ダンジョンに人修羅がいるのは間違っているだろうか (巴里と鬼神)
しおりを挟む

第1話 人修羅オラリオに立つ!!

 あなたは闘いに敗れた。

 

 あの東京受胎で人を捨てた魔人と成り果て、コトワリを否定して友を殺し、創生を否定して太陽(カグツチ)を殺したあの後に。

 

 大いなる意思の生んだ最高の闇(ルシファー)との闘いに敗れた。

 

 そして、全てを征服する覇道は潰えることとなった。

 

 残されたのは、大いなる意思の呪い。

 

 大いなる意思に逆らった罪科の償いに、あなたに何をさせようというのか。

 

 これで終わりではないという確信と共に、あなたは意識を手放した。

 

 

----------------------------------------

 

 目が覚めると、あなたは見知らぬ街にいた。

 周囲を見渡しても見える景色──石造りの建物を中心とした、昔TVで見た欧州の街を彷彿とする街並み──には全く覚えがない。

 あなたが最後に居た『無』の空間でもなければ、ボルテクス界でも、『以前』の東京でもない。

 ハッキリとわかるのは、経験上見知らぬ場所でボンヤリと突っ立っているのは危険という事だ。

 

 いつ奇襲を受けても対応出来るように、周囲のマガツヒを確認して悪魔の存在を測る。

 ──ひとまず問題なしだ。

 次にあなたは自らの状態を確認する。

 ──マサカドゥスの反応がない。非常事態だ。

 マサカドゥス以外の禍魂(マガタマ)も確認するが、励起できたのはマロガレ、ワダツミ、アンク、イヨマンテ、シラヌイの5つのみ。

 どうやら大魔王(ルシファー)との闘いに敗れた際に大きくマガツヒを失った為、弱体化しているようだ。

 最後に仲魔。

 ──あなたはあまり期待はしていなかったが、やはり召喚は出来ない。

 あなたが全てを支配する覇道を目指しながらルシファーに敗れた為に見限られてしまったのだろうか。

 あなた自身の姿は魔人となった時のままだ。全身に刺青を施した上半身裸の男。

 ボルテクス界であれば問題ないが、人であった頃の価値観で言えば不審人物待った無しである。

 果たしてここは『何処』なのか。

 あなたが見知らぬこの街に飛ばされてきたのは何者かの意思が働いているのは間違いない。

 それが大いなる意思なのか、あなたを倒したルシファー(悪魔)なのかまでは判らないが……あなたはそう確信していた。

 あなたをこの街に飛ばした者が、あなたに何をさせたいのかが判ればもっと行動しやすいのだが、現実はそう甘くはない。

 あなた自身の目的はおろか、ここが何処なのかもわからないのだ。身も蓋もない言葉で言えば、あなたは迷子だった。

 

「ねぇ、そこで腕を組んでいる君! 何を悩んでいるんだい?」

 

 あなたが腕を組んで思案に耽っていると、背後からそう声をかけられた。

 あなたは振り向きざまに、声をかけてきた存在にアナライズをかける。

 過剰反応かもしれないが人であった頃に聞いた格言でも、人ではなくなった後の経験でも、敵を知る事はとにかく重要だった。

 見知らぬ街に居る以上慎重に行動した方が良いだろう。

 

 そうして解析できた目の前の悪魔は女神ヘスティア──あなたの()仲魔に居た覚えはない。

 黒髪の悪魔は一見あなたよりも幼い少女のようにも見えるが、悪魔を外見で判断することは早計である。

 だが女神ということは()()()穏やかな性質のはずで、しかも友好的に接してきている以上会話()を避ける必要はないだろう。

 あなたはそう判断して、ここがどこかわからない事などの経緯をあなた自身の正体は伏せながらも軽く説明した。

 説明の合間に時折質問も挟みながら、あなたはこの都市周辺の事を知り、ヘスティアはあなたの事を知る。

 あなたが現れたこの街はオラリオといい、世界で唯一『迷宮(ダンジョン)』が存在するのだという。

 また、『迷宮』に潜りモンスターを狩ることで生計を立てる冒険者と、それを支援する神々が集っており、「かくいう僕もその女神の一人なんだぜ」とヘスティアは胸を張ったが、超常の存在である神威()は隠されておらず、なによりあなたにはアナライズで最初から判っていたので適当に頷いて返していた。

 

「ここが何処だかわからない。オラリオという都市も初耳。周りの国名も聞いたことがない……かぁ。流石に僕もそんなケースは初めてだぞ。異界からの落とし子って所なのかな」

 

 ふぅむ、とヘスティアが腕を組むと、豊かな胸がその腕に乗る形で強調される。

 ヘスティアの低身長かつ童顔な容姿とその体型のギャップに、見るものが見れば魅惑(チャーム)される事だろう。

 恐ろしいのは女神が()()を無自覚でやっていることだ。

 決して魅惑された訳ではないが、あなたは少々不用意な女神に心配を覚える。

 そんなあなたの内心を知らぬヘスティアは、ひとつため息を吐くと申し訳なさそうにあなたに切り出した。

 

「それで君──間薙シン君だったね。悪いんだけど僕は君を元の世界に戻す方法は知らない。どこかに行きたいというなら、直接──は無理でも道を教えてあげる事位なら出来るけど……これからどうする気だい?」

 

 随分と親切な神だ。油断させて懐に入れたところを襲う算段なのだろうか。

 だが、あなたはこういった時に躊躇なく懐まで飛び込む性質だった。モットーは虎穴に入らずんば虎児を得ずである。

 なによりあなたは女神との会話の中で出てきた迷宮(ダンジョン)が気になっていた。誰も最深部まで到達したことのないダンジョン。もしかしたらあのアマラ深界のように、最深部に宿敵が待ち受けているかもしれない。

 そうであればここに出現したあなたのやる事は、ダンジョンの攻略に他ならない。

 

「ええっ!? ダンジョンに潜る──冒険者になるっていうのかい? まあ君なら案外やれそうだけど──あっ、そうだ!」

 

 女神はあなたの希望に心配そうに眉をひそめるが、一転名案を思いついたと膝を打つ。

 

「それだったら僕の所に来ないかい?」

 

 突然の誘いにあなたは戸惑った。ダンジョンに潜ることと、女神のところに行くのとなんの関係があるのだろうか。

 

「ああ、冒険者の仕組みをちゃんと説明してなかったね。いいかい? シン君。ここオラリオのダンジョンに潜るにはね、ギルドに登録した冒険者じゃなくっちゃいけないんだ。そして冒険者と一般人の違いは、神の恩恵(ファルナ)を受けているかどうかでね。必ずどこかの神のファミリアに所属する必要があるんだけど──」

 

 そこまで言われた事であなたも大体察した。つまりこの女神は自分のファミリアに所属しろ、と言っているわけだ。

 しかし──

 

「ええっ、それは無理だよっ。 神の恩恵なしにダンジョンに挑むなんて自殺行為もいいところだ。ギルドも認めやしないよ!」

 

 ファミリアに所属する──女神の眷属となることは出来なかった。今更誰かの下に降るということは、あなたの覇道についてきてくれた仲魔を裏切ることになる──そう感じたからだ。

 弱体化したとはいっても、そこらの怪物程度に負ける気は欠片もしない。

 

「悪いけど神相手に嘘はつけないし、ギルドの管理者は神だ。誤魔化すのは難しいと思うよ。まあ僕のファミリアがまだメンバー0人の零細以前だから嫌だっていうなら──他の所も紹介してあげるからさ」

 

 ヘスティアのファミリアが零細かどうかは問題ではないので、他の所を紹介してもらってもどうしようもない。

 しかしまだメンバー0人だったというのは初耳だ。

 あなたがそう告げると、ヘスティアは誤魔化すように目を逸らした。

 

「あ、あれ? 言わなかったっけ? ま、まあそういうことなんだけど。だからこそ僕も裕福じゃないから、養ってやるとは言えないんだけどさ……。僕の拠点なら雨露は凌げるから、冒険者にならなくてもバイトか何かを手伝うなら寝床くらいは提供出来るよ」

 

 そのヘスティアの言葉を聞いたあなたはふと気付いた。……今後の生活費をどうするのかと。

 ルシファーとの決戦までに大分魔貨は貯まっていたのだが、それは使えるのだろうか。

 

「ん……お金は持ってるのかい? んん~……魔貨なんて珍しいもの持ってるね。大分古い時代の貨幣だから骨董品としても価値が付くかどうか。懐古趣味の神になら買い取って貰えるかもね。少なくとも街じゃ使えないよ」

 

 駄目そうである。ヘスティアの言葉にあなたは落胆するが使えないものは仕方が無い。

 ならば宝石や魔石などはどうだろうか。あなたはヘスティアに見せて確認をする。

 

「ああ、宝石や魔石なら換金できるよ。っていうかダンジョンに潜ってないのになんで魔石なんか持ってるんだい?」

 

 そのヘスティアの問いには以前手に入れたもの、とだけ答えた。嘘はついていない。

 

「まあいいや、換金するにはもう遅い時間だし帰ってご飯でも食べようか。僕がバイト先で貰ったジャガ丸くんだけどね」

 

 ヘスティアはすっかりあなたの世話をする気でいるらしい。

 しかし、女神の一人暮らしに男が転がり込むというのはどうなのだろうか。

 普段のあなたなら全く気にはしないどころか、歓迎するところであるのだが……。

 

----------------------------------------

 

「ここが僕の拠点だよっ」

 

 ヘスティアに案内されてきた拠点は、朽ちた教会だった。

 本当に雨露を凌ぐだけなのだろうか。

 あなたが見たままの感想を口にすると、女神は腰に手を当てて怒り出した。

 

「え? おんぼろ小屋だって? あのねぇ、いくら僕が貧乏だからってかわいい眷属達を廃墟に住まわせるわけないだろう!」

 

 あなたは流石に言い過ぎたかと素直に頭を下げる。ヘスティアもそこまで怒っていなかったのか、直ぐに矛先を収めて拠点の案内を続けた。

 

「まあ見たままの感想だろうから仕方ないけどね。拠点に使用しているスペースは地下なんだよ。僕と君と、あと一人か二人増やす分には十分だろう?」

 

 ヘスティアの言葉通り、廃教会の地下にはベッドやソファー、キッチンなどが備えられ、最低限の生活に不便はなさそうだ。

 

「おーい、シン君。 準備できたからご飯にしようぜ」

 

 あなたが拠点の中を見て回っていると、ヘスティアがあなたを手招きする。

 呼ばれた方に向かうとキツネ色をした揚げ物が並べられた皿がテーブルの上に用意してあった。

 これが先ほどまで女神が抱えていた包みの中身(ジャガ丸くん)なのだろう。

 ヘスティアの勧めに応じ席に着いたあなたはジャガ丸くんを口に運ぶ。

 サクッとした衣のなかにはホクホクの潰したジャガイモ(マッシュポテト)──紛う事なきコロッケである。

 食べたのはいつ振りだろうか。少なくとも東京が死んで人修羅(あなた)が生まれたあの日よりも前の話だ。

 懐かしさについ箸が進むが、ヘスティアはそんなあなたの様子をニコニコしながら眺めていた。

 

「フフッ、ジャガ丸くんは気に入ってくれたようだね。僕はコレを売るバイトをしてるんだぜ」

 

 女神がバイトとはどういうことだろう。あなたは素直に疑問を口に出した。

 すると女神は遠くを見ながら、儚い笑みを浮かべる。

 

「知っているかい? シン君。生活するにはお金が必要なんだぜ」

 

 詳しい話を聞いたところによると、どうやらこの地では神は権能を抑えて顕現している為、人と同じように生活していかなければならないという。

 かつての悪魔達のようにマガツヒを得られれば良しでは済まない。

 大手のファミリアならば例えば眷属達がダンジョンで得てくる魔石などを換金したり、あるいは神や眷属が作り出した生産物を売ることで生計を立てているが、ヘスティアのように眷属も居なければ何かを作り出すような技術もない神はどこかでバイトでもするしかないのだ。

 あなたは流石にそんな境遇の女神にたかるのも悪いかと一宿一飯の礼として魔石を差し出すが、女神は頑として受け取らなかった。

 

「いやいや、そんなつもりで誘ったわけじゃないから! 眷属でもない子からそんなの受け取れないよ! でもそうまで言うなら僕の眷属に──え? それは駄目? なんなんだよ、もう!」

 

 さりげなく入れたつもりの勧誘も素気無く断られ、プンスカと怒り出すヘスティア。

 あなたは押しの強い(アクマ)に弱い自覚があるからこそ、譲るべきではない一線にはとことん頑固だった。

 だがヘスティアもしつこく食い下がる。

 

「こうなったら仕方ない。ひとまず名義だけ在籍ってのはどうだい? 神の恩恵無しでダンジョンに潜れないか、神友にも相談してみるからさ」

 

 大分あなたに譲歩した提案だが、メンバーの最初の一人がいるかどうかでも勧誘しやすさは変わるのだろう。

 それにしても神友──あなたにとっての仲魔のようなものだろうが、こんなところに引き篭もっている女神にも友人は居たのか。

 

「あっ、当たり前だろうっ! 僕にだって神友の一人や二人居るよ……その神友に追い出されてここに居るんだけどね……ハハッ」

 

 余計なことまで告げてしまったあなたに女神は柳眉を逆立てて怒鳴るが、途中でその勢いは急激に萎み自虐的に笑いだす。

 後にあなたが当の神友であるヘファイストスに聞いた真相──暫く居候させていたがあまりにも怠惰で働かない為、本拠地(廃教会)の手配やバイト先の紹介をした上で叩き出した──を考えると十分思いやりのある対応なのだが、この時の女神はそこまで考えが回っていなかった。

 あなたは落ち込む女神にどう対応したものかと頭を掻く。

 十分に信頼関係の出来ていたかつての仲魔達とは勝手が違うが、あなたが人から外れたばかりの頃はこんな風に色々と悪魔の扱いに困ったものだ。

 あなたはどこか懐かしさを感じながらも、女神を宥めにかかる。

 ──結果として言えば先ほどの提案を呑む事になってしまったが、この女神は感情がハッキリしている分他の悪魔達よりもずっと扱いやすかった。

 

「これでいよいよヘスティア・ファミリアの立ち上げだ! 明日はシン君に街を案内するからね!」

 

 そう言って笑顔をこぼす女神の姿につられて、あなたの口角も自然と上がる。

 

「あ、それと上着も買ったほうがいいかな。オラリオで上半身裸は居ないってわけじゃないけどやっぱり目立つからね」

 

 しかし、続くヘスティアの言葉にあなたは渋面を作り、内心であなたの上着を奪ったルシファー(馬鹿野郎)を呪うのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 人修羅の主神と仲魔が修羅場すぎる

 翌日、あなたとヘスティアは西の通りで飲食店を物色していた。

 あなたの持つ魔石が上手い具合に換金出来たので、せめてもの礼に食事をご馳走することにしたのだ。

 ヘスティア自身はそんなつもりで勧誘したのではないと再度固辞したが、結局はあなたの礼を受け入れた。

 受け入れてしまえばヘスティアも上機嫌で、何が食べられるのかなーと弾む足取りをしている。

 逆にあなたは少し困っていた。ヘスティアに何が食べたいのか、と聞いたところ

 

「奢られる側の僕が注文つけられないよ。ゲテモノじゃなければなんでも有難く頂くよ!」

 

 との返事が返ってきたのである。

 そもそもがこの街以前に世界に不案内なあなたである、なにがゲテモノ判定になるのかも判らない。

 昨夜頂いたジャガ丸くん(コロッケ)を考える限り基本的なセンスは離れていないと考えてもいいのだろうか──。

 あなたがそんな事を考えながら辺りを見回していると、ふと周囲よりも一際大きい建物が目に付いた。

 呼び込みや入る客を見るに普通の食事も提供する大衆酒場のような所なのだろう、人気もあるようだ。

 アレならば問題あるまいとあなたは一人頷き、ヘスティアを連れてその建物へと向かった。

 

 あなたが考えた通り、酒場は繁盛しているようだった。

 混雑の中でも目まぐるしく店員達が動いて客を捌いている。

 店員が全て女性なのも人気の一因だろうか。

 そんな事を分析しているとさほど間をおかずにあなた達にも店員が対応にやってきた。

 エプロンドレス(可愛らしい制服)に身を包み、猫の耳を生やしたネコマタらしき店員に席を案内されて腰を落ち着ける。

 メニューを渡されたがあなたはそれを一瞥するに留めて、店員に人気のメニューやオススメを聞き出してそれを注文した。

 慣れない人間があれこれ考えるよりも定番を出してもらうのが一番だ。──決してメニューの文字が読めなかったからではない。そんな事は魔石の換金時にわかっていたことだ。

 あなたは半人半魔である身の為か、異国出身の悪魔とすらも言葉を交わせる。だがそれで文字が読めるようになったわけではないのだ。

 深く考えた事はないが、恐らくは会話にマガツヒが混ざる事で思念を交わす(テレパシーの)ような状態となっているのだろう。

 そのため文字や機械に記録された音声や動画などは日本語でなければ判別できないと思われる。

 読み書きについては後々ヘスティアに教わっていく必要があるかもしれない、そう考えてあなたはそっとため息をついた。

 悪魔でも勉強は必要なのである。

 そんなあなたの気はしらず、ヘスティアは運ばれてきた料理に嬉しそうに手を付け始めた。

 

「こんな豪勢な夕飯は久しぶりだっ、さぁシン君。冷めないうちに食べよう……ってどうしたんだい?」

 

 怪訝そうにあなたを伺う女神になんでもないと手を振りながら、フォークを手に取る。

 幸いな事に食器はかつてと大きく変わらないようだ。

 おそらくパスタであろう料理をフォークで巻き取り、口に運ぼうとしたその時、店員が案内する声が微かに聞こえた。

 

「ご予約のロキ・ファミリアご一行様ご案内ー」

 

 聞こえた『ロキ』という名に手を止めて声の方に目を向ける。

 あなたにとってロキは懐かしいどころか先日──ルシファーとの決戦まで仲魔だった存在だ。

 銀座のバーで酔いつぶれている所に出会い、その後紆余曲折あって仲魔となった魔王ロキ。

 案内をされているロキ・ファミリアの神が彼女と同じ存在かはわからないし、たとえ元が同一であったとしてもあなたを『覚えている』とは限らない。

 それでもあなたは、お調子者(トリックスター)な赤毛の姿を探していた。

 

「うん? 手を止めてどうしたんだい? ……げっ、ロキっ!」

 

 ヘスティアはそんなあなたの様子に気付き、あなたが見ているほうへ視線を送って天敵の姿を発見して呻き声をあげる。

 当の天敵──あなたの良く知る姿のロキはその呻き声に反応してヘスティアの方へ振り返る。

 

「なんや? ……ドチビやないかい! ここがウチの贔屓と知って来──」

 

 即座にヘスティアの顔を見つけ悪態をつくが、ヘスティアの同行者に気付いて視線を横に滑らせた際にあなたと目が合い、そのまま凍結(FREEZE)した。

 仲魔達に見放されていたと思っていたあなたもバツの悪い思いをしながら軽く片手をあげて挨拶をするが、反応はない。

 ロキの連れ達も様子のおかしい主神を訝しげに見つめた。

 酒場という喧騒のなかで発生した束の間の静寂。

 ヘスティアが首を傾げてあなたに質問を投げかける。

 

「一体どうしたっていうんだよ、シン君。ロキを知ってるのかい?」

 

 シン君。ヘスティアがそうあなたの名前を紡いだ途端、糸のように細いロキの両目から涙がポロポロと零れ出す。

 口論で言い負けて涙目で退散する姿は良く見るものの、ここまでのガチ泣きはヘスティアも、ロキの眷属達も、そしてあなたも見たことがなかった。

 呆気に取られて見つめるばかりの眷属達を横目に、涙を拭こうともせずロキは駆け出してあなたの腹にタックルをかます。──人によってはあなたの胸に飛び込んだと形容されるかもしれない。

 そのままロキはあなたの胴に腕を回して縋り付くと人目も憚らず泣き始めた。

 

「うわぁん! シン! シン! 生きてたんかっ! うわぁぁぁん!」

 

 泣き続けるロキの、あなたの腹に押し付けられている頭を優しく撫でてやる。

 しばらくするとロキは鼻をグスグスと言わせながらもなんとか泣き止み頭を上げた。

 

「ほんまに……ほんまにシンなんやなぁ……もう、もうずっと会えないんやないかと思うとったわ」

 

 なにを大げさな、と呆れるあなたを涙目のロキが睨め付ける。

 

「大げさなことあるかい! あれからどんだけ経ったと思っとんねん! 生きてたんならもっと早う顔ださんかい!」

 

 あなたに縋りついたまま喚くロキにとそれを宥めるあなた。それ以外の者はヘスティアも、ロキの眷属も、店員や他の客もただ呆気にとられてあなた達に注目を集めるばかりだ。

 その中でいち早く我に返ったのはヘスティアだった。

 

「コ、コラーッ! ロキ! シン君に馴れ馴れしくしがみ付くんじゃない! シン君はうちの子なんだぞ!」

 

 あなた達の様子を見ればどう考えても知り合いだが、そんな事は知ったことではないとばかりにロキに言葉を叩きつける。

 言われたロキは目を見開いてあなたを見上げた。

 

「マ、マジで?」

 

 ヘスティア・ファミリアに所属する事になったのは事実である。

 その時はまさかロキがこの街にいて、ヘスティアとロキが犬猿の仲だとは思いもしなかったのだ。

 いや、この時点でもまだヘスティアとロキの確執については量りきれて居ない。

 だからあなたは見上げるロキにそのまま肯定を返してしまった。

 見る見るロキの眼から涙が溢れ出す。

 

「うわぁん! シンのアホー! 浮気者ー! 他の連中ならともかくなんでよりによってこのドチビの所に入るんや! ウチはシンが居なくなった後に人肌が恋しくなっても、他の男は作らんと女の子に奔ったっちゅうのに!」

 

 最後の言葉を言い換えれば、同性ならノーカン。

 ロキの言葉に最も衝撃を受けたのはロキの眷属達である。女好きを公言して眷属に美女や美少女を集め、セクハラ三昧。

 その割には男も眷属に迎え入れる為、男嫌いという訳ではない。だが、何処となく一線を引いていた。

 そういった諸々の態度の理由が判明したのだ。

 大部分の女子は呆れると同時に、その一途なロキの想いに胸を打たれた。

 同時にあなたに対して冷視線が集まる。そこまで想われているロキを放って何をやっていたのかと。

 

 あなたが今この場に居るのは偶然でしかなく、ロキがこの街に居るのも知らなかった。

 だが、ロキがこの街に居るのを知っていたならば。

 ロキがかつて仲魔であった頃と同じ気持ちを留めてくれたのを知っていたとすれば──それでもロキのファミリアに入るという選択は取らない可能性が高かった。

 

 簡単な話だ。ロキがいるというのならば他の仲魔が居る可能性も可能性が高い。

 そして男女の関係にあった仲魔はロキだけではないのだ。

 だとすればロキだけを選ぶ事は逆に諍いの種となりかねない。

 ──本当に最低な言い訳だ。

 あなたが他の仲魔についてロキに尋ねると、ロキはあなたにしがみ付いたままボソリと答えた。

 

「……おるよ。せやけどオラリオにおる女神はウチだけや。男連中には後で話を通しておくからそれでええやろ?」

 

 微妙に含みを持った言葉だ。オラリオ以外の外の国には居るのかと重ねて追求したほうがよいだろう。

 ロキは諦めたように溜息をついて答えた。

 

「はぁ……しばらくシンを独占出来る思うたんやけどな。外の国にもおるけど……ちょっと今この場では言われへん」

 

 ふむ、とあなたは腕組みをして周囲を見渡す。

 先ほどからの修羅場により相当な衆目を集めてしまっている。

 たしかに込み入った話をするには場を改めた方が良いだろう。

 あなたが手を出した──というよりも出された──女神にはラクシュミやパールヴァディ、リリス、ニュクスといった人妻属性も多い。当時の仲魔達は男女の関係(そういった方面)には非常に奔放だったのだ。

 今現在の彼女らの考えもわからない以上、不用意に名を挙げるのは良くない。

 ロキにわかったと頷き、あなたは手が止まっていた食事を再開しようとするが、ロキがあなたの胴に腕を回したまま離れない為非常に邪魔だった。

 そしてあなたの隣に座っていたヘスティアは、顔を真っ赤にしてわなわなと震えていた。

 あなたはヘスティアに向かい、周囲の野次馬にも伝わるよるように少々声を張り上げて詳しい説明は後で場所を変えて行うと宣言する。

 言外にここで論争はしないし野次馬は散れという意味を込めたのだが、ヘスティアは不満顔ではあるが思ったより素直に頷いてくれた。

 ただ、ひとつだけ条件を加えた。

 

「……むぅ、わかったよ。シン君がそこまでいうなら後でちゃんと聞かせてもらうから、今は黙っておくよ。……ただし! ロキは今すぐシン君から離れろ!」

「ハッ、嫌に決まっとるやろうが! ……あたっ。もうっ! 久々の再会やのにいけず! しゃあないから今は退いたるけど飯が終わったら連行やからな!」

 

 ロキはヘスティアの提案を即座に却下するが、あなたに額を小突かれて不承不承あなたから離れて引き下がった。捨て台詞を残して。

 ヘスティアもやっと面倒な奴が居なくなったと嘆息すると、あなたを睨みあげる。

 

「さっきも言ったとおり今は追及しないけど……ちゃんと話は聞かせてもらうんだからね!」

 

 ヘスティアはそれだけを言い放つとフンと鼻を鳴らして食事を再開した。

 




神々の設定はダンまちをベースに真・女神転生Ⅲと神話を混ぜ合わせた感じ。
2018/2/1時点でダンまちに名前のみ登場、未登場の神はほぼオリキャラ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 神の名は。

「さて、積もる話を諸々する前に、色々ケリをつけておこか」

 

 普段のおちゃらけた様子が鳴りを潜めた、真面目な表情でロキが切り出した。

 ロキ・ファミリアの拠点のロキの私室。そこにロキとその眷属らしき1組の男女。そしてヘスティアとあなたが集まり各々座り込んでいた。

 

「まず全員に話す前にこの2人にはある程度聞いて貰っとこ思てな。こっちがロキ・ファミリアの団長、フィンや。小人族(パルゥム)やからヒトの常識で判断しちゃあかんで」

 

 ロキに示されて眷族の男の方、小柄な少年が悠然と立ち上がって一礼する。ロキの紹介通り、少年のような見た目にはそぐわぬ落ち着いた物腰を感じる。あなたが昔見たファンタジー映画に出てきた、ホビットに近い種族なのだろう。

 

「それから副団長のリヴェリア。こっちはエルフや。この2人と今ここには居ないドワーフのガレスがウチの古参や」

 

 眷属の女の方が一礼する。長く尖った耳からみて、やはりあなたの知っているエルフに近い種族なのだろう。ならばフィン同様に若い見た目とそぐわぬ実年齢か。決して直接年齢を尋ねる様な真似はしないが。

 

「今更ドチビの紹介はいらんな。じゃあ最後にシンやな。ウチのイイヒトや。以上!」

「それでは何も紹介していないに等しいではないか。もっと詳細な情報を求む」

「……流石に誤魔化されてくれんか。すまんけどシンの事を何もかも話すわけにはいかん。だから話せる事だけ話すわ。──まずウチとシンとはロキ・ファミリア結成前からの知り合いや。そしてウチの他にも色々な神との交流がある」

 

 すかさず突っ込みを入れたリヴェリアに対して悪びれもせずに答えるロキ。ココの事情に明るくないあなたとしても、紹介する内容はロキに任せた方が良いだろう。余計な事を言わない前提での話だが。

 

「オラリオに居る神でいえばウチの他にはディオニュソス、ガネーシャ、タケミカヅチってとこか。他にも外にいくらか居るな……先に話しておきたかったのはこっちや」

 

 オラリオに居る神の名前はあなたに説明する為でもあったのだろう。過去の仲魔のうち、名を挙げられた3体は近くにいるということだ。

 

「そもそもシンと離れたんも意図したことやのうてな、まだ執着しとる奴もいくらかおる。執着の仕方も様々やけど、ちょっとアカンのがおるんや。……カーリーとかな」

 

 カーリー。ロキがその名を挙げた途端、フィンとリヴェリアの表情が固まった。

 地母神カーリー、あなたの記憶では燃えるような紅髪と褐色で痩せぎすの幼い身体、白い仮面で素顔を覆い隠した照れ屋の女神である。一見すれば幼女に見えるが、シヴァを夫に持つ立派な人妻だ。だから関係を持っていても問題ない。ノーギルティ。

 戦闘面では強烈な多重攻撃(デスバウンド)を主体とした物理前衛型の殺戮の女神ではあるが、性格にそこまで問題ある仲魔ではなかったはずなのだが──

 

「……なるほど。我らが前もって呼ばれているわけだ」

 

 リヴェリアは得心したとばかりに頷く。

 カーリーに何か問題があるのだろうか。あなたが尋ねるとロキが浮かない顔で答える。

 

「あの病み方だとシンの話を耳に入れたらすっ飛んで来るのは間違いないと思うわ。その理由が愛しに来るか殺しに来るか……っちゅうのも問題なんやけど、ウチにも今のカーリーがどっちに転んだのかはわからん。それだけでなくウチの子に元々カーリーんとこにいた子がおってな……」

「──移籍自体にトラブルはなかったと聞いている。ただティオナはともかくティオネの方がな……」

 

 リヴェリアがロキの話を補足した。ティオナとティオネはロキ・ファミリアに所属するアマゾネスの姉妹だそうだ。

 ──アマゾネスとはカーリー同様に褐色の肌と高い戦闘能力を持った、女性しか存在しない種族。他の種族とも交配が出来るがその子供はアマゾネスしか生まれず、カーリーはそのアマゾネスのみを眷属としてファミリアを構成しているのだと後々ロキに説明された。

 

「カーリー達はテルスキュラで好きにやっとるから、シンがオラリオで目立ったところでそうそう噂が届くとは思わんのやけど……もしウチが関わっていながら隠していたのがバレたら絶対怨まれる奴でなぁ」

 

 ロキが頭を抱えながら呻く。あなたの所在を伝えればカーリーはすぐにやって来るだろう。逆にあなたの事を伝えぬままならカーリーの襲来は遠のく、その代わりに発覚した時が怖い。そして出来ればアマゾネスの姉妹の為にはカーリーには来て欲しくない。というジレンマをロキは抱えていた。

 

「どちらかは選択しなければならないでしょうが、それならば当の2人に意見を求めた方が良いのでは? 結局カーリー神が近くに来るのならば心の準備も必要でしょう」

「私の意見を出しておくなら、伝えておいた方がまだ()()だな。伝えずに隠していた事が露見した場合、ほぼ確実に敵に回すと考えて良いのだろう? ロキの言う通りカーリーが彼に執着しているというのならば、遅かれ早かれオラリオにやってくるのは間違いない。いつやって来るのかわからず不意をつかれるよりは、時期が早まろうと対処のタイミングが図れる方がよかろう。それに伝えた場合は敵対するとは限らぬわけだしな」

 

 団員を思いやったフィンの意見と、忌憚のないリヴェリアの意見。どちらももっともな内容だ。

 そう考えたのはロキも同じだったようで、ロキもうんうんと頷いた。

 

「ま、確かにそうやな。じゃあ伝える方向で考えはするけど、ティオネとティオナにはフィン達で意見を聞いといてや」

「わかりました」

「全く、仕方のない神だ」

 

 そのまま2人に丸投げしたロキに対し、フィンは苦笑しながらも頷き、リヴェリアは呆れ顔を隠そうともしなかった。

 ロキの話はそれだけでは終わらない。

 

「シンの話はまだあってな。そういった付き合いがある事から大体察しもつくと思うけど、ウチのイイヒトちゅうのは抜きでも特別でなぁ……シンはダンジョンに潜るつもりなんやろ?」

 

 何かを諦めたようなロキの問いかけにあなたは当然そのつもりだと答えた。

 すると突然ヘスティア横から口を挟む。

 

「あ、そうだ! シン君ってば神の恩恵を受けずにダンジョンに潜るなんて言い出してるんだよ! ロキからも何か言ってやってくれよ」

 

 ヘスティアの叫んだ内容に、フィンとリヴェリアは目を丸くして驚き、ロキは再び頭を抱える。

 

「……こんのドアホォ、言うタイミングを考えろや。その話はウチの子らが居る場では話せん。理由はわかっとるやろ?」

 

 睨み付けるロキの指摘にヘスティアがあっと蒼褪めた。

 神々の間で色々と事情があるのだろうが、あなたにはその事情がまだ理解できないでいた。

 驚きから立ち直ったリヴェリアが、神々やあなたの様子をみて嘆息する。

 

「やれやれ……今の話は聞かなかった事にすれば良いのだろう? 彼が色々と()()なのはわかったがな」

「堪忍なぁ、フィンもそういうことで頼むで」

 

 リヴェリアの言葉にロキは拝むようにして答え、フィンにも頼み込む。

 

「わかりましたよ。見返りは欲しい所ですがね」

 

 フィンは肩を竦めて肯定を返した、少しだけ要望を出すのを忘れずに。

 特別に何かを頼むなら当然の要求だろう。ただより高いものなどないのだ。

 もちろん対価を要求しておきながら、契約を守らない者には──あなたの経験上そんな悪魔も多かった──報いが与えられるが。

 

「わかっとるよ、リヴェリアもなんかあるか?」

「そうだな……私は後で要求させてもらおう。なに、そんなに法外な要求はせんよ」

 

 ロキは呻きながらフィンに返しリヴェリアにも尋ねると、リヴェリアは薄く笑いながら答えを保留した。

 予定外の損害にこれは貸しだからな、と涙目で睨むロキに失言したヘスティアはただただ頷くしかなかった。

 

「ったく、ドチビのせいで脱線したわ……話を戻すと多分やけどシンは否応なしに目立つ事になると思う。余計な神々(連中)に目を付けられるのも問題なんやけど、身内にも注意をしてくれるか。ベートあたりが間違っても喧嘩売らんように」

「了解はしたがベートも流石にそこまで考えなしではないと思うぞ?」

「注意をするなら何か結果を残す前でしょうね。ベートも実力を見せれば認めるはずですよ」

 

 ヘスティアの盛大な自爆もあって、フィンとリヴェリアの2人はあなたに何かがある事を疑問視はしていなかった。

 ただあなたは3人が揃って名前を挙げたベートという人物の事が気になる。

 彼等の物言いに、なんとなく弱肉強食の理(ヨスガ)の連中の匂いを感じた。

 だが先程のヘスティアの事も考えて、聞くのは後にした方が良いだろう。

 

「さて、この面子で話せるのはこんなとこかな。じゃあティオネ達のことよろしくな」

「ではこれで失礼します」

「私もこれで──おっと、そうだった」

 

 ロキがフィンとリヴェリアの退出を暗に促す。

 それに応じたフィンが一礼をして部屋を退出し、リヴェリアもそれに続こうとしたが途中で足を止めて振り返る。

 

「シン殿だったか。ロキに免じて数日は勘弁してやるが、後で()()も色々と話は聞かせて貰うから、覚悟をしておくように」

 

 そう言ってあなたを睨み付けた眼光は、かつて国会議事堂で遭遇したモトをも上回っていたように感じた。

 好意的に解釈するならば、事情を斟酌して口裏を合わせる時間をくれたとも取れるが……。

 

「……それで僕には建前抜きで説明してくれるんだろうね?」

 

 ロキの眷属2人が退出した後、真っ先にヘスティアが口を開いた。

 腰に手を当てて、前に乗り出すような姿勢であなたとロキを睨みつける。

 

「うぐっ……あ、アカン……このままでは……せや、シン! ちょい助けーや」

 

 自然とその豊かな胸を強調するように突き出す格好となり、その光景にロキは動揺するが、あなたの腕に縋り付くことで精神の安定を図る。

 ロキは自身の胸にコンプレックスを抱いているため、その格差がまざまざと見せ付けられる状況に弱いのだ。

 あなたはロキが昔もスタイルの良い仲魔(パールバディ達)に絡んでは撃退されていたことを思い返して目を細めた。

 

「……なんか余計な事考えてないか? シン」

「コラーッ! 僕はまだ全然説明受けてないんだぞ! ちゃんと説明してからにしろよ!」

 

 あなたが考えていた事を察して恨めしそうにあなたを見上げるロキと、いちゃついているようにしか見えないあなた達に怒声を上げるヘスティア。

 あなたは頭を掻きながら2人を宥めにかかった。どこまでもこの2人の相性は良くないらしい。

 

「ったくなんでよりによってコイツの所に……、まあええわ。ドチビ! ヘラクレスは知っとるやろ? シンはアレと似たようなもんや」

「チビ言うなっ! ヘラクレス君ってゼウス君と人の間に出来た子だよね?シン君も神と人の間に出来た子ってことかい?」

 

 ヘラクレス。ゼウスと英雄ペルセウスの孫娘であるアルクメネの間に生まれた半神半人の英雄である。神話にはそれ程詳しくなかったあなたでも、人から外れる前から名前は知っていた程の有名人だ。

 もっともあなたはその後にも仲魔となったクロト達(モイライ)の恩人として逸話を聞かされたことがあった。

 ゼウスがアルクメネを口説いたが全く靡かないからと、夫であるアムピトリュオンの姿に化けてヘラクレスを孕ませたという。

 それが結果でゼウスの妻であるヘラには死後に神となるまで生涯疎まれ、後のヘラクレスの難業へと繋がったのだ。

 本当にゼウスもルシファーも碌な事をしない。あなたもこの話を聞いた時には名前しか知らぬ英雄に若干の親近感を抱いたものだ。

 

「正確にはちょい違うけど、そんな認識でええわ。肝心なのはまだ神になる前のヘラクレスみたいな状態ってことや。神の力(アルカナム)は持たんけどそこらの人間よりはずっと頑丈で強いで。それで昔他の連中と一緒に戦ってたことがあってな」

「それで知り合ったってことか。……そういう関係になったのもその時から?」

 

 男女の関係について聞くのが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめながらヘスティアが尋ねる。

 

「せやで。ヘスティアも知っとるやろ、神の力(アルカナム)を制限する元となった戦争のことは」

 

 ロキは東京受胎──神が神として参戦した終末戦争(ラグナロク)についてかいつまんで話した。

 あなたも初めて知ったが、この時に世界が滅んだ事がきっかけで下界に降り立つ際には神の力(アルカナム)を制限するという制約が生まれたらしい。

 

「……その時の事は僕は参加してなかったから詳しくないけど、凄くとんでもない事を話されている気がするぞ。それが本当ならシン君がこのままオラリオ(ここ)に居るのって大丈夫なのかい?」

「別に神となったわけやないしなぁ。だからルシファー(あん畜生)と戦った後、天界に居らんかったから皆死んだものだと思ってたんやし……。あーっ、思い返したらまた腹たってきたわ! シンもシンや! 今まで何やってたんや!?」

 

 そんな事を問いかけられても、あなたには最後にルシファーと戦って敗れた記憶しかない。

 意識が目覚めたと思ったらこのオラリオに居てヘスティアに声をかけられたのだ。

 素直にその事を伝えるとロキは地団駄を踏んで悔しがる。

 

「くぅーっ、もうちょいタイミングが違えばっ! ……ま、ええわ、こうなっちまったもんはしゃあない。シンがこういう時無駄に義理堅いのも、頑固なのも承知しとる。どうせほいほい改宗なんてせんやろ? じゃあそういうこっちゃ」

「どういうことだよ!?」

「シンはウチのオトコやけど、依然ヘスティア・ファミリアのままっちゅうこっちゃ。ついでに外にも女神(オンナ)は居るから多分そいつらもな」

 

「釈然としないけど、僕の所に居てくれるんならまあ……あ、そういえば神の恩恵の件は?」

 

 ロキの説明に途中で突っ込みを入れつつも険しい表情で聞いていたヘスティアだったが、思い出したかのように重要な事をロキに訴えかけた。

 

「あー、それがあったなぁ……。シンならそんなもん要らん気もするけど、あった方がウチとしても安心やしなぁ……。なぁ、シン……神の恩恵は受けてもウチらに対する裏切りにはならんと思うで、だからちょちょっと受けて──まてよ」

 

 ロキはその話を聞いて半ば呆れ顔で考え込みシンを説得しようとしたが、なにか思いついたかのように悪い顔を浮かべて言葉を止めた。

 

「ヘスティアが神の恩恵を授けたり【ステイタス】更新したりするときにウチが居ればシンも問題ないやろ? 変な事は出来ひんわけやし」

「ちょ、ちょっと待てよ! 眷属の【ステイタス】内容を他の神に明かすなんて──」

「さっき言ったようにシンはちょいと特殊な存在や。シンの事を昔から知ってるウチと情報共有しておいた方が役に立つと思うで?」

「ぐぬぬ」

 

 唐突なロキの提案にヘスティアは抗議の声を上げるが、結局ロキに丸め込まれて反論出来ずに押し黙しかなくなってしまった。

 こういう時にロキは弁が立つのだ。たとえ胸囲の格差に打ちのめされようとも、精神安定剤(あなた)が側にいるのならば尚更に。

 

「安心せい。アンタはともかくシンに悪いようにはせんわ」

「その言葉のどこを安心しろって言うんだい!?」

 

 だがこのままでは話が進まない。ロキが問題ないというのならば神の恩恵を受けた方が良いのだろう。

 そう判断したあなたは2人に神の恩恵を受ける旨を伝えた。──あなたは気遣いの出来る人修羅なのだ。

 




次回は2/6(火) 23時更新予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 この人修羅に神の恩恵を

 あなたの言葉にヘスティアが渋々ここで神の恩恵を授けることに頷いた。

 

「……わかったよ。シン君もそう言うのならここでやってやるよ。じゃあ、上着を脱いで……そこに座るんでいいかな」

 

 ヘスティアの指示に応じて、あなたは上半身をあらわにして座り込む。

 ヘスティアは自らの指を針で傷つけると、その血をあなたの背中に塗りこんで神聖文字(ヒエログラフ)を描いていくことであなたの【ステイタス】が浮かび上がっていく。

 ヘスティアとロキはあなたの背中に浮かんだ【ステイタス】を覗き込んだ。

 

───────────────────

間薙シン 種族:魔人

Lv.1

 

力:&%* 40

魔:&%* 40

体:&%* 40

速:&%* 40

運:&%* 40

 

《魔法》

 

【】

 

《スキル》

 

【召喚】(サマナー)

・契約した仲魔を召喚、送還できる。

・無生物を異空間保管できる。

 

【人修羅】(ヘーミテオス)

禍つ霊(マガツヒ)を直接取り込み成長する。

・魔石の消費で肉体の修復が出来る。

 

【魔人】(ディアボロス)

・所持している禍魂(マガタマ)を励起できる。

・マガタマの励起は能動的行動。

・励起しているマガタマのスキル、アビリティが適用される。

・マガタマ、スキル、アビリティにはレベル制限が存在する。

・成長により励起していないマガタマのスキル、アビリティが追加で選択可能となる。

 

【アナライズ】

・眼前にいる存在の【ステイタス】を確認する。

・能動的行動。

 

【一分の活泉】

 瀕死に到るまでの耐久力が上昇する。

 

───────────────────

 

「うん……うん? なんだこれ? ……なんだこれ!?」

「な? 言ったとおりやろ?」

「根本的に色々おかしくないかい!? 基礎アビリティの等級が文字化けしてるし、運ってなんだよ!?」

「昔と仕様が違うからやろか。レベルやスキルはそれなりに今基準っぽいのにな」

 

 驚愕から声を張り上げるヘスティアに対し、ロキは想定内とばかりに淡々と評価を続ける。

 あなたが側にいる今、ロキはこれまでよりもずっと余裕を持ってヘスティアに接する事ができていた。

 

「【召喚】やけど、多分神連中(ウチら)は無理やで。人の子と同じように肉を持つ身になっとるからな。モンスターの中で意思疎通できる奴がいればそれか……あとは精霊やね」

「ちょっと待ってくれよロキ。それってシン君は調教師(テイマー)はおろか精霊使いの素質もあるってこと!?」

 

 ロキの言葉にヘスティアが叫び声をあげる。

 その声にロキはうるさいと顔をしかめながら言葉を続けた。

 

「あんまり大きい声だすなや……ここの精霊は人より(アクマ)に近い存在やからいけると思うで。そうそう、ここでは妖精っつったらエルフの事なんやけど、昔妖精って呼ばれてた連中の大部分も今の分類では精霊なんちゃうかな」

 

 だとすればかつての仲魔達のなかには、精霊として過ごしているものもいるのだろうか。

 そう尋ねたあなたに、ロキは残念そうに首を振って答える。

 

「ウチにもその辺はわからんよ。アイツら気紛れやし」

 

 あなた達がそんな会話をしている間に、あなたの【ステイタス】をうんうん唸りながら凝視していたヘスティアが再び声を上げた。

 

「【人修羅】のマガツヒを直接取り込み成長するっていうのは?」

「マガツヒって呼び方懐かしいなぁ。ヘスティアは冒険者の成長の仕組みちゃんと理解しとるか?」

 

 ロキからふられた質問に、ヘスティアは知恵を絞りながら答えていく。

 

「え? 成長の仕組みって言われてもなぁ……神の恩恵を受けた冒険者がモンスターを倒すと経験値(エクセリア)を得て、【ステイタス】を更新した時に行動に関連する基礎アビリティが成長したりランクアップしたりするんだろう?」

「概要はそれでもええけどな。まず、マガツヒっちゅうのはモンスターの体を構成する……まあエネルギーみたいなもんや。モンスターを倒すっちゅうか魔石を奪えば体の大部分は灰となって霧散する。これはモンスターとしての肉体がマガツヒに戻った事を表す。んで、マガツヒはダンジョンへと還り、そのマガツヒを使って再びダンジョンからモンスターが生まれ出るって寸法や」

 

 その部分だけを聞けば、ボルテクス界であなたが悪魔を倒して自身を強化していったのと大きく違わないだろう。

 もしかしたら、かつての悪魔達のように人間からマガツヒを搾り取っているものもいるかもしれないが。

 ヘスティアはロキの説明に首を捻って疑問をあげる。

 

「そんなの初めて聞いたけど、それと冒険者の成長と関連があるのかい?」

「大有りや、神が神の恩恵を授けることで、冒険者には器みたいなモンが出来る。その器に倒したモンスターのマガツヒが少し集まるんや。冒険者の行動に関係する箇所ほどマガツヒが集まりやすくなる、それが経験値や。で、経験値として器に溜め込まれたマガツヒを神が【ステイタス】を更新することによって冒険者の血肉として、実際の成長へと繋がるっちゅうわけやな」

 

「なるほど……ん? じゃあつまりシン君は……」

「【ステイタス】更新の必要がないっちゅうこっちゃ」

「……それって僕いらなくない?」

「そうかもなぁ」

 

 ヘスティアはロキの解説に納得が行ったと一度は頷いたが、あることに気付いて動きを止める。

 ロキはそのヘスティアに追い討ちをかけるとニシシと笑った。

 

「……【ステイタス】といえば【アナライズ】とかいうおかしなスキルが見えるのは気のせいかな?」

「気のせいやないで。シンも昔はそういう事が出来たしな。ただちょい気になる……シンはアナライズは書き換えてたはずやろ? ま、それ以前に使ってた筈のスキルが殆どないけどな」

 

 言われてみればそうだ。あなたがヘスティアに最初に会ったときに反射的にアナライズをかけたが、アナライズと同等の効果を持つ万里の望遠鏡を手に入れてからは、他のスキルに書き換えていたのだ。──あなたが過去に戦っていた時は、マガタマからスキルを引き出してあなた自身が保持する形だった。

 その為、あなたという存在の殻には保持できるスキルの数に制限があり、不要なスキルは書き換えて捨てる必要があったのだ。

 しかしヘスティアに会った時、あなたはアナライズを使用出来ると思ったから使用し、実際に使用できた。それだけではない、ロキの言う通り一分の活泉もとうに書き換えたはずのスキルであり、最終戦闘で使用していたスキルがひとつも残っていない。これも弱体化の影響なのだろうか。

 あなたがその事を告げるとロキは腕を組んで唸った。

 

「うぅむ……シン、ちょいと別のマガタマに換えられるか? ……出来そう? そんじゃあイヨマンテあたりいけるか?」

 

 なにか思いついたことがあるのだろうか。ロキに指示されたとおりに、あなたは精神を集中してあなたが内に秘めるマガタマを呼び出した。あなたを人から別のモノへと変えたマガタマであり、宿敵に植え付けられた混沌(マロガレ)から、渋谷のジャックフロスト(ヒーホー)から購入した祭祀(イヨマンテ)へと励起されているマガタマが切り替わり、あなたの中に今までとは異なる力が沸き出てくるのを感じる。

 

「うわっ、なんだこれっ!?」

「ああ、やっぱりなぁ……」

 

 あなたの合図を受けて改めてヘスティアとロキがあなたの背中を覗き込むと、ヘスティアは目を見開いて驚き、ロキは予想通りとばかりに頷いた。──口元に浮かぶ笑みを隠しもせずに。

 表示内容だけを見ればかつてのあなたよりも格段に落ちる。だが表示されたスキルの内容とこの時点でのレベルがまだ1だというのを考えれば、愛する男(あなた)はまだまだ高みへと昇る素質を持っているのだ。

 

「やっぱウチの惚れた男は一味違うなぁ」

 

 ロキがしみじみと呟き、あなたがそれに片手をあげて答える。

 甘い空気が流れるが、ヘスティアがそれを許さない。

 

「君達イチャつく前にコレを説明してくれよっ」

 

 そう言ってヘスティアがあなたの背中を指差した。

 

───────────────────

間薙シン 種族:魔人

Lv.1

力:&%* 40

魔:&%* 40

体:&%* 40

速:&%* 40

運:&%* 40

《魔法》

 

【タルンダ】

 

《スキル》

 

【召喚】(サマナー)

・契約した仲魔を召喚、送還できる。

・無生物を異空間保管できる。

 

【人修羅】(ヘーミテオス)

禍つ霊(マガツヒ)を直接取り込み成長する。

・魔石の消費で肉体の修復が出来る。

 

【魔人】(ディアボロス)

・所持している禍魂(マガタマ)を励起出来る。

・マガタマの励起は能動的行動。

・励起しているマガタマのスキル、アビリティが適用される。

・マガタマ、スキル、アビリティにはレベル制限が存在する。

・成長により励起していないマガタマのスキル、アビリティが追加で選択可能となる。

 

【精神無効】(アフィティビトス)

・魔法や呪詛等の要因を問わず魅了、睡眠、混乱を無効化する。

 

───────────────────

 

「しゃあないやっちゃなぁ……予想通り昔と違ってマガタマを切り替えることで使えるスキルが変わるんやな。今【アナライズ】は使えそうにないんやろ? 多分昔おったペルソナ使いに似た感じやな。レベルが上がれば今使えんスキルや、メインでないマガタマのスキルも使えるようになるって認識で良さそうや」

 

 ロキの説明通りならば、マガタマやスキルも低レベルの物から順に使えるようになっていくのだろう。

 その経緯で考えるとマサカドゥスは最低でも他のマガタマが全て使えるようになってからだろうか。

 あなたはなるほどと頷くが、ヘスティアが疑問の声を上げる。

 

「そのマガタマってのはどれくらい切り替えられるのさ?」

 

 それに答えるのはあなたの役目だった。

 現段階ではここに来た当初に確認した通り、マロガレ、ワダツミ、アンク、イヨマンテ、シラヌイの5種。

 もし全て扱えるようになれば25種のマガタマを切り替えられる筈だ。

 

「25!? なぁ、ロキ。僕はもうお腹一杯なんだけど……」

「この程度でツッコミ疲れとはだらしないやっちゃなぁ。ほいじゃ残りのマガタマのスキルも確認していこかー」

 

 傍目に見ても浮かれているロキとは対象に、あなたの主神となった筈のヘスティアはゲッソリとした顔をしていた。

 2人の会話を聞く限り、相当前例のない状態なのだろう。だからといってあなたにはどうすることもできないのだが。

 

「やっぱ弱点が付いとるのは慎重に扱った方がええな。今までずっとマガタマを扱ってきたシンにゃ釈迦に説法かもしれんけど、一応な」

 

 ――一通りのマガタマのスキルを確認して、ロキがそう漏らした。

 例えば海神(ワダツミ)の励起中は氷結属性の攻撃を無効化するという特性を持っている反面、電撃属性はより致命的な被害を負うという弱点を併せ持っており、それはココでも変わらないようだ。

 以前のセオリー通り、能力を把握していない相手には弱点のないマガタマで挑んだほうが良いだろう。

 あなたはそんな事を考えながら上着を羽織っていく。

 

「それじゃあ用も済んだし()()の本拠地へ帰ろうか!」

 

 あなたが着替え終わるのを待ち、やっと解放されるとばかりにヘスティアが声をかけて来る。

 しかし、ロキがそれに待ったをかけた。

 

「ちょ! ちょい待ちーや! ドチ……いや、ヘスティア、ヘスティアさん、待って下さい!」

「今度はなんだよ?」

 

 珍しく下手に出てきたロキを胡散臭そうに睨みつけながらヘスティアが尋ねると、ロキは拝み倒すような形で頼み込んだ。

 

「久しぶりの再開なんやで!? 一晩、せめて一晩だけでもシンを貸して貰えん?」

 

 一晩。ロキの言葉の意味を察したヘスティアは一瞬で顔が真っ赤に染まる。

 

「ひ、一晩って、そそそ、そんなふしだらな事に、ぼぼぼ僕の大事な家族は貸せないよっ!」

 

 あらぬ想像をしたのか酷く動揺しながらヘスティアが大げさに手を横に振りながら否定した。

 普段のロキだったらここで初心な女神をイジる所だが、今ヘスティアの機嫌を損ねたら元も子もないと判断したのだろう。ロキはぐっと我慢して言い募り、あなたからも頼み込んだ。

 

「お願いや! 今までずっと会えんかったんや……この借りは必ず返すから……」

「……しょうがないなぁ。シン君までそう言うんなら……」

 

 あなたの言葉と涙を浮かべて懇願するロキの姿に、ヘスティアがついに折れた。

 しかし、ロキに指を突きつけて警告するのも忘れない。

 

「でも今晩だけだからね! シン君は朝には帰ってくること。前からお付き合いしてたっていうから多少は考えてやるけど、節度を保つんだぞ! シン君はウチの子なんだから、ロキもあんまり引っ付いて回るなよ!」

 

 ヘスティアは一気に捲くし立てると、肩を落としてブツクサと小声で悪態をつきながら帰っていった。

 

 

 ヘスティアが退出したのを確認すると、早速ロキが甘えるようにあなたに抱きついてくる。

 

「さあって、邪魔者も帰ったことやし、イチャイチャしよかー……あたっ、何するんや!」

 

 あなたに額を小突かれたロキは抗議の声を上げた。

 あなたも一応ヘスティア・ファミリアに属する事になっているのだ。神の恩恵を受ける事もロキが認めて勧めたことだ。だとすれば邪魔者扱いは良くないし、関係も改善していく必要があるだろう。

 ロキはあなたの小言に口を尖らせながらも不承不承頷く。

 

「ちぇっ、しゃーないなぁ……」

 

 それさえ判ってもらえればあなたからはこれ以上言う事はない。

 あなたにとっては一瞬でも、幾星霜を超えて待ってくれていたロキに報いる必要はあるだろう。

 それをロキの唇を塞ぐ事で表明した。ロキの体が一瞬強張るがすぐに力が抜ける。

 あなたはそのままロキの腰に手を回し、抱き寄せていった。

 




ヘスティア様にも春はちゃんと来ます。

次回は2/10(土) 23時更新予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 ロキちゃんは語りたい

「ウチな……シンが居なくなってから、ずっと寂しかったんやで」

 

 あなたの腕の中で、ロキが睦言(ピロートーク)を囁いている。

 

「シンがどこかに居るんやないかと、天界をずっとずっと探してたんや」

 

 東京受胎が起こったとき、世界は滅びた。そして、新たな(コトワリ)を持った世界へと創世する為の戦いがあのボルテクス界での戦いだったのだが……あなたは創世の神(カグツチ)を倒した。そのため、かつての世界はそのまま消え去り、神々は天界へと還った。しかし、そこにあなたの姿はなかった。

 

「……でも、どこにもおらんくてな、暫く荒れてる時期もあったわ」

 

 ヘスティアとの因縁もその頃に生まれたらしい。主に胸が原因なのだろうが。

 

「むむむ胸ちゃうわ! シンかてウチのサイズでも愛おしいって言うてくれたやん。あれは嘘やったん……絶望や、よよよ……」

 

 あなたの失言にロキがわざとらしく泣き真似をする。もっとイチャつけ(機嫌を取りに来い)というサインだ。

 しかしただ言われた通りにするのも癪なので、あなたはロキが音を上げるまでスキンシップを取り続けた。

 

「たっタンマ! それ以上はアカンて! マジアカン!」

 

 あなたは息も絶え絶えになったロキが懇願してきたところでようやく手を止める。

 しばらくして息を整えたロキが口を尖らせて抗議をしてきた。

 

「ったく、ちょっとは手加減してくれてもええやん。……でまあ(ソレ)も理由の一つではなくもなかったかもしれんけどな。シンもゼウスの奴は知っとるやろ?」

 

 先程ヘラクレスの話題が出た時に思い出したばかりで忘れるはずもない、宿敵(ルシファー)と同じ『ろくなことをしない』カテゴリの(アクマ)だ。

 

「アレと一緒にするのは流石にどうやろ……ま、ええか。シンはヘスティアがゼウスの姉やって知っとったか?」

 

 初耳である。あなたはゼウスの兄弟と聞かれればハデスとポセイドンと答える程度の知識しか持ち合わせていない。

 

「……一応言っとくけどヘラもゼウスの姉やで、ヘスティアが長女や」

 

 ヘラはゼウスの嫉妬深い妻ではなかっただろうか。あなたが確認をするとロキはあなたの指をガブリと齧る。

 

「色々手ぇ出しとるシンが言えた話やないやろ! ま、昔は結構自由やったんや。シンの生まれた時からみても神話時代やしな」

 

 確かに何人もの妻神(ヒトヅマ)と関係を持っているあなたが言えた話ではない。ないが、近親婚は少し違わないだろうか。それにどちらかといえば手を出された立場だ。

 

「うっさい! ウチにとっては大して変わらんわ!」

 

 ロキがそんな状態で、他の仲魔は……といえば反応は様々だったようだ。ルシファーを倒さんと息をまく物、引き篭もる物、割り切って他の英雄(オトコ)を漁る物──ロキは名前を出さなかったが、あなたにはそれぞれ誰の事を指しているのかは大体想像がついた。

 

「とにかくや、それから暫くしてまた世界が創られたんや。それがここ、オラリオのある今の世界な。前ん時の事があるから、ホンマはウチラは直接手ぇださんって話にはなってたんやけど……」

 

 かつての戦争では結果として新たなコトワリを拓いて創世への足がかりを掴んだのは人類だけだった。その経験から、神々は人類の力を信じて極力世界に干渉をしないようにした。

 しかし、新たな世界にも魔は潜んでいたのだ。

 

「……『迷宮』(ダンジョン)はな、神々(ウチら)が唯一目の届かん深遠や。モンスターもあそこから生まれてきて昔は人々を蹂躙しとった。だから見かねた神々が降りて、人間に力を与える事にしたんや。あ、表向きには暇しとったから来たことになっとるからヨロシクな」

 

 千年前、モンスターに蹂躙される人々の前に神々が降臨し、人々に力を与えた。それが冒険者の始まりである。

 神々は神威を封印し、冒険者に神の恩恵を与えることと道を示す程度の助力に留められるルールもこの時点で作られた。

 もっとも『道を示す』の拡大解釈で国の行く末まで左右している神も居るようだが。

 建前上暇だったから遊びに来た事になっているが……本当に下界()遊びに来た連中も恐らくいるだろう。

 

「せやな。それにゼウスも半分は本当に人々の為やろうけど、もう半分は美人を漁りにきたんやし。ヘラまでくっついてきたんは見張りの為やろうしな。……そんでそれから暫くしてウチもいつまでも荒れてるなら邪魔だから下界にでも行って来いと叩き出されてなぁ」

 

 ロキが遠い目をして呟く。つい最近似たような話を聞いた気がしないでもない。ひょっとしたら胸や家族の事がなければあの2人は気が合うのではないだろうか。

 そう思ったあなただったが口には出さずにおいた。拗ねるロキも可愛いがいちいち脱線させては話が進まない。

 

「ファミリアを創って、眷属を持って思ったんや。家族ってええなぁ……って。ウチ、今の家族がめっちゃ大事やねん。あ、当然シンもやで! 比べることなんて出来んくらいや。せやからウチの家族とは争ってほしくないねん。本当はウチのファミリアに改宗して欲しいけど──」

 

 ロキが寂しそうな顔で呟く。たまらずあなたは腕の中の彼女を強く抱きしめた。

 ロキの家族なら自分の家族も同じだ。ファミリアが違っても家族を傷つけたりなんてしない。

 そう耳元で囁くと、ロキも頬を赤らめて頷いた。

 

「うん、信じとるで……あ、それと家族に手ぇ出すのもアカンからな。シンは近親婚と一緒にするな言うたやろ? だったら家族に手ぇ出さんよな?」

 

 あなたは男らしくキッパリと答えた。向こうから来た場合は保証は出来ないと。

 そしてまたロキに指を齧られた。

 

「シンのアホッ、ボケナスッ! まあアイズたんから来るような事はないだろうし……いや、アイズたんだからこそシンって事も……? まあシン相手なら納得も……いや、アカン。シンはウチのモンや! 例えアイズたんだとしても……アタッ」

 

 ロキはあなたを罵倒した後、勝手に1人で煩悶しだしたが、あなたの独占を主張した段階でデコピンを喰らう。

 妄想が迷走しすぎだ。

 

「なんで男っちゅう奴はこう……。まあウチがこうしてられるのもそのお陰って言えばそうなんやけど……」

 

 男女の(このような)関係になったのはロキが最初ではない。むしろ仲魔に加わったのは遅いほうだ。

 今のような形となったのはロキにとっては僥倖といえば僥倖だったのだ。

 もしあなたが1人だけを選んでいたら、誰を選んでいたのだろうか。

 誰もそれを確認しようとはしなかった。

 それに男ばかり槍玉にあげるがクイーンメイブなどはどうなのだ。

 

「フンだ、ウチは男はシン一筋だからそんなん知らん! そもそもこんな時に他のオンナの話なんかせんといて……あっ、そうや」

 

 あなたの指摘にロキは鼻を鳴らして顔を背けるが、何かを思い出したかのようにあなたに向き直った。

 

「今のオラリオにもメイブの上位互換みたいな奴おるんやった。フレイヤっちゅう女神なんやけど、シンも気ぃつけてや。アイツ英雄とかそういうのを魅了して侍らせるのが趣味やから目をつけられんようにな」

 

 クイーンメイブの上位互換とは相当厄介な相手だ。クイーンメイブの時点であなたですら彼女の貪欲さには勝てず、たまに幻魔の英雄(クー・フーリン)を身代わりにしていた位だ。

 彼等は今どうしているだろうか。

 

「メイブは言わずもがなや。シンがおらんならおらんで他の英雄(オトコ)を漁るだけや。んでクーやんはメイブに捕まっとったで」

 

 もしかしたらあなたの所為かもしれない。だがこれはこれで運命だったと諦めてもらうしかないだろう。

 あなたは心の中で合掌する。

 しかし身代わりも居ない今、そのフレイヤに目を付けられるとどうしようもないかもしれない。

 

「ま、アイツかて下界で神の力を使っちゃいけない制約は受けとるんや。無理難題ふっかけてくるようならウチが守ったるから安心しぃ。ただ魅了にだけは気をつけてな」

 

 ロキはそう請け負うものの、あなたはその言葉に甘えてはいられない。

 あなたにだって仲魔達の先頭にたって戦ってきた矜持というものがあるのだ。

 身代わり(クー・フーリン)にはどの口でと言われそうだが、あるものはあるのだ。

 

「ほんっと男っちゅうやつはこれだから……」

 

 ロキが呆れ顔で溜息を吐きながらもあなたの胸に顔を摺り寄せてくる。

 

「こっちはこっちで勝手にやらせてもらうけどな。それよりウチの子らへの言い訳考えようか。リヴェリアにも釘をさされたろ?」

 

 確かにロキの言う通り。あの眼光を持つ女傑を軽視すると後が恐ろしい事になりそうだ。

 だがあなたにはそうそう都合の良い言い訳など思いつかない。

 ロキが外で作った男にせよ、ファミリアを結成する前に作った男にせよ、《あなたが何者なのか》を何処まで説明するかによって変わってくるだろう。

 この際魔人であることは打ち明けても良いのではないだろうか。

 あなたがそう提案すると、ロキはうぅんと唸って首を横に振った。

 

「ある程度の力の根拠は欲しいけど、魔人っちゅうのはイメージ的に良くないからなぁ。神と人の子位でええんちゃう? そんなら若いまま長生きしましたーでも通るやろ」

 

 ヘラクレスと同様にということだ。なぜか会った事もない彼と同じような状況になりつつある。

 ハッタリを仕掛けるなら大胆に、『道化師』(トリックスター)と呼ばれるロキの本領発揮といったところか。

 神々は人の子の嘘を見破る事が出来るが、関わっているのは同じ神々と魔人であるあなただ。問題はないだろう。

 しかしその場合誰の子とするべきか。親……母……地母神といえばスカディあたりだろうか。

 

「スカディはアカン! 一番アカン! それ絶対フレイヤに目を付けられる奴やん!」

 

 スカディは当のフレイヤの母であるという。……もうフレイヤの目を逃れるという観点では既に手遅れなのではないだろうか。

 あなたの額に冷や汗が流れる。

 

「フレイヤがスカディから話を聞いてるとは限らんやろ。こっちからわざわざネタを提供してやる必要ないわ。そもそも女神じゃなくてええやん。女神達(連中)後からでも話を聞いたら絶対それ口実に母子プレイするで」

 

 パールヴァティあたりはノリノリでやりそうだ。カーリーだと少々背徳感を感じる……などと想像していた所で、あなたは三度ロキに指を齧られた。

 そろそろ真面目に考えなければならない。やはり近くにいるディオニュソス、ガネーシャ、タケミカヅチあたりと連携した方がよいだろうか。

 

「それはそれでなんでソイツのファミリアに入ってないんやってなるんよなぁ。オラリオにおらん奴で子供が多くても目立たない……、シンの生まれを考えると……オオクニヌシやな!」

 

 タケミナカタの異母弟ということになるのだろうか。しかし当神の許可は取らなくてもいいのか。

 あなたが疑問の声を上げると、ロキは畳み掛けるように言った。

 

「そんなん事後承認でええやん。設定や設定! ウチの子らに説明するだけで大っぴらに触れて回るわけでもなし、ちゃんと連絡は入れとくさかい」

 

 オオクニヌシは極東にいるらしい。ついでに言えばアマテラスもまた極東で引き篭もっているそうだ。

 彼等にもそのうち顔を見せに行かねばならないだろう。その前に近くにいる神々か。

 

「ま、そっちは明日にでも挨拶回りしとけばええんやない? 設定についても一応話しとき」

 

 そうロキが楽観的に言う。あなたも彼等の現在の状況は知っておきたい。ダンジョンにはそのあと赴こう。

 だがまだ夜は長いのだ。あなたがロキの肩を抱く手に力を入れると、ロキも甘えるようにすりよってきた。

 

 




シンとロキがイチャイチャして悪巧みをするだけの回

神話ではロキと関係を持ったともされるスカディ(スカジ)ですが、この作品ではフレイ&フレイヤの母説を採用。

オオクニヌシが極東に居るという独自設定。
アマテラスが引き篭もっているというのも独自かもしれない設定。

作中翌日の予定
朝帰り → 挨拶回り → ギルド登録 → ダンジョン

次回は2/17(土) 23時更新目標


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 DYNAMIC DOGEZA

 翌日あなたがヘスティア・ファミリアの本拠地(ホーム)である廃教会に戻ると、ヘスティアが仁王立ちで待ち構えていた。

 

「……僕の言いたい事はわかるかな?」

 

 勿論あなたにはわかっている。戻るのが遅いという話だろう。

 ダンジョンへ赴く為にも色々と準備するものがあり時間がかかってしまったのだ。

 その証拠にあなたは冒険者と呼ばれても遜色のないような武器と防具を揃えていた。

 あなたは過去にヒートウェイブや死亡遊戯といった魔力の剣を生み出して戦うスキルを扱っていた為、剣の扱いは体がなんとなく覚えている。

 そして元々防具など不要であったが、体裁も必要ということで動きやすさ重視で防具を選んだ。

 長剣(ロングソード)を腰に下げ、急所を護る部分鎧を着けたあなたは立派な軽戦士に見える。

 

「うんうん、僕は翌朝っていったもんね。ちゃんと覚えてくれているんだね。装備を整えたから遅くなった。それもまあわからなくもないぜ。じゃあソイツはなんだよ!」

 

 そう怒鳴ってヘスティアは、あなたの腕に絡み付いているロキを指差す。

 当のロキはしれっとした顔でヘスティアに話しかけた。

 

「シンの装備をウチが見繕ってあげたんよ。大事な大事なシンのデビュー戦や。ギルドの支給品なんて持たせられんやん?」

「だからと言ってロキに施される筋合いなんてないぞ!」

 

 今にも噛み付きそうなヘスティアの反応だったが、ロキはチッチッチッと言いながら指を立てて左右に振る。

 

「生憎ウチが出すっちゅうても聞かんかったシンの自腹や。だからこの件はウチに貸しはなしやで。そうそう、貸しと言えばシンを借りた分は昨日のアンタの()()()()で相殺やからな」

「うぐっ……痛いところを」

 

 ちゃっかりしたロキの提案に渋々頷くヘスティア。──実の所を言えばあなたをオオクニヌシの子という設定とした以上、ヘスティアのやらかしは意味がなくなったも同然だったのだが。

 とはいえ結果的にそうなっただけでやらかした時点では問題となるかもしれなかったので、あなたも今回に関しては中立の立場を取った(黙っている事にした)

 

「ま、それはそれと確認することもいくつかあったんでな。ちょっと邪魔するで」

 

 ロキはそう断るとあなたとヘスティアの背を押すように廃教会の中へ押しやり、ヘスティアに耳打ちをした。

 

「ヘスティア、シンのスキルはまさかそのまま書いて出しはせんよな?」

「まさか。レアスキルの塊なんてもんじゃないあんなのをそのまま出したら、他の神々(連中)がどんなちょっかいかけてくるかわかったもんじゃない」

 

 ロキの言葉にヘスティアは考えるのも嫌だと首を振る。

 その様子にロキは頷くと昨日あなたと話した内容を持ちかけた。

 

「万一そうなってもシンの為にウチが手ぇ貸さんこともないけど、無駄に種は蒔かんほうがええな。ただ目立つのは避けられんだろうから、設定を決めといたで。シンはオオクニヌシと人の子っちゅうことで」

「まあ……あのスキルなら普通にやっても目立っちゃうかもなぁ。オオクニヌシと人の子ってそれこそヘラクレス君みたいにか」

「せや、幸いオオクニヌシにはヘラみたいな奴もおらんし、妻と子もようさんおるからな。オオクニヌシには連絡は入れとくから、心配せんでもええで」

 

 ロキの提案にふぅむと唸って納得しかけたヘスティアだが、あることに気付いてはたと動きが止まった。

 

「ってもしかしてオオクニヌシも?」

「元仲魔やで。それからここにおる元仲魔のタケミカヅチ、ディオニュソス、ガネーシャには挨拶にいっとき。まだシンが来た事しらんやろうしな」

 

 げんなりとした顔のヘスティアの問いに、ロキは誇らしげに頷くとやはり昨日あなたと話した今後の予定を切り出す。

 それを聞いてヘスティアはますます顔を曇らせた。

 

「まあそれは必要だよね……タケミカヅチとガネーシャはまだしもディオニュソス君かぁ……」

「なんや、気が乗らんのか? ディオニュソスなんて身内やろ?」

 

 破壊神ディオニュソス。その肩書きとは裏腹に気品あふれた酒と芸術を愛する神だ。だが戦闘においては肩書通り(アルコール)など生ぬるい苛烈なる地獄の業火(マハラギダイン)で全てを焼き尽くす……。

 ゼウスが愛人であるテーバイの王女セメレーの子に生ませた子であり、その母はヘラの策略によりゼウスの神威を目の当たりとして彼を身篭ったまま焼死した。それが彼が業火を扱う理由のひとつなのだろう。

 いつものゼウスのやらかしの被害者である為に、その身内であるヘスティアとも険悪なのかといえばそうではない。

 胎児であった彼を取り上げて成長するまで保護したのもゼウスであれば、ヘラとも和解したと彼自身に聞いた覚えがあなたにはあるのだが……。

 

「うん、昔ちょっとオリュンポス十二神(面倒な仕事)を押し付けた事があってね。僕がこっちに来た時に『おやおやヘスティア伯母様、竈の番があったのでは?』とか言われちゃってね……どうにも顔を合わせ辛いんだよね」

「アホやなぁ……ま、自業自得の精算もついでにしとき」

 

 ロキの言葉にバッサリと斬られたヘスティアはがくりとうなだれた。

 

「じゃ、ウチもやる事があるし今日は帰るわ。シン、また会いに来るからなー」

「もう来なくていいよ!」

 

 にこやかにあなたに向かって手を振り廃教会を出て行くロキに対して、ベーと舌をだす子供のようなヘスティア。

 その様子を見てあなたは、犬猿の仲の2人ではあるがやはり似たもの同士なのではないかと考えていた。

 そんな考えを見透かしたかのようにヘスティアが横目であなたを睨んで鼻を鳴らす。

 

「フンッ、シン君もなんでロキなんかと! まあいいや、他の神のところに行くんなら早く行こう。3神もまわるんなら今日なんてすぐに終わっちゃうぜ」

 

 ヘスティアはそう言って廃教会を出て行った。

 あなたもそれを追って歩みを進める。

 

 

----------------------------------------

 

 西地区にあるアパートのような古びた建物、それがタケミカヅチ・ファミリアの本拠地(ホーム)である仮住居の長屋(タウンハウス)だ。

 あなたとヘスティアが入り口に近づいていくと、道を箒で掃いていた黒髪の少女が声をかけてきた。

 

「おや、ヘスティア様ではありませんか。タケミカヅチ様にご用事ですか?」

「ああ、(みこと)君。まあそうなんだけどね、タケミカヅチはいるかい?」

 

 少女の言葉にヘスティアは頷くと、タケミカヅチの所在を問いかけた。

 

「はい、呼んでまいりますね。ところでそちらの方は?」

「おっと、こっちは間薙シン君。僕の初めての眷属さ。シン君、そっちはタケミカヅチの所のヤマト・命君だよ」

「おお、それはそれは。おめでとうございます、ヘスティア様。 シン殿、自分はヤマト・命と申します。よろしくお願いします」

 

 ヘスティアの紹介を聞いてにこやかに挨拶をしてくる命。あなたも同様に挨拶を返す。

 友好的に話を進められそうでなによりだ。

 そんなあなたの期待は、直後に裏切られることになる。

 

 鬼神タケミカヅチ──角髪(みずら)を結った偉丈夫で建御雷と表記されるように雷を扱う武の神である。

 その武神があなたの前で跪き、両手をついて頭を地につけている。俗にいう土下座という奴だ。

 

 命に連れられて現れたタケミカヅチは、あなたを見るなり土下座(この姿勢)に移行した。

 命のあなたを見る目が氷点下に下がった気がする。

 

「すまないっ! 俺達の力が足りないばかりにっ! だから化けて出ないでくれっ!」

「ちょ、ちょっとシン君。神になんてことをやらせるんだいっ!?」

 

 どうやらあなたが死後化けて出たものと勘違いされているらしい。なんとか誤解を解かねば命の目が今にもあなたを呪殺しかねない険しさとなっている。

 ヘスティアも突然の出来事に混乱してあなたを責めるが、あなたが命じたわけでは決してない。それよりも化けて出るという単語に疑問を抱かなかったのだろうか。

 あんたは死んでいないし、そもそもあなたが宿敵(ルシファー)に敗北したのは、あなたの力が足りなかったからだ。それを仲魔に転嫁する気など欠片もない。

 理不尽に打ちのめされながらも、なんとかタケミカヅチを説得して立ち上がらせる。

 

「そうか、生きていたのか。早とちりしてしまったな、すまないすまない」

 

 頭を掻きながら軽く詫びるタケミカヅチ。

 そう思うなら(眷属)の冷たい視線を何とかして欲しい、とは流石のあなたも言い出し辛い。

 それよりもタケミカヅチの土下座(振る舞い)もあってあなた達は相当目立ってしまった。

 出来れば中で話がしたい。あなたがそう告げるとタケミカヅチは腕を組んで頷いた。

 

「どうやら込み入った事情もありそうだな。それにヘスティアの1人目の眷属という話も詳しく聞かせて貰おう。さ、中へ入ってくれ」

 

 タケミカヅチに案内されて、建物の中へ足を踏み入れる。

 建物の中はかつての日本を彷彿とさせる和風の装いとなっていた。

 

「そのあたりに座ってくれ。命、しばらく他の者が近づかないように頼む」

「はい」

 

 タケミカヅチの勧められてあなた達は思い思いに畳に座り込む。その間にタケミカヅチは命に人払いを命じ、命本人も遠ざけていた。

 

「これでよかったか?」

 

 あなたはタケミカヅチの問いかけに肯定を返す。ロキ達とも話した通り、これは重要な話だ。結果として眷属に話すかは後の判断として、今耳に入れるべきではない。

 タケミカヅチにはこれまでの事──主観ではルシファーに敗れた直後にオラリオで目覚めた事。ヘスティアに呼びかけられて名義だけの入団をしたこと。ロキとの再会とロキの提案により『恩恵』を受けたこと。今後は冒険者としてダンジョンに潜るつもりだが、目立ってしまった場合の為にオオクニヌシと人の子という『建前』を用意することなど──を話した。

 最初は胡坐をかいてうんうんと頷いていたタケミカヅチだったが、オオクニヌシのくだりが出て顔が引き攣り始める。

 

「な、なかなか大胆なことを考えるな……。ロキの提案か? 確かに奴なら言い出しかねないが……しかしオオクニヌシの子か。それならば多少派手な活躍をしようが説明はつくが……うぅむ……」

 

 何か問題でもあるのだろうか。あなたは悩むタケミカヅチに問いかけた。

 

「神と人の間に子は出来辛いんだ。俺達が神威を使えばそれこそ一夜孕みすら容易いが、な。とはいえオオクニヌシは拠点が極東(むこう)だ、父の眷属とならずにダンジョン攻略にやって来たという建前は通せると思う」

 

 確かに簡単に神と人の間に子が出来るならば、このオラリオなどは半神半人(ハーフ)で溢れていそうだ。

 だがそれがないということはかなり珍しい存在なのだろう。

 

「ロキの奴がどう考えているかはわからないが、オオクニヌシには俺からも連絡を入れておこう。それと俺の眷属らにはなんと話すべきかな。俺も3年前に下の世界(こちら)に来たばかりだから古い知り合いを通すには苦しいぞ」

 

 そこはこう、武神の威厳でなんとかならないだろうか。

 

「ちょっと、シン君! それは幾らなんでも無茶振りじゃないか?」

 

 そんなあなたの言葉をヘスティアが咎める。

 しかし、タケミカヅチはヘスティアを押し留めるのだった。

 

「良いのだ、ヘスティア。相変わらず無理を言う男だ。眷属達にはなんとか差し障りのない説明をしておこう」

「タケミカヅチもそれで納得するのかい!? ロキといい君といい一体シン君とどういう関係だったんだか」

 

 タケミカヅチの返答にヘスティアがぼやく。

 あなたとタケミカヅチは共に顔を見合わせて肩を竦めた。

 過去に神々の最終戦争(東京受胎)で共に戦った。関係はそれ以上でも以下でもないのだが、確かにあなたと仲魔の間にはそれだけでは言い表せない繋がりがあったのかもしれない。──一部の女悪魔達は別として。

 

「まあいいや、とりあえず今日は挨拶だから。じゃあタケミカヅチ、これからもよろしく頼むよ」

「ああ、零細ファミリア同士協力して行こうではないか」

 

 ひとまず話はまとまった。ヘスティアとタケミカヅチが改めて握手を交わす。

 あなたもタケミカヅチと握手を交わすと、廊下に出た。

 命と目が合った。どうやらずっとここに居たらしい。

 

「……命」

「もっ、申し訳ありませんっタケミカヅチ様っ」

 

 タケミカヅチが声をかけると命はすぐさま土下座の姿勢に入った。

 彼女にとってあなたはタケミカヅチ(主神)に土下座をさせた不審人物である。

 警戒するのも仕方のないことだろう。

 あなたは溜息をひとつ吐くと、あとはよろしく。それだけを言い残して仮住居の長屋(タウンハウス)を後にした。

 相手が悪魔なら力尽くで通せた(話は簡単だった)が、人間相手はなかなか難しいものだ。

 

 

 

 

 あなたとヘスティアが退出し、命への説教と聴取と説明を終えたタケミカヅチはオオクニヌシへの親書をしたため始めた。

 

「……ついでだ、あちらにも知らせておくか」

 

 そう考えたのは気紛れだった。

 しかしその()()()の手紙を読んだある女神が、『こうしちゃいられねぇ』とばかりに天岩戸(新)を蹴り破る未来をタケミカヅチは予想していなかった。勿論、あなたも。

 

 




仮住居の長屋(タウンハウス)が西地区にあるというのは独自かもしれない設定。
他の設定を鑑みると、貧乏ファミリアは大体西地区になるのかなって。

次回は2/24(土) 23時更新目標


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 まもって歓喜天

 タケミカヅチの仮住居の長屋(タウンハウス)から南に進むことしばらく。

 迷宮都市オラリオの中央にそびえる摩天楼(バベル)から八方に伸びる大通り(メインストリート)のうち、南西のメインストリートに行き当たる。

 メインストリートに出て、視界が開けたところで()()があなたの目に入った。

 ()()自体はメインストリートから少し離れて建てられているのだろう。それでも他の建造物を超えて嫌でも目に付く。

 

「ま、まあ……わかりやすく目印にはなるよね」

 

 ヘスティアが引き攣った笑いをしながら感想を漏らした。

 たしかに目印にはなる。あなた達の目的地をズバリ示しているのだから。

 

 ()()はとても大きな像だった。

 あなたの記憶の中にある奈良の仏像よりも数段大きい。

 ビルとすれば10階建てを超えるだろうか。

 それだけの高さを持った、逞しい男の坐像だった。

 しかし頭部は象のものとなっている。象牙が片方折れていることから一目でガネーシャを表したものだとわかった。

 あなたの正直な感想を言えば、奴ならやりかねないである。

 あなたの知る軍神ガネーシャは破壊神シヴァと地母神パールヴァティとの間に生まれた。生まれた時は人の姿であったが、頭部を象の頭にすげ変えられたという伝承を持っている。

 元通り人の姿を取ることもできるが、その時も象の仮面を常に被っていたから結構気に入っているのだろう。

 戦闘では食いしばりや衝撃(風属性)吸収、ランダマイザ(強力なデバフ)をもって敵に立ちはだかる強力な壁役(タンク)だ。電撃に弱いのが玉に瑕ではあったが。

 その役割もあったのしれないがとにかく目立つ事を好み、その存在感で敵を引き付けた。

 ガネーシャ自身が語るには商売の神であるとの事だったが、軍神は商売の神を兼任することが多いのだろうか。どこぞの武名高き三国武将も商売の神として奉られていると聞いた覚えがある。

 

 商売はさておき目立ちたがりなその気性が変わっていないのならば、ガネーシャの巨大な坐像(目の前のソレ)も納得できるというものだ。

 だが、あなたも想定しなかったことをやらかす奴もいる。

 巨大な坐像を目印にガネーシャの本拠地(ホーム)、アイアム・ガネーシャへと辿り着いたあなたはそれを思い知らされた。

 

「いやぁ、僕も初めて来たんだけどさ。これは……」

 

 目的地が近づき実態が明らかになるにつれ、ヘスティアも言葉を失う。

 あなたが目印としてきたガネーシャの像は、あくまで目印(ランドマーク)だと考えていた。

 本拠地である建物は坐像の近くに建てられているのだと。

 

 しかし、あなたの想像に反して坐像そのものが本拠地だったのだ。

 しかも胡坐をかいたガネーシャ像の股間部分が入り口になっているなどと、誰が想像できようか。

 ご丁寧に周囲を白い塀で囲い広々とした空間を確保しているため、その中央に存在するガネーシャの像──もとい巨大な建物は異様に目立っていた。

 塀の周囲ではちらほらと立ち止まって建物を見上げる人々も居る。観光地にもなっているようだ。

 

「あ、ちょっと君。ガネーシャに会いたいんだけど、居るかな? ……この中に」

「ガネーシャ様ならいらっしゃいますよ。……ええ、この中に。取次ぎいたしますね。ヘスティア様とそのお連れ様でよろしいですか」

 

 ヘスティアがなんとか塀側の門にいたガネーシャの眷属に声をかけると、眷属も苦笑しながら応対をした。

 ガネーシャの眷属自身もアレはどうかと思っているらしい。

 しばらく待たされた後、ガネーシャの眷属によって本拠地の中へと案内された。

 

 応接室であろう部屋に通されると、あなた達を待ち受けていた男が大声を張り上る。

 

「ようこそ、俺がガネーシャである! 」

「知ってるよ……」

 

 宣言を受けてヘスティアが漏らす。声を上げた男はあなたも良く知るガネーシャそのものだった。全く変わっていない。

 

「珍しい顔が来たものだな、ヘスティアよ。ガネーシャ嬉しいぞ。だが! その隣の人修羅は珍しいどころではないな! しかもヘスティアと一緒だとはガネーシャ驚いた! ロキには会ったのか?」

 

 どうやらガネーシャも元仲魔であったロキの事を心配はしていたようだ。

 あなたはタケミカヅチにしたのと同様に、ルシファーに敗れてからいままでの経緯をかいつまんで説明した。

 

「おおそうか! ロキとは再会したのだな! しかしヘスティアの眷属となったとは……いや、それでロキの矛が納まるならその方がよいのかもしれん。ロキの眷属となっていたよりはまだマシだろうしな……」

 

 ガネーシャの心配事は頷ける。ロキが抜け駆けした形と取られてしまいかねない。

 ロキに薦められるまでヘスティアの正式な眷属とならなかったのもそれを危惧していたからだ。

 ならばなぜヘスティアならば許されるのか、と言えばひとえにこれまで男に入れ込んだことのないヘスティアの神徳であるといえる。

 ロキの言を借りれば『ヘスティアはお子ちゃまやからそこの心配はしとらん、それに()()()()()()()』だ。

 信頼というより釘刺しなのかもしれないが、今の関係を続ける限りは問題になることはないだろう。──恐らくは。

 

 それよりもガネーシャには頼みたいことがあったのだ。ロキとカーリーとの間に問題が発生するかもしれない。

 なんとか間に入って貰えたりはしないだろうか。

 

「ふむ、カーリーが相手か……ハッキリと答えておくぞ。俺にはムリだ!」

 

 あなた頼み事の内容を聞いたガネーシャは、即座に首を横に振った。

 しかしあなたは落胆しなかった。駄目元の願いであったから。

 壁役(タンク)のガネーシャとはいえ義理の母ともいえるカーリーを相手取るのは精神的にも物理的にも苦しかろう。

 母は強しとはよく言ったものだ。母と言えばパールヴァティはどうしているのか、あなたはガネーシャに尋ねた。

 

「母上は天界におられる。下界(コチラ)には降りていない」

 

 ガネーシャが遠い目をして答える。話を聞くに天界に居る神々の数が減った為、(シヴァ)と共に絶賛デスマーチ中らしい。

 最近降りてきたというヘスティアが気まずそうに俯いた。

 

「今回は力になれずに済まんな、また気軽に声をかけるがよい。だが人修羅よ、丁度良い時期に現れてくれたな。近々怪物祭(モンスターフィリア)も始まる。【群集の主】(ガネーシャ)の主催であるがゆえに存分に楽しんでくれ。──それとヘスティアよ、神々に怪物祭(モンスターフィリア)への協力を願う為に神の宴を開催する。そちらにも奮って参加してくれると嬉しい」

 

 怪物祭(モンスターフィリア)──ガネーシャ・ファミリアの主催で行うオラリオの中でも盛大な祭りである。

 ガネーシャ達が占有した闘技場の中で怪物調教(モンスターテイム)を実演するという。

 調教(テイム)の素質を持った冒険者は、モンスターに実力差を教え込むことで従順にさせてしまうことが出来るのだ。

 調教(テイム)とは少し違うがあなたにも覚えはあった。

 対話(TALK)を無視して襲い掛かってきた悪魔の群れを返り討ちにしていくと、瀕死で生き延びた最後の悪魔が命乞いをしてくることがある。

 あなたはそのままトドメを刺すこともあれば、仲魔とすることもあった。調教(テイム)もそれに近いものだろう。

 上手くすればあなたもモンスターを調教(テイム)して、【召喚】のストックに入れることが出来るかもしれない。

 

「うむ、人修羅ならやれて不思議はない。このガネーシャが保証しよう!」

「だからってなんでもかんでも拾ってきちゃ駄目だからね」

 

 と、ガネーシャもあなたにお墨付きを出した。

 ダンジョンに挑む前に思わぬ情報が手に入った事にあなたは顔を綻ばせるが、ヘスティアは渋い顔をする。

 まるで捨て猫を拾った子供に言い聞かせる母親である。流石のあなたもその位の分別はあるつもりだ。

 あなたとヘスティアは軽く言い争いを続けながらも、ガネーシャに礼を告げて場を後にした。

 

 

 応接室に残されたガネーシャが独り呟く。

 

「すまんな……人修羅。俺が【群集の主】(ガネーシャ)であっても、母には勝てぬのだ」

 

 これはカーリーの事を指した言葉ではない。

 パールヴァティがまだ天界に残っている。これは事実である。

 しかしガネーシャは下界に降りる際、パールヴァティにひとつ言い含まれていた。

 

 シン(あなた)を下界で見つけた際は即座に知らせるようにと。

 

 一度下界におりてから天界に戻ってしまうと、再び下界に降りられないのが神々の規約(ルール)である。

 その為パールヴァティはあなたが天界で出現しても、下界で出現してもいいように保険をかけていたのだった。

 慈母のように心優しくおっとりとしたといわれるパールヴァティだが、天然腹黒(案外したたか)なのだ。

 

 

----------------------------------------

 

 アイアム・ガネーシャから南東へ進み、摩天楼(バベル)からみれば南にある地区の一角に、ディオニュソスの本拠地(ホーム)はあった。

 南の地区には繁華街の他、貴族達が通うような高級酒場や賭博場(カジノ)大劇場(シアター)などが並んでおり、美酒と芸術を愛する貴公子然としたディオニュソスによく似合う区域だ。

 当のディオニュソスの本拠地(ホーム)も彼のファミリアが経営する高級酒場に併設されていた。

 

「じゃあ、僕は待ってるからさ。君だけで行ってきなよ」

 

 ディオニュソス・ファミリアの門衛に面会を頼んだ所で、ヘスティアがそんな事を言い出してきた。

 ここまで来ておきながら結局腰がひけたらしい。

 あなたはヘスティアに呆れつつ、無理強いすることもあるまいと1人でディオニュソスへの挨拶に向かうことにした。

 

「ようこそ、ヘスティア伯母様の使いよ。歓迎する……と、シン殿ではないですか」

 

 ディオニュソスの眷属に案内をされた部屋に入ったあなたを、ディオニュソスが優雅に両手を広げて出迎えた。

 入ってきた人物をあなたと認識した時に訝しげな顔をしたが、最初から友好的な歓待だ。ヘスティアが話していた内容と違う。本神ではないからだろうか。

 あなたが内心首をかしげていると、ディオニュソスの方から質問を投げかけてきた。

 

「はて、私はヘスティア伯母様の使いが来たと聞いていましたが、それがシン殿だったとは。なかなか嬉しいサプライズですが何が起きているのでしょうか?」

 

 悩んだあなたはヘスティアが語った内容はひとまず置いておき、これまでの経緯を話すことにした。タケミカヅチやガネーシャに話した事と同様、オラリオで目覚め、ヘスティアに拾われてからのロキとの再会、そしてここに来るに到るまでの話だ。

 あなたの語った内容に、ディオニュソスは感動に打ち震えていた。そんな要素があったのだろうか。

 

「やはり、ヘスティア伯母様は素晴らしき神格者だ! オリュンポス十二神(栄誉ある地位)に列せられなかった私を哀れみ、竈の番という(とるに足らぬ)理由で私にその地位を譲ってくださった時のままだ!」

 

 あなたが聞いた話ではサボる為にオリュンポス十二神(面倒な仕事)を押し付けて怨まれているという話だった気がするが、どうも違うようだ。

 するとヘスティアが最近下界に降りてきた際に聞いたという嫌味もまた意味が違うのだろうか。

 

「え? ええ、確かに言いました。皆下界に半ば遊びに来ているのにヘスティア伯母様は千年近く降りてこられなかったものだから。軽いジョークとして言ったつもりだったのですが……はっ、まさかご自身の守護される竈を軽く言ってしまったのがまずかったのでしょうか? 降臨以降、ヘスティア伯母様が近づかれないのは身内贔屓を避ける為と思っていたのですが……」

 

 どうにもヘスティアとディオニュソスはお互いの事を勘違いしていたようだ。ヘスティアの被害妄想ともいう。

 どっと疲れを感じたあなたは、ディオニュソスに少し待っているように伝え、ヘスティアを連れに戻るのだった。

 

 

 

「なんだよ、それじゃあビビッてた僕が間抜けみたいじゃあないか」

 

 あなたの説明を聞いたヘスティアは憤懣やる方ないと口を尖らせた。

 そもそもサボる為に仕事を押し付けるの方が悪いのではないだろうか。

 結果として良く受け取られただけで、ヘスティア側の真意はサボりなのだから。

 

「うぐ、それはそうだけどさぁ」

 

 あなたの指摘にヘスティアは項垂れた。

 とにかくヘスティア側の誤解を解いたのだから、このままディオニュソスと仲良くして貰わないと困る。

 

「本当にシン君の言う通り、ディオニュソス君は怒ってないんだろうね? 信じるからな?」

 

 ヘスティアは半信半疑ながらもあなたに従い、ディオニュソスの元へと連れられて来た。

 あなたが連れて来たのがヘスティアだとわかると同時に、ディオニュソスは頭を下げる。

 

「ヘスティア伯母様、申し訳ない。私が短慮だったようだ」

「へ!? い、いや! ディオニュソス君が頭を下げる理由なんてないよ、本当に!」

 

 ディオニュソスの突然の謝罪に、ヘスティアは慌てながら大げさに腕を横に振って否定する。

 全くその通りだ。あなたがうんうんと頷いているとヘスティアに横目で睨まれた。

 

「シン君め、今に見てろ。とりあえず、ディオニュソス君。今日はシン君をつれて挨拶に来ただけだから、また改めて来るよ」

「ヘスティア伯母様やシン殿ならばいつでも歓迎します。私の眷属達にもそう伝えておきます」

 

 苦手意識を持っていた事が誤解だったのが判明した為か、あなたに向けた言葉とは裏腹に足取り軽くディオニュソスに別れを告げるヘスティア。

 ディオニュソスも柔和な笑みを浮かべて、再会を願った。

 あなたもヘスティアに続いて暇を告げると、ディオニュソスは微笑みながらあなたに告げる。

 

「余計なお世話だろうが、以前の悪魔じみた混沌王(あなた)よりも今の感情豊かな人の子らしい人修羅(あなた)の方が私には好ましい。できる事ならば今の心を忘れずにいて欲しい」

 

 ディオニュソスの言葉があなたに突き刺さる。

 言われてみると力を着けるたび、新たにマガタマをマスターするたびにあなたの心は人を捨て去っていった。

 もしルシファーを倒していたならば、あなたは身も心も完全な悪魔と成り果てていただろう。

 結果としてルシファーに破れ、マガツヒを大量に失ったことで人間性も取り戻したことになるが、このまま力をつけていくのは再び完全な悪魔への道を歩むことになるのではないか。

 あなたの中に新たな悩みが生まれた。

 

 しかしダンジョンの奥にいるであろう()には、力をつけないと勝つことは出来ないだろう。

 ()を無理に倒す必要はないのかもしれない。

 それでも運命ではなく()に翻弄されたあなたは、()を倒すことを望む。

 今はまだ、進むしかない。

 後戻りをするほど進んでおらず、選ぶだけの道も見えていないのだから。

 

 

 




まもれなかったよ……


ディオニュソス関連は独自設定という名の捏造多目。
本拠地の場所の根拠は本文中で説明している通り。

次回は3/3(土) 23時更新目標


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 魔石の国

 ダンジョンの存在する摩天楼(バベル)のすぐ北西にギルドはあった。

 あなた達が今まで居たディオニュソスの本拠地(ホーム)からだと、南の大通り(メインストリート)を北上し、バベルの麓を回って北西の通りに進む形だ。

 石造りの白い柱が遠い昔にTVで見たギリシャの神殿を思い起こさせる。

 そんなギルドの建物の前に、あなたとヘスティアは辿り着いた。

 

「さて、この奥がギルドだよ。本当は僕もついていってあげたい所なんだけど、主神が眷属につきっきりで手続きするというのもナメ……外聞が悪いし、バイトもあるからね。必要な情報はココに書いてあるから、それと一緒に共通語の読み書きが出来ない事と、地元の言葉なら読み書き出来ることをギルドの受付に伝えるんだよ」

 

 ヘスティアが心配そうにあなたを伺う、まるで母親である。

 バイトをする女神の外聞は問題ないのだろうか。そんな疑問があなたの頭をよぎるが、すぐに振り払った。

 これからはあなたが稼いでくれば良いだけの話なのだから。

 あなたは心配要らないとヘスティアに手を振って、ギルドの方へ歩き始めた。

 その後姿をヘスティアは心配そうに見守っていたが、暫くして『僕も頑張らなきゃ』と呟くとその場を後にする。

 

 ギルドに入ったあなたの応対をしたのは、眼鏡をかけた美しい女性だった。

 その尖った耳を見るにエルフだろうか。リヴェリアほどではないからハーフエルフなのかもしれない。──この世界に居れば、だが。

 

「冒険者登録の方ですね、私はエイナ・チュール。ハーフエルフです。登録に当たって記入して頂きたい書類がコチラになりまして──」

 

 どうやらあなたの予想通りハーフエルフだったようだ。

 冒険者の申請用の書類と見られるものを指し示したエイナに対して、あなたはヘスティアに言われたとおりにあなたの情報が書かれた紙を渡し、共通語の読み書きが出来ない旨を告げた。

 

「なるほど、共通語の読み書きが出来ない方も稀にいらっしゃいますよ。こちらにかかれた内容で代筆しますね。──間薙・シンさんですね? ヘスティア・ファミリアに所属で当然レベルは1……と。歳は17、出身は極東……えっ? オオクニヌシ様の……えっ!?」

 

 タケミカヅチが懸念したとおり、神と人の間に子が出来るのは珍しいのだろう。

 エイナは紙に書かれた情報をあなたにもわかるように確認しながら書き写していくが、オオクニヌシの子という情報が書かれたと思われるあたりで手が止まった。紙を二度見してからあなたをマジマジと見つめる。

 あなたは少々照れながら頭の後ろを掻いた。

 

「こ、これに書かれている事は本当なんでしょうか?」

 

 エイナが疑わしげに尋ねてくるが、あなたは当然ながら肯定を返す。主神であるヘスティアは勿論のこと、タケミカヅチやロキも保証すると付け加えて。

 複数の神を保証神として出されたら納得をせざるを得なかったのだろう。エイナは冷や汗を流しながら頷くと、書類を書き進めた。

 

「わ、わかりました。あとでその方々にお伺いするかもしれないとお伝え下さい。ギルドの登録ではこうして代筆もしますが、共通語の読み書きが出来ないというのは後々支障が出ますので覚えるようになさってください。それからあなたの故郷の字で良いのでこちらにお名前の署名をいただけますか?」

 

 書類の最後にあった署名欄と思われる箇所にあなたの名前を署名する。これで手続きは終わりだろうか。

 

「書類の記入はこれで終わりですね。あとは失礼ながら冒険者として初心者だとお察ししますので、冒険者としての規約(ルール)を説明いたしますね。少々長くなりますので別室にどうぞ」

 

 神の子であるとハッタリをかました為か、エイナにはずいぶんと硬い態度を取られてしまっている。

 実際ギルドは冒険者にとっての役所のようなものなのだろうが、あなたにとってはお役所仕事的なのは少々居辛い。

 あなたが駄目元でエイナにもう少しフランクに接して貰えないかと頼んでみると、意外なことに快諾を得られた。

 

「あなたからそう言われるのでしたら──うん、私もこっちの方が気は楽かな。よろしくね、シン君。そんなに歳は離れてないけど、一応年上だしね」

 

 エイナの歳は19らしい。あなたからみて1~2学年上と考えると確かに大差はないかもしれない。

 エイナの案内で別室に通されると、さっそく冒険者についての説明が始まった。

 

「まずギルドとファミリア、冒険者の関係について説明するね。ギルドはオラリオの運営、それに伴ってダンジョンとそれに関わる全ての管理を任されているの。当然ファミリアや冒険者もその中に含まれて、冒険者に対しては冒険者登録を行う事でオラリオの住民としての一定の地位と権利を約束する──ここまではいい?」

 

 あなたが最初に感じた印象どおり、ギルドは役所のようなものなのだろう。下界に降りた各々の神々の手駒である冒険者が野放図に動いてもあまり良い事はない。中立の管理機関が出来るというのも必然か。

 しかし、地位と権利が与えられるなら義務も当然発生するはずだ。

 

「いい質問ね。シン君の質問通りに冒険者それと冒険者が所属するファミリアには一定の義務が発生するわ。冒険者にはダンジョン内の情報の提供してもらったり、『魔石』の回収──これは実際はギルドが『魔石』を買い取りすることになるんだけど色々な魔石製品の資源となるから奨励されているの」

 

 魔石製品と言われてあなたは部屋の天井を見上げる。

 閉め切られた室内を照らしているのは天井で仄かに輝く『魔石灯』。あなたはこれが魔石技術によって開発された魔石製品だと聞いている。

 最初にそれを聞いたときには驚くと同時に感心したものだ。

 このオラリオのある世界は、以前の東京と比べると技術という点では比較にならない程低い。

 だが高度に発達した技術は悪魔や魔法を世界の裏側(アンダーグラウンド)へと押しやり、結果として氷川のような奴の暴走と東京受胎(世界の滅亡)を招いた。

 一度世界が滅びて作り直されたのだ、技術の後退は当然の事だろう。

 しかし新たな世界の人々は、魔法やモンスターなどと隣り合って生き延びてきた人々は、悪魔(あなた)達が肉体の修復にしか用いていなかったマガツヒの結晶(魔石)をなんとエネルギー源として有効利用しだしたのだ。

 

 マガツヒは水のようにいくつかの状態が存在する。悪魔やあなたが直接取り込める状態のマガツヒ。これはマガツヒで出来た悪魔の体を直接傷つけたり、あるいは生身を持った人間の極度な精神の動きから搾り出せるものだ。

 だからかつての悪魔達はマネカタや勇を捕らえて、マガツヒを搾り出す家畜のような扱いをしていたのだが……。

 そうして得たマガツヒが魔石として悪魔の中で育ち、魔石を核として悪魔達は自らの肉体(チカラ)を強化していった。

 悪魔は肉体がマガツヒで出来ている為、傷つけばその分マガツヒは漏れ出し、倒されればその体の大部分が吸収可能なマガツヒへと戻る。

 あなたや仲魔達、そして()()()をするような悪魔の自己強化手段はこちらだ。

 あくまで人間や悪魔が傷つき滅びるなどの状態を介さないと、マガツヒという精神エネルギーは吸収できる状態にならないのだ。

 

 悪魔はマガツヒを吸収し、核となる魔石──あなたの場合はマガタマだが──に蓄え、魔石が肉体を作り出す。この循環(サイクル)は不変のものであり、マガツヒの結晶といえる魔石からは直接吸収するようなマガツヒを作り出すことは出来ない──はずだった。

 しかしこの世界の人類は、どのような手法かはわからないが、魔石のエネルギーを直接活用ということをやってのけた。驚嘆に値する成果である。

 人類は本当にしぶとい。あなたがルシファーに敗れたのは、あなたが完全に人を捨てた悪魔になろうとしていたからかもしれない。そんな風に思ってしまう程度には。

 

「ちょっと、シン君聞いてる?」

 

 少し気が逸れていたのをエイナに注意されてしまった。しかしあなたは魔石と人類に想いをめぐらせながらもちゃんと話は聞いていた。

 魔石関連はギルドの独占事業であり、他の商業系ファミリアに流すのはご法度。ただし魔石以外のドロップアイテムに関しては自由なのでどれだけ価値を付けられるかは交渉力次第。

 そんな話をしていたはずだ。

 

「ちゃんと聞いてるんならいいけど、絶対にダンジョン内では気を逸らさないでね。私がどの冒険者にも口を酸っぱくして言っている事なんだけど『冒険者は冒険しちゃいけない』。この意味はわかる?」

 

 『冒険者は冒険しちゃいけない』。冒険するのが冒険者ではないのかと矛盾を感じる言葉ではあるが、あなたには理解出来ないこともない。

 油断大敵。あなたも突然の不意打ち(バックアタック)で壊滅寸前に追いやられ、死が間近に迫るような事は何度も経験している。経験を積めば積むほどそういった事態は減っていったが、単純に気を抜いたら壊滅()()では済まないからだ。

 だが理解できる事とそれに従うことは話が別である。かつての東京受胎では突き進んだ者のみが結果を得られたのだ。

 危険だからといちいち立ち止まっていたら、きっとあなたが勝ち残る事はなかった。

 何度も痛い目にはあったが、それでも生き残ったから今ここに居るのだ。

 決して油断をするつもりはない。しかし、危険は冒す(冒険はする)だろう。あなたは冒険者である前に人修羅なのだから。

 とはいえ素直にそんな事を話せば目の前のエイナ(彼女)がどう反応するかはあなたにも予想が容易い。

 だからひとまず話を合わせておくことにした。

 

「うんうん、わかってくれているようでなにより。それで冒険者の主な収入源は魔石やドロップアイテムの換金なわけだけど、その冒険者が所属するファミリアには税金を納める義務があるの」

 

 それもわからないではない話だ。エイナのような人の子が働いている以上、無償で組織を運営することなどとても出来ない。

 ならば何処から徴収するのかといえば、便宜を図っている冒険者やその冒険者が所属するファミリアだろう。

 

「ファミリアの納税額はランクによって変わって、ランクはファミリアの規模や功績で決められるんだけど、シン君の所属するヘスティア・ファミリアは発足したてで構成員もシン君1人だから当然最低ランクのIね」

 

 規模が小さい分義務(ノルマ)が低いということではある。

 ダンジョンには遊びに行くわけではない。それなりの手土産がないと赤字となってしまうが、ランクが低い間はあまり心配がいらないのだろう。

 それでも冒険者(シン)が稼がないとヘスティアのバイトが終わらない。

 

 その後もエイナにダンジョン1階層の概要や、出現するモンスターとその対処法、ダンジョン内での一般的なマナーなど、冒険者としての基礎知識を懇切丁寧に説明され、ようやくあなたは解放された。

 

「何度も言うようだけれど、冒険なんかしちゃ駄目よ。本当なら初心者を単独(ソロ)で送り込みたくないし、ファミリアの他の眷属(メンバー)が揃うのを待って欲しい位なんだから!」

 

 エイナは説明中に何度となく言われた言葉をまた繰り返した。すっかり口癖になっているのだろう。

 しかしエイナの目は純粋にあなたを心配しているようだ。

 あなたはエイナを心配させるような事はしない。そう請け負った。……今日の所は。

 どのみち3神への挨拶周りや、エイナの説明で時間を喰ってしまっているのだ。

 どのみち今回はあなたの体がどこまで動くかと、最上層のモンスターの強さの確認といった程度で本格的に潜るつもりはない。

 

「無理はしないでね。命はひとつしかないんだから」

 

 そんなに頼りなく見えるのだろうか。エイナの再三の注意にあなたは若干肩を落としながらも、手を振ってギルドを後にした。

 

 

----------------------------------------

 

 緑色の肌をして角を生やした小柄な人型の怪物。それがゴブリンだった。

 あなたは最初に会話(TALK)を試みたが、カグツチが煌天であった時のように会話の余地がなく襲い掛かってきた。

 仕方なくアナライズできたゴブリンの魔石を貫くように剣を突き出す。

 ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく灰となって消滅し、後には二つに割れた小さな魔石だけが残された。

 

 魔石を拾って色々眺めてみるが、あなたの知っている魔石と変わらないようだ。

 今の戦闘はあっけなく終わったためあまり参考にはならなかったが、会話(TALK)の結果を考える限り少なくともこの階層では仲魔を増やす事は無理かもしれない。

 もっともこの程度の強さでは仲魔とする意味もないか。

 

 あっさりと考えを切り替えると、あなたは次の獲物を求めてダンジョンを進み始めた。

 次の獲物は2体のゴブリンだった。

 今度は会話をしようとせず、一気に距離を詰めて(【突撃】して)斬りかかる。

 不意打ちを受けた片方のゴブリンの首を飛ばし、戸惑う残ったゴブリンに対してあなたは左腕を突き入れた。

 そしてあなたが腕を引き抜くと、その手にはゴブリンの魔石が握られている。

 魔石を奪われたゴブリンはそのまま形が崩れ灰となって消滅するが、首を刎ねられたゴブリンの死体はまだ残っていた。

 

 そのままゴブリンの死体から魔石を抉り出すと、ゴブリンの死体は徐々に形を失って消滅していく。

 レベル1とはいえあなたは人修羅である。この階層のモンスターではあなたの敵ではない。

 あなたは改めてそう認識をすると、手にある魔石を背負い袋(バックパック)の中に入れた。

 このバックパックはロキの入れ知恵のひとつである。

 あなたは【召喚】でアイテムを異空間に保管していつでも取り出せるが、このオラリオでそんな真似が出来る者はいない。

 そこである程度の物はバックパックで持ち歩きつつ、バックパックから出し入れする振りをして【召喚】でアイテムを扱うのだ。

 そうすればあきらかにおかしな物量を取り扱わなければ悪目立ちすることもないだろう。そのはずだ。

 

 それとあっさりと終わったように見えて今の戦闘でいくらかの発見があった。

 【ステイタス】では表示されていなかったが、マガタマからは物理攻撃スキルもしっかりと引き出せているようだ。

 【突撃】を行った際、先程普通に攻撃したときよりも切れ味は良かった気がする。そして若干の体力の消耗もあった。

 恐らくは物理攻撃スキルが機能したのだと思う。

 あとは敵が弱いうちに他のマガタマも色々と試しておかなければならない。

 あなたは精神を集中して、マガタマを海神(ワダツミ)へと切り替えていく。

 マガタマの切り替えは精神の集中が必要だ。戦闘中の咄嗟に切り替える事は難しいだろう。

 1階層に出る敵ならば問題はないが、下の階層に進むにはやはり弱点のあるマガタマのままでは厳しいかもしれない。

 あるいはマガタマの扱いにもっと習熟すれば、もっと早くマガタマの切り替えを行えるようになるのか。

 

 あなたの課題はまだまだ山積みである。

 あなたはひとまず目下の課題である【アイスブレス】(氷結魔法)の使い勝手を確かめるため、新たな獲物を探し始めた。

 




 魔石関連は捏造設定山盛り。

 真・女神転生Ⅲの魔石とダンまちの魔石が同じものであるという前提のもとに、なぜ魔石でHPを回復できるのかという理屈を付けてみました。
 ダンまちの冒険者は人の子なので魔石でHP回復はできません。
 え? 他の女神転生では悪魔ではない人間も魔石でHP回復する?
 真・女神転生Ⅲは人の子いないから……。

 次回は3/10(土) 23時更新予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 うしととら

 あなたがヘスティア・ファミリアに加入してから4日目。ギルドに冒険者登録をした翌日に、あなたは朝からダンジョンへと挑んでいる。

 現状のマガタマの性能は冒険者登録初日(前日)の1階層探索で確認できていた。おまけに初冒険かつ単身(ソロ)の冒険者としては決して少なくない量の魔石を集め、エイナを呆れさせたという些細な出来事もあった。

 ヘスティアは予想外の収入に喜びを隠せない様子だったが、あまり無茶はしてくれるなよとあなたに忠告するのも忘れなかった。

 

 今回の目的は下の階層に進むとどの程度モンスターが強くなっていくのか……あなたがどこまで進めるのかを確認する為だ。

 エイナには冒険しちゃ駄目(いつもの口癖)と共に少しでも苦戦をするようなら先に行ってはいけないとの言葉を貰ったが、あなたは既に15階層へと足を踏み入れていた。

 上層のモンスターはあなたの敵ではなかった。

 唯一厄介というより面倒だったのは集団で現れて【毒ガスブレス(毒の鱗粉)】を撒き散らすパープル・モスだったが、解毒薬(ディスポイズン)には余裕がある為猛毒状態(POISON)も問題にはならない。

 13階層を越え中層に入ると敵は少し手強くなったが、敵の解析(アナライズ)が出来ればヘルハウンドもさほど脅威ではなかった。

 マガタマを火炎無効の不知火(シラヌイ)に切り替えていれば、ヘルハウンドの【ファイアブレス】を無視できるのだから。

 

 普通の冒険者から見れば1レベルのソロで中層に降りるあなたは異常に見える。事実を知ったエイナからは説教されるかもしれない。

 しかしあなたの()()()()()()()()()()から先に進んだだけなのだ。それに神の子という設定(予防線)を張ったとおりにあなたは普通ではない。

 あなたは自身の現在の実力を測る為に獲物を探していたが、今の所あなたが満足するような敵は現れていなかった。

 仲魔探しも芳しい結果とは言えない。モンスター自体も知恵は持っているようだが、意思疎通を上手く行えていなかった。

 魔王(サタン)のマガタマのスキル【ジャイヴトーク】を引き出せていればあるいはといった所ではあるが、ないものねだりはできない。

 

 中層に入り心持ち広くなった洞窟の中をあなたは進んでいく。

 現在励起中のマガタマは、ヘルハウンドの奇襲にも耐えられるように不知火(シラヌイ)

 火炎属性の攻撃を遮断できる代わりに衝撃()属性が弱点となるが、この階層には風属性で攻撃してくるものは居ないはずだ。

 あなたは少なくともヘルハウンドの奇襲よりも確率は低いだろうと判断した。

 ダンジョンは先に進めば進むほどモンスターとの遭遇率(エンカウント)が高まっている。

 だから不意を衝いたかのように虎のモンスターが飛び掛ってきたのもある程度は予想できていた。

 

『ガァッ!』

 

 あなたはモンスターの攻撃を屈むようにかわして距離を取る。

 初めて出会うモンスターを相手にやる事はいつも変わらない。

 あなたは異空間(ストック)から万里の望遠鏡を取り出して覗き込んだ。

 万里の望遠鏡による【アナライズ(解析)】の効果でモンスターの情報が判別出来るのだ。

 妖獣ライガーファング。火炎弱点、氷結・呪殺無効。

 都合の良い事に現在使用可能な【ファイアブレス(火炎属性攻撃)】で攻めていけるようだ。

 注意すべきは【雄叫び】によるあなたの攻撃力低下(デバフ)か。

 能力低下(デバフ)は戦闘が長引くとより厄介になってくる。手早く弱点を攻めて片付けた方が良いだろう。

 あなたは【ファイアブレス】を放つ為、大きく息を吸い込んだ。

 

『ガァァッ!! ギャン!?』

 

 飛び掛ってくるライガーファングを迎え撃つように放たれた【ファイアブレス(火炎の吐息)】。

 大虎は火達磨となって地面に転がった。あなたはその隙を逃さぬよう距離を詰めて長剣を振り下ろす。

 

『ガッ!?』

 

 致命傷を受けたライガーファングは最後の足掻きとばかりに爪を振り回すが、苦し紛れの攻撃を喰らってやるほどあなたは人間が出来てはいない。いや、人間ですらなかった。

 

『グッ! ゴボァ……』

 

 反対にあなたの長剣がライガーファングの喉元に突き刺さる。それがトドメとなってライガーファングは息絶えた。 

 あなたがライガーファングから魔石を抉り出すと、ライガーファングの体が崩れて灰となりマガツヒへと昇華されていく。

 マガツヒを吸収しながら残された灰を確認すると毛皮だけは残されたままだった。

 ライガーファングのドロップアイテムである『ライガーファングの毛皮』だ。

 しかしその状態はお世辞にも良いとは言えなかった。毛皮が焼け焦げているのは明らかにあなたの【ファイアブレス】の所為である。

 弱点を衝けば有利に戦えるとはいえ、こうした結果まで考えると手段は考えた方が良いのかもしれない。

 考えた所でソロで潜っているうちは命あっての物種だから、手段などを選んではいられないのだが。

 周囲を警戒しながら毛皮をバックパックにしまっているあなたの手が止まる。

 微かに何者かの足音が聞こえた気がしたからだ。

 毛皮はそのまま異空間(ストック)に入れてしまうと、静かに物陰へと移動し奥の様子を伺う

 

『ヴヴォォ』

 

 通路の奥からは獰猛なモンスターの息遣いが聞こえる。あなたは慎重に息遣いの主を確認した。

 大戦斧(バトルアックス)のような大型の天然武器(ネイチャーウェポン)を手にした牛頭人身の魔獣──ミノタウロスだ。幸いまだ気付かれてはいない。

 あなたは物陰に身を潜めながら、魔獣に気付かれないように万里の望遠鏡を取り出してアナライズをかけた(覗き込んだ)

 氷結弱点、電撃・呪殺無効。

 注意すべきは【気合い(チャージ)】からの強烈な一撃と耐久力に任せた【猛反撃】、そして強制停止(リストレイト)とも呼ばれる緊縛状態(BIND)を引き起こす【バインドボイス(咆哮)】。

 至近距離で金縛りにあってチャージからの一撃を喰らってはいかに人修羅のあなたといえどもひとたまりもないだろう。

 攻撃を受けても構わず反撃してくる可能性も考えれば迂闊な接近戦は避けるに限る。であれば方針は決まったも同然だ。

 ──適度に距離を取りながら、弱点の【アイスブレス(氷結属性)】中心に攻める。ただ精神力(マインド)の問題から多少の直接攻撃も織り込む必要はある。

 あなたは精神を集中して海の神霊を想起し、マガタマを海神(ワダツミ)に切り替えた。

 

『ヴォッ!?』

 

 この階層の主とばかりにダンジョンを我が物顔で闊歩するミノタウロス(魔獣)に突然強烈な吹雪が襲い掛かる。

 奇襲をかけたあなたの【アイスブレス】だ。

 屈強なミノタウロスの身体はみるみる霜に覆われて、動きが緩慢な状態となった。

 あなたはすかさず距離を詰めてミノタウロスを袈裟懸けに斬り付ける。

 凍結状態(FREEZE)時に与えた渾身の一撃でもミノタウロスに致命傷を負わせるには到らなかったが、あなたはミノタウロスの大きく息を吸う動作を見て追撃を欲張らずに距離を取り防御体制に移る。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 同時にミノタウロスが聞くものを怯え竦めさせる【バインドボイス(咆哮)】を放った。あなたがそのまま至近距離に留まっていたならばたとえ注意していても身を竦めてしまっていただろう。

 しかし防御体勢を取ったあなたに咆哮は有用な効果を与えず、逆にあなたの攻撃の隙を作り出した。

 再びミノタウロスを凍える吐息が襲う。

 先程と同様に距離を詰めて追撃を行うあなただったが、先程とは違う点が1つあった。

 弱点である氷結属性での攻撃で更に隙を作り出すことに成功はしたが、今度はミノタウロスの動作を止める(FREEZE)には到らなかったのだ。

 

『ヴォヴォッ!!』

 

 自らの体に食い込む長剣をものともせず、ミノタウロスは大石斧を振り回す。

 斬りかかった姿勢のあなたは防御もままならずに【猛反撃】を喰らって吹き飛ばされた。

 

 あなたは数Mの距離を飛ばされ、壁に叩きつけられる。しかし、剣は辛うじて手放さずにすんだ。

 致命傷ではない。だが全身を打ち付けられてかなりの負傷(ダメージ)を負ってしまった。

 あなたも当然油断をしていたつもりはないが、1レベル()のあなたではミノタウロスは一手読み間違えるだけで状況を覆されかねない相手だ。

 流石に今まで通りの相手とはいかないと気を引き締めなおして、異空間(ストック)から魔石を取り出した。

 魔石を体にあて、力を込めると魔石はあなたの肉体と同化していき、受けていた傷を修復する。

 あなたは改めてミノタウロスに向かい合うと、【アイスブレス】を仕掛ける為の予備動作に移った。

 

 あなたとミノタウロスとの戦いは長時間に渡った。

 氷結属性での弱点を突きながら隙を見ては追撃を加え、凍結状態(FREEZE)にならなかった場合は距離を保ち続ける。

 時折ミノタウロスの突進を受けて浅くはない負傷(ダメージ)を負うが、魔石により回復していく。

 この際勿体無いなどとは言っていられない。

 とにかく距離を取り続け、【バインドボイス(咆哮)】の直撃だけは受けないように立ち回った。

 

 距離を取る為に移動しながらの戦い、しかしダンジョン(この場所)はあなたとミノタウロスの一対一(タイマン)の決闘場などではない。

 

『キュァッ!』

 

 走るあなたに横合いから石斧(トマホーク)が投げつけられる。

 なんとか石斧(トマホーク)を避けたあなたが石斧(トマホーク)が飛んできた方向を見ると、額に角の生えた小人族(パルゥム)程の大きさを持った兎──アルミラージがそこにいた。

 アルミラージは二足で直立し片手には今しがた飛んできたものと同様の石斧(トマホーク)を構えている。

 あなたにとってアルミラージ単体ではさほど脅威ではないが、ミノタウロスとやり合っている今は同時に相手をしていられない。

 アルミラージだけではない。動き回っていれば他のモンスターとも出くわすだろう。最悪ミノタウロスが増える可能性もある。

 時間をかければかけるほど、状況は悪くなっていく一方だ。そう判断したあなたはまずアルミラージに向かって駆け出した。

 

『キュイッ!』

 

 迎え撃つように振るわれたアルミラージの石斧(トマホーク)をかわし、一旦アルミラージの脇を抜けると反転。

 

『ギュッ!?』

 

 全力でアルミラージを蹴り飛ばした。丁度あなたを追って突進してきたミノタウロスに向かって。

 目の前に飛んできたアルミラージ(邪魔者)を腕で叩き落したミノタウロスに、再三吹き付けられてきた【アイスブレス】がまたもや襲う。

 

『ッッッ!!』

 

 モンスターも全く知恵を持たない者ばかりではない。事実ミノタウロスも【アイスブレス】による凍結状態(FREEZE)からの追撃の繰り返し(パターン)には慣れてきていた。

 あなたがミノタウロスの凍結状態(FREEZE)を見計らって追撃の有無を判断していることも。ミノタウロスが対策を思いつくのも時間の問題であった。

 そしてミノタウロスの目論見通り、凍結状態(FREEZE)を装った時に飛び込んでくる影が見えた。ミノタウロスは全力でその影に向かって大石斧を振り抜く。

 

『ヴォオオッ!!』

『ギュァァッ!』

 

 ミノタウロスの【猛反撃】を受け、小柄な一角兎(アルミラージ)はトドメを刺されて吹き飛んだ。

 ミノタウロスの下手な演技を見破ったあなたが、瀕死で倒れていたアルミラージを拾って投げつけたのだ。

 ミノタウロスが全力で振りぬいた腕の脇、至近距離から【アイスブレス】が放たれる。

 

『ヴォオオオオォォォォ…………』

 

 至近距離からの【アイスブレス(弱点攻撃)】は遠距離攻撃では拡散していたはずの冷気をすべてミノタウロスへ叩き込み、体力を消耗していたミノタウロスを芯まで凍てつかせるのには十分だった。 

 あなたはさらにそれを打ち砕く事でミノタウロスにトドメを刺し、長い戦闘に終止符を打った。

 

 流石に苦戦どころではない。エイナの言う通りこれで引き上げる他ないか、あなたはそう思いながらミノタウロスだった死体(モノ)から魔石を抉り出し始めた。

 見る見るうちにミノタウロスの死体は形を崩し、形を持たぬマガツヒへと変わっていく。

 あなたがそのマガツヒを集めだした矢先に()()は起こった。

 

 今までのモンスターとは比べ物にならない程純度が高く濃厚なマガツヒ。それはあなたの位階(レベル)を押し上げるのに十分なモノだった。

 その結果、あなたの奥底で休眠していた、今まであなたの呼び掛けに応えなかったマガタマの反応を感じるようになったのだ。

 火風水(ヒフミ)、そして神度(カムド)が新たにあなたの呼び掛けに応えるようになった。更に今励起している海神(ワダツミ)からも新たな(スキル)を引き出せるのを感じる。

 【一分の魔脈】、そして【氷結高揚】。あなたの【アイスブレス】はこれまで以上の威力を発揮するようになり、より多くの回数を放てるようになった。

 それだけではない。混沌(マロガレ)生命(アンク)祭祀(イヨマンテ)不知火(シラヌイ)といったマガタマの力も増し、海神(ワダツミ)の励起中でも他のマガタマから1つだけスキルの恩恵に預かれそうだ。

 これが冒険者のレベル上昇(ランクアップ)なのだろう、とあなたは判断する。これまでとは格段に出来る事の幅が広がった。

 あなたはロキが寝物語で話していたランクアップについての言葉を思い出す。

 

『ランクアップは単純に力を増すっちゅうのとはちょっと違うんや。人の子が、より(ウチら)に近い存在へと変化する。シンにわかりやすい感覚で言えばピクシーがハイピクシーへと成長する。それに近いんちゃうんかな』

 

 なるほど、と実際にランクアップを体験したあなたはロキの言葉が今更ながらに腑に落ちた。

 過去の東京受胎の戦いにおいて、倒した悪魔のマガツヒを吸収し続ける一定の区切りにおいて能力が成長したり、マガタマから引き出すスキルが増える事はあった。

 これはオラリオの冒険者における【ステイタス】更新時の基本アビリティ成長に近いものだったのだろう。

 しかし冒険者のランクアップは冒険者を種として成長させるのだ。かつてのピクシーが力を付けることでハイピクシーへと成長したように。かつてのあなたが完全に支配(マスター)するマガタマを増やしていく事で、あなたの魔人という種族が最終的に混沌王へと変化していったように。

 

 それならば今日はまだ時間は残されている。

 ランクアップした今ならば先程まで手間取っていたミノタウロスも苦戦するほどとは限らないだろう。

 新たな力も確認してみなければならない。ならば急いで戻ることもない。

 そんな言い訳を考えるほどにあなたの心は新しい玩具を与えられた子供のように高揚している。

 とはいえ死と隣り合わせの東京受胎を切り抜けてきたあなたは決して油断することなく、ダンジョンの奥へと足を進めていった。

 

 




ミノタウロスは真Ⅳのミノタウロスをベースに色々改変。
・元々は火無効だったのを電撃無効に変更。
 火無効だと【ファイアボルト】が通じなくなるのとアステリオス君が電撃使うからね。
・【バインドボイス】を追加。
 咆哮(ハウル)の効果(強制停止(リストレイト))を考えるとそのまま【バインドボイス】で良さそうだった為。
・R-18なゲームのタイトルだったり、別のR-18なゲームのBGM名だったりする【鬼神楽】は残留。
 ただ【鬼神楽】は真Ⅳでは単体攻撃だけれど真Ⅲでは全体攻撃なので全体攻撃。
 アステリオス(真Ⅳ)【メガトンプレス】(全体攻撃)を持っているので全体攻撃でいいかなって
 当作品では全体攻撃≒範囲攻撃なニュアンスで。

ライガーファングは妖獣ヌエをベースにそれっぽい感じに設定

次回は3/17(土) 23時更新予定


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 Attack on Goliath

 あなたの目に巨人の姿が映っている。

 人のカタチはしているが、灰褐色をしたその身体は何もかもが人よりも大きく、太く、逞しい。

 7Mにも届こうというその巨人は、首元まで無造作に伸ばした黒髪の隙間から、人の頭ほどある真っ赤な眼で正面を睨みつけている。

 あなたはその巨人に良く似た存在を知っている。

 地霊ティターン。ガイアとウラノスの間に生まれた原初の巨人族であり、ゼウスらオリュンポスの神々(次の世代の神)と戦い敗れた者達でもある。

 かつての東京受胎では神々の戦いに再び参戦し、アサクサで暴れていた所をあなたが叩き伏せ(TALKして)仲魔とした。

 眼前の巨人に青銅の鎧を着せればほぼティターンだろう。

 あなたが入り口から覗き込んでいるのは、整った直方体の形をした部屋。

 その部屋の突き当たり、200Mほど進んだ奥に巨人は立ちはだかっていた。

 巨人の背後には高さが20M、幅も100Mもあるような壁が広がっており、その足元に人が通れるような洞窟が見える。

 あなたは巨人がこの階層の番人(ボス)なのだと判断した。

 ティターンでなければ良いが。そんな事を考えながらあなたは万里の望遠鏡を覗き込む。

 本当にティターンであれば今のあなたではとても勝ち目がない。

 あなたの元仲魔のティターンでもないようだからTALKにもロクに応じはしないだろう。

 そんなあなたの心配とは裏腹に巨人はティターンではなかった。

 地霊ゴライアス。物理耐性・猛毒(POISON)睡眠(SLEEP)緊縛(BIND)弱点。

 その【烈風破(巨体の一撃)】は、多くの敵を巻き込み破壊する。

 また、ミノタウロスと同じように【気合い(チャージ)】も【猛反撃】も持ち合わせている厄介な相手だ。

 【バインドボイス(咆哮)】がないだけマシかもしれないが物理耐性を持っている為、体感的な耐久力はミノタウロスの比ではないだろう。

 搦め手に弱い面があるのが幸いといえるが、残念ながら今のあなたにその手段はない。……いや、ひとつだけあった。

 あなたは異空間(ストック)から毒矢の束を取り出すと、巨人殺し(ジャイアントキリング)の準備に取り掛かった。

 

 

 生憎とあなたとゴライアスとの間には200M近い距離が隔てられており、ゴライアスに近づくまでに身を隠せるような場所は一切ない。

 ミノタウロスの時のように不意打ちでは臨めなかった。

 ゴライアスは今のあなたには恐らく強大な敵だ。だが鎧もなく、武器もない。ティターンと比べれば大分マシな相手でもある。

 あなたが今取れる手段を使いこなす事が出来れば、決して勝てない敵ではない……はずだ。

 いつも以上に濃厚な死の気配を打ち払うように不敵に笑いながら、あなたはゴライアスに近づく為に巨人の広間へと足を踏み入れた。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 あなたの姿を認めたゴライアスもまた、地響きを立てながらあなたへと歩みを進める。

 門番(ボス)であろうゴライアスは奥の洞窟から離れ過ぎる事はないだろう。しかし侵入者(あなた)を放置するはずもないのだ。

 まずは先手。近づいてくるゴライアスに対し、あなたの励起しているマガタマが魔力を解き放った。

 解き放たれた魔力はゴライアスに纏わりつき、その動きを鈍らせる。祭祀(イヨマンテ)のマガタマによる【スクンダ(速度低下)】の魔法だ。

 いかに攻撃力が高かろうと、命中・回避を下げれば(動きを鈍らせれば)危険度は減る。

 更に【スクンダ(速度低下)】はゴライアスとの接敵を遅らせるという副次効果もあった。

 だが距離に焦れたゴライアスはその巨椀を大きく振り上げる。

 あなたは全力で距離をあけて攻撃に備えた。

 

『オオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 ゴライアスの振り下ろした腕は地面を叩き、爆裂させる。

 直撃を受けていたらひとたまりもなかっただろう。外れていても地を爆裂させたその衝撃があなたに襲い掛かっていく。

 足の踏ん張りが利かずにあなたは背後に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 だが、これでいい。 

 あえて飛ばされる事で距離を取るのもあなたの戦術のうちだった。

 最初衝撃に備える姿勢を見せたのも壁に叩きつけられる勢いを殺す程度の意図でしかない。

 

 あなたは【スクンダ(速度低下)】効力をより高めるため、2度、3度との重ねがけをしていった。

 みるみるうちにゴライアスの攻撃の精度や間隔を鈍らせ、彼我の戦力差を縮めていく。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 ゴライアスが叫び、腕を振り下ろす。再びの【烈風破】。

 相対位置を調整してあなたは衝撃に吹き飛ばされつつも、上手く距離を取り地面に転がる。

 しかしこの威力の攻撃を何度も喰らっていればあなたの身ももたないし、なにより攻撃を読み間違えればそこで終わりだ。

 あなたの作戦は次の段階へと移った。

 【烈風破】に引き起こされた土煙が舞い飛ぶ中、あなたは新たな魔法をゴライアスに行使した。

 マガタマの魔力がゴライアスを被い、呪いの如くその攻撃力(チカラ)を削いでいく。【タルンダ(攻撃力低下)】の魔法だ。

 あなたは最初からゴライアスとの長期戦を見込んで、能力低下(デバフ)を駆使した戦術で能力の不利を補う作戦で臨んでいる。

 その合間に──あなたは土煙が晴れ、姿の見えたゴライアスに毒矢を投擲する。

 ヘラクレスの伝説にあるようなヒュドラの毒矢程の効果はないが、それでも上手く猛毒(POISON)になりさえすれば、毒はゴライアスの体力を徐々に奪い時間はあなたの味方となるのだ。

 間髪いれずに【タルンダ(攻撃力低下)】を重ねがけし、ゴライアスから力を奪っていく。

 ゴライアスが奪われた力は、【烈風破】の威力を引き下げ、結果としてあなたが衝撃に吹き飛ばされるまでとはいかなくなった。

 余分な壁への衝突(ダメージ)やそれを避けるために位置調整に神経を使う必要もなくなったが、今度は距離を稼ぐ事が難しくなる。

 あなたの能力低下(デバフ)作戦は終盤を迎えようとしていた。

 まず相手の速度()を奪い、攻撃力()を奪い、最後に防御力()を奪う。

 【ラクンダ(防御力低下)】の準備を始めるが、度重なる【烈風破】による攻撃と重ねがけた数々の能力低下(デバフ)魔法。海神(ワダツミ)のマガタマから【一分の魔脈(精神力増強)】のスキルを引き出しているとはいえ、そろそろ体力も精神力も限界に近い。万一限界を越えて力が入らずに姿勢を崩そうものなら直撃を貰って終了となる。

 あなたは異空間(ストック)から神酒(ソーマ)を取り出し一気飲みした。

 体力と精神力を完全に回復させる力を持った神酒(ソーマ)は、所持数が少ないためあまり無駄遣いは出来ない。だが使い惜しんで命を落としては元も子もない。

 

 心身を回復させたあなたは、ゴライアスに【ラクンダ(防御力低下)】を放つ。

 【ラクンダ(防御力低下)】の魔法(呪い)はゴライアスを侵蝕し、受けるダメージを増強させていく。

 しかしゴライアスというモンスター(悪魔)の持つ、物理耐性(物理ダメージ半減)という概念を突破出来るほどではない。

 戦闘中にマガタマを切り替える隙を作ることが出来れば、魔法攻撃のスキルを引き出して攻撃も出来ようが今は無理だ。

 ならば限界まで【ラクンダ(防御力低下)】を重ねがけした後は素の能力での直接攻撃(殴り合い)と、毒矢と回復アイテムを駆使した消耗戦だ。

 

 あなたの口元が自身も知らぬうちに笑みを形作る。

 あなたは高揚していた。闘争を楽しんでいた。強くなった事でより大きく引き出されるようになったマガタマの力が、あなたの心の悪魔の力を強めているのだ。

 このまま進めば、また完全な悪魔(繰り返し)となるかもしれないが、まだあなたにその自覚はない。

 悪魔というのは心の隙を狙うものなのだから。

 

----------------------------------------

 

 

「一体何してきちゃってんの!?」

 

 ギルドの中にエイナの大声が響き渡り、それを聞いたほかの職員や冒険者が何事かと振り返る。

 一身に注目を浴びている事に気付いたエイナは一瞬で茹蛸のように真っ赤になり、慌てたように手を振る。

 

「な、何でもないですっ! 何でもっ! ちょっとシン君こっちに!」

 

 エイナに手を引かれ、先日にも冒険者についての説明を受けた別室へと連れ込まれる。

 最近のエルフは随分と積極的だ。いや、ハーフエルフか。

 

「なっ、何馬鹿な事言ってるの! じゃなくて! 私今日は何処まで進んだのって聞いたよね? なんで17階層まで行っちゃってるの!? 冒険するなって言ったでしょう!? 自分の基準では無茶してないって、キミの基準なんて知りません!」

 

 エイナはあなたの軽口に顔を真っ赤にして怒ると、くどくどと説教を始める。

 子供のようなあなたの言い訳はやはり通用しなかった。

 

「あなたが地元でどれだけ持ち上げられていたのか知らないけど、神の恩恵を受けた時点で冒険者も神の子のようなものなんだから、レベルが同じならあなたも他の冒険者と大きく違わないはずよ。だから本当に無理は禁止! 次ダンジョンに潜る前に、また私の講義を受けて貰うからね! 前はちょっと手緩かったようね。今度は手加減しないわ

 

 フンスと胸を張るエイナ。小声での呟きもあなたの耳にはしっかり届いていた。少し怖い。

 

「それにしてもよく17階層まで行けたわね。途中で誰かと一緒になったの? 流石に迷宮の孤王(モンスターレックス)には遇わなかったんでしょうけど、ミノタウロスとかもいるから本当に危ないのに……その人にも一言言わなきゃ」

 

 どうやら他の先輩冒険者(実力者)に連れられていったと思われたようだ。存在しない実力者を抗議する為に探し始めかねない勢いだったので、訂正をしておく。

 迷宮の孤王(モンスターレックス)とやらはともかくミノタウロスも番人(ボス)らしかったゴライアスも倒してきた。証拠にそれらから抉り取ってきた魔石もある。

 そう証言するとエイナは目を白黒させながらあなたが取り出した魔石を見つめた。

 

「うわっ、この大きさといい質といい、本当に迷宮の孤王(モンスターレックス)の魔石だわ……じゃあ……本当に……?」

 

 恐る恐るあなたの方を伺うエイナにあなたが頷いて返すと、エイナはジト目であなたを睨んだ。

 

「シン君レベル詐欺じゃないでしょうね? どちらにせよ、本当にレベル1(下級)冒険者が迷宮の孤王(モンスターレックス)を倒したというのなら、ランクアップに相応しい功績を上げているでしょうし、キミの所の神様にステータス更新して貰うのよ」

 

 エイナのありがたい忠告には素直に頷いておいた。もっともあなた自身はランクアップしていることをとうに自覚しているのだが。

 

「……ハァ。ごめんね、時間を取らせて。もういいわ。近いうちにキミのところの主神のヘスティアやキミを保証したっていうロキ達にギルドの使いが行くかもしれないけど、その時はよろしくと伝えておいて」

 

 最後にそう話すとなぜか頭痛を抑えるように頭を抱えたエイナを置いて、あなたは別室を辞した。

 それを見送ったエイナは、これからの事を考えて盛大に溜息を吐くのだった。

 

----------------------------------------

 

 魔石の換金はあなたの想像以上の金額だった。

 魔貨換算で考えても円換算で考えても計り知れない金貨の山と交換できた以上、ゴライアスの魔石は希少だったのだろう。

 

「あっ、シン君お帰りー」

「シンおっかえりぃぃっ! 待っとったでぇ!」

 

 悪くない手応えを抱えて教会の隠し部屋(ヘスティア・ファミリアのホーム)に戻ったあなたを出迎えたのはヘスティアと、ロキだった。

 どうやらロキはあなたが居ないにも関わらずちょっかいをかけ(遊び)に来ていたようだ。

 ヘスティアはせわしなくあなたの身体を確認しながら様子を伺う。──その際あなたに抱きついていたロキを邪魔者のように引き剥がしつつ。

 

「怪我もないようでなによりだよ。結構長い時間潜ってたみたいだけどダンジョンの手応えはどうだった? ってロキ! 邪魔だよ!」

「なんやもう! ちょっとハグする位ええやん!」

 

 引き剥がされたロキは口を尖らせて文句を言いながらもそれ以上の強行に出ることはなかった。

 これでも年季の入った道化者(トリックスター)のロキである。引き際は弁えている。

 

「で、実際どうなん? シンのことやから盛大にやらかしたんちゃう?」

「おいおいおい、シン君には無茶するなって言ってるんだぞ。いきなりそんなことするはず……ないよね?」

 

 ロキは悪戯っぽく、ヘスティアは不安そうにそれぞれあなたを伺う。

 エイナの反応を考えると少々話し辛いが、ヘスティアはまだしもロキはあなたの事をよく知る戦友だ。問題があるはずもない。

 あなたはこの日ダンジョンに潜り始めてからの経緯をかいつまんで語り始めた。

 特にミノタウロスとゴライアスはあなたも危うい好勝負だった。

 話す内容にも自然と力が入る。

 

 それが故に、あなたは2神の顔が見えていなかった。

 

「こんの……」

 

 そう呟いたのはどちらが先だったか。

 ロキとヘスティアは顔を俯かせてフルフルと震えている。

 あなたが予想外の収入を得て帰ってきたから感動に打ち震えているのだろうか。

 あなたはそう考えていたが、そんな事があるはずもない。

 中層を過ぎたあたりでヘスティアの表情が固まり、ミノタウロスのくだりでロキの表情が固まり、ゴライアスとの遭遇に到っては2神とも血の気が引いていたが、あなたはそれを見ていない。

 ヘスティアとロキは安堵と共に沸き起こった怒りの感情に打ち震えているのである。

 

「お馬鹿ーーーーーっ!!」

「ドアホーーーーーッ!!」

 

 2神の絶叫が教会の隠し部屋の中に響き渡った。

 




シンの存在でなんだかんだヘスティアとロキが仲良く喧嘩する感じになっています。
それでは悪魔に肉体を乗っ取られぬようお気をつけて……。

次回は3/24(土) 23時更新目標


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 未確認でも進行形

遅くなりました。


 ヘスティアの本拠地で、あなたは正座していた。

 怒気を放ち、あなたを見下ろすのは2人の女神。下から見上げると、ある部分の格差がよりわかりやすい。

 勿論あなたは感想を表に出すような愚行を犯しはしないが、普段なら頭に浮かべただけでも察知されて罵声のひとつも飛んでくる筈だ。

 しかし山脈(ヘスティア)はおろか、平野(ロキ)すら何も言わず、ただ見下ろしてくるだけだった。

 それだけ怒りが深いということなのだろう。

 大人しく沙汰を待つことにしたあなたの耳に、スゥと深く息を吸うヘスティアの息遣いが聞こえる。

 次の瞬間には罵声とともに吐き出されるはずの息だったが、ロキが右手を上げて制することでただの深呼吸に終わった。

 ヘスティアを制したロキは、無言のままあなたの前へと進み出て膝をつく。

 ロキとあなたの目線が同じ高さとなるが、彼女の表情から感情は伺えなかった。

 ロキはそのままあなたを抱き締めると、耳元で小さく呟きを漏らす。

 

 「……もう、ウチが置いて逝かれるのは嫌や」

 

 その言葉はあなたに突き刺さった。

 どれだけの説教を重ねられるよりも、面罵されるよりも、ずっとあなたの心に響く。

 勝負をかけなければならないときはある。しかし、それは今ではなかったかもしれない。

 ゴライアスを倒して無事生還出来たのは結果論でしかないのだ。

 あなた自信が歩みを止めることは出来ない。

 しかしナカマ達を顧みる余裕は持ってもいいのではないか。

 反省とともに、あなたは強くロキを抱きしめ返した。 

 そんなあなた達の様子を呆れた様子で睨めつけながら、ヘスティアがボヤく。

 

「なんで主神の僕が蚊帳の外になるのか全く理解できないんだけど……」

「おっと、スマンなぁ。オボコにはちょっと刺激が強すぎやな〜」

 

 先程のしおらしい態度とは打って変わって、底意地の悪い笑みを浮かべながらロキが挑発した。

 ヘスティアは見事に挑発に乗せられて、怒りで顔を真っ赤にしながらあなたからロキを引き剥がしにかかる。

 

「ムキー! シン君はうちの子だぞ!」

「なんやー! ちょっと胸が膨らんでるからってシンのおかん気取りか!」

  

 取っ組み合いの喧嘩に入る二人を横目に、あなたはそっとため息をついた。

 息があっているのかいないのか、本当によくわからない。

 重い腰を上げて仲裁に入るあなたの口元は、わずかに緩んでいた。

 

----------------------------------------

 

 あなたの背に、ヘスティアが跨っている。

 神聖文字(ヒエログラフ)を刻むのに、この姿勢が一番楽なそうだ。

 

「えっと……こうだったかな……?」

 

 血の滲んだ指をあなたの背に触れさせ、ぎこちない手付きで血の軌跡を描いていく。

 ロキは逆向きに座った椅子の背もたれに顎をのせながらその様子を見守って……否、野次を飛ばしていた。

 

「おいおい、解錠手順を忘れとんやないかー? ウチが代わりにやったろかー?」

「うるさいなぁ、ちゃんと覚えてるよ! 邪魔するんなら出てけ!」

「ウチが教えな(ロック)すら知らんかったくせによう言うわ! 自分が穴にハマるんはともかくシンに不都合かけるんやないで」

「ぐぬぬ……」

 

 ヘスティアも言われるばかりではなかったが、今回は少々分が悪いようだ。

 オラリオにおいてあなたを始めとする眷属(子供たち)のステイタスは秘匿すべしという常識がある。

 その眷属がどのような能力を持っているのか、どれだけのことが出来るのかが明示されているからだ。

 そして、あなたの【ステイタス】は特に秘匿すべきものという認識はロキとヘスティアの間で共有出来ていた。

 しかしあなたの背に神聖文字を刻んだ夜、マガタマによる変化の検証を一通り終えた際にヘスティアはそのままあなたの背を降りようとしていた。

 そこをロキが慌てて押し留め、滾々と説教をしたのだった。

 

 眷属の背に刻まれる神聖文字は、読めるものならば目にしただけで内容(ステイタス)を読み解けてしまう。

 そのために、背に刻まれた神聖文字を一時的に封印する(ロック)という技術が生まれていた。

 錠をかけられた神聖文字は主神が解除(アンロック)を行うか、何らかの手段を用いて解錠(ピッキング)でも行わない限り見られることはない。

 眷属に関するリスク軽減において基本中の基本と言えるが、それも下界に降りて経験を積んだ神だからこそ言えることで、新米であるヘスティアにまでそれを求めるのは酷かもしれない。

 だからといってあなたの情報が拡散される危険性を見過ごすことも、ロキには出来なかったのだ。

 このときばかりはロキもいつもの様子を潜めて真剣に話をしたし、ヘスティアも反発することなく聞き入れていた。

 ――そのような経緯があるためヘスティアも強くは言い返せないが、決して軽んじているわけではない事柄に野次を飛ばされるのも愉快ではない。

 

 あなたは少し考えた後、ロキの有罪(ギルティ)と裁決した。

 最初に絡んだ方が悪い。実際に忘れたのならまだしもヘスティアは危ういながらも解除は出来たのだ。横から茶々を入れる場面ではなかっただろう。

 あなたの讒言にロキは渋々ながらも両手を挙げて降参の姿勢を表す。

 

「わーった、わーった。シンにまでそんな事言われたら敵わんでホンマ。今度ばかりはウチが余計な口挟んだわ」

「ふ、ふん! わかればいいんだよ」

 

 あなたの助勢を受けてヘスティアは威を張ろうとするが、内心の嬉しさが滲み出ているのかあまり威厳は感じられない。

 そもそもがヘスティアの手付きが覚束ないことがなければロキの野次もなかったのだが、あなたはその指摘をしないことにした。

 ロキの事などで都合を通して貰っている恩もあるし、なにより今はあなたの主神なのだ。気分良く過ごしてもらうに越したことはない。

 ロキもあなたの思惑に気づいたのか、苦笑を漏らしながらもあえてその部分に口出しはしないようだった。

 が、その代わりとばかりにこれから進めていく作業について口を出した。

 

「既にランクアップしているのがわかっとるから、ウチらが出来るのは変わった内容の確認くらいやなぁ。シンは手がかからんで張り合いがないんちゃう?」

 

 ロキはそんな風にヘスティアに問いかけるが、もちろん皮肉であろう。主神の立場を代われるものなら今でも代わりたいと思っているのは間違いない。

 

「そうだねぇ、勝手にランクアップまでしてくれちゃうから主神の存在意義まで危ういもんね。本当に手がかからない――訳ないだろバカー!! 地上に来てそんなに経ってない僕にだってわかるよ! こんなの前代未聞だって!」

「せやろか」

 

 上機嫌が嘘のように吹き飛び叫ぶヘスティアに対してとぼけるロキだったが、事実として前代未聞である。

 

「大体なんでもう3レベルになってるのさ、おかしくない!?」

「ソロでゴライアス倒したんやからそれ位の偉業になるんちゃう?」

「そりゃそうかもだけどさ! 今日入るときは1レベルで、出てきたら3レベルになってましたとか、ギルドにどう説明すればいいのさ!?」

「ステイタス更新したら3レベルになってました。でええやん」

「そういう問題じゃないだろー!」

 

 ぐおおと頭を掻き毟りながら喚くヘスティアと、飄々とした態度を崩さないロキの対比がわかりやすい。

 あなたが暴れるなら背中からどいて欲しいなどと追い打ちをかけなかったのはせめてもの情けか。

 

「ま、おふざけはここまでとしてシンがどれだけ成長したかウチも見せてもらうかね」

 

 椅子から立ち上がって近づいてきたロキはあなたの背中を覗き込む。

 そこに刻まれていたのは――

 

───────────────────

間薙シン 種族:魔人

Lv.3

 

力 :G 290

耐久:E 442

器用:H 135

敏捷:H 120

魔力:G 279

 

狩人 :H 耐異常:G

 

《魔法》

【タルンダ】

【スクンダ】

【ラクンダ】

 

《スキル》

 

【召喚】(サマナー)

・契約した仲魔を召喚、送還できる。

・無生物を異空間保管できる。

 

【人修羅】(ヘーミテオス)

禍つ霊(マガツヒ)を直接取り込み成長する。

・魔石の消費で肉体の修復が出来る。

 

【魔人】(ディアボロス)

・所持している禍魂(マガタマ)を励起出来る。

・マガタマの励起は能動的行動。

・励起しているマガタマのスキル、アビリティが適用される。

・マガタマ、スキル、アビリティにはレベル制限が存在する。

・成長により励起していないマガタマのスキル、アビリティが追加で選択可能となる。

・追加スキル(0/1) 3種以上魔法が設定されている場合魔法は追加できない。

 

【精神無効】(アフィティビトス)

・魔法や呪詛等の要因を問わず魅了、睡眠、混乱を無効化する。

 

───────────────────

 

「お? なんや、この空きスロットって」

 

 そう言ってロキは首をかしげる。

 あなたには心当たりがあった。

 おそらく《一分の魔脈》を引き出していたスロットだろう。

 追加でスキルを引き出すことは出来たのだが、一度セットすると後から他のスキルに変更することは叶わなかった。

 しかし、ゴライアスを倒して再度ランクアップしたときには、リセットされて他のスキルを引き出すことが出来るようになったのだ。

 その時も再び《一分の魔脈》を引き出したのだが、同様に変更が出来なくなっていた。

 どうやらステイタス更新の時にもリセットされるようだ。

 マガタマ毎に別のスキルを引き出すことは可能だが、ランクアップ以外にもスキルの調整を出来るのはありがたい。

 

「よかったな、ヘスティア。存在意義あったで!」

 

 ロキはあなたの説明を聞くと上機嫌となりヘスティアの肩をバシバシと叩いた。

 

「痛っ、力強すぎだよ~、もう~」

 

 叩かれるヘスティアも文句はいうものの、自分が役立てる事がわかり満更でもなさそうに相好を崩す。

 それはあなたの背の上で行われていたため、あなたには声と雰囲気で察するしかなかったのだが。

 

「それにしても、やっぱ魔法は3種までかー。魔法4種あるマガタマだとどうなるやろなー」

「そのへんも聞き捨てならないけど、そもそもシンくんってマガタマ切り替えを含めれば既に3種類以上の魔法使えるんでしょ? その時点でおかしくない?」

 

 呑気な声を漏らすロキに、ヘスティアが引き攣った顔で疑問の声をあげる。

 ロキはやれやれとばかりに肩を竦めて答えた。

 

「ヘスティアは新米のくせに頭が固いなぁ」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

 

 本当に飽きない二人だ。うつ伏せに寝そべっている状態のあなたの背で繰り広げられるやりとりに、そんな感想を抱く。

 

「ところで、シンに一つ聞きたいんやけど」

 

 あなたの背をロキが指でなぞる。

 

「LVが一気に3になっとるのはま、ええな。さっきの話でも聞いたし単独(ソロ)でミノタウロスやゴライアスを倒したんならそういうこともあるやろ。シンは直接マガツヒも得られるしな」

「どういうことだよ、ロキ」

 

 ロキの指はさらにあなたの背を移動し、ある点で止まる。

 ヘスティアもロキの行動を訝しげな目でみつつも、制止まではしない。

 

「基本アビリティも()()になってわかりやすくなったな? それ自体はええんや」

「うん? ……あっ」

 

 あなたに見えるはずもないが、ロキの指が止まったのは【ステイタス】の基本アビリティ部分だった。

 ヘスティアもロキの指す場所を見て、何かに気づいたように声を上げる。

 

「基本アビリティには特徴があってな。ひとつ、ランクアップしたらリセットされて0になる。それまで成長しとる分は隠しステイタスとして残るけどな。そしてふたつ、基本アビリティの熟練度は分野に応じた行動をせんと伸びん。それも同格以上を相手にせんと大きくは伸びん。さて、ここで問題や」

「なんでゴライアスを倒してランクアップしたはずのシン君の基本アビリティが、こんなに成長してるのかな? それも耐久が飛び抜けて」

 

 ロキの言葉を引き継ぐように、ヘスティアが質問を重ねた。

 あなたは沈黙を選んだ。

 

----------------------------------------

 

「そんでな、シンをソロで潜らせるのはアカンと思うんや」

 

 【ステイタス更新】の儀式――後半はほぼ説教――が終わり、あなた達が一息ついたところでロキが口を開いた。

 

「そりゃあ僕もそう思うけどさ。シン君がいきなりミノタウロスと戦ったなんて聞いた時は心臓が止まるかと思ったよ。でもどうしろっていうんだい? うちに新人が入るまでしばらくダンジョンに潜るの禁止にする?」

「アホか自分。一体いつまで待たせる気や! それよりええ案があるで」

「んなっ、そこまでじゃないだろう!? ……で、なんか嫌な予感がするけどいい案ってなんだい?」

 

 ヘスティアはロキに続きを促す。

 

「ズバリ、ウチの子らの遠征に混ぜる!」

「正気かよ!?」

 

 親指を立てて言い放ったロキに対し、ヘスティアは即座に突っ込みを入れる。

 ロキ・ファミリアの遠征。ロキの抱える一級冒険者達がダンジョンの深層へと挑む遠征にあなたを同行させようというのだ。

 冒険者となって3日と経っていない者を連れて行くというのは、普通に考えればヘスティアの言葉通り正気の沙汰ではない。

 

「まず団長らその話を通す必要があるけどな、参加条件はゴライアスを倒してきたシンの実績なら大丈夫やろ」

「そこじゃないよ! っていうか独断かよ!?」

 

 しれっとロキがのたまうが、ロキ自身が一度は怒り、あなたを怒鳴り諭した事柄すら話を押し通すための武器となっているあたり、流石のロキといったしたたかさである。

 勿論小規模ファミリアの寄り合い所帯ならまだしも、ロキ・ファミリアのような大規模なファミリアが他ファミリアの冒険者を連れて行くということも普通ではない。

 本日何度目かもわからない突っ込みを入れるヘスティアに、ロキは三本の指を立てて説明していく。

 

「もちろん深層では前に出て戦わせたりせんよ、サポーターとしての参加や。シンにとっては深層のモンスターの感じをまあまあ安全につかめるし、ウチらはシンが第一級冒険者と組んで安心、ウチの子らは優秀なサポーターがついて三者一両得って寸法や!」

 

 無い胸を張って言い切るロキに、ヘスティアはジト目で問いかけた。

 

「本音は?」

「ウチの子らとシンが仲良くなってくれるとええなぁ。あ、そうは言うても手出しは厳禁やで!」

「だろうと思ったよ……」

 

 これまた悪びれもせずに言い切ったロキに、あなたの主神は疲れたかのように肩を落とす。

 

「ま、遠征はともかくママ――リヴェリアからそろそろお呼びがかかるのも確かやしな。そのついでに話を通すつもりや」

「ロキのところは一線級だし、シン君をソロで行かせるよりはましか……」

 

 悩ましげに唸りながらもロキの提案を受け入れつつあるヘスティア。

 彼女はすっかりつられているが、あなたにはロキが恣意的に話を誘導しているのに気づいていた。遠征に参加せずとも、例えばタケミカヅチの所に声をかけるという手段も存在するのだが、ロキがうまいことヘスティアがそのアイデアを思いつかないように話の流れを作っていたのだ。

 そしてあなたはこの時も黙っていた。

 ロキが大事にしている子供達にも興味はあったが、それよりも遠征でよりダンジョンの奥深くまでいち早く行けるというのは魅力的であったからだ。

 

「……仕方ないか。ロキ、本当に危ないことはさせないでくれよな」

 

 案の定ヘスティアが折れる形となった。

 あなたがゴライアスとタイマンを張ったと聞いた時は血の気が引いたが、だからといって一緒に潜るような眷属をまだ勧誘できていない。

 ヘスティアとしても現在たった一人である家族に用意できるものがないことを心苦しく思っていたのだ。

 あなたとロキはその感情を上手く利用した形となる。

 かくしてあなたは遠征への一歩を踏み出した。

 だが、あなたたちはまだ知らない。この遠征で何が待ち受けているのかを。

 

 




次回は4月中にはなんとかしたい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 眷属はうさぎですか?

ギリギリ4月。


 【ロキ・ファミリア】の遠征隊は、あなたの最終到達点であった17階層をとうに越えて、深層へと迫っていた。

 中層までの間はロキ・ファミリアの抱える第二級冒険者達が中心となって障害の排除を行うことで主力メンバーの消耗を抑えるシフトで取り組んできた。その中であなたもこの遠征に混ざるだけのもの――少なくともロキの身びいきだけはないことは示し、受け入れられる空気を作ることに成功していた。

 深層に近づいてからは第一級冒険者である主力メンバーを中心として闘い、第二級冒険者達その援護をする形にシフトしていく。

 

 あなたはサポーター役として荷物を抱えながら、先を行く一級冒険者達に目を向けた。 

 全体の指揮をとっているのは小柄な金髪の少年――に見える42歳の小人族(パルゥム)、フィン・ディムナ。

 あなたがこうして遠征隊に混ざることが出来ているのも、【ロキ・ファミリア】の団長である彼が良しと判断したからである。

 ロキの推薦だからと盲目的に受け入れている訳ではなく、判断の裏付けとしてあなたがゴライアスを倒したという情報をギルド職員から入手しているあたり如才ない。

 ロキと再開した日も顔を合わせた彼や、副団長のリヴェリアは否定的な意見を出すことはなかった。

 話だけ出ていたドワーフのガレス・ランドロックに至っては

 

「実力不相応なら後悔するのは自身じゃからの」

 

 と、笑うだけだった。あなたがイメージした通りのドワーフである。

 遠征参加に関して、ファミリア幹部であるこの三人は特に問題はなかった。

 

 問題があったのはフィンの隣を歩く黒髪褐色の少女。アマゾネス姉妹の()()方の姉、ティオネ・ヒリュテだ。

 最初に顔を合わせた時――リヴェリアに呼び出され、『黄昏の館』(ロキ・ファミリアのホーム)であなたの紹介が行われた時――から、あなたを見る時の目には負の感情が混ざっている。

 直接会話を交わせたことはないが、あなたがカーリーを呼び込む要因として嫌われているようだ。

 遠征の参加にも強く反対をしてきたが、フィンに説き伏せられた。

 カーリーの所では相当に鬱屈する何かあったらしいが、それはまだあなたには知らされていない。

 

 反対にアマゾネス姉妹の妹、姉と同じく黒髪褐色だが()()方のティオナ・ヒリュテは当初は険のある目であなたを見てきたものの、姉のような感情までは抱いていないらしい。

 あなたがゴライアスを単独(ソロ)で倒したという話について目を輝かせて聞いてきた位だ。

 その際にあなたも姉の事情を尋ねてみたが、それは曖昧に濁された。

 当初睨まれていた事については、ロキとの再会時の騒動から女の敵だと思われていたらしい。全くもって冤罪である。

 

 遠征参加への打診が行われた際、特に強く反対をしてきたのはティオネの他にもう一人。

 あなたが視線を滑らせた先にいたのは、狼の耳と尻尾を持った狼人(ウェアウルフ)の青年、ベート・ローガ。

 事前に話を聞いていた通り『弱肉強食』(ヨスガ)の志向が強く出ており、ロキが贔屓しているようにしか見えない、いわば縁故枠のあなたなど認められないということだろう。

 ある意味で非常にわかりやすいとも言える。あなたが強くなって実力を認めさせれば良い。単純明快だ。

 それにロキの話では口が悪いだけで身内想いではあるし、悪すぎる子ではないのだという。

 『弱肉強食』(ヨスガ)の志向は冒険者には全般的に見られる傾向であり、ベートはそれが特に強い。

 だが、あなたが見る限りベートは強さの在り方に矜持(プライド)を持っており、()()()()()に強くなるタイプの人間だろう。

 むしろあなたが見ていて危うく感じた、そしてロキが心配していたのはそのベートが熱心に話しかけている長い金髪の少女――アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

 彼女もまた貪欲に強さを求めている。ただ、その在り方はどことなく橘千晶(旧友)を彷彿とさせるものがある。性格は全く別物なのだが。

 力をつける為には手段を選ばぬ危うさからロキにはあなたの目線からもアイズを見ていてくれと頼まれている。

 もっともこういった遠征の機会でもなければ、レベルもファミリアも違う彼女と行動を共にするようなことはそうそうないはずだ。

 

 あなたは第一級冒険者たちから視線を戻し、ダンジョンの先の事に集中することにした。

 

----------------------------------------

 

 あなたが【ロキ・ファミリア】と遠征へ出向いた後、あなたの主神(ヘスティア)はある決意をしていた。

 

「絶対に! 絶対にもうひとりは眷属を増やしてやるんだっ!」

 

 ヘスティアは、あなたに不満があるわけではない。いや、ふたつばかりあった。

 ひとつはロキとも共有している懸念。あなたが無茶をして心配させる点。そして、もうひとつはそのロキを含めたあなたの友神関係だ。彼女にとってあなたは初めての眷属(我が子)である。

 それがいきなり余所の神に取られたような感覚なのはよろしくない。それもよりによって相手がロキである。

 あなたを通じてヘスティアとロキの関係は多少改善されてはいるが、それでもよろしくないものはよろしくないのだ。

 

「次の眷属は絶対に他の神と関係がないまっさらな、ボクだけの眷属を見つけてやるんだ」

 

 また、処女神である彼女は姪のアテナ程とは言わずとも非常に嫉妬深い。

 

「今度は絶対他の奴には渡さないんだからな……」

 

 呟く女神の視線の先には、小さくて寂しそうな背中が映っていた。

 小柄な白髪の少年の行動を先程から見続けているが、【ファミリア】本拠地(ホーム)の門を叩いては門前払いにされている。

 彼ならば少なくともオラリオの神の紐付きではないだろう。

 そう当たりをつけたヘスティアは、何度めかの門前払いの後、とうとう道の隅で力なく座り込んでしまった少年に話しかけることにした。

 

「ねぇ、キミ。【ファミリア】に入りたいのかい?」

「えっ? そうだけど……君はっ……!?」

 

 顔を上げた少年は胡乱げにヘスティアを見上げようとして、その目の色と同じように少し顔を赤く染めた。

 座りこんでいた少年に話しかける為に、少し前傾姿勢となった女神は、図らずも己の魅力を十全に発揮する形となっていたからだ。

 そのことに気づかないヘスティアは少年の態度に首をかしげながらも話を進める。

 

「? ……ま、いいや。今の一部始終を見ていたんだけどね、ボクも【ファミリア】の勧誘をしている所なんだ」

「入りますっ! 入らせて下さいっ!」

「ええっ!? いいのかい? まだ細かい話をしていないっていうのに……っと」

 

 あまりの少年の食いつきの良さに、逆に本当にいいのかと聞き返してしまうヘスティアだったが、ひとつだけ絶対に聞いて置かなければならないことを思い出した。

 

「あっ、でも一つだけ聞いておくことがある」

「な、なんでしょう……?」

 

 真剣な顔で尋ねるヘスティアに少年はゴクリ、と生唾を飲みこむ。

 

「キミ、神様の知り合いは居るかい?」

「いっ、いませんよそんなっ! いたらそこの【ファミリア】に入れてもらってますって。あ、でも居ないと不合格ですか!? そうですよね、僕なんかじゃ……」

 

 女神の質問に少年は慌てて否定をするも、もしやと思い至った事柄に表情を暗くする。

 しかし、ヘスティアは望む回答を得られて満足していた。満点だ。

 がっくりと肩を落として落胆した少年の前に手を差し伸べる。

 

「おっと、勘違いするんじゃあないぜ。不合格だなんてとんでもない、合格だよ合格! ボクの所で良かったら来ておくれよ。 まあ、ボクの所はまだ団員1名の零細【ファミリア】なんだけどね……」

「問題ないです! 是非お願いします!」

 

 後半は自虐になってしまった中途半端な合格通知に、少年は女神の手を取って応えた。

 こうして、【ヘスティア・ファミリア】に新たな仲間が増えた。

 

「フフフ、これでボクの……ボクだけの眷属が出来る。絶対に離さないからね……」

「神様何かいいましたか?」

「なんでもないよっ。 じゃあ早速【ファミリア】入団の儀式をしに行こうか!」

「はいっ!」

 

 あなたの知らないうちに。

 

----------------------------------------

 

 遠征隊は37階層の中心部へと到達していた。

 『白宮殿』(ホワイトパレス)の異名を持つ白濁色をした壁と巨大な迷宮構造。

 その中心部に存在する次層への階段も間近だ。

 この階層は中心部にたどり着くまで、5層の巨大な円壁を越える抜け道を探して幾度も階段を登り降りしながら迷宮を進んでいく必要がある。しかし既に正規ルートが確立されているためはぐれて迷ったり、どこかの誰かが端々までマッピングするなどと言い出さなければ問題にはなることは少ない。

 幸いにして今回は団体行動であり引率者(まとめ役)も優秀であったっため、はぐれる者もマッピングなどと言い出して時間がないと言い負かされる者も現れなかった。

 もっとも、例えマッピングが出来たとしても37階層だけでもオラリオに匹敵する広さの入り組んだ迷宮となっているため、果てしなく時間がかかる上に、正規ルートがある以上無意味という結果が大半で終わるだろうが。

 

 遠征隊がたどり着いたのは、37階層中心部にある『ルーム』。

 ほかのそれよりも一際大規模な『ルーム』である『玉座の間』には、それに見合うだけの大量の怪物(モンスター)が詰め込まれている。

 蜥蜴人(リザードマン)の上位種である『リザードマン・エリート』、黒曜石の体を持ち生来の魔法抵抗を持つ『オブシディアン・ソルジャー』、そして『バーバリアン』など人の体と同じ構造を持つ戦士系(ウォーリア)と言われる怪物が中心だ。

 白兵戦の特化型(スペシャリスト)が揃い、魔道士の鬼門と言われるこの階層だが、十分な準備を行ってきた【ロキ・ファミリア】の遠征隊の前衛はそれらの怪物を後衛に通すことなく殲滅していく。

 この『ルーム』の怪物を殲滅すれば、この階層は抜けたも同然だ。そしてさほど時間もかからず殲滅は成し遂げられた。

 

 サポーター達が倒した怪物の魔石やドロップアイテムを回収していく。今回の遠征ではあなたもその中の一人となっている……今のところは。

 作業を横目に『ルーム』の出口、次の階層への階段に向かって先を行くフィンが、唐突にその歩みを止めた。

 

「っ!!」

 

 周囲の団員が何事かと尋ねる前に、フィンは構えを取り声を上げる。

 

()()()()()()――来るぞっ! 皆散れっ、攻撃を分散させるぞっ」

 

 危機が迫っている時に親指がうずく――スキルとも魔法とも言えないただの勘としか言えないようなものだが、幾度も自身を救ったその予兆を彼は信じていた。

 そして、この37層で親指がうずくほどの危機を示す対象はひとつしか考えられない。

 『迷宮の孤王』(モンスターレックス)。ウダイオス。この階層に出現する白骨の怪物(スパルトイ)をそのまま巨大化させて上半身のみ地面から生やしたような漆黒の骸骨。

 姿を見せる上半身だけでも十Mに届こうという巨体。その下半身の骨は『ルーム』全域に張り巡らされ、地面のどこからでも骨で作られた逆杭(パイル)が射出されるという攻撃範囲の広さを見せる。

 上半身は上半身で直接攻撃を行ってくるため、下半身での逆杭(パイル)が連動されると非常に厄介な相手だ。

 ウダイオスを攻略する場合、大人数の攻略隊を用いて逆杭(パイル)攻撃の対象を分散させつつ本体を倒すのが攻略法(セオリー)となっている。もっとも攻略隊を編成できるファミリアは一握りしか存在しないのだが。

 

「それって階層主(ウダイオス)!? まだ3ヶ月経ってないでしょ!?」

 

 フィンの指示に従いつつも、ティオナが疑問の声を上げる。

 ウダイオスに限らず『迷宮の孤王』(モンスターレックス)は一定周期の次産間隔(インターバル)が存在する。

 【ロキ・ファミリア】もそれは承知しており、今回の遠征の障害とならないよう前もって全戦力で駆除しておいたはずのだが――

 

「団長が来るって言ったら来るんだよっ! 黙って備えなさいっ!」

 

 フィンに大恋慕中(ぞっこん)のティオネは団長の言葉が全てと妹を嗜めた。

 

 慌ただしく陣形を作っていく遠征隊。

 あなたも強力な魔力(マガツヒ)が地面に集まっていくのを感じる。その魔力にあなたは少し引っかかるものを覚えた。

 だが、状況は考える間もなく進行していく。

 

 ピキリ、と岩が割れる音を立てながら、地面にクモの巣状のヒビが広がっていく。

 ヒビを押し広げるように地から生まれ出た怪物は――白骨だった。それも大きさはせいぜい3Mといったところだ。

 

「なんだよ、スパルトイじゃねぇか!」

 

 拍子抜けしたようにベートが吐き捨てる。

 しかし、リヴェリアが首を振りながらその言葉を否定した。

 

「いや、違う。スパルトイならば生体(骨の)武器を持って出てくるはずだ。奴の武器は骨には見えない。その上――」

 

 リヴェリアの言う通り怪物が手に持ったサーベルは骨で出来ているようには見えない。

 また、通常のスパルトイは全身の骨格を鎧のように隆起させているが、その様子は見られない。

 ――より正しく言うならば、全身は衣装に包まれていたため、顔と手足しか骨と確認できなかった。

 

 あなたにはその姿に見覚えがあった。

 

 綺羅びやかな刺繍が施された衣装を身にまとい、左手にサーベル、右手に深紅のカポーテを構えたその姿を。

 

 その名は――魔人マタドール。

 




神様の知り合いは居ないけど、知り合いが神様だったりすることはある。
次回は5月中になんとか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 マタドールズフロントライン

なんとかなりませんでした。


 あなたが人として生まれ育った世界の闘牛において、闘牛士(マタドール)が片手に持つ赤い布としてイメージされるものはムレータ*1と呼ばれている。

 カポーテとは闘牛士(マタドール)が闘牛開始時に扱う、表地がピンク、裏地が黄色の襟付きマントを指す。闘牛士(マタドール)が両手でカポーテを振るい牛と()()ことで牛の性格や癖などを見抜き、後のムレータと刺突剣(エストック)を用いた一般的に連想される闘牛へと繋げるのである。

 そう、本来カポーテは()()()()()()()()。ではなぜ目の前の魔人マタドールが持つソレがカポーテと呼ばれているのか。*2

 3M近い体躯を持つ魔人は、人間が両手で扱うカポーテを軽々と片手で振るいムレータの如く扱う。元々ピンクと黄色で彩られたカポーテは返り血で赤く染まり、その血は乾くことなく鮮やかな色を見せている。マタドールの赤のカポーテは鮮血の赤なのだ。

 そしてまた、カポーテは本来の役目も果たす――マタドールの闘いの始まりの合図として。

 マタドールが片手で扱っているソレは、まさにカポーテでありムレータなのである。

 

 魔人が現れた時、その周囲を囲んだのは【ロキ・ファミリア】の一級冒険者達だ。あなたはその中に含まれていない。

 フィン達が階層主(ウダイオス)の出現を想定していたため、逆杭(パイル)攻撃の分散を担う二級冒険者の一隊に組み込まれていたのだ。

 ただ、その魔力(マガツヒ)に既視感を覚えたあなたは、なるべく近付くつもりでいた。それでもマタドールの初動に対処するには遠い距離だった。

 故にあなたは警告を発する。マタドールの機先を制するために。それからもうひとつ、致命的な事態を防ぐために。

 

 マタドールに赤いカポーテを振るわせてはいけない。

 奴に衝撃()属性は通用しない。

 

 結果から言えばあなたの目論見は半ば成功し、半ば失敗に終わる。

 

【目覚めよ】(テンペスト)

 

 あなたの言葉は一級冒険者にも確かに届き、警戒を促すことは出来た。

 

 ただ、あなたの二つ目の警告と――

 

「【エアリエル】」

 

 アイズの全力(【エアリエル】)が同時だっただけである。

 【エアリエル】の魔法により風を纏ったアイズが、疾風となってマタドールに斬り掛かる。

 それは、通常の相手だったならば機先を制するのに最善の手段だっただろう。

 しかし、マタドールの間合いに入った途端に彼女を支えていた風は唐突に力を失った。

 マタドールは剣撃をそのままサーベルで受け止める。

 

『やれ、口上を披露する暇も与えぬとは無粋な連中よ』

 

 アイズの顔に驚愕の色が浮かぶ。それは【エアリエル】が無力化されたからではない。あなたの二つ目の警告がギリギリ届いたことで可能性の一つとして予想されていたからだ。

 

「言葉をっ!?」

 

 しかし、怪物(モンスター)人間(ヒト)の言葉を解すなど、その知恵があるなどとは想定の範囲外だった。

 驚きにほんの微かにアイズの圧が緩む。それでも致命的な隙まで至らないのは流石一級冒険者と言えよう。

 ただ、目の前の髑髏の闘士(マタドール)には、それで十分だった。

 

『貴公も中々の腕だが、最強の剣士には届かない』

 

 気を入れ直すアイズを嘲笑うかのように鍔迫り合いとなった剣を引き、軸を外すことでアイズの力の行き先を逸らす。

 体勢を崩したアイズを待つのは、血と喝采の中で数多の命を絶ってきたその剣――

 

「ざっけんじゃねぇぞ! オラァッ!」

 

 剣を突き入れんとしたマタドールに対し、ベートが罵声を浴びせながら蹴りを繰り出した。

 マタドールは猛牛をあしらうようにヒラリとカポーテを翻してベートをいなす。その間にアイズは体勢を整えている。

 

『全く……(せわ)しいことだ』

 

 僅かな間の攻防を制したマタドールは、自身を囲む【ロキ・ファミリア】を挑発するようにカポーテを振るう。

 

 【赤のカポーテ】

 

 カポーテを振るう度に、マタドールの動きは速く、鋭くなっていく。【赤のカポーテ】は闘牛の始まりを告げる合図であるとともに、マタドールが戦闘開始時に*3行う自己強化の儀式なのである。

 攻撃の応酬が始まった時から――正しくは一級冒険者達に2つの警告を発した直後から、あなたはマガタマを切り替える事に精神を集中していた。

 精神を集中している間は、僅かな間だが無防備な状態となる。その為戦闘中、それもマタドールのような相手を前にしての切り替え(ソレ)は無謀ともいえる。だがマタドールの初動に届かなかった距離が今度はあなたの利となった。

 更にマタドールを囲むようにして闘う一級冒険者、あなたと共に居る二級冒険者、あなたは彼ら【ロキ・ファミリア(ロキの子供達)】の実力を信じて自身の隙を生み出す時間を受け入れた。

 傍目には一級冒険者の方を向いて微動だにしないあなたは高速で行われる戦闘に見入っているようにも見えただろう。だが、それを注意をするものなどいない。他の誰もが戦闘の動向に注目し、あなたの事に注意を払ってはいなかったのだから。

 

 呼び起こすマガタマは火風水(ヒフミ)。火と水を結ぶ風の力の象徴。マタドールに衝撃()属性は通用しない。それは事実であるが、逆もまた然りなのだ。

 目論見通りマガタマの切り替えを終えたあなたはベルトポーチ――を通じた異空間(ストック)――へと手を伸ばす。

 取り出したのはマタドールに対する切り札のひとつ、投げつけることで対象の補助効果(加護)の一切を剥ぎ取るデカジャの石。アイテムであるがゆえに数に限りがあり、補充の目処も立たない為貴重な品ではある。

 当然ながらロキの子供達の命がかかっているのだ、使い惜しみをする気はない。だが、補助効果(加護)を剥ぎ取った所でマタドールが【赤のカポーテ】を使い直せば元の木阿弥なのだ、タイミングは慎重に選ばなくてはいけない。

 あなたはタイミングと距離を測りながら、じりじりと戦闘の中心へと距離を詰めていく。

 一方、その戦闘の中心では――

 

『貴公らもヒトとしてはそれなりなのだろう。だが私と出会ったのが不幸、いや最高の戦士に出会えた僥倖と思うが良い』

「きゃっ」

「なっ、この骸骨魔法までっ!?」

 

 言葉と共にマタドールがカポーテを振るうと、烈風(マハザン)が周囲の一級冒険者達を襲い、その動きを留める。

 その影響を無視して動いたのは、二人。

 

「効かないっ!」

「舐めんなぁっ!」

 

 衝撃無効(風の加護)を受けたアイズはマタドールの風もまた障害足り得ぬと確信して突進した。

 ベートは自身に向かう風の刃を蹴り抜ぬくことで、その足に輝くミスリルブーツ【フロスヴィルト】の効果(魔法吸収)を発動させる。

 だが、その前にマタドールは滑るようにティオネとティオナの間を抜けていた。

 

「くっ、速っ」

「抜けられるっ」

 

 相手に近付くということは、同時に相手の手が届く距離も近付くということはあなたも十分に承知している。

 ――していたつもりだった。決してあなたは油断していたわけではない。マタドールとは東京受胎の折に死闘の末に辛勝した強敵なのだ、油断できるはずもない。

 ただ相手があなたが識るよりも速く、相手もあなたの事を識っていた。それだけだ。

 マタドールが目指していたのは、あなただった。マタドールはあなたの出来ることを、識っていた。

 

『無粋な真似をいつまでも見逃しはせんぞ、人修羅』   

 

 一瞬の後にはマタドールはあなたの目の前に居た。

 即時の判断であなたは地面を蹴り、後方に倒れるように跳びながらデカジャの石をマタドールに投げつけようとする。

 ポトリ、と音を立ててデカジャの石は地面に転がり落ちた、握っていたあなたの左腕ごと。

 もし、その場で対処をしようとしていたならば首を落とされていただろう。あなたがいかに悪魔といえど首を落とされれば死ぬ。腕を落とされたのは欲を出しすぎた代償か。

 その上あなたの咄嗟の回避は一時凌ぎにしか過ぎない、更に追撃を受ければトドメを刺されるのは間違いない。

 だが、追撃は来ない。あなたはそう予測していた。

 

「――妖精の射手。穿(うが)て、必中の矢】」

 

 跳ぶ直前のあなたの視界の端に、後衛の陣で詠唱を完成させる魔導師の姿が映っていたからだ。

 

「【アルクス・レイ】!!」

『ちっ、だがこの程度っ』

 

 魔導師――レフィーヤ・ウィリディスという名のエルフの少女――の放った光線がマタドールを襲う。 

 流石のマタドールも追撃の手を緩めて回避せざるを得ない。

 マタドールは速度増強効果(赤のカポーテ)に裏打ちされた素早さで光線を躱す。

 だが、LV3にして【ロキ・ファミリア】の主力として期待されている少女の魔法は、それだけでは終わらない。

 マタドールがやり過ごした光線は軌道を変えて、再びマタドールを襲った。

 何度躱しても光線は軌道を変えてマタドールを襲い、マタドールもまたそれを躱す。

 

「こんな時に言うのもなんだけど綺麗……」

 

 骸骨という事を除けば綺羅びやかな衣装を身にまとったマタドールが目まぐるしく光線と踊る様は幻想的とも言えた。

 しかし、舞踏の時間はひとまずの終幕を迎える。何度も光線を躱すマタドールの素早さも反則だが、絶対命中の光線はそれ以上だった。

 

『なにっ、くっ……躱しきれっ……ぐぅっ!』

 

 光線がマタドールに突き刺さり、マタドールの体が揺らぐ。それと同時にマタドールの側で光が弾けた。

 マタドールが踊っている間に、剣を一旦手放して手を空けたあなたが、二つ目のデカジャの石を取り出して投擲していたのだ。

 

『おのれっ、人修羅ぁぁぁっ』

 

 【赤のカポーテ】による補助効果の一切を剥がれたマタドールが呻く。

 しかし無粋な真似とは一体なんのことだろうか。事前情報(ネタバレ)など戦略の一つだし、バフ対策(デカジャ)もそうだ。

 マタドールがその対策を潰しにくるのも当然の戦略であり、腕を落とされたのはマタドールの速さを見誤っていたあなたがうかつなだけだ。そこに粋も無粋もない。

 欲を言えばこちらも速度向上(スクカジャ)で対抗しておきたかった所だが、あなた自身はまだバフ効果(カジャ系)魔法を使えないし、マタドールの出現も予見出来ていなかったため【ロキ・ファミリア】との摺り合せも出来ておらず、出来る立場でもなかった。

 大体闘牛士(マタドール)ならばおあつらえ向きにこの階層(37F)に存在する『闘技場(コロシアム)』にでも出ていればよいのだ、最初から近づかないから。

 ――過ぎたことを嘆いても仕方がない。今できる最善の行動を取るのみである。

 そして、マタドールが光線と踊っている間に動いていたのはあなただけではない。僅かな時間ではあったがその間に風の加護を受けた、風の力を吸収したブーツを履いた、二人の冒険者が追いついていた。

 

「今度こそっ!」

『無駄なあがきとなぜ理解できぬかっ』

「いい加減沈んどけやっ! クソ骸骨がぁっ!」

 

 アイズの風の加護は、マタドールの前では力を発揮できない(相殺される)。だがそれはマタドールも同じであり、純粋な剣技と身体能力での競り合いとなる。力も技もマタドールが上回っていたが、アイズには先程のような驚きによる隙はない。

 ベートの【フロスヴィルト】も吸収している衝撃()属性の特性は失われているが、それでも無視できない破壊力の蹴りを生み出す。

 二人がかりならば、そして更に時間をかければ当然――

 

「よくも団長を傷つけてくれたなオラァッ!」

「あーもうっ、この骸骨嫌いっ!」

「動きが鈍った今のうちに仕留めるぞっ」

 

 残りの一級冒険者たちも追いついてくる。

 形勢は遠征隊に傾いていた。

 

『なかなかやるな。だが今度は貴公らに私と踊ってもらおう』

 

 ――僅かな隙をついて、マタドールが再び【赤のカポーテ】を振るうまでは。

 

『【血のアンダルシア】』

 

----------------------------------------

 

 【ヘスティア・ファミリア】の記念すべき二人目*4である白髪赤目の少年――ベル・クラネルは本拠地である廃教会の前を箒で掃いていた。

 ダンジョン探索は、本日は休養日だ。それでも何もしないのは落ち着かずファミリアの為になにかしようと考えた結果、ひとまず掃除をすることにした。

 そこにふらっと赤毛の女性が現れて、声をかけてくる。

 

「おーっす、ベル坊。精が出とるなー」

「こんにちは、ロキ様。神様ならまだバイトから帰ってきてませんけど」

 

 ベルは声をかけてきた女性――女神ロキとは見知った仲である。主神であるヘスティアと契約した日も偶然出会って、軽くだが紹介された。

 

「神様とロキ様は仲が良いんですねー」

 

 ニコニコと笑うベルに、ロキは渋い顔を返す。

 

「うーん……どうやろなぁ。ウチは愛しい(ヒト)が仲良うしろっちゅうから仕方なく仲良うしてもええんやけどな」

「ええっ、愛しい(ヒト)がってどういうことですか!?」

 

 初対面の時は本当に軽く紹介されただけなので、ベルはヘスティアとロキの関係について詳しくは知らない。なのでロキの発言について、聞き返してしまった。

 

「うん? ヘスティアから聞いとらんの?」

「はい……」

「そっかー、ならしゃあないなー。じゃあシンの事から色々と教えなアカンなー」

 

 ウキウキで話しかけてくるロキに、ベルの第六感が危険を告げる。

 

「外じゃあなんだし、ちょっと地下室(した)で話そか」

「あっ、すみません。神様から他所の神様と狭い所で二人きりになるなって言われていまして」

 

 ベルは予感にしたがって神様(ヘスティア)から強く注意されていた事を盾に危険から身を離そうとした。

 

「おー、そこんとこちゃんと注意しとるんやな。感心感心。ウチはともかく他所の神には気に入ったら他神(ヒト)眷属()でも平気で奪う危ない奴もおるさかいなー」

「そ、そうなんですかー、じゃあそういう訳なので……」

「でもウチは平気平気。可愛い女の子ならともかく今更他所から男の子なんて盗らんわ。さ、行こか」

 

 しかしロキに強引に背を押され、教会の隠し部屋に連れ込まれてしまう。

 そして日が暮れてご機嫌で帰還したヘスティアが柳眉を逆立てるまで、延々とロキに惚気話を聞かされる羽目となる。

 ベルはまだ顔も知らないあなたについて、無駄に詳しくなった。

*1
Muleta。赤い色で興奮するのは牛ではなく観客である。

*2
近作では「赤のカポーテ」は使用されず、真・女神転生IMAGINEでは特徴「ムレータ」に変更された。

*3
戦闘中も

*4
あなたはまだ知らない




マタドールは原作よりも強い。

レベルの概念はTRPG畑の人なら
神の恩恵なし:愚者
下級冒険者 :異能者
第二級冒険者:覚醒者
第一級冒険者:超人
オッタル  :超越者
と書いたらイメージしやすいかも?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。