恐れ知らずがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか (もう何も辛くない)
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序章
1


サブタイ考えるの面倒なんで、この小説では数字だけで勘弁してください<(_ _)>








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界にただ一つのダンジョンが存在し、多くの冒険者と多くの神々が集まる街。この世界の誰に聞いても正しい答えが返ってくるだろう。

 

迷宮都市(オラリオ)

 

富、栄誉、力。この街に来た誰もがそれらを望むだろう。だが、この少年はそんなものを望んではいなかった。富も、栄誉も、力もいらない。そう思っていた。ただ、生きていたい。自分を命を賭して守ってくれた人達に報いるためにも、生き続けたい。それだけが望みだった。

 

「おいっ、見つけたぞ!こっちだ!」

 

「っ…!」

 

走る少年の目の前に一人の男が姿を現した。男は少年の姿を目に捉えると、首を回し、振り返って大きく声を出して仲間を呼ぶ。すぐさま少年は足を止め、今来た道を引き返す。

 

「へっ、逃がしゃしねぇよ!」

 

だが、振り返った少年の目の前にはこちらに駆けて向かってくる男の仲間の姿。

再び振り返るが、すでに仲間を呼んでいた男もこちらに迫ってくる。

右も左も高い建物で塞がれている。逃れるとしたら、男が立つ前か後ろのみ。

 

「ったくよぉ…。手間取らせやがって」

 

「さっさとてめぇが持ってるモン渡してくれりゃあなぁ…。痛い目見ずに済んだのによッ!」

 

「ぐぅっ!?」

 

少年を囲む二人の男の内、一人が少年に歩み寄ると、拳を握って腹部に突き出す。

細い体で受けた衝撃に目を見開き、大きく開いた口からうめき声を漏らしながら少年は蹲る。

 

それでも、両手で抱える二本の剣は…、形見は離さない。すぐに開いたままの口を閉じ、こちらを見下ろす男達を見上げる。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべていた男達は、少年の視線を受けてその笑みを引っ込める。

 

「…ンだよ、その目は」

 

「あのよぉ、そんな業物、お前が持ってるだけ無駄なんだよ。俺達みてぇな、強ぇ冒険者様に相応しいんだよ。だからよぉ…」

 

先程少年を殴った男が、今度は足を後方へと振り上げる。

 

「さっさと渡せってんだよォ!」

 

「っ…ぁ!」

 

男の拳が突き刺さった場所と同じ場所に、今度は男の爪先が突き刺さる。

先程よりも強い痛み。口から零れる呻き声と共に吐き出される血液が、地面を濡らす。

 

「痛ぇだろ?けどよ、これでも手加減してやってんだぜ?俺も人を、それもてめぇみてぇなガキを殺すのは気が引けるからな」

 

嘲笑を含んだ声が咽る少年に降りかかる。

 

「ほら、いつまでも抱えてねぇで、こっちに寄こせ」

 

すると、男がしゃがみ込み、こちらの目を除きながら掌を差し出してくる。少年は顔を上げ、差し出された掌を見る。

 

ゆっくりと、二本の剣を持ち上げる。男達はようやくこちらに渡す気になったかと、笑みを浮かべる。そんな男達の顔を見上げながら、少年は鞘から刃を抜いた。

 

「いっ…がぁぁ!?」

 

「なっ…!?こ、このガキ!?」

 

差し出した掌を斬られた男はすぐに少年から距離をとる。斬られた箇所を抑えながら、ギラギラとした目で少年を睨む。後方に立っていた男も、いつの間にかここへ来ていた仲間の男と一緒に、剣を抜いた少年から距離をとっていた。

 

「て…めぇ…!」

 

「だ…が…。おまえら…な…ん…」

 

上手く声が出せない。立ち上がろうとしても力が入らない。剣を振るったのが最後の力だったとでもいうのか。ふざけるな。まだ終わってない。これは大切なものだ。唯一、家族と呼べた人から受け継いだ形見だ。このままじゃ、奪われる。

 

自分の手から、何もかもが零れ落ちてしまう。

 

「殺す!よくも…、よくも!!」

 

「お、おい…。さすがにそれは…」

 

男達の話し声が聞こえる。殺す…、そうか、殺されるのか、ここで。

嫌だ、嫌だ。まだ生きたい。まだ戦える。こんな所で死んだら、彼らが命を賭けた事が無駄になる。

 

嫌だ。

 

生きたい。

 

力が、

 

欲しい。

 

「何をしてるの?」

 

今まで何も望まなかった、現状に満足し続けた少年が初めて何かを望んだその瞬間、涼やかな少女の声が耳朶を打った。

 

直後、まるで糸が切れた人形のように少年の体から力が抜ける。視界が黒に染まる。

意識が遠ざかっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メインストリートの喧騒の中、その声を聞いたのは偶然だった。多くの人達の往来である事を忘れ、立ち止まる。

 

「んぁ?どないしたん?あれ!?急に走り出してホンマにどないしたんや!?ちょっ、」

 

背後からの呼び止める声には応えず、少女は路地裏へと飛び込んでいく。声が聞こえてた方へと入り組んだ道を駆ける。何回か道を曲がっていく内に、耳に届く誰かの話し声がはっきりと聞き取れる。

 

「殺す!よくも…、よくも!!」

 

建物の影から飛び出た少女が見たのは、三人の男達が一人の蹲る少年を囲んでいるという光景だった。その光景は明らかに、穏やかなものではないと、今来たばかりの少女にも察せた。

 

「何をしてるの?」

 

弾かれたように少年を見下ろしていた男達が顔を上げる。

 

「ゲェッ、剣姫(けんき)ぃ!?」

 

少女の顔を見た男達は例に漏れず目を瞠り、握った拳を解き、目の前にいる年端もいかない少女に恐れを見せた。

 

「な、何でこんな所に剣姫が…」

 

「声が聞こえたから。それで、その子に何をしてるの?」

 

狼狽える男達に問い続ける少女。とはいえ、彼らが少年に何をしていたかなど、想像するに難くないのだが。

 

「ちっ…。もういい、行くぞ」

 

「あ、あぁ…」

 

男達の中の一人が狼狽から立ち直ると、苛立ちながらもその場から立ち去っていく。その男に続いて、他の二人の男達も男に続いて立ち去っていく。少女は男達の姿が見えなくなってから、先程から声を発さない、倒れた少年に駆け寄る。

 

少年の口元に耳を近づけ、呼吸がある事を確認する。そっと少年を仰向けにして、外傷がない事を確認する。だが、少年の口元から一筋の血が流れており、見れば足元にも血が散っている。これでは、外に目立った傷がなくても中はどうなっているか解らない。

 

「アイズた~ん、やっと追いついたわぁ~。いきなり走り出して、神は下界じゃ体力ないんやで?」

 

「ん。ごめん、ロキ」

 

少年の容態を見ていると、先程までメインストリートを一緒に歩いていた人物…というよりは、神物がようやく少女に追いついてきた。

 

あの男達との会話から解る通り、この少女は冒険者である。今隣にいる女性の神、ロキのファミリアに所属しており、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの名前は、オラリオのみならず世界中に知れ渡っている。

 

「んで、その子は誰や?知り合いか?」

 

「ううん。さっき、冒険者に襲われてたのを助けたとこ。ロキ、黄昏の館まで運ぶから手伝って」

 

「…まあ、しゃーないか」

 

神と冒険者達で組むファミリアにはそれぞれホームがあり、ロキ・ファミリアのホームの名が、アイズが口にした黄昏の館である。基本、ホームにはファミリアのメンバー以外の者は入れないのが通例なのだが…、怪我人を捨て置くなどできるはずもない。

 

少年を運ぶ前に、少年の物と思われる二本の剣を回収するアイズ。その二本の内一本は鞘から抜かれていた。冒険者達に抵抗するため、少年が戦おうとしたのだろうか。そんな事を考えながら剣を鞘へと収めるアイズの目に、こちらをじっと見つめるロキの顔が映る。

 

いや、見ているのはアイズではなく、アイズが持っている剣だ。

 

「どうかした、ロキ?」

 

「ん、あぁいや、何でもないで。それよりもほら、さっさととこの子、運ぼか」

 

一体どうしたのだろうか。ともかく、今はこの少年を運ぶ事が先決だ。アイズとロキが、それぞれの肩に少年の腕を回して体を支える。

 

「うっわ、なんやこの子、かっるいなぁ~。ちゃんとご飯食べとるんかな?」

 

「ロキ、しっかり肩持って」

 

「はいはい。てか、思ったんやけど、アイズたんが背負ってけばええやんか」

 

「…」

 

全く、思いつかなかった。無性に恥ずかしい。

 

立ち止まり、黙り込むアイズ。黙ったまま、少年の腕を首に回し、自身よりも大きい体を、だが明らかに軽い体を背負って歩き出した。

 

「…まだ、しにたく…ない」

 

「…」

 

ふと、歩き出したアイズの耳元で、少年が呟いた。アイズの目の前で、少年の両拳がぐっ、と握られる。

 

「大丈夫」

 

「あれ、アイズたん!?また走るん!?お、置いてかんといてぇぇぇぇぇ!!」

 

ロキの叫びのドップラー効果を耳にしながら、アイズは黄昏の館へと急ぐ。

少年が館へ運び込まれ、空いている部屋のベッドに寝かされるまで、握られた拳は力の入ったままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~…、もう、しゃあないなぁ、アイズたんは」

 

どんどん先へ走っていくアイズの背中を眺めながらロキは苦笑を浮かべながら呟いた。

だが、アイズの背が見えなくなったと同時、浮かべていた苦笑を収め、細い目を開く。

 

(あの剣…、確かあの爺が持っとったモンや。何であの坊主が…)

 

口元に手を当て考え込むロキ。しばらくの間そうして立っていたが不意に動き出し、頭を掻く。

 

「まっ、ここで考え込んでてもしゃーないか。あの坊主が起きてから聞けばええ話や」

 

当初、単なる親切心で少年を拾ったロキであったが、もしかしたら思わぬ拾いものをしたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の名前が全く出てこねぇ!原作キャラの名前は出てきてんのに、主人公の名前はどこやねん!

てことで、主人公のお名前は次回にお預けという事で。


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2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見た。あの日から毎日見ている、嫌な夢。あの地獄の光景。皆が死んだ、何もかもが燃やされた、残っていたのは爺ちゃんが持っていた二本の剣だけ。

 

そうだ、剣。剣は無事だろうか。ちゃんと守れただろうか。正直、俺がこの剣を持つのに相応しくないというあの言葉は、正しいと思う。ただ、だからといってこの剣があいつらに相応しいとは思わない。持ち上がった意識が覚醒し、ようやく目を開く。

 

そこには見慣れた木目の天井…ではなく、真っ白な汚れ一つない、知らない天井があった。

というより、ここはどこだ。あまり記憶がはっきりしないが、俺はあの路地裏で気を失ったのだろう。

 

「…あっ」

 

口から声が漏れる。俺の目の前にあったのは、俺が寝ていたベッドに立て掛けられた二本の剣。慌てて体を起こし、それを手に持つ。

 

間違いない、爺ちゃんの剣だ。あいつらに奪われずに済んだんだ。

安堵の息を吐いて、改めて周りを見回してみる。

 

どこかの宿、だろうか。しかし、それにしては随分と部屋が立派な気もする。

木でできたデスクと椅子、その横には箪笥とクローゼット。勿論、これくらいの設備を揃えた宿もあるのだろうが、オラリオに辿り着くまでに俺が泊まって来た宿とは天と地ほどの差だ。

 

どれくらい金をとられるだろう。手持ちは少ないからここへ俺を連れてきた人に全部払ってほしい。

 

「…そうか。助けてもらった、のか」

 

ここで理解する。俺は、誰かに救ってもらったのだ。惨めにもあの男達に負け、全てを奪われようとした所を、誰かに救ってもらったのだ。自分の力で守り抜いたのではなく、誰かが──────

 

ならば、お礼を言わなくては。そしてついでに、ここの宿の代金も払ってもらおう。

ここに泊まっているのだろうか?まあ、怪我人を運んできた人くらい、受付の人が覚えているだろう。考えながら部屋の外に出ようとして気付く。この扉、鍵がついていない。

 

おい、どういう事だ。こんな立派な設備をしているのに、何で扉に鍵がついていないんだ。欠陥じゃないか。おかしいだろ、一番大事な事忘れてるぞ。俺が泊まってたボロ宿でもそこはしっかりしていたぞ。これじゃ部屋に私物を置いたままじゃ出れないじゃないか。

 

ともかく、このまま剣を置いたままじゃ部屋を出れない。持って行こうと、剣が立ててある方へと足を向ける。

 

「ん?」

 

そこで、扉が開く音が聞こえた。立ち止まって振り返る。

 

「…」

 

「…起きた?」

 

最初に目に付いたのは、美しく揺れる長い金の髪。こちらを見上げる金の瞳に吸い込まれそうになる。

 

美しい、その一言でしか形容できない少女がそこに立っていた。

 

じゃ、ない。この人は誰だ?起きた、とは何だ?

…もしかしたら、この人が。

 

「待ってて。今、フィン達を呼んでくる」

 

「え、あ。ちょっと待っ…」

 

あなたが俺を助けてくれた人ですか、と聞く前に少女が去っていく。

フィン、とは誰なのか。達、という事は他にも誰かここに来るのだろうか。そして何よりも、あの少女が俺を助けてくれた人なのか。

 

頭の中でグルグルと回る多くの疑問に悶々としながらベッドに座って待つこと十分。

再び扉が開く音がし、目を向ければ先程の少女、と、他数名。少女を先頭に部屋の中へ入ってくる。

 

入ってきたのは五人、そのうち一人は言わずもがな、初めに入ってきた少女だ。

他に無造作に髭を伸ばした筋骨隆々のドワーフの男、長い翠の髪を下ろした美しいエルフの女性。その二人の間には明らかに子供としか思えない、しかしこちらを見るその目はどうしてもこちらよりも年下とは思えない男性。恐らく、小人族(パルゥム)と思われる。そして、少女の隣に立つ赤髪の…、エルフの女性と比べて明らかにとある部分が乏しい女…性なのだろうか?

 

「おい、今何か失礼な事考えたやろ」

 

心が読まれた…だと?

乏しい赤髪の女性(?)がこちらに詰め寄ってくる。

 

「神に嘘は通じひん。堪忍しぃや」

 

「か…み…?」

 

かみ…、紙?あ、解りました。解りましたから睨むのをやめてください。

 

「いたっ…、何すんねんリヴェリア。ちぃとこん坊主には神に対する礼儀っちゅうもんを教えとかな…」

 

「何を言っている…。それよりも、私達には聞かなければならない事があるだろう」

 

おぉ、綺麗な方の女性が助けてくれた。ぶっちゃけ、この人の方が神って感じが…、すみません、睨まないで。

 

「聞かなければいけない…?スリーサイズ?」

 

「んな訳ないやろ!!」

 

ならよかった、安心した。まさかこんなに大勢で押しかけて、まさかの聞きたい事が俺のスリーサイズって引くわ。ぶっちゃけ質問に答えずに逃げるわそんなの。

 

「あなたの名前は?」

 

「え?」

 

さっきからツッコみ続け、息が切れている自称神様と、そんな自称神様を苦笑を浮かべながらリヴェリアと呼ばれていた女性と小人族の男性、ドワーフの男性が眺めている中、会話中ずっとこちらを見つめていた少女が口を開いた。

 

「…そうだね。まず、こっちが質問する前に自己紹介をしようか」

 

小人族の男性はそう言うと、右手を胸に開けて続ける。

 

「僕の名前はフィン・ディムナ。ここ、ロキ・ファミリアの団長をやっている」

 

…フィン・ディムナ?ロキ・ファミリア?何かそれ、聞いた事があるっていうかぶっちゃけこの世界に知らない人なんかいるのってレベルのあれなんだけど。き、聞き間違いかな。

 

「私はリヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキ・ファミリアの副団長だ」

 

あるぇ?またロキ・ファミリア?ていうか、リヴェリア・リヨス・アールヴってまーた有名人の名前が…。

 

「今度は儂じゃな。ガレス・ランドロックじゃ」

 

…もう、解った、ここがどこなのか。どうしてあのオラリオ最大派閥、ロキファミリアの重鎮達がここにいるのか。

 

ここは宿屋なんかじゃない。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。よろしく」

 

「そんで、うちがロキや!自称ちゃうで?」

 

ここは…、ロキ・ファミリアの本部、黄昏の館だ。

 

 

 

 

 

 

「えっと…。アルトリウス・レイン、です。よろしくお願いします」

 

色々と驚き過ぎて、あの後ベッドに倒れこんだ。どうやらあの時の怪我はリヴェリアさんが治してくれたらしく、倒れた俺を見てまだ治療していない箇所があったのかと慌てていた。

 

ごめんなさい、ただ混乱しただけです。というか、察してください。目が覚めたらそこはロキ・ファミリアの本部で、しかも目の前にファミリア重鎮勢揃いって一般人の心臓に悪すぎです。

 

とにかく、気を落ち着かせ、今度は俺が自己紹介をする番だ。といっても、名前を言って終わりなのだが。

 

「アルトリウス…。うん、良い名だ。よろしくね」

 

フィンさんがそう言って俺の名前を褒めてくれた。名前を褒められて悪い気はしないが、どこか気恥ずかしさを感じる。込み上げる感情を隠すために、視線を下へ向ける。

 

「…それで、聞きたい事って何ですか?まさか、怪我はもう大丈夫かって聞きに来ただけ…じゃ、ないですよね」

 

「あぁ、せや。あんたのせいで、目的忘れるとこやったわ」

 

人のせいにしないで。

 

「覚えとるか?昨日の事」

 

「昨日…か、どうかは解りませんが、冒険者に襲われた事なら覚えてますよ」

 

ロキ様曰く、どうやら冒険者達に襲われたのは昨日らしい。つまり、一日ずっと気を失っていた訳だ。道理で体が軽い。…いや、体が軽いのは寝てたからじゃなく、リヴェリアさんの治療のおかげ?まあ、今は置いておこう。

 

「そういえば、あの時助けてくれたのは…」

 

「それなら、ここにいるアイズたんや。全く…、折角のアイズたんとのデートを邪魔しよって…」

 

デート…?何だそれ。

それよりも、俺を助けてくれたのはこの金髪の少女らしい。

その時の事を全く見ていないため、らしい、としか言えないのだが…、神様が、ロキ・ファミリアの人が嘘を吐くとも思えない。

 

「君が…。あの時はありがとう。おかげで、あの剣があいつらに渡らずに済んだ」

 

「うん…、どう致しまして」

 

助けてくれたお礼を言って、頭を下げる。

 

「その剣の事なんだけどね?アルトリウス君」

 

アイズさんの返事を聞いて、頭を上げる俺に話しかけるフィンさん。

 

「あの剣、どこで手に入れたのかな?」

 

フィンさんは俺を見上げながら、そんな事を聞いてきた。

何が聞きたいのかと思えば、剣をどこで手に入れたかって…。そんなの、

 

「…」

 

なんて答えればいいのか、解らない。あの剣を持っている経緯、話すと長くなるし、正直出会ったばかりの人に話したいとは思わない。俯いて逡巡する俺に、フィンさんが続けた。

 

「あの剣は、僕達の友が持っていた剣なんだ。…もし、君が正しくない方法であの剣を手に入れたんだとしたら」

 

「…友?爺ちゃんを、知っているんですか?」

 

後半の言葉はほとんど聞こえていなかった。フィンさんの口から出てきた友という一言。

 

「爺ちゃん…?」

 

「…あん爺いつの間に孫なんて拵えとったん?オラリオにいる間、結婚すらしとらんかったっちゅうに」

 

フィンさんが目を丸くし、ロキ様が口元に手を当てながらぶつぶつと何か呟いている。

見れば、リヴェリアさんとガレスさんも目を見開いて驚いているようにも見える。

ただ一人、アイズさんだけが首を傾げて、何の話か解っていない様子。

 

俺も、爺ちゃんを知っている風の彼らを前にどうしたらいいか解らないでいる中、リヴェリアさんが問いかけてきた。

 

「アルトリウス。君の爺ちゃんという人は、シリウス・キルヴェストルという名ではないか?」

 

「はい、そうですけど…。やっぱり、爺ちゃんを知ってるんですね」

 

シリウス・キルヴェストル、それは、俺を十二年間育ててくれた恩人の名だ。

 

「にしちゃ、姓が違うのぅ」

 

「あぁ、それなら俺と爺ちゃんには血の繋がりがありませんから。俺の名前も、姓も爺ちゃんがくれたものです」

 

ガレスさんが髭を撫でながら口にした疑問に答えを与える。ちなみに、俺のレインという姓は、俺を拾った日は雨が降っていたから、という単純な理由から付けられてたりする。

 

「…そうか。すまない、嫌な事を聞いてしまった」

 

「いえ。血の繋がりがなくても、爺ちゃんは家族で…親でもありましたから。気にした事はありません」

 

「親?」

 

「はい。何か、生まれてすぐに両親が俺を捨てたらしくて」

 

俺を生んだ母親と父親の顔を俺は知らない。家族は、親は爺ちゃんだけだった。

 

「…本当にすまん」

 

何か部屋の空気がかなり重苦しくなった。ガレスさんが頭を下げて謝って来た。

慌てて気にしていない事を伝えて、頭を上げてもらう。

 

「じゃあ、この剣はシリウスからもらったモンなんやな?」

 

「…もらった、とは、違うかもしれません。でも、盗んだとかじゃないのは誓います」

 

この人達の懸念は当然の事かもしれない。俺だって、友人が持っていた物が知らない間に誰かの物になっていたら、まず警戒するのは盗まれた事だろうから。だが、誓って俺はこの剣を盗んじゃいない。

 

「そうか…。なら安心した。その剣、大事にするんだよ」

 

どうやら信じてもらえたらしい。フィンさんが微笑みながらそう言ってくれた。

 

「しかし、シリウスが親、か…。あいつが子育てするなんて、想像もできんが」

 

「ま、冒険者引退してから少しは丸くなったんじゃろ」

 

リヴェリアさんとガレスさんが、笑いながら爺ちゃんの話をしている。ロキ様とフィンさんも、笑みを浮かべてその話を聞いている。他にもこの街に、この人達と同じように爺ちゃんを知っている人が、友人だった人がいるかもしれない。

 

そう思うと、胸が暖かくなる。

 

「せや、シリウスは今でも元気にしとるんか。というかあんた、ここに来る前はどこに住んでたん?」

 

だがその暖かさは、一瞬で冷たさに変わった。

 

「…死にました」

 

「…は?」

 

「死にました。…大勢の人達と一緒に、俺を守るために」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロキ達のシリウスに対する印象は、負け知らずだ。モンスターを笑いながら屠り、今ではオラリオ最強と言われる【猛者(おうじゃ)】オッタルも彼の前では地を這いつくばった。彼らにとって、最強=シリウス・キルヴェストルだったのだ。きっと、フィン達と同時期に冒険者となった者なら、誰でもそう言う。

 

だが、目の前のシリウスの子という少年は、シリウスは死んだと言った。

 

「死んだ…って。シリウスがか?」

 

「…」

 

常に冷静なリヴェリアが、狼狽えながら問いかける。シリウスの子、アルトリウスは何も言わず、口を開かぬままただ頷いた。

 

「…まだ寿命って年齢じゃないはずやろ。モンスターにやられたんか?」

 

「…」

 

今度はロキが問いかける、だが、アルトリウスは何も答えない。

神であるロキは、アルトリウスの胸の内を感じ取る。この事についてはもう、話したくない、と。

 

こちらとしては、どうしても知りたくはあった。特に、シリウスに憧れ、目標としていたフィン達はロキ以上にシリウスの死について知りたいと感じているだろう。

 

それでもロキは思う。もう、この事をアルトリウスに聞いてはいけない、と。

ここでこれ以上この話を続ければ、アルトリウスがこの手から離れていく。そう予感した。

 

「…なあ、アルトリウス。あんた、これからどうする気や?」

 

「…?」

 

「何があったのかは知らんけど…、もう頼れる人とかおらへんから、オラリオに来たんやろ?」

 

ロキの方に向いていたアルトリウスの視線が下へ移る。

 

この子は一人なのだ。そこにいる、アイズがファミリアに入る前の時と同じ。頼れる人は誰もいない。オラリオに来るしかなかったのだ。

 

「アルトリウス。もし、これからどうするか決めてないんやったら…

 

 

 

 

 

 

うちのファミリアに入らんか?」

 

ロキは手を差し伸べる。かつて、世界最強と言われた男の忘れ形見に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の名前と、少し過去が明らかになりました。
そして、ロキがアルトリウスをファミリアに誘う…、返事は如何に!?(知ってる)

アルトリウスの苗字を考える際、レインという案が出る前にペンドラゴンが頭の中に浮かんできたのは秘密。


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3

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、早速だけど始めようか」

 

「は、はい!」

 

今、俺の目の前には明らかに背丈に合っていない長い木の棒を両手に握ったフィンが立っている。ちなみに俺の両手にも、それぞれ一本ずつ木刀が握られている。これから、フィンと模擬戦をするのだが…、俺の部屋に来たロキ達がこの場にいるのはまだ良い。の、だが…、

どうしてこんなに大勢広場に集まって来てるのか。俺、ただの素人ですよ?神の恩恵(ファルナ)を刻んだばかりのペーペーですよ?そんなに見ないで、恥ずかしい。

 

「…どうしてこうなった」

 

ぽつりと呟いた言葉は誰にも届かず、誰も答えを返してはくれない。

 

 

 

 

遡ること僅か十分ほど前。俺はロキから手を差し伸べられていた。ファミリアに入らないか、と誘いを受けていた。差し伸べられた手を俺は、じっと見つめていた。

 

ロキが集めたファミリア、ロキ・ファミリアはオラリオ最大派閥の一つに数えられている。入団希望者はそれこそ、数え切れないほどいると思う。そんなファミリアの主神から俺は今、誘いを受けている。

 

「そんな警戒せんといてぇな。何も悪だくみとか、してへんで?」

 

正直話が上手すぎるというか、そういった警戒心はあっさりとロキに見抜かれた。

さらにロキは続ける。

 

「それに、あんたがシリウスの子やからっちゅう理由で誘ってる訳でもない。うちはアルトリウス・レインっちゅう子にファミリアに入ってほしいんや」

 

そして俺が持っていたもう一つの疑念。ロキは、俺が知り合いの子供だから俺を誘ったのではないか、という疑念を否定した。もしロキがここでそれを否定していなければ、未来は変わっていたかもしれない。

 

「なんやあんた、うちを楽しませてくれそうやからな。同情でも何でもない」

 

ロキは真っ直ぐと俺の目を見据えて、恥ずかしげもなくこう言い放った。

 

「あんたが欲しい」

 

 

 

 

という経緯で俺はロキ・ファミリアへと入る事になった。俺がファミリアに入ると了承してすぐ、ロキから神の恩恵を与えられ、背に神聖文字(ヒエログリフ)でステイタスを刻まれた。

 

ステイタスがどうだったか?…Lv1でオールゼロでしたけど何か?悪いか!

 

…ゴホン。

ともかく、そんな何も面白みもない俺のステイタスを見たロキがその後、こう言った。

 

『これからうちの子供達と一緒に戦う事にもなるし、アンタの実力知っとかなあかんな…。ちょいと、フィンと模擬戦してみ』

 

実力も何もステイタスはもう解ってるじゃないですか、という言葉は聞き入れてもらえず。

俺の抗議は色々と、これからは家族になるのだから敬語はなしやら何と俺とアイズは同じ十二歳だった等という雑談に掻き消され、遂に模擬戦の会場となる広場まで来てしまった。

 

しかも広場には恐らくダンジョンから帰って来たのだろう、ロキ・ファミリアの冒険者達が集まっていた。主神、ファミリア幹部に囲まれる見た事のない子供という奇妙な光景が注目を集め、いつの間にやらまるで見世物みたいな状態に。

 

「さ、いつでもかかっておいで」

 

いや、かかっておいでって、あんた全く隙ないじゃないですか。どうしろってんだ、これ。

 

 

 

 

 

 

 

「…動かんの」

 

「あぁ。恐らく、フィンの佇まいを観察し、隙を探しているのだろう。…ここまでは合格か」

 

「リヴェリアたん、合格って…。入団試験ちゃうで?これは」

 

「…」

 

団員達が集まってくる中、その最前列にガレス、リヴェリア、ロキ、アイズは立っていた。四人はアルトリウスとフィンを…、というよりは、アルトリウスの動きを見つめている。

 

ロキも言ったが、これは入団試験ではない。第一、もうすでにロキが神の恩恵をアルトリウスに与えているのだから、試験の必要はない。ならば、何故この模擬戦をロキが仕組んだのか。

 

「リヴェリアたん、そんなに睨まんといてぇなぁ。理由なら後で話すって」

 

「…言質はとったからな」

 

この会話から解る通り、リヴェリアはこの模擬戦に乗り気ではなかった。

ファミリア内で訓練目的でよく模擬戦は行われているはずなのだが、それでもリヴェリアはこの模擬戦をするべきじゃないのでは、と気が気でない。

 

『フィン。ちぃと、アルトリウスを痛めつけてくれ。もちろん、死なん程度にな』

 

その理由が、このロキの言葉だ。模擬戦に臨むアルトリウス本人と、アイズはロキがこんな事を言っていたとは知らないが、ロキは部屋から広場に向かう途中、フィンにそう指示していた。

 

一応外に出た時、フィンにやり過ぎるなとは伝えておいたし、フィン自身も解っているとは思うが…、新しい芽が早々に摘まれてしまうのではないのか。

 

「…確かめたいんや。あれが、どれ程のモンか」

 

「…動いた」

 

リヴェリアがアルトリウスの身を案じていると、ふとロキが呟いた。その呟きを耳にしたリヴェリアがどういう事かと問いかけようとした瞬間、アイズが口を開いた。

 

彼女が目を向けている方へ視線を移すと、そこには真っ直ぐフィンに向かって駆け出すアルトリウスの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくの間、フィンを観察していた。それで出た結論は、全く隙が無い。どこから攻めても、それこそ真正面から攻めようが真後ろから攻めようが、間違いなく初撃は防がれる。ならば、どうするか。

 

「…っ」

 

フィンの目が僅かに見開いた目が俺の姿を追う。ただ真っ直ぐ突っ込むのではなく、左に、右に、不規則にステップしながらフィンへ接近していく。

 

真正面からのぶつかり合いなどできるはずもない。フィンのレベルは6、こちらのレベルは1。考えるまでもなくステイタスは断然向こうの方が上だ。その差を覆し、()()にはどうしなければならないか。答えは一つ。

 

相手が反応できない攻撃を繰り出すしか、勝機はない。

 

左手をフィンの方へ向け、右手をだらりと下げる。その間にも足は止めない。フィンは油断なくこちらを見据えている。フィンの目は…、どちらかというとフィンに向けてる左手に向いている。下げている右手にも注意は払っているようだけど、それも想定内。

 

フィンの前で立ち止まると、フィンは木棒を体の前で構える。防御体勢だ。

そこに向けて木刀を打ち込む、事はせず、大きく木刀を投げ上げた。

 

「なっ?!」

 

声を上げながらフィンは投げ上げられた木刀を目で追いかける。瞬間、フィンに向けていた左手がフィンの視界から離れた。その時を見逃さず、木刀の先端をフィンの顔面目掛けて突き入れる。

 

「っ、くっ!」

 

が、すぐにこちらに視線を戻したフィンがそれに反応し、木刀の突きは防がれ、弾かれる。大きく体勢が右に流れ、それを見たフィンは追撃に出る。突き出された木棒を首を傾ける事でかわし、ちらりと視線を上へ向ける。

 

それが降りてきた事を確認し、右腕を上げる。掌を開き、先程投げ上げた木刀を掴み取る。

 

「まさか、これを狙って…っ」

 

掴み取った木刀をすぐさま振り下ろす。追撃のために突き出したフィンの木棒は間に合わない。まずは、一撃──────!

 

「…っ!?」

 

振り下ろされた木刀は空を切る。動いた金の影を追って視線を移す。

無理やり行動を回避に移したせいか、フィンは左足を突いている。これを隙ができた、とは勘違いしない。この程度では、隙とはなり得ない。

 

今度は向こうから仕掛けてくる可能性を頭に入れ、その場で木刀を構える。

 

相手が反応できない攻撃を繰り出す。これがどれ程難しいか。相手はレベル6の冒険者であるフィン・ディムナ。レベルだけでなく、戦闘経験だって向こうの方が断然上だ。それでもただ一つ、相手に勝ってる自信があるものがある。

 

化物(かくうえ)との戦闘経験なら、俺は負けちゃいない)

 

化物(かくうえ)との戦闘経験、といってもほとんど何もできずボコボコされただけなのだが。

 

(それにしても…、神の恩恵って凄いな。体が軽いしよく動く。自分のイメージ通りに動くってこんなに気持ちいいものなんだな…)

 

もし、あいつらがもう少し遅く現れてくれれば…、いや、そうじゃない。今考えるべきなのはそれじゃない。

 

思考を休まず巡らせる。さっきの攻撃は失敗した。なら、次はどうするか。

 

「──────っ」

 

息を呑む。

未だ思考が固まっていない俺に、今度はフィンから仕掛けてきた。

 

連続で突き出される木棒を木刀で弾き、時には体を翻してかわす。隙のない連続攻撃は、全く反撃の機会を与えてくれない。相手との体の位置を入れ替え、何とか押し込まれないようとするが、効果はほとんど表れない。それでも、劣勢に苦心する中でも一つ、勝ちに繋がるヒント…というべきなのだろうか、これは。ともかく、俺にとっては助かる点を見つけた。

 

それは、まあ当然の事ではあるのだが、相手が手加減しているという事だ。それも特に、ステイタスでいえば力に関してはかなりフィンは抑えていると思われる。当たり前だ。フィンがパワー全開で攻撃すれば俺は死ぬどころか体が潰れてしまうかもしれない。

 

そんな俺のためを思ってのフィンの手心だが…、それを逆手にとってしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

強い。戦いながら、目の前の少年を見てフィンは思う。

ステイタスの問題ではない。むしろステイタスだけなら、この少年は全冒険者の中で最低値なのだ。

それでもフィンに、ロキ・ファミリア団長勇者(ブレイバー)に強いと思わせるアルトリウスは、レベル2程度の速度で繰り出される攻撃を全て防ぎ、かわし続けている。

 

(強い…、というよりも、上手いというべきかな。明らかに冒険者なりたての戦いじゃない)

 

思い出すのは模擬戦が始まってすぐにアルトリウスが起こした行動。まさか、武器を投げ上げる事でこちらの隙を作りだそうとするとは。そんな事を考える戦士を、フィンは見た事がなかった。

 

(まずいな…)

 

胸の奥で燻るある感情を抑えながら、心の中で呟く。こうしている間にも、アルトリウスはこちらが繰り出す連撃の速度に慣れてきたようだ。明らかに目の動きがこちらに追いついてきている。これでは相手が反撃を始めるのも時間の問題だ。

 

「っ…!」

 

そうフィンが思ったその直後だった。フィンが突き出した木棒を体を翻して回避したアルトリウスが、両手を振りかぶり、力一杯振り下ろした。フィンの両手に衝撃が奔り、フィンが予期していた木棒の軌道が大きくずれる。

 

(リヴェリア、すまない。やり過ぎるなという約束…)

 

目の前で左腕を引き絞り、こちらを狙うアルトリウス。

 

(守れないかもしれない…!)

 

歯を食いしばるアルトリウスを前に、フィンは抑えきれない感情を外に零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…フィン。笑ってる」

 

「あぁ。…楽しそうじゃの。儂も次、相手を頼もうかのぉ」

 

この場にいる誰もが、目の前の光景を信じられずにいた。それでも、目の前で起こっている事を認めるしかなかった。

手加減している事は解っている。それでもだ。

それでも、新人が、我々の団長と渡り合っている、と。

 

「馬鹿を言うなガレス。…ロキ、こうなる事を解ってたんじゃないだろうな」

 

「んな訳ないやろ。確かに、シリウスの下で育ったんやからそれなりにやるやろとは思っとったけど…、予想以上すぎるわ」

 

ガレスを一睨みしてから、今度はロキを見下ろして問いかけるリヴェリア。

ロキは目の前の戦いから目を離さぬままリヴェリアの問いかけに答える。

 

「おーい、アイズー!」

 

「…ティオナ?ティオネにベートさんも」

 

ロキの様子に溜め息を吐き、リヴェリアが再び視線を戻そうとしたその時、背後から声がした。

振り返ると、こちらに駆け寄って来る三人の男女。

 

アマゾネスの姉妹、ティオナ・ヒリュテにティオネ・ヒリュテ。そして狼人(ウェアウルフ)のベート・ローガだ。

 

「ねぇアイズ、あれフィンだよね?あのフィンと戦ってる人は誰?」

 

フィンと戦う少年を指差し、アイズに問いかけるティオナ。

そのティオナの問いかけに答えたのはアイズではなく、ロキだった。

 

「夕飯の時に改めて紹介する予定やーけーどー…。あそこにいるのはアルトリウス・レイン。今日からファミリアの一員や」

 

「へー…。それで、レベルは幾つなの?」

 

ティオナの問いかけに答えたロキに、続いてティオネが問いかける。

 

「1や」

 

「…は?」

 

「だから、1や。冒険者なりたて。ステイタスオールゼロ」

 

「…えええええええぇぇぇぇぇ!!?」

 

恐らくティオネは、というよりこの場にいる誰もが、アルトリウスはどこかのファミリアから改宗(コンバージョン)してきた冒険者だと考えていただろう。

 

「1…だと?おいロキ、んな冗談笑えねェぞ」

 

「冗談なんかやない。今さっき、うちが神の恩恵与えたばっかりや」

 

「…マジかよ」

 

ここに来たばかりの三人が視線を戻す。そこには変わらず未だに立ち続け、戦い続けるアルトリウスとフィン。

誰もが言葉を発さなくなり、二人の戦いに目がとられる中、ただ一人だけ、二人の戦いを見て思考する者がいた。

 

(…どうして、彼はこんなに強いんだろう)

 

フィンの攻撃を受け、地面を転がるアルトリウス。だがすぐに立ち上がり、再びフィンに攻撃を仕掛けるその姿を見て、アイズ・ヴァレンシュタインは思う。

 

(どうして彼は、こんなに強くいられるんだろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

考え付いた様々な攻撃をフィンに向け続けた。それらは全て、凌がれた。

それだけじゃない。戦い始めた当初より、フィンのスピードが上がり、伝わってくる衝撃が強くなっている。

手加減の度合いが明らかに低くなっている。

 

「ぐっ…、あぁ…!ちぃっ」

 

振るわれる木棒に腹を殴られ、吹き飛ばされる。二本の木刀を地面に力一杯突き、地面を転がる体を止めてすぐにフィンに向かっていく。

 

もう、当初にあった駆け引きはない。駆け引きに持ち込む事すらできなくなっていた。フィンの打ち込みを防ぐ、それしかできない。そしてそれも、次第に難しくなっている。

 

まず、一発。一発、フィンに入れたい。そこから活路を見出す。

だがその一発を入れるために、戦いが始まってからずっと四苦八苦し続けてきたのだ。これ以上、どうすれば──────

 

「がっ…!」

 

木棒の先端が腹を突く。がくがくと震える膝に力を込め、立ち続ける。ここで膝を屈する訳にはいかない。

もし屈すれば、もうこれ以上、立ち上がれないような気がした。

 

(…捨てるか)

 

限界は近い。それは俺自身が一番よく解っている。このままでは、呆気なく負けてしまう。

ここから()()ためには、何か、小さくても良い。切欠が欲しい。

 

その切欠を作り出すために、全てをこの一撃に投げ打つ事にしよう。

 

フィンに向かって駆ける。ただ真っ直ぐ走るのではなく、右に、左に、不規則に向きを変えながらフィンに近づいていく。それは、模擬戦初めの光景と同じものだった。

 

「…楽しかったよ。まさか、ここまでとは思わなかった」

 

向かってくる俺を見て、フィンが言う。

…何だその言い方は。まるでもう、自分の勝ちだと言わんばかりのその言い方が気に入らない。

 

「もう結果は揺るがない。そろそろ諦めたら…って言っても、聞かないんだろうね」

 

「当たり前だ。まだ…、負けてない!」

 

応えると同時、木棒を構えるフィンに向かって木刀を投げる。先端がぶれずフィンに向かってく木刀の軌道に合わせてもう一方の木刀も投じる。そして、俺は足を止めずにフィンに向かっていく。

 

フィンは一本の木刀を木棒で弾き飛ばし、その陰に隠れたもう一方の木刀に目を見開く。

 

ほんの僅かだが反応が遅れた。あの木刀は恐らく防がれる…それでも。

 

「っ、しまっ…!」

 

「これでっ!」

 

フィンの死角からの回し蹴り。これの防御は間に合わないはずだ。

 

「いっぱ、っ!!?」

 

当たると確信した回し蹴りを繰り出した直後、体全体に途轍もない衝撃が襲う。

 

何が起きたか解らぬまま、俺は一日ぶりに意識の暗転を再び味わう事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




1話目のあれからのこの主人公の暴れっぷりである。
フィンはかなり手加減してますよ?フィンが楽しく感じたのは、普通なら相手が勝てないと思う力を見せつけても、アルトリウスから全く諦める気配を感じなかった事と、アルトリウスの戦い方が全く見た事のないものだったから。
そして勿論、ここまで強いのには理由がありますよ?それは次回で。


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4

 

 

 

 

 

日が暮れ始め、夕闇が空を覆い始めた頃。ロキ・ファミリア主神ロキの部屋には、部屋の主であるロキとファミリア重鎮の三人、フィン、リヴェリア、ガレスの四人が集まっていた。

 

「いやぁ~、良いもん見れたわぁ。まさかフィン相手にあそこまでやるとはなぁ、先が楽しみな子や」

 

「何が良いものだ。見た目に反して大した事はなかったが、一歩間違えれば大惨事だったぞ」

 

「はは…。本当に、アルトリウスには申し訳ない事をしたよね…」

 

「そう気にするな、フィン。実際、大した事なかったんじゃ。後でアルトリウスに謝って、水に流してもらおうじゃないか」

 

ソファに腰を下ろし、ふんぞり返りながら楽し気に言うロキに、非難の視線を送るリヴェリア。普段は団員達に見せてきた広く、頼もしい背中がどこか頼りなく見えるフィン。そして豪快に笑うガレス。

 

「…さて、と。そろそろ本題に入らなあかんな」

 

ここにいる全員が、アルトリウスの未来を案じ、楽しみにしている。

そんな和やかな空気は、ロキの言葉と同時に霧散する。

 

ソファにふんぞり返っていたロキは上体を起こし、彼女の目の前で立っているフィン達を見回した。

 

「まず、これを見てみぃ。そして、ここに書かれてるのが、あの模擬戦の理由や」

 

懐からロキは一枚の紙を取り出した。そこには神聖文字(ヒエログリフ)で誰かのステイタスが刻まれている。

 

「これは…、アルトリウスの?」

 

「せや。ほれ見てみぃ。卒倒しなかったあの時のうちを褒めてやりたいわ」

 

苦笑を浮かべながら言うロキに従い、フィン達が受け取った紙へ視線を移す。

 

 

 

アルトリウス・レイン

Lv.1

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

《スキル》

恐れ知らず(ドレッドノート)

枷を外す。早熟する。

 

 

 

恐れ(ドレッド)知らず(ノート)?」

 

神聖文字(ヒエログリフ)で書かれたスキル名を、リヴェリアが復唱する。

 

「聞いた事のないスキルじゃの…。それに、効果が」

 

「早熟する、は大体想像できる。だが、()とは何だ?」

 

早熟する、これはステイタスの上昇値が上がる、という効果で恐らく間違いないだろう。それがどれ程上昇値に干渉してくるかはまだ解らないが。だが、この()が何なのか。どうしてそんなものがアルトリウスに課せられているのか。

 

「それを確かめるために、フィンと模擬戦をさせたというのか?」

 

「それと、早熟具合を確かめるためにやな。目が覚めたらすぐ、ステイタスを更新するつもりや」

 

「…それで、解ったのか?この枷というのが何なのか」

 

ロキはリヴェリアを少しの間見つめると、視線を切って頭を振る。

 

「さっぱりや。何やステイタスでも上がるんかと思ってたんやけど、戦い方こそ異常なものの、ステイタス自体は全く変わっとらんかった」

 

アルトリウスがあそこまでフィンに立ち向かえたのはステイタスの変化が理由ではなく、ただアルトリウスの技術によるものだった。ロキが当初予想していた、枷が外れ、ステイタスが上がるというのは完全に間違いだったと、あの模擬戦を見てロキは感じた。

 

なら、枷というのは何なのか。

 

「…まあ、彼と過ごす内に明らかになっていくと思うよ」

 

「そうじゃなぁ。今ここですぐ調べなきゃならん悪いスキルという訳でもなさそうじゃしの」

 

ロキが頭を悩ませる中、フィンとガレスが口を開く。

確かに二人の言う通り、スキルの効果を見る限り、持ち主に悪影響を与えるような物ではなさそうだ。

というより、スキルという物は持ち主に好影響を与える物であって、持ち主が悪影響を受けるスキルなど存在しないはずなのだが。

 

「…確かに、未知のスキルに警戒しすぎてるのかもな」

 

ロキが天井を仰ぎながら呟く。

 

恐れ知らず(ドレッドノート)

ただ一人、アルトリウス・レインにのみ現れた唯一のスキル。文自体はあまりに簡素なものだったが、その効果はかなり絶大な物になるだろう。

このスキルがアルトリウスにどんな影響をもたらすかは解らない。それでもきっと、このスキルはアルトリウスのためにある物だ。

 

「解ってると思うけど、他言は禁止やで?」

 

とはいえこのスキルが外に漏れれば騒ぎになるのは目に見えている。いや、騒ぎになるだけならまだ良い方だ。

このスキルを知り、他の神々がアルトリウスを欲しがり、強引な手に出てくる可能性だってある。

 

ロキに言われるまでもなく、その可能性を察していたらしい。三人はロキの言葉の訳を問う事なく、頷いて応えた。

 

「団長。入ってよろしいでしょうか?」

 

部屋の中に、ノックの音が響いたのはその直後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま た こ の 天 井 か

どうやらまた気を失ったらしい。一日ぶりにまた気絶を味わった俺の気分は少々複雑だ。

 

今度は嫌な悪夢を見る事はなく目を覚ました俺は、再び汚れ一つない真っ白な天井を見上げていた。

右手を突き、上体を起こして部屋を見回すと俺以外に三人がそこに立っていた。

 

「あ、起きた!ねーねーティオネ、アイズ!新人君起きたよ!」

 

「見れば解るわよ…。大丈夫?痛む所とかない?」

 

俺が起きたのを見ると、三人共こちらに歩み寄って来た。その内二人は姉妹だろうか?浅黒い肌を惜しみもなく露出させたアマゾネスの二人と、冒険者に襲われていた俺を助けてくれたアイズが気を失った俺を看てくれていたのだろうか。

 

アマゾネスの二人の…、豊満な方に問われ、俺は腕を一本ずつ回し、腰を右、左と順番に回して首もぐるりと回す。うん、痛みはないな。

 

「大丈夫です」

 

「そう。ならよかった。じゃあ、私は団長達にこの子が目を覚ました事を伝えてくるわ。あなたは二人と一緒に待っててね」

 

豊満な方の問いかけに答えると、豊満な方は部屋から出て…。あの、人の心が読めるのって神様だけじゃないんですかね?何かもう一人の方のアマゾネスがこっち睨んできてるんですけど。そんなに気にしてるんですね、貧しい事…。あ、解りましたから、もう考えないから睨まないで。

 

「アルトリウス、震えてるけど大丈夫?」

 

「ん…、あぁ。さっきも言ったけど、どこも痛くないし大丈夫だと思う」

 

アマゾネス様の視線にびくびく震える俺に気付いたアイズが心配…してくれてるのだろうか。無表情で何を考えてるかちょっとよく解らない。…まあ心配してくれているという事にしよう。

 

その後は、冷たい視線を収めたアマゾネスさんと自己紹介を交わし、やはり二人は姉妹だという事が解った。今ここに残っているのがティオナ・ヒリュテ、さっき部屋から出て行ったのがティオネ・ヒリュテ。

…本当に姉妹でどうしてあそこまで差が出てしまったのか。どこがとは言わないし、これ以上考えたらまた睨まれそうだから考えるのもやめるが。

 

ティオナはかなり人懐っこい性格のようで、初対面にも関わらず俺を名前で呼び、姓で呼ぶ俺に名前呼びを強制させた。まあその後に、ロキ達と一緒に部屋に戻って来たティオネにも名前呼びを強制されたから、この姉妹、かなり似た者同士なのかもしれない。

 

「どうやら本当に大丈夫みたいだね。さっきはすまなかった」

 

「いや…。むしろ、少しは本気を出させることができたって事ですよね?それの方が嬉しいです」

 

ティオネと一緒にロキ達が部屋に入ってくると、まずフィンがやって来て、怪我をさせてしまった事を謝罪してきた。別に俺はあの模擬戦について、フィンに対して怒りなどの感情は抱いていない。むしろその逆。ほんの少しだったとしても、手加減を忘れるほどフィンを追い詰めた事が嬉しいと思う気持ちの方が大きい。

 

フィンから広げた掌へ視線を向け、ぐっ、と拳を握る。

ここでなら強くなれる。冒険者になった事、このファミリアに入った事は間違いじゃなかった。

あの模擬戦が、俺にそう思わせてくれた。

 

「さっ!堅苦しい話はこれくらいにして、ごはん食べよか~!ほら、アルトリウスも行くで~!」

 

「え?」

 

「え?や、ないやろ。あんたはもうファミリアの一員やで?さっさと来んかい!」

 

「あ、解った。解ったから手を離して引っ張らないで転ぶ!転ぶ!」

 

ロキに手を掴まれ、引っ張られる。ベッドから体が飛び出し、転びそうになるのを慌てて足を床に付けて抑える。どこへ行くのだろうか。ごはん、と言っていたから食堂だろうか?何度か廊下を曲がると、人の話し声が耳に届くようになってきた。もう食堂には多くの団員達が集まっているのだろう。

 

「ほれ、ここや。さっさと入りぃ」

 

不意にロキが立ち止まると、振り返ってそう言った。ロキが今立っている場所から少し横にずれた事で、その奥、食堂の全貌が目に飛び込んできた。

 

やはり多くの冒険者達がすでに食事を始めており、各々思うように座り、近くの人と談笑している。

あまりの人の数に若干圧されるが、一度深呼吸をしてから一歩、食堂に足を踏み入れる。

 

「おっと、すまん。ちょっとこっち来て」

 

「え…、あ?」

 

ここは飲食店でするように席に座って注文するのではなく、順番に同じメニューをもらって食べるというシステムらしい。それに習い、俺は列の最後尾に並ぼうとしたのだが…、再びロキに手を掴まれ引っ張られる。俺の腕を引くロキは少し歩き、食事をとる団員達の視線を集めながら、皆がこちらの姿を見やすい所で立ち止まると俺の腕を上げながら口を開いた。

 

「はーい。ちょいと手を止めてこっち見てくれんかー?」

 

こっちの存在に気付いていた者は勿論、気付いていなかった者も手を止めてこちらに目を向ける。

食堂にいるすべての物の視線がこちらに向けられる。たった今、食堂に着いたフィン達も俺とロキを見守っている。

 

「なぁ。あいつ、さっき団長と戦ってた奴じゃねぇか?」

 

「あぁ。結構腕がいい奴だったな」

 

何かいつの間にか有名人になってるらしい。…まあ、あの模擬戦結構見られてたからな。あそこまで見事に負けた所を見られたとか…、恥ずかしすぎる。

 

「広場でフィンとの模擬戦見てた子もおると思うけど、この子は新しくファミリアに入った子や!ほれ、自己紹介」

 

「え?」

 

いきなり大勢の人の前に連れて来られたと思ったら、いきなり大勢の人の前で自己紹介しろと無茶振りされたのだが。え、本当にどうすればいいんだこれは。一発芸とかするべきなのか?…いやダメだ、こんな初対面が大勢いる所で一発芸なんかしたら間違いなく滑る。白ける。そしてこいつは危ない奴だと印象付けられる。

 

「…あ、アルトリウス・レインです。よろしくお願いします」

 

という事で、無難な自己紹介に留めておく。ここに爺ちゃんがいたらもっと何かしろとか何やら騒いでただろうけど…、ムリだ、不可能だ。危ない人認定は御免だ。

 

「てことで、この子の名前はアルトリウス・レイン。これから仲良くしたってなー」

 

一瞬、ロキがつまらなそうな目でこっちを見たのは気のせいだ。あの爺ちゃんと同類だなんて認めてたまるか。

 

自己紹介を終えると、ロキが俺を空いてる席に座らせた。食事を持ってきていなかったが、ガレスが俺の分も一緒に持ってきてくれた。ガレスにお礼を告げてから、ようやく俺も食事にありつく。すると、俺の正面の席にアイズとティオナ、ティオネが腰を下ろした。

 

「そういえばアルトリウス!さっきの模擬戦、凄くかっこよかったよ!」

 

「そうね。手加減されてたとはいえ、団長とあそこまで戦えるなんて驚いたわ」

 

三人と少しの間、オラリオに来る前はどうしていたか等の話をしていたが、唐突にティオナが身を乗り出しながらそう言ってきた。それに続いてティオネも頷きながら言う。

 

いやかっこいいって…、ただぼこぼこにされただけなんだけどな。攻撃全部通用しなかったし、その上手加減されてたし。それでかっこいいと言われても、正直複雑だ。

 

「ねーアイズ!アイズもそう思ったよねー?」

 

「うん。アルトリウス、強かった」

 

胸中の微妙な感情を察したのか否か、ティオナが隣のアイズに同意を求める。もきゅもきゅと口の中のものを咀嚼し、飲み込んでからアイズは頷いてティオナに同意する。…後ろに座ってる狼人(ウェアウルフ)の耳がぴくりと震えたのが見えた。何だったのだろう。

 

後はただアイズ達と談笑を続けたり、その光景をフィン達が微笑ましそうに見守っていたり、、食事を終えた他の団員達がこっちに来て俺を質問攻めにしたり、アイズの後ろに座っていた狼人(ウェアウルフ)が俺を睨んでから食堂を出て行ったり…。ほ、本当に何だったんだあの人は。

 

食事を終えるとようやく解放され、部屋へ戻るとさっきまでの騒ぎとは打って変わって静寂が周りを包み込む。俺の部屋は、昨日怪我した俺をアイズが運び込んだあの部屋が割り当てられた。今日からここが、俺の自室となる。

 

「…これから、楽しくやれそうかな」

 

ベッドに倒れこみ、天井を仰いで呟く。皆、良い人だった。あの狼人(ウェアウルフ)もきっと、優しい人…だといいな。主神も言動が所々変態親父臭いところ以外は言う事なしだ。

 

明日から、このファミリアと共に過ごす事になる。ここで俺はどれだけ強くなれるのか。ここの人達とどんな関係を築いていけるのか。ダンジョンの中で、どんな冒険が待っているのか。

 

心躍る俺の冒険は、これから始まる─────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルトリウスー、おるー?ちとうちの部屋まで来てくれへん?」

 

「…」

 

始まるったら、始まるんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はアルトリウスの初ダンジョンです。


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5

 

 

 

 

 

 

 

 

「…バレテナーイ、バレテナーイ」

 

周囲に誰もいない事を何度も確認しながら塀をよじ登る。登り切り、もう一度誰もいない事、こちらを見ていない事を確認してから塀の外へ降り立つ。…やった、やり切った。俺はこのミッションをやり遂げたのだ。

 

ミッションって何だよ、俺も知らねぇよ。

 

誤解されないように言っておくが、別に脱走しているわけではない。いや、明らかに脱走してはいるけど、ファミリアをやめるとかそういう訳ではない。なら、何でこんなこっそり逃げるような事をしているか?…聞いて驚くな。

 

俺はこれから、ダンジョンへ向かう!

 

空がようやく白み始めた頃、俺は目が覚めた。昨日、模擬戦の怪我をリヴェリアに治療された俺だが、疲労までは抜けていなかったようで。夕食の後、ロキに呼び出され、神の恩恵(ファルナ)を貰って一日と経たずステイタスの更新を施された後、部屋に戻った俺は即座に眠りについた。

 

…いやぁ、凄いね。やっぱフィンが凄いって事が改めて解った。だって、一度戦っただけでトータルで250くらいステイタスが上がってんだもん。爺ちゃんが言ってたあの言葉、『成長の一番の近道は化物(かくうえ)と戦う事じゃ』って正しかったんだな。

 

え?文字がおかしい?気のせいだ。(白目)

 

ちなみに、昨日ロキに見せてもらったステイタスはこうだった。

 

アルトリウス・レイン

Lv.1

力:I0→I37

耐久:I0→I86

器用:I0→I78

敏捷:I0→I54

 

《魔法》

【】

《スキル》

【】

 

と、なっていた。凄いね。ロキが物凄く吃驚してた。初めて見たぞ、どっひゃあああああああって叫んで驚く奴。物語の中だけにしかいないと思ってた。

 

そしてもう一つ、ロキに呼び出された理由があるのだが、こちらが俺がこんな行動に出た訳に繋がるものだ。呼び出されたロキの部屋にはもう一人、リヴェリアがいたのだが、リヴェリアがこう言ったのだ。

 

『明日、私と一緒にギルドへ冒険者登録をしに行く。だが、ダンジョンはお預けだ。しばらくの間、座学でダンジョンについて学んでもらう』

 

待って、待ってくれ。いや、座学も大事だとは思う。ダンジョンで死にたくないし、ダンジョンについて学ぶのも吝かではない。それでも何故、ダンジョンに潜ってはいけないのだ。ダンジョンに潜り、モンスターと戦わなきゃステイタスが上がらないじゃないか。

 

そう言い返せば、リヴェリアはこう返した。

 

『フィンやガレス。他にもアイズ達と練習相手には不足しない者はここにたくさんいる。特にガレスやアイズ、ティオナなんかはお前と戦いたがっていたぞ』

 

いやでも、対人戦と対モンスター戦は違うのでは?とさらに問いかけても…

 

『さっき言ったメンツと戦っていればそこらのモンスターなど塵に等しく感じるぞ』

 

塵って…、リヴェリアさん、あなたそんなキャラだったっけ?いや、まあ確かにその通りとは思うけど…、モンスターとどうしても戦ってみたい。その欲求を俺は抑えられなかった。

 

ここに来る前、爺ちゃんと住んでいた時も俺は爺ちゃんとしか手合わせした事がなかった。度々爺ちゃんと食糧調達をしに出かけ、そこでモンスターを見た事はあるのだが…、『ひゃぁぁぁぁぁはっはぁぁぁぁぁ!汚物は消毒じゃぁぁぁぁぁああああああ!』とか言いながらエキサイトした爺ちゃんが現れたモンスターを斬り潰していくから俺はモンスターとの戦闘経験が一度もないのである。

 

モンスターと戦いたいとねだっても、『儂がそこらの埃より劣ると?』とか言って凄んでくるからどうにもならないし。

 

だが、今は違う!俺はようやく、モンスターと戦うチャンスを得たのだ!逃してなるものか!

と意気込み、部屋着の上からオラリオに来る時まで身に着けていた黒いローブを羽織い外へ出て、今に至る。

 

塀の外へ降りた俺は迷わず南へ向かう。普通ならば来たばかりの都市、迷いそうなものだが、ダンジョンは天を衝くほど高い塔、バベルの地下にある。ちょっと視線を上に向ければそこに目的地がある、迷うはずがない。

 

こんなに早い時間でもそれなりに起きてる人はおり、何度か人とすれ違いながら走ること五分。バベルの中へ入った俺は躊躇う事無く地下へと続く階段を下りていく。やっと…、やっと、俺の手でモンスターを殺せる…!

 

ひゃぁぁぁぁぁはっはぁぁぁぁぁ!汚物は消毒じゃぁぁぁぁぁああああああ!

 

 

 

 

 

 

「こんな早くからダンジョンに潜るなんて…。熱心な人ね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはもう、夢中で戦った。どれくらい時間が経ったのだろう、俺一人しかいなかったはずのダンジョンで他の冒険者達とすれ違い、ようやく我に返った。それと同時、背筋に冷たい感覚が奔る。

 

まずい、早く戻らなければ。階段を三度上るとダンジョンを抜け、バベルの塔の一階に返って来れた。階段を三度上った、という事は俺が辿り着いたのは三階層までか…。どうせなら五階層まで行ければ良かったのに。キリが良いし。

 

じゃない。急いで黄昏の館まで戻らなければ。それもファミリアの人に見つからないように。…いや、見つかってもいいのでは?俺がダンジョンまで行った所を見たファミリアの人はいない。館に戻ってきたところを見られ、どこへ行ってたのか聞かれれば、少し開けた所で素振りをしてたとでも言えば誤魔化せるのでは?

 

…よし、これでいこう。ただこのローブはどこかに捨てて行こう。モンスターの返り血がついている。これを着たまま戻れば、多分臭いでばれる。どうせオラリオまで行く道中で買った安物だ。

 

「む…。あぁ、昨日ファミリアに入った…アルトリウス、だったか。すまない、入っていいぞ」

 

ローブを道の脇にあったゴミ捨て場投げ、部屋着姿で黄昏の館まで帰る。館に入ろうとする俺の前に一瞬、門番の人が立ちはだかろうとするが、俺の顔を見て動きを止める。さすがに一日も経ってないし、顔を覚えられてなくても仕方ないか。

 

門番の人に道を開けられ、俺は小さく頭を下げてから館の中へ入っていく。玄関を抜け、自室がある方へと廊下を歩く。まだ朝食までは少し時間がある。部屋に武器を置いて、シャワーで汗を流すか、それとも部屋でぼけーっとしてるか。

 

結局、なんだかんだダンジョン探索に疲れたようで、部屋に戻ったらこれからシャワーを浴びに行く気など全く起きなくなり、ベッドの上で仰向けになってただ天井を見上げるだけで時間を潰す事になった。

 

体は疲れているのに、目はかなり冴えている。モンスターと初めて戦った事に興奮しているのだろうか?ともかく、こんなに疲れるとは思っていなかった。ダンジョンも思ったより複雑で、帰り道でも迷うとか考えていなかった。

 

…また行くけどな!

 

部屋の外から話し声が聞こえてくるようになった。どうやら食堂へ行く人が多くなってきたらしい。俺もベッドから起き上がり、食堂へ行くために部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…随分くたびれているな。よく寝られなかったか?」

 

「い、いや。そんな事ないっすよ?むしろあんなフカフカで気持ちいいベッドとか初めてだったし」

 

今、リヴェリアはアルトリウスと共に冒険者の往来が最も多い、冒険者通りを歩いていた。これからギルドへ行って、アルトリウスの冒険者登録をするのだ。本来、冒険者登録をするだけならばアルトリウス一人で行っても十分なのだが、アルトリウスはロキ・ファミリアの冒険者として登録しなければならない。証人として、リヴェリアがついていく事になったのだ。

 

しかし、やけにアルトリウスが疲れた様子なのがリヴェリアは気になっていた。もしかすると、あまり眠れなかったのではと思い付き問いかけたが、アルトリウスの否定の仕方を見るとそうではなさそうだ。気にはなるが、どこか体調が悪いようにも見えないので、ここは置いておく事にする。

 

冒険者通りにある施設についてアルトリウスに説明しながら歩いていくと、一際大きい建物が目に入る。

 

「着いたぞ。あれがギルドだ。冒険者及びダンジョンの管理、魔石の売買を司っている」

 

ギルドの前で立ち止まってから、アルトリウスにそう説明し、改めてギルドの中へと入っていく。中は冒険者やギルドの職員の話し声で賑わっていた。リヴェリアは空いている窓ぐ内を見つけると、そこにアルトリウスを連れていく。

 

「随分と眠そうだな、ローズ」

 

リヴェリアが知っているパッチリとした目はやや細まり、欠伸が漏れそうになるのを耐えている受付嬢に、そう声を掛ける。

 

「今日、何時出勤だと思う?四時よ、四時。堪んないわよ…」

 

己の名前を呼ばれた狼人(ウェアウルフ)の女性は、リヴェリアの顔を見て微笑んでそう答えた。

 

「そうか。ご苦労な事だ」

 

「心からそう言ってくれてるのなら、それはそれは嬉しいんだけどねー」

 

気心の知れたローズと軽い会話を済ませてから、リヴェリアは本題へ話を入れる。

 

「この子の冒険者登録をしたい」

 

「…はいはい。って、あら?」

 

それはそれは面倒そうに羊皮紙を奥の机から持ってきたローズは、リヴェリアと替わって窓口の前に立ったアルトリウスを見て目を丸くする。心なしか、アルトリウスの表情が青くなっている気がする。

 

「あなた、確か朝──────」

 

「気のせいです」

 

「え?でもあなた、ダンジョンに──────」

 

「気のせいです」

 

気になる単語が出てきた。

 

「朝?ダンジョンだと?」

 

「…」

 

「そういえば、朝食の前に館に入って来ていたな」

 

「…」

 

「まさか…。ダンジョンに潜っていたのか?」

 

「…」

 

リヴェリアが何を言っても、アルトリウスは返事をしない。二人の間に流れる微妙な空気を感じ取ったローズが、直後に一言。

 

「…ヒミツにしといた方が良かったのかしら?」

 

「もう遅いですよ」

 

冒険者登録の手続きが終わり、黄昏の館に帰るまでこれ以上、アルトリウスは口を開く事が出来なかった。いや、正確には…、リヴェリアの説教が終わるまで、アルトリウスは口を開く事を許されなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危険な事をしたという自覚はあった。ただ…、あそこまで大事になるとは思わなかった。

ギルドから戻る間、ずぅ~っとリヴェリアの冷たい視線が背中に突き刺さった。視線ってあまりに冷たすぎると本当に視線が当たる所が冷たくなるんだな。初めて知った。

 

戻ったら即行フィン、ガレスも呼んでロキの部屋へ、そしてリヴェリアの説教開始。その間、ずっと正座。正座ってずっと続けると痺れを通り越して感覚が無くなってくんだな。これも初めて知った。

 

今日は初めて知る事尽くしだね!やったね!…嬉しくねぇよ!

しかもいつの間にかソロでダンジョン潜った事がファミリア中に知れ渡ってるし…、こんな注目のされ方は嫌だ…。

 

「おーい、アルトリウスー!」

 

説教から解放されれば休む暇もなく今度はリヴェリアさんのためになるダンジョン講座が始まって、気付けば夕暮れ…。俺の冒険者初日がこんなんで終わるのは間違っているだろうか?…間違ってるだろ!?

 

「アルトリウスってばー!」

 

…さっきから俺を呼ぶのは誰だ?正直今はそっとしておいてほしいのだが。

 

「もう!聞こえてるでしょー!?返事してよー!」

 

「…返事するのも億劫」

 

「…気持ちは、解る」

 

前から歩いてくるのはティオナ、ティオネのヒリュテ姉妹にアイズ、そして狼人(ウェアウルフ)のベートさんだ。ちなみに、何でベートさんだけさん付けかというと、ベートさんからは呼び捨ての許可をもらってないからである。

 

騒がしいティオナに、疲労の深さを隠そうともせず…というより隠せないままぽつりと一言。すると、その一言は向こうに聞こえていたようで。何やらアイズが青い表情で俺の肩に手を置くと、頷きながら俺に同意してくれた。

 

…そうか、アイズもあの説教を受けた事があるんだな。同志がいてくれて嬉しいよ。

…だからベートさん、何で睨むんですか。

 

「ベート、一々アルトリウスを睨むんじゃないの」

 

「…別に睨んでなんかねぇよ」

 

ティオネもベートさんの俺に向けられる視線に気付いたらしく、ベートさんに一言注意を促した。が、ベートさんはそれをサラッと流し、それ以上何も言わないままこの場を去っていった。

 

俺、嫌われるような事したっけか。昨日も結構睨まれた気がしたんだが。

 

「もー、ベートったら…」

 

「はぁ…。気にしないで。ベートは誰にでもああだから」

 

立ち去るベートに溜め息を吐くティオナとティオネ。首を傾げるアイズ。

 

「言葉は悪いけど根は優しい奴だから。気を悪くしないであげて」

 

微笑みながら言うティオネ。ホント、この人は姉貴肌というか、面倒見がいいよな。結構この人、モテるのではなかろうか。

 

「やあ。こんな所で立ち止まって、どうしたんだい?」

 

「あ。ふぃ「だぁんちょう♡何でもないんですぅ~!それより、団長はどうしてここへ~?」」

 

この異常なまでのフィン愛さえなければ。昨日、初めてこのティオネの変貌を目にしたけどまあ驚いた。頼れる姉御がいきなりこうなったんだし。

 

「また始まった…。アイズ、アルトリウス。いこっか」

 

「放っておいていいの?」

 

「うん。その方がティオネも喜ぶでしょ」

 

「…フィンぇ」

 

初めてのダンジョン、冒険者登録。初めての上司からの説教と、初めての座学。初めて尽くしの濃い俺の冒険者生活一日目は、こうやって過ぎて行った。

 

この日見た、ティオネに詰め寄られるフィンの顔は忘れない。フィンって、あんな引き攣った顔するんだな。ホント、色々と知る事となった冒険者生活一日目であったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公の性格に迷走してきましたが、何とか主人公はこういう性格なのかっていうのが伝わったかな?…伝わってるといいな。まだ迷走してるよバカ野郎とか言わないでね…。(´;ω;`)


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6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ほい、終わったで。紙に書くから服着て待っとって」

 

肌蹴た背中から二つの手が離れる。手の主、ロキ・ファミリア主神ロキは更新されたステイタスを紙に記していく。その姿を横目で見ながら、服を着終えると、それと同時にロキはステイタスを記し終え、更新用紙を俺に差し出す。

 

アルトリウス・レイン

Lv.1

力:B703→B738

耐久:C646→C676

器用:S901→S923

敏捷:A855→A879

魔力:I0→I0

 

《スキル》

【】

《魔法》

【】

 

これが冒険者になって、ロキ・ファミリアの一員となってから三か月が経った俺のステイタスだ。ロキ曰く、ステイタス的にはそろそろランクアップのし時だという。だが、ステイタスをただ上げるだけでレベルが上がる訳ではなく、他に何か条件があるらしい。

 

「ロキ。そろそろランクアップの条件を教えてくれよ」

 

「んー?リヴェリアの許可が出たらなー」

 

ランクアップできるのなら今すぐにでもしたい。そう思いつつロキに問いかけるも、こちらに軽く手を振りながらさらりと質問を流される。

 

何故だ、何故教えてくれない。実はこの質問をするのは初めてではなく、初めて質問をした時もこうやってロキに返答された。ならばとその後にリヴェリアに質問したのだが、帰ってきた答えはまだ早いの一言。それから何度も質問をするが、帰ってくる答えはそれの一点張り。

 

俺がランクアップするのに本当にまだ早いのならそれでいい。ただ、それならそれでランクアップの条件を教えてくれればいい。そうすれば、俺はその条件をクリアするためにこれから明らかな目的を持って鍛錬できる。

 

だが、それを許してはくれない。

 

「そんなしかめっ面せんといてぇな。何度も言うけど、アンタの成長速度は異常やで?なんてったって、あのアイズたんでもLv.2に上がるまでに一年かかったんやからな」

 

「…」

 

それも何度も聞いた。俺の成長速度は速い、と。確かに、Lv.2へ上がった最速記録はアイズの一年で、それと比べたらロキの言う通りなのかもしれない。しかし、だから何だというのだ。成長が早いのなら早いだけいいじゃないか。

 

何故、俺の成長の邪魔をする?

 

「…アルト。勘違いしたらあかん。何もリヴェリア達は、アンタの邪魔をしたくてこんな事をしてるんやない」

 

「…解ってる。大丈夫、それは解ってるんだ」

 

この三か月の間でついた俺の渾名を口にし、俺に言葉を掛けるロキ。俺はロキに頷き、一瞬出かかった嫌な感情を打ち消す。リヴェリア達が俺の事を考えてくれてるなんて、俺が一番知ってる事じゃないか。そうでなければ、俺の模擬戦のお願いにフィンやガレスが毎回付き合ってボコボコにしてくれたり、ダンジョンの構成について何時間もぶっ続け休みなしでリヴェリアが講義してくれたりするはずがない。

 

…あれ?本当に俺の事を考えてくれるのか?

これまでの三か月を思い返したら、ちょっと不安になってきたんだが。

 

俺の胸中を察したロキが苦笑している。何でそこで苦笑いなんですか。不安がもっと大きくなるんですけど。

 

「…ロキ、いる?ステイタスの更新したいんだけど」

 

「お、アイズたんやないかー!ええでええでー!ほら、はよ入りぃ?」

 

その時、扉を叩くノック音が部屋に響き、直後にロキを呼ぶアイズの声。その声を耳にした途端、ロキの表情が一変。花が咲いたような笑顔になり、俺を相手にしてる時よりも明らかに明るい声が響き渡る。

 

がちゃり、と扉が開く音。部屋に入ってくるアイズにロキが飛び込んでいく。だが、あっさりアイズに回避され奥の壁と熱いキスを交わす。ホントこの神様、普段はただの変態親父だよな。女神の癖に。

 

「アルト?いたんだ」

 

「おう。…っと、悪いな。ここにいたらステイタス更新できねぇな」

 

壁に突っ込んでいったロキには目もくれず、部屋に入って来たアイズは椅子に座った俺を見つけて声を掛けてくる。それに対し、俺は軽く手を上げて応え、ここにいてはアイズがステイタス更新できないの椅子から立ち上がって部屋から出ようとする。

 

「せやせや!これからうちはアイズたんとあまぁ~い一時を過ごすんや!とっとと出てけぇ!」

 

「そんな一時は来ない。…そんな事よりアルト」

 

ロキが過ごしたがった甘い一時とやらがバッサリアイズに来ない宣言され、その上そんな事よりと流された女神は両目から滝のごとく涙を流す。そしてそれすらもスルーして、アイズは俺が手に持つ用紙に視線をやった。

 

「それ、アルトのステイタス?」

 

「そうだけど。どうした?」

 

「…見てもいい?」

 

こちらを見上げながらそう問いかけてくるアイズ。俺のステイタスに興味があるのか?Lv4のアイズが気にするほど誇れるステイタスじゃないんだが…、Lv.1だし。

 

「いいけど…。俺のステイタスなんて見ても面白くないと思うぞ?」

 

とはいえ、別に断る理由もないし、用紙をアイズに向かって差し出す。アイズが右手を上げて俺から羊皮紙を受け取ると、紙を広げて俺のステイタスに目を通す。上から下へ、動くアイズの目が少しずつ見開いていく。

 

「…俺のステイタス、何か変か?」

 

「…ううん。ありがとう、見せてくれて」

 

俺のステイタスを見て何やら驚いている様子のアイズに問いかけるが、その問いには首を横に振って答え、用紙を俺に差し出すアイズ。少し引っ掛かるが、もう一度用紙に目を下ろしても特におかしな点は見られない。

 

もしかしたら、俺の成長スピードに驚いているのかも?…そうかもしれないな。アイズはランクアップの最速記録保持者だし、それを抜きそうなペースの俺に驚いたのかもな。

 

「あぁ。…じゃあお休み、アイズ」

 

「うん。お休み、アルト」

 

もしその通りだとしたら俺から言える事は何もない。何を言ったって、嫌味にしかならない。アイズと一言だけ、挨拶を交わしてから部屋を出る。

 

扉を閉めると、復活したロキが再びアイズに何やら話しかけている声が外にまで聞こえてくる。もし俺がロキの事を何も知らなかったら、あれが女神とは絶対に思わないだろうな…。

 

「…戻るか」

 

一つ、深いため息を吐いてから自室に向かって歩き出す。

さて、これから寝るまで何をしようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉まった扉をじっと見つめながら、アイズは先程目にした数字の羅列を思い出す。

 

「全アビリティ熟練度、上昇値トータル100オーバー…」

 

紙に書かれたアルトリウスの成長の度合い。アイズは思い出す。かつて、彼と同じLv.1だった頃の自分を。自分もLv.1だった頃、あそこまで成長していただろうか?否だ。アイズはランクアップするまでに一年かかった。それどころか、彼ほど成長する事はできず途中で行き詰まり、ステイタスは伸び悩んでいた。

 

「アイズ、気にしたらあかんで。アイズにはアイズの、アルトにはアルトのペースっちゅうもんがあるんやからな」

 

「…うん」

 

前しか見ずにただ走るだけではいずれどこかでコケる。それはロキやリヴェリア、フィンにガレスからも何度も口酸っぱく言われてきた事だ。昔の自分では理解できなかったその言葉の意味は、今の自分は理解している。

 

それでもアイズは、アルトリウスが気になってしょうがない。どうしてあんなにも速く駆け上がれるのか。そして、アルトリウスの成長の源は…、アルトリウスが戦う理由は何なのか。

 

「ほい!終わったでー」

 

アイズが考え込んでいる間にステイタス更新、更新されたステイタスを羊皮紙に記し終えたロキが更新用紙をアイズに差し出す。アイズはロキから羊皮紙を受け取り、一度膝に置いて上着を着てから再び羊皮紙を手に取り、そこに書かれた神聖文字(ヒエログリフ)に目を通す。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.4

力:E451→E455

耐久:E422→E425

器用:B711→B718

敏捷:C698→B703

魔力:B751→B757

狩人:H

耐異常:G

剣士:I

 

先程見た、アルトリウスの怒涛の成長具合とつい比べてしまう、自身の成長度。明らかに自分の方が低い。アルトリウスの方は、成長の限界が来てもおかしくないはずなのに、自分の方が。

 

「アイズ」

 

「…うん」

 

「ん。解っとるんならええ」

 

また思考の渦に呑み込まれそうになるアイズをロキが呼び戻す。はっ、と顔を上げ、アイズは頷く。大丈夫、解ってる。皆が自分に何を言っているのか、理解している。

 

「ほれ、それなら早く部屋戻って休みぃ。明日から遠征なんやから。…あ、それとも今日はうちと添い寝でも─────」

 

「お休みなさい、ロキ」

 

「つれないなーアイズたん!」

 

叫ぶロキの声は閉じられた扉とその音に遮られ、アイズの耳に届く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。太陽の光に照らされて輝き、優しい風に吹かれて靡くロキ・ファミリアのエンブレムが描かれた旗を見上げる。遠征に向かう部隊は結団式を行っている頃だろうが、俺を含めたお留守番組は館で待機である。といっても、遠征に行ける最低限のLv.3を満たしていないのは俺一人。他に残っているのはほとんど冒険者が不在の館に不審な人物が入らないよう見張りを押し付けられた不運な人達しかいないのだが。

 

ベッドに寝転がりながら、窓から太陽の位置を確認する。もうそろそろ結団式も終わり、先遣隊がダンジョンへ出発する時間帯だ。先遣隊が出発した後、後方支援専門の魔導士や遠征中の冒険者達の武器の手入れを担当する鍛冶師、サポーター達もダンジョンに出発する。

 

遠征部隊全員がダンジョンに潜ったら、俺の方も行動開始だ。

 

(リヴェリアからは一人でダンジョンには行くなって言われたけど…、バレなきゃ犯罪じゃないんだ!)

 

いや、ダンジョンに潜るのは犯罪じゃないんだけどな。ともかく、バレなきゃいいのだバレなきゃ。え?どうあがいてもロキにはバレる?

…それは後で考える。

 

とにかく、ダンジョンに行くのは確定事項。他の人達が遠征に行ってる間、何もできないとかもどかしすぎる。俺が弱い以上、今回置いていかれるのは仕方ないとはしても、次回はそうはいかない。次の遠征に行けるようになるにはもっと強くならなくてはいけない。そして、もっと強くなるには?今までと違い、フィンやガレス、アイズのような模擬戦の相手になってくれる人が不在な以上、モンスターを倒していくしか方法はない。

 

(…そろそろ後衛部隊が出発する頃か?)

 

太陽が少しずつ昇っていき、それを見て大体の時刻を把握する。恐らく、後衛部隊もダンジョンへ向かっている頃だろう。俺は起き上がってベッドから降り、部屋着からダンジョンへ潜る用の装備に着替える。

 

動きやすい黒い衣服の上に、胸から腹を覆うアーマー。腰に魔石等のドロップ品を入れるポーチを巻き、机に立てておいた二本の剣を差す。この二本の剣はシリウスの双剣ではなく、リヴェリアに買ってもらった物だ。

 

本当ならシリウスの双剣を手に戦いたかったのだが、あの剣はかなり腕利きの鍛冶師が打った代物らしく、そんな剣を駆け出しの状態から使うのは如何なものかとリヴェリア達に言われた。確かにシリウスの双剣を使えば楽にモンスターを倒し、早く強くなれるだろう。だがリヴェリア達と話し合う内、それはずるなのでは、と思うようになった俺は、言われるままにしばらくはシリウスの双剣を使わない事に了承した。

 

その選択は今でも正しいと思っているし、不満は全くない。それに、装備している剣も結構使い心地が良いし、今では愛着もある。

 

腰に差した双剣の鞘を両手で撫でてから、部屋の扉を少し開ける。扉が開いた隙間から廊下を覗き、誰もいない事を確認して廊下に出る。一階に降りて玄関から外へ出て、初めてダンジョンへ潜った日によじ登った塀の場所へ向かう。あの時は両手両足を使ってよじ登らなければいけなかったが、今では足だけで駆け登れるようになった。

 

塀の外へ降り立ち、南へ向かう。向かう場所は勿論、摩天楼施設(バベル)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ~…、最近ステイタスの伸びが悪くなってきてよぉ…」

 

「お?やっとおめぇもランクアップってか?随分な遅刻だなおい」

 

「うっせぇ!自分のランクアップが俺より少し早かったからって調子に乗りやがって…」

 

「おい、くっちゃべってねぇでさっさとダンジョン行くぞ。…あ?」

 

「?どうしたんだよ」

 

「…おい、あそこにいるガキ。確かあいつは…」

 

悪意が、近づく──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想通り、遠征に出た団員達は全員ダンジョンに突入していた。目論見通りファミリアの誰にも悟られずダンジョンに潜り、思うままにモンスターと戦い続けていた。現在俺がいるのは十一階層。今までは十階層より下へは行くなと言われていたが、十階層までのモンスターではどうも手応えを感じないようになっていた。ならばどうするか。もっと下の階層へ潜るしかないだろう?

 

十階層から十二階層は辺りが霧に覆われ、視界がかなり悪いエリアだ。ソロは勿論、たとえパーティを組んでいたとしても油断ができない危険な階層である。

さらに十一階層、十二階層には二つの階層にかけて出現しながら、上層には【迷宮の孤王】(モンスターレックス)がいない事から、事実上の階層主と呼ばれる《インファント・ドラゴン》が出現する。

 

《インファント・ドラゴン》は絶対数の少ない希少種で、出現するまでかなりの時間を要したが、今、俺の前には体長4Mを超す小竜が怒りに狂っている。

 

すでに戦闘が始まってから十分くらいが経ってるだろうか。鋭い爪と牙も、巨大な口から吐き出される炎線も…、正直、期待外れだった。竜種と聞いて期待していたが、これでは足りない。

 

「グォォォオオオオオオオオ!!」

 

凄まじい咆哮を発しながら爪を突き出す小竜。命中すれば、俺の体は容易く貫かれるだろうが…、如何せん遅すぎる。小さく横にステップするだけで爪をかわすと、小竜の爪は床に突き刺さる。それを横目で見た俺は、突き刺さった小竜の爪に足を乗せて駆け出す。

 

自身の腕を駆けて体を駆け上がってくる俺を見た小竜は、すぐに爪を抜くと俺が駆ける方の腕を大きく振るう。だが、小竜が腕を振るったその時には俺はもう小竜の顔面に向かって跳躍していた。腕から直接顔面には届かない、それは把握していたからまずは小竜の肩を踏み台にしてもう一度跳躍。これなら、届く。

 

小竜がこちらに顔を向け、ブレスを放とうとする。口の奥で炎が燃え上がるのが見える。それも、遅い。

 

両手に握る双剣で開いた口から剥き出しになった小竜の舌を切り裂く。激痛に悲鳴を上げる暇も与えてやらない。小竜の鼻に着地し、すぐに双剣を逆手に持ち替えて小竜の左目目掛けて振り下ろす。

 

「ギィィィィヤァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

耳を劈くような小竜の悲鳴が響き渡る。剣が刺さった二か所から血が噴き出し、顔面を濡らす。小竜は俺を振り落とそうとしているのか、それともただ痛みで暴れているだけなのか、大きく首を振るう。強い遠心力が襲うが、双剣から手は離さず、その場で強く足を踏ん張らせる。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

手に力を込め、さらに双剣を深く突き入れる。小竜の悲鳴が凄まじさを増す。遂に、二本の剣の刀身全てが小竜の左目に突き入れられた。瞬間、ぴたりと小竜の悲鳴が止み、その巨体が床に横たわる。

 

俺が双剣を目から抜き、小竜の鼻から飛び降り床に着地した直後、《インファント・ドラゴン》は黒い煙となって姿を消し、その場には魔石一つだけが残されていた。

 

戦闘が終了し、一息吐きながら剣を一振りし、刀身に付いた血を払って鞘に納める。

床に散らばった《インファント・ドラゴン》のドロップ品を拾い集め、ポーチの中へ入れていく。

 

さて、これからどうしようか。ダンジョンへ潜ってから随分経つ。ハッキリ言えば、腹が減って来た。一度バベルまで戻って腹ごしらえするか…。いや、それではまたここまで戻ってくるのが面倒だ。はてさて、どうしようか…。

 

「…?」

 

ぼーっと考え込んでいると不意に、手を叩くパン、パン、という音が聞こえた。その音の方へ目を向ければ、霧の向こうに見える三つの人影。その人影は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「はぁ~、驚いた。まさか《インファント・ドラゴン》をソロで倒すとはな」

 

「…あんたは」

 

三人の顔がはっきり判別できる距離まで近づいてきた男達は、オラリオに来てすぐ、シリウスの双剣を狙って襲い掛かって来た奴らだ。男達は総じて如何にも驚いてますという表情をしているが、口元が歪んでおり、こちらを見下しているのは明白だ。

 

「そうか…。最近、ロキ・ファミリアにすげぇ新人が入ったって聞いたが…、てめぇの事だったか」

 

「は!?あの話に出た子供って、こいつの事かよ!?」

 

「うっわ、マジかよ!くっははははは!」

 

そういう噂が流れているという事は俺の耳にも届いていた。そういう噂が他の冒険者の耳に届き、中には俺に良い感情を持っていない者もいるだろうとリヴェリアが言っていた。いずれ、誰かに因縁つけられる時が来るのかもしれないと、そう考える時もあった。

 

だが、その最初の相手がこいつらで、しかも場所がダンジョンの中だとは全く予想できなかった。

 

「なあおい、覚えてるか?この傷をよ」

 

すると、真ん中に立った、他の二人よりも立派な装備を着けた男が左手のグローブを外すと、露わになった左手の甲をこちらに向けてきた。手の甲には一線の傷跡だ。

 

「てめぇが付けた傷跡だ。あの後、ホームに戻って仲間に治療してもらったんだけどよぉ…、跡が残っちまった」

 

男は一度手の甲の傷跡に視線を落としてから、すぐに再びグローブを着ける。

 

「別によぉ、モンスターに付けられた傷だったらいいんだよ。んなもん、冒険者としちゃ覚悟しなきゃなんねぇ事だし、死ななかっただけマシって思えるしな。だがよぉ…」

 

男の声が次第に低く、険しくなっていく。顔が俯いて見えなくなり、握られた両拳が小さく震えている。

 

「だがよぉ!てめぇみたいなガキなんかに傷つけられたなんて、恥以外の何物でもねぇんだよ!あの時からムカついてムカついて仕方ねぇ!傷が疼いて仕方ねぇ!!」

 

「…ただの自業自得だろ」

 

「そうさ!この傷は俺のミスだ!だから今…、そのミスを取り返しに来たんだろうが!!」

 

男はそう言うと、背中の鞘から一振りの剣を抜いて向かってきた。それに対し、こちらも即座に双剣を抜いて迎え撃つ。男が振り下ろす刃を、双剣を交差させて防ぐ。

 

「さすがに、殺しはまずいんじゃないのか?」

 

「いいや?てめぇを殺したのは俺じゃねぇ。モンスターさ」

 

明らかに正気じゃない様子の男に問いかけると、にやりと笑いながらそう答えた。

 

「俺達は、《インファント・ドラゴン》に殺されたてめぇを助けようとした。が、間に合わず、それでもてめぇとの戦闘で弱った《インファント・ドラゴン》を倒して仇を討った。そう報告してやるんだよっ!!」

 

「…バカが」

 

高笑いしながら叫ぶ男に小さく呟く。周りの男達もそうだが、こいつらは冒険者でありながら神には嘘が通じないという常識を忘れているのだろうか。俺はそれを知っている。というより、実感している。

 

万が一、こいつらの計画が成功したとしても無駄だ。すぐにこいつらは破滅する。だが、それを教えてもこいつらは止まりそうにない。

 

「腐ってんな、あんたら」

 

「俺をこうしたのは、てめえだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「その上思考停止の責任転嫁…。救えねぇ、救えなさすぎだよあんたら」

 

こちらに突っ込み、剣を振り下ろす男。この男、色々と終わってはいるが、冒険者としてはそれなりにキャリアを積んでいるらしい。多分、俺よりもステイタスだけなら高い。ほんの少しだけだが、剣を交えてそれは解った。

 

「くっ…、そがぁっ!何で当たらねぇ!」

 

フィンの方が鋭かった。ガレスの方が重かった。アイズの方が速かった。

この程度なら、ただの格上だ。化物(かくうえ)は到底及ばない。

 

「おい、てめぇらも来い!」

 

「お…おう!」

 

何度攻撃を仕掛けても俺に傷一つ与えられず、堪らず今まで見ているだけだった他二人の男も呼んで俺を囲む。正面には息を切らしながら剣を構える男。背後に短剣を持った男と、両手に槍を握った男。

 

「かかれ!」

 

彼らは、男の合図…アイズじゃないよ?と共に一斉に襲い掛かって来た。

 

全員が狙いを俺の胸の辺りに定めている。…本当にこいつらはバカだ。もっと狙いがそれぞればらけていたら、こっちも少し避けるのに苦労したものを。しかも全員が武器で突いてくるという全く同じ攻撃方法とか、馬鹿を通り越してもう何と表現すればいいか解らないレベル。

 

全員の攻撃をただしゃがむだけで回避。俺の黒髪が何本か持ってかれるが、気にしない。すぐに目を背後に立つ槍使いの男に向ける。足を踏み込み、槍使いの懐に潜り込み、剣の柄を男の腹に突き入れる。

 

「ぐぼぉっ!?」

 

槍使いは唾を吐きながら気を失い、背中から倒れる。唾がかからないよう体を翻してこちらを向く残り二人の男へ向き直る。

 

「な…っ!?」

 

「この…!ガキがぁ!!」

 

短剣使いの方はこの一連の俺の動きに反応できず、槍使いが気絶した所を見て戸惑っていたがリーダー格の男はそうではなく、背後から剣を振り下ろしてくる。左手の剣を相手の剣にぶつけて防ぎ、もう一方の剣を振るう。男は剣を引いてバックステップして斬撃を回避すると一度、俺から距離をとったまま立ち止まる。

 

「てめぇ…。神の力(アルカナム)を使ってもらってるな」

 

「は?」

 

こちらと対峙する男が、鋭い視線を向けながら言った。神の力(アルカナム)とはその言葉通り、神が持つ力の事だ。だが下界にいる神は一部を覗いて神の力(アルカナム)は制限されており、特に人間に対して力を振るう事は基本禁じられている。

 

「ハハハハッハハハ!そうさ!そうでなきゃ、冒険者になってたかだか三か月のガキに、Lv.2の俺様が手古摺る訳ねぇよなぁ!?」

 

正直、それを疑う気持ちだけは解らないでもない。だが少し考えれば、それはあり得ないと解るはずなのに、この男は本気でそう思い込んでいる。

 

「終わりだよ…。終わりさ!おめぇも、ロキ・ファミリアも!まさか主神が神の力(アルカナム)使って団員を強化してたなんてな!」

 

「…」

 

俺が悪いとはこれっぽっちも思っちゃいないが、もしかしたら俺が付けたあの傷がこの男を狂わせたのかもしれない、と少し考えていた。だがそれは勘違いだった。

 

この男は最初から腐っていただけだ。どこまでも、心の底まで、腐っていただけだったのだ。

 

「…!」

 

「あぁ?なんだぁ?」

 

ロキ達に迷惑がかからないように俺が対処するしかない。そう考えたその時、咆哮が響き渡った。俺だけでなく、男達もその声の方向へ視線を向ける。

 

今度は足音が耳に届いた。その音はどこか軽いように感じる。《インファント・ドラゴン》ではない?だがあの咆哮は尋常じゃない殺意が籠っていた。その主が《インファント・ドラゴン》でないのなら、何が──────

 

「…あんだよ。シルバーバックじゃねぇか」

 

霧の中から現れたのは、四本足で歩く巨大な猿型モンスター《シルバーバック》だった。その姿を見た男達は、明らかに気を抜いた。

 

《シルバーパック》は十一階層に出てくるモンスターで、確かにLv.2の冒険者であれば特に強く警戒する必要もないだろう。だが、それはただの《シルバーバック》であるなら、だ。さっきの咆哮、《インファント・ドラゴン》のそれよりも気圧されるものだった。《シルバーバック》を直接見るのはこれが初めてだが、聞いていた評価と直接対峙した印象が合致しない。

 

直後、その理由を思い知る事となる。

 

「邪魔すんじゃねぇよ…。くそざるg」

 

「っ、ま…!」

 

言いながら、剣を握って《シルバーバック》に向かって駆け出していく男。それを止めようと口を開くが、遅かった。《シルバーバック》の前で剣を振りかぶった男の姿が突然消える。直後、左側から轟音が響き渡った。

 

腕を振り切った体勢の《シルバーバック》を見て、悟る。男はあれに殴られ、吹っ飛んだのだと。《シルバーバック》の攻撃はここで終わらない。毛を逆立てると、男が吹っ飛んでいった方へと跳躍する。

 

悲鳴は聞こえなかった。聞こえたのは、何かが潰れる音だけ。

 

俺も、残ったもう一人も何も言葉を発せなかった。

再び、こちらに近づいてくる足音。その足音の主が何か、言うまでもない。

 

「…そいつを連れて逃げろ」

 

「…え?」

 

「早く!俺がこいつを抑えるから、そいつ連れてとっとと戻れ!」

 

「あ…、あぁ…!」

 

呆然とする男に声を掛ける。それでも動かない男を一喝し、気絶した男を連れて逃げるよう指示する。怒鳴られた男はようやく我に返った男は、気絶した男の肩を首に回して支え、走って上の階層へ繋がる階段へと走り出す。

 

「グル…」

 

籠った鳴き声が聞こえた。霧の向こうに見える影が、逃げる男達の方へと動く。

 

「させ、ねぇ!」

 

両足を曲げ、再び跳躍しようとする《シルバーバック》に向かって駆け出す。俺の声に反応した《シルバーバック》が、こちらに顔を向ける。さっきまで逃げた男達に顔を向けていた《シルバーバック》は、あっさりと俺のファーストアタックをその身に受ける。

 

「グオォォ!?」

 

刃を受けた白い腕から血が噴き出す。即座に今度は左の剣で連撃を仕掛ける。が、視界の端でぶれる影を見て動きを止める。同時に大きくバックステップ。俺がさっきまで立っていた場所を、太い腕が横切った。あと少し遅ければ、俺はあの狂った男の二の舞になっていただろう。

 

「グガァ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

攻撃を外したことが気に入らなかったのか、《シルバーバック》は表情を顰める。すると、両腕を開き、天を仰いで雄叫びを上げた。

 

「…話が違い過ぎる。何だこの化物」

 

白銀に染まった体毛が、足の方から真っ赤に染まっていく。大きく開いた口からメラッ、と時折出てくる小さな炎は、普通の《シルバーバック》ではあり得ない物。

 

ここまで見てきた光景から、ある結論が生まれる。

 

「…【強化種】」

 

別の個体の魔石を摂取すると、モンスターの能力に変動が起こる。だからこそ、モンスターを倒し魔石がドロップしたら、必ず回収する事。リヴェリアの講義で学んだ事だ。

 

誰かが拾い忘れた魔石を摂取し続けた、それも自身より強い個体の魔石をも飲み込み、進化したそいつは、俺に向かって再び雄叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は三時間ほど前…、ロキ・ファミリア遠征隊の後方支援隊が十一階層に辿り着いた頃まで遡る。()()は、霧に紛れ、気配を悟られぬよう息を潜めながら姿を隠していた。

 

先程ここを通った一団もそうだが、目の前のこいつらに挑んでも自分は勝てない。何人かは食い殺せるだろうが、間違いなく戦闘になれば死ぬ。()()は、自身と目の前の冒険者達との力の差を理解していた。

 

だから、今は耐える。今すぐにでも殺してやりたい奴らでも、殺されるくらいなら見逃してやる。もっと生き、もっと殺すため、今すぐにでも飛び出しそうになる体を留まらせる。大丈夫。どうせすぐにまた獲物は来る。ここに、たくさんの獲物が──────

 

 

 

 

 

 

真っ赤な《シルバーバック》という完全な名前詐欺の大猿が腕を振り下ろし、拳が床を砕く。砕かれた床の破片が飛び散り、顔面を掠り一筋の血が流れる。それに構わず、床に埋まった拳が引き抜かれる前に、大猿の右腕目掛けて双剣を振り下ろす。

 

硬すぎて弾かれる、という最悪の事態は免れたがそれでも大猿に与えた傷は明らかに浅い。これでは大したダメージにならないだろう。拳を床から抜いた大猿が再び右腕を振るう。それを体を仰け反らして回避、直後に迫る左拳は双剣を交差させて受ける。

 

力比べ、だが。完全にこちらが押される。向こうは片腕、こちらが両腕。単純な力なら完全に分が悪い。視界の端で赤い影がぶれる。右拳がこちらに振り下ろされる前にその場からバックステップ。小さく宙に浮いた俺が着地する前に、大猿は両拳を引き戻してこちらに駆けてくる。巨体に似合わない俊敏さで迫って来るが、それなら俺の方が速い。肩をいからせ突っ込んでくる大猿の脇に体を滑り込ませ、大猿の左胸辺りに双剣を突き入れる。

 

手応えはあった。刀身が深く突き刺さり、大猿に大きなダメージを与えられた、そのはずだった。

 

「グォォォオオオオオオオオ!!!」

 

「くっ!?」

 

大猿の両腕が俺の首元目掛けて同時に振るわれる。膝を曲げてしゃがむと、両腕が振るわれた風圧が俺の髪を揺らす。その直後、俺の目の前で膝が迫る。双剣を抜き、後方に逃げる。

 

「ガァァァアアアアアアアア!!!」

 

一気に体勢を崩した俺に容赦なく大猿の追撃が迫る。立ち上がり、双剣を交差させて大猿の裏拳を迎え撃つ、が、防ぎ切れずに後方へ吹っ飛ばされる。体が何度も床に叩きつけられながら激しく転がる。体を屈めて頭だけは守るが、ようやく止まった時、全身が痛みを発する。

 

「ぐ…、くそっ」

 

たった一撃で、それも一応は防御できているにも関わらずこのダメージだ。

ゆっくりと立ち上がる俺を、大猿は余裕のつもりか、何もせずじっと見つめている。

 

両腕、肩、首、足、胸…、大丈夫だ。

骨折などの大きな怪我はない事を確認し、一度双剣を振るって、大猿を見据えて構える。大猿は汚い声を発しながら大きく息を吐き、両手を地面につけて体勢を低くとる。

 

飛び出したのは全くの同時だった。が、先に仕掛けてきたのは大猿。首元目掛けて横に振るわれる腕を、体勢を低くして回避、頭上を横切る腕目掛けて右手の剣を突き出す。

 

「ギッ!?」

 

初めて、大猿が苦痛に声を上げた。だがこれは俺の力のみで苦痛を与えたのではない。

突き刺さった剣は俺の手で固定され、そのまま大猿は腕を振るった。おかげで、その腕に大きく切り裂かれた傷跡がついている。

 

『戦闘では時に、自分の力だけじゃなく相手の力を利用する事が重要になる』

 

フィンに教えられた事だ。確かにこいつは俺の力だけでは敵わないかもしれない。だがそれでも、やりようはある。

 

「グゥ…ォォォォォ…」

 

だらだらと腕から流れる血を見遣ってから、大猿は大きく息を吸い込んだ。大猿の表情が見えなくなり、胸が大きく膨らむ。その仕草はつい最近見たものだ。それも今日。《インファント・ドラゴン》が炎を吐き出そうとした時に見せた仕草そっくりだ。

 

瞬間、脳裏に過る。戦闘が始まって直後、《シルバーパック》の白銀の体毛が赤く染まっていった時に目にした、口から出てきた小さな炎。

 

まさか──────

慌てて走り出す。後ろにではなく、横へ。今、大猿は大きく後ろに仰け反っているせいで俺の姿は見えていない、はずだ。今の内に、奴の射線上から逃れる。

 

直後、大猿の息を吸い込む音が止み…、極太の熱線が吐き出される。その範囲は、今俺がいる場所も含んでいる。

 

「アァァァァアアアアアアアアアッ!!」

 

叫び声をあげながら、形振り構わず前方に向かって飛び込む。

放たれた熱線は床に軌跡を残しながら突き進み、激突した壁に大きな跡を残す。

もし命中していたら…、髪の毛一つ残らず全身が燃え尽きていたかもしれない。何とか無事でいるが。

 

「グガガガァァァァアアアアアアアアア!!!」

 

 

俺を仕留めるのに時間が掛かっているのが琴線に触れているのか、苛立たし気に叫ぶ大猿。両拳で一度、強く床を殴ると、両手両足を使ってこちらに飛び込んでくる。すぐに立ち上がって応戦の体勢をとり、双剣を構える。

 

心臓がうるさいほど鼓動する。一撃必殺の、被弾は許されない攻撃が次々に迫る。双剣で軌道をずらし、体を翻して回避し、時に反撃を入れるが大したダメージにはならず。相手の力を利用しようにも、それを試みる事すらできない勢いで迫られれば防戦一方となるしかない。

 

だがこのままでは、どちらが先に倒れるかは火を見るよりも明らかだ。

このままでは──────死ぬ。

 

「しっ!」

 

そんな危機的状況だというのに、恐怖という感情は全く湧いてこなかった。逆に、高揚を感じる始末。そう、この心臓の高鳴りは興奮だ。この大物を討てばどうなるだろうか。どれくらい、自分は強くなれるだろうか。

 

突き出される拳を掻い潜り、大猿の懐へ向かって疾駆する。懐に潜り込んだ俺に振るわれるもう一方の拳を、双剣で斬りつけて軌道を逸らす。これで懐に潜り込んだのは何度目だろうか。大猿の胸には俺がつけた傷跡がいくつも刻まれていた。その傷跡の多さが、この戦闘の長さを物語っている。

 

幾つもの傷跡から、特に深く刻んだ傷跡へ剣を突き刺してそのまま力一杯腕を振るう。横一文字に刻まれた傷跡から大量の血が噴き出る。血で視界が塞がれる前にその場から後退。その一撃のダメージが大きかったのか、大猿の動きが僅かに止まり、あっさりと距離をとれた。

 

目の前の大猿は掌で傷を抑えている。その表情は苦し気に歪み、気付けば呼吸が乱れている。そして、それは俺も同じだった。深く息を吸い、吐く事で乱れた呼吸を整える。…大丈夫、まだ動ける。

 

生と死の狭間という緊張感の中で、思ったよりも疲労が激しい。今まではほとんど誰か同伴者がいたし、今回も一人ではあるが先程までは楽に終わって来た。今初めて、生きるか死ぬかの、ギリギリの命のやり取りを俺は経験している。

 

胸の奥で燻る高揚が、更に強く高鳴った気がした。

 

またしても、飛び出したのは同じタイミングだった。だが、先程と違うのは、どちらも先に攻撃しようとしている事。双剣を振るい、拳を振るい、交錯する。装備していた俺の鎧が砕け、一文字の傷跡と交差した新たな傷跡から大猿の血が噴き出す。それに構わず、俺も大猿も止まらない。斬撃と拳が何度もぶつかり合う。俺は何度も吹っ飛ばされ、大猿は何度も斬られ、どれだけ傷だらけになろうとも、止まらない。頭の中にあるのは、目の前で立つ敵を殺すのみ。

 

何度交錯を繰り返しただろうか。不意に大猿の膝ががくりと崩れた。それを見た俺は、即座に隙だと頭の中で判断し、迷わず大猿の左脇に飛び込んで、左手の剣を振るう。痛々しい傷跡が何個も刻まれた胸に容赦なく斬撃を仕掛ける。

 

その時、大猿の口が大きくニタリと大きく裂けた。

ここから先は、全てがスローモーションの様に見えた。

 

視界の端から拳が飛び込んでくる。完全にしてやられた。膝が崩れたのではなく、膝を崩した。あれはこちらを誘い込むための罠。右手を上げ、剣を振るうために振りかぶった左手を引き戻す。が、頭の中で俺は解っていた。

 

間に合わない。

 

拳が振り抜かれる。裏拳で吹っ飛ばされた時とは比べ物にならない程の勢いで体が転がる。攻撃を受けた痛みもさっきと比べ物にならない。勢いが収まり、うつ伏せで寝転がった所で口に溜まった血液を吐き出す。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

天を仰ぎながら雄叫びを上げる大猿。さっきので俺が死んだと思ったのだろうか。その声に喜色が混じっているのを聞き逃さない。

 

ふざけるな、この程度で俺が死ぬと本気で思っているのか。立ち上がるため、両腕と両足に力を込める。が、動かない。

 

(…あれ)

 

おかしい。力が入らない。腕にも、足にも。どこにも。

 

(おい、何だそれ。ここでこいつに食われて終わりってか?笑えねぇ)

 

勝利の雄叫びに満足したのか、こっちを向いた大猿が一歩一歩近づいてくる。

恐らくこのままでは、俺はこいつに食われる。食われて、死ぬ。

 

(まじで笑えねぇよ。死因が屑を庇って代わりに殺されるとか、笑えねぇギャグじゃん。おい、頼むから動けって)

 

歯にすら力が入らず、食い縛る事すらできない。もがく事も出来ない俺の前に遂にあいつが立ち止まる。目線を上げ、俺を見下ろす大猿の顔を見上げる。

 

(マジで?マジで終わり?)

 

大猿の手が伸びる。

 

(こんな終わり方とかマジで嫌なんだけど。てか死ぬの?ここで誰か救世主が来て助けてくれたりしませんかね?)

 

掌が、俺に触れる。

 

(ていうかこいつ、光ってんだけど。…光?)

 

体が持ち上げられる。その時、俺の目には大猿を覆う無数の光の粒が見えていた。いや、大猿の周りだけではない。大猿の奥にも、ここら一帯が光の粒に覆われている。

 

(…そうだ。思い出した。これは──────)

 

瞬間、俺の頭の中でカチリと、何かが嵌る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手頃な獲物が来たと、そう思った。事実、先程ここを通った人間共に比べれば弱い。だが、手頃、というのは完全な勘違いだった。自身の体は傷だらけ、この傷は全て今、手の中にいる小さな人間が付けた物だ。拳を受けても立ち上がり、炎はかわされ、何度も何度も自身に痛みを感じさせ続けた。

 

だが、それもここまでだ。

ようやく、獲物にありつける。それも格別の獲物に。

こいつはどれだけ糧となってくれるだろう。あの竜を倒していたのだから、少なくとも竜よりは期待できる──────

 

手に痛みを感じた。思わず手を開く。握っていた獲物が零れ落ちた。頭から落ちていく獲物は、空中で体勢を整えると両足で地面に着地する。

 

おかしい。さっきまで動けなかったはずなのに。…いや、いい。まだ動けるのなら、今度は完全に止めを刺して、ゆっくりと…

 

「顕現せよ」

 

獲物が何かを呟いた。それと同時に、背後から空気を切って何かが迫る音。

すぐにその場から離れると、直後に轟音と視界に映る飛び散る大量の床の破片と、床に突き刺さる巨大な何か。

 

「っ!?」

 

気付けば自身は包囲されていた。無色透明だが、中で何かが揺らめいている、巨大な細い、鋭い針のような物体。

 

煙が晴れ、獲物の顔が露わになる。無感情な目でこちらを見る獲物は、剣を握る右手を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

知らないはずなのに。こんな事、初めてだというのに、まるで長い間使い慣れた武器のようだ。頭は知らなくとも、体が、心が、この力の使い方を知っている。

 

右手を振り下ろすと、大猿を包囲していた大量の魔力の塊が、意のままに大猿目掛けて落下していく。大猿はまたその場から跳躍する。

 

無駄だ。ここにはまだまだ、魔力が残っている。

 

浮遊している周囲の魔力をそれぞれの箇所に集め、顕現。形を操り、先端を鋭くさせて殺傷力を高める。次々に魔力の刃が落とされるが、どれも当たらない、または掠るだけに留まる。それどころか降り注ぐ刃をかわしながら大猿がこちらに向かってくる。

 

それでも動かない。動く気はない。回避する必要がないから。

 

左手の剣を鞘に収め、掌を向かってくる大猿に向けて開く。魔力を集め、顕現させるのは盾。大猿の拳が叩き込まれるが、全くびくともしない。大猿は目を見開きながら、もう一方の拳を叩き込む。何度も、両拳を交互に叩きつけるが全く盾はびくともしない。

 

「──────っ…」

 

一瞬、全身から力が抜ける。意識が飛びかけた。危ない。今、俺が立っていられるのは足を魔力で固定しているのと、後はただの根性だ。これ以上、時間は掛けられない。

 

目の前に展開した盾の一部を操り、形を変える。鋭い一筋の針が、大猿の肩を貫く。

そこで終わりにはさせない。周囲の魔力を大猿の周りに集め、包囲させる。大猿は針を肩から抜き、その場から離れようともがくが、魔力の壁に阻まれて身動きをとれないでいる。

 

「終わりだ」

 

まだだ。もう少し、意識を留まらせる。

 

地面に刺さった大量の魔力の刃を、大猿の周囲に配置する。再び包囲された大猿はそれに気づき、さらに抵抗を激しくさせる。だが、四方を囲む魔力の壁は揺らがない。

 

「いけ」

 

一言。それと同時に、魔力の刃が大猿へと放たれる。大猿へ迫る魔力の刃が魔力の壁に激突する寸前に、壁だけの魔力の実体化を解除。直後──────

 

「──────ァッ」

 

顔を、胸を両腕を、両足を、刃は貫き大猿を絶命させた。悲鳴を上げる間もなく、大猿の体は粉砕され、黒い煙となって消えていく。その光景を眺めてから、そこに落ちた魔石を拾いに行く。

 

…あー、疲れた。もう二度とこんなの御免だ。てか、誰だよ魔石拾わずに帰るようなバカは。いつか、見つけたらしばいて…あれ。そういやアイズ、モンスター倒したら魔石無視して先行こうとしていたような?俺が一緒にいる時は毎回その魔石を拾い集めてたけど…、もしアイズがソロでダンジョンに潜って、その時も同じ様に魔石を無視していたら?

 

…おーけー、ぎるてぃー。遠征から帰ってきたら一発なぐ…りたくはないから、ほっぺたこねくり回してやろう。それで勘弁してやる。それにあのほっぺ結構柔らかそうだし…。べ、別に、俺がしたいだけじゃないんだからね!

 

「…無理、限界」

 

なんて馬鹿な事考えてたけど、やばい。もう立ってもいられない。

 

ばたりと倒れ込む。もー駄目だ。本当にこれ以上、指一本も動かせない。

ていうか何だよさっきのあれ。何であんな力が俺に備わってんだよ。昨日更新したステイタスにはスキルの欄も魔力の欄も真っ白だったのに。

 

…まあ、スキルの欄の方は一つ気になる事があるけど。もしかして…?

 

あ、駄目だ。瞼も持ち上がんねえ。ここで寝んの?いや待って、ここで寝るってやばいじゃん。他のモンスターに見つかって食われんじゃん。ちょっと待って、ホントに待って。しにたくなーいしにたくなーいしにたく──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次か、その次の話で序章が終わる…予定


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9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたらベッドの上、このパターンも何度目か。初めて黄昏の館に来た時もそのパターンだったし、目が覚めた後、フィンと模擬戦をした時も気絶して、気付いたらベッドまで運ばれていた。ファミリアに入り、冒険者になってからもガレスやアイズとの模擬戦で気絶し、ベッドまで運ばれていた事もあった。

 

そして、今回。もうこのパターン読者に飽きられてるんじゃないか?

…読者って何だよ。

 

だが、今までと少し違ったのは、持ち上げようとした上体がやけに重く感じた。

そうか。さすがにリヴェリア程上手く治療できる者は今、ファミリアにいない。

とはいえ動ける分、全然マシなのだが。

 

「っしょ…、いてて…」

 

両足をベッドから出して立ち上がも、体に奔る痛みで力が抜け、ベッドに尻もちをつく。

 

「…こりゃあと二、三日はここで缶詰かな」

 

一日くらい休めば歩けるくらいまで回復するだろうが、多分運動は無理だ。戦闘行為なんて以ての外だろう。ダンジョンは少しの間お預けだ。

 

「…少し、で済むかな?」

 

一瞬、遠征から帰るまでダンジョンに潜るのは控えてほしいと言った首脳陣三人とロキの顔が頭に浮かぶ。彼らの言いつけを破ってダンジョンに入った挙句死にかけたのだ。…遠征隊が帰ってくるまでダンジョン禁止令が言い渡されるかもしれない。

 

「当たり前や。リヴェリア達の説教受けてもらうから、覚悟しときぃ」

 

「うぉぉ!?ロキぃ!?」

 

思考の渦から意識を引き上げたのは、至近距離で顔を覗き込んだロキの声だった。ロキの接近に全く気付かなかった俺は背中を仰け反り、そして踏ん張り切れずにベッドに倒れ込んだ。

 

倒れたまま視線を下に下げると、両手を腰に当ててこちらを見下ろす、怒った様子のロキ。

 

「ロキ様…、怒ってらっしゃいます、よね?…ご、ごめんなさい」

 

「それな何に対しての謝罪や」

 

「え、いや…。ダンジョンに潜った事…」

 

初めて見るロキの怒りに戸惑いながら、言いつけを破った事を謝罪する。だが、何故かロキは呆れたように頭を振って溜め息を吐いた。

 

「アルト。うちはな、別にダンジョンに潜った事を怒っとる訳やないんや。フィン達がそれをどう思うかは知らんけど、少なくともうちはその事には怒ってない」

 

「…なら、何で?」

 

「解らないか?…解らないんやろな」

 

ロキの言葉に首を傾げる。てっきり、フィン達の言いつけを破った事を怒ってるのだと思っていたのだが、ロキの様子を見ると本当にそうではないらしい。なら、ロキは何に怒っているのか。

 

怒りに満ちていたロキの表情が、どこか悲しげなものに変わる。

 

「アルト。あんた、何で逃げなかった?」

 

その唐突な問いかけに、俺は答える事も、口を開く事も出来なかった。

 

「全部聞いとるで。十一階層まで潜った事も、《インファント・ドラゴン》を倒した事も、他の冒険者に襲われた事も、《シルバーバック》の強化種に襲われた事も」

 

ロキの悲しげな瞳に囚われ、目を動かす事も出来ない。

 

「冒険者を逃がそうとして、《シルバーバック》と戦ったらしいな。けど、何でそんな危険な事したんや」

 

「…」

 

「逃げられなかったんか?…いいや、アンタなら逃げられたはずや。現に、強化種を倒してるんやから。けどそのせいで、あんたは危うく死ぬとこやったんやで?」

 

ロキが寝転がる俺の傍らに腰を下ろす。

 

「アルト。立ち止まる事はあかんかもしれん。でも、急ぎ過ぎるのはもっとあかん。…うちらからは、アンタが急ぎ過ぎてるように見えてしょうがないんや」

 

急いで…るのだろうか、俺は。強くなる。そのために、最も効率が良い方法へ走るのは、急いでる事になるのだろうか。

 

「…まあ、生きて帰って来たんやから、()()()()()()()()!これくらいにしといたるわ!それよりほら、服脱ぎぃ」

 

「え…、はぁ?」

 

天井を見上げながら考え込んでいた俺は、突然のロキのテンションの変わり様についていけず、呆然とする。そんな俺を、ぺちぺちと腕を叩きながら急かすロキ。何でうちからの説教は、の部分を強調したんですかねぇ。いやまあ、解ってるんですけどね?本命が残ってるのは…。

 

それより、服を脱げと言われた理由が解らない。

 

「あーもう、察し悪いなぁ。ステイタス更新するから服脱げ言うとんねん」

 

「あ」

 

溜め息を吐きながらロキが言った言葉に、思い出す。今まで倒してきたモンスター達、その中には上層の階層主と呼ばれる《インファント・ドラゴン》やそれ以上の怪物だった《シルバーバック》の強化種もいる。

 

慌てて服を脱いで上半身裸となり、ロキに背中を向けてうつ伏せに転がる。さて、どれくらいステイタスが上がっているか。胸から湧き上がるワクワクに、口元の笑みが抑えられない。

 

俺のニヤニヤ顔を見たロキが、何度目かの溜め息を吐きながら背中に神血(イコル)を染み込ませて両手を当てる。背中に当てられるロキの両手から伝わる熱い感覚にもすっかり慣れ、ただただ作業が終わるのを楽しみにしてじっと待ち続ける。

 

「…アルト。良い報告と良い報告、どっちから聞きたい?」

 

不意にロキが可笑しなことを言い出した。何だこれは、俺は試されているとでもいうのか?…いいだろう、それなら俺は、こう答えてやる。

 

「…じゃあ良い報告からで」

 

「ツッコめや!」

 

俺の返答は気に入ってもらえなかったらしい。どうしろってんだ。

 

「…まあ、冗談は置いておいてや。まず、おめでとうと言わせてもらうわ。念願のラックアップ、できるで」

 

「…マジ?」

 

「マジや」

 

ロキが言った良い報告とは、本当に良い報告だった。

 

「よっしゃぁぁぃててててててっ!」

 

「あー、もう何してんねや。気持ちは解るけど、アンタの今の状態を思い出しぃ」

 

うつ伏せの体勢のまま、両手両足でバタバタとベッドに叩きつけて喜びの感情を発散する。が、体に奔った痛みですぐにその動きは止まり、痛みに悶える俺を見たロキに呆れの視線を注がれる。

 

「ほれ、更新分のステイタスや。まだランクアップの作業はしとらんから、Lv.1のままやからな」

 

今の俺のステイタスが記された羊皮紙をロキから受け取り、目を通す。

 

アルトリウス・レイン

Lv.1

力:B738→A812

耐久:C676→B782

器用:S923→S999

敏捷:A879→S965

魔力:I0→I0

 

《魔法》

【顕現】

・詠唱式は『顕現せよ』

・外の魔力を実体化させる

 

《スキル》

【魔力操作】

・外の魔力を意のままに操る事が出来る

・外の魔力を使う事により、魔法を使用できる

 

全アビリティ熟練度上昇値340オーバー。しかも何と魔法とスキルのおまけ付き。

しかし、この魔法とスキルの効果…、まさに《シルバーバック》との戦闘で俺が使った謎の力その物じゃないか?

 

「さてアルト。一応やけど聞いとくわ」

 

羊皮紙をじっと見つめる俺にロキが口を開いた。顔を上げ、こちらを見つめるロキを見る。

 

「ランクアップ、する?」

 

「当たり前じゃん」

 

ロキの問いかけに、俺は即答した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠征に出た部隊が帰ってくるまでの三週間について少し語ろう。

 

まず、これまではロキ・ファミリアに活きのいい新人がいるという噂が流れている程度だったが、その日からアルトリウス・レインの名はオラリオ中に知れ渡った。アイズ・ヴァレンシュタインが持つ最速記録、一年を大幅に更新した新星。他の冒険者を身を挺して庇って強化種のモンスターと対峙したという話も伝わっており、ロキ・ファミリアのもう一人の勇者と語る者までいる。ちなみに、その話をロキから聞いたアルトリウスはしばらく自室から出てこなかったとか何とか。

 

それと、アルトリウスを襲い、挙句見捨てて逃げて行った男二人だが、二度とロキ・ファミリアに関わらないという条件付きだが、お咎めなしとなった。アルトリウスを襲った事は許し難いが、逃げた後に出会ったヘファイストス・ファミリアの冒険者達にアルトリウスを助けてくれと懇願したらしい。これからの更生に期待するというロキの談。といっても、アルトリウスはその処断に関して全く関わっておらず、むしろすでに顔すら忘れてるくらいなのだが。

 

体が回復し、歩けるようになってすぐにアルトリウスは、ヘファイストス・ファミリアのホームへ助けてくれた事への礼を言うために赴いた。アルトリウスを黄昏の館まで運んでくれた、ヘファイストス・ファミリア団長、椿・コルブランドには特に頭を下げた。礼にはできる限りの事をすると言ったのだが、椿に『手前はそんなのを求めて助けたのではない』と言われてしまった。かといって、何もしないというのも気が済まないので、ダンジョン禁止令が解かれたらすぐ、鋼石集めを手伝うという事で手を打ってもらった。

 

それ以降は特に何事もなく、ホームの敷地内限定での鍛錬の許可をロキから貰い、双剣の素振りをしたり部屋で筋トレをしたり、今まであまり話してなかった団員達と親交を深めたり。

 

そんなこんなで、遠征部隊が帰ってくるまではそれ以上は何事もなく…、そして──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだなアルト。お前の話はダンジョンの中にいても耳に届いていたぞ」

 

「…」

 

自室で美人と二人きり。こんなシチュエーション、思春期なりたてとはいえ堪らないはずなのに、まっっっっっったく心が躍らない。だって、リヴェリアの顔怖すぎるし。笑ってるはずなのに、目がギラギラしてるし。

 

「ロキから話は聞いたぞ。随分無茶をしたそうだな」

 

「…いや、あれh「言い訳は聞かん」…はい」

 

少しでも弁明しようと口を開くが、ばっさり切り捨てられる。やばい、これはやばい。何がやばいって、今までは聞き流されたとしても最後まで弁明させてくれたのに。今までも『弁明はそれだけか?』と言われるのがどうしようもなく怖かったけど、弁明させてもくれないっていうのはもっと怖かったんだな。初めて知った。

 

「…ロキからは何て言われた?」

 

「え?」

 

「ロキから説教を受けただろ?その時、何て言われた」

 

「…」

 

ロキに言われた事。あれから二週間以上経っているが、一音一句覚えていた。

 

「立ち止まるのはいけない、でも急ぎ過ぎるのはもっといけない」

 

「…そうか」

 

ロキに言われた事を復唱すると、リヴェリアはそれきり黙り込んだ。部屋の中に沈黙が流れる。

 

さっきまで明らかに怒っていたリヴェリアが黙るという緊張感に、手に汗を握る。蟀谷から汗が流れる。

 

「ならいい。私から言う事は何もない」

 

「え」

 

思いの外あっさりと引き下がったリヴェリアに戸惑ってしまう。

そんな俺の様子を目にしたリヴェリアの唇が、悪戯っぽく弧を描く。

 

「なんだ。もっと長い説教を受けたかったか?」

 

リヴェリアの問いかけに激しく何度も頭を振る。必死に否定する俺を見て、リヴェリアは小さく噴き出すと、大きく笑い声を発しながら扉の前まで行く。

 

「そうだ、アルト。ランクアップおめでとう」

 

リヴェリアは扉の取っ手に手を掛けると振り返り、微笑みながら俺にそう言って部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「…全く、アルトといいアイズといい、世話のかかる」

 

「はは。母親としては、気が気じゃない、かな?」

 

「…フィン、聞いていたのか。それと誰が母親だ」

 

アルトリウスの部屋を出て、扉を閉めてからすぐに口から漏れたリヴェリアの呟きは、扉のすぐ隣の壁に寄り掛かって立っていたフィンに聞かれていた。恐らく、先程の自分とアルトリウスの会話も聞かれていたんだろう。

 

「母親も同然じゃろう。アルトとはまだそこまで関係は深まってはおらんようじゃが」

 

「ガレス…。お前もか」

 

さらに、フィンとは逆側にはガレスが立っていた。同期のマナーの悪い立ち聞きに一つ溜め息を吐いてから、リヴェリアはフィンとガレスに挟まれる形で廊下を歩き出す。

 

「アルトはまだ、ロキの言葉の意味を理解し切れてないようじゃの」

 

「ああ。…でも、届いてはいた」

 

ガレスの言葉を聞き、アルトリウスの先程の様子を思い出す。ガレスの言う通り、ロキの言葉の意味を呑み込めてはいない。だが、アルトリウスはロキの言葉を覚えていた。ロキの言葉は、アルトリウスに届いていた。

 

「冒険者を続けていく内に、理解していくだろう。…私はそう信じる」

 

そうだ。結局、自分達ができる事は見守る事だけ。それは、アイズの件で思い知った事じゃないか。アルトリウスも、信じて見守っていく。それしかないじゃないか。

 

「…いずれ、アイズだけでなくアルトリウスの母親になりそうじゃな」

 

「しぃー。ガレス、リヴェリアに聞こえるよ」

 

後でガレスはしばく。久々に本気で戦るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

《魔力操作》

この四文字を見た時の自分を、大声を上げなかった自分を褒めてやりたい。

 

「何でこのスキルが…それも後天的に。…いや、元々持っていたのが目覚めたんか?どちらにしても意味解らんわ」

 

ロキの手には、神聖文字(ヒエログリフ)で何かを書かれた羊皮紙。

 

アルトリウス・レイン

Lv.1

力:B738→A812

耐久:C676→B782

器用:S923→S999

敏捷:A879→S965

魔力:I0→I0

 

《魔法》

【顕現】

・詠唱式は『顕現せよ』

・外の魔力を実体化させる

 

《スキル》

恐れ知らず(ドレッドノート)

・枷を外す

・早熟する

【魔力操作】

・外の魔力を意のままに操る事が出来る

・外の魔力を使う事により、魔法を使用できる

 

それは、アルトリウスのステイタス。アルトリウスに見せた、恐れ知らず(ドレッドノート)についてを消して訂正したものではなく、正しいアルトリウスのステイタス。

 

恐れ知らず(ドレッドノート)についてもまだ解っとらんっちゅうのに…。次から次へと何やねんホンマ…」

 

右手を額に当て、息を吐く。

 

「魔力操作…、あの一族の遺伝スキルのはずやろ…。何モンなんや、あんた…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本当はもっといろいろ詰めたかったけど、長くなりそうなのでここまで。
これで序章は終わり。次回からは一章に入ります。一章では、交流が少なかったアイズ達との対話も増やしていく予定です。その中でヒロインも決めていきたいと思っています。









もう頭の中でほとんどヒロイン決まってるのは秘密。


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戦う理由
1


アルトの二つ名回







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺、アルトリウス・レインの朝は早い。日が昇りかけた、まだ夜の闇が街に残った頃に目を覚まし、すぐに着替えて剣を持って外へ出て、建物の裏へ向かう。準備運動をしてしっかり体をほぐした後、剣を抜いて素振りを始める。ただ漠然と剣を振るのではなく、目の前に相手がいると仮定して、懐に潜り込んで剣を振ったり、背後に回り込んで剣を振る。全部、飽くまで仮定だが。

 

最近の俺の仮想相手は毎日、あの《シルバーバック》の強化種で固定している。というのも、Lv.2になり、中層に潜れるようになったのだが、今まであの猿より強いモンスターと戦えていない。度々フィンやアイズ…アイズに関してはほぼ毎日模擬戦しているのだが、どうにもあの大猿との戦いの方が熱かったというか何というか…。いや、フィンとアイズがあの猿より弱いっていう訳じゃないけど。むしろフィンとアイズなら瞬殺できてたと思うけど。

 

鍛錬は、俺の腹が空腹で鳴るまで続く。この腹時計がまた正確で、腹の音を合図に鍛錬を切り上げて館に戻ると、人が多すぎず少なすぎずのなかなか丁度いい時間帯で食堂に入れるのだ。

 

「アルト」

 

「ん…。おはよう、アイズ」

 

「うん。おはよう」

 

今日の朝食のメニューの一つ、卵スープを飲んでいると正面で長い金髪が揺れる。腰を下ろしたのは、肩から先を露出させた白と黒の普段着姿のアイズ・。アイズと挨拶を交わし、食事を再開する俺にアイズは再び口を開く。

 

「今日だね。神会(デナトゥス)

 

神会(デナトゥス)というのは、その言葉のまま、神々の会議の事だ。三か月に一度、ファミリアの主神が集まって真面目な議題や真面目じゃない議題が上がって話し合う。そしてもう一つ、これは冒険者に関わる議題だが…、ランクアップを果たした冒険者の二つ名がこの神会(デナトゥス)で決まる。

 

そう。Lv.2へランクアップして約一か月。今回の神会(デナトゥス)で、俺の二つ名が決まるのだ。

 

「アルトの二つ名、何になるかな?」

 

「さぁ。…あまり変なのにならなきゃいいよ」

 

昨日、ロキの部屋にステイタス更新に行った時を思い出す。

 

『絶対…絶対、無難な二つ名勝ち取ったるからな…』

 

何だあのラスボスに臨む勇者のような気迫は。神会(デナトゥス)というのはそこまで過酷な物なのか。あのロキを見てちょっと怖くなってきたんだが。

 

「やっほー!アイズ、アルト!おはよー!」

 

「おはよう、ティオナ。ティオネも」

 

「えぇ、おはようアイズ。おはよう、アルト」

 

「おはよう」

 

会話が切れるとすぐ、今度はティオナとティオネがやって来た。二人共挨拶を交わすと、ティオナはアイズの、ティオネは俺の隣に腰を下ろしてテーブルにお盆を置く。ここ最近はこの四人でダンジョンに行ったり、今の様に食堂で集まって一緒に飯を食べたりしている。

 

え?ハーレム?他に友達いないのか?

いや確かに男一人女三人はハーレムに見えなくもないと思うけど、ティオネはフィンコンだし、ティオナはただ誰とでもわけ隔てないだけだし、アイズはそういうのとは全く無縁のあれだし。それに友達だっているぞ!ヘファイストス・ファミリアに行けば椿さんとかヴェルフだっているし?あ、ちなみにヴェルフっていうのはヘファイストス・ファミリアの鍛冶師で、時々鉱石集めに付き合わされたりしてる仲だ。え?ロキ・ファミリアの中では?…べ、ベートさんとかたまに一緒にダンジョンとか行きますよ?必ずアイズ、ティオネ、ティオナの中から二人以上が同伴してるけど。

 

…ま、まだ入団してから四か月だし!仕方ないし!仕方ないんだようるせぇぇぇぇ!!

 

「あ、アルト。急に震えだしてどうしたのよ」

 

「…何でもない。何でもないあるよ」

 

「いやどっちよ」

 

ふぅ、落ち着いた。だいじょーぶだ。俺には友達がいる。ちゃんといる。ダイジョーブ。

 

「そうだアルト!今日、アルトの二つ名が決まる日じゃん!」

 

何だろう、他人の二つ名がそんなに気になるのだろうか。…まあ、仲間に付く二つ名だし気になる、のか?仲間に変な二つ名とか付いたら嫌だもんな俺も。仲間に《雷光の聖騎士(ライトニング・セイント・ナイト)》とかいう二つ名が付いたら俺だって嫌だわ。

 

ちなみにこの《雷光の聖騎士(ライトニング・セイント・ナイト)》さんは実在する。

ごめんなさい、《雷光の聖騎士(ライトニング・セイント・ナイト)》さん。あなたの二つ名を馬鹿にするような事考えて。

 

「…?」

 

すると、隣のティオネが俺の肩に手を置いた。振り向くと、そこには何もかも解っていると言いたげなティオネの顔。

 

「ロキも頑張ってくれると思うから。…だから、どんな二つ名が付いたとしても、受け止めなさいよ?」

 

「…はい」

 

ねぇ、何で?ロキといいティオネといい、何で俺を不安にさせる事言うの?やめてよ、嫌だよ。痛い二つ名は絶対に嫌だよ。シンプルでいいから、ただただ無難な二つ名が欲しいよ。

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

「じゃあ次は…、新しくランクアップした子供達の二つ名についてだあああああああああ!!!」

 

「「「「「イェェェェェイ!!!」」」」」

 

来た。遂に来た。神会(デナトゥス)が始まって約一時間。今回議題に上がってきたのはほとんどどうでもいい笑い話ばかりで、ロキもこの一時間はひたすら笑いっぱなしで会議に参加していたのだが…、ここからはそうはいかない。可愛い子供がこれから、世間にどういう目で見られるのか。今からそれが決まると言っても過言ではない。

 

「じゃあまずは、ガネーシャ・ファミリアのイブリ・アチャーから決めていくぞぉぉぉ!!!」

 

「「「「「イェェェェェイ!!!」」」」」

 

「俺がガネーシャだ!」

 

他の神達が次々に二つ名の案を上げていく。ハッキリ言って、どれも碌なものではない。普段はそこにノリノリで参加するロキだが、毎回自分の子供が関わる時だけ、テンションがガタ落ちするのもいつもの事である。

 

「じゃあ、イブリ・アチャーの二つ名は《火炎爆炎火炎(ファイアー・インフェルノ・フレイム)》で決定だぁぁぁぁ!!!」

 

「「「「「イェェェェェイ!!!」」」」」

 

「お、俺がガネーシャだ」

 

(あかん!今日はマジでアカンやつや!)

 

いきなり痛々しい二つ名がガネーシャ・ファミリアの所の子についてしまった。心なしか、ガネーシャの名乗りに勢いがない。いや、そんなのはどうでもいい。明らかにいつもより神達のテンションが高い。初っ端からいきなり議場の雰囲気が高まると、その回で決まる二つ名は大抵アレな二つ名しか出てこない。ちなみにロキも経験がある。アホみたいにテンションが上がると、正常な思考ができなくなり《究極氷風(アルティメット・フォース・ブリザード)》みたいな案しか頭の中に浮かんでこないのだ。

 

ちなみに、ロキが提示した案は採用され、《究極氷風(アルティメット・フォース・ブリザード)》と付けられた冒険者は、フォースはどっから出てきたんだよ、と泣いていたと記しておこう。

 

そんな流れで、次々に子供達に痛い二つ名が付けられていく。子供を家族に持つ神は二つ名が決定した子供に向けて、ごめんね、ごめんね、とうわの空で呟いている。嫌だ。こんなのは嫌だ。絶対に二の舞になって堪るか。いよいよアルトリウスの二つ名が決まる番になり、決意を固くする。

 

「よっしゃあああ!次はこの会議の大本命!《剣姫(けんき)》アイズ・ヴァレンシュタインが持つ最速記録を塗り替えた、アルトリウス・レインだぁぁぁぁ!!皆!今までと同じようにかっこいい二つ名を付けてやろうぜぇぇぇぇ!!!!」

 

「「「「「イェェェェェイ!!!!」」」」」

 

口から飛び出しそうになるやめろという言葉を呑み込む。直後、次々に神の口から出てくるアルトリウスの二つ名の案。

 

「《黒の幻影(ブラック・イリュージョン)》!」

 

「まっくろくろすけ!」

 

「《究極剣士(アルティメット・フォース・ソードマン)》!」

 

(アルトは髪黒くても全身真っ黒なわけじゃあらへんぞ!?フォースどっから出てきたんや!?あかん!《黒の幻影(ブラック・イリュージョン)》が一番マシってどうなっとんねん!)

 

次々に出てくるただ痛いだけの二つ名の案にロキの頭が混乱する。そのせいで、何人かが涙を浮かべてロキを睨みながら案を出す神にロキは気が付けなかった。

 

頭を抱えるロキをよそに、会議はさらに過熱していった──────

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

夕暮れ時、ダンジョンから出た俺は途中で合流したアイズと並んで北のメインストリートを歩いていた。その俺とアイズの手には、ジャガ丸くんという名のお菓子。これが中々うまい。こういうダンジョン帰りで小腹が空いた時は結構重宝する。ちなみにこのジャガ丸くんに出会ったのはランクアップを果たしたその日で、ランクアップのお祝いとしてアイズが持ってきたのだ。

 

それからは三日に一回はダンジョン帰りにジャガ丸くんを買って食い歩きする程だ。それでも毎日食べてるアイズには負けるが。別に勝つつもりもないが。

 

「…アルトの二つ名、決まったかな?」

 

「…」

 

ジャガ丸くん塩味の風味を味わう俺を現実に引き戻すアイズの一言。

そう、今頃はもう俺の二つ名は決まり、神会(デナトゥス)からロキが帰っているはずだ。果たして俺の二つ名はどうなったのか。俺の望み通り、無難なのに決まったのか。それとも痛々しくて耳を塞ぎたくなるものに決まってしまったか。

 

ある意味、《シルバーバック》の強化種と戦った時よりも緊張する。まああの時感じたのは緊張ではなく高揚だったから、例えるのは少し違うか。

 

(…覚悟はできている)

 

遂に、黄昏の館の前まで着いた。門の前で立ち止まる俺を見て首を傾げるアイズと、何かを察して力強く俺の目を見据える今日の門番担当の人。門番と強く頷き合い、覚悟を決めて門の中へ入る。

 

後ろからついてくるアイズと館の中へ入るとすぐ、扉の前にロキが立っていた。

ロキの視線と俺の視線が交錯する。心臓が今まで以上に高鳴り、加速する。

 

どうだ。どうなったんだ。

 

勇敢(ドレッドノート)。アンタの二つ名は勇敢(ドレッドノート)や」

 

「…ドレッド、ノート」

 

ロキが口にした俺の二つ名をゆっくりと復唱する。

 

勇敢(ドレッドノート)

いいじゃないか。俺の考えていた《雷光の聖騎士(ライトニング・セイント・ナイト)》みたいな二つ名にならなくて本当に良かった。

 

「ッシャァァァァァァァア!!!」

 

「っ!?」

 

両手を突き上げて雄叫びを上げる。いきなり叫んだ俺に驚いたアイズがびくりと体を震わせる。だけど、それを気にしていられる余裕はなかった。ただただ普通の二つ名が付いた事がこんなに嬉しい事だったなんて…。

 

だからだろう。

はしゃぐ俺を見るロキ、二階から隠れて俺の様子を見ていたリヴェリアとフィンの表情が複雑だった事に、俺は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2

本当は昨日に最新話を投稿するつもりだったのですが、誤って書き上げた約6000文字のデータを消去してしまい…、今日一日で書き直しました。何故かおよそ1000文字ほど増えたお話ですが、どうぞ楽しんで頂けると幸いです。m(__)m







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神会(デナトゥス)が終わったその翌日。昨日は無難な二つ名が付いた事に安堵し、盛り上がった俺だったが、今日という日になると特にその事に思う事はなくなり、いつも通りの一日を過ごしていた。

 

朝は鍛錬、アイズと模擬戦してから朝食、それからアイズ、ティオネとティオナの三人とダンジョンに潜りに行く。ベートさんも誘ったが、断られた。今日は何やらやる事があるらしい。俺以外の三人は何やら訳知り顔であー、とか言いながら頷いていたが何だったのだろう。

 

二つ名が付き、さらに名前が知れ渡ったのか知らないが、全く見覚えがない人に話しかけられたりしながらダンジョンへ向かう。ダンジョンに潜ったら潜ったでそこで会う冒険者に話しかけられ、何なんだと首を傾げる俺にティオネが、『二つ名が決まった冒険者は大抵そうよ』と言われた。目立たずに済むのならそれに越した事はないのだが、どうやらそれは無理らしい。

 

今日は十八階層まで到達した。十八階層の手前の十七階層では【迷宮の孤王(モンスターレックス)】《ゴライアス》と初対面。だが、いざ戦闘と張り切る俺を余所にアイズ達が大暴れ。あっという間にゴライアスを討伐してしまった。俺がした事といえば…、応援?悲しくなるくらいする事がなかった。そして、《ゴライアス》が可哀想に思えるくらいの蹂躙劇だった。

 

十八階層ではその美しい景色に圧倒された。『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』という名の通り、楽園というべき景色が広がっていた。美しい草原、深い森、森の中には青水晶が点在し、神秘的にすら思えるものだった。が、その街に住む人達は何というか、逞しいというか…。ともかく、美しい景色とは真逆と言っていい人達が住んでいた。

 

本当ならもう少し下の層まで潜ってみたかったのだが、ティオネとティオナに止められ、四人で上まで戻る事になった。ダンジョンを抜け、バベルを出た今、そのまま黄昏の館まで帰る…だけのはずだったのだが、何故か他三人が黄昏の館がある北のメインストリートではなく、西の方へと歩き出した。

 

「どこ行くんだよ。帰らないのか?」

 

「えぇ。この後ちょっと寄る所があって。アルトもついてきてくれる?」

 

三人に向かって問いかけると、三人は振り返り、その中でティオネが口を開いて俺の問いに答えた。一体何の用があるというのか、ともかくここで俺が早く帰りたいから帰ると言っても聞いてくれないだろうし、素直についていく事にする。

 

三人についていき、辿り着いたのは西のメインストリートだった。西のメインストリートには一般人が多く住む地区ではあるが、この地区にある多くの飲食店を求めて冒険者が多く訪れる地区でもある。今までこの西地区に足を踏み入れた事はなかったため、一般人が多く歩く道の景色が少し新鮮に思える。

 

ロキ・ファミリアの錚々たるメンツが注目を集める中歩くこと十分。三人が同時に足を止め、俺も少し遅れて立ち止まる。三人が目を向けている方に視線を向ければ、『豊穣の女主人』と書かれた看板が掛けられた建物。

 

「さ、ここよ。入って入って」

 

「…何でわざわざ俺を先頭に」

 

「いいから、早く入りな、さいっ」

 

何故か俺を先頭へ押し込み、そのまま中に入るよう急かすティオネ。振り返って理由を問おうとするも、その前に背中に張り手を打たれる。痛い。溜め息を吐いてから、仕方なくベルの付いた扉を開けて店内へ入っていく。

 

店内はほぼ満員状態だった。冒険者達が酒を飲み交わして騒いで、ウェイトレス達もあわただしく働いている。だがその騒ぎの中で酒も飲まず、テーブルの料理にも手を付けた気配がないおかしな団体がいた。その団体の中の一人が店に入って来た俺の姿を見て、手を振りながら声を掛けてきた。

 

「お、アルト。ようやっと来たんか、遅いでー?」

 

「…ロキ?それに…」

 

俺に声を掛けてきたのはロキだった。それに、ロキと同じテーブルにはフィン達、ファミリア重鎮もいる。それだけではない。ロキのテーブルの周りには、ロキ・ファミリアの団員達が同じように酒にも料理にも手を付けず、まるで俺が来るのを待っていたかのようにそこで座っていた。

 

「何で?」

 

「まあいいから!アルトも早く座ろうよ!アイズもこっち!」

 

「団長~!ご一緒してもよろしいですか~?」

 

今日は外食するなんて予定は聞いていない。首を傾げる俺の腕をティオナが掴むと、アイズと一緒に空いてる席に連れていく。そのテーブルにはベートさん一人がいて…、ベートさん…。

 

ティオネ?ティオネはカウンターの所から椅子を持ってフィンの隣に行ったよ。

 

「さて、と。これで皆揃ったなー」

 

俺達が席に着いたのを見て、ロキが立ち上がった。

 

「皆知ってると思うけど、一か月前にアルトがランクアップを果たした。そして昨日、かっちょいい二つ名も付いた」

 

待って、何これ。本当に俺は何も知らないんだが。これじゃあまるで…

 

「家族の初めてのランクアップと初めての二つ名受領!こんなめでたい時は、飲むしかないやろ!」

 

「「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」」

 

ロキの大声に拳を高らかに振り上げながら乗っかる団員達。

 

…これじゃあまるで、俺のランクアップや二つ名命名を出汁にして宴をしたかっただけじゃないか。

 

「ッシャァァァァア!もう我慢できひん!皆飲めぇ!食えぇ!」

 

「「「「「イェェェェェイ!!!」」」」」

 

ロキのその声と同時に、まるで何かから解放されたように団員達は手に取ったジョッキをぶつけ合い、中の果実酒を口に呷り始める。

 

「…何これ」

 

「アルトのランクアップ祝い、ってロキは言ってたよ?」

 

あまりの盛り上がりにやや引きながら呟くと、隣の席に座るアイズがきょとんとこちらに目を向けて教えてくれた。あぁ、やっぱり俺のランクアップ祝いというのが名目だったんだな。全く祝う気なさそうだけど。

 

でも、テーブルに載ってる料理は全部おいしそうだ。豪快な豚の丸焼きに、色とりどりの野菜の中に鶏肉が混じったサラダ。今のところはそれしかないが、恐らくまだこれから次の料理が運ばれてくるのだろう。

 

「アルト」

 

「ん?」

 

俺も料理をとろうと、まずはサラダを、と思ったその時、再び隣のアイズから声が。振り向くと、アイズは手に握ったジョッキをこちらに向けている。一瞬、アイズの意図が読めず固まったが、すぐにアイズが何をしたいのかを悟る。

 

俺も手元のジョッキを手に取り、アイズの方へと向ける。俺とアイズのジョッキが、カチン、と軽い音を立ててぶつかり合った。

 

「ランクアップおめでとう、アルト」

 

「あぁ。ありがとう、アイズ」

 

乾杯をしてから同時にジョッキの中身を…、俺達はジュースだったが、口に入れて飲み込んでから改めて俺も料理に手を付ける。

 

「あ、てめぇバカゾネス!なに人が取ろうとしてる肉を掻っ攫ってんだ!」

 

「べーっだ。ベートが鈍間なのがいけないんだよー!」

 

「てっめ…!誰が鈍間だとこのまな板!」

 

「なっ…!?ま、まだ私は成長の余地が…!」

 

俺が黙々と料理を食べる中、ティオナとベートさんが口喧嘩を始める。いつもならここからリアルファイトにエスカレートするのだが、さすがに場を弁えているらしく、握られた二人の拳は動いていない。

 

「団長。もう一杯如何です?」

 

「…ティオネ。もう僕三杯目なんだけど」

 

そして、ティオネとフィンは通常運転。ていうか四杯目って…、まだ宴始まって十分も経ってないのに。

 

「ガハハハハ!随分いいペースで飲んどるのうロキ!わしも負けてられんわい!」

 

「お?何や?今度はフィンも入れて飲み比べするか?負けへんでー!」

 

「…飲み比べは構わんが、勝手に人を賞品にするのはやめてくれ」

 

…あの、さ。ガレスもロキも、周りで好き勝手盛り上がってる皆も、やっぱり俺を祝う気ゼロだろ。何のための宴だよこれ。別に俺をもっと祝えって言いたい訳じゃないけどさ。

 

「…あれ?」

 

溜め息を吐きながらフォークを皿の上の肉に刺す。刺した、つもりだった。何故か、手に伝わってくる硬い感触。皿の上に視線を落とすと、そこには俺が載せたはずの豚肉はなく、代わりにぽつんと転がるトマト。

 

俺はすぐに視線を横へ向けた。同時に、アイズが俺の視線から逃げるように顔をそっぽに向ける。

 

「…おい」

 

「知らない」

 

「まだ何も言ってないぞ」

 

「知らない」

 

「…肉が消えたんだけど」

 

「豚肉なんて知らない」

 

「豚肉なんて一言も言ってないんだが」

 

「っ…」

 

ぴくりとアイズの体が震えた。やっぱ犯人はこいつか。こいつの嫌いなトマトが載ってた時点で確信してはいたが。

 

「アイズ」

 

「知らない」

 

「おい、もう知らないなんて通らないぞ」

 

「知らないもん」

 

「…」

 

「知らない」

 

「…ちょっとこっち向け」

 

ゆっくりとこちらを向くアイズ。視線が交じり合い、眼光がそれぞれの瞳に注がれる。

そして、俺とアイズの両手が同時に動いた。

 

「てめぇ、他人の物盗った上に嫌いな物押し付けてくってどういう神経してんだ!ガキか!」

 

「違うもんっ。そんな事してない、全部アルトの思い込みっ」

 

ギリギリと俺の両手がアイズの頬を引っ張り上げ、アイズの両手が俺の頬を捻る。

 

俺もアイズも滅多に怒鳴り声というのは出さない。だからだろうか、口喧嘩していたティオナとベートさんも、フィンとフィンをベロベロに酔わせようとしていたティオネも、ロキもガレスもリヴェリアも、ファミリア団員全員が手を止めて俺とアイズの取っ組み合いを見つめていた。

 

当の俺とアイズはそんなこと全く気が付いてなかったが。

 

「ぐぬぬぬ…」

 

「っ…」

 

互いの手の力が強まっていく。次第にアイズの圧倒的なLv.4のステイタスが牙を剥いていく。正直、叫びたくなるくらいに痛い。だが、ここで退きたくなかった。ここで退いたら負けだ。絶対に退いてやるものか。

 

そう、決意を固めたその時だった。

 

「いってぇ!?」

 

「むぎゅぅ!?」

 

俺とアイズは同時に悲鳴を上げ、同時に両手を互いの頬から離した。アイズの頬から離した両手で強烈な痛みを発する頭を抱える。アイズも同じく、両手で頭を抱えている。どうやら、アイズが俺の頬から手を離した理由は俺と同じらしい。

 

「何をしてるんだ馬鹿共が…。アイズ。お前が本気で抓ったらアルトの頬が千切れる所だったぞ」

 

「…ごめんなさい」

 

頭上からリヴェリアの声が聞こえ、見上げる。どうやらこの頭の痛みはリヴェリアの仕業らしい。多分、拳骨されたと思われる。

 

「アルト。お前もたかが肉を盗られたくらいでムキになるな。まだたくさんの…」

 

アイズを軽く叱ってから、次は俺を叱ろうとしたリヴェリアだったが、豚の丸焼きがほとんどなくなっているのを見て言葉を止めた。

 

「…肉ならティオナとベートさんがほとんど食ったけど」

 

「…」

 

リヴェリアがティオナとベートさんに視線を向ける。リヴェリアに視線を向けられ、ティオナはそっぽを向き、ベートさんは我関せずといった様子で果実酒を飲む。二人の様子を見たリヴェリアは溜め息を吐いた。

 

「私のを分けてやる。少し待っていろ」

 

「え?いや、それはさすがに…」

 

「いいんだ。それに今日はお前が主役なんだから、大人しく受け取っておけ」

 

自分の分を分けようとするリヴェリアに、さすがにそこまではしなくていいと返事しようとした。だが、リヴェリアはこちらに振り返って微笑み、優しい一言を言ってそのまま自分の席に戻っていった。

 

「ガレス、見てみぃアルトの顔。ありゃリヴェリアに母親(ママ)の面影を見とる顔やで」

 

「ふむ…。さっきのアイズとアルトの喧嘩を止めたあれもまるで二人の母親(ママ)のようじゃったのぉ」

 

「誰が母親(ママ)だ」

 

好き勝手話すロキとガレスにツッコミを入れてから、リヴェリアは本当に自分の分の肉を俺の所に持ってきた。あそこのテーブルに残ってる肉はそのリヴェリアの物だった分しかなかったというのに。

 

まじリヴェリアさんファミリアの母親(ママ)。冗談とか抜いて、母親っていうのはこういう人なんだろうかって思うときあるから性質が悪い。

 

「リヴェリアがお母さんなら、アイズとアルトは兄弟かな?」

 

すると不意に、フィンがそんな事を口にした。リヴェリア達の視線がフィンへと移る。

 

…兄弟だって?誰と誰が?え、俺とアイズがって言った?聞き間違いだろ。

 

「ふむ…。そうだとしたら、どちらが兄なのか、はたまた姉なのか…」

 

「さっきの喧嘩の原因を考えたら、アイズが妹な気がするけど」

 

そういう話を当人達が聞いてる所でしないでほしい。いや、聞いてない所でもしてほしくはないが。

 

「アイズたんが妹…。あかん、可愛すぎるやんか!アルト!アイズたんをうちに譲れ!」

 

「何言ってるんだあんたは」

 

すっかり出来上がったロキが立ち上がり、ズビシッとこちらに人差し指を向けながら訳の分からない事を口走る。もう何なんだこれは。この盛り上がり過ぎて混沌とする場が宴というものなのか?

 

それとロキ。アイズは俺の妹じゃない。断じて違う。

 

「…もん」

 

「?アイズ?」

 

ふと、隣からか細い声が聞こえた。その声の主であるアイズの方を見て、何やら様子がおかしい事に気付く。

 

「あれ?これ、中身がジュースだ」

 

直後、ティオナの声に俺とベートさんが振り向く。

 

「ハッ。遂に体型だけじゃなく味覚もお子様になっちまったかァ?」

 

「別にそんなんじゃ…ねぇ、体型ってどういう意味?」

 

また二人の間に不穏な空気が流れる中、俺の胸の中で嫌な予感が過った。ティオナが座っているのはアイズの正面だ。アイズのジョッキとティオナのジョッキの二つはかなり近くに置かれていた。

 

…俺はアイズの手元にあるジョッキを持って、中の匂いを嗅いでみた。

 

「…お酒だ」

 

「え?」

 

「あ?」

 

罵り合い始めたティオナとベートさんがこちらを見る。

 

「この中身、果実酒だ。これ多分、ティオナのジョッキだ」

 

「「…」」

 

俺達の視線がアイズに注がれる。そんな中アイズは席から立ち上がり、体をロキ達が座るテーブルの方へと向ける。

 

「私、妹じゃないもん」

 

ロキ達の方へと歩き出すアイズを俺達は黙ってみる事しかできなかったからだ。何故なら──────

 

「ん?なんやアイズたん?…ハッ、まさか!うちとこれから夜の街にくりだブホォッ!?」

 

籠ったロキの悲鳴が響き渡る。ロキは転がり、壁に激突するとそこでぐったりと座り込んでいた。

 

何故、ロキの声が籠っていたのか。それは、ロキの顔面にアイズの拳が減り込んでいたからである。

 

「ろ、ロキ!?アイズ、一体何を…っ」

 

「フィン!こ奴…、飲んでおるぞ!?」

 

「誰だ!アイズに酒を飲ませたのは!」

 

今まで見た事ないほどフィン達三人が慌てている。フィンの傍らに座るティオネもお酌を忘れて目を丸くしている。いや、フィン達ではない。大半の団員達が今のアイズを見て驚き、戸惑っていた。

 

「…ねぇ。これ」

 

「あぁ、間違いねぇ…」

 

「…アイズ。お前、下戸か」

 

呆然とアイズの様子を眺めながら呟く俺達。あのベートさんも、今のアイズを目にするとただ呆ける事しかできないでいた。

 

「…アルト」

 

「へ?」

 

ぐったりするロキを眺めていたアイズの顔がぐりん、と俺の方に向いた。いや、怖いんだけど。こっちの向き方が凄く怖いんだけど。赤く染まった頬とトロンとなった瞳は色気すら感じるのに、全身から滲み出る殺気が全部台無しにしてるんだけど!?

 

「私がお姉さんだよね?」

 

「…はい?」

 

「私が、お姉さん、だよね?」

 

こちらに歩み寄り、顔を近づけながらアイズが問いかけてきた。その問いかけの意味が解らず聞き返すと、殺気の増幅をおまけと一緒にもう一度同じ言葉で問いかけてきた。

 

「べ、別に俺とアイズは兄弟じゃないし…」

 

「私が、お姉さん、だy「おう!そうだ!アイズが姉だ!お姉ちゃん!万歳万歳!」」

 

まず俺とアイズが兄妹という仮定が根本的に間違っているのでそれを否定ようとするも、酔っ払い(アイズ)には通用せず。もうどうにでもなれと言わんばかりにアイズが姉だと答え、必死に姉を称賛する。

 

ふざけてると思われるかもしれない、そんな不安が一瞬過ったが、俺の答えを聞いた酔っ払い(アイズ)は満足げに頷いていた。

 

「うん。そう、私が姉で、アルトが弟。…私が…、おねえ…」

 

頷きながら何かを呟くアイズの体がふらふらと揺れ始めた。かと思うと、突然、ふらりとアイズの体は後方へ傾いていく。

 

「っと…」

 

すぐに椅子から立ち上がってアイズの手を掴み、もう一方の腕でアイズの背中を支える。

アイズの顔を見ると、二つの瞼は閉じ、気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

「アルト。アイズはどうだ?」

 

「…寝てる」

 

倒れたアイズを見て慌てたのか、駆け寄って来たリヴェリアの問いに答える。リヴェリアもアイズの顔を覗き込み、本当に寝ていると解って安心したように息を吐く。こちらの様子を固唾をのんで見守っていた他の団員達もアイズが落ち着いたのを見て安堵の息を吐いていた。

 

この宴が終わってから、眠るアイズを背負ったガレスから、アイズには絶対に酒を飲ませてはならないという絶対条項があるという事を聞いた。俺はその事を深く心に刻んだ。もう、あんな殺気全開で何をしでかすか解らないアイズと対峙たくないし。

 

こんな感じで俺のランクアップ祝い(笑)且つ初めての宴は終わった。

本当に、何で宴を開いたの?て聞きたくなるような宴でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルトとアイズの喧嘩を書いてる時、アイズのキャラ違うかな?とも思ったけどまだアイズ子供だし。こんなアイズも可愛いやん?てことで採用。皆さんはどう思いましたかね?少しでもアイズかわゆいと思ってくれれば嬉しいです。


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3

短いです


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…顕現せよ」

 

深く集中し、ゆっくりと唱える。

 

だが、いつまで経っても何も起こらず、俺は上げていた両手を下げて溜め息を吐いた。

 

あの混沌とした宴から一週間。俺がランクアップを果たしてからもう一月以上が経つ。

だというのに、俺は新しく発現した魔法とスキルを操れずにいた。そう、【顕現】と【魔力操作】だ。実はランクアップを果たした日から、何かと自分なりにこの魔法とスキルを検証してきた。…いや、検証しようとした、といったほうが正しいか。なんてったって、未だに発動すらできていないのだから。

 

何度やっても同じ結果が返って来るだけ。どれだけ練習しても全く進歩がない事実に気力を奪われ、その場で大の字で倒れ込む。オラリオの街を囲む城壁の上で雲一つない青空を見上げる。ここからはオラリオの街を一望でき、逆の方にはオラリオの外の世界が広がっている。そんなバベルに次いでオラリオの中で二番目に場所で俺はぽつりと呟く

 

「あの時はできたのになぁ」

 

思い出すのはあの《シルバーバック》の強化種との戦闘。あの時は全部、魔法とスキルの効果も使い方も勝手に浮かんできた。知らないはずなのに、まるで体と心がそれを()()()()()ような、そんな感覚だった。

 

ずっとあの時の感覚を呼び起こそうとしてきたが、全く効果なし。ステイタスの方は順調に伸びているというのにこっちが全く伸びる兆しが見えないから喜ぼうにも喜べない。冒険者になって初めてぶち当たった壁を乗り越える方法は、今のところさっぱり思い付かない。

 

「何ができたの?」

 

「うぉっ!?」

 

再び溜め息が出る…直前に、突然にゅっと視界の外から出てきた誰かの顔。風に揺れる金色の髪先が俺の頬をくすぐる。

 

急に現れた金─────アイズは、大声を出した俺に驚いたのか、目を丸くして体を震わせる。いや、驚いたのは俺の方だし。…もしかして、さっきの見られてたか?

 

「いつからいたんだよ」

 

「さっき。今日はここで昼寝しようと思ったらアルトがいて…、何をしようとしてたの?」

 

「…やっぱ見てたのか」

 

上体を起こし、隣で膝を地面に着けて座るアイズに視線を向けて問いかける。やはりアイズはさっきのを見ていたようで、今度はアイズから俺に問いかけてきた。

 

俺がスキルと魔法を発現した事はこいつも、ファミリア全員が知っている。だが、俺が未だにそのスキルと魔法を操れていないという事は主神のロキとファミリア重鎮であるフィン達三人しか知らない。

 

さて、どうするか。別に言ったっていいのだが、発言したスキルと魔法を使えないから特訓してましたと馬鹿正直に言うのも何だか恥ずかしいというか何というか。

 

「…」

 

「…はぁ。魔法とスキルの練習してたんだよ」

 

何て言って誤魔化そうかと考えるが、じぃ~っと俺の目を見つめるアイズにこりゃダメだと諦める。正直に今、何をしていたか話す事にする。

 

「魔法とスキル…?」

 

「あぁ。恥ずかしい話、まだ魔法もスキルも発動方法が解らなくてな」

 

「?詠唱式を唱えたら魔法は使えるよ?」

 

「残念ながら、俺の魔法はそれだけじゃダメらしくてな…」

 

アイズの言う通り、普通ならば魔法はステイタスに書かれた詠唱式を唱えるだけで発動するのだ。勿論、発動分の魔力というのも必要ではあるが。だが、俺の魔法はかなり特殊で、通常魔法が発現すればそれに伴い魔力が上がるのだが、俺の場合はその例と異なり魔力は未だこれっぽっちも上がっていない。だがそれでも、俺はあの《シルバーバック》との戦闘で間違いなく魔法を使っている。

 

つまり、信じられない事だが、俺の魔法は俺の魔力を必要とせずに発動できるはずなのだ。だからこそ、俺の魔法は何か特別な発動条件があるのかもしれないと睨んでいる。

その条件とやらが何なのかがさっぱりだから困っているのだが。

 

「…?」

 

「ごほん。ともかく、俺は魔法が発動できないから練習してんの。悪いけど昼寝するなら他の所にしてくれ」

 

話してる内に考え込んでいく俺を見て首を傾げるアイズ。その仕草で我に返り、しっしと手を払う動作で言外にどっか行けとアイズに伝える。

 

「…」

 

「…アイズ、何で体育座りするんだ?」

 

ここから離れてほしいのだが、何故かアイズはその場で膝を抱え、体育座りへと体勢を変える。

 

「見せて」

 

「は?」

 

「アルトの魔法、見せて」

 

「いや、魔法を使えないからここで練習してるんだけど…」

 

再び見つめ合い。今度も俺が先に折れる。

 

「解ったよ。でも、笑ったりするなよ」

 

アイズはそんな事しないと解っていても、釘を押さずにはいられなかった。アイズが頷いたのを見て、俺は一度深呼吸をしてから両手を上げる。

 

思い浮かべるのはあの時の光景。あの強化種を相手にした時、俺は何を感じていたか、どんな景色を見ていたか。霧に覆われたあの場所で、俺は──────

 

「…っ、顕現せよ」

 

思い出しきれないままあの時と同じように、詠唱式を唱える。

 

俺の全身を風を撫でた。

 

何も、起こらない。あの時と違ってこの眼に映る景色も変わらない。変わらず、見慣れた外の景色が広がるだけ。

…いや、待て。俺は何を思ってあの時と違うと感じた?俺はあの時、何を見た…?

 

「…ごめん」

 

「…あ?」

 

アイズが小声で呟いた。

詠唱しても何も起こらないのはもう俺にとってはいつもの事で、気付けば両手を下ろしていた。アイズはそんな俺を見て、落ち込んでいると勘違いしてしまったのだろう。いや、ちょっぴり落ち込んではいるけど。

 

「謝るなよ。別にお前のせいって訳じゃねぇのに」

 

「でも…」

 

俯くアイズを見て、ガシガシと頭を掻く。本当に全く気にしないでいい事まで気にするこいつは、優しいというか純粋というか、馬鹿というか…。それもアイズの美点とは思うのだが、過ぎるというのも考えものだ。

 

「あのな、失敗したのは俺のせいであって、お前が見てたから失敗した訳じゃない。なのに何でそこまでお前が気にするんだよ」

 

もしアイズが、自分が見てたせいで俺の魔法が失敗したとか思っているんだとしたらそれはただの勘違いだ。俺の魔法は俺の物で、それが発動しないのは絶対に俺が悪いんだから。それをアイズが自分が悪いと思い込むのは筋違いだし、俺にとっても正直気に入らない。

 

「…アルトは何でここで練習してるの?」

 

「は?」

 

不意にアイズが顔を上げてこちらを見ると、そう問いかけてきた。

 

「いや、何でって…」

 

「他の人に練習を見られたくないから…。だからホームの広場でじゃなく、ここで練習してる」

 

「…」

 

アイズの言葉の通りだ。発現している魔法とスキルをいつまでも使えない、そんな醜態を誰かに見られたくなかった。だから俺は人目の付くホームの広場や、ファミリアの誰かに見つかる恐れがある館の裏ではなく城壁の上を選んで練習してきた。結局、アイズに見つかってしまったが。

 

「アルトがしてほしくない事を、私はしちゃったから…」

 

「…お前」

 

アイズが謝った理由はとんでもなく単純な事だった。魔法の練習を俺は見られたくなかったのに自分は見てしまったから。俺が嫌だと思った事を自分はしてしまったから、アイズは謝ったのだ。

 

まるで世界の終わりが来たような、そんな表情のアイズを見て、思う。

 

本当にこいつは…、あれだ。

思わずため息を吐きそうになる。

 

「アイズ」

 

「…ん?」

 

「お前、馬鹿だろ」

 

「…え」

 

アイズの口がぽかんと半開きになる。それもそうだろう。俺ももし同じ事をされたら同じ反応をする。

 

「お前さ、ずっとそういう風に細かい事気にしてきた訳?それさ、気が滅入りそうならねぇ?」

 

「あ、アルト?」

 

「馬鹿だろお前、ほんっっっっとうに馬鹿だろ。そりゃ人が嫌がる事したら謝るのは礼儀だけどさ…、何でそんな重そうに謝罪すんだよ…」

 

勘違いしてたのはアイズではなく俺だった。だが何だってそんな事に真剣になってんだよこいつ。ごめーんちょ、て軽く謝るだけで終わるだろそのくらいなら。…いや、さすがに軽すぎるか?自分で考えておいてあれだが、もしその謝り方をされたら頭に来るかもな。

 

「許すよそのくらい。だからそんな世界の終わりみたいな顔すんな」

 

不安そうに見上げるアイズの頭に掌を載せてぐりぐりと撫でる。アイズが両手で俺の手首を掴むが、それも抵抗の格好となるだけで本気で俺の手をどけようとはしていない。

 

「アルト、ご…「これ以上謝ったら前言撤回するぞ」…」

 

再び謝ろうとしたアイズに容赦なく言葉を突きつけて黙らせる。だって放っておいたらひたすら無限ループしそうだし。

 

「…はぁ。帰るか、アイズ。途中でジャガ丸くんでも奢ってくれ」

 

「っ…、うんっ」

 

それでも未だに表情が晴れないアイズに、ジャガ丸くんをたかるとその表情は一気に晴れる。…他人にたかられて喜ぶアイズが心配だよ。帰ったらリヴェリアに教えとこ。

 

「…?」

 

リヴェリアへの報告事項を決めたその時、ふと何かを感じた。背筋にこう、冷たい感覚というのだろうか、形容しがたい不快な感覚。

 

振り返る、が、何もない。見上げれば青空、見下ろせばオラリオの街並み。特段おかしな所は何もない。

 

「アルト?どうしたの?」

 

「…いや、何も」

 

先を歩くアイズが振り返る。俺の様子を気に掛けるアイズの言葉に返事を返してから、俺はもう一度何かを感じた虚空を睨みつける。何もないはずなのにどうしてか、そこに誰かがいるような気がしてならなかった。

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

「…気付いてくれた。私に、気付いてくれた…!」

 

開いた唇から出た言葉と共に漏れる艶めかしい吐息。美しく白い掌は同じく汚れ一つない白く、どこか紅潮した頬に添えられる。

 

今、彼の瞳が私を捉えている。私の視線に、彼が気付き、私は彼に見られている…!

 

「あぁ…!あなたはやっぱり…、そうなのね…?」

 

私から視線を切り、帰るために歩き出した彼の背中を見て、確信する。

 

「オッタル…、あなたも嬉しいでしょう?まさか彼の息子が、オラリオへ来るなんて…」

 

「…まだ、若い。奴の足元にも及ばない。そして、奴の領域に辿り着くかも解らない」

 

背後の少し離れた所に立つ猪人(ボアズ)が答える。その返答を聞いた女神の唇が美しく弧を描く。

 

「いいえ。彼は必ず強くなるわ」

 

その言葉は確信に満ちていた。そうじゃなくなるはずがない、何の穢れもなく、女神はそう言い切った。

 

「でも…、今は少し、手助けが必要かもしれないわね」

 

未だに女神の目は少年の姿を捉えたまま──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルトリウス・レイン

Lv.2

力:D512→D531

耐久:E478→E494

器用:B712→B736

敏捷:C687→B700

魔力:I0→I0

耐異常:I

 

《魔法》

【顕現】

・詠唱式は『顕現せよ』

・外の魔力を実体化させる

 

《スキル》

【魔力操作】

・外の魔力を意のままに操る事が出来る

・外の魔力を使う事により、魔法を使用できる

 

ベッドに寝転がりながら羊皮紙に書かれた俺のステイタスを眺める。相変わらず基本アビリティの方は順調に伸びている。一応、それだけを見ればランクアップをする基準値には達しているらしい。まだ、偉業の達成という絶対条件をクリアしていないため、ランクアップできないのは言うまでもないのだが。

 

羊皮紙をくしゃくしゃに丸め、机の傍らで立つゴミ箱目掛けて放る。放物線を描き、羊皮紙は見事狙い通りにゴミ箱の中へ入っていった。軽く拳を握り、うつ伏せから仰向けへと体勢を変える。

 

本当に、基本アビリティだけは順調に伸びている。基本アビリティだけは…。

リヴェリアに、焦ったってどうにもならないぞと言われている。それは解っているのだが、どうしても気持ちが逸ってしまう。

 

早くこの力の使い方を思い出さなければ、何かが手遅れになるような、そんな焦燥が─────

 

「…」

 

首を傾け、窓を見上げる。見えるのは暗闇の染まった空に浮かぶ月。上体を起こしてもう一度窓に視線を向ければ、オラリオの夜景が見渡せる。その景色の一点のみをじっと見つめる。

 

「…誰だ」

 

呟きながら窓を開け、外へと飛び出す。館の外に投げ出された体の体勢を調節しながら、地面に両足、右手の三本で着地。そのまま駆け出し、ホームの塀を飛び越えて敷地の外へ出る。

 

視線が感じた方へと駆けていく。あの視線は、そう。魔法の練習に区切りをつけてアイズと一緒に帰路に着こうとしたあの時に感じた、それと同じものだった。背筋を奔った悪寒、これ以上見られたくないという不快感。それは今でも感じる。というよりは、視線を感じる元が、俺から逃げているというのだろうか。俺の目の前に何かがいる筈なのに、目に映らない。目には映らない何かを追いかけ、俺は周りが見えなくなっていた。

 

「っ…、すみませ…」

 

建物の影から現れた人影を避け切る事が出来ず、その人の肩とぶつかってしまった。足を止め、振り返ってぶつかった事を謝罪しようとした瞬間、硬直する。

 

俺を見るその瞳に吸い込まれそうだった。この感覚は、アイズと目を合わせた時の感覚に似ていた。だが、その時よりも圧倒的に強い感覚。美しく弧を描く桃色の唇はぷっくりと膨らみ、風に靡く銀髪は街灯に照らされ輝いている。胸元を大きく開けたドレスは男達の視線を釘付けにするだろう。一瞬、意識を奪われかけた。

 

「…あんた、何者だ」

 

「…」

 

しかし、こんな美しい何者かを目に前にして、最初に抱いたのは警戒心だった。確かに美しい。今まで見てきた全てのもので、一番と言っても過言じゃない。それでも──────

 

「俺を見てたのはあんただよな。覗き見とか、趣味が悪いと思わないか?」

 

「…ふふっ。やっぱり、私に気付いていたのね」

 

あの視線の正体が今目の前にいるこいつだと即座に直感した。そして、その直感は当たったようだ。特に誤魔化そうともせず、俺の問い質しにあっさりと肯定で答える何か。

 

「…もう一度聞く。あんた、何者だ」

 

「あら。もう、私の正体に薄々気付いているのではなくて?」

 

「…」

 

やはり、そうか。俺の中にある疑いが簡単に見破られた。こんな読心術染みた事が出来るのは一気に限られる。

 

「…神」

 

「正解よ。ついでに、私の名前も答えてくれると嬉しいわ」

 

「悪いけど、顔と名前が一致する神はロキしかいないんでね」

 

「あら、残念。…少し嫉妬しちゃう」

 

右手を頬に当て、首を傾げる女神。女神から向けられる視線は、どうにも尋常じゃない。

 

「私はフレイヤ。以後、この名前を覚えてもらえると嬉しいわ。…アルトリウス・レイン。シリウス・キルヴェストルの息子」

 

「っ…」

 

俺の名前を言い当てられた時点では特に驚きもしなかった。だが、女神フレイヤの口から出てきたもう一つの名前、そして息子という単語に目を瞠る。

 

「解るわ。だってあなたの魂は彼の魂の色にそっくりだもの…」

 

「…言ってる意味が解らねぇ。大体、女神フレイヤ様が俺に何の用だ」

 

「様だなんて、そんな他人行儀に呼ばないで。呼び捨てにしてもいいのよ?」

 

美人にそんな風に誘われるのは随分魅力的だ。普通の男なら、ほいほいとこの誘いに乗ってついていくのだろう。だが、どうしても危険を報せる心の警鐘が鳴り止まない。こいつには絶対についていってはならないと、心が叫ぶ。

 

「…」

 

それに、こいつの目的は何なんだ。さっきから下らない事ばかり言って、俺をここに誘導した本当の理由を話そうとしない。何故爺ちゃんの名前を知っているのかも解らない。話したくないのか…いや、そんな様子は見られない。

 

多分、こいつが言っている事は全て事実なんだ。俺と話すのが嬉しくて、楽しくて──────

 

背筋に今までにない強烈な寒気が奔る。

 

「そんなに怖い顔しないで?私はただ、あなたの手助けをしたいだけなの」

 

「手助け、だと?」

 

フレイヤがそう口にした途端、空気が震える。解らない。ここに来てから、この女神と会ってから解らない事だらけだ。こいつに見られているだけで寒気がする。こいつの声を聞くだけで強烈な忌避感を覚える。

 

今すぐここから逃げるべきだと、全身が叫んでいる。

 

「…っ!?」

 

背後から気配がしたのは直後だった。両腰の鞘から双剣を抜き、同時に振り返る。

 

そこに立っていたのは、2Mを超えようかという体格の大男だった。身の丈に迫る大剣を片手で軽々と担ぎ、こちらを見下ろしている。

 

体格、風貌、そして身を刺すような威圧感。

そいつを一目見ただけで、俺はこの男が誰なのかを悟った。

 

「全てあなたに任せるわ。…けど、殺しちゃ駄目よ?」

 

「…承知」

 

会った事もない。顔も見た事ない。だが、名前と二つ名だけは知っていた。フレイヤファミリア所属、世界に二人だけの、そしてオラリオ唯一のLv.7。

 

「【猛者(おうじゃ)】…!」

 

その名は、【猛者(おうじゃ)】オッタル

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

ぼふっ、と顔が何かにぶつかる。鼻先を抑えながら見上げると、自分を見下ろす髭を生やした男の顔。

 

「どうしたアイズ、ぼうっとしよって」

 

「ガレス…。リヴェリアとフィンも」

 

廊下を歩くアイズとぶつかったガレス。その横にはリヴェリアとフィンも立ち止まってアイズを見ていた。

 

アイズは一歩下がってからガレスを見上げる。直後、三人の中でアイズから見て右端に立っていたリヴェリアが声を掛けてきた。

 

「…ロキの所に行ってたのか?」

 

「…うん」

 

「そうか…」

 

この短い会話の中で、リヴェリア達はアイズが何を考え込んでいたのか察したらしい。

リヴェリアの問いに答えると俯いてしまったアイズの頭にガレスが大きい掌を置き、ぐしゃぐしゃと撫でまわした。

 

「…ガレス?」

 

「そう深刻に考え込むな。何度も言うが、自分を大切にできない奴は強くなりはせん」

 

「…うん?」

 

頭に手を乗せたまま言うガレスに、アイズはちょこんと首を傾げる。その頭からは疑問符が浮かんでいた。

 

ここでガレス達は気付く。自分達が思っている事と、今実際にアイズが悩んでいる事はずれいてるのではないか。

 

「アイズ。君は何を考えていたんだい?さっきの様子を見てると、悩んでるように見えたけど」

 

フィンが三人の中で一歩前に出て、アイズに問いかけた。ガレスを見上げる視線をフィンへと移すアイズ。アイズは白いワンピースの裾を両手で握りながら、フィンに言った。

 

「フィンは…。皆は、知ってるの?アルトが魔法を使えない理由」

 

「…アイズ。君、知ってたのか…」

 

「アルト、悩んでた。発現したスキルも魔法も、何で使えないのか…。私達が見てない所で、ずっと練習してた」

 

アイズが悩んでいたのは自分の事ではなく、他人の事。アイズの頭に浮かぶのは、魔法の行使に失敗した直後の、アルトの考え込んだ表情。

 

あの顔は、自分と似ていた。ランクアップの直前、熟練度の成長限界に訪れた時の自分と。種族としての限界に、自分の弱さと真正面から向き合う事しかできないあの時の自分と、重なって見えた。

 

「…ごめん。ロキも解らないって言ってたから、フィン達もきっと知らないよね…」

 

俯きながら小さな声で言うアイズ。そういえばと、夕方にアイズがアルトと一緒に帰って来ていたのを思い出すフィン達。館を出る時は別々だったはずだが、外に出ている際に二人の間に何かあったのだろうか。俯いたままのアイズを見つめていたフィン達は互いに顔を見合わせる。それから何も言わぬままただ黙って頷くと、リヴェリアがアイズに歩み寄って口を開いた。

 

「アイズ。私達はその事についてアルトと話そうと思ってたんだ」

 

「…話す?」

 

「あぁ。…アイズも来るか?」

 

リヴェリアがそう問いかけると、アイズは何の迷いもなくこくりと頷いた。

 

フィン達に加わって、アイズと四人で廊下を歩く途中、ふとリヴェリアが再び口を開いた。

 

「アルトの魔法は少々特殊でな。私達としても、どう対処すればいいのか決め兼ねてる」

 

「特殊…?」

 

「あぁ。アルトの魔法は…、まあ、普通なら魔法というものは魔力を使って行使するのだが、アルトの場合はその魔力を必要とせず行使できるはずなんだ」

 

「魔力を…必要としない…」

 

「リヴェリア」

 

「いいだろう、フィン。遅かれ早かれ、いずれは皆が知らなければならない事だ」

 

リヴェリアの口から出たアルトリウスの魔法の異常性にアイズは静かに驚きを示す。

フィンはあまりアルトリウスの魔法について口外したくなかったようで、あっさりとアイズに話してしまったリヴェリアを横目で睨む。それでもリヴェリアの言葉に一理あると判断したのか、一つ溜め息を吐いてからはそれ以上、何も言う事はなかった。

 

「それとアイズ。これは私の勘だがな…。恐らくロキは、アルトの魔法について何か知っている」

 

「え…?でも、ロキは知らないって…」

 

「私達にもロキはそう言っていた。だが…、どうも私達に何かを隠している」

 

アイズの頭の中で、ひらひらと片手を振りながら言ったロキの言葉が再生される。

 

『アルトの魔法については何も解らんのや。でもリヴェリア達が調べてくれてるし、すぐに解ると思うで』

 

その後すぐ、いつものようにセクハラに及ぼうとするロキを沈めて部屋を出たアイズには、全く違和感など感じなかった。

 

「ロキが…、嘘をついてるの?」

 

「…」

 

「ロキについては僕達が何とかするよ。それよりまず、アルトの悩みを解消してあげなきゃね」

 

アイズの問いに、リヴェリアもガレスも答えられずにいる中、フィンが返事を返した。

その返事は、アイズの問いかけの答えになっていないと気付きながら、それでもそう言葉を返す事しかできなかった。

 

「…」

 

そして、それにアイズもまた気付き、歩きながら表情を曇らせる。

 

「大丈夫じゃ、アイズ。もしその秘密が今すぐにでもアルトに危険が及ぶものだったとしたら、ロキも躊躇わず儂達に話していた筈じゃ。そうしなかったという事は、緊急に対策が必要、というものではないんじゃろう」

 

アイズの様子を見て、アイズの顔を覗きながら言ったのはガレスだ。顔を上げ、ガレスの浮かべる笑みを目にしたアイズの表情が僅かながらに晴れる。

 

「…さて。我らの姫君を悩ませる王子様を呼ぶとしますか」

 

気取った言い方をするフィンと、アイズ達の前には一つの扉。アルトの部屋の前に着いたのだ。アイズ達よりも一歩前に立つフィンが軽く拳を握って扉をノックする。

 

「アルト、大所帯で悪いけど入っていいかい?少し話したい事があるんだ」

 

ノックしてからフィンが部屋の中にいるアルトに聞こえるよう、ややボリュームを上げて言う。少しの間、アルトの返事を待つ。だが、いつまで経っても部屋の中からあるとの声も、それどころか音すら聞こえてこない。

 

「…ガレス」

 

「あぁ。…気配がせん」

 

「…鍵はかかってる、か。仕方ない、後でロキには僕が説明する。ぶち破れ」

 

ドアノブを回して引いてみるが、扉はびくともしない。フィンの表情が険しいものへと一変し、一歩その場から引いてからガレスに指示を出す。フィンに代わってガレスが前に出ると、丸めた肩を力強く扉へぶつける。

 

衝撃音と共に開いた扉、露わになった部屋へとフィン達が一斉になだれ込む。部屋の中を見回すが、アルトリウスの姿は見えない。

 

「窓が、開いてる」

 

それに最初に気付いたのはアイズだった。アイズの視線を追いかけると、開きっぱなしの窓がフィン達の目に入る。

 

「アルトはここから誰かに攫われたのか…」

 

「いや、そうとも限らない。むしろ…、アルトが自分から出て行ったんじゃないかな」

 

「だが、正門からでなく、それも窓から出るなんて…」

 

「…嫌な予感がするな。リヴェリアはロキにこの事を報せてくれ。アイズ、ガレス。僕達はアルトを探しに行くよ」

 

アイズ達を見回しながら指示を出すフィンに、アイズ達は頷いて応える。リヴェリアは壊れた扉から部屋を去り、フィン達は一人ずつ窓から外へと飛び降りる。

 

「僕は門番にもしアルトが戻ってきたら捕まえとくように言いに行く。アイズとガレスは…」

 

「あぁ。手分けして探す」

 

「…よし。じゃあ行ってくれ」

 

アイズとガレスが塀を飛び越えて街の中へと駆け出していく。その背中を見送ってから、フィンもまた己がすべき事をするため走り出す。

 

「無事でいてくれよ、アルト」

 

全力で駆けながら、自分に言い聞かせるように呟く。

内心で渦巻く不安を抑えながら。

 

 

 

 

 

 

──────あぁ、親指が疼いて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フレイヤ様、行動開始


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5

ダンまち映画化&二期制作決定おめぇぇぇぇぇぇぇ!!!







 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解ってはいた。相手は世界最高のLv.7、対する俺はやっと一人前と言える程度のLv.2。この間にどれだけの差が存在しているのか。解っているつもりだった。

全てが防がれた。全てが潰された。全てが、捻じ伏せられた。

 

二本の剣の内、一本は刀身が砕かれ地面に落ちている。激しく乱れた呼吸、額から流れる血、だらりと下がった左腕。剣を支えにして立つのがやっとなほど、完全に叩きのめされた。

 

今までどれだけフィン達が気を遣い、手加減してくれたのかを思い知る。かといって、目の前の男が今、全力を出して戦っているとも到底思えない。

 

「どうした。その程度か?」

 

猛者(おうじゃ)】は対峙してすぐの時と同じ、大剣を担いで俺を見下ろす。その体には傷一つなく、今まで戦っていたとは思えないほど平然としている。それ程までに俺はオッタルに対して何もできなかった。

 

「っ…!」

 

このまま戦い続けてどうなる。ただ嬲り殺しにされるだけだ。だが、逃げ道がある訳でもない。こいつ等が俺を逃がしてくれるとも思わない。

 

詰み

簡単なこの一言が、一番解りやすく今の状況を教えてくれる。

 

オッタルの問いかけに対して俺は何も答えず、目の前の男と、その背後で笑みを浮かべたまま立つ女神を見回す。戦いながらもずっと考えていた事をもう一度、思考する。それは、この二人の目的だ。

 

何のために俺に接触してきたのか。何のために、オッタルを俺にぶつけてきたのか。ただ俺を殺したいだけならば、フレイヤ・ファミリアには他にも手練れはいる上、第一にとっくに俺は死んでいるはずだ。それに、

 

『殺しちゃ駄目よ?』

 

そうフレイヤはオッタルに口にしていた。つまり、俺に接触してきたのは俺を殺すため、ではないのは確かだ。かといって、この戦闘を止めようとする気配は全く感じない。このままならば、確実に死ぬ。

 

「…もう、力は残っていないか?」

 

オッタルが再び口を開くと、奴から伝わる殺気が膨れ上がった。反射的に地面を突く剣先を離して剣を構える。体がよろけるが、両足で踏ん張り立ち続ける。

 

「続けるぞ」

 

そう言うと、オッタルは担いでいた大剣を構える。

一瞬の静寂の後、俺は重い足を動かし、オッタルに向かって疾駆する。

すでに得物は一つ折れ、もう片方の剣も時折不吉な音を発している。

それでも、ここで攻撃を止めれば、戦うのを止めれば、剣だけでなく全てが折れてしまうような気がした。

 

二つの刃がぶつかり合う。金属音が、地面を滑る靴の音が響く。オッタルの周りを動き回りながら背後から攻める。唐竹、袈裟、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎ、右切り上げ、左切り上げ、刺突。剣戟全てが弾き返され、それでも止まらず剣を振り続ける。

 

再び戦闘が始まってから、どれ程時間が経っただろう。たったの一秒が長く感じられる感覚の中、右薙ぎに振るった剣が防がれた瞬間、踏ん張る右足に痛みが奔る。一瞬、動きが鈍り、その一瞬をオッタルに突かれる。

 

大剣が振るわれる。刃が俺の左肩から右脇腹にかけて切り裂く。切り裂かれた箇所から血を噴き出しながら体が宙を舞い、力なく地面に倒れる。それでも、再び立ち上がろうと腕を、足を動かそうとする。

 

まだ戦える。その心の意志は、俺の体に否定された。

腕にも足にも、体のどこにも力が入らない。立ち上がる事が出来ない。

そんな状況なのに、俺はどこか他人事のように感じていた。俺のこの無様な姿を別の俺が近くから見下ろし、言うのだ。あの時と同じだな、と。

 

そうだ、あの時と同じだ。あの時もこうやって倒れて、立つ事ができなくて、このまま死を待つだけなのかと覚悟した。しかし、あの時と少し違うのは、こちらに近づいてくる足音が聞こえない事だ。あいつは俺をどんな目で見下ろしているのだろう。失望した目で見てるのだろう。戦闘が始まった時、あいつの目はどこか、何かを期待しているように見えたから。オラリオ最強に期待されるような物など、持っていないのに。

 

「…っ」

 

自嘲気味に笑みを浮かべたその時、輝く何かが視界を横切った。瞬間、鮮明に、あの時の光景が脳裏を過る。…そうだ、どうして忘れていたのだろう。ずっとあの時から、俺は何をしていたのか。

 

違うだろ。俺の魔法は、スキルは俺の力だけで使えるものじゃなかった。

俺はただ導くだけ。ただ、それだけだったのに。

 

あの時は、何かが嵌る音が頭の中でした。

だが今、頭の中で響いたのは、何かが砕ける音だった。

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

「…どうやら、相当強い力で封印されてるようね。一度解かれてるから、今度は簡単にいくと思っていたけど」

 

血溜まりの中で倒れるアルトリウスを見下ろしながら、フレイヤが言う。

 

「シリウス…。あなたがもしここにいたらどう思うかしら。失敗したと後悔した?それとも…」

 

「…っ、フレイヤ様っ」

 

フレイヤがアルトリウスに歩み寄りながら呟きを続ける。その呟きが終わる前に、割り込むようにオッタルが口を開くと、フレイヤを抱えてその場から飛び退いた。

 

直後、フレイヤとオッタルが立っていた場所に何かが突き刺さる。着地したオッタルは、その腕にフレイヤを抱えたまま、突き刺さった何かを凝視する。

 

「これは…」

 

その色をどう判別すればいいか、オッタルには解らなかった。透明な壁の中で、小さな粒のような何かが蠢いていた。

 

「…ふふ、ははっ」

 

オッタルの腕の中で、オッタルと同じ物を見ていたフレイヤが突如笑い出す。

その堪え切れずに漏れた笑い声は、次第に大きくなっていく。

 

「アハハハハハ!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!凄い、凄いわアルト!!!やっぱりあなたは美しい!!!」

 

フレイヤの叫びの直後、地面に突き刺さった何かは音もなく霧散する。だが、そんな物はもう、フレイヤには見えていなかった。今、フレイヤに見えているのはその奥。血溜まりの中でゆっくりと立ち上がる、アルトリウスの姿だけ。

 

「シリウス、見ているかしら!あなたの息子はこんなにも美しくなって…、これからもっと、もぉっと美しくなるわ…」

 

フレイヤが言葉を言い切るか否や、再びオッタルがその場から飛び退く。鳴り響く轟音、巻き上がる煙。オッタルはフレイヤを抱えたままその場から駆け出した。

 

「広い所まで移動します」

 

「えぇ。あまり大事にしたくはなかったけれど…、どうでも良くなったわ」

 

アルトリウスに背を向けて移動するオッタル。迷路のように入り組んだ道を駆け抜けて出た広場でフレイヤを下ろし、オッタルは振り返ってアルトリウスがこの場に来るのを待つ。

 

「…便利な能力だな」

 

自身が走ったその道を見つめていたオッタルだったが、気配を感じて視線を上げる。

そこにアルトリウスは立っていた。オッタルとフレイヤを襲った謎の物質と同質のものと思われる何かを足場にして、空を駆けて来たのだろう。

 

アルトリウスが地面に降り立つ。つい先程までと、雰囲気が余りにも違う。

 

直後、アルトリウスの周りに前触れなく浮かび上がる無数の物体。それらは形を変え、オッタルに向けて先端を作り出すと一斉に射出された。

 

オッタルはフレイヤの前に立ちはだかり、一振り、大剣を一閃した。

射出された物質はオッタルの大剣に斬られ消滅し、斬り残された物質も衝撃だけで霧散していく。

 

「フレイヤ様」

 

「えぇ。遊んであげなさい」

 

フレイヤはオッタルにそう言って微笑みかけると、ゆっくりと歩いてその場から離れる。

それと同時に、爆炎の中からアルトリウスが飛び出してくる。右手に握った剣が振るわれ、オッタルの大剣とぶつかる。

 

「軽い」

 

「っ」

 

アルトリウスが息を呑む音が聞こえる。ぶつかり合った二本の剣、その内片方は砕かれ、もう一方は勢いを失わず振り抜かれた。言うまでもなく、砕かれたのはアルトリウスの剣。振り抜かれたのはオッタルの剣だ。

 

アルトリウスは目を見開きながらも即座にその場から後退。オッタルから距離をとってから時間を置かずにオッタルに向かって物質を顕現、射出。それに対し、オッタルはその場から動かぬまま、先程と同じように大剣を一振りするだけ。

 

「確かに便利な能力だ。それでも、まだ俺の脅威にはならん」

 

自分を睨むアルトリウスを見返し、オッタルは抑揚のない声で一言、そう言った。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

怪物だ。同じ人間とは到底思えない。確かに力を全て操って戦えたとしても簡単にはいかないと思っていた。全てが想像を超える、それがLv.7。それが最強。勝てると信じようとする事すら傲慢なのではないか、そう感じさせる存在。

 

…それでも

 

「顕現せよ」

 

周囲の魔力を集め、固めた魔力の集合体を実体化させる。手元に武器はない。二本ともすでに折られている。周囲にある無限の魔力もあの怪物を前にすればただの一振りで一蹴される。

 

だが、それでもと抗い続ける。

 

射出、斬られる。

 

射出、斬られる。

 

射出、斬られる。

 

射射射射射射射射射射

 

斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬

 

射出される魔力の間を縫って、接近してくるオッタルの斬撃を魔力の壁を何重にも顕現させて勢いを弱める。勢いを失った剣戟ならかわせる、それでもギリギリなのが途轍もなく恐ろしい。

 

オッタルから距離をとりながら新たに顕現させた魔力の針をオッタルに向けて射出。オッタルが魔力の針を迎撃している間に今度はオッタルの背後に新たな魔力の針を顕現、射出。それすらもオッタルは一瞬の間に振り返り、大剣を一振りして一蹴。再び俺との距離を詰めてくる。

 

ならばと空中に魔力の足場を顕現、段差を作って空へと逃れる。それを見たオッタルは広場を囲む建物の壁を駆け上がって屋根へと上ると、そこから跳躍、俺と同じ高さまでやって来る。慌ててオッタルの四方を囲んでその場から飛び降りる。その一瞬の間にオッタルは自身を囲む壁を一閃、斬り砕くと飛び降りた俺を追う。

 

「…顕現せよっ」

 

オッタルの体が空中で落下している場所を確かめ、魔力の実体化の地点を断定、そして詠唱。現れたのは巨大な立方体。現れた場所は、オッタルのすぐ傍ら。

 

「っ…」

 

オッタルに向けて魔力を動かす。大剣を振るう暇を与えず魔力の塊がぶつけ、オッタルの体を吹っ飛ばす。大したダメージは与えられていないだろう。それでも、空中で体勢を崩す事は出来た。

 

先に地面に着地した俺はオッタルを見上げる。落下の速度、角度、場所は…あそこか。

オッタルの体は落下を続ける。その間に体勢を整えたオッタルは俺に視線を向けながら着地の体勢をとる。

 

「顕現せよ」

 

「っ!」

 

その瞬間、俺は詠唱式を唱えた。そして初めて、オッタルの表情が変化した。

オッタルの足元から現れる魔力の針。一本だけでなく、オッタルが着地するであろう地点の周囲に針の森は広がる。

 

さすがのオッタルでも空中で移動することなどできないはずだ。

 

これで、せめて少しでも──────

 

傍から何も知らない人がこの光景を見れば、俺が優勢のように見えるだろう。だが、そうではない。この作戦が成功したとしても、たかだかオッタルにはかすり傷がつくかどうか、といったところだろうか。

 

もう、奴と俺の間の実力の差は思い知っている。だから──────

 

オッタルが着地した途端、バキバキと折れていく魔力の針を見ても、俺は驚きもしないのだ。

 

「良い攻撃だ。これでお前のレベルがあと二、三上であったなら、俺もダメージを避けられなかったかもしれん」

 

言いながらオッタルは大剣を振るって周囲の針を薙ぎ払う。斬り払われた針は魔力の粒子へ戻り、霧散していく。

 

「さあ、これで終わりか?お前の能力は色々と応用が効くようだ。まだ…、戦えるだろう?」

 

オッタルが大剣を構え、接近してくる。こいつ、さっきまでは自分から動こうともしなかった癖に。俺の力を少しは認めてくれた、のか?普通だったら、オラリオ最強に認められるなどこれ以上ない名誉なのだろうが、今この状況では全く喜べないし、ただただ止めてくれとしか思えない。

 

それにまだ戦える?冗談言うな。こっちはもうとっくに限界超えてるわ。さっきのが最後の手だよ。もう少し早く魔法の操り方が解れば…、いや、それでも結果は変わらなかっただろう。

 

負けだ、完全に

 

「…それでも」

 

だが、このままただで負けてやるものか。せめて、その体にかすり傷一つだけでも残して負けてやる。

 

「顕現せ…っ」

 

詠唱式を唱えようとしたその時、風が流れた。オッタルも気付いたのか、動きを止めて風が吹いたその方向に目を向ける。

 

その直後だった。オッタルが防御態勢をとり、大剣に鋭いサーベルがぶつけられる。サーベルを握る何者かは続けて連撃を仕掛ける。たった何秒かの神速の打ち合いの後、長い金色の髪を揺らした何者かは俺の前に降り立った。

 

「アルト。大丈夫?」

 

風を纏ったアイズは振り返ると、普段通りの無表情でそう俺に問いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6

今まで投稿してきた小説より圧倒的にお気に入り増加ペースがやばい。
ダンまち効果すげぇ…。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイズ…?」

 

風を纏ったアイズの長い金髪が靡いて流れる。ダンジョンに潜る時の装備ではなく、ホームにいる時の普段着姿のアイズは愛剣《デスペレート》を構えてオッタルと対峙する。

 

「お前、何で…」

 

「部屋にアルトがいなかった。だから、フィンとガレスと手分けして探しに来た」

 

「…ちっ」

 

何故アイズがこんな所にいるのか、問いかけるとアイズの答えはすぐに返ってきた。どうやら俺が窓から外に出た後、部屋に侵入されたらしい。鍵は掛けていたはずだったが…、恐らくガレス辺りに扉をぶち破られたのだろう。どうしてアイズ達が部屋まで来たかは解らないが、部屋に俺がいない事を不審に思って探し始めた、といったところか。

 

だが…、来てほしくなかった。

 

「アルトは下がって。後は私が…」

 

「っ、駄目だ!こいつは…っ」

 

剣を構えるアイズを止めようと腕を伸ばすが、直後に奔る激痛に動きが止まる。

痛みに顔を歪める俺を見たアイズが、鋭い視線でオッタルを睨む。

 

「貴様に用はない。そこをどけ」

 

「どかない。どうして貴方がこんな事をするかは解らないけど…、これ以上、アルトを傷付けさせない」

 

この場から立ち去るよう言うオッタルに、アイズは即座に返答する。

アイズにここからどく意志は悟ったオッタルは背後の少し離れた所にいるフレイヤに目線を送る。オッタルと視線を合わせたフレイヤは、先程まで浮かべていた悦びの表情とは打って変わった無の表情で口を開く。

 

「その子はどうでもいいわ、オッタル。生かすも殺すも、あなたの好きな様にしなさい」

 

ただただつまらなそうに言うフレイヤに、オッタルは頷きを返して再びアイズへと視線を戻す。

 

「貴様が選んだ道だ。後悔するなよ」

 

「…っ」

 

大剣を一振りしたオッタル。ただの一振りだけで起こる強烈な風がアイズの体を纏う風とぶつかり合う。

 

直後、両者は動き出した。アイズの《デスペレート》とオッタルの大剣が幾度となくぶつかり合う。

 

「駄目だ、アイズ…。逃げろ!」

 

今のところ、両者の戦いは互角と言える。()()()()()()

 

「風よ」

 

俺の言葉が聞こえていないのか、それとも聞こえた上で無視しているのか。アイズは俺を見向きもせずにオッタルと剣を打ち合う。アイズを纏う風の勢いが増し、それと共にアイズの駆ける速度、連撃の速度もまた上がる。だが、オッタルは全く表情を変えぬままアイズの剣戟を打ち払い続ける。

 

駄目だ…、駄目なんだ。俺が未だに生きているのは、オッタルに俺を殺すつもりがなかったからだ。フレイヤに、俺を殺すなと命令されたから。ただ、それだけの理由。だが先程、フレイヤは好きにしろと言った。生かすも殺すも、オッタルの自由だと。

 

「ぐっ!?」

 

大きく振るった大剣が、防御態勢をとったアイズの体を飛ばす。それでもダメージ自体はなかったのか、空中ですぐに体勢を整えるアイズ。アイズの視線の先ではすでにオッタルが着地する寸前を狙おうと動いている。

 

アイズは強い。だが、言いたくないがオッタルには遠く及ばないだろう。レベルの数から見ても、冒険者としてのキャリアから見ても。アイズはオッタルには、絶対に勝てない。

 

アイズの足が地面へ着く寸前、背後へ回り込んだオッタルの大剣がアイズを襲う。大剣がアイズに命中する直前、剣を割り込ませて体を切り裂かれずには済んだが、再びアイズの小さな体が吹き飛ぶ。同時、オッタルもまた吹き飛んだアイズの体を追って駆け出す。

 

アイズに休む暇も、体勢を整える暇も与えない。

 

殺される──────

 

「アイズ…!くっ…、顕現せよっ!」

 

痛みで鈍る思考に鞭を打ち、場所を特定、展開。

 

「っ…、貴様」

 

駆けるオッタルの軌道上に魔力の壁を顕現、反射的に動きを止めたオッタルが俺を睨みつける。このまま俺に狙いを変える、事はなく、動きが止まったのは一瞬。大剣を振るって魔力の壁を斬り砕くと、壁に激突したアイズに向かって駆け出す。

 

俺の相手は後、という事か。今は邪魔者を排除するという事か。だが、させるものか。

 

「顕現せよっ!」

 

再び詠唱式を唱える。今度はただの壁ではなく、オッタルを囲む箱。しかし何度も同じ狙いは通用せず、オッタルは即座に魔力の壁に反応し、大剣を振るって斬り払う。動きを止める事すら叶わない。

 

それでも、少しは時間を稼げたらしい。呼吸を整えたアイズがオッタルに疾駆する。

露出した肩や足から血を流しながら、再びオッタルと剣戟を打ち合う。

 

「最後にもう一度だけ言う。ここから消えろ。さすれば、命の保障はする」

 

「…嫌だ」

 

「アルトリウスを殺すつもりもない、と言ったら?」

 

「そんなの、信用できないっ」

 

鍔迫り合いをするアイズとオッタルが声を交わす。

 

「そう、か。ならば」

 

「っ…!」

 

鍔迫り合いを続けるアイズとオッタル。会話が終わると同時に、アイズが少しずつ押され始める。オッタルの剣は振り払われる直前にアイズはその場から後退。だがすぐにアイズは前進、オッタルに疾駆すると剣を振るう。

 

ガキッ、と耳障りの金属音が響き渡る。

 

「なっ…!?」

 

「終わりだ。剣姫(けんき)

 

振り下ろされたアイズの剣は、オッタルの腕に装備された籠手で防がれていた。もう一方の手に握られた大剣の刃がアイズに向けられる。

 

「アイズ!くそ!」

 

今、俺は得物を持っていない上に、あの二人の戦いに割って入ればただの邪魔にしかならない。魔法でのちょっとしたサポートしかできない状況だ。

 

場所を特定、魔力を顕現──────駄目だ、間に合わない。

オッタルの大剣が振り下ろされる。アイズはすぐにその場から後退しようとするが、直前にオッタルの手がアイズの腕を掴んで動きを止める。アイズは、逃げられない。

 

「そこまでだ」

 

オッタルの大剣がアイズの肩先から斬り入る、その寸前の事だった。辺りに響いた力強い声にオッタルは動きを止める。

 

「やれやれ…、随分と派手にやってくれとるのぅ。広場をこんなにボロボロにしよって」

 

今度は先程響いた声とは別のしわがれた声が響く。

俺とアイズの視線の先、オッタルが振り返った先。フレイヤの隣に立っていたのは、小人族(パルゥム)とドワーフ。

 

「フィン…、ガレス…!」

 

「遅くなってすまなかったね。…アイズの手を離してもらおうか、オッタル」

 

「…」

 

フィンとガレスの登場に表情を緩ませたアイズに微笑んでから、フィンはオッタルに視線を移し、厳しい声で告げる。

 

オッタルは動かず、アイズの腕を掴んだまま。

 

「離しなさい、オッタル。もういいわ」

 

フィンと睨み合うオッタルがフィンから視線を外し、己の主神を見る。

 

「邪魔は入ったけれど…、見たかったものは見れたし。帰りましょう」

 

「…」

 

俺達に背を向けて去るフレイヤを追って、アイズの手を離したオッタルもまたその場から立ち去る。

 

「やれやれ、謝罪の言葉もなしかい」

 

「いいさ。これ以上深くいくと、ファミリア同士の戦争になる。それは望まない事だ。…ロキにこの事を報告すればどうなるか、解らないが」

 

立ち去る二人の背中を眺めながら呆れたように話し合うフィンとガレスの二人。

オッタルから受けた傷から流れる血を拭って、俺の方に振り返るアイズ。

 

…終わった、のか?助かったのか?こんなあっさり?生きてる。死んでない。何とか生き延びる事が出来た。相手に殺す気はないと解っていても、何度も何度も死んだと思わされた。

 

──────あ、やばい。

 

一気に気が抜け、体から力が抜ける。瞬間、視界が歪んだ。これは何度か経験した事がある。これは、気絶の前兆だ。後一秒もすれば俺の意識は失われるだろう。

 

視界が傾く。アイズが目を見開いて、こちらに駆け寄って来るのが見えた。

直後、ぷっつりと、視界が真っ暗闇に覆われた。

 

おやすみ

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

「アルト!」

 

ゆらりと体が揺れ、倒れるアルトリウスに駆け寄る。アルトリウスの体が地面に倒れる前に自身の体を割り込ませて支える。アイズはすぐに耳をアルトリウスの顔に近づける。呼吸の音は聞こえる。

 

「アイズ!」

 

「大丈夫、気を失ってるだけ。でも…」

 

アルトリウスはただ気を失っているだけ。だが、体中に付いた生々しい傷が戦闘の激しさを物語る。

 

「こりゃひどいのぉ…。全部急所を外れているが、すぐに治療した方がいいな」

 

「あぁ。早くリヴェリアの所へ連れて行こう。ガレス、アルトを頼む」

 

「おぅ。アイズ」

 

ガレスがアイズに背中を向けしゃがむ。アイズはガレスの背にアルトリウスの体を乗せた。ガレスがアルトリウスの体を背負って立ち上がると、三人は同時に駆け出す。

 

路地裏を抜けてメインストリートへと出て、黄昏の館へと急ぐ。すれ違う人達の何事かという戸惑いの視線も気にせず走る。ロキ・ファミリアのエンブレムが描かれた旗が揺れるのが見える。長い一本道の向こうに見える大きな門。門番が走って来るフィン達を見て目を丸くしたのが見えた。

 

「門を開けろ!今すぐに!」

 

「は、はい!」

 

門の前まで辿り着く前に、フィンが走りながら門番へ大声を上げて門を開けるよう命ずる。何故、という疑問もあっただろうがそれを口にすることなく、フィンの命令通りに巨大な門を開ける。

 

「フィン…っ」

 

扉から館の中へ入るとすぐ、そこでリヴェリアが立っていた。館に入って来たフィン達を見て目を見開き、そしてガレスに背負われる傷だらけのアルトリウスを見て慌てて駆け寄って来る。

 

「一旦部屋まで運ぼう。そこで治療する」

 

フィンが何かを言う前にリヴェリアがそう言い、三人は頷いて階段を駆け上がる。駆け上がった先の廊下の途中、扉が壊れたままの部屋に入るとそこのベッドにアルトリウスの体が寝かされた。

 

「…何があった」

 

ボロボロになった服、アルトリウスの体に刻まれた生々しい傷跡を見たリヴェリアが表情を険しくさせ、口を開いた。

 

「僕達も正直、詳しくは解らないんだけどね…」

 

アルトリウスの治癒を始めたリヴェリアにフィンが代表して答える。とはいっても、フィンやガレス、二人よりも前に来たアイズでもアルトリウスの身に何が起きたのか、詳しい所までは解らない。

 

だが、

 

「…どうやら、女神フレイヤに目を付けられたらしい」

 

「っ…」

 

フィンのその一言を耳にしたリヴェリアの体が小さく震える。

 

「僕はこの事をロキに報告しに行くよ。アルトを頼むよ、リヴェリア」

 

「…あぁ」

 

一まず一件落着したとはいえさすがにこの問題を放っておくわけにもいかない。フィンはリヴェリアにそう言い残すと部屋を出て、主神の間へと向かう。アイズとガレスはフィンの姿が見えなくなると、再びリヴェリアの治療を受けるアルトリウスへ視線を戻す。だがすぐに、ガレスがアイズの方へ顔を向けた。

 

「アイズ。お前は大丈夫か?」

 

「…うん。掠り傷しかないよ」

 

アイズもまた、所々に小さな傷を受けていた。派手に吹っ飛ばされたとはいえ、実際に受けたダメージは大したことがなかったため、ガレスの問いかけに大丈夫と答えるが、

 

「後でお前も治療してやる。そこで待っていろ」

 

リヴェリアにそう言われ、アイズはこの部屋でしばらく待つ事にする。といっても、アルトリウスの治療が終わるまではこの部屋で待っているつもりだったのだが。

 

部屋の中に沈黙が流れる。聞こえるのは、アルトリウスの治療箇所を変える際に動く、リヴェリアの衣が擦れる音のみ。両腕、胸、腹、両足にまで付いた傷跡全ての治癒を終えたリヴェリアが立ち上がり、大きく息を吐く。アルトリウスの体に布団を被せてから振り返ると、リヴェリアはアイズへ視線を向ける。

 

「さあ、次はアイズ、お前の番だ。傷を見せろ」

 

「…うん」

 

本当に大した事はないのだが、ここで大丈夫と言ってもリヴェリアが引き下がらないのは知っている。おとなしく、まずは左腕に付いた傷を見せるのだった。

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

「…ほぉ。要するに、フレイヤがアルトを欲しがってオッタル連れて襲ったっちゅう事か?」

 

「それにしてはやけにあっさり帰っていったけどね。でも、フレイヤがアルトに目を付けたのは間違いなさそうだ」

 

一通り自分が見た事をロキに報告し終わったフィン。フィンが話す間、何度も蟀谷をぴくぴく震わせていたロキだったが、話し終わった頃には完全に青筋が立っていた。

 

ロキが大きく息を吸う。それを見たフィンは苦笑を浮かべながら両手で耳を塞いだ。

 

「あんの阿婆擦れ糞女神がぁぁぁぁぁああああああ!!遂にうちの子にまで手を出しよって!!許さん許さんぜっっっったいに許さん!!」

 

今まで聞いた事もないくらいのボリュームで怒鳴るロキは、それでもまだ怒りが収まらずどたどたと床を足で踏み鳴らす。

 

「気持ちは解るけどロキ、落ち着いて」

 

「フゥーッ、フゥーッ、フゥーッ!」

 

フィンが言うとロキは足を止め、激しく息を荒くする。次第に呼吸が落ち着き、表情もいつもの穏やかなものへと戻っていく。

 

「ホンマにあいつ、どうしてやろうか…。とりあえず百発殴って顔ぐちゃぐちゃにするのは決まりとして、後は…後は…」

 

前言撤回。これっぽっちも落ち着いてなどいなかったらしい。

 

「だから落ち着くんだロキ。そんな事をすれば、フレイヤ・ファミリアとの全面戦争は避けられないよ?」

 

「おぉーっ!全面戦争上等やんけ!うちの子に手出ししたツケはしっかり払ってもらわななぁーっ!!」

 

「…」

 

フィンは思った。もう話にならない、と。今日は一度置いといて、明日ちゃんとロキが落ち着いた時にこれからについて話し合うべきだ。

 

だが、先程も言ったがロキの気持ちは解る。むしろ同じと言ってもいい。団員達の存在がフィンの理性を繋ぎ留めてはいるが、今にでもバベルの塔に行ってフレイヤ・ファミリアのホームで暴れたいところだ。リヴェリアやガレスもきっと同じ気持ちだろう。今ではすっかり鳴りを潜めてはいるが、元来は自分も含めて三人共、血の気が多い性格なのだから。

 

それでも堪える。フレイヤ・ファミリアとの全面戦争となれば、結果はどうあれ犠牲者が出るのは免れない。それはロキとしても望む所ではないはずだ。今は怒りで我を忘れ、好き放題言ってはいるが。

 

「やれやれ…」

 

ロキの様子を見て、明日に本当に落ち着いてくれるのか。心配になりながら、フィンは小さく頭を振りながら溜め息を吐く。

 

アイズを連れてくれば少しは落ち着いてくれるだろうか。しかし、ロキを一人にするのは危険な気がする。今すぐにでもフレイヤの所へすっ飛んでいきそうな勢いだからだ。きっともう少しすれば、アルトリウスとアイズの治療を終えてリヴェリアとガレスがここに来るはずだ。それまでここで待つ事にしよう。

 

リヴェリアとガレス、そして、呼びに行く手間が省けてアイズも一緒にやって来たのはロキが背後に般若を背負ってから十五分ほど後の事だった。ちなみにフィンの予想通り、アイズを目の前に置いた途端ロキはそれはもう簡単に落ち着いた。そして、アイズに抱き付こうとする親父ロキ…、いつもの騒がしいロキが戻って来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな風を身に受けながら、掌を開き、魔力を集中させる。俺の目には空中を漂う光の粒子が見える。どれだけ試みても、努力してもできなかったスキルと魔法の発動が、今ではそれはもう簡単にできている事に少々複雑な気持ちを抱く。何故ならきっと、発動できるようになった切欠は昨日のあの戦いだと思うから。

 

いつもの朝の訓練を行う館の裏で魔法の発動を確認していた。以前と違い、今は魔法とスキルを発動した時の感覚をはっきりと覚えていた。スキルを使って漂う光の粒子を集めて形を作り、魔法を使ってそれを可視化、実体化させる。完成した小さな立方体をポンポンと掌の上で跳ねさせる。何だってこんなあっさり…、今までの俺の苦労は何だったのだろうか。ちょっぴり悲しい。

 

…ん?いつもと違う?いや、目が覚めて知ってる天井だとかいう展開はもう飽きられてると思ったから。ていうか頭に響くこの声は誰のだよ。そして俺は誰に返事を返してるんだ。知らない何かに思考が動かされる。

 

「…どうしたの?」

 

「うおっ!?あ、アイズ!?」

 

どうやら無意識にぶつぶつ独り言を呟いていたらしい。いつの間にか背後に立っていたアイズの声に驚き飛び上がる。

 

「き、聞いてたのか?」

 

「?」

 

独り言を聞かれたのかと問いかけるとアイズはきょとんと首を傾げるだけ。どうやら聞かれてはいないらしい。後ろからだとただぼうっと立っているだけのように見えたのだろう。

 

「何か言ってたの?」

 

「いや?ただの独り言」

 

俺の問いかけに疑問を持って問いかけてくるアイズに嘘をつかずに答える。だが、独り言の内容は教えてやらない。さすがのアイズでも頭おかしいんじゃないかと思うだろうから。

 

「…アルト。もう大丈夫なの?」

 

別段、俺の独り言には興味はなかったらしく、あっさりとアイズは話題を変えた。アイズの眉がハの字に歪み、心配げな視線が向けられる。

 

「見りゃ解るだろ。今からダンジョンに潜りたいくらいだね。…むしろ、アイズの方こそ大丈夫だったのか?」

 

「…なら良かった。私なら大丈夫。ただの掠り傷しかなかったし、リヴェリアに治してもらったから」

 

アイズの方も怪我は大した事なかったようで、内心で安堵する。

俺の為にオッタルの前に出て戦って、それで重い怪我をしていたら…、ロキにぶっと飛ばされそうだ。

 

「…ありがとな、また助けてくれて」

 

「お礼なんていいよ。アルトが無事でよかった。…でも、またって何?」

 

「忘れてんのかよ」

 

アイズに助けられたのは二度目だ。いや、ダンジョン等でサポートされた回数は二度などでは済まないが、命の危機をアイズに救われたのは二度目だ。だが当のアイズはその一度目を、ファミリアに入る切欠となったあの出来事を忘れているようで。つい溜め息を吐いてしまう。

 

「アルト、またって何?」

 

「もういい、よっ」

 

再度問いかけてくるアイズを流しながら、掌の結晶を放り投げる。宙に放られた結晶は、まるで溶けていくように空中で形を崩していく。風に流されていく魔力の粒子を目で追っていくと、視界に入る太陽。日差しを掌で遮りながら晴れた青い空を見上げる。いつもの平和なオラリオだ。

 

普段ならこの景色を見れば穏やかな気持ちになれるのに、今は──────

 

「なあ、アイズ。ちょっと模擬戦付き合ってくれよ」

 

「え…」

 

振り返りながらそう言うと、アイズは戸惑いの表情を浮かべながら俺に視線を返した。

 

「駄目」

 

しかしそれも一瞬で、すぐに真顔に戻すとアイズは一言簡潔にそう告げた。

俺の体を気遣って渋るとは思っていたが、即答で駄目、は予想できなかった。

 

「そこを何とか!」

 

「駄目」

 

「お願いしますアイズ様!」

 

「駄目」

 

「ジャガ丸くん十個でどうだ?」

 

「……………リヴェリアに怒られるから駄目」

 

「お前今揺れただろ。ていうかリヴェリアに怒られるからっておい」

 

ジャガ丸くんをチラつかせるとアイズの中で何かが揺れ動いたようだった。しかしそれもリヴェリアに抑え付けられてしまったが。ていうか、模擬戦駄目な理由がリヴェリアに怒られるからってちょっと悲しいんだけど。

 

「模擬戦はしちゃ駄目だけど、ジャガ丸くんは奢って」

 

「おいこら」

 

最近こいつマジで遠慮なくなってない?それも悪い意味で。なに手を差し出しながら集ってんだよ。やめろよ、そんな無垢な目で見てくんなよ。奢んないよ。奢んないったら。

 

「…お前が夕方までに戻ってきたら買いに行くか」

 

「っ、うんっ」

 

駄目でした。アイズには勝てなかったよ…。

アイズの一気に華やいだ笑顔に、まあいいか、と折れた自分が少し情けなく思う。

でも、そんな事言ったってしょうがないじゃないか。そういう意味では、このファミリアでアイズに勝てる人はいない。断言できる。

 

「…じゃ、俺もう部屋戻るわ。また後でな」

 

アイズに後でジャガ丸くんを奢ると約束してから、その場から立ち去ろうとする。訓練しようとしてもアイズに止められそうだし、ここにいても何もすることがない。なら、部屋に戻って二度寝でもしようかと、アイズに手を振りながら背を向けた。

 

「うん。また後で」

 

アイズの声を背後から耳にして、館の裏から広場へと出て行く。すでにぽつぽつと他の団員が朝の訓練をするために館の中から外に出ていた。そんな彼らとは逆に館に戻り、部屋へと戻る。

 

…そういえば外に出た時も思ったのだが、この扉なんか変な音がするんだが。こう、ギィィィって、頼りない音が。俺、そんな乱暴に扱ってたか?もし壊れたりとかしたらどうなるんだろう。弁償代とか出さなきゃならないんだろうか?

 

ちょっとした不安というか何というか、気持ちを抱きながら軽くジャンプしてボフンとベッドに背中から飛び込む。柔らかなベッドの弾力を感じながら天井を見上げて、大きく息を吐いた。

 

「…っ」

 

かなり早い時間に目を覚ましたせいか、ベッドに寝転んですぐに眠気に襲われる。だが、その眠気は次第に、胸の奥で燻る炎に打ち消されていく。

 

少し前まではこんな感覚はなかった。自身を急かす黒い炎など、燃えていなかった。

夜中に目を覚ましてすぐ、脳裏に浮かんだ敗北の光景。圧倒的強大な存在に叩きのめされた光景。途端、力を求めろと自身を急かす黒い炎が燃え上がった。目が覚めてすぐに外に出たのは、部屋でジッとしていられなかったから。今の様に、寝ようにも寝られそうになかったから。

 

「くそっ」

 

勢いよく上体を起こす。今は体を休めるべきだという事は解っている。だがその体がうずうずして仕方ない。とはいえどうするか。ダンジョンに潜るのか?駄目だ。誰にもばれずに外に出れたとしても、今俺の手元には武器がない。昨日の戦いで武器は折れてしまった。かといって、爺ちゃんの双剣は使えない。あれは俺が力を十分に付けるまでは預かると、リヴェリアが持って行ってしまった。彼女の部屋にある、のだろうが、実際あの剣がどこにあるのかは正確に解らない。

 

ならば模擬戦は、というのはさっきアイズに断られたばかりだ。多分フィン、ガレスに頼んでも無理だろう。体を休めろと言われるのが目に見えている。

 

「…はぁ」

 

多分、リヴェリア辺りが俺の動向に目を光らせているだろう。だがこんな精神状態でジッとしていても逆に疲れそうだ。

 

堪らず口から零れた溜め息、その間でも俺の胸中で黒い炎は燃え続けていた。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

「どうだった?アルトの様子は」

 

「特にいつも通りに見えた。アイズとも普通に話していた」

 

「…そうか」

 

「…なあ、フィン。お前は何をそこまで気にしているんだ?」

 

ロキ・ファミリア団長の執務室。そこにフィンとリヴェリアの二人はいた。フィンは執務デスクの椅子に腰を下ろし、リヴェリアはフィンの傍らに立っている。二人が話している内容は、今日の朝のアルトリウスの様子についてだった。まず、アルトリウスは目を覚ましていたか。そして体調はどうだったか。外を出歩き、館の裏でアイズと話すアルトリウスを見て体長は問題なしと見たリヴェリアはフィンにそう話すのだが、まだフィンはどこか気がかりがあるように表情を曇らせていた。

 

「…いや、杞憂ならそれでいいんだけどね。でも…、まだちょっと、アルトが大丈夫と判断するのは早急かなと思ってね」

 

「何故だ?もうあの様子なら…」

 

「体調の方はリヴェリアが言うのなら大丈夫なんだろうね。でも、僕が言ってるのは心の方の話さ」

 

「心?」

 

リヴェリアの問いかけに答えたフィンの真意を読み取れず、リヴェリアは更に問い返した。

 

「…オッタルに負けたから、か?だが、奴はLv.7だぞ?それを相手取りながら魔法の力を目覚めさせたんだ。むしろ…」

 

「だからこそだよ。今までアルトは対人戦では木剣を使った模擬戦しかしてこなかった。僕達はアルトに大きな怪我をさせないように気遣いながら戦っていたし、アルト自身も無意識で僕達に気を遣いながら戦っていた。…でも、昨日は違う」

 

先程フィンが言ったが、アルトリウスの対人戦経験は木剣を使った模擬戦しかない。ファミリア内の団員達との模擬戦、そしてオラリオに来る前は養父のシリウスとの模擬戦。そのいずれも、実剣を用いないものだ。

 

だが、昨日のオッタルとの戦闘は完全に相手を斬るための戦いだった。アルトリウスは初めて、明確に相手の人間を斬るために戦った。そして、その戦いに初めて負けた。

 

「これまでアルトがしてきた模擬戦での敗北と、昨日の敗北。それらは違う、という事か?」

 

「…杞憂ならそれでいいんだ。ただ、もしその通りで、そしてそれが切欠でアルトが今まで以上に無茶をするようになるかもしれない。そうならないように、リヴェリアも今まで以上に目を光らせてほしい」

 

「…やれやれ。アルトには振り回されっぱなしだな」

 

フィンの言葉を肝に銘じながら、アルトリウスがロキ・ファミリアに入団してから今までの出来事を思い返す。ロキに【神の恩恵《ファルナ》】をもらってすぐ、ロキの提案でフィンと模擬戦をさせられたアルトリウス。その翌日にはファミリア団員の誰よりも早く起きて、朝からダンジョンに潜りに行き…、それに気付かず、一緒に冒険者登録をしに行ったギルドでようやくアルトリウスがした事に気付いて肝を冷やし。冒険者になって三か月でランクアップ。アイズが持つ一年という記録を大幅に更新する偉業を達成して。

 

そして昨日にはオッタルとフレイヤがアルトリウスを襲撃。ここまで濃密な約半年を過ごしたのは、アイズがファミリアに入団してすぐの頃以来だろうか。それに他にもまだ、アルトリウスについて頭を悩ませる事があるというのに。

 

「お母さんは大変だね、リヴェリア」

 

「誰がママだ。お前も少しは悩め」

 

呑気に笑いながら揶揄ってくるフィンに即座に言い返す。

 

「ただでさえアルトの未知の魔法をどう扱っていけばいいのか解らないというのに…。本当に余計な事をしてくれた」

 

「アイズが一瞬、アルトの魔法を見たって言ってたけどね。でもあれじゃよく解らない」

 

アルトリウスの今の精神状態の他に、アルトリウスが発現した魔法やスキルについてもまだ詳しくロキは話してくれない。アイズがアルトリウスの魔法を目にしたと言うので、どんな魔法だったかと説明を求めてみれば、

 

『壁を作ってた』

 

この一言しかアイズは口にしなかった。というより、オッタルとの戦闘で一杯一杯で、アルトリウスの魔法を丁寧に見る余裕などなかったのだろう。それは解ってはいるのだが、これで少しは進展するかと思った矢先のその一言で、その時のリヴェリアは落胆を隠せなかった。

 

「まあ、魔法については明日にでもアルトに見せてもらえばいい話だ。やっぱり本題は、アルトのこれからの動向だよ」

 

「…あぁ、解っている」

 

リヴェリア自身、フィンの言う通りだとは思っている。アルトリウスが魔法を使えるようになったのなら、これからアルトリウスに魔法を使っている所を見せてもらえば、その魔法をどう戦いに活かしていくかを考えていける。

 

これで悩みは解決した、はずなのだ。それなのに、リヴェリアの脳裏に浮かぶロキの顔。ただの未知の魔法ならば、ロキが自分達に嘘を吐く理由などないはずなのだ。ロキはアルトリウスの魔法について何かを知っている。なのにそれを自分達に話せない、重大な理由があるのだ。

 

それを知らないままなのに、アルトリウスが魔法を使えるようになったことを単純に喜んでもいいのだろうか。フィンとは違う一抹の不安が、リヴェリアの胸にも残るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




オッタルに負けた事で何かが変わってしまったアルト。それを敏感に感じ取ったフィン。アルトの成長を心の底からは喜べないリヴェリア。

そして、不在のガレス。ガレスはこの話の間、朝練に駆り出ています。べ、別に最初は三人で会話させてたけど、あれ?ガレスここにいなくてもよくね?と思って省いたわけじゃないんだからね!


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8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床を砕く轟音が、痛みに耐え切れず漏れる悲鳴が部屋中で何度も引っ切り無しに響き渡る。第十七階層にある大きく開けた部屋で二つの影が動いていた。一つは巨大なモンスター、第十七階層に発生する【迷宮の孤王《モンスターレックス》】ゴライアス。そしてもう一つの影の主は、ロキ・ファミリアの冒険者、アルトリウス・レイン。

 

巨大な拳がアルトリウスの視界の横を通り過ぎていく。風圧が頬を襲い、髪を逆立てる。

跳躍して傍らの巨大な腕に着地すると、二本の剣を力一杯その場で突き刺し、そのまま腕を駆け上る。痛々しいゴライアスの悲鳴を気にも留めず、腕から噴き出す血が装備や顔面に付くのも関係なく、もう一方の拳が迫るまで走り続けてから剣を抜いてその場から離れた。

 

血が流れる左腕を持ち上げるとアルトリウスに向かって振り下ろすゴライアス。アルトリウスはそれを横に跳躍して避けながら詠唱分を唱え、一つの魔力の塊を顕現させる。魔力の塊の先端を尖らせると、容赦なくゴライアスの顔面目掛けて射出した。

 

巨体を持つゴライアスはそれ故に、機動力や瞬発力に優れていない事は()()の戦いで解っていた。あの魔力の塊をゴライアスは避けられない。それならばどうするかは一つ。どちらかの腕で防ぐしかない。ゴライアスの右拳が、塊の側面を叩いて弾き落とす。床に激突した衝撃で塊は形を崩し、粒子となって霧散していく。

 

攻撃を防いだゴライアスは、雄叫びを上げながら開いた両掌をアルトリウス目掛けて振るう。張り手を打ち、アルトリウスを潰してやろうという魂胆らしい。

 

「顕現せよ」

 

それに対し、アルトリウスは詠唱式を一言、唱えるのみ。だがその直後、ゴライアスの動きがピタリと止まった。ゴライアスの目が自身の両手を捉える。その手首には輪の形をした枷が填められていた、それも三重に。どれだけ力を込めてもなかなか動かない。

 

「一つじゃ止まらないってのは、()()()思い知ったから。今回は三重にしてみました」

 

両腕を動かそうと躍起になるゴライアスを見上げながらアルトリウスが言う。その声は届かないと解ってはいるが、思いの外簡単に策が嵌り、少し饒舌になる。

 

「顕現せよ」

 

もう少し暴れるゴライアスを見てみたいとも思うが、あまりのんびりしていると拘束が壊されてしまう。拘束の形を保つアルトリウス自身だからこそ、ゴライアスが暴れるごとに次第に、枷の拘束力が衰えていくのが解る。ならば、決着は急がなければならない。

 

先程と同じように魔力の塊を顕現、そして先端を尖らせる。先程は腕で防がれてしまったが、両手を塞がれているゴライアスにはもう防御の手段はない。

 

何の抵抗もできず顔面は貫かれ、ゆっくりとゴライアスの体から力が抜けていく。だらりと拘束された両腕は上がったまま膝を付いたゴライアスの体は黒い瘴気となって消えていく。顕現していた六つの枷を消し、その場に落ちたゴライアスの魔石を拾う。

 

「あぁ─────っ!アルトだーっ!」

 

拾った魔石をポーチに仕舞ったその時、部屋に響いたアルトを呼ぶ声。振り返ると、この空間に入って来る三人の少女がアルトリウスを見ながら歩み寄って来た。

 

「また一人でダンジョン潜って、リヴェリアに叱られるよー?」

 

「大丈夫だ。もう慣れたから」

 

「いや、そういう事じゃないでしょ…」

 

歩み寄って来た三人の内の二人─────ティオナとティオネがアルトリウスの目の前で立ち止まり、その一歩後ろでもう一人がアルトリウスの顔を見つめている。

 

「…アルト、怪我してる」

 

「…別に、ただの掠り傷だ」

 

三人の内のもう一人、アイズに指摘されてアルトリウスはようやくここで、頬に擦った傷ができていた事に気が付いた。拳で拭うと、多くはないが少なくもない量の血がこびり付く。だがこの程度で済んだのなら御の字だし、前回よりは断然傷は軽い。

 

「ちょっと待った」

 

「…?」

 

特に手当をしようともせず、下の階層へと続く階段を下りようとするアルトリウスをティオネが呼び止めた。アルトリウスが立ち止まり、疑問符を浮かべながら振り返る。

 

「団長からの伝言よ。『今すぐ帰って来れば、リヴェリアを抑えると約束する』」

 

「…」

 

片目を瞑るティオネの言葉を聞いたアルトリウスは何かを考える素振りを見せてから、小さく息を吐いた。そのまま体を翻すと今度は逆の方向へ、元来た道へと足を向けた。無言のまま、すれ違う三人にはこれ以上何も言わず、目を向ける事もせず、アルトリウスは部屋から出て行く。

 

「アルト!今度は一緒に潜ろうねー!」

 

ティオナがそう言った時にはアルトリウスの姿は見えなくなっており、彼がどう反応したのか、どう思ったのかは解らなかった。

 

「…アルト、どうしたんだろ。最近はずっとああして一人でダンジョン潜って」

 

アルトリウスが入っていった通路を見ながらティオナが先程とは打って変わって小さく呟いた。静寂が流れる空間の中でその小さな声は、不自然なほど響き渡った。

 

「さあ、ね。誰も教えてくれないもの。アルトも…、アイズも」

 

溜め息を吐きながらティオネがアイズへ視線を向ける。二人のやり取りを見ていたアイズはティオネの視線を受けると、申し訳なさそうに目尻を下げて俯いてしまう。

 

「…ごめんなさい」

 

「あー、別に責めてる訳じゃないのよ?アイズが勝手に言える事じゃないんでしょうし。でもね…」

 

俯くアイズを慌ててフォローしてから、ティオネもまたアルトが去っていった通路に目を向ける。

 

「…また、ゴライアスと一人で戦ったんだね。アルト」

 

「…えぇ。最近のあの子、無茶が過ぎるわ。ホントに、どうしちゃったんだか」

 

通常ならば、この空間でゴライアスと遭遇し、十八階層で休憩する前に一戦交える所なのだが、そのゴライアスの姿は見られない。先程までこの部屋からしていた戦闘の音、そしてアルトリウスがここにいた事から、アルトリウスが()()ゴライアスを倒したのだと三人は察する。

 

ティオナとティオネの目にもここ最近のアルトリウスは異常に見えている。以前までも無茶をする者が来たと思ってはいたが、最近はそれ以上だ。レベル4相当のモンスターであるゴライアスに、レベル2の冒険者が単独で戦闘を挑んだ等、そしてゴライアスを撃破した等と何も知らない第三者として聞いていたら、まず真実として受け入れる事すらできなかっただろう。それ程までに、アルトリウスがしている事は異常なのだ。

 

「でも、ティオネ。アルトがここまで冒険してるのに、どうして…」

 

沈黙が流れる中、ティオナが口を開いた。アイズとティオネが視線を向ける中、ティオナは続けた。

 

「どうして、まだランクアップできないのかな?」

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

ティオナ達と十七階層で遭遇した後、フィンからの伝言を聞いた俺は素直に黄昏の館へと帰った。正面の門を潜り、扉を開けて玄関の中に入った俺を出迎えたのは、腕組みして仁王立ちするリヴェリアだった。冷静沈着なはずのリヴェリアが額に青筋を立てている姿を見て、さすがにまずいと思った俺はその場で謝る…事はせず、回れ右して逃走を開始。…開始したのだが、いつの間にかフィンとガレスが背後に立っており逃走ならず。ロキ・ファミリアの重鎮三人に囲まれながら、俺はロキも待つ団長室へと連行された。

 

「さて、アルト。君は今の今までどこで、何をしていたのかな?」

 

「…もくひ「ここで君が口にできるのは真実だけだよ」…ダンジョンに潜ってました」

 

「なるほど。何階層まで下りたのかな?」

 

「十七階層です」

 

「ほう、十七階層か。…それで、誰と一緒にダンジョンに潜ったのかな?」

 

「…」

 

「…」

 

「…一人で、潜ってました」

 

静寂が流れる。ただただ、誰も喋らない。あのロキでさえも何も口を動かさない。その中で震える俺。

 

「アルト。昨日、僕が言った事を覚えてるかな?」

 

「…はい」

 

「そうか。復唱しなさい」

 

「『しばらく単独でダンジョンに潜る事を禁止する。ダンジョンに潜る時は必ず誰かに一緒に来てもらう事』」

 

「そうだね。僕は君にそう言った。…昨日の今日で破られるとは思わなかったよ」

 

そう言うフィンは笑みを浮かべていた。笑っていた。だが、目だけは笑っていなかった。約束を破った俺が全面的に悪いのは解っているけど、今すぐに逃げ出したい。どうせすぐ捕まるだろうけど。

 

「リヴェリア」

 

結局おとなしく説教を受けるしか道はないと悟る俺に、リヴェリアが歩み寄って来た。フィンの様に笑いながら怒っている訳じゃない。無表情なはずなのに、その目が慈愛に満ちているような気がした。

 

「最近お前は毎日、どこかに傷をつけて帰って来るな」

 

リヴェリアは手を伸ばすと、俺の頬を優しく撫でた。そこはゴライアスとの戦闘で付いた擦り傷があり、その傷に触れないようにしているが、リヴェリアがこの擦り傷の事を言っているのはすぐに解った。

 

「すぐに治療する。そこに座れ」

 

「いや、ただの掠り傷だから…」

 

いい、という言葉は口に出せなかった。その前に腕を引かれてソファの前に立たされると、肩を押されてソファに倒れ込む。倒れ込んだ俺の隣に腰を下ろしたリヴェリアは、頬の傷に手を近づけて回復魔法を使う。

 

「やれやれ…。まだ言いたい事はあるんだけどね」

 

「すまないな。だが、私に少し話をさせてくれ」

 

…話?リヴェリアが今、話をさせてくれって言った。誰と?フィンと?それともガレスか?ロキと話したいというのも…はい、現実逃避は止めます。俺とですね。俺と話したいんですね。あー…、逃げたい。甘んじて受けなければならないと解っていても、心の底から感情が湧くのだけは抑えられない。

 

「アルト」

 

リヴェリアに呼ばれ、恐る恐る顔をリヴェリアの方へと向ける。

 

「…リヴェリア?」

 

怒り心頭だろうと思っていたリヴェリアの表情は、悲し気に歪んでいた。思わず言葉に詰まるが、俺の目をじっと覗き込むリヴェリアの口が開いて、何か言われると思ったらその口は閉ざされた。

 

何を言い掛けているのだろうか。何度か同じ事を繰り返してから、リヴェリアはようやく声を発した。

 

「一つ、聞かせてほしい。お前は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何のために、強くなろうとする?」

 

唐突に投げ掛けられたその問いは、何故か胸に突き刺さった。

 

「毎日傷を付けながら一人で戦い続けて…、強くなりたいという気持ちは痛いほど伝わってくる。だが…、お前は何故強くなろうとする。理由は何だ?」

 

理由。

俺が強くなろうとする理由。それは─────何だ?

オッタルに勝ちたいから?…いや、違う。確かに今、力が欲しいのは正にそれが理由ではあるが、あいつに負けたのは最近の事。

 

俺は、どうして冒険者になったのか。冒険者になって、どうして強くなりたいと思ったのか。

富や名声が欲しかったから?違う。

爺ちゃんの姿に憧れたから?違う。

 

いつから俺は、強くなりたいと渇望するようになったんだろう。いや、そもそも強くなりたいと思う理由なんて考えて、何になる?こんな事をしていてもただ時間が過ぎていくだけ。それよりも、ダンジョンに潜るなり自分で鍛錬するなりしていた方が有意義じゃないのか。

 

そう、心が俺に語る。なのに、俺はその言葉を口にしてリヴェリアに伝える事が出来ない。

 

「…何の理由もなく、ただ力を求める。虚しいとは思わないか?アルト」

 

「…」

 

オッタルに負けたあの日から、胸の奥で黒い炎が燃え始めた。起きてる時も、寝ている時でさえも、力を求めろと語り掛ける黒い炎が。毎日ダンジョンに潜り、モンスターを屠り続けてステイタスを上げ、他の団員と模擬戦をして技術を高めて。だが俺は未だレベル2のまま。オッタルとの戦いはまだ良い。あんなものが偉業だなんて俺自身が認めない。だが、レベル4相当であるゴライアスを単独撃破したにも関わらず、俺はランクアップの資格を得られなかった。偉業を達成したと見做されなかった。

 

リヴェリアの言う通りなのかもしれない。俺が強くなるためにしてきた事全てはただ虚しいだけ。だからこそ俺は今、停滞したままなのか。

 

「少し、足を止めてもいいのではないか?そして、考えてほしい。これからお前がどうしていくのか。力を手に入れたその先に、何を求めるのかを」

 

結局俺はリヴェリアの問いかけに何も答える事はできなかった。

ただ、リヴェリアの言葉が、問いかけが頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『少し、足を止めてもいいのではないか?そして、考えてほしい。これからお前がどうしていくのか。力を手に入れたその先に、何を求めるのかを』

 

リヴェリアの言葉を、何度も何度も頭の中で反芻する。昨日、話が終わって団長室を出て、部屋に戻ってからベッドで転がりながらリヴェリアの問いの答えを探し続けた。リヴェリアの悲し気な表情と共に、頭の中で夜の間ずっと繰り返し過ったせいでほとんど眠れなかった。すでに陽は高くまで昇っている。今日はいつもの朝の鍛錬を初めてさぼった。朝食もまだとっていない。そんな気にはなれなかった。

 

こんな気分は初めてだ。頭は何かをしたい、しなければと考えるのに、心がそれを拒んでいる。…何かこれ危なくないか?駄目人間になる奴の典型的な例と完全一致なんだが。とりあえず部屋からだけは出ておくべきか。

 

上体を起こし、両足を床に降ろして立ち上がる。両腕を上げながら大きく体を伸ばす。全身に酸素が行き渡る心地よい感覚を味わってから、窓から空を見上げる。今日も今日とてオラリオの天気は見事に晴れ渡っている。

 

うん、やっぱり外に出て散歩にでも行くか。外の空気を吸えば少しは気分も晴れるかもしれない。外も晴れてるしな。部屋から出て誰もいない廊下を歩く。

 

皆今頃どうしてるだろう。ダンジョンに潜ってモンスターを狩ってるか。それとも今日は休みにして遊びにでも行ってるか。そんな事を考えながら正門から出て街へと繰り出していく。北のメインストリートはいつもの事ながら多くの人達が歩き、商店街を賑わせている。ふとある店の窓に視線を向ければ、そこには二つの服を持った女性に何やら質問されて困惑気味の男性が。恋人同士だろうか、お熱い事で。

 

しかし、外に出たはいいがどこへ行くかは特に決まっていない。さてどこへ行こうか、考えながら右から左へ、ゆっくり視線を巡らせ、視界に入ったある物に目を留めた。オラリオを覆う城壁、その頂上の通路。度々魔法の練習をしに赴いたあの場所。あそこから見れる景色、あそこで感じる心地よい風。それらを思い出しながら今日の目的を決め、足を向けた。メインストリートを抜け、入り組んだ住宅街を抜け、辿り着いた城壁の上でオラリオの外の景色を見下ろしながら深呼吸をする。

 

「…何のため、か」

 

視線を外の景色の留めながら、何度も何度も思い返したリヴェリアの問いかけをもう一度思い返す。この景色を見て、柔らかな風を感じて、少しは気が安らいだのだろうか。

 

「解んねぇや、くそったれ」

 

一歩も前に進んでないにも拘らず、呟きと共に表に出てきたのは小さな笑いだった。

 

どれだけそうしたままでいただろう。立ったまま外の草原を見下ろしている内に強烈な眠気が襲い掛かって来た。瞼を開けるのも億劫に感じ、その場で仰向けに寝転ぶ。気が安らいだおかげなのか、目を瞑ってすぐに意識は薄くなり、あっさりと眠りに付く、その寸前。

 

「…」

 

こつり、と耳元で足音がした気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

昔の自分と似ている。ここ最近のアルトリウスの様子を見て、アイズはそう感じていた。

強さを求めてただひたすらに突き進む。誰かが手を差し伸べてもとろうとしない。オラリオに、ロキ・ファミリアに入ったばかりの自分と本当に似ていると、アイズは感じていた。

 

(…いない)

 

食堂の席に腰を下ろし、周りを見回した。食堂にはいる時も確認したのだが、まだアルトリウスの姿が見えない。いつもは早めに食堂で朝食をとっているアルトリウスが、未だに来ていない事にアイズは懸念を覚える。

 

オッタルに襲われてからアルトリウスは少し変わった。それ以前からも他の団員よりも強さを求める姿勢は強かったが、それ以降は更に過激になった。

 

まだ、アルトリウスがオッタルに襲われてからまだ二週間ほどしか経っていない。だがその一週間でアルトリウスは二度、冒険を成し遂げていた。レベル4相当のモンスター、ゴライアスをアルトリウスはたった二週間の間で二度、単独で討伐した。それなのに、アルトリウスは未だレベル2のまま、ランクアップを果たせずにいる。オッタルとの戦闘から生き延びただけでも十分偉業と言えるのに、ゴライアスの単独討伐なんて、偉業以外の何物でもないのに。

 

「どうした、アイズ」

 

いつの間にか手は止まり、頭の中がアルトリウスの事で一杯になったその時、すぐ傍から自分の名を呼ぶ声が聞こえた。我に返り、振り返るとそこにはこちらを見下ろすリヴェリアが立っていた。リヴェリアは見上げてくるアイズに微笑みかけてから、アイズの隣の席に腰を下ろした。

 

「何か心配事か?…まあ、大体想像はつくがな」

 

腰を下ろしたリヴェリアの微笑みに少々の苦みが加わる。アイズに向けられていた視線はテーブルに向かって落としている。

 

「できれば少し、傍にいてやりたいのだがな…」

 

リヴェリアが呟いたのは少ししてからの事だった。視線を落としたままのリヴェリアを見て、アイズはかつての自分を思い出す。

 

自分がファミリアに入ってばかりの頃は、いつもリヴェリアやフィン、ガレスの三人の内の誰かが近くにいた。だが今、あの頃よりもファミリアの規模はさらに拡大し、重鎮である三人は誰か一人に肩入れするという行動をできずにいる。時間が取れないというのもそうだが、あまり一人に肩入れして他の団員が不満に感じるという可能性もあるからだ。

 

「…なら、私がリヴェリアの代わりにアルトを見る」

 

「なに?」

 

その言葉は無意識に、自然にアイズの口から出てきたものだった。リヴェリアの目が見開き、その視線がアイズの方へ向けられる。

 

「アイズは随分、アルトの事を気にするな。何か、理由があるのか?」

 

「…理由」

 

不意に微笑みと共に投げ掛けられた問いかけに、アイズは俯いて考え込む。

 

アイズ自身、たった今リヴェリアに指摘されるまで自覚はなかった。だが、言われてみれば自分がここまで他人を気にするのは初めてではなかろうか。なにもファミリアの仲間達を全く気にしていない訳じゃない。自分を大きく育ててくれたリヴェリア達は勿論、いつも自分を気に掛けてくれるティオナとティオネ、素直じゃないが根は優しいベート、セクハラばかりするが時に優しさで自分を包んでくれるロキも、皆アイズは大切に思っている。

 

初めはただ興味本位のようなものだった。途轍もないスピードで成長していくアルトリウスを見て、何でそこまで強くなれるのか、強くいれるのか、その理由を知りたかった。なら、いつからだろうか。もっとアルトリウスと仲良くなりたいと思うようになり始めたのは。苦しんでいるアルトリウスを見て、心が痛むようになったのは。…解らない。でも、ただ一つ。リヴェリアの問いに対する答えはすぐ、アイズの頭の中で思い浮かんだ。

 

「アルトは家族、だから」

 

「っ…、そう、か。そうだな。家族だからな」

 

アイズの答えを聞き、一瞬息を呑んでからリヴェリアは再び微笑んだ。だがすぐ後にその微笑みはどこか悪戯っぽさを含んだものに変わる。

 

「だが、本当にそれだけか?」

 

「…どういう事?」

 

「いや?解らないのならそれでいいさ。まだ、アイズには早いという事だ」

 

「…」

 

からかわれてる。アイズはすぐにそう直感した。むっ、と唇を尖らせると両手でリヴェリアの肩を押した。リヴェリアの体が揺れると、彼女は目を丸くしてアイズを見てから、今度はアイズに背を向けてぷっ、と笑みを噴き出した。それを見たアイズの機嫌は更に下降。両手で拳を握ってリヴェリアの背中を叩く。

 

「くくっ…、いや、すまん。…それならアイズ、今日は頼めるか。アルトの事」

 

「…うん」

 

叩き続ける内、笑みを収めたリヴェリアがアイズの方へ振り返り、告げた。アイズも膨らませていた頬を戻して頷く。

 

「アルトにはしばらく休むように命令した。ダンジョンに潜ってはいないだろう」

 

立ち上がったアイズに、リヴェリアが言う。アイズはもう一度リヴェリアに向かって頷いてから食堂を出ると、すぐにアルトリウスを探す。まずアルトリウスの部屋に行ったが、ノックしても返事がなかった。部屋の中から気配を感じないため、もしかしたらすれ違いで食堂に行ってしまったのかもしれない。そう思って食堂に戻るも、アルトリウスの姿はない。ならばと館中を歩き回り、他の団員にアルトリウスを見ていないか聞き、それでもアルトリウスの行方はつかめず。

 

(…外に出た、のかな?)

 

もう一度アルトリウスの部屋の扉をノックするも返事はなく、どうやら館にはいないらしい。アイズは館から出て周りの庭や鍛錬上の中を探し始める。だがそれらのどこにも、いつも朝の鍛錬をしている館の裏にもアルトリウスの姿はない。

 

「どこに…っ」

 

ホーム内のどこにもいなそうだ。なら、一体どこに…呟いた直後、まだ探してないアルトリウスがいそうな場所を思い出した。アイズは正門から敷地を出て、メインストリートへと出る。頭の中に浮かんでいるのは、アルトリウスが襲撃される直前に二人でいたあの場所。

 

オラリオ城壁の上。アルトリウスが魔法の練習をしていた場所だ。アイズがその場所に、そこでアルトリウスを見かけたその場所で、アイズはアルトリウスの姿を見つけた。仰向けに倒れたアルトリウスの姿を。

 

「っ!」

 

慌てて転がるアルトリウスに駆け寄って顔を見る。特に顔色が悪いという訳でもない、耳を近づければ呼吸をする音も聞こえる。別に体調が悪かったり誰かに何かをされて倒れた、という事はない様だ。ただ眠っているだけらしい。アイズは小さく安堵の息を吐く。

 

アルトリウスは何を思ってここに来たのだろう。考えながら腰を下ろす。少しの間、城壁の外の景色を眺めてから視線をアルトリウスの寝顔へ移す。安らかな寝息をたてながら、柔らかな表情で眠っている。

 

(アルトって、寝てる時こんな顔するんだ)

 

その柔らかい表情が珍しく思え、同時にアルトリウスの新たな一面を垣間見たような気がする。戦ってる時は勿論、普段自分達の前にいる時にも見た事がないその表情を見て、何故か解らないが何となく得したような気持ちになった。笑みを零したアイズは指先でそっとアルトリウスの額に触れ、前髪を優しく撫でる。最近はずっと、深刻な表情ばかりしていた。だから、アルトリウスが眠っている時とはいえ柔らかい表情をしている事に安堵する。

 

「…起こさない方が良いよね」

 

こんな太陽が出ている時間に、それもこんな所で寝ているのだ。アルトリウスの体に溜まってる疲労は相当なのだろう。寝るなら部屋のベッドで寝るべきだとアルトリウスの体を許そうと伸ばした手を引っ込める。こんなに気持ちよさそうに眠っているのだ、起こすべきじゃない。

 

風が吹き、アイズの前髪を揺らす。オラリオの天候は年を通して穏やかで、今日の天気は正にそれを象徴しているようなものだ。その中でアイズはふと、自分も寝てしまおうかと一瞬考える。だがそれよりも、アルトリウスの貴重な寝顔を見ていたいという気持ちもある。

 

「…そうだ」

 

アルトリウスを起こすという選択は除外し、これからどうするかを考える。その内にふと、過去に自分がしてもらったある事を思い出した。とても温かくて、普通に寝るより心地よかったある事を。

 

アイズは早速、それを実行に移すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ある事とは一体…!?(すっとぼけ)


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10

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何がどうしてどうなって、俺は今こんな状況に陥っているのだろう。

昨日から夜も通してずっと寝られず、朝になっても食欲が湧かず朝食もとらず、ダンジョン禁止令も出されたせいでする事がないから仕方なく散歩に出て、それから─────そうだ。オラリオの城壁の上で外の景色を眺めてたら眠くなってきて、それで俺は寝た…のか。寝れたのか。そこまではいい。

 

だが、俺がここに来たときは間違いなく一人だったはずだ。俺が眠りに落ちた時も一人だったはずだ。…いや、待てよ?眠りに落ちる寸前、足音を聞いたような聞かなかったような…。いやいや、問題はそこじゃない。別に俺の他に誰かがいたって構わない。問題は、そのほかの誰かに俺が…、

 

膝枕されてるって事だ。本当にどうしてこうなった。

 

「…何してんの、お前」

 

頭の後ろに感じる柔らかい感触を感じながら目を覚ました俺は、ゆっくりと瞼を開け、視界の上に見える顔を見つめながら問いかけた。その誰かは眠っていた俺の顔を眺めていたのだろうか、瞼を開けてすぐに目が合った。

 

「アルトの寝顔を見てた」

 

「うん、聞き方が悪かった。…何でここにいるんだ、アイズ」

 

俺を膝枕した誰か…アイズは、俺の目を少しも逸らす事なく見つめながら抑揚のない声で俺の問いかけに答える。いや、それは解ってるんだけどね?そうじゃないだろ?という事で改めて問い直す。

 

「…リヴェリアに言われたから。アルトを頼むって」

 

「なんだそりゃ…」

 

どうやら俺の監視を頼まれたらしいのだが、答える前の小さな間は何なんだ。

もしかして、何も言わずに出掛けた事を怒ってたりするのだろうか?いや、さすがにそれは…俺そこまで子供じゃないし。…いや子供だけども。

 

帰ったら説教かなー、嫌だなー。

 

「…んっ」

 

「あ、悪い。すぐにどく」

 

苦笑を浮かべながらすっ、と頭を動かしてそっぽを向く。俺の髪がくすぐったかったのか、アイズが小さく身を捩った事で今の俺の体勢というものを思い出し、すぐに体を起こす。そうだった。俺はアイズに膝枕をされていたんだった。

 

頭をどかし、アイズの隣で胡坐をかいて空を見上げる。まだ空は青い、が、太陽のある角度を見て目を見開く。ずいぶんと長い間寝ていたようで、心なしか寝不足で重かった体が軽くなった気がする。

 

「…ダンジョン行くの禁止って言われたの?」

 

「っ…」

 

「リヴェリアが言ってた」

 

胡坐をかいて体が向いてる方向、城壁の外の景色を眺めていると不意に、アイズがこちらを見て問いかけてきた。まだ寝ぼけていた頭が一気に覚醒し、忘れていた…いや、忘れようとしていた、の方が正しいのかもしれない。ここに来た理由、ここで眠りに落ちた理由も全て思い出した。

 

「またその顔」

 

「…またって何だよ」

 

「…最近アルト、いつもその顔してるから」

 

「その顔って、どんな顔だよ」

 

笑いながら…、俺は笑ってるつもりでアイズに言い返す。でも、上手く笑えていないようで、アイズの表情が明らかに曇った。そんな顔をされるほどひどい顔をしてるつもりはないんだけど…。

 

「アルト、何か悩んでる」

 

不意に、あっさりと、俺の中の葛藤をアイズに見抜かれた。

 

「…お前さ、いつも鈍い癖に変な所で鋭いよな」

 

「…」

 

正直、あまり追及されたくない。そう思いながら、少しでもアイズの意識を逸らそうと、揶揄いの言葉をかけるが全く通用しない。アイズは視線を逸らす事なく、俺の目を見据え続けている。

 

一つ、溜め息を吐いてから観念して、話す事にした。

 

「リヴェリアに聞かれたんだよ。お前は何のために強くなろうとするんだ、って」

 

「何の、ため?」

 

両手を背後で地面に突き、空を仰いで、昨日のリヴェリアの顔を思い出しながらその問いかけを復唱する。アイズが視界の端で、首を傾げたのが見えた。

 

「俺、ずっと強くなりたいって思って戦ってきたけど…、強くなってどうするのかって事は全く考えてなかった。それを昨日、リヴェリアに指摘されて…」

 

「…」

 

「『何の理由もなく、ただ力を求める。虚しいとは思わないか?』だと。リヴェリアの言う通りさ。俺が今までしてきた事はただ虚しいだけだった。だから俺は今、停滞してるのさ」

 

どれだけ冒険しても器の昇華、ランクアップが許されないのはきっと、俺の強さが何の中身もない虚しい強さだからなのかもしれない。リヴェリアに問われて、そう思うようになった。

 

「戦う…、強くなりたいと思う理由…」

 

ふとアイズの方に視線を戻してみると、アイズは両膝を両腕に抱え、俯いて俺がリヴェリアに聞かれた事を繰り返し呟いていた。そういえば、アイズもかなり強さに固執しているというか、リヴェリア曰く無茶の度合いが俺と並ぶ程、らしいのだが、アイズがそこまで強さを求める理由は何なのだろう。

 

「アイズは?」

 

「え…」

 

「強くなりたい理由。いや、言いたくないなら言わないでいいけど」

 

目を丸くしてアイズがこちらを向く。もしかして、答えたくないのかもしれないと思い、慌てて言いたくないのならそれでいいとフォローを入れておく。アイズの答えを聞けば、何かヒントになるかもしれないと思い聞いてはみたが、勿論無理強いするつもりはない。それに、この問題は俺自身が解決しなきゃいけない事なのだから。

 

沈黙が流れる。アイズは俯いたまま何も言わない。やはり、聞かない方が良かったのかもしれない。そう思い、さっきの質問を取り消すために口を開こうとした。

 

「………ない」

 

「?」

 

微かに、アイズが何かを呟いた。だがその言葉の意味が、俺には解らなかった。

アイズにそれを聞こうとして…、口を閉じた。アイズの横顔が、何故か寂しそうに見えた。これ以上踏み込むべきじゃない、そう直感した。

だがその直後、アイズは再び口を開いた。

 

「追いつきたい人が…、辿り着きたい場所があるから」

 

顔を上げ、真っ直ぐ正面を見据えながらアイズはそう言った。さっきまでの悲し気な雰囲気とは違う、決意に満ちた横顔が眩しく見えた。そして同時に、羨ましく思えた。明確な目標があって、そこに真っ直ぐ向かっていける。今の俺にはできない事。

 

でも…

風に流れかけたさっきのアイズの呟きを思い出す。

 

「私の英雄はいない」

 

「え…」

 

踏み込むべきじゃない、そう思ってた。コロコロ変わる考えに自分で自分に戸惑いを覚えながらも、俺はアイズの呟きを復唱した。正面を見据えていたアイズの顔が、勢いよくこちらを向く。

 

「聞こえてたの…?」

 

「意味は解んないけどな」

 

頷きながら問いかけに答えると、アイズが気まずそうに視線を逸らす。

 

「…」

 

「…」

 

こちらを見ないアイズを見つめる。やはり、聞かれたくなかったのだろう。

聞いてないフリをして聞き流す事も出来た。それでも、何故か放っておくことができなかった。

 

それは、きっと──────

 

「俺がなるよ」

 

「え─────」

 

「俺が、アイズの英雄になる」

 

その言葉は無意識に、自然と俺の口から出てきた。正直、自分でも驚いてる。でも、同時に確信があった。

 

俺が求めていた答えは、これなのだ、と。

 

「…」

 

「…っ」

 

答えを見つけた。その達成感に浸る間もなく、目を見開いてこちらを見つめるアイズの視線を交える内にふと思う。

 

俺今、とんでもなく恥ずかしい事を言ったんじゃないか?

 

お前の英雄になるって…、え、何だこれ。何そのくっさい台詞。こんなの物語に出てくるイケメン英雄主人公にしか許されないだろ。うっわ恥ずかし。待って、待ってくれ。やり直し。やり直しを所望する。ノーカウント、ノーカウント!

 

今までとは違った意味で混乱する思考。そんな俺の挙動は大分おかしくなっていたようで、こちらを見つめていたアイズがくすりと微笑んだ。

 

「…何だよ」

 

「ううん。…でも、まだアルト、レベル2だよ?」

 

「うっせ。すぐにお前なんか追い抜くさ」

 

アイズからは照れ隠しにしか見えていないのだろう。笑ったアイズを軽く睨むが微笑みは変わらず。アイズは笑った理由は話さず、俺に現実を突きつけてくれた。すぐにアイズに言い返してから、ゆっくりと立ち上がる。

 

「さて、と…。確か、今日はステイタス更新できる日だよな」

 

「…ダンジョンに潜るのは駄目だよ?」

 

両手を腰に当てぐるぐると腰を回しながら、呟く。その呟きはアイズの耳に届いたようで、横目でこちらを見ながら釘を刺してきた。

 

「潜んないって。…さすがにリヴェリア火山が噴火する」

 

元より今日はダンジョンに潜るつもりはない。先程昼寝をしたとはいえ、しっかり夜に睡眠をとれていない以上、それなりに疲労は溜まっているだろう。…それに、ここでダンジョンに潜り、そしてそれがリヴェリアの耳に伝われば説教どころじゃ済まないだろうし。

 

ぐぅ~

 

「…」

 

「…お腹空いたの?」

 

「…空いた」

 

リヴェリアが怒り狂う所を想像し、思わず身震いした瞬間、俺の腹が鳴った。

そういえば、朝食抜いたから今日はまだ何も食べてないんだった。そりゃ腹鳴るよな。現に自覚した途端、空腹で腹の中が熱い感覚するし。

 

「アイズ?」

 

右手で腹を抑え、ホームに帰って飯を食うかそれとも近くの適当な店に入るか考えていた。するとアイズが、左手の袖を掴み、くいくいと引っ張って来た。

 

「私も、お昼ご飯まだだから。一緒に食べにいこ」

 

袖を掴んだまま立ち上がったアイズはそう言うと、俺の腕を引いて歩き出した。

 

「一緒にって…。どこで食べるんだよ」

 

「…アルトはどこで食べたい?」

 

「おい、質問に質問で返すんじゃない」

 

「アルトはどこで食べたい?」

 

「困ったらひたすら言葉を繰り返すのやめろっ」

 

軽く言い争いをしながら二人で城壁を下りる。答えが見つかり、有意義な時間になったはずなのに、こいつといるとどうも最後が締まらないというか。

 

あ、ちなみに飯はホームの食堂で食べる事になりました。食堂に着く間ずっと俺の腹は鳴りっぱなしだったよ。途中から俺の腹の音を聞いたアイズに笑われたよ。軽くイラッと来て、公衆の面前で頬の引っ張り合いになったのはちょっとした思い出となった。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

「ほいアイズたん。ステイタス更新終わったで」

 

脱いでいた服を着てから、ロキから差し出された羊皮紙を受け取る。そこに書かれたステイタス熟練度を眺める。

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.4

力:D508→D513

耐久:E491→E498

器用:A801→A803

敏捷:B786→B792

魔力:A805→A808

狩人:H

耐異常:G

剣士:I

 

まだステイタスの伸び方は以前の程度を保っている。だが、これまでの傾向を考えるとそろそろ頭打ちが来てもおかしくない。羊皮紙に書かれたステイタスを見つめながら、アイズはそう考える。

 

まだステイタスも伸びているため、もう少しレベル4のままでいたいが…。そろそろランクアップを視野に入れるべきなのかもしれない。

 

「…アイズたん、何か良い事あったん?」

 

「…何で?」

 

羊皮紙をじっと眺めていると、ロキが突然そんな事を聞いてきた。アイズは羊皮紙から視線を外し、ロキへ振り向いてから問いに問いを返す。

 

直後、アルトリウスに質問に質問で返すなと言われたな、と今日の出来事を不意に思い出した。

 

「だってアイズたん、最近はステイタス更新するといつも顰め面ばっかするんやもん。せやけど今日はなんか機嫌良さそうやし。今やってわろてるし」

 

「え…」

 

ロキに言われた初めて自覚する。今、自分は笑っている。どうして…?

いや、自分でも解っている。楽しいからだ。アルトリウスと過ごした今日が、楽しかったからだ。思い出すだけで、笑みが零れるほどに。

 

それに、きっと──────

 

「アルトが、ね…」

 

城壁の上で言ってくれたアルトリウスの言葉を思い出す。

それだけで、胸の奥が温かくて、ポカポカして。

 

「私の英雄になってやるって…、そう、言ってくれたの」

 

「…」

 

ロキの目が一瞬、大きく見開かれ…、アイズの笑顔を見てつられたようにロキも笑みを浮かべた。

 

「そっか…、アルトがそんな事を…」

 

そのロキの笑顔はいつものセクハラ地味た厭らしいものではなく、純粋で、子供の成長を喜ぶ親のような、そんな笑顔だった。

 

が、何故かその顔はすぐに悔し気な表情へと変わる。

 

「アルトめ…。うちのアイズたんによくもまぁそんな事を…!」

 

「別に私はロキのじゃない」

 

「渡さんで!アイズたんはうちのや!どっかの馬の骨に渡さんでぇぇぇぇぇ…っぶ!!!」

 

いつものセクハラ親父に戻り、叫びながら飛び掛かって来たロキをひらりとかわし、背後から聞こえる衝突音と悲鳴を無視して服を着る。

 

「あ、アイズたぁ~ん…」

 

ぽんぽんと服の皺を伸ばした後、もう用はないと部屋を出るアイズ。背後から聞こえてくる弱弱しく自分を呼ぶ声は勿論無視。ここで構えばまた絡まれて時間が掛かる事を、アイズは知っている。

 

「アイズ?何だ、先に来てたのか」

 

「アルト?」

 

扉を閉め、先程のロキの様子を思い出して溜め息を吐くアイズを呼んだのは、今丁度来た様子のアルトリウスだった。

 

「アルトもステイタス更新?」

 

アイズが問いかけるとアルトリウスは頷いてその通りだと肯定する。

 

「…今は止めといた方が良いと思う」

 

「?何で?」

 

「…」

 

再び先程のロキの様子を思い返す。…今、アルトリウスがロキの前に現れたらとんでもなく大騒ぎするのではなかろうか。そう思って忠告するが、アルトリウスはただ首を傾げるだけ。理由を問われるが…、先程のロキとの会話を話さなければ理由を伝える事が出来ない。だが、ロキとの会話の内容をアルトリウスに伝えるのはどうにも恥ずかしい。

 

アイズは口を閉じ、そのまま黙り込んでしまった。

 

「…?他の人来るから、俺も入るぞ?」

 

「…うん」

 

アイズは諦めた。

今度は素直に通したアイズに再びアルトリウスが首を傾げるが、その事について問う事なく扉をノックしてロキの部屋へと入っていった。

 

扉が閉まる、その直後の事だった。

 

「アァァルゥゥトォォォォオオオオオオオオ!!!」

 

ロキの怨嗟の叫びが扉の向こうから聞こえてきた。アルトリウスの狼狽する声も聞こえてくる。きっと、アルトリウスは訳も解らず混乱しているだろう。心の中で謝ってからその場から離れる。

 

アルトリウスのステイタスはどうなってるだろう。今度はランクアップ出来ていたらいいな。

 

ロキの叫びが館中に響き渡ったのは、そう思いながらアイズが自室へと入ったその直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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俺はこれまで色々とやらかしてきた。日頃の行いが悪いというやつだ。だから、信用ならないと思う気持ちは解る。だが、今回ばかりは物申したい。

 

それでも俺は、やってない

 

ただステイタスの更新に来ただけだった。いや、それが間違いだったのかもしれない。ロキの部屋に入る前、アイズと会った。思い返せばその時、どこかアイズが微妙な顔をしていたような気もする。今日は止めといた方が良いとも言っていた。あの時その言葉の意味を聞いておくべきだったのかもしれない。

 

もう今更後悔しても遅い。部屋に入った途端、ロキがこっちを見たかと思えばいきなり鬼の形相になって襲い掛かって来た。奇声を発して飛び掛かって来たロキに驚きはしたが、まあこれはいい。これはまだ、いいんだ。

 

何とかロキを落ち着かせ、改めてステイタスの更新をしてもらった。後は背中に刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)を羊皮紙に写し、そこに書かれたステイタスを見るだけ…の、はずだった。何故かロキが何時まで経っても動かなかった。不思議に思って振り返ると、ロキは目を思い切り見開き、口も半開きにして呆けていた。

 

その直後、ロキの叫び声が俺の耳を劈いた。

 

「で、アルト。これは一体どういう事や。アンタ今日外に出たな?どこで、何してた」

 

そして今、目の前でロキが両手を腰に当てて仁王立ちし、俺に今日の行動について尋問されていた。なお、ここにいるのはロキだけじゃない。俺を囲むようにリヴェリア、フィン、ガレスの三人が立っている。逃走を防ぐためだろうか。別に逃げるつもりなんてないし、理由もないんだが…。

 

「いや…。城壁の上で、昼寝してた…けど」

 

「…嘘やない、やと」

 

俺の返答を聞き、ロキが口をあんぐりと開けて、信じられないと言わんばかりに震えた声を出す。そのままプルプルと体を震わせていたかと思うと、今度は両手で頭を抱えて蹲った。

 

…マジでなにこれ。何で俺は尋問されてるの?今日は外で昼寝してただけなんだけど。…いや、それだけじゃない、か?いやでもあれも昼寝をしてる最中にしたっていうか、別に俺がしたんじゃなくされたってだけだし、ロキの何をしてたかという質問の答えにはならないし話さなくてもいいのではなかろうか?

 

「あ、今感じたで!やっぱ後ろめたいことしてたんやろ!」

 

「え」

 

昼寝の他にしてたというか、された事を思い出した直後、バッ、と顔を上げるロキ。こちらに詰め寄って来た。

 

「さあ言え!何した!何したんや!?」

 

「い、いや…。あの、何でそんなに必死に聞いてくるの…?」

 

「そんな話は後や!さっさと話せぇ!」

 

ロキの余りの勢いにたじろぎながら、フィン達に助けを求める視線を送る。が、三人同時に頭を横に振られてしまった。

 

…逃げたくなる理由ができました。逃げたいです。でも、逃げられません。

 

「…………らった」

 

「は?なんや?よく聞こえんで」

 

「…アイズに膝枕…してもらった…」

 

空気が固まった。とある一部の場所で、ぴしりと凍った音もした気がした。ロキも、フィンも、リヴェリアも、ガレスも、目を丸くしてこちらを見てる。

 

あぁ、だから言いたくなかったんだ。何だこの公開処刑は。ていうか、ロキがこんな反応してるって事は、アイズは話さなかったんだな。何で俺だけこんな仕打ちを受けなきゃならんのだ…。

 

「…ウガァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!」

 

「落ち着け、ロキ」

 

神とは思えない悍ましい叫び声を上げ、両目から血の涙を流しながら飛び掛かろうとするロキをリヴェリアが羽交い絞めして止める。その口からは冷静にロキを諫める言葉が出ているが、唇の両端は吊り上がっている。フィンとガレスも見た事ないニヤニヤ顔を浮かべている。

 

…マジで逃げてもいいですか?というか誰か助けてください。誰でもいいから、それこそアイズでもいいから助けて。

 

「ふっ…。それで、ロキ。話を聞く限り、アルトは今日は特に悪い事をしていないように思えるけど。僕達を呼んでまで尋問する理由は何なのかな?」

 

暴れるロキにフィンが問いかけた。…聞こえたぞ。小さく噴き出したのを俺は聞き逃さなかったぞちくしょう。

 

「…っ、……っ、………っ、ふぅーーっ。せやな。本題に入らんとな。」

 

盛大に長い葛藤を経て落ち着きを取り戻したロキがリヴェリアから解放される。

 

「悪いけどアルト、もっかい服を脱いでくれんか?」

 

「え、なんで」

 

「いいから脱げ」

 

最近、ファミリアの中というか、ファミリア上層部からの扱いがとんでもなく冷たい事を憂いながら、ロキに言われた通り再び服を脱ぐ。露わになった背中に、ロキは神の血を垂らして刻まれた神聖文字(ヒエログリフ)を浮かび上がらせる。

 

「っ、これは…!」

 

「…何ともまあ、こ奴はいつも儂等を驚かせてくれるのぅ」

 

リヴェリアとガレスが俺の背中を見て驚いているのが解る。何だよ、確かに昨日ゴライアス倒したから結構ステイタス伸びてるとは思うけどさ…。

 

「なるほど…。これは確かに問題だ。ロキがアルトに疑いを持つのも解るよ」

 

「やろ?けど、さっきのアルトの言葉に嘘はない。嘘は…ない…。アイズたんの…、膝枕も…くぅっ」

 

「ねぇ、ホントに何なの?当人を置いてきぼりにして話進めないでくれません?」

 

首を回して四人の顔を見る。

フィンは腑に落ちたような顔をし、ロキは悔し気に歯を噛み鳴らし、リヴェリアとガレスが目を見開いて俺の背中を見つめている。恥ずかしい、そんなに見つめないで。

 

そして当人であるはずの俺は全く何が起きてるのか解らない。

 

「あー、スマン。ほれ、とりあえずアンタの今のステイタスや」

 

少々怒り気味の俺に気が付いたロキが、少し申し訳なさそうな顔になる。ロキの謝罪には特に言葉は返さず、差し出された羊皮紙を受け取って視線を落とす。

 

アルトリウス・レイン

Lv.2

力:A801→A857

耐久:B714→B761

器用:S941→S999

敏捷:A891→S932

魔力:I0→I0

耐異常:I

 

《魔法》

【顕現】

・詠唱式は『顕現せよ』

・外の魔力を実体化させる

 

《スキル》

【魔力操作】

・外の魔力を意のままに操る事が出来る

・外の魔力を使う事により、魔法を使用できる

 

うん、ゴライアスを倒したおかげか結構ステイタスが伸びてる。ただステイタスの伸び方を見て驚いてたにしてはあれは大袈裟だよな。いや、ロキ達曰く俺のステイタスの伸び方は異常らしいけど、今更だしなぁ。

 

「そんでな、アルト。…単刀直入に言うで?」

 

羊皮紙を眺める俺を覗き込んでロキが話しかけてくる。視線を上げてロキと目を合わし、小さく頷くとロキはゆっくり口を開いた。

 

「…ランクアップ、おめでとさん」

 

「…ん?」

 

「だから、ランクアップや。まあまだランクアップの作業しとらんけど」

 

あー、ランクアップか。なるほどランクアップ、それは驚くだろうな、なんてったって今日俺は何もしてないかr「えぇぇぇぇぇえええぇえぇぇえええええええ!!?」「うっさいわ!」

 

ロキに思い切り頭叩かれた。ハリセンで。痛くはないけど結構良い音鳴ったなー…、え、どっから出したのそのハリセン。バッ、と視線を向ければもうすでにロキの手からハリセンは消えていた。

 

あ、あれ?

 

「なんで…」

 

「それ聞きたいのはこっちや…。てか、ホントにダンジョン潜ってないんか?」

 

…あ、あぁ、俺の言った()()()が、()()()ランクアップ出来るようになったんだっていう風にとられたのか。なんでハリセン消えたんだって聞きたかったんだけど…まあいいや。

 

しかしランクアップか。確かにそれはここまで大事になっても納得できる。ランクアップの条件は偉業を達成する事。基本的には自分よりも格上のモンスターを討伐してランクアップする、というのが通例なのだから。つい昨日までランクアップ出来なかったはずなのに、今日になっていきなりランクアップできますよってなればそりゃ疑いを持ちますわ。俺だってロキと同じ立場になったら同じ事をするわ。

 

でもまあ…、偉業、か。ランクアップ出来るようになったという事は俺が何か偉業を達成したという事。昨日と違い、何かが変わったという事。多分それは…、うん。やっぱりあれかな。

 

「…感じたで。まだ何か隠してる事あるやろ」

 

「…ロキ様、後生です。見逃してくれませんか?」

 

「駄目や」

 

神に隠し事はできない。その事を俺は今、痛烈に実感した。

 

「いや…。俺を呼んだのはまた一人でダンジョン潜ったんじゃないかって疑ったからじゃないの?ほら、もうダンジョンには潜ってないって解ったんだから、俺はこれで…」

 

「逃がす訳ないやろ」

 

アルトリウスは逃げ出した!しかし回り込まれた!

 

ロキだけじゃなく、フィン達まで出口付近を塞いでるし。

 

「なんや、そんな言いづらい事なんか?けど別に後ろめたい事はしとらんのやろ?」

 

「まあ…、そうだけど…」

 

ロキの言う通り何か悪い事をした訳じゃない。むしろ、称えられるというのはおかしいが、少なくとも怒られるような事ではない。

 

四人の視線が注がれる。出口は塞がれて逃げ場はない。…言うしかないのか。

 

「…昨日、リヴェリアに質問された事の答えが出たというか。昨日と違う事といえば、それしかないなと思っただけです、はい」

 

言った。言ってやったぞ。まあ答えが出るまでダンジョン禁止令が出されてる以上、遅かれ早かれ答えが出たこと自体は報告しなきゃいけなかったのだが。

 

「…そう、か。そうか」

 

最初に反応を示したのはリヴェリアだった。呆然と一言呟いてから、嬉しそうに破顔してもう一度呟いた。

 

「もっと時間が掛かると思ってたけど…、嘘は吐いてないようだね」

 

「…」

 

「喜ぶべき事じゃが…、ちょっと拍子抜けしたわい。もっとこう、色々振り回されると思っとった」

 

「…」

 

フィン、ガレス、それはどういう意味かな?さすがに失礼じゃないかな?

…俺の日頃の行いが悪いからなんだろうけど。

 

「…」

 

ていうかさっきから黙ったままだけどどうしたんだロキは。しかも結構凄い形相で睨んでるんだけど、俺を。なんかここに来た時の事を彷彿とさせるんだけど。なんだよ、別におかしい事は何も言ってないぞ。

 

「…アイズたんから教えてもらったで」

 

「…何を?」

 

一瞬高鳴った胸を落ち着かせ、平静を装ってロキに問う。

 

アイズから教えてもらった、だと?

何を、とロキに問いかけはしたが、大体想像はつく。そして、それが答えだと当て嵌めるとこの部屋に来た時のロキの怒り狂った理由も導き出される。全てが腑に落ちるのだ。

 

「英雄になる、やったか?随分大層な事口にしよったのぉ、おぉ?」

 

「…」

 

今すぐ顔を覆って天を仰ぎたい。

やっぱりアイズの奴、ロキに教えやがった。あいつに羞恥心というものはないのだろうか。

 

「英雄…?アルトは英雄になりたいのか?」

 

「はっはっは!しかも、アルトがなりたいのはただの英雄やないで!」

 

「ロォォォォキィィィィ!!!」

 

さっきはまだ、何の英雄になりたいかまでは言わなかった。だから、もしかしたらそこまでは言わないでいてくれるかもしれないという期待があった。だがその期待はものの見事に、あっさりと裏切られた。

 

今俺が持つステイタスをフル活用してロキの背後に回り込み、両手でロキの口を塞ごうとした。しかしその前に、俺の両手首は何者かによって拘束される。

 

「よくやった!フィン、ガレス!」

 

「くっ、離せ!離せぇぇ!!」

 

「えっと…、よく解んないけどロキ。続きを話してくれないかな?」

 

俺の手首を掴み、拘束したのはフィンとガレスの二人だった。右、左のそれぞれの手首を二人で掴み、俺の動きが止められる。何とか二人をはがそうと暴れるが、全くビクともしない。

 

俺の襲撃を予期していなかったのか、冷や汗を流していたロキだったがフィンとガレスに拘束された俺を見てすぐに調子を取り戻す。

 

「アルトはなぁ…、アイズたんの英雄になりたいそうや!アイズたんが…、アイズたんが嬉しそうに教えてくれたわちくしょぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」

 

再び空気が固まる。部屋の中で聞こえる音は、叫んだ事で乱れたロキの荒い息遣いのみ。

俺の手首を掴むフィンとガレス、やり取りを眺めていたリヴェリアの視線が一気に注がれる。

 

「…ふぅ」

 

一つ溜め息を吐く。ロキの言葉が衝撃的だったのか、フィンとガレスはいつの間にか俺の手首を離していた。拘束から外れた両手を腰に当て、天を仰ぐ。

 

全部、全部、ぜぇぇぇんぶ知られてしまった。もう嫌だ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる。恥ずか死しちゃう。

 

「…ねぇ、もう帰っていい?」

 

もう色々通り越して逆に冷静になった俺が最初に言葉を発した。

 

とにかく、早くお部屋に帰りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アルト君、公開処刑回でした。

という事で、次回、<戦う理由>の最終話です。


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12

割とガチで忙しかった。今も忙しいけど…。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き出される拳を半身になって回避し、逆にその拳に斬撃をお返しする。背後から狙ってくる悪い牛さんには背中から魔力の刃を突き立てる。止める事無く視線を巡らせる。残ってるのは、一、二…六体。その内の三体が正面、背後から迫る。俺を囲むようにして立ち止まると、三体同時に拳を振り下ろす。逃げ場は、一つだけ。

 

その場で跳躍、拳は足下で床を叩く音が響く中、開脚。二体のミノタウロスの頬に蹴りを与えてから、回転、回し蹴りで残るもう一体のミノタウロスにも頬に爪先を突き入れる。蹴り倒した三体のミノタウロスには、立ち上がる暇も与えず、胸を魔力の刃で貫く。

 

さあ、これで残ったミノタウロスは三体。双剣をしっかり握り直し、どこか狼狽えている様子の三体のミノタウロスを睨みつける。戦闘が始まった当初とは違い、たじろぐミノタウロス。だが、心を決めたかのように雄叫びを上げると三体のミノタウロスは踵を返した。

 

「「「「「…へ?」」」」」

 

呆けた声を漏らしたのは俺だけじゃなかった。この場にいる全員が、突如逃げ出したミノタウロスに呆気にとられた。

 

「…はっ。け、顕現せよっ」

 

が、ミノタウロス達が逃げ出した方向に上層へと向かう階段がある事に気付いて我に返る。すぐに詠唱、魔法を唱えてミノタウロスの胸を貫いた。

 

「あー、驚いた…」

 

「そうだね。まさか、モンスターが逃げ出すとは…」

 

全てのミノタウロスを倒し終え、静寂に包まれたエリアの中で呆然と呟く俺にフィンが歩み寄って来た。さすがのフィンもあのミノタウロスの逃走には驚いたらしく、先程までミノタウロスが走っていた方に視線を向けたままだ。このフィンの様子を見る限り、ミノタウロスが特別…という事ではないらしい。かなり特殊なケースのようだ。

 

「でもよくやってくれた。あのまま逃がしていたら、上層の冒険者に被害が出ていたかもしれなかったからね」

 

フィンがポンポンと肩を叩きながら労う。何て言葉を返そうか、浮かばぬままそれでもせめて一言でも返事を返さなければ、口を開こうとしたその時、誰かに背中をバンと叩かれた。

 

「うぐっ」

 

結構な痛みと衝撃に耐え切れず声が漏れる。叩かれた箇所を手で押さえながら振り返ると、そこには満面な笑みを浮かべたティオナが立っていた。

 

「ねぇねぇアルト!さっきのなに!?あれ、なに!?」

 

「…あれって、なに?」

 

何やら興奮したティオナの言葉がさっぱり理解できず、質問を質問で返してしまう。

いやだって、あれと言われてもどれなのか解んないし。答えようにも答えられない。

 

「ティオナが聞きたいのはアンタの魔法の事よ。ま、私も聞きたいんだけどね」

 

「あー…」

 

いつもの様にティオネがティオナ語を翻訳してくれた。なるほど、あれとは俺の魔法の事だったか。確かに、初めて見れば聞きたくなるのも無理はないか。フィン達重鎮三人に初めて魔法を見せた時も、ティオナ程ではなかったけど同じ感じになってたし。特にリヴェリアが。

 

「…」

 

今、睨まれてます。横目ですっごい睨まれてます、リヴェリアさんに。だから何で俺の周りの人は読心術を会得してるんですか。実は神様なんじゃねぇの?

 

「なにと言われても、見ての通り、としか…」

 

ティオナの問いかけにはフィン達に問われた時と同じ答えを二人に返す。実際、この魔法がどんな魔法なのかを詳しく説明しろと言われても、使ってる自分自身がよく解ってないからぶっちゃけ無理である。なら何でよく解ってないのに魔法使えるのかと聞かれても、使えるからとしか答えられないのである。

 

要するに、俺のステイタスに書かれてること以外はなーんにも解らない。

だから、さらに踏み込んで聞いてくるティオナとティオネにはステイタスに書かれた事をそのまま伝えるしかできない。

 

「んー?よく解んない!」

 

首を傾げてティオナが言う。いつもなら頭の中でアホの子とか考えるところだが、今回は俺も同じだから馬鹿にできない。いや別に前からティオナを馬鹿にしてる訳じゃないけどさ。

 

「オイ、いつまでここでダラダラしてるつもりだ。とっとと行くぞ」

 

ティオナとティオネが更なる問いかけをするためか口を開きかけたその時、奥から俺達を呼ぶベートさんの声がした。この場にいる全員が振り向き、すでに奥へ進み始めたベートの後に続いて歩き出す。

 

今、俺達が歩いているここは…まあもう大体察してるとは思うが、ダンジョンの中である。メンバーは俺、アイズ、ティオナ、ティオネ、ベートさん、フィン、リヴェリアの七人。俺も入ってるこの七人で、遠征の先発隊が組まれている。

 

そう、遠征だ。今日からロキ・ファミリアの遠征が始まり、そして俺は冒険者になってから初めての遠征参戦なのだ。今日の予定は十八階層まで降り、そこでキャンプを張るとなっている。行こうと思えばもっと下の階層に潜れるが、遠征に出かけるのはこの七人以外にも当然いるし、大人数の上にその中には低レベルのサポーターもいる。慎重を期して行くべきだというフィンの談である。

 

「随分応用が利く魔法だな。まさかあんな短時間でミノタウロスを一蹴するとは思わなかったぞ」

 

「俺としては、まさかあの群れを一人で倒せって言われるなんて思わなかったけど」

 

歩き出して直後、隣を歩きながらリヴェリアが声を掛けてきた。それに対し、僅かな皮肉を込めて返事を返す。実はダンジョンに潜ってからずっと、遭遇してきたモンスターは全て俺が倒してきた。さらにさっきのミノタウロスの群れ。突如現れたミノタウロスの群れを前にして、さすがに今回は全員で戦うだろうと思ったその矢先。

 

『アルト。頼むよ』

 

このフィンの二言に俺は唖然としたね。確かに今の俺はレベル3で、ミノタウロスはレベル2相当のモンスターだよ。でもさ、いくら何でもミノタウロスの群れに一人を放り込みますか?鬼だよ。鬼団長だよあの人は。まあ、思ったより楽に終わったけどさ。

 

「だが応用が利く分、その真価は持ち手に問われる。慢心はするなよ」

 

「俺の皮肉は無視ですか。後、慢心なんてする余裕ない」

 

俺の皮肉を華麗にスルーしたリヴェリアは、柔らかい笑みを収めて真剣な表情で言った。

 

俺が魔法を戦闘中に使用する所をリヴェリアが見るのはさっきのミノタウロス戦が初めてだ。ここまでの戦闘も、全部魔法を使う事なく終わらせてきたし。後はティオナとティオネもさっきのが初めて、ベートさんも初めてなはずだがさすがはベートさん。全く驚いた様子がない。ティオナさんは少しベートさんを見習った方が良いと思う。フィンとアイズは何度か俺の魔法を見ている。フィンとはたまに模擬戦をしてその時に魔法を使い、アイズとはよく一緒にダンジョンに潜っているからその時に。

 

リヴェリアやティオナ達とも一緒に潜る機会はなかった訳じゃないけど、その時に限って魔法を使う機会に恵まれなかったというか、魔法を使う必要がなかったというか。とにかく、ファミリアのほとんどのメンバーが未だに俺の魔法を見た事がないため、それを見せるためにフィンは俺一人にモンスターを押し付けてきた…んだと思う。多分。最近、俺の扱い結構ひどいから自信ないけど。

 

ミノタウロスの群れとの戦闘からも、何度かモンスターと遭遇した。その度に俺一人で片付けた。恐らくフィンから命令されたのだろう、他のメンバーは全くモンスターと戦おうともしなかった。挙句の果てにゴライアスも俺一人に任せる始末。アンタら、ゴライアスと一人で戦った事を叱りませんでした?一人で無茶するなとか言いませんでした?なのに何で今は俺一人に任せてるんですかね。あ、ランクアップしたからですか。まだレベル3のはずなんですけどね…。ゴライアスって、レベル4相当のモンスターのはずなんですけどね…。

 

まあさすがに三度目の戦闘、その上ランクアップも果たしているためそう苦労する事なくゴライアスを討伐。魔石とドロップ品をポーチに詰めて、フィン達がいる方へと振り返った時に見た皆の唖然とした顔はちょっと面白かった。別に驚く事ないと思うんだけど、もう前から二回も倒してるんだし。実際に目にしなかったからなのかね。フィン達は驚いた様子だった。

 

さて、ゴライアスを倒せばもう十八階層はすぐそこだ。ゴライアスが出現する部屋を抜けてすぐ、十八階層へ繋がる階段を下りる。

 

「ん─────っ、着いたぁー!」

 

十八階層に先発隊の全員が足を踏み入れると、ティオナが大きく背中を伸ばし、他の面々も体をほぐしている。ここに来るまでの戦闘をこなしたのは全部俺だけなのに。まあ立ってるだけというのもある意味疲れる、のか?

 

「アルト」

 

「ん?」

 

俺も腕や首を回したり体をほぐしていると、フィンに呼ばれる。

 

「二班が来るまではもう少し時間が掛かると思う。その間に、汗を流してくるといい」

 

「…なら、お言葉に甘えて」

 

向けられたフィンの掌に腰に差した双剣を載せて歩き出す。十八階層に来たのは数えるほどだが、リヴェリアの授業でこの階層の構造は頭に入っている。フィン達に背を向けて、森の中にある池へと向かった。

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

汗を流すどころか池で泳いで遊んでしまったせいで慌てて戻った時には二班がすでに到着し、テント設営の作業が始まっていた。勿論、フィンからお叱りを受けました。何故遅れたのかと聞かれ、池で泳いでたと正直に答えたら呆れられた。フィンの説教は短く済み、終わってからはすぐにテント設営の手伝いに加わった。

 

作業が終わった時には日は暮れ、辺りは夜の帳に包まれていた。サポーター達が作った夕食を食べ、後からはそれぞれの自由時間。ある者は親しい者と談笑し、ある者は明日に備えて早めに休み、ある者は明日を考え話し合い。

 

ん、俺はどうしてるかって?

散歩だけど、何か?

え、誰と散歩してるんだって?

一人だけど、何か?

…ぼっちだけど、何か?

 

森の奥の丘となった所で草の上に腰を下ろし、天井を見上げる。天井はそこから生えた大量の水晶に埋められ、地上の様に空というものは見えない。まあダンジョンの中なのだから当然といえば当然なのだが、それでも不思議なのはここでは朝、夜という概念が存在している事。天井の中心に白色の光を発する水晶が存在し、その周りにある青色の水晶がその光を反射、屈折させて青空を作り出してるとの事だが、どうやってその水晶が光を発しているのかは解っていない。いつかその謎を解明したいと思ってたり思ってなかったり。冒険者を引退したらダンジョンを研究する学者になるのも良いかもしれない。

 

…最近、こうして一人になる時間が欲しいと思う時がある。一人でただのんびりと、ぼーっとするのが恋しくなる時が。自分でも爺むさいと思うが、こういう時間が心地よいと思ってしまうのだから仕方ない。…マジで爺むせぇ。

 

ダンジョンの中なのに風が吹き、しかもこの風がまた気持ちよく感じるというちょっと複雑な気持ちを抱きながら天井を見上げていると、背後で小さく草原を踏む足音がした。こうして一人でのんびりしている時、現れるのは大抵決まっている。

 

「早く寝た方が良いんじゃないか、アイズ」

 

「…アイズじゃないよ」

 

あれ、間違えた?それは失礼しました。

 

とはならない。否定しているが、この声を聞き間違える訳がない。

 

「早く寝た方が良いのはアルトの方。フィンが明日も戦闘はアルトに任せるつもりって言ってた」

 

「…それマジ?」

 

アイズの口から出てきたフィンが言ったという言葉に思わず振り返る。そこには思った通りアイズが立っていて、そしてアイズは表情を変えないまま頷いた。うん、これはホントに言ってましたね。マジか。

 

「何考えてんのあの人…。俺の命運が明日で尽きちゃうよ…」

 

こちらに歩み寄って来る足音を聞きながら、再び天を見上げて呆然と呟く。

いや、マジで何考えてるのあの人。中層で出てくる敵を全部任せるとか鬼畜にも程がある。しかも俺は十八階層より下に降りるのが今回の遠征で初めてなのに。

 

「鬼かよ。悪魔かよ。フィンかよ」

 

「…フィンはフィンだよ?」

 

アイズが天然を発揮。別にそういう意味で言ったんじゃないけど、まあいいや。説明するのもめんどくさいし、どう説明すればいいかも解らないから首を傾げるアイズは放っておく事にする。

 

これまた最近の話だが、一人でのんびりする時間が増えたと同時にアイズと二人でのんびりする時間も増えた気がする。こうやって外で会話もせずじーっとしたり、ジャガ丸くんを買ったり買わされたり。こういう時間も嫌いじゃない。館に帰ってロキに襲われたりベートさんに睨まれたりするのは嫌いだが。

 

「強くなったね」

 

「は?」

 

唐突に口を開くアイズに言葉の意味が解らず聞き返す。

 

「私がレベル2になるまで一年かかったのに…。アルトは半年でレベル3になって、遠征にも参加して…」

 

「でも、まだアイズより弱い」

 

どこか落ち込んでいるように見えるアイズの言葉を聞いて、即座に俺は返事を返した。

顔を上げたアイズの視線と交わる。

 

「アイズと戦ったらボコボコにされるし。まだまだ勝てる気がしない。それにアイズだってもうすぐレベルに5に上がれそうだろ」

 

レベル3になって少しはアイズとの差を縮められたかと思ったら、模擬戦してみたらあっさり敗北。しかもアイズは更に上の段階へと器を昇華させようとしている。少し縮まったその差が、またさらに開こうとしている。

 

「まあ、()()だけどな」

 

「…」

 

にやりと唇の端を持ち上げながら言ってやれば、アイズはムッと不満そうに僅かに目を細める。

 

「そんな時、来ない」

 

「ほぉ~?」

 

「…なに」

 

「いや、別に?」

 

「…」

 

アイズに肩を両手で軽く押される。体が傾くがすぐに元の体勢に戻し、もう一度にやりと笑みを向けてやる。

 

「っ…」

 

「ぅぉっ!いきなり何するっ…、このっ!」

 

今度は無言で襲い掛かられる。体が倒され、腹の上に跨ったアイズに両頬を掴まれる。頬の痛みに耐えながらこちらもアイズの両頬を掴み、ぐにーっと引っ張る。

 

もし今の場面を誰かが見ていたとしたら、きっとそいつは唖然とするだろう。何故なら、二人の男女が頬を引っ張り合いながらゴロゴロ草の上で転がっているのだから。完全に子供のじゃれ合いにしか見えない。ただ本人は…、俺達は真剣だ。真剣に頬を引っ張り合っている。

 

負けられない戦いが、そこにあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、いつまで経っても帰って来ないと心配して探しに来たリヴェリアに見つかって怒られました。リヴェリアに見つかるまで頬の引っ張り合いは続きました。俺もアイズも頬が過去最大に腫れました。

 

いやぁ…、いてぇ…。(涙目)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は時間がかなり飛びます。はい、アルト君の初めての遠征のお話はこれで終わりです。もし気になる方がいたら、いつか番外編という形で書く…かもしれません。(書かないかもしれません)

まあそんな見たいって思う人なんかいないと思いますけどね?…ね?


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闇の追跡
1


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世のものとは思えない異物が、そこにはいた。燃え上がるような真っ赤な空に向かって雄叫びを上げる異物の体から飛び散る黒い泥は、城で、街で逃げ惑う人々に降りかかるとその体をどろりと溶かしていく。泥から逃れられても、辺りを徘徊する多数の魔物に見つかり体を喰われる。

 

かつて栄華を誇った王国の末路。街は燃やされ、城も異物によって崩壊していく。民は逃げ惑い、騎士は国を守ろうと異物に挑み、そして命を落としていく。炎の勢いは衰えず、全てを燃やしていく。魔物が暴れ、全てを壊していく。

 

こうして、王国は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

「頭が痛い」

 

むくりと起き上がり、ガンガンと中から叩かれるような痛みに頭を手で押さえながら呟く。カーテンの隙間から漏れる陽の光を手で遮り、布団をどかしてベッドの下から靴を出して履く。

 

立ち上がり、カーテンを開けてからふと思う。あの夢を見るのは何度目だろうか、と。

ある時を境に見るようになった夢。全く見た事のない場所で、全く知りもしない国の滅亡を目の当たりにさせられるのだ。初めは訳の解らない夢に戸惑ったが、今ではただただまたこの夢かとうんざりするだけ。しかもその夢を見た後は必ず原因不明の頭痛に襲われる。鬱陶しいにも程がある。

 

もしかしたらこの夢を見る事に何か意味があるのかもしれないと、そう思って調べたりもしたのだが手掛かりは掴めず。というより、解ってるのが前に滅びた国だけでは雲を掴むようでどうしようもなかった。いざ文献で調べたら、まあ以前に滅びた国の数が多い事。軽く百は超えていた。しかもそれは俺が調べた中で見つけたものだけだ。多分、まだあると思う…、少なくとも倍は。だって、オラリオができる前の歴史について書かれた文献もあったからね。そんくらいあるよ、うん。

 

という事で、自分で調べるのを諦めました。だってしょうがないよ。無理だもん。夢とは根気よく付き合ってくよ。時が経てば見なくなるだろうしね。…まあ、そういってもう一年以上経つんだけどね。夢を見始めてから。未だに夢を見続けるどころかペースが早まってる気がするよ。

 

え?夢を見るようになってから一年以上だけど?ちなみにいうけど、もう俺がロキ・ファミリアに入団してから二年経ってるから。あれだから、背とかめっちゃ伸びたから。え、そんな事は聞きたくない?俺が自慢したいだけだよ、悪いか。アイズと背の差が開き始めて完全に見下ろせるようになった時の喜びは忘れない。ちーび、と言ってやった時のアイズの顔は忘れない。良い気持ちだったよ、ふふん。

 

まあ背以外に何かが変わったかと聞かれれば、ほとんど変わらないと答えるしかない。アイズとは変わらず喧嘩するし、フィン達からの扱いは基本ひどいままだし、ロキはたまに暴走するし。強いて言うなら、他の団員達と親しくなったかな。特にベートさんから雑魚呼ばわりされなくなった。二年間で何が一番変わったかといえばそれだな、うん。

 

…あぁ、忘れてた。変わった事あるよ。新しくファミリアに入団した人達がいる。俺にも後輩ができたんだよ。ちょこちょこ後をついてくる何ともまあ可愛い後輩で、それでいて才能もあるという非の付け所がない…あー…、ちょっと暴走気味な所があるけどそれを補って余りある奴だよ、うん。

 

「アルトさん!」

 

「ん、レフィーヤ。おはよう」

 

「はい!おはようございます!」

 

噂をすれば何とやら。件の後輩こと、レフィーヤ・ウィリディスの登場である。長い髪を縛って下ろしたエルフの少女と挨拶を交わす。レフィーヤとは彼女がファミリアに入団してきた日からの付き合いだ。初めての後輩という事で、レフィーヤと同じ日に入団してきた他の子達ともその日に顔を合わせたのだが、レフィーヤとはそれからすぐにパーティーを組んで一緒にダンジョンに潜るようになった。

 

レフィーヤはエルフであり、更に魔法の才能に長けていて普通ならリヴェリアが見るべきなのだが、立場上付きっ切りというのはできない。そこで白羽の矢が立ったのが俺という訳で。そりゃそのまま一年間過ごせば懐かれるよ。

 

「…」

 

…で、廊下の影で睨んでるお前は何なんだよ。背中にひしひしと感じる視線に溜め息を吐いてから、不思議そうに見上げてくるレフィーヤに後ろを見るようにと親指で指す。

 

「あ、ああああああアイズさん!?おおおおおおおはようございます!」

 

「…うん。おはよう、レフィーヤ」

 

こちらを覗くアイズに気付いたレフィーヤは爆発するが如く顔を赤くさせ、勢いよく頭を下げた。レフィーヤはかなりアイズを尊敬しているようで、未だにアイズと顔を合わせる事が難しい状態だ。さっき、レフィーヤはちょっと暴走気味な所があるって言ったけど、それはアイズに関しての事だ。レフィーヤがまだ入団して間もない頃、アイズと二人で話してるだけで物凄く睨まれたのは嫌な思い出だ。これからこの子と上手くやってけるんだろうかって不安になったのを覚えてる。

 

アイズが物陰から姿を現し、レフィーヤと挨拶を交わしてからこちらに歩み寄ってきた。

 

「アルトもおはよう」

 

「おはよう」

 

合流したアイズ、そのアイズに恍惚とした視線を送るレフィーヤ。そして俺。

もしかして俺、邪魔者だったりする?二人に気付かれないようにフェードアウトできないかな。

 

「アルト?早く行こう」

 

「…あいあい」

 

二人並んで歩くアイズとレフィーヤの後ろを歩き、少しずつ距離を離していく。このままいけば、という所であっさりアイズに気付かれる。…ちっ。目論見は失敗し、立ち止まって振り返った二人と再び並んで歩き出す。

 

「今日はどうしたんですか?いつもならお二人で訓練してるはずなのに…」

 

歩く最中、レフィーヤがそういえば、と何かを思い出したかのように顔を上げて問いかけてきた。

 

レフィーヤの言う通り、いつもなら俺とアイズは模擬戦などの訓練をしている時間帯だ。

…いつも、なら。

 

「…アルトが来なかった」

 

「え?」

 

「待ってたのに」

 

レフィーヤが問いかけた途端、アイズが僅かに唇を尖らせ不満そうな視線をひしひしと送って来る。それを俺は見ずにそっぽを向いて知らんぷりをする。寝過ごしたっていいじゃない、人間だもの。

 

いや真面目な話、夢を見た日はいつも寝過ごすんだよ。いつも同じ場面で夢が終わって、目が覚めたらいつも朝食の時間になってて。俺じゃどうしようもないんだよ。俺自身の問題だけど。夢を見ないようにするとかどうすればいいんですかね。

 

「すまん、寝坊した」

 

「…」

 

じとーっとした目で見てくるアイズ。そんな目で見られてもどうしようもないじゃん。過ぎた時間は戻って来ないのだよ。寝坊した奴が何を偉そうにって自分でも思うけどな!

 

「はわ…はわわわわわ…」

 

冷たい視線を送り続けるアイズ。そっぽを見て知らんぷりを続ける俺。俺とアイズの間で視線を彷徨わせながらあわあわするレフィーヤ。

 

「…どしたの?」

 

何時の間にやら食堂の前に着いたその時、前方から気の抜けた声が聞こえた。視線を向けるとそこにティオナとティオネの二人が立っており、こちらを見ながら目をぱちくりさせていた。

 

「またアルトが何かしたの?まったく…」

 

「ねぇ、何で真っ先に俺に疑いを向けるの?」

 

「うん」

 

「お前も頷くなよ」

 

いや俺のせいでアイズの機嫌悪くなったのはそうなんだけどさ。

別にたまにはいつもより多く寝たっていいじゃんか。ねぇ?

 

…あ、駄目ですか、ハイ。

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

朝の和やかな時間もそこそこに、冒険者の本業に出かける。ダンジョンに潜り、モンスターと戦う。今日は依頼を受注したので、自由に探索という事はせず最短ルートで下層へと降りていく。

 

の、だが──────

いやまあもう慣れたけどね?でもね?いつも思うけどさぁ…。

 

「アルトー。またそっち行ったよー」

 

「皆さん少しは戦ってくれませんかねぇ!?」

 

現在、俺、アイズ、ティオナ、ティオネ、レフィーヤの五人でダンジョンに潜っている。そして今は十五階層にいるんだけど…、ここまで遭遇してきたモンスターのほとんどを俺が倒している。ていうか、遭遇したモンスターのほぼ全てが出会い頭に俺に襲い掛かって来る。他にもたくさん、しかも美麗な女性達が揃ってるのに。

 

レベル4に上がった頃くらいか、モンスターに集中的に狙われるようになったのは。レフィーヤと二人で潜ったり、そういう人数が少ないパーティーで潜った時はそこまで違和感を感じはしなかったが、それが何度も続いたり今のように五人パーティーにも関わらず俺ばかり狙われればさすがにおかしいと思う。しかも初めの方は皆俺を心配してくれたり俺を保護するような配置でダンジョンを進んでいたりしたのだが、今じゃいつもの事と言わんばかりにモンスターをスルーする始末。

 

「アルトさん、大丈夫ですか?」

 

「…やっぱ良い子だな~、レフィーヤは」

 

今じゃレフィーヤだけだよ、心配してくれるのは。レフィーヤは俺のオアシス、異論は認めない。

 

え?え?と戸惑うレフィーヤの頭に掌を乗せてぐりぐりと撫で回す。あー、レフィーヤいなかったら俺発狂してたんじゃないかなー。…いや、さすがにそれは冗談だけどさ。

 

「…」

 

「?アイズ、なに膨れてるの?」

 

背後で何やら起こってるようだが気にしない。気にしたら後でめんどくさい事になる気がする。…無視してもめんどくさくなりそうだけどな。

 

「それにしても…。モテモテねぇ、アルト?」

 

「…喧嘩売ってる?」

 

背後で繰り広げられるアイズとティオナのやり取りを見ないようにしていると、ティオネが前に回り込み、上目遣いでこちらを覗き込んできた。普通ならばドキッとさせられるような仕草だが、もう何年も付き合いがあるし、その上言葉の内容が完全に喧嘩を売ってるそれなので全く心が揺るがない。

 

「あはは…。でも不思議ですよね?どうしてモンスターはアルトさんばかり狙うんでしょう」

 

「不思議というより異常だよ。上層なら可愛いもんだけど、下層でも同じだからこんなモテ方は恐怖でしかないよ」

 

「ま、おかげでこっちとしては戦闘の展開が楽なんだけど」

 

レフィーヤ、俺、ティオネの順で言う。レフィーヤと同じく疑問には思うが、今のところはロキの進言もあり様子を見ている。実際、ティオネの言う通りモンスターが真っ先に俺を狙うため、ぶっちゃけ戦闘は楽になっているのも理由の一つだ。二度目になるが、俺からすれば恐怖でしかないのだが。

 

「ゴァァァアアアアアアアッ!!」

 

「うるさい」

 

と、話してる間にもまた一匹。溜め息を吐いてから詠唱式を唱え、魔力の刃をミノタウロスの胸に突き立てる。耳を劈く雄叫びはピタリと止み、こちらに向かって駆けて来たミノタウロスは黒い煙となって四散する。その場に落ちた魔石とドロップ品は、レフィーヤがすぐに回収した。

 

「うんうん。レフィーヤはちゃんと回収作業ができて偉いな」

 

「え?いえそんな、常識ですし…」

 

「…」

 

「いやいや、その常識の事もできない冒険者もいるからな。回収は怠ると自分にじゃなく他人が痛い目に遭うから厄介な事この上ない。レフィーヤは今、他の冒険者の命を救ったんだ」

 

「そ、そんな…」

 

「…」

 

うん、照れてるレフィーヤ可愛い。癒される。

ん?無言になってる奴?そりゃ今いるメンバーの中で魔石の回収さぼってる奴なんて一人しかいないだろ。今頃色々と心に突き刺さってると思うよ。アハハハ

 

「ん?どうしたのアイズ?おーい、アイズー?」

 

「…アルトのバカ」

 

 

 

 

 

 

アルトリウス・レイン

Lv.5【恐れ知らず(ドレッドノート)

 

ロキ・ファミリアに入団して二年、今日も平和に過ごしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が受けた依頼の内容は三十七層に出てくるあるモンスターのドロップ品を集めてほしいというものだった。三十七層に辿り着くまでに三日、ドロップ品を集めるのにほぼ半日、そして再び地上に戻るまでに三日、およそ七日掛けて依頼を達成した俺達は地上へと戻ってきた。

 

久しぶりの外の空気を吸い、各々軽く体を動かして解したり無事生還できた事に安堵の息を吐いたりとリラックスした様子を見せるアイズ達。

 

「じゃあ、俺はこいつを届けてくるから」

 

「はいはーい。あたし達は先に帰ってるねー」

 

ホームがある北の方へ足を向けるアイズ達とは別の方へと足を向ける。手を振るアイズ達にこちらも手を振り返して歩き出す。東へと続く道を進む。そのまま東の方へまっすぐ…は行かず、途中で北へと進路を変える。歩くこと十五分程、北東のメインストリートへと入り、目的地がもうすぐの所まで来た。

 

工業地帯である北東のメインストリートはオラリオの利益の大本である魔石製品が出回っており、俺が歩いている大通りに並ぶ店には工具などを取り扱う店が目立つ。といっても、今ここにいるのは魔石や工具を買うためではないし、まず何かを買うためでもない。

 

目的地の前に着く。特にノックもすることなく、遠慮なしに扉を開ける。

中から伝わってくるのは熱。むわっとした、湿気が多く籠った熱が全身を包む。

 

「あ?おぉ、アルトじゃねぇか」

 

中に入ってすぐ、俺を迎えたのは赤髪の男。俺の姿を見た男は顔に笑みを浮かべて声を掛けてきた。

 

「大変そうだな、ヴェルフ。また椿に扱き使われてるのか?」

 

俺がそう言うと赤髪の男、ヴェルフは苦笑を浮かべて黙り込んでしまった。両手に何やら金属がたくさん入った籠を抱えていたから言ってみたのだが、どうやら図星だったらしい。

 

「ったく、てめぇは遠慮なくずけずけ来やがる…。ま、遠慮すんなっつったのは俺だけどよ。ほら、剣取りに来たんだろ?椿が待ってるぜ」

 

そう言いながらヴェルフが指差すのは椿の工房がある方。軽く手を上げてヴェルフに無言で挨拶をしてから言葉の通りにそっちへ向かう。

 

ここは工房だ。武器を直し、作る場所。北東のメインストリートに居を構えるヘファイストスファミリアの工房。先程のヴェルフもそのファミリアの一員であり、職人の一人だ。とはいえまだひよっこだというのはファミリア団長の椿の談である。

 

「待っておったぞ、アルトリウス。随分遅かったのぅ」

 

さて、そう言いながらヴェルフの次に俺を迎えたこの人こそヘファイストスファミリア団長の椿・コルブランドであり、俺がこの工房に来た目的に大いに関わってる人物だ。黒い眼帯が左目を覆い、長い黒髪を雑に白い手拭いで結う。上半身に巻かれたさらしからは収まりきらない胸の肉が。肌が黒く焼かれているが、アマゾネスではなくハーフドワーフらしい。

 

という色々危ない格好をした椿が工房に入った俺ににやりと笑みを向ける。初めてこの人と会った時はその恰好に戸惑ったけど、もう慣れたもんですよ。それに外に出る時はもっとましな格好してるし別に分別がない訳じゃない。…一応客なんだし、俺の前でも分別付けてほしいけどね。

 

「レフィーヤも居たからな。いつものペースで移動はできないよ」

 

「ほぉ?優しい先輩をしとるようじゃないか」

 

椿にドロップ品が入った袋を投げ渡す。袋を受け取った椿は中身を見て確かに希望の物だと確認してから立ち上がった。

 

「うむ、確かに受け取った。ほれ」

 

「…ん。こっちも確かに受け取った」

 

立ち上がった椿は多く武器置きに掛けられた剣の中から二本を取り、俺に手渡した。俺は鞘から剣二本を抜き、刀身を見てしっかり手入れされている事を確認してからそれぞれの剣を両腰に差す。

 

そう、俺がここに来たのは椿に依頼された品を届けるためだけじゃなく、こちらも椿に依頼していた手入れが終わった武器を受け取るためだった。

 

「しかし、いつ見ても業物よ。…あの時の小童の武器をこんなにも早く手入れする事になるとは思わなかったが、その小童がここまでの業物を持っていた事にも驚いた」

 

「元は俺のじゃないんだけどな。…まあ、あなたがいなかったら今ここに俺はいなかった。本当に感謝してる」

 

「あー、そんなつもりで言ったんじゃない。その礼は鉱石集めで返してもらったからの。…それにむしろ手前の方こそ礼を言わせてほしいくらいだ。こんな業物を己の手で直せるのだからな」

 

覚えているだろうか、俺がまだレベル1の頃。一人でダンジョンに潜り、その先で三人の冒険者パーティとシルバーバックの強化種に襲われた。一人、冒険者が犠牲になったが残った二人を逃がし、シルバーバックと戦い、倒し、気絶した俺を助けてくれたヘファイストスファミリアの冒険者。その一人がこの椿だ。そして、今俺が使っている武器。変わらず種類は双剣だが、この双剣は…爺さんが残した物だ。本当は爺さんが達したレベルに追いつくまで使うつもりはなかったのだが、フィン達に色々言われた。レベル5に見合う武器を作るには膨大な金がかかるやら…あれ?金の事しか言われてなくね?と、とにかくそれでも意志を曲げるつもりはなかったのだが、アイズに「その剣も早く、アルトに使われたいと思う」と言われてしまった。

 

…おいそこ、ちょろいとか言うな。アイズに甘いとか言うな。

 

まあそういう経緯で俺は爺さんの剣を受け継ぐ事にしたのだが…、この剣、やばい。不壊属性(デュランダル)がある時点でやばいのに圧倒的な切れ味、さらにその切れ味が斬っても斬ってもなかなか落ちないという。まあその分、手入れも相当に難しいらしく、初めこの剣を手入れしていたのは椿ではなく、ヘファイストス様だった。本当は爺さんと契約していた鍛冶師に頼みたかったのだが、爺さんが冒険者を引退したと同時にその人も鍛冶師を辞めてオラリオを出て行ったらしい。…さっきから、らしいばっかりだな。でも事実他人から聞いた話だし。特に剣の手入れの難しさなんて鍛冶師じゃない俺に解る訳ないし…。

 

さて、武器を受け取った今もうここに用はない。椿とそれからもう少し話してから部屋から出る。そこから工房を出るまでにもう一度ヴェルフと顔を合わせたため、ヴェルフとも挨拶を交わしてから今度こそ工房を出た。ダンジョンを出た頃はまだ夕暮れで陽の光が差していたが、気付かぬ間に長く椿と話し込んでいたらしい、もうすっかり辺りは夜の闇に包まれていた。正直アイズ達と別れてどれだけ時間が経ったか解らないが、多分帰ったらアイズに遅いと文句を言われるのだろう。さっさと帰る事にする。

 

「おっと…。スマンな」

 

「あ、いえ。こちらこそ…?」

 

大通りを歩き出したその時、右肩に誰かがぶつかった。ちらりと見えた黒いローブを着た男が先に謝り、俺も相手に謝ろうとした、のだが。何故かそこに黒ローブの姿はなく、後ろを振り向いてもそんな怪しい格好をした人物は見られない。何だったんだ。

 

「…ま、いいか。それよりさっさと帰らなきゃ」

 

気のせい、と流せず少し疑問が残った出来事もあったがそれ以降は特に帰り着くまで何事も起きず、今日も今日とて暗い中でも門を守る兵二人と挨拶をして館の中へ入る。

 

予定より変える時間が遅くなってしまった。恐らく、もう大部分の団員達は夕食をとり終わっているだろう。早く部屋に戻って装備を外そう。玄関の階段を上がろうとしたその時、上の手すりに両腕を乗せてこちらを見下ろす人影を見た。

 

「…まさか、ずっとそこで待ってた訳じゃないよな?」

 

「待ってた、けど」

 

まさか、と浮かんできた質問を投げかければそのまさかだった。はぁ、と溜め息吐いてから階段を上がり、歩くこちらに視線を送り続ける少女の前で立ち止まる。

 

「じゃあ、飯もまだ食ってないのか」

 

もう一度問いかければ首肯される。いや、ホント何してんのこいつ。ダンジョンから戻ってきたばかりでかなり腹が空いてるだろうに。

 

「ティオナ達も待ってるよ。早く行こう」

 

「え、まさか三人共…」

 

「うん。ベートさんは待ってられるかって食べちゃったけど」

 

あぁ、そうだね。むしろベートさんも待ってたら驚くというか気持ち悪いわ。

ていうかベートさんはともかく、今日ダンジョンから戻った全員で待ってたってマジか。ティオナとかまだなのー!とか叫んで暴れてないかな。

 

「アルト」

 

「ん?」

 

廊下を歩きながら仲間の一人の精神状況を心配していると、隣から名前を呼ばれる。思考を切って振り向くと、そいつは真っ直ぐこちらの目を見て、こう言った。

 

「お帰り」

 

「…ただいま、アイズ」

 

お帰りにただいまと返す。当たり前の事だが、最近になってこの当たり前の事がとても幸せなんじゃないかと思えてきた。だって、ほら。

 

滅多に表情が動かないアイズがたったそれだけの事で笑うんだから。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

あの時ぶつかった肩の感触がまだ残っている。

少々強めにぶつかってみたのだが、全く体勢がぶれる事はなかった。どうやらオラリオで冒険者になってから二年間、次々に記録を更新し続けたその功績は伊達じゃないようだ。

 

しかし、よく考えればあの時に何とかして誘き出せば良かったのでは?最近はファミリアの誰かと行動してる事が多いため期を待ち続けていたが…、あぁ、無意識のうちに期を逃してしまった。

 

「…四年、か。長かったような、短かったような」

 

思い出すのは火に包まれたある村の姿。たった一人の子供を守るために全てを投げ打って戦いに挑んだ村人たち。あの時はどこを探しても彼がいなかったため、戦闘をしている最中に逃げ出したのではと全員で村の外を探した。見つからず、まだ村で隠れていたのだと気付いた時には遅く、その時にはすでに逃げられた後で。

 

それでも全力を以て捜索すれば見つけられただろう。だがそれもこちらの動きに感付いたオラリオの連中に阻まれ、結局彼がオラリオに入るのを許してしまった。さらに彼は冒険者に、加えて最大派閥の一つであるロキファミリアへの入団。すぐ手の届く場所にいるのに、手を伸ばす事も出来ない。そんな状況が続いた。

 

だが今、その状況は変わりつつある。成長を続ける彼に、()()も危機感を覚えているのだろう。ダンジョンに潜る彼を見ていた時、いよいよ腰を上げたかと笑みが止められなかった。

 

「さて…、あの時は少々失望してしまったが、彼はどうかな?」

 

世界最強と呼ばれた男も、迫りくる老いには勝てなかった。だが、彼はどうだろうか。老いの心配はない。まだ発展途上という事が心残りだが、どれだけ楽しませてくれるだろうか。

 

「…あぁ。了解した、すぐに向かおう」

 

笑みを浮かべていた男は不意に無表情に戻ると、まるで誰かと話しているかのように口を開いた。男の周りには誰もいない。ならば、今この男と話していたのは誰なのか。

 

男は背を翻し、闇の中に消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モチベがやばい。悪い方でやばい。

とりあえず、前回に引き続いて文字数少ないけど切が良いんで投稿します。

…あ、ちなみに最後に思わせぶりに退場して行った人、再登場はもうちょっと先ですから(え


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3

更新ペースを速くしたい。でもパワプロにはまってしまってる。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱたん、と読み終えた本を閉じる。糸で装丁された冊子から離した手で眉間を軽く揉みながらふと窓の外を見ると、すでに外は僅かに地平線から見える太陽が辺りを照らし始めていた。次のページで、いや次のページでと読み進めていく内にいつの間にか朝になってしまったらしい。また目の下に隈ができるのだろうな、と苦く思いながらリヴェリアは溜め息を吐き、椅子を引いて立ち上がる。

 

今まで読んできた本には、リヴェリアが求めている物はなかった。オラリオのみならず、この世界の歴史について書かれた本を探し、読み始めてからもう二年。ロキが隠しているアルトリウスについての何かを知ろうとしてから二年だ。ファミリア幹部としての仕事の合間は現在から過去まで、発現された魔法やスキルについて綴られた本を読み何かないかと探し続けた。だが調査は進展せず、何か僅かでも糸口がないかと歴史本にも手を伸ばした。それでも何も見つからなかった。

 

そう、何もなかったのだ。あのロキの様子を見る限り、過去にアルトリウスと同じスキルか魔法か、いずれかを発現させた人物がいたのは間違いないはずだ。それなのに、リヴェリアは何も見つけられなかった。()()()()()()調()()()()()()()

 

しかし今日、このまま調べてみても埒が明かないと考えたリヴェリアは、気分転換も兼ねてあるお伽噺が描かれた本を手に取った。何故突然お伽噺なんて、と問われればリヴェリアは解らない、と答えるだろう。ともかく、歴史書も魔法書もダメ、ならお伽噺ならどうだという苦しい消去法で読んだその物語は、まあよくあるお伽噺だった。とある国の王様が国民を守るために様々な怪物を打倒していく話。ただ一つ、衝撃を受けたのは最後に王様が治める国が滅びるという結末を迎えた事。そしてもう一つ、異常にページ数が多かったという事だ。おかげで風呂から上がってから朝になるまで読み耽ってしまった。

 

だが…、その甲斐はあった。と思いたい。

リヴェリアはベッドの布団に体を潜らせ目を閉じる。さすがに疲れてるのだろう、ベッドに潜ってすぐに規則正しい寝息を立てていた。

 

ベッドの脇にある机の上にはリヴェリアが読んでいた本が置かれている。その表紙には、『ログリア王国と悪神』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

「あれ?リヴェリアは?」

 

不意にティオナが声を上げたのは食事の最中、フィンとガレスがこちらに挨拶をしながら俺達の座る席の近くに腰を下ろした時だった。いつものアイズとの朝の鍛錬を終え、レフィーヤやヒリュテ姉妹と合流し、いつも通りの傍から見ればハーレム状態で朝食を食べていた。その途中でフィンとガレスが食堂に入って来たのだが、いつもならそこにもう一人リヴェリアもいるはずなのに今日は彼女の姿が見えない。

 

ティオナの疑問を受けたフィンとガレスは席に着いてから苦笑を浮かべ、口を開く。

 

「どうやら、まだ寝ているみたいだよ」

 

そのフィンの言葉に俺達全員が目を見開いて驚きを顕わにする。。特にレフィーヤは口もあんぐりと開けて呆けていた。レフィーヤ達エルフの女性にとってリヴェリアは憧れの的だ。そのリヴェリアが寝坊したと聞けば驚くのも無理はない。それ以前に、エルフでなくても普段のリヴェリアを知るロキファミリアの団員であれば驚くのは当たり前なのだが。

 

「珍しいな。夜更かしでもしてたのかな」

 

こう言うとフィンとガレスがこちらに視線を向けてきた。そして呆れたかのように二人は同時に溜め息を吐いた。何故だ、解せぬ。

 

「おい、言いたい事があるのならはっきり言ってもらおうか」

 

何で二人は掌で額を抑えてるんだ。何で二人はこっちをチラ見してからまた溜め息を吐いたんだ。意味がさっぱり解らん。

 

「それより、君達は今日はどうする予定なんだい?昨日までアルトの手伝いでダンジョンに潜ってたみたいだけど」

 

もうこれ以上リヴェリアについて語るつもりはないのか、フィンは話題を変えて俺達に今日の予定について聞いてきた。フィンとガレスの様子を見る限りそこまで心配はいらなそうだが、こんな事初めてなためどうしても気になってしまう。

 

「私達は今日は休みにしてアイズとレフィーヤも一緒に街で買い物でもしようかなと思ってるんです!団長もご一緒にどうですか?」

 

フィンの問いに真っ先に答えたのはティオネ。ティオネは頬を染めながらフィンに寄り添いアタックを仕掛ける。アタックされてる方は頬を引き攣らせ、全く効果がない様子だが。

 

「はぁ~…。アルトは?今日はどうするの?」

 

パンを齧って咀嚼する中、フィンにさらに詰め寄っているティオネに呆れの視線を向けていたティオナが、不意にこちらを向いて問いかけてきた。え、何これ。俺も答えなきゃいけないやつ?どうしよう。今日は特に何もする事なくのんびりする予定だったんだけど、それを正直に言ったらティオナ達に一緒に来ないかって誘われる…よな。それはちょっと嫌だぞ。

 

以前、一度だけその誘いに乗って女性陣の買い物に付き合った事があるのだが、ハッキリ言ってもう御免だというのが正直な感想だ。話についてけず、一緒にいるはずなのに一人省かれてるようなあの感覚。買った荷物は全部持たされ、まるで従者になったかのようなあの屈辱。女性達の買い物のため、まず男は行かない店に入るために注がれる奇異の視線。うん、嫌だ、行きたくない。

 

しかしどう答えれば誘われずに済むだろうか。用事がある、と答えれば引いてくれるかもしれないがどんな用事かと問われればアウト。すぐに何かをでっち上げるとか俺には無理。あれこれ詰んでる?いやまだだ!まだ諦める時間じゃない!

 

「もし用事とかなかったらアルトも一緒に行こうよ!」

 

「」

 

なん…だと…。答える前に誘われるというパターンは予期してなかった。これはまずい。このままではあの男禁制のお花畑に引きずり込まれてしまう。何とかしなければ。

思考をフル回転させる。何か…、何かないのか…!

 

「っ」

 

その瞬間、脳裏に昨日の出来事が過る。ダンジョンを上り、地上に帰って、それから俺は何をしていたのか。そしてそれが俺を答えに導いた。少し苦しい気もするが…、もうこれしか頼れるものはない!

 

「いや、今日は試し斬りしたいからパス」

 

昨日、地上に帰って来てから何をしたか。預けていた剣を取りに行った。それなら俺はちゃんと剣が手入れされているかを確認しなければいけない。…苦しいけど、かなり苦しいけど、これで誤魔化されてくれ。お願いします。

 

「試し斬りって…。じゃあ今日もダンジョン潜るって事?」

 

「えー、今日ぐらい休めばいいのにー」

 

驚いたように聞き返したのはティオネ。そして不満げに唇を尖らせて言ったのはティオナだ。アイズは特に表情を変えていないので何を考えてるのかよく解らない。レフィーヤは目を丸くしているからティオネの反応に近い。

 

そして、いつもこういう時は少し休めと窘めてくるフィンとガレスだが、どうやら俺が考えている事が読めているらしい。苦笑を浮かべるだけで何も言わない。ありがとう、二人共。そのまま何も言わずにおとなしくしていてくれ。

 

「それなら、私も一緒に…」

 

「レフィーヤ…。お前、アイズ達と一緒に遊ぶより俺とダンジョン潜りたいのか?」

 

「え…、えぇ!?い、いやその、そういう訳じゃ…。あぁいえ、アルトさんと一緒にいるのがいたって訳でも…あの、その…」

 

あー、結構意地悪な言い方をしてしまったらしい。レフィーヤが顔を赤くしてあたふたと両手を横に振ったり顔をぶんぶん振ったり、慌ただしく動いている。そんなレフィーヤの様子を見て反省。確かに少し困らせてやろうという悪戯心があったのは事実だが、ここまで効果覿面とは思わなかった。

 

「ごめんレフィーヤ、落ち着いて。はい深呼吸、吸ってー」

 

「う、うぅ~…、すぅ~…」

 

「はい、吐いてー」

 

「はぁ~…」

 

「吸ってー」

 

「すぅ~…」

 

「吐いてー」

 

「はぁ~…」

 

「吸ってー」

 

「すぅ~…」

 

「吸ってー」

 

「すぅ~…」

 

「吸ってー」

 

「すっ…ぷはぁっ!」

 

「何やってんのよ…」

 

「いや、つい…」

 

「レフィーヤ、大丈夫?」

 

「は…はい…」

 

これはいけない、またやってしまった。でも弄り甲斐がありすぎるレフィーヤも少し悪いと思うんだ、うん。ん?お前が全面的に悪い?…せやな。

 

アイズとティオナが顔を赤くして息を乱すレフィーヤを心配する中、ティオネに説教される俺。その光景をフィンとガレスが微笑ましそうに眺める。ここにあと二人…、エルフの女性と狼人(ウェアウルフ)の男性がいれば完璧だったというか。

 

ちなみに言うと、エルフの女性がいればその人は見守る側。狼人(ウェアウルフ)の男性がいればその人は騒ぐ側だっただろうという俺の勝手な予想も付け加えておく。勝手な予想とは言ったが、かなり高確率で当たるだろうというもう一つ勝手な予想も付け加えておく。勝手な予想とh(ry

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

さて、いつも通りの賑やかな食堂も時間が過ぎれば人の姿は消え、静まっていく。ファミリアで雇った料理人やスタッフが作業する音、皿と皿がぶつかる音だけが響く食堂には二人だけ未だに残っている人物がいた。二人がいるテーブルには何もなく、すでに食事を摂り終わっている事が分かる。それなら何故、この二人はもう用はないはずの食堂に残っているのか。

 

「…来たね」

 

静かな食堂に、二人しか残っていない食堂に入ってきたのは一人の女性。エルフの女性は入ってきた自身の姿を見る二人を見て目を丸くした。

 

「フィン…、ガレス…。何をしている?」

 

「聞かずとも分かっておる癖に。お主を待って居ったのよ、リヴェリア」

 

エルフの女性、リヴェリアは二人に歩み寄り、フィンの隣の席に腰を下ろして口を開いた。リヴェリアの問いかけにすぐに答えたのはガレス。

 

「随分と遅い起床じゃの、リヴェリア。そんなに捗ったか?」

 

「…」

 

そしてすぐにリヴェリアの目を覗きながら今度はガレスが問いを投げた。その問いにリヴェリアは答えず、ガレスから向けられる視線を受けながら黙り込む。

 

「…捗った、というべきか。正直、私も戸惑ってるが…まあまずはこれを読んでくれ」

 

だがその沈黙はすぐに破られた。リヴェリアは一度大きく息を吐いてから、懐から一冊の本を取り出した。その本をフィンとガレスの間、テーブルの上に置いてから立ち上がる。

 

「何じゃ、これは?」

 

「…『ログリア王国と悪神』?リヴェリア、まさかこれが?」

 

「そう、とは言い切れんがな。少なくとも無関係とは言い難い」

 

そこに置かれたのは綺麗な刺繍をされた本。黄色の糸で縫われた文字は恐らくこの本のタイトル。フィンとガレスは一度視線を見交わしてから、フィンが表紙をめくって本を読み始めた。

 

内容はよくあるお伽噺といった印象だった。『ログリア王国』という豊かな国を治める一人の王が主人公らしい。物語を読み進めページ数にして十ページ目に達した時、両手でお盆を握ったリヴェリアが戻ってきた。リヴェリアはテーブルに今日の朝食のメニューが載ったお盆を置き、椅子を引いて腰を下ろす。

 

「数あるお伽噺の中には実際過去にあった事件を参考にして書かれてる物もある。まあ、藁をも掴むとはまさにこの事なのだろうが…」

 

リヴェリアが体を乗り出して本に手を伸ばすと、ぺらぺらとページをめくっていく。

そして左下端が小さく折られたページを開くとそこで手を止め、とんとんと指先でそのページを叩いてリヴェリアは二人に読むように促した。

 

「…これは」

 

フィンとガレスの目が驚きに見開かれるまでそう時間はかからなかった。フィンは小さく開いた口から声を漏らし、ガレスも髭を撫でながら唸る。

 

「…リヴェリアはこの本に書かれている事が、本当にあった事だと思ってるのかい?」

 

「さっきも言っただろう、フィン。無関係とは言い難い、と私は思ってる。さすがに断定するには材料が少なすぎる。鵜呑みにはできない」

 

これが答え、とは言えない。しかしたかがお伽噺、と看過する事も出来ない。長い時間をかけてリヴェリアがようやく見つけた手掛かりだが、まず本当に手掛かりとなり得るのかすら解らない曖昧な物だった。

 

「じゃが、共通点はある。完全に一致しとる点が」

 

「あぁ。…だがこれじゃ、リヴェリアの言う通り判断のしようがない。飽くまでこれは物語だ」

 

沈黙が流れる。共通点はある。手掛かりと思しき事がこの本の中には書かれている。

ただ、これで一歩前進したのかどうなのか。

 

「もう私はこの本を読み終えた。読みたければ持って行け。それと、食事を終えたらすぐに図書館に向かう」

 

「…そうか。僕もこれを読み終えたら手伝いに行くよ」

 

「いや。それを今から読むのなら日暮れまで掛かるだろうから、ムリに来なくてもいい」

 

「…」

 

食べ進めながら言うリヴェリアにフィンとガレスは寝坊した理由がこの本のせいなのだと断定した。確かにこの分厚さ、読破するにはかなり時間を要しそうだ。リヴェリアの言う通り今から急いで読んだとしても日暮れまで掛かりそうなボリュームだ。

 

フィンは苦笑を浮かべながら無言で本を掴み、席を立ち上がる。

 

「儂も行くかの。ベートを引っ張って鍛錬に付き合ってもらうか…、それとも今日は休みにするか…」

 

ブツブツ呟きながらガレスも立ち上がってフィンに続いて食堂を去っていく。ガレスの呟きを耳に捉えたリヴェリアは背を向けた大男に「ほどほどにしておけよ」と声を掛ける。返事は返って来なかったが。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

「あー…。暇だー…」

 

「モルドラから報告来たけど…やっぱり自分の目で見ないとなー」

 

「…んー」

 

「やっぱり、ちょっと覗きに行こうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4

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|д゚)ノ

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季節による気温の変化がほとんどなく、更に基本晴れの日が続くオラリオだが、今日は珍しく空は雲に覆われ陽が見えない。しかし天気は関係なく、オラリオの賑わいは変わらない。その中で、アイズ達ロキファミリア紅一点は北のメインストリートを歩いていた。服飾店が並ぶ大きな通りを歩く人達の視線を大いに集める事には気付かず、ただ自身が楽しむために、会話に華を咲かせながら。

 

「んー…、ムシムシする~。何で今日こんな天気になるかな~…」

 

「仕方ないでしょ。毎日晴れな訳じゃないんだから」

 

「いや、そうだけどさー…」

 

天を見上げながら愚痴るティオナの表情は今の天気と同じく晴れていない。そんなティオナを諫めるティオネだが、ティオネもまたティオナと同じ心情でいた。昨日から楽しみにしていた今日の休日。ヒリュテ姉妹だけじゃない、二人と一緒に歩くレフィーヤも、アイズも今日という日を楽しみにしていた。だが、今日の天気はそんな彼女等の心情とは真逆の物となってしまった。

 

「でもティオナさんの気持ち解ります。昨日までずっと晴れてたのに…」

 

「ねぇ~。晴れじゃない日なんていつぶりだっけ」

 

先程も言ったがあまり天候の変化がないオラリオ。普通、年中温暖な地域は天気が崩れる日も多いはずなのだが何故かオラリオはその例から漏れていた。ただでさえ少ない雨が、ここ最近はめっきり降らず太陽が機嫌よく光を齎す日が続いていた。

 

そんな日が続いていたからこそ、自分達が取った休日のその日に天気が悪くなったことにティオナは機嫌を悪くしていた。

 

「…まあ私も同じ気持ちだけどね。でも明日にずらす事も出来ないし、どうしようもないわ」

 

「むー…」

 

完全に割り切った態度のティオネを頬を膨らませながら軽く睨むティオナ。何やら明日は大事な用がある風に言ったティオネだが、その用の正体はダンジョンに潜るフィンのお供だ。別に下層まで潜る訳ではないためお供など必要ないのだが、そこは恋する乙女。そんな細かい事は関係ないのである。

 

「行かないの?」

 

こんな事を言って割り切った風のティオネではあるがそれでも今日の天気は恨めしいらしく、ティオナと一緒に上空を睨んでいる。そんな二人の前に立つアイズが振り返った体勢のまま口を開いた。空を見上げていた二人が顔を下げ、二人を見ていたレフィーヤも前を向いて無表情のまま三人を見つめるアイズに視線を向けた。

 

「そうね。ここでグチグチ話してる間に雨が降ったらそれこそ悔やみ切れないわ」

 

「ティオネさんの言う通りですよ!行きましょうアイズさん、ティオナさん!」

 

ティオネが一つ息を吐いてからそう言うと、レフィーヤがそれに続いて口を開いた。

残るティオナは三人の視線を受け、僅かに気まずそうな表情を浮かべるとその直後、勢いよく両腕を振り上げながら叫んだ。

 

「別に行かないなんて言ってないもん!こうなったら雲全部吹き飛ばすくらい楽しんでやるから!」

 

「それは無理」

 

三人の言葉を受けて吹っ切れた様子のティオナのぶっ飛んだ発言に冷静なツッコミを入れるティオネ、そんな二人を苦笑を浮かべながら眺めるレフィーヤ。彼女等を眺めている内、アイズの端正な顔に微かに笑みが浮かんだ。

 

普段はダンジョンに籠ってモンスターと戦い倒しのアイズも年頃の女の子だ。こうして休みの日に友人と一緒に遊びに出掛ける事が楽しくないはずがない。年頃の女の子だからこそ一つだけ残念な事もあるのだが。

 

「アイズさん、どうしたんですか?」

 

「…?なにが?」

 

「いえ、ちょっと…。何と言ったら良いのか解らないんですけど…」

 

ひょこっとアイズの視界に入り込んできたレフィーヤがこちらの顔を覗き込みながら声を掛けてきた。いきなりどうした、と問われてもどういう意図の質問なのか解らないアイズは何も答えられずつい質問で聞き返してしまう。レフィーヤは困った様子で眉を寄せ、どうこたえようか考え込む。

 

すると、レフィーヤにティオネが歩み寄るとその肩に手を乗せニヤリと笑みを浮かべ横目でアイズを見た。

 

「レフィーヤ、気にしなくても大丈夫よ。一緒に来なかったあいつの事でも考えてたんでしょ?」

 

「っ」

 

あっさりとティオネに考えていた事を見抜かれ息を呑む。そんなアイズの様子に図星だと感付いたティオネが更に笑みを深めた。

 

「ふーん…?私達がいるのにアルトがいなきゃアイズは寂しいんだ」

 

「えー!?そうなのー!?じゃあ今からアルト呼びに行くー?」

 

ティオネは本気でアイズを責めてる訳ではなかった。ただアイズの珍しい様子に少し悪戯心が擽られ、ちょっと揶揄おうとしただけだった。だが天然なアイズにその言葉は少し効き過ぎた。ティオナの意図しない追撃もあり、アイズの表情は一気に沈んでいった。

 

「あ、アイズさん!?」

 

ずーん、と効果音が聞こえてきそうなアイズの様子にレフィーヤは慌て、ティオネはしまったと掌を額に当て、ティオナはよく解らず首を傾げる。

 

「ご、ごめんアイズ。冗談、冗談だから。本気でそんな事思って言った訳じゃないから」

 

「え?アルトを連れて来なくていいの?」

 

アイズ以上の天然ぶりを発揮するティオナに「黙ってなさい」という冷ややかなツッコミが浴びせた後、ティオネがアイズと向き合う。

 

「ティオネ…」

 

「あー、そんな顔しないで!気分悪くして言ったんじゃないの。ただの冗談だから、ね?」

 

「何か親子みたーい。アイズとティオネ」

 

まるで子をあやす親の様にアイズに言い聞かせるティオネ。そんな様子を見て率直な感想を口にするティオナ。ティオネが溜め息を吐きながらティオネに振り返り、何か言おうと口を開いたその時、カッ、とティオネの両目が見開かれた。

 

「アイズが私の子供…、つまり私が母親…、父親は団長!?」

 

「ごめんティオネ、今までで一番意味が解らない」

 

今度はティオナがツッコミをする番だった。それもこれまでのティオナ以上に冷たいツッコみを。いつもならこういったティオネのフィン関係による暴走は適当に流しているティオナだったがさすがに今回はツッコミを入れざるを得なかった。それ程までに、今のティオネはぶっ飛んでいた。

 

「…待って。アイズとアルトはもう兄妹みたいなもの。私と団長の子供が二人!?」

 

「て、ティオネさん。少し落ち着いて…」

 

「レフィーヤ、放っといていーよ。ていうかティオネは置いてもう行かない?」

 

「それはひどいですよティオナさん…」

 

まだかな?とアイズが思い始めてからティオネが復活するまで十分程の時間を要した。その間ぶーたれるティオナをアイズとレフィーヤが抑えていた。復活したティオネと一緒に四人は再び歩みを進める。

 

どこへ行こうかという目的地は決めていない。ただ、誰もが今日は楽しい日になると確信していた。誰も、疑う事もしなかった。

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

本当なら今頃、部屋でグータラしてたはずなのになー。

不測の事態に陥りオフの予定だった今日という日をダンジョンで過ごす羽目になった俺は今、両手に双剣を握り、周りを囲むモンスターを斬り刻んでいた。

 

犬型のモンスターヘルハウンド、兎型のモンスターアルミラージ。襲い掛かって来るモンスターを容赦なく斬り伏せながら二本の剣の切れ味を確かめる。椿さんの仕事を疑ってる訳じゃないが、それと武器の状態を確認しないのは別の話だ。むしろ信じてるから武器の状態確認してませんの方が椿さんの気に触れるだろうし。

 

しかしその確認も昨日の今日でするつもりはなかった。くそ…、あの女子組の買い物さえ…いや、誘われさえしなきゃ…。俺が少し時間をずらして食堂に行っていれば…ちくしょうめっ。

 

今からでも予定変更して帰ろうか?いやでもどうせ誰かが帰る俺を見てアイズ達に伝わるんだろうな。そうなったら後が怖い。間違いなくティオナとティオネの報復を受ける。…いや、一応モンスターは倒し訳で、剣の切れ味も今のところ問題ないと確認した訳で。なら嘘を吐いた事にはならないのでは?…うん。やめとこう。そんな屁理屈が通じる相手じゃない。もう少し潜って、戻るのはゴライアスを倒してからにしとこう。

 

大人しくあらかじめ考えていた通りゴライアスで試し斬りをする事に決める。そしてこの思考の中でもモンスターを斬る手は止めない。ていうかやけにモンスターの数が多い気がするのは気のせいか。モンスターに好かれる(笑)せいで普通よりも襲われる回数が俺だが、それにしてもいつもより多い気がする。

 

「…こいつら」

 

これまではただ無感動に相手を斬るだけだった。特にどう動こうとかは考えず、無意識で戦うだけでもこの層にいるモンスターに対して事足りていた。だからこそ気を引き締め、モンスターと向き合った時、どこか様子がおかしい事にようやく気が付いた。

 

殺気がない…?

いつもならひしひしと感じられる殺気が今襲い掛かってくるモンスターの集団から全く伝わって来ない。無感情なモンスターに戸惑いを覚えながらも剣を振るう。

 

やがて襲い来るモンスターの勢いが弱まるのを感じ、視線を部屋の奥へ向け、巡らせる。モンスターの数は確実に減っていた。再び意識を襲い掛かって来るモンスター達へと向けた、その時だった。突然、モンスター達の動きが止まった。

 

「っ──────!」

 

それと同時に俺は、剣を一文字に振るう。直後、耳障りな金属音が鳴り響いた。

 

斬撃を防がれた、と同時に斬撃を防いだ相手と鍔迫り合いが始まる。

 

視線が交じり合う。吸い込まれそうな深紅の瞳だ。どこまでも、光のない瞳だった。

真っ黒いローブに身を包み、目深に被ったフードが顔を隠しているがその不気味なほど紅い目だけはハッキリと見えた。

 

深紅の瞳の男が笑みを浮かべた。

 

「何者だ」

 

「随分なご挨拶じゃないか。いきなり刃物を向けるどころか斬りかかって来るとは」

 

「質問に答えろ!」

 

笑みを浮かべた男に問いを掛けるが、飄々とした笑顔のまま男は質問に答えない。

 

大声で怒鳴る。今、俺は全力で剣に力を込めている。その力を受けて尚平然と笑っていられるこいつは少なくともレベル5以上。だが、こいつの存在に気付いたのはつい先程。つまりさっきまで、こいつの気配に全く気付けなかったのだ。

 

客観的に考えてほしい。レベル5の冒険者が気付けない程の隠蔽技術。その技術に特化していると考えれば話は簡単だが、俺と鍔迫り合いをしている時点でそれはない。つまり、間違いなくこの男は少なくともレベル6以上の力を持っている。

 

しかしどうもそれだけとは思えない。何と言い表せば良いのか解らないが…、レベルという範疇を越えた何かと言えばいいのか。そういった説明できない何かがある。男からひしひしと感じる威圧感はフィンのような身を刺すようなものとも、オッタルのような身を圧し潰すようなものとも違う。不気味、奇特、そう言い表すしかない威圧感が不気味に思えて仕方なかった。

 

「…まだ発展途上、といったところか。接触するのはまだ早かったか?いや、だからこそ…なのか」

 

「…何を言っている」

 

こちらの質問に答える様子は全くなく、笑みを崩さぬまま男は何やら呟いている。

その呟きの意味は解らない。ただ、この男は俺を狙ってここに来た、という事だけは読み取れた。

 

「そう殺気立つな。…と、言っても無駄なのだろうが」

 

自分の世界に籠っていた男が意識をこちらに向けた。瞬間、全身に奔る寒気。体が僅かに震える。

 

「事を荒立てるつもりはない。…私はな」

 

「何を…っ」

 

再び、突如現れた気配。二度目という事もありすぐに反応、動く事が出来た。男がいる方とは真逆、バックステップで男と距離をとりつつ、男と現れた気配の主の両者を同時に目視できる場所まで下がる。

 

少年なのか、少女なのか、すぐに判断できなかった。いや、今でも正直判断しかねている。真っ黒な髪、真っ黒な瞳、高くシャープな鼻に真っ赤な唇。男と同じ黒いローブを身に纏ってはいるが、フードを被ってないおかげで顔は確認できた。

 

ただの子供だ。傍から見れば。冒険者としてどうするべきか、決まっている。この子供を連れて地上に戻るべきだ。だが、できない。してはいけない。俺の勘が強くそう叫んでいた。

 

子供の目が俺の視線を捉える。男と同じ、いや、それ以上に真っ黒に渦巻く闇の瞳が俺の動きを封じる。

 

動きたい、動けない

 

逃げたい、逃げられない

 

もう見たくない、目を逸らせない

 

何もできない俺に子供が一歩ずつ、ゆっくりと近づいてくる。

 

「あぁ…」

 

俺を見上げる目が見開かれる。不気味なほど赤い唇の両端が吊り上がる。

子供は吐息と共に声を漏らす。吊り上がった唇の間から食い縛る白い歯が見えた。

 

何がそんなに嬉しいのか、何がそんなに笑えるのか。

 

視界の端で、子供の歓喜の様子に反応しているように、ダンジョンの壁が大きく波打っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

「ようやく…、また会えたね。ログリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は一週間以内に投稿したいな


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5

一週間は無理でした








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

ギルドの地下神殿で、神は慄いた。体を震わせ、目を見開く。

 

「ウラノス?」

 

黒衣の従者が主神の異変に気付き、問いかける。

 

「馬鹿な…、何故…。何故、奴が…」

 

だが老神は反応しない。わなわなと手を震わせながら、焦点の合わない目のまま何かを呟く。

 

「ウラノス。ウラノス!」

 

その様子に只事ではないと悟った従者は躊躇いを振り切り、階段を上り頂の座椅子の傍らに立ち、老神の肩を揺する。皺の入った手の震えは止まり、繰り返し何故と呟く口の動きも止まる。従者の声が、手が、老神の意識を呼び戻す。

 

「…すまない」

 

「いい。だが、何があった」

 

「…」

 

再び問いかけるが、老神は何も答えない。

 

数秒の沈黙、その後に老神の口が開いた。

 

 

 

 

「…フレイヤ様?」

 

「…オッタル。今すぐにダンジョンに向かいなさい。手遅れになる前に」

 

同時刻、白亜の巨塔でも老神と同じく異変を察知した者が。

 

「まずい…。でも、どうして…?」

 

武具の店が並ぶ大通りにある工房で。

 

「…さすがにまずくないかな?いくら何でも」

 

都市の中央から離れた館で。

 

以前、似た事件が起こった。あの時のオラリオの神々は様々な反応を示した。

ある者は呆れ、ある者は苛立った。だが今回はそれとは違う。誰もが驚愕し、恐怖している。

 

「あかん…。さすがにこれは考えてなかった…!」

 

そしてここ、黄昏の館にいる神もまた当然、異変を感じ取っていた。

地下から伝わる波を感知した途端、持っていたグラスを落とし、それを気にも留めず部屋から飛び出し巨塔が見える窓に齧り付いた。

 

窓から覗く街並みにはいつもと変わらない人々の賑わいがあった。しかし今のロキにはそれは見えない。今のロキに見えるのは白亜の巨塔、正確には巨塔が立つ大地というべきか。

 

「誰や…。あいつを解き放った馬鹿は!」

 

怒鳴っても仕方ない事は解っている。それでも、怒鳴るしかなかった。今すぐにでもその馬鹿を殴り飛ばしてやりたい衝動を抑えながら、これからどうするべきか思考を働かせる。

 

「ウラノスは…っ」

 

まず最初に浮かんだのはギルドの主神。この異常を彼が悟っているのは疑いようはないが、問題はその異常に対しどういう対処を行うか。その懸念を抱いた直後、外から建物の中にいてもハッキリと聞こえる鐘の音が響いた。これは緊急事態が起きた事を報せる音色。

 

『緊急警報です!オラリオに所属する全ファミリアはこれよりギルドの指揮下に入ってください!』

 

音色が響き渡る中、それでもハッキリと聞こえる魔石製品の拡声器から鳴る声。

 

『市民、及び冒険者のダンジョンの侵入を禁止します!各ファミリアはギルドの指示が出るまでホームで待機してください!繰り返します!』

 

「…せやな。それが正しい判断や」

 

次いで出されたギルドからの指示にロキは一度頷いた。

 

待機、これがギルドの主神として出した判断。しかしすぐに全冒険者にダンジョン侵入の指示が出されるだろう。この事態を隠し通す事などできるはずもなく、かといって冒険者の、人の手を借りず解決する事もできはしない。

 

「隠し事は、するもんやないな…」

 

こうなると知っていれば何を言われようと他の神々に全てを話し、協力を仰ぐべきだったか。…いや、それでも結果は変わらなかったかもしれない。まさか自らあの封印を解く輩が出るとは思わなかったが、封印の力も弱まり始めていた。

 

遅かれ早かれ、こうなる事は避けられなかったのかもしれない。

 

さて、変わらない過去をいつまでも悔いてはいられない。アルト救出のため、事件解決のためにどうするべきか、考えなければならないのはそれだ。といっても、ロキに出来る事は限られているのだが。

 

「ロキ!」

 

背後から呼ぶ声。振り返った先にはフィン、リヴェリア、ガレスの三人とそれに続いてベートがこちらに駆けてくる姿が見えた。鐘の音を聞いてやって来たのか。それとも、何か用があって来る途中、鐘の音を聞いたのか。

 

「丁度いいとこに来た。今、探しに行こう思てたとこや」

 

この際どちらでもいい。今はそれどころではない。

ロキは体を振り返らせ、フィン達と向かい合った。

 

「ロキ、これは一体…」

 

「時間がないんや」

 

「…ロキ?」

 

何か言いたげにフィンはロキを見上げている。だがロキはフィンの言葉を遮った。

フィン達が何を言いたいのか、何を聞きたいのか、それは解っている。ただ、それに答えている時間は正直ない。

 

「今すぐにアイズ達と合流して、レフィーヤだけは館に戻してからダンジョンに向こうとくれ」

 

「ダンジョンに…?ギルドからは待機と命じられたが?」

 

ロキの指示に疑問を唱えたのはリヴェリアだ。

先程の警報を聞いている以上、ダンジョンで何かが起きているという事はリヴェリア達は悟っているはずだ。だが、その何かまでは解っていない。だからこそ彼らは慎重になっている。

 

その判断も正しい。何も知らない状態での前に進むという選択は愚か以外の何物でもない。それでも、今すぐに愚かな道を選ばなければ間に合わなくなる恐れがある。

 

もう、隠している暇なんてない。

 

「この事態の中心に、アルトがおるはずや」

 

「なっ…」

 

「アルトじゃと…?確かに今日、ダンジョンに潜るとは言っておったが」

 

ロキの口から出てきたアルトの名を聞き、フィン達がそれぞれ驚きの表情を浮かべる。

 

「だが、どうしてアルトが関わってると思うんだい?そうと決まった訳じゃ…」

 

「決まっとる」

 

再びフィンの言葉を遮り、そして断言するロキに視線が集まる。

 

 

「あいつの狙いは、間違いなくアルトや」

 

 

 

 

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 

 

 

リヴェリア、ガレスと共にメインストリートをバベルの方へと下るフィン。もう一人ロキの指示を受けたベートにはアイズ達との合流を命じた。アイズ達と合流した後、レフィーヤをホームに帰してからダンジョンに来るだろう。

 

ギルドの警報から十五分程経っているか、まだストリートを歩く、又は走る人達は多い。すれ違う人がホームとは逆方向へ走るフィン達を戸惑いの様子で見ているのが解る。時に話しかけようとする人もちらほら見えたが、構わず駆け抜ける。

 

「フィン」

 

背後からリヴェリアの呼ぶ声。

 

「ロキの様子、どう思う」

 

フィンが返事を返す前に再びリヴェリアの声。返事がなくとも声がフィンに届いていると解っていたのか。

 

「…只事ではなさそうだね。あんなロキは初めて見たから」

 

脳裏に館を出る自分達を見送るロキの表情が浮かぶ。いつもの余裕ある笑みとは違う、見た事のない深い焦りを浮かべていた。だからこそ思う。今起こっているであろう何かは、とんでもなく大きな事なのだと。

 

「アルトだけじゃない。もしかしたら、僕達…オラリオに住む人達も巻き込むような…」

 

「そうじゃとしたら、急がねばの」

 

白亜の巨塔バベル。オラリオの中心に位置する塔はかつて、最初に地上に降りた神々によって破壊された塔が新たに地上に降りた神々によって再建された塔。モンスターが巣食うダンジョンの蓋の役割を担うと共に、地上に聳える階層には様々な店が立ち並び、この塔に本拠を構えるファミリアもある。

 

いつもは人が絶えず行き来する賑やかなバベルも、今は塔に入る人もおらず静まり返っていた。ダンジョン入り口に辿り着いたフィン達は下へ降りる階段の前に、底の見えない闇の前に立ち止まる。

 

ダンジョンに降りる多くの冒険者が今は全くいないからだろうか。冒険者の喧騒がなく静まり返っているからだろうか。いや、それだけじゃない。初めて、ダンジョンを前にして不気味だと感じた。冒険者最強の一角、レベル6であるフィン達が、だ。

 

「っ…」

 

フィンが階段の下、ダンジョンの中に意識を向ける。それと同時、フィンは思わず親指の先を噛む。

 

「フィン、どうした」

 

フィンの様子にガレスが気付き、問いかけた。ガレスの声を聞いたリヴェリアもすぐに親指を噛むフィンに気付く。

 

「疼く。今までで一番」

 

フィンのその一言を耳にした二人が大きく息を吐く。

 

「やはりの。フィンほど鋭くない儂でも解るわい。この中で、尋常じゃない何かが渦巻いてる事がな」

 

長い顎鬚を撫でながら言うガレスと、目を細めて闇を睨むリヴェリア。

 

「…急ごう」

 

フィンが親指を離し、小さな声で言う。フィンの背後でリヴェリアとガレスが頷いてから、三人は闇の中へと足を踏み入れようとした。

 

「─────────────」

 

三人が同時に振り返る。背後から…いや、これは外からだろうか。耳を劈く咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

突如警報が響き渡ったのは黄昏の館から出かけて一時間経ったか否かの頃だった。

ギルドの指示に疑問を感じながらも、とりあえず従う事にし、本拠に向かって歩く途中で

アイズ達はベートと会った。ベートから事情を聞き、言う通りにレフィーヤを本拠へ帰し、アイズ達はベートと共にダンジョンへと向かう。

 

北地区を抜けようかと、その時から灰色の空から雨が降り出した。雨の雫に体を濡らしながらも走るアイズの中で過る不安。ベートが言うには、ダンジョンに潜っているアルトリウスが危ないとロキが言っていたらしい。焦燥がアイズの足を速める。

 

「っ」

 

アイズのペースが上がった直後、不意にベートが足を止めた。それに気付いたアイズ達も足が止まり、振り返る。

 

「ちょっとベート、何してるの?」

 

「…」

 

ティオナが空を見上げるベートに問いかける。だがベートは答えず、口を開かぬまま空を仰ぎ続ける。

 

「ベート?」

 

立ち止まったベートに当初苛立ちを見せていたティオネだったが、ベートの様子に怪訝な表情へと変わる。

 

「…」

 

そしてそれはアイズも同じだった。今こうしている間にもアルトに危機が迫っているかもしれない状況で、ベートの停止にアイズは苛立っていた。だがベートから感じる何かを警戒する空気と、一流冒険者の尋常ならざる聴力が捉えた奇妙な音にその怒りは流された。

 

規則的に鳴るその音は次第に大きくなっていく。

これは…羽音?

 

「アイズも気付いたか。…近づいて来てやがる」

 

「近づいて、って…。何が…」

 

ォ──────

 

たった今、聞こえて来たのはアイズが捉えた羽音ではなく声。そしてアイズとベートだけではなく、ティオネとティオナもまたその声を聞き捉えていた。

 

「なに、今の…」

 

「声、みたいね…」

 

ォォォ──────

 

再び、今度は先程よりも大きく。

間違いない、この声と羽音の主はここに近づいて来ている。即座に警戒の体勢をとるアイズ達。

 

ォォォォォ──────

 

オオォォォォォ──────

 

更に接近してくる何か。高鳴る心音。

アイズの胸の中で沸き上がり、覆っていく黒い何か。

 

フラッシュバックする。周りで燃え上がる炎。目の前で立つ青年。泣いている自分。

 

 

 

 

──────アイズはこの声を、知っていた。

 

 

 

 

強い風がアイズ達を覆う。長い髪が靡き、視界を塞ぐ。苛立たし気に、雑に手で髪を払い、視界を横切った黒い影を追う。

 

黒い影は白亜の巨塔の周りを飛び回る。かと思えば不意にその場で止まり、ホバリングを始める。

 

「何よ、あれ…」

 

愕然とするティオネが声を漏らす。ティオナもベートも、驚愕に目を見開き、その場から動けずにいた。ただ一人、アイズだけが三人とは違う面持ちでそれを睨みつけていた。

 

オオオオオオオオオオオオオオ───────────

 

大きく翼を広げ雄叫びを上げる、その名は黒龍。

絶大な威圧感を以て突如、かつて最強のファミリアを滅ぼした魔物が姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




目標
今度こそ一週間以内に投稿


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6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいるのは小さな子供だ。俺よりも小さく、体も細い子供。だが、視線を交わすだけで感じ取ってしまった。

 

自分とは違う。こいつは人ではない。生命として圧倒的にレベルが違う。

 

神の力(アルカナム)

向けられたり浴びたりした事は一度もない。だが、全身に纏わりつく()()がそうなのだと思い知る。この地上に住む誰もが持つ事を許されない、天上に存在する神々のみが有する絶対の力。

 

リヴェリアの授業では、この地上で神の力(アルカナム)を解放する事は禁じられていると聞いていた。そんな規定、この神にとっては関係ないのだろう。満面の笑みで、容赦なく、人外の圧を向けてくる。

 

呼吸すら許されない中で、そいつは小さく頷いたかと思うと口を開いた。

 

「…うん、いいね。失禁する子もたくさんいたけど、君は違うようで安心したよ」

 

途端、全身を縛り付けるような感覚が消えて体が軽くなる。大きく呼吸し、異常に高鳴る心臓を落ち着かせる。

 

「散々期待させておいてただの腰抜けだったら、つまんないもんね」

 

良かった良かった、と言葉通り本当に安心するようにニコニコ笑っている。さっきまでの緊張感が嘘の様に空気が弛緩する。それでも警戒を緩めない。緩める事が出来ない。

 

「さて、と。今日の所は顔を見るだけのつもりだったけど…」

 

両手を組み、体を伸ばしながら横目でこちらを見る。

 

「ちょっと、遊びたくなってきたかな」

 

片手を腰に当てると、謎の子供はこちらから視線を外し、これまでのやり取りを黙って見ていたもう一人の男と視線を交わす。

 

「相変わらず気まぐれだな、主神よ」

 

「しょうがないじゃん。性分なんだし。それに…、これが僕の存在意義なんだからさ」

 

主神、確かに男はそう言った。つまり、男はこの子供の神を主神としたファミリアに所属しているという事か。この、得体の知れない、異常な奴の。

 

「あっはは、ひどいなぁ~。まあそりゃ、君からすれば確かに僕なんてその通りだけどさ」

 

俺の心中を読んだそいつが無邪気に笑う。本当にただの子供にしか見えない。ここがダンジョンの中で、今も僅かに身を包むあの感覚の余韻さえなければ。

 

「先程、事を荒立てるつもりはないと言ったばかりなのだが」

 

「あ~、確かに言ってたね~。じゃあやっぱり帰る?」

 

「…ふっ」

 

小さく笑う声。ローブから覗く口元が歪んでいる。

 

男は歩き出し、主神の前に立ちはだかるようにこちらと対峙する。

 

空気が冷たくなる。男の口元は笑ったままにも関わらず、周囲の空気が緊張感に満ちていく。

 

「あんたら…、何者だ」

 

嗤う男に問いをかけると、男の顔から笑みが消え、何かを考えるように手を口元に当てた。

 

「何者…か。一言で言い表すなら、悪者だ」

 

「…ふざけてるのか」

 

真面目に答えてるようには思えない。怒りを込めて言い返すと、男は目を丸くして侵害だと言わんばかりの表情を見せた。

 

「ふざける?まさか。私は大真面目だよ。私達はただの悪者だ」

 

男は大袈裟に両腕を広げ、さらに続ける。

 

意味が解らない。別に悪者という言葉の意味が解らないんじゃない。ただ、悪者という一言だけでは結局こいつらが何者なのかという答えは得られなかった。

 

そんな俺の混乱に気付いたのかそれとも否か、男は俺にとって信じられない言葉を口にした。

 

「君の村を襲った男が、悪者じゃないはずがなかろう?」

 

「っ!?」

 

驚きに目を見開く俺を見て、面白げに深く口元を歪める。

 

「お前…が…?」

 

「そうだ」

 

「皆を…、爺ちゃんを…?」

 

「あぁ。私が君の村を襲い、村人を、シリウス・キルヴェストルを殺した」

 

胸に満ちる驚愕が薄れていく。その代わりに沸々と沸き上がってくるのは怒り。

 

皆を殺した仇を討とうとか、そういう風に思った事はなかった。何故なら、今までずっと村を襲ったのは人ではなく、モンスターだと思っていたから。だけどそれは勘違いだった。何故気付かなかったのだろう。あの爺ちゃんが、村周辺に出てくるモンスターなんかにどれだけ囲まれようとも、殺されるはずはなかった。

 

「お…まえ…が…」

 

熱い。さっきはあれほど全身が冷たく、寒いと感じたのに。今は全身が燃えるように熱い。ふと拳に痛みが奔る。その痛みでようやく、両手を力一杯握り締めていた事に気付く。ぬめりと指先に液体が触れた感覚。爪が刺さり、血が流れているのだろうか。だが、全く気にならない。痛みも、流れ出る血も。そんなのどうでもいい。

 

「みんなを…おまえが…──────」

 

「そうとも。私が殺した。…つまらなかったぞ?弱い者苛めをしているようで」

 

「なんだと…」

 

つまらなかった、だと?つまらなかったと言ったか、こいつは今。皆を…、皆を殺しておきながら、つまらなかったと言ったのか。

 

「命を…人の命を、お前は何だと…!」

 

「…やがて朽ちる物だ。私があの時殺さなくとも、やがて死んでいた。早いか遅いか、それだけの問題だ」

 

「ふざけるな!」

 

今まで出会ってきたどの冒険者ともこの男は何かが違う。そう感じていた。

 

何が違うのか、ようやく解った。こいつは人の命を何とも思っていない。だから異質な雰囲気を纏っていたのだ。通常の冒険者とは…、いや、普通の人間とは根本的に違う。

 

「お前が来さえしなければ、まだ生きていられた人がたくさんいた!それをお前は!」

 

「あぁ…。確かに私が行かなければ、村人はまだ生きていられただろうな。…だから何だ?」

 

「は?」

 

無意識に呆けた声を漏らす。何を言っているんだ、こいつは。

 

「さっきも言ったはずだ、私は悪者だと。悪、悪なのだよ。人を生かすという善を犯したいとは思わんし、その理由もない」

 

「…なにを」

 

「人を殺す、それは悪だ。解る、解るとも。だが、私は悪を成さずにはいられないのだよ」

 

男は嗤う。

 

ようやく男の言う悪者の意味が解った気がする。要するに、普通の人間と真逆なのだ。普通の人間が善と感じている事がこいつにとっては悪。普通の人間が空くと感じている事がこいつにとっては善。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、この男は俺達と全く真逆の価値観を持ってしまったのだ。この世界にとっての普通がどちらなのか、それを解っていながら変えようともせず、真逆の価値観を持ち続けて。

 

「…もういい」

 

「ん?」

 

「もういい。もう何も言わなくてもいい。…お前は、お前らは、ここで──────」

 

両手に握る双剣を構える。男は俺の握る双剣を目にすると、どこか懐かしそうに目を細めた。

 

「シリウスから受け継いだか」

 

男も一度収めていた長剣を鞘から抜く。一度一文字に振るってから、その切っ先を俺に向ける。

 

もう語る事などない。語ったところで意味はない。その必要性を感じない。俺はこいつの言葉を理解できないし、したくもない。奴も同じだろう。後はもう、ぶつかり合うだけ。

 

「やれやれ。悪いけどここは任せるよ。邪魔者がこっちに来てるみたいだ」

 

「…別に良いが、」

 

「大丈夫。ちゃんと護衛は着けてくよ。下からも呼んでるし、危なくなったら逃げるから」

 

剣を向け合う中、主神が溜め息を吐きながらその場から離れていく。

 

誰かが来る…、フィン達か?いや、今は考えるな。集中しろ。ほんの少しでも隙を見せれば、間違いなく──────

 

「っ──────」

 

主神の姿が見えなくなった途端、男の姿が消える。背後から空気を切り裂く音を聞いた気がした。それは勘に任せたに等しい、振り返り、二本の刃を重ねて振るう。

 

金属音が響く。三本の剣がぶつかり合った音。ぎゃりぎゃりと耳障りな音を立てながらそれぞれの刃が接した場所から火花が散る。

 

こちらは二本、相手は一本。持っている武器の数ではない。力を込めている腕の数。

相手は片腕のみで力を込めているのに対し、こちらは両腕を駆使しても押し込まれないようにするので精一杯だ。相手の方が余裕がある。

 

「ぐっ──────」

 

視界の端でもう一方の、剣を握っていない方の手が握られるのが見えた。迫る拳を避けようと体を翻…そうとしたところで相手から伝わる力がさらに重くなる。もしやと思っていたが、やはり片腕でも全力ではなかったらしい。引こうとすれば確実に押し込まれる。かといってこちらが押し込む事は間違いなく不可能。

 

拳を頬に受ける。それでも首を捻り、衝撃を少しでも逸らす。

身体が後ろに流れ、体勢が崩れる。その隙を当然見逃してくれるはずもなく、男の剣の切っ先が迫る。

 

「顕現せよっ」

 

今から防御の体勢をとっても間に合わない。なら、盾を作る。詠唱式を唱え、目の前に壁を生み出す。男の目がその壁を捉え、それでも構わず勢いは衰えず、剣は突き出され、魔力の壁と激突する。

 

瞬間、目を瞠る。突き出された剣は魔力の壁を貫き、なお迫り、鮮血が飛ぶ。

 

「…ほぉ。そこから急所は回避するか」

 

狙われたのは胸、貫いたのは左肩。ギリギリ回避が間に合ったのは、魔力の壁が僅かながら剣戟を鈍らせたからか。即座に左肩から剣を抜き、その場から後退する。

 

男は追って来ない。刃に付いた血を払い、貫かれた肩を抑える俺をじっと見る。

 

「動きから見るに、レベルは5。たかが二年でよくここまで磨き上げたものだ」

 

感心したように言う男には何も答えない。答える余裕はない。男の一挙一足のみに集中する。

 

「…語る言葉などない、か」

 

男は小さく微笑してから、その場から姿を消した。

まただ。さっきと同じく背後から…いや、今度は…、

 

「やる」

 

「ちっ!」

 

背後ではなく、下からの突き上げ。首を傾けて突きを回避してから、左手で男の剣を握る右手を弾き、一方の右腕を振り下ろす。直後、男の左腕がぶれた、かと思えば一瞬で男の左手が俺の右手首を掴んでいた。振り下ろしが止められ、力による押し合いが始まる。

 

だがステータス的に劣っているのは俺。このまま素直に押し合いをしていても待っているのは死だというのは初めの腕二本と腕一本による力比べで実感している。

 

「顕現せよ」

 

ならどうするか。力比べなどしなければいい。不利な土俵にこちらから乗り込む必要など微塵もない。詠唱式を唱え、魔力を顕現。男の両手首を二重の輪が拘束する。

 

「ほぅ」

 

拘束された男は俺の手を離すと拳を握る。明らかに力を込めている。拘束が破壊される前に片を付ける。全速を以て男の懐に飛び込み、心臓目掛けて刃を突き立てる。

 

「いい魔法の使い方だ。だが、甘い」

 

「っ!?」

 

男の胸を貫く前に、防がれる。突き出された切っ先は、男の剣の面を捉えて動きを止めていた。甘い、か。確かに甘かったかもしれない。もし、拘束を二重ではなく三重にしていたら…いや、考えても仕方ない。こちらにはまだもう一方の腕が、剣が残ってる。力強く握り締め、その剣を振り下ろす…事はしない。これはさっきと同じシチュエーションだ。ここで剣を振るってもまた抑えられるだけ。その後に待っているのは勝ち目のない力比べだ。もしそうなれば、再び逃れるすべはない。同じ手が通じる相手ではないだろう。さっきので駄目なら、今度は三重にするというそんな甘い考えは通用しない。

 

男の腕がぶれる。こちらはまだ剣を振っていない。俺を力比べに、不利な土俵に引き込もうとする。その前に右腕を引き戻し後退、男から距離をとる。しかし直後、今度は男が逃げる俺を追いかける。

 

男が剣を振るう。刃を返し、剣の面で剣戟を防ぐ、だけでなく相手からの力を受け流す。ただ防ぐだけじゃ力比べに持ち込まれる。相手の攻撃を受けるのではなく、相手の攻撃から逃げる。だが逃げるだけでは勝ち目があるはずもなく。男の攻撃を受け流し続ける内に次第に体勢が苦しくなっていく。

 

「なに…」

 

更に押し込んでくる男が不意にこちらから視線を外した。それと同時に一瞬、男の動きが止まる。見逃してなるものか。一転して攻勢、男の懐に潜り込む。こちらから一瞬とはいえ視線を外した男の反応が僅かに遅れる。

 

さて、ここで質問だ。これまでの戦い、時間にしては五分も満たない時間だがその間、男は果たして本気で戦っていただろうか。答えは否だ。男のレベルは少なくとも6、もしかすればそれ以上の可能性もある。そんな俺が何故、魔法の力もあったとはいえ互角に戦えていたのか。答えは簡単だ。手加減されていたからだ。

 

男に何があったのかは知らないが一瞬、男の意識は俺から逸れた。そして俺はその隙を突いた。不意を突かれた男が次にどうするか。その答えも簡単だ。

 

自身に掛けていた枷を外す。

 

「ぐっ…ふ…!?」

 

何が起こったのか解らなかった。何も見えなかった。ただ気付いた時には、体は宙に浮いていた。身動きが取れず、受け身も出来ず背中が床に叩きつけられる。

 

「ぐ…くっ…」

 

激痛が奔る。その元は腹部。視線を下ろし、その源を見るが血は流れているようには見えない。痛みで感覚が鈍っているため当てにはならないが、血が流れる感触もない。なら、剣で斬られたり貫かれたりされた訳じゃない。視線を上げ、正面にいる男を見る。

 

足が上がっていた。体勢を見るに、蹴られた、という事なのだろう。たかが蹴り、されど蹴りだ。ステータスがかけ離れていれば、蹴られただけで致命傷にもなり得る。

 

男は足を下ろすと、更なる追撃を仕掛ける様子も見せず天井を見上げた。

 

「予想以上に早い到着だな…。そこまで飢えているか」

 

「なに、を…」

 

何を言っている、そう問いかけようとした。だが腹部の激痛に邪魔をされて上手く声が出せない。いつもの様に動かす事の出来ない体に鞭を打ち、たった蹴りの一撃でここまでダメージを受けた事に戦慄しながらも体を起こし、もう一度口を開こうとした、その時だった。

 

開きかけた口を閉じ、天上を見上げる。何だ、今のは。空気が震えた。何かが聞こえた。

両手両足に力を込め、立ち上がる。が、両足だけで立ち続ける事が出来ず、剣を床に突き立てて杖代わりにする。そんな俺を男が横目で見遣り、再び天井を見上げる。

 

その直後、再び聞こえてくる。今度はさっきのよりも強く。

 

「これは…咆哮…?」

 

何処から聞こえているのかは定かじゃない。だがどこからにしろ、ダンジョンの厚い壁を通して聞こえてくるこの咆哮の大きさは半端じゃない。

 

「ふっ…。どうやら、入れずに苛立っているようだな。もう少し放っておくのも面白そうか」

 

「入れず…だと」

 

入れず、それはどこにだ。決まっている。このダンジョンにだ。なら、この咆哮を発している何かは外にいる事になる。

 

「アイズ…!」

 

今日、ダンジョンに潜らずオフの日にしていたアイズは今頃地上にいるはずだ。アイズだけではない。レフィーヤも、ティオネもティオナも、ベートも、ファミリアのほとんどの者が地上にいる筈だ。彼らはどうなった。無事なのか。

 

「さて、仕切り直しといくとしよう」

 

焦燥に駆られる俺の意識が戻る。天井を見上げていた男がいつの間にかこちらに意識を戻していた。

 

「戻りたいか?仲間が心配か?なら戻るがいい。…そんな貴様を、私は全力で阻止するがな」

 

「お前…!」

 

男が嗤う。

楽しんでやがる。この状況を。

 

「善を成したいのなら悪を打ち倒してみせろ!」

 

「また…、また、俺から奪う気かぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

奪われる。大切な人達を、また。こいつに。こいつなんかに!

 

踏み込むは同時。ぶつかり合う剣。

 

直後、強く打つ胸の鼓動に今の俺は気付く事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




越えられない一週間の壁…。

というか何だこれは…。ここまでおぞましいキャラにするつもりはなかったのに…。

ま、いっか。(やけくそ)
こんくらいで丁度いいでしょ、むしろ予定の方がキャラ的に甘かったんだ。(錯乱)

原作前ラストの章、まだまだ続きまっせ。ノシ


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7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如上空から舞い降りた巨竜は塔の周りから動かない。時折、何かを呼ぶように方向を上げながら周りを飛び回る事はあっても、塔から離れようとはしていなかった。その黒く巨大な姿は街全体から見えているだろう。かつて、オラリオ最大派閥であった二つのファミリアを滅ぼした、怪物。

 

「黒龍…だと…!?」

 

「なんで…。今まで、オラリオに近づいた事があるなんて聞いた事ないのに!」

 

ベートとティオナが目を瞠り、驚きに声を上げる。

 

「さっきの警報は…、こいつがここに近づいて来てたから…?」

 

そしてティオネが空を舞うソレを睨みながら、何故ここに黒龍が現れたのか予想を立てる。

その発言に反応を示したのは意外にもベートだった。

 

「…おい、冗談じゃねぇ。なら、あいつがここに来た理由は」

 

瞳を揺らし、信じられないと言わんばかりに黒龍を見上げながらベートはさらに続けた。

 

アルトリウス、と。

 

「アルト…?」

 

ベートの一言を耳にしたアイズが、黒龍への憎しみも忘れ、ゆっくりとベートへと振り向いた。

 

「アルトって…。何でそうなるのよ。黒龍とアルトに何の関係が…」

 

「知るかよそんなもの。ただ、ロキが言ってたんだよ。今起きてる事の中心にアルトがいるってな」

 

「ちょっと!そんな大事な事、何で最初に教えてくれないの!?」

 

「るっせえなァ!」

 

ロキが、言った?アルトリウスが、中心にいる?なら…、もし、ティオネの言う通り、殺気の警報が黒龍の接近によるものだとしたら…。

 

「でももし、ベートの言う通りだとしたら…、こいつの狙いは!」

 

「だが解せねぇ。ロキはダンジョンに行けっつったんだぞ」

 

「…黒龍からアルトを守るのなら、外で待ち構えればいい。それに…」

 

見上げる先には動きを見せない黒龍。もしアルトリウスを狙っているのなら何故動こうとしないのか。確かにダンジョンへの入り口は黒龍が入り込める大きさではないが、入ろうと思えば無理やりにでも入れる力が黒龍にはあるはずだ。それをしないのは何故なのか。

 

「ここにおったか!」

 

視界の外から声がし、思考が途切れる。視線を向けると、そこにはこちらに駆け寄って来るリヴェリアとガレスの姿が。

 

「リヴェリア!ガレス!」

 

ティオナが歓喜の声を上げる。正直どうするべきか途方に暮れていた所だ。この二人の存在は今のアイズ達にとって光明ともいえるものだった。

 

「これは…、黒龍か?」

 

「どこから見てもそうにしか見えんのぉ。やれやれ、何が起こっておるんだか…」

 

冒険者を長く続けてきた二人にとってもさすがに黒龍を目にするのは、ましてや黒龍がオラリオに来るなど初めてだ。動揺が表情に表れ、隠しきれていない。

 

「あの…団長は?」

 

「フィンなら、ダンジョンに潜っている。アルトの事も気掛かりだからな」

 

今この場にいないフィンはアルトを、リヴェリアとガレスは外の様子を確認するという事か。しかしさすがにこんな事態になっているなど思いもしなかっただろう。

 

「…アイズ」

 

「…うん、解ってる」

 

大丈夫だ。リヴェリアに言われなくとも解っている。ここで黒龍と戦う、それがどういう事か。だからここはぐっと耐える。黒龍が動きを見せるまでは様子見に徹する。そう、自分の心に言い聞かせる。衝動的に飛び出しそうになる足を必死に抑える。

 

「ダンジョンの様子がおかしい上に黒龍か。こりゃ、ワシらの想像を超えるような何かが起こっておるようじゃの」

 

「言われずとも解っている。だが、その何かとは…」

 

「あはは、ごめんねー?こんな大騒ぎにするつもりはなかったんだけどねー」

 

その声は、あまりにも突然に聞こえて来た。全員が同時に振り返った先に立っていたのは黒いローブを纏った小さな子供。

子供はけらけらと面白そうに笑いながら警戒度を全開まで上げたアイズ達を眺めていた。

 

「子供…?何者だ、貴様」

 

「貴様って…、もうちょっと柔らかい言い方出来ない?これでも僕、姿は子供なんだけどなー」

 

飄々としたその態度からは明らかにただの子供とは思えない雰囲気が漂う。

 

「…匂いがねぇ」

 

そんな中、全員の中で位置的に後方にいたベートが小さく呟いた。

 

「なに…?」

 

「匂いがしねぇ。…こいつ、ここにはいねぇ」

 

聞き返したリヴェリアにベートが今度はハッキリとした声で言った。その声が聞こえたのか、子供が目を丸くする。

 

「…なるほど。君は狼人(ウェアウルフ)か。ま、別にバレたって関係ないんだけどね」

 

ベートに感心するように言うと、異様な気配を発する子供はアイズ達から視線を外して空を見上げる。子供の視線の先には塔の周りを飛び回っていた黒龍が未だその場に留まっていた。だが、これまでにアイズ達が見てきた黒龍とは僅かに格好が違う。

 

ずっと、何かを探しているかの様に塔の周りを飛び回っていた黒龍は今、こちらを見下ろしていた。いや、違う。黒龍が見ているのは自分達ではない。目の前にいる、子供──────

 

「グォォォォォォオオオオオオオオオオ─────────」

 

翼を広げ、天に向かって咆哮を上げる。その姿が喜んでいる様に見えるのは気のせいか。

 

「ずっと待ってたんだね、僕の帰りを」

 

黒龍の雄叫びに、子供が歓喜の笑みを以て返事を返す。一歩一歩、ゆっくりと黒龍の真下に向かって歩き出す子供の背中をアイズ達は眺める事しかできなかった。両足に杭が打たれたように、その場から動く事が出来なかった。

 

「でも駄目じゃないか、まだ完全には力が戻っていないのに。僕がここに来なきゃ死んでたよ?」

 

それはまるで、親が子を宥め言い聞かせてるかの様。

 

子供と黒龍。傍から見れば圧倒的に黒龍が強者だ。そのはずだ。

 

だというのに、アイズにはどうしても子供の方が強大で、黒龍を飼い慣らしてるようにしか見えなかった。

 

「さあ、帰るんだ。あの子達と同じように、君まで死なせる訳にはいかないからね」

 

子供が手を差し伸べると、その手に向かって黒龍がゆっくりと降下する。そして地面に両足を着けると、まるで甘えるように顔を子供の掌に擦り付けた。そこには最強の怪物としての、覇者としての威圧感はなく、ただ親に甘える子の姿があるだけだった。

 

子供も微笑みながら黒龍の顔を撫で、満足したのか黒龍は不意に顔を手から離してそのまま飛び立っていった。飛び立った黒龍をしばらくの間、子供は見つめ、不意にアイズ達へと視線を戻した。

 

「驚かせてごめんね。まあ、あの子もまだ甘え盛りだからさ、許してやってよ」

 

もう訳が解らなかった。何だそれは。それでは、まるで本当に、あの黒龍の親の様ではないか。

 

「何者だ…。お前は、一体…」

 

「何者、ね。うーん…、僕の子の言葉を借りて言うなら…」

 

悪者、かな──────

 

「ふざけおって…」

 

「…やっぱり同じファミリアだね。反応が全く一緒だ」

 

目尻を吊り上げるガレスを見ると、子供は何とも面白そうに嗤う。

 

何がそこまで面白いのだろう。何故、そんなに楽しそうなのだろう。

 

本当にただ子供が無邪気に笑っているように見えて、それがどうしようもなく恐ろしい。

 

「…団長君がいないね。彼が団員を見捨てるとは思えないけど…、あぁ、なるほど。もう()()()にいるのか」

 

「っ、貴様っ」

 

リヴェリアの肩がぴくりと震えた。直後、焦った様子で声を上げた。

その声には反応せず、子供は額に手を当て、何かを考えているようだった。

 

この間に攻撃を仕掛けるべきか。だがあの姿は恐らく幻影。何らかの魔法でそこに居るように見せかけているだけだ。ならば何もせず、少しでも情報を引き出すべきか。

 

「んー、ごめんね。もう少し君達と話してみたかったけど、どうもそうはいかないらしい」

 

だがそんなアイズ達の思惑に反し、子供はあっさりとこちらに背を向けた。

 

「まさかフレイヤまで動くとは…。相当あの子に入れ込んでるみたいだね。まあ、渡すつもりはないけど」

 

──────消えていく…!?

 

何の前触れも起きなかったせいで、子供の体が透け始めている事に気付くのに時間が掛かった。気付いた時にはもう、はっきりと子供の体を通して向こう側の景色が見えるまでになっていた。

 

「まてっ!」

 

「安心して。今回は特に誰も殺すつもりはないから」

 

「…安心できる要素なぞどこにもないのぅ。結局、貴様は何をしに来たんじゃ」

 

そう、問題はそこだ。子供の姿をしたあの怪物が、黒龍を飼い慣らす化物が、何のためにオラリオに来たのか。

 

ガレスの問いかけに動きを止めた怪物はゆっくりと振り返り、こう言い残して消えて行った。

 

「様子を見に来たんだよ。殺したいほど愛しいひとの子の」

 

 

 

 

 

 

その姿が見えなくなっても、しばらくその場から動けなかった。全身が縛り付けられる感覚がずっと消えないでいた。

 

「…行こう。アルトとフィンが心配だ」

 

一番最初に正気を取り戻したリヴェリアの声に引かれるように、アイズ達もようやく正気を取り戻す。縛り付けられる感覚が解かれ、身体に自由が戻る。

 

「くそ…。何だったんだ、あいつは」

 

「解らん。…だが、ロキが言ってた事と照らし合わせれば、奴がアルトを狙って来たと容易に推測できる」

 

「…謎もまだ多いがな。じゃが考えても埒が明かん。ともかくダンジョンに行くぞ」

 

今は思考を放棄する。それよりもするべき事が、大事な事があるから。

 

アイズ達は一斉に、白亜の巨塔に向かって駆け出した。

 

 

 

 

 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 

 

 

 

アイズ達が黒龍を見上げていたその頃、ダンジョンへと入ったフィンは全速力で下層を目指していた。

 

(…アルトは今頃十…、いや、もっと下に潜ってるか)

 

アルトリウスが館を出た時刻から、ダンジョンへ入った時刻を予想。そして現在の時刻から今のアルトリウスの位置を予測する。とはいえこの予測はハッキリとしない曖昧なもの。館から出て真っ直ぐダンジョンに向かったとは限らないし、今のダンジョンの様子からアルトリウスが順調に下層に潜っていったとも限らない。

 

ダンジョンの中に入ったフィンを待っていたのは、波打つ壁と異常に暴れるモンスター達だった。フィンがオラリオに来て冒険者となり、ダンジョンへ潜るようになってから今まで見た事のない光景だった。壁が波打つ様はまるで鼓動の様で。何かに駆られるようにダンジョン中を走るモンスターの様子は明らかに異常で。本当に冒険者になりたての頃以来だった。ダンジョン上層で、僅かにでも恐怖心を抱いたのは。しかしそれでも、上層のモンスターはフィンにとって取るに足らない存在。襲い来るモンスターを即座に討ち払いながらフィンは駆けた。

 

下へ潜るごとに壁の波は激しさを増し、モンスターの苛烈さも同様に凄まじくなっていく。リヴェリアとガレスはアイズ達と合流できただろうか。あの咆哮の正体は何だったのだろうか。そんな長としての気遣いをする余裕は少しずつ奪われていく。一心不乱に槍を振るいモンスターを薙ぎ、先を進む。そうしてどれ程時が経っただろう。ふと気付けば自分の息が乱れていた。全力で走っていたせいもあるだろうが、それでも上層で自分が息を乱しているという事実にフィンは驚く。

 

十二階層に辿り着いた。鼓動の様だった波はすでにそんな面影はなく、引っ切り無しに揺れている。だが不思議な事にモンスターとの遭遇回数は減っていた。それどころかこの一つ上の十一階層では一度もモンスターとの戦闘は起こらなかった。それまではまるで仇討ちと言わんばかりに襲い掛かって来たというのに。

 

何かが起きているというのはダンジョンに潜る以前から解り切っている事だったが、その正体に自分が近づいているという事を改めて確信する。そして──────

 

「あらら、随分とお早いご到着で」

 

突然背後から聞こえて来た声が、この声の主が元凶だとフィンは即座に直感した。

槍を抜き、その場から離れて体を反転。声の主と対面する。

 

体格は自分とあまり変わらない。むしろあちらの方が小さいようにも見える。だが全身から発せられる異様な空気が否応なしにフィンの警戒レベルを引き上げる。

 

「ホント、早すぎるよ。一応時間稼ぎはさせたつもりだったんだけど…。さすが勇者(ブレイバー)。さすがに上層の子達じゃ歯が立たなかったか」

 

笑みを浮かべる目の前の存在が、人ではないとフィンはすぐに察した。そして今ダンジョン内で起きているこの現象、前に似た事件があったのをフィンは同時に思い出した。その時の原因はダンジョン内に神が侵入した事だった。なら、目の前にいるこれは──────

 

「ダンジョン内に神が入る事は禁じられている。それを知らずにいるのなら、すぐにここから去れ」

 

「…一瞬で僕の正体に気付くんだ。まあ、別に神威を隠してる訳でもないけどさ。それでも君の仲間達はなかなか気付かなかったんだよ?」

 

他の仲間達が気付かないのも無理はない。この少年の気配は、神威は、あまりに悍まし過ぎる。似た気配を持つ神もいたが、格が違うと言わざるを得ない。比べ物にならない。

 

だが、仲間達とはどういう事だ。この奥にいるだろうアルトリウスなら先に会っていてもおかしくはないが、達、というこの一言の意が解らない。

 

「君よりも先に、地上に送った分身が君の仲間達と会ったんだよ。ちょっと想定外の事が起こってね。あぁ、大丈夫。それはもう解決したよ。君の仲間達も無事だ」

 

想定外。ダンジョンに入る前に聞こえて来た咆哮、その主の事だろうか。その想定外とはこの神と敵対する何者かなのか、はたまた別の可能性か。それにリヴェリア達が無事、というのも果たして本当なのか判断がつかない。

 

「…まあ、信じられないよね。君の大切な仲間を襲う奴の事なんか」

 

「っ…、や…」

 

「見つけたぞ」

 

やはり、と目の前の神を問い質そうとしたその時。フィンでもなく、目の前の神でもない、第三者の声が空間内に響いた。振り返り、そこに立つ男の姿を見て、フィンは驚きを隠せず目を見開いた。

 

「オッタル…!?」

 

そこに立っていたのは、オラリオ唯一のLv.7、最強の冒険者。フレイヤファミリア団長、オッタル。

 

「何故、君がここに…」

 

オッタルはフィンに一瞬視線を向けてからすぐに神へと戻し、フィンの隣で立ち止まる。

 

「正直、君が勇者(ブレイバー)の後にダンジョンに入ってきた時は驚いたよ。あのフレイヤが一人の人間にここまで執心するなんてね」

 

「…そうか。君は、フレイヤの指示でアルトを」

 

「…」

 

神の言葉にも、フィンの言葉にも答えず、オッタルは無言のまま背中の大剣を抜く。

 

「少し気が早くないかな?気にならない?僕がどうして、アルトリウスを狙ってるのか、とか」

 

「そんな事はどうでもいい。語る事など何もない。ここは通らせてもらう」

 

「…はぁぁぁ」

 

オッタルの慈悲もない宣告に、掌を額に当てながら大袈裟に溜め息を吐く。俯きながら軽く首を横に振っている。前髪に隠れ、表情が見えない。

 

「まだ通すつもりはないよ。あの子の真価を見れていないからね」

 

再びその視線がフィンとオッタルに向けられた時、無意識にフィンは戦闘態勢をとらされた。オッタルも大剣を構え、切っ先を向けている。

 

「しばらくの間、君達にはここにいてもらうよ。僕の目的が果たされるまでね」

 

その言葉は、まるで合図だった。

直後、壁の波が更に荒立つ。と思えば、突如床が揺れ始めた。

 

「さて、と…。ここにいちゃ危ないから、僕は行くよ」

 

「なっ…、ま…」

 

突然現れ、大きな何かを残し、そしてその神は消えて行った。どこへ行ったのか。そんなのは想像に難くない。あのまま帰るとは思えない。行先は間違いなく、アルトリウスの所だ。

 

「…先を急ぎたいところだが、そうもいかんようだぞ。勇者(ブレイバー)

 

「なに…?」

 

アルトリウスがいるであろう更なる奥地へ駆け出そうとするフィンに、オッタルが待ったをかけた。立ち止まり、視線を上げてオッタルを見上げる。

 

オッタルの視線は、下を向いていた。

 

「っ!」

 

正確には、ダンジョンの床に奔った亀裂をオッタルは見ていた。揺れに耐え切れず奔った、と判断しかけたフィンはすぐにそうではないと考え直す。

 

亀裂の間に何かが見えた。

 

骨だ。亀裂の両側を、巨大な紫紺の骨の両手が掴んでいた。骨の両手は亀裂をもっと広げようとしているようだ。

 

何かが、ここに登ってこようとしている。フィンもオッタルも、すぐにそう悟った。

 

「■■■■■■■■■■■■■──────────」

 

二人が認識してから一瞬の出来事だった。亀裂が突然一気に広がり、そこから巨大な影が飛び上がった。

 

絶叫を上げながら降りて来たのは骸骨の巨身。通常ならば漆黒に染まっているはずの全身は打って変わって、紫紺に染まっている。

 

「ウダイオス…なのか…!?」

 

《ウダイオス》

三十七階層の迷宮の孤王(モンスターレックス)で、通常ならば下半身が地面に埋め込まれているモンスターだ。だが今、目の前にいるウダイオスは両足を持ち、両手を一緒に四本でその地面に確かに立っている。

 

「くっ…」

 

本当に、何が起こっているのか。この異常なウダイオスの出現も、あの神の仕業なのか。

思考を働かせようとするフィンを余所に、ウダイオスは動き出した。

 

ないはずの両足を動かし、こちらに駆け出した。

 

多くの疑問と懸念を残しながら、この事件最大の戦闘が今、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の話のまとめ

黒龍「よっしゃ出番きたああああああいくぜえええええええ!」

神「めっ!帰りなさい!」

黒龍「(´・ω・`)」

オッタル「久々の出番ktkr」

フィン「真面目にやれ」

骨「神様死すべし…誰やねんお前ら」







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8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

削ぎ落とす──────

 

削ぎ落とす──────

 

床が揺れている──────いらない

 

壁が波打っている──────いらない

 

上から物音が聞こえる──────いらない

 

どこからか視線が向けられている──────いらない

 

不必要な情報は全て削ぎ落とせ。目の前の敵を打ち倒すために必要な情報だけ掬いとれ。それを基に、動きを最適化させろ。

 

相手の斬撃を弾き、拳を避け、タイミングを計って反撃するも防がれ、そうして幾合打ち合っただろう。すでに体はボロボロで、胸のアーマープレートは欠け、衣服は所々切られ破れている。一方の奴は全くの無傷だ。一太刀も入れられないどころか、そのローブにすら未だ触れる事すらできない。

 

本来ならば有利なのはこちらのはずだ。相手の得物は細身の剣一本。一方のこちらは二本、その上魔法で手数を更に増やす事も出来る。しかしその要素を簡単に吹き飛ばす、ステイタスという絶対的な力の差。斬撃は弾かれ、魔力の弾丸は砕かれる。今、この体の中にある力全てを振り絞っても届かない。

 

なら、やるしかない。今で駄目なら一秒先で、それでも駄目なら十秒先で、その間に吸収しろ。記憶の中の強者から、目の前の強者から。そして切り捨てろ。自分の中に染み付いた不要な動きを、無駄な力を。

 

「む──────」

 

腕が浮いた、その隙を逃さず男の左胸、心臓がある場所へ刃を突き入れる。

 

視界から男の姿が消える。だが動いた方向は見えた。視線をすぐにそちらに向ける。

 

捉えたのは男の姿、そして首元に迫る刃。

 

「顕現せよ」

 

詠唱式を唱え、迫る刃と首の間に魔力の塊を出す。魔力の塊に一瞬阻まれた刃は塊を砕き、尚も迫る。だが、阻まれたその一瞬の遅れの間に割り込ませた刀身が、間一髪のタイミングで受け止める。

 

「っ!」

 

直後、息を呑んだ男が左へステップ、その場から離脱する。

 

先程の詠唱式。顕現させたのは首元にだけじゃなかった。男の背後、円錐の針を同時に顕現させていた。

 

今まで複数の塊を顕現させることは出来たが、それは飽くまで自身の視界の範囲内限定だった。視界を閉じた状態での魔力顕現を行う練習はこれまで何度もしてきたが、成功したのは数えるほどだった。まず魔力顕現とはどの座標に顕現させるか固定し、顕現させる魔力の量を掬い、集めた魔力を形成するという工程を経て至る。自身の死角への魔力顕現では、最初の工程を行うのが途轍もなく難しいのだ。だというのに、この緊迫した状況で、成功すると微塵も疑う事無く試みる事が出来た。

 

そしてその試みが功を奏する。

 

ステップした男に追い縋る。男は正面から迫る俺に対して防御の体勢をとるが、一瞬で行動を切り替えて再び左へステップした。振るった剣は空を切り、もう一方の剣を振り上げる。

 

剣戟を交わす。何度も、何度も。その中で魔力顕現で隙を作ろうと試みるも全て凌がれる。

 

刃がぶつかり合う金属音が、床が破壊され炸裂音が響く。

 

渡り合える。

戦いが始まってすぐはあれほど翻弄され、痛め付けられていたが今は剣戟の応酬に持ち込めるまでになった。自分が高まっていくのが、研ぎ澄まされていくのが解る。

 

上段からの振り下ろしを左の剣で()()()()()。相手の刃を弾いてから右の剣を胸目掛けて突き出す。半身になって躱される。弾かれた剣を返し、左から薙ぎ払いが来る。

 

「顕現せよ」

 

膝を僅かに曲げながら詠唱式を唱える。斬撃の軌道上に魔力の塊を、円錐型で配置する。

 

「っ」

 

男の目が見開かれる。男が振るった剣は円錐型の塊とぶつかり合うと、その形に添って軌道が逸らされた。僅か頭上を横切っていく剣を視認してから、右腕を振るい、振り切られた男の剣と自身の剣をぶつける。

 

剣を振り切った男の腕にさらにこちらから力を掛けた。結果、男の体勢が初めて崩れる。初めて男が見せた隙と言い切れる隙を逃さず、懐へ潜りこむ。首を巻いた左腕に力を込め、大きく振りかぶる。男が後方に逃げようとするが、間に合わない。間に合わせて堪るか。

 

狙うは首。どれだけステイタスが掛け離れていようと、相手が生物である以上急所への攻撃が効かない筈はない。

 

殺った

 

俺はこの時そう思った。この展開は間違いなく相手の油断が要因だ。全力で掛かられていたら成す術なく斬られていただろう。それでも勝ちだ。どんな要因であれ、生き残った俺の勝ちだ。そう確信しながら放った俺の斬撃は―――――――――

 

 

 

 

どこからともなく現れた影によって阻まれた。

 

 

 

 

「は―――――――――」

 

視界を覆う黒。何の穢れもない、純粋な黒。

それが、男の首に迫った刃を防いでいた。

 

「なん…っ」

 

何だ、これは。

疑問が口から出る直前に我に返り、左腕を引き戻し同時に後方へと下がる。

 

顔を上げて男の位置を見ると、まだその場から動いていなかった。男を守った黒い影は突然、ぐにぐにと形を変え、球体となって男の背後を浮遊し始めた。直後、先程は打ち消した疑問が再び浮かぶ。

 

あれは、何だ。浮遊する球体は男の周りをゆっくりと回っている。まるで、男に付き従っているかのように。…いや、ようにじゃない。現に付き従っているのだ。あれは男に従い、男を守る物。正体は解らないが、俺の魔法と少し似ている。

 

あの謎の球体は男の意志に従って形を変え、男を守る盾となる。

そして俺の魔法は空気中の魔力の残滓を従えるもの。

 

「――――――――――」

 

そこまで考えたその時、男が構え、姿を消す。床を踏む音が背後から聞こえて来たのはその直後。即座に反転し、相手の斬撃と自身の斬撃をぶつけ合う。

 

目にも留まらぬ速度で連撃を繰り出す男に対し、こちらはついていくだけで精一杯だ。反撃の隙は勿論、それを作る試みに移る事すらできない。

 

先程、俺はこの男が格上故の僅かな慢心を突いて追い詰めた。だが今、男の顔つきは先程までとはまるで違っている。俺の行動を面白がっていた男の顔は引き締まり、俺を確かな一人の敵として見据えている。

 

「しっ―――――――――」

 

「くっ…!」

 

まるで時間が巻き戻ったかのようだ。戦いが始まった当初、男が圧倒し、こちらが翻弄されるだけだった状況へ。

 

男の剣戟をこちらが双剣という数の利を駆使して何とか凌いでいるものの、全く反撃ができない。【顕現】でこの状況を崩そうと考えてはいるが、実行にまで辿り着けない。この翻弄されている状況の中で、演算ができない。

 

魔法が使えないとなると展開されるのは剣技のぶつかり合い。しかしこちらは切り札が切れない状態に対し、相手はいつでも切り札を切ってこちらを追い込める。さっきまでは相手の剣戟に集中していればよかった。だが今は、注意を向けなければならない物が一つ増えてしまった。

 

全神経を集中させてようやく保てていた均衡が崩れていく。相手は初めて使用して見せてから魔法は使っていない。視界に一瞬ちらつく黒い塊に、深く、研ぎ澄まされた集中が乱される。

 

「――――――――」

 

無理な体勢から形振り構わずその場から後退して距離をとり、追撃してこなかった男を睨む。戦いの中、男が全力は出していないだろうとは解っていた。だが今はどうなのだろう。果たしてあれは奴の全力なのか。手の内の一つを出させたのは間違いないだろうが。

 

「……ふぅ―――」

 

呼吸を整え、双剣を構える。男はこちらを見据えたまま動かない。

 

対峙していると、本当にこの男は何をしたいのか解らなくなってくる。戦いっている時は本気で殺すための攻撃をしてくるにも関わらず、こうしてこちらが体勢を立て直すのを待っていたり。さっきも、無理な体勢のまま後退したその時、追撃されていたらどうなっていたか。冷静な頭で考え、悟る。恐らく死んでいた。

 

二年前、初めてオッタルと刃を交わした時と似ている。あの時、オッタルはフレイヤの命令で俺を殺そうとはしなかった。なら…、こいつはどうなんだ。あの主神の命令で手を抜いているのか。

 

「来ないのか?」

 

男が問いかけて来る。思考を切り、集中を相手に向ける。

 

男の周りでは未だに黒い塊が浮遊している。まだこちらの斬撃を防いだ以外に使用されてはいないが、いつ形を変えて襲わせてくるか解らない。相手の剣戟を捌きながら黒い塊の奇襲にも注意を向ける。

 

…いや。本当にそれだけか?俺に出来る事は。もう一度考えろ。俺の手にある力で、もっと最善の手があるんじゃないのか?

 

「来ないのなら、こちらから行くぞ」

 

「っ!」

 

正面に剣を振り被る男。対してこちらは双剣を交差させて迎え撃つ他ない。

 

振り下ろされた剣と交差した剣がぶつかり合う。両腕に伸し掛かる重み。明らかに先程よりもその重さは増していた。両腕から伝わった重さが両足へ、そしてそれに耐え切れず地面が陥没する。

 

「くっ!?」

 

苦悶の声が漏れたと同時、体勢が崩れ、片膝が地面に付く。

 

男は剣に力を加えたままその場から動かない。このまま脳天から俺を切り裂くつもりか。

 

それなら、こちらも一つ、反撃させてもらう事にする。

 

座標を固定し、空気中から適量を掬い、そして形を整える。

 

「顕現せよっ」

 

「っ」

 

男の剣を防いだまま、詠唱式を唱える。男は俺の視線が自身に向いていない事に気付き、振り返る。瞬間、男から伝わる力が僅かに弱まった。両腕に力を一杯に込め、男の剣を押し返してから後退。

 

自分の背後で何が起こったか、それを確認した男はこちらを向く。動揺は全く感じられない。そう、動揺する必要などないのだ。格上はあっち、格下はこっち。本来は隔絶し難い力の差があるのだから。しかしこちらにはその力の差を覆す手がある。そのためにまずは、相手の魔法を封じる必要があった。

 

男の背後、浮遊を続ける黒い塊を囲む箱は俺が作り出した物だ。奴は顕現した魔力を壊すほどの力を持っているが、そんな余裕は与えない。大きく息を吐き、気を落ち着かせてから男に向かって疾駆する。

 

一方の剣を振り上げた直後、男も剣を振り下ろす。二つの剣がぶつかり合う前に、もう一方の剣を突き出す。

 

こうして剣戟をぶつけ合うのは何度目だろうか。再び連続で鳴り響く金属音。もう長い時間は掛けられない。残された道はここで一気に勝負をつける事。あの塊を抑えられているとはいえ、長い戦いを経て圧倒的に消耗しているのは俺だ。体力的にも、精神的にも、神経をすり減らせた体は重く、傷がついた箇所が悲鳴を上げる。

 

「…正直、ここまでとは思っていなかった」

 

剣戟を打ち合う中で、ふと男が何かを呟いたのが聞こえた。

 

「二年。たった二年で、よくぞここまで磨き上げたものだ」

 

交錯する。その途中で、男の表情が目に入った。

 

男は、笑っていた。

 

「な―――――――っ!?」

 

その直後だった。右肩に鋭い痛みが奔ったのは。

相手に斬られた訳じゃない。男が握っている剣はそこにある。交差した二本の剣と切り結んでいる。なら、何が。

 

「っ」

 

頭の中からすっかり抜けていた。そうだ、何度も実感したじゃないか。なのにどうして、俺はこんな明らかな油断をしてしまったのか。相手は圧倒的な格上だ。俺の魔法を破壊する力の持ち主だって、そう考えたじゃないか。

 

どうして、()()は俺の魔法を打ち破れないと、そう定めてしまったんだ。

 

振り返った視線の先。

そこには、顕現させた魔力の塊ごと俺の肩を貫いた黒い塊が静かに浮遊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




格上相手に油断するという愚行極まりない行為を犯してしまった、アルトリウスの運命は如何に。


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9

二か月…。二か月も経ってるのか…。
時の流れが物凄く早く感じる今日この頃…。(遠い目)

はい、遅れてすみませんでした。最低限月一投稿は守らねばと思いながら気付けばさらにもう一か月空いてました。これからも亀更新が続くかも分かりませんが、どうぞお付き合いの程をよろしくお願いします。








 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通常のウダイオス相手ならば、そう手古摺る事なく撃破する事が出来ただろう。ロキファミリア団長、Lv.6《勇者(ブレイバー)》フィンとフレイヤファミリア団長、Lv.7《猛者(おうじゃ)》オッタル。この二人を相手取り、打ち倒す事が出来る者はそうはいない。恐らくは、かの三大モンスターくらいものだろう。

 

だが今、二人の目の前にいるのは常識では計れない怪物。迷宮の根源によって強化された暴王。紫紺のウダイオスはフロアを縦横無尽に駆け回り、必殺の刃を以て勇者と猛者に襲い掛かる。

 

二槍、《フォルティア・スピア》と《スピア・ローラン》。勇者の名に恥じない槍を手に、暴れ回るウダイオスを相手に立ち回るフィン。できる事ならば、オッタルと連携を図ってウダイオスを相手取りたい所なのだが、それができないでいた。オッタル自身にその気がない、というのもそれができない理由の一つではある。しかしそれ以上に、そんな余裕がない。

 

通常のウダイオスはまず、下半身が地面に埋もれているために動けない。だが、目の前の紫紺のウダイオスはその例に当てはまらず、地中の呪縛から解き放たれている。そして何より、単純に通常種とは比べ物にならない破壊力が脅威だ。

 

「っぉ…!」

 

「なっ…!?」

 

その証明はたった今、振るわれたウダイオスの片腕に押し負けるオッタルの姿で成されている。オラリオ最強の二つ名を引き継いでから、どんな相手に対してでも押し負けないと謳われたオッタルが大きく吹き飛ばされ、背後の壁に激突した。

 

(どうする…!)

 

正直な所、手詰まりだ。この場に仲間達がいればまだしも、今はフィンとオッタルの二人しかいない。せめて、奴にダメージを入れられる魔法職が一人でもこの場にいれば違っていたのだが。

 

(…奴は、地上の問題は解決したと言っていた)

 

その言葉を信じるならば、何かしらの重傷を負っていない限りリヴェリア達は今頃ここに向かって来ているはずだ。いつここに辿り着くかは解らないが、彼らを頼りにするしかないだろう。

 

「っ!」

 

オッタルを吹き飛ばしたウダイオスが、ぐるりと視線をフィンに向ける。直後、骨の暴王はたった数歩で数十メートルは離れていたフィンとの距離をゼロにした。

 

「くっ…!」

 

フィンはステイタスの数値上、筋力、耐久には優れていない。むしろ弱みと言っていい。そんなフィンが、オッタルですら耐えられなかったウダイオスの怪力に掛かればどうなるか、想像するのは難くない。ならばフィンが取れる選択肢は一つ、回避のみ。

 

回避した先は後方。通常種が相手ならばこれで距離をとる事が出来るのだが、この紫紺のウダイオスは――――――

 

「■■■■■■■■■――――――――――」

 

解き放たれた両足で一瞬で距離を詰めて来る。

 

この紫紺のウダイオスと通常種のウダイオスとの大きな違いは何度も言うが、下半身が地中に埋もれているかそうでないかだ。自由に両足を動かせるのは脅威だがただ一つ、通常種のウダイオスより劣っているというべきか、抜け落ちた能力がある。

 

通常種のウダイオスは下半身が埋もれていると言ったが、それは少し語弊がある。正確には、通常種のウダイオスは下半身が存在しない。埋もれた下半身に相当する骨はウダイオスが存在する部屋中に、大樹のごとく張り巡らされている。ウダイオスは地中に埋まった骨を操り、地上へ出現させる事ができるのだ。

 

地中という、絶対の死角から繰り出される攻撃は高レベルの冒険者にとっても脅威だ。

だが、形成された下半身を露出させている紫紺のウダイオスにはその攻撃は不可能。

紫紺のウダイオスが通常種のウダイオスより脅威だという事実は変わらないが、足元を警戒する必要はないというのはフィンにとって安堵を与えるものだった。

 

(だからといって、状況が好転する訳じゃないけどね…)

 

むしろ、自由に動き回るこの紫紺のウダイオスの方が今のフィンにとっては脅威だ。フィンにとって懸念だったのは、注意を分散させなければならないのか、という事。通常種ならば動けないから良いものの、紫紺のウダイオスは動き回る。その上、足元にも注意を向けなければならないとなれば、肝が冷えるどころではなかった。

 

とはいえ、懸念材料が一つ消えただけ。フィンの心の内通り、状況が好転する訳ではない。オッタルを超える怪力に、縦横無尽に部屋中を駆け巡る走力。その何れもが、これまでフィンが対峙してきたモンスター達から一線を画していた。

 

「―――――――――」

 

ウダイオスの左腕が横合いから迫る。狙いは首元。僅かに膝を曲げ、体勢を低くし一文字に振るわれる斬撃を躱す。頭上を骨の刃が過ぎ去っていくのを感じながら、フィンは金の穂先を突き出す。が、槍を握る手に伝わって来たのは敵を貫いた感触ではなく、硬い何かを叩いた感触。

 

(素の状態じゃ歯が立たないかっ)

 

自身の無力さに歯を噛み締める。しかし悔しさに身を震わす暇はなく、フィンはすぐさま槍を引き戻して後退。直後、先程までフィンが立っていた場所を骨の刃が横切り、風圧がフィンを襲う。頬に僅かな痛みが奔り、視界の端で赤い鮮血が微かに飛び散ったのが見えた。

 

風圧だけで、耐久に優れてはいないとはいえLv.6の体に傷をつけるその威力に改めて戦慄する。そして、胸に刻み込む。あの怪物の攻撃は、掠っただけでも致命傷を受けるだろう、と。

 

「っ」

 

両者動かず、互いに睨み合う中フィンの背後からドン、と小さな爆発音が響く。その音が、意識を取り戻したオッタルが床を蹴った音だと悟ったのは直後、フィンの傍らを通り抜き、紫紺のウダイオスに向かって疾駆する巨漢の背を見た時だった。

 

その巨体からは信じられない、あのアイズでさえもあわやというスピードでウダイオスに向かっていくオッタルだが、頭蓋骨に穿たれた二つの穴の中で光る瞳は、確かにオッタルを捉えていた。

 

「っ、ちぃっ!」

 

振り下ろされる刃は正確にオッタルの脳天の位置を捉え、オッタルは動きを止めて防御の体勢を強いられる。大剣の腹が骨の刃とぶつかり合う中、もう一方のウダイオスの腕が動き出す。

 

正直、複雑ではある。良い印象は持っていない、むしろ二年前の事件で嫌悪の念すら抱いているファミリアの団長だ。だが、そんな私情を挟んでいる場合じゃない、今は、あの男と手を組まなければ生き延びる事は出来ない。

 

「オッタル!」

 

オッタル目掛けて振るわれる骨の刃の腹に、二本の槍の穂先を走らせる。火花を散らしながら、全力で振るわれた二本の槍は僅かに刃の軌道を逸らす。更にそこで動きを止めず、フィンはオッタルに向けて駆ける。

 

オッタルの傍らで足を止めると、二本の槍を大きく振り上げる。オッタルを脳天から真っ二つに切り裂こうとする骨の刃を押し返そうと、全力を両手に込める。

 

「――――――――」

 

不意に、隣のオッタルが一瞬、こちらを見たような気がした。

何故、と、その瞳が問いかけてきた気がした。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

その問いかけには答えない。代わりに、フィンは短い詠唱を唱える。

この魔法が状況を覆す切り札となるのか、正直な所解らない。何しろ今、フィンが唱えた魔法は効果を発した瞬間、フィンから正常な判断力を奪うという諸刃の剣なのだ。その分、全ステータスを超強化する、デメリットに見合ったメリットもある。

 

「【ヘル・フィネガス】」

 

魔法名を唱えたと同時、フィンの身体の底から熱い衝動が湧く。これが正しく魔法の効果が発揮された証明。フィンの力が一気に強化され、僅かにウダイオスの刃が押し返される。

 

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

身の底から湧き上がる衝動に身を任せ、雄叫びを上げる。超強化されたフィンと元々強大なオッタルの力も合わさり、遂にウダイオスの刃が弾き飛ばされる。それと同時に僅かにウダイオスの上体が仰け反り、その隙にフィンとオッタルの両者は後退する。

 

「…勇者(ブレイバー)

 

「何故、とは聞くなよ。この状況でファミリア同士の不仲等気にしていられない」

 

僅かに仰け反った状態はすでに元の位置へ。遥か高みから見下ろすウダイオスの瞳を見上げながら、フィンはオッタルには視線を向けずに言い放った。

 

ヘル・フィネガス

魔法使用者の気を高揚させ、好戦欲を上昇。ステイタスを大幅に上げる魔法だ。

こういったステイタスを変化させる魔法は身体的な代償があるモノが多いのだが、フィンのそれはその例に含まれない。ただ、デメリットが全くないという訳でもない。この魔法は、使えばフィンの緻密な判断力を奪う。

 

強い効能を齎す魔法は、それ故に強い代償を払わなければならない。

大量の魔力を必要としたり、フィンの様に魔力とは別の要素を欠如させたり。

この魔法を使用したのは一体、何時ぶりだろうか。ファミリアの団長という立場上、判断力の欠如というのは致命的な代償だった。だが今、フィンの周りに部下はいない。いるのは、自分以上の強大な戦士。

 

指揮はいらない。何の気兼ねなく、全力を絞り出せる。

 

「ウォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

普段のフィンの姿からは考えられない、獣染みた雄叫びを上げながら、両槍を力強く握り締めて駆ける。頭上から降ってくる刃を最小限の動きで躱し、スピードを緩める事なくウダイオスの足下まで到達。と同時に両足に力を込めて跳躍、長槍の穂先を肋骨にあたる部分に突き込む。

 

先程、《ヘル・フィネガス》使用前とは違い、穂先は確かに浅くはあるがウダイオスの身体に傷を付けていた。それを視認したフィンは続けざまに《フォルティア・スピア》で二撃目を繰り出す。《スピア・ローラン》で付いた傷とすぐ隣にもう一つ、浅い傷跡が刻まれる。

 

しかし、その程度で怯む程、敵は矮小な存在ではない。ゆっくりと瞳が、ウダイオスの身体に刺さったままの二槍にぶら下がるフィンに向けられる。先程地面を駆けるフィンに向かって振り下ろされた片腕を持ち上げ、刃の先が勇者を狙う。

 

「ハァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

一方のフィンは、自身が狙われている事に未だ気付かないでいた。今、フィンが集中しているのは自身が付けた二つの傷跡を広げる事のみ。この程度の傷で怯まないのなら、その傷跡を更に大きくしてやればいい。魔法の代償で狭くなった視野が、ここでは幸いした。増大した力のステイタスがここぞとばかりに働く。二槍を振り抜き、両腕を開いた体勢のままフィンは落下していく。そして、フィンの二槍が突き刺さっていたその小さな傷跡は更に深く、更に広く抉られていた。

 

この骨の怪物に痛覚があるか定かではないが、少なからず影響はあったらしい。フィンを狙う刃の動きは止まり、フィンを射抜いていたウダイオスの瞳は大きく付いた傷跡を見ていた。

 

地面に着地したフィンは動きを止めたウダイオスを見上げる。瞬間、好戦欲が高まり、荒ぶっていたはずのフィンの思考が一瞬、冷めた。堪らずその場から後退し、ウダイオスから距離をとる。

 

(今…、僕は今、何を感じた?)

 

理性を奪われ、ほとんど本能で動いていたはずのフィンの中で確かな思考力が湧いていた。魔法の効果が切れた訳ではない。確かにステイタス上昇は続いている。その感覚は残っている。だというのに、好戦欲に満ちている筈の心中が撤退を叫んでいた。

 

今すぐ逃げろ、と、恐怖を叫んでいた。

 

「っ―――――――――」

 

その一瞬の硬直を、ウダイオスは見逃さない。全身から滲み出る怒りに流されず、フィンの動向を冷静に見極めたウダイオスの斬撃が、すぐそこまで迫っていた。瞬き一つ、たったそれだけの間で、ウダイオスの頭上まで持ち上げられていた骨の刃が、自身の首元に迫ろうとしていた。

 

回避は間に合わない。防御も、たとえ万が一間に合ったとしても防御ごと首を持って行かれる。

 

明確な死の気配が、長らく冒険から遠ざかっていた勇者に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 

誰かが傍らで地を踏む音がした。

フィンの頬を強い風が撫でる。骨の刃が迫っていたはずの横合いに視線を向けると、そこに立っていたのは、自身の背丈の倍に迫る程の巨漢。鍛え上げられた巨大な両腕は、剣を振り抜いた状態から更に動く。

 

轟音。その音が、オッタルの大剣とウダイオスの骨剣がぶつかり合う音だと悟ったのは、再びフィンの全身を強い風が襲ってからだった。先程はほぼ拮抗する事なく弾き飛ばされていたオッタルだが、今、フィンの目の前では両腕と片腕という違いはあれど、互角の鍔迫り合いが行われている。いや、僅かではあるが、オッタルが押している。

 

「ぬんっ――――――――」

 

力強い気合の一声と共に、オッタルの剣は振り抜かれる。強烈な一閃は先程とは真逆、ウダイオスの剣戟を弾き飛ばす。

 

「オッタル…」

 

「先程の借りはこれで返したぞ。勇者(ブレイバー)

 

油断なく大剣を構えながらも、背後で呆然とするフィンにオッタルは声を掛ける。

 

先程助けられた事を気にしていたのか、と。フィン自身は全く貸し借りなど考えてはいなかったのだが、その考え方がオッタルらしいとつい笑みを漏らす。

 

「全力…かどうかは解らないけど、さっきまでとは違うと思う方が良さそうだね」

 

オッタルの隣に立ち、ウダイオスを見上げながら言う。

ウダイオスから漂う怒りの気配。だが、ウダイオスは注意深くフィンとオッタルを見下ろしている。怒りに任せて暴れるだけではこの二人には勝てない。そう、思考しているようだった。

 

だが警戒を深めたのはフィン達も同じだった。先程オッタルと協力して弾き飛ばした攻撃と、たった今フィンに迫った斬撃。スピードも威力も明らかに後者が大きく上回っていた。その攻撃をオッタルが弾き飛ばしたその絡繰りが気になる所ではあるが、それを考えていられる場合ではない。

 

紫紺のウダイオスが、動き出す。

 

「足を引っ張るようなら、見殺しにするぞ。勇者(ブレイバー)

 

「それはこちらの台詞だよ。付いてこい、猛者(おうじゃ)

 

オラリオ二大ファミリア。

ロキファミリア団長、フィン・ディムナとフレイヤファミリア団長、オッタルが本当の意味でこの場に並び立つ。

 

巨大な黒い影が、上空から二人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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