運命の叛逆者達 【ウルトラマンジード×FGO】 (K氏)
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運命の叛逆者達【起】

 「アイデアばっかりで全然小説完結できんやないか猿ゥ!」という自戒の意も込めて。
 前後編のなら完結できるやろ……(慢心)


「ハァッ!」

「ムゥン!」

 

 その日、宇宙の命運を賭けた一つの戦いが、地球で繰り広げられていた。

 

 悪に染まったウルトラ戦士――ウルトラマンベリアル。数多の敗北を越え、幾度も復活を遂げ、あらゆる世界にその脅威を知らしめたこのウルトラマンは、本来の出身地であるM78星雲の存在しないこの宇宙においても、脅威であり続けた。

 

――クライシス・インパクト。その昔、ベリアルは超兵器『超時空破壊爆弾』をもって、地球を起点に宇宙を破壊しようとした。そして、ウルトラ戦士達の健闘空しく、超時空破壊爆弾は無情にも作動。

 だが、その崩壊は防がれた。伝説の超人、ウルトラマンキングがその身を宇宙そのものと一体化するによって。

 

 しかし、キングがその身を呈して宇宙の修復に当たっている間も、ベリアルは密かに活動を続けていた。自らに忠誠を誓うストルム星人――伏井出ケイを、自らの駒として暗躍させながら。

 

 光の国から、一つで戦局をひっくり返す事が出来るとされる『ウルトラカプセル』と、その起動装置とも言うべきアイテム、『ライザー』の奪取。

 そのウルトラカプセルを元にした、怪獣カプセルの作成。

 そして――ベリアル復活の為の礎となる、ウルトラマンになり得る生命体(模造品)の創造。

 

 全て、上手くいっていたはずだった。宿敵であるウルトラマンゼロも、かつて自分を苦しめたウルティメイトイージスを封じられ弱体化した。

 途中、伏井出ケイの狂信から来る独断専行や、息子――ウルトラマンジードこと朝倉リクの成長が、緻密に練られた計画にアクシデントをもたらした。だがベリアルはそれすらも挽回し、遂にはケイの持つ位相反転器官『ストルム器官』を我が物とし、更にエンペラー星人とダークルギエルのカプセルを使用する事で、最凶最悪の形態――ウルトラマンベリアル アトロシアスへと強化復活した。

 

 ウルトラマンとも、ベリアル融合獣とも異なる究極生物となったベリアルは、ウルトラマンゼロの最強形態であるゼロビヨンドと戦い、これを打ち負かした。もはや用済みとなったケイの()()()()()()もあったが。

 自分に何事かを為そうとしたストルム星の宇宙船も叩き落とし、ベリアルは勝利を確信した。

 直後、ジードが乱入するも、これも一蹴。勝利を確信したベリアルだったが……ゼロの決死の行動が、彼の運命(フェイト)を変える事となった。

 

 宇宙と一体化した事で、宇宙中に拡散したウルトラマンキングのエネルギー――カレラン分子をストルム器官によって反転吸収していたベリアルだったが、AIBが開発した分解酵素ガスの入ったミサイルを撃ち込まれた事で弱体化。

 そのゼロは倒したものの、今度はM78星雲から飛んできたウルトラの父(ウルトラマンケン)の妨害。

 それによって時間を稼がれ、ウルトラマンジードと再戦する羽目になってしまう。

 

――自らの遺伝子を持つとはいっても、所詮は模造品。たった19年しか生きておらず、その過程でキングの力の欠片を得ていたとしても、自分には遠く及ばない。そのはずだった。

 

 だが、実際にはどうか。

 

 確かに、弱体化してもなお、ベリアルはジードを圧倒していた。ジードの最初の形態(プリミティブ)と同種の技を使い、自分の方が格上だと、恐怖を刻み込もうとした。

 

 だがジードは、ベリアルの息子たる朝倉リクは、ケンが認めた若きウルトラマンは、決して諦めなかった。

 その諦めない心が、思いもよらぬ奇跡を起こす。

 

 キングの幻影がジードの背後に現れたかと思うと、ジードと並ぶように光が集まり――それぞれがジードの別形態となって現出した。

 

 始まりの姿(プリミティブ)堅牢なる炎の姿(ソリッドバーニング)鋭きを以て打ち破る姿(アクロスマッシャー)崇高なる戦士の姿(マグニフィセント)運命を変える王の姿(ロイヤルメガマスター)

 

 どれ一つとしてジード(リク)の本当の姿では無い。だがしかし、どれも確かにジード(リク)であった。

 

 これまでの戦いで築き上げてきたもの、培ってきたもの、そして自らの想いを胸に、五人のジード(息子)ベリアル()に立ち向かう。

 

 その末にジードはベリアルを元の形態へと戻し、つい先程自らの光線(レッキングバースト)と、AIBの捜査官ゼナが操る時空破壊神ゼガンの光線の衝突によって生み出された時空の裂け目に、ベリアルを連れ込む事に成功し、そして今に至る。

 

 ジード――朝倉リクは、ベリアルとぶつかり合う度に、自らに暗い感情が流れ込んでくるのを感じていた。

 それと同時に、ベリアルの記憶も一緒に流れ込んでくる。

 

 嫉妬の末に強大な力を求めながらも、その力に耐えきれず、光の国を追放された事。

 その心の闇に付け込まれ、レイブラッド星人の力により今の姿になった事。

 光の国を襲撃し、かつて焦がれた力であるプラズマスパークを一度は奪った事。

 後に何度も激闘を繰り広げる事となる宿敵、ゼロと初めて戦い、そして敗北した事。

 激しい心の闇と怨念で幾度となく蘇り、別の宇宙にまで悪意を振りまいた事。

 自らを甦った死者として操ろうとした愚か者を、自らの手で始末した事。

 ケイを含む部下と共に、クライシス・インパクトを起こした事。

 

 怒りや悲しみ、憎しみといった膨大な負の感情に彩られた過去を垣間見たリクは――父親であるベリアルと繋がった精神世界で、彼を抱きしめた。その目から涙を流しながら。

 

「何度も何度もあなたは生き返り……深い恨みを抱いて……」

 

 奇しくもそれは、かつて初めてベリアルと戦った時と、同じような構図だった。

 あの時はベリアルに吸収され、そしてリクの孤独を慰めるように――実際にはジードを完全に取り込む為に――ベリアルがリクを抱きしめた。

 あれが本心から来るものだったのか、それは分からない。

 だが、例え本心でなかったとしても、そう振舞ってただけだとしても構わない。

 あの時のベリアルは、確かに自分の父親だったのだから。

 

 だから――

 

「疲れたよね……もう、終わりにしよう……」

 

 戸惑うベリアルの背中から、異形の宇宙人――恐らくは記憶にあったレイブラッド星人、その怨念――が抜け出していく。

 すると、彼の身体から立ち昇っていた禍々しいオーラが消え、その肉体に変化が起こる。……否、変化ではない。ただ元に戻っているだけ。

 禍々しい爪が。吊り上がった赤い目が。異常に盛り上がった筋肉が。何より赤と黒の体色が。

 レイブラッド星人の怨念が抜け落ちた事で、全てが光の戦士だった頃の彼(アーリースタイル)へと戻っていく。

 

 しかし、それはあくまでも精神世界だけでの変化。

 

「分かったようなことを言うな!」

 

 時空の裂け目で戦うベリアルは、なおも闇に身をやつしたまま。

 だが、その言葉に余裕はない。邪悪の権化だった頃とは打って変わり、今の彼はまるで恐れ、抵抗しているかのようだった。

 

――恐れている? 誰を?

 

 ベリアルは、その考えを振り払うように、腕を交差させた。左腕は水平に、右腕は垂直に。そして、手の平を忌むべき敵たるジードに向ける。

 

「ヌゥアァッ!」

 

 唸りと共に、手の平から赤いプラズマと共に闇の光――デスシウム光線が放たれる。

 それに対抗するように、ジードも瞳を光らせ、腕を交差させる。

 

「レッキングバーストォォォォ!!!」

 

 今の彼を形成する二本のウルトラカプセル――初代ウルトラマンの光と、ベリアルの闇が絡み合い、縦に構えた右手に集まる。そして、ベリアルと同様の赤いプラズマと共に、ベリアルとは対照的な黒混じりの白い光の光線が放たれる。

 

 ぶつかり合う、光と闇の二つの光線。

 光線同士の競り合いで火花が飛び、周りの空間が俄に歪む。

 

 互いに譲らぬ攻防。それまでのジードであれば、ベリアルとの純粋な力の差で押し負けていただろう。

 だが、今のリクに負ける気はない。今のリクなら、負けはしない。

 

――この一撃で、終わらせる。

 

 その確固たる意志が、遂にベリアルの光線を押し返す!

 

「ジイィィィィィドォォォォォォ!!!!」

 

 怨嗟の声を上げ、光線が衝突したベリアルの肉体が爆ぜる。

 

――終わった。

 

 そうリクが確信した瞬間だった。

 

「ま、だ、ダァァァァァ!!!」

「ッ、何!?」

 

 爆ぜたベリアルの身体の中から溢れ出る闇が、ベリアルの顔を形作る。

 そしてそれは、真っ先にジードの方へと向かって行く。

 

 咄嗟に両腕をクロスさせて防ごうとするジード。だが、ベリアルの残滓はジードを襲う事無く通り過ぎると、時空の裂け目内に出来た空間の歪みへと飛んでいく。

 

「ま、待て!」

 

 揺らぎの中にベリアルが逃げ込もうとするのを、ジードが追う。

 

 その先にあるのは――

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

「……認めぬ」

 

 そこは、さながら宇宙空間のような場所であった。

 広大に広がる闇に、星々が宝石のように輝きを放っている。

 その中心――宇宙で中心という言葉はおかしいが――には玉座のようなものがあり、そこに一人の男が座している。

 

「認めて、なるものか」

 

 浅黒の肌に、三つ編みに結ばれた白い髪。見るからに現代離れした衣服に身を包んだその男は、その目を赤黒く染め、口元を歪ませる。

 有り体に言えば、彼は怒っていた。

 

「たかが……たかが外側から来た怨念如きが、我が三千年の計画を台無しにする可能性などッ!」

 

 この計画は、間違いなく完遂されるはずだった。人理焼却によってこの世界を焼いた今、残された人間など取るに足らないと、そう考えていた。

 カルデア。人理修復の為に奔走する、憐れなゴミクズ共。それがどれだけ無意味な事かも知らず、特異点を駆け巡る愚か者。

 いくら英霊を召喚しようとも、彼……否、()()には遠く及ばない。

 そう考え、静観していた。

 それ以上に危惧すべき案件は――と、そこまで考えた時だった。

 

 突然、空間が揺らぐ。

 

 まさか、奴らが攻め込んできたのかと警戒した彼らだったが、明らかに気配が違っている。

 魔力とは異なる力の波動。それを纏う、禍々しき何か。

 それが、時空そのものを歪めながら、地球に迫ってきていたのだ。

 

「何者だ! 一体何処から――」

 

 急ぎ走査するものの、まるで正体が掴めない。それこそ……そもそもこの星の生命とは異なる存在であるとしか。

 

(ヴェルバー……いや、アレとも異なる。なんだ。なんなのだ、これは!)

 

 自らの知識で知り得る、実在する外宇宙的存在とは異なる何かに、彼らは恐怖し、驚愕し、そして憤怒した。

 そこから、先程の否定の言葉へと繋がる。

 

「止めねばならない。他ならぬ、我が手によって」

 

 彼らは分かっていた。アレを放置すれば、我が理想は達成されないと。

 

 故に、彼らは飛んだ。

 

 向かった先は、1888年の霧の街、ロンドン。

 奇しくもそこは、カルデアが第四特異点と定め、事態の解決の為に向かった場所であった。

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

「――オォォォッッ!!」

 

 魔の霧に包まれたイギリス、ロンドン。そこでも、今まさに壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 

 一難去ってまた一難。魔霧計画の首謀者の一人が召喚せしめた英霊――二コラ・テスラの雷電の力による、人理の崩壊。それを阻止した矢先に、それは現れた。

 

 渦巻く漆黒の長槍を手に、竜を思わせる漆黒の鎧と禍々しき魔力を纏い、漆黒の馬に跨る女傑――ランサークラスのサーヴァント、アーサー王。騎士王アルトリア・ペンドラゴンのifの姿が、聖杯の呪いを帯びたもの。

 

 黒き暴虐。嵐の王。荒ぶる力の化身となったかの王と、カルデアの面々は激しい戦いを繰り広げていた。

 

「アァァァサァァァ!!!」

 

 そんな彼女に真正面からぶつかっていく、赤い雷光。二本の角を持つ竜を思わせる鎧を纏う彼女の名は、モードレッド。

 他ならぬ、アーサー王のクローンにして、息子。かつてカムランの丘における戦いにて、アーサー王に叛逆し、アーサー王と刺し違えた、叛逆の騎士。

 

「モードレッド!」

「モードレッドさん! 無茶しないでください!」

 

 その後方から、二人の男女が呼びかける。カルデアのマスターである少年と、そのサーヴァント――正確に言えばデミ・サーヴァント――のマシュ・キリエライト。

 魔力を放出しながらの凄まじい剣捌き故に、マスターの方は目が追い付かず、デミとはいえ、まがなりにもサーヴァントであるマシュは、ギリギリそれを追うのに必死であった。

 

 黒きアーサー王が現界した理由は、分からない。魔霧を触媒にしたというのは分かるが、先の二コラ・テスラ同様、狂化を施された為か、一言も喋らないのだ。そこにあるのは、純粋な敵意。向かってくる敵をただ屠るという意志。しかし、その実力は本物であった。

 現に、アクロバティックな動きで四方から斬りかかるモードレッドの剣を、彼女は馬に騎乗しているという、自身の動きを制限した状況にありながら、それらをある時は槍で、ある時はひらりと身をかわし、捌いているのだ。それどころか、こちらの動きを見切った上で攻めてくる始末。人馬一体とはまさにこの事だろう。

 

――だが、こんなところで終わるようなモードレッドでは、否、カルデアの面々ではない。

 

「……チィ! 宝具を撃つ気か!」

 

 アルトリアが宝具たる黒き槍――『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』を振りかざすと、そこに魔力が集中していくのが感じられる。その瞳には、相も変らぬ冷徹さがあった。

 

「いいだろう! 受けて立つ!」

「こっちも行こう! マシュ!」

「はい!」

 

 それを迎え撃たんと、モードレッドは更に魔力を放出し、マスターがマシュに指示を飛ばす。

 

 モードレッドの被っていた兜――『不貞隠しの兜(シークレット・オブ・ペディグリー)』が展開し、中に隠されていた金髪が解放され、ふわりと揺らめく。その顔は、血色や目つきを除けば、眼前にいるアルトリアのそれとほぼ同じだった。

 

「まずは私が! ――宝具、展開します!」

 

 その一声と共に、マシュが身の丈程もある十字状の黒い盾を構えた。瞬間、盾から半透明の守護障壁が出現。

 

 『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』。シールダーのサーヴァントたるマシュらしい、守る為の宝具。といっても、これ自体は本当の名前ではなく、今は亡きカルデア所長……オルガマリー・アニムスフィアが命名した、仮初の宝具でしかない。しかしその頑丈さは、かつて最初の特異点F、冬木の地で対峙したセイバー――こちらも反転したアルトリアだった――の聖剣、『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』を防いだ程だ。

 

 障壁が貼られたと同時に、アルトリアの『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』が、黒い風を渦巻き纏う。それをマシュ達のいる方に向かって突き出せば、みるみるうちに黒い竜巻となって殺到する!

 

 直撃した瞬間、マシュの立っている場所がめり込む。

 

「く――アアァァァ!!!」

 

 あまりもの威力にその場で倒れてしまいそうになるのを、雄叫びを上げ、自らを鼓舞し、耐える。

 

――今此処で踏みとどまらねば、後ろにいるモードレッドさんを、そしてマスター(先輩)を誰が守るというのだ。気張れ、マシュ。此処が正念場だ!

 

「………!」

 

 アルトリアの目に、確かな驚愕の色が生まれた。『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』による攻撃は、確かに通じている。だが、その威力は見るからに減衰している。これまでの戦いで、マシュの『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』は、確かに成長していた。

 

「――よく耐えたな、マシュ。後は任せな!」

 

 全てとまでは行かないが、それでも威力をほとんど削いだ事で、モードレッドへのダメージも大した事は無かった。

 そのモードレッドは、手にした宝剣――『燦然と輝く王剣(クラレント)』を立てて構える。

 

「これこそは、わが父を滅ぼし邪剣――」

 

 それは、宣言。かつて(アーサー王)を斃したという証。そして、これからもう一度、父を屠るという覚悟。全ては、理不尽に叛逆し、ロンディニウムを守る為に。

 その言葉に応えるように、『燦然と輝く王剣(クラレント)』の柄辺りのパーツが展開し、赤く禍々しいオーラを纏う。

 『燦然と輝く王剣(クラレント)』の増幅の力によって膨れ上がった彼女の魔力、そして父への想いは、赤雷となって収束していく。

 

「――『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!」

 

 極限まで収束された叛逆の赤雷を、宝具を撃ち終えたアルトリアに向かって放つ!

 

 さながら光線のように飛んでいくそれを、アルトリアはただ、黙したまま見つめ――そして、貫かれ、飲み込まれた。

 

『や、やったか!?』

 

 マスターの持つ腕輪型の通信装置越しに、カルデアの医療部門のトップであり、同時に所長代理を務めるロマニ・アーキマン、通称Dr.ロマンが思わず声を上げる。

 

――果たして、『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』の光に飲み込まれたアルトリアは、まだ立っていた。だが、相当疲弊しているであろう事は、誰の目から見ても明らかであった。アルトリアの騎乗する黒馬ラムレイも、息を荒げている。

 

「まだ立つか! ならトドメを――」

 

 そういきり立つモードレッドの歩みを止めたのは、通信装置の向こう側からのアラートであった。

 

「な、なんだ!?」

『た、大変だ! 突然、こっちの機器が謎のエネルギーを感知した!』

「謎の、エネルギー?」

 

 魔力ではないのかと、マスターの少年とマシュは首を傾げる。

 

『そうだ。魔力とも違う。これは……未知のエネルギーと言っても差し支えない。何せ、少なくとも地球上でこんなエネルギーを観測した前例がない!』

 

 答えたのは、カルデアが初期に召喚したサーヴァントの一人、レオナルド・ダ・ヴィンチ。モナ・リザをモデルに自分の肉体として再構築したと宣う変人、もとい天才の麗しい顔が驚愕に染まり、目をクワッと見開いている。

 

『反応は――真上!? 来るぞ!』

 

 ロマンの声を聞き、弾かれるように一同は上空を見上げる。

 

 そこには、これまでに巡ってきた三つの特異点、そのどれにもあった光の環のようなものが相も変わらず浮かんでいる。

 異変が起きたのは直後、その中心辺りからだった。

 

「なんだ、あれ……?」

 

 ぽかんと見上げる一同の視線の先で、空間が歪み始める。

 ぐにゃり、ぐにゃりと様々な方向に歪んだかと思えば、ガラスが割れるような音がロンドンの街に響き渡る。

 その音と共に、光の環の中心に、まるで物理的に窓ガラスを砕いたかのような穴が現れたのだ。

 その向こう側に、おどろおどろしい色彩の空間が広がっている。

 

「……何か、来る」

 

 モードレッドの直感が、そう囁く。

 

 割れた空間の向こう側から、赤黒の(もや)のような何かが飛んでくる。

 

 不思議な事にその靄には、吊り上がった人のものならざる目が輝き浮かんでいるのだ。

 

――いや、あれはもはや靄どころか、闇だ。

 

「魔神柱……?」

「いや、違う……でも、あんなの見た事無い……!」

 

 それを見た瞬間、マスターとマシュは、揃って身体を凍り付かせた。

 恐怖。圧倒的な恐怖だ。あの靄を見た瞬間、恐怖の感情が肉体を支配したのだ。

 

「ッ、しっかりしろお前ら!」

 

 金縛りのように固まってしまった二人を、歴戦の騎士たるモードレッドが立ち直らせようとする。

 

 そうしている間に、赤黒の闇は何かを探すようにしばらく宙を漂い――

 

『――丁度いい』

 

 突然、ある方向に向かって飛んでいく。

 

『なんだ!? 急に動き出して――って、あの方向は!』

「……! 野郎!」

 

 それに気付いた時には、もう遅かった。

 

『貴様の身体、もらい受けるぞ』

 

 闇はアルトリアの元へと飛び掛かり、その身体を包み込む。

 

 アルトリアは声も上げず抵抗するが、闇はどんどん、身体の中へと侵入していく。

 

「テメェ!」

「ま、待ってモードレッド!」

 

 マスターの静止の声も聞かず、モードレッドが飛び出す。

 

 その間に、闇はアルトリアの肉体の中へと潜り込む。彼女は身体をビクリ、ビクリとうねらせ――やがて、糸が切れた人形のように項垂れ、動かなくなった。

 

「父う――」

 

 え、と言い終わる前に、モードレッドは吹っ飛ばされてしまった。

 突然、彼女から赤黒い波動が爆発的に放たれたのだ。

 波動はアルトリアの身体を包み込み、その肉体を支配した者の扱いやすいように、何もかも書き換える。

 

「…………あれ、は」

 

 ごくり、と唾を飲み込んだのは、はたして誰だったか。

 

 波動が消え、その中にいたアルトリアの姿が露わになる。

 

――先程までのような鎧姿ではなく、血のような赤いボロボロのマントを羽織り、ハイレグの黒いタイツのような際どい衣服を纏い、青白く豊満な胸の下半分から腹部が露出している。

 更に、頭部や顎、腰部などに竜の鱗を思わせるようなパーツが現れ、さながら稲妻のように血管のような赤い光のラインが、青白い肌を含めて走っている。

 腕の装甲も、先程までのアルトリアのそれよりも肥大化し、まるで竜か悪魔の爪のように変じていた。

 

 その下にいるラムレイも、黒い体表に赤のラインを走らせ、先程以上に息を荒げ、興奮しているようだった。

 

「……ふむ。それなりに馴染む。あの女よりも、いい器らしい」

 

 しばらくして、アルトリアが口を開く。だが、彼女の口から聞こえてきた声は、奇妙な事に一人だけとは思えなかった。アルトリアの声と一緒に、男の声が聞こえてきたのだ。

 

「……テメェ、何者だ」

 

 吹っ飛ばされたモードレッドは、剣先をアルトリアに……アルトリアに取り憑いた何者かに向ける。

 

 剣を向けられたアルトリアはと言えば――妖艶に、しかし邪悪な笑みを作った。

 

「ほう。この肉体の知り合いか」

「何者って訊いてんだろ! 答えろ! さもなくば斬る!」

 

 殺気を漲らせながら、モードレッドが吠える。

 だが、アルトリアに取り憑いた者は彼女の殺気を一身に受けながらも、愉快そうに笑う。

 

「そうかそうか……く、ハハハ……」

「何がおかしい!?」

「お前、この肉体の息子か。しかも、クローンとはな」

「――ッ!?」

 

 今度は、モードレッドが驚かされる番であった。何故、コイツが自分の出生の事を知っているのか。

 

「ど、どういう事なんだ……? まさか、円卓の騎士の知り合い? それとも敵?」

「で、ですが先程の口ぶりからすると、先程までモードレッドさんの事を知りもしないようでしたが……」

 

 マスターとマシュは困惑しつつも、その正体を探るべく思考を巡らせる。

 

 その答えは、あっさりと打ち明けられた。

 

「何、この肉体から記憶を引っ張り出しただけの事。――肉体を支配するのは、以前にもやったからな」

『何だって……!? じゃあ、霊的な存在だっていうのか!?』

「近いようで、違う。俺は不死身だ」

 

 ロマンは頭を抱える。

 似たような存在であれば数多くいるが……今この場に現れる可能性のある存在と言えば。更に、空に出来たあの穴。

 

『……なるほど。なら、君は何処かの英霊か……いや、どちらかと言えば反英霊か? 仮初の肉体を得て現界できず、そこのアーサー王の肉体に憑依したといったところなのかな?』

「ほう。英霊……聞きなれない言葉だが、半分は正解だ。どこのどいつかは知らんが、()()()()()頭はいいらしい」

『……ッ、それなりに、とは随分と侮ってくれるじゃないか』

「短命な地球の虫けらなぞ、知った事じゃない」

 

 ソレの、明らかに見下すような口ぶり。まるで、自分がそれ以上の上位者であるとでも言いたげな。

 その口ぶりは、マスターとマシュにある人物を想起させた。

 

「……お前は、あの魔神柱の……レフの仲間なのか?」

「先輩……!」

 

 レフ・ライノール・フラウロス。かつてはカルデアの技師であり、マシュやオルガマリーと親しい仲であり……人理焼却という地球規模の災厄を起こした黒幕の仲間。

 まさか、目の前の何かが、レフの言っていた『王』なのではないか。

 そう思っての質問だったが……

 

「レフ? 誰だそいつは」

 

 どうやら違うようだ。こうなってくると、まるで正体が掴めない。

 

 だが、そんな事などお構いなしなのが一人。

 

「ンな事ァどうだっていい! まずその肉体から――アーサー王の肉体から、離れやがれェェ!!」

 

 モードレッドが、激昂しながら再度突進。アルトリアに、父に複雑な感情を持つ彼女としては、眼前の何者かがどうしようもなく許せないのだ。

 だがソレは、依然として余裕の態度を崩さない。

 

「ふん。英霊というのは、人間以上の存在らしいが――」

 

 そう言いながら右腕を振るうと、闇が集まり、一本の槍を顕現させた。それは、一見すると先程までのロンゴミニアドのようだが、今は常に赤いスパークを放っており、今にも暴発しそうな危うさがあった。

 それに構う事無く、ソレは槍を軽く振るった。

 

「何!? がッ――」

 

 赤黒い三日月状のエネルギー波が猛スピードで放たれ、モードレッドの腹部に直撃。

 火花と鎧の破片を散らしながら、モードレッドが吹っ飛んで行く。

 

「モードレッド!」

 

 街のアパルトメントの一つに、土煙を上げながら激突したモードレッドが心配になるが、しかし背を向けて走り出す事が出来ずにいた。

 それ程までに、この眼前の存在は圧倒的だったのだ。

 さっきまでのアルトリアも十分脅威だったが……それ以上に危険な存在だと、マスターもマシュも、本能的にそう悟っていた。

 

「下らん。何時ぞやの地球人どもの方が、遥かにマシだ」

「……何者、なんだ」

 

 マスターは、絞り出すような声でそう問いかける。

 この存在は、明らかに異質だ。まるで――

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう問われたソレは、愉快そうにカラカラと笑った。

 

「今更気づくか。なるほど、どうやら俺が思った以上に、()()()()()平和だったらしい!」

「この地球? どういう意味だ!」

 

 そのままの意味さ、とソレは答えた。

 

「お前らの反応を見る限り、此処はウルトラマンのいない世界らしいな。丁度いい……この世界には、再び光の国を滅ぼす為の足掛かりになってもらうぞ!」

 

 何を、と問いかける前に、ソレは禍々しいオーラを振りまきながら、ラムレイを駆り飛び上がる。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 見る見るうちに天高く昇ったソレは、自分の内側にある、あるものの存在を確かめる。

 

「……あの時の攻撃でキングのエネルギーは霧散させられたが……ストルム器官はまだ使えるらしいな。喜べ、ストルム星人。お前にはまだ、利用価値があった」

 

 ソレはアルトリアの顔でニヤリとほくそ笑み、右手に持っていた『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』を消すと、両腕で抱え込むように溜め始める。

 数秒して、溜め込んだものを開放するかのように両腕を開くと、内側から生まれ出るように、胸から二本の黒いカプセル――『怪獣カプセル』が姿を現す。

 一つには、ソレが依代として取り憑いた英霊、アルトリア・ペンドラゴンが。

 もう一つには、黒衣に身を包んだ男の姿が。

 そして、どこからともなく赤と黒の大小二つのナックルのようなアイテム――『ライザー』と『装填ナックル』が現れ、装填ナックルの方に二つのカプセルが装填された。

 

「さぁ、絶望の時だ!」

 

 宙に浮かんだライザーが、装填ナックルの二本のカプセルをリードする。

 

『オルタナティブフュージョン・アンリーシュ!』

『ストルム星人!』

『アルトリア・ペンドラゴン オルタ!』

 

 音声が流れると同時に不気味な音楽も流れ、アルトリアの肉体から闇が発生する。肉体そのものもラムレイを巻き込みながら変貌を遂げていく。

 

『ウルトラマンベリアル オルタナティブ!』

 

 そしてソレ――ウルトラマンベリアルが、最凶最悪のウルトラマンが、異なる世界の地球に現出する。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『なんだ……あれは……!?』

 

 この日、何度目かになろうという驚愕。だが、無理もない。アルトリアが空高く飛び去ったかと思うと、突然空に闇の球体が生まれ、そこから巨人――というより怪物――が、大地を震わせながら姿を現したのだから。

 その姿は、まるで巨大化し、異形と化したケンタウロスのようだ。

 

 黒い体表に赤い紋様が浮かび上がり、腰から上はアルトリアの纏っていた竜の鎧のようなもので覆われ、胸に紫の光を放つ球体が。頭部には耳元まで裂けた口に、アルトリアに取り憑く前の闇に付いていた異形の目、そしてトサカのようなものも見受けられる。

 

「で、でけェ……」

 

 そして何より、その大きさが規格外だった。その巨大さには、流石のモードレッドも口を間抜けにあんぐりと開けざるを得ない程。

 

『……全く、質量保存の法則だとか諸々の物理法則が乱れに乱れまくってる感じだな。目測で測った限りでは、体高は約60メートル。体重は……何とも言えないが、数万トンはくだらない、と思われる。というか、なんだあのデタラメなエネルギーは!? 誰だ地球にこんなトンデモ生物持ってきたのは!』

 

 カルデアからダ・ヴィンチが怒声混じりに報告を行うが、それをまともに聞いていられるようなインパクトの小ささではない。

 確かに、今までにも巨大なエネミーと戦った事はある。ドラゴン、魔神柱、etc.。

 だが、今目にしているこの存在と比べれば、まるで子犬のようなものだ。

 

「よく聞くがいい、人類共。俺様の名はベリアル。ウルトラマンベリアル オルタナティブ」

「ベリアル……?」

 

 確か、ソロモン王の72柱の魔神にそんな名前の悪魔がいなかったかと思ったが、恐らくは別物、なのだろう。

 

「これよりこの星は、俺様のモノだ。歯向かうなら、好きにしろ。そうした場合は、絶望が待っていると知れ」

 

 その声は、街中全てに届く。これまでの惨事の中、家の中に隠れ潜んでいた住人達。そして、カルデアの協力者であるジキル達のいるアパルトメント。ロンドン中に、彼の声が轟く。

 

「や、ろう……ロンディニウムで、好き勝手、言いやがって……ッ!」

「あッ! モードレッド!」

 

 そこに、モードレッドが剣を杖代わりにしながらやってくる。

 戦意は失われていないようだが、鎧はあちこちが破損してボロボロの状態であり、これ以上戦うのは無謀としか言いようがない。

 

「一旦下がろう! 流石にあれはまずい!」

「るせぇ! ロンディニウムが蹂躙されそうになってんのに、黙って見てられるか!」

 

 その声が聞こえたのか、ベリアルが顔をモードレッドの方へと向ける。

 

「ほぉ……随分と威勢がいいな。だが、そんな剣一本で何が出来る?」

 

 ベリアルが対峙してきた地球人は、英霊程の力は持たないが、それを上回る程の技術や、別の何かがあった。

 例えば、最初に牢獄から抜け出し、ウルトラマン達と戦った時。(ベリアルから見て)小さな宇宙船に乗っていた連中や、その仲間だった地球人のレイオニクスは、侮れない程度には強かったと記憶している。

 だが、目の前にいる騎士の英霊――モードレッドとやらは、見るからに時代遅れで、宝具とかいう武器を持ってはいるが、さして自らの脅威にはならないと判断していた。

 

「舐めやがって……!」

 

 その挑発に乗り、モードレッドは今にも感情が爆発しそうになっていた。

 勢いよく飛び出していきかねないモードレッドを、マスターとマシュは何とか引き留めようとするが、モードレッドは強引にでも向かって行こうとする。

 

 もう引き留めきれない。そう思いかけた時だった。

 

『……! 待った! 新しい反応だ! またあの空の裂け目から、何か出てくるぞ!』

 

 ロマンからの新たな報告。

 見れば、確かに空の裂け目に、何かの影が見える。

 その影がみるみるうちに大きくなり、遂に飛び出してくる。

 

 現れたのは、赤と銀の巨人。少しばかりベリアルよりも小さいその巨人は――

 

「……ベリアルが、もう一人?」

 

――奇しくも、ベリアルとよく似た、青く輝く目をしていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「――ベリアルッ!」

 

 時空の揺らぎの向こう側に逃げていくベリアルを追ってきたウルトラマンジード――リクは、目を見張った。何せ、先程まで戦っていたベリアルが、次に目にした時には馬と人を掛け合わせたような姿になっていたのだから。

 

「まさか、ここまで追ってくるとはなァ、ジード……」

「もう、これ以上は――」

「黙れ!」

 

 リクは、これ以上のベリアルの暴挙を止めんと説得を試みる。だが、ベリアルはたった一言で切って捨てる。

 

「この俺に怨念がある限り……光の国の奴らへの、ゼロへの憎しみがある限り! 俺は決して止まる事はない!」

 

 思わず、リクは閉口してしまった。恐らく、これ以上の説得は望めないと確信してしまった。

 

「……なら、また止めるだけだ!」

「やって見ろ!」

 

 そのやり取りを皮切りに、ジードは空中で、右腕を前に、左腕を後ろにし、爪で裂くかのようないつも通りの構えを取り、ベリアルへと向かって行く。

 

「フゥンッ!」

 

 迎え撃つように、ベリアルが右腕を振るうと、先程モードレッドに向かって飛ばしたような三日月上のエネルギー波が放たれる。

 それに対し、ジードも両腕をクロスさせる。

 

「レッキングリッパー!」

 

 掛け声と共に両腕が振るわれると、そこから同じような赤いエネルギー波が放たれる。

 少し前のアトロシアスとの戦いでは押し負けたが、どうやら今の形態はアトロシアス程のパワーはないらしい。

 レッキングリッパーとベリアルのエネルギー波がぶつかり合うと、小爆発を起こし相殺される。

 

「ハァッ!」

 

 その小爆発を目晦ましとするように、ジードは空中で身を捻る。

 狙いは、ガラ空きになっているベリアルの下半身。

 馬となっている下半身に飛び乗ると、ジードは背後からベリアルを攻める。

 

「チィ! 小癪な!」

 

 ジードの引っ掻くような攻撃は、ベリアルに確実にダメージを与えていた。

 だが、それを黙って受けているようなベリアルではない。背後のジードに向かって、鋭利な刃が伸びている肘で攻撃する。

 両脇腹に刃を受けたジードが怯むと、ベリアルは身体を揺り動かし、ジードを振り落とす。

 ロンドンの道路に落ちたジードに、ベリアルは更なる追い打ちを掛けんと、前足を振り上げる。

 

(まずい! 避け――グッ!?)

 

 普段なら避けられるであろう攻撃だが、不幸な事に、ここまでずっと戦い通しだったリクの身体に、限界が来ていた。

 ここに至るまで、何度も必殺光線(レッキングバースト)などを撃ち続け、カラータイマーも青から赤に変わり危険を知らせていたにも関わらず、ここまでエネルギーが尽きなかったのが奇跡だったのだ。

 

「グアァァァァ!!!」

 

 無情にもベリアルの前足は振り下ろされ、リクは悲鳴を上げる。

 それと共に、胸で赤く明滅していたカラータイマーが、より一層激しく点滅を始めた!

 

 

 

 

 その頃、彼らの戦いを地上から見ていたカルデアの面々は、その光景がまるで神代の戦いのように思えてならなかった。

 ちなみに、ウルトラマン同士の会話は、彼らには聞こえない。そういうものなのだ。

 

 だが少なくとも、あの赤と銀の巨人は、ベリアルと敵対する存在だというのは分かる。善か悪か、そこまでは分からないが。

 

 そして今しがた、赤と銀の巨人の方の胸にある結晶体の点滅が、更に激しくなり始めたのを確認した。

 

「どうしたんだ、あの巨人……?」

 

 不思議そうにするマスターを他所に、ジードは何とかベリアルのストンプから脱出し、反攻に出ようとする。だが、どうも動きにキレがない。

 

「動きがぎこちなく……あの胸の光が何か関係しているのでしょうか?」

「赤信号……?」

『いやいや、まさかそんなわけ……』

 

 マスターの観察眼は、実際正しかった。カラータイマーが点滅するという事は即ち、ウルトラマンのエネルギー残量が少ない事を現す。カラータイマーの点滅が終わった瞬間、ジードは戦闘続行不可能となってしまうのだ。

 

――ウルトラマンジード、頑張れ。残されたエネルギーはもう僅かだ!

 

(もう、他の形態に変わる程の余裕がない……一気にケリを着けないと!)

 

 エネルギーの枯渇に焦るジードは、ベリアルを正面から蹴りつけると、その勢いでバク転。

 距離を取ると、両腕を腹部辺りでクロスさせる。

 

 それを見たベリアルは、右手を仰向けにすると、そこに闇のエネルギーを集中させる。

 やがて、エネルギーが細長く広がり、ある武器の姿を為す――

 

「あれって……ロンゴミニアド!? なんで!?」

『そりゃそうだろう! 今はアーサー王の肉体を乗っ取ってるんだ! あんなとんでもない存在なら、それぐらい出来るんじゃないか!』

『レオナルド、なんか投げ槍になってないか!?』

 

 そう、ベリアルはアルトリア・ペンドラゴンの肉体を支配した事で、『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』を操れるようになっていたのだ。

 無論、本来の力程ではない。別のサーヴァントが他者の宝具で真名開放を行っても、必ずしも扱いきれるわけではないように。

 だが、ベリアルの持つ力、そして怨念が、その威力を底上げしていた。

 元より強大な力を持つウルトラマンなのだ。威力だけ見れば、本来の『最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)』以上のものになっているのも頷ける。

 

『って、まずいぞ! あれが放たれれば、色々とまずい!』

「そう言われても――」

 

 慌てふためくカルデアの面々。無理もない。そもそもの規模が違い過ぎるのだ。

 彼らの知らない事だが、ジードであれば街への被害も考え、それなりに威力を弱めて撃つだろうが、ベリアルには関係ない。滅んでも構わないと、そう考えるのが普通なのだ。

 

「――ざっけんじゃねぇ!」

 

 だが、だからと言って黙って見ていられるはずもないのが一人。

 

「モードレッドさん! 無理は禁物ですよ?!」

「ヘッ。ちょっと休めば、宝具一発ぶっ放すぐらいの魔力は補えるっての。……覚悟しやがれデカブツ!」

 

 なおも戦意を失わないモードレッドは、再び魔力を漲らせ、クラレントを構える。

 

「……仕方ない!」

「せ、先輩!?」

 

 そんなモードレッドに感化されるように、マスターの少年も左腕をかざす。左手の甲に刻まれた赤い紋様、令呪。サーヴァントと契約している事の証であり、サーヴァントへの絶対的な命令権でもある。三画あるそれを、魔力を込めて使えばサーヴァントに絶対的な命令を与える事が出来る他、サーヴァントへの魔力の補充、更に強化など、使い様によっては切札にもなり得る。

 

 モードレッドは彼の正式なサーヴァントではないが、カルデアの特別な技術により、現地のはぐれサーヴァントにも、令呪による強化を施す事が可能なのだ。

 

「――令呪を以て命ずる。モードレッド、宝具を使って、ベリアルを倒せ!」

「ヘッ、分かってんじゃねぇかお前も! 行くぜェ!」

 

 令呪のブーストが掛かったモードレッドは、野性的な笑みを浮かべ、クラレントを振りかぶる。

 

「ん……?」

「あれは……!?」

 

 それにジードとベリアルが気付いたのは、ほぼ同時だった。

 モードレッド達の立ち位置は、ベリアルのほとんど真後ろの通り。

 ベリアルからすれば何の問題もないが、ジードは違った。

 

(まずい! このまま撃ったら、あの人達を巻き込む!)

 

 その一瞬の迷いが、彼にレッキングバーストを撃つタイミングを逃させた。

 

「余所見をする暇なんぞ!」

「――ッ! しま――」

 

 その隙を逃さず、ベリアルがロンゴミニアドを放とうとした瞬間だった。

 

「――『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!!」

 

 モードレッドが真名開放し、クラレントから赤い雷が迸る! 狙いは、ベリアルの後頭部!

 

 だが――

 

「うグッ!?」

 

 ベリアルから受けたダメージがまだ完全には癒えていない弊害か、モードレッドは僅かに体勢を崩してしまう。

 それにより、赤雷は僅かに狙いから逸れてベリアルの首元を掠め、僅かに火花を散らす。

 

「ぬゥッ!?」

 

 しかし、ベリアルはカルデアの面々の予想とは裏腹に、想像以上にダメージを受けていたようだった。

 

『ん? これはまさか……』

 

 何かに気付いたらしいダ・ヴィンチが、何事かを考え込む間に、事態は動き始める。

 

「今だ!」

 

 理由は分からないが、ベリアルが怯んだのを見たジードは、瞳を光らせ、赤黒の雷の如きエネルギーを漲らせ、スライディングしながらベリアルの下に潜り込む。

 それは、かつて伏井出ケイが変身したベリアル融合獣、スカルゴモラとの二度目の戦闘の際、街への被害を少なくする為に取った手段。

 

「――ッ! 猪口才なァ!」

「レッキングバーストォォォ!!」

 

 潜り込みながら、ジードはレッキングバーストをベリアルの上半身に向かって放つ。

 だが、ベリアルもタダではやられない。咄嗟にロンゴミニアドを突き出し、ジードの左肩を突いた!

 

「ウ、グォォォ!!!」

「ガァッ!」

 

 レッキングバーストはベリアルの腹部に命中したが、左肩へのロンゴミニアドの刺突が、それ以上の放射を許さなかった。

 それどころか、変身限界が来てしまったジードの肉体はそのまま粒子状に分解され、ベリアルの身体の下の隙間を滑るように消えてしまった。

 

「ぐ、は」

 

 ジードへの変身が解けたリクは、そのまま勢いよく転がっていき――丁度、カルデアの面々がいる場所に放り出される。

 

「人!?」

 

 片方の巨人が消えたかと思うと、突然現代チックな衣服に身を包んだ青年が現れ、困惑する一同。

 だが、今も予断を許さない状況。気にしている暇など無かった。

 

『しめた! どういうわけかはわからないけど、あのベリアルって奴、今は動けないみたいだ! 今のうちに撤退を!』

 

 なるほど、ロマンの言う通り、何故かベリアルはロンゴミニアドを突き立てた姿勢のまま、一切動かない。

 何故そうなっているのかが気になるところではあるが、この期を逃してしまえば、後がない。あの巨躯が相手では、連戦に続く連戦で疲弊した今のカルデアの面々に勝ち目はない。

 

 しかし、脱出するその前に――

 

「――と、その前にマシュ、そこの人を!」

「了解です!」

 

 突然転がってきた謎の青年。彼が一体何者かは分からないが、放っておいても良くないのは確かだ。

 

 気絶しているらしい青年をマシュが背負い、一行は戦場から離脱した。

 

「……チッ、待ってやがれよ。テメェは必ず、俺の手でぶっ倒してやる」

 

 モードレッドは苦々しい表情を浮かべながら、そう吐き捨てた。

 

 



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運命の叛逆者達【承】

 前後編にすると言ったが、すまん、ありゃ嘘だった(土下座)
 ボリュームがね...絞れなかったんです...

 あとなんで刑部姫は来ないんじゃ...来ないんじゃ...じゃ...


「ん……」

 

 海の底に潜っていた意識が、海面へと浮上するかのような感覚。

 それと同時に、リクはジワリと来る頭痛に襲われる。

 

 目を開けようにも、まだまだ意識が朦朧としていて、視界も定まらない。

 それでも、なんとか意識を取り戻し、目を見開くと、そこにあったのは見知らぬ天井であった。

 

「……どこだ、ここ」

 

 いつもの見慣れた星雲荘の無機質な天井ではない。当然ながら、その周囲も。

 上体を起こし、周りを見回してみれば、いつかテレビで見たイギリスの住居のようなお洒落感のある内装が目に入る。

 ランプに、椅子に、机。これまでのリクの人生で見覚えのない洋風家具の数々に囲まれ、少しばかり緊張してしまう。

 

「――どうやらお目覚めらしいな」

 

 すると、唐突にゼナばりの渋めの声が聞こえてくる。その声のする方を向けば、机に向かっている青い髪の幼げな外国人らしき少年が、嫌に不機嫌そうな表情を浮かべこちらを見ている。

 

――まさか、この少年が? いやいや、どう見ても年齢的に僕よりもはるかに年下だ。

 

「えっと、君は?」

 

 そう問いかけながらも、リクは更に辺りを見渡す。先程の声の主がいるのではないかと思ったのだが、どういうわけか、リクと少年以外には、この部屋には誰もいないらしかった。

 

「ハン、大方、俺の声と容姿が一致せず、声の主を探しているといったところか。……ああ、何ら気になどしないさ。ま、こうして俺の口の動きと声が連動しているのを見れば、嫌でも納得するだろうよ」

 

 少年が嘲笑うようにそう言うと、リクはようやく納得した。それでも驚きの方が勝っていたが。

 

「えっ……えっ?」

「少し待っていろ。人を呼んでくる」

「ちょ、ちょっと待っ――」

 

 リクが静止の声を上げるが、少年は構わず部屋を出ていく。

 

「――て」

 

 右手を宙で彷徨わせながら、リクはただ、少年の出て行った扉を見つめていた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

『……なるほどね。あの穴はそういう事だったのか』

 

 青白く光るモニターの向こうで、Dr.ロマンがうんうんと頷く。

 

『って、普通に納得しかけたけどごめんやっぱり意味分からない! 平行世界の地球は実は一度宇宙規模で滅びかけて? ウルトラマンキングっていう神様めいた存在が宇宙そのものと一体化して? でも宇宙そのものを滅ぼせるウルトラマンベリアルはまだ諦めてなくて? 時空破壊神ゼガンっていうのと光線同士をぶつけたら時空の狭間ができて? って、脳味噌フル回転でも追い付けないよ!?』

 

 かと思えば、発狂したかのように突然喚き散らしだす。

 が、リクとしてもその気持ちは分からなくもない。ぞろぞろと統一感の無さ過ぎる人達が現れたと思ったら、そのほぼ全員が歴史や伝説等に名を残す英雄や偉人だというのだから、たまったものではない。

 特に、さして歴史や伝説に馴染みのないリクでも知っている童話の主人公、金太郎こと坂田金時が、マッスルで洋風かぶれで金髪でゴールデンだったりするものだから、ロマンに負けず劣らずの驚きの声を上げてしまった。

 

『ロマニ、少しでいいから静かにしてくれないか』

『ごめん……』

 

 そんなロマンの狂乱は、ダ・ヴィンチの()()()冷静なツッコミで鎮められた。

 

……そう、あくまでも比較的、である。

 

『まぁ確かに、冷静になれないのは分かるさ。……話を聞いてる限りじゃ、どうも平行世界ですらない可能性だってある』

「えっ、そうなんですか?」

 

 ダ・ヴィンチの発言に、マスターの少年が驚きの声を上げる。元々魔術関連の用語に疎いから、というのもあるが。

 

『平行世界というのは、言って見れば一本の木のようなものだ。ただし、途轍もなく巨大な木だがね。その幹から伸びる枝の一本一本が、異なる可能性を秘めた平行世界であり、枝分かれの数だけ、未来への可能性が存在する。で、それぞれの世界ごとに多少は差異があったとしても、大抵の場合、未来は同じになる。そういう平行世界群を編纂事象と言う』

「はぁ」

『それに対し、何らかの原因で基盤となる世界から完全に別世界となり、いずれは滅びる事となる世界を、樹木の手入れになぞらえて剪定事象という。さっきのクライシスインパクトの話を聞くと、その剪定事象の可能性の方が高いと思ったんだが……やれやれ、滅びゆく宇宙を繋ぎとめるとは、いやぁ、宇宙ってのは広いね、全く』

 

 カルデアの面々に粗方の事情――さっきの戦いを通して明らかにバレてしまっていたジードの正体も含めて――を話したリクだったが、現状、マスターの少年となんら変わりない理解力故に、ダ・ヴィンチの解説もほとんど理解できないでいた。

 しかし、世界絡みだと思い当たる話が一つ。

 

「そういえば、ゼロ……僕と一緒に戦っていたウルトラマンから聞いた話なんですけど、宇宙は一つじゃないって」

『ふむ、それは?』

「えっと、確かマルチバースって言ってたような」

 

 マルチバース。宇宙は一つのみならず、球状に内包される形で幾つも存在しているというものである。概念自体は光の国において比較的最近明らかになったものの、存在自体は遥かな昔から確認されており、異なる宇宙の地球に向かった光の国のウルトラ戦士も多数存在している。

 先述したウルトラマンゼロもその一人であり、神格的存在であるウルトラマンノアから与えられたウルティメイトイージスの力により、様々な宇宙を行き来する事が可能である。

 また、他にも次元を越えて宇宙を放浪するウルトラマンダイナやウルトラマンオーブ、科学的な技術で別の世界へと飛んだウルトラマンガイアなどもいるが、ここでは割愛する。

 

「ふむ。じゃあ彼の場合は、基盤の部分から異なる世界から来た可能性が高いという事なのかな」

 

 一連の話を聞いていた金髪の青年、ジキルが口を開く。

 

『恐らくはそうだろうね。彼の話によれば、人理焼却よりも遥かにハードな事態に陥り、実質宇宙全ての生命が滅び去ったようなものだというのに、ウルトラマンキングなる存在によって全てが再生した。そこに生きていた人間や、宇宙に存在する生命も含めて。……全く、時空を自在に越えられるという時点で頭がパンクしそうだっているのに』

 

 無論、体長50mを超える怪獣なる巨大生物が日常的に出現している状況や、そもそも宇宙人やウルトラマンという存在に対しての疑問も、ダ・ヴィンチの脳をオーバーヒートさせかけている要因なのだが、この際割り切らないとやっていられないとは彼(彼女?)の談である。

 

『あとこれは主観の問題になるが、どうも彼の周りの生活環境がちぐはぐに感じられるんだよね』

「と、いうと?」

『現代っ子の君達なら分かる事だ。今のテレビと言えば?』

「ええと、薄型、でしょうか?」

『そう。完全に普及しきっていないが、主流となっているのは確かだ。しかし彼の世界では、どうも古い型のブラウン管テレビがまだ現役なんだという。しかも2017年で、だぜ? それが意味するところはつまり――』

 

「ンなめんどくせぇ問答はどうだっていい」

 

 ダ・ヴィンチの語りを、不機嫌そうな少女の声が遮った。

 

 その声の主に視線を向ければ、扉を背にもたれかかっている鎧姿の少女――モードレッドが、眉間に皺を寄せて睨みを利かせている。

 その視線の先には――リク。

 

「おい、お前」

「え、えっと、何?」

 

 一応、リクもこの世界における英霊について一通り聞いたものの、それを踏まえて彼らとどう接するべきか悩んでいた。

 どうやら1、2歳ほど年下らしいマスターの少年や、明らかに年下なマシュ相手であればいつも通りのタメ口だが、こと、明らかに時代錯誤な格好をしたモードレッドに対しては悩みどころであった。

 見た目こそ自分と近しいが、所謂百戦錬磨の強者のような存在だとか、そんな話を聞くとどう接すればいいのか分からなくなってしまうのだ。

 これは比較的若いウルトラマンであるゼロ相手でもそうなのだが、時と場合によってタメ口だったり敬語だったりと一定しない事が前にもあった。もっとも、生まれて19年のリクと違い、ゼロは軽く数千年は生きているのだが。

 

「あのベリアルとか名乗ってやがった野郎、本当にお前の父親なのか」

「……うん」

 

 不機嫌極まるその問に、リクはただ、真正面から受けて立つ。そうだ、と。

 

 目を逸らしたりするわけでもなく、真っ直ぐにこちらを見て、力強く頷いたリクに、モードレッドは一瞬、本当に一瞬だが、意表を突かれた気分になった。

 

「……なんでもねぇ。キッチリ後始末は着けやがれ。それだけだ」

 

 モードレッドは複雑そうな表情を浮かべ、数刻何かを考えるように黙り込むと、一言リクにそう告げて部屋を出て行った。

 

「どうしたんだ……?」

「うん。多分、ベリアルが依代にしてる英霊が原因なんだと思う」

「依代?」

 

 リクの疑問に、モードレッドが乱暴に開けて閉めていった扉を横目に、ジキルが答える。

 

「ベリアルが取り憑いたサーヴァントは、アーサー王……つまり、モードレッドの父親に当たる人なんだ」

 

 次いで、マスターの少年から出された詳細な答えに、リクは絶句する。

 

『更に正確に言うと、あのアーサー王は別の可能性のアーサー王というやつでね。直接関わりのある存在かどうかはともかく、今の彼女は嵐の王だ。全てを破壊しようとするベリアルと、そういった意味では似た者かもしれないね』

 

 どことなく無神経なロマンの発言の中で、アーサー王を『彼女』と呼んだのが引っかかったリクだったが、元よりアーサー王に詳しいわけではない為、「そういう事なんだろう」と自分を納得させる。

 

「……でも、悪い奴、とは言い切れないんですよね?」

『それはまぁ、そうなんだけれど……彼女の霊基属性は秩序・善になってるし』

「なら、父さ……ベリアルとは違う」

 

 リクの言う通り、この世界における属性分類で言うならば、ベリアルはかのアーサー王とは正反対の混沌・悪だろう。

 ベリアルという黒き王には慈悲の心も、慈愛の心もない。自分の味方であろうとする者など、所詮は駒に過ぎないし、敵対するウルトラマンとの戦いでは、自らの憎悪の感情や、欲望を優先させる。

 結末はどうであれ、民の為に戦ったアーサー王と、あくまでも個人的な感情の為に全てを滅ぼさんとしたベリアルとでは、雲泥の差があるのだ。

 

 不意に、あの、と声を上げる少女の声。マシュだ。

 

「もしかすると、モードレッドさんの出生の事も、関係あるのではないかと思うのですが」

「……ああ、なるほど」

 

 それを知る何名かが、マシュの言に納得したように頷く。

 

「それって、どういう意味?」

「……実は」

 

 そこから語られた真実は、リクをモードレッドの元に向かわせる理由には十分なものだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「えっと、モードレッド、さん」

「……さんはいらねぇよ」

 

 未だに魔の霧に覆われたロンドンの街。アパルトメントを少しでた通りに、モードレッドは立っていた。

 

 本来、この霧は過剰な魔力により、人体には逆に有毒となるのだが、どういうわけかリクはその中でも、多少の息苦しさはあるが平然としていられた。

 恐らくは、ウルトラマンの遺伝子があるからだろう。リクはそう考え、それ以上は深く考えない事にした。

 元より、難しい事を深く考えるようなタイプではないのだ。

 

「じゃあ、モードレッド。その、さっき皆から聞いたんだけど……」

「父上の事か」

 

 まるでリクの心を見透かすように、モードレッドは彼の質問を言い当てた。

 リクは驚きで目を見開く。

 

「まさか、俺に父上を倒して欲しくねぇだとか、そんな甘っちょろい事考えてるとか思ってんじゃねぇだろうな」

「…………」

「……おいおい、まさか本当にそう思ってたのか?」

「思ってない、と言ったら嘘になる」

 

 どうやら、モードレッドの思った以上に、リクという青年はお人好しのようだった。

 

「ハッ。元より俺はな、アーサー王に叛逆する事が存在意義なんだよ。つか、それ以前に俺達サーヴァントは既に死んでるって、話聞いてただろうが」

「分かってる。でも、思っちゃったんだ。僕だって、父親を……ベリアルを倒そうとしてるのに。ごめん」

「……ンだよ。そこは止めるって感じじゃねぇのか?」

 

 その分、この手の人種――つまり、カルデアのマスターのような――は、ことこういう話になると、妙に止めさせようと食い下がってくるものなのだが。

 

「確かに、君の生まれの事とか聞いたらさ、止めたくなるよ。君のお父さん……でいいのかな?……その人の事はよく知らないけど、特別悪い人ってわけじゃなかったんでしょ?」

「……ま、全てにおいて正しい方だったとは言えねぇが」

 

 事実、アーサー王は清廉潔白、滅私奉公を貫いた、騎士の王に相応しい人物であったが、一方でトリスタンが円卓から去る間際に告げた「王には、人の心が分からない」という言葉の通り、王であろうとしたが故に、民の心を汲み取れず、また、民も彼(彼女)の心を理解できなかった。

 悲しいかな、その王としての手腕は、貧窮に喘ぐ当時のブリテンで続けるには厳しいものだった。

 

「……そうだな。確かに父上は、人憎しで動いてたわけじゃねぇ。でもって、俺が父上に、王に叛旗を翻したのも、結局は父上に認めて欲しかったからだ。……稚拙な憎しみを抱えてな」

 

 モードレッドは、尊敬していた。偉大なる騎士王を。父を。

 だが、その尊敬の念や愛情は、拒絶によって反転した。

 最初は、自分がアーサー王の敵であるモルガンの息子であるからだと思っていたから。

 しかし実際は――

 

「けどよ。王は別に俺を憎んでいたわけじゃなかった。――そもそも、俺を見てすらいなかったんだ」

「……モードレッド」

 

 だからこそ、リクはモードレッドに親近感を抱いていた。親近感を抱けども、そこには明確な違いが幾つもあるのも、分かっている。

 

「てか、お前はどうなんだよ」

「えっ?」

「ベリアルだよ。仮にもお前の父親なんだろ?」

 

 モードレッドがはぐらかすようにそう訊くと、リクは少し考え、口にする。

 

「実を言うとさ。僕も君と同じような存在なんだ」

「……何?」

「他の皆には話さなかったんだけどね。……僕は、ベリアルの遺伝子から造られた存在でさ」

「……!」

 

 黙って聞いていたモードレッドだったが、その顔には明らかな驚愕の色があった。

 

「僕は、ベリアルの野望を果たす為、つまり力を得る為だけに生み出された」

 

 そう言いながら、リクはポケットから二つのウルトラカプセル……最初に手に入れた初代ウルトラマンと、ベリアルのカプセルを取り出す。

 

 ベリアルを盲信するストルム星人の伏井出ケイは、試験管ベビーとしてウルトラマンになり得る疑似生命を生み出した。その目的は、いずれベリアルの力となる、ウルトラカプセルを回収する為。

 手始めにケイは特殊な物質、カレラン分子と呼称されるものを散布した。これは、宇宙と融合したウルトラマンキングの力の欠片――幼年期放射を、生命体の体内に留める為の分子である。

 空気と共に体内へと取り入れられたカレラン分子が、幼年期放射を体内に留め、やがてそれが集約された光の塊――リトルスターと呼ばれるエネルギー体となる。

 リトルスターを発症した宿主は、ウルトラ戦士の持つ何らかの特殊能力を使う事が出来るようになるのだが、その真価は分離してからにある。

 特定の条件を経て分離したリトルスターとウルトラカプセルが結びつく事により、対応した能力を持つウルトラカプセルが起動し、ウルトラマンヒカリが開発したライザーで力を引き出す事が可能となる。

 

 その条件とは、宿主がウルトラマンに祈る事。

 

 応援や希望、ただ生きていてほしいという切なる願い。そうしたウルトラマンへの祈りが、リトルスターを分離させ、強大な力を持つとされるウルトラカプセルを起動するのだ。

 

 言い換えれば、『ウルトラマン以外にはリトルスターを分離させられず、ウルトラカプセルも起動できない』という事でもある。

 

 初の怪獣カプセルによるフュージョンライズ、及びベリアル融合獣の試運転を兼ねた、最初のリトルスター回収の際にその事実を知ったケイは、ベリアルにある案を進言した。

 

 その結果、後の朝倉リクとなる赤子が生まれ、自らの宇宙船を地下に隠した天文台に捨てた。その裏で、失敗作が生まれては死にを繰り返しながら。

 

 全ては、ベリアル復活の為。リクは、ウルトラマンジードという名の偽ウルトラマンは、単なる道具でしかなかったのだ。

 

「……そういう意味じゃ、僕らはきっと、似た者同士だったんじゃないかなって。だ、だからその、勝手にそう思って、話しかけてみようとか思っちゃったりしてさ……」

 

 リクは、照れくさそうに頭を掻く。

 

 なるほど。確かに似た者同士かもしれない。

 自らの妄執を成し遂げる為、あるいは力を手に入れる為。

 悪しき願いをかなえる為だけに産み出された人造生命。

 やがては、自らの父を滅ぼす、滅ぼさなければならない宿命。

 

 だが、あくまでそれぐらいしか共通点がない。彼らが互いに異なる部分を持っている事は、ここまでの会話でよく分かっていた。

 

「でも、俺とお前は違う。聞いた限りじゃ、本来お前はベリアルに立ち向かう事すら許されなかった」

「……うん」

 

 決められた自分の運命(STORY)。それにどう立ち向かったか。

 そこが、二人の最大の違い。

 

「けど、お前は抗った。抗い続けた。で、遂にはそのクソ親父を追い詰めたってワケだ」

「……でも、まさか此処に来るなんて思っても見なくて」

「だぁーッ! それはもういいっつの! 女々しいなテメェ!」

 

 リクは、己の過酷な運命に抗う度に、自分だけの運命(HISTORY)を築き上げてきた。

 他ならない、ジード(GEED)――悪の遺伝子(GENE)と、悪に連なる運命(DESTINY)を持ちながら、その運命をひっくり返す名を自らに与えた者として。

 

――そうして考えていると、自分は運命をひっくり返せなかったのか。何故、あのクソッタレの魔女を逆にぶった斬るという考えが浮かばなかったのか。

 

「あーあー、調子狂うぜったくよぉ。……なんつーか、惨めになってくんなぁ」

「? なんでさ。モードレッドだって、頑張ったんじゃないの?」

「……知るか、バカヤロー」

「知るかはないだろ、ってか、バカってなんだよ!?」

「うっせ、バーカバーカ!」

 

――聖杯戦争に召喚されるという事は、万能の願望機である聖杯で叶えたい願いがあるという事だ。

 

 そして、いつかのモードレッドが願おうとしたのは、『選定の剣に挑戦する』ことだった。そうでもしなければ、運命を変えられないから。

 

 そんな()()()()()()()()()()、今を生きながら運命を変えたリクが、モードレッドには眩しく見えて。

 

「……なぁ。最後に一つ聞いていいか」

「何?」

「――お前は、どうやって運命に立ち向かった?」

 

 そう問われた瞬間、リクはすぐに、笑顔でこう答えた。

 

「――仲間達と支え合って、一緒に立ち向かった。だから、どれだけ絶望が待ち受けてたって、何度だって立ち上がれた」

 

 今はいないけどね、と付け加えながら。

 

「あと、やっぱりヒーロー! 爆熱戦記! ドン! シャインッ! てね! ……知らない?」

「知るワケねぇだろ。お前の世界のヒーローなんて。つかガキかよ」

「ふっふーん、知らないからそんな風に言えるんだよ。すっごく面白いんだなぁ、これが」

「……べ、別に気になんてならねぇからな!」

 

『まだまだ青二才だが、きっとコイツは、もっと強くなる』

 

 モードレッドがそれを口に出す事は、決して無かった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ここか」

 

 ロンドンの地下、地下鉄よりも更に下に広がる地下迷宮。魔術協会ですら関知しないその迷宮の最深部の空間に、それはあった。

 

――巨大蒸気機関『アングルボダ』。北欧神話に名高き巨狼フェンリルや大蛇ヨルムンガンド、冥府の女神ヘルを産み落とした女巨人の名を冠した蒸気機械。

 それを使う人間達はとうにいなくなったというのに、今もなお、ゴウン、ゴウンと、魔霧を放出し続けている。

 

 アルトリアに憑依したベリアルの目的の物は、その中にあった。

 

「それにしても、随分と濃いな、此処は」

 

 すんすん、と匂いを嗅ぐ仕草をする。

 ベリアルが言っているのは、アングルボダから流出している魔霧の事だろう。

 濃厚な魔力は、常人には毒となるが、ベリアルには少しの息苦しさしかない。加えて、彼の体内にあるストルム器官の位相反転能力により、ベリアルの知らない魔力というエネルギーを、無理矢理自分のエネルギーに変換していた。

 

 ベリアルは、首元をなぞる。そこは、先の戦闘でモードレッドの宝具が掠った箇所であった。

 

「クソが。小癪な英霊と侮ったか」

 

 その理由が何故かは分からない。だが、今はそれよりもやるべき事がある。

 

 そう、この世界における自分を、もっと完全で、完璧なものとする為に。

 

「フンッ」

 

 ベリアルは右手にロンゴミニアドを生成すると、それをギガバトルナイザーを使っていた頃のように振るう。

 暗黒の槍から発せられた闇のエネルギーの奔流が、アングルボダの表面を破壊する。

 それを確認したベリアルは、ロンゴミニアドを消すと、むんずとその中に手を突っ込む。

 ガシャガシャと内部機構が壊れていくのも構わず、手探りで探す。

 

「――これが聖杯か」

 

 やがて、幾度か邪魔な周りの機械を蹴散らしながらも、それは見つかった。

 

 結晶のようなその物質こそが、聖杯。人理崩壊の黒幕が、人理定礎崩壊の為に各特異点を形成した、その核。

 簡単に言えば膨大な魔力の塊だ。それを、ベリアルはアルトリアの肉体が持つ探知能力も併せて感覚的に察知し、見つけ出したのだ。

 

「コイツを取り込めば、俺は更に強くなれる――」

 

「――それをさせると思うか」

 

 突如として、ベリアルのいた場所を、目のついた肉の柱の如き何かが、多数殺到する。

 おぞましいそれらは、アングルボダだった残骸を、跡形もなくぐしゃぐしゃに叩き潰したが――その下に、ベリアルの姿はない。

 ならばどこに? ――上だ。

 

「お前も、この俺に逆らうつもりか?」

「逆らうだと? 外から来た分際が、この星で王にでもなれると思っているのか」

「『思っている』ではない。()()()()()()()、俺様はな」

 

 ラムレイに騎乗し、空に浮かぶベリアルを、浅黒の肌をした白髪の男が見上げる。その男の背後の歪みから、肉の柱の如き触手――魔神柱が数本、顔を見せている。

 

「一応聞いてやる。貴様の名は?」

「――我こそは、ソロモン。魔術王ソロモンなり」

 

 ソロモン。古代イスラエルを最も発展させたという、生まれつきの「王」にして、神より賜った十指からなる超能の指輪を持ち、72柱の魔神を使い魔として従える者。言うなれば、魔術師の起源たる者。

 それ故に、そのクラスは単なる魔術師(キャスター)の範疇に収まらない、あらゆる英霊の頂点に立つ者――冠位(グランド)の器を持つ存在である。

 

 神にも匹敵しうる魔力、そして領域を圧し潰す程の力場を()()()()()()()()()()発生させ、並大抵の存在であれば恐怖し、絶望せざるを得ない、そんな存在を前にしてベリアルは――笑っていた。

 

「ク、ククククク……クハハハハ……」

「何がおかしい」

 

 ひたすらに笑い続けるベリアルに、ソロモンを名乗った者は不快そうに眉をひそめた。

 

「なぁに、実に滑稽なもんだなと思っただけだ。()()()()()()()()()()()()、な」

「…………」

「だが、今一つ面白くない事もある……お前、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ソロモンを名乗る者は沈黙する。そして、指で払うような仕草をすると、それと連動するように魔神柱が振るわれる。

 

 しかし、ベリアルはそれを、自らの爪から発せられた闇の刃で切り裂く。

 

「貴様がいては、我が3000年の計画に支障が出ると判断した。故に、此処で滅べ。多元宇宙より飛来せし悪よ」

「そうかそうか。そいつは……随分とつまらなそうな計画だな」

「何?」

 

 怪訝そうにするソロモンを名乗る者に対し、ベリアルは再度ロンゴミニアドを呼び出し、黒い嵐を巻き起こす。

 

「それはそうだろう? ()()()3()0()0()0()()()()()()()()()()で、それもこんなちっぽけな星でやるんだ。さぞやつまらん事なんだろうなぁ?」

 

 3000年。長命を誇るウルトラマンにとっては、そう大した時間でもない。

 そしてベリアルからすれば――何か一つの事を為すのに、そんなに時間をかける必要はない。

 事実、クライシスインパクト後から自身の完全復活までに、そう大した時間はなかった。リクという存在(道具)が生まれてから考えれば、()()()()1()9()()だ。

 端的に言えば、ベリアルはこの矮小な存在を見下していた。

 

 しかし、両者共に気づかない。『何故その行動を起こそうとしたか』『その結果何をしようというのか』という点で、ベリアルとソロモンを名乗る者は、互いに根本的な違いがある事に気づきもしない。

 

 ただ滅ぼしたいだけなのか。憎悪からくるものなのか。

 

「貴様は、跡形も無く消す。貴様は計画に不要な存在だ」

「良いぜェ。シンプルで分かりやすいじゃねぇか!」

 

 ソロモンを名乗る者は、そこまでに考えが至る事なく、目の前の脅威の排除を優先した。

 

 人類単位の脅威ではない。惑星単位の脅威だ。

 

 二人の王の戦いは、当然のように地下迷宮を崩壊させ――舞台は地上へと移った。

 




 ぶっちゃけリクを生み出した理由とか、リトルスターの最初の発症者と分離条件の発覚の下りとか、諸々の時系列がガバってるけど、一応ジード本編通り(だったと思う)なんです...

 多分ベリアル融合獣でリトルスターが確保できるか、一応実験してみたって感じなんじゃないかなって(テキトー)


【ウルトラマンベリアル オルタナティブ】
 全高は本編の通り約60m。姿のイメージはAnother Genesisのウルトラマンジャックをベリアル寄りにした感じ(Another Genesisを読んだ事があるとは言っていない)

 ベリアルがストルム器官と、乗っ取ったアルトリアペンドラゴン オルタの肉体を元にそれぞれ生成した、ストルム星人とアルトリアペンドラゴン オルタの怪獣カプセルを用いて、オルタナティブフュージョン・アンリーシュした姿。
 強さはキメラベロス以上、アトロシアス未満。

 戦闘に特化した宇宙人と比較すると今一つ劣るストルム星人と、FGO世界の地球では強い部類に入るが、数多くの強大な手下や敵対者を作ってきたベリアルから見るとイマイチ物足りないアルトリアペンドラゴン。
 前者は魔力という未知のエネルギーすらも変換できるストルム器官の万能さがあり、後者はこの世界で偶然にも乗っ取り、結果相性が良かったが為の選択である。

 更に『反転』という点における絶妙な相性の良さ故に、少なくともFGO世界の地球では、こと破壊活動においては並みいる攻撃系宝具持ちの英霊や、ソロモン王を名乗る者すらも凌駕し得るパワーを持つ。

 武装はギガバトルナイザーではなく、聖槍ロンゴミニアド。諸々の理由により宝具のランクは下がるが、一度振るえばアルトリアペンドラゴン オルタが振るう時以上の破壊の嵐をもたらす。
 もしこの槍の本質にまで気づいていたら、あっという間に世界崩壊の危機だった、かもしれない(アルトリアの記憶を読むのにも制限がある)

 願望機である聖杯をパワーソースとして取り込み、更なる強化を図るが、実はある弱点が存在する事に気付いていない。


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運命の叛逆者達【転】

前後編で終わると言ったが、すまん、ありゃ嘘だった。

前中後でなら完成できるやろ……(慢心)

何故だ……かなり削ったはずなのに……(倒れ伏す)

というわけで、話のボリューム的にどうしても三つでは足りなくなったので、起承転結の4話完結構成になってしまいました。本当ならもっと書きたいシーンとか書かなきゃいけないシーンがあるけど、完結出来ないと意味がないんじゃあ……。




『あー……参ったな。これは完全にこちらのミスだ。そもそも、そうなる可能性があるって事を見越して、注意を払っておくべきだったのに……いや、今それを後悔している暇はない』

 

『先程、魔霧の濃度が少し薄れた。それで分かった事が三つ。一つ目は、ベリアルが姿を消していた事。それも、ただ姿を消しただけじゃない。別の場所に向かっていたんだ』

 

『二つ目。先の戦いの前に君達が向かった地下深く、そこにある筈の聖杯の反応が移動し始めた。……ベリアルの魔力パターンと同一のものも一緒にね。つまり……考えたくない事だが、ベリアルが聖杯を奪取した、と考えるべきだろう。幸いなのは、ベリアルの保有魔力量自体はそこまで増えていない事だ。恐らくは、リク君からの情報にあったストルム器官なるもので反転吸収している最中という事なんだろう』

 

『そして三つ目。そのベリアルが聖杯を奪取した直後に、恐ろしく膨大な魔力反応が確認された。しかも、魔力パターンからは魔神柱と同様のものが見られる。しかし、魔神柱じゃない。奴らよりも膨大な魔力を持った奴が、ベリアルと対峙している、あるいは戦闘しているものと思われる。正直、トンデモ過ぎて観測できてる事が不思議でならないくらいだ!』

 

『そして現在、ベリアルとその謎の魔力反応の持ち主は地面を割って地上に飛び出し、ロンドン市街で激しい戦闘を行っているようだ。ただ奪い合ってるなら漁夫の利が狙える……なんて考えちゃうけど、まぁ、モードレッドが黙ってないよね、うん。街も破壊されるだろうし』

 

『だから、早速で悪いけど君達には出てもらわなくてはならない。ああ、大丈夫。作戦に関してはレオナルドが一つ考えがあるようだから、彼に聞いてくれ』

 

『じゃあ、ここからは私が。先の戦いにおけるウルトラマンベリアル オルタナティブを分析して分かった事だが、モードレッドの宝具が命中した瞬間、妙に苦しんでいただろう? 最初は単に、油断していたところの不意の一撃が、想像以上に強力だったからとしか思ってなかったんだが……どうもそれだけではないらしい』

 

『モードレッドの『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』はね、ある条件を満たした場合のみ、その威力を跳ね上げる事ができるんだ。その条件こそ、『アーサー王を攻撃対象とする』事。言うなれば、アーサー特攻とでも言うべきものさ』

 

『あの時のベリアルは、明らかにアーサー王とは似ても似つかない怪物と化していた訳だが、しかしその肉体()は紛れもなくアーサー王、彼女のものだ。だからこそ、モードレッドの攻撃が効いたのだと、そう解釈した。それを元に、私のこの天っ才的な頭脳をフル動員させて……あぁ、わかったわかった。端的に話そう』

 

『ずばり、今回の作戦の要となるのは、モードレッドに朝倉リク君、二人が鍵となる。ぶっちゃけ、現時点であの化物に有効打を与えられるのは二人だけだからね! モードレッドはさっきも言った通りとして、巨大化した状態では通常のサーヴァントではまともにやり合う事すら困難だろう。何せ、60mの巨体だ。今の君達に異形異類と戦った経験はあれど、あのようなタイプのエネミーとの戦闘経験は無いだろう?』

 

『……が、しかし、一つ残念なお知らせだ。リク君の申告によれば、彼が再び変身する為には、20時間のインターバルを要するらしい。そして、先の戦闘終了から現在、19時間が経過している』

 

『後1時間。その間を何とか君達だけで凌いでもらわないといけない。……うん、百も承知だって顔、良いね。アンデルセンは相変わらず不機嫌そうだが。まぁ、魔霧が薄まった事で、魔力の吸収は抑えられてるだけありがたいと思おうじゃないか』

 

『――では、指揮官代理殿? ここは一つ、彼らにかっこよく激励を』

 

『え、えぇえ!? 急に無茶振り!? まぁやるけど……』

 

『えー、オホン! ……さて、これより作戦を開始する。名前は、そうだな――作戦の要たるウルトラマンにあやかって、ウルトラ作戦第一号で!』

 

『それじゃ、グッドラック(幸運を)!』

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……ウルトラ作戦第一号って」

「だよなぁ。どういうネーミングセンスしてんだっつの」

「そうかぁ? 俺っちは好きだぜ? なんつーか、カッコイイじゃん!」

「ガキかよ……」

「いや、それ以上にこの作戦、まさか第二号とかあるのかなって」

「そこかよ!?」

 

 これから壮絶な戦いを行おうとしている者達の会話とは思えないほど他愛ないやり取りをしながら、カルデアのマスター率いる英霊達とリクが、ロンドンの街を歩く。

 相も変わらず人気は無いが、数時間前にリクとモードレッドが会話した時には街を覆っていた魔霧が、今ではかなり薄まっている。

 魔霧を発生させていたアングルボダの中枢を担っていた聖杯が無くなった事で、その機能が無くなりつつあるのだろう。

 まだ薄っすらと霧が残っているのは、最後まで稼働せんとするアングルボダの意思無き意志だろうか。

 

「――霧がそれなりに晴れて来てんな」

「向こうにいんのは……例のベリアルとかいうバッドガイと、謎の魔力の持ち主って奴か。野郎、巨大化はまだしてねぇらしいな」

 

 霧が薄まっているおかげで、ベリアルと謎の存在による戦いが、離れたところにいる一行からも見て取れた。

 

 ベリアル出現当時、二コラ・テスラとの戦闘で消耗していた為にその場にはいなかった金時の視線の先の空中で、火花が散る。

 火花が散る度に、甲高い金属音と、ぐちゅりという生理的な嫌悪感を感じさせる生々しい音が、彼らの耳にまで届いてくる。

 

「うぅん……この気色の悪い音に、ここからでもヒシヒシと感じられるとんでもない魔力。例の魔神柱とやらでしょうか」

 

 その音を聞く度に、狐耳をした見目麗しい美女の姿をした英霊――金時と同時にロンドンに現出したキャスタークラスのサーヴァント、玉藻の前が、嫌悪感を一切隠す事無く露わにし、その狐耳をしなしなと伏せる。

 

『魔力パターンから判断すると、何とも言えない。魔神柱と同様の反応だけど……奴らよりも魔力の量も質も遥かに上回っている。まさかとは思うけど……いやいや、そんな筈は……』

「ドクター、私が知る限りでは、そうした発言は所謂、フラグ、というものになるのでは」

『そんな縁起でもない事言わないで!?』

 

「……魔神柱って、そんなに強いの?」

「うん。一筋縄ではいかない。巨大さもそうなんだけど、予備動作も無く急に空間を爆発させてきたりするし、しかも広範囲だから、攻撃する為に近付く事すら簡単じゃない」

 

 漫才のようなやり取りをするロマンとマシュの、その少し後ろで、リクはカルデアのマスターに魔神柱について尋ねていた。

 モードレッドとの会話の後、リクは他のサーヴァント達のみならず、彼とも話をし、仲良くなっていた。

 サーヴァント達や現地の人間であるジキル達とは違い、普通の人間であり、なおかつ同年代であるマスターの少年に、リクは親近感を抱いていた。

 

 グロテスクな肉の柱という、リクがこれまでに戦った事のないフォルムをした敵と、もしかしたらこれから戦うかもしれない。だからこそ、前もって情報を聞いておこうと思ったのだ。

 

 目が覚めて分かった事だが、此処では星雲荘と――星雲荘の報告管理システム『レム』、そして星雲荘にいる筈のリクの相棒のペガッサ星人、ぺガと通信ができないのだ。

 リクの持つ装填ナックルはレムと、ひいては星雲荘そのものとの通信装置も兼ねている。

 それができないという事実に、リクは人知れず、孤独を感じていた。

 

――だが、だからといって俯いている暇はない。今ベリアルを止められるのは、()()()()なのだから。

 

 その使命感が、リクの今の原動力となっていた。

 

 しかし、今はその使命感が、彼を焦らせる。

 変身できない事への焦燥感は、これまでにもあった。だが、過去以上に今のリクは、不安を感じていた。

 それは言い換えれば、この世界で出来た仲間達を、信じ切れていないという未熟さ。

 

「……不安?」

 

 そしてそれは、これまで数多の英雄達と出会ってきたマスターの少年の観察眼に、しかと見抜かれていた。

 

「えっ!? い、いや……」

 

 リクは、無意識の内に肩を震わせる。……口では否定してはいるが、図星だったのだから。

 

「流石に分かるよ。……そうだね。ここに来てから、サーヴァントの皆の戦いを見た事無いんだし、仕方のない事だと思う」

 

 そんなリクのネガティブな感情を、少年は否定しない。

 その上で、少年はリクの事を信じていた。

 

 リクのそれは、不信感や疑念から来るものではない。だが、その逆というわけでもない。

 

 朝倉リクという青年は、自らの遺伝子(GENE)によって、数奇な運命(DESTINY)を歩む事になった。その過程で、彼はウルトラマンに変身し、人々を、世界を守る者となった。

 

――だが、リクはウルトラマン(超人)であって、神でも無ければ英雄ではない。

 

 悪の遺伝子を持ちながら、平和な現代日本でヒーローに憧れる優しい青年として育った。

 これまでにも、平和な日常を送っていたが、その最中に怪獣が現れ、そしてウルトラマンになった者は数多くいる。

 そんな過去のウルトラマンとリクに大きな違いがあるとすれば――それはこの世界を守る者が少なかった事だろう。

 

 初代ウルトラマンを始めとする、地球防衛の任に就いた事のあるウルトラ戦士は、地球上での激しい消耗を防ぐべく、地球人に擬態、あるいは勇気ある人間と同化し、社会に溶け込む。

 そしてその多くが、その時代や世界に存在した防衛組織に所属していた。

 例外としては、未来から来たウルトラマンことギンガと一体化した礼堂ヒカルだろう。彼が最初にウルトラマンになったのが高校生だった事と、当時防衛組織と呼べるものが無かったのもあり、今のリクと同じような状況ではあった。

 が、彼の最初の戦いは比較的規模が小さく、後の新たなる戦いも、新たに創設された防衛チーム『UPG』の存在もあり、ギンガ、そして当時現れた新たなウルトラマンであるビクトリーは、UPGと共に戦いを潜り抜けてきた為、リクと同じような状況とは言い難い。

 

 しかし、リクのいた世界には明確に防衛チームと呼べる程の戦力を持った組織は無い。精々が、我々視聴者・読者側の現代日本にあるような自衛隊ぐらいであろうが、生憎と彼らの活躍は、ジードの放送の中では描かれなかった。

 近い組織があるとすればAIBがあるものの、こちらはあくまでも、地球に不法侵入、及び犯罪を犯した宇宙人を取り締まる組織。オーバーテクノロジーを保有する組織ではあるが、他のウルトラマンが属した、あるいは共闘した組織のような対怪獣戦力――戦闘機や武装車両――を有していない。

 現に、怪獣出現時においてはジード、もしくはゼロがメインであり、彼らAIBは情報によるサポートを主としている。ベリアルとの決戦で運用された時空破壊神ゼガンは、まさに例外中の例外と言えよう。

 そもそもAIBの場合、ネクサスと共闘したナイトレイダーよろしく、その存在を地球人に悟られないように努めているのもあるのだが。

 

 とどのつまり、これまでの防衛チームから怪獣に対する攻撃としての支援があったウルトラマン達と違い、ジードはそういった援護ありきの戦いを知らない。

 今まででこそゼロという頼れる兄貴的存在がいたが、ベリアルを倒せば、彼は一体化している伊賀栗レイトの肉体を離れ、地球から去るだろう。

 

 そうなれば、リクの立場はどうなるか。

 

 怪獣を撃退できる程の力を持たない地球で、ただ一人怪獣と戦えるのは、ジードしかいない。

 

 今の状況は、それに似ている。

 ベリアルの力は、この世界の地球のみならず、この宇宙全てを滅ぼす。今は出来ずとも、遠くない未来にはそうなるだろう。

 

 そんなベリアルを倒すチャンスは、今以外に無い。ベリアルが聖杯の力を完全に我が物にしてしまえば、この地球の英霊全てが結集して立ち向かおうと、星の抑止力が抵抗しようと難しくなる。もし勝てたとしても、タダでは済まない。

 

 だからこそ、リクが、ウルトラマンジードが、この地球にやってきた最後の希望なのだ。

 

 繰り返し言うが、リクが抱いているのは不信感でも疑念でもない。

 「ゼロも、仲間達もいない。だから自分がやらねばならない」という、強迫観念にも似た使命感。近い未来に抱く事になるそれが、リクの中で渦巻いていた。

 

「でもさ。サーヴァントのみんな……あそこにいるマシュだって、今まで通りの平和な暮らしの中じゃ想像すらできないような怪物や、とんでもなく強い敵と戦ってきたんだ。普通なら決して立ち向かおうとすら思わないような、ね」

 

 そんなリクに、少年は微笑みかける。これまで、5つの特異点を駆け抜けてきた、ただの少年のそれは、今のリクとは正反対に、力強さを秘めていた。

 

「出会ってから間もないけれど……それでも、信じて欲しいんだ。守りたいものを守る為に、命を懸けて立ち向かってる皆を」

 

 リクは、少年の目に確かな信頼の色を見た。出会って間もないのは互いに同じだというのに、異邦人であるリクを信頼するその目に、リクは頷くしかなかった。

 

 

 

 

「む――」

 

 空中では、なおも激しい戦いが繰り広げられていた。

 浅黒の男が魔力を空中で爆発させ、魔神柱を差し向ければ、黒き王は禍々しい槍で全てを払いのける――どころか、全てを粉砕する。

 

 その最中、ソロモンを名乗った浅黒の男は、こちらに近付いてくる人影を確認する。

 

「余所見する暇があんのか、えぇ!?」

 

 それを見逃す事無く、アルトリアの肉体を支配しているベリアルが肉薄する。だが、魔神柱を束ねて出来た肉盾により、その攻撃が防がれてしまう。

 

「ケッ、逃げやがったか」

 

 強引に魔神柱の盾を引き裂くと、そこには誰もいない。既に逃げ去ったか、あるいは――

 

「……ん? あいつらは……ハン。性懲りもなく来やがったな」

 

 そこで、ベリアルもカルデアのサーヴァント達が迫ってきているのに気付く。

 

「あのソロモンだかなんだかって野郎よりも弱そうだが……まぁいい。この聖杯が俺の身体に馴染むまで、精々楽しませてもらおうか」

 

 そう呟くなり、ベリアルはラムレイの腹部を蹴り、進路を向かってくるサーヴァント達へと向ける。

 

「ったくよぉ、アイツは来ねぇのかよ」

「仕方ありませんよ。ベリアルの戦力を鑑みれば、先輩が近くにいるのは非常に危険ですから」

「というか、普通はマスターは近くにいないものでしょうに」

「るせぇ。色々あんだよ……来るぜ!」

「そうだな。では、俺は後ろから見ているぞ」

「……は?」

「『は?』とはなんだ。まさか俺に前線に出張って戦えと? 冗談抜かせ。サーヴァントのクラスとしても、本業としても断る理由は十分にあるぞ」

「んー、吾輩もアンデルセン殿と同意見ですな。|By the pricking of my thumbs,Something wicked this way comes. Open,locks, whoever knocks.《親指がぴくぴく動く、何か悪いものがこっちに近づいて来るぞ、抜けろ、かんぬき、誰でもいいぞ》、といった具合に嫌な予感しかしませんので!」

「あら、シェイクスピアさんいらしたのですか。全然気づきませんでしたわ。……というわけで、私もちょーっと遠慮したいかなぁーっと」

「フォックス、テメェは魔術師(キャスター)であっても作家(ライター)じゃねぇだろ。つかそれなりに戦えんだろ」

「んまッ! よもや婦女子を戦争に放り込もうと!?」

「だったらなんでサーヴァントとして呼ばれてんだっつー話になんだろうが!」

「ぐだぐだ抜かすな。そら、前を向け、前を。敵は目の前まで来てるぞ猪騎士。安心しろ。援護ぐらいはしてやる」

「ンの……ッ! テメェ後でぜってぇ首刎ねてやるからな!」

「み、皆さん! 本当に来てますよ!?」

「わーってらぁ! 行くぜェ!」

 

 ぐだぐだとしたやり取りをマシュがなんとか収め、先陣をモードレッドが切る。

 

 短くも長い、1時間の死闘が始まる。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「ずぉりゃあ!」

 

 金時の剛腕によって、大振りのマサカリ――『黄金喰い(ゴールデンイーター)』が、空気を唸らせ、雷電を纏いながら豪速で振るわれる。

 

「フン!」

 

 しかし、その一撃はベリアルのロンゴミニアドによっていなされる。

 そして、逆に攻勢をかけようとするが――

 

「オラッ!」

 

 そこに、モードレッドが斬りかかる。

 ベリアルは舌打ちをしつつ、攻撃を中断し、モードレッドの斬撃を防ぐ。

 

「小癪な……!」

「ヘッ。たった一人でどうにかできるなんざ思わねぇ事だな!」

 

 確かに、今の状態でもベリアルは強い。並のサーヴァントでは太刀打ちできないだろう。ウルトラマンとの一体化は、個人差はあれど、宿主を治癒するだけでなく、その身体能力も向上させる。

 それが、人を越えた英霊という存在と一体化すればどうなるか? しかも、依代としているのは、高いステータスを誇るとされる三騎士のクラスのサーヴァントにして、世に名高き騎士王。

 その筋力は、狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントである金時にも遅れを取らない。

 そして、今現在の彼女のステータスは、ベリアルとの一体化により、全体的に向上されていた。

 とはいえ、過剰な肉体の酷使は依代としているアルトリアの零基に多大な負荷を掛けてしまう可能性があるが、そんな事はベリアルの知った事ではない。

 

――しかし、いくらベリアルが強くとも、相対している敵もまた歴戦の英霊。それも、一人や二人ではない。

 

 後衛向きのキャスターが3人に、前衛にセイバー、バーサーカー、そしてシールダーの3人。計6人のサーヴァントを相手取らねばならない。

 

 無論、ベリアルからすればサーヴァントなどという存在は、幾ら集まろうと有象無象に過ぎない。実際、かつての戦いでは数多くのウルトラマンを相手に――ギガバトルナイザーという強力な武器があったからとは言え――無双とも言うべき暴れっぷりを見せたのだから。

 しかし、今の実力のほとんどは、依代としたアルトリアに依存している。元が幾ら強かろうと、50、あるいは60分の1にまでスケールダウンしてしまっていては、ベリアルも思うようには戦えない。

 

「チッ、思った以上にやるじゃねぇか」

 

 ロンゴミニアドを振るい、接近してきたマシュを盾ごと吹っ飛ばしながら、ベリアルがそう吐き捨てる。

 

 ベリアル自身、サーヴァント程度であれば聖杯を取り込めていなくとも容易いと考えていたが、それこそ甘い考えだった。

 特に、後衛のキャスター。時折魔力弾や呪術による氷や炎で攻撃しつつ、前衛で戦っているサーヴァントを強化したり、逆にベリアルに対して弱体化を仕掛けてくる。

 本来であれば――セイバークラスで召喚された時ほどではないものの――高い対魔力を誇るアルトリアにそういった小細工は通用しないのだが、ベリアルと一体化した弊害か、その対魔力も格段に落ちていた。

 様々な要因が絡み合った結果、思わぬ苦戦を強いられる羽目になってしまったのである。

 

 一方で、モードレッドはその状況に奇妙な違和感を感じていた。

 

(一方的だ。ほとんど一方的な戦い。だっつのに……なんだ、この違和感は! クソ気持ち悪い!)

 

 なんとも言い知れぬ違和感を、モードレッドは頭を軽く振って振り払う。

 

 それに対し、劣勢に追い込まれている筈のベリアルは――密かに邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「押してる! これなら!」

 

 少し離れたところで戦いを見守るマスターの少年は、一見優勢に見えるこの状況を素直に喜んでいた。

 勝てる。そんな確信が胸の中に湧き上がる。

 

 だが、少年の隣で同じように戦いを見ていたリクは、少年とは真逆に浮かない顔をしていた。

 

(……おかしい)

 

 先程からリクの頭の中で、ある一つの疑問がずっと残り続けている。

 

(なんで、ベリアルは変身しないんだ?)

 

 アルトリアの姿のままでも、ベリアルは十分に強い。今でこそ、サーヴァント達の連携もあって圧倒されているように見えるが、それでも彼らの猛攻を凌ぐだけの実力があるのは確かだ。

 

――だが、ベリアルはまだ全力を出していない。

 

 もしベリアルがその気になれば、今すぐにでもフュージョンライズして、圧倒的な質量と暴力で叩きのめす筈だ。では、なぜそれをしないのか?

 

(サーヴァントの皆を侮っていた? ……いや、それだけじゃない。なら、変身しない理由は――)

 

 そこで、リクはある考えに思い至った。

 

――リクが再度ウルトラマンに変身する為には、20時間のインターバルが必要である。

 

――同じくウルトラマンゼロも、ウルティメイトブレスレットが破損し体調が万全では無かったからなのか、はたまたカプセルを使用する強化形態(ゼロビヨンド)だからなのか、いずれにしても再変身に同じく20時間のインターバルを要した。

 

――なら、使っているのが怪獣カプセルという違いはあれど、フュージョンライズしていたベリアルの場合は?

 

「――マズい! 一気に倒さないと!」

「え?」

 

 突然、迫真の形相を浮かべ、リクはマスターの少年の肩を掴む。

 その言葉に要領を得ない少年は、少し驚愕したが、すぐさま立ち直り、サーヴァントに指示を飛ばす。

 

――だが、遅かった。

 

 サーヴァント達が戦っている、その向こう側。ベリアルのいる場所から衝撃の波が飛んできたかと思えば、赤黒の閃光が迸る。

 

「ッ、遅かった!」

『!? どういう事だ!?』

 

 

 

 

 時は数秒前に遡る。

 

「やあぁーッ!」

 

 掛け声と共に、マシュが身の丈程もある盾でベリアルを殴りつける。

 

 ベリアルが軽い脳震盪を起こしたと同時に、マシュの盾に隠れるように、その後ろからモードレッドが飛び出す。

 

「くたばり……やがれェ!」

 

 飛び出しざまのモードレッドの袈裟斬りと、咄嗟に構えられたベリアルのロンゴミニアドがぶつかり、火花を散らす鍔競り合いにもつれ込む。

 

「グッ……」

「ど――ォりゃあああああ!!!」

 

 鍔競り合いを制したのは、モードレッドだった。

 凄まじい気迫と執念。目には見えないそれらを伴った圧が、一歩、また一歩と、ベリアルを押す。

 そして、一瞬の隙を突き、わざと体勢を崩すと同時に、下から振り上げるように斬る。

 

 なんとかこの一撃を防いだベリアルだったが、すかさずモードレッドがタックルで追撃。よろめいたベリアルに、更にヤクザキックの如き前蹴りを繰り出す!

 

「ウグォ!?」

「ハーッ……ハーッ……ヘッ、どーだこの野郎!」

 

 蹴りを喰らった腹部を押さえるベリアルを、犬歯を剥き出しにしながら嘲笑うモードレッドだが、彼女もまた、戦闘での疲労が溜まりつつあった。

 

「ぐ、クク、少しはやるみてぇじゃねぇか」

「ハン。あんま俺達を舐めてっと……()()()()()()()()()()()

「? モードレッドさん、それってどういう……」

 

 モードレッドの意味深な言葉の意味を、マシュが問おうとした瞬間――

 

「く、クフフ、クハハハ」

 

 ベリアルが、唐突に笑い声を零しだす。

 

「ッ、何がおかしいのですか!」

「クク……いや何、俺が本気じゃないと分かっていた……いいや、分かった()()()でいるのがな。これが笑わずにいられるか?」

「……ンだと?」

「待ちなモードレッド。……何か妙だぜ」

 

 殺気立ちながら再び向かって行こうとするモードレッドを、金時が静止する。

 

――それもまた、ベリアルの狙いの一つとは気づかず。

 

「そうだな、()()()正解だ。俺はまだ本気を出しちゃいない」

 

 その一言が癪に障ったのか、モードレッドは奥歯をギリギリと噛み締める。

 

「そしてもう半分……分かるか?」

「さてな。貴様がこちらを、圧倒的弱者として見下しているのはよく分かる。……いや違うな。正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()、か」

 

 アンデルセンがそう答えれば、ベリアルは満足げに口元を歪めた。

 

「思っているように仕向ける……?」

「おっと、今はそこまで深く考える必要はありませんぞマシュ殿。言ってみれば、()()()()()()()()()()()なのですから」

 

 そうは言いながらも、シェイクスピアは魔力弾の一つも撃たない。よくよく見てみればアンデルセン共々、少し息が上がっているようだった。

 サーヴァントの身ではあるが、元より作家。普段はマスターを戦わせるスタイルの彼らに――後衛での援護がメインとは言え――直接戦闘に参加するのは慣れていなかった。

 

「ほぉ。そっちの頭を使っていそうな方は、答えに近付いているらしいな」

「クソが。父上の顔で一々イラつくような事言いやがって。ぜってぇ分かって煽ってんだろ、ああ?」

「一々噛みつくんじゃあない、この猪騎士が。……それで? 何やら時間稼ぎをしているようだが、今の状況なら一気に畳みかければ倒せなくはないだろうよ」

「ああ、それには及ばん」

「何?」

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 そう言った矢先に、ベリアルの身体から爆発的に魔力が溢れ出る。

 

「テメ、まだこれだけの魔力を!」

「まぁまぁ楽しかったぜェ。貴様らとの()()はよ――オラァ!」

 

 嘲るような獰猛な笑みを向けながら、ベリアルはロンゴミニアドの穂先を地面へと向ける。

 思い切り突き立てられた槍は、あっさりと地面を貫き、粉砕する。

 

 粉砕された道路だったものの破片や瓦礫が、ベリアルの周囲に展開された黒い風――アルトリアの宝具である『風王結界(インビジブル・エア)』の応用だ――に乗ってマシュ達に襲い掛かる!

 

「――! 皆さん! 私の後ろへ!」

 

 その素振りから何をするつもりなのかを図りかねていたマシュが、僅かに遅れて盾を構える。

 しかし、普段なら的確な指示を飛ばすマスターを遠ざけたのが、ここに来て仇になってしまった。

 

「チィ!」

 

 立ち位置的に間に合わないと判断したモードレッドは、咄嗟に兜を装着。

 この状態であれば、瓦礫などが当たってもまず大丈夫だろう。衝撃波も、地面に剣を突き刺す事で耐えられるよう、守りの体勢を整えていた。

 

「ってコラフォックスてめぇ! 何俺っちを盾にしてんだ!」

「近くにいた、貴方が悪い!」

「そりゃコブラなヤローの台詞だろうが! ――だぁ! 畜生!」

 

 金時も距離的に無理があったのだが、何より玉藻が近くにいた彼を盾にしてしまった為に動けず、否応なしにマサカリで防御せざるを得なかった。

 男、金時。またの名を金太郎。子供達のヒーローとして、例え英霊だろうと婦女子は守る、損な男だった(一部例外を除く)

 

「んっん~。吾輩達が吹っ飛ばされるのに、何やら意図を感じますぞ~これは。ねぇ、アンデルセン殿ぉ……あれ? アンデルセン殿いつのまにマシュ嬢の後ろにィ~~~~!?」

 

 シェイクスピアはと言えば、不幸にも黒い風に巻き込まれて吹っ飛ばされていた。その視界の内に、気づいたらマシュの後ろに退避していたアンデルセンの黒い笑みを収めながら。

 「お前なら自己保存のスキルで大丈夫だろ」という、ある意味で信頼とも呼べるであろう含みが込められた、悪い笑みだった。

 

 なお、アンデルセンの目論見通り、シェイクスピアは自己保存スキルで何とか無傷だった事を此処に明記しておく。

 

「さぁて、答え合わせだ。何故俺がフュージョンライズしなかったのか。そうだな。確かにフュージョンライズして本来の大きさに戻れば、貴様ら程度は敵ですらねぇ。なら、何故そうしなかったか?」

 

「――答えは、こうだろう!」

 

 マシュの後ろに隠れながら、アンデルセンが叫ぶ。

 

「貴様はわざと変身しなかったのではない! 貴様は――()()()()()()()()()()!」

 

 全ては、その一言に尽きる。

 

 アンデルセンが言った通り、ベリアルはほんの数秒前まで、本当に()()()()()()()()。言ってみれば、ジードやゼロにあった再変身のインターバルに関するルールが、ベリアルにも適用されていたのだ。

 

 かつて、ベリアルから力を借り受け、ベリアル融合獣としてジードやゼロと戦ってきた伏井出ケイ。

 彼が使用していた怪獣カプセルは、ベリアルの内にあるレイオニクスの力――怪獣使いの力を使い、ウルトラカプセルを元にした模造品である。

 単体で使用しても、レイオニクスが使用していたバトルナイザーのように怪獣を召喚できるなど、本家のウルトラカプセルとは異なる要素もあったが、逆に共通点もある。

 

 伏井出ケイが最初にフュージョンライズしたベリアル融合獣、スカルゴモラ。リクがウルトラマンとして最初に戦った相手であり、リクやぺガ、そして二人の仲間である鳥羽ライハから平穏を奪い去った因縁のある怪獣。

 ライハの両親を殺害したその6年後、再びリトルスター保持者を炙り出すべく動き出し、日中の間に大暴れをしていたが、突如として姿を消し、しばらくした後、夜の街に出現。そこで初めて、ジードに変身したリクと戦った。

 

――では何故、ケイは一時的にフュージョンライズを解いたのか?

 

「それって、どういう意味ですか!?」

「ったく、探偵の真似事なんぞやらせおってからに。いいか? あの小僧(リク)が一度変身すると、再度変身するのに時間が必要になる。そのインターバルは、()()()()()()()()()()()、そこが問題だ」

「ク――ハハハハ!!! 何だ、9割分かってるじゃねぇか! なら、残りの1割を教えてやろう!」

 

 愉悦の色を見せながら、ベリアルは唐突に、豊満な胸の谷間に指を滑らせる。

 その仕草から来る奇妙なまでの艶めかしさに、偶然目にしてしまった金時は顔を赤くして目を逸らしてしまう。

 

 そんな事は知った事ではないとばかりに、ベリアルが胸を張ると、この世界で最初にフュージョンライズした時のように、谷間から2本の怪獣カプセルが出現する。

 膨大な熱を帯びているのか、両方のカプセルともに煙を吹きだしている。

 

「見ての通り、怪獣カプセルを使用すれば、それ相応の負荷が掛かる。ましてや、フュージョンライズともなればその負荷は尋常じゃねぇ」

 

 それこそが答え。ジードとゼロのみならず、ケイもインターバルを要した理由に対しての。

 

「だからこそ、カプセルの冷却時間を稼ぐ必要があったって訳だ。しかし幸運な事に、前の肉体(石狩アリエ)と違って、この肉体は戦う為の力があった。何より――聖杯とかいう、簡単に力を得られる代物もあった。コイツを活かさねぇ手はねぇだろ?」

「……まさか!?」

 

 つまり、ベリアルはカルデアの面々の予想を超え、『カプセルの冷却時間を稼ぎながら』、『ストルム器官で可能な限り聖杯を取り込む』という二つの計画を同時進行させていたのだ。

 

「つっても、あのソロモンだかなんだかとかほざいてやがった奴の邪魔が入ったせいで、聖杯もあまり取り込めなかったが……まぁ、いい。十分に時間は稼げた」

「――ソロ、モン?」

 

 ベリアルの口から唐突に出てきたその名前に、マシュは鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしてしまう。

 何故そこでソロモンの名前が出るのかを問いかける前に、ベリアルの胸元辺りで浮いていたカプセルから立ち昇っていた煙が消えていた。

 

「さて、無駄話もこのぐらいにしておくか。どの道、もうすぐこの世界は俺の手によって終わる。ジード如き、敵では無くなる! それが――運命だ!」

 

 全てを嘲笑うベリアルの高笑いが、ロンドンの街に響き渡る。

 そんなベリアルのフュージョンライズを阻止せんと、サーヴァント達は動こうとするが、吹き荒れる風が更に強まり、その場でとどまっているのがやっとの状態。誰も、ベリアルを止めに行けない。

 

――否、一人を除いて。

 

「ざッ……けんな!」

 

 全身に鎧を纏ったモードレッドが、突き刺していた剣を引き抜く。

 それを見たマシュが「あっ」と声を出す前に、モードレッドは一歩進み、再び剣を地面に突き立てた。

 

「世界を、滅ぼす、だぁ……?」

 

 大きめの瓦礫が、兜の右の角に直撃する。普通の瓦礫であれば傷一つ付かないだろうが、ここまでの戦いで損傷が積み重なってヒビが入っていたからなのか、はたまた瓦礫が『風王結界(インビジブル・エア)』の魔力を帯びていたのか、いずれにせよその瓦礫にぶつかった角が折れ、道路の破片と共に何処かへ飛んで行ってしまう。

 

「つまり……このロンディニウムを、滅ぼすっつぅこったろ……」

 

 また一歩踏み出すと、渦巻く風に乗って飛んできた瓦礫が、右手を強かに打つ。

 

「ンな事、この俺が、させると、思うかよ……!」

 

 また一歩踏み出す。更に強まった衝撃波と共に飛んできた飛礫(つぶて)が身体中に当たり、押し戻されそうになるも、それでもなお耐える。

 

「……何より……何よりよ……うがっ」

 

 一際大きな瓦礫が、モードレッドの頭部を兜越しに打ち据える。

 その衝撃の強さたるや、兜を吹っ飛ばし、中のモードレッドが口や額から血を流し、頬にも青い痣が出来ている程だ。

 しかし、モードレッドは決して立ち止まらない。

 

「我が父上の……アーサー王の顔で! 口で! 声で! 王を侮辱するような真似は、俺がぜってぇ許さねぇ!」

 

 アーサー王の肉体を操るベリアルに対する、激しい怒り。

 他ならぬアーサー王に、このロンディニウムを滅ぼさせてはならないという忠義。

 そして何より、ロンディニウムを守らねばならないという、騎士故の使命感。

 ボロボロになった彼女を突き動かすのは、言うなれば騎士としての矜持のようなものだった。

 

「っ、モードレッドさんッ!」

「アイツ、無茶しやがる……!」

 

 満身創痍で進み続けるモードレッドを気遣うマシュと金時だったが、それぞれが後ろに庇っている状況の為に、彼女の元に向かえないでいた。

 

「ほぉ。随分と骨があるじゃねぇか。だが――これで終わりだ」

 

 しかし、ベリアルは無情にも、装填ナックルにカプセルを装填し、ライザーにリードさせる。

 

 

 

 

『オルタナティブフュージョン・アンリーシュ!』

 

『ストルム星人!』

 

『アルトリア・ペンドラゴン オルタ!』

 

『ウルトラマンベリアル! オルタナティブ!』

 

 

 

 

「じゃあな」

 

 邪悪の笑い声が木霊し、ベリアルを中心として渦巻いていた黒い風が集まったかと思うと、黒い魔力の奔流となって爆発的に広がり、赤雷が迸る。

 

「ぐ、あァァ!!」

 

 何とか耐えようとしていたモードレッドだったが、5秒と経たない内に、地から足が離れる。彼女の鎧の重みも、膨れ上がる暴力的な魔力の嵐の前には、道端の石ころのようなものでしかなかった。

 

 そして、最後の支えであった剣も、地面ごと引っこ抜け、モードレッドの小柄な体が吹っ飛ばされてしまう。

 

(クソ……俺は……)

 

 その胸の内で、悔恨の念が去来する。せめて、せめて一矢報いてやりたかったのに。

 

「モードレッドさん!」

「クソ! 届かねぇ!」

「って、ちょっとちょっと! 私達もやばくないですかコレ!?」

 

 マシュと金時が、吹っ飛ばされるモードレッドを捕まえようとするが、その手は空しく風を掴むだけで。

 逆に彼らの身体も宙を舞う。

 

――嗚呼、彼らの命運は、彼らの人類史を守る戦いは、これまでなのか?

 

 

 

 

「―――――!!」

 

 

 

 

 そんな時、聞き覚えのある声が聞こえた、気がした。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……行かなくちゃ」

 

 ベリアルのフュージョンライズが見えた瞬間、リクは駆け出そうとするが、それをマスターの少年が腕に巻いた通信装置越しに、ロマンが引き留める。

 

『駄目だ! まだ20時間は経過してないんだぞ!? 今行ったって変身できない! あと3分、あと3分なんだ! こらえてくれ!』

 

 ロマンの必死な声に、リクはほんの一瞬立ち止まる。そして、背後にいるマスターの少年を一瞥すると、すぐに正面へ――絶望の渦へと駆け出す。

 

 後3分。たった3分であれば、誰だって待つだろう。

 

――しかし、彼らはウルトラマンだ。

 

「ジーッとしてても――」

 

 目の前に苦しんでいる人がいるならば。守りたい大事なものがあるならば。見過ごせない邪悪がいるならば。

 

「――ドーにもならねぇ!」

 

 闘志が。希望が。光が。そして何より――

 

 

「決めるぜ! 覚悟!」

 

 

――最後まで諦めないという覚悟があれば、ウルトラマンは為に、不可能を可能にするのだ。

 

 

 その時、ポケットの中のウルトラマンキングのカプセルが煌く。それに呼応するように、走りながら装填されたウルトラマンカプセルとベリアルカプセルが起動し、光を放つ。

 

『フュージョンライズ!』

 

『ウルトラマン!』

 

『ウルトラマンベリアル!』

 

『ウルトラマンジード! プリミティブ!』

 

 走るリクの姿が光に包まれ、そこに二人の巨人――光と闇の巨人のシルエットが重なる。

 

 やがて、光は二人の巨人それぞれに似た姿形を取り、巨大化していく。

 

 光が本来の大きさにまでなった頃、そこに飛んできたサーヴァント達を、光から伸びた大きな手が、優しく受け止めた。

 

「あ、あれ……痛く、無い?」

「一体どうなって……」

 

「……あ、あ?」

 

 意識が飛びかけていたモードレッドは、目蓋越しに差し込まれる強い光を受け、薄っすらと目蓋を開く。

 困惑するサーヴァント達が見上げれば――そこには彼らを見下ろす、吊り上がった青い瞳の銀色の巨人がいた。

 

「これは――」

 

 巨人に助けられ、更には手の上に乗るという初めての体験に、流石のアンデルセンも開いた口が塞がらず、しかし言葉も出てこない。

 そして、マシュはその姿に、かつて本で見た仏の優しい顔をオーバーラップさせていた。

 

「…………」

 

 巨人は無言のまま頷くと、ゆっくりと彼らを背後の地面に降ろし、ベリアルへと向き直る。

 離れたところにいるマスターの少年からも、その様子ははっきりと見えていた。

 

 まるで、サーヴァント達を、マスターの少年を背に守るように立つその姿に、リクの姿だった頃にはない神聖さを感じる。

 

(……でも)

 

 同時に、少年は彼がそういった類の存在でない事も、重々承知していた。

 決して、彼を侮辱するような意味合いなどではない。

 彼もまた少年と同じように、大切な誰かを守りたいという一人の人間なのだと、そう感じたに過ぎない。

 

『……これは予想外だったな。お前がフュージョンライズするには、もう少し時間が必要だと思っていたんだが』

 

赤と銀の巨人の前には、半人半馬の異形の怪物となったベリアルが、首をゴキゴキと鳴らしながら待ち構えていた。

 余裕綽々といった態度を崩さない、そんなベリアルの胸のカラータイマーが、怪しげな白い光を発している。

 

『父さん……いや、ベリアル』

 

 ベリアルを前にし、巨人、ウルトラマンジードは足を開き、姿勢を低くする。

 そして、右手を前に、左手を顔の横辺りに、それぞれ拳を握らず、さながら獣のように爪を立てて構える。

 

『ここからは、僕が相手だ!』

 

 そう宣言するやいなや、ジードが駆け出す。

 

 父と子の、第二ラウンドが幕を開ける。




ガバガバなプロットのせいで話が全然完結出来ないでいるのは私の責任だ。だが私は謝らない(KRSM並感)





嘘ですごめんなさい(土下座)



尺の都合上、かなりガバガバな感じになっちゃってるので、ここで挿入するはずだったシーン(所謂DC版の未公開シーン)を箇条書きでお送りします。

・気絶したリクを運んできたカルデアの面々が、彼の身辺調査を行う下り。ここで、英霊でも無ければ、ただの人間でもない事が明確になる(タダ者ではない事は、ジードからリクに戻った時点で何となく分かっていた)

・リクとカルデア一行、現地の人々やサーヴァント達との会話パート。今回はモードレッドとの会話しか書けてないものの、ぐだおとの会話や、金時を見てびっくりするシーンも一応あった。

・モードレッドの宝具を受けてから、変身を解除するベリアル。妙に痛むものの、単純にまだダメージが残っているからと考え、アルトリアの持つ知識から聖杯の事を知る。

・ベリアルとサーヴァント達の戦闘シーン。やはり尺の都合(と作者の文章力と構成力の問題)により、そんなに壮絶な戦いをやってるように描写できなかった問題のシーン。実際はベリアルの攻撃も凄まじく、全員が消耗していた。



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運命の叛逆者達【結】

大変永らくお待たせしました…大分話にガバがあったので、二万字を越えた辺りからどうしようかと悩んでいましたが、悪戦苦闘しつつ、約三四千万字でようやく完成しました。…他の事やってたり、怠けてたのもありましたが、結果的に完結出来たのでお兄さん許して(土下座)

あ、後書きはまた別に纏めます。


「ハァッ!」

 

 先手を打ったのは、ジードだった。

 マスターの少年がモードレッドの介抱を始めたのを確認すると同時に、ロンドンの街を駆けだし、一気にベリアルへと距離を詰めたジードは、そのまま飛び上がると、膝蹴りを仕掛ける。

 

 この最初の形態(プリミティブ)では野性的な戦闘スタイルを最も得意としている。

 そして、彼が度々使うのが、この跳び膝蹴りであった。

 

 だが、その跳び膝蹴りはあっさりと防がれてしまう。

 しかし、ジードの攻撃は止まらない。

 膝蹴りした側とは逆の脚でそのまま横薙ぎに蹴り込む。

 それも、ベリアルが片手で防ぐ。

 

「どうした、その程度か? なら――今度はこっちの番だ」

 

 ベリアルは防いだその手で、ジードの足をむんずと掴むと、そのまま宙に浮いたジードを振り回す。

 

 そして、何周かさせたところで、その手を離し吹っ飛ばす。

 

「グッ――!」

 

 吹っ飛ばされたジードだが、最初に現れた場所から更に離れたところで体勢を立て直し、ウルトラマンの持つ飛行能力の応用で制止する。

 

「そぉら、どんどん行くぞ!」

 

 そんなジードに、ベリアルは右手の平を向けると、そこから容赦なく闇の光弾を放つ。

 その内の数発がジードの身体に命中。衝撃と共に激しい火花を散らすと、そのままジードの身体が地面へと叩き落されてしまう。

 恐らくは牽制の意味も込めて放たれたのだろうが、それにしてはかなりの威力だ。

 

(まさか、これが聖杯の力!?)

 

 魔術師どころか、その関係者ですらないジードでは、推測でしか物事を計れない。

 だが、油断できない事は確かだ。

 

(あの攻撃に耐えるには――!)

 

 未熟ながらも、数々の激闘を潜り抜けてきたリクの脳が、直感的にこの場における対抗策を考えだす。

 

「燃やすぜ! 勇気!」

 

『ウルトラセブン!』

 

『ウルトラマンレオ!』

 

『ウルトラマンジード! ソリッドバーニング!』

 

 瞬間、ジードの身体が赤い光に包まれ、更に炎が噴き出す。

 炎と光の中で、ジードの肉体が、まるでロボットのように硬質なものへと変わっていく。

 光が収まると、そこには先程までのジードとは違う、赤い身体に銀の装甲を纏った闘士が立っていた。

 

「姿が変わった!」

「へぇ! かっけぇじゃねぇかよ! メカニカルで!」

 

 サーヴァント達とマスターの少年が見守る中、堅牢なる鎧の闘士――ソリッドバーニングに変わったジードは、腕を前で交差させ、そのまま持ち上げると、頭の横に腕を持ち上げ、肘を直角に曲げる。

 そうして動く度に、全身のバーニア部から排熱作業が行われ、胸部の銀のプロテクターが閉じられる。

 

 そこに、ベリアルが光弾を撃ち込む――が、ジードは身体のプロテクターで光弾をあっさり弾いた。

 

 ソリッドバーニングは、その名にもある通り硬い(ソリッド)ボディーが特徴的な形態である。

 そして、同時にその硬さを武器にした接近戦を最も得意とするのだ。

 

「サイキックスラッガー!」

 

 ジードは、頭頂部に備えられた刃――ジードスラッガーを取り外すと、ベリアルに向かって投擲。

 当然、ベリアルはそれを防ぐべく構えるが――スラッガーは予想に反し、ベリアルの目の前で上へと飛んでいく。

 

「何!?」

 

 見上げてみれば、既にジードがバーニアを噴射させ、上空に躍り出ていた。

 そのまま、ウルトラ念力で自分の方へ飛ばしたジードスラッガーを、右腕部のプロテクターに接続させる。

 

「ブーストスラッガーパンチ!」

 

 そのまま重力に逆らう事無く、寧ろバーニアの噴射により加速落下しながら、ジードスラッガーの装着された右腕が振り下ろされる!

 

「その程度の小細工がァ!」

 

 対するベリアルは、右手にロンゴミニアドを呼び出し、これを迎撃する。

 突き出されたロンゴミニアドを回避できず、胸から左肩にかけて槍の穂先を受けてしまうが、プロテクターによって可能な限りダメージが軽減されていたジードは、そのままジードスラッガーでベリアルを切り裂く。

 だが、こちらも斬り込みが浅かったのか、ベリアルは余裕そうに空いた左腕で殴り、ジードを跳ね除ける。

 

「ぐァッ!……まだだ!」

 

 跳ね除けられたジードは、接続されていたジードスラッガーを取り外すと、ベリアルに向かって再度投擲。

 これもロンゴミニアドで弾かれるが、ジードの狙いは別にあった。

 

 すぐさま、ジードは右手のプロテクターを展開させると、そこにエネルギーが集中していく。

 

「ストライクブーストォ!」

 

 そして、突き出された拳と共に、チャージされたエネルギーが炎を纏うエメラルドの光線となって放出され、ベリアルに向かって一直線に飛んでいく。

 

……しかし、それすらもベリアルは、先程ジードスラッガーを防いだ時のように、ロンゴミニアドを構える事で易々と防ぎきる。

 

「どうした? まだ本気じゃねぇだろ?」

「……僕は、いつだって本気で、全力だ!」

 

 手加減をする余裕のあるベリアルとは違い、立ち向かう側のジードはいつだって本気で戦っている。

 圧倒的な力と経験を備えた王であるベリアルに対し、そのどちらも持たないリクは、あるもの全てを使って戦わなければならないから。

 更に、ウルトラマン特有の時間制限もあり、全力でかつ、エネルギーの管理に慎重になって戦わねばならない。

 

(ベリアルの挑発に乗っちゃだめだ。けど、あの槍の前じゃ、僕の攻撃が通用しない……それなら!)

「見せるぜ! 衝撃!」

 

『ウルトラマンヒカリ!』

 

『ウルトラマンコスモス!』

 

『ウルトラマンジード! アクロスマッシャー!』

 

 硬いだけではロンゴミニアドの防御を貫けないと判断したリクは、すぐさまカプセルを交換。

 ジードの身体が穏やかな光に包まれたまま、宙を舞う。

 そして、ジードを覆っていたプロテクターが無くなり、炎の如き紅のボディーが、海のような蒼に染まっていく。

 

「今度は、青い姿?」

「ああいうのなんて言うんだっけな……エイリアン?」

「あら、スマートな感じで私は好きですよ? まぁ一番はあの方ですが」

 

 土砂も巻き上げず、まるで羽毛の如き軽々しさで静かに着地したジードは、青と銀の姿になっていた。

 玉藻の言う通り、先程のソリッドバーニングとは打って変わり、流曲線を描くスタイリッシュな姿形をしている。ソリッドバーニングが剛を示すなら、こちらは柔だろう。

 

 軽い身のこなしとスピードを武器とする青き衝撃の戦士――アクロスマッシャーに変わったジードは、変身と同時に右腕の甲から光の剣――スマッシュビームブレードを。左手には青い爪のような武装――ジードクローを装備し、二刀流のスタイルを取る。

 

「行くぞ!」

 

 掛け声と共に、ジードが宙を駆ける。

 あっという間に目にも止まらぬ速度まで加速したジードのスピードに、流石のベリアルも目が追い付かない。

 

 プリミティブでは、ベリアルの光弾を避けられない。

 ソリッドバーニングでは、光弾を防ぐ事は出来ても、ロンゴミニアドの防御を突き崩す事が出来ない。

 

 ならば、光弾を避けられ、なおかつベリアルが動くよりも早く攻撃を加えればいい。

 

「ハァッ!」

 

 高速で飛び回りながら、ジードは光の剣と二本の爪で、360度あらゆる角度からベリアルに斬りかかる。

 正面かと思えば後ろから。左から来ると思った次の瞬間には右から。

 ジードの持つ形態の中で随一のスピードを誇るアクロスマッシャーならではの戦い方である。

 

――しかし、アクロスマッシャーにも弱点はある。

 

「フン、痒いな」

 

 一つは、前の二形態と比較すると、攻撃の面では劣る事。

 アクロスマッシャーを構成するウルトラマンの片割れ、コスモスは、慈愛の勇者と呼ばれている。

 意思ある怪獣を倒すのではなく、落ち着かせて元の生息域へと返す。

 コスモスの基本形態であり、カプセルにもなっているルナモードは、彼が慈愛の勇者と呼ばれる所以の一つであり、ウルトラマンコスモスを象徴する姿でもある。

 そんなコスモスの力を使っている事もあり、光の剣を操るヒカリの要素を除けば、アクロスマッシャーは基本的には相手を傷つけない技を持つ。

 

 破壊力を持つものの、基本的には相手を別の場所へと吹っ飛ばすのが目的の衝撃波光線、アトモスインパクト。

 興奮する怪獣を鎮める為に使われる、スマッシュムーンヒーリング。

 

 ダメージを前提とした攻撃手段は、もう一本のカプセル、ウルトラマンヒカリの力と、ジードクローによるものが多い。

 普通の怪獣であれば十分通用するが、ベリアル相手ではそうもいかない。長きに渡り因縁のあるゼロですら苦戦は必至なのだ。

 

「それなら! コークスクリュージャミング!」

 

 ジードのインナースペースで、リクがジードクローのトリガーを二度引く。それに合わせてクローの刃が回転。

 そして外のジードがクローを天高く掲げると、ジードがさながら独楽のように高速回転を始める。

 更に、右腕を真っ直ぐ右に伸ばす事で、独楽から回転する光刃が生え、ジードはその状態を維持したまま、ベリアルへと突っ込む!

 

「うるァ!」

 

 突っ込んでくる光の独楽を前に、ベリアルがロンゴミニアドに黒い風を纏わせると、渦巻く風が聖槍を覆い、極太の風の槍と化す。

 そして突き出された黒風の槍と、光の独楽が激突する!

 

 

 

 

「ぐ――あァァァ!!!」

 

 

 

 

 競り勝ったのは――ベリアルだった。

 

 豪、と吹きすさぶ突風が、ジードの身体を貫く。

 風に巻き上げられたジードは、そのまま建物の一つを壊しながら地面に落下。背中を強かに打ったジードは、その衝撃で肺から空気を吐き出し、苦悶の声を上げる。

 

 苦しむジードを、ベリアルが見下ろす。

 

「オラ、どうした。まだ戦いは、終わっちゃいねぇだ……ろ!」

「――ッ、がァァァ!!?」

 

 ジードの元へと悠々と歩いてきたベリアルは、そのままジードを踏みつけ、グリグリと蹄で腹部を抉る。

 ジードが必死にもがくも、今の彼では脱出するには力不足。

 

「ぐぅッ……まだだ! 守るぜ! 希望!」

 

 インナースペースで苦しむリクは、なんとか声を絞り出し、カプセルを交換する。

 

『ウルトラマンゼロ!』

 

『ウルトラの父!』

 

『ウルトラマンジード! マグニフィセント!』

 

 更なるフュージョンライズを行い、ジードの身体が三度輝く。

 輝きの中で、ジードの身体に更なる変化が起こる。

 細身だった肉体は、見る見る内に筋骨隆々になり、頭部からは2本の立派な角が生える。

 

「オオォッ!」

 

 雄々しき雄叫びと共に、ジードはベリアルの足を掴むと、アクロスマッシャーだった頃とは打って変わり、軽々とその巨体を持ち上げた!

 持ち上げられた事で、ベリアルは体勢を崩し、そのままジードに乱暴に投げられてしまう。

 

「クッ……やはりお前が邪魔立てするか、ケェェェンッ!」

 

 立ち上がる光が消え、そこには上半身を騎士の甲冑の如き鎧に包み、まるで神話に登場するトライデントのように伸びた立派な角とトサカが特徴的な戦士が立っていた。

 

「いままでの姿とは、何か違う……」

「なんて言うんだろう……そうだ、父の背中っていうのかな。頼りがいのある感じというか」

「……父、か」

 

 マスターの少年の言葉にどこか思うところがあったのか、モードレッドはジードの――リクだった頃には想像もできなかった――あまりにも大きなその背中を見つめる。

 

 崇高なる戦士――マグニフィセントの姿になったジードは、拳を固く握りしめると、堂々とした足取りで、真正面からベリアルの元へと向かって行く。

 

「ああ、クソが! その姿を見ているだけで、イライラが止まらねぇ!」

 

 その姿に、かつての戦友にして、憎悪の対象であるウルトラの父――またの名をウルトラマンケン――の姿を重ね、ベリアルは激昂し、先程放った光弾よりも一回り大きな光弾を生成。

 それを多数作り、一斉にケンの姿をしたジードへと発射する。

 

 無数の迫りくる破壊光球を前に、ジードは使用しているカプセルの一つであるウルトラの父が用いるアイテム、ウルトラアレイに似た光を正面に出すと、それを高速回転させる。

 高速回転する光のアレイが伸び、身体の前面ほぼ全てを覆う光の盾、アレイジングジードバリアとなる。

 ジードは、バリアを張ったまま前進。バリアに破壊光球が衝突するが、バリアはこれを難なく防ぐ。

 そして、一定の距離まで詰めたところで、ジードはウルトラホーンに電撃めいたエネルギーを漲らせると、頭を振るう。

 漲っていたエネルギーは解放され、さながら電撃の鞭のように振るわれる。

 

 電撃光線、メガエレクトリックホーンがベリアルに直撃し、その皮膚を焼くが、さして効いてもいないのか、逆に左手の爪で攻撃を仕掛けてくる。

 ジードは一切防御せずこれを受けるが、上半身のアーマー状のボディーは伊達ではなく、ジードもまた全く怯む事無く、左の拳でベリアルの顔面を殴る。

 更に、続けざまに右腕から発せられる高周波ブレードの如き斬撃が、ベリアルの胸を切り裂く。

 だが、ベリアルも負けじとロンゴミニアドでジードの首を打ち据える。

 

 そこから続く、不毛な殴り合い。

 今のジードの形態は、言ってみれば素早さを下げて防御と攻撃にステータスを振ったソリッドバーニングとでも言うべき姿である。

 それ故なのか、基本的にマグニフィセントの戦闘スタイルはカウンターが主体となっている。

 ソリッドバーニングのようにジェット噴射によって威力を上げるといったような事は出来ないが、素の攻撃力の高さと、ソリッドバーニング以上の頑丈さでそれをカバーしているのだ。

 そして、打たれ強さの点で言えば、今のベリアルもマグニフィセントに負けず劣らずといったところだろう。

 何せ、文字通りの馬力はさることながら、聖杯とストルム器官を使った能力ブーストで、かつてフュージョンライズしたキメラベロス以上の膂力を獲得しているのだから。

 

 掴む。掴んだ腕を引き剥がす。頭突きをかます。腹に一撃を加える。両手を合わせて、ハンマーのように頭部を殴る。風の魔力を操り、風の刃で切り裂く。負けじと、光の十字手裏剣で切り裂く。

 

 それはさながら、終わりの見えないボクシングのインファイト。どちらが音を上げるかの勝負だ。

 

 地上で見守るサーヴァント達も、固唾を飲んでこの戦いの行く末を見守る。

 

 

 

 

――その均衡が破られたのは、ほんの数秒後の事だった。

 

 

 

 

(ッ! カラータイマーが!)

 

 ジードのカラータイマーが、青から赤に変わり、点滅を始める。

 ウルトラマンとしての制限時間が迫りつつあったのだ。

 途端に、ジードの身体に今まで無理をした分の疲労感が押し寄せる。

 元々、変身可能時間になる前に変身できたのが奇跡だったのだ。その足りないエネルギーを、ウルトラマンキングのカプセルから発せられる光が補っていたが、それも限界らしい。

 

――これ以上戦いを長引かせられない。

 

 ウルトラマンジードという肉体の器から漏れ出、今にも霧散しそうになっている光のエネルギーを、リクは精神力だけで器に押し込めながら、ベリアルから距離を取る。

 そして、腕をL字に組み、エネルギーを腕へと集中させる。

 

「……ビッグバスタウェイ!」

 

 そこから放出されたエメラルドの破壊光線、ビッグバスタウェイが、ベリアルへと殺到する!

 

「しゃらくせぇッ!」

 

 対するベリアルも、ロンゴミニアドを横に構え、空いた左手を支えるように構えると、左手の平をジードへと向ける。

 そして、一気にエネルギーを解放し、闇の光線、デスシウム光線を発射。

 

 丁度中ほどのところで、光と闇が激突!

 

「う――ああァァァァ!!!!」

 

 ジードが、リクが吠える。

 あまりにも強大なエネルギー同士のぶつかり合いは、膨大な熱量と見えない波動を発しながら、かなりの重量を誇るジードの身体を後ろへと追いやり、踏ん張る足が地面に埋まりながら捲れ上がる。

 

 しかし、それでもなおベリアルは強かった。ベリアルの闇が、ジードの光を圧し始める。

 

「う、ぐあぁぁぁ!!!?」

 

 ここに至るまでで、蓄積されていたダメージが限界に達してしまったのか、それとも心の片隅に現れた、ほんの一かけらの諦めのせいか。

 いずれにせよ、光線同士の鍔競り合いは完全に押し切られ、ジードは光線の奔流を受けて吹っ飛び、盛大に土砂を巻き上げながら仰向けに倒れる。

 

 光線同士のぶつかり合いとは、言い換えれば相反するエネルギー同士のぶつかり合いだ。

 どちらかの光線が弱ければ、そもそもぶつかり合いにはならない。強いエネルギーの奔流に、弱いエネルギーが飲み込まれるだけ。

 

 少なくとも、ビッグバスタウェイと現在のベリアルのデスシウム光線はほぼ同等の威力であった。

 そこに決定的な差があるとすれば、それは各々が内包するエネルギー量だろう。

 

「ジード。お前は、ウルトラマンとして確かに強くなった。……だが、所詮ウルトラマンは、強大な力を持っていようが、普通なら消耗する以外無い」

 

 ウルトラマンという存在は、この地球で言えばサーヴァントの在り方に近しいものがある。

 一度現出すると、基本的には内包したエネルギーを消費する一方である点。

 エネルギーを失う事は、死とイコールである点。

 方法次第では、そのエネルギーの消耗を防ぐ事が出来る点。

 

「ウルトラマンの力の源は、光だ。それは即ち――光無くして、ウルトラマンは長く活動する事は出来ない」

 

 かつて、ベリアルがウルトラの星を照らす光の源であるプラズマスパークを奪った時、そこから発せられる光(と、その光に含まれるディファレーター光線)に満ちていた国は一瞬にして氷に閉ざされ、数多くいたウルトラマンのほとんどが氷漬けになってしまった。

 更に、バリアを張って身を守っていた初代ウルトラマンとセブンも、光を失った事で変身ができなくなってしまっていた。

 精神的なものであれ、物理的なものであれ、光が供給されなければ、ウルトラマンはその名の通りの超人としての力を振るう事が満足にできなくなるのだ。

 

「だが――今の俺には、ストルム器官と、そして聖杯がある。サーヴァントってのもいいもんだな。魔力さえありゃあ、幾らでも活動できるんだからよ」

 

 対して、サーヴァントの力の源である魔力は、供給源が多彩だ。

 自然界に存在する魔力、マナ。マスターや人間が内包する魔力、オド。大まかに分けて魔力にはこの二つが存在するが、その他にも供給手段は存在する。

 例えば、聖杯戦争が行われる理由である聖杯。聖杯戦争で用いられる聖杯は、魔術師が構築したシステムと連動し、英霊にサーヴァントとしての魔力的な肉体を与える。これ自体もかなりの魔力が宿っている事もあり、手にすれば多大な魔力を手にする事が出来る。

 例えば、カルデア。ベリアルが今ストルム器官と聖杯でやっているのと同じで、カルデアは電力を魔力に変換し、サーヴァント達に魔力を供給している。

 他にも人間のような食事、更には人間の精神や魂を喰らう事でも魔力が補充可能(後者に至っては、英霊の性質上、自身の強化すら可能)と、非常に幅が広い。

 存在するだけで莫大なエネルギーを喰うという点ではウルトラマンはサーヴァントと似ているが、上記の通りの供給源の多彩さに加え、受肉すれば(リスクは伴うが)自発的に魔力を生み出せるという、ウルトラマンにはない特性も持っているのだ。

 

「エネルギーが尽きるのを待つばかりのお前と違って、俺はストルム器官さえあれば、半永久的に活動できる! そして、聖杯と、大気中の魔力の変換によるブースト! 諦めろ、ジード。ゼロも、ケンも、ましてやキングの助けも無い今のお前に、勝ち目は万の一つたりとも無い」

「……まだ、まだァ!」

 

 その声に、ジードがよろめきながらも立ち上がる。リクの今だ尽きない闘志が、今にも崩れ落ち、光の粒子となって消えてしまいそうなジードの肉体を辛うじて維持していた。

 そして、リクは最後の札を切る。

『ウルトラマンベリアル!』

 

『ウルトラマンキング!』

 

 黒き王と光の王のカプセルがジードライザーにリードされたと同時に、ジードライザーから虹色の光が溢れ、王の杖の如き剣が錬成される。

 

『我、王の名の元に!』

 

「変えるぜ運命!」

 

 錬成された剣にウルトラマンキングのカプセルを装填したリクは、掛け声と共に杖の柄にあるV字状のクリスタルに触れる。

 

『ウルトラマンジード! ロイヤルメガマスター!』

 

 これまでの形態には無かった黄金の光が、ジードの身体を包み、屈強なマグニフィセントの身体を書き換える。

 

 頑強なる銀の鎧は、王気を纏う黄金の鎧になり、黄金の腕甲(ガントレット)となり、黄金の(ベルト)となり、黄金の脛当て(グリーヴ)と靴になる。

 頭部の威厳ある角は消え、代わりに側頭部が獅子の(たてがみ)のようになり、頭頂部には黄金の王冠が被せられた。

 

 纏う黄金の光の粒子が広がると、中からぶわりと、赤い裏地の黄金のマントが翻る。

 

「おお、あれこそは王の姿!」

「あら、綺麗」

「……あれが、アイツが運命を変えた姿、か」

 

 黄金の粒子が降り注ぐ中、サーヴァント達の視線の先で、高貴なる王の姿――ロイヤルメガマスターにフュージョンライズしたジードが降り立つ。

 高貴にして優雅。余裕ある姿を見せるジードだが、黄金の鎧と一体化したカラータイマーは、相変わらず彼の活動限界が近い事を警告していた。

 

「一気に決める! スラッガースパーク!」

 

 フュージョンライズ完了と同時に、リクはフュージョンライズにも用いた、王の杖の如き剣――キングソードに、ウルトラセブンのカプセルを装填し、再びクリスタルに触れる。

 キングソードがカプセルからウルトラセブンの力を引き出し、刀身にエネルギーが集中していく。

 ジードはキングソードを正面に構えると、集中したエネルギーがスパークに変わったと同時に、横凪に振り抜く。

 振るわれたキングソードの刀身から、ウルトラセブンの愛用する武器、アイスラッガーに酷似した巨大な刃が生成され、回転しながらベリアルの身体を両断せんと迫る!

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「……まずいな」

 

 マスターの少年が、冷や汗を流し、苦々しい表情を浮かべながら、ジードの攻撃を見守る。

 巨大な刃による攻撃は、既に防がれた。ベリアルがロンゴミニアドを地に叩きつけ、巻き起こった黒い風が刃の威力を減衰し、そのまま弾いてしまったのだ。

 しかし、ジードは諦めず、次なる攻撃として縦に幅広い光刃を放つが、これも弾かれ。

 

 気付けば、また至近距離での攻防が始まる。

 

「今のリクさんは、私達で言えば魔力の供給無しで、限られた魔力で戦っている状態、なのですよね」

「しかも、宝具も乱発してな。全く。俺ですら執筆の時は自分の体力を見極めてやっているというのに」

 

 マシュとアンデルセンの指摘の通り、今の状況は思わしくない。ジードは短期決戦を強いられる一方で、ベリアルは時間を掛ければ掛ける程に強くなる。

 ただでさえ強いのが、今この一瞬も強くなっているなど、正直考えたくもない。

 

「せめて、ベリアルの持つ聖杯をどうにかできればいいんだけど……」

「つってもな、大将。今の状況じゃ、俺達じゃどうにもできねぇぜこりゃ」

 

 そう言いながらも、金時も渋い顔を見せる。自分も助けに入りたいのだろうが、悲しいかな、戦いのスケールがあまりにも違い過ぎる。

 

『……僕らが今出来る事はと言えば、彼らの戦いを見守る事と、それから分析する事ぐらいだ』

『そして、現在はっきりしている事が一つ。『ストルム器官ずるくない?』って事だけだね。……いやホントふざけてるよなこの器官! なんだよ、位相反転って! 解釈次第で万能どころじゃなくなるんじゃないかこれ!?』

 

 いつものような困り顔でロマンが頭を掻き、ダ・ヴィンチはベリアルの持つ位相反転器官の万能さに憤慨していた。

 ダ・ヴィンチが怒るのも無理もない事だろう。

 ゼロの持つウルティメイトイージスのように、他の宇宙でも活動を保証してくれるというレベルではない。

 ストルム器官の位相反転能力は、今のベリアルのように魔力を自らのエネルギーに変換するだけでなく、物理的な攻撃を弾く障壁(バリア)という形で具現化させる事もできれば、伏井出ケイの他に生き残っていたストルム星人がやったように姿そのものを別の物に変えたりといった事もできるなど、恐ろしく幅広い用途を誇っているのだ。言ってみれば、解釈次第でいかようにも使える万能器官である。軽くあまねくエネルギー関連の法則はおろか、サーヴァントシステムにも喧嘩を売っていると言っても過言ではない。

 

――しかし同時に、何か突破口を見出すには、このストルム器官をどうにかしなければならない。

 

「……あれ?」

 

 ふと、マシュが疑問の声を出す。

 

「どうかした? マシュ」

「あ、いえ。ほんの些細な疑問でしかないのですが――」

 

 そんなマシュの些細な疑問が、微かではあったが、人理を守らんとする者達に一筋の光明を見出させた。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「う……ぐぁ」

 

 高貴なる王の鎧を纏っていた光の巨人は、無様にも力なく地に伏せ、土にまみれていた。その姿は、大ダメージによって既に最初の姿へと戻ってしまっていた。

 

「手こずらせやがって」

 

 破壊をもたらす黒き王は、そんな巨人を、何の感慨も抱く事無く見下ろす。

 

 ジードは、既にエネルギーのほぼ全てを使い果たしていた。最早、最強の技(ロイヤルエンド)を放てるだけのエネルギーは無い。

 胸のカラータイマーの点滅が激しくなる中、こうして姿だけでも保てているのは、リクに残された希望や闘志が、まだ前向きに働いている為だった。

 

 だが、それは言い換えれば、絶望までの時間を先延ばしにしているだけに過ぎない。

 

「もういい。()()は終わりだ。――消えろ」

 

 遊び。先程までの命懸けの戦いを、黒き王は遊びだと断じた。

 より正確に言えば、力試しや実験と言った方が正しいだろう。

 今まで扱った経験のないカプセルの使用に、聖杯からの供給でどれだけ戦えるのか。

 

 ベリアル自身、今の形態(オルタナティブ)にはアトロシアスに匹敵するような力を感じられなかったが、それ以上に目を見張ったのは、その成長力。

 アトロシアスが生命体として完成された存在とするなら、オルタナティブは未熟ながら、成長速度の凄まじい幼子。

 それこそ、たったの19年――より正確に言えば1年足らず――で歴戦のウルトラ戦士にも劣らない実力を手に入れた、ジードのように。

 

(もう、駄目、なのか……?)

 

 ジードは、血反吐を吐く事は無い。だが代わりに、彼の身体から光の粒子が漏れ出す。

 その粒子こそは、彼の血のようなもの。それが身体から失われれば、ジードは肉体を維持できず、再び20時間のインターバルを待たなければならなくなってしまう。

 

(そんなの、駄目だ!)

 

 何故、20時間が完全に経過したわけでは無かったのにフュージョンライズ出来たのか。そこには小難しい理由や理屈はなく、ただ願いだけがあるのだ。

 例え違う世界であろうとも救ってほしいという、その身を呈して宇宙を救ったウルトラマンキングからの願い。

 それは、キングだけの願いではない。カプセルという形で力を貸してくれるウルトラマン達の願いでもあり、外ならないリク自身の願いでもある。

 

(立ってくれよ、僕の足! 僕が、僕が皆を守らなきゃ……!)

 

 傷つき、疲弊したリクの中には、未だ尽きない使命感が燻っていて。

 しかしウルトラマン故の制限が、その使命感を空回りさせていた。

 

「これで最期だ。この街諸共、消し去ってやる」

 

 黒き王が、禍々しき輝きを放つ聖槍を掲げる。聖槍が以前にも増して風を纏い、やがて赤い稲妻を帯びる。

 これが振り下ろされれば、ジードはおろか、このロンドンの街が消し飛ぶだろう。

 

 その時だった。

 

 

 

 

「――ォオオオオッ!!!」

 

 

 

 

 雄叫びと共に、建物の屋根を飛びながら、ベリアルに接近する金色の人影。

 

「……! あれ、は!」

 

 背中に担ぐ、金色の大斧。その身に雷を纏い迫るは、かつて雷神により産み落とされたとされる日本の英雄。

 

「喰らいやがれェ! 必殺(ひっさァつ)!」

 

 金太郎こと坂田金時が、建物の屋根を砕きながら飛び出す。

 その手に持ったマサカリが、紫電を纏う。

 

「『黄金(ゴールデン)――衝撃(スパァァァク)』ッッ!!!」

 

 金時の必殺の一撃が、ロンゴミニアドを放つ準備段階に入ってがら空きだったベリアルの頭部に炸裂する!

 

「うぬッ!? ……チッ、この期に及んでェ!」

 

 しかし、その一撃はベリアルにとっては必殺ではなく、僅かによろめかせる程度のみ。

 無駄な足掻きをする雑魚を振り払わんとするが、その前に金時は離脱する。

 そして向かったのは、ラムレイと一体化し馬のようになった下半身。

 

「オラオラオラァ!」

 

 そこに降り立った金時は、我武者羅に斧を叩きつける。

 

「貴様、その程度で……!?」

 

 後ろの金時を睨みつけ、振り落とそうとするが、唐突に前方に現れた気配にベリアルは振り返らざるを得なかった。

 

 マグニフィセントの時のジードのように大きく立派な角を持ち、風にたなびく赤いマントを纏った、赤と銀の巨人。その巨人から感じられるのは、崇高なる意志。

 

「……貴様もこっちの地球にやって来ていたか、ケン!!!」

 

 ケン。またの名を、宇宙警備隊大隊長、ウルトラの父。

 かつてのウルトラマンベリアルの戦友にして、今のベリアルが憎しみを抱く一人。

 

 そして同時に――此処にいる筈のないウルトラマン。

 

 ウルトラの父は、何も言わずマントを脱ぎ去ると、ファイティングポーズを取り、ベリアルへと向かう。

 

「テメェは……俺の手で殺す!」

 

 ベリアルも、頭では分かっていた。空に出来た空間の穴から、何かが現れたような感覚は無かった。ウルトラの父は、どこからともなく、唐突に現れたのだ。

 つまり――本物ではない。限りなく本物に近い何か。

 

 そうだと分かってはいるが――手を出さずにはいられない。この身は、憎悪の化身故に。

 

 

 

 

「そう思いご用意した次第ですが……いやはや、面白いように引っ掛かって下さいましたなぁ!」

 

 そんなベリアルの心情を手に取るように汲み取りながら、それを弄び愉悦に浸るのは、世界に名高き劇作家、ウィリアム・シェイクスピア。

 生前魔術師では無かった彼が戦いで操るのは、劇団と呼ばれる幻影。

 一度望まぬ戦闘となれば、対象者にとって縁の深い人物などを模した幻影で相手を精神的に追い詰めるのが、聖杯戦争における本来の彼のスタイルである。

 

「全く、悪趣味な奴め」

 

 それを不愉快そうに眺めるのは、幼い美少年の外見をしながら、捻くれた厭世家のような男。世界三大童話作家として名を残した男、ハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 彼は、来たるべき時に役割を果たすべく――必死に原稿を書いていた。ご丁寧にカルデアのマスターが用意した下敷きを敷いた、地面の上で。

 

「ハッハッハ、褒めて頂けるのはありがたいですが、ぶっちゃけると見た目以上にキツいですぞこれ! 喋らせなくてもいい、というのは利点ですがね。それ以上に私が呼び出す幻影史上一番デカいし、しかもロクに設定も凝らしていない急ごしらえですから、魔力をバカみたいに食うんですなぁ! が、しかし! 『楽しんでやる苦労は、苦痛を癒すものだ(The labor we delight in cures pain.)』。 いやはや、ジャイアントキリングというのも、たまには悪くない! 尊大な王が足元をすくわれるのを見るのは、胸がスカッとなりますなぁ!」

 

 その言葉通り、シェイクスピアはその達者な口をべらべらと働かせてはいるが、合間合間に荒い息遣いが聞こえてくる。

 しかし悲しいかな。アンデルセンはそんな事知ったこっちゃない。

 

「そうか。では頑張って時間稼ぎをしていろ。俺も急ピッチで作業を進めねばならん。全く、我らがマスター殿は編集者以上の厄介者だ」

「そうは言いつつも、貴方もなんやかんやで楽しんでおられるのでは?」

 

 シェイクスピアにそう指摘され、アンデルセンは不愉快そうな表情を浮かべ――る事は無く。

 

「フン……かもな。たまには、頭を空っぽにして書くのも、悪くはない。生まれるのは目も当てられない駄作だが、書くのに苦労はしない。小難しい理屈や、悲劇や、ましてやテーマ性などもいらない。ただ頭の中にある馬鹿みたいに巨大な妄想を書き連ねればいいだけなんだからな」

 

 そう言いながら、作家達は少し前の会話を思い出す。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「何故、ベリアルはストルム器官の能力を、戦闘で使わなかったのでしょうか?」

 

 マシュのその疑問に、全員が目を丸くする。

 

「えっと、聖杯の魔力を変換するって事じゃなくて?」

「はい。リクさんの話によれば、元々の持ち主だった伏井出ケイは、その能力で障壁を形成したりも出来たのですよね? なら、ベリアルもその能力を使えたのではないのかな、と」

「それは――」

 

 マシュのその言葉に、マスターの少年は「そりゃ、こっちを見下してたから」と安直な答えを返しそうになるも、すぐに口を噤むと、思考の海へと自ら潜る。

 

(……確かに変だ。本当に、僕らを見下しているだけの理由で、能力を使わなかったのか?)

 

 ベリアルの尊大な性格ならば、そういった理由もあり得るのだろうが、それでも彼の頭の中で何かが引っかかっていた。

 それに必要なのは、決定的な裏付け。

 

(……考えろ。リクの話から、伏井出ケイとベリアルの違いを見つけるんだ)

 

 伏井出ケイ。ウルトラマンベリアル。ストルム器官を扱っていた二人の違いとは。

 その思考は、やがてベリアルがストルム器官を奪った場面へと移り変わり――

 

「……そうか」

 

 そこで気づいた。ベリアルが位相反転という万能に近い能力を乱発しなかった理由。

 

「気づいたらしいな。俺も娘の話が無ければ答えから遠ざかっていたところだったが」

 

 どうやらアンデルセンは、一足先に気付いたらしかった。人間観察を得意とする彼だ。手掛かりさえあればお手のものだろう。

 

『……あー! まさか、そういう事なのか!?』

 

 次いで、ダ・ヴィンチも声を上げる。

 

『え、何? どういう事?』

「つまりはこういう事だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 最も、奴はそれを策とすら思っていないかもしれんがな、と付け加えながら、アンデルセンはマスターの少年が気づいた真実について代わりに語りだす。

 

「いいか。そもそもの話、俺達はストルム器官という超常の生体機能の能力だけを見聞きして、そして恐れてしまっていた。それこそが、この誤解を生む最大の切っ掛けになった」

 

「加えて、あのベリアルの強さ。おおよそサーヴァントでは太刀打ちできないが故に、その実力差から来る恐怖で、更なる勘違いが生まれた」

 

「この二つの要因が重なり合った事で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「加えて、朝倉リクもまるで気づいていなかったと見える。奴が戦ったアトロシアスとやらがどれ程の強さかは分からんが、その強さが認識を書き換えたと言ってもいい」

 

 それがベリアルの策なのか否か、それは本人にしか分からない。

 はっきり言えるのは、今此処にいる彼らが、力の差を理解できる者達だったが故に起きたミスだという事。

 そして、リクもその事実に気付かなかった。未熟さ故に。

 

「アトロシアスとなったベリアルは、その力をウルトラマンキングの力を吸収する為に使っていた()()()、話を聞く限りではそれ以外には使っていなかった」

『そして、そこから導き出される答えはこうだ』

 

 アンデルセンの後を引き継ぐように、天才ダ・ヴィンチが口を開く。

 

『奴はストルム器官を戦闘に使わなかったんじゃない。使()()()()()()()()

 

 奇しくもそれは、ベリアルが再度フュージョンライズできなかった理由と同じもので。

 

『あくまでも推測の域を出ないが、恐らくストルム器官が一度に位相反転できるものは一つに限られているんだろう』

「だから、聖杯の魔力を変換している間は、それ以外の用途で使えなかった」

 

 そこまで分かってしまえば、後は策を練るのみ。……しかし。

 

「しかし、今のメンバーで出来る事は限られていますよ?」

「ああ。そこの蛮族騎士の攻撃が通用するのは確認済みだが、ただ攻撃するだけでは無意味だろうよ」

「おいコラ」

「ゴールデン殿も攻撃特化ではありますが、その雷撃が通用するのか……」

「あぁ? なぁに弱気な事言ってんだよ作家センセー! 俺っちだってそこまで馬鹿じゃねぇんだ。ここで重要なのは、決め手(フィニッシュ)に繋げる事だろーがよ」

「ですが、一番の問題はやはり取り込まれた聖杯とストルム器官です。なんとか聖杯を奪取、もしくは破壊出来ればいいのですが……」

 

 サーヴァント達があれやこれやと話し合う中、マスターの少年は一人、更に考え込んでいた。

 

(あと一つ。あと一つでいいんだ。今のメンバーに足りないものを補えれば……)

 

 ベリアル攻略に必要な、最後のピース。

 その最後のピースは、どう足掻いても今この場にいる面々では埋める事が出来ない。

 

――だから、彼も札を切った。

 

「マシュ。盾を配置して」

「先輩? 何を……」

 

 不思議そうなマシュを他所に、マスターの少年は通信機のスイッチを押す。

 

「ドクター、ダ・ヴィンチちゃん。カルデアの英霊召喚システムを、直接こっちに繋げられる?」

『繋げるって、まさか――』

「ああ。この場で英霊召喚を試みる」

『けど、召喚に使う聖晶石は今使いきってたんじゃ……ああ! そうか! その手があった!』

 

 通常、英霊召喚に必要な条件は三つ。

 

 一つはカルデア内の召喚ルーム、もしくは特異点において拠点となる場所――カルデアとの繋がりを確立する為に最もふさわしい場所で召喚する事。

 

 一つは、マシュの持つ盾を触媒とする事。

 

 最後の一つは、魔力が結晶となった物質――聖晶石を用いる事。

 しかし、これに関しては自らの魔力を代用する事で解決可能である。が、そもそも魔術師ですらなかった少年の魔力に問題があるのか、聖晶石を使った時とは違い、強力なサーヴァントは召喚出来ない。

 おまけにベースキャンプ以外での召喚は、ただでさえ本家の英霊召喚よりも遥かに未熟なカルデアの召喚システムではより不安定になり、召喚した英霊が真価を発揮できないどころか、長時間の召喚に耐えられない。

 

 カルデアで既に召喚・記録されている英霊の霊基から召喚するという手もあったが、悲しいかな、今の彼が知る限りで、あの巨大な敵をどうにかできる特性を持った英霊はいない。

 

「皆は、その間に時間を稼いで、リクを援護して欲しいんだ。その間に、アイツをどうにかできる英霊を呼び出す」

「あらま、分の悪い賭けではありませんか。いやマジで。そう都合よく目当ての英霊を引き当てられるとでも?」

 

 玉藻の前の言う通り、これは分の悪い運試し、ギャンブルだ。

 下手をすれば、求めてすらいない概念礼装が飛び出してくるかもしれないというのに――少年は強がって笑みを浮かべた。

 

「リクも言ってたでしょ?」

 

――「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ」って。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ()()()()()()()幻影のウルトラの父の身体を、ロンゴミニアドが貫く。背中まで貫通された幻影は、呻き声を上げ、木片を撒き散らしながら空気に溶けるように消える。

 

「ケッ。偽物なんざ俺の前に持ってきやがって。どいつの仕業かは知らねぇが、ぶっ潰してやる」

 

 突然現れた宿敵が偽物であるなど、戦っている内に自然と気づくもので、ベリアルの憤慨も当然のものだった。

 しかし、例え幻影と言えども憎い敵だったという事もあり、ベリアルは一切の情け容赦なく、本気でこれを滅ぼした。

 

(少しばかりエネルギーは消耗したが、この程度、すぐに回復……!)

 

 ベリアルに目立った傷こそ無かったが、執拗に繰り返されるサーヴァント達による攻撃には、煩わしさを感じざるを得ない。

 動員されているサーヴァントは三体だけと何故か少ないものの、それぞれ強力な能力や宝具を持っているだけあって、サーヴァント達からすればかなりの持久戦に持ち込めていた。

 

 金時が接近戦を仕掛け、シェイクスピアが幻影を呼び出してベリアルと戦わせ、そして傷つき消耗した二人を玉藻の前が宝具で癒す。

 

 このループが何度も、何度も続いているのが現状であった。

 

 そして今まさに、金時が再度ベリアルに襲い掛かり、幻影のウルトラの父がまたもや出現していたところであった。

 

「しつけぇなぁテメェら!」

「ハッハァ! 悪党をぶっ倒すのはヒーローの役目だからな! でもって、悪党をぶっ倒すまで諦めねぇのも、ヒーローなんだぜ!」

 

「……とか仰ってますが、我々、そもそもそういう性質(タチ)ではないんですがそれは」

「しーっ! 今は余計な事を言わなくてよろしい! というか貴方と同類とか、良妻系キャスターとしては誠に遺憾なのですが!」

 

 そんな軽口を叩きながら、二人のキャスターは魔力を限界まで回す。

 

――しかし、半永久的に行えるどころか、そう長く続くものでも無く。

 

(ッ、とと、やっべ。そろそろ限界も近いか……?)

 

 金時の足元がふらつく。

 それを、ニンマリと笑って誤魔化すが、ベリアルにはそれを見抜かれていた。

 

「解せねぇな。お前らじゃ俺には勝てないと分かっているだろうに」

 

 いつだって、ベリアルには理解できなかった。力の差は歴然だというのに、それでもなお立ち向かってくる人間達の気持ちが。死の恐怖を前にして、それでもなお立ち上がれる人間達の勇気の源が。

 

 アナザースペースでベリアル銀河帝国を築いた時もそうだ。星そのものを掌握し、宇宙そのものを手に仕掛けたように、彼が率いる軍団は、アナザースペースにおいて恐れる者など誰もいなかった。

 

 だが、それでも人々は抗った。

 

 諦めの悪い人間共が、と思った。

 死にたがりか、とも思った。

 

 何故、こんな奴らに負ける? と思った。

 

「さぁてな。俺達は仮にも英霊なんだ。人理守る為、ってのもあらぁ」

 

 けどな、と金時は続ける。

 

「それ以上に、俺達よりも遥かに若い命が、俺っちよりも後に生まれたヒーローが、誰かを助けようと必死になって頑張ってんだ。俺達が頑張らねぇわけにゃ、いかねぇだろうが!」

 

 

 

 

「――その通りです!」

 

 

 

 

 金時の言葉に同意するように、新たな影が戦場に乱入する。

 

「あん? ……おお! 大将、召喚に成功したか!」

 

 玉藻やシェイクスピアらのいる場所を通り過ぎ、駆け抜ける男の影。

 戦場にいるサーヴァント達は確信する。彼こそは、あの少年が呼び出した『英雄』であると。

 その英雄の手には、赤と黄の長短異なる二槍が握られていた。

 

「フン、いくら頭数を増やしたところでなぁ……」

「――行くぞ、ベリアル!」

 

 その声は、ベリアルからすれば妙に聞き覚えのある声で。

 だが、記憶にある声とは少し違う。

 

「――ウォォッ!!」

 

 ベリアルは、単純な勘だけでその声の持ち主を危険視した。

 ただし、小さな的故に、風で吹き飛ばせば問題ないだろうと踏んで。

 

「させません!」

 

 だがその風を、次いで参戦したマシュが盾で防ぐ。

 

「行ってください!」

「かたじけない!」

 

 二槍の持ち主が、マシュに微笑みかけながら、脇を抜けていく。

 その右目の下には所謂泣き黒子があり、それが元々美男子なこの男の貌をより引き立たせている。

 普通の女性なら誰もが魅了される事だろう。

 

……が、生憎マシュは防ぐのに手いっぱいでその顔を見れず。

 

『皆、彼を――ランサーを援護してくれ!』

 

 そこに、召喚を終えた少年が念話で戦場にいるサーヴァント達に指示を飛ばす。

 

「合点だぜ!」

「仕方、ありませんなぁ!」

「後でたっぷりロンドン観光!」

 

 サーヴァント達が、各々に一念発起する。

 

 金時は攻勢を強め、シェイクスピアは何故か人間大のウルトラの父の幻影を無数に召喚して襲い掛からせ、玉藻も時折呪術でベリアルを牽制しつつ味方の補助をする。

 

「すごい……あれだけ戦って、まだ戦えるなんて……私も、負けられない!」

 

 そんな英雄達の戦いっぷりを見て、デミ・サーヴァントの未熟な盾の乙女、マシュ・キリエライトも己を奮い立たせる。

 戦いは怖い。けれど、自分が先輩を守るのだと。

 

「――令呪を以て命ずる」

 

 そして、はるか後方に控えた、人類最後のマスターたる少年は、その左手の甲に刻まれた三画の赤い痣――令呪に魔力を通す。

 その内の一画は、先の戦いでモードレッドに使ったもので、残りは二画。その内の一画を、召喚した槍手に使う。

 

「宝具を解放し、ベリアルの胸のカラータイマーを穿て!」

 

「御意!」

 

 この戦場で唯一の槍の使い手が、敏捷A+の素早さをもってベリアルの足下へと肉薄すると、そのまま足を駆けあがる。

 自力で登れるところは自らの足で。登れないと判断すれば、手にした槍を突き刺して登りながら。

 

「クソッ! 邪魔をするな!」

「行けェ! 槍の兄ちゃん!」

「オォォォォッ!!!」

 

 槍手が駆ける。駆け上る。それを黒き王は払い落そうとするが、それを執拗に頭部を責め立てる狂戦士が邪魔をする。

 

「穿て――」

 

 その間に、槍手は白いラインが血管の如く不気味に蠢く胸元、その中心にある結晶体(カラータイマー)目掛け、紅の長槍を突き出す!

 

「――『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』!」

 

 突き立てられた紅の槍は、本来ならばカラータイマーの表面で弾かれて終わるはずだった。

 だが、弾かれない。その特性故に。

 

「――!? 何ィ!?」  

 

 それはほんの僅かな傷。カラータイマーに、魔槍の切先数cmが埋まっただけの傷。

 

「『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』!」

 

 そこに畳みかけるように、槍手は黄の短槍を同時に突き立てた。

 

 ベリアルは思う。「たかだかこの程度の傷など」と。

 

「この程度の傷が――()()()()()()!?」

 

 面食らうのも無理はない。彼の身体に傷を付ける事すら難しいというのに、槍を突き立てられたばかりか、その僅かな傷が、()()()()()()()

 しかも――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに伴い、身体中を循環していたエネルギーの流れも弱まり、身体の調子が不安定になっていく。

 

「何者だ、貴様ァ!」

「我こそは、フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ! 人理を守らんとする主君(マスター)の為、義によって助太刀参った!」

 

 二槍の使い手たる忠節の騎士、ディルムッド・オディナ。彼の操る紅き魔槍――ゲイ・ジャルグは、刃が触れた対象の魔力的効果を打ち消す。

 そして黄の魔槍――ゲイ・ボウは、癒す事が叶わぬ傷を刻み込む。

 

 カルデアのマスターが呼び出したのは皮肉にも、此処ではない何処かの聖杯戦争において、ベリアルが憑依したアルトリアの別の可能性――聖剣の担い手であるアルトリアと戦い、彼女を大いに苦しめた相手であった。

 

「よくやった! 面はともかく、良い奴だなお前!」

 

 そして、余計な一言を付け加えながら、体力を回復させていたモードレッドが復帰する。

 

「ぬゥッ! 長くは、持ちません! 急いでください!」

「わーってらぁ!」

 

 魔力供給が途絶え、動きが鈍るベリアルだが、それでも危険な相手である事には変わりなく。

 ほんの身動ぎ一つが、ディルムッドを振り落とすのに十分な脅威を持っているのだ。

 

「オォォォォーーー!!!」

 

 敏捷こそディルムッドには及ばないモードレッドだが、幾分か補充できた魔力によるブーストで、それを補う。

 魔力放出で無理矢理ベリアルの身体を跳躍するように駆け上り、数秒も待たず二槍を突き立てたままのディルムッドの元へと到達する。

 

「よっしゃあ! 行くぜ行くぜ行くぜェ!」

 

 到達するや否や、モードレッドは野性的な笑みを浮かべ、しがみついた箇所に思い切り指を食い込ませると、クラレントを構える。

 

「ブッ込み行くぞ! ぶっ飛ばされないように気ィつけな!」

「ご心配なく! どの道、長く現界出来ませんから!」

 

 初めて会ったというのに、いがみ合う事無く協力し合えるのは、彼らが互いに騎士であるからか。

 それはともかくとして、ディルムッドは器用にカラータイマーの上半分に乗ると、モードレッドの邪魔にならないように移動する。

 

 そして――

 

「『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』ッ!!!」

 

 思い切りクラレントをカラータイマーに突き刺したと同時に、剣から放たれた赤雷の光がそのままカラータイマーの内部へと流れ込む。

 破壊のエネルギーが、ベリアルの体内へと流し込まれ、暴れる竜のようにうねり狂う。

 

「ウオォォォォォ!!!」

「ぐ、ぬゥゥゥゥ!?!!?」

 

 ベリアルの体表がスパークし、微細な痙攣を始める。そして、白く脈打っていたラインが、不規則な点滅を始める。

 

 光の国のウルトラマンが持つカラータイマーとは、ウルトラマンの活動限界を知らせるバロメーターとしての役割を持つだけでなく、それ自体もウルトラ心臓と直結し、エネルギーをコントロールする器官でもあるのだ。

 かつて帰ってきたウルトラマンことウルトラマンジャックも、とある敵にカラータイマーを奪われ、干からびたようになってしまった事がある。

 

 他のウルトラ戦士のように光のエネルギーに依存しないベリアルは、基本的にエネルギーが枯渇するという事はないものの、それでも重要な器官である事に変わりはない。

 

「こ、小癪なァ……!」

 

 だが、モードレッドの宝具も、永久的に撃てるものではない。聖杯との接続が何故か途切れた今、ベリアルは残りのエネルギーを動員し、宝具に抵抗する。

 体の方も痙攣を起こしながら、胸のモードレッド達を鋭い爪で払い落そうとする。

 

「させません! 宝具、展開します!」

 

 だが、そこにマシュが宝具を展開しながら割り込み、事無きを得る。だが、他のサーヴァントとは違い、疑似的な宝具に過ぎないそれに、長時間の耐久を強いる訳にはいかなかった。

 

「オォォアァァァッッッ!!!」

 

 気迫と共に、モードレッドがクラレントをカラータイマーの中へと押し込んでいく。

 最初はほんの数ミリだったのが、1センチ、2センチと、その禍々しく光る刀身が徐々に深く沈んでいく。

 

「調子に――」

 

 だが。

 

「――乗るなァァァ!!!」

 

 所詮はその程度だった。

 ベリアルが、体内のエネルギーを全身から放出。同時に、ウルトラ念力をもって再び黒い風を巻き起こし、さながら黒いオーラのようになる。

 はたして、それがウルトラマンからすれば小さな人間にとって、どれだけの脅威となるのか。

 

 言うなれば、巨人の形をした台風、竜巻。矮小なる人間にはどうしようもない脅威。

 

「あぐッ!?」

 

 最初にマシュが吹っ飛ばされた。宝具で形成された光の盾も、全てを覆いきれるほどではない。盾がカバーできない範囲から風が流れ込み、マシュの華奢な身体を浮き上がらせたのだった。

 

「ぬ、ぬぅあッ!?」

 

 続いて、ディルムッドが飛ぶ。しかし、彼にも召喚に応じた英霊としての意地がある。

 

「我が槍よ! 主に勝利を!」

 

 身体が浮き上がる直前に、二槍の刃を深く食い込ませ、簡単に飛んでいかないよう固定したところで、彼の身体はマシュと同様に飛んでいく。

 

「う、があああああ!!!」

 

 最後に残されたモードレッドは、何としても振り落とされまいと、右手でしっかりとクラレントを握りしめ、左手をカラータイマーに出来た傷口におもむろに突っ込んだ。

 どこに聖杯があるかなど、正確な事は分からない。

 カラータイマー自体の大きさはウルトラマンと比較するとかなり小さいが、人間から見れば十分に大きい。その中から、人間が手に掴める程度の大きさの聖杯を、しかもベリアルの妨害を耐えながら、なおかつ限りなく短い時間で探すなど、はっきり言って不可能に近い。

 

「駄目だ……モードレッド……!」

 

 そんな絶望的な状況で、リクは何もできない。

 動こうにも、蓄積されたダメージが重石となり、それでいて泥のように彼の身体に覆いかぶさっている。

 そして度重なるエネルギーの放出による消耗は、泥に抵抗する為の気力を削ぐ。

 リクは、そんな状況に陥ってしまっている自分に、目の前で頑張っている小さな仲間達の助けになれない自分に腹が立っていた。

 

「――おいリク! 聞こえてっか!」

 

 俯いてそのまま倒れてしまいそうなジードの顔が、おもむろに上がる。

 ウルトラマン故の優れた聴覚が、巻き起こる嵐に必死に抗いながら叫ぶモードレッドの声を聞きとっていた。

 

「何、挫けそうになってんだ! ベリアルは、テメェが決着(カタ)着けるんじゃなかったのかよ!」

 

――……そうだ。その、筈だった。けれど、今の自分じゃ……頼りになるゼロもいない、今の自分じゃ……。

 

 諦めの想いが、リクの心を支配していく。だが、それをモードレッドの声が押し止める。

 

……正確には違う。モードレッドの声を聞いたリクの「まだ諦めたくない」という意志が、完全に崩れ落ちてしまいそうな自分自身を奮い立たせていた。

 

「俺だってなぁ! コイツは自分の手でぶっ殺してやりてぇんだよ! あまつさえアーサー王の肉体を乗っ取り、挙句の果てにロンディニウムを滅ぼそうとしている、クソムカつくコイツを!」

 

 モードレッドの過激さを孕んだ言葉が、しかしリクの心にしかと刻まれていく。

 

「でもな、俺だって馬鹿じゃねぇんだ! こと戦いにおいてはな! 無謀と勇気を間違えるなんざ、騎士どころか戦士としても三下だ! ――だからこそ、テメェに譲ったんだ!」

 

 本当なら自分で倒したい。その想いに、一切の偽りはないのは分かる。こと、アーサー王に関してなら。

 

「だってのに、なんてザマだ! この根性なしが! その図体は飾りか!? あぁん!?」

 

 「根性とかそういう問題では」と文句を返す事すら、今のリクにはできない。

 

「もし俺達がちっせぇから頼りにならねぇとでも思ってんのなら、よぉく見てやがれ!」

 

 それは、モードレッドの覚悟。叛逆者であり、同時に騎士である彼女の矜持。

 

『――最後の令呪を以て命ずる!』

 

 そして、それに合わせるようにマスターの少年が、左手を天高く掲げる。

 その甲に刻まれた令呪の最後の一画が、赤く輝く。

 

『モードレッド! 聖杯を奪い取り、ベリアル(黒き王)に叛逆の意を示せ!』

 

 えらく芝居がかってはいるが、それでいいのだ。

 

 もとより、この場そのものが舞台のようなものであるが故に。

 

「俺に、逆らおうってのか! 塵の分際で!」

「それが、俺だァァーーッ!!!」

 

 モードレッドの叫びに呼応するように、カラータイマーに流し込まれるクラレントの禍々しい光が強まっていく。

 そして、モードレッドはより深く、その手をカラータイマーの中へと突き入れ――

 

「うぉッ、眩し!」

 

 瞬間、ベリアルのカラータイマーから眩い光が発せられる。

 その光の前には、金時のサングラスの遮光性すらも意味を為さない。

 

 ほんの一瞬の閃光が止み、そこには――

 

 

 

 

「う……ぐぉぉぉ」

 

 胸元を掻きむしり、身体を震わせ、土煙を高く巻き上げながら悶え苦しむベリアルと――

 

「ッ、モードレッド!」

 

 真っ直ぐ地面に向かって自然落下する、モードレッドの姿。

 リクのウルトラマンとしての目が、ボロボロと剥がれ落ちていく彼女の装甲の破片を捉えた。

 そして――傷ついた手に握られている、輝く何かも。

 

「あれは――」

『聖杯! モードレッドがやったんだ!』

 

 通信機の向こう側で、ロマンが浮足立った。

 

「しかし、あのままでは頭から!」

「俺っちが行く!」

 

 そこに、既に建物から降りていた金時が走る。

 しかし、同時に地面に伸びていた影が蠢いた。

 

「糞が……どいつもこいつも、何処までも邪魔ばかりしやがってェェ!!!」

 

 予想以上のダメージに苦しんでいたベリアルが、怒りを滾らせる。

 その最初の矛先は、当然モードレッド。

 

「やっべぇ! 間に合え!」

 

 ベリアルが闇を纏わせた左手を構えたのを見て、スピードを上げる金時。その間にも、ベリアルの魔の手は伸びつつあった。

 そして、モードレッドは――

 

 

 

 

「リクゥ! コイツを、受け取れェ!」

 

 

 

 

 落下中であるのにも関わらず、おもむろに聖杯をジードに向けて投げた。

 

 

 

 

「なッ――!?」

「えっ!?」

「何してるんだアイツは――!?」

 

 怒りに支配されつつあるベリアル除き、その場にいた全員が驚愕し、一部は叫んだ。

 勿論、カルデアにいる職員達も同様に。

 

 そんな彼らの驚きを他所に、聖杯は宙を駆け――モードレッドの見事なコントロールにより、ジードのカラータイマーの中へと、インナースペースにいるリクの元へと届けられた。

 

「これ……! モードレッド!」

 

 不意に目の前に現れた聖杯を前に呆気に取られるリクだったが、すぐに視線を落下していくモードレッドへと向けた。

 

「――――――」

 

 微かにモードレッドが何事かを呟いたのを最後に、その小柄な姿が土煙の中に消えた。

 

「くっそ! 間に合え!」

 

 少し遅れて、金時も土煙に飛び込む。

 土煙で彼の大柄な姿が掻き消えたと同時に――真っ黒な巨木が落ちてきた。

 

「うぜぇ……どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがってェェェ!!!」

 

 目測でモードレッド達のいる場所へとストンプを繰り出した黒き王は、怨嗟の声を上げる。

 

「糞が、クソが、くそガァァァ!!! 運命は、俺ヲ選んダ、ハズ、ナノニィィィ!!!」

 

 怒りに打ち震える憎悪の化身は、聖杯というエネルギー源を失ったというのに、どういうわけかその身体から闇のオーラを更に立ち昇らせている。

 

「い、一体どうなって……」

「まさか、暴走しているのか?」

 

 アンデルセンが考えている通り、今のベリアルは制御を失った暴走マシンのようなものになりつつあった。

 既に肉体を失ったベリアルは、残った怨念でこの世界にやって来、そしてアルトリアの肉体を乗っ取った。

 言ってみれば、ここにいるベリアルは怨念そのもの。

 しかし、アルトリアという器に加え、聖杯が手に入った事で、ある程度は理性を保て、力を制御出来ていたのだろう。

 が、聖杯を失った事により、アルトリアはおろか、サーヴァントの器では普通なら収まりきらないベリアルの怨念に、ベースとなったアルトリアの肉体が耐えきれなくなっているのだ。

 

「放っておいてもその内崩壊するだろうが――」

『だろうが?』

「何が起こるかはわかりかねますが、もしやすれば我々諸共、最悪この特異点そのものを吹っ飛ばしてしまうかもしれませんなぁ!」

『なに嬉々としてるんだこの劇作家!?』

 

 先程までのが意思を持った災害ならば、こちらは意思を持たぬ核弾頭付きの災害。

 後は暴れるだけ暴れ、最後にはドカン。そういった危険性を孕んだ代物。

 

「どちらにせよ、ここで倒さないと……!」

 

 盾の乙女は冷静を装いそう口にするが、その顔には明確な焦りが見える。

 

「――そうだ!」

 

 しかし、解決策がないわけではない。この場で唯一の黒髪が揺れる。

 

「リク! 聖杯を使うんだ!」

 

 少年の必死な叫びが、力なく項垂れる巨人の耳へと届く。

 

「聖杯は、持ち主の願いを可能な限り叶える! その力があれば、この状況を巻き返せるかも!」

 

 カルデアにおける聖杯の使い道は、今のところ明らかになっていない。それが明かされるのは、恐らくそう遠くない未来だろう。

 しかし、聖杯の本来の使い道であれば、今のジードに力を与える事が出来る、かもしれない。

 

「ジィィィィドォォォォ!!!!」

 

 そして、リクには考える時間も無かった。荒ぶるベリアルが周囲を破壊しながら、こちらに真っ直ぐ向かってきていたのだから。

 

「……やるしかない!」

 

 そして、リクは聖杯を力いっぱいに、しかし壊れないように加減しながら握りしめる。

 

 使い方は分からない。だから、直感と、マスターの少年達が言っていた聖杯の情報を頼りにする。

 

「無駄、むだ、ムダァ! ドレダケ運命を変エるヨウな奇跡を起こそうガァ!」

 

 リクの希望を消さんと、ベリアルはロンゴミニアドを振り上げる。それまでも十分禍々しかったそれは、更に棘が伸び生え、もはや槍とすら呼べない程のものへと変貌を遂げていた。

 

「ッ、止め、ないと!」

『無茶だマシュ! 君はもう限界に近い!』

「でも!」

 

 マシュが、積み重なる疲労と苦痛に耐えながら立ち上がろうとするが、その足は震え、歩くどころかまともに立つ事すら難しくなっていた。

 

「俺ガ生キテイル限リ、無意味ィ! 絶望ハ、終ワラナイィイ!!! そしてェ……オマエ達ハ、終ワルゥゥゥ!!!」

 

 そして、無慈悲に槍を振り下ろす――

 

「えぇい! ままよ! 」

 

 その時、アンデルセンはおもむろに立ち上がると、手にした原稿から光が放たれ――

 

 

 

 

「――終わらない! 終わらせない!」

 

 

 

 

 光の粒子がジードの上からシャワーのように降り注ぎ、その傷ついた身体を包み込む。

 『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』。アンデルセンの自伝の生原稿がそのまま宝具となったものであり――その真価は、原稿を白紙に戻し、自身の人間観察によって観察対象の理想の人生・在り方を、一冊の本として書く事で発揮される。その本の完成度の高さによって宝具として成立し、相手を本の内容通りの姿に成長させる事ができるという、ある意味とんでもない宝具だ。

 

 今回の場合、残念ながら急ごしらえな事もあってか、以前彼のマスターとなったある人物ほどの長時間かつ強大な効果は見込めないが……それでも、ジードの調子を取り戻すという意味では、これ以上にない援護となった。

 

「頼む、僕に、皆を守る力を!」

 

――この運命に、叛逆する力を!

 

 立ち上がるだけの力を取り戻したリクは、インナースペースで聖杯に願いを込める。

 

――クソッタレな運命に、叛逆し続けろ。最後まで。

 

 落下する一瞬で、モードレッドが言ったあの言葉が、リクの言葉に力を与える。

 

 そして、その願いを聞き届けた聖杯が輝きを増し――

 

「……! キングのカプセル!?」

 

――それに呼応するように、ウルトラマンキングのカプセルがひとりでに浮き上がり、同じように光を放つ。

 

 その光が聖杯の光と重なった瞬間、インナースペースが輝きに包まれた!

 

「わっ――」

 

 驚きの声と共に顔を庇うリク。

 しばらくして光が止むと、気づけばリクの手の中に、カプセルと似た感触が生まれていた。

 

「これって……」

 

 手を開いてみれば、そこに乗っていたのは見た事もない赤いウルトラカプセル。

 

――いいや。これはウルトラカプセルではない。

 

 裏返っていたカプセルを表に返すと、そこにはウルトラマンではなく、全身全てを鎧で包み、剣を天高く振りかざした一人の騎士が描かれていた。

 そして、その騎士が誰なのかを、リクは知っている。

 

「……モードレッド」

 

 奇跡、と言うべきなのだろうか。キングカプセルと呼応した聖杯が、リクの中にある叛逆者のイメージ……即ちモードレッドのイメージを汲み取り、ウルトラカプセルとほとんど同じの複製品、ベリアルの扱うサーヴァントカプセルと同等のものを生み出したのだ。全ては、ベリアルという悪逆がもたらす運命に、真っ向から叛逆する為に。

 

「……行こう。一緒に!」

 

 挫けそうだった心は、モードレッドという支えの元、再び立ち上がる。今度こそベリアルを倒し、皆を守る為に。

 

「――ユーゴー(融合)!」

 

 モードレッドのカプセルを、装填ナックルに挿す。

 

アイゴー(I go)!」

 

 ウルトラマンキングのカプセルを、装填ナックルに挿す。

 

ヒアウィーゴー(Here we go)!」

 

 そして、ナックルに装填した二本のカプセルを、ジードライザーでリードする。

 

 モードレッドをリードすれば、ジードライザーの発光部が赤く。

 そしてウルトラマンキングをリードすると、その赤色が、輝くような青へと変わる。

 

「ハァッ!」

 

 そして、ジードライザーのスイッチを押すと、発光部から光の粒子が溢れ、長細い形状を取り出す。

 

『モードレッド!』

『ウルトラマンキング!』

 

『我、叛逆者の名の元に!』

 

 そして、光の粒子が一つの光になると、一本の剣となる。

 

――『燦然と輝く王剣(クラレント)』。モードレッドの持つ白銀の宝剣、に酷似した剣。丈がモードレッドのそれよりも短く、しかしインナースペースでのキングソードと同じぐらいの長さ故に、リクからすれば扱いに困る事もない。

 そして、最大の違いは剣の柄。まるでジードの目のような結晶が広がり、その中心にカプセル一個分の窪みがあった。

 扱った事の無い武器。しかし、リクにはその使い方が分かっていた。

 己の感覚を頼りに、窪みにモードレッドカプセルを装填し、そして叫ぶ。

 

「――越えるぜ、運命!」

 

 かつて朝倉リクは、己の運命を変えた。悪しき者の力となるはずだった、その運命を。

 だが、変えただけではどうにもならない困難もある。運命という長い道のりに立ち塞がる脅威がある。

 だからこそ、二度にわたって自らの父を越えていった。

 

 そして、三度目。

 この世界は、リクとはなんの関係もない世界で、ここで出会ったカルデアの面々やサーヴァント達も、本来ならリクの人生には一切交わる事のない者達だ。

……だが、出会ったばかりのはずの彼らと、最高とまではいかずとも、今では確かな絆ができた。

 「守りたい」と、確かに思える程の絆が。だから、もう一度越える。

 

GEED(ジード)!」

 

 この世界で出来た仲間達から託された希望の欠片を手に、どんな運命も越えていく!

 

『ウルトラマンジード! クロスオーバー!』

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 ある日、ロンドンの街は奇妙な霧に包まれた。

 今だ市民が切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の魔の手に怯える中で、突如として発生したこの霧は、外に出ていた人々をたちまち物言わぬ亡骸へと変えた。

 

 その日から、ラジオでは安全の為に市民に外出禁止令が出され、まだ幼い兄妹は、鬱屈とした毎日を強制される事となった。

 

 遊びたいのに、家から出られず退屈し、美味しいものが食べたいのに、ここ数日出てくるのは似たり寄ったりな料理ばかり。

 

 子供を気遣う親心とは言え、何故外に出てはいけないのかという理由を知らない無垢なる子供達には、今の状況は牢屋に入れられたかの如く不自由で、息苦しかった。

 

 彼らの親も、詳しい状況までは分からないが、どこそこの住人が音信不通になったり

、時々外を得体の知れないモノや、蒸気機関めいた駆動音を鳴らす何かの影が通り過ぎるのを見たりすれば、嫌でもそういう状況なのだという事を思い知らされる。

 

 そんな日々が、どれだけ過ぎただろうか。

 

「……なんだ? 急に霧が……」

 

 その日は、とりわけ酷く喧しい日だった。

 何かが爆発する音や、金属音、そして衝撃。オマケに霧越しにうっすらと見える巨大な何かの影と、ロンドン市民の誰もが戦争が始まったのかと勘繰る程だった。

 そこから十数時間が経過した頃だった。

 あの殺人霧のせいで昼か夜かぐらいしか分からなかったのが、急に当の霧が薄まりだし、見通しが効くようになったのだ。

 

 それを知ったジャスレーとエミリーは、やったと言わんばかりに飛び跳ね、ドアの鍵を開けた。

 

 幸運にも、魔霧が薄まったおかげか、致死性がほとんど消え、精々が少し呼吸しづらい程度だったのが救いだった。

 

 両親が二人の外出にすぐに気づけなかったのは、丁度兄妹が外に出た瞬間、外から聞きなれない音が聞こえてきたからであった。

 

 爆発音のようであり、雷鳴のようでもあり、風の吹きすさぶ音のようでもあったが、正直なところそのどれですらなく。

 明確に言える事はと言えば、人生で一度も聞いたことのないような――そしてこれからも聞くことのないような――音であるとしか言いようがなかった。

 

 

 

 

――そして、兄妹は目撃する。

 

「何……あれ……?」

「悪魔……?」

 

――邪悪な笑い声を上げる、黒い悪魔(ベリアル)。否、その姿はもはや魔王と言ってもいいだろう。

 

 黒い魔王が腕を振るった瞬間、衝撃波と風が街灯を道路ごと捲り、通りのど真ん中に立っていた兄妹に襲い掛かる。

 

「わぁーーーッ!!」

「きゃあーーーッ!!!」

 

 もう駄目だ。兄妹は、興味本位で外に出た事を、この瞬間になって初めて後悔した。親の言う事を守らなかった、罰が当たったのだと。

 

 だが、まだ幼い子供達に、そんな罰が下る道理があっていいのだろうか?

 

――いや、ある筈がないのだ。決して。

 

「……?」

 

 果たして、罪無き子供達に襲い掛かる筈だった痛みも、苦しみも無かった。

 ただ、暖かな光が、兄妹を包み込んでいた。

 

「――おにいちゃん、見て」

 

 エミリーが指を指す。その方向――暖かな光の源へと視線を向ける。

 

「――光の、巨人」

 

 飛んできた街灯から二人を救ったのは、その身を輝かせた、光の巨人。

 

 巨人は、ジャスレーとエミリーを背に立つ。まるで、魔王から彼ら兄妹を守らんとする、勇者のように。

 

 やがて、巨人を包んでいた光が天に昇り、その姿を明確に現した。

 

 いの一番に目に入ったのは、視界中に広がる青い布――否、マントだ。

 風にたなびくマントの下に、赤と銀の模様に被さるように覆う銀の鎧のようなものが見て取れる。

 そして、後頭部しか見えない頭には、角の生えた王冠のようなものが乗っているらしかった。

 

「ジャスレー! エミリー! 無事――」

 

 と、そこへ二人の父の声が聞こえ、不意に途絶える。声が聞こえていないというわけではない。

 

 父は、言葉を失っていた。目の前に広がる、現実のものとは思えない光景に。

 

「あ……ああ……」

 

 だがそれは、絶望から来る現実逃避では断じてない。

 父の目には、光が瞬いていた。

 

「あれは……まさか」

 

 何か訳知り顔で、父は立ち尽くしていた。

 この声には、感動と希望が滲んでいて。

 

 彼らの目の前から、魔王と巨人の騎士が消えた。目にも止まらぬ速度で飛び上がったのだ。

 その影響で巻き起こった風に子供達は驚くが、彼らの父はそれどころではなかった。

 

「……『ブリテンに滅びの危機迫る時――』」

 

――かの王は、再び蘇る。この国を救う為に。

 

 かの伝説を追う学者である彼は、そう呟きながら空を見上げる。

 

「ねぇねぇ、それって何?」

「――これはね、遥かな昔から信じられてきた、偉大なる騎士王の伝説さ」

 

 彼の目は、憧れの英雄(ヒーロー)と出会った子供のように輝いていた。実際そうだった。

 

 

 

 

******

 

 

 

 

「オォォォォッ!!!」

 

 空に飛び上がったベリアルを追い、新たな姿となったジードも空を飛ぶ。

 人の目では到底追い切れず、サーヴァントでも辛うじて軌跡を目で追うのが精一杯のドッグファイトを繰り広げる。

 

――『ウルトラマンジード クロスオーバー』。

 

 本来ならばウルトラマンベリアル オルタナティブと同様、あり得ざる姿。本来なら交わる事の無い運命(Fate)が交わった事で誕生した姿。故に、クロスオーバー(交わりて、運命を越える姿)

 

 英霊とウルトラマン。パワーバランスで言えば偏りが凄まじいこの二つの組み合わせが成立するのは、聖杯という万能の願望機に加え、ウルトラマンキングの力、そして何より――朝倉リクとモードレッド、二人の親和性が高かった事もあるだろう。

 ウルトラマンの模造体と、アーサー王のクローン。同じ造られた者。悪逆を為す為に生み出されながら、相反する生き方をもって叛逆した者。

 どちらも王を倒した。その違いは、善か悪か。創造主の定めた運命に抗い、人々の為にヒーローとなったか、最後まで己の為に戦い、結果創造主の思惑通りに動いた叛逆者となったか。

 その在り様は、まさに陰陽図のようで。

 

 その姿は、銀と赤の皮膚に、銀の鎧、青のマント、そして角のある王冠。

 ロイヤルメガマスターと似た構成ながら、まるで『もしもモードレッドが王位を継いだら』というifを具現化したかのような、そんな印象の強い姿となっていた。

 更に、その手にはウルトラマンの大きさにまでスケールアップしたクラレントが握られている。

 

「ベリアル!」

 

 先に飛んだベリアルに、ジードが肉薄する。そして、銀の一閃が煌いたかと思うと、ベリアルの下半身――つまり馬の部分――の横っ腹から火花と闇の粒子が、さながら血飛沫のように飛ぶ。

 斬られた痛みに苦しむ間もなく、ベリアルは距離を取ろうと魔力とエネルギーを放出するが、ジードはそれに軽々と追随してのける。

 

 こうなったのは、現在のベリアルは聖杯を抜かれパワーダウンし、更にジードが新たな姿となった事でその能力が格段に向上し、能力に差があるというのも理由の一つだが、最もたる原因は、オルタナティブが飛行に向いていない形態という点にある。

 ストルム星人はその能力を応用すれば出来るかもしれないが、もう一体の融合素材たるアルトリアには、少なくとも空を飛ぶ類の逸話は持ち合わせていない。彼女の乗騎たるラムレイもまた然りである。飛び上がる事は出来ても、そのまま飛ぶ事はおろか、滞空すらできない。

 その為、今彼が飛んでいるのは、他ならぬ素体であるベリアルとしての能力に依存していた。

 

 ついでに言えば、馬の下半身が非常に邪魔になっているのもあったりなかったり。

 

「糞ガ、クソガァッ!」

 

――押されているだと? 馬鹿な。そんなはずはない。俺は、俺様は、また強くなったのに。

 

 そんな思いが、ベリアルの中で渦巻き、堂々巡りを繰り返す。

 だが、現実は非情にも、ジードに味方し続けていた。それこそ、過去の戦いを繰り返すように。敗北の歴史を繰り返すように。

 

「ウルルァァ!!! ジィィィィィドォォォ!!!」

 

 聖杯を失ったベリアルが、その身に宿した怨念を闇に変え、光線として放つ。

 しかし、その闇はクラレントの銀の輝きに阻まれ、ジードには届かない。

 

「オォッ!」

 

 逆に、ジードは剣にエネルギーを集中させると、そのまま横一閃に切り払う。

 瞬間、ロイヤルメガマスターの技であるスウィングスパークルのように、剣閃の形にエネルギーが形成され、それがベリアルに向かう!

 

「ぐ……グオォ!」

 

 それをロンゴミニアドで防ごうとするものの、単純な力の差で押し負け、そのまま光閃が直撃する。

 

――ベリアルには理解できなかった。どうしてこうも負けるのか。

 

「小……癪ナぁ!」

 

 ベリアルは闇の光弾を放つ。だが、それも弾かれる。

 

「ウォアァ!!」

 

 闇の波動を放つ。弾かれる。

 

「シィィッ! ムゥン!」

 

 デスシウム光線を放つ。真っ向から切り裂かれ、光線が掻き消えた。

 

「……もう、止めよう。これ以上やったら、貴方は……」

 

 ジードが、ベリアルに語り掛ける。彼には、ベリアルという個人の内側を構成するものが崩壊しつつある事が、手に取るように解った。解ってしまった。

 

 どうしても、憐れみの念を抱かずにいられなかった。時空の狭間の時と同じように。

 

「フザケルナァ! コの、コノママ、終ワレるカぁ!」

 

 だから、ベリアルも同じように突っぱねる。

 彼のプライド、彼の怨念、彼の邪念、彼の闇。全てがそれを否定する。

 俺は、ベリアルは不滅なのだと、証明するように。

 

「ヴォオアァァァ!!!」

 

 全ての闇を吐き出すかのような怨嗟の雄叫び。

 それと共に、ベリアルがロンゴミニアドを天高く突き上げる。

 ロンゴミニアドを包むように、闇が纏わりつく。

 今のベリアルに、ロンゴミニアドの真名解放は出来ない。否、出来るだけの知恵が残されていない。

 

 だが――己が力を放出させ、疑似的に全力全開の一撃を放つ事は出来る。

 

「終ワラせてヤル、何モカも!」

 

 ロンゴミニアドを覆う闇がスパークしだす。それに伴い、ベリアルの身体にも闇の雷が帯びる。

 ベリアルの中で爆発的に強まっていく闇が、ベリアルの肉体を軋ませ、苦しませる。

 それでも肉体が崩壊しないのは、ベリアルの強大な素質故か。

 

――だから、リクも覚悟を決めなければならない。

 

「……終わらせる。この戦いを!」

 

 インナースペースで、リクはクラレントを真横に持つと、ジードライザーを柄から剣の面へと滑らせる。まるで、剣を砥石で研ぐように。

 刀身にジードライザーを滑らせた箇所から、クラレントが黄金の輝きを帯びる。

 それに連動するように、外のジードが左手をクラレントの刀身の表面を滑り、黄金の輝きを放ち始める。

 

「消えテ無クナれェェェ!!! ジィィドォォッ!」

 

 ベリアルのロンゴミニアドが振るわれ、溜めに溜められた闇の奔流が、天から地に向かって降り注ぐ滝のように、ジードの元へと殺到する。

 それに対し、切先まで光り輝くクラレントを手にしたジードは、それを縦に構えると、自ら闇の中へと突っ込んでいき――

 

「クラレントバーストォォォ!!!」

 

 刀身に込められた光を一気に解放。刀身が伸び、鞭のようにしなり、そして闇を切り裂く。

 光の刃で露払いをするかのように、ジードは闇の中を突っ切っていく。

 

「う――ぁぁあああ!!!」

 

 闇に、斬り込んでいく。

 

 

 

 

 そしてそれは、地上からもはっきりと見えていた。

 

「すっげー……」

 

 マスターの少年は、その一言しか言えなかった。これまでの戦いでは比較にならないほど、目まぐるしい空中戦。その決着もまた、スケールが段違いだった。

 彼の視界の中で、闇の流れが二つに分かたれ、それを切り裂く光は、まるで空を走る流星のようにすら見える。

 

「ふん、付け焼刃の宝具だったが、案外やれているものだな。……いや違うな。あれが、あの巨人の可能性という事か? 思い描く理想すらも、恐ろしいスピードで追いつき、追い越す。それがアイツなのか? ……」

 

 そんな彼に宝具を使ったアンデルセンは、一人考察を巡らせていた。

 

「……まぁ、いい。そういえば、急ぎ過ぎてあの原稿にタイトルを入れるのを忘れていた」

「なんと。では私が――」

「やめろ。お前が考えると、どの話も悲劇オチになりそうだ。……では改めて。タイトルは、そう――」

 

――『運命の叛逆者達』。

 

 

 

 

 

 闇を切り開く光が、徐々に闇の源へと近づいていく。

 

「そんな――」

 

 そして。

 

「馬鹿、な」

 

 黄金の剣が、ベリアルのカラータイマーに突き立てられた。

 剣を伝い、光がベリアルの体内へと流し込まれる。

 

「……貴方の、負けだ」

 

 真っ二つにされたカラータイマーから、禍々しい色合いの粒子が噴き出す。

 

「何故、俺は、負けた」

「…………」

 

 ジードは答えない。

 

「お前の、その力、は……光は、なん、なんだ」

「……貴方が捨てたものだ」

 

 ジードは、静かに答えた。

 

「……そうか――」

 

 最後に何かを呟いた、その一言を聞き届け、ジードは突き刺した剣を抜き、ベリアルから離れる。

 

 そして間もなく、ベリアルの内側から光が溢れだし――

 

「わっ」

 

 盛大な爆音と共に、空に光の花を咲かせる。その花は、光の粒子となって、ロンドンの街に降り注ぐ。

 

(……今度こそ、さようなら。父さん)

 

 光の雪の中で、ジードはその一つを掴む。

 掴んで、開いてみれば、そこには何もない。

 

……今度こそやったのだという自覚が、彼の中で湧き上がる。

 

 だが、そこには歓喜の感情は無く。

 

「うわぁ……」

「綺麗です……」

 

 対照的に、地上から成り行きを見守っていたカルデア一行は、降り注ぐ光という神秘的な光景に心を奪われていた。

 

……今度こそ終わったのだという感覚が、マスターの少年の中に湧き上がる。

 

 相手が相手だっただけに、その感動もまた尋常ではなく。

 

「――おーい!」

 

 ふと、聞き覚えのある声が耳に届く。

 その声のした方を向けば――

 

「ったく、ヒデェ目に会ったぜ」

「まぁそう言うなよ。見な。どうやらヒーローが勝って終わったらしいぜ」

「……っかぁーッ! 肝心の野郎がぶっ倒される瞬間見過ごしちまった! ……ま、いっか!」

 

 格好こそボロボロだが、そこには確かにモードレッドと金時、二人の英霊が肩を組んで揃って歩いて来ていた。

 

(……無事だったんだ)

 

 上空からそれを見つけたリクも、ほっと安堵の息を漏らした。

 その時、それまで使っていたクラレントが(モードレッドカプセルごと)光に包まれる。

 

「あっ……」

 

 リクの目の前で、クラレントはインナースペースから外へと飛び出し――気付けば、ジードの姿もプリミティブに戻ってしまっていた。

 それは即ち、彼が叶えたかった願いが、もう叶ったという事。

 

 そして、光はさっきまでベリアルのいた辺りにまで飛来すると、そこで別の姿を形作りだす。

 

「……貴方は」

「父、上」

 

 そこに現れたのは、ランサーのサーヴァント、アルトリア・ペンドラゴン。ベリアルの器となった事で、彼と共に滅んだはずの王。

 姿こそ相変わらずオルタの姿だが、その輪郭は光り輝き、その目には最初カルデアの面々と戦った時には無かった、理性の色があった。

 しかし、実体ではない。うっすらと透けているそれは、残された思念体のようなものなのだろう。

 

(これも、聖杯の起こした奇跡、なのかな)

 

 恐るべし、聖杯。万能の願望機に、理屈など通用しないのだ。

 

『……ブリテンを守った貴方に感謝を、異邦の巨人よ。黒き王との戦い、見事であった』

 

 アルトリアは、エコーの掛かっているような声で、感謝の意を示す。

 

『運命に抗い、善を為さんとするその姿。まさしく、英雄と呼ぶに相応しいものだった。……とはいえ、実力で言えばまだまだ未熟ではあるが……なに、今後も精進するがいい。さすれば、そう遠くない未来、秘められた可能性が開花することだろう』

 

 そう、若きウルトラマンへと告げる。その未熟さと、未熟故に存在する、未来への可能性に期待を込めて。

 

『……そして、カルデアの者よ。貴方達にも感謝を。おかげで私は、二度……否、三度に渡りブリテンを滅ぼすところであった』

 

 次に、カルデアのマスターと、そのサーヴァントへと。……マシュの姿を見た時、ほんの少し目を細めながら。

 

『それと、一つ忠告を。……かの王には気を付けよ』

 

 それは、とカルデアの少年が問い返す前に、アルトリアは踵を返す。

 

「あ……」

 

 その背に、反応せざるを得ない騎士が一人。

 だが、騎士は伸ばしかけた手を、自らの手で引っ込める。歯を食いしばりながら。

 

 

 

 

『……モードレッド』

 

 

 

 

 かつての主にして父の声に弾かれるように、叛逆の騎士は顔を上げる。

 

 

 

 

『――貴公も、この国の為によく働いてくれた。大義であった』

 

――貴公を誇りに思う。

 

 

 

 

「……あ、ああ……」

 

 モードレッドの声が震える。それに自ら気づき、唇を噛み締めて我慢すると、その場で跪き、頭を垂れた。

 

「――ありがたき、幸せ」

 

 そう呟いた瞬間に、王は消えた。英霊の座へと帰ったのだ。

 クラレントを形作っていた聖杯を、マスターの少年への置き土産にして。

 

――同時に、異人達にも、帰るべき時が迫っていた。ベリアルが倒され、聖杯も確保したことで、この特異点における人理修復は遂行された。

 天に空いた時空の狭間に通じる穴も、世界の修正力によって塞がれようとしている。

 ジードも帰らなければならないし、カルデアからレイシフトで此処に来た二人も、カルデアへと帰還しなければならない。

 

「…………」

 

 ジードは、地上にいるカルデアの面々へと顔を向ける。

 

 彼は、何も語らない。きっと、何も言わなくても、何を言おうとしているのかわかるだろうから。

 

「……ウルトラマンジード!」

 

 まず口を開いたのは、マスターの少年だった。

 

「ありがとう!! 元気で!!」

 

 めいいっぱい叫び、大きく手を振った。ジードにも聞こえるように。ジードにも見えるように。

 

「ジードさん! 本当に、本当にありがとうございました!」

 

 次いで、盾の乙女も叫んだ。

 

「ジード! 中々のファイトだったぜ! あ、そーだ! 次会えたらよ、ドンシャイン見せてくれよな!!!」

 

 人理修復が為された事で、強制送還が始まりつつある雷神の申し子も、逞しい腕をぶんぶん振り、笑顔でジードを見送る。

 

「……おい、何か言葉は送らんのか? 俺はやらんが」

「右に同じく。言葉を送るだけならまだしも、叫ぶのはしんどいのでちょっと遠慮させて頂こうかと」

「……と言いますか、あの方以外の我々、そういう柄じゃありませんし?」

「違いない」

 

 三人の魔術師のサーヴァント達は、何も言葉を送らない。だが、彼らの中には間違いなく、ジードへの想いが三者三様に存在していて。

 

「…………」

 

 最後の一人、モードレッドは、先程まで頭を垂れていた姿勢から立ち戻り、ジッとジードの方を見つめる。

 

「……あばよ」

 

 しばしの逡巡の後、彼女の口から出た言葉は、たったそれだけだった。

 

「はぁ~~~??? 貴方、もっと他に無かったんですかねぇ?」

「ンだようるせぇなぁ。俺だってこーいう時に叫ぶのはガラじゃねぇんだよ」

 

 そんな彼女の態度が気に食わなかったのか、モードレッドに玉藻が食って掛かり、そこから始まるやいのやいのという些細な喧嘩を見て、リクは微笑みを浮かべる。

 

「……元気で」

 

――もしも、彼らの身にとてつもないピンチが迫ったなら、その時は駆けつけて、助けになろう。

 

 そう一人決心し、彼はこの世界を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――これで、この物語はおしまい。

 

 この後、ジードは再び時空の狭間を経由し――その最中にまた異なる時間に飛ばされてしまい、ベリアルを復活させようとしたとある死霊術師と遭遇、これを撃破したりしたが、それは割愛する――元の世界へと帰っていった。

 カルデアの面々は、帰還の寸前に魔術王と遭遇。その邪眼により、マスターの少年は呪いをかけられたが、此処で語るべき事ではない。

 

 人理が修復されれば、その特異点に関する記憶は、基本レイシフトを行ったカルデアの者達にしか残らない。

 

 それはジード――朝倉リクもまた然り。

 

 時空の狭間に戻った瞬間から、リクの記憶から特異点での戦いについての全てが、まるで急に靄がかかったように隠された。

 

――そう、消えたのではなく、隠された。

 

 この後、ウルトラマンジードには、全宇宙の命運を賭けた壮絶な戦いが待っている。

 この後、人類最後のマスターとそのサーヴァントには、後3つの特異点、そして黒幕との決戦が待っている。

 

 一見すれば、それぞれの道が交わるようには思えない。

 

――だが、決して交わらないと、それが絶対不変の事実であると、誰がそう決めつけられるであろうか?

 

 『二度あることは三度ある』という言葉がある。ならば、一度あったことが二度あっても、何ら不思議ではない。

 

 可能性は、無限大だ。

 

 



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後書き(という名の言い訳とか+α)

 はい。ようやく完結しました。起承転まで書いてる頃は毎回そんなに書くつもりは無かったのに、結まで来た時に気付けば、あからさまに全体の文章量のバランスがおかしな事に……。

 最初は前後編、次が前中後編で、最後はなんとか起承転結で終わらせられましたが、正直もっと伸びる可能性すらあったという。

 いや本当に、前後編で纏められる人だとか、決められた話数できっちり収められる人達ってすごいんだなぁって思いますよ。それだけの話数で、それぞれバランスよく、なおかつ話としてもおかしくないようにちゃんと考えられてるんですから。

 その点、自分は頭の中で大まかな流れ考えただけで、後は基本ノープランの一発勝負みたいな感じで書いてるもんだから、色々と粗があったりバランスが悪かったりと、反省点だらけです。

 

 とにもかくにも完結させる事を目標として書いていた今作ですが、やはり痛感させられたのは、「描くべきシーンと、そうじゃないシーンを分けられていない」という辺りや、「作者のINTが足りない」といったところですね。

 

 前者はまぁ、読んでいただけたのならお分かりの通り、メインであるモードレッド以外とリクの会話が極端に少ないところや、戦闘シーンなんかに見られます。

 完結優先で書いたので、正直大分端折りました。

 

 そして後者。そもそもFateという作品で二次創作をやるにあたって――というかどの作品の二次創作でもそうですが――知識は必要不可欠だと思います。しかも、それですらまだ一歩。二歩三歩と、より良い二次創作としての完成度を上げる為には、「もし本編での○○なら、どんな事を言うだろうか」というのを考えて書く必要があると(勝手に)考えています。

 比較的わかりやすい金時やマシュ、濃厚なキャラ付けが無く自由にしやすいぐだおはともかく、モードレッドやキャスター三人組はとことん言葉に気をつけないと、とんでもないキャラ崩壊を招きかねません。

 特にアンデルセンとシェイクスピア。前者は毒舌混じりながら人間の有り様を見透かすかのようなトークが。後者は自身の名言を交えた知的な会話がそれぞれ非常に難しい。というか、彼らで二次創作できる人達ってマジパねぇ、鬼パねぇとしか言いようがないです。

 モードレッドにしても、単純そうに見えてかなり複雑な性格なので、型月wikiとかFGOでの会話シーンを見返したりして誤魔化した感が半端ないです。

……Fate側の事ばっかり書いてますが、正直りっくんとベリアル陛下もちゃんと書けてるか怪しさ満点という。「りっくんここまで分析しながら戦えるような感じじゃないだろ! いい加減にしろ!」とか、「なんかこの陛下、微妙じゃない?」っていうのは作者自身思ってるから黙っておこうね!(司会者のお姉さん並感)

 

 後は、肝心の戦闘シーン。躍動感とか出すのはまだまだとして、戦闘シーンの描写が読者の皆様に分かっていただけたかなぁと。というか、書いてる最中にベリアルが恐ろしく強くなってて、書いてる自分もどうしてこうなったとばかり思ってました。

 自分でキメラベロス以上アトロシアス未満って言ってたのに、なんか中途半端に強くなりすぎてるやないか猿ゥ!

 その分、「実は肉体を滅ぼされたベリアルは怨念や憎悪といったネガティブな感情だけの存在となり、下手をすれば暴走状態に陥りかねない」みたいな感じにして、加えて暴走以前でも王特有の慢心からロンゴミニアド本来の力を発揮せず、結果真名解放すらできなかったみたいな感じにしましたが……。

 

 逆に自分を褒められるところはと言えば、もう完結出来た事ぐらいかなぁと。

 どちらの原作にもリスペクトは極力払って書いたつもりでしたが、何分、パワーバランス的に偏りが凄いクロスオーバーはそれだけで書く難易度が高いので……言ってみれば、ウルトラマン本編のようなものです。

 そもそもの話、クロスオーバーさせる作品を選ぶ時点でもう難しいと言っても過言ではない。「○○と■■のクロスオーバーが見たい!」というのは単純ながら良い切っ掛けであり、立派な動機ではありますが、そこ止まりになってしまってはいけない。

 特に文章だと、そこにれっきとした物語を描かないといけないので、単純に絡ませた程度では今一つ物足りない。

 絡ませた程度では、スマブラ等のような単なる夢の共演止まり。

 それこそ、スパロボのような作品みたいに、設定レベルで絡み合う事で、初めてワクワクできるのではないかと、勝手ながらそう思うのです。(※あくまでも個人的な感想の域をでない意見である為、異論は勿論認めますし、押し付ける意図はないので、あしからず)

 

 後、勿論クロスさせる作品へのリスペクトは大事ですよ。これに関しては大前提と言ってもいい。

 「その作品、クロスオーバーさせる意味ある?」というのは、単なる感想の域をでないものです。しかし、そう言われても仕方のないような作品作り、例えば単純過ぎる相互の作品の上げ下げや、単にそのキャラ等が気に食わないという程度のヘイト作品だとかは止めた方がいい。そのキャラが誰の目から見ても養護できないような悪党とかなら話は別ですが。

 ヘイトするなら、ちゃんと作品自体や設定を深く読み込んだ上でやった方がいいです。

 そうすれば、「どうしてそのキャラがそんな行動をしたのか」というようなのが分かりますし、その上でヘイトし続けるのか、もしくはif物としてキャラを改心させるような流れにもできます。

 同じ作品に対するヘイト込みの復讐物でも、ただ敵をなぎ倒すだけのシンプルな話よりも、主人公が何故復讐するに至ったか等のバックボーンや、敵にどんな事情が存在するのかというのがあった方が、より深く楽しめると思います。……まぁ、前者でも書きようによっては面白くなりますが、それこそ相当な文章力や構成が必要かと。

 

 どっちみち、読まれる為に投稿する作品を創り上げるのですから、クオリティを高める意味でも、原作や設定を確認する事は非常に大事です。

 

 

 

 

 大分話が逸れましたが、感想やらは置いておいて、次は明かしてない設定を。

 

・ウルトラマンジード クロスオーバー

 

 今回限定のジードの新たな姿。容姿はロイヤルメガマスターの鎧をモードレッドのそれっぽくし、体表を銀と赤にした感じ。マントはアルトリア(星5セイバー)の最終再臨意識の青で、当然頭の王冠には角が生えている。

 武器はクラレントをジードが扱えるサイズにまで巨大化させた『クラレントジードブレード』。ちなみにカプセルの挿入場所に関しては、仮面ライダークローズのビートクローザーを参考に。

 特殊なギミックは本編であったライザーによる研ぎ以外にはない。これは仮面ライダーキバのザンバットソードのギミックのアレンジ。……仮面ライダーばっかだな?

 

 変身できたのは――もうお分かりとは思いますが――聖杯とキングの奇跡によるごり押しです。まぁ、カプセルでも爺さんの力ならこれぐらいできそうだし、それに聖杯も合わさったら……って感じで。

 ついでに言えばジードの変身制限時間が来てないのに変身できたのもキングのおかげ。これは本編でもそれっぽく書いてるのでわかりやすいですが。

 名前の由来は本編でもう書いたので割愛。

 必殺技もこれまた本編で書いたがクラレントバースト。イメージはフォトンエッジと本家クラレントブラッドアーサー。

 

・魔術王との遭遇シーン

 

 本来ならランサーアルトリアを倒した後のイベントで出会うところで、今回はベリアルが介入してしまった為、ベリアル撃破直後、現地で召喚されたサーヴァント達が帰還する直前に姿を現し、ちょっと会話してる間に呪いをかけて去りました。冬木でもこんな感じだった? 気のせい気のせい。

 

・ジードとレイバトス

 

 これに関しては、本編を見た時からずっと思ってた事がありまして、この作品でその自説を明かしたという形になります。

 つまり、「ジードが時空の狭間で見た光景は確かにその通りだったが、何が起こるかわからない空間なので、もしかすると帰る前に偶然レイバトスが陛下を復活させようとしている現場に遭遇し、これを撃破したのではないか」という説です。

 まぁそれだと、「ウルトラファイトオーブの時はカラータイマー青だったじゃねぇか」ってなるんですがね……。

 

・後日談

 

 一応、後日談は考えています。ただ、どっちかっていうとウルフェスのライブステージみたいな感じになりますが。というか、本編としては起承転結で終わっても問題ない話なので、これもまたif話です。

 ちなみに内容は、「本編以上に強くなっているゲーティアや魔神柱に苦戦する英霊達の元に、ゼロからジードまでのニュージェネレーションヒーロー(+α)がやってき、共闘する」というもの。

 

 ニュージェネレーションのウルトラマンは、ゼロを含めても6名ですが、最後の一人は……ご想像にお任せします。

 

 

 

 

 長くなりましたが、後書きはこれで締めとさせていただきます。自分自身、設定で見落としてる場所があったりなかったりすると思うので、何か質問などあれば、どうぞ。



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