魔狼は学び舎にて ((´鋼`))
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1話

性懲りも無く新たなSSを書きました。後悔なんてこれっぽっちも無いです。

では本編どうぞ。


 何時の時代も、どんな世界でも、一時の平和というのは必ずしもある。

 

 ゆるりと過ごすその時間は、どんな物よりも儚く、どんな時よりも安らかで。

 

 そして何よりも大切な時間であった。

 

 すぅすぅと寝息を立てて安らかな表情で寝ている子どもも居れば、その隣で子どもと寝ている青年や両親が居た。

 

 

 でも、そんな平和な時は一瞬で崩れ去って。

 

 

 

 

「お母さん!!お父さん!!お兄ちゃん!!」

 

 

 

 奪われて、1人になって。

 

 

 

「駄目よ!勇くん!」

 

 

「はなして!まだお兄ちゃんや!お父さんとお母さんが!」

 

 

 

 

 心に大きな穴がポッカリと空いて。

 

 何をするにしてもやる気が起きなくて。

 

 何かに対して全力で取り組めなくて。

 

 何時しか空っぽになっていく。

 

 

 

 

 

 

 でも、生きていく中で自分を知ってくれて。

 

 そんな境遇を知っても味方であり続けた人も居た。

 

 こんな世の中でも、人間はまだ捨てちゃいないと思えて。

 

 でも家族を殺した人間を心の何処かで憎んでいて。

 

 そんな矛盾を孕んだまま生きている。

 

 

 そしてその内、自分が何者かすら分からなくなって。

 

 真っ暗な世界にただ1人だけの存在と思えた。

 

 友も、理解者も、親代わりも居るのに。孤独だと思えた。

 

 自分は1人なんだと、ずっと思い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 だがそんな時、彼に転機が訪れた。

 

 それは【悪魔の契約】

 

 それは【1つの光】

 

 それは【神に対する冒涜】であり

 

 それは人類を変える【終末】となる代物であった。

 

 彼は手に入れた力によって、1つの考えに辿り着いた。

 

 それは自らを堕とす行為で、でも人であろうとする葛藤を生み出した。

 

 封印の鎖を解いた彼は、終末を求める。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 ここは太平洋上にポツンと浮かぶ浮島に建てられた【IS学園】。インフィニット・ストラトス(IS)と呼ばれるオーバーテクノロジーの塊を凝縮させた物を専門的に学べる、どの国にも属さないことで有名な場所である。

 

 

 それらのことから世界中からIS操縦者達が集う。だがそのIS学園には女子生徒しか存在しない。

 

 

 ISとは一言で表すならば女性にしか乗れない謂わば()()()。そしてISが浸透した今日、ISを扱える事から女こそ史上最強という風潮から生まれた女尊男卑があることを、我々は忘れてはならない。

 

 

 そんなある日、その風潮に喧嘩を売った出来事が起きたのだ。それを証明するのは、このIS学園に居る()()()()である『織斑一夏』という人間だ。

 

 

 男がISを乗れたという今日の世界事情では考えられない事が起きたのだ。そして織斑一夏の関係者はIS関連で関わりの深い人物が居る。その事からなるべく危険を避ける為にIS学園に身を置くことになった。

 

 

 当の織斑一夏は項垂れて机に突っ伏していた。それもその筈、周りは女子生徒だらけである為ある意味【見世物】の様な視線が伝わっていたからだ。疲弊するのも無理は無い。

 

 

 そんな時、一夏はふと自分の右隣に座っている()()()()を見た。その彼は大人し気でありながら、読んでいる本とアナログながら何かを書いているノートに集中していた。傍から見ても尋常では無い集中力である。

 

 

 この彼こそ、織斑一夏の後に見つかった2人目のIS操縦者『尾崎 勇(おざき いさみ)』。織斑一夏の後に全ての男性によるIS反応を捜す検査をした結果、見つかったのである。

 

 

 ふと一夏は勇の書いているノートを覗き込む。何やら数式と文字を組み合わせた文章を書き込んでおり、その傍らで何かブツブツと呟いている。だが聞き取りづらい上に、ノートに何を書いているのか分からないため一夏は机に再度突っ伏した。

 

 

 これから朝のHRが始まるのだが、一夏の精神は持つのであろうか。そして勇の行動は終わるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……尾崎君。自己紹介を…………」

 

 

 結果、勇の行動は止まることをしなかった。それどころか目の前の1年1組の副担任である『山田真耶』 を見た途端、また書き始めた。これには流石に周囲の生徒はドン引きしている。

 

 

 また勇に声を掛けている山田も、何を書いているのか気になってノートをチラリと見た。そして、そのノートに書かれている文章を見て驚愕していた。気付けば山田までもが勇の書くノートの内容に真剣に向き合いつつあった。

 

 

 

 

「何をしているんだ山田君……?」

 

 

「っは!お、織斑先生!すいません!」

 

 

 

 教壇近くの扉から現れる『織斑千冬』に、山田は勇から飛び退く。その際に胸が当たったが、勇は気にも止めずに書き続けていた。

 

 

 

「ゲッ!関羽!?」

「誰が三国志の英雄だバカもの」

 

 

 

 スパーン!と一夏の頭から良い音が響く。その音に気が付いたのか、漸くノートを閉じて一夏見た勇。そして一夏が頭を痛めている中、織斑千冬が勇の前に立つ。

 

 

 

「おい尾崎」

 

 

「……?はい」

 

 

「自己紹介をせんか。お前で詰まっていたぞ」

 

 

「あっ……」

 

 

 

 勇はしまったという表情を見せると、山田に対して謝罪の意を込めた礼をしたあと立ち上がろうとした。

 

 

 しかしその行動は女子学生の歓喜の声で中断せざるを得なくなってしまった。理由は織斑千冬にあるのだが、つまりはファンということである。

 

 

 『織斑千冬』、ISの世界大会モンドグロッソにて優勝を果たしているが理由あってこのIS学園に教師として働いている。織斑千冬を見たいがためにIS学園に入学して来た者が居るくらいだ、先程の歓声は必然的に起こりうるものであったと仮定すれば何かしらの対策はできていた。

 

 

 織斑千冬はため息を付き、このクラスでのルールを教えた。しかし異を唱える者は殆ど居らず、ほぼ全員元気よく“はい”と答えただけであった。

 

 

 

「もう時間が無い。尾崎、織斑。早く自己紹介をしろ」

 

 

「いや千冬nえッ!」

 

 

「織斑先生だ。先に尾崎からやれ」

 

 

「は、はい」

 

 

 

 勇はやっと立ち上がり、全員に姿が見えるように後ろに体を向けると自己紹介を始めた。

 

 

 

「初めまして!今日からIS学園の一生徒として学業に努めさせていただく尾崎 勇と言います!まだまだISに関して不慣れな点があるので、経験者である皆様に是非ともご指導を願っております!以上です!」

 

 

 元気よく答えた勇の印象は【近寄り難い奴】から【好青年】というランクアップを果たした。そのあと一夏の自己紹介もあったが、酷いものであったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇は今現在でもノートに何かを書き続けている。誰の目も気にせず、目の前の事に集中し過ぎる傾向があった。それは勇に話しかけている1人の生徒を無視するまでに。

 

 

 

「ねぇってば、ねぇねぇ〜」

 

 

 

 必死に勇の腕を掴んで呼びかけるも声は届いておらず、未だに書き続けられている“それ”は止まることを知らない。

 

 

 『布仏 本音』は勇の書くノートを覗いて見た。何をそんな必死に書いているのかという興味と、勇を振り向かせる方法を思いついたが故の淡い期待を持っていたからだ。

 

 

 

「こ、これって…………!」

 

 

「……君、分かるのか?」

 

 

「これ………………」

 

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

「何これ?」

 

 

 

 その瞬間、周囲に居た生徒全員がバランスを崩した。勇にも同じことが言えており、上手くいったという表情を浮かべる布仏本音。

 

 

 そんな調子に乗せられた勇は伏せていた頭を上げて布仏本音を見る。不機嫌そうな表情を浮かべていが、目の前のほんわかとした雰囲気に怒りが失せてきたのか溜息をつく。

 

 

「えっと……貴女は……?」

 

 

「布仏本音だよ〜。宜しくね、いーさん」

 

 

「バ○オ7ですか?」

 

 

「じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は経って現在二時間目の授業。主にISの基礎を学んでいるが、入学前に既に参考書を読んでいたおかげか内容は頭に入っている。

 

 

 というのが大抵普通の状態。しかし勇と一夏はある意味2人とも違っていた。勇の場合は授業を受けつつアナログであるがノートに何かを書き込んでいた。そして両立させる為なのか左手にタッチペン、右手にボールペンというシュールにも程がある状態である。

 

 

 一方の一夏は参考書を()()()ということで織斑千冬からの処罰を食らった(主席簿で叩かれた)。そして終いには1週間で覚えろと言われる始末である。

 

 

 かくゆう勇も授業に集中しろと言われ渋々ながらノートをしまった。そして2時限目終了直後に……

 

 

 

「頼む!勉強教えてくれ勇!」

 

 

こっちは燃費性能が良くないか……だったら1度バラして組み替えれば……

 

 

「おーい勇?聞いてるかー?もしもーし?」

 

 

 

 勉強に関して勇に頼んだが無視される結果となる。勇の左に本音が再度登場してノートを見る。

 

 

 

「おー……これIS?」

 

 

「あ、分かりました?実はこの機体の燃費効率が悪いのでどうしたものかと結構考えてまして」

 

 

「お〜数式いっぱいだね〜。元の燃費効率と修正された燃費効率までマメに書いてるんだね〜」

 

 

「はい!あぁあと現在の理論で製作可能な武器も結構書いてるんです。良ければそちらも如何ですか?」

 

 

「えーっと…………おー、かんちゃんが好きそうなのばっかだ」

「あの聞いてるか?俺の声聞こえてる?」

 

 

 

 漸く勇も一夏に気付いた。そして再度お願いをすると、勇は少し考える素振りをするも笑顔で承諾してくれた。放課後に1通りを教室で教えると言った直後、潜んでいた女子が腐の面を妄想していた事をここに記そう。

 

 

 その話の直後、1人の女子生徒が2人に向かって声をかけた。

 

 

 

「ちょっと、宜しくて?」

 

 

「へ、何だ?」

「はい?」

 

 

「まぁ何ですの!?そのお返事!私に話しかけられるだけでも光栄だというのに!」

 

 

「あー悪い、俺君が誰だか知らないし」

「セシリア・オルコット。現オルコット家当主でありイギリスのIS代表候補生です」

 

 

「そちらの方は知っておられる様ですが……そこの貴方!きょk」

「機体名【ブルー・ティアーズ】、ビーム系統の射撃武器に加え6機のビットを装備しています。加えてオルコットさんの戦闘データから察するに射撃を軸に戦闘、決め手にビット展開という戦い方です」

 

 

「ちょっと!私の話を!」

「しかしビットと射撃武器の並行使用が課題点。改善策としてビットの一部にAI、または簡易的なプログラムを組み込んで対処すれば現在の勝率の82%から85%まで上昇することは調査済みです」

 

 

「…………何言ってるのか全然分かんねぇ」

 

 

 セシリアが何か言おうとしていたが、それはチャイムに遮られてしまう。何か去り際に言われたが、勇は思考の海に入ってしまい聞いてすらいなかった。

 

 

 そして3時限目に入り、未だ理解が出来ていない一夏と授業は聞いているが同時に思考の海に半身浸かっている勇は平常運転のままである。そんな時、教壇に立っている織斑千冬からある事を告げられる。

 

 

 【ISのクラス代表】である。1クラスに1人代表を決めるのだが、当然の如く推薦される男2人組。だがこの結果に異を唱える者も居ることを忘れてはならない。

 

 

 

「納得がいきませんわ!」

 

 

 

 セシリア・オルコットである。

 

 

 

「その様な選出は認められません!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?それに実力から行けば私がクラス代表になるのは必然!それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!私はこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

 

 セシリアの言葉に苛立ちを募らせるクラス内。しかしそれを代弁してくれる者が現れた。

 

 

「えっ?()()100人の内、18人に負ける確率なのに自ら行くんですか?」

 

 

「貴方は…………!」

 

 

 

 席から立ち上がりセシリアと対面する。しかし顔は嫌悪の表情というよりも、単なる笑みであった。

 

 

 

「失礼、オルコット嬢。不躾(ぶしつけ)ながら言わせてもらいますが……貴女は自分が選ばれなかったから苛立ちを募らせているのですよね?でしたら、先に申し出れば良かったと思いますが?」

 

 

「他に手を挙げる方がいらっしゃるかと!」

 

 

「だとしても先に申し出ればこの嫌悪感は無かった筈です。それに僕達が推薦された時に仰られると、まるで僕達を貶したいが為に発言したとも受け取れますよ?」

 

 

「ッ……!」

 

 

「貴女もその様な目で見られる学園生活には成りたく無い筈。しかし貴女はそうしなかった……()()()()()()()()()()()、その発言をするのは些か疑問に思いましたので」

 

 

 勇の口ぶりは、まるでセシリアを擁護する様な物言いであった。しかしクラス内で誰も勇を咎める様な表情は見せなかった。

 

 

 見かねた織斑千冬が妥協案としてISによるクラス代表決めを1週間後に取り行う事で決まった。

 

 

 先程の発言の後、勇の表情から笑みは消えていた。何かを思い出し、悲しんでいる様な表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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2話

 昼休み。1人食堂に居る勇は目の前の定食を海老フライを箸で持ったまま見つめており、傍から見れば何をしているのか分からない状態となっている。そんな勇に対し、近付く事を試みる女子生徒が2人。

 

 

 

「おー居た居た。……何でボーッとしてるんだろ?」

 

 

「ね、ねぇ本音?流石に不味いんじゃ……?だってほら、何か考え事してるし……」

 

 

「大丈夫だよ〜。いーさんの持ち物から少し拝借したこのノートを使えば」

「何してるの本音!?それ窃盗じゃない!」

 

 

「細かいことは置いといて〜」

「置かない!」

 

 

 

 

 

「……結構響くんですが」

 

 

「おー、いーさん珍しー」

「ご、ごめんなさい。ほら本音謝って、ノート返して!」

 

 

「あ、いえ。ノートに興味を持って頂けるなら別段返さなくても構いませんよ」

 

 

 

 意識が本音と隣に居る女子学生に向いた勇は、朝の時と同じ様に接する。本音の手にはノートがあったが、勇は咎める気は起きない。

 

 

 そもそも、そのノートの内容に好感や興味を持ってくれる人物は少ないからだ。ならば興味を示してくれた者に関しては返さなくても良いと感じている。まだ他にノートはあるので、それに別のことを書いていけば良いだけである。

 

 

 

「あ、ごめ〜ん。いーさんの気を引く方法これしか思い付かなくて」

 

 

「あー……失礼、昔からのヤツでして。御迷惑お掛けしました」

 

 

「い、いや……迷惑かけたのはコッチ……」

 

 

「んー…………?」

 

 

 

 急に本音の隣に居る女子生徒の方を見つめる勇、そして同時に何かを思いだそうとしている様子であった。目を瞑った途端、思い出したのか目を見開いて手を叩く。

 

 

 

「あぁ思い出した」

「何を?」

 

 

「そこの貴女、更識家の方ですね。んでっと……名前が『更識簪』さん、でしたね」

 

 

「ッ!?」

「おー……すごーい。当たってるー……」

 

 

「既に全世界の代表候補生の名前と機体名、あと武装や戦闘データは把握済みですから」

 

 

 

 この発言が正しいとすれば、間違いなく勤勉という度を超えている。ある意味“研究者”としての素質が高い。しかも裏付けとしてセシリア・オルコットの身分、機体名、そして戦闘データと弱点に加えて勝率までも口にしている。

 

 

 この発言を聞いていた周囲の生徒は勇に注目を集めていた。そしてその中には1組の一夏と『篠ノ之箒』も居た。簪は目の前の()()()に呆気に取られ、本音はやけに感心していた。

 

 

 何時の間に食べ終わったのか、既に定食の中身は平らげており深く息を吐いていた。その勇はというと簪に視線を向ける。

 

 

 

「簪さん」

 

 

「…………ハッ!な、何?」

 

 

「後日ですが部屋にお伺いしても構いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『コイツは何を言ってるんだ!?』とその場に居た全員が思考を一致させた。当の勇に至っては真面目な態度で口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■□□□□

 

 

 

 

 

 

 午後の授業はつつがなく終えて、今現在は教師:尾崎勇による一夏のIS復習を教室にて行っている。

 

 

 

「…………以下これらがISの基本構造となります。覚え方の復習として書いた内容を見ずに仰ってください」

 

 

「えーっと……」

 

 

「あ、良かった。2人とも居ますね」

 

 

 

 副担任である山田真耶が教室内に入って来たことで、一時復習を中断する2人。何でも、2人には寮生活をしてもらう為に鍵を渡しに来たということ。一夏の方は通学と聞かれていた様だが、政府の意向で急遽変更されたそうだ。勇は既に寮生活を予想していた様子であった為か、不思議に思った一夏は勇に尋ねると返答はすぐに帰ってきた。

 

 

 

「今の所、僕らは世界に2人しか居ない男性操縦者。日本政府だけでは守りきれないと判断したんでしょうね、この学園に居させておけば貴重なサンプルを保護できる……大方そんなところですよ」

 

 

「さ、サンプルって……」

 

 

 

 一夏の苦笑い、それに加えて山田の苦笑い。率直過ぎる意見だが、あながち間違いは無いと言える。事実、女にしか扱えないISを動かした()()()()()()()というのが政府の見解とも言えるだろうからだ。

 

 

 そんなことを他所に置き、指定された部屋の鍵をそれぞれ渡される。しかし勇と部屋番号が違うことを疑問に思った一夏は山田に尋ねた。帰ってきた返答には“急なことだったので”である。仕方ないといえば、そうかもしれない。さらに一夏は相部屋であった。

 

 

 幾つかの注意事項を聞いた後、勇は一夏に復習しておく様にと念を押したあと別々の部屋へと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 勇は自室になる部屋の前に到着するが、その扉の前で立ち止まった。なぜ立ち止まったのかだが、勇は勘で当てるほど器用な人間ではない。どちらかと言えば()()で判断する。

 

 

 この学園自体元々女子しか居なかった為、女子の匂いというのは普通に漂っている。だが目の前の部屋からは匂いが強く感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、織斑先生。何か部屋に誰か居るr」

「ちょっとちょっと!待って…………あれ?」

 

 

 

 何故かエプロンのまま外に出てきた匂いの正体。外に勇しか居ないことを確認すると、ため息をつく勇を他所に扇子を広げて口元を隠す。何故か扇子には“騙された”とだけ書いてある。

 

 

 

「試験以来ですね、楯無さん。また性懲りも無く……」

 

 

「今度は私の勝ちだと思ったのに……残念」

 

 

 

 実はこの2人、初対面ではない。先程勇が言った様に試験の際に出会っているのだ。ISの実技試験でだが。結果は()()()、それでもロシア代表候補生に遅れを取らなかった勇は何者なのだろうか。

 

 

 まぁ、そもそもISのコンセプトからして違うため相討ちに持ってい行きやすかったというのもあるだろうが。そんな以前の事を他愛無く話し合いつつ勇は部屋に入る。

 

 

 ホテルの様な内装は勿論のこと、外からの見晴らしも良し。中に入った勇はそう思いつつ自分の荷物からプラスドライバーとマイナスドライバーを両手に持って聴覚を集中させる。

 

 

 

「…………………あ、全部除去してくれてる」

 

 

「あら、何時盗聴器が仕掛けられてるって思ったかしら?」

 

 

「貴重なサンプルとしての扱いなので。さて……盗聴器も無いなら早速……

 

 

 

 2つのドライバーを仕舞うと今度は荷物から計17冊のノートを取り出すと、1番下に表紙に18と書かれているノートを差し込むと今度は表紙に5と書いてあるノートを取り出して中身をパラパラと捲っていく。

 

 

 とあるページの所で止めると勇から唸り声が発せられている。そこからやはりブツブツと呟く声が聞こえてくるので、楯無はそっとノートを覗き込む。そのノートの内容を見て楯無は1つの驚愕を覚えずにいられなかった。

 

 

 

打鉄弍式、倉持技研の担当だったが一夏君の白式に路線変更により制作を断念……まだ武装は不明だけど見た限り身長と体重は誤差それぞれ1cmと0.7kg。右寄りの重心は変わらずと。凡そ打鉄の改良型と考えて良いからベースを打鉄に合わせると……飛翔時の重量を0.23kg左側に増やして

 

 

「ねぇ君、何時もこんなの書いてるの?」

 

 

「ん、えぇ。何時もの日課ですよ。勿論楯無さんの機体もありますけど……見ますか?」

 

 

「う、嬉しいけど……今は良いかな?」

 

 

 

 そう。勇にとってノートにISの情報を書くのは日課である。所々の詳細が細かく、機体に乗っている本人でさえ気付かないことを計算して確認しているぐらいである。当の本人はまたノートに集中する。

 

 

 楯無は玄関側のベッドに座り込むと地べたに座り込んでいる勇を見て、彼女らが集めた勇の情報の中の1つを思い出していた。

 

 

 

 

 ━━━【過集中】。これは主にADHD(注意欠陥・多動性障害)AS(アスペルガー症候群)に見られる1つの特徴であり1つの物事に集中しすぎる事が見られる。()()()はそう書かれている。

 

 

 が、勇は単なる過集中とは思えない点が幾つかある。例えば授業と日課の両立。1つの物事に集中するならまだしも、2つの物事を同時に集中させるのは至難の技である。そしてISでの実技試験で、ある兆候らしき物が勇にあったのは誰しも明白であった。

 

 

 【並列思考(マルチタスク)】。そしてこれらから察するに、この並列思考は常に行われていると考えられる。だからこそ相討ちにまで持って行ける事が出来たのだと考えられる。そんな事を思案する楯無だったが勇のお腹が鳴った事で意識を食事に向けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば簪ちゃんにお昼、何をしてたのかしら?」

 

 

「お誘いですが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝、部屋で勇は起きた。全体的な伸びをしたあとバスルームで先に着替える。先に外に出て適当なベンチに座って日の出を眺める。

 

 

 

「─────ん?織斑先生の匂いだ」

 

 

 

 ベンチから立ち上がり走る構えを取るが、これまた通常とは違う。つま先立ち、膝を曲げて左手を地面に付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わふっ」

 

 

 

 姿勢を地面と並行にさせた状態で走り前に倒れそうになると片手で地面を叩き姿勢を保つ。走行中は勇の瞳孔は開きっ放しである。匂いの強い方を追うようにして走るとジャージ姿の後ろ姿が目に入ったが、勇は追い越す形で走り続けていく。

 

 

 走る中、勇の体には異常な風圧を受けている。だが気にする素振りすら無い勇は獣の様に走り続ける。それを追っている織斑千冬が居るが、意外なことに並走していた。

 

 

 

「あの!これ!先生が!疲れません!?」

 

 

「安心しろ問題ない!それとお前の走り方は何時も独特だな!まるで獣みたいだ!」

 

 

「そりゃ機体が!あれですし!」

 

 

 

 それから2時間、並走は続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

□□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐったりとした様子で朝の食堂に到着した勇。口から何か白い物が出かけているのが分かる。しかし意地で起き上がり朝食を摂ることを心掛けた。死にかけみたいだが。

 

 

 

「お、勇だ。おーい……って真っ白!」

 

 

「へ?あぁ……一夏君、君のお姉さん凄いね。何あの速度、チーターが2時間耐久で走り続けてたよ……ゴホッ」

 

 

「ちょ、勇!?死にかけてるし!」

 

 

 

 例えがあながち間違っていない為か、一夏も苦笑いを浮かべるしかなかった。普通のチーターは俊敏性を特化し過ぎてスタミナが無いので1分しか持たないのだが、勇から見た織斑千冬はその例えが当てはまっていた。

 

 さらに肺内の空気が走り終えた時に殆ど消えかかっていたので体は空気を欲しているのと、体の細胞1つ1つが悲鳴を挙げているため吐血紛いをする始末である。

 

 

 

「……ってか、千冬姉とガチで走ったのか?」

 

 

「覚えてないです……でも」

 

 

「でも?」

 

 

「本気で並走してるのに姿がボヤけてました……」

 

 

「ガチ一歩手前じゃねぇか!」

 

 

 

 既に食べ終えたトレーを持って立ち上がり片付ける。勇も勇で人間を辞めている様なものなのかもしれない。普通なら動ける筈が無いので。

 

 

 しかし勉学となれば話は別。常時発動気味の過集中と並列思考によって真面目な態度で、尚且つ悲鳴を挙げている体と信号を受け取る脳を遮断させているかの様に普通に授業を受けている。授業が一旦終われば机に突っ伏して意識を失っている姿を目撃されている。

 

 

 その状態の勇を興味本意で見た本音が、白目と表情筋がピクピクと動いていたことに驚いていた。

 

 

 

「コホー……コホー……」

 

 

「だ、ダース○イダー…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三日後、放課後に勇は本音に連れられてISの整備室まで案内されていた。序でに左手には5のノートを持っている。時たま勇の手の甲の装甲が楕円形の石がキラリと自発的に光っている。それを見て少しばかり微笑む勇であったが直ぐに到着する。

 

 

 扉が開くと室内が廊下の灯りに照らされて多少中が見える。薄暗がりの中、1人水色の髪色の女子生徒が居た。

 

 

 

「か〜んちゃ〜ん!」

 

 

「本音、うるさ……い…………」

 

 

「どうも〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本音に近付きヒソヒソと耳打ちする簪だが、生憎勇には丸聞こえである。しかしその内容はさて置き、簪の見ていたコンピュータの方を見ていくと18のノートを取り出して高速で機体名や予定スペック、武装や修正点等をを書き写していく。

 

 

 集中する勇は殆ど歯止めが効かない。が物事を1つ終えると一旦終了してノートを閉じる。そのノートを閉じる音に気付いた2人は勇の方を見るが、当の勇は簪に近付いて18のノートを差し出す。勿論、何をしているのか分からない簪は疑問を浮かべる。

 

 

 

「あの……これって…………?」

 

 

「貴女の機体に関する情報と修正点……ですね。このノートに書いておいたので、良ければ使って下さい」

 

 

「えっ…………!」

「早っ」

 

 

 

 簪は恐る恐るノートを手に取り、書かれてある打鉄二式の項目を探す。それを見つけると簪は驚愕した。あの短時間で簪が悩んでいた課題点が殆ど解決されているからだ。バランスの問題、燃費性能の問題etc……それらをあの短時間で仕上げたのだ。

 

 

 勇はお辞儀をして整備室から出ていこうとするが、その際簪に止められる。

 

 

 

「こ、これ……こんなの、受け取れない……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは自分で完成させたいから、ですか?」

 

 

「!……どうして、それを…………?」

 

 

 

 本音に視線を向けるが首を横に振って否定する。勇はため息をついたあと呆れた様な表情で言った。

 

 

 

「楯無さんからです。貴女のお姉さんからの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




IS書くのが難しい……です( ´•ω•` )


三('ω')三( ε: )三(.ω.)三( :3 )三('ω')三( ε: )三(.ω.)三( :3 )コウシナイトヤッテラレネェゼ!


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3話

 姉から聞いていた。たったそれだけだが、簪の心に空虚な溝を作らせるには充分だった。妹から見た姉は正に()()……同時に嫉妬する相手でもある。憧れが嫉妬へと変わり、劣等感を生み出す1つの悪循環と成り果てる。

 

 

 故に簪がとった行動は、勇に近付き…………

 

 

 

「これ、かe」

「まぁ嘘ですが」

 

 

 

 

 

「へっ?」

「ほっ?」

「いーさん意味が分からないよ〜?」

 

 

「いえ、だからさっきの発言が嘘でして……」

 

 

 

 いや紛らわしいなと考える2人、先程までの不穏な空気は一体何処へ行ったのやら。そんなことは知らない勇と呆気に取られている2人だったが、勇は急にコンピュータ前にまで歩き出し簪が座っていた椅子に腰掛ける。

 

 

 何をするのかと思う2人だったが、突如勇が口を開いた。ある程度驚きながらも2人は勇の声に耳を傾ける。

 

 

 

「僕が()()を貴女に渡したのは、どちらかと言えば早く終らせて本音さんみたく過ごして頂きたいからですね」

 

 

「わたし〜?」

 

 

「はい。簪さん、目の隈が酷いですし眠れていないのは分かりましたし。それに…………

 

 

 

 こんなに根を詰めたって、1人じゃ完成すらしませんよ。この機体は」

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昔僕にも兄が居ました。でも既にこの世に居ない。

 

 兄は物知りで、知りたがりで。真面目だったけど、何処かおっちょこちょいで……そして僕の自慢の兄でした。

 

 その時は僕も6つ、そんな兄が羨ましくて少し嫉妬してた時がありました。

 

 でも兄は、それ以上に僕を愛してくれました。僕の気なんて知らずに。

 

 でも……不思議と心地良かった。それだけは覚えてます」

 

 

 

 何が言いたい。そう思う簪が居た。

 そんな姉だったら。そう思う簪も居た。

 自分と重なってしまう勇が居た。

 でも違う境遇の勇が居た。

 

 

 

「人は千差満別。誰もその人の代わりには成れないし、成ることもできない。だから楯無さんも

 

 

 “貴女は貴女のままで居なさい”

 

 

 なんて事を口にした筈です。

 

 

 楯無さんの機体も、事実他の人の助けがあって出来たんですから」

 

 

 

 内心驚く簪、だが表面上は見せていない。だが驚いていた。

 自分よりも上の姉が、自分よりも出来の良い姉が、誰の助けも借りずに作り上げたと思っていた姉が。

 

 

 

「もしも、もしもです。1人で機体を完成させたとしましょう。それは素晴らしいことなのかも知れない。

 

 でもそれでは楯無さんはどうなるんでしょうか。

 

 それだと人に助けられた楯無さんは、貴女よりも劣っていることになる。

 

 けれど、協力して出来た物は何よりも美しいと僕は思います。

 

 助けがあって、支えがあって、そして完成させる方がよっぽど美しいと感じます。

 

 1人で作り上げた物は、何処か虚しく感じます」

 

 

 

 漸く椅子から立ち上がると勇は親指、中指、小指にはめていたリングを取り右手首の固定器具を取り外すと簪の元まで歩き、彼女の左手にそれを握らせる。

 

 

 

「この機体のデータ履歴、使用してもらって下さい。少しは役に立つと思いますから」

 

 

 

 勝手に預けて、勝手に去って行く。

 それは傍から見れば何をしているのか理解できない。

 その行動は異常だと唱える者が居る。

 それでも彼は信じて疑わない。

 助けになると思えば、それで良いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本音」

 

 

「何?かんちゃん」

 

 

「……機体の方、ちょっと手伝って」

 

 

「りょーかい!」

 

 

 

 勇が簪に渡し、簪が本音に渡した勇の専用機は直ぐにコンピュータの画面に履歴データを映し出していく。が、簪は少し不信感を覚え始めていた。

 

 

 

「───これ……何?」

 

 

「おー……初めて見るね〜」

 

 

「それもそうだけど……このIS

 

 

 

 

 

 これじゃまるで…………狼じゃない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代表決定戦当日、行われる対戦を見に訪れている学生は結構な数居る。アリーナ内の席が殆ど埋まっているのだから。そんな中ピットで待機している勇、一夏、一夏の付き添いである箒が居た。

 

 

 勇は16のノートに書かれてある内容の一部を読み返している。映像越しながらも戦闘データを集めていた勇のレポートである。戦術、弱点、地理……あらゆるデータを頭の中で構築して戦術を立てていく。

 

 

 一夏は気になったのか、勇に尋ねた。

 

 

 

「おい勇、何読んでんだ?」

 

 

性格、機体性能、戦術、弱点を考えたとしても……勝率は変わらずか。いやでもどうだろうか?近距離武器が無い訳じゃないから……あ、それでも0.5%しか上昇しないのか

 

 

「おーい!勇ー!?またですかー!?」

 

 

 

 完全に一夏を眼中にすら入っていない勇を見ていた箒は、苛立った様子で勇のノートを取り上げる。

 

 

 

「あっ……!」

 

 

「尾崎。お前一夏の呼びかけよりも、こんな前時代的な冊子に書いた内容の方が重要なのか!?」

 

 

「いや何をしてんだよ箒!?それ他人のだろ!返してやれよ」

 

 

「あ、良ければ使って構いませんよ。セシリア・オルコットさんについての情報やら何やら載ってますから」

 

 

「お前はお前で場違いなことを言うのかよ!」

 

 

 

 ペースはそのまま。どんな事をされても崩れそうに無い勇は、ノートに興味を持ってくれただけで嬉しいのだ。例えそれが罵言雑言を浴びせられる前であったとしても、特に気にしない。そんな心もない言葉を受けたとしても別段どうでも良く感じている。そんな性格をしている。

 

 

 そんな中、1人の足音が響いてくる。勇は聴覚と嗅覚で認識していたのか、その足音の正体の人物を答えた。

 

 

 

「織斑先生、どうされました?」

 

 

「えっ、千冬姉?」

 

 

「織斑先生だ」

 

 

 

 暗闇から綺麗に投げられる出席簿が、ちょうど一夏の頭に当たる。避けきれなかった一夏は頭の痛みを抑えて蹲った。そして明かりによって照らされた織斑千冬の姿が現れた。既に分かっていたことだと大して勇は驚きもしていない。

 

 

 織斑千冬は座り込んでいる勇を立ち上がるよう指示すると要件を伝える。

 

 

 

「すまない尾崎。まだ倉持技研から織斑の機体が届いていないのだ」

 

 

「先に行くと、それは別に気にしてませんよ。ねぇ?」

 

 

 

 そう言って勇は右手親指、中指、小指にはめているリングと手首に巻きついている器具によって装備されている自分のISの待機状態を見る。青い装甲の真ん中に輝く宝石の様なものが、キラリと光って答えたかの様に見える。

 

 

 

「そうか。だが気をつけろよ、相手は」

「イギリス代表候補生、腐っていても実力者なのは重々承知です」

 

 

 

 勇がISを展開する。出現した機体は全長180cm、今の勇より1回り大きい。ISに触れると勇は取り込まれる。念の為動きを確認しておき、終えると出撃準備に入る。

 

 

 

「『尾崎勇、【フェンリル】……行くぞ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出れば、アリーナからは驚きの声が挙がる。現れた尾崎の姿に誰しも驚いている。唯一驚いていないのは楯無と簪、本音程度だと予想付ける勇。目の前のセシリア・オルコットは勇に尋ねた。

 

 

 

「貴方……正気ですの?その姿」

 

 

 

 

「『何とでも言いな、英国貴族風情が。それとも負けるのが怖いか?』」

 

 

 

 目の前に現れたISは今までに無い形をしていた。現在ISでは第三世代や第二世代が主な主流となっているが、勇のISは全身装甲(フルスキン)。第一世代に値する……筈だ。だが、そもそも()()()をしていない。

 

 

 地に着く足は4つ。低くなった姿勢の最後方には尻尾、頭部は人間の物ではない。極めつけは覆われている毛であった。その姿は正しく獣であった。そして勇の口調も変わっていた。

 

 

 

「あら、そのお姿ですから口調まで野蛮になってませんこと?」

 

 

「『少なくとも上から見下す馬鹿には、これで充分だ』」

 

 

「そうですか……。では最後に、今からここで降参を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お前がやっとけ』」

 

 

 

 既に開始の合図は鳴っている。四つ足の踵部分にあるスラスターが歩行開始と同時に火を吹く。その駆け方は正しく獣であり、人間よりも素早く、そして人間よりも小さい体格から繰り出された頭突きは予想と反して威力があった。

 

 

 

 ━━━━━速いッ!ですが!

 

 

 

 セシリアも負けじとライフルで応戦するが、その小ささと小回りの効きやすさから掠りもしない。セシリアは空中へと逃れるが、フェンリルも空を駆ける。向かってくるレーザーをフェンリルは素早く斜めに移動することで避けて追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

「『愚直過ぎるな。もっとフェイントを使いやがれ』」

 

 

「ッ!」

 

 

 

 フェンリルは避け、駆ける。

 

 

 

「ね、狙いが…………ッ!」

 

 

「『そりゃ当たり前だろ。馬鹿か』」

 

 

 

 フェンリルが追いつき、右前足のクローで切り裂く。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

「『来ると分かってたぜぇ』」

 

 

 

 ブルーティアーズのビットが展開されるが、先にフェンリルの尻尾から放たれた小型ミサイルによって破壊される。序でに出していないビットも破壊する

 

 

 

「なっ!?ビットが全て……!」

 

 

「『まだまだ行くぞ』」

 

 

 

 フェンリルの口が開いたと思うとセシリアが衝撃を受けながら離れた。

 

 

 

「今のは……一体…………!」

 

 

「『余所見は厳禁!』」

 

 

 

 6つのビットを破壊した小型ミサイルが尻尾から残りの6つが放たれる。セシリアは空中を旋回しながら避け続けていくが、追いかけるようにフェンリルが迫る。

 

 

 

「このっ……!小癪なッ!」

 

 

「『お得意のワルツすら踊れないからなぁ……!』」

 

 

 

 セシリアがアリーナのシールドバリアを背に立つ。フェンリルはセシリアを追いかける。ギリギリまで、ギリギリまでフェンリルを近付けさせる。

 

 

 

 ━━━今!

 

 

 フェンリルがかなり接近した所でセシリアは避ける。このままではフェンリルはバリアにぶつかる。スピードを落とせば格好の的である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしフェンリルは直角に曲がった。

 

 

 

「なっ!?」

 

 

「『発想は良い、だが俺にはバレバレだったし対策もあった。(わざ)と乗ってやった事に気付かねぇのか?』」

 

 

 

 最高速度を出しながらも急激な旋回を可能とする動物が居る。

 

 【チーター】。猫科の動物で最速と言われるハンターは最高時速110〜120kmを維持しながら獲物を追う。その速度が注目されているが、特に注目すべきことは急激な旋回が可能という点にある。

 

 スピードを落とさずに急旋回することがチーターの強味と言えるのだ。この原理には尻尾が理解する為の要である。

 

 チーターは旋回する時、尻尾を回すことで舵の役目を担い方向転換をする。これによりスピードを落とさずして急激な旋回が可能なのだ。

 

 

 つまり先程のフェンリルの急激な旋回のメカニズムは、尻尾を回すことによって可能としているのだ。これこそ獣ならではの利点である。

 

 

 

「『終わりだな』」

 

 

 

 フェンリルがブルーティアーズを右前足で切り裂く。刹那、ブルーティアーズの動きがピクリとも動かなくなった。これが意味することは……落ちる。

 

 

 

「『グレイプニール!』」

 

 

 

 ブルーティアーズの落下が止まる。浮遊感がセシリアに伝わり、セシリアは上を見る。フェンリルの毛が下に伸びているのが分かった。当のフェンリルは毛に包まれた外装が剥き出しとなっている。

 

 フェンリルはゆっくりとブルーティアーズを降ろし毛を戻す。すると元の毛がフサフサとした狼の姿のISとなる。フェンリルは近くに降りてセシリアに近付く。

 

 

 

「『とりま終わりだ、SE残ってようがお前の機体も動かせねぇだろうしな』」

 

 

「そう……ですわね。私の完敗です」

 

 

 

 降参。セシリアが取った行動がそれであった。アリーナ内の殆どの生徒、果ては殆どの教師までも驚いていた。唯一驚いていないのは織斑千冬、更識楯無のみである。

 

 

 フェンリルの左足のクローがブルーティアーズに触れる。ブルーティアーズがスムーズに動ける様になる。既に勝敗が決した時点でセシリアの負けは決まっている為、潔く解除する。

 

 

 勇もフェンリルを解除する。右膝を地面に着けて現れたため実質跪いているが、まるで歴戦の猛者が姿を現した様な印象を受ける。

 

 

 

「あー疲れた。フェンリルもお疲れ」

 

 

 

 宝石が応える様に光る。自然光なのか、人工的なものなのかは今のところ定かでは無い。

 

 

 

「お強いのですね。貴方は」

 

 

 

 素直に賞賛すべきことだから。

 とてつもなく強かったから。

 悔いは無いと思えたから。セシリアはこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいえ、逆ですよ」

 

 

 

 帰ってきたのは、違う反応。勇は笑顔のまま、言葉を続けていく。

 

 

 

「僕は弱い。人でなく、獣としてのISを使わなきゃ負けていた。

 

 僕は強さを求めた。でも強さを得るには人を捨てるしか無かった。

 

 そんな僕の強さは、人が弱さに負けた証です。

 

 

 そんなのよりも、貴女は何年も人であり続けた。

 

 僕は、そんな貴女が強いと思います。

 

 貴女の強さは、人が弱さと共に生きた証ですから」

 

 

 

 優しい口調で、然れど自分を堕とした者の教訓として彼女に伝えた。人は獣の強さを得るべきでは無い、人は人であるべき強さを得てくれと。遠回しに。

 

 

 その言葉には悲しみが滲み出ていたが、何処か空虚であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話

 セシリアと勇の戦いが終わった直後、ある2人の人物が勇について思考していた。

 

 

 元世界最強の名を馳せた織斑千冬と、IS学園最強と謳われる更識楯無の2人だ。織斑千冬は楯無と勇の戦いを見ていたから、楯無は実際に戦ったから分かる勇の特徴が幾つかあった。

 

 

 まず最初に勇は専用機であるフェンリルに乗る時()()、あの性格へと変貌すること。相手を煽るが同時に現状を突き付けさせられる言葉と、獣に似た身体スペックを用いた俊敏な戦闘。そして最後に……予測である。

 

 

 勇は常にノートを持ち歩いている。だがそのノートには共通点があった。対戦相手のデータが載ったノート1冊を見続けていた。常に予測し、相手がどう動けばどの様に対処するかの応酬。

 

 

 【過集中】による入念すぎる計算と【並列思考】による脳内シミュレートの高速処理、性格が変わったことによる容赦の無さと獣並のスペックに加えて特殊武装。織斑千冬はあの時用心しろと言ったが、完全に杞憂だったと思いつつ現実(本当の問題)を見た。

 

 

 弟である織斑一夏であった。そう、問題は彼であった。常に姉である織斑千冬の背中を追いかけ続け、求め、姉の様な()()()()に成りたいと思い続けている弟だ。

 

 

 その一夏は、この戦闘を見て何を思ったのか不機嫌極まりない様子で勇を見ていた。戦闘中に届いていた機体である【白式】の最適処理化(フィッティング)を終えて見据えていた。

 

 

 

『両者、共に場内に入れ』

 

 

 

 一抹の不安を抱えながら、この戦いの展開を見届けなくてはならないという責任を抱えた織斑千冬は少しの弱さが垣間見えていたと思う者は……早々いないであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、どうやらそろそろですね」

 

 

「そう、ですわね……」

 

 

 

 一方別のピットではフェンリルのミサイルとエネルギーの補充を行っていた。フェンリルの構造を予め()()()()()()()()企業から1通り教えて貰ったため、テキパキとした動きでフェンリルの調整をしていた。

 

 

 勇はフェンリルを装着するとゆっくりと歩いて出て行こうとしていた。

 

 

 

「あ、あの……!」

 

 

「『……んぁ?どーした、デケェ声出してよ』」

 

 

「お、尾崎さん!その…………

 

 

 

 

 

 

 

 侮辱をしてしまって、申し訳ありませんでした!」

 

 

 

 

 

 

「『……おいオルコット』」

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 この口調に未だ慣れていないセシリアは少し緊張とした面持ちで勇に反応した。そんな様子を見た勇は明らかに呆れた仕草をしながら言った。

 

 

 

「『……言う相手が違うだろバカ』」

 

 

「…………え?」

 

 

「『その謝罪は後でクラスの全員にしとけ、それで俺のもチャラにしてやる。さっきのは無しな』」

 

 

 

 ピットから出ていった勇を思い、言われた言葉を胸に刻み込むセシリア。だが同時にとある感情も芽生えていた。

 

 

 

 ━━━━知りたい

 

 

 

 それは“ある感情”をセシリアに芽生えさせるのに充分な思いであった。

 

 

 

 ━━━━もっと……彼を、彼のことを

 

 

 

 

 

 ━━━━知りたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナ内には一夏と勇が向かい合っている。

 

 

 そんな中、一夏が勇に尋ねた。

 

 

 

「勇」

 

 

「『何だ?手短に済ませろ、さっさと決めるぞ』」

 

 

 

 

 

「お前、恥ずかしく無いのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『はっ?』」

 

 

「惚けんな!女に対して暴言を吐いたり、一方的な戦いをして……!お前それでも男か!?」

 

 

 

 

「『で?』」

 

 

「ッな!?」

 

 

 

 物凄く呆れた様にため息をついた後、ゆっくりと地面に伏せて尻尾をユラユラと動かす。傍から見ればどう見ても犬みたいである。

 

 

 

「『んじゃあ一夏、お前にも質問をしてやる。

 

 

 

 

 

 

 お前は人間の姿をしている。俺は獣の姿をしている。だから敢えて言うぞ。

 

 

 

 

 

 

 お前は動物に攻撃できるか?』」

 

 

「……何を言って」

「『答えろ』」

 

 

 

 答えを催促する勇。未だにこの状態は続いている。

 

 

 

「そんなの……できるわけ」

「『それは自分の身が危機に晒された時でもか?

 

 

 

 

 

 敢えて言ってやるぞ一夏、お前は攻撃する』」

 

 

「ッ!そんなこと絶対に!」

「『するんだよなぁ、これが』」

 

 

 

 勇がフェンリルを起こし伸びをする。狼だが、見た目はもう完全にシベリアンハスキーにしか見えなくなっている者も居たそうだ。

 

 

 

「『生物ってのは生存本能に抗えない。それは獣に限らず人間、虫、鳥、魚……ありとあらゆる生物が持つ本能だ。誰だって危害を加えられたら反撃しちまう』」

 

 

「そんなのが何に!」

「『なるんだよなぁ……』」

 

 

 

 今度は欠伸をした。アリーナの観戦席からは可愛い犬として見られシャッターを切られている。

 

 

 

「『セシリアとの戦いもそうだ。誰だって銃を向けられれば避けるし、反撃する。

 

 

 相手のペースを乱す為に発言をする。

 

 

 相手が何もできない様に一方的にさせる。

 

 

 これはこの戦いでも当てはまるんだぞ』」

 

 

「けど……そんな考え!」

「『間違いなんてねぇよ』」

 

 

「『さっきのに間違いは無い。

 

 

 それは1つの【知恵】として使用されるし、

 

 

 自分が()()()()為の進化なんだ。

 

 

 お前の理想論はその知恵や進化を否定した、憐れな考えを持った奴にしか思えねぇ。

 

 

 俺にとっちゃ、お前に“恥ずかしくないか?”って言うぜ。

 

 

 そんな考えじゃ勝てないし、生き残れないからな』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきから……言いたい放題…………!」

 

 

「『あ?』」

 

 

「うぉぉおおおお!」

 

 

 

 既に合図は鳴っていた。

 鳴った後で話をしていた。

 そして鳴った後だから攻撃した。

 ただそれだけだ。

 

 

 

 

 

「『クソ愚直。やり直せ』」

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 何時の間にかフェンリルが白式の後ろに移動していた。そしてすれ違い様に1発腹にクローを叩き込んだらしく、一夏は苦痛の声を挙げた。

 

 

 一夏が後ろを振り向くが、そこにフェンリルは居なかった。

 

 

 

「ど、何処に!?」

 

 

「『上だ上。ハイパーセンサーを頼って自分で見つけろ』」

 

 

 

 一夏は上を見上げると、そこに浮遊しているフェンリルの姿が映った。

 

 

 

「降りてこい勇!俺と真剣勝負をしろ!」

「『真剣勝負だから攻撃当たりたくねぇの』」

 

 

「何で立ち向かわない!?それでも!」

「『それでも男か?ってか。生憎俺には雌雄の区別しかしてねぇから無理だな』」

 

 

「くそっ!臆病m」

「『んなことより、お前も飛べば?そしたら近付けるぜ』」

 

 

 

 苦虫を噛み潰した様な表情だったが、一夏も飛んでみた。しかしスピードが如何せん出ない。

 

 

 一夏を見ていた勇は急下降して地面スレスレで止まる。今度は一夏が勇を見下ろす形となった。

 

 

 

「くそっ!動くな!」

「『動くなつったら死ぬじゃねぇか。だったら降りて来いよ』」

 

 

 

 同じ表情のまま今度は降りる……のだったが、どう制御すれば良いのか分からず地面に衝突してしまった。地面に降り立って横に跳んで回避した勇は、アリーナにできた穴の中心に居る一夏に声を掛けた。

 

 

「『おーい、平気かー?』」

 

 

「ッ!くそっ!何で……!?」

 

 

「『ほれほれ俺は暇だぞー』」

 

 

 

 フェンリルが再度欠伸をして、その場で回って丸まった。この行動の直後、シャッター音が鳴り響いたのはどうでも良い。

 

 

 

「ッ!ぉぉおおおおお!」

 

 

「『よっと』」

 

 

 

 いきなり立ち上がってブレードを振るうが、難なく回避する。それ以降も……

 

 

 

「『はい後ろだ』」

 

 

「くそっ!」

 

 

「『残念、今度は左だ』」

 

 

 

 避けて、避けて、避け続けて。煽って、煽って、煽り続けていた。

 

 

 時折空中に移動し、挑発して上がらせる。そして降りて、一夏がクレーターを作ることも繰り返していた。次第に周りの者も冷めてきた様子になっている。

 

 

 

「『さてっと…………』」

 

 

「うおおおおおお!」

 

 

「『猪突猛進……織斑教論でもしねぇぞ』」

 

 

 

 フェンリルの全身の毛が一夏の白式に絡みつき、地面に倒される。

 

 

 

「くそっ!離せ!」

 

 

「『ん、分かった』」

 

 

 

 フェンリルの毛は白式を持ち上げると、フェンリルの方に引っ張っている。身動きの取れない一夏は為す術もなかった。

 

 

 毛の拘束が緩むと、一夏は好機と出てブレードを上に上げる…………が、その眼前にはミサイルが10発。その10発は全て一夏に当たりSEが切れたことで試合終了となった。結果は尾崎勇の勝利である。

 

 

 完全に倒れている一夏をよそに、勇はフェンリルを待機状態にさせて立ち上がる。地面に付いている右膝の土を払うと一夏の元まで歩みより手を伸ばす。

 

 

 

「立てますか?一夏君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で………………」

 

 

「……一夏君?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……負けた…………?」

 

 

 

 勇はその言葉で表情を変えた。眉を吊り上げて明らかに嫌悪感を示している様に見えていた。

 

 

 勇は一夏の体を起き上がらせたあと、目の前でおもいっきり手を叩いて音を出す。驚きで現実に戻された一夏は、目の前の勇を見た。

 

 

 

「勇……?」

 

 

「織斑一夏君、今日の夜に君と織斑先生と一緒に話をします。覚えて下さい」

 

 

 

 それだけを伝えると勇はアリーナを出ていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、勇は寮内に居なかった。外で夜風に当たっている最中であった。それだけなら、どれ程良かったか。

 

 

 ポケットに入れていたスマホのバイブ機能が伝わる。取り出してみるとSという一文字だけの人物から着信が着ていた。その着信に出ると女の声が聞こえた。

 

 

 

〔Good morning,Mr.尾崎。学園生活はどうかしら?〕

 

 

「……少し厄介なことはありましたが、大丈夫でしょうね。そちらの首尾は?」

 

 

〔上々、デュノア社の社長様にはアポ取れたわ。あとは貴方の傑作を渡せば良いだけ〕

 

 

「……成程、なら僕らもピッチを進めなくてはですね。何時になります?」

 

 

〔少し期間は空くらしいわねぇ……精々2日ぐらいね〕

 

 

「了解しました。唐木さんの予定だと今夜完成してる頃ですから、といっても日本時間ですが」

 

 

〔あら、じゃあ出来てるわね〕

 

 

「恐らく。あとは貴女達に【ロック鳥】を渡せば良いだけです」

 

 

〔私達じゃなくて、デュノアにでしょ?〕

 

 

「そうですね。あと、此方では夜なのでGood Eveningですよ」

 

 

〔ふふっ、そうね。じゃあまた〕

 

 

「抜かりない様にお願いします」

 

 

 

 Sとの会話を終了し、今度は別の電話番号に掛ける。数回のコールのあと電話に出たのは男であった。

 

 

 

〔はい明石重工です〕

 

 

「唐木さん僕です。尾崎です」

 

 

〔あぁ尾崎君か、というと【ロック鳥】の件だね。それなら既に完成してるし、あとはデュノア社に送るだけさ〕

 

 

「……何時もすみません、態々こんな面倒事を押し付けることになってしまって」

 

 

〔……まぁ君の壮大な我儘に付き合うのは疲れるけど、それでも後の達成感ってのがね。本当に人類史を塗り替えそうで怖いよ〕

 

 

「…………では、今回はここまでということで」

 

 

〔……分かった。お休みなさい〕

 

 

「お休みなさい」

 

 

 

 電話を着るとため息をつき近くのベンチに座る。

 

 同時に何かが潰れる様な音がしたが、勇は気付こうとさえしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




IS【フェンリル】
世代:第一世代?

見た目:白と黒のシベリアンハスキー似、瞳は赤

武装:尻尾【スティンガーミサイル】
   毛【グレイプニール】
   両前足【クロー】
   口【バイト】
   口内【ロアー】(高周波振動砲)


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5話

 夜、外へと出ていく2人の人物が居た。ただ、この時間帯に外に出るのも少し不自然だと思われるかもしれない。だが何となくこの2人なら“あれ”だろうと思ってしまうものがある。2人は姉弟、担任と生徒という関係の者ならば今回の件に関する事なのだろうと分かるかもしれない。

 

 

 

全く……教師を外に呼び出す者が居るとは

 

 

「ち、千冬姉?俺はこれから何処に」

「織斑先生だ。……見てわからんか、外だ」

 

 

「いや、何で外に?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「尾崎がお前と私とで話をしたいそうだ」

 

 

「…………はっ?」

 

 

「2度も言わんぞ私は」

 

 

「い…………いやいやいや、ちょっと待ってくれ千冬姉!何で尾崎が!?」

 

 

「静かにしろ。今の時間帯を考えろ」

 

 

 

 そんな会話が終わる頃に外へと出てきた2人。ちょうど2人が外へ出た時に勇もベンチから立ち上がり2人にお辞儀をする。織斑千冬は一夏を連れたまま勇の所まで歩き、その場に着くと勇が口を開く。

 

 

 

「すみません、態々この時間帯に。それと仕事の関係もあったのにも関わらず」

 

 

「時間帯のことは考えろ。……仕事の方は少し任せてもらったがな」

 

 

「そうですか。…………では」

 

 

 

 先程勇が座っていたベンチを示すと先に勇が右端に、織斑千冬が左端に座る。残った真ん中の席に2人を交互に見て困惑している一夏だったが、勇が席を示したことでおずおずと座る。

 

 

 そんな勇は息を1つ吐き一夏の方に顔を向けると口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先程は失礼しました、一夏君」

 

 

「え…………?」

 

 

 

 先程というのは代表決定戦の戦いの時だろうと誰しも予想が付く。しかし織斑千冬は何処か納得の言っていない様子を浮かべた。

 

 

 

 

「……おい尾崎、お前は」

「でも、あの戦い方を辞める訳にはいきません」

 

 

「ッ…………!」

 

 

 

 その言葉は忌むべきもの。織斑一夏の中では“心”がそう捉えていた。

 

 

 

「戦いとは勝つか負けるか。そして勝つ為には手段を選ばない。

 

 例えそれが誰かに怨まれようと、変えるつもりは全くありません。

 

 挑発をして相手を惑わせます。

 

 SEを削り切る為に容赦無く攻撃します。

 

 相手を拘束して動きを封じます。

 

 

 これが、僕の戦い方ですから」

 

 

 

 

 

 

 

「そんな戦い方……あってたまるか」

「多くの戦闘ではこれが基本です」

 

 

「真っ向から勝負しろよ……」

「それでは僕らが負けます」

 

 

「でも……それで勝てる時だって!」

「殆どありません。できる人間は、何処にも」

 

 

「けど千冬姉は!」

「本人のスペックが常人を遺脱してます。一夏君と織斑先生を比べても雲泥の差でしかありません」

 

 

 

 一夏の考え方(理想)を勇の考え方(現実)が突き刺さす。一夏の中の織斑千冬(目標)を勇の中の(現状)が噛みちぎり、食い破り、無残なものとなる。

 

 

 そんな理想を凍てつかせ、破壊していく。これが現実なのだと見せなければならない。

 

 

 

「僕は弱いから、だからこそ頭を使って戦わなきゃならない。

 

 隙を突いて、攻めて、罠に嵌めなければならない。

 

 それは、僕の力はISのもの。自分の力ではないから。

 

 

 君は、その手に入れた力に酔いしれてしまった

 

 この力なら倒せると。救えると。守れると。

 

 でも本人に見合わない力は、必ず自分を滅ぼすし傷つけてしまう。

 

 今回の君の敗因は、その力に酔ってしまったからです」

 

 

 

 突き刺さるのは冷徹で無慈悲な(敗因)、だが的確で尚且つ優しい弾丸(助言)。それは本人は望まなくても、少しずつ一夏の心に少しずつ浸透していっていた。

 

 

 そして完璧な決定打とも言える一言を言った。

 

 

 

 

 

 

「だからこそ、貴方の機体と貴方が釣り合う様に()()()()()

 

 

「………………はっ?」

 

 

 

 不思議そうに勇を見る一夏。そんな一夏から視線を逸らし織斑千冬に向けたが、ただ此方を見るだけであった。

 

 

 

「…………先生からの方が説得力が万倍マシですから呼んだのですが」

 

 

「態々、それだけか?」

 

 

「僕から何を言ったとしても……です。後々を考えた合理的な方法と思っていて下さい」

 

 

「…………そうしといてやる」

 

 

 

 渋々と言った様子で織斑千冬が先程の代表決定戦での行動の1つ1つについて説明する。その間、勇はイヤホンを付けてスマホで音楽を聞こうとしていたが織斑千冬に取り上げられる事となった。

 

 

 先ず、上に上がらせた理由。これは、まだ慣れない飛翔の感覚を初めに味わってほしいという考えから生まれたものである。先に空に飛ぶことが、どの様な事かを理解してもらう為の行動であった。

 

 

 次に急下降。今回はアリーナの地面にクレーターを作り続けたが緊急停止の感覚、落ちる感覚を学んでほしかったというのが挙げられる。他にも挑発やハイパーセンサーの事も教えたのは、あの戦いで分かった。子供を崖から落とすライオンでは無いが、かなり無茶苦茶な鍛え方である。

 

 

 しかし、これらが一夏に合わせた行動の1つだと知ると違って見えてくる。一夏は勇を見ると、目を瞑っていた。息を1つ吐くと目を開いて一夏と向かい合う。

 

 

「一夏君、僕の行動は決して誉められた行動じゃ無かった。

 

 あぁする事でしか、君を鍛えられなかった僕を非難してもらって構いません。

 

 でも強くなりたいなら、何時かその力を物にしたいのなら…………

 

 

 

 僕と共に強くなりましょう。一夏君」

 

 

 

 伸ばされた手は甘美とは程遠く、苦い汁ばかり吸い続けなければならないものになるだろう。だが果物の苦はやがて甘くなる様に、時間を掛ければ必ず成長できる。強さが手に入るのだ。

 

 

 

「織斑……いや一夏、お前は強くなりたいんだろう?」

 

 

「千冬姉……」

 

 

「今差し出された尾崎の手は、1つの道だ。強くなる道だ。

 

 過酷だが、必ず成果の出る方法だ。

 

 その手を……お前は安々と掴まないつもりか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏の手は尾崎勇の手を握った。そして漸く1件が終わった所で寮へと戻っていくのであった。

 

 

 

「ふぅ…………」

 

 

「あらお帰り。遅かったわねぇ」

 

 

「……楯無さん」

 

 

「何かしら?」

 

 

 

 

 

 

 

「そのノートを何故シュレッダーにかけようとしてるんですか!?」

 

 

 

 帰ったのは良かったが一悶着ありそうな予感がしていた。何故かバッグに入っていた全冊のノートがシュレッダーにかけられようとしていたのだ。

 

 

 あの時の高速移動で楯無を拘束し、ノートを避難させる。

 

 

 

「離して!それが無ければ貴方と簪ちゃんの接点は消えるのだから!」

 

 

「流石プロフィールに好きな物【妹】って書き込む位のシスコンですね貴女!というか幾らその行動をした所で簪さんが!」

「私が何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ねぇ尾崎君、鍵は?」

 

 

「貴女の急な行動に驚愕してそれどころじゃなかったです」

 

 

「……お姉ちゃん、ちょっと向こう行こうか」

 

 

 

 ガシッと襟首を掴まれた楯無は、そのまま簪に連行されて行った。勇に借りていたノートを返して。因みに9割5分程まで機体の方は完了したらしい。

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 翌朝の教室。

 

 

「というわけで、代表は織斑一夏君に決まりました!あ、1繋がりで言いですね!」

 

 

「……勇?」

 

 

「こうした方が経験値も積みやすいからです。他のクラスとの実力も実際に体験すれば、今よりも格段に成長できますよ」

 

 

「勇がそう言うなら……んじゃあ張り切ってやります!」

 

 

 

 代表が決まり、その後セシリアの謝罪が全員にされた。日本に対する数々の侮辱、傲慢であった態度を改めクラスの一員として切磋琢磨していくことを皆に伝えた。

 

 

 

「あ、あと……尾崎さん!」

 

 

「はい」

 

 

 

 

「こ、これから……名前で呼んでも構いませんか!?」

「別にその程度なら、喜んで」

 

 

「で、でしたら私のことも名前で呼んでもらっても……?」

 

 

「了解しました。セシリアさん」

 

 

 

 

 

 

「よ、宜しくお願いします!勇さん!」

 

 

 

 浮かべた表情は清々しいものとなっていた。その直後、勇に集まる視線とセシリアに集まる視線があったが気にする言葉無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

「『どーした一夏ァ!?さっさと追いかけて来いよぉ!』」

 

 

「聞かされてたけど……変わり過ぎだろ性格!」

 

 

 

 放課後、勇と一夏はアリーナ内で空中鬼ごっこをISでしていた。勿論これは空中での戦闘、移動、旋回などを知ってもらう為の勇なりに考えたメニューである。

 

 

 しかしまだ()()ことに慣れていない一夏はスピードもあまり出ず、追いかけようとしてもフラフラとしたままである。

 

 

 

「『一夏!参考書通りに考えるな!角錐で思い浮かべるのが無理なら自分の両足からエネルギーが勢い良く出るイメージを思い浮かべろ!若しくは背中に翼があるみてぇに動かすイメージだ!』」

 

 

「分かりやすいけど……むずいッ!」

 

 

 

 勇の助言を意識し始めたのか、徐々に機体スピードが上昇している。しかしバランスが危うい点があるのは否めない。

 

 

 

「『スピードの出し過ぎを怖がるな!敢えて体を高速移動に慣れさせろ!曲がる時は曲がりたい方向とは逆の方のスラスターからエネルギーを出せ!』」

 

 

「や、ヤバい……Gが……ッ!」

 

 

 このやり取りが20分ほど続き、もう終わろうとしていた。勇のフェンリルが直角に曲がりに曲がって一夏の機体の後ろに位置し、グレイプニールで拘束しながらスピードを落としていく。

 

 

 一夏の機体【白式】をゆっくりと降ろし、グレイプニールの拘束を解くとフェンリルも地面に足を着けるとISを解除する。立ち上がった勇は未だ白式を装着したままの一夏に話しかける。

 

 

 

「一夏君!ここで終わりにしましょう!」

 

 

「お、おぅ……」

 

 

「勇さん!」「一夏!」

 

 

 

 勇にはセシリアが、一夏には箒がそれぞれ駆け寄る。一夏は先程の訓練で精神的、肉体的に疲弊しているため大の字で仰向けになって寝そべっている。勇はそんな一夏を見つつ思考に集中していた。

 

 

 

『わふっ』

 

 

「ん?」

「あの、勇さん?」

 

 

「ん、あぁ失礼。何時もの癖なんですが、どうにも考えると集中しすぎて」

 

 

「そ、そうでしたか。こちらこそ邪魔をしてしまって」

「フェンリル、おいで」

 

 

 

 勇は待機状態のフェンリルを撫でると勝手に器具が外れ、独りでに機体を形取る。目が光ったと思うと尻尾を振り始め勇を見た。その後光景を見た者達は目を見開いていた。

 

 

 

「あ、あの……勇さん?なぜ、機体が独りでに?」

 

 

「機体の方に自立思考、走行機能を追加させることで可能にさせてます。ね、フェンリル」

 

 

『わんっ!』

 

 

 

 勇は近づいてくるフェンリルを撫で回す。そのフェンリルは嬉しそうに尻尾を振り、目を閉じる。機体がシベリアンハスキーに似ている為か完全に犬と戯れている微笑ましい光景にしか思えない。

 

 

 少なくとも犬に好意的な生徒たちには、そう見えていたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6話

 現在、勇はフェンリルを自立させた状態で織斑千冬と楯無と共に生徒指導室に居た。フェンリルの方は勇の膝を枕代わりとしており寝そべっているが、人間の方はかなり空気が緊迫している様子である。

 

 

 

「……さて、勇君。もう分かってると思うけど」

 

 

「フェンリルのことですよね。知ってますよ」

 

 

「なら……何故提出された機体情報に無かった?」

 

 

「混乱を避ける……といっても一時的な物にしようと考えてましたので、あくまで予想通りですが」

 

 

「……ISの自立思考、走行。こんなISがある事を知られたら貴方危ういわよ?」

 

 

「その点は既に抜かり無く。フェンリルの可愛さに虜となった人達経由で口外しない様に伝えました」

 

 

「いや可愛いけどねぇ……」

 

 

『わふっ?』

 

 

 

 起きたフェンリルが耳をピコピコと動かすと、今度は伸びをしてソファから降りると生徒指導室を周り始めた。

 

 

 

「……おい尾崎、何とか止まる事はできんのか?」

 

 

「可能ではありますが……やると拗ねて展開しなくなっちゃうんですよね」

 

 

「完全にわんちゃんじゃない」

 

 

『わんっ!』

 

 

 

 今度は勇側の肘置きに前足を乗せて立ち上がり、尻尾を振って何かを訴えている。当の勇は少しなだめると制服の内側から何やら平べったい物を取り出した。

 

 

 それを指で弾くと一瞬で球形に変わった物を、フェンリルに見せつつ軽く投げるとボールを取りに行った。最早ISでは無く完全にペットである。因みにフェンリルはボールで遊んでいる。

 

 

 

「…………んっんぅ!兎も角、尾崎の機体に関しては明石重工から事情を聞く。口止めや情報改ざんをやって置くが、あまりその状態を見せるのは控えろ」

 

 

「了解しました。フェンリル、おいで」

 

 

『ウゥ〜』

 

 

「ごめんごめん。暫くしたらお家帰れるから、それまで待ってて」

 

 

『クゥ〜ン…………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生!もの凄く可哀想に見えてきます!」

 

 

「こうも犬っぽいのも考え物だな」

 

 

 

 尻尾を下げて悲しそうな声を挙げるフェンリルは、勇の言葉で抵抗はあったものの待機状態へと戻った。それらが終わると勇も部屋へと戻って行き、楯無は何か思い出したかの様に勇を追いかけた。

 

 

 残された千冬は背もたれに倒れながら思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

「…………退職したら、犬を買うか?」

 

 

 

 この元世界最強も、犬の可愛さに毒された様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

「……成程、僕の身柄を保護するのも含めて生徒会に入って下さいと」

 

 

「そっ。その子にとっても貴方にとっても、悪い話では無いのだけれど?」

 

 

「因みに役職は?」

 

 

「副会長に就いてもらうわ」

 

 

「ふむ………………」

 

 

 

 部屋に入るなり何故か生徒会への勧誘をされる勇は、かなりの役職に着きある程度の保護を受けられるという条件を差し出されながらも少しだけ悩んでいた。

 

 

 やがて考えが纏まったのか、勇はそれを承諾した。

 

 

 

「そうですね……デメリットを考えても少し時間が削れる程度、此方にも問題は無いですね」

 

 

「そう。なら」

 

 

「副会長の役職を勤めさせて頂きます」

 

 

「そんなに堅苦しくなくても良いから。……あと

 

 

 

 

 

 

 

 

 簪ちゃんのこと、ありがとうね」

 

 

「……そうですか。所で仲直りは?」

 

 

「仲直りはしたけど、簪ちゃんに怒られちゃった」

 

 

 

 何となく想像は付いていたのか、少し呆れた様子でため息をつく勇。しかし何処と無く笑みを浮かべていたと見えたのは錯覚とは言い難いであろう。

 

 

 

「じゃあ早速仕事よ勇君!」

 

 

「早いですねぇ……いや、もう遅い時間帯じゃないですか?」

 

 

「大丈夫大丈夫、簡単なことだから」

 

 

 

 “はて”と首を傾げて疑問を浮かべている勇を他所に、楯無は勝ち誇った顔をしながら何故か90度直角にお辞儀をする。僅か0.6秒であった。

 

 

 

「フェンリルちゃんをモフらせて!」

 

 

「えぇ…………」

 

 

 

 千冬に言われた言葉を思い出しつつ必死に懇願している楯無を見るに耐えかねたのか、フェンリルを起動して楯無にモフらせた。

 

 

 だが急にやられた事でフェンリルも怒ったのか、耳元で搭載されている高周波振動砲を放つと離れた。そして勇の後ろに隠れて唸っていた。勇は頭を撫でると先程見せた特殊なボールを投げると飛びついて遊んでいた。

 

 

 そこに何故かセシリアが来たのだが、フェンリルがボールを見せて遊べと意思表示していたのだそう。快く承諾してくれたが。

 

 

 

「何でぇ…………?」

 

 

「急にするからですよ。この子も意思はあるんですから」

 

 

『ウゥ〜』

 

 

「遊ばれますか?」

 

 

『ぅぶぁふッ!』

 

 

 

 

 

 

 ■■■□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 この日はISの実演練習の日。全生徒がISスーツに着替えて待機しているが、一夏だけヘトヘトという様子であった。現在専用機持ちが3人揃って残りの生徒の前に並んでいる。

 

 

 

「先ず始めにISの展開から行う。素早く展開させろ、先ずは織斑!」

 

 

「お、おう……」

 

 

「返事は“はい”だ」

 

 

「はい……」

 

 

 

 手甲を展開させるイメージを浮かべていくと、徐々にではあるが装甲が展開されていく。完全に展開されるまで2秒程であった。

 

 

 

「遅い。ISの展開は0.5秒までにしておけ」

 

 

「ま、まだ早くするのか…………」

 

 

「次、オルコット!」

 

 

「はい!」

 

 

 

 ISの展開を行ったセシリア。だが銃口が勇の頬にめり込んでいた為、千冬はため息をついた。他の者は吹き出していた。

 

 

 

「……オルコット、展開は速かったがそのポージングを何とかしろ。尾崎の頬にめり込んでいる」

 

 

「えっ……い、勇さん!申し訳ございません!」

 

 

「あぁ、お気になさらず。離れたら良いだけですし」

 

 

 

 横に2歩離れて行こうとしたが、先にセシリアの持っている【スターライトMark.Ⅲ】の銃口がセシリアの前に移動されると、歯がダメージを受けた。

 

 

「あ……痛い。ホントに痛かった」

 

 

「誠に申し訳ございません勇さん!」

 

 

「……尾崎、オルコット。早く終わらせろその漫才を」

 

 

「漫才じゃないんですけどね……さてと」

 

 

 

 右頬を擦りながらフェンリルを即座に展開させると、勇の体は前に倒れて四つ足の状態となる。

 

 

 

「『これで良いだろ?はよさっさと次に行かせろ』」

 

 

「教師に対してその口ぶりは感心せんな、尾崎」

 

 

「『プロフ見て知ってんだろ?この口調は誰かれ構わずするんでな、治れんならとっくに治してらァ』」

 

 

「……まぁ良い。次に移るぞ」

 

 

 

 今度は飛行、そして急降下を行う。一夏は急下降の際ギリギリ1cmの距離を残して着地した事から、あの辛そうな練習の成果が現れているのだと実感していた。

 

 

 

「『今日もやるからな。あとまだまだ改善の余地はある』」

 

 

「心抉るの止めてくれません?」

 

 

「ほぉ、少しは敬語を使うことを覚えたか織斑」

 

 

「………………社会の現実を嫌でも見せられれば少しは改善するさ、千冬姉」

 

 

「……お前何があった?あと織斑先生だ」

 

 

 

 余談ではあるが、一夏はIS搭乗時の勇に今の社会の現実を嫌という程見せられたらしい。何時までも子供じゃ生きるの無理だよという純心だった一夏の心を少し汚す程度の事を勇は真顔でしていたという。尤も顔は見えはしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 その日の夜、また外のベンチに腰掛けながらスマホで通話をしている勇の姿があった。

 

 

 

〔今日の午後16時に商談に応じてくれる予定よ。既に【ロック鳥】も用意してあるし、秘策もある。失敗は1割を切ってるわ〕

 

 

「そうですか……ですが慎重に物事を運んで下さい。まだ僕達の秘密を公にさせる事は」

 

 

〔そこは抜かりないわよ。……ところで話は変わるのだけれど〕

 

 

「何ですか?」

 

 

〔Tが調べたのだけれど……暫くしたらデュノアの御令嬢が来るそうよ。男装して〕

 

 

「……やはり強行手段にとりましたか」

 

 

〔そうとも限らないのよねぇ、これが〕

 

 

「…………それで?Tは何と?」

 

 

〔Tの判断では“娘を逃がした”という扱いが正しいわね、デュノアの社長。まぁ企業内の争いなんて、お子様にはドロドロし過ぎて見せられないモノよねぇ〕

 

 

「……少し予定を変更します。Sは商談を成立させると同時に、その御令嬢に【ロック鳥】を渡す様に仕向けて下さい。企業協定を世界に知らしめるために」

 

 

〔そちらの方が手っ取り早いと……分かったわ、そうする〕

 

 

「健闘を祈ります」

 

 

 

 通話を終了するとベンチから立ち上がり寮へと戻っていく勇。その途中1人の女子学生とすれ違うが、両者共止まって何かを呟き始めた。

 

 

 

「女権の工作員の方は?」

 

 

「指の1本位で上等だったぜ。あとは脅しゃぁ良い」

 

 

「なら、大丈夫そうですね」

 

 

「序にバッドニュースだ。

 

 

何モンかに“ゴーレム”を2機奪われた。警戒しとけ」

 

 

「……お休みなさい、()()()さん」

 

 

「精々いい夢を見とけよ、()()様」

 

 

 

 その日の勇は内心荒れていたそうな。そしてそれを添い寝して宥めていたフェンリルの姿が楯無によって目撃されていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 その翌日。この日の1組、いや他のクラスも少し喧騒としていた。

 

 

 

「ねぇねぇ、わんちゃんモフらせて〜!」

 

 

「ISなんですがそれは……あと名前フェンリルです」

 

 

「細かい事は気にしな〜い」

 

 

 

 しかしこの2人にとって、その喧騒の話題というのはどうでも良い。というより生徒の中にもフェンリルの毛並みを楽しみたいと勇に懇願して来る生徒が居る為、対応に忙しいというのもあるのだろうが。

 

 

 教室の扉が開かれたかと思い、そちらを見ると小柄な女子生徒が居た。その直後、勇が何かに気付いた。

 

 

 

本音さん、席に戻って下さい。織斑先生が来ます

 

 

「おー……分かった〜」

 

 

 

 軽い足取りで自身の席に戻っていく本音を見つめながら、キレの良い音が鳴り響く。その場に居た小柄な女子生徒が頭を抑えて千冬を見たが、その姿を見た途端一夏に何か言い放った後自身の教室へと戻って行った。それからは滞り無く授業が行われた。

 

 

 つつがなく授業も一段落ついた所で、勇は持参していた9のノートを持ちパラパラと捲りながら食堂へと向かっている。そんな勇の隣に立ち歩く者が居た。

 

 

 

「あ、あの勇さん」

 

 

ふ〜む……ん?セシリアさん、如何されました?」

 

 

「いえ、私もお昼をご一緒にさせて頂いても宜しいかと……?」

 

 

「その程度なら別に構いませんよ」

 

 

「そ、そうですか……!と、所で勇さん。先程見ておられた物は?」

 

 

「あぁ……今朝やって来た中国代表候補生の『凰鈴音』さんの機体情報、戦術、武装、過去のデータを纏めたものを少々」

 

 

「そうですか。因みに、実力の方は勇さんから見てどう思われますか?」

 

 

「ええ、実力はまぁありますよ。しかし第三世代武装【衝撃砲】に頼り過ぎな点が否めないんですよね凰さん、見えないんだから敢えて土煙とか煙幕擬きを発生させれば勝率は上がるのに」

 

 

「そういえば……私の時にも勝率がどうこうと仰ってましたね」

 

 

「あの時は失礼しました。よく唐木さんから“君は善意で喋ってるつもりだろうけど、他の人が不愉快になる事をズバズバ言うから気を付けなさい”って言われてたんですが……どうにもこうにも」

 

 

「いえ!もう気にしてませんわ!その……唐木さんという方はどの様な方なのですか?」

 

 

「……僕が所属している明石重工の取締役で、僕の親代わりです」

 

 

「親代わり……」

 

 

「…………少しワケありで住まわせてもらってたんです。あの人、人望だけは特に厚くてこの御時世にもめげずに旦那さんや技術者達と頑張っているんですよ」

 

 

「……とても素敵な話ですわね。その御方」

 

 

「ええ。とても」

 

 

 その会話が終わると同時に食堂へと到着する2人。それぞれ今日食べたい物を選んで仲良く食事をしていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■□□□□□□□

 

 

 

 

 

「『へいへいへーい!そんなんじゃ当たんねぇぞ馬夏!』」

 

 

「ッ…………!」

 

 

 

 怒りに呑み込まれそうになるも我慢している一夏であったが、やはり体は正直な様子。剣の軌道が丸分かりである。それを飄々とした様子で避ける勇の姿がアリーナで目撃されている。

 

 

 

「『鬼さんこちら!手の鳴る方へ!来ーたとしても避けるけどッ!』」

 

 

「ぐっ…………!」

 

 

「『なぁもう面倒いんだけど?お前伸び代ねぇなら止めちまえよ訓練』」

 

 

「だあああああ!低レベルの煽りがムカつくウウウウウ!」

 

 

「『我慢しろ我慢。こんな感じで揺さぶり掛けてくる奴も居るから対策に越した事はねぇと考えれねぇのかよ一夏(ひとなつ)の思い出、略してワンサマ』」

 

 

「それ罵倒とかじゃ無くなってるよな!?何か最後の意味が分かんねぇし!」

 

 

「『こっから俺の番だぞー。1分逃げ切るか捌けよー』」

 

 

「ちょ!急に」

「『グレイプニール!』」

 

 

 

 20秒弱は持ったのだが、敢なく捕まってしまった一夏の姿を箒とセシリアは見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話

「し……死ぬ…………かと……」

 

 

「『ったく情けねぇなぁ。単に射撃の何たるかを教えただけでよぉ』」

 

 

「それが問答無用で尻尾からミサイル出す奴のセリフかな!?」

 

 

「『そりゃお前、俺遠距離装備が今のところ2つしかねぇからよ。結構良いアイディアだと思うぜ尻尾ミサイル』」

 

 

「最初セシリアと箒の弾幕の難易度上げつつ避ける訓練とかだったよな!?途中から勇が入ってきて難易度メチャクチャ上がったんだけど!?」

 

 

「『奇襲は狼の専売特許なんでな』」

 

 

 

 こんな言い合いをアリーナ内でしつつ今日の訓練を終わらせた4人組。4人ともISの点検を行い終えると、寮へと戻りつつ今回の反省点を交える。

 

 

 

「……うん、一夏君の機動力もそこそこ良くなってきました。ただやはり機体そのものの燃費がイマイチだから、1度調整した方が良いですね。あとは一夏君本人が射撃に対する見解をどう見てくれたのかですが……如何でしたか?」

 

 

「IS乗ってる時とのギャップを改めて感じた」

「関係無いですよね?」

 

 

「んまぁ……思いつくのは色々と違うってとこか。あのミサイルとか、銃とか、ビットとか」

 

 

「その見解を言語化できるように訓練しますか?」

「訓練は今聞きたくない」

 

 

「むぅ……」

 

 

 

 少し膨れっ面になる箒が勇と一夏の並んでいる後ろ姿を見ている。それを見たセシリアが思いついた様に勇の隣に行き話をする。

 

 

 

「勇さん、次の一夏さんの訓練はどうされますか?」

 

 

「んっ?んー……近接系の訓練ですかね?僕のフェンリルと箒さんで少し様子見して、どんな戦法で行くかを考えてます」

 

 

「!」

 

 

 

 成程と言いながら頷きつつ、さり気なく箒の方に視線を向ける。それに気付いた箒は小さく礼をすると、それに応える様にウィンクをした。

 

 

 

「あ、皆さん先に食堂に行って下さい」

 

 

「いや急に何だよ?というより何でだ?」

 

 

「いえ、生徒会に所属したので御挨拶をと。そういえば楯無さん……会長も今仕事中でしたし」

 

 

「ッ!?……い、何時の間に……!?

 

 

「……?どうかされましたか、セシリアさん」

 

 

「い、いえ何でも!」

 

 

「そうですか。あ、では自分はこれで」

 

 

 

 少し早歩きになりつつ仕事へと向かう勇を残った3人は見ていたが、セシリアだけ多少残念そうにしていた。そこに箒のフォローが入るも、逆に箒自身がため息をつく結果となった。

 

 

 その箒のため息の理由を一夏は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。失礼します」

 

 

 

 生徒会室のドアをノックし入ると目の前の光景に楯無が机に突っ伏しており、その隣には少し冷ややかな視線を楯無に向けている3年。少し離れた所でお菓子を食べている本音が居た。

 

 

 

「おー、いーさんだ〜。やっほ〜」

 

 

「……本音さん。聞きますけど、貴女も生徒会ですか?」

 

 

「そーだよ〜。放課後に言おうかと思ってたけど〜、おりむーの特訓でさっさと行っちゃったから言いそびれちゃった〜」

 

 

「アぁ……勇君、来るの遅い……」

 

 

「この方ですか……」

 

 

 

 楯無の隣に居た3年が勇と向かい合う形となる。

 

 

 

「初めまして、生徒会長の秘書を勤めさせています『布仏 虚』と申します。お話は仕事を溜めすぎた結果こうなってしまった会長からお聞きしています」

 

 

「う、虚ちゃぁん……それは、幾ら何でも……」

 

 

「事実ですよね?」

 

 

 

 その一言で黙ってしまった楯無を見る限り、そうなのだろうと思う勇。楯無のしていた仕事の量を目測で見つつ、トンデモ発言をしてしまう。

 

 

 

 

 

「……楯無さんの効率的に終わらせたの、約3時間弱ですか」

 

 

「!?」

 

 

「あ、会長。もし仕事が溜まったら遠慮なく言ってください。今日会長がした分なら30分程度で終わらせますから」

 

 

「なっ!?」「ふぁっ!?」「おぉ〜」

 

 

 

 その言葉に驚愕を覚えつつある3人。これも過集中と並列思考を常日頃使用している者の言う事なのだろうかと、本気で考えていた楯無と虚がそこに居た。

 

 

 しかし勇はもう終わったのだと理解したのか、挨拶だけ済ませ食堂に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

「会長より優秀じゃないですかね?」

 

 

「虚ちゃん!?」

 

 

 

 

「あ、わんちゃんモフらせてってお願いしとけば良かった」

 

 

 

 本音に至っては別の事を考えていた始末である。

 

 

 勇が食堂に向かっている途中、声を掛ける女子生徒が1人。

 

 

 

「あの……」

 

 

「ん?あっ、お久しぶりですね簪さん」

 

 

「う、うん。あの……ノートを」

 

 

「あぁ、態々ありがとうございます」

 

 

 

 簪の手には勇が簪の機体に関する改善点などが書かれた18のノート。それを勇は受け取ると、すべての修正点の横にチェックされている。まぁ別段、勇はノートにチェックを入れる程度どうでも良い心持ちである。

 

 

 

「ありがとう……打鉄弍式も、あとはテストフライトだけ……」

 

 

「おぉ、素晴らしいですね」

 

 

「……というより、何で見ただけで全部分かったのか私には分からない。何でなの?」

 

 

「ふむ…………」

 

 

 

 暫く思考を巡らせていく勇は、あっけらかんとした表情のまま応えた。

 

 

 

「触れる機会が多かったからですかね?」

 

 

「触れる機会……?」

 

 

「僕の所属が明石重工なんですけど、ワケありでそこの社長夫婦の所に住ませてもらってるんです。かなりの頻度で会社とか行っててISの事を間近に触れていたっていうのもあって、何となくですかね?」

 

 

「明石重工……って、倉持に続く大手企業!?」

 

 

「まぁ……そうですね、はい。その明石重工です」

 

 

 

 ワケありで住まわせてもらっている。というのは、恐らく養子なのだろうか。そんな考えよりも勇が倉持技研に続く大手企業関係者というので頭が埋め尽くされていた簪であった。

 

 

 当の本人は少し照れくさそうにはにかみながら頬を掻いていた。

 ────そんな感情なんて無い。偽りの感情だ。

 

 

 そんな事を考えていると、2人の間に走り去る人物が1人。2人は慌ててバックステップで避けるが、走り去る人物は留まる事を知らない雰囲気があった。

 

 

 

「今の……凰さんですか?」

 

 

「凰……確か、今日2組に編入してきた中国代表候補生だっけ?」

 

 

「ええ……。あ、すみません簪さん。僕はこれにて」

 

 

「え……あ、うん」

 

 

 

 勇は食堂の方ではなく、先程走り去って行った凰鈴音を追いかける様に逆の方へと向かった。見失う事は無い、匂いで分かる。

 ────この体に成る前はできなかった

 

 

 動体視力はかなり良いほうだ。聴覚だって良い。

 ────こうなったのは運命だ、自らの決めた

 

 

 何故か、走っている内に考えてしまった。足が途中で止まった、けれど泣いている声が聞こえるから無視できない。

 ───全ては自分を偽る計画の内である

 

 

 

 

「────“僕が望んだ終末(ラグナロク)の”」

 

 

 

 

 

 

「あぁ、知ってるよ。全部……これは布石だと。この腐った時代に、先ずは混乱(フィンブルの冬)を起こす為の」

 

 

『くぅ〜ん…………』

 

 

 

 悲しげな鳴き声でフェンリルが待機状態のまま心配している。脳内に伝えられた声を聞き、笑顔で待機状態のフェンリルを撫でる。

 

 

 

「ごめんね、フェンリル。もう少しだけ一緒に……そしたら、何処かでゆっくり過ごそう。誰も知らない場所に安住してみたいね」

 

 

『わふっ!』

 

 

「ふふっ……それじゃあ、先ずは行こうか」

 

 

 

 何時も見せている笑顔を取り繕い、凰の匂いを辿っていく。これも計画の内の1つであると言い聞かせながら、()()は向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何気なく通った様な印象を受ける勇。もう1人の男性操縦者はフェンリルを自立させて凰鈴音の前に現れ、溢れ出ている涙をハンカチで拭き取った。フェンリルは凰鈴音の周りをウロチョロするが、そんな行動の1つ1つに少しずつ安らぎを覚えていくのであった。

 

 

 人目につきやすいという点から、凰を外に出そうと提案してみると意外にも承諾してくれた。そして凰ではなく、鈴と呼んでくれと言われると何の戸惑いも無く勇はそう呼んだ。

 

 

 

「はぁ……全く一夏の奴、約束聞き間違うとか腹立つ」

 

 

「ふふっ。でも鈴さんも少し非はあるのでは?」

 

 

「いやまぁ……そりゃ、ね」

 

 

『わふぅ〜』

 

 

 

 鈴の右手はフェンリルの下顎を撫でており、それを受けているフェンリルは気持ち良さそうに目を閉じていた。

 

 

 

「そりゃアタシだって、一夏は鈍感だからストレートに言わなきゃ伝わらないって考えたけどさぁ……」

 

 

「ふむ……こういうのって大抵“今の関係が崩れたらどうしよう”って考えてるんですよね。だから回り(くど)く味噌汁……じゃなくて酢豚の件を言ったんですか」

「アンタ読心術でも持ち合わせてんの?」

 

 

 

 フェンリルから渡されたボールを投げる鈴。それを追い掛けるフェンリルは傍から見れば微笑ましい様子であった。

 

 

 

「こういうのは客観的に見てどう感じたか、ですから。この程度の思考は何気なくしますよ」

 

 

「客観的にねぇ…………その考えを一夏に分けてくれないかしら?」

「根本的に無理です」

 

 

 

 フェンリルがボールを持ってくるが、今度は勇の方に渡してきた。勇はフェンリルを見つめながらボールを主張させて投げると、また追いかけて行く。

 

 

 

「一夏君は客観的に見るというより“主観的に見て”、自分の感じた事を言われますからね。その見方が元々だったとしたら矯正するのは無理難題です」

 

 

「……それもそうよねぇ。確かに一夏、そんな感じだったわ〜」

 

 

『ゔぅ〜』

 

 

 

 ボールを咥えて首をブンブンと動かしながら勇に遊べと物申しているフェンリル。その咥えているボールを掴むと、お互いに引っ張り合いをする。

 

 

 

「まあ兎も角、人は人ですからね。その環境で育ってしまえばそれが普通だと疑いもしませんからね。一夏君の場合は友達としてッ!」

 

 

 

 漸くボールが取れると、ボールを見せて投げる。尻尾を操って直角に曲がりボールを追いかけていくフェンリル。

 

 

 

「その認識がある一夏君なら、やはり真正面から当たって砕けろしたら良いと思われますが?」

 

 

「その当たって砕ける自信が無いからこうも悩んでるんでしょうが」

 

 

「……いっそのこと夜這いでもしてみては?」

「サラリと心臓に悪いこと言わないでくれるかしら!?」

『くぅ〜ん?』

 

 

 

 この話で段々と自分の中にある思いが固まってくる鈴。顔を両手で覆いつつ深く息を吐くと、その両手を外して意気込んでいく。

 

 

 

「けどまぁ、うじうじしてても何にもならないわね!うんそうだ。だったら行動あるのみよ!それが私!」

 

 

「では具体的に何をされるので?」

 

 

 

 

 

「一夏を対抗戦でぶっとばす!」

ダリルさんですか貴女は

 

 

「何か言った?」

「いえ、独り言です」

 

 

 

 ひとりでに吹っ切れた御様子の鈴を見送りつつ、フェンリルを待機状態にさせると同時に勇の腹の虫が鳴った。そういえば、今何も食べてなかったと思いつつ購買へと向かっていった。

 

 

 これでも前の食事はビタミン補給の為の飲料ゼリーと携帯食料が主だった為、勇はそれらを買って食すと部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「勇さん、一体なぜこんな時間帯まで戻られなかったのですか?」

「乙女を待たせるのは感心しないわねぇ」

 

 

「……すみません」

 

 

 

 部屋に戻るとセシリアと楯無が待ち構えていた、というよりも録な食事も採らなかった事を話すと更に怒られる始末となった。

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 それから暫く日付は経ち、アリーナの観客席で勇とセシリアと箒が一夏と鈴の対戦を見守っていた。しかし勇とセシリアの表情は曇り空という感じであった。

 

 

 というのも一夏と鈴が前日口喧嘩をしたのだが、その時に一夏が言い放った言葉に鈴が憤慨した光景を目撃してしまった為である。これには一夏を擁護しきれない。

 

 

 鈴はやはり第3世代武装の【衝撃砲】によりダメージを与えているが、徐々に一夏も避ける事ができている。360°の見えない砲身と見えない弾丸にも関わらずという点を挙げると成長しているなと改めて感じている勇であった。

 

 

 そんな中、待機状態のフェンリルが勇の脳内に何度も吠える。それと同時に、勇は上空を見上げた。その優れた耳と鼻は来訪者(獲物)の存在を感知していた。

 

 

 

「勇さん、どうされましたか?」

 

 

「……セシリアさん、篠ノ之さん。観客の避難誘導を今すぐ」

 

 

「?」「何を言ってる?」

 

 

 

 

 

 

 

「来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如上空からアリーナのシールドを破って飛来してきた謎のIS。突然の出来事に判断が遅れているが、勇は2人の肩を掴んで体を揺する。意識が戻った2人の目線を合わせて言った。

 

 

 

 

「早く避難を!」

 

 

 

 

 刹那、謎のISが観客席に居る勇に照準を定めてレーザーを放つ。既にチャージ音が聞こえていた勇は咄嗟に2人を地面に倒しフェンリルを展開させる。

 

 

 

 

「『ゥォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!』」

 

 

 

 

 フェンリルの特殊武装である高周波振動砲、通称【ロアー】を放ちレーザーの威力を消滅させると再度言い放つ。

 

 

 

「『死にたくなけりゃあ、早く逃げろ!』」

 

 

 

 あのレーザーを見て誰かが悲鳴を挙げた途端、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す生徒達。先程守られた2人は事を理解し、避難誘導を始めた。

 

 

 勇はアリーナ内に降り立ち、唖然としている一夏と鈴を無視しつつ謎のISと相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手のこの選択は、後に大きな出来事となる事に気付いていない。








───貴女……悔しく無いんですか!?今の世界が、このISにとって本当に良い時代だと本気で思ってるんですか!?

───思って無い!思うわけが無い!今すぐにでもこの世界をもう一度潰したいさ!

───じゃあ何でそれをしない!?なぜ行動に移さない!?なぜ変えようとしない!?当ててあげましょう!貴女は怖いんだ!今という世界での、自分が望む世界を、作り上げる自信が無いからだ!

───いい加減その口を黙らせろよ!そこまでして怒らせたいのか!?お前なんか、お前のISなんか!どうにでも出来るんだぞ!

───……無駄ですよ。貴女は僕に勝てない。

───何だと!?

───既に停止システムを()()させました。そして……貴女は分かっている筈です。僕がもう()()()()()()()()()()事に!

───知ってるさ!けど凍結までは知らなかったなぁ!何時の間にしたんだよ!?

───もうとっくに!この子が真に目覚めた時から!既に貴女のコンピュータに潜み、この子がしたんですよ!


───なッ………………!?

───僕は……この今を変えたい!家族の為でもない!自分の為でもない!あの人達の為でもない!僕は自らの運命を受け入れた!この世界を変える為の運命を!そして遂に完成した!










───これで、全てが変わるんです。

───それは…………!

───僕はこれで世界を!この時代を終わらせる!貴女が望んだ宇宙開発にも!身近な仕事でも!IS競技でも!家族にもなれるんです!この種子が、全てを変えるんです!

───…………そんな世界、訪れるわけが無い

───何もしていない貴女が言えますか!?僕はこれを実行させる!そして成功させる!その信念がある!諦めてしまった貴女に、何が言える!?

───じゃあしてみろよ!それだけ大口が叩けるのなら!今すぐ!

───言われなくてもします!これは僕が望んだ終末(ラグナロク)!僕自身が厄災にならなければ、この時代は終わらないのなら!喜んでなってやりますよ!



 地下ドームでの、ある少年とある兎の約束。








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8話

 狼は勇敢である。そんなことが書かれた本があるが、正しくその通りだと思う。

 

 

 狼の雄は自分の子供をとても愛している。家族に対する接し方が、完璧イクメンならぬ“イク狼”である。

 

 

 そんな狼であるが、一概に大きいとは言えない体に反して自分より2倍以上ある牛でさえも狩る。

 

 

 さらに多数の野犬に追われながらも自身の後ろを崖で遮り奇襲を防ぎながらも1匹ずつ確実に倒していったという話もある。

 

 

 そして狼は自分より倍以上の体重の獲物を速度を出しつつ運ぶことが出来る。実際の目撃例もあるのだ。

 

 

 そんな狼だが動物本来の速度はそこまで出ていない。精々35〜6kmが限界である。しかしスタミナが多く獲物の体力を削りきり獲物を捕らえる。それが狼の狩りである。

 

 

 そんな狼も神話や民族伝承の中で語られる事もある。日本では“大神”として、たたえ崇める場所もある。主に鹿や猪などの野生動物が野菜を食べる被害を防いだ事から守り神としての存在を得た。

 

 

 しかし海外の狼で有名な話といえば、【フェンリル】である。このフェンリルは元から巨大であったという訳ではない。元は普通の狼と寸分違わぬ大きさであったが、食事を摂るにつれて巨大になっていった。

 

 

 フェンリルは凶暴性もあった事からアースガルズの神々を恐れさせた。そんな中、フェンリルの凶暴性に向かいながら餌をあげた神が居る。【テュール】と呼ばれる神である。

 

 

 そのテュールとフェンリルの関係は切っても切れないものになっていく。フェンリルの凶暴性に見かねた神々が鉄鎖で動きを封じようと試みたが、意図も容易く切れた。

 

 

 そんな状態に危機を感じた神々はドワーフに6つの材料を使った魔法の糸【グレイプニール】を作らせ、テュールに頼んでフェンリルを縛り付ける様に命令した。

 

 

 テュールは巧みな言葉遣いで片腕を食われながらも、フェンリルを縛り付けることに成功した。

 

 

 だがその糸もフィンブルの冬の後に起きたラグナロクによって解かれ、フェンリルは自由を手に入れる。そして神々と敵対した。フェンリルはラグナロクでオーディーンを飲み込んだが、オーディーンの息子であるヴィーザルによって倒された。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、このアリーナでの【フェンリル】と謎のIS。機体の大きさは謎のISが勝っているが、このフェンリルは神話のフェンリルをモチーフとし狼の性能とチーターの尻尾の性能を合わせた機体。

 

 

 通称の狼よりも若干大きめである180cmの体長に対し、謎のISは190を優に超える大きさである。だが勇は負ける気が全くもってない。

 

 

 勇はフェンリルを信頼し、フェンリルもまた勇を信頼している。それに伴った実力があるから、その信頼に値する付き合いの長さがあるから。

 

 

 そして何より……

 

 

 

「『お前らはブラフを踏んだ。礎になれよ、女権共』」

 

 

 

 静かに歩み出す勇。厄災の名を持つ機体が単なる土人形の名を持つ機体に、負ける想定は無い。

 

 

 

「お、おい勇!何近付いてんだ!?」

 

 

「そうよ!アンタ何やってんのよ!?ソイツいきなりアンタにぶっ放してきた奴よ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『だからどうした?』」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 こんな事は前にもあった。一夏は最初に戦った時を思い出すが、その時と明らかに違う箇所があった。

 

 

 鈴も感じていた。普通なら感じる筈も、分かる筈も無い。それを感じさせるものを勇は、フェンリルは放出していた。

 

 

 【冷たさ】があった。

 

 

 

「『あぁ、漸くだ。漸く実を結んだ。剣の冬が、漸く始まった

 

 

 

 

 

 

 

 

 感謝してるぜ、クソッタレ共』」

 

 

 

 四つ足のスラスターにエネルギーを溜め、一気に射出させる。ISの操作技術の1つである【瞬時加速(イグニッション・ブースト)】と呼ばれる技術である。

 

 

 その小さな体型から繰り出される高速の頭突きが、ISの右足の装甲と駆動部をひしゃげさせる。そのISからは駆動部の潤滑剤であるグリス、配線や擬似骨格のフレームなどが飛び出していく。

 

 

 バランスが崩れたISは姿勢制御システムを発動させてフライトさせるが、右へと直角に曲がった勇はスティンガーミサイルを5発放つ。その内の1つが左膝の駆動部に当たり負傷させる。

 

 

 

「鈴、あれ……何だ?」

 

 

「……機械?まさかあのISが無人だっていうの!?」

 

 

『織斑!凰!尾崎!聞こえるな!?』

 

 

「ち、千冬姉!あのIS全部機械だ!人なんて居ない!」

 

 

『その話は後だ!上空からまたコアナンバー不明の機体が来る!一刻も早く逃げろ!』

 

 

「ねぇ勇!聞いたでしょ、早く!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ぐおおおおおおおおおおおおお(うるせぇえええええええええええええ)!』」

 

 

「がっ!」「ぐうっ!」『くっ!』

 

 

 

 勇はフェンリルの特殊武装であるロアーを瞬時加速による素早さを利用し、ISの後ろに回り込んだあとに放つ。かなりの出力を出したため3人にもISにも与えられる被害も大きいのは明白である。

 

 

 その証拠として、一夏と鈴の機体にも影響は与えた。

 

 

 

「ッ!ハイパーセンサーが!」

 

 

「…………ッ!ダメ、通信機能も作動してない!」

 

 

 

 そんな状態になろうが勇はどうでも良い、気にも止めていない。ISの首関節部位に噛みつき顎の力を強めていく。

 

 

 ISが右手に持つアサルトライフルを左手に持ち替えてフェンリルを撃ち抜こうとするが、それに気付かない勇ではない。左足のクローで肩関節部位を破壊し切り離す。中から配線や擬似骨格が丸見えになる。

 

 

 勇は一旦浮かび、ISを落とす。体勢を立て直し加速させて再度首関節部位に噛み付く。さらに加速させて地面に衝突させ機能停止にさせると、背中の装甲を食い破りある物を口に咥える。

 

 

 

 

 

 

 ISコアであった。

 

 

 決して大きくない口に咥えられたコアが何処と無く玩具を咥えた犬にも見えなくは無い。そんな事は露知らず、勇は地面にISコアを置いた。

 

 

 その直後、瞬時に真上に向けてロアーを放つ。すると真上から小型ミサイルと思わしき物体が降ってくるが、ロアーによって威力が減衰し軌道が逸れフェンリルの正面近くに落ちる。

 

 

 

「『ッ!ぐおっ!』」

 

 

 

 爆風により機体重量が軽いため、意図も容易く吹き飛ばされる。かなりの距離を飛ばされ、倒れる。

 

 

 

「「勇ッ!」」

 

 

 

 そして今度はもう1機現れる。同タイプの機体であると分かると、一夏が雪片弍型を構えた。

 

 

 

「ちょっと一夏!アンタSEの残量ほとんど残って無い筈でしょ!?アンタの単一能力(ワンオフ)の性質を、アンタが知らない訳ないでしょ!」

 

 

「それでもだ!それでもアイツが……勇がやられて黙っていられる程、俺は器用じゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は遡り、ISの起動訓練2日目の時であった。

 

 

 

「『おい一夏、お前少しはフェイントとか回り込むとか使える様になったかと思えば俺のフェイントに引っ掛かりやがる。どうなってんだよお前?』」

 

 

「いやそもそも2日しか経ってねぇのに成長してるだろ!これでも結構考えてるんだぞ!」

 

 

「『普段使ってねぇ脳みそ使ってな』」

「酷いッ!」

 

 

 

 一夏が倒れ伏せ、勇が呆れた感じで対応する。セシリアと箒が見ている中その一夏の姿は成長を感じるな程度の考えであった。

 

 

 座っている状態で右前足を使って首辺りを擦る。ため息をついて話し始めた。

 

 

 

「『そういやお前……俺の見つけた欠点覚えてるか?』」

 

 

「欠点………………欠点?」

 

 

「『ハァ……お前、調子に乗ると性格が表れるつったよな?この意味分かるか?』」

 

 

「性格…………?」

 

 

「『…………ここまで成るか普通?ハァ……お前の性格、正義感が強く貫き通す。曲がった事が大の苦手、クソ鈍感で自己中のクソ不器用。これがお前の性格だ』」

 

 

「ボロクソに言われた!かーなーりボロクソに言われた!つーか俺鈍感なのか!?」

 

 

「『気付いたのかよ今更』」

 

 

 

 勇もセシリアも箒も呆れた表情を浮かべ、ため息をつく。勇は倒れ伏している一夏に近付き、右前足を出して頭の上に置いた。

 

 

 

「むぐっ」

 

 

「『兎に角、お前は調子に乗ると直ぐに性格が出て隙ができる。かなり分かり易くな。だが人の性格なんて早々変えられるモンじゃねぇ、だからよ……お前はその性格を隠せ。戦う時だけだ』」

 

 

ふぁんふぇ(なんで)?」

 

 

「『人は隠すことで自分の弱点を晒されない様にする。

 これは生物が自然界の中でも、ごく自然に行われる行為だ。

 お前にはそれが無いから、それを身につけろって話だ』」

 

 

 

 その前足を退けると、一夏から離れて両後ろ足で地面を蹴る。

 

 

 

「『ほら一夏、さっさとやるぞ』」

 

 

「……難しいや」

 

 

「『あっ?』」

 

 

「あぁいや、勇が言ってた性格を隠す話。難しいなってさ」

 

 

「『そりゃお前難しい奴も居れば、心の奥底で望んでそうなった奴だって居るわ』」

 

 

「……いや、尚更俺は難しいなってさ」

 

 

 

 一夏は立ち上がりながら言い続ける。

 

 

 

「確かに勇の言う通りの性格かもしれない。

 誰かを助けたくて勝手に体が動いた、なんて今までにあった。

 誰かを見捨てるのができなくて、誰かが傷付くのが嫌だから。

 隠すってのは難しいなってさ」

 

 

「『……じゃあ序でに言っとく。

 

 

 

 

 

 その正義感でお前自身を傷つけるな。大切な奴等が泣く羽目になるぞ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は誰かが傷つけられるのが大嫌いなんだ!勇が性格を隠せって言ってたけど、俺にはできない!大切なものを守りたいと思って、何が悪いんだ!」

 

 

「一夏……アンタ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホンットに馬鹿ね。呆れた」

 

 

 

 そんな言葉とは裏腹に、一夏の横で青龍刀を装備する鈴。

 

 

 

「けどやっぱり、一夏(アンタ)一夏(アンタ)ね。

 

 協力してあげるから、アンタの単一能力で仕留めなさい。

 

 確実に、1発でね」

 

 

「おうっ!」

 

 

「そういや、作戦とかあんの?ここで無いとか言ったら馬鹿としか言い様が無いわよ」

 

 

「大丈夫だ!そこは考えがある!」

 

 

「ハイパーセンサーとか使えないけど、平気なの?」

 

 

「そこは何とか…………いや、違うわ

 

 

 

 

 やらなきゃ、俺じゃない!」

 

 

「……特訓の成果は、どうやら一夏の馬鹿をさらに加速させただけの様ね」

「失礼だな!」

 

 

「けど……その考えは、私だって同じよ!」

 

 

 

 背中を向けている無人機。無人機の前には勇が居て、狙われている。勇はISを着たまま倒れて動いていない。

 

 

 一夏は鈴に作戦の趣旨を伝えたあと、作戦通りの位置に着く。鈴は衝撃砲─【龍砲】─を構え、一夏はスラスターにエネルギーを蓄積させる。

 

 

 カウントダウンが始まる。

 

 

 5。無人機が勇にライフルを向ける

 

 

 4。一夏のスラスターに十分な量のエネルギーが貯まる

 

 

 3。鈴の龍砲を使用し、そこに瞬時加速を加えた一夏が無人機に迫る

 

 

 2。かなり近付いた所で、単一能力の【零落白夜】を発動させる

 

 

 1。突然無人機が一夏の方へと向き、ライフルの持つ右腕で反撃しようとした。

 

 

 この時点で、一夏がダメージを受けてISが解除されるのは火をみるより明らかだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、反撃すればの話だが。

 

 

 突如動きを止める無人機。そのまま一夏が雪片弍型を振るい無人機に当てると、無人機は胸部装甲にダメージを負い活動を停止させた。

 

 

 エネルギーが無くなった事で、ISが解除される一夏。少し疲れが見えているが、勇のものに比べれば何て事は無いと言い聞かせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お前らなぁ……』」

 

 

「ッ!勇!?無事か!おい!」

 

 

「『うるせぇ騒ぐな。ISに搭乗者保護機能あるの忘れてたのかよ馬鹿』」

 

 

「……あぁ、無事だ。何時もの悪態つくIS纏った時の勇だわ」

 

 

「『ロアー食らわせるぞ』」

「やめろ!」

 

 

 

 フェンリルを待機状態にさせると、勇の姿が現れる。立とうとすると一夏が支えてくれたためか少しは楽な状態で歩きながら無人機に近付く。

 

 

 そしてフェンリルを呼び出すと、フェンリルは無人機の胸部装甲を噛み砕いて引っペ返し中のコアを取る。それを確認した勇は一夏の支えの元、最初に取ったISコアを手に取り帰還を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

 

 

〔災難ね、貴方も〕

 

 

「えぇ、おかげで僕の単一能力がバレるかと思いましたよ。特にヒヤヒヤして、スリリングでしたよ」

 

 

 

 あのあと検査を受けて異常が確認されなかった勇は部屋に戻り普通に食事を摂って、外に出てベンチに腰掛けていた。

 

 

 だがフェンリルのロアーによる弊害が大き過ぎたため、反省文を10枚書かなければならない事があるのは変わりはしない。それが織斑千冬であるから。

 

 

 

「そういえば、デュノアの件はどうしました?連絡が遅かったじゃないですか」

 

 

〔少しゴタゴタしてね……あぁ大丈夫よ、彼女らには礎になってもらっただけだから〕

 

 

「では、【ロック鳥】は届くんですね」

 

 

〔ええ。宛先を貴方宛にしたけど、そちらの方がやりやすいわよね?〕

 

 

「……態々お気遣い感謝しますよ」

 

 

〔ふふっ、素直ね。あっ、それと……〕

 

 

「はい?」

 

 

〔ロック鳥、少しだけ実演しちゃったから整備させてから届けるわ。完全な状態で出さなきゃ、意味が無いんでしょ?〕

 

 

「……では、また後日」

 

 

〔おやすみなさい〕

 

 

 

 スマホの通信を切ると、また寮へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───……本当に成功するよ、この作戦は。

───否定していた貴女が何を言いますか?

───だーかーらー!ごめんって!まさか、ここまで量産させるなんて思いもよらなかったし……

───3000……いえ2000程度で上等ですね。当初は3000を計画してましたが、それでは混乱を招きやすい。

───ちゃんと未来を考えて行動する……か。私もそれが出来てれば、こんな時代にならなかったんだろうな……

───失敗から学んだだけですよ。貴女の失敗を学び、それを糧にしただけです。

───皮肉な物だね。ISによって作られたこの時代が、ISによって滅ぼされるなんて。少なくとも私にとっては。

───………………







───ところで、その子にあるシステム。一体どうやって完成させたのかな?束さん、それが知りたいよ。

───企業秘密です。

───はははっ!面白いジョークかな?

───僕としては、さっさとこの邪魔な脂肪の塊を退けてほしいのですけど。

───うわっ!それ1番傷付くから〜!酷いよ〜!

───知りませんよ。さて……テストの時間だ

───【生体リンクシステム】の?

───ええ。

───……そっか、頑張ってね。

───…………何ですか貴女?変なもの食べたんじゃないんでしょうね?

───失礼だな!これでも毎日ご飯食べてるよ最近!

───全部私が買って来てるのを忘れないでくれましょうか!


 とある整備室での、厄災と兎の他愛も無い話






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9話

 生徒会室にて。主に学園に侵入してきたISに対する書類が占めているが、その中には勇がロアーによって起こした被害も僅かながら含まれている。

 

 

 流石に勇自身のものは楯無が行い、その他のものを虚の指導のもと書類を終わらせていくのだが……

 

 

 

「虚さん、新聞部の活動詳細お願いします」

 

 

「かなり偏見などが含まれますが、宜しいですか?」

 

 

「構いませんよ。意外に偏見が正しい事もありますからね」

 

 

「では…………こちらを」

 

 

 

 先月号の新聞を勇に差し出すと、それを受け取り内容をあらかた確認していく。

 

 

 

「捏造常習が主に目立つ部活です」

 

 

「……そういや、電話に出てて歓迎パーティー出てなかったや。セシリアさんが言ってた様な……2年の黛さんに捏造されそうになったって」

 

 

「会長の対応では部費を現在のまま維持、しかし他の部活より費用は少ないため新聞部からは部費の増加を求めております」

 

 

「………………少し部費を上げますか」

 

 

「えっ!?」

「いーさん!?」

 

 

「……何をお考えで?」

 

 

「部費を増加させる代わりに幾つかの契約を結んでもらいます。相手方が要求を呑まなければ部費は減少、良くて現状維持にさせます。会長もそれで宜しいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこまで大口を叩けるなら、良いわよ。やってみなさい」

 

 

「会長!」

「感謝致します、会長」

 

 

 

 手元にあった書類を裏返し、新聞をキチンと畳んで虚に渡すと勇は仕事を続けた。虚は元の場所に新聞を戻すと楯無に近付き、耳元で囁く。

 

 

 

会長、何を仰ってるんですか貴女は?幾らなんでも副会長とはいえ新人ですよ?

 

 

かもね。けど見なさいな

 

 

 

 楯無が勇を指さし虚もそちらに目線を向けると、かなりの早さで仕事を終わらせていた。既に書類が片付かれており、残るは新聞部の部費問題のみである。

 

 

 何時の間にかノートPCを持ち制作している様子、契約内容を脳内で考えつつある程度の選択を素早く終えると待機状態のフェンリルを呼び出す。

 

 

 

『わふっ』

 

 

「あー!わんちゃんだ〜!」

 

 

「フェンリル、データを送るからホログラム化の方をお願い」

 

 

『わふっ!』

 

 

 

 勇が制服のポケットから接続アダプタを取り出し、ノートPCと繋げるとそこから暇そうになった。

 

 

 そんな勇に楯無が問いかけてくる。

 

 

 

「勇君、色々聞きたいんだけどさぁ……まずノートパソコンは何処から?」

 

 

「フェンリルの量子格納域に。他にも予備エネルギーとかありますけど」

 

 

「そう……それと、フェンリルちゃんのその機能は何かしら?ホログラム化って聞こえたけど?」

 

 

「言葉の通りですよ。……っと、終了したので新聞部に向かいます」

 

 

「…………いってらっしゃい」

 

 

 

 一礼した後にフェンリルを待機状態にさせて新聞部に向かう勇、ちょうど本音がモフっていたが中断させられた為か向かっていった勇を追いかけて行った。

 

 

 深く息を吐いた楯無が頭を抑えて呟く。

 

 

 

「これは……また違ったタイプね。

 

 

 

 

 

 

 

 違った意味で()()な子ね、勇君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言って、新聞部には幾つかの条件を呑んだ事で多少ながらも部費を増加させることは可能になった。しかし勇は契約時にフェンリルの録音機能を使い、もしも違反を犯したがしらばっくれようとすると録音させた会話を流すと言って終えた。

 

 

 既に一連の作業を終えた生徒会は一時の休息を味わっていた。本音はフェンリルをモフり、楯無と勇は虚の淹れた茶を味わっていた。

 

 

 

「…………かなり手の込んだ事をするのね、君も」

 

 

「……お互い様ではありませんか?更識楯無さん」

 

 

 

 一瞬にして空気が緊迫した。同時にフェンリルも立ち上がり威嚇として唸り始めた。

 

 

 

「……どういう意味かしら?」

 

 

「更識家。主な活動は()()()()()暗部、つまりは裏組織……しかしこの国家を守る重要な組織です」

 

 

 

 フェンリルがさらに唸る。そんなフェンリルの頭を軽く撫でると、話を続ける。

 

 

 

「『楯無』……この名は本来、更識家当主のみに受け継がれる名です。そうですよね?」

 

 

「……喋った事は、あったかしら?」

 

 

「寝言を聞いてたかもしれませんよ?」

 

 

 

 向けられる笑顔の中に、とてつもない【冷たさ】を感じる。何を考えているのか分からず、何が目的なのか分からない。

 

 

 正直に言えば、楯無や虚が見たプロフィールには無いデータだ。勇自身の本意を知ろうとしても、その冷たい視線に何も言えない。

 

 

 その緊迫した状態を、勇は椅子から立ち上がる事で消えさせた。

 

 

 

「あ、そうでした。休みに明石重工に一旦帰りますので、御迷惑がかかると思います」

 

 

「あら気にしないで。仕事ぐらい何て事無いから」

 

 

「ありがとうございます。あ、虚さんの淹れたお茶美味しかったです」

 

 

「……それはどうも」

 

 

「では僕はこれにて」

 

 

 

 フェンリルを待機状態にさせて生徒会室を出ていく勇。残された3名は、少し()()()()()

 

 

 

「……会長」

 

 

「分かってるわ。あの目、何かおかしい」

 

 

「…………?」

 

 

 

 本音が首を傾げる。それを見た虚が尋ねた。

 

 

 

「本音、どうかした?」

 

 

「…………ねぇ、お姉ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 この部屋、寒くない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に着いた勇はフェンリルを呼び出して撫でる。嬉しそうに目を細めるフェンリルを見つつ、勇はスマホを取り出してとある人物に掛ける。

 

 

 数回のコールのあと、相手は着信に出た。

 

 

 

〔もしもし〕

 

 

「唐木さん、尾崎です」

 

 

〔あれ、どうした?〕

 

 

「いえ、少し休みが出来るので1度重工の方にと」

 

 

 

 ちょうどその時、部屋のドアがノックされる。誰かと思い匂いを嗅ぐとセシリアだという事が判明した。

 

 

 

「すみません唐木さん、また連絡いれます」

 

 

〔ん、おぉ。分かった〕

 

 

「では失礼します」

 

 

 

 電話を切るとスマホをポケットに入れ、部屋のドアを開ける。その前にはセシリアがおり、少し照れくさそうな表情をしていた。

 

 

 

「どうされましたか?セシリアさん」

 

 

「あ、いえ。その……勇さんにお聞きしたい事が御座いまして。

 

 今度の長期休暇の際、勇さんは何処か出かけるご予定はありますか?」

 

 

「1度明石重工に戻ろうかと。少しばかり用事が出来てしまったので」

 

 

「そ、そうですか……!あの、勇さん!」

 

 

「?はい」

 

 

「私も御一緒して宜しいでしょうか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月の上旬。学園の外はやや曇り空であったが、駅から降りると雨が降っていた。梅雨の時期というだけあって少し湿った空気が辺りを漂わせ不快感を募らせていく。

 

 

 だがセシリアには関係無い。それもこれも尾崎勇という()()が居るため、どうという事は無い。

 

 

 決して良い顔立ちという訳では無いが、笑顔や行動に伴う優しさが心に響いたからこそセシリアは惚れたのだと考える。現に今も“相合傘”をしているのだが、勇はセシリアが濡れない様にしている。自分の事は気にしていない様子であった。

 

 

 そんな勇だがセシリアも勇の肩が濡れている事を気遣い場所を譲るのだが勇はその好意を受け取る事はせず、あくまでも女性が濡れてしまうことに抵抗を覚えている事への対応だと説明するもセシリアも意固地である。

 

 

 そんなセシリアを見て勇はため息をつき、少し謝罪をするとセシリアの肩を掴み抱き寄せる。これにはタジタジのセシリアだが勇が理由を述べると心臓に悪い状態のまま明石重工に向かうのであった。

 

 

 その様子を見ていた通行人からは血涙や妬ましい視線、驚愕する視線などが主に目立っていた。

 

 

 

「………………」

 

 

「……あの、勇さん?」

 

 

「…………ん、はい。何か?」

 

 

「いえ、何に集中してらしたのかと思いまして」

 

 

「あぁ…………いえ、何もございませんよ。セシリア嬢」

 

 

 

 何時もの笑顔を向ける勇。しかしこの雨の中、何か思い出す事があるのか何かを考え続けていた。

 

 

 そうこうしている内に、大きなビルに到着する。雨よけのある場所で勇が自身の傘を閉じるとセシリアに手を差し出す。

 

 

 

「エスコートでも如何ですか?セシリアさん」

 

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 戸惑いながらも勇の手を取るセシリア。接待の行き帰りする営業人である女性が行き交う所を、手を繋いだ2人が会社へと入っていく。その2人を見かけた女性陣は物珍しそうな視線を向けていた。

 

 

 受付の方へと向かうと、勇は慣れた状態で受付嬢に話しかける。

 

 

 

「すみません、代表取締役とお会いしたいのですが」

 

 

「あら、尾崎君じゃない。久し振りね」

 

 

「何時もお勤めご苦労様です、新島さん」

 

 

「ふふっ……あら?そちらは…………彼女さんかしら?」

 

 

「ッ!?くぁwせdrftgyふじこlp!

 

 

「イギリスの代表候補生のセシリア・オルコット嬢ですよ、新島さん。彼女も1度明石重工に訪れたいと言われたので、連れて来ても大丈夫だと」

 

 

「あー……うん、そうだよね君は。それより社長室の方だよね?少し待ってて」

 

 

 

 受付嬢の新島は2人分のICカードを渡すと受け取った勇は1つをセシリアに渡し、もう1つを自身の首にかける。再度エスコートをして、受付嬢の2人に会釈したあと社長室へと向かって行く。

 

 

 社内エレベーターで最上階に向かう勇とセシリアだったが、途中幾つかの階に止まったりして少しばかり時間が掛かってしまった。しかし乗り込んだ女性社員全員が勇とセシリアを物珍しそうな視線を向けられていた。

 

 

 そして時間が少しばかり経過し、漸く最上階である32階に到着すると何の躊躇いも無く歩き続け大きな扉の前に立つ。扉の近くに備え付けられたベルを鳴らすと声が届く。

 

 

 

『はーい。ちょっと待っててー』

 

 

 

 通信が途絶えると、すぐに扉が開かれる。ゆっくりと開かれるその扉の先には近未来的なデスク、来客用のソファ。ガラス張りの壁の両隣に木製の壁で出来た部屋が目の前に現れた。

 

 

 呆気に取られるセシリアの肩を軽く叩き意識を戻させると、近未来的なデスクの上に座っている女性の元まで歩み寄る。

 

 

 

「久し振り、勇君」

 

 

「お久し振り……では無いでしょう。つい先日話したばかりなんですから」

 

 

「それもそっか。……所で、そちらの彼女が?」

 

 

「せ、セシリア・オルコットと申します!」

 

 

「ははっ、そんなに緊張しなくても良いですよセシリアさん」

 

 

「緊張しない方が可笑しいと思われますが……」

 

 

「あーこの子に緊張なんて無いよ。初めに旦那がこの子を社長室に通らせた時から、ずっとこんな感じだから。ささっ、何も無い所だけど座って座って」

 

 

 

 ソファを示して2人を座らせたあと、唐木社長が机に触れる。すると立体映像が飛び出し話し始めた。

 

 

 

「ほ、ホログラム技術!?」

 

 

「ご明察。我々が開発し、現在社内試験段階中のホログラム技術で御座います。何てね」

 

 

 

 今度は勇が前の机に触れると、またもホログラム化された映像が出現する。慣れた手付きで操作をし始める勇を、驚いた表情で見るセシリア。

 

 

 

「まぁこのホログラム技術も、ウチが先進的に進めてるからね。支援する投資家が多いのなんの。おかげで特許出願が現実になるよ」

 

 

「まだ実用段階ですら怪しいホログラム技術を……それに、勇さんも慣れた様な手付きで……」

 

 

「あ、言ってないのね。実はフェンリルにもホログラム技術を組み込んでるのよ?」

 

 

「ゑっ!?」

 

 

「……ん?すみません2人とも、少し通話します」

 

 

 

 待機状態のフェンリルからワイヤレスタイプの通信機を耳にかけると、通話を開始する。目の前の映像に映し出された人物と話しているが、セシリアからは黒い映像しか映し出されていない。ましてや唐木と勇以外の声は聞こえていない。

 

 

 

「はい……、了解しました」

 

 

 

 通話を終了させると、席から立ち上がる勇。

 

 

 

「何の用件?」

 

 

「【スレイプニル】です」

 

 

「あーらら……早く済ませなさいよ。こんな可愛い子待たせるのは最低だからね、本当は」

 

 

「了解」

 

 

 

 大きな扉を出ていく勇。その後ろ姿を見届けたセシリアの前に唐木社長が座る。

 

 

 

「いやーごめんねセシリアちゃん。彼も少しワケありでね、外せない用事が出来るの。許してくれないかしら?」

 

 

「い、いえ!勇さんが忙しい中とは知らずに来た私が!」

 

 

「ありがとう。……それにしても、良かった」

 

 

 

 セシリアは唐木の言葉に首を傾げる。

 

 

 

「あの……何が、良かったのか聞いても宜しいですか?」

 

 

「少しだけならね」

 

 

 

 扉が開かれると、秘書らしき女性が紅茶を2つ持ってきた。それらをそれぞれの前に置くと一礼して退室していく女性。その紅茶を1口だけ飲んだあと、唐木は話した。

 

 

 

「……彼にこんな可愛い子が来てくれた事よ」

 

 

「か、可愛いだなんて!そんな……!」

 

 

「あの子、色恋沙汰に()()()()関わらない様にしてるのよ。だからかな」

 

 

「……自分から?」

 

 

「ええ、自分からよ。それが……初めて私の前に連れて来た女の子が、まさかの代表候補生か……。ねぇねぇ、彼の何処に惚れちゃった?」

 

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

 それから暫くの間、セシリアは唐木社長に弄られっぱなしになって顔を赤面させていた。

 

 

 

 

 時に勇の過去を聞いて、暗い雰囲気になる中で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───【スレイプニル】の件は?

───あぁ、勇君。実は自律稼働の方で若干ガタが来ていてね……どう思う?

───…………成程、自立稼働を長時間続けた弊害で演算処理系統に遅れが出てますね。ログからは連続稼働で持って2時間、クールタイムが済んで無い所からして数時間程の間隔が必要か。はたまた悪くて1日2日か。暫く様子見でスレイプニルの稼働を中止、経過観察の方を3名配備させて下さい。

───うっし、任された!








───精が出るねぇ、厄災様よ。

───……オータム、警護と確認の方は?

───交代済み。お前がやってくれた【アラクネ】には異常なしさ。

───なら就寝を早急に、これから忙しくなりますので。

───はいはい。じゃあな。




















───お帰りなさいませ、お父様。

───……まだ直して無かったのか、あの兎。

───直す……とは?

───貴女が僕を呼ぶ敬称のことですよ。僕は貴女の父親ではない。ましてや、あの兎と恋仲になる訳がないし婚姻関係になる確率は0%です。

───……お父様は束様の事はお嫌いなのですか?

───嫌いというより面倒なだけです。今は終末(ラグナロク)を迎えさせる方が先決、そんな事に現を抜かしてる暇はありませんから。









 地下研究所での多くの関わりと、新たな力。



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10話

「……ふぅ。スレイプニルの件が解決したら今度はロック鳥、T-αの方は未だに幾つかあるけど……デュノアとの企業契約が出来たならT-βまで行けるな

 

 

「T-γはしないの?」

 

 

「何故貴女が付いてきている?」

 

 

「細かい事は気にしない気にしない。それでさ、T-γはするの?しないの?」

 

 

「……T-γは“神域”、僕以外に使える人物が今のところ居ません。使えば混乱を招く恐れがあるものは作るのも使用するのも戸惑います。……考えて設計図を書いた本人が言うのもあれですが」

 

 

「理論上では【第4(fourth)】が最低ライン。今の所そこまで行ったのは……君だけ」

 

 

「……そろそろ戻ります。あとあまり表には出ないで下さい、面倒な事は避けたい」

 

 

「クーちゃんのお父さんになるなら考える」

 

 

「顔面埋めますよ」

 

 

 

 地下と地上を繋ぐエレベーターに続く道にて。

 

 

 天災兎と厄災狼が話す内容は似る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りのモノレールの中、勇とセシリアは少しばかり疲れた様子を見せていた。特に勇は眠たそうな表情や仕草ばかりしているため、セシリアも聞いた【スレイプニル】の件で疲れたのだと考えている。

 

 

 

「……んぅ…………ふぁ〜」

 

 

「随分お疲れのご様子ですね、勇さん」

 

 

「……ぁい。にぇむぃ…………れしゅ」

 

 

「!?」

 

 

 

 瞬間、セシリアに電撃が走る。未だ嘗て見た事の無い勇の表情や動きや口癖を聞けたことから、後々赤面する事を口走ってしまうセシリア・オルコット。

 

 

 

「あの……勇さん?」

 

 

「ふぇ…………?」

 

 

「宜しければ、私の肩を使われませんか?大丈夫です勇さんはゆっくり寝ていて下さいまし」

 

 

「んー…………」

 

 

 

 真顔で真剣に伝えるセシリアに対し、寝惚けながらセシリアの肩に頭を置き少しの間眠りに就く勇が居た。実のところ、モノレール内には人は見当たらないので堂々とする事が出来る。

 

 

 そんなセシリアは勇の寝顔を見ながら、ついつい唐木社長が話していた事を思い出す。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「あの子、家の養子なのよ」

 

 

「養子……ですか」

 

 

「ええ。元々家族は居たんだけどね、ワケあって交流のあった私達が預かったのよ」

 

 

「その……勇さんの御両親は……もう?」

 

 

「ええ、

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()のよ。あの子の家族は」

 

 

「えっ…………?」

 

 

「……死因は焼死、犯人は見つかったけど釈放されたわ。()()()()()を受けずに」

 

 

 

 紅茶を一口飲み、少し間を置いて再度話し始めた。

 

 

 

「……捕まった犯人も、裁判官も、弁護人も、検察官も、全員女尊男卑主義者だったのよ」

 

 

「ッ!?」

 

 

「そう、見方を変えれば尾崎君の家族は奪われたのよ。

 

 この時代の影響……人に与えた影響によって、ね」

 

 

「そ……それでは、あまりにも…………酷いじゃ、ありませんか……!」

 

 

「ええ。その事もあって尾崎君は……6歳で、人形みたいに表情が変わらなくなった。

 

 今ではフェンリルのおかげで表情も増えていったけど、あの時の尾崎君の顔は見ているだけで辛かった。

 

 

 普通人形って、人がどう見るかで表情が何となくそう見える物よ。

 

 

 でも、あの子の表情は誰がどう見ても……冷たかった。

 

 

 辛くて、苦しくて、でも許し続けたあの子の心は……本当にボロボロだった」

 

 

「許し……続けた…………というのは?」

 

 

「……前に言ってくれたのよ、尾崎君が。

 

 

 “人を恨んだら、一生後悔する事になる”。

 

 

 “貴方は人を思いやって、悲しんでる人の手を取ってあげて”。

 

 

 “そうすれば、誰もが嬉しくなるから”……っていう、あの子の母親の言葉をずっと……守り続けてるのよ」

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「勇さん」

 

 

 

 ゆっくりと勇の髪を直して、頬に手を添えると言葉を添えた。

 

 

 

「私は……貴方の痛みになってあげたい。

 

 貴方の支えになりたい。だから……

 

 どうか、ずっと笑顔で居て下さいまし。

 

 貴方の幸せは、私の幸せなのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幾ばくかの日付が過ぎたある日のことであった。早朝、勇は外に出てスマホを取り出しSに電話をかけていた。

 

 

 

〔もしもし〕

 

 

「夜分遅くに申し訳ありません。デュノアの件についてですが……進行状況は如何程で?」

 

 

〔そうね、デュノア社とは既に契約を結んだわよ。けど色々あったから明石重工から何人か地位のある人物を送り込ませるわ、あのままだと支障が出るからね〕

 

 

「了解しました。既に【ロック鳥】も届きましたし、あとは……」

 

 

〔デュノア御令嬢の方だけ……()()()()()の近くに居る貴方なら、どう来るのかも分かるわよね?〕

 

 

「つい先日、その話題が出ていましたよ」

 

 

〔あらあら……それは偶然ね〕

 

 

「……では、僕はこれにて。発表の方は」

〔トーナメントには間に合わせるわ、そこは大丈夫よ〕

 

 

「お休みなさい」

 

 

〔お休みなさい〕

 

 

 

 通話を終了させると、食堂に向かい食事を摂る。

 

 

 余談だが、勇の左手にはジュラルミンケースが握られていた。

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 朝。何時も通りにクラスに着き、何時も通りに持ってきている6のノートを手に取り内容を見ていく。序でに18のノートも持ってきており、6のノートを見ながら18のノートに何かを書いていく。

 

 

 

……そろそろ風の冬、か。あと少しで終末(ラグナロク)が始まるのか……

 

 

「なぁ勇」

 

 

「はい?」

 

 

 

 突然隣の一夏に声を掛けられた勇は、少し素っ頓狂な声を出して応える。

 

 

 

「いや、そのノートに書いてるヤツが何かな〜ってさ」

 

 

「あぁ……まぁ一夏君には到底理解できない代物です」

 

 

「あぁそう…………って、遠回しにバカって言ってないか?それ」

 

 

「……はて何の事やら」

 

 

「諸君、お早う」

 

 

 

 織斑千冬が教室に入ると、瞬時に自分達の席に座る生徒達。まるで蜘蛛の子を散らすような光景であったが、これは何度もあった。

 

 

 

「さて、諸君らはこれから本格的にISの実践訓練を行う。訓練機とはいえ実際にするにあたっては充分注意して行うように。指定されたISスーツが届くまで学校支給の物になるだろうが、もしスーツを忘れてしまっても水着で代用できるから構わんだろう」

 

 

 

 最後の箇所に色々と突っ込みたいところがあるが、気にしているのは一夏だけ。勇はそこまで煩悩頭という訳では無い。

 

 

 

「では山田先生、HRを」

 

 

「はい。皆さん、今日このクラスに2人転校生が来る事になっています」

 

 

 

 突如喧騒とするクラスだが、その中に2人の人物が入室する。そこでクラスの喧騒は一時的に止まった。

 

 

 その転校生の中に、()が居たからだ。金髪の華奢な身体付きの男が。

 ────皮肉なものだな。知っているのに

 

 

 先ずは、その例の男性操縦者からの紹介であった。

 

 

 

「初めまして、フランスから『シャルル・デュノア』です。まだ不慣れな事は多いですが、皆さん宜しくお願いします」

 

 

 

 

「一夏君、耳を塞いで」

 

 

「な、何で?」

 

 

「そうしないと……」

「きゃああああああああ!」

 

 

「耳がァ!」

「ほらこの通り」

 

 

 

 この騒ぎ様である。騒音が耳にダメージを与えるのだが、瞬間的に耳栓をしていたためかダメージはそこまで無い。

 

 

 勿論、もう1人銀髪の転校生が居るため直ぐに織斑千冬によって喧騒は無くなるが。

 

 

 

「静かにしろ、まだもう1人居る。自己紹介をしろボーデヴィッヒ」

 

 

「了解しました、織斑教官」

 

 

「ここでは織斑先生だ、そう呼べ」

 

 

「はっ!」

 

 

 

 第一印象は“軍人”。その見た目の体型とは裏腹に、黒い眼帯と目上に対する敬礼。いや、織斑千冬に対する尊敬と憧れが見える。

 ───火薬の匂い……銃の匂いか

 

 

 

「『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇっと……以上、ですか?」

 

 

「以上だ」

 

 

「一夏君と同じ様な自己紹介ですね」

 

 

「やめてくれ……」

 

 

 

 入学したての一夏の自己紹介と同じ様な光景、勇はどこか懐かしく見るが一夏自身は恥ずかしい思いをしている。

 

 

 

「貴様が…………!」

「フェンリルよし」

 

 

『わふっ!』

 

 

 

 獣は主に危険察知能力が人間よりも高い。例によって勇の第六感というのか、それらが働いてフェンリルを自立稼働させて一夏の前に居座らせる。

 

 

 急に出てきたフェンリルに戸惑うボーデヴィッヒであるが、先程の勇の発言を覚えていたのが先に勇を睨みつける。

 

 

 

「貴様……なぜ遮らせた?」

 

 

「かなり殺気を飛ばしながら一夏君を見ていたので、これは対策ですよ。僕としては学び舎で揉め事を起こされるのは面倒ですからね、こう見えて生徒会副会長ですから」

 

 

「ボーデヴィッヒ、早く席に着け。尾崎、フェンリルを戻せ」

 

 

「……了解しました」

 

 

「分かりました。フェンリルおいで」

 

 

『わんっ!』

 

 

 

 フェンリルは待機状態に戻り、ボーデヴィッヒは一夏と勇を睨み付けながら指定された席へと座る。

 

 

 

「悪ぃ、何か助けてもらって」

 

 

「あのままだとビンタされてましたよ、一夏君」

 

 

「えっ……マジ?」

 

 

「そこ、静かにしろ。今回は2組と合同授業を行う、それぞれ着替えて第2グラウンドに集合。良いな?」

 

 

『はい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして休み時間、シャルル・デュノアと軽く挨拶をするが時間も足りないので駆け足で第2グラウンドまで向かっているのだが……

 

 

 

「逃がすなぁ!追えぇ!」

 

 

「今年の夏コミのネタァ!」

 

 

「あ、新聞部の人居ますね。部費減らそっかな?」

 

 

「「「いぃぃぃやあぁぁぁぁ!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「何、あれ?」

 

 

「俺にも分かんねぇ」

 

 

 

 追いかけてくる女子の多さである。ある者はデュノア目当てに、ある者はネタとして3人目当てに、ある者はデュノアの事を新聞に書きたいが為に向かうが勇の一言で撃沈する。

 

 

 ふと勇はフェンリルを呼び出す。

 

 

 

「フェンリル、2人にグレイプニール!」

 

 

『わんっ!』

 

 

「い、犬!?ISなのあれ!?」

 

 

「おい勇!グレイプニールってまさか……!」

 

 

「舌噛まないで下さいよ!」

 

 

 

 フェンリルの毛が2人に向かって伸び縛り付けると、フェンリルに2人を密着させる。

 

 

 勇は近くの窓を開けてフェンリルを先に外へと出す。続いて勇も窓から飛び出していき、地面に着地する。

 

 

 

『う”ぁふッ!』

「うおっ!」「うわっ!」

 

 

「シャッ!」

 

 

 

 そのままフェンリルと共に第2グラウンドまで向かうのであった。因みに2階から飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 更衣室に到着した3人の内、一夏とシャルルだけは動いていないのに疲弊していた。1番疲れていそうな勇は、まだまだ動けるといった様子で肩を回していた。因みにフェンリルは待機状態となっている。

 

 

 

「い、勇……もう少し、優しく」

「優しくやってたら捕まってましたよ?」

 

 

「あ、あははは…………」

 

 

 

 一夏が徐に時間を見ると、既に五分を切っていた。

 

 

 

「やっべ!シャルル、勇!早く着替えるぞ!」

 

 

「あ、僕は既に下に着込んでますので、ご心配無く」

 

 

「ちょ!勇!?」

 

 

 

 先にアリーナへと向かっていく勇。早くしようと一夏は制服のシャツを脱ぐ。

 

 

 

「わあっ!」

 

 

「ん?どうしたシャルル?……ってか何で後ろ向いてんだ?」

 

 

「あっ……その……き、着替えるよ。でも後ろを向いて欲しいなぁ……って」

 

 

「いや別に見ないけどよ」

 

 

 

 その後、着替えは終わったが一夏だけ出席簿で叩かれる始末となった。その時の表情は解せないものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回は2組と合同授業という事で、前座として山田真耶vsセシリアと鈴の対戦が見られた。元代表候補生である山田真耶は、2人を誘い込ませて衝突させ一気に撃ち落とした様子がよく覚えている。

 

 

 

やっぱりか……思い出して正解だった。にしても生で見れるのは良い経験ですね

 

 

「「ま、負けた…………」」

 

 

 

 若気の至り。色々と悩みは尽きない様子である2人は、色々な意味で山田真耶に負けてしまった。

 

 

 それはさておき、今度はメインであるISの実技。専用機持ちの6名を主軸とし各グループに8人ずつ分かれてISの基本動作などを覚えていくだけである。一悶着あったが何とか8人ずつに分かれて授業が行われている。

 ────IS持ってグラウンド100周は無理

 

 

 勇のグループはラファールを選択し行われているのだが、そんな時に少しトラブルが発生した。

 

 

 

「あ、しゃがむの忘れてた〜」

 

 

「何をやってるんですか貴女は?」

 

 

 

 そう、搭乗させる為に本来は機体を下げなければならないのだが本音が何故かこの行為に及んでしまった。

 

 

 

「ごめ〜ん、いーさん」

 

 

「……はぁ、仕方ないか。フェンリル」

 

 

 

 フェンリルを呼び出してジェスチャーをすると、フェンリルは頷いて勇から距離をとって向かい合う。そこから勇はフェンリルに向かって走り出すと、フェンリルは毛を1つに収束させる。

 

 

 そしてジャンプをする。同時にフェンリルの毛が勇に足場を作り、ラファールに向かって押し出す。最大限伸びた所で綺麗な後方回転をしたあと、ラファールに搭乗し姿勢を下げた。

 

 

 完全なる余談だが、それを見ていた代表候補生を含む周囲の者達が拍手していた事を書いておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───…………ふっ!しゃあッ!らあッ!






───おーおーやってるねぇ

───……レインさんですか。何の御用ですか?

───いや?見に来ただけさ。……その“氷の様子”も

───……もう昔の事ですよ。凍傷に成りかけて、成り続けたのは。

───…………そんな死に急ぐ真似してよぉ、体もたねぇぞ。

───……何故貴女が心配するのですか?貴女方と僕達は契約を結んでいるだけの関係、僕の事なんて知らぬフリ出来ますよね?

───契約だからだろ。唯一アレを作る事が出来る奴を、そう簡単に死なせる訳にもいかねぇだろ。

───にしては止めようともしないんですね。

───……まぁ、一応お前の先輩になるんだし?年上らしく見守ることが良いって考えただけだ。

───……そうですか。









───まだ続けてるんだ、勇君

───ん……何だ篠ノ之博士か。見ての通りだよ、アイツ。

───……生体リンクシステムの副作用か。

───人の心配できる立場じゃ無いだろアンタも。

───その心配する価値は、勇君に負けてるけどねぇ。

───……やっぱ篠ノ之博士のお眼鏡に適った奴は、色々と違うのかねぇ?『天災』に心配されてるし。

───そういう君も心配はしてるんでしょ?勇君のこと。

───は?何でそうなるし?

───おやぁ?“毎晩勇君に痛めつけられる夢”を見てこうhu
───今度余計な事を言うと口を縫い合わすぞ。





 厄災に好意を持つ2人。興味の無い厄災狼。





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11話

 織斑千冬の一言で午前の授業に終わりが告げられる。現在は格納庫で訓練機のラファールを運んだフェンリルを、勇の班員がモフモフしている。

 

 

 

「わんちゃ〜ん、もふもふぅ〜!」

 

 

『くぅ〜』

 

 

「あ、この毛並みは……堪らん」

 

 

「……これISなんだよね?毛ざわりが本物みたい」

 

 

「重工がはりきりましたからねぇ……はい皆さん、フェンリルから離れて」

 

 

 

 手を叩くと、フェンリルが自らの体を震わせて周囲の手から逃れるとジャンプしながら待機状態に戻り勇の手に戻る。

 

 

 

「あー!わんちゃ〜ん!」

 

 

「本音さん本当に気に入りましたね」

 

 

「本音、私だってモフりたいのよ!」

 

 

「あぁぁぁぁ…………実家の犬が恋しい……」

 

 

 

 フェンリルに対して色々な好評が出された中、勇は待機状態のフェンリルを量子格納域から出したノートPCを使って調べる。エネルギー消費は大して無い上に不調も無い事を確認すると、そのノートPCを仕舞って学園の大型モニター付きのパソコンにデータを記載する。

 

 

 更衣室に到着し、既に着替えている一夏の右隣のロッカーに入れていた自身の服を着ていく。まだ午後の授業もあるのでISスーツはそのまま下に着込んで制服を着る。

 

 

 

「……なぁ勇」

 

 

「はい?」

 

 

「お前、かなり鍛えてんだな」

 

 

「あぁ、その事ですか」

 

 

 

 意外にも勇の体は引き締まった肉体である。露出している腕だけでも細身ながら筋肉が健康的に引き締まっているのだ。

 

 

 

「あまり露出は苦手なんですがね……ははっ」

 

 

「いやいや、それ言ったら水着はどうなるんだよ?」

 

 

「あー……いやでも、水泳の授業以外に泳ぐ事も無かったですね僕」

 

 

「え、じゃあ海は?」

 

 

「…………記憶には殆どありませんね」

 

 

「マジかよ……」

 

 

 

 実に10年以上は海に訪れていない勇。遊ぶ事に昔から興味が無い様に思考してきた為か少しズレている所がある。既に着替え終わった勇は更衣室から出ていくと、セシリアが待っていた。

 

 

 

「あ、あの……勇さん」

 

 

「どうされました?セシリアさん」

 

 

「その……じ、実は今日たまたま早く起きてしまいまして!お、お弁当を作ったのですが……一緒にでも如何かと……

 

 

 

 徐々に声が小さくなっているセシリアに疑問を浮かべる勇だが、思い当たる節があるのか納得した様子になる。そしてセシリアに向けて笑顔になる。

 

 

 

「女性からの頼みは断れませんからね。ご一緒させて頂きます、セシリアさん」

 

 

「!……あ、ありがとうございます!では屋上で食べませんか?」

 

 

「あ、良いですねぇ。フェンリルも喜びそうです」

 

 

「で、では一緒に!」

「ふぅ……おっ、勇とセシリアか?」

 

 

「ふふっ、では御一緒に行きましょうか。あぁ一夏君、君も頑張れ」

 

 

「はっ?」

「一夏アアア!」

 

 

「うおっ!鈴!?」

 

 

 

 更衣室から出てきた一夏を後にし、セシリアと並んで向かって行く。セシリアはかなり嬉しそうな様子で勇に微笑んでおり、それに釣られて勇も微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上に着いた結果、一夏とシャルルと勇の男子3人組とセシリア、鈴、箒の女子3人組が居る。勇を誘ったセシリアと一夏を誘った鈴が“どうしてこうなった”と地味に嘆いている。尚、一夏とシャルルは知らない御様子。

 

 

「ってか、何でアンタまで来てんのよ!?」

 

 

「先に来たのはコチラですわ!なぜ貴女方が来るのですか!?」

 

 

「セシリアさん、鈴さん。両方とも落ち着き下さい、フェンリルの尻尾が垂れ下がってますよ」

 

 

 

 セシリアと鈴は自立稼働中のフェンリルを見ると、完全にはなってないが尻尾が垂れ下がっている。するとフェンリルが2人の間に入り込み匂いを嗅いだあと、2人の手にそれぞれ前足をポンと軽く置いた。

 

 

 

『くぅ〜ん……』

 

 

「はぐっ!……わ、分かったから。そんな……かわiゲフンゲフン寂しそうな声は出さないで。ね?」

 

 

「す、すみませんフェンリルさん。少しかっとなって……」

 

 

 

 やはりシベリアンハスキー似のフェンリルは人を癒す力がある様だ。その2人の様子を確認すると、今度はシャルルの方に寄って匂いを嗅いでいる。

 

 

 

「おぉ……近くで見ると大きいんだね」

 

 

「勇のIS、何か本当にペットみたいだ」

 

 

「それはどうも。あ、セシリアさん。そのバケットですか?」

 

 

「えっ?……え、ええ!そうですわ!」

 

 

 

 少し慌てた様子で中を開けて見せると中身はサンドイッチであった。興味ある様子でサンドイッチを1つ手に取り頬張る。余談ではあるが、匂いは普通であった。

 

 

 

「ん、良いですねぇ。この野菜サンド、特にトマトが」

 

 

「よ、良かったですわ……!」

 

 

『わんっ!』

 

 

「はいはいフェンリルも……って、食べれないでしょーが」

 

 

『はっ、はっはっ!』

 

 

「分かった分かった。あとでするから」

 

 

『うぅ〜』

 

 

 

 そんな事もありながら昼食も騒がしく終えて、午後の授業もつつがなく終えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇君」

 

 

 

 放課後、不意に後ろから声を掛けられる。その声の主は更識楯無と分かると笑顔を繕いながら向かい合う。

 

 

 

「何か御用でしょうか?会長」

 

 

「そうねぇ……生徒会室で話さない?ここではなんだし」

 

 

「……デュノアの件、ですか。それなら」

 

 

 

 楯無に付いて行く勇。にこやかな表情のままのそれは、何処か不気味さを漂わせている。

 

 

 生徒会室に到着すると上座と下座に分かれて楯無と勇は座る。既に入室している虚は楯無と勇に茶を差し出すと、勇は1口だけ飲む。

 

 

 

「それで……デュノア()()()の調べは付きましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

「その前に先ず、これを見てほしいわ」

 

 

 

 その合図と共に虚が複数枚の写真を机の上に置き、勇に見せる。その写真には、勇にとって見慣れた営業服と見知った顔の女性複数人が写っていた。

 

 

 最後の写真を見ると、何故か1人だけクローズアップされた写真がある。

 

 

 

「勇君、この女性に見覚えはあるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(つう)さんの事で何か?」

 

 

「……通さん?」

 

 

「ええ。彼女が穴場の店を知ってまして、よく連れて行って貰ったので渾名として。で、この通さんの()()()()()()()どうされたんですか?はっ、まさか……!会長そちらの」

「違うわよ!私ノーマルだから!」

 

 

 

 真面目な空気が一瞬にして崩れ去った瞬間であった。楯無が勇の発言に異を唱えて机を叩きながら立ち上がり、勇は口元を隠して驚いた表情を見せていたが直ぐに元に戻った。

 

 

 

「……私が言いたいのは、その貴女の言う通さんが

 

 なぜデュノア社に居るのか聞いてるのよ」

 

 

 

「ふ〜む…………営業服着てるので、海外進出を狙ってるとかですかね?」

「態々デュノア社が経営不振で困ってる時に?」

 

 

 

 勇と楯無の間に緊張した空気が流れている。しかしそんな事は露知らずといった笑顔のまま勇は話す。

 

 

 

「デュノア社がそんな経営不振になってるだなんて、明石重工の皆さんには知りもしないですよ」

 

 

「そう、普通ならね。

 

 

 明石重工の社員データを見たのだけれどね、

 

 

 2ヶ月以上前からデュノアに訪れてる人が居るらしいわね、貴方の企業」

 

 

「あー……そういえば通さん言ってた様な気がしますね。長引きそうだから帰るの遅くなるって」

 

 

「それだけじゃなくてね、何故かデュノア社に明石重工の幹部の人間がつい先日やって来たのよ」

 

 

「はぁ」

 

 

「あら、おかしいとは思わないのかしら?」

 

 

「んー、まぁ何故態々幹部の人達が訪れたのかについては疑問視されますが……会長は何故疑問視されるのですか?しかもかなり」

 

 

「……その最後の写真の人物がね」

「はい」

 

 

 

 

 

 

「私が知ってる人に、よく似てるのよ」

 

 

 

 

「へぇ〜……何処かで知り合った記憶があると?」

 

 

 

 

「ええ。……とてもよく知ってるわ」

 

 

 

 

「まぁあの人お喋りだし、貴女みたいな髪色のした方を見かけたら真っ先に話しそうですけど」

 

 

 

 

「そう……。もう帰って良いわよ」

 

 

「分かりました」

 

 

 

 話も終わり、勇は生徒会室を後にする。楯無に背を向けた途端、少しだけ表情を変えて真顔になりながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出た勇はスマホ……ではなくフェンリルに搭載されているホログラム機能で通話を開始する。ワイヤレスイヤホンを左耳にかけて。

 

 

 

〔あら、珍しいわね。貴方がホログラムをここで利用するなんて〕

 

 

「少々厄介な事がありましてね。……それよりS、更識の者に存在が感知されています」

 

 

〔あぁ……あの犬達の事ね?ご心配なく、無闇矢鱈と余計な行動はしないわ。あくまでも私は一営業人、交渉をするだけよ〕

 

 

「なら……期日までには大丈夫ですね。更識の者から手出しはしようも無いですし」

 

 

〔それだけなら私はもう少し寝てるわ。まだ早いもの〕

 

 

「失礼。ではご無事で」

 

 

〔了解〕

 

 

 

 ホログラム機能を解除すると寮へと戻っていく。その途中、1人の用務員と擦れ違い表情を強ばらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 □□□□□□□□□□

 

 

 

 

 

 

 

 数日後のアリーナ、その日は先日入ったシャルルと共に複数人が一夏の強化訓練を行っている。そこで勇は少し明石重工の制作された特殊装備をお披露目することとなった。

 

 

 

「『うっし。おい一夏、今日はミサイル以外のヤツで俺行くからな』」

 

 

「はっ?」

 

 

 

 量子格納域からデータが構築され、フェンリルの背中に装着される。2つの砲身とそれらを連結しているバックパックが合わさった射撃装備。

 

 

 

「『【ブーストアタッカー】、重量は増えるが加速用のブースターと射撃用アーツが組み合わさった特殊武器だ』」

 

 

「おぉ〜!……って、何でそれを今まで出さなかったんだよ?」

 

 

「『今までが事足りただけだ。それにこんなモンはフェンリルの利点を損なうだけだからな』」

 

 

 

 勇は背中のブーストアタッカーの砲身を一夏に向けると何も言わずに発射する。それをギリギリで避ける一夏は、撃ってきた勇に向かう。

 

 

 

「ちょ勇ッ!急にやるな!」

 

 

「『おっ、体が反応する様になったな。これで奇襲もバッチし』」

 

 

「おっ、よっしゃ!……って誤魔化すな!」

 

 

「『チッ、バレたか』」

 

 

「あははは……」

 

 

「本当、仲が良いわね。あの2人」

 

 

「勇さんはお優しいですからね」

 

 

「一夏も一夏で友好的なだけだ」

 

 

 

 そんな他愛ない空気の中、勇が何かに気づきピットから出てくる機体を見る。それに釣られて他の者が見る。

 

 

 

「『チッ……トライアル段階なのに急かすのかよ、独の奴等は』」

 

 

「勇さん、あれは……」

 

 

「『独の第三世代機だ。上層部の野郎共は【イグニッションプラン】を済ませて金が欲しいだけだかんな、無謀な事をしやがる』」

 

 

 

 独の機体という事で、やはりラウラ・ボーデヴィッヒが搭乗しているのは見て取れる。すると解放回線から声が発せられる。

 

 

 

「おい」

 

 

「『……一夏、どうやら奴さんから御指名だ』」

 

 

「はっ?何でだ?」

 

 

「『俺じゃなくて、お前に殺気を向けている。とりま気をつけろ』」

 

 

「……分かった」

 

 

 

 一夏が1歩踏み出してボーデヴィッヒと向かい合う。

 

 

 

「おい、俺に何の用だ?」

 

 

「何の用……か。貴様も専用機持ちと聞いてな、私と戦え」

 

 

「話が見えねぇな……それと、戦う気なんて無い。そもそも俺とアンタに戦う理由なんて無い」

 

 

「……貴様に無くとも、私には理由がある」

 

 

 

 そこから長くなるので要約すると、

 この行動に及んだ理由は織斑千冬の“第2回モンド・グロッソ”決勝戦での出来事。その時、一夏が誘拐されるということが起きた。弟を捜す為に決勝戦を放棄した織斑千冬だが既に一夏はドイツ軍によって発見、保護され無事であった。そして織斑千冬はドイツ軍への()()として1年間、ドイツ軍で教官として指導役を務めていた。

 

 このボーデヴィッヒは、織斑千冬がモンド・グロッソで栄誉ある2連続優勝が一夏のせいで達成されなかった事に腹を立てているらしい。

 

 

 

「『……一夏、今の話聞いてどう思うよ?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「単なる八つ当たりにしか思えねぇ」

「『奇遇だな、同じ意見だ』」

 

 

「何……?」

 

 

「確かに俺のせいで千冬姉が優勝は出来なかった。それは今でも悪いと思ってるし、申し訳ない気持ちで一杯だ。

 

 でもよ、それでお前が俺を恨むのは筋違いじゃないか?だったら千冬姉本人に言えば良いじゃないか。

 

『俺を放って置いて優勝すれば良かったんじゃないか』ってよ」

 

 

 

「『まっ、言われても弟を捜しに行くだろうな。

 

 一夏には悪いが調べてみた。一夏達の両親は蒸発してる。つまり肉親が居ないんだよ。

 

 大会で優勝するよりも、たった1人の弟を……たった1人の家族を捜す事に時間を費やす方に使ったと思うぜ?

 

 もう……家族が居なくなるのは、辛いからな』」

 

 

 

 勇の言葉は、最後になるにつれて少し震えていた。家族を失った痛みを味わい、心を()()()()者だからこそ分かる痛みを。

 

 

 

「貴様……ッ!」

 

 

 

 あくまでも戦うつもりらしい。左肩に装着された大型実弾砲を構え、発砲する。一夏は咄嗟に雪片二型を構えて防御姿勢を取る。

 

 

 しかし砲弾は横から割り込んで来たシャルルによって弾かれ同時にシャルルは【ガルム】を構えて反撃の態勢を取っている。

 

 

 

「こんな密集した空間で戦おうなんて随分沸点が低いね、ビール以外に頭もホットなのかな?」

 

 

「貴様……!たかがフランスの第二世代機(アンティーク)如きで、私の前に立つか!」

 

 

「未だに量産の目処が立たない第三世代機(ルーキー)よりは動けるとおもうけど?」

 

 

「『お前ら、一旦武器を納めろ。そろそろ……』」

〔そこの生徒!何をやっている!?学年とクラス、出席番号を言え!〕

 

 

「『ほらな?』」

 

 

「チッ……命拾いしたな」

 

 

 

 そう言うと両者武装を解除して、ボーデヴィッヒはアリーナゲートの方に向かって行った。

 

 

 シャルルは一夏の元に寄る。

 

 

 

「一夏、大丈夫だった?」

 

 

「おう、平気平気。……あと勇」

 

 

「『んぁ?』」

 

 

「その……何だ、言ってくれてありがとうな」

 

 

「『……気にすんな馬夏』」

 

 

「おい待て」

 

 

 

 そんな事がありつつも、今日の訓練を終えて着替えに行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───♪〜真紅の空、燃え立つ〜様に

───あら、何の歌かしら?

───……居たんですか、スコール。

───私が何処に居ようと勝手だと思うけど?

───…………そうですね、どうぞ御勝手に

───あら、さっきの歌は聞かせてくれないのかしら?

───嫌です

───ケチくさいわねぇ……









───フェンリル、何処も調子は悪くないか?

───問題は無い。それより先程の生体リンクシステムによる主の体に疑問を持つ、感覚が共有されているのに痛める素振りすら見せないからな。

───もう痛みには慣れたんだよ。お前がこの形態になる前にも、ずっとやってたからな……

───あまり無茶はするでない。我々と違い人間は脆い、既に主が人間を捨てていようと心は人間なのだ。何時如何なる時に不足の事態が起こるのかは皆目検討もつかんのだからな。

───……全く。魔狼の名を持つISが、こんな主人思いだなんてな。北欧神話に対する皮肉だな、これだと。

───魔狼とはいえ、私は狼。主と共に歩んできた繋がりがある。それに変わりはない。

───そっか……ありがとう、フェンリル




 亡国と魔狼の繋がり。魔狼の秘密。







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オワリノハジマリ

 寮内の廊下を歩いている勇。すると突然スマホから着信が届き、それに対応する。

 

 

「何ですかS?」

 

 

〔ごっめん寝てる暇無かった。今日会見があったのよ!〕

 

 

「…………貴女ねぇ……!」

 

 

〔ま、まぁこれなら良いでしょ?どうせ間に合うし、自分が認知されるし。まぁちょっとドタバタしたけども〕

 

 

「……はぁ、なら早急に【ロック鳥】を手配させます」

 

 

〔ごめんね!あ、会見なら日本時間だと午後8時半ぐらいよ!チャオ!〕

 

 

 

 一方的に着信を切るS、もとい『スコール・ミューゼル』。彼女は【亡国企業(ファントムタスク)】と呼ばれる戦争屋集団の1人で、愛機は第三世代機【ゴールデン・ドーン】。現在は名を変えて明石重工の社員としての地位に居る。

 

 

 彼女は表舞台に上がると不味い立場だが勇のカードにはジョーカーが2枚存在しており、その内の1人を使って素性やプロフィールを偽造している。かなりの高等技術を用いた物なので早々解析される事は無い。

 

 

 そんな話はさておき、勇は自室に駆け足で向かっている。現在の時刻は8時。はたしてスコールは間に合うのだろうか?まぁ心配する必要性も無いので勇は目的のものを取りに向かう。

 

 

 部屋の近くに来たが、その部屋の前に見慣れた教師が居た。勇はなるべく平静を装い、尚且つ何時もの様子で接する。

 

 

 

「おや、山田先生じゃないですか」

 

 

「あっ……尾崎君!良かった〜、返事が無かったから寝てるのかと思いまして」

 

 

「これは失礼しました。少々野暮用で外に、所でなぜ山田先生が此方に?」

 

 

「あぁいえ!尾崎君にとっても嬉しいお知らせがあるんですよ」

 

 

「へぇ……それはどんなもので?」

 

 

「何と!今月の下旬から大浴場が使える事になったんです!けど時間別だと問題が起こりうるので、男子には週2回の使用日を設ける事にしました」

 

 

「成程成程、それはそれは」

 

 

 

 適当な相槌を打つ勇。それもそうだ、漸くこの()()()()()()のだ。終わりを告げるのだ。今更そんな事に興味は無いと内心興奮状態だが、(さと)られては不味いので我慢している。

 

 

 

「お知らせは以上です。すみませんお時間を頂いて」

 

 

「構いませんよ。あ、では僕はこれにて」

 

 

「あ、そうだ尾崎君。授業内容は大丈夫ですか?何処か分からない所があったら何時でも聞いて下さいね?」

 

 

「ふふっ、ではそうさせて頂きます。まぁ今は大丈夫ですよ」

 

 

 

 当然だ。家族を失ってからの時間は遊びではなく勉学に励んできたのだ。そんな勇は中学入学時には高校1年の授業内容を覚え、エスカレートを重ねてISに関する凡百(あらゆる)知識を見に付けた。故に教えられる様な事は無い、それどころか逆に教える立場になり兼ねない。

 

 

 部屋の鍵を開けて室内に入ると、自身のベッドの下に滑り込ませていた生体認証センサー付きのジュラルミンケースを取り出し生体認証ロックを解除する。

 

 

 それを見て右の口角を上げてにやりと微笑む勇は、手で表情を直して歩き出していく。

 

 

 

 

 

 

「何かご急ぎの用ですか?尾崎さん」

 

 

「……おや虚さん。こんな所まで何を?」

 

 

「いえ……所で、そちらのケースは?」

 

 

「あぁこれですか?ちょっとした物ですよ、明石重工が特別に貸してくれた武装なんです」

 

 

「ほぉ……成程、では仕方がありませんね」

 

 

「では、僕は用事がありますので」

 

 

 

 早足で部屋から退出する勇、その背中を虚は見ていたが勇から何処か嬉しそうなオーラが出ていたとか何とか。後を付けようとしてもバレる為、虚は勇とは反対方向に歩き出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向かう途中、一夏と勇が擦れ違う。一夏は勇の姿を見て走りを止めたが、かなり息切れした様子であった。そんな一夏の様子に気付いた勇は、一夏に声を掛ける。

 

 

 

「一夏君、どうされたんですか?」

 

 

「はぁ……!はぁ……!い、勇!ちょっと来てくれ!急用が……あるんだ!」

 

 

「!……奇遇ですね、僕も一夏君の部屋に用があったんですよ」

 

 

「な、なら話は早いな!ついて来てくれ!」

 

 

「了解!」

 

 

 

 一夏に付いて行く様に走る勇。漸く一夏とシャルルの部屋に到着し、一夏が扉を閉めると案内する。窓側のベッドの上にシャルルが悲しげな表情で座り込んでいた。

 

 

 

「勇……」

 

 

「勇、聞いてくれ!シャルルは」

「御令嬢でした。ですよね?」

 

 

「!……知ってたんだ、ボクのこと」

 

 

「勇、知ってたのか?」

 

 

「ええ、彼女の事は一通り。 ……では酷かもしれませんが、何故この様な真似をされたのですか?シャルル……いえ、()()()()()()・デュノア嬢」

 

 

「……ははっ、本名までバレてる。……なら、良っか。全部話しても」

 

 

 

 そうしてシャルロット・デュノアの語りが始まった。

 

 

 シャルロットの親がデュノア社の社長なのだが、【イグニッションプラン】による援助金が貰えない可能性が際立ってきた事を理由にシャルロットが男装のフリをして織斑一夏の第三世代機のデータを取るように言われていたのだ。勇の場合は全身装甲(フルスキン)から第一世代機として認識されていた為、データを取る必要が無かった。

 

 

 しかし一夏が浴室でシャルロットの姿を見てしまった事から、男装がバレてしまい観念したという訳だ。

 

 

 さらに話をしてくれたが、シャルロットは愛人との間に出来た子どもであり母親は2年前に亡くなっていること。さらに本妻の『ロゼンタ・デュノア』から出会い頭にビンタをされ、それ以来ずっと嫌悪感を持たれ続けていること。それらを包み隠さず全てを話した。

 

 

 

「勇!シャルルは親にやらされ続けたんだ!俺はシャルルを助けたいんだ、力を貸してくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……巫山戯てるんですか、御二方」

 

 

「なっ!?」「えっ……!?」

 

 

 

 シャルロットは勇の表情を伺った。2人から映っているのは何時もの優しい勇ではなく、憤怒を表した表情であった。

 

 

 そして勇はシャルロットを……“ビンタした”。

 

 

「!?」

「勇!?お前何を!」

 

 

 

 

「貴女、自分だけが不幸だなんて思ってませんか?」

 

 

 

 声色を変えた勇は1つの恐怖でしか無かった。普段発することの無い声色で、ISを纏ってる時に発せられる声でも無い声でシャルロットに投げかけた。

 

 

 当のシャルロットは、叩かれた頬を左手で抑えて勇を見上げた。

 

 

 

「ねぇ…………何で?何でこんな事するの……?」

「貴女が貴女の御両親の事を何も考えてないからです」

 

 

「勇!だからシャルルは!」

「貴女は親の事を何も理解しようとしていない!」

 

 

 

 突然発せられた勇の声に、2人は驚く。勇はシャルロットに向かい合い話し続けた。

 

 

 

「貴女!親がどれだけ子供を心配しているか、分かってるんですか!?

 

 確かに貴女にした行為は、許されないものです!

 

 しかし!それが貴女を汚い大人から守る為のものだったとしたら!?

 

 それが貴女の為を思った、不器用な優しさだと何故考えようとしなかったんですか!?

 

 

 僕には!親が居なくなった!兄さえ居なくなった!

 

 僕以外の家族がこの世を去ったんです!

 

 貴女は幸運なんですよ!大切にしてくれる存在が居るから!

 

 僕は肉親を全て失った!ここで貴女の不幸と僕の不幸を比べてみてください!どっちが不幸ですか!?

 

 家族が居ることと、家族が居ないことと!どっちが不幸ですか!?

 

 守ってくれることと、守られないこと。どちらが不幸ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勇……」

 

 

 

 荒い息を整えようと深呼吸を続ける勇。その目はシャルロットを捉え、真っ直ぐ見つめていた。自分の不幸と相手の不幸を比べさせ相手が自身を慰めようとす方法は、人間心理学的に自分を見直させるのに効果的とも言えるかもしれない。

 

 

 そんな中、勇のスマホが震える。スマホを取り出すと時間は午後8時28分。勇は表情を変えると徐に部屋のテレビを着け、ジュラルミンケースを取り出して開く。

 

 

 

「尾崎君……それは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女にチャンスがあります、シャルロット・デュノア」

 

 

 

 ジュラルミンケースを回転させてシャルロットに見せる。その中には、勇が持つISの待機状態と同型と思われるが色は緑であった。

 

 

 

「そしてその前に……テレビを御覧ください。一夏君も」

 

 

「……お、おぅ」

 

 

 

 テレビを見る一夏とシャルロット。

 

 

 そして8時半、遂に動き出した。

 

 

 テレビからは報道の様子が映っていたが、その内の1人を見るとシャルロットは驚愕した。

 

 

 

「シャルル、どうした?」

 

 

「な、何で………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でお父さんが……テレビに?」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

 そう、テレビに映っていたのはデュノア社の代表取締役である『アルベール・デュノア』であった。その隣に1人女性が笑顔のまま座っている映像だったのだ。

 

 

 そして……運命の瞬間が訪れるのであった。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

〔皆様、どうも。デュノア社代表取締役の『アルベール・デュノア』です〕

 

 

 

〔皆様どうも。明石重工から派遣されました『磯崎(いそざき)(しおり)』と申します〕

 

 

 

〔此の度は、この場を持ちまして“重大な発表”を行わせていただく事を感謝しております〕

 

 

 

 座っている両者は、そのままお辞儀をする。

 

 

 姿勢を正すと、アルベールが再度話を続けた。

 

 

 

〔先ず始めに、我々デュノア社は明石重工との企業契約をここに宣言します。そして次に……

 

 

 

 

 

 

 

 我々は一同、明石重工が製作した

 

 

 

 

 

 

 

 【男女共用型ISコア】を用いたISを市場に展開させていきます〕

 

 

 

 その瞬間、世界に激震が起こった。有り得ないという声もテレビから聞こえるが、続けて磯崎が話をする。

 

 

 

〔我々明石重工は今までブラックボックスであったISコアの解析を成功し、【男女共用型ISコア】の開発に成功しました。

 

 

 これが開発されたISコアと、その映像です〕

 

 

 

 磯崎がリモコンのボタンを押すと、報道陣の前にホログラム映像が映される。

 

 

 その映像には筋骨隆々とした男とISであるラファールが存在していた。その男は、自分が男だという事を証明するため態々上半身を裸にしている。

 

 

 その男はラファールに触れた。するとどうだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 ラファールが装着されたのだ。

 

 

 

 この一連の出来事に驚く報道陣だが、ホログラム映像が移動され2人の姿が現れる。未だにホログラム映像は流れたままである。

 

 

 

〔これは我々が開発したISコアを使った実験です。女性のみしか装着できなかったISが、何と男性の方でも装着されたのです!しかしこれだけでは物足りないので別の映像もご覧下さい!〕

 

 

 

 今度は複数人の男が、それぞれ打鉄やファング・クエイクなどの機体の側に居る。

 

 

 そして、その男達が触れるとISが身に纏われた。

 

 

 

〔尚、CGなどは一切使用されておりません!これは事実なのです!漸く男でも、ISを身に纏える時代が訪れたのです!〕

 

 

〔そこで我々デュノア社は開発されたISコアを組み込ませた機体を製作、販売を行う事を契約しました。これにより更なる技術革新が期待されるでしょう〕

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

「う、そ……。ISコアを……」

 

 

「開発……したのか?」

 

 

「正確には、篠ノ之束が作ったISコアを元に必要分のデータ採取したのが【男女共用型ISコア】です」

 

 

 

 テレビを見ている2人は唖然としている。他にも別の場所で驚きの声が挙げられているが、勇はそれを気にしてもいない。

 

 

 まだテレビ放送は続けられていく。

 

 

 

 

〔そして、気になるのはISコアを制作した人物ですが……ハッキリと言いましょう。

 

 

 

 

 篠ノ之束は開発に()()()()()()()()

 

 

 

 

 その言葉と同時に突如テレビが黒い画面へと変わり、徐々に別の映像が流れ始め声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔あー、あーテステス。うんOK〕

 

 

 

「!?この声!まさか!」

 

 

「そう、そのまさかですよ」

 

 

 

 

 

〔やぁ皆、天災の『篠ノ之束』だよ〜!〕

 

 

「束さん!?」

「嘘!?指名手配されているのに……何で!?」

 

 

〔さてハッキングして皆の前に出ているんだけど、現れて大丈夫かって?大丈夫大丈夫!もう隠れる必要ないし!〕

 

 

 

 その映像を、誰もがじっと見ていた。世界中が見ていた。

 

 

 

〔私が現れたのは、あの報道されたISコアについて話したいからさ。

 

 

 確かに私はコアの開発に助力はしてないよ。面倒だもん。

 

 

 

 えっ、じゃあ誰が作ったって?んじゃあ教えよっか!〕

 

 

 

 

 誰もが息を呑み、製作者の名前を聞く準備をしている。

 

 

 

 

 

〔あのISコアの製作者は束さんじゃなくてね…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『尾崎勇』、もう1人の男性IS操縦者が作ったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 言っとくけど!嘘じゃないからね!束さん嘘つかない!〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 

 伝えられた事は、それだけだ。たったそれだけ。2人は勇の方に顔を向ける。

 

 

 勇の顔は真面目な表情になり、口を開く

 

 

 

「……ええ。あの天災兎の言う通り、

 

 

 

 

 僕がこの手で作りました。

 

 

 

 

 あの【男女共用型ISコア】を、2000個ね」

 

 

 

 

 

 全てのテレビから音が消えた。全ての場所から音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『はあああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

 

 

 

 

 

━━━終末(ラグナロク)、開始

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───……凄いわね。これは

───どう?これ本当にこの時代に喧嘩売ってるよね。

───時代どころじゃないわよ。世界に喧嘩売ってるわ、とても馬鹿げてる。

───馬鹿げてようが、僕は時代を変えます。この【男女共用型ISコア】を世間に広めさせ、この腐った“女尊男卑”の時代を壊す!

───契約には男女共用型ISコアを組み込ませた機体も提供するってあるし、お前らにとっては最高のメリットになるんじゃない?金もたっぷり入るし。


───スコール……見ろよ。想定金額普通に億超えてやがる……

───……確かに、これに乗らなきゃトンデモない損失になるわね。私達も。

───なら決まりかな?

───ええ。契約は成立よ、篠ノ之博士。尾崎勇君。





 動き出す歯車。世界が壊れる音。



 終末を望んだ少年が選んだ時代は広まる。



 次回『コワレルセカイ』






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コワレルヨチョウ

 翌日の朝、クラス内はあの出来事の話題ばかりであった。

 

 

 【男女共用型ISコア】開発。そして、それらに関する様々な話題が絶えず噂されている。

 

 

 まず男女共用型ISコアの製作面から、どの様にして作られたのか。完全な製作図は混乱を招きやすくする為、公開はされなかったとしても何故従来のコアが女性にしか反応しなかったのかについてのメカニズムは報道された。

 

 

 データである。物を作るという事は、必ず母体となるもの。つまりデータ計測用のプロトタイプが存在する。それらを元に物は作り上げられるのだから、考えれば至極単純な理由だったのだ。

 

 

 プロトタイプに保存されているのが()()()()()()()()()しか無かった為である。証拠に男性のXY染色体データを組み込ませることで可能になっているデータは公開された。

 

 

 そして、それを可能とさせた人物。今このクラスには居ないが天才である篠ノ之束と同等の天才と呼ばれる様になった『尾崎勇』、学生の身でありながら歴史を変える偉業を成し遂げた。

 

 

 しかし、それらは必ずしも良い結果に運ぶ事はない。だからこそ様々な対策は施している。

 

 

 そんな中、このクラスに居ない勇の席をただ見つめ続ける者が居る。

 

 

 セシリア・オルコットその人である。

 

 

 

「はぁ……………」

 

 

 

 何時もならこの時間帯に他愛ない話をしたり、本音が混じってきた所を勇が遊んだり一夏に勉学を教えたりと様々な事をしている筈であった。

 

 

 しかし今はそれが無い。たった1人居ないだけで、勇が居ないだけでセシリアの心にはポッカリと穴が空いた。

 

 

 

「全員席に着け、HRだ」

 

 

 

 扉から織斑千冬がやって来たのを合図に殆どの者が席に座る。既に座っているセシリアと本音、一夏は別だが。しかし勇が来る気配が無い。

 

 

 織斑千冬の後ろから()()()()・デュノアが付いてくるのだが、シャルルの表情は緊張している面持ちであった。

 

 

 

「さて……昨日デュノア社と明石重工が企業契約したのは全員知っているな。そこでデュノアには契約として特殊型IS、通称【αタイプIS】の試験操縦者となった」

 

 

 

 織斑千冬の言った【αタイプIS】とは、明石重工が製作した幻獣の名と実在する動物の特徴を持つISのことである。このISには男女共用型ISコアが使用されている。前回の会見でもαタイプのISの説明はされており、勇のISも第一世代機ではなくαタイプISだという。

 

 

 そしてシャルルの左手には、勇と同じ型のISが装着されている。これこそがαタイプIS【ロック鳥】である。

 

 

 【ロック鳥】。鳥の姿をした幻獣だが、その大きさは両翼合わせて幅40mもあり羽毛の長さだけで2.4mもある大型の鳥。強靭な足で像を掴み軽々と持ち上げた後、地面に叩き落としてその肉を食らうという。

 

 

 しかしこのロック鳥は、まだ1次移行(ファーストシフト)さえ済んでいない謂わばシャルルにとって付け焼き刃になり兼ねないIS。そしてロック鳥の使い方も分からない状態にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます」

 

 

「!勇!?帰ってくんの…………って、その髪!」

 

 

「一夏君うるさいです。頭に響きます」

 

 

 

 突然扉が開いたと思いきや、勇が居た。こめかみを抑えて一夏の所まで行き軽く頭を叩く。勇の髪は少しボサボサとしており、欠伸を大きくしていた。

 

 

 勇は千冬に一礼した後、デュノアの方に顔を向ける。

 

 

 

「シャルルさん、後でアリーナにお願いします。そのロック鳥の操作方法を叩き込まなければなりませんからね」

 

 

「う、うん……というより勇、大丈夫なの?」

 

 

「今寝たら本気で寝れますが眠りません。まだ195も対談が残ってるのに……」

 

 

「いや本当に寝たら!?効率悪くなるよ!?」

 

 

 

 因みに195とは残りの国連加盟国の数である。男女共用型ISコアの製作者として明石重工の取締役と共にホログラム映像越しに対談しており、最初に来た対談相手が日本政府と関係ない倉持技研の2つであった。

 

 

 倉持からは代表取締役と幹部が、明石重工からは代表取締役と男女混合の護衛を15名程。そしてホログラム越しの勇という形になっていた。

 

 

 日本政府は開発されたISコアの廃棄、または無料での譲渡を要求したが“あらゆる投資家や企業、しまいには世界を敵に回す”との発言とその理由を述べると不機嫌な様子で帰って行った。倉持も同じ。

 

 

 そして勇の眠気の理由、ISコアについてだ。

 

 

 製作されたISコアは合計2000。あの出来事の前にデュノア社に630個、明石重工には残りの1340個が保管されている。そこでデュノア社のアルベールと明石重工の唐木、そして勇と使用用途について対談していた。

 

 

 それが日本時間で午前6時まで続くとは思っていなかったが。織斑千冬と更識楯無からの追求、女尊男卑思想の人間の奇襲──大体が返り討ち──等も相まって疲れが溜まる一方である。

 

 

 そんな事はあったが、勇は勇で学生としての本業を果たしつつ他国との対談を行うという。かなり疲労が溜まるが、そんな事は気にしてられない勇は席に着いてHRに出席する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つつがなく授業も終えたが……勇に休みは無い。

 

 

 

「有人と無人両タイプのゴーレムの生産を急ピッチに。主に土木関係と警備関係、物資の流通の拡大に使います。有人タイプは生体認証システムを利用して、無人タイプにはハッキングやウィルス対策の方を篠ノ之博士と完成させたシステムを利用して下さい。システムの方にパスワードを掛けていますので、篠ノ之博士にお聞きください」

 

 

〔了解!〕

 

 

〔わ、分かりました……〕

 

 

 

 部屋に戻って1度デュノア社と明石重工の開発責任者に指示を出す勇。指揮能力はある程度だと認識しているが、本人は普通としか思っていない。

 

 

 ホログラムに映された画面にある予定を確認しつつ、勇は男女共用型ISコアの分配数決めに勤しんでいた。ゴーレムは作るが、現在存在するISコアを用いた量産機には篠ノ之束と共同でXY染色体データの移入と生体認証システムを構築している。

 

 

 

「……くそ、眠い……な……」

 

 

「普通6時まで起きてたら眠くなるわよ」

 

 

「……楯無さんですか」

 

 

 

 勇の今の立場を考えれば有り難いのだろうが、生憎勇には亡国企業がバックに居る。その為なるべく関わりたくないと思うのが常であった、しかし受け入れなければならない所は素直に受け入れている。

 

 

 

「そろそろですか……では僕は失敬して」

 

 

「これでデュノア社の不祥事を揉み消す、なんて考えて無いわよね?」

 

 

 

 歩みを止めた勇。楯無には背を向けている状態だが、そのまま楯無の問いに応える。

 

 

 

 

 

「僕が何も考えてないとでも?」

 

 

「へぇ…………」

 

 

「今はその時じゃない。それだけです」

 

 

 

 勇は迎えに行く為に出かける。それを見送る楯無は普段とは違う目をしながら見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、一夏とシャルルと勇が並んでアリーナへと向かって行った。シャルルの装着されている待機状態のIS【ロック鳥】の説明をしながら。

 

 

 

「では先ずその【αタイプ】ですが具体的には僕の【フェンリル】と同じでSDモード、つまり自立走行が可能となります。試しにロック鳥を撫でてみて下さい」

 

 

「な、撫でる?それだけ?」

 

 

「ええ」

 

 

 

 半信半疑ながらもシャルルは待機状態のロック鳥を撫でると、ISが離れて形取っていく。現れたのは小型の鳥であった。

 

 

 

「うわっ!」

 

 

「おぉ……鳥だ…………!」

 

 

「【αタイプ】は幻獣の元となった動物が決められています。このロック鳥は鳥の幻獣であり、現在はハヤブサの姿となっています」

 

 

「あれ?でもハヤブサって黒かった様な……」

 

 

「見た目を『シロハヤブサ』にしているので、白色です」

 

 

「へぇ〜……あ、お辞儀した。可愛い……」

 

 

『キィー』

 

 

 

 体は機械仕掛けのISだが、それでもロック鳥は()()である。鳥としての姿と能力と知恵のあるISは、今まさにシャルル専用となっている。

 

 

 SDモードとはいえ現在の体長が48cm、両翼を広げれば118cmあるロック鳥は大人しくシャルルの左肩に乗っていた。因みに爪の方だが、SD時は先端が丸くなっているため痛みは無い。

 

 

 

「では次ですが」

「まだ何かあるの?」

 

 

「武装の方ですよ。予め知っておかなければ使えませんし」

 

 

「それもそっか……」

 

 

「なぁ勇、ロック鳥って何が使えるんだ?」

 

 

「主な武装は4つ。

 

【フェザー】

【メタルウィング】

【スパイクレッグ】

【スピアビル】の4つが基本となります。

 

 【フェザー】は羽を模した特殊弾で、1度射出しても自動装填されます。

 【メタルウィング】はその名の通りで

 【スパイクレッグ】は肉食系の鳥類を真似した鋭い爪と強靭な握力を備えており

 【スピアビル】は鋭利な嘴での攻撃が可能となります。

 

 他に僕が使っていた【ブーストアタッカー】が着脱可能装備となります」

 

 

「武装が限定されてるんだ……」

 

 

「そういやフェンリルも少なかったな、武装」

 

 

「動物は人より能力が高い、つまりその能力を武器にさせるコンセプトでは数が限られてくるのです」

 

 

「成程ね……これ、かなり玄人向け(ピーキー)な機体だね」

 

 

「その玄人向けを使い続けた僕は果たして?」

 

 

 

 そんな話をしながらアリーナへと到着するが、中からは銃声が聞こえる。誰が行っているのか気になった3名はアリーナを見た。

 

 

 

「ッな!?」

 

 

「あれは……!」

 

 

 

 

 

 

「ッ………………!」

 

 

 

 刹那、勇はピットへと駆け出した。その行動がまちがっているのか、正しいのかは分からないが、少なくとも心に従った事だけは確かである。

 

 

 狼は勇敢である。そしてそれは同時に仲間意識が強い事を意味する。

 

 

 人間には出せない速度

 

 人間には無い集中力

 

 人間の範疇を超越した()()()

 

 

 単なる仲間思い(1人ぼっち)の生き物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事の顛末はこうだ。ちょうどセシリアと鈴が第3アリーナで後日行われるトーナメントに向けて特訓しようと試みていたが、ラウラ・ボーデヴィッヒがその2人に向けて実弾兵器を発射し模擬戦という形となった。

 

 

 だが相手が悪かった。単なる代表候補生と軍人との差は戦闘経験が違っている。慣性停止結界、通称【AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)】による防御を駆使され圧倒的に負けていた。

 

 

 

 

 

 

 

〔ラウラ・ボーデヴィッヒ、攻撃を今すぐ中止しなさい〕

 

 

 

 そんな時、突然第3アリーナに放送が入った。声の主は昨日世間を騒がせる原因となった1人の男。

 

 

 ラウラはセシリアを抑え込んだ体勢のまま解放回線で話す。

 

 

 

「……誰かと思えば、2人目のISコア開発者か。一体何の用だ?」

 

 

〔それはコチラの台詞です。何故貴女はこんな真似を?〕

 

 

「戦闘がどの様なものかを私が叩き込んでいるだけだが?」

 

 

〔だとしたら過剰な攻撃は御法度では?それに今の貴女の行動で、今後ドイツ経済が発展しない事を考えてませんか?〕

 

 

「何……?」

 

 

〔これでも僕は全世界に男女共用型コアを使用したISを配備させる()()です。しかし政府から直々に編入された貴女が他国の代表候補生に危害を加えられている様子では、貴女方の国にその機体を配備させる事に懸念を覚えています。

 

 これがどういう意味か、お分かりですよね?

 

 軍人である貴女なら〕

 

 

「ッ…………!」

 

 

〔ご理解頂けたなら、今すぐ離れなさい〕

 

 

 

 ラウラは勇の言葉で怪訝な表情をしながら手を離しセシリアから退く。そのままピットへと帰って行った。

 

 

 勇は放送を終えた後、フェンリルを稼働させてホログラム画面を出現させて篠ノ之束に電話を掛けながらアリーナへと向かう。

 

 

 

〔はいはいどったの?〕

 

 

「至急織斑先生に伝言を。『今度トーナメントが終了するまでアリーナでの模擬戦、私闘を禁じさせて下さい』とだけ」

 

 

〔態々私に伝言だけねぇ……ま、ちーちゃんの電話番号知らないなら無理も無いか。オッケー伝えとく〕

 

 

「了解しました」

 

 

 

 ホログラムを閉じるとアリーナへと出てフェンリルを装着し、2人の元に向かう。到着した勇は直ぐにフェンリルから離脱し2人の様子を伺う。

 

 

 

「セシリアさん、鈴さん。ご無事ですか?」

 

 

「こっちはまだ何とか……けど、セシリアの方が……」

 

 

「私の方も、何とか」

 

 

「……ダメージレベルC+。フェンリル通報の方は?」

 

 

『あふっ』

 

 

「よし。フェンリル、グレイプニールで2人を運んで。先にISを外すから」

 

 

「解除するくらいなら出来るわよ……」

 

 

「右に同じく……それでも、ありがとうございます」

 

 

 

 2人はISを待機状態にさせると、フェンリルの毛が2人に痛みを与えない様に支えながら持ち上げてピットへと運んで行く。

 

 

 その後、駆け付けた教員によって2人は搬送されていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【αタイプIS】
 幻獣の名を持つIS。実在する生物の特徴をISに当てはめる事で従来のISより特化性能と劣化性能が際立っている。
 尚、SDモードという自立稼働状態になる事も可。

【フェンリル】
 尾崎勇の機体。αタイプISの初号機であり北欧神話の魔狼フェンリルから名を取った機体。狼を全体的にモデルとしているが尻尾はチーターの機能を備えている。

 武装
 【ロアー】
 【クロー】
 【バイト】
 【スティンガーミサイル】


【ロック鳥】
 明石重工から支給されたシャルロット・デュノアの機体。αタイプISの2号機で鳥の姿を参考にしたIS。機体には【ハヤブサ】【ハイガシラアホウドリ】【アメリカ・レア】等を参考にしている。

 武装
 【フェザー】
 【メタルウィング】
 【スパイクレッグ】
 【スピアビル】

 スペック
・体長:2.5m ・幅(両翼込み):4.0m





 次回『オモイツメテ』



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オモイツメテ

 医務室内でシャリシャリと林檎の皮を剥く音が聞こえる。その音だけで、他は何も聞こえない。

 

 

 いや聞こえる音はある。その医務室内に居る人の呼吸音だけだが。林檎を剥いている勇は器用に兎の形を作り、両横で怪我をしている2人に差し出す。

 

 

 

「御二方、どうぞ」

 

 

「サンキュー」

 

 

「ありがとうございます、勇さん」

 

 

「もし宜しければ食べさせましょうか?怪我をしておられるし」

 

 

「いや良いわよ」

「ッ!是非!」

 

 

 

 驚く鈴を他所に勇も微笑みながらセシリアの方に向き、林檎を持って口元に持って行く。

 

 

 

「痛むなら言ってくださいね。もう少し細かく切りますなら」

 

 

「だ、大丈夫ですwa…………ッう……!」

 

 

「ほら言わんこっちゃない」

 

 

 

 そう言った鈴は少しだけ咀嚼して林檎を味わう。勇はセシリアに出している林檎を器用に手の上で細かく切り、小さめのサイズにさせる。

 

 

 その後で医務室の扉が開かれる。勇は誰かが来ているのは何となく知っていたが、匂いは薬品のものに紛れて誰かは分からなかった。3人の視線が集まる中、やって来たのは織斑千冬とシャルル、一夏の3人であった。

 

 

 

「織斑先生、連絡の方は」

 

 

「既に手配済みだ。これで暫くは何も起きまい」

 

 

「なら大丈夫そうですね。心置き無くロック鳥の調整も可能ですし」

 

 

「……お前には色々と聞きたい事が山程あるんだがな」

 

 

「今からしても構いませんよ、そのお尋ね事」

 

 

 

 織斑千冬が医務室内の適当な椅子を持ち、勇の前にまで運ぶと座って問いた。一夏とシャルルは、ただ見ているだけであった。

 

 

 

 

 

 

「どうやって束と知り合った?」

 

 

 

 刹那、空気が凍りつめた様なものになった。勇は少しだけ微笑むと口を開く。

 

 

 

「何、雨の日に偶然お会いしただけですよ。あとは……

 

 ちょっとだけ論しただけです」

 

 

「!?」

「嘘っ!?」

「はっ!?」

「ほっ!?」

「なっ!?」

 

 

「単にそれだけ……それだけですよ。織斑先生」

 

 

 

 千冬は頭を抱え頭痛を覚えそうになる。あの人の意見を何時も聞かず自分勝手に動き一蹴する篠ノ之束が、このコア開発者という少年の言葉を聞いたのだ。

 

 

 それだけでも凄いを通り越して神業だというのに、男女共用型ISコアを従来の数より遥かに多い2000個を作り上げる人智を越えた偉業を成し遂げる勇という存在が何なのか逆に知りたくなくなりそうな千冬が居た。

 

 

 その勇は何かを思い出したかの様に声を出すと、千冬に向かい合う。

 

 

 

「そういえばですが、今アリーナは使えますか?」

 

 

「……ん、あぁすまん。私闘や模擬戦以外なら話は別だ」

 

 

「ありがとうございます。それならシャルルさん、今からアリーナのピットに向かって下さい。最適化の方を済ませましょう」

 

 

「あ……う、うん。分かっ」

織斑君、デュノア君、勇君!

 

 

 

 突如医務室にやって来る女子生徒達だったが、生憎今は織斑千冬が医務室内に居たため全員睨まれて萎縮する。当の千冬は椅子から立ち上がり、来た生徒に威圧を掛ける。

 

 

 

「お前ら……病人が居るのに大声を出す奴が何処に居る?ん?」

 

 

『すいませんでした!』

 

 

「ふむ……何故集まって来たのでしょうか?」

 

 

「あぁ、言ってなかったな。今回のトーナメントがタッグマッチになったんだ。襲撃事件による対策だ」

 

 

「……恐らく、早い者勝ち?」

 

 

「そうだな。ペアは早い者勝ち、残った者はランダムに決められる」

 

 

 

 少し勇は思案した後、にやりと口角を上げて何か決めた様な表情を作るも先にセシリアに切っておいた林檎を口に運ぶ。

 

 

 

「セシリアさん、はい。あーん」

 

 

「あ、あのっ!勇さん……!」

 

 

「「「「キャーーーー!」」」」

 

 

「お前ら……しつこいぞ」

 

 

 

 その場は織斑千冬によって沈められたが、色々と噂されそうなのは間違いなさそうである。しかし当の勇本人は露知らずと言った表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔最適化まで5……4……3……2……1……終了しましたね〕

 

 

「そ、それは良いんだけどさ……」

 

 

〔何か問題でも?〕

 

 

「た、体勢が…………」

 

 

〔大丈夫ですよ、僕四つん這いですから〕

 

 

「物凄く達観してる!」

 

 

 

 言い忘れていたがαタイプISに搭乗する場合、そのISの形に合わせて操縦者の体勢も変わらなければならない。とどのつまり、人間が動物に退()()する様なものである。

 

 

 勇ならフェンリルに合わせて狼としての退()()をし、シャルルならばロック鳥に合わせて鳥としての退()()をしなければならない。だが、それは同時に人ならざる存在の力を宿す為の必要な行為である。

 

 

 操縦者はコックピットの中に居り、そこからは全面ホログラム映像で外が見える。簡単に言えばハイパーセンサーを利用した進化した鳥の目である。ピットから少しだけ飛び出し地面へと降り立つ。

 

 

 第1形態(ファーストシフト)時の幅は両翼込みで4.0m、体長2.5mの巨大サイズ。そして様々な鳥の要素を加えたαタイプIS【ロック鳥】が姿を現す。

 

 

 

「凄い……!高い……!」

 

 

〔そりゃフェンリルより体長が0.7m高いですし、両翼を広げた場合の幅も結構ありますし〕

 

 

「ね、ねぇ?飛ぶ場合って、どうするの?」

 

 

〔それでしたら、両ハンドルを横に倒せば両翼が広がってスラスターからエネルギーが噴射されて浮遊できますよ〕

 

 

「えっと、両ハンドルを横に……おわっ!?」

 

 

 

 勇の言う通り両ハンドルを横に倒すと、ロック鳥の両翼が広がり浮遊しその状態を保っているロック鳥。

 

 

 

「ね、ねぇ勇!移動は!?」

 

 

〔右足のペダルを踏めば前進しますが、踏みすぎには注意して下さい。上昇にはハンドルを引いて、下降にはハンドルを押してください。曲がる時は両ハンドルを曲がりたい方向に移動させて下さい〕

 

 

「うん!」

 

 

 

 その通りに右ペダルを踏むと両翼のスラスターから噴出され前進する。先ずは軽く踏み徐々に進んでいくロック鳥だが、シャルルも少しずつ深く踏み込みスピードが上昇する。

 

 

 右に旋回し、左に旋回し、上昇や下降を繰り返し、意外にも稼働時間が20分前後であるもののロック鳥を自在に操作している。

 

 

 

「凄い!僕、鳥になってる!」

 

 

〔鳥に乗ってるんですけどね。続いて武装の方を確認します〕

 

 

「分かった!先ずは何!?」

 

 

〔ふふっ、ノッてますね。先ずはフェザーからですが右ハンドルにあるボタンを押せば両翼からランダムで射出されます。長押しすれば連続射出されますよ。因みに両翼合わせて3万枚、残羽(ざんば)数1万2000で連続射出すると1秒間で約5枚ずつ射出されますよ〕

 

 

 

 ロック鳥の両翼から数枚ほどの【フェザー】が射出される。自動装填に瞬間的な隙間は生まれるが、狙うのは至難の技とも言えるだろう。両翼からフェザーが離れ、ブースターによる加速で速度を出しながら地面に突き刺さる。

 

 

 他の武装の使用方法をある程度教えると、何故か教えてもないのに低空での水平飛行や急降下からの急上昇を行ったログ等が追加されていく。頭を掻きむしりながら勇は喜びの表情を浮かべていた。

 

 

 

「これは…………運が良いですねぇ!まさかの適合率です!上手く行けば2次(セカンド)も近いですよ……!」

 

 

〔あ、勇。そろそろ終わるから〕

 

 

「了解しました。ではピットの方に」

 

 

 

 シャルルはロック鳥をピットまで移動させると待機状態にさせて中から現れる。地面に降りる際にクラウチングスタートの構えの様になるのだが、そんな事を気にしてなさそうな笑顔をしていた。

 

 

 

〔あー、楽しかった!〕

 

 

「整備の方はSDモード時のロック鳥が教えてくれるので、ご自身でやって下さいね」

 

 

〔はーい〕

 

 

 

 勇はフェンリルが映し出しているホログラム映像を消すと、ひと息ついて表情を変えてノートPCを取り出し起動させると1件だけメールが届いていた。確認すると待ってましたと言わんばかりに目を見開く勇であったが、続いてメールが1件着た。

 

 

 その差出人の名前を見ると、両手を合わせてベッドに倒れる。そのまま直ぐに起き上がり表情を戻し、ノートPCを閉じて目的の場所に向かっていく。

 

 

 話は変わるが、今回のトーナメントはタッグマッチ。既に決められているペアは勇が確認されているだけで、シャルルと一夏のペアが決まっている。性別を隠しているとはいえ、シャルルと一夏なら安全だろうと考えた他の女子生徒は勇とペアを組もうとしたが断られた。

 

 

 今回の勇にはアテがあるのだ。経済的にも、今後開発されるαタイプISにとってもだ。

 

 

 そして勇は、とある1室の前に立っている。特徴的な匂いが付いた人物を探り当てる程度は造作もない勇は、そのドアをノックし当人の名を呼ぶ。

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒさん、貴女にお話があります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうつもりだ、貴様」

 

 

「どう……とは?」

 

 

「脅しを掛けた相手と、態々外に出て話がしたい等と」

 

 

「……あぁ、確かに不可解な点はありますね。僕が何を考えているか想像もつかない点が」

 

 

 

 現在、外にあるベンチで距離感はあるものの話をする2人の姿があった。開発者と軍人、時代を変える為に動いた男と国を守らんとする心を持った女が居る。傍から見れば異様な光景とも言えるだろう。

 

 

 しかし勇本人はそんな事を露知らず、ノートPCを開いて話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つい先程、ドイツ政府とメールのやり取りをしましてね」

 

 

「ッなっ…………!?」

 

 

「ええ、貴女が危惧している事は勿論存じていますとも。

 

 もしも貴女が僕の反感を買えば、自国にISが配備されない事もある。そうなれば貴女の立場は無くなってしまう。

 

 

 

 

 

 だからこそ、チャンスを与えました」

 

 

 

 疑問符を浮かべるラウラだが、先程のノートPCにある勇が出したメールの内容を見せると驚いた表情を見せた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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差出人 尾崎勇

 

内容 Re.Re.Re.Re.Re.Re交渉

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・IS学園で行われるタッグトーナメントにて、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』とタッグを組み出場する

 

・『ラウラ・ボーデヴィッヒ』をαタイプISの試験操縦者として契約する。尚、この2つに同意する場合はドイツ政府に契約金として約3190万ユーロを支払う

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

「これに対し、ドイツ政府は承認。つまりは」

 

 

「国の意思……成程な、どう足掻こうとお前とタッグを組む事を仕組まれていたと?」

 

 

「さて、どうでしょう?」

 

 

 

 にこやかな表情をラウラに向ける勇は、イタズラっ子の様な雰囲気を醸し出していた。そして勇はノートPCに再度向き合い、シャットダウンの手順を踏みながらトンデモ発言を出す。

 

 

 

「まぁ現在約3兆円近くが会社に投資されてますからね。4億程度、どうにでもなります」

 

 

「なっ……!?」

 

 

「このまま上昇すれば15兆は確実、これは僕の予測ですがね」

 

 

 

 この時のラウラの心境は、勇の計算高さを思い知らされた事で頭が一杯であろうというものだ。今は勇と篠ノ之束の頭にしかISコアの製造方法は存在しないが、逆を言えば要望に沿って勇はISコアを製造し新たなISを作る事ができる意味を持つ。これがどれ程の経済効果を持つのか、普通に誰でも考えられるだろう。

 

 

 シャットダウンを終えた勇はノートPCをフェンリルの量子格納域に入れると、ベンチから立ち上がりラウラと向かい合って手を差し出す。

 

 

 

「では、タッグマッチの方は宜しくお願いしますね?」

 

 

「……癪ではあるが、政府が絡んでいるとなれば話は別だ。だが私の目的は果たす」

 

 

「一夏君を叩き潰す。恐らくながら貴女の目的はそれですね?失礼なのは承知ですが、このままでは貴女は一夏君には勝てない」

 

 

「何……?」

 

 

 

 その断言にラウラは眉をひそめて勇を睨みつける。しかし何処吹く風という勇は、淡々と述べていく。

 

 

 

「貴女、あのAICを過信してますよ。僕なら一瞬で弱点を4つ以上は思いつく」

 

 

「!?」

 

 

「例えば、あのAIC発動にはタイムラグが存在する。その前に先に囮として僕はミサイルを放ち貴女の背後を狙います。

 

 またあのAICは一方向にしか発動できない為、向かってくるISがあったとしても僕は急激な方向転換で向きを変えて貴女のAICを受けずに攻撃できる。

 

 他にも先に動きを態と自らを封じさせてフェンリルのミサイルで死角から狙うことも可能だ。

 

 長々としましたが、僕は貴女より強いです。

 

 そして、僕が手塩に掛けて育てた一夏君は貴女の弱点を少なからず1分内で1つは見つける。

 

 訓練された一夏君を倒すには、僕の助言は確実に必要ですよ?」

 

 

「…………」

 

 

 

 暫く思案したラウラは、勇を見上げる。

 

 

 

「……本当に勝てるんだな?お前と組めば」

 

 

「ええ。断言しましょう」

 

 

 

 ラウラは勇の差し出された手を握り返す。

 

 

 これで契約は成立された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 黒兎と厄災狼は手を組み、目的をそれぞれ果たす事を条件とした共闘を結ぶ。

 しかし狼は優しく、時が経つにつれて捕食者と被食者との関係は別の形を作っていく。

 



 次回『ノバサレルテ』


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ノバサレルテ

・『オモイツメテ』の次回予告を変更しました。


 その翌日、1組のクラス内では同じような騒ぎように包まれていた。それもその筈、1人の女子生徒が“ある現場”を目撃した事で噂が流れた。

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと尾崎勇のペアである。この内容に正直言ってしまえば勝てる見込みが()()()()。片や1国の軍人、片や実力は折り紙付きのコア開発者が手を組んだという事だ。突っ込んでしまえばハニートラップに掛かったのかと勘ぐってしまう。

 

 

 だが2人ともそんな事には無縁、ましてや勇はコア開発者という立場なのを理解しているのであればフェンリルを稼働させて撃退させる事も可能であった筈だ。つまり合意の上でのペアということである。

 

 

 そして、やはり勇に異を唱える者が居るのも然り。

 

 

 

「勇!」

 

 

「はい」

 

 

「ラウラと組んだって、本当なのか!?」

 

 

「ええ。確かに」

 

 

「何で!?」

 

 

「……それを1から説明すると国家ぐるみの話になるので避けたいのですが」

 

 

「いやでも!」

「お金の話もありますし難しい内容になるので」

 

 

 

 そう言うと一夏も渋々(つつし)んだ。お金が関わる話は大体触れてはならない禁止事項(タブー)という事もあるが、一夏の場合は金銭関係で色々と苦労した経歴もあるので尚のこと触れるのは不味いと感じていた。

 

 

 実際は難しい内容に頭を悩ませたくないからというのもあったりする。

 

 

 そんな勇は次にシャルルの元に歩み寄る。

 

 

 

「シャルルさん、後でお話が」

 

 

「……うん。ねぇ、勇」

 

 

「はい?」

 

 

 

 

「何を考えてるの?」

 

 

 

 

 

「何、αタイプISの事もありますよ」

 

 

 

 それだけを言うと自身の席に戻って行く。すると今度は勇の元に本音がやって来る。トコトコという擬音が似合う歩み方でやって来ると何時もの調子で接してくる。

 

 

 

「おはよ〜、いーさん」

 

 

「おや、お早うございます本音さん。今日もお変わりないご様子で」

 

 

「え〜、それどういう意味〜?」

 

 

「いえ、貴女は貴女らしいという感想ですよ」

 

 

「誤魔化すなぁ〜」

 

 

 

 そうしている内にクラスに千冬と真耶が入ってくる。つまりは朝のHRが始まる。

 

 

 

「ばいば〜い」

 

 

「それでは」

 

 

 

 手を少し振って本音は自分の席に着く。勇は前を向き少しだけ溜息をつくと制服ズボンの裾の一部を摘む。プチッという何かが潰れた感覚を指に覚えると、姿勢を戻して溜息をつく。

 

 

 

「……本当、貴女は貴女らしい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……バレるの、早っ」

 

 

「如何致しますか、お嬢様」

 

 

「……こうも勝手にされると、私らの仕事が増えるんだけどねぇ。どうもお気に召さないらしいわね」

 

 

 

 1時間目の休み時間、楯無と虚が合流しており廊下で話していた。その理由は本音に預けていた()()()が直ぐに機能停止した事についてだった。

 

 

 本来は暗部としての御役目で2人目のISコア開発者の立場に居る尾崎勇を守らなければならないのだが、(ことごと)くバレている。判明した日の翌日に部屋に幾つか盗聴器を設置したが全てフェンリルの探知でバレ、小型カメラまでもフェンリルの探知でバレた。

 

 

 そして今回はフェンリルが自立稼働状態で無かったにせよ、用意した盗聴器までもバレた始末。ここまで来ると最早人間と呼べるかどうか怪しくなってくる。

 

 

 

「……ま、本音ちゃんは仕事ちゃんとしたし。お詫びに何かお菓子でも買っていきましょうか」

 

 

「……そうですね」

 

 

 

 そんな罪悪感ありありの2人は授業に戻って行くのであった。後日、本音の特に好きなお菓子が多く渡され勇と一緒に食べる様子を目撃されているが、それは別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業もつつがなく終えて昼休み、勇は廊下を歩きながらホログラム越しにシャルルと話をしていた。

 

 

 

「如何です?この成果は」

 

 

〔……勇〕

 

 

「はい?」

 

 

〔…………何でそこまでしてくれるの?〕

 

 

「おや、分かりませんか?」

 

 

〔正直……〕

 

 

「……利益的に言えば“これをしなければ後々面倒だから”です。しかし国家の保護が加われば、という話ですよ。いやはや説得に数分も掛からなかったですねぇ」

 

 

〔…………そっか、そうだよね

 

 

 

 

 

 

 ありがとう、勇〕

 

 

「……はて、僕は何か()()に感謝される様な事はしましたっけ?」

 

 

〔ふふっ、自分で分かってるクセに〕

 

 

「……では、僕は用事もあるので」

 

 

〔うん。じゃあね〕

 

 

 

 ホログラムを切ると溜息をつき、隣に居るラウラを見る。歩きながら、というのはラウラと共に食堂に向かいながらという事であった。そのラウラはかなり不機嫌に見える。

 

 

 実は勇が無理やり連れてきた、という事があったのだが流石に戦闘糧食をクラスで食すのは如何なものかと思った勇がラウラを持ち上げて食堂に向かおうとしていた。

 

 

 結果、気まずい事になっていた。契約として一時的に行動しているにせよ、流石にあの様な仕打ちを受ければ誰だって不機嫌になる。今のところ両者の間に会話は無い。

 

 

 そんな2人は漸く食堂に到着し、勇は何時もの定食と決めているため食券を選んで買った。そこで一瞬忘れていたラウラを思い出し、笑顔を向けながら尋ねる。

 

 

 

「ラウラさんは何にされますか?」

 

 

「私は知らないのだか?」

 

 

「これは失礼しました。そうですね……あ、じゃあ折角ですから日本発祥のものでも如何ですか?」

 

 

「……何でも良い。早く決めろ」

 

 

「了解しました」

 

 

 

 食券を買おうとお金を入れようとすると、ラウラが腕を掴んで制止させる。

 

 

 

「待て、流石にそこまではやらんで良い」

 

 

 

 ラウラは制服に入れていた財布から1000円を取り出し、勇に差し出す。勇は未だに笑顔のままだがラウラのすることを分かったのか1000円を受け取り、そのお金で食券を買う。お釣りはラウラに返却し、あとは担当職員に渡すだけである。

 

 

 勇の何時もの定食と、グラタン皿に入った熱々のクリームソースが特徴の料理。その2つを器用に持つが、またもラウラに制止されてしまう。

 

 

 

「待て、自分で運べる」

 

 

「残念ながら拒否権はありませんよ。素直に従って下さい」

 

 

 

 ラウラの制止をのらりくらりと回避し、空いている席の所に料理を置く。しかし隣に置かれた事で必然的に並んで食べなければならない事となった。

 

 

 この傍若無人ぶりにラウラも少しずつ呆れ始めたのか、不服ながらも自身の料理の前の席に座る。勇はその後に座ると、ラウラの目の前の料理の解説に入った。頼んでもいないのに。

 

 

 

「それは日本発祥の【ドリア】というものです」

 

 

「グラタンとは違うのか?」

 

 

「ドリアは1927年、関東大震災後の横浜にオープンされた【ホテルニューグランド】でシェフをされていたスイス出身の『サリー・ワイル』が考案された料理で、実際に製作されたのは1930年頃の日本です。

 

 違いといえば具材で、ドリアにはライスがあるんですよ」

 

 

「ライス……教官が言っていた“ハクマイ”なるものか」

 

 

「漢字に表せば“白米”、その名の通り白いのが特徴ですよ」

 

 

「ふむ……どれ」

 

 

「あぁ、少し待って下さい」

 

 

 

 1口目を食べようとしたところ、勇に制止されて少し不機嫌になるラウラ。

 

 

 

「今度は何だ?」

 

 

「日本では先ず、食事をする前にすべき行為があるんですよ」

 

 

 

 料理の前で勇は両手を合わせてお辞儀をする。

 

 

 

「いただきます」

 

 

「……それが、そうなのか?」

 

 

「ええ。この言葉には生産者や料理人、もっと言えば僕らの命となる料理に感謝する行為です。今の僕らが居るのは、命や技術を食しているからとも言えますからね」

 

 

「成程……確かに今の私が居るのも、命を食しているからとも言えるか」

 

 

 

 同じようにラウラも料理の前で両手を合わせてお辞儀する。

 

 

 

「いただきます」

 

 

「では、食べましょうか」

 

 

「うむ」

 

 

 

 2人はそれぞれの料理を口に運び、食す。ラウラは白飯が入っていた事に少し感嘆を受けて一言呟く。

 

 

 

「……美味いな」

 

 

「でしょう?」

 

 

 

 勇がラウラの顔を覗き込む様にして笑顔のまま見る。その表情を見たラウラも少しだけ表情を綻ばせながら料理を食していく。

 

 

 全て食べ終わると満足気な様子の2人。そんな中、勇は再度両手を合わせてお辞儀をする。

 

 

 

「ご馳走様でした」

 

 

「……それも感謝する為の行為か?」

 

 

「ええ。この“いただきます”と“ご馳走様”は2つで1つ、どちらとも欠けてはいけない大切な言葉です」

 

 

「ふむ……ご馳走様でした」

 

 

「では、片付けましょうか」

 

 

 

 ラウラも同じようにすると、勇は2つのトレーを持って行こうとするが今度はラウラがグラタン皿のあるトレーを持つ。

 

 

 

「お節介が過ぎるぞ」

 

 

「そりゃ、男性の甲斐性みたいなものですし。まぁ運びたかったらどうぞ」

 

 

「ふん」

 

 

 

 トレーを片付けて2人は教室に向かって行く。その途中で勇がある提案を投げかける。

 

 

 

「あ、そうだラウラさん」

 

 

「……何だ?」

 

 

「放課後、僕の部屋で作戦会議しましょう。先ずは作戦内容を予め覚えましょう」

 

 

「……なぜお前の部屋なのだ?」

 

 

「トーナメントでは敵は周囲に居る場合もあります。とどのつまり外で作戦を話せばバレる可能性もある為、関係無い2年の人と同室の僕の部屋なら作戦がバレる可能性も少ない……それでは駄目ですか?」

 

 

「……いや、分かった。その提案を受けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は進み、勇とラウラは約束通り勇の部屋で作戦会議を行う事となった。勇はお得意のノートをその手に持っておらず、完全に自身の脳内計算で作戦を立てていく。

 

 

 

「さて……僕らの作戦ですが、フェンリルのロアーによる牽制からAIC、その後に攻撃という戦術が1つ」

 

 

「待て、先ずはお前のフェンリルの機体性能が分からん。判断材料が無ければ了承せんぞ」

 

 

「ふむ……一理ありますね。フェンリルおいで」

 

 

 

 待機状態のフェンリルが自立稼働し、勇に尻尾を振りながら擦り寄る。

 

 

 

「……1度見たが、本当にこれがISなのか?」

 

 

「αタイプISは特殊が売りですから。フェンリル、機体性能のデータを映して」

 

 

『わふっ』

 

 

 

 フェンリルが座ると両目からホログラム映像が映し出される。その画面にはフェンリルの基本性能、基本装備などが映し出されていた。

 

 

 

「……防御力が薄いな。SEがその分多いが」

 

 

「伸縮性を高めて距離を稼ぐ為、装甲は薄いんですよ。そこら辺はモデルとなった動物に近いんですよね」

 

 

「それで、お前が言っていた装備が……これか。このロアーとやらは威力の調節が可能とあるが?」

 

 

「1度アリーナの放送機器、ISのハイパーセンサーや通信機能諸々の機能を停止。相手の攻撃を逸らせる事も可」

 

 

「ふむ……調節ができるならば、先程の作戦は了承しよう」

 

 

「ありがとうございます。まぁ作戦の1つなので、色々と考えなければなりませんが……問題が」

 

 

 

 ホログラムに映されている映像をスライドさせて別のものに切り替える。今度は一夏とシャルルのペアの対策である。

 

 

 

「織斑一夏……私が倒すべき標的…………!」

 

 

「一夏君は僕が鍛えましたからね。資料通りに何時までも初心者(ルーキー)ではありませんからね」

 

 

「……そうだったな」

 

 

「まぁ一夏君の装備には【雪片弍型】しかありませんが、厄介な単一能力【零落白夜】がありますからね」

 

 

「あのSE無視の力か」

 

 

「まぁ僕が懸念してるのはシャルルさんの方ですけどね」

 

 

 

 今度はシャルルの機体であるラファール……ではなく支給された【ロック鳥】のデータを映す。それを見たラウラは大層驚いていた。

 

 

 

「これは……従来のISの速度を凌駕しているのか!?」

 

 

「降下時の速度は【ハヤブサ】、水平飛行時の速度は【ハイガシラアホウドリ】を参考にしています。そして中でも1番厄介なのが……

 

 

 

 ()()()()の【フクロウ】です」

 

 

 

 【フクロウ】主に夜行性で、ネズミ等を狩る肉食性の猛禽類。このフクロウは音も立てずに獲物を狩ることが出来る。

 

 秘密はフクロウの羽にある無数の突起にある。この羽1枚1枚に突起があり、その突起が羽ばたきによって発生する風の渦を幾つもの小さな渦に変えることで無音飛行を可能としている。

 

 

 このロック鳥にもフクロウの羽の特徴を組み込んでいる。これをハヤブサに当てはめれば、約300kmの速度を無音で降下している事になる。これだけでどれ程の脅威となるかは想像が付く。

 

 

 

「これにより自動的に一夏君はラウラさん、シャルルさんは僕が対応する事になります。しかしシャルルさんが標的を変えてラウラさんに向かう場合も考えられますので、もし狙われた際はなるべく引き付けて瞬時加速で前方に進んで避けてください」

 

 

「後方からの奇襲には?」

 

 

「その場合は一夏君の攻撃を防ぎ嘴に気をつけて上空に逃れて下さい。序にロック鳥の背中に攻撃をお見舞いしても構いません」

 

 

「了解した。他にはあるか?」

 

 

「あとはロック鳥の【メタルウィング】です。フェザーも連続射出で1秒間に5枚発射されますが、メタルウィングはモロに当たればSEが大幅に削れますので。あとメタルウィングを狙って攻撃するより他の場所に攻撃すればダメージは通ります」

 

 

 

 部屋ではあれやこれやと質疑応答が繰り返され、話を終える頃には夜になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【ハヤブサ】──誰もが知る空のハンター。鳥類の中で降下時に最も速い速度を出せる鳥としてギネス記録に認定されている。ギネスでは瞬間最高時速約389kmを叩き出す程の速さ。

【ハイガシラアホウドリ】──水平飛行時の速度が1番速い鳥。その速度は水平飛行時で約129kmである。

【アメリカ・レア】──レアの中では最大種で南米最大の鳥類。成鳥では高さ約1.5m、体重30kgになる。驚異的な免疫システムを体内に持ち、傷付いても急速に回復する力を持つ。ロック鳥の【フェザー】の自動装填は、これを参考にしている。







 次回『カツボウノイシ』


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カツボウノイシ

「では、その配分で先程提示した契約金と月額使用料金で宜しいですね?」

 

 

〔う、うむ……〕

 

 

「あぁそれと、コア本体の事ですが……」

 

 

〔!ど、どうなんだ!?〕

 

 

「……失礼ながら、まだ信頼を寄せるには不十分ですね。今はαタイプISを増やして次の段階に進ませたいので、勿論データが取れた際は我々が製作する()()()()()()を指定数製作して貰う為にコアを譲渡する予定ですが」

 

 

〔そ、そうか…………すまないが、1つ聞いても?〕

 

 

「どうぞ」

 

 

〔そのデータは何時までに取れるのだ?〕

 

 

「……大凡の予測としては、約半年でしょうね」

 

 

〔!?〕

 

 

「勿論これはαタイプIS操縦者のデータが目標に到達、またはそれ以上になればの話ですが。補足しておきますが、αタイプISの譲渡条件は“代表候補生であること”と“αタイプISを家族として見れる者”というのも条件に入っておりますが」

 

 

〔な、成程……。だが何故、代表候補生なのか詳しく聞かせてもらえないか?〕

 

 

「……成長性、というのが1番の理由です」

 

 

〔成長性……?〕

 

 

「ISも成長する事で独自の【フラグメントマップ】を構築し、操縦者に合わせた機体となる。そして候補生という立場はデータの成長性が早く、我々も予想外な事を起こす()()()がある……これでは駄目ですか?(オランダ)政府首相殿」

 

 

〔……いや充分に理解した。我々も、そのデータ採取の手伝いをしたい。構わないか?〕

 

 

「先ずは会社の審査、次に僕と篠ノ之博士の審査を受けなければなりませんが……それでも宜しいと?」

 

 

〔やるだけの価値ならある〕

 

 

「……成程。そうでしたら目処が立ち次第、ご連絡下さい」

 

 

〔!〕

 

 

「では、僕はこれにて」

 

 

〔あ、あぁ。態々夜分にすまなかった〕

 

 

 

 フェンリルに映されたホログラム映像を切る。ラウラとの作戦を相談し終えた時は既に夕食の時間であったので、序でにラウラと夕食を食べたあとフェンリルから連絡が入った。

 

 

 ちょうど勇はこの後寄る予定があったので、ラウラと別れてその部屋で蘭政府首相との対談を行っていた。そしてその対談を終えて、勇は一息ついたあと目の前の()()に向き合う。

 

 

 

「態々すみませんね、()()()()()

 

 

「いえいえ。こんな何も無い場所で良ければ」

 

 

「……このご時世で、お人が宜しい御様子ですね。やはり()()との仲が良いからでしょうか?」

 

 

「そういう貴方は、先の件での活躍は如何なものでしょうか?」

 

 

 

 そこで会話が一時終わる。今勇の目の前に居る男は、このIS学園の学園長である『轡木 十蔵』その人である。

 

 

 同時に勇と1度すれ違った用務員である。

 

 

 この世の中で男が目立つのも不味いので、何時もは轡木の妻が表舞台を立っている。だが勇のコア開発により、そろそろ表舞台に顔を出しても良いかと思案中でもある。

 

 

 その轡木に勇は“とある提案”を持ちかける為に態々訪れた。勿論アポイントメントは取った。勇はフェンリルの量子格納域から纏められた紙束を取り出し、それを轡木に見せる。

 

 

 

「……これは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()を纏めた物です」

 

 

「ほぉ……」

 

 

 

 轡木はその紙束を手に取り、粗方中身を拝見する。その間、勇は計画について話し始める。

 

 

 

「その計画書には

 

【このIS学園の編入試験にあるIS関連以外の指定教科】をクリアした男子学生の編入を進める趣旨です。残念ながら技術科に居る男子学生は対象に入りませんが、指定数が届かなければ技術科からの編入も視野に入れております」

 

 

「ふむ……成程。思い切った事をされますねぇ」

 

 

「そうでもしなければ、です。学園長を訪れたのは、この計画についての()()を聞きたいからです」

 

 

()()?了承ではなくて?」

 

 

「無理やり了承させるのは性分ではないだけです。この計画に難があるのであれば、来年度用の物を提出しますが……どうでしょうか?」

 

 

 

 暫く思案する轡木。聞こえてくるのはフェンリルがソファに座った事で起こる擦れる音のみだが、緊張感は未だ続いている状態である。

 

 

 そんな中、轡木は粗方読み終えた資料を閉じ一息つく。

 

 

 

 

 

 

「……かなり念入りに計画されている御様子ですし、検討はしておきます。但しクラス人数の関係もあるので、暫しお時間を頂ければ」

 

 

「了解しました。フェンリル、行くよ」

 

 

『わふっ』

 

 

 

 勇の膝に顎を置いていたフェンリルは立ち上がり伸びをした後、降りて扉の前まで歩く。勇は轡木から計画書を受け取り一礼をしたあとフェンリルと共に寮へと戻って行った。

 

 

 轡木はソファから立ち上がり、部屋の窓から見える外を覗く。街灯が道を照らし明るさのある光景を見ながら、少し思いつめ、口を開く。

 

 

 

「……緊急職員会議でも開きますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから日付が2回ほど変わった日の昼休み。まだ周囲は慣れない様子を見ているが、本人達は気にせず昼食を摂っている。

 

 

 勇は趣向を変えて定食ではなく、うどんを食している。一方のラウラはオムライスを食していた。

 

 

 

「ふむ、オムライスも美味いな」

 

 

「因みにですが、オムライスは1953年創業の【煉瓦亭】で従業員の“賄い飯”として考案されたのが始まりなんですよ。賄いの割には美味しいですけど」

 

 

「元は賄い、今は日本でポピュラーな料理と。勉強になるな」

 

 

「因みにうどんも日本国内で幾つかの種類に別けられており、地域によって味や具材が違うんですよ。あと日本人は麺を啜る時に音を立てるのが一般的です」

 

 

「麺なのにか?」

 

 

「日本では普通なんですよ。他の国々の方は驚かれますが、ここでは()()()()として認識されるんです」

 

 

「……あとで部隊の皆に日本のマナーを教えとくとするか」

 

 

「是非日本に立ち寄る機会があれば」

 

 

 

 意外にも和やかな雰囲気で食している。ここ3日間はラウラも食堂で勇と隣同士になって日本発祥の料理を食べている姿を確認されている。

 

 

 そして昼食を終えて共にクラスに戻っていくという光景も目撃されている。ラウラが満足気になっている様子を見て勇は少し微笑むが、それをラウラに見られる。

 

 

 

「何だ?その顔は」

 

 

「いえ、嬉しそうな表情をされてるなと。来たばかりの頃はジャックナイフみたいに鋭い印象を受けたんですけどね」

 

 

「そんな感じだったか?」

 

 

「ええ。今じゃプラスチックナイフみたいです」

 

 

「例えが独特で分からん」

 

 

 

 そんな他愛もない話をしていると、突然後ろから声を掛けられ後ろを振り向く2人。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仲が良いな、お前ら」

 

 

「おや、織斑先生」

「教官ッ!?」

 

 

「ボーデヴィッヒ、ここでは先生か教論と呼べ」

 

 

 

 そう言うと織斑千冬は勇の方に視線を移す。

 

 

 

 

 

「すまないが尾崎、少し来てもらえるか?」

 

 

「僕ですか?」

 

 

「場所を移して話がしたい……構わんか?」

 

 

「別に構いませんよ。あ、ラウラさんは先にクラスに戻っていて下さい」

 

 

「……う、うむ。分かった」

 

 

 

 そう伝えるとラウラは先にクラスに戻って行った。勇と千冬は場所を移し人目があまり付かない場所で向かい合う。

 

 

 

「ここ最近、ボーデヴィッヒと行動しているそうだな」

 

 

「まぁペアですし、お互いの事を知ってトーナメントに望むのが最善と考えただけですよ」

 

 

「そうか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボーデヴィッヒの事、感謝している」

 

 

「……はて、僕は利益になる行動をしているだけなんですが?」

 

 

「そう謙遜するな。お前とボーデヴィッヒが組んでくれて、ありがたいと思っているんだ」

 

 

「…………そうですか」

 

 

 

 勇が返事に困る理由は幾つかある。先に篠ノ之束にラウラの経歴を勝手に教えられたが、彼女は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)】であるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1人クラスに戻っていくラウラは、先程から感じる妙な感覚について考えていた。

 

 

 

 ━━━これは……何だ?何か足りない……のか?

 

 

 ━━━分からん。……だが、この感覚は何だ?

 

 

 ━━━あのコア開発者と離れた途端に感じた妙な感覚は何だ?

 

 

 ━━━……駄目だ、検討もつかん。だが…………

 

 

 ━━━…………足りない。一体何が?

 

 

 

 しかしラウラは、そんな考えを止めようと皮肉の混じった笑みを浮かべる。

 

 

 

 ━━━……驚いたな、()()である私が悩むなど。

 

 

 ━━━らしくないな。

 

 

 

 彼女は、生まれながらに軍の兵器として育てられた存在である。故にその思考は兵器としての思考、人間としての思考を捨てたと思い込んでいる。

 

 

 だが、今感じている感覚は()()として感じるものではなかった。それをまだラウラは知らない。

 

 

 

 ━━━そもそも、あのコア開発者と組んだのは国の為。分かっている筈だ。

 

 

 ━━━……分かっている、筈だが

 

 

 

 

 

 

 ━━━なぜアイツの笑顔ばかり思い浮かぶ?

 

 

 ━━━いや、ここ最近見せられているからだが……

 

 

 ━━━なぜアイツの笑顔で落ち着くのだ?

 

 

 ━━━……段々分からなくなってきたな。

 

 

 ━━━それに……あの時教官と話をすると聞かれた時

 

 

 ━━━なぜ、胸が締めつけられた?

 

 

 

 まだ、()()は心を知らない。皮肉な事に()()()の方が余程心というものを理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして幾ばくか過ぎて、トーナメント当日。訪れてくる各国要人や企業関係者を来賓石に案内する生徒達がそこには居た。勿論、有名になった明石重工の社長やデュノア社社長のアルベールと社長夫人のロゼンタも訪れている。

 

 

 そして意外や意外。準備中の生徒達の中に紛れる特徴的な髪色の持ち主が……

 

 

 

「へーいユウくーん!束さんがk」

「ふんっ!」

 

 

 

 やって来た【不思議の国のアリス】の様な服装の『篠ノ之束』が勇の元に訪れたが、おもいっきり鳩尾を殴り膝を着かせる勇であった。周囲は篠ノ之束の登場に困惑している。

 

 

 

「あ……相変わらず、ハードな……愛…………だね」

 

 

「その口黙らせますよ兎、また何時もの如くなりたいんですか?」

 

 

 

 この騒ぎを聴きつけた織斑千冬と篠ノ之箒が駆けつけて来た。やはり2人も余程困惑している御様子。

 

 

 

「束……!」「姉さん……!」

 

 

「おー……ちーちゃん、箒ちゃん。ちょうど良かった、たs」

「あ、すいません。害獣が出たので処理お願いします」

「害獣呼ばわりされた!?」

 

 

 

 束の首根っこを鷲掴み、2人に差し出したあと勇は唐木の元に向かう。

 

 

 

「唐木さん」

 

 

「おぉ、勇君」

 

 

 

 気さくに手を挙げて応える唐木。

 

 

 

「どうです?人員関係の方は」

 

 

「男女問わず多く来てるよ。全部雇用するなら子会社作らなきゃ」

 

 

「ま、全部は無理ですね。それでも良い兆候じゃないですか」

 

 

「あ、技術者志望の人も居るけど……どうする」

 

 

「ふむ……検討はします」

 

 

 

 

 

 

「ところで、学園生活はどう?」

 

 

「……僕がこの学園をどう思ってるか、知ってる筈ですよね?」

 

 

「まぁまぁ、それは抜きにして。友達連れてきたよね?」

 

 

「…………少し準備に入ります」

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

 

 勇は一息ついて向かって行く。しかし表情は何処か優れない、というより少しだけ表情が険しくなっている。

 

 

 

「…………まだ、か。

 

 

 

 まだ赦してないのね、()()を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、シャルルは父であるアルベールと義母であるロゼンタと会っている。その3人から会話という会話は殆どなく、強いて言えば戸惑いながら挨拶をした程度である。

 

 

 

「………………」

 

 

「………………」

「………………」

 

 

 

 この空気感の中分かった事は、3人とも何か話すことが見つからない不器用な者であること。そんな空気を察した様にロック鳥がSDモードになって現れる。

 

 

 

『キューイ!』

 

 

「うわっ!……って、何で?」

 

 

『キューイ』

 

 

「これは……珍しいな。ISが自動で自立稼働をするなんて」

 

 

『キュー』

 

 

 

 翼を広げて鳥特有の羽ばたきをして上昇すると、アルベールの肩に乗った。首を動かしてアルベール、ロゼンタ、シャルルを見て再度飛び立つ。それらを繰り返していく内に、少しずつではあるが雰囲気が良くなっている。

 

 

 

「おーい、シャルルー」

 

 

「あ、そろそろ……か」

 

 

『キューイ』

 

 

 

 ロック鳥が待機状態に戻り、シャルルは一夏の元に行こうとしたが歩みを止めて2人に向き合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきます。()()()()()()()()

 

 

「!?」「!?」

 

 

 

 そのまま一夏の元へと向かう。未だ驚愕している2人ではあったが、ロゼンタが涙を流しアルベールに寄りかかる。

 

 

 その涙は脆く、儚く、美しい()()の流すものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピット内で勇はフェンリルを撫でて、フェンリルの様子を観察している。尻尾を振っている辺り、そこは犬に似ている。

 

 

 そんな中、勇は思案している。

 

 

 

「……なぁ、フェンリル。僕さ」

 

 

『わぅ』

 

 

「───いや、今は

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に集中しようか。フェンリル」

 

 

『わんっ』

 

 

 

 フェンリルが自動的に待機状態になり、勇はフェンリルを装着する。ラウラと共にアリーナへと向かい、目の前の対戦相手を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『一夏、SEに気を付けて勝とう。勇もラウラも厄介だからさ』」

 

 

「分かってる!」

 

 

 

 

 

 

「『作戦通り、気ぃつけろよ』」

 

 

「あぁ。お前が負ければロック鳥の対処が難しくなるからな」

 

 

「『俺かよ』」

 

 

 

 

 

 

 

 織斑一夏&シャルル・デュノア

 

     VS

 

 尾崎勇&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

 

 

 

 

 

 獣と獣、人間と人間の対決が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───あー……いったい。鳩尾痛い

───束……なぜ此処に来ている?姿を現して大丈夫なのか?

───おっ?ちーちゃんが心配してくれてる!?

───話をはぐらかすな馬鹿者。

───冗談通じないなぁ。もー……姿の方は別に?ユウ君が今は対応するし、他の奴等も私よりユウ君の方が話し合いの余地があるからさ。

───……もう1つ聞こう。先程から言っている

───ユウ君のこと?そりゃ勿論(いさみ)の字が(ゆう)って読めるしね。

───あぁ、昔は有象無象とか言って興味無さげな態度を露わにする筈だったのだがな。

───……そうだね、うん。










───……はぁ。

───どうされました?唐木社長

───あぁ、アルベールさん。いえね、勇君のことで……

───彼が、何か?

───いや、勇君はこのままで良いのかって。彼もまだ16ですよ?

───はぁ。

───彼も色恋の1つや2つしてくれたら良いんですけど……中々上手くいかなくて。

───なぜ彼に色恋を?利益的に考えれば確かに伴侶となる人は必要になるのですが……

───それさえも作ろうとしなんです。だから無理矢理にでも…………あっ。

───何か、思いついた事でも?

───いや、どうせなら企業間の政略結婚という建前でデュノアちゃんを

───何て事考えてるんですか貴女は!?










 次回『バケモノノシンイ』


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バケモノノシンイ

 観客が最も期待しており

 

 

 最も予想が付かず

 

 

 誰もが獣の性能を低く見ている。

 

 

 そんな予想はすぐに裏切られる事になるが

 

 

 それでも尚、人間が全てを()()していると勘違いしている者達は

 

 

 これから起こる人智を越えた戦いを知らない。

 

 

 いや、考えもしないのだ。

 

 

 ()()()()というのを見誤っているのだ。

 

 

 今から行われるのはトーナメント(お遊び)という生易しいものでは無く、

 

 

 トーナメント(生存競争)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブーッ!

 

 

 合図が、戦いの宴が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「『キューイ(先手必勝)』」

 

 

 

 開始と同時にロック鳥が浮遊し、そのままフェザーを数十枚ほど射出する。

 

 

 

「行くぜぇッ!」

 

 

 

 僅かなタイムラグを駆使し、一夏がフェザーを追い越さない様に速度を保ちつつフェンリルとラウラに向かう。

 

 

 ラウラは前、フェンリルは後ろというように並んでいる。しかし前衛であるラウラは動こうとはしなかった。

 

 

 何かがおかしいと、直感で悟ったのはシャルルであった。

 

 

 

「『一夏下がって!』」

 

 

「シャルル!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『もう0.5秒速く行動しろ、馬夏』」

 

 

 

 後衛に居るフェンリルがラウラを飛び越えて前衛に躍り出たのち、瞬時に口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ウォオオオオオオオオオオオオオオン!』」

 

 

「がッ!?」

 

 

 

 フェンリルのロアーが炸裂。フェザーがフェンリルのロアーによって逸れると同時にラウラがフェンリルの横に立ち、一瞬の隙を突かれた一夏をAICで拘束する。

 

 

 

「体が……!動かねぇ…………!」

 

 

「『間髪入れずに!』」

 

 

 

 フェンリルの尻尾からミサイルが7つ発射される。動けない一夏は、格好の的である。

 

 

 だが上空からのフェザーにミサイルを衝突、または軌道を逸らされる。すぐに上を見ると既にスパイクレッグで捕らえるモーションに入っていた。

 

 

 

「『退避ッ!』」

 

 

「ぐっ!」

 

 

 

 お互い瞬時加速を利用しロック鳥の下を通り抜ける様に回避するが、その先にはAICから解放された一夏が待ち構えている。

 

 

 

「貰った!」

「甘いッ!」

 

 

 

 左肩のレールカノンから実弾を発射させると、一夏は振り上げた状態から即座に回避し構えたまま2人を確認する。シャルルは上空から見下ろして確認している。

 

 

 勇とラウラが互いに後ろを守る様に立ち個人回線(プライベート・チャンネル)で会話する。

 

 

 

「『んじゃあ手筈通り』」

 

 

「これで漸く……1vs1か」

 

 

「『……目の前にだけ集中はするな。もっと多くを見ろ、お前の弱点はそこだ』」

 

 

 

 フェンリルが飛び立ち、ロック鳥に迫る。フェンリルの毛が大きな螺旋状の渦を描き1つに収束される。グレイプニール(魔狼を封印した糸)のドリルは、フェンリルが回転しながら前身することで威力のある()()となった。

 

 

 しかしロック鳥の速度を侮るなかれ。瞬時加速を使わずとも、その速度は従来のISよりもフェンリルよりも素早い。その攻撃を横に避けアリーナを周回しながら勇に迫る。

 

 

 その時間、僅か6秒であった。

 

 

 

「『フェンリル行くぞ!』」

 

 

 

 応えはしない。何故ならばフェンリルを装着しているのだから。だがフェンリルは、応える様に赤い目を光らせた。

 

 

 瞬時加速でフェンリルは地面ギリギリに降下して避け、ロック鳥との距離を離す為に速度を出して飛行する。四足歩行する動物が走る様に地面から僅かに浮いて走っていく。

 

 

 

「『逃がすワケ……ないでしょ!』」

 

 

「『だよなぁ!』」

 

 

 

 ロック鳥が有り得ない速度で迫る。普通に速度を出そうが、瞬時加速を混じえて速度を稼ごうがフェンリルとロック鳥の差は埋まらない。

 

 

 ロック鳥のスピアビルがフェンリルに迫る。大きく口を開けて捉えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、フェンリルの速度が上昇した。それだけに留まらず、フェンリルの最大速度を超過した速度を維持し続けていた。

 

 

 

「『!瞬時加速を……何度も!?』」

 

 

「『余所見すんじゃねぇ!』」

 

 

「『ッ!?』」

 

 

 

 フェンリルはその尻尾の性能を駆使し直角に曲がり続け、翼を掻い潜りロック鳥の背後を取る。先程の技術で漸くフェンリルがロック鳥に追い付いた。

 

 

 フェンリルの背中に【ブーストアタッカー】が装着されると、背中の2門の加速装置が火を噴きフェンリルはロック鳥の背中に噛み付いた。

 

 

 

「『うわっ!……って、このままじゃSEが!』」

 

 

「『追い討ち掛けて……グレイプニール!』」

 

 

 

 グレイプニールがロック鳥の体に纏わり付きフェンリルを固定させる。これでは逃れようが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『なーんてねっ!』」

 

 

「『ッ!うおっ!?』」

 

 

 

 だがロック鳥は左回転、右回転としながらアリーナを悠々と飛び回っていく。幾ら固定されているとはいえ、回転されて拘束が徐々に解けていく。フェンリルも噛み付く力を強めるが、先程の連続瞬時加速の影響がここで発生する。

 

 

 

〔残りSE、300を切りました〕

 

 

「『チィ!もうか!』」

 

 

 

 フェンリルのSEは満タンにすると850ほど。しかし先程の加速のしすぎも相まってSEが大量消費されたのだ。加えてフェンリルの噛み付く力にもSEは徐々に消費量を増やしながら減っていた為、ここで残り少なくなった。

 

 

 フェンリルはロック鳥の回転時に口を開いて背中から落ちる。すかさずグレイプニールで支え体勢を立て直し、浮遊しているロック鳥を見上げる。ロック鳥は襲いかからない。まるで獲物の様子を確認しているかの如く。

 

 

 

「『おいデュノア、お前1週間でここまで伸ばすか?普通よ』」

 

 

「『相性が良かっただけだよ。ロック鳥に乗って飛んでいる時だけは夢中になって、気が付いたらさ』」

 

 

「『……良いねぇ。やっぱロック鳥とお前は()()()()()()()()だ!渡して正解だったぜ!』」

 

 

 

 フェンリルとロック鳥は睨み合う。お互いが獲物として認識し、1匹と1羽の狩人として認識している故に迂闊に手が出せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

 

 それを中断させる咆哮が、アリーナに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリルがロック鳥に迫り飛び立った時、ラウラも一夏に向かってワイヤーブレードを射出させる。

 

 

 

「危ねッ!」

 

 

 

 一夏はそれを避けきるが、ワイヤーによる移動でラウラが接近し、すれ違いざまにプラズマ手刀を叩き込む。雪片弍型で防ぐ一夏を尻目にワイヤーが巻き終わると瞬時に振り返りレールカノンから実弾を放つ。

 

 

 咄嗟に地面を転がりつつ避けるも、今度はプラズマ手刀が迫り雪片弍型で受け止める。

 

 

 

「ほぉ……、あのコア開発者が鍛えただけの事はあるな」

 

 

「そりゃどうも……!全然嬉しくねぇけど……なっ!」

 

 

 

 一夏は雪片弍型にエネルギーを纏わせる。慌ててラウラはバックステップで距離を取った為あの反則級能力の【零落白夜】の効果は無かったものの、防御状態で使ってくることを予想だにしなかった。

 

 

 一夏は能力を解除し、雪片弍型を構える

 

 

 

「頭使って漸く思いついた()()()()()だったけどよ、早く使う事になるなんて思ってなかったぜ」

 

 

「ふん……だが所詮、この私の敵では無い。負けるのはお前だ」

 

 

 

 ラウラはAICを発動させる為に右手を翳そうとした。

 

 

 

 

 

 

「待ってました!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 一夏は雪片弍型で地面を叩きつけて土煙を起こす。突如としてされた妨害行動に、咄嗟に右手を戻して守った。だが、それが命取りであった。

 

 

 

「はあっ!」

 

 

「!ぐあっ!」

 

 

 

 一夏は土煙で目眩ましをすると、すぐに場所を移動し横から零落白夜を纏った雪片弍型で左下から右上へと斬る。一夏からしてみれば()()()()として認識される筈だが、今回はそれを使っている。

 

 

 SEが大幅に削られたラウラは視線を一夏へと向けたまま距離を取り、相対(あいたい)した。

 

 

 

「くそっ……!まさか、お前の様な奴に……!」

 

 

「悪いけど、俺だって成長してるんだよ。流石に使う気にはならなかったけどよ、言ってたんだよ勇が。

 

 

 これは1つの【知恵】として使われるし、

 

 

 自分が生き残る為の()()なんだって」

 

 

「それが……どうしたというのだ…………!?」

 

 

 

 

 

 

 

「例えどんな奴が相手でも!俺は戦いで勝つ!勝つために()()を続ける!」

 

 

 

 一夏がラウラに迫る。その雪片弍型にはエネルギーが纏われており、完全に仕留めようとする気で振るうつもりだ。

 

 

 その間、ラウラの時間感覚は遅く感じていた。これは自分が死ぬ瞬間に極限にまで集中力が研ぎ澄まされ、見える景色が全て遅くなる様に感じる状態に似ている。

 

 

 そこでラウラは、残りSEが100を切ったこの絶望的状況を考えていた。

 

 

 

 

 

 ━━━負ける?……この私が?

 

 

 ━━━あの……教官の汚点に?

 

 

 ━━━あの様な奴に、私は負けるのか?

 

 

 ━━━…………納得がいかん。何故だ?

 

 

 ━━━なぜ私は押されていた!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───目の前にだけ集中はするな。もっと多くを見ろ、お前の弱点はそこだ。

 

 

 

 

 ふと浮かんだ勇の忠告。それを懐かしむ様にラウラは色んな記憶が思い出される。

 

 

 

 

 ━━━……アイツか?なぜ?

 

 

 ━━━…………何だ?これは。

 

 

 ━━━暖かい……な。不要な思い出まで思いだすとは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ラウラさん、この作戦ですが

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━……………………

 

 

 

 

 

 

 

 ───ラウラさん、今日の昼食どうされます?

 

 

 

 

 

 

 ━━━…………た……なぃ

 

 

 

 

 

 

 ───ラウラさん、トーナメント頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 ━━━負けたく……ない!

 

 

 

 

 ━━━この状況を打開できる()が欲しい!

 

 

 ━━━せめて……せめてアイツの!

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━アイツの期待だけは応えたい!

 

 

 ━━━何でも良い!寄越せ!力を!打開できる力を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔力ヲ望ンダカ?欲シイカ?()()()()?〕

 

 

 

 

 

 

 ━━━勝つ為に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻る。一夏の目の前に居るラウラは、咆哮をあげながら機体をおぞましく変化させていた。

 

 

 機体はドロドロとしたスライム状の物体から、徐々にラウラの体を包み込み覆い隠す。

 

 

 そうして現れたのは、全身装甲(フルフェイス)の機体。あらゆる装甲が黒く染まり不気味さを醸し出している。

 

 

 そして握られている武器

 

 

 嘗てモンド・グロッソで世界最強と名を馳せた織斑千冬が使用した武器

 

 

 

 

 

 【雪片】を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それは…………ッ!?」

 

 

 

 それを見た途端、一夏は驚きに包まれた。それを狙っての行動か、()()()()()()()()の動作で雪片にエネルギーを纏わせて振るった。

 

 

 間一髪の所で雪片弍型で防御した一夏だが、その威力は先程の比にならない程の力強さであった。これで一夏のSEが大幅に削れた。

 

 

 

「がっ!?」

 

 

 

 吹き飛ばされ、地面に倒れ伏せる一夏。しかし……

 

 

 

 

 

 

「……ぇせ…………」

 

 

 

 一夏は立ち上がり雪片弍型を握る力を込める。

 

 

 

「返せ…………それは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千冬姉の剣だアアアアアア!」

 

 

 

 激情した一夏は激変したラウラに向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそれを阻むが如く、何処からともなく()が2人に襲いかかる。咄嗟に後ろに下がって避けた2人は氷の発生源を見た。

 

 

 

 

 

 

「『………………』」

 

 

 

 勇であった。フェンリルの前足から氷が発生し、地面を伝わって2人の間に氷の壁を作らせたのだ。

 

 

 

「勇…………何で………………何で止めた?」

 

 

「『……………』」

 

 

「ッ……!何か言えよ!勇!」

 

 

 

 

 

 

 

「『デュノア、足止め頼んだ』」

「『了解』」

 

 

「なっ……シャルル!?」

 

 

 

 シャルルはロック鳥の足で一夏を捕らえて上空に逃げる。一夏は掴まれた状態で暴れるが、鳥の中には自分の体重の3倍もの重さの獲物を持っていく鳥も居る。つまりは逃げる事はできない。

 

 

 

「シャルル降ろせ!あれは千冬姉の剣なんだ!あれは俺がやらなきゃいけないんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『じゃあ人の命とお姉さんの剣、どっちが大事?』」

 

 

「……こんな時に何を言って!?」

 

 

「『応えて、一夏』」

 

 

 

 シャルルから出された声は、厳しさが混じったものであった。まるで親と子の地位を分からせる様に。

 

 

 

「ッ……そんなの、どっちも大切だ!」

「『じゃあ何で命を優先しないの?おかしいよね?』」

 

 

「ッ……!」

 

 

「『一夏、君が織斑先生の事を大切に思う気持ちは分からないでもないよ。でも、それで多くの人が傷付いてしまう事の方が問題だと思う』」

 

 

「……………!」

「『……どうやら冷めた様だね、一夏』」

 

 

「……勇は、何をするつもりだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ラウラを()()()ってさ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『……なぁ、ラウラ』」

 

 

 

 目の前で相対する機体からは、何も応えない。

 

 

 

「『……分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 なら、お前を救った後に説教してやる!』」

 

 

 

 機体がフェンリルに迫る。対しフェンリルは瞬時加速で右前足のクローを振るうが雪片で止められる。

 

 

 

 

 

 

 刹那、機体が()()()。その機体は動きを止め、地面にそのままの体勢で仰向けに倒れた。

 

 

 フェンリルは凍らせた機体の装甲を剥ぎ取り、中のラウラをグレイプニールで取り出し背中に乗せた。

 

 

 左前足のクローで中身の無い機体を斬りつける。すると凍結は徐々に消えていくが、勇は間髪入れずに右前足のクローを機体に突き刺した。

 

 

 中身の無い機体のSEが無くなり、動きが止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───発動しちまったか、あれ。

───システム的にオンオフできる生体リンクシステムの方がまだ良いわ。というより気持ち悪いわね。

───只今帰った。

───おぉM、お疲れさん。

───それで、成果は?

───“あれ”の証拠と作った研究所。1発本気で撃ち込んだら建物ごと壊れた。

───……やっぱエグイな、お前の【バハムート】。

───後始末はした。映像記録も生き残りの証言も無い。

───そう……なら、今度は備えておきましょう?そろそろ動き出すわ。

───分かった。

───了解した。









 次回『ツメタイココロ』


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ツメタイココロ

 今は昔、といっても長くも無く短くも無いほどの昔。1つの家族がありました。

 

 

 その家族には父と母、兄と弟が居ました。

 

 

 父と母は共働きで帰ってくるのは遅いものの、家族との時間は必ず作るのが基本の2人。

 

 

 兄は6つ離れていましたが、両親の優しさを受け継いだかの様な優しさを持っていました。

 

 

 そこに無邪気な弟が加わり、その家族は幸せな日々を送っていました。

 

 

 しかし、その家族の絆を引き裂く出来事が起きました。家が火事になり、生き残ったのが弟だけになってしまったのです。

 

 

 残された弟は母の知り合いの夫婦に預けられましたが、元の姓を捨てる事をしませんでした。戸籍上はその夫婦の姓でしたが、彼は頑なに元の姓しか名乗りませんでした。

 

 

 彼はちょうどその頃、小学1年生でした。家族を失った痛みが大きかった彼は同級生や担任に心配され、声を掛けられる事が多々ありました。

 

 

 そう心配までしてくれている存在が居たから、彼は()()()()()()()()()()

 

 

 ですが、人間には悪意を持った考えを持つ者も居ました。だからこそ彼は人間を()()()()()()なりました。

 

 

 幼かった少年は、この2つの思いに迷ってしまいました。

 

 

 人間を信じたい。でも信じられない。

 

 

 どちらの考えに着こうか、迷ってしまったのです。

 

 

 そうして彼は迷い続けて、そのうち心が冷たくなって。何時しか1人を望みました。

 

 

 ですが1人になろうとも、彼を支えてくれる人は居ました。それでも彼は2つの思いに葛藤していたので、彼の心の氷が溶かされる事はありませんでした。

 

 

 そうして4年の月日が経った頃、少年は()()()()()()を体験する事となりました。

 

 

 

 

 

 

 少年は狼と出会い、狼は少年を守る為に自ら1人になりました。

 

 

 狼は少年を主と認め、少年は狼を家族として認めたところから不思議な生活は始まりました。

 

 

 狼は少年を乗せて駆け巡り、少年は狼となって風を感じながら駆けていました。

 

 

 そして少年と狼が出会った際、少年は眠っていた能力を解放させ知識を取り込みました。

 

 

 そこから少年の心は徐々に狼に対してだけ暖かさを取り戻していきました。ですが未だに2つの思いの葛藤だけはありました。

 

 

 少年は狼となり、人狼となり、人と狼と分かれたりと決意を決めていく内に人の形を持った()()()としての存在に成り下がっていきました。

 

 

 そうして少年と狼が出会ってから5年の月日が経った時、少年は狼から狼の心臓の秘密を知りました。

 

 

 その心臓の秘密を知った彼は、新たな心臓を作りました。その心臓に、狼が既に持っていた心臓の()()を移し狼に渡しました。

 

 

 狼は魔狼の称号と魔狼としての存在を手に入れました。しかし魔狼になったとしても、少年との生活の記憶は残されており少年に服従を誓いました。

 

 

 そうして彼は次の日、世界を変えた兎と出会いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルコールの匂いが鼻に伝わり始めた頃、少女は目を覚ます。白い天井を視界に捉え、ここが何処なのか理解しようと思考する。

 

 

 

「目が覚めたか」

 

 

「……教官」

 

 

 

 少女、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』は体を起こし何故ここに居るのかを考えた。

 

 

 

「教官……私は…………」

 

 

「あまり怪我も無く済んだ。尾崎に感謝しておくんだな」

 

 

「尾崎……あのコア開発者が?」

 

 

「……お前をフェンリルの単一能力で救い出したんだ。そして医務室に運んでいったのもアイツだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「教官、あの時……何が…………?」

 

 

 

 そうラウラは問い、織斑千冬は少し息を吐きながらも念を押しつつ事実を伝えた。

 

 

VT(ヴァルキリー・トレース)システム】。過去にモンド・グロッソの各部門で優勝した搭乗者の動きを再現させるシステムであり、それがラウラの機体である【シュヴァルツア・レーゲン】に組み込まれていた。

 

 

 このVTシステムは全ての国家や企業、組織において開発や研究などは禁止されている。そして今回のVTシステムは巧妙に隠蔽されており、負の感情をトリガーとして発動したのだ。

 

 

 現在はドイツ軍にその件を問い合わせており、近い内に委員会の審査が入るとのこと。だがそんな事よりも、ラウラはある事を気にしていた。

 

 

 

「……情けない

 

 

 

 自分への不甲斐なさであった。あの時力を求めていなければ、こうはならなかっただろうと。自身の心の弱さを嘆いていた。

 

 

 その小さな一言を聞き逃さなかった織斑千冬は、ラウラの頭を軽く叩く。その手に気付くラウラは織斑千冬を見て疑問符を浮かべる。

 

 

 

「……教官?」

 

 

「…………ボーデヴィッヒ、先程のでお前が何を思ったのかは知らん。だがそう自分を責めるな」

 

 

「ッ……!しかし!」

 

 

 

 その話の中、医務室の扉が開かれる。こんな時に来る者が誰か気になったラウラは扉の方に視線を向ける。

 

 

 

「っあ…………」

 

 

「……ラウラさん?」

 

 

 

 尾崎勇であった。傍らにはフェンリルが自立稼働状態で付き添っており、そのフェンリルはラウラを見ると尻尾を振って近付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし先に勇が向かい、ラウラを自身に抱き寄せた。

 

 

 

「なっ………………!?」

 

 

 

 突然の事にラウラは驚いたが、耳から聞こえる勇の涙が入り混じった声が聞こえると冷静さを取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かった……!本当に…………良かった……!無事で……!いてくれた……!」

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 抱きしめ涙を流し続けた、まるで愛おしむ様に。勇は素早く離れて早口で捲し立ててラウラに尋ねた。

 

 

 

「あっ……!ラウラさん大丈夫でしたか!?他に傷はありませんか!?何処か冷たい所はありませんか!?体に不調とかは!」

「落ち着け」

 

 

 

 織斑千冬から勇の頭に制裁が入る。勇は頭を抑えてラウラから離れた。

 

 

 

「あっ……」

 

 

「……ボーデヴィッヒ、こうして心配してくれる奴が居るんだ。過去を責めても意味が無いぞ」

 

 

「…………!」

 

 

 

 頭を抑えている勇は苦痛の表情を浮かべているものの、何処か安堵している様子を見せている。そんな勇に視線を向け、ラウラは尋ねた。

 

 

 

「……何で、そこまでする?」

 

 

「つつつ……決まってますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴女は()()なんですから、()()だから守るんです。

 

 

 貴女が自分を機械と言おうが何と言おうが、僕は貴女を人間だと認識しているから。

 

 

 だから、助けるんです。それ以外に理由なんてありませんよ」

 

 

「……私が、人間?」

 

 

 

 機械(兵器)として育てられたラウラは勇に人間だと言わせた。人間に変わりないと言わせた。それだけで助けたのだ。

 

 

 たったそれだけの理由で助けたという勇には、驚きを通り越して呆れるしかなかった。次第にラウラにも笑みが浮かんでいった。

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 

 続いて織斑千冬がラウラを呼ぶ。ラウラは顔を向け視線を合わせ応える。

 

 

 

「はい」

 

 

「お前は、誰だ?」

 

 

 

 たったそれだけの質問。名前を尋ねただけだが、ラウラは勇の方に向き笑みを浮かべて織斑千冬に向かって言う。

 

 

 

「私は……ラウラ・ボーデヴィッヒです」

 

 

「それで良い。あとはしっかり休め、ラウラ」

 

 

「ラウラさん、また明日会いましょう!」

 

 

 

 嬉しそうな表情を浮かべていた勇は少し名残惜しそうに医務室を後にし、織斑千冬も医務室から退室する。

 

 

 残されたラウラは誰も居ない医務室で先程の勇の行動を思い出していた。だが思い出すと何故か顔が紅潮して熱を帯び、慌てふためいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇はフェンリルのホログラム機能を使って何かを確認していた。真剣な表情で見つめている勇は、1人部屋で静かに怒りに燃えていた。

 

 

 ホログラムを閉じるとフェンリルを待機状態にさせ溜息をつく。顔を両手で抑えて、瞼は開いたままの状態で何かを考えていた。

 

 

 次第に瞼を閉じて顔を左右に振ると、着替えとタオルを持って漸く男子にも使える様になった大浴場に向かっていく。

 

 

 脱衣場前に入るとシャルルがそこには居た。

 

 

 

「シャルルさん」

 

 

「ふひっ!?……って、何だ勇か」

 

 

「ふふっ、驚かせて申し訳ありません。では僕は」

 

 

「あ、うん。わかった」

 

 

 

 勇は脱衣場に入ると服を脱ぎロッカーに入れた後、タオルを持って大浴場に入る。

 

 

 

「ん、おー勇。遅かったな」

 

 

「お早いですね一夏君」

 

 

「まぁ楽しみだったというか……な?」

 

 

「成程」

 

 

 

 勇はシャワーを浴びて髪を後ろに集めた後、先にシャンプーで髪を洗う。

 

 

 

「あ、勇。俺先出るわ」

 

 

「分かりました」

 

 

 

 一夏は大浴場から退出し勇は念入りに髪を洗い続ける。そのあとシャワーで流したあと、髪を後ろに纏めて体を洗おうとした。

 

 

 

 

 

 

 

「お、お邪魔しま〜す……」

 

 

「…………なぜ来たんですか」

 

 

 

 何故か勇の耳にはシャルルの声が聞こえた。幻聴だと思いたかったらしいが、足音が勇の近くまで聞こえ勇の真後ろで止まった。つまりは後ろに居ることになる。

 

 

 

「えっと……お礼がしたくて」

「何のです?」

 

 

「ボクを助けてくれた……お礼。駄目かな?」

 

 

 

 勇は深く息をつき額を抑えながらも応えた。

 

 

 

「……分かりました。気の済むまでどうぞ」

 

 

「うん、ありがと。じゃあ……体、洗わせて」

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 シャルルは勇からボディーソープを受け取り、勇の体を洗う。勇の背は一夏と同じぐらいであるもののが、一夏よりは引き締まった筋肉がある為か洗われている感覚が直に伝わる。

 

 

 

「……凄いね、体」

 

 

「鍛えてますからね」

 

 

 

 少しばかり不機嫌そうな勇は息をつき、シャルルに本名で尋ねる。

 

 

 

「シャルル……いえ、シャルロットさん」

 

 

「な、何かな?」

 

 

何故(なにゆえ)この様な事を?普通男女がこの様な場所で一緒になるのは抵抗がある筈ですよ?」

 

 

「……バカ

 

 

「はい?」

 

 

「何でもないよっ」

 

 

 

 女心を分からない。いや先程の発言自体は聞こえているのだ、勇はそこから真意が分からない。いや……

 

 

()()()()()()()()という方が正しい。

 

 

 その後、風呂に2人で入り落ち着いた所でシャルロットが勇に向かって言う。

 

 

 

「……勇」

 

 

「何です?」

 

 

「……本当に、ありがとう。助けてくれた事も、お父さんとお母さんの優しさに気づかせてくれたのも……全部勇のおかげだから」

 

 

「…………何か勘違いされている様なので言っておきます」

 

 

 

 勇は立ち上がって風呂から出ていく際、シャルロットに言う。

 

 

 

「僕は利益に不利を感じたから貴女を利用しただけです。

 

 

 貴女は助けられたことを結果というなら、僕は助けた覚えはありません。

 

 

 貴女達を利用したに過ぎないのですから」

 

 

 

 残されたシャルロットは、その言葉を聞いて1つだけ考えていた。

 

 

 

 ━━━…………嘘つき。本当は優しいクセに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜、勇は寝ていた。もう1つのベッドには楯無が寝ている。勇に対する処置の役割としての対策である。

 

 

 そんな部屋に1つの物音が聞こえた。しかし楯無は何故か気付かず、その音を聞けたのは勇だけであった。

 

 

 ゆっくりと扉が開かれる音が聞こえたかと思うと、今度は扉を閉めてカーペットと何かが擦れる音が聞こえる。

 

 

 勇は何者かと思い匂いを嗅ぐと、火薬と硝煙の匂いに紛れて女子特有の匂いが鼻をくすぐる。これらから予想されるのは……

 

 

 

ラウラさん?」

 

 

「!お、起きてたのか?」

 

 

「いえ起きました。音がしたんで」

 

 

 

 驚いていたままのラウラであったが、何故かラウラは勇のベッドに入りこもうとしている。

 

 

 

「……あの、ラウラさん」

 

 

「何だ?」

 

 

「…………何故に裸で?」

 

 

 

 そう、勇が分かったことの中にラウラが裸であるということが含まれている。それを知っていたが、なぜ裸なのか理解できなかった。因みに勇は無理やり入ってくるラウラの為に場所を作る為に後ろに下がっていた。

 

 

 

「?夫婦なら、これが普通だと聞いたが」

「今すぐその知識を捨てて下さい。というより夫婦ってなんですか?」

 

 

「な、なぁ。名前で呼んでも良いか?」

「別に構いませんが何故夫婦なのか詳しく教えて貰っていいですか?」

 

 

「何故?私が勇を嫁と認めたからだ」

「納得いきませんし意味が分かりません」

 

 

 

 溜息をついて疲れた様子を見せる勇は、呆れた様子で今の時刻を確認するとベッドで横になる。

 

 

 

「む、もう寝るのか?」

 

 

「まだ午前1時です。もうこのままで良いので早く寝ましょう、話は朝になってからで」

 

 

「分かった。いい夢を見るんだぞ、勇」

 

 

「……おやすみなさい、ラウラさん」

 

 

 

 勇は瞼を閉じてから僅かで夢の中に入った。ラウラは勇に寄り添い密着して寝ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───いい夢、か。毎度の事、それだけを見る事ができるなら、どれほど良いか。

 

 

 ───主よ、深層意識に居るところ悪いが。

 

 

 ───分かってる。そろそろ始まるんだよね?

 

 

 ───うむ。スコールから私に連絡が来た、『依頼が来た』とだけ

 

 

 ───そっか……始まるのか…………

 

 

 

 

 

 

 終末の戦争(ラグナロク・ウォー)が。

 

 

 

 

 

 

 

 




───……さて、いよいよね。全員準備は良い?

───全員OKらしいぜ、スコール

───【バハムート】も調子が良い。久々に暴れられるから

───あくまでも殺しは無しよ

───理解はしている。だな?

━━━グォォオ









───この戦争の勝敗なんて、もう決まってるよね。だってこっちには証拠あるんだし。αタイプが3つ……いや4つか、あとでドイツのあの子に渡すんだった。

───……でも、これだけはいただけないなぁ?

───…………束さんが添い寝したら問答無用で埋めてくるのに、何で許してんだろうか。ユウ君。








 次回 新章【This means war】




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新章に行く前に

 はい皆様、おはこんばんにちわ。作者の鬼の半妖でございます。この度は『魔狼は学び舎にて』を閲覧してくださり誠に感謝しております。

 

 

 さて今回ですが、謂わば新章に向かう前にここまでの内容を整理する“纏め”のような回となっております。たった18話と少ない話数といえども多くの人にお気に入り登録をしてもらって感謝しております。

 

 

 然れど18話。色々と矛盾点とか不可解な点とか至らない点もございます。故にここで一段落して新たな物語を読んでくれたら幸いです。

 

 

 長々と書きましたが、纏めの方をどうぞ。

 

 

 

 

 

 

第1話〜第11話

 

 これは主に勇とフェンリルの()()に少しずつ触れていく話となっています。後書きで色々とバレたりしているけれども。

 

 

 1話は勇の異常性を書き綴ったものとなります。因みにですが

 

>そのノートに書かれている文章を見て驚愕していた。

 

 

というのは勇の持っていたノートの内容には過去〜現在の代表候補生に関するデータを現状を見つつ過去のデータを思い出して、現在がどれ程の実力を持っているかを予測で書いていただけです。

 

 

 山田先生を見た途端ノートに何かを書き始めた、というのも勇はこの時全ての国家代表と代表候補生のデータを取っていたため予測をしていただけです。知識の赴くまま今を知ろうとする勇君でした。

 

 

 

 第2話でも勇の以上を書き綴ったものになります。主に体と知識の異常性ですが。

 

 だって匂いで分かるとか織斑千冬と本気で並走するとか人間辞めてますし。というより暗部である楯無と戦って引き分けの時点でおかしいんですよね。新章だと勇君エグい強さになるんですけど

 

 

 

 第3話では簪に機体の課題点などを提示させました。ここまでなら、まだ良かったんですけどねぇ。

 

 この話でフェンリルの登場。尚操縦者は四つん這いになる仕様。自ら獣になってセシリアに反撃の隙を与えない猛攻を見せつけました。獣つおい(小並感)。

 

 

 

 

 第4話は一夏君の理不尽にも自論で返す勇君、でも成長させようと行動させる勇君。まぁ一夏君も手を差し伸べてくれる人が居たら居たで上手く成長できると思うんですよね。一夏アンチより一夏の成長があるのは個人的に好きです。

 

 

 

 

 第5話は不器用なりに鍛えていた事を千冬越しに伝えさせるというやり方をしました。見てて面倒というか、そのまま言えよって思うんですけどね。一夏君の整理のために少し時間を置いたというのもあります。

 

 あとはフェンリルの秘密とか、楯無のシスコン度合いとか、セシリアとの和解とか。

 

 

 

 

 

 第6話はフェンリルの秘密について知った人達の例から始まります。懐いてくれる動物が傍に居るのって安心というか、安らぎませんか?

 

 ここからですかな?勇の秘密の核に近づいたのは。外で電話したり、ダリル・ケイシーと会話したりと……まぁ頭の良い方はダリルの時点で何となく亡国企業と関わりがあると予想は付いてたんじゃありません?

 

 

 

 

 

 第7話から後書きに秘密というより過去を書いていきました。篠ノ之束が勇に好意を持ち始めたキッカケとも言える出来事です。ここからフェンリルと勇の秘密の一端にも触れました。

 

 

 

 

 第8話ではゴーレム相手に圧巻の性能を見せつました。圧巻というよりも、2体目は裏で一夏と鈴に手伝ってはいましたけど。でも教えないのが勇。

 

 そしてここから【生体リンクシステム】の単語が出始めました。このシステムについては次回から大幅に秘密に迫っていきますよ。

 

 

 

 第9話では勇とセシリアの明石重工訪問や勇の交渉術の真髄の一端が垣間見えた回です。あとは【スレイプニル】が出てきましたが、新章に入ればスレイプニルの正体も分かります。

 

 

 

 第10話ではラウラとシャルロットの転校と、勇の過去について書きました。それを支えようとするセシリアさんマジ健気、気付け勇。気付こうとしないんですけどね(ムジヒ^~)

 

 だがライバルは意外に多いぞ(追い討ち)

 

 

 

 

 第11話は原作通りの流れや一夏君の特訓、新たな装備紹介をば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第12話〜第18話

 

 ここから漸くタイトルが出ました。でも全部カタカナなので読みづらい。まぁちゃんとした理由があるからなんですけどね。

 

 

 

 『オワリノハジマリ』ではデュノア社と明石重工の企業協定に加え、男女共用型ISコアの登場で原作改変。さらにシャルロットにαタイプIS【ロック鳥】の操縦者にさせるという改変に挑む。

 

 

 

 『コワレルヨチョウ』ではαタイプISの目立った特徴などを本文にも後書きにも書きました。武装が殆ど無い代わりに獣の能力を真似した性能なので人間体よりも機動力が上というね。

 

 でもって勇君の甘い部分が発動。感情の赴くままに、尚且つ今の立場を利用して2人を助けるという行動に出ました。隠すの苦手だなコイツ。

 

 

 

 

 『オモイツメテ』は主にドイツ政府に商談持ちかけたりとかシャルロットの最適化を終わらせたとか。ロック鳥に乗ってスピード狂になってるシャルロットとか(誰得)。

 

 ある意味勇の立場って勇自身が利用しやすいのでね、ラウラさん2人を攻撃する行為は自分の首を絞める事に気付いた。

 

 

 

 

 『ノバサレルテ』ではラウラとの作戦決め。ロック鳥のデフォのスピード見てラウラさんビックリする。だって常時瞬時加速使ってるみたいなスピード出すもん。

 

 あとは……ラウラに日本発祥の料理を食べさせること位ですかね?

 

 

 

 『カツボウノイシ』では蘭政府との対談と轡木学園長との交渉、あとは目立った点といえば篠ノ之束がこのトーナメントに来ていたということ。勇は害獣呼ばわりしたけども。

 

 そしてラウラと勇に焦点を当てた回です。それぞれ今、何を求めているのか。勇は友達というのに渇望はしておらず、また別のものに渇望しているんですけどね。

 

 

 

 

 『バケモノノシンイ』ではトーナメントの対決。シャルロットのロック鳥と勇のフェンリルというαタイプIS同士の対決を書かせてもらいました。

 

 あとは勇がラウラに対して()()という言葉を使った唯一の回です。本当にコイツは甘いな。

 

 

 

 

 『ツメタイココロ』ではトーナメント後の出来事を粗方書いてます。そんでもってシャルロットと入浴してる最中に利用している宣言、しかし真意ではない事にバレているので効果は無い。

 

 そんでもって添い寝の件は原作と違い先にバレてるけれども遅いので早く寝ろという勇の命令でもあります。

 

 そして最後の最後で出てきた【戦争】という単語、新章からその戦争は始まっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、長々と書きましたがキチンと纏めていましたでしょうか?多分まだ抜けてる所あるんだろうな〜。

 

 

 まあそれはさておいて、今度はこの作品で出てくるαタイプISの公開されている情報だけ書いておきます。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

【フェンリル】

・αタイプIS初号機

・狼の性能とチーターの尻尾の性能を合わせた機体

・勇の専用機。乗ると口調と性格が変わる

 

 武装

 

・ロアー(高周波振動砲)

 遠吠えを参考に影響力のある威力にまでさせたフェンリルの装備。よく牽制にも使われるが、威力はISのハイパーセンサーや通信機能を役立てなくさせるまでに調整可能。

 

・クロー

 両前足に装備されている武器。

 

・バイト

 フェンリルの口。SE消費量を上昇させることで顎の力を増幅させることが出来る。

 

・スティンガーミサイル

 別名“尻尾ミサイル”。遠距離装備が乏しい為、余白のあった尻尾を有効活用させた結果。現在12発内蔵。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロック鳥】

・αタイプIS2号機

・様々な鳥の性能を合わせた機体

・シャルロットの専用機となり、現在ラファールよりロック鳥の使用を優先させるほど

 

 武装

 

・スピアビル

 鳥の嘴を参考にした武装。高速で突っ込まれるとSEの大幅消費は免れない。

 

・メタルウィング

 鳥の翼に防御性を高めた武装。こちらも当たればSEの大幅消費は免れない。

 

・フェザー

 鳥の羽を参考にした射撃武装で自動装填可能。補充用も合わせると計4万2000枚。

 

・スパイクレッグ

 鳥の足を参考にした武装。掴まれれば逃げることは愚か、そのまま握りつぶされてSEの大幅消費は免れない。

 

 

 

 

 

 

 

【バハムート】

・■■■■■■■■■

・■■■■■■■■■■■■■■■■■

・■■■■■■■■■

 

 武装

 

・不明

・不明

・不明

・不明

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 以上です。後書きに出てたバハムートは結構考えた機体でエグい武装がたっぷり搭載されてます。下手すりゃフェンリルとかロック鳥より強い

 

 

 そして最後に新章の名前ですが、洋楽の題名を使わせて頂いております。皆さんも1度聞いてみては如何ですか?因みに作者はBGMにして執筆しています。

 

 

 では皆様、これからも『魔狼は学び舎にて』を宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 








 次回『ウゴキハジメルモノドモ』


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This means war
ウゴキハジメルモノドモ


 ───首尾の方はどうよ、亡国企業。

 

 

 ───問題無いわよ、女権の皆様方。貴女達のご要望通り、既に手筈は整ったわ。それで?あのコア開発者を拉致、若しくは……

 

 

 ───殺害よ。当たり前じゃない!あんな男に!しかもまだガキの分際で、ISコアの秘密を暴いて神聖なコアをその手で作り!あまつさえ世間に広めやがった!

 

 

 ───まぁまぁ落ち着いて。どうせ拉致すれば脅しなり何なりかけてコアを開発させれば、貴女達が贔屓してる企業に売り飛ばせるわよ。

 

 

 ───…………ええ、そうね。そうよね……!でもコアに男のデータなんて必要無い!作らせるのは私達だけに対応するコア……それだけよ。けど少しでも反抗の意思を見せたら人質なりなんなり取りなさい、反抗できないようにしてあげる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前5時、勇が寝惚けながら起床した。首を鳴らして欠伸をしたあと隣で寝息を立てて寝ているラウラを見る。そして考える。“誰が教えたのだろうか”と。

 

 

 当然である。もしも一夏……それは無いので別の考えにする。もしも他の男であったのならば無防備な所を狙ってR18展開になるのがオチだ、そして勇とて男である。しなやかな曲線美というのだろうか、それが目に毒と感じている。

 

 

 仕方なく勇は上のパジャマを脱ぎラウラの側に置く。ベッドから降りて顔を洗い眠気を吹き飛ばす。部屋に戻ると楯無が漸く起床した様だ。欠伸と寝癖が目立つ。

 

 

 

「お早うございます、楯無さん」

 

 

「ん……あぁ、勇君。おはよ……」

 

 

 

 眠たげな表情の楯無と挨拶を交わし、制服1式を持ってバスルームに入る。

 

 

 その扉が閉まる物音と同時にラウラが起床し楯無が困惑、さらに着替え終わった勇が出てきたので慌てて止めようとしたが聞かず何とも無さげにラウラと挨拶を交わし用意していたパジャマを着るように指示する。何とか大事な所は隠せた様だ。

 

 

 だが勿論、楯無がラウラに尋ねる。

 

 

 

「ボーデヴィッヒちゃん、何で裸で居たのかしら?」

 

 

「む?夫婦が共に就寝する時はこうすると隊の者から聞いたのだが」

 

 

「……うん、分かった。取り敢えずハニトラは無いのね」

 

 

「逆に僕が引っ掛かるとでも?」

 

 

「無理矢理があるじゃない」

「フェンリルも居るので御安心を」

 

 

 

 ハニトラに引っ掛かる要素は何処にもない。そう言わんばかりの勇はフェンリルを見せつけながら言うが、今度は溜息をついてラウラと話す。

 

 

 

「……一先ずラウラさん、自室に戻りましょうか。この部屋に居ると色々と不味いので」

 

 

「不味いというより犯罪1歩手前なんだけどね……」

 

 

「このままでか?」

「裸で出歩くと本当に不味いですから」

 

 

 

 ということでラウラと共にラウラの自室へと向かう。その際ルームメイトから事情を聞かれたが、勇の性格は表面上とはいえ理解されているので説得はできた。

 

 

 自室に戻ってフェンリルを介してホログラムを起動させると2件のメッセージが確認できた。勇はその内の1つを確認していくと、どうやらラウラに出すαタイプISが漸く完成したらしい。改めてホログラムにラウラに渡すISを確認した勇は、その画面を消してもう1つのメッセージを確認する。

 

 

 その内容を見た瞬間、勇の体は固まった。そして廊下を走る音が近付いていきドアがノックされる。フェンリルのホログラムを消してドアを開くとシャルロットが目の前に居た。しかし慌てている様子であったが、勇はその理由を知っている。というより先程のメッセージは2人に関係している事柄であったからだ。

 

 

 慌てた様子でシャルロットは勇に問う。

 

 

 

「ねぇ勇!これ本当なの!?」

 

 

「デュノア社とウチの会社が合意したらしいですね……唐木さん、何を企んでるんですか?というより僕達の合意も無しに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 何勝手に()()にしてるんですか」

 

 

 

 朝刊のトップニュースになりそうな出来事をサラリと話した勇。聞いていた楯無はとても複雑な気分になったそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 午前7時頃。パジャマは既に返却済みのラウラと今朝のメッセージで眠気が吹き飛んだシャルロットと勇、何時もの様に居るセシリア、一夏、箒、鈴が席に着いて食事を摂っていた。

 

 

 しかしシャルロットと勇は疲れた様子を見せている。勇は頭を抑え、シャルロットに至っては何を考えているのかブツブツと言っている。

 

 

 

「あの……勇さん、どうされました?」

 

 

「……いえ、ちょっと。はい」

 

 

「どうした勇、食事はキチンと摂らなければならんぞ」

「原因の1つである貴女が言える立場ですか?」

 

 

 そんな事もありつつ、朝食を終えて教室に向かう。シャルロットは少し遅れて来るという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして朝のHRが始まるのだが、山田真耶の様子が疲れている。まぁ心当たりというより、そうさせてしまった張本人は山田真耶の近くに居るのだが。

 

 

 

「お、おはようございます皆さん。今日は転校生を紹介……といっても皆知ってる人なんですけど……」

 

 

 誰か誰かと周囲の生徒達は騒がしくなる。入室の許可を一言入れると、そこには女子用の制服を着て現れたシャルロットが居た。全員が驚く中、シャルロットは自己紹介をしていく。

 

 

 

「初めまして、『()()()()()()・デュノア』です。皆さん宜しくお願いします」

 

 

「と、というワケで。デュノア君はデュノア()()でした。……仕事がぁ

 

 

 

 心の中で謝罪する勇であったが、その後すぐに教室が騒がしくなる。そして核心に触れる一言を誰かが喋った。

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば昨日……男子が大浴場使って」

「一夏ァ!」

 

 

 大きな音を立ててドアが開かれると、その先には鈴が。かなり憤怒しているらしい。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て!俺は知らねぇよ!っていうか俺が出た時シャルロットは居……た…………」

 

 

 

 首を油切れの機械の様に回し、勇に向かうと一夏は尋ねた。

 

 

 

「な、なぁ勇?シャルロットには……」

 

 

「……言える事は、何故あの様な行動をしたのかは理解出来ませんでした」

 

 

「あ、アンタねえええええ!」

 

 

 

 衝撃砲が勇に襲いかかるが、フェンリルが自動で自立稼働しすぐさまグレイプニールで壁を作り事なきを終えた……かと思いきや途中で衝撃が来なかったのでフェンリルを待機状態に戻すと、ラウラがISを展開しAICを発動させていた。

 

 

 

「怪我は無いか?()よ」

「大丈夫ですが、その後の言葉は要らなかったです」

 

 

 

 そしてラウラの嫁発言にセシリアが異議を唱え、かなりカオスな状況となってしまったが織斑千冬の一声により沈静化された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして昼休み、屋上にて食事中。セシリア、一夏、ラウラ、箒、鈴の5人は先に勇とシャルロットとの勝手に決められた約束事を発表した。といってもホログラム画面を映し、送られてきたメッセージを見せただけだが。

 

 

 

「「「「許嫁!?」」」」

 

 

「はい」

「あ、ははは…………」

 

 

「い、いいい勇さん!これはどどどどういう事なのですか!?」

 

 

「会社同士が勝手に決定した事項ですよ、本人の意見の尊重無視ですかそうですか案件です」

 

 

「……つまりは、シャルロットと嫁が夫婦になるということか?」

 

 

「あぅ……!そ、そうなんだけど……ハッキリ言わないでよぉ

 

 

「勇!私というのが居て他の奴と結婚するのか!?」

「大声出さないで下さい。そして落ち着いて下さい」

 

 

「漫画みたいな事もあるんだなぁ……」

 

 

許嫁……ハッ!そうだ政府に無理言って千冬さんに

「貴様何を考えている!?」

 

 

 

 この騒ぎに伝えるべきで無かったかと思う勇。しかし下手に遅く伝えてしまえば厄介極まりないという考えから、先に話せばまだ事は荒立てないと考えていた。

 

 

 そんな中、フェンリルからメッセージが届いた事を知らされると勇はフェンリルを呼びホログラム画面を操作する。それを見ると数回ほど頷きホログラム画面を閉じる。

 

 

 

「シャルロットさん、ラウラさん」

 

 

「ッ!な、何!?」

「どうした嫁よ!?」

 

 

「今度の日曜、2人とも明石重工に向かいますよ。ラウラさんにはαタイプISの件で、シャルロットさんはロック鳥の件で来てほしいそうです」

 

 

「おぉ、完成したのか!?」

「……あぁ、うん。だよね」

 

 

「αタイプISって……って勇、何時の間に!?」

 

 

「ま、政府間との契約ですよ。契約」

 

 

 

 

 

「勇さん!」

 

 

「はい?」

 

 

「私も……私も行って構いませんか!?」

 

 

 

 突然セシリアが声を荒らげて、そう勇に問いたため勇は少しの間固まって戸惑っていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの時の僕よ、選択を誤ったな」

「勇?何かキャラが……」

 

 

「壊れなきゃ、やってられないんですよ」

 

 

「疲れたなら寝た方が良いぞ」

「国連加盟国の全てと話すんですよ、寝れる時間限られましたからね?」

「「うわぁ…………」」

 

 

 

 モノレールで外に出た4人は現在、駅に到着していたリムジンに乗り何故か勇の近くに3人が座っている状況になっている。ラウラの場合は勇の膝に乗っているのだが。因みにリムジンの方は、かなり最近に購入したもの──約900万円──である。

 

 

 そうこうしている内に明石重工に到着。地下駐車場に入ったリムジンは社内入口前で止まり、4人は外に出て社内に向かう。ロビーで4人分のICカードを受け取り、社長室へと向かっていく。

 

 

 社長室に到着すると唐木社長が出迎えてくれた。

 

 

 

「やっほー勇君。……あれ、セシリアちゃんも一緒なのね?」

 

 

「……勇?」

「……嫁?」

 

 

「1度セシリアさんを案内した事があるだけですよ。それより唐木さん、シャルロットさんと試験操縦者に選ばれたラウラさんです」

 

 

「あら!2人ともお人形さんみたいで可愛いわねぇ!」

 

 

「……で、1つ聞きますよ唐木さん」

 

 

 

 勇はにこやかに、しかし腸が煮えくり返る様な怒りを微妙に出しつつ唐木に問う。

 

 

 

「なぜシャルロットさんとの許嫁が決定されたんですか?」

 

 

「いやそりゃあ、会社同士の協定結んでさ。跡継ぎが居るのにお互いが結婚しないなんて……会社自体がすると思う?」

 

 

「……もう良いです分かりました。確かに結び付きを強くさせるにはそうですね、こうしますよねハイ」

 

 

 

 半ば諦めた様子を見せる勇を他所に、唐木はシャルロットに近付き小声で伝える。

 

 

 

本当は早く勇君に結婚してもらいたいだけだから、心配しないでシャルロットちゃん

 

 

は、はぁ……

 

 

それに、満更でもないんでしょ。シャルロットちゃんも

 

 

「!あのっ……!そのっ……!」

 

 

「分かってる分かってる。あ、勇君。この子達を案内しておくから蘭の代表候補生との話を済ませちゃいなさい」

 

 

「無論、そのつもりですよ」

 

 

 

 3人は唐木に案内されて行き部屋を退出し、勇は社長席の机でホログラム画面を操作して通話画面に切り換える。

 

 

 

「束さん、そろそろ」

 

 

〔オーケーオーケー。もうすぐ着くよ〕

 

 

 

 それと同時に社長室の扉が開き篠ノ之束が姿を現す。が、本人はオーバースペックの体を使用し勇の背後に回って腕を回した。かなり密着している。

 

 

 だが勇は気にせず通話画面を切り換えて蘭から来た代表候補生に社長室へと入る様に促す。当の本人は勇の言葉で不機嫌になっている。まるで分かっていると謂わんばかりに。それでも勇は気にせず、対談する為にソファに座り束は隣に座る。

 

 

 ホログラムを起動させて代表候補生のプロフィール、過去の情報、現在の専用機、過去の戦闘・訓練データを粗方読んでいく。それらを見た勇は頭を掻きながら少し唸る。

 

 

 

「面倒だな……エグいまでのレズビアン、自称恋人99人。男に興味無し、少しあちらよりが目立ちますね」

 

 

「ま、政府も躍起になってるって事でしょ。ISコアの解析を進めて蘭でも開発を可能にさせるためにαタイプの試験操縦者候補を選んだんだ。背に腹は変えられないってヤツさ」

 

 

「ま、何れにせよ。僕らは対談で決めるだけ、αタイプの特殊性が理解できなければ落とせば良いだけの話です」

 

 

「だよね〜」

 

 

 

 その会話が終了したと同じ頃、社長室の前に目的の代表候補生が姿を現す。勇は操作で扉を開けて、やって来た代表候補生に対し立ち上がって礼をする。束の方は立ち上がりもしない。

 

 

「お初にお目に掛かります、『ロランツィーネ・ローランディフィルネィ』代表候補生様。知っておられるかと思いますが、男女共用型ISコア開発者の尾崎勇です。本日は」

「長苦しい挨拶は無しだ。早く済ませてくれ、待たせている恋人達が居るのだから」

 

 

「へぇ〜……政府の思わk『わんっ!』うぉぅ!」

 

 

 

 突如フェンリルが自立稼働し、束の言葉を遮る。それに驚くが、どうでも良いという風にフェンリルを撫でる束。1度は鳴き声でフェンリルの方を見たロランツィーネだが、すぐに視線をソファに移し、ソファに向かい座る。

 

 

 勇と束の第一印象は、この時点で完全に低評価であった。

 

 

 

 

 

 

 

 




───あ"〜……とっても愉快だったわ。まさか全部コア開発者の掌なんて思ってねぇだろうなぁ、あのバカども。

───おぅ、お疲れさん。

───オータムさん……あざっす。

───悪ぃな、交渉役任せちまって。スコールは名前変えて色々操作してるから迂闊に出せねぇし。

───良いんすよ全然。……ところで、【アラクネ】の方は?

───ん?普通に居るぞ。ほら頭の上。

───うぅ…………

───んだよ、まだ蜘蛛嫌い治ってねぇのかよ。

───に、苦手なモンは苦手なんすよ。どうしても蜘蛛だけは……ちょ!うわっ!飛んで来た!

───アラクネは大層お気に入りみてぇだけどな。

───嬉しくねぇっす〜!








───これが……私の…………

───何というか……()、だね。

───ふふんっ、この子を侮るなかれよ。この【アルミラージ】は陸上での機動性は抜群だから!

───【アルミラージ】……兎の幻獣ですか









 それぞれの出来事。過去と今。場所は地下にて。



 次回『アルファノシカク』


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アルファノシカク

──私なら母親の値段は百億つけたって安いもんだがね

ブラック・ジャック『もらい水』より


━━皮肉なもんだよな
━━ホントに大事なモンってのは、もってる奴よりもってねー奴の方がしってるもんさ。

銀魂『銀時が海坊主に向けた言葉』


 勇が対談の為にソファに座ると、束に撫でられていたフェンリルが勇の元にやって来る。それを見た勇は微笑み、顎を撫でる。するとフェンリルが頭を下げたので、勇は手を頭の上に移して撫でた。そんなフェンリルの表情は嬉しそうに見える。まぁ尻尾を振っている時点で嬉しいのは明確なのだが。

 

 

 勇はフェンリルの頭を軽く2回だけ叩くとデスクから小さめのホログラムを出現させて操作していく。

 

 

 

「ではロランツィーネさん、僕ら2人から幾つか質問をさせて頂きますが宜しいですか?」

 

 

「了承を得るも何も、そちらはαタイプISを私に渡せば良いだけの話の筈だ。質問に何の意味があるのか知りたいな」

 

 

……何かの男役って、こんなんばっかなのかな?

「物凄い偏見ですよ」

 

 

「何か言ったか?」

 

 

「いえ特には。では質問の方なんですが……」

 

 

 

 勇は量子格納域から何時ものボールを取り出してフェンリルに見せる。ソファの上で立ち上がり尻尾を振るフェンリルは、勇が社長室の入口付近まで投げたボールを追いかけて行った。

 

 

 そして勇がロランツィーネに向き合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子、フェンリルの事をどう思いますか?」

 

 

「…………どう、とは?」

 

 

「率直な感想です。犬らしいとか、可愛いとか、安らぐとかの見た時点での感想を頂ければと」

 

 

「ふむ…………?」

 

 

 

 質問の意図が益々読めなくなっているロランツィーネ。一旦そこで考えても意味が無いと理解したのか、勇の元にやって来るフェンリルを見る。因みにだが、尻尾を振ってウキウキしながら勇の元に歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、特には」

 

 

「…………成程。では次ですが

 

 

 

 

 

 

 

 家族を大切にしていますか?」

 

 

「また今度は何なんだ?一体この質問に何の意味が」

「答えなければαタイプの譲渡をしない……と言えば?」

 

 

 

 ロランツィーネが黙る。蘭政府は確かに勇が開発した男女共用型ISコアが目的で、αタイプISの操縦者にロランツィーネを選んだ。だが本人からすれば、明石重工に訪れてみれば()()()()()()()()()ばかり。あまつさえ男には興味無いのに、どうしてこう男に指図されなければならないのかという考えもある。

 

 

 しかし彼女も代表候補生。国からの指示でαタイプISを譲渡させる様に説得しろと言われれば逆らう事は難しい為、先程の勇の質問に答える。

 

 

 

「さぁな、私の興味の範囲外だ」

 

 

「……成程。束さんからは何か?」

 

 

「いんや……というより今ので決めたよね?」

 

 

「ええ。まぁ」

 

 

 

 決めたという単語に反応するロランツィーネ。勇はホログラムを消してフェンリルを優しく撫でたあと、ソファから立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

「現段階で蘭にαタイプISを譲渡するのは()()()です。態々すみませんが、お引取りを」

「!?ちょっと待て!どういうつもりだ!?」

 

 

「どうもこうも、今の蘭にαタイプISなんて特殊な機体を渡せるワケが無いって事だよ。考えたら分かるでしょ普通さっ」

 

 

 

 反射的にロランツィーネは立ち上がり異議を唱えるが、束が一言入れて勇も話していく。

 

 

 

「αタイプは見ての通り、主は動物の動きを完全に模倣している自立稼働のできる機体です。そして……()()がそこにはある」

 

 

「意思……?」

 

 

「αタイプISも、また【意思を持つ機体】なんです。つまりは機嫌が良くなる事もあるし、不機嫌になる事もある……そして意思のあるISと共に過ごす事は、そのISを()()として見なければなりません」

 

 

 

 勇は一息いれた後、今度は厳しい目付きでロランツィーネを睨みドスの聞いた声で話す。まるで怒りを露にしている様に。

 

 

 

「つまりは家族に興味を持たない貴女……ましてや共に過ごす事になる意思を持つISに対し何も感じない貴女には、コアを作った()として渡す事に躊躇いがあるんですよ」

 

 

「なっ……!?」

 

 

 

 口には出さないが、ロランツィーネは勇に対して疑問が浮かんでいる。元々ISに興味はあり発表されたαタイプISにも興味はあったが、()()としては見ていない。

 

 

 つまりはそこである。勇はコア開発者という()の立場に居り、その親が認めなければ()は貰えないということ。そして貰える条件が()()を大切にしているかどうかということであった。

 

 

 だがロランツィーネは未だに理解できない、なぜそこまで家族に拘るのかが。そして同時に【このまま帰っては不味い】という不安だけ。

 

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 

「はい?」

 

 

「君がなぜ家族に拘るのかは知らない。だが私はαタイプISを貰いに……いや、それが無理ならばαタイプISを()()()()()()だけでも構わない!」

 

 

「…………!」

 

 

「どうだろうか?良い案だと思うのだが……?」

 

 

 

 そんなやり取りを見て、束は溜息をつきフェンリルを呼ぶ。ソファに乗って束の元に来るフェンリルは、伏せてボールをソファに置いた。その1連の動きに癒された束であったが、勇はとてつもない憤りを感じていた。

 

 

 

「……僕ならば」

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「僕ならば家族を()()というのなら、値段は76億ユーロ(約10兆円)つけても足りませんよ」

「なっ……!ふ、巫山戯ているのか!?76億ユーロだぞ!?その金がどれ程の価値があるのか分かってるのか!?」

 

 

「それで?」

 

 

「ッ……!?」

 

 

「家族を売る位なら渡さなければ良い、そういう考えなんですよ。特に貴女が先程申した案なんて即却下物ですよ」

 

 

「はい!じゃあとっとと帰った帰った!蘭政府に宜しく伝えといてね〜」

 

 

 

 ただ呆然と立ち尽くすロランツィーネは、束の呼んだ警備員によって社長室から退出される。久しく感情を表に出して怒った事に疲れたのか、勇はソファに背を預けた。そんな勇にフェンリルが近付き右前足を右膝に乗せる。

 

 

 そんなフェンリルを勇は微笑みながら撫でていく。その光景を見ながら束は勇に話しかける。

 

 

 

「いやぁー、カッコイイねぇ。家族を貸すというなら10兆円つけても足りない……羨ましいねぇ、そんな言葉」

 

 

「貴女の事情に関しては何も言いませんよ。……ただ」

 

 

「んー?」

 

 

「僕は単に()()()()()()()()だけですから」

 

 

「……そっか。そんな考えなのか」

 

 

 

 金よりも家族を優先するのが勇である。それは何より失ってしまった悲しみを知っているからである。奪われ、消えた。しかしフェンリルが心の隙間を埋めてくれたからこそ、家族の大切さが身に染みているのだ。

 

 

 勇が感じた()()()()()を、子供達(αタイプIS)に味わせたくないからこそ湧き上がる(開発者)としての本音。

 

 

 勇は渇望というより“悲劇を失くしたい”()()があるのだ。届きそうになかった願いは、フェンリルとの出会いで徐々に確実なものとなっていき今があった。

 

 

 そんな思考に入っている中、社長室の扉が開かれる。入ってきたのは唐木とセシリアとシャルロットとラウラ、そして自立稼働状態のロック鳥と素早い身のこなしで入ってきた【兎】であった。

 

 

 

「ま、待てアルミラージ!」

 

 

『ヴー』

 

 

「あぁラウラさん、走っちゃ駄目ですよ。アルミラージ、おいで」

 

 

 

 カーペットに膝を着けて3回ほど軽く膝を叩く。アルミラージは勇を見つけると、徐々に近づいていき最終的には触れるまでに近付いた。アルミラージを優しく撫でると目を閉じて幸せそうな表情をする。

 

 

 “ちょっとゴメンね”とアルミラージに断りを入れて両前足の関節辺りに手を入れて持ち上げ抱き抱える。

 

 

 

「おぉ……慣れてるのか?」

 

 

「兎は基本的臆病なので、慌てて行動すると逃げるのが普通なんです。まぁ、この子は僕を親だと認識してる様ですけどね」

 

 

「親……?」

 

 

「αタイプISの図面は全部ユウ君が考えたもので、ISコアもユウ君が作った。多分コアの時に覚えてたんだろうね、ユウ君のこと」

 

 

 

 その声に反応する様にラウラとシャルロットとセシリアが見た。そして勿論、この3人は慌てる。唐木と勇は普段から会う機会があるため何時も通りの表情であった。

 

 

 

「「「篠ノ之束!?」」」

 

 

「そう!この私が束さんだよ〜!」

 

 

『ヴー』

 

 

『ぅわぅ?』

 

 

「フェンリル、君の兄弟だよ〜」

 

 

『キューイ』

 

 

「あら、ロック鳥がフェンリルちゃんの上に乗ったわね」

 

 

「あー……もう皆可愛いなぁ」

 

 

 

 約1名αタイプISの面々に癒されてキャラ崩壊しているが、こんな集まりは中々見ないためより一層兄弟機だということを知らされていく。

 

 

 フェンリルがその場で伏せ、アルミラージがフェンリルの匂いを嗅いで、ロック鳥がフェンリルの毛繕いをする光景は誰が見てもほのぼのするであろう。

 

 

 

「ちょっとー、ユウくーん。先にアルミラージの説明した方が……」

 

 

「おっと、そうですね。ではっと」

 

 

 

 名残惜しそうに3機を撫でるとロック鳥は飛び立ち、フェンリルは立って勇を追いかけ、アルミラージは跳ねて移動し時折勇を見上げてまた移動した。近くのアルミラージを抱えラウラに渡すと、ラウラの膝の上で大人しく座った。

 

 

 ロック鳥はシャルロットの肩に乗り、フェンリルはソファの上に乗り寝そべった。ラウラはアルミラージの毛並みを堪能しており、表情が柔らかかった。

 

 

 勇はホログラム画面を操作してアルミラージの機体データを表示させる。説明をする時の勇は、学園に居る時の真面目さを戻していた。

 

 

 

「では、ラウラさんの機体である【アルミラージ】についてのデータですね。こちらを」

 

 

 

 【アルミラージ】本来はイスラム教の神獣として伝えられている肉食獣の兎。インド洋に浮かぶ小島に棲息すると言われ、その名前はムハンマドが昇天する際に通った天への道と同じであると言われる。

 

 

 最大の特徴は2フィート(60cm以上)もある額の黒い螺旋状の角。可愛らしい見た目に反して非常に獰猛な肉食獣で自分より大きい人間や獣までも、その角で刺し殺して食べるという。尚且つ食欲旺盛で自分の何倍もの大きさの獲物を軽々と平らげる。その事から島に住む生物はアルミラージを恐れて常に逃げ回っているという。

 

 

 しかしここでのアルミラージは自立稼働状態では角は無く、姿は少し黄色が混じった【ネザーランドドワーフ】である。ハッキリ言って可愛い。

 

 

 機体搭乗時は超大型の野ウサギの姿を取っている。角は毛を自動で収束させて硬化させることで武器に成り立っている。そして何時も通りの武装の少なさだが、機体には対応した動物を参考に作らせている。その内の1つは【オジロジャックウサギ】である。

 

 

 【オジロジャックウサギ】兎の中で跳躍力が1番高く、一跳びで約6.4mをジャンプする身体能力を持つ。さらにある本では空から天敵である肉食獣の鳥がやって来た所、先ずは逃げに逃げる。そして天敵が捕まえようと降下していくと、一跳びで天敵の頭上に位置取り後ろ足のキックを食らわせたという例もある。

 

 

 他にも【カンジキウサギ】【ヤマアラシ】【ビーバー】の性質を持ち合わせている。尚、全て齧歯類(げっしるい)に統一されている。

 

 

 

「そして装備ですが

 

 アルミラージの特徴である角の【ホーン】

 ビーバーの歯をモチーフにした【ロデント】

 オジロジャックウサギの【サバック】

 ヤマアラシの【ニードル】の4つです。

 

 尚、ニードルの方は遠距離武装と防御に使えます。

 

 後は……兎の性質を利用した()()()()()がありますね」

 

 

「最強……」

「防御……?」

 

 

「兎は周囲の状況を確認する為に【フリーズ】という動きを止める習性があるんです。それを参考にしたのが……【無敵状態】です」

 

 

 

 ホログラム画面を操作して、ある映像を見せる。

 

 

 

「これはその【フリーズ】状態のアルミラージです。今のところ、これを突破できるISは()()()と言っていいです」

 

 

「うわ……何あれ。対物ライフルで傷一つ付いてない」

 

 

「いえ、今度はグレネード……も耐えるのですか!?」

 

 

「これは……かなりの威力の拳か?だが傷一つ付いてない…………のか?」

 

 

「正しく()()さ!SEも全然減ってないし、どんなエネルギー兵器でもダメージ0が殆どだよ!」

 

 

「勿論これ以外にも素晴らしい機動性や角の威力は伊達じゃありませんよ。このアルミラージは」

 

 

 

 一同はラウラの膝で目を閉じて寝ているアルミラージを見る。今はこんなに可愛いのに、先程アルミラージの最適化を終わらせたラウラが1番驚いている。

 

 

 1通り説明を終えたところで時間を確認すると、まだ昼前の11時位であった。

 

 

 

「ふむ……時間が余りましたね。どうしましょう?」

 

 

「あ……じゃあさ」

 

 

 

 シャルロットが勇に提案を持ちかける。が、この提案はある意味勇の立場を分かって言ってるのか不思議で堪らなかったと後に勇は語る。

 

 

 

 

 

 

「レゾナンス行かない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【アルミラージ】
 明石重工が製作したαタイプIS4号機。神獣『アルミラージ』の名を持ち、その機動力は他の追随を許さない。しかし自立稼働状態ではフェンリルに捕まる。

 武装
【ホーン】
【ロデント】
【サバック】
【ニードル】

 特殊装備
【フリーズ】


・体長:170cm ・高さ:1m









 次回『アクイノオトズレ』




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アクイノオトズレ

 【レゾナンス】この地域の大型ショッピングモールであり、訪れる人は多い。様々な商業施設がこのレゾナンスに集まっている為、揃わない物は殆ど無いと言っていいだろう。だが……ここに()()初めて訪れた者が興味深そうに眺めている。

 

 

 

「ほー…………」

 

 

「勇……多分、多分なんだけどさ。()()()()()()()?」

「はい」

 

 

 

 シャルロットの予想通りであった。そもそも勇はISコアの研究や機体製造の指揮などに時間を費やしていた為、この様な商業施設に訪れる機会や興味が無かったのだ。

 

 

 ラウラは軍属とはいえ部隊の者達と買い物に行く機会はあった為か、勇ほど驚いた様子を見せない。この違いにシャルロットは頭を抑える。

 

 

 

「……勇、今日来た以外に外には?」

 

 

「学校に行く以外は何処も。地下のドーム見ましたよね?あそこで運動不足は解消できますし」

 

 

「…………セシリア、ラウラ。分かってるよね?」

 

 

「ええ……痛い程」

「効率的で良いな」

 

 

「……そうだ、ラウラはそうだね。うん」

 

 

 

 セシリアとシャルロットが頭を抑えラウラが疑問符を浮かべている中、勇は人の多さや様々な色合いによって目を疲弊させていた。

 

 

 セシリアとシャルロットの2人は勇の手を握り、勇はその感触で2人に向き合う。

 

 

 

「?どうされましたか」

 

 

「勇」「勇さん」

「はい」

 

 

 

 

 

 

「ちょっと付き合ってもらうよ」

「少々お付き合いして下さいまし」

 

 

「え?……ちょ」

 

 

 

 2人は勇の手を引っ張ると何処かへと連れていかれた。

 

 

 

「お前達!私を置いていくな!」

『ヴー!』

 

 

 

 自動で自立稼働状態になったアルミラージとラウラが3人を追いかける。アルミラージは兎特有の素早さで早く到着し、勇の背中を登ろうとするが服で落ちていく。アルミラージに気付いた勇は慌てて後ろに手を回して支え、後からやって来たラウラに渡そうとするが暴れる始末。

 

 

 結果、アルミラージは勇に抱えられる結果となってレゾナンスを徘徊するのであった。

 

 

 因みに勇がレゾナンスに来て良いのかという心配であるが、亡国企業の面子が4人ほど護衛に当たる結果となった。尚3人は未だにこの事実を知らない。しかし一般の方々は男女共用型ISコア開発者が現れた事で騒然としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先に昼食を済ませ、一行は水着売り場へと向か……う前に先ずはラウラの服からであった。何せ()()()()しか持ってきていないというので、水着を買う前に済ませておこうという事である。

 

 

 

「服ですか……パジャマとか対談用に正装とか、研究着とか位が殆どでしたね」

 

 

「よし勇のも買おう。これ決定事項だから」

 

 

「はぁ……?」

 

 

「というより、今も対談用の服装なのですが……」

 

 

「着替えるのが面倒なので」

「だろうと思った」「だろうと思いましたわ」

 

 

『ヴー』

 

 

「アルミラージ……今だけはその体が羨ましいぞ……!」

 

 

『ヴン』

 

 

 

 先ずはラウラの服を探す為に女性物の服売り場に到着する一行。勇は入っても良いのかをシャルロットに尋ねるが、強制的に連れていかれるそうだ。

 

 

 そうしてラウラの服決め、もといラウラのファッションショーが始まったのであった。時間にして1時間半ほどであったそうな。

 

 

 しかしその途中で勇のスマホに着信が入り、勇はその場を離れる事となった。ワイヤレスイヤホンに繋げて電話に出た。

 

 

 

「はい尾崎です」

 

 

〔はぁ〜い。久しぶりね勇君〕

 

 

「……スコール、貴女が連絡してきたという事は」

 

 

〔あら残念。折角少し世間話でもしようかと思ったのに〕

 

 

 

 少し瞼を閉じて話すのを止める勇。瞼を開くと真剣な顔付きで尋ねた。

 

 

 

 

 

 

「……御託は結構です、()()()()()()()()()?」

 

 

〔ざっと5000万ね。ま、残念としか言い様が無いけど。こっちは()積まれたし〕

 

 

「成程。ではそのまま目的の方を完遂させて下さい」

 

 

〔了解。あ、今度の休みに久々に居酒屋にでもどう?久々に楽しみたいわ〕

 

 

「……終わり次第なら」

 

 

〔なら決まりね。それじゃあ〕

 

 

「ご武運を」

 

 

 

 電話を切るとまた一旦瞼を閉じて少し息を吐くが、そのままの勢いで眠りそうになった。それをアルミラージがお得意の後ろ蹴りを食らい、腹を抑えながら目を覚ます。

 

 

 

「あっはっはっはっ……痛かったけど、ありがとね」

 

 

 

 アルミラージを優しく撫でると目を閉じて嬉しそうに身を寄せる。アルミラージを抱え上げ再度3人の元に向かうと、ラウラが今着ている服を見せてくる。

 

 

 勇は微笑みながら似合っている事を伝えると、若干狼狽えながら嬉しそうな声でシャルロットとセシリアの元へと向かって行った。そんな様子を見ている勇は、自分の両手に力を込める。

 

 

 

 

 

 

 

 胸に秘めるのは、たった1つの意思のみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今度は勇の私服決めである。シャルロットやセシリアがあれやこれやと服を決めては勇は着せ替え人形となっていた。心なしか、シャルロットとセシリアはそれを楽しんでいた。ラウラはアルミラージと共に着せ替え人形となっている勇を眺めて感想を述べたりしていた。

 

 

 体感的に長い時間を掛けて決めたのは、それぞれ白、グレー、青の服と青のデニム、黒、紺のズボンの合計6つのみ。最終的に落ち着いたのが無地系のものである。

 

 

 流石に選んで貰ったとはいえ自分の着る服なので、勇は財布から()()()()()を出して支払いを済ませた。店員は完全に怯えた様子をしていたという。

 

 

 

「というより勇、なぜブラックカードなんてものを持っているのだ?」

 

 

「ん、あれですか?」

 

 

 

 少し思い出す素振りを見せながら勇は言う。

 

 

 

「んーと……確か預金額が急激に上昇して、それからカード会社からカードの入った封筒を受け取って」

「さーて今度は水着だよ」

 

 

 

 シャルロットが話に割り込み中断させられるが、少なくともそのカードの話はこの様な場所でして良い訳が無い。そんなシャルロットの判断にセシリアも安堵したが、この歳でブラックカードが貰える勇はどうかしている。

 

 

 水着売り場だが、そこは男女別になっているため一旦3人と分かれる。行こうとしてアルミラージが足元に居ることを確認すると、仕方ないので再度抱え上げて見て回る。といっても大体が同じ様な形なので、あとはデザインだけだが。

 

 

 とここで話は変わるが、兎は基本的臆病であり警戒心が強い。故に自ら知らない者の傍には近寄りはしない。

 

 

 

 

 

 ましてや()()()()()()の存在なんて、すぐに察知できる。

 

 

 

『ヴッ!』

『ガウッ!』

 

 

「ッ!?くそっ、離せ!」

 

 

 

 勇は後ろを向いたままであったが、声の高さなどで性別と年齢を当てる。その後金属音が聞こえたので目的の予想が付いた。

 

 

 

「……大方、女尊男卑の過激派ですか。貴女の年齢は20代後半で、先程の音からして僕を包丁で刺そうとしましたね」

 

 

「ぐっ…………!くっ……!」

 

 

 

 後ろを振り向くと、ちょうど20代後半の女がフェンリルのグレイプニールによって捕まり近くには持っていた包丁が落ちていた。どうやらアルミラージは包丁を持っていた()を狙ったらしい。その女の手は少しだけ赤く染まっている。

 

 

 勇は落ちた包丁を拾うと峰の方を自分に向けて刃を持つと、そのまま()()()()()。ミシミシと音を立てて形を変える包丁を見て、女は恐怖しか感じていなかった。勇は折り畳んだ包丁を女のバッグに入れると近くで呟いた。

 

 

 言い終えると勇は離れ、フェンリルはグレイプニールを解きアルミラージはフェンリルの背中に乗る。逃げた女を見届けるかの様な視線を向けた勇は、フェンリルからホログラム画面を出現させ操作していく。

 

 

 そしてホログラム画面を閉じると、勇は表情を戻してアルミラージとフェンリルに向けて笑顔で優しく撫でる。尻尾を振るフェンリルと、もっと撫でろと謂わんばかりに頭を上げるアルミラージ。フェンリルは待機状態に戻り、アルミラージを抱えて水着を選ぶ。

 

 

 選んだ水着は全身に着るタイプのものを選び、サイズを確認して購入する。その際、男性店員から写真を撮っても良いかと聞かれたが勇は何時もの調子で承諾しツーショットを取られる事となった。満足そうな店員に一言挨拶をしたあと勇は3人を待つのだが、どうやら先に終わっていたらしい。

 

 

 アルミラージに何かを告げた後、アルミラージは待機状態であるシュシュになり勇はラウラの手首に通す。

 

 

 

「では、ラウラさん」

 

 

「何だ、急に」

 

 

「いえ。アルミラージを大切にしてやって下さい、とだけ。貴女の()()なんですから」

 

 

「無論、大切にするに決まってる!」

 

 

 

 胸を張り堂々と応えるラウラの姿勢に、何処か安心感を覚える勇は優しい笑みを浮かべた。その笑みに一瞬何かが消えかけていた3人だったが、すぐに正気に戻った。

 

 

 そうして長い1日を終えて、4人は学園に戻って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから起こる事を知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その4人が出かけていた間、IS学園では職員会議が行われていた。招集を掛けたのは轡木()()()本人だが今会議に居るのは、その妻の方である。

 

 

 

「本日は教師陣の皆様にお集まり頂き感謝しております」

 

 

 

 丁寧な口調で挨拶をする轡木(妻)。職員会議に呼び出されている1年の教師陣、果ては2・3年の教師陣もが注目する中それは話された。

 

 

 

「では今回の職員会議なのですが……

 

 

 

 

 

 

 

 【二学期男子学生編入計画】についてお話したいと思います」

 

 

 

 

 一瞬で辺りがザワついた。それもその筈、このIS学園は殆どが女子。つまりは前時代の()()()()乗れるISを有効活用し人材育成する場であった。

 

 

 だがこの計画には、今の時代の()()()()乗れるISを有効活用する為の計画である。謂わば女の至上主義を崩す足がかりになるのだ。

 

 

 ザワついている中、轡木(妻)はその計画の内容を発表していく。

 

 

 

「この計画は先ず、男女共用型ISコアの制作に伴ったものです。幾ら尾崎勇が開発したコアが常識を変えようとも、今の学園では男子学生への適切な対応が充分では無い。

 

 

 その為に何人か男子学生の編入を認め、学園の対応と偏見を変えていき最高峰の教育機関という立場を確立させる計画です。

 

 

 この計画には

【編入試験でIS関連以外の指定教科】をクリアした男子学生を6()()選出するものとなっています。なお現在この学園の技術科に在籍している男子学生は対象に入っておりませんが、定員数に届かなかった場合は技術科からの編入も視野に入れています。

 

 ここまでで何か質問がある方は?」

 

 

 

 颯爽と意見を申し出たのは織斑千冬であった。

 

 

 

「学園長、先ずは何故二学期という中途半端な時期なのでしょうか?」

 

 

「……今、時代は変わりつつあります。

 

 

 本来男性が乗れることが無かったISを、ここの生徒である尾崎勇がコアを新たに開発したことで世間の認識は大きく変わりました。

 

 

 ですが、その認識は()()()()という思想による影響もあって迫害されやすい。

 

 

 尾崎勇という()()()が作った新たな思想を紡がなくてはならない。

 

 

 世論に良い影響が与えられているにも関わらず最高峰のIS教育機関の我々が女尊男卑という()()()()に拘っていては、批判が大きくなるのは目に見えています。

 

 

 だからこそ我々は一刻も早く男子学生の入学計画を進めなくてはならないのです。

 

 

 この計画は、ある程度の新たな()()を持たせることが重要だからこそ二学期という時期が選ばれたのです」

 

 

 

 織斑千冬は座る。しかしこの意見に反対の意思を持つ者も居る事を忘れてはならない。

 

 

 

「しかし学園長、幾ら何でも早すぎると思います。来年度に持ち越すというのは?」

 

 

「それも思案しましたが、恐らくそれでも()()()()と考えています。

 

 

 もし来年度に決まったとしても、その時彼らは何も知らない者達です。混乱の元に成りやすい。

 

 

 ましてや2年がたった2人というのも問題が生じます。このままでは5年かかって漸く抵抗無く男子学生が入学できる可能性なんです、それでは先に女尊男卑の時代に叩かれ今の態勢に逆戻り。

 

 

 だからこそ少なくても男子学生を試験的に編入させる事で、後々の混乱を減らす事ができる。私はこう考えています」

 

 

 

 要は現在男子学生が織斑一夏と尾崎勇しか居ないこの学園に、もしも男子学生が来年に入学したとしよう。未来の事を考えれば、必ず何処かで不和が起きる。

 

 

 つまりは、このIS学園に対する世間の評判や、もしもの不和の解消という事を考えた計画でもある。

 

 

 多数決を取ったが、早い話織斑千冬が賛成に入った事で色々と賛成派に手を挙げる人物は多かったが反対の意見もあるのでまた後日となった。

 

 

 そして反対派の中には……女権と繋がっている人物が居た。その女は怒りや不安が入り交じった感情を露にしていた。

 

 

 

 

 

 




───失敗?

───は……はい…………

───チッ!使えないわね!…………私よ、何?

━━━不味いことになりました……

───何よ、不味いことって?

━━━学園が男子学生の編入計画を進めています!

───なっ……!?それは確かなのね!?

━━━職員会議に出席していたら、突然学園長が……

─── 一体何を考えているの……?

━━━で、ですけど。やはりこの話題も、あのコア開発者の尾崎勇の影響です。

───…………ッ!アイツがッ…………!










───お困りみたいね

───?!亡国企業!

───こうなってしまえば、維持でも尾崎勇を拉致か殺害しなきゃねぇ?

───分かってるわよ!それぐらい!








───!

───おや、何か思いついたかしら?

───……えぇ!良いのが思い付いたわ!













───明石重工を餌に釣るのよ。







 動き出す陰謀。それは逆鱗と知らず。


 次回『ウソトワナ』


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ウソトワナ

 それから幾ばくかの時が経ち、現在勇は対談……ではなく珍しく武道場に足を運び体を動かしていた。あれから一夏も成長を続けており、今では独自に作戦を編み出すまでとなっている。

 

 

 先日、勇と一夏が模擬戦をしたがグレイプニールが絡み付いた雪片弍型を手放して接近戦をしかけたり。珍しく地面を蹴って砂埃を起こさせ視界を封じたりと、それまで見せなかった卑怯と思える(生き残り勝つ)戦法を取り出した。

 

 

 ただ、それでも勇が破られる事は無かった。多少SEの消費が増えたり、装甲の交換が増えたりしたがそれでも差は思う様に縮まっていない。

 

 

 しかし勇も一夏の成長ぶりに多少危機感を覚えつつあった。だからこそ少し()()()の自分を鍛える。フェンリルは自立稼働状態でその様子を確認しており、時間が来たら知らせてくれる。

 

 

 【劈掛掌】という武術を知っているだろうか。中国武術の1つで別名【劈掛拳】と呼ばれることがあるが、主な攻撃法は“掌打”である。腰を支点にして上体を左右に振り両手を振り回す様にして連続的に攻撃することを特徴に持つ。

 

 

 だが()()()の勇は直立で攻撃する事は無い。ましてや戦いに使われる戦闘技術は様々な攻撃法が複合されている故に映画で見かける中国武術単体で勝てる見込みは殆ど無い。

 

 

 だが勇の身体能力を考えてほしい。現に織斑千冬と本気で2時間走り続けて疲弊したが、逆を言えば()()なまでにスタミナやスピードがあるのだ。そんな奴が使ったとしよう、怒涛の連続攻撃は残像が多少残る程度になり威力は桁違いの“兵器”となる。

 

 

 現に勇が腕を振るう度、風切り音が聞こえる。達人の域に達しさえすれば出来なくもないが、勇は達人でも何でもない。知識のある()()()である。その風切り音は滞ることを知らず、半永久的に続けられる。 最早コイツにスタミナという概念すら無いと感じる。

 

 

 漸く風切り音が聞こえなくなると荒れた呼吸をする勇。どうやら体力の殆どを使い果たしたらしく、挙句の果てには腕に切り傷が生まれ血が流れる始末。体が耐えきれていないのだ。

 

 

 そんな勇が動いている間だけ()()()()()()()()()()。終わった時点で発汗作用により一気に大量の汗が出てポタポタと流れ落ちる。そこにタオルと飲料水を咥えて来たフェンリルが近付き、笑顔で受け取る勇。先に大量の汗を拭き取り飲料水を飲む。

 

 

 余談だが涼もうとした勇が少し服をはだけさせると、周囲の女子生徒が鍛えられた肉体を見て悶絶していたという。

 

 

 そんな中、1人勇の監視を続ける者が居た。しかし調べようとしても実態はおろか、どうやっても秘密には辿り着けない。分かっている事があるとすれば、柄木夫妻の養子である事とISコア開発者であること。

 

 

 そして先程の動きも見ていた。楯無は同時に確信する。

 

 

 あれは人間の動きでは無いと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヴわぅ、ヴぁふっ』

 

 

「痛ててっ……あー、久々」

 

 

 

 フェンリルがグレイプニールで器用に包帯を勇の腕に巻き付けている。血は拭き取り、多少染みるが水で洗い流した後でだが。

 

 

 一旦フェンリルが巻くのを止めると、包帯に()が形成され始めていた。それが止まると巻くのを再開したフェンリルを眺める。

 

 

 少しキツめに締められる。包帯は制服で隠せば良いだけなので問題は無いが、どうしてもチラチラと見える。オマケに微量ながら血が包帯に染みていく上に、地味に痛みを感じる勇。

 

 

 

「……何時もごめんね、フェンリル」

 

 

『うぅ?』

 

 

 

 可愛らしく首を傾げて問うフェンリル。優しくフェンリルの頭を撫でる勇は、とても優しい……それこそ勇を知る者達にとっては、この笑顔は見た事ないほど美しいものと言える笑顔を向ける。

 

 

 

「……6年前に僕とお前が初めて出会った頃から、ずっと迷惑かけてきた。それでも一緒に居てくれた。

 

 

 だから……フェンリルには沢山苦労させてしまった。

 

 

 こんな不甲斐ない僕で、ごめんね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……主よ、流石に言わせて貰う。

 

 

 私は迷惑と思った事は無い。それが主の進むべき道ならば、私は主の矛にも盾にもなる。

 

 

 不甲斐ない……それだけは主の言葉から聞きとうない。

 

 

 主のお傍に居れば、私は幸せ者だ』

 

 

「……ホント、主人泣かせの機体(家族)だな。お前は」

 

 

『あぁ……私自身とても誇らしく思う』

 

 

 

 フェンリルの前にだけ見せる涙。他人には見られない様に、抱き寄せて首元の毛で隠す様にする。今ここに居るのはISコア開発者ではなく、ましてや常識を越えた化け物でもない。

 

 

 家族思いの優しい()()であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして勇は食堂に向かう。今回は珍しくフェンリルを自立稼働状態にさせてだ。その途中、一夏と遭遇する。

 

 

 

「お、勇じゃん」

 

 

「あぁ、一夏君。君も夕食に?」

 

 

「そりゃな。訓練の後は腹が減って仕方なくて……」

 

 

「分かりますよ、それ」

 

 

 

 歩みを止めて談笑していた際、一夏は勇の何かに気付いた。

 

 

 

「勇、何か悲しい事でもあったか?」

 

 

「え?……あぁ、これですか。ご心配なく、少し目に異物が入った時のものですから」

 

 

「……そうか?」

 

 

「ええ。でも、なぜ悲しいと?」

 

 

「えっ……あー、うん。まぁ…………勘、かな?」

 

 

「勘……ですか」

 

 

「いやさ、勇最近忙しいじゃん。何か色んな国の首相とかと話してるし、辛い事でもあったのかな〜……ってさ」

 

 

「……ふふっ、面白いですね。一夏君」

 

 

 

 勇は多少微笑みながら、けれど雰囲気に哀愁を漂わせながら一夏に言った。

 

 

 

 

 

「知ってますか、一夏君。

 

 

 

 辛くても涙が出ない、そんな事ってあるんですよ。

 

 

 

 若しくは、涙を流す暇も無いって所です。

 

 

 

 多分今の僕は、そんな感じなんでしょうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その勇の言葉で、一夏は自身とは程遠い何処かに勇は居るのだと感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……運命の時は訪れてしまった。

 

 

 報酬は時代が変わること。代償は……()()()()()()こと。

 

 

 食事中、フェンリルが連絡が入っている事を知らせ勇はホログラムを展開させる。周りに響かない様にワイヤレスイヤホンを着けると画面を展開させる。

 

 

 

 

 

 

 

〔ご機嫌如何かしら?2()()()()()()()()()

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 目の前にあるのは、唐木ともう1人。

 

 

 唐木のこめかみにISのアサルトライフルの銃身を向けているもう1人の人物。

 

 

 勇は席を立ち上がり離れると、険しい表情と怒りの声色で尋ねる。

 

 

 

「珍しいですね……貴女の様な方が明石重工に来てらっしゃるとは。

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 右手に力が入り、少しずつ()が広がっている。ここまで怒り心頭な勇は初めて見るが、その本人は冷静を装い目の前の人物に話しかける。

 

 

 

「して、何故この様な真似を?」

 

 

〔…………何故って?それは自分がよ〜く知ってるんじゃなくて?〕

 

 

 

 しかし勇は問いに応えない。その代わり背中に氷が這い、徐々に体温が奪われていく。怒りを表した氷が自分を蝕んでいく、勇はこれを“怒りに呑み込まれるな”という自身への戒めにしている。表面上を取り繕い、相手から応えが来るのを待つ。

 

 

 この不自然な間に苛立ちを覚えた倉持の社長は、勇に知らしめる様に声を張り上げて言った。

 

 

 

 

 

 

 

〔……全てアンタが起こした悲劇よ!クソガキ!

 

 

 

 アンタがコアの秘密を暴かなければ!

 

 

 

 アンタが、男が使えるコアを開発しなければ!

 

 

 

 アンタの存在が!全ての悲劇の原因なのよ!

 

 

 

 アンタが作らなければ、私達の時代が続いた!

 

 

 

 アンタのせいで!私達が苦しむことさえ無かった!

 

 

 

 何時までも!永遠に!私達の時代だったのよ!

 

 

 

 それをアンタは崩壊させようとしているのよ!

 そんな事が何故分からない!?〕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、僕はどうすれば?」

 

 

〔何……?〕

 

 

 

 ふざけているのか、とそう叫びたかった。しかしここで本来の目的を見失えば女尊男卑の時代が、彼女らにとってより良い時代が戻らなくなる。

 

 

 こちらには人質が居る。勇の目的は知らないが、利益の為の犠牲を出せば確実に非難される。その考えを持った言動であった。

 

 

 

〔今すぐ……今すぐこちらに来なさい。話はそれからよ〕

 

 

 

 ホログラムが閉じると勇の体に這っていた氷は水蒸気となって消えた。勇とフェンリルは真剣な表情で外へと向かう。前回の事で篠ノ之束から織斑千冬の電話番号を教えて貰った勇は、走りながら電話を掛ける。

 

 

 

〔はい織斑〕

 

 

「すみません織斑先生、尾崎です」

 

 

〔!?……尾崎、何故私の〕

「その話は後で。すみませんが急用で外出します」

 

 

〔……聞くが、それは明石重工の事か?〕

 

 

「ええ、ホログラムではなく直接。外部に情報が漏れれば不味い案件でして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〔それで、本当はどうなんだ?〕

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 勇は歩みを止める。なぜ気付いたのか。今の勇には理解するのに数瞬掛かるが、それより先に織斑千冬がその疑問に応えた。

 

 

 

〔私とて教師だ、お前の授業態度や性格を多少は見ているつもりだ。お前がそんな声を出すのは滅多に無いからな〕

 

 

「………………」

 

 

 

 あぁそうか。と勇は気付いた。今の勇は誰から見ても、声を聞いても怒っている様に見えるし聞こえる。怒りに少しだけ呑まれつつあったのだ。

 

 

 

 

 

 

「ご心配なく。僕は何時も通りですから」

 

 

 

 それだけ応えると勇は電話を切り、電源を切る。そして早く外に向かって行く。勇はグツグツと煮え滾る怒りを心中に抑えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出た勇とフェンリルはモノレール乗り場に向かって走り出す。が、それを阻む様に更識楯無が相対する。勇とフェンリルは歩みを止めて目の前の(厄介者)に話す。

 

 

 

「珍しいですね楯無さん。こんな夜分遅くに」

 

 

「それはこっちのセリフよ、態々夜中に出かける意味が分からないもの。こっちの事情を考えてくれなきゃ」

 

 

「すみませんが直で話がしたいとの連絡がありましてね。ホログラムでも機密情報を守りきれない事もありましてね」

 

 

 

 では。と一言入れて楯無の横を通り過ぎようとしたが、それに合わせて楯無も移動し邪魔をする。フェンリルは唸り警戒態勢を取り、勇も勇で警戒をしていく。

 

 

 

「……通させてはくれませんか」

 

 

「私も連れていくなら結構だけど」

 

 

 

 

 

 

 

「お断りさせて頂きます」

「じゃあ無理ね」

 

 

 勇は後ろに跳躍し、フェンリルを待機状態にさせる。何も無い左手から()()()()()()()、楯無に向けて()()()()()を作る。咄嗟にISを展開させた楯無はすかさず逃げ、氷のドームを見て驚く。

 

 

 

「これは……ッ!」

 

 

 

 今度は空中に氷を作り出し、足場を作る。向かう先にはIS学園のモノレール乗り場であった。氷を滑っていた事で楯無との距離は離れたが、それでも人の出せる速度とISの出せる速度では話にならず最終的には勇は楯無に捕えられた。

 

 

 

「さーて、観念しなさいよ。幾ら貴方とはいえ、勝手な行動が過ぎるわよ」

 

 

「僕からすれば、貴女も同類なんですけどね。首を突っ込むマスコミと」

 

 

「心外ね。私のは守る為に突っ込んでるだけだし」

 

 

「そうですか…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、もう()()()()()()

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 楯無はISを動かそうと試みる、だがビクともしないのだ。腕も、脚も、首も、手も、挙句の果てに奥の手も。氷で作られた足場から1歩も動けない。

 

 

 

「なん……で…………?」

 

 

「【霧の淑女(ミステリアス・レディ)】貴女の機体の特徴は装甲を減らし機動性を重視したISであり、【モスクワの深い霧(グストーイ・トゥマン・モスクヴェ)】を元に自ら考案した機体。ですが機動性重視系というより、その【アクア・クリスタル】から発生する()()()()()込みの水を考慮した機体です。

 

 

 ま、()()()()()関係ありませんが」

 

 

 

 勇はフェンリルを自立稼働状態にさせ、掴まれている自分の制服の右袖の一部をクローによって切らせる。解放された勇は、一旦空中に氷の足場を作り楯無と対面する。

 

 

 

「貴女の奥の手である技も水、ならば凍らせれば分子間の動きは強制されて発生させるのは容易ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 まぁ凍らせたのはS()E()ですが」

 

 

「SEを……!?」

 

 

「まぁこうも氷を作ってしまったので、僕が隠す意味も無くなりましたね」

 

 

 

 勇が霧の淑女の頭装甲を掴み、フェンリルが楯無の足場に加え先程の氷のドームを消し待機状態に戻る。

 

 

 勇は真剣な表情に変わった。その目からは人間が感じる殺気を放ちながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の単一能力(ワンオフ・アビリティ)は【凍結】。

 

 

 ()()()()()の凍結から水蒸気の凍結まで幅広い汎用性を持つ()()の力です」

 

 

 

 勇は軽く拳を握り楯無の鳩尾を殴りつける。そもそもSEが凍結されている為そのまま拳のダメージは楯無に通った。

 

 

 

「がふっ!」

 

 

「ご安心を、殺す気は毛頭ありませんから。

 

 

 

 精々動きを止める程度で良いので」

 

 

 

 勇はフェンリルに乗り、楯無を掴んだまま降りる。地面に足を着けさせるが、楯無は勇の右袖を掴んだままの状態で降ろされ身動きが取れない。

 

 

 フェンリルが残った氷を消し楯無を置いたままモノレール乗り場まで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【凍結】
 フェンリルの持つ単一能力。文字通り凍結させる事ができ、応用で氷などを作る事ができる能力。

 その汎用性は幅広く、エネルギーから空気中の水蒸気まで凍結させる事が可能。また冷気だけを作ったり、勇自身が使えたりできる。


例)凍結可能なエネルギー

 ・運動エネルギー
 ・電気エネルギー
 ・ある程度の熱エネルギー
 ・弾性エネルギー
 ・音エネルギー
 ・静止エネルギー
 ・自由エネルギー







 次回『モトニンゲン』




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モトニンゲン

 勇が居なくなってから既に1時間が経過した。誰にも言わず勝手に帰って行った事は考えにくかったが、何時まで経っても来なかったので集まっていた6人は勇の部屋に向かった。

 

 

 しかしノックしても返事が無く、ラウラがピッキングして部屋に侵入することになった。そこに勇は居ない上に同室の更識楯無までも居なかった為、不信感を抱いた。

 

 

 

「というかラウラ、何処でそんなの覚えたんだ?」

 

 

「普通に軍の訓練内容に入っているが?」

 

 

「それを普通とは言わんが……しかしヤケに綺麗だな」

 

 

「というか生活感が無さそうなベッド、絶対勇ここね」

 

 

「間違いないぞ。何度も隣で寝たからな」

 

 

「ラウラさん……何をしてらっしゃるのですか?」

 

 

「抜け駆けは良くないなぁ……」

 

 

 

 セシリアとシャルロットがラウラを睨む。しかしラウラは気にせず勇が使っているベッドにモゾモゾと入る。

 

 

 

「ちょっと!何してるのラウラ!?」

 

 

「匂いを堪能しているのだ。勇は何故かいい匂いがするのでな」

 

 

「アンタらねぇ……」

 

 

 

 シャルロットとラウラの会話を呆れた様子で物言う鈴。セシリアはワナワナと身を震わせており、その様子を見る一夏と箒。

 

 

 そんな中、一夏が勇のベッドからはみ出している()()が視界に映る。何かと思いベッドの下の隙間から出ている物を取り出す。

 

 

 

「あ、これ……」

 

 

「うん?あぁ、何時もアイツが読んでいた……それがどうした一夏?」

 

 

「いや、たまたま見つけたからな。にしても懐かしいなぁ……ノートに色々書いて読み返してた勇」

 

 

「ノート?」

 

 

「おう。入学当時だと……ピットで小さくブツブツと何か言ってたな」

 

 

「ノートでしたら私、見たことありますわ。確か鈴さんのデータとか何とか」

 

 

「えっ、マジ?」

 

 

「ええ、それはもう。鈴さんの戦い方から課題点まで」

 

 

「へぇ〜……んで、それ何が書いてあんの?」

 

 

「いや勝手に読むのは不味いだろ」

 

 

「前は本音さんが持ってきてたような……」

 

 

「じゃあ大丈夫でしょ」

 

 

「あのなぁ……」

 

 

「そんなつべこべ言わずにっ!」

「ちょおい!」

 

 

 

 鈴が一夏の持っていたノートを取り上げると、1ページ目を捲り内容を読んでいく。一夏はノートを勝手に見た鈴や勝手に入った自分達が怒られそうだと考えるが、その考えの途中に鈴が顔をしかめる。

 

 

 

「鈴?何が書いてあったの?」

 

 

「……何かしら、この企業。聞いたこと無いんだけど」

 

 

「何と書いてるのだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「亡国企業……って」

「ッ!?」

 

 

 

 勇のベッドから起き上がったラウラは鈴が持っていた勇のノートを取り上げ、そのページを読む。

 

 

 

「あ、ちょ!」

 

 

「…………!この文字、やはりッ!」

 

 

「ラウラ?」

 

 

「だが、何故だ……

 

 

 

 

 

 

 

 何故織斑一夏の()()()()()が……?」

 

 

 

 空気が変わった。その一言だけで。

 

 

 

「ど、どういう事だよ……ラウラ。何で……」

 

 

「……すまんが、こればかりは私にも分からん」

 

 

 

 急に立ち眩みが起こった一夏は倒れそうになったところを箒によって支えてもらったが、未だにラウラの言った事が理解出来ていなかった。

 

 

 

「一夏!大丈夫か!?」

 

 

「……悪い、箒」

 

 

「…………ねぇラウラ、亡国企業って?」

 

 

「……詳しい事はあまり分かっていない。ただ【数々の戦争の裏で暗躍した組織】としか分かっていない」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

「だが不可解だ……。なぜ勇が亡国企業と?」

 

 

 

 そんな考えの中、突如部屋のテレビが着く異常事態が発生した。なぜテレビが着いたのかは理解できないが、そこを問題視する者は少なかった。

 

 

 問題は()()()()()()()にあったからだ。

 

 

 

「……これは!?」

 

 

「明石重工の……もしかして、監視カメラから撮ってるのかな?」

 

 

「その可能性が高い。だがこれは……」

 

 

 

 そこに映されていたのは明石重工の社長室に居るべきでは無い者が1人と、社長席に座っている唐木らしき人物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてI()S()()()()()()を着ている人物が居る、真上からの映像であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、勇は明石重工の出入口前に到着していた。既に社員は全員帰ったというのに、そのオフィスは明るくなっている。

 

 

 自動ドアを潜るが、そこには勇を監視する様に視線を向け続ける女達。その1人1人を確認すると共通点がある事が判明した。

 

 

 ある一部を除き全員()()()()の社員なのだ。御丁寧にISを装着しており、変な行動を取れば直ちに射殺すると謂わんばかりにアサルトライフルを向けている。

 

 

 勇は両手を頭の後ろに付けてエレベーターへと向かう。なるべくこれ以上刺激しない様に敢えての行動だが、それを見ていた倉持の社員は嘲笑うように見ていた。

 

 

 勇はエレベーターで最上階まで向かうと、社長室へと続く道に数人の人物が待ち構えていた。その人物は勇がエレベーターから出ると、勇の後ろに位置取り銃を構えた。

 

 

 

「手筈は」

 

 

「ご要望通りに」

 

 

 

 勇は歩き出して社長室へと向かう。それに合わせて後ろの人物は銃を構えたまま出口を消していく。後に引けなくなった勇は社長室に辿り着くと、ゆっくりと開かれる扉からその様子が目に映る。

 

 

 先程の倉持技研の取締役と唐木社長、そして周囲には離れた場所に居る銃を持って勇に向ける者達。

 

 

 

「遅かったわね」

 

 

「少々厄介者が紛れましたからね……まぁそんな事はお互いどうでも良いでしょう」

 

 

 

 勇からある程度離れた所に位置する先程の者。勇は接待用の机前に位置し、話を進める。

 

 

 

「では、貴女が望むものは……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()使()()()I()S()()()よ」

 

 

「……成程」

 

 

「言っとくけど!ここで拒否するのなら、ここに居る糞女の頭がぶち抜かれるわよ!アンタの立場なら、この上なく従わざるを得ないわよねぇ!?」

 

 

「…………確かに。僕とて人命か名誉、または地位のどちらかを選ぶとすれば人命を選ばざるをえない。

 

 

 

 

 

 

 ですが、僕からも1つ提案が」

 

 

「何……?」

 

 

「僕がISコアを作れたのは設計図があったからです。

 

 

 

 

 その設計図が()()()()()にあったとしたら?」

 

 

「ッ!?」

 

 

「僕は貴女方にコアの設計図を譲渡しましょう。ですが、その代わり唐木さんを解放させて下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはアンタ次第よ」

 

 

「了解しました」

 

 

 

 幾人か倉持技研の社員が勇を包囲し、勇は頭の後ろに両手を着けたまま社長室を出ていく。社長室へと続く道の途中で止まると左側の壁に向かい手探りで何かを探していた。

 

 

 

「……ん、ここだ」

 

 

 

 勇がその部分を押すとへこみ、その右側の壁が両側スライドドアの様に開かれる。巨大な業務用エレベーターとして運用されているそれに銃を向けられながら乗り、そのまま地下へと進む。

 

 

 地下に到着した一行は近未来的な廊下を歩き、とある場所で止まる。部屋のドアらしき場所の傍に特殊なスキャナーがあり、勇は待機状態のフェンリルを着けた右手でスキャナーに触れる。

 

 

 

〔───α1【フェンリル】の確認

 生体認証システムに異常なし

 

 

 

 

 お帰りなさいませ〕

 

 

「ただいま」

 

 

 

 懐かしい感覚を味わいながらも、その部屋のドアに触れると左にスライドされ開く。中はこざっぱりしており、目に付くのは1人用のベッドと椅子。テーブルに台所、そして本棚。

 

 

 勇は本棚に向かい4段目にある青い本を引くと、その本は自動で戻り本棚が()に移動した。そこから1つの廊下があり、この技術力に驚かされているばかりの倉持技研社員達である。

 

 

 その廊下を暫く歩き、一行はとある場所に到着する。

 

 

 その部屋と思わしき場所は暗く、何があるのか検討も付かない。勇は暗闇の中を突き進み他は勇をハイパーセンサーの探知で探る。

 

 

 すると、そのハイパーセンサーにフェンリル以外のI()S()()()が起きる。それに気付くと一瞬で電気が着き一瞬だけ目を閉じる社員達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴女達バカですか?」

 

 

 

 突如視界に入った()()に目が釘付けとなる。勇の声が広々とした()()()の中で響く。

 

 

 

「まさか本当に渡すとでも?ご冗談を。渡すのは……

 

 

 

 

 

 

 

 【バハムート】の拳ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』」

 

 

 

 そこに居たのは【怪物】と言っても差し違えない巨大な存在。高さ約3m弱、腹部と顔以外黒く染まった装甲が特徴であり凶暴な顔付きをしていた。

 

 

 その【バハムート】と呼ばれた存在は右手で拳を作り腕を引くが、ものの一瞬の溜めだけでパンチを放つ。

 

 

 しかしその拳は数名を巻き込んだ。巻き込まれた数名のISはSEが尽きた事により待機状態となり、相手方はバハムートの恐ろしさを身を持って知った。

 

 

 

「あ…………あ………………………

 

 

 

 

 

 

 

 いやあああああああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

 

 

 

 1人が先程の道へと走り去って行く。それに続くかのように動ける者は走り去り道に向かう。だが不幸な事に、その道には扉があり閉まっていた。

 

 

 叩いても叩いても、懇願しても祈っても開かない扉に絶望していました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『情けないな、女共』」

 

 

 

 バハムートから発せられる変声機越しの声。しかし逃げ去る者は聞こえていない。

 

 

 

「『しゃあねぇだろ、コイツらは恐怖を味わってすらいなかった奴等だ。謂わば鍛錬されてねぇ日本刀だ』」

 

 

 

 フェンリルを纏った勇が口調を変えて話す。しかし姿に違いがあった。背骨と思わしき部分は曲がっているが、()()()()であった。高さ2m程の【人狼】である。尻尾が地面ギリギリに振られ砂埃が舞う。

 

 

 

「『さて……向こうは大丈夫だろうから、とっとと終わらせるぞ』」

 

 

「『おう』」

 

 

 

 バハムートの左拳が引かれフェンリルが体勢を低くしてクローを構える。先にフェンリルが走り出し、右()のクローでISを纏っている人物だけを狙う。そのクローに触れた者は動けなくなった。

 

 

 そしてフェンリルのグレイプニールでISを纏っていない者を拘束し、バハムートの射程から離れる。それを確認したバハムートが左拳を放つ。

 

 

 普通なら有り得ない程の風圧と威力がIS装着者を襲う。たった一撃、然れど一撃。巻き込まれた全ての人物はSEが切れて待機状態となり戦うことすら出来ない。

 

 

 バハムートの背後から触手が伸びだし戦意喪失した者を捕らえる。それを確認するとフェンリルから勇が出現し、フェンリルが自立稼働状態になる。なぜかフェンリルの顔立ちが勇ましいものとなっているが。

 

 

 

「さて、行ってきます。フェンリルお願いね」

 

 

『うぉん』

 

 

 

 勇が先程女性が叩いていた扉の傍の機械を操作すると自動で扉が開き、道を戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……遅い。遅い遅い遅い!」

 

 

 

 一方社長室にて。倉持技研の取締役が憤っている中、唐木は目を閉じて達観していた。離れた場所でアサルトライフルを振り回している倉持の取締役を見て唐木は呆れている様子だ。

 

 

 その時、社長席のホログラムから勇が映る。社長室前に到着した事を知らせると唐木は扉を開かせ、中に入らせる。

 

 

 

「やっと来たわね!遅す……ぎ…………!?」

 

 

 

 やって来たのは勇であった。が、後ろに誰も居ない事と勇が何も持ってきていない事が不自然であった。

 

 

 

「何で……何で1人なのよ!?アイツらは!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう茶番は終わりです、お願いします皆さん」

 

 

「何を…………ッ!?」

 

 

 

 勇に向けられていた銃口が全て倉持の取締役に向けられた為、その出来事に狼狽えている。

 

 

 

「こ、これは……何の真似よ!?」

 

 

「何の真似って?」

 

 

 

 またも社長室の扉が開かれ、誰かが姿を現す。

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

「気付かないのね。私達は貴女達に買収されたと思ってる、その思考が」

 

 

「なっ……!なっ…………!」

 

 

「たかが5000万、残念ね。はした金しか持ってなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 明石重工なら3()()よ」

 

 

「さ……3億!?」

 

 

「ほーんと、俺らを買収した気になってたお前がお笑いモンだったぜ」

 

 

 

 今度は上から、つまり天井から声が聞こえる。監視カメラの映像に映らない死角の位置に陣取り、奇妙な()()()()が存在している。

 

 

 

「既に亡国企業は、お前らを全員鎮圧している。大人しく捕まっとけ」

 

 

「補足しておきますが警察機構と政治機構に侵入した女権団体の隠蔽した不正は、既に束さんの御協力もあって()()()にリークしています。これで貴女達を守るものは何も無い」

 

 

「今頃国民は非難殺到中。世論がたった1つの考えで代わり、このままでは大変な事になるわねぇ」

 

 

「あ……あアンタ達正気!?下手すれば、これは……!」

 

 

「ええ、戦争ですね。

 

 

 

 

 

 

 この時代を終わらせる戦争(ラグナロク・ウォー)です。ですが恐れていては、何も始まらないのでね」

 

 

「因みに、お前が明石重工の社長さんに銃向けて尾崎を脅してた映像も全世界に流れてたりして」

 

 

「あ……あ………………」

 

 

 

 連続的に放たれる言葉の1つ1つが、倉持技研取締役に現実味を覚えさせる。しかも既に勇の足元から氷が這われており、その氷に触れたISは動かなくなっていた。

 

 

 他の者は全員ISを待機状態にし亡国企業の面々は先程の地下へと向かう。勇は取締役の足にある氷を昇華させて、残っている倉持技研の社員を回収しながら外に出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




───あ〜……結構疲れるヤツだったねぇ。

───束様、お疲れ様です。

───クーちゃんありがと〜。……ねぇクーちゃん。

───はい?

───こんだけ仕事したんだからさ、ちょっとぐらいユウ君からの御褒美があっても良いと思うんだ。

───はぁ……ですが、無理矢理はどうかと。

───そりゃ勿論!無理矢理だなんてトンデモない!でも無理矢理じゃなきゃ良いんだよね?

───それはそうでしょうけど

───にひひひひ……なら良いや。









 次回『タドリツクサキ』




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タドリツクサキ

 時代は一変した。いや改革()()()というのが正しい。この世界における女尊男卑という風潮が、確実に薄れているのだ。

 

 

 女性至上主義という風潮も世論によって殆ど弾圧され、その勢いは世界中に広がっていった。勿論、女性至上主義の中でも異性同士が配偶者となる者達は居た。その者達は互いに喜びあい祝福した。

 

 

 一方、女性至上主義が広まり過ぎた日本では女性権利団体の不正発覚もあり芋づる式に犯罪者が逮捕されていく。そして内閣では主に男性議員が中心となり新たに政策を進める準備を始めている。

 

 

 たった1日、然れど1日。あの1日を機に女尊男卑の者は批判を受けられる事になった。例えその人物に子どもが居ても、この出来事で過激な思想家が増えている影響か迫害を続ける者が居る。

 

 

 このままでは単なるバッドエンドだ。それを予想していない当事者(尾崎勇)ではない。また全世界に向けハッキングを束にしてもらい尾崎勇は全世界に向けて発信する。

 

 

 確かに女尊男卑の風潮は男性にとって生き辛く、迫害を受けてきたかもしれない。かと言って同じように迫害をしていけば、また女尊男卑の風潮に似た時代が出来上がってしまう。同じ過ちを繰り返すという事は、どう足掻いても悲劇しか生まない。

 

 

 例え自分達が苛立っている中でも、復讐したいと考えていても。そんな行動をすれば救いようの無い人間になるのは自分自身になる。思いとどまって欲しいという願いを勇は全世界にぶつけた。

 

 

 幸いその演説がその出来事の翌日、その時勇は明石重工で寝泊まりをし束監修の元行った為か思いとどまる者は多かった。だがこれは“人の振り見て我が振り直せ”という風に、かつての横暴であった人を振り返り自分達は()()()()()()()()()()事を悟らせるものだ。意味が理解出来ない者は、そのままである。

 

 

 だがその数は少なかった。言い方を悪くすれば“前時代の屑になりたくない”という思いがあったというのが深く関わっているからだろう。

 

 

 そんな中、その出来事を起こした当事者である勇は新たな日本政府内閣に協力したり警察機構に話をつけたりと大忙し。単一能力によって動けなくした楯無はというと、時間が経った事で動ける様になっていた。

 

 

 世界を変えた。それだけで忙しくなった勇は2徹、3徹と時を過ごし我が身を削りながら国家や国際機関との対談を行ったりと多忙過ぎて学園に向かう暇が無かった。

 

 

 だからこそだろうか、臨海学校間近というにも関わらず明石重工の元に幾人かの人物がやって来ている。ホログラムの使い方を覚えたシャルロットが訪問のアポを唐木に取り、ここに来ていた。

 

 

 

「デッッッッッカ」

 

 

「そりゃアンタ、今じゃ世界企業の仲間入り果たしてるのよ?」

 

 

「競争相手である倉持技研が倒産の一途を辿っている事もあるだろうね」

 

 

 

 そう。女性権利団体の不正が発覚した事で巣窟とも言える倉持技研が実質権力や株価などを落としている。その事を踏まえてか唐木は一夏を連れてくるように指示を出したのだ。

 

 

 

「だが今回の目的は……」

 

 

「ええ。なぜ勇さんが」

 

 

「あら、皆ここで何をしてるのかしら?」

 

 

 

 急に声を掛けられた事で慌てる6人、後ろを振り向くと更識楯無と更識簪の2人が来ていた。

 

 

 

「お、お前はッ!なぜここに!?」

 

 

「私は政府からの御通達があったからよ」

 

 

「……同じく」

 

 

「それより、何で貴方達がここに居るのか。だけど?」

 

 

「僕がアポを取って許可してもらったから……じゃあ駄目かな?一応デュノア社と協定結んでるし」

 

 

「便利ねぇ、そういうの。今度からそうしましようかしら?」

 

 

 

 “仲介役”と書かれた扇子を広げて口元を隠す素振りを見せる楯無。

 

 

 

「あ、あのすみません。1つ聞いてmッ!?」

 

 

「あー!すいません!ちょっと良いですか!?」

 

 

「え、ええ。構わないけど……」

 

 

「どうやらお互いの要件的に都合が良いと思うので、一緒にどうかなーって!?」

 

 

「私は別に構わないけど……どう?簪ちゃん」

 

 

「……断る理由も無いから、別に良い」

 

 

「なら行きましょう今すぐ!」

 

 

 

 一夏の口を塞いだ鈴が素早く2人の背中を押すようにして前に移動させる。何故かと問いたくなった一夏であったが、それをラウラが制する。

 

 

 

「いや何すんだよ?」

 

 

「一夏、分かるか?あの事は簡単に話してはならない。ましてや勇と()()の者だ」

 

 

「……それが?」

 

 

「普通勇には既に護衛の1人や2人付いてもおかしくない。だが現状維持であった……大方、護衛が()()()()()()であった為に動きも無かったのだろうな」

 

 

「……って、それだと!」

 

 

「皆、ICカード着けて。えっと……」

 

 

「更識楯無よ。こっちは妹の簪ちゃん」

 

 

「ちゃん付けは辞めて。更識簪、宜しく」

 

 

 

 こちらこそと応えてICカードを全員分渡すと、そのまま社長室までエレベーターで向かう。先頭にシャルロットが位置し社長室前の扉の傍にあるベルを鳴らすと、自動で開く。

 

 

 

「やー態々来てくれてありがとうね皆。あ、楯無ちゃんと簪ちゃんは座って座って」

 

 

 

 社長席から立ち上がる唐木社長。2人は誘導される様に座り、そのまま2人に話す。

 

 

 

「あ、そろそろ勇君が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お早うございます……」

 

 

「お、勇……ってどうした!?」

 

 

 

 勇はかなり疲弊感を覚えている様子であった。目はうつらで瞼を閉じれば直ぐに寝そうな位の様子であった。服装はシワの入った研究着の様なものを着ている勇は、来ている6人の方に視線を向ける。

 

 

 

「おや……?皆さんお揃いで、どうかされました?」

 

 

「……勇、まずは見てほしいのがあってね」

 

 

 

 疑問に思う勇はシャルロットがロック鳥の量子格納域から1冊のノートを取り出す。それを受け取り確認すると、12のノートに付箋が貼られており何かと思い確認した。

 

 

 

「!?」

 

 

「勇、話して。全部」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……唐木さん、少し予定変更です。面接の方をお願いします」

 

 

「あら、どうしたの?」

 

 

()()()()()()()()()()。一夏君の件は僕から」

 

 

「……そっか。了解」

 

 

 

 唐木社長は社長室に歩み、勇は手招きして6人を案内する。全員出ていった事を確認すると唐木社長はホログラムを操作して扉を閉めると、2人の前のソファに座り対談していく。

 

 

 

「さてと……ごめんね2人とも、急遽変更になって私になっちゃった」

 

 

「いえ、態々お忙しい中に対談の承諾をして下さり感謝しております」

 

 

「そう固くならないでほしいわ。対談といっても、簡単な質問をするだけだから」

 

 

「はぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の勇は6人を案内するが、社長室に続く道の途中で止まった事で何も知らない3人には不審がられる。

 

 

 

「どうした、急に止まって?」

 

 

「ちょっと早く……って、何してんの?」

 

 

 

 勇は左の壁にある壁の一部を押す。その場所だけへこんだ直後、その右側の壁が両側スライドドアの様に開きエレベーターが現れる。1度地下を訪れた3人は技術力の結晶だと改めて感じ、残りの3人は驚く。

 

 

 

「スッゲェ!何だこれSFか!?」

 

 

「違うわよ一夏!これは……あれよ!何か特有のあれよ!」

 

 

「まるで意味が分からんぞ!?」

 

 

「3人とも、早く乗って下さい」

 

 

 

 既に乗っている4人は気持ちは分かるから早く乗れと謂わんばかりの視線を向けており、勇に急かされて3人は業務用サイズのエレベーターに乗り込む。

 

 

 地下へのボタンを押すと、そのまま一気に降りていき到着する。ドアが開かれると勇は真っ直ぐ歩いて行き、それに続いて6人も歩んでいく。

 

 

 

「……ホント、何だここ?」

 

 

「本当に会社なの?この施設」

 

 

「ボクらも初めて来た時は驚いたよ。設備が凄すぎて」

 

 

「ドーム状の地下訓練場まで用意されてますわよ」

 

 

 

 勇が扉の前で止まり、右側にあるスキャナーにISを装着させた右手をかざす。解析が終わりピッという音が鳴ると、ドアが右側にスライドされて管制室と思わしき場所に出る。

 

 

 開いた扉の音で7名の方に顔を向ける人物が居た。()であるが。

 

 

 

「おー勇君、早いお帰りだね」

 

 

「少し話があるので奥様に任せてもらいました。

 

 

 

 

 

 ()()さん」

 

 

「……はっ?唐木?」

 

 

「あの女性と同じ苗字……それに、奥様ということは」

 

 

「ん、あぁ失礼。先に自己紹介を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼は『唐木 清司(せいじ)』さん、ここの()()を務めてもらっています」

 

 

「ご紹介に預かった、唐木清司だ。宜しくな皆」

 

 

 

 かなり気さくな態度で接する唐木清司の第1印象は残りやすい。眼鏡をかけて、あごひげを少し残している顔からは渋い大人という風格を見せ付けている。しかし服装は研究着だ。

 

 

 

「よ、宜しくお願いします……織斑一夏です」

 

 

「おっ、件の男性操縦者が君か」

 

 

「は、はい」

 

 

「ちょうど良かった。【リンドヴルム】も完成間近でね、皆来てくれるか?」

 

 

「……えっと、りんど…………何て?」

 

 

「ハッハッハッ!まぁ分からないのも無理は無いな!だったら尚更付いてくるべきだ」

 

 

 

 全員を先導するかの様に招き、8名は別の廊下を進んでいく。カーブ状に曲がった廊下はドームに沿った形で設計されており、要所要所ではガラス張りの所でドームの様子を見る事が出来る。

 

 

 一行は階段を降りて左の道に進み、暫くした所のドアの前に清司が立つ。傍にあるスキャナーに手をかざすと音が一瞬だけ鳴り扉が開かれる。

 

 

 今度はエレベーターであり、全員それに乗り込む。

 

 

 

「……なぁ勇、一体何処に行くのだ?」

 

 

「そうですね……まぁ見れば驚くのは間違いありませんが」

 

 

 

 エレベーターが下に到着して扉が開かれる。

 

 

 そこには研究着を着た多くの男性と機械に加え

 

 

 

 

 ()()()I()S()があった。

 

 

 

 

 

 

「うっわぁ……!凄い…………!」

 

 

「こんな設備が……明石重工にあったのか…………!」

 

 

「地下にしては設備が整いすぎですわ……!」

 

 

「ここで……αタイプが作られてるってこと?」

 

 

「だとすれば、私らは中枢に居る事になるな……」

 

 

「スゲェ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明石重工特設の【N(Neo)T(Tech)-(Zwei)】という機密機関です。ここでαタイプISの製作を行っています」

 

 

 

 1行は少しだけ歩き少し開けた場所に到着すると、そこから女性2人が歩み寄ってくる。

 

 

 

「おう……尾崎じゃねぇか」

 

 

「あら、勇君」

 

 

 

 2人は並んで歩いていた様子だが、何処か距離が近い。そう思う6人を他所に、勇は2人に挨拶をする。

 

 

 

「お疲れ様です。

 

 

 

 

 

 

 ()()()()さん、()()()()さん」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 2人は驚いた様子を見せていたが、少しすると頭を抑えたり目頭を抑えたりして溜息をする。その様子に困惑していた6人であったが、勇は6人と向き合い話をする。

 

 

 

 

 

 

 

「ご紹介します。彼女らは亡国企業(ファントム・タスク)の人間です」

 

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 

 

 6人は驚き、その2人を見やる。それぞれ『スコール』『オータム』と呼ばれた女性は何処か疲れている様子を見せている。

 

 

 先に一夏が勇に尋ねた。

 

 

 

「……勇!何で…………何で俺の誘拐を実行した奴等を!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女らには報酬を提示して()()()()()

 

 

「ッな!?」

 

 

「雇った……?」

 

 

「ええ。契約金3億、給与もそれなりに与えて」

 

 

 

 勇は先程シャルロットから渡された自分の12のノートを見せながら言う。

 

 

 

「皆さんは、僕と亡国企業との関係が知りたいと。そして何処で、何時、どうやって知り合ったのかをお聞きしたいのですよね?」

 

 

 

 6人が顔を見合わせ、勇に頷く。確認した勇はフェンリルのホログラムを起動させ、ある人物を呼び出した。

 

 

 軽快な足音がその集団に近付いており、最終的には勇の後ろから近付いている者が確認された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘーイ!ユウく〜ん!束さんを受け止めて〜!」

 

 

「姉さん!?」

「束さん!?」

 

 

 

 一夏と箒はその声の主である束に驚くが、勇は横ステップで避けて襟首を掴んだあとに首を掴み6人に向けて差し出す様に見せる。

 

 

 

「あぁん!もう、恥ずかしがり屋さんめっ!」

 

 

「黙って下さい、口を閉じて下さい、顔面埋めますよ」

 

 

「あはっ!構ってくれる辺り優しいのは変わらn」

「ふんっ!」

「へぶっ!」

 

 

 

 宣言通りに束を地面に埋めると、手を離して払う。亡国企業との関係は束が仲介して雇ったというが、詳細を聞くには束が頭を引っこ抜くまで待つしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 次回『キミハナニヲミル』


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キミハナニヲミル

難産でした……_(:3」∠)_


 漸く束が復活すると先ずは顔に付いた破片を取り払い一夏と箒にハグをする。突然の出来事に戸惑う2人だが、すぐに束は離れ件の話をしていく。当事者である勇はというと……

 

 

 

 

「……篝火さん、これ」

 

 

「おー、【スリヴァルディ】がどうしたのかな?」

 

 

「いやどうしたじゃなくてですね。僕の計算だと、この出力じゃスリヴァルディが85.2%の確率で初撃破損しますよ?」

 

 

「んーそうか?」

 

 

「そうか?じゃなくて。この場合だとIS本体の出力と同調させて調整させる様に設計してますよね?なのに何でパッケージ出力を上げてるんですか?」

 

 

「あり、ホントだ」

 

 

「すぐに直して下さい。独自の考えは御自身が思案した武装なりなんなりになら構いませんが、ここでh」

「わーった、分かった!今すぐやるから!お小言だけは勘弁して!」

 

 

 

 年上らしき女性にダメ出しをしていた。

 

 

 この女性は倉持技研から()()進んで明石重工の技術者として訪れ、現在は技術者の1人として雇用されている。

 

 

 だがこの女性の前歴は、倉持技研の第2研究所()()である。まだ若干所長時代の癖なのだろうか、ここの主任である清司や他の技術者の頭痛要因になっている。

 

 

 

「さて、ユウ君があれなので先に話でも進めよっか」

 

 

「その方が良いんじゃね?さっさと済ませりゃ」

 

 

 

 ふっと短く息を吐いた束は、本題に進んでいく。

 

 

 

「んじゃ初めに、ユウ君が束さんと接点を持った話からするね。先ず知り合ったのが……

 

 

 

 

 

 

 5()()()になるのかな?」

 

 

「5年前……?」

 

 

「そうそう。ユウ君に適正が確認されたのが6()()()だったから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「えっ……?」」」」」」

 

 

「あぁそうそう、今まで隠してたんだけどね

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()は、いっくんじゃなくてユウ君なんだよ」

 

 

 

 6人は呆然としている。それもそうだ、世間の発表で一夏にISコアの反応があり、そこから一斉に男性の適正確認が行われたのだ。そしてそれが勇であった。

 

 

 が、実際は尾崎勇が()()()の男性操縦者として束が確認していた。しかし事の隠蔽が行われた事で公にならなかっただけなのだ。そんな様子を見つつ束は話を続ける。

 

 

 

「んで話を戻すと、発覚したその約1年後に束さんが来てね、ユウ君と出会ったのさ。

 

 

 まぁ出会ってスグに奇襲したけど避けられちった」

「何サラリと通り魔紛いの事をしてるんですか!?」

 

 

「その時は“自身の計画に支障が出るから”という理由でしたね。酷いものですよ」

「もー!掘り返すなぁ〜!」

 

 

 

 6人とも計画という単語に首を傾げると、それを見た束は話を戻す。

 

 

 

「まぁ束さんの計画っていうのが、IS(子供)達を変な事に使いまくってる世界に混乱をもたらそうとして」

「姉さん!?何を考えてるんですか!?」

 

 

「その計画の邪魔になるから……まぁ最初の男性操縦者を一夏君に仕立てあげたかったというのが理由だそうです」

 

 

「?俺か?」

 

 

「ええ。一夏君の立場とかを利用して混乱を招こうとしましたが……そこに」

 

 

「ユウ君がISコアを開発したってわけ」

 

 

 

 右手のαタイプISの【フェンリル】を見せながら束の説明を補足する。続けて勇が話し始める。

 

 

 

「コアの量産の目処が立った頃に、束さんがある提案をしてきたんです。それが亡国との契約」

 

 

 

 勇はフェンリルを待機状態にさせたままホログラムを起動し画面を移動させて6人にあるものを見せる。

 

 

 

「これが、その時の契約書です」

 

 

 

 マジマジと確認する6人。その画面には契約金3億()()と契約雇用時の給与明細などが書かれたものの1番下に、亡国企業の名が。

 

 

 

「……ってドル!?円じゃなくてドル!?」

 

 

「嘘……えっ、ちょまっ…………あ、現実だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「契約するならこれぐらいしますよね?」

「普通じゃないわよ」

「日本円で約300億を俺らに渡す馬鹿の発言がこれだぜ?」

 

 

「……まぁ話を戻しますが、それらを合意した上で1部の構成員を引き抜き表向きは社員として。裏では護衛役として活躍してもらってるワケです」

 

 

 

 ホログラムを閉じて勇は眠たげに欠伸をする。ある程度の内容を割愛しつつ話したが、6人は色々と意外な事を聞きすぎて頭の整理が付いていない。

 

 

 無理もないと言える。尾崎勇は今や男女共用型ISコア開発者の立場があるが、それ以前に世界初の男性操縦者という立場もあった。そして篠ノ之束や亡国企業との関係性がある。これだけで勇は普通の学生の立場には居ない事を改めて知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい勇」

 

 

 

 今度は6人の後ろから声がする。その声の発生源を見て多少の面倒事になりそうな気配がしたのを忘れない。6人は全員その声の主の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千……冬姉?」

 

 

「いや……身長が。いやそれよりも!」

 

 

「なぜ織斑千冬と()()()()なのか。ですよね?」

 

 

 

 勇がその者の近くに歩み寄り、紹介した。

 

 

 

「『M』……僕は彼女をそう呼んでます」

 

 

「……あぁ、今日来る客だったか。なら私は戻っておこう」

 

 

「感謝します」

 

 

「…………あぁ、そうだ」

 

 

 

 エレベーターへと向かうMが振り返り、勇に指さす。

 

 

 

 

 

 

「時間が空いたらドームに来い。約束だったろ?」

 

 

「……僕今寝てないんですが」

 

 

「……チッ、だったら仮眠でも取ってこい」

 

 

「そうさせてもらいますよ」

 

 

 

 エレベーターに乗り込み上へと向かうM、それを見届けると勇は欠伸をして一夏の元に歩み寄り他の者に聞こえないぐらいの声の大きさで呟く。返事を聞いた勇は、すぐに切り替えて話を切り出す。

 

 

 

「さて、今僕が話せるのはこれぐらいです。今日の予定は一夏君に話があるのですし」

 

 

「それまた何でだ?」

 

 

「倉持技研が倒産の一途を辿っている状態は知ってますね?」

 

 

「ああ」

 

 

「まぁ正直言うと倉持技研が倒産した場合、一夏君の企業契約が破棄されてしまいます。つまりは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっくんを明石重工の企業操縦者にするってこと!」

「ちょっと僕の台詞」

 

 

「つまり……引き抜くのか?」

 

 

「ええ。ですが一夏君を引き抜く場合、多少問題がありましてね」

 

 

 

 倉持技研の倒産、つまりは契約されている企業とのパイプが消滅すること。倒産になった場合、一夏の取り分である収入が無くなる事も意味する。この倉持技研が倒産になった時点で一夏にとっても不利益なのは変わりない。

 

 

 なので勇は一夏を引き抜くつもりであった。だが別企業から別企業への操縦者となる場合の制約もある。それ以前に一夏も男性操縦者であるが故、何処の企業からも引き抜こうとする。

 

 

 

「まぁ問題といっても、他の企業を黙らせる程の金額を提示すれば良いだけですがね」

 

 

 

 またもホログラム画面を出して操作し始める勇。それが終わると、一夏に見せる。

 

 

 

「契約金は……これほどで如何でしょうか?」

 

 

「えっと……ブフゥ!?」

 

 

「どうされました一夏君?」

 

 

いや何でお前はこうもエグい金額をバンバン出せるんだよ!?

 

 

「ご不満でしたか?それでしたら」

「いや充分だから!」

 

 

 

 勇はホログラムを閉じて一夏に視線を向ける。

 

 

 

「まぁすぐにとは言いませんよ。織斑先生とご相談して下さって結構です」

 

 

「そ、そうか……分かった」

 

 

「さて、これで僕の予定は一応終わりですが……」

 

 

 

 勇は未だに見ているセシリアとシャルロットとラウラの3人を見やる。まだ色々と聞きたい事があると謂わんばかりであった。先程色々な事実を明らかにされて驚いていたのにも関わらず。

 

 

 その様子を見た勇は溜息をついて額を抑えながら首を横に振る。

 

 

 

「まだ色々と聞きたい方もいらっしゃいますので……少しの間ここの見学をしたいならどうぞ。どうせ束さんが案内しますし」

 

 

「まっかされたー!」

 

 

「質問なら僕に付いてきて下さい。自室で話しましょう」

 

 

「勇、ここに部屋があんのか?」

 

 

「ええ。一応そこで6年ほど過ごしてました」

 

 

「6年って……勇に適正があるのが分かった時からか」

 

 

「はい。さて……僕は戻ります」

 

 

 

 一礼したあと勇はエレベーターに向かい、セシリアとシャルロットとラウラは付いて行く。残された3人は束が連れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーター付近の分かれ道に戻り、左の道を行く。ある程度の進んだ所の扉で止まり、その傍にあるスキャナーにISのある右手をかざす。

 

 

 

〔───α1【フェンリル】の確認

 生体認証システム異常なし

 

 

 

 

 お帰りなさいませ。現在1名が在室しております〕

 

 

「ん、1名?誰か入ったか?」

 

 

 

 勇は少し疑問に思いつつも自室へと入る。他の3人も部屋に入ると、かなり生活感がある部屋であった。

 

 

 少し膨らんでいる1人用ベッドが1つ、脚の長いテーブルと椅子に本棚。そして極めつけに台所という地下とは思えない設備である。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 シャルロットが先程の膨らんでいるベッドに視線を向ける。人1人分の膨らみが就寝用に使われるシーツの下にあるのだ。シャルロットはベッドまで歩み寄り覆っているシーツを動かす。

 

 

 そこには寝息を立てて寝ている少女の姿が。

 

 

 

「…………勇、誰この子」

 

 

「はい?……あぁ、クロエさんか」

 

 

 

 流れるような銀髪に端正な顔立ち。その少女『クロエ』の元に椅子を持って行き、フェンリルを自立稼動状態にさせる。

 

 

 

「あら?フェンリルさんの顔立ちが……」

 

 

「あぁ、そのことなら後々。フェンリル、他に椅子出してくれ」

 

 

『ヴぉん』

 

 

 

 シベリアンハスキー特有のイケメンな顔立ちになったフェンリルは赤い目を光らせると、扉付近の壁が自動で開きそこから椅子がちょうど3脚だけ出てフェンリルがグレイプニールで運んでいく。

 

 

 慣れた手付きならぬ()()()で椅子を置き、3人はそれに座る。座るとフェンリルの目が再度光り収納が勝手に閉まる。座っている勇はフェンリルを呼ぶと、フェンリルは傍に座った。

 

 

 勇はフェンリルの頭を撫でながら息をつき前の3人を見やる。

 

 

 

「で、先ずは何からお聞きしますか?主に2つに絞られますが」

 

 

「それじゃあ……あの子、クロエだっけ?」

 

 

「そちらからですか。彼女の名は『クロエ・クロニクル』、篠ノ之束が保護した人物です」

 

 

「保護……?」

 

 

「……そちらを説明するには、ラウラさんの出自について話さなければなりませんが」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 出自の事を指摘されたラウラはビクリと体を震わせるが、それを見た勇はラウラの肩を軽く叩き視線を合わせさせる。

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

「ふえ?ほわ!?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 勇はラウラを抱えて自分の席に戻り膝に座らせる。あぅあぅと困惑しているラウラを他所にポンポンと頭を撫でて落ち着かせようとしているが、セシリアとシャルロットがかなり睨みを効かせている。

 

 

 フェンリルは勇を見て目を閉じて下を向く。主とはいえ、やって良いことがあるだろうと謂わんばかりである。

 

 

 

「失礼、ラウラさん。御迷惑かもしれませんが」

 

 

「あいや……その……迷惑じゃ……ない…………

 

 

 

 か細くなっていく声に軍人の面影は無く、単に恥ずかしいと感じている少女の姿であった。しかしただ恥ずかしいだけなら離れようと藻掻く筈だが、そんな素振りは一切見せていない。

 

 

 

「……ラウラさん、僕は束さんから貴女の事を知りました。そしてクロエさんも同じような出自です」

 

 

「………………」

 

 

「……ラウラさん?」

 

 

「ッ!あ、あぁ……そ、そう…………なのか」

 

 

「……話を進めますよ」

 

 

 

 先ずクロエの出自は単なる有性生殖から産まれた人間では無く、人為的に生産されたデザインベビーであること。ラウラと同じ出生という事からラウラもデザインベビーであるのが分かるが、勇はラウラもクロエも“人間”であると認識している。

 

 

 その時の勇は()()()()()()を愛おしむ様子を見せている。無意識に優しくラウラを撫でており、何処かラウラも嬉しそうである。その様な出自とはいえ人間と認めない者には怒りを覚えている様子も見せる勇であったが、今のところセシリアとシャルロットはその様子は無い。

 

 

 そしてクロエはラウラより先に産み出された人間であり、世間的にみれば姉と妹という立場に値している。

 

 

 

「ん……んぅ…………」

 

 

 

 目を閉じたまま体を起こすクロエ。

 

 

 

「起きましたか、クロエさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、()()()。すみません、寝てました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「勇?」」」

「これは誤解です」

 

 

 

 これに関しては勝手に束が自分の夫になる存在と決めつけており、その事から束はクロエに父と呼ばせているだけであるという。

 

 

 そしてクロエにも3人を紹介した後、突然にフェンリルから通知が来たことを知らされる。勇はフェンリルを見たあと、自動でホログラムを映し画面を見る。

 

 

 

〔勇君……あー…………っと?〕

 

 

「?」

 

 

〔……だよねぇ、そうだよねぇ君は〕

 

 

 

 少し呆れながらも唐木が答える。が、すぐに表情を戻して本題を伝える。

 

 

 

〔勇君、今から2人を連れていくんだけど〕

 

 

「?なぜですか」

 

 

〔いや楯無ちゃんが急に勇君ともう1度戦いたいって。私は渋ったんだけど、条件で負けたらαタイプを諦めるって頼んできてさ……〕

 

 

「僕寝てないんですが…………あ、じゃあ代わりの人使えば良いや」

 

 

〔いや容認するんだ……でも、それだと誰に?〕

 

 

「……1人だけなら。ちょっとだけ時間を」

 

 

〔分かった〕

 

 

 

 通話を終えると、今度はホログラムを操作し始め通話を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───そういや束さん。

───ん?何なにいっくん、何か質問でもある?

───あの、さっき清司さんが言ってたりんど……

───あぁ。【リンドヴルム】のこと?

───それです。

───αタイプIS5号機の名前のことだよ。リンドヴルムっていうドラゴンが居てね、そこから名前を取ってるんだ!中でも注目ポイントが主に爬虫類の性能を詰め込んでるのさ!

───……あれ、5号機?αタイプって今4機しか無いんじゃ

───姉さん、数え間違いですか?

───違うよ〜。束さんはボケてません!ちゃんと5機あるけど、みんな知らないだけだし。

───じゃあ……俺たちの知らない機体ってなんですか?

───それなら1機しかないから、すぐにわかるよ!




───αタイプIS3号機【バハムート】さ!









 次回『ニセモノノイキカタ』



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ニセモノノイキカタ

 唐木は楯無と簪を同じ手順で案内して現在エレベーターに。

 

 

 

「……いや、何よこれ?会社に整ってる設備じゃないわよこれ」

 

 

「ここに連れて来た人、皆そう言うから安心して」

 

 

「いや何をです?」

 

 

「ひ……秘密基地だ…………!特撮物の設備……!」

 

 

「特撮物かはどうか知らないけど、ここだけの設備なのは確かよ」

 

 

「す……凄い…………!私こっちに住みたい……!」

「簪ちゃん!?」

 

 

 

 特撮物を好きを通り越してマニアの領域に入っている簪からしてみれば、この会社の地下設備はまさに夢であり理想。桃源郷であり理想郷(ユートピア)、幻想郷であり実在するテレビでしか見ない世界(フィクション)である。

 

 

 エレベーターが到着する頃にはキチンと呼吸できる様になった簪だが、扉が開いたその先にある通路や扉を見て再度興奮冷めやらぬ様子になっていた。

 

 

 唐木の案内の元、楯無と簪は特設ピットへと向かう。ドームの広さはIS学園のアリーナ並にあるが、ピットの方は設備が整い過ぎている。先に楯無から始めるため唐木と簪はピットから退出し、他の女性研究員が仕事を始める。

 

 

 

「……よしっと。準備バッチリですよ更識さん」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 目の前のハッチが開かれると楯無はドームへと飛び出す。アリーナ並の大きさだが飛行高度が限られている分、空を悠々と舞うISの姿は飾りにしかならない。そんな場所である。

 

 

 そんな時、解放回線で楯無に話しかける唐木。

 

 

 

〔あー、楯無ちゃん。準備できてる所悪いけど、ちょっと内容変更したいけど良いかな?〕

 

 

「……変更?」

 

 

〔あーうん、勇君が相手じゃなくなったって所〕

 

 

「それはまた……何故?」

 

 

〔あーんとね、実は勇君…………

 

 

 

 

 今()()()なのよ〕

 

 

「…………えぇ」

 

 

〔いやまぁ、そこは許して欲しいかな?だって今日で5徹目でキチンと寝てなかったからさ。寝させてあげたくて〕

 

 

 

 5徹目にして勇、仮眠をする。御丁寧にシャワーを浴びて着替えてベッドで寝ています。そして護衛にフェンリルの自立稼動状態が傍に居るため起こそうとすると拒否される。

 

 

 

〔まぁ勇君が頼んで違う相手にしてもらったからさ、条件はそのままでどうかな?〕

 

 

「…………分かりました」

 

 

 

 寝ているのなら仕方ない、ならば色々と聞くのは後にしておこうと考えている楯無。ここの防犯設備もかなりの物で、部屋の扉の各所に付いているスキャナーは生体認証されている者で無ければ入れない仕組みである。そして隔離が素早く行われる仕組みが重要箇所に設置されてもいる。

 

 

 潜入しようとしても篠ノ之束による妨害工作も行われる危険性もある為、まさに現代に存在する最強の要塞。情報を守る為の超過上防衛機能である。

 

 

 

〔ああ、そうそう。相手の方なんだけど……あら来るの早いわね〕

 

 

 

 楯無は向こう側のハッチが開かれ、中から相手が出てくる様子を見て驚愕する。

 

 

 

「………………何よ、これ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『αタイプIS【バハムート】、()()()の機体じゃ』」

 

 

「…………ん?」

 

 

「『ん?』」

 

 

 

 楯無は少し疑問に思った。今現代ならば私だとかボクだとか言う女子や女性は居るには居る。だが変声機越しの女声は自らのことを“わっち”と言った。それだけである。

 

 

 そんな事よりも、楯無の前に現れた機体であった。その大きさは約3mほどで殆ど黒色の機体、凶暴そうな顔に加えて巨大な体格。今までのISよりも拳や腕や体に、()()に太さがあった。巨大さがあった。

 

 

 

「『何を(ほう)けておる?早う準備せんかい』」

 

 

「いや……あの…………」

「『つべこべ言わずやれ』」

「アッハイ」

 

 

 

 楯無は【霧の淑女】のアクア・クリスタルから水を発生させ、それを自身に纏いランスを装備する。一方のバハムートは両腕を組んだまま何も構えない。その巨体だからこそ可能な戦法を取らないのだ。

 

 

 

「貴方は構えないのかしら?」

 

 

「『お前なんぞバハムートの拳1()()でやられるのがオチじゃ。そんなモンつまらんだけじゃ』」

 

 

「……それは貴方が私より強いって意味かしら?これでもIS学園最強なんだけどなぁ?」

 

 

「『“井の中の蛙”。お前はそれだけで最強だと認識していると?あの勇と引き分けたというのにも関わらずか?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと私、本気出しちゃおっかな?」

「『抜かせ、(わっぱ)』」

 

 

 

 戦闘開始の合図が鳴ると、楯無はバハムートを観察する様に周囲を動き回る。が、バハムートは動いていない。というより動く気すら無さそうに思える。

 

 

 ならばと思い楯無は【ラスティー・ネイル】から水を高圧噴射させバハムートに当てる。その水圧をISの諸顔面に食らえば普通なら一溜りも無い。

 

 

 そう、()()なら。相手はαタイプISである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『…………何じゃ今の?勢いの無い()()()じゃのぉ』」

 

 

「ッ!?嘘でしょ!?」

 

 

 

 顔面に食らったとはいえ、バハムートのSEが殆ど()()()()()()。精々削れたとして、ほんの僅かな量しか減っていないのだ。

 

 

 そして楯無だが、高圧噴射された水を平気な状態で居られた事を少なくとも予想はしていた。だがSEの減り用が普通では有り得ない少なさであったからこそ驚いた。

 

 

 

「『良いか、童よ。本物は…………!』」

 

 

 

 バハムートが楯無の方に顔を向けて口を開いた。何か来ると理解しスグに横に移動して攻撃方法を見定めるが横に移動した瞬間、先程楯無が居た場所に“水”が噴射されていた。

 

 

 しかし威力の桁が違った。出される速度が異常なまでに速く、そして威力があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『こうするモンじゃ。【テッポウウオ】を見習わんか阿呆』」

 

 

 

 【テッポウウオ】スズキ目・テッポウウオ科に分類される魚で、その名の通り口から水を鉄砲のように放つ事からそう呼ばれている。そのテッポウウオは水中と空気中の間で発生する光の屈折という障害を物ともせず、確実に獲物に当てる腕前。

 

 

 本来のテッポウウオは口の中に細い溝があり、そこに水を溜めエラをポンプの様に強く閉じる事で勢い良く発射できる。さらに射程距離は1〜1.5m、そして連射も可能である。

 

 

 そして、その性能を持つバハムート。つまりバハムートのコンセプトは“水生生物”である。テッポウウオが連射可能というなれば、それはバハムートとて同じな事。

 

 

 

「『さぁ……避けてみぃ!』」

「ッ!」

 

 

 

 口を開いて次弾を発射するバハムート、その水を避けていく楯無。マトモに喰らえばSEが大幅に削られる事も有りうる為か、中々攻撃のチャンスが出回って来ない。

 

 

 しかしテッポウウオとて無限に発射できる訳では無い。寧ろ水の中に居るからこそ放てるだけであって、水中で無ければ残量が存在する。そしてバハムートの口から水が出なくなった。

 

 

 

「『ふむ、無くなってしもうたか』」

 

 

「残量を考えずに発射するからでしょ!」

 

 

 

 楯無は水を纏ったランス【蒼流旋】を構え、ガトリングを発射させる。バハムートのSEは削られていくが、それでも期待はできない。それこそ減っているかさえ怪しいと感じている。

 

 

 バハムートの方は大して効いている様子も見せていない上に、先程顔を動かしただけで1歩も動いていない。それならばと考えた楯無は、ある作戦で攻め始める。

 

 

 先ずは【霧の淑女】と赤い翼を広げたユニットがせつぞくされ、アクア・ベールが赤く染まる。超高出力状態にさせる【「麗しきクリスヤーナ」】と呼ばれる状態。

 

 

 そして次だが、バハムートが何かが付着した事を認識する。

 

 

 

「『これは……?』」

 

 

「貴方は知らなくて良い事よッ!」

 

 

 

 霧状に噴射される水がバハムートの腕や脚の関節部位に取り付かれる。

 

 

 

「『ほぉ……』」

 

 

「さて、早く決めちゃいましょうか!」

 

 

 

 霧の淑女の技の1つ【清き情熱(クリア・パッション)】が行われようとしていた。それが決まりさえすれば、後は楯無の優勢か勝利である事は間違いないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『むんっ!』」

 

 

 

 突如バハムートの体から()()しなければ。

 

 

 

「!?」

 

 

「『清き水は電気を通さんが、この水には不純物が紛れておる。誤算じゃったの』」

 

 

 

 放電による影響でバハムートに取り付いていた“ナノマシン”が機能を停止させる。何が起きたのかを理解できないまま楯無はバハムートの背後から放たれる“触手”によって拘束される。

 

 

 

「しまっ!?」

 

 

「『相性が悪かったのぉ、わっちとお主。バハムートは元来“魚”じゃからか、水を得た魚にわっちが成ってしもうたわ』」

 

 

 

 【バハムート】イスラム教伝承の幻獣で、巨大な雄牛クジャタを支える為に置かれている巨大な幻獣である。そしてバハムートの下に海があり、それから下は順に空気の裂け目、火、口の中に6つの冥府を持つ巨大な大蛇ファラクが居るという。

 

 

 バハムートの大きさは凄まじく、バハムートの鼻孔に海を置いても砂漠に置かれた芥子粒(けしつぶ)程の大きさしかないと言われる程である。

 

 

 しかし今現在バハムートといえば“ドラゴン”のイメージが強いかもしれないが、ドラゴンという認識は浅く発祥はアメリカのTRPG『ダンジョン&ドラゴンズ』から来たとされる。

 

 

 話を戻そう。捕まった楯無は身動きが取れず、それどころか締め付けられてSEが消費され続けている。動けないという状況の中、バハムートは少しばかり不満そうな声を出す。

 

 

 

「『あーあー暇じゃ、やはり勇とでなければ話にすらならんのぉ』」

 

 

「ッ……?」

 

 

「『む、スマンな。お主には関係無いことじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、終いにするかのぉ』」

 

 

 

 最後に触手の拘束力を一気に強めてSEを全損させる。触手を器用に使い楯無に巻き付けた後、地面に降ろす。

 

 

 

「『ほれ、さっさと帰れ。わっちとて忙しい身じゃからの』」

 

 

「……そうするわね」

 

 

 

 結局だが、これではロシア代表候補生としてαタイプISの譲渡はされなくなった事になる。楯無はピットに戻って行き1度調整をする。今度は簪の番なのだが……その簪の相手は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、ラウラちゃん宜しく!」

 

 

「『話が見えないのだが……』」

 

 

 

 もう一方のピットに【アルミラージ】に搭乗しているラウラの声が響く。このピットは先程バハムートが居た場所なのだが、バハムートの操縦者というのが……

 

 

 

 

 

 大型淡水魚の【ピラルクー】を空中に放ち泳がせている光景を見ている()()()()()のあの人物であった。しかしピラルクーが泳いでいる光景を首を動かしながら姿を追っている。

 

 

 

「いやさ、アルミラージを持ってたとしても使わなかったら宝の持ち腐れって言うじゃない?その子も対戦させて色々とデータを取らなきゃなんないし、ラウラちゃんもその子に慣れる意味で戦ったら良いと思って」

 

 

「『……それもそうか。実際のデータも取らなければ企業にとっては致命的か』」

 

 

「物分りが早くて助かる!それじゃ!」

 

 

 

 唐木はピットから出て行き、ラウラはアルミラージの操縦確認。そしてピット内で泳いでいたピラルクーもMの元に戻りMと共にピットに出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

「『M……と言ったか?』」

 

 

 

 声を掛けられて歩みを止めるM。ラウラの声が発せられるアルミラージの方に振り向く。

 

 

 

「……何だ?」

 

 

「『……いや、後で話をしたいと思っただけだ。このあと空いているか?』」

 

 

「……バハムートの調整がある。暇じゃあない」

 

 

 

 Mは歩みを始めてピットを出て行く。バハムートは待機状態であるバングルになりMの右手首にはめられる。

 

 

 それが終わる時、アルミラージの調整も終わった。ラウラはアルミラージに搭乗しドーム内に出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………っぅ」

 

 

 

 漸く目が覚めた勇は、久々に寝てたなと思いつつ上体を起こす。欠伸をして寝惚け目を直す為に台所の蛇口から水を出して顔を洗う。

 

 

 

「ッふぅ……」

 

 

『ヴぁん』

 

 

「ん、ありがと」

 

 

 

 フェンリルがグレイプニールでタオルを取り出して勇に渡す。受け取った勇は顔を拭いたタオルをそのまま首に掛けて背骨を伸ばしたり首の骨を鳴らしたりする。

 

 

 

「っあ"〜……よく寝た」

 

 

〔───α3【バハムート】の確認

 生体認証システムに異常なし

 

 

 

 

 

 いらっしゃいませ〕

 

 

「M……?」

 

 

「起きたか。ちょうど良い、すぐにモニタールームに来い」

 

 

「……顔の方は如何されるのですか?」

 

 

「この世には3人同じ顔の奴が居るで誤魔化せば良い」

 

 

「……そうですね。まぁ寝起きに動くのはあれですが、少しは観察して戦闘データを取得するのも良いかもしれませんね」

 

 

「その後は」

「分かってますよ、久々に」

 

 

「そうでなくては…………!」

 

 

 

 尾崎勇とM、もとい『マドカ』の関係は色々と複雑である。敢えて言葉にするならば………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “力を持った師”と“力を学ぶ弟子”という間柄になるのだろうか。

 

 

 その2人はモニタールームに足を運んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【バハムート】
 明石重工が開発したαタイプIS3号機。幻獣【バハムート】の名を持つ機体。現在3mにも及ぶ巨体であるが、見かけによらず繊細な事ができる。自立稼動状態は淡水魚である【ピラルクー】の姿を取っている。明石重工初の水・陸・空の3つの環境での操縦を障害無くできる機体である。




・バハムートの参考にした生物


【デンキウナギ】

 デンキウナギ目ギュムノートゥス科デンキウナギ属に分類される硬骨魚類の一種であり、空気呼吸をするアマゾン川・オリノコ川の頂点捕食者。筋肉の細胞が『発電板』と呼ばれる細胞に変化した事で最高電圧600〜800W、電流が1Aにまで達する強力な電気を発生させる事が可能。

 しかしこの電気は約1/1000秒しか持続できないが、過去にカイマンに噛みつかれて1分間電気を流し続けた事もある。バハムートの電力は最大電圧1200W、電流5A。持続時間は5秒。



【タコ】

 お馴染みの海洋生物。吸盤の付いた8本の触腕を特徴とするが、全て筋肉という構造である。頭から足(触腕)が生えているため『頭足類』という種類に分類される。



【バショウカジキ】

 スズキ目マカジキ科に属する魚の一種で、イワシ、カツオ、アジ等の魚類やイカ類を捕食する肉食性の魚。高速遊泳を行うことで知られるカジキ類の中で最も速く泳ぎ、水中最速の動物。

 その速度は約54ノット(105km/h)と言われている。


【モンハナシャコ】

 シャコ目・ハナシャコ科に分類されるシャコの一種であり体長は15cm程。浅い海のサンゴ礁や砂底に穴を掘ってその中に生息する。

 肉食性であり捕脚を高速で打ち出して貝などを割る。その威力は15cmの時点で22口径の拳銃に匹敵する為、海のボクサーと異名が付けられている。









 次回『アノトキノサカズキ』





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アノトキノサカズキ

 勇とMは2人揃って廊下を歩く。特に話をする訳でもなく、ただフェンリルとバハムートを自立稼動状態にさせて散歩させたり遊泳させたりしているだけである。何も会話というのは無かった。

 

 

 というのも、この2人が話す事は大抵訓練であったりお互いの()()()()を報告したりするのが主である。そんな話しかできないという事も相まっている為でもあるのだが……。

 

 

 

「いや何か話せよ」

 

 

 

 突然2人は誰かに肩を掴まれるが、声を聞いた限りでは知り合いなのは確かであった。

 

 

 

「レイン・ミューゼルか……帰ってたのか」

 

 

「ばっか。今客が来てんだろ?だったらダリルの方使えっての」

 

 

「そこら辺は多分……あ、いや。更識の方達が来てらっしゃるので不味いですね」

 

 

「げぇ……メチャメチャ不味いな」

 

 

「あんな奴敵ではないんだがな」

 

 

「会社的に不味いんですよ。幾ら楯無さんに勝ったとはいえ、正体がバレれば不味いのは確かです」

 

 

「それより生徒会長に勝ったのか……やっぱバハムートは性能がエグいもんだなぁ。破壊力が既に現存兵器超えてると思うぜ?」

 

 

「拳の直径30cmで【モンハナシャコ】のシステムを応用してる時点でおかしいですからね……作った本人が言うのもなんですが」

 

 

「残念だか拳は使ってない。放電と超高圧噴射、触手を使っただけだ」

 

 

 

 そうこうしている内にモニタールーム前に到着する3人。

 

 

 

「ダリルさんも良ければどうです?」

 

 

「俺?つっても生徒会長がよぉ……」

 

 

「そこら辺は誤魔化すので大丈夫ですよ」

 

 

〔───α1【フェンリル】の確認

 生体認証システムに異常なし

 

 

 

 

 現在主任、社長、その他6名がいらっしゃいます〕

 

 

「おいアナウンス」

 

 

 

 ダリルがアナウンスにツッコミを入れるが、相手は機械なので通じはしない。入室してくる3人を見やる者は、それぞれ違う反応を見せるが唐木夫妻の元へと向かいドーム内を見る。

 

 

 

「ふむ……【アルミラージ】と簪さんの【打鉄弍式】ですか。機動性を重視させた機体同士の対決といった形ですね」

 

 

「ほぉ〜……意外と接戦なんだな」

 

 

「アルミラージの動きに慣れていないな。αに搭乗するならば、獣に成り下がるしか無いのだが……」

 

 

「獣に()()()()って言い方が正しいですね。二足歩行から四足歩行になって退()()()()をする……そんな考え方を持たない限り、αタイプは使いこなせませんし」

 

 

 

 ドーム内のアルミラージは【ホーン】の展開による刺突と打撃を主に逃げ回る戦術を得意とする機体、そして急停止してその場で固まる最強防御状態【フリーズ】を織り交ぜた戦法を駆使すれば異常なまでの強さに至る。

 

 

 今のラウラの戦い方はニードルの遠距離攻撃を利用した戦法。先日の最適化の際に多少動かした位であり、そもそもの動きがぎこちない。しかし相手の避けられない攻撃の際にはフリーズをして完全防御し、油断した所をホーンで貫こうとする動きもあるので微々たるものだが慣れている様子もある。

 

 

 

「……後で教えますか」

 

 

「私との対決はどうした?」

 

 

「瞬殺して終わらせます」

「言ったな?そう簡単に負けんぞ」

 

 

「同じ形態同士なら貴女なんて5秒で終わりますよ、5秒」

「フェンリルの装甲の薄さは知っている。封じ込めて殴らせてもらう」

「お前らなぁ…………」

 

 

 

 多少戦闘狂という性格が似ている様だ。一方のアルミラージと簪の方では拮抗状態が続いたままであり、SEはラウラが不利。幾らフリーズの能力が強すぎるといっても、機敏な動きにさせる為にSEの消費量が多少多くなるのは致し方ない。

 

 

 しかしそんなSEの消費量を物ともしない様な猛攻を続けているのもラウラである。

 

 

 そうして時間が経ち、SEの量で試合が決定する。結果は機転を利かせたアルミラージの防御仕様の【ニードル】で終了した。

 

 

 

「さて、メンテ終わったら一旦帰らせますか」

 

 

「バハムート、準備するぞ」

 

 

 

 Mの周りをグルグルと周回し了承のサインを出すバハムート。Mと勇はそれぞれのISを自立稼動状態にさせながらピットに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合の結果は勇の勝利。……であるが拮抗して勝ったという形になった。5秒で終わらせる宣言は果たされなかった。

 

 

 試合が始まる頃には既に全員帰らせており、残った清司と束、見に来ていたスコールとオータムの観戦となった。先に帰らせたのは既に夜が差し迫っていたというのがあったからだ。

 

 

 そして試合を終えた勇は疲れに疲れたが、スコールが強制的に勇を外に出させて行った。その時の勇は死んだ魚の様な目をしており、その目で眠らせろと訴えていた。

 

 

 そして強制的にスコールに連行されて数十分。居酒屋に到着していた。

 

 

 

「は〜い、お疲れ様〜」

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 

 カチンとグラスとグラスが当たる音が両者の中で響く。スコールが頼んだのは日本酒、勇が頼んだのはノンアルコールの梅酒ロック割と渋いチョイスである。

 

 

 飲み物が喉を通る感覚を味わい、2人同時にグラスを置いて息を吐く。

 

 

 

「あー久々だわ〜。この喉が灼ける感覚ぅぅぅ!」

 

 

「飲み過ぎは程々にしといて下さいよ?毎度毎度運んで行くの疲れるんですから」

 

 

「え〜、良いじゃないの〜」

 

 

「ダメよ〜ダメd何言わせるんですか」

 

 

「もうちょっとノリ良くしよ〜」

 

 

 

 早くも酔っ払ったスコールが勇を弄る。かなり前にあった光景なのだが、ここに来る常連客や店主からしてみれば久々に見ても違和感が無い。寧ろお得意様の2人として対応している。

 

 

 

「ほれ栞ちゃん、お通し」

 

 

「おー、ありがと〜ね〜」

 

 

「ぼっちゃんにも」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 両者共に受け取り、割り箸を割ってお通しを食す。そして頼んだ飲み物を飲んでまたお通し。居酒屋に慣れ過ぎて一連の流れが完全に呑兵衛(のんべえ)の行動であった。

 

 

 一息つくとスコールと勇の会話が開始する。これがここに来た時の何時もの様子である。

 

 

 

「いんや〜……まさかノートでバレちゃったなんてねぇ……管理ずさん過ぎない?」

 

 

「忙しすぎた……っていう言い訳は辞めましょうか。確かに管理が甘かった。今度は生体認証のジュラルミンケースにでも入れておきます」

 

 

「どうせなら会社に置いてけば」

「それは無理です。あれ唯一の趣味なんですから」

「ぼっちゃん、趣味って何だい?」

 

 

「聞いてよてんちょ〜。この子全世界のIS代表候補生を視姦する趣味が」

「変な性癖を捏造しないでくれます!?」

 

 

「……ぼっちゃん。そりゃあ男だからな、異性の際どいトコ見たりすると興奮するもんな。分かるぜぇ」

「店長も変に乗らないでくれません!?分かってますよね!?」

 

 

「おう分かってらぁよ。ぼっちゃんも見かけによらず、男だって事がよ!」

 

 

「だー!違う!違います!そういう事じゃなくて!」

 

 

「もしかして……貴方ゲイ!?」

「変な核爆弾落とさないでくれますかぁぁあ!?」

 

 

「ぼっちゃん…………自分の事だかんよ、イチャモン付けちゃあいけねぇと思ってんだが……それは男としてどうかと」

「同性愛者のこの人が言ったことを真に受けないで下さい!」

「失礼ね!私のは百合というジャンルになるんでしょ!日本人は需要あるんでしょ!?」

「だったらゲイも日本じゃBLジャンルに入るんですよ!一部の人間に需要はあります!」

「貴方百合の需要を求めてる世界人口知ってるの!?」

「聞きたかありませんよ!」

 

 

 

 これは酷い。主にそれに至るまでの内容が酷い。こんな調子でスコールと勇の漫才は始まっていく。最初はうるさいと感じるが、内容が内容であったり勇の反応を見ていく内に次第に笑いと化していく。おかげで店の雰囲気が明るくなっていく。

 

 

 スコール()のボケと勇の反応を酒の肴として楽しみつつ、他愛もない話をしていく客達。2人はギャーギャーと騒ぎつつ飲み物や食べ物を頼んでいく。

 

 

 勇は自分のを飲みきったあと店長に同じ物をお代わりして話を続ける。

 

 

 

「大体スコール()さん!僕が貴女に用事で部屋に来てノックして扉開けた途端、何オータム(秋宮)さんとレズレズしてたんですか!?ビックリして何も見てないフリしましたよあれは!」

「レズレズっていうより百合々々っていうのよね!?何その造語!?店長お代わり!」

「はいよ」

 

 

「私が恋人と一緒に百合々々しようと良いじゃない!誰にも反応しない不能チ○コに言われたか無いわよ!」

「もうちょっと言葉選んでくださいよ!」

 

 

 

 マジか……という客の声がしたと思いきや、そこから“もしかして……人間じゃ満足しないとか?”などと風評被害がそこかしこに飛び回る。そんな中、スコールが勇に勢いよく人差し指を向けて質問した。

 

 

 

「大体貴方!あんなハーレム紛いの女子率!しかも全員美人と来たわ!なのに何で誰にも反応しないのよ!色々とおかしいわよそのペ○ス!」

「言い方は考えましょう!?流石に貴方が○ンコとかペニ○とか言ったら色々と誤解されますよ!」

 

 

「ほい2人ともお待ち」

 

 

「「あ、どうも」」

 

 

 

 2人とも飲み物を渡され、お互い自分のを飲む。カウンターテーブルに飲み物の入ったグラス置き、話が再開する。

 

 

 

「ってかハーレム羨ましいわよ畜生!私だって百合ハーレム作りたいわよ!」

「何ちゅう願望を赤裸々告白してるんですか貴女!?」

 

 

「こうなりゃ……貴方に惚れてる女子や女性研究員を片っ端から襲いまくって……!」

「させませんよ!そんなこと!」

 

 

「というか貴方!貴方に惚れてる人が色々と規格外過ぎるわよ!ハーレム要員に篠ノ之博士が居るって恵まれてるわよ!そんなの!」

「僕にとっては何処をどう見れば恵まれてるのか分かりませんけどねぇ!前に抱きつかれて窒息死しかけましたからね!?」

 

 

「そんなの唯のウラヤマよ!」

「だったら頼めば良いでしょう!」

 

 

 

 こんな品性の欠片なんて微塵も無い会話から、漸くマトモな内容に移っていく2人の会話。話は恋愛方面に向かっていく事となった。

 

 

 

「というより勇、何でアンタは気付かないのかしら?あの子達の好意を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石にそこまで鈍感じゃありませんよ。一夏君よりマシです」

 

 

「じゃあ何でそこまで奥手なのかしら?貴方が一言言えば即了承するわよ絶対」

 

 

 

 勇は横目の渋った顔でスコールを暫く見ると、溜め息をついて頭を掻く。その質問をした時だけ勇の声のトーンが少しだけ下がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()で本当に良いんでしょうか……っていうだけです」

 

 

「……貴方、自己評価低いわねぇ」

 

 

「だってそうでしょう?こんな()()()の体になって人間なのか怪しい僕が。

 

 

 

 

 自分で自分を()()()()マッドサイエンティストと一緒に居て、彼女らに好意を向けて正体を現したとして……それが彼女らの()()に繋がるんですか?」

 

 

 

 またこれか、とスコールは思った。勇の考え方は青年特有の考え方というより、会社や自身にとって利益が出るか出ないかという考え。利益の為ならばあらゆる智略を尽くし会社や世界に貢献していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛に利益もクソッタレも無いわよ

 

 

 ただ好きだから、一緒に居たいと思えるから

 

 

 そんなんで充分よ」

 

 

「……そんなものなんですかね?」

 

 

「そんなものよ。というより勇、貴方は利益云々より感情的に行動するでしょうに」

 

 

「ッ……」

 

 

「貴方は何時も利益利益と……でも貴方の考えって利益だけ考えてたら絶対思いつかないわよ。()()を守りたいって考え方。言ってる事とやってる事、矛盾してるわよ」

 

 

 

 勇は目を細めて指摘された点に体がビクリと震えた。確かに今までの案件を第3者が見たとしても、利益云々というより誰かの為に考えて行動したとしか思えない事ばかりである。

 

 

 しかし勇とて言い分位はある。それだけは物申したい。

 

 

 

「……後々の事を考えて、です。人の信頼はビジネスにも必須と言えますし」

「じゃあ聞くけど、あの時社長様に泣きついてたのは何処の誰かしら?」

 

 

「…………」

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさいって嗚咽して謝ってたのは誰かs」

「あーもう分かりました!負けです!僕の負け」

 

 

 

 両手を挙げて降参の意を見せた後、勇は自分の飲み物を口にして溜め息をつく。

 

 

 

「確かに利益云々より、心を優先させました。こんな化け物になっても家族だけは守りたいのは変わらないんですよ」

 

 

「守りたい……ねぇ」

 

 

「もう僕は人ではない。だったらこの身を削っても潰されかけた未来を守りたいってだけです。

 

 

 せめて、自分と同じ未来を辿らせたくは無いので」

 

 

 

 勇は立ち上がり、先に全部の会計を済ませて店を出て行く。そんな様子を黙って見ていたスコールは、疲れた様な表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




───…………むふっ、うへへへへへへ。

───束様…………?気持ち悪いです。

───酷いっ!……ってまぁそんな事よりもクーちゃん!

───はい?

───…………ユウ君をどうやったら振り向かせられるのかな?

───……えっ?

───やっぱり強引に行くべきか……?うん、そっちの方が確率的に有りうる。

───あの、1人で話進めないで下さい。

───でもあれだよね?許嫁居るよね……重婚か。合法的に重婚が樹立されれば言いんだよね?

───束様?

───政府には借りが幾つもあるし、これなら……!

───無視ですかそうですか。








 次回『ナツノキセキ』





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ナツノキセキ

*神羅さん、誤字報告ありがとうございます。







「夏と言えば!」

 

 

「「「「海!ビーチ!水着!男!」」」」

 

 

「おっと、手が滑った」

「「「「ギャフンッ!」」」」

 

 

「に、賑やかだね……あははは」

 

 

「…………勇ぃ」

 

 

「ラウラさん、私達の中では禁句n……あぁ…………」

 

 

「し、仕方ないよ!だってほら、まだ色んな仕事が勇には残ってるんだし!」

 

 

「「本音は?」」

「一緒に行きたかった……って2人とも!」

 

 

「呼んだ〜?」

「本音さんじゃなくてね!」

 

 

 

 臨海学校当日のバス。男子が一夏のみのバス内で各々が反応していた。ある者は海を見て子どもの様にはしゃぎ、ある者はバスで酔ってダウンしてる者も居る。一夏は隣の箒と他愛ない雑談を交わし、シャルロット・セシリア・ラウラ(勇ラバーズの3人)は勇が来てない現状に幻滅していた。

 

 

 勇が来ていない理由。それこそまだ色々と尽力しなければならない機関や政治機構などが残っているのだ。加え各国が代表候補生を仕掛けてαタイプの譲渡を図ろうとしたりと、まだまだ安息の一時さえ訪れなさそうな現実を過ごしているからだ。

 

 

 そんな現状に3人は溜め息をつく。ラウラはアルミラージを自立稼動状態にさせて抱き抱えているが、アルミラージ自体はジタバタと暴れている。1度拘束から逃れたが、首根っこを掴まれて捕えられておりアルミラージは脱走を繰り返す。

 

 

 そんなアルミラージも海が見えてきた見えてきた所で疲れ果てたのか大人しくラウラに捕まっている。ロック鳥も自立稼動状態になってシャルロットの膝上で大人しく待機しており、シャルロットは時たまロック鳥の頭を撫でる。

 

 

 そうして到着する今回の宿泊先にバスからぞろぞろと降りてくる生徒達。

 

 

 

『キューイ』

『ヴー』

 

 

「ロック鳥、どうしたの?」

 

 

「アルミラージ?」

 

 

 

 ロック鳥とアルミラージの目からそれぞれホログラム画面が出現すると、その画面の向こう側に勇が映る。

 

 

 

〔シャルロットさん、ラウラさん〕

 

 

「勇!?あれ、仕事は?」

 

 

〔あぁ。そちらの件でしたら一応一段落……ですね。はい〕

 

 

「一応?」

 

 

〔その件は織斑先生も混じえてお願いします。どちらか1人で良いので織斑先生にこの画面を見s〕

 

 

「軍属を嘗めるなシャルロット!」

「残念!こっちはロック鳥だけを!」

「しまっ!アルミラージ行け!」

 

 

『ヴー…………』

『キューイ…………』

〔あのー、もしもーし?〕

 

 

 

 何か競い合っていた様子であったが、そこを下手に突っ込むのは些かどうかと感じ勇はロック鳥にアルミラージを連れて外に行くように指示。呆れた様子の2機は勇の指示を聞いて千冬の元に向かいホログラムを見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、無断外出していた言い訳を聞こうか」

 

 

〔……言いたい事は色々ありますが、詳細を言わずに外出してしまい申し訳ありません。反省文何十枚ですか?〕

 

 

「…………今回は結構だ。明石重工の社長が先に手配していたのもある。だが事件もあって、尚且つお前にも色々とあった。先程の発言は撤回させてもらいたいが……構わんか?」

 

 

〔……今の貴女と僕の関係は生徒と教師、そこは普通に“撤回させてもらう”で構いませんよ。一応事実ですから〕

 

 

「で、話とは?」

 

 

〔社長命令で休んでこいと言われたので、僕も臨海学校に合流するとだけ。念の為護衛を連れています。僕もそろそろ目的地に着くと思いますので〕

 

 

「了解した」

 

 

 

 勇は一礼してホログラムを切ると、同じくホログラムを切ったロック鳥とアルミラージが2人の元へと帰っていく。2人は自分達が何をしていたのかと思うと互いに謝罪した。

 

 

 少し戻そう。今回臨海学校で世話になる【花月荘】に1年は全員集まり挨拶を行う。そこの女将はもう1人の男性()()()が居ない事に疑問を持ったが、後で来ると分かると納得した様子を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー!海だー!」

 

 

「海か……」

 

 

「綺麗ですよ、お父様」

 

 

「…………何でこうなった?」

 

 

 

 リムジンの中で項垂れ疲れた様子で居た。勇の立場が立場なので護衛としてMだけを連れてきた筈なのだが、何故か先にリムジンの中に束とクロエが乗り込んでいた。そして運転手の格好をしたスコールが運転席に乗り込んでいた。

 

 

 そして降りる気はサラサラ無いらしく時間も時間だったので面倒になりつつも、そのままリムジンで目的地へと向かう事になった。

 

 

 

「まぁ今日は束さんも、箒ちゃんに渡したい物があるんだよね〜」

 

 

「……M、クロエさん。ここまで聞いて嫌な予感がしたなら挙手を」

 

 

「はい」

「同じく」

 

 

「ちょ、クーちゃん!マドっち!」

 

 

「幾ら篠ノ之博士とはいえ……私の事を渾名で呼ぶなぁ!」

 

 

「きゃー!マドっちが怒ったー!」

 

 

「ちょ!2人とも暴れないでくd」

「“放電”!」

「あばばばばばばッ!」

 

 

 

 Mもといマドカが束に接近し腕を掴むとマドカの体から電気が発せられ、その電気は束に伝わる。しかし電気は微量ながら外にも放出されており、勇とクロエの体が電気に当てられてピリピリと痺れている。

 

 

 不機嫌そうにマドカは放電を止めて元の席に戻る。

 

 

 

「くそっ……!あともう0.5秒欲しかった…………!」

 

 

「貴女ねぇ……僕の【凍結】ならまだしも、“放電”は自分の体に影響が出やすいのですから少しは自重を」

 

 

「……ッたはぁ!あーヤバかった、さっきお花畑見えてたし」

 

 

「ちょっとぉ!?」

 

 

「ほら、そろそろ目的地に着くわよ」

 

 

 

 

 スコールの掛け声で少しばかり整えて落ち着かせる勇とマドカ。クロエは何時も通り生真面目に、束も何時も通りにお気楽思考のまま。リムジンが停まると先にマドカがドアを開けて外に出て、次にクロエ、束、そして勇という順に出る。

 

 

 マドカが扉を閉めて運転席に居るスコールに一言だけ言うと、リムジンは明石重工に向けて帰って行った。自分の荷物を持っている4人は花月荘に向けて足を運ぶ。

 

 

 玄関前に到着した4人は扉を開けて中に入る。

 

 

 

「ごめんくださ〜い!」

 

 

「こういうのは……とっとと行くモンだよ!ユウ君!」

 

 

「ちょ!束さん待っ…………あっ……」

 

 

 

 勇は言葉を失った。それもその筈、何故か素早く束の顔面をアイアンクローで掴んでいる千冬がそこに居たからだ。そしてその表情は何処かしら“鬼”という一言だけで言い表せる様な表情とオーラであったのだ。

 

 

 

「……尾崎、これは一体全体どういう事なんだ?説明してくれるか?」

 

 

「束さんが用事とか言って勝手に付いてきました、以上ですのでお好きにどうぞ」

 

 

「ちょッ!ちーちゃん落ち着いて!?ユウ君、後で砂浜であそb」

「黙れ」

 

 

ぎぃやああああああぁぁぁぁ!

 

 

 

 結局の所、束は千冬に捕まり制裁を加えられ気絶。やって来た女将に話をつけて部屋に向かうのであった。

 

 

 向かう途中に千冬がマドカの事を尋ねたが、他人の空似で誤魔化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて話は突然変わるが、勇が露出を控えるのには一応訳がある。といっても大した事ではない、ただ過去に胴体が色々と傷が付いてしまっただけである。

 

 

 誰も居ない男子用の着替え場所で上半身の服を脱ぐ勇の胴体には何処で付けたのか分からない火傷の様な痕が幾つもあるだけである。

 

 

 それらを見られたくないという勇の考えから、態々全身タイプの物を買ったのだ。小・中学ともに全身に着るタイプで水泳の授業を行っていた程である。

 

 

 黒一色の全身タイプを着た勇は着替え場所から出ると、久しく見た海の色をマジマジと見つめていた。

 

 

 

「…………海って、こんな綺麗だったっけ?」

 

 

「少なくとも、私が見てきた中では綺麗だな」

 

 

 

 足音と声が聞こえた方を見ると、黒のパレオを着用しているマドカが勇の後ろに居た。少し面倒な様子であったが、後ろから来た束の抱擁によって青筋を立てる。

 

 

 

「いやー!やっぱ綺麗だねー!……ってユウ君?何で全身に着てるのさ?」

 

 

「多分露出を控えたいからでしょうか?」

 

 

「正解ですよ、クロエさん」

 

 

 

 誰もが羨む体型の束はピンクのホルスターネックタイプの物を着用、クロエは青い花柄のタンクトップビキニを着用している。

 

 

 

「というかMは良いとして、何で御2人まで水着着てるんですか?束さんは渡すもの渡して帰って下さい」

 

 

「物凄く辛辣!……あ、言葉責めもちょっと良いかも」

 

 

「……さて、発情兎はほっといて海に行きましょうか。M、バハムートと泳いでも構いませんよ」

 

 

「む……だが護衛の意味が無いのだが…………」

 

 

「だからと言って、ここまで来たのに海に入らないってのも勿体ないと思いますよ?どうせなら貴女は少し遊んでも罰なんて当たりはしませんよ」

 

 

「それだと忙しいお父様も、私達と遊ぶのですか?」

 

 

「別に遊びに来た訳では」

 

 

 

 勇がそう言った途端、束にガシッと左腕を捕えられにこやかに言った。

 

 

 

 

「さぁ、遊ぶよ?」

 

 

「……あっ、はい」

 

 

 

 何故か後ろに赤黒いオーラが見えていた様な気になっていた。そしてそれに従わざるを得ないと本能的に感じ取った勇であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りを見渡すと全員IS学園の生徒達ばかり。女子率が9割以上のこの学園では、全員抜群のプロポーションの持ち主ばかりと言える。

 

 

 が、今回は2人だけの男子が居る為か多少なりとも水着を慎重に選んでいた様子である。そんな2人は露知らず、1人は入念な準備体操を行った後に海に入ろうとしている。

 

 

 一方勇の方はというと…………

 

 

 

「……眩しいです」

 

 

「何が何が!?束さんの水着!?」

「貴女は勝手に海で泳いできなさい」

 

 

「太陽が眩しいのなら……どうぞ」

 

 

「ん、あぁ。ありがとうございます」

 

 

 

 クロエから手渡されたサングラスを掛けて見やすくさせる。地下暮らしだと陽の光が入ってこない事もあり、太陽の眩しさは他の人間の比では無いのだ。夜行性の動物が太陽光に照らされると色々と支障が出る様な感じである。

 

 

 しかしサングラスを掛けて砂浜に踏み入れると周りから見られ色々と言われるのは確かである。これならサーフボードでも持ってた方が似合ってると謂わんばかりに。勇本人は乗った事が無いが。

 

 

 そしてバハムートと海に入ったマドカは、バハムートに掴まって高速遊泳を満喫していた。バハムート製作時に水中での高速移動を考え【バショウカジキ】を参考にした為か、手加減状態でもかなりの速度であった。

 

 

 

「い…………勇さん?」

 

 

「……セシリアさん?どうかされましたか?」

 

 

「い、いえ……というより何故、篠ノ之博士が此方に……?」

 

 

「ユウ君と遊びに「はーい遊んでいきなさーい!」うぉぅ!?」

 

 

 

 勇は左腕に掴まっている束を海に向かって放り投げて拘束を解除、クロエにも束と遊んでこいと一言告げてセシリアに向かう。

 

 

 

「失礼、少々取り乱してしまいました」

 

 

「い、いえ!私は別に……。と、所でですが勇さん。それは……?」

 

 

「……地下で何日も仕事をやっていると、目が暗闇に慣れ過ぎて逆に」

 

 

「な、成程……」

 

 

「あ、勇ー!」

 

 

 

 今度は聞き慣れた声と砂浜特有の足音が2()()()近づいてくる。

 

 

 

「シャルロットさんですか。それと……」

 

 

「あぁ……うん。これね」

 

 

 

 タオルに(くる)まって姿を現そうとしない150cm代の少女、匂いからして間違いない。

 

 

 

「ラウラさん、何故その様な状態で?」

 

 

「み、水着を着るのは……初めてなんだ…………!」

 

 

「恥ずかしくて出られないってさ」

 

 

「あぁ…………成程」

 

 

 

 唐突に勇はその場にしゃがんでタオルに包まれているラウラを頭部から触り始める。

 

 

 

「ひゅ!?」

 

 

「ちょ!?勇なにしてんの!?」

 

 

「あぁ、ご心配無く。ちょっと…………あ、ここか」

 

 

 

 勇は側頭部辺りの場所に触れると顔を近付けて何かを呟く。最初は少しだけビクリと体を震わせて離れようとしたが、勇はもう片方の手でラウラの動きを止めて続けて呟く。

 

 

 次第にラウラの抵抗も無くなり、頷く素振りを何度も見せる。それが終わると勇は顔を離れさせてラウラの被っているタオルを下から持ち上げて姿を出していく。

 

 

 因みにだが、ラウラはレースがふんだんにあしらわれた黒の水着を。シャルロットは黄色のビキニを、セシリアは青のパレオを着用している。場違いなのは勇の着ている全身黒の物だけ。

 

 

 

「うん、とてもお綺麗ですよ。ラウラさん」

 

 

「う、うむ…………そうか……そうか……」

 

 

 

 ラウラは姿を褒められて嬉しそうに微笑む。勇も勇で優しげな笑みを浮かべている。しかしその雰囲気にセシリアとシャルロットの2人は不服そうである。

 

 

「あ、あの……勇さん」

 

 

「はい?」

 

 

「で、出来ればなのですが……サンオイルを塗っていただけませんか?」

 

 

「僕……ですか?」

 

 

「はい!」

 

 

 

 セシリアのお願いを聞いて少し思案していく勇だが、何を思ったのか承諾した。嬉しそうなセシリアだが、今度はシャルロットとラウラが2人を羨むような視線で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この夏はチャンスだ。そう言えるだろう時に、勇は夜に1人で星空を眺めている最中であった。しかし10年ぶりの海を1人眺めていた時、勇に変化が訪れた。




 次回『カゲロウトナリテ』






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カゲロウトナリテ

またも難産_(:3」 ∠ )_


 波際に居る勇は、ゆっくりと海に入っていく。膝辺りまで浸かるとフェンリルが自立稼動状態になり勇に掴まろうとする。微笑ましく見る勇はしゃがみフェンリルは勇の背中に乗り移る。そこからゆっくりと勇は深い所まで泳ぐが、波が顔に当たったりして中々進めず四苦八苦している。

 

 

 

「あ、ヤバっ。サングラス」

 

 

『ヴぁう』

 

 

「あ、ありがと」

 

 

『ぅあぅあぅあぅあぅ!』

 

 

「……いや何で来たのさ?」

 

 

 

 背負っていたフェンリルが落ちかけていたサングラスを取るが、何故かフェンリルは水に全身が浸かる事を断固拒否するのだ。完全に水嫌いの犬みたいだが一応ISである。仕方なく勇は浜に上がってフェンリルを降ろし、再度海に行こうとするがフェンリルが回り込んで制止させる。

 

 

 そして勝手に量子格納域からボールを取り出して口に加えて遊べと懇願している。よく見れば口の中に入れていたサングラスが無いので、量子格納域に入れたと推測される。というワケで結局、勇はフェンリルとのボール遊びをする事となった。

 

 

 しかし泳ぐ事を不満と思ってはいない。何故か寧ろ()()()()のだ。その事を勇自身は特に疑問に思わなかったが、ある意味()()()()()()()()のかもしれない。

 

 

 周りを見ればバハムートに掴まって高速遊泳を楽しんでいるマドカ。

 ビーチバレーを楽しんでいる生徒達。

 パラソルの下でのんびりと過ごしているアルミラージとロック鳥。

 ひと泳ぎしてきたのか水も滴るいい女となっているラウラ。

 箒と絡んで鎮圧される束と、鎮圧に関わるクロエ。

 

 

 楽しそうな光景、眩しい笑顔。思い思いに過ごす時間なのだが………………

 

 

 

「……………………?」

 

 

『ヴぁん!』

 

 

「おっと、ハイハイ」

 

 

 

 何故だか知らないが、()()()()()()()を忘れている気分がしていた。でも気にしなくて良いと思っている勇がそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し過ぎて夜になった頃、食堂の場所には生徒達が大勢居るが……

 

 

 

「何故……何故ッ…………!?」

 

 

「あれ……勇は?」

 

 

 

 そう、何時もの如く勇だけ居ない。そこに千冬の補足が入る。

 

 

 

「尾崎は安全上の為に特別に個室だと言った筈だが?」

 

 

「うぇ?…………あ、あぁそうだったわ。うん」

 

 

「護衛ならまだしも何故束もあそこ居るのかは未だ理解できんが」

 

 

 

 山葵と赤身の刺身を醤油に付けて一緒に口に入れる。何処かしら疲れている様子を漂わせているのが見て取れるのだが、その原因の種になっている束はクシャミすらしてなさそうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶえっくし!」

 

 

「ちょ、汚いです」

 

 

「酷くない!?」

 

 

「落ち着けお前ら、飯時に騒ぐな」

 

 

 

 所変わって個室……というより家族単位が泊まる部屋で4人が食事を摂っていた。自らの立場もあった為そもそもこの部屋で食事をするのは決まった事だ。特に不満というものは無い。

 

 

 ある意味騒いでいる束に冷静に非難する勇、特に変わった様子がないクロエとマドカという珍妙な組み合わせ。早めに食べ終わる勇と束は手を合わせて“ごちそうさま”と呟くと、束は食器類を飛び越え勇は入口付近まで避難する。計算内なのか食器類全てを飛び越えて座布団ごと畳を滑った束を無視し、勇は外に出る。

 

 

 というより全員浴衣なのに、この2人は何故機敏に動けるのかが理解できない。そして束は他が見れば確実にアウトな姿をしていたという。

 

 

 そして外に出た勇は来客用のサンダルを履いた状態で跳躍、旅館の屋根に飛び移りフェンリルを自立稼動状態にさせて夜空を眺める。

 

 

 あまり街灯も見かけない道路によって、月の光や星々の輝きがよく視認できる。探せば1つ、2つ、3つという風に幾つもの輝きが浮かび夜空を彩る。美しくも儚く、然れどその存在は大きい。

 

 

 

「……ホント、綺麗だね」

 

 

 

 フェンリルは興味は無さそうに勇の脚に頭を乗せて寝そべる。そんなフェンリルを見て少しだけ苦笑いし、頭を撫でる。その行為に嬉しくなって尻尾を振り、上目遣いで勇を見る。

 

 

 空を見ていた勇であったが、ふとフェンリルを見るといつもの愛らしさに微笑み顔を撫で回す。

 

 

 

「…………っ」

 

 

『うぅ?』

 

 

「ん…………何でもないよ」

 

 

 

 頭を抑える様子を見せる勇。フェンリルも心配そうにするが、特には伝えない。

 

 

 

 ━━━…………何だろ、ホントに……?

 

 ━━━何か()()()()()()だったんだけど……

    そうなると頭が響くように痛い。

 

 ━━━何がそうさせているんだ?

 

 

 ━━━……冷静に考えれば

     何かを思い出したくないから?

 

 

 ━━━僕自身の脳が、そうさせているのか?

 

 

 ━━━でも……確か…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…………?」

 

 

『ぅあう?』

 

 

 

 突然頭を掻きむしり始める勇。次第に挙動不審になっていき、その場に立ち上がって海を見渡す。

 

 

 

「あれ?……あれ?…………あれ……?!

 

 

 

 何で……?無いの……?

 

 

 

 何で…………?あれ…………?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何で……()()()()()()……?!

 

 

 

 あんなに大切だった……()()のことを!」

 

 

 

 勇はその場にへたりこみ、何も考えられない様な表情で首を横に振る。異常と察知したフェンリルは勇をグレイプニールで掴み、屋根から降りると玄関に向かって吠える。

 

 

 

『うぉん!ぉん!わぅーん!』

 

 

 

 先に扉を開けたのは自立稼動状態のバハムート、そしてロック鳥とアルミラージが駆けつけていた。

 

 

 

「一体どうs……勇!?」

 

 

 

 マドカが勇に駆け寄り、様子を見る。珍しく涙を流している勇の絶望した表情に戸惑ってしまう。

 

 

 

「「勇!」」

 

 

「ユウ君、駆けつけて来たぜーィ!」

「空気を読めッ!馬鹿者!」

「あでっ!」

 

 

 

 さらに駆けつけて来たシャルロットとラウラ、束と千冬が勇の元に駆け寄る。後から来たセシリアや一夏、箒までもが勇の今の状態を見て驚愕する。

 

 

 千冬が勇に近付き肩を揺する。

 

 

 

「尾崎どうした?一体何があった?」

 

 

「まさかここに……ユウ君を泣かせた奴が……?」

「少し黙ってろ束!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い……出せない…………」

 

 

 

 一斉に視線が勇に集まる。その勇はゆっくりと両手を頭に持っていき髪を掴む。

 

 

 

 

 

 

 

「家族のことが…………()()思い出せない……!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 刹那という言葉が合うほどの速度で勇に近付いた束は、勇の顔に手を添えこちらに向けさせ目を見る。

 

 

 濁って(黒く染まって)いた。両目とも光が感じられない程、濁っていた。何も見えず、何も感じない“暗黒物質”の様な瞳が束を見つめる。

 

 

 

「……ちーちゃん、ちょっとユウ君を休ませるから」

 

 

「束……?」

 

 

「マドっち、行くよ」

 

 

「だから渾名は……あぁ、もう良い。()()()は勘弁してやる」

 

 

 

 フェンリルが待機状態に戻り、束が勇を運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束が勇を運んでから1時間弱が経過した頃、勇は漸く落ち着きを取り戻した。まだ軽い震えと動悸だけはあったものの、質疑応答ぐらいはできる様になった。酷い状態では過呼吸になり酸素の過剰摂取で死にそうになっていた。

 

 

 今のところフェンリルが傍に居て、序でに束が左手を握ってくれている事で平静を保ち続けている。今の部屋には護衛としてマドカとクロエが入口付近に居る。

 

 

 今の勇は完全に怯えた小動物。技術者や狩人()としての面影は何処にもない、恐怖に呑み込まれる人間であった。

 

 

 と、そんな中で部屋の扉が開かれる音が聞こえた。複数の足音が響き、小さな足音と羽ばたきの音が聞こえてくる。

 

 

 

「……御三方、お揃いで」

 

 

 

 いつもの3人、セシリアとシャルロットとラウラに加えてアルミラージとロック鳥の2機であった。だが心()しか少しだけ落ち着いた雰囲気を見せる勇であった。

 

 

 

「来てくれるっては、知ってたよ」

 

 

「…………あの、勇さん。何が……あったんですの?」

 

 

 

 ゆっくりと目を閉じて深呼吸するが、その話題を出した途端に震えが大きくなっていく。そして徐々に呼吸までもままならなくなるのだが、フェンリルが少しだけフォローを入れる。

 

 

 

『ぅおーん』

 

 

「ッ!…………ありがと、フェンリル」

 

 

『あぉーん』

 

 

「ユウ君、束さんが話しても良いかな?」

 

 

「…………ごめんなさい。お願いします」

 

 

「謝らなくて良いよ。あ、手は握ったままで良いから少し寝てたらどう?」

 

 

「…………すいません」

 

 

 

 フェンリルがグレイプニールで襖から布団を出し、束の近くに設置すると勇はそこで横になって目を閉じる。フェンリルは繋がれたままの勇の腕に頭を置いて傍で寝る。

 

 

 暫くして勇が規則正しい寝息を立て始めると、束が3人に向かい合って話し始める。

 

 

 

「さて……ユウ君の状態、といっても体には何もない訳さ」

 

 

「……あの時言ってた、家族のことか?」

 

 

「うん。多分そこの英国人はユウ君の家族のこと、社長さんから知ってるんじゃない?」

 

 

「え、ええ。とても……悲惨であったのは」

 

 

「家族……あの時の…………」

 

 

「そこの仏人も知ってたの?」

 

 

「は、はい。家族が居ないって……勇だけ残ってしまったって…………」

 

 

「うん。その家族さ、ユウ君が()()()()()()()としてあった家族の記憶さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが()()消えてるんだ。その記憶()()

 

 

「だけ……?」

 

 

「うん」

 

 

「…………記憶が曖昧なのは、まだ。でもその記憶だけ全部なくなってるって……」

 

 

「おかしいさ。とても」

 

 

 

 慈しむ様子で勇の頭を撫でる束。この安らかな寝顔を見ていると年相応か、それ以下の少年に思えてくる。少しだけ擽ったそうにしている素振りを見せるが、もう一方の手で束の左手を掴むと少しだけ束は照れる。

 

 

 

「可愛いよね、ユウ君」

 

 

「……今まで見せた事が無いからか、とても可愛らしく見える。これが……噂に聞くギャップ萌えとやらか!」

 

 

「ラウラ……同感」

「右に同じく」

 

 

「さて話を戻すけども」

「束、入るぞ」

 

 

 

 千冬の入室。態々来ていたこの面子に特に反応は示さず、束との目線を合わせて話していく。

 

 

 

「束、尾崎の件だが……」

 

 

「ちょうど話そうと思ってたとこ。さて……話すけども、まずユウ君の記憶の異常。家族の記憶《だけ》何も覚えていない、でも家族が居たってのは覚えてる。これだけで考えると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人為的なものか?」

 

 

「って考えられるんだけど…………まだ分かんないとこもあってさ」

 

 

「ほぉ……?お前でも分からん事があるなんてな」

 

 

「いやだってさ。ユウ君の脳波とかここ周辺で記憶に関わる周波数とか調べたけどさぁ……なーんにも」

 

 

 

 両手を挙げて参った様子を見せる束。両手が挙げた事で掴まれている勇の両手も一緒に上がったので物珍しそうな様子で束を見る。

 

 

 

「何?ちーちゃん」

 

 

「いや…………変わったんだなとな」

 

 

「そりゃね」

 

 

 

 口角を上げて“にししっ”と笑いながら束は掴んでいる勇の手を振って答える。少しだけ微笑むが、すぐに話を戻す。

 

 

 

「……話を戻すが、人為的なものだとすればだ。この旅館の中か、外部の者か」

 

 

「外部だと難しいし、内部だと……生徒?それか……従業員?まぁ()()()()()したのかが分かんないと」

 

 

「引き続き調べる事は?」

 

 

「ユウ君も一緒に帰らなきゃいけないけどね。流石にこんな状態だと不味いし」

 

 

 

 ホログラムを起動させて唐木社長と連絡を取ろうとするが、かなりザッピングが酷い。

 

 

 

「…………あらら、これだと逃がしたくないらしいね。向こうは」

 

 

「束、どうした?」

 

 

「ジャミング。これだと携帯繋がらないし……固定電話はある?」

 

 

「女将に言えば貸してもらえる筈だ」

 

 

「ん。それじゃあ……そこの3人」

 

 

 

 3人が束の方に注目する。

 

 

 

「ユウ君のこと、ちょっとだけお願いね?」

 

 

 

 にこやかに、しかし離れる手の温もりに抵抗を覚えつつも部屋から出ていく。

 

 

 部屋を離れた途端セシリアとシャルロットが勇の寝顔を見る。ゴクリと唾を飲み込むのだが、空いている手の方を見ると布団の中にモゾモゾと入っているラウラが。

 

 

 

ちょっとラウラ!何やってんの!?抜け駆けしないで!

 

 

そうですわ!それに何と羨ましい……!

 

 

ふんっ!早い者勝ちに決まっているだろう!

 

 

「お前ら、私が居ることを忘れてないよな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 束は固定電話を借りようと玄関窓口まで向かう。

 

 

 そこまで来たのは良かった。電話は……無い。

 

 

 

「……きな臭いなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さぁ、戦争序曲の始まりだ。

殺し殺されあおうじゃないか、諸君。

虫けらは虫けららしく、無様に死んでいきなぁ!

有象無象の区別無く、私の弾頭は赦しはしない。

こっちは暴れられんならどーだって良いんだよ。

私が越えたいのは……貴女だけだ。

貴方というサンプルを列挙しなければならない。




化け物は僕だけで構わない。




 次回 新章【Sing a hell】






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新章に行く前に

※『カゲロウトナリテ』の後書き追加


 はい皆さん、おはこんばんにちわ。作者の鬼の半妖でございます。この度は『魔狼は学び舎にて』を閲覧してくださり誠に感謝しております。

 

 

 今回もまた“纏め”の回となっておりますが、新章の移り方が“キリが良いとは言えない所でやった”っていうのが少し気になっていますが大丈夫ですかね?

 

 

 この纏めの回を除くと計29話、あと1話で30話となりますね。既に15000UAも突破してお気に入りも140人程に、そして評価してくれる人も来てくれたので色々な意味で感謝しております。

 

 

 そんな感謝の中で、新たな章へと向かう前に一旦今までを整理していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (本編で)19話〜29話

 

 

 19話からスタートした新章【This means war】の『ウゴキハジメルモノドモ』。

 

 

 この話では最初、勇達明石重工の関係のあった亡国企業が倉持技研と密談に加えて契約していた描写から始まりました。つっても亡国企業は既に明石重工との契約にエグい程の利益があるので、謂わばスパイですね。

 

 そして色々とゴチャゴチャしていたかもしれませんが、先ずはラウラとの添い寝。勇はアリーナで機体自体を凍結させて救出、かなり手際が良かった為かラウラは疲弊していただけで終わったのだが調整をミスれば中の人間まで凍結させていたので結構危ない。

 

 早急に添い寝できたのは、こういう理由ですかね。しかしラウラの潜入にいち早く気付いた勇であったが、眠たかったので一緒に寝たっていうね。

 

 一難去ってまた一難という風に、今度はシャルロットとの婚約が決まった。自分で何これって思う展開だった。

 

 そして話は進み、勇と束が百合専門のロランとαタイプISについての対談が始まる。

 

 

 

 『アルファノシカク』では前書きに名言を2つ。家族の大切さが分かり、大切な家族を失った痛みや重さを知っている勇に当てはまる名言を探した結果です。

 

 そしてロランの対談は失敗。もしαタイプを所望するならば10兆円以上持ってこい(脅し)で終了。可愛いフェンリルの姿を見て流石にどうかなと思ったキャラにしてしまったんですが、大丈夫でしたかね?

 

 続いてアルミラージの性能。本に野兎とかが天敵探しの時に行うフリーズを、アルミラージが誇る最高防御技として運用。兎だけだとあれなので、アルミラージはげっ歯類の生物的特徴を入れこみました。

 

 

 

 『アクイノオトズレ』ではレゾナンス回。だがシリアスと微量な日常が組み合わさった回となってしまうのであった。

 

 既に計画されていた“倉持技研の倒産”の進行状況が何となく分かったかと思われます。そしてアルミラージが親離れ出来ない回であったと。

 

 そして男子学生編入計画案。出案者は勿論勇ですよ。まぁこれも急ぎ過ぎたなと思う部分がありますわな。

 

 

 

 『ウソトワナ』では一夏の成長と、勇のエグい身体能力の一片から。フェンリルはいと尊し←

 

 そして食事の途中で明石重工がヤベーイ!な事に。唐木社長は捕まる……亡国企業はスパイしてくれてるから裏切りには入らない。

 

 向かおうとしたら楯無に阻まれて面倒事に。そして勇の単一能力の名前が【凍結】ということが明らかに。まぁ今まで出てた描写とかで予想は付いてたんじゃないでしょうかね?

 

 というより【凍結】の範囲が広すぎてワロエナイ。

 

 

 

 『モトニンゲン』では最初に不法侵入されていつものメンバーに亡国企業との関係性が発覚される始末。だが明石重工の監視カメラの映像が突然全世界に映し出された挙句声まで()()()()一部が流れた。

 

 そんでもって勇は倉持技研の奴らを誘導してバハムートの拳でほぼ鎮圧。恐怖におののいた者は無様に逃げ惑うんですが、ちゃっかりフェンリルの姿が変わってる件について。

 

 そして色々あって倉持技研は倒産の一途を辿るのでありました。チャンチャン。

 

 

 

 『タドリツクサキ』では変わってしまった世界事情のことから。精力的に尽力している勇は疲労マックス!マックス!マックス!

 

 そんな時にいつものメンバーが真実を知りたいのでやって来たけれども、一夏だけ明石重工からの要請があったので結果的に来る事は決まっていた。そんでもって更識姉妹が明石重工に。

 

 そして勇が明かす亡国企業との関係。束が出てきたが頭を埋められてしまったので、抜けるのを待つしかなかった。

 

 

 

 『キミハナニヲミル』では倉持技研の篝火ヒカルノが参戦。新たなパッケージ名も出たよ。あっ、待って。スレイプニルは必ず出すからね?石は止めて。

 

 そして亡国企業の面子との顔合わせ。ここでのマドカは織斑家には執着は無く、今は勇の強さを目標に鍛えてるキャラとなっています。執着心丸出しキャラをどうやって……?

 

 そしてクロエの登場と勇が6年間住んでだ部屋の紹介。あの本棚のギミックがある場所ですがね。そして修羅場の匂いは消臭力で消されました。

 

 

 

 『ニセモノノイキカタ』は少しタイトルの原案をば。ウルトラマンオーブ第9話『ニセモノのブルース』から。一応マドカも千冬のDNAから作られた“模造品”なので、こういうタイトルも良いかと。

 

 ……あれ?意外とジードと被ってる?ISが先だけど。

 

 そしてマドカと楯無の対決。バハムートが魚の幻獣なので魚類に留まらず水生生物の特徴をブチ込んだというね。おかげでチートに近い機体になったけども。

 

 

 

 『アノトキノサカズキ』では簪とラウラの対決。アルミラージでの戦闘は未だ慣れない様子だが、徐々に馴染んでいる様子。というかスピード狂になるシャルロットが色々とおかしい。

 

 そして用事が終わればスコールとの2人だけの飲み会。話がこの作品で初の下ネタをば。ノリって怖いね。

 

 一応勇はセシリア、シャルロット、ラウラの好意には気付いている。しかし自分を卑下し過ぎて価値すら無いと言い出す始末。おいクソガキ。

 

 

 

 『ナツノキセキ』は原作改変で束もクロエもマドカも一緒に泳ごうぜ!となった回。しかし勇が自ら望んだ事では無い。ブラックな部分が無い初の日常回?である。

 

 

 

 『カゲロウトナリテ』ではフェンリルの水嫌いが発覚。そして砂場でボール遊び。いと尊しきフェンリル←

 

 そしてここで色々ヤバいポイントが。勇の元の家族の記憶が全部無くなっちゃったよ。その家族の一員だった事は覚えてるけど、思い出が思いだせず。

 

 そして公に公開された勇の弱々しい姿。家族のことは覚えてるのに家族と過ごした記憶が無いって、辛すぎません?愛情も貰ったけど、その時の記憶まで無いし。

 

 そして色々ときな臭くなってきて……次新章!です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、ここいらで【バハムート】の性能を整理します。

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

【バハムート】

・αタイプIS3号機

・様々な水生生物の特徴を持った機体

・搭乗者はマドカ。そして乗ると口調が変わる

 

 

 武装

 

 

・拳

 直径30cm程の大きさ。モンハナシャコの原理を応用している為か、最大威力だと色々ヤバい。

 

・放電

 デンキウナギの特徴を組み込ませた武装。1200Wの5A、持続時間5秒の鬼畜仕様。

 

・触手

 タコの触手のIS版。巻き付かれたら逃げる事はおろか、そのまま締め付けられて終わり。

 

・水圧砲

 テッポウウオの水鉄砲バハムート版。水中なら半永久的に発射できるので海には連れていくな。

 

・高速游泳

 バショウカジキの特徴を再現。水中での高速遊泳が可能になったことで深海調査にも期待できそう。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 が、以上になりまして。次は新章になります。

 

 

 新章の名は【Sing a hell】、“地獄を歌え”となります。

 

 

 まぁオリジナル回ですね。だって束までが海に来た事で福音事件が無い事になっちゃいますのでね、そこら辺どうしようかな〜と考えていた矢先にピンと来たわけですよ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 だったら自分が好きなアニメ、そしてそのアニメキャラの性格や口調を真似した人物や団体を書けば良いのかと。これならオーケー、一安心。

 

 

 そして1番長くなると思われる章になります。

 

 

 では皆様、これからも『魔狼は学び舎にて』を宜しくお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 





 次回『地獄歌:序曲 第1節』




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Sing a hell
地獄歌:序曲 第1節


 翌日、この日は全員外でISの装備運用などを行うのだが……少しだけ変わっている所があるにはある。勇のISである。

 

 

 

「『【スレイプニル】装着完了、同調の不備は無し。SE運用効率52%上昇確認、追加スラスター異常なし……これより試験運転を開始する』」

 

 

「AIサポートシステムにも異常なしっと……頑張ってよ〜!」

 

 

「『わーったから今は離れろ。今は平気なんだしよ』」

 

 

 

 ()()()()になっていた。まるっきり狼から人狼に変わった様な状態であり、クローも仕舞われて装甲に覆われた両手がある。尻尾は健在だが。

 

 

 そして追加装甲である黄色がかった白の装甲に両肘、両膝裏の4箇所にスラスターが追加され計8つのスラスターが装備されている。

 

 

 

「勇、その姿なんだよ!?」

 

 

「『ん、あぁこれか。ワケあり【第2形態移行(セカンド・シフト)】。謂わば進化したわけだ』」

 

 

「ISって……進化すんのか?」

 

 

「『そりゃお前、生物が生き残ったのは進化したからだしな。何事も新たな状態にならなきゃ生き残れないってモンだわな』」

 

 

「へぇ〜……」

 

 

「『んじゃ行ってくるわ』」

 

 

 

 8つのスラスターからエネルギー粒子が放出されていき、少しだけ浮かんだ後ものの1秒で空高く飛んでいった。束が向かって行った勇を見上げながら担当の千冬に近付き話していく。

 

 

 

「……おい束、尾崎はさっき何て言った?」

 

 

「行ってくるって」

「その前だ」

 

 

「進化の話」

「その前」

 

 

「第2形態移行?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつ【形態移行】したんだ尾崎は!?」

「もうとっくの昔に〜」

 

 

 

 おちゃらけて話す束を他所に頭痛が起こる千冬、そんな事が起きていると露も知らずに亜音速の速さで移動している勇。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ━━━━亜音速飛行に異常は見られず……っと。スレイプニルには特に異常も無し。後は【スリヴァルディ】の調整も欲しいからな……後で誰かに頼むか。

 

 

 ━━━━……しっかし記憶の一部が抜け落ちるって、どういうこった?普通有り得ねぇんだが。

 

 

 ━━━━……駄目だ分からん。それと…………

 

 

 

 飛行中に勇は自分の手をチラと見る。僅かながら震えの方が確認されていた。亜音速という領域内に居るとはいえ、微妙な震えだけは分かる。

 

 

 急制動、亜音速状態を維持させた方向転換、海面ギリギリの飛行を1通り終えた後SEと機体確認。SE消費量の方は誤差0.5%以内に留まり、機体損傷は問題なし。しかしなるべく誤差を0.1%以内に抑えたいと考えている。

 

 

 データ収集は1通り取り終えたので、そのまま亜音速飛行で砂浜に戻って行く。空中でパッケージをパージさせ形を整えさせていく。

 

 

 それは馬。足の無い馬であるが、側面に2つの翼と下方に舵が取り付けられた8つのスラスターがあるパッケージ。これこそ明石重工が開発した特殊パッケージ【スレイプニル】の機能である。

 

 

 通常の状態で着地する。少しだけ砂埃が舞うがお構い無し、フェンリルを解除させて自立稼働状態にさせた後にパッケージのスレイプニルが降りてくる。

 

 

 

「おっかえり〜!スレイプニルの調子どうだった〜?」

 

 

「……素直に受け入れて良いのか、悪いのか」

 

 

「ユウ君は素直になろうよ〜」

 

 

 

 何処か諦めた様子を見せ溜息をつく勇は、引っ付いてくる束を他所にスレイプニルの確認をしていく。

 

 

 【スレイプニル】北欧神話に伝わる主神オーディーンの愛馬。8つの足を持った駿馬として伝えられている。雌馬に化けたロキとスヴァジルファリの間に産まれた子である。

 

 

 このスレイプニルの特徴はその8つの足に(なぞら)えた8つのスラスター。パッケージとして装備する場合、既存のISのスラスター数を自動で確認し合わせて計8つにするよう追加数を調整する機能持ち。

 

 

 そして既存のISのSEと同調させる事で重量をなるべく軽くさせている。さらにエネルギー効率を上げさせて消費量を少なくさせている。

 

 

 

「フェンリル、少し休む?」

 

 

 

 スレイプニルの確認を終えた後、フェンリルに尋ねるが首を横に振って応える。“そっか”とだけ言うと勇はフェンリルを装着すると少し辺りを見渡しマドカを見つけると、そちらに向かう。

 

 

 

「『悪いM、スリヴァルディの試験運転を頼みたい。漸く完成しやがったからよ』」

 

 

「ふむ、了解した」

 

 

 

 マドカもバハムートを装着し勇と束とクロエが離れた場所へと向かう。幾つかの足音が聞こえるので振り返ってみれば何人かが着いてきていた。

 

 

 少し面倒そうな表情を浮かべながらも場所を移してバハムートと対峙する。既にパッケージインストールの方は完了されておりフェンリルは【スリヴァルディ】を装着させる。

 

 

 【スリヴァルディ】霜の巨人の1人で、その名は『3倍強い(thrice mighty)』を意味し霜の巨人の中では目立った強さがあったのだろうと考えられるが北欧神話最強の戦神トールに殺された。

 

 

 このスリヴァルディはスレイプニルと同じようにSEと同調させて使用効率を良くしている。そしてスリヴァルディにSEを流し込む事で、その分威力を上昇させる優れもの。

 

 

 そしてフェンリルとバハムートの模擬戦が始まるのだが、当の2人は少しヒートアップし徐々に本気になりつつあった。漸く終わった頃にはダウンしていた。

 

 

 

「『えっぐ……パワーじゃ負けるかぁ…………やっぱバハムートはスゲェや』」

 

 

「『貴様……1発殴って1.2割削った者の言い草か?』」

 

 

「はい2人共、IS解除して」

 

 

 

 フェンリルとバハムートがISを解除して2人とも休憩に入る。少しだけスッキリしたような表情なのは目の錯覚ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つつがなく終わった授業の後、勇は1人窓の外から景色を眺めていた。敢えて灯りをつけずに夜空に浮かぶ月の明るさだけであった。フェンリルも同じように月を見ていた。

 

 

 

「……フェンリル、僕さ…………疲れちゃった」

 

 

『ぅわぅ?』

 

 

「……何で記憶が無くなっちゃうんだ?こんな日に……」

 

 

 

 勇の精神はとっくに疲弊していた。家族との思い出だけは失いたくなかった故に、家族との些細な思い出も覚えていたが為にこの事実に納得もいかず受け入れられなかったからだ。

 

 

 そんな思いを胸に抱かせたまま、勇は立ち上がり扉の方に振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が()()()()()

 

 

 

「─────ッ!?」

 

 

 

 突然火が見えた事で勇は尻もちを付いた。ただ火を見て驚くということは勇では有り得ない。ならば何故か?

 

 

 

 

「……………………()

 

 

 

 

 勇にとって、燃える事は即ち

 

 

 

 

「……………()で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()であるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

来ないで!

 

 

 

 勇は右手から冷気を発生させ、燃えている扉に向けて右手を出す。扉を凍らせ火も消える…………事は無かった。

 

 

 その逆、火の勢いは治まる事を知らなかった。

 

 

 

 

「止めて……来ないで…………」

 

 

 

 フラッシュバックされるのは、あの時のトラウマ。

 

 

 

 

 

 

 

「止めて……!奪わないで…………!」

 

 

 

 何度も凍らせるが、火は進行していく。

 

 

 

 

 

「お願い…………お願いだから……もう…………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如、勇の体に何かがぶつかり左に飛ばされる。

 

 

 

「がっ!?」

『きゃうん!』

 

 

 

 ぶつかった何かはフェンリルであったが、体全体でぶつかる事はまず無い。そして先程のフェンリルの鳴き声もある。壁を突き抜けて別室に飛ばされた勇は瓦礫が舞う中、フェンリルの苦しそうな表情を見る。

 

 

 

「ッ!?フェンリル、しっかり!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ待ってらんないわぁ」

 

 

 

 瓦礫が舞う中、勇は瓦礫を踏み付ける音の方を向く。女の声だ。そしてこの声には聞き覚えがある。

 

 

 

「貴女……まさかッ!」

 

 

「あらあら、声で分かっちゃうかしら?……まぁどうでも良いけど」

 

 

 

 破壊音を聞きつけて千冬を先頭に束が駆け付ける。

 

 

 

「どうした!?一体何が…………ッ!?」

 

 

「ユウ君!」

「ッ!待って!止まれ!」

 

 

「はいそこまで」

 

 

 

 突如勇の首に刃物が突き付けられる。しかしその刃渡りが異様に大きく、柄の部分も長い。

 

 

 まるで大鎌。首に当てられた刃は勇の命を握っている事を意味している様に、先程の女性の声で2人は止まる。そして、千冬も勇も驚愕する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「女将……!」」

 

 

「せーかい&だーいせーいこーう!」

 

 

 

 大鎌を持っていたのは、この花月荘の女将。その目はあの時見せていた優しげな目ではなく、異常者特有の目であった。

 

 

 そして迫り来る大鎌に対し、咄嗟に凍結させて氷の篭手を作っていた腕で首を守り壁から部屋を突き抜けて廊下に出る。

 

 

 

「がふぁッ!」

 

 

「ユウ君!」

「尾崎!」

 

 

 

 床を勢いよく転がり玄関の扉にぶつかって漸く止まった。肺の中の空気が全て吐き出されるまでの威力であり、先程腕を守った氷の篭手が無残にも砕かれていた。この氷は元来フェンリルの単一能力である【凍結】が操縦者である勇にも使用可能となったものである。

 

 

 故にこの氷の有り様は、あの威力が単一能力を破る程の威力を持っていたということ。その事を束は勇に駆け付けた際に知った。

 

 

 

「そんな……!凍結の氷が砕かれて…………!でも普通じゃ出せるわけが!」

 

 

「篠ノ之束ぇ……まさか私の独力だとでも思ったかしら?」

 

 

「なに……!不味いッ!」

「ッ!?ちーちゃん!」

 

 

 

 大鎌を振るう女将の次の標的は織斑千冬であった。大鎌の峰が彼女を襲いかかるも防御姿勢として両腕を盾にし踏ん張る。

 

 

 それでも廊下の壁まで飛ばされた千冬であり、腕は赤く腫れている。その様子を見て女将が舌打ちをする。

 

 

 

「チッ、かなり頑丈だねぇ……本当に人間か?」

 

 

「御生憎様、私は紛れもない人間だ」

 

 

「そうかいそうかい」

 

 

 

 先程の騒ぎを駆けつけて来たマドカ、クロエ。そしてラウラ、セシリア、シャルロット、一夏、箒、鈴の6名も駆け付けた。

 

 

 この惨劇に何が起きているのか未だ理解できていない8名であったが、大鎌を持った女将が姿を現すと全員が驚愕する。

 

 

 

「女将さん!?」

 

 

「貴様、一体何を!?」

 

 

「お子ちゃま共には関係無いし、答える義理なんてないわよッ!」

 

 

 

 女将は大鎌を持ちながら一回転すると、辺りから強風が吹き荒れる。全員風で視界を閉じざるを得ないが、女将は隙が出来ている勇に大鎌を突き刺そうと振りかぶる。

 

 

 

『ヴぉん!』

「むおっ!?」

 

 

「フェンリルッ!」

 

 

 

 それを阻止するが如くフェンリルがグレイプニールとスラスターによる加速を合わせて女将の背中に頭突きを与える。速度も相まって外まで飛んだ女将であったが空中で着ている服を脱ぎ捨てた。

 

 

 事を知るために玄関を覗くが、女将が着ていた服が地面にパサりと落ちた事も気にせず砂浜に着地した音を拾いそちらを見やる。見れば、かなり動きやすそうな服を下に着ていた様だ。

 

 

 勇が後を追うように外に飛び出し、それに続いてフェンリルが勇に装着される。後に続く様にマドカも外に飛び出しバハムートを装着して女将と対峙する。

 

 

 

「『貴様、ただの女将……とやらでは無いな。誰の差し金で来おったか白状してもらうぞ!』」

 

 

「怖い怖い。まさかデッカイのが来るなんてねぇ……そこのコア開発者のならまだ対策はあったんだがねぇ」

 

 

「『……って事は、俺の事を調べたみてぇだな。()()()()()?』」

 

 

「勘の良い奴だねぇ。“何処で”でも“何故知ってる”でもなく()()()()()か、特別に答えてやるわ」

 

 

 

 

 女将が右手を突き出し上空に掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの過去さ!」

 

 

 

 砂浜に手を付ける。すると女将の腕から文字の様なものが伝わり、この砂浜や花月荘にまで行き届く。赤黒く暗い空間が辺りを蝕んでいく。この出来事に何が起きているのか分からない勇を含めた全員が、この空間を見渡す。

 

 

 

「『ッ!?一体何が起きちゅう!?』」

 

 

「気持ち悪い……ッ」

 

 

「さぁて、私の【悪夢(ナイトメア)】に何処まで絶望してもらえるのかねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『にぃ……ちゃん…………?』」

 

 

「『!?』」

 

 

 

 素の口調。小さい頃の口調。幼き頃の甘え方。勇は何を見ているのか、他の者は分からない。

 

 

 

「『おい勇!しっかりせんかえ!』」

 

 

「『兄ちゃん……!』」

 

 

 

 

 涙が零れる。フェンリル越しに見えている物が、勇の心を惑わせる。

 

 

 そんな勇の事を気にする事は無い様に、女将が大鎌を振るう。だがバハムートが触手2本と左手で大鎌を捉えて防ぐ。よく受け止めたというべきか、バハムートがこうしなければ止められていなかったか。

 

 

 

「アンタ……私のを喰らっても平気とは、どういう了見だい?」

 

 

「『わっちが知るわけなかろう!』」

 

 

 

 マドカだけが効いてない。故にマドカは孤立無援の一騎打ちを開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回『地獄歌:序曲 第2節』


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地獄歌:序曲 第2節

 人が人格を成すにあたって、最も影響力があるものとは何であろうか。普通は洗脳や過去の記憶であり、経験である。そしてそれよりも影響力があるのは、過去の経験や記憶に刻まれた恐怖(トラウマ)

 

 

 恐怖は人の深層心理に深く結びつき、恐怖体験によって人は自ずと行動の制限が施される。しかし恐怖によって自身の安全は自主的に守られ、死へのリスクが免れるのもまた事実である。

 

 

 その恐怖が無ければ怖い思いをしない……という考えは、恐怖を知らないことの危険性を知らない大馬鹿者と言える。実際に恐怖心の無い人間は、何が自分の殺し、何が自分を生かすのかが判断出来ない。他人が危険な事だと言えば、その通り危険だと漸く認識できる程度なのだ。

 

 

 恐怖とは生きていく上で必要不可欠な感情であり、()()である。だが恐怖によって、人は支配されたり操られたりする。()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや)……もぉ…………ゃ(めてぇ)…………」

「い゛だい゛よ゛ぉ゛!お゛があ゛ざぁ゛ん゛!」

「じに゛だぐな゛ぢよ゛ぉ゛!だれ゛がぁ゛!だれ゛がぁ゛!」

「もぉ"い"やぁ"!や゛め゛でぇ!い゛ぎだぐな゛ぃ゛よ゛ぉ゛お゛!」

 

 

 

 

 

 

「き、きょうかん…………おねがいです……おねがいです……みすてない()

 

「!いさみ!いさ……み…………?」

 

「なん……で?」

 

「うそ、だよな?……いさみが、ころすわけッ!?あぐっ!がぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おとう……さま…………、おかあ……さま…………」

 

「なぜ……ひとを…………ヒッ!」

 

「いや……いやぁ!だれか、たすけて!ここからだして!しにたくない!ころされたくなぁい!」

 

「いぎゃ゛ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ…………ゆめならさめて……」

 

「おと、う さ()…………」

 

「ッア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!

 

「…………ア゙ッ……ァッ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!い゛っぐん゛!い゛っぐん゛!」

 

「!や"め"ろ"ォオ゛オ゛オ゛オ゛!ぢーぢゃ゛ん゛を゛はな゛ぜェエエエエ!」

 

「あっ…………あぁ………………あア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「げひゃハハハハハハ!良いBGMじゃないか!えぇ!?」

 

 

「『やっかましいッ!』」

 

 

「おっと危ない」

 

 

 

 ヒラリとバハムートの拳を避ける、避ける。バハムートも敢えて触手で牽制し、威力を最大限に、速度も最高速度にしてから拳を放っているものの何故か掠りもしない。

 

 

 電撃も範囲外に逃れて効果は無く、高水圧砲でもヒラリと避けられ無意味に終わる始末。挙句の果てに、相手が()()()()をするので当たったと思っても逆に背後から攻撃されていたというのもあった。

 

 

 そんな事から、バハムート(マドカ)は苛立ちを募らせている。大鎌の攻撃をバショウカジキを参考にした速度で避けるのに、当たる。そして背後振り返り攻撃すれば先程居た場所に戻っていた。

 

 

 そんな不可思議な現象を目の当たりにし、混乱しているが考える暇さえ相手は与えてくれない。敢えてバハムートは海の方に行き、ある意味自分のテリトリーに入ると大鎌を持った女将(クズ)がバハムートに語りかける。

 

 

 

「良いだろぉ?この泣き喚く蛆虫(ゴミ)どもの悲鳴をよぉ、誰も助けに来ない絶望的な状況で!」

 

 

「『……下衆が。反吐が出るわ、そんなモン。それにわっちには何も効いとらん』」

 

 

「そこなんだよねぇ……アンタ、トラウマを感じちゃあいないんだよ」

 

 

 

 

 

 

「『()()()()…………?』」

 

 

「んまぁ、これ以外なら多少効き目はあるみたいだしぃ?どーでも良いけどよォ!」

 

 

 

 大鎌を持った女将が、勇の元へと向かう。

 

 

 

「『ッ!……すまんッ!』」

 

 

 

 バハムートがフェンリル着用状態の勇を本気で殴りつける。ずっと立ち続けていた勇のフェンリルを一瞬にして絶対防御発動にまで追い込ませ、威力も相まって勇の体は吹っ飛び砂浜を転がる。

 

 

 

「へぇ……アンタも大概無茶苦茶だねぇ」

 

 

「『少なくとも、貴様に殺られるよりかはマシじゃろうて』」

 

 

「んだけど………………

 

 

 

 

 

      逆にピンチよねぇ!?」

 

 

 

 

 バハムートが勇を守る様に先回りし、迫り来る女の大鎌を触手と左手で止める。そこでマドカは疑問に思った。

 

 

 

「『…………幾つか聞くぞ』」

 

 

「あぁん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『貴様、()()使()()()?』」

 

 

「何を……使った…………?」

 

 

「『辻褄が合わんのじゃよ。さっき貴様は、わっちの攻撃を幾度と無く交わし続けおった。

 

 

 それはわっちと貴様のスピードの違いかと思ったが、それは外れおった。でなければ、()()()()()()()()なんてこと出来はせん。

 

 

 それを踏まえて聞こう、()()()()()使()()()?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなもん自分で考えな!」

「『そうかい!』」

 

 

 

 女の左拳がバハムートに迫る。敢えてそれを受けたバハムートは一瞬にして電撃を放つが、得物である大鎌を捨ててバックステップで避ける。バハムートは大鎌を捨て去り、ボクシングの構えを取る。

 

 

 

 ━━━本来の速度であれば、わっちが速い。しかしそれならば、わっちの後ろに居た事の辻褄が合わん。

 

 

 ━━━……そういえば、彼奴は先程()()()()とか言っておったな。

 

 

 ━━━待て…………【悪夢(ナイトメア)】?

 

 

 ━━━なぜそこで悪夢が出てくる?悪夢……

 

 

 ━━━()()()()………………ッ!

 

 

 

「来ないならこっちから行くわよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『【幻覚】…………』」

 

 

「!へぇ…………」

 

 

 

 女はバハムートに向かう足を止め、マドカの推測の域を出ない推論を聞き続ける。

 

 

 

「『なるほど、これなら説明が着く。あの移動も、攻撃も全て(まやか)し。というよりSE残量を見ればなんの事は無い、簡単な事じゃったんじゃな。

 

 

 

 

 そりゃそうじゃ、()()()()()()()()()()()のだからなぁ。

 

 

 

 恐らく勇の場合は“家族”に対する後悔の念。それを利用した幻覚というわけか』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒェハハハハハハ!正解、正解、大正解!

 

 

 

 大笑いして拍手をする女。マドカの推論は当たっていた様だ。マドカの表情が一層険しくなり、すぐにでも攻撃が出来る準備をしている。そして女は当てられた事で隠す必要性が無いと感じたのか、全てを話した。

 

 

 

「私の【幻術】はねぇ!人の恐怖心に付け込んで傷口(嫌な過去)をグリグリと抉っていくのさぁ!ほかの有象無象なら人が恐怖する体験を見せつけりゃあ良いのさ!人の死!自分の死!強姦!なんでも御座れさ!」

 

 

「『そうして廃人にさせるか。厄介極まりない、故に強い……そしてこれも推論だが、貴様

 

 

 

 

 

 

 

 I()S()()()()()()()()()?生体同期型ISに』」

 

 

 

「ッ!やるわねぇ……そうよ。【幻術】も私のIS『シィクル・リーパー』の単一能力、ISと同化している私が使える優れものってワケさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『なら話は早い』」

「んぁ?」

 

 

 

 バハムートが突如、上を向く。何をするのか分からない女は、投げられた大鎌を取りに行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『クロニクル!【黒鍵】を使えぇえ!』」

 

 

 

 開放回線で、しかも大声で叫んだマドカ。その願いが届いたのかは知らないが、阿鼻叫喚の声に包まれていた花月荘から声が途絶えた。

 

 

 

「なにっ!?」

 

 

「『余所見をするなッ!』」

 

 

 

 バハムートを1回りさせて触手でのスイングを叩き込む。それをモロにくらった女は、砂浜に足を引っ掛け跡を作りながら威力を減少させていく。漸く波打ち際の所で止まったが、表情は優れないまま。

 

 

 バハムートが悪びれる様子の無い声で女に言った。

 

 

 

「『悪いの。貴様と似たような奴をわっちは知っておるのでな。それに、生体同期に似たシステムもバハムートには搭載されておるのじゃよ』」

 

 

「なんだと!?」

 

 

 

 そんな事を話していると、突然女の目の前に現れた巨大な角を持つ兎に突進される。大鎌で角を防ぐが、上から月明かりに照らされた影が2つ映し出される。

 

 

 

「しぃッ!」「ふっ!」

 

 

「チィッ!まさかガキ共が!」

 

 

 

 

 

「『行くよ!篠ノ之さん!鈴!』」

「応!」「オッケー!」

 

 

「なにっ!?」

 

 

 

 後ろを振り向けば、既に翼と2振りの剣が迫って来ていた。振るわれる剣とぶつかる翼が女にダメージを初めて与えた。

 

 

 

「ぐぎゃあ!」

 

 

「ナイス箒!鈴!シャルロット!」

 

 

 

 巨大な鳥は上空に飛んでおり、その左翼側に()()()()を纏った篠ノ之箒と鈴が居た。ジャンプして上空に逃れたアルミラージと、その上に乗っている一夏とセシリアは砂浜に降り立つ。

 

 

 吹っ飛ばされた女は先程の攻撃で血反吐を吐きながら、険悪な視線と表情で集まった者を見た。

 

 

 

「クソガキ共がァ……!調子に乗りやがってェ!」

 

 

「『今まで散々苦しめられたからな、その代金だとでも思え!』」

 

 

「『最悪だったよ。お父さんとお母さん、挙句の果てに学園の皆の幻覚を見せてきて!銃で撃たれた分の倍以上の利子付きで返してあげる!』」

 

 

「最悪の目覚めですわ!起こした張本人には罰を与えなければなりませんわよ!」

 

 

「俺だって我慢できねぇ!皆を苦しめたお前が!」

 

 

「アタシは今すぐにでもアンタを殺したいわよ!オバサン!」

 

 

「貴様だけは赦さん!地獄に叩き落としてやろう!」

 

 

「調子にノるんじゃねぇえええ!」

 

 

 

 

 また再度右手を砂浜に着けて赤黒く暗い空間を展開しようとするが、形成途中でその空間がガラスのように割れながら消えていく。

 

 

 

「今度はなんだ!?」

 

 

「私の【黒鍵】の効果ですが?」

 

 

 

 バハムートの居る方向、その後ろから股を通って出てきたクロエ。そうして知る事になる。このあとトンデモなく恐ろしい目に遭うことを。

 

 

 

「まさか……お前が私と似た…………」

 

 

「【ワールド・パージ】精確には異なりますが、貴女が持つ幻術と似た限りのものです」

 

 

「能力の相殺……!」

 

 

「『これでは手も足もでんのぉ、ババア』」

 

 

 

 そう、絶体絶命のピンチに立たされたのはIS学園の全員から一変して女になった。

 

 

 αタイプIS3機と第三世代ISが3機、そして()4()()()が1機に対し相手は生体同期型IS1機のみとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────()

 

 

 

 いいや、違った。

 

 

 

「────()ない……!」

 

 

 

 漸く化け物が目覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赦さない!」

 

 

 

 これでαが4機、立ち上がったのはフェンリルを装着していない勇であった。

 

 

 

「「「「「勇(さん)!」」」」」

 

 

「チッ。だがお前のSEはとっくに尽きている!もう手出し出来ねぇだろ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“生体リンクシステム”起動───」

「ッ!?」

 

 

 

 勇の声と共にISが展開され、手動でISを装着していく勇。第2形態のフェンリルを装着した勇の両手から、冷気が発生しクローの形をとった。

 

 

 それだけに留まらず、フェンリルの胸装甲や両腕脚にも氷が張り巡らされる。そしてフェンリルの目が()()()()鋭い眼光で女を捉える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の真骨頂は、ここから再始動する。

 

 

 

 

 

 

 







 次回『地獄歌:序曲 第3節』





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地獄歌:序曲 第3節

「なんだ……その姿は…………

 

 

 なぜ立っていられる?なぜISが展開できる?

 

 

 なぜ動ける!?なぜシステムが機能している!?

 

 

 

 

 

 

 

その目は何だ!?」

 

 

 

 目が赤く光っている。両手には氷で作られたクロー、全身には氷で出来た防具一式が装備されているフェンリル第2形態。化け物としての由縁、力を得た形態。2mもの大きさの人狼がそこには居た。

 

 

 フェンリルの単一能力【凍結】。単一能力の発動には幾つかの条件があるが、得ることが出来れば絶大な力を持つ事が出来る。しかしフラグメントマップの成長性などで単一能力を持つISは数が少ない。

 

 

 フラグメントマップを構築するには、異常なまでの稼働時間による形成や膨大な戦闘データを組み込ませなければならない。他に方法があるとすれば、ISとの相性なのだろう。

 

 

 彼の持つ単一能力は膨大な時間、それも6年間に渡って培われたフラグメントマップに加えてフェンリルとの相性があったからだとも言われる。が、単一能力の性質は()()()()()()()()が関与していたとも言える。

 

 

 フィンブルの冬をご存知だろうか。3つの冬が何百年単位で続いた神話上の現象だが、漸く収まった頃にラグナロクが始まったのだ。ある意味、世界が変わる為の()()であった。

 

 

 つまりは、あの女尊男卑の前時代を()()()()()()()を担っていた勇。そして、その時の冷徹過ぎた本当の人格。温もりを拒否し、変える為に自らの心を犠牲にした精神状態が合わさり【凍結】は生まれた。

 

 

 結果、勇がラグナロクと呼んでいた時代革命は発生した。新たなISを製作し、新たなコアを製作し、新たな時代を製作し、世界を変えた。

 

 

 ()()()()()()()に該当した前時代(女尊男卑の頃)から、フィンブルの冬である勇の行いがあり、()()()()()()()()()であるラグナロクへと移り変わるが如く。

 

 

 勇は運命に()()()()()()()重要な歯車であったのだ。決められた運命の歯車は欠けることを許しはしない、それは決定された運命では無いからだ。だからこそ勇はどう足掻いても殺せはしないし、殺せる筈が無い。運命がそれを良しとしないからだ。

 

 

 

 

「『…………』」

 

 

「ッ…………!何とか言ったらどうだい!?」

 

 

 

 女は生身の状態から一変し『シィクル・リーパー』を展開する。紫の外装が月の光で照らされるが、装甲には解読不能の文字が羅列している。

 

 

 が、そんな事は彼には眼中にすらない。今はただ噛み合わせが悪くなった()()を自分自身で取り除こうと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 氷の爪で切り裂こうとしていた。

 

 

 

「ッ!?くそっ!」

 

 

 

 間一髪、迫り来る氷の爪に合わせて左へと避ける。女が勇の右手を見ると、そこには巨大な氷の爪が。普通の人間であれば、あの大きさの氷なぞ持てるワケが無い。

 

 

 しかし意図も容易く()()を振るったのが勇であった。既に異常性はI()S()()()()()周知の事実だが、この姿は見たことすらない。そして何よりも、フェンリルの目から放たれる赤い光が一層不気味さを増す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『…………家族が』」

 

 

「ぁん?」

 

 

 

 突如口を開いた勇は、続けて言い放っていく。

 

 

 

「『家族が見えました。貴女の幻術で

 

 

 一時でも、幸せだと思えたのは正直言えば

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 漸く、会えたから……とても嬉しかった』」

 

 

「そうかい。んじゃあもっかい見りゃ」

「けど」

 

 

 

 女の言葉を遮る勇。失くした家族というものに、大切な存在に漸くこの目で会えたのだから。例え幻覚であろうと、この世に存在していないのだとしても、勇にとっては嬉しいことこの上なかった。

 

 

 しかし、それを否定する様に言葉を連ねていく。

 

 

 

「『急に物凄い衝撃が来て、飛ばされてから、僕の目は覚めてました。

 

 

 これが幻だって。これは一夜の夢だって。

 

 

 

 

 そして最悪な悲鳴の合唱が、耳に入った時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()を地獄に()()()()ってしか、思えねぇんだよォオオオオオ!』」

 

 

 

 勇が吼える。女に向かって吼える。その雄叫びは()()()()放たれた。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 音は鎌の刃を伝わり、振動し、形を不安定にさせる。吼えれば女は耳を塞ぐが、勇は吠えるのを止めると尻尾を回転の勢いで振って()()()()()()を発射させる。

 

 

 

「!?」

 

 

 

 多少掠りはするものの、上空へと逃れてミサイルを避けていく女。しかし、勇は()()()()()空に存在していた。驚愕の表情に包まれた女は、困惑していた。

 

 

 

「お前ェ!もうSEはとっくに尽きている筈だぁ!現に絶対防御を発動させていた!なぜ立ち上がる!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『【生体リンクシステム】──そいつで()()()()()()()()()だけさ』」

「なっ!?」

 

 

「『序でに教えてやる。俺とM以外の奴等のαには、この生体リンクシステムの劣化版を搭載してんだよ。あの巨体を操るには僅かなタイムラグでも隙が生まれるし、そもそも動きが遅くなる。

 

 

 劣化版は操縦者の電気信号の読み取りをαに対応させただけのシステムだ。

 

 

 

 

 

 だが俺らは違う。俺の生体リンクシステムは謂わば“プロトタイプ”さ。そのプロトタイプも電気信号の読み取り効率を良くはさせた。

 

 

 だが欠点としては、絶対防御は発動しないとか。

 

 

 

 

 

 普通のISの動きをすると()()()()()んだわ。

 

 

 代わりに利点もあるぜ。先ずは操縦者がISの単一能力を使用出来る点、次にSEが無くなっても稼働できる点。

 

 

 テメエみてぇな輩に一泡吹かせられる点もなぁ!』」

 

 

 

 個別連続瞬時加速(リボル・イグニッションブースト)で女との距離を縮めた勇が、巨大な氷の爪を先程より素早く振るう。間一髪、女は鎌で受け止めたが下から左の爪が来る。今度は見きれない程の速度で迫った為、防ぎきれずダメージを受ける。

 

 

 

「がぎゃっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠に生き続けろ(自由エネルギー凍結・昇華)

 

 

 

 その速度で連続に爪を振るい続ける勇。しかしダメージ自体は殆どない。フェンリルの凍結は発動する際、ダメージを与えない代わりに()()凍結させるかの選択権がある。

 

 

 話は変わるが、人間の体内でも化学反応というのは起きている。遺伝子の形成や、細胞の形成までも。それらにもエネルギーは発動しているのだが、ここで体内の化学反応を起こす自由エネルギーを凍結した場合どうなるだろうか。

 

 

 右の爪で女の自由エネルギーを凍結する。するとどうだろうか。

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 相手は驚くが、そんな表情を出すことさえ出来ない。細胞を形成する際のエネルギーを凍結すると、一瞬にして体の()()が動かなくなる。呼吸すら出来やしないし、脳に電気信号を伝えることも出来やしない。

 

 

 即座に左の爪で昇華させる。

 

 

 今まで止まっていた感覚や電気信号が急に脳に伝われば

 

 

 脳も働いてなかった状態から、急激に働かせたら

 

 

 一瞬にして細胞の動きを止め、それを急に動かしたら

 

 

 一体どうなるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ガァガガガ!?」

 

 

 

 女が突然苦しみ始める。

 

 

 頭が本当に割れそうな程痛い。細胞が急速に形成して至る部位が肥大化していく。内部の肉や皮膚が膨張し過ぎて、ISが邪魔になっていく。

 

 

 内部から爆発しそうなほど女の体は膨れ上がるが、勇が右の爪を振るうと止まる。しかし感覚だけは暴走しており体中が痛みに襲われる。

 

 

 勇は女に近付き、口を開く。

 

 

 

「『誰の差し金で来やがった?口だけは動かせるだろぉがよ。お?』」

 

 

「ひゃ……ひゃれカ…………ひふカひょ…………」

 

 

「『…………そうかいそうかい。んじゃあ最後に言い残す事は?』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へひる……ひほりぁ…………!」

 

 

「『ッ!?お前まさか!』」

 

 

 

 突如、女の体から()()()が噴き出る。地上に落下して着地し、女から噴き出ている青い炎を見やる。醜い肉塊となった女だが、あの最後の言葉を聞いた途端理解した。

 

 

 次の敵は、最もヤバいものだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諸君、ちょっとした悲報だ。

 

 

 我らが同士『グゥエル・ブリッツ』少尉が負けた。

 

 

 何とまぁ哀しきことかな。自らの体を単なる肉塊へと変えられ、生き地獄を味わされる羽目になってしまった様だ。

 

 

 単なる肉塊になってしまえば、そこには人の影も形も無くなってしまう。非常に残念だ。

 

 

 折角ヴァルハラへの片道切符を用意していたのだが、1人余ってしまったようだ。

 

 

 だが諸君、『グゥエル・ブリッツ』少尉は重要任務を達成してくれた。

 

 

 ()()()()を、私達に見せてくれたではないか。

 

 

 例えヴァルハラへ行けずとも、我々の魂は輪廻を経てヴァルハラへと再び目指すだろう。

 

 

 ならば我々は、先にヴァルハラで待とうでは無いか。『グゥエル・ブリッツ』少尉のことを。

 

 

 

 

 

 さて諸君、お次は良い知らせだ。

 

 

 君達が待ち望んだ戦火の灯火が、遂に現れることになるぞ。

 

 

 その火種役に、『ガルベラ兄弟』がなってくれるそうだ。素晴らしいと思わんかね?

 

 

 次の戦いの為に、自ら進んで火種となり、後続の我々に戦火の業火という役を譲ってくれたのだ。全員、この場に居ない『ガルベラ兄弟』に敬意を表して

 

 

 敬礼(アハトォウン)

 

 

 そして待ちに望んだ戦火が、遂に我々のこの目でもう一度見ることが出来るのだよ!

 

 

 とてもとても楽しみじゃぁないか。とてもとても素晴らしいじゃぁないか。とてもとても喜ばしいことじゃぁないか。

 

 

 嘗てあの御方は自らの支配を築く為に、多民族の虐殺を行った。

 

 

 だが諸君は、そんな事に囚われない猛者達だ。

 

 

 ただ単に血で血を洗い流し、成れ果てた肉塊を街頭上に吊し上げ、自分も成れ果てるのだろう?

 

 

 我々はそんな猛者達だ。ISなんていう、あんなガラクタに執着している輩より強いだろう?

 

 

 あんなガラクタより、自らが優れていると思わんかね?何、思う?それなら結構だ。

 

 

 良いか、諸君。我々は後にも引かないし前にも進まない。今この時、この瞬間に、闘争の場へと身を降ろしたいのだろう?

 

 

 そう自ら決めたのだ。そう自ら望んだのだ。

 

 

 ならば諸君らを、私が連れて行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 戦火へと成り果てる場所へと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次回『地獄歌:序曲 終節』






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地獄歌:序曲 終節

 その夜、早急に臨海学校は終わりを告げた。バスが到着した時は早朝という時間帯であったが、学園の生徒達は一刻も早く親元に帰りたいというのが()()本心であった。恐らく犯行は勇を狙ったものである事を予想されており、勇は帰りのリムジンに束とクロエとマドカと共に会社へと戻って行く。

 

 

 残念な事にIS学園から6名の自主退学生が出てしまう結果となった。しかし、むやみにその経緯を話してしまえば混乱が起こってしまうのは明らか。狙われた勇は国連加盟国に事のあらましを伝えた後、今回の事件で聞いたある言葉を口にすると全員驚愕に包まれる。

 

 

 しかし未だに相手の戦力も分からない上に何処に拠点を置いているのかも判明していないのでは手の施しようがない。勇ならば自主退学すればIS学園に振りかかる火の粉を一身に受ける事が出来る。

 

 

 だが勇は、相手の存在が今回の事件に気付いたことを悟られることは逆に悪手とも呼んで良いと考える。もしも相手の狙いが勇だとすればIS学園を狙う可能性も否定できない。外れていたとしても、結果的に混乱を巻き起こすのは変わらない。

 

 

 ある意味苦渋の決断とも取れる。勇はIS学園に残る事を決めた代わりに、IS学園の警備体制を強化することを約束して学業に務めていく。その上で今回の事件に関与する人物に警戒しなければならない。

 

 

 勇はIS学園の警備体制の強化を図る為にゴーレムの設置を轡木十蔵に許可を取り、提示していた編入の件を確認する。了承の証明も貰い先に編入計画の一部は進められていることを聞くが、一言二言だけ言って会社に戻って行った。

 

 

 そして現在、勇は会社地下の研究所で雇っている亡国企業の面子を全員集めて対談している。今回の事件で判明した事実だけを伝える為に。

 

 

 

「このような形で緊急招集を掛けてしまい、申し訳ありません」

 

 

「……事件のことは聞いたがよ、伝えたいことって何だよ?」

 

 

 

 勇は深呼吸を1度すると、表情を真剣なものにさせてその言葉を呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハイル・ヒトラー

『!?』

 

 

「今回の事件の主犯は消えてしまいましたが、消える際に()()()()を言っていたんです」

 

 

「……最悪。じゃあなにかしら?今度の敵は」

 

 

「ええ。ナチズムに染まった人間と考えて宜しいかと。そこで皆さんに聞きたい、その思想に染まった組織に()()()()は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ある」」

「やはり……ですか。その組織について分かっている部分だけでも教えてくれませんか?」

 

 

 

 最早隠す気すら見せない亡国企業の面子。スコールが言うには、その思想主義者の組織と何度か対面し戦ったことがあるらしい。マドカも思い当たる節があるそうだ。

 

 

 曰く、その組織の名は【E(Ein)N(Neues)B(Bataillon)】、ドイツ語で“新たな大隊”と呼ばれる組織である。大掛かりな組織という程でも無いが約1000名弱の人間がその組織に属しているらしい。

 

 

 そして、その組織の中で重宝されているのが【魔術】。この科学や工学が進んだ世の中で、殆ど目を向けられなくなった魔術に成通しているという。魔法ではなく魔術、何の特別な力も要らない魔術である。

 

 

 魔術と魔法の違いと言えば、()()()()()()()()()()()()という至極単純なことだ。魔術は用意されえすれば誰でも魔を操ることが出来るからこそ魔術である。それはこの現代に於いて魔術という概念が薄れてきたからこそ可能なやり方であり、警戒されないし暴かれにくい()()()()()である。

 

 

 勿論、急に魔術という不確定要素の塊を相手が使用していることを簡単に認められにくいのは事実。しかし昨日使用してきた“幻術”という幻を見せる力を勇はこの身で体験している。信用するに値するのだ。

 

 

 そしてその組織の殆どが人間の範疇を超越しているという。その仕組みは()()()I()S()()()()()()()()という無謀にして大胆な方法により人外の力を得ているという、普通では考えにくい方法でもある。生体同期型ISを組み込んでいるクロエ以外に成功している事例も聞いたことは無い。

 

 

 他にも魔術系統の被害にあった者は居るらしく、ある者は何も居ないのに吹き飛ばされたという被害や金縛りにあったなど様々。中には火傷、かまいたちにも……数えきれない程の被害に遭遇しオータム曰く“敵対はしたくない相手”だと。

 

 

 そしてその組織の目的なのだが…………

 

 

 

()()()()?」

 

 

「正確には()()()()()()()()()()()()()()()輩の集まりだ。故に戦うことしか考えていないのさ」

 

 

 

 これこそ敵対したくない理由。目に付いた輩や他組織を片端から潰していく為、裏業界でも厄介極まりない扱いを受けているのだ。しかし対峙したどの組織の部隊も一方的な殲滅を受けている。

 

 

 恐れ知らずの蛮勇どもが集う“狂った戦闘狂集団”。その組織が1枚噛んでいるこの事実に憤りすら覚える勇。態々戦いの為だけに他者を壊し巻き込む行為に、勇の心が痛む。

 

 

 

「……亡国企業の皆さん、僕は今()()()()をしました。いや、もう関わった時点で次も関わる可能性がある。だったら僕は情け容赦無く迎え撃つまでです」

 

 

「だろーなぁ」

 

 

「やんなきゃ今までの金も苦労もパーだし、参加しなきゃ不味いでしょーね」

 

 

「私は個人的に屈辱を晴らしたいまでだ」

 

 

 

 話は早かった。亡国企業は亡国企業なりのメリットとデメリットを天秤に掛けて、勇は勇の目的の為に戦いへと望む。やるべき事は残されているが、その組織を潰さなければならないとその心に誓う勇であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「束さん」

 

 

 

 勇は多くの監視モニターが設置されている部屋に足を運ぶと、そこに居る篠ノ之束を呼ぶ。呼応した束は勇の方に笑顔で振り向く。

 

 

 

「な〜に、ユウ君?珍しいじゃん」

 

 

「……まぁ私的で話す事なんて殆どありませんからね」

 

 

「それは悲しいなぁ……およよよよ」

 

 

 

 泣くフリを見せてケラケラと笑う束だが、勇の表情は依然と晴れないままであった。そんな束はそのままの表情で勇に問う。

 

 

 

「で、束さんに何か用かな?」

 

 

「あー……………………その、ですね」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無理、してませんか。今」

 

 

 

 

 少し詰まりそうな物言いで聞いてきたのは、たったそれだけ。この珍し気な言い方に束は勿論のこと食いつく。

 

 

 

 

「…………どーしたのさ、急に」

 

 

「いえ、その…………僕のせいで迷惑を掛けてしまって……申し訳なくて」

 

 

 

 

 束の付けているウサ耳のカチューシャがズレる。なぜ勝手にズレたのかはさて置いて、とにかく束が呆然としているのは確かだ。いつもなら構うこと無く自分の作業に没頭していたりフェンリルの調整などに時間を割くからだ。

 

 

 束は勇に近付いて頬をペタペタと触ったり額に手を付けたりしている。

 

 

 

「……何してるんですか」

 

 

「いや……だって…………えっ、あれ?」

 

 

「色々と失敬ですね」

 

 

 

 勇は束の手を掴んでゆっくりと顔から離し、口を開く。束は勇の行動にただ呆然とするしかなかった。

 

 

 

「今回の件で随分とお世話になりましたし、その……お礼というか。なんというか」

 

 

「………………」

 

 

 

 顔をそっぽ向きながら照れくさそうに話す勇に対し、束の中の何かが徐々に決壊しかけ始めていた。しかし勇はそんなことをお構い無しに喋っていく。

 

 

 

「僕が怖くて震えていた時、迷惑だったでしょうに……傍に居てくれてありがとうございます。ただ、それdむぐっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユウ君がデレたあああぁ!」

 

 

 

 一部決壊して束が壊れる。まさか勇も束に抱きつかれて胸に顔を埋められるなどとは考えていなかったのか、困惑する。ただ今回は単なる困惑という訳では無いらしい。

 

 

 束はそんな事は露知らず、勇の初めて見るデレに歓喜していた。そもそも細胞レベルで通常の人間よりも並々ならぬ力で勇を持ち上げる。勇はその状態が苦しいので束の肩を軽く叩くが、気付かない。

 

 

 結果、満足するまで抱きつかれた為か少し酸欠気味になった勇であった。束も反省はしている様だが、直そうとする気などサラサラ無さそうだ。

 

 

 

「あぁ、もう……!」

 

 

「ごめんごめんって…………うへっ」

 

 

「……はぁ。(こんなんじゃ言いづらいなぁ)

 

 

「何が言いづらいって?」

 

 

「……ホンットその地獄耳が欲しいですね。よく聞き取れそうです」

 

 

「残念だけどユウ君に移植するのはむり〜」

 

 

「……分かってますよ。全く」

 

 

「で、何が言いづらいって?」

 

 

「……………………」

 

 

「応えてくれなきゃ……イタズラするぞぉ〜」

 

 

 

 両手をワキワキさせながら勇に徐々に迫っていく束、しかし勇は腕を組んだまま動く素振りすら見せないので不審に思うのは仕方がない。

 

 

 両手の動きを止めて降ろし、勇に向かって喋る。

 

 

 

「ホントどうしたのユウ君、何か変だよ?」

 

 

「変……ですか。そうでしょうねぇ…………」

 

 

 

 勇は一旦目を閉じると再度開き、表情を真剣なものにする。束は首を傾げていたが、勇が急に両手を掴んで前に出させたあと勇は話していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幻術から目覚める直前、家族3人に言われたんです。

 

 

 “みんな、僕自身の幸せを願っているって”

 

 

 それが例え幻だとしても、都合良く処理された記憶だとしても……僕にはそれが()()()()()だと思える様になった。

 

 

 僕は囚われていたのかもしれない。昔の家族という枷に、幻覚に、呪いに。でもその言葉を聞かされた時、そのしがらみが解けた気がしたんです。

 

 

 漸く、その決心が決心がつきました。

 

 

 

 

 

 束さん、僕は……貴女と()()()()()()()です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれ程の時間が経ったのだろうか。束が口をパクパクと開閉し、徐々に顔が紅潮していく。

 

 

 

「……ねぇ、ゆゆゆやゆユウ君。それって……もしかして?」

 

 

「ッ…………あぁもう!プロポーズですよ!プロポーズ!言わなきゃわかりませんか!?」

 

 

 

 同じく勇の顔も赤く紅潮する。少し声量を上げて怒鳴りつけるような感じで伝えるが、そのことを聞いた途端束は涙目を浮かべて勢い任せに抱擁をする。

 

 

 

「むがっ!」

 

 

「やっとユウ君が言ってくれたー!」

 

 

「プハッ!……ま、まぁその…………貴女が僕に好意を向けているのは知ってましたし。僕も両親や兄から言われただけですから……ぼ、僕がそうしたかったからという訳じゃありませんから!勘違いしないで下さいよ!」

 

 

「うん!ユウ君がツンデレでそう言ってる事は分かったから!」

 

 

「だぁ違ぁう!」

 

 

 

 口ではそう言っているが、右手に付けているフェンリルは知っている。勇は世間で言われるツンデレだと、そして勇自身がそうなりたかったが素直に伝えるのは束に陥落されたような気がして納得いかないということを。

 

 

 しかし大事なことをお忘れでは無かろうか?勇は束の向けた好意を()()()()()のだ。他に好意を向けられると、勇は否が応でも理解してしまう。そのことを思い出すと勇は束から少し離れて口にする。

 

 

 

「で、ですが他にも僕に好意を向けている方もいらっしゃいますから……束さんも僕みたいな輩に告白さre」

「あーそれ?ユウ君に内緒で政府に重婚のヤツ貰ったから万事オーケー!」

 

 

 

「…………はぁ?」

 

 

 

 このことに呆れて何も言えない勇は、束のなすがままとなっていたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 因みに狼は一夫一妻制である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 次回『地獄歌:間奏 1節』


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地獄歌:間奏 1節

 朝、会社地下の自室で寝ていた勇は上半身を起こす。寝ぼけ目で寝癖もあり、普段の勇ならばすぐに朝の支度をするだろう。が、今回ばかりは少しだけ違っていた。

 

 

 まず、勇のベッドがシングルからダブルへと変化している。何時もはシングルで充分の勇なのだがダブルになっている。その理由は隣で寝ている束にあったりする。

 

 

 

(うぇへへへ〜……ユウく〜ん…………くぴー)

 

 

 

 幸せそうな寝顔で寝言を言う束だが、その表情を見ても勇は疲れた様な溜息を吐くしか無かった。それもそのはず、何故か2人とも一糸まとわぬ姿となっている。

 

 

 束を起こさない様に勇はベッドから出て脱ぎ捨てられたパジャマを持ってファ○リーズを部屋にくまなく散布していく。それが終わると本棚に向かい4段目にある青い本を引っ張ると本棚が右に移動し、別の通路が現れる。

 

 

 この通路は前回、倉持技研の社員をドームスペースに誘導する為に使った通路である。その通路は途中丁字路があるのだが、左に曲がればドームスペースに辿り着く。今回は真っ直ぐ進んでいく勇。

 

 

 真っ直ぐ進むとスライド式の扉があり、その扉を開くと中は洗面所であった。その部屋にある籠にパジャマを入れると、もう一方のスライド式の扉で仕切られた浴室に入る。

 

 

 そこで昨夜の汗などを流して気分転換をしていると、通路と洗面所を仕切っている扉が開閉し今度は洗面所と浴室が仕切られた扉が開閉される。

 

 

 

「…………おはようございます、束さん」

 

 

「おっはよ〜、ユウ君」

 

 

「……何故ここに?」

 

 

「そりゃ汗を流しに。あの時疲れて2人とも眠っちゃったしさ…………それに一緒に洗えば効率的で良いでしょ?」

 

 

「………………本音は?」

 

 

「襲いに来た!」

「この万年発情兎!」

 

 

 

 このあと何やかんや一悶着あったが、前回も今回も束が主導権を握ったあと勇が主導権を得ていたそうな。

 

 

 そして暫くして勇と束はクロエを釣れて3人で一旦外に出ていく。因みにこの地下にも他に地上へと続く道はあり、 会社から出ていくのが面倒な時はここから出ていくのだ。要件がある際は会社に一旦向かい社長室へと向かうのが普通であった。

 

 

 出てみれば会社の地下駐車場に繋がっており、そこから3人は会社の非常口を使用して外に出ていく。勇は本来ならば期末テストの準備の為に色々としなければならないが事件が起きて緊急会議がIS学園で行われている為、代休となった。そうだとしても普段通りやれば問題ないだろう。

 

 

 珍しく休みになったという事もあって、勇は束とクロエを連れて久々に外食をしようと外に繰り出していた。普段はIS学園の寮に居るため通行人は殆ど女子学生と偶に一夏なのだが、今は9時頃。そこまで人の往来は無い割に店は通常営業、朝どこで食事しようか迷う。

 

 

 しかしこの面子が一緒に歩いていると、色々と誤解を生んでいくのは確かであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいひいね〜」

 

 

「……そうですね。あと口に入れたまま喋らない、ほらマスタード付いてるから」

 

 

「舐めて取って〜」

「僕に死ねと?」

 

 

「お父様、ここは束様を甲斐甲斐しく世話する夫としての役目を!」

「何を期待してるんですか!?」

 

 

 

 結局朝はとあるカフェに入店しホットサンド朝食を嗜む。入店した際に店員や店内の客に驚愕される始末だが3人は気にもとめていない。それどころか普通に食事して会話の内容的に勇と束の関係と、その2人と普通に交えて食事しているクロエの根も葉もない噂が立つばかり。

 

 

 さて食事も終えたところで勇は少し真剣な表情を浮かべて束と会話している。地下研究所で指示を出す時と同じような表情であるがここは地上、ましてや研究所でも無い。

 

 

 

「……今日の夕時、皆に明かそうと思います」

 

 

「本当唐突だね。何を?」

 

 

「意地悪ですね……全部ですよ、全部。開発システムの事も、そのプロトタイプのことも踏まえて」

 

 

「そっか。ユウ君が丸くなって束さんは嬉しいぞ〜!」

 

 

「ちょまっ!ここお店!」

 

 

「気にしな〜い気にしない!」

 

 

「あぁ、もう…………」

 

 

 

 そう言ってはいるが、少しだけ束にハグをされて表情が柔らかな勇であった。ここまで丸くなり過ぎたというのも、やはりあの事件があったからとしか言い様が無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間だけが過ぎた夕刻頃の今、勇は漸くIS学園へと帰還を果たす。この判断が後々どの様な影響が出てくるのかある程度の予想は何となく付くが、それでも尚行かねばならなくなった理由もある。

 

 

 轡木理事長には連絡を入れているが学園には内密にしてほしいと頼んだ。勿論それ相応の報酬を払おうとしたが断られた。報酬はこの学園に明石重工製のゴーレムの配備だけで良いのだそう。

 

 

 待機状態のフェンリルからホログラムを起動させて同じα持ちのシャルロットとラウラに“IS学園の屋上にいつものメンバーで来てくれ”と連絡を入れ、勇は先に屋上に向かう。

 

 

 勇が先に到着してから約20分後に全員到着、お互い見慣れたメンバーと勇を見て少しばかり落ち着いてはいた。

 

 

 

「態々御足労をおかけして、申し訳ありません。皆さん」

 

 

「話がある……と聞いただけだしな。嫁が招集をかけるのは珍しい」

 

 

「……まぁ、皆さんに話しておかなければならない事が幾つかありますからね」

 

 

 

 久々に聞いたラウラの嫁発言はさて置いて、勇は人差し指と中指と薬指の3本を立てて本題に移していく。

 

 

 

「早速本題ですが、1つ目。僕の機体のことです」

 

 

「勇の……フェンリル?」

 

 

「あの時、あの女が言ってましたよね。()()()()()()S()E()()()()()()()()()って。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()って」

 

 

 

「…………フェンリルの、秘密?」

 

 

「僕のフェンリルには【生体リンクシステム】と呼ばれるプログラムを施しています。このプログラムは劣化版のものがシャルロットさんのロック鳥、ラウラさんのアルミラージにも搭載されています」

 

 

 

 シャルロットとラウラの2人はお互いロック鳥とアルミラージの待機状態を見やる。勇はフェンリルを見ながら話を進めた。

 

 

 

「そして僕のフェンリルには、そのプロトタイプを搭載しています。劣化版を搭載させたのは、αタイプの巨体を操るタイムラグを消す為だけに……ですがフェンリルの方は幾つかのシステムが搭載されています。

 

 

 

 

 

 

 

 簡単に言えば()()()()をSEに変換するプログラムを」

 

 

「「「「「……はぁッ!?」」」」」

 

 

 

 有り得ない。その言葉が5人の思考に咄嗟に浮かんだ。突拍子もないことを勇は何の前フリもなく突然に口にした。

 

 

 

「命といっても所詮は体内から発生する血液の熱量をフェンリルで増幅させているだけですが……その消費熱量は専ら操縦者の判断で自滅するかどうかの熱量ですが」

 

 

「自滅って……そんな簡単に…………」

 

 

「命を捨てるなと?残念ながら、このプログラムとは6年来の付き合いなので早々離れるワケにはいきませんよ。一夏君」

 

 

「6年…………勇さんがIS適性が発覚した時、ですのね」

 

 

「本来は稼働時間やデータ採取をより多く行う為に組み込みましたが…………生体反応を酷使するプログラムなのは使ってみて分かった事ですがね」

 

 

 

 勿論すぐに改良したが、プロトタイプよりロック鳥とアルミラージに搭載されている方が性能がダウンした事から()()()と呼ぶようになったが。

 

 

 次に勇は2つ目の内容を話していく。

 

 

 

「さて、この話は終わり。次に2つ目ですが…………フェンリルに単一能力が発動している事と

 

 

 

 僕自身がフェンリルの()()()()()使()()()()()ことです」

 

 

「…………えっと?ごめん、話が見えない」

 

 

「まぁ実演すれば否が応でも分かりますよ」

 

 

 

 左手に冷気を纏った勇は、その左手を全員に見せる。次に勇は手を胸の位置に持って行くと、左に手を払う。すると一直線上に床が()()()()、そこから()()が生み出されていた。

 

 

 これを見た5人だが改めて見たことで何事かと思考を巡らせるが、勇は中断するように口を開く。

 

 

 

「これはフェンリルの単一能力【凍結】、制限付きではありますがエネルギーの凍結や分子の凍結に加え物体の凍結も可能です。そして僕が使える理由、それこそ生体リンクシステムの影響です」

 

 

 

 何も言わない。いや、何も言えないというのが正しい。突然勇が自分のことをカミングアウトしたせいで頭が情報に追い付いていない。漸く意識を現実に戻せた最初の人物はラウラであった。

 

 

 

「……すまないが生体リンクシステムと、フェンリルの単一能力の関係性は?」

 

 

「生体リンクシステムを使用し続けた結果、機体が急成長を遂げ【三次移行(サード・シフト)】した時点で単一能力を会得……代わりにリンクしている時間が長かった影響でフェンリルのデータが僕の体に()()()()結果ですね」

 

 

「三次移行!?既にそこまで!?」

 

 

「いえ、もう【四次移行(フォース・シフト)】。その上まで到達してます」

 

 

 

 結論から言えば、今の勇はこれほどまでに無い素晴らしい()()である。ISの続く進化を、誰も到達すると考えなかった域にまで上り詰めている。正しく唯一無二の存在と豪語せざるを得ない。

 

 

 単一能力を生身で使用でき、ISの進化域を簡単に突破し、さらに共用型コア開発者であり、αタイプの設計図を製作した人物であり、この世界を変えた一人の人間。いや、最早人間と呼べるのかどうかが分からない。

 

 

 勇は人間では無くなった。自分から見ればこの力を持った時点で自らを()()()と認めている様に。もう一方の視点で見れば神の域に到達した機械(デウス・エクス・マキナ)を操る神……それも()()()であると認識する者も居るだろう。

 

 

 

「そして3つ目。先日襲って来た組織名が判明しました」

 

 

「それ本当か!?」

「急に大声を出さないで下さいよ」

 

 

 

 他の話題に移ると一夏が素早く反応していた。勇も急に出された大声で内心少しだけビックリしている。

 

 

 

「ゴホン…………ええ。簡単に言えば()()()()()()()()()連中の集まりです」

 

 

「…………それ、どういうことだよ?」

 

 

「一夏君。僕の言葉通り、そいつらは戦争をしたい為だけに集まった連中ですから。殺し殺されることを望み、闘争から闘争へと歩み続ける連中ですよ」

 

 

「んだよ……それ………………!」

 

 

 

 一夏が怒りに……いや、他の者も怒りで支配されるのは分かりきったことだ。ぬるま湯に浸かった生活をしている人間には到底理解できない相手の心理。勇は少しだけ溜息をついた後、5人に向かって話す。

 

 

 

「要は自分の命も、他人の命も平気で奪い奪われる輩の連中ですよ。…………まぁ、その思想が理解できないといえば嘘になりますが」

 

 

「勇…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この世には命よりも二束三文のはした金を稼ぐ人間が居る。

 

 

 この世には自ら死のうとする人間が居る。これらの行動を起こした心境は、()()()()()()()()()()

 

 

 つまるところ、その組織は自分達が()()()()()()からやっている。ただそれだけですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 次回『地獄歌 間奏 2節』





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