に話せ」

「いえ、敬語は癖みたいなものですので。慣れたら徐々に外しますので、ご勘弁ください」

少し困ったような笑顔で話す、一体何を吹き込まれたのか、確実に良いことではないのだけは分かる。敬語を外すのは遠まわしに拒絶した。夜一さんはあきれたような顔をしている、だが浮竹さんリスペクト穏和爽やかキャラは崩す気はない。

 

「砕蜂、おぬし仕事が残っておるだろう、はよう済ませてこい」

「しかし、夜一様!この男と二人きりなど危険です!せめて他の方を」

「うるさいやつじゃのう、分かった分かった他の者も呼ぶ、安心せい」

「う…分かりました。行ってまいります。」

自分が居ても何にもならないことを理解しているのと、命令されてしまったので退出を余儀なくされた砕蜂は部屋から出る際こちらを睨み付けて出ていった。何とも嫌われたものである。

 

「ではついて来い、手合わせをするぞ。儂が家で預かるのであればそれなりに力を見せてもらわんとな」

「当然ですね、分かりました。」

鍛錬場に連れてこられ少し一人で待っとれと置いてかれた、キャラ維持のため正座で待つ。砕蜂との約束なのでとあと一人男を連れてきた。うん、このへらへらした感じ、下駄帽子である。現時点では下駄も帽子もないけどな。にこやかに挨拶を交わし、さっそく木刀を渡される。なぜか木刀を持っているのは夜一さんではなく浦原喜助である。

 

「そやつとやり合ってもらう、儂はここで見ておるので存分に戦え」

「はい、了解しました」

バーサーカー脳筋戦法は完全に封印するつもりでいる、忍びっぽい動きできちんと丁寧に一つ一つの攻撃を処理していくことにした、まあこちらの戦い方のほうが何となくしっくりも来る。

 

浦原と打ち合う、木刀のみの戦いであるし本物の戦闘ではないということで忍びっぽい動きで完封できた。現時点で木刀のみの戦いであれば、俺の方に少し分があるようだ。更木剣八と殺し合いをしていろいろな感覚がマヒしてしまった感もある。

 

しかし、まあ浦原も浦原で決定打を打たせてくれない、剣術のみでも強いわこいつ。しかし、浦原の最大の強みは「手段」だと原作で言っていた、木刀のみで対応となると俺には非常に有利だがやつには非常に不利であろう。このままでは長期戦になりそうだ、夜一さんもそれを察したようで、そこまでと止めに入った。

 

「いや~強いっスね、ボクも話は聞いてましたが想定以上でした。」

浦原はそう言ったが、こいつの脳内に想定以上という言葉がないことくらい知っている。可能性として低いと思っていた程度の強さだったと受け取っておこう。

 

「おぬし、その剣は我流か?砕蜂に聞いていたものとは全く様子が異なるようじゃが。まさか本当に二重人格でもあるまいて。」

そこまで言ったのか砕蜂、やめてくれ真に受けないでほしい。とりあえず本人はそう言ってました、くらいで伝えたのだと信じる。

 

「前者に関してはそうですね。特に剣を教えてもらえるような環境でもなかったので、我流と呼ぶほど立派なものではないとは思いますが。砕蜂さんの話は忘れていただきたい。真面目でいらっしゃるので俺のつまらない冗談を真に受けてしまったのでしょう、少々キレただけですよ。そんなに様子が変わるわけでもないです、たまたまそう目に映っただけでしょう。」

「ふむ、そうか…とりあえず今はそういうことにしといてやる。今回全く本気ではなかったな。実力があることは分かったが程度が知れぬ。喜助、次は実戦形式じゃ。何をしてもよい、殺す気でやれ。」

「了解っス、では本気で行きますよ。」

 

俺も自分の意思で始解すらできない斬魄刀を持つ、鬼道やら道具やら使ってくるのだろうがこれまで剣や斧、槍とかいう前近代的な武器以外を使って戦うやつら以外とやり合ったことがないのでかなり怖い。

 

──破道の三十三 蒼火墜

これが鬼道か、使い方が非常にうまい。刀で急所を狙ってきて、俺がそれを避け距離を取った瞬間青い炎で攻撃してきた。最初の急所狙いの剣撃がフェイクで鬼道が本命かと思えば、またさらに別の攻撃手段に転じてくる。

炎を目くらましに使い、始解状態の紅姫から遠距離斬撃が放たれる。

どれが本命の攻撃か分からない、斬撃に関しては浅打で相殺したが俺の攻撃は浅打による剣術のみであるので距離をつめないことには話にならない。相手もそれを分かっているので、距離を詰めた瞬間何かしら仕掛けてくる可能性が高い。

 

また別の破道を打ってきた、らちが明かないのでそれを避けずに剣で切り開き正面突破し一気に距離を詰める。ある程度捨て身で行かないと話にならないからだ。

正面突破し、距離さえ詰めてしまえば木刀時以上の速さで攻め続けるのみだ。浦原と刀で打ち合い、横に攻撃を流した瞬間、足からビームのようなものが出てきた、直撃したらまずいと体が動く、上体をそらしながらそのまま首を狙い刀を振るった。まずいだんだん更木戦法が出てきている。

 

避けられたが、先ほどのような攻撃する隙を与えないため猛攻する。右手で浦原の肩を狙うように見せつつ、途中で刀から手を放し左手に持ち替え横の斬撃にシフト、首を狙う。確実に脳筋更木戦法になっているな、戦い方を選んでいる余裕なんてないので仕方あるまい。

 

これには浦原も少し驚いた顔をしていたが、なにか術や道具を仕組んでいたのか左手で刀を止めそのまま俺の首を狙い刀で突いてきた。

突きはスピードが命、最も一撃で殺せる可能性が高いがあたらなければカウンターを食らいやすい。そのまましゃがみ、腹を斬ろうとしたときであった。

何かが来る、鬼道か道具か分からないがこの距離でまともに食らったら死ぬことだけは分かった。まずいと本能が叫ぶが、攻撃をどこから来るか感知することができない、まずい。

 

三度目ともなればこの感覚に少しなれる、カッと光って視点が変わり、その瞬間浦原の背後、上空4mあたりに移動した。地面には先ほど距離を取った時に刀で刺した後がある、そしてやはり刀はクナイに変わっていた。

 

 

「そこまでじゃ!」

夜一さんの怒号が走る、浦原も夜一さんも少し目を見開いて驚くような表情を見せ、のち真剣な顔になる。

 

「今のはあなたの斬魄刀の能力っスか。」

「制御できていませんが、おそらくそうだと思います。何分自分でもよく分かっていないものでして。」

「瞬歩ではない。移動速度は正直夜一サンより速かったっスねぇ…、今のはまさか空間移動?この距離で見ていましたが足や手が動いたように見えませんでしたし、ノーモーションだった。感じられた点といえば、霊圧が爆発的に上がったことくらいッスね。夜一サンは見ていてどうでした?」

 

「おぬしの言う通りじゃな…しかし斬魄刀で空間移動の能力か。…禁術じゃぞ。しかしそれ以外にも気になる点が多々あった。いくつか質問させてもらうぞ。」

「禁術なんですか…。はい、質問には答えます。今回のことで解説を入れていただけると嬉しいです。」

 

完璧忘れてた、ここでは空間移動は禁術だった。もし俺が本当に四代目火影のような力やスペックもちならば、時空間忍術は禁術オンパレードである。まずい、脳筋戦法出しちゃったし見られたことなんて目じゃないくらいまずい。この二人がいきなりそれを外にばらすことは無いと信じたい。

 

ところで霊圧はきちんと出てたのか、そこだけ少し安心した。

三回斬魄刀の能力が発動したが、その時共通してたのは『死にたくない生き残りたい』という気持ちだった。ジジイ助けた時はこれを逃すとやばい、生き残るために必要という感覚があったからだ。

何故かは分からないが勘でそう強く思った、もしかすると更木剣八がすぐ近くに迫っていたのかもしれない。

その気持ちが俺の霊圧を高め、斬魄刀を使用可能にしているのではないか?まあ何も確証はないので、外部で見ていた夜一さんと俺と戦った浦原喜助にご高説願おうと思う。

 

「はーー。頭の痛いことになったっスね。話が逸れますが長くなりそうですし、お先に何とお呼びすればいいか教えてくださいっス」

「それもそうじゃな、更木出身であれば氏はなかろう。出身地をそのまま名字にする者も多いようじゃがどうする?」

「いえ、それには及びません。更木出身ということは内密にお願いします。そうですね…波風、とお呼びください。」

 

飛雷神の術といえば、二代目か四代目火影だろう。本名を名乗る気には何となくなれないし、千手か波風かと言われたらインパクトの少ない後者かなと選ぶ。それに何といっても波風という苗字は爽やかそうだ、千手は…あれだ、爽やかではないな。

 

 




原作でテッサイさんが言ってたけど、四十六室から空間転移と時間停止は禁術指定!

・現時点での斬魄刀の能力バレ
現時点でははっきりとばれているのは夜一さん浦原除くとジジイのみ、だがジジイが自らこれを言うことはない。二番隊2人には、自分でもよく分からないが姿を隠す能力なのかもしれないと誤魔化した。斬魄刀の能力は自身の命に直結する力なので相手も無理に詮索はしない。



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7

「では、改めましてよろしくお願いします。お2人がお聞きになった通り更木出身で、斬魄刀と霊力があれば死神になれるという程度の知識しか持ち合わせておりません。浅薄な身ではありますが諸々教授していただきたいと思っております。」

頭を下げつつお願いする。本当に知識は足りていないので、懇切丁寧な説明が欲しい、まずこちらが誠意を見せるところである。

 

「お堅いやつじゃのう、もう少し気楽にせんか」

「教えを請う立場なので、一応ですね。客観的に戦う様子を見て如何でしたか?自分では何も分からないもので困り果てていたんですよ。」

 

「まずは剣術についてじゃ、誰かに師事し習ったのではないということが信じられない動きであったな。最初の動きは儂ら隠密機動の者どもの動きに近い。真正面から攻撃を受けることなく、避けるか流すかして、相手の隙を引き出しそこを突くという高度な技術であったよう見える。まだまだ甘さは残るがの。」

「ボクも最初はそう思ってましたが、最後の方はとてもじゃないけどそういう動きでは無かったっスねぇ。頭を使って戦うタイプだと思ってましたが、後半は意思というものを感じられない、ひたすら目の前の敵を殺すことだけを目的とする動きに見えた。無表情だし話しませんしまるで殺戮人形っス。どちらにせよ、強い。死神の候補生ですらないのに、規格外っスね。」

 

夜一さんの発言に浦原が付け足した。はい、おっしゃる通りです。殺戮人形とは言い得て妙だな。あの状態は、更木で培った毎日毎日戦い抜いた経験に基づいた動きをほぼ考えなしにやっている。

たまに本気でまずいときは直感というか、生存本能というか、何かが警告を発してくるのでそれに従い動いているだけだ。死を目の前に飛雷神を発動したときも同様である。

もう少し戦闘中に考えながら、忍びっぽい動きを出したいのだが、脳筋戦法と忍の動きの両者を結合し自身の剣として昇華させるのはいったいいつになるのやら。

 

斬魄刀については不確定要素が多すぎるので後回しにし、霊圧の話に入る。始解をするため、多少でもいいので霊圧を感知、使用できなければどうにもならない。

 

「さて、問題の霊圧についてだが、そもそもそれが何なのかすら分からないと言うておったな。」

「そうですね、何が何やらさっぱり。」

「うーん、そうっスねえ。普通感知できるものなんですが、それではこれでどうです?」

浦原が何かしたらしい、威圧感が増し何かしてくるかもしれないとの恐怖を感じたので距離を取る。

 

俺と浦原の様子を見て、何かを考えるようなポーズだった夜一さんの眉がぴくっと動いた。

 

「波風、おぬし更木でどういう生活をしておった。日々の生活の仔細を語れ。」

夜一さんにそう言われ、あばら家に住み、毎日刀を振るい、狩猟生活をメインに本当の肉食生活していたこと、集落や他の集落に行ってみては少なくとも2日に一回は更木の住民に襲われ返り討ちにしていたこと。そこで、安眠のために、気配を消すことや気配を察知することが必須だったのでそれらは剣術とともに特に鍛えられたこと等など話した。

 

「なるほどな、そのような生活をどれほどつづけておったのじゃ。」

「3…いや5年?数年間はそうやって過ごしていましたよ。毎日代わり映えなく荒くれた日々でした。生き残るため強くならざるを得なかった」

「何年そのような生活を送っていたことすら曖昧とはどういうことじゃ。まあよい。おぬしが霊圧を使えない理由が分かった。気配を消すことを意識するあまり、霊圧に蓋をし無意識に抑えておるのだ。儂や喜助のような者でないと霊圧を悟れないほどの隠蔽能力じゃな。霊圧を消す意味がなく、霊圧を纏わねば危険という状況でやっと高まるといったところか、喜助の霊圧を感じて、蓋をしたままではあるがおぬしの霊圧が高まった。」

 

「…突っ込みどころはたくさんありますが、ひとまず、気配を悟られないよう抑え込みすぎて、霊圧に蓋をしていたという理解でよろしいですね。そうであるならここでは気配を消す必要もないですし、蓋を開けることが最優先でしょうか。御助力願えますか?」

「安心せい、元よりそのつもりじゃ」

「ボクもそのつもりっスよ。何やら面白い能力を持っているみたいですしね。気になる点は他にもありますが、段階というものがありますし、まずはその蓋を取っ払っちゃいましょう☆」

禁術能力持ちなのに見捨てずコントロールに付き合ってくれることに感謝しかない。浦原に関しては禁術禁止事項破りまくってそうだし、俺の能力は研究者魂をくすぐるのだろう。

夜一さんは単純に懐の広さだな、きれいでナイスバディで懐も広く黒猫になれるとか神だな、拝んどこう。

 

 

今回の話でいろいろと解決するどころか、疑問点が一気に増えた。死にたくないあまり気配を殺し生きてきたので、霊圧に蓋をしていたということが分かったのはいい。更木剣八が襲ってきたのは強者の勘みたいなものかよく分からないが、もうあれは規格外なので考えないようにする。必ずしも霊圧が強い=戦闘力が高いというわけでもなさそうだしな。

 

しかし、ラスボス一派に実験体として拉致されたのは……

あの時は確か、更木から出ようと他の地区との境界線近くを歩いていた、遠出するので荷物の中に食料を持っていたし、自家製干し肉をかじっていたようにも思う。腹が減るのは力がある証拠、そもそも下っ端であれば霊圧の知覚なんてろくにできないだろう。

 

しかし、何か違和感を抱いて目を付けられた可能性も捨て切れない。対藍染関係に関して不安が残ったままというのは辛すぎる。この世界、ラスボスと主人公に設定盛りすぎだろう、ラスボスに関しては世界征服どころか改変や掌握を願っており超危険人物だ。多少の情報を握っていたところで出し抜ける未来が見えないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

次、更木生活の記憶についてである。もちろん鮮烈な記憶ははっきり残っている。しかしそれ以外のもの、代わり映えのない血みどろの日常だったとはいえ何年間過ごしたかすら曖昧なのは少しおかしい。記憶が不自然に飛んでいるとかでなく、単純に記憶が薄く忘れているという感じなのである。

逆に現代日本人として生きていたころの記憶ははっきりしている、前日の講義だとか友人の顔や名前だとか。その頃読んでいた漫画や本の内容も思い出せる。

 

記憶している部分が違うか、記憶方法が異なるのか。また分からないことが一つ増えた。何なんだもう、どうせ異世界にやってくるならはっきりと能力だとか状況だとか理解して来たかった。

 

 

───

 

 

あの後、修行は次の日からとひとまず解散し貸してもらっている自身の部屋へと戻って寝た。一気に情報が増え頭がパンクしそうだったので睡眠学習である、現実逃避とも言う

これまで余裕の無い生活しか送ってこれなかったので、朝起きて畳に転がってなんの緊張感もなく考え事にふけれるこの状況に涙がでそうだ。

背中が畳に張り付いてもう動きたくないと考えていたのだが、いきなり思いっきりふすまが開けられた。気が緩みに緩みまくっていたので、肩が大きくはねた。

 

「部屋の片付け終わりましたか?隣の部屋がボクの部屋なんでよろしくお願いしますっス。早速ですが部屋大きすぎません?場所空いてますよね?」

「は、はあ。そう思ってはいましたけど」

「それなら少し物置かせてください、この通りっス!もともとここはボクが勝手に物置にしてた部屋なんですよ、それを全部移動しちゃって部屋全く整理できなくなりまして。自分のせいっスけど」

浦原はパンっと手を合わせて頼み込んで来る。

「それくらいならお安い御用ですよ、明日から修行つけてもらう立場ですし」

「ありがとうございます、それならついて来てくださいっス。物を運びましょ」

 

これ断らないことを前提とした頼み事だな、結構な量の箱の量を見てちょっと引く。本当に大事なものは自身の部屋で保管してあるとは思うが、重要度や使用頻度が低いものを場所がないが捨てられず、ここに置いておきたいのだろう。

 

「よし、完了!片付けも終わりましたし、ボクと鍛錬場に行きましょう。」

そう言うや否や抱えられ、瞬歩で連れてこられた場所には見覚えがあった。双極の丘の地下巨大空間じゃねえかここ。

 

「ここ地下なんっスよ、驚きました?アナタの能力はそうそう人前で見せるようなもんじゃないのでね、人目につく危険のないところに連れてきました。」

「ここ地下なんですか?すごいですね。」

「反応薄いっスね、一応秘密の訓練場っていうワクワク感満載のとこなんスけど……まあいいっス、さっそく修行を開始しましょ」

 

反応薄くてすまんな、このままの時系列で原作まで行くのなら俺のせいで一護が浦原商店の地下巨大空間に連れて行かれたとき、浦原が代わりに大げさなリアクションをしていたのかもしれないな…

 

霊圧に関してはこれまでの苦労は何だったのだというくらいあっさり解決した。浦原が霊圧を出しこちらを威圧する、その霊圧を意図的に纏ったまま俺に斬りかかったり殴りかかったりとすることで、俺も引っ張られて霊圧を出すようになっていたらしい。

 

黒崎一護と更木剣八の戦いにあったように、死神は無意識に皮膚や刀にそれを纏わせ戦うのだと思う。一護は最初、更木剣八の皮膚に纏っていた霊圧が高すぎて傷つけられなかったが、より集中し霊圧をコントロールすることで斬れるようになったのだ。

俺の場合は、気配を出すよう意識し、周囲を威圧するような雰囲気を作ろうとすることで蓋が外れたようだ。霊圧というものを、相手のものも自分のものも知覚できるようになっていた。

 

「今日はこれでお終いっス。お疲れさまでした~」

「はい、付き合っていただいてありがとうございます。なんとなく霊圧の出し方が分かりました。」

「それが良かったっス。あ、普段は前してたように気配を消す感じで抑えといてくださいね、波風サンの霊圧はかなり高いですから。」

 

そのまま抱えられて屋敷へと帰る。さっさと瞬歩を覚えたい、男に抱えられての移動を繰り返すなどごめんである。

そのまま部屋に帰りまた畳へ突っ伏す。言われたように今までと同じく、気配を消したまま寝る、もはや習慣である。

 

 

───

 

 

浦原喜助は科学者であり、発明家であり、研究者だ。理解ができないもの、他と異なるもの、珍しいものに興味を惹かれるのは当然だろう。縁側で座り込み、柱に体重を預ける形でちょうど紅葉の葉が美しい庭を眺めていた。残念ながらその美しい光景には目を向けているだけで、頭の中は昨日から屋敷で共に居候の身となった珍妙な男のことでいっぱいだった。

 

男は、斬魄刀が空間移動とか言うとんでもない能力を持ち、始解もろくにできないのに非常時に刀が変化し能力を使えたと言う。

斬魄刀は日々を共に過ごすことで、持ち主自身の魂を元にそれぞれの形に成る。自我を持っており、それと対話することで、己の魂を知り能力を使えるようになる。

つまり、精神世界での対話・同調なしで始解をすることなどあり得ないのである。しかし、彼はその過程を飛ばし、始解らしき状態になった斬魄刀を使った。

 

剣術は更木出身ということであの強さは理解できる。ただ、あの物腰と頭の回転の速さ、言葉使いや礼儀などはどこで学んだのだろうと疑問に思っていたら、人間だった時の記憶があると言う。

ソウル・ソサエティは魂魄だけの者の世界だ、現世の死者の魂が更木に居たところで全くおかしいことはないのだが、現世の死者の魂にしてはあの霊圧の高さは珍しい。

 

その他にも気になる点はあった、霊圧の質である。本人には、霊圧が高いので抑えておけと伝えた、それも嘘ではないが隠さねばならない点は別にある。

あれは死神の霊圧というよりはむしろ───人間のそれに近い。

 

「やれやれ、夜一サンもとんでもないものを引き込みましたねぇ。興味は尽きないので少しずつ探っていきますか。」

 

思考の淵から帰ってきて立ち上がる。ずいぶんと考え込んでいたようだ、足先が冷えている。庭の赤い紅葉が舞う中で、一枚だけ緑のままの葉があった。クルクルと舞うその緑の葉はいつの間にか消えていた。見間違えだったのかもしれない

 





霊圧感知、多少使えるようになったイメージとしては、ハンターハンターの念みたいなもの。
オリ手は普段から絶をしていたから相手のも自分のも感じられなかった。まあそもそも霊圧は目覚める目覚めないではなく、あるか無いかなの違いますが、あくまでイメージとして。

原作の魂についての設定は曖昧なところもあるので独自解釈している部分もあります。
・死神と人間、虚と人間の魂は異なる
・斬魄刀は死神の魂があって初めて使えるもの。
・現世の人間は死んだらソウルソサエティに来る。
・人間の魂は虚に変化orソウルソサエティに来た時点(もしくはハンコ押されて魂葬された時点)で変質。
・人間と虚、人間と死神の魂の境界線ははっきりとしたものではない。一方、虚と死神は対極の存在、本来どちらの力も持つのはあり得ない。
・生粋のソウルソサエティ生まれの死神の方が力が強いが、ソウルソサエティにいる現世の死者の魂が死神の力を全く持たないというわけではない。死神になるための力の最低量が100、隊長格10000の差だとすれば1くらいは存在。
・生粋の人間の魂とは、現世で今生きている人間の魂。



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夜一さんは御当主で隊長で隠密機動長官なのでかなり多忙のようで、最初に挨拶した以来あまり会えていない。俺の修行を見てくれているのはもっぱら浦原と浦原に紹介され仲良くなったテッサイさんであった。

もちろん彼らも常日頃暇なわけではないので、俺は一人でいる時の方が多い。座学などは自分で勉強している、当たり前だが現世で培ってきた知識は全く役に立たなかった。

 

座学はとても苦労した、まず文字が非常に読みにくい。平安時代のくずし字レベルに読みにくい訳ではないが使ってある漢字が異なれば、現代とは異なる意味で使用されている単語もたまにある。しかし、待ち望んでいた文字とのふれ合いで舞い上がっていた俺は、全力で本という本を読んだ。知識は生きる上で身を護る武器になる、ペンは剣より強し、脳筋戦法が出てしまう今の俺がそれを言っても皮肉にもならないが。

 

そして、現代とは全く異なる常識や理論を一から勉強しなければならなかったのでそもそも意味が分からない部分が多々あった。興味があることにはとことん没頭するタイプの俺は霊子についての文献や空間移動の文献を浦原が置いていった荷物の中から引っ張りだし、熱中して読み込んだ。聞いたら文献なら勝手に見ていいと言われたし、借り物ではあるが俺の部屋を使わせてやっているんだ、有効活用するに越したことはない。

 

「浦原さん、ここの部分が分からないんですが」

「これ読んだんですか、逆にここ以外理解できたんスか?これは霊子が物質の構造を決定し形作る際…」

浦原にも聞き込み、いろいろと教えてもらったり議論をすることで意気投合した。

やれることは少ないが、いまや実験の助手みたいなこともしている。俺は没頭した一分野をちょっとかじったくらいだが、浦原はあらゆる分野に精通していた、発想力、分析力どれをとっても超一流であった。その頭脳には心の底から尊敬する。

こんな鬼才に長寿という金棒を与えたことで、原作のように凄すぎて最早どこが凄いか分からないという、とんでもない発明道具がポンポンと出てきたのだろう。

 

真央霊術院の入試は座学があるものの、基本的に霊力の有無で合否が決まる。座学や剣術などは入って身に着けるものだからだ。それにそうでなければ、流魂街の貧民層が門を叩けるわけがない。このまま文字の練習さえ続ければ座学は余裕で合格できるだろう、問題は霊圧である。

 

 

浦原から最初に霊圧の使い方を教えてもらってしばらくたったあと、俺の霊圧は生粋の死神のものと比べると、ずっと人間のものに近い、そう伝えられた。

原作の一護は一応人間であったし、それが混じっていてもおかしくはなかったのだろうが、一般的な死神と比べると不自然であるらしい。

そこで、俺の霊圧にも興味があるので、危険なことは「あまり」しないので実験体として協力してくれれば、霊圧を誤魔化す道具を作ってくれると浦原は言ってくれた。

恐ろしい気もするが、背に腹は代えられない。被験者としても協力することになった。

 

この世界において俺は異物なので、多少の差異が出るのは仕方がないのかもしれない、しかしそれで面倒ごとを(こうむ)るのは嫌だ。

霊圧に蓋をしている状態であれば、完璧に隠蔽できていたらしい、以前のように気配を隠せといったのはそれが原因だったと言われた。蓋を取り、俺が自分の意思で霊圧を使った瞬間違和感を覚えたらしいので、今のところそれを知っているのは修行に付き合っている浦原とテッサイさん、夜一さんだけだ。

 

 

 

───

 

 

 

霊圧をコントロールできるようになったはいいものの、斬魄刀はうんともすんとも反応してくれない。刃禅とやらも組んでみたのだが、心を落ち着け瞑想してみても何も起きなかった。

 

「あーーもう何だ!何がそんなに不満なんだ飛雷神!」

 

瞑想に飽きて、両手を万歳し立ち上がった状態で叫んでしまった。自分一人しかいないと思っていたのに前にテッサイさんが立っていた。危ない、更木だと死んでたぞ。…ではなくて。

 

「あ、テッサイさん…いや、これはですね、むしゃくしゃしてしまったと言いますか…」

明らかにキャラじゃない行動と発言であった。むしゃくしゃしてやりましたじゃ取り繕えていない。テッサイさんは優しく笑ってくれた、なんだこれすごく恥ずかしいぞ。

 

「波風殿が一人で修行をと聞きましてな、様子を見に来たところです」

「見ておられたなら理解いただけたと思いますが、ちょうど斬魄刀との対話に失敗して諦めてたところです。修業、見ていただけますか?」

「それはまた後程他のお二人に聞いた方がよろしいでしょうな。では、鬼道の練習に入りますか。」

 

先日、霊圧の蓋を開けコントロールは会得した。霊力の取り扱いは得意だったようで、すんなりとできている。テッサイさんは俺に教えたってなんの利益もないだろうにこうやって鬼道を教えてくれる。浦原とまともに仲良くしている人は少ないのに、よくつるんでいる俺に興味を持ったようだ。

未来の大鬼道長や隊長に教えてもらっているのに、学院に入る意味があるのかという感じである。能力や霊圧が特殊なせいでこのように色々と叩き込まれることになっているのであるが。

 

君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ!焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ──破道の三十一 赤火砲

 

声高らかに唱える、が……何も起きない。

 

「やはり、赤火砲は駄目でしたか」

「教えていただいているのにふがいないばかりです。」

詠唱破棄なんてオサレな真似はせずに、ちゃんと霊力をのせて術を発動したというのにできなかった。

 

「五十番代の闐嵐や縛道は得意でいらっしゃるのに、人には得手不得手がありますのでな。そう気を落としなさいますな」

「はい、でもこれでは霊術学院に入ったところで卒業できるか不安です」

「学院に入られるのですか?波風殿の実力であそこに入られても学ぶことは少ないと思いますぞ。護廷十三隊や鬼道衆、隠密機動は受かる人数は少ないながら試験を直接受ける制度があるのでそちらを受けられてはどうか。すでに斬魄刀をお持ちになっているのでは、学院に入ったところで余計目立つだけでしょう。」

「そんなものがあるのですか…そうですね、考慮してみます。」

 

学院に入らなければ何も始まらないと思っていたが違ったようだ。確かに死神になれと生まれてすぐから鍛えられるであろう四大貴族などがわざわざ学院に入っても学ぶものがあるとは思えないな、他に道はあったのか。大学受験に高校卒業が必須要件ではなく、高卒程度資格があればいいのと同じだろう。

 

入らなくていいなら入りたくない。俺の見た目は20前後程度である、中身年齢が上だとしても学校という緊密で閉鎖的なコミュニティに混ざっていく自信がない。浮く。

 

それに俺は鬼道が不得意だ、卒業できなかったら最悪である、夜一さんに大迷惑だ。

いや不得意というには語弊があるな。鬼道は番号が大きくなればなるほど発動が難しく、困難になっていくらしいのだが、俺はどんなに番号が小さかろうと発動できない、もしくは失敗する鬼道がある。

逆に、番号が大きくとも相性がよければ、少し練習すれば簡単に習得できた。

 

そう、炎や土が発生するような術は全て失敗するのである。

逆に風や雷を使うものは非常に得意であった。そして、縛道、ある種の簡易的な封印術みたいなものもとんとん拍子に習得していった。

テッサイさんも言ってくれたが、人には得手不得手がある。俺の場合は─大事なことなので2回言うが、たまたま、偶然にも、赤火砲や蒼火墜などができなかっただけだ。

 

……明日から、水風船を大量に準備しよう。霊力を圧縮し、中で回転させ水風船を割る練習も追加だ。きっとうまくいくだろう。

 

 

 

────

 

 

 

「そっちに置いてある義骸持ってきてくださいー」

「了解。本当に精巧にできているな、少し気味が悪いくらいです」

浦原とは気の置けない友人くらいの関係になった。あちらも遠慮なく俺を実験体にしたり、おちょくったりしてくる。痛い目にあいその不満が募って、文句をいう時に一度ほぼ敬語が消えうせてしまった。その後から諦めて敬語とため語のまじりあいみたいな口調になっている。むかつきすぎていつか完璧に敬語が飛んでいきそうである。

 

「あ、そこ置いといていいっスよ。仕方ないですよ、仮の肉体ですもん、違和感持ちたくないでしょ。」

「それはそうですけどね」

「んじゃ、さっそくそれに入ってくださいっス」

 

義骸に入ろうとする、しかし入れずはじかれる。何回目かの失敗だ。

 

「あーやっぱりそうなりましたか、義骸の感想を求めるべく実験体になってもらっているのに義骸に入れないだなんて思いませんでしたよ、かなり改良加えたし今回こそはうまくいくと思ったのになァ」

「そこは素直に申し訳ない、何か原因は分かりました?」

「それが分かってれば苦労はしないっスよ、霊圧が特殊なせいだからと思って合うように改良を加えたのに。」

「そうですか、まあ原因は俺の方にあるみたいだし、自分でも考えてみるよ。ちなみに義骸って霊子でできた仮の肉ですよね、現世に行くときとかに使う」

「そうっすよ、死神が霊力を極端に消耗したとき、それを回復するときにも使うっス」

「それなら虚や人間とかには使えないんですよね」

仮面の軍勢連中が入れるような義骸がすでにあるのか聞いてみた。無ければないで作る方向性に話を持っていけばいい、備えあれば憂いなしだ。

 

「虚は分かりません、今度試してみましょう。人間に関してですが、生きてる人間は使えませんよ。自分の肉体がありますし、それと鎖でつながれてますから他とはうまく馴染まないっス。現世の死者の霊は、義骸に入れたら大問題ですね、記憶置換装置大活躍っス。まあ人間用も作ろうと思えばその個体専用で拒絶反応が無いよう作れるとは思いますが意味がない」

さすが浦原、分からないことがあるなら実験して解明しようの科学者精神がこびりついてる。

 

「そこまで言い切るなんてさすがですね」

「まああり得ないっすけど、波風サン元現世の人間だったんでしょ?肉体が生きてたりして。……冗談ですよ、きちんと入れる物を完成させます、これは研究者としての意地っッス。なので安心してください、なんではじかれるんだか……ちょっと波風サン、聞いてます?」

 

 

────は?肉体が生きている?

 

どうせ不可能だ、今まで考えないようにしてきた、考えても辛いだけだから。

俺は………帰れるのか?

 

 

 




真央霊術院は鬼道衆や隠密機動にも輩出している程度の設定でしたので、他に入る道はあるかと。護廷に関しては更木剣八の例がかなり特殊ながらありますし、学院卒業は必須ではないのかなと予想。

次はやっと斬魄刀の出番だよ!お待たせしました。


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9

やっとこさ本番開始だ!
異能力バトルの始まりだ!




浦原の一言を受けて、ずっと深く考えないようにしてきた最初にここへ来た時のことについて考えなおす。

虚に襲われはしたが、死んだとは今まで一度も考えることができなかった。しかしここにいることは死んだということなのだろうと状況的に理性が判断した、実感がわかず、受け入れることなるのも怖くて、自身のことなのに直視して来なかった、その時の記憶から逃げ続けていたのだ。そう、あの夜のことをもう一度考え直さなければいけない。

 

もし浦原の言うことが可能性としてあり得るのなら、俺は本来自分の在るべき場所に帰れるのかもしれない。こちらに来るさい何があった、帰る手段は存在するのか?

疑問は尽きないが、とにかく浦原を師事しより精力的に学ぶとしよう、彼は現世と尸魂界、虚圏といった違う世界を繋ぐ門を作った天才だ。何かつかめるかもしれない。

 

布団の中でつらつらと考え事をしていた俺だが、いつの間にか意識を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、現代で住んでいたマンションの前に立っていた。裏には小さな山があってそこに神社があり、大型ショッピングモールも近い、通っていた大学まで徒歩10分というなかなかいい立地の場所だ。周囲は住宅地で、民家の明かりはついているのに、人の気配が全くしない。

 

周囲をぼーっと見渡していたら、誰かが歩いてくる音がして振り返る。

 

「こんばんは」

「こんばんは」

「今日は珍しく空が見えるね、ちょうどいい。少し歩こう。」

 

男はそう言って歩き出した。俺もそれについていく、普段じゃあり得ない行動だがこんなところだ、仕方がない。

 

「ここは夢の中?」

「ん、そうだね。そうとも言うし、違うとも言える。」

「俺あなたに会ったら言いたいこと、聞きたいことたくさん、たくさんあったんだけど聞いていい?」

少し語気を強めてそう言った、そう、今まで出てきてくれなかったことに一番不満はある。

 

「あはは、ごめん。でも君が悪いんだよ、自分と向き合おうとしなかったから。」

「どういうことだ?」

「識っているだろう?斬魄刀は君の魂を元に作られる、本体は君の心の中に居るんだ。自分の魂と向き合おうとすらしない者に俺の声は届かない。」

「じゃあなんで3回は発動できたんだ?」

「君の生き残りたい、死にたくないっていう気持ちは君の心の一番根源的なものだからかな、力を貸せた。他にも理由はあるけど、それはまたおいおい。」

 

「全部を教えてくれる気はないか、あの紙は?名前が書いてあったが。」

「君が分からないことを全て俺が知っていると思わないでくれよ。そうだ、自己紹介がまだだったね、俺の名前は飛雷神、使いたいときは…そうだね、光来し飛べ閃光となって「却下」…何か不満かな。」

やはりあのクソださいネーミングセンスをお持ちのようだ。そんなに長い言葉を吐かないと使えないとかスピード命の能力なのにおかしいだろ。そもそも言うのも嫌だ、そんなデメリット抱えたくない。

「あと四代目って呼んじゃだめ?」

「ん!それはダメ。」

 

 

 

 

 

「着いたよ、ちゃんと向き合うんだ」

友人宅の近く、こんなことになっている全ての始まりの場所へとやってきた。相変わらず電灯は点滅している。

 

俺はあの時、虚に襲われた、電信柱の電灯が白く光ったと同時に虚を目視したところまで覚えている。自身の体が驚き硬直して何もできなかったこともだ。しかし実際喰われただとか、痛みの記憶は無い。認識する間もなく喰われた可能性もあるが、どうなのだろう、分からない。その後は、謎の紙の切れ端を持って死者の霊が並ぶあの列にいつの間にか居た。

ああ、やはり自分が死んだとは思えない。信じたくない、生きていたい。

 

「禅や、瞑想って深く深く考える、つまり自己の中に答えを探す方法なんだ、刃禅もそう。自己内省して自分の魂と向き合うことで、強さを得ようとする死神の修行法だね。答えは全て君の中にあるんだ、自分で探さないと。」

「…そうだな、まずは自分としっかり向き合わないと。生きるために敵や自分の力ばかりを考えてきたけど、それはやめるとするよ。」

そう言ってまた歩きだした。次は俺が先に行き、男がそれに付いてくる。帰巣本能というかなんというか、自宅のマンションへと足が自然と向かった。

 

「俺の肉体って、本当に生きているのか?俺はどうしてここにいる?」

ぽつりと、一番気になっていることを聞く。

 

「本来君が居た世界に存在しないはずの虚との接触により、君は肉体から離れ魂のみ飛ばされて来た。そう考えるとうまくいくんじゃないか?人間の霊圧、ギガイに弾かれること、他にも何かあったかな?助言はできるけど自分で答えを探さないとね、さっきも言ったろ。俺は君の魂を元に生まれた、君の一部にすぎない刀だよ。」

答えらしき答えは得られなかったが、考えを整理するのにはありがたい。ここには足しげく通わせてもらおうと思った。

 

 

「本当に俺の住んでいた町のままだな、なぜか夜だけど。」

少し遠回りをして、周囲を見渡し歩きながらそう言った。

「君の心象風景だからね。最後にこびりついている記憶が反映されているんだろう。ちょうど寝るまでそれを考えていたようだし。」

「何で満月なんだ?あの日はいつもより暗かった、皆既月食だったからよく覚えてるんだが、反映されないのか?」

「ここの風景は君の感情で変わったりもするんだ。特に空は移ろいやすい、悲しめば雨が降り、喜べば晴れる、焦れば曇るし、怒れば雷が落ちる。」

「へー、それにしても凄い満月だな。」

大きすぎて気味が悪いくらいの満月だ、少し赤みがかっている。月に向かって吠えたくなるのは狼男と相場が決まっているが、そうでなくても何か起きそうで背中がざわざわし、気持ちが掻き立てられる。

 

「そうだ、これだけは言っておかないと。人は新しい情報を理解しようとするとき、すでに識る確かだと思っているもの──例えば常識や確立した理論、物理原則などかな、それとの共通点を手掛かりに理解しようとする。それは、時には誤解や誤った真実に繋がる……気を付けてね。君という異物がここに居る時点でこの世界は原作とやらとは違う道をたどり始めている。」

「そう言えば、最近大学で借りた本にそんなこと書いてあったな、認知心理学の本。忠告感謝する、要は、先入観に騙されて足元をすくわれることがないようにってことだろう?」

「…………今日はもう帰った方がいい、夢から醒めることができなくなるよ。」

「何言ってるんだ、まだまだ聞きたいことは沢山あるぞ。……ここに寄ってもいいか?」

 

家の近くにあるそこそこ大きい稲荷神社の前についた、小さな山の上にあり本殿まで階段が続く、座り込んで話をするにはちょうどいい場所だろう。何もかもを打ち明けていい話相手なんて他にいないのだ、もう少し付き合ってもらおう。

 

その神社は階段の入口に一つ目の鳥居、本殿の目の前に二つ目の大きくゴツい鳥居がある。着くまで鳥居が重複するタイプのありふれた神社だ。雰囲気があり、個人的に気に入っている、思い入れも深いので精神世界でもちゃんと再現されているような気がした。しかし今日は、嫌に大きい満月のおかげか普段よりうす気味悪く感じた。

 

──其処はまだ駄目だよ。

 

少し前を歩いていた俺は振り返り理由を問おうとする、男の顔は見えないままいつのまにか現実へと引き戻されていた。

 

 

 

 

───

 

 

 

 

外から鳥の声が聞こえてくる。朝が来た、やはり夢の中だったようだ、そこで会った金髪の爽やかな男は、俺が紙面上で見た人より少し意地が悪いような気がした。俺の影響を受けてそうなったとかであれば辛い。

答えをはぐらかされたようなものが所々あった、例えば空の話だ。雨が降り、雲が空を覆っても、その上で輝く満月はそのままなのだろう。そう取れる意味合いに聞こえた。

 

布団から這い出し、色々と準備をした。飛雷神が使えない時も、使えるようになったらと考え、用意していたものや作戦がある。準備万端の状態で、部屋にこもって実験をしているであろう浦原を呼びに行った。

 

「浦原!少し付きあってください、今なら始解ができる」

「やっとできたんスね、それじゃ修行場に向かうとしましょ。」

 

いつもの修行場にやってきた、浦原と向き合い刀を抜く。いつもと見る風景は同じなのに、何となく違う風景に見える。安心感が違う、今なら少し余裕を持って戦える気がする。

 

「それじゃあ始めましょう、今回は本気で行かせていただきます。」

───啼け、紅姫。

 

「早速か、じゃあこちらも行かせてもらいます」

─────一閃しろ、飛雷神。

 

持っていた浅打は、三又に分かれたクナイの形になった。本来のものよりも少し大きい。

試してもいないので、有効範囲や飛ぶ条件も分からない、ただ切った場所周辺へ飛べることだけは分かっていた。

まず浦原に傷をつけるべく、正面から斬りかかる。

─縛道の九 崩輪

斬りかかりながら一瞬でもいいので動きを止め、服の一部だけでもいいので、斬ることを目的に手足を縛る縛道を放つ、失敗した。避けられ、逆に斬りかかられる、クナイでそれを受け止めると浦原は距離を取り、斬撃を放ってきた。

 

「剃刀紅姫」

 

俺の斬魄刀で少しでも斬られるとまずいことが分かっているのか、浦原には距離を取られた。このまま中遠距離でやるのだろう、しかし期待は裏切られすぐに縛道が放たれる。

少しの間動けなくなるが、まだ距離がある。そう考えていたのだが、すでに距離は詰められていた、斬撃を放ったと同時に動き出していたようだ。何とか抜け出し、迫る刃をクナイで受け止める。

 

「嫌に好戦的だな、一気に片を付けるつもりですか」

「波風サンは、その斬魄刀の能力を斬った場所へと移動する力だと言っていた。仮にそうだとすれば、長期戦はまずい、ここをアナタのフィールドへされる前に叩くのが吉っス。」

 

その通りだ、周囲の木や地面、岩など斬ってマーキングし、移動できる場所を増やしてしまえばいい。増えれば増えるほど、敵の安全圏は無くなっていく。

 

「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ──縛道の六十一 六杖光牢」

 

六十番代の縛道はまずい、かかれば俺では抜け出せない。浦原は俺より霊圧が高く、術はうまい、つまり抜け出しにくいのだ。

 

「飛雷神の術!」

最初に地面にマーキングしておいた場所に飛ぶ。飛雷神で霊力を込めて斬ると、その場所にあのマーキングの文字が浮かぶ、本来の使い方だとそうなるらしい。浦原にしゃがんで下から上に斬りかかる際、地面にそれを付けておいた。

 

「なるほど、斬った場所にはそうやって黒い文字が浮かび上がるんスね。」

嫌な奴だ。見えないように土で隠していたつもりだったのに、すぐに気づかれた。

飛んだ場所はマーキングした場所から約1m程度の場所、だいたい思い描いていた通りの場所だ。

 

「さて、いつも実験されているんだ、今度は俺が実験させてもらうぞ。」

 

ダメージを与えることを目的とするのではない、一般的な物より少し小さめのクナイ、投擲し刺さるということに特化したものを20本ほど用意した。その端に紙を紐で括り付けてある。紙にはマーキングの文字が書かれていた。

 

それを一気2本、浦原の方へ連続で投げる。浦原は斬撃を放ち、それを打ち落とす。その間を縫って俺は浦原の真横から小型クナイを投擲する。さすがに間に合わなかったのか、威力の低い鬼道を咄嗟に放ち付いている紙だけを燃やしていた。

勢いを殺しきれず、迫る小型クナイは紅姫ではじこうとしているのが見えた。

 

「飛雷神弐ノ段、なんちゃって」

 

浦原の下、クナイが飛んだ2m上方へと移動した瞬間首筋に刀を向ける。いつでも切り落とせる体勢だ。

浦原のすぐ横に移動する気だったのに、うまくいかないものだ、要練習だな。

 

「文字のあった紙は燃やしたはずですが、どうやって移動したんスか。」

「あれはただの文字です、俺が墨で書いたな。本命は取っ手に直接マーキングしてあって、その上に布を巻き見えなくしています。俺の勝ちですね。」

久々の勝利な気がする、何でもありにしてしまうといつも負ける。剣術一本だと負けないが、こいつの怖さは他にある。

 

 

「…油断大敵っスよ。アナタの能力の脅威は距離の利を一瞬で無くされること。近距離で殺しにかかってくるのが分かっていて、なんの対策もしていないと思っていたなら甘い。それにアナタは首をよく狙うでしょ、更木での癖か何かですか?最も警戒していて当然です。」

 

そのまま斬ろうとしたら、赤く薄い盾のようなものにはじかれた。

「なにっ…」

まずい、足が動かない。下を見るといつのまにか術が仕掛けられていた。

 

「褥返し」

技をかけられる前に飛ぼうとする、しかし発動よりも浦原の一手が早かった。

 

「ボクの勝ちですね、波風サン。」

「…ハイ。」

 

寝転がされ、首筋に刀を突きつけられる。最後に飛ぼうと思った場所が見えなかった。俺は飛雷神で飛ぶ直前にその飛びたい場所が一瞬見える。まあ、誤差が2mほどが出たりと思った通りの場所にはまだ行けないみたいなので修行あるのみだ。

それに俺は首を狙う癖があるのか、我ながら恐ろしい癖だな、それもこれも最初に更木に連れてこられたせいだ。

 

「最後に移動しようと思ったのにできなかった。何か理由、思いつきますか?」

「そりゃ、空間移動なんて高度な術を使うんです、かなり緻密な霊圧のコントロールが必要でしょ。霊圧が乱れたらお終いっす。」

焦りは禁物ということだな。以前死にかけて発動できたときは、もしやアレか、火事場の馬鹿力ってやつか。それとも走馬燈のように、死を目の前に思考速度が飛躍的に加速しできたのか?涅マユリが言っていた、達人どうしの斬り合いなどで起こる時間の感覚の延長というあれだ。

どちらにせよ、奇跡のようなものだったのだろう、焦ってコントロールを失わないように地道に特訓するしかない。

飛雷神もあの時発動できたのは、他に理由がある的なことを言っていたし、それを教えてはくれなかった。意地が悪いな、俺の斬魄刀。

 

 

 

 

今日は2人とも疲労困憊だ、双極の丘の下に浦原が作った温泉に入る。あー夜一さん入ってきてくれないかな。

そんな贅沢なことを考えながら、浦原と話をする。霊圧を誤魔化す道具はできたらしい。腕につけるそれを貰い、左上腕につける。是非そのまま頑張って霊圧完全遮断コートを作ってくれ、1枚貰いたい。

 

「そういえばこの前言っていた、生身の人間が入れる義骸を作っても無駄ってどういうことなんですか?」

俺の肉体が生きているとすると、生身の人間と同列扱いになるかもしれない。生身の人間でも入れる義骸を作れるには作れると言った、含みのあった発言であったのでもう一度聞いてみた。

 

「肉体を持つ魂は、その肉体と因果の鎖でつながれてるでしょ。ソレが切れると徐々に鎖が無くなって、胸に孔が空き虚になっていくっス。死者の霊もそうっスね、死神が魂葬せず放置しすぎると虚になってしまう。義骸に入れたとしてもそれじゃあ意味がない、だから魂葬されて尸魂界にいる人々に義骸が使えても、現世の人間の魂魄には意味ないんスよ。」

「なるほどな」

 

肉体がもし生きているのならば、俺の因果の鎖はどこに消えた?俺の魂と肉体とのつながりは今もあるのか、それとも魂が死神化したから鎖が切れたのか。

謎だ、分からないことが増えていくが、やはり一番気になるのは俺の肉体がどうなっているかだ、そればかりは確かめようがないのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんで師匠あんなにオサレな解号思いつくん?神か何か?
オリ主には、木の葉の黄色い閃光からもじったものを言ってもらいました。


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10

飛雷神を使っていろいろと検証したところ、斬った場所に飛ぶ能力というよりも正確に言えば、斬った場所と斬魄刀本体、もしくは斬った場所と斬った場所を繋ぐ能力であった。

応用できる技として、口寄せの術のように本体がある方へ何かを呼ぶ、取り寄せる事も可能である。つまり四代目が使っていた飛雷神の術と口寄せの術のどちらも斬魄刀の能力で可能ということだ。

 

本体と斬った場所を繋ぐことはそう難しくはないのだが、本体から遠く離れてしまった斬った場所と、場所を繋ぐことは非常に難しかった。

霊圧のコントロールが困難で場所がずれたり、飛ばす対象の範囲を誤ったりそもそも発動できなかったりと結果はさんざんだったので、実戦で使えるものではないだろう。

 

あとは近距離で確実なダメージをたたき込める方法を完成させるだけで、俺の戦闘スタイルはかなり洗練されたものとなるはずだ。そうすれば脳筋を封印できるかもしれない。

掌に霊圧を集中させ、それを乱回転させ水風船を割れるようになったので、ゴムボールで特訓する。そう、螺旋丸の練習である。

飛雷神と螺旋丸の組み合わせは実のところかなり良い。一瞬で敵の近くへ移動し圧倒的な攻撃力を至近距離からたたき込むという無慈悲な技だ。

 

「修業は進んでおるかの」

「!夜一さん、お久しぶりです。」

「斬魄刀を使えるようになったと喜助から聞いたぞ。どれ」

 

瞬間、夜一さんの体がぶれて見えた。構えようとしたが間に合わず、夜一さんの足がもろに腹に入り地面に顔から滑り込む。

 

「やはりのお。今のままでは宝の持ち腐れじゃ。目も体も速さに追いついておらん。この程度の不意打ちに対応できんとは」

「ごほっ……そうですね、まずは速さに慣れないと」

 

でもいきなり蹴るのは酷くないですか。その言葉を飲み込んで、咳込みながら返事をする。言っていることは至極まともなので文句の言いようもない。

 

それからというもの夜一さんとの特訓する頻度が多くなった、俺が満身創痍でぼろ雑巾のようになって部屋に倒れこむのもそれに比例した。

スパルタ教育のおかげか忍っぽい戦い方は割と形になってきたようである。感謝の気持ちでいっぱいではあるのが、強いて言えばもう少しいい思い出が欲しかった。

殴られ蹴られ、温泉に入るのは俺だけ。服を脱ぐ音が聞こえてきたので、夜一さんが入ってくるのかと期待して待っていたら入ってきたのはテッサイさんだった時は正直、髭全部抜いてやろうかと思った。

 

夜一さんにあれだけ虐められていたのにほぼラッキースケベ事件がなかったことについて俺はキレていいと思う、少年誌の主人公ばかりずるくないか。太ももが顔に当たるっていうことはあったが足で首を絞められ、柔らかさを感じる前にすぐに意識を失ったのでノーカンで。

 

 

 

────

 

 

 

髭に使えない鬼道は才能が無いので諦めろと遠まわしに言われ、下駄帽子に螺旋丸に興味を持たれたりあーだこーだと議論を交わし論破され、夜一さんにぶっ飛ばされ続ける辛い毎日を過ごしたおかげか、以前より精神的にも肉体的にも強くなれた。

 

結局俺は自分が浮くであろうことが確定している霊術院には入らず、直で隠密機動、というより二番隊に入ることになった。俺の能力は使用がバレてしまうと一発で裁判行きなので能力使用をそこまで重要視されないであろうし、他の隊より馴れ合いが少ない隠密機動はとてもありがたい。下っ端なので事務作業や尸魂界の見回りの仕事がメインで、更木に居たころなんかより充実した毎日が送れていた。

 

ある日のことだ、任務として3人という少人数部隊で尸魂界の端を哨戒している時であった。特に虚が出現しやすいという地域でもないのに虚が出たらしく、2人は虚討伐に向かい、あと1人が報告へと向かうこととなった。

俺は初の虚戦ということで現場に残るように言われ、虚の霊圧がする方へと向かった。小部隊の隊長が虚と戦っている間、援護するように言われていたが何もできず呆然と突っ立ってその様子を見てしまった。

 

 

 

尸魂界に来て初対面である虚、あの日の光景がフラッシュバックする。遠くに見える友人宅、うす暗い道、点滅する電灯、仮面の化け物、白い光、千切れた鎖。ふざけるな、死にたくない、こんな化け物に殺されてたまるか。

 

血だ、小隊長の肩が噛みつかれ血が舞った。叫び声が上がる、この光景に見覚えがあるような気がする。

 

 

仮面の化け物と血、その赤を流したのは俺だった。即死の傷ではない、爪を振り下ろされ腕をかすった程度のものだ。第三者視点で見ているみたいだ、倒れ行く自分と目が合う。その目は決して死にゆく虚ろなものではない、誰よりも生きようとしている人間の目であった。俺は俺自身に手を伸ばすが届かない、白い光に呑まれる中、最後まで見えたその目は生き残りたいということを強く、強く訴えかけているように感じた。

 

そうだな、俺は生き残らなくては。そして元に返るよ。

一瞬のフラッシュバックが妄想なのか記憶なのか判断がつかないが、虚との対面が俺のトラウマスイッチだったらしい。以降こんなことが無いようにしなくてはなるまい、戦闘中に棒立ちとか死を自ら誘き寄せているようなものだ。

小隊長はもう虫の息なので助けなくてはならない、虚にふっ飛ばされ意識を失っている。俺が霊圧を出し威嚇すると小隊長に止めを刺そうとした虚がこちらを振り返り、向かって来る。

無表情でクナイを投げるが、思ったよりも固かったらしい、虚の外殻にはじかれる。しかしそんなこと俺には関係ない、真上に飛んで螺旋丸を上からたたき込む、地面までえぐれ半円状の跡がついた。最後にすでにぼろぼろで虫のようにピクピクと動いていただけの虚の喉元を飛雷神で掻き斬る。

 

派手にやりすぎてしまったかもしれない、螺旋丸の痕跡が残りまくりだ。ともかくも死にかけの小隊長の治療をしなければならない、俺が呆然としていたせいで申し訳ないなと思うも、弱すぎではと考えてしまう気持ちもある。多少の心得はある回道で応急処置だけ終わらせ地面へと座り込む。

報告に行ったもう一人が呼んだ応援が近づいてくる気配がする、もう大丈夫だろう。

 

「あーー虚に対してものすごい嫌悪感が湧くから虚退治したくありませんとか言えないだろうか、無理だよな。」

事実、恐怖、嫌悪感、憎しみ、反発、ごちゃ混ぜにした感情があれには湧く。虚自体は瞬殺したが精神的に非常に疲れた。速く小隊長と俺を回収してくれ。

 

 

────

 

 

あの光景を見たことで「生き残る」という目標を再度確認できた。そこでそれを第一に置いた今後の方針を見直すことにした。死なないように強くなり、原作主人公が活躍するまでとにかく鍛え生き残り、そしてその実力を持って藍染を倒す。

 

───??

待てよ、俺が手を出さなくとも黒崎一護が藍染を倒してくれるというのは誰よりも一番俺が分かっていることではないか。ここまで強くなれたのだ、尸魂界でただ生き残る分には十分だろう。俺はなぜ強くなって藍染を倒すことに固執してしまっているんだ。

原作が始まる前に元の身体に帰る方法が見つかるかもしれない、別に藍染を倒すことなくさっさと帰ってしまえばいいのだ。

 

──いや、それでは駄目だ。元に返れない。

最後に見た俺自身のあの目が思い浮かび、頭の中に声が響く。俺は藍染に盗られた。そうだ、崩玉の材料としてあいつは死神もしくは死神と成りうる存在の魂を材料として使っていたはずだ。俺自身の魂の一部をやつに奪われた。

 

この時天女の羽衣伝説のことがふと思い浮かんだ。古今東西、別の世界に迷い込んでしまった者が帰るためには何かしらの道具が必要であったり、条件があったりする。それはただのおとぎ話だが、俺にとっての羽衣とは何なのだろうか。

ヨモツヘグイだった場合は悲惨だが、現世の高校生たちが尸魂界に侵入し食べ飲みしても帰れていたしそれはない……と信じたい。死者の国から帰るためにはその国で食べも飲みもしてはならないという話だ。その場合本当にどうしようもなくなる。

この手の話に共通するものとして、服しかり身体しかり、元の世界に帰るためには別の世界に来たときと同じ完全な形でいなければならない、ということが一つ挙げられるだろう。

 

つまりだ、何が言いたいのかというと俺の魂は完全な状態でなければならないという条件が日本に帰るために必要だったりしないだろうか。そもそも欠けてしまった魂では身体の方が拒否反応出しそうだ。

 

そうだとすれば藍染を倒すだけでなく、崩玉を壊す、もしくは俺の魂だけをそれから取り出すということが必要になってくる。このためには原作通りの流れでは足りず、俺が積極的に動き藍染から崩玉の情報を奪わないといけなくなる。

 

うん、頭の中の声───直感みたいなものがその通りだと言っている気がする。本当に命の危険に陥った時、生きたいと願いシグナルを出してくれていたのは、俺の置いてきてしまった身体だったのかもしれない。言い換えれば肉体に生来備えられている生存本能みたいなものだろう。

そうだとすれば俺は自身の身体と何らかの形で繋がっておりむこうに帰れる可能性に希望が見えてくる、気がする。

まあそもそも身体と魂とやらは完全に分離独立できるものなのかという哲学的な問がここには存在するのだが、それは考えないことにする。

 

過程に過程を重ねた話ではあるが、そのために藍染と真っ向から敵対しなくてはならないということについては今だけは現実逃避させてほしい。

遠くで夜一さんと砕蜂がはしゃいでいるのを屋根の上から見ながらそう考えた。あの空間だけめちゃくちゃいい匂いがしそうだな。あ、砕蜂が撫でられて照れてる。和む。

 

 



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11

「小隊長!お目覚めですか?安心しました、お身体の調子はどうですか?」

「?俺は確か………っ!波風!あの虚はどうした?お前も無事だったのか!!」

「はい。まずは報告します。小隊長はあの虚と戦っている最中意識を失った事までは覚えていらっしゃいますか?その後に、あの虚は私へと標的を変え襲って来ましたが、小隊長と戦って既にぼろぼろでした。そのおかげで、自分だけで偶然にも虚を倒せた。以上が事の顛末です。」

「俺はアイツにそんなダメージを入れることが出来てたか?そんな記憶は無いんだが……」

「意識を失われる寸前に斬りつけたのがいい場所に入ったんではないでしょうか?それと本来は先に言わなければならないことでしたが、申し訳ありません。初めて見る虚に動揺してしまい、必要な援護をできませんでした。」

そう言って目の前の青年は頭を下げて来た。その様子には後悔の念が見え隠れする。

 

「いや、初めてならば仕方の無いことだ。お前はいつも冷静だし優秀だったから、ただの新入隊員ってことを失念してた。だから、この怪我は俺のせいだ、気にするんじゃねえ!虚も強かったしな、ただ次からはしっかりな!」

上げた顔は眉を寄せて苦笑していた、いつもの温和な雰囲気が戻ったようで安心した。

 

訓練の時の動きはいつも冷静沈着、動きも判断も早く体の使い方がうまい。あの四大貴族であり隊長でもある四楓院夜一様に推薦されたとの噂もあったので相当に強いのではないかと思っていた。

事務作業にも文句を言わず淡々と取り組み、きちんと整理された状況で報告書が上がってくる。まさに理想の部下であった。

そんな彼がいざ実戦になるとあそこまでカチカチになって動けないとは思っていなかった。他の新人と同じくかわいいところもあるじゃないかと、ある意味色眼鏡が取れた。

 

───それにしても、あの虚が地に倒れた時の衝撃か何かで一瞬意識を取り戻した後見えたあの光景は何だったのだろう。

えぐれた地面の上に虫の息の虚が倒れていた。その上から無慈悲にその喉笛を搔き斬る波風がまるで別人に見えたのだ。無表情で虫を踏み潰すかのように虚を殺すその雰囲気にはいつもの好青年然とした物が微塵も感じられなかった。あの冷たい霊圧には、ただ殺すという念に駆られた獣のような狂気すら感じた。

虚を前に恐怖で固まっていた青年があのように豹変するとは思えない、見間違えだったのだろう。

 

 

────

 

 

藍染の崩玉の研究拠点は名前は覚えていないが、図書館っぽい場所、それも四十六室関係者の人間しか入れない所を牙城としていたはずだ。

藍染がどこまで四十六室を掌握しているかは分からない。そこに侵入するにしても罠であふれていそうで恐ろしい。何とかして内部事情を探らなければならないが、あの眼鏡の裏をかける気がしないのは仕方ないだろう。

 

──ん?木無のじじいは四十六室ではなかったか?

更木で出会った貴族のじじいだ、あの人を利用して藍染の根城の足掛かりにするとしよう。早速連絡し、会うことになった。

 

「なるほど。普段は清浄塔居林に住んでいるのですね。お世話になりましたので一度ご挨拶に伺いたいと考えておりましたが、わざわざ自分の方を訪ねていただきありがとうございます。御足労お掛けしました。」

「用事があったものでね。それに私もちょうど会いたいと考えていた。とはいえ君では禁踏区域には近づくことも許されないからね。」

 

それから雑談を交え、内部の様子を聞こうとする。さすがにじじいは何も洩らさなかった、あまり深入りしても疑われるだけだしどうでもいいような話を続ける。

完全催眠にかかっているかどうかも全く分からなかった。聞けるとも期待していなかったのでそのまま雑談を終えお土産を渡して解散した。

土産には美味しいと評判の老舗の饅頭を箱に入れて渡した。箱の中敷きは飛雷神で斬ったものである。ついでに保険としてじじいの服にも切り込みを入れる。幸い黒地の服なので目立つことはないだろう。

 

さあ、そのまま俺を禁踏区域まで案内してくれ。本命は大霊書回廊、尸魂界全ての事象、情報が強制集積される場所らしい、知っているものも多いということで先ほど教えてくれた。

 

饅頭は箱の中に20個ほど入っていた、一気に一人でそれを食べることはまず考えられない。更木から戻る際、少し遠回りしてまで饅頭をわざわざ買っていたので好物なのだろう。

捨てられない限り、居住区へと持ち帰るはずだ、ひとまず清浄塔のじじいの家にマーキングし状況を徐々に探るという作戦である。雑談の中で判断したが、じじいの生活リズムはかなり規則正しい。深夜に飛べば熟睡中のはずなので見つかることはないだろう。

 

霊圧が探られるのは恐ろしいが、霊圧の隠蔽能力だけは最初から太鼓判を押されていたものなのですぐに見つかることはない、と信じたい。霊圧遮断コートを早めに作ってくれ、頼む浦原。

 

その日の深夜、予定通り飛んだが家の中らしい場所についた。じじいの寝室ではなかった。あまり使われてなさそうな箪笥の引き出しの裏とトイレにマーキングしすぐさま帰った。

日本家屋というものは密閉空間が少ないので、泣く泣く密閉されており、光の漏れにくいトイレにマーキングし飛雷神を発動する。ラスボス一行が老人の家のトイレに近づくなんてことはしないだろう、間抜けすぎると考えた結果でもある。

藍染がいつどこにいるか分からない状況で欲張ることはしない、とりあえず最初の一歩はクリアした。

 

藍染の完全催眠は視覚からヒトの脳を支配するモノなのであれば、つまりカメラなど機械は騙せないはずだ、と早速制作に取り掛かった。浦原のラボに似たようなものがあったのでしっかり構造を見て技術を盗み自分なりに作ってみた。

最初から作るなんてことはできないし、浦原が作り上げる30倍の労力と試行錯誤、時間はかかったが、もどきくらいは作ることができた。

 

そうして来たる日までコツコツと準備を続けた。俺が待っていたのは藍染が死神達に自分の斬魄刀の能力を見せるその日であった。原作では瀞霊廷全員がその能力にかかっている、ということを言っていたので能力を見せるのは一度や二度ではないと考えていた。藍染の嘘の方の能力は隊士達の間では割と知られている情報であったしな。

 

そうして、藍染が隊士達を集めて講習会をやるという話を聞きつけた二番隊平隊士に誘われ、と言うか誘うように誘導し、それを見に行った。参加する人間は名簿に名前を書かされた、こうやって誰が鏡花水月にかかっているか判断するためだろう。

 

不自然にならないようしっかりと藍染が始解を行う様子を見る俺の目は何の光も映していなかった。一次的に視覚情報を遮断する薬を作ってもらったのだ、隠密機動は夜の闇に紛れて動くことも多い。そのための訓練をしたいと浦原に言って作ってもらった、中和剤を打つまで2時間ほど効果が続く優れモノだ。

 

胸元のアクセサリーに見せかけた監視カメラで堂々と映像を記録する、画質も荒くそこまで多くの情報量を記録できるものではないが、鏡花水月を見た人間とそうでない人間にどの程度見えるものの差が出るのかを把握したかった。

そうして、共に講習会へと赴いた平隊士くんとその様子を話し合った。彼は藍染の刀の強さを熱弁していた。霧を発生させ幻覚を見せる、そして同士討ちを誘うのだと。それに紛れて藍染が対戦相手に刀を突きつけ決着がついたということを教えてくれた。

 

一方、映像の方を見てみると始解直前までは全く同じ行動だったようだが、その後の様子は異なっていた。藍染は動いていなかった。眼鏡をはずし、髪をかき上げ、藍染の戦いを見る人間たちの顔を一瞬見たあと興味を失ったかのように対戦相手へと視線を戻した。特別俺が注視されている様子はなかったので一安心だ。

もしはっきりと監視されていたら危なかった、俺の目の焦点があっておらず、戦い動く人間を追う目ではなかったことに気付かれた可能性があった。

これで藍染の能力が始解時の視覚情報をきっかけとして発動するものだという確信を得ることができた。俺はむやみやたらに原作の情報を信用しないことにしている。特に能力云々については、実は○○であった、ということがありそうで怖いしな。

 

俺の一方的な藍染との戦いにおいてカメラはかなりの役割を果たしてくれそうだ。藍染が確実にいない夜を狙って大霊書回廊に忍び込み、俺の魂の一部を材料に藍染が作った崩玉について調べなければならないのだ。

浦原に彼の持つ崩玉について聞き込むのはもう少し情報と信頼を手に入れた後にすることにしている。

 

共に来た二番隊の隊士と談笑しながら講習会から去っていく俺の背を、一対の視線が見つめていることにこの時の俺は全く気づいていなかった。

 

 

 



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12

 

あれからというもの、二番隊としての任務以外の時間は浦原のもとに通い詰めて、映像記憶媒体、製作に成功した本体に記録するタイプではなく、無線で親機に情報を飛ばすタイプやネットワーク型を作ろうと模索していたがまぁ無理だった。

 

そもそも現代社会でどのような仕組みで無線やネット空間が作られていたかについて曖昧知識しかないのに、さらに尸魂界の物理原則は現世と全く異なる。

機械で藍染の動向を掴むという策は現実的ではないのかもしれない。浦原喜助や涅マユリのポジションは簡単に真似できるものではない、俺みたいな三流では不可能であった。

 

そんなこんなで対鏡花水月の打開策が思いつかず悶々とした毎日を送っていた時であった。また藍染が隊士達を指導する機会を設けると言う話を聞いたのは。

それは朝早くから行われるらしく、前日は隊舎で休むと予想された。実際に藍染が夜になって隊舎へと入っていくのを俺の目で確認できたので、浦原が完成させた霊圧遮断コートを着てじじいの家まで飛んだ。

 

急いで先に場所を掴んでいた大霊書回廊へと向かった。その出入り口となる扉を開け司書が出てきたのと同時にその中へとクナイを投げる。これで何の痕跡なく中に入れるだろう。

仕事を終え無人になるであろう時間まで待ち、飛雷神を使い回廊へと侵入を果たした。投げたクナイを回収し、本が並ぶ棚にマーキングをしつつ目的の物を探して行く。

一応見られても大丈夫なように、口もとまで覆う黒いマスク、目近くまですっぽり覆える黒い外套、黒い手袋と完全に不審者スタイルだ。

原作でどうだったかは覚えてないが、現在、ここの情報は紙つまり本媒体で置かれている。魂魄の研究について並ぶゾーンの中から、崩玉の字が出てくるものを探す。中々見つからないが、それに関連しそうな浦原の名前が載っている物があったのでそれを取ろうと手を伸ばす。

 

───ザワッ

背筋に悪寒が走った、瞬間その場から離れ後ろを振り返る。俺が立っていた場所には伸びた刀が突き刺さり、気づけばすぐに元の長さへと戻っていた。

 

「ありゃ、外してしもうた。こんな所で会うなんて奇遇やなァ」

「……………」

「だんまりかい、まぁええわ。どうやってここに入ったんか……色々と聞かせてもらうで」

なぜ、何故ここに市丸ギンが!!見つかったからと言って殺すわけにもいかないし、そもそも殺せるか分からない。

 

伸びるという単純な能力。本当にそれだけなのかは知らないが、切っ先を向けられたら終わりだ。使う霊力の質を変えるイメージで練習し、何とかして習得し暴発しなくなった赤火砲を放った。それと同時に間合いを詰める、斬り合いの勝負へと持ち込んだ。

俺の方はまだ始解をしていないので浅打と同じ形である。さすがに力ではこちらが勝っている、彼はまだ子どもの姿だ、それでいて俺よりも年上の可能性があるのが尸魂界の怖いところである。見た目に騙される事なかれ。

 

「手加減してや、力が強おて手ェびりびりしてしまうわ。波風さん」

「……斬り合いをしている相手に対して手加減しろとは随分面白い事を言いますね。」

俺が誰かまでバレている、カマかけか?霊圧も見た目も、声ですら俺が誰か判断がつかないはずだ。もし俺だと確信を得ていて、藍染にまでここに侵入したことが伝わっているなら非常にまずい。

会えて奇遇だ、とやつが言った瞬間非常に嫌な予感がしたがもしや俺のことを先に知っていたのだろうか。

とにかく長居するのは避けたい、聞きたいことをさっさと聞き出し、口封じした上でずらかるのが勝ちだ。

 

市丸ギンとは交渉の余地が全く無い訳ではない、ここに来た目的を正直に話せばこいつは必ず俺を利用するはずだ。松本乱菊の奪われた魂魄の一部を取り返すために藍染の下にいるのだから、崩玉の材料として利用された魂魄を取り出す研究をしようとする俺の存在は願ったりかなったりという所だ。

しかしそのカードをいつ切り出せば信憑性が高まるか、ということだが、お互いある程度の実力を把握してからであろう。少なくとも俺は少し刀を向けられたからと言ってすぐにベラベラ話す人間の事なんぞ信用できない。

 

「この場所を壊したくない気持ちは同じでしょうし、探り合いは終わりにさせていただきます」

ただの刀の打ち合いなら確実に俺に軍配が上がっていただろうが、相手もそれを理解しているはずだ、ここで終わるはずがない。

敵陣の真っ只中なのだ、ここに居座る時間が長ければ長いほど不利なのは俺だ、さっさと本題に入るに限る。

 

片手で刀を持ち、市丸からの攻撃を受け止め逆の手で螺旋丸を作った。市丸は、直撃はまずいと悟ったのかわざと切っ先を地面に向け、斬魄刀を発動、伸ばした勢いで遠くまで飛んでいた。

「一閃しろ、飛雷神」

始解の状態へと斬魄刀が変化する、市丸がこちらを警戒しているのは分かったが無駄だ。

先ほどの斬り合いの際、掠った市丸の死覇装に既にマーキングは済ませてあるが、能力を色々と推察されるのはごめん被る。マーキング済みのクナイを投げ、それを市丸が避けた瞬間やつの背後へと飛んだ。

 

「質問に答えていただくのはあなたの方だ。まず一つ目の質問、あなたは藍染の部下ですか?」

喉元に飛雷神を突きつけながらそう言う。容赦なく殺すつもりであると、意識的に霊圧でプレッシャーをかけておく。

 

「……違うと言ったら?」

予想外の反応だ、思ったより好感触。そうだと言って徹底的に藍染の味方として振る舞うと考えていたがそうではなかった。笑顔を浮かべ少し目を見開きこちらを揶揄するような雰囲気を出しているものの、こちらの方が俺の望む展開へと持って行きやすい。

 

「ここは藍染の根城の筈。あなたのことは藍染の周囲で何度か見た事がある、そんな事は信じられませんね。市丸ギン。まぁあなたのことなんてどうでもいい、次の質問です。崩玉、特にその材料についての資料の在り処について教えていただきたい。」

「おーーこわ、名前知られとるとは思いもせえへんかったわ。何でそんなもん欲しいん?」

「質問しているのはこちらです、が、まぁいいでしょう。あなた方に奪われた物を取り返したいからですよ。だからさっさと資料を寄越せ、藍染と直接対決になる前に。」

 

わざわざ関連資料を手に入れそうになる瞬間に攻撃を仕掛けてきたのだ、この答えは市丸が期待していた通りのはず。藍染の名前を出す時に少し語気を強め、焦りをにじませる、ついでに突き付けてる刀に力を込めた。

 

「そんなカリカリせんといてや、焦らんといても教えたるわ。それよりもいい話あるんやけど聞かへん?実はボクも同じモン取り返したいだけなんや。」

話を聞くと言ってないのに、勝手に喋り出したぞこいつ。いい性格してるな。

「もし仮にそうだとすれば、あなたとはいい友人関係を築けそうだ。貴方が私に情報を流してくれさえすれば、研究も進むし藍染の弱みを握れるかもしれない。しかし嘘ならここであなたを見逃すのは私にとってデメリットしかない、そうでしょう?」

「そんな格好でコッソリ此処に入って来た人が言うことちゃうやろ。ボクを殺したら藍染さんに資料見に入ったのバレるだけや。今回はボクが関連資料渡してしまい、それでええやろ?」

「まぁそれを手に入れて、かつ藍染にバレないのであればそれが一番理想ではありますね。仕方ありません、今回はこれで手を打ちましょう。今後についてはまた折を見て伺わせていただきます。」

 

そう言って一応、手を組む形で市丸ギンとの戦いは終了した。彼が本気で戦おうと思ってなかったのは分かる、此方もそうではないのは伝わっているだろう。実力は示せたはずだ。最後に一言聞かなければならない事がある、マスクを外してこう聞いた。

 

「最後に、なぜ俺が波風だと?」

「この前の講習会で名簿に書いてたやろ、名前。ああ、そうや。此処の本勝手に触らん方がええ。閲覧記録が残る仕組みになっとる、どっちにせよキミはボクが居ないと何も知れへんで。」

本媒体なのに触れるとその記録が残るってどういう技術だよ、今回は運が良かった。市丸に守られる形になったな。

市丸が波風のことを知ったきっかけは講習会だと分かったが、結局この全身真っ黒な俺を波風だと判断した理由を答えてない。こんなのと腹の探り合いしながら藍染から情報盗むとか、前途多難である。

 

 




砕蜂みたく隠密機動に入った時点で波風という名前だけになった、という設定。




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13

結局あの後、藍染が特に行動を起こすこともなく、俺の日常は過ぎていった。市丸は本当に俺について何も話さなかったらしい。それどころかあちらから接触してきて、見て盗んできた崩玉関係の資料を渡してきた。

藍染関係の情報はなかなか寄越さないので、確実に松本乱菊の為であろう。市丸がそこまでやってくれているのにこちらの進捗は0だ、申し訳なさすぎる。やはり浦原に泣きつくしか方法は無い気がする。

 

浦原はトントン拍子に出世し、いつのまにか隊長にまでなっていた。おかげで前より忙しそうで何かを頼むにしたって余裕がなさそうだ。

俺の方はというと、ここ数年虚倒したり捕まえたり、研究書読み込んだり、事務作業押し付けられたり、実験してみたり。我ながら忙しい毎日を過ごしていたが特にこれといった功績が無いので出世とは無縁の日々を送っていた。

事務作業を好む二番隊連中が少ないのか、砕蜂もこっそりと俺のデスクに書類を置いて行くのを何度か見た。一度、半目になってそれを見つめていることに気付いた砕蜂が此方を見たあと、そっと目を逸らして部屋を出て行った事もあった。

次の日、俺の好物であるたまり醤油の煎餅が机に置かれていたのでまぁ許そう。いや、熱々の茶が欲しいなーと呟いた所、調子に乗るなとでも言いたいのか筆が飛んできたのでやっぱり許さん。

 

っとくだらない事を考えてないでさっさと片付けしなければ。

つい先日、浦原に新しく技術開発局という組織を作った、これからより大きくしていくつもりだから力を貸して欲しい。それに研究にもっと没頭したくありませんか?と言われ、速攻で頷いた。

浦原の魂胆はなんとなく分かる。新しい部局なのだ、それはそれは煩雑な手続きやら人事やらで大忙し。本人は隊長のためそんなことをこなす時間も無く、部下となった涅マユリや猿柿ひよ里はそんな事をする質ではない。面倒な事は全て俺に投げるつもりなのだろう。

そういう事で俺は、二番隊から浦原が隊長となった十二番隊へと移籍になったのだ。なぜ今になってと思わなくもないが、順当に上がっていったポストで席官に就けたからだろう、流石に平隊士をヘッドハントしたとなると俺に対しても浦原に対しても嫌な評判が立ちそうだ。

 

 

 

「行かないでくださいよーーー!俺らの仕事の効率悪くなるじゃないですか!!」

「先輩、本当に行っちゃうんですか…?あの、私……」

「おう!行け!!!色気でも食い気でも何使ってでも止めろ!!」

「また飲みに行こうな、いつでも奢ってやるよ!」

 

……二番隊の中でも俺の所属している部署はやかましい所だったらしい、俺はそこそこ慕われていたのか。まぁ俺は外から見れば爽やかだし淡々と仕事をこなす人間だしな。

 

酒をだいぶ飲まされ、フラフラと持たされた餞別を持って帰路についた。家に帰ってそれらを整理していく。菓子だとか、手ぬぐいだとか色々と出てきたが、最後の箱に見覚えがなかった。少し警戒しながら箱を開けると、高級茶葉と好物の煎餅が入っていた。

 

「なんだ、意外と可愛いことするじゃないか。」

自然と溢れた笑みと共にそう言う。今頃これをくれた何処かの誰かさんは大好きな隊長殿と共に任務へ向かっているだろう。

それにしても箱入りお菓子か。自分がじじいに渡した饅頭のことを思い出し、ついつい箱の中敷を取り出して隅々まで観察してしまった。色々と台無しである。

 

 

「はっくちっ!」

「どうした、砕蜂。風邪でもひいたのか?」

「いえ、全く。ご心配には及びません」

「何処かでお主の噂でもしているやつがおるのではないか〜?隅に置けんやつじゃのう〜」

「そっ、そんな者おりません!!…………夜一様の揶揄う表情、何て可愛らしい」

「今何か言ったか?」

「何でもありません、それより先を急ぎましょう。」

 

 

────

 

 

「申し訳ないですが、中々難航しています。やはり藍染は天才です、化け物じみた霊圧や能力だけで無く研究方面にもズバ抜けた頭を持っている。俺は崩玉の構造ですら理解がままないというのに。」

「波風さんは、あの人の斬魄刀がどんなものか知っとったん?」

「ええ、色々と検証した後やっと確信を得た、という感じですがね。護廷に入った時、あの冷たい目をした人間が温和な顔をしながら、能力を見せて回っていると聞いて確実に裏があるとずっと探っていたんです。意味のない事を好む人種ではないでしょう。」

「なんやそれ、波風さんにも丸々返ってきそうな台詞やな。」

「あなたも人の事言えないでしょう、あなたに揶揄われた人が狐につままれたと叫んでいるのを聞きましたよ。」

「ボクは別に温和な顔はしてへんで、それに狐は波風さんや。堂々と藍染さんの目の前で能力にかかったフリをするなんてなァ。」

「………嘘も演技も得意なんですよ。」

 

背後で笑った気配がした、それこそ市丸が得意とすることだろう。そしてやはり藍染の始解を見ていないことを知られていた。

町へと出て、死神が多く集う食堂へと入って市丸と話す。席は向かい合わせではなく、別々の机に座り背を向けあった状態だ。下手に警戒されないようにする為、会う場所も時間もバラバラだ。

 

「嫌やわーー狐に食われへんよう、うろうろせえへんようせな。波風さんも気い付けてや。」

「おや、狐はあなたの友人ではなかったのですか?」

「狐以外も出るかもしれへん。ほら、鬼が出るか蛇が出るか、よく言うやろ。ほなまた。」

初めて警告をくれたな、珍しい事もあるものだ。さてさて鬼が出るか蛇が出るか。市丸は自分のことを蛇と表現したことがあった、ということは蛇は無い。残るは鬼………化け物、幽霊……虚か?

わざわざ言ってくるくらいだ、ただの虚ではない。藍染が改造した虚なのだろう、原作にそんな描写があった気がする。

 

この時期に何があったかについて正直言うと殆ど何も覚えていないので、曖昧な表現しかできない。覚えているのは、事件が起き浦原やテッサイさんあと死神何人かが現世に逃げ延びたということだけだ。浦原に現世に行かれると困るな、崩玉の研究が進まなくなる。

 

 

────

 

 

藍染が大霊書回廊で文字を書いている横で本を読む、こうやっている姿にも全く隙の見つからない男だ。この男から何とか斬魄刀の能力解除条件を聞き出さねばならない。警戒していたにも関わらず自分は、この前此処で顔を合わせた男と違い既に術中に嵌ってしまった。

 

「どうしたんだい、ギン。何か悩みでもあるのかな。」

「いやー此処にある本難かしゅうて理解が追い付かんのですわ。」

「手伝ってくれるのは嬉しいが、君が読む必要はないよ」

「本に囲まれて暇だったら一つしかすることがないですわ、お構いなく」

 

そんなに難しい顔をしていたのか、していたのかもしれない。協力関係を築くことになった波風という男について考えていた。市丸ギンにとって波風との最初の邂逅は此処ではない、藍染が斬魄刀の能力を披露するため開いた講習会だ。

 

完全催眠に嵌って以来、何とか斬魄刀の能力から逃れ、周囲との様子の違いを理解する者、ひいては藍染へ牙を届かせる可能性のある者がいないかいつも探していた。

 

藍染の能力は始解をみた時点で終わる。つまり市丸はそれが見えない者を探さなければならなかった、しかし盲目だと周囲に知れ渡っている者を藍染が自陣に引き入れない訳がない。

そうであるから、目が見えないのにそれを隠している人間を探していた、それは砂漠に紛れる金の一粒を探すに等しいというのは自分でも分かっていた。

 

ある日の講習会の時、限りなく自然であったが藍染の見せる幻、藍染の刀や動きを目で追っていない人間を発見した。ずっと目が見えている振りをした人間を探していたから分かる、その男は鏡花水月にかかっていない。名を波風と言った。

調査を進めると、普段の様子からは目が見えないという事はあり得ないということが分かった、藍染の能力を見るあの時のみわざと一時的に視力を無くしていたのだ。

そこまで理解して藍染と敵対しているのであれば、相当此方について情報を掴んでいるはずだ、更なる情報を掴むため拠点としている場所まで来るだろうと予想できた。

 

その後、藍染が前日ほぼ確実に隊舎の方にいるだろうと予想できる時間に講習会を企画し、清浄林か回廊まで来るように誘導した。回廊に全くの痕跡無く侵入していたことについて驚いたが、更に驚いたのは崩玉について調べようとしていた所であった。回廊の魂魄に関する場所、特にハ行で探し物をしていた後に浦原の調査書を取ろうとしていたので殺す気で止めた。

ここの本は触れて開くと既読記録が残ってしまう、正式に扉を通って入った人間でない波風が本に触れると更に警報装置が作動する仕組みだ。それにあの程度の攻撃で死ぬのであれば興味はない。

 

その後、事情を聞いてみると予想の何倍も利用価値がある人をここに呼び出せたことが分かり、少し目を見開き固まってしまった。乱菊と同じ物を盗られたと言っていた。それを取り返すという目的のために資料を集めに来たようだった。

彼女のためにもその研究に関しては出来る限り情報を流す事を決め、一先ず協力関係を築く事に成功した。

 

藍染を一歩出し抜いたのだ、頭の回転が早いのは分かっていたが、実力も申し分なかった。ギン自身全力を出したとは言い難いが、出したとしても勝てたかどうか分からない。おそらく斬魄刀の能力で一瞬で背後に回り込まれ、喉元に刀を突きつけられた。

目的の為には手段は選ばない非情になれる男だったが、ギンを殺すのをやめ此方の条件を飲む───柔軟にその手段を変える事のできる人間でもあった。

───これはいい拾いもんをしたわ。

 

その後何度か情報を流していくにつれ、波風も此方との協力関係を信用、利用するようになっていった。自分も自分で、この男が早々と大きな失敗を犯すことないだろうというある種の信頼を寄せてしまっていた。自分らしくもない、何故こんな事を思うか、と考えてみると一つの答えが出てきた。

波風はある意味藍染に似た男だったのだ、外面の分厚さと雰囲気なんかはそっくりであると思う。まだ分からないが中身も似たような煮ても焼いても食えない物であろう。ただ、藍染の方がはるかに実力も智略も人間的魅力の何もかもを備えているし、目的意識の違いもある、異なる所など挙げるとキリがないがそれでも何となく似ている部分があるのは確かだ。

 

藍染の真実に気付き、奴を討とうとしているのは自分だけだと考えていたが、死力を尽くして藍染に見つからないよう敵対している彼なら保険として役に立ってくれそうだ。乱菊の物も早めに取り返せるかもしれない。暫くは彼の言ったこの奇妙な友人関係を続けていこうと考えた。

 

 



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14

やっとこさまともに原作突入


「波風サン、それはまだ経過を観察中っス。3番は置いといて、その横の4番にコレ注入しといて下さい。」

「了解です、ちなみにそれは何ですか?」

「分離しやすくなる薬剤みたいなものっスね。」

現代で言うカラムみたいな機械にその薬剤と4番と言われた物をいれて、分かたれた物を抽出しようとする。魂魄の研究とも言えども、この死後の世界ではスピリチュアルなものではなく非常に科学的な手法で行われるものだった。

 

実験対象の状態に合わせてこちらの生活を左右されるので非常にきつい、三徹なぞザラだ。隊長任務で実験室を抜ける事が多い浦原の代わりに対象の変化を観察する事もよくあった。自分の研究しつつ助手の役割もしていたのだ。

ちなみに涅マユリと浦原は全く同じ実験をしないので、関係なかった。両者は議論以外は大体背を向けていた。そして猿柿ひよ里は言わずもがな、そんな細かい作業は好んでいない、助手として使おうという気持ちが起きる涅にびっくりである。他何名か助手が居たがまぁ見事にそれぞれがそれぞれの方向を向いていた。しかし何だかんだと楽しい研究室であった。

 

そんなこんなで崩玉の研究というか混ざってしまった魂魄の分離研究というか何というか、何でこんなコアな話を長々としなければならないんだと思いもするが、ここ何年かの俺の日常全てがこの研究と技術開発局の事務作業で占められてたからだ。

そのせいで頭の中の殆どが研究一色で、市丸に警告を受けていたにも関わらず藍染が本格的に動き出すのを見逃してしまった。流魂街で変死事件が起きているという話を聞いていた筈なのに、聞き流してしまっていたのだ。

 

「……っちゅうことや!ってちゃんと聞いてへんやないか!ボケェ!」

「!っいった!!何するんですか!」

我らが副隊長に飛び蹴りされた。すでに九番隊が調査に向かったらしい事まで聞いた。まずい、確かこの事件のせいで隊長副隊長軒並み居なくなるのだ。具体的に何が起きてるか覚えてないし、市丸に聞こうにも最近はほぼ接触できていない。

 

浦原が援軍の要請を受け、その指示で猿柿ひよ里が現場に向かおうとしている。止めるべきか?いや、怪しまれる。それに今ここにいる浦原も猿柿も涅も、皆全て鏡花水月、つまり藍染の支配下なのだ。早々と藍染の話を切り出すのは無理だ。それに100年後の話で彼女の顔は見た、死の危険は無いのだろう……が……。

藍染の策略に嵌められ命以外の何もかもを、下手をすれば命ですら失う可能性があるのに俺は見捨ててしまうのか。

 

「変な顔をしてどうしたんだネ。君がいつもの薄気味悪い笑顔を浮かべていないとは天変地異の前触れのようだヨ。」

「寝不足で体調が優れなくて。大丈夫です。」

知らずのうちに下を向き唇を噛み締めていたらしい、ずっと一緒にいた騒がしい人間が死地に向かうのは流石に応える、やんちゃだけど何だかんだいい子なのだ。しかし、此処で俺が下手を打つのが一番不味いのも分かっている。まだ機ではない、藍染は崩玉を自身の命の次くらいに大切にしていそうだし暫くは奪えない。

遠くから様子を観察するだけしよう、最悪の場合は……まぁ、その場のノリだ。考えることを放棄し、自身で改良した遠視用のスコープの準備に取り掛かった。

 

 

────

 

 

浦原が霊圧遮断コートを探しているのを見て、現場に向かう気なのは分かったがそれよりも一足先に向かう。大霊所回廊に侵入した時の格好と同じく、浦原と同じコート、隠密機動連中が着ている口までマスクが来る真っ黒のインナー、そして黒手袋と前身真っ黒で向かった。

 

藍染一行が実験経過を見るだろうからそう遠くには居ないだろうと予想し、現場からかなり遠い森の中で息を潜め観る。スコープから覗いて見たところ、現時点で隊長クラスに死者は居ないようだが………あれは虚化だ。この事件は虚化研究のせいで起きた物だったのか、さっぱり忘れていた。

 

そうこうしている内に平子隊長に、藍染の刀が振り下ろされようとしている。

「まだか、浦原……!!」

猿柿ひよ里にマーキングは済ませてある。最悪此方に呼び寄せようと、斬魄刀を始解状態にする。その時だった、浦原はギリギリで間に合ってくれた。その後テッサイさんの鬼道──現鬼道長なんだがなぁ、あの人、の鬼道を大して霊圧を込めてもないような断空で止め藍染は去って行った。

そう、藍染の弱点、唯一の隙は格下や面白味がないと判断した相手に興味を失ってしまう事だ。今回息の根を止めずに去って行くのがいい例である、どうせ何をしても無駄だと考えているのだろう。

完全に藍染一行が消えた後、すぐに猿柿ひよ里の下へと飛んだ。

 

「!波風殿、来ておられたのか!」

「はい、最悪の状況だけは回避すべく様子見していました。申し訳ありません、話は後です。とりあえず彼女たちを浦原の隊舎へ運びましょう。」

「どちらも禁術ですがこの状況では致し方ない、時間停止を使います。空間転移の方はお願いしてもよろしいか!」

「ええ、莫大な霊力を使うでしょうし分担した方が効率がいい。任せて下さい。」

 

そうして十二番隊舎まで飛雷神を使って飛んだ。発動時間が長くかかるが、本体を中心とした半径10m内の円の中の物を転移させるような真似が出来るようになったので、そうして虚化した連中を運ぶ。

 

浦原が虚化の治療を試みている間、俺は藍染がどう動いたか外に出て様子を確認しに行った。

 

「失敗っス……少し外の空気を吸ってきます。」

四十六室から浦原とテッサイさんの捕縛命令が出ていた、俺の名前は無い。こうなる事を警戒して今日のアリバイは偽装済みだ。それを浦原達へと伝えるため、また飛雷神を使って飛ぶ。飛んだ先でそう言った浦原の肩を掴み止めた。

 

「待て、浦原。お前とテッサイさんに四十六室から捕縛命令が出された。四十六室は藍染の支配下だ、行ったら確実に処分されるぞ。」

「……波風さん、何でそんな事を知っているですか。」

「その話も後だ、すぐに処分が下ることはないだろうから時間稼ぎをしていてくれないか。この人達は俺が……そうだな、双極の丘の下に連れて行く。お前とテッサイさんを助けるのは、あと1人の強力な助っ人だ。」

「分かりました、ではまた後で。ああ、そうだ。その話が本当ならボクがこれを持つのは危険でしょう、預かって下さいっス」

そう言って崩玉を渡された。俺の魂魄の一部がこの崩玉の材料にされた訳でも無いのに微妙な気持ちになる。絶対無くさないようにしなければ。藍染に奪われたら一発で終わる。

 

早速、双極の丘の下へと虚化した隊長格連中を連れて飛ぶ。

「なんじゃ、遅かったな。」

「夜一さん!!なんで此処に!!」

「まぁ捕縛命令の出されていないお主なら此処に来るだろうと予想しておったからな。さて儂に言うことはないか?」

「声かけずにすみません、でもこれは成り行きというか何というか……、とそれよりも頼みがあります。」

「何じゃ。詳しく話せ。」

「予想しているとは思いますが、四十六室に呼び出しくらってるお2人を助けに行って貰えませんか?俺はこの人達に結界を張っておきます。お2人が戻ったらすぐに治療に必要そうな物を全て運ぶため隊舎に飛ぶので急ぎでお願いします。」

「誰にものを言っておるのだ、承知した。ではそちらは頼むぞ。」

そう言うや姿を消した、さすが瞬神夜一と謳われるだけある。俺の方も大仕事だ、時間停止をかけ結界を張る。時間停止はテッサイさんが使うのを盗み見て習得した技だ。時空間忍術に関わりそうな事だけは、異常なほど得意な俺だ。使えること自体が問題だが、もう今更である。

 

浦原が戻って来てすぐに指示が出された。先程の義骸、それとの繋がりを補強する薬剤、あとは魂魄の全体的な働きを抑える道具など諸々持ち込むため浦原を連れて隊舎へと飛ぶ。預かっていた崩玉はその時に返した。

そして目的の物を急いでかき集め、また丘の下へと飛んだ。今日の移動距離が多すぎて死ぬほど疲れているのだがそうも言ってられない。そのまま浦原が霊圧遮断型の義骸を作る手伝いをした。

 

「さて、もうそろそろ聞いてもいいっスか?」

「ああ、そうだな。話せる事は全て話そう。」

浦原だけでなく夜一さん、テッサイさんも俺に質問したくて仕方がないようだった。此方を眉を寄せて見つめてくる。

 

「まず、お主は藍染があのような実験に手を出しているのは知っておったのか?それと藍染について知っている事を全て吐け!」

「虚化までは知りませんでしたが、崩玉を作っている事は知っていました。その実験内容もいくつかは。それと化け物みたいな霊圧と他人の五感──いえ、それ以上も支配する能力を持っていることですかね。それで四十六室どころか瀞霊廷の殆どがその支配下にいる事も。」

「何故それを儂らに言わなかった、というのは愚問じゃな。ある意味当然。儂らはいつその能力にかかったのかすら知らんのだから。次だ、何故それを知っている?」

「俺はそれこそあなた達に会う前から藍染を知っていました。ずっと奴を探ってきたのです。現時点で奴の能力の支配下にないと確実に言えるのは俺と……盲目の者だけでしょうね。」

「どこで知ったんスか?接点なんてないでしょうに。」

「更木、でだな。俺は奴が崩玉を作るための材料にされた。その時奪われた物を取り返すため今まで実験を繰り返してきたし、奴の根城に情報を盗みにも行った。」

「そこまで危険な事もしていたんですね……彼が斬魄刀を使ったのを見た者はことごとく支配下に置かれるという事っスね、一応聞きますが解除条件は知ってますか?」

「それを知ってるならとうの昔に教えてる。それと正確に言うと奴の始解を見たらお終いだ。」

 

三人とも釈然としない顔をしている、まあそうだろう。俺は彼らを信用せずに一人でずっと奴と敵対してきたのだから。その後はそれぞれ思う所があるのだろう、無言で目的の義骸を完成させた、とりあえず虚化した連中は一安心だ。全くもって根本的解決には至ってないけどな。

 

それと藍染の斬魄刀の解除条件だが、始解前にそれに触れておく事と原作にはあった。しかしそれもあまり信用していない。能力者本人が言った言葉をそのまま信用するのは危険すぎる、ましてや藍染だ、全く信じられない。確証も無いので何も伝えないことにした。

その後の方針として、俺は十二番隊に残り引き続き藍染の動向を掴み、夜一さんは逃げながら情報収集、あとは俺と浦原達の橋渡し役になってくれると決まった。

浦原達はそのまま現世へと逃げるらしい。自身の崩玉を使って俺の研究を手伝うとも言ってくれた。正直死ぬほど助かります、行き詰まってたんですよ。

 

そして双極の丘の下から解散し、一時的に出入り禁止となっている十二番隊の隊舎へと戻った、相変わらずの不審者スタイルで誰かに見つかったら一発アウトな気がする。そうして没収される前に浦原へと送った方がいい物をさっさと集め、整理していたら背後の扉が開く気配がした。

 

 

 

不味い、まずいまずい!!────この霊圧は!!!

 

 

「こんばんは、こんな所に君がいるとは思わなかったな。」

 

 




しばらく更新停滞します、また一気に投下すると思います。



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15

前話が誤解を招く終わり方だったのでここまで投下します。




自分の心臓の音が聞こえる、

緊張と死への恐怖から血が沸騰している、

斬魄刀に頼って逃げる、会話を続ける、このまま戦う、選択肢は多数浮かぶが何が最適解なのか───。

驚き答えあぐねているのが伝わったのか、奴はそのまま台詞を続けた。

 

「先日ぶりだね、その後の平子隊長達の調子はどうかな?」

───!!浦原と俺を間違えている!?

まだ俺は机に向かっており、背後に奴がいる状態だ、浦原と同じ霊圧を遮断するコートを着ているので間違えても仕方がない、のかもしれない。

 

逃げの一手を打とうと始解状態にした飛雷神を握りしめ、思い至る。

此処にはまだ浦原の発明品や研究書類の多くが残っている。特にこの霊圧遮断コートを奪われたら最悪だ。ただでさえ周囲の人間の藍染についての情報が全くあてにならないのに、自分の霊圧知覚ですら信用できない物となり、俺の暗躍は此処で終了となる。

まだそのコートの余りや資料が研究室の中にある。そして何より俺自身の魂魄の研究書があるのだ。俺の人間に近い霊圧に興味を持った浦原が、俺専用の義骸を作るため、また死神にしては異質な霊圧の原因について探るため様々な資料が置いてある。

 

───逃げられない、逃げたらもうそこで藍染の崩玉について調べる事が出来なくなる。そして波風をただの技術開発局の局員ではなく、異質な霊圧と魂魄を持つ研究対象として興味を持たれるかもしれない。ひいてはあの時、魂魄を抜かれた時の小汚い野人が俺だと気付いてしまう可能性もある。

 

俺はゆっくりと斬魄刀を構え振り向いた、覚悟は決まった。決して奴の手に渡ってはならない物を回収、もしくは破壊することが俺の勝利条件。その為に藍染を倒せずとも戦う覚悟だ。

先程と異なり、心臓は妙に冷えていた。藍染は月明かりを背に不敵な笑みを浮かべている、どうやら俺が浦原喜助ではない事に気付いたようだ。重く、冷たい、息をするのがきつく感じるほど強い霊圧を発してきた。

 

──これだけは言わせてくれ。勝手に勘違いしたのお前だからな!バーカ!

言わせてくれとか思いながらも実際口には出さなかった、そんな度胸はない、確実に、マジで、1000%殺される。あまりの霊圧のプレッシャーに顔をしかめながらも、藍染の顔をハッキリと見据える、俺は藍染の方と重要な資料がある場所に一斉にクナイを投げた。飛べて3回、今日はもう何度も飛んだので霊力が枯渇している、慎重に行かなければ。

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

 

螺旋丸を手に作り、一気に距離を詰める。一度当て研究室から藍染を離せば少しの時間を稼げるだろう。俺の勝利は藍染からほんの少しの時間を奪えるか否かという事にかかっている。

 

「縛道の八十一、断空」

「……っは、マジか……」

かなりの霊圧を込めた螺旋丸が完封された。藍染の術の構成スピードは異常に速かった。言霊、というか術名を言い終わる前に既に鬼道による壁ができていた。微かなひびすら入っていない。

せめて斬魄刀で抑えるなり、手で抑えるなりしてくれれば研究室から出て距離を稼げたかもしれないのに。

 

「どうやら君は此処を壊したくないらしい。僕もそれには同意しよう。砕けろ、鏡花水月。」

刀を取り出した時点で腕に仕込んでいた、浦原から貰った薬の針を刺した。始解されることについては極限に警戒していたため何とか間に合ったが、この目のまま暫く戦わねば不審がられるだろう。ただでさえ力の差は歴然なのに、視覚が奪われた。状況は最悪である。

 

そのまま、霊圧の知覚に頼って飛雷神を振り下ろす。藍染の刀で受け止められ、更に気付けば斬られていた。すぐに距離をとって、傷を触り確認した、浅い傷だ。問題ない、まだ戦える。まだ研究室の物を回収するには距離を取れていない。

転移させなければならない物の距離は半径10m程度、優にある、転移させる範囲が広ければ広いほど時間がかかるのでもう少し藍染を離さなければならない。

 

「破道の五十八、闐嵐」

目眩しとして得意な鬼道を放ち、ついでに作った煙玉も放つ。風で煙を巻き上げ視界を0にする。俺が霊圧遮断コートを着ている限り霊圧ではこちらを知覚できないはず、これなら少しは攻撃が届くだろうと藍染の横から斬りかかろうとした。

 

「縛道の七十五、五柱鉄貫」

同時に藍染の放った縛道によって地に伏した状態になった、ビクともしない。縛道の衝撃で斬魄刀は手から離れてしまった。

 

「君は盲目のようだな……残念だ。浦原喜助と関係してなければ、君を助けてあげられたかもしれない。」

藍染は刀で俺の利き腕を刺し、抉るよう少し動かした。くそっ!こいつ絶対今笑ってやがる!

 

「ぐわぁあああああ!!!」

「聞き苦しいな、今に楽にしてあげよう。先の隊長達と同じ状態になれるんだ、光栄に思ってくれてもいいよ。」

視界を戻す中和剤を打ち、藍染を見上げるように仰ぎ見た。その光景が目に入ったことで藍染がしようとしていることを理解してしまった。俺に崩玉を近づけてくる、鈍く光った……

 

「嫌だ!!!やめろ!!!!!」

 

 

 

────

 

 

 

気が付くと俺は日本で住んでいたマンションの目の前に立っていた。今日も空には赤い満月、変化なし、強いて言うなら西の方角に暗雲が立ち込めている。少し待ってみたが、四………飛雷神が現れる気配が無い。暗い雲がある方角の方に向かって歩くことにした。

 

「あれ?神社の鳥居が壊れてる、おかしいな。確かにこの前は俺の現世の記憶と同じ光景のはずだったのに。」

神社の前へとたどり着き、前回との差異に気付いた。此処には近づくなと言われたが、それを言った当本人が出てこないから仕方がない。何があったか確かめる為、そのまま階段を登り本殿へと向かって行った。

 

階段を登っていくと、飛雷神が大鳥居の前で立っているのが見えた。こちらを向いて居ないので、文字は書かかれていないものの白の生地で裾の方に炎が燃えているデザインがなされた、あの派手なコートがよく見えた。そのまま横に立ち、彼の視線の先を見る。

立派な大鳥居にあちこちヒビが入り、現在進行形で増えている。崩壊寸前、という状態であった。

 

「オレの力で抑えるのはもう限界だ。構えて!来るよ!!!」

「えっ?急になんだ、何が来るって???」

 

そういうや否や、鳥居は崩れ落ちた。そう言えば、鳥居は境界。そこに居る神が災いをもたらす神であれば、そこから出てくれるなという願いを込めて作られる結界装置だという話を聞いたことがある。此処は稲荷神社であった、狐は神の使いであると当時に災いを齎す妖である場合もある。

 

「なぁ、猛烈に嫌な予感がするんだが。帰っていい?」

「何を呑気なことを言ってるんだ!君は今、君の天敵と交戦中じゃないか!」

そうだった、俺は藍染と戦闘中であった。此処の記憶に引っ張られて思わず記憶の隅に追いやっていた。

急に現実を認識してきた、ドクンドクンと心臓の鼓動が増していき、嫌な焦燥感もそれと共に大きくなる。

 

「それだったら尚更帰らないと!!!おい!直ぐに帰してくれ!!」

「無理だよ、いいから前を見て」

石段を登りきった場所、壊れた鳥居の前で2人して立ち、本堂を見据える。嵐の前の静けさなのか、シーンとした静寂が神社に広がっている。手水の水の流れる音でさえ聞こえる。

この閑靜と共に一旦深呼吸して落ち着き、藍染に最後に何をされたか思い出した。奴は崩玉を取り出し、居なくなった隊長達と同じ目にしてやると言っていた。

─────虚化だ。

 

 

 

 

「グオオオオオオオ!!!!!」

 

赤い満月、森の真ん中でそれに向かって吠える巨大な狐、その尻尾は九本ある。本堂は木っ端微塵になった。俺は飛雷神に抱えられ、階下へと飛び降りた。

 

 

「四代目が居るからって、こいつまで付いて来なくていいじゃないか………俺写輪眼持ってないのにどうしろと……」

「集中して!知ってるとは思うけど……強いよ」

 

ああ、知ってる。四代目火影がその命をもって封印した、力の塊。その意を通じ合わせる者が居なければ、ただの天災だ。それとそっくりな虚………虚だよな?あいつ、であればそれはそれは強いだろう。

 

「あいつ意思はあるよな?写輪眼で操られてた時みたいに自我がなさそうなんだが。」

「同じような状態だ、崩玉で操られている。勿論、君の敵はこれを完璧に操ることはできていないけどね。今、絶賛交戦中ってところかな!」

「…………速攻でこいつを倒して………倒せるのか?……倒して、現実に戻って藍染から逃げて研究室から色々回収して立ち去る。」

ブツブツとそう呟く。自分で言ってて死にたくなった、いや何が何でも死んでやらないけど。無理すぎるだろう。

どうせなら現実の虚化して絶賛暴走中であろう俺、虚閃でも、この際尾獣玉でもいいから研究室跡形もなく吹き飛ばしといてくれないか。

飛雷神からいい加減にしろという目線を頂いた。ああ、そうするよ。

 

「……現実逃避は此処までだ、力を貸してくれ。」

「ん!もちろんだ!」

「一閃しろ!飛雷神!!」

横にいた四代目の姿をしていた飛雷神は居なくなり、代わりにいつもの刀、というより大きめのクナイを手にしていた。

 

 

 




前話の最後にあった藍染の台詞は彼の色々な気持ちを込めた皮肉です。
「浦原くん四十六室から追われてんのによくノコノコ娑婆に出てきたな?」
「まぁココ元々お前の研究室だけどな。もうお前に所有権ないから。これからは俺が有効活用させて貰いますわ!」
「それと折角逃げのびて此処まできたのに、俺と会うなんて運悪すぎィwドンマイw」
「お前此処にいるってことは平子隊長たちもう手遅れでトドメ刺した?ねぇねぇ今どんな気持ち??」
だいぶ砕けて言うとこれくらいの意味ですかね。浦原喜助ではなく、オリ主に向かって言ってるから肩透かし食らってますけど。


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16

「嫌だ!!!やめろ!!!!!」

 

正体不明の男はそう言ったが、許しを請うにはもう遅い、実験は既に始まっていた。実験を行った霊力の低い死神や流魂街の者とは異なる反応であったので、藍染はデータを取るため様子を見た。

最初は何も起きず意識を失ったように体が動かなくなった。そのまま魂魄が虚化に耐えきれず霊圧を完全に遮断する外套を残して消えるだろう、呆気ない終わりだと予測された。

しかし、その後すぐに様子が変化した。黒い外套のせいで霊圧の変化を感じられないが、全身真っ黒だった男は虚化していき、パキンと腕のあたりから何かが壊れた音がした。

 

───グオオオオオ!!!!!!!

月を仰ぐ獣の咆哮が空へと響く。

狐の面の様な物が顔に現れ、徐々に全身が白く変化していった。藍染が発動していた縛道が音を立て崩れそうになっている。鋭い爪を与えられたその男は吠えながら動きを封じる縛道を解こうともがき、全身が虚化したと同時に終には戒めから解き放たれた。

 

「面白い、失敗作とは言え他と魂魄の反応の仕方が異なるようだ。少し君に興味を持てたよ。」

男は随所に狐のような特徴を持つ虚へと変化していきながらも人の形を保っている、中途半端な姿であった。叫ぶのをやめ、藍染の方を向いた。地に手をつき、獣が襲い掛かるような姿勢を取った。

 

「見るに耐えない姿だ、それ相応の振舞いを身に付けることを勧めよう。獣は獣らしく地に這いつくばっておくといい。───破道の九十 黒棺」

虚化した白黒の男は襲い掛かろうと地を蹴った、その勢いで纏っていた外套が脱げ、辛うじて首元で体に留まっているという状態になる。藍染の一手の方が早く、男は重力の渦の中再び地へと伏すこととなった。

 

男の外套が剥がれたことで、冷たく、重々しい、しかし荒れ狂うような霊圧を藍染は感じた。言うなれば理性などは期待できない破壊衝動に狂ったケダモノ、獣と呼ぶには高尚に過ぎよう。

 

───グルルオオオオオオオオ!!!!

 

「耳障りだ。その口を…………!!!」

男はまた叫びながら暴れようとするが、身体が思うように動かないようであった。そのまま黒棺で押し潰してしまおうと藍染が更に霊圧を込めようとした、その時であった。

 

男の口の前に霊圧が集まっていき、丸い塊が出来ていく。霊圧の高さから見るに詠唱破棄した断空では防げないと考えた藍染は、自らに向かって放たれたそれを瞬歩で避けた。

黒棺の術中でも曲がる事なく一直線に向かってきたそれに、藍染は少し驚いような様子を見せた。

 

「今のは虚閃……いや、それとは似て非なる物か。」

霊圧の集まり方やそれを打ち出す方法、圧縮密度、それらは全て虚閃とは異なっていた。浦原喜助でなかったのは残念だが、代わりにいい実験体に巡り会えたようだと藍染は考えた。

 

 

─────

 

 

「俺の心象風景とは言え、現世で住んでいた街をこうも破壊されると胸糞悪いな。」

暴れ狂う化け狐を見ながらそう思う。早速近づき螺旋丸を打ち込んで見たのだが、よけい激昂させただけで、やはりと言うべきか暴走は全く止まらなかった。

その後尻尾の一振りで遠くまで飛ばされ、アパートの壁へと打ち付けられた。

 

身体についたコンクリの破片や埃をはたきながら飛雷神に問うてみる。身体の其処彼処の傷は放置だ。

「あの、全くあれを倒せるビジョンも御せるビジョンも見えないんですがどうすればいいんですかね?落ち着かせるのはもっと無理。」

──君の一部だろ、あれは。そんな投げやりだと乗っ取られて御仕舞いだよ!それと封印はオレの得意分野だ、力になれると思う。

 

「よっし、封印の方向でいこう!」

───ん!それじゃあまたあの神社の方に誘導してくれ、ただ今のままじゃ封印されてはくれないと思うけどね!

 

現実の俺がどうなってるかは分からないが、絶賛暴走中だろう。もうこうなったら脳みそ筋肉通り越して、脳みそすっからかんレベルで暴れて回っていることを願う。どうか藍染相手に生き延びといてくれ。

 

九尾と対話をするのは封印した後だ、虚化を任意で操る術は現世に逃亡した一行に聞けばいい。今はとにかく一刻でも惜しい、そう易々と封印はされてくれ無いようなので、ダメージを入れるべく気合いを入れ直し九尾と向き合った。

 

問題はスケールの違いだ、螺旋丸を当てた所でどうにもならなかった。俺の螺旋丸が発展途中にある事もあるだろうが、何か他にダメージを入れる方法はないのか。

 

「!!」

 

九尾の様子を見ていたら口の前で超圧縮した禍々しい霊圧の塊を作り此方に飛ばしてきた、瞬時にその塊に切っ先を向けた飛雷神を発動させ、九尾にその塊がぶつかるように、別のマーキングの点へと空間を繋げ飛ばす。

塊は思惑通り九尾に直撃した。しかし期待していたよりはダメージが入っていない。相手の攻撃をそのままぶつかるのはいいアイディアだと思ったのだが。

 

───鬼道では無理だ、俺の霊圧は馬鹿高い訳ではない。忍術を模した鬼道でも同様だろう、大技の開発は成功していない。尾獣玉以上の威力なんて以ての外だ、残るは本来は対虚用の武器である斬魄刀で斬る事くらいしか思い付かないが……

 

ある事を思い付いて斬魄刀に霊圧を集めてみる、イメージは風だ。風を放つ鬼道を詠唱する際に、込めるような霊圧を纏わせる。

とにかく相手を斬る事だけを考えた、より鋭くより硬く、その状態を維持したまま、マーキング済みのクナイを逆の手で九尾の頭上へと投げ、そこへ飛んだ。

 

上から一気に下へと振り下ろす、ザシュッと音がし、血潮が飛んだ。

切り落とす事は不可能だったが、急所であろう首へのダメージは入ったようだ。

 

「螺旋丸!!!」

その勢いのまま九尾の顔周りをくるっと一周し、続けて目へ螺旋丸を叩き込んだ。

やはりその瞳に理性は宿っていなかった。飛雷神の言う通り崩玉のせいで暴走しているのだろう。

 

額へと乗り、そのまま挑発するように笑みを浮かべ見下ろす。此処までの巨体を運んだ事などないが、距離はそれ程ない。そのまましゃがみ込みマーキングを施した。

 

「距離およそ500m、一気に飛んでやる!!!!」

霊圧がごっそりと持っていかれる感覚がした。白く光った後に見える景色が変わっていた。社も鳥居も粉々になってしまった神社の上へと飛べたようである、成功だ。

 

「お疲れ様、あとは任せてもらっていいよ。」

刀から人型へと変わった飛雷神が何やら印のような物を結んでいる。倒れた九尾の上に乗り、手を付けた飛雷神を中心に黒い文字のような物が放射線状に蠢く。

そのまま光って、目が眩んだ瞬きのうちに社が元に戻った。しかし社の目の前の鳥居は以前あった物より小さく弱々しい感じがした。

 

「なぁ、もしかしてこれって藍染に崩玉を使って何かされる前に俺の中にいた?」

崩玉によって虚化した、というより崩玉をキッカケに虚が現れた、という感じがしたのでそう飛雷神に聞いた。

 

「ああ、居たよ。オレよりも先にね。」

「斬魄刀より先にか…………。それは分かった、それで此処に封印してたってことか?分かりやすいけど何でこんなとこに。」

「ん!此処にした理由は君の中の『封印』ってイメージが一番強い場所だったから。あと一つ強い所はあったけど、君の狭いワンルームの部屋の小さな押入れに封印する気にはなれなかったな。」

「お気遣いいただきありがとうございます!!!」

 

封印したい物など誰しもが持っている、その場所が俺の場合たまたま押入れの奥だったという話だ。そんな所からお宝どころか九尾が飛び出てくるなんて真っ平ゴメンだ。というかあっちも我慢ならんだろう。俺の斬魄刀の英断に感謝しかない。

 

「さぁ、ここからが本番だ。もう目を覚まさないとね!」

 

 

────

 

 

藍染の持つそれ程ではないが、かなりの霊圧が込められた塊が放たれた後、男の様子がおかしかったので観察に徹した。

咆哮を上げ苦しんでいた、右手の方から徐々に虚化が解けていく。本来の腕が見えてきていた。四足歩行を止め、立ち上がって人の形へと戻っていった。

霊圧や魂魄も死神の物へと変化していった───いや、これは人間の霊圧か?──微かに感じた違和感を藍染は見逃さず対象を観察していた、人間らしき霊圧の原因は不明だが、これは初の成功例かもしれない。

 

男は最後に残った虚化の名残である仮面を片手で剥ぎながら逆の手で外套を被り直し、完全にすっぽりと真っ黒な衣服で身体の全てを覆い隠す状態に戻っていた。

 

最後まで徹底的に正体を知らせない気でいるようだ。いつまでその気でいられるかな、と再度藍染が鬼道を放とうとしていた瞬間、男の斬魄刀が光って目の前から消えた。

 

「……消えた……だと………!」

今の能力は空間に作用するもの、空間転移などの類いであると藍染は確信を抱いた。斬魄刀がそのような能力を持つのであれば、あそこまで正体を悟らせなかったのも納得がいく。

普段から隠すことに長けており、かつ盲目──盲目の演技かもしれない──の死神をあぶり出す事を藍染は決めた。浦原喜助と共に姿を消していない限り、瀞霊廷にいる筈だ、可能性としては五分五分というところだろう。

 

 

 

 

 

 

 

藍染が傍観者を決め込み此方の様子を伺っている事が分かったので、虚の仮面を剥ぎつつ外套を被り自身の位置を確認する。

藍染と戦ってくれていた"俺"は研究室からかなり離れた所で暴れていてくれていたらしい、そのまま飛雷神を発動し研究室まで飛んだ。

一手遅れたらまた地面に伏すはめになっていたかもしれない。とんでもない霊圧しやがって、あの眼鏡がちょっと鬼道を使用しようとする霊圧で既に俺は敗北感でいっぱいである。

 

そのまま研究室一体を根こそぎ双極の丘の下まで転移させた。安心して疲れが押し寄せ、その場でズルズルと地面に倒れ込んでしまった。一体俺は今日だけで何回地面とキスをしたのだろう。

忘れていたが、俺は怪我人であった。手も足も腹も傷だらけで満身創痍だ、霊圧も綺麗にすっからかんである。特に藍染に抉られた腕は重症で血を止めようと二の腕を強く握る。

 

───ない。浦原に作ってもらった人間の霊圧を誤魔化す装置がない。

虚化の時に身体が変化し壊れてしまったようだ。ふざけんなゴムみたいに伸びる素材で作っとけと頭の中で浦原をボコボコにするも時間は帰ってこない。

 

藍染に俺の本来の霊圧を悟られた可能性がある。

ぞっとして背中に冷や汗が伝った。飛雷神も見られたのだ、藍染に目を付けられた可能性があり過ぎる、今回ばかりは自意識過剰じゃないだろう。

空間転移の能力、浦原喜助の関係者、虚化し自分の力で元の姿へ戻ってきた実験体───加えて変な霊圧──俺も科学者というか実験している人間の端くれだから分かる。こんな特殊例、絶対実験対象として見逃したくない。

 

何も考えたくない俺は服を脱ぎ捨て、温泉へと頭から突っ込みそのまましばらく浮いていた。

 



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17

馬鹿でかい虚と藍染連戦という怒涛のデスゲームを切り抜けた俺は、休む間もなく通常出勤した。前者はそもそも心象風景の話で挙句に飛雷神が封印し、後者は九尾が暴れまわったおかげで俺の勝利条件を果たせたということで、人任せもいいところであるが目をそこは瞑っておいて欲しい。

 

きちんと十二番隊に顔を出さないと不自然なので、温泉効能と回道を使って見た目の傷は完璧に治療した。そして休む間もなく出勤である。目の下のくまを隠せている気がしないが爽やかさだけは失わないよう普段通りを心がけて隊舎へと向かった。

責任者が消えたことで、局員の一人が心労を負っているとすれば疲れは見えて当然であるし、いい感じに周囲は誤解してくれるだろう。

 

「何という事だネ!?無事な試料とそれ以外を早急に分けたまえ!今日から私が技術開発局局長だヨ、さあ命令に従ってもらおうか。」

案の定研究室がずたぼろなのを見て涅マユリが頭を抱えて叫んでいる。俺を指差し命じてきた、言われる前からそうしているので安心してほしい。隊長も副隊長も失踪した直後だ、通常通りの業務は不可能であったが原因不明でぼろぼろになった十二番隊隊舎やその付近の復旧のため、俺は局員の一人として働いた。

 

原因不明ということになっているが、技術開発局の惨状はだいたい俺のせいであるので多少の罪悪感はあるが、俺が暴走する原因を作り出したのも他の何もかも全て藍染のせいなので仕方がない。涅マユリの実験器具の一部が強烈な振動でパーになっていてまた絶叫している。

 

技術開発局の資金獲得、まあ科研費みたいなものを調達するのは大体俺の仕事であったので俺も叫びだしそうである。またややこしい書類揃えて、美辞麗句を書き連ねなければならない、損害は局全体の6割という所だ。涅特注の実験器具一つにいくらかかると思ってんだ、自分で自分の仕事を増やしてしまった……いやそれもこれも全て藍染のせいである。

 

 

 

 

 

「あの、十二番隊の方にこれを渡すようにと藍染副隊長に頼まれて来ました。」

「………」

 

───今は名前さえ聞きたくない、例のあの人は早速十二番隊から探ることにしたようだ。混乱に乗じてという所だろうか、早急すぎやしないか?

 

今は総員で作業中である、その男の発言はそこまで大きな声ではなかったが誰かしらの耳には入ったはずだ。しかし誰も反応しない、おかしい。そのまま何も聞かなかったふりをし周囲と同じく無視を決め込んだ。

見知らぬ男がその発言を終え一拍ほど置いた後、涅マユリがその男に向かって発した言葉に耳を疑った。

 

「藍染副隊長、いやもう副隊長ではなくなるのかネ?何の用だ、見ての通り私は忙しいんだヨ」

「」

「結構だ。もうここは私の研究室だ、関係者以外には立ち入られたくもないのでネ。」

「」

 

察するに周囲には涅マユリと藍染が会話をしているように見えているらしい。俺には謎の男が突っ立って藍染の指示通り預かりものを渡そうとし、すげなく断られているようにしか見えない。

 

──あの野郎早速カマかけに来やがった!!!!!

これが鏡花水月の能力か、気が狂いそうだ。周囲の行動と目に見える現状がちぐはぐすぎて、自分一人別世界に立たされているような気すらしてくる。

鏡花水月にかかっていない人間と催眠下の周囲との違いが浮き彫りになるのも当然だ。早速、事を仕掛けてくるのもうなずける、正直想像以上の効果であった。これなら鏡花水月にかかっていない人間をあぶりだすなんて簡単だろう。

 

 

足音が聞こえてくる、相手が自分より圧倒的な強者であることを自覚せざるを得ない重く強い霊圧と共にこちらへと近づいてくる。

足音は二つ、歩幅が異なるようだ。体格が小さい者も来ている、どうやら市丸も一緒らしい。

 

────普段通り、いつも通り、この霊圧に反応するな、少しでも霊圧を出せば昨晩消えた男が俺だとばれる、藍染の名に過剰反応をしてはいけない。俺は人当たりのいい藍染副隊長と人嫌いの涅マユリの会話に巻き込まれたくなくて淡々と作業を進める技術開発局の一局員だ。

 

「波風さん、お久しぶりですわ。」

「!!」

背後から刀の柄で小突かれた。わざと目立たせるような真似をするなんて一体どういうつもりだ。市丸の存在について気づいていないフリをした方が良かったのではないのか?こちらとしては藍染の目の前で取り繕える自信なんてひとかけらも無い。

 

 

「何でこんな所にって顔してはるな、まあボクは狐らしいしなあ?」

「そうですね、急に現れてからかわれるこちらの身にもなって下さい。狐につままれるのはもうこりごりなんですが……今見ての通り忙しいのですけど。」

「なんや、面白みのない人や。」

「」

「ああ、藍染さん。この人は技術開発局の雑用係や、前ボクもちょっと世話になったんですわ。」

市丸は俺をかばってくれているのか?視線が噛み合う、この流れならば……

 

「……初めまして。一方的に藍染副隊長のことは存じておりますが、きちんとご挨拶するのは初めてですね。技術開発局の研究助手兼十二番隊の十九席を務めさせていただいております波風といいます。」

そう言って、市丸が藍染と呼んでいた藍染とは似ても似つかぬ見知らぬ男へと頭を下げた。俺の斜め後ろで本物の藍染がこちらを視線を投げかけているのを感じていた。

 

「相変わらず固いなあ、波風さん。ほんならまた。」

おそらく偽の藍染が何か返事をする前にさえぎってくれたのだろう、この感じだと藍染が探りに来た本命は涅マユリだな、おそらく波風に対してはそこまで興味を抱いていない。

しかし、波風は浦原喜助と同様二番隊からこの十二番隊に移籍した死神だ、調べる必要はあったのだろう。先に市丸が声をかけてくれていて助かったのかもしれない。

 

「せめて忙しくない時にお願いしますね、今心労で倒れそうなんです。一体いくつの書類と格闘しなければならないのか」

そう言った後、溜息を吐きながら、見知らぬ男に一礼に作業に戻る。下を向きそれに没頭している様子であればそう声もかけてこないであろう。

 

───あの時、軽率に藍染の名に反応し見知らぬ男が持っていた書類を受け取っていたらどうなっていたのだろう、想像してぞっとした。

 

後になって市丸に聞いたのだが、あの時周囲に見えないようにしていたのは本物の藍染1人、周囲に市丸はそのままの姿で映っていたらしい。そういう事なのであれば、市丸の存在に気付かないフリをするのは得策ではなかった。彼のファインプレーで救われた、本当に頭が上がらない。

俺が藍染に捕まって困るのは市丸もだが、同様にというかそれ以上に俺を助けるリスクは大きかった筈だ。助けてくれた恩くらいはいつか返そうと思う。

 

藍染との探り合いは精神的に非常に疲れる。護廷十三隊に一人残って、情報収集し続けるということはずっとこのような思いをし続けなければならないということなのだろうか。いつか胃に穴が空きそうだ。

松本乱菊のため、自分ではない誰かのためにずっと藍染の下で虎視眈々と下剋上を仕掛ける機会を伺っている市丸ギンの精神構造はどうなっているのだろう。俺は絶対無理だ、胃に穴が空く程度じゃ確実にすまない。

 

それにしてもこちらはあの胡散臭い眼鏡が視界に入るだけで気分が害されるというのに、一方ヨン様は何とも元気なものだ。

実験、隊長としてのお仕事、鏡花水月、エトセトラ、と俺よりやってる事は多いはずなのに全く疲れを見せていない、いつ寝てるんだよあいつ、化け物か何か?

昨晩の実験なんて日常の内の些細な出来事でしかないということなのだろうか、こちらはまさに生死をかけた戦いであったのにその余裕を少しくらい分けてほしいものである。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

昼の業務を終え、すぐに双極の丘の下へと向かった。浦原へ届けなければならないものが大量にあるし、俺自身の資料もある、振り分けて現世へと送らなければならない。

一週間ほどろくに寝れていないせいでふらふらであったが、それらを仕分けて自身の研究室も丘の一角に作り、昨晩同様温泉の中に倒れ込んで浮いていた。もうこのまま寝れる。

 

「随分と忙しいようじゃな、喜助に渡す分はあの一帯の物かの?」

「ええ、そうです」

「では儂が持っていこう、おぬしにもあやつらの潜伏先を教えなければな。」

「お願いします…………って夜一さん!!??」

 

声のするほうを向いて見ると可愛らしい黒猫が湯につかっていた。俺はすぐさま下半身を湯の中に沈め、桶の中に置いていた布を取り腰に巻いて露天の縁に座る。なんでだ、ふつう逆だろう……

 

「十二番隊隊舎の襲撃事件の犯人は喜助ということになっておるがあれはおぬしの仕業じゃな?」

「浦原のせいになっているんですか。藍染の仕業ですよ、浦原の研究諸々を奪取しようとしたので俺がそれを邪魔しようと四苦八苦した結果です。」

「つまりおぬしの仕業じゃな、何が起きた。」

夜一さん、一体どこからその情報を仕入れたのですか、俺より耳が早いってどういう事と思わなくもないが、相手は隠密機動隊元トップだ、もはや何も言うまい。

 

「藍染が俺を実験体にしようとして、俺が暴走した結果ですね。」

「!自力で死神へと戻ったのか!」

「俺の斬魄刀は封印といった類も得意だそうでして、今のところ何とか戻って来れましたが、不安定のように感じます。できるだけ早く浦原には虚化の克服法を開発してもらわないと何がきっかけで俺の中から虚が出てくるか分かりません。」

「斬魄刀の力か、そうであるなら他の者には使えんな。……喜助にもそう伝えておこう。」

「ありがとうございます。ところで今日藍染の能力を目の当たりにしたのですが、やはり恐ろしい力です、戦闘時に使われたら何が起きたか分からないまま絶命という事になってもおかしくありません。」

 

そう言って今日起きた出来事についても語った、市丸の事は誤魔化しつつ周囲の様子と俺の見る景色のちぐはぐさを伝えた。

藍染側にこちらに協力してくれているスパイが居ることは、聡い夜一さんの事だ、何も言わないが察しているかもしれない。

 

「藍染と実際に対峙して、おぬしの目から奴はどう映った?」

「勝てる気がこれっぽっちもしませんね、鏡花水月の能力抜きで。そもそもあれは馬鹿じゃ使いこなせない能力でしょうが、頭も霊圧も今の尸魂界に比肩する者が居ない。俺の能力を持ってしてさえ、逃げ延びることが出来るかは賭けでした。」

「そうか、状況は想像以上に逼迫しておるようじゃの。護廷十三隊も四十六室も奴の能力の支配下、信じられるのは己のみか。波風、儂も含めすべてを疑い続けよ、油断するな、信じるな、必要とあらば周りを見捨てろ。おぬしが立ち向かうのはそういう相手じゃ。」

「……ハイ、軍団長閣下」

 

ふざけたつもりなど無いのだが、猫の爪に引っかかれた。仕方がないじゃないか、こんな状況になってしまったが俺の中の夜一さんは師匠で、恩人で、上司の、尊敬するべき人なのだ。不貞腐れたような黒猫を見て、引っかかれて痛いはずなのに何故だか笑いが込み上げてきた。

 

情に棹せば流される、か。人と関わる事など殆ど無かった更木での生活とは大違いだ。精神的にきつい事は、死神になってからの方がずっとずっと多い。まぁ更木での生活なんて思考を停止して生存本能のみで刀を振り回していたようなものだしな、まさに脳みそ筋肉生活である。

命と仲間以外の何もかもを失うと分かっている少女を見捨て、大恩を受けた人達を疑い利用し、ただ独り自分だけを信じ続けて藍染と探り合い、なんて辞めて現世へと移住したくなる。こんなに感傷的な気分になるなど俺らしくもない。

 

見失うな、俺の最終目標は自身のあるべき場所、あの退屈だった日常へと帰ることだ。それを願うのは正しく俺自身だ、俺と……おそらく現代に置いてきてしまった俺の身体は、生きのび、元に返りたい、そう思っている。

 

現世に行けば、夜一さんもテッサイさんも浦原もいる、きっと文句を言いつつも楽しかった四楓院家居候の時みたいに過ごせる。藍染だって黒崎一護が倒してくれるだろう、知識も情報もツテもある、必要以上の援護だってできる筈だ。

だけどそれでもきっと、俺は自分は異邦人であるというこの感覚を忘れられない、そして彼らは何も言わないだろうが、それを悟ってしまう。今ここで逃げてしまっては、俺はずっと、地に足を付けず、宙ぶらりんでこれから生きていく事になるだろう、それは我慢ならない。

 

「夜一さんが此処にいてくれてよかった、少しだけスッキリしました。俺は人でなしであり続けますよ、この尸魂界で藍染相手に必ず生き残ってやります。だって、生きたいと渇望するのは誰よりも俺自身なのだから。」

そして、藍染の崩玉から奪われた物を奪い返し心象風景でない、現実のあの場所へ帰る。

 

色々と吐き出せた事で藍染によって連日受けた精神的ダメージが回復した気がする。じと目で見てくる猫の頭に手を乗せた、そのまま横に動かす、黒猫は大人しく撫でられてくれていた。

先程とは違う、心からの笑みがこぼれた。やはりアニマルセラピー効果はすごいようだ。

 

 




なおこの後ハッとなって上裸で褐色美女の頭を撫でている事実に気付く模様


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18

昨晩投稿し忘れてたみたいです、ここまで投下しておきます。


あの後、瀞霊廷はがらっと空いた隊長や副隊長の席に座る者を決めようと慌ただしい雰囲気であった。何の問題もなく、藍染は隊長となり、他の隊長副隊長も軒並み顔ぶれが変わった。

 

職場で一番顔を合わせることが多くなったのも、隊長になった涅マユリや阿近といったインテリ勢である。

今まで俺は、事務仕事、研究助手、自分の研究、虚退治と雑用係のように何でもやっていたのだが、涅マユリはあの見た目で驚くことなかれ、非常によくできた上司であった。

組織を一新し、事務員と研究員をきちんと分け、効率の良い組織体制を作り上げていった。俺はもっぱら研究員としてラボに籠りきりになった。藍染と顔を合わす機会も減るのでありがたいことである。

 

そうして新体制に慣れてゆき、落ち着いてきたあたりで、浦原達のいる現世へ向かった。俺が数日隊舎に居なくとも、俺は所詮十九席という席次なんてあってないような最低位の物であるし、迷惑は掛からないだろう。

 

「少しは落ち着いたようですね、安心した。虚化を食い止める方法は何か見つかりました?」

「そうっスね。虚化を治す方法は見つかりませんでしたが、それを制御する方法なら見つかりそうっス、今皆さん訓練している所ですよ」

「なるほど。俺もその制御訓練とやらを見物してもいいか?」

「それはボクに聞くことじゃなくて……「波風!こっちに来とるなら挨拶くらいしろやこのハゲ!!」……」

 

純和風の日本家屋の一部屋で浦原と話をしていた所、襖がスパーンと勢いよく開けられた。早速怒鳴り込んできたようである、もちろん飛び蹴り付きで。

その様子を見て、元気でやってるならよかったと親戚の子を見るジジイのような気分になった。

 

「波風サンは先ほど到着したばっかりっスよ、ひよ里サン。話は聞いてました?」

「コイツ下に連れてってボッコボコにして吊し上げとりゃええんやろ!?何やコソコソしよって。ムカつくツラ一回ブッ飛ばしたかったからちょうどええわ!!!」

「……そうっスね!!よろしくお願いします!」

「おいっ、違うだろ!ここは止めるとか、お手柔らかにとか言う所ですよ!?元部下に対してあたり強すぎませんかお二人とも!」

「先に行っといて下さいっス、後からボクも追いかけます」

「無視ですか、俺は強制参加!?」

 

俺の隊の元隊長、元副隊長はこんな時だけ息がぴったりであった。思ってもみない裏切りを受け、何もできないまま襟首をつかまれてずるずると連れていかれてしまった。浦原はいい笑顔でひらひらと手を振っている。

 

 

「着いたで!」

「え、ちょっ、何する気ですか!?待ってください!!」

目的の部屋に着いたらしく、猿柿ひよ里は立ち止まった。今度は正面から襟元をつかまれ、閉まったドアに向かって思いっきり投げられた。俺が当たったその衝撃でドアが開いたようで、無事に中に入れたはいいが最初に目に入ったものは視界いっぱいいっぱいの地面であった。

 

「おう、待っとたで。」

「…平子隊長………」

顔をあげてみると、元隊長、元副隊長が勢揃いしていた。あまり優しいとは言えない視線が飛んでくる、どうやらこちらを値踏みしているようだ。

 

「もう隊長やないわ、アホ。癪なことに今は藍染のハゲが隊長や!シンジでええ」

「では、平子さんと……」

「かーーっ!もうええわ、それで」

 

ひとまず、全員に向かって挨拶をし虚化制御の訓練を見学したい旨を伝えてみたのだが、やはり強制参加になってしまった。俺のことは事前に知らされていたようで、今後のためにも実力を図りたいらしい。

 

 

 

───ガァン

平子真子は何の予告もなく突然斬りかかってきた、それを始解もしない飛雷神で受け止める。

 

「隊長格になる為には、手や足が出るのが早くなければ駄目って決まりでもあるんですか?」

「拳西ーほーらーー言われてるよ?」

「てめえ、真白!!あいつこっちは向いてなかっただろ!!ふざけんな!」

そうだ、六車拳西がどうであるかは知らない。顔的に完全に口より手足がでそうなタイプに見えるが、その実ちょっと優しいヤンキータイプとみた。

 

「それ誰のこと言うてんねん!!コラァ!!!こっち見んなや!!!」

「自覚あったんですね、猿柿元副隊長」

「オマエそんな事言うキャラとちゃうやろ!ゴチャゴチャぬかすんなら後で痛い目見てもらうで!!」

「誰も彼もあのポンコツみたい思ってへんやろうな?違うで、あんなんばっかやったら護廷も終わりや。」

「護廷なんてもう終わってるみたいなもんでしょう、あの眼鏡、護るどころか反逆を企てるような奴にしか見えません。それと、キャラ云々の事ですが、此処ならあの眼鏡のよく見える目は届かないでしょうし、もういいかなと。」

 

そうこうしているうちに段々と戦いは白熱していった。周囲の俺の見る目もそれに伴い少しずつ変化していったように思う。

 

 

 

「思っとったんのとだいぶ違うなァ、波風。そんな荒々しい剣しとったんか、十一番隊の方が似合っとったんかちゃうか?」

「それ、だけは……ごめん、ですね!!」

刀で打ち合いながらそう会話をする、手加減無しで斬ろうとしてくるので此方も取り繕う余裕がない。十一番隊とか絶対に嫌だ、後々更木剣八が入ってくる隊など心の底から遠慮する、今思い返しても奴相手に更木で生き残れたのは奇跡に近かった。

 

キーンと刀と刀が打ち合う音が響く、段々とその音以外にも別の音が混じっており、それが大きくなっていることに気付いた。

 

───グオオオオオオオ!!

遠くから獣の声がする、何故だ、封印していたのではないのか?まだ命の危機と言えるほど追い詰められている訳ではないのに、虚の力が少しずつ近づいて来るような感覚がする。

 

目の前の男はニンマリと笑っている、俺に何かしたのか。

 

「あれェ、今頃気付いたんか。ばれんよう少ーしずつ虚の霊圧出しとんの。もう遅いわ、そろそろ引っ張られる頃や」

目の前の戦いに集中できない、唸り声が少しづつ大きくなっていく。やめろ、アレはこんな所で見せられるものではない。記憶にはないが、あの藍染相手に多少はやり合えた化け物だ。

封印をしてくれているはずの飛雷神は何をしているんだと思い、始解を試みるがうまくいかなかった。こんなことはきちんと斬魄刀から名前を聞いてから初めてで困惑する。

 

「!!なぜ!!」

「スミマセン、夜一サンからあなたの斬魄刀が封印の役目を果たしていると聞いていたので、さっき波風サンがお手洗いに立つ時細工させてもらいました。」

「……浦原……!」

気付けば浦原も部屋に入っていた。アレが表に出てくるのはかなり危険だと分かっているから、とりあえず見学だけさせてもらおうと考えていたのに……もうもたない。意識が遠のいていく感じがする。

「………一つだけ言っておくが俺の虚化は、荒れるぞ。」

 

───ウガアアアアアア!!!!!!!

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

俺は社の目の前に立っていた。中から声が聞こえるので、木でできた扉を開け、そこに入る。こういう神社では御神体として鏡が置かれている場合が多いと思っていたのだが、それは違ったようだ。中心に狐の面が置いてあった。

 

何かに導かれるようにその面を手に取り、顔につけてみる。面を被る際、一瞬遮られた目が再度光を映す頃には、俺は知らない場所に立っていた。周囲を見渡しても一面何も無い、水の上であった。いつから俺はチャクラを使えるようになったのやら。

 

大きな狐がこちらを見つめていた。以前見た時と違い、その瞳には理性の色が宿っている。

 

「やっと来たか。お前は肝心なところでいつも詰めが甘い。」

「お前が俺の中にいる虚だな、思ったより荒れ狂ってはないようで安心した。」

「ワシはお前の魂から生みだされた存在だ。外からいれられた力よりは、まだ協力的だろう。」

「ああそう、それならその力貸してくれるのか?」

獣は唸りをあげた、肌にびりびりと音の衝撃が伝わってくる。

 

「甘いわ!!!ワシも舐められたものだな、このままで力を貸してもらえると本当に思っているのか!笑わせてくれる、頼りないお前を呑み尽くしてワシが表に出てやろう!!」

「ちょっ、待て!!俺、斬魄刀持って無いんだが!?飛雷神どこだよ!!」

 

無視され、早速重たく大きい爪が振り下ろされた、避けるが余波が大きい。水面が揺れ、波のようになっている。

一撃でも食らったら、普通に即死レベルなのだがどこを持って協力的だとほざいてるのだろうかこの化け狐。瞬歩を使って、顔の前まで跳んで、螺旋丸を作ってぶつけてみた。

 

「そんな物が効くと思っているのかァ!?」

ほぼノーダメージである、ただ崩玉によって暴走させられていた時よりはっきり言って強い。前脚で殴られる寸前だったが、体を捻ることで間一髪避けた。

 

「縛道の六十二 百歩欄刊」

動きを封じる棒状の光が降り注ぐ。狐はそれを九つの尾で払った。

 

そして、九尾はその荒々しい霊圧をもって威嚇して来た、この霊圧を纏った状態では触れただけでも重傷を負ってしまう。怖い、死の恐怖から体の芯が冷えたような感じがする。

 

「どうした、そんなものかァ?ならば死ね!!!お前を今此処で殺す事が出来れば全てがワシのモノだ!!!」

 

 

───巫山戯るな、死にたくない。生きたい。俺は帰りたい、死んでたまるか!!!

自分が死ぬくらいなら………相手をどうやってでも殺す。

斬魄刀はない、螺旋丸も効かない。そう、最初に戻っただけだ。力も武器も技術も、初めは何も持たなかった俺は弱さを呪い、強くなろうとあの更木で我武者羅に血を浴びて生き抜いた。

刀が折られたらどうしていたか、矢が無くなったらどうしていたか。

 

決まっている、相手から奪えばいい。

 

「その霊圧を、力を寄越せ!!俺を呑むだと?やめとけ、消化不良を起こすぞ。逆だ、俺が」

 

手先にありったけの霊圧を込める。

以前斬魄刀に風系の破道を使う時の霊圧をイメージし変化させて纏わせたように、雷系の破道を使うイメージで、手先にそれを圧縮する。

 

「喰らってやる」

 

夜一さんの瞬閧は、それを使う時両肩、背中に圧縮した鬼道を纏って戦っていた。それと、ある忍術に構想を得て作った術がある。いつもは圧縮しきれず失敗していたが、今なら行けそうだ。目の前の相手を殺してでも生き残る、その衝動に突き動かされていた。

言うなれば亜種瞬閧だが、この術の名前は……

 

「雷切!」

 

見た目だけなら完璧にそれだ。肉体の一点を超強化する技をこれ以外思いつかなかった。

青白く光りながらバチバチと音を出す左手は、まるで相手の肉を切り割き抉る捕食者の爪ようにも見える。そのまま九尾に突っ込んで、その腹に穴を開けた。

 

 

 

 

「チッ、獣の本能を忘れてはいなかったようだな。それを忘れるな、死にたくないなら殺せ、奪え。お前と共倒れなんぞ我慢ならん。死なない程度には力を貸してやる」

そう言って九尾の狐はその姿を消していく。

 

「これでお前が勝手に暴走することは無いんだな?」

「阿呆か、お前が死んだらワシも死ぬ。お前が弱いならワシはいつでも喰らう気でいるぞ。」

「大丈夫だ、最悪飛雷神使って逃げる。逃げれば死ぬことはない。」

「お前はアレを随分と信用しているようだな。」

「そりゃそうだろう、お前もそうらしいが俺の魂を元に生まれた物なんだろう?しかもあっちは俺に取って代わろうなんてしないしな。」

「だから詰めが甘いと言っておる。浅打や斬魄刀はただの道具だ。お前の純粋な死神の力、それ自体は、一体どこで手にした?」

「尸魂界に来た時に何かに目覚めたのかとでも思っていたが違うのか……?霊圧は人間ぽいって……」

「おめでたい奴だ。お前はあの街に住んでいた時、幽霊を見たことがあったか?霊力なんて持っていたのか。欠けて変化してしまっているが、魂それ自体は生きた人間のそれだからな、霊圧が人間のようと言われるのは当たり前だ。」

「そんなもの感じたこともない。それじゃあ俺は、俺の、この死神の力は譲渡されたものなのか?」

 

 

気付けば社の前に突っ立っていた。九尾は質問に答えることもなく、消えていったようだ。扉の穴から、狐の面は変わらず祀られているのが見えるが、もう扉は開かなくなっていた。声も聞こえない。

 

後ろを振り向くと、飛雷神が立っていた。さらにその後ろに見える筈だった鳥居はもうない。

先程、九尾に言われた言葉が蘇る。少し顔が引きつって警戒の色を浮かべていたのが分かったのだろう、飛雷神は真剣な表情でこう言った。

 

「アレに何を言われたのかは知らないけど、君が………君の心が、魂が、生きたいと願うのならオレは全力で手を貸すよ。何があってもそれを違えることはないから安心して。」

本心からそう言っているように見えた。

 

「ああ、疑心暗鬼になり過ぎていたみたいだ。あなたはいつだって俺の命を救おうとしてくれていた。信じるよ。でももう封印はいい、あの虚は俺が自分自身で制御しなきゃならないものだ。色々とありがとう」

「ん!外はめちゃくちゃだけど頑張ってね!」

「えっ」

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

 

あの制御訓練を行っていた部屋に意識が戻り、仮面を剥がれ落ちた後周囲を見渡すと屍累々という感じであった。

やはり相当暴れまわってくれたらしい、地面も壁も天井も様々なところが抉れている。

 

「ばんばん虚閃を撃ちおって!アレほんまに虚閃か!?黒いし、色々と桁違いや、とんでもない霊圧しとったしなァ」

「記憶には無いですが……すみません、みなさんにはご迷惑をお掛けしたみたいですね。」

 

かなりボロボロにしてしまったみたいだが、先程より好意的な目線が増えている。認められたようだ、やはり理性なし虚化状態の俺はかなり強いみたいだ。

ちなみに人間っぽい霊圧はバレていない。壊れた後、浦原に霊圧を誤魔化す装置をもう一度作ってもらっていた、伸縮可能で、人間っぽい部分を感じさせないようにするだけの物に改良してもらった。同じ過ちを二度も犯すつもりはない。勘づかれると色々と面倒だ。

 

その後、包帯だらけの体で飲み会が始まった。テッサイさんが外から色々と買って来てくれたらしい。おつまみや食事自体も全部作ってくれたみたいだ、飾り付けまで完璧で普段とのギャップに笑ってしまった。

 

「あれ、それは…?」

「最近現世で流行っているビヤというやつッスよ。」

「ああ、ビールですね。」

「一杯どうっスか?疲れた体に染み入りますよ。」

「……飲みたいのは山々なんですが遠慮しておきます。それを飲むのは、狭くて暑苦しい部屋の中、大して美味しくもない缶に入った安物だと決めているんです。」

「えらく具体的ですね、缶に入ったものは見たことがないっスけど……」

「いずれ作られますよ、たぶん。」

 

現代に戻って、手に持っていたビニール袋に入っているロング缶を開けるまではビールは飲むつもりはない。それがぬるくなってしまっているのか、冷たいままなのか確かめるのも、身体に返ってからのお楽しみだ。



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19

九尾を何とか抑えることができた事で、俺も虚の霊圧も使えるようになったので、地下の虚化鍛錬場を破壊して回った次の日から早速虚化の訓練に参加した。

俺が虚化すると、社にあった狐の仮面が顔に張り付くように出てくる。そのまま虚の力を使おうと試みるが、冷静な思考を保つことが難しく、どうしても乱暴に剣を振り回してしまった。まだコントロールが完璧ではなく、虚の力に振り回されているみたいだ。

 

飛雷神はというと、虚化モードの状態で始解されるのが嫌なのか、何なのか、始解のクナイの形にはなってくれない。始解前の浅打と同じ形をした斬魄刀に霊圧を纏わせ、目の前の相手に猛攻する。久南白と打ち合っていたのだが、互いに剣が手から離れ次第に何でもありの異種格闘技のようになっていった。

 

「必殺!白パーンチ!」

「……はっ」

 

ふざけた必殺技であるが、名前に反してとんでもない威力である。少しくらっただけで視界がぐらつくほどの衝撃を受けた。

そうして殴り殴られをしているうちに急速に虚の力が遠のいていく感じがした、虚化の持続時間は現時点において遥かに彼女の方が上であった。

 

「いえーい!白の完勝!ってことでここの片付けよろしくね!」

「ハイ」

 

ぐうの音も出ない、口の端についた血を拭いながら立ち上がった。まだ頭がぐらぐらするが、訓練に参加させてもらっている立場で、かつ勝負に負けた手前何も言えない、無言で荒れ放題になっている訓練場を片付け、修復していった。

ふらつきながら仕事をしていた俺を見かねたのか、有昭田鉢玄が手伝ってくれた。彼の力で一瞬で綺麗になったのを横目で見つつ何とも言えない気持ちになってしまったのは秘密だ。

俺にも彼の使った空間回帰の能力は使えないだろうか、色々と便利そうなので有昭田鉢玄に教えてもらおうと話を切り出した。

 

 

 

 

 

「っとこんな感じでしょうか?」

「こんなにあっさり習得されるとこちらとしても形無しになってしまいマス」

「いや、有昭田さんよりも遥かに時間がかかりますし、何より範囲が狭い。これじゃあ使い物になりませんね。コツは掴めたのですが」

「……アナタは回帰という能力と本来馴染むハズなのデスが、何かがそれを阻んでいるようにも感じられマス」

「つまり元に戻す力という事ですよね?それを阻む力があると?」

「イエ、どう表現すればいいのかワタシも悩むところデスが、回帰というよりも原点から変化を嫌うと感じられマス。それが元来あるべき形への回帰という力として使用可能なのかもしれマセン。」

「そうですか、俺も自身の霊圧やら能力やらさっぱり分からないことが多いので大変参考になりました。ありがとうございます。」

「はっきりと言える事が無くてスミマセン。言い訳にもなりませんが、アナタの霊圧は一見、一般的な死神の物に感じられマスがその実非常に捉えにくい。」

「ああ、それについては思い当たる所があります。藍染対策ですので大丈夫です。」

 

そんなこんなで実践では到底使用不可能なしょぼい空間回帰の力を手に入れた。時空間忍術っぽいし使えるかなと期待した通りすんなりと習得できたのまでは良かったが、戻り方が歪だし、原理もよく分からないので無機物に使うことはしても他人や自分相手に使わないことを誓った。

 

有昭田鉢玄の発言を察するに俺本来の霊圧、いや霊圧自体本来的に俺の物ではない可能性を九尾に示唆されたので別の表現がいいかもしれない。俺自身が本来の持つ性質が、原点からの変化を嫌うというのなら、納得できることがいくつかある。

現代社会で生きた俺の記憶が全く薄れる気配がないのも、現代へ帰って身体へと返りたいと願うのもそういう事だろう。そしてそれを阻む力がある。

……俺は一体何を信じて生きていけばいいのか、斬魄刀も虚の力も、自分自身ですら信じられない、疑心暗鬼に陥りそうである。

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「藍染は浦原、あんたの崩玉を狙っていますよ、しっかり壊すなり何なり奪われない方法を考えといて下さいね。」

「分かってますよ、もちろん単に破壊するでなく分解する方向に重点をおいて研究するっス。」

「それは助かります。俺はただ、藍染の崩玉の中に奪われたものを取り返したいだけだ、崩玉を分解できる方法が見つかればそれが最善です。」

 

浦原の創造した崩玉を前に、それについての話をした。破壊しろ何のと俺は言ったが、藍染の手に渡ってしまう危険性も考慮した上で、浦原の崩玉が壊されてしまうのは俺にとって困ったことになるだろうと考えた。

 

浦原の崩玉を手に入れようと画策し、朽木ルキア処刑未遂事件を起こした藍染がどう動くか予想できなくなるのだ。それに藍染が全面的に尸魂界と対立してくれないことには、原作の一連の流れが成立しない、それでは黒崎一護が藍染を倒せるほど成長するとは思えない。そして、彼無しで藍染を倒して、崩玉を奪い、安全にそれを研究できるとは考えられない。やはり、浦原の崩玉は原作通り破壊不可能で、朽木ルキアの入っていた義骸に封印するという流れが望ましいだろう。

 

──そもそもその材料となった俺の一部を回収するため破壊したいのは、浦原の崩玉ではなく藍染の崩玉なのだ。浦原の崩玉は藍染のそれを表に引っ張り出す餌として働いてもらう方が都合がいい。

 

透明のガラスでできたようなその物体を見ながら考えていたら、崩玉が一瞬青白く光ったような気がした。しかし、浦原が何の反応も寄越さない所を見ると、月明りの具合で一瞬そう見えただけなのかもしれない。深く考えずに会話を続けた。

 

「では、俺は引き続き技術開発局の一職員として尸魂界で働きます。藍染への注意を怠るつもりは無いですが、積極的に奴から情報を奪う危険を冒すつもりなので、もし俺に何かあったらここに匿ってください」

少し冗談めかしてそう言った。現世と尸魂界を繋げるほど俺の霊圧は高くないので、さすがに飛雷神を使ってここまで一足飛びとはいかない。現世まで地獄蝶なしに来れるルートをいくつか確保しておかなければならなかった。

 

「何かあったら西流魂街まで逃げ切って下さい、現世まで繋がる道ならそこにあるっス。波風サンの能力は逃げることに関して、右に並ぶ者はいないっスからね!楽勝でしょう!」

「確かに物理的な退路なんていらない、でも戦略上のそれは別ですよ。現に逃げられない状況だったので、先日藍染と真っ向からやり合う羽目になったわけですし。」

「はいはい、それを考えるのはボクの役目っスね。……尸魂界関連の情報報告を怠らないようにして下さい、少しでも危険を感じたら逃げてきて結構ですよ、一人でそこまで危険を冒す必要もないッス。対藍染の切り札は今の所アナタだけっスからね、無茶はしないように。」

「了解しました、元隊長。心配せずとも俺の逃げ足だけは一級品らしいのでね。では、また。」

 

浦原から崩玉についての資料をもらい受け、尸魂界へと向かった。また市丸から情報を貰いながら進捗の出ない研究を続けなければならない。藍染は崩玉をそれこそ自分自身以上に丁重に、厳重に保管しているそうなので、何をどう足掻いても盗みとれる気がしない。

実物が無いのにどう研究すればよいのだろう、正直浦原の崩玉とその研究結果だけが頼みの綱である。自分で研究するよりはるかに成果を出してくれそうなので、俺はとにかく情報収集とその報告に徹する方向で行こうかと考え始めた。

 

それにあと一つ俺には重要な研究事項がある、どうやって現代日本へ帰るか、という事だ。大霊書回廊で文献を発掘するくらいしか思い浮かばないが、それを読むにはまた市丸頼みである。自分自身だけでできることは本当に少なく、少しだけへこんでしまった。他人任せの事が多すぎる、せめて藍染と戦って3分もつくらいには強くなろうと決意した。

 

「死神が強くなる方法か、虚化の力の制御はこれからコツコツとやっていくとして、一番強くなるには卍解が手っ取り速いのかもしれないな」

「何をブツブツ言ってるんですか、いや!そんなことよりも聞いてくださいよ!今から十一番隊の隊長に挑みに来た奴と隊長の一騎打ちが始まるそうですよ、見に行きましょう!何でも相手は死神ですらない、更木出身の荒れくれものだそうですよ!」

「……えっ!!?」

「やっぱり波風さんでも興味あります?そんなに驚いているの初めて見ましたよ、ほら、早く!」

「あ、ああ。行きましょう。怖いもの見たさではありますが、興味はあります」

 

強くなろうと考えていた時になんとタイムリ―なことだろう、戦闘力の塊である更木剣八が隊長相手に喧嘩を売りに来たようだ。浦原が隊長だった時から付き合いのある隊員と共に見に行くことにした。

今までの俺なら何かと理由をつけて更木剣八との接触を避けただろうが、強くなろうと考え始めていた時に純粋な戦闘力だけでいうと俺の出会った誰よりも強者であるあのケダモノの戦いだ、何かの参考になるかもしれない。

 

 

 

 

戦闘が始まると同時に決着がついた、あまりの威圧感に誰一人として声を発することができずにいた。圧倒的な強さだ、戦闘狂の気がある者ならみなあの姿に憧れるだろうという男の後ろ姿に俺は恐怖と安堵を感じていた。

以前よくこんなのと戦って逃げ切れたな、という安堵と再び戦う羽目になったら次は死ぬという恐怖だ。その余りにも強すぎる男は鬼厳城隊長から十一番隊の羽織をはぎ取りそれを羽織った。

大歓声である、血の気の多い連中が多い十一番隊の隊員にはこの強すぎる隊長は受け入れられたようだ。他の隊から来た野次馬連中はそれと反対に青ざめている者が多かった。

 

更木剣八本人はと言うと、興冷めした、という顔を隠そうとしていなかった。隊長に挑んだはいいが弱すぎて話にならなかったのであろう、十一番隊の連中に話かけられても面倒臭そうに応対していた。

こんな戦いを見せられたら、卍解なんて目指すのではなく、生き残るために純粋に刀を振り回す更木のあの頃を思い出し、一から鍛え直すのが結局は一番の早道なのではないかと思ってしまう。脳筋になるのは御免だとあれだけ思っていたが、生き残るために必要な物を更木剣八は全て持っていた。戦って戦って、生きるためがむしゃらに野生動物のように生きていたあの頃が一番成長していた事を思い返し、初心に帰って刀を振り回す訓練をすることに決めた。虚化もその中でマスターしていこうと思う。

そうして更木剣八の戦いに魅せられていた俺は、隊員と話終えてこちらに渦中の本人が近づいてくるのに気づくのが遅くなった。

 

「お前、技術開発局って所の局員らしいな。」

胸倉を鷲掴みにされてそう言われた、滅茶苦茶すごんでくる。爽やかさなんて吹き飛ばし、生存本能マックスで警戒してしまいそうになるのをなんとか抑え、俺は震えるふりをしながらこう答えた。

 

「はっはい、おっしゃる通りですが、何か御用でしょうか」

「これじゃあどうにもつまんねえ、隊長ですらこの程度とは話になんねえな。俺の力を抑える道具を作れ、できるよな?」

「涅隊長に話をしておきます」

先ほど話をしていた十一番隊の隊員に何か吹き込まれたのだろう、その隊員の顔は覚えた、余計なことをしやがって。作るとは確約せずに、隊長へと話を通すとうやむやにすることで、本人の望む物が手に入らない場合は涅マユリへ不満が行くよう誘導した。俺のことなど忘れてくれているといい、文句は全部涅マユリへ言ってくれ。

 

 

 

 

 

 



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20

「だいぶ遅くなりましたが、以前はありがとうございました。藍染相手にあんな即興の芝居で騙せたのか不安は残りますが、あの後何の問題も無く過ごせているのでひとまずそういう事にしておきます」

「なんや、えらく自信なさげやな。安心しいや、波風さんの化けの皮の分厚さは藍染さんとどっこいどっこいだと思うで」

「失敬な、あの眼鏡ほどうさんくさくはないですよ。」

「それこそいい勝負や、謙遜せえへんといてください」

「……こんな生産性の欠片も無い話はやめましょう、それよりも最近の藍染の動向ですが。」

 

大霊書回廊に藍染とその信奉者どもが居ないと市丸ギンに言われたので、早速忍び込んで資料を探りつつくだらない話をする。ポンポンと会話が続くのだが、殆ど毒だらけなので嫌になる。現時点では違うかもしれないが、原作スタート時のうさんくささランキングで言ったらお前がぶっちぎりの一位だぞ、と言いたい気持ちを抑え口を噤んだ。

 

「最近はもっぱら虚相手の研究に精を出しではるな、以前からの続けとった研究が崩玉のおかげでえらい進むようになったみたいやで」

「そうですか、虚の研究ねえ……」

思いつくのは、一体の改造虚だ。確か朽木ルキアが自分の上司を刺し殺さなければならない状況になった原因を作った、気味の悪い見てくれの虚。詳しい話は覚えていないが、破面編でも何らかの形で関与していたように思う。

詳しく聞く必要がありそうなので、資料を見せてもらおうと頼んだ。

 

「研究対象の虚関係の資料はここにはあらへんで。纏まったらまた渡しますわ。」

「ありがとうございます。一例だけでもいいので、話を聞きたいのですが、何か特殊な能力を持つ虚だったりしたんでしょうか?」

「そうや。前は戦った相手の力を乗っ取るとか何とかで変わった力を持つ虚を捕まえて研究してはったなぁ……数が膨大すぎて詳しくは思い出せへんわ、そっちはボクもあんま関わってないからはっきりした事は言われへん。」

「無理を言ってすみません、またその件に関しては日を改めて聞く事にします。……それと一方的に世話になりっぱなしなので、いい加減心苦しいといいますか……頼みがあればできる限り聞こうと考えていますが、何かありますか?」

「…………今のとこ思いつかへんわ。それよか崩玉の中のもんの取り出し方、頼むで。」

「一瞬言い淀んだ様に見受けられましたけど、良いんですか?顔に似合わず恋愛関係の悩みだったりします?」

いつも以上に笑みを前面に出し、少し茶化す気持ちで言った。一瞬開けた口の形は俺の想像する人の名を音にしようとしたと見て正解だろう。

 

「そんなんじゃあらへん。それに波風さんには貸し作っといた方が後で役に立ちそうや。」

なんとなく怒気を感じるものの、何の表情も変えずにそう返してきた。特に動揺も見られない。

しかし、彼の心中を勝手に想像してまた俺は、ここまで世話になっているのだから松本乱菊にこっそりと気を配るくらいはしようと思った。市丸なんて関係なくともあの美貌と胸だ、嫌でも見かけたら目が向かうだろう。

 

「貸しをちゃんと返すような男に見えたのなら重畳です。」

「甘いわあ、そうやって皮肉混じりに警告してくる時点で甘いで。その甘さのせいで余計なもん考えとるから色々と失敗するんちゃう?」

「あなたが俺の事をどう考えてようが構わないのですが、とにかく他の情報があればよろしくお願いします。俺の方も崩玉の研究に関しては努力を重ねますので。」

俺が市丸の事情を少しとは言え探ってしまった事に腹を立てていたのかもしれない、市丸は普段は踏み込んでこないような事まで言及してきた。お互いに何かしらの事情があってそれに踏み込まないのは暗黙のルールだった。訳ありの人間は訳ありの事情に深く突っ込まず、利用できる部分を利用するだけするものだ。

 

それにしても嫌なことを言ってくれるものだ。自分がどこか甘さが抜けきってないのは重々承知している、元が平和な社会でのうのうと生きてただけの現代人なのだ。目の前で自分と仲良くしてくれていた人が死にかけていたら自分は手を出さずにいられないのだろう、きっとこれからもずっと。

いくら数年の更木生活と四楓院家の扱きに耐えたからといって、そう簡単に根っこが変わる訳も無い。俺の場合は尚更だ、「ただの日本人大学生」という確固たるアイデンティティをこれっぽっちも変える気は無いし、変える事はできない。

 

 

 

─────

 

 

 

重りをつけて木刀を振るいながら考え事をする、誰かと打ち合うのが1番いいのは分かっているのだが、その場合化けの皮が剥がれる。更木版波風の降臨である、良くて周囲のドン引き、悪くて十一番隊移籍である。

 

俺は今まで周囲の自分より強い相手と戦う事で強さを学んできた。経験に勝るものなしと言うし、俺が少なからずその強さに目を奪われた更木剣八はそうやって強くなったのだろう。しかし俺はヤツほど戦闘の天才ではない、凡人に必要な基礎訓練を今まで怠ってきたのではないか、と今更気付かされた。

死神の強さを決定付けるのは霊圧の高さみたいな事をヨン様が言っていたような気がする、自身の霊圧がそこまで飛び抜けて高くない事は知っているがそれを地道に伸ばすべく現世の元隊長格連中に相談した。

 

彼らはそれぞれ思い思いのことを言うのでさっぱり参考にならなかったが、結局負荷をかけて訓練をすればいいのではないか、という形に落ち着いた。

そして、某ゲジマユ全身タイツ君の如く全身に重りをつけて術や体術訓練を行なう。

重りは浦原が作ってくれた特別性で使用者の霊圧を食うらしい、これをつけたまま鬼道を使うと、術の精度や威力が格段に落ちる。螺旋丸などは特に顕著だった、サイズが通常時の一割程度になるのだ。

 

そして後一つ、必ずやらなければならない投擲の訓練だ。小さめのクナイに飛雷神でマーキングをする、その後いくつか用意した的の真ん中に当たるように投げ続ける。6本を同時に別々の的に投げ、その後飛雷神を使いその全ての的のクナイを回収するという事を繰り返した。

飛雷神の発動スピードを上げる事と、飛ぶ場所をより正確に把握しコントロールする事が目的だ。

こちらは完璧に忍者っぽい修行法だった。ついでに足だけで木登りとか水面歩行とかを挑戦してみたがまぁ当たり前だがうまくいかない。大人しく投擲と術の精度を鍛え続けた。

それと同時に、虚化した時のようなパワーも相手にダメージを入れたいなら必要なので、筋トレや刀を振り回すなど更木剣八の強さに近づけるような強さも追求していった。

 

特に話す相手もおらず黙々と1人でする修行は何とも虚しいものだった。飛雷神は具象化などしてくれないし、禅の状態で任意で会話ができる訳ではない。九尾はもっと対話の仕方が分からない。

気まぐれに様子を見に来る黒猫と戯れる事くらいが俺の楽しみであった。

 

「お主、未だ己の斬魄刀を十全に扱えておらんようじゃのう。面倒を見てやってた時から思ってあったが、色々と残念な奴じゃ。」

「本当に俺の斬魄刀なんですかね……言う事さっぱり聞いてくれないし。まぁ命を救われてばかりなので感謝はしていますが。」

「………波風、お主は色々と考えすぎじゃ。往々にして物事とは意外と単純な物だぞ。お主の刀はお主を死なせたくないと考えてくれておる、命を預けるにはそれで十分じゃろう。」

「それに関しては何も心配していません。幸いにも俺は、俺が死なないように助けてくれる仲間たちには恵まれたようだ。」

「分かったのなら良い、久方ぶりに組手でもしようではないか!お主も1人での修行に飽きておったようだしの!」

 

黒猫はこちらを見ながら微笑んだような気がしたが、俺はそこまで猫の表情識別能力に長けている訳ではない。恵まれた仲間というのに目の前の黒猫も含まれる事はしっかりと伝わったようだ。少し照れくさくなってそっぽを向いていたら、顔面に人の拳が飛んできた。

俺は咄嗟のことでそれを避けきれず見事に意識を飛ばした。最後に見たのは褐色の綺麗な脚だけだった、無念である。

 

「………夜一さん服着たんですね………。」

「何じゃその声は、残念に思うかほっとするかどっちかにせい。喜助なら難なく避けて、何も言わず組手を続行しておる所じゃぞ。」

「あんな助兵衛全開野郎と一緒にしないでくれますか……これが一般的な男の反応です。それに俺はいい気分に浸ってたんです、いきなり拳が飛んでくるとは普通思わないじゃないですか。」

目を開けると見慣れた格好の夜一さんがこちらを覗き込む形で立っていた。俺はあとちょっとだったのにという気持ちと、今まで金銭面生活面諸々お世話になっていて頭が上がらない馴染みの美女のフルオープンを見るのは少し気が引ける、いややっぱそこは見るだろという葛藤でいっぱいだった。

服を着てくれたので目を泳がす必要もなく、逆に見上げる形で素晴らしい眺めを堪能できたので良しとする。

 

 

 




やっとできた波風の休憩回みたいなもの、次からまた新しい話に移ります。


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