GOD EATER -the last blood- (ポラーシュターン)
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0.生き残りの死神
錆びついた血の色


死が身体を掠めていく。

 

そんな感覚を何度味わったのか。

 

リヴィは今日のこの時を最後に、それを数えるのをやめよう、と思った。

 

それはいつしか自分が、目前に迫った死に恐怖も焦りも全く抱かない、

当たり前のこととして捉えてしまっている事に気がついたからだった。

 

ヒュン、と風鳴り音を響かせて、

数瞬前まで自身の首があった場所を刃が通り抜けていく。

 

致死の一撃を避けたリヴィは、その得物の持ち主を見る。

 

相対する敵は、背中に生えた長い剛腕から、

さらに長大な仕込み刃を繰り出す、巨大なアラガミだ。

 

体勢を立て直し、リヴィは無造作に己の神機を振るい、

その伸びきった腕の関節を狙う。

 

すると相手はすぐさま腕を返し、手の甲でその鎌を受けた。

 

そこには堅い外皮にさらに癒着するようにして、

シールド型の神機パーツが埋め込まれている。

 

顔に髑髏のような仮面をつけ、身体の一部に神機を融合させているのが、

神融種に共通する特徴である。

 

このマグナガウェインは、それ以外の外見がほぼ同じであるアラガミ、

クロムガウェインの神融種だ。

 

リヴィは鎌と盾の接触面から視線を外し、

自分を殺そうとしている異形の獣の顔を見つめる。

 

しかし、一手間違えればその爪か刃に切り裂かれるという状況で、

リヴィはそんな命のやり取りとは全く関係のない、何の益体もないことを考えていた。

 

 

・・・あの無機質な仮面の下には、ちゃんとクロムガウェインの顔があるのだろうか。

 

 

あったとして、どちらにせよ凶悪な面構えだ。

 

しかし、そのアラガミに初めて遭遇した時のことを思い出して、

凍てついていたリヴィの心に、ざわ、と小波が立つ。

 

・・・あの時、共に戦ってくれたのは彼だった。

 

あの頃の自分は、一体どんなことを考え、どんな思いで戦っていただろうか。

 

そんな感傷に一瞬気が逸れたリヴィは、

自分の鎌を防いだシールドが目の前でわずかに振動したことに、気づくのが遅れた。

 

 

腕の装甲パーツを利用した、元の種のクロムガウェインにない能力、

・・・全方位へのオラクルの放出。

 

「うっ・・・」

 

至近距離でそれを浴びてしまったリヴィは後ろに吹き飛ばされ、数メートルを転がる。

 

狡猾であり、俊敏でもあるアラガミを相手に、その隙は取返しのつかないものだった。

 

起き上がるよりも早く、マグナガウェインは咆哮と共に、

両腕を振り上げて飛びかかってくる。

 

小柄なリヴィを覆うように巨大な影が落ち、そこへ振り下ろされようとする鋼の腕。

 

 

リヴィはその掌の孔から、自分の体ほどもある刃が突き出されてくるのを、

何の反応もせず、茫然と見上げていた。

 

 

・・・今すぐ横に転がれば、あるいは神機の装甲を構えれば。

 

この死はまた自分を捉え損ねるのだろうか。

 

 

それは何度目だろう、と機械的に数えようとして、

それはついさっきやめたんだった、と思い出す。

 

ふ、と自嘲の笑みを浮かべ、場違いな感傷に浸っている愚かな自分に、

また笑いそうになる。

 

危機に直面したゴッドイーターの研ぎ澄まされた感覚が、

なおもその一瞬を引き延ばしていたが、そんな逡巡のうちに、

今更動いてももはや避け切れないところまで時間は進んでしまっていた。

 

 

・・・嗚呼、それならば、こんなことならば。

もっと、彼らのことを思い出しておけばよかった。

 

そんなことを考えているうちに、巨大な鋼刃が目と鼻の先に迫って――――。

 

 

「騎士道ォオッ!!」

 

 

雄叫びと共に視界の端から飛んできた黄金のブーストハンマーが、

マグナガウェインの腕を横から打ち据えた。

 

リヴィの上半身を丸ごと抉るはずだった仕込み刃は、

すんでのところで逸れ、頬を半ば切り裂いてからすぐ傍の地面に突き刺さっていた。

 

大質量が足元に激突した衝撃によって、リヴィは横に吹き飛ばされる。

 

忘我の状態にあったリヴィは、そのまま人形のように宙を舞う。

 

しかし再び地面に叩きつけられる前に、

その身体は空中で何者かに抱き留められていた。

 

「リヴィさん!!」

「・・・エリナ」

 

リヴィは自分を抱きかかえていた、背丈が同じくらいの少女を見上げる。

 

そのままぼんやりとしていたリヴィは、

不意に訪れたエリナの着地に合わせることができず、へたり込んでしまった。

 

身体の感覚が、うまく戻らない。

 

「早く立って下さい!逃げますよ!」

 

必死の形相でエリナが叫ぶ。

 

向こうではエミールが踏ん張りの声を口にしながら、

激昂したマグナガウェインの振るう爪を防いでいる。

 

「ぬおお、守ることこそ騎士道の本懐ッ・・・!」

 

そうだ・・・守らなければ。

 

エミールの言葉を聞いたリヴィは、その漠然とした想いに衝き動かされるようにして、

何度も飛ばされながらもずっと握っていた神機を、半ば反射的に構えようとしていた。

 

直後、エリナの厳しい声が耳を叩いた。

 

「なんで逃げないんですかっ?!」

 

 

リヴィは、そこでようやく我に返った。

 

そうだ。彼らは今守っているのはリヴィだ。自分が守られているだけだ。

 

 

これは、ただの陽動作戦のはずだった。

 

資源回収中のエリナたちに危険が及ばないよう、

付近にいたアラガミを適当にあしらうだけで良かったのだ。

 

単独では厳しい相手に対し、逃げて戦いを避けることも、救援を呼ぶこともなく、

その身を危険に晒していたことをエリナは叱責しているのだ。

 

「ほら、立って・・・立ってください!!」

強引にリヴィを立たせ、手を引くエリナ。

 

リヴィは連れられるままに駆け出して、エリアを撤退していく。

 

後ろを振り向くと、マグナガウェインを振り切るため、

エミールがスタングレネードを叩きつけるところだった。

 

「仲間を守る為ならば、惜しむことなく使おうこの力を・・・

それこそが他ならぬ、我が騎士道となるのだ!食らうがいい、正義の光を!!」

 

どんなに余裕がなくとも、そんな口上を叫んでのける彼を、リヴィは不思議に思う。

 

ふと視線を上げると、ひび割れたアラガミ装甲壁が見える。

 

至る所で崩落が見られるその壁は、もはや壁の役割を果たしていない。

 

 

・・・自分達は今、その外側へ逃げ出そうとしている。

 

 

あのマグナガウェインは壁を破って侵入してきたのではない。

 

自分達の方が、壁の内側にいた相手に遭遇したのだ。

 

そして壁の向こう側には、無残な光景が広がっている。

 

 

フェンリル極東支部はもうない。

 

世界で最も平和に近いと言われていたその土地は、見る影もなくなっていた。

 

 

自分が守るべきものなど、もう何もないのだ。

 

 

・・・なら、どうして戦っていたのだろう。

 

リヴィは手を引かれながら、ただぼんやりとした頭で、それを考えていた。

 



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傷ついた仔猫の眼

マグナガウェインから逃れたあとも、多くのアラガミに追撃された。

それもほとんどが感応種か神融種、接触禁忌種に類する強力なアラガミばかりだ。

 

極東支部が壊滅し、居住区やその付近の保護域を防衛できなくなった今、

極東のアラガミは今まで抑制されていた活動を大きく広げ、

今や全域でその個体数を増やし続けている。

 

そもそもが多種多様、

且つ活発的な個体ばかりが発生していた極東から秩序が失われれば、

必然として・・・そこは地獄と呼ぶに相応しい、混沌の地と成り果てていた。

 

 

今、この極東地域に安全な場所はたった一つしかない。

 

 

「ようお前ら、おかえり・・・戻ったな」

 

屹立する白亜の樹々の中を進み、そこに辿り着いた三人を迎えたのは、真壁ハルオミ。

 

彼は樹幹に寄りかかりながら、いつものように飄々とした笑みを浮かべていた。

しかしそこには、這う這うの体で帰り着いた三人の様子を憂うような色も滲んでいる。

 

「どうだった、外の様子は・・・・聞くまでもないか」

ハルオミが肩をすくめて苦笑してみせたが、対して三人の反応は薄い。

 

エミールだけはいつもの無駄に余裕げな顔をしていたが、

かといって、大仰に語りだすこともない。

最初に口を開いたのはエリナだった。

 

「・・・神融種ばかりです・・・・・・極東支部の周りは、特に」

目を伏せてそう呟くエリナ。

 

その事実は、関連した一つの現実を否応なしに連想させ、突きつけてくる。

 

神融種は神機がそこになければ生まれない。

極東支部に保管されていた神機も、今はアラガミの手足でしかない。

 

ハルオミは一度口を閉じてから、「・・・悪かった」とだけ言った。

 

エリナは俯いたままハルオミとすれ違い、足早にその場を去っていく。

 

そしてエミールも「やれやれ」という顔でそのあとに続く。

 

 

持ち帰った資源を、待ち望む人たちのところへ供給しに向かったのだ。

 

ハルオミが肩をすくめてそれを見送っていた。

 

 

・・・別に、仲が悪いというわけではない。

 

ただ、極東の末路を改めて目の当たりにしてきた今、

楽しく談笑する気になどなれないのだ。

 

 

エリナたちの後に続こうとしたリヴィに、ハルオミが声をかけてきた。

 

「・・・・・・嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

「・・・何がでしょうか」

というリヴィの平坦な問い返しに、ハルオミは心外そうな顔をする。

 

「おいおい、いまさら丁寧語はよせって。

今や四・・・・・・いや、四十まではまだいってないか。

まあお前らに比べれば俺も年食っちゃいるが、そんだけだろ?」

途中で言葉に詰まった時、何を言いかけたのかリヴィには分かった。

 

 

・・・今や、()()()()()()()ゴッドイーターの仲間だろう。

 

ハルオミはそう言いそうになったのだ。

 

極東支部は壊滅した。

生き残った僅かな住民、職員、

そしてリヴィたち四人のゴッドイーターは犠牲を払いながら『聖域』に逃げ延びた。

 

その地にアラガミは侵入できず、

幸いにも、そこではすぐに命を落とすようなことはなかった。

 

しかし、圧倒的に資源が不足していた。

 

そのため、リヴィたちは時折聖域の外へ足を運び、

最低限生活を補えるだけの資源を回収している。

 

資源というのは主に、極東支部があった場所にある食糧や、機材といった品だ。

 

それ故に、それらを回収するリヴィたちはそのたびに、

崩壊した極東支部の光景を目に焼き付けることになる。

 

 

「・・・何が大丈夫なら良い?」

 

リヴィは心の内に暗いものが滲むのを自覚しながら、

ハルオミの望み通りの形にした言葉を放つ。

 

ハルオミは本当に心配そうな目をして、

「・・・・・・死んだような顔してるぜ、嬢ちゃん」

と言った。

 

「・・・」

 

「せっかくの美人が台無しだ」

 

この人は誰に対してもそうなのか、と今更な感想を抱く。

相変わらずこの人は、どこまで真面目なのか分からない。

 

「・・・死神だからな」

軽口には軽口を投げ返すだけで十分だろう、と気が抜けたリヴィは適当に応じる。

 

ところが、返ってきたハルオミの言葉は少し予想外のものだった。

 

「ああ、そうだったらしいな・・・。

だが、それじゃ死神ってより、()に体の()機使いだ」

 

「・・・」

胸の奥がざわついて、リヴィは苛立った。

 

見透かされたような感覚が不快だったのだ。

 

「・・・何が言いたい」

少し棘のある言い方になる。

 

すると、ハルオミは口元を笑みの形にしたまま、

眼差しだけを硬質なものへと変えて言い放った。

 

「嬢ちゃんがそんなだと困る奴がいる、って言ってるのさ」

 

それは、真摯に受け止めるべき忠告の言葉だったのだろう。

 

しかしその時リヴィは思わず、はっ、と嗤ってしまっていた。

 

急に馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 

「困る・・・?」

口元が歪む。

 

言われずとも、もう年長者だからなどという遠慮は消え失せていた。

 

「困るのは誰だ、あなたか?自分の仕事が増えるから?」

口をついて出た、自分で思いつく限りの嫌味。

 

しかしハルオミは、一切それに動じることなく答えた。

「俺も、エリナも、エミールも、聖域にいる全員も、だ」

 

淡々とした、否定しようのない答えに、リヴィは口をつぐむ。

 

「・・・」

「嬢ちゃんも分かってるだろ?」

 

分かっていた。

 

彼は当たり前のことを、当たり前に口にしただけだ。

 

馬鹿馬鹿しいのは、そんなことを言われる自分の方だ。

 

今の自分はおかしい。

 

本当に心配してくれている同僚を疎ましく思うほどに、今の自分は荒れている。

 

理由は明白だ。

 

いつもそんな言葉をかけてくれていた仲間は皆、既にもう、ここにはいないのだ。

 

普段の飄々とした調子を投げ捨てて、

ハルオミはただ、リヴィを案じる言葉だけを告げた。

 

「まだ嬢ちゃんを必要としている人はいるんだ。

・・・無理をする必要はないさ。だがその人たちのためにも、できる事があるだろ」

 

その言葉に、顔がどうしようもなく歪む。

 

・・・きっと、彼らだって同じことを言うだろう。

 

しかし、間違っているのは自分だと分かっていても、割り切れない感情がある。

 

どうすればいいのかは、分かる。どうしたいのか、自分でも分からない。

 

リヴィは足元が揺れているように感じて、

その錯覚が起きる自分がどれだけ不安定な状態にいるか、

それでようやく自覚していた。

 

「・・・・・・やっぱり嬢ちゃんは、優しいな」

「・・・何?」

突然の言葉に、リヴィは怪訝な顔をする。

 

ハルオミの表情は読み取れない。

一瞬、いつもの常套句かと邪推したが、そうではないとハルオミは首を振ってみせる。

 

「今の嬢ちゃんが、

他人のことを少しでも考えられるってことが・・・嬢ちゃんの優しいところさ」

 

リヴィは、それにどんな反応を返していいのか全く分からなかった。

 

迷い、惑い、ただ立ち止まっていただけのリヴィに、

優しいなどという言葉は適切とは思えなかった。

 

当惑しているリヴィを、ハルオミが目を細めて見つめている。

 

かと思うと、ハルオミは急にへらっとした笑みを取り戻し、肩をすくめてみせた。

 

「さて、エリナたちを追いかけるか・・・

あっちに行けば、ちょっとは気も晴れるだろ」

 

気持ちを無理やり切り替えるように。

 

あるいは、切り替えさせるように、彼は話を打ち切った。

 

唐突な転換にリヴィはついていけず、ぽかりと思考に空白が生まれる。

 

ハルオミは両手を頭の後ろで組んで、

今の会話などなかったかのように、すでに歩き去ろうとしている。

 

気が付くと、リヴィはついそれに誘われるように、

その背中を追いかけてしまっていた。

 

 

本当はどうしたいのか分からないまま、

目の前の糸を手繰るようにあてもなく、ふらふらと。

 

・・・その姿は、まるで迷子の仔猫のようだった。

 



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凍てついた心の灯

 

「む・・・おお、やあ、コレット嬢!元気そうで何よりだ!」

 

「・・・その呼び方はやめてくれといつも言ってる」

 

両手を広げて大袈裟な歓迎の意を示すエミールに、リヴィは辟易して固い口調を返す。

 

リヴィでいい、と皆には繰り返し告げているのだが、よくてエリナの「さん」付けで、

彼らは何故か、誰も希望通りにリヴィを呼ぼうとしないのだ。

 

「いいところに来てくれた。見るといい、この瑞々しい、赤き宝石が如き輝きを!」

エミールはリヴィの言葉を全く意に介さず、

そんな口上を述べながら片手をずいと差し出す。

 

リヴィが目を向けると、その掌の上には、真っ赤な果実が乗っていた。

 

「・・・トマトか」

 

「そうとも!極東のファクトリーでは、

味気ない小さなものしか生産されていなかったが、どうだ、この迫力!

トマトとは本来これほど巨大になるのだそうだ!」

 

あれは元から小粒の品種だったはずだが、という突っ込みをするのも面倒なので、

リヴィは頷くに留める。

 

「食べてみないか?」と差し出されたが、丁重に断っておく。

 

味は嫌いではないが、その赤くて水っぽい見た目と食感が、

リヴィはあまり好きではないのだ。

そうか、とエミールは頷くや、自分でそれにかぶりついていた。

 

「この土地で栽培できる作物も増えてきたとのことだ・・・。

くっ・・・僕は感動している。

これが自然の味・・・・・・とても、すっぱいじゃないか・・・!!」

 

 

大袈裟に悶えているエミールに嘆息してから、リヴィはその畑に目を向けた。

 

 

聖域ではアラガミ出現以前の古い手法での農業、畜産業が再開されていた。

 

ここに避難した人々にとって、そこから採れる食糧は文字通りの生命線となっている。

 

まだ規模がずっと小さく、生産量が絶対的に足りていないため、

リヴィたちはフェンリル支部跡地に残っている保存食などを

日々回収する必要に迫られているが、

やがてはそれだけで生活していければと思っている。

 

もちろん問題は山積みで、

この聖域の安寧が、明日には崩れ去るという可能性さえゼロではない。

 

しかしここにそんな命のサイクルを生み、最初の作物を実らせたのは、

他ならぬリヴィと。

 

・・・彼ら、ブラッドだったのだ。

 

 

「・・・エリナのことなら心配ご無用!」

 

「え?」

急にそんなことを言われ、リヴィはぽかんとした顔でエミールの方を向いてしまう。

 

「なに、確かにエリナは少々君に思う所があったようだが、

彼女ももう流石に子供ではない。

君の気持ちも少しは分かっているはずだ・・・君が気に病む必要はない」

と、遠くに見える畑を見ながらエミールはそう言う。

 

それでリヴィはようやく、自分が先程まで視線を向けていた畑の中に、

ぽつんとエリナが佇んでいることに気がついた。

 

・・・どうやら、また要らぬ感傷に浸っていたのを、違う意味に取られたようだった。

 

しかしあながち的外れでもなく、リヴィは複雑な気持ちでそれに応じる。

「前の遠征で、私が連携を乱した・・・いや、いつも乱しているのは事実だ。

エリナは怒って当然だ」

 

マグナガウェインとの戦闘から離脱した後、聖域に戻るまで、

エリナは一言も口を利かなかった。

 

リヴィもなんとなく話す気になれず、ずっと黙っていたので、

エミールが空気を読まずに・・・あるいはむしろ読んでいたのかもしれないが、

ずっと一人で喋り続けていた。

 

最も戦闘経験が豊富なリヴィが腑抜け、足を引っ張っている現状を、

当然、エリナは快く思っていないのだ。

 

 

「いや、彼女は君に怒っているのではない。自分に怒っている」

「え?」

リヴィは困惑して顔を上げる。

 

しばしエミールは彼らしくもなく黙って、

遠いエリナの小さな背中を見つめているようだった。

 

その横顔にあるのはどこか、先程のハルオミにも似た表情。

 

見守り、憂いて、案ずる。

そんな表情だった。

 

しかしエミールは突然ふっ、と笑い、その色を打ち消す。

 

そして前髪を、ふぁっさあ、とかき上げて、

「人は誰しもその心に闇を抱いている・・・

それに呑まれぬよう支えることも、騎士の務めだ!」

 

急に、したり顔でそんなことを声高に言い始めた。

 

「・・・」

「どうだ、話してみる気はないか?

今ならば僕の黄金の輝きが、君の心の闇を払うだろう!

・・・それとも、無闇に理解しようとされる方が苛立つだろうか? 

ならば殴るといい、気が晴れるかもしれない! さあ、殴ってみろ!」

 

なぜそうなる、というテンションについていけなくなりつつ、

リヴィは自分の口端に笑みが浮かんだことに気がついた。

 

なるほど、それも彼なりの騎士の振る舞いなのだろう、と思った。

 

「・・・ありがとう」

リヴィは久しぶりに口にしたような気がするお礼を告げ、

そんな温かい気持ちが残っているうちにやるべきことがある、と、

その場を立ち去ることにした。

 

 

・・・頬っぺたを突き出しているエミールを、そのままにして。

 

 

 

エリナはできたばかりのトマト畑の中にしゃがみ込み、

その葉をいじっているようだった。

 

年相応の仕草を微笑ましく思ったリヴィは少し気が晴れ、

先程よりは幾分軽い足取りでそこまで向かうことができた。

 

「・・・何か用ですか」

リヴィに気づいたエリナは、そんな言い方をした。

 

近くも遠くもない距離で立ち止まったリヴィは、

自分でも下手くそだと思っている愛想笑いを浮かべて言う。

 

「ああ、うん・・・特に用ってほどの事はないんだ」

「そうですか」

 

そうとだけ言って、エリナは視線を戻す。

 

追い返すでもなく、自分が立ち去るでもなく。

 

先程まで弄っていた葉に指を乗せたまま動かなくなったエリナと、

それを見つめるリヴィ。

 

しばらく沈黙が続いたが、リヴィは意を決して、ぽつりと言葉を置いた。

 

「エリナは」

「・・・」

 

少し肩が強張ったが、エリナは次の言葉を待っている。

 

口を利きたくない、という風ではなかったので、リヴィは少し安堵する。

 

ただ、話す内容をまとめる前に名前を呼んでしまったリヴィは間抜けにも、

その段になってから内心、はて、どう喋ったものかと考えていた。

 

やがて、じれったそうにエリナがちらちらとこちらを盗み見てくるようになる。

 

その様が少し面白くて、リヴィは少し口端を上げてしまう。

「な、なに笑ってるんですか」

「いや、すまない・・・うん、ああ、違うな。

もっと謝らなければいけないことがあった」

 

怪訝そうに眉をしかめたエリナに向けて、リヴィは頭を下げた。

 

「すまなかった」

「・・・何がですか」

 

「・・・私のせいで、エリナ達を危険に晒している」

その途端、何か口をついて出るのを防ごうとするように、エリナは下唇をかんでいた。

 

リヴィは年下の女の子にそんな思いをさせていること自分に呆れ、

自嘲の笑みを浮かべながら、それを口にする。

「何か、言いたいことがあれば言って欲しい。

私は・・・時々、どうしても動きが鈍ることがある」

 

ふとした時、リヴィは考え事をするようになった。

 

たとえそれが戦っている時であってもだ。

 

そして時にはエリナ達に庇われ、そのたびに迷惑をかけている。

 

それを謝らずにいたことを、リヴィは反省していると口にする。

 

「君達の連携に邪魔になっているのは自覚している。

・・・私の為に危ない目に遭う必要はないんだ。

どうしようもないときは、置いていってくれても」

 

 

「ばっかじゃないの!!」

 

突然の声に、リヴィは顔を上げていた。

 



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帰りついた旅の途

我慢できずに叫んでしまった、という風に、

エリナは目を合わせるや、ばつが悪そうな顔をしていた。

 

しかしそれでも、肩をわなわなと震わせ、彼女はリヴィをはっきりと睨みつけている。

 

今の謝罪が、燻っていたエリナの憤りに火をつけたことは明らかだった。

 

しかし、リヴィにはそれが何故なのか分からない。

 

その潤んだ眼は、リヴィの言い訳に怒ったという風ではなかったのだ。

 

 

そして、彼女の口からは、やがて堰を切ったようにその感情が飛び出していた。

 

「わたしはっ・・・わたしは! 自分が危なくなるのなんかどうでもいい! 

わたしが納得いかないのはっ・・・なんでリヴィさんはっ・・・」

 

途中、溢れた思いが言葉を詰まらせたのか、

口元を歪め、苦しそうに眉を寄せるエリナ。

 

リヴィは、そこまで彼女を悩ませていたことに戸惑い、

そんなエリナの剣幕にただ、気圧されていた。

 

エリナの眼は、

アラガミの傍でへたり込むリヴィを見下ろし叱咤した時と、同じ色に揺れていた。

 

 

「リヴィさんは・・・どうしたいの?」

 

まるでその瞬間からの続きのように、エリナが問いかけてくる。

 

漠然とした問い。

 

しかし、リヴィは何を訊かれたのか正しく理解した。

 

そして、それを彼女が解せないのも当然だと思う。

 

何故なら、そう訊かれた途端に笑ってしまうほど、リヴィの心は空っぽだったからだ。

 

「・・・私にも、分からない」

 

それを聞いたエリナは口をつぐんで、ぐっ、と言葉を飲み込んでいた。

 

そして悔しそうに、悲しそうに目を逸らして、言う。

 

「わたし、リヴィさんのそういうとこ・・・見てられない」

 

リヴィは、目を伏せて「すまない」と呟くしかない。

 

 

しかし、エリナは強く首を振って、言う。

「違う・・・ちがうの。わたし、本当は分かってる・・・

リヴィさんがどうしたいのか・・・」

 

途方にくれた、という響きを含んだ呟きを耳にして、嗚呼、とリヴィは頷いた。

 

 

リヴィも、本当は分かっている。

ハルオミに言われずとも、分かっている。

そしてエリナも、きっとエミールもそれを知っている。

ただ、それを口にしたくないだけだ。

 

 

・・・血を分けた。文字通りに同じ血を分かち合った、家族とすら思っていた人達。

 

そんな彼らが先に行ったのだから、自分が今更いなくなっても誰も困るまい。

 

そういう想いに囚われていることを、他ならぬ自分が、誰よりも分かっていた。

 

今、自分は自分がここにいる理由を見失っている。

 

そんな宙ぶらりんのままアラガミと戦うことなど出来はしないと、

誰もがいつも、その眼で言っていた。

 

リヴィは自分が死線をくぐる度に、

まるでそれを惜しむかのようにその瞬間を数えていた理由を、なんとなく知った。

 

 

・・・今の自分はきっと、死ぬために戦っているのだ。

 

 

足元に淀む、夜霧のように仄暗い破滅願望。

リヴィはそんな灰色の感情に塗りつぶされている。

 

そんな人を見ていて、エリナのような子が心穏やかでいられるはずがないのだ。

 

 

「リヴィさんが間違ってるとは思ってない・・・でも、正しいなんて思いたくない」

 

「ああ・・・私も、そう思う」

心から出た同意を受けて、エリナは悲しそうに眉を下げる。

 

しかし彼女は次に、意地を張るかのように、

口元をきつく引き結んで顔を上げ、毅然とリヴィを見据えた。

 

「でも、これだけは言わせてください」

 

リヴィは何の感慨もなく頷いて、エリナの言葉を待つ。

 

何を言われようと、今の自分は苦笑して頷き、謝ることしかできないだろう。

 

正直に言って、そんな諦念があった。

 

しかし、彼女は言った。

 

「そのときは笑顔で死んで下さい」

 

そのエリナらしからぬ台詞に、リヴィは面食らった。

 

そしてそれ故に、その言葉には、

リヴィの心を確かに揺らすだけの力が込められていた。

 

「・・・今のリヴィさんに、生きてとか、立ち直ってとか、

言っても傷つけるだけだって、分かってますから」

 

そこまで言われて、やっとリヴィは思い至る。

 

エリナも、数年前に家族を喪っていると聞いていた。

 

・・・彼女にも、今のリヴィと同じではなくとも、

似た想いを抱いて過ごした時があったのだろう。

 

だからエリナも、リヴィの不甲斐ない様を見て怒るのではなく、

同じ苦しみを思い、案じてくれているのだ。

 

「だからせめて、死ぬ時は笑って、

全部満足した上で死んでくださいって・・・それだけ言っておきます」

 

あえて淡々とした言葉だけを、彼女は口にする。

 

「そうしないと誰も報われません。リヴィさんも・・・私たちも・・・それに」

 

エリナはそこでこらえきれなかったかのように目を伏せ、前髪でその顔を隠した。

 

その唇が微かに動き、声なく言葉を紡いだのを、リヴィは見てしまった。

 

せんぱいも。

 

「・・・」

 

「だから・・・あんな風になあなあで終わろうとするのはナシです。

急にいなくなったりしたら絶対許しませんから」

 

あんな風、とは、

マグナガウェインに貫かれようとした時のことを言っているのだろう。

 

確かにあの時、自分は己の愚かさに笑ってはいたが、

満足できる結果かどうかなど考えていたわけではない。

 

ただ流されるままに、漫然とそれを受け入れようとしていただけだ。

 

 

「・・・ああ、分かった」

リヴィは、そう答えていた。

 

乾き、ささくれていた心に、雫が落ちたような感覚だった。

 

せめて死に方を選べ。

 

後輩に言われる言葉にしては、とても剣呑で、辛辣に過ぎた。

しかしそれ故に、あまりにも的確だったのだ。

 

「努力しよう。それまでもう少し・・・一緒に戦って欲しい」

 

「もちろん、嫌だって言ってもついていきますから」

 

あえて生意気そうな言い方で応じたエリナに、

リヴィはようやく素直に笑い返すことができたのだった。

 

 

それまでのやり取りが嘘のように、

他の仲間達のところへ戻ろうと歩くリヴィとエリナは隣り合って会話していた。

 

言いたいことを言い合って、二人にはもはや何のわだかまりも存在していない。

 

そもそもが相手を思ってのすれ違いだったのだから、

それが解決した今、何を憂う事もなかった。

 

 

あとでハルオミに謝らねばならない。

 

エミールにも改めて礼を告げる必要があるだろう。

 

 

リヴィの時間は、やっと動くことを思い出していた。

 

 

ゆるやかに終わることを求め、立ち止まっていただけのリヴィ。

 

しかし今リヴィは、その終わり方を探すという、

極めて後ろ向きではあっても、それでも前へと進むようにと背を押されたのだ。

 

殺伐とした望みではあったが、エリナにある意味肯定されたそれを考えるのは、

ことのほか胸を躍らせることだった。

 

少なくとも、生きた屍のようだとハルオミに言われた顔より、

今の方がマシだろうと思える。

 

 

リヴィは頭の片隅で、それを夢想する。

 

 

エリナを庇い、最後に微笑んで死ねるだろうか?

 

それもいい。

 

エミールと一緒に戦い、互いを讃えながら死ねるだろうか?

 

悪くはない。

 

傷を負い、ハルオミの腕に抱かれながら死ぬのだろうか?

 

良いかはさておき、笑えはするだろう。

 

 

それとも。

 

 

・・・そこまで思った時、ざわり、と。

 

聖域の中で眠っているはずの偏食因子・・・ゴッドイーターの血が、

身体の奥でうごめいたのをリヴィは感じた。

 

その感覚に惹かれるように、リヴィは、ふと視線を聖域の外へと向けていた。

 

 

 

ああ、それとも、死ぬ前に。

 

 

 

・・・あのハンニバルを、殺せるならば。

 

 



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1.赤染の狼
赤染の狼 -1-


「――――エリナ、こっちだ!」

「・・・了解!」

 

リヴィの声に応じて、エリナがこちらに駆けてくる。

 

そしてそのすぐ後ろに、

大型アラガミ・・・2体のガルムが、地響きと共にエリナを追っている。

 

 

リヴィたちは何日かに一度の頻度で、

極東支部周辺のアラガミの数を減らすために出撃していた。

 

その目的は、同じ頻度で行われる資源回収をやりやすくするための露払いと、

その資源が極東支部からなくなってしまうことを防ぐためだ。

 

リヴィたちが一度に運べる資源の量には限界があり、

この地には未だ、多くのものが残されている。

 

そこは今まで、アラガミを絶対に近づかせなかった不可侵の領域だった。

 

つまり・・・彼らにとっても、

この跡地は「滅多に食べられない御馳走」で満ちている。

 

 

 

「・・・っ!」

 

リヴィはエリナと連携の合図を視線で交わし、己の神機を構える。

 

まだエリナも遠く、その向こうにいるガルムには、

ただ神機を振っただけでは絶対に届かない距離。

 

しかしリヴィはその手の赤い鎌を、大きく後ろに回してから、素早く真横に振るった。

 

ずあ、と湿った音がして、その刀身が柄から離れ、一瞬にして伸びる。

 

ヴァリアントサイズ型神機の最大の特徴、咬刃展開形態。

 

リーチを数倍にも伸長させ、

その刀身と基部を繋ぐ生体部分にさらにいくつもの刃を生やした鎌は、

軌道上にエリナをも巻き込んで、横薙ぎにガルムを狙う。

 

と、タイミングを見計らい、エリナがすっと身を屈めた。

 

エリナの頭の上を咬刃が通り過ぎ、最も巨大な刀身部分がガルムの一匹を捉えた。

 

エリナに集中して全力で駆けていたガルムは、

不意打ち気味に前脚を裂かれ、そのまま横薙ぎにされたことで転倒する。

 

リヴィは二匹とも巻き込むつもりだったが、

もう片方の個体は転んだ同胞を避けて素早く横に跳躍し、難を逃れていた。

 

 

反転したエリナが止めを刺そうと、

倒れたガルムにチャージスピアを突き込もうとするが、寸前。

 

「エリナ!」

「っ・・・ああ、もおっ!」

 

と、エリナが悔しそうに足を退く。

避けた個体が、転んだ個体とエリナとの間に割って入るように前脚を叩き込み、

その追撃を遮ってきたのだ。

 

やむなくエリナは銃形態に切り替え、散弾で牽制しながら距離を取る。

 

ガルムは鬱陶しそうに吠え、両前脚のガントレットから炎を迸らせるが、

それが攻撃に転ずるのをエリナの間断ない射撃が防いでいる。

 

エリナはいまのところ安全に立ち回りながらガルム2体の注意を引いている。

 

その隙を突くべく、リヴィは展開状態のままにしていた鎌を持ち直し、

今度は大上段から垂直に振り下ろした。

 

その狙いはエリナの前に立ちはだかるガルムのみならず、

その向こうの倒れた一匹にも届く、確実な一撃のはずだった。

 

しかし、今度もガルムは予想外の動きを見せた。

 

エリナの前で散弾を受けていた一匹が、両前脚の発熱器官で地面を爆裂させ、

起き上がりかけていたガルムを半ば突き飛ばすようにしてその場から飛び退ったのだ。

 

少なくとも倒れていた一体を地面に縫い止めるはずだった鎌は、

直前まで巨体があった空間を素通りして、溶解した地面に突き刺さる。

 

強引な回避方法をとった個体はもちろん、

炎に耐性を持つガルムは至近距離で爆炎を浴びても大した傷を負う事なく、

吹き飛ばされたもう一方の個体も既に姿勢を取り直していた。

 

 

エリナがリヴィの隣まで後退してきて、

二人は同じく並んだ二体のガルムと睨み合うようにして相対する。

 

 

「・・・もう、なんなのこいつら!」

エリナが苛立ったようにそんな恨み言を口にしていた。

 

「強いというより、賢いな・・・この連携は・・・」

リヴィも油断なく相手を見据えていたが、

攻めあぐねる現状に未だ、突破口を見出せずにいた。

 

 

ほとんどのアラガミがとる行動は、

突き詰めれば「効率よく食べること」というたった一つの習性に集約している。

 

牙や爪はもちろん、ガルムが持つ、岩を溶融させるほどの熱を放出する器官も、

効率よく獲物を仕留め、捕食するために得た機能である。

 

それどころか、いくつかの種が持つ強固な外皮、外殻ですら、

己の身を守るためではなく、「食べられにくい分だけ食べやすい」という、

極めて原始的な論理に基づいて獲得されたものであると考えられている。

 

そんな彼らは、集団で襲い掛かるという目的でなら群れることはあっても、

連携して戦い、お互いの身を守るなどという行動原理はそもそも頭にないはずなのだ。

 

 

しかし明らかに、今自分達が戦っている相手にはそうした行動を見せている。

こうして出方を窺っているその眼には、

その意志に基づいた「戦術」のようなものさえちらついているように見える。

 

 

長い膠着の中、エリナが焦れたように槍の穂先を揺らすが、

ガルムはそれに挑発されるようなことはないようだった。

 

むしろ、その焦りが致命的な隙となる瞬間を、耽々と待っているようにすら見える。

 

リヴィは気を張り詰め、視線を動かさないままエリナに問いかける。

「・・・エミールは?」

 

「わかんない、こいつらに邪魔されて見失った・・・早く合流しないと・・・っ!」

 

その方針が間違っているわけではない。

自分達を分断したこと自体がガルム達の狙いの内ならば、

一刻も早くエミールの無事を確かめねばならない。

 

しかし、そういう焦燥こそが一瞬の判断ミスを招き得ることを、

連中は知っているようにしか見えない。

 

能動的に状況を動かそうとせず、

一歩引いた間合いでただこちらを待ち続けているのがその根拠だ。

 

 

エリナもリヴィも銃器はショットガンで、この距離からでは有効打は与えられない。

 

戦うにはこちらから突っ込まねばならないが、

先程のような予想のつかない動きを見せた二体の大型アラガミ相手に、

五分の状況から無傷の勝利を得られるだろうか。

 

エリナに同調して逸りそうになる心を落ち着かせるために、

リヴィは意識と思考を一度切り離して、呟いた。

 

「・・・狼というのは、

仲間に犠牲が出ないように慎重に狩りをする生き物だったらしいが」

 

「・・・え?はい?」

 

「フェンリルとガルム・・・そこは、似ているな」

 

二対二の状況、お互いに数が減ることのないよう睨み合っているせいで

膠着しているこの場に居て、単純にそう思った。

 

が、エリナは、

どう反応したらいいやらという曖昧な表情で「いや、あの・・・」と呻いていた。

 

その様にちょっと笑ってしまう。

 

もしかしたら、エリナは突っ込むべきか迷ったのかもしれない。

 

 

あのジュリウスみたいなことを言うな、と。

 

そう思い至っても心に黒が滲まないのは、やはりエリナのおかげなのだろうと思った。

 

 

おかげで気持ちが綺麗に切り替わったリヴィは、エリナに声をかげる。

 

「・・・よし、行くぞ、エミールの所に向かう!」

「え、あっ、はい!」

 

ハルオミがリヴィにそうさせたように、

一度思考を空転させることで、

焦っていたエリナも普段通りの姿勢を取り戻せたようだった。

 

クリアな視界を得て、気合を入れなおし、神機を構えて突撃の準備をする。

 

ガルム二頭もその気迫を感じ取ったか、

それを迎え撃とうとするように前傾姿勢をとる。

 

 

・・・そして、その火蓋が切って落とされる、その寸前の時だった。

 

「心配ご無用!!」

その一声と共に、上から金色が降ってきた。

 

ガルムが二頭とも素早く反応し、その場から一気に飛び退き、金色を避ける。

その直後、ずどん、とハンマーが地面にめり込む激しい音と共に、エミールが。

 

 

「世の悪は滅びねど、しかして騎士も不滅なり・・・

そこに悪在らば、騎士ここに在り!!」

 

・・・エミール・フォン・シュトラスブルクが、戦場の中心に舞い降りた。

 

 



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赤染の狼 -2-

前髪をかき上げる仕草と共に、彼は言った。

 

「救助に向かおうという、その仲間想い、その心意気に感謝する!

だが、心配はいらない・・・騎士とは助ける者。助けられる者ではないからだ!」

 

「今まさに助けないといけない状況なんですけどこの馬鹿!!」

 

よりによってど真ん中に着地したエミールをガルムが狙いかねなかったため、

エリナが慌てて前へ出て、優雅に謳い上げているエミールに罵声を浴びせていた。

 

 

幸い、突然の奇襲への驚きと、数的不利を鑑みてか、

ガルムはさらに距離を取ってこちらを警戒していた。

 

リヴィも二人の傍に駆け寄り、エミールの無事を喜ぶ。

 

「良かった。ケガもないか」

 

「ああ・・・はぐれた時は僕も一瞬ひやりとしたが、

どちらかと言うと、あの二体の方が本命だったようだ」

 

エミールが神機をブラストに変形させながらそう言う。

 

つまり、奴らが本気で狙ったのは小柄なエリナの方で、

エミールはひたすらに足止めを食っていたらしい。

 

むしろリヴィがエリナの援護に当たってくれたので事なきを得たと、

エミールは感謝の言葉を口にした。

 

「そうと気づいてからは此方が気を揉んでいた。エリナが無事で良かった」

「な・・・エ、エミールのくせに生意気言わないっ!」

 

きりっとしたエミールの真面目な顔に、エリナがぶっきらぼうな言葉をぶつけていた。

 

リヴィはそんなやり取りにくすりとしてから、

エミールが一転して悔しそうな顔を浮かべたのに気がつく。

 

「どうした?」

「無事に合流できたのは良い・・・だが、あい済まない、

情けないことに悪の親玉を、取り逃した・・・!」

 

エミールはくっ、と大袈裟に拳を握り締めたポーズでそう言った。

 

「・・・親玉?」

 

リヴィとエリナは顔を見合わせる。

 

するとエミールは顔を上げ、

「決まっているだろう・・・闇の波動を放ち、

彼奴らを束ねる、あの雄々しくも忌々しいアラガミ・・・!」

 

そんな若干過剰な表現と共に、

エミールが先程まで戦っていたらしいエリアの方角を睨みつけた。

 

と、そこに見える、朽ちかけた建造物の上に。

その悪の親玉が姿を現した。

 

「・・・あいつ!」

エリナが、憎々しげに叫んだ。

 

リヴィもその姿を見て自然と、神機を握る手に力を込めてしまっていた。

 

 

「・・・・・・マルドゥーク・・・」

 

 

ガルム神属、感応種。

 

・・・そのアラガミと、リヴィ個人の間には、直接の因縁は無い。

 

しかしリヴィが関わった人たちにとって、

あれは忘れ得ぬ宿命の敵といっていい相手だった。

 

ロミオを殺したアラガミ。

 

それを聞いた時の衝撃はリヴィにとって、

決して、なかったことにしていい記憶ではない。

 

 

その白い狼は、遠く離れた、戦場が見渡せる高い場所から、

悠然とこちらの様子を眺めていた。

 

特有の触手のような器官が、夕日に照らされて一際赤く輝いている。

 

「こいつらの動きはあれのせいか・・・」

リヴィはガルム達に目をやって、一人呟く。

 

マルドゥークは、その感応能力によって周囲のアラガミを統率する。

 

このガルム2体はあの感応種に使役され、それ故に高度な連携を可能にしているのだ。

 

 

「・・・二人とも、神機の調子は?」

リヴィは二人に問いかける。

 

感応種の傍では、血の力を持たないゴッドイーターの神機は正常に動作しない。

 

極東支部では既にその対策は施されていたが、

今もそれが有効であるか、はっきりと確かめる術はない。

 

・・・その対策に欠かせなかった『喚起』の力の持ち主のことを連想してしまい、

微かにリヴィの手が震える。

 

「・・・オスカー、いける?」

「ポラーシュターンよ、その力を見せる時だ!」

 

そんなリヴィの傍らで、

それぞれ自らの神機に名付けた愛称を口にして語りかける、エリナとエミール。

 

そして、まるでそれに呼応するかのように。

 

オスカーは槍の穂先から、ポラーシュターンは背面の噴射機構から、

力強い駆動音を響かせた。

 

「・・・大丈夫そうだな」

 

安堵する二人の顔を見て、リヴィの口元にも微笑が浮かんだ。

 

ならば、何も憂いることはない。

 

 

「あのガルムたち・・・いや、

あのマルドゥークは、私たちを逃がすつもりはなさそうだ」

 

「縄張り意識ってやつ? 人の土地で好き勝手しといて・・・

・・・っていうか、あの位置、腹立つんだけど」

 

夕日を背にしてこちらを見下ろす影を見やりながら、エリナがそんな悪態をつく。

 

エミールを襲いながらも時間稼ぎに終始していたらしいことからも、

積極的に戦闘に参加する意志があれにないことは明らかだった。

 

その距離は遠く、隙あらばガルムに加勢しにくる、というような位置ですらない。

 

自分は司令塔のように見物を決め込み、手下に任せるつもりらしい。

 

「ふ、まだいつぞや見た奴の方が気概があったというものだ!」

 

「いや、アラガミに個体差があるかどうかは・・・」

 

と言いかけたその時。

・・・件の狼が、動いた。

 

天を仰ぎ、一拍を置いてから、大口を開け・・・遠吠え。

 

アォオォオオ・・・という細かく空気を震わせる音が、

リヴィたちに届き、鼓膜を、臓腑を揺らす。

 

見れば、配下のガルムたちも呼応して吠えている。

 

そしてその共鳴に乗るようにして、

肌が粟立つような違和感が身体を通り抜けていくのをリヴィは感じた。

 

それは感応種を前にした時に独特の、恐れと、寒気と、

そして僅かばかりの親近感を伴う、奇妙な感覚だった。

 

「・・・まずくない?」

 

残響を払うように頭を振ってから、エリナが苦い顔をして言うのが聞こえた。

 

リヴィも、遠吠えを終えたマルドゥークの様子を見ながら応じる。

 

「ああ・・・まずいな」

 

ガルムが、ゆっくりとこちらに近づき始めていた。

 

もはや、数的不利はなくなったのだ。

 

・・・マルドゥークとエミールで三対三、ではない。

 

マルドゥークは未だに参戦する様子はない。

 

周囲の空気は変わっていた。

 

マルドゥークの感応種としての力は、

他のアラガミを呼び寄せ、活性化させ、統率する偏食場パルスの発振。

 

その波が増幅され、遠吠えと共に拡散するのをリヴィは感じ取っていた。

 

あの個体の能力によって、

この周辺一帯のアラガミがここに集結しようとしているのだ。

 

「エミールの言った通りかもしれない」

今や、劣勢なのはリヴィたちの方だった。

 

手に汗が滲むのを感じながら、リヴィは遠くの狼と、眼前の二頭を見据え、構える。

 

「確かにあのマルドゥークは、今までの個体より、狡猾で用心深い・・・」

 

そう言いかけてから、リヴィは「いや」と、それを打ち消し、言い直した。

 

「・・・陰湿で、腰抜けのアラガミのようだ」

 

強い敵を、ただ強い、と言うのでは面白くない。

 

エリナとエミールがそれを聞いて、

リヴィと同じように不敵な笑みを浮かべたのが見えた。

 

どうにも逃げ場はない。

 

他にどんなアラガミがいつ襲ってくるのか、

報せてくれるオペレーターのサポートもない。

 

支部跡地でわずかばかり回収できる、携行品の所持数も心もとない。

 

 

だが、まだ仲間はいる。

 

 

死ぬにはまだ早い、とリヴィは結論付けた。

 

飛びかかってくるガルムに、三人分の砲火が重なった。

 



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赤染の狼 -3-

先程の膠着状態から一転して、その場は目まぐるしく動く、乱戦の様を呈していた。

 

「どうするの、正直ちょっとキツイよ?!」

「あのマルドゥークを倒せれば良いのだがっ・・・!」

 

槍を、槌を振り回しながら、悔しそうにエリナ達が言い合う。

 

そして同じように鎌を閃かせつつ、

リヴィはちらりと遠方を見て、二人に聞こえるように叫ぶ。

 

「他のアラガミに囲まれる前にあちらに向かう!」

 

マルドゥークは依然動かない。

代わりに激しさを増したガルムの動きに、

三人はダメージこそ受けていないものの、決定打も与えられていない。

 

司令塔であるマルドゥークを潰せばこの連携は崩せるが、

そうならないために、あれは遠く離れたところに陣取っているのだ。

 

「いいのリヴィさん、見て、あの顔!どう考えても罠だけど!」

「もちろんコレット嬢も分かっているとも!

だが、ここでジリ貧では仕方が無い・・・!」

 

リヴィも頷き返す。

 

エリナが忌々しげに指摘したマルドゥークの顔については気のせいだが、

こうまで徹底して見物を決め込んでいる用心深さなら、

進路上に他のアラガミを呼び寄せているのは想像に難くない。

 

だが、明らかにそれ以上の数が、この場に向かってくる気配がある。

 

いかに強力な個体とはいえガルム2体に後れを取る自分達ではないが、

さらに続々と中型、大型のアラガミが押し寄せてくるならば無事では済まない。

 

 

リヴィは決断した。

 

「2体とも足止めしてから、次の接敵まで全力で走る!」

と、さりげなくスタングレネードを見せ、二人が頷くのを確認する。

 

もはや新規に製造する目途が立たない今、なけなしのスタングレネードだ。

 

「3秒後!」

 

リヴィはそう叫んで、自分の神機を頭の上に掲げた。

 

そして咬刃を展開する。

 

先程からリヴィの咬刃を使った遠隔攻撃を何度も見ていたガルム達は、

それに素早く反応した。

 

どちらを狙っているのか、天高く伸びたその刃を警戒する。

 

 

同時に二頭の眼を引く。それが狙いだった。

 

 

神機を上に掲げつつ、リヴィが片手でひょいと放ったスタングレネード。

 

それが刃の先端を見ていたガルム達の視界へ、下から滑り込んで炸裂した。

 

強烈な光に目を灼かれたガルム達は怯み、隙を晒す。

 

「走れ!」

 

そのまま鎌を振り下ろせば片方には深手を負わせられたかもしれないが、

リヴィはその好機を捨て、目的通りの行動を指示した。

 

遠すぎてスタングレネードの効果を受けていないマルドゥーク。

 

その感応能力がどこまで応用できるのか不明だが、

恩恵を受けたガルムの行動が、リヴィたちの予測を上回る可能性があった。

 

エリナ達は迷うことなく駆け出す。

 

その元へと向かうべく見据えたマルドゥークは、

手下の不甲斐ない様を見て唸っているように見えた。

 

 

 

「遠い・・・!」

「だが思ったほどアラガミはいない、これなら・・・!」

 

エリナとエミールがマルドゥークを見失わないようにしながら走り続け、

リヴィはその後に続いていた。

 

スタングレネードの効果が切れたガルムと、

リヴィたちを包囲しつつあったアラガミ達が追ってきているはずだが、

このペースであれば、それに追いつかれるより先にマルドゥークに手が届く。

 

あのまま逃げの一手を打っていたらどうなっていたか分からない。

 

だが、とリヴィは思う。

 

最善ではあった。だが、これが正解なのかどうかも、分からない。

 

何故なら、マルドゥークが動いていない。

奴はずっとこちらが見える位置にいる。

 

こちらに向かってくる自分達を脅威に感じたのならば、

逃げるか、戦うために降りてくるはずだ。

 

依然として動いていないということは、

まだ自分達は、奴の想定内の行動をしているのだ。

 

距離が縮まるにつれ、悪い予感は増していく。

 

「・・・そろそろ何かあるかもしれない、二人とも気を付け・・・」

そうリヴィが言い終える前に、突然、二人が神機の装甲を広げた。

「!」

 

声を上げる間もなく反応せざるを得なかったのだとリヴィが悟った瞬間、

視界に光が瞬き、鼓膜を爆音が叩いた。

 

直後、二人がリヴィに向かって飛んできた。

 

「うあっ!?」

「あうっ」

 

鎌が当たらないように慌てて手を広げ、リヴィはエリナを受け止める。

 

「どぅおああああ!?」

 

・・・エミールは、そのすぐ横をそのまま後ろに飛んでいった。

 

リヴィは抱き止めたエリナの無事を確認し、

その叫び方と転がり方を見て、エミールも大丈夫そうだと結論付ける。

 

そして前を向き、リヴィは、二人を吹き飛ばしたものの正体を見る。

 

「・・・あれは」

 

 

そこにいたのは、リヴィが予想だにしていなかったアラガミだった。

 

一瞬意識が飛んでいたらしいエリナが、顔を上げ、その姿をみとめる。

 

そして彼女のその名を呼んだ声にも、戸惑いが滲んでいた。

 

「・・・ラーヴァナ・・・?」

 

光沢のある金属質の外殻。

正面に転回した巨大な砲塔。

それらはラーヴァナの特徴であり、その輪郭は確かにそれと一致している。

 

しかし・・・それ以外が、違った。

 

燃えるような朱色ではなく、紫がかった装甲色。

 

バイザーの代わりに、骸骨のような模様が刻まれた、兜状の装甲に覆われた頭部。

 

赤く灼熱しているはずの太陽核の代わりに、

より純粋なオラクルであることを示す、白紫の光を湛えたエネルギー核。

 

そして何よりも、その顔の両脇から角のように、

あるいは牙のように突き出した・・・異形。

 

エリナが、あっ、と声を上げた。

 

「・・・神機・・・!」

 

そこにあるのは一対の、ロングブレード型神機だった。

 

見れば、肩の部分から左右にせり出したフレームにも同じように神機が接合しており、

そのラーヴァナの身体には、計4本のロングブレードが癒着している。

 

それはその個体が、これまで見たことのない新種であることを示している。

 

・・・ラーヴァナの、神融種。

 

「あのアラガミは神融種をも操れるのか?!」

 

後ろの方で、エミールが驚きの声を上げているのが聞こえた。

 

まるで、とっておきの本命を用意していたかのような配置。

 

待ち伏せこそ予想していたが、新型神融種という未知なる敵の出現は、

リヴィたちにとって最悪に近い状況だった。

 

リヴィは一瞬怯んだが・・・歯を食いしばり、現れた敵を見据える。

 

退くも進むも、どのみち戦わねばならない相手だったのだ。

 

それが明らかになったからと尻込みする理由はどこにもない。

 

「・・・突破するしかない!」

 

リヴィはそう叫んで、構える。

 

ここが、正念場だった。

 




あとがき:とうとうやらかしましたが、オリジナルアラガミ。
原作で物足りないなと思っていた神融種のカテゴリに、ちょいと混ぜ込み。
神属性のラーヴァナと思って頂ければ。


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赤染の狼 -4-

前面のラーヴァナ。後門のガルム。

 

最早面影はどこにもないが、

ラーヴァナが虎に似たヴァジュラから進化した種であることを考えると、

出来過ぎだな、と思わなくもない。

 

ラーヴァナ神融種は、従来種や他の獣型アラガミのように唸り声を上げたりはせず、

ただ淡々とその砲塔をこちらに向け、次の砲撃のための構えに入っている。

 

・・・その動作はどこまでも機械的で、生き物の気配を感じさせない。

 

兵器ばかりを喰らって進化したというラーヴァナが、

最終的に神機を取り込むのは自然なことのようにも思える。

 

だが不思議と神融種に共通する「死」を思わせるその姿に、

リヴィは気味の悪い感覚を覚える。

 

「リヴィさん、来ます!」

はっとして、リヴィはエリナと共に左右へ飛び退いた。

 

真っ白に見えるほど圧縮されたオラクルの奔流が、二人のいた場所を通り過ぎる。

 

避けてしまってから、後ろにいたエミールに当たるのではと一瞬危惧したが、

「とぅあ!」という間の抜けた掛け声が聞こえたので、

幸い彼も同じように避けたようだった。

 

「・・・属性は変わっているようだが、基本は同じはずだ。

神機を使った攻撃に気をつけろ!」

意気込み、リヴィはそんな指示を飛ばしてから突撃する。

 

遠距離砲撃に特化したラーヴァナ相手には、まず間合いを詰める必要がある。

 

対して、ラーヴァナは砲塔を畳み、

身動きしやすい姿勢に移行しつつ、その背のオラクル核を輝かせる。

そこから放たれたのは、雨のようなオラクルの弾幕だ。

 

リヴィは小さく舌打ちをして、盾を構える。

 

集束させた砲撃と、広範囲への牽制射撃。

鬱陶しいところも、元となったアラガミから全く変わっていない。

 

しかしリヴィを足止めした弾幕の外を回り込むように、

エリナとエミールが接近している。

 

「喰らうがいい!正義の!鉄槌!」

 

ブースターで一気に間合いを詰めたエミールが、

そんな掛け声と共にハンマーを振り下ろした。

 

ラーヴァナはすぐさま反応し、得意の跳躍で距離を取る。

 

エミールの攻撃は地面を叩くが・・・その避けた先に、エリナが回り込んでいる。

 

「やあっ!」

 

携えた神機、オスカーの鋭い一撃は、ラーヴァナを確かに捉えていた。

 

しかし。

 

「か、硬っ・・・!?」

エリナが驚愕の表情で槍を引っ込めるのが見える。

 

ラーヴァナはその攻撃に大して怯んだ素振りも見せず、

その顔なき顔をエリナに向けていた。

 

神融種となって、

ラーヴァナのただでさえ強固だった外殻はさらにその硬度を増しているらしい。

 

厄介極まりない、とリヴィは下唇を噛む。

 

本来弱点である頭部も、骸骨じみた意匠のパーツに覆われ、

ダメージは通りそうにない。

それは斬撃主体の鎌も同様だろう。

 

「・・・倒すのは無理か」

時間をかけてこの一匹と戦えるならあるいは、とも思うが、状況はそう易しくない。

 

どうにか撒いて、マルドゥークを倒すことを優先しなければならない。

 

・・・と、リヴィはラーヴァナの横顔に目がいく。

 

顔の横から伸びるロングブレードを角のように振り回し、

ラーヴァナはエリナを近寄らせまいとしている。

 

その根元を見て、リヴィは勝機を見出した。

 

「・・・二人とも、そのまま足止めしてくれ!」

駆け出しながら、指示を飛ばす。

 

少しでもダメージを与えて、隙を見てこの場を離脱する必要がある。

 

「了解っ・・・エミール、挟み撃ち、後ろから!」

「背中を狙うなど騎士道に反「だーもういいから早く!」「ええい致し方無い!」

 

緊迫した状況でも慣れた調子でそんなやり取りをしている二人と、

それを振り払おうとするラーヴァナ。

 

その巨体がぐるんと横に回転すると、

肩と頭部から伸びるロングブレードが二人の攻撃の邪魔をする。

 

しかし度々跳躍しようとするラーヴァナに対し、

二人がすかさず脚に衝撃を与え、遠距離戦に持ち込まれるのを阻んでいる。

 

いける、とリヴィは確信してその眼前に接近した。

 

兜に覆われたその頭部に、刺突や斬撃は通らない。

 

だが如何に装甲が厚くとも、関節部分や、首元はその限りでない。

 

神機を構えて、狙うべき箇所を見据える。

同様にこちらに顔を向けたラーヴァナと、

一瞬、仮面の奥で眼が合ったような気がする。

 

もはやお互いは目と鼻の先。

 

喉元を狙った鎌が、ラーヴァナの顔の下に滑り込もうとし、そして。

 

 

――――リヴィの神機が届く前に、ラーヴァナの神機が火を吹いた。

 

 

()()()()()()()()

 

顔の両脇にあったロングブレードは角度を変え・・・

そこから根本に内蔵されていた、銃口が覗いていた。

 

その仕込み銃から瞬時に放出されたオラクルが爆発を起こし、前方を灼いたのだ。

 

「リヴィさっ・・・?!」

 

リヴィのいた空間が突如として焼き払われ、エリナが叫びかけた。

 

しかし。

そこにリヴィはおらず、かといって吹き飛ばされたわけでもなく。

 

 

「そんなことだろうと思ったよ」

リヴィは、跳んでいた。

 

インパルスエッジという隠し玉があること。リヴィはそれを予測していた。

 

神融種は、その身に宿す神機を用いた新たな能力を得る。

 

そう思うと、砲撃を得意とするラーヴァナに近接型神機というのは、

なんとなく、不釣り合いだと思ったのだ。

 

何故ロングブレード型なのか。

そういう目で見れば、どんな事が出来るのかは想像がついた。

 

 

爆風がつま先を炙ったが、その上をリヴィは舞う。

 

神機から咬刃が伸び、無防備になったラーヴァナの顎に、

下から掬い上げるように刃が食い込む。

 

そしてそれは深紅に輝くや、一気にリヴィの手元まで戻り、その間を引き裂いた。

 

『ガアアアアッ』

 

初めて耳にする神融種の声が響いた。

 

見れば、その兜は下半分が砕け、大きく切り裂かれた口元が覗いている。

 

リヴィが着地する頃、ラーヴァナは苦しそうな呻き声を上げ、地面に崩れ落ちていた。

 

「やった!」

「見事だ!」

左右から二人の歓声が聞こえる。

 

リヴィは一瞬微笑んでから、すぐに気を引き締める。

 

地に伏せたラーヴァナの背・・・霊魂のように揺らめくオラクル核の燐光は、

まだ消えていない。

 

「・・・今のうちだ、マルドゥークの所へ向かう!」

 

トドメを刺したいのは山々だが、時間がない。

 

それに、頭部の結合崩壊によって一時的に無力化はできたが、

これが同じことを繰り返して撃破できるほど楽な相手とは思えなかった。

 

エミールとエリナも同意見だったのだろう、迷うことなく頷いてみせる。

 

三人は倒れたラーヴァナを置いて、マルドゥークの方へ向かおうとする。

 

 

誰も油断はしていない。

 

この場を切り抜けるため、最適な選択肢をとり続けていた。

 

 

・・・だというのに。

 

リヴィが見たのは、駆け出そうとした三人の行く手を遮るように現れた影だった。

 

「・・・きっつ」

なるべく弱音に聞こえないようにと配慮したらしい、エリナの呟きが耳に届く。

 

「・・・逆境でこそ騎士は輝くものだ!」

そして相変わらずのエミール。

 

最後にリヴィも笑い、頷きながら、口端を、僅かに引きつらせていた。

・・・さらに2体のラーヴァナ。

 

それも今しがた倒したのと同じ、禍々しい滅紫に彩られた神融の個体が、

こちらに冷たい殺意を向けていた。

 



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赤染の狼 -5-

ようやっとこ章管理の機能を使いました。


3体の神融種に囲まれている。

 

それだけでも絶望的だというのに、

既に、先程まで撒いていたガルムにまで追いつかれてしまっていた。

 

その場には計5体の中型以上のアラガミがいて、

それらは全てマルドゥークの支配下にある。

 

勝てる見込みはほぼ、無いと言ってよかった。

 

「・・・コレット嬢、スタングレネードは?」

 

背中合わせに円陣を組み、お互いを守り合っていると、エミールが小声で訊いてくる。

 

「あと1個しかない。ガルムはさっき使ったし、

ラーヴァナには元からほとんど効かない」

 

加えてあの仮面では、恐らく一切効かないと言っても間違いではないだろう。

 

ぐぬう、とエミールはそのまま唸っていた。

 

「突破も無理、撃破も無理、逃走も・・・無理だなこれは」

 

「・・・どうするの、リヴィさん」

エリナの心配そうな声。

 

・・・おかしかったのは、自分の身ではなく、

リヴィが何を言うのか心配そうだったことだ。

 

リヴィはちょっと微笑んでから、それを口にする。

 

「・・・まずは、死なないことだけ考えよう」

 

その言葉に、エリナはほんの少しだけ、嬉しそうに頷いていた。

 

 

 

小競り合いに終始していたとはいえ、

マルドゥーク、ガルム2体、ラーヴァナ神融種ときて、

三人ともがここまでほとんど負傷せずに来られたのは正直に言って、奇跡に近かった。

 

その全てが一堂に会したこの場で、それを維持できるのかどうか。

 

培ってきたゴッドイーターの経験を、極限まで活かす時だった。

 

「・・・ふっ!」

気迫と共に声を漏らしながら、深紅の鎌を振るう。

 

エリナを狙おうとしていたラーヴァナは、

その一撃を鬱陶しそうに肩の神機で受け止めていた。

 

そしてエミールにつきまとうガルムを、

エリナがショットガンを撃ち込んで引き剥がし、

 

リヴィを照準し砲撃姿勢を取っていた別のラーヴァナの足を、

すかさずエミールが叩き、転ばせる。

 

もはや呼びかけをする余裕はなく、またその必要もなかった。

 

乱戦の中でも、お互いを守り合い、戦い続ける。

 

それを愚直にこなし続けていれば、いつかは終わりが訪れる。

 

どんな結果にしろ、それが最善であることに間違いはあるまい。

 

その信念を胸に、リヴィは続けざまに鎌を振ろうとして、

「!?」

目の前の個体ごと巻き添えにする別方向からの砲撃を受けて、

リヴィは盾ごと吹き飛ばされる羽目になった。

 

 

その攻撃を仕掛けてきたラーヴァナは顔半分が欠けた、最初の個体だった。

 

その傷の隙間からは『ルル・・・』と低い唸り声が漏れ聞こえてくる。

 

同時に、その仮面の奥に隠れた眼から、

強い殺意が放射されているのをリヴィは肌で感じた。

 

「・・・恨みがましい奴だ」

 

同胞を巻き込んだ連携はガルムも見せた。

しかし、それが味方を助けるものだったのに対し、

今のは、あからさまにリヴィへの復讐を優先して敢行した攻撃だ。

 

アラガミがそんな執着を見せるとは、

と、リヴィは半ば呆れながらそちらに神機を向ける。

 

ラーヴァナはその仕草に激昂したかのように、

抉られた兜から怨嗟の咆哮を放ち、さらに核を輝かせた。

 

 

リヴィはそれに合わせ、敢えて前へと踏み込む。

 

「それはこちらの方が・・・速い!」

咬刃展開形態の神機を真上に掲げ、垂直に振り下ろす、

バーティカルファングを繰り出す。

 

それは離れた場所でチャージ中のラーヴァナ、

その砲身を越えて、臨界間際の核へと刺さる軌道を描く。

 

砲撃姿勢のラーヴァナは全身が硬化するが、その核だけは例外だ。

 

 

しかし、寸前。

 

「なっ」

 

そのラーヴァナが取ったのは、

四基のロングブレードで同時にインパルスエッジを放つという、予想外の行動だった。

 

当然、その射撃がリヴィに届く距離ではない。

しかしその反動は外付けの推進装置・・・スラスターのような機能を果たしていた。

 

ラーヴァナが砲撃姿勢のまま滑るように後退し、鎌の間合いから逃れる。

 

狙いを外した複数の刃は、ぎゃりりりっ、

と耳障りな音を立てて手前の砲身を引っ掻くだけに留まった。

 

してやられた、とリヴィは咄嗟に鎌を仕舞いながら身を翻す。

 

間一髪、オラクルの奔流がリヴィを掠めていく。

 

「くっ・・・」

 

神属性のオラクルを浴びて、

リヴィの身には、熱くも冷たくもなく、ただ痺れるような痛みが走る。

 

そして横に転がるリヴィを追撃するかのように、

今度は巻き込まれたラーヴァナの方が突撃してくる。

 

左右にあるロングブレードは、

受け止めればすかさずインパルスエッジへと転じるだろう。

 

迂闊に正面に立てないというプレッシャーは中々立ち回り辛く、

リヴィは下がりながらの防戦を強いられる。

 

そしてそんな至近距離の攻防もお構いなしに、

割れ兜の個体がオラクルを立て続けに放ってくる。

 

いくら同胞が硬くて同属性だからといってやりすぎだろう、

などと思う暇もなく、リヴィは高密度の砲火にさらされる。

 

「くそっ」

 

活路を見出せないリヴィは、

直撃を受ける前に、半ば自分から飛ばされるようにして距離を取らざるを得なかった。

 

ずざざざ、と地面に擦過痕を残しながら踏み止まるリヴィ。

 

そしてどうにか体勢を立て直そうとしたところで、

「どわあ!」

直後、すぐ隣に人が降ってきてリヴィは肝を冷やした。

 

頭から落ちて大丈夫か、とラーヴァナに注意を払いつつ見やると、

流石のタフさというべきか、エミールはすぐに起き上がってみせる。

 

顔中に土埃をつけながら、エミールは悔しそうに顔をしかめていた。

 

「ぬうぅ・・・正々堂々一対一ならば・・・!」

実に騎士らしい台詞だったが、アラガミ相手に無茶な注文だ。

 

隙ありとばかりに砲撃が飛んできて、二人はさらに後方へと飛び退く。

 

今度はそこにエリナがいて、2頭のガルムがまさしく飛び込んでくるところ。

 

咄嗟に自分とエミールでそれを受け止め、エリナがショットガンで援護して。

息をつく間もなく、再び乱戦に持ち込まれる。

 

・・・その絶え間のない攻撃を捌きながら、三人は徐々に追い詰められていた。

 

 



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赤染の狼 -6-

 

どれほど戦ったのか。

 

自分が、あるいは仲間が危険に晒され、

それを切り抜けるという刹那がこの短時間に何度もあったせいで、

リヴィは体感時間がおかしくなっていた。

 

そしてそんな極限状態が続いたその果てに、

彼らにも疲れがあるのか、一時休戦か、はたまた、決着を確信したのか。

 

アラガミ達が攻撃の手を止め、

そうした時になってようやく、リヴィは周囲の状況が掴めるようになる。

 

 

気づけば、隣にエミールもエリナもいて、荒い息を整えている。

三人は瓦礫の山を背に、半円形に取り囲まれていた。

 

 

ごく、と喉が鳴る。

 

 

「・・・いよいよもって、という、感じだが」

 

リヴィは呼吸を整えながら呟いた。

 

盾で防ぎきれなかった砲撃や、掠めた刃がいくつも細かい傷をつけている。

もはや、これが致命傷へとつながるのも次か、その次か、というところだった。

 

エミールとエリナも同様のようで、そこには返事をする余裕もない。

 

日が沈みかけ、元から赤みがかった空がさらに紅く彩られ、

その色を地上に落としている。

 

その昏い色に照らされて赤黒く見えるラーヴァナ達も、

満身創痍の自分達ほどではないにしろ、手傷を負っている。

 

倒したのは、ガルムが一匹、ラーヴァナが一匹・・・

・・・そして、ヴァジュラテイルが十数匹。

 

さらなる増援に現れたらしい小型アラガミがいつやってきて、

いつ仕留めたのか、リヴィはまったく覚えていなかった。

 

それほど必死に戦っていたのかと思うと、他人事のように感嘆の念を抱きそうになる。

 

赤色の天地と、傷だらけの化物たち。

そしていくつもの亡骸が地に沈み、

黒い粒子となりつつあるその場を地獄と呼んで、誰も異は唱えまい、と思った。

 

 

「・・・ここが死に場所か?」

 

思わず口をついて出たリヴィの独り言に、

エリナが悔しそうな顔をするのが視界の端に映った。

 

だが、リヴィのそれは今までのように諦めたわけではなく、自問だった。

 

・・・こうしてただ物量に呑まれるだけの、つまらない最期で良いのだろうか?

 

考えながら、エミールに目配せをする。

 

最後のスタングレネードを投げるから、エリナを抱えて逃げろ。

 

その意図が伝わった彼は、一瞬何かを口にしかけたようだったが、

唇を噛み締めて、頷いた。

 

スタングレネードの後は、単身で敵の注意を引き、二人を逃がす。

 

順番に、可能性のある利を取っていくべきだ。

分の悪い賭けに、わざわざ他人の命を乗せる必要はない。

少なくともそれで、失敗した時の言い訳にはなる、とリヴィは笑う。

 

二人に逃げてもらうのが最低限。そして、自分も生き延びるのが最上だ。

 

後ろ向きの選択肢をとりながらも、リヴィはまだ諦めてはいなかった。

この程度の相手に、そんなありふれた命の使い方をするのは、

なんとなく癪だったのだ。

 

人間、死ぬ気になれば意外と出来るに違いない。

 

そう思い、こちらに狙いを定めるラーヴァナ達に向けてスタングレネードを。

 

 

・・・投げようとした、その時のことだった。

 

 

 

『グオオォォアアァァアア』

 

 

 

「!?」

 

突然響いた雄叫びに、リヴィは危うくスタングレネードを取り落とすところだった。

 

「な、なに?!」

「ここにきて新手かっ?!」

 

この場にいないアラガミから発せられたその声の主を探して、

エリナとエミールが辺りを見回す。

 

リヴィははじめ、マルドゥークがもう一度吠えたのかと思った。

 

そしてそちらを見上げ、その様子を確認しようとしたリヴィは、目を見開いた。

 

・・・目にしたのは、マルドゥークが、

廃墟の上から転げ落ちるようにして視界から消える瞬間と。

 

 

代わりにそこに立っていた、一体のアラガミ。

 

 

「――――――――」

呼吸が、止まった。

 

・・・その姿は、たった一度だけ見た事がある。

 

自分が立っている場所も、状況も忘れ、リヴィはそのアラガミの輪郭を凝視していた。

 

そんなリヴィの視線を感じ取りでもしたのか、

アラガミが・・・一瞬だけ、こちらを見た気がした。

 

そして、それはすぐにマルドゥークを追うようにして、同じ方向へと消える。

 

 

「なんだ・・・?!」

「ねえ、アラガミが・・・?!」

 

エリナとエミールの声に、リヴィははっと我に返る。

 

リヴィの視線が釘付けになっている間に、

ラーヴァナ達に襲われていてもおかしくはなかった。

 

しかし周囲にいたアラガミは皆一様に、不可解な動きを見せていた。

 

どれもリヴィたちを見ていない。

 

それどころか、アラガミ達は皆一様にこの場から走り去ろうとしていた。

 

その向かう先は、マルドゥークと謎のアラガミが落ちていった方角。

 

戸惑ううちに、ラーヴァナもガルムも、

何かに惹き寄せられるようにこの場から姿を消していた。

 

「マルドゥークが救援を呼んだのか? いやしかし、これは・・・」

 

エミールの怪訝そうな声に、リヴィはいつの間にか己も抱いていた違和感に気づく。

 

皮膚の下を血が流れるのが、いやにはっきりと感じるその異質な感覚は、

感応種の放つ力場によるもの。

 

それはマルドゥークの放つものとは異なり、そして。

あの時と、同じ感覚だった。

 

 

「助かったの・・・?」

 

エリナが呆然と呟くその声が、やけに遠く感じる。

 

「奇妙だが、しかし、今のうちに聖域まで戻るべき、だ・・・」

 

二人が話し合っている。

 

それは、水を・・・水よりも、

より粘性の高い液体を通したような、鈍く、くぐもった音のように聞こえてくる。

 

 

リヴィは自分が立っている場所が分からなくなる。

 

 

「では二人とも・・・む、どうした?」

「リヴィさん?」

 

 

目眩がする・・・吐き気がする。

 

 

この込み上げてくる戸惑いと不安は、いつ感じたものだろう。

この肺を焼く焦燥は、いつ感じただろう。

 

この、まさか、という、恐怖は。

 

 

今ではない。

 

エリナもエミールも助かり、今は安心すべき時のはずだ。

 

だから、この感覚は、

この沸き上がる感情は・・・あのアラガミを初めて目にした時の、

フラッシュバックだ。

 

 

ちょうど、今のような黄昏時・・・逢魔が時に見た、異形のアラガミ。

 

 

 

リヴィ以外のブラッド。彼らが赴いた最後の任務。

 

()()()()()()()()を聞き、その場に駆けつけたリヴィ。

 

そこで()()を貪りながら座していた影・・・

その『赤色のハンニバル』と視線が交錯したその瞬間の、記憶。

 

 

 

その時の激情が、現実と重なる。

 

 

 

視界が赤く染まって。

 

 

 

 

・・・リヴィの記憶は、そこで途切れていた。

 



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tlb1章まで -後書きと設定-

さて、1章「赤染の狼」までが終わりまして、読んでくださった方は有難う御座います。
レイジバースト完結後に平和が続かなかったら?という発想から始めましたが、
思った以上に迂遠な展開、大仰な設定になってしまいました。
今の所はこういう話もありかなと書き手的には概ね満足しております。
壊滅した極東支部。生き残ったリヴィ・コレット。
満足いく終点に辿り着くことを目標に、彼女の物語を続けて参ります。

時間軸、視点の関係上、本編で語り損ねている部分について、語りたさついでに補足させて頂こうかと思います。


『極東支部』

まさかの壊滅した世界線。

といっても全員が軒並みやられてしまったわけではなく、

本作の裏で、クレイドルのメンバーは1の主人公、神薙ユウ君のところへ遠征中。

そうして人員が少し減ったところへ、

ブラッドが突然リヴィを残して全滅してしまい、

防衛力不足により機能を維持できなくなったという形。

リヴィたち2登場のキャラは生き残りの局員、民間人とともに聖域へ。

残っていた1のキャラは、最初に遠征に向かったアリサやソーマを呼び戻し、

救援を呼ぶために向かっている。

あちらはあちらで、ユウ君がいないとどうしようもないぐらい大変、という設定。

・・・というのも、1のキャラが勢揃いしていたら極東が滅びる図が見えないから、

というのがぶっちゃけた事情。

そういう背景なので、1のゴッドイーターは基本的に登場しません。

あくまで滅んだ後のリヴィたちがメインなので、

如何様にして滅んだのかは御想像にお任せします。

 

彼なら、彼女ならきっと生きているはず。

ああでもあの人とかは死んだかもしれないなあ、と考えて頂く感じで。

 

 

『ヤマラーヴァナ(ラーヴァナ神融種)』

オリジナル一号、ラーヴァナの神融種です。

現時点で作中に出てきませんが、設定上は名前つきです。

「ヤマ」はラーヴァナが倒したという冥府の神から。

神属性になりロングブレードがついて、

ちょっとは格闘戦もできるようになったラーヴァナ。めんどくさそう。

肩の神機は転回して砲台になったり、

すれ違いざまに斬りつけ・・・

ってブレードライガーだこれー!

また砲撃姿勢中にインパルスエッジを撃つことでスライド移動・・・

ってジェノザウラーだこれー!?

ということで気がついたらほぼゾイド。見た目はこんな感じ。

 

【挿絵表示】

 

バイザーを覆う仮面の牙みたいなのと、

その下に本物の牙が覗いているのがお気に入りです。

 

こいつが活躍したら誰か死ぬしかないので、若干かませ犬っぽくせざるを得なかった。

不遇。

でもまあ、ラーヴァナで地獄絵図といえば3体同時だよね、

ということで、数の暴力に訴える展開には適役となりました。

 

『マルドゥーク』

真なるかませ犬。マルドゥークの中でも陰湿で腰抜けの個体。

リヴィ視点の戦闘描写に一切関わらないまま、いつの間にか突き落とされて退場。

不遇。

赤染の狼はマルドゥークのことではないので、なるべくしてなったかませポジ。

コンゴウ堕天の件然り、いまいち威厳が無いのがこいつらしいというか、何というか。

 

『赤色のハンニバル』

ブラッド壊滅の直接の原因となった、本作における宿敵のアラガミ。

リヴィにとっての、アリサにとってのピターのような存在です。

ハンニバル神属であり、

感応能力を持っていることだけは確かです(タカシ?知らんな)

カリギュラはゼノがいるんですが、

ハンニバルの神融種って居ないんですよね、意外というか。

カリギュラはハンニバル神属の接触禁忌種なので、

一応カテゴリとしては含まれるんでしょうけども、

それだと姉妹校の番長みたいなイメージが拭えないんですよね・・・・・

タカシはハンニバル校の不良。

 

『リヴィ・コレット』

本作品の主人公。()()()()()()()

幸せそうだったエンディングから、もう一度拠り所を失ってしまった少女。

0章では自殺願望、1章ではPTSDと、本来の彼女からは掛け離れた、酷い精神状態。

ただあんまり死に急ぐとエリナの方が死んでしまいそうなので、

やさぐれリヴィは0章までで卒業する流れになりました。

・・・しかし、割と早く立ち直ったように見えても、心の奥底ではまだ、という感じ。

赤染の狼でも、ここでなら死ねるのか?ということばかり考えてますしね。

目的意識を取り戻せたから一線越えていないだけで。

 

作中での彼女は「生きることから逃げ続けている」主人公なんです。

そういう目で見て頂くと、その苦悩は、違った姿に見えてくるかも。

あまりに過酷な境遇に遭わせてしまったのは少々申し訳ないと思いつつ、

そうして人間味のある彼女の姿を書けるのは、個人的には中々楽しい。

 

 




次回からは第2章『炭の記憶』になります。
未登場だった生き残り組に焦点をあてて、回想や、聖域の話から。
1のキャラは登場しないと言ったばかりだが、すまん、ありゃ嘘だ。


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2.炭の記憶
炭の記憶 -1-


 

かつて自分は、他人の神機に適合する素質を持っていた。

 

他人の神機は嫌いだった。

 

扱い辛いのは勿論理由の一つだったが、その神機を手にするのは、

その元の持ち主めがけて振り下ろすのが目的だったからだ。

 

そして、理由はもう一つ。

 

神機を通じて、リヴィは時折、その持ち主の記憶を垣間見る。

 

 

 

朱い。

 

 

赤い。

 

 

紅い。

 

 

その朱は、夕日が映した空の色か。

その赤は、かつて自分もその眼で見た雲の色か。

その紅は、雨の色か、それとも、血の色か。

 

目の前でロミオが倒れている。

赤い雨が降っている。

 

 

・・・ああ、これは。

いつか見た、ジュリウスの記憶か。

 

 

リヴィは久しく目にしていなかったその光景に、

努めて何の感情も抱くまいと、目を細め、平静を保っていた。

 

これは過去だ。

 

今ロミオに駆け寄ったところで何かが変わるはずもない。

これからロミオはジュリウスの腕の中で息絶え、

そして奇跡の中で再び命を得て、自分とも再会する。

 

そういう未来が確定している。

・・・しかし、奇妙な違和感がリヴィの心に爪を立てる。

 

横たわるロミオを見ているならば、これはジュリウスの記憶の筈だ。

・・・なら、その隣に倒れているのは、誰だ?

 

リヴィは気配を感じて振り向き、ぞっとした。

 

マルドゥークが横たわっている。

 

力なく開かれた口からはオラクルの黒い粒子が薄く立ち上り、

その個体が既に絶命していることを示す。

ロミオの仇であったマルドゥークはこの時、その血の力を受けて、撤退したはずだ。

 

ざわ、と胸騒ぎがする。

 

この時、ロミオが犠牲になったことで、

マルドゥークは退き、ジュリウスは生き延びた。

 

なのに今ここには、彼らは誰もが地に伏せ、赤い雨に濡れている。

 

 

そして、リヴィは気づいた。

 

その場には、まだ動くものがいた。

 

ぼやけていた影が形を得るように、

マルドゥークの亡骸の傍に、もう一体のアラガミが現れる。

 

その首を掴み、亡骸を食んでいるのは・・・全身を深紅に染めたハンニバル。

 

 

・・・これは、自分の記憶だ。

 

 

リヴィは混乱する頭の中で、それだけは確信を得る。

 

だが、そのものではない。

自分の記憶の中にも齟齬がある。

 

何故なら自分はロミオの姿もジュリウスの姿も見ていないし、

あの時とマルドゥークがいた時は、別の時間だ。

 

だからこれは、いくつもの情景が綯い交ぜになった光景。

 

そうだ。あの場には倒れたロミオなんていなかった。

 

 

あの時、自分が見たのは、いくつもの血溜まりと

 

 

こちらを振り向いた奴の眼と

 

 

その口元に引っかかっていた

 

 

 

同じ赤色に染まったニット帽―――――

 

 

 

 

「ああああっ!!?」

 

 

叫び声を上げたリヴィは、はじめ、自分がどこにいるのか分からなかった。

 

 

前に踏み出そうとした足が虚空を蹴る。

 

宙に浮き、倒れそうになったと感じて、足掻く。

咄嗟に伸ばした手が、ぶつかった何かを強く掴む。

 

「リヴィ、落ち着いて! 大丈夫だから・・・リヴィ! 

―――――フランさん、水をお願い!」

 

そして、すぐ傍で誰かがそう叫んでいるのが、ようやく耳に届き、はっとする。

 

リヴィは自分が立っていないことに気づいた。

 

倒れそうになったのではなく、自分は元から、横に寝かされていたのだ。

赤一色だった視界が、じわりと滲むように白みがかり、色を取り戻していく。

 

跳ね起きたリヴィは、今の今まで我を忘れ、暴れていたらしい。

 

そしてリヴィは自分が、誰かに抱き止められていたことに気がついた。

 

「・・・・・・目が覚めた?」

未だにはっきりとしない頭を空転させたまま、耳元で囁いた声の主を見やる。

 

こちらを見返す大きな瞳に、自分の顔が映っている。

瞬きをして、焦点を引く。

 

・・・そこにいたのは、楠リッカだった。

 

「・・・あ」

そこでやっと、リヴィは自分が夢を見ていたことに思い当たった。

 

その眼に正気の光が戻るのを見たのか、目の前で、リッカが薄く微笑む。

 

「うなされていたね・・・もう平気?」

「あ・・・ぁ」

声がうまく出ない。

まるで力の限り声を出した後のように、喉の上の方がひりひりと渇いて、痛い。

・・・それとも、実際に自分は、叫び続けていたのだろうか。

 

それでも頷こうとしたリヴィの意志を汲んだのか、リッカが頷き返す。

 

「それじゃ・・・あ、ごめん、やっぱりちょっと、力を緩めてもらえるかな・・・」

 

なんのことか、とリヴィは下を向いて、愕然とした。

 

自分の右手が、彼女の腕を思いきり強く掴み続けていたのだ。

 

狂乱状態だった間に無我夢中でそうしたに違いなかったが、

今の今まで全く自覚していなかった。

 

リヴィは慌てて手を離したが、

彼女の細腕には、くっきりと赤く痕が残ってしまっていた。

 

「すっ・・・す、すまない!」

「ああいや、いいよ・・・でもよかった、これならだいぶ回復したみたいだね」

 

咽せながら謝るリヴィに、ひらひらと手を振ってリッカが言う。

 

その言葉に首を傾げかけた時、

ずきり、と鈍い痛みを脇腹に感じて、リヴィは顔をしかめた。

 

見ると、そこは包帯でぐるぐる巻きにされ、その表面が僅かに赤く滲んでいる。

 

「・・・これは?」

「あ、それはフランさんがやってくれたんだ。あとで・・・」

「礼には及びませんよ」

 

そこへ、フランが戻ってきた。

袖口が僅かにほつれてはいるものの、

相も変わらずフェンリルの制服を着ているフランがそこに立っていると、

まるで、まだそこが極東支部の受付であるかのような空気を感じてしまう。

 

彼女は両手に持つコップに水を入れてきてくれたらしく、

それをリヴィとリッカに手渡してくれる。

 

「あ、私の分も?ありがとう」

「礼には及びませんよ」

 

全く同じトーンで繰り返してから、フランは僅かに微笑んでみせた。

 

うまく喋れないほど喉が渇いていたリヴィは、

受け取り際に笑みで感謝を示してから、その水を口に含む。

 

「・・・」

 

一瞬、動きを止め・・・つい、コップの中を覗いてしまう。

 

金属製のコップに口につけた時、僅かに混じった鉄分の味。

 

リヴィはそこから、血を連想してしまったのだ。

・・・当然、中身の液体は、無色透明。

しかし視界にまた赤色がちらついたような気がして、リヴィは慌てて首を振った。

 

「どうしました?」

「い、いや・・・なんでもない、ありがとう」

 

フランに礼を言ってからコップを置こうとして、また脇腹が痛む。

 

「ごめんね、さっき起こしたとき、傷が開いちゃったかな」

「ああ、いや・・・」

 

リッカがリヴィの顔色を窺うように首を傾げて言う。

 

「治りが遅いと思うけど、我慢してね。ここは聖域だから」

「ああ・・・」

 

リヴィはそれを聞いて、辺りを見回す。

 

そこは、樹のような、石のような質感を持つ、白亜の大地。

 

聖域を囲む山脈と同じものが一面を覆う、洞穴のような場所だった。

 

「・・・萌芽の神域?」

「の、裏側だよ」

 

リッカがそう付け加えた。

 

そこは聖域の内と外を分かつ、白い山脈の中だそうだった。

 

リヴィたちがその境を行き来するときに通る道と似ていたが、

こうもトンネルのようにくり抜かれた空間があるとは知らなかった。

 

「山脈のつくりにムラがあってね、こういう隙間があるんだ。

ここはぎりぎり聖域の中だよ」

 

にっこり笑ってリッカが言い、天井を指差す。

 

治りが遅いというのはそういうことだ。

 

聖域の中では、体内のオラクルが活動を休止している。

そのため今のリヴィはゴッドイーターではなく、ただの人間に近い。

リヴィはここにいると、なんとなく身体が重く、僅かに眠気のようなものを感じる。

 

「しかし・・・ゴッドイーターとしての体質を抜きにしても、

私などよりよほど健康的ですね、リヴィさんは」

 

フランが言うので、リヴィはつい自分の身体を見回してしまう。

 

「・・・あ、すみません、包帯を巻く際にそう思ってしまったので、つい」

「ああいや、まったく構わない・・・」

その辺りの観念に乏しいリヴィはそう言いながら、違うことを考えていた。

 

その脇腹を見てリヴィが疑問に思ったのは、

包帯のことでも、治癒力のことでもないのだ。

 

「・・・覚えてないんだね」

「え・・・」

 

リヴィが顔を上げると、眼を細めてこちらを見るリッカと視線が合った。

 

コップで口元を隠しながら、リッカは言った。

 

 

「・・・その傷が、いつできたか」

 



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炭の記憶 -2-

その通りだった。

 

リヴィは自分が何故ここで寝ていて、

リッカとフランに介抱されていたのか、まったく覚えていなかった。

 

連続していない記憶の糸を手繰ろうとすると、頭の奥にずきりと鋭い痛みが走る。

 

目の前には白い壁しかないはずなのに、

痛みと同時、視界を横切るように走る赤い色が見える。

 

「う、ぐ・・・」

「自分で、無理に思い出そうとしない方が良いよ」

 

労わるようにリッカが言う。

 

隣に座っているフランも、そっとリヴィの手に手を重ねてくれる。

 

そこまで重症なのだろうか、とリヴィは実感が湧かなかったが、

その気遣いには感謝しなければと思う。

 

「ただ・・・思い出さないわけにはいかないと思う。

よければ私が話すよ・・・ひとつずつね」

 

リヴィはリッカの、ともすれば冷たそうにも見える眼差しを見てから、

ゆっくりと頷いた。

 

「・・・頼む」

 

 

リッカとフランが聖域で出迎えたとき、

リヴィは血まみれになってエミールに抱えられていたそうだった。

 

寄り添うエリナが泣きじゃくりながらリヴィの傷口を押さえていて、

リッカに助けを求めたのだという。

 

そこまで聞いて、リヴィはようやく、

ラーヴァナ神融種とガルムたちに包囲されていた戦いのことを思い出した。

 

では、二人とも無事に聖域まで辿り着いたのだ。

そのことにまず、ほっとする。

 

だが同時に、それがどうなったのかも朧げに思い出して、

胸の奥がざわつくような感覚に襲われる。

 

リヴィは脳裏に滲む赤い影が、徐々に形をとるのを感じていた。

 

今しがた見ていた悪夢とそれが重なり、その眼がこちらを見て――――。

 

「リヴィ・・・リヴィ!」

耳元で自分を呼ぶ声に、はっとして、リヴィは現実に引き戻された。

 

 

いつの間にか、隣にはリッカも座っていて、

フランと一緒に、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 

ふと視線を下げると、

握り締めていた右手にはリッカの、左手にはフランの手が乗せられている。

 

その温もりが、強張ったリヴィの身体を溶かしたかのように、

手から、ゆっくりと力が抜けていく。

 

「今は、事の顛末だけ思い出して」

リッカが言う。

「エリナとエミールは無事だよ・・・今一番重傷なのは、キミだよ」

 

「・・・ああ、有難う」

その言い方が少しおかしくて、リヴィは微笑むことができた。

 

 

謎の乱入者がマルドゥークを襲ったことで、

リヴィたちは危機を脱し、撤退する機会を得た。

 

・・・しかしその時、

リヴィの様子がおかしくなったかと思うと、

突然駆け出して、聖域とは逆方向へ向かおうとした。

 

エリナとエミールが止める間もなく、

ラーヴァナやガルムに再び遭遇しかねない場所へ走り去ったのだという。

 

慌てて後を追ったエリナとエミールは、

しかし、その途中で手負いのガルムに出くわした。

 

そのガルムは発熱器官を砕かれ、

息も絶え絶えに、リヴィが向かった方角から逃げてきたという風に見えたらしい。

 

正面からぶつかってしまったエリナとエミールは、

非常に攻撃的になっていたガルムとの戦闘を余儀なくされる。

 

そしてそれを退け、二人が辿り着いた時には、

そこには首のないマルドゥークの亡骸が横たわり、

その傍に寄り添うようにして、リヴィが倒れていたそうだった。

 

 

「・・・覚えてないって顔してるね」

「・・・・・・ああ」

 

自分が走り出したという部分から全く記憶がない。

 

そんな単独行動でまた二人を危険に晒してしまったのか、

とリヴィは暗澹たる気持ちになる。

 

だが、先程見た悪夢の中にあった光景のいくつかは、

そのとき見たものなのだろうと察しがついた。

 

マルドゥーク、そして恐らくラーヴァナやガルムの悉くをも難なく屠ったアラガミに、

リヴィは衝動のままに攻撃を仕掛け・・・恐らくは、返り討ちに遭ったのだ。

 

 

「・・・エリナから聞いてるよ。

そのアラガミを見た時のキミは、普通じゃなかったって」

「・・・」

 

リッカは一つ一つ言葉を投げながら、リヴィの様子を見ていた。

 

リヴィ自身、そういうことがあったのだ、と他人事のような視点でなければ、

また今を見失いそうになるような気がして、仔細を思い出そうとはしていなかった。

 

悪い夢から醒めた直後の、ぼんやりとした不安の中で、現実が曖昧になる感覚。

 

リッカもフランも、今のリヴィにはそれが必要だと言ってくれはしたが、

リヴィはそれが逃避であることを意識せざるを得ない。

 

 

・・・現実は、悪夢の方なのだ。

 

 

「赤いハンニバル」

 

ぎくりとしたリヴィの手を、ぎゅっとリッカの手が包む。

 

「・・・間違いないみたいだね」

「・・・ああ」

 

肯定する声は、それだけでかすれていた。

 

フランとリッカは顔を見合わせてから、ゆっくりと頷いていた。

 

 

彼女たちは、そのアラガミの事を知っているらしかった。

 

「・・・教えてくれ、あのアラガミのことを」

リヴィの口をついて出たのは、そんな渇望にも似た願い。

 

しかし、それを聞いた二人は眉をひそめ、複雑な表情をする。

 

「・・・・・・リヴィ、キミはどこまで覚えて・・・」

 

リッカはそう言いかけてから、一度口をつぐんで「いや」と言い直した。

 

「ごめんね、今のキミには、

あまり多くを言えないと思う・・・キミの傷は、キミが思ってるより、深いから」

 

子供扱いされたような気がして、リヴィは思わず反発する。

「こんな傷・・・」

「身体のことではありませんよ」

 

・・・そっと肩に手を乗せて、リヴィと目線を合わせたフランの、優しげな声。

 

「心のことです」

「・・・」

 

 

それは決して子ども扱いではなく、心からの思いやりだった。

 

そして客観的に言って、尤もな見解だった。

 

名前だけで発作の引き金になりかねないのだから、認めざるを得ない。

そのアラガミのことは、リヴィも知っているはずだった。

 

なのに記憶は割れたガラスのように不明瞭で、

思い出そうと欠片に触れれば、鋭利な断面が傷を抉る。

 

リヴィの心が、それを想起することを拒否していた。

 

「でも、あれがまた現れた時に、

キミが同じ状態に陥らないようにしなくちゃいけない」

 

リッカは温かさと冷たさが同居した口調で告げる。

虚空に目を向けながら、彼女はまるで自分にも言い聞かせるかのように、

ゆっくりと言った。

 

「いつかは克服すべきことでもある・・・だから今は、実際的なことだけを話すよ」

「・・・・・・ああ」

苦い思いを飲み込みながら、リヴィは頷いて、リッカが頷き返すのを見ていた。

 



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