ストライクウィッチーズ 一匹の狼 (長靴伯爵)
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Ⅰ 1941 プロローグ
人物紹介&プロローグ


何番煎じか分かりませんが、自分も男オリ主でストライクウィッチーズの話を作りたくなり、書いてみました。
初めて書いたので、読みにくい点が多々あると思いますが、ご容赦ください。ミスの指摘や、アドバイスなどよろしくお願いします。


 

 

プロローグ

 

 

 そこは鳥居だった。ある暑い夏、大きな朱の鳥居を前に、海軍の制服に身を包んだ少年が一人、立っていた。その足元には彼のであろう背嚢、手にはひと振りの扶桑刀。彼は鳥居に向かい頭をさげ、そして背を向ける。ある暑い夏のことである。

 

 

 そこは部屋だった。ある涼しい秋、上官が座る机を前に、彼は直立不動で待機する。やがて渡されるひとつの辞令。それを受け取った彼は、敬礼を残し、部屋を出て行った。ある涼しい秋のことである。

 

 

 そこは戦場だった。ある寒い冬、赤い閃光が空を裂き、重い銃声が空気を打つ。彼は扶桑刀を構え、敵に吶喊した。黒い翼を切り裂き、赤い輝きを炎で焦がす。命が儚く散っていく戦場で彼は空を仰ぎ見る。ある寒い冬のことだった。

 

 

 そこは病室だった。ある麗らかな春、包帯が巻かれた腕で、ベットに寝ている戦友の手を握った。穏やかな風が病室に入り、花瓶に生けられた花が、一つその花弁を散らす。彼は閉じられた戦友の目を見ていた。ある麗らか春のことだった。

 

 

 季節はめぐり、彼は、また、戦う。

 

 

 

登場人物

 

名:神崎 玄太郎(かんざき げんたろう)

愛称:ゲン

通称:一匹狼

 

生年月日:1924年7月17日

 

階級:海軍少尉

 

使い魔:フソウオオカミ

 

固有魔法:炎

 発火と熱操作を併せ持つ能力で、自由自在に炎を操ることが可能。また、近接兵器に炎を纏わすことも可能。炎の熱は魔力によって使用者への影響を防ぐが、温度が上がりすぎると魔力で耐え切れない分が使用者を襲う。

 

人物設定

 生涯魔力を持つ巫女を数多く輩出してきた神崎神社の長男。妹が二人いる。女系の神崎家で唯一の男であり、受け継がれた魔女の因子と周囲の巫女の影響を受け、魔力を発現した。家の事情により、軍に入れさせられ、士官教育と航空ウィッチとしての教育を受ける。その頃に、使い魔と唯一の男性ウィッチということで「一匹狼」と呼ばれ揶揄された。家を出る際に渡された扶桑刀「炎羅」と、銃、固有魔法の炎で戦い、どんな距離でも戦える。

 体格は170程、黒髪短髪。性格は、基本真面目で、面倒見がいいが、自分のことに関してはズボラ。器用貧乏で、なんでもそれなりにこなす。誰とでも会話はするが、積極的に話しかけるタイプではない。他人にはポーカーフェイスで接するが、気を許した人にはすぐ感情が顔に出てしまう。趣味は釣りと歌。それぞれ、友人と士官学校での教官の影響を受けてである。

ちなみに、婚約者がいるがそれも家の事情なため、本人は乗り気ではない。

 

 

 

 




途中で投げ出すことがないように頑張って書いていこうと思います。

8/30 使い魔はニホンオオカミじゃなくてフソウオオカミでした
   日本ないし(笑)

9/3 刀の名前を書き忘れていたため書き足し


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第一話&人物紹介2

と、いうわけで2話目です。色々な矛盾点がありそうで怖いです(笑)。

ミスの指摘やアドバイスなどよろしくお願いします。


 

 

「お前は、男だ。どういう意味か分かるな?」

 

 齡14ほどであろう少年を前に、父が告げる。少年はただ頷いた。

 暗転。

 

「ごめんなさい。こんなことになって・・・ ごめんなさい」

 

 少年の手を握り、ただただ謝る母。少年は気にしないでと言い、優しくその手をほどいた。

 暗転。

 

「兄さん!頑張ってね!」

 

 無邪気に笑い、兄を応援する妹達。少年は目を細めると二人の頭を優しく撫でた。

 暗転。

 

「ふん!やっとあの神社が動いたか。お前らがもっと早く動けば多くの命が救われたのだ!分かってるのか!!」

 

 怒鳴り声を上げ、明らかな敵意を向ける上官。少年は怯むことなく、胸を反らし続けた。

 暗転

 

「君か。魔力を持つ男というのは」

 

 車椅子に乗った一人の魔女が近づく。出港する軍艦を見ていた少年は、驚いて敬礼する。それに見事な敬礼を返した魔女は彼に語りかけた。

 

「これから進む君の道は、おそらく大変なものとなるだろう。でも、自分が成すべきこと。自分がしたいこと。これを忘れちゃいけないよ」

 

 そう言うと、その魔女の姿はグニャリと曲がり、そして周りの景色に溶け込んでしまった。暗転。暗転。暗転・・・。

 

 

 

 

「・・・!・・い!おい!!」

 

 大声で叫ばれ、激しく体を揺すられ、ようやく神崎玄太郎は目を覚ました。1941年、夏。夢の中の少年ではない。第二種軍装を着た17歳の青年である。舞鶴飛行場近くの土手で寝ていた神崎はのっそりと体を上げる。

 

「よう。やっと起きたか」

 

 坊主頭の青年――名を島岡信介という――が神崎を見下ろし、不機嫌そうに声をかける。

 

「シン・・・」

 

「なんだ、その呆けたツラは。行くぞ。お前、もうそろそろ飛行訓練だろ」

 

「そうか。もうそんな時間か・・・」

 

 神崎は手元の懐中時計を確認し、ズボンについた汚れを払って立ち上がった。

 

 

 

 二人は歩いて飛行場に向かう。神崎は島岡に話しかけた。

 

「お前は、これから?」

 

「俺か?俺も飛行訓練だ。もっとも、俺はただの戦闘機だがな」

 

 軍帽を団扇替わりに仰ぎながら、面倒くさそうに口を開いた。予科練出身の彼は戦闘機パイロットとして非常に優秀であり、若くして特務少尉である。

 

「まぁ、お前の所と違ってむさ苦しいさ。いいよな~。お前は可愛い子と飛べて」

 

 うって変わった、からかう様な声。しかし神崎の顔は暗い。

 

「なんだよ。嫌なのか?魔女(ウィッチ)と飛ぶのは?」

 

「まぁ、そりゃ・・・」

 

 どこか遠くを見つめる神崎。なぜそんな反応するか分からない島岡は首を捻った。

 

 

 しばらく歩き、舞鶴の基地に到着した。

 

「じゃあな」

 

「ああ」

 

 お互いに敬礼し、短い言葉を交わす。神崎は、島岡が行く格納庫とは別の方向にある格納庫へ歩いていった。格納庫に入ると、部隊の魔女(ウィッチ)が自分のストライカーの調整を始めていた。

 

「神崎少尉!遅いぞ!!さっさと準備を始めろ!!」

 

 隊長の鈴木大尉の怒号が響く。

 

「はい!!」

 

 彼は大きく返事をし、自分のストライカーに走る。周りの魔女(ウィッチ)がクスクスと笑っているが気にすることはなかった。自分のストライカーユニット、96式艦上戦闘脚の前に立った神崎だが、その動きが凍りつく。

 

(はぁ・・・またか・・・)

 

 ペンキで汚されたユニットを見て、欝な気分になる神崎。

 

 男性にして魔女(ウィッチ)ある神崎は、どこの部隊でも浮いた存在であり、様々な嫌がらせを受けてきた。神崎自身が他人に積極的に関わろうとしないので、そのせいもあるのだろう。

 

 そんな中で付けられた名が『一匹狼』・・・本来、群れで行動する狼だが、たった一匹で行動する異質な存在。魔女(ウィッチ)という群れの中で、一人の男。この名は彼の使い魔と相まって、ずっと彼を蔑んできた。

 

 今回もそれだろう。よく見れば『一匹狼は出て行け』と言う文字もある。しかし、掃除をする時間もなかった。神崎はそのままユニットを装着し、訓練用の銃を掴むのだった。

 

 

 

「神崎少尉。なんだ、そのユニットは」

 

 ユニットを装着した魔女(ウィッチ)等と神崎が格納庫の前に一列に並ぶと、鈴木が神崎のユニットを見咎めた。他の魔女(ウィッチ)が忍び笑いするのを、無視して神崎は返答する。

 

「誤ってペンキをこぼしてしまいました」

 

 笑い声を隠す他の魔女(ウィッチ)を横目に鈴木は聞き返した。

 

「それは本当か?」

 

「はい。本当です」

 

 鈴木はじっと神崎の目を見た。だが、神崎はなんの反応も返さない。

 

「分かった。なら、お前には罰として訓練後の走り込みとユニットの掃除だ」

 

「了解しました」

 

 鈴木は小さくため息を吐いた。

 

 

 

 訓練が始まった。神崎の訓練には幾つかの制約が掛けられる。扶桑刀による近接戦闘の禁止と固有魔法の禁止。これは以前、訓練相手を傷つけてしまった為だ。

 もう一つの制約は、相手側が神崎を集中的に狙うことだろう。もちろん味方は援護しない。神崎はもう慣れていたが、傍目から見たら嬲り殺しにされているようにしか見えない。何度も注意していた鈴木だが、誰も聞かなかった。そんな訓練を神崎は毎回行っていたのだった。

 

 

 

 訓練が終わり、日が傾き始めた飛行場を、神崎はただ一人走っていた。近くに同じく訓練を終えた島岡が座って、暇そうにこちらを見ている。

 

「お前のユニットさ、なんであんな塗装になってんの?」

 

 格納庫の中に鎮座している九六式艦上戦闘脚(ペンキ仕様)を指差して言った。ちょうど走り終わった神崎が汗を拭きながら答える。

 

「部隊の魔女(ウィッチ)だよ。男が邪魔なんだろ」

 

「うわ。だから『一匹狼』かよ。陰湿だな・・・」

 

 『一匹狼は出て行け』とペンキで書かれた文字を見て、苦い顔をする島岡。それを尻目に神崎は近くに置いてあったバケツと雑巾を手に取った。

 

「俺は掃除をしてから帰る。お前は帰っていいぞ」

 

「手伝うさ。このまま帰っても後味悪いしな」

 

「じゃあ、そこの雑巾を使ってくれ」

 

「分かった」

 

 神崎と島岡は黙々とユニットを拭いていった。

 

 その頃、基地司令の部屋である会話がなされていた。

 

「海軍参謀本部から提案された計画です。誰かを送ることになりました。陸軍に対抗してらしいですが・・・」

 

 女性士官がほとんど沈みかけた夕日を見つつ口を開く。

 

「では、誰を?」

 

 基地司令が尋ねる。

 

「そうですね。大体は検討をつけてますが・・・」

 

 そういって彼女は数枚の書類を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんで俺らは呼び出されたんだ?」

 

「さぁ?」

 

 島岡の問いに神崎はぶっきらぼうに返す。今朝、二人は基地司令の部屋に呼び出しを受け、扉の前で待たされていた。二人は昨日の行動を振り返り、互いに非を擦り付け始めた。

 

「お前が無断でペンキを使ってユニットを上塗りしたからだ」

 

「雑巾じゃ取れなかっただろ!お前、自分のユニットがあのままでよかったのか!?」

 

「・・・よくはない」

 

「だろ?・・・あれだ。お前、歌いながら帰ったろ。それがうるさかったんだ」

 

「そんなわけない。あの曲はカールスラントの名曲だ。うるさいわけが・・・」

 

「扶桑でカールスラントの曲なんか歌うな!」

 

 そろそろ手が出始めそうになった頃、ようやく扉が開いた。

 

「入っていいぞ」

 

 互いに襟首を掴む手を離し、神崎と島岡は背筋を伸ばして中に入る。机の前に二人が立つと、基地司令が口を開いた。

 

「神崎玄太郎少尉、島岡信介特務少尉、両名にアフリカ派遣を命じる」

 

「「・・・は?」」

 

 神崎と島岡の口から気の抜けた声が出た。

 

 

 

 

人物紹介2

 

名:島岡信介

愛称:シン

 

生年月日:1924年6月11日

 

階級:特務少尉

 

人物設定

 普通の一般家庭の生まれで、もちろん魔法力もない。飛行機が好きで、予科練に入り若手の中でも屈指の操縦センスを発揮した。神崎とはひょんなことから知り合い、そのまま親友となる。

身長は170程で坊主頭。性格は感情型で友情に熱い。神崎とは対照的に他人に積極的関わる。趣味は釣りで結構な腕前。

 




一人だけ男だと絶対こうなると思うんだよ・・・。
自分で書いて夢がないな~って思いました(笑)。



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第二話&人物紹介3

第二話です。戦闘シーンを書くのは難しい・・・。

ミスの指摘やアドバイス、感想など、よろしくお願いします。


第二話

 

「海、広い~。大き~」

 

 飛行服姿の島岡が欄干に体を預け、つぶやく。その隣には、欄干を背もたれにして座り、刀の―ちなみに名は「炎羅(えんら)」という―手入れをする神崎がいた。

 

「シン。それは当たり前だ」

 

「うるせ~よ。ゲン」

 

 二人がいるのは空母赤城の後方側面。アフリカに向け、遣欧艦隊に便乗中であった。

 

 

 時は遡り、舞鶴の飛行場、基地司令室。

 いきなり、アフリカ派遣を言い渡された神崎と島岡。困惑する二人を尻目に基地司令は話を続ける。

 

「四日後に横須賀から遣欧艦隊が出港する。両名は赤城でロマーニャまで便乗。そこからトブルクまで移動だ」

 

 困惑から抜け出せない神崎がやっと口を開く。

 

「よく・・・わからないのですが?」

 

 基地司令は少し同情の目を向けた。

 

「・・・いきなりで混乱するのもわかる。もうすぐ担当官が来るから・・・」

 

 そこまで言った時、ガチャリと扉が開いた。神崎と島岡が振り返ると、そこには海軍士官服を前を開けたまま着た女性士官がいた。

 

「やあ」

 

 彼女は穏やかな笑みを浮かべ、気さくに挨拶をした。島岡は「誰?」という顔をしていたが、神崎は彼女の顔を見るなり、驚き叫んだ。

 

「き、北郷大佐!?」

 

 神崎は慌てて敬礼をする。遅れて島岡。彼女、北郷章香大佐は見事な敬礼を返した。

 

 

 北郷章香。高い戦闘能力と指揮能力、頭脳明晰で駐欧武官も務め、「軍神」とまで呼ばれていた。先の扶桑海事変では扶桑を勝利に導いた立役者の一人であり、扶桑軍に属する者なら知っているだろう人物だ。

 現在、彼女は上がりを迎え、海軍の全ウィッチを統括する部署に勤務していた。

 

 

「今からアフリカ派遣について説明するよ」

 

 扉を閉め基地司令の隣に立つ北郷。二人の顔を見て微笑むと説明を始めた。概要は戦力不足のアフリカに扶桑海軍、陸軍からそれぞれ増援を送ることになった、ということらしい。大体は把握した神崎と島岡。

 北郷は話を続けた。

 

「二人には最近設立された、統合戦闘飛行隊『アフリカ』に合流してもらう。補給物資は後から送ることになる」

 

 その後、細かな説明が続いた。

 

「説明は以上。何か質問は?」

 

 北郷が問いかける。それに島岡が口を開いた。

 

「今回の増援になぜ自分が?神崎はともかく、自分は普通のパイロットです」

 

「必要な人員を選別した結果、君たちが選ばれたんだ。ちゃんと仕事もあるよ?」

 

「はぁ」

 

 冗談めかした北郷の答えに今ひとつ納得していない顔で島岡は返事をした。

 

「君は?」

 

 北郷は神崎に問いかけた。なぜ、自分がアフリカに派遣されるか考えていた神崎だが、理由はなんとなく分かっていた。

 

「ありません」

 

「よし。ならば解散。各自準備するように」

 

 先に島岡が部屋を出た。ついで神崎が出ようとすると、北郷が声をかけてきた。

 

「ゲン。成すべきこと、したいこと。見つけたかい?」

 

 あの日、自分にかけられた言葉。それを噛み締めて神崎は答えた。

 

「まだ・・・分かりません」

 

「そうか・・・。頑張るんだよ」

 

 優しく響く北郷の声。神崎は振り返ると、深々と頭を下げた。顔を上げると北郷が微笑みながら頷いてくれたのだった。

 

 

 

 扉が閉まると基地司令が口を開いた。

 

「彼らで大丈夫でしょうか?アフリカには例の件も・・・」

 

「その為に選んだ彼らです。私は信じていますよ」

 

 そう言った北郷だが、目は扉に向けたままだった。

 

 

 

「アフリカまで行くのにどんぐらいかかるんだ?」

 

「多分、一ヶ月ぐらい」

 

 部屋を出た二人は、出口に向かい歩いていた。島岡は、神崎が北郷に何を話しかけられてたか気になっていたが、彼の表情を見てやめておいた。代わりに別の質問を口にする。

 

「なぁ。お前は自分が選ばれた理由わかるか?」

 

 神崎はため息をついて答えた。

 

「お前はともかく、俺は厄介払いだろ」

 

「厄介払いって・・・」

 

 島岡が口をつぐむ。構わず神崎は続けた。

 

「アフリカにあまり戦力を割きたくない海軍上層部は、これを機にウィッチとして運用しづらい俺を……」

 

「!?ちょっと待て!」

 

 自虐臭が強く、また他人が聞けば反逆罪に問われてしまいそうな台詞をつらつらと話し始めた神崎を、島岡が慌てて止める。なぜなら、建物の出口には二人の上官がそれぞれ待っていたからだ。

 

「神崎少尉。ついてこい」

 

 神崎の上官、鈴木大尉が呼ぶ。島岡も彼の上官に呼ばれる。二人は顔を見合わせた。

 

 

 

「アフリカ派遣の件は聞いている」

 

「はい」

 

神崎は鈴木の後ろを歩きながら答えた。鈴木は続ける。

 

「今回のアフリカ派遣の人員決定の際、私はお前を推した」

 

「そうですか」

 

(やはり・・・)

 

 そう思う神崎を見透かしたように、鈴木がちらっとこちらを見て言った。

 

「厄介払いという訳ではないぞ」

 

(さっきの会話が聞かれていたか・・・)

 

 気まずく思い、神崎は目をそらす。鈴木はそれを見て、ふんっと鼻を鳴らした。

 

「お前のウィッチとしての技量は評価しているつもりだ」

 

 そうこう話しているうちに格納庫に到着した。まず鈴木が中に入り、神崎を呼ぶ。神崎が中に入ると、そこには新品のストライカーユニットがあった。神崎の目が驚きで見開かれる。

 

「だからこいつを用意した。零式艦上戦闘脚。欧州用のをこちらに回してもらった。」

 

 鈴木が少し得意げに言った。

 

 

 後に分かることだが、

 

『優秀なウィッチには優秀なストライカーユニットをよこせ』

 

 と、上層部相手に相当ごねたらしかった。

 

 

「性能は旧型のキューロクとは段違いだ。」

 

「自分に・・・ですか?」

 

 そう言って神崎は零式に触れた。傷一つ、汚れ一つない装甲を指で撫でる。感慨に浸る神崎だが、鈴木は待っていなかった。

 

「よし。では慣らしを始める。」

 

「はい?」

 

驚いて振り返った神崎に、鈴木は刀を放った。慌てて受け取る神崎だが、その刀が「炎羅(えんら)」だと気づき、鈴木に尋ねた。

 

「・・・これは自分の部屋にあったはずですが?」

 

「緊急事態だ。許せ」

 

 悪びれもせず鈴木が言う。神崎は一つため息をつくと、ユニットケージに登り、零式に足を滑り込ませた。

 

「今回は刀も固有魔法も使っていいぞ。最後だ。今まで溜まった鬱憤をはらせ」

 

 神崎は炎羅を置こうとした手を止めた。鈴木を見、そして炎羅を腰にさす。ペイント弾が装填された銃を持ち神崎と鈴木は外に出た。

 

 

 

 

 飛行場の中央に立ち、お互いに向かい合って立つ。

 神崎は零式艦上戦闘脚、鈴木は十二試艦上戦闘脚―零式艦上戦闘脚の前身となったユニットだ―を履き、銃と刀を装備して背中に吹流しを付けている。

 

『同高度で模擬戦。すれ違ったところで戦闘開始。ペイント弾を受けるか、吹流しを切れば勝ち。いいな?』

 

「はい」

 

 勝敗条件を確認した二人は、離陸して高度を上げた。距離を取り、ホバリングする。

 

『では、始めるぞ』

 

 無線越しに鈴木がそう言った瞬間に、二人は加速した。急激に縮まる二人の距離。それはすぐに0となり、模擬戦が始まった。

 

 

 

 すれ違うと、神崎はすぐに行動に移した。体をひねり、旋回する。猛烈なGがかかる中、そのまま加速し鈴木に迫った。

 零式の旋回性能は世界でも類を見ないほど優秀だ。見れば鈴木はまだ旋回しきれていない。

 

 神崎は鈴木の未来位置を予測し引き金を引いた。腕に衝撃が響き、ペイント弾が放たれる。

 

『やはり零式の方が上か・・・』

 

 そう言うと鈴木は旋回をやめ、回避行動に移った。すんでのところでペイント弾を避けるとすぐさま反撃に移る。実戦を経験しているからだろう。神崎に比べ相手に対する位置取りが上手かった。

 

「ッ!」

 

 危うく被弾しそうになる神崎だが、機体性能を生かし、不規則な機動で回避すると後ろに回り込むべく上昇し、鈴木に接近する。

 鈴木も、待ってましたと言わんばかりにこちらに接近してきた。一気に二人の距離が狭まり、近距離での銃撃戦が始まった。

 

 互いがどう動き、どこを狙い、いつ撃つかを予測し、その裏をかく。

 

 互いのペイント弾はかすることもなく、二人の距離は再び離れた。神崎はいち早く旋回し、鈴木の後ろを取ることに成功する。

 

「これで・・・。!?」

 

 鈴木の背中に狙いをつける神崎だが、引き金を引いても銃が反応しなかった。どこか故障したらしい。これでは攻撃手段が刀しかない・・・。

 

 

(いや、もう一つあった・・・)

 

 固有魔法の炎。長らく訓練では使ってなかったが今回は許可が出ている。神崎は無線で鈴木に告げた。

 

「隊長。炎を使います」

 

『・・・相手に自分の攻撃を予告するとはずいぶんと余裕があるようだな。・・・来い!』

 

神崎は左手に魔力を集中し始めた。魔力は、集束し、熱を帯び、そして炎となる。

 

「・・・行けッ!!」

 

 素早く左手を振る。左手が描いた軌跡から六筋の炎が放たれ、まるで生きているかのように飛び、火の尾を引きながら鈴木に襲いかかった。

 

『!!』

 

 一瞬驚いたような表情をする鈴木だが、すぐに迎撃を始めた。

 背面飛行を始めると、炎に向け撃ち始める。ペイント弾が炎に当たると猛烈な勢いで爆発するが、鈴木は構わず撃ち落としていく。結果、鈴木は炎が追いつくまでに6発中4発を撃ち落とした。そして残りの2発も落ち着いてシールドで防ぐ。歯を食いしばり、爆発の威力に耐えた鈴木だが、その間に鈴木は神崎を見失っていた。周囲を見渡す鈴木だが、ハッと殺気に気づき上を見上げる。そこには刀を手に迫る神崎がいた。

 

 

 

 

(捉えた・・・!)

 

 神崎は自分を見失ったであろう鈴木に逆落としを仕掛けながら、心の中で叫んだ。

 神崎は六筋の炎が防がれることは見越し、放った瞬間に行動を開始していた。上昇し太陽に隠れて隙を狙い、鈴木が炎をシールドで防いだ瞬間、炎羅を抜き急降下を始めた。もうすぐ間合いに入るというところで鈴木が気づくが、神崎はかまわず炎羅を構え振り切った。

 

 しかし、神崎の手に残ったのは、吹流しを切った感触ではなく、硬質な物を切り裂いた感触だった。

 

 神崎が状況を確認するために振り返ると、体勢を崩しながらも左手に折れた刀をもつ鈴木がいた。鈴木は迫り来る神崎に気づいた瞬間に左手で刀を抜き、神崎の斬撃を受け止めていたのだ。

 

『簡単にはやられんよ!』

「ッ・・・!?」

 

 素早く体勢を立て直した鈴木は、急降下で満足に動けない神崎に向け、ペイント弾を撃つ。神崎も負けじと、無理やり体をひねり、炎を放つ。交差するペイント弾と一筋の炎。それらは神崎のユニットを汚し、鈴木の吹流しを焼き切った。

 

 

 

「せっかくの新品が・・・」

 

「どうせ、これから汚れるんだ。構わんだろう」

 

 引き分けに終わった模擬戦の後、神崎はペイントで汚れた零式を掃除していた。鈴木はそれを後ろから監督している。零式を雑巾で拭きながら神崎は呟いた。

 

「まさか、防ぐとは思いませんでした」

 

「まさか、防げるとは思わなかったよ」

 

 まさか、鈴木がそんな風に答えるとは思わなかった神崎は、少し驚いて振り返った。そんな神崎を見て、鈴木が少し笑った。

 

 

 しばらく経ち、神崎が零式を掃除し終わった。道具を片付けて戻ると鈴木が待っていた。

 

「ユニットの清掃、完了しました」

 

「ご苦労」

 

 敬礼し報告する神崎。それを受ける鈴木。

 

「それでは」

 

「待て」

 

 帰ろうとした神崎を鈴木が止めた。まだなにかあるのか、と思った神崎だが、いきなり鈴木が頭を下げたのに驚く。

 

「隊長!?」

 

「すまない。私はお前を助けられなかった」

 

 鈴木は神崎への嫌がらせを止められなかったことを詫びていたのだ。慌てて神崎が言う。

 

「頭を上げてください。何も隊長が謝ることじゃ・・・」

 

「いや、隊員の行動をしっかりと管理出来なかった私の責任だ。・・・隊長失格だな。許してくれ」

 

「失格ではありません」

 

 自分を卑下する鈴木の言葉に神崎は断固とした口調で言った。

 

 「鈴木大尉は隊長としての役目を十分に果たしています。そして、自分を贔屓せず、差別せずに接してくれたことに感謝しています」

 

「それは・・・」

 

 鈴木が何かを言おうとしたが。それを制する形で今度は神崎が頭を下げた。

 

「いままでありがとうございました」

 

「・・・そうか」

 

 神崎の言葉に少し涙ぐむ鈴木だが、神崎は頭をさげていたため、そのことは知られなかった。そして神崎が顔を上げた時には、もういつもの鈴木に戻っていた。

 

「がんばれよ」

 

「はい」

 

 鈴木が手を差し出す。神崎は力強く握り返した。

 

 

 

 

 時は戻り、赤城後方側面。

 

「で、お前はいつまでここにいんの?」

 

「さぁ?」

 

島岡が、鼻歌を歌いながら炎羅(えんら)の手入れをしている神崎に問いかけた。

 

「お前は?」

 

「俺はもうすぐ哨戒だよ」

 

「そうか」

 

 島岡が被っている飛行帽の調整をしながら答えた。そして、そんな神崎の姿を見て、更に島岡が尋ねる。

 

「お前・・・もしかして中尉から逃げてるだろ」

 

「・・・。なんのことだ?」

 

 とぼける神崎。その直後に、赤城艦内から凛とした少女の声が響いた。

 

『どこだ!神崎!!訓練を始めるぞ!!神崎!!どこに行った!!』

 

 その声を聞き、げんなりする神崎。島岡が追い打ちをかける。

 

「・・・行けよ」

 

「いやだ」

 

 

 遣欧艦隊は今のところ平和であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

人物紹介3

名:鈴木昌子

 

年齢:18

 

階級:大尉

 

使い魔:柴犬

 

人物設定

 神崎が所属していた舞鶴第一飛行中隊の隊長。扶桑海事変にも参加していた。目立った戦績はなかったが、部隊で唯一の実戦経験者。堅実な空戦技術と、非凡な指揮能力を持つ。

 自分にも他人にも厳しい性格で、隊長として相手に平等に接することを心がけていたために、神崎が自分で嫌がらせを受けていることを認める前に、自分が嫌がらせを止めるのを躊躇っていた。

 




北郷さん、大好きです。

次に出てくくる予定のウィッチはお馴染みの・・・?

アフリカにはいつ着くことやら・・・。

9/9 今更ですが、サブタイトルと前書きが第三話になってました。第二話の間違いです。
   すいません(^_^;)


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第三話

扶桑のウィッチは大体好きです。何人かは例外ですが・・・。

そんなわけで第三話です。やっぱり戦闘シーンは以下略。

感想、アドバイス、ミスの指摘など、よろしくお願いします。


第三話

 

 

 

 神崎と島岡は未だに動かないでいた。赤城艦内からは相変わらず少女の声が響く。

 

『神崎!どこいったー!!』

 

 だんだんと大きくなっていく声。それに反比例して神崎の顔はだんだん暗くなっていった。それを見て島岡が言う。

 

「そんなに嫌なのか?」

 

「一度、一緒にやってみるか?」

 

「やだね」

 

 島岡が神崎の誘いをバッサリと切り捨てた時、

 

「神崎!そこにいたのか!」

 

 先ほどから響いている声の主がついに現れた。

 黒髪を後ろで結び、右目には眼帯。扶桑海軍中尉、坂本美緒である。扶桑海事変、欧州で戦い、「サムライ」と呼ばれ、世界で一番知られている扶桑のウィッチと言っても過言ではないだろう。

 現在、坂本は再び欧州での戦いに参加すべく、この遣欧艦隊に参加しているのだ。

 

「坂本中尉」

 

 ついさっきまでの嫌そうな顔をやめ、ポーカーフェイスとなる神崎。いつの間にか手入れをしていた扶桑刀「炎羅(えんら)」を鞘に戻し、直立不動の姿勢をとっている。島岡は神崎と同じく直立不動の姿勢をしながらも面白そうに二人を見ていた。

 

「ずっとお前を呼んでいたんだが、聞こえなかったか?」

 

「はい。」

 

 坂本の問いに、神崎はシレっと嘘をつく。しかし、坂本は別に気にすることなく言った。

 

「む。そうか。なら、今度はもっと大きな声で呼ばなければな!」

 

「ぷ・・・」

 

 この坂本の答えについ笑ってしまう島岡。そんな島岡を神崎がジロリと睨む。その時、坂本が神崎の腕をガシッと掴んだ。

 

「よし、では行くぞ!訓練開始だ!!」

 

 坂本はそう言って神崎を引きずっていく。

 

「ちょ・・・中尉!?」

 

「今日は特別な訓練道具も準備したからな。ビシバシいくぞ!」

 

 ハッハッハッハ・・・という笑い声を残して坂本と神崎が消える。そんな二人を島岡は温かい目で見ていた。

 

 

 

 二人が見えなくなると、島岡は赤城甲板に向かった。もうそろそろ哨戒任務の時間である。

 

 島岡が甲板につくと既に戦闘機、零式艦上戦闘機が準備されていた。島岡は近くにいた管制官と飛行ルートの確認をしてコックピットに乗り込む。エンジンをつけ、誘導員に合図を送り発艦する。島岡は、飛行機がふわっと宙に浮く瞬間が好きだった。

 

 そしてこう思う。

 

『空はウィッチじゃなくても飛べる。』と・・・。

 

 島岡が操る零戦は上昇して哨戒ルートに入っていった。

 

 

 

 島岡が零戦で飛びたった時、神崎と坂本は格納庫の隅のスペースで訓練を行っていた。

 

「・・・中尉?これは・・・無理かと」

 

「何事も為せば成る!気合だ!!神崎!!」

 

 弱々しい神崎の声と、それを叱咤する坂本の声。神崎は坂本が用意した特別な訓練道具(木刀に鋼鉄のチェーンを何重にもグルグル巻きにした物。ただひたすら重い。)を使い、素振りを行っていた。

 

「中尉・・・。これは魔法力を使わないと・・・」

 

「魔法力を使ったら訓練にならんだろう!」

 

 もうやるしかないと悟った神崎は、思いっきり木刀を振り上げた。

 

「ふんっ!!・・・セイ!!」

 

「よし、一回!!やれば出来るじゃないか!」

 

 あと、百回だ!!などと言っている坂本の言葉を聞こえなかったことにして、神崎は再び木刀を振り上げる。

 

「お前のことは、色々な人から頼まれているからな。」

 

「そう・・です・・・か!!」

 

 素振りをしながら答える神崎だが、ふと、あることを思い出した。

 アフリカへ出発する二日前、神崎は婚約者からの手紙を受け取っていたのだ。手紙の内容は、近況報告と今回のアフリカ派遣について。彼女自身、扶桑海軍のウィッチで実戦経験者なので、色々なアドバイスも書いてあった。そして、追伸に、

 

「私の友人も、その艦隊に参加するらしいから、よろしく頼んでおきました。」と一言。

 

(・・・その結果がこれか)

 

 神崎は心の中で呟くと、再び木刀を振りかぶった。

 

 

 

 

 神崎と坂本が訓練の真っ最中・・・。

 

 

 島岡は焦っていた。ついさっきまで、遊覧飛行よろしく海と空の景色を楽しんでいたのだが、今はそんな面影はどこにもない。なぜなら・・・。

 

「なんで、こんなところにネウロイがいるんだよ!?」

 

 島岡が操る零戦の後ろには十数機の小型ネウロイが迫っていたからだ。島岡は、ネウロイの攻撃を必死に避けながら、無線機で司令艦に呼びかける。

 

「こちら、タカ6番!艦隊北北西、距離20000の地点で、ネウロイと遭遇!攻撃を受けている!」

 

 しかし、無線機から聞こえてくるのは、雑音のみ。

 

「ちくしょう!このポンコツが!!」

 

 島岡は悪態をつくと、操縦桿を押し、機体を急降下させた。これでネウロイを引き離そうとするが、ネウロイも食らいつてくる。しかし、海面スレスレで機体を起こす機動にはついてこられず、数機が海面に激突した。それでも、いまだ10機が追ってきていた。

 

「ちっ・・・。」

 

島岡は操縦桿を握りなおす。

 

艦隊までの距離、17000。

 

 

 

 

 

 神崎が素振りを40回程終えた時、赤城艦内に警報が鳴り響いた。続いて艦内放送。

 

「ネウロイ襲来!総員、第一種戦闘配置!!」

 

 にわかに、周りが喧騒に包まれる。坂本はすぐさま行動に移した。

 

「神崎!何をしている!いくぞ!!」

 

「・・・!はい!」

 

 いきなりのことに状況に置いていかれた神崎だが、坂本の言葉を聞くとすぐさま炎羅を掴み、坂本の後を追った。

 二人は、ユニットケージが置かれた区画に行くと、すぐにストライカーユニットを装着し、武器を取る。ホバリングした状態で甲板に上がるエレベーターに乗ると、坂本は無線で交信を始めた。神崎もポケットに入れてあったインカムを付け、無線を聞く。

 

「状況は!?」

 

『現在、本艦隊より北北西10000の地点に、小型ネウロイ10機。哨戒任務に就いていたタカ6番が追撃されている模様。そのさらに後方に中型ネウロイ2機、探知。』

 

「シン・・・」

 

 そうつぶやく神崎を横目で見つつ、坂本は交信を続けた。

 

「他はいないのか?」

 

『おそらく。約五分後に接触します』

 

「分かった」

 

 交信を終えた坂本は、神崎の方を向き言った。

 

「まず、攻撃を受けているタカ6番を援護し、その後、後方の中型を叩く。いいな?」

 

「了解」

 

 あくまでポーカーフェイスで答える神崎だが、初陣で緊張していた。九九式機関銃を持つ手が汗ばむ。それを知ってか知らずか、坂本は微笑みながら言った。

 

「なに。私の言う通りに動けば大丈夫だ。心配するな」

 

「・・・分かりました」

 

 その言葉で神崎の緊張が少しほぐれた。そして二人を乗せたエレベーターは甲板に到着した。

 

 誘導員が旗を振り、坂本の発艦を誘導する。坂本はそれを確認して言った。

 

「坂本美緒、出る!!」

 

 坂本は一気に加速し、綺麗に発艦していった。続いて神崎が発艦誘導される。神崎は一つ深呼吸して言った。

 

「神崎玄太郎、行きます」

 

 ユニットに魔力を注ぎ込み、加速する。見える景色が一気に流れ、そして、視界全体が空と海の青となる。神崎は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 島岡がネウロイと遭遇して10分程経過した。しかし、彼自身もう二時間以上逃げ惑っている感じがしていた。操縦桿を握る手は痺れ、視界もぼやけ始めていた。もうだめか・・・と思い始めた時、無線機から声が響いた。

 

『シン!大丈夫か!!』

 

「!ゲンか!!」

 

 いきなり聞こえた親友の声に驚く島岡。続いて少女の声が響いた。

 

『タカ6番!このまま艦隊まで戻れ!!ネウロイは我々が片付ける!』

 

「坂本中尉!」

 

 その通信が終わるのと同時に、前方から無数の弾丸が飛んできた。弾丸は、そのまま島岡を追撃していたネウロイに命中し、瞬く間に3機が光となって散った。

 その直後、島岡と神崎、坂本がすれ違った。一秒にも満たない一瞬だったが、島岡と神崎の目が合う。神崎は小さく頷くと、ネウロイに向かっていった。

 

 

 

 島岡とすれ違った神崎、坂本はネウロイの一群に向け、再び射撃を行った。今回は相手の動きを抑える牽制射撃である。スピードを落としたネウロイも、二人に向けビームを撃ってくるが、二人は最高速度でネウロイに接近している為、ビームは当たらなかった。二人はそのままネウロイの一群を通りすぎると坂本から通信が入った。

 

『よし。奴らが反転する前に一気に叩くぞ。お前は右からだ』

 

「了解」

 

 神崎は体をひねり、右旋回に入る。ネウロイの後方につくと、ネウロイもこちらを追おうと旋回している途中だった。神崎側に3機、坂本側に4機。だが、二人は容赦なく旋回途中のネウロイを狙い、撃ち始める。神崎は多少狙いを逸らすも2機撃墜。しかし、そこで弾が切れてしまった。神崎はすぐさま銃を背負うと、炎羅を抜いた。やっと旋回し終わったネウロイがビームを放つが、それを避け、肉薄し、気合の声と共に切り裂く。

 

「ハァア!!!」

 

 重い衝撃が神崎の手に伝わり、そして、ふっと軽くなった。ネウロイは真っ二つとなり、そのまま光となって消えた。

 

「なかなかやるじゃないか」

 

 すでに4機を撃墜した坂本が近づいて話しかける。神崎は炎羅を鞘に戻し言った。

 

「いえ・・・。残りは?」

 

「あそこだ」

 

 坂本が指し示した先には、黒い点が二つ見えた。

 

「今のやつらより強敵だ。気を引き締めろ」

 

「はい」

 

 神崎は、腰に括りつけてあった予備の弾倉を取り出し、銃に装填する。その直後、ネウロイが遠距離からビームを放ってきた。

 

「奴らの方が射程が上だな」

 

「そうですね」

 

 二人は回避行動をとりつつ、ネウロイに近づく。そして、坂本はおもむろに眼帯を捲り上げた。

 

 妖しく光る紫の瞳、「魔眼」ネウロイのコアを見透かすその目は坂本の固有魔法だ。

 

「2機とも中央部にコアがあるな。まず左の奴から攻めるぞ!」

 

「了解」

 

 神崎は返事を返すと、すぐさま射撃を開始した。しかし、ネウロイの防御は堅く、表面を削るだけにとどまる。二人は、反撃してくるネウロイのビームを散開して避け、射撃を続けるが、効果は薄かった。

 

『堅いな・・・!』

 

 インカムから聞こえる坂本の少しあせる声。それを聞き、神崎は射撃を止め,銃を背負った。

 

『神崎!何をしている!』

 

「固有魔法を使います。注意してください」

 

『・・・!分かった!』

 

 すでに神崎の固有魔法は把握していたのだろう坂本はすぐにネウロイから距離を取った。その間に、神崎は右腕に魔力を集中させる。ネウロイが急に強くなった魔力に反応し、ネウロイは神崎に攻撃を集中させ始めた、だが、神崎はそれを最小限の動きで避け、そしてネウロイに右腕を向ける。

 

「行け!!」

 

 迸る十数本の炎は、空を奔り、2体のネウロイに襲いかかった。9発が左の、3発が右のネウロイに命中し爆発。

 

 

 

ギギギギャャャァァァァアアアアアア!!!!

 

 

 

 金属音のようなネウロイの声が響く。爆炎が晴れると、ボロボロになったネウロイがいた。そして、それに肉薄する影が一つ。炎羅を抜いた神崎だった。彼は、炎を放った直後にネウロイにとどめをさすべく動いていたのだ。ネウロイが苦し紛れにビームを放つが、神崎はシールドでやすやすと防ぎ、コアを間合いに収める。

 

「・・・ラァア!!」

 

 短く息を吐き、すれ違いざまに一閃。コアを切り裂き裂かれたネウロイは光となって散った。

 

『ハッハッハ!すごいな!お前の炎は!』

 

 坂本からの無線を聞いた神崎は、彼女の姿を探すが見つけられずにいた。しかし、最後のネウロイが上空に向けビームを放っているのに気づいた。

 

「中尉!?」

 

『奴は私が仕留める!』

 

 神崎が目を凝らすと、高高度から逆落としを仕掛ける坂本の姿が見えた。そこへ、ネウロイが今までにない猛烈なビームの対空砲火を放つ。

 

(避けきれない・・・!)

 

神崎は思わず叫んだ。

 

「坂本!無理だ!!」

 

『心配無用!!』

 

 そう返した坂本は、ビームを見切り、ネウロイに迫った。そして・・・

 

『ハァァアアアアアア!!!』

 

 一刀両断

 

 ネウロイは胴体をコアごと叩き切られ、消滅した。

 

「すごい・・・。」

 

 半ば呆然とした顔の神崎に坂本は笑って言った。

 

「ハッハッハ!どうだ!私もなかなかやるだろう!」

 

 腰に手を当てて豪快に笑う坂本だが、直後、坂本の履いてる片方のユニットがボフッと黒煙を吐き、止まった。

 

「ハ、ハハ・・・ハハハ・・・。」

 

 坂本の笑顔が引き攣る。どうやらユニットまで避けきることは出来なかったらしい。

 

 

 

 

 

 神崎は、坂本に肩を貸して赤城に向かう。坂本が悔しそうに呟いた。

 

「完全に見切ったと思ったんだがなぁ・・・」

 

「そうですか・・・。中尉が無事でよかったです」

 

「ん?」

 

 神崎の返事に、訝しそうな顔をする坂本。

 

「何か?」

 

「いや・・・。私のことは普通に名前で呼ばないのか?」

 

「?・・・あぁ」

 

 神崎は、先ほど坂本の名を階級無し叫んだことを思い出した。

 

「・・・すみません」

 

「いや、謝らなくていい。むしろ、これからは階級は付けずに呼んでくれないか?どうも階級で呼ばれるのは性に合わなくてな・・・」

 

 坂本は頬を掻き、はにかみながら言う。

 

「はぁ・・・。分かりました」

 

「それに、そんな敬語じゃなくてもいいんだぞ?私たちは同い年なんだしな」

 

「え?」

 

 神崎は、今までの坂本の貫禄からてっきり年上だと思っていたので、つい驚いてしまう。そんな神崎を見て坂本が眉をひそめる。

 

「なんだ?まさか年上とでも思っていたのか?」

 

「・・・いえ」

 

 目をそらす神崎だが、坂本はそれ以上追及することはなかった。

 

「そうか!それはよかった!ハッハッハ・・・!」

 

「・・・フッ」

 

 快活とした坂本の笑い声に、神崎も釣られて笑う。そうこうしているうちに艦隊に近づいてきた。

 

「着艦しま・・・。着艦するぞ。気をつけろ。」

 

「分かった」

 

 スピードを落とし、緩やかに着艦する。すると坂本が思い出したように言った。

 

「そうだ。それからもう一つ。」

 

「?」

 

 何のことか分からない神崎。坂本は続けた。

 

「これから、お前のことは『ゲン』と呼ぶからな」

 

「・・・。・・・なぜ?」

 

「『神崎』よりも『ゲン』の方が短くて呼びやすいからだ」

 

「・・・お好きにどうぞ。」

 

「そうか!では改めてよろしく頼むぞ。ゲン!ハッハッハ・・・!」

 

 再び笑い始めた坂本。神崎はそんな彼女を置いて、エレベーターに向かうのだった。

 

 

 エレベーターで降りると、沢山の整備兵やパイロットがやってきて、神崎をねぎらった。こんなことに慣れてない神崎は、返事もそこそこに逃げるように格納庫から出て行く。船室に戻ると、島岡が隣のベッドで寝ていた。ネウロイに追われ相当疲れているのだろう。

 

「シン」

 

「・・・おう。」

 

 島岡が暗い声で返事をする。神崎は炎羅を壁に立て掛けると、自分のベッドに座る。二人共喋らぬまま暫く時間が過ぎた。島岡がポツポツと話し始める。

 

「・・・実戦は違うな。いままではさ、ネウロイなんて俺でも倒せると思ってたんだよ。でも、ビームを撃たれた時、無理だって思った。・・・空はウィッチじゃなくても飛べる。でも空はウィッチじゃなきゃ戦えないんだな」

 

「・・・」

 

 おそらく、島岡は自分に失望したのだろう。ネウロイ相手に戦わず、逃げた自分に。

 

「ゲン。お前はすごいな。ネウロイを倒して。俺は逃げ回るだけだったのによ・・・」

 

「でも、逃げ切っただろ?」

 

 神崎は黙って聞くつもりだったが、つい口を出してしまった。島岡は起き上がり、神崎を睨む。

 

「あ?」

 

「十数機に追われて逃げ切ったんだ。そんなことは普通無理だ」

 

「んだよ。逃げ足が早いとでも言いたいのか?」

 

「違う」

 

 イラついている様子の島岡に神崎は言った。

 

「そんな数のネウロイ相手なら、普通はウィッチでも苦戦する。ましてシールドのない戦闘機なんてすぐに落とされる」

 

「それは・・・」

 

「それを10分も逃げ切って、無事帰還したんだ」

 

「・・・」

 

「ビームを避けたということは。相手の動きを読んでいたということだ。なら・・・」

 

「ああ~!!」

 

 島岡が突然叫んだ。頭をガシガシと掻き言う。

 

「もういい、もういい。お前、それ慰めてるつもりか?慣れないことしてんじゃねぇよ」

 

「な・・・!?俺は・・・!」

 

「だから、もういいって。それより、飯食いに行こうぜ。腹減った」

 

 さっきとはうって変わった明るい声で島岡が言うと、ドアに向かう。神崎はいきなりのことに呆然としていた。

 

「どうした?早くこいよ」

 

「あ、ああ・・・」

 

 扉を開け、島岡が言う。神崎は戸惑いながらもついて行くのだった。

 




今回はオリジナルキャラは出てきませんでした。一応何人かいるんですが、いつ出すかは未定です。

次回でやっとアフリカの予定・・・。

あと、個人的には、もっさんは二期の時の声が好きです。



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第四話 

第四話です。

アフリカとヨーロッパで意外と近いんですね。あと零戦の航続距離の長さに驚きました。零戦パネェ。

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。


  四話

 

 

                    航海日記                島岡信介

 

 あまりにもやることがないので、日記でも書こうと思った。途中からだけどな。

 

 出港から11日目

 三回目の哨戒任務があった。前みたいにネウロイに出くわすこともなく、至極普通に終わった。なんでも、この前のネウロイは、はぐれネウロイの類で完全に予想外だったらしい。早期に発見できたからよかったものの、発見が遅れていれば、船の何隻かは沈んでいた可能性があったと坂本中尉が言っていた。

 そういえば、ゲンと坂本中尉の互いの呼び方が、「坂本中尉」から「坂本」へ、「神崎」から「ゲン」に変わっていた。ゲンに聞くと、坂本中尉は「ゲン」の方が呼びやすいということで、そうなったらしい。ゲンは坂本中尉が階級で呼ぶなと言われたそうだ。今度、俺も呼んでみるか?

 

 

 12日目

 自分の零戦の整備に立ち会っていると、整備やパイロットの連中から、ゲンと坂本中尉がどういう関係になっているか、を聞かれた。どうも呼び方が変わったことで皆怪しんでいるらしい。よく分からん、と答えると「坂本中尉に手を出したらただじゃおかねぇ。」とか「出る杭は打っとくか。」とか「俺も中尉と話したい」みたいなことが聞こえた。面白そうなのでゲンには伝えないでおこう。

 

 

 13日目

 通路を歩いていたら、坂本中尉に話しかけられた。ゲンについて色々と尋ねるので、何故かと尋ねると、「あいつに合った訓練を新しく作りたい」とのこと。面白そうだったので、色々と教えといた。その日から、船室に帰ってくるゲンの顔には悲壮感が漂っていた。

 

 

 16日目

 ゲンが訓練から逃げ始めたので、坂本中尉が船室に押しかけてきた。そしたら、俺のベッドに比べて結構いや相当散らかっているゲンのベッドを見て、ゲンを一喝。何故か俺も巻き込まれ、小一時間ほど扶桑海軍軍人の在り方について説教された。その後、ベッドの清掃を命じられ、それが終わるとゲンは訓練に連れて行かれた。ちなみに、次の日にはゲンのベッドはまた散らかっていた。

 

 

 17日目

 今日は何もすることがなかったので、ゲンの飛行訓練を見学した。戦闘機とはまた違う機動に感心した。ゲンと坂本中尉の模擬戦もあり、刀を用いた接近戦では、いつの間にか沢山の観客がいた。結果は坂本中尉の勝ちだった。ゲンが炎を使えばどうだっただろうか?

 

 

 20日目

 喜望峰を通過した。通過中、海は大荒れに荒れて、海軍にも拘らず多数の船酔い者がでた。俺もだが。ゲンは坂本中尉の訓練が凄まじかったらしく、この大波の中でもずっと寝ていた。通過した後に起きて、「何があった?」と、聞くもんだから無性に腹が立ち、ゲンの顔面に枕を投げておいた。

 後から整備兵に聞いたことだが、坂本中尉は船が大揺れしているのにも拘らず、ずっと素振りをしていたらしい。あの人の体は、どうなってるんだ……。

 

 

 22日目

 今日は特別訓練として、ウィッチと戦闘機による編隊飛行の訓練を行った。ゲンと一緒に飛ぶのは久しぶりだった。なかなか楽しかったが、訓練が終わった後に体力づくりとしてさらに訓練を行うことになった。坂本中尉の指導にも熱が入り、最終的にゲン以外は全員へばっていた。ゲン曰く、「こんなのは、まだ優しい方だ。」とのこと。少しゲンを尊敬した。

 

 

 25日目

 俺たちはもうそろそろアフリカへ出発する。その前にと、整備兵やパイロットの連中が宴会を開いてくれた。ゲンは坂本中尉関連の質問攻めをくらっていた。俺は、飲み食い笑い楽しんだ。その後、賭け花札大会となった。俺は早々に負けてしまった。ゲンは強引に参加させられていた。最初は負けていたが、俺が助言をしていくと徐々に勝ち始め、最終的にゲンの一人勝ちだった。

そんな馬鹿騒ぎをしていると、突如坂本中尉がやってきて、「うるさい!!」と一喝。「そんな騒ぐ体力があるなら訓練だ!!」と言って、整備兵とパイロット連中を走らせたらしい。ちなみに、俺とゲンは、ゲンが謎の悪寒に襲われた為、こっそりと宴会から離脱。その直後に坂本中尉が来たというわけだ。どうやら、ゲンは坂本中尉の気配がわかるようになったらしい。

 ちなみに手に入れた賭け金は相当な金額で、二人で山分けした。

 今日で日記は終わり。また書く事はあるのか?

 

 

 

ジブラルタル海峡付近

 

 

 

「世話になった」

 

「なに。楽しかったさ」

 

 ストライカーユニットを履いた神崎と坂本はそんな会話をしながら握手をする。神崎も島岡も共に準備を終え、後は飛び立つだけだった。

 

「アフリカでも、お前なら大丈夫だ。なんせ、私が鍛えたんだからな!」

 

「一ヶ月だけだがな。」

 

 坂本の言葉に、神崎は苦笑して答える。神崎と坂本との関係も一ヶ月で変わったもので、今では友人として接している。

 

「私も欧州で戦うことになる。また会おう。ゲン」

 

「ああ」

 

 そう言って坂本は離れていった。神崎は発艦位置に移動する。そこで島岡からの通信が入った。

 

『よう。終わったか?』

 

「ああ。いつでも行けるぞ。」

 

『了解』

 

 島岡はそう言うと、エンジンの回転数を上げてそのまま赤城から発艦した。続いて、神崎もユニットに魔力を注ぎ込み、加速。赤城から発艦する。神崎と島岡は、赤城への挨拶替わりに揃って宙返りをすると、そのままアフリカに向け飛んでいった。

 

 

 

 

 

 ジブラルタル海峡から目的地であるトブルクまで3000km以上ある。いくら航続距離の長い零式と零戦でも一度に飛ぶのは無理があった。そのため、一度ロマーニャ軍の飛行場で、補給と整備を受けることになっていた。二人はロマーニャに向け地中海上空を飛ぶ。空から見る地中海は美しく風も穏やかで、気分は遊覧飛行のそれだった。

 

 神崎は零戦の翼に掴まりながら、歌を口ずさんでいた。

 

「フ~ンフフフ~、フ~フフフフ~ン♪

 フ~ンフフフフ~、フフ~ン♪

 フ~フフ~ン、フ~ンフ~ン♪」

 

『何の曲だよ。それ。』

 

 無線越しに島岡が尋ねる。今は、二人しか使っていない周波数であるため私語も問題なかった。

 

「ガリアの曲だ。さくらんぼがなんたらっていう。」

 

『ガリア?ここは地中海だぜ?なんでここでガリアの曲なんだよ?』

 

「ロマーニャと地中海と空とを考えたら、この曲が歌いたくなった」

 

『そうかよ。・・・そういやロマーニャには豚の耳の魔女(ウィッチ)がいたらしいな』

 

「それは知ってる。紅かったらしい」

 

『さすがロマーニャだな』

 

 そこで、ふと島岡が言った。

 

『そうだ。お前、翼を掴むな』

 

「なぜ?」

 

 不意に島岡が翼を揺らしたため、神崎は慌てて手を離す。

 

『俺は、自分の機体の翼は誰にも触らしたくないんだよ。こだわりだな』

 

「そうか・・・俺もか?」

 

『お前もだよ』

 

 島岡の答えに少し落ち込む神崎。

 

「じゃあ、誰ならいいんだ?」

 

『そうだな~。俺が愛した人かな?』

 

「お前、どこかで頭でも打ったか?」

 

『うるせぇ!!』

 

 そんな会話をしつつ、二人は時間を潰す。なにしろ、ロマーニャまで5時間程かかるのだ。二人は更に会話を続けた。

 

『しかし、こんな綺麗な海を見てると、釣りしたくなるな』

 

 島岡がぼやく。無類の釣り好きである彼は、最近は全然釣りをすることができないので、やきもきしているのだろう。

 

『なぁ。ここじゃ何が釣れると思うよ?』

 

「俺にロマーニャの魚類分布が分かるか」

 

『もしかしたら、扶桑じゃ見たこともない魚が釣れるかもな。そしたら・・・』

 

 島岡が釣りについて語り始めた。神崎も釣りは好きだが、島岡の話に付き合う気はなかった。神崎は腰に装備していたモーゼルC96を抜くと、飛びながらも器用に手入れを始めた。

 

 片や話しながら、片や黙りながら、二つの飛行機雲が伸びていった。

 

 

 

 

 ロマーニャでの補給と整備もつつがなく終わり、それからの約二時間の飛行を経て、二人はトブルクに到着した。トブルクのブリタニア第八軍の飛行場で機体から降りた二人をアフリカの砂塵が襲う。

 

「痛い!?風が痛い!?」

 

「・・・ぺっぺっ」

 

 顔面に砂を浴びた島岡がわめき、神崎は口に入った砂を吐き出す。

 

「なんか、さすが砂漠って感じだな」

 

「そうだな」

 

 二人は基地司令に挨拶しに行くことにした。神崎が近くにいたブリタニア兵に声をかけ、基地司令の場所を聞く。そのブリタニア兵に案内してもらい、二人は基地司令のところへ歩いて行った。

二人が通されたのは、石造りの殺風景な部屋だった。中には斜に構えた細身の少将が一人立っていた。

 

「私がここの指揮官を務めるオコーナーだ」

 

「扶桑皇国海軍神崎玄太郎少尉です」

 

「同じく特務少尉島岡信介です」

 

オコーナーは敬礼をする二人を見て言った。

 

「『アフリカ』への増援のことは知っている。ここじゃ増援は大歓迎だ。もっとも・・・」

 

 オコーナーはそこで言葉を区切った。

 

「それがウィッチのまがい物だとしてもな」

 

 島岡の眉がピクリと動く。神崎は顔色一つ変えず言った。

 

「自分がまがい物かどうかは、今後の戦果で判断してもらえば幸いかと」

 

「ふむ」

 

 オコーナーがニヤリと笑う。

 

「それは、もちろんだ。さて、二時間後に『アフリカ』からの迎えが来る。貴様が言うように今後の戦果とやらを期待していよう」

 

「はい」

 

 島岡と神崎は敬礼を残し、部屋を後にした。

 

 

 

「なんだ!?あの言い方!ゲンがもうネウロイ落としてんの知らないのかよ!」

 

「そんなすぐに情報が届くはずないだろう?それにブリタニア人は皮肉屋だ」

 

 我がことのように憤慨する島岡を、貶されたはずの神崎がなだめる。二人は今、トブルクの街で買い物中である。時間も空いていたし、防砂、防暑用の衣服も必要であったからだ。

 

「というか、お前はムカつかなかったのかよ?」

 

「まぁ、慣れてるからな」

 

 そんな会話を続けながら、二人は店で砂漠用のスカーフや手袋、ゴーグルを購入する。ついでに近くの酒屋でそれなりのワインを数本買った。マルセイユが酒好きであることを聞いていたからだ。

 

「だがよ・・・。お?」

 

「ん?」

 

 まだ何か言おうとした島岡が、何かを見て足を止めた。神崎も足を止めそれを見る。

 

 

 通りの向かい側では、手に看板のようなものを持った人々が口々に何かを叫びながらぞろぞろと行進していた。

 

「なんだ、あれ?なんかの祭りか?」

 

「さぁ・・・?」

 

 気になった二人は、道路を渡って行進に近づく。そこで、看板には何かの絵にバツ印がされ文字も書かれているのが分かったが、現地語の為に内容は分からなかった。

 

「・・・少なくとも祭りではないな」

 

「だな。おい、あれ見ろよ」

 

 島岡が指差した先、そこにはブリタニア兵の姿があった。どうやら行進を監視しているようだった。神崎が首を巡らすと、カールスラント兵やリベリン兵も見受けられた。物々しい雰囲気に島岡が唸る。

 

「なんか、やばくねぇか?」

 

「ああ。戻ろう」

 

 二人は、逃げるように基地へ戻った。行進の喧騒はまだ続いていた。

 

 

 

 二人が基地に戻ると、ちょうど『アフリカ』からの迎えが到着した。零式と零戦を運ぶ小型と大型のトラックだ。神崎の前に止まった小型トラックから、一人のブリタニア兵が降りてきた。

 

「統合戦闘飛行隊『アフリカ』所属、ガードナー上等兵です!」

 

「増援としてきた、扶桑海軍少尉、神崎玄太郎だ。よろしく頼む」

 

 神崎は挨拶を交わすと、ストライカーユニットの積み込み作業に入った。島岡も大型トラックに零戦を積み込んでいる。

 

「それでは出発します」

 

 積み込みが終わるのと同時に、トラックは出発した。神崎は小型トラックの助手席に座り、西日に照らされた街並を見ていた。トラックが道を曲がった時、神崎の目に先ほどの行進が映った。気になった神崎は、ガードナーに尋ねる。

 

「ガードナー上等兵。質問があるんだが・・・」

 

「はい。なんでしょう?」

 

「あれはなんだ?」

 

 神崎は行進を指差す。すると、ガードナーは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 

「ああ、あれですか・・・。あれは・・・」

 

 ガードナーは話し始めた。

 

 

 つまりは、あの行進は連合軍に対する反戦デモらしい。ネウロイとの戦いに反対しているのだ。

 

「はぁ?なんで?」

 

 ちょうど神崎と同じことを聞いていた島岡が、大型トラックの運転手に尋ねる。

 

「彼らの言い分は『こちらが攻撃するからネウロイも攻撃してくるんだ。なら、こちらから攻撃しなければいい。』ということらしいです」

 

「そんなわけないだろう!?大体ネウロイの方から侵攻してきてるんだ!奴ら、ネウロイのこと知らないのかよ・・・。」

 

 呆れた声の島岡。しかし、その言葉に運転手は真面目に頷いた。

 

「そうなんです。知らないんですよ」

 

「はぁ?」

 

「そんな言い分を言い始めたのはトブルクの富裕層らしいです。トブルクは連合軍の拠点だったので、直接ネウロイの侵攻を受けたことはないんです。そのため、自分たちには実害のないネウロイの戦争で自分たちの税金を取られるのは納得できない・・・と」

 

「はぁあ!?」

 

 

 

 

 

 

「だが、他の人々がそんな馬鹿げたことを信じるはずがないだろう?軍人はともかく、一般人でもエジプトからの避難民といった実際にネウロイの侵攻を経験している人もいるはずだ」

 

 神崎がそんな疑問を口にする。しかし、ガードナーは力なく首を振った。

 

「そうなんですが・・・。そういう人たちはネウロイに対して相当な恐怖心を持ってしまってるんです。そして、恐怖心からその言い分を逆に信じてしまってるんです。ネウロイの侵攻から逃れたい一心で」

 

「な・・・!?」

 

 絶句する神崎。ガードナーは続けた。

 

「今はまだ、あんな風に行進するだけです。でも、うわさではそういった一派が連合軍に対する武装集団を作り始めたとか。上層部も頭を悩ませてるらしいです」

 

「そんなことが・・・。」

 

 ひどく驚いた様子の神崎。しかし、ガードナーは明るく言った。

 

「でも、僕たちがやることは変わりません。ネウロイと戦って人類を守るだけです。そうすれば、きっと、あの人たちも分かってくれますよ!」

 

「・・・そうだな」

 

 ガードナーの言葉に、神崎は少し頬を緩ませた。そのせいだろうか?神崎は急に眠気に襲われた。合計約7時間飛行していたのだ。無理もない。

 

「少し眠る。到着したら起こしてくれ」

 

「分かりました」

 

 神崎はガードナーに声をかけ、帽子を目深にかぶり直す。ガタガタと揺れるトラックの中、神崎は眠りにつくのだった。

 




ドイツもといカールスランドの戦闘機の航続距離って、零戦の五分の一しかないんですよね。

逆に零戦が長すぎるのかな?

次回、『アフリカ』の面々が出てくる予定です。


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Ⅱ 1941 アフリカ
第五話 


途中まで書いていたのに消えて投稿遅れました。orz


というわけで第五話です。今回からアフリカ編が始まります。毎回、書き方を少しずつ変えているので意見があったらお願いします。

感想、アドバイス、ミス指摘などよろしくお願いします。


第五話

 

 

 

 岩と砂そしてわずかばかりの草木が生える不毛の大地、日が暮れかけて西からの夕日が差し込むアフリカ。

 

 砂塵が舞う渇いた空気を、二つの機影が猛烈な勢いで切り裂いた。茶と白の軌跡が互いに絡み合い、離れ、再び絡み合う。白と茶の機影は激しいドッグファイトを繰り広げていた。

 

 白の機影、零式を駆る神崎は歯噛みしていた。

 格闘戦では世界随一のはずの零式が相手を捉えきることができない。こちらが追撃しているはずなのに、相手に遊ばれているように思われた。

 

「さすがは『アフリカの星』だな・・・。なら・・・これはどうだ?」

 

 神崎はペイント銃を構えつつ、左手に魔力を集め始めた。ちなみに今回は吹流しがないため扶桑刀「炎羅(えんら)」は装備していない。魔力を集束させ、炎を形作る。

 

「行けッ!!」

 

 神崎から放たれた炎が、茶の機影に喰らいつくように襲いかかる。が、その炎はいとも簡単に躱され、ことごとく撃ち落とされた。しかも、炎を撃ち落とした際の爆煙を利用し神崎の背後に回り込む。

 

『フフン。背中ががら空きだな』

 

「後ろだと!?」

 

 神崎は慌てて旋回しようとするが、その前に背中に衝撃が走った。黄色のペイントが背中にべったりとつく。

 

「ツ・・・!?」

 

『私の勝ちだな!』

 

 夕日を背に、神崎を見下ろす茶の機影。

 

 ハンナ・ユスティーナ・マルセイユが勝ち誇ったように言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間前

 

 神崎と島岡を乗せた2台のトラックは、しばらく移動した後『アフリカ』の基地に到着した。基地といってもそんな仰々しいものではない。滑走路と天幕、簡単な木組みの建物だけで、先程のブリタニアの基地に比べれば実に簡素な物だった。

 

「神崎少尉、着きましたよ!」

 

「ん?あぁ・・・。」

 

 ガードナーの声で目を覚ます神崎。2台のトラックは滑走路の脇に停められ、すでに荷下ろしが始まっていた。神崎は助手席から降りると、帽子をかぶり直し、荷下ろしに立ち会うべくトラックの後ろへ向かおうとした。と、そこで・・・

 

「ちょっといい?」

 

 若い女性に声をかけられた。神崎が振り返ると、そこには扶桑陸軍ウィッチの正装を纏った大尉がいた。

 

「ここの指揮官の加東圭子よ」

 

「ハッ。扶桑海軍少尉、神崎玄太郎です」

 

 いきなりの隊長の登場に慌てるが、一切おくびにはださずに神崎は敬礼をする。加東は軽く敬礼を返し、言った。

 

「荷下ろしが終わったら、私のところに来てくれる?色々と確認したいことがあるから」

 

「了解しました。」

 

「もう一人も一緒にね?」

 

「はい」

 

 そう言って、加東はどこかに行ってしまった。神崎は加東が完全に見えなくなると、一つ溜息をつき、荷下ろしで忙しいトラックの後ろへ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷下ろしは滞りなく終わり、神崎は周りの整備兵にジロジロと見られながら整備長である氷野曹長と話していた。神崎の零式と島岡の零戦を砂漠仕様にする打ち合わせをしていたのだ。

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

「了解しました」

 

 神崎は氷野との会話を終えると格納庫の外へ出た。近くで数人の整備兵と話していた島岡を呼び、自分たちの荷物を持って加東の天幕に向かう。

 

「やっぱ、カールスランド人が多いな」

 

「元がJG27らしいからな。当たり前だ」

 

「でも、扶桑人がいるとなんか安心できるな」

 

「そうか?」

 

 天幕に向かう途中、周りを見ながら話す二人。少し歩くと加東の天幕についた。

 

「加東大尉、神崎です」

 

「入って」

 

 二人は二重になっている布の扉をくぐり、加東の座る机の前に並んで立つ。加東は何か書類仕事をしていたようだった。

 

「よし・・・と。では改めて。私はここ『アフリカ』の指揮官をしている加東圭子。ケイって呼ん

で」

 

 フランクな物言いに若干面食らいながら二人は敬礼をする。

 

「扶桑海軍少尉、神崎玄太郎です」

 

「同じく特務少尉、島岡信介です」

 

「あ~、そんな堅苦しい感じじゃなくていいのよ?うちじゃそういうのはないから。」

 

 加東が苦笑いしながら言う。その言葉を聞いて島岡は若干姿勢を崩し、神崎はそのまま動かなかった。そんな二人を見て何か思った様子の加東だが、何も言わず机の書類を取り上げた。

 

「いくつか確認を取りたいんだけど・・・。まず最初に、玄太郎は本当にウィッチなの?」

 

 加東の質問に神崎は僅かに身を堅くした。聞かれ慣れてる質問だが、疑われるのはやはり気持ちのいい物ではない。

 

「・・・はい」

 

「そう。あ、別にあなたを疑ってるわけじゃないのよ?気を悪くしたらごめんね?」

 

 神崎の雰囲気が悪くなったのを感じたのか、加東が慌てて言った。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「ならいいけど・・・。あ!あなた、神崎神社出身なのね。私も昔持ってたわ。お守り」

 

「そう・・・ですか。」

 

 加東が慌てて話題を変えるが、逆にそれが地雷だった。神崎は小さく唇を噛み締めた。

 

 

 

 

 

 神崎神社。

 戦勝の神を祀っており、その発祥は万葉集が作られた時代にまで遡ると言われている。扶桑各地に分家の神社があり、多くの武士、軍人が帰依し、扶桑陸軍海軍にも影響力を持っていた。

 

 神崎神社は他の神社と一線を画す特徴がある。

 一つ目は、神主の家系が女系一族であること。

 二つ目は、神社に仕える巫女は全て血縁者であること。

 三つ目は、神崎の血を受け継ぐ巫女は総じて高い魔力と魔力減衰が起こらない特異な性質も持つこと。

 なぜ、神崎一族がこのような魔力に関する特徴を持っているのか?それは、何百年もの間、神社という魔力が非常に高い場所で生活し続けていたためだと考えられていた。

 

 魔力が高いということは優秀なウィッチになる可能性が高いということだ。しかしこの神社に仕える巫女は一つの掟により、誰ひとりとしてウィッチになることはなかった。

 その掟は「巫女は神に仕える身であり、戦う身にあらず」というもの。

 いままで巫女を求める声が数多くあったが、それが叶えられたことは一度もなかった。

 

 そんな場所に神崎玄太郎は生まれた。女系の一族にただ一人生まれた男の子。神崎の血を受け継ぎ、魔力を発現させた男の子。稀有な生まれだったが、彼は至極普通に生活していた。たくさんの家族に愛され、神崎神社の跡取りとして日々勉学と鍛錬に励んでいた。

 

 

 ではなぜ、神崎玄太郎が今ここにいるのか?それは・・・

 

 

 

 

 

 

「・・・っと、・・ちょっと!玄太郎、大丈夫?」

 

「・・・い、・・おい!ゲン!」

 

 俯いたままの神崎に、島岡と加東が声をかける。神崎はその声で我に返った。

 

「すみません」

 

「大丈夫?体調が悪いんなら・・・。」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 前を向き、姿勢を正す神崎。加東はそんな神崎を見て大丈夫だと判断したのか、それ以上何も言わず書類を机に置いた。島岡への質問は神崎が物思いにふけっている間に終わっていた。

 

「最後の確認だけど・・・。二人共今回が初陣なのよね?」

 

 この問に二人は首を横に振った。続けて神崎が言う。

 

「自分たちは既に航海中にネウロイと戦いました」

 

「俺は逃げてばっかでしたけど、ゲンはネウロイを五体撃墜しました」

 

 神崎が言い終わるとすかさず島岡が付け加えた。余計なことは言うな、と神崎が睨むが島岡は全く気にしていない。

 

「5体も!?すごいわね!」

 

 驚きの目で加東が神崎を見る。目を向けられ仕方なく神崎は答えた。

 

「一緒に戦っていた坂本中尉のおかげです」

 

「それでも、初陣で5体はすごいわ」

 

 加東は少し考え言った。

 

「なら、基本的なことは大丈夫そうね。でもアフリカのネウロイは手強いわ。油断しないようにね?」

 

「はい」

 

 神崎頷く。加東は、それを満足そうに見て立ち上がった。

 

「じゃあ、他の隊員を紹介するわ。今は二人いないけど、それは後でね」

 

 神崎と島岡を促し、加東は外に出る。三人はすぐ近くの天幕に移動した。

 

「マティルダ。マルセイユいる?」

 

「はい。・・・彼らは?」

 

 加東が天幕の前に立っていた歩哨に声をかけた。陸戦ユニットをつけた黒人の女性で、神崎、島岡よりも背が少し高い。槍を持つ手に力を込め、疑うような視線を二人に向けていた。

 

「ほら、前に言ってたでしょ?扶桑からの増援よ」

 

「ああ・・・分かりました」

 

 槍を持つ手を緩めるマティルダ。それを知ってか知らずか加東は天幕に入っていった。

 

「マルセイユ?彼らが来たわよ」

 

「おお?そうか。入ってくれ」

 

 加東が手招きをする。天幕に入った二人は、揃って目を見開いた。天幕の中は、まるでパリから部屋をそっくりそのまま持ってきたような豪華な物だったからだ。土嚢や木箱でソファやテーブルが作られ、奥の方には沢山の酒瓶が並べられたカウンターバーまであった。

 そんな天幕の真ん中に、ソファに座った美少女がいた。

 

「我が宮殿にようこそ。私がハンナ・ユスティーナ・マルセイユだ。よろしく」

 

 そう言ってマルセイユは微笑んだ。

 

 「アフリカの星」

 この名を知らない者は、アフリカ全土を探してもそうそういないだろう。ウィッチが少ないアフリカで、防衛の要としてネウロイの侵攻を防ぎ続けるカールスランドのスーパーエース。彼女の人気は凄まじく、もし彼女が撃墜されたら、そこが敵に制圧されたアレクサンドリアだったとしても、トブルクにいる12000人のブリタニア軍全兵が彼女を救出すべく出撃するほどらしい。(某ブリタニア兵運転手談)

 

 そんな彼女に先に挨拶をされ、二人は慌てて敬礼をした。

 

「神崎玄太郎です」

 

「し、島岡信介です!」

 

 島岡の声が若干上ずっていたが、マルセイユは特に気にすることなく言った。

 

「ゲンタローにシンスケだな。じゃあ早速・・・。」

 

 マルセイユはパッと立ち上がり、神崎を指差した。

 

「私と勝負だ!ゲンタロー!」

 

「・・・は?」

 

 あっけに取られる神崎。その横では加東がヤレヤレと首を振っていた。

 

 

 

 

 

 そして現在に至る。

 

「マルセイユがどうしても戦いたいって言ってね・・・」

 

「そうなんすか」

 

 マルセイユと神崎の模擬戦を見上げながら加東がぼやく。島岡は相槌を打ちながら神崎に同情した。

 

「俺が言うのもなんですけど、神崎はまだペーペーの新兵すよ?そんなのに勝負って・・・」

 

「ハハハ・・・。多分、男性のウィッチつまりは魔法使い(ウィザード)?に興味があるだけなんだと思うけど・・・」

 

 島岡の物言いに、苦笑する加東。と、そこに新たな声が入ってきた。

 

「もう模擬戦始まってますね」

 

「ケイさん、ただいま帰りました」

 

 島岡が振り返ると二人の少女がいた。一人は淡い東雲色の髪のカールスランド人、もう一人は黒髪オカッパの小さな扶桑人だった。

 

「お帰り、ライーサ、真美。彼は前に話した増援の一人よ」

 

「あぁ、そうですか。初めまして。私は、ライーサ・ペットゲンです。よろしくお願いします」

 

 カールスランド人、ライーサが笑みを浮かべ手を差し出した。島岡はその手を握り、自己紹介をする。

 

「島岡信介です。よろしく」

 

 やぁあって二人が手を離すと、ライーサの後ろにいた真美と呼ばれた子も挨拶をした。

 

「い、稲垣真美です!よ、よろしくお願いします!」

 

「あ、ああ。よろしく」

 

 緊張した稲垣の声に釣られて、島岡も少し緊張してしまう。そんな三人を加東がパッシャリと写真に収めた。

 

「・・・って、なんで写真撮ってるんすか!?」

 

「え?だって私、元ジャーナリストだし?」

 

 島岡の突っ込みに加東が笑いながら返した。

 

「あ!そろそろ再開するみたいですよ。」

 

 ライーサが空を見上げて言う。四人は揃って空を見上げた。

 

 島岡はもう随分と馴染んだようだった。

 

 

 

 

 

 地上で四人が和んでいる一方・・・。

 

 神崎とマルセイユは5回目の模擬戦を開始していた。神崎の戦績は4戦4敗。マルセイユに完全に手玉に取られていた。そして5戦目も・・・。

 

 マルセイユに追撃される神崎は必死になって逃げながら、どうやってマルセイユを出し抜くか考えていた。これまでの戦闘で分かったのだが、マルセイユの実力は神崎とは比べ物にならないほど凄かった。このまま戦えば、今回も負けてしまう。

 だが、神崎は一つだけ反撃の手がかりを持っていた。すでに見切られているが、故に有効に働くであろう一手。固有魔法、炎。あまりやったことのない炎の使い方だが、おそらく問題ないだろう。神崎は心を決めた。

 

 

 

 マルセイユは少し拍子抜けしていた。男であるのにウィッチと聞いて、何か特別なことでもあるに違いないと思い模擬戦を挑んだが、蓋を開けてみれば筋はいいが動きはまだまだの新兵だったからだ。固有魔法には驚いたが、それも対処するのは簡単だった。そして、今もいとも簡単に神崎を追い詰めている。

 

(私の勘違いだったか・・・?)

 

 神崎の機動が甘くなった時、マルセイユはペイント銃を構えた。いくら弱くても勝負に手は抜かない。確実に仕留める。未来位置を予測し、引き金に指をかけ、そして・・・神崎を見失った。

 

「なんだと!?」

 

 自分が神崎を見失ったことを、信じられず思わず声をあげるマルセイユ。その背後で、神崎は狙いを定めた。

 

 

 

 マルセイユが神崎を見失う直前、神崎は左手に魔力を集中させていた。その魔力量は今までよりも多い。十分な魔力が集まると、神崎は敢えて機動を甘くした。マルセイユが自分を攻撃してくるように。そこで・・・

 

 炎を‘‘噴出’’させた。

 

 噴出した炎の勢いは、ストライカーユニットの推進力を打ち消して、神崎を一瞬停止させる。高速で追撃していたマルセイユはそのまま追い越してしまい、神崎を見失ってしまったのだ。

 

 

 

 突然のことに混乱しているマルセイユの後ろで、神崎は苦笑した。まさか、思いつきの機動がここまで上手くいくとは思わなかったからだ。だが、これでマルセイユに一矢報いることが出来る。ペイント銃を構え、無防備なマルセイユの背中を狙う。砂塵が舞う中、神崎は引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんであそこで外すかね?」

 

「・・・うるさい」

 

 島岡が体中真っ黄色になって降りてきた神崎を茶化す。絶対に外すことがないはずの射撃。しかし、神崎は外してしまった。

 目に砂が入って。

 目を瞑った拍子に弾道が逸れ、マルセイユには当たらず、逆に神崎の位置がバレてしまい、逆襲されてしまった。5勝5敗。完敗であった。

 

「ティナ、お疲れ様」

 

「ああ」

 

 ライーサの労いにマルセイユが満足そうに頷く。

 

「で、マルセイユ。玄太郎との模擬戦はどうだった?」

 

「まぁまぁだな」

 

 近くに来た加東の問にマルセイユはユニットを脱ぎながら答えた。地面に立ち伸びをしながら更に続ける。

 

「大したことないと思ったが、最後の機動には驚いたな」

 

「あなたが後ろを取られるなんてね」

 

「まぁ、私はまだ本気じゃなかったからな!」

 

「はいはい」

 

 胸を張ってそう言うマルセイユを加東が軽く流す。そして、零式を脱いだ神崎に向かって言った。

 

「私も玄太郎はよくやったと思うわ。マルセイユ相手にあそこまで出来たら上出来よ?」

 

「そう・・・ですか」

 

 そう返す神崎だが、その声は弱々しかった。しかも少しフラフラしている。加東が心配して尋ねた。

 

「玄太郎?大丈夫?」

 

「いえ・・・限界です」

 

 そう言い残し、神崎はバッタリと倒れた。長時間の飛行に全力勝負かつ固有魔法まで使った模擬戦、神崎の魔法力は限界に達したのだ。

 

 

 

 

 

 神崎が目を覚ますと、天幕にあるベッドの上だった。半袖シャツ姿で、近くには洗濯された上着が置いてあった。上着を掴み、天幕から出ると外は既に真っ暗。昼の暑さとはうって変わった、身を刺すような寒さに神崎は体を震わせた。

 

 誰かいないかと歩き始めた神崎だが、何やら騒がしい音が聞こえたので、その方向に歩いて行った。たどり着いたのは、マルセイユの天幕。少し嫌な予感がしたが意を決し神崎は中に入った。

 

「すみません。失礼しま・・・」

 

「おお!やっと来たな!ゲンタロー!!」

 

「す!?」

 

 静かに入ろうとした神崎だが、いきなりのマルセイユの声に、そして天幕の中の状況に驚く。

 

 天幕の中は大宴会の真っ最中だった。加東やマルセイユを始め、ウィッチや兵士が数多く騒いでいた。そして、その中に・・・。

 

「・・・シン」

 

「おう!ゲン!!やっと起きたか!」

 

 何人かと話しながら笑っている島岡もいた。その手にはジョッキ。

 

「・・・俺たちは未成年だが?」

 

「別にいいんじゃねぇの?みんな飲んでるし」

 

 顔を赤くし、おおらかに笑う島岡。その様子からして既に随分と周りと馴染んでいるようだ。

 

「ごめんねぇ。起こそうかと思ったけど、随分疲れているようだったから」

 

 加東が近づいてきて言う。そういう彼女も若干顔が赤かった。

 

「いえ。しかし、これは?」

 

 神崎が周りを見ながら言う。

 

「これ?これはあなたたち二人の歓迎会よ。あなたは寝てたけど」

 

(未成年なのに宴会で歓迎だと・・・!?)

 

 神崎は心の中で驚愕するが、そんな神崎に気づかず加東は話を続けた。

 

「今日は、陸戦ウィッチの子達も来てるけど、まずはうちの隊員を紹介するわね」

 

 そう言ってライーサと稲垣を呼んだ。島岡とは顔合わせをしている二人だが、神崎とは初対面だった。

 

「こっちがライーサで、こっちが真美」

 

「ライーサ・ペットゲンです。よろしくお願いします」

 

「い、稲垣真美です!よ、よろしくお願いします!」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

 落ち着いたライーサと慌てた様子の稲垣の挨拶に、静かに頭を下げる神崎。そこにマルセイユが割り込んだ。

 

「挨拶は終わったか~。ゲンタロー、お前も飲め!」

 

 酒の匂いがきつく、神崎は顔をしかめた。

 

「マルセイユ中尉、自分は未成年なのですが?」

 

「シンスケは飲んでるぞ?」

 

「自分は飲みません」

 

「うるさい!飲め!!」

 

「ウゴッ!?」

 

 マルセイユが自分のジョッキを押し付け、神崎に無理やり飲ませた。なんとか逃れようとする神崎だが、マルセイユも躍起になって更に飲ませようとする。暴れる二人を見て、周りの人たちが笑う。

 

 

 神崎と島岡のアフリカ初日はこうして終わった。

 




サブタイトルって書いたほうがいいですかね?

実際のWW2のアフリカの戦いってイタリア軍がコテンパンだったらしいですね。それを見かねたドイツが助けにきたとか。
でも、アフリカの魔女でもフォルゴーレ空挺師団は出てますよ。いつかこれにも登場させたいですね。


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第六話 前編

今回は長くなったので、前後編に分けてみました。
本格的にアフリカでの戦いが始まります。

感想、アドバイス、ミスの指摘など、よろしくお願いします。


第六話

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地、早朝。神崎は、無理やり飲まされたアルコールのせいで痛む頭を抱えて、素振りをしていた。赤城に乗っていた時、坂本に無理やりやらされていた素振りだが、一応続けることにしていた。

 

「84・・・85・・・86・・・」

 

 早朝にも関わらず日差しが強く、素振りをしている神崎は、既に汗だくになっていた。

 

「97・・・98・・・99・・・100」

 

 顔に垂れた汗を拭きつつ、一息つく神崎。近くに置いていた上着を拾って、自分の天幕に戻っていった。

 

 

 

「まさか、アフリカで和食が食えるとはなぁ・・・」

「そうだな」

 

 豚汁をすすり、麦飯をパクつく神崎と島岡。驚くことに、扶桑人以外も沢山いるにも関わらず、ここの部隊の主食は和食だった。聞けば、ここの食事は全て稲垣が作っているらしい。しかも相当いい腕をしていた。

 

「どうですか?お口に合いますか?」

 

「もちろん。美味しいよ」

 

「ああ。旨い」

 

 心配そうな稲垣の問いを、島岡と神崎がそろって否定する。

 

「あら?もう真美に餌付けされちゃった?」

 

「こんな旨い料理なんだ。当然だな」

 

「ティナ。口に牛乳が付いてます」

 

 食事を受け取った加東が二人を茶化し、マルセイユが自分のことのように胸を張る。しかし、口についた牛乳のせいで威厳半減だった。

 

「ハハハ」

 

「・・・」

 

 そんなマルセイユを見て、島岡は笑ったが神崎は黙ったまま豚汁をすすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の神崎と島岡の予定は哨戒ルートの確認、また神崎は更に編隊飛行の確認があった。

 

「アフリカってどんなトコかと思ったけど、結構いいとこだな!暑いけど」

 

「そうだな」

 

 哨戒ルートを確認中、無線を通じて会話する神崎と島岡。ちなみマルセイユ他のユニットは零戦、零式の航続距離についていけず、二人だけの飛行となっている。

 

「みんないい人そうだしな。安心して戦えそうだな」

 

「そう・・・だな」

 

 明るい声の島岡に対して神崎の声は若干暗い感じがした。

 

「どうした?なんかあったか?」

 

「いや、昨日のアレを見たらな・・・」

 

 昨日の大宴会を思いだし、遠い目をする神崎。島岡は苦笑した。

 

「あ~。でも、楽しかったぜ?」

 

「それに・・・な・・・」

 

 そう言って神崎は口を閉ざした。

 

「それに・・・なんだよ?」

 

「いや・・・なんでもない」

 

 神崎は首を振り、それ以上答えなかった。島岡は首を捻ったが、それ以上は尋ねなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり~」

 

 哨戒ルートの確認は何事もなく終わり、滑走路に降りてきた神崎と島岡を加東が出迎える。加東の後ろには稲垣が少し隠れたようにして、こちらを見ていた。

 

「ただいまっす」

 

「・・・」

 

 島岡がコックピットから手を振り、神崎は黙って頭を下げた。そんな二人に稲垣が声をかける。

 

「昼食を用意してますので!よかったら・・・」

 

「お!やったぜ!」

 

「・・・すまないな」

 

 既に正午が回っていたので、空腹の二人にこの申し出はありがたかった。

 

「昼食を食べたら、玄太郎は編隊飛行ね。別に急がなくていいわ」

 

「了解」

 

 神崎は頷くとユニットを脱ぐべく、ユニットケージに向かっていった。

 

「俺は何すればいいすか?」

 

「そうね・・・。夕方にもう一回哨戒してもらうから、休んでていいわよ」

 

「分かりました」

 

 加東との会話を終えた島岡は、神崎と共に昼食に向かった。どうやら、二人の胃は既に稲垣の料理に掌握されたらしい。

 

 

 

「じゃあまず、マルセイユの二番機として動いてくれる?」

 

『了解』

 

『フフン。私についてこれるか?』

 

 加東は地上から神崎とマルセイユの動きを見ていた。ちなみに、稲垣は食料庫の管理でこの場にはいない。

 マルセイユが動き出し、神崎はそれに追従し始める。加東が双眼鏡で二人の様子を見守る中、マルセイユは右に左にと様々な機動を取り、意地悪くいきなりの急旋回や宙返りなどを織り込むが、神崎は苦戦しながらもなんとか追従している。

 

「へ~。そう動くんだ・・・。お!そこでその動き!?マルセイユも手加減なしね・・・。ほ~。玄太郎もよくやるわ・・・。えぇ!?でも、あれじゃ・・・」

 

「ケイさん。何してるんすか?」

 

「わっ!?」

 

「うおっ!?」

 

 いきなり島岡に声をかけられ、二人の動きに集中していた加東はひどく驚く。

 

「なんだ、信介か。びっくりした・・・。もう休憩はいいの?」

 

「はい。飯食ったし」

 

 どことなく満ち足りた表情の島岡は、自前の双眼鏡を持って加東の横に立った。

 

「ゲンはどんな感じすか?」

 

「いい調子よ。マルセイユの反則的な機動によくついていってる」

 

「さすが」

 

 そう言って島岡と加東は、ワイワイ騒ぎながらマルセイユと神崎を見ていった。周りの整備兵達がジロジロと二人を見ているが、空を注視しているため全く気づいてい。そんなこんなしていると、2人の所にライーサが現れた。足にはストライカーユニット Bf109F-4/Trop。

 

「ケイ、準備できました」

 

「ん?あぁ、ライーサ。じゃあ、すぐ飛んで頂戴」

「了解です」

 

 ライーサは、島岡に微笑んで目礼すると滑走路に向かった。

 

「ライーサってどのくらいの腕なんすか?」

 

 滑走路から飛びたったライーサに手を振りながら、島岡が加東に尋ねた。

 

「相当いい腕をしているわよ。なんたって、私たちがアフリカに来る前からマルセイユの背中を守ってるんだから」

 

「へ~」

 

 加東の言葉に相槌を打つ島岡だが、今ひとつ分かっていない様子。それを察した加東はさらに続けた。

 

「カールスラント軍の報告書って、とても詳細に記入しないといけないの。いつ、どこで、どんな風に敵機を撃墜したか、誰がそれを確認したか、とかね。で、ライーサはマルセイユの機動についていって、彼女の撃墜を確認して、さらには敵の露払いもするの。それって、とてもすごいことよ」

 

「そんなにすか!?すげぇ・・・」

 

 やっとライーサの凄さを理解して、島岡は感嘆の声を上げた。そんな島岡を満足そうに見て、加東は無線で空の三人に呼びかけた。

 

「じゃあ、ライーサも来たことだし、次は玄太郎が長機でライーサと二機編隊を組んで。そして、マルセイユと模擬戦。いい?」

 

『了解』

 

『了解です。神崎さん、よろしくお願いします』

 

『・・・よろしく』

 

『今回は私に勝てるかな?』

 

 空の三人は準備が整ったようだ。加東が期待を込めた目で双眼鏡を覗く。

 

「さて、今度はどんな感じになるかしら?」

 

「ケイさん、すごく楽しそうっすね」

 

 島岡は、そんな加東を見て苦笑しつつ、同じく双眼鏡を覗いた。

 

 

 

 

 

 数分後・・・。

 

 加東の目は死んだ魚のようになっていた。

 

「・・・何?あの動き。全然ダメじゃない・・・」

 

「おぉ・・・」

 

 島岡が思わず息を漏らす。それほど神崎の動きの激変っぷりは凄まじい物だった。ついさっきまでの動きはどこにいったのか?ライーサを従えて飛ぶ神崎は、まったく安定しておらず、連携はもちろん満足にマルセイユを追撃することさえも出来なかった。

 

『神崎さん!落ち着いてください!』

 

『どうした、ゲンタロー?さっきと同じ動きでいいんだぞ?』

 

『・・・分かってる』

 

 ライーサはおろか敵役のマルセイユにまで心配される始末。加東が頭を抱えた。

 

「長機の経験がないのかしら?まいったわね。真美と組ませようかと思ったけど、当分無理そうね・・・・」

 

「長機の訓練はしてるとは思うんですけど・・・」

 

 島岡は返事をしながらも、神崎から目を離さずにいた。いつもの神崎とは決定的に異なる部分を感じていたからだ。ジッと模擬戦を見つめ、ポツリとつぶやく。

 

「もしかして・・・怖がってるのか?」

 

 だが、一体何を?

 

「ん?今なんて・・・」

 

 島岡のつぶやきを聞き取れず加東が尋ねようとした時、警報が鳴り響いた。空の三人の動きが止まり、加東の表情も隊長のそれに変わる。直後、通信担当の兵士が駆けつけてきた。

 

「何があった!!」

 

全力魔女要請(ブロークンアロー)を受信しました!!マッダレーナ砦がネウロイの襲撃を受けてる模様!」

 

 兵士の報告を聞き、加東が素早く指示をとばす。

 

「訓練中止!マルセイユ、ライーサ、玄太郎は急いで補給に降りて!私と真美が先行するから、ユニットの準備を!信介も発進準備!」

 

「『了解!』」

 

 加東は、皆の返事を聞くと格納庫に向かい走る。その表情は曇っていた。

 

「こんな時にくるなんて・・・。」

 

 司令部からの報告では、今日はネウロイの襲撃ないはずだった。だから、ユニットを使った模擬戦を行ったのだが、それが裏目に出てしまった。マルセイユとライーサが出遅れるのは痛い。高性能の航空型のネウロイが出ていれば、私と真美だけでは苦戦を強いられる可能性が高くなる。加東は唇を噛み締めた。

 

(いやな状況ね・・・。)

 

 そこで一つの通信が入った。

 

『加藤大尉、自分が先行します』

 

 それは神崎からの通信だった。見れば、神崎は未だ空に残っている。

 

『まだ十分に飛べますし、固有魔法と刀があれば、銃なしでも時間稼ぎは可能です。』

 

 確かに、零式の航続距離と神崎の固有魔法なら戦闘は可能だろう。しかし、先程の無様な飛行を見た加東は首を横に振った。

 

「ダメよ。今みたいな飛行で戦えるわけない」

 

『・・・。一人なら大丈夫です。それに時間が惜しい』

 

 加東は立ち止まり、考えを巡らせた。少しして言う。

 

「分かった。じゃあ、玄太郎は先行して。絶対に無理はしないで。着任早々戦死したんじゃ。笑い話にもならないわ」

 

『了解』

 

 神崎はすぐに移動を開始した。加東は、神崎を見送ると格納庫へと走った

 




少し短いですが、あしからず。

現在、何人かオリキャラを考えているのですが、ネタがない。


ヒロインが決まらない・・・。


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第六話 後編

祝!ストライクウィッチーズOVA&TVシリーズ制作決定!!
しかもケイズリ3も出版だと!?最高じゃないか!!
と、いうわけで第七話です。
今回は戦闘が中心となってます。

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。


第六話 後編

 

 

 

 マッダレーナ砦。ハルファヤ峠の南方に位置し、ブリタニア陸軍南アフリカ第一師団、カールスラント・アフリカ軍団(KAK)第15装甲師団、ロマーニャ陸軍第17パヴィア歩兵師団が防衛を担当していた。何もない砂漠地帯に面し、また、ネウロイとの最前線であるアライメンからも離れているため比較的重要度の低い防衛拠点だった。

 

 が、今はネウロイからの攻撃を受けていた。

 

 

 

 マッダレーナ砦の指揮をとっているKAKのディルク・クリューヴェル大佐は押し黙り、戦況が描かれた地図を見ていた。戦況はブリタニア風に言えば、「控えめに言って良くない」といったところか。前線に配置されていた地雷原や、第一、第二陣地は既に突破されており、現在この砦を含めた予備陣地で防衛戦を展開していた。

 

「B中隊、被害増大!部隊壊滅の恐れあり!」

 

「F小隊、通信途絶!陣地右翼がもう持ちません!」

 

「第三戦車中隊全滅!8.8センチ高射砲(アハトアハト)も残りわずかです!」

 

 次々と報告される戦況にディルクの表情は曇る。ディルクは重々しく口を開いた。

 

「・・・魔女(ウィッチ)の増援は?」

 

「後20分程で到着する模様です」

 

 無線にかじりつき、顔面蒼白で通信兵が告げる。この指令室にも外の戦闘の音と衝撃が響いているのだ。皆、一様に恐怖を感じている。ディルクは頷くとそっと立ち上がった。

 

「諸君。戦況は芳しくない。いや、最悪だ。このままではこの砦は陥落し、ネウロイの侵攻を許してしまうだろう。しかし、ここを抜かれれば次はハルファヤだ。ハルファヤまで侵攻されれば、最前線にいる友軍は挟み撃ちに合う。それだけは絶対に阻止しなければならない。少なくとも後20分、何が何でもここを死守する。撤退はしない。各隊に厳命しろ」

 

「りょ、了解!」

 

 各通信兵が、無線で指示を伝える。その様子を見て、ディルクは扉へ向かった。

 

「司令、どちらへ?」

 

「私が直接指揮を取りに行く」

 

「しかし、司令にもしものことがあれば!?」

 

「私が死んでも関係ない。ここを死守するのみだ」

 

 引き止める副官を無視して指令室をでる。途中、近くに置かれたMP40を拾い、初弾を装填する。

 

「私一人でも、防戦の足しになればな」

 

 自嘲気味につぶやき、ディルクは戦場へと踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「野郎ども!ここが正念場だ!何が何でもここを守り抜くぞ!!」

 

「敵、増援!さらに3!」

 

「畜生!また弾詰まりしやがった!」

 

「トーマス!おい、返事しろ!トーマス!!」

 

 爆音、怒号、悲鳴。

 

 戦場は阿鼻叫喚の様相を呈してた。戦車、大砲の轟音が響き渡り、ネウロイのビームにより所々で爆発が起きる。

 連合軍はもはや陣形を維持することもできていない。そこかしこに死体が転がり、ネウロイに対して有効な対抗手段であり、兵士が絶対的な信頼を置いていた8.8センチ高射砲(アハトアハト)も尽く破壊され、残り数門となっていた。

 

「あぁ・・・。もうダメだ・・・。」

 

 兵士の士気もどん底。所々に、頭を抱えて蹲っている兵士もいる。もはや、この戦線の崩壊は時間の問題だった。

 

「おい!何をしている!戦え!!じゃなきゃ死ぬぞ!!」

 

 蹲っている一等兵に、古参の軍曹がKar98kを撃ちながら怒鳴る。

 

「死ぬって・・・。戦っても死ぬじゃないですか!」

 

 一等兵が、涙と鼻水と恐怖でぐちゃぐちゃになった顔を上げ、軍曹を見上げた。

 

「馬鹿野郎!!貴様も軍人なら戦って・・・。」

 

 再び怒鳴りつけようとした軍曹だが、その続きを言うことは出来なかった。空から降り注いだ幾筋もの赤い光線が軍曹の上半身を吹き飛ばしたのだ。吹き出した血を浴びた一等兵は、空を見上げ、固まってしまう。

 

「フ、飛行杯(フライングゴブレット)!?」

 

 コップのような形の空に浮かぶネウロイ、飛行杯(フライングゴブレット)がそこかしこに現れ、対地砲火で掃討戦を開始していた。そして、一等兵の上空にいる飛行杯(フライングゴブレット)もビームを撃つべく発射体勢に入る。

 

「う、うわぁぁあああ!!」

 

 一等兵が半狂乱に陥り、血で濡れたKar98kを拾い乱射するが、全く意味がなかった。

 

(も、もう駄目だ・・・!)

 

 銃を投げ捨て、腕で顔を覆い、撃たれる瞬間を覚悟するが、いっこうにその時は来ない。

 

(・・・?)

 

 恐る恐る目を開けて空を見上げ、目を丸くする。

 飛行杯(フライングゴブレット)が真っ二つに切り裂かれ、白い破片となり砕け散っていた。そこには、刀を構える魔女(ウィッチ)の姿。

 

魔女だ(ウィッチ)!ウィッ・・チ?」

 

 一等兵が喜びの声を上げるが、その姿が女性のそれとはあまりにも違うので困惑してしまう。そこで、近くに転がっていた無線機から上空の航空魔女(ウィッチ)(?)から通信が入った。

 

『統合戦闘航空隊「アフリカ」所属、神崎玄太郎。遅れてすみません』

 

 空に浮かび、刀を構える魔法使い(ウィザード)、神崎を見て一等兵はポカンと口を開けていた。

飛行杯(フライングゴブレット)は自分が相手をします』

 

 一言、神崎は告げると次なる相手に向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 ディルクは最後の数門となった8.8センチ対空砲(アハトアハト)が残る陣地の指揮を取っていた。さすが8.8センチ対空砲(アハトアハト)といったところか。数体のネウロイを撃破していたが、その程度でネウロイの攻撃を防ぐことは出来なかった。

 

畜生(シャイセ)!!大佐!これ以上持ちません!」

 

「まだだ!なんとしても持たせろ!!」

 

 自身も土嚢に身を隠し、MP40を撃ちながら叫ぶ。

 

「ですが、大佐!このままじゃ・・・!?」

 

 ネウロイのビームが着弾し、兵士を吹き飛ばす。何人もの兵士がゴミ屑のように地面に転がった。

 

「衛生兵!早く来い!!衛生兵・・・畜生(シャイセ)!!!」

 

 慌てて駆け寄ったディルクが衛生兵を呼ぶが、近くにいないのか誰も来なかった。ディルクは苦悶の表情を浮かべて一度地面を殴りつけると、いまだ戦い続ける兵士達のところへ向かった。

 

「諦めるな!もうすぐ魔女(ウィッチ)が来る!もう少しだ!」

 

 戦っている一人一人に、そして自分自身に言い聞かすように叫ぶ。魔女(ウィッチ)の増援が来る・・・。それだけが、ここにいる兵士達の士気を保つ唯一の希望だった。そして・・・。

 

「大佐!魔女(ウィッチ)です!!魔女(ウィッチ)の増援が来ました!!」

 

 若い二等兵が、泣きながら空を指差す。そこには、飛行杯(フライングゴブレッド)を次々と撃墜する神崎の姿があった。周囲の兵士達がわっと歓声をあげるが、ディルクはそれを見る暇がなかった。

 

「馬鹿野郎!前を見ろ!!」

 

「え?」

 

 二等兵が前を見ると、そこには弾幕を突破してきたネウロイいた。その威圧感に、兵士達は完全に飲み込まれてしまう。

 

「あ・・・あぁ・・・。」

 

「何をしている!?逃げろ!!」

 

 ディルクは叫びながら、地面に落ちていた収束集榴弾を拾い駆け出す。部下達が恐怖でおじけづいた今、自分が皆を鼓舞するしかない。例え刺し違えてでも・・・!手榴弾の紐に手をかけた時・・・。

 

「下がって!!」

 

「へ?」

 

 不意打ちの凛と響いた声に、ディルクはつい間抜けた声を出してしまった。声の主は、土埃を巻き上げながらディルクの脇をすり抜け、腰から抜いたサーベルでネウロイを突き刺した。

 

「ハァァァアアア!!」

 

 気合の声をあげ、ネウロイを一気に押し出すと、そのまま突き飛ばし、カノン砲で止めを刺した。白く砕け散ったネウロイの破片を浴びながら、彼女は叫んだ。

 

「ブリタニア陸軍第四戦車旅団C中隊マイルズ少佐-以下12両、到着です!!」

 

 彼女、マイルズに続いて、12両の陸戦ウィッチが現れる。

 

「全車両!横隊を組めぇ!・・・行進!!!」

 

 マイルズの号令の元、陸戦魔女(ウィッチ)達の攻撃が始まった。

 

 

 

 一方、神崎は扶桑刀「炎羅(えんら)」を振るい、7体目の飛行杯(フライングゴブレット)を撃墜していた。

 

「・・・ッ!七体目・・・!」

 

 いい調子に見える神崎だが、相当消耗していた。魔力残量も少なくなり、また一人でこの戦場の空を支えなければならないという精神的な疲労もあったからだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・クッ・・・!?」

 

 一息つく間もなく、神崎は地上からの対空砲火にさらされた。慌てて回避し、すぐさま炎を放とうと左手に魔法力を集めようとする。だが、精神が不安定な為か、上手く収束することが出来なかった。

 

「ツ!?それなら・・・!」

 

 神崎は魔法力を左手ではなく、炎羅(えんら)を持つ右手に集める。魔力は右手ではなく炎羅(えんら)を中心に据えることで魔法力の収束を安定させ、炎の刀を形作った。

 

 

 

 かの扶桑の三羽烏の一人、黒江綾香がに使う秘剣に刀の切っ先に魔法力を集中させる「雲耀(うんよう)」というものがある。今、神崎が行なった技は奇しくもそれに酷似していた。しかし、雲耀(うんよう)ほど洗練されているわけでもなく、技名も神崎は適当に「火炎剣」とか「火炎斬り」などと呼んでいた。

 

 

 

閑話休題

 

 

 

 神崎は炎の刀となった炎羅(えんら)を一度振ると、対空砲火を撃ち続けるネウロイに向かい急降下をかけた。ビームをシールドで防がず、逸らすことで減速するのを避け、一気に肉薄する。

 

「アァァァアアアア!!!」

 

 消耗した自身に気合を入れるように叫び、炎羅(えんら)を一閃。装甲が硬いはずの陸戦ネウロイをいとも簡単に焼き切り(・・・・)、そのままコアまで焼き尽くした。

 

 

 

が、そこまでだった。

 

 

 

「うおぁ!?」

 

 爆散したネウロイの破片を防ぎそこね、神崎はそのまま地面へと墜落してしまった。砂とシールドで墜落の衝撃は緩和されたが、ユニットは脱げてしまい、地面に投げ出される。

 

「大丈夫ですか!?」

 

倒れた神崎に、進撃してきたマイルズが駆け寄る。

 

「ツッ・・・。あなたは・・・」

 

「ブリタニア陸軍のセシリア・G・マイルズです。立てますか?」

 

(そういえば、この前の宴会にいたな・・・)

 

 少し躊躇しながらも、神崎はマイルズに支えられ立ち上がった。この時、神崎は初めて落ち着いて戦況を確認することができた。神崎により、飛行杯(フライングゴブレッド)を撃退し、マイルズをはじめとした陸戦魔女(ウィッチ)が戦線を押し返したことにより、人類側が優勢となっていた。

 

「・・・なんとかなったみたいだな」

 

「いえ、まだです」

 

 セシリアが空を指差す。そこには敵の増援で、大量の飛行杯(フライングゴブレット)が押し寄せていた。

 

「ここの対空防御の能力はほとんど失われました。残念ですが、ここは撤退するしか・・・」

 

『それには及ばないわ』

 

「来たか・・・」

 

 無線機から響く加東の声。直後、上空を「アフリカ」の面々が飛んでいく。その中には、島岡の零戦もいた。

 

『よう、ゲン。なんだ、落とされたのかよ』

 

『まぁ、いきなり戦死しなくてまずは安心したわ』

 

『相手は飛行杯(フライングゴブレット)か・・・。ケイ、どうする?』

 

『マルセイユとライーサは突っ込んで。私と信介は二人の援護。真美は地上部隊の援護ね。飛行杯(フライングゴブレッド)だけど、油断しないように』

 

『了解!』

 

『了解しました!』

 

了解(ヤヴォール)。行くぞ、ライーサ!』

 

了解(ヤヴォール)!ティナ。』

 

 

 

 そこから戦闘の終了まで短かった。マルセイユには飛行杯(フライングゴブレット)など相手にもならず、瞬く間に全滅。地上部隊も制空権を奪還したことと、真美の援護によって完全にネウロイを圧倒。マッダレーナ砦の防衛は成功し、ネウロイの危機は去った。

 しかし、防衛には成功したものの、人類側の損害も多大なものとなった。マッダレーナ砦に駐留していた部隊はほぼ壊滅状態となり、再編成の為に後方へ下がることとなった。

 

「私たちも一度後方へと下がります」

 

 神崎が衛生兵の治療を受けているなか、マイルズが言った。

 

「もともと、私の隊は前線への予備戦力として配置されていたので」

 

「そうですか・・・」

 

 治療も終わり、神崎は立ち上がった。こうして立つと、マイルズは神崎よりも頭一つ分ほど小さい。

 

「今回はお世話になりました。マイルズ少佐」

 

「いえ、それは私の方です」

 

 では、私は行きます。そう言ってマイルズは去っていった。神崎は彼女の後ろ姿に敬礼すると、

「アフリカ」の面々のところへ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 マッダレーナ砦からの帰還。魔力をほとんど使いきり、ユニットも不調となった神崎は、島岡が操縦する零戦の翼を掴んで飛んでいた。今回だけは島岡が渋々、本当に渋々翼を掴むことを許してくれた。その零戦を中心に、マルセイユ、ライーサ、加東、稲垣が編隊を組んで飛んでいる。

 

「・・・なぁ。シン」

 

「あ?どうした?」

 

 ジッと外を見ていた神崎は、無線を通してふと島岡に声をかけた。

 

「俺たちは戦争してるんだな」

 

「そりゃそうだな」

 

「・・・疲れた」

 

「そうかよ」

 

 島岡がチラッと神崎を伺う。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・ああ」

 

 そう言って神崎は目を閉じ、飛行を零戦に任せた。

 

 神崎のアフリカでの初陣はこうして終わった。

 

 

 

 

 

「アフリカ」基地、隊長用天幕

 

 

 

 

 

 神崎は今回の戦闘の報告書を書かなければならず、深夜近くになってやっと書き終わり、加東に提出していた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 ジッと報告書を読む加東。直立不動で待つ神崎。

 

「・・・。よし。OKよ。よく書けているわ」

 

「そうですか」

 

 無事、加東の了承をもらう神崎。

 

「では、自分はこれで・・・」

 

「ちょっと待って。お茶ぐらい飲んで行きなさいな」

 

 見れば既に加東はやかんを手に持ち、お茶を入れる準備をしている。

 

「・・・はあ」

 

 このまま天幕から出るのも気が引けて、神崎は近くの椅子に腰を下ろした。つかの間、お茶を淹れる音だけが天幕に響く。

 

「はい」

 

「いただきます」

 

 加東から湯呑を受け取り、口をつける。お茶の渋みと苦味、そして暖かさが口の中に広がり、疲れた体に染み込んでいった。

 

「・・・美味しいです」

 

「それは、よかったわ」

 

 加東はそこで一度言葉を切った。

 

「今回は、あなた一人でもなんとかなったけど、これからはちゃんと私の指示に従って。絶対に」

 

「・・・はい。すみませんでした」

 

「分かってくれればいいのよ」

 

 その後は特に話すこともなくお茶を飲み終えた。

 

「では、失礼し・・・」

 

「あ、あともう一つ」

 

 天幕から出ようとした直前、再び加東が神崎を呼び止めた。

 

「戦闘に向かう直前、あなた言ったわよね?一人なら大丈夫って。それってどういう意味?」

 

「・・・」

 

 神崎は黙り込んでしまう。言うべきなのだろうが、どうしても気が引けて言えなかった。

 

「・・・すみません」

 

 結局、神崎は一言謝りそのまま立ち去ってしまった。そのまま自分の天幕に入り、ベッドに潜り込んだ。

 




OVAとTVシリーズがでるのはいつぐらいですかね?来年ぐらいかな?どんな話になるか、夢が膨らみますね。

では、また。

ヒロイン選考中。



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第七話 

第七話更新です。

最後辺りは、日常シーン(?)的な物を書いてみました。

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。




第七話

 

 

 

 

 

 神崎は戦っていた。敵は黒い影。右手には扶桑刀「炎羅(えんら)」、左手には九九式機関銃。周りを取り巻く敵に弾丸をバラ撒きながら、神崎は近くの敵の一人に接近し、炎羅(えんら)を振るおうとするも、背後からの急襲や、複数による牽制射撃により果たせないでいた。そして、逆にこちらが不利となる。

 

『フフフ・・・』

 

『クスクス・・・』

 

『アハハ・・・』

 

「クッ!?」

 

 敵は笑いながらも、正確に神崎の両手を撃ち抜いていき、攻撃能力を奪っていく。そして、ジワジワと嬲っていくように、浅手の傷を負わせ神崎を追い詰めていった。

 

「畜生が!!」

 

 神崎は叫び、一斉に炎を放った。数十筋の炎が襲いかかり、敵に直撃。鼓膜が破けそうな凄まじい爆発が起こった。

 

「これで・・・ツッ!?」

 

 爆煙が晴れると、神崎は驚愕した。あれほどの炎が命中したにも関わらず、敵は全員健在だったからだ。だが、敵を覆っていた黒い影が無くなり、敵の正体が見えた。

 

 

 

敵は魔女(ウィッチ)だった。

 

 

 

『フフフ・・・』

 

『クスクス・・・』

 

『アハハ・・・』

 

 魔女(ウィッチ)達は神崎を嘲笑いながら、自身が持つ武器を構える。

 

「・・・チッ!」

 

 神崎は再び炎を放とうとした。が、魔女(ウィッチ)達がいち早く動いた。散開し、様々な方向から神崎に狙いをつけ、銃撃を始めた。

 

「クソッ!!」

 

 たまらず、神崎は逃げた。自分の持つ力を全て用い、弾幕を避け、全速力で逃げようとする。しかし、魔女(ウィッチ)達はそれを許さなかった。既に数人が神崎の逃げ道を塞ぐように先回りしており、背後からも多数が追いすがって来ていた。果たして、神崎は追いつかれ、魔女(ウィッチ)達が持つ剣に刀にナイフに貫かれた。

 

「・・・ガハッ」

 

 体に数多の刀剣を生やした神崎が、静かに落下し始める。

 

『フフフ・・・』

 

『クスクス・・・』

 

『アハハ・・・』

 

 その神崎を魔女(ウィッチ)達は笑いながら眺めていた。神崎は消えていく意識の中で、一つの言葉が響いた。

 

 

 

『一匹狼はいらない』

 

 

 

 神崎は目を覚ました。

 統合戦闘航空団「アフリカ」基地。その中の神崎と島岡に割り当てられた天幕。そして、そのベッドの上。時刻は夜の12時頃だった。体を起こしてみると、自分の体がじっとりと汗で濡れていることが分かる。神崎は一つ溜息をついて外に出た。

 アフリカの夜は疑いたくなるほど冷える。昼の暑さが嘘のように消え失せ、代わりにピンと張り詰めたような寒さが、砂漠を支配していた。

 魔法使い(ウィザード)として軍に在籍してから、神崎はあのような夢を見続けていた。

 

「・・・へっくし」

 

 体が冷え、神崎は一つくしゃみをした。ブルっと体を震わせると、ベッドに戻っていった。

 

 

 

 神崎がベッドに戻ったちょうどその時。隊長用天幕では加東が書類仕事に励んでいた。片付ける書類は山程あり、彼女は黙々とペンを走らせる。

 

「・・・ふぅ」

 

 ひと段落ついて机の上にペンを転がした時、来客があった。

 

「ケイ。いるか?」

 

「あら?マルセイユ?」

 

 天幕の扉を開けて入ってきたのはマルセイユ。手にはワインの瓶と二つのグラス。

 

「どうだ、一杯?」

 

「そうね。ひと段落ついたし、いいわよ」

 

 マルセイユは近くにあった椅子を引きずってくると、机にグラスを置きワインを注いだ。二人は軽く乾杯すると、しばしワインを楽しむ。

 

「あら、美味しい」

 

「当たり前だ。なかなかの上物を持ってきたからな」

 

 ワインを味わう加東だが、目は一枚の書類から離れなかった。

 

「何を見てるんだ?」

 

「ああ。これよ」

 

 加東が差し出した書類にマルセイユが目を通した。

 

「私たちの運用計画書か」

 

「そう。あなたとライーサと真美は問題ないんだけど、玄太郎と信介がね・・・」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「ないこともないわ」

 

 そう言って加東は一口ワインを飲んだ。

 

「玄太郎は新人だけど単機、二番機だとあなたに追随できるぐらい腕はいいわ。しかも固有魔法もなかなか。でも、長機となると、途端にひどくなる」

 

「ふむ」

 

 マルセイユがワインを眺めながら相槌を打つ。

 

「信介も腕がいいわ。もともと彼には哨戒任務主体で動いてもらうつもりだったんだけど、それがもったいなくなるぐらい」

 

「まぁ、マッダレーナ砦でも私とライーサを援護出来てたしな」

 

「なら、そういう使い方もできるんじゃないかって。ただ、彼が乗っているのは普通の戦闘機だし、航空魔女(ウィッチ)と組ませるのは難しいかなって」

 

「ふむ。二人の運用は悩みどころだな」

 

 マルセイユは顎を触り、考える仕草をする。更に、加東は続けた。

 

「後はどの位私たちと打ち解けてるかよね。信介は問題ないけど玄太郎がね・・・」

 

「確かに。シンスケはノリがいいし、親しみやすい雰囲気だからな。扶桑の男では珍しいのか?」

 

「そうね。一概には言えないけど」

 

「ゲンタローは?」

 

「問題はそっちね。信介がああな分、孤立気味になってる。無愛想ってわけじゃないけど・・・ね」

 

「そうだな。あいつは階級をつけて呼ぶしな」

 

 マルセイユは神崎の言動を思い浮かべ、暫し考え込んだ。そしてぱっと何か思いついて言った。

 

「なら、思い悩む我らが隊長ケイの為に、私が一肌脱ごう!」

 

「な、なによ。いきなり・・・」

 

 胡散臭そうな目になる加東に、マルセイユがニヤニヤしながら言った。

 

「それはな・・・」

 

 

 

 

 

 日が昇れば相変わらず暑いアフリカ。稲垣が作った朝食を食べた後、加東、マルセイユ、ライーサ、稲垣、神崎、島岡は今日の出撃のブリーフィングを行っていた。

 

「今日の出撃だけど・・・マルセイユと玄太郎が組んでね」

 

「分かった」

 

「・・・なぜ?」

 

 加東の発言に、マルセイユが楽しそうに了承し、神崎が理由を尋ねた。

 

「なんだ。私と組むのは不満か?」

 

「そうじゃありませんが・・・」

 

 マルセイユに詰め寄られる神崎。そんな二人を見て、少し笑いながら加東が言った。

 

「別に深い意味はないわよ。色々な組み合わせを試そうと思っただけ」

 

「シン・・・島岡は?」

 

 暇そうに座っている島岡を見て、神崎は言った。

 

「零戦をオーバーホールするからって休み。今日は釣りだぜ。ハッハッハ」

 

 ヘラヘラという島岡。そこで加東がパンパンっと手を叩き、皆の注目を集め言った。

 

「はいはい。じゃあ、マルセイユと玄太郎は30分後に出撃だから準備しといてね。じゃあ、解散!」

 

 バラバラと動き始める面々。

 

「神崎さん」

 

 神崎も自分のユニットの方へ行こうとするが、そこでライーサに声をかけられた。

 

「今日はティナの背中をお願いします」

 

「・・・努力はする」

 

 いつもマルセイユの二番機を自負しているライーサは、自分以外が二番機になるのは心配なのだろう。心配そうな声音に、神崎の返事も真剣になる。その返事で安心したのか、ライーサは微笑むと稲垣の方へ歩いていった。

 

「さて、今日は楽しくなりそうだな。なぁ、ゲンタロー?」

 

「・・・そうですか?」

 

 マルセイユの目線がギラリと鷲のそれになる。神崎は若干後ずさった。

 

 

 

 

 

「なぁ、ゲンタロー。お前の背はどのくらいだ?」

 

「好きな食べ物は?」

 

「趣味はなんだ?」

 

「なんで酒を飲まないんだ?」

 

「シンスケとはどういう関係なんだ?」

 

「お前の剣貸してくれ」

 

「なぁ、ゲンタロー。なぁなぁなぁ。」

 

 

 

「・・・(イラッ)」

 

 哨戒が始まってすぐ、マルセイユは神崎の周りをちょろちょろと飛びながら質問攻めにした。最初は無視をしていた神崎だが、あまりのしつこさに我慢しきれなくなった。

 

「中尉」

 

「ん?」

 

「今は哨戒任務中のはずですが?」

 

「そうだな」

 

「任務に集中すべきでは?」

 

「私はいつも集中しているぞ」

 

「なら、無駄話はいいですね」

 

「いや、これは戦闘隊長として部下を掌握するための重要な任務だ」

 

「・・・(イラッ)」

 

 マルセイユの屁理屈にイラつきながらも、神崎は諦めて質問に答えることにした。

 

「・・・背は170程、好きな食べ物は羊羹、趣味は釣りと・・・、酒はまだ未成年なので飲みません、シンとは・・・」

 

「これ、借りるぞ」

 

「ちょッ、何するんですか!?」

 

 神崎が答えている途中で飽きたのか、マルセイユはひょいと神崎の腰にあった炎羅(えんら)をかっさらっていった。

 

「お?見た目より重いんだな」

 

 炎羅(えんら)を鞘ごと振り回すマルセイユ。その様子を内心ハラハラしながら見る神崎。

 

「気をつけてください。結構危ないですから・・・」

 

「んお?」

 

 神崎の忠告を無視し、マルセイユはあっさりと刃を抜いた。

 

「・・・中尉」

 

「ほお、綺麗だな」

 

 炎羅(えんら)の刀身の刃紋を眺め、マルセイユは言った。その真剣な目に神崎は何も言えなくなる。

 

「扶桑刀は、こんなにも綺麗なのか?」

 

「・・・この刀は特別です」

 

「ほう?」

 

 この言葉に、マルセイユは催促の視線を送った。神崎は喋りだす。

 

「この刀は自分の実家の神社に祀られていた御神体の一つです」

 

「ジンジャ?ゴシンタイ?」

 

「教会・・・みたいなものです。御神体とは、神様が宿ている物。おそらく、この刀が作られたのは少なくとも500年以上前です」

 

「そんなに古いのか!?」

 

 びっくりした表情で改めて炎羅(えんら)を見るマルセイユ。そして、おもむろに鞘に戻すと神崎に返した。

 

「とても大切なものらしい。返そう」

 

「助かります」

 

 炎羅(えんら)を受け取り、腰に戻す神崎。その様子を、マルセイユは興味深そうに見ていた。

 

「・・・何か?」

 

「いや。刀を持つ扶桑魔女(ウィッチ)もカッコよかったが、魔法使い(ウィザード)もなかなか様になるものだな」

 

「・・・そうですか」

 

「まぁ、私ほどではないがな」

 

「・・・」

 

 そう言い放ち、マルセイユは哨戒任務に集中し始めた。神崎も一つ溜息をついて、二番機の位置についた。

 

「見つけた。敵だ」

 

「こちらも確認。ヒエラクスが15」

 

 ヒエラクスは航空魔女(ウィッチ)に比べ、速度も旋回性能も劣る。問題は数で押してくるところだけだった。

 

「よし、行くぞ」

 

「了解」

 

 神崎は無線で加東に連絡を取った。

 

「敵発見。小型飛行型ヒエラクス15。これより攻撃を開始します」

 

『了解。無理はしないようにね』

 

 加東の了承を得て、二人は攻撃を開始した。

 

「突っ込むぞ。ついてこい!」

 

「了解」

 

 二人は突撃をかけた。こちらに気づいたヒエラクスは一斉に射撃を開始するが、マルセイユは華麗に避ける。神崎もそれに続いた。

 

「そこだ!」

 

 ヒエラクスの一群と交差した瞬間、マルセイユは敵弾を躱しつつ一連射を放った。そしてすぐさま反転し、後方から再び一連射。マルセイユの放った弾丸を浴び、続けざまに2体のヒエラクスが爆散した。一方、神崎はマルセイユの機動について行くのが精一杯で銃撃する余裕などなかった。

 

「もう一度、反復攻撃を仕掛けるぞ」

 

 いきなり味方を落とされたヒエラクスは明らかに動きを乱している。それを見て取ったマルセイユは素早く指示を飛ばした。

 

「了解」

 

「次はちゃんと撃てよ?」

 

「・・・」

 

 釘を刺され、押し黙る神崎。それを楽しそうに見たマルセイユは、再び敵に向かってスピードを上げた。

 

「行くぞ!」

 

「了解・・・!」

 

 連携が取れてない動きで、こちらを攻撃するヒエラクス。が、そんなものなどマルセイユにとっては何の障害でもなく、難なく回避して射撃位置に入った。

 

「右の奴を狙え!」

 

「ッ・・・!」

 

 今度は、ほぼ同時に二人は射撃を開始した。交差し終わると反転し、再び射撃。マルセイユが軽々とこなす機動に神崎は歯を食いしばってついていく。結果、この1往復で二人は計4体のヒエラクスを落とした。

 

「・・・ふぅ」

 

 なんとかマルセイユに機動についていき一息つく神崎だが、当のマルセイユは特に疲れた様子もなく、ヒエラクスを見ていた。

 

「敵は撤退を始めたな。我々も戻ろう」

 

 味方の4割を失った敵は慌てて逃げているようだった。その様子を確認し、神崎は無線を入れた。

 

「敵の撤退を確認。これよりRTB(基地へ帰還する)

 

『了解。待ってるわ』

 

 加東に報告を入れ、二人は帰路についた。

 

 

 

 

 

 二人が滑走路に降り立ち、ユニットをそれぞれのケージに固定すると、タオルを持った加東が出迎えた。

 

「お疲れ様」

 

「・・・ありがとうございます」

 

 タオルを受け取った神崎は、顔に垂れた汗を拭う。その様子を見ながら加東は神崎に尋ねた。

 

「どうだった?マルセイユの二番機は?」

 

「・・・きつかったです」

 

「そう?次も大丈夫?」

 

「はい」

 

 すぐに相変わらずのポーカーフェイスで頷く神崎を見て、加東は心の中では嘆息しながらも、表面上は微笑みながら離れていった。

 

 

 

「で、どうだった?」

 

「多分、真面目すぎるだけだろう。あんな感じの奴は、私の前の部隊にもいたしな」

 

 加東からタオルを受け取りながら、マルセイユは言った。マルセイユが加東に提案したのは、自分が哨戒にかこつけて神崎と接近し、色々と聞き出してしまおうというものだった。

 

「堅物ってわけでもなさそうだしな。慣れ、じゃないか?」

 

 マルセイユは、おさげで馬鹿力の五月蝿い上官を思いだしながら言った。

 

「そう・・・」

 

 加東はチラッと整備兵と話している神崎を見た。

 

「まぁ、まだ機会はあるしな。もっとよく分かるだろう」

 

「そうね。じゃあ、デブリーフィングするから私の天幕に来てね。玄太郎と一緒に」

 

「え~」

 

「え~、じゃない。分かった?」

 

了解(ヤヴォール)・・・」

 

 不承不承といった感じのマルセイユの返事を聞き、加東は天幕を出て行った。

 

 

 

 

 

「ただいま帰ってきました!!」

 

「島岡さん!?何ですかこの大量のお魚!?」

 

「一人で釣ったんですか!?」

 

 夕方、島岡は大量の魚を積んだキューベルワーゲンに乗って帰ってきた。荷台の沢山の生け簀に入れられた、まだ生きている無数の魚を見て、稲垣とライーサが驚きの声あげる。

 

「ケイさん、見てください!スゴイですよ!」

 

 テンションの高い稲垣が、大振りのアジを持ち上げながら、加東に手を振る。

 

「そんなに釣ったの?」

 

「まぁ、いつも通りですかね。」

 

 運転席から降りた島岡が、こともなしげに言う。キューベルワーゲンの周りには沢山の兵士が集まり、それぞれ歓声をあげていた。

 

「でも、こんなに沢山のお魚どうするの?」

 

「刺身、煮物、塩焼き、干物、なんでもできるじゃないすか」

 

「そんなに作る時間あると思う?」

 

 近くで会話を聞いていた稲垣が申し訳なさそうに口を開いた。

 

「私、あんまりお魚の調理は上手くなくて・・・」

 

 部隊の料理長である稲垣のこの言葉に、加東の表情も曇る。

 

「これじゃ腐らしてしまいそうね・・・」

 

「いや、大丈夫っすよ」

 

 島岡の表情は明るい。何か手があるようだ。

 

「ん、なにか・・・」

 

「ケイ大尉。報告書、書き終わりました」

 

 加東が島岡に更に尋ねようとした時、神崎がやってきた。手には書き終えたばかりの報告書を持っている。

 

「ああ。お疲れ様。後ででもよかったのに」

 

「いえ・・・。シン、どの位釣ってきた?」

 

 神崎は加東に報告書を渡すと、島岡に尋ねた。

 

「まぁ、いつも通りだな」

 

「じゃあ、そんなに時間はかからないな」

 

「おう。よろしく頼むわ」

 

「ちょっと、二人で何の話を進めてるのよ」

 

「いえ、別に大したことでは・・・。稲垣軍曹」

 

「はい。なんですか?」

 

「調理場と包丁を借りたいんだが・・・」

 

「え?別に構いませんけど・・・」

 

「よかった。じゃあ、シン。魚を持ってこいよ」

 

「はいよ」

 

そう言ってスタスタと神崎は去っていった。心なしか足取りが軽いように見える。

 

「ねぇ、まさか・・・」

 

「まぁ、楽しみにしていてくださいよ」

 

 心配そうな加東に、島岡は楽しそうに告げて魚を取りに行った。

 

 

 

「旨い!旨いぞ!!」

 

「ホント、久しぶりにお刺身を食べたわ」

 

「味が染みて、美味しいです!」

 

「あまり魚は食べないけど、これは美味しいですね」

 

「旨いな」

 

 マルセイユが、加東が、稲垣が、ライーサが、マティルダが、それぞれ魚料理を口に入れ、感嘆の声をあげる。

 

「ですよね。やっぱ、魚は旨いっすよね!」

 

 島岡がまるで自分が褒められているように喜ぶ。加東は、綺麗に盛り付けられたお造りをつつき、唸る。

 

「ああ、最高。まさか、玄太郎がこんなに料理が上手なんてね」

 

 加東が料理場に目線を向かると、そこには頭にねじりハチマキをつけ、板前姿となった神崎がいた。

 

「・・・いえ。魚だけです」

 

 相変わらずのポーカーフェイスの神崎。口を開きながらも、見事な手さばきで、次々と魚をさばいていった。調理場の周りには加東達だけでなく、一般の兵士達も神崎の魚料理に舌鼓を打っていた。

 

「玄太郎って料理上手いの?」

 

「普通すね」

 

 加東の問に、島岡は煮魚をつつきながら答える。

 

「ただ、魚に関しては俺が大量に釣ってくるんで、自然と上手くなったんすよ」

 

「へ~」

 

「釣った直後に、ゲンの炎で焼いて食ったりしてましたし」

 

「なんかすごそうね」

 

 神崎が片手で魚を釣り、片手で魚を焼く姿を想像し、少し吹き出してしまう加東。

 

「出来たぞ」

「あ、はい!今行きます」

 

 神崎の声を聞いて、パタパタと料理を取りに行く稲垣。加東はその様子を見つつ、また一切れ刺身を食べた。

 

「本当に美味しいわね。これを肴にしてお酒飲みたいわ」

 

「お?酒か?」

 

 酒と聞いて飛びつくマルセイユ。

 

「こう熱燗でクイッと・・・」

 

「なんかおっさん臭いぞ。ケイ」

 

「おっさん臭いって何!?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める面々。そこに、稲垣と共に料理を持って神崎が来た。

 

「随分と楽しそうだな」

 

「お前の料理のおかげだな」

 

 そういって島岡は、机に置いてあった加東のカメラを拝借し、騒いでいる魔女達をパシャリと撮った。

 




マティルダのことをすかっり忘れていたのは俺だけじゃないはず・・・。
・・・・。
ごめんよ!マティルダ!!

ちなみに私は白身魚が好きです。

追記
ヒロインの一次選考的なものをしました。このキャラじゃ話が作れないと思ったのを外しました。
何人かをあげると・・・ルッキーニ、リーネ、ハルトマン、ペリーヌ、マティルダ、真美、ですかね。
シャーリーとサーニャが微妙な所です。後一回ぐらい選考してから、最終的に決めたいと思います。


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第八話

忙しくて更新が遅れてしまった。orz  しょうがないね。

感想、ミスの指摘、アドバイス等、よろしくお願いします。 



第八話

 

 

 

 

 

 

 

「敵発見、ケリドーン型、数20」

『なかなか数が多いわね。増援は必要?』

 

「私がいるんだ。必要ないだろう?」

 

「・・・だそうです」

 

『まったく・・・。じゃあ、気をつけて。油断しないようにね』

 

了解(ヤヴォール)。行くぞ、ゲンタロー!」

 

「了解」

 

 

 

 神崎とマルセイユが二機編隊を組み始めて約一週間。

 

 最初のうちは、マルセイユの機動についていくのに精一杯だった神崎だが、何度もマルセイユの機動を経験してきたことで、今ではライーサには及ばないものの、二番機としてそれなりに動けるようになっていた。

 

 今回、遭遇したネウロイはケリドーン型。流麗なフォルムをしており、ヒエラクスとは比べ物にならないほどの機動力を有している。

 

「敵、円形防御」

 

「突っ込むぞ!」

 

 こちらに気付き、円形に陣を組んだ敵に対し、マルセイユは臆せずスピードを上げ、円の中心へ突撃を開始した。神崎もそれに続く。敵もこちらを近づかせまいと一斉に射撃を開始するが、マルセイユと神崎にはかすりもせず、円の中心への突入を許してしまう。

 

「がら空きだな!」

 

「・・・ッ!」

 

 敵の懐に入り、一気に弾をばらまく二人。瞬く間に仲間を撃墜された敵は蜘蛛の子を散らすように散開した。

 

「ゲンタロー、左に炎!」

 

「了解」

 

 敵が散開した中で、比較的密集している地点に、神崎が炎を放つ。その間にもマルセイユは次々と敵を撃墜していく。放たれた炎が爆発し、更に数機が撃墜されると、敵は撤退を始めた。

 

「敵、撤退を開始」

 

「今日はこのぐらいか」

 

 マルセイユはMG34の弾倉を代えつつ、周りを見渡し敵機がいないかを確認する。

 

「よし、戻るか」

 

「了解。RTB(基地に帰還する)

 

『了解。気をつけて帰ってきてね』

 

 神崎が基地に報告をいれると、二人は帰路についた。後には撃墜されたケリドーンの残骸が点々と残っていた。

 

 

 

 しばらくの飛行後、二人は基地の滑走路に降り立った。

 

「お帰りなさい。ティナ、神崎さん」

 

「ただいま」

 

「・・・ああ」

 

 ライーサの出迎えにそれぞれの返事を返す二人だが、彼女の姿を見て眉をひそめた。彼女がユニットを装備していたからだ。マルセイユが言う。

 

「今日の出撃は私達だけだろう?」

 

「うん。そうだけど・・・」

 

 ライーサがチラリと後ろを振り返る。ちょうどその時、零戦のエンジンが始動する音が響き渡った。

 

「ケイが、戦闘機と航空魔女(ウィッチ)の運用実験をしたいって!」

 

 エンジン音に負けないように、ライーサが少し大きな声で言った。マルセイユな納得した表情となり、そして何か思いついたのか神崎の方を向いた。

 

「ゲンタローは、シンスケと一緒に飛んだことあるのか?」

 

「本格的な戦闘機動はないです」

 

「え?なんだって?」

 

「実戦ではありません!」

 

 零戦が近づいてきた為に、エンジン音が更に大きくなり、二人は自然と怒鳴り合うようになってしまう。そんな二人を見て、ライーサは微笑んだ。

 

「フフッ。じゃあ、行ってきますね」

 

 軽く手を振って、離れるライーサ。それと入れ替わりになって、零戦が近づいてきた。コックピットには島岡がいる。

 

「二人ともお帰り!!」

 

 エンジン音に負けない大声で、島岡が叫ぶ。マルセイユは大声をあげるのが面倒なのか、手を上げて応えた。神崎は挨拶には応えず、零戦に近づいて言った。

 

「ペットゲン少尉と飛ぶのか?!」

 

「ああ。試験運用だってよ!」

 

「気をつけてな!」

 

「お前と違って、俺は一緒に飛ぶのはいつもむさい男ばっかだったからな。かわいい女の子と一緒に飛べるなんて最高だぜ!」

 

「・・・馬鹿なこと言ってないでさっさと行け!!」

 

「おう!じゅあな!」

 

 島岡は笑いながらコックピットに引っ込む。そして、ライーサが離陸するのに続いて零戦も飛び立っていった。マルセイユはその様子を見守ると神崎に尋ねた。

 

「シンスケと何話してたんだ?」

 

「大したことじゃありません」

 

「なら、教えてもいいだろう?」

 

「いえ、本当に下らないことなので」

 

 話はこれきりと、神崎は格納庫へと向かう。だが、マルセイユはチョロチョロと神崎につきまとった。

 

「なぁ?教えれよ。なぁなぁなぁ?」

 

「・・・」

 

 黙ってそっぽを向く神崎。マルセイユはそんな神崎の反応を見て、楽しんでるようだった。

 

 

 

 

 

アフリカ、トブルク某所

 

 

 

 人類連合軍の拠点、アフリカ防衛の要、トブルク。

 ネウロイとの戦争の真っ只中ではあるが、市場では沢山の人で賑わっていた。その喧騒の中を一人の男が歩いていた。砂漠用の衣服を纏い、砂塵避けの為のスカーフで顔を隠している。

 男は時折、人とぶつかりながらも、喧騒から抜け出し、裏路地へと入っていった。男は日の当たらない暗く狭い道をしばらく歩き、目立たない古い扉を潜った。軋む階段を上り、部屋に入ると一人の男が椅子に座りラジオを聞いていた。ラジオではネウロイとの戦争への協力を促進する番組が流れていた。

 

「相変わらずプロパガンダか。連合軍も芸がない」

 

 椅子に座った男は一つ鼻を鳴らすと、ラジオを消し、スカーフを巻いた男の方を向いた。

 

「どうだった?」

 

「失敗でした」

 

 スカーフを巻いた男が首を振り言った。

 

「『同志』等は一筋縄ではいけません。前回は偶然だったかと」

 

「だが、どうにかしなければならない。これからの為には」

 

「なら、私達が受動的になるしかありません」

 

 椅子に座った男は、また不機嫌そうに鼻を鳴らすと、窓に目を向けた。

 

「・・・人々は騙されているだけだ。我々が目を醒まさせなければ」

 

「しかし、本格的に動き始めるには、まだ障害が多すぎます」

 

「一つ一つ潰していくしかあるまい。闘いを終わらせるためには・・・な」

 

 スカーフを巻いた男は頭を下げると、部屋から出ていった。椅子に座った男は、その後しばらく外を見ていた。

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

 神崎は、定時の出撃が終わると休憩がてらにベッドで横になることにしている。マルセイユの機動についていく為には相当な体力を消耗するからだ。その間に、仮眠をとることもあれば、読書をしたり、刀「炎羅(えんら)」やC96の手入れをしたり、はたまた趣味の歌の楽譜を読んだりしている。今回もさっさと自分の天幕に戻り、一眠りしようとしたのだが・・・。

 

「・・・」

 

「ん?」

 

 恨みがましい目で横を見る神崎。そのとなりには何でそんな目で見られるのが分かっていないマルセイユ。二人は、彼女の天幕に設置されている特設カウンターバーに座っていた。天幕に向かうところを彼女に無理矢理連れてこられたのだ。マルセイユはカウンターにいるマティルダが出したチーズをつまみながら言った。

 

「仕事終わりの一杯。これが最高なんだ」

 

「・・・仕事はまだ終わってないでしょう」

 

「私がたった一杯の酒で酔っぱらうとでも?」

 

「飲むのは一杯じゃないでしょう・・・」

 

 すでに彼女の手元には空のグラスが数個ある。

 

「マティルダ。ドライマティーニだ。モンティで」

 

「分かりました」

 

 更に酒を注文するマルセイユを、呆れた目で見つつ、神崎は仕方なくチーズを口に運んだ。普段はチーズなんて食べない神崎は、そのなんとも言えない匂いに顔をしかめる。

 

「なんだ。口に合わないか?」

 

「いえ・・・」

 

 なんとか飲み下す神崎。その様子を見てマルセイユが言った。

 

「マティルダ。ゲンタローにも・・・」

 

「酒は飲みません」

 

「だから、これを用意した」

 

 マルセイユはニヤリと笑い、マティルダに目配せした。マティルダは頷くとカウンターの下からビンを取りだした。マルセイユが挑発的に言う。

 

「オレンジジュースだ。これなら大丈夫だろう?」

 

「まぁ・・・。これなら・・・」

 

 マティルダからコップを受け取り、オレンジジュースに口をつける神崎。少し苦味があったが、あまり気にせず飲む。・・・となりでマルセイユがほくそ笑むのにも気づかずに

 

 

 

 酒を飲むと人は変わる。泣く人もいれば、笑う人、はたまた怒る人もいる。だが、大概の人は気が大きくなり、口が滑りやすくなる。

 哨戒任務時には神崎からはあまり聞き出せなかったマルセイユは考えた。神崎を知るために色々と聞きだすにはどうすればいいか?簡単だ。酒を飲ませて酔わせればいい。頑なに飲酒を拒む神崎に飲ませるにはどうすればいいか?これも簡単だ。別の飲み物に偽装すればいい。結果・・・。

 

「・・・ゥップ」

 

「おいゲンタロー。大丈夫か?」

 

「大丈夫・・・だ」

 

 神崎が頭をゆらゆらと揺らし始めた。いつもの敬語もなくなってる。神崎が飲んだオレンジジュースは勿論ただのオレンジジュースではなく、アルコール度数の高い酒を混ぜた特別製だった。マルセイユはニヤリと笑うと神崎に問いかけた。

 

「なぁ、ゲンタロー」

 

「あ?」

 

「この部隊のことどう思う?」

 

 マルセイユが聞きたかったのは、この部隊に対する神崎の率直な思いだった。

 

「この部隊・・・か?」

 

「ああ」

 

 神崎はオレンジジュースを一口飲み、答えた。

 

「戦闘力、士気が高く、隊員同士の結束も固い。戦果も挙げていて、補給も十分。非の打ち所もないと思う」

 

「む、そうか」

 

 そういうことを聞きたかった訳じゃないんだが・・・、とマルセイユは顔を渋らせるが、別の質問を投げかけた。

 

「なら、私のことはどう思う?」

 

「お前?」

 

 神崎が据わった目でマルセイユを見つめた。マルセイユも負けじと見つめ返すが、今まで異性と見つめ合うことがなかったため、すぐにたじろいでしまった。

 

「ゴホンゴホン。で、どうなんだ?」

 

 若干赤くなりながらも、マルセイユは尋ねた。

 

「あ~・・・。空戦じゃ絶対に敵わないと思う。動きを参考にしたい」

 

「そんなんじゃなくてだな・・・。人としてどう思う?」

 

「人として・・・。かっこいい?」

 

「なんで疑問形なんだ?」

 

「裏を返せば只の酔っぱらいだから」

 

「・・・ほう?」

 

 こめかみにピキッと青筋をたてるマルセイユだが、マティルダにたしなめられる。

 

「鷲の使いよ。落ち着いてください」

 

「そうだ。そうだな」

 

 マルセイユは一つ深呼吸をして自分を落ち着かせると、更に質問を続けた。

 

「ケイは?」

 

「指揮官としても人としても尊敬できる・・・と思う。軽いけど」

 

「ライーサ」

 

「しっかりしてて信頼できる」

 

「真美」

 

「飯が旨い。感謝してる」

 

「マティルダ」

 

「まじめだな」

 

「シンスケ」

 

「特にない」

 

「むぅ・・・」

 

 自分だけが若干評価が低いことに少し不満があるものの、そんなに皆を敬遠していないことが分かり、マルセイユはグラスを取った。そのまま口をつけようとした時、神崎が呟いた。

 

「だけど・・・俺は魔女(ウィッチ)は・・・」

 

 そう言うと、カウンターに頭を預けうつらうつらし始める。そうとうアルコールが回ってしまったらしい。マルセイユは慌てて尋ねた。

 

魔女(ウィッチ)がなんだって?」

 

「魔女《ウィッチ》は・・こ・・・い・・・。・・・ZZZ」

 

 神崎はそのまま眠ってしまった。

 

「なんて言ったか聞こえたか?」

 

「いえ」

 

 マルセイユもマティルダも神崎の呟きを聞くことができず、ちょっとの間寝ている神崎を見つめた。

 

「まぁいいか。十分聞けただろう。マティルダ、もう一杯」

 

「分かりました」

 

 神崎を放置しつつ、マルセイユはもう何個目かわからないグラスを手に取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもは男ばっかですからね。今日はライーサと飛べてよかったですよ」

 

「もう、何言ってるんですか」

 

「あれ?ライーサ、顔赤くない?」

 

「ハハハ。なんだ、ライーサ。かわいいじゃないか」

 

「もう、ティナ!」

 

 騒がしい会話で神崎は目を覚ました。カウンターに突っ伏していた為に所々痛む体で立つと、何故か気分が悪く、頭がふらつき、ズキズキと痛んだ。

 

「ツツ・・・?」

 

「お?ゲン、やっと起きたか」

 

 島岡の声がする方を見ると、魔女の面々と島岡が宴会をしていた。

 

「なんだ?大丈夫か?ゲン」

 

「なんか頭が痛いんだが・・・。気分も悪いし・・・」

 

「まぁまぁ気にするな。ゲンタロー、これでも飲め!」

 

 二人の会話にマルセイユがビールジョッキ片手に割り込んだ。神崎はジョッキを一瞥すると嫌そうに言った。

 

「自分は酒は飲まないとあれほど・・・」

 

「何言ってるんだ?もう飲んでるじゃないか」

 

「は?」

 

 マルセイユが何を言ってるのか理解できない神崎。

 

「ちょ、マルセイユ。そのことは・・・」

 

「さっきお前が飲んでたオレンジジュースには、酒を混ぜてたんだ」

 

 何かを察した島岡がマルセイユを止めようとしたが、間に合わずに言ってしまった。

 

「俺に飲ませたんですか?」

 

「うん」

 

「騙して?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 うつむく神崎。酔っぱらっているマルセイユはその変化をあまり気にしなかった。

 

「まぁ、飲んでしまったんだから仕方ないな。これからは心置きなく酒を・・・」

 

「ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉」

 

 マルセイユの言葉を遮り、神崎が底冷えするような声で彼女を呼んだ。そして、顔を上げ、物凄い形相で睨み付る。

 

「今後、このようなことは絶対にしないでいただきたい」

 

「な・・・!?」

 

 下手をすれば殺気まで含んでいそうな神崎の視線にマルセイユは絶句してしまう。後ろにいる面々も相当驚いていた。

 

「・・・失礼します」

 

 睨んでいたのは少しの間だった。神崎はすぐに目をそらすとふらつき天幕から出ていった。

 

「おい!ゲン!!」

 

 慌てて島岡も外に出る。天幕の中には魔女達だけが残った。

 

「ちょっと強引だったかしらね~」

 

 いち早く驚きから脱した加東がコップを弄りながら言った。マルセイユは未だ呆然と立ったままでいる。

 

「すごく怖かったです」

 

 怯えた声で稲垣が言った。見れば、稲垣とライーサは涙目になっている。

 

「どうしたものかしらね・・・」

 

 加東は稲垣の頭を撫でながら呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲン!待てって!」

 

「・・・」

 

 島岡の制止も聞かず、神崎は自分の天幕に向かいフラフラと歩き続ける。

 

「だから待てって!!」

 

 島岡は神崎の肩を掴み、強引に止めさせる。そのまま顔を覗き込むが、その真っ青な顔色に驚く。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

「・・・大丈夫じゃない」

 

 そう言った直後、神崎は倒れこみ吐いてしまった。

 

 

 

「二日酔いか?どんだけ飲んだんだよ」

 

「・・・オレンジジュース一本分」

 

「強い酒を混ぜたらしいから、アルコールが相当回ったのかもな」

 

 そんな話をしながら、島岡は神崎を担ぎ、自分達の天幕へ連れて行った。そして神崎をベッドに寝

かせ、水の入った水筒を差し出す。

 

「ほら」

 

「すまん」

 

 弱々しい動きで水筒を受け取り、飲む神崎を島岡は自分のベッドに座り見守る。神崎が飲み終わり、落ち着いたのを見計らって口を開いた。

 

「さっきのはやりすぎじゃないか」

 

「・・・」

 

「なんであんなことしたんだよ?」

 

「・・・凄くムカついたから」

 

 島岡はため息をついて口を開いた。どうやら相棒はアルコールのせいで自制心が相当弛んでいたらしい

 

「お前が頭にきてるのは分かる。酒飲むのを嫌がってたのに騙されて飲まされたんだからな。でもな、お前にもその原因があるんだぞ」

 

「俺に・・・」

 

 圧し殺した声で神崎が言う。

 

「俺に何の原因がある?」

 

「お前はマルセイユやケイ、ライーサとかから出来るだけ距離を置こうとしてるだろ」

 

「・・・ああ」

 

「あいつ等は、お前と打ち解けたいと思って、お前のことを知ろうとしたんだよ」

 

「それが何故酒を飲ませることに繋がる?」

 

「酒を飲めば大概の人は口が緩くなるから」

 

「・・・だが、騙すのは・・・」

 

「それは向こうが悪い。悪気はないんだろうけどな」

 

「・・・」

 

 少しの間静かになった神崎だが、再び口を開いた。

 

「だが、俺は騙すような奴等と打ち解ける気は・・・」

 

「そんなに魔女(ウィッチ)が嫌いか?」

 

「・・・なに?」

 

「いや、魔女(ウィッチ)怖いんじゃねぇか?」

 

 神崎はムクリと起き上がり、島岡を睨み付けた。

 

「・・・なぜ?」

 

「今までお前が受けてきたことと、あの二機編隊の酷い飛行を見りゃ分かるだろ。あれは、二番機のライーサから逃げてたんだろ」

 

 島岡が落ち着いた声で言う。神崎はじっと島岡を睨み付けていたが、やがて諦めたように溜め息をつき、目を伏せた。

 

「・・・ああ」

 

「一緒に飛ぶのは大丈夫なのか?」

 

「まぁ・・・我慢できる。問題なのは自分の後ろ。昔、編隊飛行中に二番機の奴から撃たれた。それ以来ダメだ」

 

「撃たれたって・・・。実弾じゃないよな!?」

 

「訓練だったからそこは問題ない。だが、それ以降、長機はしてない」

 

 そう言うと神崎は言葉を切り、躊躇いがちに言った。

 

「シン。このことはケイ大尉には・・・」

 

「俺からは言わない」

 

 そう言って島岡は立ち上がった。

 

「あいつ等の所にもどる。ちゃんと今回の説明をしなきゃいけないしな」

 

「・・・すまない」

 

「別にいいって。でも・・・」

 

 天幕の入り口に手をかけながら島岡が言う。

 

「お前、このままで大丈夫か?ネウロイと戦うということは、魔女(ウィッチ)と一緒に戦うっつうことだぞ?」

 

「・・・分かってる」

 

 そう言って島岡は天幕から出ていった。神崎は一人ベッドの上で呟く。

 

「分かってる。分かってるさ。でも・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡がマルセイユの天幕に戻ると、既に宴会は終わっており、中にはソファーに寝ているマルセイユとその隣に座っている加東しかいなかった。

 

「玄太郎どうだった?」

 

 こちらに気づいた加東が尋ねる。島岡は肩をすくめて言った。

 

「相当酒が回ってたみたいで。一回吐いたら落ち着きました。今はベッドで寝ています」

 

「そう。よかった」

 

 加東はそう言うと寝ているマルセイユの頭を撫でた。静かな調子で言う。

 

「マルセイユ、皆が出て行った後、取り乱しちゃって。今まで、あんな風に人から敵意を向けられたことがなかったのね。泣き疲れて寝ちゃった」

 

「そうすか・・・」

 

 島岡は近くにあった椅子に座ってマルセイユの寝顔を見た。確かに睫毛が濡れている。

 

「・・・ゲンは真面目だし、少なからず皆を信頼してたから自分を騙したことが許せなかったんだと思います。普通だったらあんな風にならないけど、酒が入って・・・」

 

「別に玄太郎が悪いって訳じゃないのよ?今回の原因はマルセイユだし、どちらかといえば玄太郎が被害者なんだから」

 

 島岡の神崎を庇う言葉に、加東は慌てる。言葉を飲み込む島岡。でも・・・と加東は言葉を続けた。

 

「これじゃ玄太郎は・・・」

 

「そう・・・すね」

 

 一瞬、神崎が魔女(ウィッチ)恐怖症であることを言おうかと迷う島岡だが、その考えを頭から消し、わざと明るい声で言った。

 

「ゲンだって仲良くしようとしてますよ。俺も手助けしますし」

 

「なんだか玄太郎の保護者みたいね」

 

「それを言うならケイさんはマルセイユの保護者じゃないすか」

 

 しばらく、二人は軽口を叩き合い、笑い合った。

 

 




話の全体像が大体固まってきました。時間はかかるかもしれないけど、書いていきます。


ヒロインの件について

ヒロイン決まりました。決めきれないキャラを選んで最終的に、あみだくじで決定しました。ただ、話的に恋愛要素がいつ絡むかは未定です。あしからず。


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第九話

どれだけ寝れるかが勝負だ。※本編とは全く関係ありません。

感想、アド(ry、よろしくお願いします。書いてくれると、めちゃくちゃうれしいです。


 

 

 砂塵が吹き上げる砂漠の道を一台のキューベルワーゲンが走っていた。時折、ガタガタと揺れながら走るそれの運転席には神崎。隣には加東。二人はトブルクに向かい移動中であった。

 

 

 

 先の一件以来、やはりというか、神崎は孤立気味になっていた。マルセイユとは未だに一言も言葉を交わさず、その為にライーサ達も神崎と接するのをためらっていた。島岡がなんとかテコ入れしようと頑張っているのだが効果は薄かった。そこで、加東は司令部への報告に神崎を同行させることで、一度部隊から離し、気分転換をさせようと考えたのだった。

 

「玄太郎って運転できたのね」

 

 加東は自分で運転するつもりだったのだが、神崎がさりげなく運転席に座っていたのだ。

 

「はい。士官学校の時に覚えました」

 

「ふ~ん」

 

 そこで一旦話が途切れる。しばらく、キューベルワーゲンの走行音と砂塵が擦れる音だけが聞こえていた。加東はじっと外を眺めていたが、ボソリと神崎に尋ねた。

 

「マルセイユのこと、まだ怒ってる?」

 

「・・・いえ」

 

 神崎も前を向きながらボソリと答えた。

 

「自分も・・・大人げなかったかと」

 

「そう」

 

 加東は神崎の横顔を眺めた。神崎はチラリと目を合わせたが、すぐに前に向きなおった。なら・・・と加東が言う。

 

「こんなことを言うのもあれだけど・・・。玄太郎からマルセイユに謝ってくれないかしら?」

 

「・・・なぜですか?」

 

「彼女も今回は悪かったと思ってるけど、声をかけられないでいるのよ。だから・・・ね?」

 

「・・・」

 

 黙る神崎。加東もジッと黙って見つめ、返事を待った。やがて根負けしたのか、神崎が溜め息をつき言った。

 

「分かりました。自分から謝ります」

 

「そう!よかったわ」

 

 加東は嬉しそうに微笑んだ。

 

「あ~、よかった。これで問題が一つ解決」

 

 ふと気になり神崎は尋ねた。

 

「他にも問題が?」

 

 それを聞いた加東の目がギラリと光った・・・ような気がした。

 

「解決する問題なんて山程あるわよ。例えば・・・」

 

 そう言うと加東はつらつらと「アフリカ」がどんな問題を抱えてるかを語り始めた。神崎は地雷を踏んだことを後悔しながら、黙ってハンドルを回した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブルクは自然港である。

 ネウロイとの戦争が始まる以前から貿易港として栄え、戦争が始まってからは、要塞が築かれ連合軍の拠点となった。軍の補給物資が数多く運び込まれるため、また軍人相手に数多くの店がでるため、トブルクは多くの人で溢れ活気に満ちているのである。

 

 神崎が運転するキューベルワーゲンはトブルク中心部に位置するブリタニア王国陸軍第8軍団総司令部に到着した。神崎は司令部の建物の前にキューベルワーゲンを停め、加東を降ろす。

 

「じゃあ、私は報告に行ってくるから。多分会議もあるから結構時間がかかると思う」

 

「分かりました」

 

 と、そこで加東はメモを取り出した。車の窓から神崎に手渡し言う。

 

「これに書かれてる物を買っておいてくれる?」

 

「なんです?これ・・・」

 

  受け取って見てみると、そこにはカメラのフィルムや料理のレシピなど様々な物がリストアップされていた。加東が言う。

 

「マルセイユ達が欲しい物。今回は部隊全員の欲しい物を買うのは無理だけどね。買っといてくれないかしら?」

 

「・・・わかりました」

 

「玄太郎も何か買えば?」

 

「そうですね」

 

 そう言い残し加東は司令部の建物へ入っていった。神崎は加東を見送ると、駐車場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「料理のレシピ・・・真美だな。ライーサはゴーグル。シンは釣糸。あいつは釣りばっかだな。酒のつまみ・・・マルセイユ・・・か」

 

  車から降りた神崎は、メモを見つつ大通りを歩いていた。まだ午前中にも関わらず、大通りには沢山の人が歩き、賑わいを見せている。そんな中には、ブリタニアやリベリオンなどの兵隊の姿もチラホラと見受けられたが、いつもの「炎羅(えんら)」は装備してないにしろ、扶桑皇国海軍の白い第二種軍装を着る神崎は明らかに目立っていた。

 

(見られてる・・・か。)

 

 チラチラと向けられる視線が痛い。神崎は軍帽を目深にかぶり直し歩く速度を速めた。

 

(さっさと終わらせよう。)

 

 幸いメモには店の名前も書いてある。・・・場所は分からないが。神崎は店の看板に目を配りつつ、大通りを進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって「アフリカ」基地

 

「点検始めるぞ。エンジン始動~!」

 

「了解。エンジン始動!」

 

 復唱する整備員の声を聞くと、島岡は零戦のエンジンを起動させた。指で回転数を示しながら、エンジンが正常に動くかを確認していく。

 

「出力最大いくぞ~!」

 

「了解!」

 

 エンジン音と機体の振動が一際大きくなっていく。と、そこにマルセイユがやって来た。が、島岡はエンジンに夢中で気付いていない。

 

「ーーーー」

 

「よし、どこも問題ないな!」

 

「ーーー!」

 

「やっぱ、『栄』は最高だな!」

 

「ーーーーー!!」

 

「よし、エンジン停止!」

 

「聞いてるのか!!シンスケー!!!」

 

「どわっ!!」

 

 エンジンが停止したのと同時にマルセイユの叫び声が響き渡り、島岡はコックピットの中でひっくり返った。マルセイユは肩で息をしなから、零戦の翼の付け根に上り、コックピットに顔を突っ込んでくる。

 

「私がこんなに呼んでいるのに、気付きもしないとはどういう了見だ?」

 

「いや、エンジン音がでかかったし・・・」

 

 島岡はひっくり返った時にぶつけた頭をさすりながら身を起こす。マルセイユはふんっと鼻を鳴らし、島岡の少し後ろ、コックピットの脇に寄りかかった。

 

「おいおい・・・なにしてるんだよ?」

 

「うるさい。私の勝手だろう」

 

 キッと睨み付けるマルセイユ。島岡は彼女を放置して降りることもできず、座席に座ったまま。マルセイユは島岡が座っても何の反応を示さない。仕方なく、島岡はスイッチ類をガチャガチャと弄り時間を潰した。

 どのくらいそうしていただろうか。マルセイユがポツリと言った。

 

「なぁ、シンスケ。ゲンタローは・・・まだ怒っているか?」

 

(あ~)

 

 島岡は納得した。マルセイユが今まで神崎に話しかけなかったのは、単純に神崎がまだ怒っているか心配で話しかける勇気がなかったのだ。

 

(まぁ、ゲンもいつもポーカーフェイスだし仕方ないか)

 

 島岡は明るい声で言った。

 

「ゲンはもう怒ってないぞ」

 

「そんな訳ない。私はあんなに怒らせたんだぞ。私ならまだ怒ってる」

 

 島岡は振り返ってマルセイユの顔を見た。その顔は、本当にこれが「アフリカの星」かと疑ってしまうような不安そうなものだった。島岡は少しため息をついて言った。

 

「マルセイユ。お前は何歳?」

 

「?14だが?」

 

何故そんなことを聞くのかとキョトンとした顔をするマルセイユ。島岡は諭すように言った。

 

「いいか?俺は17だ」

 

「うん」

 

「お前より3年分多く人生経験をしてるんだ。それはゲンも同じ。そんなゲンがお前がしたことをずっと怒っていると思うか?」

 

「・・・」

 

「ゲンは自分から積極的に話すやつじゃないから、そこで少しすれ違っただけだよ」

 

「でも・・・」

 

「大丈夫。親友の俺が保証するよ」

 

 島岡はマルセイユを励ますように頷いた。それを見て、マルセイユは表情を明るくした。

 

「分かった。ありがとう、シンスケ!」

 

 そう言うと、マルセイユは零戦から飛び降りてどこかに走っていった。島岡はその後ろ姿を見送るとひとりごちる。

 

「なんで上官を諭してるんだか・・・」

 

 やれやれと首を振りながら、島岡もコックピットから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブルク

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎はメモに書かれていた最後の物を買い揃え、店から出た。色々な店を渡り歩いた為に結構な時間がかかったいた。

 

(もうそろそろ時間か・・・)

 

 神崎はポケットから取り出した懐中時計で時間を確認すると、司令部の建物に足を向けた。

 しばらく大通りを歩いていたがさっきとは雰囲気が変わっていることに気付く。明らかに民間人が少なくなっているのだ。そして、武装した連合軍人が大通りを封鎖していた。

 

(・・・?)

 

 キョロキョロと周りを見回す神崎だが、後ろから何か喧騒が近づくのに気付き、振り向いた。神崎の目が見開かれる。

 

 それは反戦デモ行進だった。

 行進している人々は声を揃えて叫びながら、プラカードを掲げている。デモ行進の規模は以前見た時と比べ物にならない程に大きくなっており、その変化に神崎は驚きを隠せないでいた。

 

「おい!そこの扶桑軍人!何しているんだ!こっちにこい!!」

 

 デモ行進を見て棒立ちしていた神崎を、ブリタニア陸軍の将校が呼ぶ。その声で神崎は我に帰った。荷物を抱え直すと、封鎖している地点へと走る。たどり着くと、ここの指揮官であろうブリタニア陸軍の大尉が神崎の姿を見て言った。

 

「貴官は・・・『アフリカ』の・・・」

 

「ハッ。統合戦闘飛行隊『アフリカ』所属、神崎玄太郎少尉です。大尉、これは・・・」

 

 周りを見渡して神崎が言った。大尉が答える。

 

「最近、反戦デモが過激化してきたのだ。奴らが基地周辺に近づかせないのが我々の任務。貴官はすぐに基地へ戻れ」

 

「了解しました」

 

 神崎は敬礼を残し、すぐさま大通りを後にした。

 

(嫌な感じだ・・・)

 

 神崎は頭を振り、足を速めた。その様子を1人の男が建物の二階から見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎が車に戻ると既に加東は戻っており、カールスランドの将校と話をしていた。

 

「だから・・・わけだから・・・」

 

「そこは・・・だ。つまり・・・」

 

 何やら混み入った話をしているらしい。少し近づくのを躊躇う神崎だが、そこで加東が気付いた。

 

「あ!お帰り、玄太郎。ちゃんと買えた?」

 

「はい」

 

 加東に返事をしつつ、隣にいたカールスランド将校に敬礼する。ああ、と加東が将校を紹介した。

 

「ロンメル将軍よ。よく基地にくるから仲良くしてね」

 

「はい。・・・はぁ!?」

 

 加東の軽い紹介に、神崎はすぐ相手を理解できなかった。思わず驚きの声を上げてしまうが、努めて努めてポーカーフェイスに戻し改めて挨拶しようとする。しかし、それをロンメル自身が制した。

 

「君のことは知っている。神崎少尉。マッダレーナ砦ではよくやってくれた」

 

「いえ・・・」

 

 平常心をなんとか維持しようとする神崎。それを見てとったのか、加東が助け船を出した。

 

「じゃあ、将軍。私たちは基地に戻るわね」

 

「む、そうか。また私もそっちに行くから、その時は写真を売ってくれ」

 

「はいはい」

 加東に促され神崎も車に乗る。と、そこでロンメルがコンコンッと運転席の窓を叩き、言った。

 

「今、街はデモ行進の真っ最中だ。街から出る時は少し遠回りした方がいい」

 

「了解しました」

 

 神崎は頷くとエンジンをつけ、車を発進させた。しばらく車を走らせ、ロンメルが見えなくなると、加東に尋ねた。

 

「ケイ大尉。あの方は本当に・・・」

 

「本当にロンメル将軍よ。将軍があんななんて、扶桑じゃ考えられないわよね」

 

 ケラケラと笑う加東。その姿を見て、神崎はさらに信じられなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地に着いた頃には西の空が赤くなっていた。稲垣が夕食を作ってるのだろう。どこからともなく美味しそうな匂いが漂っていた。車から降りた加東はその匂いを嗅ぎ、思い出したように言った。

 

「そう言えばお昼を食べてなかったわ。玄太郎は食べた?」

 

「いえ。自分もです」

 

 荷物を抱えて降りた神崎も鼻をヒクつかせる。二人が調理場近くに戻ると、既に夕食が始まっていた。

 

「お!ゲン、ケイさん、お疲れ!」

 

 島岡がいち早く二人に気付く。他の面々も二人に気付くが、加東はともかく神崎を見ると気まずそうな雰囲気となる。

 しかし、神崎は特に気にすることなく、荷物を置くと食事を受け取り、島岡の隣に座った。加東も食事を受け取ると、近くに座り言った。

 

「玄太郎。ちゃんとカメラのフィルムあった?」

 

「はい」

 

「俺の釣糸は?」

 

「・・・ちゃんと全部買ってある」

 

 神崎は二人が気を使ってくれていることをひしひしと感じていた。どうもやるせなさを感じ、溜め息をつく。すると、そこへマルセイユが近づいてきた。神崎の向かい側に立って、低い声で言った。

 

「ゲンタロー」

 

「・・・はい」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 沈黙

 

 加東が神崎の腕をつつき、島岡がマルセイユに何か視線を送っているが、神崎はあえて無視することにした。

 

「そのだな・・・」

 

「・・・」

 

 マルセイユは何かを言おうとしているのだが、なかなか言い出せない。神崎はそれを察し、自分から口を開いた。

 

「中尉、この前の・・・」

 

「後で・・・」

 

「?」

 

 言葉を途中で止められ、押し黙る神崎。そのままマルセイユは続けた。

 

「私の天幕に来い」

 

「は?」

 

 そう言うと、マルセイユは踵を返してどこかへ行ってしまった。まさかの言葉に、神崎はもちろん加東も島岡も茫然としている。不幸中の幸いはマルセイユの声が低かったために、周りの兵士には聞かれなかったことだろう。

 

「・・・なんなんだ?」

 

 神崎はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 行かないわけにもいかず全ての仕事が終わった後、神崎はマルセイユの天幕の前にいた。天幕の入り口にはマティルダが立っているが、神崎を見るとスッと入り口を開いた。中に入ると、マルセイユはソファに座っていた。

 

「中尉」

 

「ん」

 

 神崎は声をかけたが、マルセイユは返事をしただけで黙ってしまった。しょうがなく、神崎は自分から口を開いた。

 

「中尉。この前は申し訳ありませんでした」

 

「もう怒ってないのか?」

 

「はい」

 

 マルセイユはじっと神崎の目を見つめた。そしてフルフルと首を振って言った。

 

「嘘だ。そんな簡単に許してくれるはずがない」

 

「中尉が自分のことを思ってあんなことをしてくれたのは分かっています。だから・・・」

 

「じゃあ、なんであんな怒ったんだ?」

 

 マルセイユが不安そうな表情で神崎を見上げた。それを見て神崎はふと思い出した。まだ扶桑の実家に住んでいた頃、妹を叱った時に同じような表情をしたのだ。

 

(あぁ・・・そういうことか)

 

 マルセイユは航空魔女(ウィッチ)で「アフリカの星」である前に、まだ子供なのだ。だから、こんなことで狼狽えるし、不安にもなる。

 

「ハンナ」

 

「!」

 

 知らず知らずのうちに、神崎は彼女の名前を呼んでいた。そして、普段は見せない柔らかい表情をして、手をマルセイユの頭にのせた。まるで兄のように。

 

「大丈夫だ。もう俺は怒ってない」

 

「本当か?」

 

「ああ。だが・・・次したら許さないぞ」

 

「分かった。絶対にしない」

 

 マルセイユはコクンと頷いた。神崎は頷くと、後ろを振り返って言った。

 

「で、いつまで隠れてるんですか?」

 

 見たところ、二人以外誰もいないマルセイユの天幕。

 だが、神崎が声をかけるとガサゴソと音が鳴り、物陰から加東、島岡、ライーサが出てきた。皆、一様に気まずそうな顔をしている。あきれた顔で神崎が言った。

 

「ばれないとでも思ってたんですか?」

 

「いや、だって・・・ねぇ?」

 

 島岡が隣の加東をみる。

 

「まぁ、何か間違いがあったらいけないし。保護者の務めね」

 

「そんなことしません・・・」

 

 はぁ・・・とため息をつく神崎。そんな神崎の横をライーサが通り抜け、マルセイユに尋ねた。

 

「ティナ、神崎さんと仲直りできた?」

 

「ああ」

 

 さっきの不安そうな顔はどこにいったのか、マルセイユの顔はいつもの自信満々なものになっていた。

 

「仲直りできたことだし、今日は飲もう!!マティルダ!」

 

「はい」

 

 すでに酒の準備を完了しているマティルダ。その様子を見て、ジト目となる神崎。

 

「中尉・・・」

 

「ゲンタロー。もう騙して飲ましたりしない。堂々と一緒に飲もう!!」

 

「・・・もう、どうにでもなれ・・・」

 

 諦めた声の神崎。今夜も魔女の宴会が始まった。

 




今回でマルセイユ編は終わりです。

次は誰にするかは未定。


注:「栄」というのはゼロ戦のエンジンの名前です。わからなかった人がいたらごめんね。


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第十話

戦艦はハルナが好きです。え?もちろんコレクションも大戦艦級もどっちもですよ。

いつもの通り、感想、アドバイス、ミスの指摘、よろしくお願いします。




 

 

 俺は小さい頃から高い所が好きだった。

 

 いつも屋根に登ったり、木に登ったりして遊んでいた。いつしか空を飛びたいと思うようになり、予科練を受験した。

 

 予科練に入学し、初めて飛行機を操縦した。零式艦上戦闘機。この飛行機を操縦して、俺は空を自由自在に飛ぶことができた。ただただ楽しかった。そして、これに乗っていればどんなやつにも勝てると思った。

 

 思っていた。

 

 今日も俺は空を飛ぶ。例え戦えなくても・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカ基地

 

 

 

 早朝。島岡はブンッブンッという空気を裂く音で目を覚めた。隣を見れば、ちらかっているベッドには神崎の姿はない。

 

(ゲンは素振りか~・・・)

 

 島岡は頭を掻きながらベッドから起き上がった。まだ、夜の寒さが残っている為、上着を羽織って外に出る。

 

「起きたか。シン」

 

「おう・・・。おはよう」

 

 神崎の素振りをしながらの言葉に挨拶を返しながら、島岡は神崎を眺めた。神崎は軽く息を吐きながら素振りを続けている。

 

「なに見ている?」

 

「ん?別に」

 

「・・・お前もやるか?」

 

「まさか。お前はともかく、俺がいつ刀を使うんだよ?」

 

「それもそうだな」

 

 そう言うと神崎は素振りをやめてしまった。「炎羅(えんら)」を鞘に戻すと、近くに置いてあった上着を取った。

 

「シャワー浴びてくる」

 

「おう」

 

 スタスタと歩いていく神崎を尻目に島岡は欠伸を噛み締め、二度寝に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食の後には出撃前のブリーフィングがある。今回も魔女の面々と扶桑男子二人は格納庫近くの会議所に集まっていた。加東が設置されたボードの前に立って言った。

 

「今日は通常の出撃に加えて護衛任務があるわ」

 

「護衛任務?」

 

 マルセイユが聞き返す。加東は頷いて続けた。

 

「カールスランドから陸戦の新兵器が届いたの。前線まで輸送するのを護衛して欲しいって。ロンメル将軍直々の“お願い”よ」

 

 上からの“お願い”はほとんど命令と同じ意味なので、加東の言葉には明らかに何かの含みがあったが、皆特に気にすることはなかった。

 島岡が手を挙げて尋ねる。

 

「じゃあ、誰が護衛に就くんすか?」

 

「それは考えてあるわ」

 

 加東はボードに貼られた地図を指し示し言った。

 

「輸送部隊はトブルクから出発し、フカの戦線まで移動するわ。距離は400km程度ね。私たちならあっという間だけど、陸路なら一日がかりよ。周辺警戒も含め長時間飛行する必要があるわ。だから・・・」

 

 ここで、加東は神崎を見た。

 

「この任務は玄太郎に頼もうと思うわ」

 

「了解しました」

 

 特に疑問もなく頷いた神崎だが、そこにマルセイユが異を唱えた。

 

「じゃあ、通常の出撃はどうするんだ?」

 

「そこは、いつものシフトに戻すわ。マルセイユとライーサ、よろしくね」

 

「わかった」

 

「はい」

 

 マルセイユとライーサが返事をした。ライーサの声は、久しぶりのマルセイユの僚機がうれしいのか、声が明るかった。

 

「後のメンバーは、待機と訓練。わかった?」

 

「「「了解(ヤヴォール)」」」

 

 加東は満足そうに頷いて言った。

 

「じゃあ、解散!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トブルクまではトラックで行くのか?」

 

「ああ。最初に輸送部隊と顔合わせするらしい」

 

「ふ~ん」

 

「じゃあな」

 

 そう言って神崎は、ストライカーユニットを載せたトラックに乗って行った。島岡はそれを見送り、零戦の所へ向かう。その途中、ライーサに話しかけられた。

 

「あ!島岡さん!」

 

「うん?」

 

「これから真美と模擬戦だそうです」

 

「わかったよ」

 

 連絡事項は伝えたはずだが、ライーサはそのまま島岡についてきた。模擬戦を見ていくつもりなのだろう。島岡は何気なくライーサに話しかけた。

 

「ライーサはいつごろ出撃?」

 

「時間的にはお二人の模擬戦が終わったあとですね」

 

「そうか」

 

 そこで会話が途切れてしまった。少し気まずい雰囲気に次は何を話そうかと考える島岡だが、先にライーサが話しかけてきた。

 

「島岡さんはウィッチと模擬戦したことあるんですか?」

 

「ゲンとは何回かしたことあるかな。戦闘機同士なら予科練の時と本土守備隊の時に何度も」

 

「戦闘機同士って零戦ですか?」

 

「そうだな。あとは96式とかかな」

 

 するとライーサが目をキラキラさせながら島岡のを見つめた。

 

「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」

 

「お、おう。いいよ」

 

 まさか、そこに喰いつくとは思わなかった島岡は若干たじろいだ。実は、兵器に関する話が好きなライーサであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の神崎。

 

 ブリタニア陸軍の飛行場にユニットを置き、軍港で輸送部隊が到着するのを待っていた。ちなみに、トラックを運転してくれたガードナー上等兵はユニットを降ろすとすぐに帰ってしまっため、話す相手もいない。神崎は一人寂しく波止場でただずんでいた。

 

「さすがに暇だな・・・」

 

「ふむ。そうかね?」

 

「ええ。せめて本でもあれば・・・って」

 

 神崎は、いつの間にか現れ、さらっと独り言に割り込んできた人物の方を向いた。

 

「ロンメル将軍。なんでここにいるんですか?」

 

「もちろん出迎えだよ」

 

 印象のよい笑顔でロンメルが言う。

 

(普通に考えて将軍がすることではないだろう・・・)

 

 そう思いながらも一切顔には出さない神崎。ロンメルは上機嫌で話を続けた。

 

「今回来る部隊は私の直属でもあるからね。自分で出迎えたいのだよ」

 

「そうですか」

 

 神崎は取り合えず納得しておくことにして、しばらくロンメルと世間話をして時間潰した。将軍と少尉の世間話など普通は考えられない状況である。

 

「っと、到着したようだね」

 

 そうこうしているうちに輸送船が到着した。さすがカールスランド軍と言ったところか、迅速にテキパキと荷揚げ作業を行っている。

 そんな中から、一人の女性兵士がこちらに近づいてきた。成熟した体に黒髪、そして吊り目気味の大きな目で相当な美人なのだが、一つの特徴でそれを上回る凄みを醸し出していた。それは顔に斜めに刻まれた傷跡である。相当な死線を潜り抜けて来たのだろう。神崎は自然と姿勢を正した。

 

「カールスランド陸軍試作陸戦ユニット『ティーガー』到着いたしました」

 

 ロンメルの前に立ち、報告する女性兵士。ロンメルは鷹揚に頷いて言った。

 

「よく来てくれた、ポルシェ技術少佐。君たちにはこれからフカの陣地に行ってもらう。そこで『ティーガー』を完成させてほしい。そして・・・」

 

 そこでロンメルが神崎の肩を叩いた。

 

「彼が君たちを護衛してくれる」

 

「統合戦闘飛行隊『アフリカ』の神崎玄太郎少尉です。よろしくお願いします」

 

 神崎の敬礼にポルシェと呼ばれた女性兵士も返礼を返す。

 

「カールスランド陸軍、フレデリカ・ポルシェ技術少佐です。よろしく、少尉」

 

 フレデリカは真剣な表情だったが、すぐ怪訝な顔をしてロンメルに尋ねた。

 

「将軍、今回は戦闘機が護衛に就くのでしょうか?事前連絡では航空魔女(ウィッチ)が護衛に就くと聞いていたのですが・・・」

 

「ああ、彼は男だが魔女(ウィッチ)だ」

 

「は?」

 

魔法使い(ウィザード)と言ったところかな」

 

 自分のことでもないのに自慢そうに言ったロンメルの言葉に、フレデリカは困惑の表情を浮かべる。神崎はそんな彼女を気の毒に思い、助け舟がてらに質問した。

 

「少佐、作業はどのくらいで終わるでしょうか?」

 

「え、ええ。一時間程度で終わると思う」

 

「分かりました。なにかお手伝いすることは?」

 

「特にないわ。ありがとう。では、将軍」

 

「ああ」

 

 そう言ってフレデリカは荷下ろし作業へと戻って行った。

 

「では、私も戻ろう。神崎少尉、よろしく頼む」

 

「はい」

 

 ロンメルはトコトコと歩き去っていった。将軍があんな感じなら部下はどんなに大変なのだろうか・・・と嘆息する神崎であったが、どこからか視線を感じ周りに目を向けた。

 

「・・・ん?」

 

「!!」

 

 神崎が目を向けると誰かが荷揚げされた荷物の影に隠れた。気になり、近づいて覗き込むと金髪の少女が隠れていた。

 

「あ・・・」

 

「・・・?なんで隠れている?」

 

 神崎は少女に問いかけたが、少女は返事をすることなくジッと神崎を見て、そのまま走り去ってしまった。

 

「何か怖がらせたか?」

 

 子供の扱いに慣れている分、怖がらせてしまったことに少なからずショックを受ける神崎だった。

 

 

 

 

 

 

 輸送船からの荷揚げ作業は滞りなく終わり、輸送部隊は軍港から出発した。輸送部隊がトブルクの街から出るまで少し時間がかかるので、神崎は少し時間を置いてから出撃することになっている。

 

「街を出るまでどのくらいかかりそうですか?」

 

『20分ほどね』

 

「分かりました。では、そのくらいにこちらも動きます」

 

『了解』

 

 神崎は無線でフレデリカと打ち合わせをしていたが、さっきの少女が気になり尋ねてみることにした。

 

「ところで、ポルシェ技術少佐。そちらに金髪の少女はいますか?」

 

『いるけど、どうして?』

 

「さっき会ったのですが、どうも怖がらせてしまったようで」

 

『・・・彼女は、シャーロットはいつもそんな感じよ。気にしなくていいわ』

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 神崎はそこで通信を終え、出撃準備に入った。間借りしていたブリタニア陸軍の空港からの管制を受け、離陸位置に移動する。

 

「神崎玄太郎、出撃します」

 

 ユニットに魔力を注ぎ込み、加速を開始し体を浮かび上がらせた。基地上空をクルリと一回転し輸送部隊の元へと向かう。

 

「こちら神崎。現在部隊直上を飛行中」

 

『確認した。けど・・・』

 

 神崎の通信に答えるフレデリカだが、なにか戸惑ったような声だった。

 

「なにか問題が?」

 

『あなた、男性なのに本当に飛べるのね』

 

「・・・自分は魔法使い(ウィザード)ですので」

 

 半ば溜息混じりに答える神崎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 零戦

 正式名称「零式艦上戦闘機」

 

 言わずと知れた扶桑皇国海軍の主力戦闘機である。他国の戦闘機と比べて化け物じみた航続距離と航空魔女(ウィッチ)と同等の旋回性能を持つが、それゆえに防御力が著しく低くなっている。しかし、それを補う攻撃力、一般的な7.7mm機銃に加え、航空魔女(ウィッチ)が使う九九式機関銃を装備している。

 世が世なら戦場の空を席巻していたかもしれない機体だが、ネウロイに対しては戦果を挙げれてないのが現状だった。

 

 

 

 島岡の乗る零戦と稲垣は模擬戦を開始した。一般的に航空魔女(ウィッチ)同士の模擬戦にはペイント弾を用いるが、戦闘機同士の模擬戦では相手の背後を取って勝敗を決める方法、もしくは吹流しを使用した方法を取る。

 今回の航空魔女(ウィッチ)と戦闘機による変則的な模擬戦は、相手の背後を取ったほうが勝ち、ということになっていた。全方位に射撃ができる航空魔女(ウィッチ)へのハンデであるが、今回の模擬戦の目的は戦闘機動の錬成の為、なんら問題はなかった。

 

「さて、どうしたものかね・・・」

 

 旋回する零戦のコックピットで島岡は呟いた。普通に考えれば航空魔女(ウィッチ)と戦闘機の戦いなど、どう考えても航空魔女(ウィッチ)の勝ちだろう。しかし、島岡は、昔は神崎、ここ最近はずっとライーサと一緒に飛んでいたのだ。航空魔女(ウィッチ)の動きは大体把握している。目を向ければ、ちょうど反対側に同じように旋回する稲垣の姿が見える。しかし、航空魔女(ウィッチ)の方が戦闘機よりも断然小さいため小さい円周で旋回し、徐々にこちらの後ろを獲り始めた。

 

「さすが!でも・・・」

 

 島岡は操縦桿を傾けた。稲垣が回り込んでくるのを防ぐために、自身も回り込もうとする。

 

『!速い!?』

 

 零戦の、その驚異的な旋回能力に稲垣は驚いた声を上げた。だが、稲垣すぐに顔を引き締め、島岡の零戦を追い始める。互いにクルクルとドッグファイトを繰り返すが、そこで稲垣が意を決したようにスピードを上げた。

 

「!!」

 

 稲垣の動きに反応し、島岡もスピードを上げた。更に右へ左へと機体を振り、稲垣を背後に近づかせないようにする。しかし、稲垣はそれでも食いついてきた。

 

「なかなかやるな・・・」

 

 島岡は稲垣のその根性に感嘆した。12歳ながらも、ここ激戦地アフリカで戦っているだけある。

 

 だが・・・

 

「でも・・・よっと」

 

『あ!!』

 

 突如、ふわっ浮き上がるように一気に減速して、くるっと旋回した。スピードを上げていた稲垣はその旋回についていけず、真っ直ぐ突っ切ってしまう。その背後にスピードを上げた零戦がピッタリとついた。

 

「ほい。終了」

 

『ま、負けました・・・』

 

 悔しそうな稲垣の声。島岡は励ますように言った。

 

「真美ちゃんもいい動きだったよ。さ、戻ろう」

 

『はい・・・』

 

 二人は基地への帰路についた。

 

 

 

 基地に帰ると、ライーサが二人を出迎えた。

 

「二人とも、お疲れ様。島岡さん、お見事でした」

 

「いや、大したことねぇよ」

 

「島岡さんの動き、凄かったです。完敗でした・・・」

 

 悔しそうに稲垣が言う。そんな稲垣に島岡がまた励ますように言った。

 

「俺が機体を振り回した時、まさかあそこまで喰らいついてくるとは思わなかったよ。真美ちゃんがスピードを上げてたからあの機動ができたけど、もしスピードを上げなかったら危なかった」

 

「そうですか?」

 

 島岡の言葉に稲垣の表情は少し明るくなった。ライーサも島岡に言った。

 

「でも、よくあんな機動ができましたね?」

 

「機動の考え自体は、この前の神崎の動きを参考にしただけだよ。マルセイユとの模擬戦の時のね」

 

「あ!あの時の!!」

 

「ま、出来たのは俺の腕。特務少尉は伊達じゃないってね。」

 

 少し自慢げに言う島岡。そんな彼を稲垣は羨望の目で見つめた。

 

「島岡さん、かっこいいです!」

 

「へ?そ、そうか?」

 

 まさか稲垣がそんな反応するとは思わなかった島岡は戸惑った声を上げる。そんな島岡を見てライーサはクスクスと笑った。けど・・・と島岡は表情を曇らせて言った。

 

「俺はネウロイには勝てねぇよ」

 

 その言葉にライーサと稲垣は怪訝な顔をした。稲垣が言う。

 

「でも、この前のマッダレーナ砦では援護を・・・」

 

「あれはネウロイがライーサとマルセイユに集中してたから。戦闘機には航空魔女(ウィッチ)のようなシールドはないし、本気でネウロイとやりやったら、ひとたまりもねぇ。赤城の時もそうだった」

 

 島岡の寂しそうな表情に稲垣は何も言えなくなってしまった。ライーサも黙っていたが、少しして静かな声で言った。

 

「その戦闘の話は聞いています。でも島岡さんは、十数体のネウロイから逃げ切ったんですよね?それって航空魔女(ウィッチ)でも難しいことです。そこまでの腕を持ってるならネウロイを倒すことも・・・って島岡さん?どうしたんですか?」

 

 ライーサは島岡が目を丸くしているのを見て話すのを止めた。島岡は少し戸惑いながら言った。

 

「いや、ゲンとほとんど同じようなこと言ったから驚いて・・・」

 

「え?そうなんですか?」

 

 驚いてお互いの顔を見合うライーサと島岡。そんな二人を見て今度は稲垣がクスリと笑った。穏やかな三人の雰囲気。しかし、突如鳴り響いた警報がそれを壊してしまう。三人の表情が引き締まった。直後、加東がこちらに駆けてきた。

 

「真美!模擬戦の後で悪いけど出撃よ。今回は私も出るわ」

 

「はい!!」

 

「なんでケイさんが?」

 

 真美が格納庫に走っていくと、島岡が加東に尋ねた。

 

「敵が地上型ネウロイ主体だし、航続距離の問題がね」

 

「指揮は?」

 

「マルセイユに任せてるわ。信介もライーサもマルセイユをサポートしてね。じゃあ!」

 

 加東はそう言い残すと格納庫へ走って行った。少しして、キ61を装着した加東と稲垣が発進していった。

 

「さぁ、私たちはティナの所へ行きましょう」

 

「だな」

 

 発進した二人を見送り、島岡とライーサはマルセイユの所へ走っていった。

 




自分の書く速度が遅いせいで、話を完結させるのにどのくらいかかるんだろうと不安になってきました。来春までには終わらせたい。(希望的観測)


評価の欄に色がつきました。評価してくれる人がいてうれしいです。


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第十一話

このシリーズを書いてるとアフリカに行きたくなる今日この頃。暑いのはあまり好きじゃないんですけどね。

と、いうわけで第十一話です。
感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします<(_ _)>


 

 

 輸送部隊の直上を飛行していた神崎だが、不自然な土煙を見つけ機体を停止させた。背負っていた雑嚢(長時間飛行するために食糧や飲み物を入れていた。)から双眼鏡を取り出し、その部分を見つめる。そこでは何かが走っているように思えた。

 

(あれは・・・ジープか?だが・・・!?)

 

 土煙の発生源の上空に黒い斑点を見つけた時、神崎は無線に叫んだ。

 

「停止してください!!」

 

 神崎の下で、輸送部隊が急ブレーキをかけて止まる。無線からフレデリカの声が響いた。

 

『どうしたの!?』

 

「ネウロイです。航空型が、おそらく10程度」

 

 神崎は双眼鏡を雑嚢にしまうと、九九式機関銃を構えた。フレデリカの焦った声で言う。

 

『ここはまだ味方戦線の中でしょう!?どうして・・・』

 

「詳しいことが分かりません。しかしすぐに転進した方がいいかと」

 

『了解したわ。予定を変更してこの近くの基地に・・・』

 

「自分が敵を引き付けます。早く」

 

 輸送部隊が転進するのを見届けてると、神崎は迫りくるネウロイに目を向けた。すでにネウロイは肉眼で見えるほど近づいている。神崎がネウロイに接近すべくユニットに魔法力を込めようとした時、誰かから通信が入った。

 

『カン・・・ザキ少・・・尉?』

 

「?・・・シャーロットか?」

 

 シャーロットの弱弱しい声が無線から聞こえる。神崎はしばしその声に耳を傾けた。

 

『どうして・・・怖い思いをして・・・戦うんですか?』

 

「は?」

 

 あまりにも突拍子な質問。だが、その声色で彼女が真剣であることが分かった。神崎は真剣に答えた。

 

「自分が成すべきこと、したいことを果たす為・・・だ」

 

『・・・成すべきこと?したいこと?』

 

「ああ。じゃあな」

 

 そこで神崎は通信を切った。もうネウロイは間近に迫っている。

 

「まぁ、まだ探している途中なんだがな」

 

 神崎は自嘲気味に呟くと、ネウロイに銃口を向けて引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?なんだって?もう一度言え!ゲンタロー!」

 

『現在ケリドーン型多数と交戦中!増援を頼む!』

 

 神崎の声が、所々戦闘音とノイズで途切れる。相当切迫しているのか、神崎の声には焦りが滲んでいた。

 

「増援だな!場所は!?」

 

 神崎が口早に場所を説明していく。マルセイユは素早くそれを紙に書き写した。

 

「分かった!すぐに増援に向かうからな!」

 

『というか、なんで中尉!?ケイ大尉は!?』

 

「今は私が指揮官だ!!」

 

『何言って・・・。ッ!?』

 

「ゲンタロー!?」

 

 一際激しいノイズが響き、通信が途切れてしまった。マルセイユは無線機の受話器を放り投げると、位置情報の書いた紙を持って地図のあるテーブルへと向かった。そこには島岡とライーサ、マティルダが待機していた。島岡が心配そうな声で訊く。

 

「マルセイユ。ゲンは!?」

 

「ネウロイと交戦中だ。場所は・・・ここだな。」

 

 メルセイユが紙に書かれた位置情報から場所を割り出す。場所はマトルーと最前線であるアライメンとの中間付近だった。距離にして約350kmだった。それを確認してライーサが言った。

 

「私たちのユニットじゃ、戦闘するにはマトルーで一度補給が必要だね」

 

 しかし、マルセイユは首を横に振る。

 

「そんな時間はない。ゲンタローは相当厳しい状況だ」

 

「でも、そうしないと私たちが帰還できなくなる」

 

 マルセイユが言うことも、ライーサが言うことも両方正しい。しかし、その両立を図る時間はない。

 

「速度が速く・・・、航続距離が足りて・・・」

 

 マルセイユがうつむき、ぶつぶつと呟きながら考え、そしてパッと顔を上げた。その目の先には島岡。

 

「・・・」

 

 島岡はその視線を真剣な表情で受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいか!私たちが到着するまででいいんだ!絶対に無理はするなよ!』

 

「んなことは分かってるよ!」

 

 無線機から聞こえるマルセイユの声に応えながら、島岡は急いで発進準備を整えていた。方向舵、昇降舵、補助翼、エンジン出力、機銃を素早く確認していく。確認を終えた島岡は周りにいる整備兵に離れるように指示し、機体を滑走路へと移動させていった。後ろからマルセイユとライーサも島岡に続いて滑走路に出てくる。三人は視線を送り合うと、離陸していった。

 

 神崎が戦闘中の空域にいち早く到着すべく、三人は全速力で飛行していた。しかし、マルセイユとライーサは燃料補給の為に別れることになっている。つまり、島岡は二人が到着するまで、一人で神崎の援護をしなければならない。

 

(畜生・・・。緊張しやがる・・・)

 

 赤城での戦闘が思い出され、島岡の操縦桿を持つ腕は小刻みに震えていた。心を鎮めようとするも、背後から撃たれるネウロイのビームの恐怖を思い出し、さらに手が震え、それに連動して機体が揺れていた。

 

(落ち着け・・・落ち着けよ俺・・・!?)

 

 恐怖心を取り払うべく必死に自分に言い聞かせる島岡だが、突然機体の揺れが治まったことに気が付いた。しかし腕の震えはまだ治まっていない。

 島岡がハッとして横を見る。そこには、零戦の翼を押さえ、機体の揺れを止めてくれているライーサがいた。ライーサは島岡と目が合うと、力強く頷き微笑んだ。島岡はそれを見ると恐怖心が消え緊張がふっと解れるように感じた。

 マルセイユからの通信が入る。

 

『私たちはここで別れる。シンスケ、頼んだぞ。』

 

「了解」

 

 二人が離れていくのを見送くると、島岡は一つ深呼吸をして気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現れた敵はケリドーン型が12体だった。

 いち早く発見できたのが功を奏し、輸送部隊は攻撃を受ける前に撤退を開始。神崎は輸送部隊を守るため、長時間の飛行で魔力残量が心もとないのにもかかわらず、ネウロイに対し炎による先制攻撃を行った。この攻撃によりネウロイを2体撃墜。

 しかし、そこからは圧倒的不利な戦闘に突入した。

 

「ちっ!!」

 

 神崎は横合いから突っ込んできた2体のネウロイを回避しながら、手に持つC96をフルオートで発砲した。

 しかし、拳銃の弾丸では威力不足で、空しく火花を散らすだけ。装備していた機関銃は、マルセイユと交信していた際に破壊され、しかも、その時の衝撃のせいか、無線の調子が悪く長距離の交信ができないでいた。

 炎羅(えんら)で接近戦を挑もうにも、いたる所からの攻撃により果たせず、炎を放とうにも魔力消費が激しく飛行すらままならなくためにできず、結果ほとんど嬲り殺しとなっていた。

 

「さすがにきついか・・・」

 

 C96に弾を再装填しつつ、一人呟く。こうしてる間にもネウロイはこちらを倒すべくビームを撃ってくる。神崎は適宜シールドを張りながら回避に徹し、ネウロイの攻撃が途切れた一瞬の隙をつき、不用意にこちらに近づいたネウロイに炎羅(えんら)を抜いた。

 

「シッ!!」

 

 炎羅(えんら)を逆手に構え、短く息を吐きながらネウロイに突き立てる。素早く引き抜くと、刺されたネウロイは錐揉みしながら落ちていった。

 

「これで後9・・・。!?」

 

 猛烈な殺気を感じ、神崎は後ろを振り返った。

 そこには、こちらに体当たりしようと急接近する一体のネウロイ。ネウロイを落とした時に気を抜いた隙を突かれた結果であった。ふっと時間が引き伸ばされ、ネウロイが衝突する瞬間が刻一刻と迫る。神崎の目が見開かれた。

 

 

 

『やらせねぇぇぇえええええ!!!』

 

 

 

 接触する寸前、突然ネウロイが火を噴いた。ネウロイはバランスを崩し、すんでの所で神崎の脇に逸れる。一瞬、動きが止まってしまう神崎。その横を一迅の風が通り過ぎた。

 

『よっしゃ!見たか!!ネウロイ!!』

 

 無線から聞こえる興奮した島岡の声。通り過ぎた風は零戦だった。

 

「!シンか!?」

 

『よお!助けに来てやったぜ、こんちくしょう!!』

 

 突如現れた零戦にネウロイの攻撃が集中する。しかし、零戦はヒラリヒラリと攻撃を躱していった。

 

『もう少しでマルセイユ達がくる!それまで落ちるなよ!』

 

「・・・お前も!」

 

 島岡の言葉に返事をしながら、神崎はユニットになけなしの魔力を注ぎ込み、ネウロイに接近すべく加速した。島岡に気を取られたネウロイに肉薄し、炎羅(えんら)を閃かせ、斬り裂いた。

 

「まだいけるな」

 

 仲間が来てくれるということはこんなにもありがたい。神崎は体が軽くなったように感じた。

 

 

 

 島岡も零戦の機動性をフルに発揮しながら、追いすがる2体のネウロイと渡り合っていった。エルロン・ロールを繰り返し、ネウロイの攻撃を回避する。華麗な機動とは裏腹に島岡の心中は乱れっぱなしだった。ビームが機体の傍を通り過ぎる度に冷や汗をかき、恐怖で歯がガチガチとなる。しかし、操縦桿を持つ手が震えることはなかった。

 

「俺だってな・・・戦えるんだよ!赤城の時とは違う!」

 

 わざと速度を落とし、それに釣られてネウロイが再び攻撃しようとした寸前に急旋回でネウロイの背後に回り込んだ。ネウロイがいくらケリドーン型とはいえ、この機動と零戦の旋回性能にはついていけない。

 

「もらった!!」

 

 島岡は20mm機関銃の引き金を引いた。装填されていた炸裂弾がネウロイの装甲を食い破り、内側からズタズタする。1体のネウロイは白い粒子となって爆散した。

 だが、ネウロイもやられっぱなしではない。残っているネウロイの内、数体が零戦に向けてビームを撃った。島岡はネウロイを落とした直後で、その攻撃に気づいていない。着弾する直前、間一髪で神崎が間に入り、シールドを張って零戦を守った。

 

「!?すまん!!』

 

『油断するな!』

 

 島岡は攻撃してきたネウロイに目を向ける。ネウロイは残った戦力を集めているようで、7体のネウロイが飛行していた。神崎にはこれ以上の戦闘はきつかった。

 

『もうこれ以上は・・・。』

 

「大丈夫だよ」

 

 神崎の言葉を島岡が遮った。神崎が零戦のコックピットを見ると、島岡が後ろを指さしている。その先にはマルセイユとライーサの姿。

 

「俺たちの勝ちだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルセイユとライーサの連携攻撃を耐えるネウロイなど、このアフリカにはいない。

 そう思わせるほどの鮮烈かつ苛烈な攻撃で、7体のネウロイは悉く撃墜された。輸送部隊も無事に味方基地に到着したとの報告があり、結果的に神崎の護衛任務は成功したと言えるだろう。加東と稲垣の方も防衛に成功し、連合軍は今回の戦いでもネウロイの侵攻を許すことはなかった。

 

 

 

「いや・・・ホント疲れた・・・。」

 

 アフリカ基地に帰還した後、島岡は格納庫で零戦のコックピットに座っていた。戦闘中は興奮のせいか何も感じなかったのだが、帰ってくるとドッと疲れが現れたのだ。実際、飛行服の下は汗でぐっしょりと濡れている。

 

「シン。まだいるのか?」

 

「お~う」

 

 一緒に帰還した神崎がかけた声に適当に返事をしながら、よっこらせと立ち上がった。地面に降り立つと、飛行帽を脱ぎ額の汗を拭う。

 

「あ~、疲れた。釣り行って気分転換してぇ」

 

「お前、そればっかりだな」

 

 二人並んで格納庫の出口へ歩いていく。会話は続いた。

 

「今日は助かった」

 

「気にすんなって。まぁ、あそこまで戦えるとは思わなかったけどな」

 

「お前ならあれぐらいできて当然だ」

 

「褒めても釣った魚しかでねぇぞ」

 

「・・・ともかく」

 

 そこで神崎は言葉を切り、拳を突き出した。

 

「これからも背中を頼む」

 

「おう」

 

 島岡も拳を突き出し、ゴツンと神崎の拳にぶつけた。

 

 

 

 

 

 俺は空を飛ぶのが好きだ。

 そして、仲間と共に戦える空がもっと好きになった。




前回と今回は島岡にスポットライトを当ててみました。ちなみに設定上では空戦技術は神崎よりも島岡の方が上です。

次は・・・誰かな?


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第十二話

最近、色々な小説を読んでます。とても参考になりますね。

と、いうわけで第十二話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘などいつもの通りよろしくお願いします。


 

 

 「アフリカ」基地の補給状態はとてもいい。

 ロマーニャ軍とブリタニア軍からの兵站がしっかりしているし、ネウロイの攻撃によって廃棄された基地から物資を回収したりしているからだ。

 しかもマルセイユの絶大な人気のおかげで酒類は各地からプレゼントされ、挙句の果てには島岡が来たことで本来は手に入りにくい海産物も大量に入手することが可能となった。

 

「正直言ってなかなか悩みどころです」

 

 扶桑皇国陸軍航空魔女(ウィッチ)にして、「アフリカ」料理長、稲垣真美は厨房で一人呟いた。目の前には大量の魚。この魚は、我らが零戦乗りの島岡信介特務少尉が釣ってきたものだ。新鮮な食材が手に入りにくい砂漠では、これらの魚はとてもありがたい物だ。

 しかし、調理する側としては、稲垣自身が魚の調理を苦手にしているのと相まって、悩みの種となっていた。

 

「時間が経てば腐らせちゃうし…。むぅ」

 

 包丁片手に、一人悶々とする稲垣。そこに救世主が現れた。

 

「稲垣軍曹…。大丈夫か?」

 

「神崎さん。助けてください!」

 

 稲垣は神崎に泣きついた。

 

 

 

「いいか?ここはこういう風に包丁を入れるんだ」

 

「こ、こうですか?」

 

「ああ。上手いぞ」

 

 現在、厨房では神崎による料理教室が開かれていた。神崎自身も魚をさばきながら、稲垣に教えていく。その丁寧な教えのおかげか、最初はたどたどしかった稲垣の手つきも段々と上達していった。

 

「そ、そういえば…」

 

「ん?」

 

 魚をさばいている途中、稲垣がためらいがちに声をかけた。稲垣にとって神崎は年上だということと男性であるということ、神崎が島岡とは異なる少し緊張した雰囲気を纏っているせいで、気軽に話しかけることは稲垣にはまだ難しかった。

 

「神崎さんは、普通に料理はなさるんですか?」

 

「実家にいた時に、時々妹たちに料理を作っていた。下手ではないが上手くもない」

 

「そうなんですか」

 

「魚は島岡と知り合ってからだな。いつもバカスカ釣ってくるから…。」

 

 溜息をつきながら魚をさばく手を休めない神崎。

 

「稲垣軍曹はどうなんだ?」

 

「あの、よかったら真美と呼んでいただけますか?なんか慣れなくて・・・」

 

「・・・。真美はどこで料理を?」

 

「お母さんから教えてもらいました」

 

「そうか」

 

 しばらくそんな会話をしていると、山盛りだった魚はすべてさばき終わっていた。ここから本格的な調理があるのだが、神崎は射撃訓練の為、これ以上は付き合えなかった。稲垣が神崎にペコリと頭を下げた。

 

「神崎さん、ありがとうございました」

 

「いや、気にしなくていい。・・・飯、楽しみにしてる」

 

「はい!任せてください!」

 

 神崎が厨房から出ていくと稲垣は早速調理に取り掛かった。

 

「神崎さんってあまり怖くなかったな~」

 

 鼻歌混じりにコンロに火をつける稲垣であった。

 

 

 

 

 

 隊長用天幕にいる加東は例によって書類仕事に追われていた。飛行計画書や作戦立案書など重要な物から、隊員の人生相談から日々の日誌といった軽い物まで、処理する書類は多岐に渡るが、今日の書類にはいくつか嬉しいものも含まれていた。

 

「へ~。ロンメル将軍、太っ腹ね」

 

 にやにやしながら一枚の書類を見ていると、マルセイユがやってきた。

 

「ケイ、暇だから酒でも・・・。何ニヤついているんだ?」

 

「うん?これよ」

 

 マルセイユは差し出された書類を受け取って目を通すと、つまらなそうに言った。

 

「なんだ。私はもう持ってるな」

 

「あなたはね。でも、玄太郎と信介は多分これが初めてのはずよ。部下がちゃんと評価されるのって気持ちいいわね」

 

「評価者がロンメルの時点で結構贔屓が入ってそうだが・・・。」

 

 渋い顔をするマルセイユだが、ピクンと何かを思いつき、ニヤリと笑った。

 

「じゃあ、ケイ。これはお祝いしなきゃいけないな」

 

「なぁに?宴会?」

 

「ああ。問題ないだろう?」

 

「まぁそうだけど。でも、前みたいに玄太郎を怒らせないようにね?」

 

「分かってるよ。あんなヘマは二度もしないさ」

 

 そう言い残し、マルセイユは上機嫌で天幕から出て行った。

 

「ホント、子供みたいなんだから・・・。あ、子供か」

 

 加東はそうぼやくと、再び書類仕事に向かっていった。

 

 

 

 

 

 神崎はMG34を担ぎ、弾薬を抱えて滑走路の脇にある射撃場に向かって歩いていた。この前の戦闘で九九式機関銃が破損してしまったため、神崎はマルセイユ、ライーサと同じくMG34を使うことになったのだ。今回の射撃訓練はMG34の扱いを完熟させるためのものである。

 

「さて・・・、ん?」

 

 射撃場に近づくと誰かの話し声が聞こえた。神崎が何気なく見れば、島岡とライーサが木箱に座って何やら話している。島岡は手を空中で動かしながら何かを説明しており、ライーサは島岡の手の動きを自分の手で追いながら興奮気味に話していた。

 

「何の話をしているんだ?」

 

 神崎は射撃台にMG34と弾薬を置きながら二人に尋ねた。神崎に気づいた島岡は照れくさそうに言った。

 

「予科練にいた時の模擬戦の話だよ。ライーサが聞きたがってな」

 

「島岡さん、色々な模擬戦の話を知っているのでとても参考になります」

 

 キラキラした目のライーサ。相当楽しんでいるようである。

 

「ああ。俺も釣りの最中によく聞いた」

 

 神崎はそう言ってMG34に弾帯を装填した。このMG34は砂漠仕様に改造されているらしいのだが、見た目ではよく分からない。ともかく、神崎は魔力を発動して構えると、的に狙いを定めて引き金を引いた。連続した銃声と共に九九式機関銃とは比べ物にならない発射速度で弾丸が撃ちだされ、的を撃ち抜いていく。

 

「・・・む」

 

 50発分の弾帯を撃ちつくすと、神崎は眉を顰めた。的の弾痕が狙ったところよりも下の方にずれていたからだ。神崎は新しい弾帯を再装填すると再び引き金を引く。しかし、結果は先ほどと同じで、着弾が下にずれていた。

 

「多分、発砲の際の跳ね上がりをエリコンと同じように抑えているから、弾道が下にずれているのでは?」

 

 ライーサが後ろから覗き込み言った。ちなみにエリコンとは九九式機関銃の元となった機関銃の名前である。

 

「もう少し、抑え込みは弱くでいいと思います」

「分かった」

 

 ライーサの助言を聞きながら、神崎は三度弾帯を再装填した。銃にかける力を先ほどよりも弱めながら、引き金を引く。撃ちだされた弾丸は的の中心周辺を貫いていった。

 

「こうも変わるか」

 

「へぇ。すげーじゃん、ゲン」

 

 神崎は、ついさっきまでは当たらなかった的の中心を少し力を抜いただけで撃ち抜けたことに少し呆けた声をだすが、島岡は素直に賞賛の声を神崎に送った。ライーサは今しがた神崎が持っていたMG34を持ち上げると、構えた。

 

「私とティナは二脚を持つんですけどね。神崎さんもどうです?」

 

 二脚を持つことで射撃の際の姿勢が安定するため、そういう撃ち方をするウィッチも結構いるらしい。しかし、今まで一回もそんな撃ち方をしたことがない神崎は少し抵抗感があった。

 

「・・・考えておく」

 

「撃ちやすいんですけどね」

 

 そういってライーサは銃を構え、的に向け引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカの戦線を支える各国の軍。その軍には、ブリタニア王国、帝政カールスランド、リベリアン合衆国の三人の将軍がいる。

 

「さて、これをどう思う?」

 

 場所はトブルク、連合軍総司令部会議室。そこでカールスランド・アフリカ陸軍、エルヴィン・ロンメル中将が口火を切った。テーブルにはアフリカでの作戦地図といくつかの報告書。

 

「どうもこうも、ネウロイが攻めてきただけだろう」

 

 リベリオン第二軍団、ジョージ・S・パットン中将が葉巻を吸いながら言った。

 

「地上型のネウロイがアラメインを攻撃。その隙に航空型ネウロイが侵攻してきた。どっちも倒したんだ。なんも問題ない」

 

「いや、問題はある」

 

 ブリタニア王国陸軍、バーナード・ロー・モントゴメリー中将はパットンの言葉を否定した。モントゴメリーは口にハンカチを当てて葉巻の煙を吸い込まないようにしながら、指で地図を叩いた。

 

「なぜ、航空型ネウロイが我々の警戒網に引っかからなかったのか?問題はそこだ」

 

「ふむ・・・」

 

 地図を見つつロンメルはタバコを咥えた。モントゴメリーが非難の目を向けるが、構わず火を着ける。

 

「確かに。いくら地上型ネウロイが攻めてきてたとはいえ、まったく警戒網に引っかからなかったのはおかしい」

 

「あそこはブリタニアの管轄だったろ。なぁ?モンティ?」

 

「聞いてなかったのか?我々は防衛戦の真っ最中だったんだ。そして我々のバックアップはリベリオン。つまり貴様だよ、パットン」

 

 バチバチと睨み合うモントゴメリーとパットン。そんな二人に構わずロンメルは言った。

 

「まぁ、ちょうど『アフリカ』がいてよかった。ティーガーも無事だったしな」

 

「おぉ!それだ、それ!ちらっと見たが、ティーガー、ありゃ素晴らしいユニットだ!あれが一個大隊ほどあれば、ネウロイなんてイチ殺だろうよ!」

 

 モントゴメリーとの睨み合いを中断し、パットンが上機嫌に言った。やはり陸軍を統べる者として、敵を正面から叩き潰すような兵器は魅力的なのだろう。一方、モントゴメリーはタバコの煙を手で払いながら不機嫌そうに言った。

 

「『アフリカ』の神崎少尉だったか?どんなものかと思ってたが、なかなか使えるじゃないか」

 

「いや、もっと使えるようになる」

 

 自分の部下でもないのに神崎のことを自慢げに話すロンメル。そんな彼を半ば呆れた目で見ながら、モントゴメリーはテーブルを叩いた。

 

「ともかく!この警戒網の不備はどうにかしなければならん。ロンメル、お前の部隊を動かせ」

 

「あそこはリベリオン陸軍の管轄だ。パットンがやればいい」

 

「ネズミ野郎の尻拭いなんざやりたくねぇな。自分のケツは自分で拭け、モンティ」

 

 それぞれが勝手なことを言い、揃って青筋を立てる。そこから大乱闘に発展するのに大した時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなんやかんや言って宴会を開くマルセイユだが、今回は少し違った。

 

「と、いうわけで・・・」

 

 宴会を始める前の挨拶をするマルセイユ。彼女の目の前には、『アフリカ』の面々を始め、ブリタニアのマイルズ少佐を始めとした陸戦魔女(ウィッチ)達、更にはついこないだ到着した『ティーガー』の面々もいる。

 

「この地にやってきた新たな仲間と・・・」

 マルセイユはここで一度言葉を切った。

 

「ゲンタローとシンスケの叙勲を祝して!乾杯!!」

 

「「「乾杯!!!」」」

 

 ビールジョッキ、グラス、コップが打ち鳴らされ宴会が始まった。

 

「いや~。こんな沢山のかわいい女の子達が俺たちを祝ってくれてるなんてな。感激じゃね?」

 

「宴会の口実だろう。おそらく」

 

 本日の主役、カールスランド皇帝から鉄十字章を受けた神崎と島岡。前回の護衛任務でカールスランド陸軍の新兵器である「ティーガー」を守りきったことが評価されたのだ。二人は今、盛り上がっている魔女(ウィッチ)達の輪から外れて、話していた。

 

「・・・誰かとよろしくできないかな?」

 

「やめておけ。魔女(ウィッチ)に手を出したら銃殺だ」

 

「だよな~」

 

 チラリと島岡は自分の胸元に留めてある勲章を見た。複雑な表情をして言う。

 

「俺も勲章もらってよかったのかな?」

 

「俺を助けたからだろう」

 

「いや、お前は分かるけど俺はほとんど輸送部隊とは関係ないような・・・」

 

「通常兵器でネウロイを撃墜したこともあるんじゃないか?」

 

「そんなもんかねぇ」

 

「そんなものだ」

 

 神崎の口はいつもより軽いし、時折勲章に目を向けている。やはり勲章を貰えたのは嬉しいのだろう。島岡は、いままでの神崎が経験してきたことを少しは知っているだけあって、自然と父親が息子を見るような暖かい目で神崎を見ていた。

 

「・・・なんだ?」

 

 その視線に気付き、怪訝な顔をする神崎。島岡はニヤニヤしながら答えた。 

 

「ん?嬉しそうだな~って」

 

「そうか?」

 

「よかったな」

 

「…ああ」

 

 神崎が少し頬を弛めた。そこにマルセイユの声が割り込んできた。

 

「何ふたりだけで話してるんだ!こっちにこい。ゲンタロー、シンスケ!!」

 

 ビールジョッキを振り回しながら騒ぎ立てるマルセイユ。そんな彼女を神崎は呆れたように、島岡は楽しそうに見た。

 

「行くか」

 

「俺は飲み物取ってくる」

 

「マルセイユの所にあるぜ?」

 

「酒だろ」

 

「そうだな」

 

「・・・取ってくる」

 

「おう。じゃあ先行ってるわ」

 

 そう言って島岡はマルセイユの所に行った。島岡がマルセイユ達に迎え入れられているのを見届けて、神崎はカウンターバーへと向かった。無造作に置いてある瓶からグラスにジュースを注いでいると、誰かが近づいてきた。

 

「神崎さん、叙勲おめでとうございます」

 

「マイルズ少佐・・・。ありがとうございます」

 

 ビールジョッキ片手のマイルズがカウンターの神崎の隣に寄りかかった。神崎もグラスを傾けながら、カウンターに寄りかかる。

 

「マイルズ少佐。マッダレーナ砦ではありがとうございました」

 

「いえ。あなたのおかげで私たちは安心して陸戦ネウロイと戦えたんです。こちらこそありがとうございました」

 

「それに撃墜された自分を・・・」

 

「お互い様です。仲間なんですから」

 

(仲間…)

 

 マイルズの何気ない言葉に神崎は黙ってしまう。目を向ければ、酒を飲んでいるマルセイユや加東、お喋りしている稲垣やシャーロット、そしてこの空間を楽しんでいる沢山の魔女(ウィッチ)たちがいる。彼女たちが自分の仲間である、このことは今まで魔女(ウィッチ)に疎まれたことしかない神崎に、複雑な感情を湧き上がらせていた。黙ってしまった神崎を気遣ってか、ところで・・・と話を続けた。

 

「私のことはセシリアでいいわ。それにそんなに畏まらなくてもいい」

 

「ですが・・・」

 

「こんな席では無粋でしょ?」

 

「はあ・・・」

 

 神崎は首を傾げつつ、自分はジュースを飲んだ。神崎がジュースを飲むのを見てマイルズが尋ねた。

 

「あなたはお酒は飲まないの?」

 

「自分・・・、俺は未成年なので」

 

「もう一人の彼は飲んでるけど?」

 

「自分で決めていることだから」

 

「まじめね」

 

「よく言われる」

 

 そんなことを始め、自分の国のことや互いの戦闘の話など、神崎とマイルズは二人でしばらく会話を続けた。航空魔法使い(ウィザード)である神崎にとって、陸戦魔女(ウィッチ)の話はなかなか新鮮であった。なかなか話は盛り上がっていたのだが、そこに乱入してくる奴もいる。

 

「ゲ~ン~タ~ロ~」

 

「・・・なんだ?ハンナ?」

 

 ベロンベロンに酔っぱらってこちらに歩いてくるマルセイユ。足取りは相当怪しいがそれでもマイルズとは反対側の神崎の隣にたどりつき、神崎を睨み付けた。

 

「この私が呼んでいるのに来ないとはいったいどういうつもりだ?」

 

「シンが行っただろ?」

 

「お前も呼んだんだ!」

 

「分かった。分かったから」

 

 酔っぱらいと言い争っても意味がない。神崎は諭すようにマルセイユにそう言うと、彼女は上機嫌になって神崎の腕を引っ張っていく。

 

「ほら、行くぞ!」

 

「ちょ!?」

 

「マ、マルセイユ!神崎さん、困ってるでしょ!」

 

「ん?」

 

 マイルズの静止の声を聞いてやっと止まるマルセイユ。しかし、マルセイユはマイルズを見てニンマリと笑うと彼女の腕を掴んだ。

 

「お前もだ!一緒に来い!マイルズ!!」

 

「え!?」

 

 二人はマルセイユになす術もなく引きずられていった。

 

「よう。遅かったな」

 

「セシリアと話してただけだ」

 

 引きずられてたどり着いた先のソファで島岡が言う。神崎はマルセイユに掴まれていた腕をさすりながら、島岡の隣に座った。

 

「お前は何してた?」

 

「飲んで喋って笑ってた」

 

「随分と楽しんでたようで」

 

「さぁ!!!主役が揃ったんだ!どんどん飲んでいくぞ!!」

 

「「「お~!!!」」」

 

 テンション絶好調のマルセイユの号令の元、魔女たちは各々テンションを上げていく。

 

「・・・」

 

 このまま自分が無事でいられるか不安になってくる神崎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すでに無事でない三人もいた。

 

「「「・・・」」」

 

 モントゴメリー、ロンメル、パットンはそれぞれ黙って顔の傷を治療していた。つい先ほどまで大乱闘を演じていた三人だが、血気盛んな精神に年を取った肉体がついていけず、誰がとめる訳でもなく自然と終息した。

 

「ツっ・・・。・・・ブリタニアは動けない。どうしようもない」

 

 切れた口元をハンカチで押さえながら、モントゴメリーが告げる。

 

「ったく・・・。こっちが動けばいいんだろ?わかったわかった」

 

 鼻血を鼻に紙を突っ込んで止めながらパットンが言った。

 

「だがわし等だけじゃきつい」

 

「・・・こっちも少しは動いてやる」

 

 顔にできた青タンを濡れたタオルで押さえながら渋々とロンメルが言った

 

「だが、トブルクから部隊を引き抜くことになるぞ。基地警備や治安維持への手が薄くなる」

 

「・・・しょうがない。それはこっちでなんとかする」

 

 不承不承といった感じでモントゴメリーが言った。

 

 こうして今夜の会議は終了した。

 

「なんで殴り合う前に結論がでないんですかね?」

 

「言うな。兵卒」

 

 テントの外で警備をしていた兵士たちの言葉が将軍たちに届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎が目を覚ましたのはソファの上だった。

 

「寝てたのか・・・」

 

 酒は飲んでないはずだが、酒の匂いにあてられたのか頭が痛い。神崎は頭を振りながら体を起こして周りを見ると隣で島岡が、そこかしこに酔いつぶれた魔女(ウィッチ)が寝ていた。

 

「ひどすぎるだろ・・・」

 

 ついさっきまで寝ていた自分は棚上げして呆れた目でさらに周りを見渡す。

 

「あ・・・」

 

「・・・!」

 

 カウンターの所にシャーロットが一人座っていた。コーヒーか何かを飲んでいるらしい。目が合ったので、神崎は彼女の所へ行くことにした。床で酒瓶を抱えて寝ているマルセイユを踏まないようにして移動する。

 

「となりいいか?」

 

「はい」

 

 緊張した様子でコクンと頷くシャーロット。神崎は隣に座るとシャーロットに尋ねた。

 

「この前俺に聞いたよな?」

 

「なんで戦うのか・・・?」

 

「ああ。・・・なんでそんなこと聞いたんだ?」

 

 すぐには答えず、シャーロットは少し俯いてコーヒーを啜った。神崎は黙って彼女が答えるのを待った。

 

「・・・分からないんです」

 

「分からない?」

 

「なんで怖い思いをしてまで戦わなきゃいけないのか・・・。みんな笑うか、怒るかでちゃんと答えてくれない・・・」

 

 そう言ってシャーロットは椅子の上で膝を抱えてしまった。小さな少女が思い悩む姿に神崎は何も言えなくなってしまう。しかし、少し経つと彼女から話しかけていた。

 

「・・・あの言葉はなんですか?」

 

「ん?ああ・・・」

 

 ネウロイとの戦闘の直前に言ったことだろう。「成すべきことと、したいこと」と神崎は答えた。

 

「俺の恩師の言葉だ。俺が軍に入った時のな」

 

「あるんですか?その・・・」

 

「まだ探している途中だ。偉そうに言っていて恥ずかしいが…。お前も探せばいいんじゃないか?」

 

「そうですね」

 

 緊張が解れ、クスリと笑うシャーロットのコップにはすでにコーヒーはなかった。それに気づいた神崎は椅子から立ち上がりながら言った。

 

「温かいのを淹れよう。コーヒーでいいか?」

 

「あ、はい」

 

 神崎はやかんを右手に持ち、固有魔法の炎で加熱しながら左手でコーヒー豆を煎る。シャーロットは目を丸くしながらその様子を眺めて、そして二人でそのコーヒーを楽しんだ。

 

 




 
今回は日常(?)回でした。なかなか書くのが難しかったです。

注)モントゴメリーは「砂漠の鼠」という別名があります。パットンがネズミ野郎と言ったのはそのためです。わからなかった人はゴメンネ。ちなみに、ロンメルは「砂漠のキツネ」です。


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第十三話

もう一年終わりますね。新年までにどのくらい更新できるか挑戦したりしなかったり・・・。

と、いうわけで第十三話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘、どうぞよろしく。


アフリカ、アラメイン後方警備基地、深夜。

 

 

 

 

 

「う~、寒い。なんで俺が当直なんだよ」

 

 カールスランド・アフリカ・軍団第21装甲師団麾下第2警備小隊に所属するフーゴ・バルテン上等兵はライフル銃kar98kを抱えながら手を擦り合わせた。彼が所属する部隊はもともとトブルクにある基地警備を務めていたのだが、急な配置替えにより最前線の陣地より少し後方に下がった場所で警戒任務に就くこととなったのだ。

 

「トブルクならすぐ近くに暖炉があったのにな~」

 

 そんなことをぼやきながら欠伸を噛み締めるフーゴ。じきに夜明けで、東の空が白み始めてきた。

 

「さて、早く交代を・・・。ん?」

 

 自分の天幕に戻ろうとしたフーゴだが、不自然な音を聞きつけ立ち止まった。首を傾げながら銃を構え、少し歩いて基地の外に出ると一台のバイクがこちらに向かっていた。

 

「友軍か・・・?」

 

 人間である時点で友軍のはずだが、基地に近づく者には身元確認するのが一応の規則である。フーゴは手を振ってバイクに停止を促した。しかし、バイクは一向に速度を落とさなかった。

 

「おいおい・・・。なんだ?見えてないのか?」

 

 フーゴは嫌な予感を感じ、再度銃を構えながら再び手を振って停止を促す。しかし、やはりバイクは止まる気配がない。

 

「止まれ!!」

 

 大声で叫びながらバイクに狙いを定める。しかし、バイクはそれでも止まらない。フーゴは忌々しそうに舌打ちすると、バイクに威嚇射撃を行った。何回かの銃声が響き渡り、それに驚いたのかバイクは突如バランスを崩し転倒した。フーゴは倒れた運転手を銃で狙いながらゆっくりと歩いていく。

 

「ったく。なんで止まらないんだか・・・」

 

 後ろでは突然の銃声で基地が騒がしくなっているが、フーゴは特に気にすることなかった。

 

「よぉ。お前はどこのどいつだ?」

 

「・・・」

 

 フーゴは銃を突きつけながら言ったが、運転手は何も感情のない目で彼を見上げるだけだった。

 

「おい。何か言えよ」

 

「これが・・・」

 

 銃で突っつくと、運転手はやっと口を開いた。

 

「これが?」

 

「これが・・・我々の戦いだ」

 

 そう言った直後、運転手はどこからともなく古ぼけたリボルバー拳銃を抜くと、銃口を自身の頭に向け、躊躇うことなく引き金を引いた。パァン・・・とライフル銃とは違う乾いた銃声が響き渡り、辺りに血と脳奬が飛び散った。

 

「え?え?」

 

 いきなりのことにフーゴは何もできないでいた。人が死ぬのを見るのが初めてであるというわけではないが、目の前で自殺することは衝撃的過ぎた。

 

 

 

 だが、更に衝撃的なことが起こる。

 

 

 

 静寂を守っていた基地に突然警報が鳴り響いた。警報が鳴ったという意味は一つしかない。フーゴは運転手の死体を置いて一目散に走り、砂丘の上に登った。そして大きく目を見開く。

 

「なんだよ・・・これ・・・」

 

 まだ暗い砂漠に空に光る妖しい赤い光。多数のそれがこちらに向かってきていた。

 

 

 

 

 

 トブルク某所。

 

 

 

「・・・始まりました。」

 

 無線機を操作していたスカーフを巻いた男が静かに告げた。

 

「そうか・・・」

 

 その言葉を聞き、椅子に座っている男が静かに答えた。そして、椅子から立ち上がり、窓からトブルクの夜景を眺める。

 

「共に生きる世界を・・・」

 

 男は一人、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地 格納庫

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊『アフリカ』基地の格納庫は喧喧囂囂の騒ぎとなっていた。

 

「零戦は爆装だ!!炸裂弾も無理矢理でも積み込め!!」

 

「40mmの弾が足りねぇぞ!!」

 

「携帯食料と水もだ!忘れるな!!」

 

「神崎少尉はMG34だ!20mmの弾持ってきてどうする!」

 

 整備兵たちの怒号が飛び交う格納庫の隣では、魔女(ウィッチ)魔法使い(ウィザード)と戦闘機乗りによるブリーフィングが行われていた。

 

「情報が錯綜しているけど、現在相当悪い状況よ」

 

 加東が真剣な表情で言う。

 

「ネウロイと前線で交戦中という情報もあれば、すでに突破されてるという情報もある」

 

「司令部からはなんて?」

 

 マルセイユが尋ねた。情報が錯綜しているにせよ、普通は何らかの命令が司令部から下るはずである。だが、加東は首を横に振りながら言った。

 

「司令部に連絡が繋がらない。だからどこも大混乱よ」

 

「なんだって!?」

 

「おいおい・・・大丈夫かよ?」

 

「大丈夫じゃないだろう。どう考えても・・・」

 

 ざわつく皆を落ち着かせるように加東が言う。

 

「司令部には今、人を向かわせているから大丈夫よ。でも何もしない訳にはいかない」

 

 そういって加東は地図を指し示した。

 

「現在、この基地から救援要請が出てる。通信によれば敵はそこまで多くはないみたい。だから、まずここに出撃して情報を得るわよ」

 

 あと・・・と加東は続ける。

 

「司令部からの命令が何かあるかもしれないから、この出撃は必要最低限の人数で行うわ。ライーサ、信介、お願いね」

 

「了解です」

 

「うす」

 

「中型の陸戦ネウロイが出ているから信介には爆撃してもらうわ。大丈夫?」

 

「問題ないっす」

 

「よし。他は待機で、すぐに動けるように。解散!」

 

 加東がそう言うのと同時にライーサと島岡が格納庫に走っていく。

 

「シンスケは爆撃も出来るのか?」

 

「ああ。あいつは飛行機と釣りに関しては天才だよ」

 

「・・・なに?」

 

「・・・対抗心を燃やすな」

 

 マルセイユと神崎の会話を聞きつつ、加東は通信所と足を向けた。少しでも情報が欲しかった。

 

「何か分かった?」

 

「錯綜しすぎてよく分かりません」

 

 通信兵に尋ねるが、大した情報も無い。イライラが表情に出ないように気を付けつつ通信所を出ると、ちょうどライーサと島岡が飛び立つ所だった。手を振る二人に、こちらからも手を振り返していると一人の兵士が慌てて駆け寄ってきた。

 

「隊長!トブルクから伝令が戻って来ました!!」

 

「どこ!?」

 

「こちらです!」

 

 兵士に先導され伝令のところに行くと、伝令は何故か頭から血を流していた。

 

「ちょっと、大丈夫!?」

 

「そ、そんなことより!」

 

 慌てる加東の心配する声を更に慌てた伝令が遮り、叫んだ。

 

「暴動です!トブルクでは現在、反戦運動のデモ隊が暴徒化し、各基地を襲撃している模様!そのせいか、司令部の通信機能が麻痺しています!!」

 

「なんですって!?」

 

 聞けば伝令はトブルクから離脱する途中に暴徒から石を投げられこうなってしまったらしい。

 

(このタイミングで暴動?なんて間が悪い・・・)

 

 つい唇を噛んでしまう加東。慌てて口元を隠し、なんでもない風に装う。隊長が動揺している姿を部下に見せる訳にはいかない。

 

「分かったわ。取り敢えずあなたは傷の治療をして。よくやってくれたわ」

 

 伝令に優しく声をかけて、再び通信所へ向かう。司令部が機能しないのなら自分たちで情報を集め、判断しなければならない。

 

(ああもう!三バカ・・・もとい将軍たちは一体何をしているのかしら!)

 

 そう思いながら、加東は周りが気にしない程度に髪を引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブルク、ブリタニア陸軍第八軍団総司令部

 

 

 

 

 

 基地を取り囲む喧騒が建物の中心部に位置するここにも聞こえてくる。モントゴメリーは青筋をたてながらも、努めて努めて平静を装おうとしていた。

 

「各部隊、暴徒鎮圧を必死に行ってますが、まだ時間がかかるそうです」

 

「・・・分かった」

 

「それと・・・暴徒によって基地への送電線が切られています。また非常電源も何者かによって破壊されており・・・」

 

「分かった。報告ご苦労」

 

「ハッ」

 

 兵士の報告を聞き終わると、モントゴメリーはテーブルの下で右手を握りしめた。ネウロイの攻勢を受けている今、司令部が機能を停止していれば各国の軍及び部隊同士の連携が取れず敗戦は必至。それはつまり人類がアフリカを失うということである。

 

(ネウロイに攻撃する我々が悪いだと!?なぜそのような妄言を信じる!?)

 

 モントゴメリーはわめき散らしたい衝動を必至に抑えながら、冷静に指示を出す。

 

「電力の復旧が最優先だ。復旧作業を行う部隊に護衛をつけろ。それから・・・」

 

「おう、モンティ!!どうすんだ!この状況!」

 

「・・・各部隊は暴徒鎮圧に全力をつくせ。極力、暴徒の市民への殺傷は避けろ」

 

 途中、会議のためにこの基地に来ていたパットンが怒鳴りこんできたが、あくまで冷静に対処するモントゴメリー。

 

「どうするもこうするも、暴動を鎮圧するしかあるまい。貴様もリベリオン陸軍の指揮を取れ」

 

「そんなことを言ってもな。儂の基地とは連絡がつかん。ここと同じようなことになっとるんだろう」

 

 この基地から出れんしな・・・と、パットンがくわえた葉巻に火を着けながら言う。いつもならそれに眉をしかめるモントゴメリーだが、今はそんなことを気にする余裕もなかった。

 

「・・・暴動は明らかに不自然だ。送電線を破壊するのはまだ分かるが、基地の非常電源まで破壊されてるのはどう考えてもおかしい」

 

「内通者、もしくは何者かが侵入したかだな。カールスラントの部隊まで前線に動かしたのが裏目に出たな。基地警備が甘くなっちまった」

 

「カールスラント・・・」

 

 更に表情を厳しくするモントゴメリーだが、ここであることに気づいた。

 

「おい、パットン。ロンメルはどこだ?」

 

「儂は知らんぞ。ここに来てないのか?」

 

「来たという報告は受けていない」

 

 しばし顔を見合わせる二人の将軍。

 

「まだどうなるかわからんな」

 

「ああ。こっちも動けるだけ動くぞ」

 

 三人目の将軍の動きに期待しつつ、二人の将軍も行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」

 

 隊長は部下に動揺している姿を見せてはならない。それは部下が不安になり、部隊の士気が下がってしまうからだ。だから、隊長はどんなことがあっても泰然自若として・・・

 

「られるかぁぁああ!!何やってんのよ!あの三バカは!!」

 

「ケイが壊れた!?」

 

「大丈夫だ、ハンナ。ケイ大尉は・・・あ~・・・すまん」

 

「そこは否定しろ!」

 

「ケ、ケイさん、落ち着きましょう!」

 

「そ、そうよね。ありがとう、真美」

 

 マルセイユと神崎の会話を受け流しつつ、真美の言葉で平静を取り戻す加東。ふぅ・・・と垂れる汗を拭いつつ、テーブルに置かれた戦況が記された地図を眺めた。

 

「何度見ても嫌な状況ね・・・」

 

 錯綜している情報から苦労して信頼性の高い物だけを抽出したのだが、それでも・・・酷いことには変わりない。

 

「隊長!ロンメル将軍から通信が!」

 

「!?」

 

 駆け込んできた兵士の声が聞こえるのと同時に加東は通信所に駆け出した。通信所のドアを半ば蹴破るようにして中に入ると、通信兵からマイクを受け取る。

 

「将軍!?」

 

『ああ。まずいことになったな』

 

 いつも明るい声のロンメルだが、さすがに今は真面目な声だった。

 

「トブルクは暴動だって・・・」

 

『私は今はマトルーだ。その、視察・・・でな』

 

 いつも何かと理由をつけて何処かに行くロンメルだ。今口ごもったのは、視察ではなく、たまたまマトルーに遊びに行っただけなのだろう。

 

『非常事態により、勝手だがマトルーを臨時司令部にした。今、情報をマトルーに集めさせている。そちらの状況はどうなっている?』

 

 ともかく、司令部が確立されるのはありがたい。加東は口早に告げた。

 

「こっちは魔女(ライーサ)戦闘機(信介)が出ているわ」

 

『分かった。他もすぐに出撃させてくれ』

 

 ロンメルはそう言うと、戦闘地域の座標と敵の情報を伝えた。

 

『どこも厳しい。戦線もズタズタだ。なんとかして陸戦魔女(ウィッチ)たちも向かわせるが・・・』

 

「分かったわ。すぐに出撃する」

 

『頼む』

 

 通信が切れると、加東は踵を返してマルセイユたちの所へ戻った。マルセイユたちの顔を一人一人見ると口を開く。

 

「ロンメル将軍と連絡がついたわ。私たちは二手に別れて味方部隊の援護に向かう」

 

 そこでテーブルに広がる地図の二点を指し示した。二つともライーサと島岡が向かった基地から北に位置する場所である。

 

「まず、敵の航空戦力がマトルーに進行している。ここは私とマルセイユで対応するわ」

 

「分かった」

 

 マルセイユが頷くのを見て、加東は説明を続けた。

 

「そして、もうひとつ。敵の陸戦型大部隊が戦線を突破して侵攻中。恐らく目標はハルファヤとトブルクね。周辺に配置されていた部隊が防戦しているけど足止めが精一杯。ロンメル将軍が急いで陸戦魔女(ウィッチ)を向かわせるみたいだけど、その時間稼ぎを玄太郎と真美にしてもらう。分かった?」

 

「はい!」

 

「・・・」

 

 真美は返事をしたが、神埼の黙ったままである。訝しむ加東がもう一度言う。

 

「玄太郎?分かった?」

 

「・・・自分が長機でしょうか?」

 

 その言葉に加東は眉をひそめた。

 

「士官のあなたが指揮するのは当然でしょ。それに、あなたが長機が苦手なのは分かってるけど、今の状況じゃそんなことを気にしている余裕はないはずよ」

 

「・・・はい。失礼しました」

 

「あの・・・神崎さん、よろしくお願いします」

 

「ああ。・・・今のは気にしないでくれ」

 

 神崎と稲垣の会話が終わったところで、加東は皆を見て微笑みながら言った。

 

「厳しい戦いになると思うわ。でも、みんなで生きて帰って来るわよ」

 

 皆一様に頷き、格納庫へと走って行く。が、そんな中で、加東は神崎に違和感を感じていた。いつもは二つ返事で命令を聞く神崎が今回は違った。

 

(大丈夫よね・・・?)

 

 考えても仕方がない。加東はもやもやしながらも無理矢理思考を切り替えて、格納庫に走った。

 




そういえば、お気に入り登録数が100を超えました。初めて書いた作品にも関わらず、楽しんでいただけて幸いです。これからもがんばりますよ~


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第十四話

クリスマス?なにそれ?美味しいの?

ってなわけで第十四話です。今回はなかなか難しかったです。読みにくかったらゴメンネ!

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。


 

 

 

 

 ロンメル将軍がアフリカ基地と連絡を取った頃。ライーサ、島岡は戦闘空域に到着していた。連合軍の基地に陸戦ネウロイが殺到しており、基地からも砲火が上がっているのだが、押し返せずにいた。

 島岡は他のネウロイより幾分大きく、飛行杯(フライングゴブレット)を護衛につけた中型に目をつけた。

 

「ライーサ。中型に急降下の爆撃で不意討ちをかける。雑魚の露払いを頼んだ」

 

了解(ヤヴォール)。任せて下さい』

 

「おう。よろしくな」

 

 戦車の上面装甲は他の部分に比べて薄くなっている。それはネウロイでも同じことで、そこを狙えばいくら中型ネウロイでもひとたまりもない。所謂トップアタックと言うものだ。本来、急降下爆撃はスツーカのような爆撃機で行うものであり、零戦では普通行わない。

 しかし、緩降下爆撃では中型に早いうちから察知される可能性が高くなるため、無理をしてでも急降下で爆撃を行う必要があった。

 

 島岡はコックピットから隣を飛んでいるライーサに目線を送ると操縦桿を押した。機首が下がるのと同時に内臓がひっくり返るようなマイナスGがかかり、飛行速度は一気に加速、ついで操縦桿も重くなる。チラリと横を見れば、ライーサはピッタリとついてきていた。まっすぐ前を見つめ、MG34を構えるその姿は本当に・・・

 

(・・・かっこいいな)

 

 変なテンションになってるなこりゃと自覚しながらも、島岡は爆撃に集中した。中型の周りにいる飛行杯(フライングゴブレット)はライーサに任せればいい。

 すでに島岡は中型しか見ていなかった。接近した際に、飛行杯(フライングゴブレット)がこちらに気づいたことも、ビームが機体を掠ったことも、ライーサが瞬く間に飛行杯(フライングゴブレット)を墜としたことも気にしなかった。

 

(ここだ!)

 

 当たると確信するタイミングで島岡は爆弾を投下する。機体がフッと軽くなり、放たれた60kg爆弾二発が中型に吸い込まれていく。

 

 重く激しい爆発音が空気を震わせた。

 

 60kg爆弾の爆炎は中型の上部装甲を食い破り、そのままコアまで達する。

 

『やりました!!命中です!』

 

 無線機からライーサの嬉しそうな声が聞こえる。しかし、島岡は構っている余裕がなかった。

 

「こんのぉぉおおお!上がれぇぇえええ!!」

 

 零戦は無理な急降下爆撃が祟り、速度過多に陥っていた。恐ろしく重くなった操縦桿を必死に引いて機体を持ち上げようとするが、このままいけば地面とキスすることになる。

 

「それだけは嫌だ!!」

 

『島岡さん!!』

 

 ライーサが叫ぶ。島岡はそのまま地面とキス・・・することなく、ギリギリで機体を持ち上げることに成功した。砂を巻き上げながら急上昇しつつ、島岡は汗を拭いつつ呟いた。

 

「やっぱ無理なことしちゃ駄目だわ。あ~死ぬかと思った」

 

『島岡さん!大丈夫ですか!?』

 

 島岡は、慌てて近寄ってきたライーサにヒラヒラと手を振りながら言った。

 

「大丈夫、大丈夫」

 

『ふぅ・・・。心配しました』

 

 安堵の息をついて、微笑むライーサ。その様子を見ていた島岡は、感情が昂っているせいもあってか無性に彼女が可愛く思えた。

 

(いや、なに考えてんだ俺。今は戦闘中だぜ。ちょっと落ち着こう)

 

 島岡は何回か深呼吸をして気持ちを整える。

 

『島岡さん?』

 

「何でもないよ。俺は今から小型の陸戦ネウロイを相手にするから残りの飛行杯(フライングゴブレット)を頼む」

 

了解(ヤヴォール)

 

 陸戦ネウロイの装甲は厚く、7.7mm機銃ではたいした損傷は与えられない。しかし零戦に搭載されている20mm機銃なおかつ炸裂弾ならばある程度の損傷は与えられる。

 

 ライーサもその事を理解しているのか、素直に頷き離れていった。それを確認すると、島岡は再び操縦桿を押すと急降下を始めた。爆弾を外した今は、より自由に機体を操ることができる。先ほどのような速度過多に陥らないように注意しながら、小型ネウロイに照準を合わせる。撃ち上げられる対空砲火を避けつつ、島岡は引き金を引いた。炸裂弾の雨が小型ネウロイに降りかかり、爆発によって損傷を与えていく。

 

 空を飛ぶ零戦に気を取られたネウロイを、ライーサが飛行杯(フライングゴブレット)を撃破したお陰で自由に動けるようになった地上部隊が横合いから戦車砲や大砲で撃破していった。ライーサと島岡、地上部隊の動きが噛み合い、人類側が優勢となりつつあった。しばらくすれば地上部隊の増援が到着するだろうし、もう大丈夫だろう。

 

『こちら加東。ライーサ、信介、聞こえる?』

 

 何度目かの機銃掃射を仕掛けようとした時、加東からの通信が入った。

 

「信介、聞こえます」

 

『ライーサ、大丈夫です』

 

 一旦、機銃掃射を中止して旋回しながら島岡は答えた。ライーサの返事も聞こえる。

 

『そちらの戦況は?』

 

「中型陸戦ネウロイは撃破しました。現在地上部隊を援護中っす」

 

『航空ネウロイは飛行杯(フライングゴブレット)だけみたいです。全機撃墜しました』

 

『・・・そう。よくやったわ。私たちも今私とマルセイユ、玄太郎と真美の二機編隊で出撃してるわ。そっちが落ち着いたら、一度マトルーの基地に戻って補給して』

 

「『了解(ヤヴォール)』」

 

 通信が切れ、島岡は戦闘に戻る。

 

(ゲンと真美ちゃん・・・。なら、ゲンが長機か?)

 

 稲垣がいるということは、おそらく対地攻撃任務だろう。なら、空戦は起こるはずないし、そのくらい神崎なら大丈夫だろう。

 

(さっさとこっちを終わらすか)

 

 島岡はそう決めると、機体をクルリと反転させて何度目かの急降下に入り、20mm機銃の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 マトルー基地より東に100km地点

 

 

 

 

 

 加東、マルセイユはマトルーに侵攻している航空型ネウロイを迎撃すべく飛行中だった。

 

「・・・そっちが落ち着いたら、一度マトルーの基地に戻って補給して」

 

『『了解(ヤヴォール)』』

 

 加東はライーサと島岡に指示を出し終わると無線を切った。

 

「あっちは大丈夫そうだな」

 

 無線を聞いていたマルセイユが言った。

 

「そうね。中型も撃破できたみたいだし」

 

「ということは爆撃は成功したのか。すごいな、シンスケは」

 

「そうね。玄太郎が彼のことを天才っていたのもあながち間違いじゃないかもね」

 

「ふむ・・・」

 

「・・・張り合って、自分も爆撃するとか言い出さないでね」

 

「・・・」

 

(やるつもりだったな、こいつ・・・)

 

 先に釘を刺してて正解だった。勝手に爆装で出撃して怪我でもしたら大変だ。加東がジト目でマルセイユを見ていると、きまりが悪くなったのかとってつけたように話題を変えた。

 

「そういえば、なんで私たちはこんな装備なんだ?」

 

 マルセイユは自分の姿を見せるようにクルクルとロールをしながら言った。彼女の装備は、いつものMG34と腰には幾つかの予備弾倉、背中には予備の銃身。更にユニットには増槽が付けられている。いつもの彼女から考えれば相当な重装備である。

 

「念のためよ。念の・・・ね」

 

 そう言う加東のユニットにも増槽を付けられており、加東が使う九八式機関銃甲の予備弾倉も腰にくくり付けられていた。ちなみにカメラのフィルムもいつもより多く持ってきている。

 

「動きづらいのは嫌なんだがな・・・」

 

「文句言わないの」

 

 不満気に口を尖らせ、嫌だー嫌だーとロールを繰り返すマルセイユを、加東が双眼鏡を覗きながらたしなめる。扶桑海事変の頃は固有魔法の超視力を使いこちらが発見される前に敵を見つけることができたが、「あがり」を迎えた今はそういうわけにはいかない。加東は、じっと前方を双眼鏡で注視し、そして見つけた。

 

「見つけたわ。敵は・・・ヒエラクスね。数は・・・少なくとも30以上」

 

「モンティが攻め込む戦力差だな」

 

 マルセイユがMG34の薬室に弾丸を送り込みながら言う。ちなみにマルセイユの言葉は、モントゴメリーは味方と敵の戦力差が15:1にならないと攻勢に移らないことにちなんでの物だ。

 

「大丈夫?マルセイユ?」

 

「私を誰だと思っている?」

 

「飲んだくれの不良娘」

 

「・・・おい」

 

「冗談よ。いじけないの、『アフリカの星』さん」

 

「ふんっ。行くぞ、ケイ!」

 

 そう言ってマルセイユはスピードを上げた。加東はその後ろにぴったりとついていく。戦闘に関してはマルセイユに敵う者は誰もいないので、長機は階級に関わらずマルセイユとなっている。それに加東のシールドは魔力減衰によって役に立たないため、その点も都合がよかった。

 

 接敵にはたいした時間はかからなかった。

 二人は見つかる前に、ヒエラクス部隊の後方下に回り込む。航空機にとって自身の下は死角である。尚且つ背後を取られてしまえばもはや為す術もない。それがネウロイでも、形状が航空機と類似しているのならその死角は同じだ。

 

「一気にいくぞ!!」

 

「了解よ!」

 

 二人は敵部隊の背後から突撃した。マルセイユのMG34と加東の九八式機関銃甲が火を噴き、ヒエラクスを蜂の巣にしていく。この奇襲はに成功し、ヒエラクス部隊はたいした反撃もできずに編隊を崩した。さらに二人が反転して反復攻撃を加えれば、完全に算を乱した。

 

「なんだ。たあいないな」

 

「油断しないで。残りを確実に仕留めるわよ」

 

 予想外の手応えのなさに拍子抜けするマルセイユ。加東はそんな彼女を諌めると、近くを飛んでいたヒエラクスを素早く撃ち落とした。

 

「そのくらい分かってる。ちゃんとついてこい。ケイはシールドが張れないんだからな」

 

「はいはい。頼りにしてるわよ」

 

 ムッとした顔で言うマルセイユの言葉に、苦笑いしながら加東が答える。マルセイユはフンッと鼻をならすと、追撃を開始した。

 

 一部の敵がやっと混乱から脱し、こちらに向け反撃を開始する。ヒエラクスはビームだけでなく機銃も撃ってくるが、マルセイユにはかすりもしない。それは彼女の後ろを飛ぶ加東も同じだった。二人はすれ違いざまに更にヒエラクスを撃墜。しかし、相手もやられるばかりでなく、二人が攻撃している隙に離散していた別の編隊が二人の背後を取った。それに連携して周りのヒエラクスも二人を追い詰めるように迫りくる。

 

 マルセイユの眼光が鷲のそれとなった。

 

「遅れるな!」

 

「ええ!」

 

 そこからのマルセイユの機動は凄まじかった。彼女は、まるで敵がどう動くかが分かっているかのように縦横無尽に飛び回り、撃ち落とすだけでなく、引き込んだヒエラクスを別のヒエラクスと衝突させたりなど曲芸じみたことまでしてみせた。後ろからついていく加東にとってはたまったもんじゃない。

 

(ちょっとはこっちのことも考えなさいよ!)

 

 そう思う加東だが、マルセイユの機動に遅れないようについていくのに精一杯で口に出す余裕がない。結局、文句が言える頃には敵のヒエラクス部隊は撤退していた。増援もないらしい。

 

「よし、終わったな。・・・どうした?」

 

「なんでもないわ」

 

 その時には文句を言う気も失せてしまい、加東は抗議の目を向けるだけに留めておいた。不思議そうに首を傾げるマルセイユを尻目に、加東はロンメルに通信を入れる。

 

「こちら加東。マトルーに向かっていた敵部隊は撃退したわ」

 

『分かった。すぐに中央の援護に向かえるか?』

 

 戦線の中央は神崎と稲垣が向かった場所だ。加東は何か嫌なものを感じた。

 

「何かあったの!?」

 

『敵の陸空含めた大部隊が侵攻中だ。どうやら他はこちらの戦力を分散させる陽動だったらしい。敵の狙いは戦線の中央突破だ』

 

 ロンメルは更に続けた。

 

『陸戦型の方は、敗走していた部隊とカールスラントとロマーニャの部隊でなんとか食い止めている。ブリタニアとリベリオンの部隊が到着すればなんとかなるかもしれんが、それまでに航空型に制空権を完全に取られればおしまいだ』

 

「分かったわ。すぐ、『アフリカ』は全機そっちへ向かう」

 

『頼む』

 

 ロンメルとの通信を終えると、加東はマルセイユを見た。

 

「聞こえたわね?」

 

「ああ。すぐに向かうぞ」

 

 マルセイユは真剣な表情で頷くと、すぐさま進路を北に取った。増槽のおかげで補給のために基地にもどる必要もない。

 

「ケイはこのことを予想してたのか?」

 

「そんなんじゃないわよ。もしかしたら何かあるかも・・・てぐらいだったし。」

 

 そう言いながら、加東は戦線の中央で戦っている神崎と稲垣に連絡を取ろうとした。しかし、いっこうに返事がない。

 

(玄太郎と真美なら・・・でも・・・)

 

 神崎を長機とした模擬戦の時の動きから考えると、対地攻撃はいいとしても、空戦になったら危ないかもしれない。最悪、撃墜されている可能性も・・・ 。

 

『・・・さん!ケ・・・ん!ケイさん!!』

 

 加東の悲観的な思考を断ち切ったのは、稲垣からの通信だった。

 

「真美!?状況は!?」

 

『は、はい。敵がたくさん増えました!私は弾切れで・・・キャ!!』

 

 一瞬強いノイズが走る。

 

『航空型は神崎さんが・・・でも、様子がおかしくて・・・!』

 

「玄太郎が?」

 

『いつもみたいな動きじゃないし、呼吸が荒くて・・・』

 

『真美!!』

 

 稲垣がそこまで言ったところで、神崎の声が割り込んできた。いつものような落ち着いた声ではなく、ひどく取り乱した声だ

 

『すぐにこの戦域から下がれ!マトルーに戻って補給しろ!』

 

『何言ってるんですか!神崎さん、具合が悪いんですよね!?置いて行けるわけ・・・』

 

『足手まといだ!さっさと行け!』

 

 時折、MG34の射撃音やシールドで弾く音が通信に混ざる。

 

「ちょっと玄太郎!?」

 

『一人なら大丈夫だ!早く俺から離れろ!!命令だ!』

 

 加東の通信も神崎は耳に入ってないらしい。神崎は一方的に言い放つと、通信を切った。

 

(まずいわね・・・)

 

 加東は目線でマルセイユにスピードを上げるように指示する。その意を汲んだマルセイユは、頷くとすぐにスピードを上げ、先に行ってしまった。

 

『ケ、ケイさん・・・』

 

 稲垣の泣きそうな声が聞こえる。あまりにも雰囲気が違う神崎の物言いになにがなんだか分からなくなったようだった。加東も何故神崎がああなってしまったのかは分からないが、稲垣に指示を飛ばす。

 

「玄太郎の言う通り、一度マトルーへ戻りなさい」

 

『で、でも・・・』

 

「私もマルセイユも、今そっちに向かってるわ。すぐに到着するから、大丈夫」

 

 加東は優しい声音で、稲垣を落ち着かせる。

 

「ライーサと島岡も基地に戻ってるはずよ。二人と合流しなさい。分かったわね?」

 

『はい・・・』

 

 通信を終えると、加東もスピードを上げた。一刻も早く向かわないと何か手遅れになりそうな気がする。頭をぐしゃぐしゃと掻きながら、先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎は昔、魔女(ウィッチ)に後ろから撃たれた。

 この出来事は、後の世でいう心的外傷後ストレス障害(PTSD)つまりトラウマとなり、神崎を苦しめている。

 

 

 

 神崎は限界に近づいていた。最初の方はまだよかった。魔女(ウィッチ)とはいえ、神崎は『アフリカ』の面々を少なからず信頼している。その思いから、自分の後ろを魔女(ウィッチ)が飛ぶという恐怖心を押し殺すことができた。

 しかし、戦闘が始まればそうはいかなくなった。自分の後ろから聞こえる稲垣の銃声が、あの時の銃声と重なってしまうのだ。聞こえる度に背中に衝撃がくるのではと緊張する。

 そうなればもはや戦闘どころではない。一発一発鳴り響く度に神崎の神経はガリガリと削られてゆき、後には恐怖心しか残らなかった。稲垣が弾切れを起こさなければ、最悪、神崎は我を忘れて稲垣に襲いかかっていたかもしれない。それほど神崎は消耗していた。

 

 

「足手まといだ!さっさと行け!」

 

 

 ろくに稲垣を見ずに叫ぶ。お笑い草だ。今の状態から見れば自分の方が足手まとい。

 

 

「一人なら大丈夫だ!早く俺から離れろ!命令だ!」

 

 

 この恐怖から抜け出したい。早く魔女(ウィッチ)から離れたい。その一心でわめき散らす。稲垣がどんな思いで基地へと向かったか分からない。そのことに気をかける余裕が全くなかったのだ。

 

 

 戦闘は続いている。

 

 

 神崎は押し寄せる多数のネウロイを眺めた。ヒエラクスとケリドーンの混成部隊。いくら魔女(ウィッチ)が怖いとはいえ、戦わないわけにはいかない。そうしなければ今までの自分の戦いの意味がなくなる。軍にいる意味がなくなる。軍に入った意味がなくなる。

 

 神崎は静かに魔力を左手に集めた。魔力は集束し、熱を帯び、燃え上がる。

 

(・・・真美には悪いことをしたな)

 

 神崎は少しだけ余裕ができた頭で思った。せめて本当に一人で大丈夫だというのを見せなければ。

 神崎が左腕を振り、数多の炎を放った。放たれた数多の炎は空中を迸り、迫り来る航空型ネウロイの一群と接触し一斉に爆発。その爆発と同時に神崎は突撃した。爆発により混乱したネウロイを手当たり次第に撃ち落とし、弾が尽きるとMG34を背負い炎羅(えんら)を抜いて斬りかかっていく。

 

 時折、炎を織り交ぜた神崎の戦いぶりは獅子奮迅といってもいいだろう。

 

 

 だが、それまでだった。

 

 

 ネウロイが混乱から脱していくにつれて、神崎は次第に追い込まれていく。一体を追えば後ろから別のネウロイに追撃され、炎を放とうにも狙いを定める前に牽制射撃が入る。ついこの前のティーガーを守った戦いと同じような状況だった。

 

(今回は一人だがな)

 

 だが、今はむしろ一人の方がいい。もし、ここに魔女(ウィッチ)がいれば自分はどうなるか分からない。さっきの無線から考えれば加東とマルセイユが到着するまで後少しかかるはずだ。その間に乱れ乱れた精神を整えればなんとか・・・。

 

『ゲンタロー!?』

 

 神崎の思考を遮って、無線から声が響く。

 

(ハンナ!?早すぎるだろ!?)

 

 振り返る神崎だが、その顔が恐怖で凍りつく。

 

『ゲンタロー!助けに来たぞ!』

 

 そう言ってマルセイユは近づいてきた。銃口を神崎に向けて(・・・・・・・・・)

 

(来るな)

 

 マルセイユの姿とあの時の魔女(ウィッチ)の姿が重なる。

 

(来るな・・・来るな・・・)

 

 あの時の魔女(ウィッチ)が神崎を見て、口を開く。

 

『――――――――』

 

(来るな・・・来るな・・・来るな・・・)

 

 魔女(ウィッチ)は神崎を嘲笑うと、再び口を開き、引き金に指をかける。

 

『イッピキオオカミ・・・ハ・・・キエロ』

 

 そこで、神崎の何かが壊れた。

 

 

「来るなぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 




最近のブームは零戦。映画よかった~、映画見て初めて泣いた~。

あとハッピーバースデイ、フランチェスカ・ルッキーニ少尉!この話ではいつ出てくるのか!?


ではまたノシ


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第十五話

年末最後の更新ですね。

皆さん、今年一年お疲れ様でした。

来年も頑張りましょう。
私も頑張って書いていきます!!

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。

※急いで投稿したので、少し読みづらい部分があると思いますが、すぐに訂正するのでご容赦を


 

 最初は何が起こったのか分からなかった。

 

 

「ゲンタロー!助けに来たぞ!」

 

 多数の航空型に囲まれていた神崎。マルセイユが見た時、彼の後ろに動きの速いケリドーンが回り込むのが見えた。素早くMG34を構えて叫んだ。

 

「後ろにいるぞ!動け!」

 

 しかし、神崎は呆けたようにこちらを見るだけで動かなかった。焦ったマルセイユは、神崎が当たらないギリギリのところでケリドーンに狙いをつけた。この照準が出来るのは、マルセイユの固有魔法「偏差射撃」の恩恵である。

 

「ゲンタロー・・・!」

 

 後ろの敵を狙っているとはいえ、味方が射線にいるのは辛い。それでも、マルセイユは眉を顰めながら引き金に指をかけた。

 

 その時だった。

 

 

「来るなぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 

 

「!?」

 

 戦場に響き渡る神崎の絶叫。それに伴って神崎の周りに魔力が渦巻く。渦巻いた魔力はマルセイユにも感じる程の熱を帯び始め、そして・・・

 

 

爆発した。

 

 

 正確には全方位に炎が放たれた。ただその勢いが凄まじく、まるで爆発したように見えただけだ。

 

「な!?ゲンタロー!?」

 

 全方位に放たれた炎、敵味方関係なく襲い掛かった。マルセイユは泡を食って炎を避けたが、神崎を狙っていたケリドーンを含めて、多数の航空型ネウロイが、そして地上の陸戦型ネウロイが炎に喰われ撃墜または破壊された。

 不幸中の幸いは味方の地上部隊は、陸戦型に攻め込まれ大きく後退していたために、この炎に巻き込まれなかったことだろう。

 

「何するんだ!?」

 

 マルセイユは怒って神崎に叫んだ。しかし、マルセイユが神崎に近づいて彼の表情を見た時、怒りは消え去って、代わりに驚きが生まれた。

 

 

「来るな来るな来るな来るなくるなくるなくルナクルナクルナクルナ・・・・!!」

 

 

 恐怖で顔を凍りつかせ、目から涙を流す神崎。何かを追い払うかのように炎を放ち続けている。

 

 

 いつもの姿とは余りにもかけ離れている神崎の姿。マルセイユは自分の目が信じられなかった。

 

「玄太郎!?マルセイユ、一体何があったの!?」

 

 遅れて到着した加東が神崎の姿を見て驚きの声をあげるが、そんなことはマルセイユにも分からなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マトルー基地

 

 

 

 防衛任務を終えたライーサと島岡は、臨時司令部となったマトルー基地で補給を受けていた。

 ストライカーユニットと零戦が簡単な整備を受けている間、二人は滑走路の脇で軽食を摂る。戦闘飛行には多くの体力を使うのは、魔女(ウィッチ)もパイロットも同じ。栄養補給は大切である。

 そんな訳で、ボリボリと乾パンをかじっていた島岡だが、整備員がざわついているのに気付いた。

 

「ん?なんかあったのか?」

 

「真美が帰ってきたみたいですね」

 

 島岡の呟きにライーサが答えた。見ればライーサは頭から鳥の羽を出し、滑走路に繋がる空を見つめている。島岡も目はいいはずだが、何も見えない。

 

「魔力で強化してますからね。普通は見えませんよ」

 

「なにそれ、ずりぃ」

 

 そう言いながらも島岡は何か違和感を感じた。

 

「真美ちゃんだけ?ゲンはいねぇのか?」

 

「そうみたいです」

 

 島岡でもやっと見える距離まで近づいてきたが、やはり稲垣一人だけだった。二機編隊を組んでいたなら一緒に帰ってくるはずだが・・・。

 

「ゲンが落とされたわけねぇしな~」

 

「そこに疑問はないんですね」

 

 二人が早足でストライカーユニットを止めるケージに向かうと、ちょうど稲垣が着陸してこちらに近づいてきた。

 

「真美、お疲れ様」

 

「一人?」

 

 ユニットをケージに固定し、ケージから降りた稲垣にライーサと島岡が声をかけた。

 

「はい。弾が切れてしまって。神崎さんは残っています」

 

「一人で戦ってるのか?」

 

「ケイさんとマルセイユさんがすぐに向かうって言ってました」

 

「ならよかった。ありがとな」

 

 島岡がそういうと、稲垣が表情を暗くした。それにライーサが気付いた。

 

「?真美、どうしたの?」

 

「・・・神崎さん、何か様子がおかしかったです」

 

「おかしい?」

 

 ライーサが首を傾げ、島岡の方を見ると彼は眉をひそめていた。

 

「どんな様子だったの?」

 

「最初は普通だったんですけど、戦闘の途中から何か呼吸が荒くなり始めて、取り乱したような感じに・・・」

 

 その様子を思い出したのか、稲垣の声が段々と小さくなっていく。神崎の様子を聞いた島岡は、まさか・・・と呟き、稲垣に更に尋ねた。

 

「真美ちゃん、射撃の時はどこに居た?」

 

「二番機位置ですけど・・・」

 

 二番機位置つまりは背後である。その一言を聞いた島岡の顔色が変わった。

 

「やべぇじゃねぇか・・・!」

 

 島岡は血相を代えて踵を返すと、二人をおいて零戦に向かって走った。

 

「島岡さん!?」

 

 ライーサが驚いて島岡を呼ぶが、まったく反応しなかった。島岡は零戦につくと、整備兵に声をかけた。

 

「整備は終わったか!?」

 

「はい。一通りの整備と燃料補給は・・・って何乗ってるんですか!?」

 

 島岡は、整備兵の言葉を聞きつつコックピットに滑り込んだ。エンジンを始動しようとする島岡を慌てて整備兵が止めに入る。

 

「待って下さい!まだ弾薬補給が・・・」

 

「飛べればいい!さっさとどけって!」

 

「離陸許可が出てませんよ!」

 

「んなの待ってられっか!」

 

 島岡と整備兵が押し問答を繰り返すなか、ライーサと稲垣が追いついた。

 

「島岡さん、どうしたんですか!?」

 

「はやくしないと、ゲンがやばいことになる!」

 

「やばいことって・・・」

 

『みんな、聞こえる!?』

 

 ライーサが何か言おうとしたが、零戦の無線から聞こえた加東の声に遮られてしまった。ライーサと稲垣は耳につけてあるインカムに集中し、島岡はそのまま無線のマイクを取った。

 

「ゲンに何かあったんすか!?」

 

『信介!?・・・ええ。玄太郎が暴走状態になったわ。はやく抑えないと、味方にも被害が・・・』

 

「すぐに向かいます!」

 

 島岡は無線を切ると、エンジンを始動した。

 

「そういうわけだからどいたどいた!」

 

「弾薬の補給はほとんど済んでませんからね!気をつけてくださいよ!」

 

 整備兵が離れるのを確認してエンジンの回転数を上げていく。

 

「私たちもすぐに飛びます!」

 

「おう!先に行ってるぞ!」

 

 エンジン音に負けない声で島岡はライーサに声をかけると、滑走路まで機体を移動させる。そして、そのまま回転数を最大まで上げ離陸した。

 

(まさかこんなことになるなんてな)

 

 神崎のことを話しとくべきだった・・・と後悔する島岡。だが、なんとかするしかない。島岡は気持ちを切り替えようとした時、ふと思った。

 

「あれ?俺、具体的に何すりゃいいんだ?弾もねぇのに」

 

 神崎のところに飛ぶのに頭が一杯で、具体的なことを全く考えてなかった島岡だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『アフリカ』の面々と連絡を取った加東は、今度はロンメルと連絡を取っていた。

 

『・・・そうか』

 

 説明を受けたロンメルが重々しく呟いた。

 

「私で玄太郎を止めるわ。その間は地上部隊を前進させないで」

 

『残念だがそれはできない』

 

 加東の要請をロンメルがあっさりと切り捨てた。

 

『エジプトでネウロイの更なる動きが確認された。ここで前進を止めれば戦線を押し戻すことができなくなる』

 

「じゃあ、玄太郎を撃墜しろとでも!?」

 

『そうだ』

 

 つまりは「殺せ」ということだ。ロンメルの口調は断固としたもので、それに加東は激怒した。

 

「地上部隊が壊滅しなかったのは紛いなりにも玄太郎のお陰でしょ!?その分の時間くらいよこしなさいよ!!」

 

 事実、先程の爆発的な炎により、侵攻してきたネウロイは後退してしまっている。

 

『・・・』

 

 加東が鼻息荒く怒鳴るが、ロンメルは押し黙ったまま。何も言わないのに痺れを切らして再び怒鳴ろうとした時、やっとロンメルが口を開いた。

 

『進撃を止めることはない。一人の為にアフリカを失うわけにはいかん』

 

「な・・・!?」

 

『だが・・・』

 

 加東が怒鳴るのを遮るように、ロンメルは続けた。

 

『モンティとパットンの計らいでC中隊とパットンガールズが増援としてくる。彼女達が到着するまで10分かかる』

 

「じゃあ・・・」

 

『10分でなんとかしてくれ。それ以上かかるなら・・・神崎少尉を撃墜しろ』

 

「・・・分かったわ。ありがとう」

 

 あの状態を神崎を10分で抑えられるとは思えないが、これがロンメルの、軍全体を指揮する者としての最大限の譲歩なのだろう。それを感じ、加東はそれ以上は何も言わなかった。無線を切ると、加東は炎を出し続ける神崎を見る。

 

「マルセイユ」

 

「ああ」

 

 加東の横にマルセイユが並んだ。彼女のユニットからは増槽が外され、いつもの身軽な姿になっている。

 

「私がゲンタローに近づいて正気に戻せばいいんだな?」

 

「ええ。タイムリミットは10分。それまでに出来なければ・・・」

 

「撃墜・・・か?」

 

「・・・そうよ」

 

 ふぅ・・・とマルセイユが溜め息をつき、厳しい目つきで一言呟いた。

 

「ゲンタローを死なせはしない」

 

 そう言うやいなや、マルセイユは一気に加速して行った。加東はそれを見送ると、自身も行動を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲンタロー!!」

 

 そう叫んでマルセイユは突進した。撃墜する気は更々なく、銃は背負ったまま。だが、数多の炎が彼女の行く手を阻んだ。

 

「邪魔だ!」

 

 スロットルの出力を激しく変化させて、襲いかかる炎をすり抜けるように避け、神崎に肉薄していく。こちらの急接近に神崎も気付くが、マルセイユのトリッキーな動きについていけず、すぐに回り込めた。

 

「ゲンタロー、落ち着け!私はハンナだ!敵じゃない!」

 

 マルセイユは後ろから抱きつくようにして神崎を抑え込もうとした。神崎を取り巻く炎で自身が傷つかないように魔力で守りながら。しかし、そう簡単に上手くいかない。

 

「―――!!!」

 

「!!熱ッ!?」

 

 神崎が声にならない悲鳴を上げたかと思うと、神崎を取り巻く炎の熱が一気に上昇した。魔力での防御で防ぎきれない熱がマルセイユに襲いかかり、堪らず神崎から離れてしまう。そこに暴走した神崎が声にならない悲鳴をあげて炎羅(えんら)で斬りかかった。

 

「―――!!」

 

「!!」

 

 マルセイユが頭を引いたその一瞬後に、炎羅(えんら)の切っ先が通過し、マルセイユの頬をうっすらと切り裂いた。さらに、神崎の纏う炎によってジリジリと体を炙られていく。慌ててマルセイユは距離を取ろうとするが、神崎は距離を詰め、斬撃を繰り出し続けた。

 

「やめろ!やめてくれ!」

 

「――!!――!!」

 

 マルセイユは斬撃を避けながらも必死に呼び掛けるが、神崎は一向に正気に戻らなかった。むしろ、彼女が呼び掛けるごとに神崎の太刀筋のキレが増し、炎の熱が上昇し、そして泣き叫ぶ声が大きくなる。

 

「ゲンタロー・・・!」

 

 マルセイユは泣きそうな声で神崎を呼び続けた。神崎の姿は、真っ白の第二種軍装は自身の炎によって焼かれて黒くなっており、また、その火は服だけでなく神崎の体も焼いているのだろう、焦げ臭い匂いには人肉の焼ける臭さも混じっていた。ついさっきまで、お互いの命を預け合う仲間が、兄のように接してくれた人が、そんな状態で自分に襲いかかってくるのだ。

 14歳の少女には過酷すぎる。

 涙目のマルセイユが、神崎の斬撃を全力のシールドで受け止めた。

 

「玄太郎!!」

 

「!!」

 

 斬撃を受け止められて一瞬動きを止めた神崎に、直上から急降下してきた加東が八九式機関銃甲の銃床を叩きつけた。これで気絶してくれれば・・・と願うが、そう上手くはいかない。加東がゾワリと悪寒を感じるのと、マルセイユが叫んだのはほぼ同時だった。

 

「離れろ!ケイ!」

 

「ッ!?」

 

 二人がバッと離れたのから一瞬遅れて、二人を追い払うように神崎の体から炎が噴出した。

 

「―――――!!!」

 

 悲鳴を上げ、身を焦がしながらも炎を出し続ける神崎。彼を見て、マルセイユは呆然として呟いた。

 

「なんで・・・そんなになってまで・・・」

 

「分からない。分からないけど・・・時間がないわ」

 

 もう一刻の猶予もない。加東は最悪の事態を考え、薬室に弾丸を送り込んだ。

 

「手心加えるのは無理よ。本気でいかないと自分達がやられてしまう」

 

「・・・ああ。そうだな」

 

 そう答えるマルセイユだが、銃は構えなかった。弱気になる自分を奮い立たせるように言う。

 

「私は撃たない。ゲンタローを止めるんだ」

 

「・・・いいわ」

 

 加東は懐中時計で時間を確認した

 

「残り5分よ。もし間に合わないようなら、私が奇襲をかけて玄太郎を撃墜する。いいわね?」

 

 マルセイユは頷いて、再び神崎に向かって飛んでいった。

 

(玄太郎を殺すしかないなら・・・マルセイユにはやらせない。私がやる)

 

 それが隊長としての責任だから・・・と加東は冷たい決意を固めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲンタローを死なせたくない。

 

 加東とは正反対の思いを胸に、マルセイユは飛んでいた。

 

 最初、神崎に対する評価は軽かった。

 子供が玩具を貰った感覚に近かったのだろう。特異な彼の存在がただ楽しかった。だが、自分が楽しかった故に彼の気持ちを考えていなかった。

 酒を騙して飲ませた時、彼に怒りをぶつけられてとてもショックを受けた。彼を怒らしたこともだが、自分がそこまで酷いことをしたことにだ。

 だが、神崎は自分を許してくれて、そして優しく接してくれた。それ以降、彼と接している時は楽しさに加えて安心感も生まれた。おそらく、自分は彼を兄のように思っていたのかもしれない。

 

 だから・・・

 

「ゲンタロー!!目を醒ましてくれ!!」

 

 マルセイユは神崎から噴き出す炎の熱を防ぎ、必死に叫ぶ。しかし、その声は届かない。

 

「―――――――!!!」

 

「ゲンタロー!」

 

 神崎の叫び声とともに、マルセイユに向け炎が襲いかかる。それは今までの数の比ではなく、回避するマルセイユの表情も凍りつく。

 だが、途中何発かの炎が爆発した。

 

『すまねぇ!遅れた!』

 

 島岡が駆る零戦がやっと到着し、マルセイユに追いすがる炎を次々と撃ち落としていく。

 

「シンスケ!助かったぞ!」

 

『ああ。だが、ゲンが・・・』

 

「ああ。早くしないとゲンを撃墜しなければならなくなる」

 

『最悪じゃねぇか!!』

 

「だから、協力してくれ!」

 

『当たり前だが、俺に何ができる?言っとくが補給中断して飛んできたから、弾もほとんどねぇぞ』

 

「ゲンタローに呼び掛けるんだ!」

 

『分かった!任せろ!』

 

 そう言うと二人は、再び襲いかかる炎を掻い潜って神崎に近づく。さすが操縦技術に卓越した二人といったところだろう。

 

『ゲン!なにやってんだ!!』

 

「!?!?」

 

 島岡の声が聞こえたせいか、神崎が急に混乱したような動きを見せた。それにマルセイユが感ずく。

 

「反応した!このままいけばなんとか・・・!」

 

『・・・時間よ。玄太郎を撃墜する。』

 

 加東が冷たい声で嬉しそうなマルセイユの声を遮った。

 

「ケイ!手がかりが見つかったんだ!?」

 

『ケイさん!少しでいいんで時間を・・・』

 

『ダメよ』

 

 二人の必死な言葉を、加東は一言で切り捨てた。

 

『一人の為にアフリカを渡すわけにはいかないの。・・・恨むなら私を恨みなさい』

 

「やめろ!!!」 

 

 マルセイユの叫び声も虚しく、遥か上空から銃声が響き渡った。

 

 

 

 マルセイユと島岡が神崎に呼びかけていた丁度その時、加東は三人よりも高い上空で銃を構え待機していた。

 加東の特技は中距離での見越し射撃。扶桑海事変もこの特技で生き抜いてきた。今は魔力減衰も始まって当時のような芸当はできないが、正気を失って戦闘機動ができない神崎を撃つなど造作もない。

 

「玄太郎・・・ごめんなさい」

 

 小さく、本当に小さく呟いて加東は八九式機関銃甲の引き金を引いた。吐き出された7.7mm弾が神崎を貫き、神崎は錐揉みして落ちていく。

 マルセイユと島岡が何か叫んでいたが、加東の耳には届かなかった。

 

「ごめんなさい・・・。ごめ・・・!?」

 

 か細い声で加東が呟くが、突如神崎が墜落の途中で止まったことに息を飲んだ。確かに撃ち抜いたはず・・・と、双眼鏡を取り出して神崎を見てみると、右腕から血を流しているがそれだけだった。

 右手に持っていた炎羅(えんら)は右腕を撃たれたことで取り落としたのだろう。

 

(まさかギリギリで避けたの!?)

 

 双眼鏡を通して加東と神崎の目が合う。ゾワリと悪寒を感じて双眼鏡から顔を離すのと、神崎の炎が襲いかかってくるのは同時だった。シールドが使えない加東にとって、炎が近づくだけで相当危険だ。加東は素早く銃を構えて炎を撃ち落としていくが、撃ち落とした時の爆炎で視界が悪くなってしまった。加東に向け、島岡から注意が飛ぶ。

 

『ケイさん!ゲンがそっちに向かってる!』

 

『気をつけろ!援護する!』

 

「分かっ・・・!?」

 

 返事をしようと気を散らしたのが裏目にでた。加東の一瞬の隙を突くように、爆炎から神崎が飛び出して左腕で加東の首を掴んだ。

 

「―――!!」

 

「ングッ!?」

 

 神崎は力任せに加東を振り回し、勢いをつけて放り投げた。

 首を掴まれ振り回された加東は、若干朦朧としており、まともに動けなかった。神崎はそこを狙い、莫大な魔力を発しながら炎を放つべく構えた。

 

『やめろ!!!』

 

「――!?」

 

 突然の島岡の乱入。島岡は神崎の間近になけなしの7.7mm機銃を発砲して注意を引きつけた。それに合わせてマルセイユが朦朧とした加東のフォローに入る。

 

「大丈夫か!?」

 

「ゴホッゴホッ・・・。ええ、なんとか・・・」

 

 加東は首を押さえて苦しそうにしていたが、大丈夫そうだった。時折、咳込みながらも神崎に厳しい目を向ける。神崎は先ほどよりも更に高い魔力を発していた。

 

『やばい・・・!ケイさん!マルセイユ!逃げろ!!』

 

「クッ!?」

 

「マルセイユ!先に!」

 

 まだ満足に動けない加東と彼女を庇うマルセイユ。そんな二人に神崎は容赦なく狙いを定める。

 

「――――!?!?」

 

 神崎は叫び声をあげ、炎に込める魔力を上げて、構えた。そして・・・

 

 

 爆発した。

 

 

 先程のような炎を放ったわけではない。

 神崎のストライカーユニットと炎が爆発したのだ。ユニットの推進力を失い、爆発の直撃を受けた神崎は体ピクリとも動かさずに落ちていく。

 いきなりのことで呆然とした三人だが、いち早く島岡が我に返った。

 

『マルセイユ!頼む!!』

 

「!!」

 

 島岡の声を受けたマルセイユは矢のように飛び、気絶して落ち続ける神崎を抱き抱えた。神崎の焼き爛れた体の傷と、焦げた匂いに思わず顔をしかめる。

 

「なんでこんなになってまで・・・」

 

 寂しげな表情で神崎を見たが、気を失っている彼が答えるはずもなかった。

 




実はもう少し書きたかったんですが、予想以上に戦闘シーンが長引いてしまったり・・・(^_^;)


できるだけ早く続きは書こうと思います。


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第十六話

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

予定ではもっと早く投稿するはずだったんですが、溜まっていた本を読んでいて書くのが遅れました。
だって、厚いんだもの!すばる姫、最高!俺も幻肢虎欲しい!

と、いうわけで第十六話です

一つの節目となる話になると思います。すこし、不安な部分もありますが・・・

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしく!


臨時司令部 マトルー基地

 

 

 

 

 

 予定の時間から少し経過してしまったが、結果的に『アフリカ』は神崎を止めることに成功した。

 地上部隊は遅れてやってきたライーサと稲垣の護衛を受けて進撃を開始した。

 部隊の先頭に立つのは、セシリア・G・マイルズ少佐率いるC中隊とリベリオン陸軍のパットン・ガールズ。

 C中隊、パットン・ガールズは立ち塞がるネウロイを尽く突破し、戦線の再構築に成功した。

 

 その報告を受けると、ロンメルは深い溜息をつきながら座っていた椅子の背を軋ませる。

 

「なんとかなったか・・・」

 

 トブルクの司令部が麻痺、且つ戦線が崩壊したという報告を受けた時はアフリカからの撤退も覚悟したが、結果的に防衛戦に勝利した。状況から考えて、最上級の勝利だろう。ロンメルが窓に目を向けると日が暮れていた。ネウロイの攻撃が始まったのが夜明け前だったから、ちょうど半日程度戦ったのだろう。

 

「将軍、トブルクからモントゴメリー中将、パットン中将が到着しました」

 

「こっちに通してくれ」

 

 従卒からの報告が入り、ロンメルは報告書を読みながら二人を待つ。数枚読み終えた時、ドスドスと野太い足音が響き渡り、誰かが扉を蹴破って現れた。

 

「おう!ロンメル!儂の天使(エンジェル)ちゃん達は無事だろうな!?」

 

「貴様はもう少し静かにできんのか・・・。まぁ、私の陸戦魔女(ウィッチ)達がどうなったのかは気になるがな」

 

 パットンとモントゴメリーが揃って部屋の中に入ってきた。トブルクの暴動は既に終息していたが、基地機能が十分に回復していなかった為、わざわざマトルーに出向いたのだった。ロンメルはタバコを咥えると落ち着き払って言った。

 

「もちろん無事だし、彼女達のおかげで速やかにネウロイを撃退できた。いやはや、彼女達は私の養女にしたいものだな」

 

 年甲斐もなく顔を緩ますロンメルに、パットンは青筋を立てた。

 

「貴様なんぞに儂の天使(エンジェル)ちゃん達は渡さん!!」

 

「私が指揮した方が彼女達のためになると思うが?」

 

「今回も儂が指揮していれば、昼頃にはネウロイを叩き潰しておるわ!!」

 

「ハッ!基地に缶詰だった奴がよく言う」

 

「貴様もネウロイ共々叩き潰してやろうか!?」

 

「よろしい。ならば戦争だ」

 

 バチバチと火花を散らし臨戦態勢を取る二人を、モンドゴメリーは頭痛を押さえるようにこめかみを押しながら見た。

 

「今はそんなことを話す時じゃないだろう。あとロンメル、私の魔女(ウィッチ)は絶対に渡さないからな」

 

 モントゴメリーは、ちゃっかりロンメルに釘を刺しつつ持参した報告書を取り出した。

 

「今回のトブルクでの暴動に関する物だ。私たちもただ基地に缶詰だった訳ではない」

 

 モントゴメリーとパットンは今回の暴動が組織的なものだと考え、秘密裏に諜報部隊を回して探らせていたのだ。

 

「今回の暴動は、戦闘が始まったのと同時多発的に起こり、尚且つ基地機能を効果的に奪うように行動している。そしてこちらがネウロイを撃退した直後に退散した。余りにも戦闘と同調しすぎているとは思わんか?」

 

 モントゴメリーの問いかけにパットンが頷く。

 

「素人の集まりなら戦場の状況を把握できるはずもないしな。それに、送電線の切断ならまだしも基地に予備電源まで破壊できるとは思えん。それに戦場でも幾つかの奇妙な報告もある」

 

 ロンメルは二人の言葉を聞きながら報告書に目を通して言った。

 

「暴動が組織的な物にしろ、素人を誰かが扇動していたにしろ、調べはついたのか?」

 

「目下捜索中だ」

 

「暴動鎮圧と電力復旧が最優先だったからな。流石にそこまでは分からなんだ。だが、目的は儂等を混乱させてネウロイをトブルクに侵攻させることだろうよ」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 だが・・・とモントゴメリーが黒い笑みを浮かべて言った。

 

「敵がどんな奴だったとしても、そいつらの目論見は完全に外れたんだ。ここから、私に泥を塗ったことを存分に後悔させてやる」

 

「流石、英国紳士だ。性格が悪い」

 

 ロンメルの言葉が聞こえないほどモントゴメリーに怒りは凄まじいらしい。黒い笑みを浮かべるモントゴメリーをロンメルとパットン呆れた目で眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブルク某所

 

 夕焼けに沈むトブルク。

 男は裏路地の建物の二階から景色を眺めていた。男が見下ろす大通りには暴動に参加していた民衆がたくさん歩いていた。

 

「作戦は失敗です。『同志』はエジプトに撤退。作戦に従事していた仲間は全員自決しました。」

 

 男の背後に立つスカーフを巻いた男は感情を押し殺した声で告げた。男はしばらく何も言わなかったが、静かに口を開いた。

 

「なぜ失敗した?」

 

「司令部機能を完全に潰しきれなかったようです。しかし、一番の問題は主力部隊が航空魔女(ウィッチ)によって大打撃を受けたことです」

 

「航空戦闘飛行隊『アフリカ』か・・・」

 

「はい」

 

 男は一つ溜息をつき、スカーフを巻いた男に言った。

 

「障害は排除するだけだ。準備しろ」

 

「はい」

 

 スカーフを巻いた男は静かに一礼し部屋から出て行った。

 

「まだだ・・・。まだ終わってない」

 

 部屋にはブツブツと呟く男だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊『アフリカ』基地 

 

 

 

 戦闘が終了した後の基地は、帰還した機体の整備でとても騒がしくなっていた。しかし、隊長用天幕はそんな喧騒から離れ、冷たい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 隊長用天幕の中。

 加東は椅子に座り、いつもの明るさはなりを潜めて厳しい表情を浮かべていた。その彼女の目の前には島岡が直立不動で立っていた。

 

「・・・説明してもらおうかしら?」

 

「・・・ゲンのことですね?」

 

 島岡の口調もいつもの軽い調子ではなく、真剣なものだった。加東は首を傾げ、更に問いかけた。

 

「何か知ってるんでしょ?」

 

「・・・」

 

 島岡は少し黙り込むと、意を決して話し始めた。

 

「ゲンは魔女(ウィッチ)恐怖症です」

 

 島岡はこのことを話すことを相当悩んだ。

 神崎も何か考えがあって自分とそういう約束をしたのだろうし、この話をするならば必然的に神崎の過去も話すことになる。そして何より親友との約束を反故にしたくなかった。だが・・・

 

 

 

「そういうことだったのね・・・」

 

 加東は、島岡の話を聞きポツリと呟いた。

 

「だから長機になると途端に動きが・・・。あんなに嫌がって・・・」

 

 加東は頭の中で情報を整理するようにブツブツと独り言を言っていたが、すぐに眉を顰め島岡を見た。

 

「なんで、話さなかったの?」

 

「ゲンが自分自身で解決すべき問題だと思ったからです。ゲンもそれを望んでいたので」

 

 島岡は何か思うところがあるのか目を伏せながら話す。その言葉を黙って聞くと、加東は島岡の目の前に立った。

 

「信介」

 

「はい」

 

「歯、食い縛りなさい」

 

 そう言うやいなや、加東は島岡の左頬に強烈な拳を叩き込んだ。

 

――ガッ!!!

 

 天幕に鈍い音が響き、島岡は後ろによろめいて尻餅をついた。唇が切れたらしく、地面に赤い点が滴り落ちる。

 

「立ちなさい。島岡特務少尉」

 

 若干赤く腫れた右手を腰にあてて睨み付ける加東。隊長然とした姿がそこにはあった。島岡は、殴られて直後で混乱する頭で、すぐさま直立不動の姿勢をとる。

 

「あなたは馬鹿じゃないから分かっていると思うけど・・・」

 

 加東は怒鳴り散らすのを必死に抑えるように続けた。

 

「あなたが前もって玄太郎のことを話していれば・・・、今回のような戦いにはならなかった!」

 

 しかし、加東は話しているうちに怒りを抑えることが出来なくなり、島岡の胸ぐらを掴んだ。

 

「確かに玄太郎が暴走したから、今回は勝てたのかもしれない。・・・でも!」

 

 島岡を睨み付ける目には涙が滲んでいた。

 

「一歩間違えれば、玄太郎の炎が地上の味方にまで及んだかもしれない!マルセイユやあなたが死んでたかもしれない!それになにより・・・!」

 

 次第に加東の胸ぐらを掴む手が、声が震え始めた。

 

「玄太郎を撃たずに済んだかもしれないのよ・・・!」

 

 その一言が島岡の胸をズキリと痛ませた。

 

「私は仲間を殺すなんて絶対に嫌!あなたもそうでしょう!?」

 

「だから・・・話しました」

 

 島岡が加東の手を掴みながら軽く睨んだ。。親友の為を思って秘密にしていた結果、部隊に連合軍に大きな影響を与えかけ、親友を死なせかけたのだ。その事実が、島岡に重くのし掛かかっていた。

 

 暫し睨み合う二人だが先に退いたのは加東だった。

 

「・・・そうよね」

 

 パッと手を放すと島岡に背を向ける。暫く立ったままでいたが、突然机にズドンと左拳を叩きつけた。自分を落ち着けるように数回深呼吸をして再び振り返れば、そこにはいつもの加東がいた。申し訳なさそうに、島岡の腫れた頬に手を添える。

 

「ごめんね、信介。殴っちゃって」

 

「こんくらい大丈夫っすよ。それよりもケイさんの右手の方が・・・」

 

「こっちこそ大丈夫よ」

 

 加東が右手を開閉しながら笑う。島岡もそれに釣られて口調を崩して少し笑ったが、すぐに真顔に戻り加東に尋ねた。

 

「ゲンの処分はどうなりますか?」

 

「私の一存じゃ決められない。多分、ロンメル辺りが決めると思うわ。それにこれからのことだって・・・」

 

 加東は、そこまで言うと自分の言葉を打ち消すように、いきなり口調を変えた。

 

「とにかく!まずは玄太郎の所に行くわよ。ちゃんと説教しないとね」

 

「そうすね。俺だけ殴られるのは納得できないっす」

 

「・・・本当は怒ってるでしょ?」

 

「いえ。別に?」

 

 二人が天幕から出ると、ライーサと稲垣が心配そうな表情をして立っていた。

 

「あら?どうしたの?」

 

「どうしたのって、怒鳴り声が聞こえたから何があったか心配して来てみたんです」

 

 稲垣が説明する横で、ライーサが驚いた声を上げた。

 

「島岡さん!左の頬が腫れてますよ!?」

 

「そんな驚くほど酷い?」

 

「唇から血も出てるじゃないですか!?」

 

 ライーサが懐から慌ててハンカチを取りだして、島岡の切れた唇に当てようとするが、島岡は慌てて飛び下がった。

 

「そんな恥ずかしいことしなくていい!こんくらい大丈夫!」

 

「逃げないでください!」

 

 ライーサも躍起になって追いかけ、島岡も意地になって逃げる。そんな二人を見て、加東は稲垣に言った。

 

「ごめんだけど、何か冷やすもの持ってきてくれる?」

 

「あ、はい」

 

 小走りでどこかに向かう稲垣を見送って、加東は嘆息した。

 

 

 

 島岡が濡れた手ぬぐいを受け取ったことで先ほどの騒動は終息した。

 

「で、ゲンはどこに?」

 

 左頬に手ぬぐいを当てながら島岡が尋ねる。

 

「基地の外れにある天幕よ。壊れた零式艦上戦闘脚と一緒に放り込んでおいた」

 

 目が覚めたら暴走したらたまったもんじゃないしね~と加東が言う。その一言で、ライーサと稲垣が若干緊張した雰囲気を纏ったのだが、取り繕うように慌てて続けた。

 

「冗談よ、冗談!本気にしないで」

 

 そんなことを言っていると、格納庫に着いた。入り口には歩哨が二人。口ではああ言っていたが多少は警戒していたのだろう。加東が歩哨を下がらせて格納庫の扉を開いた。

 

「玄太郎、入るわ・・・よ!?!?!?」 

 

 加東の語尾が変なことになり、後ろに居た三人も驚きのあまり絶句した。

 

 四人が見たもの。それは・・・

 

「ウォォオオリャァアア!!」

 

「ガフッ!?!?」

 

 マルセイユが全力のボディブローを神崎に叩き込んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「アフリカ」基地 倉庫

 

 熱い。 

 

 身体中が焼けるように熱い。

 

 身体がグズグズと崩れていくようだ。

 

 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い。

 

 「・・・・・・熱い」

 

 そう呟きながら、神崎は目を覚ました。

 見慣れない天井に、油の鼻をさすような臭い。自分が居る場所を確認しようと顔を横に向ければ、壊れたストライカーユニットが目に入った。黒ずんではいるが、白い塗装がであるのが分かる。

 

「零式・・・!?」 

 

 掛けられた毛布をはねのけ急いで立ち上がろうとするが、身体中に鋭い痛みがはしった。

 

「ツッ!?なんだこれ・・・」

 

 上半身の至るところに白い包帯が巻かれている自分の身体と両手につけられた手錠に眉をひそめた。ズボンの下にも包帯が巻かれているのが分かる。なぜ自分がこのような状態なのかさっぱりだったが、まずは自分の愛機へ駆け寄ることを優先した。

 

 零式艦上戦闘脚は形状こそは留めているものの、内側から爆発したらしく、外装が捲れ上がり、内部もズタズタになっていた。

 

「なんでこんなことに・・・」

 

「大丈夫か?ゲンタロー?」

 

 呆然と愛機の残骸を見下ろしていたが、背後から聞こえた声に振り向いた。

 

「ハンナ」

 

「大丈夫そうだな」

 

 頬に絆創膏を貼り付けたマルセイユが軽く微笑む。

 

「ハンナ。一体何があった?」

 

「!・・・覚えてないのか?」

 

 マルセイユは怒りと悲しみが入り雑じった表情となって、自分の頬の絆創膏を撫でた。神崎は、その様子に嫌な予感を感じ、恐る恐る尋ねた。

 

「それは・・・俺がやった・・・のか?」

 

「・・・ああ」

 

 身体中の包帯、破壊された零式艦上戦闘脚、手錠、そしてマルセイユの返事。神崎はこれらのことと、自分の記憶を辿り考えた。

 稲垣に離れるようにと命令し、一人で戦って、そしてマルセイユが来て・・・。

 

「ゲンタローは暴走状態になったんだ」

 

 その一言で神崎は理解した。自分は魔女(ウィッチ)への恐怖のあまり発狂してしまったのだと。この体の傷は発狂に伴って魔力も暴走したツケだろう。

 

「最悪だ・・・」

 

 神崎は自分のしでかした罪の大きさと失望でへたりこんでしまった。

 戦闘中に暴走状態に陥り、仲間に攻撃するなど軍法会議にかけられてもおかしくないし、それ以前に撃墜されても文句が言えない。

 

 それに・・・仲間を傷つけるなど、自分を撃った魔女(ウィッチ)と同じではないか。

 

「結果を見れば誰も死んではいないし、作戦は成功したんだ」

 

「だが、お前たちに攻撃したのには変わりない。すまなかった。本当にすまなかった」

 

「私はそんなに気にしてないぞ。だからゲンタローも・・・」

 

 へたりこんだ神崎を気遣って、手を差しのべるマルセイユだが、その手が近づくと神崎は怯えるようにビクリと震え、直後にマルセイユの手を払いのけた。

 

「な!?」

 

「ッ!?・・・すまない」

 

 払われた手を擦るマルセイユに、神崎は気まずそうに目を逸らして謝る。怒るだろうと思い黙ったままでいたが、マルセイユは逆に心配そうな声で言った。

 

「そんなに・・・私が怖いのか?」

 

「!?」

 

 予想外の一言に神崎は驚いて顔を上げた。その目に映るのは、今まで見たことのないマルセイユの真剣な顔。

 

「私が・・・魔女(ウィッチ)が怖いのか?」

 

「・・・・・・ああ」

 

 神崎は素直に肯定した。嘘をつけばまた彼女を仲間を傷つけることになる、そう感じたのだ。これ以上、魔女(ウィッチ)とは言え、仲間を傷つけたくない。

 

「俺は・・・魔女(ウィッチ)が怖いんだ」

 

「なんで、そうなったんだ?よかったら私に話してくれ」

 

 マルセイユが座り、神崎の目線と同じ高さとなる。彼女の目は全てを受け止めるような強い眼差しを持っていた。その目を見ると、神崎はあの―背後から二番機に撃たれた―事件を含めた今まで経験してきたことを魔女(ウィッチ)から受けてきたことをポツリポツリと話し始めた。

 

 神崎はまるで今まで溜まった膿を吐き出すかのように話し続け、マルセイユは黙ってそれを聞いていた。

 どのくらい経っただろうか?やがて話は終わった。

 

「これで全部だ。すまない、聞いて気持ちのいいものでもないのに」

 

「・・・」

 

 神崎は静かに頭を下げたが、マルセイユは何も答えなかった。神崎はずっと頭を下げたままだったが、マルセイユの言葉に戸惑うことになる。

 

「ゲンタロー、立て」

 

「?ああ、分かった」

 

 頭を上げて立ち上がると、マルセイユはつい先程とは打って変わった怒った表情をしていた。

 

「ハ、ハンナ?」

 

「動くなよ」

 

 混乱する神崎にドスの効いた声で脅しつつ、マルセイユは拳を構えた。そして・・・

 

「ウォォオオリャァアア!!」

 

「ガフッ!?!?」

 

 マルセイユのボディブローが炸裂し、神崎は肺に溜まった息を吐き出しながら、くの字に折れ曲がった。

 

 

 

 

 

「ちょっ、ちょっと、ちょっと!?マルセイユ、あなた何してるのよ!?玄太郎は一応病人よ!?」

 

 ピクピクッと痙攣して突っ伏している神崎に加東が慌てて駆け寄った。いきなりの光景に呆気にとられていた島岡、ライーサ、稲垣も加東の声で我に帰り、ぞろぞろと倉庫の中に入る。しかし、マルセイユは彼らには目もくれず、神崎だけを睨んでいた。

 

「ゲンタロー。なんで私が殴ったかわかるか?」

 

「・・・それは」

 

 神崎は口を開こうとして、チラリと加東を見た。それを横から見ていた島岡が言う。

 

「ケイさんはお前が魔女(ウィッチ)恐怖症だということ知ってるよ。俺が喋った。スマン」

 

 ペコリと頭を下げる島岡を、神崎が咎めるように睨む。しかし、そこに加東が割り込んだ。

 

「私が無理矢理喋らしたの。殴ってね」

 

「・・・そうですか」

 

「話の続きだ。ゲンタロー、なんでか分かるか?」

 

 神崎は躊躇いながら言った。

 

「俺が魔女(ウィッチ)恐怖症だと言うことを黙っていたからか?」

 

「それもあるが違う」

 

「シンだけにこのことを打ち明けていたことか?」

 

「それも腹立たしいが違う」

 

「・・・分からん。何なんだ?」

 

「それはな・・・」

 

 マルセイユはズカズカと神崎に近づくと胸ぐらを掴み上げた。

 

「私を、そして私達を、ゲンタローを貶めたような低俗な奴らと同列にしたことだ!」

 

 呆気にとられる神崎に叩きつけるようにマルセイユは続ける。

 

「私は誰だ!言ってみろ!ゲンタロー!」

 

「ハ、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉」

 

「なら、こっちは!」

 

 マルセイユは神崎の顔をを加東の方に向けた。

 

「加東圭子大尉」

 

「こっちは!」

 

「ライーサ・ペットゲン少尉」

 

「こっち!」

 

「稲垣真美軍曹」

 

 魔女(ウィッチ)全員に神崎の顔を向かせると再び睨み付けた。

 

「私達はゲンタローを貶めた奴らと同じなのか?」

 

「!?」

 

「どうなんだ!!」

 

「・・・違う。違うに決まってるだろう」

 

「なら、私達を怖がる理由はない!私達はそんな奴らとは違うんだ!」

 

 マルセイユは掴み上げていた手を離すと、神崎を見下ろして自信満々に言い放った。

 

「私達自身を信用しろ。魔女(ウィッチ)としてじゃなくて、私達自身を(・・・・・)!」

 

 神崎は思った。馬鹿らしい。そんな簡単なことで解決するはずがない・・・と。だが・・・。

 

「そのくらい出来るだろう?」

 

 ニヤリと笑うマルセイユが差し出す手を神崎は掴んだ。

 

 そんな簡単に魔女(ウィッチ)恐怖症が治る訳が無い。しかし、彼女の言葉を聞いているとそんなことを考えることが馬鹿らしい、そんな気分になった。彼女の言葉を信じれば乗り越えることができるかもしれない。そう思えた。

 

「頑張る。いつか克服する」

 

「当たり前だ。私達の仲間なんだからな」

 

 マルセイユはそう言いながら神崎を引き起こした。ジャラリと手錠が鳴るが、それを加東が何処からともなく取り出した鍵で外す。

 

「もうこれは必要ないわね」

 

「ケイ大尉、迷惑をおかけしました」

 

「本当よ。一発殴ろうかと思ったけど、マルセイユがもうやったから勘弁してあげる」

 

 神崎の謝罪に加東がいつものように軽く応える。

 

「皆も。迷惑をかけた。すまなかった」

 

 神崎は島岡にライーサに稲垣に深々と頭を下げた。

 

「もう馴れたし、気にすんな」

 

「私も気にしてませんよ」

 

「いつもは私が迷惑かけてばかりなので・・・」

 

 三者三様の返事。神崎は顔を上げると小さく微笑んだ。

 

 

 この日、神崎は本当の意味で『アフリカ』に所属することとなった。

 




あれでいいのか三将軍!?でも、原作でもあんな感じなんですよね、大体

さて、ここで神崎はターニングポイントを迎えた感じです。次はどうなっていくかは、まだ大雑把にしか決めてませんが、楽しみにしていてくれたら幸いです。

ではまたノシ

第一話と第八話を読んだらいいかもしれません。よければどうぞ


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第十七話

というわけで第十七話

今回は日常話ですかね。自分にはギャグのセンスとかないんで笑える話がかけるとは思えなんですけどね(汗 
でも楽しんでいってください

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 熱い

 

 

 胸くそ熱い

 

 

 降り注ぐ熱線は衣服を通して肌を少しずつだが確実に焦がし、身体から水分を奪っていく。

 

 

「あつ・・・い・・・」

 

 顎から滴り落ちる汗を拭う。

 

「あつ・・・い・・・!」

 

 汗が目に染みて痛い。

 

「暑い・・・!!」

 

 喉が乾いた。水が欲しい。

 

「暑い!!!」

 

 頭にきた。

 

「暑すぎんだよ!こんちくしょう!!」

 

 島岡は怒りに任せて叫び、手に持っていたスコップを地面に叩きつけた。

 

「喋ってないで手を動かせ」

 

 隣では神崎が黙々とスコップを動かしている。

 太陽は容赦なく二人を照らし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカは砂漠。そして、『アフリカ』基地が建っているのも勿論砂漠。風で運ばれる大量の砂が基地の天幕に積もり、埋まってしまうこともある。

 連合軍が防衛戦に勝利してから三日たった。二人は今、雪掻きならぬ砂掻きの真っ最中であった。

 

「暑い暑い暑い!!なんで俺が砂掻き!?こんなのパイロットの仕事じゃないだろ!」

 

 スコップを叩きつけるだけじゃ飽き足らず、掻き出すべき砂の山を蹴りつける島岡。舞い上がった砂が汗で濡れた肌に張り付いているが、それを気にしないほどに苛立っているらしい。

 

「暑いというから暑くなる」

 

 砂にまみれる島岡の隣で、若干髪が短くなった神崎は黙々とスコップを動かし、砂を掬っては手車に落としていた。戦闘での傷は殆どが自身の炎での為か大体は回復しており、加東が撃たれた右腕と身体の一部には包帯は巻いているが問題なく身体を動かしていた。ちなみに、髪が短くなったのは炎で焦げたためだ。

 

「よく言うだろう。心頭滅却すれば火もまた涼しと」

 

「あぁん?何言ってやがる?暑いもんは暑いだろうが!」

 

「だから暑いと言うな。手を動かせよ。そうすれば早く終わって休める」

 

「ちくしょ~。あちぃ~」

 

 島岡は渋々と地面に転がったスコップを拾い上げ、砂の山に突き刺す。だが、口はぶつぶつと動いてるままだ。

 

「つか、ホントになんで砂掻き?」

 

「それはあんた達が飛行停止処分を受けたからでしょ。五日間と一週間」

 

 島岡の疑問にパシャリという効果音と共に答える声があった。二人が振り返ると、そこにはカメラ片手に立っている加東の姿が。

 

「いやいや、おかしいでしょ。ケイさん」

 

「確かにおかしいほど軽い処分よね。玄太郎の処分が、あれだけ暴れて飛行停止一週間だけって」

 

 加東のからかうような目を向けられ、神崎は困ったように頭を掻いた。

 今回の防衛戦で、神崎は独断専行、命令違反、暴走による味方への攻撃などをしでかしていた。状況が状況だった為に、最悪銃殺にも成りかねなかった。だが、その失敗を補うほどの功績があったのも事実だった。神崎の暴走でトブルクに侵攻しようとしたネウロイは数多く撃破されて後退。これがなければ勝てなかったかもしれない。

 

「失態と功績でトントンってことね。よかったわね、玄太郎」

 

「恐縮です」

 

「いやいや!そこじゃないっすよ!そこもおかしいけど!なんで俺まで飛行停止処分くらってんすか!?」

 

 加東と神崎が和んでいる所に、全力で島岡が突っ込む。加東はキョトンとして首を傾げた。

 

「なんでって当然の報いじゃない」

 

「俺、何かやったんすか!?」

 

「玄太郎に関する情報の隠蔽。まぁ、玄太郎の処分の流れから同じ内容になったけど、あなたも相当やばかったのよ?」

 

「・・・マジすか?」

 

 加東の言葉を聞き、島岡は暑さが原因の汗とは別種のものを流し始める。

 

「信介が情報隠蔽してたから玄太郎が暴走して味方に被害が出かけた。でも、信介が情報隠蔽してたから玄太郎が暴走してネウロイを撃退できた。玄太郎と同じでトントンね」

 

「・・・俺は爆撃で中型のネウロイ撃破したりして基地守ったりしたんすけど?」

 

「だから玄太郎より二日短いんじゃない」

 

「・・・さいですか」

 

 肩を落とした島岡がいじけたようにスコップで砂を掬う。神崎は若干同情の目を向け、加東は逆にからかうような目を向けた。

 

「そんなに落ち込まないの。今は自分の仕事をしっかりとしなさい」

 

「そんぐらい分かってますよ。けど、納得はしてないんで、だらだら且つ手ぇ抜くかもしれないすけどね」

 

「あらそう。二人は午後からは休みにしようと思ってたけど、これじゃ休みは玄太郎だけになりそうね」

 

「よし、ゲン。自分達に与えられた仕事は抜かりなく終わらせよう。可及的速やかにな!」

 

「・・・おう」

 

「じゃあ、頑張ってね~」

 

 最後にもう一枚写真を撮って加東は去っていった。島岡はさっきまでの不満はどこにいったのか、一心不乱に砂を掻き出している。

 

「・・・熱いな」

 

 状況に置いていかれ気味の神崎は、一人ポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昼飯は食ったか?釣具の準備は?釣った瞬間にさばく包丁の用意は?」

 

「全部大丈夫だ。それよりも、そんな興奮するな。トブルクに到着するまでに事故起こしそうで怖い」

 

 キューベルワーゲンのアクセルを踏みたくてウズウズしている島岡を諌めながら神崎は助手席に乗り込む。

 

 砂掻きに散々文句を垂れていた島岡だが、

「午後から休み=海に行ける=釣り」

 ということでで瞬く間に砂掻きを終え、昼食をかき込み、車を準備していた。神崎も釣りに行くのは久しぶりだったので、気分転換も兼ねて協力するのにはやぶさかじゃなかった。彼の興奮の程には若干引いたが・・・。

 そんな訳で車に乗り込んだ二人だが、出発する直前に助手席の窓を誰かが叩いた。神崎が窓を開けるとそこにはマティルダ。

 

「ケイからの伝言だ。これを買ってきて欲しいと」

 

 そう言って、マティルダはメモ用紙を差し出してきた。神崎が受け取って中を見てみるとそこには買い物リストが。

 

「誰のだ?」

 

「皆のだ。では頼んだ」

 

 用はそれだけらしく、マティルダはさっさと帰ってしまった。

 

「もう出発していいか?」

 

「ああ」

 

「よっしゃあ!行くぜ!」

 

 島岡はアクセルを勢いよく踏み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 しばらくの間砂漠の道をがたがた揺られ、鼻歌を聞きながら、野郎二人はトブルクに到着した。

 

「まずはお使いを済ましてくる」

 

 街道の入り口近くにキューベルワーゲンを停めて、神崎は降りた。神崎の服装はいつもの第二種軍曹ではなく、ラフな私服となっている。

 

「おう。じゃあ、俺は釣り場と餌の確保だな。一時間後に港な」

 

「ああ、分かった」

 

 打ち合わせを終えると、島岡はすぐさまキューベルワーゲンを発進させた。神崎はそれを見送ると街道に向かって歩き始める。平日ではあるが、街道は多くの人で溢れ賑わいを見せていた。一見平和に見える風景。しかし、目を向ければ壁が焦げていたり、窓ガラスが割れ板で補強された建物ある。先日の暴動の傷痕だった。どれだけ暴動が酷かったかがうかがえる。

 

(守るはずの人々から牙を向けられる。・・・やるせないな)

 

 神崎はマティルダから渡された紙を取り出しつつ街道を歩く。

 

(そういえばこの前もここで買い出ししてたな。あの時は・・・ん?)

 

 紙面に目を通して買うものを確認していると、何か違和感を感じた。正確に言えば、自分に向けられる視線。神崎は長い間魔女(ウィッチ)達から色々な意味で視線に晒されていた為か、そういうのに敏感になっていたのだ。

 

(つけられてる?誰が?)

 

 疑問に思いながらも、極力自然に振る舞いながら、懐に手を伸ばす。そこには護身用にと愛用のC96が納められていた。いくら休みだとはいえ、暴動が発生してから余り日が経っていない。もしもの時にと軽く考えていたが、まさか使うことになるとは・・・。

 神崎は紙をポケットにしまうと、少し歩く速度を速めた。一段と混んでいる人混みで歩く人々の間を縫うようにスイスイと歩き、流れるように街道から外れる路地に滑り込む。先には進まず、入り口近くの物陰に隠れながらしばらく待っていると、慌ただしい足音と共に一人の人影が勢いよく入ってきた。その人影が物陰を通りすぎる直前、神崎はいきなり飛び出すと衝突する瞬間に身体を捌き、背負い投げの要領で人影を投げた。この不意討ちに人影は対応できなかった。

 

「キャア!?」

 

 地面に叩きつけられ叫び声を上げる人影。神崎は構わす、拘束するために馬乗りになり、素早く銃を抜き、顔に銃を突き付け・・・そこでやっと相手の顔をまともに見た。

 

「あ」

 

 間抜けな声を出して固まる神崎。そんな彼に相手が困惑したように話しかけた。

 

「神崎・・・さん?」

 

「マイルズ・・・少佐・・・」

 

 マイルズは涙ぐんだ目で神崎を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街道を歩く人混みの中に彼らはいた。

 砂避け用のローブとスカーフを纏い、不自然ではないように顔を隠した彼らは目標の人物を追う。ローブによって隠された手にはナイフ。襲いかかる機を窺い、ある程度離れた距離を開けていたが、目標がいきなり移動速度を上げた。彼らは目配せし合い一気に距離を詰めるが、一段と混む人混みを抜けた時には目標を完全に見失ってしまった。

 

「チッ・・・」

 

 彼らは舌打ちすると再び人混みの中へ紛れていった。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎はマイルズと街道を歩いていた。

 

 神崎はマイルズの顔を確認すると、いつものポーカーフェイスはどこにいったのか大慌てで相手の上から飛び退き、地面に膝をつき平身低頭で頭を下げた。

 

『す、すみません!誰かにつけられているとは思ってたのですが、まさか少佐だとは』

 

 神崎は頭を地面に擦り付ける勢いで謝っていたのだが、起き上がったマイルズが慌てて止めに入る。

 

『そ、そんなに謝らないで!びっくりしたけど、私は大したことないから!』

 

『しかし上官に手を上げるなど!』

 

『本当に大丈夫だから!元はと言えば私が原因だし!気にしてないから!』

 

『しかし!――――』

 

 そういった具合で何度も押し問答を繰り返していたのだが、ずっとそうしているのも不毛だと二人は気付き、今は街道を歩いていた。

 

(上官に手を上げるなんて・・・俺は・・・)

 

 神崎はまだ自分の失態を悶々と引きずり、片やマイルズは、

 

(だ、男性にのし掛かれるなんて・・・私・・・)

 

 などと、自分がどんな状況を再認識して人知れず赤くなってたりしていた。因みに銃を突きつけられたことなど、すっかり忘れていた。

 しばらく黙っていた二人だが、神崎がいち早く立ち直った。ずっとこうしている訳にはいかないと、無理矢理思考を切り替えてマイルズに話しかけた。

 

「マイルズ少佐?」

 

「ヒ、ヒャイ!?」

 

「ヒャイ?」

 

 いきなり話しかけられて変な返事をしてしまうマイルズ。神崎は首を捻ったが特につっこまないことにした。

 

「少佐はお時間はありますか?」

 

「じ、時間?」

 

「はい。何か先ほどのお詫びがしたいと思いまして」

 

 神崎は相変わらずの無表情だが、どことなく申し訳なさそうな雰囲気を醸し出していた。

 

「お詫び・・・」

 

「はい」

 

 神崎の申し出に困惑するマイルズだが、何か思いついたのか、パッと表情を明るくした。

 

「じゃあ、私とお買い物しましょう!」

 

 今度は神崎が困惑する番だった。

 

 

 

 

 

 一方、島岡

 

 

「ん?」

 

 何かを感じた島岡は、目線を空へ向けた。特に何もないので首を捻るが、すぐに目線を戻した。今は商談中である。

 

「で、どうするよ?あんちゃん。こっちも商売なんでね」

 

「いや、もう少し安くできるでしょうよ」

 

 港の程近くの釣具屋で餌の購入に手間取っていた。

 

「おっちゃんの餌は質がいいんだけどな。でもちょっと高いんだよ」

 

「そりゃ他の店とは違うからな」

 

 自慢げな店主に島岡は指を指し示す。

 

「そこの海老も一緒に買うから、もうちょっと安く」

 

「じゃあ、こんくらいでどうだ?」

 

 店主は計算機を取り出し、数字を割り出す。だが、島岡はその数字を見て眉をしかめた。

 

「う~ん・・・。もう一声ない?」

 

「あんちゃんも粘るね」

 

 釣りに関して一切妥協しない島岡であった。




釣り行きたいな~

ちょっと書き方を変えてみました。意見があったらどうぞ


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第十八話

日常回の続きです。今回で日常回は一段落する予定です。

感想、アドバイス、ミスの指摘など、ドンドンよろしくお願いします。待ってるぜb




 

 ポーカーフェイスの下で、神崎は困惑していた。

 

「・・・なぜ、一緒に買い物を?」

 

 お詫びしたいと言ったのは確かに自分だ。しかし神崎としてはマイルズが欲しい物でも買ってそこで別れるつもりだった。だが、彼女の口振りからして自分の考える通りにはならないだろう。マイルズは若干赤面して言った。

 

「あなたも何かを買いにここに来たのよね?私も買わなければならないものがあるし、一緒に行動するのがいいんじゃないかしら?お詫びはその時でいいから」

 

 普通の男なら二つ返事で了承するだろうが、神崎は違った。困惑はもちろんだが疑いもしていた。今までそんな誘いを受けたこともなかったし、魔女(ウィッチ)への恐怖心からか穿った目で見てしまうのだ。

 

(自分で言い出したことだが・・・どうしたものか・・・)

 

 考え込んで黙ってしまったのがいけなかっただろう。マイルズが不安そうな顔で神崎を見た。

 

「その・・・嫌かな?」

 

 マイルズは神崎よりも頭一つ分程低い為、自然と上目使いになる。・・・そんな表情をされては断るなど無理だ。

 

「・・・分かりました。行きましょう」

 

「ええ!」

 

 神崎は心の中で嘆息しつつ、嬉しそうなマイルズを連れ添って歩き始めた。・・・島岡には悪いが、釣りには遅れるかもしれない。

 

 

 

「何を買うの?」

 

「このメモに書かれた物を・・・。少佐は?」

 

「私は紅茶よ」

 

「・・・さすが、ブリタニア人ですね」

 

「そう?あと、敬語じゃなくていいわ。今日は非番なんでしょ?」

 

「・・・ではお言葉に甘えて」

 

 この前の宴会でも普通に話していたので、特に疑問は持たなかった。

 

「そういえば、髪型変わった?」

 

 マイルズが神崎の髪を見上げて言う。

 

「この前の戦闘でちょっと・・・燃えてな」

 

「燃えたの!?」

 

 あまりに予想外だったのか、マイルズはすっとんきょうな声を上げた。すぐに周りを見て慌てて体裁を整えると無理矢理落ち着いた声で訪ねる。

 

「あなたも出撃したのね。どこで戦ってたの?」

 

「すまないが、言えない」

 

 アフリカでの航空戦力は貴重だ。その貴重な戦力に何か問題があると知れ渡れば、士気に関わる。そう判断した司令部は暴走の件に関しては箝口令を敷いたのだ。

 

「そう、分かったわ」

 

 神崎の言葉でそれとなく察したのか、それ以上詮索しなかった。そうこうしているうちに百貨店に到着した。神崎がメモを広げるとマイルズが興味を持ったのか覗きこんできた。

 

「塩、胡椒・・・調味料?」

 

「真美だな。足りなくなったと言ってた」

 

「ビールジョッキって・・・誰?」

 

「この前の宴会でマルセイユが割ってたな」

 

「じゃあ、ハンカチは誰かしら?」

 

「多分ライーサだろう。フィルムはケイ大・・・さんだろうな」

 

「ん?なんで言い直したの?」

 

「あ~・・・」

 

 マイルズの質問に口をつぐませる神崎。

 事の起こりは、加東が神崎が魔女(ウィッチ)恐怖症だと知ったことだった。加東がいきなり、

 

『私達のことは階級無しで呼びなさい』

 

 と言ったのだ。

 

 曰く、

 

『階級無しの方が緊張感や恐怖心を緩和できると思うのよ。親しみ易くなればなお一層、恐怖症を克服する手助けになると思うし』

 

 軍隊である以上、上官を階級無しで呼ぶのは・・・と、神崎が渋れば、

 

『何言ってるのよ。玄太郎ぐらいよ。私に階級付けて呼ぶのは。それに、もうマルセイユは上官なのに、既に名前で呼んでるじゃない』

 

と言われる始末。さらに追い詰めるように、

 

『ヘタすれば、恐怖症を克服しない限り軍から追い出されるわよ。出来ることは全部するべきだと思うけど?』

 

 と、黒い笑みを浮かべて言われれば了承するしかなかった。しかし、それをマイルズに伝える訳にもいかず、

 

「色々あってな」

 

 と、言葉を濁すしかなかった。マイルズは面白くなさそうに「ふ~ん」と言っただけで後は特に何も言わなかった。

 

 

 百貨店で二人は必要な物を買い揃えていく。

 真美の調味料は日頃の感謝を込めて少し高級な物を、マルセイユのビールジョッキはまたすぐに割りかねないので安めの物を買った。ライーサのハンカチはマイルズに選んでもらい、加東のフィルムは写真屋の方で買うことにした。マイルズのお詫びには紅茶の代金を持つことになった。彼女が二つの銘柄で悩んでいたのを、時間を気にした神崎が半ば無理矢理払ったのだ。

 ・・・予想した値段よりも桁が一つ違って密かに冷や汗をかいたのは彼女には秘密である。男には意地があるのだ。

 二人は買い物を終えてブリタニア陸軍第八軍団の司令基地へと歩いていた。ちょうど神崎が向かう港と同じ方向だったのだ。

 

「でね、モンティおじ様はいつも私達を後方に配置するのよ。クリケットのウィケットキーパーみたいに」

 

 つい先程まで世間話だった筈だが、いつの間にかマイルズの愚痴を聞く羽目になっていた。

 

「クリケットは知らないが・・・野球の捕手みたいなものか?」

 

「野球?ベースボールのこと?ちょっと違うような気がするけど、大体そんな感じかしら。私達を温存するための配置らしいけど」

 

「・・・もっと前に出たいと?」

 

「そう!私達が早く敵と当たれれば、味方の被害も抑えられるし・・・。それにね!」

 

 マイルズはつらつらと日頃の不満をぶちまけ始める。神崎は彼女にいつかの加東と同じような雰囲気を感じていた。彼女も一部隊を率いる隊長だ。やはりこういった風に時々不満を発散しなければやってられないのだろう。

 

(時々機密事項も話している気がするが・・・大丈夫だよな?)

 

 神崎は人知れず周りを気にしながら、黙って耳を傾けた。

 

 

 どのくらいそうしていただろうか?いつの間にか二人は基地の検問の前までたどり着いていた。マイルズは検問を通る前に神崎の方に向き直った。

 

「今日はありがとう」

 

「気にしないでいい。・・・投げ飛ばして悪かった」

 

「いいのよ。楽しかったし。じゃあまたね。」

 

 そう言い残してマイルズは検問を通っていった。神崎は彼女が無事に通過するのを確認して、港へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 検問を通過したマイルズが振り返れば、すでに神崎の姿はなかった。

 

(少しぐらい見送ってくれてもいいのに・・・)

 

 少しムスッとしてしまうマイルズだが、胸に抱えた紅茶の袋が妙に嬉しくて、無意識のうちに顔がほころび、宿舎に向かう彼女の足取りは軽くなっていた。すれ違う兵士が、いつもの凛々しい雰囲気とはかけ離れた姿にギョッとしているが当の本人はまったく気づいていない。

 

「ただいま~」

 

 宿舎にたどり着いたマイルズが明るい声で扉を開く。

 

「お、お帰りなさい少佐」

 

 マイルズの声に偶然近くにいた部下の一人が返事をした。彼女の名はソフィ・リーター曹長。眼鏡をかけて金髪をシニヨンにしている彼女は戦場ではマイルズの副官のような立場でもあるが、やはり彼女も他の兵士と同様に、いつもと様子の違うマイルズに若干驚いていた。

 

「な、なんか機嫌がいいですね。目当ての紅茶は買えましたか?」

 

「ええ」

 

 そう言ってマイルズは抱えていた袋から紅茶の箱を取り出した。どんな銘柄か気になったのかソフィもいそいそと近づいてくる。

 

「どんなの買ったんですか・・・って、なんですかこれ!?高級品じゃないですか!?」

 

「でしょ?神崎さんが買ってくれたのよ」

 

 嬉しそうにマイルズが話す隣で、事態を飲み込めないソフィは首をひねった。

 

「神崎さん?あの『アフリカ』のですか?」

 

「そうよ。偶然会ってね」

 

「へぇ・・・そうですか。どのような経緯で?」

 

 なぜそうなったか興味が湧いたソフィはふと尋ねてみた。

 

「えっと・・・街道を歩いてたら偶然彼を見つけてね」

 

「はい」

 

「で、神崎さんは気づいてなかったから追いかけて」

 

「ふむふむ」

 

「追いついたら・・・投げ飛ばされたわ」

 

「・・・はい?」

 

 その一言で目が点になるソフィ。

 

(うちの隊長は何してたんだろう・・・)

 

 隊長の行動を理解しかね本気で心配になった部下であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡が居るであろう港には20分程で到着した。道中、加東から頼まれたフィルムを買うために写真屋に寄った為少し時間がかかってしまい、マイルズとの買い物で既に約束から1時間はオーバーしていた。

 

(絶対怒ってるだろうな・・・)

 

 その時の為に詫びのレモネードを買ってはいるがどうなることやら・・・。

 戦々恐々しながら歩を進めれば、港の外側に面した埠頭の端でそれらしき人影が。躊躇いつつも近づいていくと、丁度後十歩という所でグルンッと島岡が振り向いた。不自然な角度でこちらを睨み付ける島岡の顔に戦慄を覚える神崎。その直後、何か生臭い物が顔にべチャリと衝突した。

 

「てめぇ、一時間待たせるたぁどういう了見だ?」

 

 島岡の怒りの声に連動するように、ビタンビタンと生臭い物が顔でのたうち回る。

 

「悪気はなかった」

 

「あぁ?聞こえねぇな」

 

「詫びにレモネードを買ってきたが・・・」

 

「今回は許してやる」

 

 神崎がレモネードの瓶を取り出すやいなや、神崎の顔にぶつけていた生臭い物―釣糸に吊り下がった釣りたての魚―を退ける島岡。神崎はレモネード片手に島岡の隣に座った。

 

「いや、本当にすまなかった」

 

「もういい。俺もちょっと街に買い物してたし。」

 

「そうなのか?何を買ったんだ?」

 

「教えねぇよ。それより、ほら。これで顔を拭け。生臭くてたまんねぇ」

 

「・・・お前のせいだろ」

 

 レモネードとタオルを交換する二人。島岡から受け取ったタオルはご丁寧に水で濡らしたおしぼり状態であった。島岡が美味そうにレモネードを飲む隣で、顔を拭う神崎。あらかた汚れを落とし、生臭さを消すと島岡に釣果を聞いた。

 

「ぼちぼちだな。小さいのは放してるし」

 

 そう言いながら島岡はそばに置いていた生簀を顎で示す。中には十数匹の大ぶりな魚が泳いでいた。

 

「お前の釣竿も準備してるぞ」

 

「ああ。すまんな」

 

 神崎は生簀の近くに置いてあった釣竿を掴むと、手早く餌をつけて海に釣り糸を垂らした。

 

 

 

 しばしの間、二人は黙ったまま潮風に当たって釣り糸を眺める。

「よっと・・・。でよ?なんで遅れた?」

 

 一匹釣り上げたのを皮切りに、島岡は尋ねた。

 

「偶然マイルズ少佐に会ってな」

 

 そう言うと島岡がジロリと睨んだ。

 

「なんだよ。デートかよ」

 

「違う。ちょっと失礼をしてしまってな。その詫びをしていた」

 

「だとしても羨ましいね」

 

 そう言いながら島岡は更に一匹魚を釣り上げた。ちなみに神崎には未だに当たりさえきていない。

 

「つかよ、やっぱり魔女(ウィッチ)ってかわいい子多いよな」

 

 神崎がマイルズのことを話したせいか島岡がそんなことを言い始めた。下世話な話だが、しかし神崎も男。話すこと自体にはやぶさかではなかった。

 

「確かに。ハンナやマイルズ少佐を見るとつくづくそう思う」

 

「だよな~。・・・誰が好み?やっぱ、マルセイユかマイルズ少佐?」

 

「ハンナは妹みたいな感じだな。元々二人妹いるしな。マイルズ少佐は・・・っと来た」

 

 と、ここで神崎に今日初の当たりがきた。一気にリールを巻き上げるが、魚の姿はなく餌だけ喰われた釣り針だけ。憮然として釣り針に餌をつける神崎に島岡が声をかける。

 

「当たりがきたからって慌てすぎ。もうちょっと落ち着きな」

 

「・・・分かった」

 

 釣りは達人に域に達している島岡。神崎は素直にその言葉を受け入れる。再び釣り糸を垂らすと、島岡がさっきの続きを催促してきた。

 

「で、マイルズ少佐は?」

 

「そうだな・・・。綺麗だし、可愛いところもあると思うぞ」

 

「なんだよ。案外よく見てんな。で、付き合いたいとかあるのか?」

 

「今のところはない」

 

「なんだよ。つまんねーな」

 

「じゃあ、お前はどうなんだ?」

 

 自分だけ質問されるのも癪なので、神崎は逆にこちらから質問した。

 

「いつもの基地での様子を見れば・・・。やっぱりライーサか?」

 

「あ~、ま~、うん」

 

 島岡が珍しいことに目を逸らして言葉を濁した。

 

「ライーサは・・・なんかよく分からないだよな」

 

「ほう?」

 

「俺たちが勲章貰った戦いの時も、ライーサが励ましてくれたから戦えたもんだ。だけど・・・それが好きなのかどうかはよく分からないんだよ。いままでそんな経験ないし」

 

「・・・そうか」

 

「ま、可愛いのは確かだけどな!よく気も利くし!」

 

 島岡は誤魔化すように大きな声でそう言うとは再び魚を釣り上げた。神崎と話している間に既に十匹ほど釣っていた。

 

「お前の好きなようにすればいい」

 

「おうよ。で、お前はなんで付き合おうと思わないんだ?」

 

「それは秘密だ?」

 

「はぁ?」

 

「親友にも話せないことがあるんだ」

 

「なんだそれ」

 

 そう言って二人は自然と笑いあった。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ケイさんと真美は?」

「真美ちゃんは子供じゃないか」

「ケイさんは?」

「ケイさんは・・・俺的にはないかな」

「?十分綺麗だと思うが・・・?」

「だってよ・・・保護者かオカンだろ?あれじゃ」

「・・・否定できないのが辛い」

 




神崎と島岡のボーイズトーク?Y談?やっぱり二人共男の子だもの。そんな会話はするよね?



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第十九話

今回は前から書きたかった話の一つです。

文字に起こしてみて気付いたこともあり結構時間がかかりました。
そして初の1万字突破!!キツイ・・・

あと、お気に入りが200超えました。ひとえに読んでくれる皆さんのお陰です。ありがとうございました!

と、言うわけで第十九話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘など、よろしくお願いします!

※少し編集しました


 

 

 

 

 

 

「では、その時の状況を話してもらえるかな?」

 

 トブルク、KAK(カールスランド・アフリカ・軍団)司令基地。その中で一般の兵士には知られない部屋があった。必要最低限のライトと簡素なテーブルがあるだけだが、そこには軍団長であるロンメル中将と諜報部に属する少佐が一人。そして、テーブルを挟んで一人の一兵卒がいた。

 

「わ、私が気づいた時には、バイクがこちらに近づいてきました」

 

 第21装甲師団麾下第2警備小隊所属フーゴ・バルテン上等兵。彼は少佐と中将という雲の上の存在を前にしてとてつもなく緊張していたが、必死に声を絞り出していた。

 

「停止を勧告したのですが、い、一向止まる気配がなく、威嚇射撃を行いました」

 

 上等兵が話し、少佐がその内容を書き取り、中将が静かに聞く。

 

「バイクは転倒。私は尋問するために接近しました」

 

「続けて」

 

「接近して、止まらなかった理由を尋ねると拳銃を取り出し自殺しました」

 

「・・・」

 

「その時、何か言葉は?」

 

 ロンメルが黙ると、少佐がさらに催促してきた。

 

「『これが我々の戦いだ』・・・と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地 上空

 

 

「屋根よ~りた~か~い鯉の~ぼ~り♪」

 

 アフリカの青い空を一機のストライカーユニットが飛んでいた。メッサーシュミットBf109E-4。それを駆るは神崎玄太郎。いつもの第二種軍装を身に纏い、手にはMG34、腰には扶桑刀「炎羅(えんら)」をさす彼は、一週間ぶりの空を楽しみながら飛んでいた。歌を口ずさむぐらいには浮かれている。

 

『どうだ?カールスランドのユニットは?』

 

 神崎がクルクルとロールしながら飛んでいると、同じく空を飛んでいるマルセイユが少し離れたところから無線を通して質問を投げかけた。今回彼女は、慣れないユニットを装備している神崎のサポートと、彼の魔女(ウィッチ)恐怖症のリハビリを兼ねて飛んでいた。

 

「零戦とは勝手が違うな」

 

 神崎は呟くように言った。

 

 何故、神崎がBF109E-4で飛行しているのか?

 その理由は単純で、先日の戦闘で大破した零式が修復不可能となったからだ。整備隊長である氷野曹長が見たところ、暴走のせいで魔導エンジンに許容範囲を超過する魔力が送られて熱暴走を起こしてしまったらしいということだった。そして、神崎の固有魔法は炎。悪いことに他の魔女(ウィッチ)の魔力よりも熱を帯びやすい性質がある。結果、魔導エンジン内部で爆発が起こってしまい、保守部品を含め見るも無惨な姿に変わり果ててしまったのだ。

 

 残念なことに零式は扶桑海軍きっての最新機種であるため、おいそれと予備を回すことができない。というよりも、ほとんどが激戦地かつ劣勢である欧州、つまりは遣欧艦隊の方に優先的に配備される為、激戦地とはいえ比較的戦況が安定しているアフリカは後回しになっているのだ。

 

 そんな理由もあり、本来ならば予備機が来るまで待機となる神崎だが、比較的安定しているとはいえアフリカで航空魔女(ウィッチ)もとい航空魔法使い(ウィザード)を遊ばせておく余裕はなかった。また他の機種に慣れておくことは、神崎の今後にも都合がいい為、特に問題はなかった。

 

 そんな訳で、神崎が隊の予備機として保管されていたBf109E-4で飛ぶことになったのだが、自分に声をかけるマルセイユが離れているように感じた。魔女(ウィッチ)恐怖症の自分に気を使ってなのか、だが必要以上な気がした。

 

「あと、ハンナ。流石に離れすぎだ。まだ近づいても大丈夫だ」

 

『そうか?なら近づこう』

 

 そう言うとマルセイユは神崎にグッと近づき、並んで飛び始めた。

 

「いつゲンタローが襲ってくるかわからないからな」

 

「お前がついてくるって言ったんだろう」

 

「そうは言ってもな。この傷を見れば・・・な」

 

 マルセイユは目を伏せながら頬に貼られた絆創膏を撫でた。その仕草に罪悪感を感じ何も言えなくなってしまう神崎だが、その絆創膏が取れかかっているのに気付いた。

 

「それは悪かったと思っている。・・・が」

 

 神崎はジト目になってマルセイユの頬に手を伸ばし、絆創膏をひっペがした。

 

「イタッ」

 

「何が『この傷を見れば・・・』だ。傷痕なんてどこにもない」

 

「と、ところで零式とはどう違うんだ?」

 

 自分の不利を悟ったのか、マルセイユは慌てて話題を変えた。神崎はその慌て様に小さく苦笑しつつも答えた。

 

「運動性が格段に劣ってる。この機体の系列でお前はよくあんな機動ができるな。素直に尊敬する」

 

「ふふん。まぁ、私は最強のウィッチだからな!」

 

 誇ったように胸を張り、ドヤ顔を向けるマルセイユ。あながち間違いじゃないのが凄いところだ。

 

「一体どういう風に操っているんだ?」

 

「色々とあるが、一つは出力調整だな」

 

 褒められたのが嬉しかったのか、マルセイユがニコニコしながら喋り始めた。

 

「旋回する時に出力を絞るんだ。そうすれば小さい半径で旋回できるから、格段に早く方向転換を終えられる」

 

「だが、そんなことすれば失速しないのか?」

 

「その時は、機体性能を活かして急降下して速度を保ちつつ離脱するんだ。そして急上昇もう一度ドッグファイトを仕掛ける」

 

「なるほど・・・。零式では出来ない機動だ。零式は急降下速度の制限がかかっている難しい」

 

 神崎は自分が今装備しているユニットを見た。

 

「このユニットでもできると思うか?」

 

「出来なくはないと思うが・・・E型だから難しいかもしれない。私とライーサのユニットはF型だからな」

 

 聞けば、F型はE型よりも全体的に性能が向上されており、格闘性能の改良されているらしい。

 

「だから私はF型が好きなんだ。思う通りに動いてくれる」

 

 今度はマルセイユがクルクルとロールをし始めた。まるで自分のユニットを愛でるかのように・・・。

 

「・・・いい機体だな。やはり零式には及ばないが」

 

「そんなことはない!」

 

 マルセイユがムキになって神崎の言葉に反論する。だが、神崎は鼻で笑って挑発した。

 

「なら見せてくれ。Bf109が零式よりも優れている証拠を」

 

「分かった!よく見ておくんだな!」

 

 そう叫ぶと、マルセイユは勇んで加速し、様々な戦闘機動を披露し始めた。

 

「簡単に挑発に乗ったな。・・・妹みたいだ」

 

 神崎はマルセイユの行動にどことなく自分の妹の面影を感じていた。彼女の動きを追う視線も自然と妹を見守る兄のそれのようになるが、その実、真剣そのものだった。

 マルセイユは「アフリカの星」と呼ばれる通り、アフリカ随一の、そして世界を通して見ても最強と言っても過言ではない魔女(ウィッチ)だ。偉そうなことを言っていた神崎だが、彼女と空戦技術を比べたら至らない部分が多い。今回彼女を挑発したのは、彼女の動きを観察することで自分の空戦技術を向上させようとした部分が大きい。

 ・・・決してからかうのが面白かったからではない

 

「どうだ!Bf109の方が優れてるんだ!」

 

 一通りの飛行をし、若干息を切らせたマルセイユが神崎の前に立つ。彼女の飛行は素晴らしいの一言に尽きた。旋回性の低いユニットでシザースを決め、更には捻り込みなどもやってみせるのだから、賞賛せざるを得ない。その分、色々と参考にさせてもらったのだが。

 

「ああ。さすがハンナだ」

 

「う、うん」

 

 神崎が素直に賞賛すると、マルセイユは神崎の反応が予想外だったのか強気な態度がなりを潜め、しおらしくなった。神崎は微笑むとポンッとマルセイユの頭に手を乗せ言った。

 

「お前が操るBf109は零式よりも優れている」

 

「わ、分かればいいんだ!」

 

 神崎に褒められたのが余程嬉しかったのか、マルセイユは機嫌が良くなり、基地に戻るまでずっと鼻歌を歌っていた。神崎もそんなマルセイユの姿を見て人知れず頬を緩ましていた。

 

 

「あれ?私が操るBf109ということは、BF109自体は優れてないということか?」

「さぁ、どうだろうな」

「おい!ゲンタロー!」

「ほら。さっさと着陸するぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 隊長用テントでは、加東が毎度のごとく書類整理に追われていた。加東は忙しい忙しいと嘆いているが、実は最近はそうでもなかったりする。

 

「ケイ隊ちょ・・・さん。飛行訓練終了しました」

 

「あら、そう。お疲れ様」

 

 神崎が現れると、加東もちょうど一段落ついたのか、ペンを置いて伸びをした。

 

「ん~。で、零式以外のユニットを使ってみてどうだった?」

 

「いい機体ですが・・・正直使いづらいです。曲がりづらい」

 

「やっぱり零式の方がいい?」

 

「そうですね。出来るならば是非」

 

 加東が知る限り、神崎がこの部隊に来てからこんな風に我が儘を言うのは初めてだった。まだ慣れていないようだが、加東のことも階級なしで呼ぶようにしてくれているし、段々と心を開いてくれているのだろう。この変化は加東とっても嬉しいことだし、出来るならばこの我が儘も叶えてあげたいのだが、いかんせんそれは彼女にはどうしようも出来ないことだった。

 

「う~ん、どうかしらね・・・」

 

 首を捻り、考えを巡らすがあまりいい答えが出そうにない。そこで、加東は意見を求めることにした。

 

「中尉。そこのところどうかしら?」

 

 加東は自分の机から右斜め前で書類仕事を続ける中尉に話を振った。

 名は金子といい、つい先日扶桑本国から来た扶桑陸軍の主計中尉だ。中背で少しぽっちゃりとしており、一見凡庸な印象を受けるが実は相当出来るようで、貯まった書類を片付け、補給や他部隊との折檻などをそつなくこなし、他国の人ともすぐに打ち解ける。しかも、戦術に関しても一家言持っているとか。

 金子は加東の言葉を受けると、机にある書類の山をあさり、数枚取り出して言った。

 

「大本営からの報告では、本国から欧州にいる部隊への向けて補給部隊が出発したそうです。その部隊にはここアフリカへの補給も含まれているらしいですね」

 

「ストライカーユニットの補給もあるのかしら?」

 

「補給の要請リストには入っていたのでおそらくは」

 

「いつぐらいに到着する予定?」

 

「二週間前に出発したようなので、こちらに到着するのは一、二週間でしょうか?」

 

「ということよ。玄太郎、分かった?」

 

「・・・はい。分かりました」

 

 少し残念そうにしながらも神崎は了承した。加東に頭を下げると、続けて金子に向いた。

 

「金子中尉。ありがとうございました」

 

「本官は何もしてませんよ。少尉」

 

 律儀に頭を下げる神崎に、金子は人のいい笑顔を浮かべる。神崎は天幕の入口に立つと最後に敬礼を残し外に出た。

 

 天幕の外に出ると相変わらずの日差しが襲い掛かり、神崎は辟易して帽子を被った。特にすることもないので、自分がこれから使うであろうBf109E-4を見ておこうと考えて神崎は格納庫へ歩を進める。が、そこでマティルダを従えて暇そうに佇んでいるマルセイユに捕まった。

 

「お?ゲンタロー!報告は終わったのか?」

 

「ああ。特に問題はなかった」

 

 神崎としてはそこで話を終わらせるつもりだったのだが、マルセイユはまったくその気はなかった。

 

「私の動きのどこがよかった?」

 

「・・・さっきの空中機動か?」

 

「そうだ」

 

 何か期待している目をマルセイユから向けられ、神崎はどう答えればいいか迷ってしまうが、結局・・・

 

「さっき言った通りだよ。素晴らしかった」

 

 と、いう無難な物になってしまった。同じことを言っただけで神崎は若干申し訳なく思っているのだが、言われた当の本人は全く気にしていないようで、

 

「そうか!やっぱり私が最強だな!」

 

 ご満悦な様子だった。そして気を良くしたのかマルセイユは続けて言った。

 

「それに、まだ私の得意技も見せてないしな!」

 

「得意技?なんだ、それは?」

 

「ん?なら見せてやろう!マティルダ!」

 

 マルセイユの一声で、マティルダはどこからともなく弾倉付きベルトを取り出すと、マルセイユに差し出す。マルセイユは鷹揚に頷きながらそれを受け取り、腰に巻くとニヤリと笑みを浮かべる。

 

「見とくんだぞ?」

 

「?分かった」

 

 何をするか分からないので、とりあえず返事をしておく神崎。そんなことはつゆとも知らず、マルセイユはいきなり腰を大きく振った。

 

「フッ!」

 

「!?」

 

 いきなり何をしでかすのかと度肝を抜く神崎だが、ベルトに取り付けられた弾倉がキンッという小気味よい音と共に外れ飛び、そのままマルセイユの手の中に収まったのを見て、ただ目を丸くしていた。

 

「・・・なんだそれは?」

 

「フフン。私の得意技『おしりロード』だ!世界広しといえども私にしかできまい!」

 

 マルセイユが胸を張って自慢するが、驚きから脱した神崎が冷静になって言った。

 

「すごいはすごいが・・・手でやった方が楽だし早いだろう?」

 

「な、なんだその言い方は!せっかく見せてやったのに!」

 

「いや、非効率なような気が・・・」

 

 神崎は口ではそう言いながらも、興味は惹かれているようで「こう?こうか?」とか言いながらマルセイユと同じように腰を動かしてみたりしていた。マルセイユも「違う!そうじゃない!」とか言いながら、再び披露し始めた。

 

 

 傍から見たら二人して腰をクネらせている奇妙な光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あいつら、なにやってんだよ。暑さでおかしくなっちまったのか?」

 

 ランニング姿の島岡は弾薬箱を担ぎ格納庫に向かう途中だった。腰をクネクネと動かしている神崎&マルセイユを見てしまい、可哀想な者を見る目になる。二人にとっては至極真面目な事なのだろうが、第三者から見れば良くて変な踊り、悪くて変態にしか見えない。そして、島岡には後者に見えた。

 

「ゲンがああなるとはな~。暑さはこえ~な~」 

 

 適当なことを言いつつ、弾薬箱を担ぎ直して歩き始める。この弾薬箱に入っているのは、零戦の機銃用7.7mm弾だ。本来、弾薬補給も機体整備と共に整備兵が行うことだが、出撃の命令がかかるまで、特にやることなく暇だったので自ら買ってでたのだ。

 島岡は格納庫に着くと、零戦の整備をしている整備兵に声をかけた。

 

「7.7mm持ってきました!」

 

「おう!そこ置いといてくれ!」

 

 エンジン部分を整備している兵士の声に従い、ドスンと弾薬箱を降ろす。今整備している人達は全員島岡よりも年上であり、親子ぐらいの年の差の人もいた。皆職人気質の気のいい人たちである。固まった筋肉をほぐすように肩を回しつつ、整備の様子を眺めた。

 

「零戦の具合はどうすか?」

 

「あちこちガタが来てるな。補給がさっさと届けば問題ないが」

 

 オイルで顔を汚した中年の整備兵が言う。ここの整備兵は扶桑もカールスランドも皆腕が良く、戦闘機もストライカーユニットもいつも万全な状態にしていた。しかし、部品の損耗や消費はどうしようもなく、しかも島岡の腕がいいこともあってか消費速度は普通よりも速かった。

 

「まだなんとかなるが、余り無茶な操縦はしないでくれよ?」

 

「それは約束はできないっすね」

 

「それもそうだな」

 

 ガハハと荒っぽい笑い声を上げて中年の整備兵は再び作業に戻った。島岡が格納庫から出て、腰に下げていた手拭いで汗を拭きながら自分のテントに戻っているとライーサとばったり鉢合わせになった。

 

「お、おう。ライーサ」

 

 島岡はこの前の神崎との会話のせいか、ライーサと会話するのが勝手に気まずく思っていたりする。

 

「島岡さん、こんにちは・・・ッ・・・!?」

 

 最初は普通に挨拶したライーサだが、島岡の姿をしっかり認識しきすると途端に顔を赤くした。

 

「な・・・な・・・!?」

 

「ん?ど、どうかしたか?」

 

「なんて格好してるんですか!?ちゃんと服を着てください!」

「へ?服は着てるだろ」

 

「下着じゃないですか!」

 

 島岡は今までの部隊ではランニング姿で過ごすことが普通だったので、なぜライーサがこんなことになってるかさっぱり分からなかった。

 

「と、とにかく!服を着てください!」

 

「わ、わかった!」

 

 今一つ納得はいってない島岡だが、ライーサの尋常じゃない様子に慌てて自分の天幕へと走った。転がりこむように天幕に入ると、神崎が団扇片手に相変わらず散らかったベッドに寝転がっていた。島岡の慌てた様子に神崎は身体を起こす。

 

「・・・何してるんだ?」

「いや、それがよ・・・」

 

 島岡が事の顛末を話すと、神崎は納得したように頷いて言った。

 

「ライーサは恥ずかしかったんだろう」

 

「は?なんで?」

 

「ライーサは十代の女の子で、男のそんな格好を見慣れてるとは思えん。普通の男性兵士の天幕からは離れてるしな」

 

「そ、そうなのか?」

 

「つまるところ、お前の配慮が足りなかったんだ」

 

 それだけ言って神崎は再び横になった。島岡は首をひねりながらも近くに置いていた飛行服に袖を通す。

 

「前の部隊じゃ普通だったんだけどな~」

 

「それは男だけだったからだろ」

 

「お前はよく分かるな?」

 

「ずっと航空魔女(ウィッチ)部隊にいたんだ。嫌でも分かる」

 

「そりゃそうか」

 

 島岡は飛行服を着終わると、バッグの中から小さな箱を取り出した。先日の釣りの前にトブルクで買った物なのである。島岡は少し考えて飛行服のポケットに入れた。

 

「さっさとライーサに謝ってこい。後腐れがなくて済む」

 

「おう。後、お前さすがにそのベッド片付けろ」

 

「・・・前向きに検討する」

 

「しないつもりだろ」

 

 島岡が天幕から出ると再び砂漠の日差しが照りつける。

 

「ランニングの何がいかんのかね~。女はよう分からん」

 

 早速服の中が蒸れ始め、島岡はやってられねーとばかりに頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライーサは顔を赤くしたまま、自分の天幕に戻っていた。

 

「あれ?ライーサさん?顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 隣のベッドで本を読んでいた稲垣が心配していたが、なんでもない風に装ってベッドに飛び込んだ。暑さのせいでマットが熱を持ちムシムシしていたが、今のライーサには気にならなかった。気を抜けば、先程の島岡の姿が浮かんでくる。

 

(島岡さんの身体・・・凄かったな・・・)

 

 島岡の身体は、Gに耐え、どんな状況でも操縦桿を操る為に鍛え抜かれていた。今まで彼が生き残れたのはその身体のお陰である部分が大きい。少し先程の島岡の姿を思い返していたライーサだが、すぐに顔が赤くなる。おまけに何故か胸が苦しくなってきた。

 

(でも、あんな格好するなんて・・・う~)

 

 今まで一緒に過ごしてきた中で、ライーサは島岡がどんな人物であるのかは分かっていたし、色々と考えることもあり、それなりに好意もある。それが恋愛感情であるかどうかは微妙ではあるが・・。だが、そのことを置いておいても、さっきのは流石に刺激が強すぎた。神崎の言う通り、島岡の配慮が足りなかったのだ。

 

「ライーサさん、本当に大丈夫ですか?」

 

「う~、真美。ちょっと大丈夫じゃないかも・・・」

 

「え!?ど、どこか悪いんですか!?」

 

「・・・心が」

 

「こ、心!?ど、どうしよう・・・。私、心の治療方法なんて分からないよ・・・」

 

 オロオロし始めた真美を見ていると、少し楽になったライーサ。

 

「フフッ。大丈夫だよ、真美。冗談だからそんな慌てなくても・・・」

 

 そこまで言った時、基地に警報が響き渡った。すぐさま、ライーサと稲垣の顔が引き締まる。

 

「行くよ!真美!」

「はい!ライーサさん!」

 

 二人はすぐさま天幕から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信介とライーサを先に上げるわよ!機体の準備に取り掛かって!」

 

「「「了解(ヤヴォール)!!!」」」

 

 マルセイユと神崎はついさっき飛んだばかりでユニットの整備が間に合っていないし、神崎にいたっては満足に戦闘機動できるかも怪しい。加東の号令の元、整備兵が各自の仕事に取り掛かった。

 

「なんだよ!ライーサに謝る暇もないじゃねぇか!」

 

 島岡は毒突きながらも、零戦のコックピットに飛び乗った。手早く動作確認をしていると、加東がコックピットの横に取り付いてきた。

 

「ライーサにも言ったけど、敵はヒエラクスよ。数は少ないみたい。私と真美は後詰めに回るから、よろしくね」

 

「了解っす」

 

 加東が機体から飛び降りるのを確認すると、島岡はエンジンに火を入れて回転数を上げていく。エンジンが問題ないのを確認すると、機体を滑走路に出して離陸準備に入った。

 

「出ますよ!!」

 

 大声で周りに注意を促すと、島岡は零戦を離陸させた。基地上空を旋回していると、少し遅れてライーサが上がって来た。

 

『す、すみません!遅れました!』

 

「あ、ああ。じゃあ、行くぞ」

 

 先程のこともあり、若干気まずいが問題はない。二人は二機編隊を組み、戦闘空域に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして戦闘空域に到着した。が・・・

 

「・・・見えるか?」

『・・・いえ』

 

 敵影の姿が全くなかった。通常なら簡単に見つかるはずなのだが・・・。

 

「司令部のミスとかじゃ・・・」

 

『島岡さん!!上です!!避けて!!』

 

「ッ!?」

 

 ライーサの警告を受け、島岡は荒っぽい動作で機体を大きく振った。強引に機体をずらして生まれた空間に数発のビームが走り抜け、次いで数体のヒエラクスが通過していった。

 

「野郎、どこにいやがった!」

 

『太陽の中です!光に紛れて分かりませんでした!』

 

「チッ・・・。猪口才なことすんな!迎撃すんぞ!」

 

了解(ヤヴォール)!』

 

 二人は捻り込むようにロールすると、急降下を開始した。二人の先には5体のヒエラクス。普通の戦闘機なら油断ならない相手だが、島岡にとっては取るに足らない。ライーサは言わずもがな。

 

「落ちろ!!」

 

発射(Feuer)!!』

 

 島岡は7.7mm機銃を、ライーサはMG34をそれぞれ撃った。放たれた弾丸は寸分たがわずヒエラクスの一団に向かい瞬く間に二機を撃墜した。ヒエラクス等も残った三機がバラバラの方向に散会する。

 

「右を狙う!」

 

『左に行きます!』

 

 二人もすぐさま対応し、左右に別れた。島岡は地上スレスレを飛行する一体の背後に食らいつく。背後につかれたヒエラクスも、零戦を振り切ろうと左右に蛇行するが、それは叶わなかった。島岡は完璧に後ろを取り続け、十分に引きつけてから7.7mm機銃を放った。エンジン部分に直撃を受けたヒエラクスは、失速するとそのまま砂漠に激突して砕け散る。

 

「うし!ライーサ!」

 

『こっちも終わりました!』

 

 目を向けると一体のヒエラクスが光の粒子となっているのが見えた。

 

「なら、後一体は・・・」

 

『そっちに向かってます!注意して!』

 

 ライーサの声に反応して、島岡は最後のヒエラクスを見つけた。やや上方から、小細工なしで真正面から突っ込んでくる。

 

真正面(ヘッドオン)かよ!殺る気満々だな!」

 

 ならばこちらもと島岡も操縦桿を操り、ヒエラクスを真正面に捉えた。魔女(ウィッチ)でもない限り、相当危険なのだが島岡は構いはしなかった。

 お互いの距離が縮まり、絶対に外さない距離に達した時、両方同時に動いた。まず、ヒエラクスがビームを放つ。戦闘機のとっては一撃必殺の攻撃。だが、島岡は直前でそれを躱していた。

 

「当たるかよ!」

 

 ヒエラクスがビームを放つ直前に、エルロンロールを仕掛けたのだ。ビームはコックピットのすぐ上を通過して焦げ目を作るが、島岡はそのまま20mm機銃の狙いをつける。

 

「ッテ!」

 

 撃ちだされた炸裂弾はヒエラクスに食い込み、内側から爆発させる。ヒエラクスはそのまま砕け散った。これで、全機撃墜任務終了となる。

 

 

 

 

 

 

 

 が、そうはならなかった。

 

 

 

 

 

 

「ぐおッ!?!?」

 

 突如、零戦が被弾した。装甲に穴が空き、キャノピーが割れて島岡に降りかかる。とっさに左腕で顔を庇うが、ガラスの欠片が頬を浅く切った。

 

「ちっくしょう・・・。ついてねぇな」

 

 ヒエラクスの攻撃を受けたわけではない。受けたならすでに木っ端微塵になっている。対正面射撃(ヘッドオンショット)のせいで砕け散ったヒエラクスの破片の中に機体を突っ込ませてしまったのだ。

 島岡はゴーグルを取ると、機体の状態を確認した。胴体部分に所々穴が空き、翼からは燃料が漏れ出ていた。さらに悪いことにエンジンにも被弾したらしく、黒煙を吹き始めていた。

 

『島岡さん!?大丈夫ですか!?』

 

 無線機からライーサの声が響いた。どうやら無線機は生きていたらしい。

 

「燃料の漏れがひどい。エンジンにも被弾したし不時着してみる。援護頼めるか?」

 

『分かりました!すぐにそっちに・・・あ!』

 

 そこで通信が一度途切れた。

 

「ライーサ?」

 

『新手です!確認できただけでもケリドーン型が三機!』

 

 時折MG34の射撃音が割り込む。すでに交戦状態に入っているらしい。

 

「ならこっちは気にすんな!なんとか自力で切り抜ける!」

 

『島岡さん!?シンスケ!?』

 

「大丈夫だ!俺を舐めるなよ?」

 

 そこで島岡は通信を切った。正直、話しながら操縦できるほど生易しい状況ではなかった。被弾の影響のせいか、操縦桿の動きにしっかりと機体が追従せず、更には不気味な振動を始めていた。

 

「クソッ!こんくらいで根を上げるなよ!」

 

 島岡は毒突きながらも、必死に機体を制御した。このままいけば不時着ぐらいはなんとかなる・・・が、敵はそんなやつを見逃したりしなかった。

 フラフラと飛ぶ零戦に影が陰る。ライーサと戦闘していたはずのケリドーンが追いついたのだ。容赦なくケリドーンはビームを発射してくる。

 

「ヤバッ・・・!」

 

 反射的に目をつぶってしまう島岡だが、一向にビームは襲いかかってこなかった。

 

「シンスケ!」

 

「ッ!?」

 

 ライーサが間一髪で零戦の盾となりビームを防ぐ。ライーサはシールドを張りながら片手でMG34を撃ち、即座にケリドーンを撃墜した。そのままケリドーンの破片を防ぎながら、島岡を振り返った。

 

「私があなたを守ります!なんとか離脱を・・・」

 

「馬鹿!前見ろ!」

 

「え?・・・キャッ!?」

 

 ライーサが注意を逸した瞬間、何を思ったかもう一体のケリドーンが体当たりしてきたのだ。まさかの攻撃にライーサは対応しきれず、シールドで防いだものの吹き飛ばされてしまった。

 

「カ・・・ハッ・・・!?」

「おい、大丈夫か!?!」

 

 吹き飛ばされたライーサは背中を零戦のコックピットに強か打ちつけしまった。ライーサから力が抜けてしまい、MG34が手から離れ、Bf109F-4/Tropが足から抜け落ちる。

 

「ライーサァアア!!!」

 

 島岡の絶叫が響き渡る。砂漠に銃とユニットが落ちていった。

 




後半、神崎が空気な件について・・・

完全に島岡が主人公じゃないですか!ヤダー!

すでにダブル主人公と化してますけどね(笑)


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第二十話

今回も1万字越え!ちょっとしか超えてないけどな!

と、いうわけで第二十話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。感想書いてくれたらもれなく作者のやる気が上がります。やったね!投稿速度が上がるよ!(保証はしないよ!)


 

 

 

 

 

 

 砂丘に半ば埋まったそれは、零式艦上戦闘機と言われていた物である。

 

 

 その残骸の下に潜む者がいた。

 

「・・・ネウロイは来てねぇよな?」

 

 眠っているライーサを冷やさないように、落下傘を毛布代わりにして寝かせながら、島岡は周囲を警戒していた。日が暮れてから既に何時間も経っているが、緊張して神経が高ぶっているせいか、一向に眠気は襲ってこなかった。

 

「ったく・・・。ゲン、早く助けに来いよ・・・」

 

 ブルツと寒さ身体を震わせ島岡は呟いた。ライーサは静かに寝息をたてて眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6時間前・・・

 

 

 

「・・・カ・・・ハ・・・ッ!」

 

 ライーサから力が抜け、武器がユニットが地面へと落ちていく。このままいけば、ライーサは空中に投げ出され、地面に紅い花を散らすことになる。

 

そんなことは絶対にさせるか・・・!!!

 

「ライーサァアアア!!」

 

 島岡は咄嗟にコックピットの天蓋を開くと、腕を伸ばした。その腕は、後ろに流されかけたライーサの腕を掴む。

 

「こんのぉぉおおお!!!」

 

 力任せにコックピットへ引っ張り込むと、ライーサを抱えながら機体を急降下させた。そうしなければ、ライーサに体当たりしたケリドーンに狙われるからだ。

 

 零戦が急降下を始めた直後にケリドーンもすぐさま追ってきた。ケリドーンはこちらを撃ち落とそうとビームを放つが、島岡はすんでのところで躱しながら地面ギリギリまで降下した。機体がギチギチ不気味な音を立てているが気にしてられない。島岡が地面スレスレを砂埃を巻き上げながら飛び、それをケリドーンが追う。

 一際高い砂丘が目の前に現れた時、島岡は仕掛けた。

 

「っそらぁ!!」

 

 零戦を砂丘をなぞる様に急上昇させて、先程とは比べ物にならないほどの砂埃を巻き上げる。

 

『!?!?』

 

 いきなり目の前を塞がれたケリドーンは明らかに動きを乱した。砂埃の目くらましはすぐに晴れるが、その間にケリドーンは零戦を見失い急上昇していた。その直後、

 

「獲ったぜ!!!!」

 

 完全にケリドーンの背後を獲った島岡は、20mm機銃の引き金を引いた。ケリドーンがこちらを見失った短い間に、島岡は零戦の小さい旋回半径を活かし、シャンデルの要領で背後に回ったのだ。野太い銃声と共に放たれた20mm炸裂弾は寸分違わず直撃し、ケリドーンは為す術もなく爆発した。今回は破片を浴びるなどのヘマはしない。

 

「なんとかなった・・・けど・・・」

 

 島岡は安堵の吐くが、今度は機体が持ちそうもないことに気づいた。被弾して機体の耐久度が減っているのにも関わらず、全力で戦闘機動をしたツケが回ってきたのだ。機体の不気味な振動は治まる気配は全くなく、エンジンから出る黒煙の量も目も当てられないことになっている。

 

「どっかの基地に戻らねぇと・・・ライーサが・・・」

 

 さっきの激しい動きでも目を覚ますことのなかったライーサ。むしろ、あんな激しい動きをしたから目を覚まさないのかもしれない。島岡はそのことに全く気づいていなかったが・・・。ともかく、基地に戻ることが先決なのは変わりなかった。

 だが、無常にも零戦が限界を迎えた。

 

「ちょ!?!?マジかよ・・・」

 

 一際大きな振動が機体に走ったかと思えば、エンジンが止まりプロペラがピタリと動かなくなる。燃料漏れと先程の戦闘で燃料が完全に尽きてしまった。零戦は滑空しながら徐々に地面に近づいていく。地面との距離が近づくにつれ、島岡の額から冷や汗が垂れてくる。だが・・・

 

「・・・ライーサを死なせる訳にはいかねぇよな」

 

 島岡はそう呟くと、恐怖で竦む顔に無理やり引きつった笑みを張り付けた。

 

 直後、島岡に今まで経験したことのない衝撃が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

 

 

「電探の反応・・・消えました・・・」

 

 兵士はそう耳元で囁いた。

 加東が静かに目を見開き、机の下に置いていた手を握り締める。

 

 格納庫近くの会議所。

 

(まさか・・・そんなこと・・・)

 

 加東の思考はぐちゃぐちゃになった。ライーサと島岡、どちらも実力者であることは部隊長である加東がよく分かっている。だからこそ、この報告が信じられなかった。

 

「さらに敵の増援が・・・。司令部から出撃要請が出ています」

 

 何がともあれ対処するしかない。

 

「・・・ユニット、全機出撃できるように整備班に伝えて」

 

「・・・はい」

 

 静かに兵士は会議所から出て行った。

 

「ん?なにかあったのか?」

 

 マルセイユは能天気に尋ねるが、加東の様子が尋常ではないことに気付く。

 

「・・・何があった?」

 

「敵の増援よ。・・・ライーサと信介が突破されたわ。」

 

「な、なんだって!?」

 

 この一言は皆にとてつもない衝撃を与えた。突破された・・・乃ち、二人が落とされたということと同義だからだ。

 稲垣は、驚きのあまり声も出ていない。神崎も黙ったままだった。

 

「・・・すぐに出撃するわよ。敵を侵攻させる訳にはいかないわ」

 

「待て!今すぐ二人を救出しに行こう!!」

 

「そ、そうです!ライーサさんと島岡さんが・・・!!」

 

 この命令にマルセイユと稲垣が非を唱えるが、加東は一蹴した。

 

「これは命令よ。マルセイユ。真美。」

 

「ケイ!?」

 

「トブルクに攻め込まれる訳にはいかないの」

 

 冷徹な声で加東が言った。

 加東とて、できることなら一刻も早く二人を助けに行きたい。だが、トブルクに攻め込まれれば人類がアフリカを失うかもしれないのだ。だから自分の心を押し殺して軍人に徹する。そのことは固く固く握り締められ、白くなった拳が物語っていた。

 

「・・・クソッ!!!」

 

 マルセイユはテーブルに拳を叩きつけると、会議所を飛び出した。稲垣もキュッと口を引き締めマルセイユの後を追う。会議所には加東と島岡が残った。神崎は無表情のままだったが、静かに声をかけた。

 

「ケイさん」

 

「玄太郎は・・・玄太郎は・・・」

 

 加東は神崎にも命令を与えようするが、小さく震えて言葉にできなかった。加東は仲間を失ったのは初めてではない。既に扶桑海事変の時に数多くの部下と戦友を亡くしている。だが、初めてではないからといって平気なわけでは決してない。まして、自分の下した命令のせいで二人は撃墜されたのだ。そして、自分は二人を助けに行くことさえしない。その事実が加東に自責の念を募らせ、軍人の皮が崩れかけていた。

 

「玄太郎は・・・」

 

「・・・二人は大丈夫です」

 

 何とか続きを言おうとする加東に神崎は静かな声で言った。加東が顔を上げると、神崎はこちらを落ち着かせるような柔らかな表情をしていた。テーブルの上で震える加東の手を握り、諭すように言う。

 

「二人は凄腕です。ケイさんも分かっているでしょう?撃墜されたとしても絶対に生きています。絶対に」

 

 加東の手を握る神崎の手はとても暖かかった。その暖かさを噛み締めるように、加東は一つ深呼吸して自分を落ち着かせた。

 

「・・・そうね。ごめんなさい、情けない姿を見せたわ」

 

 加東は一度だけ自分から神崎の手を握ると、すぐに手を離して頭を切り替えた。そして神崎に命令を与える。

 

「玄太郎はまだユニットに慣れてないから待機。でも、二人が突破されてしまった以上私達も突破される可能性もあるから、いつでも飛べるようにしておいて」

 

「了解しました」

 

 敬礼する神崎を残し、加東は格納庫に向かう。会議所を出る時、加東はチラリと振り返った。

 

「玄太郎・・・ありがとう」

 

「・・・どういたしまして」

 

 加東は走り出した。自分の役目を果たす為に。

 ・・・顔が赤いのは気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ふぅ~」

 

 加東を見送ると、神崎は大きく息を吐いた。

 二人は生きているとは思う。が、それで心配しないのとは話は別だ。さっき加東に言った言葉も自分に言い聞かせたようなものだった。

 

「絶対に生きていろよ・・・シン、ライーサ」

 

 神崎はさらに自分に言い聞かせるように呟いた。現時点では加東達に任せるのが一番なのだろう。だが、頭では分かっていても不安はまったく拭えなかった。

 

(今俺に出来ることは・・・)

 

 じっと思考を巡らすと、神崎は会議所から出て通信所へと向かった。中に入ると通信兵に声をかける。

 

「すまないが繋いで欲しいところがある」

 

「はっ。どこにでありますか?」

 

 神崎はその通信兵だけに聞こえるように言った。

 

「ブリタニア陸軍第八軍団司令基地だ」

 

 

 

 

 

 

 

 加東が格納庫に入ると、既にマルセイユと稲垣が出撃準備を終えていた。

 

「遅いぞ、ケイ!さきに行くぞ!」

 

「分かった!」

 

 マルセイユと稲垣が勇んで格納庫から出て、離陸していく。加東も自分のユニット「キ61」に飛び乗り、八九式機関銃甲を掴んだ。

 

「玄太郎が使うE型の準備もしておいて!」

 

「了解しました!」

 

 氷野曹長に指示をだすと、離陸準備に入った。加速しつつ腰のメーターを見て機能確認をすると、一気に離陸した。先行しているマルセイユ達を追いつつ、通信を入れた。

 

「今、そっちの後を追っているわ。敵との接触は?」

 

『まだだ。いや・・・見つけた。中型がいるな。護衛の小型も複数いる』

 

『ケイさん、どうしますか?』

 

 マルセイユと稲垣が指示を請うた。二人共既にさっきのことから頭を切り替えたようだ。

 

「マルセイユは先行して攪乱して」

 

了解(ヤヴォール)

 

「真美は中型の護衛を遠距離から引き剥がして」

 

『了解です!』

 

『さっさと片付けて二人を助けに行くぞ!!』

 

『はい!』

 

 どうやら二人はそういう風に考えて自分を切り替えたらしい。

 

「すぐに追いつくわ!無理はしないでね!」

 

 加東はユニットに魔法力を注ぎ込み、更に加速した。

 

 既に戦闘は開始されている。

 

「撃ちます!」

 

 真美のボヨールド40mmが火を噴き、護衛の小型ネウロイをバラバラにしていく。そしてその間を抜いてマルセイユが突撃した。未だ残っている小型ネウロイが放つ弾幕を物ともせず中型ネウロイに肉薄し、MG34を構える。

 

「そらっ!!」

 

 中型ネウロイもビームを放つが、マルセイユは華麗な機動で躱し引き金を引いた。7.92mm弾が中型ネウロイの装甲を削るが大したダメージは与えられていない。マルセイユが忌々しそうに舌打ちして一度回避に切り替える。そこでやっと加東が到着した。

 

「ごめん!遅れたわ!」

 

「ケイさん!」

 

 稲垣が弾倉を交換しながら嬉しそうに顔を向ける。加東は一つ頷くと指示を出した。

 

「真美は中型の銃座を優先的に狙って。護衛の小型は私が片付けるわ」

 

「はい!」

 

 稲垣を残して加東は中型ネウロイに向かって飛んでいった。そして、マルセイユに気を取られこちらに気付いていない小型ネウロイを狙い引き金を引く。

 

「当たれ!!」

 

 次々と翼や胴体を貫かれ地上へと落ちていく小型ネウロイ。自分を追う小型ネウロイがいきなり減ったことで、マルセイユは加東の到着に気づいた。

 

「援護するわ!背中は任せて!」

 

「頼んだ!」

 

 自分にまとわり付く敵がいなくなると、マルセイユは縦横無尽に飛び回り、あらゆる方向から中型ネウロイに射撃を加えた。中型ネウロイはマルセイユの動きに全くついていけず、ビームを放つも虚しく空を切るだけだった。

 

「ッ!真美!右の銃座に集中砲火!!」

 

「はいッ!」

 

 マルセイユが離れるとすぐさま真美が撃った。7.92mm弾丸とは比べ物にならない程の威力の弾丸が中型のネウロイに直撃し、その身体に穴を開ける。

 

 

ギギギギイギァァァァァァアアアアアアアアア!!!!

 

 

 硬い装甲を持っているとしても、流石にこの攻撃には耐え切れなかったのか、金属音のような苦悶の声をあげ、ぐらりと体勢を崩した。

 

「!!そこか!!ケイ!あの穴を狙え!」

 

「分かったわ!」

 

 加東とマルセイユは中型ネウロイに容赦無く一斉射撃を加える。中型ネウロイも二人の射撃から逃れようと苦し紛れに回避行動を取るが、二人はピッタリと張り付き射線から逃さなかった。ガリガリと内側を弾丸で削っていくと、ついにコアが現れる。

 

「コアだ!!」

 

「トドメよ!!」

 

 コアは二人の一連射で砕け散り、中型ネウロイは白い粒子となり消えた。マルセイユは満足そうに頷くと方向転換しようとした。

 

「よし!すぐに二人の救援に向かうぞ!」

 

「待って!!敵の増援よ!・・・。また中型がいるわね・・・」

 

「チッ!さっさと片付けるぞ!」

 

 マルセイユは舌打ちして再び敵に向かい加速していく。加東もそれに続いた。すぐにでもライーサと島岡を助けに行けることを信じて。

 

 

 

だが、現実はそんなに甘くなかった。

 

 

 

 敵もここが勝負どころと踏んだのだろう。

 三人がいくら倒しても後から後から増援が現れた。一度攻勢が途切れ補給ができたが救助に行く暇もなく、結局、待機の神崎を含めた四人で戦い、敵の侵攻が完全に止まった時には日暮れとなっていた。

 夜間飛行はナイトウィッチがいない身としては難しく、救助も明日以降となった。

 苦渋の決断であり、皆受け入れ難いものだった。特に整備部隊の反発が大きかった。神崎、島岡は男でもネウロイと対等に戦える数少ない人物だ。そして島岡に関しては通常の戦闘機でネウロイと戦える。整備兵達は皆自分たちが十分に戦えないことを不甲斐なく思っている分、二人が戦えることを嬉しく思っていた。だからこそ、この判断には納得できなかったのだ。独断で助けにいく可能性すら出てきたので、慌てて加東が説得してやっと納得した。

 

 その夜の「アフリカ」基地は火が消えたように静かにだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の夜。

 

 島岡とライーサは、砂丘に頭を突っ込んだ状態で止まった零戦の下に潜んでいた。

 

 島岡は墜落した時に機体が爆発するのではと危惧していたが、燃料切れになったお陰でそんなことは起こらなかった。

 しかし、不時着する直前の機体を損傷を無視した機動が災いしたのか、零戦の翼は不時着の衝撃で折れてしまった。自分の愛機がこんなことになってしまって辛いが、命を拾っただけありがたいことだろう。

 戦場に取り残されるのは想像以上に辛かった。眠気がないとはいえ、いつ敵が現れるか分からない緊張した状況に神経がまいってしまいそうになる。

 

「腹減ったし、寒いし・・・。早く帰りてぇな・・・」

 

 護身用の拳銃―ネウロイ相手に通用するとは思えないが―ベレッタM1934をいじりながら島岡は独りごちた。

 目の前のライーサは一向に目覚める気配がなかった。ついさっき、頭を酷く打ったのではないかと調べてみたが、幸いそんなことはなかった。だが背中は確実に強く打っていたので、ライーサには悪いが調べさせて貰った。こちらも幸いにも骨折、酷い内出血もなかった。

 衛生兵ではない以上、それ以上のことは分からなかったので、島岡ただ無事であることを願うしかなかった。だからようやくライーサが目を覚ました時には心底ホッとした。

 

「う、う~ん・・・」

 

「ライーサ!気付いたか・・・良かった」

 

 水飲めるか?と島岡が尋ねると、ライーサはコクンと頷いた。身体が痛むのか、ライーサは身を起こそうとして顔を歪める。島岡は彼女が辛くないように支えながら水筒を口元へとあてがった。喉を潤すとライーサは再び横になり、島岡に尋ねた。

 

「状況は・・・どうなってますか?」

 

 朦朧としたような声で話すライーサ。しかし、意識ははっきりしているらしく目がしっかりしていた。

 

「・・・不時着して救援を待っている」

 

 島岡はそこうなった経緯を静かに話した。そして全て話し終わるとライーサに頭を下げた。

 

「俺の不注意でこうなっちまった。本当にすまねぇ」

 

 島岡は頭を下げ続けた。こうなってしまったのはどう考えても自分の責任。どんなに非難されても我慢するつもりだった。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 ライーサは黙ったままだった。島岡は一発殴られるのも覚悟していた・・・のだが・・・

 

 ナデナデナデナデ・・・・

 

「・・・ナンデ?」

 

 何故か頭を撫でられた。

 

 頭を押さえながら慌てて顔を上げると、ライーサは嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ジョリジョリ・・・気持ちいい」

 

「ら、ライーサ?」

 

「ずっと触ってみたかったんです。シンスケの・・・坊主頭」

 

「そ、そうか?」

 

 自分の頭を触ってみても別に気持ちよくはないが・・・と不思議に思っていると、ライーサは言った。

 

「シンスケの責任じゃないですよ」

 

「いや、俺が被弾しなければ・・・」

 

「運が悪かったんですよ」

 

「だが・・・」

 

 さらに島岡が続けようとするが、ゆっくり伸ばされたライーサの手が島岡の手を握った。押し黙る島岡に、ライーサが優しく語りかけた。

 

「私こそ集中していれば私達が墜落することはなかったんです」

 

「それも元はといえば俺が・・・」

 

 島岡の手がギュッと握り締められる。ライーサはその拳を撫でて言った。

 

「シンスケは私の命の恩人です。そんなに自分を責めないで」

 

「なら、ライーサは俺の恩人だ」

 

「そんなことないです。それは・・・」

 

「今回のことだけじゃねぇんだ」

 

 島岡は少し語気を強めて、ライーサの言葉を遮った。

 

「え・・・?」

 

「俺と真美ちゃんの模擬戦の後、ゲンの援護に向かった時あったよな?」

 

「・・・はい」

 

 あの時、ライーサは落ち込む自分を慰めてくれた。出撃した時、戦うことへの恐怖で機体が震えるのをライーサは翼を押さえて止めてくれた。

 

「あの時のライーサのおかげで俺は今まで戦ってこれたんだよ」

 

 そう。あの時のライーサの微笑みで俺は飛べた。あの微笑みで自分は不思議な程に落ち着くことができた。

 

「ありがとな。ライーサ」

 

 島岡はライーサの手を握り返した。少しでも感謝が伝わるように。

 

「こちらこそ、ありがとうございます」

 

 ライーサは微笑んだが、眠くなったのか段々と瞼が落ちそうになっていた。

 

「もうちょい眠っとけ。俺は大丈夫だから」

 

「はい・・・。ありがとう・・・シン・・・スケ・・・」

 

 島岡は眠りについたライーサの手を放し、落下傘の中へと入れた。そして拳銃を構え、零戦の下から這い出て・・・。

 

(俺は何を言ってんだぁぁぁあああ!!!スッゲェ恥ずかしい!穴があったら入りたい!!そうだ!穴を掘ろう!穴がなければ掘ればいいじゃねぇか!)

 

 頭抱えて身悶えし、次いで一心不乱に穴を掘りだした。そして、すぐに自分の行動が無意味なことに気付き、砂の上に寝転がった。

 

「・・・死んでりゃこんなことも出来ねぇよな」

 

 ここは戦場で、いつ死んでもおかしくない。今日はその事がよく分かった。しかも魔女(ウィッチ)でも魔法使い(ウィザード)でもない只の人間なら尚更だ。今回は運がよかったが次はどうなるか分からない。

 

「・・・悔いは残したくねぇな」

 

 そう呟いて取り出したのは、基地を出る前にポケットに入れた小箱だった。島岡がおもむろに開けると中には鳥を象ったネックレスが入っていた。これはこの前釣りに行った時、神崎の到着が遅くて繁華街をぶらぶらしていた時に偶然見つけ、つい買ってしまった物だ。

 

 ・・・つい買ってしまったとは言ってるが、本当は渡す相手は決めていた。死ぬのを実感した今ならよく分かる。つまり・・・

 

 

「俺、ライーサに惚れてんなぁ・・・」

 

 

 多分、あの微笑みを見た時から。

 今考えれば、島岡は翼を触られるのが嫌だったはずなのにあの時ライーサが触っても嫌じゃなかった。アフリカに着く前、地中海上空で神崎に「翼に触っていいのは俺が愛した奴」と言ったのは冗談のつもりだったんだけど・・・と島岡は頭を掻いた。

 

「あながち間違いじゃなかったか」

 

 ネックレスの小箱を再びポケットにしまい、身体についた砂を払って立ち上がった

 

「先ずは無事に帰らなきゃな」

 

 島岡は零戦の残骸に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

 深夜3時

 

 神崎は加東に意見具申した。

 

「夜明けと同時にシンとライーサの捜索に行かせて下さい」

 

「・・・理由は?」

 

 疲れた声音で加東が尋ねる。連戦に継ぐ連戦で加東も疲れているのだ。しかも寝ていないのだろう。目の下には隈が出来ていた。

 

「夜明けの明るさならギリギリで飛行可能です。それに日が完全に昇りきる前ならば、ネウロイの動きも少ないはずです」

 

「あなたも昨日の戦闘で消耗しているはずよ」

 

「自分は戦闘への参加が遅かったので三人ほど消耗していません。捜索の後に戦闘を行う体力は十分

に残っています」

 

「もし陸戦型ネウロイが出ていたら?炎を使うことになったら、魔力が足りないでしょう?」

 

「・・・手は打ってあります」

 

 神崎は頭を下げた。

 

「お願いします。行かせて下さい。・・・ケイさん」

 

「・・・」

 

 加東は黙ったままだった。

 

 

 

 結局加東が折れた。

 

 

 

 薄暗い中で整備兵達が忙しなく動き、離陸の準備をしていた。ユニットに燃料を注ぎ込み、離陸し易いようにと滑走路にランプを並べる。

 

 そんな喧騒の中、神崎は加東と会議所にいた。ちなみにマルセイユと真美はまだ寝ていてここにはいない。

 

「多分、二人が落ちたのはここ辺りね。電探で確認したから間違いないと思うわ」

 

 加東が地図を指し示しながら言う。そこは砂漠のほぼど真中だった。

 

「分かってるとは思うけど、慣れないユニットだから無理しないでね。航続距離も格段に短いわ」

 

「大丈夫です。把握しています」

 

 神崎はいつものようにポーカーフェイスで頷いた。だが、加東は彼の表情がいつもと違うことを見抜いていた。早く二人を助けに行きたくて焦っているのだ。

 

「・・・落ち着いて、玄太郎。あなたまで失いたくないわ」

 

 そう言って加東は神崎の顔を覗きこんだ。そして今度は自分から神崎の手を握る。加東が言わんとしていることが伝わったのか、神崎はポーカーフェイスを止めて少し表情を崩して言った。

 

「はい。・・・二人を見つけて三人で帰ってきます」

 

「頼んだわよ」

 

 神崎は敬礼を残し、会議所から出ていった。加東は力なく座り込むと、大きく息を吐いた。

 

「大尉殿。少し休まれた方が・・・」

 

 こちらの状況を確認しに来た金子が遠慮がちに言った。だが加東は顔をあげると首を横に振った

 

「ありがとう、金子中尉。でも、今は休んでる暇はないわ。何かあったら私も出ないと」

 

 加東は顔を引き締めて立ち上がった。外から神崎が離陸する音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂漠、墜落地点

 

 

 

 島岡は砂を踏み締めるザクッという音で目を覚ました。まだ薄暗く、周りがよく見えない。ライーサも目を覚ましたらしく、真剣な目でこちらを見上げている。島岡は囁いた。

 

「動けるか?」

 

「なんとか・・・」

 

 そう言うライーサだが、身動ぐとまだ痛むのか顔を歪めた。その様子を見て、島岡は拳銃を構えて囁いた。

 

「・・・少し見てくる」

 

「危険です・・・!」

 

「無理なことはしねぇよ」

 

 島岡はライーサの肩をポンッと叩くと音を立てずに零戦から這い出た。周囲を確認すると拳銃を構えて音がした方向―砂丘を超えた先―に走る。砂丘から慎重に顔を覗かせるとすぐさま引っ込めた。そこには数多くの陸戦型ネウロイが、闊歩していた。

 

「やべぇ。なんでここにいるんだよ」

 

 冷や汗を流して元来た道を戻り、零戦の下に滑り込む。

 

「敵が来た。陸戦型が沢山だ」

 

「動くのは危険です。ここで通り過ぎるのを待ちましょう」

 

「けど、多分奴らが向かってるのはここだぞ」

 

「だけど・・・」

 

 言い争っているうちに足音が近くまで近寄ってきた。身を固くする二人だが、そこで足音とは別の音が聞こえてきた。いつも身近に、そしてよく聞いていたエンジン音。ライーサがいち早く反応した。

 

「メッサーシャルフ・・・!」

 

「やっとかよ!」

 

 島岡は再び飛び出した。ライーサの静止の声が聞こえるが構ってはいられない。こちらの位置を知らせる為に、腰から抜いた発煙筒で狼煙を上げた。これでよし・・・とライーサの方に目を向けると、丁度その時砂丘を超えてネウロイが現れた。

 

 島岡はネウロイを見て、ライーサ見る。ライーサも何が起きたか把握したようで覚悟した目をこちらに向けていた。それを見て・・・島岡は拳銃を抜いた。

 

(ライーサを死なせるわけにはいかねぇよな)

 

「・・・!!!シンス・・・!?」

 

「こっちだ!!!クソネウロイ!!!」

 

 島岡が何をしようとしているか察したライーサが叫ぶが、それを遮るように拳銃を撃ち、大声で叫んだ。それと同時に走り出し零戦から離れる。

 

 パァン・・・!パァン・・・!

 

 断続敵な拳銃の発砲音に誘われるようにネウロイが島岡の方へと動き始めた。

 

(少しでいい!少しでも時間を稼げばライーサは助かる!)

 

 走りながらも拳銃を撃つことは止めない。小さい拳銃弾などネウロイの装甲にとっては小石程度でしかないが、それでも注意は引きつけられる。

 

(もう少しライーサから引き離せれれば・・・。・・・ッ!?)

 

 懸命に走っていた島岡だが、直感的に何かを感じ横っ飛びに身を伏せた。

 

 その瞬間に隣の地面が爆発した。

 

「うおあッ!?!?!?」

 

 島岡は何が起こったかわからないまま為すすべもなく吹き飛ばされ、砂漠をゴロゴロと転がった。衝撃に揉みくちゃにされた身体を無理やり起こして見てみれば、そこには大きな穴が出来て熱によって赤くなっていた。

 

「ハハッ・・・。んだよこの威力・・・やってられねぇよ」

 

 呆けたように座り込む島岡にネウロイが近づく。昆虫のような六本足を動かし、腹に携えた砲塔を向けていた。

 

 島岡はつまらなそうにネウロイを見上げていた。

 

「もう終わりかよ・・・」

 

 ボソリと呟く島岡だが、そこであの音を聞いた。メッサーシュミットのエンジン音。それが段々と大きくなってくる。

 

「・・・ったく。遅すぎだよ・・・親友」

 

 島岡がニヤリと唇を歪めた。

 

 直後

 

 ネウロイを炎の槍が貫いた。

 




この前、おケイさんの扱いががががというコメントがあったので、ヒロインヒロインさせてみました。ルートは確定してません!

つか島岡が主人公しすぎて、神崎涙目

島岡の方が扱いやすいんだもの!しょうがないね!

島岡とライーサの会話、島岡の一人言のところでよくわからなかった人は、第十話、十一話、そして第四話を参照してみてください。


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第二一話

今回は今までで最速更新ではないかと思います

筆が進む時は楽ですね

と、いうわけで第二一話です。

感想やアドヴァイスやミスの指摘など、よろしくお願いします





 

 

 

島岡、ライーサの予想墜落地点

 

 

 

 神崎は上空から地上を注視していたのだが、何も見つけられていなかった。その時、島岡は神崎の操るBf109E-4のエンジン音を聞きつけ発煙筒を上げていたのだが、まだ若干暗い為に見つけられずにいた。

 

(予測通りならここら辺のはずだが・・・)

 

 神崎がさらによく調べるために高度を下げようとした時だった。

 

 爆発音が響き渡った。

 

「ッ!?どこから!?」

 

 音の原因はすぐに見つかった。一体ネウロイとビームによって空いた穴、そして島岡だった。

 

「シン!!!」

 

 神崎はすぐに炎を放とうとして止めた。このまま炎を放てば爆発に島岡を巻き込んでしまう。

 

「なら・・・!!!」

 

 神崎は扶桑刀「炎羅(えんら)」を抜くと逆手に構え、魔法力を集中させた。集まった魔法力は炎羅(えんら)を中心として渦巻き、炎を纏い、そして槍の形状を形作る。神崎は炎の槍を振りかぶると、魔法力で強化された筋力と炎による推進力を使って全力で投げつけた。

 

「ラァァァアアアアアア!!!」

 

 気合の声と共に放たれた槍は一直線にネウロイに飛んでいき、硬いはずの装甲をいとも簡単に溶かして貫通し、コアを焼き尽くした。貫通力を念頭に置いた攻撃のため爆発はない。

 神崎は白い粒子となり崩れ始めるのネウロイを尻目にすぐに島岡の元へと向かう。

 

「シン!」

 

 神崎が島岡のところへ降り立つと、島岡はよろよろと立ち上がって言った。

 

「遅せぇんだよ・・・。どんだけ待たせるんだ」

 

「こっちも立て込んでてな」

 

 軽口を叩き合うと、島岡は急に真剣な顔になった。

 

「まだ、敵は沢山いる。ライーサがやばい」

 

「いや、彼女は大丈夫だ」

 

「何言ってんだよ!早くあっちに・・・」

 

 と、島岡が神崎を促そうとした時、零戦のある方向から大きな射撃音が鳴り響いた。

 

「だから大丈夫だと言っただろう?」

 

 呆気にとられる島岡に地面に突き刺さった炎羅(えんら)を抜きながら神崎が自信満々に言った。

 

 

 

 

 

「頼みたいことがある」

『いきなりどうしたの?』

「仲間が落とされた。助けてくれ」

『ちょ・・・!?何を言って・・・!?』

「どうしても助けたい」

『・・・』

「・・・頼む」

『・・・分かったわ。詳しく教えて』

「恩に着る。場所は・・・」

 

 

 

 

 

 ライーサは零戦の下から必死に這い出そうとしていた。早く島岡を追わないと彼が死んでしまう。しかし、身体の痛みがそれを邪魔していた。

 

「・・・つ・・・くッ・・・!?」

 

 無理やり身体を動かしていると後ろの方から足音が聞こえた。さらに三体のネウロイが砂丘を超えてやってきたのだ。

 

(・・・シンスケ・・・!)

 

 半ば諦めて目を瞑ったライーサだが、そこで新たの音を聞きつけハッとしてその方向を向いた。そして・・・。

 

「C中隊、救援にきました!」

 

 砂埃を巻き上げてマイルズ、そして副官ソフィを始めとした部下11両が現れた。

 

「前方敵3!」

 

「目標に近づいています!」

 

「敵を目標から引き剥がす!四名、私に続け!突撃(チャージ)!!」

 

「「「了解!!」」」

 

 敵がライーサに近づいているのを確認するやいなや、マイルズは自ら先頭に立ち突貫した。

 

「はぁぁぁあああ!!!」

 

 シールドを展開した体当りでネウロイを吹き飛ばす。残り二体も部下が纏めて吹き飛ばした。

 

「撃て!!近づかせるな!!」

 

 五人が持つカノン砲が火を吹き、ネウロイに止めを刺した。遅れてきた部下も加わり、こちらに進軍してくる陸戦ネウロイに弾幕を張る。

 

「目標確保しました!」

 

 その間にソフィともう一人の部下がライーサを助け出していた。マイルズは両側から支えられたライーサを確認するとすぐさま指示を出した。

 

「後進微速!もう一人を回収した後に撤退させる!」

 

 射撃を続けながらもゆるゆると後退し始めるC中隊。砂丘で敵が見えなくなると一斉に踵を返して後退し、島岡のところまで来た。

 

「二人に掴まって下さい。全速力で離脱します」

 

「お、おう」

 

 島岡もライーサと同様に両側から支えられるが、丁度その時タイミングが悪いことに陸戦ネウロイが砂丘を越えてきた。

 

「隊長!」

 

「迎撃!護送班が離脱までここを死守する!」

 

「「「了解!!」」」

 

 全速力で撤退を始めた護送班を守る為に陸戦魔女(ウィッチ)達は一列横隊となった。

 

 真正面からの砲撃戦。

 

 砲弾とビームが飛び交い、魔女(ウィッチ)のシールドとネウロイの装甲が火花を散らす。

 

 防御に秀でた陸戦魔女(ウィッチ)、そして彼女達のシールドはネウロイのビームを完全に防ぎ、魔力が込められた砲弾はネウロイの装甲を容易く貫通し、次々と葬りさっていく。

 しかし、ネウロイ側も負けず、数の利を活かして人海戦術を取っていた。撃破された味方の粒子を掻き分けて前進し、ビームを撃ち続ける姿は見るものに一様の恐怖心を与えた。

 

「くぅ・・・!?」

 

「全然減らないじゃない!」

 

「もうカンバンですよ!?」

 

 倒しても倒しても次々と現れる敵にC中隊も段々と押され始めてきた。いくら陸戦魔女(ウィッチ)のシールドとはいえ、絶え間無くビームを撃ち込まれれば耐えきれなくなる。弱音を吐く部下を叱咤するようにマイルズは叫ぶ。

 

「怯むな!もうすぐ援護がくる!それまで・・・」

 

「隊長!直上!!」

 

 突然の部下の声にハッとしてマイルズは空を見上げた。キラリと光る何かを確認すると丁度通信が入った。

 

『こちら、神崎。炎による援護射撃を開始する。目標の指示を』

 

 Bf109E-4を履いた神崎。まだ暗い為に地上が正確に見えないのだろう。 神崎の声を聞くとマイルズは直ぐ様発煙筒を取りだし言った。

 

「目標は赤のスモーク!総員、衝撃に備えろ!!」

 

 マイルズは叫ぶのと同時に発煙筒を投げた。赤い煙幕がネウロイの大群から昇るのを確認すると、C中隊は各々身を低くして対ショック姿勢をとる。

 

『煙幕、確認した。いくぞ』

 

 神崎からの通信がきた一瞬後、空気を切り裂く音と共に数多の炎がネウロイに襲いかかった。陸戦ネウロイは航空型よりもはるかに防御力は高いが、こうも連続して炎の爆発を受ければその装甲は溶解し、コアは焼きつくされていた。その衝撃は凄まじく、近くにいたC中隊の中には這いつくばる者もいた。

 

「つつ・・・やりすぎよ・・・!」

 

 マイルズが毒づきながら身を起こすと、目の前にいたネウロイの数が大きく減っていた。部下も呆気に取られた表情で目の前の光景を見ている。

 

『どうなった?』

 

「多数の目標を撃破!こっちの被害はすごい衝撃を受けたのと、砂が大量に降りかかってきただけよ!」

 

『・・・』

 

 神崎の言葉にマイルズ半ばキレ気味で叫ぶと、申し訳なさそうな沈黙が返ってきた。

 

『・・・残存魔法力に第二波を放つ余裕がない。援護はできるが機銃掃射のみになる』

 

「・・・後はこちらで対処できるわ。護送班の援護に回って」

 

『了解』

 

 マイルズは上空で反転し後退する神崎を見送ると、カノン砲を構え直した。

 

「さぁ、残党を片付けるわよ」

 

 神崎の炎に生き残り右往左往している物や一部を破損し足掻いている物を確実に仕留めていくC中隊。そこまで時間はかからず、程なくしてC中隊は基地への撤退した。

 こうして、島岡とライーサの救出作戦は成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トブルク ブリタニア陸軍病院

 

 

 

 清潔な病院の一室に病衣姿のライーサは居た。

 護送班に救出されたライーサは、あの後医師の診察を受けて全身打撲と診断され、数日の絶対安静を言い渡された。

 

 病室にはお見舞が来た。

 

 「アフリカ」の面々が来た時は凄かった。マルセイユははしゃいで、真美はべそをかいて心底喜んだ。加東は二人を諌めつつも目に若干涙ぐんでおり、マティルダも穏やか表情をしていた。

 

「間に合ってよかった」

 

「神崎さん・・・」

 

 神崎も微笑んでいた。初めて会った時はずっと無表情で怖い印象だったが、今ではよく笑うようになり印象も大分和らいでいた。しかし、姿が見えないもう一人が気になってライーサは遠慮がちに尋ねた。

 

「シンスケは・・・」

 

「シンは後処理と事情聴取で忙しくてな。すまない」

 

「いえ!いいんです・・・」

 

 申し訳なさそうな神崎の言葉にライーサも申し訳なく感じ、声がしぼんでいった。そのまま俯いてしまったライーサに神崎は再び微笑んでいた言った。

 

「そういえば・・・」

 

「・・・?」

 

「シンのことを名前で呼ぶようになったんだな」

 

「・・・あ」

 

 その一言でライーサは真っ赤になった。神崎はライーサの頭に手を乗せて言った。

 

「シンはいい奴だ。よろしく頼む」

 

「ちょ、神崎さん!?私はそんなつもりじゃ・・・!?」

 

「じゃあな」

 

 ライーサを引っ掻き回すだけ引っ掻き回して神崎は病室を後にした。

 

「どうした、ライーサ?顔が赤いぞ?」

 

「な、何でもないよ!?ティナ!?」

 

 その後、ライーサは終始真っ赤だった。

 

 

 

 

 

「マイルズ少佐。今回は無理を言って申し訳ありませんでした」

 

「まったくよ。こっちに直接連絡が来たときは驚いたわ。後、今は普通に話していいわよ?」

 

 病院を出た神崎は、入り口にいたマイルズに頭を下げていた。

 マイルズ等C中隊が救出作戦を実行したのは、実は神崎の個人的な切実なお願いが発端だった。神崎がマイルズに連絡を取り、そこからマイルズが作戦を立案し司令部に提出し、半ば強引にそれを認めさせたのだ。結果的に島岡とライーサは助かったので問題なかったが。

 

「あの二人はここ(アフリカ)じゃ人気があるから助けられてよかったわ。それにあなたに貸しができたしね。ちゃんと返してくれるでしょ?」

 

「それは勿論」

 

 更にマイルズは上機嫌で言った。

 

「でも、意外だったわ。真面目なあなたがあんななことを言うなんて」

 

「今考えれば自分は馬鹿なことをしたと思う」

 

 マイルズの言葉に神崎は苦笑しつつ答えたが、新たに入ってきた声がその顔を凍りつかせることになった。

 

「本当よ。完全な独断専行。言い逃れできないわね」

 

 神崎が恐る恐る振り返るとそこには黒いオーラを発ち昇らせる加東の姿が。笑顔ではあるが、目はまったく笑っておらず、しかもその目の下の隈が更に凄みを醸し出していた。しかもその目は神崎にだけでなく、彼と楽しそうに話していたマイルズにまで向けられている。

 

「ケ、ケイさん・・・」

 

 神崎の額から冷や汗がタラリと垂れた。

 

「モントゴメリーから苦情が来たんだけど?『私の部隊を勝手に使ってもらうのは困る』って」

 

「そ、それは・・・」

 

「しかも、それ関係で大量の書類を片付けなきゃならないのよね。寝てないのに」

 

「も、申し訳ありませんでした!!」

 

 加東の言葉に耐えきれなくなった神崎は腰を九十度に曲げて謝った。加東は不機嫌そうにフンッと鼻を鳴らすと神崎の手を取った。

 

「さぁ、さっさと帰るわよ。こんな所で油を売ってる暇はないの」

 

「ちょ・・・」

 

「ちょっと待った!」

 

 加東が神崎を引き摺っていくのを止める者がいた。マイルズは神崎の加東が握る手とは逆の手を握ると二人を引き留めた。

 

「加東大尉?私は神崎少尉に個人的な用事があるの」

 

「マイルズ少佐?軍務中に私用は不適切だと思いますが?」

 

 神崎を挟んでバチバチと火花を散らし始めるマイルズと加東。この状況に嫌な予感を感じた神崎は躊躇いながらも口を開いた。

 

「あの、お二方?言っておきますが、自分にはこ・・・」

 

「「ちょっと黙って(黙っときなさい)!!」」

 

「・・・了解」

 

 直ぐ様口を塞がれた為に黙るしかなくなり、神崎は溜め息をついた。

 

(俺には婚約者がいるんだが・・・勘弁してくれ)

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、神崎さんは変な事を・・・。・・・」

 

 皆が去った後、ライーサは一人ベッドで物思いに耽っていた。何を考えているかと言えば、勿論島岡のことだった。

 

 ライーサの島岡に対する第一印象は意外にも親近感だった。

 マルセイユの二番機であるライーサは神崎の相棒である島岡につい自分と重ね合わせていたのだ。だから、悲しそうに自分の非力さを話す島岡を励ましたのかもしれない。なぜならライーサ自身、マルセイユと自分を比べ自分の非力さに落ち込んだことがあったからだ。

 そこからの島岡の姿は見違えた。通常の戦闘機なのにネウロイを撃墜していく姿は、戦闘機を操り大空を翔ける真剣な表情は正直言ってかっこよかった・・・と思う。そして、自分の励ましのお陰で島岡がこうなったと考えると嬉しく思う自分がいた。

 

 島岡の隣で彼の模擬戦の話を聞き、一緒に空を飛び、一緒に戦った。

 

 自分でも気づかないうちに島岡はかけがえのない存在になっていたのだろうか?

 だから、墜落した後目を覚ました時、島岡を見て安心したのだろうか?

 だから彼が零戦の下から自分を残して飛び出した時、目の前が真っ暗に成る程の絶望を味わったのか?

 だから、今彼のことを思うとこんなにも・・・。

 

 

「シンスケ・・・」

 

「俺がどうした?」

 

「え・・・?」

 

「お、おう」

 

 ライーサの思考を遮って突然現れた島岡。ライーサは半ば呆然として島岡がイスに座るのを見ていた。

 

「ちょっと抜け出してきた」

 

「・・・ば・・・」

 

 軽い調子で喋る島岡の態度にライーサは拳を握った。

 

「ば?」

 

「馬鹿!!!」

 

「おぶっ!?!?」

 

 島岡の頬に炸裂する前のめりになったライーサの強烈な拳。直撃を受けた島岡は大きくよろめいた。

 

「痛ぇ・・・。何すんだよ!?」

 

「どれだけ!!!」

 

「ッ!?」

 

 非難の声を上げる島岡だがライーサの叫び声、そして彼女の涙に口を噤ませた。

 

魔法使い(ウィザード)でもないくせに!!生身でネウロイを相手にして!!どれだけ心配したと思ってるの!!!」

 

 そう。

 あの時、島岡が被弾した時や拳銃一丁でネウロイを引きつけようとした時、ライーサは目の前が真っ暗になるような喪失感を味わった。一発殴らなければ気がすまなかった。

 

「・・・すまねぇ。俺、あんま頭良くねぇから・・・」

 

「そんな問題じゃない・・・!」

 

 拳で胸元を叩いてくるライーサに島岡は力なく答えた。

 

「あれは咄嗟のことでよ・・・。流石に考えなしだった」

 

「ホントだよ・・・。反省してよ・・・。うぅ・・・」

 

 そう言ってさめざめと泣き始めたライーサの頭を島岡はおっかなびっくりに撫でた。するとライーサは更に泣いてしまい、島岡は肝を冷やし慌てて謝った。

 

「す、すまん!撫でるのは止めと・・・」

 

「・・・そのままでいいから」

 

「お、おう・・・」

 

 島岡はしばらくライーサの頭を撫で続け、ライーサも泣き続けた。

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「うん・・・。ごめんね・・・」

 

「気にすんな」

 

 落ち着いたライーサが謝るのを島岡は笑って許した。しかし、そこからどちらとも黙ってしまい沈黙が続いた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 ライーサは俯きつつチラチラと島岡を伺い、島岡は焦っているようなソワソワした様子だった。

 ややあって島岡は意を決したようにライーサに話しかけた。

 

「ライーサ、これを渡しにきた」

 

そう言って差し出したのは所々凹んでしまった小箱だった。

 

「これは・・・?」

 

「ちょっと見てくれは悪いけど、中身は大丈夫だ。・・・多分」

 

 小箱を開けたライーサの目に写ったのは、あの鳥を象ったネックレス。驚いた表情をしてライーサが島岡を見ると、彼はバツが悪そうに頬を掻いていた。

 

「死にかけて思ったんだよ。悔いは残したくないって」

 

「悔い・・・」

 

「そう。だから・・・はっきり言うわ」

 

 そして島岡は真剣な顔になった。それは、ライーサがかっこいいと思ったあの大空を翔けている時の表情。

 一言一言、その言葉の重みを確かめるように島岡は言った。

 

 

「ライーサ。俺はお前が好きだ」

 

 

 いつもの砕けた口調ではない真剣な言葉だった。

 

 ライーサは惚けたように島岡を見つけていたが、おもむろに手に持っていた小箱を突き返した。

 

「!?・・・そうだよな。やっぱ俺なんかよりも・・・」

 

「違う」

 

 断られたと思いショックを受ける島岡にライーサは顔を隠すように俯いて言った。

 

「・・・着けて」

 

「え?」

 

「そのネックレス、私に着けてくれる?」

 

「お、おう」

 

 ライーサはネックレスが着けやすいように身体を近づかせ、島岡は慣れない手つきでライーサの細い首に手を回しネックレスを着けた。

 

「で、できたぞ」

 

「うん。・・・綺麗だね」

 

「・・・気に入ってくれたならよか・・・ッ!?!?!?」

 

 島岡は「よかった」と言い切ることはできなかった。ライーサが胸に飛び込んできたからだ。自分の胸に伝わるライーサの体温と、ふわりと鼻に香るライーサの匂いに島岡の脳髄は痺れ、身体はガチガチに硬直してしまう。もちろん心臓の音は早鐘のように鳴り響いていた。

 

「今まで、一緒に話して、飛んで、戦って・・・。死にそうになってよく分かった」

 

 ライーサは島岡の胸に顔を埋めながら静かに言った。島岡の心音を聞くにつれて心拍数も上がっていく自分。島岡の言葉で泣きそうになるほど喜んでいる自分。

 

 つまりはそういうことなんだ。

 

 ライーサは一度島岡から離れると、自分を落ち着かせるように深呼吸した。覚悟したように表情を引き締めると未だ硬直している島岡に近づき、そして・・・

 

「私も・・・好きです。シンスケ・・・」

 

 優しく自分の唇を島岡の唇に重ねた。

 

 

 

 少し経つとライーサは顔を赤くして離れた。

 

「えぇと・・・あの・・・シンスケ?」

 

 もじもじして自分の恋人となった人の名を呼ぶライーサだが、全く反応がないことに気づいた。

 

「シンスケ?どうしたの?」

 

「・・・」

 

 固まったまま全く動かない島岡。ライーサが恐る恐る触れると、そのまま目を回して倒れこんでしまった。

 

「え!?ちょ!?シンスケ!?大丈夫!?」

 

「アガが、アガガガがががが・・・」

 

 

扶桑男児にはキスは刺激が強すぎた。

 

 

 

 

 

KAK司令基地

 

 

 

「・・・大体のことは分かった」

 

 ロンメル言った。向かいに座るフーゴは長かった尋問がやっと終わるのかと表情を弛めるが、ロンメルの隣にいる少佐が一枚の書類を取り出したことで再び顔を引き締めた。少佐はフーゴの正面に書類を置いた。

 

「バルテン上等兵。本日を以て貴官は第21装甲師団麾下第2警備小隊から、新たに新設される部隊へと転属してもらう」

 

「は、はい?」

 

 まったく予想していなかった展開にフーゴはつい間抜けた声を出してしまった。しかし、少佐は構わず続けた。

 

「部隊名は・・・『(シュランゲ)』」

 




本当はマイルズ達C中隊に銃剣突撃させるつもりだった。でも、気づいたんだ。カノン砲に銃剣取り付ける場所ないって。

今回の話は結構悩んで書きました。(速かったけどね)
恋愛部分を文章におこしたことなんてほとんどなかったので

あと、島岡はヘタレではない。あれは文化の違いのせいだ!あの頃の扶桑にはキスの習慣なんてほとんどなかったんだよ!(多分)


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番外編 1

今回は2月14日にちなんで初の番外編です!

感想とかよろしくお願いします!


閑話 

 

 

 

 稲垣真美の朝は早い。部隊全員の朝食の準備があるからだ。

 

 だが、今日は違った。

 

「えっと、今日は何を作ろうかな・・・あれ?」

 

 欠伸を噛み締め、眠い目を擦りつつ厨房に向かう稲垣だが、厨房に既に明かりがついていることに気付いた。

 

「こんな時間に誰が・・・」

 

 訝しんで天幕の中を伺うと、中にはライーサと島岡がいた。どうやら朝食を作っているらしく、小気味よい包丁の音と鍋で煮込む音が聞こえていた。

 

「お?真美ちゃん、起きたか」

 

「あ!真美、おはよう!」

 

 稲垣に気付いた島岡とライーサが声をかけた。稲垣は戸惑いながらも天幕に入った。

 

「おはようございます。今日はどうしたんですか?今日は私の当番ですけど・・・」

 

「あ、ああ。ちょっと早く目が覚めてよ。暇だったから先に準備しとこうと思ってよ」

 

「そ、そうだよ。さ、さぁ、真美は待ってていいから」

 

「そ、そうですか?じゃ、じゃあお言葉に甘えて・・・」

 

 稲垣は疑問を抱きながらも、ライーサの言葉に甘えて当番を任せることにした。

 

 

 

 

 

 

 時が経って正午。

 

「遅れちゃった・・・!早くお昼の準備をしないと・・・!」

 

 訓練が長引いてしまった稲垣は急いで厨房に向かっていた。だが厨房に近づいた所でいい匂いが辺りに漂っていることに気付く。

 

「おう!真美ちゃん!今日は俺が作ってるよ!」

 

 厨房に入ると、ロマーニャの炊事兵が昼食を作っていた。彼はいつも補佐をしてくれるので稲垣と仲が良かったりする。

 

「す、すみません!大丈夫でしたか?」

 

「真美ちゃんのレシピもあったし大丈夫だよ!さぁ、真美ちゃんも席に座って座って!」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 言われるがままに稲垣は昼食を受け取るとテーブルに座って食べた。自分の作る料理の味との違いが新鮮で、とても美味しかった。

 

 

 

 

 

「ごめんね。真美。付き合わせちゃって」

 

「いえ。大丈夫です!」

 

 夜。稲垣と加東は基地に戻ってきた。稲垣は司令部に報告にいく加東に付き合ってトブルクに行っていたのだ。

 

「でも、夕食の準備が・・・」

 

「それは大丈夫よ。さぁ、行きましょう」

 

「え?は、はい・・・」

 

 加東の言葉に首を捻りつつ、稲垣はトコトコと歩き始めた。そのまま食堂に行くと思っていたのだが、加東について行った先はマルセイユの天幕。

 

「あれ?なんでマルセイユさんの天幕なんですか?」

 

「いいからいいから。さ、中に入って」

 

「は、はい」

 

 加東に促されるまま稲垣が中に入ると・・・。

 

 パァン!パァン!

 

 と、クラッカーが鳴り響き、そして・・・。

 

「「「真美(ちゃん)!!誕生日おめでとう!!!」」」

 

 盛大な祝福の声が響いた。

 

 2月14日 稲垣真美の誕生日だ。

 

 マルセイユの天幕にはマルセイユ、ライーサ、マティルダ、神崎、島岡、そしてマイルズやシャーロットを始めとした陸戦魔女(ウィッチ)の面々が笑顔で稲垣を見ていた。ロマーニャの炊事兵を始めとした一般兵士もちらほらいる。

 

「え!?え!?」

 

 突然の出来事に稲垣はただただ茫然とするばかり。

 

「驚いた?今日は真美の誕生日でしょ?だから、日頃の感謝の意味を込めてお祝いしようってね」

 

 加東は悪戯に成功した子供のように笑うと稲垣を押してテーブルに座らせた。テーブルの上には豪勢な料理が並んでおり、一番目を引くものでは神崎がさばいたのであろう刺身の舟盛りもあった。

 

「あ!だから、皆さん今日は料理を変わってくれたんですか?」

 

「そうそう!いつも真美ちゃんに任せっぱなしだからな!」

 

 稲垣の問いに、島岡が上機嫌に答えた。隣のライーサも嬉しそうに頷いている。

 

 稲垣は周りを見た。

 

「さぁ、真美。今日は楽しもう!」

 

 既にほろ酔い気味のマルセイユが叫ぶ。

 

「腕によりをかけた魚だ。美味いぞ」

 

 板前姿の神崎が微笑みながら言った。

 

 他の人たちも笑って稲垣を見ている。

 

 

 皆が自分を祝ってくれる。それだけで稲垣は嬉しかった。

 

 

 「・・・はい!皆さん、ありがとうございます!!!」

 

 稲垣は向日葵が咲くように笑った。

 




バレンタインだと思った?バレンタインだとおもった?
残念!真美の誕生日なのだよ!
と、いうかこの時代にチョコを渡すバレンタインはない!
あと、私にもバレンタインのチョコはない(泣)



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第二十二話

今回、あの人物が出てきます。やっぱ扶桑の魔女は最高だぜ!

感想、アドバイス、ミスの指摘、その他なんでもよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

 

「ライーサは坊主頭の感触が好きらしくて、俺の頭をよく撫でるんだよ」

 

「そうか」

 

 嬉しいのは分からないでもない。

 

「で、この前逆に俺がライーサの頭を撫でてみたんだよ」

 

「・・・それで?」

 

 浮かれるのもしょうがないと思う。

 

「そしたら顔を真っ赤にして照れてよ!それが可愛いのなんのって!」

 

「・・・・・・ふんっ!!」

 

「やっぱ、ライーサは可愛ブホァア!?!?」

 

 だが、邪魔だ。

 

 神崎は砂の塊をのろけ野郎(島岡)の顔面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

 近頃は暑いのにも慣れてきた、アフリカ。

 神埼はまたスコップ片手に死んだような目で砂掻きにいそしんでいた。先日の独断専行の件で処罰である。

 神埼としてはあの行動を起こした時点で何らかの処分が下ることは覚悟していたし、ライーサと島岡が助かるなら、例え銃殺刑となっても悔いはなかった。だから、今回の処罰が砂掻き程度となったのは神崎にとって出来すぎた結果だった。

 なら、なぜ神埼の目が死んだようになっているのか。それは隣にいる奴が原因だった。

 

「ペッペッ・・・何すんだよ!?」

 

「うるさい」

 

 のろけ野郎もとい島岡の抗議を神崎は一蹴した。最近ライーサと付き合い始めた島岡は、彼女が出撃して居ない間はずっと神崎にのろけ話をしているのだ。延々と他人の恋人の自慢を聞かせられる身にもなって欲しい。

 

「お前、そんな話をしていていいのか?自分の仕事は終わらしたんだろうな?」

 

「零戦ねぇからなんもできねぇよ」

 

 神崎の問いに島岡がにやけきった面から真面目な顔に戻り、溜め息をついて言った。

 零戦が大破してからというもの、島岡は戦闘に出る事がなくなったことで、仕事らしい仕事がなくなったのだ。

 航空機はあるにはある。この「アフリカ」基地には元からカールスラント製のHs126という航空機があった。この航空機は偵察又は爆撃機として使えるのだが、いかんせん型が古く、性能的にも良い物でもないため、目下連絡機として使われていた。そんな航空機では島岡でもネウロイに対抗できるはずもなく、いい航空機が手配できるまでは今のところは島岡は待機の状態だった。

 

「そういや、ゲン。お前、今メッサーシャルフ使ってるよな?どんな感じだ?」

 

「上昇、降下性能は零戦よりも良い」

 

「旋回性は?」

 

「最悪」

 

「んだよ、それ」

 

 神崎の物言いに島岡は吹き出した。神崎もにやりと笑った。

 

「嘘じゃない。まったく曲がらん」

 

「じゃあ、俺には無理だな。旋回できなきゃネウロイには勝てねぇ」

 

 ネウロイの攻撃を避け続け、通常兵器で渡り合っている島岡。故にその言葉には重みがあった。

 

「旋回性もとい機動性が一番重要なんだよな。当たらなければどうということもねぇんだ」

 

「そうだな」

 

「いや、まてよ・・・。メッサーシャルフに乗ればライーサとお揃いじゃねぇか!やっぱ、そっちで・・・」

 

「・・・もういい」

 

 再びのろけ始めた島岡は放っておいて、神崎は付き合ってられないと、ため息をついて手車の砂を捨てに移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでどうにかしてください」

 

「それは補給とのろけ、どっちを?」

 

「どっちもです」

 

「あなたも無茶言うようになったわね・・・」

 

 加東が渋い顔をして呟いた。

 

 

 

 神崎は砂を捨てに行ったその足で加東の天幕に赴いていた。目的は零式の催促と島岡ののろけの苦情。

 

「零式に関してはこの前言った通り。補給が来ない限り無理よ」

 

「しかし、Bf109じゃキツイです」

 

 加東の言葉に珍しく神崎は食い下がった。実際に操縦して感じたことなのだが、神崎は零式もとい扶桑製の機動性が高い戦闘脚に慣れきっていたため、Bf109に対応しきれないのだ。マルセイユの機動を見て自分で訓練し、更に彼女に直接教えて貰ったのだが、満足のいく機動には程遠かった。

 

 その様子は加東も見ており、苦笑いしていた。

 

「確かにきつそうだったわね。まぁ、私も慣れないんだけど」

 

「なんとかなりませんか?」

 

「なんとかなるかもよ?」

 

「はい?」

 

 突拍子もない言葉に神崎はつい聞き返してしまった。

 

「補給部隊の到着予定日が今日なのよ」

 

「そうですか!」

 

 喜びの余り一瞬明るい声で喜ぶ神崎。だが、加東の視線を受けると咳払いしてすぐに表情を引き締めた。

 

「ゴホン・・・、それで零式の方は届くんですか?」

 

「予定通りならね。でも、もしかしたら無いかもしれないわ」

 

「そうですか・・・」

 

 一気に落ち込んでしまった神崎を流石にかわいそうに思ったのか、加東は少し考えて言った。

 

「う~ん・・・。じゃあキ61使ってみる?陸軍(うち)のだけど、細かいことは気にしなくても大丈夫でしょ」

 

「キ61ですか・・・」

 

 この提案を受けて神崎は、使ったことはないが同じ扶桑製なのでBf109よりかは使いやすいかもしれない・・・と前向き考えていたが、ふとあることに気付いた。

 

「キ61の予備あるんですか?」

 

「あ・・・」

 

 加東が慌てて近くの机に座る金子を見た。金子は引き出しから帳簿を取り出すと、首を横に振った。

 

「予備部品はありますが、本体はありませんね」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 神崎が恨みがましい目で見ると、加東は顔を引きつらせて目を逸した。

 

「じゃ、じゃあ、誰かから借りるのは?」

 

「・・・なら、ケイさんのを借りても?」

 

 神崎がそう言うと、加東は一瞬呆気にとられたような顔になり、すぐに顔を真っ赤にして慌てて言った。

 

「だ、ダメよ!絶対ダメ!今の話はなし!」

 

「何を慌てているんですか・・・」

 

 ストライカーユニットは直接身につける物だから流石に抵抗があるのだろう。神崎は自分の配慮のなさを反省しつつも、加東の慌て様に失笑してしまった。チラリと横を見れば金子も苦笑いしている。

 二人の生暖かい視線に気付いた加東は取り繕うように咳払いして言った。

 

「き、機体がないならしょうがないわね。悪いけど我慢して?」

 

「分かりました」

 

「よろしい。で、信介ののろけのことだけど・・・」

 

 そこで加東は諦めたように言った。

 

「それも無理。ライーサもそんな感じだし」

 

「ライーサもですか?」

 

「そ。マルセイユと真美がうんざりしてたわ」

 

 どうやら恋人同士は似てくるらしい。

 そこで意外にも金子が躊躇いながら話に入ってきた。

 

「しかし、二人が恋人関係になって大丈夫なのでしょうか?」

 

 金子の疑問はもっともだった。

 恋人がいる兵士が死ぬのを恐れて戦えなくなったり、二人共兵士だったりすれば片方が死んでしまった為に茫然自失となるなどよくあることだからだ。しかも魔女(ウィッチ)の場合だと更なる問題もあるのだが・・・。

 

「そこは大丈夫じゃない?二人ならお互いを守る為に頑張れそうだし、『間違い』も起こさないでしょ」

 

「そうですかね・・・?」

 

 楽観的な加東と不安げな金子。そんな二人を置いて神崎は静かに部屋を出ようとした、加東に呼び止められた。

 

「あ!そうそう!玄太郎!」

 

「まだ、なにか?」

 

「午後からの砂掻きはやらなくていいわ。トラック何台かと10人ぐらいを率いて輸送部隊を出迎えに行って。予定では零戦もあるから信介も連れて行って」

 

「分かりました」

 

「後、今回の輸送部隊には扶桑本国からの視察が便乗しているらしいから、その人も連れてきてね」

 

「視察ですか・・・珍しいですね」

 

 何か視察が来るような危ないことをしたか・・・と不安げに考え込む神崎。加東は対照的にあっけらかんとしていた。

 

「確かに珍しいけど、そんな問題ないと思うわよ?私達の活躍を見に来たのかもしれないしね」

 

「・・・そうですね。じゃあ、自分はこれで」

 

「よろしくね~」

 

 手を振る加東に見送られて神崎は天幕から出た。

 

「何もなければいいが・・・」

 

 考え込んでも仕方がない。なるようになるだけだ。神崎は近くに突き刺してあったスコップを抜いて砂掻きに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡は不満だった。

 

 もう少しでライーサが哨戒から帰ってくるという所で神崎に無理やりトラックに乗せられ、トブルクに連行されたからだ。

 

「つか、なんで俺もなんだよ!おかしいじゃねぇか!」

 

 トラックのボードをバンバン叩きながら抗議する島岡に神崎は一言告げた。

 

「零戦が来るからだ」

 

「おい、ゲン!もっとスピード上げろ!」

 

 手のひら返した島岡が騒ぎ立てるのを聞き流して神崎はハンドルを切った。後ろについてくる数台のトラックもこちらの動きに合わせて続く。未舗装の道路を走っているためにトラックはガタガタと揺れるが、二人には慣れたもので特に気にすることもなく話していた。

 

「トブルクに着いたら少しぐらい時間あるだろうし、ライーサに何か買えるか」

 

「・・・そうだな」

 

「だよな。さて、何買おうかね~」

 

 楽しそうにあれこれ考え始めた島岡だが、神崎はそんな彼の姿を見ると心配そうに言った。

 

「お前、うちの部隊以外にはバレないようにしろ。ライーサと付き合っているのを」

 

「・・・なんでだよ?」

 

「いつかも言っただろう?魔女(ウィッチ)に手を出したら銃殺だと」

 

 なぜ魔女(ウィッチ)と恋人関係になるのに問題があるのか?

 それは魔女(ウィッチ)は純潔でなければ魔力が使えないという点に関係していた。恋人関係になり、関係が進んでいけば当然肉体関係にも発展する可能性がある。そうなれば魔女(ウィッチ)魔女(ウィッチ)ではなくなる。そんなことで貴重な戦力である魔女(ウィッチ)を失うわけにはいかない各国の軍は魔女(ウィッチ)の男性兵士との交際は(表向きは)禁止しているのだ。

 「アフリカ」では特に何もしてないが、ヨーロッパの部隊では男性兵士との交流を一切禁止している部隊もあるという。

 

「・・・」

 

「まさか、忘れていたのか?」

 

「いやいやいや、まだそんなことしてないし、第一そんなことで俺の愛は消えねぇよ?」

 

 島岡が青ざめているが、神崎は構わず追い打ちをかけた。

 

「うちの部隊は大丈夫だと思うが、他の部隊は分からん。どこからか漏れて大本営から帰還命令下る可能性がないわけではない」

 

「・・・分かった」

 

「しかも、今日は本国からの視察が来るらしい。十分に、いや十二分に気をつけろよ」

 

「・・・俺、何か悪いことしたか?」

 

 島岡は涙目になって大人しくなり、神崎は言いたいことが言えてスッキリしたのか鼻歌を歌い始めるのだった。

 

 

 

「あれ?お前も魔女(ウィッチ)と付き合ったら銃殺か?」

 

「・・・ああ。そうだな」

 

「そうか。お互い大変だな・・・」

 

「(実は俺だけは特に問題ないとは・・・言えないよな)」

 

「ん?なんか言ったか?」

 

「いや、何も言ってないが?」

 

「んじゃいいや」

 

 

 

 トラックの一団はトブルクへの道のりをのんびりと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブルク 軍港

 

 

 

 のんびり移動したはずなのだが、輸送部隊の到着予定よりも早く着いてしまったのかトブルクの軍港に着いても輸送船の姿はなかった。

 

「・・・待機だな」

 

「船が来るまで暇か~」

 

 トラックから降りた二人は海を眺めながら呟く。潮風が頬を撫でるのは心地よいが、いかんせん手持ち無沙汰だった。

 

「少尉、輸送部隊は一時間程到着が遅れると連絡がありました」

 

「わかった。では、それまで全員待機だ」

 

「了解しました」

 

 神崎の命令を受けてトラックを運転してきた兵士達は各自ゆっくりし始めた。神崎もトラックに寄りかかって海を眺め、島岡に至っては何処から取り出したのか釣竿を手に取り、興味を持った数人を引き連れて海に突撃していた。

 

 戦場に似つかわしくない穏やかな時間だった。

 

 

 

「あれ?カンザキ少尉・・・?」

 

「・・・ん?」

 

 ぼぅっと海を眺めていた神崎だが、突然聞こえた自分を呼ぶ声にフッと振り返った。

 

「お久しぶりです。カンザキ少尉」

 

「シャーロットか・・・。随分と久しぶりな感じがするな」

 

 そこには試作重陸戦ユニットティーガーを操る魔女(ウィッチ)、シャーロットが居た。この前会った時は、自分の戦う理由に思い悩み暗い表情をしていたが、理由を見つけたのか今は随分と明るくなっていた。

 彼女は前線に近い方でティーガーの実戦テストをしていたはず・・・と神崎が考えて不思議そうにしていると、それを察したシャーロットが言った。

 

「定時報告と買い出しでここまで来たんです」

 

「なるほど・・・ポルシェ少佐と一緒か?」

 

「いえ・・・。今日は・・・あ」

 

「ああ。シャーロット、ここにいたのか」

 

 二人が話している所に一人の男がやって来た。眼鏡と髭面が特徴的な男で、どうやらシャーロットの知り合いらしかった。

 

「おや・・・君は?」

 

「はっ。統合戦闘飛行隊『アフリカ』所属、神崎玄太郎少尉です」

 

「ああ。君が噂の『アフリカの太陽』か。私はミハイル・シュミット技術大尉。ティーガーの整備を担当している」

 

 シャーロットと同じ部隊の人だと分かり少し緊張を解く神崎だが、聞きなれない単語に首を傾げた。

 

「すみません。その『アフリカの太陽』と言うのは?」

 

「アフリカで言われている君の別名だよ」

 

「アフリカにいる部隊ではよく聞きますよ?聞いたことないんですか?」

 

「・・・ああ。初耳だ」

 

 ミハイルとシャーロットの言葉に神崎は半ば呆然として呟いた。よもや自分に別名が付いているとは思っていなかったからだ。名前の由来は「戦闘空域で炎を使う姿がまるで太陽のようだったから」ということらしい。正直言ってマルセイユの別名と似ていてムズ痒い感じがした。

 ちなみに島岡には『ゼロファイター』という別名が付いているとか。

 ・・・そのまんまだとかは決して思ってはいない。

 

「・・・なんか変な感だな」

 

「そうですか?私は・・・かっこいいと思いますよ?」

 

「・・・ありがとう。シャーロット」

 

 遠慮がちにも褒めてくれたシャーロットの頭を神崎はつい撫でてしまった。シャーロットはいきなり撫でられたことに真っ赤になって俯くがまんざらでもない様子だった。

 

「・・・なんか少尉、変わりましたね」

 

「・・・お互いにな」

 

「そう言えば、神崎少尉はどうしてここに?」

 

 二人の様子を温かい目で見ていたミハイルが思い出したかのように言った。神崎もシャーロットの頭から手を離すとミハイルに向き直って言った。

 

「補給部隊が到着するので、その受け取りを」

 

「ああ、それでトラックが沢山あるのか」

 

 ミハイルとシャーロットが納得したように辺りを見渡す。神崎も一緒なって見渡すが、釣りに異様に盛り上がっている一団は無視することにした。二人が微妙な表情をしているのも無視することにした。

 

 

 

 程なくして二人は去り、代わって輸送部隊が到着した。

 

 

 

 輸送部隊は入港したらすぐさま荷揚げ作業を開始した。アフリカにいる扶桑の部隊は「アフリカ」だけなので輸送船は一隻だけだったが、それでも沢山の補給物資が届いた。

 

 一番目を引いたのは零戦だろう。

 

「ッシャア!これでやっと飛べるぜぇ!!」

 

 零戦が輸送船からクレーンで運び出される時の島岡のはしゃぎ様は凄かった。輸送部隊の兵士達が何事かとギョッとしたほどだった。

 零式が運び出される時はチェックリストに目を通していた神崎の頬も緩んだ。流石にはしゃぐことはなかったが。

 他にも試作兵器も含めた武器弾薬やストライカーユニットの部品、零戦の部品、更には稲垣が要求していた味噌や味醂といった扶桑食など大量の補給物資が荷揚げされ、順次トラックへと積まれていく。

 

「これで全部だな・・・」

 

 チェックリストを全て確認し終えた神崎は、ある人物が船から降りるのを待っていた。そう、この輸送船に便乗している扶桑本国からの視察だ。

 神崎は今回の視察に関してとても不安だった。自分のアフリカでの暴走ないし魔女(ウィッチ)恐怖症が海軍にばれたのではないかと考えたからだ。そうなればアフリカにはいられなくなるかもしれないし、最悪軍にもいられなくなる。だから、視察が誰であるかが分かるまで、神崎はとても緊張していた。

 そう、誰か分かるまでは。

 

 輸送船から一人の士官が降りてきた。

 

 黒のボディスーツの上に神崎と同じ第二種軍装を纏う扶桑皇国海軍の魔女(ウィッチ)。優しそうな目元ともみあげ部分の髪が長い特徴的な髪型。

 彼女は神崎の姿を見つけると、船から降りて神崎の前に立った。

 

「今回、統合戦闘飛行隊『アフリカ』の視察に来ました。扶桑皇国海軍、竹井醇子中尉です」

 

「・・・統合戦闘飛行隊『アフリカ』所属、扶桑皇国海軍、神崎玄太郎少尉です」

 

 互いに敬礼をする二人。緊張した空気が辺りに漂うが、彼女がフッと微笑んだことで、その空気が一気に和らいだ。

 

「お久しぶり、ゲン君」

 

「ああ・・・醇子」

 

 扶桑皇国海軍中尉、竹井醇子。

 

 神崎の婚約者である。

 




なんと神崎の婚約者はジュンジュンこと竹井醇子でした!

気づいていた人いるかな?

次はなぜ竹井さんが神崎の婚約者になったのかの説明があると思います。
それでは


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第ニ十三話

初めてのスマホからの更新

やりにくくて予想以上に手間取った・・・

と、いうわけでニ十三話です

ミスが結構あるかもなのでその時は報告よろしくお願いします

感想やアドバイスもよろしくです


 

 

 

 

「えぇ!?醇子ちゃん!?うわ!うわ!久しぶり!!元気してた?」

 

「はい!お久しぶりです。加東大尉」

 

 隊長用天幕の中から楽しそうな会話が聞こえる。加東と竹井は『扶桑海事変』を戦い抜いた戦友同士だから懐かしいのだろう。

 あの戦いで加東は敵を23機撃墜という戦果と共に「扶桑海の電光」として名を馳せ、竹井は魔女(ウィッチ)として大きく成長することになった。

 

  トブルクから返ってきた神崎は天幕の扉の前に立ち、歩哨紛いのことをしていた。どうやら機密事項に関することも話すらしく一応・・・という感じらしい。天幕から聞こえる声からは全く緊張感が感じられないが・・・。

 

「あれ?ここで何してるんですか?」

 

「暇そうだな、ゲンタロー」

 

 天幕での会話を極力聞かないようにして拳銃をいじっていたから、そう見えたのだろう。近くを通りかかった真美とマルセイユが神崎に話しかけてきた。

 

「ああ、お前達か。・・・ライーサは?」

 

「ライーサさんは格納庫です」

 

「格納庫の零戦にべったりのシンスケにべったりだ」

 

 ややウンザリした様子の二人に神崎は少なからず共感した。のろけの被害者同士、誰からともなくため息をつく。のろけ話を聞くことなど、他人には苦痛にしかなりえないのだ。

 それはともかく、実際神崎は暇だったので、これ幸いと二人と話し始めた。

 

「扶桑からの視察が来ている」

 

「視察とは珍しいな。ロンメルなら分かるが」

 

「ロンメルおじさんはよくご飯を食べに来ますからね」

 

 将軍をおじさん呼ばわりしているのはともかく、二人も今回の視察を珍しがっていた。そしたら、当然興味は視察は誰なのかという方へと向く。

 

「一体誰が来たんだ?」

 

「じゅ・・・。・・・扶桑の海軍の魔女(ウィッチ)だ。名前は竹井醇子。階級は中尉」

 

「えぇ!?あの『リバウの貴婦人』ですか!?」

 

 竹井を自分が呼び慣れた風にで呼んでしまいそうになった神崎だが、稲垣は特に気付かず、それどころか竹井の名前を聞くと驚きの声をあげた。あまりの声の大きさにマルセイユは面食らっていたが、彼女は全く気付いていない。それどころか、竹井の姿を一目見ようと天幕に突撃していた。しかし、そこへ立ち塞がる神崎。

 

「悪いが、ケイさんに人払いを頼まれている。中を見せることは出来ない」

 

「そ、そんな~」

 

 それでも中を見ようと抵抗する稲垣を、神崎は彼女の襟首を掴んで天幕から引き離した。神崎にズルズルと引きずられる稲垣を面白そうに見ていたマルセイユも、どうやら竹井に興味が湧いたらしく、彼女について尋ねていた。

 

「どんな奴なんだ?その『リバウの・・・』」

 

「『リバウの貴婦人』ですよ!」

 

 いつもは大人しい稲垣が興奮したように続けた。

 

「初陣はあの扶桑海事変!そして彼女の別名の由来となったリバウ航空隊に配属!そこで欧州の激戦を戦い抜き、押しも押されぬエースへと成長した、扶桑を代表する魔女(ウィッチ)なんです!!」

 

「あ、ああ。そうだな」

 

「そ、そうなのか」

 

 稲垣の力説に気圧されてしまう神崎とマルセイユ。そんな二人を見て自分がどんな風になっていたかの気づいた稲垣は顔を赤くして縮こまってしまった。

 

「す、すみません・・・。私ったら熱くなって・・・」

 

「・・・驚いただけだ。気にするな」

 

「そんなことより、そいつは強いのか?」

 

 稲垣の話を聞いて興味が更に湧いたのだろう。稲垣を気遣う神崎とは裏腹にマルセイユは自分の欲望に忠実だった。心なしか目が鋭くなっている。

 その表情に神崎は嫌な予感を感じた。

 

「あ!えっとですね・・・」

 

「欧州での戦闘を戦い抜いたんだ。醇子は強いぞ。だが、どちらかと言えば指揮官向きの強さだ」

 

 もし余計なことを言えばマルセイユが熱くなって竹井と戦うと言い出し、暴走しかねない。

 そう予想した神崎は、それを未然に防ごうと稲垣に先んじて一気に説明した。

これでマルセイユの暴走を防ぐことが出来たと胸のうちで一安心する彼だが、一つミスをしているのに気付いていなかった。

 

「ん?ジュンコ?」

 

「神崎さん。何で竹井中尉のことを名前で?」

 

「・・・あ」

 

(しまった・・・)

 

 ブワッと神崎の顔に嫌な汗が吹き出す。急いだあまりに自ら墓穴を掘ってしまった。二人から疑惑の目を向けられ、神崎は内心ひどく焦ってしまい、それ以上何も言えず黙ってしまう。気の収まらない二人は更に追及しようと口を開いた。

 

「なぁ、ゲンタロー?そこのところを詳しく・・・」

 

「あれ?玄太郎はともかく、二人は何してるの?」

 

「あら?こんにちは」

 

「あ。ケイさん・・・。ッ!?た、竹井中尉!?」

 

「なに!?あれがタケイか!?」

 

 天幕からタイミングよく出てきた加東と竹井に二人は口をつぐんだ。そして、興味が竹井本人に移ったらしく、既に二人の目は竹井しか見てなかった。この機を逃す手はない。神崎は加東に一言いれてこの場所から離れることにした。

 

「では、自分は格納庫の方で零式の調整を」

 

「なら竹井中尉も一緒に。あなたがユニットを動かすのが見たいそうよ」

 

「・・・分かりました。では中尉、こちらへ」

 

「えぇ。・・・よろしく、少尉」

 

 神崎は先導して歩き始め、竹井はそれについていく。マルセイユと稲垣も一緒についていこうとするが、加東に止められた。

 

「あなたたちは自分の仕事に戻る!」

 

「「え~」」

 

「文句言わないの!」

 

 ぶうぶう文句を言い始めた二人を諌めると、加東も自分の仕事を再開すべく天幕に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 格納庫では既に零式の調整が始まっていた。竹井は見守っているだけのようでいつの間にか隅の方で佇んでいた。竹井との関係を知られて下手な騒ぎを起こしたくない神崎としてはありがたかった。

 

 ユニットケージには既に零式が収められており、整備されているようだった。神崎がユニットケージの側に寄ると

、近くで整備兵達と何かしら相談していた氷野曹長が駆け寄って言った。

 

「既にユニットの挿入口は大きくしてあります。不具合がないか確認してください」

 

「はい」

 

 通常のユニットの挿入口は少女の足の太さに合わせられているため、神崎が装着するとなると途中で足が閊えてしまうのだ。ちなみに、この前まで使っていたBf109E-4も、急ごしらえではあるが、しっかり改造されていた。

 神崎は、氷野に促されるままにユニットケージに上ると零式に足を滑り込ませた。そして神崎の頭からフソウオカミミの耳、臀部からは尾が飛び出す。竹井の視線を受けているのを感じながらも氷野に声をかけた。

 

「起動させます」

 

「どうぞ」

 

 神崎が魔導エンジン魔力を込めるとブゥン・・・という音が響いて零式が起動した。軽快なエンジン音と共に規則的な振動が神崎に伝わる。

 

「起動は大丈夫そうですね。それでは出力を最大まで上げて下さい」

 

「分かりました」

 

 氷野の指示を受けて、神崎は更に魔力を込めていった。込められる魔力に比例してエンジン音と振動が大きくなっていく。

 

(やはり零式はいいな・・・)

 

 エンジン音を聞き振動を体で感じながら神崎は思った。Bf109E-4も悪くはなかったが、やはり長らく使っている扶桑製のユニットには絶大な安心感があった。

 

 しばらく経つと氷野が手を挙げてユニットを止めるように指示を出した。神崎としてはもう少しこの振動に身を任せたかったがそうはいかないだろう。惜しみつつ込める魔力を少なくし、ユニットに出力を絞っていく。

 

「特に問題はないですね」

 

 零式に繋がっている計測装置の数字を見て氷野は判断した。その声を聞いてから、神崎は耳と尾を引っ込ませると零式を脱ぐ。長ズボンのシワを伸ばしてユニットケージから降りると、隅に居たはずの竹井が近づいてきた。

 

「・・・神崎少尉。少し時間を貰っても・・・」

 

「すみません。自分はまだ機体の調整があるので失礼します」

 

「あ・・・」

 

 誘いを断られた竹井は残念そうに、しかし少し安心したように肩を落とした。そのことに気付いた神崎は周りの整備兵が気づかないほどに小さな声で言った。

 

「・・・夜、今日の仕事が全部終わってからだ。それまで待ってくれ」

 

「・・・分かったわ」

 

 竹井が体を緊張させて静かに頷いた。神崎も眉一つ動かさずに頷くと竹井から離れていった。 

 

 

 

「零式自体には問題ありません。砂漠仕様に改造すれば飛ぶことはできます」

 

「そうですか」

 

 氷野は先程確認した零式の出力数値を確認しながら言った。ユニットを砂漠の気候に適応させる為にサンドフィルターの設置や冷却装置の強化が必要となる。作業時間から考えれば明日には飛べるだろう。神崎の表情は心なしか明るくなったが、次の氷野の言葉ですぐに表情を曇らせることになった。

 

「ですが、少し注意事項が」

 

「・・・それは?」

 

「少尉の魔力特性で少し問題があるんです」

 

 浮かない表情になった神崎に氷野が詳しく説明を始めた。

 

 神崎の魔力は固有魔法『炎』の影響があって熱を持ちやすい性質がある。神崎が前に使っていた零式が大破したのも、その性質と暴走による魔力過多によって魔導エンジンが熱暴走したのが原因だった。そのことから、氷野は新しい零式が前の物の二の舞になるのを防ぐためにあれこれと対策を立てようとしたらしいが、結果は芳しくなかったようだ。

 

「少尉が戦闘で『炎』を使った際に発生する熱量と零式の冷却性能がどうやっても釣り合わないんです。メッサーシャルフなら液冷なのでなんとかなるのですが、零式は空冷なので・・・」

 

「つまり・・・」

 

「『炎』を使い過ぎれば、魔導エンジンが再び熱暴走を起こす可能性が高いということです」

 

「・・・」

 

 もし零式に乗って戦うなら、神崎は今後戦闘で『炎』の使用を制限せざるを得なくなるということだ。他と比べて神崎の魔力量が多いこともあり戦闘中に『炎』を多用していたため、この制限は神崎に取って相当厳しいものだった。神崎の眉間に深い皺が寄るのも無理がないことだろう。

 

「・・・」

 

「しかし、そこまで懸念することでもないかもしれません。熱暴走を起こしたのも少尉が暴走した時だけですので。今までの戦闘でも熱暴走は起こしてませんから」

 

「それはそうですが・・・」

 

「こちらでも色々と改良してみます。少尉も気をつけていてください」

 

「・・・分かりました」

 

 自分はこれで・・・と氷野は敬礼を残し離れていた。

 一人残された神崎はユニットケージの零式に触れてため息をついた。やっと零式で飛べると喜んだ矢先にこれである。

 

「自分で自分の首を絞めていたとは・・・。やるせないな」

 

 神崎はしばらくの間、その場で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の夕食は賑やかなものになった。

 

「この食事は稲垣さんが作ったの?とても美味しいわ」

 

「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」

 

「なぁ、タケイ。今度模擬戦しよう!」

 

「時間があったらいいですよ?」

 

「こらこら、マルセイユ。醇子ちゃんは忙しいのよ。あとライーサ、醤油取って」

 

「はい、どうぞ」

 

 竹井はすでに「アフリカ」の魔女(ウィッチ)達と打ち解けていたらしく、彼女達のいる一角だけ周りとは違って異様なほどに明るくなっていた。一般兵士たちは、眩しいものを見るように目を細めて見ている。

 

「・・・」

 

 神崎は魔女(ウィッチ)たちがキャーキャー騒いでいるのを聞きながら黙々と料理を口に運んでいた。いつもなら彼も彼女たちと共に食べているのだが、零戦のことがあり今の神崎にはあの空気の中に入るほどの元気はなかった。

 

「おい、ゲン。元気ねぇな!」

 

「・・・お前は元気そうだな」

 

 もぐもぐと口を動かしていると、神崎とは対照的にやたらと元気な島岡が向かい側に座ってきた。その様子に多少ゲンナリとなる神崎だが、聞きたかったことがあったので食事の手を止めて口を開いた。

 

「お前、今日はどこにいた?格納庫にはいなかったが・・・」

 

「食料庫だよ」

 

「食糧庫・・・?」

 

 食料庫の管理は一般兵の担当だったはずだ。つまり、パイロットの島岡がする仕事ではないということ。

 

「・・・なぜ?」

 

「ケイさんが気を利かせてくれてよ。視察の奴にバレねぇようにって、零戦の調整が終わったら、俺とライーサは食料の確認作業に回してくれたんだよ」

 

「それは・・・楽しかっただろうな」

 

「おう!」

 

 憎らしい程の笑顔を向けられ、神崎の気分は更に沈む。当の本人は神崎の気分など全く意に介せず、首を伸ばして明るい雰囲気の魔女(ウィッチ)達の方を見ていた。

 

「竹井中尉だっけか?視察に来たのは」

 

「ああ」

 

「ふ~ん。・・・ばれてないよな?」

 

「多分な」

 

「よしよし・・・大丈夫だな」

 

 島岡は安心したと言わんばかりに鷹揚に頷くと箸を動かし始めた。旨い旨いと頷きながら麦飯を頬張る島岡を、神崎はなんとなく箸を止めて眺める。

 

「・・・どうしたよ?」

 

「いや・・・」

 

「・・・何かあったか?」

 

 神崎の様子に違和感を感じた島岡は心配そうに尋ねた。いくら島岡が今、ライーサにぞっこんだといっても、親友の変化には気付くらしい。神崎は肩を竦めつつため息をついた。

 

「あるにはあったが・・・どうしようもないことだ。気にしなくていい」

 

「んだよそれ」

 

 島岡は視線が厳しくなるが、神崎はそれには取り合わなかった。

 

「それよりも頼みたいことがあるんだが・・・」

 

「・・・何だよ?」

 

「それはな・・・」

 

 神崎が内容を伝えると、島岡は微妙に嫌そうな表情をした。

 

「そんなことか?」

 

「ああ。・・・頼めるか?」

 

「けど、ライーサがなぁ・・・」

 

「・・・ダメか?」

 

「・・・分かったよ。貸しだからな」

 

 神崎の言葉少なな頼みに島岡は渋々といった感じで折れた。

 

「・・・すまない」

 

「いいって。さっさと飯食おうぜ?冷めたら不味くなる」 

 

「ああ」

 

 島岡に促されて神崎も箸を動かす。魔女(ウィッチ)達の喧騒をBGMに二人は食事を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日の仕事が終わり、加東は隊長用天幕で一人くつろいでいた。金子が来てからというもの書類関係の仕事速度が格段に上がったため、以前のように夜も徹して机に齧り付くことはなくなった。こんなに嬉しいことはない。

 

「さてと、醇子ちゃんの様子を見ておこうかしら」

 

 お客さんの様子はしっかりと把握しなきゃね~と、加東が伸びをして椅子から立ち上がった時、誰かが天幕の扉を開けた。

 

「ウッス」

 

「あら、信介。どうしたの?」

 

 中に入ってきたのは島岡。手に、おそらくマルセイユの天幕からくすねてきたのだろう、酒瓶と二つ杯を携えてニコニコして言った。

 

「今日は俺らに気を利かせてくれたんで、お礼にどうすか?これ?」

 

 手に持つ酒瓶を掲げて悪戯をする子供のような笑みを浮かべる島岡。加東は呆れた表情を浮かべた。

 

「自分の彼女を置いて別の女の所に来るなんて、最低な男じゃない?」

 

 「いやいや。ケイさんのお陰で昼はいい思いさせて貰ったんすから、これは大丈夫すよ」

 

 そう言うやいなや、島岡は勝手に近くのテーブルに杯を置くと酒を注ぎ始めた。

 

「私は今から・・・」

 

「どうぞ、ケイさん」

 

「・・・」

 

 差し出された杯とニヤリと笑う島岡を交互に見比べる加東。しばし、酒の誘惑に抵抗しようとするが、結局負けてしまい杯を受け取った。

 

「まったく・・・。少しだけだからね?」

 

「了解っす」

 

 加東は渋々といった感じでイスに座ると杯を傾けた。島岡も彼女の様子を見ながら自分の杯を傾ける。

 

(さてと・・・これでいいんだよな?ゲン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星空の下、神崎は基地の外れにある岩に腰掛けてた。

 

「・・・フンフンフンフン・・・♪・・・フンフンフンフン・・・♪」

 

 神崎が小さな声で口ずさむのは、カールスラントの名匠、ルーツィンデ・ヴァン・ベートーベンが作曲した交響曲第9番「歓喜の歌」。

 世界中の人々に愛されるこの曲は彼のお気に入りであり、心を落ち着かせる時に歌ったりしている。

 実家の神社では扶桑古来の音楽にしか触れ合う機会しかなかったため、軍に入らなければ外国の曲を聞くことなどなかっただろう。魔法使い(ウィザード)になって良かった事など数える程しかなかったが、この曲に出会えたのはその内に一つだ。

 いつかオーケストラと何百人の合唱団と共に歌うのが神崎の密かな野望だったりする。

 

「・・・フンフンフンフンフ~ンフフ~ン・・♪っと。・・・来たか」

 

 神崎は口ずさむのを止めて、岩から立ち上がりズボンの砂を払った。

 少しすると砂を踏みしめる足音が聞こえ、竹井が現れた。

 

「ゲン君・・・」

「三年ぶり・・・か」

 

 向かい合う神崎と竹井。婚約者として初めての(・・・・・・・・・・)まともな会話になる。

 

(島岡に頼んでケイさんを引きつけて貰ったかいがあったか・・・)

 

 そう思いながら神崎は竹井に話しかけた。

 

「・・・随分と雰囲気が変わったな」

 

「・・・そ、そうかしら?」

 

 そう返事する竹井は目を合わせずに少し俯いていた。緊張しているのか制服のすそはギュッと握られて、彼女の体は刻みに震えていた。その不自然な様子に神崎が疑問を持っていると彼女が恐る恐ると口を開いた。

 

「・・・私、どうしても・・・ゲン君に謝らなくちゃ・・」

 

 絞り出すように紡がれる彼女の言葉。その声は弱々しく、体と同じように震えている。

 

(・・・そうか)

 

 神崎は彼女の心中を察し、一度目を伏せた。そして、おもむろに竹井に近づくと彼女の頭に手を置いた。ビクッと一段と震わせる彼女に一言告げた。

 

「・・・俺は恨んでない」

「ッ!?どうして・・・!」

 

 その一言で、竹井は弾かれたように顔を上げた。その表情は驚きと戸惑い、自責の念が入り混じったものだった。一方の神崎は相手を安心させるような小さな微笑みを浮かべていた。そんな笑顔を向けられた竹井は堪らず叫んだ。

 

「私の家のせいで勝手に私と婚約させられた(・・・・・・・・・・・・)のよ!?そのせいでゲン君は軍に無理矢理入れさせられて・・・!」

 

「お前は全く悪くない。遅かれ早かれ、結局俺は軍に入ることになった。家のためにな。・・・軍に入ってよかったことも少しはあった。だからそんなに気に病まなくていい」

 

「でも・・・!」

 

「むしろ、竹井の家には感謝している。訳のわからない奴らに利用させるよりも、よく知っている人に使われる方がよっぽどましだ。それに・・・」

 

 彼女に言うこの言葉には嘘がある。

 

 本当は竹井の家を恨んでいたし、竹井醇子にも怒りを感じていた。

 

 彼女とは幼少の頃から一緒にいたのに、自分の思いを知っていたはずなのに、どうしてそれを壊すような真似をしたのかと問い詰め、責めたかった。

 

 神崎は話しているうちに泣きそうになっている竹井の頭を強めに撫でる。昔、彼女が泣いた時に慰めていたように。

 

「婚約者が、醇子、幼馴染のお前なら俺は安心できる」

 

 彼女が自分のことを思ってこんなにも悩み苦しんでいたのだ。幼馴染みとして、婚約者として、そして何より男としてそんなことなどできない。できるわけがない。

 

「ゲン君・・・。ごめん・・・!ごめんなさい・・・!」

 

 神崎の優しい言葉を聞いて、竹井はついに泣き出してしまった。ポロポロと涙を流し、謝罪の言葉を口にする彼女の頭を神崎は更に力を込めて撫でた。

 

「・・・泣き虫なのは変わらないな」

 

 彼女が泣き止むまで神崎はずっと頭を撫で続けた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最近、街の裏で武器が大量に運び込まれています」

 

「更には麻薬類も横行しているようです」

 

「現在、諜報部及び『蛇』が行動しています」

 

「扶桑皇国海軍及び陸軍から返信が来ました」

 

「要請は了承。海軍は現在建造中の艦艇が完成次第提供するそうです。陸軍も人員を送ると」

 

「疑わしいのは、ここアフリカ、ブリタニア、ガリア、そしてスオムスかと・・・」

 

「分かった。状況は随時変化する。皆、臨機応変に対処してくれ」

 

 

 

 




この前発売されたスト魔女の画集すごいですね

更新が遅れた原因は読み込みすぎたせいだったり(笑)

ケイズリ3もあるし、ホントヤバイ


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第二十四話

一度書き上げたのにデータが壊れて全てパーになってしまった時はPCを叩き割ろうかと思ったぜ

と、いうわけで第24話です

感想とか何かあったら是非どうぞ


 

 

 トブルク某所

 

 

 

 トブルクの路地裏の雰囲気は一変していた。もともと人通りは少なく静かなものだったが、今は他者を寄せ付けない物々しい気配と、肌を刺すような緊張感が辺りに満ちている。

 その異質な空気の中をスカーフを巻いた男が歩いていた。頻繁に周りに視線を向けながら進んでいき、素早く一角の扉に入っていた。階段を上り、机に座る男の前に立つ。男は読んでいた本を手元に置くとスカーフを巻いた男を一瞥した。

 

「何があった?」

 

「最近、裏路地に妙な奴らが彷徨いています」

 

 そう言うと、懐からある物ものを取り出し、机の上にゴトリと置いた。

 

「見つけたのは三人でした。始末しようとしましたが手ごわく、結果的に5人が返り討ちに。それはそいつらが持っていたものです」

 

 黒光りする細身の銃身に若干太めの銃把。見る人が見ればワルサーP38と呼ばれる拳銃だとわかるだろう。しかし、その拳銃には所属を表すであろう表記は全て消され、尚且つ血で濡れていた。男はじっとその銃を眺め、ポツリと言った。

 

「この拳銃はトブルクの裏では流れにくい。そいつらは軍の奴らだろう。やっと、動き始めたか」

 

「どうしますか?」

 

 そう尋ねてはいるが、スカーフの男は相手がどう答えるかは分かっているらしく、確認に意味が強かった。男もそれを承知で答える。

 

「作戦の準備は全て済んでいる。あとは標的を確認でき次第実行するだけだ」

 

「ということは・・・」

 

「変更はない。だが、軍に感づかれるのは厄介だ。紛れ込んだ奴らは全て狩れ」

 

「了解しました」

 

 スカーフを巻いた男は踵を返して建物から立ち去る。男は立ち上がると窓際にあるラジオをつけた。

 

 

 

『・・・では、次のニュースです。本日、連合軍から夜間外出制限令が出されました。これは最近の治安の悪化が原因で、回復し次第解除される模様です。また、これに伴って市街地の警邏部隊数を増やすとの情報もありました。このことで市民は・・・』

 

 

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地 

 

 

 

「・・・落ち着いたか?」

 

「うん・・・。ごめんなさい。取り乱してしまって・・・」

 

「気にするな。・・・お前が泣くのは慣れている」

 

「・・・もう」

 

 星空が瞬くアフリカの空の下、神崎と竹井は砂から飛び出した岩に並んで腰掛けていた。

 つい先程まで泣いていた竹井は、神崎の言葉に不満そうに口を尖らす。そんな彼女の目は泣いたせいか腫れて赤く腫れており、睫毛はまだ濡れていた。それに気付いた神崎はポケットからハンカチを取り出し、彼女の目にあてがった。

 

「ん・・・」

 

「じっとしてろ。すぐ終わる・・・」

 

 手早く涙と頬についた涙の跡を拭ってしまう。神崎が納得して頷きハンカチをしまうと、竹井が赤くなって睨んでいた。

 

「・・・なんだ?」

 

「子供扱いしないで欲しいのだけど・・・?」

 

「さっきまでは子供のように泣いていたがな」

 

「う・・・。それは、そうだけど・・・」

 

 この言葉に竹井は何も言えなくなり俯いてしまう。そんな彼女の姿を懐かしく思った神崎はまた彼女の頭を撫でてしまった。先程とは違い、グシャグシャと髪をかき乱す乱暴な撫で方に竹井は慌てた。

 

「ちょ・・・、やめてよ・・・!」

 

「ん?・・・ああ」

 

 すまん・・・と神崎が呟きながら手を放すと、竹井は更に赤くなった顔を隠すように俯き、乱れた髪を直し始める。そして、顔を上げる頃には髪は綺麗に元に戻り、顔の赤みも若干引き、真剣な表情になっていた。

 

「聞きたいことがあるの」

 

「・・・なんだ?」

 

 竹井は一瞬逡巡するように目を伏せるが、すぐに意を決したように目を合わせた。

 

「ゲン君の・・・この三年間」

 

「・・・」

 

 無意識の内に神崎は手を握り締めていた。

 三年間、いい思い出など殆どない。最悪なものばかり。虐げられていた話など誰も聞きたくないだろうし、もし竹井がこの話を聞いてしまえば更に責任を感じてしまうかもしれない。

 できればそれは避けたかった。

 怖い表情だったのだろう。竹井が心配そうに神崎の顔を覗き込み、握り締められた彼の手を優しく包んだ。

 

「ゲン君がこうなったのには私にも責任がある。だから知りたいの。幼馴染として・・・こ、婚約者として」

 

「・・・分かった。だが・・・」

 

 神崎は重なっている竹井の手を優しく振りほどくと彼女の頭を手刀で軽く叩いた。あうっと頭を押さえて混乱している彼女に神崎は一言告げる。

 

「さっきも言ったが、お前は悪くない」

 

「・・・分かった」

 

「なら話そうか・・・」

 

 星空を見上げて一つ深呼吸をする神崎。冷たい空気を胸いっぱい吸い込んで気持ちを切り替えると重々しく口を開いた。

 

 

 

 神崎はこの三年間の出来事をかいつまんでだが、全て話した。省略した部分もあったが、それでも竹井には相当辛かったらしく途中からまた泣いてしまった。だが、気丈にも最後まで聴き続けた。全てを話し終わると、神崎は落ち込んでしまった竹井の手を引いて天幕へと戻った。その時、彼女がまた「ごめんなさい・・・」呟いたが、神崎は何も言わずただ彼女を握る手に力を込めるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎が戻るとすでに島岡は天幕にいた。

 

「早かったな」

 

「お、おう。もういいのか?」

 

「ああ」

 

 島岡は自分のベッドに座り、加東の所からせしめてきたのであろう酒瓶を傾けていた。神崎を見ると少し慌てたようだったが、神崎は特に気にすることなく自分の散らかったベッドに腰掛けた。

 

「・・・今日は助かった。恩に着る」

 

「き、気にすんなって」

 

「いや、本当に助かった。・・・色々と話せたしな」

 

 神崎は疲れたような表情だったが、どこか憑き物が落ちたような清々しさも醸し出していた。島岡はいつもは見ることのない彼の表情に新鮮味を感じつつも、どうしても聞きたいことがあった。それは・・・

 

「なぁ、お前と竹井中尉はどういう関係なんだよ?」

 

ということ。神崎も詳しい説明もしないで加東を引き付けるように頼んだのだ。島岡が疑問に思うのも無理はないだろう。神崎は言うべきか言わざるべきか少し顔を伏せて悩んだが、すぐに顔を上げてあっさりと言った。

 

「婚約者だ」

 

「・・・は?すまん、もう一度頼む」

 

「婚約者だ」

 

「・・・はぁ!?」

 

 サラリと告げられた重大な事実に、島岡は素っ頓狂な声をあげた。しかし、神崎は至極冷静に彼の叫ぶ姿を見ていた。

 

「といっても、婚約者としては今日初めて会ったんだがな」

 

「衝撃が強すぎて、訳がわからねぇ」

 

 混乱しているのを体現するように頭を抱える島岡。その様子を見た神崎は一つ決心した。

 

「いい機会だ。お前には話そうか」

 

「ん?何をだよ・・・?」

 

「今まで話してなかったな。・・・俺の過去だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の実家が神崎神社というのは知っているな?

 

 神崎神社は色々と特殊でな。

 千年以上も前から人の信仰を集め、祀っている神様が戦勝の神様だから、扶桑の軍部と強い結びつきがあった。ケイさんと初めて会った時言ってただろ?自分も神崎神社のお守りを持ってたと。それもその結びつきの結果だ。まぁ、今はないんだが・・・。

 

でだ。

 

 神崎神社の神主となると神崎家の一族の当主となる。そうなれば60ぐらいある分家を率いることにもなる。さらに神主となれば扶桑の軍部とそれに関連した各界の重鎮と関わり合うことになる。だから、それ相応の教養が求められる。具体的に言えば、茶道や華道といった芸能や柔道や剣道といった武道。あと、軍部との関係から射撃もだ。それに加えて俺には妹達の世話もあった。

 

 醇子と初めて会ったのは七歳の時。鍛錬をして、妹の世話をしてと、忙しい時期だった。

 その時は新年の初詣だった。

 神崎神社の本家ともなれば一般の人から各界の重鎮まで様々な人が来る。俺も次期神主として参拝客に挨拶してた。

 その中に一人の海軍の高級将校がいた。最初は特に気にしなかったんだが、後ろの方にチラッと見えた。何がって?桃色の振袖だった。そう、それが醇子だったんだ。その将校は醇子の父親でな。俺の姿を見つけると醇子に挨拶させようとした。

 

「ほら・・・挨拶しなさい」

 

「ひぅっ・・・!」

 

 だが、醇子は怖がって父親の後ろから出てこない。だから、父親が半ば強引に前に出して挨拶させた。気が弱い醇子は泣きそうになって、すでに涙目になっていたが・・・、やっと言った。

 

「た、竹井・・・じ、じ、醇子・・・です・・・」

 

 正直、結構傷ついたな。あの時は、今みたいなポーカーフェスでもなかったし、人付き合いはよかったしな。・・・おい、俺はずっとこんなだった訳じゃない。なにを驚いているんだ。

 

 最初はこんなだったが、仲良くはなった。

 

 きっかけは妹達だった。

 

 三つ下の妹の佳代と更に二つ下の千代。当時の二人は幼さ故かなかなか強引でな。醇子が家族と一緒に来たときは彼女を無理やり引っ張って一緒に遊んだりした。その強引さのおかげか醇子も段々と打ち解けていった。俺にも少しづつだが慣れていって、年も近かったし兄妹みたいになった。

 

 一緒に遊んで、妹達がはしゃいで、何かあって醇子が泣いて、俺が慰めて・・・。そんな風景が日常化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、なんで竹井中尉と婚約者になったんだよ?それにその話ならお前は魔法使い(ウィザード)にはならなかったはず」

 

 話しすぎて疲れた神崎が水筒を傾けるのを、見計らって島岡が口を挟んだ。今の話を聞いた限りでは二人は兄妹のような幼馴染だというだけで婚約者に繋がるとは思えなかったからだ。

 神崎は黙ったままだったが、おもむろに島岡の持つ酒瓶を指差した。

 

「・・・?」

 

「それ、くれないか?」

 

「おいおい・・・。酒だぞ?いいのかよ?」

 

「ああ・・・。いい」

 

 島岡が恐る恐る差し出した酒瓶を神崎はかっさらうと、躊躇うことなく口をつけた。心配そうに見てくる島岡に構わず、一気に酒をあおると酒臭い息を吐き、重々しく口を開いた。

 

「こうなったのはな・・・。扶桑海事変のせいだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎玄太郎12歳、竹井醇子11歳

 

 

 

「ウラルに行くのか?」

 

「うん・・・先生と若ちゃんと美緒ちゃんの四人で」

 

 神崎神社の本殿。

 二人は縁側に並んで座って話していた。12歳となった神崎はまだ幼さを残しつつも精悍な顔つきになっており子供とは思えない落ち着いた雰囲気あった。

 たが、今は年相応の心配した顔をしていた。

 なぜなら、隣に座る竹井からは前線に向かう魔女(ウィッチ)とは到底思えない不安そうな表情をしていたからだ。神崎も怪異が現れて舞鶴基地周辺に現れて戦闘になったのは聞いていた。そして、竹井の先生と友人がそれを撃破したことも。だからといって、なぜまだ未熟な彼女達が対怪異戦の最前線であるウラルに送られなければならないのか?

 

「大丈夫か・・・?」

 

 妹と同じように大切な存在である幼馴染の竹井。何かしてやりたいが今は心配する事しかできない。そのことに心の中で歯噛みしていると、こちらを気遣うように彼女は笑顔を作った。

 

「うん・・・ちょっと怖いけど・・・」

 

 明らかに無理している・・・そう感じさせる彼女に笑顔に神崎は顔を曇らせた。自分が辛いはずなのに他人を気遣う彼女の表情はとてもいじらしく、神崎は思わず彼女の頭を強めに撫でた。

 

「大丈夫じゃないな・・・」

 

「・・・。本当は・・・とても怖くて・・・」

 

 撫でられた途端に竹井はポロポロと涙を落として玄太郎の腕に顔を押し付けた。玄太郎の顔は更に曇る。

 

「・・・泣くなよ。こっちまで泣きたくなってくる」

 

 腕に取り付いた竹井を丁寧に振りほどいて抱きしめた。大きくなる彼女の嗚咽を聞きながら神崎は呟く。

 

「俺はここの跡を継ぐ。お前が、お前のような魔女(ウィッチ)が無事であるように、勝てるよう

に神様に祈る。俺も頑張る。だから、お前も頑張れ」

 

 神崎は自分の思いを言いながら抱きしめる力を込めていった。少しでも彼女の力になればと願いながら。

 

「うん・・・わかった・・・」

 

 竹井が頷いているのを感じながら、神崎は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 言っておくが、この時も俺には恋愛感情はなかった。醇子は実の妹と同じくらい大切な幼馴染みだったからな。

 醇子がウラルに行ってからは、俺は少しでも早く跡を継げられるように鍛錬に集中した。妹達も大きくなって世話をしなくてもよかったしな。空いた時間には新聞やラジオでウラルの情報を手に入れたりしていた。お前も知っていると思うが、あの時の新聞もラジオも気前のいいことしか伝えてなかった。

 だが、俺は戦況が苦しくなっていることを知ってた。なぜなら、扶桑陸軍の奴らが連日押しかけてきたからだ。神崎神社の巫女は高い魔力と魔力減衰が起こらない性質を持ってるからな。これほど魔女(ウィッチ)に適する人材もいないだろうって扶桑陸軍の奴らは巫女を接収しようとしたんだ。どうやら奴らは神様の加護を捨てても実質的な戦力が欲しがるほどに切迫した状況だったらしい。

 ちなみに海軍の方は醇子の家、竹井家のおかげでそんなことはなかったが。この時は・・・な。

 

 日に日に厳しくなっていく陸軍からの要求に俺の父親、25代神崎家当主、神崎孝三郎、今の神主だな、は「巫女は神に仕える身であり、戦う身にあらず」という掟の元、頑なに突っぱねてきた。

 なぜかって?

 それはな、神崎神社にはもう一つの役割があったからだ。いくら魔力を持っていたとしても魔女(ウィッチ)になりたくないという少女もいる。そんな子は例外的な措置だが神崎家の分家の巫女になることができた。もし巫女になるならその分家の養子になる必要があったが、それでも少なくない人数の少女が巫女になっていた。そんな彼女達を守るためにもその要求を受け入れることはできなかった。

 

 だがな、神社を取り巻く状況は厳しくなっていった。お前も覚えているだろう?浦塩が陥落した。

 

 大陸から帰ってくる沢山の避難民を見たときの恐怖はよく覚えている。もしかしたら、扶桑もこうなるんじゃないのかとな。神崎神社でも住む場所のない多くの避難民を収容して、俺も避難民の世話で忙しかった。その最中だった。

 

 神崎家の分家が襲撃された。

 幸いにも死者はいなかったが巫女が誘拐されかけた。しかも犯人は分からずじまい。だが、皆薄々これが陸軍の脅しだということに気づいていた。そしてこの事件で神崎神社、特に分家が大きく動揺して、そしてこう言い始めた。

 

「掟に囚われて扶桑を滅ぼしてもいいのか?軍に協力すべきではないのか?」

 

とな。

 分家は本家ほどの権力はないから、自分達も襲われるのではと恐れていた。

 

 そこから神崎の分家は割れた。あくまでも掟を守る本家を中心する者達と、軍に協力するとして神崎家から離れていく者達。その数は続々と増えていき最終的に神崎家に残った分家は10程度になった。

 だが、事態はさらに悪化した。「山」と呼ばれた超弩級の怪異が現れると、陸軍だけでなく今まで黙っていた海軍も巫女を要求してきた。本家の巫女は分家とは比べ物にならないほどの高い魔力を持っていたからな。父は彼女達を死守せんとその要求を完全に拒絶した。だが、唯々こちらを脅迫してくる陸軍とは違い、海軍はこちらを社会的に追い詰めていった。国の一大事に己の利益を優先する逆賊という評判を世間に広めていった。

 その結果、神崎神社への信仰心は殆ど無くなり、そこへ追い打ちをかけるかのような更なる軍から要求。俺達は追い詰められていった。

 

 もうどうにもならないという状態になった時、竹井家から救いの手が差し出された。条件を飲めば神崎神社を救ってやるとな。結果、父はその条件を飲み神崎神社は救われた。

 条件?

 予想はつくだろう?

 俺が海軍の魔女(ウィッチ)として従軍、そして醇子の婚約。

 これが条件だった。

 この条件は神崎家にはありがたいものだった。俺は何より男で巫女ではないから、掟には当てはまらない。そして、相手の竹井家は深い関係があり、最も信頼できる軍人。父は俺を差し出すことを決めた。

 その時のどう思ったか、か?

 ・・・俺自身、その時は神主になることに疑問を持ち始めていた。いくら祈っても戦況は好転せず、死んでいく魔女(ウィッチ)は増えるばかり。どうしても無力感を感じていたし、従軍できて嬉しかった部分もあった。

 だがな、同時に寂しさも感じた。醇子との約束は果たせなくなったし、何より家族に見捨てられたように思えた。

「お前は男だ。どういう意味かわかるな?」と父から言われた。家を守るためにはそうしなければならないのは頭では分かっていた。が、感情ではどうしても納得しきれなかった。

 家族のことは大切だが、このこともあってか今も殆ど連絡していない。

 

 そんなぐちゃぐちゃな精神状態で海軍に入った。その時に御神体だった『炎羅(えんら)』を渡されてな。14歳の時だった。

 俺が入ってすぐに扶桑海事変は終わり、すでに海軍と神崎神社は竹井家のおかげで和解していたが、流された評判は根強く残っていた。周りの人々に相当疎まれたよ。「一匹狼」という渾名はな、魔女(ウィッチ)の中で一人だけの魔法使い(ウィザード)というだけでなく、扶桑という群れから外れた逆賊の神崎神社という意味もあった。まぁ、それだけならまだ耐えられたが、さらに俺を追い詰めることがあった。

 それを知ったのは本当に偶然だったが、海軍の神崎神社に対する追い詰め、これは竹井家が主導で行われたものだったらしい。その上で、神崎神社を助けた。

 なぜだと思う?

 それはな・・・俺を手に入れる為だったんだよ。

 

 その時は自覚はなかったが、俺は相当な重要人物だったらしい。

 もし俺が魔女(ウィッチ)と子を作った場合、再び魔力を持った男が生まれる可能性があり、そうでなくとも優秀な魔女(ウィッチ)が生まれる可能性が高いと考えられていた。

 竹井家は扶桑皇国で魔女(ウィッチ)部隊を創設している。魔法使い(ウィザード)を取り込むことで海軍内での確固たる権力を手に入れようとしたということだった。竹井家の目論見は成功し、俺は海軍に入った。

 

 ・・・ショックだったよ。

 長年信頼していた相手に裏切られてたんだ。醇子もそれ目的だったのでは・・・と。考えたくもなかったがな。

 だとしても軍を抜ける訳にはいかなかった。もし俺が軍を抜ければ神崎神社がどうなるか分からなかったし、せっかく魔女(ウィッチ)になるのを免れた妹達が俺の代わりになるかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。

 その時から俺は極力人と話すのを避けてポーカーフェイスをするようになった。魔女(ウィッチ)から色々な嫌がらせを受けてたし、人と関わりたくなくなったんだよ。魔女(ウィッチ)恐怖症になったのもこの頃だ。

 

 海軍に入って二年経って、舞鶴基地の第一飛行中隊に配属となった。そこでお前と会って・・・。後は知っての通りだ。

 

 

 

 

 

 そうして、神崎は酒が入って滑らかになった口を閉じた。

 

「・・・」

 

 神崎の話を聞き終わると島岡は絶句してしまった。親友が辛い経験をしているのは知っていたが、これほど規模が大きい話だとは思いもしなかった。それでも何か言わなければ・・・と島岡が口をパクパク動かしていると神崎が先んじて言った。

 

「今夜、責めるつもりで醇子を呼んだ。せめて一言でも何か言わなければ気が済まなかった」

 

 だが・・・、と神崎は疲れたように苦笑いした。

 

「あいつは泣いた。俺がこうなったのは自分の責任だって。笑えるよな。醇子も騙されたも同然だったんだよ」

 

 神崎には珍しく、自嘲するようにクツクツと声を上げて笑った。そうして妙に清々しい表情をして言う。

 

「嫌な話を聞かせて悪かった。忘れてもいい」

 

「・・・何かいいことはなかったのか?」

 

 その表情に島岡はポツリと言った。何か声をかけようと考えてもいい言葉が見つからなかった結果だったのだが、それを聞いた神崎はベッドに潜り込みながらポツリと言った。

 

「・・・少なくとも、お前と会えてよかった」

 

「え?今なんて・・・」

 

「おやすみ」

 

 すぐに隣のベッドから聞こえる寝息を聞こえた。島岡は彼が何と言ったか聞き取れず首を捻り、釈然としない表情で自分もベッドに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

 

「・・・この話は絶対に他人に話すなよ。首が飛ぶぞ。身体的な意味で」

 

「お前と会わなければよかった・・・」

 




今回は過去編(?)でした

書き方を少し変えてみましたがどうでしょう?

それではノシ


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第二十五話

もう四月ですね

今月でこの話の区切りが出来たらな~と考えたり

感想的なものなどよろしくお願いしますね


 

 

 

 

 カラリと乾いた空気を切り裂いて神崎は飛ぶ。

 

 軽快なエンジン音を唸らせる零式艦上戦闘脚。新しいこの機体は以前の物と同様に自分の意のままに動いてくれる。

 

(ハンナの気持ちも・・・少しは分かるな)

 

 Bf109F-4/Tropを愛でるマルセイユ。そんな彼女に少し共感しながらも神崎は飛行を続けた。

 鋭い目線で目標を見定める。体を捻らせて手に持った銃を構えると、おもむろに引き金を引いた。

 短い銃声と共に放たれる無数の弾丸。

 それらが目標、標的用バルーンを穴だらけにしたのを確認すると素早くレシーバーを前後させて次弾を装填、再び引き金を引く。

 それを5回繰り返し全弾が目標に当たったのを確認すると、神崎は小さく頷いて基地上空でループした。

 

(空を飛べたことも・・・いいことだったな・・・)

 

 足に響く振動。

 流れていく風景。

 全身に当たる風圧。

 その中で自由に動ける体。

 零式での久しぶりなそれらの感覚を神崎は楽しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

 

 

「神崎少尉が宙返りしましたね」

「本当ね。珍しい」

「そうなんですか?」

「玄太郎は余計なことはあまりしないのよ」

 

 加東と竹井は揃って双眼鏡を覗き込み神崎の飛行を観察していた。

 

「ユニットは今のところは大丈夫そうね・・・炎は使ってないから何とも言えないけど・・・」

 

 加東は彼の動きを目で追いながら心配そうに呟く。

 

 魔力特性のせいで神崎のユニットが熱暴走を起こしやすくなっているのは氷野曹長から報告を受けていた。今回の飛行は試作兵器の実験もあるが、通常の機動でもユニットが熱暴走を起こさないかの確認でもあった。

 加東はインカムを通して神崎に話しかける。

 

「玄太郎?調子はどう?」

 

『問題ないです。・・・強いて言えば、もう少し装弾数と射程を増やして欲しいです』

 

「そっちじゃないわ。あなたとあなたのユニットよ」

 

『・・・そっちも大丈夫です』

 

「そう。ならいいわ」

 

『では、出力を全開まで上げての戦闘機動を始めます』

 

「分かったわ」

 

 通信が終わるのと同時に上空の神崎の動きが激変した。零式の機動性を存分に生かし、水を得た魚ように空中を縦横無尽に駆け回る。その動きは以前零式を使っていた時よりも洗練されていつように思えた。

 加東も最初はユニットが爆発しないかとハラハラして見ていたが、次第にその動きに目が奪われていく。

 

(すごい・・・。でも、何処かで見たような・・・)

 

 加東が感心しつつも頭を捻りながら空を眺める横で、竹井は静かな目で双眼鏡を覗いていた。傍から見れば別段変わりないが、神崎の飛行を見たその胸中は、昨日のこともあり複雑だった。

 

 神崎は自分に責任はないと言ってくれたが、彼が飛ぶ姿を見ているとやはり自分を責めてしまう。だが同時に、彼と一緒に飛びたいという願望と彼が魔法使い(ウィザード)になってよかったという思いも湧き上がってくる。そして自分を許してくれた彼への思いも。それは以前の兄妹みたいなものではなく、婚約者としての・・・。

 

(私って・・・嫌な女ね・・・)

 

 今更そんな事を思っていいのだろうか?自分の気持ちを素直に受け入れられず思い悩む竹井。神崎が再び宙返りするのを見て、彼女は知らず知らずの内に唇を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 神崎は滑走路に着陸するとユニットをケージに繋いで待機していた。

 零式の調子は上々だった。固有魔法は使わなかったので正確なことは分からなかったが、少なくとも固有魔法なしの全力機動では熱暴走は起こらないことは確認できた。

 神崎はその結果に満足しながら整備兵が差し入れてくれた水を飲む。そして先程使っていた試作兵器を眺めた。

 

 ヰ式散弾銃・改。

 扶桑皇国陸軍がリベリオンの企業ウィンチェルタ社が製造した散弾銃、ウィンチェルタM1912を輸入し空戦仕様に改造した物だ。格闘戦時、接近した敵機に効果的な打撃を与えることを目的としている。本来は陸軍である加東や稲垣が使うべきなのだが、加東の計らいで神崎が使っていた。

 

(まぁ、なかなか使える・・・のか?)

 

 撃った時の衝撃を思い出しながら神崎は思った。実戦で使用してはないので確信は持てないが、感触はよかった。装弾数の少なさと再装填に時間がかかってしまうことが難点だが・・・。

 

(それに銃身ももう少し短くした方がいいか・・・)

 

 パシャリ!

 

「玄太郎、お疲れ」

 

 ヰ式散弾銃を弄りまわしながら神崎が改良点を洗い出していると、シャッター音と共に加東と竹井がやって来た。二人の姿を見た神崎は近くの整備兵に零式の整備を頼んで彼女達に近づく。

 

「下から見てどうでしたか?」

 

「前よりも良くなってた。でも、何処かで見たような感じがしたんだけど?」

 

「・・・多分、ハンナの動きだと思います。メッサーシャルフを使っていた時はあいつの動きを参考にしていたので」

 

「あ、そういうことね」

 

 納得がいったのか加東はカラカラと笑い、それに釣られて神崎も微笑む。二人の間にいい雰囲気が流れるが、彼女の後ろにいる浮かない顔の竹井を見て神崎は首を捻った。

 

「どうしました?竹井中尉」

「あ!・・・なんでもないわ」

 

 神崎に声をかけられると一瞬嬉しそうな表情をするが、周りの目を気にしたのかすぐにいつもの優しそうな表情に戻った。

 

「それにしても神崎少尉の空戦技術は見事だったわ。『アフリカの太陽』という別名は伊達じゃないわね」

 

「・・・中尉もそれを知ってるんですか?」

 

「ここに来る途中のロマーニャで聞いたの。結構広まっているみたいよ?」

 

 冗談めかした彼女の言葉に、神崎は露骨に顔をしかめた。

 

「ハンナと被っててむず痒いですがね・・・」

 

「兄妹みたいね」

 

「・・・そうですね。手のかかる妹です。・・・誰かさんみたいに」

 

 最後の一言はボソリと呟いたものだったが、どうやら竹井には聞こえていたらしく顔を赤くしていた。

 ちょっとやり過ぎたか・・・と少し後悔神崎だが、あるもの見てしまい更に後悔することになった。

 今のやり取りを、特に竹井が顔を赤くしたところを見て、面白くなさそうにしている加東。なぜ彼女がそんな風になってしまったかはそれとなく察する神崎だが、竹井との関係が知られれば十中八九面倒くさいことになるのでここはシラを切ることにした。

 

「ケイさん、どうかしましたか?」

 

「・・・別に?次は別の兵器の実験よ。話してばっかりいないで、さっさと準備する!」

 

「・・・了解」

 

 これ以上彼女の機嫌を損なわないようにと神崎はそそくさと零式へと戻っていく。その後ろ姿を加東は不満そうに睨んでいた。そんな彼女に竹井は恐る恐る話しかける。

 

「か、加東大尉?」

「醇子ちゃんと玄太郎って、どんな関係?」

 

 加東は先程まで神崎の背中に向けていた目をそのまま竹井に向けた。どうやら今のやり取りで二人の関係に疑問を持ったらしい。

 

「か、関係と言うと?」

 

「だから、玄太郎とは・・・」

 

『こちら神崎。離陸します』

 

 竹井には絶妙な、加東には悪いタイミングでの神崎からの通信。加東は竹井から目を離してインカムに手を当てたがった。

 

「無理はしないでね」

 

『了解』

 

 通信が終わるのと同時に零式のエンジン音が鳴り響き、滑らかな挙動で神崎が空に上がっていった。それを見送った加東は今までの空気を一変させるように大きめの声で言った。

 

「・・・この話はなし!気にしなくていいわ。ごめんね」

 

「は、はぁ・・・」

 

「じゃ、私は仕事があるから天幕に戻るわね。一人で大丈夫?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「なら良かった。じゃね」

 

 加東はにこやかに手を振りながら竹井のもとを離れて行った。天幕に入るまではにこやかに歩いていたが、入った途端に疲れたように顔をしかめ額を押さえた。

 

「醇子ちゃんにあんな態度とるなんて・・・最悪」

 

 深々と溜め息をついてドサリと椅子に座り込むと、天井を見上げて呟く。

 

「信介とライーサの空気にあてられちゃったかな」

 

 信介許すまじ、偵察から帰ってきたら文句の一つでも言ってやろう。加東はそう心に決めて書類を片付けるべくペンを取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 加東が書類仕事を始めたその頃・・・

 

「ヘックション!!」

 

『Gesundheit』

 

「何だ、それ?」

 

『カールスラントではくしゃみをした人にこう言うの。大丈夫?』

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 島岡とライーサは二人揃って哨戒任務(デート)に勤しんでいた。

 コックピット越しのために直接話すことは出来ないが、右翼の根元に腰掛けたライーサとは無線で話すことは出来る。この状態は翼に余計な重量がかかり、機体バランスが崩れて操縦が難しいのだが、そこは天才的な操縦センスを持つ島岡。彼女と一緒にいる為ならそんなことは苦もなくこなしてしまう。

 

「う~ん、誰か俺の噂をしてるのか?」

 

『噂?』

 

「扶桑じゃ噂された人はくしゃみするって言われてるんだよ」

 

『面白いね』

 

 楽しそうに会話する二人だが、その目はしっかりと周りに向けられ敵影がいないかと逐一警戒していた。大切な人が隣にいる分、その集中力は最大限に高められている。以前加東が言っていたように付き合い始めた二人はいい方向に成長していた。

 

『ねぇ、今度釣りに行こうよ』

 

「いいのか?」

 

『うん。神崎さんから聞いたんだけど、シンスケの釣りの腕は凄いんでしょ?一度見てみたくて』

 

「そんなことなら簡単だ。んじゃ、次の非番の時でいいか?」

『うん!』

 

 当の本人達は気付いてないのだが・・・。

 今日も今日とて、二人は一緒にいられる幸せを噛み締めて空を飛ぶのだった。

 

『敵影確認・・・!』

 

「うし!行くぞ、ライーサ!」

 

『任せて、シンスケ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎は今日一日を飛行訓練と試作兵器の実験に費やした。飛行訓練の方では零式の仕上がりを確認でき、神崎自身も零式の感覚を取り戻すことができた。

 が、試作兵器の方は散々だった。

 試作兵器は多種多用だったがまともに扱えたのは最初のヰ式散弾銃だけで、他の物にいたっては明らかに持って飛べない物などもあり、休憩中の整備兵にはちょうどいい見せ物になっていた。

 

 そんなこんなで夕方。

 

 いつもならこれから夕食というところだが、今日は少し違った。

 

「ゴホンッ・・・。え~、では!扶桑からやって来た仲間に乾杯!!」

 

「「「乾杯!!!」」」

 

「・・・乾杯」

 

「か、かんぱ・・・い?」

 

 ある意味いつもと同じかもしれないが・・・。

 

 

 

 マイルズやシャーロットといったブリタニアとカールスラントの陸戦魔女(ウィッチ)や一般兵士、何故かロンメル将軍までも来ている久しぶりの宴会。皆が盛り上がっている中、神崎はまたか・・・と呆れて、竹井は状況が飲み込めず困惑していた。

 今回の宴会の主役は竹井。

 つい先日視察に来た竹井だが明日には扶桑に帰ることになっていた。というのも、彼女は半ば強引に今回の視察役を引き受けたらしく、扶桑本国で教官として任につかなければならないらしい。

 そして、そのことがマルセイユの耳に入りこの宴会が開かれることになった。

 

「なんと言うか、凄い光景ね」

 

 沢山の人との話しを終えた竹井は、オレンジジュースの入ったコップ(彼女も未成年ということで酒は断った)を片手に感慨深げに言う。

 彼女の目の前には楽しそうに飲み食いし談笑する沢山の魔女(ウィッチ)と軍人達。アフリカの主力が集まっていると言えるこの光景はここでは見慣れているが彼女には壮観だろう。隣に座っている神崎は、テーブルに盛られた料理をつつきながら懐かしむように言う。

 

「自分も最初はそうおもいましたが、もう慣れました」

 

「・・・慣れるほど頻繁に行っているの?」

 

「・・・そこは黙秘で」

 

 自分の口で言うのと言わないのとじゃ訳が違う。酒を飲んでいる訳じゃないので黙っておく事にしよう・・・と、疑い深い目で見てくる竹井から目を逸らし続けている神崎。さらに問い詰めようと竹井が再び話しかけようとした時、先んじて神崎に話しかける人がいた。

 

「こんばんは。『アフリカの太陽』さん」

 

「マイルズ少佐・・・ムズ痒いのでその名はやめてください」

 

 ニコニコしながら話しかけてくるマイルズ。その頬は既に酒が入っているせいか、ほんのりと赤く

なっていた。

 

「もう!こんな時は普通でいいって言ってるでしょ?」

 

「そうだったな、すまん」

 

 マイルズの咎める声に神崎が素直に謝ると、上機嫌で彼の向かい側に腰を下ろした。

 

「この前の買い物は楽しかったわ」

 

「迷惑をかけた埋め合わせだったからな。楽しんでくれて何よりだ」

 

「また今度も行きましょ?」

 

「時間が合えばな」

 

 トントン拍子に進んでいく二人の会話に竹井は呆気にとられていた。全く入っていけない話に竹井が目を白黒させて混乱していると、そんな彼女にマイルズがやっと気付いた。

 

「あ・・・。すみません、竹井中尉。こっちだけで話進めちゃって」

 

「い、いえ!お気になさらず・・・」

 

 遠慮がちにそう言う竹井だが、横目では神崎を睨んでいた。要らぬ疑いをかけられてはたまったもんじゃない・・・と神崎は軽く首をすくめて自分が何もしてないことを示す。その間にマイルズは運ばれてきたジョッキビールを美味しそうに飲んでいた。

 

「プハァ・・・美味しい。あなたたちも飲めばいいのに」

 

「何度も言っているが、俺は・・・」

 

「飲まないんでしょ?分かってるわよ。竹井中尉は?」

「・・・私はこのオレンジジュースで」

 

「あら、そう。それは残念」

 

 その言葉とは裏腹にたいして残念そうに見えないマイルズは、もう一口ビールを飲むと首をかしげて交互に二人を見た。

 

「さっきから見てたけど、あなたたちってどんな関係?」

「っ!?」

「どんな関係と言われてもな・・・」

 

 息を呑む竹井を横目に見ながら、正直に言うわけにもいかないので神崎が答えるのを渋っていると、痺れを切らしたのかマイルズはいきなり立ち上がり彼の隣に座った。

 

「セシリア?」

「な~んか、仲良さげよね?」

 

 酔いが回り始めたのか神崎の腕にしなだれ、上目遣いに睨めつけるマイルズ。上気した顔と相まってその表情は非常に魅力的で神崎は自分の心拍数が上がるのを感じた。

 

「・・・同じ海軍だしな」

「本当にそれだけ?」

 

 当たり障りのない答えではマイルズが納得する訳もなく、さらに疑いを深めて迫ってくる。神崎が弱っていると左腕に鋭い痛みを感じた。顔をしかめてそちらの方を見れば、腕をつねってマイルズと同じようにこちらを睨みつける竹井。違う意味で心拍数が上がる。

 

「・・・どうかしましたか?中尉?」

 

「・・・私には敬語なのに」

 

 神崎にしか聞こえない程小さな声でボソリと呟く竹井。顔が赤くなっているように思えるのは気のせいだろうか?何を今更・・・と頭を押さえるがそこでふと彼女が持つジュースに目がいった。

 

「おい、そのオレンジジュースは・・・」

 

「おお!ゲンタロー!楽しそうだな」

 

「本当、両手に華・・・ね」

 

 竹井をなだめようとした時、マルセイユと加東が神崎の目の前に座った。マルセイユはからかうようにニヤニヤしているが、加東は笑顔だったが目は笑っていなかった。異様に据わった目で見てくる彼女に戦慄を覚えながらも恐る恐る神崎は尋ねた。

 

「ケ、ケイさん・・・、な、何か?」

「うん?左右に上官を侍らせていいご身分だなって思っただけよ?」

 

 加東はニコリと笑いかけてくるが神崎には恐怖でしかない。しかも左右からも圧力が掛かってくるこの状況。

 少しでも打開するきっかけをマルセイユに竹井が飲んでいたオレンジジュースを見せた。

 

「おい、ハンナ。このオレンジジュースは・・・」

 

「む?・・・これはこの前お前に飲ませた酒入りのやつだな。誰かが間違えて置いたらしいな」

 

 コップのオレンジジュースを一口飲んだマルセイユは、この前神崎に飲ました時のことを思い出したのかバツの悪い表情を浮かべる。そんな彼女に神崎は、気にするな・・・と言いつつも竹井が持っていたコップをやんわりと取り上げる。これでお茶を濁そうとした神崎だが彼女たちはそう甘くわなかった。

 

「そんなことはどうでもいいわ。で、どうなの?神崎さん?」

 

「私も聞きたいけどね?玄太郎?」

 

「・・・」

 

 加東とマイルズは神崎に詰め寄り、竹井は無言で睨みつけている。

 唯一外野のマルセイユはニヤニヤしてばかりで手助けする気もない。

 本当の事を言うわけにもいかず、神崎がどうにも弱っていると思わず所から助け舟がきた。

 

「おい!ゲン!お前、何か歌えよ!」

 

 四人には目もくれずに上機嫌で近づいてきた島岡が突如言ったこの言葉に神崎は呆れるしかなかったが、かろうじて返事をした。

 

「・・・どうしてそうなった?」

 

「いや~、あっちで俺達のこと色々と訊かれてよ。それでお前の趣味が歌が好きだと言ったら皆が聴きたがってんだよ」

 

 島岡が示す方向を見れば、ライーサやマイルズの部下のソフィ、カールスラントのシャーロットやフレデリカ、そしてミハイルをはじめとした一般兵士、さらにはロンメル将軍まで期待を込めた目で神崎を見ていた。普通なら遠慮している神崎だが、この状況を抜け出すべくスクッと立ち上がると竹井から取り上げた酒入りオレンジジュースを一息で飲み干した。その行動に驚いたのは、一番神崎に飲ませたがっていたマルセイユだった。

 

「ゲ、ゲンタローが自分から酒を飲んだ!?」

「・・・素面でこんな事ができるか」

 

 

 神崎は呆気にとられる三人を置いて移動すると、アルコールで熱くなった頭を抱えて期待の視線の前に立った。

 

「あ~。まず最初に言っておくが、俺は人前でちゃんと歌ったことはない。聞き苦しかったらすまん」

 

 そう一言告げると、目を閉じて深呼吸を一つする。その様子に周りがしんっと静まると、おもむろに音を紡ぎ始めた。

 

 まず歌始めたのはカールスラントの軍歌。

 まるで本物のカールスラント人のような流暢なカールスラント語と重厚な低音の歌声は聞いている者達に不思議な安心感を与えた。

 続けてブリタニア、ロマーニャ軍歌。

 これらもそれぞれ流暢なブリタニア語とロマーニャ語で歌いあげた。

 曲と曲の合間で喉を潤す為に酒を飲んで気分が良くなったのか、続けて歌ったのはリズムのいいリベリオンの流行歌。いつもの神崎の雰囲気とはかけ離れた明るく歌う様子に一同は最初は驚きつつも最後の方は楽しんでいた。

 そして最後は扶桑の歌。朗々と、そして少し物悲しく響く神崎の歌声に皆が聞き惚れ、そして静かな余韻を残して神崎は口を閉じた。

 

 

「お粗末さま・・・か?」

 

 神崎が自嘲気味に微笑むと、一斉に拍手や口笛が鳴り響いた。まさかここまで喜ばれるとは思ってもいなかった神崎は、驚いて後ずさり取り乱しながら何かゴニョゴニョ言うと逃げるように自分の天幕へと小走りに戻っていった。拍手はしばらく鳴り止まなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら神崎は興奮冷めやらぬままベッドで寝てしまっていたらしい。

 宴会から抜け出した竹井はアルコールで少し痛む頭を押さえて神崎の天幕に訪れていた。同居人である島岡は宴会会場で酔いつぶれていたので今は神崎と竹井の二人きり。

 

「相変わらず散らかってる・・・」

 

 寝ている神崎の隣に腰掛けて、竹井は微笑んだ。初めて彼の自室に入った時の衝撃は今でも忘れられない。ベッドの上に転がっていた弾丸を掌の上で遊ばせながら彼の寝顔を眺める。その表情は昔の面影が色濃く残っていた。

 

「私はゲン君のことが好きなのかな・・・」

 

 自分のことを許してくれたからだろうか?励ましてくれたから?それとも・・・。

 多分違う。

 最初は憧れだったんだと思う。神崎玄太郎は気が弱くて何もできない自分とは正反対の存在だったから。けど、自分は本当に彼が好きなのだろうか?憧れからなにも変わっていないのではないか?

 

(加東大尉もマイルズ少佐もゲン君のことが好きなんだろうなぁ・・・)

 

 少しだけしか話していないが、竹井には確信があった。この自分の中途半端な思いは彼女達にも失礼ではないか?

 

「やっぱり・・・でも・・・」

 

 頭の中で考えがグルグルと巡ってしまい答えが見つからない。そんな頭に反するように彼女の体は神崎に近づいていった。それが彼女の意思なのかアルコールのせいなのか・・・。

 すぐ近くに神崎の顔がある。少しお酒の匂いが香る彼の寝息を浴び、竹井は自分の顔が熱くなるのを感じる。

 

「ゲン・・・君・・・」

 

「・・・なんだ?」

 

「!?!?!?!?」

 

 心臓が飛び出るほどの衝撃を受けて竹井は声にならない悲鳴をあげた。正確には、あげようとしたが血相を変えた神崎が口を塞いだので彼女の悲鳴が基地中に響き渡ることはなかった。

 

「ふぅ・・・。悲鳴をあげたら俺が殺される。・・・大丈夫か?」

 

「・・・(コクコクコク)」

 

 潤んだ目でしきりに頷く竹井に、神崎はゆっくりと塞いでいた手を離した。寝ている体勢から身を起こすと、竹井は落ち込んだように座っていた。雨に濡れた子犬に見えなくもない。

 

「あ~・・・。何をしていたかは聞かないほうがいいか?」

 

「・・・うん。お願い」

 

 か細い声で答える彼女の姿に、神崎はため息をついた。

 

「・・・何かあったか?」

 

「・・・」

 

 質問に沈黙で答える竹井。神崎も無理には聞かず、ただ黙って隣に座る。少し経つと竹井はポツリと言った。

 

「私ってゲン君のことを・・・」

 

「昨日も言ったが・・・。婚約者がお前でよかった。これが今の俺の本心だ。お前の気持ちは分からないが・・・」

 

「っ!?!?もしかしてさっきの・・・!」

 

「聞こえていた。・・・俺からは何も言えないが。すまんな」

 

 そう言って神崎は彼女の頭を強めに撫でた。竹井はただ黙って首を振り撫でられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

 「アフリカ」の面々はトブルクの軍港にやってきていた。目的は勿論竹井の見送り。予測では今日は敵の襲撃ないので全員で来たのだ。ちなみに神崎は竹井の荷物を持ち彼女の後ろに付いている。今は別れの最中だ。

 

「皆さん、お世話になりました」

 

「本国でも頑張ってね」

 

「今度はジュンコが飛ぶのを見たいな」

 

「ご武運をお祈りしています!」

 

 代表して加東、マルセイユ、稲垣が声をかけた。竹井は嬉しそうに頷くと入港していた輸送船に歩いていき、神崎も荷物を携えて彼女の後に続く。輸送船に乗り込み荷物も渡した時、竹井が何かを思い出した。

 

「そういえば、神崎少尉に渡すものがあったの」

 

 慌てたようにバッグを漁ると中から一つの封筒を取り出した。

 

「これは?」

 

「・・・佳代ちゃんと千代ちゃんからよ」

 

「・・・そうか」

 

 神崎は何も言わず封筒をポケットにしまう。そして何もなかったように竹井を見ると、少し表情を緩めた。

 

「・・・死ぬなよ」

 

「あなたもね」

 

 竹井も神崎に釣られて顔をほころばせる。その笑顔を見届けて神崎が輸送船から降りようとすると、その背中に竹井が言葉を投げかけた。

 

「・・・私もゲン君が婚約者でよかった」

 

「・・・そうか」

 

 チラリと振り返って小さく笑みを浮かべる神崎。それ以上は何も言わず「アフリカ」の皆のところへ歩いて行った。

 

 

 

 

 

「神崎さん、これもお願いしますね」

 

「・・・分かった」

 

「ゲン、これも頼む」

 

「真美はともかく、シン、お前は自分で持て」

 

 真美から渡された食材の袋を抱えながら神崎は島岡に鋭い視線を飛ばす。島岡は苦い顔をして自分の荷物を抱えるのだった。

 

 軍港からの帰り。

 神崎、島岡、稲垣の三人は食料調達に勤しんでいた。

 昨日の宴会で基地の食材を使い過ぎてしまった為、出撃予定のなかったこの三人がトブルクの店で買い物を担当することになった。主に島岡と稲垣が買い付けを行い、神崎は荷物持ちである。

 何件かの店を周り店を移動した時、リベリオン軍の警備部隊とすれ違った。

 

「ヘイ!!そこのお嬢さん!『アフリカ』の魔女(ウィッチ)かい?」

 

「そこの扶桑人は『アフリカの太陽』じゃないか!」

 

「ということは、こっちは『ゼロファイター』か!?こりゃすげーや!」

 

 陽気なリベリオン軍人らしく、気軽に声かけてくる。少し驚いた稲垣に代わって島岡が前に出た。

 

「おう。俺が『ゼロファイター』の島岡だけど、おめぇらどっかで会ったっけ?」

 

「俺達はこの前の戦闘でお前らに助けられたんだよ」

 

「ゼロで陸戦ネウロイをぶっ潰した時は最高だったぜ!」

 

「あぁ、あん時の部隊か!」

 

 人当たりのいい島岡らしく、すぐにリベリオン軍人達と打ち解けて談笑し始めた。稲垣は近くの店で商品を物色し、神崎は特に何もすることなく穏やかな表情で島岡と稲垣の様子を見守っている。平和な商店街に似つかわしい雰囲気だった。

 

 

 

「『アフリカの太陽』・・・。お前が魔法使い(ウィザード)だな」

 

 

 

 自分を呼ぶ声に神崎は振り返った。そこには顔にスカーフを巻いた男。その手には手斧。

 

 

 

「貴様は我々の障害だ。消えてもらう」

 

 

 

 スカーフを巻いた男は目にも止まらぬ速さで神崎に近づくと手斧を神崎の脳天に振り下ろした。

 




ヰ式散弾銃は空想の産物です。ググっても出てきません(笑)


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第二十六話

中途半端ですが、あしからず

感想待ってますよ~



 

 

 戦時中とはいえ、トブルクはアフリカで一番と言っていいほどに賑わう町だ。そして、昼飯時ともなればその賑わいは一段と大きくなる。

 

 だが、今日は違った。

 

 人々が平和を謳歌する喧騒とは真逆の血生臭い狂想曲。今まさに死と隣り合わせのカーチェイスが繰り広げられていた。

 

「シン!そこの路地を左だ!あと、少し揺れを抑えて走れ!」

 

「うるせぇ!!んなこたぁ分かってるよ!お前はさっさと撃ち返せ!」

 

 弾痕だらけのトラックに乗っているのは血まみれの神崎と島岡、土で汚れた稲垣の三人。そして、それに追いすがる複数の自動車。どの車からも激しく銃撃されていた。

 

「揺れが酷くて再装填しずらいんだ!」

 

「モ式にしてた結果がこれだよ!?だからバレッタに変えろつったんだ!」

 

「そんな言葉、初耳だが!?」

 

「こんな時にケンカしないでください!!!」

 

 荷台の神崎と運転席の島岡の怒鳴り合いに業を煮やしたのか、助手席の稲垣がヒステリック気味に叫ぶ。すると、それが合図になったのか追走してくる車から更に苛烈な銃撃が浴びせられた。神崎は咄嗟にシールドを張ってそれを防ぎ、島岡は隣の真美の頭を無理矢理下げさせると自身も身を屈めた。

 

「畜生・・・!」

 

 銃撃が過ぎ去ると、神崎はやっとのことでC96の再装填を終わらせ、なけなしの反撃を試みる。

 

(こんなことになるとはな・・・)

 

 腕に走る拳銃の衝撃を感じながら神崎は朧気にこうなった経緯を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前にギラリと光る手斧の刃。

 その奥にはスカーフの間から覗く血走った目。

 そして・・・殺気。

 

「っ・・・!?」

 

 神崎は咄嗟に抱えていた荷物を手放し、両手を突き出す。恐ろしい速度で振り落とされる手斧の内側に体を滑り込ませると、すんでのところで相手の手首を掴み、かろうじて受け止めた。だが・・・

 

「何者だ・・・!」

 

「貴様らが邪魔な者だよ!」

 

 相手は神崎よりも頭一つ分大きく体格も彼を上回っている。結果、力任せに押し込まれた神崎は魔法力を発動させる暇もなく体勢を崩されてしまった。

 

「クッ・・・!?」

 

「死ね!我らが同志の為に!」

 

 地面に倒れた神崎に男は再度手斧を降り下ろそうとする。

 が・・・。

 

「食らえぇ!!」

 

「グハッ!?」

 

 その直前に島岡の飛び蹴りが男の顔面に炸裂した。男はもんどりうって地面に転がり、神崎はやっと体の自由を手に入れる。

 

「神崎さん、大丈夫ですか!?」

 

「ああ・・・」

 

 駆け寄ってきた稲垣の手を借りて起き上がると、さっきまで島岡と話していたリベリオン軍警邏隊の数名が男を取り押さえようとしていた。残りの兵士も緊張した様子で周辺を警戒したり、司令部に連絡しようと通信機を弄ったりしている。

 一気に街中がザワザワと騒がしくなった。

 

「ふぅ・・・。ゲン、大丈夫だよな?」

「ああ。助かった」

 

 

 島岡も駆け寄ってくるが神崎は返事はしつつもその目は拘束から逃れようともがく男を注視していた。一瞬、神崎の鋭い視線とスカーフの隙間から覗く男の視線が交差する。

 男がニヤリと笑った。

 

「!!シン!伏せろ!」

 

 男から放たれる凄まじい殺気に似た何か。

 神崎が叫びながら近くにいた稲垣を抱き締めて地面に伏せたのと、男が拘束の一瞬の隙を突いて懐から柄付手榴弾を取り出したのはほぼ同時だった。

 

ドンッ・・・!!!

くぐもった爆発。

ドサッ・・・

何かが地面に倒れた音。

ビシャッ・・・。

身体に降りかかる暖かく鉄臭い液体。

 

「な・・・んだよ。これ・・・」

 

 近くからは島岡の呻く声。神崎はゆっくりと体を起こし、周りを見渡し、表情を凍りつかせた。

 

「・・・酷い」

 

 そう呟く神崎の目の前は一面に広がる血の池。爆心地であろう場所にはあの男のであろう下半身とスカーフ。そして辺りに散らばる人の四肢と管状の何かなにかナニカ・・・。

 

「オエェ・・・」

 

 隣では島岡が地面に手を付き嘔吐していた。運悪く巻き込まれた市民が悲鳴をあげて逃げ惑い、リベリオンの兵士達は更なる敵襲に備えて緊張を高めている。神崎も胃の中の物がこみ上げてくるが、それを必死にこらえる。

 

「か、神崎さん・・・。い、一体何が・・・?」

 

 抱き締められたままの稲垣が困惑した声で問いかけてくる。これを見せてはいけない・・・、神崎は表情を歪めると抱き締める腕に更に力を込めた。

 

「・・・気にするな。・・・それより早くここを離れた方が・・・」

 

 行動を起こそうとした途端だった。

 パァン・・・!といういきなりの銃声。

 神崎と稲垣の前方にいた兵士が倒れた。

 

「敵襲!11時の方向!屋根の上!」

 

 リベリオン兵が反応し、すぐさま撃ち始めた。その銃声に急かされるように神崎は稲垣を抱き抱えて車の影に滑り込む。少し遅れて島岡も転がり込んできた。

 

「大丈夫だな・・・!?」

 

「なんで確認なんだよ!?」

 

 神崎の問いかけに島岡は怒鳴り声で言い返すが、その顔は青白かった。神崎から離れた稲垣は二人が血塗れなのにギョッとした。

 

「お、お二人共、血が!?」

 

「俺らのじゃねぇ・・・よ」

 

 取り乱した稲垣を安心させるように島岡は言うが、途中あの光景がフラッシュバックしたのか最後の方は青い顔をして言い淀んでしまう。神崎も自分の体から漂う血の匂いと相まって脳裏に先程に光景がチラついた。一瞬気が遠くなってしまうが、後ろの車から伝わる衝撃がギリギリのところで気を引き止めた。

 頭を振って気持ちを切り替えると、腰からC96を抜く。横を見れば島岡もバレッタM1934を抜いていた。車の陰から少しだけ頭を出して様子を伺うと、建物の屋根の上、さらにはすぐ向かいの道路にも武装した敵がこちらに銃撃を加えていた。その数は段々と増えてきている。

 

「どうするよ?」

 

「・・・ここから離脱する。可及的速やかにだ」

 

「で、でも、そんなことできるんですか?」

 

 数多の銃声にあてられて涙目になった稲垣は縋り付くように神崎に尋ねるが、神崎自身明確な答えがある訳ではなかった。今はリベリオン兵達が食い止めてくれているが、ここで動けなければジリ貧になるだけ。

 

(どうする・・・どうする・・・)

 

 島岡が隣で拳銃を撃ち、稲垣は神崎の服を掴み力なくこちらを見上げている。

 

(・・・どうする!)

 

「おい!『アフリカの太陽』!!」

 

「!?」

 

 突如かけられた声が神崎の堂々巡りの思考を断ち切った。声がした方を向けば額から血を流したリベリオン兵が。

 

「ここは俺達が食い止める!お前達は逃げろ!」

 

「っ!!」

 

「連絡は取れている!この先のブリタニア(トミー)の基地だ!」

 

「だが・・・!?」

 

 食い止めるとは言っているが、敵は以前増えるばかり。つまり・・・十中八九彼らは死ぬ。だから、神崎はその提案を受け入れるのに躊躇していた。その逡巡を断ち切るようにリベリオン兵が叫ぶ。

 

「お前達がいなければアフリカは死ぬ!絶対にお前たちを死なす訳にはいかない!」

 

「・・・。・・・了解した」

 

 彼の悲痛な声を聞いた神崎は唇を噛み締めて頷いた。彼らの思いを無下にする訳にはいかない。

 

「これを持っていけ!あっちに停めてある!」

 

 投げて寄越したのは車のキーだった。神崎が受け取ったのを確認すると、リベリオン兵はニカッと笑いかけそして銃を構えた。

 

「野郎ども!暴れてやろうぜ!!」

 

「「「おう!」」」

 

「ロックンロォォォオオオオル!!!」

 

 リベリオン兵達が一斉射撃を開始しするのに合わせて、神崎達も行動を開始した。

 

「シン!先導しろ!真美!後に続け!俺が殿を務める!」

 

「ッ!?分かった!」

 

「は、はい!」

 

 島岡が拳銃を撃ちながら飛び出し、稲垣が泣きそうになりながらそれに続き、最後に神崎が二人を庇うように走り出した。敵はリベリオン兵に釘付けでこちらに手を回すことはできない。襲撃に合うこともなく三人はリベリオンのトラックにたどり着き、トラックに乗り込む。

 

「早くしろ!」

 

 いち早く荷台に乗り込んだ神崎が後ろを見て叫んだ。既に追手が迫ってきている。神崎が足止めの為にC96を撃つ。その間に島岡は運転席に飛び込むと、前もって受け取っていたキーで慌ててエンジンをかけた。ついで稲垣も助手席に飛び込む。

 

「出すぞ!!」

 

 島岡が力強くアクセルを踏み込み、トラックは急発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曲がるぞ!!」

 

 島岡の怒鳴り声で神崎の思考は引き戻された。車体を軋ませるほどの強引なカーブに、荷台の神崎は堪らず倒れてしまう。

 

「無茶な運転だな・・・!」

 

 毒づきながらも転がった姿勢のままでC96を撃ちまくが、一向に衰えない敵の銃撃に神崎は泡を食って伏せる。

 

(なんでこんなことをしなければならない・・・!?)

 

 まじかでの跳弾音を聞きながら神崎は思った。戦うべき相手はネウロイであるはずなのに、なぜ関係のない市民までも巻き込んだカーチェイスをしなければならないのか。

 なぜ人間同士で殺し合わなければならないのか。

 

なぜ・・・?

 

なぜ・・!?

 

なぜ!?

 

 

 

「畜生・・・!!!」

 

 神崎は左手に魔力を集中し始める。

 

 なぜ、こうなったのかは全くわからない。

 しかし、死は間近に近づいてくる。

 俺だけでなく、シンも真美も死ぬ。

 時間はない。

 だから・・・。

 神崎は考えるのをやめた。

 

 

 神崎のフソウオオカミの尾が猛々しく膨れ始める。

 

「・・・いけぇえええ!!!」

 

 いつもの神崎からは考えられない血を吐くような絶叫。

 その絶叫と共に神崎の何かが変わった。

 放たれた炎は寸分違わず追手の車に直撃した。巻き上がる炎と爆音。そして響き渡る悲鳴。

 神崎は虚ろな目でその光景を見ていた。

 だが、それもほんの一瞬。

 すぐに頭を振ると危なげな足取りで運転席に近づいた。

 

「・・・後ろは片付けた。さっさとブリタニア軍の基地に行くぞ」

 

「お、おう。大丈夫か?」

 

「・・・ああ。真美は?」

 

「は、はい・・・」

 

 神崎の質問に稲垣もなんとか返事をするが、自分で自分の体を抱き締めてガタガタと震えていた。いくらいつもは戦場で戦っている魔女(ウィッチ)だといっても相手はネウロイ。このような人間同士の殺し合いは経験したことはないだろう。そのえもいわれぬ恐怖に神崎も島岡も確実し精神的に削られている。二人よりも幼い稲垣なら尚更だった。

 

「・・・急ぐぞ」

「おう・・・」

 

 

 神崎は一度だけ稲垣に視線を投げ掛けると、再び虚ろな目で荷台に座り込み新な追跡者が現れるのを警戒し始めた。

 

 

 

 

 

 この襲撃は神崎ら三人だけの問題ではなかった。

 トブルク各地で同時多発的に同じような襲撃が発生していたのだ。

 

「状況はどうなっておるのだ!?」

 

 大声が飛び交うブリタニア軍司令部で青筋を立てるモントゴメリー。なにせトブルクのいたる所から襲撃が報告されるのだ。しかも完全なる不意打ちの襲撃にどの部隊も対応に遅れ情報も錯綜する始末。混沌(カオス)とはまさにこの事だろう。

 

「こちらから襲撃を受けている部隊に増援を送っていますが・・・」

 

「敵の実態が掴めない限りは厳しいことに変わりない!」

 

 副官の控えめな言葉にモントゴメリーは怒鳴り返す。実態が分からない敵ほど怖い物はない。そう・・・ネウロイのように。

 

「リベリオンの第三警邏小隊から入電!統合戦闘飛行隊『アフリカ』の魔女(ウィッチ)及び魔法使い(ウィザード)を含めた三名が襲撃を受けた模様!現在、こちらに向け移動中だそうです!」

 

「さらに入電!各部隊への襲撃の勢いが衰え始めた模様!敵が何処かへ移動を始めたようです!」

 

 この報告にモントゴメリーははたと何かに気付いた。

 

「敵が移動している方向は!?」

 

 この質問に部下達が迅速に動く。報告された情報を元に地図と照合。いくつもの走り書きをされた地図は一つの結論を導き出した。

 

「恐らく、この基地かと・・・!」

 

 この部屋にいる者全員に緊張が走る。だが、モントゴメリーだけは違った。

 

「いや、ここに逃げ込む『アフリカ』の者達だ。敵の目的は航空魔女(ウィッチ)の抹殺か・・・!」

 

 その言葉には言い表せない程の重さがあった。

 今、ここアフリカがネウロイの手から逃れられているのは、言わずもがな、マルセイユを始めとした『アフリカ』の力が大きい。ここで三人も戦力を失うことになれば、アフリカは堕ちたのも同然となる。

 モントゴメリーは即断した。

 

「『アフリカ』が来るであろう方向に防衛線を敷く!市街に出ている部隊は敵を駆逐しつつ基地へ後退!彼らを絶対に死なせるな!」

 

 この命令の元に周りは一気に騒がしくなった。モントゴメリーはその喧騒の間を縫って副官に耳打ちをした。

 

「『(シュランゲ)』へ連絡だ。ロンメルとパットンにも一言入れておけ」

「了解しました」

 

 早足で離れていく副官には目もくれずモントゴメリーは顔の前に手を組んだ。

 

「ここでけりをつけようか・・・」

 

 誰にも聞こえない程に小さな言葉。その顔は笑っていた。

 

 

 

 

 

 このモントゴメリーの機転は上手く働き、神崎、島岡、稲垣の三人はあれ以上襲撃を受けることなくブルタニア基地に辿り着いた。依然街では戦闘は続いており、基地にも前線基地並みの防衛態勢が敷かれていた。

 その防衛部隊の中にマイルズ率いるC中隊もいた。陸戦ユニットを履いた彼女らは皆一様に不安そうな顔をしている。そんな中で副長のソフィが正面門からぼろぼろのトラックが入ってくるのに気付いた。

 

「隊長!あれは・・・!」

「・・・!どうやら攻撃を受けたみたいね」

 

 マイルズが自らを落ち着かせようとして暗い表情で言った。だが、トラックが止まり中から人が出てきた時は落ち着いていられなかった。

 

「ッ!?神崎さん・・・!?」

 

 トラックの荷台から血塗れで降りてきた神崎。その姿を見たマイルズはいてもたってもいられず、ソフィの制止の声を振り切って駆け出した。

 

「神崎さん!?大丈夫で・・・ッ!?」

 

 マイルズの声に神崎が振り返り彼と目が合った瞬間、彼女の表情が凍りついた。何の生気も感じられないがらんどうの瞳。マイルズはなんと声をかければいいか分からなかった。

 

「この血は俺のじゃない。敵のだ」

 

 瞳と同じように、淡々と告げる彼にも生気を感じられない。

 

「すまないが、どこか休める場所はないか?俺も二人も消耗している」

 

 そう言って彼が指し示した先には明らかに苛ついている島岡と震えている稲垣が。その姿を見てマイルズはやっと我に帰った。

 

「あ・・・。とりあえず基地に入って。休める場所はすぐ手配する。それに・・・シャワーも浴びた方がいいわね」

 

「助かる」

 

 神崎はそれ以上はなにも言わず、稲垣に手を貸しながら基地へ歩いて言った。マイルズはただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

     




活動報告でも書きましたが、最近忙しいためなかなか投稿出来なくなります
一ヶ月ペースになるかもしれません

気長に待っていてください



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第二十七話

お久しぶりです!

短いですが、何とか一話分書き上げました。今後どのくらいの頻度で投稿できるか分かりませんが、どうか楽しんでいってください。

感想、アドバイス、ミスの指摘、よろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 ブリタニア陸軍第八軍団総司令部

 

 

 シャワーを浴びて血も汚れも洗い流し、借り物のブリタニア陸軍の制服を着た神崎と島岡、そして稲垣はあてがわれた個室で待機していた。今でもトブルクの街では戦闘が行われており、この基地も攻撃されている。その戦闘音がこの部屋にも聞こえてきていた。

 

「・・・シン。少し落ち着け」

 

 神崎が、苛立たしげに部屋とウロウロと歩き回り時折窓の方を増悪を込めた目で睨み付ける島岡を諌める。神崎はソファーで憔悴して毛布にくるまった稲垣の隣に座っていた。この部屋に入ってから一言も発していない彼女を、神崎は気遣っていたのだ。

 島岡は窓に向ける視線をそのまま神崎に向けた。

 

「落ち着け?落ち着けって!?落ち着ける訳ないだろ!?あんなことがあってよ!?」

 

「・・それでもだ」

 

「うるせぇ!」

 

 島岡が大声で叫ぶ度に稲垣の体がビクリッと震える。神崎は稲垣を心配そうに見ると、おもむろに立ち上がり島岡の肩を掴んだ。

 

「・・・来い」

 

「んだよ!?」

 

「いいから」

 

 強引に島岡を引っ張り部屋の外に出る。扉を閉めた瞬間、神崎は島岡の胸元を掴みあげ、乱暴に壁に押し付けた。

 

「今の今まで殺し合いを、しかも人間同士でしていたんだ。お前が苛つくのはよく分かる。・・・俺もそうだ。意味がわからなくて、胸糞悪くて暴れまわりたい・・・」

 

 神崎は俯いたまま疲れたようにポツポツと語る。島岡を締め上げる手は小刻みに震えていた。だが、その力が弱まる気配は一切ない。

 

「だがな、真美のことも考えろ。俺達でさえこんなにも消耗しているんだ。あいつがどれ程のショックを受けたか、どれだけ消耗しているか、想像するのは難しくないはずだ。今は、俺達があいつを助けてやるしかないだろう・・・!」

 

 その呟く声は決して大きくない。寧ろ小さいのだが、一つ一つの言葉にえも言われぬ凄みがあった。

 

「心が傷ついてしまえば、長年苦しむことになる。・・・俺みたいに。俺は、真美が俺のようになって欲しくない。苦しんで欲しくない」

 

 何も言えない島岡に神崎が顔を上げた。その目は言葉とは裏腹に、すがりつくようなものだった。

 

「・・・基地に戻ったらライーサに慰めてもらえ。だから、今は・・・」

 

「・・・うるせぇ」

 

 島岡が言葉を遮り、目をそらして神崎の手を振りほどいた。神崎もあっさりと手を放し、黙ったまま島岡を見つめる。その視線に、島岡は苛ついたように舌打ちすると、神崎の横を通りすぎて部屋のドアに手を掛けた。

 

「・・・わかったよ」

 

 部屋の中に入る直前、島岡はそう一言言い残した。

 

 

 

 

 

 

 ソファの上で一人毛布にくるまる稲垣。先程、神崎と島岡が何かを言い争って部屋の外へ出ていったのだが、今の彼女はそのことに気づいてなかった。いや、気づく余裕も無かった。

 毛布の中の彼女の表情は能面のように無表情。しかし、その頭の中は混沌としていた。恐怖と混乱。それらがグルグルの回転し続ける。

 そして、未だに耳に残る銃声。いつもはもっと大きく重い重機関銃や対空砲の銃声を聴いているはずなのに、ちっぽけ拳銃の音が、短機関銃の音がしつこく耳に残る。その音と共に思い出されるのは、弾ける火花と向けられる銃口、そして辺りに広がる赤い液体の・・・。

 

「ヒッ・・・!?」

 

 頭にチラついたコワイモノに稲垣は自分で自分の肩を抱き絞めて、頭から毛布を被る。トラックで逃げる途中から、ずっとこの調子であった。頭の中にコワイモノが渦巻き、ジワジワと彼女の心を蝕んでいく。

 自分の周りにはコワイモノしかない。

 全てがコワイモノ。

 聞くのがコワイ。

 見るのがコワイ。

 コワイコワイコワイコわいこわいこわい怖い恐い怖い恐い怖い怖い怖い・・・!!!

 

 ガチャリという音と共にドアが開いた。部屋の外に出ていた島岡と神崎が帰って来たのだが、稲垣はやはり何も反応しない。ただただ自分の中の混沌に翻弄され続けられていた。

 が、それが唐突に遮られる。

 ドンッ!!!

 ガシガシガシッ!!!

 

「!?!?!?」

 

 下からの突き上げられるような衝撃が体を浮かし、次いで頭を激しく揺さぶられた。稲垣は想像だにしなかった出来事に能面のような表情を崩し、目を白黒させて驚くしかなかった。

 

「そんなに怖がるな!真美!俺らが守ってやるから!」

 

 恐怖で縮んでしまった心に喝を入れるような元気のいい大きな声。稲垣は自分が怖がっていたのも忘れて弾かれたように顔を上げる。すると、そこには先程までひどく苛ついていたとは思えないほど明るい表情の島岡。

 再び頭が揺れた。しかし、今度のは先程のような激しい物ではなく包み込むような優しい物。稲垣が撫でる手の先へ視線を向けると穏やかに微笑んでいる神崎がいた。

 

「シンの言う通りだ。お前ぐらい簡単に守れる。・・・安心していい」

 

「島岡さん・・・、神崎さん・・・」

 

 今でも外では戦闘が続いている。基地の中でひとまず安全とはいえ、これからどうなるか分からないこの状況下。加えて、彼女の中に渦巻くモノに押し潰されそうになっていた。

 だが、そんな中での二人の優しい言葉。能面のような表情が崩れ去り、稲垣の視界は急速に歪んでいった。

 

「わ、私・・・、ヒ、ヒック・・・、こ、怖くて・・・、とっても怖くて・・・」

 

 中に渦巻いていたものが外に噴き出す。涙となって後から後から落ちていく。

 

「泣け泣け。泣いちまえ」

 

「泣けば楽になる。思い切り・・・な」

 

「あ、あ、ああああァァァァ!!!!!」

 

 大声をあげて泣き始めた稲垣の頭を神崎は優しく撫で続けた。島岡もばつの悪い表情をしながらも稲垣の背中を擦っていた。

 稲垣は暫く泣き続けた。

 

 

 

 

 

 神崎はノックの音を聞くと閉じていた目を開けた。

 ソファから身を起こすと隣には泣き疲れて寝てしまった稲垣と、彼女を挟んで自分と同じように身を起こした島岡が目に入った。

 再び扉がノックされる。

 神崎は島岡に目配せをしながらソファから離れると、一応の警戒の為に腰からC96を抜いて扉を開いた。

 

「モントゴメリー閣下がお呼びです」

 

 扉の前にいたのはブリタニア陸軍の少尉だった。神崎は胸の内で安堵の息を吐くと静かに銃をしまう。

 

「自分だけ・・・でしょうか?」

 

「いえ。島岡特務少尉もです」

 

 将軍に呼ばれたなら応じるしかない。神崎は振り返ってバレッタM1934を構えていた島岡に声をかけた。

 

「モントゴメリーから呼び出しだ。すぐに行かなければ」

 

「・・・真美は置いていくのか?」

 

「・・・しょうがない。いくぞ」

 

「・・・おう」

 

 不承不承とした様子で島岡は頷き、神崎より先に扉を出る。神崎はいまだ眠り続けている稲垣を見つめるとその扉を閉めた。

 外に出ると今まで聞こえていた戦闘音はなくなっていた。しかし、基地の中はいまだ騒がしいままだ。

 

「まだ戦闘は続いているんすか?」

 

 島岡が先導するブリタニア陸軍少尉の背中に疑問を投げかける。すると、少尉は疲れたような雰囲気を漂わせて言った。

 

「基地への襲撃は防ぎました。ですが、いまだトブルクの市街地では戦闘は続いています」

 

「そうですが・・・」

 

「・・・被害のほうは?」

 

 島岡と入れ替わるように神崎も問いかける。

 

「少なくはありません。詳しくは・・・」

 

 少尉は歩みを止めて扉の前に立った。

 

「閣下から何かあるでしょう。どうぞ中へ」

 

 

 

 

 

「直接会うのは初めてだな。私がモントゴメリーだ。敬礼はいらん。貴様らのことは知っているし、何より時間がおしい」

 

 敬礼をしようとした二人に先んじてモントゴメリーが言った。

 バーナード・モントゴメリー。

 ブリタニア陸軍第八軍団総司令官にして、アフリカの戦線を支える三将軍の一人。通称、『砂漠の鼠』

 

「簡単にだが、状況を伝えよう。貴様らにはそれを知る必要がある。これからの為にもな」

 

 モントゴメリーは二人に息つく暇も与えず告げる。

 

「敵は人間だ。この状況下でこのような事態が起こるとは虫唾が走るが・・・。こちらの被害は、ブリタニア、リベリオン合わせて死者35名、重軽傷者57名だ。それと・・・」

 

 モントゴメリーは一旦言葉を切ると、二人の目を見た。

 

「貴様らと稲垣軍曹を守ったリベリオンの警邏小隊は全滅した」

 

「・・・ッ!?」

 

「・・・」

 

 島岡は息をのみ、神崎は黙ったまま右手を握り締めた。モントゴメリーは二人の様子を一瞥するが構わず話を続けた。

 

「基地を襲撃してきた敵の相当数は撃破した。今は掃討戦に移っている。殲滅にはさほど時間はかからんだろう」

 

 さて・・・、とモントゴメリーは顔の前で手を組むと感情を伺わせない目で交互に二人の顔を眺めた。

 

「何か聞きたいことはないか?いや、あるだろう?」

 

 その言葉に島岡がすかさず反応した。

 

「敵は何者なんすか!?なんで人間同士で殺し会わなきゃいけないんすか!?」

 

 モントゴメリーは淡々とした様子で島岡の声を受け止めると、催促するように神崎に視線を向けた。

 

「貴様は?」

 

「・・・同じです。彼らが何者なのか?なぜ殺し合う必要があるのか?自分には意味が分かりません」

 

 神崎の右手は色が白くなるほど固く握りしめられていた。

 今、神崎の中は稲垣と同じように混沌としていた。しかし、主となるのは彼女のような恐怖ではなく、疑問。ネウロイとの戦いで人類が窮地に立っている中、人間同士で殺し合うことへの疑問。それが分からなければ、今まで自分が戦ってきた意味が無くなってしまうような気がするから。

 

「貴様らの言うことは尤もだ。だが、それに関する情報は最上級に属する程の物だ。これを知ったからには、貴様らは今までのようには動けなくなる。それでも、貴様らはこれを知りたいか?その覚悟はあるか?」

 

 その言葉に嘘はないのだろう。現にモントゴメリーの目は本気だった。だが・・・二人に迷いは無かった。

 

「無論です」

 

「勿論・・・!」

 

「・・・よかろう」

 

 モントゴメリーの無感情だった目に初めて感情が伺えた。それは・・・喜び。組んだ手の下で唇を歪ませている。

 

「今までおかしいと思わなかったか?民衆による反戦デモとその過激化。我々の動きの裏を掻くようにしてのネウロイの襲撃。更には今回の襲撃。我々連合軍を消し、ネウロイという脅威から目を逸らさせるような、いや、ネウロイを受け入れさせるような動き・・・。それらは全て奴らによって実行されてきた物だ」

 

 モントゴメリーは静かに立ち上がり、その名を告げた。

 

「我々は、奴らを『ネウロイ共生派』と呼んでいる」

 

「『ネウロイ共生派』・・・」

 

 神崎は静かにその名を反芻させた。

 




話が進まなくてホントごめんなさい!

次の話でなんとか!

ボチボチ、一段落・・・かも?



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第二十八話

ここ最近で一気に書き上げました

荒いかもしれないけど、悪しからず

感想、アドバイス、ミスの指摘などなど、よろしくお願いします!




 

「三人とも大丈夫!?」

 

 蹴破られたかの如く開かれた扉から飛び込んで来たのは、血相を変えた加東だった。

 

「ケイさん!!」

 

 部屋で一人ソファに佇んでいた稲垣は弾かれたように立ち上がり、加東の胸に飛び込んだ。

 

「真美!大丈夫!?怪我はない!?」

 

「はい・・・!」

 

「あぁ、よかった。一時は本当にどうなることかと・・・」

 

 稲垣の思いの外しっかりとした声に安堵したのか、加東は頬を緩めて力一杯稲垣を抱き締めた。が、部屋を見回すとすぐに表情を曇らせてしまった。

 

「玄太郎と信介は?二人とも無事なの?まさか・・・」

 

「・・・大丈夫です」

 

「玄太郎!?」

 

 加東が振り返ると、先ほど彼女が入ってきた扉に神崎が立っていた。疲れた様子を色濃く見せながらも、安心させるように微笑んでいるその姿に加東は思わず抱き着いていた。

 

「ケイさん!?なにを・・・!?」

 

「よかった、無事で・・・。本当に・・・!」

 

「・・・!」

 

 抱き着かれた神崎は慌てて引き離そうと彼女の肩に手を伸ばすが、その震える声と肩に感じる涙の感触に何も言えなくなってしまう。ここまで心配してくれた彼女を無下にできる訳もなく、結局伸ばした手は所在無く宙を彷徨っていた。

 

「報告で、玄太郎が血塗れだったって聞いて。もしかして、重傷を負ったんじゃないかって・・・」

 

「本当に・・・ご心配おかけしました」

 

 神崎は戸惑いながらも、加東の震える背中に手を回してゆっくりとさする。すると、加東は神崎に回している腕に更に力を込めつつ、ゆっくりと顔を上げた。その涙で濡れた睫毛と若干上気した艶やかな表情に神崎は思わず息を呑んでしまう。

 

「玄太郎・・・」

 

「ケイ・・・さん」

 

 互いに見つめ合う二人。そのまま二人は何も言わず、しかし何かに憑りつかれたように顔と顔との距離を縮めていく。

 

 そして・・・

 

「あ~・・・。ケイさん?ゲン?もうそろそろやめた方がいいんじゃないすか?真美も困ってるっすよ?」

 

 神崎から少し遅れて帰ってきた島岡の申し訳なさそうな声で二人は飛び下がるようにして距離を離した。神崎が我に返って周り見れば、島岡がバツの悪そうに頬を掻いており、真美が真っ赤になって顔を両手で覆い、その指の隙間からこちらの様子を除き見ていた。

 

「し、信介・・・」

 

「あ~あ、ケイさんは俺のことは全然心配してなかったんすね。ひでぇなぁ・・・」

 

「そ、そういう訳じゃないのよ!?で、でも先に玄太郎がいたから・・・」

 

「別にいいっすけどね。俺にはライーサがいるし」

 

「ケ、ケイさんと神崎さんて、そ、そういう関係だったんですか!?」

 

「ま、真美!?ち、違うわよ!?こ、これは嬉しさの余りというか、なんというか・・・」

 

 二人に責められ、しどろもどろになる加東。先ほど見た地獄のような光景とかけ離れた穏やかな三人のやり取りに、神崎は微笑みながらも疎遠な感情を覚えた。それと共に蘇る精神を蝕んでいくような胸の痛み。それが僅かに表情に出ていたのだろう。目を向ければ、島岡が意味ありげ視線をこちらに向けていた。

 

(まだ大丈夫だ・・・。まだ・・・な)

 

 加東と稲垣にはばれないように静かに首を縦に振る。そして、再び微笑みながら言った。

 

「モントゴメリー将軍が護衛を出してくれます。帰りましょう・・・基地へ」

 

 

 

 

 

扶桑皇国、東京、霞ヶ関、海軍省

 

 

 

 

 

 数年前は大空に広がる戦場を飛び、絶体絶命の扶桑を救うために力を奮った北郷章香だが、「あがり」を迎えてほとんどの魔力を失った今は机の上を戦場としていた。扶桑海軍に所属する魔女(ウィッチ)を総括する部署の長をしているだけに片づける仕事は山ほどある。

 

 その報告を受け取った時も大量の書類仕事の最中だった。

 

 夕焼けに染まり始めた時刻。宛がわれた部屋でペンを動かす北郷に従卒が声をかけた。

 

「北郷大佐、電報が届いております」

 

「うん、ありがとう。誰からかわかるかな?」

 

「はい。・・・『K・K』という方からです」

 

 従卒が言ったその一言にペンを動かす北郷の手が一瞬止まる。

 

「・・・わかった。そこに置いておいてもらえるかな?」

 

 一礼して部屋から退出する従卒。扉が閉まると、北郷はおもむろにペンを置き、静かに電報を手に取った。窓から差し込む西日が電報に目を落とす彼女の横顔を照らす。その表情はどこか哀愁を漂わせるものだった。

 

「『蛇は脱皮した』・・・か。これは、こちらも本格的に動き出さなければいけないね」

 

 北郷は独り呟くと机の引き出しからマッチを取り出し、電報の紙切れに火をつけた。瞬く間に火の手が広がっていく紙切れを今まで使ったことのない備え付けの灰皿に放り、椅子から立ち上って窓の外を眺める。

 

「ゲン、君は成すべきことを見つけたのかな?望んだことなのかな?それとも・・・」

 

 憂鬱な表情になって呟く北郷。しかし、最後の一言は口に出すことはなく、その胸の内にしまう。そしてその表情のままに電話に手を伸ばした。

 

「私だよ。・・・うん。そろそろ最終的な段階に移行させていかないとね。・・・そうだね。あれは今後への実証実験にもなるから・・・、うん・・・そこはしょうがないないね。技術提供の交換条件だったから・・・。どちらにしろ、『伊計画』は完成させなきゃいけないよ。そうだね・・・最低でも半年・・・いや三ヶ月かな。・・・うん。あぁ、それともうひとつ。ユニットの件は・・・うん、そうだね、連絡がつき次第送ることにしよう。じゃあ、頑張ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊『アフリカ』基地

 

 

 

 

 

『もともと、ネウロイとの和平の考え自体は存在していたものだ』

 

 暗転

 

『お前の魔女(ウィッチ)としての技量は評価しているつもりだ』

 

 暗転

 

『だが、それらはネウロイの知的能力に対する疑念とコミュニケーションが不可能なことにより消滅した』

 

 暗転暗転

 

『一匹狼はいらない』

 

 暗転暗転   

 

『圧倒的な戦力による攻撃で人類は絶望の淵に立たされた』

 

 暗転暗転

 

『転機となったのはスオムスでの戦いだ』

 

 暗転暗転暗転

 

『一人なら大丈夫って。それってどういう意味?』

 

 暗転暗転暗転                    

 

魔女(ウィッチ)の姿の模倣』

 

 暗転暗転暗転

 

『俺だってな・・・戦えるんだよ!赤城の時とは違う!』

 

 暗転暗転暗転暗転 

 

『人は絶望的な状況に陥ると拠り所を探すものだ』

 

 暗転暗転暗転暗転

 

『私達自身を信用しろ。魔女(ウィッチ)としてじゃなくて、私達自身を!』

 

 暗転暗転暗転暗転 

 

『ネウロイとのコミュニケーションの可能性の再燃した』

 

 暗転暗転暗転暗転

 

『炎を使い過ぎれば、魔導エンジンが再び熱暴走を起こす可能性が高いということです』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『和平・・・共生。盲信的にネウロイとの戦いを終結を求める人々が速やかに増えていった』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『・・・私もゲン君が婚約者でよかった』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『ガリア、スオムス、アフリカ、・・・ネウロイからの攻勢が激しいこの三か所で狂信的な者達の行動が過激化していった』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『貴様は我々の障害だ。消えてもらう』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『結果・・・』

 

 暗転暗転暗転暗転暗転

 

『・・・ン、ゲ・・・、・・・!』

 

 暗転

 

「・・・ゲン!いつまで寝てる!起きろ!」

 

「・・・ああ」

 

 いつもの散らかったベッドから神崎が身を起こすと、天幕の扉から見える空はすでに暗くなりかけていた。護衛部隊に守られて基地に入ったのが午後三時頃だったから、四時間ぐらい寝ていたことになる。まだ完全に覚醒しきれてない頭を抱えて宙を眺めていると、島岡が心配そうに顔を覗き込んできた。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・ああ。・・・なにか状況に変化があったのか?」

 

 神崎が頭を振りつつ尋ねると、島岡はバツの悪い表情を浮かべた。

 

「いや・・・、実は俺も今起きてよ。もう日が暮れてるもんだから慌てて起こしたんだよ」

 

「・・・そうか」

 

 申し訳なさそうに目を逸らす島岡に特に反応することなく、神崎はふと会話を続けた。

 

「ケイさんが気を利かせてくれて休みをくれたんだ。・・・少しぐらいは大丈夫だろう」

 

「そうだけどよ・・・」

 

「・・・ライーサが心配か?」

 

「・・・そうだな」

 

 基地に帰ってきた時、ライーサとマルセイユは居なかった。今回のトブルク市街での戦闘を陽動としたネウロイの襲撃を警戒し、周辺空域の哨戒任務に就いたのだ。聞けば二人は、ライーサの方は特に、出撃するのを渋ったらしい。

 

「・・・愛されてるな」

 

「・・・おう」

 

 神崎が軽く冗談を交えたつもりで言った一言に、真顔で返事をする島岡。そんなやり取りに二人は力なく笑うが、その笑みはすぐに萎んでいった。

 そして話題は自然とあの方向へと向かう。

 口火を切ったのは島岡だった。

 

「・・・なぁ、信じられるか?ネウロイとの共生だぞ?そんなことのためにあんなことが・・・」

 

「・・・」

 

 島岡の言葉に神崎は沈黙で答えた。

 モンドゴメリーから聞かされた事実。

 今までの戦闘がネウロイとの共生を望んでいる者達によって引き起こされていたという事実。それは島岡には到底受け入れられないものだったのだろう。それは声音にも色濃く表れていた。だが、神崎には一部理解できるところもあった。

 

「俺も以前は神道に関係していた身だから分かるが、人は何かを信じたくなるものだ。それが絶望的な状況であればあるほど、何でもいいからすがりつきたくなる。彼らの場合はそれがネウロイだった・・・」

 

「気が狂ってるとしか思えねぇよ・・・!」

 

「人の考えはその人個人の問題だ。とやかく言えることじゃない」

 

 まぁ、俺もそう思うがな・・・、と神崎は暗い表情で島岡に同意し続けた。

 

「どちらにしろ俺は戦う。ネウロイと共生できれば兵士も魔女(ウィッチ)も死ななくていいとは思うが・・・到底叶うとは思えない」

 

「・・・そうかよ」

 

 この言葉に何故か島岡は不満そうに答えた。

 

「・・・?」

 

 彼がなぜそうなったかは分からない神崎。

 だが、そんなことはすぐにどうでもよくなる。低く唸るようなエンジン音が窓の外から響いてきた。

 

「帰ってきたみたいだな・・・」

 

「ライーサ・・・!」

 

 島岡の視線が天幕から覗く空に釘付けになる。その様子を見た神崎の表情はほころんだ。

 

「・・・滑走路へ行くぞ。元気な姿を見せてやろう」

 

 

 

 

 

 

 神崎と島岡が滑走路に到着したのと、マルセイユとライーサが着陸態勢に入ったのはほぼ同時だった。

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。ライーサ!!!」

 

「シンスケ!!!」

 

 自分の天幕から全力疾走してきた島岡の力の限りの叫びに、ライーサはすぐに気付いた。管制官からの誘導を受けるのもそこそこに一目散に滑走路へと着陸。滑走が完全に停止するのも待たずにストライカーユニットから抜け出すと、バランスを崩しながら島岡の胸に飛び込んだ。

 

「よかった・・・!シンスケ!無事で!本当に・・・!」

 

「お前を残して死ねるかよ・・・!」

 

 涙を流して縋り付くライーサを島岡は力いっぱい抱き締める。その光景に滑走路にいた面々は、無茶な着陸で破損してしまったストライカーユニットを見て頭を抱えていた整備兵も含めて、自然と頬を緩めていた。

 

「ゲンタロー!無事だったんだな!」

 

「ああ。心配かけたな」

 

 しっかりと着陸してきたマルセイユが神崎の元へ嬉しそうに駆け寄ってきた。ニコニコと太陽のように明るい彼女の笑顔に神崎は目を瞬かせた。

 

「ん?どうした?」

 

「いや・・・なんでもない」

 

 彼女の笑顔を見ていると胸が重くなっていく。今の神崎には彼女の純粋な表情はつらかった。

 

 

 

 その夜はマルセイユの天幕で飲めや歌えやのドンチャン騒ぎだった。

 皆よほど神崎や島岡、稲垣を心配していたのだろう。三人を元気づかせるようにとマルセイユは半ば無理やりテンションをあげていた。

 

 ライーサに関しては片時も島岡から離れることなくずっと彼に寄り添い、加東はそんな彼らをカメラに収めつつ時々羨ましそうに島岡とライーサを眺めていた。

 稲垣は最初は楽しそうにしていたが疲れていたのかすぐに寝てしまった。

 神崎も楽しそうにコップを傾けていたが、時々どこか虚しそうに目を伏せていた。

 

 宴会が終わり皆が解散し各々の天幕に戻った後も、神崎は一人未だマルセイユの天幕に残っていた。自分の天幕に戻って眠る気も、さりとて誰かと話す気もなく、ランプの淡い光を頼りにただただ酒瓶を傾けて、手の中にあるある物を眺めていた。それは栗色で艶のある小さな板のような物。

 それは櫛だった。

 昔、自分が妹たちの髪を梳いてやっていたそれは、竹井が帰り際に渡してきた物だった。普段なら懐かしさを感じる物だったが、今は気分をより憂鬱させるだけで、それを打ち消すために只々酒を流し込む。

 それは、ここの主が帰ってきても同じだった。

 

「お前がそんなに酒を飲むのは初めてじゃないか?」

 

「・・・そうかもな」

 

 神崎は酒瓶を傾けつつ帰ってきたマルセイユに目を向けると、眉をしかめた。彼女はシャワーでも浴びてきたのだろう、制服をラフに着て若干髪や肌を湿らせていたのだが、髪が完全に乾ききっていないせいかボサボサになっていた。

 

「なんだその髪は・・・」

 

「ん?」

 

「こっちに来い。整えてやる」

 

「う、うん。な、なんか今日は変じゃないか?酔ってるのか?」

 

 神崎の有無を言わさない口調にマルセイユが戸惑いながら従う。マルセイユが神崎の前に背を向けて大人しく座ると、彼は慣れた手つきで先ほどまで眺めていた櫛を操り、彼女の髪を梳き始めた。

 

「おぉ・・・。上手んだな、ゲンタロー」

 

「散々、妹達にやってきたことだからな」

 

「私は妹なのか?」

 

「そんなもんだ。・・・どれだけ妹が増えるんだよ」

 

「・・・本当に大丈夫なのか?ゲンタロー?」

 

「・・・何がだ?」

 

 髪を梳きながら答える神崎にマルセイユは心配そうに尋ねる。

 

「お前がそんなに酒を飲むことなんて一度もなかった。やっぱり・・・」

 

「・・・」

 

 マルセイユの言葉を聞きつつも神崎は黙ったままで手を止めない。

 

「どこか怪我をしたのか?それとも・・・」

 

「少しだけ・・・いいか?」

 

「え?」

 

 神崎の突然の言葉。

 

 マルセイユが反応する前に、神崎はマルセイユの髪に顔を埋めた。

 

「ゲ、ゲンタロー!?」

 

「すまん・・・少しだけ許してくれ、少しだけ・・・」

 

「・・・!?」

 

 神崎の声が涙声に変わる。その今まで想像もできなかった声にマルセイユは驚いた。

 

 神崎は呟く。

 

「人を・・・殺したんだ」

 

「っ!?」

 

「今までネウロイから人類を守るために戦っていたのに・・・。人を殺したんだ・・・。何をしてるんだよ・・・俺は・・・」

 

 戦闘が終わってから、ずっとため込んでいたのだろう。吐き出されたこの言葉は誰にも聞かせるつもりのない独り言だったのだろう。耐えきれなかったのか、それとも酔いの勢いなのか。だが、そこにはマルセイユがいた。

 

「・・・ゲンタローのおかげでシンスケとマミは無事だったんだ。それだけでいいじゃないか」

 

「・・・そうなのか?」

 

「そうだ。少なくとも私はそう思う。だから・・・私はゲンタローに感謝してるぞ?」

 

「・・・そうか」

 

「ありがとうな、ゲンタロー」

 

「・・・ああ、ああ」

 

 自分の後ろから聞こえるくぐもった涙声にマルセイユは不思議と穏やかな気持ちになっていった。

 

「・・・私の髪を貸してやったんだ。これは高くつくぞ、ゲンタロー」

 

 

 

 

 

 数日後、神崎と島岡にスオムスへの転属の辞令が下った。

 

 

 

 

 

 

 

 今のトブルクの裏路地は地獄だった。至る所に弾丸に撃ち抜かれた死体、死体、死体。周辺の建物の壁には血飛沫が飛び散り、辺りには焦げ臭いが充満していた。

 そんな中に一段と無様な姿に変わり果てた建物があった。壁は爆発物で吹き飛ばされた為に無残に崩れ去り、二階に上がる為の階段は無数の弾痕が刻まれ今にも崩れ去りそうになっていた。そして、その二階の一室。ニュースを流していたラジオは真っ二つに壊れ、トブルクの街並みを見下ろせた窓はその大きさを無様に二倍にしていた。そんな部屋に一人の男が倒れていた。いつも座っていたイスにはもう座れない。立つための足はすでになく、腹部には目にも当てられないほどの傷を負っていた。

 

「もう・・・終わりか。我らの・・・同志は・・・」

 

 何かを求めるように男は掠れて声を出しながら顔を動かす。しかし、既にその目には光はなかった。その為だろう。男は目の前にいる黒い装備で武装した数名の男達がいるのが分からなかった。隊長らしい一人が静かに拳銃を構える。

 

「我らの同志は・・・必ず・・・我らと共に・・・」

 

 この言葉が男の遺言になった。

 響き渡る一発の銃声。

 隊長らしき男は無線機を手に取った。

 

「殲滅、完了しました」

 

 無線機を持つ腕には蛇を象ったエンブレムが鈍く光っていた。

 

 

 

 




色々な伏線的なものも張っちゃいました

回収できるかは未定((笑))

次の更新もこのぐらいの時間がかかるかも・・・


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第二十九話

今回でアフリカ編は一区切りとなります

あと、筆者が慣れない筆を頑張って動かして書いた恋愛シーン(?)も多めです

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします
感想は気軽にどうぞ?


 

 カラリと乾いた空気が頬を撫でる。灼熱の太陽がジリジリと肌を焦がしていく。

 アフリカではありふれた光景。しかし、今の神崎にはこの光景にどこか故郷に似た雰囲気を感じていた。

 白いストライカーユニット、零式艦上戦闘脚を纏い、武装を施した神崎は漂うように飛んでいく。ここアフリカの景色を目に焼き付けるように。数日後にはここを離れる身。そして・・・帰ってこれる保証はない。どうしても記憶の中に留めておきたかった。

 

『そろそろいいか?ゲンタロー?』

 

「・・・ああ」

 

 インカム越しのマルセイユの声に神崎は頭を切り替える。漂うような飛行を止めて、右手に銃を構える。今ではすっかり手に馴染んだMG34。その薬室に弾丸を送り込んでいると、マルセイユが華麗な動きで同高度まで上がってきた。

 

「急に模擬戦を頼んですまなかったな」

「他ならぬゲンタローの頼みだ。扶桑の言葉なら・・・お安いご用、とでも言うのか?」

 

 とぼけたように首を傾げるマルセイユに神崎は目を細める。そして、おもむろに銃を構えて告げた。

 

「ああ。じゃあ・・・始めるか」

 

「フフン、また負けたら面目が立たないぞ?」

 

「そうだな・・・」

 

 この言葉を最後に二人は距離を取った。すでに二人の表情は実戦の時のように引き締められている。

 

「最後だ・・・俺の全てを出しきる」

 

 目線の先で紡がれるマルセイユの茶色の軌跡。独り呟いた神崎はその軌跡なぞるように手をかざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニア陸軍第8軍団総司令部

 

 

 

 司令部には件の襲撃跡が色濃く残っていた。まだ日があまり経っていないせいか、目立つところでは破れかけたフェンスや壁や地面の弾痕や爆発跡、隠れたところには血痕まで残っている始末。今、この基地は厳重な警戒の中で急ピッチの復旧作業が行われていた。

 だが、この部屋には作業の喧騒は届かない。いや、届いてはいるがまるで意味をなしていなかった。それほどまでにこの部屋、基地司令室は異質な雰囲気を醸し出していた。この部屋の主、モントゴメリーは至って普通の表情でソファに座り、ティーカップに口を着けていた。そして、テーブルを挟んだモントゴメリーの向かい側には加東がいた。彼女もモントゴメリーと同じ様に何食わぬ顔で紅茶を口に運んでいたが、時折見せる視線は殺気に似たものがある。異質な雰囲気の原因はここにあった。

 モントゴメリーが優雅ともいえる動作でカップを置くと、それを見計らっていたのか加東もカップを置きモントゴメリーを見据えて口を開いた。

 

「将軍、今回の命令は納得できません」

 

「君の納得は必要ない、大尉」

 

 一言のもとにはねのけるモントゴメリーだが、加東は諦めずに食い下がった。

 

「今のアフリカには神崎少尉と島岡特務少尉は必要不可欠です。彼らがいなければアフリカの空は守れません」

 

「それは君が判断することではない。こちらでは二人が抜けても十分だと判断したからこその命令だ」

 

「将軍らしくもない現場の意見を無視した判断ですね」

 

 両者とも睨み合ったまま一歩も引かない。睨み合ったまま時間が過ぎ、テーブルのカップからは虚しく湯気が立っていた。湯気が立たなくなった頃、モントゴメリーはやってられないとばかりにため息をついた。

 

「この命令は扶桑海軍から発せられたものだ。我々がとやかく言ってもどうにもならない」

 

「ですが・・・」

 

「そのことが理解できないほど君は愚かではないはずだが?」

 

「・・・しかし、戦力的に不安が生じるのは事実です。もしネウロイの戦力が増せば・・・」

 

 加東は苦し紛れのように言葉を絞り出したが、自分でも説得力が薄いのが分かっているのか先ほどに比べ弱弱しいものだった。

 

「確かにそうだ。しかし、それは何もここだけという話ではない。予測だけで貴重な戦力を遊ばす余裕は人類にはない」

 

「それは・・・そうですが・・・」

 

 反論できない加東は悔しそうに眼を伏せた。それを合図として、話は終わりだと言わんばかりにモンドゴメリーは立ち上がった。

 

「すでに扶桑から出発した艦隊の一部がトブルクに寄港することが決まっている。話はこれで終わりだ。君は自分の任務に戻りたまえ。・・・少なくともここの脅威はネウロイだけだ」

 

 最後の一言に疑問を残しながらも加東は黙って出ていくことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、島岡とライーサは釣りをしていた。

 

「こ、これ、ど、どうすればいいの!?」

 

「落ち着けって。焦らずにゆっくりとリールを巻いて・・・」

 

「な、なんかすごい動いてる!?」

 

「随分と活きがいいやつだな」

 

 トブルクの街外れ、静かな沿岸部。

 島岡とライーサは空いた時間を利用して前々から話していた釣りデートと洒落込んでいた。

 

「ん?小さいな。こいつは放すか」

 

 ライーサの釣竿にかかった魚を見て島岡が残念そうに言うと、手早く釣り針から魚を外して海に放った。

 

「あれ?放しちゃうの?」

 

「まだ子供だったからな。・・・ほら、餌を付けたからもう一度糸を垂らしな」

 

「うん。ありがと」

 

 二人並んで座り、潮風を浴びる。穏やかな時間が流れる中、時折聞こえるウミネコの鳴き声と魚が跳ねる音が聞こえていた。

 

「・・・あまり驚かねぇんだな」

 

 島岡がポツリと呟くとライーサは辛そうに目を伏せた。

 

「・・・うん。覚悟はしていたから。私たちは軍人だし・・・いつか転属命令が出て離れ離れになるかもって」

 

「そうか。そりゃそうだよな」

 

「だから・・・今は出来る限り一緒に居たいの。だから・・・」

 

「俺も一緒にいてぇよ。できるならずっとな」

 

 ライーサが島岡に寄り添い、彼の肩に頭を預ける。島岡も彼女の頭に顔を埋めた。島岡の釣り竿がピクリと震え、ウキが沈む。だが、島岡はそれに気付くことなく、ライーサの香りを胸一杯に吸い込んだ。

 

「この前も言ったが、俺はお前を残して死ぬ気はさらさらねぇ。たとえ、ここじゃなくてスオムスでもな」

 

「うん・・・信じてる。シンスケ?」

 

「うん?」

 

 ライーサの問い掛けに島岡は顔を上げた。見上げてくるライーサの碧い瞳が島岡を射抜く。

 

「私、シンスケと会えてよかった」

 

「俺もだよ」

 

「シンスケ・・・愛してる」

 

「っ!?お、おう!」

 

 扶桑では滅多に聞くことのない、いきなりのこの言葉に島岡はどぎまぎしてしまう。育ってきた文化が違うせいか、こんな時でも島岡は慣れないでいた。そのことを重々承知しているのか、ライーサはからかうようにクスリと笑った。

 

「シンスケ・・・かわいい」

 

「ち、ちくしょう・・・でもな?」

 

「え?・・・んっ!?」

 

 島岡は笑い続けるライーサの隙をついて、いきなり彼女の唇を奪った。程なくして、先ほどとは逆に顔を真っ赤にして目を白黒させているライーサに島岡は笑いかけた。

 

「お前の方が可愛いに決まってんだろ?」

 

「・・・シンスケがこんな事するなんて」

 

「まぁ、からかわれるままは嫌だしよ。多少はな?その・・・嫌だったか?」

 

「そんなことないよ・・・!でも、我儘言うならもっと前からして欲しかったかな?」

 

「・・・すまねぇ」

 

「なら、もう一度して?」

 

「おう」

 

 魚が食らいついているであろう釣り竿を横に置き、ライーサを力いっぱい抱き締めて唇を重ねる。

 いまこの二人を見守るのは物言わぬ岩と海、そして数匹のウミネコだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後から放たれる銃弾をすんでのところで回避し、今の自分が持ちうる空戦技術をフルに活かして回り込もうとする。

 だが、相手はそれを許すほど甘くはない。一度背後を取り返して攻撃できたかと思えば、こちらの攻撃が銃撃であろうとも炎であろうとも完全に見切っているかのように回避し、すぐさま自分の背後に回り込んで銃撃を浴びせられる。

 ただただ必死に避けるか、シールドで防ぐしかなかった。

 

「くっ・・・!」

 

 もう何度背後に回り込まれたか覚えていない。神崎は自分のシールドにペイント弾が当たるのを歯噛みして見ていた。自分の実力は上がっているのだろう。以前なら背後へ何度目かに回り込まれた時点で負けていたはずだ。

 しかし、それでもマルセイユには及ばない。

 

『なかなか当たらないな・・・!』

 

「負けたくはないからな・・・!」

 

 もはや意地の領域かもしれない。神崎は無理やり体を捻ってMG34を背後に向けると碌な照準もせずに引き金を引き絞った。やたらめったらにペイント弾はうまい具合にマルセイユへの牽制となり、一時彼女を引きはがすことに成功する。神崎は全速力で距離を取ると、一旦仕切り直しとばかりに空中に滞空した。

 

「ふう・・・」

 

 乱れた呼吸を整えつつ、構えていたMG34の銃口を下げる。そしてこちらに向かってくる茶の機影に左手をかざした。

 

「受け取れ・・・!!」

 

 左手に魔法力を収束させる。収束された魔法力は熱を帯び、そして炎を生み出す。そして・・・その炎は一気に膨れ上がった。

 

「行け・・・!!!」

 

 鋭く振られた左手。その軌跡から放たれる数多の炎。その数、30余り。それらが一斉にこちらに迫りくるマルセイユに襲い掛かった。

 

『そう来なくちゃ面白くないな!』

 

 インカムから聞こえるマルセイユの声は非常に嬉しそうだった。そして、その声を体現するように傍から見ても楽しんでいるのが分かるぐらい活き活きと動きだした。マルセイユが放つ弾丸は高速で動いているはずの炎をいとも容易く撃ち抜いていき、爆発させていく。みるみるうちに炎は数を減らしていくが落ち込んでいる暇はない。

 

「これで終わるつもりは・・・ない」

 

 神崎は次の行動へと移った。

 

 

 

 マルセイユは空中に舞って視界を遮る爆炎を眺めて言った。

 

「この攻撃はゲンタローのいつもの手だ。ということは・・・上だな!」

 

 私は何度も見てきているぞ・・・とマルセイユはほくそ笑んで自ら爆炎の中に突っ込んだ。爆炎の中に入ってしまえば神崎はこちらの動きを捕捉できない。こちらを攪乱させるために煙幕を逆に利用させてもらった。マルセイユは爆炎の中で身を翻すと第六感ともいえる正確な予測で上方に銃を向けた。

 程なくして爆炎が風に流されて晴れる。マルセイユが銃口を向けた先には予測通り神崎がいた。

 しかし・・・。

 

「距離が近すぎる!?」

 

 神崎がいた位置が彼女の想像以上に近かった。何故かは分からないが、どうやら神崎のスピードは自分の予測よりも上昇しているらしい。

 

「だが、まだ狙える距離だ!」

 

 いくら近いといってもまだ十分に狙える。驚きはしつつも気を取り直して銃を構えなおす。

 しかし、そこではたと何かに気付いた。こちらに突っ込んでくる神崎の手は・・・銃を握っていない。

 

「・・・?」

 

 一瞬気を取られるも構わず引き金に指をかけた。神崎が唇を歪めた。マルセイユが引き金を引こうとしたのと同時に神崎が両手を突き出す。

 そして・・・神崎の姿が消えた。

 

「・・・これは!?」

 

 マルセイユが驚きで目を見開く。

 が、体は無意識のうちに動いていた。

 

「それは一度見ているぞ!」

 

 その動きは神崎と初めて戦った時に見たもの。

 

「その程度で私を出し抜けると思うなよ!」

 

 神崎が移動したであろう方向にほとんど勘で銃を向ければ案の定そこにいた。

 

「終わりだ・・・!」

 

 勝利を確信して、マルセイユは引き金を引く。放たれたペイント弾は神崎に吸い込まれ・・・なかった。

 再び、神崎の姿が消えた。

 

「馬鹿な!?」

 

 撃った直後は銃の反動で体は満足に動かないが、眼だけは彼を追った。その先には鋭い眼孔でこちらを狙う神崎。

 その手には・・・拳銃。

 

「・・・やられた」

 

 マルセイユが自嘲気味に呟くのと、胸にオレンジの花が咲いたのは同時だった。

 

 

 

 以前、初めて彼女と摸擬戦をした時にも使用した機動。しかし、今回はもう一段階進ませたものだった。その機動にはMG34の重量でさえも余計な負荷になるだろう。炎を放った後の神崎の行動はマルセイユの予想通りのものだった。

 炎を放ち、急上昇。次いで、逆落としよる一撃離脱。

 このアフリカで何度も繰り返してきた戦術だ。神崎自身この戦術と今から行う機動を組み合わせて使うのには一抹の不安があった。

 まず、零式艦上戦闘脚。

 これからの機動は膨大な量の炎を消費する。となれば、零式の魔導エンジンには熱を帯びた多量の魔法力の負荷がかかってしまい、熱暴走を起こす可能性が非常に高くなってしまう。

 更にはマルセイユ。

 彼女のことだ。おそらく自分がどのように動いてくるかは容易に読んでくるだろう。戦術を変えるのは容易い。しかし、それでは意味がない。自分が一番習熟した物でなければこの機動は成功しないだろうし、そして何より彼女の意表を突くことができない。

 故に・・・。

 神崎はマルセイユの視界を爆炎で遮った時点でMG34を手放した。

 

 そのまま急上昇し、爆炎が広がる空域を見下ろしてマルセイユに狙いを定める。

 

(ここからが正念場・・・)

 

 何も持っていない両手を一度だけ開閉する。精神を集中させるための一瞬の間。その直後、神崎は両手に魔法力を収束させた。今、自分が用いることが出来る最大限の魔法力。やがて、熱を帯び始めるが、神崎は炎を放つことはしなかった。

 

「ッ!!」

 

 零式に魔法力を注ぎ込み、マルセイユへ逆落としを仕掛ける。零式がガタガタと不気味な震動を起こし始めるが、敢えて無視した。

 青い空に白い一直線が描かれいく。

 あと少しで肉薄できるというところで爆炎が晴れた。その中から現れるマルセイユはこちらの動きを見透かしていたかのようにまっすぐ銃口を向けている。

 

(さすが、ハンナ。こっちの動きを読んでいたな)

 

 だが、そうでなければ意味がない。俺はその読みの上をいくのだから・・・。

 神崎は無意識のうちにニヤリと笑っていた。マルセイユから放たれる殺気を敏感に感じとり、撃ってくるタイミングを探る。

 

(まだ、まだ、まだ・・・。・・・ここか!)

 

 右手に収束させていた魔法力を一気に解放。

 “放つ”のではなく”噴出“させた。前方に噴出された炎は前方への推進力を打ち消し、神崎の速度を0にする。その一瞬後に重力に引かれ自由落下した。おそらくマルセイユから見れば、目の前にいた神崎がいきなり消えたように見えるだろう。代償として、零式の魔導エンジンには予想通りの負荷が、そして体には猛烈なGがかかった。

 だが、これは以前にも見せた機動。神崎にはこれで引き離せるという甘い考えはなかった。現にマルセイユの殺気は消えることなく、銃口と共にこちらに注がれ続けている。今は先ほどの炎で推進力が無くなって動こうにも動けない状態。絶体絶命だ。だからこそ意表を突くしかなら今しかない。

 神崎はマルセイユが引き金を引こうとするのを見ながら左手を動かした。

 

(二連続・・・本当にいけるか?いや、やるしかない)

 

 先ほどの急制動で体が軋んでいる。零式からは不気味な震動に加えて悲鳴に似た不協和音が聞こえてきた。この状況では舜巡も生まれるのも当然だ。

 だが、ここで諦めたら意味が無くなる。いままで仲間と共に戦ったアフリカでの意味が。

 だから・・・。

 全てを無視して神崎は左手の炎を噴出させた。

 MG34を捨ててまで重量を軽くした神崎は噴出された炎の推進力により移動した。炎による急加速は神崎の体をより軋ませるが、すんでのところで放たれたペイント弾を回避。マルセイユの真下に潜り込んだ。その間、流れるような動作で右手で腰の拳銃C96を抜いて構える。驚愕の表情でこちらを見るマルセイユと視線が刹那に交差する。

 二度の急制動。

 神崎の体と零式はその無茶の代償として少なくないダメージを受けている。だが、その代償を払ったかいがあった。

 

「・・・俺の勝ちだ」

 

 神崎は呟きながら引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

「負けたぁ~!!」

 

「・・・よし」

 

 地上に戻った途端、マルセイユは頭を抱えて悔しがり、神崎は満更でもない表情で頷いていた。模擬戦自体はすでに何十回とも行っていたが、神崎の連戦連敗。

 今回が初の勝利だった。

 マルセイユは自分の敗北に納得できないのか、神崎の勝利の証である自分の胸に付いたペイントを忌々しそうに見つめると、神崎に指を突き付けて叫ぶ。

 

「この前までの勝負じゃ、あの炎を使った急制動は使わなかったくせに!」

 

「あの技は負担が大きい。零式にも俺自身の体にもな。・・・おいそれと使える訳じゃない」

 

 数人の整備兵に囲まれて滑走路から運ばれていく零式を眺めながら神崎は言う。しかし、それでもマルセイユは納得し切れないらしく唇を尖らせた。

 

「なら、どうして今日は使ったんだ?」

 

「・・・お前に勝つためだ、ハンナ。自分の持っている全ての力を駆使して一度でも・・・。俺の体が壊れても、零式が爆発してもな」

 

「・・・。どうして今回はそんなにまで勝ちに拘る?なんというか・・・ゲンタローらしくない気がする」

 

 マルセイユが知る限り、神崎が今回のように勝ちに拘ることはほとんどなかった。無論彼がいままで手を抜いていた訳ではない。ただ、今回のように過度な負担をかけてまでの激しい戦闘は行ってこなかった。この彼女の指摘に神崎は表情を暗くした。

 

「もうお前とは当分模擬戦を行うことはない。・・・悔いは残したくなかった」

 

「ゲンタロー・・・」

 

 釣られるようにしてマルセイユの表情も曇る。重苦しい雰囲気が漂い始めるが、それを吹き飛ばすかのように、それに・・・と神崎は冗談めかすように続けた。

 

「いやしくも『アフリカの太陽』という、お前と同じで『アフリカ』の名前を背負うことになったんだ。『太陽』が『星』に負けっぱなしじゃ恰好がつかないだろう?」

 

「・・・フフン。だとしてもまだ一勝だ。この私には到底かなわないな」

 

「今は・・・な」

 

 そう言うとどちらからともなく笑みが零れる。二人はしばらく笑いあった。

 

 

 

 

 

 アフリカから出発するまでの時間は短かった。神崎、島岡が抜けることによる戦力低下への対策や仕事の引き継ぎ、さらには私物の整理等やるべき仕事は山ほどあった。二人は忙しく働き続けた。

 

 そして・・・出発の日。トブルクの軍港には扶桑皇国海軍が誇る空母『翔鶴』とそれを護衛する巡洋艦、駆逐艦数隻が寄港していた。島岡の零式艦上戦闘機と神崎の零式艦上戦闘脚、そして補給物資の積み込み作業が行われている中、最後の別れが行われていた。

 

「君たちを手放すのは実に惜しいな」

 

 そう言うのはロンメル将軍だった。二人の手を握りながら惜しい惜しいとしきりに口にしている。神崎と島岡はそんな将軍の様子に苦笑いしながらも頭を下げていた。

 

「将軍のご厚意には感謝しています」

 

「お世話になりました」

 

 

 

カールスラント陸軍ティーガー隊の面々も来ていた。

 

「カンザキ少尉・・・」

 

「シャーロットか・・・。見送りにきてくれたのか?」

 

「うん。将軍が許可をくれた・・・」

 

 そう言うシャルロットの後ろにはフレデリカとミハイルも居た。

 

「カンザキ少尉。私、分かった気がする。自分が何をすべきなのか・・・。私が何をしたいのかが・・・」

 

 二人を振り返って見ながらシャーロットは言った。その様子に神崎は目を細める。

 

「・・・シャーロットは強い。お互いに頑張っていこう」

 

「・・・はい!」

 

 神崎が伸ばした手をシャーロットが握る。神崎は何か満ち足りた心地がした。

 

 

 

「おう!坊主!」

 

「親父さん方!来てくれたんすか!?」

 

「当たり前だ!俺たちが天塩をかけて整備した零戦とお前が旅立つんだからな!隊長さんも許してくれたぜ!」

 

 統合戦闘飛行隊『アフリカ』の整備兵の面々。島岡は囲み、肩や背中を叩いたりして荒っぽく激励をしていた。

 

「お前はとびきり腕がいいが、操縦は荒っぽいからな!もう少し機体を労われよ?」

 

「それは重々承知してますけど、保障はできないっすね」

 

「そりゃそうだ!」

 

 皆でガハハと笑いあう。砂漠で共に戦った絆がそこには確かにあった。

 

 

 

 見送りの場にマイルズはいなかった。

 

「行かなくていいんですか?隊長?」

 

「さっきからいいって言っているでしょう」

 

 軍港から少し離れた堤防でマイルズと副官のソフィは翔鶴を眺めていた。どこか憂鬱げな眼差しで翔鶴を見つめるマイルズをソフィはしきりに気にしていた。

 

「でも、隊長は神崎少尉のことを・・・」

 

「・・・私は彼が傷ついていた時、なにもしてあげられなかった。それどころか彼に恐怖を覚えた」

 

 彼が血塗れでトラックから降りてきた時、彼が怖かった。何か人じゃないような気がして・・・。

 

「そんな私があそこに行く資格なんてない」

 

(隊長・・・)

 

 ソフィはマイルズの気持ちを思んばかり、顔を曇らせた。本心では絶対にそうは思ってないはずだ。だったら、こんなところに来て彼の旅立ちを見送るわけがない。いたたまれない気持ちになり、ソフィも翔鶴の方を眺める。

 

 そこで気づいた。

 

「た、隊長!あれ・・・!」

 

「・・・え?」

 

 ソフィが慌てた様子で指を指す。マイルズの目が見開かれた。彼女の眼にはこちらに大きく手を振る神崎の姿が・・・。

 

「あ・・・」

 

 思わず、マイルズの目から涙が零れる。

 

「・・・気づいてたんだ」

 

 後から後から涙が零れてくる。

 

「・・・ありがとう、神崎さん」

 

 マイルズは小さく呟いて、大きく手を振りかえした。

 

 

 

 二人が乗り込んだ翔鶴は時間通りに出航した。

 甲板に並んで座り、段々と離れていくトブルクの街並みを眺める。

 

「俺らはどのくらいアフリカにいたんだ?」

 

「約9ヶ月といったところだ」

 

「思ったより短かったな・・・」

 

 二人に強めの潮風が当たり、アフリカの強い日差しが照らしていく。二人は何となく太陽を仰ぎ見る。目を細めて見る太陽の光。そこにふっと黒い影が通り過ぎた。

 

「ん・・・?」

 

「お・・・?」

 

 段々と大きくなっていく黒い影に二人の表情は明るくなっていった。綺麗なダイヤモンド編隊を組んで飛行する四人の航空魔女(ウィッチ)。マルセイユ、ライーサ、加東、稲垣だ。四人は速度を落としつつこちらに近づき、甲板スレスレを飛行する。

 

「ゲンタロー、次は負けないからな!」

 

「ああ・・・!」

 

 神崎に指を突き付けるマルセイユ。その後ろを飛びながらで加東が複雑な表情で神崎に言った。

 

「玄太郎、無事でいてね・・・!」

 

「ケイさん・・・!本当にお世話になりました・・・!!」

 

 続いて涙目の稲垣が。

 

「神崎さん・・・!いままでありがとうございました!」

 

「がんばれよ・・・!」

 

 その隣では島岡とライーサが別れを惜しんでいた。目に涙を溜めたライーサはギリギリまで翔鶴に近づき、島岡に向かって手を伸ばす。島岡も精一杯手を伸ばし、彼女の手をしっかりと掴んだ。

 

「また・・・また、会おうね!!」

 

「ああ!!絶対にだ!絶対だ!!」

 

「シンスケ・・・!愛してる!!」

 

「ライーサ!俺も愛してるからな!」

 

 別れを惜しみ、涙を流す二人。そして二人は手を離した。翔鶴から離れていく四人を見送り、神崎は呟いた。

 

「生きて帰らなきゃな・・・」

 

「ああ。絶対に・・・だ」

 

 島岡の手を力強く握り締める。

 神崎は自分の思いを確かめるように目を閉じて、空を仰ぎ見た。

 

 

 

 




次はスオムス編・・・といきたいんですが、少し番外編を挟みたいと思います

どんな話になるかは楽しみにしていてください!

あと、空母が翔鶴なのは筆者の趣味です(笑)


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アフリカ 番外編
番外編2 譲れない闘い


日常と言いますか、面白い話があまり書けなかったので番外編という形で書いてみようと思った次第です

筆者としても初めての試みなので余り期待せずに読んで下さい

時期的にはライーサと島岡が付き合って少し経った頃です

感想、ミスの指摘、アドバイスなどよろしくお願いします!

気軽にね!


 炎天下の中、島岡は前に立ち塞がる敵を睨み付ける。

 それは神崎。

 

「そこをどけ。ゲン」

 

「・・・断る」

 

 神崎は表情こそ静かなものの全身から強烈な気迫が立ち昇っていた。お互いに一歩も譲る気はなく、おいそれと手を出せない。

 一陣の風が二人の間に砂を巻き上げた。

 先に動いたのは島岡。素早い動作で足を動かし、神崎の横をすり抜けようとする。だが、神崎もその動きに対応した。一瞬後には島岡の前に立ち塞がった。

 そして・・・、

 

「・・・貰った」

 

「んな・・・!?」

 

 島岡が保持していたサッカーボール(・・・・・・・)を奪い去った。

 

「まだまだだな・・・!」

 

「ちくしょぉぉおおお!!」

 

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」は絶賛サッカー中であった。

 

 

 

 

 

 一面ただ広い砂漠だった基地の隣は今やサッカーグラウンドと化していた。サッカーグラウンドと言ってもそんな大層な物ではない。ただ間に合わせのゴールポストを二つ、ベンチには申し訳程度のイスを置いただけ。ラインにいたってはすぐに砂で隠れてしまうため引いてもいない。そんな中で神崎、島岡を始めとした有志11名が走り回っていた。

 わぁわぁと騒ぐ彼らを見守る影が5つ。

 

「おお!やっぱりゲンタローは上手いな!」

 

「ティナ。シンスケも負けてないよ」

 

 マティルダが支える大きな日傘の陰で言葉を交わす、マルセイユとライーサ。その隣ではカメラを構えてシャッターを切る加東と浮かない表情の稲垣もいた。

 

「やっぱり戦力的には玄太郎と信介かしらね」

 

「あの、ケイさん。やっぱりあの話は本当なんですか?」

 

「だから皆本気になっているんじゃない。信介は特に・・・」

 

 そう言いながらすさまじい気合いと共にシュートを放つ島岡をカメラに納める。その会話を横で聞いていたマルセイユはからかいの目でライーサを見た。

 

「愛されているな?」

 

「もう!!ティナ!」

 

 ライーサは顔を赤くして声をあげるが、その実満更でもなさそうだった。

 

 

 

 

 

 事の始めは一週間程前に遡る。

 

 

 

「最近はネウロイの襲撃や市街地の治安維持活動が多発したせいか、士気が落ち込み気味だ。何かこう、うまい具合に士気を上げる方法はないだろうか?」

 

 トブルクのカールスラント陸軍アフリカ軍団総司令部から、協議の為と呼び出しを受けて向かった加東が、到着してまず最初に聞いた言葉である。言ったのは、もちろんカールスラント陸軍アフリカ軍団の長であるロンメル将軍だった。

 

「ないだろうか・・・って、そんなことはあなたが考えることじゃないでしょう?」

 

「それはそうだが、別に私が考えてしまっても構わないだろう?」

 

 どこぞの弓兵のような物言いに加東は呆れた目を向けた。だが、ロンメルはニコニコと笑って加東の返答を待つだけ。仕方なく加東は口を開いた。

 

「・・・疲れが溜まっているなら、普通に休暇をあげればいいんじゃない?」

 

「そうだが、ただやるだけでは面白みがなくないか?」

 

「・・・なんで面白みを求めてるのよ?」

 

「それに、疲れもだが不満や鬱憤なども溜まっている気がする。それらも何とかして解消してやりたい」

 

 余りのどうでもよさに頭が痛くなってきた加東は適当に答えた。

 

「なら、競技会か何かしてその勝者が特別休暇を貰えることにすれば?別に賞品とかでもいいし」

 

 この提案にロンメルは少し考えて表情を明るくした。

 

「・・・ふむ。それはいいかもな。君達にも何かしらの協力を要請するかもしれないがいいか?」

 

「まぁ、任務に支障がなければ」

 

「分かった。さらに計画を練って後で伝えよう」

 

「了解・・・って、もしかして協議ってこれだけ?」

 

「そうだが?」

 

「このくらいのことで呼びつけるな!!」

 

 

 

 そして数日後、トブルク近辺に駐留する全部隊に1つの通達が送られた。内容は・・・

 

「全部隊対抗サッカー大会開催!優勝部隊MVP選手には統合戦闘飛行隊『アフリカ』の魔女(ウィッチ)の1人からキスのプレゼント!!!」

 

・・・・・・。

 

「あんの、アホ将軍!!!」

 

 この通達が届いた時、加東は書かれている書類を全力で叩きつけ、即刻抗議の電話を入れた。

 しかし・・・。

 

「通達を送った全部隊から物凄い速さで参加申し込みの連絡が来てな。今さら中止にはできん。それに君は協力を了承したはずだが?」

 

という感じで、ロンメルはのらりくらりと抗議をかわしてしまった。 その夜、加東はやけ酒で相当な飲んだという。それに神崎が付き合わされたとかないとか・・・。

 

この通達で怒ったのは加東だけ出はなかった。

 

「アフリカ」にこの通達が広まった時、島岡は激怒した。

 

「人の彼女を賞品にするとは許せねぇ!将軍を殴ってでもやめさせてやる!!」

 

 けど、銃殺だけは勘弁な!と、訳が分からないことを言い始めたので、ライーサがやんわりと押し留めた。さすがに将軍を殴るのはやめた島岡だが、別の方法を思いついたらしい。それこそ、

 

「俺らが優勝して、俺がMVPを獲ればライーサを守れるし、(公式で)キスができんじゃね!?」

 

というもの。マルセイユや加東はいいのか、といった抗議もあったがライーサを守ることで頭が一杯の島岡はまったく気にすることなく、思い立ったが吉日とばかりにその日のうちに部隊の男性兵士を巻き込んでサッカーチームを結成。さっそく練習を開始した。

 

 

 

 

 

そして今に至る。

 

「どうしてサッカーになったんだろうな?」

 

 マルセイユがいつの間にか持ってきたロングチェアに寝転がりながら言う。加東は少しだけ考えて彼女の疑問に答えた。

 

「それは、世界中の人が出来るからじゃない?私は余り馴染みがないけど、海軍の方じゃよくやっていたって言うし。だから、玄太郎も信介も上手いのかもね」

 

 そんな事を話していると、島岡が見事なシュートと放ちゴールを決めた。それを見ていたライーサと稲垣が黄色い歓声を上げる。

 

「シンスケはMVPを狙えるんじゃないか?」

 

「それは試合になってみなきゃ分からないわね」

 

「・・・もし、ゲンタローがMVPを獲ったら誰を選ぶんだろうな?」

 

「!?!?!?」

 

 思わずマルセイユの方を勢いよく振り返る加東。マルセイユはニヤニヤして見ている。

 

「誰を選ぶんだろうな?」

 

「そ、それは玄太郎の勝手でしょ!?」

 

 明らかなからかいだが、加東は頭では分かっていても冷静にはなれなかった。

 

「まぁ、楽しみにしていればいいさ」

 

「まったく・・・」

 

 加東は憤慨しながらその場から離れる。その時、神崎を目で追ってしまったのはしょうがないことだろう。

 

 

 

 

 

数週間後・・・。

 

 

 

「さて、ついに始まりました。全部隊対抗サッカー大会、決勝戦。実況は私、ブリタニア陸軍のセシリア・G・マイルズが「グリンダー!!!」ちょっ、誰よ!ミドルネームは呼ばないでってゲフンゲフンッ・・・務めさせて頂きます。それでは決勝戦に勝ち上がってきたチームをご紹介しましょう。まずは、我らが誇るアフリカの守護神、統合戦闘飛行隊『アフリカ』から、チーム『アフリカ』!名前もそのままですね。さて、いったいどんなチームなのでしょうか?解説のポルシェ少佐?」

 

「今回、解説を務めさせて頂く、カールスラント陸軍のフレデリカ・ポルシェ少佐です。「空飛ぶおっぱい!」「テメェ、俺の魔女に色目使いやがって!!」「誰が俺の魔女だゴラァ!」・・・。さ、さて、チームアフリカについてですが、島岡選手と神崎選手をエースに置いたバランスのいいチームですね。両名が攻守とも高いレベルでこなせるので他選手も安心してプレイできるようです。今までの試合も危なげなく勝ち進んできました」

「なるほど、さすが神ざ・・・ンンッ。で、では対するチームは!チーム『R』!!このチームはどんなチームなのでしょうか?」

 

「一言で言えばチームワークがいいですね。特徴的な部分はありませんが恐ろしいまでに統制された動きをしています」

 

「なるほど、ではまもなくキックオフです!」

 

 

 

 

「チーム『R』の『R』は!『ロンメル』の『R』!!」

 

「何やってんすか!?将軍!?」

 

 センターラインに仁王立ちするロンメルに島岡は有らん限りの大声でツッコミを入れた。

 

魔女(ウィッチ)のキスだろう?欲しいに決まっているではないか!」

 

「それ目的でこんな設定をしたのか。・・・職権乱用ではないか?」

 

 神崎も静かにツッコむがロンメルは意図的に無視した。

 

「さぁ、やろうではないか!」

 

「チクショウ!ぜってぇライーサは守ってみせる!」

 

 島岡が気持ちを新たにして気合をいれるが、神崎は浮かない顔をしていた。 

 

「・・・ロンメル将軍が相手ではこちらのカールスラント軍人がやりにくくなる。大丈夫か?」

 

「そんなの関係ねぇ!!」

 

 そんな問答をしているうちにホイッスルが鳴る。ある意味最強の相手に試合は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、ロンメル将軍のチームだったとは・・・。これは相当やりにくいでしょうね。解説のポルシェ少佐?」

 

「ええ。特にカールスラント軍人には効果抜群でしょう。チームアフリカのカールスラント軍人は明らかに動きが悪くなっていますからね」

 

「しかも、ロンメル将軍の指揮でチームアフリカは完全に押し込まれてますね」

 

「今まで個人プレイに頼り気味だった分、神崎選手、島岡選手の攻撃を防がれてはチームアフリカに攻撃力はほとんどありません。ロンメル将軍の指揮するディフェンス陣に二人は何度もボールを獲られてます」

 

「しかし、扶桑軍人の頑張りのおかげか前半戦は0-0。すごいと思います」

 

「ですが、流れは依然としてチームロンメルが握っています。この状況を打開する『何か』がなければチームアフリカは負けてしまうでしょう」

 

「そうですね。では、後半戦が始まります」

 

 

 

 

「チクショウ・・・。やっぱり将軍相手じゃやりづらいか・・・」

 

 額から流れ落ちる滝のような汗を拭い、島岡は愚痴った。動きが悪くなったカールスラント軍人達のフォローに回り続いて相当な体力を消費していた。神崎も同様であり、汗をかきながら憮然とした表情をして言った。

 

「早く何か手を打つ必要があるな」

 

「けど、攻撃までに移る余裕がねぇ・・・。くそぅ、今まで全試合で得点してるからMVPは確実なのによぉ・・・。勝てなきゃ意味ねえよ」

 

 悔しそうに呟く島岡。その様子に神崎は1つ頷くとこう提案した。

 

「後半は俺達からの攻撃だ。・・・ここは俺に任せてくれないか?」

 

 

 

 

そして後半戦。

 

センターラインに神崎が立つ。

 

「相手は君か。だが、私が指揮するこのディフェンス陣を抜けるかな?」

 

 ロンメルの挑発に神崎は静かに答える。

 

「その必要はない」

 

「なに?」

 

 不思議そうな表情をしたロンメルに神崎は行動で答えを示した。

 神崎の頭から狼の耳が、臀部から尾が生える。

 

「ッ!?まさか!?」

 

 驚愕の色に染まるロンメル。神崎はボールを真上に蹴り上げると、魔法力を最大限に発動させ空中へと飛び上がった。一同がポカンと口を開けて見上げるなか、神崎はクルクルと体を回転させる。そして・・・

 

「ファイア○ルネード・・・!!!」

 

「どこの超次元サッカーだよ!?!?」

 

 島岡の渾身のツッコミと共に放たれた炎のシュートは寸分たがわすゴールに吸い込まれた。ゴールキーパーはとっくに逃げており陰も形もない。

 

「・・・魔力の使用は別に禁止されてないからな」

 

 一同唖然した中で見事な着地をして地面に降り立った神崎はどこか誇らしげな表紙でニヒルに言い放った。

 

 

 

 なんだかんだあったが、結局このゴールは有効になった。当然、チームロンメルは抗議したが、審判はその抗議を聞き入れなかった。(たまたま審判の後ろ姿を見た者の話では、審判のズボンの後ろのポケットからは写真のような紙切れが覗いていたらしい)

 

 流れを掴んだチームアフリカはそのままチームロンメルの攻撃を防ぎきり1-0で勝利。かくして、「アフリカ」魔女(ウィッチ)の唇は守られたのだった。

 

 

 

 

 

しかし、問題が一つ。

 

 

 

 

「MVPは・・・神崎少尉!!!」

 

「なんでだよ!?!?!?」

 

 マイルズから告げられた一言に島岡の悲痛な絶叫が響き渡る。

 

「あの炎のシュートは見事でした!これはMVPしかないでしょう!」

 

「ああ・・・。何と言うか・・・。すまない、シン」

「本当の敵は味方だったのかよ!?」

 

 

 

 後日、アフリカの部隊内では頬が赤くなった神崎の姿が見られた。その日は加東の顔が1日赤くて、マルセイユが既に仕事を果たしたような雰囲気を醸し出していたとか何とか・・・。真相は誰も知らない。

 

 

 

 ちなみに、島岡とライーサはいつもの変わらずイチャイチャしていたらしい。




私が書きたかっただけです(笑)

慣れないことをした(笑)

ちなみに、サッカーはイギリス海軍が日本海軍に伝えたのが日本てま広まった始まりだとか。この世界だとJリーグも早く出来たかもしれませんね


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番外編3 砂漠の夜 前編

長くなってしまったので二つに分割しました

結構独自設定が入ってます

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!
気軽にね。


 

 

砂漠の夜

 

 

 

 

 

 月が雲に隠れた闇夜の中に瞬く妖しい赤い光。その光が見える度、一つまた一つと炎が上がる。

 

畜生(シャイセ)!!またやられた!!」

 

「敵はどこにいるんだ!?」

 

「真っ暗で何も見えん!!」

 

 響き渡る爆発音と怒号、次いで銃声。闇雲に放たれた弾丸は何もない空間を貫き、ただただ無意味を重ねるだけ。

 

 また一つ炎が上がった。

 

 突如として風が吹き、雲間から月を覗かせた。月光に照らされた地面に走る影が一つ。その影はなおも砂にまみれてもがき続ける者達へと重なった。

 

 

 

 

 

 

 全力魔女支援要請(ブロークンアロー)を受けた神崎、加東がその現場に到着したのは、要請を受けてから10分後だった。時刻は深夜午前4時。まだ日が昇らない暗闇の中をストライカーユニットに識別灯を灯し、可能な限り速度を上げて急行したのだが、既に敵の姿は見えず、見下ろす地面には破壊された車輌の残骸や力尽きた兵士達の亡骸が転がっていた。

 

「間に合わなかったわね・・・」

 

 加東は唇を噛み締めつつ、報告の為に地上の有り様をカメラに納めていく。その間、神崎は加東の後方に付き周辺警戒に努めていたが、やおら口を開いた。

 

「・・・最近、夜間の襲撃が多くなってきています。しかもいまだに敵影すら捕捉できていないというのは・・・」

 

「夜間戦闘になると私達には厳しい所があるし何か手を打たないと・・・」

 

「そうですね・・・ん?」

 

 その時、神崎の視界の隅で赤い光が煌めいた。

 

「ッ!?ケイさん!!下がって!!」

 

「え・・・!?」

 

 警告を発するも撮影と思考に集中していた為か加東の反応が遅れた。咄嗟に神崎が加東の前に滑り込みシールドを張った直後、ネウロイのビームが直撃する。

 

「グッ・・・!?」

 

 予想以上の威力に神崎は思わず声を漏らすが、ほどなくしてビームは止んだ。直ぐ様ネウロイが居たであろう方向に銃を向けるが、暗闇の中に紛れ見つけられない。

 

「ごめん!!大丈夫!?」

「大丈夫ですが・・・敵を見失いました」

 

 後ろから投げ掛けられる加東の慌てた声に、神崎は振り返らず鋭い目で周りを見渡しながら答える。暫くの間、二人はじっと空中に留まり警戒していたが、次の攻撃はなかった。

 

「ここら一帯の空域を哨戒するわ。まだ近くにいるかもしれない」

 

「了解」

 

 そこで加東が躊躇うように間を置くと、神崎から恥ずかしそうに目を逸らして言った。

 

「さっきは助かったわ。その・・・ありがとう」

「いえ・・・お気になさらず」

 

 神崎は気まずそうに返事をして自ら加東後方の二番機位置に入った。

 

 その後の哨戒は敵から攻撃を受けることも、敵を発見することもなく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブルク カールスラント・アフリカ・軍団総司令部

 

 

 

「今回で8件目だ。そろそろ何か別の策を練らなければならない」

 

 ロンメル将軍の音頭で会議が始まった。

 彼の目の前には不機嫌そうに眉間に皺をよせて、テーブルの上に広げられた地図を眺めるモントゴメリー将軍と葉巻をふかして近くのソファにふんぞり返るパットン将軍。三将軍が集まるほどに、今回の夜間における襲撃の問題は重要なものとなっていた。

 

ロンメルの所(カールスラント陸軍)が4件、私の所(ブリタニア陸軍)が3件パットンの所(リベリオン陸軍)が1件か。狙われているのは輸送部隊だな」

 

「徐々にではあるが各前線への補給にも滞りが見られ始めている」

 

「今はまだ小規模の部隊しか狙われとらんがなぁ。補給線に危険があるのは、喉元にナイフを突きつけられておるのと同じだ」

 

 パットンは葉巻の煙を吐き出すと自分の首に手刀を当てるジェスチャーをした。ロンメルは頷くと、襲撃地点とその詳細が記された地図に目を落とす。

 

「今までは無理を押して『アフリカ』に対処させていが限界がある。これを何とかしないのは指揮官の怠慢だ」

 

「鍵となるのはやはり魔女(ウィッチ)だろう。情報では目標は中型程度のネウロイだと考えられるからな・・・」

 

 そう言うモントゴメリーの表情は渋い。それは他二人も同じだった。

 

「・・・どこかからか夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)を引っ張ってこなきゃならんな」

 

 三人の頭を悩ませる問題をパットンがボソリッと呟いた。

 

 夜間戦闘航空魔女 通称「ナイトウィッチ」

 その名の通り夜間時の戦闘を専門とする魔女(ウィッチ)。数の希少な航空魔女(ウィッチ)の中でもさらに希少な存在である。そのほとんどが夜間での戦闘に有利に働く固有魔法を持ち、夜間哨戒の特性上、ネウロイと単機で渡り合える実力を有するエリート的な存在でもある。

 

 今回の件ではどう考えても夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の運用は必須なのだが・・・多少問題があった。

 

「いったい、どっから引っ張ってくるんだ?」

 

 ・・・多少などではない。大問題だった。

 現に、このパットンの問いかけにモントゴメリーは眉間の皺を一層深くさせ、ロンメルは諦めの溜め息を吐いた。

 今さらだが、ここでアフリカの戦場の特性を説明しておこう。平坦で障害物の少なく、見晴らしのよいアフリカは男性兵士がネウロイと対等に戦える数少ない戦場の一つである。8.8センチ高射砲(アハトアハト)を代表とするネウロイに対して有効な兵器の活躍もあり、いままでアフリカを守りきってきた。

 しかし悲しいことに、その事実故に魔女(ウィッチ)の、特に航空魔女(ウィッチ)の数は他の戦場に比べ極端に少ない傾向にあった。現にトブルク及びマトルー果てはエジプト付近までの広い空域を「アフリカ」の5名+α(島岡)だけで担当している始末。

 しかも夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)に関しては1人もいなかった。

 

うち(カールスラント)からはマルセイユという最高の戦力を出している。できればそちらから出して欲しいがな」

 

儂のところ(リベリオン)魔女(エンジェル)ちゃん達はまだアフリカで戦える程の錬度には達しておらんからなぁ」

 

「ブリタニアの魔女(ウィッチ)はこちらに回せるほどの余力はない」

 

 三者三様の台詞を吐き、そして揃って青筋を立てる。

 

「錬度不足ならここまで連れてきて訓練させればいいだろう!?あの扶桑の魔女(ウィッチ)達のように『アフリカ』に入ればすぐにでも錬度が上がる!!」

 

「それなら、カールスラント御自慢の夜間戦闘航空団から引き抜いてきたらどうだ!?それが確実だろう!?」

 

「お前達とは違ってカールスラントには魔女(ウィッチ)を回す余裕はない!!何ならブリタニアが本国で抱え込んでいる魔女(ウィッチ)から出せばよかろう!?」

 

「本国の防衛は最重要任務だ。本国の戦力を引き抜くことなどできん」

 

「あんなのは戦力の持ち腐れでしかないがな!!」

 

「なんだと!?なら貴様等は・・・」

 

 売り言葉に買い言葉。会議は踊る、血と共に。

 天幕の外で待機している兵士達のことなど露知らず、三人は肉体言語で会議を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

統合戦闘飛行隊「アフリカ」基地

 

 

 

「で、その結果が『これ』という訳?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 目の前では改造作業を受けている零式艦上戦闘脚とその傍らで死んだ魚のような目でひたすら分厚い書物をめくっている神崎。

 加東はそんな光景を横目で見つつ嘆息すると、神崎がこうなってしまった原因を持ち込んできたロンメルに向き合う。いつものようにニコニコとした表情だが、その顔面にはいくつかの絆創膏と湿布が張られている。

 

夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)が手配できればそれが一番手っ取り早いのだがな。しかし、折よく扶桑海軍からの打診があって助かった」

 

「なんでそれを殴り合う前に思い出さないのよ・・・」

 

 加東が大袈裟に溜め息をつくがロンメルは一向に気にしていない。そんな彼を置いておいて加東はひたすら書物を呼んでいる神崎の所へ向かった。

 

「大丈夫?」

 

「なんとか・・・」

 

 問いかけには返事をする神崎だが、目はページの文字を追っている。

 

「それが終わったら仮眠を取ってね。初のことなんだから、万全の体制で望まなきゃ」

 

「分かりました。しかし・・・まさかこんなものがあるとは思いませんでした」

 

 一段落着いたのかずっと伏せていた顔をあげる神崎。その目は純粋な驚きがあった。

 

「これが実用化されれば戦局は変わるわ。えっと・・・何て名前だっけ?」

 

「鷹守式魔導針です」

 

 神崎が再び書物へと視線を落とす。その表紙には「鷹守式魔導針取扱説明書」と書かれていた。

 

 

 

 

 

魔導針。

 

 魔法力によって形成されたアンテナから電波を発して、夜間での視覚補正及び索敵を行う魔力運用技術の一つである。

 魔導針を起動させる装置はストライカーユニットに組み込まれており、訓練をすれば誰でも使用が可能となるものだ。

 だが、習得するために必要な訓練期間は決して短くないため、この訓練を受けるのは専ら夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の道へ進んだ者だけだった。

 これは従来の魔導針、八木式や宇田式、リヒテンシュタイン式の場合である。

 

 今回、神崎が受領したのは「鷹守式」魔導針だ。扶桑皇国海軍の技術部が開発した新型である。訓練を受けていない魔女(ウィッチ)でも魔導針の即時使用を可能とすることを目的としたものだ。

 従来品に比べ性能は約2分の1、消費する魔法力量も馬鹿にならないが、扱いやすいように操作が簡略化され自動稼働の調整がされていた。まだ試作品の段階だが、もしこれが実用化されれば夜間戦闘の戦力が一挙に増大し、戦況に大きな変化を及ぼすことになるであろう物だった。

 このことを海軍から打診を受けていたロンメルは夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)が手配できない代わりに、海軍所属の神崎にこの魔導針を使用されることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 零式への魔導針の組み込みが終わるのとほぼ同時に、神崎は説明書を閉じた。

 

「あら、早かったわね」

 

「・・・なんだかんだ言って、この手のことは飛行訓練を受けていた頃に散々行ったので・・・。将軍は?」

 

「ついさっき帰った。頑張ってくれ、だって」

 

 時刻は午後3時すぎ。マルセイユ達は哨戒任務や訓練で空に上がっており、格納庫は数人の整備兵が詰めているだけでガランとしていた。神崎は説明書を脇に置くと立ち上がって大きく伸びをして固まった筋肉を解す。まだ日が高いがこれから夜間哨戒に向けて仮眠を取らなければならない。

 

「・・・自分の出来る限りのことはしてきます」

 

 傍らの加東に一言告げると軽く笑って格納庫を後にした。

 

 

 

 

 午後9時

 

 

 

「出力・・・異常なし。操作系・・・異常なし。兵装・・・異常なし」

 

 ランプの灯りを頼りに神崎は出撃前の点検を済ませていく。目の前に続いている滑走路にもランプが置かれ光のラインを描いていた。

 

「魔導針は・・・正常に作動。異常なし」

 

 零式艦上戦闘脚を履き、銃と扶桑刀「炎羅」を装備する神崎だが、頭部には見慣れない物があった。細身の鉢巻きの様な物だが、特殊な樹脂で出来ており右こめかみ部分には幅が樹脂と同程度の長方形の装置が付いている。これは「鷹守式」の最大の特徴を表す物だ。

 

「・・・ッ」

 

 神崎が魔導針へ魔法力を送ると、一瞬間を置いてアンテナが現れた。頭部から2本、そしてこめかみの装置から短めの物が1本。この頭部の装置が魔導針の制御装置となっており、この装置がなければ神崎は魔導針を使いこなすことができなくなる。

 神崎が何度も魔法力を送り、慎重に問題がないことを確認していると、インカムから加東の声か聞こえてきた。

 

『任務は夜間哨戒と補給部隊を襲撃している中型ネウロイの発見及び撃破。玄太郎、大丈夫?』

「問題ありません。いつでもいけます」

 

 答えながら目を横へと向けると、心配の目をしている加東と、興味津々げなマルセイユ、あくびを噛み締める島岡とそれを諌めるライーサがいた。

 

『ゲンタロー!次、それを私に貸してくれ!!』

『ふぁあ・・・。はやく寝てぇからさっさと行け。そしてさっさと帰ってこい』

『シンスケそんな言い方は・・・。神崎さん、お気をつけて!』

 

 インカムから聞こえてくる言葉は相変わらずの物ばかり。そんな彼らに神崎は苦笑しつつ手を振って離陸し、星が煌めく空へ飛び立っていった。

 

 

 

 離陸してすぐ、神崎は魔導針の凄さを痛感した。先日までは闇夜で視界が取れず苦労して飛行していたが、今は昼間と殆ど変わらない視界を確保できていた。これは魔導針のアンテナから発信されている電波が周りの空間情報を読み取っているからである。

 それを夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)でない神崎が確実に作動させる為に、こめかみ部分の制御装置が働いていた。神崎が送り込む魔法力やアンテナから発信される電波の波長などを適宜適切に調整している。

 

「結構な魔力を消費するが・・・これは凄い」

 

 周りを見渡しながら舌を巻く神崎だった。

 

 だが、魔導針の性能にも関わらず目標である中型ネウロイを発見できずにいた。

 

 すでに5時間近く飛行し、時刻は深夜2時を回っている。常に警戒している分神経がすり減り、心なしか手の銃と腰の「炎羅」がいつもより重く感じた。

 

(少し疲れたな・・・)

 

 神崎は気分を変えようと仰向けとなり、星空を見上げた。魔導針越しに見る星はいつも見るよりも数倍綺麗で神崎は知らず知らず目を細める。

 

 インカムからノイズが走ったのはその時だった。

 

「ッ!?」

 

 この状況でノイズが走るのは不自然。臨戦態勢にはいった神崎は銃を構え辺りに鋭く視線を走らせる。

 が、何もない。

 

(なんだったんだ・・・?)

 

 神崎は首を傾げると、少し考えて再び星空を仰いだ。すると、再びノイズが走る。さらに制御装置である短めのアンテナが不規則に瞬いた。

 

(魔導針の誤作動か・・・?試作品らしいが・・・)

 

 そう思いつつ零式に目を向けていると、再びノイズが走った。

 

『ザザザッ・・・ラ・・・ザザザザッ・・・・ラン・・・ザザザザザ』

 

 

 

 

 




一度は夜間飛行というものをしてみたいですね

最近は暑くなって夜寝付けない日が続いているので、そんな日に飛びたいです




番外編になってからケイさんがヒロインにしか見えない現象が発生している
なぜだ!?(笑)


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番外編4 砂漠の夜 後半

遅れてしまいました、すみません

今回も結構独自解釈が入っていますが、あしからず。


感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!




 

 

 夜間哨戒から帰還した神崎は眠気を圧し殺して格納庫へ直行し、魔導針の点検を要請した。目的は勿論あの不自然なノイズと作動の原因究明である。

 

「分かりました。すぐに始めます」

 

「よろしくお願いします」

 

 神崎から事情を聞いた整備兵の氷野曹長は二つ返事で作業に取りかかった。部下数名に指示を出しつつ、自身も工具を駆使して点検に入っていく。その動きには一切の迷いがない。

 

「少尉、ここは私達に任せて休んできてください」

 

「しかし・・・」

 

「夜間哨戒でお疲れでしょう?」

 

 氷野の申し出に神崎は少し考えた。

 慣れない夜間飛行の為に相当疲労が溜まっているのは事実。しかし、自分の命を預ける愛機を放っておくのは気が引けた。幸い、今日も夜間哨戒があるために日中の仕事は殆どない。

 ならば・・・

 

「いえ、大丈夫です。点検が終わるまで待ちます」

 

「分かりました。ですが、食事ぐらいは摂っていたほうがいいのでは?あちらに稲垣軍曹からの差し入れがあるのでよかったらどうぞ」

 

 氷野が指差す先、格納庫の隅に置かれたテーブルにはアルミの弁当箱と水筒が見てとれた。

 

「・・・では、お言葉に甘えて」

 

 神崎は氷野に一礼してテーブルへと向かった。椅子に座り弁当箱を開くと、そこには大きなお握りが二つ。それを見た瞬間、神崎のお腹がぐぅと鳴った。

 

(長時間飛んだんだ。腹が減るのは当たり前か)

 

 自分のお腹の音に苦笑すると、作ってくれた稲垣に感謝しつつお握りにかぶりついた。

 

 

 

 

 

 珍しく早起きしたマルセイユは欠伸をしながら格納庫へ向かっていた。と、いうのも昨日は酒を飲まなかったからだ。正確に言えば一緒に飲む者が誰も居ず、呑む気が失せたのだ。

 

「ケイはゲンタローが心配だから、ライーサはシンスケと一緒に居たいから。二人とも変わったなぁ・・・。やっぱり恋をしたからか?」

 

 愚痴りながらマルセイユは歩を進めた。彼女自身別に恋に興味がない訳ではない。だか、今は恋をすることよりも空を飛ぶことの方に夢中だった。

 

「まぁ、よく分からないのも本音だがな」

 

 独り呟くと頭を振ってから格納庫をくぐる。すでに扶桑の整備兵達が作業を始めていた。

 

「おはよう。皆、はやいな」

 

「おはようございます、中尉」

 

 声をかければ、彼らは作業の手を止めて応える。相変わらずの扶桑軍人の真面目さに苦笑しつつ、気にしないようにと手を振る。作業に戻った彼らを横目に、マルセイユは自分のストライカーユニットへと足を向けたが、彼らが整備しているユニットに目が止まった。

 

「ゲンタローは帰ってきたのか?」

 

「ええ。一時間程前でしょうか」

 

 零式を整備している氷野が手を休ませることなく答える。

 

「今、どこにいる?」

 

「あちらのテーブルの方に」

 

 氷野が示した方向へ向かうと、そこにはテーブルについている神崎の姿が。マルセイユは小走りで彼に近づいた。

 

「おおい、ゲンタロー!」

 

 大きめの声で彼の名を呼ぶがまったく反応しない。マルセイユは小首を傾げてさらに近づいた。

 

「ゲンタロー・・・?寝ていたのか」

 

 すぐそばに立つと神崎が小さく寝息をたてて寝ているのが分かった。食事中に限界がきたのだろう。手には食べかけのお握りがあった。滅多に見せることのない神崎の穏やかな寝顔を見られたことがマルセイユは無性に嬉しかった。

 

「しょうがない。寝かせておいてやるか」

 

 マルセイユはクルリときびすを返すと自分の愛機へと向かう。神崎の寝顔を見続けるのも悪くないが、やはり空を飛ぶ方が心惹かれる。

 

 

「まぁ、これは貰っていくぞ。朝食もまだだしな」

 

 悪戯っぽく笑うマルセイユの手には神崎が持っていたはずのお握りが。頬張って飲み込むと満足した表情で呟いた。

 

「おいしいな」

 

 彼女を満たしたのはお握りの味か、空腹を満たせた為か、それとも・・・。

 

 

 

 

 

「点検の結果、異常ありませんでした」

 

「・・・は?」

 

 氷野から告げられた言葉に神崎は思わず聞き返した。食事中に寝てしまってから一時間。持っていたお握りがいつの間にか無くなり不思議に思っていたが、そんなことはどこかに消えてしまった。

 

「・・・間違いないですか?」

 

 念を押す神崎に氷野は困ったように頭を掻いた。

 

「少なくとも私が確認した限りでは。ただ、この魔導針は試作品なので全く問題なしとは言い切れませんが・・・」

 

 申し訳なさそうな氷野の言葉に神崎は考えた。

 異常はあったのは事実。ならば、何度も点検もしくは後方に送り精密検査でもして原因を探るのが本来の筋だろう。

 だが、補給線を脅かす正体不明のネウロイをいち早く撃破しなければならない現在の状況で、夜間戦闘を可能にする唯一の術を使用不可能にするのは得策ではない。幸いと言っていいのかは分からないが、異常事態も戦闘に大きく影響するものでもない。ならば多少のことは目をつぶるしかないだろう。少なくとも今は。

 

「分かりました。ありがとうございました」

 

「いえ。また何かあったらすぐに言ってください」

 

 氷野に礼を言い、格納庫を後にする。容赦ない日差しが神崎に襲いかかった。

 

(試作品だし、仕方ない・・・か。まぁ、何かあったら文句を書いた報告書を大量に送りつけてやる)

 

 手で日差しを遮りながら、心の中で密かに誓う神崎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導針の異常を抱えたまま、夜間哨戒は2日続いた。その間に、神崎は夜間飛行にある程度慣れ、魔導針の操作もそれなりに上達した。が、目的である中型ネウロイは依然として見つからずにいた。魔導針の異常と未だに捕捉できない敵。二つの不安要素と共に、神崎は任務に勤めた。

 そして、3日目。その日は強い風が吹き荒れ、とても飛行ができる状況ではなかった。

 

「疲れているな?」

 

「少しは慣れたが、まだ・・・な」

 

 マルセイユの天幕の中にあるバーカウンターで神崎とマルセイユは並んでグラスを傾けていた。窓の外では依然強風が吹き荒れている。その光景はさながら砂嵐ようだった。

 なぜ、二人がこうしているのか?

 それは、この天候で今日の夜間哨戒は中止となったからだ。暇をもて余すことになった神崎をマルセイユが飲みに誘い、今こうして席に座っていることになった。(加東が書類仕事を片付ける為に涙を飲んでこの席を欠席したのはまた別の話だ)

 神崎はオレンジジュースが注がれたーまだ飲酒には少し抵抗があったーをランプにかざし、マルセイユに話しかける。

 

「そう言うお前は最近暇そうだな?」

 

「ライーサはシンスケにベッタリ、ケイは書類との戦闘に付きっきり、ゲンタローは夜間哨戒。最近はいつもこれだ。誰も私に付き合っちゃくれない」

 

 マルセイユはショットグラスのブランデーを一気に煽ると、不貞腐れてカウンターに突っ伏した。すると、カウンターの向こう側に立つマティルダが空になったショットグラスにすかさず代わりのブランデーを注ぐ。その一連の動きを見ていた神崎は疑問を抱いた。

 

「マティルダとは飲まないのか?」

 

「マティルダは・・・」

 

「私は飲まない。鷲の使いを守らなくてはならないから」

 

 神崎の問にマティルダが間髪入れずに答え、答えを取られたマルセイユはやれやれと首を振っていた。どうやらいつも言っていることらしい。

 そんなことより・・・とマルセイユは神崎に身を乗り出した。

 

「まぁ、今日はゲンタローがいるんだ。久しぶりに話を肴にして飲みたい。夜間飛行の話をしてくれないか?」

 

「・・・つまらないかもしれんが?」

 

「それは私が決める」

 

 期待と挑発が入り雑じった視線を向けられ、神崎は肩をすくめた。

 

「じゃあ・・・何から話そうか・・・」

 

 神崎は少し考えるとゆっくりと話し始めた。

 夜の砂漠の冷たさと静けさ。

 魔導針を通して見える風景。

 ネウロイをなかなか見つけられない苛立ち。

 気がつけば様々な事を話していたが、マルセイユはどんな話でもニコニコと耳とグラスを傾けていた。どうやら肴程度にはなっているらしい。話が魔導針の愚痴になった時、何故かマルセイユが喰いついた。

 

「ノイズが走る?」

 

「ああ・・・。何か、抑揚のあるノイズではあるんだが・・・ 」

 

「ふぅん・・・」

 

 相槌を打つとそのままグラス片手に虚空を見つめ始めるマルセイユ。彼女が見つめている間に神崎はグラスを空にするが、それでも動きがない。

 

「・・・ハンナ?」

 

「ん?ああ、今ちょっと思い出していた」

 

 やああって、マルセイユはニヤリと笑いかけた。

 

「そのノイズはな、ゲンタロー。夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)達の会話だ」

 

「・・・は?」

 

 この突拍子のない言葉に神崎は呆れたような表情を浮かべる。マルセイユはそれに気付いていないのか、捲し立てるように言葉を続けた。

 

夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)達は魔導針の電波で独自の通信網を作っているらしい。方法は知らないが、どんなに離れていても会話が出来るんだ」

 

「・・・酔ったのか?」

 

「カールスラントの夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)から聞いたんだ。嘘じゃないぞ!」

 

 信じていないと明らかに分かる表情にムッとしたマルセイユをなだめつつ、神崎は思い返す。彼女の話が本当だとしても、あのノイズが会話だとは到底思えなかった。

 

「あぁ、後こんなことも言ってたな」

 

 マルセイユの得意げな声が神崎の意識を呼び戻す。

 

「夜間飛行は感覚が命らしい」

 

「それは昼も同じだろう?」

 

「私もそう言ったんだよ。だがそいつは『この感覚は私達にしか分からない。夜の闇を知っている者だけしかな』と言って笑っただけだった」

 

 マルセイユがグラスを置き、神崎の目を覗き込んで微笑んだ。

 

「ゲンタローは分かるかもな。この言葉の意味が」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このマルセイユの言葉。

 その意味を神崎が知ることになったのは四日後のことだった。

 

 その日の夜も、神崎は夜間哨戒に赴いていた。

 

「魔導針は・・・今のところ問題なしか」

 

 しっかりと点検してくれた氷野を始めとした整備兵達に感謝しつつ、周囲を見渡す。アンテナから発信される電波のお陰で暗闇でもはっきり視認出来る中、神崎の目に一瞬月光を反射してキラリと光る物が写った。その方向へアンテナを向ければ、すぐに正体が分かる。

 

「・・・敵機発見。ケリドーン型、6機」

 

 神崎にとって視認ギリギリの距離であったのにも関わらず、魔導針はネウロイの形状まではっきりと読み取ってみせた。従来型に比べ半分の性能でもこれだ。神崎は魔導針の凄さに改めて関心しつつ、銃を構えた。目標の中型ネウロイではないが、見逃す訳にはいかない。どうやら、敵はまだこちらに気づいていないらしく、編隊を組んでゆっくりと飛行していた。今は魔導針を使用しているた戦闘。神崎な眼下のケリドーンの編隊を注視しつつ、再度魔導針の動作確認を行った。問題ない事を確認し、1つ深呼吸する。

 そして・・・急転直下、MG34を構えて逆落としを仕掛けた。敵との距離が急速に縮まっていくが、そこで神崎は疑問を抱いた。

 

(動きが・・・おかしい?)

 

 怯えるかのようにフラフラと飛行するケリドーン達。その様子はまるで・・・。

 

(・・・見えていない?それとも罠か?)

 

 僅かばかりの瞬巡。

 迷いを振り払い、神崎はケリドーンが射程に入るや否や引き金を引いた。MG34の圧倒的な発射速度で放たれる弾丸は豪雨のようにケリドーン編隊に降り注ぎ、貫いていく。

 果たして、3機のケリドーンが撃墜され、残りの3機は被弾しながらも編隊を崩して回避行動に入った。だが、その動きはひどく緩慢としている。神崎は残弾が僅かになった銃を左手に持ち替えると、腰に差す扶桑刀「炎羅(えんら)」に右手をかけた。体を捻らせ、1体のケリドーンの背後をとり、すぐさま引き金を引いて最後の一連射。銃撃を受けたケリドーンは胴体部分に直撃を喰らい、バラバラになりながら墜ちていく。それを尻目に神崎は弾切れの銃を背負いつつ、少し離れて飛行していたケリドーンに肉薄した。

 

「ッ・・・!!」

 

 気合の息を発しつつ、ケリドーンの腹を潜り抜けながら炎羅(えんら)を一閃。ケリドーンは胴体から真っ二つにされ、光の粒子となって散っていった。

 

(最後・・・!)

 

 既に位置は把握している。

 右斜め前方で最後のケリドーンはパニックを起こしたかのようにあらゆる方向へビームを撃っている。

 

(こちらの動きは分からないのか・・・。どうやら本当に見えていないようだな)

 

 偶然飛んできたビームを軽く回避しつつ、MG34の弾倉を替える。再び近くに飛んできたビームが神崎を赤く照らすが、構わず銃をしっかりと構えた。

 なぜ、まともに夜間飛行できないケリドーンが出てきたのかは分からないが、墜とすに越したことはない。狙いを定め、引き金に指をかける。

 が、引く直前であのノイズが走った。

 

「またか・・・!」

 

 神崎は思わず声に出して悪態をつき、顔をしかめて補助アンテナに触れる。

 気をそらしたその一瞬。

 狙っていたケリドーンが赤い光線に包まれた。

 

「ッ!?」

 

 ケリドーンを飲み込んだ光線は息を呑む神崎も包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビームが放たれたのは少し離れた雲の中からだった。その雲が揺らぎ始め、鈍角の二等辺三角形のようなネウロイが現れる。このネウロイこそ神崎が標的としていたモノだった。まるで勝者の余裕を醸し出すようにゆっくりと飛行していたが、その動きがピタリと止まった。ネウロイの視線(ネウロイに生物のような視覚があるかは疑問だが)の先には向かってくる魔法使い(ウィザード)

 ネウロイは不機嫌そうに嘶くと飛行速度を上げていった。

 

 

 

 

 目の前に迫り来る赤い閃光。

 全身に走る衝撃。

 真っ白に染まる視界。

 奇妙な浮遊感に全身に包まれる中で、神崎の途切れた意識は急速に回復した。

 重力に引っ張られる体を無理矢理動かし、再び持ち上げる。神崎はネウロイを視界に捕らえると、すばやく自身の状態を確認した。右脚のユニットは装甲が剥げて異音と振動が、アンテナは激しく点滅している。

 MG34を握る神崎の手は汗ばんでいった。

 

「やっと・・・か」

 

 今までまったく姿を現さなかった標的の中型ネウロイ。神崎は焦点の合わない目(・・・・・・・)で睨み付けた。

 

 

 

 ノイズに気をとられ、ケリドーンへの射撃を中断したのは不幸中の幸いだった。

 なぜなら、ギリギリのタイミングではあったが、身を砕くような衝撃と共にシールドでネウロイのビームを逸らすことができたのだから。

 だが、『不幸』中の幸いであったことには変わりない。

 逸らしたビームが、そのタイミング故にシールドの角度がずれ、右脚ユニットを掠めたのだ。ビームがユニットを焼き、内部機構に損傷を与える。その先が、こともあろうに魔導針だった。損傷により魔導針は暴走状態に陥り、最適化されていた電波の出力を狂わせてしまった。

 結果、最大出力の魔法力が送り込まれてしまい、神崎の視界を奪う程に明るくなってしまったのだ。さながら、照明弾を目の前で爆発させたように。これは網膜が読み取る現実の光ではない。

 しかし、それを感じた神崎の脳にとっては、ビームを逸らした時の衝撃と相まって、一瞬とはいえ意識を刈り取るには十分すぎるものだった。神崎は墜落中に目を覚まし今に至る。

 

 

 

 まるで古ぼけた映写機の映像を見ているようだ。頻繁に映像が乱れ、激しく明暗が変化する。今の神崎の視界の状況だ。

 

 鷹守式魔導針には通常の航空魔女(ウィッチ)が使用することを目的としている為、緊急時における装置がいくつか搭載されている。その一つに視界を最小限確保する為の物が補助アンテナにある。そのお陰で、神崎の視界が真っ白に染まる事はなくなったが、その代わりに今の状況となってしまった。

 ネウロイの位置が細かく動き、狙いを定めることができない。神崎はネウロイの対角線上を飛びながら歯噛みした。

 ネウロイが動いている訳ではない。

 乱れた電波がそう神崎に見せているだけ。

 だが、そのせいでネウロイ以外の物も細かく動き、普通に飛ぶことさえ億劫だった。

 汗が止まらない。

 呼吸も荒い。

 暴走した魔導針が魔法力を大量に消費しているせいだ。

 

「畜生・・・!」

 

 零れでた悪態と共に、神崎は半ばヤケクソ気味に、ろくに狙いもせず引き金を引く。そんな状態で放たれた弾丸など当たる訳もなく、逆に反撃のビームを見舞われた。シールドを張って防ぐが・・・。

 

「ッ・・・!?」

 

 防いだビームが分散し、神崎の頬を焦がした。ビームの射線を見誤り、シールドの中心ではなく、端の方で受け止めてしまったせいだ。予想だにしなかった手応えと痛みに神崎は思わず息を呑む。

 ここが攻め時だと判断したのだろう。

 ネウロイは神崎に反撃する暇を与えず、旋回しながら矢継ぎ早にビームを撃ってくる。神崎はフラフラと飛行しながらシールドを張ることしかできず、しかし防ぐたびに防いだはずのビームによって傷を負っていく。真っ白だった第二種軍装は焦げと血により赤と黒の斑になっていた。

 

(まるでさっきのケリドーンだな・・・)

 

 何発目かのビームを防ぎながら神崎は思った。

 まともに視界を得られないだけでいいように翻弄されるしかない。仲間の救援も期待できない。

 

 孤独

 

 言いようのない暗い影を抱えたままシールドを張る。その時、額に熱を感じたのと同時に神崎の視界が再び真っ白に染まった。分散したビームが、あろうことか補助アンテナに当たったのだ。

 

(・・・畜生)

 

 魔力の残りも少なく、何も見えず、仲間もいない。

 絶望感に包まれる神崎だが、それでもMG34を投げ捨て炎羅(えんら)を抜いた。無駄とは分かっていても気概を見せなければ自分を許せないし、何より仲間に、親友に、婚約者に申し訳なかった。

 

「来い・・・!!!」

 

 神崎は叫ぶ。同時にネウロイがビームを放った。見えないが近づいてくるのは音で分かる。神崎は最後の時を受け入れるように静かに目を閉じた。

 

『・・・ランラララン・・・ララランランラン・・・』

 

 歌が聞こえた。

 そして・・・ビームが目の前から来るのが分かった(・・・・)。訳の分からぬままその感覚に従い、遮二無二シールドを張る。シールドはビームを中心で受け止め、完全に防ぎきった。

 

「なんだ・・・これは・・・」

 

 神崎はシールドを張ったまま呆然として呟いた。目を閉じて何も見えないはずなのに目の前の状況が分かる。いや・・・これは・・・。

 

「・・・感じる?」

 

 そう呟いた時、神崎の脳裏にバーカウンターでのマルセイユの言葉が呼び起こされた。

 

『夜間飛行は感覚が命だ』

 

 神崎は電波によって得た情報を視覚情報として読み取っていた。だが、そうではない。電波を、その波の揺らぎを感じることによって視覚という制限を越えてその位置状況を把握できる。

 

「なるほど・・・」

 

 今ならマルセイユが言っていた夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の気持ちが分かる。これは言葉では説明しづらい。

 

「まぁ・・・俺も夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)じゃないがな・・・!」

 

 神崎は視線(電波)をめぐらしてネウロイを補足した。こちらの動きが変わったことに警戒しているのか、少し離れた所を旋回している。

 

 手に銃はない。あるのは(炎羅)だけ。ならやることはひとつだ。

 

 神崎は急加速して正面からネウロイに肉薄した。魔力残量は考えない。この強引な接近にネウロイはビームを以って迎え撃った。幾束となって襲いかかってくる赤い閃光。しかし、神崎はビームの位置を感じ取り、ヒラリヒラリと回避していった。ここにきてネウロイはようやく敵が先ほどまでとは違うことを認識したのか、ビームを撃つのをやめ、方向転換を行おうとした。

 

 しかし、もう手遅れだった。

 

「ハァァァアアアア!!」

 

 裂帛の気合と共に神崎がネウロイの真正面に躍り出る。手にある炎羅は神崎の声に呼応するようにその刀身を激しく燃え上がらせた。

 

 神崎とネウロイの機影が重なる。

 

 一閃

 

 二つの機影が離れていく。片方は炎羅を鞘に戻した神崎。もう片方は・・・機体の前方部分を見るも無残に叩き切られ、炎によりコアを溶かされたネウロイ。ネウロイは一瞬滞空した後に、白い粒子をなって砕け散った。

 

 月光をキラキラと反射させる粒子の中を神崎は漂うように飛んでいく。

 

『・・・ランラララン・・・ララランランラン・・・』

 

 依然としてインカムから歌が流れている。いつも聞こえていたノイズはこの歌だったのだ。何故、今は聞こえるのかは分からないが・・・。

 

『ザザ・・・ランララ・・・ザザザ・・・ラララン・・・』

 

 徐々にノイズが混じり、アンテナも力なく点滅し始めた。魔法力が尽きかけているのだ。朦朧とした意識の中、神崎は不時着すべく高度を下げていく。迫ってくる地面をどこか夢を見ている感覚で見つめ、滑るように着地した。

 

『ザザザ・・・ラン・・・ザザ・・・ラララン・・・ザザ・・・』

 

 仰向けに寝転がり星空を眺める。

 

「・・・この歌を歌っている魔女(ウィッチ)へ」

 

 神崎はほんの僅かばかり残った魔法力で電波に言葉を乗せた。

 

「俺は・・・神崎玄太郎・・・。アフリカの魔法使い(ウィザード)・・・。君の歌のおかげで・・・俺は生き残ることができた」

 

 最後のケリドーンに向け引き金を引いていれば、最初のビームで神崎は消えていた。

 助かったのは、あのノイズが聞こえたから。

 彼女が歌ってくれたから。

 いきなりこんなことを言っては彼女は困惑しているかもしれない。気味悪がっているかもしれない。だが、それでもいいと神崎が思った。確実に届いているかどうかさえも怪しいのだ。それならば自分の今の思いを素直に伝える方が重要だった。

 

「・・・ありがとう」

 

 先ほどまであった絶望感は既にない。夜の空は決して孤独ではなかった。そのことを実感しつつ、神崎の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 鷹守式魔導針に搭載されている補助機能の救難信号が発信され、神崎は無事回収された。神崎のあまりの満身創痍さに一同騒然としたが、見ため程重傷ではないことが分かると各々落ち着きを取り戻した。神崎も翌日には意識を取り戻し、三日後には出撃できるまで回復した。

 神崎がネウロイを撃破したことにより、各戦線への兵站は安定した。

 この結果に気をよくしたロンメルは、これからも鷹守式魔導針を使用した夜間哨戒を逐次実施することを提案したが、加東の本気の殺気を滲ませた拒否により断念した。

 件の鷹守式魔導針は実用性は高いが改良点が多々ありとして送り返すことになった。消費魔法力が当初の予定よりも激しくこのままでは大部分の魔女(ウィッチ)が使えないからだ。

 なお、ネウロイとの戦闘中にだけあの歌が聞こえた理由は判明していない。

 

 

 

数週間後・・・

 

 

 

 午前中の仕事を終えた神崎は、島岡と共に昼食を摂っていた。談笑しつつ目を向ければ、補給物資と共に来たのであろう郵便物の入った袋を抱えて宅配している稲垣の姿が。そして、二人の所にも来た。

 

「神崎さん、お手紙が来てますよ」

 

「ん?ああ、ありがとう」

 

 受け取った便箋の裏面を見た神崎の目が見開かれた。

 

「ん?どうしたよ?」

 

「・・・オラーシャからだ」

 

「オラーシャ?」

 

 島岡も首をかしげるのを尻目に神崎は便箋を破る。すると中から一枚のカードが出てきた。何かの絵が描かれた綺麗なカードだ。

 

「・・・なんだこれは?」

 

「ああ、こりゃQSLカードだな」

 

「・・・なんだ、それは?」

 

「ラジオ局とかが受信を証明するカードだな。同期が持ってるのをみたことがある。こんな柄は始めて見たけどよ」

 

「へぇ・・・」

 

 神崎は興味深げに表を見て、そして裏を見た。そこには・・・。

 

「で、誰からなんだよ?」

 

「仲間だよ・・・。同じ空を飛んでいた、歌の上手い・・・な」

 

 神崎は小さく微笑みながら島岡にカードの裏を見せる。そこには、

 

「どういたしまして。 Sanya V.Litvyak」

 

と、記されていた。

 




魔導針の解釈は相当独自解釈が入っています。ナイトウィッチの主観的な風景がこれで合っているかは各々の判断で・・・

本編の方も少しづつですが、進んでますよ。

それでは


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番外編5 アフリカの軍隊 前編

お待たせしました 今回も番外編です

番外編はこの後半で終わり、本編に戻る予定です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします


サン・トロンの雷鳴見てきました!もう最高!
エーゲ海の女神も楽しみですね。マルセイユとライーサが出るだと!?これはケイさんも・・・もしかしたら神崎と島岡も!?(錯乱)


 

 

 広大な砂漠に砂煙が立ち上っていた。1つや2つではない。何十筋ともなろう砂煙が空を埋め尽くしている。さながら、砂漠に掛かる巨大なカーテンのようだった。

 

「すごいな・・・」

 

 眼下に広がる光景に神崎は思わず呟いていた。無意識の内に九九式機関銃を持つ手に力がこもる。

 

『アフリカにいる陸戦魔女(ウィッチ)がほぼ全員いるんですか?』

 

「ああ。だが、それだけじゃない。各国の機甲師団の精鋭部隊も揃っている。・・・滅多に見られるものじゃない」

 

 独り言が聞こえたのか、二番機位置に付いていた稲垣が遠慮がちに質問し、それに神崎が答えた。

 そう。

 このカーテンを作り出しているのは、綺麗な横隊を組んで行進する陸戦魔女(ウィッチ)と多数の戦車だった。鉄壁を連想させる装甲と天を突き刺すような砲身、そして身を震わすようなエンジン音と無限機動の響きは、見る者聞く者を否応なしに奮い立たせた。

 

『前方に飛行場が見えました!』

 

 稲垣の報告に神崎は前方へと視線を戻した。そして、砂漠に作られた急造の滑走路を確認すると、稲垣に手を振って指示を出す。

 

「まず、俺が滑走路の状態を確認する。その後、着陸しろ」

 

『了解です』

 

 稲垣の返事を聞き、神崎は滑走路へと近づいた。速度を落とし、地面ギリギリを飛行して危険がないかを確認する。

 

「いいぞ。着陸しろ」

 

『はい!』

 

 神崎が滑走路から上昇するのに入れ替わるように稲垣が接近してきて着陸体勢に入った。彼女が滑走路に滑り込んだ途端、脇にいた整備兵や警備兵が歓声をあげる。その様子を見ながら神崎も着陸体勢に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回実施される演習は各部隊の練度向上と魔女(ウィッチ)と通常部隊との連携の強化するために計画されたものだ。参加する部隊は、アフリカに配置されている陸戦魔女(ウィッチ)部隊と各国の機甲部隊と砲兵、歩兵部隊、そして統合戦闘飛行隊「アフリカ」から神崎と稲垣。(二人は「アフリカ」の中でも対地攻撃に参加する機会が多く、今回の演習に参加することになった)

 この演習にアフリカにいる連合軍の主力がほぼ集結しているのだった。

 

 二人が着陸した仮設飛行場は急造ではあったが、状態は思いの外良好だった。

 神崎が誘導に従って滑走路から脇にある格納スペースへと移動すると、先に着陸した稲垣が待っていた。興味津々といった様子で仕事をしながら彼女に視線を向ける整備兵が数多くいた。

 やはり「アフリカ」の魔女となれば兵からの人気も凄いのだろう。

 そんなことを考えつつ、神崎はユニットゲージに滑り込んだ。ユニットがゲージにしっかりと固定されたことを確認して、ユニットから足を抜き取る。ズボンに付いた皺(余談だが、神崎の第二種軍装は魔法糸によって作られている。その為、服自体が防御力が高かったり、皺が付きにくかったりする)を軽く叩いて伸ばしていると、彼と大して歳が変わらない整備兵が恐る恐るといった様子で近づき、ゲージから降りる階段に靴を置いた。

 

(・・・どうやら相当怖がられているようだな)

 

 ちょっと耳を澄ませば周りからコソコソと小さな話し声が聞こえる。「アフリカの太陽」という単語も聞こえた。

 神崎は表情は崩さずに心の中で嘆息した。

 変な噂でもたっているのだとしたらたまったもんじゃないと思いながら、背筋を伸ばし腰に差す「炎羅(えんら)」の位置を調整して階段を降りて靴を履く。

 

「・・・ありがとう」

 

「は、はい!」

 

 靴を待ってきてくれた整備兵への感謝の言葉は忘れない。神崎の敬礼にその整備兵はひどく緊張した面持ちで返礼した。

 そのまま神崎は歩を進め稲垣の元へと向かう。

 

「待たせたな」

 

「いえ!大丈夫です!」

 

 稲垣は神崎が格納用スペースに入った時と同じ場所で待っていた。神崎は彼女に付いて来るように言い、格納スペースを抜ける。まずは今回の演習指揮所へ行き、到着の報告をしなければならない。

 積み上げられた資材の山々を抜け、数多くの兵士がたむろしている居住スペースの横を通り過ぎていく。扶桑皇国海軍の真っ白な第二種軍装と扶桑皇国陸軍の魔女(ウィッチ)の装いはよく目立ち、どこを歩いても沢山の視線を感じた。

 ふと神崎が傍らの稲垣に目を向ければ、緊張のしているせいか俯き気味で歩を進めていた。そこはかとなく足取りが重く見える。少し考えて、神崎は口を開いた。

 

「そういえば・・・」

 

「はい?」

 

 神崎の声に稲垣が顔をあげると、案の定顔に緊張が張り付いていた。神崎は少し表情を緩めて言った。

 

「こうして二人で任務に就くのはあの時以来だな」

 

「えっと・・・神崎さんが暴走した・・・すみません」

 

「そう、その時だ。前みたいなことにはならない。信頼できないかもしれないが・・・、この三日間よろしく頼む」

 

「は、はい!でも、私は神崎さんのことを信頼しています!」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 神崎は手をポンと稲垣の頭に乗せると、何事も無かったかのように歩き始める。稲垣は慌てて彼の後を追った。その足取りは心なしか軽くなっていた。

 

 

 

 二人が多くの軍人で混み合う本部としての区画で到着の報告を済ませると、何人かの知り合いに出くわすことになった。

 

「神崎さん!!」

 

「ん?ああ、マイルズ少佐」

 

 後ろから投げかけられた声に振り向くと、そこには早足気味で駆け寄ってくるマイルズが居た。更にその後ろには副官のソフィもいる。

 

「お久しぶりです!マイルズ少佐!」

 

「真美ちゃん!あなたも来てたのね!」

 

 稲垣の挨拶に笑顔で答えるマイルズ。任務が重なっていたせいか二人は随分とマイルズに会っていなかった。神崎は律儀に挙手の敬礼をマイルズへ向ける。

 

「少佐、お久しぶりです」

 

神崎の礼にマイルズも挙手の礼で応じた。

 

「元気そうでよかったわ」

 

「見てのとおりです」

 

「ここに居るということは、あなたたちもこの演習に参加するのね?」

 

「はい。『アフリカ』では自分たちが対地攻撃を主に担当しているので」

 

「頼もしいわね。・・・今は時間が無いから、また後でゆっくり話しましょう?」

 

「はい。ではまた」

 

 またね・・・とマイルズはニコニコと笑いながらソフィを伴って離れていった。二人を見送っていると、また別の声が聞こえた。

 

「マミ!カンザキ少尉!」

 

「シャーロット!」

 

 真美の嬉しそうな声が響く。振り返れば、稲垣に抱きつくシャーロットとその後ろにフレデリカ・ポルシェ少佐とミハイル・シュミット大尉が。

 

「マミ!久しぶりだね!」

 

「シャーロット、元気だった?」

 

 楽しそうに会話する稲垣とシャーロット。

 二人はいくつもの作戦を共にして以来、同じぐらいの年であることもあって、仲の良い友人である。

 神崎は、キャッキャキャッキャとかしましい二人を置いておいて、ポルシェとミハイルの方へと顔を向ける。

 

「しばらくぶりね、神崎少尉」

 

「はい、お久しぶりです、ポルシェ少佐」

 

「また会えて嬉しいよ、少尉」

 

「大尉も、お変わり無い様で」

 

 顔に大きな傷があるポルシェと彼女の傍に立つ髭と眼鏡のミハイル。寄り添うように立つ二人に、どこか夫婦然とした雰囲気を神崎は感じた。

 

「今回はシャーロットも参加を?」

 

「ええ。パットン将軍から是非にという要望があってね。これでティーガーの開発費を巻き上げやすく・・・もとい支援が受けやすくなるわ」

 

「フレデリカ・・・」

 

 いい笑顔で黒い事を言うポルシェに、ミハイルは疲れたように頭を押さえため息を吐く。どうやら彼は日頃から彼女に苦労させられているらしい。

 

「カンザキ少尉!」

 

「あぁ、シャーロット。久しぶりだな」

 

 稲垣と共に駆け寄ってくるシャーロットを神崎は微笑みながら迎えた。

 

「今日の演習は俺たちも参加する。一緒にがんばろう」

「うん!」

 

 

 シャーロットの頭を撫でながら言った神崎の言葉にシャーロットは嬉しそうに笑った。砂漠の大演習が今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目標、前方仮想標的1番から6番!全車両、撃て!!」

 

 マイルズの号令の元、彼女の率いるC中隊の陸戦魔女(ウィッチ)達が構える12門のカノン砲が一斉に火を噴いた。膝立ち、うつ伏せで放たれた弾丸は魔法力を纏い、空気を切り裂き飛翔する。直後、着弾音と共に大きな砂煙が上がった。的は砲弾により粉々に砕け散る。

 マイルズは部下の錬度に満足そうに頷いた。

 

「私たちも続くわよ!ロックンロール!!」

 

 新たな声と共に複数の砲声があがった。マイルズはそちらのほうを向く。

 

「撃て!撃て!撃って撃って撃ちまくれ!!」

 

 そう叫ぶのはリベリオン陸軍の陸戦魔女(ウィッチ)隊、通称「パットンガールズ」。

 リベリオン陸軍魔女(ウィッチ)達のカノン砲が火を噴くが、結果はC中隊に遠く及ばなかった。リベリオン軍がネウロイとの戦争に参加した時期は他国に比べ遅く、全体的に錬度は低い。「パットンガールズ」もその例に漏れなかった。

 

「命中率は4割といったところかしら?」

 

 マイルズは着弾の砂煙を見ながら呟く。

 射撃もだが、射撃姿勢やそれに移るまでの動作にも粗さが目立つ。

 だが、そういった粗い部分を部隊同士で克服し向上させていくのが今回の演習の目的だ。その為にマイルズは「パットンガールズ」の指揮権を譲り受けている。

 

「全車両、撃ち方止め!500m躍進!続け!!」

 

 号令を発すると自ら先陣を切ってユニットを唸らせるマイルズ。C中隊はすかさず彼女の後に続くが、「パットンガールズ」の挙動は明らかに遅れた。

 マイルズが振り向き一喝する。

 

「気合を入れなさい!パットンガールズ!この演習であなた達が砂漠と友達になるまで容赦しないわよ!」

 

 「パットンガールズ」から悲鳴に近い声が上がるが、マイルズは一蹴した。

 

「泣き言を言うな!前進後、再び射撃始め!!」

 

 マイルズは指示を出すと真っ先にカノン砲を構え引き金を引く。自身の放った弾丸が的を撃ち抜いたのを確認した時、背後で空気が震えるような一際大きな砲声が鳴り響いた。

 

「な、なに!?」

 

 驚いて振り返ったマイルズが見たのは、巨大な機影から伸びる、自分が持つカノン砲が玩具に思えるような長い砲身。

 

「い、いきます!」

 

 その巨大な機影から聞こえたのはまだ幼さの残る少女の声。これこそ、カールスラントが誇る対空砲「8.8cm対空砲(アハトアハト)」を操るために開発された試作大型陸戦ユニット「ティーガー」。そして、それを操る陸戦魔女(ウィッチ)、シャーロット・リューダー軍曹だ。

 彼女は緊張で顔を強張らせながら、しかし真剣な表情で再び8.8cm対空砲(アハトアハト)の引き金を引いた。大轟音と共に放たれた弾丸は着弾と同時に巨大な砂煙を巻き上げ、見る者の目を奪う。

 

「すごい・・・」

 

 マイルズもその光景に思わず呆けてしまうが、シャーロットがティーガーを前進させているのを見て我に返った。負けるものかと声を張り上げる。

 

「シャーロットに遅れるな!前進!!」

 

 

 

 

 

 

乙女(フロイライン)達の戦闘にはやはり華がありますな」

 

「ああ。そして、その華を守るのが私達男の役目だ。そうは思わないかね、シンプソン君?」

 

「その通りです、先生」

 

「よろしい。では・・・こちらの射撃を開始するとしよう」

 

 先生と呼ばれた将校『煉獄の教師』ことウィルヘルム・バッハ少佐の号令の下、防衛陣地に設置された十数門の8.8cm対空砲(アハトアハト)が火を噴いた。弾丸が撃ち出されたのと同時に装填手が次弾に備え動き始める。その動きは一切の無駄が無く、相当錬度が高いことが伺われた。

 バッハ少佐の率いるハルファヤ守備大隊は、その名の如く戦線の重要地点であるハルファヤ峠を防衛する部隊である。8.8cm対空砲(アハトアハト)を用い、幾度となくネウロイの侵攻を食い止めてきた彼ら。その指揮官であるバッハ少佐はその戦歴から「煉獄の教師」と呼ばれていたのだった。

 ハルファヤ守備大隊が更に数度一斉砲撃を行うと、陣地前面に設置された塹壕からワラワラと歩兵部隊が現れた。彼らは砂漠の隆起や岩を利用し効果的に身を隠しながら前進しつつ、仮想ネウロイとして設置されたハリボテに近づく。その手には火炎瓶や地雷。素早い動きでハリボテ(ネウロイ)の下へ潜り込むと地雷を設置し、すぐさま飛び出た。一拍の間を置いて地雷が爆発し、ハリボテ(ネウロイ)は木っ端微塵に吹き飛んだ。また別のハリボテ(ネウロイ)は火炎瓶により爆発炎上していた。彼らの動きもハルファヤ守備大隊と同様に錬度が相当高いことを窺わせていた。

 彼らこそ、ロマーニャ陸軍一の精鋭として名高いフォルゴーレ空挺師団である。特別強力な火器が配備されていないにも関わらず、恐れることなく突撃し、火炎瓶と対戦車地雷を駆使して数多のネウロイを葬ってきた彼らは、もはや魔女(ウィッチ)と同等の畏敬の念を向けられていた。

 フォルゴーレ空挺師団が動き始めたのと同時に新たな一団が陣地の両翼から現れた。

 ブリタニア王国陸軍の戦車「マチルダ」

 カールスラント帝国の戦車「Ⅳ号戦車」

 リベリオン合衆国の戦車「M4」。

 陣地正面の範囲を囲みこむように展開した戦車隊は、そのまま射撃姿勢に移行し一斉射撃を行った。ハリボテ(ネウロイ)を悉く撃ち抜いていくその姿には、アフリカでネウロイ相手に戦い抜いてきた確かな実力が裏打ちされていた。

 射撃を終えた戦車隊がジグザグに動く回避行動を行いながら砂漠を駆ける。

 男性兵士にとってネウロイが強大な脅威であるのは言うまでもない。

 しかし、その事実は彼らが戦うことを諦める理由にはならない。少女達が銃を握り戦うのを、男がおびえ指をくわえて隠れることができようか?

 魔法力はない。しかし、戦えない訳ではない。

 その手が銃を、大砲を、戦車を、戦闘機を、軍艦を操ることでネウロイに立ち向かうことが出来る。微力ではあろうが、魔女(ウィッチ)を助けることができる。

 

「それが男の花道、と言ったところだろう?」

 

 誰に言うわけでもなく、そう呟いたバッハが立つ丘に突風が吹く。突風で飛んでいきそうに帽子を押さえて見上げると、真っ青な空に描かれる二本の飛行機雲。

 

「君は違うな。君だけは魔女(ウィッチ)と並び立つことができる。うらやましいよ。『アフリカの太陽』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎と稲垣は航空支援を行うべく演習場の上空で待機していた。眼下に広がる演習の模様を神崎は感嘆のため息と共に、稲垣は驚きで目を丸くして眺めていた。

 

「さすがは精鋭だ。動きの乱れが殆ど無い」

 

 神崎の呟きに稲垣も頷いた。

 

「はい。こう言っては何ですけど・・・とても綺麗です」

 

「ああ。同意だ」

 

 上空から見ていると砂漠というキャンバスに地上部隊という絵の具で絵を描いているようにも見える。そして、その絵の上端―マイルズを始めとした陸戦魔女(ウィッチ)部隊がいる位置―に赤い花が咲いた。航空支援の目標を示すスモークだ。次いで二人にマイルズからの通信が入る。

 

『航空支援要請!目標、赤のスモーク!!』

 

「了解、支援を開始する」

 

 通信に短く応えると、神崎は稲垣に指示を出す。

 

「まず、俺が先攻して出来る限りハリボテ(ネウロイ)を攻撃していく。真美は30秒後に俺の後に続いて残りを撃破してくれ」

 

「はい!」

 

 稲垣の力強い返事に神崎は軽く微笑んだ。

 

「頼んだ」

 

 神崎は一言残して急降下に入った。

 スモークの地点を目指しながら右手に九九式機関銃を構え、左手に魔力を集中させる。スモークを見定め、攻撃を開始する直前にマイルズへ通信を入れた。

 

「航空支援を開始する。巻き込まれるなよ」

 

『そっちこそ狙いを外さないでね!総員、対ショック姿勢を取れ!!』

 

 神崎は急降下から低空の水平飛行へ移した。魔力で強化された目は、既に10体のハリボテ(ネウロイ)を捉えている。

 

「・・・いけ!!」

 

 鋭く振った左手から10発の炎が一斉に放たれた。炎は空気を切り裂いて飛翔し、ハリボテ(ネウロイ)へと襲い掛かる。

 

 爆発。

 

 10体の内6体のハリボテ(ネウロイ)が直撃ないし至近弾による爆風で吹き飛んだ。

 

「・・・さすがに数が多いと狙いが粗くなるか」

 

 自分の能力を冷静に評価しつつも、九九式機関銃を構え残りの近くのハリボテ(ネウロイ)へ発砲した。しかし、直撃はするも破壊するほどのダメージは与えられなかった。とどめをさせないまま上空を通過した神崎の後に稲垣が続く。

 こちらへ急降下してくる稲垣。

 その手に持つのはボヨールド40mm対空機関砲。本来は基地防衛用として使用される兵器だが、『アフリカ』の氷野曹長を始めとした整備兵達により改造され、航空兵器として生まれ変わった。発射される40mm徹甲弾の威力は、MG34はもちろんのこと20mmの九九式機関銃よりもはるかに高いが、その分並みの魔女(ウィッチ)では到底持てないほどの重量を誇る。(むしろ普通の魔女(ウィッチ)この武器を使おうと考えない)稲垣の固有魔法「怪力」があってこそ扱える武器だ。彼女専用の武器と言っても過言ではないだろう。

 稲垣は銃の照準器を覗き込んだ。

 

「射撃のコツは当たる距離まで近づくこと!」

 

 自分に言い聞かせるように叫んだ稲垣は地面スレスレまで降下し、引き金を引いた。ズンッという重く低い発砲音と共にやってくる衝撃を小柄な体で綺麗に受け流し、更に引き金を引く。続けざまに放たれた複数の弾丸は次々をハリボテ(ネウロイ)を撃ち抜いていく。スモークの上空を通過した時には全てのハリボテ(ネウロイ)を撃破していた。

 

「やったぁ!全機撃破です!」

 

 自身の戦果にパァと笑顔になる稲垣。その様子を見ていた神崎は満足そうに頷いて通信を入れた。

 

「掃討完了。航空支援を終了する」

 

『了解!全車両、前進!』

 

 神崎から報告を受けたマイルズは部隊を動かし始める。その様子を見つつ、神崎は傍に戻ってきた稲垣を労った。

 

「いい射撃だった。ご苦労だった」

 

「ありがとうございます!神崎さんも凄かったです!」

 

「ありがとう。次は哨戒だ。二番機位置に就いてくれ」

 

「はい!」

 

 二人は巡航速度で飛行し、演習場を見渡す。その後、二人は3回程航空支援を行い、日が暮れかけた頃演習は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 演習後、空に月が昇り始めた頃、神崎はマイルズと共に居た。今日の演習の結果を考察し、今後どういった連携を図っていくか話し合っていくためである。

 

「狙いはまだシビアでいいわ」

 

「しかし、そうすれば地上部隊が巻き込まれる可能性が高くなります」

 

「私達はシールドがあるから、もしもの時は大丈夫。それでネウロイへの有効射が増えるなら問題ないわ」

 

「しかし・・・」

 

「それにあなた達の腕を信じているしね」

 

「・・・その信頼に応えられるよう努力します」

 

 テーブルの上の地図を挟んで座るマイルズは真剣な表情だが、一方向かい側に座る神崎は酷く疲れた顔色をしていた。

 と、いうのも二人での話し合いの前に演習に参加した全部隊での会議が行われたのだが、これで神崎の精神は大いに消耗した。

 周りを見れば、自分よりはるかに年上で、何百人の部下を率いる佐官級の人ばかり。少尉の自分がひどく小さく思え、また彼方此方から注がれる無遠慮な視線に晒され、神崎はいつものポーカーフェイスの下でずっと冷や汗をかいていた。

 マイルズというよく知る人物がいなければ、神崎は会議を乗り越えられなかったかもしれない。

 

「じゃあ、そういうことでよろしくね」

 

「了解しました」

 

 話し合いが終わったところで、マイルズは真剣な表情を崩して大きく伸びをした。

 

「う~ん、終わり!さすがに疲れたわね」

 

「・・・そうですね。しかし・・・」

 

「仕事はもう終わりよ?いつも通りに話しましょ」

 

「・・・だが、セシリアが居てくれて助かった」

 

「え!?そ、そう?」

 

「ああ。もし居なければ・・・今ここに居る気力も残ってなかったはずだ」

 

 体と精神に溜まった疲れを吐き出すように深い溜め息をつく神崎に、マイルズは心配そうな目を向けた。

 

「大丈夫?やっぱり全員が上官だったというのは・・・」

 

「緊張するし、気を使う。うち(アフリカ)は階級をあまり・・・というよりも全く気にしないから余計に堪える」

 

 勝手に料理酒を飲んだマルセイユ(中尉)を正座させて説教する稲垣(軍曹)。軍曹が中尉を叱るなど普通に考えたらありえないことだが、そのありえない光景が『アフリカ』では日常的に見られるのだ。

 

「考えられるか?時々、上官という感覚が薄れそうで怖い」

 

「はあ。あなた達らしいわね」

 

 半ば愚痴のようになってしまった神崎の話にマイルズは苦笑いで応えるが、何か思い当たることがあったのかニッコリと笑って言った。

 

「でも、それがあなた達の強さかもしれないわね。だから上下関係を超えて皆で力を合わせることができるのよ」

 

「・・・そうかもな」

 

 マイルズの笑顔に釣られて神崎も微笑んだ。

 その後、二人は彼女が持参した紅茶をしばし楽しつつ談笑し、明日に備えてそれぞれの天幕へ戻って行った。

 




気づいた

神崎と島岡でるはずないじゃん・・・

だとしても、早くマルセイユとライーサを見たいですね


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番外編6 アフリカの軍隊 後編

今回がアフリカ編の最後となります

次からは二部へ移行していきます

感想、アドバイス、ミスの指摘、など気軽にお願いします




 

 

 

 

 

 その日の朝は至って平和だった。

 演習場の近くに設置された居住スペースは朝から異様な賑わいを見せていた。皆、飯盒を片手に朝食を配る食堂車の前に殺到し、我先にと朝食を受け取ろうとする。

 

「皆さん!まだまだたっぷりあるので、慌てないで下さい!!」

 

 先程まで朝食を作り、今は配膳をしている稲垣が大きな声をあげるも、この騒ぎは治まる気配がなかった。

 というのも、稲垣が作る『アフリカ』の食事は大変美味だということが頻繁に食事にくるロンメル将軍によって、(そもそも将軍が前線部隊に食事を取りに来ること自体おかしいのだが)アフリカに配置されている部隊の大部分に知れ渡っていたのだ。

 そして今回是非にということで稲垣が朝食作りに参加し、この始末である。

 その喧騒の横で、少尉とはいえ士官である立場を利用して早々と朝食を確保していた神崎はすました顔で舌鼓を打っていた。

 

「うまいな・・・」

 

 いつもと変わらない朝食の旨さに安心感を覚え、ほぅ・・・と溜息を吐いた。

 結局、この朝食の騒ぎは各部隊の指揮官がやって来て一喝するまで続いた。なお、その後彼らも稲垣の朝食を食べ、胃袋を握られてしまうのに大した時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな朝の一幕もあったが、二日目の演習は滞りなく開始された。

 今回は先日のような大規模な戦闘演習ではなく、部隊間での連携強化または部隊の錬度向上を主眼に置いた小規模での訓練だった。ある部隊では精鋭部隊から教えを請い、またある部隊では連携強化の為に他部隊と戦闘訓練を行っていた。

 一通りの訓練を終えて、神崎と稲垣は滑走路に降り立ち格納スペースへ戻ってきた。二人がストライカーユニットから降りると整備兵達がすぐに整備と燃料補給を開始する。

 その間に休憩を取ることにした。

 

「・・・大丈夫か?」

 

「は、はい!大丈夫です!」

 

 神崎の問いかけに稲垣は元気よく返事をするが、その実呼吸は荒い。体力を消耗していることは一目で分かった。

 

(無理もない・・・か)

 

 水筒の水を口にする稲垣を見つつ、神崎は先程までの訓練内容を思い出す。

 今回の訓練は各部隊への航空支援だった。

 普段、航空魔女(ウィッチ)はネウロイの急襲に備えての哨戒任務や地上待機に就いている為、このような訓練に参加することは滅多にない。そのせいか訓練が開始された途端、各部隊はこぞって航空支援を要請してきたのだ。二人は彼方此方へ飛び回り、何度も対地攻撃を行うこととなった。

 その中でも特に要請が多かったのは陸戦魔女(ウィッチ)隊とフォルゴーレ空挺師団である。この二部隊はネウロイに肉薄する機会が特に多いため、航空支援との連携強化が必要不可欠。一度の訓練にも鬼気迫る物があり、二人もそれに応えるべく全力を注いだ。消耗してしまうのは当然だった。

 

「今無理しても意味はない・・・。座って休め」

 

「はい。分かりました」

 

 近くにあった木箱の上に稲垣が腰かけると、神崎はその向かい側の木箱に寄りかかった。そして、気分転換がてらに話しかける。

 

「昨日の夜はどうしていた?俺はずっと会議やら何やらで構ってやれなかったんだが・・・」

 

「私はシャーロットや陸戦魔女(ウィッチ)の皆さんと一緒に居ました」

 

 神崎とマイルズが話し合いをしている間は魔女(ウィッチ)同士で交流をしていたらしい。宴会とまではいかないものの、楽しく食事していたようだ。

 

「色々な話をしましたよ。それぞれの上官や部隊のこととか、日々の生活のこととか、好きな食べ物とか」

 

「そうか。・・・楽しめたか?」

 

「はい!とっても楽しかったです!」

 

 演習期間中なのにはしゃぐのはどうかと一抹の不安を覚える神崎だが、稲垣が楽しそうにしているので気にしないことにした。騒いだおかげで今回のコンディションが良くなったならそれで十分だ。

 

「そういえば神崎さんのことも話題になりましたよ」

 

「俺の・・・か?」

 

 稲垣の予想外の一言に神崎は首を捻った。いったいどんな内容だったのかと疑問に思っていると稲垣が顎に手を当てて思い出しながら口を開いた。

 

「身長とか体重とか好きな食べ物とか趣味とか・・・」

 

「・・・おい、ちょっと待て」

 

「日常生活はどうしているのかとか、好きな女性は・・・。はい?どうしましたか?」

 

「・・・まさか、全部話したのか?」

 

「いえ、少しは話しましたけど・・・。というより、私が一つ話したら勝手に十くらいに膨らんでしまって・・・。みんなの中で神崎さんは何か凄いことになってしまいました」

 

「・・・どんな風に?」

 

 ジト目で稲垣を見ると彼女は申し訳なさそうに言葉を続けた。

 

「えっと・・・、神崎さんがネウロイを一睨みすれば、そのネウロイは燃え上がるとか、刀を振れば何百のネウロイが一瞬で消し飛ぶとか、包丁と魚を前にしたら人格が変わるとか」

 

「・・・」

 

「実は女の子で島岡さんと付き合ってるとか・・・」

 

「・・・なんだ、最後のは。勘弁してくれ・・・」

 

 この様子では既に色々な噂ができて広まっているかもしれない。そんなことは、一番最後のやつは特に、御免被りたかった。なんとも言えない疲労感に頭を抱えてしまいそうになるが、訓練中であることを思い出し、溜息だけで済ませる。

 その時、神崎のインカムに通信が入った。

 

「こちら神崎」

 

『司令部です。先程、エジプト方面からネウロイの襲撃がありました。現在「アフリカ」及び戦線の部隊が迎撃中。この演習区画への侵攻に備えて周辺空域の哨戒を行って下さい』

 

「了解」

 

 通信を終えた神崎に真美が真剣な表情を向ける。どうやら稲垣も今の通信を聞いていたようだ。これ幸いと神崎は細かな説明を省いて指示を出す。

 

「すぐに出る。真美は二番機位置に」

 

「了解です!」

 

 二人がユニットまで走ると整備兵達が慌てて機材の撤収を始めていた。

 

「整備と補給、完了しました!」

 

「ご苦労」

 

 敬礼と共に報告してくる整備兵に短く返事をしつつ、神崎はケージに飛び乗りユニットへ足を滑り込ませた。魔法力の光と共にフソウオオカミの耳と尻尾が表れ、魔力によってユニットの魔導エンジンが唸りをあげる。

 

「・・・発進するぞ」

 

「はい!」

 

 ユニットケージから離れた二人は、神崎を先頭にして滑走路へと進む。そして、管制官の誘導のもと相次いで出撃していった。

 

『こちら司令部。こちらへの襲撃があるなら北東からの可能性が高い。そこを重点的に哨戒されたし』

 

「了解。・・・他方面の警戒は?」

 

『訓練を中断した地上部隊が行う。ブリタニア陸軍の長距離砂漠挺身隊(LRDG)が先行して警戒を開始している。他の部隊も順次展開中』

 

「了解」 

 

 司令部との通信を終えた神崎は、手に持つ九九式機関銃の感触を確かめながらチラリと自分の後ろに続く稲垣を見た。別段、変わった様子もなく十分に落ち着いているようだった。頼りなさなど何処にも無い。

 

(負けてられないな・・・)

 

 気を引き締めつつ神崎は目標空域へと向かう。程なくして、彼の視線の先にポツポツと黒点が現れた。自然と銃を持つ手に力が入る。

 

「・・・司令部。ネウロイを視認した。数は6、機種は不明」

 

『了解。早急に迎撃を。今のところは・・・』

 

 そこで司令部からの通信が途絶えた。神崎が眉をしかめ、こちらから通信を送ると何度目かで回復した。

 

「司令部、通信は大丈夫か?」

 

『一度に多数の通信が入り、混線してしまった。新たに入った情報を伝える』

 

 通信手の声は先程に比べ焦燥感が強かった。しかも彼の声に混じって大声で怒鳴り合うような喧騒も聞こえる。何か悪いの自体が起こったらしい。神崎は嫌な予感を胸に抱きつつ次の言葉を待った。

 

『南西から多数の地上型ネウロイが接近中。未確認ではあるが、今まで発見されたことのない超大型ネウロイがいるという情報もある。至急、そちらにも向かえ』

 

「・・・了解」

 

 司令部からの通信が切れると渋面を作りつつ神崎は稲垣に向き直った。

 

「真美、お前は地上型の方へ向かえ。・・・ここは俺だけで十分だ」

 

「で、でも・・・」

 

「飛行型にお前のボヨールドは向かない。それに威力が勿体無い。・・・行け」

 

 すでに飛行型―接近してきてケリドーンだと分かった―が細部まで視認できるまで接近している。神崎の目は、話は終わりだと言わんばかりに既にケリドーンに向けられていた。

 

「分かりました」

 

 稲垣はクルリと反転すると南西へと向かい加速した。その様子を確認した神崎は稲垣に通信を入れる。

 

「一つ言い忘れた」

 

『・・・なんですか?』

 

 やはり先程の有無を言わさない言い方に傷ついたのか、少し落ち込んでしまったようだ。以前の・・・暴走した時の様に怒鳴りつけた時と又同じ事をしている。神崎は後悔しつつ、稲垣に語りかけた。

 

「信じている・・・頼んだぞ」

 

『・・・はい!』

 

 稲垣は元気な声で返事をした。神崎はその事に安堵して静かに通信を切った。

 

「さて・・・手早く終わらせる」

 

 そう呟いて神崎が銃を構えるのと、ケリドーン等が一斉にビームを撃ったのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長距離砂漠挺身隊、通称LRDGはブリタニア王国陸軍の特殊部隊である。砂漠での長距離長時間の偵察任務を主としており、車両に水や食料を詰め込み何週間もの間砂漠を駆け回る。強烈な日差し、乾ききった空気、夜間には鋭利な冷気という極限環境の中で長時間の任務を遂行する彼らは総じて屈強な肉体と強靭な精神を備えている。日頃からネウロイなど怖くない。怖いのは水と燃料が切れることだけだ、と言うように。

 しかし、今岩陰に隠れて双眼鏡を通して見るネウロイはさしものLRDG隊員であっても恐怖を抱かずにはいられなかった。

 そのネウロイは大きかった。いや、とてつもなく大きかった。縦幅は亀のような通常型の4倍、横幅は3倍、全長にいたっては100mに届くのではないかと思えるほどだ。そして胴体にはその巨体に見合う砲門が幾つもあり、百足のような沢山の足が砂煙を巻き上げて前進していく。その姿は白波を掻き分けて進む軍艦を連想させた。しかも、その超巨大ネウロイ一体だけではない。護衛のように数体の中型と数多くの小型ネウロイがいた。類を見ない大戦力だった。

 LRDG隊員が逃げるように自分が乗ってきたジープへ走り無線機に飛びついた時、聞き慣れた音が聞こえた。彼が釣られるように空を仰ぎ見ると、一条の飛行機雲。身の丈ほどの銃を持つ、赤と白の衣装に身を包んだ小さな魔女(ウィッチ)

 

 あんな小さな魔女(ウィッチ)が戦うにも関わらず、自分は逃げることしかできない。

 

 LRDG隊員は唇を噛み締めた。しかし、任務は忘れずその手は無線機のスイッチを入れていた。

 

 

 

 

 超大型ネウロイを見た稲垣は思わず驚きの声をあげた。

 

「お、大きい!!」

 

 空から見ればその大きさがよく分かる。圧倒的な超大型ネウロイの存在感に稲垣は竦みあがってしまった。

 

「こ、こんなの・・・どうすれば・・・」

 

 恐怖に呑まれた為か稲垣の瞳が力なく揺れ、ボヨールド40mm砲を持つ手が小刻みに震える。そんな時に再び神崎からの通信が入った。

 

『真美・・・!状況は・・・!』

 

 神崎の声の後ろからは断続的に射撃音が聞こえる。まだ戦闘中なのだろうが、稲垣は堪らず縋り付くように言った。

 

「とても大きな、戦艦みたいなネウロイが!他にも沢山・・・。神崎さん、私はいったいどうすれば・・・!?」

 

『・・・っ!?』

 

 神崎が息を呑んだのが無線越し分かったが、すぐに冷静な声を出した。

 

『・・・少なくとも、地上部隊が展開するまでの時間は稼がなくては』

 

「わ、私には・・・!」

 

 とても無理ですと続ける前に神崎が矢継ぎ早に言葉を続けた。

 

『俺が無茶なことを言っているのは分かっている。だが、今ここでお前が戦わなければ地上部隊は態勢を整えられず、壊滅だ。・・・つっ!?』

 

一瞬激しいノイズが走り、神崎の声が聞こえ辛くなってくる。

 

『お前だけが・・・頼り・・・だ。俺も・・・すぐ・・・かう・・・だか・・・頼む!』

 

「神崎さん?神崎さん!」

 

 一際大きなノイズが走った途端、神崎との通信が完全に途絶してしまった。稲垣は何度も呼びかけるが、インカムはノイズが走るだけで何も聞こえなかった。

 稲垣はギュッと目を瞑ると、静かにインカムを切った。ゆっくりと目を開けた時、彼女の目には先程までの恐怖の色は無かった。代わりにあるのは、自分のすべきことを果たさんとする決意の色。

 

「・・・行きます!!」

 

 自分に纏わりつく恐怖を払うように大きな声をだす稲垣。ボヨールドを持つ手に力を込めると、急降下に入った。照準器を通して見る超大型ネウロイはみるみるうちに大きくなる。再び竦みあがりそうに心を稲垣は歯を喰いしばって耐え、ネウロイを精一杯睨み付ける。

 稲垣の接近に気が付いたのか、超大型ネウロイも動き始めた。胴体上部に設置された砲のうちいくつかを動かし、稲垣へと向けビームを発射した。稲垣はロールの機動で回避し更に接近する。超大型ネウロイが再び砲門を向ける一瞬早く、稲垣が引き金を引いた。

 

ドンドンドンドンドン・・・・ッ!!!

 

 連続する野太い砲声と共に40mm徹甲弾が一弾倉分全て吐き出される。何発かは発砲の反動で狙いが逸れ地面に着弾したが、少なくない数が超大型ネウロイの胴体へ、そして砲へ吸い込まれた。

 

 ギギギギギャャャャァァァァアアアアア!!!!!

 

  爆発と共に超大型ネウロイから響き渡る金属音のような鳴き声を聞きつつ、稲垣は代えの弾倉を装填する。

 

「まだまだこれからです!」

 

 己を叱咤するように稲垣は叫ぶ。超大型ネウロイにはダメージを与えたが、少しすれば修復してしまうだろう。しかも、傷ついた超大型ネウロイを守るように追随する中型小型のネウロイが動き始めている。圧倒的な戦力差。しかし、もう稲垣の瞳には恐怖の色が浮かぶことはなかった。

 

 

 

 

 演習場の司令本部にはLRDGによって情報がもたらされ、早急な対応策を講じていた。集まっていたのが精鋭部隊であることが幸いし、状況への対応が早かった。すでにブリタニア王国陸戦魔女(ウィッチ)部隊、C中隊や各国の戦車隊は快速を活かして戦場へと向かっている。そして、足が遅い、もしくは準備に時間を要する部隊も順次出発していた。

 

「先生。この地点で戦闘が行われています」

 

「ふむ・・・。地形をうまく使えばこちらも十分に対応できるな」

 

 フォルゴーレ空挺師団の部隊章が入ったトラックが次々出発していく中、バッハ少佐は自分の部隊に出発準備をさせつつ、副官のシンプソンと共に作戦を練っていた。

 

「アレを持ってきておいて助かったな。数が心もとないが・・・」

 

「訓練で使用する予定だったので、予備を含めて10台しかありませんが・・・」

 

「いや、これで十分だろう。多すぎるとこちらの動きが煩雑になる」

 

 そこからバッハとシンプソンが作戦を練り上げるのと同時に部隊の出発準備が整った。

 

「どうやら今回の戦いは我々(男たち)にも出番がありそうですな」

 

「ああ・・・そうだな。それが喜ばしいのか悲しいのか・・・」

 

 目の前にジープが止まり、二人は静かに乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦場にいの一番に駆けつけたC中隊が見たのは、ネウロイという大きな波をたった一人で塞き止める稲垣という防波堤だった。撃ちあげられる濃密な対空砲火を搔い潜り、ボヨールドを振り回して戦う様はまさに獅子奮迅の動きだった。

 彼女に負けてはいられない・・・。先頭に立つマイルズはカノン砲を振り上げて叫んだ。

 

「全車両、一斉射撃!!撃ち砕け!!」

 

 12のカノン砲が火を噴き、空気を震わせた。上空の稲垣に気を取られていたネウロイはC中隊に気付いていなかったため、成す術もなく砲撃を食らい爆散していく。不意打ちが完全に成功した形だった。

 

「ソフィは隊の半分を率いて露払いを!残りは私に!超大型ネウロイを足止めする!」

 

「了解!任せてください、隊長!」

 

 副官ソフィの頼もしい返事を聞き、マイルズは声を張り上げた。

 

「行くわよ!全速前進!!」

 

 制圧射撃による援護を受けつつ、マイルズは陸戦ユニットに魔力を注ぎ込んだ。魔導エンジンが唸り始めるのと同時にユニットの足部分が折り畳まれ、無限軌道がせり出てくる。砂煙を巻き上げマイルズ以下6名は回り込むように前進し、ネウロイの進行方向へと躍り出た。こちらの動きにようやく気付いたネウロイはビームで反撃してくるが、陸戦魔女(ウィッチ)の堅牢なシールドを突破することができない。

 

「足を狙え!撃てぇ!!」

 

 マイルズが放った弾丸は寸分違わず超大型ネウロイの脚部に命中し、いくつかを粉々に粉砕した。後に続く5発の弾丸も脚部を破壊し、ネウロイの足を確実に止めていた。

 

「味方が到着するまで此処で踏みとどまる!ブリタニアの魔女(ウィッチ)は!!一歩も退かない!!!」

 

 

 

 

 私は本当に魔女(ウィッチ)になれたのだろうか?

 私が魔女(ウィッチ)になりたいと思ったのは、映画『扶桑海の閃光』を見てとても憧れたから。自分もあんな風になりたいと思って、家族の反対を押し切って陸軍の訓練学校に入った。背が低くて、何をやっても人よりも遅かったけど、魔女(ウィッチ)になりたい一心で努力し続けた。そして、魔女(ウィッチ)になった

 私はアフリカ派遣の話を聞いて真っ先に飛び付き、苦手な船もなんとか我慢して、アフリカにやって来た。そして、出会った。

 私が憧れていた魔女(ウィッチ)に。

 何度も映画を見て、本も読んだ。

 そう、扶桑海の電光、加東圭子大尉に。

 初めて会った加東圭子、ケイさんは想像していたよりも気さくでざっくばらんな所があったけど、とても優しかった。ケイさんからの言葉は私の心に染み込むように入ってきた。ケイさんに会えただけでも、アフリカに来て本当に良かったと思う。

 でも、それだけじゃない。

 ここで沢山の人に会った。

 

 マルセイユさん、ライーサさん、そして、神崎さんと島岡さん。

 皆とても優秀な人達で不甲斐ない私は助けられてばかりて、色々なことを教わった。

 マルセイユさんからは魔女(ウィッチ)としての誇りを。

 ライーサさんからは人を支えていくことの大切さを。

 神崎さんからは果たさなくてはならない責任を。

 島岡さんからは戦うための勇気を。そして、ケイさんからは仲間を大切にすることを、優しさを。

 私は魔女(ウィッチ)になれたのだろうか?

 ただ、魔力や技術を持つという訳ではない。自分を魔女(ウィッチ)だと自信を持って言える位の人間になれただろうか?

 

・・・分からない。

 

 でも、そうなりたい。いや、そうならなければならない。そうなるんだ。

 その為にも・・・

 

「絶対に・・・絶対に通しません!!!」

 

 もう何度叫んだか分からない。

 腰に沢山括り着けてきたはずの弾倉は既に使い尽くされ、今装填したので最後だ。体力も相当消耗しているのが分かる。時々視界が歪むし、ずっとボヨールドを握っていた両手はカチカチに固まっている。無意識のうちに無理な機動をしてしまったせいか体に痛みが走る。

 でも、通さない。

 負けない。

 神崎さんの期待に応える為に。アフリカを守るために。私が魔女(ウィッチ)であるために・・・!

 

「アアアアア!!!」

 

 何度も射撃を与えたはずの超巨大ネウロイは幾つかの砲を完全に破壊する迄には至ったものの、決定的なダメージは与えられていない。それでも、私は引き金を引き続ける。何発も着弾するが、反撃のビームが返ってくる。シールドを出して防いだ、が・・・。

 

「キャッア!?」

 

 ビームを受け止めた衝撃を吸収し切れず、吹き飛ばされてしまった。あれだけ強く握っていたボヨールドが宙を舞い、私は重力に引き寄せられ落下していく。

 

(落ちたら・・・痛いかな・・・)

 

 朧気な意識でそんなことを思っていると、柔らかな衝撃と共に落下が急に止まった。

 もう地面に着いたのかなと思ってから、ふと気付いた。

 背中から感じる温かさ。

 自分のストライカーユニットとは違うエンジン音。

 わたしを覆う影。

 

「待たせた・・・。よく、頑張ったな。真美」

 

 私の顔を覗き込んだ神崎さんは微笑みながらそう言った。  

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせた・・・。よく、頑張ったな。真美」

 

 吹き飛ばされた稲垣を抱きとめて神崎は言った。

 倒しても倒しても沸いて出てきたヒエラクスやケリドーン、さらには中型ネウロイを九九式機関銃の全弾と少なくない魔法力をつぎ込んだ炎で始末した神崎は全速力で稲垣を追った。途中で無線が完全に故障してしまい、自分が最後に言った言葉は彼女に届いたのかは分からなかったが、彼女は全力で戦っていた。

 

「・・・飛べるか?」

 

「飛ぶだけなら・・・なんとか・・・」

 

 神崎ネウロイ達が撃つビームの射程から一度離れると、ゆっくりと稲垣を放す。彼女のストライカーユニットのエンジン音は頼りないが、しっかりと浮かんだ。

 

「演習場へ戻れ。そして、ゆっくり休め」

 

「で、でも・・・」

 

「お前は十分すぎるほど頑張ってくれた。・・・本当によくやってくれた」

 

 神崎は安心させるように微笑み、稲垣の頭を撫でた。

 稲垣は目に涙を溜めるもグッと我慢し流すことはなかった。

 代わりに大きな笑顔を浮かべた。

 

「はい!!!」

 

「よし。後は・・・任せてくれ」

 

 そう言うや否や神崎は稲垣に背を向けた。

 睨み付けるのは超大型ネウロイ。既に神崎には九九式機関銃はなく、魔力も消耗している。今あるのは腰の左右に装備している拳銃のC96と扶桑刀『炎羅(えんら)』だけだ。ネウロイの対空砲火に対向するには心細さが否めない。

 だが、神崎は何も心配していなかった。

 

「ここからは俺達(・・)が・・・相手だ」

 

 この一言が引き金になったかのように、とてつもない轟音が戦場の空気を揺さぶった。

 

 

 

 

 

 

 

「そうとも。ここからは我々が相手だ」

 

 双眼鏡を覗いているバッハが独りごちる。

 その周りでは半自走砲に改造された10門の8.8cm対空砲がネウロイに向け砲撃を加えていた。もともと現地改造だったものだが、迅速な移動が可能になることから使用することになったのだ。一発撃つごとに場所を変え、ネウロイが反撃する隙を与えない戦術は効果あげ、多数を撃破する一方で此方の被害は皆無だった。

 

「我々だけではないぞ」

 

『騎兵隊の到着!』

 

『虎も居ますよ!』

 

『機甲師団の実力、見せつけてやろう!』

 

 砂丘を越えて現れたのは、パットンガールズ、ティーガーを履くシャーロット、そして各国の機甲師団。魔法力を持つ陸戦魔女(ウィッチ)の砲撃はもちろんのこと、100に届くであろう戦車隊の砲撃は普通の砲弾であっても十分にダメージを与えていた。

 

ギギギギャャャァァァァアアアア!!!

 

 数多の砲弾を受けた超大型ネウロイは大きく嘶くと砲門を一斉に動かし、ビームを放った。数十発ものビームが魔女(ウィッチ)、戦車、そして8.8cm対空砲に襲い掛かる。シールドを持つ魔女(ウィッチ)はともかく、男性兵士達には為す術もなくビームを受けるしかなかった。が・・・

 

「させるか・・・!!!」

 

 神崎が一瞬早く動いた。残存魔力を全て炎羅(えんら)に注ぎ込み、居合いの構えを取った。

 

「ハァァァアアア!!!」

 

 裂帛の気合と共に鞘から解き放たれた炎羅(えんら)はその刀身を炎で包み、振り抜かれた軌跡から巨大な炎幕を生み出した。空気中の酸素を奪い尽くさんばかりに炎上する幕は、ネウロイのビームの前に立ち塞がった。高温になった大気は揺らぎ、ビームの進行方向を歪ませた。

 

「さすがは『アフリカの太陽』だな!続けて撃て!!」

 

 直撃を免れたビームが近くに着弾し、その爆風で飛びそうになる帽子を押さえながらバッハは叫ぶ。

 

「ここが正念場よ!」

 

 超大型ネウロイに砲撃を続けながら、マイルズも叫ぶ。その時・・・

 

「割れた!ネウロイの装甲が割れたぞ!!」

 

 戦車のキューポラから顔を出していたブリタニア戦車兵が双眼鏡を覗いて叫んだ。確かに、超大型ネウロイの上部からコアの光が漏れていた。しかし、地上からでは死角になって攻撃することができない。

 

『残弾なし、残存魔力も極僅かだ・・・!攻撃できない・・・!』

 

 無線から神崎の辛そうな声が響く。そんな中、超大型ネウロイが動いた。膨大な砲撃にも関わらず、ゆっくりとだが確実に砲門を動かし、再びビームを撃とうとしている。もはや、神崎による防御もできない。もはやこれまでか・・・と皆が諦めかけた。

 

『ここは俺達に任せてもらおうか!!』

 

 神崎とは違う、野太く荒々しい声。そして巨大なエンジン音。皆が空を見上げると、巨大な爆撃機が上空を通過していた。

 

『我々、フォルゴーレ空挺師団が止めを刺す!!!』

 

 その言葉と同時に爆撃機から沢山の白い華が咲き始める。フォルゴーレ空挺師団が落下傘降下を始めたのだ。彼らが持つのは火炎瓶と対戦車地雷、そして収束手榴弾。彼らは寸分違わず超大型ネウロイの上に降下した。そして各々の武器を振りかぶり・・・そして・・・。

 

ギギギギイイギイイイイァヤアアヤァヤァアアアア!!!

 

 一際大きな鳴き声が響き渡ると、超大型ネウロイは爆散した。

 

 

 

 

 演習から始まったこの戦いは、ある意味この演習の成果を出した。

 戦場での魔女(ウィッチ)と男性兵士の共闘によって大きな勝利を手にした。

 ネウロイとの戦いは決して魔女(ウィッチ)だけの物ではない。男性兵士の物だけでもない。

 両者が共に居てこそ勝利を手にし得うるのだ・・・と。

 




OVAを見て三回・・・はやくエーゲ海が見たいですね

はやく動くライーサが見たい(迫真


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インターバル 1941 ブリタニア
第三十話


予想以上に筆が進み、久しぶりの一週間投稿です
これからもこんな感じで投稿できたらいいなぁ

さて、今回の話で新しい章になります がんばって書いていきますので、どうぞ楽しんでいってください!

感想、アドバイス、ミスの指摘などなど、どんどんお願いします!


 

 赤い夕日が差し込む夕方、私は時々書類仕事を天幕の外でする。天幕には暇な時間を使って設置した大きめのテーブルは砂が飛んでくるものの、熱が篭る天幕に比べれば遥かにマシだ。

 テーブルの上には、いつもはうず高く積まれた書類の束と、付けペン、タイプライターが占領しているが今日は違う。マルセイユから貰った年代もののワインと愛用のライカ、現像されたばかりの写真が入った封筒と分厚いアルバム、そして万年筆と紙と便箋だ。

 信介と玄太郎がスオムスに出発して二週間程経った。二人の二人の船旅も終盤か、中継地点であるブリタニアに到着した頃かな?今なら手紙を送ったら届くかも。ついでに写真も一緒に送るつもりだ。

 

「どの写真がいいかしらね・・・」

 

 アルバムには私がアフリカに来た時からの写真が全て収められている。ずっしりと手にくるぐらいの重さがある。

 我ながらよくぞここまで撮ったものだ。

 表紙をめくるとまず最初に出てくるのは、統合戦闘飛行隊「アフリカ」の部隊全員で撮った写真。マルセイユが中心に居て、その隣に私、玄太郎、ライーサ、信介、真美が左右に並び、整備部隊や補給部隊、警備部隊の面々が並んでいる。

 これ、いつ撮ったんだっけ?

 

「トブルク防衛戦(13~16話)の後の写真だな」

 

 いきなりの声にびっくりして顔をあげると、テーブルの向かい側にマルセイユがいた。

 いつのまに来たんだか・・・。

 

「ほら、ゲンタローの髪が変に短い」

 

「ホントだ。あなたも、頬に絆創膏が付いてる」

 

 あの時は大変だった。ネウロイの類を見ない大攻勢だったし、トブルクでは暴動が起こるし、玄太郎は暴走するし・・。今考えたら乗り越えられたことが不思議なくらい。

 

「他にどんな写真があるんだ?」

 

「あ、こら!」

 

 物思いにふけっていたらマルセイユが勝手にアルバムをめくり始めた。

 最初は私が記者としてここを訪れた時のページ。この部隊がマルセイユとライーサのカールスラント空軍だけの時の頃。

 次のページは私が大尉として陸軍に再任官し、真美達と共にやってきた頃の写真。真美は扶桑陸軍魔女(ウィッチ)の紅白の正装と扶桑人形のような容姿が相まってか、よく一緒に写真を撮ってくれってせがまれたっけ・・・。

 統合戦闘飛行隊『アフリカ』が結成された時のページ。みんなの表情がどこか固くて、今に比べて余所余所しさが目立つなぁ。

 そして次のページ。

 

「そうか。この時期に来たんだな。ゲンタローとシンスケは」

 

「・・・そうね」

 

 トラック2台とその脇で佇む2人の男性。玄太郎と信介がこの基地に到着した時の写真だ。写真でも海軍さんの白い制服はよく映えているなぁ。

 

「男で魔法が使えるなんてな。驚いたよ」

 

「だからっていきなり模擬戦を吹っかけるのはなかったんじゃない?」

 

「う・・・」

 

 あ、マルセイユがバツの悪い顔をした。そりゃそうだ。あの時、玄太郎は魔法力切れで倒れたんだから。

 

「お!これは、ライーサとシンスケの初対面じゃないか?」

 

 あ、話を逸らすつもりだな。でも、食い入るように写真を見つめ、ごまかそうとする姿が年相応で微笑ましかった。

 一緒になって写真を見る。信介とライーサ、そして真美が挨拶している場面だ。その上では玄太郎とマルセイユが模擬戦をしていることを考えれば、すこし笑えた。

 

 ページをめくっていき色々な写真を見ていく。

 皆で食事や宴会をしている場面や整備作業している場面、玄太郎が刀で素振りをする場面や信介が零戦艦上戦闘機のコックピットでポーズを取っている場面・・・。写真で、信介は笑っているけど、玄太郎はほとんど無表情だ。板前姿でも・・・

 

「最初の頃は、ゲンタローはほとんど笑ってないな」

 

「まだ私達のことが信用できなかったのね。誰かさんは、玄太郎を騙して酒を飲んで怒らせるし」

 

「うぐっ・・・」

 

「その誰かさんが大泣きしている写真はどこにあったかしらねぇ」

 

「そんな写真撮っていたのか!?ま、待て!どこにある!?」

 

 血相を変えてマルセイユが飛び掛ってくるけど、そんな写真は一枚も撮っちゃいない。からかっただけだ。

 

「でも、おかげで頭を撫でてもらったぞ!」

 

「その為に私がどんな苦労をしたと思っているのよ・・・」

 

 マルセイユを泣かせたせいで玄太郎が部隊で孤立しかけたのを何とかしようと色々と手を尽くしたのはいい思い出だ。

 ・・・。

 今思えば。この時がきっかけで玄太郎が気になり始めたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここにいたんだ、ティナ」

 

「ケイさん、何しているんですか?」

 

 マルセイユとワイン片手にアルバムを眺めていたら、ライーサと真美がやってきた。信介がいなくなってから数日の間はライーサは目に見えて落ち込んでいたけど、最近は表面上は今まで通りに振舞っている。でも真美の話では、夜はずっと信介の写真を見ているらしいから、やっぱり寂しいようね。そんなことを考えながら二人に手を振った。

 

「玄太郎と信介に送る写真を選んでいたら、つい見入っちゃってね」

 

「二人も来い!一緒に選ぼう!」

 

 マルセイユに手招きされ、二人は嬉々としてテーブルに着いた。私は4人で見られるようにとアルバムの位置を変える。4人で額を寄せ合ってアルバムを見るなんて初めてじゃないかしら?

 トブルク防衛戦が終わった後の写真には変化があった。

 まず、玄太郎の雰囲気が和らいでいること。笑顔を見せている写真もある。これはマルセイユの言葉が効いたのだろう。それともボディブローの方かな?本当は私が一発ブン殴って説教するつもりだったけど・・・。ま、結果オーライかしらね。

 もう一つの変化は、玄太郎と信介のツーショットが減って、信介とライーサとか玄太郎とマルセイユといった色々なツーショットが増えたことだ。ブリタニア王国陸軍の陸戦魔女(ウィッチ)のマイルズ少佐やカールスラント帝国陸軍のシャーロットととの写真もある。シャーロットはともかく、マイルズ少佐と写っているのは何か気に食わないけど。玄太郎が心を開き始めた結果だ。

 この時ぐらいから信介とライーサの仲は縮まっていったのかな?

 

「お、こんな写真もあるのか」

 

「あ、ちょっとティナ!?」

 

 また物思いに耽っていたらなにやらマルセイユとライーサが騒いでいる。ライーサが必死にアルバムを押さえているけど、どんな写真だったっけ?

 

「うん?ライーサ、ちょっと見せてね」

 

「え!ケイまで!?」

 

 ライーサがマルセイユに気を取られている隙をついてアルバムを掻っ攫う。慌てて止めようとしたライーサはマルセイユが羽交い絞めしてくれた。で、どんな写真かなっと。

 

「あぁ、この写真ね」

 

 寝ているライーサを信介がおぶっている写真だ。信介の背中に完全に体を預けちゃっているライーサの寝顔があどけなくて可愛い。信介もニコニコしているけど、背中にライーサの涎がべったり付いちゃっているのに気が付いていないな。

 

「これ、いつの間に撮ったんですか!?」

 

 顔を真っ赤にしたライーサが詰め寄ってきた。でも、私もいつ撮ったか覚えていないのよね~。さて、なんと言ったものか・・・。

 

「そんなことより、だ!前々から聞きたかったことがある。ライーサ」

 

 私が返事をする前にマルセイユがライーサに問いかけていた。やたら真剣な表情をしているけど、そんな重要なことってあったっけ?真美も緊張しちゃってオロオロしているし・・・。

 

「な、なに?ティナ・・・」

 

「ああ・・・。シンスケのプロポーズはどんなだった?」

 

「って、そんなことかいっ!!」

 

 思わずつっこんでしまった。重大なことだと思ったのに。ただ、ライーサにとっては違うようだけど。

 

「プ、プ、プ、プロポーズって!?」

 

「プロポーズを受け入れたから付き合っているんだろう?」

 

「でも、結婚の約束はしていないし!?」

 

「なんだ?シンスケとは結婚したくないのか?」

 

「したいけど!!いや、そうじゃなくて!?」

 

 あぁあぁあぁ、完全にマルセイユの術中に嵌っちゃってる。でも、ここまで取り乱すライーサも珍しい。写真撮って信介に送ったら喜ぶんじゃないかしら。

 

「わ、私も是非聞きたいです!ライーサさん!」

 

「マミまで!?」

 

 あ、真美も興味あるんだ。やっぱり女の子ねぇ。ま、私も聞きたいけど。

 

「で、実際の所どうだったの?」

 

「ケイまで・・・」

 

 どうやら観念したみたい。ライーサは顔を真っ赤にしながらポツリポツリと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘックション!!!」

「さすがに冷える。・・・帰るぞ」

「まだ一匹も釣ってねぇじゃねぇか」

「だとしても・・・時と場所を考えろ」

「え?竿も釣り糸も海まであるだろ?」

「・・・空母の上から釣りをすること自体間違っているだろう・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、私はシンスケの恋人になったの」

 

 ライーサは口を閉じた。そして、服の中に入れていたネックレスを取り出すとじっとそれを見つめた。信介を思い出しているみたいね。

 まるで、恋愛小説のような話だなぁ。隣を見れば、真美がライーサと同じぐらい顔を真っ赤にしているしマルセイユもどことなく頬を染めているような・・・。でも、なにか不満そう?なんで?

 

「キスをしたぐらいで目を回すのか。シンスケは意外とヘタレなんだな」

 

 あ、そこか。まぁ、欧州の人から見ればそう思うかもね。扶桑じゃ滅多にそんなことしないから、信介には刺激が強すぎたんだろうけど。

 

「しかし、そんなことが会ったのか。でも、二人がラブロマンスしている間、私達はネウロイの相手だったんだからな」

 

「そうね。しかも二人を助けに行くって部隊が分裂しかけたし、玄太郎は勝手に救援要請を出してるし、色々な意味で胆が冷えたわ」

 

 ・・・ま、この時から私は玄太郎に・・・

 

「で、でも、皆さん無事でしたし、ネウロイにも勝ったんだからよかったですよね?」 

 

 真美が慌てたように言った。私は何故か嬉しくなって彼女の頭を撫でた。

 

「そうね。よかったわ、本当に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食も近くなり、ライーサと真美は食事の準備をしに行ってしまった。私とマルセイユはほろ酔いぐらいになりながらまだアルバムをめくっている。

 

「これは扶桑の魔女(ウィッチ)が来た時の写真だな。タケイ・・・だったか?」

 

「あぁ、醇子ちゃん?昔に比べたら随分変わっていてビックリしたわ」

 

 マルセイユの視線に釣られて、醇子ちゃんと玄太郎のツーショットを見る。同じ海軍だからって撮ったけど、なんか納得いかなかったな。

 

「そんなむくれた顔するなよ。別にゲンタローを取られた訳じゃないだろう?」

 

 あら、不機嫌さが顔に出ちゃってた?まぁ、マルセイユの言う通りなんだけど、なにか釈然としないので言い返しておく。

 

「別に、そんなにむくれている訳じゃ・・・」

 

「お、玄太郎が歌った時の写真もあるのか!」

 

「ちょっと」 

 

 あなたが言い始めたんだから、ちゃんと相手をしなさいよ。これだから酔っぱらいは・・・。でも、玄太郎が歌い始めた時は本当に驚いたわね。人前で何かするっていうガラじゃなかったし。しかも、歌の腕前もそ相当上手くて、また驚いたわ。

 

「あの時のゲンタローはかっこよかったな」

 

「そうねぇ」

 

 マルセイユも玄太郎が歌っている姿を思い出しているのかと思いきや、急にニヤーと笑った。何かからかいがいのあるものを見つけたような・・・。え?私?

 

 

 

 

「なぁ、ケイはなんでゲンタローが好きになったんだ?」

 

「んなっ!?・・・んんっ!何でいきなり?」

 

 思わず声が裏返ってしまった。同様しているのを隠さないとマルセイユが調子乗っちゃう・・・手遅れだろうけど。

 

「いやなに、こんなことを話す機会なんてなかったしな。ゲンタローがいないからこそ話せることもある」

 

「結局はあんたが聞きたいだけじゃない」

 

 思わず溜息が漏れたけど、少し考えてみる。

 

「最初は厄介者が来たと思ったわ」

 

「厄介者?」

 

「そう。玄太郎の実家は扶桑の軍隊とは色々いざこざがあってね。陸軍は特に。しかも玄太郎は最初無愛想だったでしょ?正直、やりずらかったわ」

 

 話しているうちにその時のことを思い出してしまい、自然と頬が緩む。マルセイユは私の言葉に困惑しているようだった。

 

「わ、私はケイがそんなことを思っているなんてまったく気付かなかった」

 

「そりゃ、私は隊長だし、そんなことを表に出す訳にはいきないでしょ?まぁでも、少し経てばただの無愛想って訳じゃないって分かったけどね」

 

「ふ~ん。じゃあ、いつから好きに?」

 

 興味津々といった感じで目をキラキラさせるマルセイユ。やっぱり女の子ねぇ、そんな他人の色恋が面白いか。でも、話し始める前にワインを一口。どうでもいいけど、もうワインもなくなりそうね。

 

「ケイ?」

 

「ん?あぁ、えっとね。きっかけはトブルク防衛戦の後。玄太郎の魔女(ウィッチ)恐怖症や彼が受けてきた仕打ちを知って思ったのよ。玄太郎が魔女(ウィッチ)を怖がっている兆候はあったはずなのに、なんで隊長の私は気付けなかっただろうって。なんでもっと玄太郎についてしっかり知ろうとしなかったのだろうって」

 

 ワイングラスを揺らすと、ワインの水面に写った自分の顔も揺れてひしゃげていく。その顔は泣き顔にも見えなくも無かった。

 

「玄太郎についてしっかりと知ろうと思った。できるだけ会話して、玄太郎の様子を眺めて、そしたらなんとなくだけど分かってきた部分があった。プライベートが意外とズボラだったりね」

 

「あぁ、あの天幕はなかなかすごかったな」

 

 マルセイユも玄太郎のベットを見たみたいね。軍に入ったら身辺整理は徹底されるはずなんだけど、どうしてああなったのかしら?

 

「他にも、魚の調理がとても上手いこととか、小さい子供の扱いが慣れているとか、お酒は飲まないって言ってるくせに意外と強かったりとか、歌が上手いとか・・・」

 

「あと、髪の手入れも上手いんだぞ?」

 

「何それ。私知らない!?」

 

「ここを出発する前にやってもらった」

 

 マルセイユが自慢げに髪をなびかせてこっちを見てくる。少しイラッとしたので、マルセイユのワインを掠め取って一気に飲み干してやった。

 

「あ・・・!」

 

「上官を虚仮にした報いよ」

 

 私もして欲しかったなぁ。でも、私の髪はくせっ毛で短いし、やりずらかったかな。私も、マルセイユみたいに髪が長かったら・・・。いそいそと新しいワインの瓶を取り出して自分のグラスに注いでいるマルセイユを尻目に、私は自分の右手を眺めた。

 そう。私が玄太郎に惹かれたのは・・・

 

「やっぱり優しい所かな・・・」

 

 ライーサと信介が落とされた時、私は潰れかけた。

 一刻も早く二人を助けに行きたいケイ・カトーと二人が抜けた穴を塞ぐ為にすぐに増援をと考える加東圭子大尉に挟まれて。あの時、決断を下せたのは玄太郎が励ましてくれたお陰、手を握ってくれたお陰。私は潰れることなく加東圭子大尉として事態に対処することができた。二人が生き残っていると信じて軍人としての責務は果たすことができた。結果的に、ネウロイの侵攻を防ぎ、二人も無事救出することができた。

 

「実は玄太郎も相当焦っていて勝手にマイルズ少佐の所へ救援要請だしていたけどね」

 

「そうだな。ゲンタローは自分も苦しいのにも関わらず、相手に手を差し伸べる」

 

「本人に自覚があるかどうか分からないけどね。だから、私は玄太郎に惚れたの」

 

「さすが、ゲンタローは私の兄貴だ」

 

 そう言って二人で笑い合う。マルセイユが徐にグラスを掲げた。

 

「ゲンタローに」

 

「玄太郎に。あと信介にもね」

 

 私もグラスを掲げてマルセイユのグラスに軽くぶつける。チンッと小気味よい音が響いた後、二人で残りのワインを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が完全に暮れた後、天幕の中で私は手紙をしたためた。作戦のこととかはどうせ検閲が入るから書いても意味ないだろうし、二人がいなくなってからの部隊のこととかを書いておいた。

 後は写真。

 「アフリカ」全員で撮った物と私達戦闘部隊で撮った物。ライーサと信介のツーショットに日常の風景をいくつか・・・。

 便箋の封を閉じて一息つく。少しだけ考えて、私は引き出しから一枚の写真を取り出した。

 何も無い滑走路を背景に撮った私と玄太郎のツーショット。

 玄太郎が異動前で忙しい中、無理を言って撮ってもらったものだ。とってつけた理由をまくし立てた気がするが、玄太郎は二つ返事で了承してくれた。信介が写真を撮ってくれたけど、とても複雑そうな顔をしていたけど・・・。

 

「だから、好き・・・なのよね」

 

 思わず呟いてしまった言葉に顔が赤くなる。写真に話しかけるなんて、いい年して恥ずかしい。もし、再び会うことができたらこの気持ちを伝えよう。思いが届かなくても、大切にしていこう。

 

「その時まで・・・待ってなさい」

 

 そう呟いて、私は写真に軽くキスした。

 

「ねぇ、玄太郎。そっちは大丈夫?私に会うまで、無事でいなさいよ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら、神崎!!残存兵力は!?」

『俺以外、全員落とされちまったよ!?』

 

 夜明け前の薄暗い中、眼下の海面からは所々から火が上がり、空中には無数の赤い閃光が煌く。

 

「くっ・・・」

 

 島岡の悲痛な叫び声に神崎は悔しげな息を漏らした。手に持つヰ式散弾銃改にすばやく弾を込め、背後から襲ってきたヒエラクス3体の攻撃をすんでの所で回避する。そして回避した勢いとマルセイユ仕込の急旋回でヒエラクスの後ろを取ると容赦無く引き金を引いた。短い銃声の後、素早くレバーを前後に動かしもう一発。更にもう一発。無数の弾丸に貫かれたヒエラクス3体は穴だらけになって空中に消えた。

 

「これで、9体・・・!」

 

 太陽が昇り始める。東から差し込まれる日の光の眩しさに神崎は目を細めた。しかし、一瞬後大きく目を見開かせることになる。

 今まで通信が通じなかったと思った空母「翔鶴」は甲板のいたる所に穴が開き、黒煙をもうもうと立ち昇らせている。周りにいる駆逐艦や巡洋艦からは対空砲火が上がっているが、ほとんどの艦が中破以上の損傷を負っていた。水面には無数の戦闘機の亡骸。空を飛ぶ為の翼は無残にも切り裂かれ、漏れでた油が円を描いていた。

 

「なんてことだ・・・」

 

 神崎は毒づきながらも銃を左手に持ち替え、炎羅(えんら)を抜いた。そして目の前に立ち塞がる無数のネウロイを睨み付ける。

 

「ケイさん・・・。こっちは全然大丈夫じゃないです・・・」

 

 額から汗が垂れる。

 神崎は遥か彼方にいる頼もしい上官に思わず呟いていた。

 




いきなりスオムスに着くわけない

あと、新しく章追加しました

スオムス編の為にフィンランド空軍の本を読んだら、色々なことが分かって面白かった!
そういう読書もいい


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第三十一話

某有名戦車ゲームをしていたら、陸戦ウィッチがアニメで活躍するのが待ち遠しくなりました。せっかくのOVAなんだから陸戦ウィッチだしてほしいですよね、マイルズとか

そんなこんなで三十一話です

今回は久しぶりにあの魔女が・・・!

感想、アドバイス、ミスの指摘、などよろしくお願いします!


 

 

 

 

                 航海日記               

 

 島岡信介

 

 正直、2度目を書くとは思ってもみなかったこの航海日記。また「赤城」の時みたいに書いていこうと思う。今回はそんなに長くないと思うが・・・。

 ちなみに、俺とゲンが乗った艦は空母「翔鶴」。欧州へ向かう補給船団の護衛に就いていた艦のうちの1隻らしい。俺らと合流する為にわざわざトブルクまで来航してくれたかと感動していたら、実は喜望峰付近での嵐で機関部が不調になったらしく船団から離れざるを得なくなったらしい。ブリタニアで本格的な修理を受ける予定らしいが、そのついでに俺らを回収することになったそうだ。なんというか・・・俺の感動を返せ!

 

 

1日目

 久しぶりの海軍生活。まだ航海が始まって1日目だが、すでにアフリカが恋しくなってきた。真水が潤沢に使えないのはアフリカと同じでどうとも思わないが、飯が美味くない。いや、今まで食べてきた真実ちゃんの飯が美味すぎたのか。俺のよりも上手いであろう士官用の食堂に行っていたゲンもそんな事を言っていた。夜はライーサの写真を見てから寝た。写真も見つかったら面倒なことになりそうだから気を付けないと。

 ちなみに今回の航海はゲンとは別の部屋だった。これも久しぶりだな。

 

 

3日目

 ゲンと格納庫へ行きそれぞれの機体の様子を見ていたら、なんと艦長から呼び出しを受けた。二人共大慌てで服装を整えて艦長室に向かった。艦長は城島という大佐で俺達よりも階級が遥かに高い。アフリカじゃロンメル将軍とかと普通に話していたけが、むしろそっちの方がおかしかったんだ。ゲンはいつもの通りポーカーフェイスだったが、よく見ればじんわりと汗をかいていた。やっぱり緊張してんだな。

 艦長が俺らを呼び出した理由は、アフリカでの戦闘の様子を是非聞きたいということ。まぁそんなことならと、俺が話してゲンが所々補足説明を入れる形で進んでいった。話を聞き終えた艦長は大満足だった。俺らは不況を買わなくて一安心だった。

 

 

6日目

 

 今日は翔鶴の戦闘機隊と模擬戦をして欲しいと頼まれた。俺らは翔鶴の指揮下には入っていないので別に従う必要はなかったのだが、是非と言われれば断れなかった。相手は九九式艦上戦闘機が6機。俺の零式艦上戦闘機より1世代前の機体だが、6機ともなれば流石に苦戦するだろうと気を引き締めてコックピットに乗り込んだ。

で、結果は俺の圧勝。

 アフリカのヒエラクスはともかくケリドーンを相手取ってきた俺には隙はなかった。甲板から見ていたらしいゲンも「当然の結果だ」と頷いていた。嬉しいねぇ。

 

 

7日目

 

 昼飯の後、昨日模擬戦をした奴らと話すことになった。全員が俺と同じぐらい、もしくは少し年上だったが、俺の方が階級が上という奇妙な状況だった。話し始めはお互い遠慮している感じがあったが、いつの間にか打ち解けていた。そこで知ったのだが、俺とゲンの二つ名が結構有名になっているらしい。

「ゼロファイター」と「アフリカの太陽」

 面白かったのが「アフリカの太陽」が完全に魔女(ウィッチ)に勘違いされていたということ。ゲンを見ても誰だか分からなかったらしい。これを聞いた時は飲んでいた茶を吹いた。

 

 

 

9日目

 

 今日はゲンが飛ぶことになった。ゲンが本当に魔法使い(ウィザード)なのか疑っている奴が結構いたが、いざゲンが飛び始めると、皆が口をポカンと空け、曲技飛行や戦闘機動を行えば目を見開き、炎を使った時には吃驚仰天していた。射撃訓練は弾薬が少なくてできなかったらしい。なんで銃がヰ式散弾銃改しかないのかと愚痴っていた。

 ちなみにゲンはその日、色んな奴らから質問攻めにされていた。

 

 

12日目

 

 何故か夜明け前に目が覚めたので日記を付けておく。多分、あと数時間もすればブリタニアに到着するだろう。今回の航海は、ほとんどお客さん状態だったためか、哨戒任務に就くこともなくゆっくりと過ごせた。ゲンは士官の仕事が色々あったみたいだが・・・。

 アフリカを出発してもう二週間近く経ったが、ライーサが恋しい。手紙を書こうにも船の上じゃどうしようもないし、今は隠れて写真を見ることだけが・・・

 

 

ウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ~!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「な!?警報!?こんな朝っぱらから!?」

 

 突如鳴り響いた警報に島岡は日記を書く手を止めた。次いで艦内放送が入る。

 

『総員、第1種戦闘配置!!繰り返す!!総員、第1種戦闘配置!!』

 

「もうすぐブリタニアに着くつうのによ!?」

 

 島岡は毒づきながらも手早く飛行服に袖を通す。別にここの指揮下に入っている訳ではないのだが、もしもの時は出撃をと要請を受けていたのだ。島岡は蹴破るように部屋の扉を開けると、一目散に格納庫へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すれ違う水兵とぶつかりそうになりながらも、島岡は全速力で格納庫に駆け込んだ。格納庫はいきなりの戦闘配置で喧騒に包まれていた。

 

「ヰ式以外の銃は・・・!?」

 

「この艦には魔女(ウィッチ)用の武器はありません!!少尉が乗艦された際に積み込まれた物で全部です!!」

 

「・・・なら、弾薬をあるだけ全部持って来い!」

 

「りょ、了解!!」

 

 神崎も既に格納庫内で出撃準備に入っていた。ユニットケージに固定された零式艦上戦闘脚を装着しつつ、整備兵に指示を飛ばしている。島岡はヰ式散弾銃改の作動点検を行う神崎の元へ駆け寄った。

 

「ゲン!!」

 

「・・・シン。俺は準備が出来次第出撃する。艦長からの要請でな・・・。お前は・・・?」

 

 いきなりの襲撃だというのに神崎の様子は周りに比べて落ち着いていた。これが経験の差というやつかと島岡は感心しつつ答える。

 

「俺も要請は受けてるよ。それに・・・、今なにもしねぇ訳にはいかねぇだろ?」

 

「・・・そうだな」

 

 島岡のニヤリと笑いながら言った言葉に、神崎も唇の端を少しだけ上げた。

 

「弾薬はこれで全部です!」

 

「ご苦労」

 

 先程の整備兵が大量の弾薬を付けた弾帯を持って戻ってきた。彼が顔を真っ赤にし、全身の力を使って持っているのを、神崎は片手でヒョイと持ち上げ手早く装備する。

 

「シン。・・・俺の背中は頼んだ」

 

「おう。任せとけ」

 

 神崎は島岡に向け一度頷くと、零式をケージから解放して甲板に上がるエレベーターへと向かった。程なくして、エレベーターは上昇し神崎は甲板へと消えた。

 

「うし・・・。俺の零戦はどうなっている!?」

 

 神崎を見送ると島岡も自身の出撃準備に入った。いきなり零戦に飛び乗った島岡に近くの整備兵が慌てて駆け寄る。

 

「燃料、弾薬共に補給完了してます。整備もです」

 

「なら、機体をエレベーターへと持ってけ!早くしないとネウロイが来るぞ!」

 

「了解!」

 

 島岡の言葉に急かされるようにして整備兵は周り合図を出し、零戦をエレベーターへと運び始める。そんな中、島岡はコックピットの中で自分が随分と落ち着いていることに苦笑した。

 

「俺も・・・だな」

 

 エレベーターに乗せられた零戦はゆっくりと上方へと持ち上げられていく。零戦が甲板に上がった時、神崎がエンジン音を唸らせて夜明け前の暗闇に出撃していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翔鶴から発艦した神崎は無線での指示を受け東へ向かっていた。

 

『敵は中型3体。ガリア本土から出現した模様。神崎少尉は先行し、敵の確認と可能ならば攻撃を』

 

「了解。・・・援軍は?」

 

『現在、ブリタニア空軍に救援要請を出しているが、まだ返答がない』

 

「了解」

 

 通信を終えてしばらく飛んだ神崎は、視界に3つの黒点を捉えた。細長い機影のネウロイが2体と逆に胴が太いネウロイが1体。神崎は手に持つヰ式散弾銃改を見た。この銃は散弾銃であるが故に有効射程距離が極端に短いため、その分敵に接近しなければならない。

 

(MG34を持って来ていれば・・・)

 

 神崎は溜息を付きつつも、銃のレバーを動かし初弾を装填した。中型3体相手に接近戦をしかけるのはぞっとしなくもない。だが、怖いからといっていきなり炎を使い魔力を消費する訳にはいかない。

 

「・・・いくぞ」

 

 神崎は意識を切り替えるように一言呟くと、全速力でネウロイに突撃した。神崎の接近に気付いたネウロイ達は次々にビームを以って迎撃してくるが、弾幕を前にしても神崎は平然としていた。

 

「狙いが粗いな」

 

 ポツリと呟いた神崎は、最初に襲い掛かってきたビームを体を軽くずらすだけで回避すると、後続のビームも軽快にかわして見せた。

 

「まだ、アフリカのケリドーンの方がいい射撃をする」

 

 アフリカのネウロイは欧州のネウロイよりも数倍強いと言われている。9ヵ月に渡るアフリカでの濃密な戦いは神崎の実力を確かな物へと成長させていた。

 シールドを張ることなく弾幕を突破した神崎は、3体のうち細長い1体に狙いを定めると銃口を向けた。弾幕が途切れた一瞬の隙を突いてネウロイの下へ潜り込むとすれ違い様に引き金を引いた。

 バンッ!!という短い銃声と共に放たれた無数の礫は簡単にネウロイの装甲に食い込み、大きな穴を穿った。素早くレバーを動かし次弾を装填。完全にすれ違った後だが、強引に体をねじり追い討ちの1発を撃つ。が、相対的な距離が遠すぎたせいか弾丸は弾かれてしまった。

 

「射程が短すぎる・・・!」

 

 不甲斐無い結果に思わず悪態をつく神崎。だが、背後を見て状況を確認するとすぐに意識を切り替えた。今しがた射撃を加えたネウロイが機首を大きく下へ傾けさせ失速している。どうやら、先程の一撃が致命的なダメージを与えたらしい。

 

「至近距離での威力はさすがだな・・・」

 

 ヰ式散弾銃改の評価を若干上方修正しつつ、神崎はマルセイユ仕込みの急旋回――出力を限界まで引き絞り、速度を落として行う半径を小さくした旋回だ――で方向転換した。

 

「これで・・・終わらせる・・・!」

 

 健在するもう2体のネウロイからのビームを軽々と回避しつつ、墜落途中のネウロイを追撃。舐めるように飛行して引き金を引いた。更に1発。更にもう1発。計3発の散弾はネウロイの表面を容易く食い破り、その内部をズタズタに破壊し尽くす。ネウロイは耳障りな金属音の断末魔の悲鳴をあげて砕け散った。

 ネウロイの残骸である白い粒子の中で、神崎は弾帯から弾薬を取り外し再装填しようとする。しかし、残った2体のネウロイから放たれるビームの弾幕が一層激しくなり果たせないでいた。当たりはしないものの結果的に手詰まりになってしまう。

 

「クッ・・・!」

 

 苛立たしさに思わず唇を噛む神崎。が、その一瞬後に黒い影が目に入った。その影は遥か上方から高速で接近し細長いネウロイの脇をすり抜けた。直後、ネウロイの上部から大きな爆発が起きる。

 

『ヨッシャァア!命中!!ゲン、今のうちに再装填しとけ!』

 

「・・・!無茶なことを・・・!」

 

 無線を通して聞こえてきたのは島岡の声。先程の影の正体は島岡の操る零式艦上戦闘機であり、爆発はあろう事か島岡が零戦に搭載された50kg爆弾をネウロイに直撃させて起こったものだ。ネウロイが大きいとはいえ、飛行する物体に爆弾を当てるなど常識外れにも程がある。神崎の声は驚きを通り越してもはや呆れていた。しかし呆れつつもしっかりと再装填を済ませておく。それが終わった時には翔鶴から発艦した九九式艦上戦闘機総勢24機がネウロイに殺到していた。3機ごとで編隊を組んで絶え間なく攻撃を加えることでネウロイの狙いを分散させ一方的な展開にしていた。

 

「これは何とかなる・・・のか?」

 

 ポツリと呟いた神崎。しかし、神崎の期待虚しく事態は急変した。

 比較的動きが静かだった横長の中型ネウロイの胴体部分が突如展開し、中から無数の小型ネウロイが放出されたのだ。直後中型は消滅したが、その代りに小型がおよそ50。

 

「なんだと・・・!?くっ・・・!?」

 

 神崎は驚愕を顔に張り付かせたまま思い切り体を反らせた。放出された小型ネウロイの一部隊が攻撃してきたからだ。回避できるものは回避し、できないものはシールドで防ぎつつ神崎は翔鶴へ通信を入れた。

 

「中型ネウロイから小型が多数出現した!数は50・・・!!」

『つい先程、ブリタニア空軍から救援要請を受諾された!10分で救援が来る!』

「10分だと・・・!?」

 

 それでは遅すぎると胸の内で叫んだのと同時に爆破音が鳴り響いた。九九式がネウロイに撃墜されたのだ。

 

「くそ・・・!そちらにも小型ネウロイが向かっている!」

『神崎少尉は本艦の直掩に!』

「了解・・・!」

 

 言い終わらないうちに神崎は左手に魔力を集束させた。小型ネウロイの一団を撃破し、この空域を強行突破する為である。

 

「神崎から戦闘機隊へ!これから炎で敵に穴を開ける!・・・ここを突破するぞ!」

『了解!俺たちも続く!』

 

 神崎の言葉にすぐさま島岡が応えた。未だ健在する九九式の操縦者達からも返答がくるが、その数は既に半数近くになっていた。神崎はその事実に眉をしかめさせながら、左手に集束させた炎を放った。放たれた6発の炎は小型ネウロイの一団の中に飛び込み、周囲のネウロイを巻き込んで爆発した。巻き込まれなかったネウロイも爆発の衝撃波で錯乱したように右往左往している。

 血路は開けた。

 

「行け・・・!!!」

 

 神崎が叫んだのと同時に、まず島岡の零戦が爆発によって生まれた穴に飛び込み、それに九九式も続いた。その脱出を守るように、神崎は周囲に再び炎を放ちネウロイの接近を防ぐ。

 

(これで増援が間に合えば・・・・)

 

 一縷の望みに賭けながら、神崎も戦闘機隊の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが少し前の出来事だった。

 

 既に日が昇っている。

 ブリタニア空軍からの救援が到着する前にネウロイの接近を許してしまい、翔鶴は中破、護衛の駆逐艦は航行は可能なものの大破した状態だった。戦闘機隊も島岡の零戦を残し全滅。何人かの操縦者が脱出したのは確認したものの、ネウロイに包囲されている今の状態では救助もできない。

アフリカから出発して次の任地に向かう途中で絶体絶命とは・・・。

 

「・・・ケイさん、こっちは全然大丈夫じゃないです・・・」

 

 信頼する上司に向かって思わず独りごちる神崎。しかし、そうしていても何も始まらない。

 神崎はヰ式散弾銃改を左手に持ち替えると、右手で炎羅(えんら)を抜いた。目の前に迫り来るネウロイ達を睨みつけ、魔力を漲らせた。尋常でない魔力量に反応したのかネウロイが一斉に動き始める。だが、それは一足遅かった。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びと共に神崎は吶喊し、間合いに入った瞬間にネウロイを手当たりしだいに切り裂いた。しかも、それだけに止まらず、左手の散弾銃も撃ち、まとめて数体のネウロイを粉砕する。瞬く間に計6体のネウロイを撃破した神崎は、炎羅(えんら)を持ちながら無理矢理再装填を行い、三度ネウロイに向かって加速した。

 

『俺も負けてはいらんねぇなぁ!!!』

 

 無線越しに神崎の雄叫びを聞いた島岡も己を奮い立たせた。背後に迫るネウロイを強引な機動で振り切ると、一瞬の隙を突いて背後を獲った。

 

「もらったぜ!」

 

 火を噴く7.7mm機銃。ネウロイの装甲には効果は薄いが、島岡の攻撃はネウロイのエンジン部にあたる部分に命中し、飛行不能に陥れた。

 

「まだまだぁ!!」

 

 島岡も神崎に負けじと雄叫びを上げた。

 

 

 二人が奮戦しているとはいえ、ネウロイの戦力とは圧倒的な差があることには変わりない。それがいままでアフリカで戦ってきたネウロイよりも弱いといってもだ。しかも、今回は二人は傷ついた艦や脱出した操縦者も守らなければならない。今は戦えていられてもいずれは押し切られる。そのことは神崎も島岡も言わずもがな重々承知していた。分かっていても諦められなかった。そう、救援を待つために。

 

 

 

 

 

 

「フッ・・・!クッ・・・!?」

 

 神崎は背後から強襲してきたネウロイを振り向き様に切り裂き、右上方から撃ち込まれたビームをシールドで防ぎ、ヰ式散弾銃改を見舞う。さらに続いて・・・。

 絶え間ない攻撃を神崎は行き着く暇もなく飛び回り防いでいた。

 焦りはない。このような状況はアフリカで経験済みだった。まだ落ち着いて対抗できる。

 そう思った矢先だった。

 

ガチンッ・・・!!!

 

 間抜けた音がヰ式散弾銃改から鳴った。接近するネウロイに放たれるはずだった弾はでない・

 

(弾切れ・・・!?まさか、まだ残弾は残っていたはず・・・!?)

 

 慌てて銃を確認した神崎は表情が歪み切った。空の弾薬完全に排出されずに挟まってしまったのだ。排莢不良(ジャム)。普通に操作していればまず起こらない。両手に武器を持っていたのが裏目にでてしまった。

 

「畜生・・・!!」

 

 とっさに炎羅(えんら)で薬莢を弾き飛ばし次弾を装填するも、ネウロイが既にビームを撃っていた。至近距離からのビームの閃光に思わず目を瞑る。押し込まれるビームの圧力を感じていると、それが不意に軽くなった。そしてネウロイが爆発する音。

 

「なんだ・・・!?」

 

 思わず目を開ける神崎。まず目に入ったのは白だった。神崎が着ている扶桑海軍の第二種軍装の白と零式艦上戦闘脚の白。風で第二種軍装がはたきめ現れるのはボディースーツの紺。

 

「遅れてすまなかった。こちらもネウロイに足止めされていたんだ。始末するのに思いのほか時間がかかった」

 

 ポニーテールに結われた黒髪が風でたなびく。背中には扶桑刀の鞘、右手にはその刀身。

 

「しかし、見事な戦いぶりだった。見違えたぞ、ゲン」

 

「坂本・・・」

 

「ここは私達に任せてくれ」

 

 そう言って振り返った彼女、坂本美緒は眼帯で隠れていない左目を細めて微笑んだ。神崎にはその笑顔がとても眩しく思えた。

 




 OVAのOPで零戦でネウロイに攻撃する坂本の姿を見て、島岡を思い出してしまった(笑)

 はやくライーサとマルセイユに会いたいですね
 


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第三十二話

今度は506の小説とな!?
早く読みたい!しかも、今月はサントロンのDVDの発売じゃないか!
お金がー(泣)

感想、アドバイス、ミスの指摘、など諸々よろしくお願いします!



 

「いい加減離れやがれぇ!!」

 

 島岡の苛立った叫び声がコックピットに木霊するが、それが追撃してくる5体のネウロイに聞こえる訳もなく、聞こえたとしても人語を理解して尚且つ追撃を止めるとも思えないが、執拗にビームを撃ってくる。

 

「こなくそ!」

 

 もう何度したか分からないエルロンロールで回避した直後に島岡が見たのは、別方向から殺到してくる3体のネウロイだった。

 

「やばっ!?」

 

 とっさに操縦桿を引くが、その機動は回避運動には程遠かった。

 撃ち込まれる3条のビーム。しかし、それらは零戦の胴体を貫く寸前に何者かのシールドで拒まれた。

 

「誰だ!?」

 

 ゲンが助けに?あいつは別の所で戦っている。なら、いったい誰が・・・?

 体勢を整えた島岡が見たのは機関銃を両手で2丁持ちした航空魔女(ウィッチ)だった。目を凝らせばカールスラント空軍の制服であることが分かる。

 

『そこの戦闘機』

 

 あの航空魔女(ウィッチ)の物であろう声が無線を通して聞こえる。

 

『すぐにこの空域を離脱してブリタニアへ向かえ。ネウロイの相手は私達がする』

 

「お、おい!」

 

 いきなりの言葉に島岡が口を開こうとするも、航空魔女(ウィッチ)は全く見向きもせずネウロイに向かって飛んでいってしまった。おそらくMG42であろう機関銃2丁による射撃で悉くネウロイを撃ち落していく姿に島岡は何も言えなくなってしまう。

 

「・・・ッ。こちら、島岡。離脱する」

 

 今まで自分を追撃していたネウロイがあっという間に薙ぎ倒されていく様に、島岡は少しの悔しさを胸に抱きつつ機首を反転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シンは・・・ブリタニア本土の基地に向かったようだ」

 

「既に連絡はしてあるよ。あの数のネウロイ相手に無事でいるとは・・・。『ゼロファイター』と呼ばれるだけのことはあるな」

 

 空母『翔鶴』から随分離れた所に展開していたネウロイの一団を坂本と共同で撃破した神崎は、島岡の通信を聞いて、まず彼が無事だったことに、ほぅ・・・と溜息を吐いた。坂本は感心したようにうんうんと頷いている。どうやら彼の二つ名は坂本にも知られていたらしい。

 

(まさか俺のも・・・?)

 

 少し疑問に思った神崎は辺りを見渡して敵影がないことを確認して坂本に声をかけた。

 

「坂本、少しいい・・・」

 

『美緒、聞こえる?』

 

「ああ。どうした?ミーナ?」

 

「・・・」

 

 話しかけようとした矢先、割り込むように無線が入ってしまい、神崎は黙るしかなかった。代わりに翔鶴の方に目を凝らせば、赤毛のロングヘアーと金髪のショートカットの魔女が滞空しているのが見えた。どちらかがミーナと呼ばれた航空魔女(ウィッチ)なのだろう。

 

『空母を攻撃していたネウロイは殲滅したわ。トゥルーデも戦闘機の救出に成功したみたい。そっちはどう?』

 

「こっちももう大丈夫だ。翔鶴の状況は?」

 

『大きなダメージを受けたみたいだけど航行は可能だそうよ。駆逐艦の方も同様。今は脱出した操縦者達の救出作業を行っているみたい』

 

「分かった」

 

 ここで、坂本は一度チラリと神崎を見た。

 

「私達は翔鶴を護衛しつつ基地に帰還する。ミーナ達は先に戻っておいてくれ」

 

『え、ええ・・・。気をつけてね』

 

 ミーナと呼ばれた航空魔女(ウィッチ)は坂本の提案に納得しかねるのか少し言い澱んでいた。しかし、反論することはなく、程なくしてやって来たもう一人の航空魔女(ウィッチ)を伴ってブリタニアの方へ向かって行った。

 

「坂本、彼女達は・・・」

 

「ん?ああ。カールスラント空軍の魔女(ウィッチ)で私の友人だ。カールスラント本国から撤退してきて、今はブリタニア空軍の基地に駐留しているんだ」

 

「・・・そうか」

 

「帰ったら紹介しよう。だが、まずは改めて・・・」

 

 坂本は持っていった扶桑刀を背中の鞘に納めると神崎に手を差し出した。

 

「久しぶりだな、ゲン。また会えて嬉しい」

 

「ああ。俺もだよ・・・坂本」

 

「それはよかった。アッハッハッハ!!」

 

 彼女の象徴とも言える豪快な笑い声を久しぶりに聞き、握手をしながら神崎も思わず微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎がアフリカに居る間、坂本は主にブリタニアで改良された零式艦上戦闘脚のテストパイロットとブリタニア防衛に明け暮れていたらしい。

 

「坂本の戦闘データを利用して改良を?」

 

「ああ。だが、私のだけじゃないぞ?」

 

 翔鶴周辺の哨戒しつつ二人はお互いの近況を話していた。

 

「実はお前の戦闘データも活用させて貰っていたんだ」

 

「俺の・・・?」

 

「アフリカから報告が上がってきていてな。知らなかったのか?」

 

「ああ・・・。だが、俺がとやかく言うことじゃない」

 

 おそらく金子中尉辺りが勝手にしていたことだろうと、神崎は適当に当たりを付けた。

 

「だが、俺なんかの情報が役に立ったのか・・・?」

 

「もちろんだとも!」

 

 この自嘲気味な質問に坂本は大げさ気味に答えた。

 

「ブリタニアは侵攻してくるネウロイは大型が大半でな。一撃離脱が主になってしまって格闘戦のデータが集まり辛かった。その分、お前のデータが役に立っていたよ」

 

「それならよかった・・・」

 

「それに、あいつも・・・ん?すまん、ちょっと通信が入った」

 

「ああ・・・。・・・あいつ?」

 

 坂本が通信で受け答えしている間、神崎は海上を航行する翔鶴を眺めていた。先程まで立ち昇っていた黒煙も今は止まり、甲板に空けられた大穴は応急処置として大きな布が張られている。護衛の役目は完全には果たせなかったが、轟沈だけは免れた。その事実に、神崎はほっと溜息をついた。

 

「分かった。それではな。・・・ん?どうした?」

 

「いや・・・、なんでもない。何かあったのか?」

 

「ブリタニア空軍が護衛を引き継ぐそうだ。私達は基地へ直行するぞ」

 

「了解」

 

「じゃあ、着いて来てくれ」

 

 坂本が速度を上げて前に出る。神崎は翔鶴に向かって敬礼すると、速度を上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間程で神崎と坂本はブリタニア本土の空軍基地に到着した。上空から見る基地には、ブリタニア空軍の主力戦闘機であるスピットファイアだけでなく、カールスラント空軍のメッサーシャルフBf109が並べられていた。その中に、カラーリングが全く違う零式艦上戦闘機が1機だけあるのは恐ろしく目立っていた。

 そんな基地の横にある滑走路へ坂本が着陸し、それに神崎も続く。坂本に付き従うままに滑走路を抜け、整備兵や操縦者、そして航空魔女(ウィッチ)から沢山の視線を受けつつ、格納庫群の1つへと入り、ユニットをケージに繋いだ。

 

「美緒!お帰りなさい!」

 

「ああ、ミーナ。まだここに?」

 

「ええ。丁度今ユニットの点検が終わったのよ」

 

 ケージから降りた坂本に一人の魔女(ウィッチ)が話しかけていた。神崎は声と赤毛の髪から先程救援に来てくれた魔女(ウィッチ)たちの1人であることに気付く。神崎も自分のユニットをケージに繋げると坂本の傍に寄り尋ねた。

 

「坂本、彼女は・・・?」

「おお!紹介するんだったな」

 

 神崎の控えめな言葉に坂本は快く応じてくれた。

 

「彼女は、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐。カールスラント空軍、第3戦闘航空団の司令官だ。私がリバウにいた頃からの付き合いだ」

 

「少佐でしたか・・・。失礼しました。自分は坂本中尉と同じ扶桑海軍少尉、神崎玄太郎です。・・・今は所属はありませんが」

 

「ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐です。あなたのことは美緒・・・失礼、坂本中尉からよく聞いています。よろしく、神崎少尉」

 

 坂本の紹介を受け、神崎はポーカーフェイスに切り換えて挙手の敬礼をした。一方のミーナも一瞬いぶかしむような表情を浮かべるも、すぐににこやかな笑みで返礼する。

 

「さっきの戦闘を少し見たけど、本当に魔力が使えるのね」

 

「恐縮です。・・・坂本中尉からはどんな話を?」

 

「あなたが優秀だって。中尉ったら、今回会えるかもしれないってとても楽しみにしていたのよ?」

 

「ミ、ミーナ・・・!それは言わない約束・・・」

 

「あら。いいじゃない、美緒。あなたの話を聞けば神崎さんは紳士みたいだし」

 

「それはそうだが・・・」

 

「それに・・・」

 

 そこでミーナは目をすっと細めた。巧妙に坂本からは見えない角度で神崎に冷たい視線を投げかける。神崎は小さく息を呑んだ。

 

「紳士が女性に恥をかかせる訳ないでしょう?」

 

「・・・ッ」

 

 背筋が凍る。ジワリと額に汗が滲む。

 燃え上がる怒りを無理矢理押さえ込み凍らせた、冷たいのに熱い視線が突き刺さった。

 

「そう・・・ですね」

 

 結局神崎はかろうじて、そう一言だけ搾り出した。

 

「そういえば、ミーナ。島岡はどこにいるんだ?」

 

「島岡さんなら、待機室の方に居るわ。フラウとトゥルーデと話していたみたいよ」

 

「そうか。よし、ゲン。私達もそっちへ行くぞ」

 

「あ、ああ・・・」

 

 坂本とミーナの会話をどこか他人事のように聞いていた神崎はあいまいに返事をした。先程のミーナの視線は何だったのか?

 坂本に連れられ格納庫から出る時、その背中にもう一度あの視線が突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美緒と神崎さんが格納庫から出た時、(ミーナ)は深い溜息が出るのを抑えられなかった。

 

 神崎玄太郎少尉。

 通称「アフリカの太陽」

 

 世にも珍しい魔力を持った男性魔女(ウィッチ)魔法使い(ウィザード)。カールスラント空軍JG3が母体となっている統合戦闘飛行隊「アフリカ」に所属していた。

 彼のことは美緒からよく聞いていた。彼がアフリカへ行く道中、彼を鍛え、初陣に同行したらしい。

 美緒は言っていた。

 彼はつらい経験をしているのに、闘おうと、もがき続けている。何故闘い続けるのかは分からないが、でもその姿勢は好きだと。今はまだ未熟だが、経験を積めば素晴しい魔法使い(ウィザード)になれると。

 

 彼がどんな過去を背負っているのか。

 

 美緒は知っているみたいだけど、決して教えてくれなかった。でも、それ以外のことなら色々話してくれた。その表情はとても楽しそうで・・・。

 私もカールスラント空軍司令部経由ではあるが、彼がアフリカでどんな戦いをしていたかを知っていた。

 

 だからこそ、彼を美緒に近づかせてはいけない。

 

 私のエゴかもしれない。だとしても、それで美緒を護れるのなら・・・。

 

 

ドォォォォォオオオオオオン!!!

 

 

 唐突な爆発音が私の思考を遮った。

 もはや慣れてしまった自分に腹が立てつつ外に出ると、格納庫が並ぶ列の一番奥の建物―古ぼけたレンガ造りの倉庫だ―から黒煙がもうもうと立ち昇っていた。

 

「はぁ・・・またなの?」

 

 頭を押さえて溜息を吐く。もう何度目かを数えるのも嫌だ。だが、一言言ってやらなければ気がすまない。

 

「あの男・・・今度こそ許さないわ」

 

 そう呟いて私は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫から出た神崎と坂本はしばらく歩いた後に待機室に到着した。扉を通して島岡らしき声と明るく元気な声が聞こえる。神崎は先程のミーナの話から、この声がフラウかトゥルーデなる魔女(ウィッチ)のどちらかだろうと推測した。

 

「入るぞ」

 

 坂本が一言声をかけて扉を開けて中に入る。神崎もそれに続いた。

 

「で!で!次はどうやったの!?」

 

「おう!それで俺はこういう風に機体を動かして・・・」

 

「うわぁ・・・。信介って凄いね!そんな機動、普通の戦闘機じゃできないよ!」

 

「・・・」

 

 殺風景な部屋で、上機嫌で話す島岡と夢中になって聞き入っている金髪の小柄な魔女(ウィッチ)がテーブルに向かい合って座っていた。少し離れた所には不機嫌そうに眉をしかめている茶髪をお下げにした魔女(ウィッチ)もいた。

 島岡とその魔女(ウィッチ)まだ出会って間もないはずなのだが、すでに随分と仲良くなっている。

 神崎は何故かミーナに睨まれた自分との差に少し悲しくなってしまった。

 

「私はエーリカ・ハルトマン!君の戦闘見てたけど、なかなかやるじゃん!」

 

「・・・ゲルトルート・バルクホルンだ」

 

「神崎玄太郎です」

 

 片や明るく、片や暗く、全く正反対の自己紹介に神崎は内心戸惑いつつ、しかしポーカーフェイスで隠しつつ己の名を名乗った。ちなみに神崎は二人の名を既に知っていた。『アフリカ』で酒に酔ったマルセイユがやんややんやと騒いでいたからだ。やれハルトマンは私のライバルだとか、やれバルクホルンは堅くて面倒くさかったとか・・・。

 無理矢理付き合わされていた神崎も、喜んで付き合っていた島岡は何度もその話を聞いていた。だから島岡もすんなりとハルトマンと打ち解けていたのだろう。

 

「ゲン、二人はな・・・」

 

「大丈夫です、坂本中尉。お二人のことはハ・・・失礼、マルセイユ中尉から聞いています」

 

「うげぇ・・・ハンナかぁ・・・」

 

「・・・」

 

 神崎がマルセイユの名を口にした途端、ハルトマンは嫌そうに唇を歪めた。バルクホルンも眉の皺を深めている。神崎が二人の変化を不思議に思っていると、横にいた島岡が尋ねた。

 

「何かあったのか?」

 

「だってあいつ、会ったら『勝負しろ~!』としか言わないんだもん」

 

「・・・規律は守らない、命令には従わない、上官に反抗する。とてもカールスラント軍人とは思えないな・・・」

 

 エーリカの言葉は仕様がないと言える。だが、静かだと思っていたバルクホルンの言葉に神崎は不満を抱かざるを得なかった。妹分を悪く言われるのは我慢ならない。

 

「それは・・・失礼ではないかと」

 

「なに・・・?」

 

「・・・」

 

 言葉こそ丁寧だが口調には明らかな敵意が滲んでおりバルクホルンの目が厳しくなる。神崎はその視線を真っ向から受け止め対峙した。バチバチと火花が散りそうな睨み合いに島岡とエーリカがオロオロしていると、さすがにと思ったのか坂本が止めに入った。

 

「んんっ!二人ともその辺でいいだろう。ゲン、時間がそんなにある訳ではないんだ」

 

「・・・失礼しました」

 

「・・・いや、いい」

 

 神崎が引き下がるとバルクホルンも矛を収めた。二人の間にあった険悪な雰囲気が消えると、ハルトマンがその場を取り繕うように言った。

 

「えぇ~。もう行っちゃうの?まだ島岡の話聞きたかったのに~」

 

「悪ぃな、ハルトマン」

 

「よし、では行くぞ」

 

 ハルトマンの名残惜しそうな声を背に三人は待機室を後にした。どんよりとしたブリタニアの曇天の下を坂本を先頭に神崎と島岡は並んで歩く。

 

「ったく、何でバルクホルンさんに突っかかったんだよ?」

 

「ハンナのことを悪く言われたんだ。・・・反論しない方がおかしい」

 

 他人がいなくなりポーカーフェイスを取り払った神崎は露骨に嫌そうな顔をして、呆れ顔の島岡と言葉を交わす。坂本は困り顔だった。

 

「まぁ、なんだ。気を悪くしないでくれ。あいつらも近頃の戦闘で色々あったんだ。許してやってくれ」

 

「別に坂本のことを責めている訳じゃない。・・・だが、分かった」

 

 俺も固執しすぎたと神崎は溜息を吐いた。

 

「それで、どこに向かっているんだ?」

 

「この先にある建物は扶桑皇国海軍が間借りしている物の一つでな。そこで、ゲン、お前に会わせる奴がいる」

 

「・・・俺に?」

 

 予想もしていなかった言葉に神崎は首を傾げる。受けた命令の中にそのようなことは何も伝えられていなかったからだ。

 

「我が海軍の技術者だ。まぁ・・・何というか・・・途轍もなくアクの強い奴だが、話せばなんとか・・・」

 

 何か言い辛そうに話す坂本。しかし、その先の言葉は遮られた。

 

ドォォーーン!!!

 

 突然の爆発によって。

 

「なんだぁ!?」

 

「ネウロイか・・・!?」

 

 少し先の建物から黒煙が揚っているのを見て、神崎と島岡は身構える。一方、坂本は呆れたように額を押さえているだけだった。

 

「あいつはまたやったのか・・・」

 

 坂本の気の抜けた反応にネウロイの攻撃でないと分かると、二人は恐る恐る緊張を解く。周りを見れば周辺にいた基地の人々も慌てた様子が全く無かった。

 

「まったく・・・。二人とも少し急ぐぞ」

 

「ああ」

 

「お、おう」

 

 坂本に急かされるままに、二人は黒煙を吐く建物も元へ向かう。三人が半壊したレンガ造りの建物に着くと、中から場違いな笑い声が響いた。

 

「ハハハハハ!!失敗、失敗!!いやぁ、今回は流石に危なかったねぇ」

 

 瓦礫の山をガラガラと崩して現れたのは、ボロのように破れ汚れた白衣とひびの入った丸眼鏡をかけたヒョロリとした男だった。

 

「あぁ、坂本中尉。毎度毎度お騒がせしてすまないね」

 

「まったくだ!今月に入って三度目だぞ!」

 

「何、大丈夫だよ。修理費ならいくらでも出る」

 

「こんなこと続けていたらいつか死ぬぞ!」

 

「中尉の魔法力を感じられれば生き返る自信があるね。ミーナ少佐のでもいい」

 

「はぁ・・・」

 

 坂本は手の施しようがないと言わんばかりに重々しく溜息を吐くと、困惑中の神崎と島岡に向き直って言った。

 

「・・・紹介しよう。こいつは・・・」

 

「いや、中尉。ここは僕がやろう」

 

 男は坂本の言葉を制すと、立ち上がって白衣についた汚れを力強く叩き、眼鏡を押し上げて言った。

 

「僕の名前は鷹守(たかもり)勝己(かつみ)扶桑皇国海軍のしがいない技術屋だよ。一応技術大尉だ。会えて嬉しいよ、神崎君、島岡君」

 

 鷹守の自己紹介に神崎と島岡は敬礼で応えるが鷹守は手を振って笑いながら言った。

 

「大尉と言っても、僕は元々宮菱の技術者でね。なし崩しで軍に入ったからそんな堅苦しいのには慣れていないんだ。僕の前では普通にしていてくれ」

 

「は、はぁ・・・」

 

 島岡は戸惑いながらも返事をしておずおずと敬礼をしていた手を下ろした。神崎は一度坂本を見て、彼女が頷くのを確認してから手を下ろした。鷹守は満足そうに頷くと、廃墟のようになった自身の建物を見回して言った。

 

「さて、話したいことは沢山あるんだけど、まずはこの辺を片付けないと。すぐにでも怒ったミーナ少佐がやってくるからね」

 




スオムスに行くまでもう少し時間がかかります
申し訳ない!


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第三十三話

ついにイベントの開催が決定しましたね!
これは予約せざるを得ない!
また今年もスト魔女熱が熱くなりそうです

少し章を変更しました
流石にスオムスに行かなすぎる(笑)

感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどよろしくお願いします!

ではどうぞ


 

 ミーナがやって来る前に、神崎と島岡は坂本に連れられて別の建物に入った。そこも扶桑皇国海軍が借りているらしく、ちらほらの扶桑軍人の姿が見受けられた。

 

「騒がしくて悪かったな。少しこの部屋でくつろいでいてくれ」

 

 二人は坂本に促されるままに一室に入り、設置されたソファに座る。坂本自身も二人の向かいのソファに座った。

 

「いつもあんな事故が起こるのか?」

 

 神崎は腰に差してあった炎羅(えんら)を自身の隣に立て掛けながら尋ねた。

 

「奴とはそれなりの付き合いだが、規模の大小を考えなければ数え切れないな。先週も同じような事故を起こしたよ」

 

「・・・よく死なないっすね」

 

「・・・いや、それよりもよく処罰されないな。それだけ事故を起こしているのに関わらず・・・」

 

 二人の半ば呆れた言葉に坂本は笑って同意した。

 

「ハッハッハ!確かにそうだな!だが、奴の技術者、開発者としての腕は相当なものだ。既に多くの成果を残している。幾ら事故を起こしてもお釣りが出る程のな」

 

「どんな成果を?」

 

「零式艦上戦闘脚だ」

 

 神崎は嘘かと思い目を丸くするが、坂本の顔は冗談を言っているようには思えなかった。

 

「まさか・・・。零式は宮藤博士が開発したはず・・・」

 

「あぁ、確かにそうだ。だが、零式は完成こそしたものの、構造上の脆さが一際目立っていた。最悪空中分解もあり得る程に」

 

 坂本は一旦そこで間を置くと話を続けた。

 

「不幸にも宮藤博士は完成した直後に亡くなってしまった。博士の跡を継いで完全な形に、脆さを克服し今私達が使っている形へと仕上げたのが奴、鷹守勝己という訳だ。今も、私やゲンの戦闘データを元に改良を続けているんだぞ」

 

 一応これは機密扱いになっているから内密にな・・・と坂本は口に人差し指を立てる。島岡は頷いて感心したように言った。

 

「俺が言うのもなんですけど、若いのにすごいっすね」

 

「それは奴の能力のおかげだろうな」

 

 何か含みを持たせた坂本の物言いに神崎は首を傾げた。

 

「能力・・・?」

 

「いや、性癖とでも言うべきか?まぁともかく、実はその能力のせいで奴が零式を完成させたことが機密になっているのだが・・・。まぁ、遅かれ早かれお前たちも知ることだしな。奴はな・・・」

 

 坂本が声を潜めた丁度その時、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「いやぁ、待たせて悪かったね!思いの他ミーナ少佐のお説教が長くてね。お詫びにお菓子持ってきたけど食べるかい?」

 

 ブリタニアのお菓子なのかカラフルな箱を抱えた鷹守のいきなりの登場に、神崎と島岡は驚き、坂本も思わず口を閉じた。そんな三人を全く意に介さず、鷹守は坂本の隣に腰をおろすと持っていた箱の開封にかかった。

 

「これは僕のお気に入りの店が販売しているクッキーでね。いやはや職業柄か、糖分とカフェインは必需品なんだけど、生憎僕は紅茶の淹れ方は下手でねぇ。一応、道具ならどこかそこら辺に・・・」

 

 つらつらの話しながら手を動かす鷹守を神崎はじっと見た。

 髪は茶色かかっており伸ばしっ放しにしているのか無造作に後ろで束ねていた。先程ひび割れていた眼鏡は新しい物に替わっていたが、その下の目は若干赤く充血しており、隈も窺えた。白衣の下の体は細くいかにも技術者然としていた。

 

「んん!鷹守、まずはしっかりと挨拶を済ませた方がいいのではないか?」

 

「ん?そうかな?じゃあ改めて・・・」

 

 坂本が咳払いと共に言われ鷹守は手を止めて二人に向き直った。

 

「改めて、鷹守勝己だ。さっきは汚い格好ですまなかったね。よろしく」

 

 そう言うと笑みを浮かべて神崎に向かって手を差し出す。神崎は特に疑問を抱くことなく、その手を握り返した。

 横で坂本が血相を変えたのに気付かすに・・・。

 

「神崎玄太郎です。よろしくお願いします」

 

 そう言って神崎は手を放そうとするが、鷹守は手を放さなかった。

 

「うん。とてもいい魔法力を持っているね」

 

 鷹守は笑みをより一層深めながら握っている手に更に力を込めてくる。神崎が嫌な予感を感じるの同時に坂本が声をあげた。

 

「鷹守!お前はまた・・・!」

 

「うん・・・熱いね・・・。これは固有魔法が炎だからかな?火傷してしまいそうだよ」

 

 鷹守がブツブツと呟き始めると、笑みがふっと消え、目が据わり始めた。神崎は本格的に危機感を感じ始め身を硬くした。まるで鷹守に握られた右手から魔法力を吸い尽くされてしまいそうな感覚に、立て掛けておいた炎羅(えんら)に向かってそっと左手を伸ばす。

 

 

「だが、まだ本気じゃないね・・・。ハァハァ・・・。君のはそんな物じゃないだろう・・・?さぁ・・・もっと感じさせてくれ!!君の魔法力を・・・!!!」

「・・・ッ!?」

 

「止めんかぁあ!!!」

 

「ヘボォア!!!」

 

 血走った目で鷹守が叫び声をあげるのと同時についに坂本が動き、振り抜かれた彼女の拳が鷹守の頬を見事に捉えた。鷹守は神崎の手を放しソファの後ろに吹き飛ばされる。ソファの後ろから情けない声が漏れた。

 

「痛たたぁ・・・。少しは手加減してくれないのかい?」

 

「変態に手加減など一切無用!」

 

「でも、君の拳から魔法力を感じられた僕は満足さ」

 

「・・・っ、救いようが無いな!」

 

 坂本はソファの後ろを一通り怒鳴りつけると、疲れたように溜息を吐いた。

 

「はぁ・・・。いや、すまないな、ゲン。奴はいつもああでな・・・」

 

「俺は大丈夫だが・・・今のはいったい?」

 

「ていうか、あんなに殴り飛ばして大丈夫なんすか?」

 

 口では大丈夫とは言いつつもちゃっかり炎羅(えんら)を放していない神崎は警戒感を滲ませながらソファの後ろへ視線を向け、島岡は逆に心配そうな視線を向けた。坂本はふんっと鼻を鳴らした。

 

「奴はこのくらいじゃなんとも無い。それと、今のが奴の才能だ」

 

「・・・・・・変態なのが?」

 

「あはは・・・酷い言われ様だねぇ。でもちょっと違うかな?」

 

 そうこうしている内に、坂本の拳から回復した鷹守がソファの後ろからひょっこり現れた。殴られた頬は赤く腫れているが、本人は大して気にしていない様子だ。

 

「僕はね、魔法力を『感じる』ことができるんだ。いや『感じる』というより『解る』と言った方が正しいかな?」

 

 曰く、魔法力の性質や魔女(ウィッチ)の魔法力量、固有魔法を解析すること出来るとのこと。神崎は彼が先程ブツブツと言っていた内容を思い出した。

 

「だから、熱いと?」

 

「そう。君の魔法力の性質はよく分かったよ。魔法力が熱を持つのはストライカーユニットにはちょっと難儀な性質だね。でも、大した魔法力量だ」

 

 笑顔で的確に神崎の魔法力を指摘する鷹守に神崎は驚きを隠せなかった。

 

「こいつはこの能力のおかげで魔法力に精通している。怖いぐらいにな。その結果、魔女(ウィッチ)に対して親身な開発ができる。零式艦上戦闘脚の構造的な脆さを克服できたのもそのお陰だ」

 

「だから、あんな魔導針が開発できたのか・・・」

 

 以前、アフリカで試験運用した『鷹守式魔導針』。彼の名を聞いた時から大体予想していたが、今の話を聞いて確信を持った。鷹守は満足そうに頷いた。

 

「そうだよ。君の運用データはとても役に立った。今は本国の研究所で改良中だけどね」

 

「確かに。あの魔導針はとても魔女(ウィッチ)に寄り添った設計だった・・・」

 

 神崎は過度とも捉えられる程の緊急用の装置の数々を思い出した。もっとも、実際に使用したのは魔女(ウィッチ)ではなく魔法使い(ウィザード)だったが・・・。

 

「では、さっきの変態的な行動は?」

 

 炎羅(えんら)を持つ左手に力を込めながら神崎は言ったのだが、鷹守は全く気付かず表情を輝かして答えた。

 

「僕はね!この能力関係なく魔法力が大好きなんだ!!そう大好きなんだ!!!さっきみたいに魔法力を感じちゃうとどうしても興奮を抑えられなくてね!」

 

「は、はぁ・・・」

 

 でも魔法力だからしかたないよね!?と鼻息荒く言う鷹守に神崎はたじろぐ。坂本は虫でも見るような目で鷹守を一瞥すると、諦めきった声で言った。

 

「こいつは魔女(ウィッチ)を見たら、そいつの魔法力を感じずにはいられないんだ。この前など、初対面のミーナにお前と同じように握手して、あろうことか抱きついたんだ。ミーナは今でもこいつを目の敵にしている」

 

「なんて事を・・・」

 

 あまりの所業に神崎は絶句してしまった。だから先程の爆発の時にミーナがやってきたのだろう。当の本人は全く気にしていないようだが、銃殺刑になってもおかしくない。

 

「銃殺が怖くて魔法力を愛することなどできないね」

 

「やかましい。私がどれだけ苦労したと思っているんだ。外交問題にまで発展しかけたんだぞ。そんなだから、お前が零式を完成させたことも機密扱いになっているんだ」

 

「まさか・・・」

 

「そのまさかだ。能力ゆえの安全の確保の為ということもあるが、こんな変態を世界に発表してしまえば扶桑皇国海軍、いや扶桑最大の恥になってしまう・・・とな」

 

「その分、しっかりと技術面で貢献しているけどね」

 

「なお性質が悪い!」

 

「・・・なんつうか世界って広ぇな」

 

「・・・そうだな」

 

 ちゃっかりクッキーを摘んでいた島岡がぼそりと言った言葉に、神崎はただ同意することしかできなかったが、話を進めることにした。

 

「それで坂本。なぜ、俺を鷹守大尉に会わせたんだ?」

 

「ああ、そうだったな。順を追って説明しよう」

 

 コホンッと1つ咳払いをして坂本は真剣な表情になった。雰囲気が変わり、神崎も島岡も自然と姿勢を正す。

 

「神崎玄太郎少尉及び島岡信介特務少尉はスオムスに出向することになるが、その際に鷹守勝己技術大尉の班長とした整備班が同行することになった」

 

「整備班・・・ですか?」

 

 先程の鷹守のことが余程堪えたのか神崎の問いかけには嫌そうな雰囲気が滲んでいた。

 しかし、それ相応の理由があるようで鷹守と坂本がそれぞれ答える。

 

「君のアフリカでの戦闘データから、君のストライカーユニットの故障は内部系統の方が多い。アフリカでは陸軍とはいえ同じ扶桑の軍が整備を担当してくれていたから内部機構の機密保全はなんとかなったけど今回はそうはいかないみたいでね」

 

「スオムスは扶桑皇国海軍の一部部隊がいるとはいえ、どうも不穏な気配が漂っている。情報は不確かだが、何かスオムス軍内で動きがあるようだ。その為、念には念を入れることになった」

 

 坂本の言葉を聞いた瞬間、神崎の脳裏にあの光景がちらついた。

 アフリカの商店街。

 襲撃、銃声、血、人間同士の殺し合い。

 

(俺がスオムスに出向することになったのは・・・まさか・・・)

 

 神崎の心中を察してか、島岡がチラリと視線を向ける。神崎は大丈夫だと示すように小さく頷いた。

 

「まぁ、そういう訳だ。こいつには十分気をつけてくれ」

 

「ひどいなぁ・・・中尉は」

 

 二人に様子を見て気を遣ったのか、はたまた全く気付かなかったのか、坂本は明るい口調で話を締めた。神崎と島岡は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日

 

 早朝のうちにスオムスへの出発準備はほぼ完了した。

 移動手段は飛行船。人員は神崎、島岡、鷹守、整備班員の計10名。すでに荷物の詰め込みは終わっており、最終的な飛行船の点検が終わるのを待つばかりの状態である。

 今にも雨が降りだしそうな空の下で、着々と点検を済ませていく飛行船。その間、神崎は飛行場に隣接された待機室で静かに目を閉じて座っていた。隣では島岡が暇をもて余して喋っている。

 

「あ~あ。観光とかしたかったなぁ」

 

「そうだな」

 

「ライーサに土産も買いたかった」

 

「そうだな」

 

「・・・同じ返事しかしてなくねぇか?」

 

「そうだな」

 

「おい、ゲン。何か、お前大丈夫か?」

 

「そうだな・・・何がだ?」

 

「それだよ、それ」

 

 薄らとだが目を開けた神崎を島岡が覗きこむ。

 島岡は少しの会話で神崎の様子が何処か変なことを見抜いていた。心此処に在らず、という感じで、何か思い悩んでいるように思えた。

 

「何かあったのか?」

 

「いや・・・大丈夫だ」

 

「全然そうは思えねぇんだけど?」

 

 神崎は何も答えず再び目を閉じる。脳裏には昨日の出来事が甦っていた。

 

 

 

 

 島岡や鷹守をはじめとした整備班が飛行船に貨物の積み込みをしている間、神崎は特に何もすることなく基地内をブラブラと散策していた。

 島岡の零式艦上戦闘機は分解した上で積み込まれるので彼はその立ち会いをしている。

 一方の神崎は、零式艦上戦闘脚と武装一式は特に分解する必要もなく、すぐに積み込まれた為に暇をもて余す結果になってしまったのだ。

 人気のない廊下を歩きながら、神崎はふと思った。

 

(そういえば・・・こうやって一人でいるのも久しぶりだな)

 

 いつもは島岡、彼がいなければマルセイユや加東が傍にいた。更に時間を遡ってみれば一人でいることが当たり前だったのに・・・そう考えれば少し可笑しかった。

 

「フ・・・」

 

 自嘲気味にほんの小さく笑って廊下を曲がる神崎。そこで、意外な人物と遭遇した。

 

「・・・ヴィルケ少佐」

 

「あら・・・神崎少尉」

 

 現れたのは書類を腕一杯抱えたミーナ。それほど辛くはないのだろうが、少し辟易しているのが分かる。

 神崎はミーナを見、書類の山を見、もう一度ミーナを見て言った。心の中の溜め息と共に。

 

「お手伝いしましょうか?」

 

 

 

 

 

「そこに置いてくれる?」

 

「分かりました」

 

 神崎はミーナが示した机の上に書類の束を崩れないようにそっと置いた。この部屋はミーナの執務室らしく、机の端には私物であろう本が数冊置いてあった。

 

「ありがとう、少尉」

 

「いえ、大したことはしてません」

 

 ミーナの言葉にポーカーフェイスで応える神崎だが、心中は早く立ち去りたかった。書類を運んでいる最中、背中にずっとミーナからあの氷のような視線をずっと浴びていたのだ。とはいっても彼女が何か話してくる訳でもないので、なお性質が悪かった。神崎は早々と立ち去ろうドアに脚を向けるが・・・。

 

「待って少尉。少し話したいことがあるの。美味しいコーヒーもあるし。そこに座って待ってて」

 

「・・・・・・はい」

 

 先手を打たれてしまった・・・。

 少し前の自分の行動を相当悔やみながら、神崎は促されるままに執務室に置かれたソファに座った。上等な椅子なのだろう。臀部から伝わる感触はフカフカだったが、それを楽しむ余裕などなく、所在無さげに目を泳がすしかなかった。

 だが、ある一点でその目がふと止まった。

 思わず立ち上がり、それに近づく。

 壁に沿って設置された棚。書類類が並べられているその中に、1つだけポツンと置かれた蓄音機。艶のある茶色の筐体に鈍い金色のホーン。年代物なのか所々に細かな傷があるが、丁寧に手入れされているのが見て取れた。

 神崎はそっと手を伸ばして、その側面を撫で、思った。

 懐かしい・・・と。

 まだ軍に入ったばかりの頃、魔法使い(ウィザード)としての厳しい訓練と慣れない軍隊生活、そして同僚の魔女(ウィッチ)達による数々の嫌がらせに心身ともにボロボロになった時。かすかに聞こえた音楽に誘われて辿り着いたあの部屋。

 開けたままの扉をくぐると、今目の前にある物と同じような蓄音機が机の上に置かれていた。それは当時全く知らなかった欧州の音楽を流していた。

 そして机に頬杖をついて目を閉じ、静かに耳を傾けている一人の女性仕官。その彼女はゆっくりと目を開けるとこちらを見て、そして・・・。

 

 

「少尉?どうしたの?」

 

「・・・いえ」

 

 過去の記憶を漂っていた神埼をミーナの声が呼び戻した。神崎は蓄音機に背を向けると既に座っているミーナの向かい側に腰を下ろす。

 

「どうぞ。おいしいわよ」

 

「ありがとうございます」

 

 目の前に上官。加えて魔女(ウィッチ)。更に加えて先程から何故か突き刺さる冷たい視線。そんな状態でコーヒーを味わう余裕などある訳が無く、ポーカーフェイスで口はつけるも舌は何も感じなかった。

 

「ハルトマン中尉とバルクホルン大尉と話したみたいね」

 

「・・・はい」

 

 藪から棒のミーナの問いかけに、神崎は静かにコーヒーを置き答えた。

 

「ケンカしたのかしら?」

 

「ハンナ・・・いえ、マルセイユ中尉のことを悪く言われたので、つい言葉が強くなってしまいました。申し訳ありません」

 

「別に怒っている訳ではないのよ。顔をあげて」

 

 神崎が謝罪と共に頭を下げると、ミーナはやんわりと顔をあげる様に促した。

 

「バルクホルン大尉はカールスラントからの撤退戦の最中に色々あって、ちょっと情緒不安定気味なの。彼女も悪気があった訳じゃないの。私はその事を伝えたかったのよ」

 

「そうですか。分かりました」

 

「勿論、彼女だけが辛い経験をしている訳ではないのだけれど・・・」

 

「・・・」

 

 そう言うと、ミーナは目を伏せてじっとコーヒーカップを見つめ続けた。神崎は何も言えず、ただ黙ってもう一口コーヒーを啜った。

 どのくらい経ったか、ミーナは顔を上げると神崎に問いかけた。その目には強い決意の色があった。

 

「あなたは守りたい人がいる?」

 

「・・・います」

 

「私もよ。でも、守れなかった人達も沢山いるわ。だから・・・今度こそ守りたいの」

 

 ミーナの目は真剣だった。その口から紡がれる言葉も本気だった。

 

「私はあなたを坂本中尉に・・・美緒に近づかせたくない。あなたのような異分子は、えてして問題を起こしてしまう。本人が望むまいが・・・トブルクの市街戦がいい例ね。そして周りの人達を危険に晒す」

 

「・・・」

 

 今度は神崎が目を伏せる番だった。

 なぜミーナがトブルクでのことを知っているのか神崎には検討がつかない。しかし、この一言は神崎の心を深く穿った。

 カップの半ばまで減ったコーヒーは僅かな波紋を立て神埼の顔を映し出す。ポーカーフェイスを保っているはずなのに、映し出される顔は怒っているようにも泣いているようにも、諦めているようにも見えた。

 

「だからね・・・」

 

 聞こえてくるミーナの声はどこかあやふやだった。まるで夢の中にいるような・・・。そう悪夢の中に・・・。

 

「神崎玄太郎少尉・・・。あなたは・・・居てはいけない・・・いらないの」

 

『一匹狼はいらない』

 

 気が付けば神崎は最初の格納庫にいた。どうやってミーナの執務室から出て、ここまで来たのか全く覚えていなかった。

 丁度休憩時間と重なったのか、格納庫の中に人影はなく静まりかえっていた。その中を神崎はゆっくり歩きながら、零式艦上戦闘脚が収められたユニットケージに向かう。神崎は白い装甲に手を当て、その表面にある細かな傷の感触を確かめながら実感した。

 

あぁ、自分は異分子なんだ・・・と。

 

 自分を受け入れてくれた「アフリカ」というぬるま湯に浸かって忘れていた。

 結局自分は魔女(ウィッチ)の中にいる、場違いで、邪魔者で、疎まれる、魔法使い(ウィザード)・・・一匹狼。

 突きつけられた現実に零式艦上戦闘脚に添えられていた手はいつの間にか堅く握り締められていた。

 

 

 

 

「本当に大丈夫かよ?」

 

「・・・ああ」

 

 時は戻って待機室。

 神崎はやはり島岡に問いには生返事だった。そんな中、待機室に坂本が現れた。どうやら二人を見送りに来てくれたらしい。坂本は二人を見つけると足早に近づいてきた。

 

「二人ともスオムスでの武運を願っているぞ」

 

「ありがとうっす!」

 

「・・・ありがとう」

 

 元気よく返事をする島岡に対して、神崎の対応はやはり精彩を欠いてぎこちなかった。坂本も違和感を感じたのか首を傾げていたが、丁度その時、飛行船の最終点検が終わった旨が待機室に伝えられた。

 神崎が荷物を持ってスッと立ち上がる。島岡も慌てて自分の荷物を掴んだ。坂本は微笑んで二人を見送る。

 

「また会おう!」

 

「・・・ああ」

 

「坂本さんもお元気で!」

 

 坂本の言葉を背に滑走路に踏み出す二人。空は相変わらずどんよりと曇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

扶桑皇国、東京、霞ヶ関、海軍省

 

 

 

「という訳で、この案件は君に任せたいんだ」

 

 海軍省の中にある一室で北郷はおもむろに告げた。

 ソファに座りテーブルに置かれた湯飲みの茶には一切口をつけていない。顔は笑顔だが目は笑っていなかった。

 そんな北郷の向かい側に座る女性士官は平然とした表情で湯飲みを傾けていた。歳は北郷と同じぐらいか。階級章から中佐だと見て取れる。しかし、長い黒髪の北郷に対し、彼女は短髪しかも白髪だった。だが彼女には更に目を引くものがある。彼女の右目を隠す物・・・眼帯。しかも坂本のように魔眼を隠す物ではなく、本来の用途で用いられている無骨な造りの物だった。

 

「大佐のお話を聞く限り、私が行くしかないのでしょうね」

 

 彼女は湯のみを置くと静かに言った。北郷は安堵の表情を浮かべるとすぐに頭を下げた。

 

「すまない。また裏に回ってもらうことになる」

 

「気にしないで下さい。私にはそっちの方が性に合ってます」

 

 そう言うと彼女はソファから腰を上げ敬礼をする。

 

「才谷美樹中佐。『伊計画』及び『蛇』に参加します」

 

「うん。よろしく頼む」

 

 北郷もきれいな敬礼で答えると彼女は右に深いスリットの入ったスカートを翻し部屋から出て行った。

 

「成長した教え子に会えるかもしれませんしね」

 

 という言葉を残して。




次からやっとスオムスです、お楽しみに!

あと、最後に出てきた登場人物はアフリカの魔女の作者繋がりで登場させてみました。色々と変えてはいますが・・・

それでは~


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Ⅲ 1942 スオムス
第三十四話&人物紹介4


ようやくスオムス編です

スオムスは魅力的なキャラが多いのですが、オリキャラとかも結構出てきます。
乞うご期待?

あと、おそらくこれが今年最後の投稿になると思います

感想、アドバイス、ミスの指摘、等々、気軽によろしくお願いします!

皆さん、よいお年を!!




 

 

 

スオムス

 

 国土の大半を森と湖が占めている、白い雪で包まれた極寒の、しかしとても美しい北欧の小国。

 また、北欧におけるネウロイ防衛の最前線である。

 

 1939年、初冬。

 ネウロイがスオムスへ侵攻を開始。

 主にカレリア、東カレリア方面から侵攻してきたネウロイに対し当初スオムス軍は太刀打ち出来なかった。特に陸軍は装備不足が顕著に目立ち、陸戦ネウロイに十分な対処が出来ず後退を続けた。次々と領土を飲み込まれていく中で水際立った活躍したのが空軍と各国から派遣された義勇独立飛行中隊の魔女(ウィッチ)だった。彼女達の活躍で一時はネウロイを押し返し、占拠された街をも奪回した。

 それから約1年、ネウロイとの戦争は小康状態を保った。その1年の間に流れた平和の空気。しかしその裏、軍では不穏な空気が流れていた。原因は突如出現した人型ネウロイ。そして、洗脳という形ではあったがネウロイが人類とのコミュニケーションが可能という事実。凄惨な戦いに身を投じてきたスオムス軍の一部の者たちにとってその事実はとてつもなく甘い蜜だった。

スオムス軍はネウロイとの戦闘で疲弊し戦力の回復が急務。しかし、スオムスの国力は小さく、戦力を回復させようにも大変な困難を伴う。ましてや戦力を拡充するなど不可能に近かった。他国からの支援を当てにしようにも、どの国も他の戦線に戦力を集中させており、スオムスに回す余裕がない。

 

 

――もしかしたら、ネウロイを味方に引き込めるかもしれない・・・――

 

 

 この状況下でそのような考えに囚われてしまうのも仕方が無いのかもしれない。

 

 そして、1941年、初夏。

 

 ネウロイが再び侵攻を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の六時きっかりに私は目を覚ました。

 久しぶりにベットで寝た為か体の調子がすこぶるいい。気分よく手を動かしてさっさと身支度を済ませると、半分地面に埋まっている兵舎から出た。途端に刺す様に冷たい空気が私を包み込んだ。マイナス20度なんてここでは珍しくもない。でも今日の朝は一段と冷え込んでいる気がする。着込んだコートの襟をギュッと握り締めて足早に糧食班の所へと向かった。

 

 朝食は茹でたソーセージとクラッカーそして濃いコーヒーだった。さして美味しいわけではないけど朝食をしっかり食べないと力が出ない。だから食べる。

 野ざらしのテーブルに座りモソモソと朝食を口に運んでいると誰かが私の前に座った。

 

「おはよう、シーナ。早いね」

 

 顔を上げると同僚のシェルパがいた。私のと同じメニューの朝食を携えて私の向かいに座る。

雪原用の迷彩服を着込んだシェルパ。

トレーをテーブルに置いて椅子に座る動きはどこか緩慢としているので声をかけてみた。

 

「おはよう、シェルパ。任務明け?」

 

「そうよ~。雪の中でひたすら長距離偵察・・・。ユニットの履帯が雪塗れで、凍りつく前に整備しなきゃいけないから苦労したわ~」

 

 そういうとシェルパは湯気が立つコーヒーをぐいっと飲んだ。

 

「やっぱり任務明けは熱いコーヒーよね!」

「うん。私もそう思う」

 

 雪中の長距離連絡は寒いのは勿論だけど、食事がカチカチに凍りついた乾パンなどになってしまうのは相当堪える。不用意に火も付けられないし・・・。体の芯から温まることができる熱いコーヒーは本当に生き返った心地になるものだ。まぁ、私はシェルパみたいにブラックでは飲めないんだけど。

 当然ながら私の方が先に食べ終わり、シェルパと別れることになった。

 

「あ、そうそう!」

 

 私がトレーを持って立ち上がると、シェルパは慌てて言った。

 

「今思い出したんだけど、隊長が呼んでたよ。可及的速やかにだって!」

 

 ・・・なんで今になっていうかなぁ。その条件だと遅刻確定だよ。

 

 

 

 

 

 隊長は陣地の指揮所にいるらしい。私は雪搔きされた道を小走りで進み、陣地全体を見渡すことが出来る小高い丘へと向かう。そこの丸太と土嚢で作られた小屋が指揮所だ。その小屋の前に立つ歩哨に呼び出された旨を伝えて中に入ろうとする。扉をノックし名乗ろうとすると・・・。

 

「おお!シーナ!随分と遅かったな!お陰で一本空けてしまったぞ!」

 

 大きな声が私の名乗りを遮ってしまった。傍に立つ歩哨と微妙な表情で顔を見合わせると、ついジト目になって部屋の中に脚を踏み入れる。

 中に居たのはスオムス陸軍の仕官服にハーネスを合わせ、黒のストッキングと雪中用ブーツを履いた長髪で釣り目の女性。右手には空の酒瓶を持ち、彼女が座る椅子の傍らには使い込まれたスコップが置いてあった。そう。彼女こそ我らが隊長、アウロラ・E・ユーティライネン大尉。その性格は豪快にして大胆。先の戦争ではネウロイの大群相手に単身突撃し大立ち回りしてのけた。その頼もしすぎる後姿に、大尉のことを「姉貴」と呼ぶ人も少なくないとか。

・・・私は呼んでないけど。というか、その光景を目の当たりしていた身としては頼もしさよりむしろ恐怖心を抱いたけどね。

 

 私は気をつけの姿勢を取ると冷静に答えた。

 

「つい先程命令が伝えられたので。それに、その程度のお酒は水と同じでしょう?隊長なら」

 

「う~ん。確かにアルコール分が少ないな。ま、少ししか待ってないから許そう」

 

 その少しの間で一本飲み干したのかとか無神経なことは言わない。いつも隊長はこんな感じだから。代わりに呼び出された用件を聞くことにした。

 

「で、私はなんで呼び出されたのでしょうか?」

 

「そうだった。シーナ、今日はいつもの任務に就かなくていい」

 

「いいんですか?」

 

 予想外の一言に思わず聞き返してしまった。ネウロイ相手に雪の中を這い回っての防衛戦なんて誰も好き好んでやろうと思わないだろう。

 

「その代わり、ヴィープリまで行って、扶桑の海軍さんからのお客さんを迎えに行ってくれ」

 

「増援ですか?扶桑からはるばる?しかも海軍?」

 

 ふつうなら陸軍がきそうなものだけど・・・と首を傾げていたら、隊長は面白くなさそうな顔で空き瓶を近くの机の上に置いた。

 

「増援なのは確かだ。けど、うちじゃない。近くの空軍にだ。あっち(空軍)が迎えにいくのが筋だが、なんでも作戦中で手が出せないと」

 

「はぁ・・・空軍さんにですか・・・」

 

 最近の空軍の動きはどうも変だ。全部がというわけじゃないけど、ここら辺の部隊は特にネウロイの迎撃にどこかやる気が無い。撃退はしているけどね。けど、自分達への増援なのに私達(陸軍)に迎えに行かせるって何様のつもりなんだか・・・。

 

「ま、お前は最近休みなしだろ?休暇だと思って行って来い」

 

 そう言うと、隊長は私に出迎えの詳細が書かれた書類を渡し小屋から追い出した。何か納得できないもやもや感を胸に抱きつつ、さっきの歩哨に挨拶をして歩を進めた。少し進めば森が開ける。そして視界一杯に大きな湖が広がった。

 

 ラドガ湖。

 スオムスとオラーシャの境にある巨大な湖にして、水を嫌うネウロイに対する防壁。

 

 太陽の光を反射させてキラキラと輝く水面はいつもながらとても綺麗だった。もやもやしていた胸のうちも軽くなって気がする。

 

「ま、いいか」

 

 一言呟いて気分を切り換える。書類に書いてある行動予定を見れば出発まであまり時間が無い。準備する物も色々あるし、さっさと行動しよう。

 

 

 

 

 

 陣地から出発して一時間程スキーを飛ばして最寄の駅へ。そこから列車に揺られること数時間、ヴィープリに到着した。予定ではここで扶桑海軍の増援、魔女(ウィッチ)と戦闘機パイロットらしい、と合流することになっている。合流場所はこの街にある陸軍の駐屯地。今居る駅から少しばかり距離があるので自転車を使うことにした。自転車は結構使うことが多いので路面が凍結していても割りと問題なく運転できるし。

 

 ヴィープリの街並みを眺めながら自転車を進ませる。この辺りは軍の施設があるためか賑わい見せている。だが、ちらっと別方向を見ればネウロイの爆撃跡が色濃く残っている。前線から割りと離れてるこの街にも侵攻の手が伸びているんだ。私達は必死に戦っているけど、どうしてもネウロイの方が数が多い。そのことを考えたら・・・

 

「・・・二人でも増援は嬉しいな」

 

 なら早く二人を迎えに行こう。私は陸軍で増援は空軍で、あまり関係ないかもしれないけどスオムスを守れるなら関係ない。私は知らず知らずのうちにペダルを漕ぐ脚に一層の力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「扶桑海軍の増援?あぁ、あれか。彼らはまだ来てないよ。どうも列車の運行が遅れているらしくてね」

 

 張り切って自転車を駆った結果がこれである。駐屯地の門の警備主任の曹長は言った。

 

「彼らが到着するのは駅だからそこで待っていたらどうだい?」

 

 しかも、来た道を戻ることになるなんて・・・。ヒィヒィと息を切らせて元来た道を自転車で全力で戻った。大慌てで駅に飛び込み、駅員に列車の到着時刻を聞くと後30分ぐらいで到着するとのこと。

 

 すれ違いは避けられたみたい・・・。

 

 安心したらどっと疲れが出てきたので私は近くにあったベンチに座り込んだ。そよ風が自転車を漕いで火照った頬を撫でて心地よい。目を閉じてその心地よさを楽しんでいると、風とは違う刺すような冷たさが私の頬に走った。ゆっくりと目を開けて空を仰ぐと、どんよりと曇った灰色の空から雪がハラハラと落ちてきていた。スオムスでの雪など日常茶飯事でさしてきにすることではない。

 でも、何故かゆっくりと舞い落ちる雪に、私は目が離せなかった。

 

 

 

 

 

 ピィーッという甲高い汽笛の音がボゥとしていた私の意識を呼び戻した。いつの間にか30分経っていたらしい。少し風が強くなってはいるけれども、私は特に気にすることなくベンチから腰をあげ駅のプラットホームへ向かった。

 今しがた到着したからは続々と乗客が降りてくる。その中には普通の民間人に混じって少なくない数の軍人がいた。彼らはすぐに戦場に赴くのだろう。ここ最近の戦闘でどこの部隊も消耗しているらしいし・・・。

 さて、問題はこのごった返す人波の中から、どうやって扶桑軍人二人組を探し出すかだ。こう考えている間にも、私の両脇を多くの人が通り抜けていく。もたもたしていたら入れ違いになりかねない。

 

 もう自転車漕ぐのは嫌だなぁ・・・。確実に見つける為に『視て』しまおうか?

 

 などと考えていたが、目的の二人はあっさりと見つかった。

 

「痛い!?アフリカとは違う意味で風が痛い!?」

 

「・・・へっくしょん!!」

 

 人波の一番後方から聞こえた叫び声と大きなクシャミ。私は勘みたいなものを感じて声が聞こえた方向に向かった。スオムスに居てあんな台詞を言うスオムス人など絶対にいない。言うとすれば外国人だ。例えば・・・扶桑人とか。

 人波を抜けると私の予想が当たっていたことが分かった。停車した列車の傍に立つ、スオムス軍とは違うコート纏った二人の軍人。足元には大きな鞄が置いてあり、一人は腰に反りのある剣を携えていた。目や髪の色、体格もスオムス人とは違うし多分あの二人が扶桑海軍の増援だろう。

 

「ったく、めちゃくちゃ寒ぃじゃねぇか・・・。もっと中に着込むべきだった・・・。つか、坊主の頭が寒ぃ・・・」

 

「流石にこの寒さは堪えるな・・・。氷点下など軽く下回っているだろうな・・・」

 

「あ~。アフリカが恋しい~。ライーサが恋しい~」

 

「・・・お前はブレないな」

 

「あの、すみません」

 

「んお?」

 

「・・・はい?なんでしょうか?」

 

 少々ぶしつけではあったが、二人の会話に割り込ませてもらうことにした。声をかけると明るそうな方は不思議そうに、剣を携えている方は鋭い視線でこっちを見てきた。

 

 ・・・なにか警戒されてるような?

 

「失礼ですが、お二人は扶桑皇国海軍の・・・えっと・・・神崎玄太郎少尉と島岡信介特務少尉で間違いないでしょうか?」

 

「そうですが・・・。貴女は?」

 

 資料に書かれていた二人の名前を何とか思い出して尋ねると、剣を携えた方・・・多分神崎って方かな?勘だけど・・・、がいぶかしんだ様子で尋ね返してきた。

まぁ、ちゃんと名乗るしかない。

 私は背筋を伸ばして踵を合わせると挙手の敬礼をする。

 

「私は、お二人の案内を任されました、スオムス陸軍第12師団第34連隊第6中隊所属、シーナ・ヘイヘ曹長です」

 

 これが彼らとの出会い。そして・・・戦いの始まりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人物紹介4

 

名前   鷹守 勝己

年齢   20(1941年時点)

階級   技術大尉(元宮菱技術者)

使い魔  無し

 

人物設定

 神崎、島岡と共にスオムスへ出向することになった整備班のリーダー。天才と称されてもおかしくない頭脳を持ち、零式艦上戦闘脚の陰の開発者。ストライカーユニットだけでなく魔導針などの魔女(ウィッチ)の装備も開発する。

 魔法力そのものを愛しており、男性であるのにも関わらず魔法力について造詣が深く、魔力を『理解』する能力を持つ。その能力を発揮する為には肉体的接触が不可欠。通常は握手程度で十分だが、魔法力が自分好みであれば興奮して理性を失い、抱きつくなどの過剰な接触を試みようとする。

 容姿は180程度で伸ばしっ放しの茶色掛かった髪を無造作に束ねており、丸眼鏡を付けている。技術大尉ではあるが、本人は軍人という自覚が薄く、とても砕けた態度をとる。

 

 




年末は皆さんどうお過ごしする予定でしょうか?

私は、サン・トロンのBDを見つつゆっくりしたいと思います

来年もストライクウィッチーズの熱が上がっていくと思うので楽しみです!


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第三十五話

 割と投稿するまでに時間が空いてしまいました
 申し訳ありません

 それはともかくエーゲ海の女神、見てきました!動いているライーサを見れてこの三笠、思わず前かがm・・・なんでもありません

 というか、ライーサとマルセイユが出ているなら神崎と島岡の登場シーンは?え?出ないって?あ、そうですか・・・

感想、アドバイス、ミスの指摘等よろしくお願いします


 

 

 飛行船でのゆったりとした空の旅の後、神崎、島岡の扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊戦闘班は、スオムスの首都ヘルシンキに到着した。季節は冬、街並みは白い雪で覆われ、雪掻きに勤しむ民間人の姿も多く見受けられた。

 

「あ゛あ゛~寒ぃ~。俺、氷点下初めてなんだけど」

 

「風がないだけまだマシだ・・・」

 

 ぶつぶつと愚痴りながら、神崎と島岡の二人は扶桑海軍が支給している厚手の黒いコートで身を包み、防寒用の帽子と耳当てを装着していた。完全装備である。神崎に至っては腰に「炎羅(えんら)」を装備しているので、通りすぎる人から多くの視線を集めていた。

 ジロジロと見られるのには慣れている神崎は、様々な方向からくる視線を小さく鼻で笑って一蹴すると、隣を歩く島岡をジロリと見た。

 

「で、お前は何を食っている?」

 

「エビっぽいのが屋台で売ってたから買ってきた。うめぇぞ?」

 

 島岡の手には紙袋があり、中から鮮やかな赤に彩られたものが見えていた。茹でたてなのか、寒い中でも湯気があがっている。

 

「確かにエビっぽいな・・・。ザリガニだが」

 

「ザリガニかよ!!けど、うめぇからいい」

 

 神崎が見ているなかで次から次ぎへとザリガニを頬張る島岡は随分と幸せそうだった。その光景に神崎も少なからず食欲を刺激されるが、目下優先すべきことがある今は、その欲求を押し殺してポケットから懐中時計を取り出した。

 

「列車の出発まで後1時間だ。それまでにここを抜け出して、駅に着かねば・・・」

 

「つうか、なんで何も知らねぇ土地に置き去りにするかね。あんの変態大尉は・・・」

 

 完全に迷い込んでしまった裏通りの真ん中で、二人は深々とため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルシンキに到着した当初は神崎、島岡の二人に加えて鷹守以下10名の整備班もいた。彼らは一度スオムスに来たことがあるらしく、二人は彼らについて行けば大丈夫だろうと考えていた。

 しかし・・・

 

「と言うわけで、僕達はここ(ヘルシンキ)から別行動になるから、二人でヴィープリまで行ってね」

 

 鷹守が放ったこの一言に、二人は思わず噛みついた。

 

「いやいや、何が「と言うわけで・・・」だよ」

 

「明らかに無理があるだろう?」

 

 鷹守は大尉で二人の上官にあたるのだが、その性格故に、彼に対する二人の口調は随分と砕けたものになっていた。

 鷹守はキョトンとした表情で言う。

 

「あれ?言ってなかったっけ?僕達、整備班は整備機材の関係と着任報告の為に一度、ミッケリに行かなくちゃいけないんだよ」

 

「初耳なんだが・・・」

 

「つうか、ミッケリってどこだよ・・・」

 

 ちなみに、ミッケリとはスオムス軍の総司令部がある街である。

 

「君達はすぐにでも前線に向かわせろって言われているから仕方ないね。あ!あと、君達に手紙が来てたから渡しておくね。じゃ、がんばってね~」

 

 そう言うと鷹守は整備班を引き連れて風のように去っていった。神崎と島岡は自分の荷物と渡された二つの封筒を握ったまま立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルシンキの街並みを右往左往し、同じ処を何度も行き来し、街の人からジロジロと見られ、ようやく駅にたどり着いたのは、列車が出発する5分前だった。ほとんど飛び込むようにして二人が列車に乗り込むと、まるでタイミングを見計らったように列車は出発した。

 

「何とか間に合ったか・・・」

 

「まさか、あんなに走るとは思わなかった・・・」

 

 這々の体で列車の三等車両の棚に荷物を置いて、座席に座り込む二人。実のところ、神崎が少尉で士官であるため二等列車には乗れるのだが、二人は時間がなさ過ぎて、そんなことに構う余裕がなかったのだ。むしろ、列車に乗れただけマシだと思っていた。

 島岡は背もたれにだらしなく体を預けると、疲れた声音で言った。

 

「疲れたし、寒ぃし、寝てていい?」

 

「好きにしろ」

 

「じゃ、お言葉に甘えて・・・zzz・・・」

 

 神崎から了承を得るとすぐに体を丸めて寝始める島岡。神崎はその素早い行動に嘆息しつつ、腰の「炎羅(えんら)」を取り外して脇に置く。何気なく周りに視線を向ければ、物珍しそうにこちらを見る乗客が数人いるぐらいで、特に気になる物もない。

 神崎も背もたれに体を預けて力を抜くと、コートのポケットから鷹守の置き土産である封筒を取り出した。随分と分厚い方を取り上げて差出人を見ると、思わず頬が緩む。もう既に恋しくなっているアフリカ、敬愛すべき加東圭子大尉からだった。検閲済みの印が押された封筒を開けると、中には数枚の便箋と十数枚の写真。封筒が分厚くなる訳だと、神崎は小さく苦笑して、ひとまず便箋の方に目を落とした。

 内容は最近の「アフリカ」の近況。任務については検閲が入ることを見越してか一切触れられていなかったが、マルセイユやライーサ、稲垣、マティルダの様子が事細かに書かれていた。加えて、二人への心配や落ち着いたら手紙を書いて欲しいという旨も・・・。併せて送られてきた写真には、神崎と島岡が居た時の物が数多く含まれていた。「アフリカ」全員の集合写真や神崎とマルセイユの模擬戦の様子、島岡とライーサのツーショットや、皆での宴会など様々な物があり、神崎は随分と懐かしい気持ちになった。

 

「まだ、1ヶ月も経っていないんだがな・・・」

 

 神崎は苦笑混じりに独りごち、「アフリカ」が自分にとって随分と大きな物になっていることを実感する。そして、ゆっくりと便箋と手紙を封筒に戻すと、もう一つの封筒を手に取った。差出人の名を見て軽く目を見張る。

 

「醇子か・・・」

 

 今は扶桑で教官職に就いていたはず・・・と神崎はアフリカでの彼女との交流を思い出しながら封を開いた。

 内容は、無事扶桑に到着した後、舞鶴の魔女(ウィッチ)養成学校に教官として着任したとのこと。訓練を受ける候補生達の姿は昔の自分を見ているようで懐かしい、また、そんな彼女達を導いていくことが出来るのかと不安になると綴られていた。最後に、今度扶桑に帰って来る時は自分の家に戻って欲しい、と・・・。

 

「・・・」

 

 神崎は、ふぅ・・・と息を吐くと静かに便箋を封筒に戻した。少なくとも、今はまだ帰るつもりはなかった。

 

 

 

 

 

 しばらくして列車がガタゴトと揺れてゆっくりと停車した。どうやら駅に止まったらしい。ドヤドヤと乗客が乗り込み、瞬く間に空いていた席が埋まっていく。そんな中で、神崎達が座る座席の近くに子供連れの女性が立った。赤ん坊を抱え、3才ぐらいであろう女の子の手を引いた女性は、見慣れない軍服を着た外国人の前に座るのを躊躇っているようだった。しかし、この車両には他に空いている座席はなく、他の車両に移ろうにも子供達がグズり始めて手間取っている様子である。

 神崎は出来るだけ柔和な表情を作ると、女性に声を掛けた。

 

「どうぞ、座って下さい」

 

 しかし、彼女は戸惑うように目を泳がすだけで動こうとしない。どうやらブリタニア語が分からないようだった。残念なことに神崎はスオムス語が分からないので、手振りで座るように促す。すると、意味が通じたのか女性が微笑みを浮かべた。

 

「キートス」

 

 感謝の意味を表すのであろう言葉を告げて、女性は女の子と共に座る。神崎は眠りこける島岡を少しどかせて女性に邪魔にならないようにした。

 

 ふと視線を感じてその方向に視線を向けると、向かいの座席の女の子がジッとこちらを見ていた。扶桑人が余程珍しいのか、神崎の一挙一動を見逃さない勢いである。

 その姿を見て神崎はあることを思いついた。立ち上がって荷物棚にある自分の鞄から、ある物を取り出した。女の子が食い入るように見る中、神崎はただの紙を膝の上に広げた。女の子はそのことに気付くと落胆したように表情を曇らせるが、神崎は小さく笑うとよく見えるようにゆっくりと紙を折り始めた。折っては伸ばし、折っては伸ばしを繰り返して現れたのは一羽の鶴。女の子はまさか紙が鶴になるとは思わなかったのか目を丸くして驚いていた。そんな彼女に神崎は鶴をそっと差し出すと、女の子は大喜びで受け取った。お礼を言う母親に軽く応じつつ、体を背もたれに体を預ける。小さな満足感を抱いて、外の流れる景色を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れる景色に雪が混じり始めた頃、列車はヴィーブリに到着した。向かい側に座っていた親子は二つ前の駅で降車しており、既に姿はない。その代わりと言ってはなんだが、車両内には軍人の姿が多くなっていた。

 

「おい、着いたぞ」

 

「んあ?あぁ・・・着いたのか~」

 

 今の今まで眠りこけていた島岡は、座ったまま大きく伸びをすると神崎の顔を見て首を傾げた。

 

「うれしそうだな?何かあったか?」

 

「まぁな・・・。さ、降りるぞ」

 

「はいよ」

 

 鞄を持って列車から降りると、細かな雪が混じった突風が二人を襲った。肌を刺すような冷気に、二人は思わず身を震わせた。

 

「痛い!?アフリカとは別の意味で風が痛い!?」

 

「・・・へっくしょん!!」

 

 こんな反応をしているのはこの二人ぐらいで、周りの人々は寒さに全く動じることなく歩を進めている。この程の寒さなどスオムス人にとってはどうということはないのだろう。寒がっている二人は異様に浮いていた。

 島岡は再度身を震わせながら言った。

 

「ったく、めちゃくちゃ寒ぃじゃねぇか・・・。もっと中に着込むんだった・・・。というか、坊主の頭が寒ぃ・・・」

 

「さすがにこの寒さは堪えるな・・・。氷点下など軽く下回ってだろうな・・・」

 

「あ~。アフリカが恋しい~、ライーサが恋しい~」

 

「・・・お前はブレないな」

 

 寒くても島岡はやはり島岡である。神崎が呆れかえっていると・・・

 

「あの、すみません」

 

 誰かが彼の背後から声をかけた。控えめだが、その実、一本の芯が入ったような声である。

 神崎が振り返ると、一人の少女がこちらを見ていた。神崎よりも頭一つ分小さい小柄な体にスオムス軍のコートを纏い、肩口の辺りまで伸ばしている栗色の髪の頭には、スオムス軍の略帽を載せていた。階級章から察するに下士官である。

 神崎は無意識の内に僅かに身構えていた。彼女が魔女(ウィッチ)だということは自ずと分かる。

 

「・・・はい?なんでしょうか?」

 

 神崎はいつものポーカーフェイスで応えた。表面上は普通のはずである。

 

「失礼ですが、お二人は扶桑皇国海軍の・・・えっと・・・神崎玄太郎少尉と島岡信介特務少尉で間違いないでしょうか?」

 

「そううですが・・・貴女は?」

 

 そう返答しながらも神崎は彼女が自分たちの出迎えに来たスオムス空軍の魔女(ウィッチ)では・・・と、ある程度察していた。結果は彼の予想から少し外れていたが・・・。

 

「私は、お二人の案を任されました、スオムス陸軍第12師団第34連隊第6中隊所属、シーナ・ヘイヘ曹長です」

(陸軍・・・?)

 

 

 彼女、シーナの敬礼をしながらの名乗りに神崎は疑問を抱いた。チラリと島岡に目を向ければ、彼もいぶかしむように僅かに眉を顰めている。

 それはともかく、シーナだけ名乗らせる訳にはいかないので、神崎と島岡はシーナに答礼しつつそれぞれ名乗った。

 

「扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊所属、神崎玄太郎少尉です」

 

「同じく、島岡信介特務少尉です」

 

 二人が名乗り終わるとシーナはゆっくりと敬礼していた手を下ろした。

 

「では、さっそく移動しましょう。もうそろそろ着くはずですし・・・」

 

 心なしか、シーナは草臥れたような雰囲気を醸し出していたが、神崎っは気にしても仕方ないとあまり気にしなかった。代わりに、別のことを尋ねる。

 

「どこに移動するのですが?」

 

「向かいのプラットホームです。そこから出発する列車であなた方の出向先であるソルタヴィラに向かいます。・・・移動が楽で助かる」

 

「はい?」

 

「いえ、なんでもありません。早速行きましょう」

 

 シーナに促されるままに、神崎と島岡は自分達の鞄を持った。

 

 

 

 

 

 




 エーゲ海のとあるシーンでは島岡が発狂しそうでしたねw

 既にBDは予約済みです


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第三十六話

サントロンの秘め歌、ゲットしました

全部いい曲!はやくカラオケで歌いたいですね~

感想、ミスの指摘、アドバイス等々よろしくお願いします

所々ミスがあったので修正しました


 

 

 ガタンゴトンと揺れる車両の中で、神崎と島岡、シーナは向かい合って座っていた。シーナは手にある書類を見ながら、二人にこれからの動きを説明し始めた。

 

「この列車に一時間程乗った後、降りた駅から犬ゾリでソルタヴァラに向かいます。ラドガ湖沿いに進んで行くので・・・」

 

「・・・失礼。質問いいか?」

 

 つらつらとシーナが説明していくのを神崎はポーカーフェイスで遮った。シーナは少し驚きつつも特に気を悪くすることなく尋ね返してくる。

 

「何か疑問がありますか?」

 

「ああ。・・・なぜ、陸軍のヘイヘ曹長が空軍の自分達の出迎えに?」

 

 神崎の疑問に島岡もうなずく。

 空軍の増援として来たのだから、空軍の物が迎えにくるのが普通だろう。シーナ自身もそう思っていたのか、彼女の眉が困ったように八の字のように下がった。草臥れた雰囲気がより強くなる。

 

「仰るとおりなのですが・・・。先方は大規模作戦の為に忙しいらしく、代わりに手の空いていた私が・・・。すみません」

 

「謝らないでいい。別に非難している訳ではないしな・・・」

 

 頭を下げるシーナをやんわりと宥める神崎。彼女は、ありがとうございます・・・、と一言入れると小さな溜息と共に顔を上げた。大分苦労したらしい。

 

「ヘイヘさん、なんか疲れてないっすか?」

 

 どうやら島岡も同じことを考えていたらしい。これ幸いと神崎も興味深げにシーナを見る。

 

「こちらの方で色々と不備がありまして・・・。ささいな問題ですのでなんら影響はないですけど、ただ・・・」

 

「ただ?」

 

 シーナは気まずそうに口を開くが、開くに連れて疲労感が増していく。

 

「無駄に10km程自転車を漕ぐことになりました。全速力で・・・それ以外にも何だかんだで・・・」

 

 疲労感で今にでも沈み込んでしまいそうになっているシーナの姿に、神崎も島岡もいたたまれなくなってしまう。きっと

 

「それは・・・ご愁傷様だな」

 

「・・・ザリガニ、食べます?」

 

「・・・・・・いただきます」

 

 島岡が差し出した紙袋から、そっと一尾取るシーナだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、ヘイヘ曹長は魔女(ウィッチ)なんすか?」

 

 島岡も神崎もシーナと共にザリガニを摘み全て食べ終えた頃、唐突に島岡が言った一言だった。

 

「はい。陸戦魔女(ウィッチ)です」

 

 シーナはコクリと頷く。ザリガニで腹を満たした為か、先程のような疲労感は形を潜めている。

 

「やっぱりっすか」

 

「主に後方からの支援が仕事ですけどね」

 

「前の部隊に居た時も陸戦魔女(ウィッチ)の皆さんにはお世話になったっす。そういえば、ヘイヘ曹長とは割と歳が近そうっすね?」

 

「17です」

 

「俺等と一緒じゃねぇか」

 

 あれよあれよという間に島岡はシーナと打ち解けていく。人付き合いのいい島岡の手腕に蚊帳の外の神崎は内心舌を巻いた。

 自分には到底できそうにない。

 そう思っている間にも会話は続いていく。

 

「書類では増援は魔女(ウィッチ)とパイロット一人ずつだったけど、パイロット二人だったんだね。何かのミス?」

 

「いや、あってる。パイロットとある意味魔女(ウィッチ)一人だ」

 

 シーナの疑問を島岡は軽い調子で否定し、自分を次いで神崎を指し示した。自分のことを魔女(ウィッチ)呼ばわりされ神崎はジロリと島岡を睨むが、本人は全く気にしていない。その姿に諦めの溜息を吐いていると、シーナが目を丸くしてこちらを見ていた。

 

「まさか・・・」

 

 俯くシーナを神崎は真正面から見据えた。重々しく呟いている所を見ると、彼女の中に思い当たる節があったのかもしれない。

 さて、どんな言葉が飛び出してくるのかと神崎が待ち構えていると、ついにシーナの口が呟きの続きを紡いだ。

 

「まさか・・・女の子ですか?」

 

「おい」

 

 思わず突っ込んでしまう神崎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クヒヒヒ・・・。ゲンが女だってよ・・・!」

 

「笑いすぎだ」

 

「私、そんな変なこと言った?」

 

「いやぁ、最高だ!これから仲良くやっていけそうな気がするぜ」

 

 島岡はシーナが言い放った「神崎玄太郎、女の子説」が余程壷に入ったのか、閑散とした小さな駅に到着し待機している今でも笑い続けていた。さすがに神崎も面白くない表情になり、シーナは困惑していた。

 

「ヘイヘ曹長もヘイヘ曹長だ。なぜ、俺のことが女性に見える?」

 

「私、扶桑の方を見るのは初めてで、もしかしたら・・・と」

 

「・・・。服装や名前でも判断できるだろう?」

 

「扶桑の方は女性でもこんな感じなのかなぁっと・・・」

 

「・・・」

 

「そ、そもそも男性が魔力を持っていると思う方がおかしいのでは!」

 

「それは・・・そうだが・・・」

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 神崎の抗議にシーナはやや苦し紛れに反論した。その反論も尤もで神崎は何も言えなくなり、結局二人は黙りこくってしまう。やああって神崎は溜息と共にボソリと呟いた。

 

「・・・やめよう。下らなさすぎる」

 

「・・・そうですね」

 

 シーナも疲れたように眉を八の字にすると、どちらからともなく笑みを浮かべた。

 

「悪かったな」

 

「いいえ、私も・・・」

 

 と、シーナはそこまで言った所で何かに気付き、慌てて直立不動の姿勢を取った。

 

「も、申し訳ありませんでした、少尉!階級が上であるのにも関わらず・・・。失礼な言動をお許し下さい!」

 

「・・・ああ、そうだったな」

 

 他国の軍人であるとはいえ階級が上の者には敬意を払わなければならない。それが軍隊というものだ。(尚、鷹守は除く)

 確かに今のシーナの言葉は上官を侮辱するようにも聞こえるが、神崎には咎める気など更々なかった。

 

「許すも何もない。気にしなくていい」

 

「ですけど・・・」

 

「確かに階級は俺の方が上だが、俺はスオムス軍ではない。それにここではヘイヘ曹長がいないと右も左も分からん。そんなに畏まらなくていい」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 そこまで言って、強ばったシーナの表情がやっと解れた。神崎は頷いて、次の行動を尋ねた。

 

「まずはあちらの小屋で待っていて下さい。私は部隊と連絡を取らないといけないので・・・。予定では移動ですけど、詳細についてはそこで受けます」

 

 シーナが示した先には丸太造りの小さな小屋が建ってあった。駅の待合室か何かだろう。シーナと別れて、二人は各の荷物を持て小屋へと向かう。中に入ると、ふわっとした暖かな空気が二人を迎え入れた。小屋には暖炉が設置されており、薪が赤々と燃えていた。

 

「ふぅ・・・。やっと一息つけるぜ・・・」

 

「そうだな」

 

 暖かい空間に居るためか、二人は自然と笑みをこぼしながら壁沿いに設置されている長椅子に座った。段々と冷え切った体が暖められ、気分が解れていく。

 

「そう言えば・・・」

 

「どうした?」

 

 ボケェとしていた島岡が何かを思い出したボソリと言った。目を閉じていた神崎は、ゆっくりと瞼を開くとチラリと島岡に目を向ける。

 

「お前、魔女(ウィッチ)恐怖症だろ?ヘイヘさんと結構話してたけど大丈夫か?」

 

「・・・ああ。大丈夫だ」

 

 神崎は大きく息を吐くと天井を見上げ頭を壁に預けた。ポツリポツリと言葉を続ける。

 

「普通に話す分は問題ない。前からな。だが・・・ケイさんやハンナのおかげか、今は魔女(ウィッチ)への嫌悪感はあまりない」

 

 苦手意識はあるがな・・・とニヤリと自嘲気味に笑った。

 

「克服するさ。いつかハンナに言ったようにな」

 

「へぇ・・・。がんばれよ」

 

 島岡もニヤリと笑うと拳を突き出した。神崎はそれにゴツンと自分の拳をぶつけた。

 丁度その時、小屋の扉が開いた。

 

「あれ?どうしたの?」

 

 拳をぶつけ合う二人を見て、入ってきたシーナは不思議そうに首を傾げた。

 

「別に何でもねぇよ」

 

 島岡はぶつけていた拳を開いてヒラヒラと振りながら言う。神崎もわざわざ自分の弱さ(魔女恐怖症)を話す必要はないと考え、黙って彼女を見た。シーナはもう一度首を傾げたが、それ以上興味が湧かなかったようで気を取りなおして口を開いた。

 

「予定ではお二人をソルタヴァラまでお送りするはずだったのですが、変更がありました」

 

「変更?」

 

「はい。一度、私の所属部隊の防衛陣地へ向かいます」

 

「そりゃ・・・なんでまた?」

 

 島岡が先程のシーナと同じように首を傾げると、彼女は諦めたように頭を振って眉を八の字にして言った。

 

「その説明も陣地の方で行うと・・・。もう、なんで変更ばっかりなの・・・」

 

 ついにポロリと愚痴を漏らしてしまったシーナ。

 もはや、彼女の八の字の表情がお馴染みになってしまっている。神崎と島岡は揃って彼女に同情の視線を向けた。その視線に気付いたのか、シーナは俯かせていた顔を上げて慌てて二人に出発を促した。

 

「さ、さぁ!すぐに出発しますよ!夜中の行軍なんて絶対に嫌なので!」

 

 暖かな暖炉を惜しむ暇も無く、シーナにせっつかれるようにして小屋から出る二人。小屋の前には先程までにはなかった木製のソリが置かれていた。しかも牽引用の索には地面に座ったり寝そべったりした犬が十数頭繫がれていた。どれも立派な体格のハスキー犬である。

 狼を自身の使い魔としている神崎は、ハスキー犬に少なからず興味を抱いたが・・・。

 

「さぁ乗ってください!」

 

「ちょっと押すなって!」

 

「・・・む」

 

 シーナに押し込まれるようにしてソリに乗せられてしまった。二人を押し込んだシーナは、そのままソリの最後尾に乗り込むと備え付けられていたムチを手に取った。

 

ピィーッ!!

 

 シーナの口笛が鳴り響くと地面に座り込んでいた犬達は、まるで統率の取れた軍隊のようにスクッと立ち上がる。

 

「ハァッ!」

 

 気合の入ったかけ声と共にバチンッとムチを地面に叩きつけるシーナ。それを合図に犬ゾリは急発進した。

 

「さぁ!しっかり掴まって下さい!もう面倒事は絶対に嫌ですから!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪が降り積もり道が消えてしまった閑散とした森をシーナが駆る犬ゾリで駆け抜けること一時間。

 最初のうちは初めての犬ゾリで何度も振り落とされそうになった神崎と島岡だが、一時間も乗ってしまえばすっかり慣れてしまい、周りの景色や犬達の走る姿を楽しんでいた。

 不意に、ムチを振るっていたシーナが風を切る音に負けない声で叫んだ。

 

「ラドガ湖です!もう少しで到着しますよ!」

 

 その言葉と同時に目の前が一気に開いた。

 森を抜け切って雪原に出たのだ。

 いきなり現れた真っ白な世界に神崎の目は眩み、思わず目を細めた。滲んだ視界の中で何かがキラキラと光る。ゆっくりと目を開くと、視界一杯に広がる巨大な湖。

 ラドガ湖。

 神崎は思わず見入ってしまった。

 

「ずげぇ・・・」

 

「ああ・・・綺麗だ」

 

 島岡も同じように呆けたように呟いた。神崎も返事はするも視線はラドガ湖に釘付けだった。それほど、この光景は幻想的だった。そう、ここが戦場であることを忘れてしまうほどに・・・。

 

 だが、その幻想は一瞬にして壊されてしまう。

 

 ズドンッ・・・!!!

 

 空気を震わす程の爆音が彼方から響く。

 真っ白な世界にはあまりにも異質な黒煙。それが爆音が響く毎に二筋三筋と増えていく。今でも嫌という程見てきた赤い閃光が瞬くと共に。

 

「・・・ッ!!ネウロイ!!」

 

「掴まっていて下さい!一気に駆け抜けます」

 

 神崎の鋭い声に被せるようにシーナも怒鳴った。持っているムチを一際撓らせて犬を叱咤してスピードを上げる。その表情は先程のような困ったようなものではなく、幾多の戦いを潜り抜けた魔女(ウィッチ)のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 犬ゾリは猛スピードで混乱の中にある防衛陣地内に滑り込んだ。シーナは横転しそうになるソリを巧みにコントロールし横滑りで停止させた。三人がソリから飛び降りるのと同時にすぐ近くにネウロイの砲撃が着弾し爆発が起こる。

 

「うおぁ!?」

 

「チッ・・・!」

 

 いくら初めての土地だからといっても二人はアフリカの激戦を戦い抜き、絶体絶命の危機を乗り越えてきている。突然の爆発にも即座に対応し、冷たい雪の上に身を投げ出していた。

 だが、シーナはその上を行った。

 彼女は膝を地面に着きつつ極力身を沈めると鋭い視線で辺りを見渡し、近くを駆けている若い兵士を呼び止めた。

 

「ちょっとそこの君!」

 

「はい!?って、ヘイヘ曹長!?戻られたんですか?」

 

「隊長はどこか分かる!?」

 

「多分指揮所じゃないですか!?スコップを肩に担いで酒瓶持っているのを見ましたよ!」

 

「ありがとう!あと、この犬ゾリ片付けといて!」

 

「はぁ!?」

 

 悲鳴に違い声をあげる兵士を無視して、シーナは伏せている二人の下へ駆け寄った。

 

「さぁ!立ってください!行きますよ!」

 

「ああ・・・!」

 

「お、おう!」

 

 シーナは二人に声をかけると身を低くして走り出した。二人も同様に身を低くして彼女の後に続く。指揮所まで続く坂を走る間にもネウロイの砲撃が至る所に着弾して爆発、そして兵士の怒声が響く。三人は丸太と土嚢で造られた小屋―ネウロイの攻撃で土嚢が半分ほど吹き飛んでいたが―に辿り着くと、爆発に追い立てられるように小屋の中に雪崩れ込んだ。

 

「おお、おお。随分なご登場だな、シーナ。それに扶桑からの客人」

 

 三人を出迎えたのはイスに踏ん反り返って酒瓶を煽る一人の魔女(ウィッチ)

 神崎は思わず自身の目を疑った。ネウロイの攻撃を受けている部隊の指揮官のはずなのに、酒を飲んでいるのだ。正気の沙汰ではない。

 

「隊長!扶桑からの援軍をお連れしました!」

 

「ご苦労、シーナ。早速だが、すぐに防衛戦に加わってくれ」

 

「了解!もう!今日は厄日です!」

 

 シーナは悲鳴のような悪態を吐きながら指揮所から飛び出していった。神崎と島岡はポカンとしながら彼女を見送ると、そのままの表情で酒瓶を携える魔女(ウィッチ)を見た。

 

「ようこそ、スオムスへ。私はアウロラ・E・ユーティライネン大尉。ここの指揮を任されている。歓迎するぞ、少々騒がしいがな」

 

 その魔女(ウィッチ)、アウロラが自己紹介をすると共に一際大きな爆音が響き指揮所を揺らした。パラパラと屋根から屑が落ちてくるの見てアウロラは眉を顰める。

 

「割と近いな。まったく、酒にゴミが入ったらどうする」

 

 その言動に若干の眩暈を覚えるも、神崎は律儀に直立不動の姿勢を取り自分の名を名乗った。島岡もそれに続く。

 

「扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊所属、神崎玄太郎少尉です」

 

「同じく、島岡信介特務少尉っす」

 

 二人の名乗りをアウロラは酒瓶を片手に聞いていた。ふんふんと頷くと、ニヤリと笑ってイスから立ち上がる。

 

「神崎少尉は魔法使い(ウィザード)らしいし話したいことは沢山が、今は戦闘中だ。けど、君たちが陸軍の私たちにすることは特にない。なんなら、酒を飲むか?」

 

 神崎と島岡は黙ってお互いの顔を見合わせると、ネウロイの攻撃とは違う爆音が鳴り響いた。歩兵が操る対戦車砲と陸戦魔女(ウィッチ)が操る銃の発射音である。その音を聞きつつ、アウロラは一口酒を煽ると不適な声で言った。

 

「ここは絶対に抜かれない。なんたって、ここには私が指揮する最強の部隊がいるからな」

 

 

 

 

 

 指揮所から飛び出したシーナは先程駆け上った坂を転がるようにして下ると、空爆対策に半ば防空壕と化している格納庫に駆け込んだ。格納庫の中も外に負けず劣らず騒がしくなっており、陸戦魔女(ウィッチ)達も慌しく出撃準備を整えていた。

 シーナも自分のユニットがある区画へ走ると、ユニットが収められているケージに飛び乗った。ユニットを整備していた整備兵が慌てて駆け寄ってくる。

 

「ヘイヘさん、戻ってたんですか!?」

 

「今さっきね!早くいつもの!」

 

「短い方!?長い方!?」

 

「長い方!」

 

 指示を出し終えるとシーナは自分の陸戦ユニット、T-26改に足を滑り込ませた。

 このユニットは、元々数年前の第一次ネウロイ侵攻の際にオラーシャから支援として送られ使用されていた物だ。だが、貧しいスオムス陸軍は故障しても何度も何度も修理し続け、こうして今でも使用し続けていた。元々使われていたパーツは1つも無く、もはや別物でT-26とは言っても形式上でしかなかった。しかし、T-26よりも性能は向上して、シーナ用に調整されていた。

 

「シーナ!先に行ってるよお!!」

 

 シーナが陸戦ユニットの起動準備をしているとすぐ近くをシェルパ・メルケリ軍曹が駆け抜けて行った。彼女はカールスラント製の陸戦ユニットⅢ号H型を装備しており、手にはブリタニア製の軽機関銃ブレンガンを持っていた。周りにいる他の陸戦魔女(ウィッチ)達も、皆がバラバラで古い兵装を装備していた。統一した兵装を揃えることが出来ない貧乏なスオムス陸軍ならではの光景である。

 T-26改の魔導エンジンが唸り声を上げる頃、先程の整備兵が手に銃を持って帰ってきた。

 

「ヘイヘさん!持ってきました!」

「ありがとう!」

 

 受け取って素早く銃の作動点検を行う。故障があるとは到底思えないが、それでも万が一を消していく。それが、長年慣れ親しんだ、第一次ネウロイ侵攻を共に戦い抜いた相棒への礼儀。

 

 M/28-30「スピッツ」

 

「よし、出るよ!」

 

 M/28-30(スピッツ)と持てるだけ徹甲弾を携え、シーナは格納庫を飛び出した。

 最前線に向け全速力で駆け抜ける道の脇には負傷兵が体を引きずって本陣へと向かっていた。皆、魔力を持たない身でありながらも陸戦魔女(ウィッチ)が到着するまでギリギリまで時間稼ぎをしていたのだ。恐らく、まだ戦っている者もいるだろうし、力尽きた者も・・・。

 彼女にとっては何度も見てきた光景だ。

 だからこそ今感傷に浸る暇がないことも理解している。

 

「・・・ッ」

 

 決死の思いで戦い抜いた彼らに敬礼を送る。これが今彼らに送れる精一杯の礼だった。

 雪を蹴りたてて全速力で駆け抜け、防衛陣地の後方部分に滑り込んだ。そこから眺めるとこちらに押し寄せてくるネウロイの軍勢がよく見える。

 四足の蜘蛛のような陸戦ネウロイがビームを撃ちながら進軍してくるのを、こちらの男性兵士は塹壕に篭りながら必死にビームに耐え37mm対戦車砲や対戦車ライフル、機関銃で応戦している。しかし、魔力を纏わない攻撃など足止め程度にしかならない。しかも、まだ最前線までシェルパ達は到着していない。もしかしたらネウロイの砲撃で道が途中で壊されたのかもしれない。

 

 ならここは私が食い止めるしかない。

 

 M/28-30(スピッツ)を構え、銃尾部に頬を付ける。彼我との距離は遠く、通常ならスコープを使うが、シーナのM/28-30(スピッツ)にはそんな物は装備されていない。照門と照星を迫り来るネウロイに慎重に合わせ、意識的に呼吸をゆっくりにする。一度、目を閉じるとゆっくりと開き、『視た』。

 

 M/28-30(スピッツ)から放たれる弾丸の弾道、ネウロイの動き、装甲を食い破る徹甲弾、砕け散る紅い結晶。

 

 チロリと唇を舐める。引き金を引いた。

 

 

 

 

「最強の部隊・・・ですか?」

 

 神崎は傍らに立つアウロラに尋ねた。

 いまだネウロイによる攻撃の振動が指揮所を襲っている中で神崎の左手は腰の「炎羅(えんら)」に添えられている。島岡も同様に腰のホルスターに手を添えられたままだった。対するアウロラは壁に寄りかかったまま酒瓶を傾けている。

 

「そう最強だ。ここの部隊には先の第一次ネウロイ侵攻を生き残った猛者達やいい才能を持つ若手達が居る。そしてシーナ・・・『白い死神』も」

 

 そう言うとアウロラは酒瓶に残った酒を一気に飲み干した。酒瓶を置くと代わりに壁に立て掛けてあったスコップを持ち、肩に担ぐ。

 

「もうそろそろ、シーナ達が最前線に着いた頃だろう。さぁ、着いて来い。最強たる私達の姿を見せてやろう」

 

 

 

 




スオムス編が本格的に始まりました

といっても、神崎と島岡にはユニットも戦闘機もないのですが・・・(笑)

さて、二人はどうなることやら・・・ 


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第三十七話

ノーブルウィッチーズの小説よんで、プリン姫の幼少期が可愛すぎてヤバいと思うのは私だけではないはず

感想、アドバイス、ミスの指摘、質問等々、よろしくお願いします!




 

 彼女が銃の薬室に弾丸を送り込めば死神が鎌を構える。

 

 彼女が狙いを定めれば死神が鎌を振りかぶる。

 

 そして、引き金を引けば・・・死神は無造作に、だが確実にネウロイの命を刈り獲っていた。

 

 何故、彼女はこんなにも簡単にネウロイを葬ることができるのか?

 それは、彼女が持つ天性の射撃センスと激戦を潜り抜けて培った射撃スキル、そして「魔眼」。この三要素が合わさった結果であった。

 

 彼女の魔眼。

 

 「魔眼」の固有魔法自体はそんなにも珍しくもない。能力は視力強化であったり夜間視だったり、コアを見透かす能力であったりと様々。そんな中で、彼女の魔眼は未来視の一種だった。

 

 彼女が視るのは放った弾丸がもたらす結果。

 彼女が撃ち抜く標的の成れの果て。

 

 

 標的を確実に死に導く彼女の魔眼はいつしかこう呼ばれた。

 

 

 死神の目

 

 

 そして数多のネウロイを葬った彼女、シーナはこう呼ばれた。

 

 

 白い死神

 

と・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・!」

 

 照準を通して見る先には塹壕に篭る男性兵士を踏み潰さんとする陸戦ネウロイの姿。

 シーナはすかさずネウロイの死に様を「視る」と浅く息を吐いて、構えたM /28-30(スピッツ)の引き金を引いた。放たれた弾丸は彼女が視た未来通りの弾道を描き、ネウロイのコアを貫く。

 ネウロイが光の粒子となる姿を見届けずに、すぐさま別のネウロイに狙いを定める。銃が全くぶれない程の滑らかな動作で次弾を装填するとそのまま引き金を引く。その挙動を何度か繰り返していく内に弾切れになった。だが、シーナは流れるような挙動でクリップで留められた5連発の徹甲弾をM/28-30(スピッツ)に押し込み、瞬く間に再装填を済ませる。

 そして、再び迫り来るネウロイにその銃口を向けた。

 

 シーナはこの動作のサイクルをかれこれ3回程繰り返していた。彼女が今の地点に到着してからさほど時間は経っていない。だが、その間に既に10体程のネウロイを葬りさり、いまだ陸戦魔女(ウィッチ)の増援が到着しない戦線を支えていた。

 

 が、それも時間の問題。

 

 シーナが葬り去っても後から後からネウロイは防衛陣を突破しようと侵攻してくる。稀に見る大攻勢だった。

 

「これ以上は・・・早くシェルパ達がこないと・・・」

 

 弱音を吐きながらも、シーナはまた1体ネウロイを葬る。防衛陣地は既に半ばまで食い込まれていた。幾つかのビームがシーナの傍に着弾し、それを彼女はシールドを張って凌ぐ。

 

 こんなことならM/28-30(スピッツ)じゃなくて短い方も持ってくるんだった・・・

 

 悔やんだ時耳慣れた駆動音が彼女の耳に入った。

 

『やっっっと着いたぁ!押し返すよ!!』

 

 高らかに響き渡る魔導エンジンの駆動音と共に現れたのは、シェルパを先頭にした陸戦魔女(ウィッチ)の増援だった。彼女達は侵攻して来るネウロイに肉薄すると近距離での射撃戦に入った。中にはネウロイに直接吸着地雷や集束手榴弾を叩きつける者もいた。シェルパも零距離でブレンガンを撃ちまくり、瞬く間に1体のネウロイを蜂の巣にして言った。

 

『シーナ!援護頼むよ!』

 

「もう、やっとだよ・・・。了解!!」

 

 シーナは立ち上がるとT-26改を唸らせ、移動を始めた。援護に適した場所を確保する為に。

 

 

 

 

 

 神崎と島岡がアウロラに連れられて来たのは指揮所から少し離れた、陣地全体を見下ろせる小高い丘だった。二人はシーナが一人で次々とネウロイを葬っていく姿にただ愕然としていた。

 

「どうだ?凄いだろう?うちのシーナは」

 

 アウロラは肩に担いだスコップを揺らしながら楽しそうに言った。だが、二人にはそれに答える余裕はなかった。つい先程まで苦労性の気の毒な少女が、魔女(ウィッチ)とは言っていたが、ここまで腕が立つとは考えもしなかったのだ。

 二人が唖然としている間にも戦況が移り行く。

 シーナが単独でネウロイの侵攻の波を押し止めていた結果、遅れていた他の陸戦魔女(ウィッチ)達がやっと前線に到着したのだ。押し寄せていたネウロイが瞬く間に消えていく。二人は陸戦ネウロイの強さはアフリカで身に染みていた。アウロラが言っていたように彼女達が最強、少なくともそれに相応しい実力を持っているのは確実だった。

 

「確かに・・・大尉の言う通りです」

 

「ああ・・・すげぇ・・・」

 

 神崎は頷きながら、島岡は感嘆の溜息を混じらせながら言った。その間にもネウロイの侵攻は押し返されていく。防衛戦は勝利に終わったかに思えた・・・が、

 

「おっと・・・これは・・・」

 

 アウロラが担いでいたスコップを地面に突き立てた。先程までの楽しそうな笑みは無く、真剣な表情で遠方を見ている。

 その視線の先には・・・先程の陸戦ネウロイの数倍にはなるであろう巨大なネウロイ。しかも、上空に複数の飛行型ネウロイを伴わせていた。先程までは勢いよくネウロイを押し返していた魔女(ウィッチ)も後込みしているのが見えた。

 

「しょうがない。私が行くか・・・。シーナ?」

 

 ぼやくようにアウロラは呟くと、懐からインカムを取り出しシーナに連絡を取った。

 

『はい、隊長?』

 

「あのデカいのは私が相手をする。時間稼ぎ、頼めるか?」

 

『その程度なら。どうも、弾が足りません』

 

「すぐ向かう。他の奴らにもそう言っておいてくれ」

 

 交信を終えるとアウロラは二人に向き直った。

 

「と、言う訳だ。二人は・・・」

 

「飛行型はどうするつもりですか?」

 

 アウロラが言葉を発する前に神崎が先んじて尋ねた。見たところ、この部隊には対空兵器はない。その状況でどのように対抗するのか?

 

「まぁ、なんとかするさ。二人は・・・ここに居てもいいし、さっきの指揮所に戻ってもいい」

 

 不敵な笑みを残し、アウロラはスコップを手に小走りで格納庫に向かっていった。走り出す直前、どこからか取り出した酒瓶を傾けていた気ように見えたが・・・。

 

「さぁて、どうする?」

 

「俺はここに居るつもりだが・・・いいか?」

 

「戦況の確認もできるしな。俺は構わねぇよ」

 

「すまん」

 

 短いやりとりを終えると二人は黙って前を見た。既に巨大ネウロイとの戦闘は開始されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 陸戦魔女(ウィッチ)達は突如現れた巨大ネウロイに向け集中砲火を浴びせていた。しかし、ネウロイの装甲は堅く、尽く銃弾を弾き返す。後方から放たれるシーナの射撃、一撃で小型の陸戦ネウロイを葬っていた射撃も、ネウロイの動きを止めるだけで貫くまでには至らない。

 

「ちょっと、やばいんじゃない!?」

 

「ちょっとじゃないよ!結構だよ!」

 

「凄くだ!!馬鹿なこと言ってないで撃ちまくれ!!」

 

 シェルパの戯れ言に律儀に応えるリッタ・フルメ軍曹。

 そしてそんな二人に律儀にツッコミを入れつつも叱りつけるマルユト・カッピネン中尉。

 三人とも口ではそんな会話をしつつも絶え間なく、引き金を引き続けていた。彼女達以外もずっと撃ち続けている。巨大ネウロイに向けて、上空の飛行型に向けて。

 だが、貧乏所帯のスオムス軍にこのような弾幕を張る続ける程の弾薬の余裕はなく、押し止められなくなるのも時間の問題だった。

 

『もうすぐ隊長が到着します』

 

 インカム越しに聞こえるシーナの声。

 だが、彼女達にはそれに返事をする余裕が無かった。巨大ネウロイと飛行型ネウロイが一斉に反撃してきたからだ。皆、歯を食いしばってシールドで耐える。ただ、ネウロイを隊長のアウロラの来るまで押し止める為に。

砲撃の衝撃で雪煙がもうもうと吹き上がり、視界が効きにくくなる。

 

 

 声が聞こえたのはその時だった。

 

 

「待たせたな」

 

 雪煙の中に現れる黒い影。

 その影は巨大ネウロイの足下に近づくと、おもむろに右手を翻した。ネウロイの右脚を、先程まで数多の銃弾を弾き返したはずの装甲の堅牢さを感じさせないような勢いで歪ませ、バランスを崩させる。地響きを立てながら横倒しなる巨大ネウロイ。それを黒い影が踏みつけた。

 

「お前らにこの国は渡さん。絶対にな」

 

 脚には、スオムス陸軍では比較的新型にあたる陸戦ユニット「Tー34」、右手にはスコップ、左手には魔女(ウィッチ)にしか持てそうにない特大の収束手榴弾。オオカミの耳と尻尾を生やしている。

 アウロラ・E・ユーティライネン大尉は自分の足下の巨大ネウロイを見下ろしニヤリと笑った。そして右手のスコップを高らかに掲げる。相手を食い殺してしまいそうな圧倒的で破壊的な威圧感。

 

「それじゃあ、終わらすか」

 

 空気を切り裂く音と共にスコップが振り下ろされる。

 

バギャッッ!!!

 

 上部装甲をいとも容易くかち割りコアを含めた内部を露出させる。アウロラはその割れ目に容赦なく収束手榴弾を突っ込んだ。そして・・・。

 

 

ドゴォォォオオオン!!!

 

 

 収束手榴弾の爆発は巨大ネウロイを内側から食い破り、コアを木っ端微塵に破壊した。

 十人単位で足止めしか出来なかったネウロイをたった一人で、しかも僅かな時間で葬り去ったアウロラ。只の飲んだくれではない、最強の部隊を率いるに足る最強の魔女(ウィッチ)だった。

 アウロラは気怠そうにスコップを地面に突き立てると空を仰いだ。

 

「さて、後は空の奴らだが・・・」

 

 先程までは対空砲火で近寄ってこれなかった飛行型が・・・アフリカの飛行杯(フライングゴブレット)とはまた違う形状ではあるが、対地攻撃を行おうとしている。十分な対空兵器を持ってない彼女達には苦戦は必至だった。

 

「どうするかな・・・ん?」

 

 アウロラが何かの気配を感じて振り返る。自身が先程まで立ち、戦況を見ていた小高い丘。だが、今そこに居るのは・・・。

 

「ほぉ・・・やるな」

 

 アウロラが感心したように呟く。

 それと同時に丘から数多の炎が奔った。慌てて回避行動をとり始める飛行型ネウロイだが、炎は完全に飛行型ネウロイを捉えている。魔女(ウィッチ)達を攻撃しようとしていた飛行型は一瞬にして炎に包まれた。アウロラは爆発する飛行型を眺めつつ、内ポケットから小さな酒瓶を取り出した。

 丁度その時、シーナからインカムで通信が入る。

 

『隊長、見ましたか?』

 

「ああ、シーナ。神崎少尉か?」

 

『はい。少尉の固有魔法のようです』

 

「ストライカーユニットの魔力増強も無しにこの数にこの威力」

 

 アウロラはここで一度言葉を切り、酒瓶を傾けた。小さな酒瓶であるため、すぐに飲み干してしまう。空になった瓶をだらりと垂らし、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「いいな。私の所に欲しい」

 

『少尉は空軍への増援ですよ?』

 

「ソルタヴァラのとこの空軍に送ったって宝の持ち腐れだ。なら、いっそ私が使った方がいい」

 

『・・・さすが姐貴。唯我独尊ですね』

 

「ほぉ・・・お前が私を姉貴と呼ぶとは珍しい。明日は爆撃が激しくなるか?」

 

『・・・失礼。では』

 

「ああ。また後でな」

 

 通信が終え、アウロラは周りを見渡した。

 つい先程まで戦っていた魔女(ウィッチ)達は今は負傷者の救助を行っていた。半ば埋まった塹壕から泥だらけ傷だらけ兵士達を助け出していく。

 

「さて、もう一本空けたい所だが私ももう一仕事するか」

 

 アウロラは突き立てていたスコップを抜き取ると、自身も救助活動に参加すべく歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行型ネウロイを全機撃墜したのを確認して、神崎は構えていた左手をゆっくりと下ろした。撃ち洩らしに対応するべく次弾を準備していたのだが、初撃で決着がついたので必要がなくなったのだ。

 

「お~、一撃だな。さすが」

 

「だが、魔力消費が多い。ユニットがなければ・・・こんなものだ」

 

 島岡の褒め言葉にも厳しい表情を崩さない神崎。その額は僅かに汗ばんでいたが、すぐに冷気によって凍りついた。神崎は冷たく走る痛みに僅かに顔を顰めつつ、凍りついた部分を払い落とす。

 

「ユーティライネン大尉の指示通り、指揮所に戻るぞ。・・・さすがに寒い」

 

「だな・・・。つうか、なんか防寒対策しねぇとやべぇ・・・」

 

 身を震わしながら扶桑の二人はもと来た道を歩く。道の彼方此方に爆発跡があり、戦闘の激しさが窺えた。最前線から離れているのに関わらず・・・。

 

「・・・これがスオムスの戦いなんだな」

 

「・・・ああ。激戦だった。アフリカも厳しかったが、ここもな」

 

「なんで、俺ら激戦地にばかり送られるのかね?」

 

「俺が知る訳ないだろう」

 

「あ゛~。無性にライーサに会いたい」

 

 二人の重くなっていく心のように、頭上の空からは圧し掛かるように新たな雪が降り始めていた。




最近はこのサイトで、ストライクウィッチーズのオリ主二次小説が増えている感じがして、嬉しいです(^^)

色んな話が読めて楽しい今日この頃


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第三十八話

完全にオリジナル展開に発展している模様
原作キャラがアウロラネーチャンと北郷さんしか出てないよ~

でも、続けますw

感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどよろしくお願いします

では、どうぞ


 

 

扶桑皇国、呉、海軍造船所

 

 海洋国家の扶桑が造船が盛んになるのは最早必然だっただろう。他国との交わりを持つためには自国を取り巻く海を渡るしか無く、船は必要不可欠だった。現在では航空機の発達により空を使うこともできるが、船の必要性は僅かにも揺らいでいない。

 そんな扶桑で、呉は数ある造船港の中でも最大規模となるものを有していた。扶桑皇国海軍の保有する軍艦の数多くがここで建造されており、それらの多くが今ネウロイとの戦いに投じられている。

 

 そんな呉造船所の一角にある、古いドック。

 

 北郷章香大佐は、自分の斜め後ろに従卒を控えさせて、そのドックの入り口前に立っていた。

 ドックは海風に長年晒され続けた為か錆が酷く、入り口のドアも随分と古ぼけた物だった。ドアの両脇には海軍のセーラー服の上から武装を装着した歩哨が一人ずつ立っており、関係者以外の立ち入りを威圧するように拒んでいた。大佐である北郷もその例外ではない。

 

 数分程経過しただろうか?

 

 北郷と警備兵達が睨めっこをしていると唐突にドアが内側から開いた。即座に直立不動の姿勢を取る歩哨達。その間を通って現れたのは、才谷美樹中佐だった。眼帯に隠れていない左目で北郷の姿を確認すると足早に彼女の元へと向かう。

 

「ようこそ、おいで下さいました。大佐」

 

 才谷は北郷の正面に立ち、敬礼と共に言った。北郷も綺麗な姿勢で返礼する。

 

「うん、ご苦労様。それじゃあ、案内してもらえるかな?」

 

「はい。どうぞこちらへ」

 

 才谷の先導に従い、北郷はゆっくりと歩を進めてドックの中に入る。従卒は外に残したまま。今から彼女が見るのは扶桑皇国海軍の中でも重要機密になっている為、知る資格のある者はごく一部の者だけだった。

 

「状況はどうなっているかな?」

 

「基本的な部分は完成済みです。艤装の方も8割方は。全てが完成次第試験運航に移ります」

 

 外装と同じく錆だらけの通路を事務的な会話をしつつ歩く北郷と才谷。錆で大部分が茶色くなった通路を進み、階段を登り、何度目かの警備兵で守られた扉を開くと、突然照明の光が差し込んだ。

 

「こちらです」

 

 北郷は、才谷に促されるままに扉の中へと足を踏み入れる。けたたましい作業音や溶接の火花が散るドックの中心部となる作業場。彼女は今、その一面を見下ろすことのできる監督室に居た。

 北郷は作業場を一目見て、僅かに目を見開いた。彼女の視線の先には作業場の空間を埋め尽くしてしまう程の巨大な横長の黒い塊。

 

「試験運航は2週間後を予定しています」

 

 才谷の言葉も今の北郷には疑わしかった。果たしてこんな物が本当に動くのかと。

 

「大きいね」

 

 疑問と感嘆が入り交じった言葉が無意識の内に口から出ていた。才谷も同じような気持ちを味わったのか、僅かに表情を緩めた。

 

「ええ、大きいです。試作艦扱いですが、運航能力は世界最高と言っても過言ではありません。魔女(ウィッチ)射出装置(カタパルト)の搭載も問題ありません」

 

 才谷の言葉には少なくない熱が籠もっていた。ここの指揮を取っていた分、思い入れもあるのだろう。

 

「2週間後が楽しみだね」

 

「はい。とても楽しみです。はやく見てみたい。この「伊399」が海を進む姿を」

 

 2人が見下ろす中、巨大な試作潜水艦「伊399」は爪を研いでいるかのように、着々と艤装を施されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スオムス ラドガ湖北部 中隊防衛陣地

 

 外からはスコップで土を掘ったり槌で木を打ち付けたりと土木作業の音が聞こえる。ザックザック、コンコンコン、というリズミカルな音に機嫌を良くしながら、アウロラはイスの背に体を預けつつ瓶を取り上げ、テーブルの上に置かれたグラスに透明な液体を注いだ。グラスから果実の爽やかな甘い香りが仄かに漂う。

 

「これはコッスというスオムスの銘酒だ」

 

 アウロラはグラスを取り、しばし果実の香りを楽しむと一気に飲み干した。グラスの半ばまで入っていたはずだが、事も無げにその味に微笑み、再びグラスに注ぐ。次いで、向かいの席に置いてある二つのグラスにも注いだ。

 

「ネウロイの侵攻を防いでスオムスを守った後に飲むコッス程美味いものはない。私はそう思うんだが、2人共どう思う?」

 

「自分は・・・なんとも・・・」

 

「そ、そうっす・・・ね?」

 

 グラスの揺らめく水面を目の前に、神崎と島岡はこの状況に困惑しながらも、何とか返事を口にした。

 

 当初、2人は暖炉の近くに座りこれからについて話し合っていたのだが、アウロラが帰ってきた途端に何故か酒飲みになってしまったのだ。

 

 気の抜けたような返事だったが、アウロラは特に気を悪くすることもなく2人に酒を奨め、自分のコップを空にしては再びコッスで満たす作業を繰り返していた。あまりにもアウロラが美味そうに飲み、強く奨めてくるので、まず島岡が次いで躊躇いながら神崎もグラスを取る。爽やかな甘い香りが2人の鼻をくすぐり、誘われるようにグラスを傾けた。その瞬間・・・

 

「!?!?!?」

 

「ゴハッ!?」

 

 神崎は口を押さえて目を白黒させ、島岡は盛大に吹き出した。爽やかな香りではあるコッスだが、実の所ウォッカとあまり変わらない。つまり、アルコール度数が非常に高いのだ。

 

こんなものを涼しい顔で飲んでいたのか・・・!?

 

 神崎はそんなことを思いながら、アルコールで焼けた喉に冷たい空気を送るべく喘ぐ。島岡も似たり寄ったりな状態だった。アウロラは悪戯が成功した悪ガキのようにニヤニヤして見ていたが、おもむろに口を開いた。

 

「いい感じで緊張も解れたな。じゃあ、状況の説明といこうか?」

 

 まだ混乱している2人に構わず、アウロラは一滴も酒が入っていないかの如くつらつらと今の状況について説明し始めた。

 

 本来の計画では、神崎と島岡はスオムス空軍の第一飛行団に所属する偵察部隊第12戦隊と戦闘部隊第14戦隊の基地「ソルタヴァラ」に出向することになっていた。当然、2人の出迎えもこの基地の人員が行うはずだった。

 しかし、同時期にスオムス空軍は大規模な反抗作戦を計画しており偵察を主任務とする両戦隊は作戦準備の為に連日の出撃。基地の方も仕事に忙殺されて、急遽近場で防衛任務にあたる第34歩兵連隊第2大隊第6中隊に代行を依頼した。指揮官のアウロラはそれを了承し、シーナを派遣。そのまま2人をソルタヴァラに送る・・・はずだった。

 

「だが、ここで問題が起きてな」

 

 ここでアウロラが一端話を切り上げ、唇を湿らせる為にコッスを飲んだ。神崎は内心呆れつつも、いつものポーカーフェイスを保つ。島岡はどうやら自分のものをちゃっかり飲み干していたらしく、もう一杯飲みたいのか、チラチラと自分の前の空のグラスを見ていた。神崎はまだ半分以上残っている自分のグラス(飲む気には到底なれなかった)を島岡に押しつけると、話の続きを促した。

 

「それで問題とは?」

 

「ソルタヴァラがネウロイの攻撃を受けた」

 

「ゴホッゴホッ!?」

 

「・・・それで?」

 

 事の重大さのせいかコッスのせいかは分からないが、島岡が再び咳込んだ。神崎は驚きつつも、冷静に情報を求める。アウロラは腕を組んで言った。

 

「どうやら、どっちの戦隊も出払っている時に襲撃を受けたらしい。航空型ネウロイの爆撃を受け、基地機能の半分以上が麻痺。死傷者が襲撃の規模の割には少ないのがせめてもの救いだな。さっきのここに攻めてきたネウロイはソルタヴァラが麻痺した隙をついて攻めてきた物だよ」

 

 いつもなら第14戦隊の奴らがある程度片づけてくれるんだが・・・とアウロラはため息を吐いた。

 

「基地の修復にはそれなりの時間がかかる。基地機能が回復、もしくは別の辞令を受け取るまではここに滞在させておくようにと司令部から命令を受けた。ま、今の状況はこんなものだな」

 

 何か質問は?

 アウロラは自分のグラスに酒を注ぎ足しつつ、視線を投げかけてくる。幾つか疑問を抱いていた神崎は、それでは・・・と居住まいを正して口を開いた。

 

「まず、1つ。ソルタヴァラには何故防衛部隊がいなかったのでしょうか?基地機能を麻痺できるほどの敵戦力が来る可能性があったのなら、それに対処できる戦力を残しておくのが普通では?」

 

「そんなこと私に聞かれても困る。こっちは陸軍で、あっちは空軍。作戦内容を全て教えられている訳ないだろう?あっちには何か基地をスッカラカンにさせなければならないほどの理由があったんじゃないか?・・・もっとも、その理由が訳の分からない物かもしれないが・・・」

 

「・・・?すみません、最後の方が聞き取れなかったのですが・・・」

 

「ああ、気にしなくていい。で?他に聞きたいことは?」

 

 アウロラがぞんざいに手を振って誤魔化す。神崎は違和感を覚えつつも、彼女の言葉に従って次の疑問について尋ねた。

 

「ここの陣地にはストライカーユニットと航空機を運用する能力がありますか?よしんば自分のストライカーユニットに関してはどうとでもなるにしても、シン・・・失礼、島岡特務少尉の零式艦上戦闘機はどうしても滑走路が必要となります」

 

「その点については問題ないさ。ここの陣地から少し離れるが、連絡機用の滑走路がある。最近はあまり使ってなくて準備は必要だが・・・まぁ、なんとでもなるだろう」

 

「分かりました。では・・・自分達の所属はこの中隊ということに?」

 

「いや、上の第34歩兵連隊に協同する形になる。私たちだけでなく、ここ周辺に展開する部隊の援護をしてもらうつもりらしい」

 

 ポーカーフェイスだった神崎の眉間に僅かな皺が浮かぶ。あまり状況が理解できないのか、島岡が確認するようにこっそりと神崎に尋ねた。

 

(え?これって、ルタヴァラが墜ちたせいで増えた敵を俺達が相手にしなくちゃいけねぇってことか?)

 

(そういうことだ)

 

(これって、もしかして俺たちに尻拭いさせてるんじゃねぇの?)

 

(もしかしてもなにも、そうだとしか思えない)

 

「一応、これは扶桑の海軍も了承しているらしい。まぁ、私も随分と虫のいい話だと思うが・・・自棄酒なら付き合うぞ?」

 

「いえ・・・結構です」

 

 なにやら期待してそうな目をするアウロラにしっかりと断りを入れつつ、神崎は再度質問した。

 

「最後に一つ。自分達が滞在する場所はどこになりますか?」

 

「滑走路の脇には格納庫と宿舎もある。そこでお前達と整備班は寝泊まりしてもらうことになる。質問はそれだけか?」

 

「はい。ありがとうございました。では・・・これからそちらの方に行っても?」

 

「あ~・・・」

 

 アウロラは少し考える素振りを見せると、頭を掻きながら面倒くさそうに言った。

 

「仕様がないかぁ・・・。誰かに話してそこまで送って貰え。後から追加で人送るから頑張れ」

 

「・・・?了解しました。・・・いくぞ、シン」

 

「おう」

 

 2人は席を立ちアウロラに敬礼すると、彼女は先程と一緒でぞんざいに手を振って見送った。指揮所から出ると、周りでは沢山の人達がスコップや金槌片手に陣地の復旧作業に勤しんでいた。

 

「あれ、隊長との話は終わったんですか?」

 

 その中の一人、スコップを担いで歩いていたシーナが2人に声をかけた。服が土で汚れているところを見ると、彼女も今の今まで復旧作業に参加していたらしい。彼女の姿を見定めた神崎は、これ幸いと話しかけた。

 

「ああ。・・・ところでヘイヘ曹長。ユーティライネン大尉から、ここの陣地にあるという滑走路に向かえと言われたのだが・・・案内を頼めるか?」

「え・・・?」

 

 そう言った途端シーナはポカンとした表情になった。まるで出来の悪い冗談を真顔で言われたかような、なんでそんなことを言うのか信じられないという表情だ。

 

「本当ですか?」

 

「・・・ん?ああ、そうだな」

 

「本当の本当ですか?」

 

「お、おう。どうしたんだよ、ヘイヘさん?」

 

「いえ・・・。はぁ・・・また面倒なことに・・・」

 

 シーナはそこら辺に置いてあったスコップを二つ掴むと、眉を八の字にした疲れたような表情で言った。

 

「では、さっさと行きましょう。早くしないと日の出ている間に宿舎の中に入れないかもしれません」

 

 シーナは2人にスコップを押しつけると先んじて歩き始める。神崎と島岡も彼女の言動に訝しげな表情を浮かべるが、すぐに彼女の後を追った。

 

 5分後・・・

 

 深く降り積もった雪を苦労して歩き・・・もっとも苦労していたのは神崎と島岡でシーナは涼しい顔をしていたが・・・たどり着いたのはラドガ湖辺にある只広い雪原だった。綺麗な景色ではあるが、それを見るために3人はここまで来た訳ではない。

 

「あれ?滑走路が無ぇ・・・」

 

「どうなっている?ヘイヘ曹長?」

 

 島岡は呆けたまま真っ白な雪原を眺め、神崎は隣に立つシーナに問いかけた。するとシーナは眉を八の字にした疲れた笑みを浮かべた。

 

「確かにここです。間違いありません」

 

「だが・・・、まさか・・・」

 

 彼女の言葉に神崎は冷や汗を垂らす。その冷や汗は外気に晒されすぐに凍り付いた。島岡はまだ分からないようだった。

 

「ん?滑走路はどこにあるんだよ」

 

「・・・ここだ」

 

「はぁ?どこだよ?」

 

「ここの雪の下・・・だ」

 

「・・・え?」

 

 島岡の動きが固まる。シーナはため息を吐くとスコップを担いで前に進んだ。

 

「さぁ、早く雪をどかしましょうか。せめて宿舎に入れるようにしないとあなた達の宿がありません」

 

 シーナは雪の小山の前に立つとスコップを突き立てた。黙々スコップで雪を掻く姿を見て、神崎も自分の持つスコップの柄を持つ。島岡も額を押さえつつもスコップを持つ手に力を込めた。

 

「・・・やるぞ」

 

「アフリカでは砂掻きでここでは雪掻きかよ・・・。だから、こんなのパイロットの仕事じゃねぇだろ・・・」

 

「泣き言言っても始まらん」

 

 神崎と島岡もシーナの隣に立って雪掻きを始める。が、宿舎に積もった雪の量は三人で対処出来るほど甘くはなかった。

 30分程経過して、まず島岡が音を上げた。

 

「なんだよこれ!?全然無くならねぇじゃん!?」

 

 スコップを放り投げ、雪の中へドサッと仰向けに倒れ込んだ。額は汗が凍り付いて真っ白である。神崎も同様に顔が真っ白であるが、黙って作業を続けていた。シーナも同様に作業を続けてはいるが、汗一つかかずに言った。

 

「島岡さん、もう少しで増援が来るよ。神崎少尉も頑張ってるんだから、あなたも頑張って」

 

「いや、俺は魔力ねぇし・・・、そんな体力ねぇよ・・・」

 

「増援・・・?もしや、先程のユーティライネン大尉はこのことを予想して・・・」

 

「おおい!シーナァア!手伝いに来たよぉ!」

 

 神崎の声を遮って聞こえてきた甲高い大きな声。声のした方向を見ると、そこには3人と同じようにスコップを携えた3つの人影。雪を滑るように移動してくるとシーナと神崎の前に立った。

 

「どうも!私はシェルパ・メルケリ軍曹です!お手伝いに参りましたぁ!」

 

「リッタ・フルメ軍曹です。頑張って雪を掻き出しましょう」

 

「マルユト・カッピネン中尉だ。隊長から手伝うようにと言われている。日が暮れた後の雪掻きは辛いぞ?」

 

 シェルパは元気のよい名乗りの様にポニーテールの明るい少女だった。リッタは肩の辺りで髪の長さを揃えた大人しそうな雰囲気で、マルユトはショートヘアで切れ者然としている。

 三者三様の挨拶に神崎は直立不動の姿勢を取ると、律儀に敬礼を返した。

 

「神崎玄太郎少尉です。ご協力、感謝します。こいつは・・・おい」

 

「ブヘッ・・・!し、島岡信介特務少尉っす!」

 

 神崎は寝転がった島岡に雪をかけて叩き起こさせる。そんな2人の様子を見てシェルパは笑った。

 

「ハハハ!神崎少尉は堅いなぁ!島岡特務少尉みたいに軽いほうがいいよぉ!」

 

「おい、シェルパ。笑ってないでさっさと始めるぞ」

 

「そうだよ。シェルパ」

 

「痛っ!?小突くことないじゃん!2人して私を責めて!」

 

「・・・」

 

 そんなシェルパをマルユトはせっついて雪掻きをさせる。リッタの方は既に雪掻きを開始していた。なかなか個性豊かな面々に神崎が少し手を休めてしまうと、シーナが肘で脇をつついた。

 

「少尉達の宿舎なんですから、手を抜かないで下さいよ」

 

「分かっている。・・・賑やかだな」

 

「みんないい人達ですよ?」

 

「・・・分かる気がする。シン、お前もさっさとしろ」

 

「へぇへぇ・・・」

 

 3人の増援のおかげで雪掻きの速度は圧倒的に上がり、30分後には雪の中から宿舎のドアが現れた。その瞬間、雪掻きにうんざりしていた島岡はやりきったように再び雪の中へ突っ込んだ。

 その時は、雪で閉じこめられた宿舎の惨状を見て絶望を味わうことになるとは露程も思っていなかっただろう。

 

 

 

 

 

数時間後・・・

 

 宿舎の方は終わったがまだ雪掻きは残っている。

 

「で、今度は滑走路の雪掻きもしなきゃいけないんですけど・・・」

 

 少なくとも300mは広がる雪原を見てシーナは心底疲れた様子でため息を吐いた。隣に立つ神崎は試しに足下の雪にスコップを突き立ててみるも、土の地面にたどり着く気配が全くない。少なくとも1mは積もっているのかもしれない。

 

「これは・・・6人で終わるのか?」

 

「重機がないと辛いぞ」

 

 神崎の独り言に、同じように立っていたマルユトもうんざりしたように言った。彼女も雪掻きにはうんざりしていたようだ。

 

「重機にアテは?」

 

「そんな余裕は貧乏のうちにはない」

 

 神崎の望み薄な要望は簡単に切って捨てられた。ならやるしかないのか・・・と諦めてスコップを持ち直すと・・・。

 

「いいこと思いついたぁ!!」

 

「おお!そりゃあいい考えじゃねぇか!」

 

 背後から島岡とシェルパの歓声が響いた。その声に何故か嫌な予感したのは神崎だけだろうか?

 

「あぁ・・・シェルパがまた変なことを思いついた・・・」

 

 どうやら神崎だけではなかったらしい。リッタの疲れた様子から見るに彼女はシェルパの言動にいつも苦労しているらしい。ドタドタと雪を蹴り立ててシェルパと島岡は神崎に近づいた。

 

「神崎少尉って魔法使い(ウィザード)なんですよね!さっきネウロイを撃ち落としたのを見ましたぁ!」

 

「そして、お前ぇの固有魔法は炎!」

 

「なら、少尉が炎で雪を吹き飛ばせば・・・」

 

「即問題解決!雪掻き終了!」

 

「・・・」

 

 どうやら2人は神崎の労力を全く計算に入れていないらしい。馬鹿馬鹿しい・・・と神崎は無視して雪掻きに戻ろうとしたが、誰かが神崎の腕を掴んだ。引き留められた腕をチラリと見ると、そこには目を輝かせたシーナが。

 

「ヘイヘ曹長・・・」

 

「少尉、やりましょう。さっさとやりましょう。すぐに終わらせましょう!」

 

「お願いします、少尉。もう今日は休みたいです」

 

「少尉、できればお願いしたいのだが・・・」

 

 シーナだけでなく、リッタも、マルユトも神崎に期待した視線を向けている。多方向から向けられる期待の目に神崎は自分の退路が塞がれたのを感じた。神崎はため息を吐いてスコップを雪の上に突き立てた。

 

「・・・滑走路の方向は合っているか?」

 

「う、うん・・・」

 

「なら、少し下がって欲しい」

 

 5人を下がらせた神崎は滑走路の方向に体を向け左手に魔力を集めた。

 

(この範囲を蒸発させるなら、生半可な炎じゃ意味がない。爆発させて地面に大穴開ける訳にもいかない・・・ならこうするしかないか)

 

  神崎の手に炎が渦巻き始める。一拍の間を置き、左手を前方に向ける。

 

「ッ!!」

 

 放たれた炎は3つ。通常の物よりも強大でしかも速度が極端に遅かった。距離を取っていた5人にも熱が伝わる程高温の炎は、雪を舐めていき確実に蒸発させていく。 

 

「クッ・・・!」

 

 神崎は300mほど炎を進ませた所で一気に上昇させるように誘導した。そして、そのまま爆発させずに上空へと解き放った。後に残ったのは真っ黒な土の地面の滑走路。         

 

「凄い!適当に言ったのに本当にできたぁ!」

 

「ちょっと、シェルパ・・・またそんな」

 

 シェルパとリッタが何やら話している。

 

「いや、まさか本当にできるとは・・・凄いな少尉」

 

「これでやっと休める・・・。ありがとうございます、少尉」

 

「さすがゲンだな・・・。ゲン?」

 

 マルユトもシーナも島岡も声をかけてくるが、神崎にはどこか遠くから聞こえるように思えた。体が鉛のように重く、平衡感覚が崩れ始める。

 魔法力不足。ストライカーユニットの魔力増幅補助無しにここまでの炎を放ったツケだ。

 いつの間にか倒れていたらしい。雪雲で真っ白な空と見つつ、背中から伝わる冷たさを感じながらぼんやりと思った。

 

(そういえば・・・アフリカでも魔力不足で倒れたな・・・)

 

 かけられる声を子守歌のように感じつつ神崎は意識を手放した。




遅ればせながら、お気に入り数が550に到達したことを報告すると共にいつも読んで下さる皆様に感謝申し上げます

原作とはかけ離れた、お話ではありますがこれからも楽しんでいって下さい(^_^)



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第三十九話

新年度になり、色々と忙しくなりました
執筆が遅れるのもしょーがない(笑)

言い訳ですすみません


感想、アドバイス、ミスの指摘等々、よろしくお願いします


 

 

 深く雪化粧している森の中を、兵士が2人走っていた。

 ネウロイの姿は無い・・・にも関わらず、雪中用の真っ白なギリースーツを身に纏った彼らは周りの景色と見事に同化しており、スキーを巧みに操って流れるように進んでいく。

 森から抜ける直前、2人はスキーを外すと慎重に歩を進め、木の影に身を潜めた。2人の内一人が柔らかく降り積もった新雪の上に身を投げ出し、背嚢の中から双眼鏡を取り出すと前方に向ける。双眼鏡を通して彼らが見るのは破壊された建物が乱立する、広い面積を施設。

 

ソルタヴァラ基地。

 

「損害の規模が明らかに報告より大きいです」

 

 双眼鏡を覗く兵士がポツリと呟いた。大木の影で周囲を警戒していたもう一人の兵士も少しだけソルタヴァラ基地に視線を向けるとフンッと鼻を鳴らす。

 

「やはり報告を偽っていたか。12、14戦隊はタカ派の主要部隊だから、早く引き戻したかったのだろうが・・・」

 

「撮影します」

 

「ああ」

 

 伏せた兵士が双眼鏡を仕舞い、代わりにカメラを取り出した。しきりにシャッターを切り、報告に必要な証拠を次々とフィルムに納めていく。滞りなく一連の作業を終わらすのに5分も経たなかった。

 

「撤収」

 

「了解」

 

 自らの痕跡を消し、装備を整え、再び森の中へと入る。2人は無言のままスキーを滑らせていたが、木の数が疎らになり始めた時、耳慣れない航空機のエンジン音を聞き取った。

 

「このエンジン音は?」

 

「少なくとも、我々が所有している航空機ではないな」

 

 空を見上げると一機の航空機が2人の視界を横切った。ここ周辺で使用されているグラディエーターやフォッカーCXのような複葉機ではなく、最近になって戦闘機部隊に導入され始めたブリュースター()バッファロー()のような単葉機だった。しかし、BWのようなずんぐりとした胴体ではなく、風を切るようなスマートな外見だった。

 

「初めて見る機体です」

 

「そうだな・・・双眼鏡を貸せ」

 

 受け取った双眼鏡で航空機を見ると、胴体部に識別マークらしき物が見て取れた。

 

「黒地に赤い三日月・・・扶桑皇国か?」

 

「なぜ、扶桑の航空機がここに?」

 

「分からん、が・・・」

 

 双眼鏡を下ろした兵士はどこか暗い目をして言った。

 

「報告は必要だろう。奴らが我々の邪魔をしない保証はない。いくぞ」

 

 兵士達は再び森の中を進み始める。しばらくすると雪の中に溶け込むように、姿が見えなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と馴染みのあるエンジン音を目覚ましに神崎は目を開いた。

 目の前には古びた板目の天井。横たえているベットも古い物らしく少し体を動かせば軋むような音が聞こえた。一度、魔法力が完全に尽きてしまった為か、体が鉛のように重く、頭もどこかぼんやりとしている。だが、そんな状態でも外から聞こえるエンジン音に導かれるようにして宿舎の外に出た。

 冷たい風が頬を撫でる。

 思いの外強い日差しに神崎が目を細めると、先程から聞こえていたエンジン音が一際大きく頭上で鳴り響いた。一瞬、視界に白い航空機が横切る。一瞬ではあったが、神崎はすぐにその機体が何かが分かり、小さく笑みを浮かべた。

 

「あ、少尉、起きられたんですね」

 

 自身を呼ぶ声に神崎が振り返ると、そこにはシーナがいた。使い込まれたコートを着込んでおり、右手には飯盒、左手には籠を持っていた。彼女はホッとした表情で言う。

 

「昨日は少尉がいきなり倒れて驚きました。もう大丈夫なんですか?」

 

「魔法力不足気味ではあるがな・・・それは?」

 

 シーナの質問に答えつつ、神崎は彼女の両手を見る。

 昨日は戦闘と雪掻きで食事にありつけず、なおかつ魔力不足の状態。神崎の胃は猛烈に空腹を訴えていた。そのことを知ってか知らずか、シーナは飯盒と籠を掲げてみせる。

 

「少尉の食事です。食事の時間には間に合いそうにないと思いまして」

 

「・・・そうか。すまん、助かる」

 

「いえ、お気になさらず。・・・少尉が倒れた原因は私たちあるような物ですし・・・」

 

 ボソボソとシーナが最後に小声で言った言葉を聞き取れず、神崎は首を傾げた。

 

「何か言ったか・・・?」

 

「い、いえ。この食事は島岡さんの分もあるので・・・」

 

「そういえば、シンは・・・」

 

「シン?えっと、確かに島岡さんは・・・」

 

 シーナが島岡の居場所を神崎に伝えようとすると、エンジン音が更に大きくなった。どうやら着陸するつもりらしく、地面に接近している。零戦によって生み出される強風に煽られて身を竦める2人を余所に、零戦は滑らかに滑走路に着陸する。滑走路を走っていく零戦を眺め、神崎はポツリと言った。

 

「シンは帰ってきたな。・・・飯にしよう」

 

「え!?な、なんで島岡さんが戦闘機を操縦していることが分かってるんですか!?」

 

 シーナは驚いていたが、神崎にとっては簡単なことだった。

 

「別に難しいことではない。・・・この国で零戦を携える操縦者など島岡ぐらいだろう。むしろ・・・シン以外が操縦する零戦がこの国にある訳がない」

 

「ま、まぁ確かにそうですけど」

 

「それに・・・」

 

「そ、それに?」

 

「飛び方で分かる」

 

 伊達に長年相棒をしている訳ではないと神崎が少し自慢げにシーナを見るも、シーナはあまり理解できないようで困ったように眉を八の字にしていた。出会ったまだ数日だが、何度も見たその表情に神崎はフッと笑ってしまう。笑われたシーナは更に困った表情になった。

 

「・・・どうかしました?」

 

「いや・・・。食事を格納庫に運ぶぞ、こっちに渡してくれ」

 

「い、いえ。私が運びます。一応、そこまでが仕事なので」

 

「そうか・・・。頼む」

 

 格納庫は宿舎と同じように雪の中に埋まっていた為か、どこか埃っぽく隅に工具や機材類がまとまって置かれているだけだった。かろうじて、電気は通っているので、天井では幾つかの照明が瞬いていた。シーナはテーブルの上に飯盒と籠を置くと、飯盒の蓋を開けて顔をしかめた。

 

「やっぱり冷めちゃってますね」

 

 中に入っていたのはスープのようだが、保温状態の悪い飯盒では冷めてしまうのは当然だろう。神崎としても冷たいスープを口にしたくないので、右手を差し出した。

 

「・・・ちょっと貸してみろ」

 

「?はい」

 

 いきなりの神崎の申し出にシーナは不思議そうにしながら飯盒を差し出す。神崎は飯盒を掌に乗せると魔法力を僅かに集めた。神崎からオオカミの耳と尻尾が生え、掌の魔法力が熱を帯びる。瞬く間に飯盒から湯気がたち始めるので、すぐに魔法力を引っ込め飯盒をテーブルに置いた。

 

「まぁこんなもんだ」

 

「へぇ・・・。少尉の魔法って便利ですね。あ、このカップ使って下さい。あと、パンもどうぞ」

 

 シーナが籠から取り出したカップやパンを受け取ると、スープを注いだカップに口をつけた。

 ・・・が、それも格納庫に響き渡った声で中断されてしまう。

 

「今、神崎くんの魔法力を感じたんだけど!?そんなに久しぶりな気はあまりしないけど、さぁ、君の魔法力を感じさせてくれ!!」

 

「おい、ゲン!変態野郎がそっちに行ったぞ!!」

 

「え!?なに!?」

 

「・・・はぁ」

 

 お前は本当に技術者なのかと疑いたくなるような身のこなしで接近してくる変態野郎に、それを止めよう追いかける島岡、状況が全く理解できないシーナ。神崎はため息を吐くと、カップをテーブルに置いて席を立ち食事を守りべくテーブルから距離を取った。そこに飛びかかってくる変態。

 

「魔法力!魔法力!!魔法力!!!」

 

「・・・フンッ」

 

 風に流れる柳の如く。手で押される暖簾の如く。

 神崎は血走った目で抱きついてくる変態・・・もとい鷹守を冷たく一瞥すると、スルリとすり抜けるように身を避わした。ついでに足を引っかけてバランスを崩させるのも忘れない。

 

「あ・・・」

 

 間抜けた声をあげて盛大に地面に転がる鷹守。その様に更に冷たい視線を浴びせると、飛行服姿の島岡が息咳切ってやってきた。

 

「ハァ・・・ハァ・・・。クソッ、あいつ本当に技術屋かよ。特殊部隊とかに転属すりゃいいんじゃねぇのか!?」

 

「・・・はぁ、まあいい。飯にしよう。・・・お前の分もあるらしい」

 

「よっしゃあ。やっぱ飛ぶと腹ぁ減るよなぁ」

 

 まるで何も無かったようにテーブルに向かう2人。地面に転がったまま、変な呻き声を漏らす鷹守。

 

「・・・え?結局なんなの、この状況は?」

 

 事の顛末をずっと見ていたシーナだけはその場に立ち尽くし、一言ポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で・・・。なぜ大尉がここに?」

 

 スープとパンの簡単な食事ーーー稲垣の手料理を食べ慣れていた神崎と島岡には大味だったがーーーを済ませて一息ついた神崎は、ジロリとテーブルの右斜め前を睨みつけた。そこにはいつの間にか復活し、ちゃっかり自分の分のスープを確保している鷹守の姿が。先程派手に転んだはずなのだが、若干掛けている眼鏡が歪んでいるだけで、怪我一つ無かった。

 

「いやぁ、色々あって早くこっちに来たくてね」

 

 鷹守は憎らしくなるほどのいい笑顔で言う。そんな彼に、隣に座りスープをチビチビと飲んでいた島岡が「チッ・・・」と露骨に舌打ちした。何か気にくわないことがあったのか、相当ご立腹のようだった。神崎が問うような視線を向けると、カップを置いて話し始めた。

 

「朝3時に叩き起こされて、ヘルシンキまで行かされたんだよ。まぁ、零戦運べって言われりゃ、文句なんて無ぇよ?」

 

 けどな・・・と島岡は額に青筋を浮かべた。

 

「俺の機体が勝手に改造されてんだよ!!塗装を変えたのは、まぁ百歩譲って許せるけど、なんで勝手に複座型になってんだよ!!!」

 

 他人が自分の機体に触れるのを極端に嫌い、自分の搭乗機に強い愛着を持つ島岡だ。整備ならまだしも本人の了承も得ずに勝手に改造するなど、逆鱗を触れるどころの騒ぎではないだろう。

 

「だって、僕が乗れないじゃない」

 

「お前も他の整備兵と一緒に陸路で来りぁよかったろ!」

 

「時間がかかるじゃないか。それに元に戻すのは簡単だよ?」

 

「そういう問題じゃねぇよ!!」

 

 島岡は怒り心頭のようで飛行帽の上からガシガシと強く頭を掻く一方、鷹守は相変わらずのニコニコ顔。神崎も頭が痛くなり、何度目かの溜息を吐く。

ちょうどその時、袖を引っ張られた。見れば、シーナが不安そうな目でこちらを見ており、向かいの二人には聞こえないぐらいの小さな声で尋ねてきた。

 

「あの・・・。あの眼鏡の人って大尉ですよね?あんな事言って大丈夫なんですか?」

 

 普通に考えれば、島岡も言動は上官侮辱罪で軍法会議だろう。シーナが不安になるのも当然だった。神崎は左右に首を振り言った。

 

「本人曰く、大尉と言っても民間企業からの出向だから、階級は気にしないでくれと言っている。了承を得ているから問題ないと思うが・・・」

 

「そうなんですか?」

 

 シーナが疑いの目で前を向くが、島岡が鷹守にヘッドロックを掛けているのを見て、少し納得したようだった。

 

 

 

 

 

食事を終えて、まず最初に行ったことは滑走路にある零戦を格納庫に運び入れることだった。本来ならば牽引車を使用するところだが、ここにはそんなものはない。そこでお呼びがかかったのが、神崎とシーナだった。魔法力を使えば自重より遙かに重い物を運ぶことが出来る。島岡もそこは渋々とではあるが了承。食事を終えて魔法力を回復させた神崎と陸戦魔女(ウィッチ)のシーナによって両翼を押されて思いの外簡単に零戦は格納庫に入った。

 

「で、結局腹に抱えてきたやつは何だったんだよ?」

 

 零戦を格納庫内で固定するや否や、誘導員の真似事をしていた島岡はいきなり尋ねた。先程地上から見えた円柱状の物である。それを聞いて、神崎は屈んで零戦の腹にあるそれを見てみた。爆弾ではないのは一目瞭然だったが、零戦の半分ぐらいの長さを持つそれがより一層分からなくなった。島岡曰く中途半端な重量があり操縦し辛かったとのこと。

 

「とても良い物さ。じゃあ、神崎くん、ヘイヘくん、取り外すから両端を持っててくれる?島岡くん、投下レバーを引いて」

 

 鷹守の指示のもと3人が位置につく。

 ちなみにだが、食事中に鷹守とシーナは挨拶を済ませていた。シーナの魔法力に暴走しかけた鷹守を、神崎と島岡が力ずくで抑え込んだのはまた別の話である。

 神崎とシーナは零戦の下に潜り込まなければならず、姿勢も低くなってしまうのだが、そこは黙って我慢した。

 

「外すぞ~」

 

 島岡の気の抜けた合図と共に、ガコンッと円柱が外れる。魔法力によって強化された二人の身には大して苦でもないが、ただバランスを崩して取り落とさないよう慎重に運び出し、そっと床に置く。開けた場所で改めて見てみると、上部部分が展開できるようカバー状になっているのが分かった。

 

「ひっくり返らないようにしっかりと押さえててよ~」

 

 いくつかの工具を握った鷹守が鼻息混じりに作業を始める。ふざけた態度とは裏腹に、作業の手際恐ろしく素早く、流れるような動作であっという間にカバーを取り外してしまった。円柱の中身が露わになった時、神崎の目は思わず見開かれ、口には小さな笑みを浮かべた。

 見慣れた滑らかで美しい曲線の形状に、磨き上げたような白の塗装。翼に描かれた赤地に黒の三日月がよく映えていた。

 ニヤニヤした笑みをより一層深くした鷹守が言う。

 

「君がブリタニアまで使っていた零式艦上戦闘脚だよ。消耗していた部品と傷ついた外装を交換して、あとは応急処置だけど冷却装置を増設しておいたよ。少し重くなっちゃったけど、計算上ではバランスは崩れてない・・・はず」

 

 鷹守の説明を聞きつつ、神崎は零式艦上戦闘脚に触れた。よく見ればユニットの長さが延長されており、その部分の塗装が若干薄まっているのが見てとれる。

 神崎の魔力特性を理解しているからこその改造なのだろう。

 僅かの時間でここまでの改造を施すとは、鷹守の性格、言動、行動こそ変態的だが、技術者としての腕は驚異的だった。

 

「一応、燃料は満タン。追加は後からくる部下達が運んでくるよ。武器と弾薬もね。ま、テストを兼ねて一度飛んでみたらいいよ」

 

「・・・ユーティライネン大尉の許可は?」

 

「貰ってない・・・けど、別に大丈夫だと思うよ?だって、ここら辺味方の部隊は飛んでないらしいじゃない」

 

「それはそうだが・・・」

 

 神崎としても飛べるならすぐにでも飛んでみたいのだ。だが、許可も無しに飛ぶことはどうにも気が引けた。しかもユニットケージといった補助装置もない。

 どうするべきか・・・と迷う神崎と飛んでしまえと囃したてる鷹守。そんな二人に、興味深げに零式を見ていたシーナが、ハッと何かを思い出して言った。

 

「そういえば、隊長はいつでも飛んでいいって言ってましたよ。『私には飛行機のことなんて分からないから任せる』だそうです」

 

「じゃあ、問題ないね!ユニットケージは無くてもエナーシャ使えば起動するから大丈夫!」

 

「せっかく持って来たんだから飛んじまえよ」

 

「む・・・」

 

 鷹守と島岡が背中を押すようにニコニコしながら言う。神崎は戸惑いつつも、その言葉に押されるようにして零式に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこからはあっという間だった。

 コート類を脱いで、第二種軍装姿のなった神崎は高めの台座に座り、両足に装着した零式をそれぞれ島岡と鷹守がエナーシャ(起動用のクランク棒で海軍ではそう呼んでいる)を回して魔導エンジンを起動させる。

 同時に、神崎も魔法力を発動。オオカミの耳と尾が現れると共に、魔法力が注ぎ込まれ、エンジンに火が灯った。

 耳慣れたエンジン音が神崎の気分を否応無く高揚させる。

 沸き立つ心に赴くままに格納庫から出た。目の前には滑走路が続いている。早く飛びたいというはやる気持ちを抑えて、神崎はポケットからインカムを取り出し、耳に付けた。

 

『天気は、雲が出ているけど、良好。雪は無し。しばらくは崩れないから心行くまで飛び回ればいいよ』

 

 無線機を持ってきていたのか、インカムから鷹守の明るい声が響く。いつもは迷惑ばかりかけて苦労させられる鷹守だが、今は彼に感謝しつつ加速を始めた。

 一段と大きくなるエンジン音、流れていく風景。

 Gを心地よく感じつつ、神崎は一気に舞い上がった。

 水分はすぐに凍りついてしまう程のキンッと冷えた空気のはずが、防寒着を着ていないにも関わらず神崎には苦ではなかった。熱を持つ神崎特有の魔法力を発動したことにより、体に熱を纏うことになるからだ。

 

(まさか、俺の魔力にこんな恩恵があったとは・・・)

 

 アフリカでは熱暴走の原因となる悩みの種だったが・・・と、神崎は感慨深げに思った。

 そして、その思いを噛みしめつつ、新しく冷却装置が増設された零式のバランスと性能を確認すべく、簡単な戦闘機動を始めた。エルロンロール、シャンデル、インメルマンターン等々、様々な機動を行って神崎は唸った。

 

(・・・全く違和感が無い)

 

 増設された冷却装置の分重量が増しているはずなのだが、以前と全く同じように扱う事が出来た。おそらくバランス調整が完璧に為されているからなのだろうが、口で言うほど簡単ではない。気の遠くなるような緻密な計算があってこその代物だ。

 鷹守の技術者としての腕は確かに天才的だった。

 

「なら、存分に楽しもう」

 

 たった数日振りなのだが、空を飛べるのはこんなに楽しい。神崎は自分が空にいることを確認するように、冷たい空気を胸いっぱい吸い込むと、再び戦闘機動を始めた。無意識の鼻歌と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・フンフンフン・・・フンフンフンフン・・・』

 

「うん?」

 

 部下と一緒に塹壕の修復作業をしていたアウロラは、インカムから聞こえた歌のような音にふと手を止めて、顔を上げた。周りを見てもスコップで地面を掘る作業音や雑談が聞こえるぐらいで歌っている者などいない。

 

「空耳か?」

 

 アウロラが首を捻って作業に戻ろうとした時、上空で何かがキラリと光った。スコップを地面に突き刺し、手をかざして空を睨む。

 

「なるほど・・・あれが魔法使い(ウィザード)か。面白いな」

 

 ストライカーユニットを装着している神崎の姿を眺め、アウロラはニヤリと笑った。話よりも、やはり実際に飛んでいる姿を見なければ確信は持てない。そう、こういうのを・・・

 

「百聞は一見に如かず・・・ですかね?隊長」

 

「ああ、確か扶桑の言葉だったか・・・」

 

 近くに居た男性兵士、古参の軍曹の言葉にアウロラは素直に頷いた。

 ヤッコ・ウロネン曹長。

 年齢は30代前半といったところで、厚着の為に着膨れしていた。

彼は第一次ネウロイ侵攻を経験した叩き上げで、陸戦魔女(ウィッチ)と共にネウロイと戦う歩兵中隊の最先任である。昔から兵長としてアウロラが率いていた部隊に所属していた。彼が扶桑の諺を知っていたのも、第一次ネウロイ侵攻で扶桑から来た航空魔女(ウィッチ)が活躍し、扶桑の言葉がスオムス軍内で流行った名残である。

 二人して空を飛ぶ神崎を眺めていたが、ふとアウロラは隣のヤッコを見て言った。

 

「実際の所、あいつをどう思う?」

 

「羨ましい・・・というのが素直な感想ですかね」

 

 ヤッコはふぅと白い息を吐いた。何度も共に戦ってきた仲で、二人の間に礼儀はあれど堅苦しい雰囲気はなかった。

 

「男はネウロイ相手だと足止め程度にしかなりませんし、それにも多くの犠牲が必要となります。自分より半分の年齢の魔女(ウィッチ)が戦うのを見て歯痒く思わなかったことはないです」

 

 ですが・・・とヤッコは空を見上げた。零式から一筋の雲が伸びている。

 

「あいつは、ネウロイと対等に戦える。本当に羨ましいですよ。嫉妬してしまう程に」

 

「男の嫉妬は見苦しいぞ?」

 

 冗談めいたアウロラの言葉にヤッコは苦笑いを浮かべた。

 

「分かってますよ。だから私は自分の仕事を全力でやるんです。それが隊長達の助けになるなら、なおさら」

 

「嬉しいこと言ってくれる。今度、飲もう」

 

「勘弁してください。隊長と飲むと、潰れて更に潰れてしまうんですから・・・」

 

 二人は気さくに話し、そしてそれぞれの仕事に戻っていった。アウロラから離れたヤッコはもう一度空を見上げ、呟いた。

 

「だから・・・頑張ってくれよ?魔法使い(ウィザード)さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈んだ頃に、鷹守の部下である整備兵等が大量の資材と共に到着した。

 

「皆、お疲れ~!じゃあ、格納庫に運んどいてね~!あ、宿舎は格納庫の隣ね」

 

 鷹守は元気よく声をかけるが、頷くだけで整備兵等は疲れたのか一様に寡黙だった。いや、それとも元々皆そういう性格なのか・・・。

 

「あれがお二人の機体整備をする整備兵ですか?」

 

「そうらしい・・・が」

 

「なんか雰囲気異質じゃね?」

 

 格納庫の扉で脇で搬入作業を見守っていた神崎、島岡、シーナの三人は好き勝手に会話していたが、その中に鷹守が朗らかに入ってきた。

 

「いや~やっと皆着いたね~。燃料と弾薬の補給も来たし、明日からバンバン飛べるね!やったね、神崎君!飛行時間が増えるよ!」

 

「止めろ・・・」

 

 なぜこんなにもハイテンションなのかとうんざりしつつ神崎は返事をする。そんな神崎の隣から島岡は尋ねた。

 

「この人達ってブリタニアでの部下?」

 

「まあね!色んな基地にいたんだけど、掻き集めて来たんだよ」

 

「掻き集めた?」

 

 シーナは不思議そうにしていたが、鷹守は気にせず言葉を続けた。

 

「ま、皆腕前はいいから!期待していていいよ!」

 

 鷹守の声が響き渡るが、黙々と作業する整備兵達がいる格納庫にはどこか虚しかった。




アルンヘムの橋まで一ヶ月切りましたね
次はいよいよTVシリーズかな?


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第四十話

アルンヘムの橋を見てきました!
私の中でのペリーヌの好感度が倍の倍でした!

もうそろそろTVシリーズ情報ないのかな?

そんな訳で四十話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘などなどよろしくお願いします

遅れて申し訳ない!


 

 

 

 程なく夜明けという時間。

 常夜灯の灯りがポツポツと燈る宿舎は静寂に包まれていた。

 

 その静寂が破られるのはいつも突然だ。

 

「敵襲!!!」

 

 誰かの怒号を皮切りに新しく設置されたサイレンがけたたましく空気を震わせた。

 

「・・・ッ!!!」

 

 サイレンが鳴り響いたのと同時に、神崎はすぐさま覚醒し毛布を跳ね除けた。毛布の上に置いてあった小物類が床に散らばったが気にしている暇は無い。ベッドから飛び降り、欄干にあらかじめ用意してあった、「炎羅(えんら)」とC96が取り付けてある弾帯を腰に巻きつける。厚手の寝巻きの上からだが、1秒の差で勝負が決してしまうこの状況で、第2種軍装に着替える余裕など一切無い。

 部屋を飛び出し、隣の格納庫へと駆け込と、そこではすでに慌しい空気が流れていた。

 鷹守子飼いの整備兵達が盛んに動き回り、しかし怒号が飛び交うことなく、短い会話を行いつつ着々と零式艦上戦闘脚の出撃準備が整えられていく。

 神崎もすぐさまユニットケージに駆け寄り、今しがた整備が終えられた零式を装着した。神崎から溢れ出る魔法力が零式の魔導エンジンに火を入れ、格納庫に力強いエンジン音を響かせる。

 

「銃を!」

 

 零式の点検を行いつつ神崎が右手を出すと、すぐさま一人の整備兵が反応し銃を手渡した。

 

「MG34!弾数50!予備弾倉4!」

 

「了解。ケージから分離し滑走路へと向かう」

 

 神崎は点検を終え、MG34と予備弾倉を受け取り滑走路へと出た。外は雪は降っていないが、未だ薄暗い。滑走路には視認しやすいようにとランプが置かれていた。

 

『あっあ~。聞こえている?神崎君?』

 

 インカムから鷹守の声が聞こえる。朝っぱらにも関わらず、何が楽しいのかいつもの通りの明るい声。神崎は離陸位置に移動しつつ答えた。

 

「ああ。聞こえている」

 

『了解~。じゃあ軽く状況説明といこうか?確認されている敵戦力は、中型規模の爆撃機型が3。護衛の小型が20.ここから東北東に約50km地点を約時速300kmで飛行中。予測進路はヴィープリ。本格的な侵攻の割りには規模が小さいから、威力偵察?みたいな感じなのかな?僕は技術屋だからよく分からないけどね』

 

 鷹守の言葉を聴きつつ、神崎は離陸位置に到着。すぐさま零式に魔法力を注ぎ込む。

 

「神崎玄太郎、発進する」

 

 合図と共に加速を開始。離陸可能な速度まで達すると一気に未だ闇が残る空へと舞い上がった。下に目を向ければ雪で白んだ大地がぼんやりと見える。こちらの出撃に気付いたのか、スオムス陸軍の防衛陣地にもポツポツと灯りが燈り始めていた。

 鷹守の通信は続く。

 

『最優先目標は爆撃機型の殲滅。出来るなら全部墜としてしまってもかまわないよ?』

 

「了解。シンは?」

 

『島岡君は2次襲撃に備えて待機かな。陽動の可能性もあるしね。じゃあ頑張って~』

 

「・・・了解」

 

 なんとも気が抜けてしまいそうな応援を残し、鷹守からの通信は途絶えた。神崎は嘆息しつつも意識を戦闘用のそれに切り換えた。

接敵までそう時間はかからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・見えた」  

 

 11時の方向。白み始めた空に連なる黒々とした斑点を神崎は視認した。距離が縮まるにつれ、斑点の細部がはっきり見え始める。細長い胴体と長い主翼を持つ爆撃機型が3機。ヒエラクスに酷似した小型が20機。報告通りである。

 

「こちら神崎。敵編隊を捕捉。これより攻撃に移る」

 

 神崎は一言通信を飛ばすと、MG34を構え高度を上げた。まだこちらに気付いていないネウロイに逆落としによる奇襲を仕掛ける算段である。

神崎の思惑通り、気付かれることなくネウロイの上方に位置取ると、一気呵成に急降下を開始した。内臓が浮き上がるようなマイナスGを感じつつ、楔形の編隊を組む爆撃機型3機の先頭に狙いを定める。こちらに気付いたのか、ネウロイの動きがにわかに慌しくなるがもう遅い。

 神崎は無造作にMG34の引き金を引いた。

 圧倒的な連射速度により放たれる弾丸の雨が、爆撃型ネウロイの胴体中心を貫き、幾拍置いてネウロイは白い粒子となって爆発した。どうやら上手い具合にコアを破壊したらしい。

 神崎の攻撃はまだ終わらない。

 ネウロイとすれ違い高度が入れ替わった瞬間、クルリと一度だけロールして後方を向くと炎を放った。いつものような敵を追跡するものではない。強いて言うなら散弾のようなものだ。無数の小口径の炎弾が放たれ、一斉に爆発する。魔法力をあまり消費しないため発射速度が速いが、威力は小さく中型程度のネウロイには大したダメージを与えられない。しかし牽制もしくは小型ネウロイには十分な効果があった。

 現に、追撃しようと神崎を追ってきた小型ネウロイは爆発に巻き込まれ数機が撃墜、少なくない数がバランスを崩し追撃を断念していた。

 

 

「・・・よし」

 

 新しい炎の技の戦果を確認して神崎は小さく呟いた。魔法力を何とか節約しようと考えた技だ。これから魔法力切れに悩むことは多少少なくなるだろう。

 閑話休題。

 

「フッ・・・!クッ!」

 

 神崎は急降下から一転して急上昇へと転じた。身を軋ませるようなGに耐えつつ視界にネウロイ編隊を捉えると、護衛の小型は数機程度しか残っていなかった。

 

(ずさんな戦術。こちらとしてはありがたいがな)

 

 小型と爆撃機型が撃ってくるビームの弾幕をエルロンロールで回避すると、短い間隔で引き金を引き、牽制射撃を繰り返す神崎。小型が散らばったところで1機の爆撃機型の腹に潜り込むとMG34を手放して背中に回し炎羅(えんら)を抜き放った。先程の攻撃でコアの位置は既に把握している。

 

「ハァア・・・!!」

 

 3回連続のエルロンロールによって放つ回転切り。

 

ザシュッ!ザシュ!!ザシュ!!!

 

 一瞬のうちに3度切り裂かれたネウロイの腹から赤い光が漏れる。神崎はロールを終えた瞬間にMG34を構えた。

 

「終わりだ」

 

 残弾を全て放って止めを刺す。

爆発で降りかかってくる粒子をシールドで防ぎつつ残った爆撃機型1機を狙う。右手の炎羅(えんら)には既に十分な魔法力が集束していた。

 

「フッ・・・!」

 

 空を斬る炎羅(えんら)の軌跡から5筋の炎が放たれ、最後の爆撃機型を飲み込む。炎の爆炎とネウロイが爆発した粒子が交じり合い夜明け前の空に綺麗な花を咲かせた。護衛対象が全て撃墜されたためか残った小型は全て後退し始めていた。

任務完了である。

 が、神崎の緊張は解けていなかった。

 

「何だ?・・・いや、誰だ?」

 

 誰かの視線を感じる。

殺気ではないが、それでも隙があれば撃たれてしまう、そんな緊張感が神崎を支配していた。

 素早く周りに視線を向けると、視界の端に小さな黒点を発見した。

が、すぐに視界から消えてしまう。併せて緊張も消えてしまった。

 

「ネウロイ?いや・・・夜間航空魔女(ナイトウィッチ)か・・・?」

 

 ヴィープリからの増援にしては規模が小さすぎる。しかもこちらへの通信もない。どうも不可解すぎた。

 

「何かありそうだな・・・」

 

神崎の呟きは朝焼けの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確認しました・・・。あれが『アフリカの太陽』・・・。魔法使い(ウィザード)・・・」

『直接見てどう感じた?』

「確実に脅威になると思われます・・・」

『・・・分かった。帰還後、詳細を報告しろ』

「了解・・・」

『早い内に手を打つべきか・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら神崎。着陸する」

 

『はいはいお疲れ様~。どうぞ着陸して~』

 

「はぁ・・・了解」

 

 戦闘後の疲れが残る神崎には底抜けに明るい鷹守の声が少々重たかった。

嘆息と共に緩やかに滑走路へと着陸した神崎は、格納庫へと移動した。零式をユニットケージに接続していると飛行服姿の島岡が近づいてきた。

 

「お疲れ、ゲン」

 

「ああ。お前は待機だったのか?」

 

「おう。零戦のエンジンは温めてたけどな。結局出ずじまいだったよ」

 

 そんな会話をしつつ、神崎は零式から足を抜き取りユニットケージから降りる。すると島岡は地面に立った彼の姿に吹き出した。

 

「お前、その格好相当変だぞ?」

 

「・・・そうか?」

 

 神崎は自身の姿を見た。

 緊急の出撃で寝巻きのままだったが、ビームを回避又自身が炎を使用した為か所々焼け焦げ肌が露出していた。寝癖があった髪は飛行したために盛大に乱れている。そのような格好に銃と扶桑刀で武装しているとなると・・・

 

「なかなか酷いな・・・」

 

「だろ?」

 

 クククと未だ笑いを止めない島岡を神崎は溜息1つで諦めて視界から外すと、整備兵の一人に一言入れて宿舎へと向かう。まずは着替えなければ・・・と考えつつ格納庫の出口に向かうと誰かと鉢合わせになった。

 

「ほ~う?随分な格好だな、神崎少尉」

 

「少尉、それって扶桑の戦闘服なんですか?」

 

「ユーティライネン大尉にヘイヘ曹長・・・」

 

 出撃後の様子見なのかシーナを伴って現れたアウロラ。純粋な好奇心で尋ねてくるシーナはともかく、アウロラは今朝の緊急出撃のことは把握しているはずなのだが、それでもからかうように言ってくるあたり彼女の性格が窺えた。

 

「お見苦しい格好ですみません、大尉。後、ヘイヘ曹長。これは戦闘服じゃないからな」

 

「むぅ、まじめな回答だな。つまらん・・・」

 

「何言ってるんですか、隊長・・・」

 

 神崎の態度が気に食わなかったのかアウロラが不貞腐れた表情になるのをシーナが呆れたように諌める。このような会話はいつものことなのだろう。神崎は二人の間にお馴染みであるような空気を感じつつ、話を進めようと口を開いた。

 

「で、大尉はどうして此処に?」

 

「今朝の出撃。報告は受けたが直接色々と聞きたくてな。鷹守大尉はどこにいる?」

 

「自分は見ていません。格納庫にいる者に聞けば分かるかと」

 

「そうか。ありがとな」

 

「いえ、では自分はこれで」

 

 二人との会話を切り上げ、そそくさと宿舎に向かう神崎。いい加減、みっともない服を着替えたかったというのもあるが、何より・・・。

 

「流石に寒い・・・」

 

 寝巻き一枚で防寒具も無く魔法力も纏っていない今の状態では、氷点下の気温は厳しかったのだ。クシャミ1つ残し、神崎は宿舎へと入って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シーナが来たのは朝食を誘う為だった。

時間的にもう食事は出来ないはずだったのだが、緊急事態であったことを配慮してくれたようだった。これ幸いと神崎と島岡は二つ返事で誘いを受け陸軍の陣地へと向かった。

 

「そうだったんですか。だから少尉はあんな格好だったんですね」

 

「ああ・・・」

 

「俺はただ待機していただけだったけどな」

 

 スープと乾パンという簡単な朝食を取りつつ会話をする3人。シーナも今朝の緊急出撃に連動して万が一の為に戦闘配置についていたらしく朝食を取り損ねたようだ。堅い乾パンをスープに浸したり、ゆっくりと噛んだり、はたまた堅さなど構わず噛み砕いたりと三者三様の食べ方をしていると3人が座るテーブルに別の一団がやって来た。

 

「おはよー!シーナにシンスケにカンザキ少尉!」

 

「おはようございます、皆さん」

 

「今朝はご苦労だったな、3人とも」

 

「あれ?三人も今から朝食だったの?」

 

 聞けば、シェルパ、リッタ、マルユトの3人もシーナとは別区画の陣地で戦闘配置に着いていたとのこと。

何時の間にやら、6人の大所帯となって食事を取ることになっていた。そして話題も3人が話していたのと同様に今朝のことになる。

そういえば・・・とシーナは食事の手を止めてテーブルの端に移動した神崎の方を向いた。

 

「今回の敵はどのようなものだったんですか?」

 

「・・・ああ」

 

 神崎は乾パンをスープで飲み下すとシーナの質問に答えた。

 

「爆撃機型が3機と護衛の小型が20機だった」

 

「えっと・・・1人で迎撃を?」

 

「ああ」

 

 リッタの遠慮がちな問いかけに神崎が淡々と応えると、何故かシェルパが反応した。

 

「23対1で勝ったの!?凄い!!」

 

 そう思っているのはシェルパだけでなく、リッタやシェルパは勿論横で静かに話を聞いていたマルユトも驚いたように神崎を見ていた。4人の視線にさらされ神崎は居心地が悪そうに僅かに眉をしかめる。彼からしてみればアフリカの時の方が強敵だった為に大して凄いとも思えなかった。

 

「そうか?だが、爆撃機型を撃墜したら小型は撤退したが・・・」

 

「それでもだよ!」

 

「アフリカでもあんな戦闘をしていたのか?」

 

「はい、中尉。アフリカはここよりも航空魔女(ウィッチ)の数が少なかったので」

 

「島岡さんも戦っていたの?」

 

「おう。まあ、航空魔女(ウィッチ)には及ばなかったけどな」

 

「あれ?シマオカ特務少尉って普通の戦闘機だったような・・・」

 

 6人は他愛のない会話をしつつ食事を終えた。また今日も戦闘があるかも知れない。短い挨拶を残し、6人は各持ち場へと戻っていった。

 

 

 

 

 昼の出撃は島岡による哨戒だけだった。島岡も敵に遭遇することはなく戦闘も無し。アウロラ率いる第6中隊もネウロイの侵攻はなかった為に戦闘は無く、陣地の修復作業で終わったらしい。

 

 夜。

 

 ピンと張り詰めた冷たい空気の中、神崎は自分の部屋のベッドに腰かけ、炎羅(えんら)の手入れをしていた。ランプの明かりに刀身を翳し、汚れがないことを確認するとゆっくり鞘に納める。欄干に掛けてある弾帯に炎羅を取り付けようと立ち上がった時、神崎の耳に耳慣れない、いや寧ろ耳慣れた音が聞こえた。

 ドア越しに聞こえるカチャリカチャリとなる小さな金属音。

 ザワリと神経を逆撫でするような気配を感じ取った瞬間、神崎は炎羅を握りしめてベッドの下に飛び込んだ。

 

ダダダダダダダダッ!!!

 

 直後にドア越しに降りかかる弾丸の雨。雨は先程まで神崎が腰掛けていたベッドを、照らしていたランプをいとも容易く引き裂き砕いた。

 床や屋根を思う存分に穴だらけにして部屋の中を破壊し尽くした後、ようやくドアが開かれ、雨を降らした者達が現れた。

 床に散らばる色々な破片を踏みつぶして現れたのは全身を真っ白な雪中用迷彩で身を包み顔にも雪中用のマスクを被った3人の兵士。手には硝煙をあげるサブマシンガン、スオミKP/-31。彼らは銃を構えて慎重に部屋の中へ入ってきた。目的の達成、神崎を確実に始末できたかを確認するためなのだろうが、もちろんそんな物はない。部屋に血痕も死体もないことを不審に思ったのだろう。彼らが更に部屋の中に踏みいって穴だらけのベッドに達した瞬間、神崎は動いた。

 

 まず先頭を歩いていた1人を転倒させるべく、ベッドから手を伸ばし力任せに引っ張った。思惑通り、1人がバランスを崩して転倒した時には、神崎はベッドの下から飛び出し呆気に取られている後続の2人に肉薄していた。その際に、倒れた1人目の鳩尾を思い切り踏みつけ気絶させるのも忘れない。2人の内前の1人が慌てて右手の銃をこちらに向けようとするが・・・。

 

「フッ・・・!」

 

 神崎は軽い呼吸をしつつ炎羅を抜き放つと、居合い切りの要領で銃を弾き飛ばした。そして流れるような動作で狼狽する相手の懐に入りこむと鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。

 

「ガハッ・・・!」

 

 肺から空気を根こそぎ奪われたような断末魔を残し、崩れ落ちようとする2人目の敵兵。だが倒れる前に神崎は魔法力を発動して思い切り蹴り飛ばした。飛ばされた敵兵の先には、隙を見て銃撃を加えようとしていた3人目。

 

「なん・・・!?」

 

 魔法力で強化された脚力は相当なもので、それによって蹴り飛ばされた敵兵の破壊力は凄まじいものとなる。3人目は2人目と一緒に吹き飛ばされ、呆気なく部屋の壁に叩きつけられた。

 神崎が襲撃者3人を制圧するのに大した時間は掛かっていなかった。

 

「・・・。・・・ふぅ」

 

 神崎は近くに敵の増援がいないことを確認すると、小さく息を吐いて炎羅を鞘に戻した。そして地面に転がる1人目に目を向ける。武装を見た限りでは、襲撃者はスオムス軍人だ。スオムス軍の裏切りと考えるのが1番妥当ではあるが、どうにも腑に落ちない点がいくつかあった。

 現在のここ周辺の航空戦力は、先のソルタヴァラ基地襲撃の為に神崎と島岡だけになっているはず。ここでこの戦力を失ってしまうのはどう考えても自殺行為でしかない。

 また襲撃の仕方も稚拙だ。壁越しの射撃など殺害には不確実すぎるし、もしスオムス軍が裏切ったのならもっと強力な戦力、アウロラを始めとした陸戦魔女(ウィッチ)を差し向けるはず。こちらが魔法使い(ウィザード)であるということを鑑みれば尚更だ。

 嘗められていると考えればそれまでだが・・・。

 

「・・・考えるのは後だ」

 

 神崎は頭を振って思考を止めた。まずは島岡や鷹守と合流するのが先決と思い、倒れている3人をどうするかに思考を傾ける。しばらくは目を覚まさないだろうが、背後から撃たれる可能性を残しておくのも気が引けた。

 

「・・・」

 

 神崎は黙って地面に転がった弾帯を拾うとC96を抜いた。初弾が装填されていることを確認すると、迷わず銃口を倒れている1人目に向ける。頭部に狙いを定め、引き金を引こうとして・・・。

 そこではたと気付いた。

 

(俺は一体何をしているんだ・・・?)

 

なぜ当然の如く人と戦っている?

なぜ当然の如く制圧している?

なぜ当然の如く・・・殺そうとした?

戦うべき相手はネウロイのはずなのに・・・。

 

 狙いを定めていたはずのC96の銃口がカタカタと震え始める。いや、震えているのは銃口ではなく、神崎の右腕だった。

 額から、C96を握る掌から汗が滲む。

 

「俺は・・・一体何をしているんだ?」

 

 先程の自問を神崎は無意識のうちに口に出していた。 脳裏に浮かぶのはアフリカのあの戦い。沢山の人々が行き交う平和の象徴であるはずの大通りで弾け飛ぶ赤い飛沫、飛び交う銃弾、響き渡る怒号と断末魔。

人と人との戦い。

 自分が始めて人を殺した・・・

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 自覚していなかった自分自身の変化を自覚し、荒くなった呼吸が更に体を震わせる。

 

「慣れたのか・・・?」

 

 人を殺すことに・・・?

 

「おい!ゲン!大丈夫か!」

 

「・・・ああ。お前は・・・?」

 

「俺は問題無ぇよ。こっちは1人だったしな」

 

 神崎が立ち尽くしている中、拳銃を片手に持った島岡が慌てた様子で部屋の中に入ってきた。彼も襲撃を受けたのか頬から血を流していたが、それ以外に怪我を負っている様子は無かった。そのことを確認すると、C96を下げ倒れている敵兵に背を向けた。

 

「格納庫に行くぞ。・・・鷹守と合流しなければ」

 

「おう。こいつらは?」

 

「当分目を覚まさないはずだ。置いていこう・・・」

 

 神崎は島岡を伴って正面だけを見つめて足早に部屋を出た。

 もう視たくなかった。敵も、今の自分も・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うんうん。まぁ、神崎くんが出撃したからこうなるかな~とは予想してたけど、随分と早かったね。けど幼稚だ」

 

 格納庫の隅に置かれたテーブルに腰掛けた鷹守はこのような状況でも楽しそうに言った。

 目の前で一方的な虐殺が行われていても。

 

 響き渡る絶叫と銃声の狂想曲。

 弾丸が人間の体を引き裂き、赤い地飛沫が舞う様子を鷹守は楽しそうに、ただ無感情に見ていた。

 そしてその観劇もすぐに終わる。

 

 パンッ!

 

 拳銃のちっぽけな銃声を最後に狂想曲は終わった。パチパチパチと気の抜けた拍手をする鷹守の前に銃口から煙をあげる拳銃を持った整備兵が立った。

 

「殲滅完了しました」

 

「ご苦労様~。ま、こんなもんだよね」

 

 鷹守がテーブルから飛び降り、今しがた狂想曲を演奏していたステージ(格納庫)を改めて見渡した。床に広がる赤い海に肉の山、これらは全て襲撃者達で生まれたものだ。ここにいる鷹守子飼いの整備兵達は誰一人欠けていない。

 

「当然の結果だね」

 

「これは・・・!?」

 

「なんだよ、これ!?」

 

「お?神崎くんも島岡くんも無事だったみたいだね」

 

 鷹守は格納庫に入ってきた神崎と島岡に見るとニヤニヤして言った。いつもなら彼の態度に一言言う二人も、格納庫の光景を前にしてそんなことに構っている余裕がなかった。神崎が赤い光景から目を背けるように鷹守を見る。

 

「大尉、この襲撃は一体?」

 

「ん?分からないかな?」

 

「こんな状況でふざけてんじゃねぇよ!」

 

 島岡の怒号を受けても鷹守はニヤニヤとした笑いを止めない。むしろより一層笑みを深くしていく。

 

「ふざけてないよ?君たちは既に知っているはずだ。経験しているはずだ。逆に、僕には何で分からないのかと思うけどね?」

 

「・・・そうか」

 

 もしかしたらと、いや、そうであって欲しくないと無意識の内に逃げていたのかもしれない。

 鷹守の言葉を聞いて神崎は確信を持って呟いた

 

「共生派・・・だな?」

 

「ご名答!」

 

 神崎の答えに鷹守は満足気に頷くと、芝居がかった仕草でクルリと周り大仰にお辞儀をした。彼の後ろには整備兵達が銃を片手に控えており、まるで楽団の指揮者のようだった。

 

「改めて自己紹介をしようか。僕は鷹守勝己技術大尉。扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊整備班長、兼・・・」

 

 ここで鷹守はお辞儀を止め、ずれた眼鏡をクイッと上げた。

 

「対共生派特殊部隊『(シュランゲ)』、スオムス部隊隊長だよ」

 

「『(シュランゲ)』って・・・」

 

 島岡が戸惑ったように部隊名を諳んじるよこで、神崎は黙って笑う鷹守を見つめていた。

 




もうそろそろ登場人物設定を載せた方がいいですかね?

もう完全なオリジナルだよ・・・原作キャラどこに行った?


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第四十一話

 新TVシリーズがどんな風になるのか想像しながらエーゲ海のライーサのキャラソン聞いている今日この頃

 本当に待ち遠しい!
 という訳で第四十一話です!

 感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 アウロラが部隊を率いてやってきたのは鷹守等が共生派を殲滅した直後だった。

 いつもは大胆不敵な態度をとるアウロラも、血の海となった格納庫の惨状には厳しい表情を浮かべていた。

 

「・・・派手にやったな。これほどとは聞いてないぞ」

 

「いきなりだったし、仕方ないね。それに、これぐらい返り討ちにできないとね~」

 

「ふん。約束通り片付けはこっちでやってやる」

 

「ごめんね。よろしくお願いするよ。あと宿舎の方にもいるからね」

 

 アウロラと鷹守は会話を続けていくが、それを横から見ていた神崎はどうも違和感を拭えなかった。隣の島岡もいぶかしむように眉を顰めている。

 

「ヤッコ。死体は処分。使える装備は回収しておけ」

 

「了解です。隊長」

 

 アウロラの号令の元、彼女の部下達が動き始めた。彼女が連れてきた部下は全員が男性兵士で構成されており、どこか手慣れた様子でテキパキと動いている。

 彼女達のいきなりの登場に戸惑っている島岡を置いて、神崎は場を見計らってアウロラに声をかけた。

 

「すみません、ユーティライネン大尉。少し質問よろしいですか?」

 

「どうした?神崎少尉?」

 

 アウロラと神崎と視線の目が合う。彼女の不機嫌ではあるが落ち着いている目を見て、改めて感じた疑問を口にした。

 

「驚かれないんですか?この状況」

 

 突然の襲撃。

 敵は彼女と同じスオムス軍人。

 それを返り討ちにし皆殺しにした自陣に居座る扶桑皇国海軍の分遣隊。

 

 大なり小なり驚きはするだろう。むしろ同じスオムス軍人を殺したとなれば、こちらに怒りを向けても不思議ではない。

 だが、アウロラは事も無げに言った。

 

「一応、今朝の内に、ここ数日で襲撃の可能性があるかもしれないと聞いていたからな。まぁ、まさかその日の夜にあるとは思わなかったが・・・」

 

 今朝とは緊急出撃の詳細を聞きに来た時だろう。その時点で知っていたのなら驚かないのも納得だった。

 だが、他にも聞きたいことがある。戦闘後の荒れた気分が治まり切らないまま、神崎は不躾に言葉を続けた。

 

「大尉と同じスオムス軍人を皆殺しした我々に協力を?」

 

「直接的だな。不愉快だが嫌いじゃない」

 

「・・・質問に応えて欲しいのですが?」

 

「そもそもその質問が間違っている」

 

 アウロラは好戦的な笑みを神崎に向けると、ツカツカと床に転がっている死体に近づいた。

 どうすればいいか分からずにオロオロとしている島岡と静かに佇む神崎に見られる中、アウロラは一つの死体をおもむろに足蹴にして仰向けにした。

 次いで、いつの間にか持っていたスコップを器用に操って、死体が纏う真っ赤に染まった雪中用迷彩を何カ所か破く。迷彩の下から覗く軍服を見て、アウロラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「見てくれこそスオムス軍人だが・・・、部隊章も無し。しかもどこかからか掻き集めたのか種類がチグハグだ。それに何より・・・」

 

 ここでアウロラは膝を付くといきなり雪中用マスクを剥ぎ取った。死体の伽藍洞の目が覗くが、アウロラは平然として、寧ろ怒りを滲ませて死体の顔を睨みつけた。

 

「スオムス人じゃない。スオムス人じゃないのにスオムス軍人の格好をして、スオムス軍の援軍である扶桑皇国海軍の部隊を襲撃する。キナ臭くて鼻が曲がりそうだよ」

 

 アウロラは再度不機嫌そうに鼻を鳴らすと、そっと死体の顔に手を伸ばし虚ろな目をそっと閉じた。そして、アウロラが立ち上がったのと同時に、彼女の部下によって死体が運び出されていく。その様子を三人が何を言う訳でもなく見送っていると、入れ替わるようにして鷹守が近づいてきた。

 

「3人とも、この後時間貰えるかな?色々と説明することがあってね」

 

「上からお前の指示には従えという命令が来ていたよ。それも説明してくれるんだろうな?」

 

「勿論、勿論」

 

「まったく・・・。私はとんだ危険物を抱え込んだ」

 

 ふぅ・・・と溜息を吐くアウロラを余所に鷹守は神崎と島岡を見た。

 

「神崎君も島岡君もいいかな?」

 

「大尉が指揮官だろう?・・・良いも悪いもない」

 

「で・・・、何を話すんだよ?」

 

「うん、まぁ、僕達のことと今後のこと・・・かな?」

 

 神崎の目には鷹守の目がギラリと光ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎、島岡、アウロラの3人が案内されたのは格納庫の隅にある控え室のような部屋だった。

 工具や機材が少々散乱している中にあるテーブルに3人は座る。誰も口を開こうとせず重苦しい空気が部屋を満たす中、それを吹き飛ばすかのように、鷹守がドアを勢いよく開けて入ってきた。

 器用にも4つのマグカップとコーヒーポットを持ち、いつも通りの騒がしさを携えて。

 

「いやいや、小汚い部屋でごめんねぇ。無事なテーブルはここにしか無くてね。あ!コーヒー飲む?やっぱりこういう状況こそ一度落ち着くことが大切だと思うんだ。本当は紅茶といきたいんだけど、残念ながら切らしていてね。だからしょうがなく・・・」

 

「そんなことはどうでもいいさ、鷹守大尉」

 

 長々と鷹守が紡ぐ言葉をアウロラが一言で断ち切った。

 

 怒りはないが苛立っている。

 

 アウロラは挑発的な笑みを浮かべているのにも関わらず、神崎は彼女の背後に牙を剥く狼を幻視した。それほどまでの猛々しさを無理矢理凍り付かせたような雰囲気を彼女は醸し出していた。

 

「確かに上からはお前の指示に従えと言われた。だがな、私はそれだけでホイホイと付き従う程聞き分けが良いわけではないぞ?」

 

「勿論、僕もそんな簡単に事が進むとは思ってないよ。だから納得するできるぐらいの説明をしなきゃね」

 

 と、言いつつも鷹守は一向に話を始める様子は無く、4つのマグカップにコーヒーを注ぎ始めた。場にそぐわない上品な香りが部屋を満たす。

 状況が状況ならば和やかな雰囲気になっただろうが、今の4人の空気は一向に変わらなかった。

 

「話は長くなるからね。コーヒーは飲んでた方がいいと思うよ?」

 

 3人の前にコーヒーが置かれ、鷹守は自分のカップを取る。厳しい表情の3人が視線を向けてくるのも露とも思わずに優雅に飲み始めると、島岡が痺れを切らしたように口を開いた。

 

「コーヒーなんか飲んでねぇで早く話を始めろよ」

 

「そうだ。それに、そもそも私は奴らが何者なのかも知らない。そこから説明してもらおうか?宿舎の方の奴らは確保したが全員自決して分からず仕舞いだ」

 

 アウロラの言葉に神崎は僅かに眉を動かしたが、気付いたのは誰もいなかった。

 

「そうだね。ユーティライネン大尉が上から命令を受けたということは、スオムス陸軍はこっちについたみたいだしね。確認の意味を込めて1から説明しようかな」

 

 島岡とアウロラの催促で鷹守はようやくカップを置いた。神崎と島岡に確認の意味を込めた視線を送ると、一人頷いて話し始めた。

 

「彼らは『ネウロイ共生派』と言われている、簡単に言えばネウロイに味方する連中だよ」

 

「ネウロイに味方だと・・・?」

 

 アウロラは理解できないというように眉間に皺を寄せた。

 

「そんなことをする理由は色々だよ。ネウロイとの戦いに絶望して自暴自棄になってとか、ネウロイを神様かなんかと同列視したりとか、戦わずに寧ろ仲良くすればいいんじゃないか、とか、ここら辺の理由は民間人とかが主体となっている『共生派』だね。あとは反戦組織が流れちゃったとかもあるみたいだけど」

 

 ちなみに・・・と、ここで鷹守は神崎と島岡を見た。二人は無意識の内に緊張し体を硬くした。

 

「君達がアフリカで戦闘になったのはこの類の連中だね」

 

「そうか・・・」

 

「別に知りたかねぇよ・・・」

 

 それぞれ思うところがあるのか、神崎は神妙に頷き、島岡は吐き捨てるように言った。鷹守は興味深そうに2人の反応を見ると話を進めた。

 

「で、『共生派』は軍内部にも潜伏している。彼らの場合はネウロイの力を手に入れて自分達の戦力にしたいみたいだね。だけど、その為にネウロイを撃破される訳にはいかないから、故意にネウロイを誘導して他部隊に損害を与えたり、魔女(ウィッチ)を暗殺したりとしてるみたいだよ。今回の襲撃はスオムス空軍内に潜伏していた『共生派』の仕業という訳だ。神崎君のアフリカでの戦いを聞いて焦ったのかな?それとも今朝の迎撃?まぁどちらにしろ、神崎君は頑張りすぎたみたいだね」

 

 アハハと鷹守は笑っているが、アウロラの表情は苦々しいものだった。不機嫌さを無理矢理押し殺した低い声で質問を重ねた。

 

「それで、お前等は一体何者だ?」

 

「『(シュランゲ)』」

 

 鷹守は端的に返すと再びコーヒーを飲んだ。話し疲れた舌を休ませるかのようにゆっくりと飲み下す。

 

「次はそれについて説明しようか」

 

 カップに残ったコーヒーを最後まで飲み干すと鷹守はにこやかに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(シュランゲ)

 

 カールスラント(K)アフリカ(A)軍団(K)のエルヴィン・ロンメル中将の発案の元、ブリタニア王国陸軍バーナード・ロー・モントゴメリー中将、リベリオン合衆国陸軍ジョージ・S・パットン中将を含めた3人で考案され、カールスラント軍、リベリオン軍そして扶桑皇国軍が主体となって組織された多国籍部隊である。

 共生派の動きが看過できないと判断した3人はそれに対処するべく新しい部隊を創設するべきだと考えた。

 だが、そこにはいくつかの問題があった。

 まず、どこに共生派が潜伏しているかということ。アフリカのように民衆の中に紛れ込み反乱分子となるならば鎮圧部隊を差し向ければいいだけの話だ。

だが、軍内部となれば話は別だ。

 ロンメル将軍の指揮の下調査を行った結果、軍内部に共生派が潜伏しているのが確実な国は、ブリタニア、ガリア、スオムスの3国。その中でもスオムスの共生派は予想外に規模が拡大しており、少なくない戦力を保持していた。早急に共生派に対処する部隊を編成する必要があったが共生派が存在するブリタニアを部隊の主軸に加える訳にはいかなかった。

 そこで、モントゴメリーは共生派の存在を既に認知している神崎と島岡に注目し、扶桑皇国海軍に秘密裏に協力を打診。扶桑皇国海軍としても何か思う所があったのか僅かな交渉の後にその打診を承諾。

 こうして、対共生派の特殊部隊『(シュランゲ)』が編成され発足するに至った。発足したとしても人員不足、装備不足、資金不足等々問題は山積みである。

 しかも、部隊の特性上大っぴらに部隊整備することができないため、部隊が完全な形になるには相当な時間を要する。その為に『(シュランゲ)』は部隊の基幹となる3国から動ける部隊を派遣して各国の共生派の動きに対処することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、そういう訳で僕達がスオムスに来ることになったということ。以前のうちの海軍が送った義勇隊のこともあるから受け入れられ易かったし」

 

 長々とした説明を終え鷹守は2杯目のコーヒーを満足そうに飲み干した。対して、その説明を聞いていたアウロラ、神崎、島岡のコーヒーは未だ1杯目で半分も飲んでいない。3人とも険しい表情のまま口を噤んでいた。

 

「スオムス軍に潜伏している共生派はどのくらいの規模なんだ?」

 

「スオムス空軍の約3割といったところかな」

 

 さらっと鷹守が言った衝撃の事実に3人は絶句した。アウロラに至っては目を剥いて体を乗り出していた。

 

「なんだと!?」

 

「別に不思議じゃないんだよね。なんたって、元々共生派が生まれたのがスオムス空軍なんだから」

 

 その言葉に神崎と島岡はアフリカでモントゴメリーから聞かされた共生派に関する話を思い出した。ネウロイとの戦争初期に生まれ一度は終息したはずの共生派が息を吹き返した事件。

 ネウロイのよる魔女(ウィッチ)の洗脳と人型ネウロイの出現。

 これらが起こったのは確かにスオムスだった。

 

「24戦隊は共生派に含まれているのか!?」

 

 アウロラは焦った様子で言う。先程までの最低限の落ち着きを持っていた姿とは大違いだった。アウロラに問われ、鷹守は記憶を探るように宙に目を泳がすと、やああって首を左右に振った。

 

「含まれてないね。そこはまともな部隊だよ」

 

「そうか・・・」

 

 ふぅ・・・と安堵の溜息を吐いて安心するアウロラ。その姿を不思議に思った神崎がじっと見つめていると、その視線に気付いたアウロラが居心地が悪そうに目を逸らして言った。

 

「・・・妹が居るんだ。心配するのは当然だろう?」

 

「・・・そうですね」

 

 神崎が真顔で且つ真剣に同意すると、アウロラは気恥ずかしかったのか若干頬を赤らめて咳払いした。それで気持ちを切り替えたのか、表情を引き締め、鷹守に向き直った。

 

「私達はどうすればいい?」

 

「納得して貰えたのかな?」

 

「ああ。納得した。スオムスの危機だ。例え、命令がなくても手を貸していたさ」

 

「それはありがたいね。よろしく頼むよ」

 

 そう言うと、鷹守はイスから立ち上がり手を差し出した。アウロラも立ち上がり握手を交わす。その後、握手を解いた鷹守は神崎と島岡を順に見た。

 

「2人には『(シュランゲ)』に本格的に参加するように命令が出ているよ」

 

「上等だよ。奴らのせいでライ・・・、魔女《ウィッチ》が殺されるかもしれないなら、俺が奴らを殺してやる」

 

 歯を剥き出すように言う島岡。彼の言葉の裏には言わずもがなライーサへの想いがあった。アフリカで共生派との戦闘で彼らが神崎や稲垣を躊躇無く殺そうとすること身を持って知った。アフリカの共生派はモントゴメリー等の手で抹殺されたとはいえ、他の共生派を野放しにしていれば再びアフリカに共生派が現れ、今度はライーサに魔の手が迫るかもしれない。

 

(そんことは絶対させねぇ・・・!!)

 

 「(シュランゲ)」の参加はまさに渡りに船。断る理由は何もなかった。

 島岡の返事に満足したのか鷹守は大きく頷き、口数の少ない神崎に目を向け首を傾げた。

 

「神崎くんはどうかな?」

 

「・・・。ああ。命令通り『(シュランゲ)』に参加する」

 

 神崎はそう返事はするが、どこかその選択に確信を持てずにいた。

 なるほど、確かに共生派は脅威だ。その恐ろしさは身を持って実感している。だが、それでも神崎には疑問が残っていた。

 

 なぜ人間同士で殺し合わねばならないのか?

 魔法使い(ウィザード)の力をそのようなこと(人間同士の殺し合い)の為に・・・

 

「ここ周辺に共生派はいるのか?」

 

「うん。割と近くにね」

 

 アウロラと鷹守の会話が神崎の沈み込んだ思考を現実に引き戻す。神崎が耳を傾けた丁度その時、島岡が2人の会話に割り込んだ。

 

「どこにいるんだよ?」

 

「ヴィープリ」

 

「はぁ!?すぐ本当に近くじゃねぇか!?」

 

「だから近くだって言ったでしょ?」

 

 島岡は驚いていたが、アウロラは1人納得していた。

 

「なるほど・・・。どうもヴィープリから来る空軍の連中は手を抜いているように思えたが、そういう訳だったのか」

 

「まぁ、事前の調査ではまだ疑いという段階だけどね。これから本格的な調査を・・・」

 

「失礼します」

 

 新たな声が部屋に響き、鷹守の言葉を遮る。4人が一斉に部屋のドアの方を見ると鷹守子飼いの整備兵・・・いや、「(シュランゲ)」の隊員が敬礼をして立っていた。隊長である鷹守が不思議そうに尋ねる。

 

「どうしたの?」

 

「隊長に通信が入っています」

 

「誰から?」

 

「ヴィープリ基地所属、43戦隊長、カリラ・コリン大尉です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人物紹介5

 

 名前:シーナ・ヘイヘ

 通称:白い死神

 年齢:17

 階級:曹長

 使い魔:犬(スオムス原産のスピッツ)

 

 固有魔法:魔眼(未来視)

 別名:死神の目

 未来視の一種で、彼女が行おうとすることの結果を見ることが出来る。射撃の場合は発射された弾丸がどのような弾道を描き、どのように命中し、標的がどのように破壊されるか、まで見ることが出来る。

 だが、見える未来は自分が行動を起こして関与した物の結果であるため、自分の関与しない未来、例えば目の前にいる相手が次にどのような行動を起こすかといったこと未来は見ることが出来ない。

 

 人物設定

 スオムス陸軍第12師団第34連隊第6中隊所属。

 第一次ネウロイ侵攻を戦い抜いたベテラン。

 天性の射撃センスを持ち、多くのネウロイを撃破した彼女はいつしか敬意と畏怖を込めて「白い死神」と呼ばれるようになった。

 物々しい二つ名とは裏腹に、体格は小柄で栗色の髪を首の辺りまで伸ばしている。明るいが落ち着いた性格だが、苦労性で貧乏クジを引いてしますことが多い。よく眉を八の字にして困ったような表情をする。

 犬と自転車が好きで、橇を引くの犬の世話をよくしている。市街地の移動には自転車をよく使う。

 

 

 




 アルンヘムの前売り券が後三枚も残っている・・・
 (´・ω・`)


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第四十二話

もうそろそろイベントですね!行きたかったけど行けない(泣)

と、言うわけで第四十二話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等よろしくお願いします!

では、どうぞ!


 

 

 

「いやいや、お待たせしました~。扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊の隊長してます、鷹守勝己です。あっ、技術大尉です」

 

『いきなりの通信、申し訳ありません。私はヴィープリ基地所属43戦隊隊長カリラ・コリン大尉です』

 

「どうもどうも~。それで今回はどのような用件で?」

 

『先日、ヴィープリに侵攻してきたネウロイをそちらが迎撃してくれたということで、お礼をと思いまして』

 

「それはそれは。こちらも任務だったので、そんなに気にしなくても」

 

『気にはなります。単機で迎撃し、しかも短時間で撃破するなんて、とても強い魔女(ウィッチ)、いや魔法使い(ウィザード)のようですね』

 

「・・・。うん。彼は強いよ」

 

『「アフリカの太陽」でしたか?多くのネウロイを殺してきたのでしょうね』

 

「そうだけど、それが?」

 

『いえ、彼が殺してきたのは本当にネウロイだけだったのかなと?』

 

「彼が、いや僕達の相手は人類の仇名すモノ・・・。君も同じじゃないのかな?」

 

『・・・そうですね。では、挨拶が済みましたので今回はこれで・・・』

 

「あ、そうそう!少し世間話に付き合ってくれないかな?」

 

『何でしょう?』

 

「ついさっき、格納庫に大きなネズミが沢山紛れ込んでね。本当にびっくりしたよ」

 

『・・・それで?』

 

「ま、一匹残らず駆除したけどね。そっちにも出るかもしれないから気をつけた方がいいと思うよ?」

 

『・・・ご忠告ありがとうございます。それでは』

 

「うん、ばいばい~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃があったのが夜中であっても、日が昇れば再び1日の仕事が始まる。

 神崎は、雪が日の出の光を反射してキラキラと輝く光景をゴーグルを通して見つめていた。

 今まで見た事もない美しい風景に見蕩れボゥと立ち尽くしていると、ドンッと雑嚢越しに背中に衝撃が奔り、スキーを履いていた神崎はバランスを崩し危うく転びそうになってしまった。神崎は泡を食って手に持つストックを地面に突き刺してバランスを保つと、背後をジロリと睨んだ。

 

「・・・おい」

 

「少尉がいきなり止まるからですよ。ほら、あっちで隊長が早く来いって言ってますよ」

 

 シーナは神崎の睨みを涼しい顔で受け流すと、先程神崎の背中を押したストックで進行方向を指し示した。神崎が不承不承とそちらに視線を向けると、確かに彼女のストックが示す方向には、肩に短機関銃KP/-31を下げたアウロラが右手のスコップを振り回していた。

 それを確認した神崎は黙って着慣れないスオムス陸軍の防寒服を纏った体を動かしスキーを滑らせた。背中に背負うMG34をいつもよりも重く感じていると、M/28-30(スピッツ)を神崎と同じように背負ったシーナが軽やかにスキーを駆り、並走した。

 

「ほら。早くしないと置いていっちゃいますよ?」

 

「・・・初対面の時と対応が違いすぎないか?」

 

「少尉が言ったんですよ。畏まらなくていいって」

 

「だとしても変わりすぎな気がするが・・・」

 

「隊長も普通でいいって言ってたので」

 

「・・・そうか」

 

 神崎は諦めてスキーを滑らせることに集中した。すると、シーナは軽々と前進し瞬く間に追い越していった。

 

(どうしてこうなったのか・・・)

 

 みるみる小さくなっていくシーナの背中を見送り、神崎は心中そっと溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間は数時間前に遡る。

 

「え~。2人に残念なお知らせがあるんだよね」

 

 ヴィープリからの通信を終えた鷹守は格納庫に着くなり神崎と島岡を呼んで、開口一番にそう言った。

 

「さっきの襲撃のせいで神崎君の零式と島岡君の零戦がこわれてしまったので飛べません!残念でした!」

 

「はぁ!?」

 

「まぁ・・・察しは付いていたが・・・」

 

 島岡は目を向いて驚いていたが、神崎は諦めたように納得していた。いきなりの襲撃で格納庫中に銃弾が飛び回った状況で、機体が無事であるとは考えられなかった。それよりも問題なのは修理にどれくらい時間がかかるかである。

 

「部品の予備は無事だったから、機材はスオムス陸軍から借りるとして、まぁ、丸1日あれば大丈夫じゃないかな?」

 

「つうことは・・・1日暇になったつうことか?」

 

 鷹守の言葉に島岡の表情が少し明るくなる。零戦が破壊されたことへの怒りと休みで釣りが出来るかもしれないという喜びで愛憎半ばといったところか・・・。

 しかし、そうは問屋が卸さない。

 

「残念だが、それはないな」

 

「はぁ!?」

 

 鷹守とは別の声が島岡の予想を否定した。島岡がその方向に向くと、腕を組み不適に笑うアウロラが。

 

「扶桑の言葉であるだろう?『働かざる者食うべからず』だ。お前達2人は今日うちの部隊で働いてもらおう」

 

「なんでだよ!?」

 

「お前達の隊長さんとの交換条件だ。襲撃の後始末をこっちが受け持ったんだから文句は言えまい?」

 

「あの野郎勝手に決めやがって!?」

 

「腐っても上官なんだ。諦めろ、シン」

 

 

 島岡の喚き声を神崎は肩をすくめて諌めた。もっとも彼自身その時は、他国の軍を働かせるとしても大したことはさせないだろうと、どこか高をくくっていたのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と時間がかかったな、少尉。そんなんじゃこの先苦労するぞ?」

 

「スキーは長らく使ってなかったもので・・・」

 

 やっとの思いでアウロラとシーナに追いつき、神崎は安堵と疲れから軽い溜息を吐いた。シーナはそんな神崎を不思議そうに見て言う。

 

「そんなに疲れますか?というか、扶桑って雪は降らないんですか?」

 

「降る地方もあるが、俺の故郷はスキーが出来る程積もらなかった」

 

 シーナの問いかけに律儀に答えつつも、神崎は高を括っていた数時間前の自分を恨めしく思っていた。スキーなど軍に入る前に数回ぐらいしかしたことがないのだ。にも関わらず、雪中の偵察任務に駆り出されてしまい、既に疲労が体に響き始めていた。

 

「少尉、分かるか?あっちがソルタヴァラ基地方面になる。つまり、ネウロイの予想侵攻路だな」

 

 アウロラがスコップで指し示す方向には背の高い木々が生い茂る森があった。ネウロイの侵攻の跡なのか、所々に何も生えていない部分があった。

 

「奴らが水気を嫌うのは知っての通り。雪は問題ないようだが、湖を避けて森を通ってくるのがほとんどだ。そのせいで段々と森の木が少なくなってきているが」

 

 少し前まではもっと木々が生えていたらしいが、正直なところ神崎はどうも関心が持てなかった。それよりも、何故自分がこの偵察任務に同行させられたのか、その理由が知りたかった。

 しかし、アウロラとシーナは神崎の思いを露とも知らず二人で会話を進めていた。

 

「新しく破壊されている部分もありませんし、襲撃はまだみたいですね」

 

「いつものパターンを考えれば、まだ少し余裕があるな。だが、このパターンほど信用がないものは無い」

 

「そうですね。・・・さすがにこの先を『視る』ことはできません」

 

「お前の魔眼を無駄使いするな。さぁ、次に行こう。行くぞ、少尉」

 

 神崎が反応する間も無く、移動を開始する2人。気を抜けば遥か彼方に行ってしまう2人に遅れないようにと、神崎は唇を噛み、ストックを握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡は集中していた。

 手にはナイフ。相当使い込まれていたのだろう。磨き上げられた刃は日の光を反射して煌き、柄も年季を感じさせる飴色に光っていた。

 島岡はナイフの感触を確かめるように握りなおした。もう何度そうしているか分からない。

 

(緊張してんのか?んな訳ねぇだろ)

 

 浮かんだ弱気な考えを鼻で笑い一蹴する。いつもは零戦でネウロイと死闘を演じるのだ。たかがナイフ1本で事足りる相手に何を恐れる必要がある。

 

「・・・いくぜ!」

 

 ナイフを軽く振り、挑みかかる。相手は丸腰のうえ微動だにしない。すでに相手は自分の掌の上にいるのも当然。負けるわけにはいかない!

 余裕の笑みを浮かべて島岡は意気揚々とナイフを更に滑らせた。

 

 

 

「なんだこれは。皮と一緒に身を削りすぎだ。しかも時間がかかり過ぎ。お前のジャガイモの皮むきが私達の腹の満たし具合を決めるんだ。腹が減って気の立った兵士は怖いぞ?」

 

「・・・ウッス」

 

「アハハ!シマオカって私より全然下手だね!ほらほら、私のほうが先に全部剥き終わっちゃうよ?」

 

「シェルパ。まだ皮が残っているのが沢山あるよ。やり直し」

 

「ハイ・・・」

 

 神崎が偵察任務に駆り出されている一方、島岡は第6中隊の魔女(ウィッチ)達と共にジャガイモの皮むき作業に従事させられていた。ジャガイモが山となっている木箱と剥いた物を入れる大きなバケツを中心にして島岡、シェルパ、リタ、マルユトの4人で円陣を組んでいる形である。

 この仕事は常に料理が出来る人物、神崎や稲垣、ライーサが居たために全く料理をしなかった島岡にとって非常に厳しいものだった。現に、ジャガイモを1つ剥き終わるたびにマユルトに苦言を入れられ、シェルパにからかわれて、気持ちとしては既に戦闘よりも疲れていた。

 

「こんなのパイロットの仕事じゃねぇだろ・・・」

 

「うだうだ言うな。与えられた仕事は確実にこなす。パイロットである前に軍人として当然だろう」

 

 グチグチと呟く島岡を他所に士官であるはずのマルユトもナイフを動かし見事な手際で皮を剥いていた。相当手馴れており、島岡が苦労して1つ剥き終わる頃には既に4つは向き終わっていた。

 

「私達はよく皮むきしてるんだよ!当番制でね!」

 

「シマオカさんは以前の任地ではこのようなお仕事はなかったんですか?あと、シェルパ、それにはまだ芽が残ってるから、ちゃんと取って」

 

「ハイ・・・」

 

「う~ん、アフリカじゃ全然こんなことしなかったな。飯は他の奴が作ってたし、ほとんど哨戒とか邀撃にむけて待機してた」

 

 リタの質問に島岡はアフリカを思い出しつつ言った。アフリカの食事事情は、今考えれば随分と優遇されていたように思える。やはり稲垣の和食は最高だった。

 

「ふむ。アフリカでもここと同じようなことをしていたのか」

 

「まぁ、あとは爆装して対地攻撃とかもしてましたけど、やっぱりさっきの2つが主っすね」

 

「それだよ!それ!」

 

「おわっと!?」

 

 マルユトの質問に答えていたはずが、シェルパが突然大きな声を上げたので、驚いた島岡はナイフで自分の手を剥く羽目になりかけた。

 

「あぶね~。いきなりどうした?」

 

「いやいやいや!今までサラッと言ってたけど、シマオカって何で普通の戦闘機でネウロイを倒してるの?」

 

「それは・・・私も不思議に思ってました」

 

 シェルパは乗り出して問い詰めてきており、島岡は若干引き気味で少し後ろに体をずらした。先程まではストッパーとなっていたリタも今回は止めるつもりはないらしく、期待するように島岡の顔を見てくるだけ。2人の視線に晒され、結局島岡は口を開いた。

 

「俺が乗ってる零戦は火力と機動性に優れているから、小型のネウロイなら撃墜できるんだよ。さすがに中型以上なら、爆装とかじゃねぇときついけど」

 

「へ~。そうなんだ!」

 

「シェルパは絶対に彼の凄さを分かってないね・・・」

 

「どれくらいのネウロイを墜としたんだ?」

 

「あんまり覚えてないすっけど・・・十数体ぐらいすかね?」

 

 マルユトの質問に答えると、皆は驚きの目で島岡を見た。

 

「ほぉ・・・すごいな」

 

「シマオカさんは凄いエースパイロットですね」

 

「ま、まぁな・・・」

 

 称賛の言葉がどうにもむず痒く、島岡は言葉を濁し逃げるようにジャガイモの皮むきを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間ほどの偵察をこなした後、アウロラ、シーナ、神崎の3人は休憩を取っていた。

 その間、スキーで各地点を移動しつつ、陸戦ネウロイが出現予想ポイントや自分達の予定侵攻経路、戦場となるであろう地点を確認していった。

 時刻は丁度正午に近く、昼食を兼ねて長めの休憩である。

 森の中に僅かに露出した地面に神崎の炎で焚き火を設け、その熱さを分け合うように3人は輪になって腰を下ろしていた。

 

「この前も言いましたけど、神崎少尉の固有魔法は便利ですね。偵察任務中に温かいコーヒーが飲めるなんて夢みたいです」

 

 シーナは焚き火で沸かした湯で作った即席のコーヒーを両手で持ちつつ言った。熱が伝わったせいか彼女の頬はほんのりと紅く染まっており、表情も柔らかかった。一方のアウロラはどこか残念そうに呟いた。

 

「こいいう時こそ、温めたブランデーが最高に美味いんだが・・・。ん?そんな信じられないような目で私を見るな、少尉。任務に支障がでる程の度数の高い酒は持って来てないぞ?」

 

 そんなことを言いつつ、アウロラは携帯用ボトルを取り出していた。シーナとは別の意味で頬が赤くなるのも時間の問題だろう。そんな2人の向かい側で神崎はキンキンに冷えた乾パンとトナカイの干し肉を炙っていた。

 

「俺の炎が便利になるのはこんな環境ぐらいだがな。あと、もう自分は何も言いませんよ、アウロラ大尉」

 

「何だ、つまらん。お前も飲めるんだろう?飲まないか?」

 

「・・・シーナ、大尉の分の食事も食べるか?」

 

「あ、はい。いただき・・・」

 

 神崎にとっては珍しくアウロラが僅かに焦った表情を浮かべた。

 

「待て、何故そうなる?」

 

「いえ、大尉は酒で十分だろうと・・・」

 

「そんな訳ないだろう!さぁ、私の分を寄越せ」

 

「・・・どうぞ」

 

 これ以上長引かせても面倒になるだけだと感じた神崎は、おとなしく乾パンと干し肉を入れた飯盒を手渡した。その際に、アウロラが勝ち誇ったような顔を向けてきたが、それは無視した。

 食事はたいした時間はかからず、出発の時間までは休憩を続けることになった。そこで、神崎は何故自分をこの偵察任務に同行させたのかを尋ねることにした。

 

「ん?大した理由はないさ」

 

 神崎が尋ねた時、手帳に鉛筆で何かを書き込んでいたアウロラは事も無げに言った。

 

「もし、お前が対地攻撃をしたり、はたまた墜落した時に地形をある程度把握していれば、何かと役に立つだろう?」

 

 大した理由はないといいつつも、それなりにしっかりと考えていたようだ。神崎はアウロラへの印象を少し改めた。神崎の心情を代弁するかのようにシーナが言った。

 

「そういうところはしっかりと考えているんですよね、隊長って」

 

「当たり前だ。確かな情報が無ければ作戦の立てようがないからな」

 

 まぁ、あとは・・・とアウロラはパタンと手帳を閉じると神崎の目を見て言葉を続けた。

 

「お前の人となりを見極めたかったのもあるな。今後の戦い(・・・・・)の為にもな」

 

 神崎がこの彼女の言葉に含みのあると感じたのは間違いではないだろう。「(シュランゲ)」としての戦いの中で命を預けることが出来るのか?彼女はそれを見極めたかったのだ。

 心の中を見透そうとするようなアウロラの目を神崎はジィと見つめ返した。

 

「それで・・・分かりましたか?」

 

「大体な。背中はともかく頭の上は守ってくれそうだ」

 

「・・・恐縮です」

 

「背中はシーナに守ってもらうさ」

 

「隊長は守ってもらう必要はないでしょうに」

 

「今までは、な。これからは分からん」

 

「?まぁ、任せて下さい」

 

 アウロラの言葉にシーナは首を傾げるもすぐに満更でもない表情を浮かべた。長い年月と厳しい戦場を共に過ごした2人には、それ相応の堅い絆があった。

 ・・・それでもシーナに「(シュランゲ)」のことを伝えていないのはその絆故か。

 

「さて!腹も満たしたし、温まったな!残りの地点を確認したら、そのまま帰るぞ!いいな、シーナ?神崎(・・)?」

 

 食事を終えたアウロラが立ち上がって言った。その元気のいい声に神崎とシーナは思わず顔を見合わせ、神崎は小さな、シーナは困ったような、それぞれの笑みを浮かべて、揃って立ち上がった。

 使用した道具と焚き火の後始末の後、装備を整えた神崎はスキーを履きストックを握る。一足先に出発準備を終えて待っている2人に追い着くべく、ストックを地面に突き刺し雪を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ始めた頃、3人はラドガ湖の自陣に帰還した。

 

「じゃあ、私は偵察の結果を纏めるから、2人は解散して後は自由にしていてくれ」

 

 アウロラはそう言い残し、ひと足先に指揮所の方へと行ってしまった。残された神崎とシーナは少し話し合った後に夕食へ行くことに決めた。夕食の前に神崎が借りていたスオムス陸軍の装備を返却して、2人並んで糧食班の所へと向かった。

 慣れないスキーをずっと使用していた為に足に相当な疲労が溜まり足取りが重たかった。そんな神崎に気付いたシーナが気遣うように声をかけた。

 

「お疲れみたいですね。大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ。・・・確かに疲れたがな」

 

「でも、今回の仕事は割りと短い方ですよ?そんなんじゃ、次の偵察は厳しいんじゃないですか?」

 

「・・・俺は魔法使い(ウィザード)で仕事は空中戦なんだが?」

 

 歩きながらどこかずれた会話をして歩く2人。少しすると、美味しそうな匂いが2人の鼻をくすぐった。それに釣られるように糧食班のスペースに到着すると、大人数が既に各々のテーブルに座り食事を始めていた。

 

「今日はシチューみたいですよ」

 

 シーナは近くのテーブルを覗いて言った。匂いの内容が分かった途端、神崎は猛烈に空腹を感じグルリと腹が鳴った。シーナが可笑しそうに微笑むのを視て、神崎は少し憮然とした態度になってしまった。

 

「・・・早く食べよう。いい加減腹が減った」

 

「そうですね」

 

 下士官用、士官用とは別れていないらしく、2人は一緒に配膳を受ける列に並んだが問題が1つ。列が膨大であり、2人が夕食を受け取った時には既にテーブルの空きがなくなっていた。どうしたものかと立ち尽くす2人に、どこかからか声がかかった。

 

「お~い!シーナ!カンザキ少尉!」

 

 底抜けに明るい声に視線を向けると、そこには席を立ち大きく手を振るシェルパの姿が。彼女が居るテーブルには、リタ、マルユト、そして島岡の姿も見えた。これ幸いと2人がテーブルに着くと、シェルパが神崎に楽しそうに話しかけた。無視する訳にもいかず、神崎はスプーンを取りかけた手を止める。

 

「カンザキ少尉。雪の中の偵察はどうだった?疲れたんじゃない?私もよく行くから分かるんだよね~」

 

「ああ。スキーも慣れてなかったから、苦労した」

 

「えぇ!?スキーが苦手!?嘘!?なんで!?」

 

「シェルパ。少尉の故郷はあまり雪が降らないんだって。だから、スキーも慣れてないんだよ」

 

「そうか~。そういえば、前の任地はアフリカだったんだよね。じゃあ、スキーは出来ないか!」

 

「そうだな」

 

 シェルパのお喋りに神崎が律儀に返事をしていると、今まで沈黙を保っていたマルユトが口を開いた。

 

「おい、シェルパ。カンザキ少尉が食事が出来ないだろう?少し黙っておけ」

 

「ハイ・・・。カンザキ少尉、ごめん」

 

「・・・気にするな」

 

 シェルパが黙り、やっとスプーンを取ってシチューを一口食べることが出来た。寒さに耐えうるエネルギーを作り出す為か、味はとても濃く具材も多かった。特にジャガイモに至っては量が他の具材に比べ3割増しで多かった。美味しいことには変わりないが。

 

「ふぅ・・・」

 

 神崎は自然と満足げな溜息を吐くと、シチューと共に受け取ったパンを千切り口に入れた。モグモグと咀嚼して飲み込むと、チラリと島岡が目に入った。いつもの彼ならシェルパと同調して騒いでも可笑しくないのだが、今日は黙ったままゆっくりとシチューを食べている。神崎は首を傾げて声をかけた。

 

「シン、どうかしたのか?」

 

「疲れたんだよ・・・。延々と続くジャガイモの皮むき・・・。飛ぶより疲れた」

 

 釣りの時でも調理は神崎に任せて魚の確保にだけ専念する島岡だが、慣れない調理をしただけで、こんなにも消耗するものだろうか?頻繁に包丁を握る神崎にはいまいち分からなかった。

 

「このシチューのジャガイモは全部私達が準備したんですよ?」

 

 リタが控えめな声で言った。シチューの量から察するに相当量のジャガイモを手がけたことになる。神崎は島岡の疲れ具合に少し納得した。神崎はスプーンを動かしながら、リタとの会話を続けた。

 

「『私達』というのは、君とシンと・・・」

 

「シェルパとマルユト中尉です。野菜の皮むきとかの下準備は量が多いので部隊で当番制なんですよ。本当は士官のマルユト中尉はしなくてもいいんですけど・・・お好きなようで」

 

 どこか遠慮がちに話すのは食事の邪魔をして悪いと思っているのか、それとも神崎に馴れない為か。まだ会ってからそんなに時間も経ってないのでは仕方ないだろう。まだしっかりと会話を行える分良い方だった。

 

「島岡とシェルパがあまり上手じゃなかったですけど」

 

「まぁ・・・シンは食料調達専門だったからな」

 

「島岡さんもそう言ってました」

 

 リタはぎこちないながらも笑みを浮かべ、神崎も小さく笑った。他の面々もそれぞれ会話をしながら食事をしているようだった。

 穏やかな時間。この日、まだ日が昇り始める前に血みどろの殺し合いをしていたとは思えない。

 

「・・・?」

 

 神崎は視界が一瞬赤く染まった気がした。

 本当に一瞬で、目をしばたかせば普通の視界が戻った。だが、どうも違和感が拭えない。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや・・・」

 

「ねぇ!神崎少尉もリタも一緒に話そうよ!」

 

 違和感の原因を探る間も無く、神埼はシェルパの明るく強引な誘いで皆での会話に参加させれれてしまった。

 

 結局、神崎はこの違和感の正体を掴むことが出来なかった。

 




こんなにスオムスのことを書いていると実際にフィンランドに行きたくなりますね

お金が溜まったらいこう


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第四十三話

気付いたら遅くなってました
申し訳ありません

掃除や掃除あと掃除のお陰でこんなことに・・・
一ヶ月前から準備してたのになぁ・・・

感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどどんどんお願いします

では、どうぞ!



 その日、第6中隊の仕事はアウロラの格納庫での説明から始まった。

 

「ちゃんと目覚ましのコーヒーは飲んでいるだろうな?今から言うことを眠たかったですなどとのたまって聞き逃したら、ラドガ湖に沈めてやるからな。

 さて、今朝哨戒任務に就いていたゼロファイター、あぁ島岡特務少尉が、こっちに進行中のネウロイの一群を発見した。

 そう、つまり私達の仕事という訳だな。この前の戦闘被害が修復出来ていないから邀撃戦を行う。指揮は私が執る。攻撃を開始するのは噂の魔導師(ウィザード)の攻撃の後だ。随時航空支援もしてくれるらしいから、期待しておくか。以上、説明終了。あぁ、あと誰か私にコッスを持ってきてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドガ湖防衛陣地、第6中隊が所有する半塹壕化された格納庫は計15両の陸戦ストライカーユニットを収容することが可能だ。実際には、可動状態にある陸戦ユニットは3小隊+中隊長分の13両しかなく2両分のスペースは補修用のパーツの保管場所になっていた。それでも半分地下であることを考慮すれば、規模はなかなかのものである。

 そんな格納庫は、今、出撃前の緊張した空気が支配していた。

 

 

 

「ここから出て戦闘するのって久しぶりだよね~。ネウロイの数ってどのくらいなのかな?」

 

「少なくとも10体は居るみたい。中型も数体みたいだよ」

 

 例外はいる。

 周りは緊張している中、シェルパとリタはいつものような雰囲気の中会話をしつつ、出撃準備をしていた。シェルパは装備しているカールスラント製陸戦ストライカーユニット「2号戦車L型」を木箱に片膝を立てて座りながら調整しており、リタは彼女が扱う対戦車ライフル「20PsTKiv/39」を点検していた。

 

「出るのは私達の小隊だけ?」

 

「ううん。私達第1小隊と第2小隊だよ。第3小隊はここで待機だって」

 

「ふ~ん。あ!今回は航空支援があるって言ったよね?じゃあ、カンザキ少尉の戦闘が見られるよ!」

 

「多分、そうだと思うけど・・・」

 

「おい、シュルパ、リタ。そんなに会話しているのなら、勿論出撃準備は終わっているんだろうな?」

 

 会話を遮る突然の声に、シェルパとリタ身を固くした。恐る恐る2人が声の方向にに顔を向けると、そこにはシーナを後ろに控えさせたマルユトが。すでに準備は整っているようで、背負ったM2重機関銃を揺らして冷たい目で2人を見ていた。後ろのシーナもM /28-30(スピッツ)背負い、呆れた目をしていた。

 

「言っておくが、中隊長は既に準備は終わっているぞ。確かに時間はまだあるが、上官が準備を終わらせているのなら、もう少し急いだらどうだ?」

 

「「は、はい!!」」

 

 慌てて装備を整え始めた2人を尻目に、マルユト嘆息した。素なのか、いつもこんな調子で戦果をあげるのだから手に負えない。せめてもの救いは、彼女達に悪気はない所か。

 

「・・・シーナ、2人を手伝ってやれ。私は隊長の所に行って来る」

 

「了解です」

 

 眉を八の字にするいつもの表情に、呆れた雰囲気を滲ませながら、シーナは慌てて作業する2人の元へ歩いていった。それを見届けたマルユトはアウロラの元へと向かう。アウロラは格納庫の出口で佇んでいた。

 外を眺める彼女にマルユトは声をかける。

 

「隊長・・・」

 

「マルユト、あれを見ろ」

 

 いつからマルユトのことに気付いていたのか。アウロラは彼女の顔を見ることなく顎で前方を指し示す。マルユトは素直に彼女の言葉に従って前を見た。

 その直後、突然の風が吹き上がり白銀の光がマルユトの視界を奪った。思わず手を翳したマルユトがかろうじて視界に捉えたのは、空に舞い上がる1人の魔法使い(ウィザード)と1機の戦闘機。

 

 神崎玄太郎と島岡信介。

 

 彼女らが見たのは、位置的の滑走路より低高度にある滑走路から2人が離陸し上昇した瞬間だった。

 

「あいつらがネウロイを監視してくれる」

 

「そして私達が到着したら攻撃・・・ですね?」

 

 アウロラとマルユトは段々と小さくなっていく2つの機影を眺めながら確かめるように会話する。

 

「はじめての共闘だ。私達の力を見せつけてやらねばな」

 

「そうですね」

 

 獰猛な笑みを浮かべるアウロラとマルユト。

 そんな2人に着き従うシーナ、シェルパ、リタを含めた7人の陸戦魔女(ウィッチ)が集合した。皆がスオムス陸軍らしい統一しきれていないチグハグな装備。しかし、そんな彼女達の表情には百戦錬磨の自信が漲っていた。

 アウロラはそんな自分の部下達を満足そうに眺め、片腕とも言えるスコップを肩に担ぎ、一言叫んだ。

 

「第6中隊、出るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎と島岡は白と緑の入り混じった雪原を眼下に納めつつ、編隊を組んで飛行していた。

 

『あ~あ、さっさと腹にある奴落としてぇんだけど。重くてしかたねぇ・・・』

 

「地上部隊の攻撃に合わせての投下だ。我慢しろ」

 

 神崎は不満タラタラの島岡を諌めつつ、双眼鏡を覗き地上を監視していた。まだネウロイを視認できてはいないが、先程ネウロイを発見した地点と経過時間を考えれば、もうそろそろのはずである。

 

『お前ぇはいいよ。大して装備は変わってねぇんだから』

 

 いまだに島岡はグチグチと文句を言い続けるので、神崎は小さく溜息を吐くとチラリと背後を振り返った。

 神崎の装備はいつものMG34と予備弾薬、「炎羅(えんら)」だが、島岡が操縦する零式艦上戦闘機は雪景色に溶け込むような白と薄い灰色の斑に塗装され、60kg爆弾が2発装備されていた。

 軽快な戦闘機動を好む島岡は嫌がるが、陸戦ネウロイを相手取るには必要な装備である。

 

「飛行型が出ていないのなら、俺達は航空支援に集中するだけだ」

 

『へぇへぇ、分かってるよ』

 

 島岡も本気で文句を言っている訳ではないのだろう。ただ、移動中の暇を軽口を叩き合って潰したかっただけなのかもしれない。

 神崎は嘆息すると、再び双眼鏡で地上を見つめた。するとすぐにその相貌が鋭くなる。

 

「見つけた・・・。11時の方向。森に紛れてはいるが・・・、中型も数体いるな」

 

『こっちも確認した。で、俺らは待機だよな?』

 

「ああ」

 

 神崎はネウロイを視認すると飛行速度を落として地上部隊との通信を試みた。作戦ではネウロイを発見し次第、地上部隊と連絡を取ることになっている。

 神崎は耳のインカムに手を添えた。

 

「こちら神崎。地上部隊、ユーティライネン大尉、聞こえるか?」

 

『こちら、ユーティライネンだ。聞こえるぞ。状況報告を』

 

 雑音が若干混じってはいるが連絡を取ることには成功した。神崎は三度双眼鏡を覗くとネウロイの位置と進行速度、地上の状況などを事細かに伝えていく。

 

『・・・分かった。ネウロイどもは予想よりも随分と速いな。こちらが攻撃を開始するのは10分後になりそうだ。その1分前に航空支援を頼む』

 

「了解」

 

 アウロラとの通信を終えた神崎は続いて島岡に通信を繋げる。

 

「9分後に航空支援だ。その1分後に地上部隊が攻撃を開始する」

 

『了解!どうしかけるよ?』

 

 島岡は随分とやる気のようでインカム越しに聞こえる彼の声は随分と力強かった。航空支援とはいえ、久しぶりの本格的な空戦に張り切っているのだろう。神崎は少し考えてから口を開いた。

 

「俺が先行して敵からの対空砲火を引きつける。お前は、その隙を突け。絶対に被弾するな」

 

『はいよ。ああ、暴走とかすんなよ?俺は止めれねぇからな』

 

「・・・分かっている。お前も急降下爆撃で失敗しないようにな。ライーサから聞いた。1度墜落しかけたと」

 

『うぇ・・・。ライーサ、話したのかよ・・・』

 

 島岡の苦虫を噛み潰したような声に神崎は小さく笑った。戦闘直前ではあるが、このように無駄口を叩くのも悪くは無い。限度はあれど、緊張を緩和することは必要だ。

 

「・・・時間だ」

 

『おう』

 

 懐中時計で時間を確認した神崎は会話を止め、気持ちを戦闘用のそれに切り換える。MG34を初弾に送り込むと、アフリカで戦ってきた時からずっとしてきたように、1つ深呼吸をした。

 

「・・・いくぞ」

 

 神崎はクルリと背面飛行に移ると、一気に急降下へと入った。しかし、そのままネウロイの直上には向かわず、大分手前で水平飛行に転じた。地面を舐めるように飛び、左手に魔法力を集束させる。

 その時にはすでにネウロイは対空砲火をあげていたが、当の神崎はそれを回避しようとせずシールドを張って尚も前進した。濃密な砲火を強引に突き抜けると、集束して熱を帯びた魔法力を解放させる。

 

「行けッ!」

 

 放たれた20にのぼる炎は木々に紛れた数多の小型と中型のネウロイに襲い掛かった。

 

ドドドドドォン・・・!!!

 

 連なって爆発した炎は木々もろとも小型ネウロイを吹き飛ばすが、中型には多少ダメージを与えただけに止まった。数を優先した分、威力が低下したせいだ。

 

 だが、これでいい。

 

 再び撃ち上がってくる対空砲火を回避して神崎は短く叫んだ

 

「シンッ!!」

 

『任せろ!!』

 

 ドゴォォオオン、ドォオオオン!!!

 

 一際大きな爆発音と共に中型が消し飛んだ。

 モクモクと揚る黒煙を切り裂いて急上昇するのは、島岡の零戦。対空砲火が神崎に集中している隙を突き、60kg爆弾を中型に直撃させたのだ。神崎が中型の周りの木々を吹き飛ばして視認を容易にした状況下では、島岡には雑作もないことだった。

 

『よっしゃあ!』

 

 慌てたように撃ち上げられる対空砲火を、島岡は歓声をあげながらいとも簡単に回避していた。

 

「相変わらずだな・・・」

 

 島岡の操縦の腕に呆れ返るのはもはや何度目だろうか?

 神崎は苦笑の代わりに唇を小さく歪め、MG34を構えた。もうそろそろ地上部隊が攻撃を開始するはず。近接航空支援の準備が必要だ。

 

「・・・ッ」

 

 いつでも地上に攻撃ができるようにと、一気に高度を下げる。

 グンッと体にかかるGに耐えつつ地上を見る神崎の目には、混乱しているネウロイの群れに突撃する地上部隊の陸戦魔女(ウィッチ)達が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間だな」

 

 雪原に身を伏せていたアウロラがそう呟いたのと同時に、前方の森から連続した爆発音が響いた。先程も上がっていた紅いビームがより一層激しくなるのを確認すると、僅かに身を起こしてスッ・・・と右手を上げた。それを合図に現れたのは、アウロラを中心として左右1列4人ずつ計8人の人影。雪原用ギリースーツを纏い、武器にも白いテープで迷彩を施した陸戦魔女(ウィッチ)達。

 彼女達はネウロイに察知されないギリギリの距離まで接近していたのだ。

 

「マルユト、シーナ、リタは援護に回れ。他は突撃だ」

 

 アウロラは静かに命令を下すと8人の陸戦魔女(ウィッチ)達は一斉に、しかし密かに動き始める。ある者は腰の集束手榴弾に手を伸ばし、ある者はライフルに初弾を装填し、またある者はいつでも飛び出せる体勢で機関銃を構えた。

 全員が準備を終えたが、アウロラはまだ攻撃開始の命令を出さなかった。腕時計で時間を確認しつつ、前方を睨む。

 

(あと、8秒・・・)

 

 1秒1秒、攻撃が始まるその瞬間までネウロイの動きを把握し、効果的な一撃を加えることを考える。

 そして、中型のネウロイに零戦の爆撃が直撃した瞬間・・・。

 

「突撃!!!喰らい尽くせ!!!」

 

 アウロラは爆発音に負けない声で叫び、スコップ片手に先陣を切って突撃した。

 

 彼女の命令に即座に応じたにはシーナだった。

 既に伏せ撃ちの姿勢を取っていた彼女は、彼女の号令を聞くや否や、引き金を引き瞬く間に1体のネウロイを葬った。固有魔法「死神の目」を発動させた僅かに光を放つ瞳は、ネウロイの死を見通していた。

 

『リタは右側からね』

 

「う、うん。いくよ!」

 

 シーナからインカム越しに指示を受け、リタも対戦車ライフル「20PsTKiv/39」を構えた。シーナとは違いスコープを覗き込み、慎重に狙いを定め、ゆっくりと引き金を引いた。M /28-30(スピッツ)とは比べ物にならない発砲音、反動と共に20mm徹甲弾が放たれ、小型ネウロイの右側の脚を根こそぎ吹き飛ばした。

 シーナ程の精度はないが、それを火力で補っていた。

 

『もっと落ち着いて。大丈夫だから』

 

「うん」

 

 シーナとリタは相互に連絡を取り合い、着実にネウロイを仕留めていく。だが、ネウロイもただただ撃たれる訳ではない。射撃を潰そうと無理にでも接近を試みるが、その前に立ちはだかる壁があった。

 M2重機関銃を腰ため構えたマルユトである。

 

「私が引き受ける。お前達は撃ち続けろ」

 

 言い終わるや否や、マルユトはネウロイを引きつける為にゆっくりと前進した。向かってくるビームを全てシールドで防ぎ、無造作に引き金を引いた。

 ダッダッダッダ・・・・と12,7mm弾の雨がネウロイ達の装甲を穿ち、ひるませる。連射の反動で銃口が暴れるのを力で無理矢理制御し尚も撃ち続ける。

 その姿はまさに強固な壁であった。

 程なくして、放たれるビームが極端に少なくなった。

 マルユトが射撃を止め、白熱して湯気が上がる銃口をさげた時、丁度通信が入った。

 

『下ごしらえ、ご苦労。後は任せろ』

 

 援護した3人に送られたアウロラからの通信。ついに突撃した部隊がネウロイに喰らい付いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「援護よろしくぅ!」

 

 そんなかけ声を残して、シェルパは一直線にネウロイへと突撃していった。彼女が装備する陸戦ストライカーユニット「Ⅱ号戦車L型」は防御力よりも機動性を重視している機体。

 その性能に相応しい軽やかな動きで向かってくるビームを軽やかに回避して小型ネウロイに肉薄すると、鉤が付いた集束手榴弾を掴んだ。

 

「ホイッ・・・と!」

 

 ネウロイの腹の下をすり抜け様に、集束手榴弾を引っ掛ける。あっという間にネウロイとすれ違った直後、手榴弾が爆発した。ネウロイは真っ二つに割れ、粒子となって四散する。

 

「次いくよ、次!って・・・あれ?」

 

 シェルパは歓声をあげてもう1つの集束手榴弾を取ろうとするが、ふと周りを見れば周りに居たはずの小型ネウロイはいなかった。

 ポカン・・・と呆けていると、右手にスコップ、左手に銃口から煙を立ち昇らせるカノン砲を携えたアウロラが近づいてきた。

 

「シェルパ。殺るならもっと的確に早く、だ。もうここら辺のは倒したぞ?」

 

「えぇ!?もう!?早すぎだよ!?」

 

「次にいくぞ、次」

 

「ちょ・・・、待ってよ!隊長~!!」

 

 既に進み始めたアウロラの背中を慌てて追うシェルパだった。

 

 航空支援によって生み出された混乱の中へアウロラ達が突入した時点で、勝敗は決していた。

 既にほとんどのネウロイは撃破され、僅かに残ったネウロイは固まって頑強に抵抗を続けていた。死に物狂いの濃密な弾幕により、先に追撃していた陸戦魔女(ウィッチ)達はどうにも攻めあぐねていた。

 間の悪いことに、砲狙撃による援護も後衛組が移動途中の為に途絶えている。

 先程の名誉挽回とばかりにシェルパはいそいそと集束手榴弾を取り出してアウロラに尋ねた。

 

「隊長、どうします?突っ込みますか?」

 

「いつもならそうするが、今日は空にも味方がいる。それを活用しよう」

 

 えぇ~と落胆するシェルパを捨て置き、アウロラは耳のインカムに手を添えて空を仰ぎ見た。

 

「神崎、航空支援を頼む。目標は固まっているネウロイだ。確認できるか?」

 

『・・・確認した。すぐに開始する』

 

 アウロラの要請を神崎は二つ返事で了承した。アウロラは追撃中の部下に注意を促そうとするが、その前に再び神崎から通信が入った。

 

『航空支援を開始する・・・が、大尉、今回の作戦に増援の予定は?』

 

「ない。何があった?」

 

 神崎の緊張感をはらんだ声にアウロラは眉を顰めた。

 まさか、敵の増援を発見したのか?それとも・・・。

 

『こちらに急速に接近する機影を複数発見した。見たところ、友軍のようだが・・・何か変だ』

 

「なんだと?」

 

 アウロラは今回の作戦に関してどこにも増援の要請はしていない。

 しかし、もしどこかから増援が来るとすれば、位置関係上自ずと答えは絞られる。加えて、今のスオムス軍の現状を鑑みれば・・・。

 

『手こずっているようですね。お手伝いしましょう』

 

 瞬間、アウロラに悪寒が奔り抜けた。遮二無二インカムを通して、味方全員に叫ぶ。

 

「全員、伏せろ!!神崎!!そいつらは・・・ッ!?」

 

 爆音、爆炎、衝撃

 

 アウロラは叫ぶのを止めざるを得なかった。溜まらず自身も、近くに居たシェルパと共に地面に伏せる。

 

「くそ・・・!!!空軍、ヴィーブリの奴らか・・・!!」

 

 アウロラの苦々しい悪態は、黒煙の舞う空に虚しく消えていった。

 

 

 

 




新しい小説を投稿しましたので、気が向いたらどうぞ
ストライクウィッチーズの世界ではありますが、世界観が色々と違います
どうなるかは未定も未定です


頑張ってもう一話分投稿したいですが、これも未定です
あしからず

ではまた!


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第四十四話

まさかの更新速度、まるで投稿を始めた最初の頃のようだ・・・(驚愕)

ただ、休暇で暇だっただけですw

もうこの小説を投稿し始めて2年近くになるんですね。いつ完結するのやら・・・(なお、まだまだしない模様

そんな訳で四十四話

感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどよろしくお願いします

では、どうぞ



 

 

 

 神崎が友軍らしき存在に気付いたのは、残党のネウロイに向け攻撃を開始する直前だった。

 

「なんだ・・・?」

 

『どうするよ?爆撃、中止しとくか?』

 

 無意識の内にしていた周辺警戒で見つけた機影群。神崎は急降下に入る直前に気付いたのだが、島岡は急降下に入った後だった。

 

(タイミングが悪い・・・)

 

 神崎は心の中で舌打ちしつつ、言った。

 

「一時中止するが、いつでも再開できるように同高度待機。俺は上から援護する」

 

『ん。了解』

 

 通信を終えると神崎は島岡の直上に位置取りしつつ、接近する機影群を注視していた。

 既に視認できるまで距離は縮まっている。スオムス軍特有の空色の軍服を纏う8人の航空魔女(ウィッチ)

 4人が爆装しており、体と同程度の大きさを持つ爆弾を持っているのが確認できた。

 

『なあ。増援の予定なんてあったか?そんなの一言も聞いてねぇぞ?』

 

 島岡の不審がる声に、神崎は確認を取るべくアウロラへと通信を入れた。

 

「航空支援を開始する・・・が、大尉、今回の作戦に増援の予定は?」

 

『ない。何があった?』

 

 アウロラのいぶかしむ声を聞き、神崎も警戒を強くした。彼女が判断しやすいようにと、神崎は情報を伝えようとする。

 

「こちらに急速に接近する機影を複数発見した。見たところ、友軍のようだが・・・何か変だ」

 

『なんだと?・・・・ザザザザ・・・』

 

 が、通信の途中でノイズが発生し、別の通信が割り込んできた。

 

『手こずっているようですね。お手伝いしましょう』

 

「誰だ・・・?・・・ッ!?」

 

 いきなりの通信に疑問符を浮かべる神埼だが、それも一瞬で吹っ飛んだ。

 接近してきた航空魔女(ウィッチ)のうち2人が異常なほどに急接近してきたのだ。編隊を組み、高速で接近してくる様はもはや戦闘しかけてくるのとなんら変わりはない。

 

「シン!回避しろ!!・・・クッ!?」

 

『はあ!?クソッ』

 

 魔女(ウィッチ)の異常接近によりトラウマを刺激され湧き上がった恐怖と危機感、そして直感に従い、神崎と島岡は一気に急降下へと転じた。

 いくら戦闘行為に近いとはいえ攻撃を受けていない以上、おいそれとこちらは攻撃できない。この状況を脱する為にも、まず逃げの一手。

 そう考えての神崎の行動だったが、急降下した時に目撃した光景に思考が止まりかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆装した4人の航空魔女(ウィッチ)がアウロラ達地上部隊に向けて爆弾を投下したのだ。

 

 

 

 

 

 

「な・・・!?」

 

『味方に爆撃しやがった!?』

 

 島岡の驚きの声がインカムから響き、その声のお陰か神崎は思考をすぐに取り戻した。急降下から体勢を立て直し爆撃された地点へと向かう。地上部隊の安否を確認するためだ。

 が、その行動を阻害するかのように、先程異常接近してきた2人の航空魔女(ウィッチ)が再び接近してきたのだ。しかも銃口こそ向けてはいないが、引き金に指を置いていつでも射撃できるようにしている。

 もはや神崎も対抗せざるを得なくなった。

 

「一体何のつもりだ・・・!?」

 

『ふざけんじゃねぇぞ!?』

 

 魔女(ウィッチ)への恐怖を、相手への怒りで抑え叫びつつ、立ちはだかる航空魔女(ウィッチ)を回避して少しでも爆撃地点へ近づこうとする神崎。島岡もそれに倣った。

 しかし、ここで突如通信が入った。

 

『何のつもりだといわれましても・・・。私達は地上部隊を援護しただけですが?』

 

 2人の怒りを逆撫でするかのような、いやに穏やかな声が通信から届く。それと同時に1人の航空魔女(ウィッチ)が2人の前に躍り出た。金髪をボブカットで切り揃え、平均的な体格、手にはスオミKP/-31を構えている。

 

「コリン・カリラ。スオムス空軍大尉。ヴィープリから援軍に参りました」

 

 空中で優雅にお辞儀をするコリン・カリラ。

 階級のこともあり、神崎は寸での所で理性を保つことが出来た。上官である彼女の挨拶に答えるべく、急停止して滞空する。島岡は神崎を中心にして大きく旋回し始めた。

 

「扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊、神崎玄太郎少尉」

 

 眼つきが少々厳しくなったのは仕方のないことだろう。神崎の憮然な返答にカリラは大して気分を害した様子もなく、何が可笑しいのかクスリと笑った。

 

「何を怒っているのです?」

 

「何を・・・だと?」

 

 彼女の言葉に、神崎は自分の耳を疑った。味方を爆撃しておいて何を・・・と折角保った理性が崩れそうになるが、苦労して抑え言葉を紡ぐ。

 

「何故あのようなことを?」

 

「重ねて言いますが、私達は地上部隊を援護する為に爆撃しただけですよ」

 

『味方に爆撃してんじゃねぇかよ!!』

 

 インカムを通して島岡の怒気を孕んだ声が伝わるが、そのお陰か神崎はなんとか理性を保つことができた。

 

 彼女はヴィープリから来たと言った。

 鷹守の情報によればヴィープリは共生派ということだ。

 つまり今回の爆撃は故意的なものの可能性が高い。

 

 呼吸を意図的にゆっくりにして気持ちを落ち着かせ、カリラを見る。

 

「自分にはネウロイにではなくユーティライネン大尉率いる陸戦魔女(ウィッチ)に爆撃したように見えましたが?」

 

「重ねて言いますが、私達は援護しただけです」

 

 事も無げに言ってのけたカリラに神崎はすぐには返事をしなかった。

 代わりに、MG34を持つ手に力を込める。

 

「・・・地上部隊の安否を確認したのですが、電波状態が悪く通信ができません。直接確認するので通して頂きたい」

 

「それは結構ですが・・・あなた方にそんな余裕がありますか?」

 

『ゲン!他の魔女(ウィッチ)が俺らを包囲しようとしてるぞ!くそッ!背後に回りやがった!』

 

「私達が何者なのか・・・分かるでしょう?」

 

 共生派というのは明らか。

 

 神崎はもはや殺気を隠さなかった。

 だが、カリラは自身の優位を自覚しているのか余裕そうな笑顔を崩さない。

 

「だから・・・地上部隊に爆撃を?」

 

「地上部隊の別働隊も制圧済みです。あなた達は非常に目障りなので。そう、非常に・・・ね」

 

 カリラが笑みをそのままに目を細める。スゥと細くなった瞳には冷たい光が燈り、氷のように冷たい殺気が神崎の胸に突き刺さった。周りをカリラの部下が包囲しても、殺気に貫かれた神崎は容易に動けなかった。

 

『ゲン!逃げろ!!』

 

「太陽はここで堕ちてもらいましょう」

 

 島岡の叫び、カリラが微笑んでKP/-31の銃口を神崎に向ける。更に湧き上がる魔女(ウィッチ)への嫌悪感と恐怖感を押し殺し、神崎はジッとカリラの銃口を見据えた。カリラがゆっくりと引き金を引き、そして・・・。

 

 

 

 

『この程度で私達を殺すことができると思われるなんて。舐められたものです。ムカついた』

 

 

 

 

 パァン・・・!!

 

 1発の銃声が響き、空に滞空する人影が1つ大きく揺らいだ。

 

「クッ・・・!?」

 

 地上からの襲い掛かった銃弾にKP/-31を弾き飛ばされたカリラが。

 指揮官が銃撃を受けたことにより周りを包囲していた航空魔女(ウィッチ)達が動揺したのを神崎は見逃さなかった。

 

「シッ・・・!」

 

 一瞬の内に集めた魔法力での炎を、その場で旋回しながら全方位に撒き散らす。威力は無いに等しいが、牽制には十分過ぎた。炎に晒されて包囲が乱れた隙を突き、急降下した神崎が見たのは・・・。

 

『間に合いましたね。よかったです』

 

 膝立ちでM /28-30(スピッツ)を構えたシーナと、

 

『え、シーナ、この距離から当てたの?銃だけを?』

 

『いつものことだろう?接近したら私は弾幕張る』

 

 対戦車ライフルの20PsTKiv/39を持って困惑するリタとM2重機関銃を腰だめに構えるマルユト。そして・・・、

 

『隊長ぉ・・・すっごく焦げてますよ?』

 

『焦げていない。煤がついているだけだ。そんなことより酒が欲しいんだが、持ってないか?』

 

『持ってるわけないじゃないですかぁ』

 

 体中を煤で真っ黒にしたアウロラ、シェルパそして彼女達に付き従っていた4人の陸戦魔女(ウィッチ)

 

「まさか・・・。爆弾は直撃したはずなのに!?」

 

『爆弾程度でくたばるとでも?まぁ・・・そんなことはどうでもいいな』

 

 驚愕の表情を浮かべるカリラにアウロラは獰猛で、そして憤怒の笑みを持って答えた。カリラに向いているはずなのに、ある程度離れた位置に居る神崎にも彼女の怒りがヒシヒシと感じられた。

 アウロラはスコップの切先をカリラに向け、言い放った。

 

『さぁ・・・落とし前をつけてもらおうか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4発の爆弾が投下されたと気付いた時には体が既に動いていた。

 自身の魔法力を最大限に発揮し、空中で様々な力の影響を受ける落下中の爆弾の未来位置を「視る」。

 後は引き金を引くだけだった。

 

 発砲

 装填

 発砲

 装填

 発砲

 装填

 発砲

 装填

 

 4連射によって放たれた弾丸は、寸分違わず爆弾を貫き、陸戦魔女(ウィッチ)達に直撃する直前で爆発した。少々爆発の衝撃や爆風を受けるだろうが、そこはしょうがないだろう。

 

 休む間も無く、今度は自分自身が狙われる。

 接近してくる機影を確認した時には既に爆弾が投下されており、3発の爆弾が自身に向かってきていた。

 銃に残っている弾丸は1発。ここで再装填(リロード)してしまえば迎撃する間もなく爆弾は直撃してしまうだろう。なら、この1発の弾丸で3つの爆弾を迎撃しなければならない。

 

「ん、大丈夫」

 

「視る」ことさえできれば・・・ね

 

 パァン・・・・!

 

 最後の1発は「視えた」弾道を通り、1つの爆弾を貫通した。そして・・・

 

ドォン、ドォォン、ドォォォン!!!

 

 破壊した爆弾の爆発で残り2つを巻き込み、一気に3つの爆弾を破壊した。

 そこまでして、ようやくシーナは緊張の糸を少しだけ緩ませ、フゥ・・・と一息吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『と、いう訳です。伊達に第一次ネウロイ侵攻を生き抜いたわけではないですよ』

 

「流石・・・と言えばいいのか?」

 

 いまだカリラたち共生派と睨み合っている状況下であるにも関わらず、シーナの離れ業に素で呆れてしまった神崎。マルセイユ然りどうも自分の周りには人外じみた技を持つ者が多いようだと軽く眩暈を覚えた。

 

『さて、カリラ大尉。攻撃してきてもいいんだぞ?』

 

『随分と余裕ですね、ユーティライネン大尉。地面に這い蹲ったあなた方が私達に敵うとでも?』

 

『羽虫ごときが吠えてもな。もはや哀れみしか感じられん』

 

 お互いに睨み合い、挑発し合う、アウロラとカリラ。両者の言葉に呼応して部下もいつでも動ける体勢を取っている。

 

 

 

「ネウロイ共生派」と「(シュランゲ)

 

 既に、水面下ではあるとはいえ、神崎達は襲撃を受けている。しかも、アウロラ達はつい今先程爆撃を受けた。アウロラ達が反撃する理由としては十分だ。

 だが、容易に戦闘を仕掛けられない理由もあった。

 まず第一にスオムス軍内での立場。

 陸軍は空軍よりも立場が弱い。カリラ達が共生派であるということを隠されてしまえば、いまだ正式に発足していない「(シュランゲ)」はカリラ達への攻撃に関する正当性を失ってしまい、アウロラ達は友軍に対して攻撃した反逆者となってしまう。

 第二に、戦力差。

 アウロラはここで戦闘し勝てるかどうかは五分五分だと考えていた。今ここに引き連れている陸戦魔女(ウィッチ)達は殆どが第一次ネウロイ侵攻を生き抜いた猛者だ。対空戦闘など散々経験してきており、遅れを取ることはないだろう。

 ただし、それは十分な対空兵器を装備していた場合の話だ。

 今回の主兵装は全員がライフルやカノン砲といった陸戦ネウロイを対象にしたものだ。対空防御用に弾幕を張ることなどは困難、飛行中の敵に直撃させようものなら全員がシーナ並みの射撃センスや魔眼を持つしかない。

 それほど、飛行する相手と戦うのは困難なことなのだ。しかも損害が出るのが前提としての話だ。

 その分、神崎と島岡の存在は有り難かった。2人のお陰でカリラ達は対地対空の二正面作戦を展開せざるを得ず、相手取る戦力は分散される。片方は戦闘機だが、2人ともエースと言って差し支えない腕前の持ち主だ。スオムス空軍の航空魔女(ウィッチ)は総じてレベルが高いと言われてるが、2人なら十分に持ちこたえてくれるだろう。

 

 これらのことを鑑みて、勝敗は五分五分。

 だが、五分五分で戦闘をしかけ、損害を出した上で勝利したとしても後の流れでは反逆者扱い。ましてや負けてしまったとなれば即反逆者。軍法会議で銃殺刑が妥当だろう。

 

 はたしてここで戦闘を仕掛けるべきか・・・?

 

 地と空で睨み合いの中、アウロラが出した結論は・・・。

 

『よし、逃げるぞ』

 

 アウロラは味方にだけ伝わる周波数で簡潔に言った。

 

『えぇ!?逃げるんですかぁ!?』

 

『ああ。逃げる。ここで戦っても無駄でしかない。全員スモークはあるか?シーナ、何人か無力化頼む。マルユトと他に短機関銃を持っているものは弾幕を張れ。神崎達は足止めしつつ撤退。私の合図で行動開始だ』

 

 アウロラはシェルパの情けない声を切って捨てると、カリラから視線を逸らさずにテキパキと指示を出していく。

 カリラ達に気取られることがないように各々がゆっくりと自身の武器に手を伸ばす。アウロラの命令が下れば一気に動き出せる体勢が整った時、事態は急変した。

 

『馬鹿らしいですね。撤退しましょう』

 

 カリラは不愉快そうに鼻を鳴らすと、スッと右手を上げた。それに合わせてカリラの部下達は一斉に緊張を解き、上昇し始めた。

 

『どうした?逃げるのか?』

 

『ええ。今、あなた方の相手をしても意味がありませんので。当初の目的は達成しましたし』

 

 続いてカリラは神崎を見た。傍から見れば笑いかけたように見える。しかし、神崎には強烈な殺気がぶつけられていた。

 

『またお会いしましょう、太陽さん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よかった・・・のですか?』

 

「ええ。問題ありません」

 

 帰還途中、部下からの通信にカリラは落ち着いて答えた。この判断に納得できていない者もいるだろうが、カリラ自身この判断が間違っているとは思っていない。

 あそこで戦った場合、勝算は十分にあった。だが、損害も大きくなっただろう。

 そうとなれば、それは今後の行動に多大な影響を与えてしまう。すでに先の奇襲で少なくない損害を出した影響が出始めているのだ。戦力は限りがあり、そして貴重なのだ。

 

『・・・分かりました』

 

「では帰還します。まだまだ準備するべき事柄が沢山あるので」

 

『・・・はい』

 

 部下との通信を終えたカリラは人知れず、ふぅと溜息を吐いた。歴戦の猛者達、特にアウロラとの睨み合いは神経を大きく削らされた。今後、あのような相手と戦わなければならないと考えると、大きく気が滅入った。

 もっとも、遅れを取るつもりは毛頭ないが。

 

 だが、彼女達以上に相手にしなければならない者達がいる。

 

 アフリカの太陽、神崎玄太郎

 

 ゼロファイター、島岡信介

 

 アフリカでの同志達の活動が阻害され、壊滅に追い込まれたのは彼らの存在が大きい。アフリカで散った同志達の仇を取る為にも、自分達の目的を達成する為にも確実に抹殺しなければならない。そう絶対に。

 冷たい殺意を胸にカリラは静かに、しかにし確固たる決意を胸にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドガ湖の防衛陣地に帰還した神崎と島岡は、外套を引っかけてすぐに鷹守の所へ詰め掛けた。鷹守は休憩中だったらしく格納庫の隅っこのベンチでコーヒーを飲んでいた。

 

「え?何?何?どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもねぇよ!」

 

「ヴィープリの共生派が作戦を妨害してきた。地上部隊へ爆撃までして」

 

 いきなり詰めかけられコーヒーを零しそうになる鷹守だが、2人の言葉を聞き首を捻った。

 

「あれ?この段階で仕掛けてきたの?共生派も焦っているのかな?」

 

「どういうことだよ?」

 

 島岡が尋ねると鷹守は飲んでいたコーヒーをベンチに置き、腕を組んだ。

 

「調査で分かってきたんだけど、あいつらも割りと状況が芳しくないらしくてね」

 

「・・・と、言うと?」

 

「まず、この前僕達の所に奇襲に来たでしょ?あれってスオムス軍内の共生派の中でも独断専行だったらしくてね。しかも返り討ちにしちゃったからね。干されているみたいだよ」

 

 まぁ僕達にとっては嬉しい限りだけどね~、と鷹守はアッハッハと笑いコーヒーを飲み干した。島岡はへぇ~と今一理解していないようだったが、神崎は難しい表情を浮かべた。

 

「今回の妨害は・・・ヴィープリの連中が共生派内での立場を回復させようと?」

 

「う~ん、多分ね。ま、スオムス陸軍がこっち側についてくれて、スオムス空軍内も揺らいでくれたらありがたいんだけど。そうすれば、もっとこっちはやりやすくなるし」

 

 そこで鷹守は自分の腕時計を見て、立ち上がった。

 

「さて、君たちの機体を整備しなきゃね。君達は休んでいていいよ。あ、神崎君は休む前にユーティライネン大尉とデブリーフィングよろしくね」

 

「了解」

 

 鷹守が整備のために離れていくと神崎は大きく伸びをして首を回し、格納庫の出口へと足を向けた。航空機の為先に帰還していたが、もうそろそろ地上部隊も帰還してくる頃だろう。

 

「ユーティライネン大尉の所に行くのか?」

 

「ああ」

 

「んじゃ、俺は零戦の整備を見とく。初めての氷点下だったし、エンジンの調子がどうも変だ」

 

「分かった」

 

 島岡と別れ、神崎は格納庫の外へと出た。ストライカーユニットを装着していれば魔法力のお陰で寒さは全く問題なかったが、今は突き刺すような冷気が随分と堪えた。ブルッと身を震わせると、気持ち足を速めてアウロラの所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 神崎はラドガ湖の指揮所へ到着したが、そこにはアウロラは居なかった。指揮所の入り口に立つ歩哨に尋ねるとまだ帰ってきていないということ。

 そこで、神崎はまだ彼女達の安否をしっかりと確認していなかったことを思い出し、第6中隊の格納庫に直接出向くことに決めた。

 

 指揮所から格納庫までは大して時間はかからない。雪が散らつき始めた風の中を小走りに進めば、すぐに半塹壕化された格納庫が見えてきた。開け放たれたゲートを潜ると整備兵達は居たが、陸戦ユニットを収めるケージの殆どは空だった。

 神崎は近くに居た整備兵を捕まえて話しかけた。

 

「ユーティライネン大尉達はまだか?」

 

「あ、はい。まだ到着してないですね。一応、もうそろそろ帰還するという連絡は受けているのですが・・・」

 

「・・・分かった。仕事の邪魔をしてすまなかった」

 

 整備兵が自分の仕事に戻ると神崎はただの待ちぼうけになってしまった。格納庫内を散策してもいいが、友軍とはいえ殆ど部外者みたいな者がウロチョロしても邪魔になるだけだろう。

 どうしたものか・・・と神崎が思考を巡らせていると、

 

「お?神崎か?」

 

「少尉?何か用事が?」

 

「カンザキ少尉、お疲れぇ!!いやぁ、今回の戦闘は凄かったねぇ!色んな意味で!!」

 

「ご、ご無事で何よりです・・・」

 

「あの状況下で大した怪我を負わないとは流石だな」

 

 ザワザワガチャガチャキャイキャイと騒がしさがやって来た。神崎が後ろを振り向くと、そこには神崎達と共に今の今まで戦っていたアウロラ以下9人の陸戦魔女(ウィッチ)達が。

 皆、体中泥だらけで顔も煤だらけ。

 疲労感が漂っていたが、どこか清々しさがあった。

 

 

「少尉?何かあったんですか?」

 

 神崎が彼女達を見たままで黙っていると、シーナが近づいてきた。彼女も泥だらけで煤だらけだったが、他の者達とは違うことが1つ。

 顔に付いている煤の量が尋常じゃないのだ。顔中真っ黒で目と口からチラリ見える歯が異様に白かった。

 それもそのはず、シーナは自分の直上に落下してくる爆弾をM/28-30(スピッツ)で撃ち抜いたのだ。爆弾を直視していた為、爆煙がもろに顔にかかってしまったのだろう。そのことに気付かずに、顔を近づけてくるシーナに神崎はフッと笑ってしまった。

 

「な、なんですか?私に何か変なところが?」

 

「そうだな。まぁ、間違いではないが・・・」

 

「え・・・!?何が変なんですか!?」

 

 目に見えて慌て始めたシーナに神崎はそれとなくハンカチを渡すとアウロラの方を向いた。

 

「大尉、今回の作戦のデブリーフィングをお願いします」

 

「あぁ、面倒臭いがしょうがないか。分かった。30分後に指揮所だ」

 

「お願いします」

 

「酒も用意しておいてくれよ?」

 

「・・・何か言いましたか?」

 

「酒のじゅ・・・」

 

「では、30分後に」

 

 アウロラの言葉を切って捨て、神崎は敬礼をして格納庫の出口へと足を向けた。その間にもシェルパやリタ、マルユトと会話を交わす。

 

「なんかカンザキ少尉も隊長の扱いに慣れてきたみたいだね!」

 

「・・・そうか?」

 

「そうそう!ね、リタ?」

 

「そうだね。私は・・・あんな感じでは出来ないけど・・・」

 

「隊長を御してくれる人が増えるのはいいことだ。そこの所も期待しているぞ、少尉」

 

「・・・頑張ります、中尉」

 

 会話を終え、神崎が格納庫から出ると若干落ち込んでいるアウロラを先頭に陸戦ストライカーユニットを収めるべく各々のケージへと向かっていく。

 

「どこが変なのって教えてくれないんですか・・・!?少尉・・・!?」

 

 シーナだけが渡されたハンカチの意味に気付かず、いつもの眉を八の字にした表情で立ち尽くしていた。

 




コミケ行きたかった。

ウィッチーズ関係のグッズも色々あったみたいで・・・冬こそは必ず!

あと、502のアニメ情報早く!


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第四十五話

気付いたら2ヶ月ぶりの更新となってました
色々と忙しく、小説書く気力体力が残ってなかったり、オリョクってたり、ヴェノムでスニークしてたりしてたせいです。しょうがないね

と、言うわけで第四十五話です
感想、アドバイス、ミスの指摘などなどよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 黒い巨大な影が静まり返った海面を進んでいく。

 扶桑皇国海軍が誇る、試作潜水艦「伊399」は欧州へ続く航路を着々と進んでいた。

 現在、この潜水艦が進んでいる航路は船舶が通常使用するものとは異なっている。部隊と任務の機密上、例え同じ軍であっても、この潜水艦の存在を知られる訳にはいかないからだ。その為、通常の航海ではあり得ない頻度で潜行する必要があり、その分の航海の遅れをネウロイの勢力範囲にあたる海域を航路に選ぶことで補っていた。

 

 海中にネウロイが現れるのはまずありえないので、艦内に緊張した雰囲気はさほど無かった。司令官である才谷は自身にあてがわれている部屋の小さな机で報告書を読んでいた。

 その報告書は才谷が潜水艦に乗り込む直前に届けられたもので、各国が集めた共生派に関する情報をまとめたもの。未だ正式に発足できていない「(シュランゲ)」の地固めの意味合いも強い。

 非常に狭い、しかし潜水艦にとっては非常に貴重なプライベートの空間にコツ・・・コツ・・・という小さな硬い音がリズムカルに響いている。才谷が報告書を読んでいる間、無意識の内に床を踏んでリズムを取っていたのだ。

 それは何かの音楽の符丁で・・・そして唐突に途切れた。

 リズムが途切れるのとほぼ同時にコンコンッとドアがノックさる。才谷は報告書を机の上に裏返して置くと眼帯をしていない左目をゆくっりとドアへ向けた。

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

 ドアを開き現れたのは水兵のセーラー服を纏った女性兵士。ピンッと背筋を伸ばして敬礼する姿は、彼女がよく訓練されていることを感じさせた。

 

「艦長がお呼びです」

 

「分かった」

 

 伝令の役目を終えた女性兵士が下がると、才谷は机の上に置いていた報告書を鍵付きの引き出しにしまい、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「ご足労感謝します、司令官」

 

「いいえ、艦長。状況は?」

 

 艦橋に到着した才谷は艦長の日上の敬礼に応えつつ、あてがわれている席に着いた。日上は彼女の傍らに立ち、口を開く。

 

「先程、モールス信号により通信がありました。通信元はスオムスです」

 

「鷹守から・・・」

 

 スオムスに先行した部下達と、彼らと共に居るであろう懐かしい顔を思い出し、才谷は差し出された電文を綴った紙片を受け取った。書かれた文は数行の短いものだったが、内容は才谷の眉を顰めるのに十分すぎるものだった。

 

『テキノウゴキハヤシ

ゾウエンノヨウアリ』

 

 才谷の決断は早かった。

 

「艦長、航路のルートを変更する。可及的速やかに、目的地へ向かう必要ができた」

 

「そうなれば海上での運航を増やす必要があります。勿論、ネウロイに発見される可能性も」

 

「多少の危険は構わない」

 

「了解しました」

 

 日上が航海士を引き連れていくのを見送り、才谷は再度電文を見た。

 スオムスの現状報告は受けていない。いや、受けられない。この潜水艦の存在を秘匿すべく、通信は必要最低限となっているからだ。

 そのことは鷹守自身重々承知しているはず。それでも、この通信が送られてきたということは状況が切迫してきているのかもしれない。

 不安はある。だが、それは信頼が揺らぐ物ではない。彼らは自分達の任務を完遂するだろう。それがどんな形であれ・・・だ。

 

「司令官。航路の選定が終わりました。これより浮上します」

 

 いつの間にか戻ってきていた日上の言葉で才谷は思考を元に戻した。時間的に今は深夜。危険は少ないだろう。

 

(間に合えばいいけど・・・)

 

 にわかに騒がしくなった「伊399」の艦橋で才谷は憂鬱げに思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔導エンジンの音が響き渡り、鋼鉄の翼が風を切り裂く。

 幾筋もの軌跡が絡み合い、炎が空を焦がす。

 大地に身を沈めていた雪が爆発で舞い上がった。そして・・・

 

「いくぞ!!ここで奴らを殲滅する!!」

 

 アウロラの鬨の声と共に雪煙を突き破って、多数の陸戦魔女(ウィッチ)が躍り出た。

 その数10両。

 雪原に溶け込むような純白の雪原用ギリースーツに身を包み、2列縦隊となって針葉樹が散在し起伏が激しい雪原を高速で駆け抜けていく。彼女達が向かうその先には・・・。

 

 地面を埋め尽くさんばかりの多数の陸戦ネウロイが進軍していた。数はこちらの5倍以上にもなる。中型以上がいなのがせめてもの救いだが・・・これを彼女達は殲滅しなければならない。ここを抜けれてしまえばスオムスは一気に侵略されることになる。

 だが、状況は厳しかった。頼りとなる航空支援が使えないからだ。

 

『こちら神崎・・・!敵の数が多すぎる!抑えるだけで限界だ。すまないが、援護に回れない・・・!』

 

『チッ・・・!また来やがった!背後に回ってんぞ!!』

 

『援護する!!・・・すまない!』

 

 上空では激しい航空戦が繰り広げられていた。いつもならば申し訳程度のヒエラクス数体のみのはずが、今回の侵攻で数が大幅に増えていた。

 本来ならばアウロラ達の近接航空支援を担うはずだった神崎と島岡は、自分達の何倍もの数を相手にしなければならず、戦闘開始早々に増槽と爆弾を放棄して戦闘に望まざるを得なかった。

 

 アウロラはチラリと背後を振り返り、自分に追随する部下達を見た。圧倒的な戦力差があるにも関わらず、彼女達の表情は明るかった。余裕を滲ませ、笑みまで浮かべている。そんな部下達の頼もしさに応え、アウロラもニヤリと笑い指示を出した。

 

「1小隊は私に、2小隊はマルユトに続け!左右に展開して『モッティ』をしかけるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

「散開!」

 

 アウロラの合図で2列だった縦隊は1列ずつ分かれた。1小隊はアウロラを先頭に1度ネウロイ等から離れるが、マルユトが率いる2小隊はネウロイ等のある程度の距離を保ちつつ緩やかなカーブを描いて展開していった。

 

 

 

 

 

 スオムス陸軍の戦力は少なく、ネウロイの侵攻に常に劣勢を強いられてきた。

 堅固な装甲と高威力のビーム、そして膨大な数。

 そのような圧倒的な相手でもスオムス陸軍は殲滅しなければスオムスを守ることができず、寡兵で殲滅戦を仕掛ける必要があった。それを果たすためにスオムス軍が編み出したのが、ゲリラ戦術『モッティ』である。劣勢のスオムス陸軍でも幾つかではネウロイに優位に立てる点があった。

 

機動力と隠密性。

 

 ネウロイは雪原に足を取られ動きは遅く、更に水を嫌う性質故に湖を迂回するなど侵攻速度が非常に遅かった。それに対しスオムス陸軍は、スキーや雪中用に改造された陸戦ストライカーユニットで迅速に行動が可能。雪中の隠蔽についても、はるか昔からこの環境下で生活してきたスオムス人にとってはお手の物。

 これらの優位を活かし、スオムス陸軍は奇襲や待ち伏せでネウロイを翻弄。そしてヒットアンドアウェイを繰り返し敵戦力を削り、機を見て火力を集中させ一気に殲滅させる。

 これがゲリラ戦術『モッティ』である。

 

 

 

 

 

 

 

 2小隊の指揮を執っていたマルユトは、こちらに攻撃してくる敵ネウロイ群の状況を把握すると即座に決断した。通常ならば、指揮官が進行ルートを選定していくが、今この小隊には自分よりも優れた先導者がいる。

 

「シーナ!先導しろ!」

 

「了解です」

 

 マルユトが命令するのとほぼ同時に彼女を追い越していった小柄な陸戦魔女(ウィッチ)

 そう、シーナである。

 いつもはM/28-30(スピッツ)を装備しているが今回は短機関銃のKP/-31を装備していた。狙撃主としての印象が強いシーナではあるが、実は短機関銃の名手でもあった。

 事実、第一次ネウロイ侵攻の際に彼女が記録したネウロイ撃破数の内半数以上が短機関銃によるものである。

 シーナは隊列の先頭に立つと短く言った。

 

「付いて来て下さい」

 

 言い終わるや否や、シーナは一気に加速した。続く陸戦魔女(ウィッチ)達も、慣れたもので殆ど遅れることなく彼女に続く。

 散在する木々や地面の隆起を巧みに利用して相手に射線を取らせないように接近していく。ちょうどネウロイ等の3時方向に達した時、シーナは動いた。

 

「行きますよ」

 

「攻撃用意!」

 

 シーナの合図にマルユトが的確に指示を出していく。手に持つ銃に初弾が装填されていき、2小隊の殺気が膨れ上がった。

 シーナは目線を鋭くすると、雪を蹴りたてて切り返し一気にネウロイの群れに肉薄していった。勿論、2小隊もそれに追随する。いきなり射線に現れた陸戦魔女(ウィッチ)にネウロイは砲門を向けるがもはや手遅れだった。

 

「撃ちます・・・!」

 

「シーナの射撃に合わせろ!!撃てぇ!!」

 

 魔眼を発動したシーナの射撃を皮切りに、2小隊が持つ火砲が一斉に火を噴いた。高速で移動しながらの射撃にも関わらず、シーナの放った弾丸は寸分違わずネウロイの弱点、関節や砲門、コア部分を撃ち抜いていく。他の陸戦魔女(ウィッチ)もシーナには及ばないにしろ数多くの命中弾を叩き出していた。

 

 ネウロイも撃たれるだけではない。反撃のビームを撃ち返してくるが2小隊は細かい機動を繰り返しビームを回避していった。

 2小隊は最大火力を発揮しながら移動していき、群れの先頭にまで達した。

 

「シーナ、今だ!」

 

「了解、離脱します」

 

 射撃を開始してすぐに、今度はマルユトの合図でシーナと2小隊が動いた。射撃を止めると腰に括りつけてあった手榴弾を投げ、そのまま反転、全速力で離脱を図ったのだ。

 背中を見せてまでの逃走にネウロイが黙っている訳がない。追い討ちのビームを放つべく無防備な背中に砲門を向けるが、突如黒煙によって視界を遮られた。先程の手榴弾はスモークグレネードだったのだ。

 

 

 

 黒煙が晴れる頃には2小隊はまんまと逃走を完了し、辺りはシンとした静寂に包まれた。

 だが、ネウロイの群れの最後尾で起こった爆発で静寂はすぐに破られた。

 予想外の方向からの爆発にネウロイが蠢くなか、追い討ちの爆発が続く。そして爆発音に負けないぐらい大きなエンジン音が響き渡り、多数の影が爆炎を突き破って現れた。

 アウロラ率いる1小隊である。彼女達は2小隊の攻撃を囮にして群れの背後に回りこんでいたのだ。

 爆炎に紛れ急接近した1小隊が持つのはスコップや集束手榴弾、吸着地雷、火炎瓶といった近接兵器。

 

「そのまま食い破れ!!」

 

「「「了解!」」」

 

 アウロラは叫んだ直後に鋭くスコップを振りぬき、2,3体のネウロイをまとめて盛大に吹き飛ばした。この鮮烈な初撃に1小隊の士気が一気に上がった。

 

「隊長には負けないよぉお!!!」

 

 アウロラに負けじとシェルパは火炎瓶と集束手榴弾を両手に持って突撃した。低い姿勢でネウロイの下に滑り込むと装甲の弱い腹部分に火炎瓶を叩きつけ、一瞬で腹から出ると止めとばかりに集束手榴弾を叩き込んだ。

 他の陸戦魔女(ウィッチ)も手に持った近接兵器で次々とネウロイを仕留めていき、1小隊は群れの左後方部分を抉るように突破。そのまま全速力で離脱していった。

 

 まだ攻撃は終わらない。

 

「次はこっちの番です」

 

 乱れたネウロイの群れに再びシーナを先頭に2小隊の銃撃が襲い掛かる。一瞬の内に火力を叩きつけ離脱。

 

「まだまだ終わらんぞ!」

 

 反撃の暇を与えずに1小隊が再び吶喊。群れの中を食い破って再び離脱。そして再び、2小隊が・・・。

 

 魚の群れに襲い掛かるサメの如く。

 

 絶え間のないヒットアンドアウェイの攻撃に晒され、ネウロイの数は当初の半分までへていた。それでもまだ終わらない。ヒットアンドアウェイを多用すれば体力を大きく消耗していくが、それでも止めない。ここを抜かれれば終わりだということは分かっているからだ。

 

 

 

 

 数十回にものぼるヒットアンドアウェイによりネウロイは当初の3割にまで減っていた。だが、その分陸戦魔女(ウィッチ)達も消耗しており、アウロラでさえ軽く呼吸を乱している。後一歩のところで攻撃の息が切れかけていた。

 

「流石に数が多いな・・・」

 

 アウロラは疲労で鈍く痛む肩でスコップを担いだ。様子見のために停止しているが、彼女の後ろに待機する1小隊も、別地点で同じく待機している2小隊も体力は限界に近かった。残弾も心もとない。しかし、ネウロイはここまで被害を出しても侵攻するのを諦めていないらしく、足を止めていない。

 大した執念だな・・・と、呆れたように溜息を吐いたアウロラの耳に待ちに待った報告が入った。

 

『こちら神崎、お待たせたしました。シンは機体の故障で先に帰投を』

 

「ふぅ・・・ようやくか。本当に待たせてくれたな」

 

『・・・すみません』

 

「フッ・・・。冗談だ。島岡のことは了解した。すぐに援護を頼む」

 

『了解』

 

 通信を終えると同時に段々と近づいてくる陸戦ストライカーユニットとは別種のエンジン音。そのエンジン音に励まされるかのように待機していた陸戦魔女(ウィッチ)達の顔色は明るくなっていった。

 

「ここが踏ん張りどころだな。・・・いくぞ!」

 

 1小隊が動き始めるのに連動して2小隊も動き始めた。残ったネウロイを取り逃さないよう2つの小隊が合わさって円陣状に展開していく。声が届く距離まで接近した2小隊にアウロラは指示を飛ばす。

 

「囲んでの牽制射撃だ!『どデカイの』が到着するまで足止めするぞ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 残弾を惜しみつつ動きを制限するように射撃を加えていく。相手の反撃のビームもシールドでいなし、動かさないことに集中する。

 「どデカイの」が届くまでそう時間はかからなかった。

 

『航空支援を開始する。巻き込まれないように注意を』

 

「こっちの心配はいい。存分にやってくれ!」

 

『了解・・・!』

 

 アウロラと神崎の通信が終わって数瞬後・・・。

 ビュン・・・という空気を切り裂く鋭く小さな音が聞こえ、そして・・・。

 

 巨大な火柱と共にネウロイの群れは跡形もなく消滅した。後に残ったのは雪が解け、黒く焦げた地面と突き刺さった1本の刀、神崎の『炎羅(えんら)』。

 

 その光景は凄まじいの一言で、陸戦魔女(ウィッチ)一同唖然としていた。アウロラでさえ少しの間思考が止まってしまった。

 

『こちら神崎、ユーティライネン大尉。支援攻撃の結果は?・・・大尉?』

 

 神崎の通信で思考を再起動させたアウロラは再度爆発跡を見て、額に手を当てた。

 

「存分にやれとは言ったが・・・」

 

『・・・まさか味方に被害が?』

 

「いや、それはない。威力が凄すぎたがな」

 

『・・・』

 

 アウロラの呆れたような声音に神崎は気まずいのか押し黙ってしまった。奇妙な沈黙が通信の間に横たわっていると、アウロラの傍にトコトコとシーナが歩いてきた。手には爆心地に突き刺さっていた「炎羅(えんら)」を持っている。何時の間にか引っこ抜いてきたらしい。

 

「隊長、少尉に剣は回収したと伝えて下さい。あと、さっきの攻撃はやりすぎだと。巻き込む気か、と」

 

「だそうだ、神崎」

 

『・・・以後、気をつけます。炎羅(えんら)は基地に戻ってからで』

 

「分かった」

 

『それでは、RTB』

 

 神崎は地上部隊の上空で1度旋回すると基地の方向へと飛んでいった。何人かの陸戦魔女(ウィッチ)が手を振っているのに応えたのだろう。途中、クルリとロールしていた。

 

「さて、私達も帰るか」

 

「そうですね」

 

「アルコールが切れてきて調子がでない」

 

「あ、マルユト中尉?帰還するみたいなので再編成お願いします」

 

「おい、シーナ。そう流すなよ」

 

 そんなやり取りをしながら1,2小隊は基地への帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラドガ湖防衛陣地

 

 

「喜べ、休みだぞ」

 

「休み?」

 

 殲滅戦後のデブリーフィング。

 唐突にアウロラの口から出たこの言葉に神崎は首を傾げた。果たして誰が?

 

「なんだ?その年でワーカーホリックか?」

 

「あぁ、自分達にですか」

 

 アウロラの呆れたような視線に神崎は肩を竦めた。ここ(スオムス)に来てからずっと働き詰めで、正直言って本当に休めるかも疑わしかった。

 殲滅戦後ここに直行してきたアウロラは肩に付いた煤を面倒くさそうに払い落として言った。

 

「といっても交互にだからな。お前が先に休んで、次に島岡だ。流石に誰も空に上がれないのは駄目らしい」

 

「はぁ・・・。大尉達もですか?」

 

「ん?ああ、そうだ。どうやら今回の殲滅戦である程度戦線に余裕ができたらしくてな。働き詰めだった私達に休みをくれるそうだ」

 

 真面目に働いた甲斐があったものだ、といそいそと机の下からブランデーのボトルを取り出すアウロラ。神崎の目にはとても真面目に働いているとは思えないが、ともかく休みが貰えるのは事実のようだ。果たしてまともは休みは何時振りだったか。

 

 デブリーフィングも恙無く終わり、神崎は指揮所から出た。既に日が沈みかけている。久しぶりの休みがあると聞いて、体の疲れが心なしか抜けたような気がすた。

 

 なんだかんだで喜んでいることに自嘲気味な溜息を吐いたところで、炎羅(えんら)をシーナに預けたままであることを思い出した。先に基地に帰還し地上部隊を待っていたのだが、先にアウロラに指揮所に連行された為、受け取る暇がなかったのだ。

 

「どうしたものか・・・」

 

「あ、少尉。ちょうどよかったです」

 

「ん?ヘイヘ曹長・・・」

 

 神崎がどうしたものかと思案しているとタイミングよくシーナが歩いてきた。手に持っている抜き身の炎羅(えんら)をぶらぶら揺らしながら歩くのが危なっかしく、神崎は思わず自分から彼女に近づいていった。

 

「回収してくれて助かった。ありがとう」

 

「いえ、別に大したことじゃ」

 

 神崎は手早くシーナから炎羅(えんら)を受け取り、鞘へと戻す。そこでふと気になることがあり、シーナに尋ねた。

 

「手を切ったりはしなかったか?」

 

「大丈夫です。刃物の扱いには慣れてるので。狩猟とかで」

 

 どことなく胸を張るような仕草をするシーナ。どうやら疲れてテンションがおかしなことになっているらしい。どうも彼女がするような仕草とは思えず、神崎は小さく苦笑を浮かべた。

 

 別に張る胸がないとは思っていない。思っていない。

 

「なんです?」

 

「いや、なんでもないが・・・」

 

 シーナの目線が鋭くなり、神崎は逃げるように目を逸らした。気まずい状況を回避すべく先程聞いたアウロラからの情報を伝えることにした。

 

「そういえば、休みが貰えるそうだ」

 

「本当ですか!?」

 

 予想以上の食いつきだったが、気まずい状況の打開はできたようだ。シーナは掴みかからんばかりに神崎に近づき言った。

 

「本当に本当ですか!?」

 

「あ、ああ。今回の殲滅戦で戦線に余裕が出来たとか・・・」

 

「やった!何時振りだろう・・・」

 

 シーナの感極まった声にどこも同じような状況なのだと神崎は妙な納得してしまった。軽くトリップしていたシーナだが、ふと何かに気付いたのか急に真顔に戻り神崎に問いかけた。

 

「少尉も休みがあるんですか?」

 

「ああ。一応な」

 

「ちなみに予定は?」

 

「特に・・・ないな」

 

 何せここら周辺の地理など全く分からないのだ。恐らく宿舎で寝て過ごすか、この陣地内を散策するぐらいだろう。神崎の答えを予想していたのか、シーナは納得したように頷き言った。

 

「ここら辺のこと分からないですよね。なら、一緒に町へ行きません?案内しますよ?」

 

「それは・・・ありがたいが・・・」

 

 予想外のシーナの誘いに神崎は困惑した。基地の外が分からない身としてはこの誘いはとても有り難かった。だがどうしてそのような誘いをしてきたのか分からず、どうしてもいらぬ邪推をしてしまう。

 迷う神崎にシーナは不思議そうに首を傾げた。

 

「別に奢って貰おうとか考えてないですけど?」

 

「いや・・・まぁ・・・。・・・分かった」

 

「なら、隊長に予定を合わせてもらいますね。ではまた」

 

 結局神崎が了承すると、シーナは微笑んで指揮所の方へと歩いて行った。さっぱりとした行動にどうも拍子抜けを感じ、何か釈然としないまま神崎も自分達の滑走路への道を歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格納庫は出撃後の整備で騒がしかった。機材の音や何かの指示の声、そしてよく分からない叫び声で充たされおり、神崎は入ったところで思わず顔をしかめた。

 

「おう、デブリーフィングどうだった?」

 

「特別、問題は無かった」

 

 そんな神崎に、近くのベンチに座っていた島岡が声をかけた。機体の故障で一足先に帰ってきてたはずの彼だが、まだ飛行服姿にコートを引っかけただけの姿だった。

 

「機体はどうだった?」

 

「機関銃が焼きついてた。あとエンジンも草臥れ気味。ちょっと無理させすぎちまった」

 

 島岡は欠伸を噛み締めながら言った。やはり戦闘の疲れが残っているようで、気だるい雰囲気を醸し出している。そんな様子を見ていると神崎もドッと疲れが押し寄せてくるように感じた。神崎は凝り固まった肩を回して言った。

 

「なら、お前が先になりそうだな」

 

「は?何がだよ?」

 

「いや、さっきユーティライネン大尉から聞いたんだが・・・」

 

『あっあ~。皆、聞こえてるかな?』

 

 突如、格納庫内の設置されたマイクから鷹守の声が響き渡り、2人の会話は中断された。神崎は何かあったのだろうか・・・と続きに耳を傾ける。

 

『ユーティライネン大尉からお知らせがあるらしいから、皆で夕食行くよ~。あ、当直は残っといてね』

 

「ん?こんなことってあるのか?」

 

「何はともあれ行くぞ」

 

「あ~、じゃあ着替えるか」

 

「そうだな・・・」

 

 面倒くさい表情をする島岡と共に宿舎へと向かう。それぞれ戦闘服と飛行服を着替えた後、鷹守を先頭にして整備班と共にラドガ湖陣地の糧食班へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 糧食班には多くの人で煩雑としていた。整備だったり警備だったりと様々な兵種がいるということは、ラドガ湖防衛陣地の全ての人員が集合しているのかもしれない。多くのテーブルがスオムス陸軍で占められる中で、扶桑海軍組は隅っこの方に固まっていた。

 

「いつになったら始まるのかね?」

 

「さあ・・・な」

 

 頬杖を付いた島岡のぼやきに神崎は軽く応えた。

 このテーブルに座って20分近く経ったが人が集まってくるだけでアウロラからの動きは全くない。神崎もいい加減待ちくたびれたのか、疲れからか腕を組んでうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。

 

「あ!カンザキ少尉達だあ!」

 

「お疲れ様です・・・カンザキ少尉、島岡さん」

 

「とういうか、少尉寝てるじゃないですか」

 

 意識が落ちかけた時、知った声が聞こえて神崎はゆっくりと目を開けた。そこにはいつもの4人、シェルパ、マルユト、リタ、シーナ、そして彼女達の後ろには陸戦魔女(ウィッチ)達がぞろぞろと付いてきていた。

 ちょうど、格納庫から到着したところのようだ。

 

「居眠りですか、少尉?」

 

「・・・寝てない。休憩していただけだ」

 

「嘘ですね。船漕いでましたし」

 

 どうもシーナは神崎に対して当たりが強いようだ。別に嫌われている訳ではないようだが・・・そういった経験がない神崎にとっては戸惑いが大きかった。

 神崎は嘆息するとふと周りを見た。

 どうやら陸戦魔女(ウィッチ)組は扶桑海軍組のテーブルの隣に陣取るようで、キャイキャイと姦しく話し始めている。

 そんな風景を見ながら神崎は言った。

 

「あっちに行かなくていいのか?」

 

「行ってもいいですけど・・・時間がないので止めときます」

 

「時間・・・?」

 

『皆、ご苦労だった。飯時ですきっ腹だろうが、まぁ少し聞いといてくれ』

 

 アウロラの声が拡声器で響き渡ると喧騒は一気に静まり、一同が一点に注目した。資材が入っていた木箱をお立ち台にしたアウロラは沢山の視線に晒され満足そうに頷き口を開く。

 

『知ってのとおり、今回の殲滅戦は成功した。ここ最近ずっと真面目に働いていた甲斐があったものだな』

 

 アウロラはそこで一旦言葉を切ると口休めのためか手に持った酒瓶をクビリと煽った。皆、見慣れた光景なので別段何も言わないが、神崎としては彼女に真面目という言葉を辞書か何かで調べ直して貰いたかった。

 

「何か言いたそうですね」

 

「別に・・・そういう訳ではない」

 

 いつの間にか隣に座っていたシーナが無表情のまま覗き込んでくる。神崎はその目から逃れるように目線を逸らしたが、その目線がアウロラと重なった。神崎とシーナのやり取りを楽しそうに見ていたのか、ニヤリと笑って酒瓶を掲げ声を一段大きくした。

 

『私達の勤労に司令部が応えてくれたぞ!喜べ!休みだ!!』

 

 その瞬間、スオムス陸軍の面子が爆発した。

 

 正確には盛大な歓声が沸きあがっただけなのだが、その声量はそれこそ爆発のようで1人を除いて静かにしていた扶桑海軍の面々との落差は酷かった。

 いったいどれ程休みなしで働かされていたのか。

 

「え?休み?ヒャッハー!釣りだぁああああ!」

 

「うるさい、落ち着け。続きが聞こえないだろう」

 

「グヘッ!」

 

 神崎は立ち上がって歓声をあげる島岡の襟を掴み無理矢理座らせた。それと同じようにスオムス陸軍の連中も段々と落ち着きを取り戻し始め、ざわめきは静まっていく。頃合を見計らい、アウロラ話を続けた。

 

『勿論、全員一斉に休みという訳にはいかないがそこは了承してくれ。まぁ、何はともあれ一端の区切りが付いたということだな。そういうわけだ。以上!』

 

 アウロラが言葉を締めると辺りは再び喧騒に包まれた。皆、休暇が相当嬉しいようで暫く喧騒が止む様子がない。

 何はともあれ、まずは腹を満たそうと神崎が立ち上がった時だった。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 いきなり呼び声に神崎は足を止め、振り返った。そこには今まで会話する機会がなかった数人の陸戦魔女(ウィッチ)がこちらを見ていた。

 

「・・・どうした?」

 

「あ、あの!い・・・」

 

 いつも戦場では一緒に居るはずなのだが、神崎がこういった機会をあまり好まないことから会話することはなかったのだ。話しかけてきた魔女(ウィッチ)達の名前は知らなかったが、いつもシーナがいる分隊にいるのは知っていた。余程緊張しているのか、顔を真っ赤にして必死に言葉を紡ごうとしている。

 

「い、い・・・」

 

「?」

 

「いつも援護ありがとうございます!少尉の援護のお陰で安心して戦えます!」

 

「あ、ああ・・・」

 

「そ、それでは失礼します!」

 

 魔女(ウィッチ)達は頭を下げるとそのまま自分達のテーブルへと戻り楽しそうに話し始めた。それをどこか不思議そうに眺めていると、今度はだれかに背中を突かれた。振り返ると、シーナが。

 

「皆、少尉達には感謝してるんですよ。自分達の空軍はどこか胡散臭くて信用できない。でも、少尉達は私達を全力で援護してくれる」

 

「・・・それが普通のことだろう?それが任務なんだから」

 

「それでも、ですよ。私も感謝してます。神崎少尉」

 

 そう言うとシーナは表情を引き締めて神崎に挙手の敬礼をした。神崎が反射的に返礼すると、ニッコリと初めて見る満面の笑みを浮かべた。

 

「さ、食事を取りに行きましょう」

 

「そうだな。・・・シーナ」

 

 神埼の言葉に先に歩き出そうとしたシーナがピタリと止まる。シーナが驚いた表情で振り返る直前に神崎は彼女の頭に手を置き、そのまま彼女を追い越していった。

 




二期の音沙汰がないので、ノーブルのドラマCDで癒されてます。くにかにお小遣いあげて可愛がりたい。後ノーブルくんの無駄機能が地味に凄かったw
これでガリアはあと10年戦える(小並感)


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第四十六話

段々と寒くなってきて、冬間近ですね
506のドラマCDで黒田邦佳の声がつぼってきてますw

そんな訳で第四十六話です。少し短めです。
感想、アドバイス、ミスの指摘、などなどよろしくお願いします



 

 

 

 

 アウロラが休日を宣言した翌日から早速休日申請を行う者が続々と現れた。

 

 しっかりと隊員間で調整し、人員不足に陥ることなく、任務に支障をきたすようなこともなく、それぞれが晴れやかな表情で休日を満喫すべく陣地の外へと歩いていく。

 

 

 

 そんな陣地の様子を、神崎は上空からじっと眺めていた。その視線に含まれるのは、理解と諦めと疲労、そしてほんの少しの羨ましさ。

 

『さぁて、今日もお仕事頑張りましょうかね。ほら、神崎君もしょげてないで哨戒頑張れ~』

 

「・・・了解」

 

 いつもの明るい鷹守の声が今日はいつも以上に耳に残る。神崎は気分を切り替えるべくいつものように嘆息すると、反転して哨戒ルートに入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アウロラは神崎を先に休ませると言ったが、結局島岡が先に休むことになった。

 理由は彼の搭乗機である零式艦上戦闘機の故障。

 搭乗機が無くて暇を持て余すパイロットを先に休ませるのは当然の判断だろう。

 

『大量に釣ってからな!捌く準備をしておけよ!』

 

 久しぶりの釣りでテンションが上がった島岡は、愛用の釣竿をしっかりと用意していた。しかもいつの間にか同好の士を見つけていたようで、他部隊のスオムス軍人と一緒にトラックに乗り込み、陣地の外へと出発していった。

 相変わらずの人付き合いの良さに、神崎はいつものことながら呆れたように嘆息した。

 

『何か今日は溜息が多いね~。何かあったのかい?』

 

「・・・別に何も」

 

 インカム越しに溜息が伝わったのか鷹守が神崎に尋ねてくる。無遠慮な声に神崎は若干イラつきつつ答えた。無礼な態度だが鷹守は全く気にしていないようで、更に遠慮なく話しかけてくる。

 

『もしかして島岡くんが居ないから寂しいの?それとも他の人に取られちゃって不貞腐れてるの?』

 

(何を言っているんだ、こいつは・・・)

 

 呆れてものが言えないとはこのことか。神崎は疲労を滲ませた声音で答えた。

 

「何故、そんな思考になる?シンは俺と違って顔が広い。いつものことだ」

 

『またまたぁ、そんな事を言って本当は・・・』

 

 鷹守はまだ何か言っていたが、神崎は途中で通信を切った。

 これ以上彼の言葉を聞いていると本格的に疲れてくる。技術者としては天才なのに、どうしてああなのか?

 いや、むしろ天才だからこそああなのか。すでに何度も思った疑問である。

 

(何はともあれ、まずは任務だ)

 

 いくら鷹守相手に疲れたからといって任務をおろそかにする訳にはいかない。神崎はMG34を構えなおすと哨戒に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その哨戒も特に何事も無くすぐに終わり神崎は滑走路へと戻った。ネウロイの勢力を削いだのは確かなようだった。

 着陸し、格納庫でストライカーユニットを整備兵に預け、任務の結果を報告すれば、緊急出撃か次の哨戒になるまで待機。

 神崎は無駄に明るい鷹守の絡みをあしらいつつ報告を終えると、格納庫の隅にあるテーブルに着いた。テーブルには誰かが気を使ってくれたのか、ポットに入れたコーヒーとサンドウィッチが置かれていた。いくら魔法力特性が炎で熱を持つといってもやはり寒いものは寒い。

 勿論、魔力も消耗している。そういう訳でこの差し入れはとてもありがたかった。

 サンドウィッチを齧り、コーヒーを飲む。空腹が満たされ体が温まったところで、ほぅ・・・と溜息を吐いた。

 

「哨戒、ご苦労だったな」

 

「っ!ユーティライネン大尉」

 

 いきなりかけられた声に神崎が振り向けば、アウロラが格納庫に入ってくる所だった。立ち上がろうとする神崎をアウロラは手を上げて制し、テーブルの向かい側に座った。

 頭に被っていた帽子を取ると、すまなそうに神崎を見た。

 

「率直に言うとな。お前を休ませるのは1日が限度だそうだ。すまない」

 

 ネウロイに十分に対抗できる戦力を遊ばせることは、今は小康状態といえど厳しいというのが司令部の判断のようだ。その1日の休養もアウロラが何とかもぎ取ったものらしい。

 

「そうですか。・・・大尉が謝ることではないです。むしろありがとうございました」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

 それだけ言うとアウロラは立ち上がった。これから鷹守と打ち合わせがあるらしい。

 

「この埋め合わせはいつか必ずするからな。期待しておけよ?」

 

「分かりました。楽しみにしておきます」

 

 アウロラは神崎の言葉に頷き、鷹守の方へと足を向ける。が、その寸前何か思い出したのか顔だけをこちらに向けた。

 

「そうそう、そのサンドウィッチとコーヒーな」

 

「はい?」

 

「うちの連中が作ってたものだ。休み返上は可哀想だから、せめてってな」

 

 うちの連中というのは陸戦魔女(ウィッチ)達のことだろう。予想外の所からの差し入れに神崎は食べかけのサンドウィッチとポットをまじまじと見て、軽く目を伏せた。

 

「それは・・・ありがとうございます」

 

「別に私がやらせた訳じゃないさ。会ったらちゃんとお礼を言ってやってくれ」

 

「勿論です」

 

「それと・・・お前の休みはちゃんとシーナと合わせてやる。羽目を外すなよ?」

 

「・・・そんなことをするつもりはありませんが、一応了解しときます」

 

 アウロラはニヤリと笑うと今度こそ鷹守の方へと歩いて行った。神崎はそれを見送ると、テーブルに着いてもう一度まじまじとサンドウィッチを眺め、そして食べた。

 

「ご馳走様・・・でした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2回目の哨戒を終えると、本格的に暇を持て余すことになった神崎。

 哨戒にも監視網にも全く敵影が引っかからないのは、まだ短い期間しかいない神崎としても初めてのことだった。

 流石に暇を持て余し、しばらく手を着けていなかった趣味である歌の楽譜を読んだり、筋力トレーニングや扶桑刀で素振りをしたり、ラドガ湖防衛陣地を散策したりして時間を潰し、いまや夕刻。

 神崎は最低限度の装備を持って陣地の外へ出てラドガ湖の畔を歩いていた。何の気なしの散歩のつもりだったが、湖畔に夕日が反射するラドガ湖の美しさに思いのほか充足感で満たされていた。

 目の前に勢い良く何かがぶつかってくるまでは。

 

「バウッ!!」

 

「わぷっ」

 

 顔面に感じるモニュとした柔らかさとサラサラした感触はともかく、しかしそれなりの重さが顔面にかかり神崎は仰向けに倒れた。

 幸い、積もった雪のお陰で後頭部にダメージがくることはなかったが、追い討ちをかけるように体中に幾つもの重さが降りかかってきた。神崎は訳も分からぬまま、むーむーと唸ることしかできない。

 

「ちょっと、誰を押しつぶしてるの?え?まさか少尉?」

 

「むぐが」

 

「ほら!どいて!ああ、ほんとに神崎少尉だ・・・」

 

 聞いたことのある声と共に神崎の顔を覆っていた物がのかされた。視界一杯に夕暮れの空が広がると、ベロンと何かが頬を撫でた。

 

「何だ・・・?」

 

「ワンッ!」

 

 鳴き声の方に顔を向けると間近でハスキーがこちらを見ていた。少し頭を動かせば体の上を5匹の犬が占領していた。道理で体が動かない訳だと納得が言ったところで、頭上から声が。

 

「えっと・・・すみません、神崎少尉」

 

「・・・シーナか」

 

 眉を八の字にしたシーナが申し訳なさそうに謝り、神崎の体に乗ったハスキー達を退かしていく。

 シーナにリールを引かれて彼女の足元に集まった6匹のハスキー。

 皆一様に精悍な顔つきだが、何が嬉しいのか激しく尻尾振ってこちらを見ている。シーナは今にも再び走り出しそうなハスキー達を抑えて言った。

 

「神崎少尉のことが大好きみたいですね、何でです?」

 

「俺に聞くな」

 

 立ち上がった神崎は付着いた雪や草を払うとハスキー達に近づいていった。

 襲い掛かってこられるよりも自分か向かう方がいいだろう。

 激しく尻尾を振りじっと見つめてくるハスキー達の前に座ると手を伸ばして1匹1匹撫でていく。ハスキー達は撫でられる度に激しくじゃれつき、更に近寄ってきて顔を舐めてきた。

 そんな中でハスキー達の顔をよく見ると、以前神崎達がここに初めてきた時の犬橇を引いていたハスキー達だった

 

「あの時の犬だったのか・・・。この前は助かった。ありがとう」

 

「ワン!!」

 

「神崎少尉の使い魔はオオカミでしたっけ?そのせいかは分かりませんが、とても懐いてます」

 

 まるで神崎の言葉を理解しているかのように吼えるハスキー達にシーナは微笑みかけた。

 シーナはこのままハスキー達を遊ばせるようでリールを放して雪原に解き放っていた。元気に雪原を駆け回るハスキー達を眺めつつ、神崎とシーナは倒れた大木に腰かけていた。

 

「元気がいいな」

 

「3兄弟が2つなんですよ。でも6匹一緒に育てたから6兄弟みたいなものですけど」

 

「・・・シーナが育てたのか?」

 

「そうですよ。実家にいた時によくやってましたし」

 

 取り留めの無い会話を交わす2人。

 神崎はハスキー達から視線を外すと隣に座るシーナに目を向けた。ハスキー達をまるで親のように眺める彼女。神崎はその横顔を見ていると訳の分からない感情が湧き上がり、自分の中で何かが噛み合わないような感覚を覚えた。

 

「そういえば・・・」

 

「どうした?」

 

 シーナが何かを思い出したのか急に神崎に顔を向けた。すでにシーナに顔を向けていた神崎と向かい合う形になる。

 

「この前の殲滅戦の時、少尉が最後爆撃しましたよね?剣でしたけど、どういう仕組みなんです?」

 

「ああ、あれは・・・」

 

 神崎は大木に立て掛けていた炎羅(えんら)を手に取ると少し刀身を覗かせ、シーナに見せた。

 

「この刀は名を『炎羅(えんら)』と言うのだが、魔法力の伝導率がとても高い。だから、俺が直接炎を放つよりも、この刀に炎を集中させた方が空中に発散してしまう魔法力が少なくなるため威力が上がる」

 

「へぇ~。だからとてつもない威力だったんですね?」

 

「そういうことだ。・・・まぁ、この刀ほど伝導率が高い物はほとんどないからな。ここぞという時にしか使えないがな」

 

「じゃあ、神崎少尉が外したら無駄使いってことですか?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 刀身を覗き込んでくるシーナに諭すように説明する神崎。ある程度説明を終えたところでシーナは神崎を見上げた。その表情は無表情に近かったが、神崎はどこか悪戯っぽい物に感じた。

 

「少尉って、そういう時に外しそうじゃないですか?」

 

「・・・そんなことはないが?」

 

「でも、この前私達に当てそうでしたよね?」

 

「いや、当ててないが・・・」

 

「いえ、衝撃は凄かったです。これは謝罪を要求します」

 

「・・・お前は俺への当たりが強くないか?」

 

「それは神崎少尉だからですよ。友達じゃないとこんなこと言いません」

 

 

 

 友達

 

 

 

 シーナの何気無い言葉の中にあったこの言葉。

 このたった一言が神崎の中で大きな衝撃を与えた。

 そして、この一言が神崎の中で湧き上がっていた感情を噛み合わせた。

 マルセイユや稲垣の妹のような関係でもなく、上官である加東やマイルズのような関係でもない。

 同年代で階級も近い魔女(ウィッチ)の『友達』が初めて出来たのだ。少し魔女(ウィッチ)恐怖症の為に魔女(ウィッチ)と関わるのを避けていたのにも関わらずに。

 

 

 その事を自覚した神崎は、炎羅(えんら)の刀身を鞘に収め大木に立て掛けた。そして、自分の変化への苦笑も交えつつ、小さく笑ってシーナを見た。

 

「友達・・・か」

 

「え?ええ、そうですよ。」

 

「・・・まぁ、多少は許してやるか」

 

「フフ・・・ありがとうございます。・・・っと、そろそろ暗くなりますね」

 

 シーナの言うとおり既に辺りは暗闇に閉ざされてきていた。

 柔らかな笑みを浮かべたシーナは座っていた大木から立ち上がるとピィッと鋭く口笛を吹いた。すると、遊んでいたハスキー達が反応し、一斉にシーナの元へと駆け寄って来る。シーナは慣れた手つきで1匹1匹にリールを付けていき、両手に3つずつ携えて神崎の方を見た。

 

「さ、帰りましょう」

 

「そうだな」

 

 ハスキー達に引っ張られるように歩くシーナ。神崎はその様子を眺めながら彼女の少し後ろを歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎は既に暗くなった外を眺め、格納庫のテーブルに座り手紙を書いていた。

 宛先はアフリカと扶桑。

 統合戦闘飛行隊「アフリカ」と竹井醇子。

 スオムスに到着した時に手紙を受け取っていたが、いままで返事を書く暇が無かった。

 いや、こんな機会が無ければ返事を書こうとも思わなかったかもしれない。

 

 「アフリカ」へ書く内容といえば最近の近況だろう。任務については検閲に触れるため書けないが、ここでの生活について書いていればそれなりに埋めることが出来た。

 後、島岡にも写真でも同封することができればよかったのだが、生憎ここには加東のような頻繁に写真を撮影する人も、写真の現像機も無いので到底無理だった。

 

 竹井への手紙にも最近の近況と個人的な用件。

 近況についてはすぐに書くことができた。

 しかし、個人的な用件について書こうとして筆が止まった。

 竹井から来た手紙には1度扶桑に帰り家族と会って欲しいという旨が書かれていた。

 今でこそ彼女は自分の婚約者であるが元々幼馴染でもある。彼女と今のような関係になる経緯の中で神崎は家族と疎遠になってしまった。もともとそうなったこと事態彼女の意思とは全くの無関係なのだが、それでも神崎と彼の家族を修復したいと思っている。

 

 たった1行、「まだ実家に帰るつもりはない」と書くだけ。

 

 ただそう書くだけなのに、鉛筆を紙に付けた途端何故か手が止まった。

 

「・・・」

 

 便箋を見つめるだけでただただ無為に時間が過ぎていく。島岡が帰ってきたのはそんな時だった。

 

「大漁だけど滅茶苦茶寒ぃ!!」

 

「ああ・・・帰ってきたか」

 

 寒さで顔を赤くした島岡は右手には釣竿左手には大漁の魚が入った大きなバケツを持っていた。神崎は鉛筆を置き、バケツの中身を覗き込む。

 

「・・・マスか」

 

「おう。んじゃ、いつもの通り頼めるか?」

 

「陸軍の調理場を借りるか・・・」

 

 神崎が島岡からバケツを受け取ると、そこで島岡はテーブルの上にあった便箋や鉛筆に気が付いた。

 

「手紙書いてたのか?」

 

「ケイさんと醇子にな。アフリカに送るからお前もライーサに書いておけ」

 

「そうすっかな」

 

 まずは釣具を片付けてからだな、と島岡は自分の部屋へと歩いていく。神崎も格納庫から出ようと足を外に向けるが、その直前に何を思い立ったのか再び手紙に向き直った。立ったまま鉛筆を取り、竹井宛の便箋にサラサラと1行付け加え、今度こそ格納庫の外へと歩いていく。

 

 テーブルの上に残った手紙には、

 

『新しい友達が出来た』

 

 と、一言添えられていた。

 




日常?回というかそういう感じです
気がつけばスオムス編になってから戦いばかりなので息抜きも必要ですよね



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第四十七話

明けましておめでとうございます

今年も神崎達をよろしくお願いします

そんな訳で第四十七話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします



 

 

 

 朝、神崎はいつものように目を覚ました。

 はっきりとしない頭を抱えたまま体が動くままにベットから抜け出し、いつもの装備を纏い、格納庫へと向かう。ピリピリと肌を刺すような冷気の中を歩き、格納庫に入ったところでふと足を止めた。

 

(俺は・・・何か勘違いをしてないか?)

 

 よく分からない違和感に首を捻り、入り口の真ん中に立ちつくす神崎。そんな彼に、ちょうど鼻歌混じりに通りかかった鷹守が声をかけた。

 

「あれ?神崎君、今日は休みだよね?どうしたの?何かあった?」

 

「・・・。ああ、そうだったな」

 

 そこで神崎はやっと気付いた。

 今日は彼にとってスオムスに来て以来初めての休日だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 糧食班のテーブルに座り、いつもの2倍は時間をかけて神崎はゆっくりと朝食を取った。

 いつもは長くても10分、かきこむようにして胃に収め、慌てて格納庫へと戻る。酷い時には食事に行く暇すらなく格納庫で砂糖一杯のコーヒーを流し込んで出撃する始末。

 たった20分、食事に使うことが出来る幸福感。

 普通の生活をしているだけでは到底分からないだろうと神崎は内心苦笑いを浮かべていた。

 朝食を綺麗に平らげた神崎は食器を返却して自身の部屋へと足を向けた。

 休日だと頭では分かっていても歩くスピードがいつもと変わらず速いままなのは、もはやそれが体に染み付いてしまったからだろう。

 だが、その足も糧食班から出た時に鉢合わせた人物のお陰で止まった。

 

「神崎少尉、おはようございます」

 

「おはよう。・・・シーナ」

 

「はい」

 

 神崎の返事にシーナは小さく微笑みを浮かべた。

 普段のシーナも神崎と同様に出撃や緊急事態に備えて慌しい朝を過ごしているのだが、この時間に此処であったということは彼女も休日の朝を満喫しているらしい。そして・・・。

 

「2時間後に正門集合でいいですか?」

 

「町へ出るんだったな・・・。ああ、構わない」

 

 どうやらアウロラは言葉通りに神崎とシーナの休日を合わせたようだ。

 この前の約束、シーナが町を案内してくれる、を思い出しつつシーナの言葉に頷く。朝食を終えた後、集合時間までゆっくりするのも悪くない。

 シーナも自分の提案に神崎が同意したことで満足したようだった。

 

「それでは、また後で」

 

「ああ」

 

 短い会話を終え、2人は離れていく。

 傍から見れば淡白ではあるが、本人たちそんな風には露とも思ってないだろう。シーナの足取りは軽くなっていたし、神崎もまだ見ぬ町を少し楽しみにしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?出かけるの?いいよ~いってらっしゃい。知らない人に着いて行っちゃだめだよ~」

 

 鷹守の気の抜けた声に見送られて神崎はシーナとの集合場所である陣地の正門に到着した。

 正門といっても大層な物ではなく、簡素な警備兵の詰め所と車の検問ための簡単なゲートがあるだけだ。

 約束の時間まで後5分。

 神崎は詰め所近くに立ってシーナを待つことにした。今の神崎の姿は支給されている黒の防寒用コートと軍帽という普段と大して変わらない姿だ。違いがあるとすれば腰の炎羅(えんら)がないことだろう。護身用にはC96は隠し持っている。

 外から見れば分からないが、コートの下はいつもの第2種軍装ではなく黒い第1種軍装を身につけていた。というのも、絶え間のない戦闘では殆ど第2種軍装を使ってしまい随分と痛んでしまったのだ。

 現在、修繕途中である。ちなみに軍帽も第1種に合わせて黒いものだ。

 

(黒いな・・・)

 

 神崎は自身の格好に簡単な感想を抱くが、すぐにどうでもよくなり周りに視線を移した。

 程なくして陣地の方からトラックがやって来た。そのトラックは神崎の立つ詰め所近くに止まると、布張り荷台からシーナがひょっこり顔を出した。

 

「あ、少尉。お待たせしましたか?」

 

「いや、そんなに待ってはいないが・・・」

 

 シーナに声を掛けられ、神崎はトラックに歩み寄った。どうやらこのトラックで移動するらしい。

 

「このトラックも町に行くらしいので便乗させてもらいましょう。荷台に乗ってください」

 

「分かった」

 

 トラックの荷台に乗って移動するのはアフリカでカーチェイスした以来だった。そもそも士官がトラックの荷台で移動することなど無いだが・・・とそんなことを思いながら神崎は荷台の淵に足を掛け、右手で側面の手すりを掴む。

 そのまま体を持ち上げようとした時、目の前にミトンの手袋を着けた手が差し出された。差し出したのは、勿論シーナである。

 

「どうぞ?」

 

「ありがとう」

 

 神崎は彼女の厚意に甘えて、左手で差し出された手を掴んだ。思いの他強い力で引っ張り上げられて入った荷台は、若干暗く天井も少し低かった。

 神崎は少し腰を屈めつつ、シーナが示す側面に付けられた長椅子に座る。シーナは神崎の向かい側に座った。

 

「結構揺れますよ。気を付けて下さいね」

 

「ああ、分かっ!?」

 

 シーナの言い終わるや否やトラックが急発進した。

 舗装が十分に為されていない荒れた道でトラックは大きく揺れ、神崎は泡を食って体を支えた。神崎は激しい振動の中で何とか体を固定できる体勢を見つけた時、シーナがからかうような笑みでこちらを見ていることに気付いた。

 シーナは既に慣れた様子で背後に手を回し体を支えている。

 

「言ったじゃないですか。気をつけてくださいって」

 

「普通いきなりくるか・・・?」

 

 神崎はシーナの言葉に反論しながら彼女を見習い、ようやく体勢を安定させた。非難の意味を込めてシーナを軽く睨むが、全く気にしていないようで、笑みを浮かべたまま口を開いた。

 

「神崎少尉って面白いですね」

 

「・・・面白い?」

 

「はい。見ていて面白いです」

 

 今までの人生で初めて言われた言葉に神崎は毒気を抜けれてしまった。いや、混乱してしまったというべきか。なぜその言葉が自分に言われたのか理解できず、頼りなさげに目が泳いでしまう。

 

「そういうところが面白いんですよ。神崎少尉」

 

「・・・」

 

「別に悪く言っているんじゃないです。むしろ好感を持てます」

 

「・・・はぁ。分かった。もういい」

 

 どうも彼女との会話は引っかき回されてばかりだと神崎は溜息を吐いた。精神的には疲れるのだが、それほど嫌がってはいない自分も居るのが不思議だった。

 

「町で何か予定は?」

 

 話題を切り換えたシーナの質問に神崎は少し考えて答えた。

 

「日用品の購入と・・・土産だな」

 

「島岡さん達にですか?」

 

「それとユーティライネン大尉」

 

「隊長に?お酒なら何でも喜びますよ。アルコール度数が高ければなおいいですね」

 

「あとは・・・陸戦魔女(ウィッチ)達にも」

 

「陸戦魔女(ウィッチ)達って、私達ですか?」

 

「ああ。そういえば・・・まだ言ってなかったな」

 

 キョトンと小首を傾げたシーナを神崎はまっすぐに見据えた。

 遅れてしまったが、言わないよりはマシだろう。

 

「この前のコーヒーとサンドウィッチ、美味かった。ありがとう」

 

「あ・・・」

 

 神崎の真剣な感謝の言葉にシーナは一瞬だけ呆けた表情になった。直後、目に見えて慌て始め、そして頬に朱を混じらせスッと視線を逸らせ、更にいつもの眉を八の字する困った表情に。

 戦闘続きだった最近は殆ど見ていなかった表情だと神崎はそんなことを思いつつ、シーナの変化を見ていた。

 

「そんなこと、畏まっていうことじゃないですよ」

 

「そうかもな」

 

「ですけど、まぁ・・・どういたしまして。でも、あの差し入れは私だけじゃないですよ?」

 

「だから土産を買おうと思っている。・・・お前達が好きなものを教えてくれないか?」

 

「しょうがないですね。手伝ってあげます」

 

 そう言ったシーナの表情は困り顔から気持ちのいい笑顔に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドガ湖からトラックで揺られること1時間。

 2人が到着したのはここら近辺で比較的大きな町に到着した。軍の物資の集積地があるらしく、民間人に紛れて少なくない人数の軍人で賑っていた。

 送ってくれたトラックの運転手に礼を言い、2人は町の中心へと歩き始めた。シーナが案内の為に少し前を歩き、神崎がその後ろに続く。

 珍しい扶桑海軍の制服の為か道行く人々の視線が2人に投げかけられるが、シーナは全く気にする様子もなくクルリと振り返って神崎に尋ねた。

 

「先に神崎さんの買い物を済ませましょう」

 

「いいのか?お前の用事は・・・」

 

「私の用事も同じ所で済むから大丈夫です」

 

 そう言ってシーナは少し歩く速度を上げた。神崎も少し歩幅を大きくして続くと、辿り着いたのは小さな食料店だった。外見はどうにも古く、あまり客を呼び込んでいるとは思えない。にも関わらず、シーナは古ぼけたドアに手をかけ、躊躇いもなく入っていった。

 神崎もシーナに続いてドアを潜ると、そこには清潔感のある内装と食料品や酒や菓子などの嗜好品取り揃えられた光景が。とても戦時下とは思いない物品の多さである。

 

「これは・・・凄いな」

 

「はい。ここは私達、陸戦魔女(ウィッチ)が御用達の場所なんです」

 

 シーナは自分のことのように誇らしげに胸を張った。そして近くのテーブルに歩み寄ると1つの小さな箱を取り上げ、自信満々に神崎へ差し出した。

 

「これを買えば皆喜びますよ。大好物です」

 

「これか?」

 

 神崎は受け取った小さな箱をしげしげと眺めた。黒と白の菱形が並んだ模様にスオムス語でロゴが入っている。スオムス語が分からない神崎には何と書いてあるか分からなかった。シーナは奥に居た店主にスオムス語で何かを話すと、別の箱を開封して中身を取り出して見せた。

 

「サルミアッキって言います。美味しいですよ?」

 

「そうか・・・?」

 

 シーナが手渡してきたサルミアッキなる物を見て眉を顰める神崎。というのも、菱形のそれは真っ黒だったからだ。お世辞にも、美味しそうには見えない。

 

「ほら、食べてみてください」

 

「ああ」

 

 シーナが自ら食べて見せたので神崎も意を決してサルミアッキを口に入れてみた。

 瞬間、舌に刺さる刺激と酸味とアンモニア臭が口の中を支配した。反射的に吐き出してしまいそうになるのを右手で口を押さえて何とか押し止める。

 

「ほら、美味しいでしょう?」

 

(本気でそう言っているのか、こいつ)

 

 確実に嫌がらせの類だと厳しい眼つきでシーナを見た神崎だが、彼女が2つ目3つ目を口に放り込んで美味しそうにモグモグしているのを見て、思考が止まってしまった。

 

「神崎少尉?」

 

「・・・ング。・・・これが美味いのか?」

 

「はい?はい」

 

「・・・・・・お前に手伝って貰ってよかった」

 

「え?」

 

「・・・お前達の好み合うものを選ぶ自信が無くなった」

 

 そう言って神崎は手に持っていたサルミアッキの箱をシーナに返した。

 キョトンとして受け取ったシーナは気付かなかった。

 サルミアッキを無理矢理飲み下したせいで神崎の目の焦点が合っていなかったことに。

 手渡した時の手が小刻みに震えていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「ああ・・・なんとか」

 

「美味しいんですけどね。サルミアッキ」

 

「・・・嗜好は人それぞれだからな」

 

 所変わって、客がそこまで多くないこじんまりとした小さなレストラン。

 2人は木目調の店内の小さなテーブルに向かい合って座っていた。

 それぞれしっかり買い物は済ませており、足元に幾つかの紙袋が置かれている。神崎が購入したのは日用品に加え、島岡や鷹守達への土産とユーティライネン大尉への酒。陸戦魔女(ウィッチ)達への物はシーナに任せた。

 シーナも神崎が土産を買っている横で食料品を買い込んでいた。保存が利く物が大半だったが、砂糖菓子やチョコレートなどの甘い物も相当買い込んでいた。

 そんな彼女は今、不思議そうにしながら紅茶を飲んでいた。神崎も紅茶を飲んでいるが頭はこれから出てくる料理の味のことで一杯だった。

 

「ここも私達がよく来るんですよ」

 

「・・・美味いのか?」

 

「美味しいです」

 

(これは駄目かもしれん)

 

 さっきのサルミアッキの件でシーナの味覚を信用できなくなった神崎。そんな彼の心情など露知らず、シーナは近寄ってきた店員に次々と注文していた。

 

「スオムスの家庭料理、食べてみますか?」

 

「・・・任せる」

 

 注文が終わり、暫くして料理が運ばれてきた。

 見たことのあるようなものから、全く見当のつかないものまで。

 特に神崎が驚いたのは、一見大きなパンだが中に魚や肉がギッシリ詰まっている物だった。シーナに聞くとそれはカラクッコと言うらしい。

 他にもニシンやサケの燻製だったり、カルヤランピーラッカと呼ばれるパイなど様々な料理を神崎とシーナは口に運んでいった。

 

「どうでしたか?」

 

「・・・美味かった」

 

 食後のデザートの最中、シーナが藪から棒に尋ねた。神崎はデザートに出されたベリーのタルトを飲み込むと、握っていたフォークを置く。

 

「見た目は全然違うが・・・どこか扶桑の料理に味が似ていた」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。こんな料理を食べれるとは思ってもみなかった。ありがとう」

 

「満足してくれたようでなによりです」

 

 食後はコーヒーを飲みつつ、雑談に興じた。店内も2人が食事をしている間に客が増えており、賑わいを増していた。

 

「すみません。ちょっとお手洗いに」

 

「ああ」

 

 話の途中でシーナは席を立った。

 1人になった神崎はコーヒーを飲むと深い溜息を吐いて肩の力を抜いた。

 

 こうやって誰かと出掛けたのはアフリカ以来か。アフリカの時は島岡や加東、マイルズと町へ出掛けたこともあったが、スオムスではこれが初めて。

 まさか、こんな形になるとは思ってもみなかった。ブリタニアでの一件、魔女(ウィッチ)恐怖症のこともある。

 それでも魔女(ウィッチ)でもマルセイユ達だけでなく、シーナのような戦友が出来た。いままで蔑まれ続けただけだった魔女(ウィッチ)から感謝されることもあった。

 

 変わってきているのか。

 

 進歩してきているのか。

 

 克服してきているのか。

 

 

 

 

「俺でも・・・出来るのか・・・?」

 

「あなたは何も出来ませんよ」

 

 神崎の独白を遮ったのは、背中に突き刺さった冷たい殺気と声だった。

 咄嗟に胸に隠し持っていたC96へ手を伸ばそうとするが、周りから一斉に殺気が降り注ぎ不用意に動くことが出来ない。それでも目だけ周りを確認した。

 賑わいを見せる店内からこちらを見る視線。そして巧妙に隠された銃。いつでもこちらを撃ち殺せる形だ。

 

「チッ・・・」

 

 どうしようもない状況に思わず舌打ちする神崎。そんな彼の向かいの席に誰かが座った。相手を見た神崎の目が驚きに見開かれる。

 

「お久しぶりですね。『アフリカの太陽』さん」

 

「コリン・カリラ・・・大尉」

 

 コリン・カリラ大尉。ヴィープリ航空隊の隊長。そして、ネウロイ共生派の一員。

 

「さて、まずは私達の言う通りにしてくれますか?」

 

 睨み付ける神崎の視線を全く気にせず、カリラは冷たい目で言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?神崎少尉が居ない・・・」

 

 シーナが戻った時にはテーブルには誰も居なかった。イスの下に荷物も置きっ放しである。不思議に思いつつテーブルに近づくと、コーヒーカップの下に紙が挟まっていた。

 

『急用が出来たから先に戻る』

 

 紙にはそう書かれていただけだった。

 




サルミアッキは不味い
最近は何とか1つは完食できるようになりました
けど不味い

フィンランド料理は美味しいですよ

それでは


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第四十八話

随分と時間が空いてしまいました
色々とあった訳ですが、何とか投稿できました

ブレイブウィッチーズに夢が膨らみますね

感想、アドバイス、ミスの指摘、など等よろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

 神崎は窓の外を見ていた。

 

 すでに太陽は落ちてかけており、薄暗い中雪が舞う。

 座っているベッドは必要最小限といった所で、使い潰されたマットレス、枕と毛布。部屋にはその他に簡素なトイレ、入り口と窓に閉ざす鉄格子。それ以外何も無い。

神崎は窓の外を見て、溜息を吐いた。

 

「想像通りではあるが・・・こうなるとは・・・」

 

 神崎の独り言に答えるように、両手の手錠がカチャリと鳴った。営倉の中で、神埼は再び溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 レストランでコリン等『共生派』に拘束された神崎は、店の外に出るとそのままの勢いで停車していた車に押し込まれてしまった。そして抵抗する暇もなく何かの薬物を打ち込まれ、意識を失ってしまい・・・今に至る。武装と上着を奪われ、Yシャツとズボンだけで拘束されている。

 銃で脅されたとしても魔法力を使えば何とかなる。そう考えた結果がこれだ。そのぐらい相手も見抜いていたはず。だからこそ、衆目がある中で拉致行動を取ったのだ。

 

「考えが・・・甘かった」

 

 神崎がそう呟いて、ベッドに座ったまま背中を壁に付けた。

 シーナは果たして自分の異変に気付いているのだろうか?

 共生派の手が伸びていないだろうか?

 まさか・・・すでに手が下された後か。

 島岡や鷹守は動いてくれるのか?

 ユーティライネン大尉は?

 ・・・分からない。

 

 思考だけが巡っていく。

 

 その無意味な思考を止めたのは、部屋に響いた固いノックの音だった。

 

「居心地はどうですか?」

 

 このような殺風景な部屋にはそぐわない明るい声に、神崎はのっそりと首をもたげる。

 扉越しにコリンが神崎を見ていた。視線には今まで通り冷たい殺気が含まれていたが、その声は本当に彼女の物かと疑うほど明るく穏やかだった。

 

「・・・最悪だ」

 

「なら、結構です。準備した甲斐がありました」

 

「・・・」

 

 皮肉に答える気も無く、神崎は黙ってコリンを睨んだ。

 だが、コリンは余裕を含ませた表情で神崎の視線を受け止め、さて・・・と話を切り出してきた。

 

「ここは私の趣味ではありません。付き合ってもらいます」

 

 ガチャリという音が鳴って扉の鍵が解かれ、銃を持った兵士が2人入ってくる。神崎は小さく溜息を吐いて立ち上がるしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 連行された部屋は、先程の営倉とは打って変わった、品の良い調度品が揃えられた応接室だった。部屋の中央にはテーブルと2脚のイスが置かれており、ティーセットまで準備してあった。

 

「あなた方は下がって。『太陽』さん、どうぞ座って下さい」

 

 背後の兵士は踵を揃えた敬礼を残すと、踵を返して部屋から出た。

 神崎も先に席についていたコリンに見つめられ、止む無く席に着いく。神崎の前にティーカップが差し出され、紅茶が注がれていった。

 

「どうぞ。美味しいですよ。毒なんて入れてません」

 

 そう言ってコリンも自身のティーカップに紅茶を注ぎ、ゆっくりと口をつけた。そして満足げに微笑み小さく溜息を吐く。だが、神崎には紅茶に手を着ける気は一向に無かった。

 

「飲まないんですか?」

 

「・・・何が目的だ?」

 

「焦る必要はないでしょうに・・・。まぁ、いいでしょう」

 

 コリンは静かにティーカップを置いた。

 その瞬間、彼女から湧き上がる冷たい殺気。

 神崎は思わず立ち上がろうとし、その寸前で何とか動きを止めた。氷のように冷たい視線を向けるコリンは以前戦った時と変わりなかった。

 しばしの睨み合いの後、彼女の方から視線を緩めた。

 

「あなたに興味ができただけです」

 

「興味?」

 

「はい。あなたは私たち『共生派』にとって明らかに敵です。私もあなたを抹殺するつもりでしたが、貴方について調べるうちに興味が湧きました」

 

 コリンが自らの口で共生派と語った。その上で彼女は更に神崎に問いかけようとしている。僅かに身を強張らせた神崎に、コリンは微笑んで言った。

 

「『共生派』に入りませんか?」

 

「・・・なんだと?」

 

 神崎はまずコリンが本気でそのようなことを疑った。

 そして彼女の目にまったく遊びの色が無いことを認めると、沸々と怒りが生まれてきた。今まで自分が必死になって戦ってきたことを馬鹿にされている、そう感じた。

 そんな神崎の感情を知ってか知らずかコリンは言葉を続けた。

 

「神職であった家族の下から実質強制的に軍に入れさせられ、訓練期間や初期の部隊では魔女(ウィッチ)達から迫害を受け続けた。厄介払いのごとくアフリカに送られると使い潰すように何度も激戦に投入される」

 

 コリンの口から出ているのは神崎の経歴。どうやったかは分からないが、神崎の経歴は全て押さえているらしい。

 

「そのアフリカで我々『共生派』と事を構えることになり、『蛇』でしたか?私達に対抗する部隊に入れさせられることになった。人間同士の殺し合い、その先鋒。馬鹿な汚れ仕事を押し付けられたものですね」

 

 そこでコリンは言葉を切り、紅茶を飲んだ。いやにゆっくりとした動作でティーカップを置くと、再び問いかけた。

 

「そこまで戦うことに何の意味が?それよりも私達と共に戦いませんか?」

 

「ふざけるな・・・!!」

 

 怒気を滲ませた声で神崎は叫んだ。コリンをねめつける視線が更にきつくなる。

 

「ネウロイとの共生などありえないし、奴等を倒さなければ人類は生きていけない。だからこそ、それを妨害するお前等は俺を殺そうとした。それが事実だ・・・!!」

 

「否定はしません」

 

「俺がいままで歩んできた人生がお前達になんの関係がある?何も無い!」

 

「いいえ、それは違います」

 

「何が違うと・・・!」

 

 反論しようとした神崎より、一足早くコリンはただ一言言い放った。

 

「あなたは軍を憎んでいる」

 

「そんなこと・・・!」

 

 ふざけるなと一蹴したかった。何を馬鹿なと鼻で笑いたかった。

 

 

 だが・・・言えない。

 

 

 神崎はどちらの言葉も発することができず、固まってしまった。な

 ぜ自分が否定できないのか全く分からず、動揺して目が泳いでしまう。

 その様子を見ているコリンのまなざしはどこか優しげで、彼女の瞳にはやわらかな光が灯っていた。

 

「少し話しましょうか」

 

 そう言って話し始めたコリンの言葉は神崎にはどこか心地よく感じた。

 

 

 

 

 

 なぜコリン・カリラが『共生派』となったのか?

 彼女はスオムス、カレリア地方北部の牧場に生まれた。トナカイの飼育が主な仕事で、仕事の合間に狩猟をする。自然と共に生き、自然の中で死んでいく。

 平和で平穏な日々。

 彼女に魔法力が発現して魔女(ウィッチ)としての適性が明らかになると、スオムス軍に入隊し航空魔女(ウィッチ)としての訓練を積んだ。

 その時は『共生派』の思想など欠片も無かったという。

 

 

 きっかけは第一次ネウロイ侵攻だった。

 オラーシャに侵攻していたネウロイがスオムスにも進軍し、圧倒的な戦力差にスオムス軍は為す術もなく後退した。

 結果、ネウロイはオラーシャの国境沿いに国土を奪っていった。つまり、カレリア地方から奪われていったのだ。

 多くの避難民がスオムス中央部に逃れていく中、カレリア地方北部の避難民は極端に少なかった。陸軍の出動が間に合わず、避難民の多くが命を落としたのだという。

 コリンの両親もその中に入っていた。

 だが、コリンには悲しむ暇が無かった。ネウロイが絶え間なく侵攻し、最前線に配置されていたコリンが所属する部隊は防衛戦に明け暮れていたからだ。彼女達の奮戦の甲斐もあって、程なくして援軍を含めたスオムス軍の戦力の再編成が済み、戦線を押し返すことができた。

 

 そんな時にある作戦が実行されることになった。

 未だ反攻作戦を決行できず全く情報の無いカレリア地方各方面への長距離偵察任務。コリンは飛びつくように北部方面への作戦参加を志願した。彼女の志願は通り、コリンはカレリア地方北部へと飛びあがった。少しでも両親の手がかりを見つけたい一心で。

 

 偵察任務の最中、眼下に広がる湖の1つで奇妙な物を見つけた。

 

 この辺りの森は深く、移動の際にはボートで湖を渡るのが一般的だった。避難の際にも当然ボートが使われるはずだったであろう。

 しかし彼女が目にしたのは、沢山のボートが水面下に沈んだ光景だった。しかも全てのボートの壊れ方がネウロイの攻撃にしては異様に小さかった。

 疑問を抱きつつも、コリンは偵察を続けた。

 偵察中彼女が発見したものには不可解な物が幾つもあった。塞き止められ洪水を起こした川、土砂崩れで封鎖されてしまった道、破壊された橋など・・・付近には兵士の他に民間人の遺体があった。むしろ民間人が多かった。

 コリンの疑念は強くなっていった。

 これらの被害がどうしても人為的なものに見えて仕方が無かったからだ。破壊された橋にはネウロイのビームではない、爆発の痕跡が残っていたし、洪水や土砂崩れにしてもネウロイの仕業にしては的確に道を塞ぎすぎていた。

 まさか・・・という嫌な予感を押し殺して偵察を続けたコリンはついに自分の生家に辿り着いた。そこにあったのは牧場でトナカイがのんびりと草を食む、拍子抜けするほど牧歌的な風景。ネウロイが発する瘴気など何処にも無い。

 コリンは半ば呆然としつつも転がるように着陸し、家の中へと急いだ。もしかしたら、まだ両親が居るかもしれないという淡い希望を抱いて・・・。

 案の定両親は居らず、家の中は荒れており慌てて避難した様子が見て取れた。もう両親がいないという事実を再認識させられ、以前は戦闘続きで麻痺していた心がここで限界を迎えてしまった。床に膝を付き喉を枯らして泣き、涙が枯れてしまえば少しでも両親の痕跡を探すべく虚ろな眼差しで家の中を歩き回った。

 やがてコリンは壊れた心を引きずったまま軍人として任務に戻るべく機械的に家から出た。

 目の前の牧場を闊歩する陸戦ネウロイの姿があった。

 トナカイは全く警戒することなく草を食んだままで、辺りに瘴気も出ていない。あまりの光景にコリンは茫然自失となってしまい、ストライカーユニットに駆け寄ることすら出来ずに立ち尽くしてしまった。だが、陸戦ネウロイはコリンを一瞥するかのように体を向けただけですぐにどこかへと消えて行った。

 コリンが混乱から脱して動き始めたのは随分と時間が経った後だった。

 

 帰還中、コリンはずっと考えていた。破壊されたボートや橋、封鎖された道、無事だった牧場、そして攻撃してこなかった陸戦ネウロイ。その疑念はやがてしこりのように彼女の中に残りった。

 偵察作戦からしばらく経った時、コリンはある噂を聞いた。

 曰くカレリア地方北部に展開していた陸軍が民間人を見殺しにした、と。

 同僚たちはそんな訳ないだろうと全く信じていなかったが、コリンにとっては晴天の霹靂だった。彼女が偵察中に見てきた全ての事象が陸軍が仕組んだものとすれば、あの異様に小さい破壊の規模も納得がいく。陸軍は民間人をネウロイを引きつける餌とするために故意に破壊工作をしたのだ・・・!

 激情に駆られたコリンはその足で部隊長の下へ行き、自分の考えを伝え陸軍を断罪するべきだと声高に叫んだ。彼女にとっては至極当然のことだった。しかし、他人から見ればただ錯乱しているようにしか見えなかった。

 結果としてコリンは後方への転属を言い渡された。

 度重なる戦闘で精神的に消耗してしまったと判断されたのだ。通常であればそのまま魔女(ウィッチ)としての立場を剥奪され、軍の病院へ送られていただろう。しかし、コリンが今までの戦闘で確かな戦果を挙げていたことで、後方に送られるに止まったのだ。有体に言えば、当時のスオムス軍は魔女(ウィッチ)1人を手放すことを躊躇う程に余裕がなかったのだ。

 後方に送られたコリンが配属されたのは都市防衛部隊だった。後方と言っても、開戦当初に比べれば数は減ったものの、ネウロイが断続的に空爆を仕掛けてきていた。コリンは迎撃任務に鬱々とした思いを抱えたまま従事することになる。

 

 ある時、転機が訪れた。

 スオムス義勇独立飛行中隊が彼女達の姿を模した人型ネウロイ及びそのネウロイに洗脳された航空魔女(ウィッチ)と交戦したのだ。

 相手の姿を模す。

 相手を洗脳する。

 明らかにネウロイは人類について知ろうとしている。これらの行為により、ネウロイが何らかのコミュニケーションの手段を持っているのは明らかになった。

 この一件を知ったコリンはすぐに動いた。彼女のような思想を持つものは少なからず存在しており、それはスオムス空軍上層部も同様だった。それに取り入ったのだ。

 こうしてコリンは現在の地位を手に入れた。

 

『ネウロイは攻撃しなければ攻めてこない。にも関わらず、軍は自国民を犠牲にしてまでネウロイとの戦闘を続けている。その姿勢を改め、我々はネウロイとの戦闘を止め、共に生きなければならない』

 

 これがコリンが共生派となった理由であり、彼女の確固たる思想である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてコリンは口を閉じ、ただ静かに神崎を見つめた。神崎もコリンを見るが、なぜか彼女の姿が靄に掛かったようにはっきりとしない。

 

「私の根幹にあるのは軍への不信感、憎しみ。軍がネウロイを理解しようとしなかったばかりに、この忌わしい戦争は続いています。あなたが今ここにいるのも、その為でしょう」

 

 だが、そうはならなかった。なぜなら・・・

 

「頑なにネウロイとの戦争を望んだ軍が貴方を引き込んだ。当然、貴方にも恨みがあるはず。貴方の人生は狂わされたのだから。貴方に関わった人達の人生までも」

 

 コリンのささやくような声は不気味なほどに染み込んでいき、様々な記憶を思い起こさせた。

 

 強い日差し、見上げた鳥居、海へ出る軍艦、荒らされた部屋、汚されたストライカーユニット、侮蔑の言葉、蔑みの視線。イッピキオオカミ・・・。

 

 気付けば、神崎の呼吸は荒くなり、顔にびっしりと油汗をかいていた。机の下では力の限り両手を握り締め、視線は泳いでいる。

 そんな神崎をコリンは優しく見つめ、そして助けるようにゆっくりと手を差し出した。

 

「一緒に戦いましょう?」

 

 その一言は神崎を大きく揺るがせた。

 彼女が唯一の救いに見え、彼女の手を取らなければという思いが湧き上がった。左手を強く握ったまま、右手を伸ばそうとして・・・。

 フッ・・・とそよ風が顔を撫でた。

 直後、神崎は猛烈な違和感を感じ、伸ばそうとしていた手を止めた。

 

(なぜ、俺は彼女の話をこんなにも聞き入っているんだ?)

 

 その疑問が引き金となり、神崎の思考は次第に覚醒へと向かった。

 

(なぜ俺は彼女の手を取ろうとしていた?今の話は全て彼女の主観。事実という確証はない・・・!)

 

 今までに抱いたことのない激しい怒りのままに、神崎は伸ばしかけた右手をそのままテーブルに叩き付けた。テーブルが激しく揺れ、目の前にあったティーカップが音を立てて倒れる。神崎の目には既に力が戻っていた。

 

「断る!!」

 

「そうですか。今はそうでしょう」

 

 神崎の拒絶をコリンはさも当然とばかりに受け止めた。それと同時に応接室の扉が開き、先程神崎を連行してきた兵士達が中に入ってきた。

 

「あなたには営倉に戻ってもらいます。こちら側に来ていただけるなら、相応の待遇を約束しますが?」

 

「誰がするか」

 

「その返事が変わってくることを期待します」

 

 その言葉を最後に、神崎は営倉へと連行された。

 

 

 

 

 

 応接間の扉が閉まり完全に1人になると、コリンはゆっくりとイスの背もたれに体を預けた。手に取った紅茶の味と香りに癒されつつ、溜息と共に言葉を洩らした。

 

「失敗してしまいましたね」

 

「・・・申し訳・・・ありません」

 

 その言葉と共に何処からとも無く現れたのは、小柄な少女。コリンの部下である航空魔女(ウィッチ)の一人である。伸びた前髪で目が隠れ表情が窺えないが、落ち込んだ雰囲気が滲み出ていた。

 コリンはそんな彼女に微笑んで言った。

 

「こっちに来て紅茶を飲みなさい。長時間の魔法力行使で疲れたでしょう?」

 

「・・・結構です。ですが・・・1つ・・・質問が」

 

「何かしら?言ってみなさい」

 

 コリンが促すと少女は前髪の間から目を覗かせて行った。

 

「あの・・・『アフリカの太陽』・・・は抹殺するはず・・・だったのでは?」

 

「ええ。そうね」

 

「では・・・なぜ・・・洗脳を?」

 

 必ず抹殺する。

 この決意に変化は微塵も無い。ただ、その過程が変化しただけだ。

 

 

 

本当に?

 

 

 

「洗脳すれば敵の情報を引き出せ、尚且つ戦略的にも優位に立てる。そしていとも容易く殺すことができる。そんなところです」

 

「分かりまし・・・た。では・・・失礼・・・します」

 

 そう言い残し、少女は部屋から出て行ってしまった。余程、今回の失敗が堪えたのだろう。

 

「元々、彼女の固有魔法は微弱。失敗する可能性の方が高いというのに・・・」

 

 先程の少女はコリンと神崎が会話している間、常時固有魔法を発動していたのだ。

 その魔法は「振動」。その能力は直接触れた物を振動させるというものだが、威力は弱く、振動させて物を破壊するといった芸当など到底出来ない。だが、コリンはこの性質を利用して、ある技術を編み出した。

 コリンが話す言葉を震わせて、ある特定の周波数を持たせるというもの。

 

 よく分からない技術に思えるかもしれない。しかし、その特定の周波数というのは、無意識のうちに人間が心地よく感じる高さである。それに合わせて、コリンの話術と様々な仕掛けを施す。

 その結果、一種の洗脳が完成するのだ。少女の魔法力が弱いことや、空気を通してコリンの言葉に周波数を持たせるので気流の影響を受けやすいこともあり、使い勝手が非常に悪い。

 しかし、この技術を使ってコリンは何人もの魔女(ウィッチ)を仲間に引き込んだ。現在、彼女が率いている部下達はほとんど洗脳済み。コリンが神崎に長々と身の上話をしたのはその為である。

 しかし、ギリギリのところで失敗してしまった。

 

「もう少しだったのですが・・・なぜ失敗したのでしょう?」

 

 準備は完璧だった。気流が乱れないように完全な密閉にしていた。振動が途切れることはないはず・・・。

 思考を廻らせていると、いつの間にか紅茶を飲み干していた。紅茶の香りが消えたことを名残惜しく思っていると・・・別の匂いが鼻に付いた。

 

「・・・こげ臭いですね」

 

 席を立ち、テーブルを探ると臭いの原因がすぐに分かった。テーブルクロスの端、ちょうど座って手を膝に置いた時に拳がくる位置に火が着いていたのだ。

 

「なるほど・・・そういうことですか」

 

 洗脳に失敗した理由が分かり、コリンは1人頷いた。神崎は固有魔法の炎を手に発現させることで、熱による上昇気流を生み出したのだ。それで気流が乱れ、洗脳に失敗したのだろう。疑問なのは、神崎が故意にそうしたのかどうかだ。洗脳について彼が知る機会は無かったはず・・・。

 

「どちらにしろ、一筋縄ではいきそうにありませんね」

 

 さて、いつこちらを振り向いてくれるのやら・・・と、コリンはゆっくりとした足取りで応接間から出て行った。

 




ブレイブウィッチーズが放映されたら、ストライカーブレイクカウンターができそう


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第四十九話

はよ~
ブレイブウィッチーズはよ~

線画がとてもいい出来で期待がめちゃくちゃ膨らみます

そんな訳で四十九話です
大変お待たせしました

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

神崎少尉が失踪して2日経過した。

 

 その3日間であったネウロイの襲撃は2回。

 どちらも撃退したが、神崎少尉による近接航空支援が受けられない分苦戦を強いられた。島岡さんが神崎少尉が抜けた分を補おうと奮戦したけど、通常の戦闘機では力不足なのは火を見るより明らかだった。

 軍は神崎少尉の失踪を脱走として捜査しているらしい。理由は書置きがあったことと最後に神崎少尉が居た場所に争った形跡が無かったからだそうだ。捜査は難航しているらしい。

 

「神崎少尉は脱走していない・・・」

 

 (シーナ)は自室のベッドに仰向けに寝転んだまま呟いてみた。

 これは確信を持って言える。今から脱走しようとする人が私達、陸戦魔女(ウィッチ)へのお礼は何がいいかと悩み、助言を求めてくるだろうか?

 あの真剣に悩む表情で脱走を考えていたなど到底思えない。

 ベッドから起き上がると、ふと部屋の隅に置かれた紙袋が目に入った。あの時、神崎少尉が置いていった者は手着かずのまま私が預かっている。

 

「神崎少尉の手で渡さないと意味が無いから」

 

 そう。

 皆、少尉からのお土産だと聞いて喜ばない訳が無い。

 いつも私達を上空から守ってくれる神崎少尉に皆感謝しているのだ。だから、サンドイッチも作った。仲良くなりたいと何やら計画を立てている子達もいる。

 これで終わりになどさせない。

 

「絶対に見つけ出す・・・絶対に」

 

 そうしなければならないと心の中で何かが囁く。熱くもあり、冷たくもあり、そして少し痛い感情が体を突き動かす。

 この感情の正体が何なのかはっきりと分からない。

 けれど、今はそれに従うべきだと私は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手は打ったのか?」

 

「ぼちぼちかな」

 

 鷹守の真剣味の無いない言葉に、アウロラの眉がピクリと動いたが結局何も言わなかった。

 開け放たれた指揮所の窓からは降り始めた雪と共に戦闘終了後の喧騒が入ってくる。 神崎が失踪してからの3回目の戦闘は手ひどいものになった。敵は陸戦ネウロイと航空型ネウロイとの連携作戦で攻めてきた。戦闘機を駆る島岡は数体の航空ネウロイとの戦闘に引き込まれてしまい、陸戦魔女(ウィッチ)部隊は航空優勢を取られた状態で戦うことになった。

 結果的に撃退には成功したが、いままでにない数の負傷者を出してしまった。

 

 指揮所の机に座ったアウロラはまだ硝煙の臭いが取れ切れていない髪を苛ただしげに掻きあげ鷹守を睨んだ。正面に置かれたイスに座った鷹守の表情はいつものようにふざけた表情を浮かべている。アウロラは鷹守のそういう態度が嫌いだった。

 

「そう睨まれても困るなぁ。ぼちぼちと言っても必要なことはやってるんだよ?」

 

うち(スオムス陸軍)(上層部)は脱走として調べているらしい。お前までそう考えてはいないよな?」

 

「流石にねぇ。可能性が無い訳じゃないけど。まぁ、十中八九拉致されたよね」

 

「共生派か・・・」

 

 両手をあげてやれやれと首を振る鷹守と渋面を作って腕を組むアウロラ。もし状況が2人の推測通りならば自ずと行動指針は定まっていく。だが、疑問点もいくつか残っていた。

 

(上層部)はなぜ脱走と判断した?」

 

「空軍からの横槍かな。捜査の動きを見るに、どうも圧力をかけてきてるみたいなんだよねぇ」

 

 アウロラの眉間の皺が更に深くなる。

 スオムス陸軍はスオムス軍内の共生派に対抗するために「(シュランゲ)」に協力すると決めたが、その「(シュランゲ)」がまだ正式に動けない以上、どうしてもスオムス陸軍に行動を依存する形になってしまう。その状況でスオムス空軍の共生派が陸軍に妨害をかければ、鷹守達は動けなくなってしまうのだ。

 

「まぁ、なんとかするけどねぇ」

 

「・・・算段は立っているのか?」

 

 鷹守は頭の後ろで手を組みつつイスを軋ませた。その横柄な態度に対し、表情が真剣なものに変わる。

 

(もう少しその表情を保っていてはくれないものか・・・)

 

 アウロラはそんなことを思いながらも少し姿勢を正した。

 

「まぁね。でも、穏便には済みそうに無い。・・・頼めるかな?」

 

「任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・んぁ?」

 

 目を覚ました島岡は、目を開けた先が宿舎の天井ではないことに寝ぼけた声をあげた。そしてすぐに自分が格納庫の長椅子で眠りこけていたことに気付いた。

 外は日が沈みかけており、格納庫の中は島岡と整備済みの零戦だけ。ありがたいことに寝ている間に誰かが毛布を掛けてくれたようだ。

 

「あぁ・・・めちゃくちゃダリィし痛ぇ・・・。つか、さみぃ・・・」

 

 寝ても取れなかった疲れと固いイスで横になってたことによる痛みに、島岡は思わず声を洩らす。

 神崎が抜けた分を少しでも補おうと出撃を繰り返して3日目。

 1日7度に渡る連続出撃は島岡の体力を限界まで削った。1日目と2日目は出撃後に無理矢理食事を詰め込み、宿舎のベッドに倒れこんでいた。しかし、3日目である今日は、帰還して少し休憩と長椅子に座り・・・そこから記憶は途絶えていた。

 

「ゲンの奴、全部仕事押し付けやがって・・・早く帰ってこいよ・・・」

 

 行方不明の神崎に悪態を付くも、その声は言葉程の力はなかった。いままで共に戦ってきた相棒の消失は他の誰よりも島岡に衝撃を与えていた。

 脱走はありえないと島岡は信じている。戦いから逃げるような腰抜けではない・・・と。だからこそ、拉致されたと確信し、彼の身を案じていた。できることならすぐにでも助けに行きたいが、それができない現状に歯噛みする毎日。

 そんな島岡に話しかける者が現れた。

 

「島岡さん、まだいたんですか」

 

「ヘイヘさん。・・・銃なんて背負ってどうした?」

 

「そういう気分なんで」

 

 雪を踏む音と共に現れたシーナは、真っ白な雪原用迷彩にM /28-30(スピッツ)を背負った装いだった。ストライカーユニットを装備すればそのまま出撃できそうである。

 

「島岡さんも、飛行服のままじゃないですか」

 

「帰ってきてそのまま寝てたんだよ」

 

「ここで寝てたんですか?風邪引きますよ」

 

「・・・そういう気分だったんだよ」

 

 そして、2人の間に沈黙が流れた。島岡はシーナが何のためにここに来たのか疑問に思っていたが、彼女の表情からは何も読み取れなかった。

 そんな島岡を他所に、シーナは藪から棒に尋ねてくる。

 

「神崎少尉は何処にいると思いますか?」

 

「そんなの俺が知りてぇよ」

 

 島岡の溜息と共に出る返答。島岡も考えてはいたことだが、考えが纏まらなかったのだ。しかし、シーナは違うようだった。彼女の目にはまったくの迷いが無く、何らかの確信を持っていた。

 

「神崎少尉が自分から消えるなんてありえない。誰かに拉致されたんだと思います」

 

「ああ。共生派じゃねぇかと思ってる」

 

 島岡の言葉にシーナは頷いた。

 

「今までに私達が接触したのはコリン・カリラ大尉の一派だけ」

 

「そいつらがいるのは確か・・・」

 

「ヴィープリ基地」

 

 そこまで聞いて島岡はシーナが何をしようとしているのか察した。その内容に驚きで思わず声をあげてしまう。

 

「まさか、乗り込むつもりかよ!?」

 

「ええ。でも、少し足が足りません」

 

 そう言うと、シーナはチラリと零戦を見た。つまり彼女は・・・。

 

「俺に零戦でヴィープリまで送れと!?」

 

「・・・頼めませんか?」

 

 自分が無理を言っているのは分かっているはずだ。声には申し訳なさが滲みでているが、しかし目は本気だった。単座の戦闘機に2人で乗るなど普通は無理だ。だが、小柄なシーナならなんとかなるかもしれない。幸い、機体整備は終わっているようだし、燃料弾薬はいつも整備後に補給してあるから問題ない。日もまだ僅かに残っているから離陸も可能。帰還はカンテラを滑走路に置いてもらえば何とかなる。

 つまり・・・実行できる可能性は十分にある。

 

(軍法会議は確実・・・。つうか銃殺刑か・・・笑えねぇ)

 

 だが、そのリスクと神崎救出の可能性を天秤にかければ・・・答えは決まっていた。

 

「やるぞ。さっさと準備しよう」

 

 島岡は自分の決断に全く疑問を抱かなかった。体に残っていた疲労も全く気にならなくなり、サッと立ち上がって脇に置いてあった飛行帽と手袋を手に取った。

 

「零戦を外に出さねぇとな。ヘイヘさん、魔法力を使ってちゃっちゃと・・・」

 

 零戦へと歩きながら飛行帽と手袋を着けていく島岡。だが、シーナは立ち尽くしたままなのを見て眉を顰めた。

 

「どうした?何か問題でもあったか?」

 

「ない・・・ですが、ダメ元のつもりだったので、まさか受け入れて貰えるとは・・・」

 

「まぁ、そう思うよな。普通は」

 

 戸惑ったシーナの言葉に、島岡は真面目な顔で頷いた。正直、無謀すぎるとも思っている。だが、それがシーナの頼みを断る理由にはなり得なかった。

 

「ゲンの命がかかってんだ。断る気はねぇよ。まぁ、馬鹿だとは思ってるがな」

 

 島岡がやれやれと首を振り、苦笑して言うと・・・

 

 

 

 

 

 

「いや~、本当に馬鹿だね~。なんで勝手なことをしようとするかな~」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、島岡は地面に顔を着けていた。何が起きたか全く分からない状況に島岡は呆けたように地面を舐めることになった。すぐに起き上がろうとするも何かに、いや誰かに押さえ込まれどうにもできない。なんとか目だけを動かして、シーナも自分と同じような状況にあることを知った。そして、彼女を押さえ付けているのは・・・鷹守付きの整備兵だった。

 なんで・・・と疑問の言葉を口にする直前、顔を覗き込む影があった。鷹守である。

 

「軍は命令なしに動いちゃ駄目なんでしょ?そんなこと技術屋上がりの僕が分かっているんだから君も当然分かってるよねぇ?」

 

 島岡への説教はいつものようにふざけた雰囲気がある。しかし、苦労して顔をずらし鷹守の目を見ると、目は全く笑ってはいなかった。

 

「先走ちゃだめだよ。そんなんじゃ、女の子を満足させられないよ?」

 

「何言ってんだよ。・・・悪かった」

 

 ここまでされれば大人しくするしかない。島岡が素直に謝罪すると拘束はすぐに解かれた。顔に付いた埃を払い、掴まれていた腕を回す島岡の元に、同じように拘束を解かれたシーナが近づいてきた。

 

「すみません。私のせいで・・・」

 

「いや、別にいいさ」

 

 頭を下げるシーナを尻目に鷹守は口を開いた。

 

「勝手に動いちゃだめだよ。こっちも色々と考えているんだから」

 

「・・・神崎少尉を脱走と決め付けているのにどう頼れと言うのですか?」

 

 シーナは言葉使いこそ丁寧だが不満を隠す気は更々ないらしく、鷹守に食って掛かっていた。その分、島岡は静観することにした。

 

「確かに上層部はそう判断してるねぇ。でも、僕達もそう判断している訳じゃないよ」

 

「なら、なぜ動かないんですか?いつ動くんですか?」

 

「そりゃ、色々と下準備があるからねぇ。もうすぐだよ、もうすぐ」

 

「もう少し具体的な時間を・・・」

 

 シーナが更に追求しようとした時、ガコンという音と共に格納庫の扉が開かれた。

 

「あぁ、お前はそこにいたのか」

 

 そんな言葉と共に現れたアウロラを先頭に、マルユト、リタ、シェルパを含めた十数人の陸戦魔女(ウィッチ)、そして男性兵士がぞろぞろと入ってきた。いつの間にか整備兵達も集まり、格納庫の中には20人近くが集まった。その中で状況が理解できてないのは島岡とシーナだけである。

 

「いやいや、皆来てくれてありがとう!これで役者は揃ったね!!」

 

 役者じみた挙動で大きく腕を広げる鷹守。彼はいつもの調子で宣言してみせた。

 

「神崎君の奪還作戦、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寒い。

 

 冷たい。

 

 長い間、氷点下の冷気に晒され続ければまともな思考ができなくなる。炎で体を温めようにも、1日1食の凍ったパンと水のようなスープでは魔法力が回復するわけもない。使い潰された毛布を体に巻きつけるしかなかった。

 コリンの尋問から4日。

 そう。まだ4日なのだ。

 だが、神崎は営倉の中で追い詰められている。今できることは、少しでも生き長らえるために体力を温存していくだけ。

 

「ほぅ・・・」

 

 窓からは相変わらず凍てついた雪風が入ってくる。その窓を見上げて吐いた息はまだ白くなるだけの熱を持っている。その事実に神崎は少しだけ安堵した。

 

 この状況に追い込まれたのはコリンの差し金だろう。ジワジワと死に追い込んでいく使い古された方法で、引き込もうとしているのだ。

 コリんは、こちらにつけば相応の待遇を用意すると言っていた。

 神崎はこの誘いを跳ね除けた。そうしたことに後悔はしていないし、当然のことだと思っている。

 しかし、悔しいことに、そうじゃない自分(・・・・・・・・)もいる。

 共生派につくということは人類、そして今まで戦ってきた戦友達への裏切り。到底許されることではない。

 だが、共生派につくとこの状況から解放されるのだ。死が間近に迫るこの状況から!

 

 

 弱い。

 俺は弱い。

 もし、自分の知っている他の誰かが同じ状況に追い込まれたら、自分と同じような考えを持つだろうか?

 

 

持たない。

 

 

 島岡もシーナもアウロラも加東、マルセイユ、ライーサ、稲垣、マティルダ、マイルズ、坂本そして竹井。誰も自分のようにはならない。

 なぜ、俺はこうも弱い?

 理由なんて分かりきっているだろう。

 

 軍が憎いから。

 

 必要なことだと納得したつもりだった。もう憎しみは抱いてないつもりだった。

 だが、コリンの言葉で思い知らされた。

割り切ったつもりだった憎しみの感情は心の中に楔のように打ち込まれていることを。

だからだ。だから俺は弱い。魔法使い(ウィザード)以前に、いくらそれらしくあろうとしても軍人としての確固たる芯がないからだ。憎んでいる軍の一員になりたくないから・・・。

 そもそも、俺が軍に入ったのは軍の圧力によって瓦解寸前だった家を、神崎神社を守るためだ。父親に入れさせられた。自分の意思ではない。

 

『自分が成すべきこと。自分がしたいこと』

 

 軍に入った時、北郷章香から贈られた言葉。

 

 家族を守るために戦い続ける。これが今の成すべきことだ。

 だから今まで戦い続けてきた。蔑まれ、虐げられ、体にも心にも傷を負いながら必死に戦い続けてきた。

 

 

 

・・・本当に?

 

 

 

 本当に、今まで戦い続けてきたのはそんな義務感だけなのだろうか?

 

 

 

 それは・・・違う。

 

 

 

 きっかけはそうだろう。

 

 だが、扶桑本国の部隊に所属していた時の島岡との出会いで少し変わった。

 

 そして、アフリカで決定的に変わった。

 

 マルセイユ達と共に戦い、力不足ながらも自分を受け入れてくれた彼女達を守りたいという思いが確かにあったのだ。

 スオムスでもそうだ。シーナやアウロラ達は自分を頼りにしてくれている。それに報いたい思いがある。

 

 それらの思いは嘘ではない。ならば俺は・・・俺の意思は・・・。

 

 

 

 

 

 ・・・。

 ・・・ガン。

 ・・・ガンガン。

 ガンガンガンガン!!!

 

 力任せに叩かれる鉄格子の音が神崎をぼんやりとした思考を呼び戻した。

 

「食事だ」

 

 神崎が僅かに首を傾けて視線を向けると、目深に帽子を被り手にトレイを持った兵士の姿が。いつもは大柄な体格の兵士が持ってくるのだが、今回は違うようだった。

 兵士がトレイを床に置いたのを確認し、神崎は毛布を巻きつけたままトレイのもとに向かう。ふらつく足をゆっくりと進めていくと兵士が声を掛けてきた。

 

「運ぶ途中でパンを落としてしまった。ゴミが付いてないか確認してから食べるんだな」

 

 それだけを言い残して兵士は去っていった。

 もうなんの感情も湧いてこなかった。機械的のトレイを取り、ベッドに腰掛け、言われたままにパンを見た。凍りついたパンの表面につく埃を無表情のまま払い落としていき、裏側にひっくり返したところで手が止まった。

神崎の目を釘付けにした引っかいたような傷。落とした時についたのだろうが、それはこうも読めた。

 

 

 

1800 バクハツ タスケル    タカ

 

 

 

「タカ・・・タカ・・・鷹。鷹守か・・・」

 

 言葉の意味を理解し、神崎は静かに目を閉じた。

 持っていたパンはいつの間にか握り潰されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分とやつれてしまいましたね」

 

「・・・手厚いもてなしのお陰だ」

 

「それはよかったです。あなたの考えも変わっていれば、なおいいのですが」

 

 神崎の皮肉を、コリンは余裕の表情を崩すことなく受け流し、お互いの目の前に置かれたティーカップへ手ずからポットを取り紅茶を注いでいった。

 

 

 メッセージ入りパンが届けられてから数時間後、神崎は手錠を外されてコリンの所へ連行された。

 場所は以前と同じ応接間。同じティーテーブル。

 温かい室内と湯気のあがる紅茶は、今の今まで極寒の環境に閉じ込められていた神崎にひどく胸を打つものがあった。特に、紅茶には反射的に手を伸ばしそうになってしまい、理性と意地を総動員してなんとか押し止める始末だった。

 

 神崎はコリンの対面に座ったまま目だけを動かし応接間を見渡す。暖炉のところに来たところで壁に掛けられた時計に目が止まった。針が1730を刺している。

 

「さて。4日前も同じ質問をしましたが、もう一度伺います」

 

 コリンは一口飲んだ紅茶を置いた。あくまで真摯な態度を貫くようで、神崎の目をまっすぐ見つめている。

 

「私達と一緒に戦いませんか?」

 

 神崎はここまできてやっと彼女が本気で自分を引き入れようとしているのだと確信を持てた。嘘ならば4日も放置せず、拷問するなり薬物を投与するなりして情報を吐き出させ始末していたはず。

 

(とはいえ、極寒の営倉は拷問と殆ど変わらなかったがな・・・)

 

 内心そんなことを考えつつも、表には出さない。目を伏せ、静かに口を開いた。

 

「・・・営倉にいた間に考えた」

 

「はい」

 

「お前に言われたこと。自分と向き合って、どうするべきなのか」

 

 神崎はそこで言葉を切ると初めてティーカップを手に取った。一口飲めばこの紅茶が上質なものだとすぐに分かる。この前、テーブルにぶちまけてしまったことを申し訳なく思う程に。

 彼女が入れた紅茶を飲んだのは一種の覚悟。

 敵ではあるが、彼女にはそれ相応の態度で応対しなければならないとういう思いがどこかにあった。

 故に、静かにティーカップを置いた神崎はゆっくりと息を吐いて・・・しっかりとコリンの目を見据えた。

 

「俺は・・・。ああ。お前が言った通りだ。俺は軍が嫌いだ。憎い。お前の話を聞いて軍への疑いが生まれたのも否定できない」

 

「なら・・・」

 

「だが、共生派には入らない」

 

 コリンの言葉を遮るように神崎は毅然とした口調で言い放った。軍が憎いという以前に、簡単な理由があった。

 

「そもそも俺は自分のために軍にいる訳ではない。家族の為にだ。それに・・・新しい理由もできた」

 

 神崎はそこでフッ・・・と小さな笑みを浮かべた。

 

「仲間の為に・・・。一匹狼と蔑まれる俺を信頼してくれたんだ。俺はそいつらを裏切ることはできない」

 

「・・・滑稽ですね。それは仲間への依存です。苦痛でしかない環境に身を置き続けることに対する逃避だ。その環境を壊すこともできるのに。そんな馬鹿な理由で死んでもいいのですか?」

 

 確かに滑稽で彼女の言うとおりだった。神崎は自分の歪さを認識し、だがそれでも考えを変えようとは思えなかった。

 コリンの目が徐々に冷え切ったものへと変わっていくが、神崎はそれを平然と受け止め言い切った。

 

「ああ」

 

「・・・残念です」

 

 コリンは僅かに瞑目すると、そっと立ち上がり右手を神崎に向けた。その手には神崎のC96。

 

「お返しするつもりでしたが・・・。拳銃でもこの距離。しかも体力が衰えた今の貴方のシールドなら貫通できます」

 

「・・・」

 

 コリンの目に迷いは一切無い。あるのは初めて遭遇した時と同じ凍るような殺気だけだ。一分の隙もなく銃口を神崎の額に突き付け、指に少しでも力を込めれば確実に撃ち殺せる姿勢だ。

 神崎はチラリと暖炉の時計に目を走らせた。

 

「最後に言い残す言葉でもありますか?」

 

「強いて言うなら・・・」

 

 このような状況下でも関わらず、神崎はゆっくりと目を閉じた。コリンからすれば諦めたように見えるだろう。

 しかし、違う。

 

 

 

・・・聞こえた。

 

 

 

「紅茶、美味しかった」 

 

 目を開けた神崎が微笑みながら言うと、コリンは訝しげに眉を顰め・・・気付いた。徐々に大きくなっていくエンジン音と・・・爆弾の落下音。

 

「まさか・・・!?」

 

 驚愕の色に染まった顔でコリンが窓を見た。その瞬間、窓が砕け散り衝撃がコリンに襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

『作戦開始。さっさと助けてしまおうか』

 




この話はスオムス編におけるターニングポイントになったかなと思います

それでは


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第五十話


502が今年の秋放送で、もう期待がヤバイですね

アウロラさん、でるのかな?

そんな訳で第五十話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前まで応接室の小奇麗さは文字通り吹き飛ばされた。

 突然の爆発による衝撃は窓ガラス粉々に砕き、品のいい調度品を破壊した。当然、立っていたコリンは衝撃にもろに晒されることになり、窓から反対側の壁まで吹き飛ばされて気絶してしまっている。

 そんな彼女の手から、神崎はC96を取り上げた。

 

「これは返してもらう」

 

 コリンのすぐ傍だったのにも関わらず、事前に爆撃を察知し、テーブルを盾にすることができたお陰で神崎は多少の埃とガラスの破片を被るだけで済んでいた。

 C96を回収した神崎は気絶したコリンを一瞥した。C96を握った手に力が篭るが、すぐにコリンから目を逸らし、応接室から飛び出す。

今は脱出が最優先だと言い聞かせながら。

 

 建物の中は突然の爆撃で警報が鳴り響き、混乱の中にあった。脱出したいのは山々だが、この状況下ではすぐに敵と鉢合わせになりかねない。

どうしたものかと思案しつつ廊下の曲がり角を覗いた時、案の定4人の敵集団と鉢合わせになった。相手側は皆帽子やニット帽を被っており、マフラーで顔を隠していた。もちろん銃で武装している。

 

(まさか既に脱走がばれたのか?だが、ここで諦める訳には・・・)

 

 例え銃撃されても、なけなしの魔法力でシールドを使えばあるいは・・・。

 

 そう考えた神崎は覚悟を決めると、ふらつきそうになる足に力を込めて一気に踏み込んだ。4人が目に見えて狼狽しているが、これ幸いと一番近くにいた小太り気味の男の銃を掴んで一気に引き倒した。そのまま2人目に接近しようとした所で、突然敵が銃を手放し顔を覆っていたマフラーを取った。

 

「待て待て!味方だ!助けに来たんだ!」

 

「・・・何?」

 

 両手を前に突き出し大慌てで釈明する相手を前に、神崎も思わず動きを止めた。よく見れば確かに見たことのある顔である。しかも、帽子を被っていた兵は営倉にパンを届けに来た敵兵だった。

 

「ユーティライネン大尉の歩兵中隊の?」

 

「イテテ・・・そうだよ」

 

 神崎の疑問に答えたのは、今しがた引き倒した兵士だった。倒された時に打ち付けたらしい腕を回し、苦笑を浮かべながら神崎に向き合った。

 

「歩兵中隊のヤッコだ。あんたを助けに来たんだが・・・、あまり必要なかったみたいだな」

 

「いや嬉しい。感謝する。ところで・・・上着と何か食べる物はないか?」

 

「時間が無い。移動しながらでな」

 

 救出部隊の3人が神崎を囲むように位置取りし、廊下を進み始めた。ヤッコは神崎の隣に立つとおもむろに自身の装備を外し始め、上着を脱いだ。

 

「確かにワイシャツだけで外に出るのは拙いな。これを着ろ」

 

「だが、それでは・・・」

 

 神崎はヤッコに迷惑がかかるのではと逡巡したが、周囲を警戒していた1人が声をかけた。

 

「大丈夫ですよ。ヤッコはもともと着込みすぎなんです。だから太ったように見えるんですよ」

 

「寒いんだよ。仕方ないだろ」

 

「スオムス生まれで寒がりとか笑い話でしょ」

 

 敵陣の真っ只中だが、程よく緊張が解れている。2人のやりとりを見て、神崎も若干の余裕が出てきた。ヤッコからありがたく上着を受け取り、手早く袖を通した。

 

「食い物はこれしかない。食うか?」

 

「・・・いや、いい」

 

 ヤッコが差し出してきた小箱を見て、神崎は冷や汗と共に首を振った。

 今の状態でのサルミアッキは勘弁して欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆弾が着弾したのをアウロラが確認したのは完全装備でストライカーを駆り、前進していた時だった。

 

『投下成功!格納庫に直撃したから、ストライカーユニットは全部潰したぜ!』

 

 島岡からの報告を聞き、アウロラは作戦が予定通りに進んでいるのを確認した。今後、先行して潜入させていたヤッコ達が、爆撃による混乱を突いて神崎を救出すべく行動を開始しているだろう。

 

「了解した。後はこっちの仕事だ。お前は警戒と次の準備を」

 

『了解!』

 

 島岡への指示を終えると、アウロラはチラリと背後を振り返った。付き従ってくるのは、マルユト、シェルパ、リタの3人。今回の作戦に参加した4人の陸戦魔女(ウィッチ)の内の3人である。彼女達も完全装備だ。

 

(今更、悔やんでも仕方ないが・・・)

 

 突入まであと数分はかかる中、アウロラはこの作戦のブリーフィングを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神崎君の奪還作戦、始めようか」

 

 鷹守が宣言すると格納庫に集まった二十数人の顔の色がそれぞれ変わり始めた。ある者は覚悟を決めたように表情を引き締め、またある者はやる気を漲らせ、またある者は訝しむように眉を顰めていた。

 

「まずは状況を確認しようか」

 

 そう鷹守が言うと、彼の後ろに控えていた数人の整備兵が幾つか地図が張られたボードを運んできた。

 

「行方不明になっていた神崎君だけど、調査の結果拉致されたことが判明した。場所は・・・」

 

 鷹守は言葉を切って地図の1つを指し示した。

 

「ヴィーブリ近郊の簡易飛行場だよ」

 

「簡易飛行場?」

 

 耳慣れぬ単語に島岡が首を傾げると、アウロラが反応した。

 

「第一次ネウロイ侵攻時、空軍は基地が潰されてもすぐに部隊運用できるように各所に隠蔽された飛行場を建設した。神崎を拉致したやつらはその内の1つを利用しているんだろう」

 

 アウロラは確認を取るように鷹守に視線を向けると、鷹守は満足そうに笑った。

 

「そうだよ。で、そこを占領しているのはコリン・カリラ大尉が率いる部隊」

 

「コリン・カリラ大尉・・・。この前私達に攻撃してきた人ですか?」

 

 リタの少し気後れした声にアウロラは頷いた。

 

「そうだ。あいつらが神崎を拉致した」

 

「何故・・・とも思えないですね。あいつらが私達を疎んじて戦力を削ごうと考えてもおかしくありません」

 

 マルユトもこの状況に納得したようだった。他にも疑問を持っている者が無いことを確認した所で鷹守は作戦説明を始めた。

 

「作戦としては、潜入して奪還して離脱するって感じかな~。具体的に言うと・・・」

 

 鷹守はボードに貼られた別の地図を叩いた。簡易飛行場の見取り図が描かれた物である。

 

「まず、最初に潜入部隊として工作班と救出班を送り込もうか。工作班はうち(派遣分隊)から、救出班は大尉の歩兵中隊から出して貰っていいかな?」

 

「だからヤッコ達も呼んだのか・・・。分かった」

 

 工作班は作戦の支援、救出班は文字通り神崎の救出を担当するとのこと。アウロラがヤッコに視線を向けると、ヤッコは自信に満ちた表情で頷いてみせた。

 

「で、次の段階として、島岡君に動いてもらう」

 

「おう」

 

 島岡の力強い返事に鷹守はニヤリと笑い、そのまま地図のある地点を指す。

 

「島岡君にはここの格納庫を爆撃してもらうよ。そこのストライカーユニットを全滅させちゃいたいから、今ある一番大きい爆弾使おうかな。でもそれ以外は徹底的に軽量化を図って速度を出せるようにするよ」

 

「ん?なんでだ?」

 

「その理由は作戦全体に関わってくるんだ」

 

 鷹守は地図の別の場所を叩いた。

 

「爆撃を行う前提として、島岡君には上昇限界高度で基地に接近してもらうよ。で、爆撃・・・だけどまだ離脱しないでね」

 

「はぁ?」

 

「さぁ、ここで奪還だ!」

 

 素っ頓狂な声を無視して鷹守は楽しげに言った。

 

「潜入部隊救出班は爆撃に合わせて神崎君を確保。そのまま滑走路へ護送。工作班は確保の支援をした後に離脱準備。そしてユーティライネン大尉達も爆撃に合わせて飛行場内に突入。滑走路の制圧と確保をお願いするよ」

 

「分かった。つまりこの作戦は・・・」

 

 アウロラは作戦の全体像が見えたのか楽しげに笑って見せた。その笑いに不安になるのは島岡である。果たして自分は何をさせられる羽目になるのかと。そして島岡の不安は的中した。

 

「そう!陸戦魔女(ウィッチ)隊が滑走路を確保したら島岡君は滑走路へ強行着陸!陸戦魔女(ウィッチ)の護衛のもとでそのまま救出班が護送してきた神崎君を収容して即離脱!2人が離脱した後は陸戦魔女(ウィッチ)隊と救出班は共に離脱!工作班も離脱!作戦完了!!!まぁ、こういう流れなんだけどどうかな?事前準備の時間が殆ど無いのが最大の不安要素なんだけどね」

 

 ここで呆気に取られたまま聞いていた島岡

 

「ゲンを乗っけるって俺の零戦は単座じゃねぇか。まさか・・・」

 

「あ、もう複座型に改造してるから」

 

「はぁ!?おま・・・何時の間に!?」

 

「君が寝てる間にパッとね。大丈夫大丈夫!仕上がりは完璧だから!」

 

「勝手に弄るなっつってんだろうが!!」

 

「ま、島岡君は放っておいて。皆はこれでいいかな?」

 

 島岡の悲痛な叫びを笑顔で切り捨て確認を取る鷹守。幾つかの修正案の提言とアウロラからの参加への条件の提示があったものの結果的に全員が了承した。後は細かな調整と作戦準備の為に解散の流れになった。アウロラ達も格納庫を後にしようとしたのだが、アウロラだけが鷹守に話があると呼び止められた。その話の内容は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長ぉ!敵影無いよ!このまま行く!?」

 

「ああ!」

 

 シェルパの声が聞こえアウロラは回想を止め、思考を元に戻した。ここからは少しの隙も作戦失敗に繋がる可能性がある。鷹守の参加しない(・・・・・・)この作戦の成功の成否はアウロラの双肩に掛かっているのだ。工作班からの報告では簡易飛行場の周囲に地雷の敷設はなく、あるのは鉄条網による簡単な柵だけだ。

 

(最後の最後で私に肝心なことを伝えて丸投げとは・・・この貸しは高いぞ)

 

 とりあえず今は鷹守に向ける怒りを目の前の柵にぶつけよう。もし、何かあったとしても別行動のシーナが何とかしてくれるだろう。後の問題は時間とタイミングだけ。

 

「私が先鋒だ。一直線に続け!」

 

 そう言った直後、アウロラは榴弾を装填したカノン砲で進路上の鉄条網を吹き飛ばした。4人が爆炎の中を走り抜ければ目標である滑走路はもうすぐそこである。

 

「いいか!滑走路は傷つけるな!敵への発砲は制圧射撃と威嚇だけだ!白兵戦で無力化しろ!絶対に殺すな!」

 

「「「了解!!」」」

 

 この命令こそアウロラが鷹守に出した条件である。

 未だに明確な活動根拠が明示されていない「蛇」の作戦で協同の形で参加するアウロラ達ラドガ湖の防衛部隊が味方と見なされている兵を殺害してしまえば、事の次第によっては反逆罪と捉えられかねない。

 自分だけ責任を負うならば、アウロラはおおいに暴れられただろう。しかし、神崎を救出するのは1人では到底無理であり、だからこそ彼女達を守る必要があった。無力化ならばまだ奴らが共生派であることを立証することができる。万が一こちらが罪に問われたとしても、最悪銃殺刑だけは免れるはずだ。

 

 なお、ヤッコ達にも同じ命令を下したが、彼等は拒否していた。敵陣の真っ只中ではそのようなことに構う余裕はない、と。もし、銃殺刑となっても悔いはない、と。

 

 滑走路上の敵を見定め、アウロラは唇を噛み締めた。

 こんな戦いに部下を巻き込んでしまったことに悔いはある。だが、これは必要なことであったし、その責任から逃れるつもりは毛頭無い。

 

「いくぞ!」

 

 だから、アウロラはいの一番に敵へと突撃した。武器を使わず、ただ体当たりするだけで十分。それだけで敵兵を行動不能に追い込める。カノン砲を無人の車両に放ち、叫んだ。

 

「救出班がくるまでだ!耐え抜くぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎を含めた救出班は比較的順調に所定のルートを進んでいた。作戦準備の時間は殆ど無かったが、前もって簡易飛行場の見取り図からルートを選出しており、工作班による支援によって迷うことも無い。

 ただ敵の放つ銃弾に追われることだけが問題だった。

 

「逃げろ逃げろ!ここまで来てやられたら笑い話だぞ!」

 

「分かっている・・・!!」

 

 ヤッコが先頭に立って脱出ルートを突き進み、神崎はその後ろを消耗している体に鞭を打ち追いかける。神崎の傍らにはカバーの兵士が1人、そして残り2人は敵の追撃を迎撃していた。

 

「こう逃げていると、あの時を思い出しますね」

 

「あの時?あぁ、隊長の秘蔵の酒を盗み出そうとしてバレた時か?」

 

 返事をしつつも前方に飛び出してきた敵兵を短機関銃KP-31の銃床で殴り飛ばすヤッコ。そのまま流れるようにKP-31を構えると更に前方に出てきた敵兵等に発砲した。瞬く間に足を撃ち抜いていき、倒れた所にカバーの兵士が殴打を加えて的確に無力化していく。

 

「それもこんな感じでしたっけ?でも。それじゃないです。サウナのやつです」

 

「酔っ払って陸戦魔女(ウィッチ)達のサウナを覗きに行ったやつか!」

 

「いやぁ、あの時は死ぬかと思いました」

 

「重機関銃やらカノン砲やら撃ってきたからな。あれは本気で逃げたよ」

 

(今も銃弾が飛び交っているのだが・・・)

 

 会話を聞いている神崎はC96を構えたまま微妙な表情をしていた。そんなことに構わず、ヤッコ達は会話を進めていく。

 

「班長~。もう弾無くなりそうです」

 

「これ使え」

 

 迎撃組から声がかかると、ヤッコは先程無力化した兵士の銃を投げ渡した。迎撃組は自前の銃を背中に回し、嬉々としてそれを受け取る。

 

「へぇ~。MP40じゃないですか。いいの使ってますね~」

 

「ほら、弾幕張れ。追いつかれたら元も子もないだろ」

 

「う~っす」

 

「・・・」

 

 逃走中のはずであるのに、どこか緊張感が欠けている。いや、それほどの余裕があるのか。少なくとも神崎にはそんなものは一切無いため、もうただただ付いていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 程なくして、救出班は建物内を突破して滑走路に繋がるエプロン地区に到達した。外に出るや否や救出班の目に飛び込んできたのは、そこかしこで爆発が起こる中、敵兵を殴り倒していく鬼の姿だった。神崎だけでなく先程まで軽口を叩いていたヤッコ達も言葉を失ってしまう。周りが妙に静かになったところで、鬼がこちらに近づいてきた。

 

「ヤッコ!神崎を確保したな!よくやった!今度、酒を奢ってやる!」

 

 もちろん鬼であるはずもなく、エプロン地区を制圧中のアウロラなのだが。

 

「どうした?負傷者が出たのか?」

 

「い、いや、隊長。全員無傷で神崎少尉も無事です」

 

「ご迷惑おかけしました」

 

「無事でよかった。色々と話すことはあるが、まずは脱出だ」

 

 アウロラは嬉しそうに神崎の肩を叩きつつ、耳のインカムに手を当てた。今はヤッコと神崎以外の救出班が周囲を警戒しているため若干の余裕があるようだ。

 

「神崎確保!作戦を次の段階に進ませるぞ!」

 

 この通信に島岡、シェルパ、リタが一斉に歓声をあげた。

 

『ゲンと合流できたんすね!?』

 

『本当!?やったぁあ!!』

 

『これで一安心ですね』

 

 アウロラが若干煩そうに顔を顰めるが、空気を読んだのか文句を言うことなく話を続けた。

 

「ああ。島岡すぐに着陸の用意をしろ。マルユト、シャルパ、リタは島岡の援護だ。私は護送に回るぞ」

 

 通信を終えたアウロラは神崎を見て言った。

 

「今から島岡が着陸してくるから、お前をそれに乗せる。いいな?」

 

「また強引な作戦を・・・」

 

「それだけ皆がお前を助けたかったということだ。あそこのトラックに乗り込め。ヤッコ!!」

 

「了解!!!」

 

 ヤッコはアウロラの声にすぐさま反応し、トラックの運転席に乗り込んだ。救出班もゾロゾロと荷台に乗っていき、神崎も手を借りて乗り込んでいく。そして最後にアウロラが荷台の搬入口を守るように立ち、カノン砲を構えた。

 

「まだ敵が来るぞ!早く出せ!!」

 

「了解!いきます!!」

 

 ヤッコのかけ声と同時にトラックは急発進した。大きく揺れる荷台の中で神崎が見たのは、全速力で後進し、敵の銃撃をシールドで防ぐアウロラの背中だった。敵の銃撃は小銃のものだけでなく、車載式の大口径機関銃のものもあった。が、アウロラはそれらを1発も後ろに通すことなく、尚且つ果敢にカノン砲を放って敵の勢いを削いでいった。

 

 やがて、滑走路上にいたマユルト達と合流しトラックは止まった。

 

「カンザキ少尉!本当に無事だぁ!!!」

 

 トラックが止まるのとほぼ同時にシェルパが荷台を覗き込んできて嬉しそうに叫んだ。神崎が手を上げて答えると、今度はリタが。

 

「本当によかったです。シーナも喜びます」

 

「シーナは?」

 

「別働で周辺警戒を行っている。よく無事だったな。少尉」

 

 神崎の問いに答えたのはマルユトだった。彼女も控えめに荷台を覗き込み笑っていた。陸戦魔女(ウィッチ)が4人。神崎を零戦に乗り込ませる時間を稼ぐには十分な戦力が整っていた。

 

「神崎はまだ降りるな。よし、島岡!入って来い!」

 

 

『了解!』

 

 アウロラが通信を送ると、上空を旋回していた零戦が進路を変えて滑走路に進入するコースを取った。敵もまだ追いついていない。追いつかれたとしても、こちらには陸戦魔女(ウィッチ)が4人もいる。どうとでも対処できる・・・はずだった。

 

 

 

 

 

 

『島岡さん。緊急離脱を』

 

 

 

 

 

 

『ッ!?』

 

 静かな、しかし鋭い警告が島岡に操縦桿を倒させた。身を翻した零戦が今しがたいた空間を貫いたのは2筋の火線だった。急激に増加するGに耐えつつ視線を上げる島岡。その目に映ったのは銃を構えて急接近してくる2人の航空魔女(ウィッチ)だった。

 

『嘘だろ!?格納庫は潰したじゃねぇか!?』

 

「早く離脱しろ!!やられるぞ!!」

 

『クソッ!!』

 

 島岡の悲鳴に近い叫び声を聞いたアウロラは、素早く離脱の指示を出す。その表情は苦り切っていた。

 この救出作戦に十分な下準備ができなかったのが悔やまれる。確かに格納庫は潰した。だが、それ以外にストライカーユニットを保管していない可能性が無いはずもなく、それを調べる時間は無かった。

 更に悪いのはこのタイミングである。島岡が初撃を回避したのは不幸中の幸いだったが、そのせいで島岡は反撃することなく離脱せざるをえなくなり、完全に航空優勢を失ってしまった。

 

「隊長!どうする!?上から来るよ!?」

 

 作戦は破綻してしまった。ここからはアウロラの采配1つで、皆の生死が決まる。

 

 

 

 

 

 

やってやるさ

絶対に全員で帰還してやる

 

 

 

 

 

 

 もとより諦める気も負ける気も更々無いのだ。敵が追いすがってくるなら振り払うだけ。だからアウロラはトラックの荷台を叩き、思い切り叫んだ。

 

「出せ!!全力だ!!」

 

「りょ、了解!」

 

 ヤッコが思い切りアクセルを踏み込み、トラックは全速力で急発進した。コンクリートの滑走路では雪にタイヤを取られることはない。アウロラ達もトラックの後に続き、そのままトラックの四方を囲むようにそれぞれが位置取りした。

 

「もうすぐ日が暮れる。飛行場の先の森に入れば勝ちだ!」

 

「「「「了解!!」」」」

 

「リタ。信号弾を撃て。工作班に撤退の指示だ」

 

「はい!」

 

 指示を受けたリタはすぐさま信号弾を取り出し、空へと撃ち上げた。煙を引き、空に上がった信号弾はパッと赤い光を放った。見入りそうになる赤い光が薄暗い空に十分に映えるが、アウロラ達が見たのは急接近してくる2人の航空魔女(ウィッチ)だった。

 

「撃て!!近づけるな!!」

 

 アウロラの号令の下、トラックの荷台の救出班に至る全員が一斉に射撃を開始した。撃ち上げられる対空砲火はそれなりのものとなった。航空魔女(ウィッチ)は嫌がるようにトラックから距離を取り、お返しとばかりに離れた位置から銃を撃ってきた。だが、それもアウロラ達がシールドで完全に防ぎきった。

 

 このまま上手くいくかもしれない・・・神崎がそう思いはじめたその瞬間、トラックが大きく跳ねた。荷台に乗っていた者達は皆一様にどこかに捕まり体を固定した。だが神崎だけが、体力を著しく消耗させていた神崎だけが、トラックが着地した衝撃で手を滑らせてしまった。結果・・・神崎は荷台から雪原の中へと投げ出されてしまった。

 

 

 

 

 トラックが上空からの攻撃を掻い潜り、飛行場を囲む柵を突破した時だった。

 

「神崎!?」

 

 柵を無理矢理突破したせいで大きく跳ねたトラックから投げ出される神崎の姿にアウロラは急旋回して彼の下へ行こうとした。しかし、そこで襲い掛かってきたのが上空の航空魔女(ウィッチ)である。前進を止めたアウロラは対空砲火の防御も途切れて孤立した形になってしまい、狙い撃ちさせる形になってしまったのだ。

 

「クッ!?」

 

 2方向からくる銃撃を片方はシールドで防ぎ、もう片方は後退することで何とか回避する。反撃しようにも上空で動き回る相手にカノン砲を直撃させるのは到底できることではない。

 

「隊長!退避を!!」

 

「神崎を置いていけるか!?」

 

 マルユトの言葉を一蹴し、アウロラは再度神崎のところへ向かおうとする。だが、やはり航空魔女(ウィッチ)の攻撃に晒され動くことができなかった。しかも焦りがたたり、銃撃を防御しきれずにカノン砲に被弾してしまう。アウロラは後退を余儀なくされてしまった。

 

「チッ・・・!?」

 

 どうする?

 マルユト達を向かわせるか?そうすれば、救出班を危険にさらすことになるだけだ。ならば全員で?もたもたしていたら基地からの追手に捕まってしまうというのに?ならば、神崎を見捨てる?論外だ。ならば、この状況を打開するには・・・、できるのは・・・。

 

「・・・・・・シーナ」

 

『任せて下さい』

 

 返事か聞こえた直後だった。

 ダンッ・・・!ダンッ・・・!と、2発の銃声が当たりに響き渡る。今の今まで何十、何百発の銃弾を放っても1発も当たることはなかった2人の航空魔女(ウィッチ)が不意にガクリッと体勢を崩した。たった2発の弾丸がそれぞれのストライカーユニットを片方ずつ破壊したのだ。

 

「ふぅ・・・。美味しい所を持っていかれたな」

 

 アウロラは使い物にならなくなったカノン砲を肩に担いで苦笑した。僅かに残った夕日が照らす雪原の中、雪の中から小柄な人影がムクリと起き上がり、神崎の所へ歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トラックから投げ出され、雪の中に背中から落ちた。雪のお陰で大部分の衝撃が緩和されたとはいえ、弱った体は耐えることができず意識が混濁してしまう。

ストライカーユニットの駆動音も、銃声も、叫び声も、夢の中にいるように全部あやふやで霞掛かっていた。

けれど、2発の銃声だけははっきりと神崎の耳に届いた。

目を開ければ黒煙を吐きながらフラフラと離脱していく航空魔女(ウィッチ)の姿が。聞こえてくるのは、だんだんと近づいてくる雪を踏む音と金属が軋む音。程なくして、その音はすぐ近くで止まった。

 

「少尉。神崎少尉。」

 

 なんとか頭を動かして声の方向を見ると、僅かに残った夕日に照らされたシーナの姿があった。雪原用迷彩とM /28-30(スピッツ)、陸戦ユニットのT-26改。戦闘時のいつもの彼女の姿だ。いつもの違う点と言えば、安心したように穏やかに微笑んでいるところか。

 

「大丈夫ですか?」

 

「・・・ああ」

 

「嘘言わないで下さい。大丈夫だったら、こんな有様じゃないでしょう。見れば分かります」

 

「なら何で聞いたんだ・・・」

 

 シーナは答えず、代わりにM /28-30(スピッツ)を背中に回してすぐ傍に来て手を差し伸べた。

 

「起き上がれますか?」

 

「・・・ああ」

 

 腕を動かすのも億劫ではあるが、神崎はシーナの言葉に甘えて素直に彼女の手を掴んだ。グッと掴んだ手に力が込められ、ゆっくりと上半身が持ち上がり・・・気付けば彼女の腕の中にいた。

 

「・・・シーナ?」

 

「心配しました。無事でよかったです。本当に」

 

 痛いほど強く抱き締められ、僅かに上ずった声が耳をくすぐる。神崎はゆっくりと右腕をシーナの背中に回し、優しく叩いた。

 

「シーナ」

 

「食事中に勝手にいなくなったことも許します」

 

「・・・すまん」

 

「謝らなくていいです。ちゃんと帰ってきたから。けど、あのお土産は自分で配ってください」

 

「ああ・・・分かった」

 

 シーナは神崎が拉致されたことへの責任を相当感じていたのだろう。それが彼女の言葉の端々からひしひしと伝わってくる。だからこそ、神崎は何も言わずただ優しく彼女の背中を叩き続けた。

 この状況が続いたのはほんの10秒程度だった。シーナは抱き締めていた腕を解くと、そのまま神崎の腕を取り、左脇に自身の体を滑り込ませた。

 

「トラックに戻りましょう」

 

「ああ。・・・シーナ?」

 

「なんですか?」

 

 神崎の問いかけにシーナは前を向いたまま答えた。その様子に神崎は穏やかに微笑みながら頭を振った。

 

「いや、いい・・・」

 

 彼女の頬に夕日に照らされて輝いた水滴があるのは指摘しない方がいいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・い。大尉・・・。・・・カリラ大尉」

 

 体を揺さぶられて目を覚ましたコリンが見たのは、ぐちゃぐちゃに破壊された部屋と心配そうにこちらを覗きこんでくる数人の部下の顔だった。何がどうなってこのような状況になったかははっきりとは分からないが予想はできる。

 

「状況は?」

 

「『アフリカの太陽』は奪われ、基地の主要な兵器と格納庫が破壊されストライカーユニットは全損。即応要員が迎撃に出ましたが撃退されました。負傷者は多数ですが、幸い死亡者はいません」

 

「そう。相手は?」

 

「ユーティライネン大尉が率いるラドガ湖の部隊かと」

 

 部下の報告内容はそれは酷いものだった。反撃は予想していたが、これほどに早く、これほど手痛いものだったとは・・・。

 コリンは起き上がろうとして、体に奔った痛みで動きを止めた。強かに打ちつけた背中や腰が動くことを拒否しているようだった。仕方なく部下の手を借りて立ち上がった所で、慌しい足音が近づいてきた。

 

「緊急事態です!」

 

息せき切って現れた兵士が報告した内容は衝撃的なものだった。

 

「ヴィープリ基地から航空魔女(ウィッチ)隊が2個小隊、陸軍歩兵部隊の1個中隊がここに向けて進軍を開始!目的は我々の捕縛です!」

 

「なんですって・・・!?」

 

 この中で指揮官が狼狽してしまったことを責める者は誰もいないだろう。今の報告を聞けば誰であろうと驚愕するに決まっている。今までスオムス軍が共生派の弾圧に動くことは一度も無かった。一体誰の差し金なのか・・・。

 だが、まずはともかくこの事態に対処しなければならない。

 

「この基地は放棄します。持てるだけの装備を持って、計画していたルートで撤退を。早急にです」

 

「りょ、了解!!」

 

 大慌てで動き始めた部下達を見送り、コリンは1人唇を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~この度は動いて下さりありがとうございました」

 

「礼には及ばん。あいつらには、ことらもほとほと我慢の限界だったからな。だが、お前の話し方は何とかならんのか?」

 

「いやぁ、こういう性分でして」

 

「ふん。まぁいい」

 

 アッハッハ、と能天気に笑う鷹守を不機嫌な顔で見ているのはヴィープリ基地の司令官である。

 何故、鷹守がここにいるのか?

 それは彼が根回しに根回しを重ねた結果である。

 ヴィープリ基地の司令官室、その質の高いテーブルの上には鷹守が持ってきた封筒が1つ。これ1つが鷹守が『色々考えていた』結果であり、簡易飛行場の共生派を捕縛に動く決定打になった。

 

「何時の間に上層部を抱き込んでいたのか・・・。貴様、本当に技術屋か?」

 

「僕はただの元民間企業の技術屋ですよ~。ひとえに優秀な上司と部下のおかげです」

 

 そう言って鷹守は、やはりいつものようにアッハッハと笑うのだった。

 

 

 

 






やっと、神崎が助けられました

本当に主人公か、こいつ

主人公なんですよ


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第五十一話


色々とゴタゴタがあって相当忙しかったですが、なんとか投稿

そうだ フィンランドに行こう


感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします




 

 

 

 

 ある日の午後。

 

 病室では暖炉の火が赤々と燃え、室内の温度を快適なものにしていた。しかし、病室の住人の表情は快適な物とは程遠かった。眉間に皺を寄せ、険しく細める目の先には・・・新聞。それもスオムス語のものである。住人、神崎は諦めたように顔を上げると気の抜けた声で呟いた。

 

「・・・分からん」

 

「何やってんだよ」

 

「暇そうですね。少尉」

 

 そんな時に病室に入ってきたのが島岡とシーナである。病室の扉で立つ2人に神崎は再び気の抜けた声で言った。

 

「ああ。暇だ。随分と久しぶりに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 救出された神崎はラドガ湖防衛陣地ではなくヴィープリの軍病院へと輸送された。

 軽くない栄養失調と低体温症、軽度の凍傷に魔法力切れによる自然治癒力の低下が相まってラドガ湖の防衛陣地では対処し切れないと判断されたからだ。

 ヴィープリには未だに共生派がいるのではないかという意見もあったが、結局はアウロラの決断によってそのまま輸送され、入院という流れになった。実際、この判断は間違っておらず、ヴィープリの共生派は駆逐され安全は保障されていた。

 神崎は治療を受けた上で約2日間眠り続け、目が覚めたのは先日。ただベッドに横になっているだけの生活にどうにも違和感が拭えず、厚意で置かれていた読めもしないスオムス語の新聞に手を出したのが今しがた。島岡とシーナの訪問は今の神崎にはありがたかった。

 

 

「案外元気そうじゃねぇか」

 

「そうですね。心配して損した気分です」

 

「随分な言い方だな・・・」

 

 病室に入った途端のこの発言に神崎はげんなりした表情で島岡とシーナを見た。2人は部屋の隅に置かれたイスをベッドの近くまで持ってきて座り、これからのことについて話し始めた。

 

「とりあえず神崎少尉には2週間の休暇が与えられるそうです」

 

「しかも、この入院が終わった後にだってよ。纏まった休暇って随分と久しぶりじゃねぇか。ちなみに俺も同じ休暇を貰った」

 

 2人からの報告に神崎は頷き、次いで首を傾げた。休暇を貰えるのはとても嬉しいことだが、その間の任務は誰が就くのだろうか?それを尋ねようとするのに先んじてシーナが口を開いた。

 

「神崎少尉達が休暇の間は、再編成され復旧がすんだソルタヴァラの部隊が任務に就きます。休暇後も今まで少尉達が担っていた任務の大部分を引き受けてくれるらしいです」

 

「ソルタヴァラ・・・何時の間に?」

 

「つい最近みたいです。ほら、この新聞にも記事が載っています」

 

 そう言ってシーナが差し示したのは先程まで全く読めずに膝の上に放置していたスオムス語の新聞だった。一面には大きな見出しが描かれているが、まさかそのようのなことが書かれているとは思わなかった。

 

「へぇ~そんなこと書かれてたのか」

 

「全く分からなかったな・・・」

 

「2人とも、スオムス語を少しは勉強したほうがいいですよ」

 

「・・・善処しよう」

 

「しない奴ですよね。それ」

 

 サッと目を逸らした神崎と島岡をシーナはジト目で睨み、溜息を吐く。

 この気まずい空気を変えるために神崎はアウロラ達、ラドガ湖の防衛陣地がどのような様子か聞くことにした。自分を救出するために本来の任務から主戦力を抽出し、そこまでの距離はないとはいえラドガ湖からヴィープリ近郊まで出張ってきたのだ。どんな皺寄せがきていたのか分からない。

 

「陣地の方はどんな感じだった?」

 

「特に問題はありませんでしたよ。私達が抜けていた間も襲撃は無かったみたいですし」

 

「お前の救出に成功したって言ったら皆喜んでたぜ」

 

「・・・ありがたいことだ。皆には随分心配をかけたみたいだな。鷹守やユーティライネン大尉にも」

 

「鷹守はよく分からねぇけど、ユーティライネン大尉は清々した感じだったぜ。共生派の連中に相当ムカついていたみてぇだったし」

 

「隊長、帰ってから秘蔵のお酒飲んでましたし随分とご機嫌でしたよ。でも、早く帰ってきてくださいね。皆待ってますから」

 

 まぁ待たずにお見舞いに来そうですけどね、とシーナは微笑んだ。神崎も釣られるように頬を緩め、島岡もやれやれといったように笑った。戦闘続きでは味わうことのできない無駄で貴重な時間の使い方だった。

 

 

 

 

 作戦立案した鷹守とアウロラの様子や、救出作戦中のあれこれ、それに神崎が捕まっていた最中のことなどを話している内に時間は過ぎ、1時間程して2人は帰っていった。どうやら、今回は顔を見せるだけのつもりだったらしく、臨時の買出しに託けてやって来たとのこと。

 

「帰隊が遅れなければいいが・・・」

 

 

「そうだね~。さすがに遅れたら罰則かな」

 

「・・・何でここにいる?何時の間に来た?」

 

「酷いな~。お見舞いに来たのに」

 

 何時の間にかベッドの傍に座りヘラヘラと笑う鷹守に神崎は軽く睨んで溜息を吐いた。いつもの通りふざけた雰囲気ではあるが、彼は上官で今回の件でおそらく一番骨を折ったはずだ。しっかりと礼を言うのが部下として以前に人としての礼儀だろう。

 

「今回は迷惑をかけた。ありがとう」

 

「全然問題ないよ~。僕としては神崎君が裏切ってなければそれでいいんだけどね」

 

「・・・何?」

 

 感謝こそすれ、怒りをもつ理由はなかったはずだ。だが、こう言われてしまえば話は別。神崎が先程とは別な意味で睨みつけると、鷹守はふざけた笑みを浮かべたまま眉間の部分を押さえた。日が落ち始め冷たくなり始めた風が2人の間に流れる。

 

「・・・俺が裏切っているとでも?」

 

「君はコリン・カリラ大尉と話したんじゃないかな?」

 

「・・・ああ」

 

「そこではなんて言われた?」

 

「一緒に・・・戦わないかと」

 

「この時点で疑うのはしょうがないと思うんだよね~」

 

「俺はアフリカであいつ等に殺されかけ、拉致され、こんな様になったんだ。何を今更奴らに寝返る?」

 

「人の考えなんてすぐに変わるものだよ」

 

 睨む神崎と笑みを浮かべる鷹守。2人の間に流れる緊張を先に破ったのは鷹守だった。眼鏡を抑えていた手を神崎に差し出し、ニッコリ笑って言った。

 

「手を握ってくれないかな?君ではなく、君の魔法力に聞こうと思う」

 

「何?」

 

「魔法力は実に素直なんだよ。いいかな?」

 

「・・・ああ」

 

 神崎はゆっくりと鷹守の手を握り、魔法力を発動させた。飛び出したフソウオオカミの耳と尾は神崎の感情に合わせて逆立っているが、鷹守は全く気にすることなく目を閉じていた。

 大した時間がかかる訳でもなく、鷹守はスッと目を開けた。

 

「うん、いい魔法力だね」

 

「・・・それで、俺が裏切ったかどうか分かったのか?」

 

「ん?そんなの分かる訳ないじゃないか~」

 

「・・・は?」

 

 この時ほど神崎は呆気に取られたことは無かったかもしれない。ポカンとした表情になった神崎を置いて、鷹守は1人口早に話し始めた。

 

「いやぁ~やっぱり神崎君の魔法力はいいね!君の魔法力量が膨大だから包み込まれるような奥深さを感じるし、なにより他の子からは感じられない熱さがあるのがいいね~」

 

「まさか・・・」

 

 ハァハァ・・・と段々と呼吸が荒くなっていく鷹守に神崎は理性を総動員して怒りを押さえつけながら、搾り出すように尋ねた。

 

「まさか・・・今までのは俺の魔法力を感じたいが為の茶番か?」

 

「はぁはぁ・・・。うん?そうだけど?まさか神崎君が裏切るなんて、そんなこと思う訳ないじゃないか。ん?どうしたのって痛い痛い痛い痛い!?潰れる潰れる!?手が潰れちゃう!?」

 

「ああ・・・感謝はしているさ。感謝はな。だが、これは別だろう。やっていいことと悪いことがあるんだ。ほら、大好きな魔法力だ。最大限で感じさせてやる」

 

「あれ!?本気で怒ってる!?ちょっとした悪ふざ待って本当に待って!?魔法力最大にして握り潰す気!?それはそれで・・・待って待って待って本当に痛いからやめてやめてやめてぇぇぇえええ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで神崎の入院生活は約1週間続いた。

 暇を持て余したのは最初の数日ぐらいで、島岡やシーナ、鷹守が来た以降続々と来訪者が来た。シェルパ、リタ、マルユトを含めた陸戦魔女(ウィッチ)達、ヤッコを始めとした救出班の面々、そして「(シュランゲ)」構成員兼スオムス派遣分隊整備兵達など、神崎が予想もしていなかった訪問者も現れ退屈する暇が無かった。

 もっとも、(シュランゲ)の面子は特に会話をすることなくお土産を置いていっただけで帰っていったが・・・。

 

 退院当日。

 神崎は病院を出た後、駅のホームに立っていた。

 前もって届けられていた黒の第1種軍装と軍帽に外套を羽織り、着替えと細かな日用品が詰められた鞄を足元に置き、直立不動で列車を待つ姿には傍目にはどこもに違和感は無い。だが、実際は魔法力が十分に回復し切っていなかった。魔法力が枯渇した状態で数々の症状が重なった影響だと考えられているが、恐らく以前の6割程度の戦力にしかならないだろう。休暇を挟むことになるので多少はマシになるはずだが・・・。

 

 汽笛の音と共に列車がホームに入ってきた。

 スオムスに着任した時、シーナに案内されて島岡と共に乗ったものと同じ列車である。神崎は何か感慨深いものを感じながら目の前に列車が停まるのを確認し、乗り込もうと鞄を持ち上げた所でよく見知った人物が列車から降りてきた。

 

「随分と元気になったな。最後に見たときは死にかけだったが」

 

「・・・おかげ様でよくなりました」

 

 腰に手を当てて満足そうにしているアウロラに、神崎はまずは頭を下げた。恐らく今回鷹守に次いで迷惑をかけたに違いない。島岡は彼女はそこまで気にしていなかったと言っていたが、礼を言わなければ自分の気がすまなかった。なお、鷹守に関してはもう感謝するつもりはない。

 

「ユーティライネン大尉、今回はありがとうございました」

 

「お前の支援には随分と助けられたが、いささかあの作戦は割に合わなかったな。これからの道すがらいい酒でも奢ってくれ」

 

「はい。・・・はい?」

 

 アウロラの言葉に違和感を覚えるも、汽笛の音で列車がもうすぐ出発することに気付いた。この列車を逃せばラドガ湖の陣地に到着するのが夜になってしまう。夜の雪中行軍など、こんな体の状態では是非とも遠慮したい。

 神崎は一言入れ列車に乗ろうとしたが、先んじてアウロラに腕を掴まれ動けなかった。何をするのかとアウロラの顔を見ると、悪戯に成功した子供のようにニヤリと笑っていた。

 

「お前が乗る列車はこれじゃあないぞ」

 

「は?しかし、これの列車を逃せば・・・って大尉、何で魔法力まで使って停めようとするんですか!?」

 

 そう言った直後、再び汽笛が鳴り響き列車が動き始めた。慌てて乗り込もうにもガッチリと掴まれた腕はビクともせず、全く動けないまま無情にも目の前で列車は走り去ってしまった。

 

「・・・大尉?」

 

「お前が乗るべき列車はあれだ」

 

 神崎の責める視線をきっぱりと無視しアウロラが指し示したのは、二人が立つホームに今しがた反対方向から入ってきた列車である。つまり、ラドガ湖とは反対方向に進む列車だった。

 

「しかし、あの列車は・・・」

 

「ぐずぐずするな。さっさと乗るぞ」

 

 片方には自身の鞄、もう片方には混乱する神崎を持ってずんずんと列車に向かうアウロラ。化け物じみた腕力に神崎が対抗できるわけも無く、されるがままに列車の中まで連れて行かれ。あれよあれよという間にボックス席に向かい合って座っていた。

 

「大尉。もう訳が分からないのですが?」

 

「シーナからは何も聞いてなかったのか?」

 

「・・・退院後、一週間の休暇が与えられるとは聞きましたが?」

 

「ああ。その通りだが、少し違うな」

 

 アウロラは自分の鞄の中から酒瓶を抜き取ると、親指だけで栓を抜き美味そうに一口飲んだ。そして、困惑の色が隠せない神崎に瓶の口を向け楽しそうに宣言した。

 

「これから私と2人旅だ。美味い酒、美味い料理、我が祖国の美しい景色。胸が躍るだろう?」

 

「・・・・・・は?」

 

「一週間だ。楽しみにしておけ」

 

「これが・・・俺の休暇なのか?」

 

 神崎が状況を理解しきれず呆然と呟く間に、列車はどんどん進んでいく。

強引で突拍子のない予想外のスオムス旅行。これからの行く末を暗示するがごとくの始まりに神崎はとりあえず溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧を纏う早朝の静かなブリタニア海軍軍港、プリマス。

 ブリタニア海峡を挟んで欧州の大陸と向かい合うこの軍港は、連合国海軍戦力の主要拠点の1つである。

 各国の艦艇が停泊している中、霧をゆっくりと切り裂いて軍港の片隅に進む大きな黒い影があった。

 

 扶桑皇国海軍所属潜水艦「伊399」

 

 水面下に隠した潜水艦の範疇を越えた巨体と城塞のような艦橋。その艦橋から司令官である才谷が左目で軍港を睥睨していた。

 

 やがて伊399は着岸するために運航スピードを段々と落としていく。霧が薄まり着岸地点がはっきりと見えてくと、陸上に作業員とは別に何十人規模の集団が立っていることに気が付いた。それを確認した才谷は左目を細め、ゆっくりと軍帽を被りなおした。

 

 伊399が着岸し、陸上への準備が整うと才谷は軍刀を携え数名の部下を伴って上陸した。彼女が向かったのは、陸上でずっと待機していた集団。カールスラント製の装備で身を包み、しかしカールスラントの認識を表す部隊章を一切外した小隊規模の部隊。

才谷が部隊の正面に立つと、部隊の先頭に立っていた小隊長であろう人物が動いた。中肉中背でヘルメットからブロンドの髪を覗かせた眼鏡の中尉である。

 

気をつけ(Still gestanden)

 

決して大きな声ではない。しかし、号令に応え小隊は統制のとれた動作で一斉に不動の姿勢を取った。

 

「モンティナ・ファインハルス中尉以下39名。皇帝陛下の勅命を受け、扶桑皇国軍と共に実働部隊として『(シュランゲ)』に参加します」

 

「扶桑皇国海軍中佐、『(シュランゲ)』司令官、才谷美樹中佐。諸官らの参戦を歓迎しよう」

 

 ファインハルスの敬礼に合わせて小隊全員が才谷に向かって挙手の敬礼をした。才谷もゆっくりとそして厳格に同じ挙手の敬礼で応えた。

 

 着々と(シュランゲ)は力を溜めている。毒を溜め、牙を研いでいる。その目が見据える獲物は・・・果たして・・・。

 

 

 

 

 

 





ブレイブウィッチーズまで約一ヶ月ですね

あ~サーシャさん可愛いんじゃ~


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第五十二話

随分と間が開いてしまいました
そういえば、フィンランド行ってきました
行きたい行きたいと言ってやっとです ブレイブウィッチーズへ向けてのモチベーションも上がりましたね!

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


「ほら、まずは駆けつけ一杯だ」

 

「よくそんな扶桑語を知ってましたね・・・」

 

 アウロラは自分の鞄から出した酒瓶を神崎に押し付け、それを神崎は受け取っていた。すでに列車は発進し、ラドガ湖方面とは逆方向に進んでしまっている。ここまで来てしまえばもう諦めて彼女に付き従う他無かった。

 

 

 

 

 

 

「それで・・・何処に向かっているんですか?」

 

 神崎は質問しつつ押し付けられた酒瓶をしげしげと眺めた。出来れば飲みたくは無いが、彼女を相手にして出来そうにもない。喉も渇いていたのも否めないので、黙って飲むのが吉だろう。

 神崎が栓を開けたのを満足そうに見たアウロラは、自身の酒瓶を揺らして答えた。

 

「とりあえずソルタヴァラに行く。復旧後の視察という名目だが、基地ではなく近隣の街に泊まる。雰囲気のいい所だ。景色もいいし、食事も美味い」

 

「とりあえずということは・・・本当の目的地は?」

 

「ベルツィレという所だ」

 

 神崎の知識にソルタヴァラは知っていたが、ベルツィレという所は大して知らなかった。確か、そこにもスオムス空軍の基地があったはずだが・・・。

 

「そこにも視察ですか?」

 

「まぁ・・・そんな物だな。私の野暮用でもあるが・・・」

 

「はあ・・・」

 

 神崎は曖昧に返事をしつつ酒瓶に口をつけようとして・・・直前でアウロラに止められた。何をするのかと視線を向ければ、アウロラはニヤリと笑って自分が持つ酒瓶を掲げた。

 

「旅の始まりを祝して、だ。乾杯もせずに飲むなんて味気ないだろう?」

 

「・・・確かに」

 

 ガチンッと、瓶と瓶がぶつかる無骨な音が2人の間で鳴る。

 2人を運ぶ列車は順調に旅路を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃ラドガ湖では・・・。

 

 隊長であるアウロラが休暇であっても、部隊は通常通りのシフトで動いている。現在、中尉であるマルユトが一時的に指揮を引き継いでいた。

 しかし、神崎が休暇で抜けている扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊は少し毛色が違った。

 ソルタヴァラ基地の機能が回復したのに合わせて、再編成されていた12戦隊と14戦隊が戦線に復帰した。それにより、今まで担当していた広大な作戦空域が大幅に縮小されたのだ。というよりも、ようやく適切な作戦空域に戻ったと言った方が正しい。そもそも魔法使い(ウィザード)と戦闘機1機だけでラドガ湖周辺の陸軍部隊を援護していたのがおかしかったのだ。

 そのような理由もあり、現在スオムス派遣分隊唯一の戦力となっている島岡は、激減した哨戒任務をこなしつつ慣れない机仕事に精を出していた。今まで神崎が片付けていた出撃に関する書類仕事を、彼が休暇中の間は自分でこなさなければならない。

 格納庫に隣接されている大きめの事務室で、島岡はカリカリとペンを動かしている。時折止まってはまた鳴り出す、を何回か繰り返したところでカタリとペンを置く音が鳴った。

 

「あ゛あ゛あ゛~。書類書くの面倒くせ~」

 

 島岡は凝り固まった背中の筋肉を伸ばして愚痴を零すと、苦りきった表情を一変させていそいそと一通の便箋を取り出した。つい先程アフリカから届いた加東からの手紙で以前と同様にそれなりの厚さがある。

 

「今回も写真が入っているかね~」

 

「どんな写真が入っているんですか?」

 

「そりゃあ、ケイさんとかマルセイユとかライーサの・・・って!?」

 

 いつの間にか自然に会話していたが、島岡は慌てて背後を振り返り、何を驚いているんですかとばかりに不思議そうにしているシーナを見た。

 

「何時の間に入ってきたんだよ・・・」

 

「つい先程、余程集中して書いていたんじゃないですか?」

 

「本当かよ・・・?」

 

 島岡は首を捻りつつも便箋を開こうとして・・・ふと思い立ち手を止めた。折角なら、こんな仕事の合間よりもゆっくりと腰を据えて読みたい。上手いことに明日は午後からは非番だ。

 いきなり動きを止めた島岡を不思議に思ったのか、シーナは小首を傾げた。

 

「読まないんですか?」

 

「いや、明日釣りをしながら読むことにした。そうと決まれば、今日は緊急発進の待機だけだな」

 

 便箋を上着の内ポケットにしまい、机の書類を片付け始める島岡だが、そこであることに気付いた。そういえば、シーナは何をしにここに来たのだろうか?

 

「そういや、ヘイヘさんはどうしてここに?」

 

「特に理由は無かったんですが、今出来ました」

 

「へ?」

 

 書類を整理する手を止めた島岡に、シーナは表情を変えずに言った。

 

「明日、島岡さんの釣りに一緒に行ってもいいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソルタヴァラ基地の正門。その警衛所近くにある待機室にアウロラと神崎はいた。アウロラは至極普通の表情だが、神崎は酷く疲れた顔をしていた。

 

「・・・大尉?」

 

「なんだ、どうした?」

 

 アウロラの返事も至極普通だ。だが、質問した神崎が更に表情を険しくさせた。それもそのはずで・・・。

 

「なんで大尉はあんなに飲んでそんな平気そうなんですか・・・?」

 

「おいおい。今更だろう?私にとって酒なんぞ水だ。いや、むしろ私にとっての水が酒なんだ」

 

「・・・もう人間じゃないんじゃ?」

 

 列車での移動中、神崎が最初の一瓶を開けてしまうとアウロラが次から次へと新しい酒を取り出し、持ち込んだ分が尽きれば(相当数入っていたはずなのだが・・・)停車駅で買い足していき、ソルタヴァラに付く頃には神崎は今までで一番酔っ払い、正常な意識やら、体の平衡感覚やら失いかけていた。

 アウロラに引き摺られるようにして予定の宿に入り、気が付けば本日の朝。頭を割るような頭痛にまず驚き、近くに寝ていたアウロラ放っておいて視察のためにとりあえずシャワーで酒臭さを消すことにしたのが目覚めて3分後。

 酒臭さは取れても頭痛は取れず、何時の間にやら吐き気も併発して、それらを我慢し諸々の準備をしているとアウロラが目覚めた。

 

『おはよう。いい朝だな』

 

 神崎以上の酒量だったのも関わらず、むかつく位のさわやかさに神崎は溜息を吐くことを止められなかった。何故同じ部屋にしたのか聞きたかったが、話すたびに頭に声が響いて必要以上に声を出したくなかった。

 

『水を飲んでおいた方がいいぞ』

 

 アウロラの助言に従うのは癪だったが、彼女の準備が終わるまでの間に水を飲み続けて吐き気は治めた。アウロラもしっかりと身なりを整え、宿を出発。

そして今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました」

 

 アウロラに二日酔いをからかわれている間に、ソルタヴァラ基地視察の担当官がやって来た。気の良さそうな若い中尉である。スオムス空軍の士官服をきっちりと着こなしている辺り、真面目そうな性格が窺えた。

 

「ユーティライネン大尉と神崎少尉ですね。それではご案内します」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 担当官を先頭にソルタヴァラ基地の中に入る神崎とアウロラ。周りを見れば、基地内は復旧後間もない為か所々で真新しさが目に付く。話を聞く限り、この基地はネウロイの爆撃で相当な被害を受けたはずである。それをこの短期間で復旧させたのは驚異的だった。

 

「基地機能はどのくらい復旧したんだ?」

 

 隣のアウロラも神崎と同じように基地を見回していたようだ。彼女の質問に担当官は気持ちよく答えてくれた。

 

「航空魔女(ウィッチ)の運用は問題なく行うことができます。それに基地の防空機能も改修されました。復旧率は8割と言った所でしょうか」

 

「数ヶ月でここまで復旧させるとは・・・。意外と空軍はいい仕事をする」

 

「ここが落とされたことで周辺部隊に多大な負担をかけることになりました。その為少しでも早く復旧すべく皆奮起したんです」

 

「確かに負担にはなったが・・・私達はまだまだネウロイを撃退できたがな。神崎もそう思うだろう?」

 

「・・・最大限努力するだけです」

 

 さも当然だとばかりのアウロラの問いかけに神崎は静かに答えたが、心中勘弁してくれとばかりに溜息を吐いた。毎日怒涛のように押し寄せてくる緊急迎撃任務や哨戒任務、近接航空支援など休みもなしに誰が好き好んでやろうとするのか?

 そんな神崎の気持ちを察してか、担当官が苦笑混じりに言った。

 

「特に扶桑海軍からの増援には大きな負担をかけてしまいました」

 

「それが自分の任務でしたから」

 

「それでも我々は感謝しています」

 

「しかし・・・」

 

 どうも感謝を受け取れない神崎の肩をアウロラが軽く叩いた。

 

「こういう時は素直に受け取っておくものだ。その方がお互いに気持ちがいいだろう?」

 

「・・・分かりました。ありがとうございます」

 

「いいえ。それでは、今回の視察ではこの基地の実力を見て下さい」

 

 神崎は担当官に小さく頭を下げると、再びアウロラに肩を叩かれた。ニヤリと笑いながら先に歩いていくアウロラを、自身も笑みを浮かべて足早に追いかけるのだった。

 

 ソルタヴァラ基地は非常に設備が整った基地だった。

 綺麗に整備された滑走路に、前回の爆撃から学んだのか防御が強化された格納庫、そして周辺に接地されている対空兵器、事故や爆撃後の火災に備え隣接された消防小隊など今まで神埼がいたことのあるどの空軍基地よりも設備が整っている。

 中でも目についたのは、レーダーだった。扶桑皇国海軍でも最近艦船に電波探針議として使用され始めているが、この基地には最新式のレーダーサイトが設置されて各種任務に役立てていた。正直、万年貧乏なスオムス軍には不釣り合いな代物であり、アウロラも驚きを隠せなかった。

 

「レーダーを導入する金なんてよくあったな?」

 

「これはブリタニアからの援助です」

 

「ブリタニア空軍が支援を?」

 

 担当官曰く、ブリタニア空軍が試験運用を兼ねて開発したレーダーを提供してきたらしい。レーダー専門の技術者もブリタニアから出向してきており、今のところ十二分な性能を発揮しているらしい。ネウロイを早期発見でき、確実に迎撃できるようになったとのことだ。今後、神崎や島岡にも出撃時にレーダーの情報を伝達してくれるらしい。これで索敵が随分と楽になるはずだ。

 その後は格納庫内に入り、実際の出撃に立ち会うことになった。ソルタヴァラ基地に所属する12、14戦隊は神崎がスオムスに来る以前からこの空域で戦い、周辺の陸軍部隊の支援に当たってきた。一度後方に下がり再編成されたとはいえ、熟練した航空魔女(ウィッチ)が数多く所属している。格納庫内にはそんな彼女達が駆るストライカーユニットが整然と駐機され、整備を受けていた。

主力となっているのはネーデルランド製のユニット、フォルーカD21である。既に旧式に分類されるユニットではあるがスオムス空軍では長年使われており、確かな実績と信頼を置かれている。数にして10機。これなら、神崎がカバーしていた空域を含め十分な戦闘空域での作戦行動が可能だ。自分以外にこれだけの戦力が整ったことを実感し、神崎は心の片隅で安堵していた。

 12,14戦隊の航空魔女(ウィッチ)を見る機会もあった。基地の食堂で昼食を摂っている際、偶然近くのテーブルに座ったのだ。特に会話することはなかったが、任務中の休憩でも適度に落ち着いてる様子は確かに熟練者のそれだった。

ちなみに、基地の昼食は美味しかった。やはり、野外陣地に比べ人員が多い分、調理設備や補給される物資は優遇されているのだろう。

 

(そういえば、ラドガ湖の今日の昼食はなんだったのか・・・)

 

 そんなことを考えながら、神崎は昼食で出たカレリアパイを齧るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 いくらソルタヴァラ基地のお陰で非番になったとはいえ現在唯一の航空戦力が遠出する訳にはいかないので、島岡とシーナは釣り道具を橇で引っ張ってラドガ湖の畔にやって来た。

 遠くに釣り針を投擲し、近くに転がっていた丸太に2人並んで座る。なんてことはない。だが、島岡はなぜシーナが自分の釣りに同行してきたのか分からなかった。

 

「私が一緒に釣りをしにきたのが意外ですか?」

 

「そりゃあ、まぁな」

 

 顔の表情に出ていたのか。無表情に近いシーナに尋ねられて島岡は素直に認めるしかなかった。神崎は最近シーナの表情を読み取れるようになったらしいが、島岡には無理である。だが、こっちはシェルパ、リタとだいぶ仲良くなった。浮気ではない。絶対に。島岡はライーサ一筋だから。

 

「大した理由じゃありませんよ。暇だったってのもありますし」

 

 そこでシーナの釣竿の浮きが沈んだので会話が途切れた。島岡から見てもよく慣れた手つきで釣竿を操って魚を釣り上げていた。正直、神崎よりも釣りの腕はいい。

 

「ま、時間はたっぷりある。俺は心置きなく釣りをするけど、話し相手くらいならなるさ」

 

「そうですね。色々と聞いてみたいこともあります」

 

 シーナは新しい餌を準備して投げ入れている。島岡も少し対抗心が湧いたのか早速一匹吊り上げていた。

 

「お2人がここに来てからそれなりに経ちますけど、お2人について知らないことが多いですよね」

 

「まあな。戦闘ばっかで落ち着いて話す機会も無ぇし。ここってアフリカより激戦地なんだよなぁ」

 

「昨日言っていたアフリカの手紙ってその時の部隊の方からですか?」

 

「そうだよ。あ!そういや手紙読むの忘れてたな・・・」

 

 そんな会話している間に段々と調子が出てきたのか島岡は次々と魚を釣り上げ、シーナは神崎が呆れた時と同じような目でその様子を眺めていた。

 

「神崎少尉も言ってましたけど、本当に釣りの腕がいいんですね。笑いも通り越してしまいました」

 

「まぁ、釣りは扶桑にいた時からずっとやってきたことだしな。特にゲンと初めて会った舞鶴の基地じゃあ、海も近ぇし、釣ったらゲンがその場で捌いて焼いてですぐに食えたし。面白かったな」

 

「そうですか・・・。島岡さん」

 

「ん?」

 

 シーナは釣りをする手を止めて島岡の顔を見据えた。

 

「神崎少尉と初めて会った時の事、聞いてもいいですか?」

 

「そりゃいいけど・・・なんでまた?」

 

「お2人は戦友です。戦友のことは知っておきたい。それに・・・」

 

 何か言おうとしたが言葉に出来なかったのか、結局シーナの言葉はそこで止まってしまった。しばらく2人の間に沈黙が流れ、湖畔の小さな波音が辺りを満たす。もう何度目か分からないが、再び島岡が魚を釣り上げて口を開いた。

 

「ま、いいか。俺とゲンが会ったのは・・・」

 

 そう言って島岡が話し始めたのは、およそ数年前。島岡がパイロットとして扶桑皇国、舞鶴基地に赴任した時の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地の主要な設備を見て周り、基地司令官を始めとした何人かと面会した後に今回の視察は終了した。担当官に正門まで見送られ、ソルタヴァラの街に戻り、途中で夕食をとってから宿に帰った。帰ってすぐにシャワーも浴びており、今はリビングにて寛いでいる

 

「そういえば、重要なことを聞くのを忘れていました」

 

「ん?何かあったのか?」

 

 ゆったりとした部屋着に着替え、ワインが注がれたグラスを片手にだらしなくソファに背中を預けるアウロラ。そんな彼女を対面のソファに座って見ていた部屋着姿の神崎は、頭痛に耐えるように目元を押さえて搾り出すように言った。

 

「なんで部屋が一緒なんですか・・・!?」

 

「1人1部屋なんて出来るわけないだろう。陸軍(うち)は金が無いんだ」

 

「だとしても・・・これは・・・」

 

「お前が私を襲うとも思えん。まぁ、襲ってきても返り討ちにするが」

 

 ビキリッと音が鳴るほどに力を込めたアウロラの右手を見て、神崎はもう何も言わなかった。諦めてアウロラとの間にあるテーブルに置かれた沢山の酒瓶の1つを取り上げ、自分のグラスに注ぐ。アウロラは満足そうに頷き、ゆっくりと足を組んだ。

 

「視察はどうだった?色々と勉強になっただろう?」

 

「確かに。あそこまで設備が整った基地を見たのは初めてでした」

 

「スオムスの前はアフリカだったな。どんな所だった?」

 

「砂漠の真ん中。昼は暑くて夜は寒い。風で砂が舞い、水が貴重で常に乾燥していた」

 

「こことは殆ど真反対だな」

 

 アウロラは話をしながら、グラスをあっという間に空にしていた。それに気付いた神崎が彼女が飲んでいたワインの瓶を持ち上げると、嬉しそうにグラスを差し出してきた。ゆっくりとグラスにワインを注いだ後、神崎自身も自分のグラスを仰ぐ。強いアルコールが軽く喉を焼くが、その痛みよりもそれ以上に美味いという感情が勝った。

 

(酒を飲みなれたものだ・・・。アフリカでは酒を飲まないせいでハンナを泣かせたというのに・・・)

 

 アフリカのことを話した為か、神崎は久しぶりにアフリカのことを思い出していた。こんなに酒を飲んでいる自分を見たら、マルセイユや加東はどんな顔をするだろうか?

 

「考えに耽るのは、1人で飲んでいる時にしたらどうだ?」

 

「・・・すみません」

 

 アウロラの声により物思いから脱した神崎が、彼女に向き合うと若干不満げな色が表情に出ていた。どうしたものかと迷っていると・・・。

 

「肴が欲しくなった。神崎、何か面白い話はないか?」

 

「・・・残念ながら自分にそんな技能はありません」

 

 アウロラの無茶ぶりに神崎は力なく首を横に振った。そもそも神崎は今までこうやって誰かと2人で過ごすこと自体無かったのだ。そういうことはもっぱら島岡の担当である。

 

「シンなら面白い話ができるんでしょうが・・・」

 

「ならお前と島岡の出会いの話を聞きたい。それなら話せるだろう?」

 

「まぁ・・・それなら・・・。ですが、あまりいい話ではないかもしれないです」

 

「構わないさ。ああ、長くなってもいいぞ。どうせ明日は殆ど移動だ」

 

「分かりました」

 

 神崎はそう呟くと少しグラスを傾け、舌を湿らせた。これから話そうとしているのは、扶桑皇国、舞鶴基地で本土防衛の航空魔女(ウィッチ)部隊に所属していた頃。ちょうど、魔女(ウィッチ)恐怖症が酷く、誰とも心を開いていなかった時の話だ。

 




フィンランドでは美味しいもの食べたり、戦車見たり、飛行機見たり、要塞みたりしてました
なんか、歴史の勉強していた感じw
あと、サルミアッキのアイスは不味い
でも普通のサルミアッキの方が不味い


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第五十三話

神崎と島岡の過去

あまり言及していなかったので、今回改めて色々と考えることがありました

感想、アドバイス、ミスの指摘等々気軽によろしくお願いします




 

 

 

 

 

 軍用トラックの幌の隙間から入り込む日に当てられ、座席に座りウトウトしていた島岡の意識はゆっくりと覚醒した。埃っぽい荷台に居る人間は自分1人。荷台には軍用の資材が所狭しと詰め込まれ、島岡はその隙間に自分の体を滑り込ませていた。

 少ししてトラックが止まり、荷台から降りる指示が出た。続々と進む荷降ろしを島岡は自分の背嚢を担いで荷台から飛び降りた。途端に眩しい日光にジリジリと焼かれ、潮の香りが鼻腔をつつく。

 

1939年、舞鶴海軍航空基地

 

 何処かからか航空機のエンジン音が聞こえ、島岡は手でひさしを作りつつ空を見上げた。明らかに飛行機よりも小さい軌跡が青空に飛行機雲を描いていく。

 

魔女(ウィッチ)か・・・。やっぱすげぇな」

 

 あまりに強い日差しに目を細めつつ、島岡は1人呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡は当初筑波海軍航空隊にて戦闘機のパイロットになるべく訓練を積んでいた。しかし、彼の操縦の腕前は他の訓練生よりも遥かに抜きん出ており、時折教官をも負かす程だった。

 対ネウロイ戦線において扶桑皇国陸海軍は一時期多大

な消耗を強いられた。特に消耗が顕著だったのは対ネウロイ戦において主戦力となった魔女(ウィッチ)だったが、航空機のパイロットも多大に消耗していた。というのも、魔女(ウィッチ)の絶対数は他部隊に比べ圧倒的に少なく、その数の劣勢を補うべく陸海軍の航空機が多数戦闘に参加していたのだ。

 現在、ある程度消耗から回復してきたとはいえ依然パイロットは不足。その為、島岡は2等飛行兵曹に特別昇進したうえで即戦力として実線部隊に配置され、不足分の技量はその部隊での訓練で補うことになったのだ。

 

 部隊への着任報告と挨拶が終わり今は昼食。

 島岡は先輩パイロット達相手に緊張した精神を癒すべく、味噌汁をゆっくりと啜っていた。

この舞鶴に配備されている戦闘機部隊は本土防空の最前線で戦っており、本土近くに接近するネウロイに対する先行偵察、威力偵察、航空魔女(ウィッチ)が到着するまでの牽制など様々な任務をこなしている。それを完遂するパイロット達がこれから島岡の上官になるのだ。否応なしに緊張してしまう。

 

「先輩たちスゲェ。勝てっかな~。」

 

 気の抜けた声でひとりごちる島岡が汁茶碗を置いた時、外からエンジン音が聞こえてきた。それは聞き慣れた航空機のものではなく、少し軽いもの。ストライカーユニットのエンジン音だった。窓の外に目を向ければ、基地上空を編隊飛行する航空魔女(ウィッチ)達の姿が。

 

「へぇ~。結構低空を飛ぶんだな・・・。ん?あれは・・・」

 

 ストライカーユニットの塗装が細部まで見えるほど低空を飛ぶ航空魔女(ウィッチ)達だが、編隊の最後尾を飛ぶ航空魔女(ウィッチ)のどこか不自然に見えた。どうにも乗れていないというべきか・・・。

 

「それに服装もどこか違ぇし・・・?」

 

 何がどう違うのか分からない内に航空魔女(ウィッチ)編隊は島岡の視界から消えてしまった。島岡は少しの間そのまま空を眺めていたが、予想以上に時間が経過していたことに気付き慌てて食器を片付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神崎少尉。先程の飛行はなんだ?」

 

 編隊飛行の訓練が終わって着陸した神崎を待っていたのは部隊長である鈴木昌子大尉だった。既に他の航空魔女(ウィッチ)達は格納庫の中へと向かっている。

 彼女は飛行の際、編隊の最後尾に位置していた神崎の飛行がどうにも不安定で、再三指示を出したにも関わらず一向に改善しなかったことの原因を聞きに来たらしい。

 神崎は鈴木を前にして無表情のまま口を開いた。

 

「・・・すみません」

 

「ユニットの整備不良か?」

 

「・・・いえ。整備兵が調整していました」

 

「体調不良か?」

 

「体調は・・・万全です」

 

「なら貴様の技量不足か?」

 

「・・・・・・はい」

 

「・・・ふぅ。その腑抜けた精神を鍛えなおせ。訓練終了後、基地の周りを走ってこい」

 

「はい」

 

 鈴木が溜息を吐いて格納庫へと向かっていく。少ししてから神崎も僅かに体の緊張を解き、格納庫へと向かった。

 中に入れば、鈴木以外の航空魔女(ウィッチ)達から向けられる嘲笑の視線。もう既になれた物で無視して自分のユニットケージの場所まで進んでいく。ストライカーユニットの駆動音が彼女達の嘲笑を掻き消してくれるのはありがたかった。

 ユニットケージに繋いでから自身のストライカーユニットを見る。外側から見れば何も変なところはないのだが・・・。

 神崎は近づいてきた整備兵の指示に従い、魔導エンジンを切ってユニットから足を抜く。ケージを伝って地面に降り立ち、皺の寄ったズボンを軽くはたいて伸ばしていると点検を始めた整備兵が何かに気付いた。

 

「あれ?これは・・・エルロンが・・・」

 

 チラリと後ろを見ると整備兵がストライカーユニットのエルロン部分を見て慌てていた。

 

(やっぱりか・・・)

 

 飛行中の不自然な機動の原因はこれだった。離陸してすぐに片側のストライカーユニットの操作がしにくくなってしまった。ただ緊急着陸を要するほど重大なものではなく、結局最後まで訓練をし通した。

 問題はなぜ損傷していたか、だ。訓練前の整備兵立ち会いの点検では、神崎は何も問題が無いと判断し、整備兵からも問題無しと報告を受けた。自分が傍にいた分、整備兵が嘘をついたとも考え辛い。

 ならば・・・その後か。

 後ろを振り返れば、格納庫から出て行く魔女(ウィッチ)達の後姿。その中に1人がこちらを振り返ってニヤリと笑った。

 

「・・・クソッ」

 

 ああ。この怒りは魔女(ウィッチ)達へなのか。軍へなのか。それとも自分へなのか。

 胸の中が渦巻く熱く暗い感情に、どうしようもないまま右手を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛~。先輩たち強ぇ~」

 

 薄暗くなり始めた夕方遅く。午後に部隊での訓練を終えた島岡は、基地の周り沿って続く道を走っていた。

 午後の訓練の際に早速模擬戦が実施されたのだが、勇んで挑んだ島岡はケチョンケチョンにのされて全敗。いくら同期の中で随一の腕を持ち、教官相手に勝てても、やはり第一線で戦うパイロットには敵わなかった。しかも先に負けた回数分基地の周りを走ると賭けをしていた分性質が悪い。少しはおまけしてくれたが、10周は回って来いとのお達しだった。

 

「井の中の蛙って奴か~」

 

 今は3周目。賭けに乗った島岡自身が悪いのだが、やはり面倒くさく思えてくるのはしょうがないことだろう。気分を紛らわすために走りながら周りの風景を見ている。

そんな時だった。

 

「・・・あ」

 

「・・・ん」

 

 外柵沿いにある小さな土手に誰かが座っている。島岡は知らず知らずのうちに走るのを止めていて、土手に座る人物も座ったまま目線だけをこっちに向けていた。ラフな運動できる服装で、見たところ島岡と同じぐらいの年齢そうだ。他のパイロットは全員自分より年上だったし、どこかの整備兵だろうか?

 

「よ、よう。お前も走ってるのか?」

 

「・・・ああ」

 

「やっぱ、キツイな。これ一体何kmあるんだ?」

 

「・・・さぁな」

 

「俺この前来たばかりだからよく分からねぇんだけど・・・」

 

「・・・なら、その話し方は許してやろう」

 

「・・・え?」

 

 何を言っているんだと聞き返す間も無く、整備兵らしき人物が立ち上がった。そして・・・鋭い目つきで島岡を見据えた。

 

「神崎玄太郎少尉だ。次からは口の利き方に気を付けろ」

 

「し、失礼しました!!」

 

 一瞬で直立不動になり敬礼する島岡。それを興味を無くした目で一瞥し、神崎は走り去っていった。神崎が視界から消えてから、やっと島岡は体勢を崩した。

 

「俺と同年代で少尉かよ・・・。訳分かんねぇよ・・・」

 

 坊主頭をかきながら呆然と呟いたこの時こそ、神崎と島岡の出会いだった。

 

 

 

 

 

 





過去偏は少し続きます

ブレイブウィッチーズがもうすぐ始まるので、もうテンションがヤバイです
ヤバイです


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第五十四話


ブレイブウィッチーズ始まりましたね!嬉しいですね!楽しいですね!
もう雁淵姉妹可愛いですね!

そんな訳で第五十四話となります

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

「なんですか、それ。神崎少尉、随分と嫌みですね」

 

 神崎と島岡との出会いを聞いたシーナの第一声がそれだった。島岡はそのストレートな感想に苦笑いしつつ、竿を振って1匹魚を釣り上げた。

 

「まぁ、初対面の士官に馴れ馴れしく口聞けばなぁ・・・」

 

「やはり士官は怖かったですか?」

 

「そりゃあな。しかも他部隊の士官だぜ?自分の部隊に苦情がいったらどうなることかってヒヤヒヤしたぜ」

 

 結局何もなかったけどな、と島岡は笑って釣針に新たな仕掛けを施し、湖に投げ入れた。シーナも自分の竿を引いて釣針を回収するが、餌だけ食べられていて無表情に悔しさを滲ませていた。

 

「じゃあ、いつ神崎少尉と仲良くなったんですか?」

 

 釣針に仕掛けを施しつつ、話の続きを催促するシーナ。島岡は釣竿を振りながら、しばし記憶を思い返してから口を開いた。

 

「あれは俺が舞鶴に来て数ヶ月ぐらい経った時だったけなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲1つ無い青空を飛び回る鋼鉄の鳥。

 扶桑皇国が誇る最高傑作の戦闘機、零式艦上戦闘機は装備した白い吹流しを棚引かせ、風を切り裂いて舞い上がる。

零戦が狙うのは赤い吹流しを装備した零戦。2機の零戦は互いの距離を測るように飛行していたが、一瞬後猛禽類のように互いに襲い掛かった。互いの背後を取るようにグルグルと旋回を続けたと思えば、急降下急上昇加更に様々な戦技を駆使して空を駆け巡る。

 見ている者に美しいさえ思わせる空戦だったが、終わりは唐突だった。

 赤い吹流しの零戦が急上昇した際に機動が僅かに乱れたのを、白い吹流しの零戦が見逃さずに完全に背後を取ったのだ。すかさず機銃が火を噴き、赤い吹流しを穴だらけにした。赤い吹流しの零戦は撃破されたことになる。

 

「ぃよっしゃああ!やってやったぜぇえ!!!」

 

 白い吹流しの零戦を操るパイロット、島岡はコックピットの中で喜びを爆発させていた。

 部隊配属から3ヶ月。いままで何度も負けを重ねてきた模擬戦で、今回が初めての勝ち星である。

 

 

 

「いや~。まさかもう負けちまうとはな~」

 

 模擬戦後の舞鶴基地の滑走路。

赤い吹流しの零戦から降りた島岡の先輩は驚きと喜び、少しの悔しさを滲ませて笑ってみせた。自分の後輩が成長したことは嬉しいのだろうが、やはり負けるということはパイロットとして悔しいのだろう。

白い吹流しの零戦から飛び降りた島岡は、気のいい笑顔で先輩に頭を下げた。

 

「先輩のご指導の賜物っす!ありがとうございました!」

 

「次も勝てると思うなよ?次はねじ伏せてやるからな」

 

「うっす!」

 

「くそ!今日は好きなもの奢ってやるよ!」

 

「あざっす!!」

 

 そんなやり取りをしつつ2人が零戦の駐機場から歩いて離れていくと、新たな機影が滑走路から飛び立っていった。二人は何気無くそちらの方を見ると、先輩がヒュウと口笛を吹いた。

 

「航空魔女(ウィッチ)の飛行だ。壮観だな」

 

「へぇ~。俺、こんな近く見るのは初めてっす」

 

「少しは航空魔女(ウィッチ)の動きも知ってた方がいいぞ。時々、合同演習とかあるからな」

 

「へぇ~。分かりました」

 

 どうやって航空魔女(ウィッチ)の動きを勉強するのかと考えながら、2人が会話している間にも、滑走路から続々と航空魔女(ウィッチ)が飛び立っていく。何気無く島岡も眺め続けていたが、最後尾らしき航空魔女(ウィッチ)が飛び立った時、その姿を見て目を剝いて驚いた。

 

「先輩!男が飛んでますよ!」

 

「あ?なんだ、知らなかったのか?」

 

 島岡が見たのはストライカーユニットを装備した男。しっかりと動物の耳と尻尾も生えている。だが、驚いているのは島岡だけで先輩は全く気にしていないようだった。

 

「男の魔女(ウィッチ)魔法使い(ウィザード)って奴だよ。この基地に配属されたのは1年ぐらい前だったか?その時は皆驚いていたぞ」

 

「へ、へぇ~。そんな奴もいるんすね」

 

「年は若いけど士官だからな。気をつけろよ」

 

「うっす。・・・ん?」

 

 先輩からの注意に頷いたところで、島岡の中で何か引っかかった。若くて士官・・・20代前半の先輩が言うならもっと若いのだろう。つまり、自分と同じくらいの士官は・・・。

 

「その魔法使い(ウィザード)って何て名前なんすか?」

 

「確か・・・神崎だったか?少尉だったはずだ」

 

 神崎、少尉。そう島岡がこの基地に着任したての頃にランニングの最中に会ったあの人物である。

 

「あいつが魔法使い(ウィザード)だったのか!?」

 

 初めて会ってから約3ヶ月が経ち、ようやく島岡は神崎が魔法使い(ウィザード)であることを知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 神崎にとっては珍しく何事も無く演習が終わり、部隊は会議室に集められた。神崎は部屋の隅の席に座り、壇上に立つ鈴木を注視していた。

 

「次の演習では戦闘機隊との合同訓練が予定されている」

 

 鈴木は背後にあるボードに貼ってある紙を指し示しながら言った。紙には演習の細かな事項や編成等が書かれている。その中には神崎の名もあった。

 

「戦闘機隊との訓練では、対ネウロイ戦を想定した連携を重視する。攻撃班と防衛班だ。攻撃班は連携を、防御班は護衛を、重点的に行ってもらう。つまり攻撃班が防衛班を攻撃し、攻撃班は防衛班が護衛する戦闘機に撃破判定を与えれば勝ち。防衛班は制限時間まで護衛し切れば勝ちだ」

 

 ネウロイの攻撃に対して戦闘機はあまりにも無防備で、生き残るためには回避する他無い。魔女(ウィッチ)によるシールドで航空機を護衛することは実戦では欠かせない戦術の一つであり、演習はこの護衛の動きに関する訓練も含まれていた。そして神崎は防御班に割り当てられていた。

 

「今回は調整の意味合いも強いが、気を抜くことがないように。以上、解散」

 

 鈴木が解散を宣言すると神崎を含めた航空魔女(ウィッチ)部隊は一様に立ち上がって敬礼した。鈴木が返礼した後に魔女(ウィッチ)達も三々五々に退出していく。神崎も会議室から出ようとしたのだが、鈴木に呼び止められた。

 

「神崎、少し待て」

 

「はい」

 

 神崎は鈴木の前に立つと直立不動で相手の言葉を待った。鈴木はしばし神崎を眺めると、溜息を吐いて語りかけた。

 

「少尉、整備部隊から少尉の機体の故障が多いという報告を受けた」

 

「はい」

 

「だが、私が見ている限り無理な機動をしていたとは思えない」

 

「・・・」

 

「何か思い当たることはないか?」

 

 目を覗き込むように見てくる鈴木に神崎は沈んだ目で見返した。あの航空魔女(ウィッチ)達のせいだと言うことが出来ればどんなに気が楽になるだろうか。だが、何も証拠が無く、言ったとしても相手に口裏を合わせられればどうしようもない。

 結局何も変わらないのだ。

 

「・・・いえ、何もありません」

 

「本当か?」

 

「はい」

 

 鈴木はかなり疑った目で見ていたが、神崎は目を逸らして視線を避けてしまった。

 その後、鈴木は再び溜息を吐いて解散を告げた。

 

 

 

 

 

 演習当日。

 滑走路脇の駐機場には演習に参加する戦闘機、ストライカーユニットが整然と並べられ離陸準備が着々と進められていた。機体ごとにパイロットと整備員が付いて最終調整を行い、戦闘機隊と航空魔女(ウィッチ)隊の隊長が打ち合わせを行っている。

 島岡も自分の戦闘機の調整をしていた。

 

「特に問題は無ぇよな・・・。お?あれは・・・」

 

 コックピットに座り計器を確認していたが、ふと目を向けた先に腰に扶桑刀を差した男の士官がストライカーユニットに歩いていくのが見えた。士官が近づいてきた整備兵に軍帽を預けているのを

見て、島岡はそこでやっと誰だか気付いた。

 

「あれは神崎少尉。魔法使い(ウィザード)かぁ・・・」

 

 少尉も演習に参加するのかと島岡が考えている間に神崎はユニットケージに登りストライカーユニットに足を滑り込ませた。次の瞬間には神崎の体から光が漏れだし狼の耳と尾が発現し、ストライカーユニットが起動した。

 島岡はいつの間にか手を止めて、その一部始終を見届けていた。初めて見た魔法力の発現に少なからず感動したのだ。

 

「・・・やべ。早いとこ点検終わらせねぇと」

 

 思いの他時間が経過していたことに気付き、島岡は慌てて零戦の計器に目を走らせた。そのせいで、神崎もこちらを見返していたことに気が付かなかった

 

 

 

 

 

 演習が始まり、戦闘機隊と航空魔女(ウィッチ)隊が一斉に離陸した。

 まず攻撃班に割り当てられた戦闘機と航空魔女(ウィッチ)が距離を取り、防衛班は戦闘機を中心においた防御陣形を作る。今回の演習では全員が弱装ペイント弾装填で統制されており、一発でも被弾すれば撃破扱いとなる。

 

『戦闘開始!!!』

 

 オープンチャンネルで発進された鈴木の声が火蓋を切ることになった。

 攻撃班が一気に速度を上げ肉薄しようとし、防衛班の航空魔女(ウィッチ)達は近づかせまいと弾幕を張り始める。

 その光景を護衛される戦闘機隊の内の1機に乗っていた島岡は間近で見ていた。流れるような火線と時折発光して展開されるシールドの光は幻想的で、演習中であるにもかかわらず見蕩れてしまいそうになってしまった。

だからこそ、しばらくしてあることに気付いた。

 

「あ?なんか攻撃が神崎少尉に集中してねぇか?」

 

 そう。見ている限りどうも神崎に特に攻撃班の航空魔女(ウィッチ)からの射撃が集中しているのだ。神崎はほとんどシールドを張ったまま火線を防ぎ、防衛班の航空魔女(ウィッチ)は何の援護もしない。それどころか、火線に耐え何も出来ない神崎を笑っているのだ。これには、島岡は自分の目を信じられなかった。

 だが、それは紛れもない事実。その事を認識した島岡は段々と眼つきがきつくなっていった。

 

「・・・何やってんだよ、あれは」

 

 神崎は必死に戦っている。にも関わらず、魔女達(あいつら)は・・・同じ戦友にあのような行動・・・。到底許されることではないはずだ。それに何より・・・。

 

「気に食わねぇな」

 

 島岡はそう呟くや否や、通信機を弄りすぐ傍を飛ぶ先輩の零戦に呼びかけた。

 

「先輩、魔法使い(ウィザード)が見えますよね?」

 

『ん?ああ。いやに攻撃を受けてるみたいだな』

 

「あれ、わざとっすよ。あいつら魔法使い(ウィザード)を見て笑ってやがります」

 

『本当か!?・・・で、お前は何しようってんだ?』

 

 先輩からの問いかけに島岡は一瞬押し黙ってしまった。先輩自身、すでに島岡が何をしようとしているのか察しているのかもしれない。だが、ここで自分の言葉で言わなければ周りに迷惑をかけてまで行動を起こす資格がないように思えた。

 

「俺、今から魔女(あいつ等)に1発ぶちかまします」

 

『まったく・・・。どうせ止めても意味ないんだろ?』

 

「すんません。ご迷惑かけます」

 

『やるんだったら派手にな』

 

 先輩からの言葉も後押しになり、島岡に気合が入った。操縦桿を改めて握りなおし、神崎に攻撃を続ける航空魔女(ウィッチ)に狙いを定める。犬歯を剥きだしにして笑いぼそりと呟いた。

 

「やってやるか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

(何をやっても変わらない)

 

 降り注ぐペイント弾の雨をシールドで防ぎつつ神崎は心中で呟いた。

 訓練でも演習でもいつもこれだ。そこまで魔法使い(ウィザード)が憎いか。そこまで神崎神社が憎いか。ここまで・・・、ここまで・・・!

 

「何をやっても変わらない・・・!」

 

 九九式機関銃を振りかざし、なけなしの反撃をするが援護は無い。誰が神崎を援護するのか。誰もするはずが無い。

 1人で戦い、1人で耐えるだけ・・・。

 

 

 

『ふざけた事をしやがって!お前ら、いい加減にしろよ!!』

 

 

 

 目の前に躍り出た鋼鉄の鳥に、神崎は思わず目を奪われた。

 まさか護衛対象である零戦が戦闘に参加するとは思ってもみなかったのだろう。神崎を攻撃していた航空魔女(ウィッチ)達は表情を驚きの色に染めて、慌てて散開した。銃撃が止みシールドを張る必要がなくなった神崎は、力なく銃を下ろし呆然とその光景を見ていた。

 

「一体・・・何故・・・」

 

『ああ!?ムカついたからだよ!!悪いか!?』

 

「悪いも何も・・・」

 

『うるせぇ!!』

 

 零戦は翼を翻して混乱する攻撃班に果敢に突撃していく。それはまるで雀の群れに襲い掛かる鷹のようだった。だが、実際に零戦が襲い掛かったのは雀ではなく、鷹をも殺しかねない鷲だったということだ。

 零戦の突撃による混乱から脱すれば、多重包囲されているに過ぎない。防衛班の航空魔女(ウィッチ)達が協力すれば状況は変わっただろうが、彼女たちが嫌う神崎に味方した者を誰が助けるだろうか。

 零戦は奮戦虚しく、神崎が呆然と見ている中数多の銃撃に晒されてペイント塗れになり、撃墜判定を受けてしまった。

 

『あぁあ、負けかよ。って・・・え?』

 

「・・・どうした!?」

 

 インカムから聞こえた島岡の声に焦りが混じる。思わず聞き返した神崎の耳に信じられない言葉が聞こえた。

 

『エンジンが止まりやがった!?舵も効きづらい・・・!さっきの銃撃のせいかよ!?』

 

「なんだと!?」

 

 驚きで声をあげた神崎の目の前で島岡の零戦は体勢を崩して降下に入ってしまった。みるみると高度を下げていく零戦に、演習中であることを忘れて一気に加速して接近した。

 

「脱出は!?」

 

『風防がビクともしねぇ!!多分、さっきの銃撃でどっか凹んじまった!!』

 

「クソッ・・・!!」

 

 神崎は降下していく零戦と相対速度を合わせ、風防に手をかけた。魔法力を使ってどうにか開けることができないかと試みるも、風防にへばりついたペイントで手がすべり失敗してしまう。

 降下する速度はどんどん上昇して行き、程なくして取り返しのつかない域まで達してしまうだろう。どうすればと思考を巡らす神崎と、コックピットで何とか脱出しようと悪戦苦闘する島岡の目線がふと重なる。島岡の覚悟を決めた目を見て、神崎は決心した。

 

「仕方ないか・・・!!!」

 

『何するつもりだよ・・・!?』

 

 島岡の声が聞こえたが、神崎は無視して1度零戦から距離を取った。持っていた九九式機関銃を背中に回すと、腰に差した炎羅(えんら)に手をかける。これ以上速度が出ればチャンスは無い。この一回が勝負だった。

 

「頭を下げろ!風防を斬り飛ばす!!」

 

『は、はぁあ!?何、無茶言ってんだよ!?』

 

 島岡が血相を変えて悲鳴をあげるが、取り合っている時間は無かった。規定の速度よりも加速しかけている零戦に必死に追いすがりながら、神崎は叫んだ。

 

「必ず成功させる!頭を下げろ!早く!!!」

 

『ああ、クソ!!やれ!!やれよ!!畜生!!!』

 

 コックピットで島岡が頭を抱え込むようにして下げたのを確認した瞬間、神崎の右手は動いた。居合いで放たれた刃は、ギャリンという音と共に風防のガラスとフレームを切り裂く。神崎のすぐ傍を風防の破片が飛び散り、零戦のコックピットが開放されて島岡が飛び出てきた。

 

「のわああああ!?」

 

「っ!?」

 

 落下傘を開く余裕もない程に猛烈な勢いで空中に放り出された島岡だったが、落下の途中で神崎が確保していた。神崎と彼に両腕を支えてられ宙釣りになる島岡の2人の眼下ではペイント塗れの零戦が海上に墜落していく所だった。2人とも半ば呆然としてその光景を眺めていたが、どちらからともなくぽつりと呟いた。

 

「「死ぬかと思った・・・」」

 

 

 

 

 

「それで、その後はどうなったんだ?」

 

 喋り疲れた喉を酒で潤していると、待ちきれないのかアウロラが話の続きを催促してきた。彼女はソファから身を乗り出すように聞いており、余程気になるのだろう。神崎はゆっくりとテーブルにグラスを置くと、大分回ったアルコールの陰で滑らかになった口を開いた。

 

「演習は勿論中止になりました。自分と島岡は上官に呼び出されて尋問。自分はそこまでかかりませんでしたが、島岡は相当絞られて結局2ヶ月間の飛行停止処分でした」

 

「ほう。それで済んだのか?」

 

「クビになりかけたところを、演習で通信を入れていた先輩のお陰でなんとかなったそうです」

 

「運がいいな、あいつは」

 

 そう言ってアウロラはカラカラと笑い、ボスンとソファのクッションに身を沈めた。手に持っているグラスからは一滴も酒を零していない。

 

「で、それからは?」

 

「それから俺とシンは少しずつ話すようになり、いつしかこんな感じに」

 

「なんだ。簡単だな?」

 

「多分、男の友情はそんなものかと。色々と馬鹿をやりました」

 

「次はその話も・・・聞きたい・・・」

 

「大尉?」

 

 気付けばアウロラはゆったりと眠りについていた。酒が残っていたグラスを手放して落とさなかったのは流石だったが、このままでは危ないのでアウロラの手を掴みゆっくりとグラスを取り上げた。

 

「おやすみなさい、大尉」

 

 一言アウロラに声を掛けると、神崎は取り上げたグラスに残っていた酒を天井の照明に透かした。キラリ、キラリと酒が煌くのを眺めるとそのまま一息で飲み干した。

 

「親友に・・・か」

 

 そう呟いて、神崎は空になったグラスをテーブルに置いた。

 





という訳で、過去編は一旦終了です。
機会があれば2人の馬鹿な出来事もあげたいですね



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第五十五話


ブレイブウィッチーズ面白いですね!
凄いですね!可愛いですね!なんか前回と同じようなことしか言ってないですね!

そんな訳で第五十五話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々是非お願いします


 

 

 

 

 ガタンガタンと列車の振動に心地よく揺られていた神崎。

 

 昨夜、昔話の間に思ったよりも多く摂っていたアルコールのお陰か随分と深い眠りの中にいたのだが、妙な圧迫感を感じてゆっくりと意識を覚醒させた。

 顔に掛けるように被っていた軍帽の隙間から眠気眼を覗かせると、神崎と同じように眠りこけ、完全に体を預けて来ているアウロラの姿が。普通、アウロラ程の美人に寄りかかられれば嬉しいはずなのだが・・・彼女の寝息から漏れる強烈な酒の香りが全て台無しにしていた。

 

 端的に言って酒臭いのである。

 

「・・・大尉、どいてください・・・」

 

「ZZZ・・・」

 

「大尉・・・割と重いんですが・・・」

 

「ZZZZZZ・・・」

 

「酒の臭いで頭が痛くなってきた・・・」

 

 神崎は頭痛で眉間に皺をつくりながら再度を被りなおす。もう放置するしかないと諦め、不貞寝を決め込むことにしたのだ。

 アウロラが言っていた目的地、ベルツィレまではまだ相当の時間がかかる。もう一眠りすれば、残っているアルコールも抜けて頭痛も治まるはずだ。願わくば、アウロラの酒も抜けていれば・・・。

 

 もっとも、酒が抜ければ抜けた分だけ飲んでしまうのが目に見えているのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルツィレ。

 ソルタヴァラの北方に位置するスオムス空軍の飛行場を有している村落だ。補給の観点から鉄道が敷かれており、ソルタヴァラから約6時間ほどで移動することができる。元は深い森に囲まれた静かな村だったのだろうが、今は基地から聞こえる騒がしい音と共に人の活気で満ちていた。

 

「よし、着いたな」

 

「ここがベルツィレですか・・・」

 

 アウロラと神崎は列車から降り、簡素なホームに立った。移動中にぐっすり寝たおかげかアウロラはすっきりとした表情で鞄を持ち、神崎は顔色は良かったが眉間の皺は取れていない。いまだ頭痛は残っているようだが、少なくとも二日酔いではない。ソルタヴァラの時のような状態になることはなさそうだった。

 

「目的地はここの基地ですか?」

 

「ああ。そこまで遠くないはずだ」

 

 アウロラが先導する形で2人は駅から出た。まだ午前中ではあるが村の通りにはそれなりに賑わっており、通り自体もしっかりと整備された状態が保たれている。辺りを見回した神崎は意外そうな口調で言った。

 

「村・・・にしては賑わってますね」

 

「ああ。私も来るのは久しぶりだが、ここまでとは思わなかった」

 

「下手な街よりも活気があるのでは?」

 

「違いない。お!あそこに良さそうな酒が・・・」

 

「・・・道草は食いませんよ」

 

 アウロラが目敏く酒屋を見つけるが神崎は渋い表情で諌めた。すでに連日酒漬けで大分参っているのだ。しかもアウロラが酒屋に行けば沢山買い込んだ挙句にその場で飲み干しかねない。市民の前でそのような醜態を晒すのだけは勘弁して欲しかった。

 さすがに、その辺は弁えているのかアウロラは恨めし気に神崎を見ると溜息を吐いていった。

 

「ああ。私は悲しいぞ。こんな楽しい旅行に連れてきてくれた上司にそんな態度を取るとは」

 

「・・・少なくとも、今回の旅行は強制連行でしたが?」

 

「そうだったか?」

 

「・・・いいから行きますよ」

 

 ニヤニヤとしたからかいの笑みに憮然とした表情を返しつつ、アウロラを引っ張るように神崎は僅かに速く歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 通りを抜けてしばらく歩くと二人の耳に聞きなれた音が段々と聞こえ始めた。

 空気を震わす、唸るような音は魔導エンジンの駆動音である。

軍の敷地を示す柵も見えてきており、もう少しで飛行場に到着するだろう。

 

「あそこから入るぞ」

 

 アウロラが示した先には飛行場への門。併設されている警衛所にアウロラが顔を出すと、大した手続きもなく瞬く間に許可が下りて門を通ることが出来た。知り合いでもいたのかと神崎が疑問に思っていると、それが表情に出ていたのかアウロラが答えてくれた。

 

「一時期、ここの部隊に転属する話もあってな。知り合いや友人が多いんだ」

 

「そうですか・・・。なら、今回の目的はその方々に会いに?」

 

「それもある。だが、メインは違う。それにサプライズもある」

 

 まぁ、すぐに分かるとアウロラは意味ありげな微笑を浮かべた。神崎も無理に聞こうとは思っていなかったので、首をすくめて見せるだけだった。

 上空から再び魔導エンジンの駆動音が聞こえてきたので、話題変換も兼ねて空を見上げた。スオムス軍の青を基調とした制服を身に纏った航空魔女(ウィッチ)が綺麗な編隊を組んで着陸準備に入っている。彼女達が装備するストライカーユニットに神崎は少し驚いていた。

 

「随分と太いな・・・」

 

「バッファローというユニットだな。さて・・・急ぐぞ」

 

「は?大尉?」

 

 航空魔女(ウィッチ)達を見た途端、アウロラはいきなり歩調を速めた。慌てて神崎も歩調を速めて追いかけるも、アウロラは神崎に一切目もくれずに一直線に滑走路へと進んでいく。

 アウロラがやっと止まったのは滑走路に出た時だった。キョロキョロと辺りを見渡すアウロラに少し遅れて神崎も追いつく。

 

「大尉?いきなりどうしたんですか?」

 

「少し鞄を頼む」

 

「はい・・・はい?」

 

 アウロラは神崎の問いかけには答えず、逆に鞄を預けてきる始末。困惑する神崎を置いておいて彼女が向かうのは滑走路脇の駐機場。そこにはついさっき上空を飛行していた航空魔女(ウィッチ)達が着陸し、ストライカーユニットを外しているところだった。

 そこへアウロラは大股でずんずんと近づいていくのだ。さすがに整備兵や航空魔女(ウィッチ)の何人かが気付いたが、それにも構わず今しがたストライカーユニットを外した髪の長い航空魔女(ウィッチ)に近づいていく。

そして・・・。

 

「イッル!会いたかったぞ!!」

 

 喜色満面でその航空魔女(ウィッチ)の背後からから思い切り抱きついた。

 

「うわッ!?ね、姉チャン!?な、なんで姉チャンがここにいるンダ!?」

 

「元気だったか!随分と会ってなかったからな!」

 

「あ、頭を撫でるナヨ!?痛いッテ!?」

 

 アウロラが後ろから力一杯抱き締めて撫で回すと、その魔女(ウィッチ)は悲鳴をあげてジタバタと悶えている。そんな2人に元に他の魔女(ウィッチ)達も集まってきた。

 

「ア、 アウロラさん!?何でアウロラさんがここに!?」

 

「ニパ!お前も元気だったか!」

 

「え!?ええ、まぁ・・・」

 

「この前カードで負けてデザート取られて半泣きだった」

 

「い、言わないでよ!?ラプラ!?」

 

「まぁまぁ、ニパ。ついてないのはいつものことでしょ」

 

「ハ、ハッセも!?」

 

「ハッハッハ!!ラプラもハッセも元気そうだな!」

 

 全員、アウロラとの知り合いらしい。神崎が両手に鞄を提げて近づいていくと、和気藹々と再会を喜んでいるアウロラ達に呆れた表情の眼鏡をかけた魔女(ウィッチ)が溜息を吐いて声をかけていた。

 

「アウロラ、来るなら連絡の1つでも寄こせ」

 

「まぁいいだろう?エイッカ」

 

「まったく・・・。変わらないな、お前は」

 

「姉チャン!!いい加減放セヨー!!」

 

「お?そうだな」

 

 やっとアウロラの抱擁から脱出したイッルと呼ばれた魔女(ウィッチ)はゼェ・・・ゼェ・・・と息を荒げて一息ついた。そして、少し離れて場所に佇んでいる神崎に気付いた。

 

「ん?誰ダ?お前・・・」

 

「自分は・・・」

 

「ああ。紹介しよう」

 

 エイラから訝しげな視線を投げかけられた神崎の横に、魔女(ウィッチ)達の輪から出てきたアウロラが立つ。

 

「こいつは神崎玄太郎。扶桑皇国海軍の少尉で世にも珍しい魔法使い(ウィザード)だ。そして・・・」

 

 まだ他に紹介することが何かあるのかと神崎が視線を向ければ、アウロラが意地の悪いニヤリとした笑みを向けてきた。何かよからぬことを考えているのではと、神崎の背筋に寒気が奔った。

 アウロラは棒立ちする神崎の首に勢いよく腕を回して抱え込みと言い放った。

 

「私の彼氏だ」

 

「ナッ!?」

 

「「「・・・は?」」」

 

「・・・はぁ?」

 

 絶対に碌でもないことをするとは思っていたが・・・、まさかこれがサプライズか・・・。

 一瞬後に来るであろう魔女(ウィッチ)達の驚愕の絶叫のことを考えて、神崎は重苦しく溜息を吐き、耳への衝撃に備えた。

 

「「「えええええええええ!?!?!?」」」

 

 神崎の予想通り、アウロラの突拍子のない衝撃発言を受けて魔女(ウィッチ)が驚愕の叫び声をあげた。耳に突き抜けるような大音量を何とか受け止めると、その後に嵐のような質問攻めが続いた。アウロラは楽しげのそれを全部受け止めた後、神崎の首に回していた腕を解いて言い放ったのだ。

 

「ま、嘘だがな」

 

不謹慎ではあるが、ポカンと呆けた魔女(ウィッチ)達の表情はそれなりに面白いと思ってしまう神崎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだヨ。嘘だったノカ」

 

 駐機場の狂乱から場を移し、今はブリーフィングルーム。

 流石にこのまま駐機場で騒ぎ続けるのは拙いと思ったのか、エイッカと呼ばれた魔女(ウィッチ)が全員を先導してここまで連れてきたのだ。今は何か用事があるらしくアウロラと2人で別の場所にいた。

 火が燈った暖炉と出されたコーヒーが任務明けで冷えた航空魔女(ウィッチ)達の体を優しく温めてくれている。アウロラの衝撃発言から始まった一連の騒ぎで疲れたのか、アウロラの妹らしきイッルと呼ばれた魔女(ウィッチ)は力の抜けた声で呟き、グッタリと身を沈めた。そして、隣に座る居心地が悪にしている神崎にジロリと目を向けた。

 

「で、結局お前は誰なンダ?」

 

「大尉が言っていたと思うが・・・神崎玄太郎。魔法使い(ウィザード)だ」

 

「カンザキゲンタロー?・・・ホントに姉チャンの彼氏じゃないのか?」

 

「違う。・・・君は大尉の妹か?」

 

「そうだゾ。エイラ・イルマタル・ユーティライネンだ」

 

 イッルとは愛称だったらしい。エイラの話し方は独特のイントネーションで、神崎はどこか新鮮味を感じつつ会話していた。性格はあまりアウロラと似ていなさそうだが、長い綺麗な銀髪は同じで顔立ちもどこか似通っていた。

 

「で、魔法使い(ウィザード)って何ダヨ?」

 

「え!?イッル知らないの!?」

 

 訝しげな表情のエイラに代わり驚きの声をあげたのは向かいに座った縦縞のセーターでショートヘアの魔女(ウィッチ)だった。もう一人似た格好で似た容姿の魔女(ウィッチ)がいたが、彼女は活発そうではあるがどこか幸薄そうである。神崎が目を向けると少し身をすくめる様にして自分の名を名乗った

 

「あ、私はニッカ・エドワーディン・カタヤイネンって言います。皆にはニパって呼ばれています」

 

「ニパ、知ってんのカ?」

 

「結構噂になってたよ。アフリカから扶桑の男の魔女(ウィッチ)が来たって」

 

「しかも、ソルタヴァラが1度陥落した後はラドガ湖周辺をずっと守っていたらしいね」

 

「え、ハッセも知ってたのカ!?」

 

「というか、エイラが知らなさすぎなんだよ」

 

 新たに会話に参加したのはニパによく似た魔女(ウィッチ)だった。顔立ちは瓜二つ

だが、ニパと比べて優しく爽やかな印象を受ける。彼女はにこやかに笑って軽く会釈した。

 

「ハンス・ウィンドです。ハッセって呼ばれています」

 

「ああ・・・よろしく」

 

「『アフリカの太陽』と言われていたらしいな」

 

「そんなことまで伝わって・・・君は?」

 

「ラウラ・ヴィルヘルミナ・ニッシネン。ラプラだ」

 

 あまり感情を表に出さない性格なのか、無表情に近い顔で挨拶をしてくる。神崎も人のことを言えないのだが・・・。

 

「まだ、姉チャンと隊長こないのカ?」

 

「結構待ってるんだけどなぁ・・・」

 

 エイラとニパが退屈さを持て余してテーブルに突っ伏すのを横目に神崎は出されたコーヒーに口をつけた。普段は緑茶や鷹守に付き合って飲む紅茶ばかりで、たまにアウロラ達と飲むコーヒーはとてつもなく苦いものばかりだった。しかし、ここのコーヒーは美味いと感じることができる味だった。少なくともラドガ湖陣地で使われている物よりも上等な豆を使っているらしい。それとも、淹れ方の問題なのか・・・。

 

「美味いな・・・」

 

「よかった。上手く淹れることができたみたいだね」

 

 思わず心の声を漏らしてしまう神崎だったが、淹れた本人であるハッセが嬉しそうに答えてくれた。神崎はもう一口コーヒーを啜り、カップをテーブルに置いた。

 

「最近飲むコーヒーは苦いのばかりだったからな・・・」

 

「あ~、姉チャンのコーヒー苦いもんナ」

 

「そうそう。アウロラさん、よくあんなの飲めるよね~」

 

 エイラとニパも彼女が淹れたコーヒーを飲んだことがあるらしい。目を向ければハッセが苦笑い、ラプラが少し眉を顰めているのを察するに皆以前に豪い目にあったようだ。はぁ・・・と全員が溜息を吐いていると、食堂の扉が開いた。

 

「皆、いるのか。ちょうど良かった」

 

「神崎もいるな」

 

 話が終わったのか、楽しげな雰囲気で入ってきた2人にテーブルに座っていた全員が反応した。アウロラからはエイッカとエイラ達からは隊長と飛ばれていた、短い黒髪で眼鏡をかけた魔女(ウィッチ)が近づいてきたので、神崎は立ち上がって迎え入れた。

 

「エイニ・アンティア・ルーッカネンだ。階級は少佐だ。アウロラがいつも迷惑をかけている」

 

「神崎玄太郎少尉です。大尉には・・・いつもお世話になっています」

 

 エイッカも愛称だったらしい。独特な響きの愛称が多いことにどこか面白さを感じつつ、神崎はルーッカネンから差し出された手を握った。

 

「皆とはもう話したか?」

 

「はい」

 

「ここにいるのは我が隊のエースばかりだ。神崎少尉も相当な戦闘経験を積んできたと聞いた。お互いに色んな話をするといい」

 

「・・・はい」

 

「私は仕事があるからあまり時間は取れないが・・・ゆっくりしていってくれ」

 

 ルーッカネンはそういい残してミーティングルームから出て行った。扉が閉まったのを確認して振り返ると・・・。

 

「もう今日は上がりでいいそうだぞ。さぁ、イッル!飲もう!」

 

「酒を押し付けンナ!!何時の間に酒持ってきたンダヨ!?」

 

 エイラが座るイスごと抱きかかえて揉みくちゃにするアウロラの姿が。ここまで優しげで楽しげな表情のアウロラを見るのは初めてだったが、さすがに箍が外れすぎている気がする。ニパやハッセは慣れたように苦笑いで2人を眺め、ラプラは我関せずといった様子でトランプをきり始めていた。

 神崎は自分のイスに座ると呆れた視線をアウロラに向けた。

 

「大尉、ベルツィレに来た目的は・・・」

 

「イッルに会うためだ」

 

「アハハ・・・。アウロラさんと会うのも随分久しぶりだからね」

 

「ニパにも会いたかったぞ?」

 

「え!?それは・・・嬉しいけどってアウロラさん!痛い痛い!」

 

 アウロラはエイラだけでなくニパの頭も撫でている。ニパもアウロラにとって妹のようなものだろう。神崎も妹がいるが軍に入ってからもう随分と顔を合わせていない。こうして姉妹仲が良い様子を見ていると、考えさせられてしまうものがあった。

 黙ったままでいたのが暇にみえたのだろうか、トランプをきっていたラプラが神崎の腕の突いた。

 

 

「ポーカーは出来るか?」

 

「まぁ・・・少しなら」

 

 あまり感情が見えない表情にどこかシーナに似ているなと感じている間に、ラプラはテーブルにカードを配り始めた。配りつつアウロラ達をチラリと見て、若干呆れた声音で口を開いた。

 

「ああなってしまえば時間がかかる。暇を潰すのが一番だ」

 

「ポーカーするの?私も入っていいかな?」

 

「ん・・・」

 

 ハッセも加わり3人でポーカーを始めて数十分。ようやく一区切りついたのか、エイラは先程よりぐったりとテーブルに突っ伏し、その隣でニパも同じようになっていた。アウロラは満足そうな表情で立ち上がり、皆を見下ろして言った。

 

「いい頃合だ。食堂に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕飯時だった為か、一同が食堂に着いた時にはそれなりに賑わっていた。

 一般兵士から航空魔女(ウィッチ)までごちゃごちゃに長テーブルに座り、各々食事を進めている。

 食事を受け取った神崎達も長テーブルの一角を確保して食事を始めた。食事は近くの森で取れるキノコや狩りで手に入るジビエがよく使われているらしい。今回はキノコとトナカイ肉のスープに付け合せのパンだった。

 

「美味いな・・・」

 

「ね!美味しいよね・・・イタッ!?」

 

 神崎の感嘆の声に同意してくれたニパだったが、いきなり声をあげて口を押さえた。涙目になるニパをエイラは面倒くさそうな目で見ていた。

 

「ああ?ニパ、またカ?」

 

ほなかいのほねがははった(トナカイの骨が刺さった)~」

 

「今週で5回目だね」

 

「ニパのついてなさは相変わらずだな」

 

 ハッセとラプラもぞんざいに返事をする辺り、これもいつものことなのだろうか?神崎のスープに入っていたトナカイの肉はしっかりと調理されており、骨が入っているとは思えなかったが・・・。

 

「ニパの運の無さは流石だな」

 

「そりゃナ~。ついてないカタヤイネンは伊達じゃないッテ」

 

「見ていて安心するな」

 

「姉妹揃って酷くない!?」

 

 ハッセ達の言葉に続くユーティライネン姉妹のイジリにニパが悲鳴をあげる。

 

(意地の悪い笑みで並ぶとやはり姉妹か・・・)

 

ニパへの同情の念は禁じえないが、神崎はそ知らぬ顔でスープに舌鼓を打つことにした。

下手に手を出してあの姉妹に狙われるのは真っ平御免である。

 

「ねぇ、神崎少尉?」

 

「なんだ?」

 

 神崎が黙々と食事を続けていると、向かい側に座るハッセが声をかけてきた。ニパに向かうユーティライネン姉妹の注意がこっちに向く前にこれ幸いと話を続ける。

 

「少尉のラドガ湖の戦闘はわりと噂は聞くんだけど、アフリカではどんな戦いをしていたのかな?」

 

「私も興味ある」

 

 ハッセの言葉に被せるように彼女の隣に座るラプラも口を開いた。特に問題も無かったので、神崎は1つ頷いて話し始めた。こう思い返してみれば、1年も経過していないはずなのにやはり随分と昔のことのように思えてくる。

 

「アフリカでは統合戦闘飛行隊『アフリカ』に参加して戦っていた」

 

「統合戦闘飛行隊か~」

 

「扶桑皇国、カールスラント帝国、ロマーニャ、ブリタニア、リベリオン、そして現地の人々から支援を受けて戦っていた」

 

「戦力は?」

 

 身を乗り出すようにして聞いてきた辺り、ラプラは結構な興味があるのだろう。神崎はしっかりと話せるようにと一口水を飲んで口を潤してから話を続けた。

 

「俺を含めて航空魔女(ウィッチ)が5人。戦闘機が1機。これで戦い抜いた」

 

「少ないな・・・。うちの部隊の半数以下だ」

 

 ラプラは腕組をして唸る。確かに人数は少なかったが、マルセイユというスーパーエースを有している分有利な面が多かったように思える。

 

「航空魔女(ウィッチ)達が優秀だった。特にハンナ・・・マルセイユ中尉がいれば大概の敵はなんとかなった」

 

「マルセイユって、『アフリカの星』のマルセイユ中尉!?」

 

「彼女の凄さはここでもよく聞く。そうか・・・彼女と一緒の部隊だったのか」

 

 世界中にマルセイユのファンがいるというのは本当だったのか・・・と違う所で感心する神崎。殆ど宴会での酔っ払いが話す法螺吹き話という認識だったので、心の中でマルセイユに謝っておいた。

 

「俺の動きは大部分をマルセイユの動きを参考にしている。何度も模擬戦して負け続けたせいでもあるが・・・」

 

「一度も勝てなかった?」

 

「いや、最後の最後に勝つことが出来た」

 

「マルセイユに勝ったのか・・・!?どうやって?」

 

「固有魔法をフルに使って不意を突いた。具体的に言うと・・・」

 

 そうやって始まった神崎のアフリカ話はハッセとラプラを大いに引き込むことになった。やがて弄られ続けたニパと弄り続けていたユーティライネン姉妹も話しに加わり熱を帯びていく。

 話の中で特に盛り上がったのは艦船を利用した超大型ネウロイとの戦闘の話だった。神崎と稲垣真美、マイルズ少佐率いる陸戦魔女(ウィッチ)隊に各国の通常部隊が一丸となって戦い、最後の止めをロマーニャの空挺師団が刺したというのが戦闘の顛末だった。このスオムスでの戦闘も他の戦線に比べて通常部隊との連携が重視される傾向にあるため、親近感が湧いたのだろう。

 

 神崎が話した後は、今度はエイラ達の話になった。

 

 ニパの数々のツイてない不幸話や、容姿が似ているニパとハッセが入れ替わって将校を騙した話、ラプラがカードの勝負でいけ好かない上官の身ぐるみを剝いだ話など取り留めの無い話から、エースとして相応しい数々の華々しい戦闘の話。取り留めの無い話は兎も角、戦闘に関する話は勉強になることばかりだった。

 そして話がエイラの固有魔法になった時・・・。

 

「未来予知?」

 

「そうダゾ。少し先のことが分かるンダ」

 

「そうだ!イッル、神崎少尉にあれやってあげなよ」

 

「別にイイゾ」

 

 ニパの言葉にエイラは長方形のカードの束を取り出した。神崎が不思議に思って見守っている中、テーブル上にカードを不思議な配置をしていく。よほど訳が分からないという表情をしていたのか、見かねてエイラが口を開いた。

 

「タロット占いダヨ。私は固有魔法もあるから得意なンダ」

 

「そんなこと言って滅多に当たらないけどね」

 

「うっさいゾ!」

 

 外野から茶々を入れられつつもカードの配置が終わったらしい。神崎は未来予知とタロット占いにどんな関係があるのだろうかと疑問に思っている傍らで、エイラは満足そうにカードを眺めて自信有り気に宣言した。

 

「さぁ、占うゾ!カードを捲るんダナ!」

 

「あ、ああ・・・」

 

 エイラに言われるがまま、皆が注目する中で神崎はカードを捲る。そして、カードの絵柄が見えた瞬間、いままで自信に満ちていたエイラの表情が一気に曇った。神崎は全く分からないので、ただただエイラの説明を待つことしか出来ない。

 

「うわ~。これは酷いナ」

 

「・・・酷いのか?」

 

 そう言われ、神崎は思わずカードの絵柄をまじまじと見つめた。円柱のような建物に雷が落ちている絵柄だが・・・。

 

「『塔』のカードは最悪なカードなんダヨ。逆位置だから・・・意味は緊迫とか事故とか転変地位とか・・・」

 

「碌なカードじゃないな・・・」

 

「で、でも、再生とか再出発の意味もあるんダナ!そんな気に病むことないッテ!」

 

「そ、それにイッルの占いは当たらないか大丈夫だよ!」

 

 神崎が余程落ち込んだように思えたのか、エイラは慌てて取り繕い始めた。ニパも元気付けようとしてフォローを入れるが、それを遮るようにラプラがボソリと言った。

 

「まぁ、イッルの占いは悪いのだけは当たるがな」

 

「ラ、ラプラぁ!追い討ちをかけるナヨ!!」

 

 エイラの占いで予想外のダメージを受ける羽目にもあったが、最終的に食堂から追い出されるまで話し続けることのなったのだった。

 

 

 

 

 

 神崎はあてがわれた宿舎に戻ったらすぐ眠るつもりでいた。いままでの移動やら連日のアウロラとの付き合いで疲れが溜まっていたからだ。だが、しかし・・・。

 

「なんでここにいるんですか?」

 

「うん?気にするな」

 

「・・・自分の部屋があるじゃないですか」

 

「散々同じ部屋だったんだ。今更気にすることか?」

 

「いや、そういう訳ではなく・・・」

 

 さも当然とばかりに部屋のイスに座ってグラスを傾けるアウロラに神崎はもう何度目か分からない溜息を吐いた。片方の手にもう1つグラスを持っており、神崎に向けて軽く振って見せている。

 

「飲むか?」

 

「・・・どうせ断っても飲ませるんでしょう?」

 

「よく分かっているじゃあないか」

 

 神崎が対面のイスに座ってグラスを受け取るとアウロラは上機嫌に微笑んだ。どこかからか酒瓶を取り出し、神崎が持つグラスに透明な酒を注いだ。軽く合わせて小気味よい音を鳴らせると、二人はゆっくりとグラスを傾けた。果実の甘い香りと舌を焼くような強いアルコールに思わず目を瞬かせてしまったが、神崎はこの味に覚えがあった。

 

「・・・コッスですか」

 

「お?よく分かったな」

 

「スオムスに来て、大尉に初めて飲まされた酒ですよ?」

 

「あの時はむせてたな」

 

 その時の光景を思い出していたのかニヤニヤとした笑みを浮かべ始めたアウロラ。神崎は自嘲気味な笑みを浮かべて頭を振った。からかわれるのは勘弁とばかりにに話題を変える。

 

「妹に会うのがこの旅の目的だったんですね」

 

「そうだな。色々心配もあったからな・・・」

 

 アウロラが言う心配には神崎にも心当たりがあった。少し躊躇したが、グラスに目を落としつつ呟くようにその言葉を口にした。

 

「『共生派』・・・」

 

「ああ・・・そうだ」

 

 アウロラの上機嫌だった顔に影が差す。アウロラに神崎が所属する『(シュランゲ)』について告げた時、スオムス空軍の『共生派』が妹のエイラが所属する部隊ではないかと酷く気にしていた。あの時、鷹守はそのことについてはっきりと否定していたが、やはり自身で確認したかったのだろう。

 

「後、エイッカ・・・ルーッカネン少佐に色々と。まぁ、警告を、な」

 

「・・・そうですか」

 

 ここの部隊にも『共生派』の魔の手が伸びるかもしれない。可能性は否定しきれないのだ。自然と沈黙がおり、2人はただただグラスを傾けて続けた。神崎が3杯目を口を付けた時、アウロラは胸の内の澱みを吐き出すように苦々しく告げた。

 

「次、共生派と遭遇すれば殺し合いは避けられないと思う。やってられないがやってやるさ。正直、胸糞悪くてしかたないが」

 

「はい」

 

「だから、その後はまた酒に付き合ってくれ」

 

「・・・自分でよければ」

 

「楽しみにしているぞ」

 

 その言葉を最後にアウロラは部屋から出て行った。神崎はグラスに残ったコッスを舐めるように飲みつつ、深い溜息を吐き出した。

長らく感じることがなかった、家族に会いたいという思いを誤魔化すために。

 

 

 

 こうしてアウロラと神崎の旅が終わりを告げたのだった。

 





スオムス編も随分と長くなりました
何気に久しぶり原作キャラの登場で、書いてて楽しかったですw


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第五十六話


ブレイブウィッチーズ、光ちゃんが少しずつ成長していくのが本当に面白いですね

そんな訳で第五十六話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

黒い影は進む。

 

その手に死を振り撒いて。

 

黒い影達は進んでいく。

 

その足で障害を踏み潰して。

 

黒い影達は突き進んでいく。

 

その目に敵の死に様を焼き付けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼け焦げた建物、破壊尽くされた残骸と数々の死体が散乱するこの光景はまさしく戦場の跡だ。ネウロイとの戦闘が激化する中で、もはやありふれた光景だろう。ただ唯一違う点をあげれば・・・この光景が人間同士で引き起こされた点だけだ。

未だ散発的に銃声が聞こえる中、辺りで一番の高さを誇る建物の上で1人の兵士が眼下を見下ろしていた。

 部隊章無しのカールスラント帝国陸軍軍装を纏い、ヘルメットの影で眼鏡を光らせる兵士。『(シュランゲ)』実働部隊隊長、モンティナ・ファインハルス中尉である。

 

「さてさてさて。首尾はどうだ?どうなった?」

 

 どこか楽しげな口調で独り言にも取れる言葉に、背後に控えた通信兵が僅かに進み出た。

 

「敵の8割を撃破。敵残党は徹底抗戦の構えを見せており、現在掃討中」

 

「こちらの被害は?」

 

「死者無し。重傷者無し。軽傷者4名。いずれも戦闘行動に支障なし」

 

「ならば、このまま戦闘は続行。敵を駆逐だ」

 

 通信兵がすぐさま無線で各小隊、分隊に命令を伝達する。それを確認することなく、モンティナは右手で眼鏡の位置を直し、再び眼下に広がる光景を見下ろした。

 先程までの戦闘で、彼は先頭に立ち悉く敵を撃ち倒した。向かってくる敵も、逃げ惑う敵も、諦めた敵も全て。あまりの苛烈な攻撃に、何故そこまでと疑問を持つ者もいるかもしれない。

 

「敵は共生派。人類の敵。ならばどこに容赦する必要がある?」

 

 人類の敵であるネウロイに味方をするならば、いかに人間であろうとも共生派も人類の敵だ。人類の為に戦う・・・何も変わらない。この人間同士の戦闘は、魔女(ウィッチ)とネウロイの戦闘となんら変わらないのだ。だからこそ・・・モンティナは口元に浮かぶ笑みを抑えることが出来なかった。

 

「あぁ。楽しいな。人と人との戦争だ。そう、これこそが・・・」

 

 本来の軍人の存在意義だろう?

 

 

 

 

 

「中隊長」

 

 モンティナを思考の渦から呼び起こしたのは、先程の通信兵の呼び声だった。笑みを理性で無理矢理押さえつけ、通信兵からの報告を受ける。

 

「最重要目標を発見しました。しかし殆どが運び出され、残された物も爆破されています」

 

「遅かった。もしくは・・・徹底抗戦は時間稼ぎだったか。狂った頭で、いや狂った頭だからこそか」

 

 さてさてさて・・・と、モンティナは楽しみを抑えきれない子供のような足取りで建物を降りていった。通信兵も置き去りにして、それこそ一目散と言っていいほど足早に報告があった場所へと足を進めていく。そうして辿り着いたのは半ば瓦礫に埋もれた地下壕だった。

 周辺警備に立つ部下達の敬礼を受けつつ、地下壕に踏み入れると最重要目標と呼ばれた目的の物はすぐに見つかった。

 燃え尽きた木箱の残骸。焼け焦げた木材に混じり、黒く鈍く光る金属が覗いていた。

 

「これが共生派の武器・・・」

 

 焼け焦げた木材を除けると、その金属がなんらかの照明装置の一部であることが分かる。これを守るが為にこの戦場で数多の共生派の人間が戦い、死んでいったのだ。一切証拠を残さないという覚悟と共に悲壮感さえも感じられる。

 モンティナは地面に転がる炭化した木片を踏み潰し、そっと呟いた。そして、部下を置いてきて本当によかったと心中で安堵した。我慢しきれずに漏れ出たこの笑い声を聞かせるのは、さすがに不味いだろう。

 

「さてさてさて、これはまだまだ戦争が続きそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その知らせが届いた時、アウロラと鷹守は会議室に居た。

 

 部隊運用でのズレがないように隊長同士が話し合う細かな調整の必要があるのだ。スオムス派遣分遣隊が来た当初はそこまでする必要はなかったが、今はラドガ湖方面を守るスオムス陸軍にとっては必要不可欠な戦力となってしまっている。連携に少しの遅れも許されない。

 そんな場で、2人はそれぞれ持ち込んだ嗜好品をテーブルに広げて会話していた。互いの嗜好が合わないのを承知しており、鷹守は紅茶をアウロラは酒と泥のように濃いコーヒーを飲んでいた。

 

「君も紅茶を飲めばいいのにねぇ・・・」

 

「紅茶なんぞで眠気は取れるか」

 

「知ってるかな?コーヒーよりも紅茶の方が眠気が取れるんだよ」

 

「この泥みたいに濃くて苦いのがいい」

 

 これが本当に重要な調整なのかと疑いたくなるぐらい気の抜けた会話だが、実際の所調整らしい調整は必要ない。この2人、日頃の行いとは裏腹に職務に関しては非常に優秀なのだ。この時間は隊長同士の息抜きになっていると言っても過言ではない。

 

「そういえば、この前の休暇は随分と楽しんだみたいだねぇ~」

 

「ああ。いい休暇だった」

 

「勝手に神崎君を連れて行くのはどうかと思うんだけどねぇ」

 

「前から決めていたことだからな」

 

「だとしてもねぇ。休暇申請書をでっち上げたからよかったけど、一歩間違えれば脱走扱いだったんだけど?」

 

「そう固いこと言うな」

 

「僕がこんなこと言うことになるなんてなぁ」

 

 ブリタニアでミーナ少佐にどやされていたことが懐かしいなと感慨深げに呟いて紅茶を一口飲む鷹守。ひょんなことから宮藤博士が開発したストライカーユニットの改修を担当することになり、色々なことがあって『(シュランゲ)』に所属し、なんだかんだで神崎、島岡と共にスオムスに来ることになった。

 

「中々に忙しい人生だねぇ・・・」

 

「世界が忙しいんだ。人生も忙しくなるさ」

 

「確かにねぇ」

 

 会話が途切れ、鷹守はクッキーを摘む。アウロラもサルミアッキを数粒口に放り込む。2人が黙ったまま時間がしばらく続くが、ふと鷹守が思いだしたかのように口を開いた。

 

「そういえば。大尉って神崎君のこと好きなの?」

 

 この言葉を聞いた瞬間、アウロラは飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。ベルティレでの一件は誰にも洩らしていない。もしや、神崎がもらしたのか?とギロリと鷹守を睨みつけるが・・・。

 

「アッハッハ!大尉に睨まれると怖いねぇ!あ、神崎君は何も言ってないよ?」

 

「なら、なぜだ?」

 

「そりゃあ、沢山人が居る駐機場で言ったらね~。僕の耳にも入ってきちゃうよ」

 

(こいつ、『(シュランゲ)』の諜報網を使って・・・)

 

 ニヤニヤと笑う鷹守に軽く殺意を覚えるも、アウロラは苦りきったコーヒーと一緒にそれを飲み下した。調子に乗っていたあの時の自分を殴り飛ばしたくはなり、後悔の溜息を吐く。

 

「で、どうなのかな?」

 

「嘘に決まっているだろう」

 

「本当に?」

 

 さすがにイラついてきたアウロラが本気の殺気を覗かせるが、鷹守は全く動じた様子も無くニヤニヤとした笑いを止めない。神崎がイラつくのも分かるとアウロラは歯噛みし、悔しげに言った。

 

「確かにあいつはいい男だと思うが・・・」

 

「ほうほうほう」

 

「だが、私には合わないな」

 

「君に合う男となると大概は駄目だろうしねぇ」

 

「それでも・・・」

 

「ん?」

 

 鷹守が楽しそうに相槌を打ってくる中、アウロラはコーヒーを一息で飲み干し、鼻で笑いながら言った。

 

「あいつが嫁を取り損ねていたら、貰ってやるさ」

 

「じゃあ、大尉は結婚出来そうにないねぇ~」

 

「そう言うお前は・・・」

 

 やられっぱなしは性に合わないとばかりにアウロラは反撃しようと息巻くが・・・。

 

「た、隊長!緊急です!!」

 

「ッ!!どうした?」

 

 血相を変えた伝令が会議室に飛び込んできて、アウロラの意識が切り替わった。鷹守の表情も笑みが消えて、目つきが鋭くなる。

 その後、伝令から伝えられた情報に滅多に動じない2人の顔が驚愕に染まることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その知らせが届いた時、島岡は食堂に居た。

 

 哨戒任務を終えた直後で、コーヒーでも飲んで休憩しつつ、この前届いたアフリカからの便りを読むことにしたのだ。

 アフリカでは島岡達が居た頃と変わりなくネウロイとの戦闘が続いているらしい。ただ、トブルクでの暴動のような住民による妨害活動は激減したようだ。

統合戦闘飛行隊『アフリカ』でも加東がマルセイユを御しつつ元気にやっているらしい。ライーサや真美も変わりなく頑張っているそうだ。

しかも『アフリカ』に新たな陸戦魔女(ウィッチ)が加わったと書いてあった。アフリカに来て早々、ロンメル将軍にお姫様抱っこされるという衝撃的な登場だったらしい。彼女の趣味はお洒落らしく、沢山の魔女(ウィッチ)達の髪や服を綺麗に飾ったりしているようだった。手紙に同封されていた写真にも黒のドレス姿の加東や、綺麗に着飾ったライーサの写真もあり、島岡は躊躇することなくライーサの写真を自分のポケットに突っ込んでいた。

 

「あ!シマオカさん!」

 

「休憩ですか?」

 

「誰からの手紙だ?」

 

「お?三人とも休憩か?」

 

 コーヒー片手に読みふけっていた島岡の元に、休憩に入ったシェルパ、リタ、マルユトがやって来た。それぞれコーヒーとサンドイッチやパイなど軽い軽食を持っているあたり、長距離偵察か何かの任務に就いていたようだ。

 シェルパが島岡の隣に、リタとマルユトが正面に座る。

 

「いやぁあ!やっぱり任務開けのコーヒーよね!」

 

「それに合わせてサンドイッチだよ」

 

「いや、カレリアパイだな」

 

 まずは腹ごしらえとばかりにコーヒーと軽食を口にする3人の魔女(ウィッチ)達。美味しそうに食べてるなぁ・・・と感心しながら島岡もコーヒーを飲んでいると、3人の視線が島岡の手元にある手紙と写真に集中していた。

 

「で、誰からの手紙なの?」

 

「ああ。俺らが前にいた部隊の隊長からだよ。アフリカのケイ隊長」

 

「へ~。写真もあるんですね。見てもいいですか?」

 

「ん~。いいんじゃねぇかな。あんまり他の人には言わないでくれよ」

 

 そう前置きして写真をテーブルの上に滑らせると3人はいそいそと額を寄せて覗き込んでくる。気象がスオムスと正反対と言っていいアフリカの写真だ。基地の風景を撮った写真でも面白そうに眺めている。そんな彼女達が一番興味を持った写真が・・・。

 

「えぇえ!?こ、これってマルセイユ中尉!?」

 

「あの『アフリカの星』ですか!?」

 

「ほぉ・・・これは・・・」

 

 3人が注目している写真はストライカーユニットを駆るマルセイユが背面飛行を捕らえた写真だ。本当にマルセイユは世界中で人気らしい。その事を再確認した島岡は妙に納得した様子でコーヒーをテーブルに置いた。

 

「じゃあ、シマオカさんとカンザキ少尉が前にいた部隊ってマルセイユ中尉と同じ部隊だったの!?」

 

「おう。確かに凄い航空魔女(ウィッチ)だったぜ」

 

 カラリと乾き砂埃が舞い上がる砂漠の空を思い出し、島岡は懐かしげに言った。この言葉に好奇心が刺激されたのか3人は次から次へと質問を飛ばし、島岡も思い出しながら楽しげに答えていく。

 戦いとは無関係で、年相応な楽しげな時間が過ぎていく。

 そんな時に聞こえた慌しい足音がその時間を壊すきっかけになってしまった。

 

 バタンッと大きな音を立て食堂の扉が開け放たれる。島岡達を含め食堂にいた人達の視線が集中する中、扉を開け放った肩で息をしている兵士が告げた言葉。それを聞いた島岡は表情を驚愕の色に染めた後、テーブルに拳を叩きつけ格納庫へ一目散に駆け出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その知らせが届いた時、神崎は滑走路近くの雪原にいた。

 

「久しぶりにあの子達と遊んでくださいよ」

 

「休憩中なんだが・・・」

 

「連絡も無しに隊長に付いて行ったんですから、付き合ってください」

 

「それは俺のせいでは・・・。・・・わかった」

 

 いつもの出撃任務ではなく書類仕事をしていた神崎はペンを持ち続けた手と細かな文字を見続けた目を休ませていた。ストーブの近くに座りリラックスしていた所にやってきたのが雪に塗れたシーナだった。

 半ば強引に神崎を連れてきた先には雪原を走り回る6匹のハスキー犬の姿が。

 無表情の中に少しの期待の色を滲ませたシーナの視線から逃れることができず、神崎は諦めてハスキー達が跳ね回る雪原に足を踏み入れた。

 ハスキー達にじゃれつかれて雪上を転げ周ったり、木の棒を投げて取りに行かせて遊ばせたりと一通り動き回った後、倒木に座って休憩することになった。シーナが魔法瓶で持参したコーヒーが入ったアルミのカップを片手にいまだ元気一杯のハスキー達を眺めていると・・・。

 

「隊長との旅行はどうでしたか?」

 

 荒っぽい仕草で神崎の隣に座るシーナ。手に持ったコーヒーが零れそうになるのもお構いなし。あまり機嫌はよくないようだ。当然と言えば当然だが。

 

「まぁ楽しかったが・・・。・・・怒っているか?」

 

「いいえ。皆が心配していたのに退院後何の連絡も無しに1週間隊長と遊び回っていたことなんて全く気にしていません」

 

「あぁ・・・その・・・すまん」

 

「だから気にしていないと言っているでしょう」

 

(じゃあ、脇腹にぶつけてくるその肘はなんだ・・・)

 

 コーヒーを飲みながら肘をぶつけてくるのは怒りの表れだろう。だが、自分も巻き込まれたようなもので、少しぐらい言い訳をしたくなるものだ。

 

「こっちはこっちで大変だったんだが?」

 

「へぇ?」

 

「飲んだくれた大尉の面倒を見たり・・・」

 

「どうせ自分も飲んでいたんじゃないですか?」

 

「・・・まぁ、そうなってしまったが」

 

「なら十分に楽しんでいますよね?」

 

「・・・そうなるの・・・か」

 

「へぇ~」

 

 突き上げてくるようなシーナの責める閉めるジト目が辛い。もうここまできたら謝り倒した方がシーナの機嫌も良くなるかもしれない。

 

「すまなかった・・・」

 

「別に・・・。ただ・・・」

 

 シーナは一息でコーヒーを飲み干すと倒れこむように神崎に寄りかかり、神崎の肩にゴツンと頭突きをかました。

 

「いえ、何でもありません。ただ・・・本当に心配したんですから・・・」

 

「すまなかった・・・。それと・・・ありがとう」

 

「・・・」

 

 シーナの様子が変なことに気付いたのかハスキー達が近寄ってきて彼女に心配そうに鼻先を向けている。シーナは神崎から離れると地面に膝を付き、ハスキー達を抱え込むようにして撫で始めた。神崎は無言でシーナの様子を眺めていたが、しばらくしてハスキー達を撫でる手を止め、そして・・・。

 

「いいですよ。許してあげます」

 

 まるでさっきまでの無表情やジト目が嘘のように、ふんわりとした笑顔を向けられて神崎は思わず息を呑んでしまった。何か言わなければと思うのだが、様々な感情が渦巻いて思うように言葉が出ない。それでもなんとか口を開こうとした時・・・。

 

 基地から鳴り響いた警報が神崎から言葉を奪い去った。

 

 今まで抱えていた様々な感情が全てリセットされ、戦闘用のそれと切り替わる。シーナも瞬時に笑みが消え去り、目が切り替わっていた。

 2人は頷きあうとハスキー達を誘導しつつと走り出した。雪を掻き分け、蹴り分け、出来る限りのスピードを持って格納庫に駆け込むと、すでにアウロラ、鷹守、島岡、そしてシェルパ、リタ、マルユトを始めとした陸戦魔女(ウィッチ)達が集まっていた。

 

「これで全員揃ったな・・・」

 

 息せき切って入ってきた2人を確認したアウロラの表情は今まで見たことがない程に固い。一見いつものようにニヤニヤしている鷹守もどこか笑顔が引きつっており、島岡は腕を組み押し黙っていた。この状況を見れば何かとんでもないことが起こったことが嫌でも分かる。神崎は無意識のうちに両手を握り締めていた。

 

 そして、その知らせは告げられた。

 

 

 

 

「オラーシャのネウロイが一斉に侵攻を開始した。敵の正確な数は分からないが、確認されただけでも第一次ネウロイ侵攻時に匹敵する。スオムス軍は全部隊が臨戦体勢に移行した。・・・相当辛い戦いになる。覚悟しておけ」

 






ロスマン先生が思ったより厳しくて・・・
でもあの最後の笑顔は卑怯だと思います(小並感)


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第五十七話


ブレイブウィッチーズの面々がアニメで動き、彼女達の性格がよく分かって嬉しいですね

段々と緩くなっていくラル隊長を見るのが楽しいです

そんな訳で第五十七話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします


 

 

 

 カレリア地方の廃墟の街を利用したこの隠れ家はいまだ『(シュランゲ)』には見つかっていない。

 先日襲撃された隠れ家は壊滅されたが、そこに保管されていた秘密兵器の半数はこの場に運び込むことが出来た。

 コリン・カリラは次々と運び込まれていく沢山の木箱を眺めると静かに瞑目した。

 

「散っていった者達に・・・」

 

 幾つかの木箱には焼け焦げた跡や血が付着している物もある。同志達が命を懸けて運んできたのだ。彼らの為にもこれらを使ってこの作戦を成功させなければならない。

 

「報告が・・・あります」

 

 いつの間にかコリンの背後に小柄な航空魔女(ウィッチ)が現れた。いままで沢山の仲間が消えて行ったが、彼女だけはコリンが共生派の志を持った時から今まで付き従ってくれている。

 

「何ですか?」

 

「作戦の第一段階が・・・発動されました。計画は順調・・・です」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 コリンが微笑んで返事をすると、小さく一礼して何処かへ行ってしまった。少女からの報告通りなら、やっと同志達がこちらの動きに呼応してくれたらしい。すでに慣れていたつもりだったが、同志達の行動の気まぐれさにはやはり悩みの種になってしまう。

 

「何はともあれ・・・。ここからが私達の仕事ですね。戦うことになりますか・・・『アフリカの太陽』と」

 

 あのヴィーブリ近郊の飛行場の一室で見た激しい感情に彩られている神崎少尉の目をコリンは忘れていなかった。彼の心にあるものは過程は違えど、自分と殆ど同じもの。共生派への誘いを彼が受け取ってくれていたらあるいは今隣にいたかもしれない。

 

 だが、いないのなら・・・戦うしかない。

 

「それはそれで・・・楽しみです。本当に楽しみです」

 

 その戦いが自分の本願を祝う最高の演目になるのではと、コリンは無邪気な笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界は真っ白。

 スオムスの天候はいつもこうだ。絶えず雪が降り続け、止んだとしても空をどんよりとした雲が覆っている。スオムスに来た当初はこうやって飛行困難になってしまうほどの気象の悪化が本当に嫌だった。

 

「いや、今でも嫌だがな・・・」

 

 降雪の中を飛ぶ羽目になってしまった神崎はゴーグルに張り付いた雪を拭って呟いた。

 悪天候にも関わらずに下された出撃命令が今のスオムス軍の現状を如実に表している。形振り構っている場合ではなく、動員出来る兵力を使わなければ先が見えないのは事実なのだ。

 拭っても拭ってもゴーグルのレンズに張り付く雪に辟易するが、ゴーグルが無ければそれらがそのまま眼に直撃すると考えると肝が冷える。急遽、ゴーグルを提供してくれたシーナへの感謝は絶えない。

 

『ウルフ1、こちらソルタヴァラタワー。約5分後に敵と接触』

 

「ウルフ1、了解」

 

 感謝と言えばこの航空管制である。いままでは地上監視による貧弱な警戒網が主だったが、ソルタヴァラ基地に配備されたレーダーによってより高精度の警戒管制を受けることができるようになった。このお陰で、降雪のような視界が塞がれる天候でも管制と計器を併用することで、今までより格段に楽に飛行することができるようになった。

 ウルフ1というコールサインもソルタヴァラの管制に入るにあたり新しく与えられたものだった。神崎の使い魔がフソウオオカミだからウルフ1。流石に安直過ぎると苦言を呈したかったが、そんなことに費やす時間も勿体無かった。

 

 管制からの報告通り、5分飛行していくと視界が段々と明るさを帯びてきた。もうすぐ、荒れた天候の範囲から抜けることが出きる。つまり・・・すぐに戦闘が始まるということだ。

 腰の両側にかけた扶桑刀『炎羅(えんら)』と拳銃のC96を確認するように触り、背負っていたMG34とヰ式散弾銃・改を両手に持つ。

 

「さて・・・やるか」

 

 誰に伝える訳でもなく、己の覚悟を決める為の言葉を呟いた瞬間に、視界が一気に開けた。視界を埋め尽くさんばかりの中小型のネウロイの群れ。管制通りに飛行した結果、敵のど真ん中に飛び出してしまったらしい。

 だが・・・それでいい。

 MG34とヰ式散弾銃・改を構える神崎は、ざっと捉えただけでも50近いネウロイの姿を確認した。

 それでも、レンズ越しの神崎の目は揺らがなかった。

 

「ウルフ1、戦闘に入る」

 

 問題ないとばかりに告げられた通信を皮切りに、両手の銃器が一斉に火を噴いた。

 

 後に第二次ネウロイ侵攻との名付けられる戦争が始まって7日目のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネウロイの奇襲的な侵攻に対し、スオムス軍は迅速な対応をして見せた。陸軍は即応可能な部隊が遅滞戦術を展開して主力を動員する時間を稼ぎ、空軍は陸軍の支援及び航空優勢確保の為に部隊を展開した。

 この初動は功を奏し、ネウロイの侵攻をある程度ゆるしたものの一時的に押し止めるにいたった。

 

 ここからスオムス軍は本格的に戦力を動員し反撃に転じようとしたのだが、ここでネウロイの侵攻に異変が生じた。ただ湖を避けて直進していくだけだったネウロイの侵攻経路が即応部隊の防衛線を迂回しだし、奇襲をしかけ始めたのだ。

 これにより規模にして約半数の即応部隊が撤退を余儀なくされ、スオムス軍の当初の作戦は頓挫。主力が動員された頃には防衛線は計画よりも大幅に後退した位置に設置されることになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラドガ湖防衛陣地にある扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊の滑走路に神崎はゆっくりと降り立った。つい先程戦闘を終え、弾薬と燃料を殆ど使い果たした為重量が随分と軽くなっている。全弾を撃ち切った背中のMG34とヰ式散弾銃・改はここ最近の連戦で随分と草臥れてきていた。

 神崎は防寒具で包まれた体をキビキビと動かす整備兵の誘導に従い格納庫に入る。格納庫の中は連戦で消耗した装備の整備に追われ、騒音に満ちていた。神崎もだが、整備班もフル稼働で働いていた。滑走路にも格納庫にも零戦が無いということは島岡も出撃しているらしい。

 ユニットケージにユニットを繋ぎ、軽くなった銃器を整備兵に渡して地面に足をつけると、空戦の疲れがドッと体にのしかかってくる。重い足取りで格納庫に隣接する休憩室に進む神崎を引き止めたのは鷹守だった。

 

「あぁ、神崎君ちょっと待って」

 

「・・・どうした?」

 

 いつ次の出撃要請がかかるか分からない中、少しでも体力を温存すべく何か食べ物を腹に入れ仮眠を取りたかったのだが、立場上上司に引き止められれば立ち止まるしかない。

 今の今まで整備をしていたのか顔に煤やらオイルやらを付けた鷹守の手招きに従うと、彼の足元に2つの大きな長方形の箱のようなものが置かれていた。

 

「これは?」

 

「フリーガーハマー。空対空ロケット・・・つまり噴進弾の発射装置だね」

 

「そんなものが何故ここに?」

 

「神崎君の装備だよ。ブリタニアからの支援物資の1つでね。精密射撃には向かないけど、当たれば中型ネウロイなら一撃だよ~」

 

「だが・・・こんなのを持って空戦は・・・」

 

「空対空とは言っても地上攻撃にも使えるよ。まぁ、神崎君の場合は固有魔法があるからね~」

 

 でも・・・と鷹守の表情からふざけた雰囲気が一瞬影を潜めた。

 

「出撃頻度がこれ以上になってくると、武器も弾薬も君の魔法力も足りなくなってくる。使えるものは使わないとね?」

 

「わかった。・・・魔法力の節約にもなるな」

 

「分かってくれて嬉しいね~」

 

 再び砕けた調子に戻り、いつもようにアハハと笑い始める鷹守に神崎も少し頬を緩ませた。疲れている分こうしていつものような雰囲気があれば、精神的に気が楽になるものだ。

 気を利かせた整備兵が持ってきてくれた甘い紅茶を片手に、神崎はフリーガーハマーの傍に膝をついた。鷹守は先程まで神崎の体のバランスに合うようにフリーガーハマーの調整を行っていたとのこと。この武器は自身の身長とほぼ同じぐらいの長さを誇っているのだ。これを何の調整もせずに持って空戦すればバランスを崩して失速しかねない。

 神崎は複雑な心境で鷹守に言った。

 

「こうも腕はいいのに、なぜその性格なんだ・・・」

 

「よく言うじゃない?神様は二物はくれないんだよ?」

 

「なら・・・沢山の支援物資を送ってくるブリタニアは神様以上という訳か?」

 

 スオムス軍への支援物資は半分以上をブリタニアから送られている。このフリーガーハマーしかり、ソルタヴァラに設置されたレーダーしかり。ブリタニアは神崎にとってアフリカから関わりがある分、少しは思い入れがあった。

 だが・・・この言葉にいつもなら何か軽口でも返しそうな鷹守は何も答えなかった。表情は変わらずに、ただ静かに沈黙を保っている。

 

「・・・どうした?」

 

「まぁ、ありがたいよね。特にレーダーで迎撃能力は大幅に強化されたよ」

 

「・・・鷹守?」

 

 

「まぁ、僕もブリタニアにはお世話にはなったしね~。神様か・・・。邪神じゃなければいいね」

 

 そう言い残して鷹守は何処かへと歩いていってしまった。何かおかしいとは思ったが神崎には何かできる訳でもなく、黙って紅茶を飲み干すことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島岡の眼下には夥しい数の陸戦ネウロイが進撃している。

 今回は偵察任務で爆装しておらずどうしようも出来ない。そもそも戦闘機は基本的に地上の敵を相手にするものではないのだが。

 

「こちら、イーグル1。現在、ネウロイは予想進路を侵攻中」

 

『了解。ソルタヴァラから爆撃部隊が発進した。イーグル1はその結果を確認せよ』

 

「イーグル1、了解」

 

 レーダーによる警戒管制の影響で神崎と同様に島岡にも新たにコールサインが決められた。以前、島岡には『タカ6番』というコールサインがあったが、そこから取って『イーグル』

 そしてスオムスには零戦は1機しかない。だから『イーグル1』

 神崎の『ウルフ1』同様、非常に単純である。

 

「イーグルねぇ。名前負けしそうじゃねぇか・・・お?」

 

 自分のコールサインに苦笑していると、視界の端に幾つかの黒点が現れ始めた。段々と数が増えていき、程なくしてスオムス空軍の航空魔女(ウィッチ)と爆撃機による爆撃部隊であることが分かった。

 島岡が見守る中、爆撃機がネウロイの対空砲火が届かない高高度から爆弾の投下を開始した。甲高い風を切る音と共に何十もの爆弾が空を舞い落ちていき、地面に沢山の火柱を作り出していく。

 少なくない数の陸戦ネウロイが爆炎の中に消えていった所で、次に航空魔女(ウィッチ)達が動いた。彼女達は大型の爆弾を装備しており、陸戦ネウロイの数が減って対空砲火が弱まった隙を付いて隊長格である数体の中型ネウロイに急降下爆撃を仕掛けたのだ。

 中型ネウロイも黙って爆撃を受けるわけではない。生き残っていた小型ネウロイを伴い各々が持つ砲塔を上空に向けてビームを発射し始めた。中々に濃密な砲火を形成したのだが、相手が悪い。総じて高い戦闘力を持つスオムスの航空魔女(ウィッチ)達は軽々と砲火を搔い潜り、次々と爆弾を中型ネウロイに直撃させて撃破していった。

 爆撃が終わった頃には、夥しいほどいたネウロイはもはや半数以下に減っていた。中型ネウロイが撃破され、生き残ったネウロイ達は混乱するように右往左往している。島岡はその様子を確認して、通信機のスイッチを入れた。

 

「こちらイーグル1。爆撃で侵攻していたネウロイの半数は消滅した」

 

『了解。ネウロイの様子は?』

 

「混乱しているみたいにウロウロしていて・・・ん?」

 

 島岡は見た通りの様子を伝えていったが、その途中で地上で何かが瞬いた。1度報告するの止めて地面を凝視していると、森の隙間からチカリチカリと何かが紅く発光している。

 

「なんだあれ・・・?」

 

 一瞬、ネウロイのビームかと緊張したが何も発射されていない。結局、何か分からぬまま紅い発光は無くなってしまった。ネウロイ達もいつの間にか元来た道を戻っている。先程までの右往左往していた混乱ぶりが嘘のようだった。

 

「なんだったんだよ・・・?」

 

『イーグル1?応答しろ、イーグル1』

 

「あ、ああ。それで・・・」

 

 通信手に催促され、島岡は慌てて通信に意識を戻した。この地点での防衛は成功したが、いまだ大規模侵攻は続いている。次の任務はすぐに始まるだろう。

島岡は手早く通信を終えると基地への帰路に着くのだった。

 

 

 





最近はブレイブ、ストライク共にウィッチーズの作品が増えて嬉しいです



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第五十八話


ロスマン先生やラル隊長が本当にいいキャラで毎週楽しいです

ブレイクウィッチーズの3人も最高!

そんな訳で第五十八話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 

「敵、第3波、来ます!!」

 

 塹壕の指揮所に飛び込んできた体中煤と泥塗れになった陸戦魔女(ウィッチ)からの報告に、アウロラは飲んでいるコーヒーの苦さとは違う意味で苦りきった表情を浮かべた。

 

「まったく・・・あいつらも少しは休むということを知ってもいいんじゃないか?」

 

「隊長、御託はいいので早く指示を出して下さい」

 

「隊長、さっさと前線に押し出してください。じゃないと俺等瘴気でやられてしまうので」

 

 アウロラの気の抜けた冗談をシーナと歩兵中隊のヤッコは清々しいほどに無視した。実際、すでにネウロイの砲火は届き始めており悠長にコーヒーを飲んでいる暇は無い。

 ラドガ湖防衛を担う第34歩兵連隊第2大隊第6中隊と随伴する歩兵中隊は、現在ラドガ湖を離れて進撃してくる陸戦ネウロイへの防衛戦を展開していた。幸運にもラドガ湖は侵攻ルートに入っておらず、他の地点への防衛地点に送られたのだ。

 場所はコッラー川。

 この川がネウロイの進撃を拒む最終防衛線となっている。アウロラ達は川を正面に簡易的な塹壕と砲座による防衛陣地を超特急で構築していた。基本戦術は陸戦魔女(ウィッチ)が魔法力をフルに使った前衛、歩兵が対戦車砲や迫撃砲、機関銃による後衛である。

 水を嫌うネウロイではあるが、現在のコッラー川は上流付近の戦闘の影響で塞き止められた状態になり極少量しか流れていない。多少の動きが鈍くなってはいるが、それでも川を踏み越えて侵攻しようとしている。

 今日で既に2回は撃退しているのだが、少しでも考える頭があるのならもう諦めて欲しいというのがアウロラの望み薄な願いだった。

そんなことは無理だと重々承知なのだが。

 

「随分と上官思いの部下達だな。感激でコーヒーが更に苦く感じる」

 

 飲み干したコーヒーのアルミカップを近くにいた歩兵に押し付け、そこら辺に突き立ててあったスコップを抜いた。

 

「シーナ」

 

「全員、戦闘装備で待機中みたいですよ。マルユトがまだかと催促しています」

 

「ヤッコ」

 

「こっちもいいですぜ」

 

「よし」

 

 アウロラが満足げに頷くと2人はすぐさま指揮所から出て行った。アウロラ外に出て近くにおいてあったユニットとカノン砲を装備しコッラー川を眼下に収める。

こちらの兵士が砲火が降り注いでくる中でまるでネズミのように塹壕を走り回っており、

対するネウロイはまるで黒い波のようにジワジワとコッラー川に迫ってくる。

 

「まぁ、扶桑の諺にもあるからな。窮鼠猫を噛むと」

 

 アウロラの犬歯を見せる獰猛な笑みを浮かべる。それは決して追い詰められたネズミのものではなく、喉を噛み切ろうと猛々しく唸るオオカミのものだった。アウロラはその表情のまま、耳のインカムに手を当てた。

 

「マルユト。行けるな?」

 

『問題ありません。準備完了です』

 

「ヤッコ。私達が出撃()たら砲撃を開始しろ」

 

『了解!』

 

 味方の態勢は万全。ならば、後は敵を撃滅するために全力を注ぐだけだ。

 

「攻撃開始」

 

 そう言うや否や、アウロラ自ら雪を蹴立てて飛び出し、猛然とネウロイへ突撃した。他の塹壕からもアウロラに続くように陸戦魔女(ウィッチ)達が飛び出し、手馴れた様子で各々の武器を構える。

 ここでの戦闘は実に単純。ネウロイ相手に暴れられるだけ暴れ、限界を迎えれば塹壕内に退避し、補給して再度攻撃もしくは塹壕からの射撃戦に移行するのだ。

 

『撃てぇえ!!』

 

 ヤッコの声がインカムから聞こえたのとほぼ同時にアウロラ達の頭上を砲弾が飛翔していった。歩兵が陣地内に設置した対戦車砲を発射したのである。彼らの弾丸は進軍してくるネウロイ達の先頭にいた奴らを穿ち、戦列を乱れさせた。その隙を逃すほどスオムスの魔女(ウィッチ)達は甘くない。

 

「吶喊!!!」

 

 アウロラがいの一番にネウロイにスコップを叩きつけたのを皮切りに、陸戦魔女(ウィッチ)達はぞくぞくと己の得物を構えてネウロイに吶喊した。

 それこそオオカミが獲物の首を噛み切るように、至近距離から銃を乱射したり、集束手榴弾や対戦車地雷を叩きつけている。なまじ超至近距離で戦っている分、ネウロイは動きづらいのに加えて同士討ちをも誘発している。陸戦魔女(ウィッチ)達は思う存分に暴れ回り、弾薬が尽きる直前にアウロラは陣地の歩兵中隊に通信を送った。

 

「ヤッコ!」

 

『こっちは準備万端です!』

 

「よし、退くぞ!」

 

 アウロラがカノン砲を乱射してネウロイを牽制している間に他の陸戦魔女(ウィッチ)達は全速力で後退していく。ある程度退いた所で、マルユトが率いる数名が立ち止まって銃を構えた。

 

「隊長!」

 

「ああ!」

 

 カノン砲を1弾倉分撃ち切った所でアウロラも後退を始める。それを援護するためにマルユト達は残弾を全て用いて射撃を始めた。残弾はごく少数で援護はそう持たない。ここから重要となるのは後衛となる歩兵中隊の働きだった。

 

 

 

 

 

 

「小隊長!隊長達が川の線を越えます!」

 

「対戦車砲、迫撃砲、機関銃、使えるもの何でも準備しろ!絶対に守るぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

 小隊長と呼ばれたヤッコは周りと陣地内にいる男性兵士に通信機を介して発破をかけた。歩兵中隊ではあるが以前のネウロイとの戦闘で士官が戦死し、代わりに下士官ではあるがヤッコが今現在まで戦闘指揮を執っていた。もともと下士官に中隊の指揮を執る資格はないので、そのことに皮肉を効かせて小隊長と呼ばせていた。

 前線を双眼鏡で監視していた兵士が叫ぶ。

 

「川の線越えました!」

 

「撃てぇえ!撃てぇえ!撃てぇええ!」

 

 ヤッコの号令によって陣地内に設置された各砲火が一斉に火を吹いた。大口径の機関銃では足止め程度にしかならないが、迫撃砲なら上手くいけば損傷を与えられ、対戦車砲なら撃破まで狙うこともできる。ここで踏ん張って1体でも多く仕留めることが出来れば、陸戦魔女(ウィッチ)達への大きな助けになる。

 そんな時、ヤッコの傍にいた通信兵が叫んだ。

 

「小隊長!補給要請です!!」

 

「今回の担当は俺の班だったな!いくぞ!」

 

「クソッ!小隊長ばっかずるくないですか!?」

 

「恨むんならネウロイを恨め!」

 

 近くで迫撃砲の照準を調整していた兵士の羨ましげな絶叫に返事をしつつ、ヤッコは部下数名と共に弾薬箱を手に取った。ここから前線付近の塹壕に退避した陸戦魔女(ウィッチ)達に弾薬を届けなければならない。塹壕の中をネウロイの砲火を潜り抜け迅速に走り抜ける。陸戦魔女(ウィッチ)達に直に助けることができるこの任務は歩兵中隊の中で一番人気の任務だった。

 

「よし、行くぞ!」

 

 弾薬箱を背負うように持ったヤッコ達は姿勢を低くして塹壕を走る。背中に弾薬箱の角が食い込み、近くに着弾したネウロイのビームで泥を被るが、全員全く気にせずそれぞれ指定された場所へと駆け抜けた。

 

「おお、ヤッコ。早かったな」

 

「そりゃ、何度も要請されりゃ慣れますよ!」

 

 滑り込むように飛び込んだ指定場所には砲火の中悠然と腰を落ち着けるアウロラがいた。アウロラの傍には談笑してチョコレートを頬張る数人の陸戦魔女(ウィッチ)の姿が。こんな激戦の中でもゆったりとリラックスできる彼女達には尊敬を通り越して呆れさえも覚えてしまう。戦慣れしすぎだろう、こいつら。

 

「注文通り、徹甲弾!」

 

「ようし。行くか!」

 

 弾薬箱から取り出した徹甲弾が綴られたクリップをヤッコは次々と投げ渡していき、陸戦魔女(ウィッチ)達は手馴れた様子で受け取って自身の弾嚢に突っ込んでいった。

 弾薬箱が空になりヤッコが陣地の方へ引き返そうとした時、陸戦魔女(ウィッチ)の1人が空を見上げて叫んだ。

 

「敵機!直上!」

 

「ヤッコ!伏せろ!」

 

 アウロラは即座にヤッコを突き飛ばすと、雨のように降りそそいでくる飛行型の小型ネウロイが放ったビームを防ぐ。砲火はすぐに止んだ。

 

「皆、無事か!?」

 

「1名重傷!掠めたビームでユニットが爆発して・・・」

 

「いっつ・・・」

 

 地面に倒れた魔女(ウィッチ)の右脚のユニットは無残に破壊されていた。運が悪いことに、その破片が腹部から肩口にかけてざっくりと切り裂いてしまったのだ。雪と土で斑になった地面に朱が混ざっていく。

 アウロラは傷ついた陸戦魔女(ウィッチ)に駆け寄ると陸戦ユニットを彼女の足から強制的にパージさせた。自身の手が汚れることも構わず傷口を押さえ、他の陸戦魔女(ウィッチ)達と協力して包帯で応急処置を施していく。

 

「ヤッコ!彼女を連れて行け!」

 

「隊長達は!?」

 

「上の奴らを黙らすしかないだろう!行け!!」

 

 ヤッコはアウロラから託された負傷した魔女(ウィッチ)を担ぎ元来た道を走り出した。地面の凹凸に足を取られるたびに肩の上の魔女(ウィッチ)が苦しげに呻くが気にしている暇は無い。時折流れてくる流れ弾を塹壕の壁に寄り添って逃げていくと、飛行型のネウロイの音とは違う音が空から響いた。

 

「来てくれたか・・・魔法使い(ウィザード)

 

 ヤッコが期待を込めて見上げた空に幾筋もの燃え盛る軌跡が描かれた。

 

 

 

 

 

 

 

『緊急出撃!!緊急出撃!!』

 

 サイレンと共にスピーカーから大音量で吐き出される放送に、格納庫の隣の休憩室で眠りこけていた神崎は叩き起こされた。意識が覚醒していく最中に体に巻きつけていた毛布を放り出し、『炎羅(えんら)』とC96が付けられた弾帯とゴーグルを手にとってユニットケージへと駆け出した。

 意識が覚醒し切る頃にはユニットケージに登り、零式に足を入れた。

 

「武器!!」

 

「ヰ式散弾銃・改です!」

 

「射程が足りない!MG34は!?」

 

「弾切れです!20ミリも弾切れです!」

 

 ここ最近の激しい出撃のせいで補給が追いつかなくなっていた。特にMG34と九九式機関銃は殆どの出撃で使用しているため、弾薬の消費が激しい。ブリタニアの補給があるとはいえ、それでもまかない切れなくなってきていた。

 補給に関しては整備兵のせいではないのだが、散弾銃と弾が収められた弾薬を受け取った神崎は思わず眉を顰めてしまう。しかしその時、別の整備兵が駆け寄ってきた。

 

「KP-31です!」

 

「ないよりましか・・・。すまない!」

 

 整備兵が持ってきたのはスオムス軍の短機関銃、KP‐31だった。短機関銃ではMG34などに比べ射程も威力も低くなってしまうが、射程は散弾銃より大分マシになる。KP-31を受け取ると、散弾銃とドラムマガジンが詰め込まれた鞄を背中に回し、神崎は近くに待機している整備兵達に合図を送った。

 

「出るぞ!注意しろ!!」

 

 魔導エンジンが唸りをあげ、零式がユニットケージから解放される。整備兵の誘導にしたがって格納庫から滑走路に移った時、管制から通信が入った。

 

『ウルフ1。敵航空戦力はコッラー川に向かっている。至急急行しろ』

 

「了解。ウルフ1、出るぞ!」

 

 魔導エンジンの出力が最大限にまで上がり、幾ばくかの地上滑走の後に神崎は離陸した。ラドガ湖上空でクルリと反転し、コッラー川に急行する。コッラー川に到達するまでそう時間はかからない。神崎はいつでも交戦できるように左手に魔法力を集束させつつ、じっと前方を見据えていた。

 やがて遥か前方の地上に紅い閃光と爆発そして低空を飛び回る多数の黒い機影を視認した時、神崎は一言管制に通信を入れた。

 

「ウルフ1、戦闘に入る!」

 

 遠目で多数の黒い機影が飛行型の小型ネウロイ、ヒエラクスだと判別できるまで近づいたが、未だ敵は神崎に気付いていない。ならばここで先手を撃つしかない。

左手に集束させていた魔法力が熱を帯び、炎へと変わる。

 

「行け!!」

 

 神崎が左手を勢いよく振ると、その軌跡から十数筋にもなる炎が一斉に放たれた。炎がヒエラクスに喰らいつく間に地上の様子を確認すると、空襲を受けながらも地上部隊は未だ塹壕内でネウロイの侵攻を食い止めている。しかし、被害が出ているのか負傷兵を抱えて走る兵士の姿も見受けられた。

 

『神崎か!?』

 

「ユーティライネン大尉。空の奴らは片付けます」

 

『頼む!』

 

 地上から送られてきたアウロラからの通信に答え、神崎はKP-31を構えた。短機関銃にしては重量があるが、いままで使っていた重機関銃に比べれば随分と軽い。違和感はあるものの、そのまま地上付近を3機編隊で飛行するヒエラクスに接近して引き金を引いた。

 バラララ・・・と小口径の弾丸が無数にばら撒かれ後方に位置していた2機を穴だらけにしたが、そこで弾切れを起こしてしまった。MG34と射撃の感覚の違うことに神崎は眉を顰める。

 

「ならば!」

 

 KP-31を背中に回すと自由になった両手に魔法力を集束させて左手の方を後方に噴出させた。爆発的な推力を得た神崎は急加速してヒエラクスの上方まで到達する。その瞬間、温存していた右手をネウロイに向け噴出させた。爆発的な炎がヒエラクスを木っ端微塵に吹き飛ばし、急加速していた神崎のスピードも急減速する。急制動による重圧に歯を喰いしばって耐えつつ鞄からKP-31の弾倉を取り出し交換し、すぐさま別のヒエラクスを求めて行動を開始した。

 

 

 

 

 

 

「上は神崎が抑えたぞ!押し返せ!!」

 

『すみませんが早く。手が足りません』

 

 上空で神崎が次々と航空型ネウロイが撃墜していくのを確認して、アウロラは自ら塹壕から飛び出した。空襲を免れた狙撃地点からシーナがずっと押し止めてはいたが、ネウロイはコッラー川を越えようとしている。ここで押し込まなければこの地点の防衛は厳しい。

 アウロラに続いて塹壕内で空襲を耐えていたマルユト達、陸戦魔女(ウィッチ)隊も次々に飛び出し、戦闘を開始した。陣地から彼女達を援護する砲火も再開され、ネウロイは押し返されていく。

 

「下は持ち直したか・・・」

 

 最初の炎による先制攻撃からの戦闘でヒエラクスを駆逐し終えた神崎は地上での戦闘を静観していた。アウロラ達の戦闘は苛烈で完全に流れを掴んでいる。ネウロイも後退を始めており程なくして撃退できるだろう。

 

「さてと・・・こっちも撤退するか・・・。ん?」

 

 神崎が反転してラドガ湖まで帰還しようとした時、撤退していくネウロイの遥か後方の森林で赤い閃光が瞬いているのを確認した。敵の航空戦力は無く、敵も敗走中。接近して目視確認しても問題は無かった。

 念のためにKP-31の弾倉を交換し、閃光が瞬いていた地点の上空へ向かう。

 

「確かここら辺だったはずだが・・・」

 

 戦闘から逃れ無事な針葉樹が生い茂る森の上空から、木々の隙間から地面を凝視する。一見何も無いがどうにも違和感を拭うことができず周辺を低速で飛び回っていると、突然森林の中で爆発が起こった。

 咄嗟に爆発がした方向にシールドを張って銃を構えるが、一向に攻撃は来ない。しばらく滞空しつつ黒煙が立ち昇る場所を凝視していたが、慎重に高度を下げて爆発地点に接近して言った。

 

「ここか・・・」

 

 神崎は針葉樹の隙間を縫うように地面に滞空し、未だ黒煙が立ち昇る爆発地点を眺めた。爆発のせいで雪が吹き飛ばされ下の地面をクレーター状に変えてしまっている。そして爆心地地点には焼け焦げた機材が覗いていた。

 

「・・・?」

 

 首を傾げた神崎はストライカーユニットの出力を絞るとそのまま地面に突き刺し、足を排出した。足に魔法力を回して簡単な凍傷と怪我の対策をすると周辺を警戒しつつ慎重に爆心地へと歩を進める。そして、爆心地に着くと膝をついて焼け焦げた機材を見つめた。

 

「兵器・・・では無さそうだが・・・」

 

 見た限り大砲のようなものではない。まだ爆発による熱を持っているので、立ち上がって炎羅(えんら)を鞘ごと使い機材を漁っていく。その途中、アウロラから通信が入った。

 

『神崎、何があった?』

 

「ネウロイが撤退した後、森で爆発がありました。その爆心地に何かが・・・」

 

 報告しつつも休むことなく炎羅(えんら)を動かし続ける神崎。だが大きめの機材の残骸をひっくり返した時、神崎の手がピタリと止まった。

 

「これは・・・?」

 

 目に止まったのは、土の中で太陽光を反射する小さな欠片。再び膝を付いて土の中からそれを拾うと、紅い光がギラリと瞬いた。

 

「ユーティライネン大尉。手助けが必要です」

 

『分かった。すぐに人を送る』

 

「ありがとうございます」

 

 アウロラとの通信を終えると神崎はポケットからハンカチを取り出し紅い結晶を丁寧に包んだ。その足元、ひっくり返した機材にはブリタニア語の表記が刻まれていた。

 





ブレイクウィッチーズの8話で個人的に待ち望んでいたシーンがあって大満足でした。
一瞬でしたけどねw



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第五十九話


ロスマン先生が本当に自分の先生だったらな~
あの笑顔があればどんな努力もいとわないのにな~

とブレイブを見てそう思います

そんな訳で、第五十九話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 才谷はソファに深く腰かけて正面の人物を見据えた。

 

 スオムス、ヘルシンキ湾、軍港。

 他の部隊から隔離された港湾ドック。そこに収容された伊399内部の司令官室に彼女達は居た。

 

「ファインハルス中尉、報告を」

 

「我が隊は予定通り敵の隠れ家を攻略。敵の半数が踏み止まり、半数を逃がしました。敵は残った物資を爆破して抹消。捕虜は取れませんでした」

 

捨て奸(すてがまり)か・・・。敵ながら気骨がある」

 

 ファインハルスは眼鏡の奥の瞳を細めている。楽しげに口を動かすその様子を才谷は表情を動かさずに見ていた。

 

(戦闘狂か・・・。そんな奴でないと、この部隊ではやっていられないか・・・)

 

 才谷が見つめるファインハルスの瞳の光は常人のそれとは違う。通常ならばそのような人物を部隊に置いておくことはない。だが、この部隊だからこそ彼のような人材は生きる。

 報告を聞き終わると、才谷は足を組んで頬をついた。

 

「報告、ご苦労。それで奴らが爆破したという機材、お前はどう思った?」

 

「私見ですが、あれは兵器です。だが、あれが終着点ではない」

 

「なに?」

 

 ファインハルスは目を見開き、楽しげに口を歪めた。彼の顔立ちが元々綺麗だからこそ、その狂喜さが強調されてしまう。

 

「あの兵器は最高の導火線だ。さてさてさて、あれがあれば最高の戦争を起こしてくれる!」

 

「そうか・・・」

 

 今はまだなのか。それとも今からなのか。導火線に火は着いているのか。

これらはファインハルスの私見でしかないが、才谷にも同じような予感があった。

だが、ここからネウロイの第二次スオムス侵攻がどのような展開を繰り広げるのか、それだけは皆目見当がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎の要請により陸戦魔女(ウィッチ)達によって回収された森の中の残骸は、ラドガ湖の扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊の格納庫に運ばれた。本来ならば後方へと運びしっかりと調査すべきなのだろうが、戦闘継続中の間に後方まで運ぶ暇などない。ならば、ある程度の設備があり、非常に優秀である技術者がいれば近場でも事足りる。

 

「う~ん。特に奇妙なところはないんだよね~。これには」

 

 そんな非常に優秀な技術者である鷹守は一通り残骸を調べて結論付けた。周りでその様子を見守っていた神崎と島岡、そして残骸の運搬に同行してここまで来たアウロラはそれぞれの眉毛を変な形に動かした。それだけには止まらず、島岡が口を開いた。

 

「そんなことはねぇだろ。誰だか分からねぇ奴が爆破して証拠隠滅しようとしたんだろ?なんかヤバイ奴じゃねぇのか?」

 

 島岡の言葉に神崎もアウロラも頷いて同意する。しかし、鷹守は首を横に振ってその考えを否定した。

 

「これはただのサーチライトだよ。ブリタニア軍が使っている極普通のね」

 

「ブリタニア軍があの地点にいたのか?」

 

「いや、ブリタニア軍は前線には出ていない。補給支援だけのはずだ」

 

 神崎も自身の推測を述べるが、それはアウロラが否定した。スオムス陸軍の大尉がそう言うのなら間違いはないのだろう。だが、そういうことになれば幾つかの疑問が出てくる。

 

「そもそも、なんでブリタニア軍のサーチライトがあそこにあった?」

 

「俺は紅い発光信号を出しているのを確認した」

 

「あ!それは俺も!モールス信号とかじゃねぇけど・・・」

 

 神崎と島岡の意見に聞きつつ、鷹守は近くの作業台に置いてあった紅茶のカップを手に取った。一口飲んで気が抜けたように首を傾げる。

 

「そうだね~。多分、このサーチライトはスオムス軍に送られた支援物資の1つだよ。ほら。ソルタヴァラのレーダー施設。あれの建設は夜を徹してやってたんじゃないの?それに使われていた沢山のサーチライトをちょろまかしたんじゃないかな?」

 

「誰が?」

 

「まぁ、十中八九『共生派』だよね~。問題は彼らが何をしているのか。そこで鍵となるのは・・・」

 

 鷹守は手に取った紅茶を再び作業台に置き、台上の隅にあった小さなケースを持ち上げて3人の前に立った。3人が注目する中で鷹守がゆっくりとケースの蓋を開けると、中には紅い結晶が入っていた。それを見たアウロラが首を傾げる。

 

「これは?」

 

「神崎君がこの残骸と一緒に見つけてくれたものだよ。多分、共生派はこれを隠したくて爆破までしたんだと思うよ」

 

鷹守はポケットから取り出した手袋を嵌めると慎重に結晶をつまみ上げて天井の照明に翳した。結晶がギラリと紅く瞬くのを見て、島岡が何かに気付く。

 

「それ、俺が見た光に似てる!」

 

「いや、それだけじゃなくて・・・」

 

 何か引っかかりを覚えた神崎はアウロラに目を向けた。アウロラも腕を組んで何かを考えていたが、神崎と目が合うと何かに気付いた。

 

「ネウロイのコアか・・・?」

 

「まさか・・・それはコアの欠片ぁあ!?」

 

「いや、コアだけを取り出すなんて不可能だ。こんな風に欠片で残ることはない」

 

 島岡が素っ頓狂な声を上げたが神崎は冷静にその意見を否定した。しかし、そこでその否定を否定するものがいた。

 

「詳しく調べるには機材が足りないから確証は持てないけど。まぁ、それが“本当の”ネウロイのコアであればね・・・」

 

 鷹守は掲げていた結晶をケースに戻すと蓋にしっかりと鍵をかけた。その表情は珍しく険しい。ここからは完全な推測だけどね・・・と鷹守は念を押して口を開いた。

 

「共生派はネウロイとのなんらかのコミュニケーション手段を見つけたんだと思う」

 

「じゃあ、俺達が見た紅い閃光は・・・」

 

「共生派がネウロイに対して何かしらの指示を出していた・・・と僕は考えているよ」

 

 鷹守の言葉を聞いていくうちに他3人の表情も段々と険しくなっていく。

 

「使っていたのはサーチライトと・・・」

 

「この結晶を利用した・・・ネウロイのコアの光を模倣するレンズかな」

 

「待てよ!?なら、そのレンズはどこから手に入れたんだよ!?」

 

 鷹守が出していく推測に、島岡は噛み付いた。そこは当然疑問がいく部分であり、鷹守はその疑問に対する答えを持っていた。

 

「僕は長年ブリタニアで研究していたんだ。それこそ宮藤博士が亡くなった後、零式艦上戦闘脚を完成させる為にずっとね」

 

「ああ。それは知っている」

 

「零式艦上戦闘脚を完成させるためには宮藤博士の様々な研究資料が必要だった。そりゃ、魔法力を扱うものだからね。死に物狂いで掻き集めて読み漁ったよ。でも・・・そこである資料を見つけた」

 

「・・・それは?」

 

 沈黙してしまった鷹守に促すように神崎は言う。鷹守は作業台に置き放しで冷めてしまった紅茶を一気に飲み干すと、そのまま溜息を吐き出すように言った。

 

「ネウロイ兵器転用計画」

 

 3人が衝撃で固まってしまう中、鷹守は口を止めなかった。

 

「資料自体は大部分が検閲済みでね。大したことは分からなかったけど、その計画に宮藤博士が関わっていて、博士はネウロイのコアについての研究もしていたことが分かった。宮藤博士が亡くなった後もこの研究が進んでいたら?すくなくとも成果ゼロってことはないんじゃないかな?例えば・・・ネウロイのコアの成分ぐらいは解析できたとしたら?例えば・・・ネウロイ兵器転用計画を軍内部の共生派が嗅ぎつけたとしたら?」

 

 あくまでも推測だけどね・・・と再度念を押して鷹守は笑う。しかし、その目には楽しげな感情など一切無い。

 

「最近はブリタニアからの援助が多かったよね?そんな状況からネウロイの第二次スオムス侵攻が始まり、敵の侵攻方向からブリタニア製のサーチライトの残骸が見つかり、ブリタニアで研究されていたネウロイのコアの欠片らしき(・・・)ものが見つかった・・・。これって偶然なのかな?」

 

 すべてブリタニア軍内部の共生派の差し金だったとしたら?

 

 鷹守の問いには誰も答えることはできなかった。

 

 

 

 

 

 格納庫での鷹守の話が終わって場所は隣の休憩室。

 緊急発進に備えてはいるが、島岡は仮眠用ベッドに寝転がって天井をぼぅと見上げており、神崎は机に向かって座ってアフリカの加東圭子から送られてきた十数枚の写真を眺めていた。ストーブの上に置いた薬缶の湯気が上がる音だけが部屋の中に響いていた。

 

「・・・なぁ」

 

「・・・ああ」

 

 気の抜けた島岡の呼びかけに神崎は写真から目を逸らさずに答えた。

加東の写真を見ればアフリカでの日々が思い返される。色んな魔女(ウィッチ)、色んな兵士に出会った。共にネウロイと戦った。今も戦い続けている。

 

「このネウロイの侵攻はあいつらが引き起こしたことなのか?」

 

「・・・鷹守が十中八九と言ったということは殆ど確定だろう」

 

「まぁ・・・そうだよな」

 

「だろうな」

 

 鷹守に対してなんだかんだ言っている2人では一応彼の判断に信頼を置いている。だからこそ、今回の状況が重大なことだと理解していた。

 

「これ、戦闘が・・・もしかしてよ・・・」

 

「アフリカの時みたいに・・・なるだろうな」

 

 写真から目を離して神崎はそっと呟いた。

 アフリカの街、トブルクで市民をも巻き込んだ共生派との戦闘。それがまたスオムスでも起こる。すでに神崎が誘拐された一件で共生派と(シュランゲ)の戦闘の火蓋は切られているのだ。今までとは比べ物にもならない戦闘が起こってしまうだろう。

 

「・・・写真、見せてくれよ」

 

「さっき見てただろう」

 

「もう一回見てぇんだよ」

 

「・・・ほら」

 

 島岡に催促され、神崎は写真を纏めてベッドからだらしなく伸ばされる島岡の手に渡す。そのまま写真を眺め始めた島岡を放っておいて、ストーブの所へ歩いていった。シュンシュンと湯気を上げる薬缶を取り上げ、紅茶を淹れるべく近くにおいてある鷹守のティーポットにお湯を注いでいるといきなり島岡がベッドから起き上がった。そのあまりにも急な挙動に神崎の薬缶を持っていた手がビクッと震えた。

 

「なんだ。どうした、いきなり」

 

「なぁ、ゲン。お前、手紙の返事書いたか?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、写真撮ろうぜ!俺達2人のよ!」

 

「・・・そういうことか」

 

 ここ最近で最高にイキイキとした表情の島岡に、神崎はどこか納得して薬缶をストーブの上に戻した。

 

 

 

 そんな訳で、2人は整備終わりの鷹守と近くを通りかかったアウロラを引き連れて零戦の前に立った。カメラは鷹守の私物を借り、カメラマンも鷹守にしてもらう。

 

「誰に送るんだって?」

 

「彼らの元上司にだって。アフリカの」

 

 カメラを構える鷹守の後ろでアウロラが神崎と島岡の様子を眺めている。その視線を受けつつ、2人は零戦の正面の左右に立った。2人とも待機中の格好のままで、神崎は白い第2種軍装に炎羅(えんら)とC96、島岡は飛行服姿である。鷹守がピントを合わせていると、アウロラが楽しげな口調で言った

 

「2人とも、もう少し格好をつけたらどうだ?」

 

「格好を付ける」

 

「突っ立ったままだと味気ないだろう」

 

 写真を撮ろうとは思い立ったが、どう撮ってもらうかは全く考えが至らなかった2人。困惑して顔を見合わせていたが、結局アウロラの指示通り立つことになった。

 

「撮るよ~。3、2、1、はい」

 

 合図と共にカチャリとシャッター音が鳴る。カメラのフィルムには零式の前方左右で腕を組む2人の姿が収められた。撮り終わってから2人は自然と溜息を吐いてしまう。

 

「あんまこういうの慣れねぇな・・・」

 

「そうだな・・・」

 

 思い返せばこうやってちゃんとした形で写真を撮ることは数える程しかなかった。加東は皆が動いている風景を写真に収めることが多かったからだ。2人してとぼとぼと零戦から離れていく背後に黒い影が・・・。

 

「2人ともいい顔だな!」

 

「うわっと!?」

 

「大尉!?」

 

 いきなりアウロラが背後から2人と無理矢理肩を組んできたのだ。面食らって狼狽する2人に、アウロラは顎で前を示す。困惑したまま前を見ると、そこには実に面白そうにニヤニヤしてカメラを構える鷹守の姿が。

 

「いくよ~。はい!」

 

そうして撮られた写真は戦闘の合間とは思えないとても和気藹々とした物になった。だが、これが現像されたのは随分と後である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、神崎君は、これからまたユーティライネン大尉に同行してミッケリまで行ってもらうね」

 

「・・・いきなりすぎないか?」

 

 写真を撮り終えた神崎に伝えられたのは、アウロラの護衛任務だった。鷹守曰く、アウロラは上層部の会議に前線の状況を伝えるために出頭を命じられたとのこと。一番、戦線の状況が安定しているという理由でアウロラが呼ばれたらしいが、彼女に護衛など必要ないと考えてしまうのは神崎だけではないはずだ。

 だが、どうやら護衛以上に必要な仕事があったらしい。訝しげな表情の神崎に鷹守は近づいて声を潜めた。

 

「扶桑本国から『(シュランゲ)』の実働部隊が到着したんだ。君にはこちらからの報告書を届けてもらいたい」

 

「実働部隊・・・。了解した」

 

 神崎が頷くと鷹守は離れてにこやかに言った。

 

「神崎君が離れている間はソルタヴァラとベルツィレの部隊が都合してくれるみたいだから、気にしなくて大丈夫だよ」

 

「ソルタヴァラにベルツィレ・・・。ユーティライネン大尉の妹に迷惑をかけるな」

 

「まぁ、ちゃんとした任務だから気にする必要はないよ。じゃあ、よろしくね」

 

 ヒラヒラと手を振って離れていく鷹守と入れ替わって今度はアウロラが神崎の下にやってきた。

 

「神崎、鷹守からミッケリの件を聞いたか?」

 

「はい」

 

「出来るだけすぐに出発したい。出来るか?」

 

「すぐに準備します」

 

 神崎はアウロラに軽く敬礼すると踵を返して自室へと向かった。手早く荷造りをしている最中、島岡が部屋に入ってきた。ドスンと自分のベッドに腰掛けると、色んなものをひっくり返しながらカバンに物を詰め込んでいく神崎の様子を見てポツリと呟いた。

 

「なんか急だよな。どうも変じゃねぇか?」

 

「『(シュランゲ)』絡みだ。実働部隊が動き始めたらしい」

 

「実働部隊かよ・・・。本格的に動き始めたみてぇだな」

 

 島岡が重い溜息を吐くのとほぼ同時に神崎の荷造りが終わった。そしてあらかじめ準備してあったクリーニング済みの冬用の第一種軍装を着込み、問題がないことを確認するとC96を懐に入れ、炎羅(えんら)とカバンを手に取り、軍帽を被った。

 部屋を出る直前、神崎は島岡の方を振り返り、言った。

 

「行ってくる」

 

「おう。行ってこい。アフリカへの手紙と写真は出しといてやるよ」

 

「頼む」

 

 部屋の扉が閉まってから十数分後にはアウロラと神崎はラドガ湖の陣地から出発。ミッケリへの旅路に着いたのだった。

 





ブレイブウィッチーズも残り僅かです
あっという間でしたね

次は・・・ノーブルかな?アルターかな?それともタイフーン?
それよりもアフリカだろ!!!


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第六十話

あけましておめでとうございます
職場が変わってものすごく忙しくなり更新に時間がかかってしまいました

がんばって続けていくつもりなので、気長に待っていてください
あと、ブレイブウィッチーズ最終話よかったですね!

そんな訳で六十話です

感想、アドバイス、ミスの指摘等々よろしくお願いします


 

 

 

 

 ベルツィレに滞在する24戦隊の出撃回数は、他の部隊と同様、第二次ネウロイ侵攻が始まったのと同時に激増していた。

 今日も今日とて緊急出撃の合図と共に、航空魔女(ウィッチ)達が駐機場へと駆け出していく。

 

「今日も出撃かヨ~。いい加減疲れたゾ」

 

「疲れているのはイッルだけじゃないよ」

 

「いいよナ~、ニパは。超回復で体力も回復するンだロ?」

 

「いや、しないからね!?怪我が治るだけだから!!」

 

「2人とも無駄話はよせ」

 

 そんな雑談を繰り広げてストライカーユニットの元に駆けていくのはアウロラの妹であるエイラと彼女の同僚であるニパことニッカ、それにラプラことラウラ。エイラは、面倒くさそうな言葉とは裏腹に機敏な動作で出撃準備を整えていく。それはニパも同様で、からかわれながら、ラプラはそんな2人を諌めながら着々と出撃準備を終えていた。

 2人に続いて他の航空魔女(ウィッチ)達も準備を整えていく。

 

『ラプラ、聞こえているな?』

 

 インカムを通じて聞こえる声は、24戦隊の指揮官であるエイニのものである。彼女が基地で全体の指揮を、ラウラが戦闘隊長として陣頭指揮を執るのが普段のスタイルとなっていた。

 

「はい、隊長」

 

『ソルタヴァラからの情報では、ネウロイは30。北北東、カレリラ地峡の方角から侵攻中だ』

 

「了解、すぐに急行します」

 

 エイニとの通信が終わると24戦隊は一斉に離陸し、侵攻してくるネウロイへ急行した。その道中、暇を持て余したのかエイラはクルクルとロール回転してぼやいた。

 

「倒しても倒しても全然減らないじゃないかヨ~」

 

「これでもソルタヴァラにレーダーが出来て楽になったんだ。文句言うものじゃない」

 

 エイラのぼやきに答えたのはインカムで逐次通信しているラプラだった。戦闘の指揮を執っている彼女だからこそ、レーダーの恩恵をよく分かっているのかもしれない。そういえば・・・とラプラの言葉を聞いたニパが呟いた。

 

「確かに最近は、出撃した場所にネウロイがいないってことはないよね」

 

「以前の索敵では取り逃しも多かったからな」

 

 レーダーが導入される以前の索敵警戒は主に人の目に依るもので、連絡に時間がかかったり、悪天候によって視界が塞がれたりなど、常時監視は難しい部分があった。レーダーの有効性を知ってしまえば、以前の索敵警戒では性能が不十分だと思ってしまうのは無理の無いことだろう。

 

「ここ数日は、私達の部隊はラドガ湖方面も担当することになっている。出来る限り速やかに撃退するぞ」

 

 作戦の詳細を詰めることが出来たのか、ラプラはインカムから手を離して自分の背後に続く部下達の様子を伺った。多少の経験の差はあれど、極度に緊張している者は居らず、疲れきっている者もいない。現状のコンディションとしてはまずまずといったところだろう。

 

「もうすぐ、ネウロイと接敵する範囲に入る。各員、警戒を怠るな」

 

「「「了解!」」」

 

 ラプラは皆の威勢のいい返事を聞くと、自分の銃をしっかりと構えなおした。ネウロイを発見したら、いつでも攻撃できるように。

 

 しかし・・・。

 

「・・・ネウロイなんていないゾ?」

 

「全然見当たらないね・・・」

 

「確かにこれはおかしいな・・・」

 

 ソルタヴァラから指示された地点に到着したはいいが、そこにはネウロイの影も形も無かった。皆が不審に思って辺りをキョロキョロと見渡す中、ラプラはインカムでエイニと通信を試みた。

 

「隊長。指定された場所に到着しましたが、ネウロイを確認できません」

 

『確かか?』

 

「ソルタヴァラへの確認をお願いします」

 

『すぐ確認する。・・・何?』

 

「どうしました?」

 

 基地にいるエイニがソルタヴァラとの連絡を試みるが、その途中に通信越しで彼女の声が曇るのが聞こえた。落ち着いた声で問いかけるラプラだったが、その胸中には嫌な予感が湧き出ていた。

 そして、その予感は的中してしまう。

 

『ソルタヴァラとの通信が途絶した。向こうに何かあったのかもしれん』

 

「何ですって・・・!?」

 

『ラプラ。ここからはレーダーからの情報はない。周辺警戒を厳にして、すぐに撤退しろ』

 

「了解」

 

 エイニとの通信を終えたラプラは、すぐさま部隊全員を率いて基地への航路に入った。

 しかし、その道中でネウロイの奇襲を受けて戦闘状態に突入してしまう。ネウロイの戦力は当初知らされていたものよりも多く、24戦隊はネウロイを撃退するも多くの時間を費やすことになった。

 

 

 

 その空白になった時間で、1つの戦いに決着がつくことになるとは誰にも予想できなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソルタヴァラ基地が通信を途絶する数時間前・・・。

 基地のレーダー施設はフル稼働で動き、警戒監視と迎撃の任務のサポートに全力を注いでいた。

 レーダーは昼夜を問わずに侵攻してくる航空型ネウロイの姿を捉える。それを管制官が各方面を担当する飛行部隊に連絡し、場合によっては直接管制することで、スオムス空軍の防空力を高めていた。

 

「レーダーに反応!カレリア04からネウロイ侵入!」

 

「現在、ヴィープリの部隊はモスクワ方面からのネウロイの迎撃に出ています」

 

「24戦隊に出撃要請を出せ」

 

「お待ち下さい。今、24戦隊を動かせば・・・」

 

 指揮官からの指示を受けた管制官が24戦隊に通信を入れる直前、指揮官の隣にいた副官が待ったをかけた。

 ラドガ湖の航空部隊が神崎不在の為に戦力が大幅に落ちているという通達はすでに受けている。ヴィープリの部隊が出払っている今、24戦隊がカレリアへ出撃してしまえばラドガ湖方面が無防備になってしまう。カレリラ地方の部隊に要請するのが適切に思えた。

 

「構わん。24戦隊に出撃要請を」

 

「了解」

 

 しかし、指揮官は命令を変更しなかった。二度も言われれば従う他無く、管制官は命令通り24戦隊に通信を入れた。

 その後、管制官が凝視していたレーダーが事態の急変を伝えた。

 

 

「カレリア04のネウロイが進路を変えました!」

 

「やつらの進路はどうなった?」

 

「大きく東に転進。オラーシャへと向かっていきます」

 

「分かった」

 

 管制官の報告を受けたが、指揮官は何も動こうとはしない。その事に疑問に思った副官が口を開いた。

 

「24戦隊に伝えないのですか?」

 

「ああ。そうだ」

 

「このままでは24戦隊が会敵できない可能性が・・・」

 

「そうだ。それでいい」

 

「それならば、早く24戦隊を引き戻さなければラドガ湖方面の防衛が・・・!」

 

 ここまで会話して副官は焦り始めた。この指揮官が冗談でこのようなことを言っていないのは明らかである。

 管制官達は息を飲んで2人の会話を見守る中、指揮官はゆっくりと立ち上がって言った。

 

「勿論、手薄にある。それが同志達の望みだ」

 

「何を言っているんですか!?まさか・・・あなたは・・・!?」

 

 驚愕と怒りの滲んだ声を上げる副官だったが、その声はくぐもった銃声が強制的に消してしまった。ドサリッと崩れ落ちた副官の返り血を浴びた指揮官は、硝煙の香りを漂わすサプレッサー付きの拳銃を下ろし、呆然とした表情で視線を向ける管制官達に向けて一言言った。

 

「やれ」

 

 その瞬間、管制官達の一部が立ち上がり、隠し持っていたサプレッサー付き拳銃で何も知らない管制官達を即座に撃ち殺してしまった。悲鳴1つ上げる間も無く床に伏した元同僚達を、表情を一切変えずに一箇所へ集め、併せてレーダー施設を閉鎖していく管制官達。

 その作業の合間に、指揮官はゆっくりと通信機のスイッチを入れた。

 

「こちらの準備は完了しました。ええ・・・。はい。では、そのように。御武運を・・・。カリラ大尉」

 

 その言葉を最後に、指揮官は通信を終えてマイクを置いた。そして、躊躇することなく通信機を拳銃で撃ち抜くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スオムス軍の総司令部が置かれている街、ミッケリ。

 各方面の戦線から情報が集められ、その情報から戦争の舵を取る、いわばスオムス軍の頭脳とも取れる重要な拠点である。

 総司令部の建物は沢山の軍人で溢れ、忙しなく駆け回り、戦場と比べても見劣りしない喧騒に包まれていた。

 

 しかし、ミッケリに到着して神崎と別れたアウロラは、そんな喧騒とは隔離された部屋にいた。

 淡い照明に照らされる中、簡素なイスに座らされているアウロラは明らかにイラついていた。足と腕をそれぞれ組み踏ん反り返ったように座る彼女は、目を閉じているがその目元は時折ピクピクと動いている。

 だが、そんなアウロラの雰囲気を感じ取れる位置にいるにも関わらず、彼女の正面に位置したテーブルにつく少佐は動じることなく手元の書類に何かを書き込んでいた。十分すぎる時間をかけて書類の書き込みを終えると、勿体つけた動作でペンを置いて尋ねた。

 

「それでは、確認のためにもう一度コッラー川の戦況を説明していただけますか?」

 

「・・・いい加減にしろよ。もうこれで何度目だ?」

 

 開いたアウロラの目は明らかに怒りを湛えていた。それもそうだろう。すでに数時間、何の意味があるかは分からないが、コッラー川の戦闘の詳細を述べさせられ、他愛の無い質問を出され、確認のためといって同じ説明を何度もさせられる。アウロラの苛立ちは沸々と湧き上がっていた。

 しかし・・・。

 

「必要なら何度でも」

 

「一体何時になったら終わるんだ?私には無駄なことをしているとしか思えない」

 

「これは貴女が出席する次の会議に必要なことです。そして貴女が全面的に協力していただくことが一番早く終わることです」

 

 アウロラの怒りに中てられることなく、少佐は淡々と答えた。その事務的な対応に、アウロラは逆に二の句を告げなくなってしまった。怒りを押し込めるように沈黙すると少佐はニコリともせず再び告げた。

 

「確認のためにもう一度コッラー川の戦況を説明していただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 アウロラがミッケリの総司令部の一室に缶詰になっている中・・・。

 神崎は総司令部近郊にある街の目立たない小さな喫茶店に居た。総司令部にアウロラを送り届けた後、前もって受けていた鷹守からの指示でこの喫茶店へと向かったのだ。誰が来るかは分からない。「(シュランゲ)」の関係者だけというのは確かなのだが・・・。

 待ち人がくるまで、隅のテーブルに腰を落ち着けた神崎は頼んだコーヒーにゆっくりと口をつけ、レコードから流れ出るBGMに耳を傾ける。このBGMは神崎のお気に入りの曲だった。

 

「ルーツィンデ・ヴァン・ベートーベン・・・」

 

「交響曲第9番、『歓喜の歌』・・・か」

 

 神崎の何気無い呟きに誰かが静かな口調で答えた。声から女性であるのか分かる。神崎が誰かを確認する間も無く、正面のイスにある女性が腰掛けた。神崎が着る黒の第1種軍装とは正反対の真っ白な中佐の階級章付きの第2種軍装と右脚側にスリットが入ったスカートを纏っていた。白い髪で短髪の髪型は神崎が最後に見た時と変わりなく、右目の眼帯も相変わらず無骨な物だった。

 なぜ彼女がここにいるのか?

 ここにいるのなら自ずと分かるはずだが、神崎は驚きでそれどころではなく、コーヒーカップをテーブルに置く途中で固まってしまった。そんな神崎を知ってか知らずか女性は眼帯に隠されていない左目を楽しげ細めて言った。

 

「久しぶりね、神崎君」

 

「・・・お久しぶりです。先生」

 

「もう生徒じゃないでしょ?」

 

「お久しぶりです。才谷中佐」

 

 「(シュランゲ)」実働部隊司令官、才谷美樹は満足そうに微笑んだ。

 




ブレイブウィッチーズが終わってしまい一気に寂しくなりましたが、13話が楽しみですね!
後最終話のネタバレですが















アウロラねーちゃんキタぜ!FOOOOOOOOOOO!!!


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第六十一話


ブレイブも終わり今はラジオを楽しみに頑張ってます

はやくBDが出ないかな~

そんな訳で六十一話です
短めですが

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 近寄ってきたウェイターに自身のコーヒーを頼み、才谷は足を組んで深々とイスに座った。

 

「私の部屋に逃げ込んできた教え子が、まさかこんなに立派になるなんてね」

 

「いえ・・・まだまだです」

 

「アフリカ、スオムス。どちらの活躍も聞いています。『アフリカの太陽』という2つ名もね」

 

 才谷から面と向かって言われ、神崎は恥ずかしい部分を知られていることもあり、羞恥の余りにコーヒーを飲むことに逃げた。

 才谷は神崎の軍学校時代の恩師。沢山の重圧で潰れかけた自分を知っている。沢山の魔女(ウィッチ)から蔑ろにされどうしようもなくなった時、聞きなれなかった音楽に誘われて辿り着いた先が当時教官をしていた才谷の部屋だった。

 

 ルーツィンデ・ヴァン・ベートーベン、交響曲第9番『歓喜の歌』

 

 彼女が部屋の蓄音機で流していたこの曲が、神崎の人生を変え始めた。

 

 思い出話に花を咲かせるのも悪くないだろう。だが、それは仕事じゃない時だ。

 神崎は未だ残る羞恥をコーヒーと一緒に飲み下し、真剣な表情で才谷に向き直った。

 

「才谷中佐、あなたがここに来たということは・・・」

 

「今は『(シュランゲ)』実働部隊の司令官を任されています」

 

 つまり神崎の直属の上司である鷹守の上司ということになる。神崎は背筋を伸ばし、鷹守から託された報告書を取り出した。

 

「鷹守大尉からの報告書です。どうぞ」

 

「ありがとう」

 

 受け取った報告書を早速読み始める才谷。報告書から目線は離さなかったが、読みながらも神崎に問いかけた。

 

「神崎君も共生派と戦ったようね」

 

「はい。アフリカで1回、スオムスで3回」

 

「誘拐の件は・・・」

 

「仲間達のお陰で・・・なんとか」

 

「そう・・・。大変だったようね」

 

 才谷は少しだけ報告書から視線を外し、神崎に優しげな視線を向ける。神崎の胸に色々な言葉が湧き上がったが、どれも口には出さずに黙って小さく頭を下げた。

 大した時間もかからずに才谷は報告書を読み終わり、テーブルのコーヒーカップを取りあげて口をつけた。

 

「なるほど・・・。共生派の狙いは紅い結晶を使ったネウロイの誘導か・・・」

 

 持っているコーヒーは既に冷め切っているはずだが、それを全く気にしないほど才谷は自身の思考に集中していた。報告書の内容は神崎には分からないが、おそらく鷹守が知りえた事柄が記載されているのだろう。この報告所の内容がこれからの「(シュランゲ)」の行動指針を決めることになるのかもしれない。

 

 神崎が才谷に代わりのコーヒーを頼もうかと考えてウェイターを呼ぼうとした時、カールスラント軍人が近寄ってくるのが目に入った。何の気無しに視線をあげて見ると、ブロンドの前髪から覗く眼鏡を通した無機質な瞳と目が合った。神崎の背中に悪寒に似た震えが走ったが、その男は自分の異質さを覆い隠すようなにこやか笑みを浮かべ、静な足取りで才谷に近寄っていく。

 

「司令官」

 

「ファインハルスか・・・。どうした?」

 

「ソルタヴァラからの通信が断絶しました」

 

「何?」

 

 ファインハルスと呼ばれた男は、才谷と彼女の正面に座る神崎にしか聞こえない小さな声量で報告した。才谷はいままで神崎に向けていた優しげな表情から一瞬で指揮官の表情となって立ち上がる。ファインハルスは従者のように一歩下がり、神崎も才谷に倣って立ち上がった。

 テーブルに紙幣を置いて喫茶店から出て基地に向かう中で、ファインファルスは話を進めていく。

 

「管制、通常無線、共に沈黙。管制が消失し、航空部隊は混乱しています」

 

「ネウロイの動きは?」

 

「小規模な襲撃は確認していますが、現場で対処したようです。しかし・・・」

 

 ファインハルスはチラリと神崎を見て、そのまま言葉を続けた。

 

「ラドガ湖の鷹守大尉から経由されてコッラー川の陣地が空襲を受けたことが確認されました」

 

「ッ!?」

 

 神崎は思わず息を呑んでしまうが、才谷もファインハルスも全く反応せず、歩を進めていく。

 

「コッラー川の部隊から全力魔女支援要請(ブロークンアロー)が出ています。しかし、ベルツィレ、ヴィーブリの部隊は共に他方面に出撃しているため対応できません。更に遠方の部隊は、レーダーが沈黙したことにより迂闊に動くことが出来ないと。陸戦兵力も同様です」

 

「レーダーの依存がこの結果か。鷹守の報告書に書かれていた仮説が当たりだったのかもしれん」

 

「早急に必要なのはコッラー川への増援です」

 

「それならば、当てがあるし適任がいる」

 

 そう言って才谷は司令部の前で立ち止まった。振り返って神崎を見て小さく頷くと、今度はファインハルスを見て言った。

 

「ユーティライネン大尉はどこにいる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とっくの昔にイラつきを我慢する気は失せた。だが、腕を組みながらこれ見よがしに貧乏揺すりをしてみせても、いまだ書類を書き続ける少佐は気にも留めない。それがさらにアウロラをイラつかせた。

 そうしてようやく少佐はペンをテーブルに置いた。

 

「大尉、ご協力感謝します」

 

「ああ。もうこれで終わりだな」

 

「ええ。重要な書類は全て終わりました」

 

「もう私は帰るぞ」

 

 少佐が書類の束を整えているので、アウロラは勝手にイスから立ち上がり出口に向かう。もうこの部屋にこれ以上居たくなかったのだ。

 しかし、ドアノブに手をかけたところで、面倒くさそうな溜息を吐いた少佐が待ったをかけた。

 

「いいえ。それは駄目です」

 

「なんだと?」

 

 ビキリッとアウロラの額に青筋が立つが、振り返って見た少佐の姿に彼女の思考は一気に冷たくなった。彼の手にはいつの間にか拳銃が握られていたからだ。体から余分な力を抜きつつアウロラは口を開く。

 

「拳銃一丁でこの私を止められるとでも?」

 

「いいえ。思いません。だが、これは必要なことだ」

 

「何のために?」

 

「我等が同志達のために」

 

 そうして拳銃の引き金は引かれる。アウロラはその銃口から目を逸らさなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここです」

 

 ファインハルスに先導され、才谷と神崎はアウロラが居るであろう部屋の前に辿り着いた。司令部の奥に位置するこの部屋は、司令部の喧騒から離れている。どうも不審な気配があり、神崎は腰の「炎羅(えんら)」に手を伸ばした時・・・。

 

 部屋から銃声が鳴り響いた。

 

 そこからは一瞬だった。

 ファインハルスはいつの間にか懐から抜いた拳銃でドア鍵部分を撃ち抜き、それに合わせて魔法力を発動させた神崎がドアを蹴破る。すぐにでも抜刀できるよう「炎羅(えんら)」の柄に手を添えて部屋に突入した神崎が見たのは・・・。

 

「神崎か。よくここが分かったな」

 

 地面に臥した将校を踏みつけて牙を剥くアウロラだった。その額からは血が一筋流れているが痛がるそぶりは一切無く、だらりと垂らしている右手には拳銃が握り潰されていた。

 

「大尉。大丈夫ですか?」

 

「ああ。拳銃程度で私を殺そうとするとは共生派の連中は舐め腐っているな」

 

「いや・・・。普通、人は拳銃で殺せます」

 

 アウロラは流れ出る血をペロリと舐めると、近寄ってきた神崎に歪みに歪んだ拳銃を渡し後ろに控える才谷とファインハルスに目を向けた。

 

「そいつらは?」

 

「自己紹介は歩きながらで。コッラー川で緊急事態が起こっている」

 

「なんだと?・・・分かった」

 

「そいつは私が処理しておきます。お急ぎを」

 

 部屋に入ったファインハルスと入れ替わるようにアウロラと神崎は部屋の外に出た。早足になった才谷の後に付いて行きながら、話を続けた。

 

「私は才谷美樹。扶桑皇国海軍中佐、『(シュランゲ)』実働部隊の司令官だ」

 

「鷹守の上司か。私は・・・」

 

「報告は受けている。貴官の協力には感謝の念が絶えない。ユーティライネン大尉」

 

「こっちの利害と一致したからこそだ。才谷中佐」

 

「そして、さらに協力してほしい」

 

「仲間の危機だ。もちろん協力させてもらう」

 

 才谷とアウロラは、どこか波長が合うのか神崎を置いておいて、現在置かれている状況とこれからどう動くのかをトントン拍子に話を進めていった。

気が付けば司令部の建物から出て、近場にある平原に到着した。雪化粧した真っ白な平原にトラックが一台停まっている。ここに来て才谷とアウロラの話は詰めに向かっていた。

 

「ならもうここにあるのか?」

 

「装備はこちらのを使ってもらう。これはうちの任務にも関わってくることだ。気兼ねなく使い潰してくれ」

 

「それはありがたい。だが・・・」

 

 トラックの前まで来て立ち止まった3人。トラックの中から出てきた、やはり識別章を外した兵士達の敬礼を受けたアウロラはニヤリと笑って才谷を見た。

 

「だが・・・中々無茶なことを考えるな」

 

「少しぐらいおかしくないとこんな仕事はできないさ」

 

「確かにな」

 

 才谷もニヤリと笑い返す。それとほぼ同時にトラックの幌が解放され、荷台の中身が明らかになった。

 扶桑皇国製ストライカーユニット「零式艦上戦闘脚」

 カールスラント帝国製陸戦ストライカーユニット「Ⅳ号戦闘歩行脚」

 

 バンッと荷台を勢いよく叩いた才谷は力強く言い放った。

 

「神崎君、成長した姿を見せて頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新品の零式艦上戦闘脚はすでに調整が済まされていた。魔法力を注入し、魔導エンジンに火を入れて暖めればすぐにでも飛行が可能だった。鷹守から既に神崎のセッティング情報を得ていたらしい。見事な手際だった。

 そしてアウロラが装着したⅣ号戦闘歩行脚もセッティング済みだった。また彼女が好みそうな武器も準備されており、大口径のキャノン砲、集束手榴弾、スコップ等々完全武装を整えていた。また何故か背中の中心に取り付け部を増設させた落下傘も装着していた。

 

「さて、私の準備は済んだぞ」

 

 アウロラは闘争心を無理矢理押さえ込むように笑っている。神崎は小さく頷いて自身の装備を確認する。

 扶桑刀「炎羅(えんら)」、拳銃C96。

 武器はただそれだけだ。そして胸の中心に取り付け部を付けたハーネスを装着していた。

 

「こっちも大丈夫です」

 

「よし。接続(・・)しろ」

 

「・・・了解」

 

 神崎はふぅ・・・と深呼吸すると零式の出力をギリギリまで絞り、ゆっくりとアウロラの背後に近づいた。そして胸の中心にある取り付け部をアウロラの落下傘の取り付け部に接続し、さらにサポートに入っていた兵士達がストライカーユニット同士も固定していく。

 緊急の状況で緊張感があるはずなのに、今やっていることはとても馬鹿らしく感じてしまい神崎はなんとも言えない気分になってしまう。

 そんな神崎の思いに気付いているか分からないが、才谷は神崎に小さく笑いかけ、はっきりとした声で宣言した。

 

「強襲降下作戦だ!これが『(シュランゲ)』初の本格的な作戦となる!一層奮励努力せよ!」

 





なんだかんだで神崎の対人戦闘経験がとんでもないことになっているなと書いていて思った
かわいそうに()



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第六十二話


だいぶ時間が空いてしまいました
めちゃくちゃ忙しくて書いている暇がありませんでした
完結させたい

そんな訳で、第六十二話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などお願いします


 

 

 

 

 

 

 聞かされた作戦に、神崎は正気の沙汰ではないと思った。

 普通の指揮官なら考えもせず、よしんば考えついたとしても実行に移そうとは思わないはずだ。

 だが才谷は成功を確信しているのか不適な笑みを浮かべて神崎の尋ねたのだ。

 

 出来るかな?

 

 と。

 

 神崎は短い時間、しかし深く思考を廻らせて答えた。

 

 出来ます。

 

 と。

 

 確かに無茶な作戦。だが・・・無理ではないのだ。どんなに困難であろうとも力を尽くせば何とか達成できると分かってしまった。

 

 なら、やるしかないだろう。

 

 そう決意して神崎は、アウロラを抱えてスオムスの空を飛翔していた。

 

 作戦自体は非常にシンプルなものだ。

 

「神崎がアウロラをコッラー川に運ぶ」

 

 言葉として表現すれば非常に簡単だ。だが、実行するとなれば話は別。

 完全装備したアウロラの総重量は数百キロにもなる。それを運ぶとなれば、約300kmという航空機にとっては短い距離とはいえ、多大な魔法力を消費し、更に零式艦上戦闘脚にも負担をかけるのだ。最悪の場合、零式は空中分解する可能性もある。

 だが、作戦は決行された。

 そうしなければコッラー川の戦線が崩壊し、そこからスオムスの終焉が始まる。どこの部隊も容易に動けない今、この2人に望みをかけるしかなかったのだ。

 スオムス最強の陸戦魔女(ウィッチ)であるアウロラを送り込むことに。

 

 作戦決行直前、着々と装備を整えるアウロラに才谷は尋ねた。

 

 コッラーは持ちこたえるか?

 

 と。

 アウロラは答えた。

 

 コッラーは持ちこたえます。我々が退却を命じられない限り。

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「予定経路の半分に到達。大尉、大丈夫ですか?」

 

「ああ。問題ない」

 

 自身の腕の中にいるアウロラは後頭部しか見ることが出来ないが、言葉通り問題は無さそうだった。アウロラにとってこれからが本番。今何かしらの消耗があったら元も子もない。

 神崎は滲み出る汗が風で乾くのを感じた。

 予想以上に魔力の消費が大きい。固有魔法の炎でブーストをかけて離陸し、今も普段は巡航速度の出力で飛行するところを最大出力で飛行しているのだ。まだ余裕はあるが、油断すれば魔法力は枯渇しユニットも故障してしまう。

 

「あと30分といったところか・・・」

 

「そうです」

 

「降下する地点は指定されているのか?」

 

「大まかには。しかし、現地を確認しなければなんとも」

 

「分かった」

 

 打ち合わせをするアウロラの声は至って普通だ。いつもスオムスを背負った戦いをしているのだ。今回も同じ。ただ規模が違うだけ。しかし、それも第一次ネウロイ侵攻を経験した彼女にしてみればいつものことなのかもしれない。

 ならば神崎としても自分の仕事に全力を注ぐだけだ。

 

「ギリギリまで降下して突入します」

 

「ああ。頼む。敵のど真ん中に落としてくれ」

 

「・・・なかなか無茶を言う」

 

「出来るんだろう?」

 

「やりますよ」

 

 強引な物言いに神崎は若干苦笑してしまう。すると、その笑いに反応してアウロラは首を回して神崎を見た。右目だけしか見えないが、その目は意外なことに穏やかだった。いつも戦い直前は好戦的な笑みを浮かべていたが、思わぬ表情に神崎は少し戸惑ってしまう。

 

「神崎、ありがとう」

 

「・・・いきなりどうしたんですか?」

 

「こんな状況だがな、少し嬉しいんだ。私はいつも地上で戦っていた。こうやって空を飛ぶなんて夢にも思わなかった」

 

 そう言ってアウロラは視線を前に向けた。スオムスの澄み切った空は、冷たくしかし静かで美しい。眼下に見える地上はスオムスの森と湖が一望でき、戦禍に晒されてもスオムスの自然は健在している。今から戦闘に向かうというのにアウロラは感動していた。

 

「そうか・・・。イッルはいつもこんな景色を見ていたのか・・・。」

 

「大尉?」

 

 感慨深げに呟くアウロラの心中を神崎には分からない。だが神崎はアウロラを抱える腕に力を込めた。

 

「徐々に降下します。地上の監視を頼みます」

 

「分かった」

 

「・・・守り抜きましょう。スオムスを」

 

「ああ。勿論だ!」

 

 再びアウロラと神崎の目が合う。お互いに頷き、神崎は高度を下げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付けば景色が反転していた。

 

 顔に伝わる冷たさは生まれてから慣れ親しんだ雪のものだろう。そして口に広がる味はよく知っている土のものだ。

 そこでようやくヤッコは自分が地面に投げ出されていることに気が付いた。

 

「ヤッコ!立て!ヤッコ!」

 

 誰かに腕を掴まれ無理矢理引き摺られ、近くの蛸壺に放り込まれる。そこまできてヤッコはやっと自分がネウロイの砲撃に巻き込まれて吹き飛ばされたことに気付いた。幸い、たいした怪我はない。混乱が抜けきっていない頭で顔をあげると同僚の1人が体勢を低くして見下ろしていた。どうやら彼がヤッコを蛸壺に投げ込んだらしい。

 

「ヤッコ!ここの防衛線ももう限界だ!もうネウロイは目の前に・・・」

 

 そこまで言った時、近くにネウロイのビームが着弾。彼の言葉を途切れさせ、地面と空気を揺るがした。同僚が慌てて蛸壺に飛び込んできて、二人して泥まみれになる。男と狭い空間に押し込まれるという苦行のお陰か、ヤッコの意識は完全に覚醒した。

 緩んでいたヘルメットを被りなおし、蛸壺から少しだけ顔を出して戦場の様子を見渡す。当初の防衛線は完全に突破され、コッラー川を突破してきた少なくない数のネウロイが第二次防衛線を蹂躪。このままの勢いでは第三防衛線もすぐに崩壊しかねない中で、ネウロイの砲撃に巻き込まれたのだ。

 

魔女(ウィッチ)隊はどうなっている!?」

 

「先程、再補給の為に一旦後退した!報告じゃあ3割が後送されたみたいだ!」

 

歩兵部隊(こっち)も相当削れているだろう!?」

 

「負傷者多数。死んじまった奴らも結構いる」

 

 こんな状況、第一次ネウロイ侵攻以来だとヤッコは唇を噛み締めた。今のように装備が充実しているわけでもなく、陸戦魔女(ウィッチ)達はストライカーユニットを装備せずにネウロイに立ち向かっていった。その先陣にはいつもあの人が・・・

 

「小隊長!!小隊長はどこですか!?」

 

「こっちだ!!」

 

 自分を呼ぶ声にヤッコは蛸壺から顔を出し、大声で応える。すると、爆風に煽られるようにして1人の部下が蛸壺に飛び込んできた。ただでさえ狭く既に大の大人2人が占有している空間だ。体中をぶつけ合って互いに文句を垂れるが、それを塗りつぶすように部下は声をあげた。

 

「マルユト中尉から通達です!第三防衛線を放棄!最終防衛線まで後退だと!」

 

「クソ!持たなかったか!」

 

「いいから移動しろ!頭低くしないと吹き飛ばされるぞ!」

 

 ヤッコは踏んでいた自身の銃を取り上げると、2人を蹴り出し、自身も蛸壺から飛び出した。至る所にビームが着弾し、走っている間に飛び散った土くれが降りかかってくる。それでも、後方にある味方陣地からの援護に守られ、3人は何とか最終防衛線にまで走りきった。

 

「ヤッコ!前線の様子は!?」

 

 塹壕に転がり込んだヤッコ達に元へ、補給を済ませたマルユトが駆け寄ってきた。アウロラが不在の今、彼女が代理指揮官としていままで指揮を執っている。泥まみれのヤッコも大概だが、シールドで守られているはずの魔女(ウィッチ)が煤塗れ泥まみれで所々に血が付着しているのが痛々しい。

 

「指示通り第三防衛線は放棄!ネウロイは第二防衛線を突破して第三防衛線で暴れ回ってます!」

 

「分かった。魔女(ウィッチ)隊は再度攻勢に出る。歩兵部隊は援護してくれ」

 

「了解!しかし、このままでは戦線は・・・」

 

「分かっている。だが、後退はここまでだ。撤退に追い込まれれば、スオムスは滅びる」

 

 そう言ったマルユトに表情に僅かに悔しさが滲む。長い付き合いになるヤッコの前だからか、代理指揮官としての仮面が少し崩れてしまっていた。

今、仮面が崩れてしまうのは拙い。この戦場を引っ張っているのは彼女なのだ。彼女が潰れてしまえば、それこそスオムスが滅んでしまう。

 

「隊長が留守の間にこうなってしまうとは・・・」

 

「・・・やるしかないだろ!俺達が!!」

 

 ヤッコはマルユトの腕を掴み、叫ぶ。それは彼女だけでなく自身への叱咤でもあった。

 

「隊長は俺達にここを任せた!ならば!最後まで隊長に泥を塗らないように全力で戦うだけだ!!そうだろ!!」

 

「ああ・・・。ああ!そうだ!!」

 

 同じ隊長を仰いだからこそ、2人には負けられない理由が生まれる。指揮官の顔に戻ったマユルトはヤッコに肩に手を置いた。力強く頷く彼女の顔にはもう綻びはない。

 

「歩兵部隊は援護を頼む。ここから押し返すぞ」

 

「了解!」

 

 そう言い残し、マルユトは魔女(ウィッチ)達のところへ戻って行った。ヤッコも歩兵部隊の指揮を執るべく立ち上がった所で、通信兵が駆け寄ってきた。彼が伝えた情報は待ちに待った内容だった。

 

「鷹守大尉から通信です!ユーティライネン隊長と神崎少尉が急行中!!」

 

 勝利への希望の火が、今灯った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや~。やっと繋がったよ~。ウルフ1。調子はどうかな?』

 

 どうやらラドガ湖防衛陣地にいる鷹守と通信できる範囲まで近づいていたらしい。いきなりの長距離飛行で正確な航法は到底望めなかったが、ここまでくれば鷹守の誘導とアウロラの土地勘でコッラー川まで急行することができるだろう。

 

「こちらウルフ1。プレゼントを持って急行中。問題ない」

 

『それはよかった!みんなプレゼントを心待ちにしているよ。残念だけど、道中にプレゼントを狙う泥棒がいるか分からないからね~。後、別便も向かっているから、いいタイミングで受け取ればいいよ。じゃあ、頑張ってね~』

 

「相変わらず、気の抜けた声だな」

 

「・・・この状況でもいつも通りに出来るのは凄いことですが」

 

 いつもの鷹守の雰囲気にアウロラは呆れ、神崎はもはや慣れたとばかりに溜息を吐く。だが、そんな鷹守の変わらない様子が2人に少なからず心に余裕を生み出してくれていた。

 まだ戦闘は視認できていないが、辺りの空気に張り詰めるような緊張感が広がり始めている。戦場までそう遠くないと神崎が索敵しつつ思った時、アウロラが僅かに顔を動かした。

 

「神崎、来るぞ」

 

「は・・・?」

 

 アウロラの言葉に神崎が反応した瞬間、アウロラが向いた方向に黒い点がポツポツと見え始めていた。鷹守から援軍の報告はない。その状況下、この空域でこちらに向かってくるのは敵でしかない。

 神崎はアウロラを抱える腕に力を込め、努めて落ち着いた声で彼女に囁いた。

 

「目的地までそう遠くありません。加速して強行突破します」

 

「任せる」

 

 アウロラからの了承を受けて、神崎はいままで巡航速度に抑えていた魔導エンジンの出力を最大まで引き上げ、更に高度を下げていった。運動エネルギーと位置エネルギーの両方を使って限界速度まで一気に加速し、限界ギリギリの低空で突破する算段だった。

 

「クッ・・・」

 

 腕の中のアウロラが加速による重圧に声を洩らすも、神崎はあえて無視する。情報から接近してくる十数機のヒエラクスが見えており、今しがたビームを発射してきたのだ。距離からして蛇行すれば十分に回避できる。

 だが・・・。

 

「押し通る・・・!」

 

 神崎はここで直進して更に加速することを選んだ。蛇行することによる加速力の減少を避け、上昇中の速度によってビームの下を潜り抜けるかシールドで逸らす

 ビームのシャワーが降りかかる。

 が、神崎の選択は間違っていなかった。

 殆どのビームは神崎の航跡を穿ち、数発が神崎への直撃コースを飛来するも斜めに展開させたシールドによって加速力を減少させることなく逸らされる。

 結果、神崎とアウロラは数秒でヒエラクス編隊を突破することに成功した。

 ヒエラクスをあっという間に置いていく様に、アウロラは快活な笑い声を上げる。

 

「随分と強引だな!私好みだ!!」

 

「いつのまにか影響を受けていたんでしょう!」

 

 怒鳴りあうような会話をしているが、ヒエラクスと接敵したということは戦域に突入しているということだ。ヒエラクスが追いつく前に加速させすぎた速度を落とし、ギリギリ低空である高度も更に下げて、アウロラを安全に突入させなければならない。

 視界には地上の戦闘で巻き上がる爆発が、インカムからは混線した地上部隊の無線が入ってくる。

 

『後退!後退!最終防衛線だけは絶対に守れ!』

 

『こっちには士官は残っていない!最先任は兵長のお前だよ!!』

 

『ネウロイの攻撃を惹き付けろ!これ以上、歩兵部隊を損耗させるな!』

 

『まだかよ!!まだなのか!?』

 

 無線からは地上部隊の悲痛な声が零れ出ている。それを聞いた直後、神崎は腕の中のアウロラが一気に膨れ上がるように感じた。彼女から怒りにより猛烈な殺気と闘気が発散されたからだ。

 

「・・・神崎。もういい、投下しろ」

 

「しかし・・・」

 

「もう我慢ならん。ネウロイをこのまま叩き潰してやる」

 

 もはや神崎の言葉を聞く気はないようで、すでに手にしているカノン砲には初弾が装填されていた。表情は見えないが、オオカミが牙をむくように激しい表情をしているだろう。

 どうしようもないと、神崎はアウロラから腕を放してすぐにハーネスを外し、彼女を解放する準備を整えた。

 

「ユーティライネン大尉、御武運を」

 

「お前も、神崎」

 

 お互い短い挨拶を交わした直後、神崎はストライカーユニットの出力を一気に最低まで下げ、ユニットを進行方向に対して垂直に立てた。空気抵抗を加えた急減速で強烈なGがかかるのを無視し、アウロラの接続していたハーネスとの接続点を解放した。

 ハーネスという楔から解放されたアウロラが、スオムス最強の陸戦魔女(ウィッチ)が戦場へと舞い降りた。

 

 

 





ペテルブルグ大作戦、楽しみです


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第六十三話


感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

 切り離されたアウロラは、本来なら安全上すぐに展開するべきパラシュートを開かなかった。重力に引かれて真っ逆さまに落ちていくアウロラの目は、彼女の部下達を蹂躪していく陸戦ネウロイらの姿を完全に捉えていた。

 まだパラシュートは開かない。

 代わりにカノン砲を構えた。

 あまりにも無謀。だが、アウロラは戸惑うことなくカノン砲の引き金を引いていた。

 

ドゴンッ!!

 

 発砲の衝撃でアウロラの体は一瞬止まるが、野太い銃声も排出された空薬莢も落下の速さに置いていかれる。が、弾丸は空気を切り裂いてネウロイを上部から貫いていた。堅牢な装甲を持つ陸戦ネウロイでも上部が弱いのは戦車と一緒。そこを正面から撃っても撃破できうるカノン砲の弾丸が襲えば・・・1発で撃破できる。

 ネウロイが白い粒子へと爆散していく様子を脇目に、彼女は淡々と引き金を引き続けた。

 

ドゴンッ!ドゴンッ!!ドゴンッ!!!・・・

 

 1発1発がネウロイを破壊しつくす弾丸を1弾倉分撃ち切った所で、アウロラはようやくパラシュートを展開した。地上からの高度はギリギリではあるが、落下のスピードが風圧によって一気に減速する。正規からかけ離れた手順で行っている分、体を破壊してもおかしくない桁外れの重圧が掛かっているはずだが、アウロラは眉をピクリとも動かさずに弾倉を取り替えていた。そして減速しきる前にパラシュートを自身の体から取り外していた。

 地上から10mは切った時点で完全な自由落下になったアウロラはまるで砲弾。カノン砲とは逆の手で構えたスコップの切先を向け、アウロラは手近なネウロイに突っ込んだ。

 

 砲声と代わらない爆音が辺りに響き渡り、雪煙が大地を割るように一直線に走った。その光景を見ていた男性兵士は陸戦魔女(ウィッチ)は、そしてネウロイでさえも動きを止めた。

舞い上がった雪が治まり始め、段々と雪煙の先が見えてくるのは半分地面に埋まったネウロイ。そしてその上に立つ、オオカミの尾と耳を戦場の風に揺らし、カノン砲を担ぎ、ネウロイに突き立てたスコップに手をかける、スオムス最強の魔女(ウィッチ)

 

「部下達が随分と世話になったな。お返しに・・・存分に暴れてやる」

 

その姿に味方の士気は否応無く奮い立たされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まるで戦女神・・・。大尉らしいと言えばそれまでだが・・・あれは滾る」

 

 アウロラのあまりに豪快な戦場への突入方法を目の当たりにして奮い立たされたのは神崎も同じだった。このまますぐにでも上空から援護したいが、現在携行している武器が『炎羅(えんら)』とC96しかない以上まともな援護は必然的に固有魔法の炎しかなくなる。ここまでのアウロラの輸送で馬鹿にならない魔法力を消費している現状では、援護は難しい。

 眺めているしかない神崎の下に、鷹守から通信が届く。

 

『ウルフ1~ウルフ1~。さっき無理矢理突破した泥棒たちが戻ってくるみたいだよ』

 

「ウルフ1、了解。・・・今、レーダー情報は使えないはずだろう?どうやってその方法を?」

 

『別便からの情報でね。まぁ、そのうち来るんじゃないかな?』

 

「それはどういう・・・」

 

『おい!ゲン!なんで途中のヒエラクスを倒してねぇんだよ!?』

 

 鷹守の通信を遮って飛び込んでくるのは随分久しぶりに耳にする親友の悲痛なる叫び声。何かを感じた神崎が自分が来た方向を振り向くと、青空にポツポツと現れる数々の黒点。その一番先頭の黒点が段々と大きくなると、それは見慣れに見慣れた戦闘機「零式艦上戦闘機」に変わった。

 

「お前ならヒエラクスなんて楽勝だろ!?」

 

「手が空いていなかった」

 

「今は重くて動き辛いっつうのに・・・!?」

 

 見たところ島岡の零戦に腹には爆弾や増槽とは違うコンテナ状の物が装備されていた。確かのあの様子だと島岡お得意の格闘戦を繰り広げるのは難しいはず。神崎は援護するためにヒエラクス編隊に向かおうとしたが、待ったをかけたのは文句を言っている島岡本人だった。

 

「宅急便の別便だよ!!まずはこれを持ってけ!」

 

 その言葉と共に零戦から切り離されたコンテナが宙を舞う。それは一時の間重力に引かれると、コンテナ自ら破砕し中身を曝け出した。その中身を見た瞬間、神崎の口に小さく笑みが生まれた。

 

「いい仕事をしてくれる・・・!」

 

 スピードを合わせて手を伸ばし、掴むのはフリーガーハマー。抱えるように受け取めると弾帯を紐代わりにしてヰ式散弾銃改が取り付けてあった。

 

「ここでヰ式か・・・。こいつとも長い付き合いになるな」

 

 流れるようにフリーガーハマーを肩に担ぎ、手早く弾帯を巻く。そしてヰ式散弾銃改を弾帯に挟み込んだ。神崎が戦闘準備万端になると同時に旋回してきた島岡が神崎の隣を飛ぶ。

 

「さっさとあいつ等を片付けようぜ!」

 

「ああ」

 

 キャノピー越しに神崎と島岡の目が合う。いままで何度も繰り返してきたように、魔法使い(ウィザード)と戦闘機は編隊を組み、ヒエラクス編隊に向かい合った。真正面からのぶつかり合いになる。

 

「フリーガーハマーで出頭を押さえる」

 

「その後、俺が突っ込むか!」

 

「弾幕はそっちが上だ。頼む」

 

「まかせとけ!」

 

 簡単な打ち合わせの後、島岡は一気に上昇した。神崎がフリーガーハマーを放った直後に上から逆落としをかけるつもりらしい。

 ならばと、ヒエラクスが島岡を追って上昇する前に神崎はフリーガーハマーを発射した。無駄撃ちはできず、9発中3発のロケット弾がヒエラクス編隊のど真ん中に飛翔し、盛大に爆発した。ヒエラクスはロケット弾に気付き回避したが、数割は爆発に巻き込まれ消滅。残りも殆どが爆発の影響を受け混乱の坩堝に引き込まれてしまう。

 そこに上昇していた島岡がここぞとばかりに襲い掛かった。

 

「もらったぜぇえええ!」

 

 直上から猛然と急降下してきた零戦とヒエラクス編隊が交差したのはほんの一瞬。しかしその一瞬で、島岡は雄叫びと共に零戦の機関銃の引き金を引き、7.7mmと20mmの弾丸を雨のように撃ち放っていた。混乱の極みにあったヒエラクス達にはこの雨はひとたまりもなく、次々と爆散あるいは火を噴いて墜落していった。

 さらにここで神崎の攻撃が続く。

 

「フッ!!」

 

 フリーガーハマーを背負い代わりにヰ式散弾銃改を抜いた神崎が、ヒエラクス編隊の懐へと入り込み手当たりしだいに散弾を撃ちまくった。至近距離からの散弾の威力は凄まじく、ヒエラクスは穴だらけになるどころか木っ端微塵に砕け散っていく。神崎が装填していた分を撃ち切った頃にはヒエラクスの数は半数にまで減っていた。

 ヒエラクスが混乱から脱する暇を与えるつもりもなく、島岡が再び襲い掛かって銃弾の雨を浴びせ、その間に再装填を終えた神崎がヰ式を乱射していく。

 

 この2人のコンビネーションでヒエラクス編隊は瞬く間に壊滅した。

 

 このまま向かうのは地上の援護である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上での戦闘は均衡状態に入っていた。

 

 アウロラが参戦したことにより地上部隊の指揮は回復し、彼女自身存分に暴れまわることで戦線を押し戻し、コッラー川の向こう側までネウロイを撃退した。

 だが、そこまでで戦線は停まってしまった。アウロラの奮戦虚しく、陸戦魔女(ウィッチ)の後送と歩兵部隊の損耗で戦線全体を押し返せるほどの戦力が残っていなかったのだ。

 アウロラは膠着した戦線で突破されかける地点を火消しして回らざるをえず、泥沼に陥りかけていた。

 神崎と島岡が航空支援に参加したのはそんな時だった。

 

 

 

「隊長!上空のウルフ1から通信!こちらの援護を行うと!」

 

「神崎は制空権は確保したのか!」

 

 マルユトのカノン砲を発砲しながらの報告に、アウロラはネウロイに突き刺していたスコップを引き抜いて牙をむいて破顔した。この航空支援で戦況をひっくり返す可能性は十分にある。待ちに待ったと言ってもいい声がアウロラのインカムに届く。

 

『ユーティライネン大尉。こちらウルフ1。イーグル1の観測の元、航空支援を開始する。目標の指示を』

 

「神崎!目標はコッラー川を越えたネウロイ全部だ!遠慮なく吹き飛ばしてくれ!」

 

『また無茶を・・・。射点に着きます。3分後に攻撃します』

 

「頼むぞ!」

 

『・・・お任せを』

 

 神崎との通信を終えたアウロラは、3分後の航空支援に備えて地上部隊全体に通信を入れた。

 

「総員、突撃用意!神崎の攻撃後、突っ込むぞ!」

 

『隊長!さすがにきついですぜ!』

 

 ヤッコからの通信。陸戦魔女(ウィッチ)隊も消耗しているが、歩兵部隊の消耗が酷かった。弾薬も殆ど使い切る勢いで消費しており、そもそもの歩兵達の体力も尽きかけていたのだ。だが、それでもアウロラは突撃を命令した。

 

「神崎も私を運んできて相当消耗している。援護できるこのタイミングで奴らを撃滅しなければ後は撤退するしかない。ここが正念場だ。やるぞ」

 

『ああ、クソ!了解!野郎共、やってやるぞ!』

 

 ヤッコは悪態をつきながらもそれでも命令に従った。アウロラは一呼吸置いて、集合してきた陸戦魔女(ウィッチ)達1人1人と目を合わせていき、言った。

 

「聞いての通りだ。この突撃でこの戦いを終わらせるぞ」

 

 覚悟を決めた表情で陸戦魔女(ウィッチ)達が展開していくと、上空からもはや聞きなれた魔導エンジンが聞こえ始めた。その音が大きくなるにつれ、アウロラだけでなく陸戦魔女(ウィッチ)達も歩兵達も士気を上げていった。

 

 そして・・・。

 

『ゲン、集まっているのは川の中心だ!』

 

『ウルフ1、攻撃を開始する・・・!』

 

 神崎の短い宣言の直後突風のような音が6連続で聞こえ、刹那巨大な爆炎が大地を薙ぎ払った。神崎は島岡が指示したネウロイが集中していた地点を爆心地とする地点に3発、そこから広がるように残り3発を撃ちこんだのだ。

 いきなりの上空からの攻撃に陸戦ネウロイ達は足並みを乱している。乾坤一擲の突撃をするならここしかない。

 態勢を低くし魔導エンジンの出力を上げる。今にも飛び出さんとばかりにⅣ号戦闘歩行脚が唸り声をあげた。

 

「突撃ッ!!!」

 

 言葉を置き去りにかのように。

 アウロラは雪煙を巻き上げて疾駆し、盛り上がった地形を利用してコッラー川を跳び越えた。彼女に続いて次々と陸戦魔女(ウィッチ)達が川を飛び越えていく。それらに反応した陸戦ネウロイもいたが、それらが反応する前に歩兵部隊の対戦車砲が黙らせていた。

 彼女達の衝突力が損なわれることなく陸戦ネウロイに接触した時点で攻撃は成功したのも同然だった。

 

「喰らい尽くせ!!」

 

「「「「了解!!!」」」」

 

 カノン砲の砲声に負けない声量でのアウロラの叫びに、陸戦魔女(ウィッチ)達も応えた。マルユトなど後送された魔女(ウィッチ)から受け取ったカノン砲も使い2丁拳銃よろしく撃ちまくっていた。だが、アウロラの暴れ様は更に凄まじかった。

 まずコッラー川を飛び越えた後の着地の時点で付近のネウロイを蹴り砕き、着地した勢いそのままスコップで叩き砕いた。それだけに止まらず、カノン砲を全弾撃ち放って手当たり次第に破壊しつくすと地面に捨て置き、スコップをクルリと回した。

 

「さて・・・私はお前を相手にするか」

 

 周辺のネウロイを瞬く間に破壊し尽くしたアウロラの視線の先には一際大きなネウロイが前進してきていた。恐らく、ここの指揮官の役割を担っているのかもしれない。格好の獲物だと、一瞥した瞬間にはⅣ号戦闘歩行脚を走らせていた。

 低い姿勢のまま一直線に突っ込んでいくと流石に大型ネウロイも気付いた。副砲のような小口径のいくつかの砲塔を向けてビームを放とうとしてきた。だがアウロラがシールドを展開する前に上空から炎が襲い掛かり気を逸らせていた。チラリとアウロラが視線を向ければ、急上昇していく神崎の姿が。今は心の中だけで感謝しつつアウロラは更に加速してネウロイに肉薄して行く。滑り込むように腹部にまで潜り込み回転しながら脚部を纏めてスコップで薙ぎ払ったのだ。アウロラの膂力による破壊力は凄まじく、いとも容易く脚部を破壊する。いきなり脚部を全て失えば当然ネウロイは自重を支えることができず地面に崩れ落ちてしまう。腹部に潜り込んでいたアウロラは当然潰されてしまう位置にいる。

 

 だが、それこそがアウロラの狙いだった。

 

 頭上に落ちてくるネウロイの腹を見てニヤリと笑みを浮かべるアウロラ。彼女はスコップを持つ手に更に力を込めると、思い切り突き上げた。落下のエネルギーと突き上げることによる運動エネルギーがぶつかり合い、それによる衝撃波が辺りに撒き散らされる。

 

 その結果・・・、砲声以上の爆音が辺りに響き渡りネウロイは真下から真っ二つに砕け折れてしまった。

 

 白い粒子から飛び出したアウロラは次の獲物を探すが、周辺を見てもネウロイの影はどこにもない。くまなく周辺を見回しているアウロラの元にマルユトが報告にやって来た。

 

「隊長、ネウロイの撃滅完了しました」

 

「予想以上に早かったな」

 

「隊長に指揮官らしき大型を相手取っていただいたおかげで奴らはより混乱したようです。航空支援のお陰もあり、スムーズに進みました」

 

「神崎も消耗しているはずなんだが・・・感謝しなければな」

 

「はい」

 

 一息つきスコップを下げると辺りを見渡す。皆ボロボロで、中には味方に肩をかりている者もいる。歩兵部隊の男性兵士はボロボロだが魔女(ウィッチ)達より酷くはない。そもそもボロボロになる前にその体は吹き飛んでしまうからだ。今、彼女が見渡して見えない顔が随分といる。今回の戦闘は予想以上に酷いものとなった。

 嘆息しているとインカムから神崎からの報告が入ってきた。

 

『ウルフ1。帰投します』

 

『イーグル1。同じく帰投するっす』

 

「ああ。2人ともよくやってくれた。レーダーが使えないから気をつけろ」

 

『『了解』』

 

 大きく上空で旋回していく2つの軌跡を見送るとアウロラはマルユトに向き直った。

 

「お前もご苦労だった。私がいない間よくもたせてくれた」

 

「いえ・・・。はい、ありがとうございます」

 

 一瞬、表情が崩れそうになるもすぐに引き締めなおすマルユト。少し見ない間により一層指揮官らしくなったようだ。よくやったと微笑みかけたアウロラだったが、そこでふとあることに気付いた。

 

「シーナ達は?あいつらに限ってやられた訳じゃ・・・」

 

「彼女達は負傷者の後送を。地上だけでなく上空の索敵が必要な以上、シーナに同行してもらいました。シェルパとリタも同様です。出来るだけ少ない人員で護衛を可能とするためにやむを得ず」

 

「そうか。分かった。・・・よし、私達も必要最低限の守備隊を残し、補給と再編成のために後退するぞ」

 

「了解しました」

 

 アウロラの指示の元テキパキと撤退準備を進めていく部隊一同。このままラドガ湖陣地まで後退できればまだまだ戦うことができるはずだ。

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ~。こちらラドガ湖。誰に通じているか分からないけど、現在襲撃を受けているね。状況はよくないかな~。そうだね。至急、至急救援を頼むよ』

 



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第六十四話


GWでもう一話ぐらい書くことができたらいいなぁ・・・

そんな訳で第六十四です。

感想、アドバイス、ミスの指摘等々、よろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 

 

 まず異変に気付いたのは島岡だった。

 

『レーダーが使えないなら帰投の報告は直接鷹守にすりゃあいいのか?』

 

「そうなるな」

 

 戦闘空域から離脱し、ラドガ湖防衛陣地へ帰投中。大半の弾薬と燃料を消費した島岡とそれらに加えて魔法力も消費している神崎達はできるだけ速く着陸し補給を受ける必要があった。

 

『けどよ?さっきから無線が黙ったままだぞ?』

 

「何?」

 

 島岡が気付いた異変に神崎は眉を顰める。確かにレーダーは使えないが、無線は使用可能だったはずだ。実際、先程アウロラを運んだ際には鷹守と通信を繋げることができている。

 神崎もインカムで鷹守との通信を試みみたが、雑音ばかりで一向に伝わる気配が無い。

 だが、ここで通信が伝わらないからといってラドガ湖以外の滑走路に向かう余裕は神崎にはなかった。

 

「無線の故障かも知れないが・・・このまま向かうしかないだろう」

 

『だよなぁ・・・』

 

「索敵を怠るな」

 

『了解』

 

 島岡への指示を終えた神崎は、静かに流れ出る汗を拭いゆっくりと呼吸を整えようとした。予想以上に体力を消耗しており、自然と息が荒くなってしまうのだ。出来るだけ早く着陸したい思いが募る。

 そのせいか、神崎はこの通信の事態をそこまで重要に捉えることができなかった。おそらく何かの不具合なのだろうと無意識の内に考えていた。

 

だから・・・だろう。

 

 黒煙と炎に包まれ、銃声と爆発に支配されるラドガ湖防衛陣地を見た時、神崎は状況が全く把握できず完全に思考が停止してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作戦は予定通り進んでいた。

 

 同志達によるレーダー掌握及び情報撹乱。

 

 この地の我等と合流しようと図る同志達を誘う「誘蛾灯」。

 

 スオムスとオラーシャを隔てる戦線の各地に設置した誘蛾灯が一斉に作動したことによりオラーシャ方向からの大規模侵攻を引き起こした。

 

 スオムス軍は迎撃に全力を注ぐ。

 

 そうしなければスオムスは滅ぶと思っているから。私達が攻撃しなければ同志達は攻撃してこないのに。そこまで戦争を続けて自国民を虐げたいのか。

 

 

 

 

 私達の邪魔はさせない。

 

 彼らにはここで消えてもらう。

 

 眼下に広がるラドガ湖。

 

 そこに構築された防衛陣地は幾度もの攻撃を跳ね除けてきた堅牢な鉄壁。

 だが、今はその鉄壁を成していた戦力は皆無。恐らく後方支援の人員しか残っていないだろう。他部隊の救援は情報撹乱によって来ることは無い。

 だからこそ、彼を誘う餌になる。

 

 コリン・カリラはニッコリと笑って右手を上げた。それを合図に、部下である爆装を施した十数人の航空魔女(ウィッチ)達が彼女の左右に並び立つ。

 コリンはゆっくりと右手を下ろし、静かに告げた。

 

「攻撃開始」

 

 一斉に降下を始めた部下達を見送り、コリンは東の方向・・・コッラー川に方向に視線を向けた。

 

「早く来てくださいね。神崎さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 いつもの白衣姿の鷹守は格納庫に隣接されている無線室で部下と共に情報収集に努めていた。

 先程までは神崎と島岡に情報を送っており、今は戦況の把握を重点的に行っている。

 

 レーダーが使えない以上、敵航空戦力の察知するには今は人の目に頼るしかない。不幸中の幸いにもどの戦線でも味方部隊は全力で戦闘している。見逃す可能性は少ないはずだった。

 

 そう。

 オラーシャ地方からの攻撃ならば察知できたのだ。

 

 戦場の飛び交う無線を拾い上げ、重要な情報を洗い出していく鷹守。部隊柄、正確な情報が生命線になるため、技術屋上がりではあるが、作業の手際は実に手馴れたものだった。

 その作業の手が、無線から聞こえる音が全て雑音に変わった時、止まった。周波数を何回か変えてみたが変化無し。無線機の不具合の可能性も考え、他の無線機に張り付いていた部下に確認を取る。

 

「こっちの無線機、雑音しか聞こえなくなったんだけどそっちはどう?」

 

「こちらもです。いきなり雑音に変わりました。気象の影響でしょうか?」

 

「予報では無線が乱れるほど天候が崩れはずないんだけどな~。神崎君たちからもそんな情報はきてないし。おかしいね~。故障かな?」

 

「この前の点検ではどこも問題なかったはずですが・・・」

 

「となれば・・・無線封鎖?」

 

 鷹守が可能性として口に出した瞬間、外からプロペラの駆動音が近づいてくるのが聞こえた。一瞬、もう神崎が戻ってきたかのかと思ったが駆動音でそれが零式艦上戦闘脚のそれではないことに気付く。この音は・・・メッサーシャルフ、BF109シリーズだった。

 自分たちが最悪の事態に陥ったことに気付き、鷹守は静かに無線機のマイクを取った。

 

『あ~。こちらラドガ湖。誰に通じているか分からないけど、現在襲撃を受けているね。状況はよくないかな~。そうだね。至急、至急救援を頼むよ』

 

 

 

 直後、滑走路に爆弾が着弾。

 

 爆発の衝撃が無線室の窓ガラスを突き破って鷹守達に襲い掛かった。無線機ごと地面に投げ出された鷹守に一緒に居た部下が駆け寄る。

 

「隊長、大丈夫ですか!?」

 

「あいててて・・・。多分、大丈夫。君は・・・大丈夫そうだね」

 

「なんとか」

 

 さすが整備兵だけでなく工作員としても鍛えられているだけあると変に納得した所で、別の部下が半壊した無線室に飛び込んできた。すでにMP40を装備して臨戦態勢を整えている。

 

「隊長、航空魔女(ウィッチ)の爆撃です」

 

「仕掛けてきたみたいだね。やっとというべきなのかな」

 

「臨戦態勢は整っています。しかし・・・」

 

「仕掛けてくるのなら航空魔女(ウィッチ)だけのはずないね」

 

 部下が頷く。

 おそらくすぐにでも陸戦兵力が仕掛けてくるだろう。無線封鎖されている以上、あの救援要請が届いているとは考えにくい。今いる数十名の戦力だけで対抗しなければならない。

 

「・・・スオムス陸軍の人達の脱出が最優先。この戦いに巻き込む道理は無いよ」

 

「了解」

 

 部下達はすぐに動き出した。鷹守は少し歪んでしまった眼鏡をかけ直し、腰から滅多に使わない拳銃を抜くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コリン・カリラ率いる共生派は「(シュランゲ)」スオムス部隊の拠点であるラドガ湖防衛陣地に奇襲を敢行。航空魔女(ウィッチ)による空爆を皮切りに、残党狩りから生き残った共生派の歩兵部隊が攻撃を開始した。

 この攻撃に対し、鷹守勝己率いる「(シュランゲ)」部隊は同陣地のスオムス陸軍の脱出させることを決心。航空魔女(ウィッチ)からの攻撃を凌ぐために戦力と脱出用のトラックを塹壕化された陸戦ユニットの格納庫に集結させて脱出の機会を図った。神崎の誘拐事件以降、30人にまで部隊を増強されていたが共生派の戦力は数百名にのぼっている。脱出の機会は限りなく低く、戦闘は格納庫での篭城戦になっていく。

 

 

 

「いや~。こんな造りの格納庫があってよかったねぇ。大尉ってこんな事態も見越してたのかな?」

 

「そんな訳ないじゃあないですか!?」

 

「だよねぇ。普通にネウロイの空爆からユニットを守るためだよねぇ」

 

 辺りには銃声と爆発音と怒号が響き渡っている中、鷹守は資材を乱雑に積み上げたバリケードに背中を預け、いつものように気の抜けた事を言っていた。結局、脱出させるつもりだったスオムス陸軍の軍人も手に銃を取り、この篭城戦に参加してくれている。掻き集めた武器弾薬が残っている内ならば、この半分塹壕化された格納庫なら持ちこたえることが出来る。

 

(まぁ、何のために持ちこたえるか分からないけれど)

 

 鷹守はいつもの笑みを顔に貼り付けて、右手にある撃ち切った拳銃を眺める。柄にも無く戦闘の指揮を執り直接戦闘にも参加したが、だからこそこの戦いの終わりはどちらかの全滅でしかありえないと確信を得ていた。

 鷹守が拳銃を向けた共生派の兵士達の目はこの戦いで死ぬことしか考えていないような異様な色を湛えていたのだ。苛烈な攻撃で少なくとも「(シュランゲ)」の人員の3分の1は凶弾に倒れた。スオムス陸軍の方に被害が出なかったのが奇跡だった。

 

決意か諦めかそれとも薬品か。

少なくともまともじゃない。爆弾を抱えて突っ込んできてもおかしくない勢いだ。

 

「隊長、弾薬がもう持ちそうにありません」

 

 拳銃に新たな弾倉を装填している鷹守に別方向で防戦していた部下からの報告。どうやら腹を括るしかないみたいだねぇ・・・と、鷹守は拳銃のスライドを前後させてた。

 

「無線は通じたかな?」

 

「・・・いえ」

 

「そうだよねぇ」

 

 篭城するときに持ち込んだ無線機はやはり雑音しか聞こえないようだ。いつの間にか煤で汚れてしまった眼鏡を白衣で拭う。その白衣もいつの間にか煤やら泥やら血で汚れていたが。

 

「ここまで持ちこたえたけどねぇ」

 

「せめてスオムス陸軍の方々を・・・」

 

「何言ってるんですか!?俺らも最後まで戦いますよ!!」

 

 スオムス陸軍もここで戦うことを決意したようだ。

 

(まぁ、ここで僕達が死んでも才谷中佐が来てるし大丈夫かな?)

 

 もともと軍人ではない鷹守には戦って潔く死ぬという考えはあまり理解できない。ただ与えられた仕事は最後までやろうという諦観にも似た義務感があるだけだった。

 だが、それでも。諦観だとしても。

 ここまでの鷹守達の篭城が実を結んだ。

 

 鷹守は絶対に聞き逃さない。

 自身が心血を注いだ翼の羽ばたきを。

 託された思いを昇華させた、最高傑作の嘶きを。

 

 鷹守勝己が零式艦上戦闘脚の魔導エンジンの駆動音を聞き逃すはずがないのだ。

 

「まさか間に合うなんてね。最高のタイミングじゃないか」

 

 鷹守は気の抜けた笑みを浮かべて再びバリケードに寄り掛かった。

 その直後、バリケードは爆発で吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

『ああ。やっと来てくれましたね』

 

 インカムから聞こえた声を神崎が忘れるはず無かった。声を聞いた瞬間、思考停止していた頭は氷のように冷たい殺意と共に再起動し、ヰ式散弾銃改を構えた。

 ラドガ湖陣地の中心部上空に浮遊する重機関銃を持った航空魔女(ウィッチ)に向け、本気の殺意を向ける。

 

「コリン・カリラ・・・!!」

 

『会いたかったですよ、神崎さん。その為にこの舞台を用意したんですから』

 

 コリンがこの事態を引き起こした。

話す必要はない。

 姿を確認したならば、躊躇なく・・・。

 

 

 

 殺す

 

 

 

「シン」

 

『おい!鷹守達を助けねぇと・・・』

 

「上を取られているうちは無理だ。俺が突っ込む。援護してくれ」

 

『ああ!?クソ、待てって!?』

 

 島岡の静止の声を無視し、神崎は魔法力を両手に集束させた。

 高出力の炎噴出による急加速。

既に魔法力が少ないにも関わらず、神崎は躊躇無く発動させコリンに肉薄する。

 

「・・・ッツア!!!」

 

 本来のストライカーユニットではありえない機動での急加速。

機体はもちろん体も軋みをあげる。だが、神崎はその一切無視し、急接近され対応しきれないコリンにヰ式の銃口を向けた。

 何も考えず、何も思わず、怒りと殺意に流されるままに引き金を引く。

 

 至近距離の散弾による破壊力は凄まじく、小型のネウロイであれば1発で粉々になり中型であろうとも一撃で撃破し得る。

 魔女(ウィッチ)のシールドも例外ではない。神崎の放った散弾はシールドを粉々に砕き、多少減衰するとはいえど人を殺傷するには申し分ない威力を保ったまま襲い掛かかった。

 無数の鉄の礫が体をズタズタに切り裂き、水色の軍服を一瞬で真っ赤に染め上げる。こちらを見る目が段々と伽藍になり、体が重力に引かれ始め・・・その後ろから重機関銃を構えたコリンが現れた。

 神崎の強襲からコリンを守るべく、小柄な航空魔女(ウィッチ)が自身の身を盾にしたのだ。

 

「た・・・い・・・ちょう・・・。あと・・・は・・・」

 

「ええ。ありがとう」

 

 目の前で部下が堕ちていくにも関わらず、その表情は穏やかな笑みを浮かべていた。銃口はピタリと神崎に向けられており、そこから重機関銃に込められた弾丸まで覗きこめるほどだ。

 先程まで抱いていた憎悪が滾った熱意が一瞬で死と直面した冷たい恐怖と入れ替わる。

 状況を頭で理解する前に、最短で出来うるだけの魔法力を集束して解放する。大した推進力はなく体を1つ分ズラすことしかできない。だが、その1つ分が神崎の生死を分けた。

 高威力の質量の塊が顔を掠める。

 コリンが放った弾丸を辛うじて回避することが出来たのだ。

 

「ッ!?」

 

 だが安心する暇は無い。

 神崎はシールドを全力展開しつつ、先程とは一転し離脱を図る。

その瞬間、鉄火の嵐が襲い掛かった。すでに距離を離そうと動き始めていたことが功を奏し、零距離射撃を受ける破目にはならなかった。だが、連続して襲い掛かる重機関銃の砲火にシールドは軋みを上げ、瞬く間に罅が入る。

 

「早く私を殺さないと仲間が死にますよ」

 

 銃を撃ちながら話しかけてくるコリン。神崎は睨みつけるが、何か言うほど彼女の弾幕に余裕はなかった。そして彼女の言葉通り、事態が動いてくる。

 

『悪ぃ、ゲン!こっちに4人来やがった!援護できねぇ!?』

 

「シン・・・!?」

 

「戦闘機が航空魔女(ウィッチ)に勝てますか?」

 

「クソ!?」

 

「あなたも。行かせませんよ」

 

 神崎が感情に任せて突っ込んだ初手の時点で劣勢に追い込まれていたのだ。初手から島岡との連携を重視した戦術を取っていれば各個撃破させる危機には陥らなかったかもしれない。

 島岡の元に向かおうとした神崎にコリンと彼女の部下を含めた4人で包囲してくる。

 その中でも背後に回りこもうとする航空魔女(ウィッチ)を回避すべく、機動しようとした時だった。

 

 ドクンッ・・・!と不意に大きく心臓が鼓動し、全身を悪寒が貫いた。

 何とか回避行動を続けるも、口の中が以上に乾き全身に冷や汗が流れる。

背後に回りこもうとしてくる魔女(ウィッチ)があの時の魔女(ウィッチ)と重なる。

 

「こんな・・・こんな時に・・・!?」

 

 ここまで自分が嫌になったことがあっただろうか?

 最大限の自己嫌悪を込めたこの言葉が神崎の全てだった。いままで回復傾向にあった魔女(ウィッチ)恐怖症の症状がたった今発症したのだ。

 ダラダラと額から流れ落ちる冷や汗を乱暴に拭い、神崎は追撃してくる魔女(ウィッチ)を振り払いたい一心でヰ式を後方に乱射する。だが、恐怖心のあまり碌に狙いをつけることができずに、殆ど効果を上げることが出来なかった。

 弾切れになったヰ式への再装填さえままならず、どうにか逃れようと必死に回避行動を取り続ける神崎。加速して引き離そうと急降下に入ったが、程なくしてすぐに急停止することになった。

 正面には重機関銃を構えたコリン。

同じく左右に機関銃を構えた魔女(ウィッチ)

後方から追いついた魔女(ウィッチ)

 

完全に包囲されてしまっていた。恐怖のままに逃げた結果、猟犬に追い立てられる鹿のように死地に追い込まれてしまった。

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

 

「もう終わりですか?」

 

 なおも微笑んで銃口を向けてくるコリンに、神崎は荒い呼吸のまま弾切れのヰ式を捨てて腰の炎羅(えんら)を抜いた。歯がぶつかり合うのを無理矢理押し殺し、意地を総動員して魔法力を炎羅(えんら)に集束させた。残り少ない魔法力を根こそぎ使ってでも目の前の魔女(ウィッチ)を殺すつもりだった。

 その様子を楽しそうに見ていたコリンは小首を傾げて言った。

 

「私達は同じ道を進めるはずなのに」

 

「・・・すでに言った通りだ。仲間のために俺はここにいる」

 

「そうやって自分を押し殺していくのですか?自分を虐げ続けた軍隊に尻尾を振り続けて。仲間に自分の存在理由を依存して・・・」

 

「この話はもう済んだはずだ」

 

 神崎は話を一方的に打ち切り、炎羅(えんら)の切先をコリンに向けた。刀身を渦巻く炎が周囲の空気を焼く様は、その熱量の凄さを嫌でも理解させる。その威力こそ神崎の戦意の表れだった。

 

「そうですね。それでは・・・さよなら」

 

 コリンの判断も当然だった。

四方から狙う銃口は一寸の狂いもなく。

魔法力を解放しようとする神崎を殺すべく、引き金は引き絞られていた。

神崎は四方からの銃撃で惨殺された。

 

 

 

 左右の魔女(ウィッチ)のストライカーユニットが爆発しなければの話だが。

 

 

 

 

 

『いい加減、我慢の限界です。撃ち抜いてやります』

 

「・・・シーナ」

 

『少尉、諦めないで下さい。私がいます』

 

 スオムスの地で出会った友は神崎を見捨てなかった。

 





ペテルブルグ大作戦を見ないと(使命感)


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第六十五話


まだペテルブルグ大作戦見てないです
早く見たいです
ブレイブのプリクエル2早く読みたいです

そんなこんなで第六十五話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!


 

 

 

 

 

 

 たった1発の銃弾が大きく狂わせた。

 

 

 

 

 神崎を包囲していた4人の航空魔女(ウィッチ)のうち2人が地面に堕ちた。いきなり味方を失ったコリンともう1人の魔女(ウィッチ)が動揺するのも無理は無い。しかし、そこを神崎は見逃さなかった。

 

「グゥッ・・・!?」

 

 残り少ない魔法力を振り絞り、包囲を脱するべく、神崎は一か八か炎羅(えんら)に纏わしていた炎を一気に解放した。体力的にも、そして精神的にも削られる行動だったが、幸運にもそれは起死回生の一手となる。

 

「なッ・・・!?」

 

 自爆紛いの炎の放出はコリンの想定の範囲を超えていたらしいく驚愕の声をあげた。

コリン等はシールドを展開してただ耐えることしかできず、その間は何も手出しはできなかった。神崎が全速力で離脱するには十分な時間があり、これが起死回生の一手になる可能性があることには違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少尉、少尉。大丈夫ですよね?』

 

「なんとか・・・な・・・!」

 

 インカムから聞こえる声も魔女(ウィッチ)であるはずなのに、恐怖心は湧き上がることなくむしろ安堵感さえ覚える。全速力でコリン達と距離を取ると、神崎は改めてシーナとの通信に意識を割いた。

付近にいるはずだが、狙撃手らしく姿を隠している。それがコリン等に対する抑止力になっていた。

 

「助かった。シーナ」

 

『いいようにやられていたようで。少尉らしくもない』

 

『何やられそうになってんだよ!?こっちだってやべぇんだぞ!?』

 

「言い訳できないな・・・。待て。通信が回復したのか?」

 

 シーナらしい皮肉の効いた物言いと、憤慨気味な島岡の声に流されそうになってしまうが、ここで彼女と普通に無線での通信が出来ていることに気付いた。戦闘前、極々至近距離の島岡とでは通じていたが、距離があった鷹守とは通じなかった。ならば、地上にいるシーナとの通信も出来ないはずなのだが・・・。

 

『ここに来る途中に変な物を吹き出している車両があったので無力化してきました。あからさまに怪しかったので』

 

「・・・流石だな」

 

『じゃあ、これで増援も呼べんじゃねぇのか!?』

 

 シーナの到着で戦況は好転した。

 通信が回復したことで、島岡の言う通り増援も呼ぶことが可能になる。光明が見えてきたことに神崎は僅かに安堵の溜息を吐くが、インカムに紛れ込んだか細い声にその考えを否定された。

 

『いやぁ・・・。残念だけど、増援は・・・きびしいんじゃあ・・・ないかなぁ~』

 

「鷹守か・・・!?」

 

『無事かよ!?』

 

 ようやく確認できた自分達の隊長の声に神崎も島岡も喜色を滲まして反応した。が、いつもなら1つは飛んできそうな軽口が全く無く、無線のノイズ以外で何故か途切れ途切れになっている。嫌な予感が神崎の胸を過ぎるが、鷹守は2人に返事をしないまま言葉を続けた。

 

『奴らは・・・ここで・・・僕達を完全に殺す・・・つもりだよ。それこそ・・・自分達の身命を賭してね・・・。その為に・・・第二次ネウロイ侵攻を・・・仕掛けて・・・全部隊を釘付けに・・・。万に一つ・・・増援は・・・来ないよ』

『増援・・・とは言えませんが、コッラー川の戦線から負傷者を輸送中です。護衛として私とシェルパとリタと歩兵部隊が。少しは手助けが可能かと』

 

 2人の話を総合するなら、増援の可能性があるのは陸戦魔女(ウィッチ)2人を含む陸戦戦力のみ。しかし、それらは負傷者護衛のために実質戦力にならない可能性が高い。むしろ負傷者を収容する為にも共生派を殲滅する必要が出てきた。となれば、どうしても確認しなければならないことが出てくる。

 神崎は高い針葉樹の陰に身を潜めると、背中を木の幹に、炎羅(えんら)の刀身を額に当てた。湧き上がる恐怖心や焦燥で乱れる気持ちを落ち着けつつ、静かに鷹守に問いかけた。

 

「・・・鷹守、地上の状況は?」

 

『ん?あぁ・・・、そうだねぇ・・・』

 

 戦場にそぐわない気の抜けた声を出す鷹守。その声には彼らしい明るさはなりを潜めており、言い淀むというより言葉を出すことが出来ないように感じた。

 しかし、鷹守が言い出すのを待つ余裕は無かった。悲鳴のような荒い声がインカムから響く。

 

『おい!?こっちは逃げてんだよ!?早く教えろ!?』

 

 島岡の声と共にエンジン音の爆音が入っていた。複数の航空魔女(ウィッチ)を相手に逃げ回っているのだ。島岡は勿論、零式の方も限界が近づいているようだ。

 島岡の声に押されたのか、やっと鷹守が無感情な声で言葉を続けた。

 

『攻めてきた・・・共生派は・・・殲滅。でもねぇ・・・。こっちは・・・僕達は・・・殆どやられちゃったかな?えっと・・・何人残った?・・・2人?3人かぁ・・・』

 

「なんだ・・・と・・・」

 

 鷹守の言葉を聞く内に神崎は自分の内側が冷たくなっていくように感じた。神崎は先程から感じていた嫌な予感が現実となっていくのを黙って聞くことしかできなかった。

 

『なんとか・・・スオムス陸軍の人達は・・・全員生きてるけど・・・。まさか・・・本当に・・・自爆なんてねぇ・・・。衝撃で・・・自滅しちゃってさ・・・。神崎くん・・・。島岡くん・・・。あいつら・・・死ぬ気だ・・・よ』

 

『そもそもお前ぇの声が死にそうじゃねぇか!?』

 

『すぐに助けに行きます。鷹守大尉、現在地を・・・』

 

「いや・・・だめだ」

 

 鷹守を助けようと動こうとしたシーナを神崎は押し止めた。声を聞く限り、鷹守は無事ではない・・・むしろ危険な状態にあることが察せられる。救助するならば現在唯一の地上戦力であるシーナが向かうしかない。

だが神崎は、ここでシーナが動くことは結果的に自分達の首を絞めてしまうことに気付いてしまったのだ。

 

『ゲン!?』

 

『そうだね~。ヘイヘくんは来ない方がいいねぇ・・・』

 

『鷹守!!手前ぇ、死にてぇのか!?』

 

『ハハハ・・・。死にたい・・・かぁ・・・。どうだろうねぇ・・・』

 

 諦観が滲み出る乾いた笑い声で島岡の怒号を受け流す鷹守。だが、神崎の意見に賛成したのは自分が助かるのを諦めたからではないようだった。

 大分落ち着いた神崎は冷静になった頭でこれからどうしなければならないかを考える。自分が感情のままに動いてしまったせいで最悪の状況に片足を突っ込んでしまったのだ。仲間の命が刻一刻と死に近づいている以上、自分が持ち得る・・・いや持ち得る以上の力を以って戦わなければならない。

 

『僕達を助けてくれるなら・・・彼女達をどうにかしないとねぇ・・・』

 

「そうなるな。・・・シーナ?」

 

『なんですか?』

 

「さっきコリン・カリラともう1人を抑えることはできるか?」

 

『・・・厳しいが出来ます』

 

「シン。追撃してくる魔女(ウィッチ)どもを引き連れて陣地東側の雑木林へ」

 

『あぁ!?どうするつもりだよ!?』

 

 炎羅(えんら)を握っている神崎の手は未だ小刻みに震えている。大分冷静になったとはいえ、考えた作戦は自身の魔女(ウィッチ)恐怖症に真っ向から向かい合うようなもの。

 実行しようと考えただけで湧き上がってくる恐怖を何とか押し殺し、神崎は自分に言い聞かせるように告げた。

 

「・・・ケリをつけるぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けたと思ったら、無理難題を吹っかけてきますか・・・」

 

 ラドガ湖防衛陣地のすぐ近くにある雑木林。

 木々と雪で彩られた地面に溶け込むように、雪原用迷彩のポンチョとマスクを身に纏ったシーナは静かに白い布で巻かれたM28/30(スピッツ)を構えていた。

 シェルパ、リタと共に撤退中の部隊を護衛していたシーナ。負傷した人員を運んでいる分、進軍速度は非常に遅く、安全確保の為に地上と上空両方の索敵が必要だった。

異変を感じたのはシーナが斥候として、部隊より先行していた時だった。防衛陣地まであと少しといった距離でインカムに雑音しか流れなくなってしまったのだ。異変を察知したシーナは、周辺を探索し金属片を放出する無人の車両を発見。どうにも怪しいと車両を無力化するとなぜか通信が回復。

 

 この行動が命運を分けた。

 

 ラドガ湖防衛陣地での戦闘の様相が聞こえたのはその時だった。

 神崎達が劣勢に陥っているのを知ると、シーナは居ても立ってもいられず陸戦ユニット、T-26改の魔導エンジンを全力で駆動させていた。纏うマントを風にはためかせ一目散にラドガ湖へと向かい、陣地が一望できる雑木林に潜伏した。

 

 真っ白なM28/30(スピッツ)のアイアンサイト越しで見るラドガ湖上空での空中戦。絡み合う複数の機影等は複雑な機動を描いて空を切り裂き、そして1人を複数の機影が包囲する形に落ち着いてしまった。

 解放した魔眼「死神の目」で機影を捉えれば包囲されているのが神崎であるのが分かる。

 

 ならばやることは1つだけだった。

 

 滞空した敵を1発で2人を撃ち落すのは、「死神の目」ならば造作も無かった。

 

「ですがまぁ、機動中の敵を狙うのは骨ですが・・・」

 

 風景に紛れ込んだシーナが片膝立ちでM28/30(スピッツ)を構える。マスク越しに覗く彼女の「死神の目」は若干の光を放ち、標的へ・・・狙撃を警戒しながら周辺を捜索している2人の航空魔女(ウィッチ)へ狙いを定めている。空中を三次元の範囲で動き回る標的を撃つ落とすことなど、普通は不可能。だが・・・。

 

「・・・出来ないことはないですね」

 

 その瞬間、発砲音と共に弾丸が発射され・・・回避行動しながらシーナを探している航空魔女(ウィッチ)を撃ち落していた。

 だがもう1人の航空魔女(ウィッチ)の機動が急激に変化した。一気に加速したかと思えば、細かく進路を変更させてシーナが潜伏する雑木林に急接近している。発砲した際のマズルフラッシュが見えたのか、はたまた僚機の被弾から弾道を見切ったのか。

 いくら「死神の目」があるとはいえ、自身の場所が露見した状態では上空で飛び回っている方が有利なのは火を見るより明らかだろう。

 

「対抗手段はあります」

 

 この戦場は我が家同然のラドガ湖防衛陣地。隅から隅まで知り尽くしているこの場所でならやりようはいくらでもある。

 神崎からの要請は、敵の抑え。こちらに出来るだけながく惹きつけていなければならない。

 シーナは立ち上がると、用済みとばかりにポンチョとマスクを取り外した。ポンチョの下から現れたのは、腰に提げられた短機関銃KP/-31。さらに小柄な体にこれでもかと巻きつけたM28/30(スピッツ)の弾薬とKP/-31の皿型弾倉、加えて柄付き手榴弾付き弾帯だった。

 シーナはM28/30《スピッツ》を右手に、腰のKP/-31を皿型弾倉を装填したうえで左手に持つ。そして陸戦ユニットのT-26改の魔導エンジンを1度力強く唸らせると、自ら雑木林から雪原へと飛び出した。

 上空の航空魔女(ウィッチ)もシーナを視認したらしく、高度を急激に落としてきた。既に相手の顔が分かるまで接近している。

 敵はコリン・カリラだ。

 

「舐めてかかったら・・・撃ち落としますよ?」

 

 シーナは巧み挙動で雪原を疾走しながら、感情を伺わせない無表情で、しかし瞳には確固たる意思を感じさせ、両手の銃をコリンに向けた。

 彼女の対空機動戦ともいうべき戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーナが対空機動戦を開始した頃。

 

 島岡は航空魔女(ウィッチ)4人を相手取り、未だかつて無い戦闘機対航空魔女(ウィッチ)の格闘戦を繰り広げていた。

 大気を切り裂くような轟音を響かせ空を縦横無尽に飛翔する島岡の零式。それに追いすがり回りこんで包囲しようとする魔女(ウィッチ)達。魔女(ウィッチ)達は銃を振り回して全方位に銃撃できるのに対し、戦闘機は正面にしか砲撃できない。それに加えて表面積は明らかに戦闘機の方が大きく被弾率も高い。

 まともにやれば一方的にやられるだけの戦闘で、島岡は何とか渡りあっていた。

 

「ハァ・・・クソッ・・・ハァ・・・こん畜生が・・・!!!」

 

 幾度となく高いG、急激な急上昇と急降下による急激な気圧変化に晒され、四方から来る銃撃に神経を尖らせ、さらに加えて戦闘機動をこなしていた。体力はすでに限界に近づいているが、それは機体も同じだった。

 胴体から主翼にかけて所々に弾痕が穿たれ、コックピットの風防に幾つか穴が開き罅割れている。奇跡的に操縦系統や燃料系統に損傷は受けていないのが救いだが、問題は燃料の残量だった。コッラー川への長距離輸送任務から続く支援任務、そしてこの戦闘である。油断すれば燃料不足で不時着もあり得る。

 

「だからって、んなこと気にしてられねぇよ!!!」

 

 限界を誤魔化すように、島岡は力の限り吼え、操縦桿を振るった。彼の気勢に応えるように、零式も一際大きいエンジン音を響かせた。大きく機体を翻した零式は、襲い掛かる銃火を搔い潜って急降下する。神崎の指示に従って雑木林に向かうためだ。

 機速を一気に増加させて魔女(ウィッチ)達を引き離しにかかるが、簡単にはいかずにしつこく追いすがってきた。それどころか、零式の向かう先に先回りしてくる手強さ。

 島岡は体を押し潰してくる重圧の中、霞む視界で回りこんできた航空魔女(ウィッチ)の姿を捉えていた。

 いままでの戦闘の中でも射撃はしていたが、飛び回っている人間大の大きさではまともに命中するはずもなく、辛うじて命中したとしても戦闘機程度の機銃、機関砲ではシールドで容易く防がれてしまった。正直、勝ち筋は殆ど見えない状態。

 

「だからってなぁ・・・」

 

 だが、島岡は急降下中の機体をコントロールして航空魔女(ウィッチ)に狙いを定める。効果は殆ど無いことは分かっているはずだが、島岡は躊躇うことなく引き金を引いた。零式の機銃が一斉に火を吹いて、弾丸の嵐が回りこんできた航空魔女(ウィッチ)に襲い掛かる。が、案の定、急停止した航空魔女(ウィッチ)にシールドを展開され全て防がれてしまった。

 その様子を見た瞬間、島岡は破顔した。急停止すれば当然急降下している零式との距離が一気に縮まる。回り込もうとしてきた航空魔女(ウィッチ)は丁度正面、このまま行けば交差する位置にいた。これこそが島岡の狙いだったのだ。

 

「やりようはあるんだよぉお!!!」

 

 零式と航空魔女(ウィッチ)が交差する刹那、島岡は目一杯操縦桿を左に倒したのだ。零式は島岡の操作通り機動し、一気に左に傾き・・・エルロンロールを描いた。そして・・ロールを描いた右翼で頭から叩いた。点の攻撃である銃弾が防がれるなら、面でのシールドごとまとめて叩ける手段を取ったのだ。

 この攻撃は航空魔女(ウィッチ)でなくとも予想外すぎる攻撃だった。航空魔女(ウィッチ)はシールドごと翼を叩きつけられ、力なく落下していく。だが、島岡はそれを喜ぶ間も無く急降下から機体を引き上げて、雑木林へと進路を向けた。後方から3人の航空魔女(ウィッチ)も追撃してくる。

 

「東側だから、あっちだよな・・・」

 

 罅割れた風防越しに地形を確認しつつ、ちらりと叩きつけた右翼を見る。相当無理な操作のせいで凹みが出来ており、微弱な振動がおき始めていた。もう先程のような無理は効かない。

 

「ボロボロじゃねぇか・・・。ゲンの野郎、こっからどうすんだ?」

 

 最高速度に近い速度で飛行している今、雑木林上空には到着する。加えて通過するのは数秒しかない。神崎には何か考えがあるのだろうが、そんな一瞬で出来るのだろうか?

 それが分かったのは、島岡が背後からの銃撃を回避しつつ雑木林の上空に到達した時だった。

 雑木林の一番高い木の上を通過した瞬間、零式のすぐ横を下から飛び上がる人影。島岡は半ば確信しつつも慌てて背後を振り返った。

 その目が捉えたのは、3人の航空魔女(ウィッチ)に相対し、白熱する扶桑刀を構えた神崎の背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恐怖に向き合う、というのは世間一般でよく言われていることだ。実際は、その言葉は例え話に近いものであって、本当に恐怖と向き合うということはない。

 

 だが今、神崎は自身の恐怖と向き合っていた。

 

 出来るだけ早くこの戦いを終わらせる為に、神崎は島岡に自身が潜む雑木林に来るように指示を出した。魔女(ウィッチ)恐怖症の症状は未だ治まりきっていない。だが、このまま無闇に時間を消費してしまえば、鷹守達は救えず撤退してくる部隊をも戦闘に巻き込んでしまう。

 

 それだけは何としても避けなければならない。

 

 

 

 ならば・・・やるしかない。

 

 

 

 雑木林に隠れている間、残り少ない魔法力を少しずつに集束させていた炎羅(えんら)を握りしめる。その方がより高い集束率で早く魔法力を解放できる。

 島岡の零式が雑木林上空を通過するタイミングを見計らい、神崎は空中に一気に躍り出た。

 追撃してくる3人の航空魔女(ウィッチ)は恐怖以外何物でもない。その姿を見ただけで心臓を鷲掴みされたような恐怖を感じ、撃ち込まれる弾丸がシールドで弾かれる音に、魔女(ウィッチ)恐怖症の原因となった光景がフラッシュバックする。

 それでも、歯を喰いしばって恐怖をねじ伏せて炎羅(えんら)を上段に構える。そして、有らん限りの力を以って振り下ろし魔法力を解放した。

 

 ゴォオオオオッ!!!

 

 という轟音と共に、周辺の酸素を燃やし尽くす勢いで炎羅(えんら)から炎が解き放たれた。炎は神崎が振るった軌跡をなぞる様に展開し、炎の波となって航空魔女(ウィッチ)に襲い掛かった。

 戦闘機を追っていたはずが、いきなり目の前に魔法使い(ウィザード)が現れ、炎を放ってきたのだ。3人とも度肝を抜いたに違いない。だが、それでもシールドを張り炎の波を突破して見せた。相当な熱量だったはずだが、何事もないように新たな標的である神崎に殺到していく。

 

 神崎の策は失敗した・・・かに見えた。

 

 確かに彼女達は炎をシールドで防いだだろう。それは火傷1つ負っていない様子を見れば分かることだ。だが、ここで重要となるのは炎に何が変わったのかだ。神崎が集束させていた魔法力量で炎の熱量は相当高くなっていた。すると当然、炎によって周辺の空気は熱せられ高温になる。

 では、その高温の空気はどうなるのか?

 航空魔女(ウィッチ)には効果は無い。シールドによって守られるのだから。

 

 ならストライカーユニットは?

 

 それも守られるだろう。炎ならば。

 ストライカーユニットの魔導エンジンを稼動させるのに必要なのは燃料、魔法力、空気(・・)。そう、吸気口から取り込む空気である。炎をシールドで防いでも、高温に熱せられた空気は取り込まざるをえないのだ。

 するとどうなるか?

 零式を追撃し、あまつさえ急降下から回復して最高速度に近い速度を出しているのだ。ストライカーユニットを限界まで酷使し、魔導エンジンも全力で稼動しているだろう。そこに高温の空気が送り込まれると・・・。

 

 熱暴走・・・そして爆発だ。

 

 ほぼ同じタイミングで、3人の航空魔女(ウィッチ)のストライカーユニットが爆発して力なく重力に引かれていく。

 

「フゥー・・・」

 

 神崎は力を抜くように長く息を吐き、堕ちていく3人を一瞥する。そして、何も言わぬまま炎羅(えんら)を鞘に戻そうとし・・・おぞましい寒気を感じ上空を見上げた。太陽によって視界が遮られる中で、身も凍るような殺気が全身に襲い掛かった。

 

「アアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 獣のような絶叫が神崎の耳を貫き、直後凄まじい衝撃と共に何かが体にぶつかった。あまりに突然すぎて神崎は声すら出せない。だが、衝撃によって飛びかけた意識の中で辛うじて自分に取り付いた何かによって急激に降下していることだけは分かった。

 

「グ・・・ガァッア!!!」

 

 ここで落ちる訳にはいかない、と神崎も吼えた。

辛うじて握っていた炎羅(えんら)を逆手に持ち代え、取り付いた何かを引き剥がそうと大きく振るう。

 だが・・・なんとか見開いた目が取り付いた何かを視認した時、不覚にも動きを止めてしまうほどに飲まれてしまった。

 体中を鮮血で染め上げて、もはや腕1つ動かすのも厳しいはずなのに。既に力尽きたと思っていたのが人物が、自分の残っている命の火をすべて費やすかのような決死の形相で・・・コリンの身代わりに神崎の散弾を全身に受けた小柄な魔女(ウィッチ)は、凄まじき執念で神崎を決して離さなかった

 

 神崎は何もできないまま、地面に堕ちていった。

 







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第六十六話


ペテルブルグ大作戦面白かったですね

ライブも楽しみです

そんな訳で第六十六話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 上空を飛翔する航空魔女(ウィッチ)

 雪上を疾走する陸戦魔女(ウィッチ)

 

 この2種類の魔女(ウィッチ)達が戦場で、協力はすれども砲火を交えることは本来ありえないことだ。

 

 当然といえば当然。

 

 そもそも味方であるという点はこの際除外するが、航空戦と陸上戦では求められる戦闘の形がかけ離れているからだ。

 空では高速で三次元的な戦闘が行われ、コンマ秒での戦闘が短い時間で繰り広げられる。ひるがえって陸上では、航空戦に比べればお世辞にも速いとはいえない速度で、しかし長時間戦い続けることになる。

 この2つは航空支援、対空戦闘という形で絡み合うことは多々ある。しかし、正面からぶつかり合う、お互いが一瞬の隙で命を散らす死闘を繰り広げることは有り得なかった。

 

有り得なかったのだ。

 

 

 

「・・・ッ!?」

 

 顔のすぐ傍を掠めた弾丸に肝を冷やすも、雪を蹴立てて超信地旋回し上空を通過したコリンに左手のKP/-31で弾幕を張る。弾幕といっても短機関銃一丁での対空砲火など高が知れているが、ある程度コリンの機動を制限できる。コリンが自身と数百キロの速度差で攻めてくる今、そのある程度の制限が次へ繋げる重要な一手だった。

 超信地旋回した地点から弾幕を張りつつ最高速度で移動し、右手のM28/30(スピッツ)を構える。数秒前に接近していた機影は既に遠く離れているが、進路は予想通りで距離も射程内。

 彼女の魔法力に呼応し淡く光を帯びた「死神の目」を細め、躊躇無く引き金を引いた。明確な殺意を込められた弾丸が、彼女が視た道筋をなぞり一直線にコリンへと飛翔する。

 数秒の間が空き、もはや黒点にしか見えなくなったコリンがガクリと進路を落とし・・・すぐに体勢を戻した。

 再び増速した黒点をアイアンサイト越しに見つめ、シーナ小さく溜息を吐いた。

 

「これも避けられた・・・ムカつくほどにいい腕ですね」

 

 一時的に停まり、手早くKP/-31の弾倉を代えM28/30(スピッツ)のボルトを引き次弾を装填する。

 戦闘が始まって幾度も砲火を交えたが先程のような戦闘の繰り返しだった。短機関銃で牽制して狙撃銃で止めを狙う。だが、シーナの魔眼を持ってしてもコリンに直撃させられないでいた。

 

「まさか、視切れないとは・・・。視界に捉えられないのが問題?」

 

 この戦闘ではコリンと接触する時間が極端に短い。それこそ数秒にも満たない時間ではコリンの攻撃を回避し、KP/-31で牽制し、死神の目で捉え、M28/30(スピッツ)で狙い撃つにはあまりにも短すぎる。

 シーナにはこの戦闘でコリンを倒す必要はない。神崎からは抑えるようにしか言われていない。

 だがシーナはここで倒すつもりだった。神崎に余力が無く何かしらの異常があるのは察せられた。島岡の頑張っているが航空魔女(ウィッチ)に対抗するにはどうしても限度がある。

 2人が生き残るには自分がコリンを倒すしかないのだ。

 

 

・・・弱点がばれる前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石死神といったところ・・・」

 

 移動し始めたシーナを視界に入れて、コリンは機関銃を持つ腕に視線を落とした。肘辺りから肩口にまで切り裂かれた服は、シーナが放った弾丸が殆ど彼女を捉えていた証拠だった。

 コリンが高速でのヒット&アウェイに徹していたせいか、交戦当初、シーナの弾丸は全く当たらなかった。「死神の目」を持つシーナの射撃の腕はスオムス軍内では有名な話でコリンも勿論承知していた。こんなものかと少々安堵し、ヒット&アウェイを繰り返した。

 だが、すぐにその考えの浅はかさが露見することになった。

 確かにヒット&アウェイは有効だった。

 だが、1回。更に1回行うことに弾丸の音を感じ、風を感じ、振動を感じて・・・そしてついに掠めるまでに至った。

 

「捉えられた・・・。次は無事では済みそうにないですね」

 

 高速で飛んでいるにも関わらず、常に首に鎌を添えられたような感覚。すぐ近く死神が迫ってきていた。

 

「次が最後。彼女の回避行動を先読みして直撃させれば・・・回避行動?」

 

 そこまで考えた時、コリンは自分の言葉の一部に違和感を覚えた。そしてそれはすぐに疑念に変わる。

 

「そもそも、なぜ彼女は回避行動をとっている?」

 

 陸戦魔女(ウィッチ)の最大の利点は重装甲と余裕ある魔法力の運用による強固な防御力(・・・)である。

 防御力だ。ともすれば大型の陸戦ネウロイのビームすらも防ぎきるそれに、多少魔法力が付与されているとはいえ機関銃の弾丸を防げないはずがない。

 つまり、シーナがとるべき戦術はコリンの銃撃をシールドで防ぎ、安定した状態で狙いを定め、撃つ・・・というものになるはず。

 だが、実際はシーナは回避行動を取り続けている。そこから考えられるのは・・・。

 

「何らかの理由でシールドが展開できない・・・ということでしょうか」

 

 罠という可能性もある。

 しかし、どちらにしろ捉えられてしまったコリンには後が無い。

 賭けてみる価値は十分にある。

 

「負けるつもりは毛頭ありません」

 

 コリンとて生半可な覚悟でこの場にいる訳ではない。自分の命を懸けてでも、同志達の命を背負ってでも、理想を実現すべく戦ってきた。

ならば自分の全力を持ってシーナを殺すだけだ。

 

 コリンはシーナを中心にして輪のように旋回していく機動を取った。できるだけ相手の狙いから避けるようにランダムに速度を変えながら機関銃を構え、1弾倉分全てを撃ち尽くす勢いで引き金を引き続けた。

 この攻撃に対しシーナは回避行動を取り、反撃のために銃を構え・・・ガクリと態勢を崩した。直後シーナから白煙が噴出し彼女を覆い隠したが、コリンの魔法力で強化された視力は確かに捉えた。

 雪原に咲いた真っ赤な花を。

 

「さて・・・詰めましょうか」

 

 相手がシールドを使えないのは確定した。ならば後は反撃の暇を与えずに射撃を続ければ自ずと相手は倒れる。

 煙が晴れれば終わり・・・とコリンは撃ち尽くした弾倉を取り替える。そこで視線を白煙から銃に移したのが彼女の運命を分けた。

 機関銃を照らす日光が一瞬翳る。それを見たコリンは本能が赴くままに身を翻した。

 直後、暴風が彼女が襲い、巨大な質量と爆音が体を掠めた。暴風に揉まれながらもコリンは確かにこの現象の原因を捉えていた。

 

ボロボロの零式艦上戦闘機。

決死の目の「ゼロファイター」、島岡信介。

 

「その状態で向かってきますか・・・。いいでしょう」

 

 どちらにしろここで全員殺すのだ。その順番が前後しようが問題はない。むしろ逃げ回られるよりも手間は省けた。

 

「さっさとケリをつけましょう」

 

 弾倉を換え、確実に初弾を装填する。再び接近しようとする零式を見据え、コリンは魔導エンジンの出力を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コリンの機動が変わったのを確認したシーナは、自分の弱点に気付かれたことを察した。

 シーナの弱点。

 それは「死神の目」による多大な消費魔法力だった。相手が死ぬ弾道を見据えるという破格の能力を持つが故に。「死神の目」を発動してしまうとシーナは陸戦ユニットには辛うじて稼動出来る程度の魔法力しか送ることが出来ない。陸戦魔女(ウィッチ)の最大の利点であるシールドを張る余裕が無いのだ。

 だからこそシーナは遠距離からの狙撃でしか「死神の目」を発動せず、「モッティ」戦術を仕掛けた時は高機動での射撃戦のみに徹し白兵戦には参加しなかった。

 高速で三次元機動をとるコリンを撃墜するには「死神の目」を使わざるを得ない。

だからこそ、この弱点が気付かれる前にケリをつけるつもりだったのだが・・・タイムリミットが来てしまった。

 

「クッ・・・」

 

 少しでも有利な状況に持ち込もうと移動しようとしたシーナだったが、突如インカムから島岡の悲痛な声が響いた。

 

『ヘイヘさん!!ゲンが堕ちやがった!!』

 

「まさか・・・ッ!?」

 

 神崎の撃墜。

 あまりに衝撃的な情報がもたらされるも、それに驚く時間は満足に与えられなかった。動きが乱れたのを見抜かれたのかコリンが仕掛けてきたからだ。

先程までのヒットアンドアウェイではなく、自身が攻撃に晒されることも厭わない集中砲火。

 回避行動だけでは捌き切れず、攻撃を止めるべく反撃しようと銃を構えようとする。が、そこで回避行動への集中を切らしたシーナの痛恨のミスになった。

突如、体の至る所に走った焼けるような激痛にシーナは堪らず体勢を崩してしまった。

 

「まずいッ・・・!!」

 

 このままでは完全に狙い撃ちにされてしまうとシーナは歯を喰いしばってT-26改に装備されている発煙装置を起動させた。途端にシーナの周辺は白煙で満ち、完全にコリンの視覚を遮った。

 そこまでしてやっと、シーナは自身の状況を把握できた。

 

 頬と右腕に銃弾による裂傷。脇腹の浅い部分に銃創。幸いにも弾は貫通しているようだ。

 本来ならば治療に専念するべきだが、今は最優先するべきことがある。

 

「島岡さん、神崎少尉の墜落地点は?」

 

 シーナはM28/30(スピッツ)の擬装用の布を解くと簡単に腕と脇腹の部分にきつく巻きつけた。

治療はこれだけ。

 今は少しでも早く神崎を捜索したかった。

 

『ヘイヘさんは大丈夫なのかよ!?』

 

「大丈夫です。いいから早く!」

 

 島岡の心配する声にシーナは断固とした口調で情報を要求した。時間が無いのはお互いに分かっていることで、島岡はすぐに折れた。

 

『・・・クソッ!?そこから東の雑木林だよ!!』

 

「分かりました。島岡さんは・・・」

 

『俺がコリン・カリラを押さえりゃいいだろ!!!』

 

 インカムからそう聞こえた瞬間、上空で一際大きな轟音が響き渡った。慌てて上空を見上げたシーナの目は、コリンに挑みかかる零式艦上戦闘機の姿を捉えた。あまりにも無謀な行動にシーナは悲鳴に近い声を上げてしまう。

 

「そんな機体では無茶です!!!」

 

『無茶でも何でもやってやるよ!絶対にゲンを見つけてくれよ!!通信終了!!!』

 

「島岡さん!?・・・ありがとうございます」

 

 一方的に通信を切りコリンとの激闘を開始した島岡。地上からみても島岡が駆る零式艦上戦闘機はボロボロでいつ空中分解しても可笑しくない有様だ。

だが・・それでも時間稼ぎのためにコリンに挑んだ。

それにシーナも応えなければあらない。

 

 自身が展開した白煙を突き破り、シーナは東の方向にある雑木林へと全速力で向かう。

 

 苦痛に顔を歪ませながら雪上に点々と赤い花を残しても、ただひたすらに神崎の無事を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才谷はファインハルス以下数名の部下を引き連れてソルタヴァラ基地に移動した。

 既に「(シュランゲ)」の本隊が展開し終えており、占拠されたレーダー施設の制圧作戦を実行していた。

 作戦は完了済み。

 その結果を確認するため才谷はレーダー施設に赴いた。

 

 ファインハルスの先導の元、レーダー施設の入り口に立つ才谷。

 施設の入り口には識別章がない(シュランゲ)所属の兵士2人が歩哨に立っており、才谷と(シュランゲ)以外の兵士の入出を制限していた。その入り口自体も突入の際に爆発物を使用したためか焼け焦げた跡が生々しく残っている。

 ファインハルスが話しかけると歩哨は頷き、才谷達を招きいれた。

 入り口から続く通路にも焼け焦げた跡は残っており、加えてある無数の弾痕と血痕が制圧戦の苛烈さの様相を表していた。

 通路を抜け、管制室へ。

 そこは無残に破壊された管制装置やレーダー機材、無線機などの残骸が広がっていた。

 

「機材は悉く破壊されました。復旧は殆ど不可能でしょう」

 

 ファインハルスの説明に才谷は頷く。銃撃や爆弾も使って悉く破壊尽くされているのは一目瞭然だった。だが、知りたいことは他にもある。

 

「共生派は?」

 

「半数は制圧時に殺害、もう半数は制圧完了直前に自決。残念ながら・・・」

 

「確保できなかったか・・・」

 

 いままでの共生派との戦闘でもそうだが、身柄確保する前に彼らは自決してしまい情報が得られないのだ。

 今回も同様だった。

 

「他の共生派の洗い出しは?」

 

「スオムス空軍での洗い出し及び逮捕は殆ど完了しています。陸軍の協力によって予想以上に迅速に終わりました」

 

「確保できていないのは?」

 

「コリン・カリラ大尉が率いる一派だけです」

 

「所在は?」

 

「不明です」

 

 報告では、神崎奪還作戦後ヴィープリから姿を消してしまい一切の所在を掴めていない。「(シュランゲ)」実働部隊が幾度と無く行った「共生派」狩りでも尻尾を掴むことが出来なかった。

 いったい何処に隠れているやら・・・と、いい加減うんざりしていると一人の(シュランゲ)隊員が焦りを滲ませて近寄ってきた。

 

「司令官、緊急の報告が」

 

「なんだ?」

 

「民間からの通報です。ラドガ湖で戦闘が起きていると。加えて、短時間ではありますが全周波数で救援を求める通信が出ていたと」

 

「ラドガ湖だと?」

 

その瞬間、才谷の中で何かがカチリと噛み合った。浮かび上がるのは想定上最悪の状況。

 

「ファインハルス。制圧作戦に参加した人員を再編成してラドガ湖に向けろ」

 

「了解しました」

 

 才谷は背後に立つファインハルスに指示を出すと踵を返して管制室を後にした。自然と早くなる歩調が事態の重大さを物語っている。

 

「可及的速やかにだ。スオムス陸軍の手も借りていい」

 

「すぐに要請します」

 

「ここで鷹守と神崎、島岡を失う訳には行かない。」

 

「共生派の襲撃を受けていると?」

 

 レーダー施設から出て外付けされていたジープに乗り込む才谷にファインハルスは尋ねた。すでに分かっているはずだが確認の意味なのか。だが、彼の表情は餌を前にして辛抱たまらない犬のように、無表情から喜色を滲ませていた。

 

「そうだ。共生派を殲滅し、是が非でも救出しろ」

 

「さてさてさて。大変な仕事になりそうですね」

 

 ついに我慢できずに笑みを浮かべたファインハルスを一瞥にし才谷はジープを発進させた。

 事態の急変に気付かなかったことを悔やみはしても、すぐに切り替えて作戦の方に集中する。

 知ってか知らずか、軍刀を持つ手には力が篭っていた。

 

 

 

 

 

 





 息抜きにブレイブウィッチーズの小説も書いてますので気が向いたら読んでみてください


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第六十七話


みんできフェスに行ってきました

控えめに言って最高でした


そんな訳で第六十七話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします





 

 

 

 

 

 周りの雪景色に神崎は自分が何処にいるのか一瞬分からなかった。

 

 だが、すぐに自分がスキー旅行に来ていたことを思い出した。

 自分の家族だけでなく竹井醇子の家族も一緒の旅行で妹たちが随分と興奮してしまい宥めるのが大変だった。

 

 

 醇子の家が都合した車数台に分乗しスキー場に到着して・・・そこからが更に大変になった。

 勝手にどこかに行く妹たちの手綱を何とか取りつつ、すぐに転んで泣きそうになる醇子を慰めていて・・・気が付いたら自分が転んでしまっていた。

 

 雪が柔らかいところに突っ込んでしまったのか、目の前は雪一杯。体も雪の重さで満足に動くことが出来ない。しかも直前までずっと必死に動き回っていたからか、倦怠感と眠気に誘われ動く気力さえも奪われていく。

 

 もうこのまま寝てしまおうかと目蓋を閉じようとして・・・ふと神崎の耳に何かが聞こえた。

 

『・・・ッ!!・・・ッ!!』

 

(醇子か・・・?いや・・・違う)

 

 微かな、しかして確かに聞こえる・・・声。

 聞いたことがない声だった。

 

 いや、この時はまだ(・・・・・・)聞いたことが無い声だった。

 

『カ・・・い!!!・ン・・シ・!!!』

 

 段々と大きくなってくる声に引っ張られるように神崎の中に暖かな何かが燈る。それは段々と熱く、熱く、温度を上げていき今か今かと燻っていく。

 

『神崎少尉!!!』

 

 そして、炎は燃え上がった。

 

 

 

 

 

「グハッァア!!!ハァ・・・ハァ・・・」

 

 仰向けに寝ていた神崎は胸を軋ませて、思い切り酸素をを吸い込んだ。体中の細胞が酸素を求め、一呼吸する度に固まった体が解放されていった。

 霞んでいた視界が徐々に戻っていき周りを視認できるようになり、ようやく神崎は自分のすぐ隣に誰かがいることに気付いた。

 青白い顔にびっしりと汗をかき、肩で息をする、泥だらけの小柄な陸戦魔女(ウィッチ)

 

「・・・シーナ」

 

「ッ・・・神崎少尉!!」

 

 いつもの無表情はどこにいったのか。

 目に安堵の涙を溜めたシーナが胸に飛び込んでくるのを何処か他人事のように感じながら、神崎は空を見上げていた。

 

 体は動く。

 

 しかし、左腕だけが動かない。

 

「シーナ。俺は・・・どうなっていた?」

 

 この一言にシーナは顔をあげた。濡れた目を乱暴に袖で拭い、努めて冷静な声で状況を説明してくれた。

 

「私が来た時には墜落した神崎さんと共生派の魔女(ウィッチ)が地面に倒れていました。恐らく無意識の内に撃墜の衝撃をシールドで緩和していたのかと。しかし。呼吸が止まっていて・・・心肺蘇生を施しました」

 

「俺は・・・1度死んだのか・・・」

 

 ならば先程見ていたのは走馬灯と同種のものかと、神崎はぼんやりと思った。随分と、本当に随分と懐かしいことを思い出していた。

 

「本当に死んだかと思ってました・・・。勝手に死なないで下さい・・・!」

 

「そうだな・・・。助かった、ありがとう」

 

 再び目に涙が溜まり始めたシーナの頭を軽く撫で、神崎は体を起こした。

 幸い右手の炎羅(えんら)は手放していない。それを杖代わりに上半身を起こすと、傍で仰向けに横たえられている航空魔女(ウィッチ)の姿があった。

 先程、神崎に特攻をしかけた共生派の魔女(ウィッチ)だった。

 

「彼女は・・・」

 

「・・・既に息はありません。発見した時にはすでに」

 

「そうか」

 

 ならば先程の特攻は本当の意味で死力を尽くしたものだったのだろう。兵士としては敬意を払うべきなのだろうが、それで1度死に掛けてしまった身としてはできそうもない。   

 複雑な感情を抱き視線を外すと、自分自身の異変に気付いた。力なく垂れている左腕は完全に骨折していた。痛みを感じないのはアドレナリンのせいかもしれない。

 だが、治療を施す前に確認すべきなのは現在の状況だった。

 

「シーナ、戦況は?」

 

「敵はコリン・カリラだけです。私は彼女を抑え切れませんでした・・・。すみません」

 

 シーナが悔やむように唇を噛み締めるなか、神崎はボロボロになった上着を脱ぎ三角巾として代用した。だが、ここでシーナの異変にも気付いた。

 彼女の脇腹を塗らすドス黒い液体を見れば、彼女が負傷しているのは明らかだった。顔が青白かったのはこの傷が原因だった。

 

「負傷したのか?」

 

「コリン・カリラにしてやられました。ムカつきますが、相手が一枚上手でした」

 

「治療はしなかったのか?」

 

 シーナは思わずという仕草で自分の脇腹に手を当てる。滲み、彼女の手に付着した血を見れば治療が完全ではないことは一目瞭然だった。

 

「応急処置は。ですが、時間がありません。今は島岡さんが・・・」

 

「なんだと・・・!?俺のストライカーユニットは?」

 

「あそこに。ですが・・・随分と状態がひどいです」

 

 シーナが指差した方向をみると神崎の零式艦上戦闘脚が雪に突き立てられていた。炎羅(えんら)を杖代わりに零式の傍によると、外形はボロボロだが見たところ内部構造は無事だった。

 これなら飛ぶことはできると安堵するとシーナに背中のすそを引っ張られた。振り向くと、シーナが真剣な表情で神崎を見つめていた。

 

「神崎さん。行くんですか?」

 

「ああ。シンだけでは荷が重過ぎるし、奴とは決着をつける」

 

「左腕が使えないのにですか?」

 

「・・・どうした?シーナ?」

 

 シーナのらしくない態度に思わず神崎は尋ねてしまった。尋ねられたシーナは唇を噛み締め、そっと目を伏せた。ただ、向かい合った状態で神崎に近づき炎羅(えんら)を持つ手を自身の手でそっと包んだ。

 

「自分でも分かりません。ここで神崎少尉が島岡さんを助けにいくのは当然だと思います。でも・・・それは嫌です。物凄く嫌なんです」

 

「俺にはシンを見捨てることは出来ない」

 

 左腕が動かない以上、戦闘は熾烈を極める。この状態で使える武器は炎羅(えんら)と拳銃のC96しかない。魔法力も枯渇しかけている今は、炎も良くて1発しか発動しないだろう。

 それでも神崎の選択肢に島岡を見捨てるは無い。

 

「あいつと俺は一蓮托生だ。扶桑でも、アフリカでも、そしてここでも」

 

 神崎と島岡は常に互いの背中を守ってきた。

 片方の危機には危険を顧みずに助けに行った。

 ならば今回も、片腕が使えなくとも、神崎は飛ぶ。

 

「神崎少尉。いえ、神崎さん」

 

 そんな神崎の思いをシーナは当然分かっていた。神崎と島岡がスオムスに来て一番交流があったのは彼女なのだ。2人がどれだけ仲がいいかも知っているし、戦闘時の連携も知っている。

 神崎が行くことに理解はしているのだ。だが、それに感情が追いつかないのだ。

 先程、墜落した神崎を発見した時に恐怖にも似た感情に支配されてしまった。戦友が死に逝く姿など戦いの最中でも、戦いの後でも何度も見てきた。

 だが、駆け寄って確認した神崎の体温が段々と失われていくのは耐えられなかったのだ。今までに感じたことの無い感情に突き動かされるまま、心肺蘇生を試みる。唇を重ねる度に、心臓を圧迫する度に、神崎が目を覚ますことを祈って。ズキズキと痛む自身の傷も省みず。

 息を吹き返した瞬間、どんなに安堵したか。どんなに嬉しかったか。

 

 だからこそは思う。

 ただただ、死にに行くような戦いに行って欲しくないのだ。

 神崎に死んで欲しくない。

 

 だからシーナは、右手を包む両手に力を込め決意を込めた目で再び神崎を見上げた。

 

「私も全力で援護します。だから・・・」

 

 

 

死なないで

 

 

 

「ああ・・・。勿論だ」

 

 そして神崎は飛び立つ。

 シーナの願いに背中を押され。

 親友の窮地を救いに。

 コリンとの因縁の決着を付けに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 操縦桿を握ってから経過時間は存外に短いものだ。

 数年という短い期間ではあるが、幸運にも生まれもった天性の操縦センスで生き残るに足る操縦技術を習得することができた。

 この操縦技術が生き残ることが出来なかった。だが、この操縦技術だけでは生き残れなかった。

 温かい優しさを持った上司、健気に直向な後輩、一杯の愛情を捧げることができる彼女、そして背中と命を預けることができる相棒。

自分が生き残ることができたのは、自分の力だけではない。

仲間と彼女と相棒がいたから今の自分がいる。

 

 なら・・・この命を懸けることで守ることができるなら・・・俺は喜んで死地に飛び込もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片手が使えないせいで飛行バランスが崩れる中、神崎はギリギリまで高度を下げて飛行していた。すでにコリンと島岡の戦闘

 武器は炎羅(えんら)とホルスターに収められた拳銃。

 コリンも消耗しているとはいえ未だ健在。勝機は薄い。

 

 それでも、神崎は高度を上げる。

 島岡が注意を惹いている今しかないのだ。

 

「シン。聞こえるか?」

 

『ああ!?ゲンか!?大丈夫なのか!?』

 

「半分は無事だ。お前は?」

 

『ボロボロだよッ!?クソが!!』

 

 インカム越しに聞こえる零戦のエンジン音は悲鳴のような不協和音になっている。いつ火を吹いても可笑しくないのがすぐに分かった。

 今すぐ援護に行きたい衝動に苛まれるも、神崎はそれを抑えて言った。

 

「あと少しだけ惹きつけてくれ」

 

『ああ!?やってやるよ!!必ず・・・仕留めろ!!!』

 

「・・・任せろ」

 

 島岡の命を掛け金にして、神崎は勝負をかけた。

 

 今のいままで圧倒的な不利の状況で戦っていた島岡。

 

 零戦特有の高機動性能をフルに使った細かな機動で、今の今までコリンからの攻撃を凌いでいた。被弾こそするも、致命的な損傷だけは避ける機動は、もしここに同じように戦闘機を操るパイロットがいたならば、揃って舌を巻いていただろう代物である。

 そんな島岡がコリンの目の前で大きく急上昇したのだ。

 打って変わっての大仰な機動は相手の意表を突くのに効果的だが、逆に隙が大きくなる。コリンが島岡に止めを刺すべく、重機関銃を構えるのは当然だろう。

 

 神崎はそこを狙っていた。

 

 針葉樹の隙間を縫うように急上昇し、炎羅(えんら)の切先をコリンに向ける。コリンはなおも島岡に気を取られ、神崎に気付いていない。完全に間合いに入り炎羅(えんら)を振りかぶった瞬間、神崎は勝利を確信した。

 

「獲った・・・!!」

 

「とでも、思いましたか?」

 

 三日月のような笑みと共に炎羅(えんら)の刃が止まってしまう。

 驚愕の表情に染まる神崎の目の前には重機関銃。炎羅(えんら)の斬撃を直前で重機関銃を盾にして止めたのだ。

 

「ええ。あなたは諦めません。ここぞというタイミングで私を狙ってくることも予想してました」

 

「クソッ・・・!?」

 

「本当に・・・あなたとは一緒に戦いたかった。けれど・・・」

 

 コリンは炎羅(えんら)を受け止めた重機関銃を力任せに振り払った。当然、炎羅(えんら)を持っていた神崎は、片腕しか使えないことも相まって簡単に体勢を崩され、距離を離されてしまう。離されてしまえば重機関銃の射程に入ってしまい銃撃に晒される。

 すぐ傍に迫る死神の気配を振り払うように、神崎は必死に体勢を立て直し、コリンを見据えた。

 

 だが、コリンの銃口は神崎に向いていない。

 

『ゲン!!!』

 

「あなたが危機に陥れば、必ず彼は救おうと動く。あなたが彼にするのと同じように」

 

 神崎に背を向けてまでコリンが狙うのは正反対から迫る鋼鉄の海鷲。

 命を掛けてまで親友を助けようと、ボロボロの機体を更に酷使して駆けつける先には・・・蜘蛛の罠が張られていた。

 

「やめろ・・・」

 

 それでも海鷲は進む。

 その蜘蛛の糸を鋼鉄の翼で切り裂いて進まんと。

 

「やめろ・・・!」

 

 果たしてその制止は誰に向けたものだったのか。

 コリンに?

 親友に?

 分からないままに叫んだ。

 

 

「やめろおおおおおおお!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無情にも。

 

叫びは銃声に掻き消され。

 

海鷲の翼は儚くも炎に包まれる。

 

数多の紅い光線には屈しなかった彼の翼は。

 

奇しくも、鈍い鉛玉によって寒い冬の地に墜とされた。

 

 

 

 





来年はストライクウィッチーズ10周年ですね

何やら記念イベントがある模様
楽しみですね


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第六十八話

第六十八話です。

感想、アドバイス、ミスの指摘などお願いします。


『流石にこれはやべぇな』

 

 ああ。

 最悪だよ。

 

『撃墜させるのは・・・始めてじゃなかったわ。ライーサと一緒に墜落してたわ』

 

 回数なんて関係ないだろう。

 何でもいいから早く脱出しろ。

 脱出してくれ。していてくれ。

 

『ライーサには・・・あ~・・・よろしく言っててくれ』

 

 ふざけるな。

 ふざけるな。

 ふざけるな。

 

 またお前は奪うのか。

 俺から奪っていくのか。

 昔も、今も。

 

 許せるものか。

 絶対に。

 例え、1人になっても。

 

 殺してやる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアア!!!!!」

 

「ッ・・・!!」

 

 白熱する切先が奔り、微かに触れた頬を一瞬にして焼き焦がした。

 僅かに漂う肉が焼ける嫌な臭いさえもその刀身の熱は、迫り来る斬撃は、一瞬にして命を奪い去る恐怖を体現していた。

 

「これがあなたの本気・・・いや、狂気」

 

 片手しか使えないはずなのに、刀を振るうスピードは先程よりも速い。

 こちらに突き刺さる視線は、睨みつけるというよりも獣のような理性の無い殺気に彩られている。

 有利だったはずなのに。

 今も有利なはずなのに。

 

 タラリと流れる冷や汗が、自分がたまらなく怖がっていることを教えてくれる。

 

 だが今のコリンは恐怖に気圧されはすれど、負けることはない。

 

 漠然と。

 これが最後の戦いであることを予感し。

 なおも、罅割れた笑みを顔に貼り付けることは出来た。

 

 

 

 

 

 

 魔法力の残量など考えてはいなかった。

 神崎の絶叫が届くことはなく、大口径の弾丸の雨に貫かれた零戦は無残にもその翼を地面に晒してしまった。

 その瞬間に、神崎は炎を最大限にまで炎羅(えんら)に収束させ、コリンに斬りかかっていた。

 

「アアアアアアアア!!!!!」

 

絶叫を上げて切りかかるその姿は、アフリカでの暴走の姿と酷似している。しかし、最大の違いは、あの時は恐怖がきっかけだったが、今は怒りが神崎の感情の大半を占めていることだった。

 片腕だけであることを忘れているかのように振るう炎羅(えんら)の切先を、コリンは寸でのところで避ける。

 それで止まるはずもなく、神崎は何度も何度も炎羅(えんら)を振るった。

 

『神崎さん!島岡さんの救出は私が・・・!』

 

 五月蝿い。

 うるさい。

 ウルサイ。

 

 シーナからの通信にも何も応えず、ただただ目の前の魔女(ウィッチ)に向けて刃を振りかざす。

 ただただ目の前で薄ら笑う魔女(ウィッチ)を殺す為に。

 

「くぅッ!?」

 

 神崎の振るう刃を、コリンは苦しそうに呻きながらシールドで無理矢理受け流した。

2撃、3撃と後先考えずに込めている魔法力による強大な膂力と纏わした炎の熱もあるはずだが、歪めはしても笑みを絶やすことは無い。

 それが神崎の怒りに増長させた。

 

「クソがぁあああ!!!」

 

 神崎は今までにない程に吼え、上段に構えた炎羅(えんら)をコリンの脳天めがけて振り下ろした。

渾身の力と魔法力を込めた一太刀をコリンは真正面から受け止めた。

頭上に展開したシールドで眼前に刃を見据え、炎に舐められて。

 

「私はあなたの親友を墜とした。あなたも私の部下を殺した。味方同士で殺しあった」

 

「誰が味方だ!お前達は敵だ!!!」

 

 拮抗したようにみえる攻防は、コリンのシールドに罅が入ったことにより流れが変わる。神崎が炎羅(えんら)を押し込むほどに、シールドの罅が徐々に広がっていく。

 

「いいえ。貴方は人間を殺すことが出来る。魔女(ウィッチ)を殺すことができる。自分の意思(・・・・・)で。不必要な軍人や魔女(ウィッチ)を排除するのに十分な・・・」

 

「黙れ黙れ黙れぇえええええ!!!!」

 

 吼えると同時に押し込んだダメ押しの一撃はコリンのシールドを完全に打ち砕いた。砕け散ったシールドの破片をも切り裂く炎羅(えんら)の切先は、前髪を切り飛ばし、額を浅く切り、服を切り裂くに止まる。

必殺の念を込めた一撃も届かずに大振りな振り切りの体勢で止まってしまえば、コリンが見逃すはずもない。だが、神崎の怒涛の攻撃を耐え切った後に機敏に動く余裕はさしものコリンにも存在しなかった。

 その緩慢なコリンの挙動と、感情を爆発させ通常とは全く違う神崎の精神状態が合わさり、1つの結果を生み出す。

 

「これで最後・・・!」

 

「ガアアアア!!!」

 

 銃口が向けられる直前、神崎は右の零式艦上戦闘脚だけ出力を上げてコリンの重機関銃に叩きつけた。

 重機関銃と零式がぶつかりお互いに自壊してしまう。

この時コリンは重機関銃の破片から顔を庇いつつ、冷静に戦局を見極めていた。片方の零式を失った神崎は機動力を失い、滞空することすらままならない。加えて神崎は左手が使えない上に右手には扶桑刀を持っている。

 

 機動する手段も無く、攻撃する手段も無い。

 

 破壊されてしまった重機関銃を手放し、拳銃に持ち替えれば今度こそ決着がつく。

 

 そう考えて腰のホルスターに手を伸ばしたコリンだったが、しかし次の瞬間に自分のミスを悟った。

 

 コリンの目に映ったのは、落下していく中で扶桑刀を口に咥え、右手に持ったC96の銃口を向ける神崎。

 

 コリンと神崎の視線が一瞬交差する。

 

 互いに感じた感情は一体なんだったのか。

 それを自覚する暇もなく、神崎はC96の引き金を引いていた。引き続けていた。

 

 連射による衝撃で暴れる銃口とマズルフラッシュ。

 

 重力に引かれていく中で、それでも神崎は確かに、コリンの体から紅い花が散ったのを目で捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・クソッ」

 

 片方のストライカーユニットを破壊され完全に魔法力を使い切った後の着陸は、殆ど墜落と変わらなかった。着陸の衝撃によって無事だった片方の零式も損傷し、神崎は満足受身を取ることが出来ずに冷たい雪面に投げ出された。

 荒い呼吸の中で悪態を吐き、スクラップになった左脚の零式を外す神崎。弾切れになったC96もホルスターに戻し、近くに転がっていた炎羅(えんら)を頼りに身を起こした。

 左脚の零式を重機関銃にぶつけるという無理な挙動の弊害で、左脚に激痛が走っている。それでも炎羅(えんら)を杖代わりに左脚を引きずりながら、神崎は足を進めていく。インカムに語りかけながら。

 

「シン・・・!!生きているんだろう!返事をしろ!!」

 

 向かうのは零式艦上戦闘機の墜落地点。島岡は絶対に死んでいないと頑なに信じ、神崎はインカム越しに叫び続けた。

 

「シン!」

 

『あぁ・・・。生きてるよ。多分な・・・』

 

 雑音に紛れではあるが確かに島岡の声がインカムから聞こえた。アドレナリンが切れたのか左腕まで痛みが走り始め、歩く速度は途方も無く遅くなっている。

 

『零戦が潰れたから無線機は無ぇっつうのに・・・。ヘイヘさんから・・・インカムを借りたんだよ』

 

「シーナは救出してくれたのか・・・」

 

『燃料ギリギリだったおかげで燃えなかったわ』

 

 自分の歩く速度が恨めしい。

 早く助けに向かいたかった。

 

「お前は?大丈夫なのか?」

 

『死ぬ気はねぇよ?体中痛ぇし・・・右目もよく見えねぇけどな』

 

「俺も体中痛いし、左脚と左腕がまともに動かないが死ぬ気は無い」

 

『んだよ・・・。お前ぇもボロボロじゃねぇか・・・。ひでぇ様だな』

 

 途中途中で木の幹に体を預けて回復しながら雪を踏みしめる。

 

「似たようなくせしてよく言う」

 

『はっ・・・。2回も・・・撃墜されといてよく言うぜ』

 

「復帰したから勘定にいれなくていい」

 

 普段ならなんなく踏破できるちょっとした斜面を気の遠くなるような労力を持って進んでいく。息が絶え絶えになりながらも斜面を登りきると、向こうから島岡とシーナがやってくるのが見えた。島岡の飛行服は所々が血に染まりボロボロになって、頭には右目を包むように包帯が巻かれている。どうやら島岡に肩を貸しているシーナが応急処置を施してくれたようだった。シーナ自身も脇腹の傷は治療を施したのか、しっかりとした足取りで島岡を支えている。

 どうやら合流は出来そうだと、神崎は心なしか歩く速さを上げて島岡達に近づいた。

 

 トンッ・・・と左肩を叩かれたのはその時だった。

 

 なんだ・・・?と思った時には不自然なほどに体勢が崩れ、雪に紅い模様が散った。視界の先のシーナが血相を変えて何かを叫んで片手でM28/30(スピッツ)を構えようとしている。

 雪に突っ込むように倒れてようやく、神崎は自分が撃たれたことを悟った。

 

「島岡さんは私の後ろに!はやく・・・」

 

 倒れてしまっても神崎はどこかぼんやりと視界の先のシーナを見ていた。彼女は、満足に動けない島岡を庇おうと、押しのけるようにして前に出る。

 

 その意識を外した瞬間が狙われてしまった。

 パンッ・・・!という軽い音が聞こえたと思うと、神崎が見つめる中、シーナが仰け反る様にして倒れてしまう。

 神崎はシーナの顔から鮮血が飛び散ったのを見た。見てしまった。

もう一度、パンッ・・・!と音が鳴り、今度は島岡が不自然に体をくの字にして倒れてしまう。

 

「シン・・・。シーナ・・・」

 

「今度こそ・・・これで最後です」

 

 呻くように2人の名を呟いた神崎の腹部に強烈な衝撃が走り、無理矢理うつ伏せだった状態から仰向けへと変えられてしまう。苦痛に顔を歪めた神崎が見たのは、馬乗りになって拳銃を構えた血塗れのコリン・カリラ。

 

「何故・・・生きている?」

 

「死ぬまでの時間が・・・残っているだけです」

 

 神崎の疑問に答えたコリンに、確かに銃弾は直撃していた。銃弾が当たっただろう服の穴からは今もとめどなく血が流れ出ており、足を伝って雪を紅く染めていた。真っ青な顔といい立っているのも不思議だが、彼女の言葉通り死ぬ前の最後の足掻きなのかもしれない。

 その足掻きに神崎は屈しようとしている。

 

「私にも・・・時間がありません。残念ですが・・・すぐに・・・終わらせます」

 

 神崎の顔面に銃口を向けるコリン。しかし彼女も限界なのか、銃口は揺れ続け、目も良く見えていないのか焦点が合っていないように泳がせている。

 神崎も簡単にやられるつもりはなく、倒れたときに手放してしまい近くに転がった炎羅(えんら)に手を伸ばしていた。

 

神崎の炎羅(えんら)を掴むか。

 コリンが拳銃の引き金を引くか。

 

 一瞬の勝負を制したのは・・・コリンだった。

 銃口が神崎の頭に向けてピタリと止まり、目の焦点が合う。

 

「さようなら」

 

 コリンは小さく呟いて引き金に指をかける。

 神崎はそれでも炎羅(えんら)に手を伸ばし、しっかりと掴んだ。

 

 

 銃声が鳴り響く。

 

 真っ白な雪のキャンバスに一際大きな大輪が咲いた。

 ピシャリ・・・とかかった暖かな液体を浴びて、神崎は目を閉じて自分の手に伝わる微かな振動を感じていた。

 

「カハッ・・・」

 

 耳元で聞こえる息が漏れる音はまるで命が無くなっていくのを音にしたようだ。

 

神崎はゆっくりと目を開けた。

 

「負け・・・ました」

 

 微かな、本当に微かな声がコリンの口から漏れる。

 神崎は固く口を結び、コリンの胸に突き刺した炎羅(えんら)を引き抜いた。

 

 コリンに撃たれる瞬間、炎羅(えんら)を掴んだ神崎は本当に一か八かの攻撃をしかけた。かなり際どいタイミングでコリンが放った銃弾は神崎の頬を掠め、神崎が振るった炎羅(えんら)はコリンの胸を刺し貫いたのだ。

 

 炎羅(えんら)を抜かれたコリンは糸の切れた人形のように雪原に倒れた。仰向けで空を見上げたコリンの目は程なくして伽藍に変わっていった。

 

 もはや立つ体力さえ残っていない神崎は地面を這いながら、倒れた島岡とシーナの元へと向かう。

 少しづつ、少しづつ、這い進む神崎の上に、ふわりふわりと雪が降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告

 

 ラドガ湖防衛陣地に展開していた扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊兼「(シュランゲ)」スオムス部隊は共生派による襲撃を受けた。

戦闘班である神崎玄太郎少尉及び島岡信介特務少尉と同陣地に駐屯していたスオムス陸軍スオムス陸軍第12師団第34連隊(以後34連隊とする。)は同時期に発生していたコッラー川防衛線での戦闘に出撃しており、当初は「(シュランゲ)」スオムス部隊隊長、鷹守勝己技術大尉以下30名と34連隊に所属する後方支援要員等によって迎撃した。

 218人による地上部隊と12人の航空魔女(ウィッチ)の攻撃に対し、「(シュランゲ)」の鷹守技術大尉以下6名が重症、25人が戦死するも、共生派地上部隊を壊滅せしめた。なお34連隊の後方支援要員等は軽傷程度であった。

共生派航空魔女(ウィッチ)にはコッラー川より急行した神崎少尉、島岡特務少尉及び34連隊第6中隊所属陸戦魔女(ウィッチ)シーナ・ヘイヘ曹長が戦闘を行い、8名撃墜、4名を逮捕せしめた。

 しかし、3名ともに重症を負い、特に島岡特務少尉及びヘイヘ曹長は意識不明の重態となり、コッラー川より後退したアウロラ・E・ユーティランネン大尉が率いる34連隊により鷹守大尉等を含めて救出された。

神崎少尉、島岡特務少尉は任務継続困難と判断し、扶桑皇国へ帰還させるものとする。

 

 なお、スオムスが呼称する第二次ネウロイ侵攻にかかる本案件により、スオムス空軍内における共生派を完全に排除し、またスオムス全体における共生派の排除も大幅な進展をみせた。しかし、連合国内においては未だ共生派の存在は確認されており迅速な対処が必要だと痛感する。

 

 本案件は自軍同士による戦闘という連合軍全体の士気に影響するものとし、不測な混乱を避けるため秘匿する必要があると具申する。

 

(シュランゲ)実働部隊司令官 才谷 美樹

 



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第六十九話

10周年記念イベントまでの待機任務。
劇場版からのOVA
OVAからのブレイブまでの待機任務を完遂した我々には隙は無い


そんな訳で第六十九話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 窓から見える雪は、いつものようにスオムスの街並みを包み込み、冷たい静寂を広げている。

 幾度と無く見てきたはずの降雪は、状況によって随分と印象を変えるものだ。

 

 街で見る雪。

 基地で見る雪。

 戦場で見る雪。

 空で見る雪。

 

 そして、病室から見る雪。

 

「ここから見る雪は・・嫌だ。ああ、本当に嫌だ」

 

 暖炉により温かく保たれているヘルシンキの軍病院の一病室。

 その窓に隣接したイスに座り、神崎は愁然とした様子で呟いた。

 

 第2種軍装の姿ではなく、病人服に左腕を三角巾で吊り、右脚にはギプスが装着されている。すぐ傍には移動用の松葉杖が壁にかけられていた。

 

「どうしてだろうな。こんな気持ちになるとは思わなかった。お前は・・・。いや、なんでもない」

 

 無意識のうちに話しかけた神崎は自らその問いかけを打ち消し、深く溜息を吐いた。そして、うな垂れる様に窓から視線を外し、松葉杖を掴んでイスから立ち上がった。慣れない松葉杖を突き、一歩一歩心もとない歩調で足を進め、この部屋のベッドに近寄る。

 

「・・・とりあえず一通りの片はついたらしい。聞くか?シン」

 

 体中に、そして左目を除いた頭部にまでも包帯が巻かれ、ベッドに横たわる島岡。意識は無く、唯一覗く左目を閉ざし、力なく横たわる親友の姿を見下ろし、神崎は静かに言葉を紡いでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Freude, schöner Götterfunken,Tochter aus Elysium」

 

 微かに聞こえるのはカールスラント語で紡がれる旋律。

 口ずさむことさえも忘れていた懐かしい旋律。

 自分が好きだった旋律。

 ルーツィンデ・ヴァン・ベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」

 

「Wir betreten feuertrunken.Himmlische, dein Heiligtum」

 

 優しく小さな声音で紡がれていく歌が段々と意識を浮上させていった。

 感じ始めるのは、拘束感。そして若干の気温の低さ。

 閉じられた目蓋の上から仄かな明かりも感じた。

 

「Deine Zauber binden wieder. Was die Mode streng geteilt」

 

 薄らと見えてくるのは淡いオレンジ色に照らされる天井。

 視界の端に移るのは同じくオレンジ色に染まった仕切り用のカーテン。

 そして・・・。

 

「Alle Menschen werden Brüder.Wo dein sanfter Flügel weilt.」

 

 ベッドのすぐ脇のイスに座り、歌を口ずさみながら手元の資料を読む第2種軍装姿の女性。

 白髪の短髪と右目を隠す眼帯。

 自分の司令官でもあり、恩師。

 才谷美樹中佐。

 

 目が覚めた神崎は無意識の内に才谷に話しかけていた。

 

「先・・・生・・・?」

 

「あら・・・。目が覚めたようね」

 

 自分が出した声は随分としわがれている。水分がないのか、それとも発声する体力さえも残っていないのか。身じろぎしようとも体は全く動かない。

 神崎が自分で自分の状態が分からない中、才谷はすぐ傍のテーブルに資料を置くと神崎に向き直った。

 

「左腕と右脚に複数の骨折。左肩の銃創。全身の打撲に内臓へのダメージ。魔法力を極限まで使用したことによる体力の消耗。ここに運び込まれた時は、本当にひどい有様でした」

 

「・・・今は?現状は・・・どうなっていますか?」

 

「そうね。順番に説明していきます」

 

 今は軍務とは関係ないからか、神崎を労ってなのか、才谷の口調が教官時代のように戻っている。1度神崎から視線を外し、先程テーブルに置いた資料を手に取った。

 

「今はあなたが運び込まれてから3日目の夜です。現在ネウロイの侵攻は止まり、各防衛線では急ピッチで再構築が進められています。一応の迎撃は成功といったところね。そして・・・」

 

 ここで才谷は言葉を切り、神崎の様子を伺ったがすぐに続きを口にした。

 

「そして、戦闘状態にあった共生派は壊滅。少数を逮捕した以外は全滅しました。ですが・・・分かっていると思うけど、こちらの被害も甚大です」

 

 聞こえる才谷の言葉はどこか夢のような感覚だったが、その言葉は確かに神崎の心に刻み込まれていった。

 

「ラドガ湖の防衛陣地に駐屯していた『(シュランゲ)』スオムス部隊の状況も壊滅状態です。部隊の7割が戦死。他の人員は生存しているとはいえ、重度の負傷を負ってしまいました。あなたも含めて。大破した零戦や零式の残骸や装備は回収しています」

 

 部隊の7割が戦死。

 整備で世話になった兵士達の殆どがこの世にいない。

 事実が重く神崎の心に圧し掛かるが、まだ聞いていない、否、聞かなくてはならないことがある。

 

「鷹守は・・・?シーナは?シンは・・・!?」

 

「静かに。・・・ええ。勿論教えます」

 

 取り乱しそうになる神崎を優しく、しかし確実に抑えて才谷はまっすぐに事実を伝えて言った。

 

「鷹守大尉は辛うじて意識は残っていましたが、あなたとそう変わらない重症です。しかし至近距離で起こった爆発の破片を背中から受けてしまい、後遺症の恐れがあります。現在は別の病院で療養中です」

 

 1つ1つの言葉が神崎を責めるようだった。

 勿論そんなはずはない。

 頭では分かっているのだが、何故か今までは感じていなかったはずの痛みを感じ始めていた。

 

「ヘイヘ曹長は顔面に受けた銃弾で左顎を負傷しました。しかし、銃弾の衝撃が頭部に受けてしまったためか未だ意識は戻っていません。また、左脇腹の負傷の状態が良くなくその治療も並行して行われています」

 

 無意識の内にシーツを掴んでいた右手に力が篭る。

 湧き上がる後悔の念を、今は何とか押し殺す。

 聞きたくない。耳を塞ぎたい。

 だが、これだけは聞かなくてはならない。

 

「島岡特務少尉は・・・。墜落により体の至る所を骨折。しかし、一番重要なのは・・・」

 

 掴んでいたシーツに赤い色が滲む。

 ギリギリと歯を喰いしばって耐える。

 たまらない痛みはどこからくるものなのか。

 それでも耐える。

 

「右目の負傷が脳にまで影響したらしく現在昏睡状態に陥っています。今の状態では治療の手立てはない・・・と」

 

 耐え切れなかった。

 

「嘘だ!?俺は、負傷したあいつと話した!脳にまで達する負傷だったならあの時には・・・」

 

 絶望に顔を歪ませ掴みかかり捲くし立ててくる神崎を、才谷は冷静に受け止めた。襟首を掴まれているにも気にも留めず、抱き締めるように神崎の肩を抱える。

 

「右目の負傷の後に受けたであろう脇腹の銃創で、症状が悪化したというのが医師達の見解です」

 

「後の・・・銃創・・・」

 

 神崎の目の前で銃弾に穿たれる島岡とシーナ。

 その銃弾を撃ったのはコリン・カリラ。

 生き残っていたコリン・カリラ。

 神崎が仕留めそこなった(・・・・・・・・・・・)コリン・カリラ。

 

「俺が・・・あそこで・・・」

 

「誰に責任があるという問題ではないわ。今は生き残っただけで十分よ」

 

「あぁ・・・」

 

 抑えつけていた分の負の感情が湧き上がり、神崎は俯いたまま肩を震わせた。

 それしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・。朗報もある」

 

 話し続ける神崎。

 松葉杖を握る手には有らん限りの力が篭っている。

 ベッドに横たわる島岡の姿を見るたびに心が軋んでいく。しかし、それおくびにもださずに穏やかな表情のままだった。

 

「後から教えてもらったんだが、お前はリベリオンで治療を受けることができるようになった。『(シュランゲ)』の後援者にはパットン将軍が絡んでいたみたいでな。報告を聞いてすぐに手配してくれたようだ」

 

 今のところ安全で安定した医療を受けることが出来る国はリベリオンぐらいだろう。医療技術も最先端にあるかの国なら、島岡の症状もどうにかなるかもしれない。

 

「今ブリタニアにリベリオンからの補給船団が来ているらしい。だから、お前はすぐにでも輸送してその船団に便乗させてもらうそうだ」

 

 少しでも目を覚ましてくれたら。

 いや、今眠っているから神崎は話しかけることができるのかもしれない。今の自分には島岡に合わせる顔がない。

 

「『(シュランゲ)』のスオムス部隊は解散。俺は・・・1度扶桑に帰ることになった。そこで新たな部隊に配属されることになるらしい。ここからは・・・別行動だ」

 

 病室のドアが開く。

 才谷の部下であるファインハルスが入ってくると、神崎は静かに頷いた。

 ファインハルスの後から幾人かの兵士と看護師、そして医者が入ってきて島岡の搬出準備を始める。手馴れた様子の彼らの手によって作業はすぐに終わり、島岡が病室から運び出されていく。

 島岡のベッドが横を通り過ぎる時、神崎は小さく呟いた。

 

「すまなかった。また・・・会おう」

 

 ベッドが運び出され、ドアが閉まる。

 誰もいなくなった病室で神崎はしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彷徨うように歩を進める神崎。

 慣れない松葉杖を動かし、病院の人気の無い廊下を暗い目で前を見据える姿は幽鬼のよう。

 もし、見知らぬ他人が彼の姿を見れば死人が蘇ったのではないかと勘違いしてしまいかねない程。

 特に目的はない。ただじっとしていられないから無理に動き回っているだけだった。

 

 廊下に響いていたコツコツという松葉杖を突く音が唐突に止まる。暗い目が見つめるのは、休憩用なのか廊下の脇に設置されたベンチ。そしてその上に無造作に置かれた煙草の箱だった。誰かの忘れ物であろうそれは、白地に円の模様が描かれた俗に言うブルズアイと呼ばれるものだった。

 神崎は誘われるようにベンチに座ると、松葉杖を置いて煙草の箱を手に取った。カサリと音を立てた箱の中には、残っていた煙草が2、3本顔を覗かせていた。

無感情の表情のまま煙草を取り、見よう見まねで口に咥え、僅かな魔法力を解放する。ポッ・・・と指についた小さな火。それを使って口元の煙草に火を着けた途端、神崎の口に紫煙が溢れた。

 

「ゴホッ!?ゴホッ!?」

 

 紫煙にむせ、体の内側に走る痛みに神崎は堪らず煙草を口から外す。しかし、すぐにもう一度煙草を咥えると、再び紫煙を吸い込んだ。

 

「ゴホッ!?ゴホッ!?あぁ・・・。キツイな・・・。煙いな・・・。煙くて・・・目に染みる」

 

 煙が目に入ったのか、神崎の目から一滴の涙が零れる。それだけに止まらず、涙は止め処なく流れ始めた。慣れない煙草の痛みを理由にして、神崎はようやく涙を流すことができた。

 動く左足を抱えこみ、膝に額を当てる。きつく閉じた目から涙が止まることはない。

 

「畜生・・・。何が・・・別行動だ。何が・・・また会おうだ。ライーサに何て言えばいいんだ・・・。俺が・・・下手を打たなければ・・・」

 

 あそこで感情に任せて突撃しなければ。

 あそこで援護しようとする島岡を止めていれば。

 あそこでコリンを確実に殺していれば。

 

 湧き上がってくる自責の念には際限が無い。喪失感は増えていくばかりで、目の前には絶望しか見えない。

 今の神崎には、1人嗚咽を洩らすことしか出来ない。

 

 その日、廊下に響く慟哭は途切れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一週間後。

 

 意気消沈した神崎の元に来客がやって来た。

 

「随分とやさぐれたな」

 

 看護師から面会申請がある旨を伝えられたのは、ほんの十数分前。

 魔法力が回復するにつれ自然治癒力も増大し右脚の骨折は完治したとはいえ、右脚よりも怪我の状態が悪かった左腕は未だ吊ったままである。

 神崎は気が重いまま準備してもらっていた第2種軍装に苦労して着替え、最低限の身嗜みを整えて面会用に用意された個室に向かった。

 

 先程の言葉は、面会室にいたアウロラが神崎を一目見て言い放ったものである。

 それもそうだろう。

 身体的にも精神的にも疲弊している神崎である。いくら入院していてある程度回復していたとはいえ、まだまだ本調子には程遠かった。よく眠ることもできないのか、目の下には隈が出来ていた。

 

「・・・見苦しい姿を見せて申し訳ありません」

 

「いや・・・私も言葉が過ぎた」

 

 力なく頭を下げた神崎のあまりの精彩の無さに、アウロラも調子を狂わしたようだ。彼女に似合わない殊勝な言葉で神崎を自身が座っていたテーブルに招く。

 お互い向かい合ってテーブルに座ると、まず神崎が口火を切った。

 

「ユーティライネン大尉。助けていただきありがとうございました」

 

 神崎達が瀕死の状態だったのを救出したのはコッラー川から後退してきたアウロラ達だった。彼女達の救出が遅れていれば、3人とも命を落としていても可笑しくなかった。

 だが、アウロラは神崎の感謝に表情を曇らせた。

 

「いや・・・。元はといえば私達の汚点をお前達に押し付けてしまったせいだ。感謝など・・・」

 

 共生派の存在からなるスオムス陸軍とスオムス空軍との確執。本来であれば、陸軍が決着を着けるべきだとアウロラは考えていた。それを状況が状況だったとはいえ、言い方は悪いが余所者の扶桑皇国海軍の神崎達に押し付けることになったのは、悔やんでも悔やみきれない結果だった。

 だが、神崎はそれを否定した。

 

「共生派が関わっていた時点で『(シュランゲ)』の所属した自分達が決着をつけることになっても当然のことです。ですが・・・」

 

 神崎はここで言葉を切るとテーブルに額が付くほどに深々と頭を下げた。

 

「自分の不甲斐無い指揮で、ヘイヘ曹長を・・・、シーナに重症を負わせてしまいました。申し訳ありません」

 

「・・・」

 

 頭を下げた神崎にはアウロラがどんな表情をしているか分からない。アウロラがなんの声も発しないまま幾ばくかの時が経ち・・・不意にガタリッとイスが動く音が聞こえた。そのまま近づいてくる足音に変わり・・・肩を掴まれ無理矢理顔を上げさせられた。そのまま胸倉まで掴まれ顔の向きを変えさせられると、目を怒りの色に変えたアウロラの顔があった。

 

「私達は兵士。戦闘で負傷するのも死ぬのも当然だ。お前の謝罪はお前に対するシーナの信頼を汚しているんだ。シーナを、私達を見くびるなよ」

 

「・・・すみません」

 

 アウロラの言葉にぐうの音も出ず、神崎はうな垂れるしかなかった。そのあまりにも弱々しい姿にアウロラの怒りはすぐに治まってしまい、代わりに憐憫の情が募っていく。

 

「馬鹿が・・・」

 

 神崎の胸倉から手を離し、そっと頭を胸に抱き寄せる。神崎がビクリと怯えたように震えるが、構わず腕に力を込めて顔を寄せた。

 

「馬鹿みたいに真面目で・・・。意固地で・・・。それでも他人を気にかけて・・・。戦っているうちに壊れてしまいそうでお前が心配になる・・・」

 

「大尉・・・」

 

 少しの期間とはいえ、殆ど同じ部隊として死線を潜ってきたからこそ感じていたアウロラの神崎への印象。それに加えてこうも弱った現状を見てしまえば・・・。堪らず抱き締めたのだ。

 

「戦友を失うかもしれない恐怖は私もよく分かる。だがな、お前はそれを乗り越えないといけない。けど・・・まぁ・・・」

 

 段々と神崎の震えが治まっていくのを感じ、アウロラは抱き締めていた腕の力を少し緩めた。神崎の頭が動いて覗いた目を見て、アウロラは優しく微笑みかけた。

 

「これでもイッルの姉をしてるんだ。甘えさせてやることなんて朝飯前さ」

 

「・・・私にも妹がいて兄なんですが?」

 

「お?減らず口をきけるようになったか?いいから、甘えていろ」

 

「・・・ありがとうございます、大尉」

 

 抱き締められている間、神崎は震えはしても涙を流すことはなかった。

 しかし、神崎の中で何かが変化したのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・大尉、そろそろ」

 

「なんだ。遠慮するな」

 

「もう十分すぎます。ありがとうございました」

 

 しばらくの間アウロラの腕の中にいたが、若干の名残惜しさを抱きつつも神崎はやんわりと彼女の腕を解いた。神崎の様子が大分マシになったのが分かったのか、頷いて正面のイスに座った。

 

「さて、どこまで話したか・・・」

 

「シーナの件です。・・・今、彼女は?」

 

 中断していた会話が進んでいく。

 神崎の質問に、アウロラは腕を組んで答えた。

 

「シーナは陸軍の野戦病院に収容されている。今は目を覚まして療養中だ。撃ち抜かれた顎は、運よく居た治癒魔法持ちの魔女(ウィッチ)のお陰で大分状態はいい。まぁ、今は包帯で固定されていて喋れないがな」

 

 そこまで聞いて神崎は目に見えて安堵していた。シーナまで島岡のようになってしまったのでは・・・と危惧していたが、話を聞く限り命に別状も無く、復帰できる希望もある。

 その様子を見ていたアウロラは、自身のポケットから紙を取り出し神崎の目の前に置いた。

 

「シーナからの伝言だ」

 

「・・・見せてもらいます」

 

 神崎は綺麗に二つ折りされた紙を取り、ゆっくりと開いた。書かれた文章に目を通し、そのままテーブルの上に置いた。

 それを見たアウロラは口を開く。

 

「その紙は返さなくていいぞ」

 

「・・・大尉は中身を見ましたか?」

 

「そんな無粋なことはしないさ。ただ気にはなるな」

 

「『待っていてください』と」

 

 神崎は扶桑に帰還しなければならないし、シーナの復帰にも時間がかかる。文面通りの意味なのか、それとも何か別の意味があるのか。神崎には見当がつかなかったが、アウロラは何か納得するように頷いた。

 

「そうか・・・。さて、もう私は帰るぞ。ラドガ湖の陣地の修復が立て込んでいるんだ。マルユトに指揮を任せたが、もうそろそろ帰らないと不味い」

 

「分かりました。・・・来ていただきありがとうございました。マルユト中尉やシェルパ軍曹たちにもお礼を伝えて下さい」

 

 立ち上がったアウロラを見送るために神崎もシーナの伝言をポケットに仕舞って席を立つ。

 両者が向かい合い、視線がぶつかった。

 

「自分は扶桑に帰還することになります。当分は・・・お会いできません」

 

「ああ。その話は聞いた。異動は軍人の常だが・・・戦友との別れは辛い」

 

「自分も・・・戦友と?」

 

「当たり前だ」

 

 不意に。

 アウロラは静かな動作で神崎に近づくと、流れるように手を神崎の頭に添えた。

 そして、優しく引き寄せ神崎の額に唇を寄せた。

 

「助けが必要ならいつでも私を呼べ」

 

 お前は家族のようなものだからな。

 

 そう言い残し、アウロラは部屋から去っていった。

 神崎は去って行く彼女の背中に深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 朝早くのスオムスの首都、ヘルシンキの港には海霧が立ち込めている。その霧の間を掻き分けるように漁に出ていたらしい漁船が港へと帰港した。

 接岸した漁船からは数人の漁師が収穫した魚を運び出し始める中、1人の人物が漁船に近づいていった。厚手のレインコートを着てフードも被った人物は、作業する漁師達の脇を通り、作業を監督していた船長に近づいた。

 

「船長、『蛇の道は蛇』」

 

「・・・中へどうぞ。神崎少尉」

 

「よろしく頼む」

 

 合言葉を受け取った船長に誘導されて乗り込むレインコートの人物は神崎だった。この漁船は「(シュランゲ)」の偽装した連絡船である。神崎は、レインコートに隠れた左腕はいまだ吊ったままだが、確かな足取りで漁船に足を踏み入れて船内に入っていった。

 

 程なくして漁船は作業を終了して、再びヘルシンキ港から出港した。海霧を掻き分けて進んでいく漁船はある程度の沖に出るとエンジンを止めて停泊する。

 

「少尉、到着しました」

 

「分かった」

 

 船長に呼ばれ船室から出た神崎は、漁船から目の前の海面が隆起するのを見た。霧の中で顕になる巨大な鉄の山にしばし呆然とするも、山の頂から投げ出された縄梯子を使い、鉄の山、試作潜水艦「伊399」の船上へと乗り移る。

 この潜水艦で扶桑まで帰還するのだ。

 

 艦内へ通じるハッチに入る直前。

 神崎は振り返り、朝焼けの光に照らされ始めたヘルシンキの街を眺めた。

 

 そして、1度だけ目を瞑ると振り切るように視線を前に戻して、そのハッチに滑り込むのだった。

 

 

 

 

 

 極寒の戦場は神崎から様々なものを奪っていった。

 様々な出会いも会った。この出会いが神崎の人生にどう影響するのかは分からない。

 

だが、神崎が胸の内に巣食う黒く渦巻く感情を自覚してしまったのは確かだった。

 




スオムス編はここで終了します

アフリカ編からブリタニアのインターバルを経て始まったスオムス編ですが、ここまで来るのに2年以上かかってしまいました

スオムス編でも番外編を書けたらいいなと思っています



あと、別作品でブレイブウィッチーズ関連の話も書いています
特に戦闘は描くつもりはありませんが、時間軸は違えどこの小説と同じ世界観です
少しはこの小説のネタを入れるかもしれません

よければ読んでください


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スオムス 番外編
番外編7 多分、この日は水曜日


番外編は遊ぶって決めていたから後悔はしていない

あの番組が面白いのがいけない


 

 

 

 

 

 スオムスは国土の大半を森と湖が占める自然豊かな国である。

 

 レジャーといえば森の中でのハイキング、きのこ狩り、ベリー狩り

 雪上の犬ゾリにスキー。

 そして釣り。

 そう釣りである。

 

 すぐ近くに湖があるのならば、釣竿を担いでテクテクと赴き、釣り糸を垂らしてウキを浮かばせる。

 たゆたうウキと煌く水面をながめるのもよし。

 魚を釣り上げるにもよし。

 

 そんな釣りをこよなく愛する1人の男がいた。

 

「よおし!ゲン!釣竿、餌、穴開け用のドリル、調理器具、あとその他諸々の準備はできてんだろうな!?」

 

「昨日から何度目の確認だ」

 

 扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊兼「(シュランゲ)」スオムス部隊所属戦闘機パイロット、島岡信介特務少尉は遠足前の子供のようにテンションを上げに上げていた。それに付き合う同部隊所属の神崎玄太郎少尉はすでに疲れ気味である。

 連日出撃続きの中の貴重な自由時間。

 それを利用しての釣り。

 すぐに近くに湖という巨大な漁場があるのに出撃で釣りができないというのは(島岡にとっては)生き地獄に等しかった。

 溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるかの如き釣りへのやる気。今回の釣りには特別な理由があった。

 

「これに勝てなきゃ、俺は俺じゃなくなる」

 

「・・・そんな存在理由を賭けるようなことか?」

 

「当たり前ぇだろ!!」

 

 鼻息を荒くして大きな橇に荷物を積み込んでいく親友の姿に嘆息しつつ、神崎は橇の牽引用にシーナから預かったハスキー犬達の頭を撫でていた。暇そうに寝そべっていた犬達は撫でている神崎の手に満更でもない様子で顔を擦り付けている。

 

「楽しめればいいと思うんだがな・・・」

 

「ワフッ!」

 

「お前もそう思うか?」

 

 穏やかな表情で犬達と語り合う神崎からは全く似合わないほのぼのとした空気が発生していたが、島岡がその空気を引き裂いた。

 

「準備完了!行くぞ!ゲン!」

 

「・・・分かった。皆、頼むぞ」

 

 怪気炎を上げた島岡がすでに乗り込んでいる橇に、神崎は丁寧に犬達を連結させ手綱を握る。犬橇の仕方はシーナから教えてもらった。

 危なげなく発進した犬橇が向かうのは勿論ラドガ湖である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スオムス随一の大きさを誇る湖、ラドガ湖。

 綺麗で潤沢な淡水を湛える自然の宝庫ともいえる湖で、1つの催し物が開催されていた。

 

『第34連隊第6中隊主催 第13回 ラドガ湖氷上ワカサギ大会!!!』

 

「なんだこれ」

 

 美しい景観を容赦なくぶち壊すベニヤ板で作られた看板を見上げ、犬達のリールを持った神崎は正直な感想を口にした。回数の部分が雑に張った紙の上に書かれているのがいやに哀愁を感じさせる。

 どうしようもない雰囲気を感じつつ橇を引いてくれた犬達に半ば引き摺られるようにして移動していくと、すでにその催し物が始まっていた。

 

『今日もこの時がやって来た!!!空はどんより、気温はマイナス20度!!!絶好の大会釣り日和だな!!!』

 

「「「うおおおおお!!!」」」

 

『目指すは優勝ただ1つ!!!勝者には特別休暇をくれてやる!1日?馬鹿め。3日だ!!!』

 

「「「おおおおおおおおお!?」」」

 

『副賞には優勝者の等身大写真をヴィープリ駅に飾ってやる!!!市民の羨望の目を独り占めだ!!!』

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

『競技開始の合図は我等がマスコット「カワウちゃん」の号砲だ!!!さぁ、カワウちゃん!合図を「パンッ」競技開始ぃぃぃぃいいいい!!!』

 

「「「わああああああああああ!?」」」

 

 

 

 

 

「本当になんだこれ」

 

「来たか、神崎」

 

「・・・」

 

 ラドガ湖の氷上に三々五々と散っていく兵士達を見て呆然と呟く神崎に、たった今マイクパフォーマンスを終えたアウロラが近づいてきた。背後に初めて見る首の長い鳥をデフォルメした着ぐるみ「カワウ君」引き連れている。

 

「・・・どこからツッコミを入れたらいいか分からないのですが」

 

「なんだ。どこもおかしくないだろう?」

 

「その感覚がおかしいです」

 

 神崎の手から離れた犬達に一斉に殺到されるカワウ君を尻目に、アウロラは準備された安楽イスに腰掛け、これまた用意されたテーブルに置かれた大量の酒瓶の1つを手に取った。

 

「いいからお前も座れ。何なら大会に参加するか?」

 

「遠慮しておきます」

 

 アウロラに促され神崎はテーブル近くのイスに腰掛ける。

氷上では雄叫びを上げながらドリルで穴を開けていく兵士達で溢れていた。男性兵士だけでなく陸戦魔女(ウィッチ)達も混ざっているのがカオス具合を加速させている。

 いつの間にか目の前に置かれた酒瓶をどけつつ、神崎は上機嫌に安楽イスを揺らしているアウロラに問いかけた。

 

「・・・レクリエーションか何かですか?」

 

「何かとは失礼な。まごうことなきレクリエーションだ。皆の顔を見てみろ。活き活きしている」

 

「いやにギラついているんですが・・・」

 

「活き活きし過ぎて網片手に水の中に飛び込む奴が出てくる程だ」

 

「よく13回も続けましたね・・・。いや、続きましたね」

 

「その位で凍死する柔な鍛え方はしていない」

 

 神崎がアウロラに白い目を向けている間にも氷上では早速釣果が上がっているようで、悲鳴やら歓声やらが聞こえてくる。

 

「そう邪険な顔をするな。そら、今の段階でのトップはお前の相棒だぞ」

 

「いや、まぁ・・・シンならそうなるでしょう」

 

 アウロラが酒瓶で指し示す方に目を向ければ、先程まで移動に使っていた橇で氷上に乗り込み小さな釣竿を大きく振り回す島岡が。周りの兵士達も同じような様子なのだが何故か一際目立っていた。

 

「このままいけば・・・シンの優勝ですか?」

 

「試合時間は2時間だ。どうなるかはまだまだ分からんぞ」

 

「そうですね・・・。で」

 

 完全に見物の姿勢を取る前に、神崎は視線を氷上から移動させた。そこには犬達に埋められている着ぐるみの姿が。

 

「あれは?」

 

「我が中隊のマスコット、カワウくんだ。酒の勢いの冗談の予算が何故か通った」

 

「初めて見たんですが・・・」

 

「カワウくんの出番はこの大会と、最近はめっきり開催されなくなったパレードの時だけだ」

 

「物凄い希少人物だったとは・・・」

 

 いつも犬に揉みくちゃにされているのか、着ぐるみの表面は細かな傷やら汚れやらで草臥れ、長めの首も心もとない揺れ方をしている。生気のない無機質な目が無駄に怖かった。

 

「ちなみに、カワウくんは前回大会の優勝者だぞ」

 

「その図体でよく釣りができましたね」

 

 

 

 

 

「フィッシュ!フィッシュ!フィィィィッシュ!!!」

 

 一方の島岡。

 氷上で競い合う兵士達に混じって、今まで釣りが出来なかった不満を爆発させワカサギを次から次へと釣り上げていた。

 すでにブリキのバケツには相当数のワカサギが泳いでいる。

 

「あ!シマオカが沢山釣ってる!!」

 

「本当だ。ここら辺で釣れるのかな?」

 

「よぉし!早速穴あけよう!」

 

「おおい!?そんな乱暴にドリルを回したらワカサギが逃げちまうぞ!?」

 

 島岡の釣り様に引き寄せられたのか。

 釣り場所を求めてふらついていたらしきシェルパとリタのコンビがやって来た。島岡の悲鳴も露知らず、すぐ近くに鼻歌混じりに勢いよくドリルを回していく。

 回しながら島岡の釣竿の何かに気付いた。

 

「あれ?シマオカまだダブルでは釣ってないの?」

 

「ん?確実に1匹ずつな」

 

「え~!?勿体無いな~。2匹釣れれば行進できるのに!」

 

「は?行進?」

 

「ほら、あそこで2匹釣り上げたみたいですよ」

 

 シェルパの言葉に島岡が疑問符を浮かべていると、ほんわかと釣り糸を垂らし始めたリタがある方向を指差す。そちらを見ると異様な盛り上がりを見せる一団があった。

 

「コレガ ワカサギデゴザイマス!!!」

 

「スゲーゾオイ!!!」

 

「ヅッタカタッター ヅッタカタッター ヅッタカタッタッター!オチャノマ ノ ミナサンコンニチワー!!!」

 

 誰に見せているのか分からないが、ワカサギが2匹釣られている釣竿を掲げて練り歩く一団。周りの参加者もやんややんやと歓声を上げ、野次を飛ばしているので異様な盛り上がりを見せている。

 

「行進ってあれかよ!?」

 

「そうだよお!あの人達また釣ってるねー!」

 

「さすが優勝候補ですね」

 

「なんか茶の間とか聞こえたんだけど!?」

 

「そういう決まりなんです」

 

 よく聞けばいたるところからヅッタカターやら、オチャノマやら聞こえてくる。もし自分もダブルで釣ったら行進しなければならないのかと島岡は固唾を飲んだ。

 

「あの人達はいいところまでいくんだけどね~。いつも最後辺りで、差し入れのお酒飲んで泥酔したり、ワカサギが入ったバケツを落としたりして負けるんだよね~」

 

「最悪仲間割れもしますからね」

 

「ふ~ん。色んな意味でスゲェな」

 

 島岡は口は動かしつつもワカサギを釣り続け、シェルパ、リタ両名も調子よく釣果を重ねている。このままいけば優勝を狙える・・・はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そして、調理して食ったら2点。強い酒を1本開けたら5点だ」

 

「なるほど。そんなルールが」

 

「まぁ、そのせいで宴会を始めた挙句泥酔して途中棄権が後を絶たたない」

 

「釣ったワカサギをそのまま肴にしている訳ですか」

 

「魚だけにな!!」

 

「なんでスオムス人がつまらない親父ギャグを・・・」

 

 アウロラのドヤ顔でのルール説明を、カワウ君と共に受けた神崎。アウロラは説明しながらもどんどん酒瓶を開けていくので相当時間がかかった。最後はよく分からないテンションになっていたし、隣に座っているカワウ君からは無機質な目からの視線を受けてどうも居心地が悪い。しかもどうでもいいことが、よく見たらカワウ君の目は取れかけている。

 

「そういえば、大尉は参加しないんですか?」

 

「私は殿堂入りになってな。参加は控えているんだ」

 

「さすが隊長・・・と言った所ですね」

 

「まぁ、思う存分酒を飲んでいたらいつの間にか優勝していただけだがな」

 

「今の尊敬を返して欲しい」

 

 やってられないとばかりに神崎は目の前に置かれたグラスを傾ける。傾けてふと気付いた。

 

「そういえば・・・何で俺はこの大会のことを知らなかったのでしょう」

 

「告知はお前が拉致られていた時にしていたからな。仕方ないな」

 

「・・・そうですね」

 

「本当ならシェフ神崎で推していくつもりだったのだが・・・」

 

「ほんの少しだけ、拉致られていてよかったと思う自分が辛い」

 

 神崎が思わず眉間を押さえてしまうと、カワウ君が励ますように肩を叩いた。表情が変わらない分、随分とシュールな絵になっていた。

 

「まぁあれだ。もう少ししたら決着がつく。いつも最後は大波乱が起こるからな」

 

 アウロラは神崎の前にドスンと新たな酒瓶を置き、自分は安楽イスに踏ん反り返っている。神崎としても今更とやかく言う気も起きず、半分死んだ目で湖の方に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺ぁね?ただただ自然と触れ合いたいだけなんだよ。目先の賞品に釣られたちゃあ・・・フィィィィッシュ!!!」

 

「ねぇ?もしかしてシマオカって酔ってる?テンションの上下が激しいすぎじゃない?」

 

「でも、シマオカさんって釣りだと人が変わるって聞いたよ?」

 

 なんだかんだで半ば同じチームのように釣りをしている島岡とシェルパとリタ。

 割と順調に釣果を稼いだり、ダブルで釣り上げて行進したり、はたまた全然釣れなくなった時は先程のように悟りを開いたりもしたが、恐らく優勝に近い位置にいるだろう。ここからのラストスパートが最後の鍵になってくる。

 の、だが・・・。

 

「やべぇぞ。全然釣れねぇ・・・」

 

「急に釣れなくなったね~」

 

「どうしたんでしょうね・・・」

 

 先程の島岡の当たりを最後に釣竿がウンともスンとも動かなくなってしまった。餌を代えたり、釣針の深度を変えたりするが結果は無残なものだった。

 周りでは釣り上げた際の歓声や行進が聞こえたりしている分、島岡の焦りは加速度的に増大していく。

 島岡はなんとかこの状況を打開しようと釣りでの興奮で異常な回転し始めている頭を捻った。

 

「穴を代えるか?今から移動する時間も無ぇし・・・。じゃあ、釣竿を増やすか?穴も増やすか?いや・・・どれも駄目だ・・・」

 

「ねぇ。シマオカが何かブツブツと言い始めたんだけど・・・」

 

「ここから勝ちに行くのは難しいと思うのですが・・・」

 

 シェルパとリタは不安げな顔で話し合っているが、島岡の思考は段々とあらぬ方向へと飛んでいく。

 

「大量に短時間でワカサギを手に入れる・・・網なんて無ぇし・・・。いや、どこかで見たような・・・あれは・・・ネウロイ?急旋回?・・・爆発?これだ!!!」

 

「お!なんか思いついたみたいだよ!」

 

「いや・・・だが・・・俺のプライドが・・・!?釣り好きとしての誇りが・・・!!!」

 

「そしたら急に悶え始めましたが・・・」

 

 頭を抱え激しくヘッドバンキング紛いな動きをし始めた島岡をリタが心配そうに見守る。少し経って動きを止めた島岡は、血の涙を流すような形相で自分の橇へと戻る。しばらくゴソゴソと荷物を漁っていたと思うとフラリと立ち上がった。

 

「シマオカ?」

 

「あの・・・その手に持ってるのは?」

 

「おう・・・これか?」

 

 どこか血走った目で2人の視線を受ける島岡は、茶色の紙袋を掲げて見せた。

 

「もし氷が固すぎた時に使おうと思ってた・・・ダイナマイトだよ」

 

「ダイナマイトォオ!!!」

 

「もしかして・・・まさか・・・!?」

 

「おう・・・。こうなりゃやってやるさ」

 

 左手には紙袋から取り出したダイナマイト。右手にはジッポのライター。島岡が浮かべる笑顔には狂喜が入り混じっていた。

 

「なぁ・・・。発破漁って知ってるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッハッハ!!!これは傑作だ!!!大概馬鹿な奴がいるもんだ!!!」

 

 アウロラは膝を叩いて爆笑する視線の先で、湖に張っている氷が崩壊していた。

 

「まさかこんな事態になるとは・・・」

 

 神崎は呆気に取れた氷上で固まっている。

 

 ズドンというくぐもった爆発音が聞こえたのはほんの十数秒前。異様な釣りで盛り上がっていた湖は、いまや阿鼻叫喚の地獄絵図に変わり果てている。

 

「優勝を焦った誰かが手榴弾でもダイナマイトでも使って発破漁を仕かけたみたいだな。その衝撃で氷が割れて・・・この有様。最後のオチとしては馬鹿らしくて最高だな!!!」

 

「そんな馬鹿なこと誰が・・・。まさか・・・シンか」

 

 そういえばあいつ氷を破壊するためにダイナマイトを準備していたな・・・と頭を抱えると、隣のカワウ君は慰めるように背中を叩いた。

 

 

 

 結果として。

 大会の参加者は全員湖に水没することになり、風邪を引くことになる。

 優勝者は当然有耶無耶となり、休暇はアウロラ預かりとなった。

 

 その休暇がどこでどう使われたのかはアウロラにしか分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日談

 

「そういえば・・・」

 

「どうかしました?神崎少尉」

 

「シーナは・・・大会の時どこに居たんだ?」

 

「・・・」

 

「・・・シーナ?」

 

「・・・すぐ近くに居ましたけど?」

 

「すぐ近く?俺の近くにはユーティライネン大尉とカワウ君・・・あ」

 

「・・・」

 

「・・・お疲れ」

 

「・・・はい」

 




発破漁は禁止されているので、皆さん絶対にしないように
なお、筆者は発破漁のことをクレヨンしんちゃんのジャングルの映画で知りました。


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番外編8 作って遊ぼう鷹守教室


科学者キャラっていいですよね




番外編8  作って遊ぼう鷹守実験室! その1

 

 

 

 

 

 

 ここはラドガ湖防衛陣地の外れにある扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊格納庫。

 普段は整備兵が彼方此方で動き回って騒がしいが、今は何故か耳が痛くなるほど静かだ。

 その中にポツンと並び立つ2つの人影があった。

 

「なぁ・・・。呼び出し場所はここだったよな?」

 

「ああ」

 

 毎度お馴染みの神崎と島岡のコンビ。彼らが行く戦場はいつも激戦区になると巷では「地獄兄弟」とか恐れられたり言われたり多分していない。

 そんな2人がなぜ格納庫で立っているのかと言うと・・・。

 

「で、呼び出した鷹守の野郎は?」

 

「さあな」

 

「ふざけんなよ!!こっちとらようやくゆっくり飯が食えてたっつうのに!」

 

「上官の命令には従わなければならないが・・・流石にこれは怒りが沸く」

 

 最近はネウロイの襲撃が激しく2人とも休む間も無く連続して出撃していた。だが、今日はいつもよりもネウロイの襲撃が少なく、いつもは慌てて掻き込む事になる夕食を久しぶりに談笑しながら食べていたのだ。

 まぁ、鷹守にいきなり格納庫に呼び出され、その時間も台無しになったのだが・・・。

 食い物の恨みは根が深くそして激しい。

 2人がイライラを順調に募らせていると・・・。

 

 突如、格納庫を照らしていた照明が全て消えた。

 

「なんだ!?」

 

「共生派か!?」

 

 突然の事態に臨戦態勢を取る2人。体勢を低くしてそれぞれ炎羅(えんら)と拳銃を抜いているあたり、あまりにも襲撃慣れして逞しくなっている。

神経を尖らせ暗闇に目を凝らしていると、突然2人の背後に位置する照明が1つ復活した。当然、2人は反応し、炎羅(えんら)の切先と銃口を向けて・・・。

 

「ようこそ!!!僕の実験教室へ!!歓迎しよう!盛大にね!」

 

 お立ち台で白衣を翻して両手を広げる鷹守の姿に2人して目を点にした。

 2人が呆けている間に格納庫の照明が通常の状態に戻り、格納庫の全貌が見渡せるようになった。お立ち台の両脇には整備兵もとい鷹守子飼いの工作兵が控えていた。

 

「は・・・?」

 

「なんだこれは・・・」

 

 大概の状況には慣れてきた2人だが、鷹守が楽しそうにしている時点で大概いいことは起こらない。先程の発言からよくない。先程まで募っていたイラつきが憂鬱感へと変換されていく。

 

「いやぁ、2人ともよく来てくれたね!」

 

「お前が呼び出したんじゃねぇか・・・」

 

「アッハッハ!そんな些細なことを気にしちゃダメだよ?」

 

 島岡の言葉を一笑して一蹴するなり鷹守はお立ち台から飛び降りた。大して高くも無いのに着地でふらつくあたり、運動不足を感じて哀愁を感じる。

 工作兵達がえっちらおっちらお立ち台を片付けていくのを背景に、鷹守は眼鏡を指で押さえ無駄に真剣な声音で語り始めた。

 

「今日、君達を呼んだのは他でもない。僕の発明品を是非見て欲しくてね」

 

 そう言って鷹守がパチンッと指を鳴らすとお立ち台を片付け終わった工作兵が、今度はえっちらおっちらと台車を押してきた。台車には布が掛けられた大きな台が置かれておる。しかも布はこれ見よがしに何かの形が浮き出ていた。

 普通なら少しは興味が湧きそうだが、2人は別の所に気を取られていた。

 

「え?鷹守って発明できたのか?」

 

「何を言っている。大尉は民間の技術屋出身だと聞いたはず・・・技術屋だったよな?」

 

「おいおい君たち。日頃僕をどういう風に思っているのかな?」

 

「変態」

 

「扶桑海軍の恥部」

 

「う~んこの即答。しかも地味に神崎君の方が辛辣だ!よぅし、もう余計なことは言わずに発明品を見せちゃうぞ!ご覧あれ!!」

 

 地味に2人の言葉が響いたのか、鷹守は有無を言わさぬ勢いで布を一気に取り払った。

 

「こ、これは!?」

 

「まさか・・・!?」

 

「そう!これは・・・」

 

 形は銃。

 しかし、通常のものよりも1回り2回りほど拡大したような形容をしている。銃口は生身の人間が扱えるよう弾丸を撃ち出す大きさではなく、野太い銃身の上には緑色のレンズを嵌めたこれまた野太いスコープが付けられている。そして、極め付けはこの銃を彩るグレーの塗装。

 要するに、これは・・・。

 

「ビー○ライフルだ!!!」

 

「いやいやいや!?!?これはヤベェだろ!?何故かは分かんねぇけどヤベェだろ!?」

 

 馬鹿と天才は紙一重と言うべきか。

 しかし、馬鹿な発想を実現してしまうが故に天才だとも言える。

 少なくとも、鷹守はありえない思考から1つの兵器を形作ってしまっているのだから。

 

鷹守はダイナミックに身を翻すと、台座のビーム○イフルの隣に仁王立ちした。

 

「説明しよう!!!動力は勿論魔法力!魔法力を物質と仮定することにより、この為に開発した魔導超振動発生装置と発熱装置によって魔法力を分子レベルまで振動させることで一種のプラズマ現象を発生させ、ストライカーユニットの装置部分の異次元を参考に開発した特殊な銃身を通過させることにより、銃自体が振動と熱によって自壊してしまうのを防ぎ、更には発生直後の不安定なプラズマを異次元を通すことでなんやかんやあって安定させ、空気中での減衰を著しく低下させるという画期的な方法も発見したりもしたけど、正直原理はよく分かってないというかつまり・・・」

 

「長い。3行で」

 

「魔法力でビームが撃てます」

 

「こいつ、一行で纏めやがった!?」

 

「アッハッハ。まぁ、天才ですし?」

 

 驚愕する島岡に鷹守はウインクして煽る。カチンと、いやブチンときた島岡が握り拳で詰め寄ろうとするのを神崎が羽交い絞めにして抑えるのを尻目に、鷹守は上機嫌に叫んだ。

 

「さぁさぁさぁ!!!早速実験だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてやってきたのがのどかなラドガ湖の畔。

 計測用の機材やら、もしもの場合の時の移動式防護壁、はたまた素人目にはさっぱり分からない装置を展開し、工作兵達は黙々と作業を進めている。

 

「ああ!早く始まらないかなぁ!」

 

「なぁ?あれ本当に動くのかよ?」

 

「やってみなくちゃ分からない!」

 

「お前、この状況で言っちまったら台詞だろうが!!」

 

 防護壁の後ろではもしもの為にヘルメットを被った鷹守と島岡がくだらない言葉の応酬を繰り広げながら、目だけを防護壁から出している。その視線の先には・・・。

 

「まぁ・・・こうなるとは薄々察してはいたが・・・」

 

 鉄杭でガッチリと地面に固定された台とそこに置かれ銃口を湖に向けるビームラ○フルの前に立つ神崎。・・・まぁ、ビームライ○ルに魔法力が使われていると分かった時点で、この面子で唯一魔法力が使える神崎が実験台になるのは分かりきったことなのだが。

 

「じゃあ、神崎君!!!そのビーム○ライフルにありたっけの魔法力を込めちゃって!!!」

 

「ついに伏字が意味を無くしたか・・・」

 

「スオムス分遣隊のエネルギーを君に託そう!!!」

 

「俺の魔法力だけなんだが・・・」

 

 防護壁越しに飛んでくる鷹守の指示に悪態をつきつつも、神崎は言われた通り魔法力を発動させた。フソウオオカミの耳と尻尾をぶるりと震わせて、野太いグリップを掴んで魔法力を注ぎ込んでいく。

 

「エネルギー充填率・・・60%・・・70%・・・!撃鉄起こせ!」

 

「撃鉄だと?どこにある?」

 

「あ、そんなの無いから気にしないで」

 

「・・・」

 

「80%・・・90%・・・!」

 

 どうしようもないやり取りをしている間にもビームライフルのエネルギーは充填されていく。神崎も自分の魔法力がほとんど持っていかれるのを感じながら100%になるのを待った。

 時間にして数秒の間が空き、鷹守が叫ぶ。

 

「100%!!!」

 

 ガチリと引き金を引く重い音が鳴った瞬間、神崎の視界は真っ白な閃光に包まれた。

 

「・・・ッ!?!?!?」

 

 視界を奪われたのと同時に後方に吹き飛ばされるような風圧を感じ、神崎は足を踏みしめて何とか体勢を保つ。霞む視界で見えたのは銃口から迸る紫電とピンク色のビーム状の塊だった。それが一瞬球状に変化すると、前方に向かって射出された。

 バキュュュュュン・・・!!!という宇宙世紀じみた音が辺りに鳴り響き、ラドガ湖の水面に巨大な水柱が上がった。

 

「これは凄い・・・!」

 

「めちゃくちゃな威力じゃあねぇか!!!」

 

「この計測結果は・・・。これは凄い!戦艦を一撃で葬り去る威力だ!!これが量産された暁には、人類は後10年戦える!!」

 

「あながち嘘じゃないな。それどころか、この戦争自体が変わるぞ」

 

 島岡は防護壁の裏から見た光景を見て驚愕で目を丸くし、鷹守は計測器から打ち出された数値に狂喜乱舞している。そしてビームライフルを発射した当人である神崎もこの絶大なる威力に感服し、改めて紫電を纏い始めている(・・・・・・・・・・)ビームライフルに視線を向けた。

 

「・・・ん?」

 

 ビームライフルからはバチバチと紫電が走り、不協和音のような動作音が聞こえてくる。神崎は一瞬だけ思考しシールドを張ろうとし、そこでシールド分の魔法力さえこのビームライフルに奪われていることに気付いた。そうしている間にも危険な雰囲気がヒシヒシと増大していく

 判断は一瞬。

クルリと踵を返して駆け出す。その顔面に冷や汗がびっしりと張り付かせて。

 

「あ?なんでゲンはこっちに走ってくるんだ?」

 

「え?なんだって?・・・数値が異常に高い?暴走?」

 

 防護壁の後ろの2人もそれぞれが異常に気付いた時には、神崎は防護壁を飛び越えて地面に伏せた。

 

「あれは爆発するぞ・・・!!!」

 

「やっぱりよく分からない技術を使ったら駄目みたいだね!!!」

 

「爆発オチなんて最低だ!?!?!?」

 

 そして先程とは桁違いの閃光が辺りを包み込み、防護壁の後ろの3人は地面にへばりつく羽目になった。

 

 

 

 

 

 この爆発の爆心地であるビームライフルは跡形も無く消失し、ラドガ湖の面積が増える始末。予想外の規模の実験にアウロラからは苦言が飛んできたのだが・・・少なくとも鷹守は反省していない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁ、今回はこういう結果になっちゃったけど、素晴しいデータが取れたからね!次も期待していてね!!!」

 

 鷹守の実験は続く。

 






私にとっての科学者キャラはウリバタケさんとロイド伯爵です


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番外編9 作って遊ぼう鷹守教室! その2

こんな感じの話なら深夜のテンションでのほうが書きやすい


 

 

 ここはラドガ湖防衛陣地の外れにある扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊格納庫。

 いつもの整備の喧騒はどこかへ消え去り、格納庫の真ん中にはいつかのように2つの人影がポツンと突っ立っていた。

 

「おい、こんな状況前にもあったよな?」

 

「あった。とういか結構最近だった気がするんだが・・・」

 

 相変わらずの神崎と島岡のコンビ。今日は食事時に急遽呼び出されるということはなかった。ただ起床前の早い時間に呼び起こされなかったらの話だが・・・。

 

「3時起きだぞ。馬鹿じゃねぇの?」

 

「白夜で明るいというのが哀愁を感じるな・・・」

 

 いまだ覚めぬ眠気で精彩が欠けた顔の2人が話していると、いつかのように格納庫の照明が全て消えた。前回の時は2人とも武器を構えて臨戦態勢に入ったが、今回は眠気とまたかという呆れの感情でやる気なく辺りを見渡すだけだった。

 何も見えない暗闇の中、二人の耳に朗々とした声が聞こえてきた。

 

「ある1人の男は考えた」

 

 落ち着いた渋みのある声は1フレーズだけにも関わらず不思議と惹き付けられ、自然と耳を傾けてしまう。

 

「戦闘機を変形させることはできないか・・・と」

 

 まぁ、内容のせいで全てぶち壊しだったのだが。

 

「変形という言葉に感じる熱い血潮と情熱そして浪漫・・・そう、浪漫を感じない人間がいるだろうか?いや、いない(反語)」

 

 何処かからかパチンと指を弾く音が聞こえ、照明の1つが点灯した。

照明の灯りの下に現れるのは、イスに腰掛ける白衣の男。言わなくても分かるだろうが、鷹守である。

 

「なぁ、この演出ってあいつが自分で考えてんのか?」

 

「そして、それを部下に手伝わしていると・・・」

 

 神崎達から送られる若干白けた視線を全く意に介さず、鷹守はイスから立ち上がり、すぐ横に設置された前回と同じお立ち台へと登っていく。階段を登りながらも、その口は止まることを知らない。

 

「想像して見て欲しい。車が、機関車が、建物が、軍艦が、戦車が、飛行機が、装甲を動かし、内部機構を駆動させ、本来とは異なる、しかして合理的で熱き姿に変わる。障害はある。変形機構はあまりにも複雑で、脆弱で、問題も多く、何より実現に達する技術力が圧倒的に足りない。足りなさ過ぎる。誰もが成し得なかった」

 

 お立ち台の上で堂々とした立ち姿を披露し、鷹守は眼鏡を怪しく光らせて告げる。

 

「僕以外はね」

 

 瞬間、格納庫の照明が一斉に点灯し、鷹守の背後が明らかになる。

 巨大な・・・そう、まるで飛行機1機分ぐらいが隠れるような大きな黒い布の塊。

 

「これが僕がもて得る限りの技術を詰め込んだ最高傑作!!!正直、開発している途中はハイになりすぎて、気付いたらオーバーテクノロジー地味ちゃったけど、後悔もしていないし、反省するつもりもないね!さぁ、ご覧あれ!!!」

 

 白衣を翻して大きく腕を振るのを合図とし、いつの間にか現れた工作兵達が黒い布を取り払う。黒いヴェールを取り払われ、照明の下に表れたのは・・・。

 

「俺の零戦じゃねぇか」

 

 寒冷地仕様に塗装は変えられた扶桑皇国海軍が誇る戦闘機、そして島岡の翼でもある零式艦上戦闘機。所々の塗装の剥れや細かな傷が、今まで参加した戦闘の苛烈さを窺わせた。

 島岡が自身の愛機を見間違う訳無く、疑問符を浮かべるのは不思議ではない。

 

「戦闘機・・・変形・・・あっ(察し」

 

 自身と関わりが薄かった分、一歩引いた目線で見ることが出来た神崎は次に起こるであろう展開を予測することが出来た。

 

「早速いくよ~!トランスフォォォォオオオオオオム!!!」

 

「とらんす・・・ふぉーむ?」

 

「これは・・・!?」

 

 鷹守の叫びに呼応し、零戦が光り輝いた。

 呆気に取られる島岡と驚愕で目を見開く神崎の目の前で・・・金色に彩られた零戦は、姿を変えていく。

 後部の装甲が割れ、分裂した内部が迫り出し、翼が幾つかの関節部に分裂して腕部になり、エンジン部が背部に回りこむように移動して、ツインアイに煌く緑の光を湛えた鋼鉄の頭部が現れる。

 

「完!全!!変!!!形!!!!ゼロ!!!!!ファイ!!!!!!ガー!!!!!!!」

 

「な、なんじゃこりゃぁぁあああああ!?!?!?」

 

 見得のように格好を付ける零戦もといゼロファイガーの目の前で、かたや勇者王かたや土手っ腹に風穴を開けられた刑事のような大絶叫をかます。

 

「テメェやりやがったな!やりやがったな!?あれほど俺の機体に変なことをするなと言ったのに、てめぇやりやがったな!!!」

 

「いや~。何度も何度も言うから振りかと思って」

 

「んな訳ねぇだろうが!!!おい、ゲン!何か言ってやれ!!!」

 

「これは・・・これは・・・・・・・・・・いいな!!!」

 

「ゲン!?!?!?」

 

 援護を求めた親友のまさかの裏切りに島岡は信じられないと驚愕する。神崎はそんな島岡の様子に気付かず、熱の篭った目でゼロファイガーを凝視していた。

 

「この気持ちは・・・なんだ?胸が・・・熱い。これを見ていると燃え滾るように熱いぞ・・・!!!」

 

「そうだよ!神崎君!その気持ちこそが人類が持つべき浪漫だ!!!変形するだけ殆ど動かないし、武装も全部外しちゃったけど、後は浪漫で補えばいい!!!」

 

「浪漫・・・!これが浪漫か・・・!!!」

 

「騙されてんぞ!?ゲン!!!つうか、本当に無駄な改造してくれやがったな!!!」

 

「いや、シン。無駄じゃない。俺は目が覚めた。変形はいい文明だ・・・!!!」

 

「qあwせdrftgyふじこlp!!!」

 

 まさかの親友の変貌に、島岡は頭を抱えて意味も無く喚き散らすことしか出来ない。鷹守はもっとこいよ熱くなれよと神崎を煽っていく。誰も彼もが叫び声をあげる阿鼻叫喚の地獄絵図を終わらせたのは・・・。

 

「喧しい!!!」

 

 突如、怒号と共に格納庫と空気の壁を突き破って飛んできたスコップだった。

 あまりの衝撃にひっくり返った3人の下に、壁を蹴り破ってスコップを投げたご本人がやってくる。

 

「貴様等、今何時だと思っている!?こっちとら夜間偵察開けでようやっと一杯引っかけて眠るところだったんだぞ!!!」

 

 言わずもがな、スオムス最強の名を欲しいままにする、我等がねーちゃん、アウロラである。ぶっちゃけ、集束手榴弾を投げつけてこなかった分マシである。

 

「びっくりしたな~!ちょっと大尉ぃ?流石に危ないよ~」

 

「手元にあったのがスコップでよかったな。この程度で済んだ。で?なんでこんなに騒いでた?」

 

「それはですね大尉。ここに浪漫があるからです・・・!!!」

 

「誰だお前?本当に神崎か?テンション違い過ぎるだろ」

 

「零戦が・・・ゲンが・・・もうだめだぁ~・・・」

 

「こっちもこっちでおかしなことになっているな」

 

 狂喜の一片を見て、眉を顰めるだけで済ます勇ましいアウロラねーちゃん。

 

「それで?どうしてこうなった?」

 

 さらに単刀直入に事態の解決を図ろうとするあたり、彼女なら(物理的に)どうにかしてしまうと思えてしまう。もっとも・・・

 

「それはね。僕が開発したゼロファイガーが・・・」

 

「ゼロファイガー?あのガラクタか?」

 

「なん・・・だと・・・」

 

 光輝いていた装甲は無残にも砕け散り、ツインアイに灯りが戻ることはもうない。のこるのは、ただケバケバしい色の残骸だけ。

 アウロラが投げつけたスコップが直撃した結果だった。本当に物理的にこの状況をどうにかしてしまっただけだった。

 

「あああああああああゼロファイガーがぁああああああ!!!!」

 

「まさか・・・浪漫が・・・死んだ・・・!?!?!?」

 

「俺の零戦がああああああああああああ!!!!」

 

「喧しい!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の鷹守教室で分かったことは・・・浪漫はアウロラには勝てない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、島岡君」

 

「あ?んだよ?」

 

「好きな動物っている?あ!鳥とかでもいいよ?」

 

「藪から棒に・・・。あ~・・・。モズかな?」

 

「鳥のモズ?何で?」

 

「何でってそりゃあ、ライー・・・って、何でもねぇよ!」

 

「あっそう!ありがとねじゃあね~」

 

「なんだったんだよ・・・」

 




はやく新刊読みたい


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番外編10 在りし日の一幕


あったかもしれないスオムスでの一幕

戦いだけが神崎達の日常じゃなかった




 

 

 

 準備はしっかりした。

 

 久しぶりに引っ張り出した私服は多分変じゃない。

 

 日頃の汚れは何度も洗って綺麗にしたし、普段は滅多にしない化粧にだって手を出した。からかうシェルパは兎も角、リタもマルユトも大丈夫だと言ってくれたから、これも変では無いと思う。

 

 コートのポケットに入れた手を忙しなく開け閉めしたり、ローファーの足で意味も無く雪を踏みしめたり、何度も駅の時計を見上げたりするのは、緊張しているからだ。

 

 まさか自分がヴィープリの駅でこうやって人を待つことになるとは思わなかった。

 

「シーナ」

 

 背後から投げかけられる自分の名前に、思わずビクリと肩を震わせて振り返る。自分の無愛想さは自覚しているが、緊張が顔に出ていないか心配になる。

 

 目の前の人物は、私服の自分とは違い、軍の外套と軍帽の装いだった。察するに中も軍服なのだろう。正直私服を持っているかも怪しい。

 

「早く来ていたのか。・・・待たせたか?」

 

「いえ、大して待っていません。神崎少尉」

 

「それなら、よかった」

 

 そう言って目の前の神崎さんは小さな笑みを浮かべた。そして、その顔を見た私の緊張は少し解れた気がした。

 今日は、二回目の2人での外出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっかけは些細な会話だった。

 

「サトュルヌス祭?」

 

「あれ?神崎少尉、知らないんですか?」

 

「なんだ、人生の半分は損しているな」

 

 ラドガ湖の指揮所で、テーブルに座っての会議。

 その合間の雑談で出た「もうそろそろサトュルヌス祭」に神崎が反応したのが始まりだった。神崎はサトュルヌス祭という単語を知らなかった。

 

「人生の半分・・・」

 

「それは隊長がいくら飲み倒しても、皆サトュルヌス祭だからって大目に見てくれるだけですから」

 

「それもある」

 

「隊長はそれしかないでしょう」

 

 何故かドヤ顔のアウロラをシーナは無慈悲に一蹴し、神崎の方を向く。

 

「サトゥルヌス祭は年末にかかるお祭りです。当日は皆で食事したり、プレゼント交換したり・・・」

 

「酒を飲んだりする」

 

「隊長は黙っといてください」

 

「要するに・・・元旦みたいなものか?」

 

 2人からの断片的な情報で何とかイメージを掴んだ神崎。

 実家での元旦は神社の仕事で忙しいというイメージだし、軍に入ってからも元旦を祝う仲間など島岡と出会う前はいなかったのでさびしいものだった。

 思い出すと侘しくなり神崎は遠い目をしてしまう。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや・・・なんでもない。で、サトュルヌス祭がどうしたんだ?」

 

「なに。皆の英気を養うのに持ってこいだからな。いい酒・・・と料理を用意して盛大にいこうかと考えている」

 

 シーナの刺すような視線に酒の後にとってつけて料理を付け加えていたが、その考え自体は悪くないと神崎は思えた。

 何時の間にやら会議はサトュルヌス祭の打ち合わせになっていた。

 

「なら買出しに行かないと。基地の食料だけだと味気ないですよ」

 

「当然、酒もだ」

 

「ユーティライネン大尉。先程から酒しか言ってませんが・・・」

 

「下見が必要だな。シーナ、お前が行け。久しぶりに有給を消化してこい。神崎もだ」

 

「はぁ・・・」

 

 突然の指名に神崎は首を傾げながらも頷く。

 しかし、シーナの様子は少し違った。

 

「えっと・・・神崎少尉と一緒にですか?」

 

 何故かアウロラに確認するシーナに先程までの強気な態度はない。神崎を盗み見るようにチラリと視線を向ける姿はどこか躊躇っているように思えた。

 特に心当たりのない神崎は、首を傾げて彼女を見るしか出来なかった。

 

「なんだ?嫌なのか?」

 

「隊長。分かって言ってますよね?はぁ・・・。行きます。行きますよ」

 

 ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべたアウロラを白けた目を向け、シーナは不承不承といった様子で頷いた。もう話すことはないとばかりに溜息を吐くと、指揮所の足早に出口へと向かう彼女に、思わず神崎は声をかけた。

 

「後で合流でいいのか?」

 

「はい・・・いえ。今回は街で落ち合いましょう。場所は後ほど伝えます」

 

 そそくさと指揮所から出て行ってしまったシーナの背中を意味も無く眺めていると、クツクツというアウロラの押し殺した笑い声が耳に入った。

 

「大尉?」

 

「いや、なに。シーナも随分といい表情をするようになったと思ってな」

 

「いい表情・・・ですか?」

 

「ああ。そら、お前もさっさと準備してこい」

 

 そう言われ神崎も指揮所から追い出されてしまった。疑問は残るものの折角の休暇だと気分を切り替え、神崎は格納庫へと戻る。

 その後、鷹守から二つ返事で外出許可を貰い、シーナから伝言で街で集合だと知らされ・・・冒頭に至るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事ヴィープリの駅で合流を果たした神崎とシーナ。

 2人並んで雪の積もる道を歩きながら言葉を交わしていく。

 

「私服で来ていると思わなかった」

 

「こういう機会がないとロッカーにしまったままなので・・・。変なら言ってくれてもいいんですよ?」

 

「変じゃない。むしろ・・・そうだな。凄く新鮮だな」

 

「新鮮・・・ですか?」

 

「いつもは頼りになる魔女(ウィッチ)だが、今日は・・・綺麗な女性だ」

 

「な・・・ッ!?」

 

 思いもしなかった神崎の言葉にシーナは顔が熱くなるのを感じる。まさか神崎が自分をそのように見てくれていたとは予想していない状況でのこの言葉。自分が狙撃をしようとしていたら、カウンタースナイプされてしまった気分だった。

 赤面している顔を見られないようにそっぽを向くことだけがシーナのせめてもの反撃だった。

 

「なんですか、それ。口説いているつもりですか?」

 

「口説く・・・訳じゃない。だが、褒めているつもりだ」

 

「そんなのはいいですから行きますよ」

 

「おい、先に行かないでくれ。この辺りの道はよく知らない」

 

「知らないです」

 

 高鳴る鼓動に合わせて足も速くなり、神崎を後ろに置いてシーナは足早に雪を踏みしめていく。後ろから聞こえる神崎の声がどこか戸惑っているのが、不思議と心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お土産ですか?」

 

「ああ。皆には色々と世話になっているからな」

 

 しばらく歩けばシーナの気持ちも大分落ち着き、二人は再び並んで道を歩いていた。せっかく街まで来たのに下見だけでは勿体無いという話題から出たのが神崎の土産選びだった。

 

「前回は買ったはいいものの、渡せず仕舞いだったからな」

 

「ああ・・・。そうでしたね」

 

 2人して前回の街への外出を思い出す。途中までは大した問題もなく楽しんでいたはずなのに、いきなり共生派による拉致監禁からの強襲救出作戦。目まぐるしい激動の展開でせっかく購入していたお土産は直接渡せなかった。

 シーナとしても、いきなり置き手紙一つですっぽかされたと思っていたらまさかの事態だったので度肝を抜いたものだった。神崎がリベンジしたいのも頷ける。

 

「今回は誰に買おうと?」

 

「ユーティライネン大尉を始めとした陸戦魔女(ウィッチ)達、歩兵部隊、鷹守にその部下の工作兵・・・」

 

「相当多いんですけど?」

 

「まぁ・・・何とかなるだろう。それよりも、お前はないのか?」

 

「私ですか?」

 

 そう話を振られてからシーナは自分が何をしたいのか初めて考えを巡らした。せっかくの休日、私服まで持ち出しての街への外出なのだから、日頃は出来ない特別なことを一つや二つ・・・。

 

「無い・・・ですね。無いです」

 

 思い付かなかった。改めて考えてみても、これといって特別したいことはなかった。

 

「・・・そうなのか?」

 

「はい。でも、まぁ歩いていれば何か思い付くかもしれないので」

 

 そう言ってシーナは神崎に微笑みかけた。不思議だが自然とそうしてしまうほど今のシーナは満ち足りている。テンションも上がっているのだから。

 

「でも、一応下見という主目的があるんですから早速調べてみましょう」

 

「ああ。そうしよう」

 

 神崎も異論は無いようで、シーナの微笑みに応えるように小さく笑みを浮かべた。

 街に着いたばかりなのだから、焦ることもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鷹守にはクッキーがいいはずなんだが・・・」

 

「お菓子ならサルミアッキが・・・」

 

「駄目だ」

 

「え?でも、おいし」

 

「駄目だ」

 

「そうですか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長はコッスは飲み慣れて・・・というか、ほとんど水と変わらないって言ってますけど」

 

「この度数で水と変わらないだと?大尉にとっては何が酒なんだ?」

 

「そうですね・・・。あ、これとかは・・・」

 

「これは・・・流石に・・・だが」

 

「ですよね。やっぱり別の・・・」

 

「いや、これにしよう。このぐらいが丁度いいかもしれん」

 

「えぇ・・・これにするんですか?スピリタス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何個入りの菓子だったら足りるだろうか?」

 

「陸戦魔女(ウィッチ)部隊だけなら数十人なので、何とかなると思うんですけど、歩兵部隊となると百人単位になってくるので・・・」

 

「計算が面倒になるな・・・」

 

「それに持って帰るのも難しいです」

 

「・・・確かに」

 

「なので代表で幾つかお菓子をみつくろう程度でいいと・・・」

 

「すみません。この菓子を100箱で。あと、運送してもらいたい。料金?今、一括で払う」

 

「神崎少尉!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少尉には眼鏡は似合わないですね」

 

「そうだな・・・」

 

「根が暗くなった鷹守大尉みたいです」

 

「よし。俺は絶対に眼鏡はかけん」

 

「ふふっ。私はどうですか?」

 

「・・・どこかの真面目すぎるガリ勉みたいだな」

 

「・・・もう少し言い方ってものがあるんじゃないですかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これと。これと。これと・・・あと、これもかな」

 

「犬は六匹だっただろう?まだ首輪を買うのか?」

 

「もうそろそろ赤ちゃんが産まれそうなので。また調教しないと」

 

「手慣れた感じだな」

 

「そうですね。戦争が終わったらブリーダーでもやっていけますよ。きっと」

 

「犬橇バスでもすればいいんじゃないか?」

 

「私一人だと大変なので、神崎少尉も手伝ってくれますか?」

 

「それは・・・」

 

「冗談ですよ」

 

「・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楽しい時間はすぐに過ぎるというが、気が付けばいい時間になっていた。ぼちぼち帰る算段を立てなければ、ラドガ湖に着くのが大分遅くになってしまう。

 

「何かやり残したことはないですか?」

 

「俺は無いが・・・」

 

 駅に帰る道すがら。

 両手に紙袋を持ったシーナが、隣の同じく紙袋を持った神崎に尋ねた。もっとも、これ以上何か必要な物があったとしても手が足りないのだが。

 

「なら大丈夫ですね」

 

「いや、結局シーナがしたいことは無かったんだが・・・」

 

「・・・あ!そういえば、そうでした」

 

 途中で思い付くだろうと保留にしていたシーナの要望は、当の本人がすっかり忘れていたという始末に、神崎はなんとも言えない表情になる。

 

「俺の要望だけに付き合わせてしまったな・・・」

 

「別に気にしなくていいですよ。結構楽しかったですし」

 

 扶桑の人は真面目ですねと、眉が八の字になる困ったようないつもの笑みを浮かべるシーナ。しかし、神崎は少し思案すると何かを決めたようだった。駅の前の広場で立ち止まり、二人は向き合った

 

「本当なら別の機会に渡すつもりだったが・・・まぁいいだろう」

 

「はい?・・・え?」

 

「日頃の感謝の印だ。受け取って欲しい」

 

 状況が飲み込めず困惑するシーナに神崎が差し出したのは、掌一つ分になる包装された小箱。控えめな配色具合が神崎の性格を窺わせた。

 

「これ・・・は?」

 

「知っていると思うが、ククサという木のコップだ。良い言い伝えがあると聞いたからな。お陰で今回は拉致されることなく済みそうだ」

 

「そんなの当たり前です。毎度毎度拉致されていたら、救出するこっちの身が持ちません」

 

 神崎の軽口に応える声は震えてはいないだろうか?

 少なくとも、紙袋を地面に置いて小箱を受け取った両手は震えてはいなかったはずだ。

 胸の中に沸き上がり、噴き出しそうになる喜びの感情を抑えるように小箱を胸に抱えて、シーナはなんとか感謝を口にする。

 

「ありがとうございます。神崎少尉」

 

「・・・俺がお前の幸せを願っても、構わないだろうか?」

 

 ククサには贈られた人が幸せになるという言い伝えがある。それを踏まえての言葉なのだろうが、どこか遠慮しているような神崎の物言いにシーナはクスリと笑みを浮かべた。そして、少しの悪戯心を含ませて答える。

 

「人の幸せを願うのに許可なんていりません」

 

「・・・そうだな」

 

「もしくは・・・」

 

「?」

 

 他にも何か言うことがあるのかと疑問符を浮かべる神崎にシーナは蠱惑的に言った。

 

「神崎さんが私を幸せにしてくれるんなら必要ですよ?」

 

「な・・・ッ!?」

 

「冗談です」

 

 この時の神崎の驚きの表情は当分の間忘れることはないだろう。

 

 ただ、感謝と少しの悪戯心で出来たこの言葉が本当に冗談なのかと言えば・・・・・・シーナ自身にもよく分かってなかったりする。

 

 

 





ブレイブウィッチーズのドラマCDで出たネタも少し

時系列的には第二次ネウロイ侵攻の直前、もしくは開始直後ぐらいかと考えていますが、深く考えてはいません



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番外編11 作って遊ぼう鷹守教室!! その3

今回で番外編は最後です

次回からはどうなるかは考え中です


 

 

 

 

 ここはラドガ湖防衛陣地の外れにある扶桑皇国海軍スオムス派遣分隊格納庫。

 いつもの整備の喧騒はどこかへ消え去り、格納庫の真ん中にはいい加減見飽きた2人が・・・。

 

「・・・シンがいないんだが?」

 

 ・・・いる訳ではなく、神崎が1人ポツンと佇んでいた。今までのような急な呼び出しではあったが、前回前々回のように急な呼び出しだったり、日も昇らない早朝だったりするわけもなく、時間は昼食の終わった正午の時間だった。

 今までは隣にいた島岡とブツクサ意味の無い会話をしていたものだが、今日は何故か昼食後から姿が見えなかったのだ。

 

 若干心細げに周辺を見渡す神崎に関係なく、またいつものように格納庫の照明が消える。そしてまたまたいつもの様に1つの照明だけが点灯し、灯りの元に1つの人影が現れる。

 

「魔法力・・・。僕は魔法力に恋焦がれた」

 

 小さな丸イスに足を組んで腰掛けるのは、相変わらず鷹守。どこか恍惚とした語り口も今更なので神崎は気にも留めなかった。というよりも、鷹守の背後に見える何かの影の方が気になったのだ。

 

「初めて魔法力を感じた時のことは忘れもしない。全身に電流のように駆け抜けるあの快感は言葉に出来ないよ。神崎君もそう思うだろう?」

 

 魔法力を発生させる身としてはそのような感覚は一切ないので同意しかねる。そういう訳で黙りこくっていたのだが、鷹守は返事を貰いたい訳ではないらしく勝手に話を進めていった。

 

「開発の間には考察した。どうしたら魔法力を効率的に感じることができるのか。運用することができるのか。そして・・・この身に魔法力を宿すことができないのか」

 

 自分の右手を掲げ掌を見つめる鷹守はどこか悲しげだった。

 

「実験は色々と行ったけどね。どうやら僕は『感じる』ことはできても『宿す』『生み出す』『使う』できないみたいなんだよ。こんなに愛しているのに、こんなにも遠い」

 

 掌と目蓋を閉じ、拳を額に当てる姿はさながら祈りを捧げているようだった。拳を下ろした時に、目が爛々と輝き三日月のような笑みが浮かんでいれば全くもって台無しなのだが。

 

「だが、その程度では止まらないよ。止まれないよ。愛は、愛は止まらない。止まれないよ。僕は魔法力を愛しているんだから。ならば僕が駄目なら・・・」

 

 ブツブツと呟く姿は狂喜しか感じられない。元から変態じみていたが、それに磨きがかかってもはや手遅れに思えた。思わず後ろに下がる程度には狂喜が深まっている。

 

「可能性がある人物を見つけるだけさ」

 

 そう鷹守が言った瞬間、丸イスの下から薄ら寒い白煙が湧き上がり始めた。その様子はもはや不気味としか言えない。白煙が湧き上がる地点をよく見てみれば、丁度丸イスのすぐ前の床が開き、何かが持ち上がってくるのが分かった。

 ついに鷹守は演出の為だけに格納庫自体を改造し始めていた。

 

「無駄に凝った仕掛けを・・・!?」

 

「さぁ、しっかりと見ていてくれたまえ!これが成功すれば世紀の大発見だ!」

 

「成功も何も・・・って」

 

 狂喜から一気にテンションを爆上げした鷹守が、持ち上がってきた何かに飛びつく。神崎も、やっぱりただの鷹守の趣味かと高を括ろうとして・・・持ち上がってきたものに唖然としてしまった。

 

 手術台にベルトで雁字搦めに拘束された島岡だったのだから。

 

「さぁて、ちょっと大人しくしてね~」

 

「お、おい!流石にこれはまずいだろう!?そもそもどうやってシンを・・・」

 

「居眠りしている所をえいっ・・・てね。隙だらけだったからね。仕方ないね」

 

 どこから取り出したのか、禍々しい青い液体が充填された大きな注射器を片手に手術台に近づく鷹守を、神崎は珍しく取り乱して止めに入った。どう考えても碌でもないことしか起こる気しかしない。

 

「大丈夫、大丈夫~。僕も試したから。失敗しても、数時間ぐらい体中に激痛が走っただけだったから」

 

「そんな訳の分からないものをシンに注射させるわけ無いだろう!」

 

「一応、無害なんだけどな~。仕方ないなぁ」

 

 押し止めようと神崎がわずらわしくなったのか、鷹守は注射器を持つ手とは別の手でパチンと指を鳴らした。すると、どこからともなく工作兵達が現れ、神崎を後ろから拘束してしまう。

 

「ここまでやるのか!?」

 

「だから、そんなに慌てなくても大丈夫だよ~。無害な薬なんだから」

 

 神崎は拘束から何とか脱出しようとするも、地味に関節まで極められて動くことすらあまならない。対人戦に対する技量が高いのをこんな所で確認する羽目になるとは思わなかった。

 

「そもそもだ。その薬は・・・」

 

「これはね~」

 

「あ・・・」

 

 気付いた時には鷹守は島岡への注射を終えてしまっていた。注射器に充填されていた禍々しい青い液体は全て島岡の体内に注入され、鷹守はいい仕事したとばかりに額の掻いていない汗を拭う。そして、思い出したとばかりに拘束を解かれた神崎に薬の答えを告げようとした。

 

「これはね・・・簡単に言えば・・・」

 

 今まさに答えが出ようとした瞬間、手術台の島岡が不自然に動き・・・青い光を発光し始めた。先程とはまた違う意味で唖然とする神崎の耳に、鷹守の言葉が嫌にはっきりと残る。

 

「魔法力発現薬かな」

 

 瞬間、島岡から発生していた青い光が爆発的に増大し、拘束していたはずのベルトが一斉に弾け飛んだ。

 手術台を中心に展開されているのはまごうことなき魔方陣。

 神崎も、鷹守も目の前の光景からは確かに魔法力を感じていた。

 

「はぁぁぁぁ・・・あ?なんだ?今何時だ?」

 

 神崎達が唖然とした目を向ける中、寝起きのように手術台から身を起こした島岡の頭には確かに鳥の羽が生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああッ!?・・・はああああああッ!?」

 

 とりあえずとばかりに鷹守から説明を受けた時の絶叫が一回目。そして自分の頭に生えた羽を触って確認した時のが二回目だ。

 勝手に身柄を拘束されて失敗したら数時間は激痛に悩まされる薬を射たれたと聞いて激昂しかかったのも一瞬。まさか魔法力発現薬が自分に適合し、魔法使い(ウィザード)になったと自覚して、頭の処理能力が完全にオーバーヒートしてしまったようだった。

 

「えぇ!え、え、え、えぇええ!?」

 

「シン。気持ちは分かるが少しは落ち着け」

 

 もはや叫ぶか戸惑うかしか出来ない親友をなだめつつ、神崎は嬉しそうに事態を眺めている鷹守を睨んだ。

 

「どうしてこうなったのか、説明してもらえるか?」

 

「もちろん!むしろ説明させて欲しいぐらいだよ!」

 

 神崎から声を掛けられるや否や、待ってましたとばかりに鷹守は身ぶり手振りを交えて話し始めた。

 

「今回、開発したのはさっきも言ったけど、魔法力発現薬!!!名前の通り、魔法力が無い人に魔法力を発現させることができる魔法の薬だよ!まぁ、僕の魔法力への愛が深く深く高く高くなちゃって爆発しちゃった末に作ったものなんだけど、その時僕は何を調合したのかうろ覚え、というか殆ど覚えてないんだよね。だってあの時は確かに6か7徹目だったし!紅茶をリットル単位で飲んでてカフェインでズブズブだったしね!で!完成して早速自分に使ってみたものの、体に激痛が走って数時間悶え苦しむ始末で結局お蔵入りしてたんだよ。いつか改良した暁の真の完成を夢見てね!!!」

 

「なら、今回の薬は完成したのか?」

 

 魔法、魔法力を連呼しすぎる足早な言葉を何とか聞き取っての神崎の質問に、鷹守むかつく程のキョトンとした表情を浮かべた。

 

「いや、全然?全く手を加えてないよ」

 

「おい」

 

「全然痛みなんて無ぇけど・・・」

 

 ようやく普通の会話が出来る程度には復活した島岡に、鷹守は興奮した様子で答える。

 

「それはね!島岡君が一番魔法力を発現される可能性が高いと踏んだからだよ!」

 

「俺が?」

 

「何故だ?」

 

 神崎と島岡が揃って首を傾げる。答えはすぐに聞こえてくるのだが。

 

「魔法力に関する研究の中でね?少女は魔法力に触れている時間が長いほど魔法力を発現させる可能性が高くなるっていう一説があるんだ。神崎君は血縁の影響もあるかもしれないけど、それでも神社という巫女、魔女(ウィッチ)が身近にいる環境にいたから発現した可能性も高いんだよね」

 

「と・・・いうことは?」

 

「多分だけど、この世界で魔法力を持つ人物と長時間一緒にいる男って・・・島岡君なんだよね。魔法使い(ウィザード)と共に戦っていて、魔女(ウィッチ)の彼女がいて」

 

 納得が出来る説を頷きながら聞いていたはずが、島岡の超極秘情報をあっさりと告げられていた。島岡は目に見えて狼狽し、神崎は目に手を当ててやれやれと首を振る。

 

「お、お前ぇ、なんでそのことを!?!?!?」

 

「え?そんなの前から知ってるよ。部下の身上ぐらい把握しないとね。僕の情報網をなめちゃ駄目だよ~。えっとラ、ライー・・・?」

 

「ライーサだよ!!!畜生!!!」

 

 もう開き直ったのか、彼女の名前を間違えられるのが気に食わないのか、島岡は地団駄を踏んでライーサの名前を叫んだ。その様子が楽しいのか、鷹守は笑った。

 

「あっはっは。大丈夫だよ。別に報告するつもりも無いし。で、どうだい?彼女と同じ使い魔を宿した感想は?」

 

「・・・・・・・・・最高だよ!!!!」

 

 目を点にして、頭に生えた羽を再度触って・・・・からの言葉だった。神崎は微妙に・・・微妙に嬉しそうな表情をして・・・鷹守は待ってましたとばかりにニヤリと笑った。

 

「最高ついでに。神崎君のストライカーユニットの予備機を組み上げたんだけど・・・乗ってかない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこれで飛べんのかよ!?」

 

「飛べるも何も俺もライーサも飛んでる」

 

「そりゃそうだけどよ・・・つうかこれ、どうやって操作してるんだよ?」

 

「説明するなら少なくとも3ヶ月の座学が必要だが・・・」

 

「あああああ。座学は零戦だけで十分だっての・・・」

 

「それも零式だ」

 

 格納庫。

 使い込まれたユニットケージの隣にはいつの間にか真新しい物が据え置かれていた。どうやら鷹守が予備のストライカーユニットを組み上げたついでに納入していたらしい。

 ユニットケージの傍には整備と点検を兼ねた数人の工作兵が控えており、島岡はこのユニットケージに繋がれている新品の零式艦上戦闘脚を装着していた。神崎は隣のユニットケージに繋がれている自分の零式を装備して様子を見守っている。

 

「そうだな・・・。俺が教官から聞いた言葉を教えよう」

 

「なんだよ?」

 

「考えるな。感じるんだ」

 

「感覚で空が飛べるかってんだ!?」

 

「冗談だ」

 

 馬鹿な話を交えてはいたが、なんだかんだで島岡は零式をユニットケージから分離させ、恐る恐る滑走路へと移動し始めた。神崎はその後ろに付き、いつでもフォローが出来るような体勢を取っていた。

 

「よし・・・よし、いくぜぇ・・・」

 

「手でも握ってやろうか?」

 

「はぁ?何気持ち悪いこと言ってんだよ。ライーサならまだしも・・・。・・・いや、まじでヤバかったら助けてくれ」

 

 神崎が見守る中、島岡は神妙な表情でストライカーユニットの出力を上げていった。彼がいつも登場する零戦と似て、しかしどこか軽いエンジン音が響き始め・・・数秒後にはエンジン音の頂点を迎えた。

 

「イーグル1!・・・いや、シライク?シュライク?分かんねぇや。モズの1番!出るぜ!!」

 

 モズを英語で言おうとして、読み方がよく分からず、結局日本語で鷹守がコールサインを叫び・・・爆発的な速度で飛びあがった。

 

「あああああああああああああ!?!?!?」

 

「なんて魔法力!?ウルフ1!こちらも出るぞ!」

 

 絶叫だけを残して天に昇っていった島岡に、神崎は慌てて追従する。島岡の加速は神崎の魔法力を持ってしても何とか追いつくのがやっとだった。

 

「どうなってんだこれ!?どうなってんだよ!?」

 

「落ち着け!魔法力を絞れ!」

 

「風が!?風圧が!?」

 

「キツイならシールドを張れ・・・って、張り方が分からないか・・・!」

 

 混乱して最悪錐揉み状態に陥ってしまいかねない島岡を、神崎は割と必死になって近づいて背後に回って支える。

 

「直に風を受けて飛ぶの・・・めちゃくちゃ怖ぇな・・・」

 

「俺も最初は慣れなかったが・・・景色は最高だろう?」

 

「それは・・・確かにな」

 

 操縦席の風防越しから見る景色とは違う、体全体で空気の流れを感じながら自分の目で直に360度を眺めるのは、鮮明さも壮大さも段違いだった。

 

「これが・・・ライーサが見ている景色なのか」

 

「・・・ようこそ。魔法使い(ウィザード)の世界へ」

 

「ハハ・・・最高じゃねぇか」

 

 冗談めかした神崎の言葉に、島岡はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 その後、神崎の補助から離れた島岡はコツを掴んだのか、勝手気ままに飛び始めあっという間にアクロバットな飛行さえし始めた。天才的な飛行センスを持っていて、飛行型ネウロイに爆弾をぶつけたりするほどの腕前ではある。しかし、まさかストライカーユニットを装備して数時間もしないうちに左捻りこみをするのは流石に下を巻いた。

 

「お前のその操縦センスは可笑しい」

 

「ストライカーユニットは感覚で結構動かせていいな」

 

 そんなことをのたまう島岡にこの時ばかりは神崎は嫉妬で顔を顰めてしまう。やはり闘争心であったり、ライバル心というのはあるものだ。

 

「この調子なら模擬戦でもいけるんじゃねぇか?」

 

「・・・ほぉ?やってみるか?」

 

「これならゲンにも・・・って、ガチの目してんじゃねぇか。冗談だよ冗談」

 

 そんな風な掛け合いをしながら飛び回り時刻はもう夕暮れ。

 ラドガ湖から防衛陣地までを一望できる地点で島岡は四苦八苦して滞空していた。隣で神崎は涼しい顔をして滞空している。この滞空という感覚は島岡には全く未知の領域であり、苦労するのは無理なかった。

 

魔法使い(ウィザード)か・・・。こんな世界もあるんだな」

 

魔法使い(ウィザード)に鞍替えするか?」

 

「ライーサやお前と同じなら・・・悪くねぇな」

 

 しかし、島岡の目を見た神崎には彼が何と言うか分かる気がした。

 

「悪くねぇけど・・・俺は零戦を降りる気もねぇからな」

 

「だろうな」

 

「零戦でもネウロイを墜としていくからな?」

 

「当たり前だ」

 

 

 島岡が零戦の翼を捨てることは絶対にない。そんなことは分かりきっている。

 だがそれでも、こうして2人並んで空を飛ぶことが出来るのは素直に嬉しかった。

2人はどちらからともなく拳と拳をぶつけ合わせていた。

 

 

 

『あっあ~。聞こえてるかな?』

 

 唐突な鷹守の声がこの時間の終わりを告げる。

 

『言うの忘れていたんだど、もうそろそろ薬の効果が切れるはずだから気をつけてね~』

 

 その告げ方はあまりにも唐突だったが。

 

「「は?」」

 

 呆けている間も無く、島岡のストライカーユニットが不穏な音を立て始めた。しかも島岡の頭にある羽が不気味にざわめいたかと思うと・・・綺麗さっぱり無くなってしまった。

 

「あ゛」

 

 魔法力が無くなったのは明らか。

 そうなればストライカーユニットは稼動することなく、後は重力に従うのみ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

「こんなオチなんぞ・・・!!!」

 

 無様な叫び声を残してラドガ湖一直線に落下していく島岡。

 しかめっ面で急降下して島岡に手を伸ばす神崎。

 迫り来る湖面。

 

伸ばした手が島岡の手を掴もうとして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシャアアアンッ・・・!!!

 

 

 

『緊急浮上!!!緊急浮上!!!総員配置に付け!!!総員配置に付け!!!』

 

「・・・あぁ。眠っていたのか」

 

 船外から聞こえる海面(・・)を突き破る音と艦内放送で告げられる号令で、神崎は自分が寝ていたことに気付いた。視線を巡らせれば、正面を塞いでいる円形の鉄の扉が赤く儚いランプで照らされている。ユニットケージに繋がれた零式を装備したまま眠るのも慣れたものだった。

 

「まだ1年も経っていないはずなんだが・・・妙に懐かしい・・・」

 

『神崎中尉。5分後に発艦準備が整います』

 

「了解」

 

 インカムからの報告を受け神崎は、出撃準備にかかる。ユニットケージから迫り出したMG42とヰ式散弾銃改をそれぞれ掴んで背中に回す。そして、扶桑の鎧で扱うような面頬を取り付けた。

 

『発艦準備完了!水密扉開きます!』

 

 艦内放送と同時に、赤いライトが消えて円形の扉が鈍い音を立てて開く。差し込んでくる外の光に若干目を細めて、神崎は静かに合図を待った。

 

『発艦始め!!』

 

「了解。神崎中尉、ウルフ1、発艦」

 

 神崎は静かに告げて伊399から飛び立つ。

 その目に冷酷な殺気を湛えて。

 殺気を銃と刀に乗せて。

 

 それらが撃ち抜き、切り裂くのは、ネウロイかそれとも・・・

 




皆さんよいお年を


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インターバル 1942 扶桑
第七十話



第七十話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 目の前にある階段を登れば、そこには見慣れた鳥居が変わらず出迎えてくれた。

 

 春の足音が聞こえる季節。

 まだ肌寒さが残る風が吹く横須賀の街。

 それを見下ろすような郊外の山々の1つにある神社があった。

 

 質実剛健という言葉をそのまま形にしたような木造の神社。

 所々、修理した後なのか新しい木材に変わっていたが、それ以外は何の変化も無い。

 3年・・・いや、4年前に見た景色と全く同じだった。

 

「帰ってきた・・・のか」

 

 4年前、一礼して立ち去った神崎神社に神崎は再び立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡ること2日前。

 「(シュランゲ)」所属である試作潜水艦伊399による扶桑への航海は約2ヶ月に及んだ。海面に浮上した状態と潜航した状態を繰り返し、ネウロイの襲撃を回避しながらも出来うる限りの最短航路を辿った結果だった。

 伊399は深夜の横須賀の軍港に入り、海軍の横須賀鎮守府に設置された工廠、さらにそこの外れにある古びたドッグに入った。巨体の体を横たえるように伊399が固定され、上陸用のタラップがかけられていく。伊399のハッチが開放され、次々と人員が上陸していく中に、神崎と才谷の姿があった。

 

「こんな夜中の上陸ですまない」

 

「いえ。問題ありません」

 

 才谷の斜め後ろを歩く神崎は、航海中に左腕が回復していた。しかし、精神的には未だ回復しきっていないのか表情は暗いままだった。才谷は神崎の様子を把握しているのか、チラリと視線を向けるもそのまま歩を進めていった。

 

 その日はそのまま宛がわれた宿舎に泊まり、翌日は上層部への報告や他部隊への調整、手続きといった才谷の仕事の手伝だった。このような助手のような仕事はスオムスではファインハルスがしていたらしいが、一応カールスラント帝国陸軍所属であるため扶桑皇国海軍の中枢部への立ち入り許可は下りなかったのだ。神崎の表向きの所属はスオムス派遣分隊だったが、ネウロイの襲撃により部隊が壊滅した折に才谷の部隊に合流した扱いになっていた。「(シュランゲ)」の存在は扶桑海軍でも最上級の機密になっていた。

 一通りの仕事を終わらせた夕方。

食堂で夕食をとっていると、才谷がふと告げたのだ。

 

「神崎君。明後日には出港するから、明日は自由にしておいで」

 

「・・・はい?」

 

 急にそんなことを言われ、神崎は肉じゃがをつついていた箸を止めた。困惑している神崎を置いて、才谷はニコリと笑い、1人話を進めていった。

 

「そうね。実家に顔を出してもいいんじゃないかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなやりとりがあり、翌日には基地の外に放り出され、上官が言ったのならば行かざるを得ず、神崎は今、神崎神社の鳥居の前に立っていた。

 4年前も軍に入る直前に、こうして炎羅(えんら)を腰に差した状態で鳥居を見上げた。あの時は持っていて違和感しか無かった炎羅(えんら)も今は自身の体の一部のように馴染んでいた。馴染んでしまった。

 

「ふぅ・・・」

 

 鳥居を見上げて1度大きく溜息を吐いた。ここで鬱々と棒立ちしていても時間の無駄だと自身に言い聞かせて、お辞儀をして鳥居をくぐった。

 仄かな緊張感が張り詰める神聖な空気は、神崎にとって懐かしいはずだった。しかし、戦場に居た時間とは比べ物にならないぐらい長く過ごしたはずなのに・・・あまりにも自分がここに居るのが場違いに感じた。

 拝殿へと繋がる道で足を止めてしまう神崎。

 そこへ本堂の方から足音が近づいてきた。

 

「来たか・・・」

 

 拝殿の正面の入り口から現れたのは、狩衣と差袴を纏った壮年の男性。表情には厳格さが滲み出ているが・・・最後に見た時よりも幾分老け、頬もこけていた。

 神崎は軍帽を取り、ゆっくりとお辞儀した。

 

「お久しぶりです。・・・父さん」

 

 25代神崎家当主、神崎孝三郎はゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 拝殿から続く本来なら人が立ち入ることのない本殿。

 その本殿の中にある祭壇の前で神崎は父親と正座で正対していた。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 お互い向き合ったまま口を開かなかった。

 神崎はやや視線を落としたままで、孝三郎は目を閉じたまま。

 時間だけがただただ過ぎていった。

 

 

「・・・」

 

「・・・」

 

「風の噂で・・・」

 

 沈黙を貫いていた孝三郎がようやく口を開いた。神崎も目線を上げ、目を開けた父親を見つめる。

 

「風の噂で、お前の活躍を聞いた。頑張っていた・・・ようだな」

 

「・・・はい」

 

 まさか軍と張り合っていた父が自分の動向を気にかけていたとは思えず、神崎はわずかに目を見張った。自分を軍に売ったという事実で素直に喜ぶことが出来ず、複雑な思いが胸に湧き上がるが・・・。

 

「・・・どうだ?こちらに戻ってこないか?」

 

「・・・は?」

 

 孝三郎のこの言葉は、冷水を浴びせかけられたように神崎の感情を一気に冷めさせた。段々と神崎の瞳が冷めていくのに気付かないのか、孝三郎は構わず言葉を続けた。

 

「神崎神社と軍との関係は改善した。もはや、お前が軍にいる理由は・・・」

 

「父上」

 

 言葉を聞き続けることが苦しくなり、神崎は自分が口を開くことで強引に言葉を止めた。そして、口を閉じた孝三郎によく見えるように炎羅(えんら)を目の前に置く。

 

「この炎羅(えんら)で俺は戦いました。何度も」

 

「・・・そうか」

 

 孝三郎は重々しく、そして若干の苦々しさをまじえて応えた。

 それは神崎神社の神主として軍の要求に妥協してしまったことへの後悔か。

 それとも親として息子を軍への生贄に差し出したことへの後悔か。

 

「アフリカで。スオムスで。空で。街で。森で。ネウロイと。人間と。・・・魔女(ウィッチ)と」

 

「お前・・・それは・・・」

 

 目を見張って何かを口にしようとした孝三郎を、神崎は鞘から抜き放った炎羅(えんら)の刀身を向けることで押し止めた。

今の神崎の目は、ひどく暗い。

 

「この炎羅(えんら)の刃は沢山のネウロイの装甲を切り裂いた。コアを砕いた。そして・・・魔女(ウィッチ)の心臓を刺し貫いた」

 

「・・・」

 

「父上。神崎神社は魔女(ウィッチ)を守るはずだ。・・・魔女(ウィッチ)殺しをここに置けるのですか?」

 

「それは・・・」

 

 言いよどむ孝三郎の姿に神崎の胸の内には言いようの無い黒い感情が湧き上がる。

 孝三郎が悪い訳ではない。

 だが、湧き上がる感情を抑え切れない。

 悲しみ、怒り、後悔、嫉妬・・・。

 

「置けない。置けるはずもない。ここには居れない。俺が魔女(ウィッチ)を殺したから。俺が軍に入ったから。俺が軍に入れられたから・・・!軍に入れられたから!!」

 

 炎羅(えんら)を握る手には筋が浮き出るほど力が篭っている。今まで自分の親に対してここまで感情を爆発させたことはなかった。いや、感情を爆発させる機会が無かった。

 だとしても・・・初めて見る父親の苦渋の表情は、神崎を我に返すには十分過ぎた。

 

「・・・ッ!!」

 

 どこに感情を向けるかを見失い、しかしそのまま鎮める出来ず・・・。炎羅(えんら)を怒りに任せて振り下ろした。

 ガツンッという音ともに床が揺れ、空気が震え、炎羅(えんら)は孝三郎と神崎の間に突き立つ。

 

「・・・失礼します」

 

「・・・待て!!」

 

 もう話すことは無いとばかりに目の前から立ち上がり本殿の扉を半ば開いた神崎を、我に返った孝三郎は止める。

 

「行くな、玄太郎」

 

 初めて。

 初めて孝三郎は神崎に対して、父親として思うが侭に自分の意思を神崎に伝えた。

 しかし、それは余りにも遅すぎた。

 

「・・・その言葉を4年前に聞きたかった」

 

 神崎はポツリと呟いて、扉を閉めた。

 本堂には、呆然と立ち尽くす孝三郎と床に突き刺さった炎羅(えんら)だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽くなった腰に若干の違和感を覚えるも逆に歩きやすいとばかりに、神崎はスタスタと神社の出口へと歩みを進めた。

 もうここですべきことは全部やった。

 何も思い残すことはない。

 

 そう思い込んでいた神崎の耳に随分と久しぶりに聞く音色が入ってきた。

 西洋音楽の楽器とは違う、厳かで、どこか脆く、しかし芯が通った音色に神崎の足は自然とそちらの方に向いていた。

 年季のある廊下を体が覚えている道順で歩いていき、中庭が覗ける本殿とは別の離れにたどり着いた。建物に体を隠して視線だけを向ければ、軒先で演奏される雅楽の音に合わせ、2人の巫女が舞を踊っていた。

 紅白に分かれた巫女服と煌びやかな髪飾り。2人の頭部から除く髪飾りに彩られる鹿の耳。

 神崎神社に仕える巫女。

 魔法力を持った少女達が魔女(ウィッチ)とは違う道を進んだ姿。

 そして・・・神崎の妹達。

 

 5歳下の神崎佳代。

 更に2歳下の神崎千代。

 

 神崎が軍に入ったからこそのこの光景。

 もし神崎が軍に入っていなければ彼女達は巫女装束ではなく軍服を纏い、ここではなく上空で戦いの舞を踊っていただろう。

 人間同士で戦う血生臭く醜い戦いに引き釣りこまれることもない。

 

 妹達が命を懸けて戦う未来は無い

 

 軍で蔑まれても。

 魔女(ウィッチ)に殺されかけても。

 魔女(ウィッチ)を殺しても。

 仲間が傷ついても。

 親友を失いかけても。

 

 少なくとも、それだけは神崎が手に入れたものだ。

 

 静かにその場を後にした神崎の目に一筋の光が流れたのは、誰にも見られることはなかった。

 

 

 

 きつく口元を結んだ神崎が、拝殿を出て鳥居に差し掛かった時・・・。

 

「玄太郎」

 

 背中に、身に染みこむような優しく柔らかい呼び声を掛けられ、足を止めた。湧き上がる懐かしさと愛情、そして後ろめたさを噛み締め、振り返る。

 

「母・・・さん・・・」

 

「おかえりなさい。随分と逞しくなって」

 

 風呂敷に包まれた長物を携えた和服姿の黒髪を結った神崎の母、絹代。

 最後に見た時は神崎より背が高かったはずだが、四年の歳月で近づいてくる母親は神崎を見上げていた。

 

「孝三郎さんから聞いたわ。軍に戻るのね?」

 

「・・・はい。もうここには居られません」

 

 神崎がそう言うと絹代は唇を噛み締めた。自分の息子にそのようなことを言われて辛くない母親がいるだろうか。神崎も母親の悲痛な顔を見て苦しくなるが、これ以上母親の表情を悲痛なものにさせたくない一心で無表情を装う。

 

「孝三郎さんはね。あなたを軍に差し出したことを相当悔やんでいたの」

 

「・・・」

 

「神主としては立派だった。けれど、父親としては最低だった。それは孝三郎さん自身も痛感していたわ。もし・・・もし、玄太郎が戦死したらそれは私が殺したことと同じだって」

 

 絹代は風呂敷包みを抱き締めながら一つ一つ言葉を紡ぐ。

 思いもしなかった父親の思いを知り、神崎は視線を伏せて呟いた。

 

「それでも・・・俺はあの時止めて欲しかった。一言でも・・・」

 

「・・・そうね。そうよね」

 

 神崎の独白に絹代は更に表情を悲しげなものにする。だが、すぐに無理矢理微笑みを浮かべると神崎に近づき、風呂敷包みを解きながら中の物を差し出した。

 中から覗く、神崎が今まで握り続けた、扶桑刀「炎羅(えんら)」の柄。

 

「この扶桑刀は、神崎神社の御神体。けれど、あなたが軍に入るのが決まった時からずっとお祈りしていたものなの。私達の祈りが・・・あなたが行く先で役に立つのかは分からないわ。けど・・・けど、少しでもあなたを守れるなら・・・」

 

「・・・」

 

 絹代が全てを言い終わる前に神崎は炎羅(えんら)の柄を掴んでいた。風呂敷から抜き取った炎羅(えんら)を流れるよう挙動で腰に差す。在るべき物が収まった感覚に神崎は表情を引き締め、絹代に頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

 

「いつでも帰ってらっしゃい。待っているわ」

 

「・・・はい」

 

 はらはらと涙を落とす絹代に神崎は安心させるように微笑みかけて背を向けた。

 

 再び戻ってくるつもりは毛頭無かった神崎神社。

 しかし、少しだけでも再び帰る理由が生まれたのは、少なくとも悪いことになるとは思えない。

 神崎はそう思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 石段の長い階段を下っていくと、一番下の脇の木陰に誰かが立っていた。

 

 見慣れた白い制服。

 見慣れた軍帽。

 そよ風に揺れる茶色い髪に、優しげな横顔。

 

 階段の残りが少なくなるにつれ歩く速さは段々と遅くなり、一段残して歩を完全に止めた。

 木陰に立っていた人物も神崎を見て近づき、両者は一段違いで向かい合った。

 

「おかえりなさい。ゲン君」

 

「・・・ただいま。醇子」

 

 最後に会ったのはアフリカ。

 その直後から随分と状況が変わってしまったが、神崎は、婚約者である竹井の微笑みに釣られ小さく笑みを浮かべた。

 それは扶桑に帰ってきて初めての心からの笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横須賀鎮守府まで続く道を竹井を連れ添って歩く神崎。

 行きは自動車を都合してもらった為に大した時間はかからなかったが、徒歩になるとそれなりの時間がかかる。鎮守府に到着するのは夕方ぐらいになるだろう。

 

「アフリカ振りだから・・・」

 

「半年振りぐらいね」

 

「もうそんなに・・・、いやそれだけしか経ってないのか」

 

 自然が覆い山間の道を抜け、海岸沿いの道へ出る。心地よい潮風を浴び、オレンジ色に変わり始めた日の光を受けて煌く海面を眺めながら、2人は歩を進めた。

 

「どうしてここに?」

 

「仕事で横須賀鎮守府に来てて。そこで才谷中佐とお会いしたの。そしたら、ゲン君が来ているって・・・」

 

「才谷中佐とは面識があったのか?」

 

「北郷先生を通じて何度かね」

 

「・・・そうか」

 

 何気無い会話。

 だが、こういった何気無さが最近は殆ど無かった。いや、何気無さを感じる余裕が無かったと言う方が正しいかもしれない。

 会話をしながら神崎はふと視線を感じ、竹井の方を向いた。

 心配しているのかどこか気遣うような目を向ける竹井に、神崎はなんとなく理由を察しながらも声をかけた。

 

「どうした?」

 

「・・・スオムスでのことは聞いたわ。報告が上がって海軍内では話題になっていたの」

 

「ああ・・・。知っているのか」

 

 だが、あの戦闘の実態を竹井が知っているとは考えにくい。いくら才谷のことを知っているとはいえ、そう簡単に情報は開示されないだろう。

 案の定竹井の口から虚偽の報告が聞かされた。

 

「防衛線の隙を突かれたネウロイの奇襲で部隊が壊滅・・・」

 

「・・・」

 

 違うとも言えず、ただ視線を落とした。落とすことしかできない。

 

「あの、戦闘機のパイロットは・・・」

 

「負傷した。今はリベリオンに輸送されている」

 

「リベリオンに?」

 

「負傷が・・・脳にまで影響したらしい。リベリオンの医学なら・・・と」

 

「そう・・・だったの」

 

 それから互いに押し黙ってしまい、ただただ海岸沿いを歩くだけになってしまう。先程まで心地よかった潮風も何も感じなくなり、海を見ていた目もどこか荒涼したものに変わってしまっている。

 だが少し経つと、神崎はいきなり後手を引かれて立ち止まることになった。

 竹井が両手で神崎の左手を掴んだのだ。

 

「・・・どうした?」

 

「大丈夫?」

 

 覗きこむように伺ってくる竹井の気遣いが煩わしい。

 彼女は本当に心配してくれているのだろうが、思わず声に剣呑な色が混ざってしまう。

 

「・・・何が?」

 

「私も・・・経験あるから。戦友が傷つくのは・・・」

 

「ああ。そうか・・・。そうだな」

 

 竹井の言葉で神崎は気付く。

 彼女は扶桑海事変からリバウの激戦を経験している。神崎が経験した以上の激戦だってあっただろう。当然、味方に損害が無い訳もなく、戦友が傷つき、命を落とすこともあったはずだ。

 そう、竹井は神崎の感情を理解してくれる。ネウロイ(・・・・)との戦いなら。

 

 仲間を人間に傷つけられ、殺された感情は理解できるのだろうか。

 怒りと憎しみを向ける相手が守るべき人類ならば、どうすればいいのだろうか。

 

 ・・・・・・。

 

 それでも、彼女の気遣いへの煩わしさは無くなった。いつもこちらが心配する立場だったのに、今は心配される立場になってしまった。

 神崎はいまだに覗き込んでくる竹井の目をジッと見つめた。

 アフリカで気付かなかったが、随分と凛々しくなったものだ。気弱さと涙の印象の竹井の瞳は、今は強い光を湛えている。

 

 頼ってしまいたくなるほどに。

 

「・・・もし」

 

 掴まれている竹井の両手を解き、自分から彼女の手を握る。掌から感じる彼女の体温で自身が落ち着くのを自覚して、正面から向き合った。緊張し顔が赤くなっている竹井に、神崎は真剣な声音で問いかけた。

 

「もし、俺が・・・。俺が人に言えないような任務に従事にしても・・・」

 

 

 

 

 

 

受け入れてくれるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竹井は息を吸い、神崎の手を胸の前で優しく握り締めて。

 包み込むような微笑みを浮かべて。

 

「私はいつでも受け入れるわ。婚約者だからって訳じゃないわ。小さい頃はあなたの背中に憧れて支えられていたけど、今度は私の番。今度は私があなたを支えたい。人に言えない任務だとしても、ゲン君が生真面目で片付けが出来なくて優しい・・・私の好きな人ってことは変わらない。だから・・・」

 

 それ以上竹井は喋ることができなかった。

 神崎が自分の胸に引き寄せて力一杯抱き締めたからだ。

 

「!?!?!?」

 

「醇子、ありがとう」

 

 パサリッと竹井が被っていた軍帽が地面に落ち、茶色い髪が潮風に揺れる。神崎は鼻先をくすぐる竹井の髪に顔を埋めるようにして呟くように言葉を紡ぐ。

 

「俺は・・・多分やっと、自分が成すべきことを見つけた気がする」

 

「ゲン・・・君・・・」

 

「ああ。だから自分の中でもずっと葛藤があった。だが、お前の言葉を聞いて・・・踏ん切りがついた」

 

 神崎が腕の力を緩めて竹井と顔を見つめる。恥ずかしそうに頬を赤く染め、しかし真剣さを残す目に神崎は微笑んだ。

 

「俺は任務を果たしてくる。それがどんなに血生臭いものでも。やるせないものでも。危険なものでも。それでも帰ってくる。だから・・・待っていてくれ」

 

「・・・はい」

 

 染まり始めた夕焼けが見つめ合う2人を照らす。

 地面に移った影法師の頭が繋がるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はすんだようね」

 

「はい」

 

 翌日、早朝。

 伊399が停泊しているドックの待機室に神崎と才谷はいた。

 先日の才谷の言葉通り、本日中に出港する予定である。

 目的地はブリタニア。

 

「これからの任務は完全に『(シュランゲ)』の任務になる。君の所属は公には偽りの部隊に所属になる。ここまではいい?」

 

「はい」

 

 神崎の表情は冷静そのものだった。昨日まであったことを表面上に出さないまでには整理できている。

 

「命を懸けることは勿論だ。だが、この任務は口外できない機密になるものばかりになる。嫌悪を抱く任務を行うことにもなる。分かっているね?」

 

「はい」

 

「よろしい。行きましょう」

 

 才谷が立ち上がって待機室に出るのに、神崎はすぐ後ろをついていく。古ぼけたドックの中に鎮座する伊399。乗り込むためのタラップの傍にはファインハルスが控えていた。

 

「人員装具、問題ありません。中佐」

 

「よろしい」

 

 報告を終えたファインハルスは先導するようにタラップを登っていく。才谷もタラップを登り始め、神崎もタラップに足を掛けた。

 

 目の前に鎮座する伊399の船体の黒色が一瞬、こちらを飲み込むように広がるのを幻視し、神崎はふと足を止めてしまった。

 

「神崎少尉?」

 

「いえ・・・」

 

 勿論そんなことが起こる訳はなく、振り返った才谷に神崎は頭を振った。

 

 タラップを踏む足が止まることはない。

 

 出港は誰からの見送りを受けることなく、静かに始まる。

 

 日が昇らない黒々とした海に、伊399は静かに姿を消した。

 






一度、ここで一区切りにし次回はスオムス番外編でも書きたいと思います
スオムス編ではほとんど遊びがなかったので

それと、この作品で出ている才谷美樹の元ネタの同人誌である「蒼海の世紀」が完結しましたね。坂本竜馬が生きていたらというイフの日本での物語。とても面白かったです。


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Ⅳ 1944 ブリタニア
第七十一話



ついに新章。

いままではオリキャラ三昧でしたが、今回からはアニメのキャラも出てくると思います。


感想、アドバイス、ミスの指摘等よろしくお願いします




ここまで長かった・・・。


「この情報は確かなんだな?」

 

「はい。内外からの裏付けは取れています」

 

「まったく・・・。『魔女狩り』がやっと終息したというのに・・・」

 

「首魁がようやく顔を出したと思えば」

 

「分かっている。派遣するのは・・・」

 

「彼が適任でしょう」

 

「だろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1944年。

 欧州本土の大半がネウロイの手に落ち日に日に戦闘が激化していく中、世界各国は事態の打開を図るためにある航空団が組織された。

 

統合戦闘航空団。

 

過去に結成された義勇独立飛行隊、統合戦闘飛行隊などの多国籍部隊のノウハウを以って、世界各国からエース級の航空魔女(ウィッチ)を集めて一大戦力を形成しようとする計画だった。

その第一陣として結成されたのが第501統合戦闘航空団。

またの名を「ストライクウィッチーズ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブリタニア連邦。

海峡を挟んで大陸から離れた島に位置するこの国は、欧州の対ネウロイ戦争における最後の防波堤としての役割をになっている。侵攻してくるのは海峡を突破できるほどの航行距離を有した大型の物が多く、現在に至るまでその悉くを撃破していた。

 そんな国家の首都であるロンドンの一番大きな駅の前に1台の車が停まっていた。

 

「出迎えには貴女までわざわざ来なくてもよかったのよ?美緒」

 

「そう言うな、ミーナ。あいつと会うのは数年振りなんだ」

 

 車の後部座席で会話をしているのは第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」に所属し、隊長の任に就くミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐と同航空団戦闘隊長坂本美緒少佐。彼女達の台詞から察するに、ミーナの用事であった誰かの出迎えに坂本が同行してきたようだった。

 

「今回は中々急な決定だったな」

 

「前から打診はあったのよ。私達には影響はなかったけど、物騒な事件も多くて中々進まなかったみたい」

 

「例の『魔女狩り』事件か・・・」

 

 そう言った坂本の顔は不機嫌そうに眉を顰めていた。

 

 「魔女狩り」

 この名は数年前から横行している魔女(ウィッチ)失踪事件のものだ。

 発生当初は噂だと思われていた。ネウロイの戦闘を行った魔女(ウィッチ)部隊の戦死者の報告のタイミングが遅れたために失踪扱いになった・・・と。事実、そうだった為にこの噂は終息するかに思えた。

 しかし、魔女(ウィッチ)達の間でこの噂は消えることはなかった。それどころか、実しやかに語られ続け、ついにこの噂を裏付けてしまう出来事が起こった。

 ある日、ある基地に重傷を負った1人の魔女(ウィッチ)が運び込まれてきた。ネウロイとの戦闘で負傷したのではと基地の救護室に運び込まれる中、彼女は一言語った。

 

 人間の部隊に襲撃された。私以外全員殺された・・・と。

 

 件の魔女(ウィッチ)は収容されてすぐに負傷が原因で死亡してしまったため、この言葉の真偽を確かめることはできなかった。しかし、この言葉は石を投げ込まれて生まれた湖畔の波紋のように広まり、非公式ながらも実際に戦闘が行われていることと魔女(ウィッチ)が殺害されていることが確認された。

 この一連の動きで軍も動かざるを得ず、この事件を『魔女狩り』事件と呼称し魔女(ウィッチ)警護の為に動き始めた。そのお陰か「魔女狩り」事件も噂も徐々に少なくなり、いまでは思い出したら話が出てくる程度にまでなった。

 

「実際にどこの部隊で起こったかは分からないんだがな・・・」

 

「士気への影響を考えて上層部が公表しなかったらしいけど、私も何人かの友人から聞いたわ」

 

「私も耳にしたことはある」

 

 2人の間に漂う暗い雰囲気を払うかのように坂本は声を明るくして言う。

 

「だが、今回奴が来るなら相当戦力になるはずだ」

 

「確かに幾つか情報を貰ったけど、ここ最近はウラル方面で戦っていたらしいわ」

 

「相当腕を上げているに違いない。会うのが楽しみだ」

 

「そう・・・ね」

 

 本当に楽しそうに目を細める坂本に対し、ミーナはどこか固い笑みを浮かべた。

 

 

 

 しばらくして駅から列車の到着を伝える汽笛の音が聞こえた。坂本は自身の懐中時計を確認して、予定通りに列車が到着したのを確認する。

 

「予定なら今到着した列車に乗っているはずだな?」

 

「そうね。手紙で迎えに来ていることは伝えているわ」

 

「そうか。お・・・?」

 

 会話をしている中で、坂本が車の中から何かを見つけた。それに倣いミーナも視線を車外に向けると、駅の大きな入り口から沢山の乗客が出てくる所だった。その人ごみの中に、目立つ真っ白の軍服を着た人物が確認できた。

 

「どうやら無事到着したみたいね」

 

「そうだな。よし・・・!」

 

「ちょっと、美緒!」

 

 ミーナが制止する暇もなく坂本はドアを開けて外に出てしまった。彼女がどれだけ今回の人物の到着を楽しみにしていたかが伺える。しかし、ミーナはその限りではないのだが。

 

「悪いことが起こらなければいいけど。もしそうなれば・・・容赦しないわ」

 

 ドアを開けた時にボソリと呟いた声に含まれる冷たい殺気を感じる者は、運転手以外誰もいなかったのが幸運だろう。しかし、その運転手も知らぬ存ぜぬの態度を貫いていたにも関わらず背中に冷や汗を垂らしていたのだが。

 

「お~い!こっちだ!!」

 

「どうやら気付いたようね」

 

 坂本が大きな声と手振りで呼ぶと、その人物もこちらに気付いて足早に歩いてきた。コツコツと革靴で石畳を踏む音を鳴らし、坂本とミーナと数歩間隔を空けて止まる。そして、手に持っていたカバンを地面に置き、腰に据えた扶桑刀「炎羅」に手を添えて、綺麗な敬礼をして言った。

 

「扶桑皇国海軍第16飛行大隊第343飛行中隊から転属してきました。神崎玄太郎大尉です。本日付で第501統合戦闘航空団に着任いたします」

 

 スオムスの戦いから2年の歳月が経った。

唯一の魔法使い(ウィザード)である神崎玄太郎は大尉へと昇進した。

次なる戦場はブリタニア。

そして第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」

 

 神崎の戦いが、再び始まる。

 






プロローグがてらに短めです

更新の期間は長くなると思いますが、これからもよろしくお願いします


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第七十二話

コミケに行けなかったのは本当に残念
ストライクウィッチーズ関連の同人誌は店で買うしかない!

そんな訳で第七十二話です

感想、アドバイス、ミスの指摘、などよろしくお願いします!



間違えて二つ投稿されていたので片方消去しました



 

 

 

「第501統合戦闘航空団『ストライクウィッチーズ』戦闘隊長の坂本美緒少佐だ。神崎大尉、貴官の着任を歓迎しよう」

 

「ありがとうございます」

 

 神崎の敬礼に坂本も同じ敬礼で応え、2人の間にピリッとした真剣な空気が漂う。しかし、すぐに坂本は表情を緩ませて右手を差し出した。

 

「2、3年振りだな。共に戦えることが出来て嬉しいぞ、ゲン」

 

「ああ。これからよろしく頼む、坂本」

 

 坂本の手を握り返し、神崎も小さな笑みを浮かべた。そんな中へ、ミーナがさりげなく近寄って来て声をかけてた。神崎も坂本から手を離し、ミーナに向き合う。

 

「私よりも先に歓迎されたら隊長として面目が立たないのだけど?美緒?」

 

「ハッハッハ!!そう言うな、ミーナ。久しぶりの友人との再会で舞い上がってしまったようだ」

 

「もう・・・。第501統合戦闘航空団の隊長を務めるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です。1度会ったことがあると思うのだけど?」

 

「覚えています。神崎玄太郎大尉です。よろしくお願いします」

 

「あなたの戦歴は聞いています。期待してますよ」

 

「微力ながら力を尽くします」

 

 神崎を見るミーナの視線には僅かながら警戒の色が滲んでいたが、それを神崎は顔色1つ変えずに冷静に受け止めてみせた。

ミーナと神崎が敬礼を交わし終えると、ミーナが助手席に、坂本と神崎が後部座席に乗り込んだ。車は501の基地に向かって走り始め、ロンドンの街並みを進んでいく。

 

「最後に会ったのはここブリタニアだったか?」

 

「ああ。俺がスオムスに派遣される直前だった」

 

「あの時も戦闘だったな。どうだ?腕は上がったか?」

 

「少なくとも経験は積んだ」

 

「ならその経験の成果を楽しみにしているぞ」

 

 後部座席で頻繁に話しかける坂本に神崎は言葉少なながらもしっかりと受け答えをしていく。その会話に助手席のミーナが面白く無さそうに耳を傾けていた。

 

「スオムスでの戦いの後はどこに?」

 

「ウラルでの戦闘に参加していた。第343飛行中隊。あそこも激戦地だった」

 

「ネウロイとの戦闘はどこも激戦地さ」

 

 坂本も幾つもの戦場を経験した身。どこの戦場でも誰もが戦力で戦い、命を散らしていったのを知っている。だからこそ、今の彼女の言葉には重みがあった。

 

「・・・そうだな」

 

 神崎の言葉にも重みがある。しかし、その重さの意味を坂本は分からないだろう。

 

「そういえば、島岡はどうした?あいつは元気にしているか?」

 

「ここ数年は・・・会っていない」

 

「・・・何かあったのか?」

 

「スオムス戦で重傷を負い昏睡状態に。治療でリベリオンに移送されて・・・以来会っていない」

 

「そうだったのか・・・。すまない。辛いことを聞いたな」

 

「いや、大丈夫だ。・・・誰も無事ですむはずはない」

 

「そうだな・・・」

 

 坂本は目を伏せ、耳だけ傾けていたミーナも何かから逃げるように視線を外に向けた。漂ってしまった暗い雰囲気に寄せられるように空もどんよりと暗くなってきていた。

 

「・・・ブリタニアの天候は崩れやすいな」

 

 窓から空を見た神崎の言葉はどこか空虚だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人を乗せた車は曇り空の元ロンドンを離れ、ドーバー海峡に面する第501統合戦闘航空団の基地に到着した。基地は古代の城を再利用したのか城壁と高い塔を有しており、神崎がいままで滞在したことのあるどの基地よりも規模が大きなものだった。

 

「大きいな」

 

 車か降りて基地を見た神崎の一言は素直な感想だった。目を細めて塔を見上げていると、夕焼けに染まる基地上空に幾線もの飛行機雲が描かれているのが目に入った。

 

「航空魔女(ウィッチ)か・・・」

 

「ストライクウィッチーズに所属している魔女(ウィッチ)達だ。皆、腕が立つぞ」

 

 同じく車から降りた坂本が神崎の視線に気付き、教えてくれる。その間にも飛行機雲が複雑な軌跡を描いていた。その複雑さが坂本の言う魔女(ウィッチ)達の優秀さを示していた。

 

「今日は荷物の整理をしていて下さい。すでに貴方の荷物は受領済みです」

 

「はい」

 

「基地の規則上、あなたの部屋は魔女(ウィッチ)の居住区から離れた所になります。しかし、作戦行動の都合上離れた整備兵の所に居てもらう訳にもいきません。ですので、急遽新たな部屋を用意しました。不便な点もあるとは思いますが・・・」

 

 ミーナは申し訳なさそうに言うが神崎は問題ないとばかりに頷いた。

 

「大丈夫です。・・・砂も雪もない分マシです」

 

 いままで砂漠だったり極寒の雪原だったりと極限環境の中で戦ってきたことも多々あった神崎。たとえ天候が崩れやすい気候でも屋根があり空調もある居住施設に住めるなら文句など全く無かった。

 訓練があるらしい坂本とはここで別れ、ミーナに先導されて神崎は基地の中へと入る。まるで城のような廊下を歩きながらミーナがこの基地の規則の重要な部分を幾つか教えてくれた。

 

「この基地では魔女(ウィッチ)と男性兵士との接触を極力禁止しています」

 

「・・・なるほど。しかし自分はどうすれば?」

 

 規則がそうであるならば理由は兎も角まずは守らなければならない。しかし、魔法使い(ウィザード)として出撃するならば航空魔女(ウィッチ)との接触は避けられない。ミーナもそこは考えていたようだが、どうやら難しそうだった。

 

「戦闘以外の行動は様子を見ながらになります。今のところは、食事以外の日常生活は別の所で行ってもらいます」

 

「分かりました」

 

 そうする内にどこか人気の無い廊下に入り、その奥にある1つの扉の前に止まった。

 

「ここが貴方の部屋です。すでに荷物は中に運び込んであります」

 

「ありがとうございます。・・・なにがともあれ、これからよろしくお願いします」

 

「ええ。・・・こちらこそよろしく」

 

 口調が固いながらも2人は挨拶を交わして別れた。

ミーナが廊下からいなくなるのを確認して、神崎はドアノブに手をかけてゆっくりとドアを開けた。古びた部屋の内装に真新しいベッドと箪笥、机が設置され、配属に先立って輸送していた荷物を収めた木箱が置かれていた。床に擦った後や凹んだ部分があるのを見るに、元は物置にでも使っていたのかもしれない。

 

「さて・・・。荷物は無事に・・・。・・・」

 

 持っていたカバンを床に置いた神崎は、運び込まれていた木箱に視線を向けて・・・一瞬動きを止めた。そして静かに腰から炎羅(えんら)を抜くと、すでに開けられている木箱(・・・・・・・・・・・・)にゆっくりと近づいた。耳を澄ませば木箱の中で何か物音が聞こえる。それに僅かな息遣いも・・・。

 警戒心を上げ、いつでも攻撃ができるように右手に炎羅(えんら)を握ったまま木箱の蓋に手をかける。

 

「・・・ッ」

 

 一呼吸置いて蓋を一気に跳ね上げた神崎が見たのは・・・。

 

「・・・うじゅ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・うじゅ?」

 

 流石の神崎も木箱の中にツインテールの少女が入っているとは夢にも思わなかっただろう。せっかく高めた警戒心が全て吹き飛び、神崎は炎羅(えんら)を片手に持ったまま無表情で少女と見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ・・・。ようやく落ち着けるわね・・・」

 

 自分の執務室に戻ったミーナは、執務机のイスに深く腰掛けゆっくりと息を吐いた。このままコーヒーでも淹れて一服したい所だが、仕事が溜まりに溜まっている。せめて必要最低限の案件は始末しないといけない。

 

「せめて副官でも欲しいわ・・・」

 

 そう独り言を呟きながら机の上の書類を幾つか手にとって見ると、大きな茶封筒が顔を覗かせた。途端にミーナの表情は固くなり、更に疲れを滲ませてその茶封筒を取った。

 

「もう何度も見たはずなんだけど・・・」

 

 そう言いながらも手は茶封筒に封をしている紐を解き、中身を取り出していた。出てきたものは、上層部から送られてきた神崎に関する情報だった。

 

 アフリカ、スオムスに配属され、スオムスの戦闘での負傷により扶桑皇国へと一時帰還。復帰後はウラル方面へ配属され、501への配属が決まるまでそこで戦い続けていた。幾つかの勲章も授章されており、撃墜数もトップレベルに食い込むほどだ。人物評価も概ね良好。

性別が違う以外は、癖の強い魔女(ウィッチ)が集まる501にとって非常にありがたい存在に違いない。違いないはずなのだ。

 

(でも・・・何か・・・)

 

 ミーナは書類を見ながら何かの違和感を感じていた。それは唯の思い違いであるだけかもしれない。理性的な部分がそう囁いていた。

 だが、それでもミーナは自分が感じた違和感の存在を信じた。

 

(私は決めたんだから。もう家族を、愛する人を傷つかせないって・・・)

 

 例えそれがエゴだとしても。1つでも危険を排除できる要因になるのなら、それはするべきことなのだろう。

 そして彼女は机の電話に手を伸ばした。

 

「もしもし。私だけど・・・。ええ。少し調べて欲しいことがあって・・・」

 

 その電話がこれから先にどう影響するのか。それは電話している本人にさえ見当も付かなかった。

 




501で神崎と性格が合うのって・・・ん?


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第七十三話


10周年記念のイベントには是非参加したい!

そんな訳で第七十三話です
ストライクウィッチーズ編も少しずつですが進んでいきます

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 

「厄介な連中が動いたものだ・・・」

 

「しかし、たかが1人です」

 

「陸軍だけでなくカールスラント、リベリオンからの圧力がかかっています」

 

「・・・2国からの圧力は内政干渉を盾に拒め。陸軍は何もできないだろう」

 

「分かりました。派遣された者は・・・」

 

「静観しておけ」

 

「ですが・・・」

 

「静観だ」

 

「・・・」

 

「さて・・・煮え湯を飲まされ続けたが、これからどうなるか・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝の第501統合戦闘航空団はブリーフィングルームでの朝礼が予定されていた。

 ブリーフィングルームに縦2列に並べられた長机には数名を除いた全魔女(ウィッチ)が着席している。

 

「ふぁ~。なんで朝礼あるんだよ~。まだ眠れたのに~」

 

「お前はいつも眠りすぎなんだ」

 

「もういいや。ここで寝よ~」

 

「こら!寝るな!ハルトマン!!」

 

 そんな会話をしているのはカールスラント帝国空軍に所属している、ゲルトルート・バルクホルン大尉とエーリカ・ハルトマン中尉。起床時間からすでに数時間が経っているはずだがハルトマンは未だ眠気が抜け切っていないらしく、長机に突っ伏そうとしている。バルクホルンがそれを怒鳴って止めていた。

 

「大体お前はいつもいつも・・・」

 

「え~。いいじゃん。ルッキーニだって寝てるし」

 

「すぴ~・・・」

 

 バルクホルンの説教に抗議するハルトマンの視線の先には最後尾の長机の上でロマーニャ空軍、フランチェスカ・ルッキーニ少尉が寝ていた。ご丁寧に毛布まで敷いて気持ちよく寝息を立てていた。

 怒りの炎が再燃したバルクホルンが怒鳴る前に別の声があがった

 

「そんなに怒るなよ。バルクホルン。中佐だって怒んないだろ?」

 

 そう言うのはリベリオン合衆国陸軍のシャーロット・E・イェーガー中尉だった。頭の後ろで手を組み、斜に構えてバルクホルンを見ていた。その顔にはからかうような表情があった。

 

「うるさいぞ。リベリアン」

 

「お前の怒鳴り声の方がうるさいけどな」

 

「なんだと!?」

 

 隣のハルトマンがウトウトし始めたのにも気付かずシャーリーに食って掛かるバルクホルン。噛み付くバルクホルンにシャーリーが軽い調子で応戦するのはいつものことだった。

 その様子を煩わしそうに眺める者もいた。

 

「全く朝から騒がしいこと・・・」

 

 大声の応酬に迷惑そうに顔を顰めているのは自由ガリア空軍のペリーヌ・クロステルマン中尉だった。眼鏡を位置を直しながら早く朝礼が始まらないかと待っていると、彼女の隣に今しがたブリーフィングルームに入ってきた坂本が座った。

 

「おはよう、ペリーヌ。朝から騒がしいな」

 

「さ、坂本少佐!!おはようございます!!」

 

 坂本の姿を見た途端、先ほどまで不機嫌そうだった表情が一気に明るくなり笑顔を見せるペリーヌ。彼女の坂本に対する度を過ぎた尊敬の念は、向けられる当人以外周知の事実だった。

 坂本は回りを見渡して1人足りないことに気付くと、知っているであろう人物に声をかけた。

 

「エイラ。サーニャはどうした?」

 

「夜間哨戒空けで寝てるゾ」

 

 坂本の後ろの長机の上にタロットカードを並べながら返事をしたのは、スオムス空軍のエイラ・イルマタル・ユーティライネン少尉だった。騒がしさを一切無視して自分の世界に没頭しているようだ。

 

「哨戒空けなら仕方あるまい」

 

「しょ、少佐。本日の訓練の件なのですが・・・」

 

 会話が途切れたのを皮切りに少しでも坂本の気を引こうと話しかけるペリーヌ。その試みはミーナの入室によって失敗してしまったが。

 

「はい、皆さん。注目」

 

 数度手を叩いて声をかければ騒がしかった空気はすぐに静まり、眠りこけている者以外全員がミーナに注目していた。

 

「今日の朝礼は新しく転属してきた隊員の紹介です」

 

「新しく隊員が来るのか?そんなこと聞いていないぞ、ミーナ」

 

 バルクホルンが抱いた疑問はもっともで、501の隊員にはこのことは知らされていなかった。皆の表情も多少の差はあれど不思議がっているよう。

 ミーナは軽く頷いてその疑問に答えた。

 

「話は前からあったのだけど最近急遽決定したの。・・・入ってきていいわよ」

 

「失礼します」

 

 まず数名以外が入室の挨拶の声で違和感を覚えた。そして机の列の真ん中を進む人物の姿に違和感の正体が分かり、そして着任に挨拶でそれが驚きに変わる。

 

「本日から第501統合戦闘航空団に着任します。扶桑皇国海軍大尉、神崎玄太郎です。よろしくお願いします」

 

 一瞬の空白の後、ガタリと立ち上がり声を上げた人物がいた。

 

「お、お前は姉チャンの所に居タ!?」

 

「・・・ああ。ユーティライネン大尉の妹の・・・」

 

 驚愕の表情で神崎を指差すエイラ。神崎も彼女の顔を認識し、若干遅れつつも思い出していた。

 

「あら?エイラさんとは知り合いだったの?」

 

「スオムスでは彼女の姉の指揮下に居たので、その折に」

 

 意外そうに聞いてくるミーナに説明していると、今度は別の人物から声があがった。ハルトマンである。先ほどまでの眠たそうな表情がすでにどこかに行ってしまったようだ。

 

「あ~!思い出した!めちゃくちゃ腕がいい戦闘機のパイロットの相方のハンナ贔屓の人だ!!!」

 

別に間違いではないのだが、あんまりな覚えられ方に神崎の表情が微妙なものになった。幾つか修正しようと思い口を開こうとするも、今度は今まで黙っていたシャーリーが口を開いた。

 

「じゃあ、神崎大尉は戦闘機パイロットなのかい?パイロットがうちに配属なんて変じゃないか?」

 

「それは・・・」

 

「それは違う。ゲンは男性でありながら魔法力を持つ魔法使い(ウィザード)だ。我々と共に出撃することになる」

 

「へぇ~!魔法使い(ウィザード)かぁ!そんなこともあるんだなぁ!!!」 

 

 シャーリーの疑問に答える前に坂本が返答してしまったので頷くだけに止まる神崎。シャーリーは快活に笑うが、それとは対照的にペリーヌがどこか焦ったような表情を浮かべていた。

 

「さ、坂本少佐は神崎大尉とどのようなお関係で!?」

 

「ん?ああ、ゲンの初陣は私と一緒だったんだ。いいところを見せようとしてヘマをしてしまってなぁ」

 

「そ、そうなんですか・・・」

 

 照れくさそうにアハハハ・・・と笑う坂本だったが、ペリーヌの心中は穏やかではなかった。もしや・・・まさか・・・と様々な方向に想像が飛び回り、無意識の内に神崎を睨みつけていた。

 ここでミーナが手を叩き、もう一度皆の視線を集めた。

 

「それでは朝礼を終了します。各人の自己紹介はそれぞれ行ってください。施設の案内は誰か予定が空いている人がお願いします。以上、解散」

 

 解散の号令がかかりミーナが退出すると、神崎は少し気を抜くように肩をすくめた。

 

魔法使い(ウィザード)として501に参加できるのは光栄です」

 

 打ち解けた雰囲気を出したからなのか、魔女(ウィッチ)の中で神崎に話しかけたのは意外にもバルクホルンだった。

 

「ゲルトルート・バルクホルンだ。以前はいい出会い方ではなかったが・・・」

 

「・・・あの時のことはお互いに水に流しましょう」

 

これから同じ部隊で戦うに確執はいらない。そもそも数年前の話を持ち出すのもおかしな話なのだ。

神崎の言葉にバルクホルンも微笑んだ。

 

「そうして貰えると嬉しい。坂本少佐の言葉を聞くに腕はいいようだ。期待してる」

 

「はい」

 

「ねぇ!ねぇ!私のことも覚えてる?」

 

 バルクホルンとの会話に割り込むように話しかけてきたのはハルトマンだった。彼女の名はアフリカにいた頃にマルセイユから耳にタコが出来るほど聞かされているので忘れるほうが難しい。

 

「勿論、ハルトマン」

 

「あの戦闘機のパイロット君はどうしたの?また話をしたいな」

 

「・・・すまない。数年前に部隊が別れてから会ってない」

 

 態々島岡の現状を伝えることもない。

 神崎の言葉をどう捉えたのか分からないが、ハルトマンは残念そうに呟いた。

 

「そっか・・・。あいつの話、面白かったんだけどな~」

 

「さて・・・。いくぞ、ハルトマン。今から私達は飛行訓練だ」

 

「え~」

 

「え~、じゃない!」

 

 文句を言うハルトマンを引き摺ってバルクホルンがミーティングルームから出て行くと、入れ替わるようにエイラが近づいてきた。どこか表情に怒りが滲んでいる。

 

「おい!カンザキ大尉!なんで姉チャンに手紙の1つも遣さないんダヨ!寂しがってたんだゾ!」

 

「そうだったのか・・・」

 

 正直言えば、アウロラが寂しそうにしている様子を全く想像できなのだが、妹が言うのなら本当のことなのだろう。アウロラとのやり取りを懐かしく思いながら、神崎は目を伏せた。

 

「それはすまなかった。・・・忙しさに筆を取るのを忘れていた」

 

「全ク・・・。今度はちゃんと書けよナ!」

 

「ああ」

 

「それと・・・。一応よろしク・・・」

 

 消え気味の挨拶と共に差し出された手を、神崎は握って応えた。

 

「こちらこそ・・・。ユーティライネン。・・・そういえば、あっちではイッルで呼ばれていたか?」

 

「・・・ここじゃ久しぶりにその仇名を聞いたナ。イッルでいいゾ。ユーティライネンじゃ長いだロ?」

 

「分かった」

 

「じゃあ。私も自己紹介をしようかな」

 

 エイラとの挨拶を終えた神崎に、今度はシャーリーが話しかけた。

 

「シャーロット・E・イェーガー。リベリオン陸軍の中尉だ。シャーリーって呼んでくれ」

 

「・・・よろしく。シャーリー」

 

 リベリアンらしい快活でフランクな物言いを新鮮に思いつつ、神崎は彼女の握手と握手した。思いの他強い力で握られたことに内心驚いていると、シャーリーは狙っていたことなのかニヤリと笑っていた。

 

「私は魔法使い(ウィザード)ってのを今初めて知ってね。(ウィッチ)達よりも早く飛べたりするのかい?」

 

「気にしたことはなかったが・・・機会があれば計測してみよう」

 

「それは楽しみだ」

 

 にこやかに会話を終えたシャーリーは、何かを思い出したのか後ろを向き、大きな声で未だ眠りこけているルッキーニを呼んだ。

 

「おい!ルッキーニ!起きろって!新しい仲間だぞ!」

 

「ん~~~?もう朝礼、終わったの~」

 

 寝ぼけた声を出して起き上がって言う欠伸混じりの言葉に、流石の神崎も苦笑を隠せなかった。

 

「寝ぼけるなって。ほら・・・」

 

「ん~・・・。あ・・・」

 

 目を擦りながら机から降り、シャーリーの元に近づいていくルッキーニだったが、その途中で神崎の姿を見て動きを止めた。不思議に思う周囲を他所に彼女の表情は喜色満面に変わった。

 

「わー!本当だったんだ!」

 

「嘘は言わないさ。・・・だが、寝たままというのはどうかと思うが?」

 

「え~。だって眠たいし~。面倒くさいし~」

 

 周りを置いてけぼりにして話をしていく2人に、一足早く我に帰ったシャーリーと坂本が話しかけた。

 

「おいおい。2人は知り合いだったのかい?」

 

「ゲン。お前は以前ロマーニャにも居たのか?」

 

 眠っていたはずのルッキーニがなぜか神崎と既知であることにシャーリーと坂本が驚くのは当たり前だろう。勿論、神崎がロマーニャに配属されていたことなどない。困惑する周囲に神崎は説明した。

 

「昨日のことなんだが・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日

 

「・・・うじゅ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・うじゅ?」

 

 神崎にあてがわれた部屋に置かれた木箱。

 その中には神崎が前もって発送していた荷物が入っているはずだった。

 確かに、荷物は入っている。しかし、なぜかツインテールの少女も入っていたのだ。

 

「・・・誰だ?」

 

「ヒッ・・・!」

 

 先程は変な声に釣られてしまった神崎だが、すぐに警戒心を取り戻して後ろに構えた炎羅(えんら)を握りなおす。尋ねる声も自然とドスが効いたものになり、尋ねられた少女は涙目になってしまっていた。その目は完全に怖がっているものだった。

 

(殺意は無し・・・か)

 

 その反応で、この少女が少なくともこちらに危害を加える意図がないことが分かった。神崎は心中で溜息を吐くと、握っていた炎羅(えんら)を鞘に戻し、今度は幾分穏やかな声音で話しかけた。

 

「驚かせたな。俺は神崎玄太郎。扶桑海軍の大尉だが・・・。君は?」

 

「ふ、フランチェスカ・ルッキーニ・・・少尉ですぅ・・・」

 

 怯えながらで尻すぼみではあったが、答えてくれた少女に神崎は微笑んだ。彼女ぐらいの年の子供と話すのも随分と久しぶりだったが、稲垣や幼い頃の竹井やとのやり取りを思い出しつつ会話を続ける。

 

「ルッキーニ少尉。この木箱は俺宛の物なんだが、とりあえず出てくれないか?」

 

「は、はい!」

 

 ピョンとルッキーニが木箱から飛び出すと、丁度神崎と並ぶ位置に着地した。神崎はざっと木箱の中を見渡すが、特に荒らされた形跡はない。横のルッキーニを見れば不安そうに神崎を見上げていた。

 

「どうしてこの部屋に?」

 

「えっと・・・。ここはね、私の秘密基地だったの」

 

「秘密基地?」

 

「うん。大きな箱とかが沢山あって・・・。その中で寝るとね、探検みたいで楽しいんだよ!でも・・・。気付いたら全部無くなって、部屋になってて・・・。そしてさっき来たら木箱があったから気になって・・・そしたら・・・」

 

「・・・俺達が来た、と」

 

 彼女の言葉から、以前この部屋が倉庫だった際に彼女がよく出入りしていたことを察した。いきなり部屋に変わり、一つだけ木箱が置かれていれば確かに気にはなる。彼女の場合は理性より好奇心が勝って空けてしまったようだ。運が悪いタイミングだったが。

 

「なるほど・・・。しかし、封がされていたのを勝手に開けるのはどうかと思うが?」

 

「うじゅう・・・」

 

 よほど怖かったのか肩を落として傷心気味な彼女の姿に、流石に神崎もそこまで責める気はなくなってしまった。代わりに、膝を落として彼女と視線を合わせて小さく笑いかけた。

 

「・・・君の秘密基地を俺の部屋にしてしまった代わりに、別の場所に作るのを手伝おう」

 

「本当!?でも、なんでカンザキ・・・大尉はここに住むの?男の人達って別の場所だよ?」

 

「それは、俺も魔法力が使えるからだ」

 

「え~!?嘘だよ!!だって、魔法力が使えるのは魔女(ウィッチ)だけなんだよ?」

 

「普通はそうだ。だが、俺は使える。明日、ディートリンデ中佐から紹介があるはずだ」

 

「じゃあ、明日で嘘かどうか分かるんだ!!ウヒャー!楽しみ~!」

 

 先程までの落ち込んだ雰囲気はどこにいったのか、底抜けに明るい感情を出すルッキーニ。彼女の性格が少し分かった気がした神崎は、懐中時計で時間を確認して言った。

 

「これから俺は荷解きをしないといけない。ルッキーニ少尉、今日は帰った方がいい」

 

「分かった!じゃあ、明日ね!絶対来てね!」

 

「ああ」

 

 ルッキーニはぶんぶんという音が聞こえる程に勢いよく手を振ったとあっという間にドアを開けて走り去っていった。神崎も一応小さく手を振りはしたが、彼女が気付いたかどうか・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうことがあってな・・・」

 

「なるほど。まったくお前という奴は・・・」

 

 神崎の説明を聞いた坂本は渋い表情でルッキーニを見下ろした。見下ろされたルッキーニ本人は良くない空気を敏感に感じ取って隣にいたシャーリーの後ろに隠れていた。そっぽを向いて音が鳴らない口笛を吹いている。

 

「まぁまぁ少佐。中佐だって何も言ってないんだからさ~」

 

「全く、程々にな」

 

「分かった!ホドホドに~!」

 

 本当に分かっているのか怪しい返事だったが一応坂本はこれで満足したらしい。どこか諦めている雰囲気を感じなくもない坂本が神崎の方に向き直った。

 

「これからの基地案内は、私が案内してもいいんだが・・・」

 

「しょ、少佐!これから私との訓練が・・・!」

 

「という訳だ。申し訳ないが他の・・・そうだな」

 

 坂本が困り顔で周りの顔を見渡すと、ルッキーニが飛び上がるように手を上げ名乗りを上げた。

 

「私がやるー!!!」

 

「ルッキーニが行くなら私も付き合うよ」

 

 ルッキーニだけだと渋面を作っていた坂本だったが、シャーリーの言葉に満足そうに頷いた。

 

「それなら大丈夫だろう。2人とも、ゲンを頼むぞ」

 

「失礼いたしますわ!」

 

 何故かペリーヌが睨んできたが、特に気にすることなく2人を見送る神崎。シャーリーとルッキーニ以外の面々も一言入れてそれぞれの仕事へと向かっていく。最終的に、神崎、シャーリー、ルッキーニの3人だけがブリーフィングルームに残った。

 

「じゃあ、基地案内を始めようか~」

 

「私の秘密基地も教えたげる~!あと、隠れる場所とか、登ると面白い場所とかも!」

 

「それは楽しみだ。よろしく頼む」

 

「まっかせて~!レッツゴー!」

 

「お~!」

 

「・・・おー」

 

 ルッキーニが意気揚々と先頭に立ってブリーフィングルームから出て行く。その後ろにノリノリのシャーリーが続き、更に後ろに神崎が続く。

 前方の2人は気付かなかっただろう。

 

「色々と教えてもらうのは嬉しい。・・・色々とな」

 

 神崎の口元が小さく笑みを浮かべていたことに。

 その笑みが、暗く歪んでいたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日のルッキーニとの出来事には続きがある。

 

「分かった!じゃあ、明日ね!絶対来てね!」

 

「ああ」

 

 そう言って部屋から出て行ったルッキーニを見送り数分。神崎は徐にドアへと行くと、通路の人の有無を慎重に伺う。誰も居ないことを確認すると、踵を返して木箱の中へと歩み寄る。

 

 木箱の中には、衣服と私物を詰めた革のカバンが2つ。そして、厳重にロックが掛けられた大きなトランクが1つ。

 神崎は先にカバンを取り出して中身に不足が無いかを確認し、ついでトランクを取り出した。トランクを開けるには、挟み込むようなダイヤル式ロックとカバンに直接設置された鍵をそれぞれ解除しなければならない。

 

「・・・」

 

 手馴れた手つきでダイヤルに数値を入れ込み、制服の内ポケットから取り出した鍵でトランクを開ける。

 中に入っていたのは、古ぼけた木目調のラジオと工具箱のような金属製の箱だった。

 

 ラジオと箱を机の上に出し、箱の方に手をかける。一見、箱には鍵も付いてなく、さりとて開ける為の取っ手なども無い。しかし、神崎が手を翳して魔法力を込めると音も無く開いた。中から覗くのは、艶消しの黒い塗装が施された、世間ではデリンジャーと呼ばれる小型の拳銃。それがズラリと10丁並んでいるのだ。

 

「ふぅ・・・」

 

 一息ついて、神崎はラジオのスイッチを入れる。

 流れ始めたクラシックの音楽を聴きながら、内ポケットからクシャクシャに潰れた煙草の箱を取り出した。

 

「まで出番はないといいが・・・」

 

 そう呟きながら、神崎は煙草を口に咥え魔法力を指先に集め火をつける。空中にたゆたう神崎の目は疲れたように澱んでいた。

 






最近506のドラマCDを聴いていたのですが、ボーナストラックは脳みそ溶けそうになります

個人的にはアドリアーナの声が好きですが、マリアンも負けないぐらい好きです。
というか、マリンコ魔女組は本当にカワイイ


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第七十四話


ストライクウィッチーズのオフィシャルビジュアルコンプリートファイル買いました

すごくすごいですね!(静夏感)
来月に発売されるワールドウィッチーズ2018も凄く楽しみです

そんな訳で七十四話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルッキーニ先導、シャーリー監修による基地案内を終えた神崎は2人に連れられ食堂に来ていた。時刻は夕刻。夕食の時間である。

 

「ねぇねぇ。カンザキ大尉。どうだった?面白かった?」

 

「ああ。・・・色々な所に作っているんだな」

 

「私は少しは知っていたけど、こんなにあるとは思わなかったな~」

 

 基地の主要な施設はシャーリーが説明してくれたが、ルッキーニの秘密基地が予想よりも膨大な数だった。空き部屋や倉庫の隅、更には使われていない暖炉にまで。少しのスペースがあれば、そこに毛布やら小物やらを詰め込んでいるのだ。仲が良いらしいシャーリーでさえ、今日初めて知ったのが多いというのなら、まだまだ他にもあるのかもしれない。

 

「えっとね~。まだまだあるよ!」

 

「凄いな~。ルッキーニ」

 

 シャーリーに頭を撫でられご満悦な表情になるルッキーニ。神崎はほんの少し目を細めてその様子を眺めたが、すぐに視線を外して食堂の入り口の方を向いた。

 

「あそこが食堂か?」

 

「そうだよ~!」

 

「確か今日はバルクホルンが作る日だったかな?」

 

「バルクホルン大尉が作るのか?士官が食事を?」

 

 一般的には士官が料理をすることはない。神崎の疑問はもっともだが、少しだけ事情が違うようだった。

 

「普通は炊事兵だよ。けど、月に何回かはレクリエーションを兼ねて隊員が作るんだよ」

 

「なるほど」

 

 そんな会話をしながら三人が食堂に入ると、キッチンで調理をしているであろうバルクホルンと夜間哨戒任務に就いている魔女(ウィッチ)以外全員すでに長いテーブルに座っていた。

 

「基地見学ご苦労だったな、神崎。基地の中は把握出来たか?」

 

「大まかには」

 

 テーブルの上座に付近に座る坂本の声に答えながら、神崎達は空いている席に座る。シャーリーとルッキーニはそれぞれ自身の席が決まっているらしくそこに座り、神崎は空いている下座の方に腰を下ろした。隣になったエイラが少しだけ肩を寄せて声をかけてくる。

 

「ルッキーニの秘密基地見たカ?面白ろかったロ?」

 

「ああ。よく作ったものだ。・・・ところで」

 

 エイラと会話しながらも、神崎は向かい側の空いている席に視線を向けた。

 

「もう1人、魔女(ウィッチ)がいるのか?」

 

「ン?ああ、サーニャか?サーニャなら夜間哨戒の準備で今はいないゾ」

 

「夜間哨戒ということは夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)。サーニャというのか。・・・サーニャ?」

 

 エイラから聞いた魔女(ウィッチ)の名前に何かの引っかかりを感じて神崎は首を捻っていると、目の前にドスンッと大きな皿が置かれた。どうやらバルクホルンが調理を終え、配膳に移ったようだった。

 

「皆、待たせたな。食べてくれ」

 

 次々とテーブルの上に並べられていく大皿。神崎は1度瞬きをして周りの様子を伺った。特に魔女(ウィッチ)達の表情に変わった様子はない。つまり、これは普通ということだ。

 

「・・・イッル」

 

「ん?なんだヨ」

 

「これは・・・料理か?」

 

 神崎が見るテーブル上の皿には、山盛りの茹でた芋と同じく山盛りの茹でたヴルストつまりソーセージと同じく山盛りのライ麦のパン。調理したとは言えるが、料理とはお世辞にも言い切ることができなかった。

 

「ここじゃこんなもんだゾ。むしろいい方だ」

 

「・・・本当か?」

 

「いつもはブリタニア兵が作ってるんだけどナ・・・。ほら、ブリタニアの料理ッテ・・・」

 

「・・・なるほど」

 

 黄昏たエイラの表情から察した神崎は、いままでの部隊での食事は恵まれていたのを実感した。しかしながら、温かい食事が出来るだけ十分ありがたいものだというのも実感している。・・・冷え切って半分凍った軍用缶詰など食えた物じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「温かい」食事を終えた神崎は、シャーリーから聞いた喫煙所に赴いていた。基地中心部分の脇にある中庭のような場所である。日が落ちかけている中、幾つか立てられた街灯に照らされて小屋のような場所がある。どうやら、そこが喫煙所らしい。

 ドアを開けて中に入ると、幾つかのベンチと灰皿、テーブルが設置された簡素なつくりだった。

 神崎は適当なベンチに座り、取り出した煙草を咥えて指で火をつける。5分ほど紫煙をたゆたわせていると,ドアが開いて新たな喫煙者がやって来た。

 

「ッ!?お疲れ様です!!」

 

「気にしなくていい。好きに吸ってくれ」

 

「ありがとうございます」

 

 まさか上官が喫煙所にいるとは思わなかったのだろう。整備兵の服装をした若い兵・・・それでも神崎よりも年上だが・・・神崎の階級章を見て緊張した声をあげた。だが神崎の言葉を聞くと若干居心地を悪そうにしながらも少し離れたベンチに座った。

 しばらく2人とも煙草を吸うだけだったが、神崎が1本吸いきったところで若い兵に話しかけた。

 

「すまない。最近この基地に来たんだが、ここはネズミが多かったりするのか?部屋の家具が齧られていたんだが・・・」

 

「ネズミですか?そうですね・・・。最近少し増えてきましたかね」

 

「それは大変だな。・・・ネズミ捕りに猫でも飼ったらどうだ?」

 

「猫もいいですけど、やっぱり蛇がいいですかね。壁の隙間に潜むネズミも食べてくれそうじゃないですか」

 

「・・・魔女(ウィッチ)達には不評そうだ」

 

「確かにそうですね」

 

 気安い雰囲気で会話を進ませる2人。この会話が終わったのと丁度で若い兵は灰皿に煙草を押し付けた。もう仕事に戻るらしい。

 

「あぁ、そうだ。最近、この基地に来たのなら釣りとかどうですか?色々なものが釣れますよ」

 

「・・・なるほど。最近はどんなものが釣れる?」

 

「活きのいい奴から、最近は危ない奴まで」

 

「参考になる。ありがとう」

 

「それでは」

 

 敬礼を残して喫煙所から去った若い兵。神崎も2本目を灰皿で揉み消すと喫煙所から出た。10分ぐらいしか経っていないはずだが、日は落ちている。

 

「さて・・・戻るか」

 

 煙草の箱を上着の内ポケットに収め、神崎は食堂に戻るべく建物へと入った。そこで、偶然鉢合わせした坂本からミーナが呼んでいることを知り、隊長室に足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 机に向かい書類にペンを走らせるミーナの手が、扉のノック音で止まった。

 壁に掛けられた時計の針の進み具合を見るに、呼び出しの言伝を頼んでから大して時間は経っていない。

 

「どうぞ、入って」

 

「失礼します」

 

 呼びかけると今までこの部屋では聴くことのなかった男性の声が聞こえた。入室して一礼するのは、勿論神崎だった。その姿は一分の隙も無く軍人然としている。

 

「急に呼び出してごめんなさいね」

 

「いえ。用件はなんでしょうか?」

 

「明日の予定について少しね。こっちへ来て座って」

 

 応接用で向かい合うように置かれた2つソファを指し示すと、神崎は首を引くようにして頷き下座へと座った。ミーナもペンを置き、神崎の向かい側に腰を下ろす。

 

「明日は午前中に輸送されてきた貴方のストライカーユニットの調整を行い、午後からは模擬戦を行ってもらいます。予定ではバルクホルン大尉と行ってもらいます。その結果であなたの今後の運用を考えていきます。ここまでで質問は?」

 

「はい。模擬戦のルールは?」

 

「使用する武器はペイント弾装填の銃のみ。銃の種類は問いません」

 

「固有魔法は?」

 

「相手に直接向けなければ使用しても構いません」

 

「なるほど。分かりました」

 

 その後細かい事柄の調整を行っていると、壁際の掛け時計のチャイムがなった。チラリと神崎が時計の針を見れば時刻は9時になっていた。そのまま視線を戻そうとしたが、掛け時計の隣にある本棚に置かれたある物に目が止まった。

 それは艶のある茶色の筐体に鈍い金色のホーンの蓄音機。以前、スオムスに向かう直前でのブリタニアの基地で見た物と同一の物だった。そう、あの時もミーナの部屋で話をしていた。そこで・・・。

 

「神崎大尉?」

 

「・・・すみません。以前見たことがある物を見つけたもので」

 

「あぁ。あの蓄音機ね。あれは私の私物だからここに持ってきたの」

 

「そういうことでしたか」

 

「そういえば、あなたと初めて会った部屋でもあの蓄音機が・・・」

 

 そこでミーナの言葉は不自然に途切れた。神崎がミーナの表情を伺うとどこか後ろめたいような暗い表情で目を伏せている。どうやら数年前の会話で神崎に言った内容を思い出したようだった。神崎としてもあの時の会話で色々と傷ついたりもしたが・・・。

 

「・・・あの時の会話には色々と考えさせられました」

 

「そう・・・なの。ごめんなさい、あの時の私は相当ひどいことを言ったわ」

 

「いえ。中佐がおっしゃったことは事実です。事実・・・でした」

 

「・・・今でもあの時言ったことは、あなたが望むまいが危険を引き寄せてしまうという考えは、変わっていません」

 

「・・・はい」

 

 それは当然だと神崎は考えた。それはアフリカでもスオムスでも経験したからこそ。神崎がそこに居たからこそ誘発されたといっても、スオムスでの共生派との戦闘は特に、過言ではない。ミーナが501を守るために神崎を切り捨てるのならそれも致し方ないだろう。そうとなれば神崎にもやりようはあるのだが・・・。

 しかし、予想外の言葉が神崎のその思考を遮った。

 

「でも、すでにあなたも501の一員です。ならば501を預かる隊長として、その危険から貴方を守るわ」

 

「それは・・・」

 

「これから共に戦うのなら当然でしょう?」

 

「・・・そうですね」

 

 微笑んだミーナに神崎は小さく頷いた。

 その後調整は恙無く終わり神崎は隊長室を後にした。予想外のミーナの言葉に若干の驚きを抱えながら。

 だからこそ、退出する寸前のミーナが呟いた言葉に気が付かなかった。

 

「貴方が信頼に足るなら・・・ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、午前中の調整は問題なく終わった神崎は上空にいた。

 手にはアフリカの時から慣れ親しんだMG34。模擬戦用のペイント弾を放つオレンジの塗装が施されたそれは違和感こそあるものの運用には問題なかった。腰の弾帯にある炎羅(えんら)とC96は相変わらず装備されていた。

 今は演習相手であるバルクホルンを待ちつつ暇つぶしがてらに501基地の全容を眺めているところだった。

 

「すまない。少し遅れてしまった」

 

「大丈夫です、大尉」

 

「なら演習開始は・・・。おや?」

 

 神崎が持つMG34と同様にオレンジ色に塗装されたMG42を2丁持ったバルクホルン。すぐにでも演習を始めようとしたが、神崎が装備するストライカーユニットが目に入り驚きの声を上げた。

 

「そのユニットはメッサーシャルフか?」

 

 神崎の両足に装備されたストライカーユニット。塗装こそ坂本が使用している零式艦上戦闘脚二二型甲と同様の白色と白地に太陽と月のマークが描かれているが、形容は完全にバルクホルンも装備しているメッサーシャルフと呼ばれるBF109シリーズと同じ物だった。

 

「そうです。もっとも中身は殆ど別物ですが・・・始めますか?」

 

「あ、ああ。そうだな。始めよう」

 

 バルクホルンは他にもユニットについて聞きたいことがあったのだろうが、神崎の催促で質問するのをやめた。その様子をインカム越しに聞いていたのか、地上で待機している坂本から通信が入った。

 

『2人とも準備はいいか?2人が直線上ですれ違った時点で模擬戦を開始する』

 

「了解だ、少佐」

 

「了解」

 

 坂本の説明を皮切りに2人の雰囲気が切り替わる。本気の殺気ではないものの2人とも闘志を漲らせつつ、バルクホルンは軽く睨みを効かせ、神崎は1度目を瞑ってから相手を見据える。

 

「いつでもいいぞ」

 

「では・・・いきます」

 

「こい・・・!」

 

 短い会話の後、2人はほぼ同時に加速を始めた。加速度的に相対距離は短くなっていき、一瞬後には2人の距離は零になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まったな」

 

「ええ」

 

「トゥルーデが相手か~。カンザキ大尉、勝てるの?」

 

「少なくともいいところまではいくはずだ」

 

 2つの機影が重なったそのすぐ後に複雑な軌跡を描き始めるのを、ミーナ、坂本、ハルトマンの3人は基地のベランダで見ていた。他の魔女(ウィッチ)達は任務や所用でいなかったり、はたまた別な所で観戦していた。

 

「そういえば、カンザキ大尉が使っているストライカーユニットってメッサーシャルフでしょ?なんで坂本少佐と一緒の機種じゃないの?」

 

 ハルトマンの質問も最もだった。扶桑皇国海軍所属の神崎がカールスラント帝国空軍のBF109を使用しているのは普通ありえない。

 

「ああ。私も詳しいことは知らないんだが、以前の任地で現地判断で使っていた物をそのまま使っているらしい」

 

「私も確認を取ったけど、現場判断から供与品ということで、後から正式に認められているそうよ」

 

「ふ~ん」

 

 坂本とミーナがそれぞれ答えるとハルトマンは気の抜けたような声で返事をしたが、上空の軌跡を見ながら首を傾げた。

 

「メッサーシャルフってあんな曲がったかな~」

 

「お、神崎がしかけるか?」

 

「トゥルーデはどう対処するかしら?」

 

 上空で描かれていく軌跡のリズムが変わり始める。模擬戦の戦局が動いたのを地上の3人は目敏く気付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ッく。中々やるな」

 

 背後を取ろうと格闘戦を行っていたバルクホルンは中々尻尾を掴めずに思わず言葉を洩らした。これまでに数度、射撃を行っていたがどれも寸での所で回避されている。掴めるようで掴めない神崎の飛行にバルクホルンは眉を顰めた

 

「もう少し様子を見るか・・・?しかし、あの飛び方どこかで・・・」

 

 攻めあぐねているのを自覚しながらも、どこか感じる違和感。しかし、それをはっきりと自覚する暇も無く視界に捉えていた神崎の動きが変わった。

 捻り込むような急激な旋回。

 どうやら勝負を仕掛けてきたようだ。

 

「来るか・・・!!!」

 

旋回と共に撃ってきた射撃をバルクホルンは回避する。そのまま再び背後を取ろうと再び格闘戦に入り引き金を引くが、神崎は僅かな旋回半径と挙動でバルクホルンの射撃を回避していった。しかも回避するタイミングの所々で背後への射撃を行ってくるので、追撃しきれない。

 しかし、ここで2人の持つ武器の差が出た。

 神崎の背後への射撃が不意に止まる。

 バルクホルンの目は神崎がMG34の弾倉を取り外しているのを捉えた。

 

「弾切れか!ここで決着をつける!!」

 

 バルクホルンはここが勝負所だと判断し、一気に加速した。2つの銃口を回避行動を取り続ける神崎の背中にピタリと合わせた。そして、神崎の回避行動が甘くなった瞬間に、引き金を引く。模擬戦はそれで終了した。

 

 

 

 バルクホルンの負けで。

 

 

 

「な・・・!?」

 

 自身の背中にペイントが付いていることを信じることが出来ずに呆然とするバルクホルン。そんな彼女の背後で、再装填を終えたMG34を構えた神崎は静かに呟いた。

 

魔女(ウィッチ)相手には・・・こんなものか」

 

 バルクホルンが呆然としたまま見た神崎の姿は、逆光で陰になる中で無感情な目だけがいやに印象に残った。

 





次回は色々な説明回になると思います
ストライカーユニットのことやら、模擬戦のことやら・・・


あれ?神崎強すぎ?


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第七十五話


今月はワールドウィッチーズの画集が発売しますね

一冊目も最高だったし、ほんと楽しみ

そんな訳で第七十五話になります

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 

 

「501のエースに勝るか・・・」

 

「報告がいりますか?」

 

「ああ。閣下は静観だと言ったがこれは早急に対処すべきだ」

 

「では・・・」

 

「すぐにでも動かすぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 模擬戦の結果にベランダで模擬戦の全容を見ていたミーナ、ハルトマン、坂本の3人は驚きを隠せなかった。

 

「ええ~!?トゥルーデが負けちゃった!?」

 

「まさかここまでなんて・・・」

 

「ほぉ・・・。神崎の奴、相当腕を上げたな」

 

 三者三様の感想を述べる中、三人の関心は模擬戦終盤の格闘戦の攻防に帰結する。

 

「ねぇねぇ、坂本少佐。神崎大尉が最後の方にしたのって何?なんか赤いのがピカッってなったら大尉とトゥルーデの位置が入れ替わったんだけど?」

 

「それは私も気になるわね・・・」

 

 ハルトマンとミーナから疑問を投げかけられ、坂本は顎に手を当てて首を傾げた。

 

「私も確かなことは言えないんだが・・・恐らく固有魔法だと思う」

 

「神崎大尉の固有魔法は『炎』だったかしら?それを使ったのかしら・・・。けど、それを抜きにしても彼の格闘戦の腕は相当高かったわね・・・」

 

 ミーナは不安な表情で何か考え始める横で、ハルトマンも何か引っかかっているのか首を捻っていた。

 

「あの動きどこかで見た気がするんだよな~。どこでだっけ?」

 

「まぁ、1度格納庫に行ってゲンの様子を見に行ったらいいだろう。疑問があるならそこで聞けばいいさ」

 

 2人して悩み始めたのを見た坂本の提案に2人は頷く。神崎だけでなくバルクホルンの様子も確認する必要があるのだから、ミーナにとっては渡りに船とも言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先程は見事だった。神崎大尉」

 

「ありがとうございます。バルクホルン大尉。しかし、運が良かっただけです」

 

 模擬戦を終えて基地の格納庫に入った神崎とバルクホルン。それぞれのストライカーユニットを繋いだのユニットケージの前に立ち、向かい合って先程までの模擬戦について話していた。

 

「色々と聞きたいことがあるが、大尉の腕は把握できた。坂本少佐の言う通り、いい腕だ」

 

「認めていただけて嬉しいです」

 

 神崎の腕はどうやらバルクホルンが認める程度にはあったらしい。彼女の表情は仏教面のままではあるが、話し方にどこか角が取れたように神崎は感じた。

 

「幾つか聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」

 

「自分が答えられることでしたら」

 

「ああ。まずは・・・」

 

 バルクホルンは口を1度閉じると、合わせていた視線をずらして神崎のストライカーユニットを見た。白系統に塗装されたBF109、メッサーシャルフシリーズのユニット。扶桑皇国海軍である神崎が使用するには不自然な機体だ。

 

「神崎大尉がなぜメッサーシャルフを?」

 

「・・・以前の戦場で、使用していた零式艦上戦闘脚が大破してしまい、代替できるユニットが投棄されていたこのBF109のF型しかなかったんです。急造で飛行が出来るまで改造し、少しずつ改良しながらそのまま使用し続けています」

 

「なるほど・・・。だから、さっきは中身は別物と言ったのか」

 

「ええ。最初の頃は投棄されていたのを使っていたので、当てにならない部品がざっと50はありましたが・・・。今では、既存のメッサーシャルフシリーズよりも高い格闘性能を発揮できます。飛び方さえ工夫すれば零式とも互角でいけます。一応、自分達の間では鷹式メッサーシャルフ、BF109―Type Hawkと呼んでいました」

 

「なぜ、その呼称を?」

 

「・・・・・・改造した者の名前から取ってです」

 

「な、なるほど」

 

 なぜか嫌そうな表情になった神崎にバルクホルンは一瞬戸惑ってしまった。そのことに気付き、神崎は取り繕うように口を開いた。

 

「それに自分にとってメッサーシャルフだからこその利点がありますので」

 

「そうなのか?しかし、どんな利点が・・・」

 

「自分は固有魔法の影響で魔法力が熱を持ち、魔導エンジンが熱暴走しやすいんです。零式だと空冷エンジンなので熱暴走の可能性が高いのですが・・・」

 

「メッサーシャルフは液冷だからその可能性は少ないのか」

 

「その通りです」

 

「なるほどな。それで、次の質問なのだが・・・」

 

 ストライカーユニットについての疑問を解消したバルクホルンは次なる質問をしようとした時、ベランダから移動してきた坂本達3人が格納庫に到着した。

 

「2人とも模擬戦ご苦労様」

 

「見事な戦闘だったぞ」

 

 にこやかな笑みを浮かべながらそれぞれ労いの言葉を掛けるミーナと坂本。ハルトマンは頭の後で手を組みながらその後ろに付いてきていた。

 

「まさかバルクホルンに勝つとはな。驚いたぞ、ゲン」

 

「それはバルクホルン大尉が初見だったからだ。・・・だが、ありがとう」

 

 坂本の賛辞を小さく笑いながら受け取る神崎。すると、ミーナが咳払いをして神崎の方を向いた。

 

「神崎大尉、あなたの実力は十分把握できました。ですが、1つ気になることがあります。バルクホルン大尉の背後を取った時、あなたは何をしたの?」

 

「そうだ。それも聞きたかった。背後を取ったと思ったら、一瞬で視界から消えて逆に背後を取られていたんだ」

 

 ミーナの言葉にバルクホルンも同調したので、神崎は頷いて答えた。

 

「あれは私の固有魔法「炎」を使ったんです。前方に集束させた炎を噴出させることによって推進力を打ち消し、追撃してくる背後の相手を追い越させます」

 

 アフリカで初めて使った頃から約3年。神崎はこの技を、一度だけの使用なら完全に物にしていた。今では2連続は勿論、3連続まで行うことができるまでになっている。回数が増える毎に成功率は下がってしまうが、それでも成長したのは確実だった。

 

「やはり固有魔法だったか・・・」

 

「確かに初見じゃ対応し辛いが・・・。私もまだまだだな」

 

 納得する坂本の横で、悔しさが滲む表情でバルクホルンが呟く。しかし、1度見られたなら対処するのはエース級の腕を持つならば難しくはないのだ。その事を分かっているので神崎は静かに言った。

 

「・・・何度も言いますが、初見だから通用したまでです」

 

「しかし、負けは負けだ。・・・いい技を持っている」

 

「・・・まぁ、初めて使った時も後一歩でハンナに勝てる所までいったので」

 

 バルクホルンから手放しに褒められ、神崎は小さく笑みを浮かべてそう言った。その瞬間、今まで坂本達の後ろで黙っていたハルトマンが大きな声で叫んだ。

 

「ああ!!思い出した!!!」

 

「五月蝿いぞ!ハルトマン!」

 

 格納庫に響き渡る声の大きさにバルクホルンが渋面で注意するも、ハルトマンは全く意に介さずに神崎の前まで進み出て言った。

 

「・・・どうかしたのか?」

 

「神崎大尉の動きってどこかで見たことがあると思ったんだけど、あれってマルセイユの動きだよね?」

 

「よく分かったな・・・。そうだ。ハンナの動きを参考にしている」

 

 マルセイユの腕は神崎とは比べ物にならないほどいい物である。その動きは天才色が強いものの参考になるべきものが多々あった。神崎はアフリカにいる頃からそれを少しずつ吸収し、BF109を使い始めた頃からほぼ同じような機動を取るようになったのだった。

 マルセイユという言葉を聞いて、やはりと言うべきかバルクホルンの表情が険しくなった。

 

「マルセイユ・・・だと・・・。ああ、だからどこかで見たような動きだと感じたのか」

 

「はい・・・。バルクホルン大尉にはあまりいい感情は無いかもしれませんが、ハンナは私の尊敬する魔女(ウィッチ)の1人です」

 

「奴は確かに腕はいい。しかし、到底尊敬していい人物ではないぞ」

 

「それは人それぞれだということで納得していただく他はないと」

 

「・・・・・まぁいい」

 

 不承不承という感じではあるが、バルクホルンは一応は納得したようだった。神崎は少しだけ頭を下げ、ミーナに向き直った。

 

「これからどうすれば?」

 

「今日の予定はこれで終わりです。明日は午前中に編隊での飛行を確認して、午後からは哨戒任務に就いてもらうかもしれません」

 

「わかりました」

 

「とりあえず、今日はもう休んで結構よ。お疲れ様でした」

 

「了解です。では、坂本、バルクホルン大尉、ハルトマン、自分は1度部屋に戻ります」

 

 全員に断りを入れ、神崎は格納庫を後にした。

 神崎を見送った坂本は満足げに頷いて口を開いた。

 

「エース級が増えるのは心強いな」

 

「私も楽できるかな~。朝もうちょっと寝たり!」

 

「お前は今でも眠りすぎだ!ちゃんと起床時間に起きろ!」

 

 3人が明るい雰囲気なのに対し、ミーナだけは表情は笑っているものの目だけは真剣に神崎が出た扉を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおい!神崎大尉!」

 

「おおい!」

 

 格納庫から出た神崎に元気のよい声がかけられる。神崎が声の方向を向くと手を振るシャーリーとルッキーニがいた。神崎が立ち止まると、2人が楽しそうに駆け寄りシャーリーが声をかけてきた。

 

「凄いなぁ、神崎大尉。あの堅物に勝つなんて!」

 

「見ていたのか?」

 

「上の塔でね」

 

「なるほど」

 

 見当たらなかった2人がどこで見ていたのかが分かり納得した神崎に、ルッキーニが興奮気味に話しかけてきた。

 

「ねぇねぇカンザキ大尉!あのバビューン!!!ってなったの何!?」

 

「ばびゅーん・・・。あぁ、あれは俺の固有魔法だ」

 

「固有魔法だったんだ!ねぇねぇそれって・・・」

 

 まだまだ話し足り無いのかルッキーニは、両手を振り回すような身振り手振りで捲くし立てようとする。しかし、そこでシャーリーが待ったを掛けた。ルッキーニの両肩に手を沿えてやんわりと話しかける。

 

「まぁまぁ、ルッキーニ。大尉は疲れているだろうし、それは夕食の時にでも聞けばいいさ」

 

「え~。でも~」

 

「・・・そんなに夢中になるものだったか?」

 

 神崎の純粋な疑問にシャーリーは大きく頷いた。

 

「そりゃそうだよ!あの堅物大尉の強さは基地の皆が知っているからね。言い方は変だけどジャイアントキリングみたいなものさ!別の所で見ていた整備兵なんて態々写真を撮ったり戦況のメモまで取ってたんだよ。模擬戦が終わった後、急いでどこかに行ったけど、同僚に話に行ったのかな?」

 

「・・・なるほど」

 

「・・・?カンザキ大尉?」

 

 シャーリーの話を聞き終わった時の反応に違和感を感じたのかルッキーニが小首を傾げて神崎の顔を見上げようとする。しかし、ルッキーニが顔を上げ始めた瞬間にその頭は神崎の手で押さえられた。強めの力で撫でられながら、ルッキーニの耳に神崎の声が入る。

 

「少し用事がある。模擬戦の話はシャーリーの言う通り、夕食の時にな」

 

「ん~」

 

 ルッキーニの頭が開放された時には、すでに神崎は背を向けて歩き去ってしまっていた。不思議そうに神崎の背中を見続けるルッキーニにシャーリーは話しかけた。

 

「どした?ルッキーニ」

 

「なんかカンザキ大尉・・・ん~?」

 

「うん?」

 

「ん~・・・。よくわかんない」

 

 ルッキーニはシャーリーに抱きつき、彼女の豊満な胸に顔を埋める。どこか元気が無くなった相棒の様子にシャーリーは首を傾げるしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った神崎はドアに鍵を掛けると、そのまま上着の内ポケットに手を突っ込んで煙草を取り出した。口に咥えて指先に燈した魔法力で火をつけると口に咥えたまま、机の上のラジオに手を掛けた。

 紫煙を吐き出しながらラジオのチューナーを一定の間隔で動かすと、ラジオの背後の板が外れて中から小さなモールス発信機が出てきた。

 無表情のままある符号を打電すると、ドサリと疲れたようにイスに腰掛け胸一杯に紫煙を吸い込み、脱力するように吐き出した。

 

「ふぅ・・・。案外速いが・・・仕事だな」

 

 まだ先端からは煙が立ち昇っているが、神崎は構わず握り潰し燃やし去ってしまった。そして、魔法力を宿したままの手でデリンジャーが収められた収納箱を解放し、一丁抜き取り懐に入れた。

 

「何はともあれ・・・まずは夕食か」

 

 収納箱とラジオを元の状態に戻し、神崎は部屋を後にする。神崎が後にした部屋には、煙草の臭いしか残らなかった。

 

 

 

 

 夕食は決して旨いとはいえなかったが、会話は神崎とバルクホルンの模擬戦の話で盛り上がった。任務で模擬戦を見ることが出来なかったペリーヌとエイラはまず驚き、神崎の様子が普通に戻っているのに気付いたルッキーニが先程聞きそびれた固有魔法について興奮気味に話しかけ、ハルトマンがバルクホルンをからかって騒いだりと中々の賑わいを見せた。

 夕食後はそれぞれ部屋に戻り、基地には徐々に静寂に包まれていく。起きているのは仕事が残っている者と当直の任に就いている兵士だけ。しかし誰もが神崎の部屋がもぬけの殻になっているのは気が付かなかった。誰もいないはずの部屋に流れる音楽。電源が付けられたままのラジオから流れている音楽は、あるオペラの序曲として使われている物。その曲名を「魔弾の射手」と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 501の基地に続く石橋を眺めることが出来る高所の森。その暗闇の中に蠢く幾つもの人影があった。

 

「・・・様子は?」

 

「予定通り、橋の警備が交替で」

 

 全身黒ずくめの装備で統一し、手には消音器を取り付けた短機関銃を手にした十数名の兵士だった。顔は目だし帽で隠され、兵士ならば当然着用しているはずの階級章も認識章もない。だが、明確な殺意だけは目出し帽から覗く目から分かった。

彼らの目的は・・・魔女(ウィッチ)の抹殺。そう、共生派の一派である。神崎の加入により力を増す501の脅威を早急に排除すべしと動いたのだった。

 

「基地への侵入経路の確保は?」

 

「潜入中の同志が手配しています」

 

 森の中を音も無く進む彼らの目は爛々と殺意でぎらついている。しかし、感情に囚われることなく粛々と体を動かすその様は、彼らの錬度の高さと事に慣れていることが窺われた。

 もうすぐ森を抜けるという所で、突然指揮官の足が止まった。

 

「待て」

 

 すぐに部隊全員の足が止まる。指揮官の視線の先には、暗闇にポツリと燈る小さな灯りがあった。灯りを辿ればそれが煙草の火であることが分かり、それを咥える何者かが木に寄り掛かっていることが分かる。

 襲撃者達は一斉に木に寄り掛かる人物に銃口を向ける。しかし、向けられる本人は慌てることなく煙草を煙を吸い込んだ。煙草に燈る火の勢いがほんの少しだけ強くなり、咥えている人物が照らされる。

 

「『魔女狩り』・・・か。随分と堪え性がない」

 

 黒い第1種軍装に身を包み、腰に扶桑刀「炎羅」を差した神崎の姿が。

 現れた人物が目標であると分かった瞬間、襲撃者達の殺気が膨れ上がる。指揮官の命令1つで数多の弾丸に貫かれる状況でありながら、神崎は気だるげに煙草を捨て木から離れた。

 

「少し突いたらこれだ。俺の上司も言っていた。・・・そんなだと、女を満足させられないとな」

 

「貴様に話すことはない。消えてもらう」

 

 指揮官が消音器付きの拳銃を構える。ビリビリと感じる殺気はすぐにでも爆発するだろう。しかし、その前に神崎が動いた。

 

「なら好都合だ」

 

 気だるげな様子のまま上着の内ポケットから何かを取り出す。警戒心を高めた襲撃者達が見る中で神崎が構えたのはちっぽけな拳銃のデリンジャーだった。片手に収まるであろうそれは本来隠蔽用、護身用である。本格的な戦闘には余りにも無力。向けられた襲撃者達も警戒して損したとばかりに嘲笑で対応した。

 それらを無視し、神崎は無表情なまま告げる。

 

「お前等が悉く、死ね」

 

 魔法力の発動と連動してフソウオオカミの耳と尾が現れ、デリンジャーの引き金が引かれる。その瞬間、閃光が瞬いたと思うと拳銃を構えていた指揮官の頭が吹き飛んだ。いや、消し飛んだ(・・・・・)

 ドサリッと指揮官が倒れた一瞬後、指揮官の喪失に瞬時に反応した襲撃者達が持つ十数丁の短機関銃が一斉に火を吹いた。消音器に銃声の大部分が消されているが、殺意に満ちた銃弾が容赦なく神崎に襲い掛かった。

 

「無駄だ」

 

 殺意に満ちた弾丸の全てが神崎の目の前で火花を散らして防がれる。神崎の言葉の通り、彼が展開するシールドの前には短機関銃の銃弾は余りにも無力だった。

 神崎はシールドを展開したまま溶解(・・)したデリンジャーを捨て、もう一丁のデリンジャーを取り出した。そのまま、今度は銃口を横に動かしながら引き金を引くと、再びの閃光の後、並んで立っていた2人の兵士が倒れた。

 ここで襲撃者達が動きを変えた。

 銃撃を途絶えさせないままに神崎を包囲しようと左右に展開しはじめたのだ。シールドで防がれるならば、シールドが防げない箇所を見つけだそうとしているのだろう。

 神崎はその動きを把握しながらも何もしなかった。

 

「・・・殺れ」

 

 いや、何もする必要がなかった。

 インカムを通した神崎の呟きと同時に展開しようと走り出した1人の額に風穴があく。それを皮切りに次々と襲撃者達の頭に銃弾で射抜かれていった。

 また1人、また1人とどこからともなく放たれる銃弾に撃ち抜けれていき、気が付けば襲撃者達の人数は片手で数えるほどにまで減っていた。そして、最後の数人の前に炎羅を抜いた神崎がゆっくりと前に進み出た。

 

「逃がしはしない」

 

 至近距離にまで迫った神崎に追い詰められた襲撃者の1人は弾切れになった短機関銃を捨てて拳銃を突きつけた。その瞬間、一気に距離を詰めた神崎により拳銃を持つ腕を切り飛ばされ、返す刀で袈裟懸けに切り裂かれた。振りかかる返り血は、神崎が発する炎によって蒸発する。鉄臭い空気を切り裂くように炎羅を振り、神崎は一瞬の内に最後の1人の首を切り飛ばした。

 

「・・・ふぅ」

 

 炎羅に付いた血を払い鞘に収める神崎。カチリッと鯉口が小さく音を鳴らした時に、インカムが誰かと通じた。

 

『確認できる敵は殲滅しました。死体はこちらで回収します』

 

「ああ。・・・いつも通り、いい腕だ」

 

『お世辞より物がいいですね。そうですね・・・サルミ』

 

「却下だ。サルミアッキは。絶対に」

 

『・・・なら食事でも』

 

「・・・・・・ああ」

 

『なら日取りは後日。・・・楽しみにしています』

 

「・・・まったく。いや・・・まぁいい」

 

 戦闘とは別の疲労感を覚え、神崎は溜息を吐く。チラリと視線を向ければ、かすかに見えるか見えないかの森の遥か奥で黒い影が移動していくのが見えた。

 

「あいつもずいぶん・・・。ん?」

 

 この場には用はないと基地に足を向けたが、すぐに神崎は歩みを止めることになった。

インカムから漏れ出る微かなノイズ。

急に聞こえ始めたそれは、時折変調しながらも少しずつ確実に大きくなっていた。

 

「なんだ?いや・・・前にもこんなことが・・・」

 

 インカムに手を当てながら、鋭い視線で辺りを見回す。警戒心と既視感を同時に抱いているとノイズが少しずつ形を成してきた。それを耳にした時、神崎は納得したように警戒を解いた。

 

「どこかで聞いた名前だと思ったが・・・。そうか、あの時の・・・」

 

 そう呟いて神崎が見上げた夜空には赤と緑の翼端灯を煌かせる1つの機影があった。そしてノイズはその機影から流れていた。

 

『ランラララン・・・ララランランラン・・・』

 

「この歌を聴いたのは3年ぶりだが・・・まさか同じ部隊になるとはな」

 

 強いて言うなら・・・と、神崎は新しい煙草を吸って溜息を吐いた。

 

「もっと落ち着いた所で会いたかった。サーニャ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク」

 

 夜空から視線を戻した神崎は、死体が転がる森を後にした。

 501にして着任して密度の濃い数日がようやく終わりを迎えた。

 





ちなみに、神崎とサーニャはいまだ顔を合わせたことがありません。


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第七十六話


THE WORLD WITCHES2018 面白いな~とかしてたら10周年イベントですね!

501、502の合同らしいですし、今から本当に楽しみです。

そんな訳で第七十六話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします。


 

 

神崎が諸々の仕事を終わらせて基地に帰ってきたのは殆ど明け方だった。

誰にも・・・特にミーナに感ずかれないように、ひっそりと基地に忍び込み部屋に入った。多少の障害物を物ともしない魔法力による身体強化さまさまである。

 

部屋に入ってすぐに第1種軍装の上着を脱ぎ捨てベッドに放る。放る前にポケットから抜き取っていた煙草を咥え、下に来ていたカッターシャツの首元のボタンと空になった両脇下の拳銃のホルスターのベルトを緩める。そして、窓を空けて外の空気を入れつつ明るくなり始めた空を眺めた。

 

「完全に寝そびれたな・・・。少しだけでも眠った方がいいのだろうが・・・」

 

 まだ夜風に近い冷たさを感じつつ煙草の煙を揺らす。

 独り言通りに眠ってしまうのもいいのだろうが、段々と明るくなる空を眺めているうちにその気は無くなっていった。気分転換を兼ねて身嗜みを整えコーヒーでも飲めばいいだろう。

 神崎は吸い終わった煙草の吸殻を燃え上がらすと幾つかの洗面具と着替えを持つと足早に浴室へと向かう。整備兵用の簡素なシャワー室で汗と若干の血の臭いを洗い流して部屋に戻り、第2種軍装へと着替えて食堂へと足を向けた。

 誰もいない廊下は神崎の足音だけが木霊する。その音と夜明けの光に照らされた廊下は疲労と眠気で若干鈍った頭にはどこか幻想的だった。

 だからこそ、廊下から続く曲がり角に進む人物の足音に気が付かなかった。

 

 ボスンという音と走った胸の衝撃に神崎は足を止めた。たたらを踏むまでもない軽さだったが、ここまでの接近に気付かなかったのに驚いていた。

 

「ッ・・・!?お前・・・は・・・」

 

「スゥ・・・・スゥ・・・」

 

 一瞬警戒するも、自分の胸元に見える銀髪と胸元から伝わる規則正しい呼吸にその気も失せてしまった。何せぶつかってきた相手が眠りこけているのだから。

 

「いくら夜間哨戒空けとはいえ・・・どうなんだ?リトヴャク・・・」

 

 3年前に声だけを聞き、夜間戦闘魔女(ナイトウィッチ)同士の交信の証であるQSLカードを受け取りはしたが対面するのはこれが初めてだ。とは言うものの、相手は立ったまま寝ているのだが。

 神崎は微妙な表情をしつつもこれからどうするか考えた。ずっと待っている訳にもいかず、彼女の部屋に行くのはミーナに禁止されているがそもそも場所を知らず、神崎の自室に運べば銃殺を志願しているのと同義だ。

 

「落ち着いた所で会いたかったとは言ったが・・・、これはいささか落ち着きすぎだろう」

 

 ふぅと溜息を吐いて神崎はゆっくりとサーニャを横抱きで抱え上げた。この状況を見られただけで相当危険なので、足早に、しかし極力揺らさないようにこの場を後にした。向かったのは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ャ。・・・ニャ」

 

 つつまれるような温かさに身を委ねて沈んでいた意識が僅かに浮上した。しかし、このまどろみを手放すのは余りにも勿体無く、再び意識が沈んでいこうとする。

 

「・・・ァーニャ。サーニャ」

 

 しかし、今度ははっきりと名を呼ばれながら優しく体を揺すられれば沈み込んだ意識は完全に浮かび上がってしまった。浮かび上がりはしても覚醒しきらない眼を開き、自身を覗き込む人物の顔を見上げた。

 

「ん・・・。エイ・・ラ?」

 

 ぼやけた視界が結んだ像は、少し怒ったような表情をしたエイラだった。

 

「部屋に居ないと思ったら・・・。ここで寝てちゃダメじゃないカ」

 

「あれ・・・?私・・・」

 

 エイラの言葉を聞いて初めてサーニャは自分が自室ではない所で寝ていたことに気付いた。体を起き上がらせれると、体に掛かっていた毛布がずれて自分が談話室のソファで寝ていたことに気付く。

 

「なんで・・・ここで・・・」

 

「昨日の哨戒で疲れたのカ?」

 

「昨日は・・・少し。でも・・・格納庫に帰ってからは・・・」

 

 ストライカーユニットを格納庫に収め、そこから部屋に戻ろうとして・・・。疲労が余程溜まっていたのか記憶が曖昧だった。先日の夜間哨戒では、基地周辺で不審な電波の揺らぎ感じ取り、集中して警戒していたのだ。結果として特に問題はなかったが電波に沢山の地形物が反射し、それを見分けるのに相当労力を費やしたのだ。

 いまだ抜け切れない眠気を持て余しながらボ~としていると、外からストライカーユニットの離陸音が連続して聞こえてきた。何気無く談話室の窓の方を向くと、エイラが気付いて口を開いた。

 

「今日は編隊での模擬戦するって言ってたナ。昨日からカンザキ大尉も大変ダナ」

 

「カンザキ・・・大尉?」

 

「うん。この前新しく配属された魔法使い(ウィザード)

 

魔法使い(ウィザード)・・・」

 

 首を傾げながらサーニャは言葉を反芻する。そんな彼女が向く窓からは2つの航跡が絡み合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よく着いてくる!本当に腕を上げたな!』

 

『まだこの程度・・・!』

 

『ならこれはどうだ!!』

 

『望むところ・・・!』

 

 無線で交わされる言葉には、聞いている者に気安さと真剣さ、そして確かな友情があるのを感じさせるものがある。そして会話に呼応するように、上空の2つの航跡は複雑さをましていく。その会話を耳のインカムから聞きながら、ミーナは滑走路から複雑な表情で見上げていた。

 

 神崎の編隊飛行のテストが開始されて30分が経過していた。

 坂本が長機として戦闘機動を行い、それに神崎が追随していく。ただそれだけだが、坂本が行う戦闘機動は一握りの熟達者が可能なものであり、それに追随する神崎は技量の高さを証明しているのと同義だった。

 

「うん。やはり、神崎大尉の実力は申し分ないものだな」

 

 隣から聞こえた声にミーナが視線を向けると、腕を組んだバルクホルンが自身と同じく上空の航跡を眺めていた。当初はバルクホルンが今回の長機を務める予定だったが、急遽坂本と変更になってそのまま訓練を見学することになったのだ。その表情は、無表情ながらどことなく満足そうなもの。純粋に部隊に即戦力が配置されたのが喜ばしいのだろう。

 普通の航空魔女(ウィッチ)なら、ミーナも手放しで喜んでいただろう。しかし、それが魔法使い(ウィザード)という異分子なら話は別だった。

 

「くぅ~~。あんな坂本少佐の近くで飛べるなんて・・・。なんて畏れ多い・・・なんて羨ましい・・・」

 

 少し離れた所では、坂本を慕うペリーヌが嫉妬に彩られた眼で神崎を睨みつけている。確かに坂本の神崎への気にかけ様を見れば、嫉妬を覚えるのも無理はない。しかし、ミーナが神崎に向けるのは嫉妬よりも別な感情の方が大きかった。

 

『ならば、これはどうだ!!』

 

『左捻り込み・・・!?こっちはメッサーだぞ・・・!?』

 

『お前ならばできる!!』

 

『簡単に言ってくれる・・・!』

 

 気安い、本当に気安い会話だ。友人、あるいはそれ以上の関係にあるかのよう。

 こうして傍から聞いているうちに無意識に腕を組んでいる手に力が篭る。自分の大切な人が、今自分が最も警戒している人物と楽しげに会話しているのがどんなに心を掻き乱すことか。

 

「ミーナ。もうそろそろ、訓練終了の時間だが?」

 

 航跡を見ていたはいいものの別なことを考えていたミーナの意識は、バルクホルンの呼び声で呼び戻された。自然な動きを装って腕時計を見れば、確かにもうすぐ決めていた訓練終了の時間だ。

 

「次は編隊での模擬戦だったか?」

 

「ええ。相手はシャーリーさんとルッキーニさんに。神崎大尉を長機にしたいのだけど、坂本少佐は・・・」

 

「ミ、ミーナ中佐!神崎大尉の2番機は私が!!これ以上坂本少佐と神崎大尉を・・・!」

 

 ミーナが編組を考えていると、猛烈な勢いでペリーヌが進言してきた。その鬼気迫る表情に隣のバルクホルンが引き気味になっていた。

 

「え、ええ。じゃあペリーヌさんはストライカーを装備して・・・」

 

「感謝いたしますわ、中佐!」

 

 ミーナが戸惑いながら了承すると、ペリーヌは猛然と駆け出して格納庫に消えていった。そして程なくして格納庫からストライカーユニットを装備して現れ、あっという間に離陸してしまった。緊急発進(スクランブル)顔負けの迅速さである。

 

「あいつは何を焦っているんだ?」

 

「さぁ、なんでかしらね」

 

 ぽかん・・と上昇していくペリーヌを見上げるバルクホルン。ミーナも微妙な表情をしつつも、坂本に通信を入れた。

 

「美緒、あなたはペリーヌさんと交代して」

 

『む、そうか・・・。仕方ないな』

 

『・・・あんな無茶苦茶な編隊機動はもうたくさんだ』

 

『ハッハッハ!!そう言いながら追随してきたじゃあないか!』

 

 坂本は楽しげな、神崎は疲れたような、無線での2人の会話。おそらく、これはペリーヌが乱入もとい合流するまで続いた。坂本が滑走路に降り立ったのを見届けていると、今度は格納庫からシャーリーが歩いてやってきた。頭を掻きながらバツの悪い顔をしている。

 

「中佐。私とルッキーニの出撃は遅れそうだ」

 

「あら。何かユニットに問題が?」

 

「さっきペリーヌが出撃したろ?こっちが調整している横であいつがストライカーをふかしたから、工具やら整備機材やらが吹っ飛んじまったんだ。調整も一からやり直し。むしろ片づけがあるから時間がかかるな」

 

 少なくとも2,30分・・・と指を折りながらのシャーリーの言葉に、ミーナは溜息を吐いた。バルクホルンも戸惑いを通り越して呆れている。

 

「まったく、もう・・・。確かに許可はしたけど・・・これは注意が必要ね」

 

 優秀な人を集めているはずなんだけど、なんでこう問題が起こるのかしら・・・と心中で嘆息しているミーナだったが、そんな悩みを吹き飛ばすかのような大きなサイレンが響き渡った。

 ネウロイ襲撃の警報音である。

 

「ネウロイ!?」

 

「予測では明後日のはずでは!?」

 

 シャーリーとバルクホルンが驚きの声をあげる中、ミーナは思考を迎撃に切り替えていた。現在、即応可能なのは上空にいる神崎、ペリーヌの2人。先程着陸したばかりの坂本も出撃できるかもしれないが、シャーリーとルッキーニはしばらく出撃できない。基地で待機しているメンバーを出撃させるべきか・・・。しかし、無線を通して知らされたネウロイの情報が選択肢を狭めることになる。

 

『確認されたネウロイは、ガリアからブリタニアに向けて侵攻中。超低空且つ高速で飛行しるため、発見が遅くなった模様。予想到達は約10分後です』

 

「速いわね・・・」

 

 ミーナの表情が固くなる。判断に時間がかかるほどにネウロイがブリタニアに侵入する可能性が高くなるのだ。しかし、ここで即応できるであろう上空の2人、特に神崎に命令を下すには不安要素が大きかった。

 

『ディートリンデ中佐』

 

「・・・何かしら?神崎大尉?」

 

 その不安要素が多い神崎から通信。ミーナは上空で滞空している神崎を見上げて続きを促した。

 

『ここ周辺の空域は把握しています。自分が先攻して足止めを』

 

「・・・銃も持っていないのに足止めが出来るわけ無いでしょう?」

 

 先程までの編隊飛行訓練は機動を主目的にしていたため殆どの武装せずに行っていた。今の神崎の装備は拳銃と扶桑刀だけのはずである。だが、神崎の返事はまったく揺らいでいないものだった。

 

『足止め程度なら、固有魔法を使えばなんとかなります。後続の到着に時間がかからないのなら問題ありません』

 

 ミーナは沈黙してしまう。ここまで躊躇する原因は、神崎がこの空域に不慣れであることもあるが、その殆どは自身が持つ神崎への不審感に他ならない。しかし、今のところは神崎が不審な行動をとっているのを少なくともミーナ自身は把握していない。そんな曖昧な理由でブリタニアを危険に晒すのか・・・。指揮官としての彼女の決断は自ずと決まる。

 

「分かりました。神崎大尉は迎撃に向かいなさい。準備が出来次第、後続が向かいます」

 

『了解』

 

「ペリーヌさん、あなたは神崎大尉の2番機になってサポートを」

 

『りょ、了解しました!』

 

 それぞれ返事を残して迎撃に向かう神崎とペリーヌを見送り、ミーナは格納庫へと向かう。そこでは先程まで上空にいた坂本と、離陸準備中だったシャーリー、ルッキーニ、そしてバルクホルンとハルトマンが出撃の準備に取り掛かっていた。

 

「神崎大尉とペリーヌさんが先行して足止めしています。準備が出来次第、出撃。指揮は坂本少佐が」

 

「任せろ、ミーナ」

 

 坂本の頼もしい言葉と微笑みに、ミーナも微笑みを以って応えた。

 問題は、彼女達が出撃して到着するまでの時間を神崎達が稼げるかであった。

 

 

 

 

 

 

 ネウロイの迎撃の為に501から移動を開始した神崎とペリーヌは、基地から通報される観測されたネウロイの位置情報を頼りに飛行していた。最初のうちは空域に慣れていないだろうとペリーヌが誘導しようとしていたが、神崎は完全に記憶していたらしく全く必要がなかった。一人で躊躇なく進んでいく姿に、ペリーヌは坂本とのやり取りに対する嫉妬も含めて不満を感じていた。

 しかしそんな不満を燻ぶらせる時間も無く、状況は次に進む。

 

「前方1時の方向、洋上。距離ではまだ遠いはずだが、視認できる」

 

「私も視認しましたわ。300m級です」

 

 2人が視認したのは、全翼機のような形状をした巨大なネウロイだった。アフリカやスオムスでは殆ど相手にすることはなかったタイプである。その巨体故に攻撃力と防御力は段違いだろうが・・・ある意味、神崎にとっては好都合だった。

 

「さて・・・。クロステルマン中尉」

 

「は、はい!」

 

「戦闘に入る前に1つ命令を出す」

 

 洋上にネウロイを視認しながら、速度を落とした神崎は背後のペリーヌに視線を向けることなく話しかけた。ペリーヌも今から戦闘に突入するだろうと意気込んでいたのだが・・・。次の神崎の言葉で出鼻を挫かれることになる。

 

「お前は手出しするな」

 

「・・・は、はい?」

 

「戦闘に参加せず待機していろ」

 

 まさかの言葉に一瞬呆けてしまうペリーヌ。しかし、すぐに怒りが沸きだした。それは当たり前だろう。ペリーヌは自由ガリア空軍の中でも随一ともいえる腕前を持つ航空魔女(ウィッチ)だ。各国のエースが集まる501に所属し、ガリア奪還の為に日夜戦い続けてきた身として、神崎の言葉はあまりにも理解しがたく、屈辱的だった。

 

「侮らないで下さいまし!私は、あの程度のネウロイは何度も・・・」

 

 顔を怒りで赤く染めて声を荒げるが、神崎はチラリと一瞥すると冷たく言い放った。

 

「敵意を向けてくる奴に背中を任せる気は無い」

 

「な・・・!?」

 

 まさかの言葉にペリーヌは固まってしまうと、神崎は更に言葉を続けた。

 

「俺のことが気に食わないのは別にいい。だが、戦闘にそんなものを向けられたなら・・・反射的に殺しかねん」

 

 だから絶対に着いて来るな。

 

 そう言い残して、神崎はネウロイに向かって加速して言った。ペリーヌは、告げられた言葉と、何より神崎の視線に滲んでいた殺気で動くことができなかった。

 

 

 

 

 

 接近するにつれ、みるみる大きくなるネウロイの巨体に神崎は素直に驚いていた。

 

「本当にでかいな・・・。まぁ、狙いが付けやすくて楽だが」

 

 アフリカやスオムスでは殆どが小型で高機動のネウロイ、大きくても中型で、ある程度機動力があるものを相手取っていた。ここ最近だとより小型で高機動のものも相手にしていたが・・・今は関係ないことだ。

 神崎は頭を振って思考を切り替えると、左手に魔法力を集束させた。集束した魔法力は熱を持ち始め、それが炎を発生させる。

 

「・・・行け」

 

 いぜん加速させながら振った左手。その軌跡から放たれるのは20発にのぼる炎。それらが左右から包囲するように大型ネウロイに襲い掛かった。複数の小型ネウロイを木っ端微塵にする威力を秘める炎が一斉に爆発した。

 

 ギギギギギャアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?

 

 体のいたる所を吹き飛ばされ、悲鳴のような金属音を響き渡らせるネウロイ。少なくない魔法力をつぎ込んだはずなのだが、コアを破壊するまでには至らなかったようだ。

 

「・・・まぁ、いい」

 

 神崎は再生が始まったネウロイを一瞥すると、腰に差してある炎羅(えんら)を抜き一気に肉薄した。あそこまで図体が出掛ければいくら魔法力を纏わしたとはいえ拳銃弾で太刀打ちできるとは思えない。ならば、刀の錆にするまでだ。

 神崎の接近にようやく気付いたのか、ネウロイがビームを放ち始めた。その巨体に見合うだけの高威力の複数のビームに、神崎は表情を変えずに突っ込んだ。

 

「フンッ・・・」

 

 鋭いロール機動でビームを回避し、直撃コースのものは速度を落とさないようにシールドで逸らしながら、尚も接近し間合いに捉えた。刀身に神崎の魔法力に呼応して炎が発現した炎羅(えんら)を構え、速度を乗せた斬撃を繰り出した。

 

「シッ・・・!!!」

 

 短い気合の呼吸音と共に放ったすれ違い様の斬撃は、見事にネウロイの右翼を切り裂いた。再び響き渡る金属音を聞きながら、そのまま速度を活かして距離を取ってネウロイの状況を確認すると、切り離された翼の付け根に紅く光る結晶を発見した。

 

「コアを確認。さて、ここから・・・」

 

『神崎大尉!やはり、私も!』

 

「チッ・・・」

 

 神崎はここから反転して再び攻勢に出ようとしたが、神崎はネウロイの近づく1つの機影を見つけて思わず舌打ちしてしまった。ペリーヌが神崎の命令を無視してネウロイに攻撃を仕かけたのだ。

 

「よりにもよってこのタイミングで・・・。再生したネウロイの的だぞ・・・」

 

 短時間でこれほどのダメージを追ったことに危機感を感じたのか、ネウロイは先程とは段違いのビームの弾幕を一番接近しているペリーヌに放ち始めた。最初の方はペリーヌも上手く回避していたが、シールドでまともにビームを受け止めてしまったのを皮切り押し込まれてしまう。

 その様子に神崎は眉を顰めて、すぐさま反転してネウロイに向け加速した。

 

『クゥ・・・!?』

 

 インカムから漏れるペリーヌの苦悶の声で、ネウロイの攻勢の激しさが窺える。完全に弾幕に捕らえられているようで一刻の猶予がないのが明白だった。神崎は炎羅(えんら)を鞘に収めると、両手に魔法力を集束させて一気に噴出させた。爆発的な加速力を得て、ネウロイが認識する暇もなく肉薄する。そして、この肉薄する僅かな時間で右腕に再び魔法力を集束させていた。神崎の睨み付ける先には、ネウロイ右翼の付け根。このネウロイのコアがあるであろう部分。

 

「ここだ・・・!!」

 

 交錯する時間は一瞬。

 しかし、その一瞬で神崎は的確にコアの位置に炎を噴出させた。

 高温の炎がいとも簡単にネウロイの装甲を溶解させ、その奥にあるコアを破壊する。

 交錯した後には、背後に光の粒子だけが残った。

 

「・・・ふぅ」

 

 魔法力の使いすぎによる疲労を覚えながら息を吐き出して僅かながらに緊張を解く神崎。その傍にゆっくりとペリーヌが近づいてきた。強力なビームの弾幕をシールドで防いでいた為か若干息を切らせ、そして申し訳ない表情をしている。

 

「神崎大尉・・・。あの・・・」

 

「無事か。・・・坂本への義理立ては出来たな」

 

「え・・・?」

 

「・・・軍人なんだ。命令は守れ、クロステルマン中尉」

 

「は、はい・・・。ですが、私は・・・」

 

「・・・来たな」

 

 何か言おうとしたペリーヌには目もくれず神崎は別の方向に視線を向けていた。その視線の先には、増援でやってきた坂本達の姿が。

 

「・・・ネウロイ撃破。RTB」

 

「あ、あの・・・!」

 

 さっさと帰還する旨を通信に乗せ、神崎は坂本達の方へと移動を開始した。結局、その後も神崎はペリーヌとは一切会話しないままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坂本達との合流後、神崎はそのまま基地に帰還しミーナに簡単な戦果報告を行った。ペリーヌには有無を言わさず協同撃墜として報告し、戦闘の詳細は後日報告書として提出することになった。いい機会だからと、バルクホルンに報告書の作成について教えてもらうことになり、それは夕食後ということになった。

 

「お~い、大尉」

 

「イッルか・・・」

 

 夕食までもう少しといった時間帯。

 煙草でも吸おうかと考えながら廊下を歩いていた神崎にエイラが声をかけた。彼女も増援で出撃していたのだが特に疲れた様子は無い。

 

「なぁ、大尉。今日の夜、暇カ?」

 

「ああ。夕食後は用事があるが、夜は何も無いな」

 

「じゃあ、用事が終わったら食堂ナ!絶対ダカンナ!」

 

「ああ」

 

 神崎が了承すると、エイラはホッとした様子でどこかへと走り去ってしまった。神崎も少し首を傾げたが、特に気にすることなく食堂へと向かう。時間を潰すのは煙草ではなく、コーヒーか紅茶にしよう。

 

 また微妙な夕食を終え、特別に入室を許可された談話室でバルクホルンから報告書作成の指南も受け終えての夜。神崎はエイラに言われた通りに食堂で待機していた。暇を持て余して淹れたコーヒーを一口飲み、顔を顰める。スオムスでアウロラのコーヒーを飲んでから、自分が淹れるコーヒーも随分と苦くなってしまった。眠気覚ましには最適だが、こうやってリラックスする為に飲むものではないことがよく分かる。

 

「お!いたいタ」

 

「む。来たか・・・」

 

 苦いコーヒーをテーブルに置き、食堂の入り口に立つエイラを見る。どこかソワソワした様子なので、神崎は顎でコーヒーを指し示した。

 

「コーヒーでもどうだ?ユーティライネン大尉の味を再現したつもりだが・・・」

 

「それってメチャクチャ苦いってことじゃないカ!そんなの飲みたくないンダナ・・・」

 

「そうだな。不味い」

 

 渋い表情でのエイラの意見に同意しながら、神崎は残っていたコーヒーを飲み干してエイラに向き直った。

 

「で、呼び出した用件はなんだ?」

 

「ソウダナ。・・・ほら、サーニャ」

 

 エイラが食堂の入り口から1度出ると、新たな人物を連れて食堂に入ってきた。白のブラウスと黒のビスチェを合わせたオラーシャ空軍の制服を纏う銀髪の少女。神崎が今朝遭遇した夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)

 

「あの・・・アレクサンドラ・ウラジミーロヴナ・リトヴャク・・・です」

 

「この前話したロ?まだサーニャに会ってないって。サーニャも挨拶したいって言ったから連れてきたンダヨ」

 

 あ、サーニャっていうのは愛称ダゾと言うエイラの言葉に頷き、神崎は立ち上がり2人の前に立った。挨拶するのに座ったままでは失礼だろう。

 

「つい先日、501に転属した神崎玄太郎だ。初めまして・・・か?」

 

「・・・いいえ」

 

「サーニャ?」

 

 神崎の言葉にサーニャは首を振る。エイラが不思議そうに彼女に声をかけるが、サーニャは神崎を見つめていた。神崎もしっかりと彼女の視線を受け止める。

 

「3年前の夜間飛行で・・・一度だけ・・・。電波の乗せて・・・」

 

「覚えていたのか・・・。なら、初めましては失礼だな」

 

「エ?エ?」

 

 完全に置いていかれてしまったエイラが交互に2人の顔を見て困惑しているが、神崎もサーニャもエイラのことは完全に視界に入っていなかった。数年越しの出会いに神崎は小さな笑みを浮かべ、改めて口を開く。

 

「君の歌で俺は救われた。まさか直接、礼が言えるとは思わなかった。ありがとう、リトヴャク」

 

「私も・・・あなたの言葉で。夜の空は1人じゃないって・・・安心しました。神崎・・・大尉」

 

 神崎の微笑みに釣られて、サーニャも華のような笑みを浮かべた。自分が命を救われただけかと思っていたのが、あの時電波に乗せたことが彼女の一助になっていたことが神崎には素直に嬉しかった。

 

「リトヴャクのQSLカードはまだ持っている」

 

「私のことは・・・サーニャでいいです。まだ、持っていてくれたなんて・・・」

 

 無線と手紙でほんの少しだけ、この激動の世の中ならば人によっては忘れ去っていてもおかしくない僅かな交流だ。しかし、2人の間には確かに友情が芽生えていた。

 だが、それが面白くない人物もここに1人いる。

 

「私を無視するナー!!!」

 

 完全に話についていけなかったエイラが半分泣きながら2人の会話を遮る。そこでようやく、神崎もサーニャもエイラのことを思い出したかのように視線を向けた。

 

「大尉もサーニャも!私が分からないことばかり話しテ!なんだヨ!大尉はサーニャと知り合いなのカ!?ネーチャンが居るくせニ!?サーニャは渡さないゾ!?」

 

「エ、エイラ・・・」

 

「お前は何を言っているんだ・・・」

 

 サーニャは困ったように、神崎は呆れたように、泣き喚くエイラを見る。3人の喧騒は、サーニャの夜間哨戒の離陸時間まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食堂で神崎達3人が話していた頃・・・。

隊長室には、ミーナとペリーヌが居た。机に座るミーナとその正面に立つペリーヌ。ペリーヌの顔は緊張で強張り、目には若干の怯えもあった。

 

「クロステルマン中尉。あなたの軽はずみな行動で格納庫内での作業が大幅に遅延し、出撃が大幅に遅れてしまいました」

 

「はい・・・」

 

「あなたの行動で最重要防衛目標であるブリタニアが危機に陥ったのよ。今回は神崎大尉のお陰で事なきを得ましたが、今後はこのようなことは絶対にしないように」

 

「はい・・・。申し訳ございませんでした」

 

 今回の一件でミーナはペリーヌに厳重注意に処した。被害が出ればこの程度では済まなかっただろうが、これは結果オーライと言った所だろう。ペリーヌも十分に反省している様子なので、ミーナは真剣な表情は解いて安心させるように微笑んだ。

 

「けれど、神崎大尉と2人でネウロイを撃破したのはよくやったわ。さすが青の一番(ブループルミエ)ね」

 

 たった2人で大型ネウロイを撃破したのは十分賞賛に値する。しかし、ミーナの言葉にペリーヌは表情を曇らせた。

 

「そのことですがミーナ中佐。今回の戦闘には私は殆ど参加していません」

 

「・・・どういうこと?」

 

「神崎大尉は・・・私に待機を命じて単独でネウロイに攻撃をしかけました。でも、私は・・・その命令に我慢ならずに攻撃に参加して、ネウロイの集中砲火を受けてしまい・・・。神崎大尉がトドメを刺したのです」

 

「そう・・・だったの」

 

 ペリーヌの申告にミーナは顎に手を当てて少し思案した。気になるのは、なぜ神崎がペリーヌに待機の命令をしたのかだ。

 

「神崎大尉は、その命令を出したときに何か理由は言ったのかしら?」

 

「はい。確かその時に・・・」

 

 理由を言おうとした時のペリーヌの目に恐怖の色が入るのをミーナは見逃さなかった。声が震えそうになるのを無理矢理抑えて、ペリーヌは言った。

 

「敵意を向けてくる人物を2番機には置けない。反射的に殺してしまいかねない・・・と」

 

「そんなことを・・・」

 

「ミーナ中佐。神崎大尉は・・・何者なのでしょうか?私は・・・私は、あんな冷酷な目をいままで見たことがありません」

 

 自身に向けられた冷徹な目を思い出し、ペリーヌの声は震えてしまっていた。しかし、ミーナはその問いには答えられない。それはミーナも知りたいことなのだから。

 





感想欄の島岡の人気に神崎、ライーサもニッコリ

なお本編には・・・


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第七十七話


イベントは日程でいけるかどうか微妙ですが、チケットは確保したい!
というか、頑張っていけるように調整しなければ!

そんな訳で、七十七話となります

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします!

お気に入りの数が1000件を突破しました
読者の皆さん、本当にありがとうございます!


 

 

 

 

 基地に響き渡るサイレンで、魔女(ウィッチ)達は一斉に動き出す。

 

緊急出撃(スクランブル)!編成はシフト通りよ!!」

 

 スピーカーから流れるミーナの声を聞きながら、ストライカーユニットを装着するのは5人の魔女(ウィッチ)と1人の魔法使い(ウィザード)。坂本を戦闘隊長に据えた、バルクホルン、ハルトマン、ペリーヌ、エイラ、そして神崎の部隊は各々の武器を携え次々に離陸していった。

 

『全機聞こえているな?前衛は私の隊とバルクホルン隊、中距離から神崎隊が援護だ。タイミングを見て、3隊で一斉に攻勢をかけるぞ』

 

 坂本の指示を受け、6人の位置取りが変わっていく。神崎は4人を目前に据えて、神崎は自身の僚機に声をかけた。

 

「イッル。聞いての通りだ」

 

「了解~。あ~面倒だナ~」

 

「イッル」

 

「分かってるヨ」

 

 面倒だと口では言いながら戦闘準備に余念がないエイラを見て、どこか彼女の姉を連想した。やはり姉妹である。

 

『見つけた。いつもと同じ、大型が1体』

 

『了解。こちらから仕掛ける』

 

 坂本の報告から先行している2隊が動いた。正面にいるであろうネウロイに程なくして接敵するだろうが、その前に神崎達に仕事がある。

 

『神崎、頼む』

 

「了解」

 

 坂本の通信に返事をして、神崎は速度はそのままでMG34を持っていない左手に魔法力を集束させていった。左手の魔法力が熱が持ち始めると、神崎は背後のエイラに声をかけた。

 

「イッル。奴の未来位置は?」

 

「ん~。10時の方向に7000ってとこダナ」

 

「よし。・・・いけ」

 

 エイラの固有魔法「未来予知」によってネウロイの未来位置を伝えられ、神崎は炎を解放した。いつものような複数での追尾するものではなく、破壊力と速度に重点を置いた特大の1発。

 炎は周囲の酸素を燃焼させる音を纏い一直線に予測地点に飛翔し、遥か先で爆発した。ここからでは小さく見える爆炎だが、魔眼を発動させた坂本はしっかりと見ていたようだ。

 

『着弾を確認。ダメージを与えたぞ。神崎、良くやった。バルクホルン隊、突撃!ペリーヌいくぞ!』

 

 この神崎の射撃の間にネウロイとの距離を詰めていた坂本達が、ネウロイに突撃していく。その様子を見守りつつ、神崎達も若干加速しながらいつでも援護に入れる距離を保っていた。

 

「未来予知は便利だな。戦術的にも戦略的にも」

 

「まぁ、少し先の未来だけだけどナ」

 

「それだけでも十分だ。流石だな、無傷のエース」

 

「ヘヘ。なんてこと無いっテ」

 

 照れくさそうに笑うエイラに、神崎も若干頬を緩める。その短い間でも、坂本達がネウロイのビームをものともせずに銃撃を加えており確実にダメージを与えていっていた。神崎達も警戒も含めて周辺で待機していたが、不意にエイラの狐耳がピクリと動いた。

 

「アイツ逃げるゾ」

 

「どこに逃走するか分かるか?」

 

「分かる」

 

「なら、イッルが前だ。先導してくれ」

 

「了解!」

 

 背後のエイラが加速して神崎を追い越す。そのままエイラを長機として、2人はネウロイへと接近していった。坂本達から四方から銃撃を加えられてボロボロのネウロイだったが、突如爆発するように全方位に向けてビームを発射した。このネウロイの隠し玉だったのかは分からないが、予想外の攻撃に坂本達は攻撃の手を止めざるを得なかった。その隙をついてネウロイは離脱しようと急旋回をするが・・・。

 

「悪いナ。分かってンだヨ」

 

「自由射撃だ。容赦するな」

 

 それぞれMG42とMG34を構えたエイラと神崎が待ち構えていた。両者の重機関銃がほぼ同時に火を吹き、数多の銃弾がネウロイの先端から削っていく。そして、コアを破壊したのか、程なくして白い粒子へと爆散した。碌な反撃がなかったところを見ると、先程の全方位への攻撃が最後の力だったのかもしれない。

 

「ネウロイの撃墜、確認した」

 

「よくやった。ゲン、エイラ」

 

 ネウロイの後からやってきたバルクホルンは冷静にネウロイを撃破したのを確認し、坂本はネウロイに先回りしていた2人を労った。

 

「あ~あ、疲れた~。早く帰ろうよ~」

 

「こら!ハルトマン!最後まで任務を全うしろ!」

 

「坂本少佐。周辺に敵影なしですわ」

 

「分かった。ありがとう、ペリーヌ」

 

 周辺の異常も無し。一連の戦闘は終了した。後は、帰還するだけだ。

 

「今日は終わりダナ。あ~腹減ったナ~」

 

「・・・まともな食事が出ればいいがな」

 

「・・・言うなよ。カンザキ大尉」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神崎が501に配属されてから1ヵ月近くが経過した。

 その間に、神崎は通常の出撃のシフトや大尉相当の事務仕事などを覚え、基地や周辺地域の地形や地物など把握していた。通常任務に必要になるであろう周辺の情報はあらかた入手できていた。

 普通じゃない方の任務はまた別の話だが・・・。

 そんな中、神崎は隊長室で坂本とミーナと話していた。

 

「さて、これであらかたのメンバーとゲンはロッテを組んだ事になるな」

 

「神崎大尉のローテーションも確定させたいところね」

 

 応接用のテーブルを挟んで聞こえる2人の会話を聞きながら、神崎は黙ってソファに座り出された緑茶を啜っていた。水を向けられるまでは上官同士の会話に口出しするつもりは毛頭無かった。

 

「客観的に見て、安定しているのはバルクホルンと組んだ時だったが・・・」

 

「けれど、エーリカとのロッテを解消するほどではないわね」

 

「確かにな・・・」

 

 緑茶を味わいながらバルクホルンと編隊を組んだ時を思い出す。もともと2丁拳銃よろしく重機関銃を2つ持つ彼女と、神崎の炎が組み合わさって攻撃力自体は屈指のものとなった。しかし、そのせいで戦術が一辺倒になったり、高火力故に周りの味方を巻きこみかねなかったり、粗も見つかった。

 他の殆どの面子でも同じような状況で、利点は勿論あるが粗も目立つといったのが現状だった。なまじ神崎がどの戦術であっても対応できることも起因していた。

 それらを鑑みて考えると・・・。

 

「主観的には・・・、ユーティライネン少尉と組むのが最善かと」

 

「エイラさんと?」

 

「確かに。今日の出撃でも良かったと思うぞ」

 

 もともとエイラもオールラウンダーとしての役割が大きかった。そこで神崎と組むことになれば遊撃としての役割が強化され、あらゆる状況にも対応できうると考えられた。

 

「確かにエイラさんは、夜間飛行の時以外は特に固定されていた僚機もいないし丁度いいわね」

 

「エイラにも話を通して問題なければそれでいこう」

 

「分かった」

 

 神崎にとってこの501の中で信用できる魔女(ウィッチ)は坂本とエイラだった。この2人は言い方は悪いが裏が取れている。サーニャも信用できるだろうが、まだ裏が取れていないのだ。そもそも彼女は、夜間戦闘専従であるためロッテを組む選択肢には含まれていないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この決定で話は終わり、神崎が隊長室を後にした。

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていくのを聞きながらソファに座ったままの坂本は隣に座るミーナに視線を向けた。

 

「もう1ヵ月だが、まだ信じられないか?」

 

「そう・・・ね」

 

 ミーナは坂本の視線から逃げるように俯き、曖昧に返事をする。そんな彼女の様子に、仕方ないという風に坂本は嘆息し、緑茶を口にした。いくら人の感情の機微に疎い坂本でも、ミーナが神崎を警戒しているのに気付いていた。坂本にとっては神崎もミーナも大切な友人である。だからこそ、納得するのならば神崎のことを調査するミーナには何も言わず好きにさせていた。

 しかし、これ以上時間をかけるのなら話は別。このままでは要らぬ軋轢を生みかねず、同じ部隊で戦うには看過できない事態を起こしかねないのだ。

 

「調査結果も来たわ。送られてきた来歴に改竄はなし。・・・疑う要素は無いわね」

 

「そうだろう。ゲン自身もこの1ヵ月で不審なことはしていないはずだ」

 

「そう・・・ね。そうよね」

 

「・・・少しはゲンのことを信用してもいいと思うのだが」

 

 坂本自身も神崎の行動については注視していた。しかし、不審な行動はしておらず隊の面々との関係も概ね良好。それに魔女(ウィッチ)だけでなく男性兵士である整備兵や基地の警備兵達との関係も良好だった。いままで魔女(ウィッチ)達とは規則によって隔てられていた彼らは、男性の神崎だからこそ色々な会話をしていた。彼の存在によって基地内の部隊連携が向上するかもしれない。

 彼の存在で部隊にメリットはあれど、今のところはデメリットは存在しないのだ。

 

「・・・分かったわ、美緒」

 

「そう言ってくれると信じていたぞ、ミーナ」

 

 2人は笑い合う。1人は心から。もう1人は・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンザキ大尉~」

 

「なんだ、ハルトマン中尉」

 

「お腹すいた~。何か食べ物持ってない~?」

 

「・・・ほら」

 

「チョコバーじゃん!さっすが大尉!トゥルーデとは違うね~」

 

 昼過ぎの談話室。

 投げ渡したチョコバーに齧りつくハルトマンを横目に見つつ、神崎は再び新聞に目を落とした。今は出撃の合間にあたる時間であり、神崎は休憩中である。そこにたまたまハルトマンが駄弁っていたのと鉢合わせたのだ。

 当初は談話室の入室も禁止されていた神崎だったが、書類仕事や訓練などの調整、ブリーフィング等で時々許可を貰って使用するようになり、そのままなし崩し的に普通に入れるようになったのだ。

 神崎としても談話室にあるソファは柔らかいので入室できるようになったのはありがたかった。

 

「ほおいえは、はんはきはいいはあ~」

 

「飲み込んでから話せ」

 

 隣のソファに寝そべりチョコバーを口に入れたままで話すハルトマンに、神崎は新聞から目を離さないまま注意する。ハルトマンは1度黙って口の中を空にするのに集中したようだ。

 

「・・・ゴクンッ。そういえばカンザキ大尉はさ、休みの日は何してんの?」

 

「休日か・・・そうだな」

 

 新聞を折り畳んで傍らに置いた神崎は、腕を組んでハルトマンの方を見た。ソファにうつ伏せで寝転びながら顔だけを向けてくる姿は、ただのだらしの無い少女にしか見えない。しかし、実際はマルセイユに匹敵する技量をもつウルトラエースだと言うのだから可笑しなものである。

 

「基地の中の把握だったり、生活必需品の購入とかだが」

 

「え~。つまんないな~」

 

 ぶぅぶぅと文句いうハルトマンだが、実際来たばかりなのでこうなるのはしょうがない。それに遠出するにしても目的もない。

 

「なら、ハルトマン中尉は何してるんだ?」

 

「私?寝てるかな」

 

「・・・中尉のもつまらないな」

 

「幸せだからいいんだよ~」

 

 バッタバッタとソファの上でバタ足するハルトマンを横目に見つつ、神崎は再び新聞を広げた。

 

「そうやって新聞読んでるとさ~。なんかおじさんみたいだよ?」

 

「・・・おじさんとは失礼な。まだ19だ」

 

 他愛の無い会話をしながら新聞を読み進めていると、何時の間にやら横からハルトマンの寝息が聞こえ始めた。気持ちよく寝息を立てて完全に寝入ったハルトマンに微妙な表情になる神崎だったが、そんな微妙な空気を吹き飛ばすように談話室のドアがガチャリと勢い良く開いた。

 

「ここに居たのカ、カンザキ大尉」

 

「イッルか。どうした?」

 

 部屋に入って神崎に声をかけたのはエイラだった。エイラは神崎に近づいていくと、明らかに不機嫌な表情で一通の手紙を突きつけてきた。

 

「大尉、結局姉チャンに手紙書いてなかったロ!」

 

「・・・ん?」

 

 曰く、先月アウロラ出した手紙に神崎が501に来たことを伝えたのだが、返信では神崎からその報告を受けていない、そもそも手紙が一切来ていないという愚痴が書かれていたようだ。

 すっかり手紙のことを忘れていた神崎は、エイラから若干視線を外した。

 

「すまん。忘れていた」

 

「この前書くって言ってたロ!」

 

「すまん、としか言えん。すまん」

 

「あ~もう!もう今書ケ!ここで書ケ!」

 

 どこに持っていたのかエイラは便箋とペンをソファの前に設置されたテーブルに叩きつけた。そうまでされれば神崎も手紙を書かない訳にはいかず、新聞を畳んでペンを取った。

 

「さて・・・何を書くか・・・」

 

「取り合えず手紙を書かなかった謝罪だロ。あとは近況とかでいいんじゃないカ?」

 

「そうだな。謝罪と近況・・・。そういえば」

 

 ペンを走らせる寸前、神崎はテーブルの横に立って監視しているエイラを見た。

 

「ン?なんだヨ、大尉」

 

「今後はお前とロッテを組むことになった。よろしく頼む」

 

「エェ!?そ、そんなの聞いてないゾ!?」

 

「ついさっき決まったからな」

 

 狼狽するエイラに対し、神崎の応答は冷静だった。神崎としてはエイラと組むことに全く問題はないからだ。しかし、彼女がどう思っているのかは別問題だ。

 

「すまない。急に決められては迷惑だったな・・・」

 

「いや、違うっテ!?大尉と組むのは迷惑じゃないんダナ!」

 

「なら、よかったが・・・」

 

「ただ、私にはサーニャという相手がいてダナ・・・」

 

「いや、基本的に俺と組むのは昼の間だけだ。夜間のシフトでは今まで通りサーニャと組むことになるだろう」

 

「そ、そうなのカ・・・」

 

 あからさまにホッとした表情になるエイラに内心苦笑しつつ、神崎は便箋にペンを走らせ始めた。文章を紡ぎながらも、エイラとの会話は続ける。

 

「・・・イッルもここの食事には飽き飽きしていたな?」

 

「うん。だって不味いダロ?」

 

「はっきり言うな。だが、同意する。そこで、だ」

 

 神崎は便箋に走らせるペンを少し止めた。

 

「午後から非番だろう?俺もだが」

 

「ウン?そうだゾ?」

 

「僚機が決まった記念だ。基地を出て食事に行かないか?」

 

「え?」

 

 予想外の言葉だったのか、固まってしまったエイラ。しかし、神崎は大したことではないとばかりに、極自然な声音でペンを動かし続けながら言葉を続ける。

 

「ここからの近場と・・・フォークストンか。流石にロンドンまでは行けないから」

 

 最後の一文を書き込み、神崎はコトンとペンを追いた。そして未だ固まったままのエイラを見て、首を傾げた。

 

「どうする?」

 

「さ、サーニャも誘ってもいいカ?」

 

「勿論だ」

 

「なら・・・行ク」

 

「よし。・・・ディートリンデ中佐には俺から話を通す。手紙は頼んだ」

 

 便箋を綺麗に三つ折にしてエイラに渡し、神崎は談話室から出て行ってしまった。エイラは手に便箋を持ったまま立ち尽くしていたが、ハッと我に返った。

 

「じゃ、じゃあ私はサーニャの所に行くんダナ・・・」

 

 男性から食事に誘われるという未知の領域の出来事に困惑したエイラは、誰に言う訳でも無く呟いてギクシャクとした動きで談話室を後した。談話室には騒がしかったにも関わらず変わらず惰眠を貪っていたハルトマンの寝息だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーナに3人分の外出と車両の借用申請を済ませ、神崎とエイラ、サーニャの3人は基地を出発した。目的地は基地のあるドーバーから西に10kmほど進んだ所にあるフォークストンという街だ。神崎が操るジープに揺られ、3人が到着したのはフォークストンの海岸沿いにある洒落たレストランだった。

 

「2人とも急に誘って悪かった」

 

「別に・・・なんてことないッテ」

 

「私まで・・・ありがとうございます」

 

 予約無しでの来店だったが、問題も無く席に通された。店内は程ほどに込んでおり、心地のよい喧騒で満たされている。

神崎の正面に座る2人は、エイラは緊張しているのかどこか表情が固く、逆にサーニャの方は柔らかい表情だった。

 

「イッルとは今日の出撃でも話したが・・・、そろそろ基地の食事には辟易していた。」

 

「確かに・・・」

 

 サーニャも基地の食事は口に合わないのか、控えめではあるものの同意した。エイラは言うまでもないとばかりにウンウンと頷いている。ウェイターによって運ばれてきたメニューを開き、神崎は小さく笑って言った。

 

「折角ロッテを組むことが決まったんだ。ここは俺が持つから好きなものを選べ」

 

「えぇ!?それは悪いッテ!?」

 

「そんな・・・自分達の分は・・・」

 

 この申し出に2人は慌てるが、神崎は笑みを絶やさず、しかし一切退く気配を見せずに言った。

 

「ここは年長者に・・・見栄を張らせてくれ」

 

 

 

 

 

 基地の食事とは比べ物にならない美味しさの料理に舌鼓を打ち、エイラやサーニャと他愛の無い会話を楽しみ、神崎は断りを入れて少しの間店の外に出ていた。

 もう少しで夕方といった時刻。

 西に傾き始めた太陽を見つつ、神崎は煙草を取り出し火をつけていた。海風で運ばれる潮と煙草の匂いが交わり、混沌とした香りを醸し出していた。

 

「失礼、軍人さん。火を貸してくれませんか?」

 

 無表情で紫煙を吐き出している神崎に、同じ店で食事をしていたらしい男性が声をかけてきた。目線だけを向けると、ブロンドで眼鏡を掛けた男性が煙草を片手に持ってにこやかに話しかけてきていた。

 

「・・・勿論。煙草を」

 

 神崎が了承すると、男性は嬉しそうに煙草を口に咥えて寄せてきた。そこに神崎が指に小さな火を燈して炙ってやると、美味そうに紫煙を吸い込み大きく吐き出した。

 

「ありがとうございます。ライターをどこかに忘れてしまったみたいで」

 

「お気になさらず。いや、もと気にするべきは・・・」

 

 神崎は半ばまで吸った煙草の灰を落とすと、ニコニコと笑顔を向けてくる男性をジロリと睨んだ。

 

「火の付け方に少しは驚いてみせろ。ファインハルス少佐」

 

「ああ、失敬。一般人はそこに驚くんだったな」

 

 その瞬間、男性の顔に張り付いていた笑顔はニコニコからギラギラしたものに変わり、眼鏡を通して覗く瞳には剣呑さが燈った。

 彼はモンティナ・ファインハルス少佐。階級的には神崎の上ではあるが、実際は神崎の同僚である。今回の外出の目的は彼との接触にあった。エイラ達との外食という口実はいい隠れ蓑になった。

 

「さてさてさて。手短にいこう。首尾は?」

 

「問題はない。襲撃は少ない」

 

「ああ。こっちで出来る限り摘んでいたからな。いい戦いだったよ」

 

「それはよかったな。・・・そっちは?」

 

 狂喜的な笑みを深めるファインハルスに、神崎は興味なさげに一言で切って捨てた。無駄話に付き合っていては、あまりに時間がかかってテーブルに戻るのが遅くなる。

 

「ブリタニア空軍の奥を探る。足がかりの接触に手伝ってもらうことになるぞ」

 

「俺が、か。分かった」

 

「時期別経由で命令が下る。他には?」

 

「デリンジャーの補充を鷹守に頼んでおいてくれ」

 

「ふむ。分かった。・・・ところで」

 

 事務的な会話を簡潔に続けていたが、急にファインハルスは声色を変えた。神崎が少し自視線をずらしてファインハルスの表情を窺うと、彼の笑みに僅かながらの殺気を滲ませながら店の窓を見ていた。

 

「彼女達は大丈夫なのかい?」

 

「戦いだけでそんなことを言うな。殆ど裏は取れている」

 

「さてさてさて。今度はいつ誰とになるのやら」

 

 そう言い残し、ファインハルスは煙草を咥えながらどこかへ歩いて行った。神崎も咥えていた煙草を握り潰して燃やし、レストランへと戻って行った。

 







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第七十八話


何とかして7月のイベントのチケットを手に入れたい・・・!

あ、ノーブル完結しましたね
まだ読めてないのが悲しいです

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 新月の夜。

 

 照らす月光は無く、ドーヴァー海峡に繋がる浜には小さな波飛沫が立っていた。穏やか、とはいえないが、さりとて時化ているとも言えない。

 そのような天候の方が彼らには都合が良かったのだろう。凪いでいれば侵入が容易にばれてしまい、時化であればそもそも侵入ができない。森からの侵入を何度も妨害されてしまえば、別ルートを模索するのは当然の判断である。

 

 だが、それを対処するのもこちらとしても当然の判断ではあるのだが。

 

 白波を蹴立て、弾丸が水を切り、炎が白煙を噴出させる。

 暗闇が満ちる水面にシールドで弾丸を弾く火花に照らされ、一瞬一瞬表情が顕になる。

 

 振り下ろされた銃尾を相手の懐に潜り込み腕を受け止めることで防ぎ、胸に押し付けたデリンジャーの引き金を引く。崩れ落ちる相手の体を盾に追撃の弾丸を防ぎ、別方向から回りこむ敵に崩れ落ちた敵から奪った消音器付き短機関銃で撃ち殺す。

 波際で行われる戦闘の音は波音で掻き消され、新月の暗闇の中では一瞬光るデリンジャーの閃光と弾丸の火花だけが戦闘が行われている証拠。それらが治まっても、そこには変わらず波音が聞こえるだけ。

 

「・・・終わったか」

 

 岸に打ち上げられた軍帽を拾い上げ、海水が滴る髪を軍帽の中に押し込む神崎。1度だけ海を振り返ると、海面には今しがた戦った跡が海面に浮かんでいる。それを無感情に一瞥し、基地への帰路についた。道すがら上着の内ポケットに入れていた煙草を取り出し、しかし咥えてからそれが水浸しであることに気付き投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が昇れば、血生臭い戦いは鳴りを潜め、通常通りの仕事が待っている。

 任務、訓練、事務仕事などなど。神崎も類に漏れず、数組の書類の束を手に廊下を歩いていた。そんな神崎の後ろを付いて回る人物がいた。

 

「ねぇねぇねぇ、カンザキ大尉~!私もご飯行きたい生きたい行きたい~!!!」

 

「今言うのはやめてくれないか?ルッキーニ少尉」

 

 ツインテールを揺らし、神崎の後ろを付いて回るのはフランチェスカ・ルッキーニ少尉。神崎が少し前にエイラとサーニャと共に外食に行ったのを聞き、顔を合わせるたびに外食の催促をするようになったのだ。

 基地内の食事に辟易しているのは共感できるし、彼女がロマーニャ出身で食にうるさいのを考えれば外食に拘るのも分かる。

 しかし、仕事中に言われても困る。

 

「ルッキーニ少尉、次の非番の時まで待ってくれないか?」

 

「それ、この前も言ってたよ~」

 

 あしらう為の言葉も何度も使えば効果は無くなってしまう。結果、1度見つかってしまえば暫くは当分は追跡されてしまうのだ。

 

「それはしょうがないだろう。シャーリーに連れて行って貰ったらどうだ?」

 

「シャーリー、頼んだけどバイクのパーツ買っちゃってお金がないんだって~」

 

「どういう金銭管理なんだ・・・おっと」

 

 足を止めて呆れていると、いきなり神崎の背中にグイッと力が掛かってきた。崩れそうになるバランスを踏ん張って保っていると、ひょっこりとルッキーニの顔が神崎のすぐ横から出てきて。いきなり彼女が背中によじ登ってきたのだ。

 

「にっひっひ~」

 

「ルッキーニ少尉、動き辛いから降りてくれ」

 

「連れてってくれるまでやーだ」

 

「ふざけてないで」

 

「やーだやーだやーだ」

 

 体を揺らしても両手両足でガッチリとホールドしてビクともしないルッキーニに神崎は嘆息した。無理矢理引き剥がすのも可能だが、放っておけば勝手に飽きるだろうと高をくくりそのまま歩を進めた。

 書類仕事をするためにはミーナのいる隊長室が一番なのだが、部下がそこで仕事を行う訳にはいかない。自室や食堂で仕事をするわけにもいかないので、ミーナに報告したうえで談話室で行うことにしていた。

 

「ねぇねぇ、何書いているの?」

 

「見積もり書だ。いくつかの訓練と業務のな」

 

「ん~?よく分からない」

 

「少尉だろう?書類仕事も覚えろ」

 

「私は飛ぶ方がいい~」

 

 神崎が机に向かいペンを走らせて書類を仕上げていくのをルッキーニがそれを覗きこんでいる。彼女はすぐに飽きるだろうと思っていたが、意外にも一枚仕上げるまで動かなかった。2枚目に移ろうとした所で談話室に新たな人物がやってきた。

 

「あれ~?ルッキーニにカンザキ大尉?」

 

「あ、ハルトマン中尉だ」

 

「む?」

 

 談話室に入ってきたハルトマンは、ルッキーニを背負ったままで書類に向かい合っている神崎を見て不思議そうに目を丸くした。神崎自身もこの状況が可笑しいというのは重々承知しているので、軽く溜息を吐くだけに止めた。

 

「・・・大尉はそんな状況で何してんの?」

 

「いくつかの書類作成を。ミーナ中佐に頼まれてな」

 

「ミーナが?」

 

「ああ」

 

 意外そうな表情をするハルトマンに神崎は頷いた。

 そもそもどうして神崎が書類仕事をしているのかだが、神崎が戦闘記録の報告書を提出した時の何気無い一言がきっかけだった。

 

『自分に振る仕事はありますか?』

 

 この一言でミーナの表情は固まり、神崎もなぜ彼女がそんな表情をするのか分からず固まった。神崎の感覚としては、隊長は部下の仕事を統制し確認するものだ。士官であるならば魔女(ウィッチ)であっても、魔法使い(ウィザード)であっても机に向かうのは当然のことだろう。

 しかし、この神崎の一言にミーナは思考停止するほど衝撃を受け、しばらく停止した後にいくつかの案件を神崎に任したのだ。その時の表情は、ミーナが神崎のことを警戒している関係を踏まえれば、到底見せるとは思えないほど喜色に溢れていた。

 

「ハルトマン中尉は事務仕事は・・・」

 

「あ、あ~!そういえば、トゥルーデに呼ばれてたんだったー!」

 

「・・・なるほど」

 

 神崎が水を向けるとそそくさと談話室から出て行ってしまったハルトマンの様子と昨日のミーナの様子から察するに、この部隊では書類仕事の殆どをミーナが担当しているのだろう。部隊の中堅である中尉があの様なら、ミーナの苦労を察せざるを得ない。

 

「ん~?どうしたの?」

 

「・・・ルッキーニ少尉は、少しずつでいいから書類仕事を覚えいこう」

 

「やだ」

 

「・・・」

 

 最若手のこの有様を目を瞑るだけで諦め、神崎は2枚目に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2枚目以降の書類仕事は流石に飽きたルッキーニはどこかに行ってしまい、神崎は軽くなった背中で隊長室のドアを叩いた。

 

「神崎です」

 

『どうぞ』

 

 ドア越しに入室の許可を得て扉を開けると、先程書類仕事を振られた時と同じように机でペンを動かすミーナの姿があった。神崎が書類で埋まっている机の前に立つと、ミーナはペンを止めた。

 

「何かしら?」

 

「頼まれていた仕事が終わりました。確認をお願いします」

 

「そ、そう。早いわね」

 

 完成した書類を差し出すと、ミーナは驚きに抑えきれない喜色を滲ませながら受け取った。たったこれだけのことであそこまで自分を敬遠していた人物がここまで変わるのかと内心呆れながら、神崎はミーナの確認が終わるのを待つ。

 数分して彼女は書面に落としていた視線を上げた。

 

「幾つか修正する箇所はあるけど、概ね大丈夫よ。助かったわ」

 

「いえ、大したことではありません」

 

 実際、神崎が担当したのは難しいものではない。しかし、ミーナにとっては少し違った。

 

「手伝ってもらったことに意味があるのよ。本当に・・・」

 

「・・・なるほど」

 

 彼女の言葉には余りにも実感が籠っていたので、神崎は若干引きながら一言で済ました。彼女の言動に引いたというよりも、彼女にこうも言わせる環境に引いてしまったというべきか。

 そんなことを考えていると、ミーナが申し訳無さそうに幾つかの書類の束を持っているのに気が付いた。

 

「神崎大尉、整備隊との調整でいくつか頼みたいことがあるのだけど・・・」

 

「分かりました」

 

 神崎が了承すると、ミーナはもはや喜色を隠さずに書類を差し出してきた。ミーナとの関係は難しいものになると考えていたが普通の仕事をしただけでここまで取り入りやすくなるとは夢にも思わなかった・・・というのが神崎の正直な感想である。

 どこかいたたまれなさまで感じつつ、神崎は受け取った書類を小脇に抱えた。

 

「それでは、自分はこれで」

 

「待って。もう1つ知らせることがあるの」

 

 神崎が回れ右をしようとした寸前、ミーナは新たな書類を取り出しつつ呼び止めた。眉を顰めた神崎に、ミーナは書面の内容を伝えた。

 

「2週間後に、ロンドンの司令部で新たな統合戦闘航空団設立の意見交換会が開かれるの。そこに私も現統合戦闘航空団隊長として招集されているわ」

 

「はい。・・・それが?」

 

「それに神崎大尉にも同行してもらいます」

 

「自分が同行する理由が分からないのですが?バルクホルン大尉は?」

 

 部隊に来て大して日も経っていない神崎が行くよりも、ミーナと同時にこの基地にいるバルクホルン辺りを同行させたほうが意見交換には十分に役立つだろう。というか、ミーナが警戒している神崎を同行させるのは明らかに不自然だ。

 

「そうね。私もそうしようかと思ったけれど、命令書に貴方を同行させるように書かれてあるの」

 

「・・・分かりました。では、自分はこれで」

 

 いきなりの司令部への呼び出しが何を意味するのか。

 神崎はこれ以上は余計なことは言わず、頷いて回れ右をした。隊長室を退室すると、早足で自室へ向かい歩を進める。その神崎の表情はどこか無機質だった。

 

「司令部に何があるのやら・・・。」

 

 思い出すのは、先日のファインハルスとの会話。このタイミングでの司令部の呼び出しはそれに起因していると考えるのが妥当だろう。

 何の気なしに神崎は胸の内ポケットに手を突っ込み、そこで目的の物がないことに気付いた。なくなった理由を思い出し、神崎は溜息を吐いて呟く。

 

「あぁ・・・。煙草が吸いたい」

 

 煙草の箱は海水でずぶ濡れになって捨てていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさてさて。準備はどうだ?」

 

「人員、装具共に異常なし」

 

「よろしい。よろしい。ならばこそ、戦争のやり甲斐があるというものだ」

 

 闇夜に沈む狂喜は、静かにそして確かに伝播していく。

 ファインハルス少佐が率いる13名の兵士は、鋭い眼光で森の地面を踏みしめる。

 敵は隠蔽に長けていた。ようやく掴んだ情報からここまで手繰り寄せてきたのだ。

 

「狼君には迷惑をかけた。ならば、少しぐらいは鉄火を以って報わなければ」

 

 あぁ・・・とファインハルスは手に馴染む銃の重さにバラクラバ帽の下の頬を緩めた。体に掛かる装備の荷重に足が重くなるどころか、弾んでしまう。

 待ちに待った戦争だ。

 木の陰から目を覗かせれば、人里離れた場所に建設された工場がある。

 表向きは織物工場。しかし、それが嘘だというのは各入り口と屋根の上で警備についている完全武装の兵士を見れば一目瞭然だ。

 バラクラバ帽越しでも分かるほどの深い笑みを浮かべてファインハルスは指揮者のように片手を上げた。

 

「電撃戦だ。脇目も振らずに進み続けて、悉く殺し尽くせ」

 

 サッと腕を一振りするだけで、13人の死神達が動き出す。

 待ちに待った戦争だ。

 まもなく見ることが出来る光景に胸を高鳴らせ、ファインハルスは告げる。

 

「攻撃、開始」

 

 静寂は一瞬。

 次いで、爆発、銃声、怒号、悲鳴。

 

「さてさてさて。存分に楽しむとしよう」

 

 ファインハルスは狂喜を纏い、動きだす。

 

 あぁ、戦争はこうでないと。

 





この小説を書き始めたのは、ノーブルよりも前ですけど、先にノーブルが完結してしまいました。
時間の流れというのは・・・


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第七十九話


もうすぐ10周年記念イベントですね!
楽しみですね!
絶対に行きます(願望)

そんな訳で第七十九話となります

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします


 

 

 

 

 ブリタニア連邦首都、ロンドン。

 

 対欧州戦線の最前線の一部を担う国家の首都は、世界各国から海洋を通じて運ばれてきた人と物資で溢れていた。この国がネウロイの手に落ちれば、人類は欧州反撃への足がかりを失うどころか欧州自体が陥落してしまう可能性もあるのだ。だからこそ各国は支援を惜しまず、だからこそエース級の航空魔女(ウィッチ)を揃えた統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」が配備されている。

 そんなブリタニアの首都に設置されている連合軍司令部に、ミーナと神崎は招聘されていた。

 

 

 

 ドーヴァー海峡に面する501基地から輸送機兼連絡機であるJu52で出発し、ロンドン郊外に位置する飛行場まで約30分。そこから司令部から派遣された車に乗り、更に30分。  

 移動時間1時間という短さは、首都が最前線にどれ程近いかということを簡単に示している。

 ミーナと神崎は道中殆ど会話らしい会話をせず、片や書類に目を通し続け、片や目を閉じ沈黙を保っていた。もっとも神崎は一応ドアの開け閉めなど従卒らしきことはしていたのだが。

 

「・・・私はこれから会議ね」

 

「・・・では自分は待機室に」

 

 司令部前で車から降りたところで初めて会話らしい会話をする2人。一度は打ち解けたかに見えた2人の関係だったが、そう簡単にはいかずどこか緊張感が漂っていた。

 書類が入ったカバンを携え会議室に歩いていくミーナを敬礼で見送り、神崎は会議室とは別の場所に設けられている待機室へと足を向けた。命令で神崎もここまで呼ばれてはいたが、誰が呼んだか分からない以上待機するしかなかった。

 しかし正面の門を抜ける直前で、歩哨から声をかけられた。

 

「失礼します。神崎大尉でしょうか?」

 

「そうだが?」

 

「伝言があります。こちらをどうぞ」

 

 一等兵の歩哨が畏まって差し出してきたのは2つに折り畳まれた紙片だった。頷いて受け取ったそれには、ロンドン市内の場所をしめす住所と「待っています」という短文、そしてデフォルメされたハスキーの絵が描かれていた。

 

「・・・ふむ」

 

 神崎は紙片を折り畳んでポケットに入れると司令部とは反対側に足を向けた。

 とりあえず、タクシーを拾わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 運転手に紙片に書かれた住所を伝えただけだったが、タクシーは20分程で一件のパブの前に止まった。料金を払って降車して扉をくぐれば、神崎を暗い照明で照らせれた昔ながらのカウンターバーが出迎えた。白熱灯の伝統に照らされた薄暗い店内には、幾人かがテーブルでビールを傾けていた。

 

「いらっしゃい」

 

 扉のところで立っている神崎に、この店の店主らしき人物がカウンターから声をかけてきた。神崎は小さく頷いてカウンターに寄ると用件を告げた。

 

「待ち合わせで来たんだが?」

 

「ああ。あっちで待っているよ」

 

 店主が顎で指し示した先にはカウンター沿いに奥に続く入り口があった。どうやら、奥か個室になっているらしい。

 

「紅茶を」

 

「ここはパブなんだがね?」

 

「職務中だ」

 

 あとで運ぶという返事を貰った後、カウンターの脇を通って奥へと進む。更に薄暗くなった通路にはドアが1つ。神崎が軽くノックをすると、カチャリという音と共にドアが僅かに開いた。

 神崎の胸の位置に覗く瞳と茶色の髪。

 

「・・・待ちくたびれました」

 

「悪かった。・・・入れてくれるか?」

 

「どうぞ」

 

 空けられたドアを潜ると、中は小さなテーブルと照明、そして装飾品が設置された小奇麗な個室だった。そして、神崎の目の前には襟を立てたコートを着た魔女(ウィッチ)が。

 

 

 シーナ・ヘイヘ。

 神崎のもう一人の相棒と言っても差し支えない、陸戦魔女(ウィッチ)

 

 肩まで届いていた茶色の髪は後ろで纏められており、無表情に見えるがその瞳は喜色を隠しきれていない。すでに一杯引っかけていたのか、その頬はほんのりと赤くなっていた。

 

「飲んでいたのか?」

 

「非番なので。休日出勤ですよ、これ」

 

 向かい合って座ったテーブルにはすでに空になっているグラスが置かれていた。どこか気が緩んでいるのはそのせいか、と呟きつつ神崎はの上に煙草の箱を置く。

 するとタイミングを見計らったようにドアがノックされ、店主が紅茶とビールを運んできた。紅茶を傾けて溜息を吐く神崎に、一口ビールを飲んだシーナが話しかけた。

 

「やっと、約束を守ってくれましたね?」

 

「・・・ああ」

 

 彼女いう約束というのは、神崎が501に着任して最初の共生派による襲撃の時のことだろう。あれから数ヶ月経ってしまった。

 

「なかなか休暇も取れん。迎撃任務が2つもあるからな」

 

「だろうと思って呼んだんですよ」

 

「・・・お前が勝手に命令書を?」

 

「だとしたら?」

 

 そう言ってシーナは、グラスを揺らし首を傾げて妖艶に微笑んでみせた。普段の彼女がしそうにない仕草に、神崎は苦笑した。アルコールの力を借りているのか、明らかにシーナは無理をしてそんな仕草をしている。そんな姿を見ていたら些か悪戯心も湧くというものだ。

 

「・・・何で笑うんです?」

 

「いや・・・ついな・・・」

 

 笑われたことで明らかに機嫌を損ねてしまい、シーナは乱暴な仕草でグラスを呷った。ドスンとグラスをテーブルに叩きつけて神崎を睨みつけるも、口元に泡でしっかり髭をこさえていれば恐怖など抱くはずも無かった。

 神崎はまた苦笑しつつ懐から取り出したハンカチを伸ばし、シーナを口元を拭った。これにはシーナも目を白黒させてしまう。

 

「ちょっと・・・いきなり・・・!?」

 

「そんなに嫌がるならビールの泡ぐらい気をつけろ。・・・おっと」

 

 神崎が力加減を間違えたのか。それともシーナが顔を無理に動かしたからか。

 神崎のハンカチはビールの泡だけでなく、シーナが施していた化粧も一緒に拭き取ってしまった。化粧の下から出てきたものが目に入ってしまったことで神崎の動きが一瞬止まり、見られたことに気付いたシーナは目を伏せてコートの襟を持ち上げ顔を背けた。

 

「・・・すみません。ちょっと・・・これは・・・」

 

「・・・シーナ」

 

 先程までとは打って変わり萎れたような声でシーナが呟くが、神崎は彼女の拒絶の意思を無視し、優しくしかし有無を言わさず彼女の顔に手を添えて自分の方へと顔を向かせた。

 

「・・・あ」

 

 か細い驚きの声と共に顕になるのは、左頬から左顎にかけて薄らと奔る傷跡。

 

 それは、数年前の雪原の戦場で、共生派との戦闘で、拳銃の弾によって穿たれたもの。弾丸は彼女の頬を貫通し、顎の骨まで砕いた。顔面を大きく損傷した状態で野戦病院に運び込まれたシーナだったが、運がいいことに治癒魔法を持つ魔女(ウィッチ)の治療を受けることができた。そのお陰で顎の骨は綺麗に治癒した。が、そこの治療に力を注いだがために、肌の治癒に移るタイミングが遅くなってしまった。

 結果が、このシーナの頬に走る傷跡だった。

 

「・・・あの時のことは忘れない」

 

 頬に添えた手を動かし、顎の傷を撫でる。この傷を生み出した弾丸と同じ物が、神崎の肩と、島岡の目を貫いた。あの時の痛みを、悲壮を、忘れられるはずがない。

 自分は今どんな表情をしているのだろうか?僅かに揺らぐシーナの瞳を見つめながらぼんやりと思った。

 

「俺の・・・俺の前ではこの傷は隠さなくていい。この傷を含めて、お前だ」

 

「・・・ずるいです。その気もないくせに」

 

 シーナが神崎の手を掴む。しかし、それは振り払うためではなく自分の額に持っていくため。両手で包んだ神崎の手を、祈るように額に当てた。神崎は何も言わずされるがまま。

 しばらくして、シーナは手を離した。その表情はいつもの彼女だった。

 

「ええ。本当にずるいですよ。どうせなら、突き放して欲しいです」

 

「すまん。それは、できそうにない」

 

「そうでしょうね」

 

 どうやら、もう調子は取り戻したらしい。しっかりした仕草でビールを呷る姿を見て、神崎も温くなった紅茶を口に含んだ。

 時間は有限だ。ミーナの会議は長くなるだろうが、そろそろ本題に動いた方がいいだろう。

 

「それで、なぜ俺を呼んだ?」

 

「ある人物と会って貰うためですよ」

 

 2杯目のビールを空にして、シーナは口に付いた泡をペロリと舐めた。神崎も紅茶を空にする。

 

「さて、移動しましょうか」

 

「ん?ああ・・・」

 

 シーナはテーブルの上に数枚の紙幣を置いて立ち上がり、神崎を促して個室から出た。カウンターでグラスを磨いている店主にシーナが軽く挨拶して外に出ると、店の前には黒塗りの自動車が止まっていた。ドアの窓も黒の曇りガラスになっており、完全な隠密仕様になっていた。

 シーナに促されるままに自動車に乗り込むと、運転席で見知った男が出迎えてくれた。

 

「やぁやぁやぁ。久しぶりだ」

 

「そんなに経ってないがな」

 

 眼鏡にかかる金髪を手で払いながら挨拶するのはファインハルス少佐。ハンドルを握る彼の様子は上機嫌というだけで、頬にガーゼが貼られていること以外殆ど変わっていない。

 ファインハルスは2人が乗り込んだことを確認すると、自動車を発進させた。

 ロンドンの車の流れの中を、ファインハルスは鳴れた様子でハンドルを捌いていく。

 

「そのガーゼ、どうした?」

 

「何、少しはしゃぎすぎてね」

 

 神崎が尋ねると、ファインハルスは浮ついた声で応えた。この彼の浮かれようは碌なことではないなと察すると、シーナが嘆息して言った。

 

「何がはしゃぎすぎたですか。興奮して、無茶な突撃して」

 

「突撃?・・・ああ、そういう」

 

「仕方が無い。そう、仕方が無いことではないか!」

 

 シーナの一言で大体のことを察した神崎だったが、この一言がファインハルスの何かのスイッチを押してしまった。ハンドルを叩きながら興奮した様子で1人言葉を捲くし立てていく。

 

「飛び交う銃弾!爆弾!悲鳴!あそこで戦争しなければ、いつ戦争するというのかな!?確かに規模は小さいものだったが、人と人が命をかけて殺しあうのならば、そこに私が向かわない訳がないだろう!?」

 

 ハンドルを叩くたびに不規則に蛇行してしまう車内で、シーナは若干顔色を悪くして言った。

 

「指揮官が戦場のど真ん中に突っ込んで何がしたんですかってちゃんと運転してください・・・!」

 

「共生派の討伐か」

 

「ああ!奴ら郊外の工場を根城にしていたようでね!撃破し!突入し!制圧!撃滅!!ああ!久々の戦争は今思い出しても血が滾るなぁあ!!さぁ、進撃だ!!突撃だ!!」

 

「なるほど。制圧したようだな」

 

「だから、少佐が暴走して真っ先に工場に突入してしまったから面倒くさいことにって何でこんな暴走運転で普通に会話しているんですか!?」

 

 ファインハルスの激情に合わせるかのように、ファインハルスの狂笑と神崎の話し声とシーナの悲鳴を尾に引きながら自動車はロンドンの道路を爆走していき、到着したのは古いレンガ造りのアパートだった。アパート前に急停車した車から3人はアパートへと移動していく。

 

「さてさてさて、どうやらお客人は到着しているようだ」

 

 ここまで来ればファインハルスの発作は治まっており、優雅な仕草でアパートのドアを開けた。シックな造りの廊下を進むと、リビングに繋がるであろうドアとそこに立つスーツ姿の人物が。立ち振る舞いから察するに、どうやら警備についている護衛のようだ。その護衛も3人の姿を確認すると、廊下の脇によりドアを開けた。

 質のいい家具が揃えられたリビングで3人を出迎えたのは、部屋の中心で対になっているソファに座るシルクハットを被った中年の男性。部屋に数人の護衛が立っているのを見るに、相当地位が高い人物のようだ。

 

「彼がそうか?」

 

「ええ。そうです」

 

「ふむ。まぁ、座ったらどうだ?」

 

 ファインハルスはどうやら既知のようで、普段に比べれば丁寧な口調で男性からの質問に答えていた。男性に促されファインハルスと神崎はソファに座るが、シーナはドア近くの壁際に立っていた。

 

「さてさてさて、神崎大尉。紹介しよう。このお方は、ブリタニア軍の大支援者にして、我等が『(シュランゲ)』の大パドロンでもある・・・」

 

「チャールズ・ビショップだ。よろしく頼む」

 

 そういって、男性、チャールズ・ビショップは神崎に手を差し出した。チラリとファインハルスに視線を向ければ大して気にしていない様子で頷いたので、神崎は握手に答えた。

 

「神崎玄太郎だ。察するに、俺と会いたかったようだが・・・」

 

 ここまでくれば神崎が呼ばれた理由は彼であることはすぐに分かる。疑惑の目を向けられチャールズは表情を固くし、しかし決意の籠った表情になった。

 

「ああ。単刀直入に言おう。どうか・・・どうか娘を守って欲しい」

 

 悲壮感までも漂わせ深々と頭を下げる様子を神崎は無感情のまま一瞥し、静かにファインハルスに問いかけた。

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

 

 

 連合軍総司令部での統合戦闘航空団に関する会議は、やはり長い時間を必要とした。ブリタニア、リベリオン、オラーシャなどの各国の武官が己の国益になるように意見をぶつけ合い、平行線の話し合いを延々と続け・・・ようやく幾つかの事柄が決定に至った。

 

 501に続く複数の新規統合戦闘航空団の設立。

 これらの航空団は防衛と攻勢をそれぞれに主眼を置いたものとすること。

 各航空団の隊長の候補者及び設置候補場所の選定。

 

 半日にも渡る論争の結果としてはむしろ上出来かもしれない。何も決まらないことも良くあることなのだから。

 会議室からぞろぞろと参加者が退出していく中、ミーナは提供された資料を整えつつ、誰にも見られないよう小さく嘆息していた。501の隊長になってから、ネウロイ相手に武器を持って戦争するよりも、上層部相手に口車を以って論破することが多くなった。頭の固く意固地な相手を諭すのは疲労も溜まるが、何より人間の醜い部分が如実に見えるのは精神的にくるものがある。

 

「ディートリンデ中佐」

 

「はい。なんでしょう・・・」

 

 自身の名を呼ぶ声に愛想笑いを貼り付けて顔を上げたミーナだったが、その相手の顔を見てサッと顔色を青くして立ち上がった。

 

「モ、モントゴメリー将軍!?」

 

「ああ。そう緊張するな」

 

 目の前にブリタニア陸軍及び連合国の司令官を担うバーナード・モントゴメリー元帥がいれば、統合戦闘航空団の隊長とはいえ、緊張しないはずがない。ピンッと張り詰めた糸のように直立不動の姿勢を取るミーナをモントゴメリーは面倒くさそうに休ませる。

 

「君を呼んだのは、たまたまでな。これを届けに来た」

 

「は、はぁ・・・」

 

 差し出されたのは、連合軍内で使われている大き目の茶封筒。畏まって受け取り、目線で促されるまま茶封筒を空ける。取り出した書類に目を通したミーナは、目を丸くしてモントゴメリーに向き直った。

 

「増員・・・ですか?」

 

「ああ。ブリタニア空軍から501にリネット・ビショップ軍曹を派遣することが決まった」

 

 そう告げるモントゴメリーの瞳がギロリと光るのだった。

 

 

 

 

 

 

 ビショップ商会とはブルタニアで幅を利かせている巨大な貿易商だ。日用品から兵器に至るまで幅広い品目を取り扱い、一般家庭からブリタニア軍及び連合国軍に至るまで様々な相手と取引をしている。

 そんなビショップ商会と(シュランゲ)がどういう経緯で関係を持ったのかは神崎の知るところではない。問題なのは、なぜチャールズが神崎にこのようなことを言ったかだ。

 チラリとファインハルスを見ると頷いて口を開いた。

 

「彼の娘である航空魔女(ウィッチ)のリネット・ビショップ軍曹の501への配属が決まった」

 

「待て。501はエース級を集めるはずだろう。彼女は、そんなに優秀なのか?」

 

「訓練の評価では優秀だな」

 

「・・・訓練?あぁ、そういうことか」

 

 ブリタニア空軍が自国の優秀な魔女(ウィッチ)を抱え込んでいるのは有名な話だ。この人事は他国からの批判のガス抜きということ。

 

「ふむ。さすがブリタニアと言っておこう」

 

「・・・『(シュランゲ)』に協力しているのなら共生派についても知っているか。501に配属されれば当然、共生派の襲撃を受ける可能性があるから・・・」

 

 しかし、現在501周辺の警備と襲撃者の排除は大分進んでいる。襲撃自体も神崎の予想よりも大分数は少なく、基地の魔女(ウィッチ)に危害が及んだことは一度も無い。むしろそんな危険があるのにも気付いてさえいない。

 自分を態々呼び出してまで頼むことなのかと、神崎は疑念の目をチャールズに向けた。

 彼が何を考えているのを探るようにじっと目を見据えると、僅かにだが彼の表情に変化があった。

 緊張、困惑、そして・・・恐怖。そう、死を目前にしたような怯え。

 

「ああ。そういうことか・・・」

 

「・・・なんだね?」

 

 なぜ彼がそんなことを言い出したのか、ようやく得心が言った。訝しげな様子で尋ねてくるチャールズを見据えつつ、神崎はゆっくりとソファに背中を預けた。

 数年前の自分ならば心の内に色んな感情が湧き上がっただろうが、今は面白いほど何も感じない。だからこそ、皮肉げに笑ってみせた。

 

「『私の娘を殺さないでくれ』・・・あなたは、そう言うべきだった。チャールズ・ビショップ」

 





彼女が出てきて書いてて楽しかった


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第八十話


もう、シリーズで色んな新展開があって最高ですね


そんな訳で、第八十話となります
感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いします



 

 

 

 

 

 

 

「『私の娘を殺さないでくれ』・・・あなたは、そう言うべきだった。チャールズ・ビショップ」

 

 そう告げられたチャールズ・ビショップは、目を見開き何かを告げようとして・・・力なく首を振った。それはつまり、神崎の言葉を認めたということだ。

 

「ふむ、なるほど」

 

 ファインハルスは納得したようにまま呟き、

 

「・・・どういうつもりですか」

 

 いままで口を開かなかったシーナが、背後から声を投げかけた。その声には相当な殺気が籠っており、神崎からは見えないが向かいにいるチャールズの様子から相当な睨みを効かせていることが窺えた。

 神崎も無言のままチャールズの目を見据えると、チャールズは観念したように口を開いた。

 

「君達の腕は信用している。だからこそ、娘を『魔女殺し』達の近くに置くのは・・・」

 

 

 

 

 『魔女殺し』

 

 チャールズがその単語を口にした途端、神崎の背後で殺気が弾けた。

 荒々しい足音と共に背後のシーナがチャールズに近づき、彼の胸元を掴んだ。小柄な体格からは考えられない程の強い力で引っ張り上げ、憤怒の色に染まった瞳でチャールズを睨みつけた。

 

「その言葉を・・・!!!!」

 

「・・・ッ!?」

 

「旦那様!!」

 

 いきなりのシーナの行動にチャールズの背後に居た護衛達が一斉に懐に手を伸ばした。しかし、なぜかその動きはピタリと止まってしまう。それは彼らの視線を辿れば明らかだった。

 

「おいおいおい。無闇に動かないでくれよ?生憎拳銃はそこまで得意ではなくてね。動けない程度に、なんて器用なことは私にはできないよ」

 

 いつの間にかファインハルスが両手にルガーP08を構え、ピタリと護衛達に狙いを定めていたのだ。ファインハルスは狂喜の笑顔を浮かべ今か今かと引き金に指をかけている。

 ここで銃撃戦にでもなれば洒落にならないので、神崎はまずシーナを制止した。

 

「シーナ、手を離せ」

 

「この人は・・・!!」

 

「シーナ」

 

「・・・ッ!?」

 

 シーナは一瞬苦渋の表情を見せるも、きつく口を結んで手を離した。再び荒々しい足音先程まで立っていた場所に戻り、腕を組んで壁に背を預ける。目はチャールズを睨んだままだった。

 

「ファインハルスも」

 

「やれやれやれ。今日は戦争はなしだな」

 

 ファインハルスは神崎が声をかけるとすぐに両手のルガーをクルリと回転させ、腰の後ろについていたホルスターに直した。少し残念そうにしていたのは目を瞑り、神崎は首を擦るチャールズに向き直った。

 

「貴方の言いたいことは分かる。だが、それに応えることは出来ない」

 

「・・・何故だろうか?」

 

「彼女が普通のままであれば、俺は手は出さない。しかし、共生派に組することになれば、容赦なく殺す。それだけだ」

 

 その言葉には有無を言わさない断固ある決意があり、チャールズは暗い殺意を滲ませた神崎の視線に何も言えなくなってしまった。

 神崎の態度が面白かったのかファインハルスはクスクスと笑い、シーナは憮然とした表情のまま。

 

「他に、何か言うことはあるか?」

 

 その神崎の言葉を以ってこの会談は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰路についた神崎達一行の車は、往路に比べて道中は非常に静かなものになっていた。なぜなら、車内が重苦しい沈黙に包まれていたからだ。

 

「シーナ。機嫌を直せ」

 

「さてさてさて、殺気で首筋がピリピリしてきたぞ」

 

「・・・」

 

 原因は一目瞭然。先程から憮然として腕を組んでいるシーナだ。先程の会談でのチャールズの発言が余程気に障ったのか。ファインハルスは軽口を叩いて運転を続けるだけで何もしようとせず、神崎も何度か話しかけるも全て無視されてしまっていた。

 チラリと運転席のバックミラーに視線を向けると、ファインハルスは諦めたように首を振るのみ。手がつけようがない、と神崎も嘆息して腕を組んだ。

 

「どうして、そんなに怒る?」

 

「・・・」

 

「お前が侮辱された訳ではないだろう?」

 

「そうですけど・・・」

 

 ようやく、返事をしたシーナは桜色の唇を悔しそうに噛み締めていた。

 

「何も知らない人に・・・口にして欲しくないだけです」

 

「そうか・・・」

 

 シーナの言葉に神崎は憂鬱な表情で煙草を咥えた。棚引く煙が窓の隙間から流るのを眺め、ボソリと呟く。

 

「・・・そうだな」

 

 その言葉を最後に車内での会話は途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 車は連合軍司令部の裏手に止まった。人通りは少なく、司令部の建物に繋がる裏門に歩哨が立つだけだった。

 

「さてさてさて。到着だ」

 

「ああ。世話になった」

 

 運転席から振り返ったファインハルスに礼を言い、神崎はドアを開けた。そのまま外に出ようとしたのだが、背中を引っ張られる感覚に動きを止めざるを得なかった。原因は把握している。

 

「どうした、シー・・・」

 

 振り返った神崎だったが、完全に彼女の名前を完全に呼ぶことができなかった。なぜなら、振り返った瞬間にシーナの顔が目の前にあったから。彼女の唇が神崎のそれを塞いでいたから。

 2つの唇が触れていたのが数秒だったのは、ファインハルスの気障な口笛が聞こえたからだった。我に返った神崎がシーナの肩を掴み、無理矢理体を遠ざけた。神崎の目には剣呑な色が滲んでいた。

 

「・・・どういうつもりだ?」

 

「私が、こうしたかったんです」

 

 神崎の視線に対するシーナの表情は殆ど変わらなかった。だが、僅かに揺れる彼女の瞳には、悔しさが滲んでいた。その悔しさの意味が分かってしまったからこそ、神崎はこれ以上何も言わなかった。何も言わぬままシーナと額を合わせ、今度こそ車から出た。

 

「ああ。トランクに頼まれていたものを入れているから、持って行きたまえ」

 

「すまない」

 

 神崎が車のトランクに置いてあった黒い布張りのアタッシュケースを受け取ると、程なくしてファインハルスは車を発進させた。街並みに消えていく車を見送り、神崎は敬礼する歩哨に軽く頷くことで返礼とし、裏門を通過していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてさてさて。随分と大胆だったじゃあないか」

 

 神崎を送り届け、司令部から離れた車の運転席で、ファインハルスは楽しげな声で後部座席のシーナに声をかけていた。チラリとミラーを見てみれば、シーナは無表情なままで窓の外を眺めていた。

 

「・・・ただ私がそうしたかっただけです」

 

 そう返事をするシーナの表情は殆ど変わらない。神崎ならば彼女の感情の機微を感じることができるだろうが、ファインハルスには全く分からなかった。そもそもファインハルスに他人の感情を読もうとする気が全くないのだが。

 

「あの言葉で彼が傷ついたとでも?」

 

 だからこそ、ズケズケと人の感情に踏み入ることができるのだが。

 シーナが窓の外に向けていた視線をファインハルスに向けた。その目は明らかに不機嫌で、殺気さえ滲ませる勢いだった。

 

「少佐のそういう所、嫌いです」

 

「それは光栄だ」

 

 シーナの殺気にあてられても楽しげな表情を一切崩さず、ファインハルスは視線だけで質問の答えを催促した。それに対し、シーナは軽く溜息を吐き再び視線を外に向け、呟くように言葉を零した。

 

「ただ虚しかっただけです」

 

 誰も好き好んで手を染めた訳ではない。

 それでも、どんなに後ろ暗くとも、どんなに残酷であろうとも。自分達の意志で行ったことでもあり、その結果も罪も全て背負ってきた。目を背けなかった。

 だからこそ。

 だからこそ、怒りはした。それは、怒りを爆発させなければ・・・それ以上の虚しさで崩れ落ちそうだったからだ。

 

「意味がなかったみたいじゃないですか・・・」

 

そういう彼女の姿はひどく寒々しく、寂しげだった。ファインハルスも何も言わず視線を前に戻し、ゆっくりとハンドルを切るのだった。

 

 

 

 

 

 神崎はアタッシュケースを片手に司令部の片隅にある待機室に入った。

 部屋に置かれたソファに座り、膝の上でアタッシュケースを開く。

 中には、幾つかの紅茶の袋とコーヒー豆の袋、そしてクッキーの箱が収められていた。

 

「あいつめ。面倒くさいことを」

 

 物が良い物だけに、悪いように出来ないのが辛い所だ。神崎は溜息を吐いて、紅茶の缶の下にあるケースの裏地に手を伸ばした所で・・・、待機室の扉が開いた。

 

「待たせたわね」

 

「・・・。会議は終わりましたか」

 

 扉を開けて入ってきたミーナを一瞥し、神崎はケースに伸ばしていた手を戻した。アタッシュケースを閉じ、立ち上がってミーナの傍による。

 

「荷物を持ちます」

 

「いいえ、結構です」

 

 ミーナの顔には疲れが滲んでいたが、彼女が小脇に抱えている書類と封筒の束を渡す神崎の提案は毅然とした態度で断った。断られた神崎の方も何事も無かったように表情を崩さずに、ミーナの正面に立つ。

 

「このまま基地へ戻ります」

 

「了解です」

 

 有無を言わさない口調だったが、神崎は二つ返事で了承してみせた。ミーナも頷いて待機室から出ようとしたが、神崎が持っているアタッシュケースに気付いた。

 

「それは?」

 

「・・・知り合いからの差し入れです」

 

「中を見ても?」

 

「どうぞ」

 

 ミーナが見ることが出来る高さまでアタッシュケースを持ち上げて中身を見せる。先程神崎が見ていたのと同じラインナップを見せると、ミーナの視線がある物で止まった。視線を辿ってみれば、コーヒー豆にたどり着いた。

 

「アマゾネスのコーヒー・・・」

 

「・・・コーヒーがお好きで?」

 

「・・・まぁ、そうね」

 

 神崎の質問に気まずそうに答え、今度こそミーナは廊下へと歩を進めた。その後ろ姿を確認してからアタッシュケースを閉め、後に続く。

 

「501に増員がきます。教官経験は?」

 

「少しは。しかし、501に来る魔女(ウィッチ)に訓練は必要ないのでは?」

 

「少し事情がね。手を借りることになると思うわ」

 

「・・・命令とあらば」

 

 ビショップが言っていたことはこのことだったのか・・・と、神崎は嘆息した。リネット・ビショップがどのような人物かは分からないが、自分はチャールズに言ったように行動するだけだと、一瞬だけ瞑目した。

 その様子をミーナが気付く訳もなく、以降2人の間には沈黙が横たわったまま帰還の途につくのだった。

 

 501基地に到着したのは、深夜に差し掛かる時間帯だった。

 照明によって照らされた滑走路にJu52は着陸した。消灯時間はとっくに過ぎ去っており、基地は暗闇に閉ざされていた。ミーナと神崎も手短に挨拶し、それぞれの部屋へと別れてた。

 暗い廊下を歩いて自室にたどり着いた神崎は、机でアタッシュケースを開けた。中身をテーブルの上に広げると、フェルト地のケース裏を指でなぞる。

 

「ありがちな。奴らしいが・・・」

 

 そう呟きながら、神崎は指に火を燈してフェルト地を破いた。そこから覗いたのは、整然と並べられた数々のデリンジャー。手早く数えて、溜息を吐く。

 

「頼んだ分は準備してくれたか・・・」

 

 デリンジャーの隙間に挟んであった「good luck!」の走り書きを燃やし、イスに座って煙草を咥える。

 

「『魔女殺し』か・・・」

 

 煙草の先で揺らめく灯りを眺め、神崎はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハハハハハハハ!!!!いいぞ!最高だ!戦争はこうでなくては!!』

 

『上空に6。地上は押さえます』

 

『1小隊は壊滅!爆撃だ!隠れろ!隠れ・・・』

 

『さてさてさて。シールドとは厄介だな。アハトアハトでも持ちだすかね?』

 

『そんなのどこにあるんですか。どうするんです?いよいよ年貢を納めますか?』

 

『よく扶桑語を勉強しているようだ』

 

『敵、再度攻撃してくる模様です。こんな所で拳銃自殺は嫌なんですが・・・』

 

『ふむ・・・。自決の準備もしなければ』

 

「その必要はない」

 

「ウルフ1、敵機視認。交戦開始」

 

「死に晒せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ・・・・・・寝ていたか」

 

 指に奔った痛みに、沈んでいた意識が呼び覚まされる。どうやら、煙草の灯りを眺めている内に船を漕いでいたようだ。根元まで燃え進んだことで焦がされた指を軽く舐め、短くなった煙草を握り燃やす。

 

「・・・ふぅ」

 

 夢見は良くなかった。

 再び煙草を咥え、今度は窓を開けて縁に座り、夜風を浴びる。流れてくる風によって運ばれた潮の香りが混ざった紫煙を吸い込み、吐き出しながら、胡乱な目で煙草を投げ捨てた。

 

「・・・あぁ、なんでだろうな」

 

 無性にお前に会いたい、醇子。

 

 呟いた婚約者の名前が夜の闇に消えるのと同じように、投げ捨てた煙草も灰になって消えていった。

 






え?一番の楽しみ?
発進しますのアニメ化かな?


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第八十一話


だいぶ間が開いてしまいましたが、投稿です




 

 

 神崎の今朝の目覚めは、基地の起床ラッパだった。

 昨日は、ネウロイに対する緊急出撃も共生派の襲撃に対する防衛もなく、随分と久しぶりにゆっくりと睡眠を取ることができた。

 昨夜は沈黙していたラジオをコツンと叩き、寝巻きから制服に袖を通す。テーブルの上に置かれた書類と弾丸と薬莢に埋まった弾帯を腰に巻き、中身が半分減った煙草の箱を懐に収めて、食堂に向かう。

 朝食の調理する音が聞こえる食堂に入るとすでに何人かがテーブルに着き、思い思いの時間を過ごしていた。新聞を開くバルクホルンを横目に、炊事係から紅茶を受け取り自分の指定席に座る。

 紅茶を片手にテーブルに置かれた新聞を開いていると、すぐ傍でイスを引き摺る音が聞こえた。

 

「ヨォ、大尉。今日は随分優雅だナ」

 

「そんな日もある。どうした?」

 

 隣に座ったエイラに目を向けると、何が面白いのかニヤニヤとした笑いを浮かべていた。どうせ碌でもないことだろうと紅茶に口をつけていると、エイラは楽しそうに口を開いた。

 

「今日は新入りがくるらしいゾ。しかもブリタニアからだってヨ」

 

「・・・そうか」

 

 一瞬、神崎の紅茶を飲む手が止まるがエイラはそれに気付かなかった。テーブルに置いた紅茶の水面に写る神崎の目に滲み出ていた暗さにも・・・。

 

「・・・また面倒事か」

 

「ん?大尉、何か言ったカ?」

 

「いや、何も。それよりも・・・」

 

 首を傾げるエイラに首を振り、手に持っていた新聞を畳む。食堂にも続々と残りの魔女(ウィッチ)達が集まりだし、騒がしくなってきた。厨房のから漏れる音から察するに、料理の配膳も近そうだ。

 

「まずは朝食だな」

 

 少しでも美味しいと思える料理が出てくることを祈って。

 

 

 

 

 

 度重なる司令部への陳情のお陰か、業務改善で厚生費の予算を増やしたお陰か、はたまた今日のブリタニアの炊事兵達の機嫌が良かったからか。当初に比べれば随分とマシになった朝食を終えて、一同はブリーフィングルームに介していた。

 エーリカやルッキーニはこの短い待機の間にも船を漕いで、特にエーリカはバルクホルンに怒鳴られていたが、神崎は後ろに配置された自分の席でエイラと雑談に興じていた。

 しかしその喧騒も、ブリーフィングルームの扉が開きミーナが姿を見せるとピタリと止んで眠りこけているルッキーニ以外全員が直立不動の姿勢を取るあたり軍隊である。

 

「休んでください」

 

 ミーナの一言で全員が席に着き、思い思いの格好でミーナに意識を向ける。神崎も背筋を伸ばして座りミーナに傾注していた。

 

「今日は新たに配属された魔女(ウィッチ)の紹介を行います」

 

 どうぞというミーナの言葉により、1人の魔女(ウィッチ)がブリーフィングルームに入ってきた。ブリタニア空軍が採用しているブレザーを着用し、長い金色の髪を後ろでお下げにした気の弱そうな少女。

 彼女は頼りない足取りで正面までくると、不安げな表情ながらもしっかりと挨拶をしてみせた。

 

「ブリタニア王国空軍からきました。リネット・ビショップ軍曹です。よ、よろしくお願いします」

 

「ビショップ軍曹は暫くは訓練に専念することになります。皆さんのサポートをよろしくお願いしますね」

 

 神崎は何の気なしにリネットの様子を眺めていたが、一瞬だけ彼女と視線が交わった。リネットの瞳は揺らぎ、すぐに逸らされたが神崎はある程度事情を察することが出来た。

 

(父親から聞いたのか。どうにも、航空魔女(ウィッチ)に向いている性格とは思えないが・・・)

 

それでは、というミーナの一言でブリーフィングは終了した。集まった皆は新入りに夢中にらしく、数名を除いてそちらの方に向かって行った。彼女達が交流を深める様子を尻目に、神崎は静かに席を立ってブリーフィングルームを後にして神崎の事務室である談話室に向かう。流石にあんな姦しい空間に居るのはいたたまれない。

 

「神崎大尉」

 

「・・・なんでしょうか」

 

 ブリーフィングルームから出た直後、ミーナが神崎を引き止めた。ミーナは固い表情のまま神崎を見て、口を開く。

 

「ビショップ軍曹の訓練は出撃の合間で分担して行います」

 

「そうですか」

 

「もしかしたら、あなたにも教官を頼むかもしれません」

 

「・・・必要以上の接触は禁止するのでは?」

 

「訓練は必要です。ですが・・・」

 

「・・・もちろん。必要以上なことはしません」

 

「分かっているなら問題ありません」

 

 ミーナに敬礼を残し、再び神崎は談話室へと足を向けた。面倒事の気配に、その足も重くなっていたのだが。

 

 

 

 

 

 ブリーフィングルームで初めてあの人を見た時、私は思わず目を逸らしてしまった。

 第501統合戦闘航空団に配属されることになった、私、リネット・ビショップは皆に自己紹介するだけでも卒倒するほど緊張していた。目の前にいるのは、世界に名だたるエース達だ。自分など足元にも及ばない・・・。

 そんな時に目が合ったのが、この部隊で唯一の魔法使い(ウィザード)である扶桑皇国海軍大尉、神崎玄太郎だった。彼についてはお父さんから話を聞いていた。

 

『いいか。もしも本当にどうしようもない状況に陥ってしまったなら、魔法使い(ウィザード)の神崎大尉を頼りなさい。だが・・・それ以外なら、彼には気をつけなさい』

 

 そう言ったお父さんは本当に私を心配していた。まるで、私が死んでしまうような・・・。

 なぜお父さんがそこまで心配していたのか。それは、神崎大尉と目が合って少し分かったような気がした。

 彼の目から感じたのは、井戸のような暗さ。それがどんな感情なのかは分からなかった。けれど、怖いと感じたのは間違いじゃなかったと思う。

 

 

 

 自己紹介をした後には色んな人から質問を受けたり、その後はシャーリーさんとルッキーニさんから基地を案内され、坂本少佐から今後の訓練のスケジュールを説明された。あまり美味しくない夕食の後は解散となり、翌日に備えて早めに休むようにと自室に戻された。

 でも・・・。

 

「眠れない・・・」

 

 寝なれないベッドに枕。見慣れない天井。何が起こるか分からない明日からの訓練。

 緊張で眠れないわけが無い。

 ベッドから抜け出し、部屋の窓に近寄る。窓から見える景色は、真っ黒な海と真っ黒な森。月明かりがない分、目を凝らさなければ区別がつかないほどだ。

 少しは気が紛れるかと思ったが、紛れるどころか陰鬱となるだけだった。溜息を吐き、大人しくベッドに戻ろうと窓から視線を外す。

 

 一瞬、紅い光が瞬いたような気がした。

 

 見間違いかと思い再び窓の外を見るが、先程と変わらず暗闇に閉ざされた風景。理由の分からない不安を胸に抱えつつ、私はベッドに潜り込み瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日から訓練は始まった。

 教官となるのは扶桑皇国海軍の坂本少佐。彼女も魔女(ウィッチ)の生ける伝説の中の1人である。そんな人から指導を受けることが出来るのはきっと幸福なことなのだろう。けれど、それが楽かどうかは全くの別問題だ。

 

「走れ!走れ!!|新人のお前に必要なのは体力だ!」

 

「はい!」

 

 坂本少佐の叱咤激励に背中を押されるように、私は滑走路を走る。こんなに走らされるのは訓練生の時以来・・・いや、訓練生の時よりも走っているかもしれない。

 坂本少佐は所謂熱血指導、スパルタ教官だった。

 マラソンに始まり、各種筋力トレーニング、射撃訓練へと続いた。その日はそれで終わり。

 ストライカーユニットに触れることもなかった。

 

「今日はお前の基礎能力が知りたかったからな。明日はストライカーユニットを使った訓練だ。早めに休めよ」

 

「はい!あ、ありがとうございました・・・!」

 

 滑走路の脇での会話が終わり、さわやかな笑顔を浮かべて去っていく坂本少佐に、私は疲労困憊ながらもなんとか返事とお礼を口にする。

すでに茜色に染まってる空を疲労で動けないまま見上げていると、どこかからか聞き慣れないエンジン音が聞こえてきた。開け放たれた大きな格納庫の扉から出てくるのは、綺麗な銀髪の黒猫の夜間航空魔女(ナイトウィッチ)。人の身の丈にもなるフリーガーハマーを携えた彼女は、チラリと(リーネ)の方を一瞥するとそのまま離陸してしまった。

 

「お~い!新入り!夕食だぞ~!」

 

「だぞ~!!」

 

 自分を呼ぶ声に振り返れば、イェーガー大尉とルッキーニ少尉がこちらに手を振っていた。

 

「は、はい!」

 

 慌てて返事をして2人のところへ駆け寄る。この日はこのまま夕食を食べた後、巨大で荘厳な浴場で汗を流して1日を終えた。

 2日目はストライカーユニットを用いた訓練。

主兵装であるボーイズMk.I対装甲ライフルを装備しての基本的な飛行から編隊飛行、戦闘で使われる技法を坂本少佐が見る中で実施していった。時折、坂本少佐から指導を受けながら、指示された通りに飛行している時、それは鳴り響いた。

 基地の塔に設置された音響装置から空を割るようになるサイレン。

 坂本少佐の空気が一変した。

 

「観測班!ネウロイの位置は!」

 

 すぐさま臨戦態勢に切り替えてネウロイの位置を確認する坂本少佐の横で、私はライフルを抱えて呆然とするだけ。まさか訓練中にネウロイの襲撃があるとは思わなかった。

 

「よし、リーネ。お前は基地に戻れ。私は戦闘の指揮を取らなければならない」

 

「わ、わかりました・・・」

 

「坂本少佐!こちらを!」

 

 坂本少佐が指示を出し終えるのを見計らったように、クロステルマン中尉が実弾が装填された機関銃を持って近寄ってきた。なぜか私に厳しい視線を向けていたが・・・。

 

「すまんな、ペリーヌ。そのまま私の僚機に付け」

 

「分かりました、少佐!」

 

 嬉しそうに僚機の位置に着いたペリーヌを伴い、坂本は速度を上げて上昇していった。2人の後に、バルクホルン大尉、ハルトマン中尉、シャーリー中尉、ルッキーニ少尉が続いていく。完全にこちらを気にかけない者もいれば、ヒラヒラとこちらに手を振る者もいた。

 半ば呆然として出撃を見送っていた私のインカムに聞き慣れない男性の声で通信が入ってきた。

 

『ビショップ軍曹。降りてこい』

 

「は、はい!」

 

  慌てて滑走路へのアプローチに入り、そのまま誘導員に従い格納庫に入ると坂本少佐と同じ制服を着た男性が私を待っていた。神崎大尉である。自己紹介の時にブリーフィングルームで見た以外は会話も無かった。

 ストライカーユニットをユニットケージに戻し、装備も収納してユニットから降りていると神崎大尉が近づいてきた。

 

「ディートリンデ中佐からお前に実戦がどのような物か教えるように言われている。着いてこい」

 

「はい」

 

 神崎大尉は私の返事を聞くとすぐに背中を向けて歩き始めたので、言われた通りに後に着いていった。思えば、こういう風に男性の上官と関わったことはほとんどない。むしろ軍人になる前も男性と関わることは家族以外ほとんど無かった。前を歩く神崎大尉の背中に少し不安を覚えつつ歩いていくと、ある部屋の前で止まった。

 

「管制室だ。ここで、戦闘の無線を聞いてもらう」

 

 静かにな、と神崎大尉は告げてゆっくりと管制室の扉を開けた。中では沢山の兵士達が世話しなく機材を動かし、またヘッドホンとマイクで会話していた。数名がこちらの入室に気付いて敬礼していたが、大尉が手を振って止めさせていた。 

 

「こっちだ」

 

 大尉の声で中の光景に圧倒されていた私は再起動して、慌てて大尉が呼ぶ方向に足を向けた。そこでは大尉は1人の兵士に話しかけ、1つの通信機のヘッドホンを受け取っていたところだった。

 

「これを着けろ」

 

 大尉に言われるままに差し出されたヘッドホンを耳に着ける。すると僅かな雑音の後に緊迫した会話が流れてきた。

 

『目標を確認した!報告通りの大型だな・・・!』

 

『いや・・・小型も複数体いる!』

 

『各機、攻撃開始!小型を露払いしつつ、大型に攻撃を加えるんだ!』

 

『イッチ番乗り~!』

 

『ヘヘッ!お先!少佐!』

 

『おい!リベリアン!!』

 

 交わされる会話と響き渡る戦闘音。

ノイズ越しに聞こえる銃声、爆発音、ビームによる空気の燃焼音、切り裂くようなネウロイの悲鳴。

初めて聞く戦場の音に、私の体は無意識の内に細かく震えていた。

 

「坂本達にバルクホルン大尉とハルトマン中尉のツートップ。余程のことが無い限り負けることは無いだろう」

 

横に立つ大尉が言うように戦闘の様相は順調にこちら側の優位に立っていった。護衛である小型ネウロイを殲滅し、大型を包囲して着実にダメージを与えている。

やがて無線からより大きな爆発音が聞こえたかと思うと、めっきりと静かになってしまった。

 

『ネウロイ撃破。皆、無事だな?』

 

『流石ですわ!坂本少佐!』

 

『シャーリー、お腹空いた~』

 

『そうだな~。帰ったら夕食だな~』

 

 戦闘時の張り詰めた様子とは打って変わり、どことなく緩んだ雰囲気での会話に、聞いていた私の震えも徐々に治まってきた。

 

「このぐらいでいいだろう。帰るぞ」

 

 耳に掛けていたヘッドホンを大尉に取られ、促されるままに管制室から退出した。歩く廊下の窓からは夕日が入ってきていた。体感的にはあっという間だったが、結構な時間を管制室で過ごしていたようだった。

 

「・・・戦闘の雰囲気ぐらいは分かったか?」

 

「えっと・・・少しだけ・・・」

 

 顔の半分だけをこちらに向けて話しかけてくる大尉に、私は少しだけ戸惑いながらも返事をする。しかし、大尉は足を止めてじっとこちらを見続けていた。私はどうすればよいか分からず、同じように足を止めることしかできなかった。

 

「あ、あの・・・」

 

「・・・ネウロイと戦って、生き残る。それだけを考えろ。くよくよ考えるのはまだ当分先でいい」

 

 そう言う大尉の目は伽藍のような無機質さに満ちていた。私はただ頷くことしかできず、大尉も何事も無かったように前を向いた。

 

「今日の訓練は終了。以降は待機し、坂本少佐が帰還し次第、次の指示を仰げ」

 

「りょ、了解!」

 

 大尉は私の返事を聞くと短く解散と告げてズンズンと先に進んでいってしまった。私もどうしようもなく自分の部屋へ向かった。

 





楽しんでくれたら幸いです

もうそろそろサトゥルヌス祭かぁ・・・


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第八十二話


お久し振りです
遅くなりましたが、更新します

感想、アドバイス、ミスの指摘などよろしくお願いいたします



発進します!のアニメが面白すぎてヤバい


 

 

 

 

 

 リネット・ビショップが501に配属され、早3週間。

 すでに航空魔女(ウィッチ)としての基礎的な訓練は修了しているために基本的な飛行訓練はすでに終わった。今は戦闘機動を主軸においた訓練に変わり、坂本少佐だけでなくバルクホルンやシャーリーも教官としてリーネを指導してる。複数人による指導を踏まえた彼女の評価は・・・。

 

「まぁ、悪くはないだろう」

 

 そう言ったのは、隊長室の応接セットのソファに座り緑茶が入った湯呑みを持った坂本だった。

 

「訓練に於いては、が最初に付くけれどね」

 

 坂本の言葉に続けるように呟いたのは、坂本とは対面に座りコーヒーの香りを楽しむミーナ。2人の間にあるテーブルにはリーネの訓練評価が書かれた書類が置かれていた。

 湯気が立つ緑茶を一口飲んでテーブルに湯飲みを置いた坂本は、軽く笑いながら言った。

 

「それは当たり前だ。だからこそ、今ここで話をしているんだからな」

 

「ふふ。そうね」

 

 ミーナは微笑みながらコーヒーカップをテーブルに置き、書類を取り上げた。すでに何度も目を通してはいたが、確認の意味も込めてもう一度紙面に目を向けた。その上で彼女はこう告げる。

 

「そろそろ実戦かしら?」

 

「頃合だろうな」

 

 ミーナの言葉に、坂本は頷く。

 訓練だけでは本当の実力を測るのは難しい。本格的に戦闘に参加するのは到底無理だろうが、極至近距離でネウロイとの戦闘を見て感じることはリーネが戦う上で必要不可欠だろう。そのサポートをするのが上官として、そして航空魔女(ウィッチ)の先達としてやるできことだ。

 

「皆には私から伝えておこう」

 

「ええ、お願いね。美緒」

 

 戦場を飛ぶ航空魔女(ウィッチ)の誰しもが経験する初陣。ここで生き残るのか、それとも・・・。

 それを決めることができるのは最後はリーネ次第である。

 その時、隊長室の扉がノックされ、コツコツという硬質な音が部屋に響いた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。以前話した夜間哨戒のシフトについてですが・・・取り込み中なら出なおしますが?」

 

 訪ねてきたのは片手に書類を携えた神崎だった。別案件の相談で隊長室まできたらしいが、丁度この話し合いとバッティングしてしまったようだ。

 半ば開けた扉から半身だけ出した神崎は、一言言われればすぐに退出する構えだったが、坂本が呼び止めた。

 

「いや、丁度良かった、ゲン。お前も話を聞いていけ」

 

 坂本がミーナに視線だけで了承を求め、ミーナが頷く。それを確認した神崎は、軽く頭を下げて坂本の隣に腰を下ろした。心なしかミーナからの視線がきつくなった気がするが、無視する。

 

「で、話というのは?」

 

「リーネのことだ。そろそろ実戦に参加させる」

 

「坂本少佐とロッテを組ませますが、遊撃班のサポートも必要になります」

 

「・・・なるほど」

 

 坂本とミーナからそれぞれ言われた言葉に神崎は神妙に頷く。エイラの未来予知があればサポートは楽になるだろうが、多少の骨を折ることになるだろう。

 

「具体的な日程は決定しているのですか?」

 

「今週末の出撃シフトに組み込む予定です」

 

「分かりました。イッルには自分から話しておきます」

 

「ああ。頼んだ」

 

 この後、幾つか事務的な話と世間話をして神崎は退室した。神崎が退出したのを見届けた坂本は、空になった湯呑みをテーブルに置いてミーナに笑いかけた。

 

「まぁ、なんだ。お前も少しはゲンのことを信用してるんじゃないか」

 

「・・・仕事を手伝ってくれる分だけね。誰かさん達と違って」

 

「真面目だな、あいつは」

 

 腕を組みウンウンと頷くと坂本をミーナは微妙な表情で視線を送る。その時間は僅かなもので、すぐににこやかな表情でコーヒーカップを傾けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 隊長室を後にした神崎はその足で格納庫に向かっていた。

 途中自室に寄って手に入れた大きめの紙袋を脇に抱えて格納庫に入ると、ストライカーユニットの整備作業の真っ最中だった。今しがた訓練から帰投したシャーリーとリーネのユニットを集中的に作業しているらしい。

 

「どうも。班長」

 

「おお、大尉。お疲れ様です」

 

 神崎は整備作業を監督している班長に声をかけた。階級は神崎の方が上だが、年齢は大分班長の方が上である。しかし、神崎はこういった関係はもう慣れたもので、軽く敬礼をして班長の隣に立ち、紙袋を手渡す。

 

「差し入れです。皆で楽しんでください」

 

「これはこれは。いつもありがとうございます」

 

 手渡した紙袋から覗く幾つもの酒瓶に班長は顔を綻ばせたが、神崎の表情が真剣なものになったのを見て被っていた帽子を目深に被りなおした。

 

「最近の動向は?」

 

「大人しかったですが、近々動きそうです」

 

「シーナ達は動くのか?」

 

「別拠点の襲撃の為に動けないとのことです」

 

「なるほど。・・・ネズミは?」

 

「8割程は処理済みです」

 

「早く、確実にだ」

 

「了解です」

 

 小さな声での会話だったが短時間で連絡を済ませ、神崎は表情を明るくした。

 

「それでは、班長。整備の方よろしくお願いします」

 

「もちろんです、大尉。任せてください」

 

 帽子を被りなおした班長もにこやかに返事をして紙袋を抱えて歩いて行った。その後姿を見送り、神崎も格納庫を後にする。自然胸ポケットの煙草に伸びた手を自嘲気味に元に戻しつつ、今度はエイラを探すために足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・そう。そうだね。じゃあ、その話はそれでいこうか」

 

 品のいい調度品に彩られたどこかの書斎で、部屋の奥にある部屋かた漏れる電話での会話の声が響く。

 その声を聞きながら、部屋の中央に据えられたソファに腰掛けたシーナが面倒くさそうに呟いた。ソファの前のテーブルには、飲みかけのコーヒーカップが置かれている。

 

「今月で20回の出撃ですよ。手当でも欲しいんですが。特別休暇でもいいです」

 

「なら、この前みたいに命令書を偽装したまえ。それで神崎大尉をまた呼び出せばいい」

 

 彼女の言葉に返事を投げかけたのは、斜め対面のソファに座ったファインハルスだった。足を組んで紅茶を香りを優雅に楽しむ彼の姿に、シーナはイラつきを隠さずに眉を顰めた。

 

「誰も神崎大尉のことを口にしてはいませんが?」

 

「これは失敬。いつも君の二言目には彼の名前が出ていたのでね」

 

「そんなに言ってないですけど」

 

「重ねて失敬」

 

 シーナの棘の付いた言葉を涼しい顔で受け流すファインハルス。こうやってシーナをからかうのがファインハルスの楽しみであり、シーナは自分がからかわれているのは分かってはいるものの、内容故に言い返さざるを得ないのだ。

 

 このやり取りが彼の暇な時間の潰し方であり、このやり取りをした後には決まって面倒事が舞い込んでくる。

 

 ジリジリジリッとテーブルに置かれた電話が鳴り、カップを置いたファインハルスが受話器を取り上げた。ファインハルスは幾つか言葉を交わすと笑みを深めて受話器を置き、胡散臭い目を向けるシーナに一言告げた。

 

「喜びたまえ。戦争だ」

 

「喜んでるの、少佐だけですけど」

 

 シーナは溜息を1つ吐くと先程までの気だるげな雰囲気は無くなり、代わりに殺気にも似た真剣な空気を纏って立ち上がった。ファインハルスは彼女の変化にニヤリと笑い、奥の部屋に向け胸に手を当てて声をかけた。

 

「それでは、行ってまいります」

 

 ギシリというイスを軋ませる音と、コツコツという足音、そして足音よりも硬質なカツカツという音が奥の部屋から漏れ出ていた。

 そして部屋から姿を現した人物は、立ち上がった2人に底抜けに明るい声で告げた。

 

「怪我しないようにね~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーネの初陣は、出撃が決まった日から3日後だった。

 ほぼ予測通りの襲撃タイミングになり、シフトも調整済み。雲は多いが、風は強くない天候。初陣にはもってこいの環境だろう。出撃したのは、坂本を始めとした、神崎、シャーリー、エイラ、ルッキーニ、ペリーヌ、そしてリーネの7機編隊だ。

 

『なぁ、大尉』

 

「どうした?」

 

『今日はリーネのサポートだよナ?』

 

 報告された空域に向かう途中、僚機位置のエイラから神崎に向けて通信が入った。神崎がチラリと後ろを振り向けば、MG42を背中にかけて暇そうに頭の後ろで手を組んでいた。

 

「そうだ。出撃前の打ち合わせ通り」

 

『りょ~かい。まぁ、なんとかなるカ』

 

 出撃する前に神崎とエイラはリーネのフォローの為に幾つか相談していた。相談といっても普段の遊撃の役割は殆ど変わらない。ただリーネに対して重点的な位置取りをし、いつでもフォローが出来るようにして戦闘するようにしていた。

 

「大丈夫だとは思うが、気を抜くなよ。」

 

『分かってるテ~』

 

 ヒラヒラと手を振るエイラに神崎は片眉を上げて応え、視線を前に向けた。その方向には坂本とペリーヌの僚機位置で緊張した固い表情で飛行するリーネの姿が。

 

「・・・何も起こらなければいいがな」

 

『知ってるカ、大尉。そういうのはフラグって言うらしいゾ』

 

 悪戯のように言葉を飛ばしてくるエイラに内心溜息を吐くが、その意味を身を以って知ることになるのはすぐあとになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『見つけたぞ。いつも通りの大型だな』

 

 魔眼を発動させた坂本の一言が、戦闘開始の狼煙となった。

 接敵したネウロイは扁平な胴体を中心に短い十字の翼が生えた姿をしていた。坂本の言う通り、大型の部類に入るだろう。

 最初に仕掛けたのは、シャーリーとルッキーニのペアだった。彼女達が得意とする高高度からの急降下による一撃離脱戦法。最高速度に達する彼女達とネウロイが交錯するのは一瞬。その一瞬の内に数多の弾丸を叩き込まれ、ネウロイは悲痛な嘶きをあげた。

 そこからは完全にこちらのペース。

 ネウロイの態勢が整う前に、後続が到着し攻撃を始めた。やや後方に置かれたリーネを覗いた全員による包囲攻撃により、ネウロイの装甲がみるみるうちに剝がされていく。時折ある反撃のビームも、皆危なげなく防御または回避していた。

 

「・・・手緩いな」

 

『そうカ?楽でいいじゃないカ』

 

 神崎はMG34の引き金を引きつつ訝しげに眉を顰めた。

 神崎の呟きが聞こえたのか、同じように銃撃を加えているエイラが言う。しばらくすればコアを撃ち抜くだろうが、それにしても簡単すぎる。チラリと周囲を見渡せば、リーネは少し離れた位置で待機していた。坂本の指示だろうが、その距離ならネウロイの攻撃も当たりにくいだろう。

 一抹の不安を感じつつも、神崎は弾切れになった弾倉の交換を始めた。

 エイラの焦った声が聞こえたのはそんな時だった。

 

『・・・ッ!?大尉、新入りが危なイ!?』

 

「何!?」

 

 エイラの未来予知による警告に神崎は弾倉交換に向けていた意識をネウロイに向けた。所々装甲を白く発光させ、殆ど撃破されかけていたネウロイ。しかし、神崎が意識を向けた時に最後の力を振り絞るように装甲を紅く発光させた。

 直後、ネウロイは白い粒子となって爆散。だが、その粒子を突き破るように4つの黒い影が飛び出してきた。

 それは直前までネウロイの十字の翼として機能していたものだった。

 

『なんだ、あれは!?』

 

『おわッ!?』

 

『キャッ!?』

 

 まさかの攻撃に坂本達は驚きの声をあげるが、片やシールドで防ぎ、片や到達するまでに撃ち落して3つを対処していた。

 問題はエイラが警告した通り、完全にノーマークになっていたリーネに最後の1つが向かっていったことだった。

 

『リーネ!!避けろ!!』

 

『えッ・・・!?あ・・・』

 

 坂本の警告にも酷く動揺し右往左往するだけのリーネの姿に、神崎は眉を顰め、短くエイラに通信を送った。

 

「援護に入る」

 

『エッ!?カンザキ大尉!?』

 

 戸惑うエイラの声を他所に神崎はMG34を捨てストライカーの出力を上げた。それと同時に両手に魔法力を集束させる。

 

「ッ・・・!!」

 

 短く息を吐いた瞬間に、両手に集束させた魔法力を一気に解放した。集束に費やしたのは数秒という短い時間だったが、加速には十分すぎる量の魔法力を集束している。MG34を捨てたことにより僅かながら軽量化した神崎は、空気を切り裂く勢いでリーネの元へ飛行するネウロイへと向かった。

 

「ビショップ!!シールドを張れ!!」

 

『ヒッ・・・』

 

「動けないか・・・!」

 

 万が一を考えての指示も、混乱しきっているリーネには実行する余裕はないらしい。神崎はいち早くネウロイを破壊することにし、加速による強烈なGに耐えながら目標を見据えた。このままいけば、リーネに到達する前にネウロイを破壊することができるだろう。

 しかし、ネウロイを炎の射程に捉えた時、神崎が予想だにしない事態が起こった。

 

「あ、あ・・・.あああ!?」

 

 混乱してまともに動けなかったはずのリーネが、恐怖心からかネウロイに向け対物ライフルを乱射し始めたのだ。碌な照準がされていない射撃なぞ、神崎は防御なり回避なりとどうとでも対処できる。しかし、最高速度で加速し、尚且つ攻撃態勢に移った状態では話は別だった。

 

「・・・チッ!!」

 

 舌打ちと共に神崎は一瞬思考を廻らせるが、そのまま進路を変えなかった。数秒後、神崎はネウロイを捉え、炎を噴出させてネウロイを焼き尽くした。それとほぼ同時に、リーネが乱射した弾丸のうちの1つが飛来し・・・

 

 

 

 

 

「それでこうなった訳ですかい」

 

「・・・そういうことです。面倒をかけます」

 

「まぁ確かに。大尉のユニットは特別製ですからなぁ・・・」

 

 501基地の格納庫。

 点検で分解されたBF109-Type Hawkを前に神崎と整備班長は溜息を吐いた。

 今回の戦闘で神崎は炎によりネウロイを撃破した。しかし、その直後にリーネが撃った弾丸が直撃してしまったのだ。勿論、神崎は危なげなくシールドで防御し、かすり傷1つ負っていない。だが、固有魔法による急加速で悪影響が出てしまったのか、不調をきたしてしまった。

つい先程夕焼けに照らされる中エイラの肩を借りて着陸し、ユニットはそのまま分解作業へ。

そして今に至る。

 

「大尉も災難でしたなぁ」

 

「生きているのなら、たいした問題では」

 

「流石、経験した場数が違いますな。ビショップ軍曹は大分坂本少佐に絞られておりましたが」

 

「それは仕方が無いことでしょう」

 

 本来は味方に対する攻撃など許される訳も無く、軍法会議にかけられてもおかしくは無い。しかし、初陣であることと、攻撃を受けた神崎が対して問題にしていないことを考えるにそこまで大事になるとは思えなかった。

 

「ふぅ・・・。ところで」

 

 神崎は溜息を1つ吐き、静かに話題を切り替えた。班長は気配を察したのか、神崎を促し格納庫脇にある班長専用の待機室に入った。待機室内で班長は煙草を差し出し、神崎は黙ってそれを受け取り、咥えたまま指先に燈した火で煙草の先を炙る。同じように班長が咥えた煙草にも火をつけた。

 

「・・・首尾は?」

 

「今夜辺りです」

 

薄暗い室内で2人してゆっくりと紫煙を吐き出す。

 

「・・・打ち合わせ通り、実行は私が」

 

「後処理はお任せを」

 

「頼みます」

 

 煙草を握り潰し、神崎は部屋から出た。班長も自身の机に置いてある灰皿に煙草を押し付けた。

 

「後味が悪いことばかりだ・・・」

 

 そう呟く班長の顔は苦りきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いいか?味方に銃を向けることは今後一切ないように!」

 

「はい・・・」

 

 所変わって談話室。

 帰還後、リーネはテーブルに座り、坂本から数時間に渡るデブリーフィングを受けていた。内容の大部分を占めていたのは、ネウロイの攻撃を受けたことによる硬直と神崎への誤射。特に誤射に関する指導が凄まじく、坂本がどれだけこのことを重要視していたのかが察せられた。

 デブリーフィングが終わり坂本は談話室から出ていったが、リーネは椅子から立ち上がることが出来ずにいた。疲労感と後悔に恐怖と様々な感情が胸の内で入り乱れ、体の何処にも力が入らなかった。

 

 どのくらい時間がたったのだろうか?

 

 リーネが顔を上げた時、談話室に差していた夕日はすでに、代わりになく僅かに月明かりが差していた。

 

「もうこんな時間・・・」

 

 夕食の時間はとっくに過ぎているが、空腹はまったく無かった。ただただ全身にのし掛かるような疲労感を感じるだけ。このまま机に突っ伏して寝てしまってもいいのだが、それはまだかろうじて残っていた理性が拒否反応を示した。

 鉛のように重い体に力を入れて椅子から立ち上がる。談話室の扉に進むのも億劫で、溜め息と共にドアノブを押した。

 

 廊下は完全に消灯され、灯りは廊下の窓から入る薄い月明かりだけだった。普段なら足がすくむかもしれないが、そんな感情が起こらないほど頭が働かなかった。

 廊下に音はない。消灯しているから当たり前だ。響くのは自分の靴が鳴らす音だけ。コツコツと音がなる。しかし、廊下から反響して戻ってくるのは静かで硬質な音ではなく、もっと重く煩雑としたもの。

 ふと思った疑問が何故か引っ掛かった。自室に戻るつもりだった足が自然と音がする方へと向かっていく。

 

 

「あ・・・はッ・・・!?」

 

「・・・う・・・すぐ・・・・!」

 

「こ・・・は、だ・・・」

 

「・・・ぐ、そこ・・・!や・・・!?」

 

 進むにつれ、音は段々と声に変わっていった。途切れ途切れにしか聞こえないが、声と共に圧し殺したような緊張感も感じる。ふとリーネが足を止めると、すぐ横に下の階に階段があった。どうやら、声はこの階段から聞こえていたようだ。

 闇に呑まれるような階段を1歩1歩降りていく。階段の下からはもう声はしなかったが、バタバタとした足音が断続的に聞こえていた。

 階段を降り終え、廊下に出る。窓から入る月明かりは何故か紅いように見えたが、そのまま廊下の曲がり角に差し掛かった。もう、物音は何も聞こえない。だが、今まで以上の恐怖と緊張感がリーネを襲っていた。頭は曲がってはならないと訴えるが、足はゆっくりとではおるが確実に前進し、やがて曲がり角を曲がってしまい・・・、

 途端、視界一面を真っ白な煙が塞いでしまった。それと同時に、刺すような刺激が目と喉を襲った。

 

「ケホッケホッ!?」

 

 咳き込んでしまったリーネに投げ掛けられたのは気の抜けたような軽い言葉。

 

「ああ、すまない。ビショップ軍曹、居るとは思わなかった」

 

 涙が滲む目を開けると、そこにいたのは煙草を片手に立つ神崎。今、リーネが一番会うのが気まずい人物だった。

 

「あ、あの・・・すみません!帰ります・・・!」

 

「待て、ビショップ」

 

 反射的に離れようとしたリーネを神崎は呼び止めた。恐る恐る振り向くリーネに対し、神崎は惜しむように紫煙を吐き出すと軽い調子で言った。

 

「話がある。着いてこい」

 

「あ・・・」

 

 リーネが返事をする間もなく、煙草を握り潰した神崎は先に歩いてしまっていた。リーネは慌てて神崎の後を追ったが、ふと後ろを振り返った。視界に入るのは窓から入る月明かりに照らされた薄暗い廊下と仄かに漂う紫煙だけ。特段に変わったことがない。けれど、煙草の薫りに混じってどこか鉄の匂いが混じっていた。

 

 

 

 

 

 

「コーヒーはいるか?」

 

「えっと・・・はい・・・」

 

 神崎がリーネを連れてきたのは食堂だった。夜中の食堂は暗闇に閉ざされて静まり返っていたが、神崎は全く頓着せずに最小限の灯りだけつけて厨房に入ってしまった。リーネかできることといえば、押しきられるように返事をして、灯りがテラステーブルで黙って待つことだけ。

 ほどなくして、神崎は両手に湯気が立つマグカップを携えて現れた。片方のマグカップをリーネの目の前に置き、神崎はそのままリーネの向かい側に座ってマグカップに口をつけた。その様子を見ていたリーネも恐る恐るといった様子でコーヒーに口をつけ・・・、あまりの苦さに顔をしかめた。

 

「苦いか?」

 

「は、はい・・・」

 

「次からは砂糖がいるな」

 

 いつもとは違う声音にリーネが顔を上げてみると、神崎は見たことのない穏やかな表情でこちらを見ていた。しかし、もう1度コーヒーカップを傾けた後には、そんな穏やかな表情は隠れていた。そして、そのまま堅い口調で告げた。

 

「今日のことは気にするな」

 

「・・・え?」

 

 一瞬呆けたリーネだったが、すぐに彼の言葉が今日のフレンドリーファイアだと重い至った。何か言わなければと、マグカップを持つ手に力が入るが、口を開くのは神崎の方が早かった。

 

「お前が撃った弾は無駄弾こそあったが、最終的にはネウロイに直撃していた。あれは俺が独断で割り込んでしまったから起こってしまったことだ」

 

「も、もしそうだとしても、私は神崎大尉をし、死なせて・・・」

 

「だが、死ななかった。それでいい」

 

 自分が死の危険に晒されたのに、そう簡単に告げる神崎の思考がリーネは全く理解できなかった。自分に気を遣ってそんなことを言っているのかと思えば、こちらを見る目は伽藍堂のようで全く判断がつかない。

 

「でも、それは・・・」

 

「・・・もしそれが難しいなら・・・」

 

「え・・・?」

 

 答えあぐねていたリーネに神崎は予想外の言葉を発した。

 

「交換条件だ。俺を助けてくれ」

 

「神崎大尉を・・・助ける?」

 

「そうだ。さっきの・・・」

 

 そう言って神崎は人差し指と中指を自分の口に持っていき、煙草を吸う仕草をしてみせた。

 

「屋内での喫煙は命令で禁止されてる。・・・ばれたら、ディートリンデ中佐に殺される」

 

 だから・・・な、と目線で告げる神崎。

 そんな彼の姿を見てリーネは酷く困惑した。この厨房でのやり取りが今までの印象からは全くかけ離れていたこと。そして、今の発言が冗談なのか、それとも本気なのか。それらの事が頭で廻り廻って・・・最終的にコクンッと頷いた。

 

「分かりました」

 

「助かる」

 

 リーネの返事を聞いて神崎は微かに口元に笑みを浮かべた。次いで、自分のマグカップを持つとイスから立ち上がった。

 

「俺はもう寝る。お前も早く寝て明日に備えろ。・・・あぁ、マグカップは流し台でも置いておけ」

 

 そう言い残し神崎は食堂から立ち去っていった。1人残されたリーネは、少し考えた後にもう一度コーヒーに口をつけた。

 

「やっぱり苦い・・・」

 

 どうもこの味には慣れそうにない・・・と、リーネは苦味で痺れた舌をチロリと出して思った。それでも、結局全部を飲み干し、僅かに軽くなった足取りで食堂から立ち去っていった。

 

 

 

 





8月はライブイベントですね

はい、チケット確保しました


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第八十三話

前半部だけですが、ワールドウィッチーズミュージックフェスタに行ってきました
最高でしたね
最高でした 
久し振りにご本人達の曲が聞けて最高でした
ルミナスも楽しみですね

そんな訳で第八十三話です

感想、アドバイス、ミスの指摘などなどよろしくお願いします


 

 

 

「・・・これは無理では?」

 

「さてさてさて・・・。どうしたものか」

 

 月が照らす森の中。

 ギリースーツに身を包んだシーナとファインハルスは、それぞれ狙撃銃のアイアンサイトと双眼鏡越しに見た光景にそれぞれポツリと呟いた。

 いつもの共生派の拠点撃滅任務に伴う偵察。事前の情報では簡易的な野戦陣地程度の規模だったはずだが、2人の視線の先には古墳のように盛り上がった地面と頑丈そうな鋼鉄製の扉。どうやら、陣地が塹壕化しているようだ。情報が間違っていたのか、共生派が短期間で建造したのか・・・。

 

「こっちの装備じゃあ、どうしようもないですよ」

 

「ふむ・・・。戦車でも持ってくるかね?」

 

「うちにそんな装備ないです。むしろ、戦車じゃなくて急降下爆撃が欲しいです」

 

「残念だが、君が愛してやまない神崎大尉も今は・・・おっと、その殺気は私ではなく敵に向けたまえ」

 

 狙撃銃を一切動かさずにシーナは溜め息を吐いた。ファインハルスはクツクツと笑いを漏らすと、双眼鏡を下げて僅かに身動ぎした。

 

「さてさてさて、1度退くとしよう。なに、手はあるだろうさ」

 

「了解。下がります」

 

 森の静けさの中に何も残さないまま、2人は闇の中に紛れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「扶桑に戻るのか?」

 

「ああ。見所のある新人がいると副官から連絡がきてな。少し行ってくる」

 

 シャーリー指導でのリーネの訓練が基地上空で行われているのを滑走路から眺めながら、神崎と坂本は世間話よろしく言葉を交わしていた。

 

「扶桑までか・・・。結構な期間、ここを空けるな・・・」

 

「最低でも3ヶ月だな。ネウロイの襲撃がなければ、だが」

 

「最近は外洋にも出てくるか・・・・」

 

「時々な」

 

 

 軽い調子で会話する2人の上空では、リーネが射撃訓練を行っていた。高速で回避機動を行うシャーリーに向かってペイント弾を撃つという中々過激な訓練内容だったが、シールドをしっかり発動させているので大事になることはないだろう。

 

「ビショップの訓練はどうする?」

 

「バルクホルンとシャーリーに任せる。お前にもな」

 

「・・・俺はそんなに射撃の指導はできんぞ」

 

「お前の魔法使い(ウィザード)の姿勢を見せてくれればいい」

 

 坂本に背中を強めに叩かれ、神崎は軽く溜め息を吐いた。自分が教育などとはお笑い草だと、坂本の期待から逃れるように視線を上に向ける。すると、タイミングよくリーネがシャーリーに直撃弾を与えたようだった。初出撃から1ヶ月程経ったが、訓練ではもうほとんど平常心で臨むことができている。後はそれを実戦で活かすことができればいいのだが・・・。

 片方のストライカーを汚したシャーリーが上機嫌でリーネの肩を叩き、徐々に高度を下げてきた。どうやら訓練はもう終えるようだ。

 

「さて・・・私も帰国の準備にもどるか」

 

「俺も戻る・・・。ディートリンデ中佐に提出する書類もある」

 

「そうか。また後でな」

 

 坂本が戻っていったが、神崎は少しだけ足を止めて着陸するリーネ達の様子を眺めた。着陸して滑走路上を移動していたシャーリーが神崎に気付き、大きく手を振ってきた。それに釣られるように胸に銃を抱えたまま控え目に手を振るリーネ。

 

「だいぶ余裕が出てきたか・・・」

 

 返答に軽く手を挙げつつ、神崎は独り呟いた。このまま靡かずに成長してくれればと願いつつ、神崎も基地の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小脇に書類を抱えて隊長室の前に到着した神崎だったが、扉をノックする前に向こうの方から開いた。扉から覗いたのは、もちろんミーナ。

 

「ディートリンデ中佐。今時間が・・・」

 

「丁度良かったわ、神崎大尉、入って」

 

「・・・?失礼します」

 

 神崎が伺う前に、ミーナが食いぎみに隊長室へ招き入れた。どことなく焦っているように見えたのは気のせいだろうか?

 隊長室に入ると隊長用のテーブルの上に書類の束が置かれ、ミーナが真剣な表情でイスに座り直していた。

 

「神崎大尉。これを見て」

 

「拝見します」

 

 ミーナから差し出された書類を受け取り、神崎はサッと目を通す。内容は新型兵器の配備命令書。夜間出撃の性能を向上させる物で既に何度か改修済み。精度も信頼性も高いらしい。内容は別に問題ないだろう・・・名前以外。

 

「鷹守式魔導針・・・ですか」

 

「ええ。『鷹守』式魔導針よ」

 

 ミーナの表情は堅いが、それも頷ける。彼女にとって鷹守という名前はトラウマものだろう。何せブリタニアに駐留していた時に、兵器の実験とセクハラ紛いの対応で苦労が絶えなかったようだから。

 

「確認なのだけど、これはあの男が作った装置・・・で、あってるのよね?」

 

「まぁ・・・そうです」

 

 神崎が同意した途端、ミーナの眉間に不快感一杯に皺が寄った。命令でなければ、この魔導針をそのまま送り返してしまいそうな勢いだ。いや、命令であっても彼女ならどうにかして送り返してしまいそうだが。

 そんな事態にはならないように、神崎は自分が持ってきた書類を差し出した。

 

「これは?」

 

「夜間哨戒シフト調整計画書です」

 

 簡単に言えば、夜間哨戒でのサーニャの多大な負担を少しでも減らそうという計画だ。いくら昼間は休むことができ、時々はエイラがサポートに入るとはいえ、今の体制はサーニャが倒れてしまえば大きく夜間哨戒能力が減少してしまうだろう。だからこそ、神崎はこの計画を考えた。

 

「内容は分かりました。ですが、夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の補充は・・・」

 

「その為の鷹守式魔導針でしょう」

 

「・・・つまり?」

 

 ミーナの眉間の皺が若干取れたのを確認し、神崎は静かに告げた。

 

「自分が鷹守式魔導針を使用し、夜間哨戒のシフトに入ります。・・・これなら、他の航空魔女(ウィッチ)が危険に晒されることもないはずですが?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが鷹守式魔導針ですかい?」

 

「はい。私が使用した時に比べ、改良されたようですが」

 

 ミーナから夜間哨戒への参加許可を貰った神崎は、早速BF109-Type Hawkの改修作業を開始した。整備班長に依頼して、外部装甲を外して魔導針の装置を組み込んでいる。整備班長は頭部に付けるヘッドギア型のデバイスを、しけしげと眺めつつ接続検査を行っていた。

 

「鷹守中佐もこんなものを作ってるんですな」

 

「以前使用した時は死にかけましたが」

 

「ハハッ。そいつはなかなかの曲者ですな」

 

 笑いながら作業する班長は検査を終えて、外部装甲を再び取り付けていく。その傍ら、声を落として班長は神崎に尋ねた。

 

「大尉が夜間哨戒を行うということは、もう襲撃はないと?」

 

「・・・と、判断したから、鷹守はこれを送ってきたのでしょう」

 

 外部装甲を取り付けて、弛みがないか確実に点検していく。神崎は軍帽を脱ぐと、疲れたようにヘッドギア型デバイスを取り合げ、自身の頭に装着してみせた。違和感がないように固定具を調整しつつ、口を開く。

 

「取り合えず、今日の夜に飛びます」

 

「早速テストですかい?些か急すぎる気もしますがね?」

 

「このタイミングで届いたということは、何かあります」

 

「以心伝心というやつですな」

 

「・・・ただの危機察知です」

 

 神崎は甚だ心外だとばかりに苦々しい表情を浮かべると、ヘッドギアを幾つか操作を施した後に取り外した。乱れた髪を、大して長くないのでさほど乱れてないのだが、雑にだが見苦しくない程度に整えると軍帽をかぶり直した。

 

「夕方には来ます。そこで、最後の調整を」

 

「了解ですよ」

 

「・・・よろしくお願いします」

 

 気前よく了承の意を示してくれた班長に頭を下げ、神崎は格納庫を後にした。夜までに終わらせなければならない仕事が幾つか残っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緊急発進(スクランブル)もなく穏やかな1日になる予感がする夕方。隊長室で今しがた書類を1枚書き上げたミーナは、イスに座りながら大きく伸びをして窓の外に目を向けた。オレンジ色に染まり始めた太陽が海面をも染め上げ、幻想的な風景を作り上げている。惜しむらくは、大分距離もあり、窓でも遮っているにも関わらず、問答無用で耳を打ってくるエンジン音があることだが。

 

「そろそろ、夜間哨戒に出る時間ね」

 

 このエンジン音もその為の準備だろう。予定では今日はリトヴャク少尉に加えて神崎大尉が飛ぶはずだ。あの連合国最大の汚点と言っても過言ではない鷹守の発明品を運用するなど正気の沙汰ではない。最悪、上層部にでも抗議して命令自体を破棄してしまおうかと考えたが、神崎が試験運用を名乗り出てくれて正直助かった。彼には悪いが・・・と考えたが所で、ミーナは自分の思考の変化に気がついた。少し前の自分なら神崎に対して悪いという感情を抱かなかったはずだ。むしろ、鷹守が発明したのだからとこちらから積極的に押し付けていたかもしれない。 

 

「美緒の言った通りなのかしら・・・」

 

 背もたれに体を預け、そう呟くミーナ。実際のところ、彼に感謝することはあれど、非難することは殆どない。むしろ、信頼し始めている自分が居るのも事実だ。ならば、今後

の自分はどうすればいいのか・・・。

 そんなミーナの思考を遮ったのは、机の上に置かれた電話の呼び鈴だった。ミーナはハッとして受話器をとった。

 

「はい。ディートリンデ中佐です」

 

『思いの外元気そうな声だな。ミーナ』

 

 受話器から聞こえる低めのハスキーな声に、ミーナの眉間には否応なしに皺が寄ってしまった。落ち着いた口調であるはずなのに、楽しげな雰囲気を出している声の主など、ミーナは1人しか知らない。

 

「何のようかしら?グンドュラ?」

 

 グンドュラ・ラル少佐。元カールスラント帝国空軍JG52所属。カールスラント撤退後、東部戦線での激戦の最中に背骨を折るという大怪我を負うも、不屈の精神で短期間のリハビリにより戦線に復帰。その後はウラル、スオムス方面で優秀な指揮官として部隊を率いていたはずだ。普通ならば昔の戦友との会話は嬉しいはず・・・。

 

『戦友の無事を聞く電話をするのに何か問題があるのか?』

 

「普通の戦友は、他人の部隊の人員や予算を奪ったりしないわ」

 

 だが、彼女はその限りではない。彼女は優秀だろう。だが、人員や資材を他から掠め取って自分の部隊に送ることに優秀さを使うべきではない。

 掠め取られた側のミーナが、受話器を持つ手に力が入るのも無理はない。

 

『それは私がしたことではない。書類が妙な動きをしただけだ』

 

「そう。確かに妙ね。どの書類も同じ筆跡みたいだけど」

 

『不思議な事もあるものだ』

 

 よくそんな口が回るものだとミーナの額にピシリッと筋が入るが、罵詈雑言が出てくる前に用件を聞くことにした。

 

「それで?用件は何かしら?」

 

『ふむ。もっと楽しい会話を続けたかったが・・・』

 

 たいして申し訳無さそうな声音でもないくせにそんな言葉を嘯くラルだったが、ミーナが受話器を叩きつける前に本題を口にした。

 

『北欧で新たな統合戦闘航空団が組織されるようだ』

 

「それは機密じゃなくて?」

 

『ミーナだから話している』

 

 言葉だけの意味を取れば信頼の厚さを感じ取れるだろう。しかし、ミーナにはそんな物など微塵も感じなかった。どうせ、人員か装備を寄越せとでも言うに違いない。

 

「・・・それで?」

 

『風の噂で501にいる航空魔女(ウィッチ)が北国で戦いがっていると聞いてね』

 

 そらきた。

 ミーナは眉間を押さえて、苛立ちを噛み殺して口を開いた。

 

「どうやら耳が悪いようね。いい医者を紹介するわよ?」

 

『残念だったな。いい医者はもう知っている。お陰で腰の調子がいい』

 

「次は是非耳の調子を整えてもらいなさい」

 

 ここで1度溜息を吐き、ミーナはイスに座りなおした。

 

「そもそも東部戦線にいる航空魔女(ウィッチ)から手配すればいいでしょう?」

 

『勿論、手配している。東部戦線の部隊は全部リサーチ済みだ』

 

「どうかしら。それが本当なら、この前こっちに着任した人物は来ないはずだけどね」

 

『ほう?ミーナがそう言うなら、余程の人物なのだろうな。後学の為に是非名前を教えてくれ』

 

 興味が湧いたのか受話器越しに衣擦れの音が聞こえた。ミーナは、まさか自分がそんな感情を持つとは思わなかったが、僅かに誇らしげな感情を交えて彼の名前を口にした。

 

「扶桑皇国海軍の神崎玄太郎大尉。男性でも魔法力を持つ魔法使い(ウィザード)確か、所属は第16飛行大隊第343飛行中隊だったかしら?」

 

 ラルはどんな反応をするのか?驚くのか、悔しがるか。聞こえてくるであろう、彼女の声を楽しみにしつつ、ミーナはほくそ笑んだ。

 果たして、受話器から返って来た反応は予想外のものだった。

 

『神崎玄太郎?魔法使い(ウィザード)?初耳だ』

 

「え?」

 

 初耳だということは気の抜けたような声から明らかだ。ミーナは訝しげに眉を顰める。ただの思い過ごしだと考え、それを口にしようとしたが、その前にラルの声が受話器から続けて聞こえた。

 

『私がスカウトした航空魔女(ウィッチ)に管野直枝という奴がいる。彼女は343中隊に所属していたから、徹底的に調べたさ。だが、その中に神崎玄太郎という魔法使い(ウィザード)に関しては姿形も、名前さえ見た覚えがない』

 

 受話器から聞こえるラルの声は、先程の人を食ったようなものではなく真剣なものだった。

 

『ミーナ。そいつは本当に東部に存在していたのか?』

 

 簡単に言える反論ならば、ただのラルの調査漏れだろう。しかし、彼女の能力を知っているミーナだからこそ、彼女が調査漏れなどするわけないと確信していた。しかし、ミーナも独自で上層部に再三問い合わせ、神崎が東部にいたと言う書類を確保している。

 

 ラルの調査が不完全なのか、ミーナが受け取った書類に不備があったのか、それとも・・・上層部が神崎の存在を偽装しているのか。

 

「・・・」

 

 滑走路から離陸していくストライカーユニットのエンジン音を聞きこえる中、ミーナは何も答えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『数分後・・・予定チェックポイントです。後は・・・』

 

「エスコート、助かった。後は大丈夫だ。哨戒、よろしく頼む」

 

『はい・・・!神崎さんもお気をつけて・・・』

 

 身の丈ほどもあるフリーガーハマーを担いで先頭を飛行していたサーニャは、振り返って小さな笑みを浮かべて離れていった。

 もうすぐ日が沈むという薄暮時。

 MG34を背負った神崎は鷹守式魔導針のテストの為に夜間飛行を実施していた。この空域での夜間飛行は訓練で行ってはいるものの、大事をとって最初だけはサーニャを付けることになっていた。

 

「魔導針は・・・問題なし」

 

 サーニャと別れ、予定されたルートに入った神崎は、ヘッドギアから伸びる魔導針を見て、呟いた。左右の側頭部から伸びる赤い大きな2本のアンテナと、右のこめかみから伸びる短い補助アンテナは、安定して発光していた。数年前、アフリカで使用した時は並の航空魔女(ウィッチ)では賄いきれない量の魔法力を必要としたが、今回の物はある程度消費は抑えられていた。

 

「度重なった試作品のテストも無駄にはならなかったか・・・」

 

 夜間戦闘が必要になる度によく分からない装置をストライカーユニットに組み込まれていたが、その結果がこの魔導針に繋がったのなら苦労した甲斐があったというものだ。・・・だいぶ死線を潜らされたが。

 今回の飛行用に指定されているルートはブリタニア本島の南部をグルリと1周するものだ。市街地を通らないので目印となる街灯りが殆どない。だからこそ、魔導針のテストには最適だった。

 

「よく分からない故障が起こって帰る羽目にならなければいいが・・・」

 

『アッハッハ!言うねぇ、神崎君!今まで無茶な物を沢山押し付けてきたけど、故障は無かったんじゃないかな?』

 

「全く役に立たない機能は沢山あったがな・・・って」

 

 神崎はごく自然にインカムから流れてきた声に、軽く眉間に皺を寄せた。

 

「鷹守、直接通信して大丈夫なのか?」

 

『大丈夫!大丈夫!今、君への通信は雑音のせいでできないから!機材の不具合は怖いねぇ』

 

 神崎の心配を笑いながら否定するのは、鷹守勝巳中佐。対共生派の実働部隊『(シュランゲ)』の隊長兼技術開発顧問(マッドサイエンティスト)。神崎が501に配属されてから直接話すのは初めてとなる。

 

「このタイミングでお前が接触してきたということは・・・航空支援か?」

 

『ご名答~!いやぁ、神崎君とは以心伝心で嬉しいねぇ!!』

 

「御託はいい。・・・説明を」

 

『よぉし!いくよぉ!作戦はねぇ、指定空域に行って、指定場所に向かって、指定された炎を撃つ!簡単!単純!!作戦は簡潔明瞭が肝!僕も学んだよ~!』

 

「実行側はそうでもないんだがな・・・。方向は?」

 

『あと、3分後に南西方向に向かって降下して、後は魔導針の反応を辿って、よろしく!』

 

 あまりにも適当な指示に、神崎は思わず眉間を押さえてしまった。そんな指示では、目的地に辿り着くものも辿り着けない。

 

『あ!降下してくれたら、地上の人達から誘導するからね!』

 

「それを先に言え」

 

 地上部隊は何度もこちらを誘導している。彼女達ならば誘導に失敗することはないだろう。すぐにでも実行可能だが、不安要素もあった。

 

「管制はどうする?俺が予定外の行動を取れば・・・」

 

『大丈夫!指示は出してるから、ブリタニア空軍のレーダーも、501基地のも、君の動きは黙認するから!』

 

 つまり、一連の行動は隠匿される。これで不安要素は消えた。神崎はコキリと首を鳴らし、魔導針の電波に神経を尖らせた。鷹守の言葉通りなら、もうそろそろ作戦実行のタイミングである。

 

「分かった。なら・・・。ウルフ1、作戦を開始する」

 

 そう宣言した神崎は一度ロールをして降下を開始した。魔導針は問題なく稼働し、電波は舐めるように地表を浚い、神崎の視覚に地表を写し出していた。熟練の航空魔女(ウィッチ)でも気を抜けば身がすくんでしまう夜間の低空飛行を、眉を1つ動かすだけで飛行してみせた。しばらくすると、鷹守の言葉通り、誘導の通信が入ってきた。

 

『さてさてさて、聞こえてるかな?ウルフ1』

 

「・・・こちら、ウルフ1。感度良好。ファインハルス、指示を」

 

『針路そのまま。その後、こちらのタイミングで緩やかに右旋回。そこで発炎筒による標的の指示が出る。目標は、地下要塞。周囲には障害となる山もない。具体的な方法は任せる。・・・まぁ、そんなところだ。よろしく頼む』

 

「簡単に言ってくれる・・・。了解・・・!」

 

 ファインハルスは簡単に言ったが、実行する方からしたら難題である。しかし、出来ない訳ではない。

 

神崎は両手を一度握り締め、魔法力を集中させ始めた。敵基地が地下に作られたのならば生半可な魔法力では打撃を与えることがてきない。通常よりも大量の魔法力を意識して右手に収束させる。そして、収束した魔法力は渦巻き、熱を持ち、炎となる。

 

『5、4、3、2、1、NOW !! 』

 

「・・・ッ!!」

 

 両手に白熱した炎を灯し、インカム越しに伝えられたタイミングで緩やかに右旋回を開始した。自身が巻き起こす突風により森の木々が暴れるのを尻目に、神崎は右目だけ魔導針からの自覚情報を切ることで、森の狭間から覗くであろう合図を捉えることに集中した。果たして、木々の隙間から覗く赤炎を捕捉した。おそらくあれが、地上部隊が設置した合図だろう。

 

「目標捕捉」

 

『地上部隊は目標から半径200mで待機している。できれば、あまり外さないで欲しいがね』

 

「善処しよう・・・ッ!!!」

 

 ファインハルスの軽口に応えた神崎は、赤炎の上空を通過するタイミングで一気に機首を上げるのと併せて左手の炎を真下に噴出することにより、ほぼ垂直に急上昇してみせた。そして、ある程度の高度を確保した段階で急激に出力を絞り、重力に任せて降下開始する。

 クルリと身を翻して下方を向けば、森の中で僅ながら切り開かれた草地に煌々と燃え上がる発炎筒を見ることができた。

 

「・・・往けッ!!!」

 

 白熱した右腕の炎を短い気炎と共に放つ。その直後に空気が焼ける音を間近に聞きつつ、機首を水平へと向けて戦果確認へと移行した。

 解き放たれた炎は、槍のような姿を形作ると、酸素を焼き付くしながら飛翔し、発炎筒の地点に寸分たがわず、深々と突き刺さった。そして、一瞬の間が空き・・・地表を抉り飛ばす大爆発が引き起こされた。さながら、火山の噴火か隕石の衝突か・・・。地表の有り様を確認した神崎は、軽く頷いてインカムに手を当てた。

 

「爆撃完了。再攻撃の要は?」

 

『不要だよ。十分すぎる突破口だ。隣のお姫様は土が飛んできてご不満のようだがね』

 

 インカム越しにゴスッという鈍い打撃音が聞こえたが、神崎は努めて無視して短く返答を残した。

 

「了解。ウルフ1、任務完了。本来任務に戻るぞ」

 

『ああ。北に上昇したら我らが隊長の指示を受けたまえ』

 

「了解」

 

 神崎は一周だけ攻撃地点の周りを飛行すると、すぐに上昇へと移行した。その時に切っていた右目の視覚情報を戻すことを忘れない。魔導針が写し出す夜の空は、地上の喧騒とは断絶したような静けさを湛えていた。

 

『さぁて、お疲れ様、神崎君。いい仕事をしてくれたねぇ。これでブリタニアの主要な共生派の拠点は無力化できそうだよ』

 

「いきなりの任務は御免だ・・・。地上部隊は?」

 

『たった今、ファインハルスくんから突入開始の報告が入ったよ。神崎の爆撃のお陰で敵は大混乱。まさか力業で来るとは思ってもなかったろうね!!』

 

「当たり前だろう」

 

 普通は考え付くはずもない。神崎が嘆息する時には、既に当初の夜間飛行で規定されていた高度まで上昇し終えていた。後は当初のルートに復帰すれば、問題ないはずである。

 

「鷹守、この後のルートは?」

 

『後、5分程このままのコースを維持すれば、当初のルートに戻れるさ。後は、管制官の指示に従えば問題なし!その頃には、レーダーとかの不調も回復してるでしょ。じゃあ、気を付けてねぇ~』

 

 気の抜けた返事の後にインカムは沈黙してしまった。彼の言葉を信じるならば、後5分後には管制からの通信が入るだろう。それまでは、暗闇の中で独りとなる。

 

「これからは、静かな夜が続けばいいんだがな・・・」

 

 少なくとも、これまでのような夜中の襲撃に駆り出されることは少なくなるだろう。それは純粋に嬉しいことだった。

 夜風と共に月光の優しい光を受け、神崎は久しぶりにのんびりとした飛行を楽しむ。だが、そんな時間も僅か数分のことだったが。

 

『・・・神崎大尉。聞こえますか?神崎大尉?』

 

「こちら神崎。予定ルートを飛行中」

 

 インカムから聞こえたのは焦った管制官の声。鷹守が仕掛けた不調の対処でだいぶ骨を折ったようだ。

 

『こちらはブリタニアコントロール。レーダーの不調でそちらの動きを把握できていませんでした。何か問題はありましたか?』

 

「問題なし。敵影もなし」

 

『了解。そのまま予定ルートを継続して下さい』

 

「了解」

 

 神崎は通信を終えると、のんびりとした飛行を再開した。夜の空は先程の喧騒を呑み込んでしまうような静けさを保ったままだった。

 

 

 




発進します!の劇場版も楽しみですね!
個人的にブレイブの発進します!も好きなのでアニメ化はよ


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第八十四話

来年はRtBが楽しみですね!

イベントもあるし、ウィッチーズの色んな展開に期待できます!

感想、アドバイス、ミスの指摘等々、よろしくお願いします!


 

 

 

 神崎は腕を組み、至って平静に目の前の人物に視線を向けた。 

 

「・・・で?」

 

 視線を向けられた人物、シャーリーはニヘラと愛想笑いを浮かべていた。

 

「いやぁ・・・だから、な?分かるだろう?」

 

「まぁ・・・分からんでもない」

 

「だろだろ!だったら・・・」

 

 シャーリーは希望を得たと言わんばかりの笑顔を浮かべる。が、現実は無慈悲だった。

 

「だが、却下だ」

 

 そうして、神崎の手によってストライカー改造用部品の補給申請書に不承認の印鑑が押された。

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 正午少し前の時間帯。

 他の面子が訓練で出払っている中、シャーリーの悲痛な絶叫が談話室の中に響いた。その絶叫の原因を作ったとも言える神崎は、申請書を突き付けることで応えた。

 

「・・・多少の改造は大目に見ると隊長が言っていた。だからと言って何でも許されると思うな。何だ、この魔導エンジン10機は」

 

「それは、魔導エンジンの個体差と幾つかのチューンの仕様から最高の速度を・・・」

 

「・・・ここは最前線だ。そんなことは後方でやれ」

 

「実戦でこそ真の速度が!!!」

 

「なら、その速度でネウロイの巣に突入して撃破してこい」

 

「そんな無茶な!?」

 

「お前の申請も、そのぐらい無茶だ」

 

 まったく妥協を見せない神崎にシャーリーはとうとう泣き落としに走った。

 

「お願い!この通り!」

 

「・・・なんで、リベリアンがそんな仕草を知ってる?」

 

 頭の上で合掌して神崎に頭を下げるシャーリーの、姿はなかなか堂に入っている。そこまでして欲しいのかと、ため息をついた神崎だったが遂に折れた。

 

「魔導エンジンは2つだ。・・・そのくらいならば問題なく申請が通るはずだ」

 

「5つぐらいには・・・」

 

「・・・あ?」

 

 悪足掻きをしようとしたシャーリーだったが、神崎の低い声にほとんど強制的に背筋を伸ばさせられた。何か危険な空気を察し、突き返されていた申請書を掴む。

 

「いえ!何でもありません!ありがとうございます!」

 

 発した言葉の勢いそのまま、一目散に談話室から出て行ってしまった。流石、超加速の固有魔法持ちと言うべきか。シャーリーが居なくなると、談話室には時計の針が進む音だけが響く。しかし、すぐに深い溜め息の音が混ざった。

 

「・・・ふぅ。何で俺がこんなことまで・・・」

 

 目元を押さえた神崎は、そう一人呟いた。この前、鷹守式魔導針の試験飛行で地下に築かれた共生派基地を爆撃したが、それ以降501基地に対する襲撃が全く無くなってしまった。鷹守の無線での言葉通り、あの襲撃で主要な共生派の拠点は壊滅したのだろう。

 これで神崎の負担が減る・・・と思いきや、坂本が扶桑に戻ったせいで彼女が負っていた仕事が舞い込んで来たのだ。半分以上はミーナが裁くことになってはいたが、神崎は実務つまりは戦闘の方を受け持つことになった。先任の大尉であるバルクホルンがいたものの、指揮を取ることも何度かあった。

 僚機に指示を出す程度しかやったことのない神崎には、小隊規模の指揮でも骨が折れるものだった。

 

「・・・まぁ、いいか」

 

 いくら考えても、変わるのは自分の心持ちだけである。神崎は溜め息を1つ付いて、机の上の書類を取り上げ眺めた。何か反応を示す訳でもなく、胡乱な目で書かれた内容を眺めていると、ガチャリという音と共に談話室の扉が開いた。目だけを動かして見てみれば、ドアノブに手をかけたまま固まっているペリーヌの姿が。

 

「あ・・・」

 

 そう小さく声を漏らしたペリーヌの表情は、しまったとばかりに眉がハの字になっていた。それもそのはず、彼女は神崎が着任して間もない頃に編隊を組んだ以降極力神崎との接触を避けていたのだ。坂本を取られたくない一心だったのが裏目に出て神崎の殺気を受けたしまった一件で、苦手意識が生まれるのも仕方のないことだろう。神崎としても、ペリーヌに関して何とも思っていなかったため、2人の関係性に何の変化もなかった。

 

「・・・俺に用が?」

 

 だからといっても、立ったままのペリーヌを放置する理由にはならない。神崎は書類を机の上に戻して、彼女の方に顔を向けた。向けられた本人は、しどろもどろになりながら口を開く。

 

「わ、私は、ただ休憩しようと・・・」

 

「そうか」

 

 自分に用がないと分かった途端に、神崎は目線を戻して書面の文字を追うことに集中していた。急に放置されてしまったペリーヌは、拍子抜けした表情で扉に立ち尽くしていたが、どこか憮然とした様子でソファに腰を下ろした。

 ペリーヌは、テーブルの上に置かれた雑誌を―談話室には娯楽用に新聞や雑誌が置かれている―手に取っていたが、後ろで作業している神崎が気になるのかどこか注意が

散漫としていた。そうして神崎が書類を1枚書き上げた時に、意を決したように口を開いた。

 

「あ、あの!大尉!」

 

「・・・どうした?」

 

 まったくこちらを見ずに返事をする神崎に早くも心が折れそうになるも、ペリーヌは絞り出すように本題を切り出した。

 

「以前、私が大尉の2番機で飛んだ時・・・その、何故あのようなことを仰られたのでしょうか?」

 

「・・・向けられる殺気は敵からの物だけで十分だ。違うか?」

 

 まさか彼女からそのあの時の話題を出すとは思わなかった神崎だったが、それでもハッキリと答えてみせた。

 

「・・・ネウロイからの攻撃を防ぐ。たが、その後ろから撃たれるかもしれない。そんな状況で、お前は戦えるか?クロステルマン中尉?」

 

「わ、私は!大尉に殺気を向けてはないですわ!?ましてや、撃とうなどと、そんなことは・・・!!」

 

「だが、俺が邪魔だったのだろう?何故かは分からないが、俺が存在したことが」

 

 そこで神崎は手を止めて、ペリーヌに顔を向けた。その目は怒りの感情などなかったが、むしろ何も感情がなく、そのことがペリーヌを震え上がらせた。

 

「・・・俺にも恐怖はある。自分を危害を加えようとする存在は消そうとする。それが戦場だったら尚更な。だから、お前に待機の命令を出した。分かったか?」

 

「・・・分かり、ました・・・わ」

 

 あの時の自分の振る舞いを思いだしたのか、ペリーヌは神崎の言葉に反論することなく、揃えた膝の上できつく手を握りこみ俯いてしまっていた。

 その様子を見て、まだ話が分かるようで助かったとばかりに神崎は小さく溜め息を吐いた。そして、再びテーブルに向き直り、新たな書類を取り上げつつ口を開いた。

 

「・・・なぜ、俺にそんな感情を向けたのか、気になるところではあるが・・・」

 

 そう呟いた瞬間、ペリーヌは顔を上げて決意の篭った目で書類仕事を再開した神崎を見つめた。そして、身を乗り出さんばかりに、こう言い放った。

 

 

「か、神崎大尉は!坂本少佐とどのような関係なのですか!?」

 

「・・・なに?」

 

 神崎は、こいつは何を言っているんだ?とばかりに手を止めてペリーヌを見た。彼女が自分に対して敵愾心を持っているのはまさかそれが理由だったのかと。真剣な彼女の眼差しが頭痛を引き起こしそうだった。

 

「・・・坂本はこの部隊の戦闘隊長。俺はその部下だ」

 

「そ、そういうことでなく!プライベートな物といいますか・・・。も、もしや、だ、男女の・・・」

 

 後半のペリーヌの言葉は、彼女が俯いたせいでほとんど聞き取れなかったが、神崎は大体のことを察知した。慕っている坂本が神崎と付き合う、ないし婚姻で奪われてしまうのではないかと危惧したのだろう。だからこそ、あの敵愾心か。恐るべきは、坂本の人気の高さと言うべきか。扶桑にもペリーヌと同じように坂本に憧れる、もしくは憧れ以上の感情を持つ者の少なくないと聞いていた。

 

(・・・確かに、俺なんかよりも余程男前だからな、あいつは)

 

 あからさまに溜め息を吐くのは心の中だけに留め、新しい書類を手に取った。紙面に筆を走らせながら、尚もこちらを見つめるペリーヌの問いに答える。

 

「プライベートだとしても、あいつは友人だ」

 

「本当ですの!?」

 

「ああ」

 

「で、ですが、少佐との、その、スキンシップが・・・」

 

「・・・それは、あいつの性格だろう?」

 

 思い返してみても、そんなスキンシップを取った覚えはない。あったとしても肩を組まれたぐらいだが、彼女からしてみれば過剰なものになるのかもしれない。

 だからと言って要らぬ疑いをかけられるのは本意ではない。

 神崎は再び筆を置き、ペリーヌに向き直った。

 

「どう疑おうが構わないが、坂本は上官であり、友人。そして、婚約者の親友だ。それ以上でも、それ以下でもない」

 

「上官で、友人で、婚約者の親友・・・。婚約・・・者?」

 

「そうだ。分かったな」

 

 何故か言葉を反芻するペリーヌに不安を覚え念を押した神崎は、書き上げた書類をまとめ、立ち上がった。

 

「俺はディートリンデ隊長の所に行くが・・・、他に用は?」

 

「あ、いえ・・・、ありませんわ・・・」

 

「そうか。ではな」

 

 放心気味にソファで座るペリーヌを放置しておき、神崎は談話室を後にした。

その後、ペリーヌの神崎に対する態度が僅かにだが軟化したとのことだが・・・それはまた別の話だ。

 

 

 

 

 

 

 神崎が隊長室の扉を軽くノックすれば、すぐに応答があった。

 

『どうぞ』

 

「失礼します」

 

 一言入れて扉をくぐれば、ミーナは相も変わらず机の向かい書類にペンを走らせていた。神崎が軽く頭を下げるのを見ると、ペンを置き、書類を机の脇に寄せた。

 

「どうしたのかしら?」

 

「幾つかの報告と書類の確認を」

 

「そう。見せて頂戴」

 

 その言葉を皮切りに、ミーナと神崎の間には仕事の話が繰り広げられた。訓練や任務のシフトのことは勿論だが、大半が整備隊やの厚生施設改築やら作業環境の改善など。ネウロイ迎撃を行う為には航空魔女(ウィッチ)は勿論重要だが、それを支える後方、特に整備や補給が機能しなければ意味を成さない。しかし、神崎が転属してくるまではそれらとの調整は殆ど行われていなかった。その原因は整備隊がほとんど男性で構成されていた為である。ミーナが魔女(ウィッチ)との接触を制限していたために、現場レベルでの相談や調整が上手くいかず、魔女(ウィッチ)側からの要求ばかりが整備隊の方に行き、大きく負担をかけていたのだった。改善しようにも、接触を制限したせいでミーナ1人で対応しなければならず、他の仕事との関係上なかなか進まなかったのだ。

 しかし今は、神崎が橋渡し役となり、整備隊は勿論のこと後方関係全般に対する環境改善が徐々に行われてきている。アフリカやスオムスでは、整備隊と魔女(ウィッチ)隊との関係が良好だった経験があったからこそ、こうも神崎が動いているのだが。

これには、ミーナ個人の感情を抜きにしても、頭が下がる思いだった。

 

「・・・ええ。問題ないです。助かったわ」

 

「いえ・・・。仕事ですので。それと、補給物品の申請ですが、イェーガー中尉の要望で・・・」

 

 言葉少なな2人のやり取りも、もはやお馴染みだった。幾つかの仕事の話が終われば、神崎が頭を下げて退出するのがいつもの流れである。しかし、今日は隊長室から退出しようとした神崎の背中にミーナが声をかけた。

 

「坂本少佐から連絡がありました。来週には扶桑を出発するそうです」

 

「・・・そうですか。では、新人も?」

 

「ええ。そうみたいね。また訓練を手伝ってもらうことになります」

 

「分かりました。では・・・」

 

 今度こそ退出しようと神崎がドアノブに手をかけた瞬間、再びミーナが語りかけた。

 

「343中隊でも、新人教育をしていたのかしら?」

 

 ドアノブを掴む手が一瞬止まる。神崎が背中越しにミーナに視線を向ければ、彼女は手元の書類に目線を向けたままだった。

 静寂に包まれたのは一瞬だった。

 

「・・・激戦区でしたので。新人は中々来なかったです」

 

「そう・・・。何度もごめんなさいね。退出していいわよ」

 

「・・・失礼します」

 

 今度こそ、神崎はドアノブを回してドアを潜った。パタンッと扉が閉まった音が聞こえた瞬間、ミーナは手に持っていた書類を机の上に放り投げた。先日のラルとの会話以降から感じる魚の小骨が喉に刺さったような違和感に任せて質問を投げかけたものの、意味などほとんど無かった。

 

「今更何を疑ってるのよ。私は・・・」

 

 そう呟いたミーナは、溜息を吐いて疲れたように目元を押さえるのだった。

 

 

 

 

 

 隊長室を退出した後も、書類仕事をこなしていればすぐに夕暮れ。食堂でエイラやルッキーニ達と話しつつ食事をし、その後に夜間哨戒に出発するサーニャを見送れば、もう夜である。

 仕事を終えた神崎は自室には向かわず、自室より更に基地下層へと歩を進めていた。昼間は忙しなく人が行き来する基地の通路も、夜になれば静かなもの。どこか緊張感さえも醸し出す廊下を無表情なまま進む神崎の目の前には、重厚な鋼鉄製の扉。僅かに空いた扉の隙間からは、揺れるような光と喧騒。見る人が見れば、こちらを拒絶しているような扉を神崎は躊躇無く開け放った。

 逆光で一瞬眩んだ視界。それが回復すると、そこは・・・。

 

「大尉!お待ちしておりました!」

 

「おおい!立役者の御出ましだぞぉお!!」

 

「いやぁ、大尉!こんな所を作ってしまうなんて流石です!」

 

 バーカウンター、簡易キッチン、ラウンドテーブル、ダーツ、ビリヤード台、etc。

 ラウンジとして新たに設置された大部屋に、神崎は野太い歓声と共に迎えられた。歓声の元は整備隊や基地の業務に携わる兵士達。今日のラウンジ開放を今か今かと待ち望んでいた彼らは、すでにここを満喫していたようだ。

 

「・・・楽しんでくれて何よりだ」

 

「いやいや、これも大尉のお陰ですよ」

 

 すでに赤ら顔になった兵達に導かれるままソファに座ると、整備班長がグラスを手渡してきた。ブリタニアらしくエールによって満たされたグラスを受け取ると、楽しげにこちらを見てくる兵士達に応えるように神崎はグラスを掲げて見せた。一際大きな歓声に包まれるラウンジを、神崎はグラスに口を付けながら眺めた。

 整備班長や兵士達が言っていた通り、このラウンジの設置には神崎が大きく関わっていた。というのも、神崎が取り組んでいた基地の厚生施設改築の一環がこのラウンジだったからだ。閉鎖的な環境にあるこの基地は、男性兵士が息抜きできる環境が少なかった。今までは魔女(ウィッチ)達に関しては優遇されていた厚生関係だったが、それを一般の男性兵士にもと神崎が動いた結果だった。

 

「まさか、この基地でこんなに楽しめるとは思いませんでしたよ!」

 

「隊長殿は真面目でしたから・・・」

 

「お考えは分かるのですが・・・少し窮屈ではありました」

 

 ミーナは魔女(ウィッチ)達と男性兵士との接触を極力禁止している。それに加えて、最近はそうでもないが、彼女が魔法使い(ウィザード)という異分子を異様に警戒しているのも神崎は自覚していた。

 なぜそのような規則を作ったのか?

 アフリカ、スオムス共に、神崎が経験した戦場では魔女(ウィッチ)も男性兵士も一丸となってネウロイに立ち向かっていた。2つの戦場では魔女(ウィッチ)の絶対数が少なかったのもあるだろう。しかし、魔女(ウィッチ)の数が多く防衛戦がある程度安定しているとはいえ、わざわざ部隊の士気、連携を下げるような規則を適用することに、神崎は不合理を感じていた。

 だからこそ、神崎は規則に触れない範囲で男性兵士達に対する厚生関係を改善に努めた。隊長の反感を買わず、少しでも蟠りを無くすように動けば、いざと言う時に彼らは助けになってくれる。

 

 神崎の予測では必ずそれが必要となる。

 

(彼女達を守るには・・・絶対に。・・・俺がこんなことを考えるとは、な)

 

エールの苦味か、自身への皮肉か。

神崎は一瞬だけ眉を顰め、すぐに笑顔を顔に貼り付けた。

 

そんな神崎の思いなど露知らず、基地の下層での喧騒は続いていくのだった。

 




日常回といいますか、幕間回でした

物凄い亀投稿ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです!


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第八十五話

みんデキもなくなり暇なGWになってしまいました

亀更新ですが、楽しんでいただけたら幸いです

感想、よろしくお願いします!!



 

 

 

 

 真っ青な空と海に挟まれた空間を2つの機影が奔る。

 細かい機動を繰り返す先頭の機影に対し、後方から迫る機影は何とか追いすがりペイント弾を放っていた。だが、それを先頭の機影は悉く回避してみせていた。

 

(・・・大分、訓練では落ち着いた動きが出来るようになってきたな)

 

 先頭の機影・・・神崎は、至近距離を追い抜いていくペイント弾を回避しつつも、冷静に後続の機影・・・リーネを評価していた。基礎訓練を終えた状態で501に配属されて数ヶ月経ったが、技術的な錬度の向上は順調と言っていいだろう。

 後は精神的な面だった。

 

(実戦は訓練のようにというが・・・難しい言葉だな)

 

 そう思案してペイント弾を回避した神崎は、一転反転して一連射の反撃を行った。この急な反撃にリーネは大きく機動を乱したが、それでも直撃弾を回避した。そしてすぐさま反撃しようとペイント銃を構えるが・・・。

 

「・・・え?」

 

 その時にはすでにリーネの視界に神崎は無かった。そして、そこでの困惑が勝負の別れ目となる。

 

「・・・考え込むな。考えながら動け」

 

「・・・キャッ!?」

 

 そうしてリーネは教えと共に上方から降ってきたペイント弾の直撃を貰うのだった。これで彼女の本日の被撃墜数が4回を数えることになった。

 

「今日は終わりだ・・・帰投するぞ」

 

「は、はい・・・」

 

 慣れない教官業を初め数ヶ月。いまだに拭いきれない違和感を感じつつも、神崎は今日もリーネを2番機位置に控えさせて基地へ帰投するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地へ帰投してデブリーフィングを終えた神崎は、これももう慣れた様子で隊長室へと出向き、リーネの訓練状況を纏めた報告書をミーナへ提出していた。彼女の訓練の進捗と別案件ついて幾つか言葉を交わした所で、神崎は書類の日付を見てふと何かに気付く。

 

「そういえば・・・」

 

「何かしら?」

 

 反応したミーナは、手元の書類に目を落としてペンを動かしたまま。神崎としても手に持った書類を捲りながら、こともなげに呟いた。

 

「・・・いえ。もうそろそろ坂本少佐が帰ってくる頃かと」

 

「ああ・・・そうね。ようやく、と言ったところかしら」

 

 ミーナも書類に書かれた日付を見たのか、軽く気を抜くような声で呟いた。坂本が言っていた通り、3ヶ月程度の帰国の旅になるだろう。おそらく、すでに喜望峰を越え、ヨーロッパ近海に来ているだろう。

 

「この前来た連絡では、新人をスカウトしたそうよ?」

 

「・・・教官は坂本少佐に。自分は、教官職には向きません」

 

 そう答えた神崎の表情は僅かに苦みが含まれていた。そんな神崎の表情にミーナはクスリと笑う。

 

「そうかしら。リーネさんへの訓練はよくやっていると思うわよ?」

 

「坂本少佐には敵いません。・・・バルクホルン大尉やイェーガー中尉にも」

 

「そう?そこまで卑下することはないと思うけれど・・・」

 

 なんとも言えない表情でサインを終えた書類を神崎に差し出すミーナ。神崎は軽く頭を下げて受け取った。

 

「新人の件については、坂本少佐が到着してからです。そしてリーネさんの件は・・・」

 

「次の実戦で1度見極める。・・・ということで、よろしいですね?」

 

「ええ。その方向で」

 

「わかりました」

 

 ミーナとの話は終わり、神崎は静かに部屋を後にする。廊下を歩きながら懐中時計を見ると、昼過ぎを指し示していた。昼食にしては遅い時間になってしまったが、食堂に行けば何か残っているかもしれない。

 

「まぁ・・・、最悪地下のラウンジに行けば問題ない・・・か」

 

 むしろそちらの方が、マシな食事がありそうにも思える。整備兵の中には料理に拘りのある者もいる。・・・もちろん、ブリタニア人ではない。

 1度談話室に寄って書類を置き、食堂へ向かう。この時間になれば誰もいないはずだが、食堂に近づくにつれて誰かが居るのに気付いた。

 

「・・・バルクホルン大尉?」

 

「ん?あぁ・・・神崎大尉」

 

 扉をくぐって食堂に入ると、テーブルにはバルクホルンが先客としていた。皿に盛られたジャガイモをフォークで突いているが、カールスラント軍人らしく規則正しい生活を行う彼女にしてはあまり見ない姿だ。

 

「・・・珍しいですね、大尉。こんな時間に」

 

「ああ。少し、訓練に熱が入ってしまってな。ハルトマンめ・・・」

 

「・・・なるほど」

 

 グサリグサリと潰されていくジャガイモがバルクホルンの苛立ちを如実に表していた。訓練の開始時間まで寝ていたのか、そもそも寝て訓練に来なかったのか。リーネの相手をしていた神崎には分からないことではあるが。

 厨房を覗けば、寸胴鍋にバルクホルンが食べている物と同じ茹でたジャガイモが入っていた。料理というにはあまりにも素朴すぎる昼食だが、何も食べないよりかはましだ。

 数個のジャガイモを皿に盛り、フォークを取ってバルクホルンの前に座る神崎。テーブルに置かれた塩を適当に振りかけ、ジャガイモにフォークを突き刺した。

 

「なぁ、神崎大尉」

 

「・・・どうしました?バルクホルン大尉」

 

 切り分けたジャガイモを口に運ぼうとしたところで、神崎はバルクホルンに声をかけられてしまった。やむなく手を止めて、彼女に目を向ける。

 

「リーネのことだが・・・意見を聞きたい」

 

「何の?」

 

「リーネを原隊に返すかどうかだ」

 

「・・・バルクホルン大尉はどうお考えで?」

 

 神崎としては、先程ミーナと話した通り、次の実戦が見極めのタイミングだと考えている。しかし、バルクホルンの意見はどうやら違うようだ。

 

「ここは最前線だ。新人が来ていい場所ではない」

 

「・・・一理あります」

 

 確かに、ここブリタニアはヨーロッパ陥落を防ぐ最後の砦である。ここが落とされれば人類には後が無くなる。新人ではなくベテランこそが求められる戦場であることは間違いない。彼女の言葉はもっともだ。

 

「・・・イェーガー中尉は?」

 

「享楽主義のリベリアンの意見など何の参考にもならん。何が、『大丈夫じゃないか?いけるだろ!』だ。あんな奴に仮とはいえ教官をさせるなど、金輪際辞めるべきだ!!」

 

「まぁ・・・確かに」

 

「リベリアンの意見はどうでもいい。神崎大尉はどう思う?」

 

「そうですね・・・」

 

 神崎はフォークを皿に置いた。ミーナにも話したことではあるが、それ以外にもまだ言葉にしていないこともある。

 

「・・・ビショップ軍曹の実力は、この部隊に配属されるには不相応でしょう。ここが最前線である以上、即戦力が必要となるのも分かります」

 

「ああ、その通りだ」

 

「ですが、ここほどの新人が生き残りやすい戦場は無いでしょう」

 

「・・・む」

 

 この言葉でバルクホルンの表情が動いた。思い当たる節があるのか、僅かにバツの悪さが滲み出ている。神崎は僅かに頷き、続きを口にした。

 

「バルクホルン大尉は勿論ご承知でしょうが・・・ネウロイとの戦線はどこも苛烈。新人が生還する確立は高くない」

 

「・・・そうだな」

 

「ですが、ここは各国のエースが任務に就いています。教官で名高い坂本少佐を始め、エースの動きを間近で学べる。ネウロイと戦闘しつつフォローに回る技量を持っている魔(ウィッチ)が揃っている」

 

「・・・確かに、神崎大尉の言うことも分かる。だが、ここは最前線だ。幾らフォローが出来る環境とはいえ、力のない者がここに来るのは・・・」

 

「・・・あります」

 

「何だと?」

 

 熱くなるバルクホルンの言葉を、神崎は一言で遮った。流石に機嫌を損ねたのか、彼女の目元がきつくなる。しかし、神崎は全く意に介さず食べ損ねたフォークを手に取った。

 

「力はあります。ビショップ軍曹はエースになる。・・・順調に成長すれば、ですが」

 

 そうして、神崎はようやく冷め切った昼食を口に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の実戦とはいえ、ここでの戦闘は基本的に迎撃戦というのは言わずもがな。

 ネウロイの襲撃があるまでは、シフト通りの待機と訓練の日々。

 出現予想では、まだ数日猶予がある状況だった。

 

「・・・んんん?」

 

「・・・だからといって、なぜ木の上で寝ている?ルッキーニ少尉?」

 

 猶予があるとはいえ、まさか今日の迎撃要員である人物が基地の裏手にある雑木林、しかもその木の上で昼寝をしているとは思いもしないだろう。

 

 

 事の発端は、早朝。

 貴重な睡眠を堪能し、パっとしない朝食をエイラと世間話をしながら食べ、ブリーフィングルームでシフトと編成を確認していた。基本的に編隊長は少佐である坂本と大尉である神崎とバルクホルン、時々ミーナが配置される。最近は、坂本が不在の為、シャーリーも配置されることもある。

 今回のシフトでは神崎が緊急発進時の編隊長に充てられていた。僚機にはシャーリー、ペリーヌ、そしてルッキーニ。

 ここで神崎は気付いた。今朝の朝食の段階から、ルッキーニを見ていない。

 

「・・・シャーリー。ルッキーニ少尉はどこに?」

 

 

「あぁ・・・。そういえば、今朝は見てないな~」

 

「いそうな場所は分かるか?」

 

「どこかの寝床かもしれないけど・・・どこだろう?」

 

「・・・まぁ、いい。シャーリーはクロステルマン中尉と待機していてくれ」

 

「大尉は?」

 

「格納庫に顔を出すついでだ。・・・少し探してくる。何かあったら、初動は任せる」

 

「りょ~か~い!」

 

 ひらひらと手を振るシャーリーを置いて、神崎は格納庫に向かう。訓練や緊急発進(スクランブル)のために整備班は朝早くから作業している。機体の整備状況や今後の整備計画の確認の為にも顔を出す必要があった。

 ・・・そこまでの道中でルッキーニが見つかれば問題はなかったのだが、そう簡単には事は運ばず。

 格納庫に向かう道中にも、そして格納庫にも彼女の姿は無く。何人かの整備兵に声をかけてみたものの、手掛かりは何も無く。どうしたものかと軽く溜息を吐いて窓の外に視線を向ければ・・・、木の枝から垂れ下がる黒いツインテールが。

 

「・・・嘘だろう?」

 

 そんな言葉がポロリと零れ出ても仕方が無いだろう。

 

 

 

 

 

 そうして、神崎は木の下へとやってきた。

 見上げれば、太い枝に毛布かタオルケットを敷いて、猫のように・・・、いや黒ヒョウのように丸まりながら気持ち良さそうに寝息を立てるルッキーニの姿が。

 

「よく落ちないな。・・・器用なものだ」

 

 怒りや呆れを通り越して、もはや感心の域にまで達してしまったが、起こさなければ何も始まらない。

 

「ルッキーニ少尉・・・!起きろ・・・!」

 

「・・・ん~・・・?」

 

 声を張って呼びかければ、僅かに身じろぎするルッキーニ。タラリと片足が枝から落ちるのを見て神崎は一瞬落ちるのではないかと身構えるも、器用にバランスを保っていた。

 

「・・・ふぅ。さて、どうするか。・・・木を揺する訳にもいかないが」

 

 いっそのこと枝を切り落とすか、などと物騒なことを思い始めた時、剣呑な雰囲気を感じたのか、ようやくルッキーニが重い目蓋を開けて、神崎を視界に収めた。

 

「・・・んぇ?・・・大尉?」

 

「随分と遅いお目覚めだな。ルッキーニ少尉」

 

「・・・ぇえ。まだ、眠ぃ・・・」

 

「待機任務だ。・・・降りて、待機室に戻るぞ」

 

「やだぁ・・・」

 

 説得も虚しく、再び夢の国に旅立とうとするルッキーニ。神崎が強硬手段に訴えることも視野に入れ始めた時、ようやくモゾモゾと木から降りようとする素振りを見せた。

 

「ようやくか・・・ッ!?」

 

 ゆっくりと木から降りてくるものと思いきや、まさかの滑り落ちるように枝から自由落下してきたのだ。神崎のようやく一仕事片付いたと一瞬抜いた気が、一気に引き戻される。だが、神崎が受け止める態勢を取る前に、彼女は器用にも空中で態勢を立て直し・・・、あろうことか神崎の肩の上に乗った。

 所謂肩車である。

 

「・・・おい」

 

「にっしし~。楽チン~・・・」

「降りて自分の足で歩け」

 

「ん~・・・。パァパと同じ匂いがする~・・・」

 

「・・・・・・・俺はまだそんな年じゃない」

 

 無遠慮に頭に手を置いて体重をかけるルッキーニの言葉に、神崎は存外にダメージを受けてしまう。もう何も言う気力も無くなってしまった神崎は、ルッキーニを肩に乗せたまま待機室に向かうのだった。

 その後、据わった目でルッキーニを肩車したまま待機室に到着した神崎を見たシャーリーに爆笑されることになり、再び精神にダメージを受けることになるのだった。

 

 

 

 日中に関しては、ネウロイの出現は予測通りであり、緊急発進(スクランブル)のサイレンが鳴ることはなかった。日が暮れれば今度は夜間戦闘航空魔女(ナイトウィッチ)の出番である。待機組の編隊長としてサーニャに幾つかの申し送りを行い、待機組は解散となった。

 解散ついでに夜間哨戒に出発するサーニャを、いつの間にやら現れたエイラと共に見送り、引継ぎが完了したことをミーナに報告して自室に戻った。

乱雑に物や書類が置かれたテーブル。その上に腰の拳銃と扶桑刀炎羅(えんら)を乱雑に置くと、ラジオに手を伸ばした。ダイヤルを回して、背後のモールス発信機を取り出し、幾つかの符号を送る。そのままモールス発信機を戻してラジオの周波数を合わせた。

 ニュースを流す幾つかの局を通り過ぎ、古風なクラシックを流すだけの局に合わせる。この局はいわゆるダミーカンパニー。「(シュランゲ)」が共生派に対処するために活動する時に使用する企業の1つだった。大手を振って連絡を取り合うことができない「(シュランゲ)」が神崎と連絡を取るために利用している。

 ・・・利用しているだけなのだが、センスいい選曲をしているのが憎い。恐らくファインハルスあたりが適当に選んでいるのだろう。

 

「・・・事が終わればラジオディレクターか。・・・似合わない」

 

軽く鼻を鳴らして取るに足らない想像を払いのけ、上着を脱ぐ。イスの背もたれに適当に掛けた時、機嫌良く流れていた音楽が尻すぼみで消えていった。そして直後に流れ始めたのは流暢なブリタニア語。

 

『ラジオ広告の時間です。あなたのお家の害虫、害獣駆除。一手に引き受けます。腕利きのスタッフ、30人が必ずあなたのお家から追い出します!お問い合わせは・・・』

 

「・・・なるほど」

 

 広告の内容を理解した神崎は1人小さく呟いた。おそらく、この広告は神崎への定期連絡だろう。(シュランゲ)の部隊をどこかへと大規模移動させるようだ。どうやら、鷹守達も本格的に動こうとしているようだ。外での共生派狩りが一段落したのか、本格的に軍内部への働きかけを始めるのかもしれない。

 

「・・・まぁ。下手な動きが無ければいいんだがな」

 

 窮鼠猫を噛むという言葉もある。追い詰められた共生派が自爆テロを起こしたりしたら目もあてられない。・・・そんな事態になる前に、鷹守ならば抹殺するのだが。

 そんなことを思いながら、神崎はベットに潜り込んだ。

 

 

 

 

 

「私だ。ああ・・・こっちは相変わらずだよ。まぁ少し、あの乾いた空気と吹き荒ぶ砂漠が恋しくなるぐらいだ。扶桑のフロイラインの美味な食事にもな。それに少し張り合いも足り無い。貴様のように殴りあうような相手も・・・。いや、結構。私は葉巻より紙巻タバコの方が好きなのでね。・・・ああ。その件だ。いや、彼の意向通りこちらからは何も伝えてない。あちらからも何もない。・・・おお!そうか!!ならば、すぐにでも・・・。何?なるほど・・・。では・・・。分かった。それに関しての支援は惜しまない。鷹守中佐にもそう伝えておこう。あぁ・・・ようやく、ようやくか。いや、楽しみだよ。また、『ゼロ』の翼が見れるのを」

 




ルミナスのPVよかったですね!
とても楽しみです!!


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第八十六話

RtB始まりましたね!!
毎度神回ばかりで本当に困る!!

そんな訳で第八十六話です
感想、アドバイスなどどうぞよろしくお願いします


 

 

 

 

 その日は、穏やかな日だった。

 

 

 天気は快晴。

 

 飛行への支障は殆ど無く、訓練に割り当てられた者達は空へと舞い上がり、緊急発進(スクランブル)に就いている者は、いつでも出撃できるよう待機している。

 そんな待機組の1人であるペリーヌは、照りつける日光を日傘で遮りながら格納庫前の滑走路に立っていた。そして、目の前の光景を見て呆れたように眉を顰めた。

 

「相変わらず緊張感のない方々ですこと・・・。そんな格好で。あなた達は待機任務を何だと思っているのかしら?」

 

 彼女の視線の先には、滑走路には場違いなプールサイドベッドに寝転ぶシャーリーとルッキーニが。彼女達も滑走路には似つかわしくない水着だった。

 

 

「別にいいだろう?中佐から許可を貰ってるし。それに見られて減るものでもない!」

 

「ペリーヌは減ったら困るから脱いだらダメだよ~」

 

 ペリーヌの苦言にシャーリーとルッキーニが茶化すように返事を返す。2人の言動でペリーヌの額に青筋が立つのは当然のことだろう。

 

「大きなお世話です!!坂本少佐が戻られたら・・・。いえ、まずは今日の編隊長の神崎大尉に進言させてもらいますからね!」

 

「うわ。告げ口だよ~。でも、神崎大尉は大丈夫。もう聞いてるから!」

 

「・・・神崎大尉はなんと?」

 

「『出撃できるなら問題ない。ただし、その格好が理由で遅れでもしたら、お前の補給申請は二度と融通しない』って言ってた。まぁ、なんとかなるだろ!!」

 

「よくそれでやろうと思いましたわね・・・」

 

 シャーリーの楽観的な態度にペリーヌが溜息を吐いた時・・・。

 

 

 

 

ウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ・・・・・!!!

 

 

 

 

 

 突如、基地の空気を切り裂くようにサイレンが鳴り響いた。

 

「敵!?観測班の話じゃ、20時間は来ないって・・・」

 

「早すぎますわ!」

 

 驚きの声を上げつつも、すぐさま格納庫に走り出す3人は流石だろう。

 格納庫から4機編隊が出撃したのは、その5分後。はるばる扶桑からやってきた遣欧艦隊の救援要請に応えるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 扶桑皇国遣欧艦隊。

 ネウロイの脅威にされされる欧州各国の要請に応え、扶桑皇国海軍空母赤城を旗艦とし、巡洋艦及び駆逐艦で構成された艦隊である。

 扶桑を経ったのが1ヶ月前。いよいよブリタニアというところでの大型ネウロイの急襲である。

 撃ち上がる対空砲火、離陸していく艦載機、しかしそれを飲み込むように影を落す大型ネウロイ。

 絶望的な戦闘を始めようとするこの艦隊に、坂本美緒と彼女が連れてきた少女、宮藤芳佳が居た。

 

 

 

 

 

「なんだその顔は。情けないぞ、それでも扶桑の撫子か?」

 

 今にも対ネウロイ戦闘が開始されようとしている空母赤城の医務室。そこを訪れた坂本が声をかけたのは、ベッドに座ぎ両耳を押さえて座る民間人、宮藤芳香。ストライカーユニットの開発者である宮藤一郎の娘である彼女。亡くなったはずの父親から届いた手紙の送付元へ向かうべく、奇しくも同じタイミングで彼女を魔女(ウィッチ)としてスカウトに来た坂本を頼ってこの空母赤城、民間人である。

生まれて初めての戦場だ。怯えるのも無理はない。

 

「どうしても・・・震えが止まらないんです」

 

 声をかけられ、恐怖の色が強く出る目で坂本を見る宮藤。そんな彼女に坂本は、仕方ないと呟きながらそっと膝を付き、宮藤の耳にそっとインカムを装着させた。

 

「それさえあれば、離れていても私と通話が出来る。ただし、使うのは本当に困った時だけだぞ。いいな?」

 

 そうやって坂本が笑いかけた時、空母赤城に大きな振動が襲った。笑みを浮かべていた坂本の表情が軍人のソレになる。

 

「私はもう行かないと」

 

「戦うんですか?あれと?」

 

「当たり前だ。それが私の使命だ」

 

心配そうな表情で私に何か出来ることは・・・と言い澱む宮藤に坂本はここから出るなと告げる。戦場に民間人が出てきても邪魔にしかならない。例え、他に類を見ない膨大な魔法力を有しているといえども。

 それに・・・と、なおも心配そうな顔をする宮藤を安心させるように言った。

 

「すぐに私の仲間が助けに来る。皆、優秀だからな」

 

 

 

 

 

 

 

 空母の甲板に艦載機が並べられている。

 ネウロイに対しては微々たる力しか発揮できないといえども、ただただやられていくのは誇り高き扶桑軍人としてありえないことだ。

 艦長である杉田大佐は「窮鼠猫を噛む」を体現すべく徹底抗戦の構えで、戦闘機隊に発艦を命じた。その先駆けとして飛翔するのは、この艦隊で唯一の航空魔女(ウィッチ)である坂本美緒だった。

 

「坂本美緒!発進する!!」

 

 発艦した坂本に続くように、艦載機もエンジン音を唸らせて続々と発艦。編隊を組みつつ、ネウロイへと向かって行った。

 

「全戦闘機隊はコアを探しつつ、撹乱せよ。私は上から回りこむ!」

 

『『『了解!!』』』

 

 ネウロイからのビームを避けつつ坂本はネウロイの上方へと回りこんで魔眼を発動しようとするが、ネウロイの猛烈なビームを受けてやむなく距離を離してしまう。

 

「まるでハリネズミだな・・・」

 

 そう呟く坂本の表情に僅かにだが険しい色が混じる。同時刻、赤城の艦橋に20分後に救援が到着する旨の通信が届いていた。

 

 

 

 

 

「・・・20分か。時間がかかるな」

 

 無線で告げられた艦隊位置と編隊の速度を鑑みて、神崎はポツリと呟いた。出撃した後に無線で告げられた情報が正しければ、艦隊を攻撃しているのは大型タイプ。そして、それに対抗できるまともな戦力は、坂本しかいない。通常兵器でも対抗できるだろうが、焼け石に水だろう。

 

「早くしないと坂本少佐が・・・!」

 

 焦ったペリーヌの声が斜め後ろから聞こえるが、実際その通りで全滅の可能性もある。神崎はチラリ背後を見て、シャーリーとルッキーニを見た。出撃前までは水着姿だったが、しっかりと制服に着替えているのは流石と言うべきか。しかし、重要なのはそこではない。

 

「シャーリー」

 

『どうした、大尉?』

 

「ルッキーニ少尉とクロステルマン中尉を抱えろ。先に行かせる」

 

『え?・・・あぁ!!了解!!』

 

『うみゅ?』

 

 ルッキーニは今ひとつピンと来ていないようだが、シャーリーはすぐに神崎の意図に気付いたようで、嬉しそうにルッキーニへ近寄っている。そのまま疑問符を浮かべるルッキーニを小脇に抱えると、困惑するペリーヌに近づいていった。

 

『あの、カンザキ大尉?いったい・・・』

 

「俺は後ろに着く。俺が前だと大火傷だ」

 

『んな!?大火傷!?』

 

「黙ってシャーリーに抱えられていろ。坂本少佐の為だ」

 

『え、えぇ・・・了解ですわ・・・』

 

 坂本の為と言われればペリーヌは困惑しつつも大人しくシャーリーに抱えられた。  

 神崎はMG34を自身の体の背後に回すと、両手に魔法力を集束させつつ、シャーリーに無線を飛ばした。

 

「シャーリー?」

 

『準備完了!!いつでもいけるよ!!』

 

 チラリと横を見れば、よく分かってないルッキーニと困惑気味のペリーヌをを抱えて楽しそうにこっちを見つつ指示を待つシャーリーがいた。小さく頷き、神崎は短く告げる。

 

「トばせ」

 

『了解ぃ!!!2人とも舌噛むなよ!!!』

 

 楽しそうな返事が聞こえたと思うと、シャーリーのストライカーP-51が一際大きなエンジン音を唸らせ・・・

 

 ドンッ・・・!!!

 

 と言う衝撃を残し、一気に加速してしまった。ルッキーニの歓声とペリーヌの悲鳴が入り混じった残響を残して先へ先へと進んでいってしまった。

 

「流石、超加速の固有魔法・・・。これでだいぶ短縮できるか」

 

 そう言うや否や神崎も両手の集束させた魔法力を噴出させ、一気に加速した。シャーリーの加速には劣るがそれでも、通常よりは格段に速い。

 

「まだ持っていればいいが・・・な」

 

 神崎達が到着するまで、約10分。

 

 

 

 

 

『ぐぁあ!?少佐・・・!!御武運を・・・!!』

 

 そうして最後に残っていた戦闘機のパイロットからの通信が途切れた。

 坂本は歯噛みしながら九九式二号二型改13mm機関銃を撃ち続けていた。戦闘が始まって十数分。戦況は悪化の一途を辿っている。護衛の駆逐艦や巡洋艦の殆どは大破に追い込まれ、発艦した戦闘機隊は全て撃墜されてしまった。

 

「コアを見つけたとはいえ、攻め切れんとは・・・」

 

 坂本は銃身が焼きついてしまった機関銃を捨てて扶桑刀を抜いた。先ほどすり抜け様に片方の翼を切り捨てたが、すでに再生されてしまっている。

 濃密なビームの弾幕を搔い潜って接近戦を仕掛けるかを考え始めた時、突如インカムに艦橋の会話が流れ始めた。

 

『どうした?何が起きている?艦長、中央エレベーターが作動中!誰か居ます!』

 

『何!?誰だ、あれは!?なぜストライカーを装備できる!?』

 

『坂本少佐が連れてきた少女です。名前は確か・・・』

 

『宮藤芳佳です!!!』

 

「何だと!?」

 

 寝耳に水とはこのことだ。目を剥いて空母の方を見れば、甲板を軽く飲み込んでしまうほどの大きな魔方陣が展開されていた。宮藤がストライカーユニットを装備した上で発艦しようとしているのだ。先程、医療品を持って医務室から出てきて肝を冷やしたが、まさか今度はストライカーを持ち出すとは・・・。

 

『行きます!!!』

 

 気合の入った掛け声を上げて離陸滑走を始めた瞬間、ネウロイの矛先が空母に向いた。放たれたビームによって船体が貫かれ、艦橋の上半分が消し飛ぶ。当然、滑走中の宮藤も大きくバランスを崩してしまう。艦橋にいる杉田艦長達も坂本も思うことは1つだった。

 

「飛べぇえええ!!!宮藤ぃいいいいい!!!」

 

 坂本の叫びに応えるように1度水面に消えかけた宮藤が一気に上昇を開始した。

 

「と、飛べた!?飛べたー!!!」

 

 歓喜の声を上げる宮藤だが、これには坂本も驚くしかなかった。飛行訓練も受けてもいないのにまさか飛んでしまうとは・・・。しかし、ここは戦場である。フラフラと飛ぶ宮藤にネウロイのビームが襲った。

 

「きゃあ!?」

 

 短い悲鳴と共に展開された宮藤のシールドは普通の魔女(ウィッチ)が展開する物を比にならない程の大きさを誇っていた。これには坂本も驚くしかないが、戦場は待ってくれない。すぐさま攻撃を耐えた宮藤に近寄って行った。

 

「大丈夫か?宮藤?」

 

「は、はい!坂本さん、鉄砲を持ってきました!」

 

「いや、それはお前が使え。守りたいんだろう?」

 

 声をかけた坂本に宮藤が背負っていた機関銃を渡そうとするが、それを制して扶桑刀の切先でネウロイの胴体の一部分を指し示した。

 

「あそこにコアがある。私が先攻するから後に続け」

 

「は、はい!」

 

「よし!私の2秒後に続け!」

 

 そう言うや否や坂本は襲い掛かる弾幕を搔い潜り、ネウロイへ急接近した。細かな機動と確かな見極めで的確にビームを回避し、一太刀を浴びせて見せた。ネウロイがすぐさま坂本へ攻撃を集中させるが、上空で己に銃撃を仕掛けようとする宮藤に気付いたのかすぐさまビームを上方に集中し始めた。これで堪らないのは宮藤だ。

 

「クゥ!?」

 

 いくら他の魔女(ウィッチ)を凌駕する魔法力とシールドを有しているとはいえ、航空魔女(ウィッチ)としてはズブの素人、初心者も初心者だ。飛ぶことができただけでも奇跡に近いのに、このような戦闘に参加すること自体が無茶無謀。

 

(ダメ・・・!?破られる・・・!?)

 

 軋みをあげ始めるシールドでなんとか攻撃を防ぎ切ろうと目を閉じて力を込める。しかし、それでも徐々に軋みの音が大きくなっていき・・・。

 

バキリッ!!!と破砕音が辺りに響き渡った。

 

 

 

ネウロイの装甲が砕け散って。

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 急にシールドにかかる圧力が急に消え、拍子抜けしたような声を洩らす宮藤。目を開ければ複数方向から銃撃を受け歪な金属音を響かせる大型ネウロイの姿が。

 

「間に合ったな。・・・全滅は免れたか」

 

「え!?だ、誰!?」

 

 背後から聞こえたインカムからではない直に耳に聞こえる男性の声に驚き、宮藤は慌てて振り返った。

 

「ああ、お前が新人の」

 

 そう呟く目の前の人物は、扶桑海軍の士官服を着て、自分と同じようにストライカーユニットを装着した、男性兵士。

 

「・・・よく粘った。後は、俺達がやる」

 

 そう言ってその男性兵士、神崎は強張った宮藤の肩を叩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・これだけか。いや、こんなにもと言った方がいいか」

 

 宮藤の肩を叩き、ネウロイへと向かった神崎は眼下に広がる惨状を見て、眉を顰めた。大型のネウロイの攻撃に実質航空魔女(ウィッチ)1人と通常兵力のみで戦った結果として、ここまでの耐え切れたのは素晴しい奮戦だったと言えるだろう。

 

『ゲン!!助かったぞ!!』

 

「遅れた。すまない」

 

通信しつつ近くに寄ってきた坂本に返事を返しながら、ネウロイを伺う。すでに先行したシャーリー達が攻撃を加えているが、今ひとつ攻め切れていない。しかし、坂本が与えたダメージを鑑みればもう一押しでトドメを刺せるはずである。

 

『私が先行して近接攻撃を仕掛ける』

 

「俺が続けばいいな・・・?」

 

『そうだ!頼むぞ!』

 

「了解。・・・シャーリー」

 

 先行するために加速し始めた坂本の後ろに位置取りしつつ、神崎はすでに戦闘状態に入っているシャーリー達にコンタクトを取った。

 

『なんだい!?大尉!?こいつ、地味に固いよ!』

 

『先に撃っとけばよかったー!!!』

 

『もう!大尉も早く来て下さいまし!!』

 

 3人からの通信を聞きながらも、簡潔に用件を伝える。

 

「坂本と俺が突っ込む。援護しろ」

 

『ええ!?あぁ、了解!!』

 

 シャーリーの返事を聞き、神崎は前に集中した。腰の鞘から炎羅(えんら)を抜き、小さく息を吐いて坂本の斬撃に続くべく備える。

 

「私は左に抜ける。お前は右だ!」

 

「了解・・・!」

 

 ビリビリと震える空気と機体。目の前を行く坂本の後ろ姿を視界に入れ、しかし焦点は怒り狂うようにビームを撒き散らすネウロイを。

 先駆けの1の矢が坂本、止めの2の矢が神崎だ。

 

「ハァアアアアアア!!!!」

 

 気迫の籠った叫びと共に、坂本がビームを搔い潜ってネウロイの装甲を切り裂く。堅牢な漆黒の装甲が白い粒子へ変わっていく中、見えるのは紅いネウロイの核。最低限の握力だけで握った炎羅(えんら)をネウロイの巨体が視界一杯になった瞬間に振り抜く。

 

「・・・ゼェアッ!!!!」

 

 一瞬に苛烈な気合を込めて放った斬撃は粒子をも切り裂く勢いでコアに届き、一瞬後には金属音の絶叫を引き起こした。

 

 

 

 

 

「ふぃ~。終わったな~」

 

「疲れた~」

 

 爆散したネウロイの姿を確認したシャーリーとルッキーニはそれぞれ気の抜けた声を漏らした。そんな2人を他所に、ペリーヌは焦ったように別方向に向かって飛ぶ。

 

「少佐!!!お怪我はありませんか!?少佐~!!!」

 

 彼女の心配は先にたった一人で戦っていたであろう坂本ただ1人。視線の先に扶桑刀を持つ坂本を見つけ顔に喜色を浮かべるも、坂本の視線が自分ではなく別方向に向いていることに顔を曇らせた。そして、坂本が向かい先に居たのは・・・。

 

「大丈夫だったか?宮藤?」

 

「坂本さん・・・」

 

 慣れない銃を頑張って持ち、戦闘のアドレナリンが切れたのか今更不安げな表情をした宮藤。ヨタヨタと近づいてくる姿に、坂本は支えるように手を貸していた。

 

「大丈夫か?」

 

「・・・すみません。私、何もできなくて・・・」

 

「何を言う!初めての戦闘であれだけできたのは大したものだ!」

 

「坂本さん・・・」

 

「見ろ。お前が来てくれたから、あそこまで艦隊は生き残ったんだ。よく頑張ったな」

 

 彼女達の下には残存する艦隊が辛うじて態勢を立て直し、救助活動を行っていた。確かに被害は出て、多くの犠牲者が出た。しかし、宮藤が出撃しなければこれ以上の被害が出ていただろう。

 

「帰投するぞ。いけるか?」

 

「は、はい!」

 

 宮藤を気遣いゆっくりと速度を上げていく坂本。その様子を見ていたペリーヌは全く持って面白くなかった。思わず、憤慨し、声を荒げてしまう。

 

「な・・・、なんですの!なんですの!!あの娘は!!!」

 

「扶桑からの増援だろう」

 

 しかし、自分の憤慨する声にまさか返事があるとは思ってもいなかったようで。背後から聞こえた返事にペリーヌが慌てて振り向くと、鞘に刀を納めながら若干呆れたような目で見ている神崎の姿が。

 

「た、大尉・・・」

 

「何はともあれ。任務完了だ。ブリタニアから救援も来るだろう。俺達はこのまま帰投する。・・・いいな?」

 

「・・・ングッ!?了解・・・ですわ」

 

 神崎の言葉に不承不承といった様子で頷いたペリーヌはシャーリー達と合流するように進行方向を変えた。それを見送った神崎は、坂本と宮藤、そして海上の艦隊の様子を見て小さく息を吐いた。

 

「忙しくなる・・・色々とな」

 

 無性に煙草を求める自分に、吸い過ぎだと自分で諌める。少なくとも、ここでの不意打ちなど喰らうという失態を演じない為にも。

 




ようやく本編主人公が登場

ここまで長かったです


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