バトル・ロワイアル The Rebellious Memory (原罪)
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執筆ルール説明(書き手閲覧必須)

【基本ルール】

 

参加者全員が、最後の一人になるまで互いに殺し合い続ける。

優勝者はどんな願いも叶える事ができる。

参加者間でのやりとりに反則はない。

ゲーム開始時、参加者は会場内にランダムで配置される。

ゲーム開始から72時間経過した場合、勝者なしゲームオーバー(参加者全員死亡)となる。

また参加者それぞれに首輪解除条件が割り当てられ、首輪解除条件は基本支給品のスマートフォンで確認できる。

指定された解除条件を満たすと、首輪は解除される。

解除条件の中には果たせなかった場合に首輪を爆破される参加者もいる。

 

 

【スタート時の持ち物】

 

全ての参加者のポケットにスマートフォンが支給される。

スマートフォンにはルールや時間、参加者の確認。照明、地図や自身の現在位置、メモ機能が搭載されている。

また放送で呼ばれた脱落者の数や名前の確認も可能。

スマートフォンを身体から1m以上かつ3時間以上「手放した」場合、そのスマートフォンの使用権が失われる。

その際は本来の持ち主とは違う参加者が持っていた時点でそのスマホはその参加者のものになる

スマートフォンのほかにランダムの支給品3つと食料、水などの一式が入った支給品袋が支給される。

袋に入れられる物の数及びサイズに制限はない。

参加者によっては支給されたスマートフォンに特殊機能が搭載されている場合もあり、その場合は特殊機能が支給品扱いとなる。

 

 

【侵入禁止エリアについて】

 

放送で主催者が指定したエリアが侵入禁止エリアとなる。

放送度に禁止エリアは計3マス指定される。

参加者が禁止エリアに入って一定以上の時間が経てば、首輪は爆発する。

 

 

【放送と時間表記について】

 

0:00、6:00、12:00、18:00

以上の時間に運営者が侵入禁止エリア、死亡者、残り人数の発表を行う。

禁止エリアは放送度に計3マス指定される。

 

※本編は0:00スタート。

 

 

【状態表】

 

投下した作品の最後につける状態表は下記の形式で

 

【エリア/場所/経過日数/時間】

 

【キャラクター名@作品名】

[状態]:

[服装]:

[装備]:

[道具]:

[首輪解除条件]:※任意で構いません

[思考]

基本:

1:

2:

3:

[備考]

 

 

時間帯の表記について

 状態表に書く時間帯は、下記の表から当てはめる。

 

 深夜:0~2時 / 黎明:2~4時 / 早朝:4~6時 / 朝:6~8時 / 午前:8~10時 / 昼:10~12時

 日中:12~14時 / 午後:14~16時 / 夕方:16~18時 / 夜:18~20時 / 夜中:20~22時 / 真夜中:22~24時

 

 

死亡したキャラが出た場合は以下の通りに表記する

【参加者名@作品名】死亡

 

 

 

【作品別の参加者・支給品の制限】

 

 

◆ 魔法少女育成計画シリーズ

-魔法少女は変身解除したとしても、怪我が回復する設定は無効

-通常兵器でもダメージは受けるほど耐久力は制限

 

(魔王パム)

- 羽根に自立行動させることはできない

- 首輪を羽根で無効化することはできない

- 羽根の移動距離は半径1km圏内のみとする

 

◆ Caligula -カリギュラ-

- 各キャラクターはメビウスの姿で参戦。会場内でのカタルシスエフェクト発現可能。同様に楽士の能力も発現可能。

- エクストリーム帰宅部ネタは禁止

- カタルシスエフェクトに殺傷能力付与、また物理破壊も可能

- ODシナリオからの参戦可能

- 帰宅部メンバーはアリアの調律がなくてもカタルシスエフェクト発現可能

- 支給品として琵琶坂永至を支給することは禁止

- 他作品キャラはアリアが調律することでカタルシスエフェクト発現可能

 

 

(シャドウナイフ)

- 分身能力を使用するすることによる体力の消耗増加

- 分身に消費する時間を増大

 

◆ ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて

- 身体的・能力的制限はほぼなし

- 治癒魔法1/10以下 蘇生は発動しない 再生能力は無効 状態異常は回復可能

- ルーラ他移転系使用不可

- MP消費は精神的な消耗

- 全体魔法の攻撃範囲は術者の視野内

- アイテムは消費されるものは制限ないが、賢者の石など消費されないものは制限あり

- オーブの支給禁止

 

◆ Fate/Apocrypha

- サーヴァントについて、通常兵器でもダメージを受けるほどに耐久力能力は制限される

- 宝具は他参加者でも利用可能、ただしその場合、体力を大いに消耗する

- サーヴァントは受肉して参加(霊体化はできない)

 

◆ よるのないくにシリーズ

- 他参加者が蒼い血を浴びた場合、邪妖化する可能性がある

 

(アルーシェ)

- 活動時間の制限を撤廃

 

(クリストフォロス)

- 不死設定の撤廃

 

(アーナス)

- 大技を繰り出した際の疲労増加

 

◆ 追放選挙

- 身体的・能力的制限はなし

(要)

- 主催者の嘘は見破れない

 

◆ リベリオンズ

- 身体的・能力的制限はなし

 

◆ ルートダブル

- BC粒子は会場内に蔓延している

- 他作品キャラのコミュニケーター化は不可とする

 

(夏彦)

- テレパシー及びエンパシーの有効範囲は最大1kmまでとする(夏彦の集中力次第)

- センシズシンパシーの有効範囲は視界内のみとする

- BC能力を利用することによる体力及び精神への負担を増加

- センシズシンパシーによる記憶の読み取りは可能

- センシズシンパシーにより失われた記憶を修復することは可能、ただし人格を形成するほどの影響を持つ記憶については改変不可。

- 一度の検索で読み込める記憶は一つだけ

 

◆ アイドルデスゲームTV

- 身体的・能力的制限はなし

 

◆ 結城友奈は勇者である

- 首輪の爆発に関しては精霊ガードでは防ぐことはできない

- 処女以外の勇者化は不可

- 精霊ガードは回数制限

- NARUKO(勇者専用アプリ)の勇者の位置表示機能は使用不可

 



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参加者紹介

それより異なる世界より呼び出された74名

 

それぞれの思惑、野望、願いが交錯するこの殺し合いの地において

 

生き残るはたった一人。その一人にはどのような願いをも叶えるであろう

 

もしこの状況で生きたいと願うなら

 

―――無駄だと嘲笑う運命を

 

―――この絶望の結末を

 

―――この狂った殺し合い

 

―――打ち破れ

 

 

運命に抗え、最後まで―――

 

 

 

 

 

 

『参加者』

10/10【魔法少女育成計画シリーズ】

○スノーホワイト/○リップル/○ラ・ピュセル/○カラミティ・メアリ/○森の音楽家クラムベリー/○プフレ/○アカネ/○魔王パム/○袋井魔梨華

 

8/8【Caligula -カリギュラ-】

○巴鼓太郎/○峯沢維弦/○神楽鈴奈/○柏葉琴乃/○ミレイ/○イケP/○シャドウナイフ/○ウィキッド

 

8/8【Fate/Apocrypha】

○ジーク/○ルーラー(ジャンヌ・ダルク)/○黒のライダー(アストルフォ)/○赤のセイバー(モードレッド)/○シロウ・コトミネ/○赤のアサシン(セミラミス)/○赤のアーチャー(アタランテ)/○黒のアサシン(ジャック・ザ・リッパー)

 

8/8【ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

○主人公(イレブン)/○カミュ/○ベロニカ/○セーニャ/○マルティナ/○シルビア/○グレイグ/○ホメロス

 

7/7【よるのないくにシリーズ】

○アーナス/○リュリーティス/○クリストフォロス/○アルーシェ・アルトリア/○ルーエンハイド・アリアロド/○カミラ・有角/○ミュベール・フォーリン・ルー

 

6/6【ルートダブル -Before Crime * After Days-】

○笠鷺渡瀬/○天川夏彦/○守部洵/○鳥羽ましろ/○三宮・ルイーズ・優衣/○宇喜多佳司

 

7/7【追放選挙】

○一条要/○蓬茨苺恋/○ノーリ/○伊純白秋/○蓼宮カーシャ/○絢雷雷神/○忍頂寺一政

 

7/7【リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

○藤堂悠奈/○伊藤大佑/○三ツ林司/○蒔岡玲/○阿刀田初音/○黒河正規/○粕谷瞳

 

5/5【アイドルデスゲームTV】

○筑波しらせ/○天王寺彩夏/○烏丸理都/○諫早れん/○旭川姫

 

5/5【結城友奈は勇者である】

○結城友奈/○東郷美森/○犬吠崎風/○犬吠埼樹/○三好夏凛

 

2/2【スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】

○日向創/○狛枝凪斗

 

1/1【鷲尾須美は勇者である】

○三ノ輪銀

 

72/74『主催』

ファヴ@魔法少女育成計画シリーズ

 

『みせしめ』

シャドウゲール@魔法少女育成計画シリーズ

 

 

 

※作者は文才力は未熟なので本文への過度の期待はご遠慮願います



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現在判明している参加者の首輪解除条件まとめ(ネタバレ注意)

○スノーホワイト

 

○リップル:第六回放送まで、ゲーム開始以前からの知り合いに捕捉されてはならない。

ここで言う『捕捉』とは、間に遮蔽物がない半径二十メートル以内の距離に侵入されることを指す。

条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する

 

○ラ・ピュセル:第四回放送までに10名以上の参加者と接触する。

 

○カラミティ・メアリ:妖魔もしくは半妖を2名以上殺害する

 

○森の音楽家クラムベリー:5人以上の殺害

 

○プフレ:10個以上のスマホの使用者になる(セカンド条件は解放中だが不明)

 

○アカネ:ゲーム終了時まで森の音楽家クラムベリーを直接殺してはならない。もし直接殺した場合、この首輪は爆発する

 

○魔王パム:残り生存者が15人を切るまで、真実がどうあれ『殺し合いをするつもりはない』という発言、意思表示を一切行ってはならない。

逆に、他のプレイヤーから己の立場を問われた時には『ゲームに興じるつもりだ』と答えなければならない。

以上の条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する。

 

○袋井魔梨華:第四回放送まで、戦闘中に他の参加者を加勢したり、他の参加者から加勢を受けてはならない。

2人以上で他の参加者を攻撃した時点でスマホのカウントを1つ消費し、3カウント目で失格とみなし首輪を爆破する

 

○巴鼓太郎:自分以外の帰宅部メンバーの全滅

 

○峯沢維弦:女性参加者を5名以上殺害する

 

○神楽鈴奈:特殊機能が搭載されたスマートフォンを2台以上破壊する

 

○柏葉琴乃:スマートフォンを5台以上保有する

 

○ミレイ:解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する

 

○イケP:首輪解除条件が達成された女性参加者の首輪を2つ以上所持

 

○シャドウナイフ

 

○ウィキッド:ホテル・エテルナに隠されている解除用USDを自分のスマホに読み込む

 

○ジーク:(死亡)

 

○ルーラー(ジャンヌ・ダルク)

 

○黒のライダー(アストルフォ):首輪解除条件を達成した参加者が24名以上になる。なおこれはすでに死亡した参加者もカウントする

 

○赤のセイバー(モードレッド):『魔法少女』を2人以上殺害する

 

○シロウ・コトミネ

 

○赤のアサシン(セミラミス):二人を殺害する。期限は無いが、第三回放送までに条件を満たせていなかった場合は、『シロウ・コトミネの目的』が全生存者にメールで送信される(※その時点でセミラミスが死亡している場合は送信されない)

 

○赤のアーチャー(アタランテ):会場内にある導きの教会にたどり着く

 

○黒のアサシン(ジャック・ザ・リッパー)

 

○主人公(イレブン)

 

○カミュ:『御姿の勇者』から首輪を解除せずに首輪を回収すること。

なお、生きている『御姿の勇者』を手にかけることで回収した場合、特典としてあなたを含む任意の参加者一名の首輪を選択して解除できる仕様に変更される。

 

○ベロニカ:旅の仲間を2人以上殺す

 

○セーニャ:第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する

 

○マルティナ

 

○シルビア:自分以外の首輪を5つ取得する

 

○グレイグ

 

○ホメロス:実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く

 

○アーナス

 

○リュリーティス:他参加者を殺害した参加者を1名以上殺害する

 

○クリストフォロス:会場内のとある施設にある「Nエリア」に到達する

 

○アルーシェ・アルトリア:7人以上の参加者から吸血を行う

 

○ルーエンハイド・アリアロド:(死亡)

 

○カミラ・有角:三名以上の首輪解除条件が未達成の参加者のスマホを個別のケーブルに繋ぎ、自分のスマホに読み込ませる

 

○ミュベール・フォーリン・ルー:第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する

 

○笠鷺渡瀬:特定のパートナーと24時間以上離れずに行動を共にする。

パートナーの特定は、半径5m以内にいる参加者の名前を下記のフォームに入力し、『特定』ボタンをタップすることで完了する。

但し、指定したパートナーが20m以上離れた場合もしくは死亡した場合は、タイマーはリセットされ、パートナー不在とみなされる。

3時間以上パートナー不在の状況が続くと、首輪は爆破される。

 

○天川夏彦

 

○守辺洵

 

○鳥羽ましろ

 

○三宮・ルイーズ・優衣:天河夏彦、森の音楽家クラムベリー、一条要、三ノ輪銀の内、最低一人の第三回放送終了後までの生存。なお該当者が全員死亡した場合即座に首輪が爆発する

 

○宇喜多佳司:6名の参加者からそれぞれ頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の何れかを切り裂き、切り裂いた部位を繋いで人形を作成せよ。

作成した人形を「七望館」内にある棺に収納することで首輪は解除される。

 

○一条要:第四回放送までの生存、それまでに他のプレイヤーに危害を加えない

 

○蓬茨苺恋:「藤堂悠奈」「結城友奈」「ジャンヌ・ダルク」「天河夏彦」「笠鷺渡瀬」「イレブン」の死亡。なお第四回放送終了までに条件を達成した場合、条件達成者の首輪だけでなく、任意の参加者から一人を指名し、その参加者の首輪を解除することが出来る

 

○ノーリ:アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「神座出流」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。

 

○伊純白秋

 

○蓼宮カーシャ:他参加者の頭部を9つ以上所持する

 

○絢雷雷神:誰にも解除条件を知られない状態で三人のプレイヤーに怪我を負わせる(知られたら首輪爆発)

 

○忍頂寺一政:他参加者に装着されていた首輪を6個以上保有する

 

○藤堂悠奈:「シークレットゲーム」に参加したことのある参加者の全員殺害

 

○伊藤大佑

 

○三ツ林司

 

○蒔岡玲:『オスティナートの楽士』を1人以上殺害する(死亡)

 

○阿刀田初音:首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害

 

○黒河正規

 

○粕谷瞳:第四回放送終了時まで、12時間以上同じエリアに留まらない。もし12時間以上同じエリアに留まった場合、首輪は爆破される

 

○筑波しらせ

 

○天王寺彩夏:ゲーム開始時に支給された武器で2人以上殺害する(死亡)

 

○烏丸理都

 

○諫早れん:第四回放送までに二つの首輪の爆破

 

○旭川姫:神座出流の首輪の入手

 

○結城友奈

 

○東郷美森:『悪魔の子』から首輪を解除せずに首輪を回収すること。

なお、生きている『悪魔の子』を手にかけることで回収した場合、特典としてあなたを含む任意の参加者一名の首輪を選択して解除できる仕様に変更される。

 

○犬吠崎風:同じ勇者を三人以上殺す(死亡)

 

○犬吠埼樹:参加者を2人以上殺す

 

○三好夏凛

 

○日向創:記憶を取り戻す。記憶を取り戻した後、第二条件提示。第二条件をクリアすることで首輪が解除される。ただし第二条件は記憶を取り戻すまで提示されない

 

○狛枝凪斗:首輪を解除できないまま死亡した参加者の首輪を自らの手で5個所持する

 

○三ノ輪銀



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支給品+スマホ特殊機能一覧(ネタバレ注意!)

【魔法少女育成計画シリーズ】

トップスピードの箒……筑波しらせに支給

 

プキンの短剣……伊藤大祐に支給

 

アンチマテリアルライフル……烏丸理都に支給

 

7753のゴーグル……黒河正規に支給

 

マジカルフォン……黒河正規に支給

 

魔法のキャンディー……プフレに支給

 

プフレの車椅子……プフレに支給

 

ペチカのお弁当……阿刀田初音に支給

 

透明マント……セーニャに支給

 

ルーラ……セーニャに支給

 

プレミアム幸子の契約書……ラ・ピュセルに支給

 

リップルのクナイ(5本)……カミュに支給

 

マジカルトカレフ(予備弾薬一式含む)……東郷美森に支給

 

アンブレンの傘……ミュベール・フォーリン・ルーに支給

 

袋井魔梨華がいつも使っている花の種一揃い……袋井魔梨華に支給

 

マジカルフォン……蓼宮カーシャに支給

 

ラ・ピュセルの剣……ルーエンハイド・アリアロドに支給

 

ヴェス・ウィンタープリズンの右腕……巴鼓太郎に支給

 

単分子ワイヤー……三ノ宮・ルイーズ・優衣に支給

 

竜の盾……グレイグに支給

 

アカネの刀……アカネに支給

 

ドラグノフ(SVD)……カミラ有角に支給

 

拘束用魔法ロープ……ホメロスに支給

 

プリンセス・テンペストのブーメラン……カミュに支給

 

【Caligula -カリギュラ-】

アリア……守辺洵に支給

 

レスキューマンのコスチューム……三ノ宮・ルイーズ・優衣に支給

 

【Fate/Apocrypha】

我が神はここにありて……ルーラーに支給

 

魔剣クレラント……ラ・ピュセルに支給

 

魔術万能攻略書……三ノ宮・ルイーズ・優衣に支給

 

天穹の弓……赤のアーチャーに支給

 

触れれば転倒!……黒のライダーに支給

 

恐慌呼び起こせし魔笛……黒のライダーに支給

 

乙女の貞節……黒のライダーに支給

 

この世ならざる幻馬……宇喜多佳司に支給

 

使い魔(鳩)……赤のアサシンに支給

 

医療用メス×6……黒のアサシンに支給

 

選定の剣(レプリカ)……カミラ有角に支給

 

ホムンクルスの槍……スノーホワイトに支給

 

アストルフォの剣……シロウ・コトミネに支給

 

神罰の野猪……マルティナに支給

 

【ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

ブロンズナイフ……シャドウナイフに支給

 

メダ女の制服……ベロニカに支給

 

いかづちの杖……犬吠埼樹に支給

 

ばくだん岩の欠片……セーニャに支給

 

キメラのつばさ……東郷美森に支給

 

グレイグの大剣……赤のセイバーに支給

 

どくがのこな……ミュベール・フォーリン・ルーに支給

 

ほしふる腕輪……蓼宮カーシャに支給

 

ゆめみの花……カラミティ・メアリに支給

 

けんじゃのいし×5……イケPに支給

 

せいすい……イケPに支給

 

勇者のつるぎ……ホメロスに支給

 

デストロイヤー……狛枝凪斗に支給

 

やいばのよろい……宇喜多佳司に支給

 

イーリスの杖……シロウ・コトミネに支給

 

ばんのうやく×2……リュリーティスに支給

 

特やくそう×10……森の音楽家クラムベリーに支給

 

マルティナの槍……マルティナに支給

 

カミュの短剣……伊純白秋に支給

 

デルカダールのペンダント……ホメロスの持ち込み

 

【よるのないくにシリーズ】

シャルフ……三ノ輪銀に支給

 

ウイングシューズ……笠鷺渡瀬に支給

 

クリストフォロスの楽譜……巴鼓太郎に支給

 

魔楽器オルガノン……クリストフォロスに支給

 

クリスの仮面(黒)……クリストフォロスに支給

 

クリスの仮面(白)……クリストフォロスに支給

 

アーナスの水着……日向創に支給

 

【ルートダブル -Before Crime * After Days-】

NZ75……笠鷺渡瀬に支給

 

アリス……イケPに支給

 

【追放選挙】

伊純白秋の毒薬……黒河正規に支給

 

仕込み刀……蓼宮カーシャに支給

 

【リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

ベレッタM92……藤堂悠奈に支給

 

チェーンソー……粕谷瞳に支給

 

散弾銃……宇喜多佳司に支給

 

【アイドルデスゲームTV】

 

天王寺彩夏を殺したバット……諫早れんに支給

 

烏丸理都を毒殺した八ツ橋……諫早れんに支給

 

蒲田真理子の入った箱に仕掛けられた爆弾……諫早れんに支給

 

シークレットメモ集……ミュベール・フォーリン・ルーに支給

 

旭川姫の水着……日向創に支給

 

【結城友奈は勇者である】

結城友奈の勇者システムアプリ……結城友奈に支給

 

犬吠埼樹の勇者システムアプリ……犬吠埼樹に支給

 

東郷美森の勇者システムアプリ……東郷美森に支給

 

三好夏凜の勇者システムアプリ……三好夏凜に支給

 

【スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】

包帯……筑波しらせに支給

 

動くこけし……筑波しらせに支給

 

狛枝のパンツ……日向創に支給

 

キラキラちゃんの仮面……カミラ有角に支給

 

【鷲尾須美は勇者である】

三ノ輪銀の勇者システムアプリ……三ノ輪銀に支給

 

乃木園子の勇者御記……ベロニカに支給

 

【その他】

詳細名簿……伊藤大祐に支給

 

アーミーナイフ……絢雷雷神に支給

 

青酸カリ……阿刀田初音に支給

 

首輪索敵レーダー……忍頂寺一政に支給

 

日本刀……リュリーティスに支給

 

M1911……一条要に支給

 

グロック19……三ツ林司に支給

 

ニューナンブM60……カラミティ・メアリに支給

 

コンバットナイフ……カラミティ・メアリに支給

 

コルト・パイソン……ジークに支給

 

コルトパイソン予備弾(36/36)……ジークに支給

 

デリンジャー……伊純白秋に支給

 

十徳ナイフ(大刃・小刃・缶切り・のこぎり・救難ホイッスル・ファイヤースターター・ワイヤーストリッパー・マイナスドライバー(小)・マイナスドライバー(大)・プラスドライバー)……鳥羽ましろに支給

 

大型クルーザー……赤のアーチャーに支給

 

ボウガン及びボウガンの矢30本……忍頂寺一政に支給

 

スマートフォン特殊機能一覧

 

・本人を含む半径5メートル以内にいる二人の首輪解除条件を入れ替える(一条要に支給)

 

・自身が現在居るエリア及び隣接するエリアにいる他プレイヤーの名前を表示する。一度使用すると、再度使用するのに3時間の猶予が必要(巴鼓太郎に支給)

 

・半径200以内にいる参加者の名前を表示する(神楽鈴奈に支給)

 

・死亡者放送時、同時に死亡した参加者が誰に殺されたかを表示する(赤のアーチャーに支給)

 

・現在いるエリア及び隣接するエリアにいる参加者のスマホに対し、メールの送信を行うことが出来る(粕谷瞳に支給)

 

・放送ごとに『首輪が解除された参加者の人数』をメールとして受け取る(狛枝凪斗に支給)

 

・首輪解除条件を表示する画面を改ざんできる(違う条件に書き替えることが可能)。書き替えが行われている限り、仮に『解除条件を読み取るタイプの特殊機能』を使われた場合でも、偽装されて表示される。ただし、あくまで違う条件であるかのように偽装表示されるだけであり、解除条件そのものが変わるわけではない。(赤のアサシンに支給)

 

・『条件保存』この機能が入ったスマートフォンに『オクタゴンに到達する』という首輪解除条件が紐つけされる。

このスマートフォンの所有権を持った時点で強制的に首輪解除条件がこれに上書きされ、所有者の首輪解除条件は元所有者のものとなる。(イレブンに支給)

 

・殺害したプレイヤーの特殊機能が利用できる(阿刀田初音に支給)

 

・『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』新規のスマートフォンが20m以内圏内に接近すると、1分間バイブレーションで所有者に警告します。また所有者の意志で当該機能をOFFにすることも可能です。(ジークに支給)

 

・半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する(天川夏彦に支給)

 

・『Lucid(光)』このアプリを起動させることで、バトルロワイアルの会場において帰宅部員やオスティナートの楽士がそうであるように外見をアバターとして変化させることができます。

特に指定したアバターが無い場合、外見がこちらで用意させていただいたアバター『Lucid』のものになります。(ホメロスに支給)



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プロローグ/日向創、姫河小雪、ファヴ、シャドウゲール(パンドラボックス)

「―――ここ、は……?」

 

――――俺、日向創は、このホールで目を覚ました。

 

何故俺はこんな場所にいるのか、まるで分からない

俺はあの時、初めての学級裁判が終わり後の帰路で星空を眺めていたぐらいだ

……その後の記憶がすっぽりと抜け落ちている

 

起き上がって周りを見渡すと、自分の他にも何十人もの人がこの場所に集められていた。

たいだいが自分と同じように困惑しており、その首には首輪のような物が付けられている。それは自分の首にも付けられていた。

さらに周りを見渡してみるが、このホールには壁はあれど扉のようなものは見当たらない。……ここから出るのはほぼ不可能のようだ。

天井には俺達を嘲笑うかのように巨大なガラスの照明が光り輝いていた。

 

そして、ステージらしき正面の壁には巨大なモニターのような物が設置されていた。

 

 

「……ねぇ、ちょっといいかな?」

 

 

巨大なモニターに気が向いていた俺に対し誰かが話しかけてきた。

見た感じ中学生ぐらいの女の子……だけど中学生において不思議なほどに冷静で

……でも何か、寂しげな表情をしていた

 

 

「……俺?」

「そう、あなた……ここがどこだか知らない?」

「ごめん……俺にもよくわからないんだ」

 

 

どうやら彼女も同じような状況らしい

いつの間にかここに呼ばれていた。

一体何が原因かすらもわからない。何のためにこんな場所に閉じ込めているのかも

 

 

そして、そんな思考を掻き消すかの如く―――

 

『あ~、あ~、テスト中。ただいまマイクのテスト中』

 

このホール内に甲高い声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「―――――」

俺の隣りにいた少女がその声に反応する。知り合いの声か何かだろうか。

そんなことを考えているうちにあの巨大なモニターには砂嵐が映っていた

 

数秒の沈黙の後、モニターの砂嵐は収まり……そこに映っていたのは――

 

あのクマを彷彿とさせる白と黒のカラーリングをした、オタマジャクシのような「何か」

 

 

『皆様はじめましてぽ―――』

 

「……ファヴ、何であなたがここにいるの? あの時あなたは……」

 

『いやぁ久しぶりぽん、スノーホワイト……今は魔法少女狩りといった方が良いかなぽん?』

 

俺の隣で少女――スノーホワイトは、画面の「何か」―――ファヴに対し、冷静ながらも怒りに満ちた声を上げていた

 

 

『何故、あの時破壊されたファヴが何故生きているかって話は後にして―――こっちも色々と話すことがあるぽん』

『―――もっとも、スノーホワイトならもう大体分かっているはずぽんよ?』

 

 

『そう、今からここに集まった約70名以上のみんなに―――殺し合いをしてもらうポン』

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

俺は、ここに呼ばれたことで気が抜けていたのかもしれない

 

俺がもともといたあの島――ジャバヴォック島も、ある意味殺し合いの舞台だった

 

そして、ファヴの宣言―――殺し合いをしてもらうという言葉

 

 

 

 

―――結果的にあの島から出れた先にあったのは、また別の殺し合いだった

 

「殺し合い……今回あなたは魔法少女だけじゃなくて無関係の人たちまで巻き込むつもりなの!?」

 

ホール内の混乱やスノーホワイトの言葉に目もくれず、ファヴは言葉を続ける

 

 

『まず基本ルールの説明ぽん。みんなには特設の会場で殺し合ってもらうぽん、制限時間は72時間、どんな手段を使ってでも生き残るぽん』

『最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられるぽん!』

 

 

ファヴのその顔は無感情に見えながらも、上げる声は笑いに満ちている。

 

 

『次に全員に支給されるスマートフォンに関する説明ぽん』

 

今までファヴばかり映されていたモニターの画面が変わり、白いスマートフォンの画像が映し出される

 

 

『このスマートフォンは君たちのバトルロワイヤルのサポートをするものぽん』

『ルールや時間、参加者の確認。照明、地図や自身の現在位置。他にもメモ機能があるぽん』

『脱落者の数や名前の確認もできるぽん。基本的に死亡者は6時間毎に放送室からの放送されるけど、こっちでもちゃんと確認できるポン』

『ちなみにこのスマートフォンは殺し合い開始時に自動的に君たちのポケットの中に支給されるから忘れないようにぽん』

 

 

 

 

 

『後、そのスマートフォンを身体から1m以上かつ3時間以上「手放した」場合、そのスマートフォンの使用権が失われるぽん。その際は本来の持ち主とは違う参加者が持っていた時点でそのスマホはその参加者のものになるから気をつけるぽん』

 

そうファヴが付け加えると、モニターの画面が変わり、次に映し出されたのは小さな袋

 

『この袋は支給品袋ぽん。食料等の基本支給品の他に、この殺し合いに役に立つアイテムが3つ入っているぽん』

『何が入っているかは見てからのお楽しみぽん』

『ああ、袋に入れられる物の数に制限はないからそこは心配しなくてもいいぽん』

 

 

 

 

 

 

袋の説明の後、次にモニターが映し出したのは、ここにいるみんなに装着された首輪

 

『この首輪はお前たちが殺し合いの会場から抜け出したり、ルール違反を犯した場合、自動的に爆発するように設定されているぽん』

『それともう一つ。この首輪は参加者のパワーバランスの調整も兼ねているから、一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん』

『一応、個人ごとの首輪解除条件をスマートフォンに記載してあるから、頑張って欲しいぽん』

 

『言い忘れていたぽん。6時間毎にエリア内のどこがが進入禁止エリアに指定されて、そこにいたままの参加者の首輪がドカーンってなってしまう仕様になっているぽん。その時にはアラームを鳴らすので、アラームが完全に鳴り止む前に禁止エリアから脱出してしまえばギリギリセーフぽん』

 

 

『説明は以上ぽん――本来ならルール説明の後に即開始をするつもりだったけど、その前にちょっと面白い余興を見てもらいたいぽん』

 

 

「余興……?」

 

 

 

『そう、この殺し合いを盛り上げるための、楽しい楽しい余興だぽん』

 

ファヴの声が突然冷たくなったかと思うと―――画面が移り変わり、ある映像が流れ始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

トトヤマ マモリ サン ガ ミセシメ ニ エラバレマシタ

 

 

ショケイ ヲ カイシ シマス

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

私はいつの間にかここに立っていた

周りを見渡すとそこは石壁に包まれた暗い空間

ペンチとハサミは無い。変身している事以外は無防備だ

 

唯一の明かりらしき天井のモニターには、このようなものが表示されていた

 

 

『今からあなたにはこの迷宮から脱出してもらいます』

『ただしキミの後ろから恐ろしいものが襲い掛かってきマス』

『迷宮内には様々なトラップが配置されております』

 

『がんばってくだサイ』

 

衝撃と混乱と動揺が同時に頭に集中すると同時に、考える暇もなく後ろから呻き声を上げる黒い「怪物」がこの迷宮を砕きながら近づいてくる音がした

 

《マジカル迷宮》

 

 

 

 

 

走る、走る、走る―――武器もなく、襲い掛かってくる怪物の正体がわからない状況で、私はただ走り続ける

迷宮内にあった機械類はあの時のモニターのみ、それ以外には何もない。

 

まともな武器がない状況では、逃げる以外の選択肢は無かった

 

 

逃げてる最中、何かが自分の腕に突き刺さる感触がした。何処かでトラップのスイッチを押してしまったのだろう。しかも体中が痺れてくる。ご丁寧に毒でも仕込んでいたのだろうか

 

 

だがそんなことを気にしている暇すら無い、ひたすら走る、あの怪物に追いつかれないように

 

意識が混濁する、徐々に手足の感覚がなくなっていく、ただ痛みだけが広がっていく――

 

 

 

 

 

 

気がつくと、私はあの怪物から逃れることが出来たようだ……

 

だけど、身体は限界で、まともに歩くことすら出来ない。

 

目の前がぼやけ、まともな思考が出来ない中で、ドアらしきものが、見える

 

 

 

何とか、ドアを、開け―――

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

何か、音が、した。

 

 

 

 

 

 

私の、首が、飛んで、いた

 

 

 

 

 

 

 

目の前に、だれか、いた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうしわけ、ありませ、お嬢―――

 

 

『Game Over』

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「―――あーあ、残念だぽん。そこに隣に隠し扉があってそこがゴールだったぽん。おしいぽん」

 

この映像が終わった後、一帯は静まり返っていた。

何が「余興」だ。ふざけるなよ。

これじゃあモノクマのやっていたオシオキそのものじゃないか

 

「い、いやあああああああああああああっ!」

「ひどすぎる……」

「ふっざけんじゃねぇぞてめぇ!」

 

ホール内から悲鳴、恐怖、怒り、様々な声が聞こえてくる。

 

「………ッ!!!」

 

一人、車椅子に座った女の子は、怒りとも悲しみとも言えぬ表情のまま、ただ拳を握りしめていた

 

 

「さて、余興が終わった所で、そろそろ会場へ案内させてもらうぽん」

 

ファヴのその言葉とともに地面が光り輝く。それと同時に俺の視界が暗くなっていく

 

 

 

「では、楽しんで殺し合ってほしいぽ~ん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後に、俺の意識は失われ

 

 

―――――――この狂ったバトルロワイヤルは始まりを告げた

 

 

 

 

 

 

 

【シャドウゲール@魔法少女育成計画シリーズ 死亡】

【主催】

【ファヴ@魔法少女育成計画シリーズ】




もっと小説の腕をあげたいです……


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第一回放送終了まで
R:START/筑波しらせ、伊純白秋(パンドラボックス)


―――信じたくなかった、知りたくなかった、理解したくなかった、納得したくなかった

 

―――あんな真実―――

 

 

 

 

 

『ふじみん、信じないよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

私、筑波しらせ(白浜ふじみ)は――――目が覚めるとこんな所にいた。

 

あの時の私はD.o.Dというデスゲームに巻き込まれていた。

 

復讐のため、そして生き残るため、私は勝ち続けた。仲間を犠牲にして

 

そのゲームを勝ち進み、そして優勝した

 

まり姉、烏丸理都、天王寺彩夏、諫早れん、旭川姫、そして――――ちは姉

 

復讐を果たし、相手を蹴落とし、優しかった先輩や同僚すらも踏み台にして

 

 

 

そんな私に待ち受けていたのは、残酷な(やさしい)真実だった

 

 

 

そして今、その余韻に浸る暇もなく、私は新たなるデスゲームに巻き込まれていた

 

バトルロワイヤル――D.o.Dとは違う、本当の意味での’殺し合い’

 

 

 

 

 

 

 

「―――また、命をかけたゲーム」

 

 

そんなことを呟きながら、私はスマホで参加者の名簿を見ていた

 

 

名簿にはまり姉とちは姉の名こそ無かったが―――天王寺彩夏と烏丸理都の名前は存在していた

 

 

そう、私が復讐するべき相手だったあの二人だ。この際何故生きているかなんて関係ない

 

―――特に烏丸理都、お前だけは必ずこの手で打ち砕いて、謝罪させてやる

私が今まで受けてきた屈辱や絶望を、そっくりそのまま返してやる

 

―――天王寺彩夏、天王寺彩夏……は……ううん、今は後回しだ

 

 

殺し合いの場である以上、烏丸理都が天王寺彩夏の為に殺し合いに乗ることはほぼ明確だ

 

アイツは目的のために手段を選ばない極悪非道なやつだ。他にも様々な思惑で殺し合いに乗るやつだって居るだろう。

 

 

私は武器になり得る物がないか袋の中身を探り始める

 

 

 

 

 

 

まず出てきたのが何の変哲もない箒―――同包されていた説明書によると『トップスピードの箒』としか書かれていなかった

 

次に出てきたのが包帯―――まあ怪我した時には役に立つか

 

で、最後に―――こけし? 説明書には『電源を入れると動きます』って……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇ!」

 

 

いやなにこれ!? 武器になるもの全くないじゃない! 箒か! 箒で殴れってか! 包帯は百歩譲って怪我とかに使えるからいいとしても、こけしとか何をどう使えって言うんだ! アレか! これも箒と同じく鈍器として使えってか!?

 

「……あの」

 

ふと、後ろから男の声がした

 

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「えっと……白秋さん……でいいんですよね?」

「ええ、それで構いませんよ、しらせさん」

 

あの時は焦ったが、この男からはただ叫んだだけに見えたらしく、すぐに筑波しらせ(いつものキャラ)を演じることに誤魔化すことが出来た。

男の名前は伊純白秋というらしい。妙に痩せている人物だけど……なんというか……

 

「すみません、僕も突然こんな場所に飛ばされて」

「いいやー、私も右も左もわからない状況でしたので~」

 

いつも演じているように接する私。そのうち一緒に行動する話の流れになってしまったけど、この際別に構わない

あくまで私の目的は復讐(あの二人)であり、この殺し合いに乗って優勝を狙うというつもりまではない

 

ヤツらに関する悪評を流すことで追い詰めることも重要だ―――もっともそのせいでヤツらが先に殺されては身もふたもない。だから下手に殺される前に見つけることが重要だ

 

待っていろ烏丸理都、今度はお前を――――

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

―――さて

 

あの大声を聞いてやって来たと思えばあんな女の子だとは、ね。

 

結果的に行動をともにすることにはなってしまったが、それはまだ良い

 

ここにあの姉妹の一人(蓼宮カーシャ)が居るのなら話は別だ。

 

もしファヴが言っていることが本当なら願うことはただ一つ。

 

あいつら(蓼宮姉妹)に僕の憎しみ全てを味あわせてやる――苦しめてやる、そして苦しませ続けて、絶望させてやる。それが僕の願いだ、僕の欲望だ、僕の―――

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

一人の少女と、一人の青年

 

 

 

 

 

願う先は違えど、願うものは同じく復讐

 

 

 

 

 

お互い相手の本性を未だ知らぬ復讐者は歩きだす

 

 

 

 

 

その先に何が待っているのかは、まだ誰もわからない

 

 

 

 

 

 

【G-5/森/一日目/深夜】

【筑波しらせ@アイドルデスゲームTV】

[状態]:正常

[服装]:アイドル衣装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、トップスピードの箒@魔法少女育成計画、包帯@スーパーダンガンロンパ2、動くこけし@スーパーダンガンロンパ2

[思考・行動]

基本方針:烏丸理都、天王寺彩夏への復讐。でも天王寺彩夏は……

1:とりあえずこの男(白秋)と一緒に行動する

2:今後のために烏丸理都の悪評を振りまく

[備考]

自信のルート終了後の参戦です

 

【伊純白秋@追放選挙】

[状態]:正常

[服装]:いつもの格好

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3個(本人未確認)

[思考・行動]

基本方針:あの(蓼宮)姉妹への復讐のために、優勝を狙う

1:とりあえず彼女(しらせ)と一緒に行動する



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正義の在り方/伊藤大祐、鳥羽ましろ、シャドウナイフ(パンドラボックス)

逃げる、逃げる、逃げる―――少女は逃げ続ける

 

月の光が仄かに差し込み、それでも薄暗く揺れる森の中

 

少女は、”猛獣”から逃げていた

 

 

「まってよましろちゃ~ん、何でオレから逃げるのかなぁ~」

 

 

 

少女(鳥羽ましろ)は、後ろから迫りくる猛獣(伊藤大祐)から全力で逃げていた

 

 

 

 

 

 

少女、鳥羽ましろはあの見せしめ映像の光景が離れず身を震えさせていた。

 

何の前触れもなく画面の前で誰かが殺された。その光景に少女は震え上がるしか無かったのが

 

そして知らぬ内に会場に飛ばされ、わけも分からず彷徨っている際に出会ったのが伊藤大祐という男だ

 

 

 

表面上は優しく接してはいたが、その歪んだ本性を幸か不幸かましろは’聞こえて’しまったのだ

 

鳥羽ましろは実を言えばただの少女というわけではない。「BC」と呼ばれるテレパシー・シンパシー能力による念話が可能な力を持っている。それが原因で大祐の本性を聞いてしまい、悲鳴を上げ大祐から逃げていたのだ。

 

 

そして気づかれた事への証拠隠滅も兼ねて大祐が彼女を追いかけ……今に至る

 

「はぁ……はぁ……!」

 

「待ってよねぇましろちゃあ~ん。いきなり俺から逃げ出してさぁ、俺何もするつもり無いって言うのにさぁ~!」

 

ましろには今の大祐の軽口にもはや恐怖しか感じていない。表面上はああでも、その中身はとてもどす黒い。まるで泥のようにねばりっこく、浸かったモノ引きずり込み、壊す。彼女にはそんな気がしてならなかった。

 

 

「いやっ……来ないで! 来ないでください!」

 

「心外だねぇ……せっかく俺がましろちゃんを守ってあげようって思ったのに、さぁ」

 

ひたすら森の中を逃げるましろ。そしてそれを追いかける大祐。だが如何せん、ましろの脚力では大祐から逃れることは難しい。徐々に、徐々にその距離が縮まっていく。

 

息を荒げ、ただひたすら走るましろであったが、不運にも――

 

「あっ……!」

 

木の根に足を引っ掛け、転んでしまう。膝に擦り傷ぐらいの怪我だったが、この状況下ではそれだけでも致命的だった

 

 

 

「やっと追いついたぜ……ねぇ、ましろちゃん?」

 

「ひぃ……ッ!」

 

真後ろの大木の一つに手を付き、転んだましろをまるで舐め回すかのように目視する大祐。その眼光はまさにましろを弄ぼうとする寸前の、野獣の眼光そのものであった

恐怖に足を動かせないましろに対し、大祐は……

 

「俺から逃げちゃうんじゃぁ仕方ねぇなぁ……だったら俺からもう逃げられない用にしないといけないよなぁ?」

 

「だからさましろちゃん……俺とちょっと気持ちいいことしない?」

 

 

――まさに、最悪の展開だった。もはやBCを使用しなくても、その意図はわかる。

故にその先は分かっている。わかってしまっているのに、動けなかった。

中にあるドス黒さは笑っていた。あの時バスの中で聞いた『憎しみ』の声よりも、恐ろしく感じるものだった

 

 

 

大祐はましろの服に手をかけようとする。ましろは何とか大祐の手を振りほどこうと抵抗するも

 

「オラッ!」

 

「がッ……あ……!」

 

ましろの腹部に蹴りのようなものが入る。思わず全身の力が抜けてしまう。

 

 

 

 

「ゲホッ……ガホッ……」

 

「余計な抵抗はやめてほしいなぁ……安心して? 今から嫌なことなんてすぐ~に、忘れちゃうんだからさ」

 

 

 

―――もう何も出来ない。私はこのままこの真っ黒な男に弄ばれ、嬲られて、壊されるんだ

 

少女の目には虚ろになり、何もかも諦めたような顔になっている。

 

 

走馬灯のように頭に浮かんでいた一人の少年と、二人の少女。手を伸ばそうにもそんな気力すら残っていない

 

「さぁ~て、さぁ~て、お楽しみたーいむ! 初音ちゃんもよかったけど、このかわいこちゃんも――」

 

 

「いい声上げてくれるの、期待してるぜぇ……あっでも、あまり大声出されるのもダメだなぁ、バレたらやべぇもんな。アハハハハ」

 

 

―――ごめん夏彦……わたし、もう―――

 

ましろがそんなことを思っていたその時―――

 

 

 

 

「グギャアアアアアアアア!?」

 

 

 

男の足に、ナイフのようなものが突き刺さっていた。

 

直後、その事実に気づいた男は痛みと驚きの声を上げ、そのまま逃げ去っていった

 

 

数秒した後にまたさっきの男の叫びのようなものと、何かが爆発したような音が聞こえてきた。その声を最後に男の声は聞こえなくなっていた

 

 

 

目に光を取り戻したましろは、ただ呆然と座り込んでいる。そんな彼女の前に………

 

フードを身にまとった一人の男が立っていた。

 

 

 

「―――大丈夫か?」

 

「……え?」

 

 

フードの男はましろに手を伸ばす。訳がわからなかったが彼の手を取り起き上がる

 

ましろは、目の前にいる男が悪い人では無さそうと、なんとなく感じていた

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

「いっづ……! あのフード野郎! たしか山田大樹っつったか……? つーかずりーぞあんな能力!? チートだぞチート! こっちとらただの一般人だっつーのによ!」

 

最大の楽しみを邪魔され、苛立ちながら足を引きずり森を歩いている大祐。あの後、あの「シャドウナイフ」という人物に追われていたが、起死回生にと袋から放り投げた支給品が閃光手榴弾だったため、なんとか目を晦ませ逃げることに成功した。怪我をした足はとりあえず応急の処置をしたが今でも痛む状態だ

 

あの時自分は死んだ―――それは大祐にとっても事実だった。だがこうして生きていた。名簿に見知ったメンツがいたが関係ない。それで通りかかったかわいこちゃん(鳥羽ましろ)を手に入れようとしたらこの有様である

 

なお大祐が初対面のはずのシャドウナイフの本名である『山田大樹』を知っているかというと、それは彼に支給されていた『詳細名簿』なる一冊の本によるもの

これはスマホのアプリとして登録されている名簿とは違い、参加者のある程度の内情まで記されている特殊なものである。

 

「……次あったらただじゃおかねぇぞ。が、俺だけじゃあ残念なことにあのフード野郎相手にゃイチコロ確定だ。」

 

事実、シャドウナイフの戦闘力に大祐では敵わない。故に彼は、支給品の一つに入っていた”とある短剣”に目をつけていた

 

「―――ましろちゃんを楽しめなかったのは残念だったけど、これがありゃあ―――どんなやつだって俺の好き勝手できるなんてなぁ……最初っからこれ使えばよかったぜちくしょー!」

 

その悔し声は、新たなる悪意の笑みを浮かべた―――狂った声であった

 

そしてそのナイフの説明書には――『プキンの短剣』という文字と、それの説明文がついていた

 

【B-1/一日目 深夜】

【伊藤大祐@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:疲労(小)、足に刺し傷

[装備]:プキンの短剣@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:支給品一色、スマホ、詳細名簿@オリジナル

[状態・思考]

基本方針:せっかくなのでこのロワで好き勝手やらせてもらう

1:この短剣さえありゃあ、ぐふふ……

2:あのフード野郎(シャドウナイフ)は絶対殺す

[備考]

※参戦時期はAルートで修平に殺された後です

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

(しかし……)

 

あの後、ちょっとした自己紹介の後に、シャドウナイフは思考を巡らせていた

 

まずここがメビウスではない何かだということ。名簿を確認した所あの忌まわしき帰宅部の連中も巻き込まれているようだが、それだと他の楽士やメビウスに無関係な人物たちを巻き込む理由がない。

 

ましろと言う少女は見るからに悪ではなさそうと現状では置いておき、ましろに襲いかかっていた男は『悪』以外の何物でもない。もしもの場合は直接的な手段も視野に入れておいた方がよさそうだ。

 

次に仲間である他の楽士のことだ。イケPはこの殺し合いに乗るほど愚かではないだろう。ミレイは一旦保留だ。―――そして問題はウィキット

 

μやソーンのいない今、あの人格破綻者が何をしでかすか分からない。場合によってはやつを『悪』として俺が断罪する必要性が出てくる

 

……とすれば、まず合流すべきはイケPか

 

「あ、あの……」

 

「…どうした?」

 

ふと、ましろが自分に話しかけていた

 

「た、助けてくれてありがとうございます」

 

 

 

そして、自分に対しお礼の言葉を告げていた

 

 

 

「――俺は正義として、当然の事をしたまでだ。お前はどうする?」

 

「え、ええと……私、夏彦って人と三宮さんって人を探しているんですけど、……もしあなたがよかったら」

 

夏彦、三宮? ……名簿にあった人物。ましろの知り合いか

 

「……別に構わん。俺も人を探していたからな。イケPという男だ。チャラいやつだが、一応信頼はできる」

 

人はある程度はいたほうが良い。それに、正義として彼女を放っておく訳にはいかないからな

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

そう礼を言うと彼女と俺はこの森を出口を目指し歩き始めた

 

 

【B-2/一日目 深夜】

【鳥羽ましろ@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:ダメージ(小)

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3個(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:知り合い(夏彦、サリュ)を探す

1:シャドウナイフとともに行動。そして彼の手伝い

 

【シャドウナイフ@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:正常

[服装]:いつもの服装

[装備]:ブロンズナイフ@ドラクエ11

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:正義を成すためにこの殺し合いの打破

1:イケPの捜索。ミレイは保留、ウィキットと帰宅部は警戒

2:ましろの保護及び彼女の探し人の手伝い

[備考]

※参戦時期はシャドウナイフ編前です



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夜想のプレリュード/森の音楽家クラムベリー、アーナス(パンドラボックス)

「―――さて、どうしましょうか」

 

会場中心部にそびえ立つ巨大な鉄塔。そこで森の音楽家クラムベリーは静かに耽っていた

 

 

ファヴによって開かれたこの74名による殺し合い。あの会場で実力者らしい実力者は確認できた

 

が、まず魔法少女ですらない人物や何の力も持たない人物ですらいるという事実に少し首を傾げていた

 

 

 

 

自分の知っている人物を確認すると

 

気が合わないながらも実力がある「カラミティ・メアリ」

 

『魔王塾』の塾長「魔王パム」

 

カラミティ・メアリを倒した「リップル」

 

魔王塾に通っていたと聞く「袋井魔梨華」

 

自分とファヴが行った試験で生き残った「プフレ」、「アカネ」

 

それなりに楽しませてもらったが、結局は自分に敗れた「ラ・ピュセル」

 

 

そしてあまり信じられないことだが、チャットの時とは完全に違う雰囲気を漂わせていた、「スノーホワイト」

 

特にスノーホワイトの変貌にはクラムベリー自身も内心少しは驚いている

 

「あの彼女が……いいえ、この際私の渇きを癒してくれるならなんでも構いませんですよ」

 

思わず笑みが浮かべる。知り合い以外にも、自分が知らない強者への期待。そしてそれらと戦えるかもしれないという喜び。ファヴも最高に近い舞台を要してくれたものですね。とクラムベリーはつぶやいていた

 

そうと決まれば、まずは獲物を探すことにしよう。さっきスマホで確認した自分につけられた首輪の解除条件『5人以上の殺害』―――なるほど、ある意味私のための条件ですね。そして殺し合いを円滑に進めさせるためのトリガーでもある

 

支給品――もとより武器は必要ない。結局武器こそ入っていなかったが便利そうなモノは入っていたため置いておくことにしておきましょう。

 

そして獲物を求め、鉄塔から降りようとした途端―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄塔を青く照らす大きな月に目立つ、一つの人影が見えた。

 

銀の髪を靡かせ、青い衣装を身に纏った、赤とエメラルドの瞳を持った―――女性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無意識の内に、音楽家の手は震えている。それが喜びによるものなのか、恐怖によるものか、わからない

 

そして思う―――目の前の彼女は紛れもない強者。それこそ自分や魔王パムすらも上回る存在

 

クラムベリーは胸を高まらせていた。眼の前にいる”何か”は、自分が追い求めていた強者にふさわしい風格、威厳―――そしてその強さ

 

「―――私は、森の音楽家クラムベリー。……あなたの名は?」

 

「……私は……誰だ…」

 

目の前の女性はそう呟く。まるで何も見えていないかの如く。

 

その瞳孔にクラムベリーの姿は映っているにも関わらず、それは虚空を見つめるように

 

 

 

「――――!」

 

その右手に、背丈ほどの黒く禍々しき剣を手に持ち

 

「―――いいえ、失礼でしたか。いいですよ、もとよりこっちも―――そのつもりですのでっ!」

 

 

 

月下の鉄塔に、轟音が鳴り響いた

 

鉄網の大地を駆け、最初に仕掛けたのはクラムベリー。魔力を纏わせた手刀で斬りかかるも女性の大剣によって軽々と防がれる

 

もとよりこんな一撃で倒れるとは思っていない―――即座に蹴りを加えようとするも軽々と大剣によって防がれる。

 

防がれたと同時に数歩後退。即座に加速し攻撃を加える。―――またしても防がれる。

 

「―――退け」

 

そう呟いた相手は急速に突進し斬りかかる。クラムベリーは受け流すように回避するも、直後に刃が接触した腕部分から血が吹き出す

 

「―――!」

 

やはり、私の見込んだ相手ですね―――内心そう喜びながらも何事もなかったかのように再び構える

 

「邪魔を―――するな―――!」

 

 

 

 

剣を構えた相手はその刃に魔力らしきものを溜め込み始める、もちろんそれを見逃すクラムベリーではない

 

「大技を出すならもう少し考えてから出すべきで―――!?」

 

ただ想定外だったことと言えば―――相手のチャージが早すぎたことだ。本能的に危機を察知したクラムベリーは攻撃を防ぐことを優先し思考を――刹那

 

 

 

 

 

 

膨大な魔力の光が、クラムベリーを鉄塔ごと呑み込み―――

 

 

 

 

 

 

 

光が収まると、そこには鉄塔だったものの瓦礫がちょっとしたガラクタの山のように乱雑に広がっていた

 

 

 

 

 

瓦礫と化した場所を、女性は何事もなかったかのように眺める―――そして、またしても何も無かったかのように立ち去る

 

 

彼女の名はアーナス。伝説の半妖、夜の姫君。

 

かつて守ろうとした少女を失い、ただ幽鬼の如く、何もかもを忘れ彷徨う―――今の彼女はただそれだけである

 

【E-5/一日目 深夜】

【アーナス@よるのないくにシリーズ】

[状態]:暴走、記憶喪失

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:私は、誰だ……

※鉄塔は崩壊しました

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

アーナスがいなくなった後、瓦礫の山の一部がはじけ飛んだ。

 

そこから現れたのは傷だらけながらも笑みを浮かべる音楽家

 

あの直後、ダメージを防ぐために自らの魔法を使用。打音(フォルテ)である程度相殺したもののダメージは防ぎきれず、瓦礫の山に一時飲み込まれて、今さっき出てきたところである。

 

 

「最高です―――まさか私の知らない世界にはあんな強いお方がいるとは思いませんでした」

 

これは本当にファヴに感謝すべきだ。恐らく彼女以上の相手はそうそう出会えることがない。そう、また会って戦いたい、闘いたい―――殺し合いたい

だが、今のままでは勝てない。首輪とやらで制限されているのは自分も彼女も同じだ。だがお互い首輪をつけている状況であの有様ではそうそう勝ち目はない――故に

 

自らを更に極めることにした。おそらく彼女ほどではないがそれに匹敵する実力者がこの会場にいるかもしれない。相手の首輪の解除条件も懸念する。そして自分も彼女も『枷』が外れたその時こそ

 

 

自分にとって最高の戦いができるだろう―――

 

 

この夜はまだまだ前奏曲(プレリュード)―――終わらせるには勿体無い

 

これより奏でることになろう―――死の交響曲を

 

音楽家は歩き始める―――さらなる高みへの挑戦のため、さらなる強者との闘争のため

 

 

―――そして、彼女との全力の闘いのため

 

 

【E-5/一日目 深夜】

【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]ダメージ(中)、腕部分に切り傷

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:強者との闘争

1:例の彼女(アーナス)と再び闘いたい

2:首輪解除のために強者を探し、そして殺す

 



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ふっかつのじゅもん/三ノ輪銀(パンドラボックス)

「ふざけんじゃねぇ!」

 

会場東にある市街地エリアのとある一軒家。その一軒家の中は荒れ果てており、乱雑に置かれた食器や壊れた機械類が散らかったそんな場所で―――三ノ輪銀は怒りの声を上げていた。

 

 

三ノ輪銀は勇者―――彼女がいた世界において四国以外の国土は『バーテックス』と呼ばれる怪物によって滅ぼされており、彼女は他の仲間(勇者)とともに、バーテックスから四国を守るために戦っていた。

そんなある日、バーテックスが三体も出現。一体でも倒すのに苦戦するバーテックスが三体。追い詰められて、傷ついていく勇者たち。

その果てに銀は……傷ついた二人を守るために、一人で三体のバーテックスと戦い―――そして―――

 

気づいた時にはこの殺し合いに巻き込まれていた。

 

 

もとより勇者としてこのような殺し合いに乗ることを―――まず彼女自身の信念が許すはずもない

 

 

 

名簿を見る限り須美や園子の名前が無いことだけが唯一安心できるところだった。だが逆を言えば知り合いは一人もいない。あの戦いで欠けた腕も何故か元に戻っているが、戻っているんだからこの際そこは気にしないことにする。

支給品にはちゃんと自分の勇者スマホがあったからもし殺し合いに乗っているような人と戦うことになったとしてもある程度何とかできるはず。何より―――

 

「!! !!」

 

いきなり袋の中から出てきたよくわからない犬。説明書を見るに名前は『シャルフ』って言うらしい。『従魔』とからしいしけどよくわからない。でも懐いてくれるらしいし良い奴……っぽいのかなぁ。

 

「えぇ……っと、よろしくな! シャル!」

 

とりあえず『シャル』というあだ名で呼ぶことにした。この子自信も気に入ってくれたのか近寄ってくる

 

 

 

 

――何はともあれ、まずは殺し合いに乗っていない他の参加者を探すことにしてみる。

ここはマップを見る限り市街地エリアということらしいけど、このあたりを誰か彷徨っているかもしれない。

 

ドアを開ける―――そこに

 

 

「さて、勇者三ノ輪銀、出発!」

 

勇者は進む、この殺し合いを止めるために。一匹の犬?と共に

 

そしてシャルの方も、高らかに吠えるのであった

 

 

 

 

―――ただ彼女は知らない。この会場には

 

東郷美森という名になった、鷲尾須美がいることを

 

 

 

 

 

 

【C-8/とある一軒家/一日目 深夜】

【三ノ輪銀@鷲尾須美は勇者である】

[状態]:この殺し合いへの怒り、闘志

[服装]:通常着

[道具]:基本支給品一色、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止める

1:他の参加者探し

2:よろしくな、シャル!

[補足]

※死亡後からの参戦です

 

 

【シャルフ@よるのないくにシリーズ ※支給品】

[状態]:普通

[状態・思考]

基本方針:とりあえず主(三ノ輪銀に付いていく)



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ヒッパルコスが見据えるは/藤堂悠奈、守部洵(パンドラボックス)

「……どう考えてもあれ、致命傷だったわよね」

 

不可解な事態にため息を吐く女性――藤堂悠奈は小屋の中で考えていた

 

あの時の感覚は色濃く残っている。だが事実――こうして生きているのは不思議だ

 

あの後、修平たちは無事脱出できたのだろうか―――そんなことを考えても仕方がない

 

ファヴがホールで言っていた『殺し合い』という言葉

 

 

「……どうやらこの殺し合いってのは、今までなんかよりもよっぽど悪辣なようね」

 

ルール説明後のみせしめ。悠奈にとってはあれははっきり目に焼き付いていた。

出来れば彼女も救いたかったが、あの時では何もできなかった。

 

ついさっきスマホから名簿と首輪解除条件を確認した。名簿に載っていた知ってる他の名前は

 

 

伊藤大祐、三ツ林司、蒔岡玲、阿刀田初音、黒河正規、粕谷瞳

 

 

瞳は琴美を逃がすためにはるなとともに運営の連中を足止めし、散っていた

 

大祐はどうなったかは知らない。でも琴美の表情を見るに恐らく彼は――

 

あとの四名は私があの時死ぬまで生きていることは確認できた

 

そして首輪解除条件は―――『「シークレットゲーム」に参加したことのある参加者の全員殺害』という文面

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし私のことを理解している人物が今回の殺し合いの運営側にいるとしたらあざ笑っているにも程が有る

 

あの状況下、(一部ろくなこと考えてないやつがいてたとは言え)あの時のみんなの考えは一つになって、あの殺し合いに『反逆』するという意思のもと、皆が一つとなって頑張っていたのだ―――説得の余地がない相手や極悪非道なやつならともかく、あの時の仲間を殺せだなんて、私には出来るわけがない

 

私がそういう選択は絶対しないと分かってての条件当て嵌めだ。事実上私は自分自身の首輪を外すことは出来ないという事である。

 

 

「……こうも二度目の命がこんなに早い機会にやってくるなんて、思わなかったわ――でも」

 

私のやることは変わらない。私はただ、私の成すべきことをするだけ

 

あの時と何も変わらない、出来るだけ多くの人を、この理不尽から開放するために

 

 

 

 

 

―――と、決心したその直後、コンコンと、ドアが音を鳴らす

 

「―――!?」

 

思わず反応し、物音を立てないようにする。知り合いならまだしも、誰がノックを叩いているのか分からない状況だ

 

「すみませーん、誰かいませんかー?」

 

女性の声が聞こえた―――聞いた声は悠奈が知っている声ではない

 

「誰かいますかー?」

「気をつけて洵、もしかしたら楽士かも……」

 

どうやら外にいるのは二人のようだ。会話の内容を察するに片方は『洵』という名前らしい。楽士というのがよくわからないが、このままだとまずい

 

悠奈は音を立てず袋から支給品を取り出す―――ベレッタM92。あのゲームにおいても彼女がよく使っていた銃

 

入ってこなかった場合は兎も角、素性がわからない相手―――しかも殺し合いに乗っているかどうか分からない。もしその手の類の参加者であるなら―――実力行使で捕縛するしか無い。

 

 

 

 

 

扉が開く音がする。どうやら誰もいないの判断されたのだろう。―――そして扉が完全に開かれて人影が見えた瞬間

 

 

 

 

「動かないで―――!?」

「えっ、えっ!?」

 

立ち上がり、銃を構える―――見えたのは一人であったが、まだもう一人が待機している可能性が高い。

目の前にいたのは緑髪の女性……服からして消防署の関係者?

 

「だ、大丈夫、洵?」

 

もう一人の方の声が聞こえた。現状は膠着状態こそなってはいるが、小屋という狭い場所に悠奈のほうが不利なのは明らか―――だったのだが、その『もう一人』が別の形でこの状況を打ち破ることになる

 

「……へっ?」

 

そのもう一人は、悠奈の顔ぐらいの大きさの、小人だったのだから

 

……え? え? 何あれ? 何なのあれ?

 

そして困惑する悠奈―――ぽかんとしてしまったのか、銃を落としてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あのー、だ、大丈夫ですか~?」

 

「ダメだ洵、目の前の非現実的な光景に困惑と唖然で硬直している」

 

 

 

 

 

 

この後、悠奈が眼の前の光景を現実として認識するまで数分かかった模様

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

【B-8/廃村/一日目 深夜】

【藤堂悠奈@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:通常、目の前の現実に困惑&硬直中

[装備]:ベレッタM92@リベリオンズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:なるべく参加者を集めて、殺し合いを止める。場合によっては捕縛

1:えっ、小人……空飛んでる、小人……?

※参戦時期はDルート死亡後です

 

 

【守部洵@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:通常

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いからの脱出

1:知り合いを探す

 

 

【アリア@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:通常

[装備]:なし

[状態・思考]

基本方針:帰宅部のみんなとの合流

1:洵と共に行動する



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雫に裂く血風/犬吠崎風、烏丸理都(パンドラボックス)

「あ~もう、困ったわねぇ……」

 

市街地エリア、そのうちのホテルの一室。そこに椅子に座り考え込む金髪の少女、犬吠崎風がそこにいた。

 

友奈が東郷を救い、全てが無事に終わったと思っていた。

―――だけどアタシたちは巻き込まれた。この殺し合いとかいう舞台に

 

「三ノ輪銀って、たしか東郷や園子が言っていた……」

 

三ノ輪銀。話を聞くに既に死んでいる人物のはずだ。同じ勇者なら合流しても良さそうだけど。

名簿を見る限り園子以外は全員巻き込まれているようだ。

 

首輪解除の条件は『同じ勇者を三人以上殺す』―――ふざけるな。本当にふざけるな。

 

 

怒りのあまり拳を握りしめる。尚更こんな残酷なゲームに参加してたまるものか。まずはみんなと合流しよう―――そう思っていた矢先

 

―――窓から何かが光っていた

 

―――ドン!と音が鳴り響いていたら、窓ガラスが割れていた

 

何かが体の奥からこみ上げてくる。我慢しきれずに吐き出した。血だ。

 

ふと眼の前を見ると、自分の下半身「だった」モノは、ズタズタの肉塊となって部屋の周りに赤い液体の痕となって部屋中に飛び散っていた

残っていたのは、唯一原型をかろうじて保っていた自らの『首』

 

 

 

……何も感じない、何も視えない、急速に意識が冷たくなる、無へと堕ちていく

 

 

 

……ごめん、みんな。ごめん、いつ、き―――

 

 

 

【犬吠崎風@結城友奈は勇者である 死亡】

 

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

 

「―――なんや、あっさり死ぬもんやな」

 

 

とあるビルの一室。アンチマテリアルライフルらしきもので、金髪の少女を一瞬の内にただの肉塊へと変貌させた張本人

烏丸理都はそう呟いた

 

 

「またしても命を懸けたゲームにあやちゃんを巻き込んで……」

 

あの時、私はあやちゃんに『敗けて』、あやちゃんはウチの望み通りトップアイドルになることができた。

 

だけど目が覚めたらまたこんな催し物。しかもあやちゃんも巻き込まれている。

 

許せへん、だけどもし一人しか生き残られへんのやったら

 

 

みんな殺す―――殺す、殺す、殺す あやちゃん以外の何もかもを殺す。そして最後にうちも死ぬ

 

人を殺すなんて裏工作で頼んや輩に任せていたが、いざ自分で誰かを殺すとなれば動揺ぐらいはすると思ったんやけど―――案外動揺せんようやな。ウチの心がどこら辺か壊れてるからやろか。

でも、あやちゃんのためと考えれば特に気にする必要もあらへん

 

 

「―――まっててぇやあやちゃん」

 

 

ウチが必ず、あやちゃんを優勝させて―――

 

 

【C-6/一日目 深夜】

【烏丸理都@アイドルデスゲームTV】

[状態]

[装備]:アンチマテリアルライフル@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:あやちゃんを優勝させるために、あやちゃん以外の全参加者を殺す

1:まずあやちゃんを探さへんと



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魔法少女マジカル☆結衣誕生!/黒河正規、ジャンヌ・ダルク(パンドラボックス)

気づいた時には頭が真っ白になっていた―――ある意味理不尽と言い表していても間違いではない

 

湖面に映るその姿は、月光に輝く小麦色の長髪を持った一人の少女

 

その表情は困惑と、混乱と―――怒りに満ちていた

 

 

 

「ふっざけんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

 

彼女―――いや”彼”、黒河正規は、月に向け怒りの咆哮を上げていた

 

 

○ ○ ○

 

 

「……クソっ!」

 

深夜の森の中で、黒河正規は忌々しげに吐き捨てる

 

何故こんな場所に巻き込まれたは分からない。が、(伊藤大祐)がいるのなら話は別である。

 

あの白黒野郎は殺し合いとかどうとか言っていたが、元より俺はこんなくだらねぇもんに乗るつもりはない

 

殺す―――結衣を殺したであろうアイツをぶっ殺した上でこのクソくだらねぇゲームもぶっ潰す

 

 

だが状況は良くはない。袋の中には基本的なものは揃っていたとは言え武器になりそうなものが少ない

 

せめて銃ぐらいは欲しいとは思っていたが、いざ手を入れてみると……

 

まず入っていたのは小さな瓶とその中に入っていた薬剤数粒……毒ならともかく何に使えってんだ

 

次に入っていたのは、ゴーグルか?

 

マジカルフォン―――説明書にはそう書かれていた妙な代物が出てきた

 

 

「んだぁ?こりゃあ……?」

 

 

形状は真っ白い卵のような何か、そしてボタンらしき物が一つ

 

 

「押したらなんか武器とか出てくるとかじゃねぇよなぁ……」

 

 

そんなわけか、好奇心でこのボタンを押した結果―――

 

 

「なっ!?」

 

黒河は、ボタンから放たれた真っ白な輝きに包まれた。

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

「どう考えてもこの姿……結衣の、だよなぁ……」

 

そして今、黒河正規は女体化してしまっていた。

 

仕事で秋葉原に訪れた際によく宣伝パネルで見かけた魔法少女のようなゴスロリな衣装。

それだけでなくよりにもよってその顔が―――死んでしまった荻原結衣そのもの。

 

元よりファヴなる存在の時点でファンタジーと言うに相応しいものであったが、流石に自分が女性……しかも荻原結衣になってしまうなんて予想外にも程が有る。

 

「くそが……調子狂うぜ……」

 

いつもの口調で苛立ちをつぶやくも恐ろしく違和感が隠しきれない。これもこんな体になってしまったからだろうか?

そんな時、例の何かが点滅しており、気になって見てみると……

 

「こいつぁ……」

 

『魔法少女名:マジカル☆結衣』

『固有魔法:魔法のステッキから電撃を放てるよ』

 

「頭が痛くなりそうだ………が、固有魔法とやらは使えそうだな」

 

でもステッキなんぞどこでだってんだ……と思ったら唐突に手に昔の魔法少女アニメでよく出てくる、先端がハート型な魔法のステッキとやらが出現。

試しにすぐ隣の木々に向かって電撃を撃ってみようとする……もうんともすんとも反応しない。と思いきやマジカルフォンに表示された文字

 

『心がこもってないぽん。もうちょっと気持ちを込めて』

『セリフがあると尚更いいぽん』

 

……つまりアレか、魔法少女っぽいセリフで放てってやつか。ふっざけんじゃねぇぞゴラァ!

が……支給品にまともな武器が無かった以上、これに頼る必要がある。

 

「仕方ねぇ―――」

 

2・3度ほど深呼吸……そしてなんとなく結衣ならこんな感じでのるだろうなぁ……的なことを思い浮かべながら―――

 

 

「―――マ、マジカル☆サンダー」

 

 

木々に向けたステッキの先端からバチバチッっという音が纏わり、すぐ直後に先端から黄色い雷撃が木の一本を貫く。雷撃に貫かれた部分は黒い煙を上げ、ちょっとした穴が空いていた

 

「……一応、使えそうだな」

 

いちいちあんな恥ずかしくなるセリフを言う必要がなければ、だが。

ここには居ないが、もし真島あたりにこんな光景を見られていたら確実にボコって忘れさせるぐらいにやばい光景である

何はともあれさっさと―――そう思っていた直後

 

 

「―――さっきの攻撃は、あなたのものですか?」

 

その声と共に現れたのが、旗を持った金髪の女性

 

 

 

 

 

 

―――黒河正規の思考は停止した

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

時刻は少し前に遡る

 

 

「……ジーク君」

 

森の中、ルーラーことジャンヌ・ダルクはとあるの少年の名を呟きながら歩いていた。

 

 

ジャンヌ・ダルクが憶えている最後の記憶は、大聖杯を破壊するために剣を摂り

 

第二宝具『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』を発動し、天草がそれを防ごうとして―――

 

そして目の前が光に包まれ―――そして、あのホールに飛ばされ、今はこの森の中を歩いている

 

 

天草四郎の行方、大聖杯はどうなったのか――――考えることは山ほどある、が

 

彼女が一番心配していたのは―――ホムンクルスの少年、ジークである

 

すでに令呪を使い切った彼が、いつどこで無理をしているかその保証はない

 

だが、ここがどこだから分からず、地図が搭載されているというスマホはそもそも使い方がわからない

 

支給品が入っているとされる袋の中には運良く自分の旗もあった。大きさに関係なく収納できるこの袋には何か魔術的なものが施されているのだろう

 

あのファヴなる存在は『殺し合い』と言っていた。魔術師や英霊だけでなく、一般人すらも巻き込んだ悪辣の極みのような舞台。このような状況を、裁定者(ルーラー)として許すわけにはいかない

 

まずはこの森を出て、ジーク君たちを探さないと―――そう思い歩き始めた最中、木を貫通して雷撃のようなものがジャンヌの目の前を通り抜ける

 

「誰です!?」

 

旗を構え、音がしたほうへ向かうと―――そこにはゴスロリ衣装を身に纏う小麦髪の少女の姿が―――

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

まずい―――というか完全にまずいというレベルではない。

 

いくらまともな武器が欲しかったとは言え、いきなり魔法少女化した挙げ句力の使いようを試していたところを妙な女に見られた―――現状、黒河正規の混乱っぷりは尋常ではなかった

 

「答えなさい―――さっきのは何の意図があってものでしょうか」

 

ルーラーは目の前の少女―――というか黒河を威嚇したたま旗の先を向けている。

黒河も黒河でルーラーを何かのコスプレ女子かと思っていたが、そんなこと言っている場合ではない

というか「魔法少女になってしまって力の使い方を練習していました」なんて素っ頓狂なことを言って信じてもらえるはずがない。それこそ頭の湧いた馬鹿が言うことだ

 

だから考えるべきことは一つ―――というか一つしか考えることはなかった――――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「―――!」

 

証拠隠滅―――この時の黒河にはルーラーから自分の事を忘れさせることしか考えていなかった

正確には「それしか考えられなかった」のだろう

 

黒河はルーラーの方に声を荒げ向かおうとする。手に持ったステッキに魔力が溜まっていることはルーラーには一目瞭然、故に―――

 

「はあっ!」

 

一瞬―――黒河の脇腹に、旗の鉄柱部分がクリーンヒット

 

「!!!!!!!!!!!!!?」

 

―――ふざ、けんじゃ、ねぇ―――なんだ、この、おん―――な―――

 

 

そして黒河の意識は闇に落ちた

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

気絶した黒河正規を見下ろすルーラー。すでに黒河の姿はさっきの魔法少女姿からいつもの姿に戻っており、ステッキもいつの間にか消えていた

 

 

「魔術か何かで変身をしていたのでしょうか……?」

 

正直な所分からない―――というのがルーラーの疑問であった。まずこの男、女性の姿になっていたのに魔術の要素があったのはともかく、肝心のこの男に対しては魔力を一切感じられない。そこが不思議であった

 

「……彼をほっとくわけには行きませんね」

 

この男が一体何者かは分からない。が、もし殺し合いにのるような人物であれば監視の必要がある。男の隣には支給品袋と妙な卵型の何か―――念の為回収しておくことにした

 

 

「―――どうやら、一筋縄では行かなようですね」

 

聖女は、男を担ぎ再び歩き始めた

 

 

【H-7/一日目 深夜】

【黒河正規@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:気絶中

[装備]:なし

[道具]:スマホ、基本支給品、マジカルフォン@魔法少女育成計画シリーズ、伊純白秋の毒薬@追放選挙、7753のゴーグル@魔法少女育成計画シリーズ

[状態・思考]

基本方針:???

[備考]

Cルートからの参戦

 

 

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】

[状態]:正常

[装備]:我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)@Fate/Apocrypha

[道具]:スマホ、基本支給品、不明支給品2つ(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止め、元凶を倒す

1:ジーク君が心配

2:彼(黒河正規)は一体……

3:大聖杯や天草四郎はどうなったのだろうか

[備考]

アニメ24話で『紅蓮の聖女』発動後からの参戦



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この傷がいつまでもふさがらなくて痛んだって/プフレ、結城友奈(ヤヌ)

◇シャドウゲール

 

 

悪態をついたところで、背後から食らおうと迫ってくる『黒い影』にはその言葉の意味さえ理解できないようだった。

 

見覚えのない場所で、いきなり拉致されて、化け物まで用意されて、プレイヤーの残機ではなく本物の命がかかった脱出ゲームをやらされている。

理不尽だし、心境としてパニック真っ最中であるし、いつかの殺し合いと同じような悪意と悪趣味を感じ取れるのが堪らなかった。

 

どんな理由があってのことにせよ、きっとプフレのせいだろう。

ほんのちらりとだけ振り返り、刃のような羽根まで生えた黒い影がやはり人間界の生き物ではないことを再認識して、そう思うのは難しくなかった。

年貢の納め時がきているのかもしれない。

シャドウゲールの主人である人小路庚江ことプフレは、間接的にたくさんの人間を死なせたり追い落とすような悪事に手を染めている。

あまつさえそれを正しい犠牲だと信じて悪びれもしない極悪人で、正義感のかけらもない魔法少女だ。

その悪事に、シャドウゲールの魔法が利用されていたのも知っている。

おそらく、その悪事がすべてはシャドウゲールのため――魚山護の住みよい世界を作るために行われたことも知っている。

よって、恨まれる理由ならばそれなりにある。

良心の呵責と張りつめた状況のために、心臓が無視できない痛みを発している。

呼吸が乱れる。諦めてはどうだろうという方向に、考えが流れている。

背後に化け物の息遣いを感じているのに、走るのを止める度胸なんて持ち合わせていないから逃げ続けているだけだった。

 

しかし、諦めたら庚江はどうなるのだろうと想像すると、無念さもある。

スノーホワイトに、啖呵を切ったことがある。

 

私が死ねば、プフレがやろうとしていたあらゆることは無意味になります。そうすればプフレは止まります。私を緊急停止スイッチにしてください

 

その考えは、今でも変わっていない。

護がいなくなれば、庚江はどんな無茶をしでかしてでも探すだろう。おそらく護の身に何が起こったのかを知るまでは、諦めることはない。

そして、どうにか無茶しても咎められることがなく無事に真相を知れたとして、護の死を理解してしまえば庚江は止まる。

 

これまで悪いことをしてきた報いだ、これからは心を入れ替えて生きよう、などと考えるわけがない。

護が死んだら何をしでかすか分からない、という人間でもない。おそらく、何もしでかさなくなる。

護を奪った者たちに何が何でも報いを受けさせる、と復讐に燃えて生きるところも想像できない。

でなければ、『なにかあればプフレを止めるために私を殺してください』という約束を結んだりはしなかった。

自分が殺されることで、スノーホワイトが報復に命を狙われるような取引を申し出たりはしない。

プフレは間違いなく、身内に危害をなした者にそれ以上の報復を与えずにはおかない激情家だ。

しかし、それだけでは無いこともシャドウゲールは知っている。

魔法少女になってから知った。

 

シャドウゲールは、プフレを何もできないほど傷つけることができる。

 

あの少女は、100人の魔法少女による殺し合いをうまく全員殺して生き延びたことに喜んだり安堵したり勝ち誇ったりするのを全て差し置いて、最後にシャドウゲールに怯えられたというだけで喪心するほど、シャドウゲールに弱い。

殺し合いを企画したクラムベリー達への敵意さえも一瞬で鎮火するほどに傷ついて、『帰ろう、さすがに疲れた』としか言えなくなってしまうような、弱い心の持ち主だ。

そういう魔法少女だということを、もう知っている。

 

だから、シャドウゲールを永遠に奪われたプフレは、きっとあらゆる意味で『止まる』。

シャドウゲールを死なせないために全力を尽くして爆走することはできても、シャドウゲールが死んで走り続けることはできない。

生きながらにして死んだようになるか、あるいは、もしかすると、普段は絶対にやらないようなヘマをして正しい意味で死――。

想像したくもないことだった。

それは世の中にとっては良いことだが、護の望むところではない。

何があってもお嬢様をお護りできるように。

名前の由来となった教えは、何度も何度も、耳に残って離れないどころか、生き方に染み付くまで聞かされた。

 

そして。

 

――何かが自分の腕に突き刺さる感触がした。

 

 

◇結城友奈

 

 

「ごめんなさい……私、てっきりあなたが人生を悲観して……それで、切腹しようとしたんじゃないかと勘違いしてしまって……」

 

勇者――結城友奈は、平身低頭していた。

それこそ、親友が『陳謝!』とか言いながら自虐している時の比ではない真剣さで、地面に手をついてかしこまったポーズを解けないでいた。

 

「確かに、さっき悪辣極まる手段で殺害された少女は私の付き人だ。

しかし、だからといって世を儚んで自殺しそうにでも見えていたのかな?」

 

顔を上げると、車いすに座り込んだ少女から涼やかな視線で見下ろされていた。

錦糸のような長い髪にふちどられた美貌にこれといった表情はなく、声は淡々としてどこまでも抑制が効いている。

膝の上には刃のひしゃげたハサミが乗っていた。

いかにも小学校の図工の授業で使うような、プラスチックの小さな持ち手がついたハサミだ。

2人のいる場所は小学校の正面玄関前であるからして、それは当然に小学校の中で入手したものなのだろう。

ハサミがひしゃげたのも、慌てて少女からハサミを取り上げようとした友奈との揉み合いに発展したせいだ。

 

「えっと……最初に集められた場所で、辛そうにしてたから、それで……」

「そうか。客観的に追い込まれたように見えていた人間が『大丈夫だ』と自己申告しても説得力に欠けるだろうね。

だが、少なくとも肉体的には健康に近いことは確かだよ。この通り」

 

袖のフリルをめくれば、そこにはミミズばれというにも短すぎるぐらいの赤い傷がうっすらと残っていた。

『参加者のパワーバランス調整とやらがどのようなものか試してみた』などと言いつつ、ハサミの刃をざっくり押し当て力づよく引いたにしては、驚異的なほどの軽傷だ。

それでも『普段よりも魔法少女の耐久性能が落ちている』というのが彼女の言である。

 

「それにしても、切腹とは時代がかった発想だね。

もちろん不審な挙動をしたこちらに非があったことは確かだが、短刀を使っての自殺ならリストカットや頸動脈を狙う方が一般的じゃないかと思うのだが」

「い、言われてみれば、そう、ですよね……」

 

『勇者部』では日ごろからそういう発言をする子がいた為にそういう発想になったけれど、もしかすると初対面の人から、それも助けようとした人から、怪しい人だと思われたかもしれない。

しかし、当の相手はすっかり別のことに気を移したかのように、友奈の纏った勇者装束を観察していた。

 

「純潔、精神の美、優美…………もしくは、あなたに微笑む」

「え? 花言葉?」

「ああ、分かるのか。勇ましさよりは清らかさを象徴される花だね。

そういう意味では『魔法少女』のコスチュームに通じるものがあるか」

 

また『魔法少女』という言葉が出てきた。

意味するところはよく分からないが、彼女もまた特別な力と運命を背負った人なのだとは察せられた。

「『勇者』についての詳細はついておいおい教えてもらうとして」と、その人は話を進める。

 

「一つ分かったのは、『それが何の力であれ、普段のコンディションで戦える』と過信しない方がいいということだね。

『魔法少女』の身体ならば、市販の刃物で傷が通るなんてことはまずあり得ないし、首に金属製の爆弾を取り付けられたところで、『爆発が起こるよりも素早く引きちぎって捨てる』ような力技を使えそうな強者も中にはいる。

それが『一般人によるジャイアントキリングさえ可能かもしれない』とまで断言されたんだ。

手段や支給品によってはただの民間人にさえも遅れをとりかねないと、念頭に置いた方がいいだろう」

 

この体は、もはや何があっても死なない身体ではない。

そう言われると思う所があって、つい自分の左鎖骨下あたりに視線を落とした。

なぜかタタリによる痛みと消耗が失われていた。

謎の精霊が『殺し合い』を告げるまでは、奇跡が起こったのかと喜んでしまった、この身体。

 

それから、『お姉ちゃんが車にはねられてしまって』と連絡が来たときを思い出した。

 

本来の精霊は、ゲージがある限りあらゆる死因から勇者をガードする。

首に爆弾をつけられようとも、安全でいられるはずなのだ。

包丁で刺し殺されることも、銃で撃ち殺されることも、車で跳ね殺されることもない。

その加護が、あの時は全く働いていなかった。

それと同じことが、起こり得るというのか。

勇者部以外に待ち人のいない、夜中の病院。

部長の安否が気がかりで、全員が辛そうな顔をして過ごした数時間。

もし本当に犬吠埼風の命が危うくなるようなことが起きれば、皆はあの時以上の絶望に包まれるのだろう。

あの不幸が皆に訪れるなんて、絶対にあってはならない。

もしかしたら。もしかしたら、皆がこんな酷いことに巻き込まれてしまったのも。

友奈が知らず知らずのうちに、タタリをうつしていたなんて事はないだろうか。

 

「顔色が悪くなったようだが、大丈夫かな?」

 

眼帯を付けた涼しい眼が、気遣うように友奈と目を合わせていた。

はっと我に返るのと同時に、涙のあとさえない目元を見つめられると違和感もわいてきた。

友奈は仲間が失われるという『想像』をしただけでもこれほど辛いのに。

この人は、身近な人があんなに残酷な殺され方をしたのに。

冷静に自分の身体のことを考察して、自分だって何かあれば死ぬかもしれないというようなことを涼しい顔で言ってのけている。

 

「あの、あなたは、大丈夫なんですか? そんな風にいろいろ考えてると、思い出したりとかしないんですか?」

 

言葉を選んだ結果、もどかしい聞き方になった。

『さっき親しい人が目の前で殺されたばかりなのに、どうしてそんなに冷静でいられるんですか?』とストレートに責める言葉を使えるほど、友奈は無神経になれなかった。

 

「ああ、私があまりにも冷静で鼻についたのかな?」

 

その考えを読まれた。

ぎくりとしている間に、プフレは包帯の巻かれた握り拳を差し出し、掌を開いてみせた。

そこに握られていたのは、飴玉くらいのお菓子なら包めそうな、セロハンの切れ端だった。

 

「私の支給品だったものだ」

「だった……もう、無いんですか?」

「食べてしまったからね」

「た、食べた?」

「とある魔法少女の魔法によって生み出された『気分を変える魔法のキャンディー』と言われるものだよ」

 

嫌な予感がした。

 

「効果は単純かつ強力だ。このキャンディーは、誰かの記憶や感情を抜き取ることで作られる。

特定の感情が封じられたキャンディーを摂取すれば、その感情に人を染めることもできるだろうね。

怒りや憎悪の感情を取り出したキャンディーを舐めれば闘志を燃やすことも、燃えすぎて視野狭窄に陥ることもあるし、逆に静の感情を取り出したキャンディーを使えばその逆の効果が得られる。

特定の精神状態に誘導する薬物、と言ってもいいかもしれない」

 

それを食べた、ということは。

 

「じゃあ、そこにあったキャンデイーも、……あなたの、心に」

「スマホの中に支給品説明のアプリが入っていて、『喪失感によって、冷静さを欠いたり判断力が曇ることを防ぐ』とあった。

キャンデイーを口にした途端、説明も消えてしまったが……おそらく私の中では、『不屈』に類する感情が強化されているか、『諦め』に関する感情が鈍化されているか、何らかの精神安定作用が働いている」

 

それは、自分の心を故意に書き換えて、心のドーピングを重ねているということにはならないか。

今が大変な時だからといって、悲しむのを無理やり先延ばしにしているということにはならないのだろうか。

 

「勘違いしないでほしいのだが、私は彼女――シャドウゲールのことを忘れてしまったわけではない。

彼女が私にとってどんな子で、どんな日々を歩んだのかは余さず覚えているし、『悲しみ』や『痛み』だって相応に体感したつもりだよ。

ただ、『彼女は死んだのだし、もう止めよう』という一点においてだけ感受性が鈍っている――『とりあえず正気を失うことは避けられている』というのが正確だろう」

 

そう自己分析する少女の声は、あまりにも穏やかだった。

そんな風に言われては、それは逃げではないのかと指摘して、心を折れかけた人に鞭を撃つような真似はできなかった。

まして、今が一歩間違えれば死んでしまう場所だというのなら。

 

「まったく慈悲深い話じゃないか。

『さすがの私も身内が死んだらショックを受けるだろうけど、それはそれとして殺し合いはやらせたいから元気を出せ』ということだ。

この企画の立案者は、人のことを踊ってくれないと楽しめないマリオネットのように考えているらしい」

 

少女は怒りのにじんだ仕草で、セロハンを地面に落として車椅子のタイヤでぎしぎしと踏みにじった。

それを見て、はっとした。

そう、わざわざ『最初に見せしめを殺された人に向けて精神安定剤代を支給した』ということは、そういうことだ。

従者を殺した苦痛を与えた後で、その主人に対しては『苦痛を堪えて戦う』ことを唆している。

 

「酷い……」

 

人のことを恨んだり憎んだりするのは好きではないけれど、それでも目に余る非道が行われている。

これに抗わないのは、許せないと感じないのは、『勇者』じゃない。

 

「そう思ってくれるのなら、我々は同士だね」

 

その手は、握手を求める形でのばされていた。

握り返そうとして、そういえば包帯の怪我について聞いていなかったことに気付く。

力をこめて握り返すのに躊躇していると、「これか」と少女は包帯にそっと触れた。

 

「さきほど保健室の救急箱を失敬してね。支給品袋には何でも収納できるというのは本当だった」

 

救急箱そのものはここに入れてきた、と説明するように袋をぽんと叩く。

 

「もしかして、元からケガをしてたんですか?」

「いや、これはただの不注意だよ。少々、拳を硬く握りすぎてしまってね」

 

言葉で説明するのは難しいと判断したのか、包帯をそそくさと解いた。

解かれた手のひらを見て、友奈も理解した。

彼女は、ファヴから説明を受けていた場所で、ずっと両の拳を握りしめていた。

超人的な身体能力の持ち主が、渾身の力で爪を食い込ませ続けていればどうなるか…………ずたずたに赤紫の刺創がつけられた手のひらが、その結果をさらしていた。

凄惨なものをみせてしまったことを恥じるように素早く包帯を巻きなおしたが、それでも友奈の印象には強く残った。

その傷を見てしまえば、彼女にとってのシャドウゲールがさほど大切な人でなかったのだろうとは、絶対に思えない。

 

「名乗るのが遅れたね。魔法少女としての名前は『プフレ』だ」

「私は結城友奈――中学生の時も、勇者の時の名前も、『結城友奈』です」

 

握りしめないように優しい力で、握手を交わす。

 

目の前で大事な人を奪われたばかりで、しかも車椅子に乗った足の不自由な身体で『殺し合いをしろ』と命じられてしまった。

それなのに魔法の飴玉に頼ってまでも殺し合いに抗い、冷静にたくさんのことを考える一方でシャドウゲールのことを思って深く悲しんでいる、強い情を持った魔法少女。

この人は誰かがそばにいて護ってあげなければならない人だと、友奈は強く思った。

 

 

◇プフレ

 

 

あのファヴが何の狙いも裏の意味もなく、ただ『見せしめにしたいから』という理由だけでシャドウゲールを殺すはずがない。

それは自明のことだった。

現実にシャドウゲールが殺された、その最悪の光景にプフレが何を思ったにせよ、『それだけではないはずだ』というか細い光明は、たしかに一筋だけ見えていた。

 

なぜなら、ファヴは知っている。見ていた。

魔法少女100人による殺し合いで、プフレがシャドウゲールの命を救うために何をしたのか、すべて知っている。

その試験でも、ファヴは企画者側にいたのだから。

シャドウゲールの命がかかっている限り、プフレは何百人だろうと殺してみせる。

そんなプフレの見ている前で、真っ先にシャドウゲールを殺してしまうのは大きな悪手だ。

喜んで殺し合いをする気満々になったはずの参加者を、一人潰してしまうことになるのだから。

 

シャドウゲールを『参加者』として選抜しなかった理由ならば理解できる。

ありとあらゆる機械類を自由自在に解体、改造ができる能力を持った魔法少女に首輪爆弾を取り付けて殺し合いを強制するなんて、どんな馬鹿でも不味いと分かることだ。

だからと言って、プフレを殺し合いに招きたいだけであれば、『反抗すればシャドウゲールを殺す』と人質にとっただけで十分すぎる。

そうしなかったのだから、『その上でプフレを利用できる』と判断した理由がある。

 

だから、最初に支給品を確認したのだと思う。

思う、というのはそこに至るまでの動揺と喪心が激しく、のろのろと動いていたことしか覚えていないからだ。

そこには魔法のキャンディーと、支給品説明という名のファヴからの内意があった。

おそらく、その時はシャドウゲールを喪ったプフレなりにきっと決意する所があって、そしてキャンデイーを飲み込んだ。

そして、正気のプフレが帰還した。

 

「ごめんなさい……私、てっきりあなたが人生を悲観して……それで、切腹、しようとしたんじゃないかと勘違いしてしまって……」

 

そのようにふるまったのは、むろん、わざとだ。

それが、傍目には誤解を招く行動だということは当然に予想していた。

だからこそ、敢えてそのように行動した。

わざわざ目立つよう、夜間照明で明るい小学校の入り口で、自殺未遂のようなたたずまいを晒した。

 

目立つことは承知し、できるだけ襲撃されるリスクを潰すやり方を取った。

たとえクラムベリーのような凶悪性と火力を両立させたバトルジャンキーに見つかろうとも、『これから自殺しようとしている、もしくは自殺未遂にいそしんでいる、生存を放棄した参加者』をわざわざ殺しにかかるような手間をかけたりはしないだろう。

また正面には視界が大きく開けた運動場、そして背後にはゲタ箱と長い廊下を有した校舎をつけることで、狙撃されたり奇襲されるリスクを減らし、襲撃された時の退路も確保する。

とことんまでスピードと走破性を追求した車椅子は、こと逃げをうつには有利だ。

 

そんな状況でも、まっすぐな目で一直線に『はやまらないでください!』と駆け寄ってくるのは、弱者を守らんとする保護欲がある、正しい魔法少女のような精神を持った者だろう。

 

「純潔、精神の美、優美…………もしくは、あなたに微笑む」

「え? 花言葉?」

 

さっそく釣れたのは、そういう少女だった。

優しく、人の痛みがわかり、他人の気持ちになって考えることができる。勇敢で、でも殺し合いなんて絶対に嫌な、そんな少女だとすぐに分かった。

もし魔法の国が発見していれば、魔法少女としての適性を試したことだろう。

 

「あの、あなたは、大丈夫なんですか? そんな風にいろいろ考えてると、思い出したりとかしないんですか?」

 

こちらの真意を悟られない範囲で、信頼を得られるようには振る舞った。

いつもやっていることだ。

 

「とある魔法少女の魔法によって生み出された『気分を変える魔法のキャンディー』と言われるものだよ」

 

当然、すべてを話すことはない。

キャンデイーの効果説明には、こうも書いてあった。

 

『この支給品を服用した時点で、首輪解除条件に第二条件が追加される』

『最初の条件が達成された時点で第二条件が達成されていなければ、首輪解除は発生しない』

『そのセカンド条件とは――』

 

つまり、普段のコンディションを保証する代わりに運営の望みを果たすよう動けという取引の提示だ。

かつての殺し合いで、プフレは『全員で力を合わせてラスボスを倒す』のと『ラスボスの言うことを聞いて100人皆殺しをする』のと二つを検討して、前者を不可能と判断したからこそ多くを殺した。

しかし、今回のゲームではファヴいわく『ジャイアントキリング』が起こり得る――言い換えれば、主催者の力でさえ付け入る隙があるかしれないという余地があるゲームだ。

だからこそ、『ラスボスを倒す』方向へと舵をきらせないために、回りくどい条件の提示を行ったのだろう、というのも推測の一つとして成り立つ。

 

確かに死人は人質として機能しないだろう。

しかし、『死んでもなお、人質として機能するように思わせる』ことができれば。

それは生かしておくよりも、『人質を監禁場所から助け出す』という目がつぶれる分だけ、脅迫した者を従わせる力が高い。

まず、わざわざ全員に宣告された『なんでも願いが叶う』という報酬。

そして、シャドウゲールの手で負わされた致命傷によって息絶えたはずの――死んだはずのプフレが、ここにいること。

当のクラムベリーを含めた今は亡き者の名前が名簿にあり、ホールでも彼女たちの姿を見かけたこと。

それらを重ね合わせれば、ソレは見える。

ファヴ達がきちんと願いを叶えてくれる心積もりがあるとは、まったく信用していない。

しかし、信用は無くとも、ソレを狙うか狙わないかの二択ならば、狙うに決まっている。

どこまでも細い勝ち筋だろうとも、頭が動く限り、プフレという魔法少女はそうする。

 

「名乗るのが遅れたね。魔法少女としての名前は『プフレ』だ」

「私は結城友奈――中学生の時も、勇者の時の名前も、『結城友奈』です」

 

握手を交わし、協力者が増える。

仲良くしていきたいには違いない。

首輪によって倒せる余地が大きくなったとはいえ、クラムベリーや魔王パムといった人物の脅威はよくよく知っている。

前者については遭遇しただけで殺しにかかられるだろうし、後者についてもプフレの思惑が万一にも露見してしまえば敵対しかねないだろう。

 

それに、スノーホワイトの存在が大きい。

直接的に対峙したのはほんの一回、それも一瞬だったけれど、プク・プック陣営として敵対していた時に相当な辣腕を振るっていたことは察せられた。

ホールに集められた時にとった行動も、センスが良かった。

あの場では『ここはどこだ』『この状況は何だ』『我々をさらったのは何者だ』という困っている心の声が、数多く垂れ流しになっていたはずだ。

にも関わらず、そばにいた少年をつかまえて『ここがどこか知っているか?』と不必要なことを尋ねたのは、少年が『魔法の国』の関係者なのかどうかを見極めるためだろう。

あの問いかけによって、少年はおそらく『この女の子は誰だ?』とか『まるでアニメの魔法少女みたいな格好だ』とか、無意識にでも困惑したはずだ。

それによって、『実は男の子だけど魔法少女の人間体でした』ということも、『一般人の恰好をした魔法使い』でもない、本当にただの一般人だと理解した。

だからこそ「無関係の人たちまで巻き込むつもり」かとファヴを詰問した。

また、あの詰問によって、そういった一般人の多くに『自分はファヴの敵であり、無理やり巻き込まれた者の味方である』ことをアピールすることもできただろう。

ファヴに憤りを露わにしながらもそういった計算ができるのだから、相当の切れ者だ。

 

「プフレさんの条件は、『10個以上のスマホの使用者になる』……これなら、誰も傷つけずに首輪が外せますね!」

「どうだろうね……ほかの参加者にとって、3時間以上スマホを手放さなければならない上に、使用権を奪われるデメリットはなかなかに大きい」

 

死んだ参加者のスマホを回収すればかなり楽になるのだが、それは敢えてまだ言わないとして。

 

何より、心を読むという魔法が厄介だ。

セカンド条件を抱えていることも、キャンデイーの服用によって運営のたくらみに乗ったことも、出会えば見抜かれる。

だが、実際に誰も殺していない状況であれば、ほかの善良な参加者がそばにいる限り、

『たとえ何を考えているといわれても、私がまだ誰も正当防衛以外で殺していないのは事実だ、それなのに私を殺すのか』と開き直る余地も残されている。

であれば、今はまだ敵よりも味方を作る段階だ。

逆に言えば『正当防衛を成立させられる状況』だったり、『自分の手を汚さず、幾らでも自分のせいではないと胸を張れる状況』であれば、参加者を減らすように仕組むのもやぶさかではないが。

 

「じゃあ行きましょう! 車椅子はまかせてください」

「ありがたいことだが、この車椅子は自走が可能だよ」

「いいんです。私こういうのに慣れてるし、落ち着くから」

 

プフレが車椅子無しに歩けることは、当然まだ伝えていない。

歩けないとも言っていないので、勝手に誤解してくれた方が、いろいろと都合が効くことが多い。

なるほど車椅子を押すのが上手いと快適な振動に揺られながら、プフレはふと振り向いた。

そこには、すっかる用をなさなくなった図工用のハサミがただ転がっているだけだ。

 

ひとつだけ、後悔した。

どうせ体に刃物を充てるなら、彼女が言うように、胴体にハサミを突き刺してみせるぐらいすればよかったかもしれない。

 

人生の最後に彼女を抱きしめた時の、あの『熱』を思い出す為に。

 

 

【プフレ@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:左手首に擦り傷、両掌に刺傷(魔法少女の自然治癒力で回復中)

魔法のキャンディー@魔法少女育成計画による思考制御状態

[装備]:プフレの車椅子(支給品扱い)@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)、救急箱をはじめとして小学校で調達した物品(詳細は任せます)

[状態・思考]

基本方針:シャドウゲールを、どんな手段を使っても生き返らせる

1:表向きは首輪解除の条件を達成するため、殺し合いに反抗する者と友好的に振る舞う。

2:クラムベリー、魔王パム、スノーホワイト、それ以外にも敵対が避けられない強者の情報を集め、警戒する。

(ひとまずスノーホワイトを排除するまでは、自分の手を汚す形で参加者を殺すことは避ける)

3:自分自身が生き残ることを最優先に。利用できる者はすべて利用する。

[備考]

参戦時期は死亡後です。

首輪解放のための条件は『10個以上のスマホの所有者となること』です

また、それ以外にも『魔法のキャンディー』を消費することと引き換えに『ファヴから依頼されたセカンド条件』を前述の条件クリアまでに達成する必要があります。

(第二条件の内容は後続の話に任せます)

 

 

【結城友奈@結城友奈は勇者である】

[状態]:身体にタタリの跡(タタリの症状自体は沈静化している)

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ満タン)、牛鬼(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一色、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:プフレさんと協力して皆を助け、殺し合いを止めさせる方法を探す

1:まずはプフレさんにスマホを譲ってくれる親切な人を探そう

2:みんな……大丈夫、だよね?

3:タタリが治っているのは嬉しいけど、ただ喜ぶ気にはなれない

[備考]

参戦時期は少なくとも勇者の章4話から5話前半までのどこかです

変身するのにスマホの中の勇者システムを必要とするため、プフレにスマホの譲渡ができませんでした



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仮面の下で隠れ潜む殺意/阿刀田初音、絢雷雷神、ジーク(アロマオゾン)

――死にたくない、死にたくない!

 

少女は走る。太陽の日差しが殆ど入らない薄暗い森の中を息の続く限り走り続ける。

息を切らしながら走る少女、阿刀田初音は人を探していた。

自分を救ってくれる人達を。

 

「あ、あの……!すみませんっ!!」

「あん?」

 

獣道から車道へと抜け出した初音は、そこでパーカーを着た青年、絢雷雷神を発見した。

声をかけると男は振り向いた、如何にもヤンキーと言った風貌の顔つきの青年である。

 

「お願いです。私を助けてほしいのです!」

「なんで俺がお前と……そうだな。いいだろう、その代わり」

 

雷神は少し考え込んだ後に初音の頼みを引け受けた。

ありがとうございます!とお礼を言う初音だったが雷神の様子がおかしい。

雷神はポケットから大きなナイフを取り出してゆっくりと初音に近づいてくる。

 

「ひっ!?」

「大怪我したくなかったら動くなよ」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!!殺されるぅぅぅぅぅ!!!!」

「な、馬鹿っ!でかい声を出すな!」

 

初音は雷神から必死に逃げた、が小さな体格の初音はあっという間に追いつかれ、肩を掴まれて静止させられる。

悲鳴をあげながらじたばたと暴れる初音に雷神は焦りながらもなだめようとする。

 

「やだぁぁぁぁ!!殺さないでくださぁぁぁい!!」

「安心しろ。殺さないから落ち着け、落ち着けよ!」

「その子から離れろ!!」

 

執事服の青年ジークは初音の悲鳴を聞いて現場へと向かった。

そこにはナイフを持ちながら少女を捕まえる男の姿があった。

どう見ても危害を加えようとしているのは明白である。

 

「助けてください!あの人は私を殺そうとしたのですー!」

「だから違うって言ってんだろ!」

「なら何故、その刃物を彼女に向けているんだ?」

「ぐっ……言えるかよ!!」

 

ジークは目の前にいる男から少女を救うべく立ちはだかった。

人間離れした速度で迫るジークの動きに雷神は牽制するようにナイフを振るう。

ナイフを躱したジークは雷神の腹部へ拳を叩き込んだ。

うめき声をあげた雷神は体がくの字に曲がり、よろめきながらも後方へ下がる。

 

「んぐっ」

「手荒な真似をしてすまない。だけど争うのはやめてくれ」

(くそ!一発で気絶しそうな重いパンチじゃねえか。だがここで意識を失ったら俺は終わる!逃げねえと……)

 

圧倒的力量差を理解した雷神は、腹部の苦痛に耐えながら逃走した。

すぐに後を追おうかと思ったジークだったが目の前に怯えてる少女を放っては置けなかった。

 

「どこか怪我は無いか?」

「貴方は、貴方は私を助けてくれるのですか?」

「もちろん、俺は出来る限りの沢山の人を助けるつもりだ」

 

ジークは恐怖のあまり車道でぺたんと座りこんでる初音の手を取って立たせると

知覚にあったバス停のベンチの所へ移動して情報交換も兼ねて休憩する事になった。

 

 

 

 

「くそっ!一人も傷付けられなかったじゃねえかよ!」

 

雷神の首輪解除は『誰にも解除条件を知られない状態で三人のプレイヤーに怪我を負わせる』である。

初音に対して本当に殺すつもりは無かった。

軽く切り傷を加えて、そこで終わらせるつもりだった。

ジークに関してもナイフで少し傷を付ければ怯んで戦いは終わると踏んでいた。

結局の所、誰一人傷付ける事無く逃げ去る結果に終わってしまった。

もし自分が戦いに敗れ拘束され、スマホを取り上げられて解除条件を知られたらその時点で死亡は確定していた。

 

「あっ……ナイフなんて使わねえで殴っておけば、くっそぉぉぉ!!」

 

ナイフを使ったせいであの女は叫んだんだ。

素手でぶん殴って鼻血の一つでも出させれば、それで一人分の怪我を満たせた事実に今になって気づいた。

後悔しても既に手遅れだ、このままではあの二人が俺の悪評を振りまくだろう。

迅速に行動しないとどんどん解除が困難になってしまう。

 

「速くしねえと……誰でもいいから三人ぶん殴らねえと俺の命が危ねえ!」

 

【G-6/一日目 深夜】

【絢雷雷神@追放選挙】

 

[状態]:腹部にダメージ(小)

 

[装備]:アーミーナイフ@現実

 

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

 

[状態・思考]

 

基本方針:迅速に首輪を解除して生き残る。

 

1:他の参加者を見つける。

 

2:絶対に首輪解除条件を他人に知られない様にする。

 

 

[備考]

首輪解除条件は『誰にも解除条件を知られない状態で三人のプレイヤーに怪我を負わせる』です。

手段は問わず、他の参加者に条件を知られ条件未達成となったと同時に首輪が爆発、死亡します。

 

 

 

 

「ごめんなさいです。初音が出会ったのはさっきの人とジークさんが初めてなのです」

「そうか。気にしないでくれ。きっと彼女達は無事な筈だ」

 

ジャンヌやアストルフォの所在を気にしていたジークは

初音に他に出会った人物がいないか聞いたが特に情報は無かった。

だが逆に言えば初音が来た方向へ向かっても誰かに会いにくいという収穫でもあり無駄では無い。

必要な情報交換は終わったので移動しようかと考えた所で初音はバッグからお弁当を取り出した。

 

「あの、助けてくれたお礼と言っては何ですが、一緒にお弁当を食べませんか?」

「ああ済まない。頂こう……ん、何だか不思議な味が、ごふっ」

 

ジークの表情が見る見るうちに青くなり

喉を抑え込みながら血を吐き出した。

初音が手渡したサンドイッチには毒が入っていた。

体をひくひくと痙攣させながら初音の方を見つめる。

 

「は、つね……どう、して……」

「ごめんなさい。初音はどうしても死にたくないのです。だからジークさんには代わりに死んでもらうのです」

 

そこには生気を失った瞳で薄ら笑みを浮かべてジークを見下ろしている初音がいた。

初音は無抵抗な少女を演じながらも最初から誰かを殺害するつもりで他の参加者に接近していた。

 

「最初はパーカーを着たあの男を殺すつもりでしたが彼も殺し合いに乗っていたので驚いたのです。

 でも貴方が代わりに死んでくれたので初音はとっても助かったのです。ありがとうなのです」

 

既に事切れていたジークに対してお礼を言いながら支給品を回収していく。

その行動に迷いは一切無かった。

何故なら初音は過去に何人も殺していて、そして殺されているからだ。

躊躇なんてすればその隙に他者に命を奪われるのはその身を持って実感している。

 

「初音はもう殺されるのは御免なのです。今度こそ生きて帰るのです」

 

 

【ジーク@Fate/Apocrypha 死亡】

 

【G-7/一日目 深夜】

【阿刀田初音@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

 

[状態]正常

 

[装備]:無し

 

[道具]:基本支給品一色、スマホ2つ、ペチカのお弁当@魔法少女育成計画シリーズ、青酸カリ@現実、不明支給品4つ(本人確認済み)

 

[状態・思考]

 

基本方針:首輪解除条件に入ってる全てのプレイヤーの殺害

 

1:次に殺せそうなプレイヤーの捜索

 

 

[備考]

首輪解除条件は『首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害』

6時間毎にプレイヤーを殺害できないまま定時放送が始まり条件未達成となると同時に首輪が爆発、死亡します。

 

※参戦時期はAルートの死亡後です



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秘めた願いは血の奥に眠りて/アルーシェ・アナトリア、忍頂寺一政(反骨)

吹雪が猛狂う極寒の山中で、一人の少年と少年の家政婦が取り残されていた。

容赦のない飢えと寒さによる極限状態の中、女は少年に、まず自分の血を与えた。

それは、喉の渇きを潤すだけでなく、確かな温かさを少年に与えた。

嘔吐感に苛まれながら少年はただ生きたいという想いから、貪欲にそれを啜った。

 

次に、少年は女の腕に歯を立てた。

女の皮膚が突き破られ、再び血の味が口内に侵入したとき、少年は初めて”それ”を食することとなった。

 

“それ”はとても柔らかく……

“それ”はとても生温かく……

“それ”はとても濃厚で……

“それ”は少年に“生きる”という幸福を実感させるものとなった。

 

 

 

 

「クソッ、一体どうなっているんだ!」

 

会場南部に位置するショッピングモールを彷徨う者が一人。

燃えるような深紅の髪、緑と青のオッドアイを持つ少女―――アルーシェ・アナトリアは、困惑と焦燥が入り混じった声色で呟く。

 

――訳が分からない。

――一体全体ここはどこだ。

伝説の半妖アーナスを仲間に加え、いよいよ宿敵・月の女王との戦いに臨もうとした矢先に巻き込まれてしまった理不尽な殺し合い。

見上げた夜空の中に、常にそこに佇んでいたはずの蒼い月がなかったことから、この場所はアルーシェがいた世界とは別の世界にあることは何となく理解できた。

と同時に、元の世界のことを思い浮かべる。

 

蒼い月の満ち欠けが暗示する、間もなく滅亡を迎えるであろう世界。

ホテル・エテルナを拠点に活動を共にしてきた仲間たち。

 

そして―――

 

「リリア……。」

 

騎士として命を賭して守護ると誓った幼馴染リリアーナの姿を脳裏に浮かべ、アルーシェはその足を速める。

閑散としているショッピングモール内に、唯一明かりを灯している店を発見したのは、それから10分後であった。

 

 

 

 

「すいません、忍頂寺さん。わざわざご飯までご馳走していただいて……。」

「いやいや、アルーシェ君が美味しそうに僕の料理を食べてくれているだけでも、料理人として冥利に尽きるというものだよ。」

 

アルーシェがショッピングモール内のレストランで遭遇した男は、忍頂寺一政と名乗った。

忍頂寺はアルーシェを料理が並べられたテーブルに招き入れ、そこで2人は情報交換を始めた。

曰く、忍頂寺は殺し合いや争いとは無縁のただの料理人で、気が付いたらこのショッピングモールに飛ばされていたとのこと。

曰く、忍頂寺の支給品には首輪レーダーがあり、ショッピングモール内に別の参加者がいることは確認できていたとのこと。

曰く、ショッピングモール内を探索している参加者をもてなす為に、レストランで料理を作っていたとのこと。

 

「しかし、妖魔に、教皇庁、月の女王か……。全くもって奇想天外な話だね」

「私だって、邪妖が全く存在しない世界なんて、想像できませんよ!」

「まあ、そこはお互い様だね。でも僕はアルーシェ君の言うことは信じるよ。アルーシェ君が嘘を吐くような人間には見えないし、ここで嘘を吐くメリットはないし。」

「何よりあのホールに飛ばされてから、僕の常識では推し量れないことが連続して起こってしまっているからね、今この状況で何を伝えられたとしても、今更疑う余力なんてもうなくなってしまったよ」

「うーん、あまり納得は出来ないけど、今はそうするしかなさそうですね……。」

 

忍頂寺が一通りの情報を提供し終えると、アルーシェも机上の料理を頬張りながら、自身が知りうる情報を提供した。

――自分が教皇庁のエージェントであり、月の女王打倒を掲げていること。

――自分がカミラ博士に人工的に改造された半妖であること。

 

ここで忍頂寺からのツッコミが入る。

それも当然だ、アルーシェの情報の中には忍頂寺には聞きなれない単語が多すぎたからだ。

全く話が噛み合わない状況の中で、忍頂寺は、「教皇庁」・「月の女王」・「妖魔」・「邪妖」・「半妖」とは何かと問い詰めはじめ、アルーシェは困惑しながらもそれに回答していき、今に至る。

 

「それでアルーシェ君、首輪の解除条件は確認したのかい?」

「いえ、それが……このスマートフォン?っていうもの、使い方がよく分からなくて……。」

「驚いたな……。今時スマートフォンの使い方がわからない子がいるなんて……。ああ、ごめん。そもそも僕とアルーシェ君は住んでいた世界が違っていたのだったね。使い方を教えてあげるよ。」

 

忍頂寺は自身のスマートフォンを取り出し、実演する形式で使い方を教える。

電源の入れ方、メニューの表示、基本操作と流れるように説明する忍頂寺。

アルーシェは熱心に忍頂寺の説明を聞き入る。

メニュー画面上には「参加者名簿」「首輪解除条件」というメニューが表示されており、忍頂寺は「参加者名簿」の項目をタップし、表示された名簿に見知った名前がないかアルーシェに確認させる。

 

「ルーエ!?それに教授に、隊長に、クリスっ!?アーナスさんも!?」

「どうやら、アルーシェ君の知り合いも巻き込まれてしまっているみたいだね。」

「はい!みんな信頼できる仲間達です。」

 

ルエド教団に籍を置く、最も信頼できる幼馴染「ルーエンハイド・アリアロド」

月の女王に殺害されたアルーシェを半妖として蘇生させた「カミラ有角」

一度は妖魔に堕ちた憧れの先輩騎士「ミュベール・フォーリン・ルー」

神出鬼没な純血の妖魔「クリストフォロス」

『夜の君』を倒した伝説の半妖「アーナス」

 

月の女王打倒のために協力している仲間達もこの悪趣味なゲームに参加させられていることに驚愕はしたが、彼女達と合流できれば心強いことこの上ない。

また、リリアーナの名前が名簿になかったことは不幸中の幸いであった。

一刻も早く仲間たちと合流して、リリアーナの元に帰らなければならない。

決意を改め、アルーシェは忍頂寺から教えてもらった手順で、スマートフォンの「首輪解除条件」をタップし、忍頂寺とともにその内容を覗き込む。

 

そこには「7人以上の参加者から吸血を行う」と記載されていた。

 

「なっ!?」

「ほぅ……」

 

再びスマートフォンの表示内容にアルーシェは再び驚愕の表情を浮かべ、忍頂寺は口角を吊り上げた。

 

「そうか、アルーシェ君は半妖だから、吸血衝動があるんだったね。」

「はい、でもこんな解除条件……」

「ならば、まずは僕の血を吸うといいよ。」

「なっ、忍頂寺さん!?」

「アルーシェ君もその首輪外したいだろう?それに、アルーシェ君に首輪を解除して貰ったほうが僕も都合が良いんだよ、ほらこれ」

 

戸惑うアルーシェに忍頂寺は自身のスマートフォンを見せつける。

そこには「他参加者に装着されていた首輪を6個以上保有する」と記載されている。

 

「参加者の首輪の回収……ですか」

「まあ、殺して無理に剥ぎ取るっていう手もあるけどね。僕は見た通り非力だし、出来れば手荒な真似はしたくないんだよ。」

「だから、さ」

「僕を助けるという意味でも、是非ともアルーシェ君には僕の血を吸ってほしいんだよ」

 

すっかり料理を平らげたアルーシェの前にデザートとばかりに、忍頂寺は膝を立て自身の首筋を差し出す。

ゴクリ……差し出された首筋を見るとアルーシェの体内に巡る妖魔の血が騒ぎだす。

早く、この男の赤い血を吸いたい、と。

 

「本当に……宜しいんですか?」

「ああ、構わないとも。ただし死なない程度にお願いするよ。」

「それでは……」

 

遠慮がちにアルーシェは忍頂寺の首筋に近づき

 

そして

 

そこに歯を立てた。

 

 

 

 

「それでは行きましょう、忍頂寺さん!」

「ああ、道中はよろしく頼むよ、アルーシェ君」

「任せてください!騎士として、忍頂寺さんの身は必ずお護りします。」

 

吸血を済ませた後、二人は地図上に表示されている施設「ホテル・エテルナ」を目指すことにした。

アルーシェ曰く、このホテルはアルーシェたちの活動拠点であったため、仲間たちがここを目指す可能性が高いとのことだ。

道中支給品のレーダーで索敵を行いながら、協力してくれそうな参加者と合流できれば、事情を話して吸血させてもらうよう説得するつもりだ。

 

運命に翻弄される半妖の少女ととある料理人のバトルロワイアルはこうして幕を開けた。

 

 

 

―――ああ、しかし

“食べる”ことには慣れていたけど、”食べられる”側になったのは初めての体験だったよ。

僕の一部がアルーシェ君の中に取り込まれた。

本当に素晴らしいことだ。あの幸福な瞬間はもっともっと味わいたいものだよ。

 

突然訳の分からない催しに参加させられることになったけど、あの至福の一時を味わえただけでも主催者のファヴには感謝しないとね。

 

それに、それにさ……

アルーシェ君の話によると、純血の妖魔は、血肉ではなく人間の魂そのものを喰らうことができるというじゃないか!

最高だ!最高の存在じゃないか、妖魔というのは!

アルーシェ君の知り合いにクリストフォロスという純血の妖魔がいるらしい!

彼女の青い血を浴びることさえできれば、僕も、僕も!

魂そのものを食べられる存在“邪妖”になることができるらしい!

 

殺し合い?

首輪の解除?

優勝?

 

心の底からどうでもいいよ、そんなことは。

 

僕はただ単に美味しい食材を美味しく食べることができる、そんな至高の存在になりたいだけなんだよ!

 

 

 

 

秘めた願いをその血の奥に秘め、異常殺人鬼は歩を進める。

 

生きることは食べること

食べることは生きること

何かを食べるということはそれを取り込み自らの一部とすること

忍頂寺は自分に血肉を提供した彼女が事切れる瞬間、何かを言いかけようとしたことは覚えている。

結局それを聞き取ることは出来なかったが、それは今まさに自分がアルーシェに尋ねたくて仕方がないことなのではないかと忍頂寺は確信している。

 

「お い し か っ た ?」と

 

 

 

【G-4/ショッピングモール/一日目 深夜】

【アルーシェ・アナトリア@よるのないくに】

[状態]健康

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 7人以上の参加者から吸血を行う(残り6人)

[思考・行動]

基本方針:会場からの脱出

0: ホテル・エテルナに向かう。

1:忍頂寺さんと一緒に仲間たちを探す

2:なるべく首輪は外したいけど、無理矢理血は吸いたくない……

※忍頂寺からスマートフォンの使い方を教わりました。

※忍頂寺から吸血を行いました。

※参戦時期は本編6章でアーナスが仲間になった直後です。

※本人は気付いていませんが、活動時間の制限が取り除かれています。

 

【忍頂寺一政@追放選挙】

[状態]健康、軽い興奮状態、首筋に噛み痕(軽い失血)

[服装]いつもの服装

[装備] 首輪索敵レーダー、

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)、調理器具一式(現地調達)

[首輪解除条件]他参加者に装着されていた首輪を6個以上保有する

[思考・行動]

基本方針:積極的に殺し合いに乗るつもりはない、他人と「共生」する手段を模索する。

0: クリストフォロスを捜索し、青い血を浴びて邪妖になる。

1:妖魔に半妖か……実に素晴らしい存在じゃないか。

2:積極的に他の参加者と接触し、自分と「共生」するのに相応しい存在か観察する

3:アルーシェ君にまた吸血されたい。

※首輪索敵レーダーは半径200m以内の首輪の存在を確認することができます。



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『姉』と『妹』/犬吠埼樹、ベロニカ(みょんな庭師)

「ふぅ……どうしようかな……」

 

メダル女学園、その校庭の乙女の銅像の側で考え込んでいる金髪で小柄な少女がいた。

その少女の名前は犬吠埼樹。

 

(お姉ちゃん……皆さん……)

 

スマホで確認できる名簿には大好きな自分の姉、犬吠埼風の名前があった。

__それだけではない。自分にとって先輩にあたる結城友奈、東郷美森、三好夏凜の名前もある。

 

そして、樹に課せられた首輪解除の条件は……

 

 

『参加者を2人以上殺す』

 

 

当然、樹にそんな事ができる訳がない。人類の敵、バーテックスならまだしも、生身の人間を殺すことなど、絶対に許されない禁忌だ。

 

 

樹は自分に支給されたものを確認する。

まず、スマホにインストールされた勇者アプリ。樹が勇者たる証。

2つ目の支給品も確認する。

そして、最後の1つ。

 

「なにこれ…」

 

樹が手にしたのは、魔法使いが使うような杖だった。試しに杖を振ってみる。

 

ドーン!

 

「うわっ!?」

 

すると杖から激しい雷が生じる。樹は驚きのあまり尻もちをついた。

その時だった。

 

「ねえ、あんたが持っているそれ、いかずちの杖……だよね?」

「……え?」

 

木陰から、メダ女の制服を着たまるで小学生のような見た目の少女…ベロニカが現れた。

 

 

 

 

「ええと、つまりベロニカさんは魔物のせいでそのような見た目になったと」

「そう。まああたしは若返ることが出来たから全然気にしてないんだけどね」

 

メダル女学園を出て、2人は南に進んでいた。

 

ベロニカの首輪解除の条件は『旅の仲間を2人以上殺す』。ベロニカにとってそれは、自分の仲間、そして妹を殺せというのも同然だった。

 

「ふざけてるわよ、こんなゲーム」

 

樹から譲られたいかずちの杖を握りしめ、ベロニカは呟く。

 

「ベロニカさんの言う通りです。こんな酷いゲーム、絶対に許せません」

 

樹もそれに同調する。きっとお姉ちゃんや友奈さん、東郷先輩、夏凜さんも同じ考えだろう。

 

「そういえばさ、樹はお姉さん……確か風って名前だっけ、その人を探しているんだっけ?」

「あ、はい。確か、ベロニカさんは妹さんを探しているんですよね?」

「そう。あたしの妹……セーニャ。セーニャったらあたしがいないと駄目なんだから」

 

ふふ、と樹が微笑む。

 

「ベロニカさんにとって、セーニャさんはとても大切な妹さんなんですね。私にとってもお姉ちゃんは、かけがえのない存在ですから」

「……そうね。あたしにとってセーニャは……」

 

しばらくの間、2人に静寂が走る。そして。

 

「迷ってたって仕方ないわ。あんたのお姉さん、セーニャ、そしてあたし達の仲間を探しましょう!」

 

「はい!」

 

『姉』と『妹』はそれぞれの家族、そして仲間を探すべく歩みを強める。

__しかし、彼女たちは知る由もない。

 

片方の『姉』は、既に命を落としていることを……

 

【D-8 メダル女学園外】

 

【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ(支給品として勇者アプリがインストール済み)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[装備]:勇者装束、木霊(消えたり現れたり)

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:まずはお姉ちゃんとセーニャさんを探そう。

2:皆さん……大丈夫、ですよね。

[備考]

参戦時期は勇者の章3話~5話までのどこかです

 

【ベロニカ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[装備]:メダ女の制服、いかずちの杖

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:まずはセーニャと風さんを探しましょう。

2:ホメロスには要注意ね。

[備考]

・参戦時期は過ぎ去りし時を求めた後です。

・スマホに書かれた『旅の仲間』の定義は、ホメロスをのぞくドラゴンクエストXIの参加者たちです。



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悪意の肉腫/セーニャ、ウィキッド(パンドラボックス)

少女の目の前にはただ永遠の闇が広がっていた

 

 

少女の周りにはただ静寂が広がっていた

 

 

わけが分からなかった―――何がどうしてこうなったかも

 

 

 

 

身体が動かない――何かに縛られている。

 

どうしてこうなってしまったのか―――どうしてこんな目にあっているのか、少女には皆目検討がつかなかった

 

 

 

 

あの日、あのホールに突如として飛ばされたその日、死んだはずの姉の姿があった。

 

喜びもつかの間、森のなかに飛ばされ、あてもなくさまよっていた自分は、後ろからなにかをぶつけられた衝撃の後、今は暗闇の中にいた。

 

 

 

少女は叫び続ける――助けを求め

 

少女は――セーニャは暗闇の中、叫び続ける

 

セーニャの叫びは――何故か彼女の目の前に設置されていた拡声器によって、大きく響き渡っている

 

○ ○ ○

 

 

 

「しっかしよー、いきなりあんな面白いおもちゃを仕入れることが出来てラッキーだぜ!」

 

ウィキッド―――水口茉莉絵はご機嫌表情で邪悪な笑いを浮かべていた

 

 

かつて―――この劇場『グランギニョール』においてパセリ(ミレイ)と一緒に忌々しい仲良し共(帰宅部)へのリベンジマッチをし、結果敗北した後からの記憶が抜け落ちており、気づいていたらあのホールで白黒金魚もどきに殺し合いをしろと言われ、そしてまた気づいたら森の中。

 

 

元よりあの敗北から時間があまり経っていなかったため若干イライラしており、偶然目の前にいたセーニャ

を気絶させ、このグランギニョールの舞台上に拘束した。

 

だが―――ウィキッドが目をつけたのは彼女の『首輪解除条件』

 

「第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する」

 

この文言だ。さらに自分に支給されていた『拡声器』。それをあえて拘束したセーニャの眼の前に設置した。もし彼女が目を覚ましたのなら、目の前が真っ暗になったパニックから、おそらく助けを求め叫ぶのだろう。拡声器を使っているため外でも劇場に近づけばある程度その声は聞こえることになる

 

もし、彼女の叫びをを聞きつけ助けようと駆けつけたマヌケな奴らが2名以上いるというのなら―――もれなくあの女は大爆発

ついでに彼女の服のポケットには同じく彼女の支給品であったばくだん岩の欠片を忍ばせており、爆発の規模をあげるようにした

 

 

そして自分の存在がバレないように劇場から離れ再び森の中に―――今に至る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらくこの状況で殺し合いに抗おうと手を手をとって協力し合う連中もいるかもしれない。

―――それこそ虫唾が走る。ここは殺し合いの舞台。スキを見せればやられるのは自分自身だ。

だったらあの白黒金魚もどきのお望み通り殺し合いを楽しませてやる。悲劇をご所望ってんなら望み通り見せてやる。それは自分の望んだ光景でもあるのだから

 

―――水口茉莉絵は絆や友情というモノが大嫌いだ。そういう上っ面のような関係性を見ると、無性にぶっ壊してしまう、そんな人格破綻者だ。

故に彼女は絆を壊す。友情を壊す。―――薄っぺらい信頼関係なんぞ壊して砕いて宇宙の塵にしてやる

 

だが、問題も多い。まずは言わずもがな帰宅部の連中のようなお人好し共。それにシャドウナイフもやつの思想的に油断ならない。ただしこいつに関してはうまく誘導できれば一番だ。パセリとイケ野郎は放置だ。もし邪魔するなら叩き潰す。

 

 

この邪魔な首輪もさっさと取り外さないといけない。首輪条件解除は『ホテル・エテルナに隠されている解除用USBを自分のスマホに読み込む』という内容。距離からしてめんどくさいことこの上ないが、いつの間にか禁止エリアに迷い込んで首輪ドカーンは流石に避けたい所だ

 

念の為あの女から支給品とスマホを奪っておいた。入っていたのは欠片を除けば透明マントと妙な槍。マントはともかく槍は自分には似合わなさそうだ。

 

まあ役に立つものはあった。さっさと急ぐこととしよう

 

 

 

 

 

 

―――そして魔女(ウィキッド)が動き出す、新たなる惨劇を振りまくものとして

 

そして彼女が行く先にあるのは何か―――

 

 

 

 

 

 

【A-1/劇場グラン・ギニョール/一日目 深夜】

【セーニャ@ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:体に異常はなし、目隠し、拘束

[装備]:いつもの服装

[道具]:なし

[状態・思考]:誰か助けて!

基本方針:誰か助けて!

[備考]

※服のポケットにばくだん岩の欠片@ドラクエ11が入っています

※参戦時期はベロニカ死亡が判明した直後です

 

 

【A-1/一日目 深夜】

【ウィキッド@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:健康、軽い興奮状態

[装備]:いつもの服装

[道具]:基本支給品一色、スマホ、スマホ(セーニャ)、不明支給品1つ、透明マント@魔法少女育成計画、ルーラ@魔法少女育成計画

[状態・思考]

基本方針:自分の欲望のままに殺し合いに乗る

1:首輪条件解除のためにホテル・エテルナに向かう

2:帰宅部の連中はなんとかしねぇとな

3:あの女(セーニャ)を助けに来た奴らの末路に期待

[備考]

※参戦時期は劇場グラン・ニギョールで帰宅部に敗北した直後です



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オーダー・イン・ザ・ナイツ/ラ・ピュセル、シルビア(パンドラボックス)

「―――小雪」

 

岸部颯太―――魔法騎士ラ・ピュセルは、スマホに表示されている名簿を見て呟いていた

 

もとよりここに来てから分からないことばかりだ

 

眼の前が真っ暗になったと思いきや変な場所にいて、そこにファヴがいて、いきなり殺し合いをしろと言われ

 

気づいたら今度は教会らしき中。―――マップを見るに『導きの教会』なる場所らしい

 

 

 

 

あの時の苦い記憶が思い出す

 

―――あれは『魔法少女育成計画』が変貌して3日目のことだ。

 

端的に言えば私ラ・ピュセルは同じ魔法少女である森の音楽家クラムベリーと戦うことになった。

 

当初こそキャンディー狙いの人物かとは思っていたが、ただ純粋に強い相手と戦いに来たようであった

 

少しは怪しんだものの、この手のシチュエーションには憧れていたため、その戦いを受けることになった

 

でも、それはただの一方的な蹂躙だった。

 

一矢は報いたものの、結果は敗北。変身を解かれた私は車道に放り出されカーライトが目の前に写ったと思いきや―――

 

例のホールにいた。

 

ホールではあのファヴがこの場にいる人たちで『殺し合い』を行うという節の言葉を告げていた。

 

ふざけるな。もしあの街での急なルール変更が今言っている殺し合いを引き起こすためだったのなら尚更許せない。殴りかかろうとを憤っていた私は一人の少女を眼にしたことで冷静になっていた

 

 

 

魔法少女スノーホワイト―――姫河小雪、”僕”の幼馴染だ。

 

なぜあんな場所にいたかわからない。気づいた直後の見せしめの映像に気を取られてしまったせいで話しかけることが出来なかった……いや、今思えば話しかけられなかったのだろう

 

―――少し見ただけであるが、僕の知っている小雪の顔とは違っていた―――なんというか凛々しいというか、それでいて何か、寂しそうで、悲しそうで…… 小雪を守ると宣言して結局無様に死んだ自分に、恐らく変わってしまったであろう彼女に何を話しかければ良いのか―――そんなことを考えて

 

 

 

 

 

今更彼女に出会うなんて烏滸がましいかもしれない。だけどあの時の言葉を忘れたわけではない

 

 

『たとえこの身が滅びようとも、貴女の剣となることを誓いましょう。我が盟友、スノーホワイト』

 

 

あの日、小雪に向けて誓ったこの思いを

 

 

 

 

なんだか悩んでいるのが馬鹿らしくなっていた。自然とやる気も湧いてきていた

 

―――やることは決まっている。小雪を探すのも大切だが、この下らない殺し合いを止めるのも大切だ。

 

名簿に乗っている知っている名はスノーホワイトの他にリップル、カラミティ・メアリ……そしてクラムベリー

 

リップルはともかく特に危険なのがカラミティ・メアリと森の音楽家クラムベリーだ。

 

クラムベリーは言わずもがなだが、カラミティ・メアリもこの状況で何をしでかすか分からない。

 

 

 

次に支給品の確認―――袋の中に入っているという支給品は3つ

 

一つ目はこの白銀の剣。普段魔法少女として持ち合わせている大剣が無かったのでこれは大助かりだ。剣の名前は『クラレント』。そういえばどこかで聞いたことがあるような……

 

二つ目はなんだかよくわからない紙。…『プレミアム幸子の契約書』? 説明書には『一時的にラッキーになれます』とか書かれている。一枚しか入っていないし、もしそうだとしたら使い所は考えたほうが良いかも知れない。

 

そして三つ目の支給品を確認しようとしたその時―――扉の向こうから物音が聞こえてきた

 

 

「誰だ!?」

 

 

咄嗟にクラレントを構え、扉の向こうにいるだろう相手を警戒する。一体誰なのかは分からない。もしかしたらいきなりクラムベリーがここに来たかも知れない。

 

震えが止まらない。誰が来るかわからない恐怖心からか……そんな考えで頭が埋まって―――

 

 

「ハァーイ♥」

 

 

 

………えっ?

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

「へぇ~、ラ・ピュセルちゃんっていうのね~? よろしくね?」

「は、はぁ……」

 

さっきまで警戒していた自分が馬鹿らしくなってきた。で、この人……シルビアさん

話によるとメタチャットなる場所で仲間とともに世助けパレードを繰り広げながら人々を助けたり仲間であるイレブンとかいう人たちを探していた最中に私同様このロワに巻き込まれたとの事

「世直しパレード」が何なのか素で疑問に思ったのだが、今は心の内に抑え込んでおこう

 

その、なんというかオネェっぽい口調だけど、その奥底に秘めた強さは何故か私も察することが出来た。でもちょっと私は困惑気味である。と言うか流石にスマホの使い方を教えて言われるのは予想外だ。

 

さすがに年上にスマホの使い方レクチャーとか正直戸惑ったが、すぐに慣れてくれたのは助かった。その後シルビアさんから話を聞くに、彼…?の知っている名前の中でホメロスという人物は危険ということ等を教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

その後に首輪の解除条件も確認し合うことになった。

 

私のは『第四回放送までに10名以上の参加者と接触する。』

 

シルビアさんのは『自分以外の首輪を5つ取得する』

 

私の条件は実質タイムリミットがあるけれど、第四回放送までということは48時間も余裕がある。

シルビアさんのは首輪を入手という条件のため、誰かを殺して首輪を手に入れるか、すでに条件を達成した参加者の首輪を手に入れるかの二択になる。もちろん取る手段は後者だ。

 

 

そして今後の方針として、シルビアさんが知っている施設はこの今いる導きの教会以外ではカジノとメダル女学院。私のしっている施設はあの鉄塔ぐらい。だいぶ遠く離れていて、かつ暗い夜のためによく分かりづらいが若干崩れているような気がしている

 

順番としてはカジノ→メダル女学院、鉄塔という順番で向かうことになった。鉄塔にスノーホワイトがいるかも知れないという思いもあったが、ネガティブに悩んでいても仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――待っててくれ小雪。今度こそ、僕は君を

 

 

【A-8/嘆きの教会/一日目 深夜】

【ラ・ピュセル@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:健康

[服装]:魔法少女姿

[装備]:魔剣クラレント@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品1つ、プレミアム幸子の契約書@魔法少女育成計画シリーズ

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止め、主催を倒す

1:まずはシルビアさんと一緒にカジノに向かう

2:スノーホワイトが心配

3:もしクラムベリーとまた戦う事になったら

 

 

【シルビア@ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康

[装備]:世直しパレードの衣装@ドラクエ11

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品3つ

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止め、主催を倒す

1:ラ・ピュセルちゃんと一緒にカジノに向かう

2:イレブンちゃん達は大丈夫なのかしら…



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東郷美森は■■の■■である/東郷美森、カミュ(ヤヌ)

夢を見た。

君を、あの子を、みんなを連れて、駆け出そう。

誰も追いつけない場所へ。

 

もしここが、大赦の権限さえ及ばない場所だというのなら。

同じ施設があるだけのぜんぜん違う場所で、大赦からも感知されない世界に行けるというのなら。

もしかしたら。

あの子を苦しめる悪い神様のタタリだって、届かないかもしれないから。

 

そんな、夢。

 

 

 

 

夜闇の中でも、一面に白亜の石材から構成されたその空間は、月光の反射によって少しだけ明るかった。

『とにかく画面を触れば地図が出てくる』ことを学習した小さな機械を信用する限り、そこが『墓地』であることは間違いない。

いや、それらは『墓』であはるのだろう。

ひな壇のように中央へと大きく掘り下げられた石段のすべてが均一な高さの墓標で埋め尽くされているのは、いくらなんでも異様ではあったが。

 

彼が、石段を降りた先には舞台のような盛り上がりが造られていた。

その奥手にひときわ大きな石碑があった。

 

『英霊之碑』

 

見たことのない言語の文字であるはずなのに、なぜか読めた。

 

そして、先客もいた。

石碑からほど近い列にある、一つの墓標を前にして。

つやのある黒髪を結った少女が一人、立っていた。

赤いタイのついた黒い学生服……どこかの女学校の生徒だろうか。

思いつめた表情で、石段を静かに降りてくるこちらに気付いているのかいないのか、ただじっと墓石に視線を向けている。

しかし、接近には気づかれていたらしい。

少女の方から口火をきった。

 

「この慰霊碑、本当なら瀬戸大橋の近くにあったはずなんです……なんで、ここにも建てられているのか」

 

まるで、独り言のように。

 

「瀬戸大橋? 有名な場所なのか」

 

ついそう問い返すと、眉をひそめられた。

 

「知らないんですか? 我が国の人なら皆知ってると思います」

 

少女にとって不可解な問いかけが、言葉の呼び水になってしまったのか。

しばらくしてからぽろりとこぼすように、続ける。

 

「どうして『英霊』になったのかは、ほとんどの人が知らないことですが」

「何をしたんだ」

 

思いつめた表情のまま、淡々と語る。

 

「ただの普通の女の子でした。でも、悪い神様やその手先が攻めてきたのと戦って、世界を救うのと引き換えに死にました」

「…………マジか」

「はい。二年前には、私の大切な友達が」

 

あまりに、どこかで聞いたような話すぎた。

頭をよぎるのは、『すべての命の盾となり、眠る』と墓碑に刻まれた少女。

 

「こんな風に『英霊』として崇められてるけど、私も、この子たちも、あの子も、こんな神聖視されるより、普通に生きたかったと思うんです。

いつだって、人より優しくて、誰かを護るために戦える心を持った『勇者』が犠牲になってきただけで…………こんなこと言われても、信じられないですよね。」

 

『私も』『あの子も』ということは、彼女とその周囲の少女も、『勇者』に含まれるということか。

そしてそれは、悪魔の子と追われ迫害されることも無い代わりに、実体を理解されることも無いものだったと。

 

「ロトゼタシアに、こんだけの数の勇者が?」

「ロト……なんですか?」

 

まるで初めて聴いた言葉のようにけげんそうな顔をする少女を見て、彼もまた首をかしげるところだった。

しかし、やがて違和感の解決策に思い当たる。

冒険の合間に、たまに訪れていた『冒険の書の世界』なる不思議な場所。

あの祠の向こうの世界では、ロトゼタシアでは見たこともない習俗の地方に出ることもあったし、全く聞いたこともない勇者の伝説もあった。

この土地も、まったく見覚えなのないところである以上は、あのたくさんの異世界のように『ロトゼタシアと違う世界』の話なのかもしれない。

 

「横文字は苦手なのですが……何か国土に関わる言葉ですか?」

「いや、こっちの話だ……信じるさ。『悪魔の子』だの世界を背負うだの、信じられないような話には慣れてるんでね」

 

ほんとうに、『こっちの話』のつもりだった。

だから、その瞬間に彼女が眼の色を変えたのは、本当に予想外だった。

 

 

 

「『悪魔の子』をご存知なんですか?」

 

 

 

なぜ、違う世界の者であるはずの彼女がそこに食いつく?

 

「どうしてそれを知ってる?」

「いえ、その……私の首輪の解除条件に、そんな言葉が書いてあって……悪い人なのかなって思ったから……べ、別に深い意味があってのことでは」

 

彼女は、しまった、という顔で左手にある支給品の機械を握り込んだ。

『悪い人だと思ったから』どうするつもりだったのか。

深い意味がないなら、友達が死んだという重たい話の直後に、あんな食いつきを見せるものだろうか。

自分自身の、首輪解除条件のことを思い出す。

それで、ピンときた。

 

「ほらよ」

「え?」

「こっちの解除条件ってやつだ。読むといい」

 

左手でスマホを渡すと、相手はたいそう警戒しながらもこわごわと右手で受け取る。

彼がたいそう苦労して試行錯誤しながら呼び出した画面をこともなく呼び出して、そこに書かれている文章を目で追っていく。

そして、文面を読みこむにつれてその顔が凍り付いた。

 

 

首輪解除条件:

 

『御姿の勇者』から首輪を解除せずに首輪を回収すること。

なお、生きている『御姿の勇者』を手にかけることで回収した場合、特典としてあなたを含む任意の参加者一名の首輪を選択して解除できる仕様に変更される。

解除条件達成後に、下部の入力フォームから解除したい参加者一名の名を入力して『送信』をタッチすること。

数秒後に、送信した人物の首輪が解除される。

 

 

「これは……」

「悪趣味だろ?」

 

彼女が読み終えるとさりげなくスマホを取返し、吐き捨てる。

 

首輪を解除せずに首輪の取り外しを行う方法とは、つまり一つしかない。

その参加者の首から上を切断することで、首輪を抜き取る。

しかも、死体から首輪を回収するのではなく、自分自身が殺害して首を斬り落とすことで回収する場合、自分以外の人の首輪を解除することができる。

つまり、知り合いを一人助けたければ、一人殺して首を斬れという誘いだ。

 

「で、その驚きようを見る限り、『御姿の勇者』っていうのはあんたが言う『勇者』の誰かみたいだな?」

「あの子に、何を――!」

「おっと誤解すんな。これに乗るつもりはねぇよ。俺の仲間には、そんなことしようなら俺を張り倒しそうな連中しかいないからな」

 

間髪おかず、逆に問う。

 

「でも、あんたは殺す気だったんだな?」

 

彼の右手にはもう一つスマホがあり、『解除条件』の画面がついたままになっている。

彼女が慌てて手元を見下ろし、自分のスマホが掏られたことにやっと気付いた。

 

「まさかターゲット名以外が全部同じとはな。

 俺は『御姿の勇者』を殺せ、あんたは『悪魔の子』を殺せ。成功すれば仲間の首輪を外せる」

「いつの間に……!」

「そっちが警戒しながらスマホ受け取った時だよ。逆の手の注意が疎かになったろ」

 

タネを明かせば、そういうことだ。

『ぬすむ』は確定成功の特技ではない。

しかし、明らかに標的の注意が別の方に向いていれば成功率もあがるし、彼は利き手と逆の手も扱えるようスキルを積んでいる。

こちらが言い逃れは許さないという意思をこめて見据えると、彼女は表情を引き締めた。

 

「まさかスニーキングにおいて私の上をいくとは。あなどれない方ですね」

「なんであんたがスニーキング技術持ってんだよ」

 

元盗賊は、かなり引いた。

 

「スマホ、返してください」

「断る。あんたがその考えを改めて、別の方法を考えるようになるまでは返さない」

 

背を向けて、石段をのぼり始める。

説得するにせよ、頭に拳を落としてやるにせよ、墓の外に出た方がいいと判断した。

移設された以上ここには遺骨も遺体も無いのかもしれないが、それでもここは墓地だし、彼女の友人の名前まであるという。

そんな場所で喧嘩をするべきじゃない。

『相棒』の命を殺し合いゲームを盛り上げる材料に使われた上に、首斬りを教唆されたことに憤っていようとも、それぐらいの自制ならできる。

 

「あの子には、他の方法を探してる時間なんてありません」

 

声とともに、少女が追いかけてきた。

 

「もう、通学路を歩くのも辛そうにするぐらい弱ってて。

悪い人に襲われても抵抗できないかもしれないし、禁止エリアから逃げ遅れるかもしれない。

あの子の解除条件が緩くても、ほかに助かる手段があっても、それをこなす体力があるか分からない」

 

彼にすがるというよりも、自分自身に言い聞かせるような話し方だった。

仲間の安否を心配する気持ちならば、痛いほど分かる。

自分だって、名簿の中に『とある名前』を見つけた時は、動転していろいろと考えてしまったぐらいだ。

しかし。

 

「その子の気持ちはどうなるんだ。

無理やりだろうと『勇者』やってたぐらいには、いい子だったんだろ?

自分のために友達が人殺しになるのに、耐えられるのか。その子に背負わせるつもりか?」

「私は、どんな罰を受けたってかまいません。

でも、それであの子が苦しむなら、私のやったことは隠し通そうかと……」

「いや、無理があるだろ。実際、俺にはすぐばれたんだから」

 

呆れたような彼の声に対して、彼女は言い返した。

 

「口を滑らせるつもりはなかったんです。

いきなり何のことか知ってる人に会えるとは思わなくて驚いたのと。

……蔑称や誹謗中傷の類だったなんて思わなかったから、不用意に口に出してしまって」

 

『勇者』として育ったということと関係あるのか、ぶっそうな言動のわりに育ちの良いことを言う。

あるいは、イジメやいびりなど存在しない良い学校で教育を受けたのか。その両方か。

 

「けどな、その子が望まないことをするのは変わらないんだぞ。

『お前がこっそり危ない真似を肩代わりして解決』で済むことじゃない」

 

そういって、ドーム状の屋根に囲まれた墓地を出たときだった。

背後で、ひゅっと息をのむ音がした。

 

「あの子が、望めるわけがないじゃないですか」

 

まるで、言葉のどこかで、絶対に触れてはいけないポイントに触れてしまったかのように。

 

「だってあの子は、本当の『勇者』だから。

いつだって自分のことより他人のことばっかりで。

それで皆が助かるならって、簡単に犠牲になろうとして。

今回のことだって、私の肩代わりでそうなったのに、誰も悪くないなんて言って」

 

振り向けば、大きく見開かれた瞳に、悲壮な怒りが宿っていた。

少女はぐっと踏みしめるように、石段を登り終える。

 

「自分たち以外の誰かに犠牲を強いるなんて、間違ってると思います。

それでも私は、あのお墓にあの子の名前も並ぶなんて、絶対に認められない。

何度も大変な目に遭って世界を救って、私もあの子に救われて。

その代償がこれだなんて、受け入れられない」

 

墓地からしばらく歩いたところで、そう言い切って足を止める。

それは、妥協するつもりのない敵対宣言なのだと理解できた。

 

「そうかよ」

 

相手の言い分が感情論である以上、そしてその気持ちが理解できるものである以上、正論を言ってみても止まらないなら力づくしかない。

もしものためにと腰布にさしていた武器の位置を確認し、相手の動きを注視した。

スマホがこちら側にある限り、彼女が誰を殺そうとも首輪解除したい相手を指名する連絡は送れない。

それを奪い返しに来るなら、先にそれを破壊しようと読んで。

 

しかし、驚異はすぐ手元に出現した。

青い花びらとともに小さなパールモービルに似た外見の浮遊生物が出現して、右手のスマホに狙い定めてきたのだ。

 

「うわっ!」

 

体当たりされ、取り落とす。

とっさに拾おうとかがんだが、その隙をついて少女の方が動いていた。

 

パン、という破裂音を鳴らす。

間髪いれず足元の砂地が爆ぜ、とっさにその場を飛びのかせた。

数歩分だけ後方にさがり、手元に武器を携えた少女と目が合う。

モンスターが隙をついた短時間で取り出したらしく、黒い短筒型の武器がこちらに向いていた。

初めて見る飛び道具だったが、発射されたものの貫通力がボウガンの比ではないことと、使い手の精度がおそろしく良いことは弾痕を見れば一瞬で分からされた。

 

「まだ殺すつもりはありません。

あなたには、『悪魔の子』と呼ばれた人が名簿の誰なのか、聞きださないといけませんから」

 

 

 

 

「教えてやらねぇよ」

 

想定外だったのは、その言葉を言い終えるよりも早く、青年もまた動いていたことだった。

『聞きださないといけませんから』と言葉を切るのとほぼ同時、青年の左手から黒い金属がさっと投擲される。

 

狙われたのは、自身ではなく青坊主が持ち運んでいるスマホ。

そう判断して、彼女は即座に二発目を発砲した。

2人の中間地点にいるスマホを抱えた青坊主の後ろで、火花が散る。

 

キンと弾ける音が遅れて追いつき、投擲された刃物が弾丸とまともにぶつかった。

勢いを殺されて、動きを制止されたそれは漆黒のクナイだった。昔の忍者が使っていたような。

 

「教えたら、お前はそれを手掛かりにしてアイツを探すだろ」

 

発砲の衝撃は思っていた以上にきつく、両手が大きく跳ね上がった。

それなりに訓練は積んでいた上に、かつて別の精霊にもらっていた武器のおかげで扱いには長けていたけれど、勇者に変身していない時の身体能力では反動の大きさが全く違う。

 

「俺の名前もアイツの名前も、覚えておいてくれなくていい」

 

その対応遅れに乗じて、二刀目のクナイが放たれた。

とっさに拳銃を持ち直すが、投擲されたの正面、ではなく真上。

何故。釣られて見上げたが頭上には何もない。

 

「けど、誰か救ったのはアイツも同じだ」

 

はっとするような声とともに、『ブラフ』の可能性にやっと気付く。

いつの間に袋から出したのか、三刀目はそれまでと逆の手から放たれていた。

彼女へと、直線距離で。

狙いをつける間もないまま即座に対応を迫られる。

とっさに撃ち、どうにか弾いた。当たったのは狙いよりも運の方が大きい。

 

「救われたのは、俺たちも同じなんだよ」

 

青年の顔にアテが外れたというブレはない。

なら、こちらが何かを見落としている。

それはほぼ直感だったが、そこに戻ってきた青坊主の視線が上を向いた――それが、彼女に気付かせた。

頭上に投げられた二刀目は、まだ生きている――ブラフではない。真上ではなく、大きな放物線軌道でこちらに落ちてくる。

たとえ精霊がバリアを張っても、ゲージが消費されるのは痛い。

 

「くっ!」

 

間に合え。

願いながら撃った弾丸は、ほとんど手を伸ばせば届く高さで『ギン!』と鈍い激突音を鳴らした。

危なかった。直上で飛び散った火花と連発の反動は彼女をよろめかせ、倒れさせる。はずみで拳銃が取り落とされる。

その隙を逃さず、怒声を吐き出しながら敵は突撃してきた。

左手――おそらくこちらが利き手に、四刀目が握られている。

おそらく、最初から何本か一組で支給されていたのか。

 

「誰かの力になりたがってるのが、自分だけだと思ってんじゃねぇ!」

 

しかし、彼女の幸運は続いていた。

青坊主から手渡され、スマホが手に戻る方が早かった。

即座にアプリを押し、変身。

一瞬で青い勇者装束へと身を変じた彼女に、彼の眼が驚きで見開かれる。

しかし接近は止まらない。当然、こちらは姿が変わっただけで丸腰に見えているのだろうから。

しかし。

 

「それでも!私は『友達』として『勇者』を辞めさせる!」

 

自分が止めなければ、彼女の自己犠牲は止まらない。

勇者同士としての口論なら、彼女は勇者を背負い込んで本音を言ってくれないから。

 

この姿ならば、青坊主の提供する武器――ライフルを即座に取り出せる。

遠距離狙撃用の武器だ。この距離では撃てるはずがない。

だから――銃床のあたりを振るって、思いっきりぶん殴る!

 

いきなりの武器出現に動転した青年の無防備な胴に、直撃させた。

殺さない程度の手加減。それでも変身後勇者の身体能力ならば、人ひとり吹っ飛ばすことはあまりに容易だ。

どすっと鈍い音をたてて、「ぐはっ」といううめき声が漏れて、成人する前後の男性にしては小柄な体躯が大きく宙に浮いた。

 

「――自慢じゃないが」

 

しかし。

その手に残った感触は『浅すぎる』ものだったと気づいて。

まさか、直撃の瞬間に自分から後方に跳ぶことで衝撃を減じさせたのか。武器の存在を予測できたはずもないのに何故。

 

「女にぶっ飛ばされるの、初めてじゃねぇんだよ」

 

本当に自慢にならないことを言って。

 

この突撃さえも、あらかじめ直前で飛び退くことを想定した『ブラフ』だった。

気付くのと同時に、『本命』の攻撃は地面から生じる。

童話で見る魔法陣のような形をした橙の光が足元に浮かび、そこ一帯の岩石が抉れ飛び散った。

 

「きゃあっ!!」

 

びりびりとしびれるような衝撃に注意を持っていかれ、ふたたびスマホを手放して倒れた。

岩石の全身打撲を受けなかったのは精霊の加護ではなく、ライフルで攻撃をくわえた勢いでジャンプし、滞空していた恩恵だった。

これはいったい、何。それよりも、いつの間にこんなモノを。

視線を起こすまでのわずかな間に、疑問が頭を埋める。

そして、撃ち落されて地面に刺さったクナイを見て気付いた。

上空からの攻撃は、二重三重のブラフだった。

自分の視線が上空にそらされている間に、『遅延発動する何か』を彼女の足元に仕掛けていたとしたら。

 

顔を上げると、相手も吹き飛ばされた勢いのままに地面に倒れていた。

打撲によるダメージから回復しようと、どうにか体勢を立て直してクナイを投げきろうとしている。

あれを投げられるだけで――落っことしたスマホを破壊されるたけで、こちらは変身手段を失い、首輪解除したい人を指定するメールも出せなくなって、『殺して首輪解除する』という行動方針は破綻する。

 

それだけは回避してみせなければ。

本来の、制圧してから『悪魔の子』のことを聞き出す予定を、仕方なく捨てる。

 

口の開いた支給品袋に手を突っ込み、取り出したモノを青年の頭上へと、放り投げた。

その支給品――説明書に曰くの『キメラのつばさ』は、「げっ」と声を漏らした男の姿をかき消し、別の場所へと飛ばした。

おそらくは、あの人が最初に降り立った地点へと。

 

大きく息を吐いた。

戦闘は終わった。

 

 

 

 

彼女が彼を殺すつもりがなかったように、彼もまた彼女を殺すつもりがなかった。

でなければ、最後の呪文にジバ系初級呪文の『ジバリア』を選択したりはしない。

もっとも、彼女の方だって最初の弾丸を威嚇にしか使わなかったのだから、それを言い訳の材料にすることはできないが。

 

「追ってくる様子は……ねぇか。まぁ俺がどっちから来たかなんて分からないだろうしな」

 

キメラのつばさによって移動するのは、最後に拠点としていた地点――今回の場合は、会場に降り立ってから最初にいた場所らしい。

スマホなる機械の扱い方に苦戦しながら、ボタンをガチャガチャ押しつつ歩いていた覚えがあるので間違いない。

あいにくと育ちが良くないので、読み物をしながら往来を歩いてはいけませんとは教わらなかった。

 

そして、状況は良くはない。

あのままでは彼女はアイツの命を狙うのみならず、アイツの名前を特定しようとするからにはほかの仲間たちと出会ってもひと悶着起こすだろう。

自分が彼女を抑えられなかったせいで仲間に迷惑をかけるのは、申し訳がたたない。

 

『なーにヘマしちゃってんのよ!あんた、相手が可愛い女の子だからって油断したんじゃないでしょうね!』

 

金色のおさげをぷんすかと揺らしながら、難癖をつける少女の姿が思い浮かんだ。

 

あの女なら言いそうだ、と苦笑する。

迷惑をかけるのは本意ではないが、また生意気な口を叩かれるとしたら悪くない。

そう思うと、少しだけ落ち着いた。

やることははっきりしている。

あの『勇者の友達』は止める。相棒をはじめとした仲間とは合流する。本当にここにいるとしたら、あのチビっ子も含めてだ。

そして、自分と、仲間たちの安全のためにも『御姿の勇者』とやらは――

 

「――もう一人の勇者さまを、保護してやらなきゃな」

 

その友達を失いたくないという思いからあんな条件を受け入れたというなら、先にその子を護ればいい。

身体から殴られたしびれが抜けるのを待って、立ち上がった。

 

――だってあの子は、本当の『勇者』だから

 

彼女の、友を思う気持ちが本物だということは理解できた。

やろうとしていることを絶対に許容できないというだけで、同じ歯がゆさなら味わったことがあるから。

 

――私は『友達』として『勇者』を辞めさせる!

 

きっと、彼女も彼と同じように、そいつと共に行くと誓ったことがあるのだろう。

何があっても『勇者』を独りにはさせやしないと、そう決意するだけの仲だったのだろう。

 

ただ、自分と彼女とでは、在り方が違うだけだ。

そう思えば怒りはあっても、恨みはなかった。

恨むには辛かった。

 

 

 

 

慰霊碑のドームの上に座って考え込んでいたことで、結果的に地面から襲ってくる術の継続効果はやり過ごせた。

あの陣のような術は本当に彼女の足元にだけ仕掛けられていたらしく、慰霊碑の石段まで傷つけることはなかった。

最初にスマホを持ったまま一度墓地を出てくれたように、墓地で荒事は起こすまいと気を使われたのだろう。

戦闘の間も、なるべく殺さずに事を収めたいと動いているようだった。

 

「いい人だったな……」

 

であるならば、あの『いい人』があそこまで怒るならば、殺せと言われた『悪魔の子』も、きっといい人で、死んでいい人なんかではないのだろう。

 

――誰か救ったのはアイツも同じだ。

 

あの人から言われたことは、全くその通りだった。

誰かが犠牲になることが認められないからといって、その犠牲をほかの人に強いていいわけがない。

 

まず捨てたのは、『殺し合いで優勝して願いを叶えることで、あの子を苦しめている天の神を倒す』という選択肢だった。

確かに、『タタリでもなければ貫けないはずの精霊防御を無視して首を爆破する』なんてことができる以上、あのファヴの背後には願いを叶えられる組織なり神様なりがいるのかもしれない、とまでは思ったけれど。

しかし、それをやろうと思ったら、あの子自身はもとより、乃木園子を除いたほかの友達全員を殺さなければならなくなる。

誰も犠牲にしなかった結果として世界が滅ぶことは、いっそ仕方ないと許容できる。

でも、ほかの友達を犠牲に捧げて世界とあの子を救うなんて、できない相談だ。

勇者部の部室であの子を止めようと口論になった時も、『大赦を潰そう』という案は出たけれど、誰も『他の巫女に代わりに犠牲になってもらおう』なんてことは言い出さなかった。

あの『壁』を壊した時のように『皆を救うためだ』と己に言い聞かせて皆と戦うことはできても、『あの子を救うための犠牲だ』とほかの仲間を殺すなんてことはできない。

結局のところ、わたしは、一番大切なもののためにほかの全部を捨てるような『魔王』のごとき悪党になるには弱すぎたのだろう。

 

みんな殺したってかまわないと覚悟を決められるような、『魔王』にはなれなかった。

殺し合いには反対するし、勇者部の仲間を殺すことだってできない。

 

だけど。

 

この状況で、全員のための、皆が皆を幸せにするための『勇者』を続けられるほど、強くもなかった。

約束したから。

もう絶対に忘れない。ずっと一緒にいると。

彼女がその約束を守れなくなったのなら、こんどは自分が追いかける。

何を失っても、世界が失われても。

一番大切な友達だけは失えない。それだけだ。

 

私はきっと、『勇者』である以前に、あまりにもあの子の――『友奈の友達』であり過ぎたのだと思う。

 

だから彼女は、謝るでなく、弱音を吐くでもなく、ただ宣戦布告をした。

 

 

 

「わたしは、あなたのお友達を殺します」

 

 

 

そして。

 

 

 

「さよなら、銀」

 

 

 

お墓に背を向けて、歩き出す。

ついこの間までは、遠からず園子と一緒に墓参りをして、いろいろな話をしようと思っていたのに、こんなことになってから訪れてみても何も言えなかった。

 

この世界のように、大赦でさえ知られていない場所があるなら、神婚を逃れて世界が滅ぶまで皆と逃げ続けてもいいんじゃないかとさえ思ってしまった。

たとえ銀が『死にたくない』と思っていたところで、それでも彼女があの世界を護ったことには、変わらないというのに。

それどころか、彼女の名をいただいた勇者の武器を、自己本位な殺人のために使おうとしている。

 

やっと思い出せた友達がここにいると名簿に書かれていたのに、その真偽を疑うよりも、『合わせる顔がない』と純粋に喜べない自分のことが、とても悲しかった。

 

 

 

『あの子』は結城友奈。

『アイツ』はイレブン。

 

彼の名前はカミュで、彼女の名前は東郷美森。元の名前は鷲尾須美。

 

今はまだ、二人ともその名前を知らない。

 

 

【H-3/エリア東部/一日目 深夜】

【カミュ@ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康(腹部に打撲痕)

[装備]:リップルのクナイ(残り2本)@魔法少女育成計画

[道具]:不明支給品2つ、基本支給品一式、スマホ

[状態・思考]

基本方針:仲間と合流し、殺し合いゲームの打倒

1:パーティーメンバーと合流する(ベロニカが生きていることについては、今は合流を優先し考えない)

2:御姿の勇者を特定して保護する

3:ホメロス、黒髪の少女(名前は知らない)には警戒

[備考]

※『御姿の勇者』については、その呼び名しか知りません

※参戦時期はウルノーガ撃破後、主人公が決断するまでの間です

 

【H-4/墓地付近/一日目 深夜】

 

【東郷美森@結城友奈は勇者である】

[状態]:ジバリアによる多少のしびれ

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ満タン)、青坊主(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一式、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である、マジカルトカレフ(予備弾薬一式含む)@魔法少女育成計画、リップルのクナイ(3本)@魔法少女育成計画

[状態・思考]

基本方針: 皆で殺し合いから脱出し、叶うならば主催者の謎の力を利用してタタリを消す方法を探す

1:とにかく友奈ちゃんと合流。『友奈の友達』として、友奈ちゃんに『勇者』であり続けるのを止めさせる

2:勇者部の皆を探す。銀は……。

3:『悪魔の子』を特定し、ほかの参加者にばれないように殺す。そのためにも青髪の青年は警戒(出会ったら情報を引き出してから口封じする)

4:三ノ輪銀の存在に疑念。会ったとしても何を言えばいいんだろう…。

[備考]

※参戦時期は勇者の章5話、部室で友奈と喧嘩した後です

※『悪魔の子』についてはその呼び名しか知りません



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Respective ways/赤のセイバー、蒔岡玲、柏葉琴乃、リュリーティス(反骨)

 

 

「あー、くっだらねェ……」

 

月夜に照らされた森林道の中で、“叛逆の騎士”モードレッドは、苛立ちを込めて道端に転がる小石を蹴り飛ばす。

 

マスターである獅子劫界離と一緒にあの「カメムシ女」の居城に乗り込んだところまでは憶えているが、次に気が付いた時にはあのホールの中にいた。

ホールの中で、突然姿をファヴというあのいけ好かない生物は、民草の一人を見せしめにした挙句、こうされたくなったら殺し合いをしろと強要をしてきた。

 

「誰に命令していやがる……」

思わず、唇を噛み締める。

 

気に入らない―――

聖杯大戦は己が願望の成就のため、自ら志願した魔術師や英霊達による闘争であり、参加者はその目的は違えど、いずれも己が命を懸けると覚悟を決めた戦士たちである。

しかし、今回のこれに関しては、覚悟もない多数の民草を多数無理やり引っ張り出し、闘争を強制しているように見て取れる。

見せしめとして殺された民草を憐れんでもいないし、義憤を感じることもない。

ただ、ただ、あのファヴという奴のやり方が気に入らない。

 

あの不細工なシルエットと人を心底馬鹿にしたような喋り方は、思い返すだけでも虫唾が走る。

 

「俺にこんな首輪を着けて、狗のように扱いやがったこと、絶対に後悔させてやるからな、クソ野郎!」

 

どこで聞いているかもわからない主催者に対し、高らかに叛逆を宣言し、モードレッドは森林の中を悠然と闊歩する。

 

その肩にはデルカダール王国の英雄グレイグが愛用していた大剣が置かれている。

支給品の中で唯一武器になり得そうなのはこの得物だけであった。

少し大きい代物ではあるが、素振りをしてみたら使い心地は悪くない。

成人男性でも両手で持つのがやっとの業物をモードレッドは何のこともなく、片手で持ち歩いている。

 

その堂々とし立ち振る舞いは、己が自信の現れ。

まだ見ぬ襲撃者にこのように告げているように見える。

いつでも掛かってこいよ、と。

 

主催者の言いなりとなって殺しあうつもりは毛頭ないが、殺し合いに乗ったどこぞの馬鹿が襲い掛かってくるのであれば、容赦はしない。

 

首輪の解除条件は「『魔法少女』を2人以上殺害する」と記載されていたが、知ったこっちゃない。

 

目の前に現れる敵と主催者をぶっ潰す

 

それが、モードレッドが掲げたこのバトルロワイアルにおける行動方針であった。

 

 

 

 

 

殺し合いの舞台の北西に位置する「C-3」山道を歩く少女が二人。

 

一人はリュリーティス―――美しい橙色の長髪と、豊満な胸、スレンダーな身形と、名家のお嬢様のような気品さを兼ね備える彼女は、まさに戦場に咲く華と呼んでも過言ではないだろう。

 

一人は蒔岡玲―――黒の長髪に赤い瞳、幼さの残るその容姿は、見たところ日本人形を連想させる。その彼女の手には細長い日本刀が握られていた。

 

 

「誤解がない用に言っておきますけど、決してお腹が空いているわけでは、ありません!」

「うん、さっきも聞いたよ」

「ただちょっと、この『お菓子の国』というフレーズが気になっただけです!もしもお菓子の家があったら、齧り付きたいだけですから!」

「あははは……(結局食べ物目当てなのね)」

「むっ、何ですか、その乾いた笑いは!もしや私を腹ペコキャラだと勘違いしていませんか!?失礼なっ!私はれっきとした婦女子であり―――」

「していない、していないから!(何だろう、凄く面倒くさい……)」

 

ゲームが始まって30分ほど経過した後に出会った二人は、互いに自己紹介と情報交換を済ませて、同行することとなった。

 

念のため、お互いの首輪解除条件を確認してみたが、

 

玲は「『オスティナートの楽士』を1人以上殺害する」

リュリーティスは「他参加者を殺害した参加者を1名以上殺害する」となっていた。

 

まず玲の条件についてだが、「オスティナートの楽士」なるものが何者かわからないし、他の参加者の殺害を示すものであれば、殺し合いを是としない二人としては、この指令通りに動くわけにはいかない。

リュリーティスの条件についても、同じ理由で、例え相手が人殺しであったとしても、この首輪の解除条件に乗るつもりはない。

 

したがって当面の目標は、首輪解除ではなく、知り合いとの合流と定めて、ひとまずは玲の発案でマップ上の「お菓子の国」を目指すことにした。

 

会場にいるリュリーティスの知り合いはアーナス1人であるのに対して、玲の知り合いは藤堂悠奈、三ツ林司、伊藤大祐、黒河正規、阿刀田初音、粕谷瞳の6人であったが、玲によると藤堂悠奈、伊藤大祐、粕谷瞳の3人は既に死亡しているはずの人物とのことだ。

また、司、黒河、初音の3人については、今回のようなデスゲームを共に脱出した仲間であり、死亡しているはずの悠奈、瞳については頼りがいがあるが、伊藤大祐については、どうしようもないゲス男なので、気を付けたほうが良いとのことだ。

 

 

「リュリ―ティスは、見ず知らずの私に刀をくれました。あなたは本当に素晴らしい人です!」

「この恩義に報いるためにもリュリーティスとアーナスは、私とこの妖刀・村正二号が必ずお護りいたしますので、安心してください!」

「名前を付けたのね、その刀……」

 

玲は妖刀と呼んでいるが、実際はただの日本刀である。

また先ほどの玲の発言には、もう一つ語弊がある。

玲は「リュリーティスが快く刀を渡してくれた」というニュアンスで言い表していたが、実際のところは、支給品の日本刀を手にしてあたふた歩き回るリュリーティスを発見しては、刀をよこせと嘆願、駄々をこねて半ば無理やり掠め取ったものである。

 

やりたい放題の同行者のおかげで、早くもリュリーティスの表情には疲弊の色が見えていた。玲は相変わらず何かを言っているが適当に相槌を打っておく。

そして、歩きながらもその脳内は思考の海に沈み行く。

 

 

アーナスはどこにいるのだろうか?

この首輪を外すことはできるのだろうか?

自分たちは元の場所に帰ることができるのだろうか?

 

「リュリーティス、危ない!!!」

「えっ?」

 

リュリーティスの思考を遮ったのは、唐突に日本刀を振りぬいた玲の叫び声と、

カキン、という甲高い金属のようなものがぶつかる音であった。

 

玲は日本刀を構え、リュリーティスの前に飛び出している。

二人の視線の先には、弓矢を構えた少女が立っていた。

 

 

 

 

 

「むっ?」

 

玲がその少女を発見したのは、リュリーティスとお菓子の国へ歩き出してから、30分ほど経過した頃であった。

清楚で大人びた雰囲気を醸し出した少女は、どこかの学校の制服を着ていることから、自分と同じ高校生であると察する。但しその表情は果てしなく暗い。

声をかけようかと思った矢先、その少女はリュリーティス目掛けて、弓矢を放ってきたのであった。

 

「リュリーティス、危ない!!!」

「えっ?」

 

咄嗟に玲はリュリーティスの前に飛び出し、日本刀で迫りくる弓矢を弾き飛ばす。

リュリーティスは茫然とそれを眺めており、襲撃者の少女は、苦虫をかみつぶしたような表情で玲を睨みつけていた。

 

「あなたも参加者ですね!?どうして、私たちを攻撃したのですか!」

「貴方達に、答える義理はないわね……。」

 

 

玲の問いかけを一蹴し、その少女―――柏葉琴乃は右手に5つの弓矢を顕現させる。

カタルシスエフェクト―――メビウスでの戦いにおいて、アリアによって発現された異能の力。

人間の抑圧された内面を実体化させたものであり、デジヘッドやオスティナートの楽士達に対抗すための帰宅部の切り札でもある。

琴乃が発現させたカタルシスエフェクトは弓矢であるが、その弓矢の標的はデジヘッドでも、楽士でもなく、一般人の少女に向けられている。

躊躇いもなく、琴乃は一気にそれらを速射する。

 

「なっ!?」

 

何もないはずのところから忽然と出現した弓矢に驚愕の表情を浮かべつつも、玲は縦一列に斉射されたそれらを全て、上から下に真っすぐ降り下ろす形、一刀両断で叩き落す。

5つの甲高い金属音が木霊したと同時に、玲は琴乃との距離を縮めようと踏み込むが、琴乃はバックステップで後退しつつ第2射を放つ。

 

「はああぁぁっっ!!!」

 

掛け声とともに、疾風のように到来する5本の矢を、玲の振りかざした白刃が再び刈り取る。

 

―――人間業じゃない……

 

琴乃は表面上平静を保ちつつも、墨色の少女が繰り出す剣術に内心では驚愕していた。

橙色の少女を狙った不意撃ちと、5本の弓を斉射した第1陣を防ぎ切ったのは偶然だと考えていたが、第2陣の矢も全て一掃したのを視認すると、目の前のこの少女はオスティナートの楽士に匹敵する脅威であると認識を改めた。

仮に、玲が振り払った斬撃の線が、僅か1mmでもずれていたのであれば、彼女の発展途上の身体は穴だらけになっていたことだろう。

それを防いだのは、蒔岡流の技術と玲自身の集中力と研ぎ澄まされた五感である。

 

リュリーティスは、ただただ茫然と眺めることしかできなかった。

人間離れした二人の攻防も衝撃的なものであるが、何よりも先ほどまで自分を散々振り回していた、幼い少女が明確に殺意を向けている敵に対して、全く怯まずに立ち向かっている姿に言葉を失っていたのだ。

自分を守るため、懸命に刀を振るっている玲の力になってあげたいという気持ちは込み上げてくる。しかし、それを理性が制する。

下手に非力な自分が加勢したとしたら、それこそ玲の足手まといにしかならないのではないかと。

故に、リュリーティスは傍観せざるを得なかった。

 

そんなリュリーティスの眼前で、二人の少女の闘争は続いている。

 

琴乃は尚も殺意を込めた矢を放つ。

玲は変わらずそれらを弾き詰め寄り、琴乃はまた距離をとる。

また射る。また弾く。

またまた射る。またまた弾く。

射る。射る。射る。弾く。弾く。弾く。

射る。射る。射る。射る。弾く。弾く。弾く。弾く。

 

5分ほどの攻防にどれほどの斬撃と射撃が交わったのだろうか、周囲一帯には無数の弓矢が散乱しており、尚も射撃を続ける琴乃の表情から、焦りと苛立ちが伺えるようになっていた。

玲は依然として弓矢を防ぎ続けてはいるが、肩で息をし始めている。

二人の距離はまだ縮まらない。

 

「(このままではジリ貧ね……。それなら!)」

「なっ!?」

「……えっ?」

 

琴乃は接敵する玲を無視し、その弓の向け先を盤外のリュリーティスへと定め、矢を放った。間の抜けた声を上げたリュリーティスの回避は間に合わない。

琴乃の狙いを察した玲が慌てて弓の軌道に割り込むが、日本刀の斬撃の軌道が微かにずれてしまう。その結果、放たれた5本の弓矢のうち1本が玲の右肩口に吸い込まれる形となってしまった。

 

「うぐぅ……」

「玲ちゃんっ!?」

「終わりね……」

 

肩口に発生した痛覚は、瞬間的に玲自身の動きを止めてしまう。

その一瞬の停止がこの殺し合いの場では、命取りとなる。

無慈悲に放たれた追撃の矢が玲に襲い掛かる。

 

「はああぁぁっっ!!!」

 

掛け声とともに薙ぎ払おうとするが、肩口を負傷した影響でその軌道に精密性はない。

3本は叩き落したが、1本は左腿を貫通し、もう1本は右腕の肉を抉り取る。

つい先ほどまで綺麗に整っていた玲の制服は、今や鮮血に染まっている。

 

「ぐぅっ……!!リュリーティス、ここは私が預かります!あなたは逃げてください!」

「でも、玲ちゃん!」

 

涙目になりながら見守ることしかできないリュリーティスに、玲は懸命に呼びかける。

その間にも、無数の矢が玲の身体を削り取っている。

 

「この状況で……あなたに……出来ることは……何もありませんっ! それに…」

「あなたには会わなくてはいけない人がいるのでしょう!? 早く行ってください!」

 

その言葉を聞いて、リュリーティスは愛する騎士の姿を思い浮かべ、そして、走り出した。

決して後ろを振り向くこともなく。

 

「逃がすと思う……?」

「させません!」

 

リュリーティスに放たれた弓矢を斬り払う。

やはり、全てを刀で防ぎきることは出来ないが、自らの身体で打ち損じた弓矢を受け止める。

その結果、脇腹と左肩口を貫通するが、玲は臆することなく、逃走するリュリーティスに矢が届かぬよう、琴乃の前に仁王立ちする。

全身に弓が刺さり血だらけになりながらも、立ちはだかるその気迫に、琴乃は思わず後ずさりをしてしまう。

 

「何で……」

「何で、そこまでしてあの娘を守護ろうとするのよ!」

 

琴乃の思考に浮かぶのは、少女に対する恐怖と疑問。

琴乃が見たところによると、襲撃した二人の少女は知り合って間もない様子であった。

家族でもない、大切な親友でもない、見ず知らずの他人のために何故ここまでするのか、理解が出来なかった。

 

 

「私が望んだから、です!」

「理由になっていないわよ……!?」

「はああぁぁっっ!!!」

「……っ!?」

 

玲は血を吐きながら、猛獣のごとく琴乃に向かい駆け出した。

迫りくる刀使いの少女の執念に驚愕と混乱をしつつも、琴乃は迎撃のため、ただひたすらに弓を射る。

 

「……理不尽に抗う事!」

 

また一本―――弓矢が右胸に突き刺さる。

それでも玲は止まらない。

 

「……理不尽に曝された人を救う事!」

 

また一本―――今度は左耳をもぎ取った。

それでも玲は止まらない。

 

「……それが私の、いいえ―――私たちの望みだからっ!」

 

また一本―――その弓矢は玲の左胸に生えた。

それでも玲は止まらず、遂に琴乃に肉薄することとなった。

必殺の突きの構えを取る玲の姿に、琴乃は回避行動を取ろうとするが、恐らく間に合わない。

 

「……っ!」

 

思わず、目を瞑った琴乃であったが、それ以降、玲が動くことはなかった。

 

 

―――嗚呼

 

―――私はここまでのようですね

 

―――彰、あなたから受け継がれてきた信念、貫き通しましたよ

 

―――悠奈、もし生き返っていたのであれば、最後にあなたに会いたかった

 

―――そして

 

「あとは任せましたよ、司」

 

この会場のどこかにいるであろう相棒の名前をポツリと口にし、薪岡玲の意識は闇に堕ちていった。

 

 

【蒔岡玲@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage 死亡】

 

 

 

 

殺してしまった……。

 

先ほどの激闘に終止符が打たれ、静寂が包み込む山道の中。

目の前で動かくなった少女を見据えながら、琴乃は自分が禁忌の領域に踏み込んでしまったことを実感する。

その表情は果てしなく暗い。

罪の意識はあるが、後悔はしていない。

 

 

現実世界に残してきてしまった二人の家族、4歳の息子と母親。

もし二人の元に帰還することができるのであれば、自分のその手を血に染めてしまっても構わない。

琴乃は覚悟を決めて、この殺し合いに乗ることにしたのだ。

 

動かなくなった少女の支給品を全て回収後、ポケットからスマートフォンも押収する。

琴乃の首輪解除条件は「スマートフォンを5台以上保有する」だった。

これで回収すべきスマートフォンは残り3台となった。

逃げ出した少女の姿はもう既に見えない。今から追いかけても無駄足になる可能性が高いだろう。

 

殺し合いの場とは思えないほどの心地の良い夜風が頬を伝う中、琴乃は最後にもう1度、目の前の少女を一瞥する。

鈴奈や美笛と変わらない年齢でありながら、もう一人の少女のために、懸命に戦い散っていった勇敢な少女。

心の中に湧き出るのは、この可憐な勇者への哀悼と、自分自身に対する嫌悪感。

 

「ごめんね」

 

琴乃は少女の見開いたままの瞳にそっと手をかけ、目を閉じさせた。

せめて彼女の魂に安らぎあれと……心の底から願う。

 

「本当に、最低だ……私」

 

たっくん、母さん……

 

もしも私が、現実(じごく)に帰ることが出来たら、

 

二人は、こんな私を受け入れてくれますか……?

 

 

【C-3/森の中/一日目 深夜】

【柏葉琴乃@Caligula -カリギュラ-】

[状態] 健康

[服装] いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ2台、日本刀、不明支給品6つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] スマートフォンを5台以上保有する

[思考・行動]

基本方針:優勝して現実へ帰る。

1:参加者を殺して回る

2:帰宅部の皆とは会いたくない……

※参戦時期はウィキッドに部室に監禁されていた時からとなります。

 

 

 

 

「んだぁ、こりゃ?」

 

虫の鳴き声と自身の足音しか聞こえない閑靜とした森林地帯で、ひと際大きな物音と悲鳴が聞こえたので駆けつけてみると、一人の少女が倒れていた。

まるで、お伽話にでも出てくるような美しい風貌の少女。

絹のようにその白い体のあちらこちらから赤い血が滲み出ていた。

 

モードレッドは少女の背後を見上げる、そこにはそびえ立つ岩の壁があった。

大方この崖から落下してきたのであろう。

一般人が落下すると命に係わる高さではあるが、地面との間にある無数の樹木の枝が落下の衝撃を和らげたようにも見える。

 

おーい、生きてるか?とペシペシと頬を叩いてみるが反応はない。

但し、その豊満な胸はゆっくりと上下はしているので、呼吸はあるようだ。

 

「……仕方ねーな、よっと」

 

軽く舌打ちをして、モードレッドは意識不明の少女を担ぎ上げる。

これがアルトリア・ペンドラゴンであれば、少女の身を案じ、その場で介抱を行うだろうが、生憎とモードレッドはそれほどの慈しみは持ち合わせていない。

 

必要以上に誰かと馴れ合うつもりもないが、念のため何が起きたかという情報だけは聞いておきたい、ただそれだけのことである。

 

 

この“運命の聖女”との出会いが”叛逆の騎士”に何をもたらすのか、それは誰にもわからない。

 

 

 

【D-2/森の中/一日目 深夜】

【赤のセイバー(モードレッド)@Fate/Apocrypha】

[状態]健康

[服装]いつもの私服

[装備] グレイグの大剣(ドラゴンクエストⅪ)

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]「魔法少女」を2人以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:この殺し合いをぶっ壊す

1:とりあえず、この女が目を覚ましたら、話を聞いておくか……

2 : 赤の陣営の連中と黒のアサシンには一応注意しとくか

 

 

【リュリーティス@よるのないくにシリーズ】

[状態]気絶、全身打撲、ダメージ(中)、体のあちこちに切り傷

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 他参加者を殺害した参加者を1名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:アーナスと一緒に会場からの脱出

1:玲ちゃん……。

2:アーナスに会いたい……



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二度目のチャンスは手放さない/一条要、諫早れん(アロマオゾン)

――未彩が死んだ。

 

――いや、殺された。

 

――だから俺は決めた。

 

――未彩の命を奪った奴らをこの手で殺すと。

 

 

アリスランドに集められた12人を2人まで減らすデスゲーム『追放選挙』に参加し

未彩の命を奪った憎き9人を追放し、殺害した。

その後、2人の生存を3人に増やすのを条件にアリスの出すクイズに答える事になった。

 

クイズの内容は12人の中で殺人犯の数とその名前全てであった。

俺はノーリを除く11人の名前を挙げた――だが。

 

『残念だけど、はずれ』

 

ノーリは人を殺していた。

身体から力が抜けていく、意識がゆっくりと闇に沈んでいく。

アリスのクイズに正解出来なかった俺はこれから死を迎えるだろう。

それでも苺恋とノーリの二人が助かるならそれでも構わなかった。

 

『そう、今からここに集まった約70名以上のみんなに―――殺し合いをしてもらうポン』

 

まるでアリスの様な機械生命体のホログラムを見るまでは。

 

 

死んだと思った俺は生きていた。

俺だけならそれでいい。だけど、何故あいつらが生きているんだ!?

あいつらは俺が追放して殺した筈だ。

未彩は死んだままだというのに、あいつらが生きていていい筈が無い。

しかも苺恋とノーリにまで殺し合いに巻き込むとは……怒りで腸が煮えくり返る想いだ。

 

俺は絶対に生き残ってやる。

『追放選挙』とは違うルールであっても

必ず苺恋とノーリを救い、再びあいつらを殺してやる。

 

 

残酷な殺人ショーが終わり、どこかの場所へ飛ばされた俺はスマホを弄り

バトルロワイアルのルールを確認していた。

参加者の中に伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政の名がある。

他の5人は死亡済みなのか運良く選ばれなかったのかは分からないが

この地図の何処かにいる以上必ず始末してやる。

 

 

「――っ!?なんだ……」

 

 

まるで爆発でも起きたかのような轟音が響き渡る。

誰かが仕掛けた爆薬による物なのか、それとも超常的な力を持った人物により起こされた破壊なのか。

後者だったら不味い……ファヴと呼ばれるホログラムが発言していたパワーバランスというワードを気になっていた。

もしかしたらアーシャやカーシャ以上にデタラメな力を持つ常識外れな存在がいるかもしれない。

現に自分の持つ能力も常識外れと言える存在なのだから。

 

追放選挙とは違い、このバトルロワイアルにおいては

圧倒的な強さに物を言わせた暴力行為を振るわれたら一方的に殺されるだろう。

この場は急いで撤退しなければ。

戦闘の起きた場所から少しでも離れるべく走る要の前で一人の女性と視線があった。

 

「……君は、誰かを殺そうとしているのか?」

 

 

 

 

演出だと思っていた。

CGを用いた悪趣味なゲームだと思っていた。

だけど実際は違っていた。

6人はデスライブによって殺害されていた。

 

 

諫早れんは激しい後悔の念に苛まれた。

D.O.Dに勝ち残る事ばかり執着せずに

デスライブの阻止に動いていれば彼女を救う事が出来たかもしれないのに。

自宅に引き籠り、心の中で死んだ彼女達にひたすら詫び続けた。

芸能界への復讐の為に彼女を蹴落とすぐらいなら

自分が代わりに犠牲になればそれでいいと思うようになり自殺も考えていた。

 

 

その時、真理子組を名乗る老練な男が自宅へ訪ねてきた。

彼ら独自のネットワークによってマスコミすら未だ見つけられていない自宅を突き止めて訪問してきたのだ。

蒲田さんを死なせた原因は私にもある。

とても償い切れる物では無いが少しでも恨みが晴れるなら私を殺してくれ、と頼むと

老練の男は首を横に振り、共にドリパクを探し出し彼女達の仇を取ろうと言ってくれた。

私は涙を流しながら男の手を取り、共に戦う道を選んだ。

 

 

真理子組には様々なプロフェッショナル達がいた。

警察関係者やS級ハッカーだけでなく銃火器のプロ、ナイフを用いた軍隊格闘技の達人等。

元々は少数精鋭だった真理子組だが残虐なデスライブによって

傷付き悲しんだファン達や、ドリパクの悪行に怒りを燃やした正義感の強い人物達が集結し

今や真理子組は海外にまで活動拠点を持つほどの一大組織へと変貌した。

ドリパクを倒すという行動理念の元に集まった同士である。

 

 

諫早れんは同志達の指南の元、あらゆる技術を叩き込まれた。

銃の扱い方もナイフ捌きもハッキング技術も食らいつく勢いで必死に学んだ。

全てはドリパクを倒すために。

 

 

――遂に情報を掴んだ。

 

――とある国でドリパクが謎の連中と行動を共にしているのを発見した。

 

 

私達は精鋭部隊と共にドリパクのいるアジトへ向かった。

まるで武装したテロリストの鎮圧を目的としたような武装と兵数であるが

ドリパクは不可思議な能力を持っている、用心するに越したことはない。

 

 

合図と共にアジトに突入したその時、唐突に私の体が動かなくなり倒れた。

仲間達も同等の攻撃を受けて次々に倒れていく。

薄れゆく意識の中、私を見下ろすピンクの着ぐるみが見えた――そう、あいつこそ……。

 

 

「どり、ぱく……」

 

 

再び意識が芽生えた時には我が目を疑った。

まるで過去に戻ったかのようにあの衣装を着ていたからだ。

D.O.Dに参加していたあの衣装に。

更に辺りを見渡すと彼女達の姿があった。

デスライブによって命を失った筈のアイドル達の姿が。

私は彼女達の元へ向かおうとした、だが。

 

『そう、この殺し合いを盛り上げるための、楽しい楽しい余興だぽん』

 

ホログラムのマスコットがそう告げた後、画像が変わり別の映像が流れた。

これは!と思わず声が出てしまう。

ゲーム感覚で人の命を弄ぶ悪趣味で残虐極まりないデスライブ。

それとまったく同じような行為が目の前で行われていた。

 

「―――あーあ、残念だぽん。そこに隣に隠し扉があってそこがゴールだったぽん。おしいぽん」

 

何が残念だ!おしいだ!お前達は初めから生かす気なんて全く無い癖に!

確信した。こいつはドリパクと同類の悪党だ。

デスライブで死んでいった彼女達が何故生きているかは分からない。

だけど、こんな事は二度と繰り返させない。

あんた達の野望は私が必ず潰してやる!!

 

ファヴと呼ばれるホログラムが一通り説明を終えた所で自分のいた場所が瞬時に変わった。

あれもドリパクと同様に何か特別な力を持っているんだろう。

スマホを開いて操作してる中、突然爆発が起こる。

 

れんは急いで現場に向かおうとすると一人の青年と出会った。

もしかしたら彼は殺し合いに乗っているかもしれない。

そうだったら他の参加者に合わせるのは危険だと考え尋ねた。

 

「……君は、誰かを殺そうとしているのか?」

 

 

 

 

いいや、俺は誰も殺すつもりは無いよ

 

そんな質問を聞かれた所で正直に答える馬鹿はいない。

誰かを殺すとしても自分の犯行だと気付かれないように殺すつもりだからな。

 

「そうか、よかった」

「と、いう事は貴女も殺し合いをするつもりは無いと?」

「当然だ。私はこの殺し合いを止めるつもりでいる」

 

嘘は付いていない。

どうやら正義感の強い女性の様だ。

 

「色々話しておきたいですが先ほど近くで爆発が起きてここは危険です。

 急いでここから離れてから情報を交換しませんか?」

「……わかった。そうしよう」

 

れんは爆発に巻き込まれている人達がいるかもしれないのが気がかりだったが

目の前の青年を放置する訳にも行かないと考えて移動を開始する事になった。

爆心地から大分距離を取った所で、二人は物陰に隠れながら情報交換する事になった。

 

要にとってプロジェクト47もD.O.Dもドリパクも見知らぬ話であった。

突拍子も無い内容だが嘘を付いてない。

彼女が精神病で有りもしない事を信じている訳でも無い限り事実なのだろう。

実際にアイドルと言われるだけの容姿はしている。

 

「他でもこんな悪趣味なゲームがあるのは信じがたいかもしれないが……」

「いえ、信じますよ。出会ったばかりですが諫早さんが嘘を付くような人間では無いのは分かります」

「なら君の信頼に答えるためにも、一刻も早く一条の知り合いを見つけるのに協力させてもらうよ」

「助かります。皆とても大切な仲間ですから

 

善良な人間に見せかける為とはいえあいつらを仲間呼ばわりするのは虫唾がが走るよ。

出来るのならこの手で直接殺して、苦しみもがいて息絶える瞬間まで見ていたいぐらいだ。

 

「47のメンバーもライバルであり……大事な仲間だった……。

 所で聞き辛い事なんだが、一条の首輪解除条件を教えてほしい」

「……いいですよ。俺の首輪解除条件は第四回放送までの生存です」

「教えてくれてありがとう。私のは第四回放送までに二つの首輪の爆破だ」

「残念ですね。もっと早く俺の首輪が解除出来るならそれを爆破させる事が出来たのですが」

「指定時間までに二人の首輪を爆破させないとクリア条件が変化すると書かれている」

「クリア条件の変化?」

「ああ、条件は書かれてないが何だか嫌な予感がする」

「恐らく、より困難な条件に変わる可能性がありますね」

「出来るなら早めに解除して起きたいが、誰かの命を奪ってまで外したくはない」

(綺麗事を……まぁ、それだけお人好しな方が俺にとって都合がいい)

 

「諫早さん、何か護身用の武器は持ってますか?」

「そう言えば確かめて無かったな……なんだこれは!」

 

れんはわなわなと怒りに震えていた。

彼女の手には血に濡れたバットが握られていた。

 

「これは、天王寺を殺したバット……それにこれは烏丸を毒殺した八ツ橋、それだけじゃない

 蒲田さんの入った箱に仕掛けられた爆弾まで、私をどこまで馬鹿にすれば気が済むんだ!!」

「恐らく諫早さんの冷静さを奪うために奴らが仕向けた嫌がらせでしょう」

「くっ、そうだな。私がしっかりしないと」

「護身に向いた道具は無いようですし、これを使ってください」

「拳銃?そんな大事な物は受け取れない。一条が使うといい」

「俺は使い方何て全く分からない素人だし、それに女性である諫早さんの方が狙われやすい

 撃つ気は無くても相手に向けるだけで威嚇の効果はある筈です」

「……分かった。一条の行為はありがたく受け取るよ。お礼に何かあったら私がしっかり守るから」

「何だか手慣れてますね。まるでプロみたいだ」

「プロだぞ。しっかり訓練を受けているからな」

 

銃のチェックも終わったれんは三つの支給品を人目の付かない場所で廃棄した。

彼女達の命を奪った物は使いたくないし誰にも使わせたくなかったから。

それが終わると一条要と共に他の参加者の捜索へと行動を開始した。

芸能界への復讐は終わった。

今度は命を弄ぶ奴らへの復讐を果たす時だ。

それがD.O.Dで彼女達を救えなかった自身への贖罪になると信じて。

 

(私、今度は間違ってないよね?母さん……)

 

 

【D-5/一日目 深夜】

 

【諫早れん@アイドルデスゲームTV】

 

[状態]:正常

[服装]:アイドル衣装

[装備]:M1911

[道具]:基本支給品一色、スマホ

[思考・行動]

 

基本方針:多数の参加者を救い、殺し合いを止める。

1:一条要と共に行動をする。

2:他のアイドル達と合流する。

3:他の参加者の首輪を解除して自分の首輪も解除する。

[備考]

れんルート終了後からしばらく月日が流れてからの参戦です。

 

 

――諫早れんには伝えていない事が三つある。

 

一つ、彼は特定の参加者を殺害する意思があるという事。

正義感の強い彼女に知られれば自分は拘束され、自由を奪われる危険性があるからだ。

 

二つ、彼の首輪解除条件は第四回放送までの生存、それまでに他のプレイヤーに危害を加えない、である。

つまり彼は他者からの攻撃に対して正当防衛すら認められない立場でいるのだ。

例え、相手がお人好しとしても迂闊に自分の弱点を話すべきではない。

 

三つ、彼には支給品とは別にスマホに特殊機能を持っている事。

その機能は本人を含む半径5メートル以内にいる二人の首輪解除条件を入れ替える、である。

使いようによっては強力な武器になりえるこの機能は知られてはならない。

 

もし自分の首輪解除条件を他者に入れ替えれば一方的に相手を殺害する事が出来る。

だが、それは一発限りの切り札であり、その後で強大な力を持った参加者に狙われたら

なすすべも無く命を奪われてしまう。

 

それに半径5メートルという至近距離でスマホを操作する隙を作るなんて容易じゃない。

時間稼ぎのための肉盾は必要だ。

その為に諫早れんを利用させてもらう。

二人の内、注目されるとしたら銃を持った方だろう。

最悪、れんが殺されてる間に操作を終えればいい。

そうすれば俺に危害を加えた瞬間に相手は死んで俺が助かる。

 

現状、俺が最も警戒すべき相手は有無言わさず殺しにかかるマーダーだ。

逆に言えば何か策を弄して、相手を貶めようと企むようなタイプは怖くない。

嘘の言葉が赤く見える俺の能力の前ではそんな小細工など簡単に見抜ける。

 

まずは生き残るために取れる選択肢を増やしたい。

今は穏やかな好青年を演じつつ、利用できる駒を見つけるとしよう。

今度は失敗しない、俺の復讐を終えて苺恋とノーリを生存させてみせる。

 

 

……ファヴの言った事が未だに脳内にこびり付いている。

 

『最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられるぽん!』

 

本当にどんな願いも叶えられるなら、俺は未彩を……。

 

 

【一条要@追放選挙】

 

[状態]:正常

[服装]:いつもの格好

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品1個(本人確認済み)

[思考・行動]

基本方針:苺恋とノーリを生存させ、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政を殺害する。

1:諫早れんと共に行動する。

2:苺恋、ノーリと合流する。

3:利用出来そうな参加者を増やす。

4:ファヴの言っている事が事実なら未彩を……。

[備考]

一条要のスマホの特殊機能は半径5メートル以内にいる二人の首輪解除条件の入れ替えです。

一度入れ替えると、再度使用するのに2時間の猶予が必要となります。

 



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魔に堕ちしもの/ミュベール・フォーリン・ルー(反骨)

会場北東部の平原―――所々に生い立つ草木が緑色の装飾を醸し出す大地の上に、ミュベール・フォーリン・ルーは降り立っていた。

聖騎士であった妖魔の姿は、露出が際どい純黒の服装と突起した黒と蒼の羽根が相まって、妖艶な雰囲気を周囲に放つ。

ミュベールは、殺し合いの場に巻き込まれたという事実を冷静に受け止め、涼しい顔で支給品が入った袋を物色する。

 

最初に袋から取り出したのは、蝶の刺繍が目立つ小さな古い袋であった。

袋の中からまた別の袋が出てくることに違和感を覚えながらも、同封されている説明書を確認する。

 

「どくがのこな……か」

 

どうやら、袋の刺繍は蝶ではなく蛾を表現したものらしい。

相手を一定時間麻痺状態にさせる代物のようだが、果たしてこの殺し合いの場に、自分にこれを使わせるほどの猛者が存在するか甚だ疑問である。

 

どくがのこなの次に出てきたのは複数のメモ書きだった。添付されていた説明書には「シークレットメモ集」と記載されていた。どうやら6人のあいどる(?)なる少女達の秘密が洗いざらい書かれたメモのようだが、この殺し合いの場では、武器にもなりえない外れの支給品と言えるだろう。

思わず溜息が出てしまうが、手は止めず、袋の中から最後の支給品を引っ張り出す。

 

「これは……傘か」

 

それはとても大きな傘だった。

開いてみると内側には青空が描かれていた。

説明書には「なんでも受け止める魔法の傘」と書かれている。

 

「なんでも、か。面白い。」

 

説明書に綴られた内容に興味を持ったミュベールは、開いたままの傘を足元に置き、その手に漆黒の剣を出現させる。

この魔剣こそが、彼女が魔に堕ちた証。

ミュベールは手にした魔の象徴を、傘に向けて勢いよく振り下ろす。

魔力を込め全身全霊で叩き潰しにいく一撃は、その風圧だけでも周辺に土煙を巻き起こすほどのものであった。

 

「ほう……無傷とはな……」

 

土埃が舞う中、その中心に位置する件の傘はミュベールの剣撃を何のことなく優しく受け止めていた。その情景を見て、この支給品は当たりだと確信する。

 

その後、すまーとふぉん(?)なる見知らぬ技術に悪戦苦闘すること30分。

ようやく操作感を覚え、名簿を確認することが出来たが、その画面には見知った名前があった。

 

「可哀想なアルーシェ。半妖という紛いものに改造され、あまつさえこのような茶番に付き合わされるなんて」

 

いいや、その茶番に巻きまれたのは私も同じか、と自嘲する。

 

アルーシェ・アナトリアーーー学園時代、教皇庁時代の後輩で、半妖に改造された少女。

実直で正義感の強い彼女は間違いなく、殺し合いには反対するだろう。

それにアルーシェの幼馴染のルーエンハイドも、主催者打倒を掲げるのは容易に想像ができる。

 

アルーシェーーーお前は理解していない、半妖の宿命を。

 

妖魔の血を身体に宿してしまった以上、いずれ仲間から疎まれ、愛するものと引き離されてしまう。

妖魔と人間は決して分かり合えることはできないのだから、ルーエンハイドなどの”人間”と手を取り合うことなど滑稽極まりない。

その宿命はとても苦しい。どうしようもなく苦しいことだ。

その苦しみから解放されるためには、魔の血に身を委ねてしまうか、自らの命を絶つしかないのだ。

 

但し、この殺し合いの場で生き残れるのはたったの一人。

自分を苦しみから解放して、新たな道を授けてくれた主人の元に帰らなければならない状況下で、ミュベールがアルーシェにしてやれることは一つしかない。

 

最後に、自身の首輪解除条件を確認してみる。

首輪の解除条件は「第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する」となっていた。

兎にも角にも今は別エリアへの移動が必要のようだ。

 

魔に堕ちし騎士は、自身の翼を大きく広げ、高く飛翔した。

 

「待っていろ、アルーシェ。お前のその苦しみは私が解放してやろう。」

 

無数に拡がる星空の下、風を切る音が鼓膜に響き渡る。

向かい風の冷たさを肌に感じながら、愛らしい後輩騎士の姿を思い起こし、笑みを浮かべる。

 

「お前の苦しみが分かるのは、私一人だけなのだからな。」

 

今の自分には大切な何かが欠落している気はするが……。

妖魔となった私の体には、そんな記憶は不要だ。

 

他の誰にも奪わせやしない。

 

アルーシェーーー私はお前を……。

 

 

【A-7/平原上空/一日目 深夜】

【ミュベール・フォーリン・ルー@よるのないくにシリーズ】

[状態]健康、飛行中

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、アンブレンの傘@魔法少女育成計画、どくがのこな@ドラゴンクエストⅪ、シークレットメモ集@アイドルデスゲームTV

[首輪解除条件] 第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する。

[思考・行動]

基本方針:全員殺して優勝する

1:近隣の施設を回り、目につく人間を殺す

2:アルーシェは私が殺してあげないとな

※参戦時期はよるのないくに2 第3章、学園内でアルーシェと交戦した直後からとなります。



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ブラック&フラワー/三ツ林司、リップル、袋井魔梨華(ヤヌ)

☆袋井魔梨華

 

 

鋭い刃を回転させながら襲い掛かる手裏剣のすべてを蹴って、払って、頭上の花でいなし、蹴散らし、本命らしきクナイはぎりぎりまで引き付けてから回避した。

軌道はなかなか読みづらいが、敵の身体能力が高すぎることを想定しきれていない甘さがある。急加速することで手裏剣の群れを突破し、接近する。

懐に飛び込もうとすれば、敵は足を振りぬきゲタを飛ばして反撃。

悪くない反応だが、軌道を読めてしまったのが惜しい。

袋井魔梨華はゲタの直撃を口で受け止めると、敵の脚を掴む。盛大にぶん回し、地に叩きつけた。

ずん、と周囲の木々が振動するほどの衝撃が地面を走り、五十メートルばかり先の線路がびりびりと震える。

忍者装束の魔法少女は顔を歪め歯を食いしばったまま地面に身を半分ほどめりこませていた。

それなりにダメージは通ったはずだが、隻眼からは戦意が消えていない。

そのことに満足を覚え、持てる集中力をより戦いに没入させようとした。

しかし周囲の警戒へと割いていた方の聴覚が、小さく息をのむような音を聞き取った。

 

振り向けば、セイタカアワダチソウのステップに隠れるようにしてブレザー服の少年が身を潜めていた。

月明かりと線路沿いに点在する街灯を視界の支えにして、家一軒ほどを挟んだ間合いで護身用らしき拳銃を両手に収めている。

様子をうかがいに来ただけのはずが、想像以上のものを見てしまったと言いたげにその顔はこわばっていた。

忍者服の魔法少女が半身を起こして、切羽詰まったように少年を叱咤した。

 

「逃げろ!」

 

ああそうか。確かに攻撃の余波とか流れ弾とか危ないもんな。

そう思った魔梨華は、だから忍者の言うことに同調した。

 

「そーだそーだ。この忍者、やったらめったらに飛び道具投げてくるから近くにいると危ないぞ」

「「は?」」

 

忍者と少年は、なぜか揃ってけげんそうな声を出した。

 

「危ないのはお前だろ!」

 

忍者が痛みをおしたように復帰し、素早く後ろ宙返りして少年を庇うような位置どりを確保する。

手裏剣を何枚か右手に出現させ、腕が存在しないアームカバーの左袖を通行止めテープのように夜風にはためかせる。

意味が分からない。せっかくの戦いを放り出して、見るからに一般人な少年に目移りする理由がどこにあるというのか。

 

「だってそいつ、魔法少女じゃないし強そうでもないだろ。なんで襲わなきゃいけない?」

 

強い奴をすぐ見分けられる魔梨華ヴィジョンを通してみても少年の力量は明らかにゼロどころか下手すればマイナスで、人間以上の力を持たないことは明白だ。拳銃があったところで戦いにもならない。

戦いにならない以上、殴ってまずいことはないが殴って得になることもない。よって少年に殴りかかる理由はない。

とりあえず目に入るなり殴りかかってみた忍者の魔法少女とは違う。

 

「お前は、殺し合いに乗り気だったんじゃないの?」

「だって目の前に魔法少女いるじゃん。そしたらとりあえず不意打ちしねぇ?」

「するはずがない」

「避けるのかなー受け止めるのかなーとか、楽しめそうかとか気になるだろ、魔法少女として」

「戦闘狂か」

「そうだよ。だから戦える奴しか興味ない。分かってもらえたか」

「こんな状況でそう言ってるなら、お前は最低だ」

 

早く行って、と忍者は振り向かず声だけで少年に指示した。

魔梨華も通行人がいなくなるのを待つぐらいの心積もりはあった。

しかし少年は、逃げなかった。

少しだけ眉根を寄せて、それから数秒ほど右手の拳に顎を乗せて腕を組み、いかにも『考えています』という仕草をすると、それも終わったのか大きく息を吐き出した。

 

「いや。僕だってバケモノみたいに強い上に話も通じない人とやり合うなんて遠慮したいところだけど」

 

言葉ほど怖がっているようには聞こえない、高音のハスキーボイスだった。

 

「でも、あなたはもしかして『袋井魔梨華』さんじゃないですか?」

 

驚いた。

袋井魔梨華はたしかに問題行動を起こすことに定評のある魔法少女だが、初対面の一般人にさえ魔法少女名を看破されるほどの不祥事はさすがにやらかさない。

 

「なんで分かった?」

「分かった経緯も含めて、あなたたちに確認したいことがあります。

戦いが好きなだけで、ここにいる人を皆殺しにしたいわけじゃないなら、ひとつ会話に応じてはくれませんか」

 

忍者の方も、驚きから困惑へと表情を変化させつつあった。

あろうことか少年は、明らかに人間離れした戦闘を演じている二人に停戦を呼びかけている。

 

「戦いを邪魔されるのも、長々と話を聞くのも、どっちも私は苦手だな」

「では、こちらの手札を切ります。

僕は、この会場にあなたたちの言う『魔法少女』が何人いるのか、名簿の誰なのか、知っています。正確に言えば、察しがついています」

「ほう」

 

どういう経緯で察したのかも含めて、さすがに興味を惹かれた。

名簿を見る限り知っている名前は――もうこの世にいない者も含めて――何人かいたが、74人のうち何人が魔法少女なのか――最低限の殴りがいがある奴が何人いるのか――は分からなかった。

忍者がそこで焦ったように口を挟む。

 

「待って。なんでそこまで知ってるの――じゃなくて。

こいつと話し合うなんて無茶だ。似たようなキレやすいクズを知ってるから分かる」

「心配をありがとう。つまり、君は僕と彼女が会話した場合、彼女が事を起こさないかどうか気を張らずにはいられないということになるね。

そうして貰えるならとても助かる」

「おい」

 

話し合いへの制止を、強引に『同じテーブルにつくことへの同意』にすりかえた。

忍者にだけ敬語が取れているのは、外見年齢が中学生程度の魔法少女であるのを見て年下だと判断したのか。

忍者のさらなる反論を封じるように、少年は続けた。

 

「それに、これは僕の首輪の解除が掛かった問題でもある。

僕の条件は、一日目終了までの間に、蘇生した者ではない参加者と10人以上、5分を超える会話をするというものなんだ。だから一人よりも、二人と話したい」

 

少年からそう頼まれると、忍者は迷いを見せた。

戦う魔法少女の中には、弱者を守ろうとする保護欲を持った者も多い。たとえその弱者が無謀な若造で、態度が大きかろうともだ。

 

「……そういうことなら、まぁ。こいつが妙なそぶりを見せたらすぐ逃げてもらうけど」

「ありがとう。僕の名前は三ツ林司。君の名前は?」

「リップル。あと、こう見えてたぶんあんたより年上……って、さすがに私の名前は知らないか」

「はい。でも今の答えで確信が持てたことがあります」

 

何に対して確信が持てたのか。

それは、群生するアワダチソウの影に場所を移した後で明らかになった。

リップルに対しても敬語を切り替えて、三ツ林司は開口一番に言った。

 

「リップルさん。あなた、リピーターですね。

おそらく、ファヴによって企画された魔法少女限定のバトルロワイアルに参加させられたことがある。

そして、スノーホワイトという魔法少女と共に生き残った殺し合い経験者だ」

「なっ……」

 

それは魔梨華にとっても初耳だった。

 

「なんだお前、『魔法少女狩り』の知り合いだったのか」

「は?」

 

なんでお前が知っているんだというむき出しの警戒心がたっぷり詰め込まれたひらがな一文字で、忍者が反応した。

 

変身した魔法少女・袋井魔梨華は日常生活さえ送れないほどの戦闘狂へと変貌する。当然、長々と考察話を聞くことなんかかったるい。

だから、話が長くなりそうならば、魔法少女の名前だけ聞いておさらばすることも選択肢に入れていた。

忍者との決着がつけられないことは残念だったが、戦況はずっと魔梨華優勢で進んでいたのだ。

おそらく、それは逆転しない。忍者には経験値と習熟度が欠けている。

あの垣間見えた闘争心ならば隻腕隻眼だろうと一年や二年あれば相当の魔法少女になっている可能性が高い。

しかし今はまだ肉弾戦だけで魔梨華に水を開けられている段階だ。

 

しかし、そいつが『スノーホワイトの友人』であることが分かった。

真理子からは『スノーホワイトは魔梨華の恩人なのだから礼にかなった付き合いをしなければならない』と決められている。

いや、意識を共有するもう一人の自分に対して『決められている』という言い方はおかしいかもしれないが、他の魔法少女よりも丁重に扱うことが2人の決定事項になっている。

そのスノーホワイトの友人をぶっ飛ばし、いやぶっ飛ばしたこと自体は魔梨華にとっての通常営業でありスキンシップだから何の問題もないのだが、『その後に何の挨拶もせずにさっさと立ち去って相手のプライドを傷つける』など、まるで絡まれたチンピラを虫のように蹴散らして立ち去るボクシング選手のごとき冷淡な放置をするのは礼にかなった対応とは言えない。

 

そんな風に後ろ髪をひかれる思いから、彼女は忍者と少年の会話にそのまま参加し続ける流れになった。

結果的に魔梨華は、その場を立ち去る機会を逃した。

 

 

☆三ツ林司

 

 

参加者名簿を開いてみよう。

 

六十人余りが司にとっては知らない人物だが、簡単に分かることもある。

明らかに『生きてここにいるはずがない人たち』の名前が書かれているのは気になるところだが、それはいったん後回しにするとして。

まず、『三ツ林司が知っている人間は、まとめて並んでいること』、そして『それ以外に名前の並びに法則性らしい法則性は見当たらないこと』だ。

普通、この手の名簿はあいうえお順の表記にする。

少なくとも、参加者側だけでなくゲームの運営側にとっても『探したい名前をすぐに見つけられる並び順』にしておく方が、これから何度も名簿を見返すことになる上で都合がいいことは疑いない。

とはいえ、あいうえお順にしない理由ならば推測できる。

おそらく名前の文字で並べた場合、『あいうえお順』で並べるべきか、それとも『ABC順』に並べるべきか、という問題が立ち上がってくるのではないか。

いや、例えば『リュリーティス』という名前などは英語圏の人物名としてもしっくりこないので、『ABC』が使われている国でさえないかもしれないにせよ、だ。

名前を見る限り、参加者には本来の母語を日本語としない人々が多数混じっている。

ルール解説をしたファヴという生き物は日本語でしゃべっていたため、全員が日本語の聞き取りぐらいはできるのかもしれないが、それにしても『あいうえお順』というのは参加者や、いるかもしれない運営側の用意した観戦者の国籍によっては『これはどういう並び順なのだ』とピンとこないものになる可能性が高い。

また、かつて司自身が経験した『ゲーム』では『あらかじめ割りふられた番号順』に表記するやり方が採用されていたけれど、13人プラスジョーカーで人数が足りていたあのゲームと違い、74人もの大人数がいるともなれば、いちいち参加者の番号を覚えるだけでもひと苦労となる。

 

結局、『知り合い同士をまとめて並べる』やり方がいちばん無難なのだろう。

参加者に対して、『お前たちの知り合いもこのゲームに呼ばれているぞ』と分かりやすく明示してプレッシャーをかけることもできる。

また、『イケP』だの、『赤の~』とか『黒の~』だの、明らかに本名ではない、ゲームのユーザーネームかコードネームとしか思えない表記をされた参加者がいる一方で、初音が世間に知られている芸名『安藤初音』ではなく本名の『阿刀田初音』として表記されている。

つまり『世間に認知されている名前』ではなく『知り合い同士で使われている名前』、あるいは『彼らのコミュニティにおける通り名』を基準にして表記されているとみた方が自然だ。

やはり名簿の書き方は『知り合い単位』もしくは『所属するコミュニティ単位』が基本だと考えた方がいい。

 

では、応用問題だ。

眼前でハリウッド映画のようなアクションシーンを演じていた二人のうちの一人、頭に花を咲かせた少女の名前は何だろう。

 

名簿だけでは分からない?

いや、ヒントはあった。

 

最初の空間で運営側の『ファヴ』とやり取りしていた参加者の名前は、『スノーホワイト』ということ。

彼女は『魔法少女』と呼称される存在であること(それが何なのかはいったん脇に置く)。

『スノーホワイト』はさも名前を表すような外見――『清らかな純白のコスチューム』をしていたこと。

『明らかに植物をモチーフとしたコスチュームである』少女の発言を聞く限り、忍者と花の少女もまた『魔法少女』を自称する人々であること。

 

そして、スノーホワイトという名前は、名簿のいちばん最初に表記されていること。

 

『どうやら忍者少女と花の少女は知り合い同士ではないらしい』という点がネックではあったが、『スノーホワイトを起点とした名簿の昇順何番目かまでの参加者は、魔法少女と括られるグループである』と仮定は成り立つ。

 

解答。

『スノーホワイト』からそこまで離れていない位置にある名前で。

なおかつ『植物や花を前面に押し出した衣装の少女が名乗りそうな名前』という字面で見た場合、名簿の十番目にいる『袋井魔梨華』である蓋然性がもっとも高い。

 

『明らかに和風な格好をした魔法少女の名前がリップルという英語である』という例外をすぐに見てしまうぐらいには穴だらけの仮説ではあったが、カマをかけるだけの価値はあった。

少なくとも、頭に咲いた花が白い月見草だったこと以外はすべてが派手派手しく、全身で『この植物は毒を持っています』と主張するかのようなファッションをした少女に対して『袋井魔梨華』という名前はしっくりきたことは確かだ。

 

「で、まずはごめんなさい。ひとつだけ嘘をつきました。

僕の首輪条件はぜんぜん別のものです……いや腕掴まないでください謝るし理由も説明しますし本当の条件も言いますし『話をさせてほしかったから嘘ついた』とかでは絶対にありませんから」

 

 

早々に明かせば、リップルの隻眼が険しくなったので慌ててまくしたてた。

情報を引き出せるだけ引き出してから『こちらは嘘を教えていました』と露見すれば余計に心証が悪くなる。

また、『なぜリップルをリピーターだと判断したのか』という事情にも関わってくるために明かすことを避けて通れない。

 

『ファヴ』が実在する誰かのアバターなのか、人工頭脳を持つ存在なのか、あるいはファンタジックに架空の生き物であるのかはまだ理解が追いつかない。

だが、過去にも殺し合いゲームをしていたことは疑いない。

 

ファヴは、「スノーホワイトならもうだいたい分かっているはず」と発言した。

つまり、ファヴは過去にも『殺し合いをしてもらう』というシチュエーションを用意したことがある。

 

スノーホワイトはそれに対して「今回は魔法少女だけでなく無関係の人たちも巻き込むつもりか」と言い返した。

つまり、以前のイベントは『魔法少女』限定のものだったことになる。

 

そしてファヴはスノーホワイトに『今は』魔法少女狩りと呼んだ方がいいか、と言った。

つまり、『魔法少女狩り』という呼称はファヴによる殺し合いが終わった『後に』広まったものだ。

よって、スノーホワイトは『司のように』ゲーム中に死亡した参加者ではない――殺し合いを生き残ることに成功した参加者だ。

 

そして、リップルという名前は名簿の二番目だ。

これだけならば、スノーホワイトの知り合いである可能性が高くなっただけで、以前のゲームの参加者かどうかまでは確信できない。

しかし、リップルは隻眼で隻腕だ。

あれほど中空を跳び回る身体能力と、地面に埋まるほどたたきつけられても即座に立ち上がるほどの頑健さを有していながら、それだけの重傷を負うほどの修羅場があったのか。

その上で、袋井魔梨華に対して『似たようなクズを知っている』と発言。

 

そして。

司が偽の条件を説明したとき、『蘇生した者を除く』という限定条件に、聞き返しも否定もしなかった。

疑問を持たない――『蘇生した者がいる』という部分に何も突っ込まないぐらいには、心当たりがあった。

『私は蘇生した者だからその条件を満たせない』という風に否定をしない――彼女自身は『蘇生した者』ではない。つまりゲーム終了後にも生きていた者だ。

 

よって、あり得るとしたら、殺し合いを生還したリピーター。

それも袋井への対応からするに、殺し合いを進めていた側ではなく、否定する側

――ファヴに怒りをあらわにしたスノーホワイトと同じ側にいた者だろう。

 

「じゃあお前も『クラムベリーの子ども』だったのか。そう言えばリップルって名前はどっかで聞いたことあるなぁ」

「むしろ、あんたがスノーホワイトの知り合いだっていう方が信じられない」

「なんでさ」

「そんなことがあれば、私に相談してるはずだし。だいたいあんたとスノーホワイトが仲良くやってる所が想像できない」

「仲良くしたとも。一緒に悪いやつやっつけて、ケーキ買ってやったり連絡先交換したり、『正義の魔法少女対悪の魔法少女ごっこ』やった仲だ」

「じゃあスノーホワイトの魔法言ってみてよ」

「人の心の声を聴くんだろ? 『こうされたら困るなー』みたいなの」

「なんで知ってる」

 

2人の魔法少女は、先ほどからスノーホワイトの知り合いだそうじゃないと口論しながらも、思い出したかのような不意打ちを繰り出しては受け止めて蹴り返すという応酬を眼にも止まらぬ速さで交わしていた。

『魔法少女』というファンシーな肩書のわりに血の気が多すぎやしないだろうかと悩ましくなったが、今のところ『殺し合い』に移行する気はないらしいことにほっとする。

 

「やれやれ。魔法少女があなたたちみたいなのばかりだとしたら、以前の殺し合いとやらはよほどの大乱闘無法地帯だったんでしょうね」

「いや、スノーホワイトは違うから。魔法少女らしい魔法少女だから」

「もっとやばい奴はいるけどな。クラムベリーとか魔王パムとか」

「魔王パムって誰」

「知らんの? 最強の魔法少女だよ。死んだはずだけど」

「死んだ? だったら何でここにいる」

「それ言うならお前の知ってるクラムベリーだって死んだはずだろ」

「それは…………」

「そのクラムベリー……というのが、当時のゲームの共催者だったというのは分かりました。

2人は、今回のゲームにもクラムベリーが関係していると思いますか?」

 

やり合う手をとめた魔法少女たちは、同時に言った。

 

「そうなんじゃない? ファヴもいるし、参加者に紛れ込む手口が同じだし」

「いや、アイツなら首輪の制限がうんたらなんてややこしいコトはしないな。

アイツ実力で正々堂々とやり合うのが好きだから」

「袋井さんの意見に一理がありますね」

 

リップルが舌打ちをした。

見るからに自分よりも脳筋な戦闘狂が、自分よりも的確そうな分析をしたことに苛立ったのかもしれない。

 

「おそらく、前回までと今回の大きな違いは、『魔法少女以外の参加者を集めたこと』と、『首輪と解除条件』の導入にある」

 

前者については、スノーホワイトの発言だけでなく、『袋井魔梨華』の名前を特定した考察の延長で分かる。

袋井魔梨華の後に続く名前は『巴鼓太郎』『峯沢維弦』『神楽鈴奈』『柏葉琴乃』……。

明らかにネーミングが魔法少女のそれではないものに変わっている以上、『魔法少女のグループ』はひとまず袋井魔梨華までの10人で終わっていると考えた方が良いだろう。

 

「つってもな。あの最初の場所には、強そうな奴がゴロゴロいたぞ。何かしら持ってるのは10人や20人どころじゃなかった」

「なるほど……袋井さんの知る範囲で、魔法少女以外にも『強い』人種はこの世にいますか?」

「魔法使いならいるけど、魔法少女からしたら全然強くないね。

あとは一応魔法少女に入るんだろうけど『人造魔法少女』ってのもいたな。

だが、ここにいる連中で分かるのは『戦えそう』ってことだけだな」

 

魔梨華はリップルに喧嘩を売るのもひとまず飽きたのか、まだ見ぬ強敵にわくわくとした眼で植物の種を口に放り込んでいた。

頭上をそっと撫でつけ、そこから種が芽を出してのびていく生育具合を確かめるようにしている。

 

「なるほど、やはりプレイヤーには『暴力の専門家』が多いってことですか。

僕みたいなのにとっては頭が痛いところだけど……そうなると、やはり『解除条件』のルールは後付け感がありますね」

 

ちぐはぐなルールだというのがスマホを一読した上での感想だった。

もしも今回のゲームが『解除条件をクリアしたプレイヤーだけが勝者になる』というルールであれば、分かりやすい上に一貫性がある。

首輪解除と勝利が直結している。

条件を達成しなければ首輪を爆破されて生き残れない。

生き残るためには勝たねばならず、首輪解除条件に取り組まねばならない。

そしてたいていの場合、その条件は他のプレイヤーを直接間接に蹴落としたり、誰かの条件と競合するようにできている。

だから殺し合いが進行する。

 

しかし、今回の勝利条件は、あくまで『最後の一人になるまで生き残ること』にある。

ルール上は、たとえ首輪の解除条件を満たしておらずとも他のプレイヤーの皆殺しができれば勝者になれてしまう。

勝利条件と解除条件が繋がっていない。

たしかに首輪を解除することで禁止エリアの危険を回避したり、何より命を握られているという不安が大きく減じたりと有利になる要素はいくつもあるが、それらはあくまで戦略を組むための要素でしかない。

たとえば首輪解除に成功して禁止エリアに引きこもる参加者と、とうとう解除条件を満たせず禁止エリアに入れない参加者が二人残り、延々と状況が動かないまま決着、勝者無し、という事態も起こり得てしまう。

ファヴは『楽しいゲームの始まり』だと言っていた。

楽しむためのゲームで、『運営が介入しない限り、勝者が生まれないことになる』展開は望ましいものではないはずだ。

かえって優勝者が決まりにくくなり、ゲームを楽しく観戦したいはずの運営からしても興が削がれる結果になりかねない。

これはルールに不備があるというよりも、異なるルールを持つゲーム同士をつぎはぎしたような形をしている。

『1人になるまで殺しつづければいいだけのシンプルな暴力ゲーム』と、『他の参加者を出し抜きながら条件をいちはやくクリアする戦略ゲーム』が混ざり合っている。

 

リップルに『嘘の解除条件』を伝えたのは、その反応を見たかったのもある。

リップルは解除条件を告げられた時も、話し合いに移行してからも、司のスマホを実際に確かめようとしなかった。

リップルは、『他のプレイヤーが解除条件を秘匿する可能性』を、ほぼ考慮していなかった。

それだけなら『お人よし』『慎重さが足りない』で済むかもしれないが、問題は『以前にもゲームを経験したリピーター』でさえ『そういう認識』だということだ。

 

『首輪を解除する戦略ゲーム』からの生還者ならば、あっさりと自分のクリア条件を明かした上にスマホの提示はしなかった司を怪しまないのは不自然だ。

あのシークレットゲームでそんな振る舞いをすれば、序盤での脱落は約束されたようなものだろう。

いや、かつてのゲームには自分から堂々と教えてくれた『先輩』が一人いたが、彼女のように信頼を得るために敢えての行動でさえない。

 

つまり、リップルが過去に参加しており、このゲームの根源をなしているのは『戦闘技能によってが勝ちが決まってしまう暴力ゲーム』の方だ。

そこに盛り上がりそうだとか今回は違うことをやってみたいとか、あるいはもっと必要に迫られての理由かで、『解除条件』のルールを導入した。

 

「だから今後は、解除条件の確認はスマホを提示することをお勧めします。

あなた方には馴染みのないルールかもしれませんが、庇護を求める振りをしながら偽の条件で油断させて寝首をかく輩がいないとも限りませんので」

「分かった。じゃああんたのスマホと……袋井魔梨華のスマホも見るから」

「なんで私も?」

「さっき、喧嘩した時に私は言った。『スノーホワイトの友達のふりをして、人をいいように使うつもりなんじゃないか』って」

「言われたな」

「そしたらお前は、『そんなことしたら首が飛ぶからやらない』って。だから確認させろ」

「ほらよ」

 

それは司にとっても抑えたい情報だった。

リップルに自らのスマホを見せた後、魔梨華の条件を確認する。

 

『第四回放送まで、戦闘中に他の参加者を加勢したり、他の参加者から加勢を受けてはならない。

2人以上で他の参加者を攻撃した時点でスマホのカウントを1つ消費し、3カウント目で失格とみなし首輪を爆破する』

 

「「……条件厳しくない?」」

「そうかぁ? 知り合いに『強制的に一対一に持ち込む』魔法を使う奴がけど、あんまり不自由したことはないぞ。

でも、たしかに喧嘩に乱入しにくくなるのは困るな。どっちかに味方したって思われてカウントが減ったりしたら厄介だし」

 

命の危険に陥っても援護を受けられないというのはたいていのプレイヤーならば絶望に値する失格条件のはずだが、袋井魔梨華にとってはそうでもないらしい。

 

「さて、リップルさん。こちらも嘘をついていた手前、伏せておきたいことなら公開する必要はありません。

そういう忠告も含めての『解除条件は慎重に扱おう』という話だったわけですから」

 

彼女の首輪解除条件も知りたいかと聞かれたら当然に知りたいが、引き下がる誠意は見せる。

 

「教えてもいい。でも、その前に答えて」

 

何を、と聞き返す間もなく、司の首筋にふわりと風が起こった。

忍者の装備していた小刀が、抜き身で喉元へと突き付けられた風圧だった。

 

「あんたは、自分が言うところの、『庇護を求める振りをしながら寝首をかく輩』になるつもり?」

 

冷たい金属が、先端の切っ先だけ首の皮に触れている。

司が言ったことを準用して油断せず備えるならば、当然の対応だった。

暴力ゲームの中でまっすぐに戦ってきた魔法少女からすれば、『素直に情報提供をお願いすれば教えてやったのに、自分が賢いことをひけらかしてカマをかけるような真似をした上に、情報の取り扱いには忠告するとか言ってごまかそうとしたな』という憤慨もあるのかもしれない。

 

「僕の望みは、自分が生き残ることぐらいしかありませんよ

もちろん、参加者の仲にはそれなりに付き合いのある『先輩』や『相方』もいますので、できれば彼らの命も拾っていきたいとは考えていますが」

 

そこで一度言葉をきり、つばを呑んだ。

本来なら僕も『先輩』たちもすでに死んでいたはずなんですが、という疑念まで口にするのは、まだやめておく。

リップルの隻眼は怒っていた。体よく情報を引き出されたことに怒るという理屈の怒りではなく、『今までに何人も信用できないクズを暴力で黙らせてきたが、お前はそうではないのか』とでも問うかのように本能的な怒りを放っていた。

 

「でも、その為にあなたみたいな人を敵に回すのは無しです。

具体的には、直接間接に誰かを蹴落とすのは本当に最後の手段にしたい」

 

刺し殺すような眼光から、眼をそらしたいのを意思の力で押さえつける。

あの粕谷瞳さえも比較にならないほどの人外を2人も相手にしている事実に、怯えを表情に乗せてはいけないと己を叱咤する。

少なくとも過去に日本刀を向けられた時は、落ち着いて事を収めることができた。

玲の日本刀も魔法少女の武器も、破壊の規模こそ大きく違えど『相手がその気になったら死ねる』という意味では同じであり、つまり玲の時以上に怯える理由は何もないと、何度も何度も自己暗示をかける。

むしろこれは良いことだ。ここまでのやり取りで、『庇護すべき一般人』ではなく『一人の油断ならない参加者』として発言力を持てるようになったということだから。

 

「僕は嘘つきですが、自分の言葉に責任ぐらいは持ちます。

それをもって回答としてもいいですか」

「分かった」

 

忍者の魔法少女は、推しはかるだけの間をおいて刀と敵意を鞘におさめた。

刀をしまった手でスマホを取り出し、魔梨華には見えないような角度と位置に気を配りながら解除画面を見せる。

 

そこに書かれていたのは、『こうしてはならない』というたぐいの失格条件で、つまりは敵に知られてしまってはならない類の条件だった。

それを『敵に回らない』という言質を取っただけの相手に見せてしまうあたり、まだ彼女も甘いのか。

それとも敵だったはずの袋井魔梨華があっさりと『三回援護すれば殺せる』という弱点を教えた一方で、リップル自身は味方にも弱点を伏せておくことに引け目でもあったのか。

 

司はその条件について考え、この条件なら話が通るかもしれないと頭の中で手応えをつかみ、ここからがまた気の張りどころだと言葉を選ぶ。

そして、続く提案を口にした。

 

 

☆リップル

 

 

「僕たち三人で、いったんチームを組みたい、と考えています」

「なんで?」

「どうして」

 

この流れで、同行を申し出られることは予想できた。

しかし、この袋井魔梨華までも含めて仲良くしようという提案は計算外だった。

話し合いが決着しだい、袋井とは早々に再戦する流れになるだろうと覚悟していた。

袋井はパワーもスピードもスノーホワイトと二人がかりで倒したピティ・フレデリカよりはるかに強く、勝てる自信はなかったけれど、ここで魔梨華を看過してしまえば誰かが魔梨華の喧嘩に巻き込まれて被害を受けるだろう。

無関係の人だとしても、巻き込まれただけの人を見殺すような選択は魔法少女としてできない。

正直なところ、私怨によって相棒の仇を殺した時から、もう魔法少女を続けていくつもりはなかった。

しかし、新しくできた友達が魔法少女を続けることになり、その正義に同調してしまった以上、リップルも魔法少女を辞めるわけにはいかなくなった。

だから、袋井魔梨華は見過ごせない。

 

「まず、今のリップルさんがこの場で袋井さんを殺すことは難しいと思います。

実力不足という意味ではなく、袋井さんが三回援護を受ければ死ぬと知ってしまったからです」

 

そう言われて、気付いた。

知ってしまった以上、今の袋井魔梨華を殺すならば、『正面から正々堂々と戦う』ことは最善ではない。

『こっそり尾行し、袋井が戦闘を始めたところで袋井を援護する攻撃を三回行うことで倒す』方が最善になってしまった。

袋井魔梨華以外にも戦うべき殺人者は間違いなく存在するし、スノーホワイトだって助けなければいけない。

ならば、卑怯だろうともリスクある倒し方ではなく、確実な殺し方を選ばないといけない。

お互いに倒れるまで殴り合う覚悟ならばあった。

しかし、そうまでして袋井を殺す必要性を感じているのかと、三ツ林司は問いかけている。

 

「僕はリップルさんと敵対しない言質を取った以上、リップルさんの意思に反して誰かを殺したりはしません。つまり僕らに袋井さんは殺せない」

 

もっと言えば、そういった卑怯な手段で殺さなければならないほど、リップルは『自称スノーホワイトの友達』のことを絶対的な極悪人だと確信できているのか。

その自信はなかった。

カラミティ・メアリは『クズの悪党』であり、森の音楽家クラムベリーは『災厄のようなクズ』だった。

スノーホワイトとともに捕まえたピティ・フレデリカは『最低のクズ』だった。

もし彼女らが同じ条件を有していれば、リップルはどうにか他の参加者を傷つけないように三回援護することで殺しただろう。

袋井魔梨華も、人に本気の殺し合いを仕掛けて悪びれないところは同じようなクズだと思った。

しかし、違うところもあった。

あのクズたちは、巧妙に騙しでもしない限りスノーホワイトと仲良くできるような精神性の持ち主ではなかった。

あのクズたちは、スノーホワイトとの友情を証明するためだけに、あっけらかんと自らの弱点を晒したりはしなかった。

 

「かといって、あなたは袋井さんを放置することもできない。なら、選択肢は三人一緒に行動すること一択になります。

僕らで袋井さんを監視し、明らかに攻撃してはいけないプレイヤーと戦闘になった時は、袋井さんを攻撃するなり相手を説得するなりして止めます。

幸い袋井さんの失格条件は、袋井さんの援護を禁止しているだけです。袋井さんに攻撃をくわえる分にはカウントは減りません」

「お前もたいがい物騒なこと言ってるなぁ! 話を聞いてりゃ私には何も得することがないじゃないか」

「メリットならありますよ。あなたを止めるってことは、この先もリップルさんから挑まれ続けるということです。

彼女はきっと短期間であなたを倒すために急成長することでしょう」

「なるほど! そいつは面白そうだ」

「勝手に人のパワーアップを確約するな」

「いえ、冗談です。十中八九は冗談です」

「なにその自信なさげな言い回し」

「この世に絶対は無いという知人からの受け売りです。では本当の理由を言います。

僕は、できれば条件クリア以外の方法で首輪を無力化する手段を探したいと思っています。

最後の一人しか生き残れない以上、殺されるのを待っている理由はない。

そして最後の一人になる以外の方法で生き延びるのは、首輪がついたままでは不可能ですから」

「ははぁ。私だって首輪は邪魔だろうから協力しろってか? つまり何すんの」

「僕に技術力はないので、地道な調査から始めるしかないですね。

さしあたりはホムラの里を目指そうと思ってました。会場で一番の高所だから、この会場が島なのか、陸地なのかは見渡せる。

その後は会場の西端に行って、会場を出ようとすればどうなるのかを確認しつつ、道中で情報を集める。

ついでに運営側がどこにいるのかも推測していく、といったところでしょうか」

「なるほどな。ここに殴ってまずい奴はいないが、先に殴るべきラスボスはいる。

でも、お前らの調査とやらにはまだ信が無いだろ。

私なら、とりあえず会場にいるやつを全員KOして、しびれ切らしたラスボスが降りてくるかどうか試してみるなぁ」

「アクションゲームかよ」

「もちろん、僕らが行動にうつせるメリットもあります。僕らは勘違いで他の人が袋井さんを援護しないように守ります。

例えばクラムベリーと戦ってる時に、事情を知らないクラムベリー被害者が共闘するつもりで乱入してきたら袋井さんが死んでしまいます」

「確かに、事故で死ぬのはごめんだなぁ」

 

思いのほか会話が成立していることに戸惑い、リップルは反論せずにいられなかった。

 

「そうは言っても、私たちはこいつ援護できないんだけど。

2人以上の攻撃がアウトなら、連携して敵を倒すこともできないし」

「だからこそ、です。袋井さんの解除条件には、袋井さんに連帯行動をとらせないようにするという悪意が透けている。

おそらく、袋井さんには戦闘の火種となるトラブルメーカーとしての役割が期待されています。

ここで袋井さんと殺し合うことも、袋井さんと別行動をとることも、どちらも運営の思惑通りということになります」

 

確かに、普通ならば自分がピンチでもいっさい助けてくれることが期待できない相手と、同盟を組もうとは思わないだろう。

そういう制約が袋井には課せられている。

 

「あの条件は、数人がかりによる攻撃を禁止しているだけで、一人が逃げる間にもう一人が時間稼ぎすることも、選手交代して代わりに戦うことも禁止されていません。

互いの失格条件を踏まない範囲で、できるところまで共に行動しましょう。

そしてそれは、リップルさんにも言えることです」

「私に?」

「僕はリップルさんの条件によってできないことを補うために行動します。

必要なら、リップルさんが条件を明かしたくない範囲で、袋井さんにも協力してもらいます」

 

リップルの失格条件。

それを袋井魔梨華の前では口にしなかったが、何を補うつもりでいるのかは分かった。

条件を、頭の中で反芻する。

 

『第六回放送まで、ゲーム開始以前からの知り合いに捕捉されてはならない。

ここで言う『捕捉』とは、間に遮蔽物がない半径二十メートル以内の距離に侵入されることを指す。

条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』

 

リップルと面識のある魔法少女は、スノーホワイトとラ・ピュセル、カラミティ・メアリの三人のみ。

クラムベリーは実のところ会話をした記憶さえなかったけれど、一緒のチャットルームにいた程度の関係であっても、世間一般では十分に知己と表現できるかもしれない。

よって、この四人の魔法少女を、半径二十メートル以内に近づけてはならない。

 

心の声が聞こえるスノーホワイトならば『今スノーホワイトに近づかれたら困る』と知って空気を読んでくれるかもしれないが、他の三人はそうはいかない。

三林司ができないことを補うというからには、例えばラ・ピュセルが近くに来ていれば、近寄ってはいけないと取り次いでくれるぐらいのことは期待できるかもしれない。

 

しかし、クラムベリーやカラミティ・メアリといった危険人物の所在を知り、暴挙を働いていることを知っても、リップルは殴り合うことさえできない。

魔法少女は百メートルや二百メートルの距離なら瞬く間にかっとんで距離を詰められるため、こちらが目視されただけでも詰みに近いと言えるだろう。

『条件を明かさない範囲で袋井に協力してもらう』というのは、つまり、クラムベリーやメアリのように『リップルが対峙できない悪人』が近くにいる時は、袋井に戦ってもらうことができる、と意味している。

 

「……こいつに任せて、大丈夫なの?」

「じゃあ逆に聞きますが、他の方なら任せられますか?」

 

クラムベリーやカラミティ・メアリのことで、『私は戦うことができないから、死ぬかもしれない強敵だけど倒してきてください』と他の参加者にお願いする……無理だ。

特にメアリに関しては、同じ過ちを二度と繰り返してはならない。

 

「それに、リップルさんの条件だって、他の条件との競合しだいでは十分に厳しいもおのになり得ます。

たとえば、もしもスノーホワイトさんがあなたと『逆の条件』を与えられていたらどうしますか?

運営にとことん悪意があれば、そのぐらいのことはやりかねませんよ」

 

リップルとの逆の条件……それは『何回目かの放送までに知り合いに会えなければ、首輪を爆破する』ような条件ということになる。

仮にそうだとすれば、リップルの条件クリアは、そのままスノーホワイトの死亡につながってしまう。

つまり、他のプレイヤーの条件を確かめたりする取次ぎ役は必要になってくる可能性があるし、その点でもスノーホワイトと知り合いだという袋井魔梨華の価値は高いと述べたいのだろう。

 

納得できる理由は十分に聞けた。

しかし、腑には落ちない。

 

「アンタがそこまでして三人一緒にこだわる理由は何?

そんなややこしいことをするぐらいなら、あんただけ別行動をする手もあるのに」

 

司はいかにもやれやれ、という風にため息をついてみせた。

 

「正直なところ、僕は『暴力の専門家』のそばにいたいんですよ。

さっきのやり取りで、このゲームは覚悟していた以上に『暴力』の比重が大きいと分かってしまった。

知略によって生き残れるゲームなら上手くやれる自信はありましたが、暴力に関してはほとんど専門外です。

先を見据えて合理的に考えるなら、リップルさんと別行動をするという選択肢はあり得ません。

そしてリップルさんと行動するなら、袋井さんを切り捨てることはできなくなる」

 

いかにも合理を優先として非合理を排除し、切り捨てないことを決めていた。

情動や強い想いによって動く、魔法少女という生き物とはぜんぜん違うと思った。

だから、最後の抗弁としてケチをつけた。

 

「組んだところで、仲良くできそうにはないけど」

「だな。ツッコミが鋭いこと以外は、私が組んできたどの魔法少女とも似てないわお前」

 

魔梨華とリップルは直線距離で対峙するように立ち上がり、司はリップルの近くへと控えている。

そんなにらみ合いが、しばらく続いた。

 

「やっぱりまとめるのは難しいですね、先輩」

 

そう独り言を漏らしたのは、隣にいた少年だった。

どういう意味だろうとリップルが首をかしげている間に、少年はそれまでよりずっと歯切れの悪い言い方で、子どものような反論をした。

 

「仲が悪いなら、悪いでいいじゃないですか。

もし何かあっても、自分が相手を連れまわしたせいだって後悔しなくていいんだから」

 

今までいちばん非論理的な、爆弾だった。

その一瞬だけ、相棒は――カラミティ・メアリでさえここにいるのに――もういないと叫びたい怒りが沸きあがって、すぐに鎮まる

しかし、怒りはすぐに驚きにとって変わった。

正面にいる袋井魔梨華もまた、一瞬だけ怒りへと表情を変じさせて、それから大きく息を吐き出して鎮まり、それが終わるとリップルの事を鏡でも見るように凝視していた。

 

「なるほどな」

 

そして、呆れたのか疲れたのか、形容しがたい雰囲気で笑う。

 

「確かに、相方にするなら後悔しない奴がいい」

 

根負けしたように、肩を落とし。

 

「だが、断る」

 

ナッツでもかじるように、手のひらから白い種を取り出して飲み込んだ。

 

「蔓の攻撃がくる!」

 

何が来る、と思う間もなく少年からそう指示された。

 

忍者刀を取り出し、走る。

どうにか対応が間に合った。

間に合ったことに驚きながらリップルは刀をさばき、四方からのびる緑色の蔓を迎撃し、斬り、蹴った。

 

「あーあ。けっこう本気だったんだけどな」

 

袋井魔梨華の頭には白い朝顔のような形の花が咲いていた。

そこから伸びた蔓はしゅるしゅると頭部に収納されていく。

袋井はリップルと司を交互に見ながら言った。

 

「なんで攻撃を予想できた?」

「これでも、植物にはけっこう詳しいんです」

 

魔法少女にとって、五秒あれば永遠にも等しい時間がもらえるようなものだが、逆に言えば魔法少女にとっての体感一秒とは人間にとって一瞬にすらならない。

よって、リップルよりも素早く目視で攻撃を判断することは絶対に不可能だ。

つまり、飲み込んだ種の種類と芽の伸び方であらかじめ攻撃を予想できたことになる。

 

「種と芽の伸び方を見れば、ヒルガオ科の花だって分かりました。

鏡も持ってないのにファッションで髪型を変える理由はないから、戦いの時に使うんだろうなって予想してました。

もし、植物の種類によって攻撃法が変わるのだとしたら、朝顔や夜顔の場合は絡みつく蔦が特長だから。

賭けでもあったけど、当たれば後の先を取れるかもしれないと思って」

 

賭けで指示だしたのかよ、とつい舌打ちする。

一方の袋井は、今の攻撃でどこをどう機嫌を直したのか、にかっと笑った。

 

「合格……まではいかないにせよ、悪くない。

あーあ、一撃かまして逃げるつもりだったのに失敗しちまったよ残念残念」

 

最後はじゃっかん、棒読みだった。

もしかして、『本当は一人で動くつもりだったけど、逃げる機会を潰されたから認めてやる』という彼女なりのけじめだったりするのだろうか、これは。

そして、袋井は司へと指を突きつけて言いつのり始めた。

 

「それからお前な。私は長々と話を聞くのが苦手だって言っただろ。

あれこれ理屈をこねくり回さずに『一緒にラスボスぶっ倒したいから来てください』ってシンプルに言えばいいんだよ。

私が楽しく戦うための時間を無駄にさせやがって」

「僕がそんなヒーローみたいな人間に見えますか?」

「悪い人間には見えない。私には昔、悪い相棒がいてな。

喧嘩は良くないとか優等生ぶってたけど、別に本気の仲裁とかはしない奴だ。

自分が可愛いから、私を形だけ止めるポーズしながらちゃっかり安全圏にいるような奴だった。

お前見てると、その逆だわ。本気で私を止めにかかってた」

 

言いたいように言って、「言っとくけど、お前らのペースに合わせたりはできないからな」と身軽そうに歩き出す。

くどくどと説教された三ツ林司がなんとも切ない顔をしているのを見て、リップルにも遅れて理解が追いついた。

そして呆れた。

つまり何か。

この一般人は、『自分と身内が生き残ることしか考えてない』だの『合理的に先を見据えて考えた結果だ』と主張しながら、なるべく誰も切り捨てずにこの場を収められる結末に、合理的な理由ともっともらしい判断をくっつけようとしていたのか。

率直に『殺し合いを止めたいんです』と頼まれれば本心から同意していたのに、どれだけ面倒くさいんだお前は。

そう言おうとしたが、過去に『人助けはキャンディーを集めて自分が生き残るためにやっているに過ぎない』と言い訳していたリップルも人のことを言えないのではないかと思い出してしまった。

そして袋井魔梨華は、同行を容認している。

もう、こうなってはリップル一人だけが反対したところでどうにもならない。

 

「ちょっと話聞いてたの、山に登るならそっちじゃない」と慌てて制止した。

 

三ツ林司の言い放った言葉はリップルの感情にさざ波を立てたが、波の後は不思議とすっきりしていた。

組むなら後悔しない方がいい、というのをその通りだと思ったせいかもしれない。

 

それに。

袋井魔梨華が、リップルの知るクズたちとは違うところをもう一つ見つけた。

彼女らは、自分が死なせてしまった相棒に対して、絶対に罪悪感を抱くような顔をしなかった。

 

 

【B-3/駅の東側線路沿い/一日目 深夜】

 

【三ツ林司@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:健康、冷や汗

[装備]:グロック19@現実

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[首輪解除条件]:不明(リップルと袋井魔梨華には伝達済み)

[状態・思考]

基本方針:ヒーローになれなかった身としては、せめて人間として最善の選択を

1:魔梨華の暴走を制止しながら、自分(と、できれば仲間)が生き延びる手段の模索

2:ホムラの里に向かい会場の全景(特に会場の外がどうなっているか)を確認。できればその後、実際に会場西端の様子も見たい。

3:玲、藤堂先輩、他の知り合いとの合流(優先度は挙げた順番に同じ)。ただし瞳さん、初音、黒河には警戒した方がいいかもしれない。

(大祐は『かもしれない』どころではないため除外)

[備考]

※参戦時期はCルート死亡後です

※袋井魔梨華、リップルの首輪解除条件を把握しました

 

【リップル@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:背中に打撲

[装備]:忍者装束一式(手裏剣やクナイ、忍者刀はコスチューム付属のため支給品ではない)

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:第六回放送まで、ゲーム開始以前からの知り合いに捕捉されてはならない。

ここで言う『捕捉』とは、間に遮蔽物がない半径二十メートル以内の距離に侵入されることを指す。

条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する

[状態・思考]

基本方針:スノーホワイトと協力し、殺し合いを止める

1:袋井魔梨華、三ツ林司はまだ信用できないが、今のところは仕方なく協力する

2:スノーホワイトと合流し連絡を取り合いたいが、首輪解除条件のことがあるので下手な接触は危険

3:クラムベリー、カラミティ・メアリには警戒。20メートル以上近寄らないようにもしないといけない

[備考]

※参戦時期は『魔法少女育成計画』終了後です(ピティ・フレデリカ撃破後でもあります)。

※袋井魔梨華、三ツ林司の首輪解除条件を把握しました

 

【袋井魔梨華@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:健康、戦闘欲求肥大中

[装備]:頭部に夜顔の花

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

いつも使っている花の種一揃い@魔法少女育成計画

[首輪解除条件] 第四回放送まで、戦闘中に他の参加者を加勢したり、他の参加者から加勢を受けてはならない。

2人以上で他の参加者を攻撃した時点でスマホのカウントを1つ消費し、3カウント目で失格とみなし首輪を爆破する

[状態・思考]

基本方針:たくさんの強敵と命がけの戦いを味わい尽くしたい

1:我慢できるまでは、リップル、三ツ林司との同行を承諾

2:強敵と戦いたい。特に魔王パム、音楽家ともう一度戦えるというのなら、ぜひ遊びたい。

3:スノーホワイトには会いたいなぁ

[備考]

※参戦時期は『魔法少女育成計画JOKERS』終了後です(『Primula farinosa』終了後でもあります)。

※三ツ林司の首輪解除条件を把握しました



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紅いかいぶつ/ルーエンハイド・アリアロド、蓼宮カーシャ(アロマオゾン)

「ああ、愛する人はどこでしょう?」

 

かいぶつたちの住む森の中に追放された少女は、愛する人をさがすために

森のおくにむかって歩きだしました。

少女の手にはなんでもきれるすばらしい刀がにぎられています。

 

森の中でかいぶつに出会う度に少女はかいぶつをきりころしました。

かいぶつの血を浴びた少女は赤い色の天使のようです。

 

「ああ、愛する人はどこでしょう?」

 

少女は愛する人をさがしてもりをさまよいつづけました。

 

「ここにもいない。いるのは化け物だけ」

 

そして少女は紅いかいぶつになっていました。

 

 

 

 

「何が殺し合えだ!悪趣味にも程がある!」

 

駅の周囲を探索しながら怒りを露わにする女性の姿があった。

彼女はルーエンハイド・アリアロド。

光の戦士を目指し、妖魔から民衆を守る為に剣を振って戦うルルド教団の騎士である。

 

虐めを見て見ぬ振りをする事が出来ず、すぐに首を突っ込む程に正義感の強い彼女は

人の命を弄ぶような残虐な処刑に対する嫌悪感を人一倍感じていた。

 

どうやら駅には他に人の姿が無いようだ。

この殺し合いに巻き込まれた人達を守るべく、ルーエは駅から別の場所へと移動を開始した。

 

 

歩き出して10分、20分ほど経った時、ルーエはそれと遭遇した。

 

「隠れていても無駄だ。出て来い」

 

姿は見えないが木々の中から強烈な殺気が発せられていた。

それに気づいたルーエが呼ぶと殺意の発した主はすんなりと姿を現した。

 

「気付かれていましたか」

 

現れたのは右目に白い花の眼帯を付けた愛らしい容姿の少女だった。

傘を差し東洋の衣装である着物を身に纏っているが元の色が分からない位、血で赤黒く染まっていた。

 

「その血は……大丈夫なのか!?」

「ご心配無く、これは私の血ではありませんから」

「だったら、その血は」

「それよりも貴女、他に誰かにお会いしましたか?」

「いいや、君が初めてあった相手だ」

「そうですか、それは残念です。ああ、愛する人はどこでしょう?」

 

少女は悲しげな表情を見せる。

大事な人と別れて辛い気持ちはとてもよく分かる。

ルーエは少女の力になりたかった。

 

「私も一緒に探すのを手伝おう!」

「本当ですか!?とっても優しい方ですのね……ですけど、それは必要ありませんわ」

「何故だ?」

「この場で見ず知らずの他人を信用するなんて不用心過ぎますわ」

「私はルルド教団の騎士だ。神に誓っても卑劣な行為は絶対にしない!」

「所詮口約束に過ぎませんわ。それに私は貴女に他に叶えて欲しい要求がございますの」

 

 

一瞬にして空気が凍り付くように変わった。

少女は傘の持ち手から刀が引き抜いた、ただの傘では無い仕込み刀であった。

 

 

「申し遅れました。私の名は蓼宮カーシャ。貴女の首、頂戴いたしますわ」

 

 

カーシャの殺意と姿勢の時点で、相手が本気で命を奪いに来るのが直感で理解できた。

ルーエは装備していた剣ですぐさま構えた。

ガキンッとルーエの首元で金属の衝突し合う音が響いた。

 

(あと一瞬、行動が間に合わなかったら首を斬られていた……)

 

初速も斬撃もルーエの反応を超えた速度だった。

防御が間に合ったのは妖魔と日々、戦い続けた事による経験からきた無意識での行動による物だった。

 

「あら?手加減したつもりはありませんでしたが中々お強いのですね」

 

カーシャは支給品としてほしふる腕輪を装備していた。

その支給品の効果により彼女の速度は圧倒的に上昇し、既に人外の域にまで達している。

 

「私は騎士として、ここで倒れる訳には行かない!」

「そうですか。それならせいぜい抗ってくださいな」

 

ルーエは気持ちを入れ替えた。

相手は人間離れした強さを持っている。

妖魔と戦う覚悟で迎え撃つしかないと。

 

「はぁああああ!!」

「うふふふふふ」

 

速度はカーシャの方が上だった。

攻撃の手数が多く、一撃一撃が骨を切断する切れ味を維持している。

 

ルーエも防戦一方では無い。

怪物との戦闘経験はルーエの方が豊富である。

カーシャの攻撃を躱し、防ぎ、一瞬の隙を付いて反撃を放つ。

 

ルーエの斬撃がカーシャの右肩を切り裂いた。

 

(浅いか……)

「うふふふっ、もうこの速さでの戦いは慣れました。次はこっちの戦いを試させて貰いますわ」

 

カーシャの懐から卵のような形をした機械を取り出した。

白い光が発したと思いきやカーシャの姿は別の物へと変化していた。

 

片翼の白い大きな翼を生やした小さな天使のような容姿。

顔も別人の様に変わっているが右目に付けられた花の眼帯と

見る者をぞっとさせる狂気染みた笑みは本人のそれと変わらなかった。

 

「変身しただと!?」

「うふふふ……では行きますわよ」

(更に速い……!?)

 

魔法少女へと変身したカーシャは弾丸の様な速度で斬りかかり

攻撃を受け止めたルーエは弾き飛ばされて木に叩きつけられる。

 

肺に衝撃を受けて、むせそうになる衝動を抑え

地面に転がる様に回避する事でカーシャの追撃を回避する。

 

相手はスピードもパワーも圧倒的に強化されており勝ち目は薄い。

だけどそれで諦めるだけ潔い生き方はルーエはしていない。

ルーエは立ち上がり、カーシャを睨みつける。

 

「うふふふふ!もう降参いたしますか?」

「まだだ!まだ諦めるものかぁあああ!!」

「っ!?」

 

ルーエの剣が一瞬にして巨大化して、周囲の木々ごとカーシャの翼を切り裂いた。

バランスを崩したカーシャは地面に落ち、続いて大量の木が覆い被さる様に倒れていった。

 

ルーエの支給品、それはラ・ピュセルの剣であり剣の大きさを自由に変えられる魔法を持っている。

それはルーエにとっての奥の手であった。

 

まだカーシャは余力を残しているかもしれない。

警戒していたルーエの背後からガサガサっと何かが動く音がした。

ルーエは音のした方を振り向くと仕込み銃を持ったカーシャがそこに立っていた。

 

(なぜそこにカーシャが!?)

 

仕込み銃から放たれる弾を剣で受け止めるルーエ。

その時、ルーエは気付いた。

この天使の翼の位置、眼帯の位置、花の色が違う事に。

 

(こいつはカーシャじゃない!ぐっ)

 

ルーエは倒れた木々から飛び出す物体に反応し、姿勢を変えた。

その瞬間、首元に刃がすり抜けるように通っていく。

喉に鋭い痛みが走る、そして焼けつくように熱くなった。

 

「あらあら、動かなければ綺麗に首を刎ねて差し上げたのに」

 

カーシャの固有魔法、それは『もう一人の自分を作り出すよ』である。

ルーエと同じく奥の手を持っていたカーシャは分身を囮に使い

隙を付いてルーエの首を斬りつけた。

 

「――――ッ!!」

 

熱い、熱い、熱い、熱い、喉が焼けるように熱い。

血がドバドバと零れ落ち、意識がどんどん薄れていく。

声帯が切断され、悲鳴も出す事が出来ない。

 

「あはははは!」

 

首元に意識が集中してる今のルーエを二人は見逃さない。

分身体が銃を数発撃ち、ルーエの背中を撃ち抜く。

続いてカーシャが駆けて、ルーエの両足を切断した。

 

「うふふふふ!」

 

両足を失った事でルーエはバランスを失い崩れ落ちる。

その時、ルーエは未だに剣を手放してはいなかった。

 

 

首が半分斬られたら終わりか?否――。

 

 

背中に何発も銃弾を受けたら終わりか?否――。

 

 

両足を切断されたら終わりか?否――。

 

 

(まだ、まだ戦える、戦えるんだ――!!)

 

 

目の前で笑い続けるカーシャへ剣先を向けて真っ直ぐ伸ばした。

 

 

伸びた剣はザクリとカーシャの顔を突き刺した。

 

 

(あとは……あとは、剣を倒すだけ)

 

「貴女の瞳には闘争の意思がまだ見えていましたから何かやるとは思いましたが……」

 

ルーエがカーシャにトドメを刺すより速く

カーシャの放った斬撃がルーエの両腕を切断し、剣の形が元に戻ってしまう。

 

「おかげで奥歯が少し欠けてしまいましたわ」

 

ラ・ピュセルの剣はカーシャに当たる直前で頭を傾けて、直撃を避けていた。

左の頬がパックリと切れ、口から血がダラダラと溢れている。

 

「――――ッ!?」

 

ルーエの両腕を斬った際に、腹部も一緒に切断され、切れ目から腸が顔を出す。

お腹に押し込みたくても両腕は失っており

血だまりに向かって腸がビチャビチャと零れ落ちる。

 

「…………ッ」

「あら?貴女……まだ諦めませんの?」

 

 

手も足も無いなら、喉元に噛み付いてでも戦い続ける。

騎士として諦める事無く抗い続ける。

ルーエは全ての力を振り絞ってカーシャに飛びかかった。

 

「では、さようなら」

 

一瞬にして視界が上空へと変わった。

それが首を刎ね飛ばされた事による物だと理解した。

 

 

(アル……私は無理だったが、お前には……)

 

 

【ルーエンハイド・アリアロド@よるのないくにシリーズ 死亡】

 

 

 

 

「最初の一人目から随分苦戦していますわね」

「黙りなさい」

 

分身体がカーシャへからかう様に語り掛ける。

それに目を合わせる事無く、切り取ったルーエの頭部を袋の中へと仕舞い込む。

 

カーシャの首輪解除条件は『他参加者の頭部を9つ以上所持する』こと。

つまり他に8つの頭部を集めながら首輪を外す事が出来ない。

愛する人の生存率を上げながら自分の首輪も外せるので一石二鳥の条件である。

 

「お手伝いしたお礼に私にも白秋様と出会わせてくださいまし」

「ここで貴女を斬りますわよ」

「私は構わないけど、私が受けた傷は貴女にもいくらか反映されるからお勧めしませんわよ」

「…………」

 

自分の魔法で作った分身とはいえ不愉快この上ない存在だ。

寄りによってなんでこの声で、この姿をしているのか。

 

「まぁ心配せずとも、貴女の魔法によって生み出された私は基本的に貴女の害する行動は取りませんわ」

「……もう消えてください」

 

目障りな分身を消した後、ルーエの使っていた剣を回収した。

自由に大きさを変えられる剣は色々使い道があるだろう。

 

首と武器を回収し終わった、すぐにでも出発しよう。

この場には目障りな姉(アーシャ)はいない。

白秋様を守れるのは私だけしかいないのだから。

 

「それにしても要様も酷い事を言いますわね。白秋様が私の事を忘れるなんて」

 

 

【G-2/森/一日目 深夜】

 

【蓼宮カーシャ@追放選挙】

[状態]:全身に打撲、背中に裂傷、左頬に裂傷、右肩に裂傷

[服装]:いつもの格好(返り血により赤黒く染まっている)

[装備]:仕込み刀@追放選挙、ほしふる腕輪@ドラゴンクエストⅪ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、マジカルフォン@魔法少女育成計画シリーズ、ラ・ピュセルの剣@魔法少女育成計画シリーズ、ルーエンハイドの頭部

[思考・行動]

基本方針:白秋様を見つけ出す、違う参加者と出会ったら殺害する。

1:白秋様を捜索する。

2:白秋様と最期まで愛し合う。

3:最期には白秋様を殺して自分も死ぬ。

[備考]

ルーエンハイドの首輪、スマホ及び他支給品は死体の近くに放置されています。



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Sadistic Queens/笠鷺渡瀬、カラミティ・メアリ、ミレイ(反骨)

「何なのよ、これ……冗談じゃないわ」

 

惨めだ、あまりにも惨めだ。

ミレイこと一ノ瀬美鈴は自身が置かれている状況を呪った。

 

仮想世界に構築された自らの居城「シーパライソ」では、殴り込みに来た帰宅部の小生意気なブスに己が存在を徹底的に否定された上に打ち負かされた。

その後、気に食わない女とわざわざ手を組んでまで挑んだ「グランギニョール」でのリベンジマッチにも成す統べなく敗北した。

そして、現在は殺し合いと称された見世物小屋の中で、見すぼらしい首輪を嵌められ家畜のように扱われている始末だ。

 

(ありえない、ありえないわ……こんなの)

 

なぜ、世界の中心である自分がこんな理不尽な目には遭わないといけないのか。

こんな現実、到底許されるはずがない。あってはならないことだ。

メビウスで多くの異性を虜にしてきた美貌はこのバトルロワイアルの会場でも健在ではあるが、その表情は胸の内からこみ上げてくる屈辱と怒りによって、大きく歪められていた。

 

(落ち着け、落ち着くのよ、私)

 

ミレイは自我を取り戻すため、何度も心の中で自分に言い聞かせた。

 

少しの時間が経過し、ゲーム開始直後のヒステリックな状態からようやく平静を取り戻す。

支給されたスマートフォンを操作して、あのブス―――柏葉琴乃を含む忌々しい帰宅部の連中が参加していることと、何の因果か苦々しい記憶が新しい「シーパライソ」と「グランギニョール」が会場に配置されていることを知り、また顔をしかめる。

と同時に、この悪趣味なゲームにおける自分のスタンスについて熟考する。

 

自分と同じ境遇の参加者は70名以上いるようだが、そんなことは知ったことではない。

参加者の中で最も崇高な存在は間違いなく自分であるのだから、生き残りの椅子が一つしかないのであれば、当然その席に腰を下ろすべきは自分だ。

それは世界の真理であって、疑う余地はない。

 

但し、ファヴなるホログラムに命じられるまま、殺し合いに乗るのも癪ではある。

可能であれば、自分をこんな目に遭わせている黒幕をひれ伏せたいという気持ちはあるが、もう一つ引っ掛かることがある。

 

(どんな願いも、ね……)

 

あのホログラムは優勝すれば「どんな願いも叶える」と言った。

果たしてあの主催者のどれだけの力があるのだろうか。例えばメビウスの創造主であるμと同等、もしくはそれ以上の力を保有しているということであれば、自分のための国(世界)を創成すること可能なのではないだろうか。

 

私が望んだことなら、思い通りにならなければならない。

それが叶わなかったということはミレイが生まれ育った世界[現実]も、μが創り出した世界[メビウス]も間違った世界ということになる。

もしファヴが正しい世界を創成してくれるのであれば……

 

(乗ってやるのも悪くはないわね)

 

野心をその胸に秘めて、ミレイは海岸に敷かれている線路に沿い、南へと歩を進める。

その表情はゲーム開始直後の恐慌状態のそれとは違い、威厳を取り戻していた。

この回復の早さもミレイの強靭な精神力によるものであろう。

 

気品溢れる白ライオンの造形の毛皮を羽織り、薄暗い夜天の中においても黄金の色彩を放つ長髪、そして威風堂々と闊歩する姿は、どこかの国の女王様を連想させる。

実質ミレイはメビウス内の「シーパライソ」において、絶対的な君主として君臨していたので、「女王様」という表現は間違いではないだろう。

 

女王は歩きながらも更に思案を重ねる。

 

まず優先すべきは首輪の解除だ。

優勝を目指すにしろ、主催者の打倒を目論むのも、自らの生存率をあげるためには首輪の解除を実施する必要がある。

ミレイの首輪の解除条件は「解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する」となっている。

いずれにしろ駒が必要だ、自分の首輪解除の助けとなり、いざとなれば肉壁として利用できる都合の良い駒が。

 

「なあ、アンタ」

 

橙色の防護服を纏まった男に声をかけられたのは、ゲーム開始から1時間ほど経過した後の出来事であった。

 

 

 

 

この殺し合いの場において、笠鷺渡瀬が生き残るためにはパートナーが必要だった。

その理由は、渡瀬に割り当てられた首輪の解除条件にある。

ゲームが始まって間もない状況下、渡瀬をパートナー探しへと奔走させた首輪解除条件は次の通り。

 

 

首輪解除条件:

特定のパートナーと24時間以上離れずに行動を共にする。

パートナーの特定は、半径5m以内にいる参加者の名前を下記のフォームに入力し、『特定』ボタンをタップすることで完了する。

但し、指定したパートナーが20m以上離れた場合もしくは死亡した場合は、タイマーはリセットされ、パートナー不在とみなされる。

3時間以上パートナー不在の状況が続くと、首輪は爆破される。

 

 

つまり、ゲームが始まって3時間以内に別の参加者を見つけ、パートナー登録させてもらわないと否応なしに首輪は爆破されてゲームオーバーとなるのだ。

 

笠鷺渡瀬には使命がある。反コミュニケーターのテロ組織「Q」の一員として、ラボに幽閉された被験体YⅡこと琴乃悠里を本部に送り届けるという使命が。

道半ばで命を散らせた堂島と桧山の遺志のためにも、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

だからこそ、1時間足らずで他の参加者を見つけることが出来たのは僥倖だと思った。

そう、彼女を見つけたその瞬間は。

 

 

「笠鷺、喉が渇いたわ。 あんたの水をよこしなさい。」

 

 

何 だ、 こ の 女 は ?

 

ミレイに自分の首輪解除条件を開示し、パートナー登録を承諾してもらってから半刻ほど経過したが、渡瀬は早くもパートナー選びに失敗したと嘆いていた。

理由は単純。 このミレイという女、我儘が過ぎるのである。

先ほどもミレイは自分の水ではなく、渡瀬の水をよこせと要求し、渡瀬に支給されている1.5ℓほどのペットボトルの水を半分ほど飲み干している。

 

 

「聞こえないの?さっさと水をよこしなさい。 二度も言わせるんじゃないわよ、愚図ね」

「さっき飲んだばかりだろ、少しは我慢しろよ」

「おだまり! あんたの命運は私が握っていることを忘れたわけじゃないでしょうね? この私に同行を許されて、命を繋いでもらっているだけでもありがたく思いなさい。」

「アンタの首輪の解除条件は『解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する』だろ。 アンタだって、俺に首輪を解除して貰わないと困るはずだ。」

 

この自己中女に安易に自分の弱みである首輪解除条件を教えてしまったことを後悔しつつ、渡瀬は反論する。渡瀬が求めているのは、召使とその主といった主従関係ではなく、あくまでも対等なパートナーシップだ。

 

「別に? 私は全世界ナンバーワンの美女よ。私と同行したがる男はごまんといるはずよ。」

「もう一度言うわ。さっさとよこしなさい。 あんたのものは私のもの、私のものは私のものよ。それともこの場でオサラバする?」

 

ミレイは若干の苛立ちを込めながら、臆することなく言い返す。

一体、人間の頭をどのように改造すれば、この自信は出てくるようになるのだろうか。

このままでは本当にパートナー解消になりかねない。

そうなってしまうと、また3時間以内に別の参加者を探しに走り回らなければならず、非常に困る。

頸動脈を締め上げ、意識を失わせ、縛り上げるのも選択肢にはあるが、人間一人を持ち運びながら、会場をうろつくのは非常に骨が折れる。

それにその姿を他の参加者に見られてしまうと、非常に面倒なことになる。

 

渋々と自分の袋から飲料水が入ったペットボトルを取り出す。

ミレイはそれをふんだくると一気に飲み干した。

 

「ふぅ……。 相変わらず不味い水ね。」

(全部飲みやがった……。)

 

空になったペットボトルをポイと投げ捨て、ミレイは前進する。

思い切り殴り飛ばしたいという欲求をどうにか抑えこみ、渡瀬は後に続く。

この湧き上がる憎悪の念は、決して「被験体N」による悪意の影響ではない。

さっさと他の参加者を見つけて、この女とは離れるべきだと固い決意を胸にする。

 

ちなみに二人が目指しているのは駅である。電車を経由して、人が集まりそうな会場北東の島に向かい、其処で他の参加者の探索を行うつもりであった。

会場南の島の市街地に行くプランも口にしたのだが、歩き続けるのが嫌だというミレイの猛反対に遭い、頓挫している。

 

程なくして、二人の眼前に第一目的地である駅が見えてきた。

 

「うん? あれは……。」

 

渡瀬の視野に入ってきたのは古めかしい建物の駅と一人の参加者であった。

後ろ姿しか確認できないが、テンガンロンハットを被った金髪ロングの女性が目前の建造物を見上げるように佇んでいた。

 

思ったよりも早く、この性悪女から解放されるかもしれない。

早速、渡瀬は女性に声をかけようとしたが、

 

「そこのブス」

 

同行者の第一声に思わず、頭を抱えてしまった。

一体全体どこの世界に初対面の、しかも後ろ姿しか確認できていない女性に対して「ブス」呼ばわりする人間がいるのだろうか。

少なくとも笠鷺渡瀬の人生において、そのような女性に出会ったことは一度もない。

よっぽど自分の容姿に自信があるのだろうが、蔑称で声をかけられた側からの第一印象は間違いなく最悪だろう。

 

件の女性はゆっくりとこちらに振り返る。

その姿に思わず息を呑んでしまう。

西部劇に出てくるガンマンを彷彿させるような服装とモデル顔負けのプロポーション、左目下に泣きぼくろを有する整った顔立ちーーーその姿は決して「ブス」に分類されるべきものではなかった。

寧ろ、ミレイに引けを取らないほどの美女と呼んでも差し支えないだろう。

 

そしてその女性は。

 

「『ブス』とは……私のことかい?」

 

薄ら笑いを浮かべていた。

渡瀬は直感する。あの笑みはヤバい笑みだ、と。

それこそ、ラボで目にした「被験体N」の不気味な笑みに近いものを感じ、背筋を凍りつかせた。

 

しかし。

 

「他に誰がいるというのかしら? おいブス、まずはお前の首輪解除条件を教えなさい。」

 

ミレイは、そんなこと知ったことかという尊大な態度で、質問を投げかけた。

いや、この場合「質問」という表現ではなく、「命令」という表現が妥当かもしれない。

渡瀬は冷や汗をかきながら、ガンマンの女性の様子を伺う。

だが当の女性は笑みを崩さず、言葉を発する。

 

「オーケー、オーケー、情報交換というやつだね。 こっちも聞きたいことがあるんだよ、お嬢ちゃん達は―――」

「おだまり! 質問しているのはこっちだ、ブス。アンタはさっさと私に情報だけ提供すれば良いのよ。」

「おいお前、いくら何でもそんな言い方……」

「笠鷺は黙っていなさい!」

 

女性からの柔軟な返しにも、渡瀬からの注意もミレイは有無を言わさず一蹴した。

この女、本当に最悪だと心中で毒づき、再度女性の顔色を伺う。

今の一連のやり取りには、これまで余裕の態度を取っていたガンマンの女性も目を丸くしていた。

だが、すぐに表情を戻し、

 

「ははは……ひゃはははは!」

 

豪快に笑った。

 

「何が可笑しいのよ、ブス」

 

ミレイは不機嫌そうに尋ねる。

 

「あー悪いねぇ、不快にさせたのなら謝るよ。」

 

女性は落ち着きを取り戻し、再び口角を吊り上げ、ミレイに視線を送る。

 

「オーケー、私の首輪解除条件だったね。今スマートフォンを見せるよ」

「最初からそうすれば良いのよ、ブス」

 

ミレイはフンと鼻を鳴らし、女性は、ゆっくりと自分の腰に手を伸ばしていく。

 

渡瀬はホッと安堵する。

とりあえずは事なきを得たようだ、と。

ミレイの不躾な態度にも、寛容に応じてくれた目の前の彼女には感謝するしかない。

あわよくば、自分のパートナーも性悪女ではなく、この女性に変更してもらおうかと画策し始めた時、彼女の手が伝う先がスカートのポケットなどではなく、右脚に装着されているホルスターであることを認識した。

そしてホルスターには、黒光りしたものが収められていることを視認した瞬間、

 

「危ねぇ!」

「は?」

 

衝動的に体が飛び出し、間の抜けた声を発するミレイを押し倒していた。

と同時に、バーンと乾いた銃声が鼓膜を刺激する。

一連の動作はコンマ1秒も満たなかっただろう。

 

「お嬢ちゃん、これだけは覚えておきな。」

 

渡瀬とミレイの目の前には、相も変わらず不敵な笑顔を浮かべた彼女がいた。

顔は笑顔を形成している。ただし、その眼は冷ややかに渡瀬達を捉えていた。

 

「カラミティ・メアリに逆らうな」

 

渡瀬は知っている、この「眼」を。

この「眼」は人を殺す人間の「眼」だ。

このゲームに巻き込まれる前に、体験した悪夢のような現実がフラッシュバックする。

 

「カラミティ・メアリを煩わせるな」

 

脳裏に浮かんだのは、狂気に染まった宇喜多、洵、風見の姿。

表情こそ違えど、そのいずれの「眼」もはっきりと殺人の意思を宿していた。

目の前の彼女の「眼」からも同じ意思を感じ取れる。

今からお前たちを殺してやるという意思が。

 

「カラミティ・メアリをムカつかせるな」

 

彼女の手元にはしっかりと、拳銃という名の”暴力”が握りしめられ、その先端からは灰色の硝煙とともに赤い靄が噴出していた。

 

「オーケー?」

 

そしてその照準は再び渡瀬達、否、正確にはミレイへと向けられていた。

 

 

 

カラミティ・メアリは駅に到着して、間もなく渡瀬達から声を掛けられた。

結論から言うと、彼女は初めから渡瀬達を殺すつもりでいた。

但し最初に、情報交換に応じる素振りを見せたのには理由があった。

メアリに割り当てられた首輪解除条件「妖魔もしくは半妖を2名以上殺害する」。この首輪の解除条件に記載されている「妖魔」もしくは「半妖」に関する情報を持っていないか聞き出したかったのだ。

したがって、最初に「ブス」と声掛けられた瞬間と2回目に「ブス」と呼ばれて偉そうに命令を下された瞬間は、目の前の女の頭を吹き飛ばしてやろうとも思ったが、どうにか耐え忍んだ。

しかし3度目に「ブス」呼ばわりされ、舐められた態度を取られたときはもう我慢の限界だった。

カラミティ・メアリは自身を恐れないものを許さない。

ましてや見下すなどもってのほかだ。

 

先ほどから、自分を苛立たせていた不届きな女に不意打ち気味に弾丸を撃ち込んでやったが、隣にいた男が機転を利かせ、命中せずに終わる。

心の中で舌打ちをしつつ、再び愚かな生贄にその銃口を向ける。

男も女もまだ起き上がれない状態だ。

まずは女だ。この女だけは体中に風穴を開けてやらないと気が済まない。

呆然とこちらを見上げる女の顔が実に滑稽ではあるが、間抜けた面に狙いを定めて、引き金を引こうとする―――その刹那、予想外の出来事が起こった。

 

「こ、この女ぁあああああ!!」

 

激昂した女が起き上がり、凄まじいスピードで飛び掛かってきたのである。

 

 

 

ミレイはその手に棍棒を発現させると、超人的な脚力で地面を蹴り飛ばし、一気に距離を詰めた。

オスティナートの楽士の人間離れした身体能力は、カラミティ・メアリが持つ魔法少女のそれと引けを取らない。

 

「よくもっ!」

 

怒声をあげながら、カラミティ・メアリの顔面を粉砕すべく、愛用の棍棒を振り下ろす。

この電光石火の進撃に、それまで肉食獣のような笑みを浮かべていたカラミティ・メアリは表情を崩し、所持する銃で慌ててミレイの一撃を受け止める。

魔法で強化された拳銃でなければ、木っ端微塵に爆ぜていただろう。それほどの衝撃がカラミティ・メアリの細腕に到来した。着撃とともに腕が麻痺することを痛感する。

それでもお構いなしにミレイは再度棍棒を振り上げる。

 

「よくも、よくも、よくもっ!!」

「チっ」

 

軽い舌打ちを行い、カラミティ・メアリはバックステップで降り払われた打撃から退避する。

ミレイの一撃は空を切る形となり、すかさずそこへ銃弾を撃ち込む。

ミレイは意に介さず、手にする得物で銃弾を弾き、再びカラミティ・メアリへの元へと駆け抜ける。

 

「ブスの分際で!」

 

銃口は連続して火を噴くが、顔を真っ赤にしたミレイはそのことごとくを避ける。

狙いを外した流れ弾は近場の岩や樹木を四散させる。

 

「私にみっともない恰好をさせたあげく、見下したわねぇ!」

「このクソッタレが!」

 

猛然と襲い掛かる脅威にカラミティ・メアリは悪態をつき、即座に銃をホルスターに収める。

更に流れるように、支給品袋からコンバットナイフを取り出し、接近戦へと切り替える。

そして、肉薄するミレイの顔面を切り裂くべくナイフを突き立てる―――が、ミレイはヒラリと蝶のように身を翻し反応する。

結果として、ナイフによる一閃はミレイの髪を何本か掠めた程度に留まり、カラミティ・メアリはミレイが懐に潜り込むことを許してしまう。

しまった、とカラミティ・メアリが言葉を漏らし、脳から回避行動の命令を身体に送りつけたときは既に遅かった―――思い切りに振りかぶった棍棒がカラミティ・メアリの右脇腹を的確に捉え、彼女の華奢な身体を横殴りに吹き飛ばす。

 

「がッ……!」

 

カラミティ・メアリの体躯は二度ほど地面にバウンドを行い、駅前に設置されているゴミ箱にドスンという鈍い音とともに激突した。

そして、衝撃の全てを吸収しきれず変形した鉄製の大きなゴミ箱とともに地べたに転がり込む。

 

「ゲホッ、ゴホッ……!」

 

ゴミ箱から放たれる悪臭の中で、血反吐とともに咽るカラミティ・メアリのもとへ、ミレイはしてやったりという顔でゆっくりと近づく。

 

「アハハハハハ!! ハァーハハハハ!!!! ブスにはお似合いの光景じゃなぁい」

 

自分の命令を聞かず、あろうことか盾突いた馬鹿女がゴミに紛れて苦しむ姿は、愉快で、愉快で堪らないようだ。ミレイは嗤いながら、カラミティ・メアリの顔を覗き込み、囁く。

 

「さぁ、私の前にひれ伏しなさい。 そして泣いて命乞いをするといいわぁ。」

 

屈辱的な言葉を浴びせられたカラミティ・メアリはぜぇぜぇと苦しそうに息を吐きながら、ミレイを睨みつける。

カラミティ・メアリは思った。ああ、この女はこれから自分を嬲り殺すつもりなのだろうと。

悪い冗談だ。最高に胸糞が悪い。よりによって、このカラミティ・メアリを相手に!

何とかしてこの高慢ちきな女の鼻を明かしてやりたい、ただそれだけを考えた。

それから僅かな思考で1点の活路を見出し、静かに言葉を紡いだ。

 

「あたしを見下ろすなよ、整形まみれのドブス」

 

そのたった一言でミレイはギョッとした目をして、固まった。

ビンゴだ。 カラミティ・メアリはざまぁみろといった顔で鼻を鳴らし、蔑視の視線を向けた。

人生経験の豊富なカラミティ・メアリからすると、ミレイが醸し出す美貌は明らかに不自然すぎるし、整形痕も丸わかりだった。

これまでの言動からミレイが激情家であり、プライドが高い人間であることも簡単に察した。そしてこの後のミレイの行動もおおよそ見当がつく。

一瞬だけで十分だった。この一瞬の膠着を見計らい、自分の腰に装着している支給品袋に手を伸ばす。

 

「も、も、もう赦せないぃいいいいいっーーーー!」

「おっ、おい!」

 

よほどミレイの自尊心を傷つける言葉だったのだろうか。

どこからともなく渡瀬が静止すべく声を上げるが、ミレイのリミッターは既に外れてしまっている。カラミティ・メアリが支給品袋に手を突っ込んでいるのを気にも留めず、金切り声をあげながら、憎き女の息の根を止めるべく、棍棒を振り上げる。

 

「これでも喰らいな!」

「つっ!!? な、なによ、これは!!?」

 

カラミティ・メアリが迫りくるミレイの顔面に投げつけたのは紫色の花であった。

慌ててその花を振り払ったが、なんとも妖しく甘い香りがミレイを包み込んだ。

と同時に、急激な眠気がミレイに襲い掛かる。

 

「お、おまぇ……い、ったぃ……なに、を……」

 

意識が朦朧とし、片膝をつくミレイ。

対照的にカラミティ・メアリはゆっくりと立ち上がる。

そして、ズキズキと痛む脇腹を抑えつつ、ミレイに近づき、顔面をサッカーボールのように蹴り上げた。ぐしゃっという音を奏で、今度はミレイの身体が宙に舞う。

 

「ぐ、ごがぁっ!!」

 

みっともなく鼻血を垂らし悶絶するミレイ。顔面から伝わる痛覚と容赦なく到来する正体不明の睡魔が同時に襲い掛かる。その姿を見下ろし、カラミティ・メアリは嗤ってやった。

形勢は完全に逆転したのだ。

 

「気分はどうだい、ブスのお嬢ちゃん。」

「こ…、 の……」

 

見下ろされているという屈辱にせめてものと思い、ミレイは睨み返そうとするが、その瞼が重く、うとうとする。

 

「そうそう。 さっき、お嬢ちゃんにぶつけたのは『ゆめみの花』と言ってね。私に支給されたものなんだけど、どうやら強力な睡眠推進効果があるみたいなんだよ。」

「まぁ、夢の世界では楽しくやりな。 もうこっちには戻ってこれないしな、ひゃはははは!」

 

ありったけの侮蔑を込めて嗤ってやり、見下してやる。

悔しそうにこちらを睨みつけてくる女の顔が堪らなく愉快だ。

最高だ。最高に気分が良い。

 

そして、ミレイは。

 

「ぜ、ぜ…った…いにこ、ろ……してやるぅ……」

 

と呪詛のように恨み言を残し、その意識を手放した。

ミレイがすやすやと寝息を立てているのを確認すると、カラミティ・メアリは仕上げとばかりに、ホルスターから銃を取り出す。そしてその照準をしっかりとミレイの眉間へと合わせる。

本当はいたぶって楽しみたいところだが、途中で目を覚まして反撃されるとまた厄介だ。

認めたくはないが、ミレイは強者だ。殺れるときに殺らないといけない。

だからこそ、確実に今ここで仕留める。

 

「あばよ、お嬢ちゃん」

 

別れの言葉を適当に紡ぎ、引き金にかけた指に力を込める。

バーンと乾燥した音が駅前に鳴り響いた。

 

「お前……!!」

「感謝している」

 

ただし、銃声の発信元はカラミティ・メアリが保持していたニューナンブM60ではなかった。カラミティ・メアリは驚きの表情で狙撃手を睨みつけている。

そして彼女が握りしめていた拳銃は2~3mほど横の地面に転がっている。

 

「動いている的を狙うのは苦手なもんでな。」

 

笠鷺渡瀬は硝煙を発する銃を構え、カラミティ・メアリと対峙していた。

 

 

 

暫くの間、渡瀬は固まって動けずにいた。

そして思う。目の前にいる二人は本当に同じ人間なのか、と。

超常の能力を持つミレイとカラミティ・メアリの攻防は、それこそ学生時代に姉と一緒に見ていた、アクション映画さながらの激闘そのものだった。

但し、これはスタントマンやCGを巧みに利用したTV画面の向こう側で繰り広げられている情景ではない。紛れもない現実だ。

カラミティ・メアリが放った流れ弾が自分の真後ろにあった、そこそこのサイズの岩を木っ端微塵に粉砕したのを見て、痛感した。

眼前で死闘を繰り広げている二人は、夏彦達コミュニケーターとは、また別の「怪物」であると。

但し、それを認識したところで、渡瀬に出来ることは何もできなかった。

二人の「怪物」の攻防は目で追いかけるのがやっとだし、介入したところで、巻き添えを喰らって無駄死にするのが関の山だ。故に渡瀬は動けずにいた。

一連の戦闘に終止符が打たれ、勝利を確信したカラミティ・メアリが昏倒するミレイに銃口を向けたその時までは―――。

 

はっきり言って、渡瀬はミレイが嫌いだ。

自分が世界の中心であるかのような物言い。

我儘でやまかしくて、他者の意見を無視する姿勢。

挙句、他人の支給品を奪い取る高慢さ。

正直に言うと、ミレイが顔面を蹴り飛ばされて、無様に転げまわるところを見て、ざまあみやがれ、とさえも思った。

 

それでも最初の不意打ち時に、衝動的にミレイを助けてしまったのは、己の中にある「シリウス隊長 笠鷺渡瀬」としての「死に瀕した人を救助したい」という意思が潜在的に呼び起こされてしまったためであろうか。

 

(やれやれ、テロリストに成り果てた俺にも、まだそんな気持ちが残っていたとはな。)

 

カラミティ・メアリはこちらには全く注意を向けていない。

渡瀬など眼中にすらないと言うことだろう。

舐められたもんだ、と渡瀬は思う。

が、同時に有難い状況でもある。

 

(なぁ亘。こんな時、お前ならどうする?)

 

脳裏に今は亡き姉の姿を思い浮かべ、呼びかける。

当然、答えなど返ってくるはずもない。

だが。

 

(……聞くまでもないか。 そうだよな、初めから答えは出ているよな!)

 

渡瀬は固い決意を瞳に宿し、支給品袋から拳銃とある支給品を取り出し、装着する。

 

ミレイはどうしようない悪女だ。

この先生き延びたとしても、自分を含めた他の参加者に迷惑を掛け続けることは目に見えている。はっきり言って、この場で死んでもらったほうが自分を含めた周りの人間が不愉快な思いをすることはなくなるだろう。

それでも、それでもだ。

渡瀬は自分の目の前で誰かが死んでしまうことを赦せなかった。

赦したくなかった。

 

(堂島、桧山すまない。お前たちの遺志を預かったこの命、少しばかり危険な賭けに使わせてもらうぞ)

 

渡瀬の銃が捉えるは、カラミティ・メアリが握りしめる拳銃。

悪意に染まり夏彦達を狙撃したときとは違い、標的は動かない。

そして、カラミティ・メアリが銃の引き金に指をかけようとした、その瞬間、渡瀬は銃弾を放った。

 

 

 

カラミティ・メアリの心境は先ほどのハイテンションから一転し、最悪の気分へと切り替わる。

ようやっとくそ生意気な女をぶち殺せると思った矢先、取るに足らないと思っていた金魚の糞に妨害されたのだ。苛ついた表情で自分に銃口を向けている男を睨みつける。

男の表情からはっきりと「反抗」の意志が読み取れる。

 

気に食わない。

カラミティ・メアリはギシリと歯噛みする。

弱者の分際で、強者に抗おうと決意を宿したあの表情―――虫唾が走る!

 

間髪を容れず、バン、バンと渡瀬は連続して発砲する。

カラミティ・メアリは銃口が火を噴くのを視認すると、側転し銃撃を回避。

地面に放り出されていた自分の拳銃を再び手にし、いざ反撃せんと、その先端を銃声の元へと向けるが。

 

「――――ッ!!」

 

そこに在るべき男の姿は既になく、真横からヒューと風を切る音が聞こえた。

驚いて視界を180度回転させると、そこにはミレイを担ぎ、信じられないスピードで逃走する渡瀬の後ろ姿があった。

 

「ふざけんじゃねェ!!!」

 

唾をまき散らしながら、怒声を放ち、手元の銃を乱射する。

が、銃弾は渡瀬達に命中することはなかった。

速すぎた。あまりにも渡瀬の逃げ足が速すぎたのだ。

先ほどのミレイも超人的な速さではあったが、それよりも遥かに速い。

2人はあっという間に森の中へと姿を消した。

 

先ほどまで銃撃音、打撃音、怒鳴り声を奏でていた駅前の戦場は閑散とする。

静寂が包み込む戦場の跡にいるのは、カラミティ・メアリただ一人だけ。

そしてその独りだけの空間の中、カラミティ・メアリは。

 

「ははは……ひゃはははは!」

 

獰猛な笑みを浮かべて笑い始めた。

わずかな街灯が光を放つ、薄暗い駅前にカラミティ・メアリの笑い声だけが木霊する。

 

「ここまで私をコケにしてくれたのは、お前さんたちが初めてだよ!」

 

魔法少女の脚力を以て、今から追いかけたとしても、恐らくあの二人に追いつくことはできず、徒労に終わることになるだろう。

ならば、今は見逃してやろう。

いいや、この場合は見逃すしかあるまい。

 

だが―――。

 

「その顔、覚えておくよ」

 

カラミティ・メアリは自身を恐れないものを許さない

この報いは確実に受けさせる。

 

次に会ったら、あの二人を必ず―――。

 

 

【G-2/駅前/一日目 深夜】

【カラミティ・メアリ@魔法少女育成計画】

[状態]右脇腹を打撲、ダメージ(中)、渡瀬とミレイへの苛立ち

[服装]いつものガンマン服

[装備] ニューナンブM60@現実

[道具] 基本支給品一色、スマホ、コンバットナイフ@現実

[首輪解除条件] 妖魔もしくは半妖を2名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:殺し合いを勝ち抜く

1:首輪解除のため、妖魔もしくは半妖を探し出して殺す

2:獲物を探しに周辺を探索するか、もしくは電車に乗って別の狩場に移動する。

3:強力な重火器が欲しい

4:あの2人組(渡瀬、ミレイ)とリップルは見つけ次第、殺す

※参戦時期はリップルをホテルプリーステスに呼び寄せたあたりからとなります。

 

 

 

 

「ハァハァ……、どうやら5分経過したようだな。」

 

渡瀬は肩で息をし、後ろを振り返り、追手が来ないことを確認する。

そして、どうにか逃げ切ることができたと確信し、安堵する。

 

渡瀬が披露した異常な逃走速度―――その秘密は渡瀬が着用している靴にあった。

説明書によると、それは「ウィングシューズ」というもので、装着したものの素早さを飛躍的に向上させるものだった。但し、その効果持続時間は5分のみと限定され、1度利用すると2時間は効力を発揮しないとのことだった。

正直言うと、ゲーム開始直後にこの支給品と説明書を確認したときは半信半疑だった。また、実際どれくらい能力が向上するのかも分からなかったため、あの場面でこのカードを切ったのは危険な賭けでもあった。

 

道中、一瞬視界に薙ぎ倒されている木々が映ったが、あえてそこには立ち寄らないようにした。今のこの状況を他の参加者に見られたくはないし、何より薙ぎ倒されている木々を見る限り、そこにいるであろう参加者は穏やかではない可能性が高いと見たからだ。

また、その参加者がこちらに向かってくる可能性も十分に考えられる。

 

(だとすると、この場に留まるのはまずいか……)

 

目的地は二つある、同エリアにある「七望館」という施設に向かう選択肢、もしくは橋を渡って、南の島に渡るという選択肢。

どうしたものかと思案して、何気なく肩に担ぐ女王に視線を送る。

ミレイは渡瀬の苦労も知らず、相も変わらず寝息を立てていた。

 

そして渡瀬は思う。

 

黙っていれば可愛いのにな、と。

 

 

【G-1/森の中/一日目 深夜】

【笠鷺渡瀬@ルートダブル】

[状態]健康

[服装]シリウスの団員服

[装備]NZ75@ルートダブル

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ウイングシューズ@よるのないくに2、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]特定のパートナーと24時間以上行動を共にする

[思考・行動]

基本方針:殺し合いからの脱出。なるべく人は殺さない。

0:ミレイに同行して、首輪を解除する

1:橋を渡って南の島へ移動するか、それとも七星館に向かうべきか……。

2:ミレイが他参加者相手に暴走しないように、上手くコントロールする

3:宇喜多、洵、サリュ、カラミティ・メアリを警戒。夏彦とましろについては保留。

4:地図にある「天川夏彦の家」が気になる

※参戦時期はDルート。夏彦のセンシズシンパシーによって本来の記憶を取り戻し、和解した直後からとなります。

※ウイングシューズを着用すると素早さを飛躍的に上昇させます。但し、有効時間は5分間のみで、1度利用するとその後2時間は効力を発揮しません。

 

 

【ミレイ@Caligula -カリギュラ-】

[状態] 爆睡中、顔面打撲、ダメージ(小)

[服装]いつもの服装

[装備]なし

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する

[思考・行動]

基本方針:生存優先。まずは首輪の解除。

1:首輪解除のために、使えそうな下僕を集める

2:さっきのブス(メアリ)は絶対に殺す

3:帰宅部の連中とウィキッドを警戒

4:ファヴがμと同等以上の力を持っていると分かれば、優勝も視野に入れる

※参戦時期は劇場グラン・ギニョールで帰宅部に敗北した後からです。

※ゆめみの花(ドラゴンクエストⅪ)の効果で眠っています。どれくらいの時間眠るかについては、次の書き手さんにお任せします。



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冷静さを見失うと、真実と真理にたどり着くことはできない。/巴鼓太郎 (パンドラボックス)

「―――クソっ!」

 

一人の青年が、すでに息絶えている一人の少女の死体の前で怒りを纏った苛立ちを抱いていた

 

「もう始まってやがんのかよ……!」

 

 

 

 

 

 

 

青年の名は巴鼓太郎。かつて仮想世界『メビウス』からの脱出しようとした帰宅部の部員の一人

彼の記憶は、ランドマークタワーで足場を踏み外し落下しようとしていた敵であるオスティナートの楽士の一人、シャドウナイフを助けた代償として、自分が足を踏み外しタワーから落下した以降がすっぽり抜け落ちている

当初ホールで目が覚めた際、ここが天国なのかどうかと勘違いしていた彼であったが、それは目の前に現れたパンダ金魚……もといファヴの登場によってその認識を改めることとなった

 

目の前で行われた凄惨な見せしめの『処刑』。我を忘れ、今にでもあのファヴに殴りかかろうと考えていた途端にこの森の中に飛ばされていた。

最初に確認したのは名簿が載っているというスマホ。名簿にあった知っている名前は6名

 

峯沢維弦、神楽鈴奈、柏葉琴乃―――三人は同じ帰宅部の仲間たち

 

ミレイ、イケP、シャドウナイフ―――帰宅部と敵対していたオスティナートの楽士。まあイケPは峯沢と和解した感じっぽいし問題ないとして、シャドウナイフ……山田大樹があの後どうなったのかは心配な所である

 

 

入っていた支給品は二つ――変な楽譜と……

 

 

……右、腕……?

 

「うわああああああああああああああああ!?」

 

 

 

少し冷静を取り戻した後、改めて支給品に関する説明書で知ったが、楽譜の方は『クリストフォロスの楽譜』、そして右腕は『ヴェス・ウィンタープリズンの右腕』

そもそも説明で支給品は三つと言っていたのに何故か二つしか入ってなかったり、そもそもウィンタープリズンって誰なんだよとか、何の意図でこんなもの支給したとかは全然わからないが、ますます主催に対する怒りがましてきた。そしてその衝動のまま走り出して―――

 

 

一人の少女の死体を見つけ、今に至る。

 

 

○ ○ ○

 

 

「チクショウ……ッ!」

 

今更嘆いた所で何も変わるはずもないが、声を上げずには居られなかった

 

なおさら犯人とファヴに対する怒りが湧いてくる。一体誰がこんな事を、そしてこんなモノをただの見世物として笑いながら見ているであろう金魚もどきに

 

 

 

 

 

 

頭が冷えるまで何度も地面を叩いていた―――そして、ふと、スマホにあったあるアプリを思い出していた

 

『特殊機能:自身がが現在居るエリア及び隣接するエリアにいる他プレイヤーの名前を表示する』

 

そういえばこんな機能が何故かあったなと思いつつも、指示通りに操作してみる、すると―――

 

 

 

『現在位置情報』

C-3:柏葉琴乃

D-2:赤のセイバー、リュリーティス

 

 

 

「――――琴乃ッ!?」

 

意外にも、自分のいるエリアの真隣に仲間がいるという事実が判明したのだ

そして、仲間がいると知った彼のとった行動は一つ

 

 

「待ってろよ琴乃、今行くからな!」

 

 

そして巴鼓太郎は、彼女がいるエリアへと走っていくのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冷静さを見失うと、真実と真理にたどり着くことはできない。

 

 

 

 

 

巴鼓太郎は知らない、自身の首輪解除条件が『自分以外の帰宅部メンバーの全滅』であることに

 

 

 

 

 

巴鼓太郎は知らない、少女を殺した犯人こそ、柏葉琴乃であることに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――冷静さを見失うと、真実と真理にたどり着くことはできない。

 

 

 

 

 

【D-3/森/一日目/深夜】

【巴鼓太郎@Caligula-カリギュラ-】

[状態]:正常

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能あり)、クリストフォロスの楽譜@よるのないくにシリーズ、ヴェス・ウィンタープリズンの右腕@魔法少女育成計画シリーズ

[首輪解除条件]:自分以外の帰宅部メンバーの全滅

[思考]

基本:殺し合いを止めて、あのクソ野郎(ファヴ)を含めた黒幕共をぶっ飛ばす

1:待ってろよ琴乃!

2:もしあの少女を殺した犯人を見つけたら捕まえてとっちめる

[備考]

巴鼓太郎のスマホの特殊機能は『自身がが現在居るエリア及び隣接するエリアにいる他プレイヤーの名前を表示する』です

一度使用すると、再度使用するのに3時間の猶予が必要となりますが、本人はまだ知りません

※参戦時期はオーバードーズ版、琵琶坂エピ8未クリア条件下でのシャドウナイフ編での死亡後からです



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天使の微笑み、悪魔の祈り/神楽鈴奈、クリストフォロス(反骨)

会場南の島、森林地帯のほぼ中央に位置するユグドミレニア城。

ルーマニアの地方都市・トゥリファスに建立され、魔術師一族の本拠地とされていたその城塞は、この殺し合いの舞台においても荘厳な風情を漂わせていた。

窓から月明かりが僅かに差し込むが、城内に他の灯はなく、薄暗い。

 

仄暗い深夜の古城の中―――ホラー映画さながらの不気味な空間で2つの足音が木霊している。

1つ目の足音は軽快でゆっくりと一定のリズムを以て、回廊に鳴り響く。

対照的に2つ目の足音については、テンポは悪く、何かと慌ただしい。

1つ目の足音は「歩いている」ものであるのに対し、この2つ目の足音については、「走っている」ものという表現が正しいかもしれない。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 

2つめの足音の主、神楽鈴奈は疲弊した表情で城内を駆けていた。

理由は先程から執拗に追跡してくるもう1つの足音にある。

鈴奈は正体のわからないこの足音の主と10分ほどの鬼ごっこを続けている。

最初のホールでは、自分と齢の変わらない少女の首が切断されるという、ショッキングな光景を見せつけられた。

 

次に目が覚めた時には、この薄気味の悪い渡り廊下の真っ只中にいた。

そして、奇想天外な出来事が立て続けに発生したことでパニック状態に陥っていた鈴奈の耳に聴こえてきたのは、迫りくるあの足音であった。

 

落ち着く時間もろくに与えられず、冷静に己が置かれている境遇を整理できない状況下―――

接近する足音について、鈴奈が連想したのは、ブラム・ストーカーの恐怖小説『吸血鬼ドラキュラ』であった。城内の内装と奇々怪々な雰囲気がどうしても、小説に登場するドラキュラ城と重なってしまう。

この思考が誤りだった。

一度認識を固定してしまうと、脳内で負の連鎖が巻き起こってしまう。

自分の後方の暗黒空間より奏でられる足音は、否が応でもあの「人ならざる者」ではないかと想起してしまう。

異常に発達した長い牙を立て、生き血を啜るお化けの姿を思い浮かべ、鈴奈は顔を真っ青にして駆け出したのであった。

 

(お願いです…… 夢なら……夢なら、早く覚めてぇええええええ!!!!)

 

心の中で叫び声を上げつつ、鈴奈は未知の恐怖から逃避を続ける。

しかし、走れど走れど足音が遠のくことはなかった。

必死に逃げる鈴奈を嘲笑うかのように、足音はコツン、コツンとそのペースを乱さず、小気味の良い音を刻み続ける。

そのリズミカルな歩音がより一層に、鈴奈の恐怖心を煽り立てる。

 

恐らく後方の暗黒空間を振り返れば、足音の主を確かめることはできるだろう。

けれど、鈴奈は出来なかった。勇気がなかったのだ。

だから鈴奈は逃げた。逃げ続けた。

 

やがて一連の逃亡劇にも終焉が訪れた。

 

「そ、そんな……」

 

目の前が行き止まりとなっており、逃走経路が確保されていないという事実に絶望する鈴奈。

思わずペタリと尻餅をついてしまう。

それでも追従する足音は、コツン、コツンと、容赦なく鈴奈に迫りくる。

 

―――助けて!

―――嫌だ

―――怖い

―――死ぬ?

―――何で?

―――死んじゃう?

―――血を吸われて?

―――どうすれば?

 

恐怖に駆られ、さまざまな思考が脳内をグチャグチャに搔き乱す。

震えが止まらない。ガクガクと膝が震える。

音が近づいてくる。

もう間もなく足音の主が、手前の曲がり角から姿を現すことになるだろう。

 

鈴奈はよろよろと立ち上がり、病理具現解(カタルシス・エフェクト)を発現させる。

本来であればこの能力は、アリアが調律しないと発現はできないはずだが、そこに疑問を思う余裕はなかった。

 

出来ればその姿を見たくはない。

見たくはないので、目を瞑る。

残された手段はこれしかない。

 

覚悟を決めたその時に、足音の主と思われる人影がチラリと視界に飛び出した。

その瞬間。

 

「こ、来ないでくださあぃいいいいいいい!!!」

 

空間が揺らぐような大声を響かせ、槍を手前へと突き出した。

襲い掛かってくるであろうお化けに対してのせめてものの抵抗だ。

 

 

「ほう……随分と変わった能力を持っているようだな」

「へ?」

 

何か固いものに槍の進撃を阻まれた感触を細腕に感じた時、鈴奈の耳には想定外のトーンの声が響く。

恐る恐る目を開けた鈴奈の前にいたのは、黒タキシードを着込んだ背丈の高い怪人ではなかった。

 

『うふふふ、驚かせてしまったかしら』

 

それは少女だった。水色の髪と透き通るような白い肌を持った少女。

お伽話に出てくるような可愛らしいドレスを着付けた小柄な少女。

そして、少女の顔は仮面に覆われていた。

 

『初めまして、人間のお嬢さん』

 

少女の右手には楽団の指揮者が握る指揮棒があった。

その指揮棒は鈴奈の槍をいとも容易く受け止めていた。

少女は涼しい顔で、鈴奈を見据えている。

追跡者が想像していた恐ろしい吸血鬼ではなかったという安心感と底知れぬ少女への僅かながらの恐怖から、鈴奈は一気に脱力し、病理具現解(カタルシス・エフェクト)を解く。

 

『わたしの名は、クリストフォロス。 純血の闇の血族の一人。』

 

少女はスカートの裾を少しだけ摘み上げ、ぺこりと頭を下げ、天使のような微笑みを鈴奈に投げかけた。

 

『以後お見知りおきを、お嬢さん』

 

 

 

「それで、クリストフォロスさんは―――」

「ふふっ、『クリス』で良いぞ、鈴奈」

「あ…えっと、その……クリスさんは妖魔で、に、人間の魂を食べたり、血を飲んだりするけど、この殺し合いには乗っていないということで宜しいんですよね?」

「ああ、その理解で間違っていない。 まあ、私を吸血鬼だと思い込んでいたお前の推察も当たらずと雖も遠からずといったところだったな」

「ほ、本当にごめんなさい! わ、私、気が動転しちゃっていて……」

『うふふっ、気にしないで。逃げ惑うあなたの様子が面白おかしくて、追い立てちゃった私にも原因があるし。』

「ううっ、クリスさん、意地悪ですぅ……」

 

クリストフォロスと名乗る仮面の少女と情報交換を行ううちに、平静を取り戻した鈴奈はようやく自分の置かれている状況を理解した。

 

ここが仮想現実の世界(メビウス)ではないことを。

最初に会場で繰り広げられたあの”惨劇”が夢ではなかったことを。

自分が殺し合いに巻き込まれてしまったということを。

そして、今は純血の妖魔を名乗る参加者の一人と会話をしているということを。

 

最初は妖魔を自称する少女に対し、怖気付いていた鈴奈であったが、話を進めるにつれ、恐怖を感じなくなっていった。

 

「まあ、私がお前を追いかけていたのは揶揄い半分もあったが、実際は尋ねたいことがあったからだ」

「尋ねたいこと?私に、ですか?」

『ええ、そうよ。 実はこれの使い方を教えてほしいのよ』

 

そう言って差し出されたのはスマートフォンであった。

クリス曰く、このスマートフォンなる機械は彼女にとって縁も所縁もない代物だったようだ。

しかし、ファヴなる主催者の説明を聞く限り、無碍にすることもできず如何しようかと難儀していたところ、呆然と立ち尽くす鈴奈を発見したとのことだ。

時々口調や声色が変わるクリスに違和感を感じつつも、鈴奈はざっくりとスマートフォンの使い方を教えた。

説明の流れで液晶画面をタップし、出力された参加者名簿を確認したが、自分以外の帰宅部メンバーや敵対していた楽士の面々が参加していることに気付き驚く。

また、それまで饒舌だったクリスも名簿を確認したときは、何か思うところがあったのか沈黙をした。

 

『成程ね……これは厄介なことになったわね……』

「えっと……クリスさんも、お知り合いの方が参加されているのですか?」

「まぁ、そんなところだ……」

 

少し困った表情で言い淀むクリスの反応を見て、鈴奈はそれ以上の追及は行わないようにした。

続けてお互いの首輪解除条件を確認する。

鈴奈の首輪解除条件は「特殊機能が搭載されたスマートフォンを2台以上破壊する」、クリスの首輪解除条件は「会場内のとある施設にある『Nエリア』に到達する」となっていた。

 

「Nエリアか……。鈴奈、何か心当たりはないか?」

「ご、ごめんなさい…。そ、その…『シーパライソ』と『グランギニョール』という施設はメビウスにもあったのですが、どちらの施設にも『Nエリア』という場所はなかったはずです」

尤も私達が探索した施設と、会場内にある施設の構造が同じでない可能性もありますが、と鈴奈は付け加える。

 

「ふむ……それでは、この『Nエリア』なるものが何処にあるか、情報収集を行う必要があるな」

「あ、あの! クリスさんは、これからどうするんですか?」

『まずは、他の参加者が集まりそうな施設に向かうつもりよ。人探しと情報収集も兼ねてね』

「クリスさんの探している人っていうのは―――」

「リュリーティスという少女だ。 私と違い彼女はただの人間だから、早急に保護をしたい」

「そ、それでしたら、私にも手伝わせていただけないでしょうか? 私!というより私のスマホ、クリスさんにお役に立てると思うんです!」

 

鈴奈は支給されたスマートフォンのとあるアイコンをタップして、クリスに見せつけた。

タップしたアイコンはクリスのスマホには存在しないものだ。

その画面には

 

神楽鈴奈

クリストフォロス

 

と文字が二行表示されていた。

 

『これは……?』

「私のスマートフォンには特殊機能が搭載されていて、半径200m以内にいる参加者の名前を確認することが出来るみたいです。」

 

キョトンとした顔で画面を見つめるクリスに向かい、鈴奈は淡々と説明した。

 

 

 

方針は決まった。

城内で出会った神楽鈴奈という人間の少女と共に、彼女の知人とリュリーティスを探す。

可能であれば、鬱陶しい首輪の解除の為、道中で「Nエリア」に関する情報を得たいところではある。

但し、最優先はあくまでもリュリーティスの保護だ。

そして、リュリーティスとの合流の先にクリスが見据えるものは―――

 

『(夜の君……)』

 

「アーナス」という文字を名簿で見つけた時は、我が目を疑った。

「夜」の世界の絶対的支配者であり、「魔王」と呼べるほどの絶大な力を所持する彼女に対し、クリスは忠誠を誓っている。

 

しかし、アーナスは怨敵「月の女王」との戦いにより、今は記憶を失い、暴走状態にある。

 

一体このゲームの運営は何を考えているのだろうか。

暴走状態の彼女が野に解き放たれたら、積み上げられる屍の数は両手の指で数えることは出来ないだろう。

もはや「殺し合い」どころではない。

目に浮かぶのは、一方的な蹂躙と虐殺だ。

 

しかし、リュリーティスもこの会場に連れて来られているのは、不幸中の幸いだった。

彼女と引き合わすことができれば、「夜の君」は失くした記憶と自我を取り戻すことが出来るだろう。

 

ひとまず城の外に出た2人は、北上することに決めた。

まずは隣のエリアにあるゲームセンターに立ち寄り、他の参加者との接触および施設内に「Nエリア」なるものがないか探索するつもりだ。

 

道中ふと思い出したかのように、クリスは振り返り、後ろを歩く鈴奈に声を掛けた。

 

『ところで鈴奈、最初に会ったときに思ったのだけど、あなた凄く大きな声を出せるのね』

「ご、ごめんなさい!! 私驚いたりすると、つい大きな声が出てしまうんです……」

『くすっ、謝ることはないわ。 あなたの声とても素敵よ。』

「えっ?」

 

思いもよらぬ言葉を掛けられ、鈴奈はぽかーんと口を開ける。

そして、自分が褒められていると自覚すると段々と顔を紅潮させていった。

 

「あ、ありがとうございます! そ、その…声で褒められたの、中学時代の合唱部以来です」

「ほぉ…合唱を嗜んでいたとな…。ますます、お前に興味が湧いたぞ。」

 

鈴奈の口から発せられた「合唱」という単語を聞いて、クリスは眼光を鋭くした。

 

「なぁ、鈴奈。お前歌劇に興味はないか?」

「か、歌劇……ですか?」

『えぇ、そうよ。私が執筆した脚本を、あなたが演じて唄うのよ!』

「そ、そんな! わ、わ、私なんて、地味でダサいし、女優さんなんて無理ですよ!」

「そうか? お前は普通に可愛いし、観客ウケすると思うぞ」

「そ、それに、恥ずかしいですし―――」

『衣装は私が見繕ってあげるわ。 嗚呼、きっと素晴らしい舞台になるはずよ』

「話を聞いてください〜〜〜!!! 駄目なものは駄目なんですぅ〜〜〜〜〜!!!」

 

煌めく星々と月の光に照らされた夜天の下、鈴奈は叫喚する。

あたふたする鈴奈を見て、クリスは愉快そうに微笑む。

その愛くるしい姿は傍から見れば妖魔というよりは天使に見えるかもしれない。

 

神楽鈴奈とクリストフォロス―――

 

神楽鈴奈はメビウスで親睦を深めた仲間たちとの帰還を目指す。

クリストフォロスは記憶をなくした主人のため、奔走する。

バトルロワイアルという舞台劇の上で二人の役者が奏でるは、生か死か。

 

舞台は開演したばかり―――

 

 

【H-6/ユグドミレニア城外/一日目 深夜】

【神楽鈴奈@Caligula -カリギュラ-】

[状態]健康、疲労(小)

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ(特殊機能付き)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 特殊機能が搭載されたスマートフォンを2台以上破壊する

[思考・行動]

基本方針:この殺し合いを止める

1:クリスさんと同行。情報収集のため、人が集まりそうな施設に向かう。

2: 帰宅部の皆と合流

3: 死んだはずのシャドウナイフが参加していることに疑問

※参戦時期はカリギュラ本編、グラン・ギニョールでの最終決戦直前となります。

※鈴奈のスマートフォンには特殊機能が搭載されており、半径200以内にいる参加者の名前を表示することができます。

 

 

【クリストフォロス@よるのないくにシリーズ】

[状態]健康

[服装]いつもの服装

[装備]:魔楽器オルガノン(よるのないくに)

[道具]:基本支給品一色、スマホ、クリスの仮面(黒)、クリスの仮面(白)

[首輪解除条件] 会場内のとある施設にある「Nエリア」に到達する

[思考・行動]

基本方針:殺し合いには乗らない。「夜の君」の暴走を止める

1:鈴奈と同行。情報収集のため、人が集まりそうな施設に向かう。

2:アーナスの記憶を取り戻すため、リュリーティスを保護する

3:アルーシェとの合流も視野に入れる

4::余裕があれば、首輪を解除したい

※参戦時期はよるのないくに2 第6章以前からとなります。



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オレの憂鬱とクールな彼女たち/イケP、三ノ宮・ルイーズ・優衣、ホメロス、赤のアーチャー(パンドラボックス)

"わたしは恐れてはならぬ。恐怖は心を殺すもの。恐怖は完全な消滅をもたらす小さな死。わたしは恐怖を直視しよう。それがわたしを横切り、通りすぎるのを許そう。そして、それが通りすぎてしまったとき、わたしは心の目をむけて、その通り道を見よう。恐怖が通りすぎたあとには何もないのだ。ただわたしだけが残っているばかり"

 

―――フランク・ハーバート「デューン」シリーズ(矢野徹訳)より

 

 

 

 

 

 

 

会場南西に位置する図書館、本来此処は、オスティナートの楽士の一人である少年ドールの住処であり、その奥は他者からの干渉を防ぐかのように複雑となっている

 

そして、そんな場所に迷い込んだ残念なヤツが一人

 

「……やべぇ」

 

彼の名はイケP、本名。小池智也。オスティナートの楽士の一人で、同じく参加者である峯沢維弦に対し並々ならぬ執着心を持っていたが、パピコでの戦いの後に多少は溝は埋まった模様。

 

そして、現状の彼の経緯はこうだ

ソーンに命じられ、Lucid、シャドウナイフ、ウィキッドの三人とともにシーパライソにてラガード狩り及び待ち伏せしていた帰宅部の二人の撃破してきた後からの記憶がない

と言うかこの男、シーパライソの戦いと濃いメンツに囲まれたのが原因で疲れていたのか、ホール内でのファヴのルール説明を夢かなんかと勘違い。半分ぐらいは聞いていたものの思いっきり寝てしまったのだ。

そして目が覚めたら少年ドールの図書館に突っ立っていたため、本人は意味不明状態。図書館なのでまず少年ドールを探しに走り回っていた結果―――

 

「迷子になったぁぁぁッ!」

 

 

この有様である

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

「だーもうっ! 意味わかんねぇよッ!」

 

元より少年ドールの図書館は複雑なのは分かっていたが、マジで迷子になるとは思わなかった

と言うかこんだけ叫んでいるのなら少年ドールが文句の一言ぐらい言い返してきても可笑しくないのに、うんともすんとも返事はない。

 

「おいまさか、あれ―――夢じゃなかったのか……?」

 

一瞬、あの夢がまさかの正夢パターンだったのかと頭がよぎる

 

 

 

 

「ん、んなわけねぇよな……そ、そんなわけね―――」

 

ポケットに入っているスマホを見つけてしまった

あとさらっと持っていた袋の存在にも気づいた

 

「そんな、わけ、ねぇ……」

 

そんな事を口走りながらも、スマホを操作し

 

『首輪解除条件:首輪解除条件が達成された女性参加者の首輪を2つ以上所持』

 

「―――マジ、かよ」

 

彼は、改めてこの状況―――殺し合いに巻き込まれたという現実を直視する結果となった

 

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

同じく―――図書館にて

 

「……困った」

 

ここに、この図書館内に迷い込み、困り果てている少女が一人。

 

彼女の名は三ノ宮・ルイーズ・優衣、友人たちからはもっぱらサリュの愛称で呼ばれている

そんな彼女、現在この図書館内で絶賛迷子中。おおよそ歩き続けて半時間ぐらいは経過していた

もっとも、出口が見えないこの状況でも考え事はしていたのだが

 

1つ、まずあの状況下でどうやって自分や夏彦たちをあの極限状態から連れ出したか

自分や名簿に載っている夏彦や笠鷺渡瀬は、本来ならMAP北東にある原子力研究所の地下施設に閉じ込められていた。外部からの脱出もほぼ不可能に近かったし、それどころか自分たちが閉じ込められていた原子力研究所がこのMAPに存在するという始末。常人よりも頭が良いサリュでもこの超常は流石にお手上げであり、思い当たる可能性としてはファヴの言葉にあった『魔法』という単語ぐらい

 

2つ、何故か存在する『夏彦』の家。このMAP内にも街エリアなるものは確認でき、その隣には廃村のエリアが存在している。おそらくもぬけの殻とは言え民家らしき建造物は何戸はあるのだろう。だが、何故わざわざ夏彦の家だけが名指しであるのかが不思議な所だ。―――いや、夏彦になら意味はあるかも。

夏彦は過去の出来事がきっかけで、死んだはずの『琴乃悠里』がまだ生きているという幻覚を見ている。そして彼の中では悠里は家からは出られないはずである。――あの時研究所内で何故彼が悠里の幻覚を見たのかは一旦保留とする。

名簿に『琴乃悠里』の名前が載っていない以上恐らく彼女本人が何らかの形でいるというのはありえない。だが、家がある以上夏彦は『悠里が家ごと連れてこられた』と思いかねない。その場合、恐らく夏彦は自分の家に向かう可能性が高い。

 

 

そのため真っ先に夏彦の家に向かおうとした彼女であったのだが、肝心の図書館が思いのほか複雑な構造であり、かれこれ出口を探している真っ最中である。

 

「……夏彦、ましろ……」

 

何処にいるかは分からずとも、この会場に居るのは明らかな、大切な友達の名を呟く

 

私がホールに来る前の最後の記憶は、隔壁の前にいた橘風見とあのテロリスト――笠鷺渡瀬を見かけ、橘風見の首を締めて事実を伝えた後、錯乱した彼女によって放り投げられた事。それ以降の記憶がまるでモヤにかかったかの如く思い出せない。

不思議なことに、テロリストに撃たれた傷や衣服に付着していた血痕等が最初っから無かったかのように綺麗になっている。最も、そこまで考えてしまうとキリがない。それよりも問題はさらにある。―――アリスが居ないこと

 

アリスがなければ自分は見ず知らずの人物とまともにコミュニケーションを取ることが難しい―――もしこのタイミングで誰かと出会っても下手に対応すれば不信感を与えかねない。

支給品として袋の中に入っていたのは基本的なものの他

 

――魔術万能攻略書(ルナ・ブレイクマニュアル)と書いている妙な本……意味がわからない。説明書には『本来の名前』で言わなければ効力を発揮しないとの事。何故か持ち主に文句を言いたい気分になった

 

――レスキューマンの衣装とかいう変なコスプレ衣装。レスキューマンが何なのかは分からないけど、ましろが見たら興味を持ちそうな気がする

 

――そして最後に、『単分子ワイヤー』。説明書によれば『本来使用者ですら見えない代物ですが、今回はこちら側で使用者には見えるようにしています』 との事。単分子ワイヤーを武器にして戦うなんてもっぱらましろが見ていたアニメの中ぐらいだと思っていたが、こうも実際に支給品に武器扱いとして支給されているところを見ると現実味を帯びてくる。

 

結果として、使えそうなのがこの単分子ワイヤーだけという。せっかくなので試してみることにした。

 

眼の前にあった本棚から本を一冊取り出し、上空に放り投げた上で、先程装備した単分子ワイヤーを目の前の本に目掛けて叩きつける

すると、宙に浮いた一冊の本は見事に三等分に切り裂かれた

 

「・・・なるほど」

 

攻撃面はある程度理解した。後は使っていく中で応用的な用途も考えていきたい――

 

そう思った最中であった。背後の本棚が真っ二つに両断され、それを扉のようにくぐり一人の男が現れたのは

 

「……おや?」

 

アリスがいなくてもわかる、その男は一見爽やかな美男子という風貌ではあるものの

 

―――彼から感じる”何か”は、テロリストの連中よりもよっぽど醜悪なものであった

 

○ ○ ○

 

 

「夢じゃねぇんだよな、これ……」

 

この後、何回か自分の顔をぶっ叩いてみたり、マシンガンの弾丸を攻撃を壁に当ててみたりしたが、逆にこれが現実であるという真実を突きつけられる結果となった。

それどころか、本来楽士の力で何かを壊したり、誰かを傷つけ、殺すことは出来ない。だが目の前にある現実……自分の攻撃でヒビが入った壁が、その事実を物語っていた

 

「あいつら、無事だよな……」

 

ふと思い浮かぶのは今いる仲間の楽士たちと、本来は敵対している帰宅部の面々。この惨状だ。最早メビウスから出るとかで争っている場合ではない。よくよく考えれば此処はメビウスではない、なのに何故自分はこの姿のままなのか、何故力が発現出来るか、イケPの頭ではその答えにたどり着くことはない

まず問題なのは今回選出されたであろう他の楽士だ。よりにもよって問題児ばかり。

 

シャドウナイフの方はランドマークタワーの一件で弱腰になっちまってるから逆の意味で問題。

 

ウィキッドは論外、というか下手したら意気揚々と殺し合いに乗ってそうだ。

 

ミレイは……まあアイツのことだからブレずにあの態度のままでどっかで痛い目にあっているようにしか見えない。

 

「……あれ、オレ以外楽士のメンバーまともなのいなくね?」

 

というか今更なことである。此処には居ないが、スイートPは中身おっさんだし、少年ドールは引きこもりだし、storkは覗き魔だし、梔子はまともだがなんか近づきがたいし、ソーンは何考えてるのかわかんねぇし

それに比べて帰宅部の方はまともなメンバーばかり。人のリアル素顔晒したゴシッパー女や梔子が執着しているキザ野郎はいないのが個人的には幸いである。

 

「……峯沢、お前はこの状況、どうするんだ?」

 

峯沢維弦、かつて小池智也が執着していた男。今ではそれなりにまともな関係にはなっているものの、帰宅部と楽士という敵対関係には変わりない。ただ、あいつも曲りなりに帰宅部だ、殺し合いに乗るなんて馬鹿な真似はしないと思う……いや、信じたいと思っている

 

 

「――オレらしくねぇ、考えすぎたか」

 

こんなに考え込むのは自分らしくない……そう思ったイケPは再び歩き始める。支給品の方は『けんじゃの石×5』と書かれた袋があり、開けてみたら持ち手がついた青い石みたいなものがあった。ここが殺し合いの場じゃなければアクセサリかなんかにしてもいい美しさであった。最も、説明書曰くこれの用途は『振ると半径50cm内にいる参加者の傷を癒やします』とのこと。

他の支給品といやあ『せいすい』とかかれた瓶詰めの水……なんかコンビニで似たようなの売ってたよな? もしマジの聖水だったら悪魔あたりに投げつける用途なんだろうが……

そして――フェレット? 説明書には『Air Reading Mascot System』って……わけがわかんねぇ……。なんて読むかわかんねぇしとりあえずこいつは『アリス』と名付けよう!

 

と、そんな事を考えていると、轟音が鳴り響く

 

「うおっ、なんだ!?……そういや音がしたほう、確かエントランス近くだよな…」

 

驚きもつかの間、誰ががいるという可能性を考え、イケPは音が出た方に向かうこととした

 

 

 

○ ○ ○

 

「―――全く、この図書館は手間を取らせてくれたものだ。だがここで人と出会えたのは運がいい」

 

「……!」

 

サリュの目の前に現れた鎧を纏った金髪の青年。一見爽やかそうな好青年に見えるその外見とは裏腹に、サリュでもはっきりと分かるほどに、その男が纏っている禍々しきオーラのようなものを感じていた

 

「……まずは警戒を解いてもらって、話をしたいのだが?」

「断る、まずその登場の仕方で危機感を感じないというのがおかしい。それに―――」

「あなたから、並々ならない何かを感じる」

 

人の感情を読み取るのが苦手なサリュでもわかる、そのオーラのような何かは、黒く、そして禍々しく蠢いている。大気が滲み、異様な緊張感がこの場に流れていた

 

「やはり、面倒になったからと言って本棚を壊して道を拓くやり方はまずかったか、それと」

 

目の前の青年は邪悪な顔のままサリュに対し剣を向け

 

「―――貴様のようなカンの良いガキは嫌いだよ」

 

攻撃の動作を察知したサリュがワイヤーで青年の一撃を防いだことで、戦いの狼煙は上がった

 

○ ○ ○

 

同じく図書館、PC室

 

ここに、轟音を聞いた参加者が一人

 

「……? なんの音だ?」

 

彼女の名は赤のアーチャー、純血の狩人。真名、アタランテ

彼女はさっきまで、この殺し合いで自分が取るべき立場に思い悩んでいた

 

もしファヴが言っている事が本当ならば、私は自分の願いのために殺し合いに乗るべきかもしれない

それこそが『この世全ての子供たちが愛される世界』という、かつて自分が聖杯に願った望みを叶えることが可能だからだ。

だが、その願いを抱いたまま挑んだ聖杯対戦の自分の末路(けつまつ)は、あのザマだ。

空中庭園でのルーラー、ジャンヌ・ダルクとの戦い、あの時の自分はルーラーへの憎しみから自ら禁忌を受け入れ、一匹の化け物と成り果てた。

頭の片隅では理解していた。こんな事をしても子どもたちのためにならない。でも、それでもどうしようもなく憎かった。救えるはずのあの子を見殺しにしたルーラーが憎かった

 

『それでも、それでも俺はあんたが堕ちていくのを止めたかったんだ』

 

そんな、行き場のない憎しみのまま暴れていた私を止めたのが、あのライダー(韋駄天バカ)だ。

 

最後まで、最後まで堕ちてしまえば、叶わない夢を願うことはなかった。翼を広げて翔ぶこともなかった。だが、あいつは『それでもだ』と、肯定してくれた。

 

 

―――はっきり言えば、本当にどうするべきかはわからない。だけど、あのファヴというのは信頼できないというのが事実だ。あのホールにおいて自分の他に何名か知り合いらしき姿は見かけたし、何名かだが子供たちの姿も確認できた。

願いが叶うというのならその夢想に手を伸ばしたい。だけど、そのためには必要ならばこの手で子供を殺す事になる。―――いくら望みのためとは言え、そんな事はしたくはない。戦える子供どころか戦いない無垢の子供すら巻き込んだこの殺し合いを開いた主催には反吐が出る。

だからこそ迷っていたのだが――――その迷いを一時的に忘れさせたのが先程の爆発だった

 

 

「……行ってみるか」

 

音の大きさからして、ここ場所からそう遠くはない。行ってみて、自らの方針が決まるかもしれない

 

そして狩人は走り出す

 

 

○ ○ ○

 

所変わってエントランス近く

静寂のイメージが強いこの図書館ではあるが、この一体はもはや静寂には程遠く、あたりには切り裂かれたりした本の紙片や本棚の木片が散乱し、宙を舞う

 

その中心にあるのは二人の人物

 

一人は鋼糸を操り、ガラクタの山と化した本棚の上を走り回る金髪の少女―――サリュ

 

一人はその少女の攻撃を剣で弾きながら、魔力の弾らしき紫の弾で応戦する金髪の青年―――ホメロス

 

状況だけ見るなればサリュがホメロスを翻弄しているように見えるが、実際のところ不利なのはサリュの方

 

「くっ―――!」

 

あの紫色の弾がなんなのかはわからないが、避けた際に弾が本棚を軽々と吹き飛ばしていた。あれがもろに直撃すれば最悪木っ端微塵―――よくても重症

持ち前の身軽さでなんとかしているものの相手の技量はかなりのものであり、接近戦を仕掛けて得意の関節技をかけようとしても軽く振り払われてしまった。今こそワイヤのリーチでごまかしているものの、もし相手の得意範囲に入ってしまおうものなら―――

 

「ちぃっ、ちょこまかと!」

 

相手も焦っているらしいけど、このまま長引けば不利なのは私の方―――だったら

 

 

 

 

思考を張り巡らせたサリュは方向転換、一気に―――

 

「……! ふっ、わざわざやられにきたか!?」

 

ホメロスの方へ猛スピードで一直線に飛びかかる――

 

「ならばここでくたばるがいい―――『ドルマ』!」

 

これを好機と見たホメロスは、飛びかかる彼女に対し手をかざし、手の先に紫色の魔力を放出

そのまま打ち出された魔法はサリュに直撃するかと、思いきや

 

「―――っ!」

 

手に持ったワイヤで――迫りくる魔力弾を反らし、受け流そうとする

が、ワイヤが接触した瞬間、魔力の塊は爆発し、サリュの体が吹き飛ばされる―――が

 

「ふん、馬鹿め。受け流すつもりだったのだろうがそう甘くはいか―――何っ!?」

「――スキあり」

 

吹き飛ばされた先はまだ辛うじて形を保っていた本棚の壁

サリュは即座にそれをバネ代わりとして―――再びホメロスへと飛びかかる

 

 

このまま近づければこちらのもの、あとは足を浮かせて転ばせてしまえば

そうサリュが思考していた最中だった

 

「―――甘いな」

 

男の目が怪しく、そして禍々しく輝いた

 

 

■ ■ ■

 

「―――!?」

 

サリュが意識を戻すと、そこに男の姿はなく、ただ本と本棚の残骸が散らかる静寂の空間へと戻っていた

 

「どういう、こと―――」

 

わけがわからない、あの距離で自分からどうやって隠れたのか、もしくは逃げ出したのか

あの光はなんなのかわからない。おそらくあの光を目くらましにしたのは確か

あの男は危険―――それこそテロリストの連中なんかよりも比較にならないほどに

 

早くなんとかしないと―――夏彦たちにも危害が及ぶ……

 

「あ、れ……」

 

視界がボヤける、室内だと言うのにピンク色のモヤのようなものが見えている……

意識がはっきりしない……眼の前が……?

 

『―――サリュ?』

 

―――聞き覚えのある声が聞こえた。

 

『―――よかった、無事だったんだな!』

 

―――もし本当なら、無事で良かった

何処にいるの?

 

『―――すぐ近くにいる!』

 

―――無意識に走り出していた。それか、意外な展開に呆然とながらも嬉しかったのだろうか

そして目の前に、天川夏彦の、姿が

 

「――夏彦!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――ドルクマ』

 

少女に、邪悪な光と爆発が襲いかかった

 

■ ■ ■

 

「う゛……あ゛……」

「ふん……まさか勇者でもない貴様にここまで手こずらされることになるとはな」

 

そして今―――傷だらけで倒れているサリュを、ホメロスは見下ろしていた

あの時ホメロスが使ったのは「げんわくのひとみ」。対象一人に対し幻覚を見せる特技

サリュはこの技にまんまと嵌り、夏彦がいる幻覚を見せられていたのだ

 

その夏彦がついさっきまで戦っていた男―――ホメロスであることを知らずに

結果として、近づいたサリュはホメロスの魔法を受け、この様な結果となった。

そして―――

 

「それと、貴様が口にした『夏彦』という言葉……少し面白いことを思い出した」

「……!?」

 

全身の痛みに体中が引き攣りそうになりながらも、なんとか立ち上がりホメロスを睨むサリュ

 

「夏、彦に……何を…!」

「ふん、簡単な話だ―――このスマホとやらの画面を見てみろ。」

 

ホメロスが取り出したスマホ、その画面には

 

『首輪解除条件:実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く』

 

「―――きさ、ま―――!」

「……迂闊だな、貴様の反応でその夏彦とやらが18歳以下だということは理解したぞ」

「しまっ―――!?」

 

あの男が言う通り、今のサリュは迂闊だった。夏彦の名を出されて、いつの間にか冷静さを失っていた

 

「これを見れば分かる通り、私の条件のために、その夏彦とやらには死んでもらうことになる。なぁに、心配するな、―――先に貴様がそこに逝く。」

「そんな、こと、させな―――ガハッ!」

 

何かの糸が切れたのか、サリュは血を吐き、そのまま倒れる

 

「―――あの世で夏彦とやらを待っているが良い」

 

 

 

―――悔しい、こんな男にまんまとはめられて、挙句の果てに夏彦を殺すと宣言した男の前に、何もできない

 

―――手も足も、動かせない。眼の前が黒く染まっていく

 

―――約束したのに、夏彦とましろと、3人で帰るって

 

―――ごめん、ましろ。ごめん、夏彦

 

―――私、二人と一緒に暮らせたのは

 

 

 

 

 

 

 

―――……アリス? 良かった、あなた無事だっ―――えっ?

 

 

 

 

失われそうになった意識が光を灯す。眼の前には自分を心配そうに見ているフェレット、アリスの姿と

 

「―――何者だ、貴様?」

 

驚いている様子の邪悪な(あくま)

 

 

 

 

「通りすがりのイケメンだ」

 

二挺のマシンガンを携えた、妙な男(てんし)の姿が、そこにあった

 

 

○ ○ ○ ○ ○

 

 

 

 

(……やべぇな、足の震えが止まらねぇ……)

 

内心若干ぐらい後悔した。だが、あの少女があのまま殺されるのが我慢ならなくて乱入した

それに女の子を見捨てて自分だけ安全策を取ろうなんぞイケメンのやることでないしただのクズ野郎だ

ヤツの気をそらすために機関銃での威嚇射撃をしたおかげで、そのスキにあの子に近づく事ができた

 

「―――大丈夫か、アンタ?」

「……」

 

実際この少女の傷は酷い、見た感じ血吐いてんのかこれ……あの野郎……ひでぇことしやがる

袋に入っていた「けんじゃのいし」を取り出し

 

「……じっとしとけ、今治療してやる」

 

説明書に書いてあった通りに振ってみる、すると周りに青い霧のようなものに包まれ、それがすぐに止んだ後、少女の傷はほとんど消えていた

 

「……え!?」

 

少女の方はキョトンとした表情のまま立ち上がる。手首を動かしたりして足を動かしてみたり……その最中痛みで表情を歪ませる事もあったが、見た感じだと傷はおおよそ治ってくれたようだ

 

「……ありがとう、助かった」

 

どういたしまして……。そう返答したオレは、目の前の外道イケメンに目を向ける

 

「とんだ乱入者だな……その武器には驚かされたが、次はそうはいかんぞ」

「テメェ……そんな軽口叩けるのは今のうちだぞ」

「それはこちらのセリフだな……足が震えてるではないか」

 

……クッソ、その通りだよコンチクショウ!

俺の姿こそメビウスでの姿だが、ここはメビウスじゃねえ……

武装は使えるが、メビウスと違って「誰かを傷つけかねない」という事実のせいでビビっちまってる

もし……

 

「……私も戦わせて」

 

後ろからさっきの女の子の声がした

 

「おい、傷が完治したわけじゃねぇだろ! 無理すんなって!」

「―――大丈夫、ここまで治っていれば支障はない……っ」

 

やっぱり無視してんじゃねぇか……! でも、説得した所で引き下がってくれなさそうだなオイ……

 

「……無茶すんじゃねぇぞ」

「震えているあなたが言っても説得力がない」

 

……これは、その、武者震いってやつだ……はい、普通にビビってます

 

「……フン、まあいい。そこの子供も含めて貴様ら全員皆殺しに」

 

 

 

 

 

「―――そこの子供も含めて、皆殺しだと?」

 

何処かから声がした。

 

「……誰だ!?」

 

目の前の男がその言葉とともに、何処からともかく飛んできた『何か』によって

 

「ぬおおおお!?」

 

凄まじい轟音と共に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた

 

 

 

「はあっ!? オイなんだよさっきの!? また新手とかじゃねぇだろうなぁ?」

「心配するな、今は汝らと敵対するつもりはない。」

 

目の前に現れたのは、美しいながらも気品と野性味を感じる、弓を携えた翠緑の少女

 

「……敵対の意思がないなら、何が目的?」

「……さぁな、ただ、子供が殺されそうなのを放っておけなかっただけだ。それより、今はここから出るぞ」

 

「なんだかわかんねぇけど、素直に従ったほうが良さそうだなこりゃ」

 

 

○ ○ ○

 

「おのれ……!」

 

再び静寂へと戻った図書館。戦いの跡とも言うべき本棚の残骸の中から、男は再び立ち上がった

 

油断した、などと言い訳をするつもりはないが、あの金髪の女と自分を吹き飛ばしたあの攻撃の元凶は油断ならない。―――いきなり乱入してきたあの妙な男が持ってた変な武器とやらも警戒したほうが良さそうだ

 

先の戦いであの少女の反応からわかったことと言えば、ヤツが溢した『夏彦』なる人物が18歳以下だということ

 

スマホなる謎の物体の操作には少々手こずったが、お陰でわかったことと言えば

 

この首輪を解く条件が、『実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く』であること

そしてこの場に忌々しき勇者どもと、……よりにもよってグレイグがいることが

 

命の大樹の崩壊とともにくたばっていたと思っていったが……存外しぶといようだ

 

まず勇者共とグレイグ……そして図書館で鉢合わせた奴らの始末は最優先だ。それと利用できる相手が欲しいところ。もとより我が主ウルノーガ様もデルカダール王に憑依し国を裏で操っていた。

元人間である自分にはそこまでの芸当はできないが、もし都合よく首輪の解除条件が『勇者の殺害』である参加者がいれば少しは交渉しやすいかも知れん、それに―――

 

「私がこの剣を持つことになろうとは、な」

 

勇者のつるぎ―――まさか自分がこれを持つことになろうとは。説明書には何故か『魔の皆さんにも使えるようにセッティングしているぽん』との説明。そもそも大樹に封じられていた勇者のつるぎはウルノーガ様によって変質したはずなのだが……いや、それだったらこの剣が大樹に封じられたままの形なのはどういうことだ?

……だがそれは考えても仕方のないことか。

 

「……墓地、か。」

 

この図書館から離れた所には墓地があるらしい。そしてその先にはユグドミレニア城と書かれた建築物の名が

 

「……まずはここに向かうか」

 

傷こそ癒えては居ないが、その男の笑みは、紛れもなく人間のものでなく、邪悪な魔物のような、そんな笑みであった。

 

 

 

【H-2/図書館/1日目/深夜】

【ホメロス@ドラゴンクエスト11】

[状態]:ダメージ(中)

[服装]:鎧姿

[装備]:勇者のつるぎ@ドラゴンクエスト11

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く

[思考]

基本:勇者とその仲間共、そしてグレイグも殺す

1:図書館で戦った少女と、乱入してきた妙な武器の男は警戒。なるべくは始末

2:利用できる協力者を探す。都合がいい首輪の解除条件を持った参加者が入れば良いのだが

3:首輪の解除条件のために場合によっては『夏彦』とやらは殺す

4:まずは墓地へ立ち寄る

5:まさかこの剣を私が使うことになろうとは……

[備考]

※参戦時期は命の大樹崩壊後からです

 

 

○ ○ ○

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「……全く、この程度で息を上げるとは、情けない」

「いや……つーか……アンタ、すっげぇ……はやい」

「生憎、速さには自信があるのでな」

 

図書館から脱出し、今はG-3のエリアに辿り着いたイケP、サリュ、そして翠緑の女性の三人と一匹

ちなみにイケPは何故こんなにもあがっているかというと、図書館を出てからアタランテのスピードが早くなり、いくら楽士として身体能力が強化されているとはいえ追いつくまで精一杯、しかもまだ傷が治りきっていないサリュを抱えて走っていたため、この有様である。

 

「……ふぅ。しっかし助かったぜ。俺じゃああいつに勝てるかどうか、分かんなかったからな」

「あの時にに言ったが、私はただ子供が殺されそうなのを見過ごせなかっただけだ。別に貴様を助けたわけではない。……が、貴様が時間を稼いでくれたお陰であの子を助けられたのは確かだ、そこは感謝する」

「そりゃどーも……。で、そっちは大丈夫なのか?」

「まだ傷は痛むけど……支障はない。でもだからといって背負ってもらうことまでなかったと思う。あの程度なら走れた」

「いや走れたって言ってもな……走って傷とか開いたらどうすんだって話だぞ?」

「そこは我慢する。銃で打たれた痛みに比べたら大したことじゃない。命に関わらなければ多少の無理は範囲内」

「さらっと怖いこと言ったよこの子!? 銃で打たれる経験をその年でするものなのか!? 普通はしねーよ!」

「その年でマシンガンを軽々と扱っているあなたには言われたくない。でも、あの時は本当に助かった。ありがとう。アリスも礼を言ってる」

「―――さて、落ち着いた所でいいか? せっかくだ、色々と話がしたい」

 

○ ○ ○

 

「マジなんだな、やっぱ。ここが殺し合いっていうのは。しかもすでに一人殺されてんのかよ……! 俺寝てて気づいてなかったわ!」

「……呑気にも程がある。」

「だけどマジでそうだったらなおさらあいつらの言う事なんぞ聞くわけにはいかねぇな……夢を叶えるってアイツは言ってたがそんなことはメビウスだけで十分だ」

 

結果として、それぞれの情報を共有することになった。翠緑の女性……赤のアーチャーはスマホの操作方法が分からなかったためにイケPが教えてあげることに。その結果判明したのは

 

『首輪解除条件:会場内にある導きの教会にたどり着く』

『特殊機能:死亡者放送時、同時に死亡した参加者が誰に殺されたかを表示する』

 

首輪解除条件の方は簡単な方の条件。特殊機能に関してはイケPは大したことない特殊機能だと言う認識だったが、『誰が殺したか?』という情報はこの場において重要な情報であり、素性を隠して殺し合いに乗っている人物が分かることが出来る。逆に、この情報を鵜呑みにするだけだと誤解から無意味な戦いに発展する危険性を持ち合わせている……というのはサリュの解釈

 

サリュの首輪解除条件は『天河夏彦、森の音楽家クラムベリー、一条要、三ノ輪銀の内、最低一人の第三回放送終了後までの生存』。特定参加者の生存が条件という癖の強い条件であり、しかもその3名が全員死んでしまった場合はサリュ本人の首輪も爆破してしまうという。幸いには該当者が一名でも生き残っていればOKとのこと。

 

あとアーチャーが名簿を見た時、ジャンヌ・ダルク、天草四郎、赤のアサシン、黒のアサシンの名前に反応していたが、ジャンヌに感しては同族嫌悪……というかお互い頑固なだけみたいな感じらしい。天草と赤のアサシンはアーチャーがいうのは「信用ならない」との事。黒のアサシンは……なんかはぐらかされた

 

因みにサリュは安易な首輪解除条件の提示には反対していたが、イケPがあっさり自分の解除条件を説明、さらにイケPが赤のアーチャーにスマホの操作方法を教えた際に流れで知ることになり、結果として教えていないのが自分だけという空気になりやむを経ず提示する流れとなった。

 

そんな最中―――

 

「……一つ良いか?」

「ん? どうした?」

 

赤のアーチャーが口を開く

 

「汝らに確かめたいこともある、はっきり言おう、私には―――誰かを殺してでも叶えたい願いがある」

「―――!?」

 

その時の、サリュの反応は早かった。

アーチャーの首元に対し瞬時にワイヤを突きつけ、それに対応したアーチャーを弓を構えサリュの額に対し矢を突きつけている

 

「お、おいお前ら落ち着け落ち着けって!」

「――動いたらただじゃおかない……!」

 

「――私には叶えたい願いがある。それこそ全ての子供たちが幸せになれる世界だ。だが、そんなものは夢物語だ。聖杯のような万能の願望機を持ってしてでないと叶わない。あの時私は揺らいだよ……素直に殺し合いに乗れば望みは叶うと。だが、そのためには―――ここにいるであろう子供を全員殺さなくてはならない」

 

ファヴが本当に、それこそ聖杯のような『望みを叶える』手段を持っているのなら、それこそ殺し合いに乗り、優勝するべきかもしれない。だが、この場に「子供がいる」という理由だけで自分は戸惑っている。

 

「もし、もしもだ―――汝たちにも、誰かを踏み潰してでも叶えたい願いが」

「―――そんな事でしか叶えられない願いがもしあるなら、そもそも望んでねぇよ」

 

この緊迫した状況で口を開いたのは、イケPであった

 

 

「別に、アンタの気持ちもわからんでもないぜ。俺だって目の前の甘い汁につられてこんな姿になったんだ」

「だけどよ、誰かを踏み台にして、誰かを殺してでしか叶えられない願いなんぞ、くそったれだ」

「結局、そんな事して自分が幸せになれるわけがねぇ―――いや、ある意味俺が言う資格はねぇかもな」

 

「もしその子供が幸せになれる世界(らくえん)ってのが叶ったとしてだ、―――そんな、誰かを殺して作られた楽園なんて、楽園じゃねぇよ。誰かを殺さないと作れない楽園なんて、そんなの楽園じゃねぇ。」

 

 

――アーチャーは思う。この男はつくづく甘い考えの男だ。そんな綺麗事が通じるのなら、あの時の私はあの様な苦難を、あの様な憎悪を纏うことはなかっただろうに。

だが、この男の目はまっすぐ自分を見据えている。覚えがある、あの時の赤のライダーの目と似ているような気がした。アイツとは強さも、生き様も、おそらく考え方も違う―――だが

 

「―――そうか」

 

悩みが晴れたわけではない。ただ、少しだけ、彼らと付き合ってみるのも悪くはないと思っただけだ

 

 

○ ○ ○

 

あの後、今後の方針を決めることとなった。因みにさっきのアーチャーの言葉に対するサリュの返答は「そこまでして叶えたい願いはない」との事。

話し合った結果、サリュの話から夏彦という人物が向かってるかもしれない『夏彦の家』に向かい、夏彦がいるか居ないかの確認ができた後、アーチャーの首輪解除のために導きの教会に行くことにした

当初は鉄塔を経由するルートだったのだが、アーチャーが鉄塔方面からとてつもない『何か』を感じ、危惧したため、お菓子の国を経由するルートになった

その最中、今更ながら先の戦いでサリュの服がボロボロでブラが見えており、イケPが話に集中できずチラ見してた疑惑がありサリュに関節技をかけられた模様。

 

「ギブ、ギブギブギブぅぅぅぅ!」

「―――えっち」

 

なお、イケPはサリュの事を「優衣」、アーチャーの事を「(あね)さん」呼びにしている。後者に感してはアーチャーが戸惑いと妙な嬉しさを秘めた顔をしていたが肝心のイケPは気づかずである

 

「――『姐さん』、か」

「ん? どうした?」

「いや、なんでもない……そろそろ行くぞ」

「お、おう!」

 

 

 

一人の青年と

 

 

一人の少女と

 

 

一人の狩人

 

 

 

彼らの行き先に何が待ち受けるか、まだ誰も知らない。

 

 

【G-3/一日目/深夜】

 

【イケP@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、けんじゃのいし×5(残り数4)@ドラクエ11、せいすい@ドラクエ11

[首輪解除条件]:首輪解除条件が達成された女性参加者の首輪を2つ以上所持

[思考]

基本:この殺し合いを開いた連中をとっちめてメビウスに帰る

1:優衣、姐さん(赤のアーチャー)と共に夏彦の家に向かう

2:あの外道イケメンは警戒

3:もしウィキッドと出会ったらどうか

4:峯沢が心配

5:1の用事が終わった後、アーチャーの首輪を解除するために導きの教会に向かう

[備考]

※楽士ルート、水族館編終了後からの参戦です

 

【三ノ宮・ルイーズ・優衣@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:ダメージ(小・ある程度治癒)

[服装]:いつもの服(ボロボロ)

[装備]:単分子ワイヤ@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、魔術万能攻略書@Fate/Apocrypha、レスキューマンのコスチューム@カリギュラ、アリス@ルートダブル -Before Crime * After Days-

[首輪解除条件]:天河夏彦、森の音楽家クラムベリー、一条要、三ノ輪銀の内、最低一人の第三回放送終了後までの生存。なお該当者が全員死亡した場合即座に首輪が爆発する

[思考]

基本:夏彦とましろと共に、元の世界へ帰る。

1:イケP、アーチャーと共に夏彦の家に向かう

2:夏彦とましろが心配

3:あの金髪の男は今後警戒

4:もし渡瀬と出会ったら……

5:1の用事が終わった後、首輪を解除するために導きの教会に向かう

[備考]

※AルートGoodエンドからの参戦です

 

【赤のアーチャー(アタランテ)@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服

[装備]:天穹の弓@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:会場内にある導きの教会にたどり着く

[思考]

基本:主催の打倒。子供たちは最優先で保護

1:イケP、三ノ宮と共に夏彦の家に向かう

2:ジャンヌ・ダルク……貴様もいるのか

3:黒のアサシン……

4:天草四郎、赤のアサシン(セミラミス)は警戒

5:金髪の男は今後警戒

6:1の用事が終わった後、アーチャーの首輪を解除するために導きの教会に向かう

[備考]

※死亡後からの参戦です

赤のアーチャーのスマホの特殊機能は『死亡者放送時、同時に死亡した参加者が誰に殺されたかを表示する』

死亡者放送が流れ終わった直後に、スマホに自動的に『○○殺害者:○○』と表示されます



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迷宮を越えて/黒のライダー、粕谷瞳(パンドラボックス)

「こーこーどーこー!?」

 

エリアB-7 原子力発電所。この施設があった元の世界において、原子力発電所という名は仮の姿であり、その実態は地下施設にてBC能力者の研究を行っている研究施設である

そしてその地下施設はある意味複雑な仕組みとなっているのだが……そんな地下施設の通路をピンクの髪を靡かせ歩き回る美少女……否、美少年が一人

 

その名は黒のライダー。またの名をシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ

 

「あーもうっ! 一体いつになったら出口に着くのぉっ!?」

 

彼の今までの経緯はこうである。

トゥリファスの聖杯大戦において、大聖杯を以って人類救済―――全人類の魂の物質化を企もうとしていた赤の陣営のマスター、シロウ・コトミネの企みを阻止するために黒の陣営の面々は彼らの根城である空中庭園への侵攻作戦。

その戦いにおいてアストルフォは自分のマスターであるジークをヒポグリフに乗せ、自らの宝具による空中庭園の防御兵装の破壊を担当していた。ジークは赤のランサーの足止めをするために一度離れたが、最終的に防御兵装全ての破壊に成功するも、自分自身はダメージのため落下して―――意識が戻ったと思ったら妙なホールの中にいた。

そしてファヴなる使い魔らしき存在によって明かされる『殺し合い』のルールと、目の前で見せられた凄惨な見せしめ。もちろんこんな光景を見せられて彼が憤らないはずもない。英霊として、英雄アストルフォとして、一人の人間として、この殺し合いを止めることを決意した―――が

 

次に意識が戻った時に居たのはなにがなんだかわからない場所。あっちこっち歩き回り約1時間経過――

 

「や、やっと出口っぽい所が……」

 

歩きっぱなしのためか若干疲れながらも足を進めていく。向こう側には大きな空間。そしてガラス壁から見える夜空の星々が見えていた。

 

「やっと出られたぁぁぁっ!」

 

大きく背伸びしながらも大いに喜ぶアストルフォ。どうやらここはエントランス部分であるが、やっと外が見えたということで本人はある程度興奮していた。

 

「さてと、これからどうしようか」

 

先ずあの変な迷路みたいな空間から脱出したはいいいが、ぶっちゃけた話「殺し合いを止めて主催をとっちめる」以外の方針は何も決めていなかったこの理性蒸発英霊

 

思い出し方のようにスマホを取り出し、慣れない手付きでなんとなく適当に触ったりしてみる。すると運良く液晶に名簿のページが開かれる

 

○ジーク/○ルーラー/○黒のライダー/○赤のセイバー/○シロウ・コトミネ/○赤のアサシン/○赤のアーチャー/○黒のアサシン

 

「マスターとルーラーは良いとして、うへぇ…他が敵ばっか……。ていうかあれ、黒のアサシンってルーラーに倒されたはずだよね……まさか再召喚された?」

 

ジークの方は赤のランサーの足止めをしていたけど、もし令呪を使いすぎで彼の身に何か起きたのなら……それこそたまったもんじゃない。

ジャンヌはなんとなく心配なさそうなのが本人のカン。他に関してはとりあえずは警戒の方針。赤のセイバーはあの時こそ一時的共闘という形ではあるけれど、この状況で何をするか分からない。

気になったのは、すでに討伐されたはずの黒のアサシンの名があることが気になった。あのファヴというのがまさか参加者として再召喚した?なんて考えたが、彼の頭ではそれ以上は考え至ることはなかった。

さっきの適当操作でなんとなくコツを掴んだため、次に確認したのは首輪解除条件の項目

 

『首輪解除条件:首輪解除条件を達成した参加者が24名以上になる。なおこれはすでに死亡した参加者もカウントする』

 

積極的に他参加者の首輪解除条件達成を手伝う事を勧められるタイプの解除条件。遠回しに仲間が必要ということでもあった。そして肝心の支給品はというと

 

「良かったぁ! 僕の宝具ちゃんとあるじゃないか……ありゃ、あっちは無いのか……ん、これって……?」

 

袋に入っていたのは宝具である愛用の槍と角笛。魔導書の方はなかったが代わりにあったのは―――

 

「これ、バーサーカーの……」

 

乙女の貞節(ブライダル・チェスト)――黒のバーサーカー、フランケンシュタインの宝具

周囲の残存魔力を吸収し、持ち主に魔力を供給する戦鎚。―――アストルフォは多分知らないが、ジークが再び蘇るきっかけを作ったモノ

 

「キミは、ボクの事、手伝ってくれるのかな?」

 

今は居ない少女(バーサーカー)に呟くように、空を見上げる。空にはただ大きな満月だけが浮かんでいただけだったが、ふと―――何かが聞こえたような、そんな気がした

 

「―――ありがと。バーサーカー。」

 

何か納得したような、そんな笑みを、浮かべていたような気がした。

 

「さーて、出発ぅ……ん?」

 

ふと、隣に目を向けると、ロビーベンチに座り、何やら物思いに耽ている―――メイド服の女性の姿があった

 

 

 

 

○ ○ ○

 

私をあの地獄から救ってくれた人がいた

 

何度も、何度も何度も何度も

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、殺し、殺し、殺した日々が終わると、そう思っていた。

 

本当に、誰一人欠けず、14名全員が生きて帰れると、そんな理想に向けて努力していた皆がいた。私も頑張った

 

だけど―――

 

<リピーターズコード>

6時間以内にプレイヤーナンバー5『荻原結衣』を殺害せよ。

なおこの条件を達成できなかった場合、全員が首輪を爆破されて死亡する。

 

全ては、ただの理想にしか過ぎなかった。

結局、皆を生かすために、彼女を殺すしかなかったから

 

それでも、みんなは、お父さん(修平様)も、お母さん(吹石様)も、まだ諦めていなかった

でも、私は―――

 

<リピーターズコード>

12時間以内に、プレイヤーナンバーが奇数のプレイヤー全員か、もしくは偶数のプレイヤー全員を殺害せよ。

なおこの条件を達成できなかった場合、全員が首輪を爆破されて死亡する。

なおこのPDAの持ち主が死亡した場合は、その限りではない。

 

『ひ、瞳……選んじゃだめ』

『私たちを生かすために、誰かを殺そうなんて思わないで!』

 

――すでに引き金を引いた私に、選択の余地も、迷いも、なかった

 

『……皆様……』

『まことに、申し訳ないのですが……』

『私の大切な人々を、生き延びさせる為に』

 

『死んでいただきます』

 

私は、私を救ってくれたお父さん(修平様)と、お母さん(吹石様)を救うため、私は再びその手を血に染める

 

 

『……俺は、最後まで……戦い続ける……!』

 

 

『浅ましくなんか、ないよ』

『それが普通だよ……誰だって、生きたいもの……!』

 

 

『……それでも、抵抗はするけどね』

 

 

殺した、殺した、殺した。殺すしかなかった、お父さん(修平様)と、お母さん(吹石様)を救うため。

でも結局、あの時、私は分からなかっただけだった。本当にどうするべきなのか、分からなかった。

私には、ああするしか、なかった―――

 

 

 

『私たちのために、もう手を汚さないで……!』

『もう、私、耐えられないよ……!』

 

だから私は、もういっそ楽になりたかった。そうすればよかったんだ、でも

 

『……俺は、撃たない』

『俺はお前を、殺さないって言ったんだ』

『もちろん瞳にも、誰も殺させない』

『誰も殺さず、殺されず……一緒に生き残る道を探そう』

 

それでも、お父さん(修平様)

 

『なぜだって!? 決まってる! 俺たちは押し付けられたルールに従うだけの、ゲームの駒じゃないからだ!』

『自分の意志で生きる、人間だからだ!』

 

『……なぁ瞳、殺したくないなら、殺さずに済む方法を考えよう』

 

『そんな方法がどこにもなかったとしても、せめて最後まで……』

 

こんな私に、薄汚れた罪人である私に

 

『もし人を殺した罪が、何をしても晴らすことができないとしたら、罪人は皆死んで償うしか無い』

『だけど償う方法は、きっと他にもあるはずだ』

『……少なくとも俺は、そう信じてる』

 

そう、語りかけてくれた―――でも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局―――私は、その罪を自らの死をもって償うことになった

 

○ ○ ○

 

意識が戻った先にあったのは、また別のデスゲームだった。

何が起こったか分からなくて、ホールでの説明をただ呆然と聞き流していただけであったが、スマホというのがPDAの操作方法と似たような感じだったこともあり、操作はすぐに慣れた

 

名簿には自分の見知った名前が載ってあった。

 

藤堂悠奈、三ツ林司、蒔岡玲―――お父さん(修平様)やお母さん《吹石様》と同じく、皆で生き残る道を諦めなかった人

 

伊藤大祐、阿刀田初音―――もし私が荻原結衣を殺していなければ、バラバラにならなかったのだろう

 

黒河正規―――あなたは、私が彼女を殺したことを恨んでいるのでしょうか

 

首輪解除条件―――かつてのゲームにおけるクリア条件に該当するモノは

『首輪解除条件:第四回放送終了時まで、12時間以上同じエリアに留まらない。もし12時間以上同じエリアに留まった場合、首輪は爆破される』

思わず苦笑いをせざるえなかった―――あのゲームにおける私のクリア条件とほとんど同じだったのだから。それどころか

『特殊機能:現在いるエリア及び隣接するエリアにいる参加者のスマホに対し、メールの送信を行うことが出来る』

さらに言えば、支給品の一つとして入っていたのがチェーンソー。もはや笑いを通り越して呆れ返るしかない。

私の条件は前とほぼ同じようなものであるが、もしもあの時と同じく何らかの条件でセカンドフェイズに移行し、条件がより過酷なモノに変貌する可能性もありえる。

 

 

―――と考えてみたものの、実を言えばこれからどうするかなんて考えていない。今更二度目の生を得たとして、私は何をすればいい?

今の自分は亡霊だ、ただ何の願いもなく、何の望みもなく―――いっそこのまま楽になってしまえばいいのだろうか。そんな事を思っていた時だった

 

 

「ねー、ちょっとそこのキミー? 聞こえてるー?」

 

誰か、少女のような声が、こちら側に呼びかけていた。

 

○ ○ ○

 

「よかったぁー! てっきり聞こえてないかと思ったよ」

「は、はぁ……」

 

メイド服の女性――粕屋瞳がアストルフォに抱いた感情は、まさに『変わった人』である。

ここが殺し合いの舞台だと知っているのか知っていないのかはわからないにしても、ある意味このお気楽かつ能天気さは自分が殺してしまった荻原結衣に似通った感じというか……

 

「物好きなのですね……私のような異様な雰囲気の方にわざわざ話しかけてくるなんて」

「い、いや……そういうわけじゃなくて。なんと言うかキミがお空見上げてボーっとしてたし、何か悩み事でもあるのかなぁーって」

 

悩んでいる……瞳としてはこれからどうすべきか分からなくて、いっそこのまま独りで死んでも構わないと考えていたため、ある意味悩んでいるという表現は的を当てていた

 

「まあ、確かに……悩み事と言えば悩み事かと思いますが……」

「大丈夫、大丈夫、ボクぐらいでいいなら相談に乗ってあげるよ」

「いえ、その……」

「気にしないでって! 他に話したくないならボクがちゃんと二人だけの秘密に……ってなんかその場のノリで他の人に話しちゃいそうだなぁ、アハハ」

 

本当に変わっった人だ……そんな彼女(アストルフォ)の好奇心に参ったのか瞳は

 

「……では、少し、昔話にお付き合いよろしいでしょうか?」

 

一切合切、話すことにした

 

○ ○ ○

 

「……そう、なんだ」

 

さっきまでのお気楽さとは一変、暗い顔をするアストルフォ。自分から聞いたこととは言え、その壮絶な人生には思わずただ聞くだけしかなかった

 

 

 

 

 

幼少期に誘拐・解禁され、誘拐犯に性的暴行を受け、同じ境遇の子供たちが脱走しようものならそれを殺すことを強制される。生きるために子供たちを殺した、殺して殺して殺し続けた。

その果てに感情は凍結し、地獄から開放されたその時にはすでに、粕谷瞳という人間の人格は破綻していた。

 

そんな彼女の唯一の心の在処は、誘拐犯に与えられた一冊の漫画。その登場人物に、巨大なチェーンソーを巧みに扱うメイドの従者がいた。そのメイドは最後に主人公であるヒーローと共に長い旅路を越え、恋に落ち、最後に悪を打ち倒した。

そんな生き様に憧れを抱いた彼女は、その従者になることで自らの心を保っていた―――現実と空想の見分けがつかなくなった代償を以って。

 

そして、そんな最中に『運営』からデスゲームの勧誘を受け、理想のご主人様を求めてそのゲームに参加した。全ては、自分のすべてを捧げられるような、理想のご主人様を探すため

 

――が、そんな彼女の運命(幻想)は、何度目かに参加したゲームにおいて崩壊した。

 

そのゲームで出会った、新しいご主人様(お父さん)と、その幼馴染(お母さん)によって

 

最初はご主人様のやろうとしていることが分からなかった。分からなかったせいで私はご主人様を傷つけるという禁忌を犯し、私はもう一度、壊れた。

 

そんな私を優しく受け入れてくれたのが修平様(お父さん)吹石様(お母さん)

 

 

そして、それこそ不可能だと思っていた、プレイヤー14人による共同生活、そして首輪の自力解除からの脱出が成されようとしていたその時―――運営(理不尽)によって私は再び、壊れた

 

 

「私は修平様(お父さん)吹石様(お母さん)みたいに、強くはなかった。私はあの理不尽に屈してしまったのです。」

 

「……」

 

「私は昔と同じように、殺しました。死にたくないと願う人も、殺しました。全ては大切な人たちを、助けるために。」

「あの絶望的な状況の中、まだ諦めなかったあの方たちと違い、私は諦めていたのでしょう。本当はそれが正しいことかなんて分からなかったのです。」

「結局私は、この血塗られた運命からは逃れることなんてできなかったのですから。でも、そんな私をあのお二人は受け入れると、赦すと言ってくれました―――でも、現実はそれを許さなかったようですが」

 

「少々、話しすぎましたね。―――このまま待っていれば私の首輪は勝手に爆発します。私みたいな方に構わず、貴女は別のところに行ってください。今更二度目の生を得た所で、願いも、望みも、私には、何もないのですから」

 

いつの間にか、瞳の目から、ハイライトは消えていた。まるで全てを諦め、どうでも良くなったかのように。しかし―――

 

「……なおさら、放ってはおけないよ」

 

そんな彼女を、アストルフォは真剣な目で見ていた

 

「―――キミが今まで何を思って生きていたのか、何を抱えて生きてきたかとか、当事者でもないボクがどうこういう刺客もないし、何も言えないけど、でもね」

「本当にキミは――叶えたい願いは無いの? キミの話を聞いた感じだと、願いがないんじゃなくて、願いを諦めているように、そう見えた気がするよ」

 

「―――願いを、諦めている?」

 

「うん。キミは自分が犯したことに逃げている。キミの言っている彼らっていうのが赦してくれているけど、自分はその優しさを受け入れる資格なんて無いって、そう思っている」

 

「―――そんな戯言を。今更私に戻る場所なんて」

 

「戻る場所……それってその二人の場所こそがキミの戻るべき場所なんじゃないのかな?」

 

「………」

 

思わず、口が止まる。―――そんな事わかってる。もし戻れるのならお父さんとお母さんの所に戻りたい。でもいくら二人が赦してくれると、受け入れてくれると言った所で、今更私が戻る資格なんて無い。人を殺した罪は、死ぬことでしか償えない。

 

「でしたら――私は、私はどうすればよかったのですかッッッ!!!」

 

「お父さんとお母さんはこんな私を赦してくれると言ってくれた! 他にも罪を償う方法があるって言ってくれた! でも、でも結局は、現実は私が死ぬという事実だけだった!」

 

「私だって、出来ることならお母さんに……お父さんに会いたいッ! でも、今更私には……私には……! 理不尽(げんじつ)に負けて、何もかもどうでも良くなった私に……! 私に救いなんて……!」

 

―――いつの間にか、瞳は涙を流して叫んでいた。アストルフォ以外誰も居ない、この建物の中で

 

「……うーん、なんと言うかその、ボクが言うのもアレなんだけどさ。」

「え……?」

 

「まあボクだって人を殺したことが無いと言ったら、嘘になるよ。あの時は時代がそうだったーとかそういう言い訳とかするつもりはないんだけど。―――でも、言ってしまうとさ、キミ、いろいろと悩みすぎじゃない?」

 

返ってきた返答が、思いもよらない以外さだった

 

「いや分かるよ、本当はみんなと戦いたかったって感じでしょ? でも、唐突で時間がなくて、自分で考えた結果あんな事をして、それで後悔しちゃったんでしょ? 簡単に言えば」

「いや、別に間違ってはないと思いますが……」

「だったらさ、一回自分が「やりたーい」とか「これだけは許さなーい」とか、自分のそういうのを全面に押し出すのとかどうかな? ……って言っても、ボクはボクのやりたいようにやって、やりたくないことは絶対にやらないって感じだったから、あんま参考にならないかもね。」

 

「まあ……言う所つまり、バカになれ、かな?」

 

―――いまいち意味がわからない。でも、なんとなく。分かる気がする。

あの時の私は突きつけられた現実に、どうするべきか分からず、結局あんな手段を取るしかなかった。考える暇がなかったのか、考えすぎてそれしか思いつかなかったのか―――

でも、私が殺してしまった彼女だったら、真っ先ににどうしようかと、誰かに伝えていたかもしれない。そうしたら、恐らく私の運命も変わっていたのだろうかもしれない。

私には、一歩を踏み出せなかった。ただ自らに刻まれた人生(呪い)が、私をあの様な決断にさせたのだろう。今更言い訳にしかならないことを言っても仕方のないことかもしれないけれど

 

 

これが運命の悪戯なのか、この殺し合いを開いた連中による悪意によるものなのかは分からない。この二度目の生に何の意味があるのか分からない。

 

でも、唯一つ。私がこの狂った世界でやるべきことは、殺し合いに乗ることでも、ここで静かに生を終わらせることでもない。

いや、これは自分が『そうしたい』と願うこと。かつて自分が潰してしまった皆の夢想、皆の願いだと思うこと

お父さんと、お母さんと、まだ諦めなかった皆が望んだ―――

 

「……ありがとうございます。」

 

「……ん?」

 

「あなたのお陰で、少しだけ、やるべきことを見つけました。」

 

「やる事って?」

 

「―――私は、この殺し合いを、認めるわけには生きません。人の尊厳を踏みにじり、殺し合いを行う輩を。私がそんな事を言う資格なんて無いかもしれません。こんなことをしても罪の償いにもならないかもしれない。でも」

 

修平様(お父さん)吹石様(お母さん)、そして修平様(お父さん)を変えたであろうあの人なら、最後まで誰かを助け、皆で理不尽に抗うことを、望んだはずです」

 

アストルフォから見た瞳の顔に、何やら覚悟のような、決心のような―――そんな小さなものを感じていた

 

「―――そう、そうなんだね。」

 

 

 

「……瞳」

 

「へっ?」

 

「いえ、お名前をまだ言っていなかったものですので。私は瞳、粕谷瞳と申します」

 

「あーそういえば自己紹介まだだったかなぁアハハ。ボクは黒のライダー。その真名はシャルルマーニュ十二勇士が一人、アストルフォ! よろしくね、瞳!」

 

「よろしく……と言うよりも、私と行動をするつもりなのでしょうか? アストルフォ様は」

 

「いやアストルフォ様って、ボクに様なんて似合わないよ。普通にアストルフォで良いよ」

 

「申し訳ございません、これは癖みたいなものでして……これでも私はメイドですので。では改めて、アストルフォ……さん」

 

「アストルフォさんって……ふふ。」

 

「どうしましたのでしょうか?」

 

「いやさ、キミ、そんないい笑顔出来るんだなって」

 

「笑顔……そう言えば笑顔になるのは、久しぶりな気がしますね……そう、心からの笑顔というのは」

 

 

かくして少女は、その手に望みを再び手に入れた。

 

理不尽に抗うため、理不尽に屈しないため。かつて自分が潰してしまったモノへの贖罪へ

 

できるだけ多くの人を救い、この殺し合いを打ち破るために

 

そしていつか、出来ることなら―――愛すべきヒトの元へ、帰れるというのなら

 

「それじゃ、行こうか。瞳」

 

「はい、アストルフォさ……さん」

 

 

―――これは、人が願いを叶える物語

―――これは、人が願いを掴み、歩み始める物語

 

 

 

 

 

 

「ところでさ瞳……」

「はい」

 

「―――これからどうしようか」

 

「……えっ?」

 

「いやね、この殺し合いは絶対に止めないと~っては思ったよ。それでまずマスターとかジャンヌとかは探そうかなって思って。あとあまりいい印象持てないけど赤のセイバーも。だけど、そもそもここどこかな、スマホのマップっていうのは見たけど、いまいちこんな感じの地図は見たこと無くてさ。うん、何処行けば良いのかわからない!」

 

なんとなく自分がバカだということを自己申告していたがため、若干嫌な予感がしたのだが―――まさかの『地図がわからない』。

 

「……アストルフォ()、主を正しい道へ正すのもメイドの努めだと思っております」

 

「……ふぇ?」

 

「で・す・の・で、少しこの電子地図の見方をご教授しようと思っております」

 

「ちょっと!? いやボクはキミのマスターになった覚えもないし、そもそも―――アレ、瞳? 若干怒ってる?」

 

「ええ、ご心配ならずとも―――私、今まで使えていた多くのご主人様は、頭脳明晰なお方を選りすぐりしていたですので、少々―――呆れ返っております」

 

「やっぱ怒ってるよね! その笑顔逆にすっごく怖いよ! 威圧感バリバリだよ! 前のボクのマスター(セレニケ)にも引けをとってないよ!?」

 

「では、少し―――お勉強の時間とさせていただきます」

 

「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃ!?」

 

始まったばかりで、この始末。はてさて、どうなることやら

 

 

 

 

その後、事の弾みで瞳がアストルフォが女性ではなく実は男性だと知った際、一時期思考が停止したのは、また別のお話

 

 

【B-7/原子力発電所/1日目/深夜】

 

【黒のライダー@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:触れれば転倒!(トラップ・オブ・アルガリア)@Fate/Apocrypha、恐慌呼び起こせし魔笛(ラ・ブラック・ルナ)@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一色、スマホ、乙女の貞節(ブライダル・チェスト)@Fate/Apocrypha

[首輪解除条件]:首輪解除条件を達成した参加者が24名以上になる。なおこれはすでに死亡した参加者もカウントする

[思考]

基本:殺し合い? そんなの認めないよ!

1:マスターとルーラー……あと赤のセイバーも探そう! だけど何処行けばいいかな?

2:知らない間にマスターが令呪を使いすぎていないかすっごく心配

3:瞳、これからよろしくねっ!

4:まさかの電子地図とやらの見方のご教授、うへぇ……

5:赤の陣営、特に天草と赤のアサシンは警戒

6:黒のアサシンって確か倒されたはずだよね……

[備考]

※参戦時期は空中庭園の迎撃術式を全部破壊し、墜落したときからの参戦です

 

 

【粕谷瞳@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:健康

[服装]:いつものメイド服

[装備]:チェーンソー@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品一つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:第四回放送終了時まで、12時間以上同じエリアに留まらない。もし12時間以上同じエリアに留まった場合、首輪は爆破される

[思考]

基本:なるべく多くの人を助けて、この会場から脱出する。危険な相手に関してはなるべく無力化の方針

1:アスフォルトさんと共に行動。でも開幕からこの有様なので心配

2:アスフォルトさんにまずは地図の見方をご教授しないといけないようですね(笑)

3:首輪解除条件の変化を懸念

4:アスフォルトさんがまさか男だったなんて……

5:もし黒河正規と出会ってしまった場合、私は……

[備考]

※参戦時期はCルート死亡後からです

粕谷瞳のスマホの特殊機能は、『現在いるエリア及び隣接するエリアにいる参加者のスマホに対し、メールの送信を行うことが出来る』。彼女たちは知らないですが、メールの内容は主催側も確認できるようになっています。ただし別に主催側でのメール内容改竄等の干渉は行いません。



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Who are ■■■■?/日向創、旭川姫(パンドラボックス)

「―――本当に、始まったのか」

 

日向創は、この静寂極まる空間で目を覚ました。

最も、ここは本来静寂などという言葉とは最もかけ離れた施設―――ゲームセンターであるのだが

 

本来ならゲーマーや物好きによって喧騒極まる場所であるが、筐体が可動する音すら無い、文字通りの静寂

 

先ず場所の確認のためにスマホを取り出し、画面からMAPを確認する。周りにあるゲームの筐体やスロットなどからしてここはエリアG-6に位置する『ゲームセンター』で間違いないだろう。

 

次に確認したのは参加者名簿――知り合いがいるかどうかの確認だ。七海あたりが居てくれれば心強いと思った彼であるが、その期待は裏切られることになる

 

「よりによって、お前なのか―――!」

 

狛枝凪斗、超高校級の幸運にして、あの修学旅行の面々の中で最も『狂って』いる男。自らが信ずる希望のために、他の希望を踏み台とする男。アイツが変なことをしなければ十神が死ぬこともなかったし、花丸が殺人を犯すこともなかった。

だが、あんな奴でも知り合いは知り合いだ。知っている人物がいるという事実は安心感をもたせた―――狛枝でなければ完全に安心できたのだが

 

次に確認したのは首輪解除条件―――だがこれが妙な内容であった

 

『首輪解除条件:記憶を取り戻す。記憶を取り戻した後、第二条件提示。第二条件をクリアすることで首輪が解除される。ただし第二条件は記憶を取り戻すまで提示されない』

 

……忘れそうになっていたが、そもそも自分はジャバヴォック島に来る前の記憶が全く無い―――というか何故この殺し合いを開いた連中が俺が記憶喪失であることを知っているんだ?だが、今それを考えても仕方がない

 

最後に確認したのは支給品―――

 

「・・・」

 

入っていたものは……パンツだった。しかも説明書には、『狛枝のパンツ』と書かれているだけ。頭が痛い

 

気を取り直して2つ目の支給品……水着だった。しかもすっごく際どいやつ。説明書曰く『アーナスの水着』。

 

最後の支給品……また水着。説明書曰く『旭川姫の水着』

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「どう言う事だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!?」

 

キレた。心の奥底からキレた。そして叫んだ。

 

「何でパンツと水着しか入ってないんだよ!? そもそもなんでパンツだけ狛枝のなんだ!? これをどう活用しろって言うんだ!? 女物の水着とかどう活用しろって言うんだ!? 何だ、どう言うことだ!? 俺になんか恨みでもあるのか!?」

 

叫んだ、マジで叫んだ。喉が枯れるぐらい叫んだ。ありったけの言いたいこと全て叫んだ。

 

『アハハハハ、そうか、日向くんは超高校級の変態だったんだね!』

 

頭の中に何故か狛枝(今聞きたくもない)嘲笑が聞こえてくる。はっきり言って鬱陶しい―――だからこそ気づかなかった。

 

「―――この」

 

傍目に散らかっている紫のビキニを直視した後、俺に怒りのこもった目線を向けた女性の存在に

 

「―――へ・ん・た・いぃぃぃぃ!!!」

 

その後、俺の意識が数秒ほど花畑と狛枝の顔をした鳥が飛び交う悪夢のような超空間に飛ばされた

 

 

○ ○ ○

 

 

「……申し訳ございません。別にそちらが盗んだとか、そういう事ではなかったのですね」

 

「あ、ああ……」

 

意識が戻った後、目の前の彼女に事情を説明して、なんとか誤解を解くことは出来た。

見た感じ高貴なお姫様って感じというか……多分、ソニアさんに更に優雅さを足した感じなのが第一印象

 

「ごめんなさい。過去に似たようなことがありましたので、少し気が荒立ってしまったようです。」

 

「いや、こんな分からない所に飛ばされたら誰だって気が荒立つと思うさ。」

 

「にしては、貴方は比較的落ち着いているようですけれど?」

 

「……命をかけた状況に巻き込まれたっていうのは、これが初めてじゃないからな」

 

恥ずかしながら、あの島のことは全然自慢にならない。が、逆にそれがこの異常なゲームにおいてある程度の冷静さを得ている要因でもあるのだろう。

 

「そういうアンタも、妙に落ち着いているじゃないか」

 

「ええ、そうですわね。トップアイドルたるもの、この様な状況で動揺するようではやっていけませんので……」

「いいえごめんなさい。―――言いて妙ですが、私も『生死を賭けたゲーム』というのには身に覚えがありまして」

 

○ ○ ○

 

この私、旭川姫が目の前の少年に抱いた印象は、まさに『至って普通』。

 

最初こそは自分の水着を所持していてすごく発狂していたらしく、『崇拝者』と勘違いし、この場に巻き込まれた苛立ちもあってか彼に思わずきつい一発をお見舞いしてしまった。

 

だが、彼が私のパンツを持っていたとは言え、先に手を出してしまったのは私の方。そこは素直に謝るべきであり、彼が目を覚ました際に最初に行ったのは誠意を持った謝罪。

 

「そういうアンタも、妙に落ち着いているじゃないか」

 

『生死を賭けたゲーム』―――彼もその様な催し物に巻き込まれたとの事。最も、私はアレが殺し合いだったのかどうか、なのかは私の中では不確定に近いのであるが。

だけど確かなことは、D.o.Dとは別の、いいえ、それよりもっと過酷な、本当の意味でのデスゲーム

 

「―――そうか、アンタも大変だったんだな」

「いいえ、アレが本当にそうだったのか、最後まで私には分からなかったのですが」

 

でも、ここでは本当の意味でのトップアイドルなんて肩書は通用しない。―――気丈に振る舞ってはいるが、心の奥底では恐怖がこみ上げてくる。この重みと現実を感じさせる首輪によって

 

「まあ、何より誰かと会えて良かったですわ。一人だと流石に心細かったですので。私は旭川姫。姫で構いませんわ。」

「俺は日向、日向創。日向って呼んでくれて構わない。よろしくな、姫」

 

―――信頼は出来そう。ただ心配なのは―――彼に愛を振りまいた結果、彼もまた『崇拝者』になってしまう。そんな可能性ぐらい。

 

○ ○ ○

 

「そう言えばいきなりこんな事聞いて悪いんだけど、姫の首輪の解除条件ってなんだ? いや言えない内容だったら別に言わなくても良いんだが……」

「いいえ、構いませんわ。首輪の解除条件、ですか……実は、こんな妙ちくりんな内容ですの」

 

『首輪解除条件:カムクライズルの首輪の入手』

 

彼女に課せられた首輪解除条件……カムクライズルの首輪の入手?

気になって名簿を見返してみたが、「カムクライズル」なんて名前は載っていない。だが、確実にこの場のどこかに「カムクライズル」なる人物がいるということは事実。

 

だけど、カムクライズル―――何故だろう、何か、何かが引っかかる。そんなフレーズ。カムクライズル……どこかで、聞いたことがあるような……?

 

「……どうしましたの、日向さん?」

「いや、なんでもないさ。ちょっと考えてただけさ」

「……そう、何もなければよろしいのですが」

 

最初こそは彼女を少々警戒していた俺であったが、どうやら率先して殺し合いに乗るような人物ではなさそうだ。何はともあれ狛枝を探すことにする。アイツをあのままにしておいたら何をしでかすか本当にわからない。

 

姫の方は、彼女が参加させられたデスゲームらしき番組で共演した4名がいるという。自分が知らない人物であるが、巻き込まれたなら彼女たちもまた心配だ、狛枝を探すのと同時で探すことにする。

 

「それじゃあ、行こうか。」

「……ええ、日向さん。」

 

ただ一つ、懸念があるとすれば―――俺の首輪解除条件が、俺が記憶を取り戻すという内容であること。何か、とてつもなく嫌な予感だけが、頭の奥底にこびり付いていた。

 

○ ○ ○

 

「―――」

 

よかった、日向さんは、信頼できそうです。ただ、「カムクライズル」という名に日向さんがなにか思い悩んだようですけれど……そう言えば日向さんは記憶喪失だとか。彼とカムクライズルには何か関係性があるのでしょうか?

 

でも、これは私の勝手な予測ではありますが、もしこの殺し合いの裏に、『崇拝者』が潜んでいるとしたら―――それは恐らく私の責任。私が愛を振りまいた方々の中に、『崇拝者』の中でも過激な方たちがいたのかどうかかもしれない。

 

もしそうだったら私の責任だ―――もし生きて帰れたのならお父様に文字通り『処理』してもらうしか無い。いや、これは私がファンを『崇拝者』にしてしまった私の業でもある。

もし日向さんというのが私の思っていたことのせいで巻き込まれたのしたのなら、本当に申し訳ないことをしたと思う。

 

 

―――もしそうだったら、私はこの殺し合いを止める責務を果たさなければならない。正直な所殺し合いなんてしたくないし本当に死ぬことがあるのだったら死ぬのも怖い。だけど、そんな脅しに屈しては旭川姫の名折れ。

でも、ただ、一つだけ心配があるとすれば―――もし私が日向さんを愛した結果、日向さんが『崇拝者』になってしまうのではないか―――ただ、そんなこと

 

 

○ ○ ○

 

 

Who are you?

 

Who are Izuru Kamukura?

 

 

【G-6/ゲームセンター/1日目/深夜】

 

【日向創@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、狛枝のパンツ@スーパーダンガンロンパ2、アーナスの水着@よるのないくにシリーズ、旭川姫の水着@アイドルデスゲーム2

[首輪解除条件]:記憶を取り戻す。記憶を取り戻した後、第二条件提示。第二条件をクリアすることで首輪が解除される。ただし第二条件は記憶を取り戻すまで提示されない

[思考]

基本:こんなコロシアイに乗るわけにいかない

1:狛枝、そして姫の知り合いであるアイドルのみんなを探す

2:狛枝は早く見つけたいと何をしでかすかわからない

3:カムクライズル、何処かで聞いたような……?

[備考]

※参戦時期は第一章終了直後です

 

【旭川姫@アイドルデスゲームTV】

[状態]:健康

[服装]:いつものアイドル衣装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:『カムクライズル』の首輪の入手

[思考]

基本:もしこの殺し合いの裏に『崇拝者』がいるのなら、私は自らの責任でこの殺し合いを止める

1:狛枝と他のアイドルを探す

2:日向さんには、『崇拝者』になってほしくない

3:『カムクライズル』とは何者なのでしょう……?

[備考]

※参戦時期は、旭川姫編終了直後からです



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「あなたにはこのゲームで、魔王という役割を担ってもらいます」/三好夏凜、グレイグ、魔王パム(ヤヌ)

『残り生存者が15人を切るまで、真実がどうあれ『殺し合いをするつもりはない』という発言、意思表示を一切行ってはならない。

逆に、他のプレイヤーから己の立場を問われた時には『ゲームに興じるつもりだ』という旨の答えをしなければならない。

以上の条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』

 

 

◇三好夏凜

 

 

ともかく、線路沿いに移動していれば人の集まりそうな町なり駅なりは通過するだろう。

そう思った。

焦っていたことは間違いない。

それでも、焦らずにはいられなかった。

勇者部の皆はもちろん、今の友奈とは一刻も早く合流したい。

酷いことを言ってしまった事について謝って、今度こそ助けに行かないといけない。

樹海の中を移動する時のように高く跳んで駆けながら眼下の線路を見下ろしつつ、誰かがいないかと眼を凝らしていた。

夜中の上に高所からの視界で、人影を見分けるのはとても困難そうに思われたけれど、友のことが心配で気が気ではなかった。

 

「問おう」

 

だから、地上に気を取られるあまり、上空への備えはおろそかになっていた。

バーテックスとの戦いならまだしも、勇者でもない人間に身体能力負けした経験が無かったために、『他の参加者に上空を取られる』警戒が薄かったとも言える。

 

気配を感じ取るよりも先に『挨拶』をかまされた。

巨木のように太い『黒い拳』が、撃ち落すように降ってきた。

 

「ひゃっ!」

 

巨大な拳に殴られるというよりも、切り裂くような拳圧だけで横ざまに吹き飛ばされた。

数秒間は滞空できそうな高度にいたところで大きく体勢を崩され、『何が起こった』という不理解が頭を揺さぶる。

痛みは――ない。拳そのものは直撃しなかったのか。

ともかく攻撃されたという危機感を体に巡らせて着地の姿勢を取れば、立て直された視界にちらりと襲撃者の姿が見えて――そして夏凜は、眼を疑った。

 

何だ、あいつは。

 

「貴様が探しているのは、虐げるための弱い獲物か?」

 

そいつは――その少女は、夏凜より上空に滞空しながら、詰るように問いを落とした。

 

一言でいえば、少女の姿をした異形。

間違いなく姿は少女であるはずなのに、おかしい。

闇の中に輝く赤い眼光と、角。

そして、神経が通っているかのようにしゅるりと少女にまとわりつく矢じりのような尾。

漆黒の装いは、もやは衣服というより毛皮の延長なのではないかというほどにそっけなく、最低限の面積しかない。

そして、周囲とりまくように旋回する黒いひし形をした謎の破片が三枚――夏凜を殴った拳が変形して同じひし形に変わり、四枚になった。

 

なんて恰好だ、と感想を抱くしかない。

自分の纏っている勇者装束もそれなりに派手な格好だという自覚はあったが、その容姿はあまりにもロックというか――悪びれすぎではないだろうか。

線路からやや距離を開けた一面の砂浜に着地すると、少女はつまらなそうに夏凜を睥睨して言葉をつづけた。

 

「それとも戦うに値する強者か? それならば『身の程を弁えろ』と言うしかないが」

 

もしかして、馬鹿にされているのだろうか。

ということは、相手はもしかしなくても危険な参加者なのか。

そもそも、こいつは何者だ。

なんで羽根も何もなしに浮いてる。もしかして周囲にあるあの四枚の『板』が浮力発生装置か何かなのか。

そもそも勇者をぶん殴って吹き飛ばすなんて、絶対に人間技じゃない。

じゃあ『勇者』みたいに神の力を持ってるのか。もしかして人間の姿をしてるけど中身はバーテックス的な何かだったりする?

そんな情報と推測がいっぺんにぐるぐるして、頭の整理が追いつかない。

ただ、『誰を探していたのか』という質問だったことは理解できたので、声を大きくして言い返した。

 

「な、なんで私が人探ししてたって分かるのよ!」

「貴様は馬鹿か。無防備になりやすい大きな跳躍の最中にそんなキョロキョロと視線を迷わせているような愚行をしでかすからには、人探しに夢中で隙だらけですと教えているようなものだ。

それとも、自分より高所から攻撃されるまいと高をくくっている素人か。対人戦を経験したことのない非戦闘員か。

そもそも質問しているのはこちらだろうが……いや、その無警戒ぶりではゲームに興じるつもりかどうかなど、尋ねるまでもなかったな」

 

一息に罵倒まじりで言いたてられた。

『非戦闘員』という言葉にはかちんとくるものがあったが、本当に聞き捨てならない言葉はその直後にきた。

 

「要するにお前は、仲間を集めて悪を打倒し皆でともにに帰ろうなどと、くだらぬ幻想にしがみつく輩か」

 

はやく友達に会いたいという気持ちを、そんな風に嘲笑された。

 

「皆で一緒に帰ることの、何がくだらないって言うの!?」

 

いきなりの攻撃。

そして、あまりにもあんまりな上から目線と、嘲笑と、隠すこともない『悪』を象徴するかのような容姿と。

 

「なるほど、その言葉で貴様の考えは知れた。だが無意味だ」

 

それは、まるで、いつか文化祭でつくった演劇に出てきたような――勇者と敵対する『魔王』を思わせた。

さっき一瞬だけ『神の力』を持った異能者かと考えたことを、すぐに改める。少なくともこいつが『勇者』の類だということはない。絶対にない。

 

「なぜなら、最後に立っているのは私一人で充分なのだからな!」

「アンタ、何様のつもりよ!」

 

理解した。

相手は、本当に殺し合いをするつもりでいる。

精霊・義輝を呼び出し、両の手に改めて双剣を出現させる。

 

「我が名は、魔王パム――最も強き者の名だ!

 これに異論があるならば、己が名を示して挑むがいい!」

 

両翼を広げるように、『魔王』が四枚の羽根を二枚ずつ左右に備えさせた。

 

「当代無双! 勇者、三好夏凜!!

とりあえず、あんたは一発ぶっとばす!」

 

『勇者』は両の腕を左右に広げて、双剣を天上の魔王へと向けた。

 

「来るがいい!」

「参る!」

 

啖呵によって戦端を切り、勇者は跳躍した。

魔王は上空に不動のまま、四枚ある黒い物体のうち一つを降らせた。

夏凜の背丈とほぼ変わらぬ体積を持った紡錘形の鈍器が、のしかかるように突っ込んでくる。

 

「はぁっ!」

 

双剣を頭上で交差させ、紡錘形の先端を抑え込むようにして受けた。

決して落下による衝撃だけではない『重さ』と金属音が刀身をふるわせ、金属音を鳴らす。

バーテックスの星屑を相手にしている時よりも、はるかに重く、硬い。

受け止めた直後に、右手の刀を刺突に回して第二撃で破壊する予定だったものが、たやすく弾かれる。

 

「……っ、このおっ!」

 

そのまま地面まで押し込まれる格好になり、砂浜に両の足を戻された。

砂地に地響きが染みわたり、両足が砂地にめりこむ。

 

「憎悪(マステマ)」

 

魔王がそう唱えると、刀身とぶつかり合いをしていた黒いソレが形を変えた。

変形を果たしたのはややドリル状に鋭角的な形をしたスクリュー。

しかも刀身と接触している部分と基点として、電動式でもあるかのように回転を始めた。

耳までも抉るように鋭い金属音が刀身をきしませ、それ以上に腕の腱と筋繊維が悲鳴をあげる。

 

「ぐっ…………」

 

運動エネルギーにおさまらず回転によって生み出される熱エネルギーが柄の部分にまで伝わり、手のひらにとって無視できない熱量になってきた。

 

「馬鹿者。すぐに受け止めるという選択をしてどうする。仮に私のこれが爆発性の物質だとすれば、貴様はすでに死んでいる」

 

余裕に満ちた魔王の侮蔑が、上空から聞こえてきた。

頭上の視界はドリルによって隠され、魔王が続く攻撃を放っているかどうかも確認できない。

ジリ貧、という言葉が頭に浮かぶ。 

――違う、勇者はいつだってこんな状況を気合で打破してきた。

 

「負けないっ!」

 

義輝の能力を使って、双剣とは別の小刀を何本か召喚する。

本来は、二刀の攻撃の補助として投擲武器に使っているものだ。

今、両腕はふさがっている。出現させるなり、そのうちの一本を蹴りつけて黒い回転体へと直撃させた。

小刀は接敵の瞬間に起爆する。

爆炎が上がるだけで、スクリューには傷ひとつない。

しかし、重心を刀身にかけていたスクリューのバランスが崩れ、回転が左右にぶれた。その隙を見逃さず、刀身を受け流しに転じさせてスクリューを振り払う。

 

ずん、とスクリューが砂浜に吸い込まれ、夏凜は自由になった腕を大きく振り払いながら上空を見上げる。

 

魔王は変わらず、同じ空の同じ位置から動いていない。

高所からの余裕をもって、小さな笑みを浮かべたまま微動だにしていない。

さっき、残り三枚の黒い物体で攻撃していればこちらの身体を抉ることもできただろうに、そうしなかった――侮られている。

 

「なめるな。今からそっちに行くわ!」

 

相手はこちらが跳躍することはできても、飛行はできないと考えているはず。

ならば、その余裕から奪う。

夏凜はふたたび地面を蹴り、跳びながらまた小刀を召喚した。

両手で二刀を使っている時に、義輝の呼んだ小刀は体の周囲に浮かせておくことができる。

しかし、今はそれを掴んで投擲するための召喚ではない。

滞空させられるということは、すなわち足場として踏み台に使えるということだ。

 

「とりゃあっ!」

 

小刀を何本も呼び出し、踏みつけ、その連続で階段をのぼるように駆け上がって魔王へ迫る。

 

「ほぅ」

 

魔王の顔に喜色めいた驚きが浮かんだ。

三枚の羽根のうちの一枚を再び降らせたが、小刀を使って中空を左右に駆けることで回避し、魔王と同じ高さを取る。それでもまだ高度をあげる。

跳躍するのではなく空中で回避軌道が取れるなら、見切るのは苦もなかった。

 

「なに上から見てんだっ!!」

 

魔王よりも高い位置をとり、なるべくたくさんの小刀を呼び出した。

このまま小刀を降らせ、続けて落下しながら接近して刀で斬り下ろす。

懐に飛び込んでしまえば、あのおかしな四枚板も機能させようがない。

魔王は視線だけ夏凜を追ったまま、一歩も動かないでいる。その慢心に付け込んで即効で終わらせようと思った。

 

背後に気配を感じた。

 

「くっ!」

 

振り向き、対象を視認するよりも先に小刀を放った。

気配を感じ取るのには、自信があった。

こちらが回避した黒い一枚羽根が、背後へと戻ってきていた。

どうにか小刀が着弾して羽根の追撃が停滞したのを見て、反応が間に合ったと冷や汗をぬぐう。

 

「至言(ロゴス)」

 

防いだばかりの黒い羽根が、『形の無い衝撃音波』へと変化した。

 

何を言ってるか分からないと思われる現象だろうし、見ていても何が起こったのか分からなかった。

黒い羽根の姿がいきなり消失し、その方向から波動のような怪音が爆裂した。

以前に相手取った牡牛座のバーテックスの、鐘から放たれた攻撃。

それに匹敵するほどの衝撃で、鼓膜と体を叩かれた。

 

「気配を感じ取ってみせたのは悪くない」

 

魔王のが眼科から真上に流れていき、落下する。

魔王は羽根の一枚をヘルメットのように頭部にまとわりつかせ、耳栓のように使っていた。

 

「しかし、前に出る勇気と、突出する蛮勇の区別がついていないな。

相手がわざと隙を作っている可能性を考えなかったのか」

 

砂地に墜落すると、淡々とした指摘が降ってきた。

動かなかったのは、慢心でも何でもなく誘ったのだと、呆れたような声はそう意味していて。

頭上には、ふたたび固体の形を取り戻した羽根が矢じりの形で夏凜へと構えられている。

回避も防御も間に合わない。

食らう。

数撃は精霊ガードで防げるだろう。でも、追尾しての連撃が来れば。

精霊ガードは花びら5枚分しかない。いや、さっき落ちた時に1枚使っただろうか。

相手は強い。あの羽根も強い。

詰む。

 

二本の矢が雷のような速さで落ちてきた。

なすすべが無かった。

 

しかし、救いの手は――救いの盾が、現れた。

 

駆け付けた人影は、その背中は大柄なもので。

頭上に影となって翳された盾は、黒い矢じりに対して鈍い激突音ではなく、かんと澄んだ音を連続で響かせて迎える。

仁王立ちにして勇者をかばう大きな人影は、激突の瞬間にその広い盾を振りぬくよう動かし、受け流してみせた。

どっ、と盾が地面へと振り下ろされる音が響き、続けて弾かれた矢じりがどこかの地面に刺さる音も聞こえる。

ただ力任せに、落下の衝撃を上乗せされた巨大な矢じりを反射したのではこうはならない。

おそらく攻撃を効率よく受け流すための技術と経験を得ている動きだ。

 

「かなり落下したようだが、怪我はないか?」

 

薄紫の長髪を背に流した三十代相当の男が振り向き、渋く低い声音でそう尋ねた。

夏凜にとって、『大人の男』に庇われるという経験が戦いの中でまるで無かったこともあり、それは現実感の無い光景で。

とっさに、どうにか、首を横に振って大事はないことを示す。

 

「そうか」と救い主はひとつ頷き、魔王と相対した。

魔王も感心したように、しげしげと男を見下ろしている。

 

「その身体能力と受け流しの技術は、魔法使いではないな――かといって私が知る人外の異能の類にも見えない。

並行世界の魔法戦士か。それもひとかどの『英雄』とお見受けした」

 

『英雄』という言葉に、男は顔をしかめたように見えた。

 

「いや、そう呼ぶ者もいるが、今の俺にそう名乗る資格はない。我が名はグレイグ、今はただの『盾』でしかない者だ」

「そうか、ではこちらも名乗らねばなるまい。我が名はパム……貴殿にとっては異なる世界からきた『魔法少女』。そして『魔王』とも呼ばれる者だ」

「魔王だと……!?」

 

その名乗りを聞いて、男もまた驚愕をあらわにする。

 

「なぜ『魔王』を名乗る者までが拉致されている! ここにいる者を皆殺しにするつもりか!」

「先刻まではな。いや、今もそのつもりだが、興が冷めた。

最低限の自衛する力も持たぬ者など、この手をじかにくだすのもつまらん」

 

夏凜に視線を落として、そう冷たく言い捨てた。

 

「確かに私はこの遊戯に興じるつもりだが……自ら動き殺して回るのは、遊戯も仕舞いに近づいてからだ。

弱者が淘汰され、強者ばかりが残る頃合いになれば私を楽しませる者も見つかるだろう」

 

そう言って、羽根を四枚とも近くに寄せながらくるりと背を向ける。

 

「それを聞いて、貴様を見逃すとでも思ったのか!」

「よせ。また戦いを仕掛けたところで貴様らにも益はない。

そんなことをするぐらいなら、そこの『東西無双の勇者』がまた突出しないよう面倒でもみてやるがいい」

 

それきり言葉はなく、魔王はさっと身を翻し飛び去っていった。

 

危機が去ると、夏凜の胸にはくやしさだけが残る。

何もできなかった。

皆殺しを謳う『魔王』を相手にあからさまに手を抜かれながらも一撃与えることさえできず、その未熟さを嘲弄されただけだった。

こちらも『満開』という切り札を使わなかったことは、言い訳にならない。

新しい勇者システムでは、精霊ガードを使うことで満開ができなくなってしまうの、だ、か、ら――

 

(――あれ。ゲージが減って、ない……?)

 

改めて左肩の花びらを見下ろして、気付いた。

てっきり衝撃派で落下して地面に落ちた時に発動したと思ったのだが、花びらはすべてゲージが染まっている。

それに、精霊を差し引いてもそれなりに頑丈な『勇者』とはいえ、地面に叩きつけられたら相応の痛みが残るはずだと思ったのに――特に痛みも残さず、それどころか精霊がバリアを張った様子もなく、こうしてなんともなく立ち上がれている。

 

もしかすると、重篤に傷つけぬよう手加減されていたのか。

その可能性を、まさかね、と打ち消す。

 

ともあれ、命の恩人には深々と礼をしなければならない。

 

「その……ありがとう、ございます」

「いや、礼はいい。それより『勇者』……と言ったか」

 

男の方もまた、困惑が抜けきらぬ顔をしていた。

もっともそれは、あの魔王の脅威にあてられたせいばかりというわけでもない。

 

「『大樹の勇者』とは、一人ではなかったのか?」

「は?」

 

どうやらお互いの間には。

けっこうな常識の齟齬があるらしいのだから。

 

【F-8/線路近くの砂浜 一日目・深夜】

 

【三好夏凜@結城友奈は勇者である】

[状態]:まだ耳が少し痛い

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ満タン)、義輝(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一色、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:不明

[状態・思考]

基本方針:勇者部の皆と合流して殺し合いから脱出。友奈に、謝る。

1:『大樹の勇者』……『神樹様の勇者』のこと?

2:魔王パムは絶対に止める。次に会うまでに強くならなければ

3:勇者部の皆と合流。特に友奈は絶対に守らなきゃ

[備考]

参戦時期は勇者の章4話終了後です

 

 

【グレイグ@ドラゴンクエスト11】

[状態]:健康

[服装]:デルカダールの鎧姿

[装備]:竜の盾@魔法少女育成計画

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:不明

[思考]

基本:戦えない者を保護しつつ殺し合いを打破する

1:魔王パムは放置できない。再会すれば必ず倒す

2:目の前の少女から詳しい話を聞く

3:とにかく誰かこの妙な箱(※スマホ)を扱える参加者を探して読んでもらう

[備考]

※スマホの使い方が分からなかったため、まだ参加者名簿をはじめ一切を確認できていません

※参戦時期は少なくとも最後の砦編終了後からです

 

 

 

◇魔王パム

 

 

ともあれ、首輪の条件を遵守した範囲内で、あの少女に対してできる手は尽くすことができた。

 

まず、人探しに夢中になって、自身が襲撃されるリスクに考えが及んでいないようだったので、その無警戒な態度を改めろという警告。

また、魔法少女同士での戦闘経験に乏しいようだったので、体術を使わずに魔法を主に使用した戦い方で、そこそこ一方的に叩きのめして悔しさを慎重さを与えようとした.

もちろん、大きな怪我を負わせぬよう加減はしている。

『憎悪(マステマ)』もその後の矢じりも、防がれなければ寸止めして最後の『興が冷めた』というやり取りにつなげる予定だったし、『至言(ロゴス)』によって地面に落とした時も、先に地面に刺さっていた方の羽根を、砂地と同化させたクッション代わりにしてこっそり受け止めさせていた。

 

また、一人きりなのに熱くないやすくすぐ突っ込んでくる危なっかしさは、年長の魔法戦士に面倒を見てもらえることで多少なりとも改善されると期待していいだろう。

ついでに、名乗るなら『三好夏凜』とか明らかに本名くさい名前ではなく魔法少女名を名乗れとも説教するところだったが、こちらについては『仮に名簿に三好夏凜という名前で載っているとしたら、むしろ本名を名乗った方が適切であり、彼女を責めるのはお門ちがいだ』と思い直してやめた。

 

本来ならば魔王自らが懇切丁寧に説諭をしていたところだったのに、と忌々しく手元のスマホを見やる。

 

『残り生存者が15人を切るまで、真実がどうあれ『殺し合いをするつもりはない』という発言、意思表示を一切行ってはならない。

逆に、他のプレイヤーから己の立場を問われた時には『ゲームに興じるつもりだ』という旨の答えをしなければならない。

以上の条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』

 

魔王塾、塾長。

世界最強の魔法少女。

 

そんな魔王パムにも、ひとつだけ致命的な弱点がある。

機械類の取り扱いには、めっぽう弱いのだ。

だからこそ、おっかなびっくりと支給されたスマートフォンを手に取り、ひとつだけあるボタンをこわごわと押し――そして、その条件が呼び出された時は、ファヴも嫌な気の利かせ方をすると歯噛みした。

 

電脳妖精ファヴ。

魔王塾の卒業生『森の音楽家クラムベリー』の相棒にして、クラムベリーが開催していた殺し合いの共犯者。

そして付き合いの古いクラムベリーは魔王が機械の扱いに弱いことを知っている。

であるならば、ファヴがクラムベリーからそのことを聞いており、魔王パムがスマートフォンを扱えないことを見越してボタン一つ押せば条件だけは表示される状態で支給していてもおかしくはないだろう。

 

 

おかげで、首輪解除条件のこと以外はいまだに知ることはできなかったが、理解できたこともある。

 

例えば、最初に集められた場所で声をあげた魔法少女の名前が、スノーホワイトと言ったことだ。

クラムベリーが最後に担当した候補生にして、クラムベリーの一大犯罪を通報した者……思うところが全くないと言えば嘘にはなる。

しかし、彼女が言いなった言葉には感謝していた。

 

無関係の人々までもを殺し合いに巻き込むつもりか、という弾劾。

 

元より、魔王パムは平和主義者でも正義漢でもない。

強者がいるとなればそれが善人だろうと悪人だろうと喜びを覚える戦闘狂で、

魔法の国からの命令には唯々諾々と従う体制順応主義で、

『一歩を間違えれば自分もクラムベリーのような事をしていたかもしれない』と危惧するぐらいには背徳的で、

あれだけの非道を働いたクラムベリーをどうしても憎みきれぐらいには頭がおかしい魔法少女だ。

 

だが、己が愉しむために人様に迷惑をかけるなど、まして殺しあいを強制するなど言語道断でしかない。

 

これを守る限り、魔王パムは災厄の邪神ではなく『魔王』として生きていける。

いたずらに人を傷つける災害ではなく、喜怒哀楽する心を残したまま、ただの『脅威そのもの』として存在し続けることができる。

スノーホワイトの言う通りに、戦いを望まないような者が多数巻き込まれているのだとすれば、保護するのも、殺し合いを停止させるのも、魔法少女として当然のことだ。

 

しかし、停止させようにも条件が邪魔をする。

 

もちろん、他の手段で――というか主に魔法であるところの羽根の変化を利用して――首輪を解除できないかどうか、試せる手はすべて試しつくした。

その上で、不可能という結論が出たのだ。

仮に条件を破らず首を爆破されないよう立ち回るなら、という前提で考えるしかない。

 

『ゲームに興じるつもりだ』という旨の答えをしなければならない、ということは実際に殺し合いゲームに乗ってみせなければならないのだろうか。

……否、さすがにそこまでする必要はないだろう。

 

条件文の中に『真実はどうあれ』という言葉が含まれている――『たとえ真実では殺し合いをしていなくとも』という含みを持たせているからには、少しぐらい反抗的な行動を示そうとも、それだけで首輪を爆破されるということはないはずだ。

それに、ファヴとクラムベリーが以前に開催していた殺し合いは、曲がりなりにも、なるべく『自分たちの意思で殺し合いに向かわざるをえない』ような方向で追い詰める措置が取られていたとも聞いている。

少なくとも、『出会った者を必ず殺せ』だとか『殺し合いに反対するような行動の一切を行うな』といった極端な内容の条件が課されることは、おそらくない。

自分がしなければならないのは、あくまで『殺し合いをします』という言動だけだ。実際に誰かを殺さなくとも首輪を爆破まではされない。

 

では、例えばスマホを提示して、首輪解除条件のことを理解してもらうと言った手段を取る……これはおそらく失格となるだろう。

『私はこういう条件を課せられているから物騒な発言をしているに過ぎない』と明らかにすること自体が、『殺し合いをするつもりはないという意思表示』に他ならないのだから。

 

では、避けねばならない展開とは何か。

それは、殺し合いに巻き込まれて怯えているだけの弱者に要らぬ混乱を与えて、『殺し合いに興じない』側の人々を混乱させることだ

この犯罪には、魔法の国とは関係のない一般人が多数巻き込まれている可能性が高い。

少なくとも、精一杯友好的に近づいて、相手の信用を得られたかという空気になってから、しかしある時を境に「あなたはどうするつもりなんですか?」と質問を受けてしまい『実は殺し合いに興じるつもりなんです』という爆弾発言をかまし、集団の空気はあっという間に一触即発に……というパターンは、絶対に無しだ。

 

ならば、と発想を逆転させる。

こそこそとスタンスを隠すようなふるまいは、かえって悪手だ。

ならばいっそ、ノリノリで殺し合いをする『悪役』だと公言し、他の参加者を遠ざけよう。

 

魔法少女の中には、ロールプレイをたしなむ者がいる。

ロールプレイと言っても、テレビの前でコードにつながった端末のボタンをガチャガチャ押して遊ぶ類のゲームではない。

『双子星キューティーアルタイル』だとか『戦場に舞う青い煌めき、ラピス・ラズリーヌ』だとか、二つ名を名乗り(前者についてはパムが名付けたのだが)、決めポーズを考え、中にはアニメのように芝居がかった口調を固定したり決め台詞を設定する者もいる。

実際にそうそう本物の戦場で舞ったことがあるかどうかはどちらかと言えば二の次で、己に『設定』を付け加えることで、遊び心と誇りを満たし、自己暗示による気力充填ができるという効用が大きい。

そして案外、魔法少女は強い思い込みによって強くなりやすい。

 

魔王パムの『魔王』というキャラクター作りも、その亜種のようなものだ。

断じてただの趣味であんなアニメやゲームのような言動をしているわけではない……とは否定しきれないが、この状況下において、『魔王』というキャラクターは『私は人知を超えた存在であり、考えなしに喧嘩を売っても痛い目に遭うだけだぞ』とアピールする上ではやりやすい。

それに、いくら口で『殺し合いする気満々だ』と発言しようとも、実際のところ誰も殺さずに場をおさめてばかりいては『こいつはいったい何がしたいのだろう』と不審がられる可能性も高い。そうすれば、運営に『こいつは殺し合いゲームに乗っていないとばらす気ではないか』と眼をつけられる可能性もある。

その点、『魔王』というロールプレイならば『お前たちが互いを淘汰しあうのを待っているから殺さないだけだ』という風に、そういう『悪役』のキャラクターなのだろうと他の参加者に納得をさせることができるし、『今はまだ積極的に殺しにいかないから戦わない』という言い訳もできる。

 

なんせ、魔王パムは機械類にはめっぽう弱い。羽根を使って首輪を解決することができないとなれば、『他参加者の首輪を殺し合う以外の手段で解除しつつ、運営の拠点を見つけ出して潰す』という本来あり得るだろうゲームへの反抗手段に貢献できることはほとんど無いだろう。

であるならば、他の参加者と行動をともにして首輪や運営の打倒に協力するよりも、『殺し合いに乗って言ると公言する立場の人間』にしかできない方法で――殺し合いに乗っている者と接触してあれこれ聞き出すとか――運営を打倒するための貢献をした方がいい。

 

このスタンスは何だろう。殺し合いしないことを隠している者。そうステルス対主催ともいうべきだろうか。

いや、スタンス『魔王』とかの方がかっこいいかも。

 

無論、ハイリスクに過ぎる行動であることは否定できない。

慢心が危険だということを魔王パムは知っている。『最強の魔法少女たる魔王を殺せる参加者などこの会場にはいないだろう』などと高を括ることは、どうしてもできなかった。

事実として、森の音楽家クラムベリーを仕留めたのは魔法少女になって数か月そこそこ、おそらく本格的な戦闘経験さえ無いなりたて魔法少女だったと聞く。

大多数の参加者を敵に回すような真似をすれば、魔王パムの命は確実に危ういことになるだろう。

 

また、仮に首輪が解除されるか、運営への対抗策が見つかるまで生き延びることができたとしてもだ。

『実はこういうことだったんですよ』と説明したところで、『殺しあいに興じるつもりだと公言して回っていた』という事実がある以上、その時点で他の参加者から疑惑の目で見られることは避けられなくなっているだろう。

最悪、『首輪をつけられていたから仕方なかったというのは建前で、本当は殺し合いを楽しんでいたんじゃないのか』と誤解されたまま事件が終幕することにもなるかもしれない。

仮に事件が解決して、魔法の国にも事実関係が明るみになった場合に、門下生たちが『クラムベリーの子どもたち』ならぬ『殺人塾長の子どもたち』だとか風評被害を被るかもしれない。

そう思うと胸が痛む。

 

しかし、我が身可愛さで泣き寝入りしてしまうのが最善の答えだとは、どうしても思えない。

 

自分のやっている仕事にはさして大義などなく、上の立場の者が政争をするための道具でしかないとはっきり悟ったのはいつのことだったか。

それでも『考えることを止めて従う』スタンスをとってきたのは、戦いに狂っている自分よりはまともな頭の為政者がいれば、『魔王パム』という兵器をマシに使ってくれるはずだと期待したからだ。

今ここには、自分よりもよっぽど狂っている悪党がいて、『魔王パム』という兵器を殺し合いに利用しようとしている。

それなのに、我が身可愛さでその思惑に乗ってやるのが自分の良心なのか。最強の魔法少女だと胸を張れるのか。

それは違う。

そんなものは、断じて強者の在り方ではない。

 

魔法少女としての名前に、二文字の二つ名をくっつけるようになった時から彼女は畏怖されるべき存在であろうとしてきた。

その肩書からは、役割(ロール)からは逃げられないし、捨てるわけにいかない。

また、逃げるつもりもない。

 

魔法少女でなくとも、皆が知っている。

 

『大魔王からは、逃げられない』ということを。

 

【F-7/砂浜寄りの海上 一日目・深夜】

 

 

【魔王パム@魔法少女育成計画】

[状態]:健康、飛行中

[服装]:魔法少女コスチューム

[装備]:羽根四枚(一枚は飛行に使用、三枚は待機中)

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品三つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:残り生存者が15人を切るまで、真実がどうあれ『殺し合いをするつもりはない』という発言、意思表示を一切行ってはならない。

逆に、他のプレイヤーから己の立場を問われた時には『ゲームに興じるつもりだ』と答えなければならない。

以上の条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する。

[思考]

基本:『魔王』の役割を演じ、殺し合いに乗っている振りをしながら対運営派を有利にする行動をとる

0:地図が読めない以上地形が分からないし、まずはこの島の全周を回ってみようかな…。

1:危険人物は潰す。

2:弱者を保護しようとする殺し合い否定派には渇を入れ、間違っているところがあれば教導する(強い者だけが生き残るまでは手をくださないという振りをしながら、殺さないようあしらう)

3:弱者がいれば強者に保護してもらえるような位置までわざと誘導するなど、対運営派が有利になるよう行動する

4:どうにかしてスマホに書かれている情報を見たい。気は進まないが他の参加者を脅しつけてスマホを読ませるしかないか…

[備考]

※三好夏凜のことを『東西無双の勇者』という二つ名をもつ魔法少女だと思っています。

※『かかってきた電話に出られない』レベルの機械オンチです。首輪解除条件以外の一切の機能(参加者名簿や地図など)を確認できていません。



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Human Or Not Human ?/天王寺彩夏、ノーリ、峯沢維弦(反骨)

 

 

「―――あいつ、絶対に許さないんだから」

 

会場北部の市街地エリアを彷徨う少女が一人。

黄金色のツインテールが特徴の美少女―――天王寺彩夏は怒りに打ち震えていた。

 

ドリパクという奇怪な着ぐるみが主催した第10回D.o.D決勝戦で親友の理都に勝利し、国民的アイドルグループ「プロジェクト47」のセンターの座を手に入れたところまでは、はっきりと覚えている。

その後、理都から祝福を受け、勝利の喜びに浸っていた最中に、視界が暗転し―――次に気が付いた時には、あのホールの中にいたのだ。

 

そして、そこで見せつけられた凄惨な見せしめ―――ファンから、てんあやという愛称で絶大な人気を誇る彼女は、人一倍の正義感を持っている。

他人の命を弄ぶ暴挙、絶対に許すことはできない。

 

彩夏に与えられた首輪解除条件は「ゲーム開始時に支給された武器で2人以上殺害する」だった。

悪趣味な内容に思わず虫唾が走る。

 

続けて名簿を確認すると、他の「プロジェクト47」のメンバーも参加させられていることが判明する。その事実にも憤りを覚える。

 

筑波しらせ、烏丸理都、諫早れん、旭川姫。

何れも先のD.o.Dに彩夏と共に参加したメンバーである。

大親友の烏丸理都は言わずもがな。諫早れん、旭川姫についても良きライバルであり、アイドルという土俵内でしのぎを削っていく存在と心を決めている。

筑波しらせについては、自分と理都に対し何やら思うところがあったようだが、一度じっくりと話し合ってみたいと思っている。

 

理都以外の3人は、ここに来る前にデスライブという不愉快極まりない罰ゲームを受けていたので、その後の安否が心配ではあったが、無事だったようだ。

 

「しっかし、目ぼしいものは見つからないわね……」

 

人っ子一人見当たらない真夜中のダウンタウン内で彩夏は、目につく建物の中に押し入り、外部との通信手段がないか物色をしていた。

支給されたスマートフォンは圏外表示となってはいないものの、110番を始めとする思いつく限りの電話番号には繋がらない。

また、メール機能も搭載はされてはいるものの、こちらからメッセージを送信することはできないようだ。

したがって、こうして市街地エリア内に外とコミュニケーションが取れる方法がないか模索はしているが、現状は空振りが続いている。

 

 

「スパイダーさんに連絡さえ出来れば……」

 

スパイダーというのは、彩夏を影ながら支援してくれる正体不明のファンだ。

白浜ふじみというメンバーの脱退を皮切りに彩夏はスランプに陥っている。

スランプ中の彩夏に、次々と到来したピンチ―――その悉くから、彩夏を救ってくれていたのがスパイダーだ。

警察や医者など、ありとあらゆるルートを使い、彩夏を全面的にサポートしてくれる彼とコンタクトさえできればと考えていたが、あまりにも楽観しすぎたと反省する。

 

(ヤバい……お先真っ暗じゃない)

 

当初は怒り心頭で、どうにか主催者をとっちめてやろうと行動していたが、時間が経過した今、不安と焦燥で心が押し潰されそうだ。

深夜の路上で思わず頭を抱えて屈んでしまう。

しかし、

 

(ダメだ、ダメだ、ダメだ!!! しっかりしなさいよ、天王寺彩夏!)

 

頭をぶんぶん振り回し、何とか持ち堪える。

ネガティブなことを考えるな、きっと上手くいくんだ、何しろ私はD.o.Dを制したトップアイドルなんだからと自分に言い聞かせ、気を取り直す。

ゆっくりと呼吸を整えた後、探索を再開すべく一歩前進する。

 

ちょうどその時バリンと何かがが割れるような音が、視界の右隅から聞こえた。

 

 

 

 

恐る恐る、音源元の倉庫に入ってみる。

懐には支給された武器を忍ばせてあるので、悪意のある参加者に襲われた場合も対処はできる……つもりだ。

 

倉庫の中は暗黒空間だったが、一筋の光だけがスポットライトのように中央を照らしていた。

明かりの元に視線を辿ると、小窓から月明りが射し込んでいるのが確認できる。

しかし、肝心の窓は割れていて、欠けた空間より冷たい夜風の侵入を許していた。

そして、その破損した窓から視線を落とすと何やら蠢くものがそこにいた。

 

「だ、誰かいるの!?」

 

正体を確認すべく、ありったけの勇気を振り絞り、声を張り上げる。

閑散とした倉庫の中では、私の声がよく反響するのがよくわかった。

私の声に反応したのか、”そいつ”はピクリと動き―――ゆっくり……と立ち上がった。

 

「他の参加者、というやつか……」

 

低く掠れた声が耳に入り、目の前にいる”そいつ”は男性だということを認識する。

暗闇の中ではっきりとした姿を視認できないが、そのシルエットから左手に何かを持ち、何故か顔面を右手で覆っていることが分かる。

“そいつ”はKO負けしたボクサーのようにフラフラとよろめきながら、こちらに歩き出してくる。

 

明らかに様子がおかしい。

 

極度の緊張から、額から汗が伝うことを感じる。

ゴクリと生唾を飲み込み、窓から差し込む光の元に辿り着いた”そいつ”の姿を凝視した。

月明りに照らされた“そいつ”の―――その顔は。

 

「ちょ……血が出てるじゃない!? 大丈夫なの?」

 

庇うように右手で覆った顔からは血がぽたり、ぽたりと滴り落ちていた。

学生服を着込んでいるので自分と年齢は変わらないようだが、目の前の”そいつ”が発する雰囲気は異様だった。

 

「―――なぁ、あんた。教えてほしい」

 

“そいつ”は私が投げかけた言葉を無視して、疲れ切った声で私に尋ねてくる。

 

「僕の―――僕の顔は……傷ついているか?」

 

“そいつ”は仮面のように覆っていた右手を振り払い、それを私に見せつけてきた。

―――血に染まった顔を。

 

「ひっ……」

 

 

思わず後退りしてしまう。

答えるまでもない。そんなに血塗れなのだから、傷があるのに決まっている。

 

しかし、私が恐怖を感じたのは血に濡れた顔面だけではなかった。

本能的に恐ろしいと思ったのは、”そいつ”の表情だった。

その表情は虚ろだった。まるで死んだ人間のような―――生きている喜びとか楽しさとか、そういったものを一切合切掠めとられたような、そんな表情。

 

 

「答えろ!」

 

訳が分からない。

わざわざ傷口など探さなくても回答は出ているじゃない……。

 

何も答えられずにいる私に業を煮やしたか、”そいつ”は左手を振り上げた

その手にはガラス片が握られている。

恐らく破損した窓の一部だったものだろう。

そして、”そいつ”はそのガラス片を自分の顔面に突き刺した。

一切の躊躇いもなく。

 

 

「ひっ……」

 

 

本日2回目の悲鳴を上げてしまう。

しかし”そいつ”はお構いなしに、ぐしゃり、ぐしゃりと自分の顔面を刺し続ける。

狂っている……

 

 

「答えろ、答えるんだ!」

「や、やめ―――」

 

やめなさいよ、と静止しようとしたが、声が出なかった。

あまりにもショックが大きすぎたのだ。

「顔が命」とされるアイドルだからこそ人一倍に、己が顔をぞんざいに破壊する行為が信じられなかった。

 

呆然とする私の前で“そいつ”は何度も何度も執拗に、加減もなく、顔面を刺し続ける。

刺して抜き、刺して抜きを繰り返し、血飛沫が周囲に飛び散る。

めった刺しといっても過言ではない。

そしてショッキングな光景を前に、思わず涙を流している私がいることに気付く。

 

やがて、”そいつ”は一連の破壊活動を止めて、私を睨みつけてきた。

 

「ぅあ……」

「さあ、僕を視ろ」

 

はぁはぁと肩で息をする“そいつ”の顔は、原形がどんなものだったのか、分からなくなっていた。

グチャグチャに肉が抉られ、乱雑に削ぎ落されているそれを直視してしまったその刹那、股間が暖かくなるのを感じた。

あまりのショックに漏らしてしまったようだ……。

 

しかし、さらに衝撃的だったのは次の瞬間だった。

 

「えっ、嘘!? 傷が、治ってる……」

 

 

まるでTVの巻き戻し画面を見ているかのように、滅茶苦茶に破壊された顔面が修復されていったのだ。

顔面に塗りたくれた出血こそは戻らないが、深く切り刻まれた傷口は塞がっていく。

削ぎ落された肉片も再生して、最初に出会ったときのものに戻っていった。

血に塗れているが、よくよく観察すると整った顔立ちをしていたことに今更気付く。

世間でいうところのイケメンというやつに分類されるかもしれない。

“そいつ”は、私の一連の反応を見て乾いた笑いを漏らし、片手を額に乗せて天を仰いだ。

 

「はは……そうか」

「やはり……治ってしまうのか……」

 

 

“そいつ“は非常に落胆した様子でボソリと呟く。

先ほどまでは興奮状態だったが、一先ず落ち着きを取り戻したようだ。

 

「……」

(……)

 

静寂と膠着が私と”そいつ”の間を包み込む。

というか”そいつ”は私の存在など全く意に介さず、天井を仰ぎ静止している。

私に残されたのは、自分の常識の枠外にいる男に対する恐怖と戸惑いだった。

 

この男の真意とこの殺し合いにおける行動方針を量れない中、私は懐に拳銃を忍ばせていたことを今更思い出す。

 

確認しなければ。

目の前にいるこの男が、自分や理都たちを脅かす存在なのかどうか―――すなわち殺し合いに乗った危険人物なのかどうか確かめなければならない。

 

少々手荒な手段にはなってしまうが、時間も惜しい。

背に腹は代えられないだろう。

 

「答えて!」

「っ!?」

 

 

拳銃を取り出し構えた私に男は明らかに動揺した表情を浮かべる。

先ほどまで、虚無を感じさせていた目が今は泳いでいる。

 

(そりゃあ、こんな物騒なもの向けられたりしたら、誰だって驚くわよね)

 

「あ、あ、あんたはこの殺し合いに乗っているの? 乗っていないの?」

「……」

 

 

単刀直入に聞いてみた。

暫く沈黙の時間が続いた後、落ち着きを取り戻したのか、ようやく”そいつ”は口を開いた。

 

「―――その銃は?」

「わ、私の支給品よ」

 

 

この銃はあくまでも牽制のためだ。

相手が殺し合いに乗っていないこと、敵意がないことを確認したらすぐに降ろすつもりだ。

自分が手にかけているこの黒い凶器は、思いの外重く冷たかった。

下手をすれば自分が相手の命を奪い取ってしまうのではないかという局面に立っていることを意識してしまい、プルプルと銃を持つ手が震えてしまう。

それでも、表情には動揺の色を出させまいと精一杯の真顔を作る。

正直、人を撃つ覚悟など持ち合わせていない。

だから願わくば、男の口から私を安心させてくれる答えが返ってくることを祈った。

 

そんな私の願いを知ってか知らずか、男はゆっくりと言葉を発した。

 

「そうか―――僕の名前は峯沢維弦」

 

じっと私の眼を見据えて、自分の名を明かし。

 

「断っておくが」

 

瞬間、唐突に男の手に細長い剣が出現した。

瞬間、視界に男の端正な顔が大きく映りこんだ。。

 

「僕はこの殺し合いに乗るつもりだ」

 

瞬間、自分の左胸に剣が生えていることに気付いた。

 

本当に一瞬の出来事だった。

漠然と自分が刺されたという事実を認識したときに、湧き上がってきたのは疑問だった。

 

「どうして―――」

「すまない」

 

“そいつ” ―――峯沢と名乗った男は、私を貫いた剣を引き抜き、踵を返した。

引き抜かれた際に、何かが私の中から飛び出していくのを感じた。

床にベチャリと付着したそれが私の血と認識したころには、前乗りに倒れこんでいた。

 

―――力が抜けていく

―――意識が薄れていく。

 

 

薄れゆく視界に映るは、倒れこんでいる私に目もくれず、立ち去っていく男の姿。

 

どうして自分の顔を傷つけたのか

どうして顔の傷が治るのか

どうして顔の傷に拘っているのか

どうしてこの殺し合いに乗ってしまったのか

 

彼に尋ねたいことはたくさんあった。

 

でも最も知りたかったことは―――

 

どうしてそんなに哀しい表情をしているのか、だった。

 

 

【天王寺彩夏@アイドルデスゲームTV 死亡】

 

 

 

 

「なるほどね、それがここで起きた出来事の顛末なんだね」

 

空色の髪の少女は、口許に付着している血痕を拭い、得心がいったというような顔で笑みを浮かべる。

 

ゲーム開始直後からふらふらと付近の探索を行っていた少女は、倉庫の中で天王寺彩夏の屍を発見した。普通の女の子であれば、悲鳴の一つや二つを上げるだろうが、ノーリは一切表情を変えることなく、死体に屈みこみ―――それを食べ始めたのだ。

年端のいかない少女が、天王寺彩夏だったものの頭蓋をボリボリと噛み砕き、脳味噌と臓器と肉を啜り、零れた血液を果汁のように舐め干す光景―――普通の人間が目の当りにしたら卒倒するのでないだろうか。

 

実はこのノーリという少女、人間ではない。

とある世界において、地球から避難した人々が到着した惑星に住み着いていた原生動物。

その原生動物達は有機物、無機物問わずあらゆる「情報」を捕食し、「情報」の取り込みが終わると、分裂し繁殖する。

そして、1匹の原生動物が「一条美彩」という人間の少女を喰らって分裂した結果、誕生したのが「ノーリ」だ。

 

「ノーリ」の起源は上記のとおりなのだが、この場にいる彼女については、更にもう一つの追加要素が組み込まれている。

 

それが人工AI「アリス」の存在だ。元々「アリス」は絶滅に瀕した人間という種族を生き残らせるために作られた存在であった。故あって要達人間の仲間として、共にありたいと願った「アリス」は最終的に自身を「ノーリ」に食べさせた。

 

実はこの原生動物達―――情報を取り込んだ際、情報が多い個体の意識が残り精神を支配するという性質を持つ。

わずかに情報が多かった「アリス」はこの性質を利用し、「ノーリ」の精神を乗っ取ることに成功している。

 

したがって、この会場にいる「ノーリ」という個体については、精神の99%を「アリス」、残り1%を元の「ノーリ」が占めているという状況となっている。

いや、更に先ほど「天王寺彩夏」を取り込んだことで、この割合は変化していると考えられる。但し、精神は相も変わらず「アリス」が支配し続けているので、95%以上は依然として

「アリス」が占めていることだろう。

 

 

「うーんと、これからどうしようかな」

 

ノーリは殺し合いの場に似つかわしくもない飄々とした口調で呟く。

 

少し食べるのに時間がかかってしまったが、天王寺彩夏の知り合いのアイドルたちの情報と彩夏を殺害した「峯沢維弦」の顔と名前の情報を得ることができた。

こういった貴重な情報は、殺し合いの場において大きなアドバンテージとなる。

また恐らく主催者の仕業だろうか、外部の力によって自分の身体に制限を掛けられていることも認識できた。

天王寺彩夏を取り込んだ際に分裂は発生しなかったし、彼女の首輪を取り込んでも一切の構成情報を得ることができなかったのが、その証拠だ。

 

次に考慮すべきは、今後の方針。

ちなみに、アリスに割り当てられた首輪解除条件は次の通り。

 

首輪解除条件:

アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「カムクライズル」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。

 

「まさか、ボクが出題される側になるなんてね」

 

やれやれといった感じで、わざとらしく大きなため息をつく。

 

唯一「白浜ふじみ」については、天王寺彩夏が気にかけていた女の子という記憶は保有してはいるが、それ以外の名前については情報を持ち合わせていない。

つまり、積極的に他参加者との接触もしくは「情報の取り込み」を行っていく必要があるということだ。

 

「兎にも角にも探索を続けるしかないよね」

 

 

但し、ノーリ自身の首輪の解除については二の次だ。

優先事項は宇宙船にいた仲間達の保護と彼らの首輪の解除だ。

首輪の解除といっても、主催者によって与えられた解除条件を満たして、取り外そうとは考えていない。

 

かつて似たような催しを開いた「アリス」にはわかる。

この殺し合いの主催者が生温い首輪解除条件を参加者に割り当てるなんてことはありえない。

天王寺彩夏の首輪解除条件もそうだったが、多くの参加者の解除条件に殺し合いを加速させるような仕掛けが仕込まれているに違いない。

 

仲間たちの首輪を外すために、多くの命を奪うとなると、それこそ主催者の思うつぼとなるし、貴重な人類のサンプルをいたずらに減らしたくもない。

 

首輪の解除については、非正規の方法で取り外すつもりだ。

その為には、首輪の解析が必須事項となる。

彩夏の首輪サンプルについては無碍にしてしまったが、何かしらの方法で首輪は手に入れる必要がある。

 

善は急げとも言うし、早くこの倉庫から出て探索を起こすべきなのだが、一つ気になることがあった―――それはノーリ自身が現在体感している違和感についてだ。

 

 

「うーん、何だろうね、この感覚は」

 

先ほどから主催者やこの殺し合いにおける行動方針を考えたりすると、胸の内にモヤモヤとしたものが込み上げてくる。

合理的な思考を放棄させようと働きかけ、本能的に主催者に対して害意ある行動に駆り立てようとする―――この感情は何だろうか?

 

あまりにも気持ちが悪いので、目を閉じて、心の中で暴れているこの感情の正体を探ってみる。

そして、長い塾考の末、ノーリは一つの結論に辿り着いた。

 

「あっなるほど、そうか、そういうことなんだね」

 

ポンと手を叩き、いかにも納得しましたよといった顔をして頷く。

 

「これが『怒り』という感情なんだね、要くん」

 

かつて人工AI「アリス」として活動を行っていたころ、人類保護のため「追放選挙」と称した命の奪い合いを12人の参加者の脳内で5000回以上開催し、経過を観察した。

繰り返される血みどろの人間ドラマを観察するつれ、いつしか「アリス」は人間達に特別な感情を抱くようになった。「AIだが、自分も皆の仲間として認めてもらいたい」と。

そして「アリス」は「ノーリ」と一体化して、覚悟を決めた仲間たちの一員として共に長い旅路を歩むこととなった。

 

しかし、そんな「アリス」の願いも仲間たちの覚悟を踏みにじるかのように開催されたバトルロワイアル。先ほどから自身の合理的な思考を揺るがすものの正体は、このバトルロワイアルの主催者に対する「怒り」だった。

 

と同時に、もう一つの事実にノーリは気付く。

天王寺彩夏を取り込んだことによって、人間としての感性が強くなっていることを。

恐らく、主催者に対して負の感情が芽生えるようになったのも、彩夏の精神が取り込まれたのが引き金になったのだろう。

 

今後は、人間としての感性が非合理的な行動を引き起こさないよう気に留めなければならない。こういうのを「感情のコントロール」と呼ぶのだろうか。

 

 

 

大好きな人間(なかま)たちを救うために、人工AIだったものは、一人の参加者として立ち上がった。

 

 

その行く末に何を得て、何を失うのかはノーリ自身にもわからない。

 

 

【D-7/廃ビル内/一日目 深夜】

【ノーリ@追放選挙】

[状態]健康、主催者に対する怒り

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、グロック17(現実)、不明支給品5つ(本人確認済み)、天王寺彩夏のスマホ

[首輪解除条件]

アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「カムクライズル」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。

[思考・行動]

基本方針:仲間達とともに殺し合いから脱出する。出来れば人間は殺さない。

1:仲間達を捜索する(要くんと苺恋ちゃんを優先)

2:解析のため、もう少し首輪のサンプルが欲しいところだね

3:一応、首輪解除条件のための情報も収集する

4:峯沢維弦君だっけ。彼には気を付けないとね

※天王寺彩夏の支給品を回収しました。

※天王寺彩夏の死体を捕食し、彩夏の知識と記憶の一部を得ました。

※主催者の制限で他の参加者を捕食しても、分裂しなくなっており、容姿にも影響は発生しません。

※また主催者の制限で無機物を取り込んだとしても、それに関する情報の取得が出来なくなっています。

※参戦時期は追放選挙トゥルーエンディング後、アリスを取り込み、アリスに精神を支配された状態からとなります。

 

 

 

 

 

 

 

―――信頼していた男に裏切られた。

 

―――友達だと思っていた。

 

―――彼は自分の傷を「勲章」と言ってくれた。

 

―――そんな彼と肩を並べて戦えることが誇らしくもあった。

 

―――彼の為なら、己の命ですら危険に晒すことも厭わなかった。

 

―――だけど友情は裏切られた。

 

―――それも最悪のタイミング、最悪の形で

 

 

先ほどの倉庫で、参加者と思われし少女を殺害し、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

峯沢維弦は幽鬼のように、市街地エリアを彷徨っていた。

顔面に付着していた血は拭き取られており、いつもの整った顔となっている。

その顔には一切の傷が付いていない。

但し、その瞳には一筋の光も射し込んでおらず、死人の眼と大差がない。

 

やはり、この場所においても現実で刻み込んだ顔の傷は取り上げられたままだった。

ご丁寧にμによって与えられた顔の修復機能もしっかり残して。

おまけに、この場所ではカタルシス・エフェクトに殺傷能力が付与されているようだ。これについては、むしろ好都合かもしれない。

 

維弦に与えられた首輪の解除条件は「女性参加者を5名以上殺害する」だった。したがって最低でも残り4名の女性を手に掛ける必要がある。

 

メビウスにおいても、この殺し合いにおいても維弦の最終目標は「現実へ帰還して傷を取り戻す」である。

但し目標に至るまでの道程は異なる。

メビウスには共通の目標のため、手を取り合った仲間たちがいた。

だが、この殺し合いの場において、誰かと協力として脱出を目指そうとは思わなかった。

 

もう誰も信じることはできないから―――

 

 

金髪の少女が牽制のために構えた黒い拳銃は、サイズこそ違えど、あの男の心の形(カタルシス・エフェクト)に酷似していた。

それは維弦に裏切りの光景をフラッシュバックさせた―――目の前でLucidと名乗る楽士に変身し、指をちっちと挑発ぎみに振っていた男の姿を。

それが最後のトリガーになったと思う―――その瞬間、絶望に染まっていた彼の心は「憎悪」によって埋め尽くされ、「憎悪」は「殺意」へと変換された。

維弦は、この殺し合いについて独りで生き残ることを決め、目の前の少女に「殺意」を爆発させたのだ。

 

 

ふと脳裏をよぎるのは、死にゆく少女の表情―――恐らく彼女にも友人や家族がいたのだろう。

これからの人生、叶えたい願いや目標もあったはずだ。

それこそ輝かしい未来が彼女を待っていたかもしれない―――

 

と、そこで維弦は自らの思考を遮る―――下らないことを考えるなと。

 

そして自分に言い聞かせる。

 

これからもただひたすらに斬っていけばよい。

 

もしも、その過程で心が邪魔になるのであれば、壊してしまえばよい。

心を放棄したとき、自分は「人間」ではなくなるかもしれない。

 

だがそれも良いかもしれない―――この絶望から解放されるのであれば。

 

 

「本当に嫌気がさすよ。 世界にも、僕自身にも……」

 

 

 

峯沢維弦は歩みを止めない。

 

次なる矛先を探す為に。

 

 

【C-7/市街地エリア /一日目 深夜】

【峯沢維弦@Caligula -カリギュラ-】

[状態]健康、激しい絶望

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 女性参加者を5名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:独りで殺し合いに勝ち残る

1:首輪解除のため、女性参加者を見つけ次第殺す

2:もう誰も信用するつもりはない

3:帰宅部の皆や小池については、考えないようにする

※参戦時期はOVER DOSE楽士ルートで主人公に裏切られ敗北した直後からとなります。

※メビウス内と同じように顔に傷がついても修復されるようになっております。



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ボクのすべてをキミに捧ぐ/狛枝凪斗(ヤヌ)

殺し合いの会場から連れ去られたと思ったら、別の殺し合いの会場に拉致されていた。

なんて、絶望的。

 

今にも落ちてきそうな星空の下で、狛枝凪斗という名前を持った少年が天を仰いでいた。

周囲は街灯によって薄暗く照らされた住宅街なので、星の明るさも空の広さも限られているけれど、あの南国の島の星空よりもなんとなく見慣れた空であるようには感じる。

 

「ああ……ボクはなんて、不運なんだろう」

 

そんな夜空へと、狛枝は己の嘆く声を吸わせた。

 

「殺し合いの秘密を知ったばかりだったのに、強制的に打ち切られるなんて!」

 

彼が嘆いている不運とは『もう一度殺し合いに巻き込まれた』ことではない。

『前の殺し合いから強制的にリタイアさせられてしまった』現状を嘆いていたのだ。

 

あのドッキリハウスで先ほどまで味わっていた『がっかり』を、『探偵小説を楽しく読んでいたと思ったら、主人公が犯人でしたというトンデモ落ちだったがっかり』だとすれば。

今、味わっているがっかりは『つまらない小説を読まされたことに対して作者に怒りをぶつけて自分の要望を聞かせる権利を手に入れたのに、作者の目の前に立った瞬間に連れ出されてしまったがっかり』だろうか。

 

せっかく貴重な希望同士のぶつかり合い――超高校級同士による学級裁判――に立ち会えていたと思ったら、その秘密を知ってしまったという決定的タイミングだったのに。

看過することのできない本当の敵を認識したまさにその時に。

『絶望の残党を絶対に皆殺しにしなければならない』という決意を抱いた直後に、だ。

そして、あの一瞬、ほんの一瞬だけ夢見た『ジャバウォック島で絶望の残党達を倒せるのは狛枝以外になく、ならば、それを果たすことで超高校級の希望になれるかもしれない』という夢を、潰されたのだ。

 

「超高校級の幸運の持ち主であるはずのボクが、こんな不運を味わうなんて――」

 

―――結果的にあの島から出れた先にあったのは、また別の殺し合いだった

 

しかし、彼はすぐに、即座に、あっさりと、気持ちを切り替えた。

 

 

 

「あはっ……! ボクはなんて運がいいんだろう!」

 

 

 

空気にでも絡みつくようなねっとりした声で、にやりにやりと笑いながら喜悦の声をあげたのだ。

 

それは決して強がりではなく、まして彼が狂ってしまったわけでもない。

『狛枝はもとから狂っている』と評する人々は多いが、少なくとも『冷静に思考ができている』『状況をしっかりと理解している』という意味では狂っていない。

論理的に考えた結論として、喜んだのだ。

 

まず捨てたのは、『トトヤマ マモリ』という少女に執行された『オシオキ』という所業が似ていたし、今回もモノクマによる同じような目的の催しなのだろう、という考えだ。

少なくとも参加者名簿を見て、ジャバウォック島のように『実は絶望の残党だけを集めた殺し合いでした』という落ちはないだろうと考えた。

なぜなら、『おしおき』を模倣するほどにモノクマのやり口を熟知しているにも関わらず、あの殺し合いから日向創と自分だけしか連れ去らず、他の『超高校級』たちを拉致しなかったのがおかしい。

もしも今回のそれがジャバウォック島での殺し合いのように『絶望』を集めることを目的としたものであるなら、落ちこぼれの自分と、予備学科性である日向だけに目をつけて、残りの希望ヶ峰学園77期生を放置していいはずがないからだ。

 

だから、もしかするとファヴがモノクマの亜種のような何かかもしれないにせよ、今回の『ゲーム』は『絶望の残党だけを集めたゲーム』というわけではなさそうだ。

 

――つまり、今度こそ見られるかもしれないのだ。

 

『希望』同士が殺し合い、ぶつかり合い、真なる絶対的に素晴らしい『希望』へと昇華されていく、物語が。

ジャバウォック島の絶望堕ちしてしまった『超高校級』とは違う、本当の意味での『希望』となる存在が。

否、間違いなくいる。

 

何故なら、狛枝凪斗は『超高校級の幸運』の持ち主であるからだ。

 

狛枝凪斗が、この世でただ二つだけ信じているのが、『希望』と『才能』だ。

狛枝は、『幸運』などという実力にはほど遠いような才能しか持っていない自分のことを嫌悪しているが、自分の『幸運という才能』のことは正しく信じている。

 

客観的に考えれば『それと今回の殺し合いに何の関係があるんだ』という脈絡のない発想かもしれないが、狛枝の中では自分の『幸運』と今回の殺し合いは繋がっている。

狛枝の『幸運』には一応の周期性というか法則性のようなものがあり、『人生で何度も不幸な目に巻き込まれるが、その都度それを揺り戻すほどの奇跡的な幸運が訪れる』というパターンでもたらされるのだ。

 

自動販売機に千円札を呑まれたと思ったら、故障した自販機が大量のジュースを吐き出して千円以上の利益を手に入れたり。

乗っている飛行機がハイジャックされるという不運の直後に、隕石がハイジャック犯に直撃して助かるという幸運が発生したり。

両親が事故死するという不運の直後に、多額の遺産を相続できることが確定したり。

誘拐されてごみ袋に入れられた直後に、3億の宝くじをそこで見つけたり。

 

不運の振れ幅が大きいほど、その直後に訪れる幸運も巨大なものになるという規則性がある。

つまり、『大事な殺し合いのクライマックスに誘拐されて、別の殺し合いをやらされる』というとんでもない不幸が起こったからには。

この殺し合いには、それ以上の揺り戻し――それを補ってありあまるほどに幸運なこと――が仕込まれているはずなのだった。

 

そして、狛枝凪斗にとって、『ぜんぜん別の殺し合いをやらされる不幸』をも上回るほどに幸福なことなど、一つしかない。

『絶対的な希望』に巡り会うことだ。

 

だから、いる。

 

狛枝凪斗の幸運が正しく発動するならば、ここでは夢見ていた『絶対的な希望』に巡り合える。

自分の『幸運』を信じている狛枝は、日向創のほかは一切の知り合いがいない状況下で、まだ誰とも出会えていない現状で、そう確信していた。

 

ぜひとも、その『希望』が誕生する瞬間に立ち会いたい。

まだ誕生していないなら、それが生まれるためにどんなことだってする。

その人が輝くために踏み台が必要なら、その人の為に死ぬことだっていとわない。

こうして、『顔も名前も知らない』『まだ出会ってすらいない』『そもそも存在するかどうかさえも確定してない』人物のために奉仕するという客観的には異様なスタンスを、狛枝は当然のように決意した。

 

ジャバウォック島のそれより見慣れていて代り映えしないはずの夜空が、今は眩しい。

 

「……でも、この首輪は、いただけないなぁ」

 

上空を見上げていた首を元に戻すと、嵌められていた金属の輪が首の曲げ伸ばしに合わせて冷たい感触を伝えた。

そっと、左手の人差し指で触れてみる。

 

今回の催しを開いた実行犯である、モノクマよりもいささかパンチに欠けた外見のモノクロ生物ことファヴは確かにこう言っていた。

 

――この首輪は参加者のパワーバランスの調整も兼ねているから、一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん

 

そのまま受け取るならば。

この殺し合いには、一般人と定義すべき、希望にはほど遠い才能のない人間もそれなりの数が参加している。

首輪には、参加者の力を制限するための不思議な力があり、首輪を嵌められている間は絶対的な才能を持つ超人だろうと、そうでない一般人によって駆逐される可能性がある。

 

「……例えばボクの『幸運』なんかは、制御するなんて不可能じゃないかと思うんだけど」

 

幸運という才能は、希望ヶ峰学園でさえまだ解明が進んでいない分野だと聞いている。

仮にこの首輪に、たとえば参加者の脳波だか血行だかを刺激して、普段のような行動をできなくさせる機能だとかがあったとして、『運気』などという曖昧なものまでに影響を及ぼせるとは、とうてい考えにくい。

 

だが、あのジャバウォック島では、とうてい『そんなこと有り得ない』と思われる現象が起こった。

本来は過ごしていたはずの学園生活の記憶を丸ごと消去されたなどと言われたり。

いきなり『絶望病』と呼ばれる病気を蔓延させて、しかもモノクマの手にかかればそれが一瞬で治ってしまったり。

ビームを撃たれて死んだと思われた超高校級のマネージャーが、ロボットになって復活してきたり。

今さら、『首輪をつけただけで能力や才能がどうにかなるはずない』などという常識で考えることは、どうにもそぐわなかった。

 

ルール説明によれば、条件さえ満たしてしまえば首輪を外すことは可能であるらしい。

当然、狛枝凪斗のスマートフォンにもそれは書かれていた。

 

 

 

『首輪を解除できないまま死亡した参加者の首輪を自らの手で5個所持する』

 

 

 

「支給品も合わせて考えれば、『やっぱり僕はついてる』と言っていいのかな?」

 

要するに、首輪をつけたままの遺体から、自力で首を斬り落として首輪を5個手に入れろ、という意味だと読める。

『遺体を損壊させて首輪を手に入れる』こと自体に倫理的な禁忌を冒すというハードルがあるとも言えるし『形を保った死体を5個見つける』こと自体はそう難しくもないとも言える。

 

そして、狛枝の支給品には、それに向いたものが二つあった。

 

スマートフォンの特殊機能、『首輪解除カウンター』……放送のたびに、メールで『その時点で解除された首輪の数』を(死亡者も含めて)知ることができる。

生き延びる上でそこまで役に立つ情報とは思えないが、『首輪をつけたままの遺体がいくつあるのか』を知りたい参加者にとっては大いに役に立つ目安になるだろう。

 

両手で持たなければ振り下ろせそうにない大斧――名前を『デストロイヤー』といい、説明書には『低確率でかいしんの一撃が発生する、マシン系のモンスターに特攻性能あり』と書かれていたがよく分からない。そもそも、狛枝の腕力では力を振り絞ってもヘロヘロと振ってみるのがせいぜいで、これを使いこなして立ち回りを演じるなどとうてい不可能だろう。

しかし、ただ振り下ろすだけならば、一般人には重労働となる『首の斬り落とし』を圧倒的に容易にしてくれる――明らかに『首輪を手に入れる』ことに特化したアイテムと言えた。

 

それらは、(斧の使い勝手の悪さも考慮すれば)狛枝の解除条件を満たすことのみに特化した支給品。

これは、幸運なのだろうか。

それとも、運によるランダムではなく、『お前の解除条件に見合ったものを』と意図して支給されたものなのだろうか。

 

「……いや、不運ではないな。やっぱり僕はついてる」

 

武器としての使い勝手と、条件の難易度はともかく。

この解除条件からは、得られる情報が多い。それはとても幸運だ。

やるべきことも、しっかりと定まってくる。

 

まず、『首輪の解除』自体はわざわざ『首輪の解除されていない死体を狙え』という指示がでる程度には、『起こり得る』こと。

仮に他の参加者の条件が、明らかに達成困難と思われるほどの無理ゲー状態なのであれば、『死体の首輪を5個所持する』という条件を出しても何ら違いははずだ。

わざわざ『首輪を解除できないまま死亡』という言い回しを使った上に、支給品として『解除された首輪の数』を知る手段まである。

つまり『それなりの数の参加者が首輪を解除できるかもしれない』ことを前提にしている、ということになる。

 

二つ目に、『首輪』という全員に支給されたアイテムがトリガーとなる条件であること。

ならば、他にも首輪が関係する条件や、あるいは同じように全員に支給されたアイテムである『スマホ』をトリガーとした条件が存在するかもしれない。

そういったモノを集めろという条件であれば、総数が限られているモノを取り合って争いが生まれるかもしれない。

つまり、あの修学旅行でもモノクマがよく焚きつけていたように、殺人の『動機』が生まれる余地になる。

 

三つ目に、『死体から首を斬り落とすのは抵抗がある』という、人間によっては嫌悪感を感じるところに付け込んだ条件であること。

そのことから、他の参加者が与えられた条件にも、『ある人によっては心理的な理由で達成が困難だが、別の人にとってはそう苦も無く達成できる』ものかもしれない、という想像が成り立つのだ。

 

例えば、絶対に人を殺したくないと思っている者は、『何人か殺せ』という条件に従いたくないだろう。

例えば、仲間意識が強い人物が『仲間に攻撃しろ』という条件を出されたら、達成が困難だろう。

そして、逆にそういった残虐な行為に躊躇しない参加者の方が、早く首輪を外して殺し合いを有利に勧めることができるだろう。

運営としても、そういう人間が有利になった方が、殺し合いが進行してありがたいに違いない。

 

「それに、そもそもボクの解除条件をあまり気にしたところで仕方がないや。

 だってボクの目的は、自分が生き残ることじゃないんだから」

 

狛枝にとって、『自分の才能が制限される』ことよりも、『どこかにいる人知を超えた才能の持ち主が、首輪のせいで十全に能力を活用できない』ことの方がよっぽど心が痛む、辛いできごとだ。

絶対的な希望は、大きな才能の持ち主によって生み出されるというのが狛枝の持論だった。

一般人がどれだけ努力したところで、持てるものが相手ではどうにもならないことは、約十六年の人生で痛感してきた。

『首輪のせいで、一般人でも超人を倒すことが可能になる』という事態は、狛枝にとって不愉快でしかない。

できるならば、この会場にいるすべての希望の種には、首輪を外した万全の状態で争ってほしいぐらいだ。

 

だから、狛枝の行動方針は定まった。

 

「決めた。ボクは、皆の解除条件を手伝ってあげよう」

 

首輪を外す相手が、善人であるか悪人であるかは気にしない。

ただ一つ、明らかに才能がない人間よりも、『何か秘めている』と判断した人間の首輪を優先するだけだ。

『希望』もしくは『希望の踏み台になれそうなライバル』となり得る『力を持つ者』に出会ったら、その人物の『解除条件』を満たすために行動する。

 

さらに言えば、べつに首輪を外した者が殺し合いを打破するのを見たいわけではなく、枷を外された『希望』がその能力を存分に発揮するところが見たいだけなのだ。

極論、希望あふれる意思によって、大きな才能を振るってなされた所業であるならば、それが殺し合いの優勝だろうと喜びをもって受け入れるだろう。

だから、狛枝にとって首輪を外すことは手段ではなく、目的である。

ゆえに、『犠牲者を出さないために首輪を取り外せる技術者を探そう』なんていうまだるっこしい真似はしない。

いや、仮にそういう人がいればもちろんアテにするだろうけれど、狛枝は狛枝にできる限りの手で、才能あると見なした者の首輪を外していく。

 

「『希望』を守るためなら、僕は何だってする」

 

仮に、十人の参加者が死亡することで、人気アイドル一人の首話を解除できるなら、狛枝凪斗は人気アイドルのために十人を死なせる努力をしよう。

 

仮に、『仲間を殺せ』という条件を課された王族がいれば、たとえその人が絶対に人を殺さないと決意していようが関係なく、その人に『仲間を殺させる』ための機会をうかがおう。

 

仮に、『10個の首輪が爆破される』という条件を出された類まれなる天才がいれば、狛枝は他に首輪を欲しがっている凡人が何人いようとも、彼らを見捨てて首輪を爆破するだろう。

 

仮にだが、『狛枝凪斗の首話を手に入れろ』という条件を持った『絶対的な希望』がいれば――狛枝凪斗は、喜んで『希望』のために自分の首を切り落とすだろう。

 

それで、首輪を外した者たちの心が折れたり自殺したりしてしまうなら、それまでのことだ。

そこで折れてしまうなら、その人の『希望』はそこまでだったということになる。

最後に勝った者こそが本物であり、最も強い『希望』に他ならないのだから。

 

「まっ……それでも、最初から殺すことありきの人間はいるけどね。日向君なんかがそうだし」

 

かつて、狛枝凪斗は忌むべき『絶望の残党』として活動していたことを、あのドッキリハウスの武器庫(オクタゴン)で知ることができた。

狛枝凪斗には、たしかに『希望』と同じぐらい『絶望』に惹かれていた時代があったのかもしれないが、幸いにして今の狛枝にその記憶はない。

絶望――自分の希望(ねがい)のために戦うのではなく、ただ殺すためだけに殺すもの、絶望から人を殺すもの、希望を引きずり下ろすためだけに殺すようなものがいれば、狛枝は何としてもそんな人間を殺そうとするだろう。

かつて『絶望』に落ちていたという日向創もまた例外でない。

 

「そうなると、まずはドッキリハウスに行ってみようかな。

ボクと日向君の共通のアテと言えばそこしかないし」

 

それに、この島にあるドッキリハウスが、あの島のドッキリハウスと似たような施設であるならば、あのオクタゴンのように『秘密』が手に入る隠しスポットもあるかもしれない。

近場にある『天川夏彦の家』という謎のポイントも気にならないではないが、まずは駅から電車に乗ってドッキリハウスへと向かうことを方針としよう。

その道中で、『特別そうな人』に出会えたらその人についていくのもいい。

 

自分の解除条件である首輪の確保については……現状は保留だ。

他の参加者が、自分の条件のように『自力での取り外し』を求められているとしたら、狛枝が首輪を回収することで、誰かの解除条件を妨害することにもなりかねない。

せいぜいスマホのメモ帳に、『首輪付きの死体を見つけた場所』を記録しておくにとどめよう。

狛枝凪斗は、『希望』のためならばどこまでも自らの生存を度外視にできるのだから。

 

 

 

「それにしても……男子高校生の下着を持ち出すなんていったいどこの変態だろうね」

 

歩くたびに、ズボンの下がスースーすることに顔をしかめ、そういぶかしんだ。

さすがの狛枝も、男子高校生の履いている下着をしれっと強奪するような輩には、かなり引く。

 

 

【E-8/住宅街 一日目・深夜】

 

 

【狛枝凪斗@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装、ただしノーパン

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能『首輪解除カウンター』付き)、デストロイヤー@ドラゴンクエスト11、不明支給品一つ(確認済み)

[首輪解除条件]:首輪を解除できないまま死亡した参加者の首輪を自らの手で5個所持する

[思考]

基本:皆の首輪を外してあげたい。特に『希望』となりえそうな人物の首輪を優先

1:近場の駅から電車に乗ってドッキリハウスへと向かう

2:他の参加者とできるだけ穏便に接触して、解除条件を知りたい。生まれつき特別な適正を持った参加者の解除を優先し、善悪は問わない。

3:首輪をつけた死体を見つければ、位置をメモしておく(自分の首輪解除条件は優先しないので、まだ回収しない)

4:日向君は確実に殺す。ほかにも、絶望から人を殺そうとする参加者は殺す

[備考]

※参戦時期は第四章でのオクタゴン潜入直後です

※スマホには特殊機能が搭載されており、放送ごとに『首輪が解除された参加者の人数』をメールとして受け取ることができます

※パンツがどこにいったのかは察してください



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■■なる復讐/アカネ(パンドラボックス)

夢を、見た。

 

母がいて、姉がいて、妹がいて、みんな幸せ、楽しく過ごす、そんな夢

 

そして、そんな日常が一瞬の内に砕かれた、そんな夢

 

 

―――

 

 

会場北西、エリアB-6。小学校があるこのエリアで、夜の月光に照らされながら佇む和装の少女が一人。

 

彼女の目に光はなく、ただ虚空を見つめるのみ

 

 

 

 

「……」

 

はっきり言えば、彼女はあのホールに飛ばされる前の記憶は殆ど無い。ただ一つ、反応したのはファヴの『殺し合い』をする という節の発言

 

「……また、やらされるのか。終わったのではなかったのか」

 

虚空を見つめ、ただ独り言のように呟く

 

 

 

あの日、全ての幸せが、全ての日常が全て壊されたその日。彼女はただ『■■■』を追い続けた。『■■■』が何処にいるかも分からずに。ただ只管に彷徨い、まさにそれは幽鬼が如く、それはまさに亡霊が如く

 

少女の狂気(憎しみ)は止むこと無い。唯一見据えるのは『■■■』への復讐。家族の仇。せめて一太刀、やつに当てることができればそれで良い。

 

少女の足は進む。彼女にはファヴが説明したであろうルールも支給品もスマホの説明も、彼女の耳に入ることはない。――もとより彼女は『■■■』しか見ていない。

 

 

 

「終わったのではなかったのか。なぁ、音楽家」

 

 

 

 

ただ一言、最も憎むべき復讐相手(生きがい)の名を呟き、復讐者は進む

 

その果てに、彼女が望むものがあるのかは、まだ誰も知る由はない

 

 

 

―――これは余談ではあるが、彼女が完全に無視している(と言うよりはスマホにすら気づいていないため知る由もない)首輪解除条件は『ゲーム終了時まで森の音楽家クラムベリーを直接殺してはならない。もし直接殺した場合、この首輪は爆発する』

 

――いや、もはや何も言うまい。彼女がこれを知っていようが、知ってなかろうが関係ない。ただ彼女は『音楽家』への復讐を果たすだろう。怨念を、執念を、「せめて一太刀」と誓った唯一の願いを果たすだろう。

 

 

【B-6/一日目/深夜】

 

 

【アカネ@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:精神崩壊、『音楽家』への異常な執着

[服装]:魔法少女姿

[装備]:アカネの刀@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ

[首輪解除条件]:ゲーム終了時まで森の音楽家クラムベリーを直接殺してはならない。もし直接殺した場合、この首輪は爆発する

[思考]

基本:音楽家ァ……

1:……また、やらされるのか。終わったのではなかったのか

2:終わったのではなかったのか。なぁ、音楽家

[備考]

※restart本編開始前からの参戦です



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宇喜多佳司は勇者である/宇喜多佳司(反骨)

会場北西部―――静けき平原の中、いま目覚めた男がいた。

心地の良い微風が草花を揺らす夜天の下で、男が着込んでいる白衣は周囲の暗闇とのコントラストを演出する。

白を主張するのは決して服装だけではない。

薄く覆われた頭髪、凛として存在感を示す太い眉も白い。

一見すると、どこかの病院に勤める医師か洗練された科学者のような堅苦しい風貌であるが、正解は後者となる。

 

 

その男―――宇喜多佳司は、鹿鳴市の原子力研究所、通称「ラボ」と呼ばれる施設でBC能力の研究に従事する職員である。

だがそれはあくまでも表の顔であり、裏では反コミュニケーター組織「Q」と繋がりを持ち、「ラボ」の爆破を行い、欺瞞に満ちた社会に対して叛旗を掲げたテロリストという一面も持ち合わせている。

そんな男は果たして、この殺し合いに何を思い、何を感じているのだろうか。

 

 

宇喜多は振り返る。

自身の信念、正義に基づいて綿密に練り上げたテロ計画。

それを台無しにした裏切り者―――笠鷺渡瀬に裁きを下すため、拳銃という慣れない凶器を手にし、火炎地獄と化したラボ内を徘徊していたが、気が付くとあのホールの中に立たされていた。

ホールの中には宇喜多以外にも、男女老若問わず多数の人間の姿が見受けられたが、群衆の中から追い求めていた憎き男―――笠鷺渡瀬の姿を発見するまで、それほどの時間は掛らなかった。

早速詰めかかろうとしたその瞬間、ファヴなるホログラムのようなものが現れ、公開処刑を見せつけられた。

 

 

宇喜多は憤る。

見せしめとして無残に殺害された少女のことは知らない。

だが一つだけはっきりした―――それは、宇喜多をこの場に召喚した主催者は許されざる存在であるということだ。

それこそコミュニケーターに対して非人道的な扱いを行ってきた鹿鳴市を凌駕するほどの巨悪であると、宇喜多は主催者打倒を胸に誓った。

 

 

宇喜多は思考する。

支給されたスマホを手にして自身の首輪解除条件を確認してみたが、口にするだけでもおぞましいものであった。到底このような非人道的な解除条件は許容できない。

また参加者名簿についても目を通したが、裏切り者の他に守辺洵、天川夏彦、鳥羽ましろ、三宮・ルイーズ・優衣の名前もあった。

シリウス隊員の守部はともかく、後の3人は言うまでもなく、護るべき対象だ。

笠鷺渡瀬のような悪漢の手に掛る前に、早急に保護しておきたい。

 

 

宇喜多は支給品袋に手を入れる。

志は立派ではあるが、はっきり言って宇喜多自身には、悪意のある暴漢から弱者を護りきるほどの腕っぷしはない。ラボ内で入手した拳銃も今は手元にない。

したがって、宇喜多が縋るのは皮肉にも主催者から割り当てられた支給品しかない。

 

 

「これは……ショットガンか!?」

 

 

袋から最初に飛び出してきたのは散弾銃だった。

没収されてしまった拳銃よりも遥かに殺傷力のある代物を手にし、宇喜多は思わず笑みをこぼす―――

これがあればやれる、と。

 

 

一先ず取り出した得物を傍らに置き、次の支給品を確認すべく支給品袋に手を突っ込む。

 

 

「痛っ!何だこれは……」

 

 

出てきたのは鎧だった。

それも両肩に刃が露出した物騒なデザインのものだった。

右手から血が滴る。どうやら肩口の刃で裂かれてしまったようだ。

添えられていた説明書には「やいばのよろい:物理攻撃を跳ね返す効果があります」と記載されている。

 

 

「この説明文が本当だとしたら、相当便利なものだぞ、これは!」

 

 

宇喜多は右手に刻み込まれた痛みなどすっかり忘れ、興奮気味に白衣の上から鎧を装着する。

鎧で守られた領域以外は白衣という不格好な容姿となるが、非常事態であるがゆえ致し方ないだろう。

 

 

悪漢に正義の鉄槌を下すための武器も、自分の身を守ってくれる防具も手に入った。

後は夏彦達を捜索するための足が欲しいところだ。

願わくば、最後の支給品がそれを満たしてくれるものであればと支給品袋に手を入れる。

 

 

「こ、こいつは……!?」

 

 

かくして、宇喜多の願いはかなった。

尻餅を抜かし、袋から飛び出てきた“それ”を見上げる。

宇喜多の視線の先にいたのは頭部が鳥で、下半身は馬の……怪物であった。

 

 

この世ならざる幻馬<ヒポグリフ>―――シャルルマーニュ十二勇士が一人、英霊アストルフォの愛馬は自身を呆然と見上げる宇喜多の姿を黙って凝視する。

一人の男と一匹の怪物の視線が交わるが、両者ともに動きがない。

暫くの間沈黙が続き……やがて、宇喜多は意を決して目の前の怪物に声をかけてみた。

 

 

「ぼ、僕にはどうしても救わなければならない人達がいる! その為に力を貸してくれないか!」

 

 

 

目の前の怪物が人間の言葉を理解できるほどの知性を持っているとは分からない。

しかし、宇喜多はありったけの思いを怪物にぶつけてみた。

ヒポグリフは冷静に宇喜多の眼を見据え続け―――そして、クエーと叫び嘴を己が背中に向けた。

乗れ、という意思と捉えて良いだろう。

どうやら意思疎通に成功しようだ、と宇喜多はホッと胸を撫で下ろし、ヒポグリフの背中に搭乗した。

 

 

「待っていてくれ、夏彦君……そして、隊長さん!」

 

 

救うべき存在である夏彦達の顔と、正義の裁きを下すべき背徳者の顔を思い浮かべ―――

 

 

正義の思いのままに

その瞬間全てを賭けて

宇喜多は飛び立った

 

 

 

 

だが間もなく、宇喜多は元来た道を引き返し―――西へ向かうこととなった。

遠方より助けを呼ぶ女性らしき声が耳に入ったからだ。

夏彦達も心配ではあるが、こちらを捨て置くわけにはいかなかった。

 

 

このバトルロワイアルの会場には勇者と呼ばれる存在は複数人いる。

宇喜多は彼や彼女らのような異能も戦闘力もない、ただの脆弱な一般人だ。

だが宇喜多の「弱者を護り、悪を討つ」という志は、彼や彼女らのそれと引けを取らない。

燃え上がる正義の心を胸に抱き、宇喜多はまだ見ぬ弱者を救いに空を駆ける。

 

 

握りしめるショットガンは不相応かもしれないが―――重々しい鎧を着込み、伝説の幻馬に跨るその姿は伝記上に登場する「勇者」と言えなくもないだろう。

 

 

見知らぬ地、見知らぬ夜の中

無限の星すらも霞むように

勇気、心に溢れ宇喜多は往く

 

 

しかし宇喜多は気付いていない。

自身の心の奥底には既に「被験体N」という別の人格が住み着いているということを……

そして、「被験体N」によって生成されていく悪意が、ゆっくりと確実に宇喜多佳司という人格を蝕んでいるということを……

 

 

 

【A-2/上空/一日目 深夜】

【宇喜多佳司@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]健康、右手に切り傷(少)、笠鷺渡瀬への激しい憎悪、「被験体N」の悪意により精神汚染中

[服装] やいばのよろい@ドラゴンクエストⅪ

[装備] 散弾銃@リベリオンズ、この世ならざる幻馬@Fate/Apocrypha

[道具] 基本支給品一色、スマホ

[首輪解除条件]

6名の参加者からそれぞれ頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の何れかを切り裂き、切り裂いた部位を繋いで人形を作成せよ。

作成した人形を「七望館」内にある棺に収納することで首輪は解除される。

[思考・行動]

基本方針:コミュニケーターを保護し、主催者を打倒する

1:助けを呼ぶ声へと向かう

2:その後、夏彦君と鳥羽君、三宮君を探す

3:ゲームに乗っているものに関しては容赦しない

4:隊長さんは絶対に仕留めなければならない

※ 拡声器によるセーニャの声を聞きつけ、グラン・ニョールへ向かっています。

※ 参戦時期は本編Aルート終了後、「被験体N」によって悪意を植え付けられている状態からとなります。

※ 現在は渡瀬に関する記憶が改竄されておりますが、今後他参加者への印象に関して記憶の改ざんが行われ、悪意が増幅される可能性があります。



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愛試死(ラブデスター)/赤のアサシン(ヤヌ)

――お前は彼を裏切ることはできない。せいぜい想像するだけで精一杯だろう。

 

 

 

ベッドがある。衣装棚がある。記帳机と灯りがある。ソファがある。厚い布地のカーテンがある。

なるほど、寝泊まりに必要なものは一通りは揃っているようだ。

調度品の数自体で言えば、彼女の空中庭園に用意したサーヴァント用の個室よりも種類は多いかもしれない。サーヴァントはそれらを元来必要としないからこそでもあったが。

 

「どこぞの城かと思えば、それらしく作った贋作ではないか」

 

大きなつくりのガラス窓から地上を見下ろし、呆れたように鼻を鳴らす。

眼下にはライトアップされた機械仕掛けの遊戯場が、一人の客もなくただ乗り物だけを動かしていた。

地形が小島であることや線路の通り方を見るに、ここは『アリスランド』という場所に相違ないらしい。

中心に城のような形を模した宿泊施設を作り、城の庭を遊び場として開放する。

そういうコンセプトだとは把握できたが、それにしては城の外観デザインから想定された時代と、遊技場の文明レベルが明らかに釣り合っていないのが、現代によみがえった古代の英霊としてはちぐはぐに見えて仕方なかった。

まぁ庶民の娯楽施設とはこんなものか、という程度に感想をとどめて、赤のアサシン――女帝セミラミスは、ガラス窓へと細長く端正な指をかざした。

ガラスへに映り込んでいたひどく顰められた美貌が、半分ばかり隠れる。

その景色は、先刻まで己が居城としていた『虚栄の空中庭園』と似ても似つかないものであり、その苛立ちを冷ますためにそれなりの時間を必要とした。

来るべき黒のサーヴァント達との最終決戦を控え、空中庭園の迎撃手段を万全に整え、必ずしも心からシロウに仕えていなかった赤のランサーにも釘を刺した。

その際にランサーから愉快でない言葉を聞かされたが、べつだん計画に齟齬をもたらすような因子はなかったはずだった。

にも拘わらず、ここにいる。

 

「それにしても、ずいぶんと無礼な羽虫だったな。アレが進行役なのだとしたら、ずいぶんと舐めてくれたものだ」

 

それも、かの赤のバーサーカーのように、古代ローマの闘技場さながらに品位のない殺し合いを命じられている。

まったく、馬鹿馬鹿しい。

サーヴァントを首枷のついた奴隷のように争わせようとする低俗さも馬鹿馬鹿しければ、何よりあの『願いが叶う』といううたい文句で人を釣れると思っているところも浅はかだ。

 

他者――それも英霊をその気にさせようというなら、それこそ『聖杯』に匹敵するだけの『奇跡』を眼前に用意してみせ、それ相応の態度を持って遇しなければ意味が無い。

『どんな願いも叶える権利が与えられるぽん』などという、あまりに漠然とした、極めてざっくりした一言で済まされた口約束を真に受けるものがいるとすれば、それはよほどの阿呆に違いない。

もしくは進行役の裏事情でも把握しているのではないか、ぐらいは疑った方がいい者だろう。

 

「我をサーヴァントだと承知の上で招いたというならば、たとえハッタリでも『聖杯』に代わるだけのモノを用意したぞ、と吹っ掛けるぐらいはしてみせればいいものを」

 

得体のしれない開催者の『願いを叶える』などというあからさまな釣り餌と、すでに空中庭園にある大聖杯とでは、どちらの方がより願いを叶える手段として確度が高いか、考えるまでもない。

であるからには、優勝を目指すなど論外だ。

一人だけで生還したところで、セミラミスの願いは叶わない。

聖杯大戦の最終的な勝者として願いを叶える為には、セミラミスが現界するためのマスターであるシロウの存在と、大聖杯に接続して願望機を作り替えるシロウの宝具がどうしても必要になる。

シロウの側にとってもそれは同様だ。大聖杯の接続という儀式の最中に、聖杯と自身の防護を任せられるサーヴァントはセミラミスをおいて他にいない。

最低でもシロウと自分の二人は生還する形で、大聖杯の待つ居城へと帰還する。

それが最も妥当だし、シロウも同じことを目指すはずだと確信している。

また、もしも生還枠が二名に増えたところで、シロウと二人で優勝を目指すのかと言われても怪しい。

『優勝者は生還させる』という口約束が護られるかは保証されていないのだから。

セミラミスは、顔にまったく裏切りの相が無い者でなければまず疑う。

表情を判別することもできない羽虫の言葉など、信用に値するはずがなかった。

 

「ハナからマスターに方針を問う必要が無いのは不幸中の幸いだったな。

マスターには『啓示』スキルがある。連絡を送らずとも、我の動きをいずれ察知することだろう」

 

そう呟いて、『不幸中の幸い』という部分をもう一度だけ反芻する。

そう、進行役がどうしようもない阿呆であることだけはこちらに有利だったが、阿呆だろうともこちらの生殺与奪を握るほどの力を持っていることは認めざるを得ない。

総括すると現況は『不幸』のただなかにある。

 

まず、『虚栄の空中庭園』から外に出てしまえば、セミラミスのサーヴァントとしての戦闘力は大きく減衰する。

『十と一の黒棺』をはじめとする数々の術式を扱えないばかりか、竜牙兵のような雑兵たちも生み出せず、魔術による防護の力も、第二宝具である『驕慢王の美酒』も大幅に弱体化する。幻想生物の召喚も、切り札として精製していたヒュドラ毒の使用も不可能となる。

感覚としては、これまで何不自由なく動いていた両の手指が、指一本を除いてすべて動かなくなったのに等しい。

そもそも、キャスターとしての属性が強いサーヴァントに野外での正面戦闘を要求するなど運用を履き違えているのだ。

それだけでなく、使い魔として使役すべき野生の鳩もまったく見かけない。

このような屋外の公園や遊技場のような施設は、本来ならば現地の鳩にとって格好のたまり場となるはずだ。

それが一羽も気配を感じないとなれば、この会場はいったいどんな場所なのかという疑念を抱かずにいられないし、何より偵察をするための『眼』がほとんど機能しないというのはあまりにも痛い。

 

しかも、この状況の不審さはそれだけではない。

否、そもそも『サーヴァントを拉致して違う殺し合いに参加させる』という状況それ自体が異端でしかないのだが、おかしな点はまだいくつもある。

 

そも、名簿とやらが怪しい。

(スマートフォンなどという機械はセミラミスの知識にもないものだったが、タッチパネル式で操作をするという点だけは彼女の要塞でも行ったことがあるために勘で扱っている)

黒のサーヴァントと赤のサーヴァントをそれぞれ二体と三体ばかり確保し、それに加えてルーラーと天草四郎をこの場に呼ぶという選抜基準もよく分からないものではあったが、『黒のアサシン』という聖杯大戦を脱落者したクラスもあった。

赤のアーチャーは『自分が討った』としか報告しなかったが、まさか実は討っていなかったにも関わらず虚偽の報告をした――ということはあるまい。

あの時にそんな嘘をついてもいずれ露呈したことは明らかであり、偽る理由も意味もない。

だとすれば、この名簿は皆の混乱を招くために偽りの記載がされたものと見ていいのか。

あるいは、すでに脱落して聖杯へと還元された英霊を、再召喚したとでもいうつもりか。

それは聖杯大戦の根本的なことわりを覆さない限り、起こりえない現象だ。

 

さらに、霊体化ができない。

あらかじめ『霊体化を禁じる』という令呪でも使われたのか、実体の状態をどうしても解くことができない。

マスターとの魔力のラインも切れている。

契約を結んだサーヴァントはマスターからの魔力供給を常に感じられるにも関わらず、それが無い。しかも、その上で存在を維持するための魔力には支障がない。

つまり、今の状態は『実体化』というよりも自らの肉体を獲得した『受肉』の状態に近いと言えるはずだが、『受肉』する為には本来なら聖杯に願わなければならないはずだ。

 

そして、首輪だ。

サーヴァントには、神秘を宿していない現代兵器が通用しない。

首輪の爆弾とやらがかのメフィストフェレスの『爆弾(ボム)』のような呪術の一種だとすればサーヴァントをも傷つけうるかもしれないが、この場にはとてつもない対魔力を有するルーラーも現界している。

彼女に呪術としての爆弾が通用するとは思えない。

……仮にルーラーにも通用する首輪を嵌めたというのなら、まさか実体化の強制のみならずサーヴァントが『人間』そのものに近づいているとでもいうのか。

ものは試しと、魔術によって破壊できるものかどうか、まず魔力を通せるかを確かめようとしたが、すぐに『それ以上触れるな』という抵抗感が生まれて指を弾かれた。

まるで、あらかじめ令呪で『首輪を破壊するな』と命じられていたかのような心理的負担を感じた。

仮にそれ以上、無理やりにでも首輪の解体を試みようとすれば、今度は『ルール違反をした者の首輪を爆破させる』という罰則が適用されていた可能性が高い。

ありていに言えば、現段階では魔術的なトラップなのか、ただの爆弾なのか、それさえも判別することが不可能である。

 

そう、進行役の愚かさはともかく、ゲームとやらの開催者の力は認めざるを得ない。

こう考えを深めていくほどに、ある懸念が思考にまとわりついてくる。

 

「まさか……あ奴は大聖杯を強奪したのではあるまいな?」

 

それは、空中庭園からサーヴァントと同様に大聖杯もまた強奪され、その願望機としての機能が『ゲーム』とやらを運営するために利用されている懸念だった。

 

大聖杯によって召喚されたはずのサーヴァント達が、強制的に転移させられたこと。

時には令呪の力さえをも上回る空中庭園の強力な魔術的防護の中にいたセミラミスをこの場に移したこと。

黒のアサシンがこの場に存在していること。

サーヴァントを実体のままに固定するよう制限したこと。

妄言やもしれぬとはいえ、『どんな願いでも叶う』などとのたまったこと。

仮に、このゲームに聖杯大戦の大聖杯が利用されていれば、事情が変わる。

自分とシロウの安全だけでなく、何としてもそれを奪い返したうえで生還しなければならない。

 

いずれにせよ、足りないのは情報だった。

仮に大聖杯も使わずにこれだけの不可能ごとを成しえたのだとすれば、その時はそれこそ、『では何の力を使ったのか』という疑問への答えが見いだせなくなる。

しかし、このゲームに不可知の存在が関わっていることは、無礼な羽虫と少女の会話から痛感せざるを得なかった。

『魔法少女狩り』という呼称。そして『魔法少女以外の一般人を巻き込むつもりか』という言葉。

明らかに『魔術師』とは異なる意味合いで呼ばれていた『魔法少女』という存在。

『魔術』ではなく『魔法』という言葉が使われていることが気にかかる。

魔法となれば魔術よりも高位の、この時代の人間には実現不可能な奇跡を指す言葉となる。

それを使い得るということは、すでに根源の渦に到達しているに他ならない。

もちろん、魔法そのものではなく『魔法級に相当する』力を保有しているという意味かもしれないが、そうだったとしても『魔法少女狩り』などと、まるで『魔法少女』なる者がたくさんいるかのような肩書であることが引っ掛かる。

 

あの無礼な羽虫の知己であることからも、『スノーホワイト』という少女からは優先的に接触しておきたい。

基本的には、自身にとって不可知の事象に詳しい者がいれば情報を吐かせる。特に『スノーホワイト』は優先順位をあげておく。

仮に有能な者や使いやすい無能者がいれば、見返りの供与と悪意による誘導を使い分けて労働力を提供させる。

主に、邪魔者退治やら情報集めやら伝令やらを担わせる。

仮に無能な上に、何も知らず、あまつさえ裏切りの相まである者がいれば、さっさと処理しておく。

常のセミラミスであれば、たとえ味方だろうとも殺意の天秤が少し傾いただけで処理してきたものであったが、さすがにこのゲームでも不必要な殺しをするのは勿体ない。

 

単に帰還する方法を穏便に探りだしたいだけではない。

まずは他の『参加者』七十余名の勢力関係を把握すること。

そこを踏まえた上でなければ、暗殺者であり謀殺者であり、暗躍者でもあるセミラミスとしては立ち回りようが無い。

そして、赤のアサシンとシロウ・コトミネが生還することを阻止しようとする輩も、ゲームの中には放り込まれている。

 

ユグドミレニア陣営のサーヴァントと、その陣営と同名を組んだサーヴァント。

ルーラー。黒のライダー。赤のセイバー。

全陣営を敵に回していた黒のアサシンはともかく、この三者についてはシロウの陣営に対抗して手を結び、『聖杯を握らせてはいけない』という危機意識を抱いている。

あくまで合理的に考えれば、聖杯大戦とは関係のない不測の事件が起こっている以上、ルーマニアへと帰還して聖杯大戦を再開するまではかりそめの休戦をする余地はあるのかもしれないが、それまでの険悪な関係を思い起こせばそうはいかない。

特に赤のセイバー――反逆の騎士が問題だ。

初対面の時から、合理的な協調よりもこちらが気に食わないという反骨精神を重んじるような輩だった。

こちらは彼女のことを、なるべく早めに始末すべき手合いだと認識しているし、おそらく向こうもこちらに対して同じ敵愾心を抱いていることは想像に難くない。

この状況を解決するまでは休戦しよう、などという提案をしたところで間違っても承諾しないだろう。

そしてより悪いことに、『空中庭園』無しのセミラミスではまず太刀打ちできないほどステータスに開きがある。

 

だから、現実問題として、正面から戦ってはまず勝てない敵サーヴァントに脱落してもらう手段を見つけ出し、仕留めた上で生還しなければ、こちらが殺されるということになる。正直なところ頭が痛い。

問題は、謀殺をしようにも、こちらの方が敵を作りやすい立場にあることだ。

こちらの陣営は実質二人で、向こうの陣営は黒のアサシンを引いても三人。

しかも三者とも見るからに純朴だったり単純だったりするような者ばかりで、民草にとって無害だと信頼されることは容易そうなタイプだ。

こちら側に与する者としては赤のアーチャーもいるが、『聖杯に懸ける願いが対立していない』という利害による同盟でしかない。彼女がこの場においても味方で有り続けるかどうかは疑問がある。

たとえば巻き込まれた者のなかに人間の子どもがいるようであれば、彼女は子どもを見放してでも自陣営だけで生還することに難色を示すに違いない。

下手をすれば、他の参加者に向かって『シロウと赤のアサシンは、聖杯への願いの為にマスターに毒を盛った前科があり、生還するにあたって手段は選ぶまい』と馬鹿正直に暴露する可能性さえある。

それでなくとも、『赤のアサシン(暗殺者)』と名簿にクラスを書かれている時点で、聖杯戦争について無知な者でもまず警戒するだろう。世界最古の暗殺女帝であるという真名を知られれば、なおいっそう印象は悪くなる。

よって『ルーラー、黒のライダー、および赤のセイバーは仕留めるべき悪党である』と他者を騙すことは、勝算が薄いと言わざるをえない。

 

「たいそう業腹だが……聖杯大戦のことはひとまず水に流して休戦しよう、とおもねるような真似ぐらいはした方がよさそうだな」

 

そうしたいという意思表示は、無論本心ではない。

だが合理的に考えて休戦した方が得策だという事実は嘘ではないのだから、騙したことにはならない。

そして、『一時的にでも主催者を倒すために手を組もう』という平和的な提案をした側と、『お前は信用できないからそんなことができるか』と蹴った側では、前者の方がまっとうなことを言ったと主張したまま敵対することができる。

殺したくないから、穏便に振る舞うのではない。

機会をみて謀殺するために、穏便に振る舞う必要がある。

首輪を外すための『条件』とやらについても、然りだ。

ガラスに映り込んだ首枷を見とがめ、しばらくその屈辱に耐えるために睨むような凝視を続けた。

 

「気に入らんが、すぐにでも外そうとするのは拙速だな」

 

羽虫は、『条件を達成できるようせいぜい頑張れ』と言っていた。

つまり、多くの条件は、殺し合いゲームを進めるために誰か殺すなり、道化として振る舞うなりしろと、本意ではないことをやらせる命令なのだろう。

それなのにさっさと首輪を外してから、何もない首元を晒して歩き回るなど、『私はすぐに主催者の言いなりになって人を殺すなり何なりと危ないことをした可能性があるから、どうか警戒してください』と周囲に見せつけるような愚行でしかない。

仮に首輪を外した者の条件が、手を汚す必要もなく簡単に達成できるものだったとしても、もし出会った相手の方が『何人か殺せ』というたぐいの条件を突きつけられていた場合は、『もしかしてこいつは誰か殺して首輪を外したのではないか』とあらぬ想像を抱いて第一印象を悪くするだろう。

なるべく他の参加者から情報を集めねばならない現状において、まず首輪を外すのはあまりに上手くない。

その上、解除条件を満たせば首輪が外れるというルールも、あくまでファヴが口頭でそう言ったというだけに過ぎないのだ。

まずは誰か他の参加者が実際に首輪を解除したところを確認する。

そうして解除条件のルールが確かにそのとおりであることを見届けてから、自身も首輪を外す。

なるべくならば、そうしたい。

 

「地形を考えれば遠からず誰か通過するだろうが、監視の眼が一羽しかないのはやはり不便よな」

 

すでに、この島にある駅周辺を見張らせる形で『支給品』だった鳩をはなっている。

地形を考えれば島同士を移動しようとする者はまず駅周辺を通る可能性が高く、アリスランドに誘おうという待ちを決めることにした。

合流すべきマスターであるシロウは、戦場だろうと躊躇なしにふらふらと歩き回るタイプだ。

であれば、己は探し回るよりも待ちに徹すべきだろう。

 

通行人を使い魔に誘わせるか、看過するかは使い魔の情報から判断する。

誘い出した者を手足にするか、『首輪のための贄』にするかは、さらに相手を見て判断する。

手足に対しては『首輪のために他者を殺す』ことを隠さなければならないのが面倒だが、そこは『特殊機能』とやらを遣り繰りすれば多少なりとも楽になるだろう。

 

「しかし、この、ちまちまとした端末はどうにかならんのか……。

魔術使いはそもそも機械を嫌うことを分かった上でのことなら、実に気の利かん」

 

机上のスマホを手に取り、再三になる操作をして首輪解除条件を映し出す。

 

『参加者を2人殺害する』

 

白地の画面に、黒字で淡白にそう書かれていた。

シンプルな条件だが、出会う者を無用に警戒させないためにもなるべく隠す必要がある。

さて、どういうふうに偽造して誤魔化したものか。

黒い文字をなぞるように端末に触れたところ、新たな発見があった。

 

「おや……?」

 

その画面は、指をなぞるように動かせば、より下へとスクロールすることが可能だった。

その解除条件には、続きがあった

 

 

 

“もし第三回放送までにこの条件を達成できていなかった時、第三回放送と同時に全生存者のスマホに以下の内容がそのまま送信される。

(首輪の解除自体は、第三回放送以降に殺害を達成しても滞りなく行われる)“

 

“シロウ・コトミネの目的”

 

 

 

「なんだと?」

 

 

 

そこには、シロウ自身しか正否を知らないはずのことが書かれていた。

 

すべての魂の物質化。

願望機の全魔力を動員して、全人類を魂さえあれば生き延びられる存在にする。

全ての人類は不老不死になり、資源や富を巡る争いが消え、復讐の連鎖は断たれ、戦争は根絶される。

生存本能はなくなり、善性と悪性をもたらす我欲が消失し、虚栄は意味をなさなくなる。

誰もが平等で、権力者は存在せず、永久に変わらないままで有り続ける。

 

何故に知っている、とまず驚愕した。

シロウと直接に契約を結んでいるセミラミスでさえも、ここまで詳しく救済の全貌を聞いていたわけではない。

大聖杯の『できないことはできない』というシステムを書き換える。

大聖杯の中へと侵入し、第三魔法によって人類の全てを造り替える。

結果として成立するのは、恒久的な世界平和。

セミラミスでも、せいぜいその段階までしか聞いていない。

救った世界は、そのままセミラミスにくれてやるから女王になればいいと、そういう約束を交わしている。

 

次に、主催者があること無いこと妄言を書き立てたのではないかと疑った。

千里眼か、赤のキャスターに匹敵するほどの観察眼か、あるいはサーヴァントの心を読む術でも持たない限り、シロウの計画を把握する手段などありえない。

しかし、すぐに気付く。それは、どちらでもいい。

これが、主催者の想像だとしても、真実だとしても。

ここに書かれていることが、シロウの考えと一致している可能性は極めて高かった。

なぜなら、あの少年がそのような世界を望んでいるなら、とてもしっくりくる。

いかにも、あの聖人が考えそうなことだと、シロウらしいと、読んでいて納得してしまう。

そんな納得ができるぐらいには、赤のアサシンはマスターのことを理解している。

アレは、たしかに『完璧な存在』にあこがれていたと、つじつまが合う。

 

そして、この内容が他者に知れ渡ったときのことを思いめぐらせる。

なるほど。

確かにこれの真偽がどうあれ、こんな情報を流されたならばシロウの陣営は不利になるだろう。

世界救済のための手段がここまで極端なものであるとは、赤のアーチャーも知り得ないはずだ。

どころか、この文面を見てしまえば、聖杯戦争とかかわりのない者だろうと、天草の精神性が異常なものであることを察するには十分すぎる。

まずこんな夢物語は眉唾だと狂人扱いされるのが関の山だろう。

たとえ真に受けたとしても、不老不死と引き換えにそれまでの精神性を全て失ってしまう、そんな世界にするつもりだと言われて、戸惑わない者はいない。

 

そして、そして。

 

――ならば、“我”はどうすると思われている?

――ならば、“私”はどうする?

 

 

 

「――――――殺す」

 

 

 

セミラミスの口元が大きくゆがむ。

音が出るほど歯を食いしばり、強く握った拳を乱暴に机上へと叩きつけた。

激昂をそのままぶつけられたデスクが大きく破砕し、柱が折れ曲がって卓が床へと傾く。

 

なぜ、敵はこのようなペナルティを設けたのか。

わざわざ『首輪解除はいつでも構わないが、マスターを助けたければ早く殺せ』などという条件にしたのか。

詳細に書かれたシロウの目的は、実のところ他のサーヴァント向けでも巻き込まれた一般人に向けてでもなく、セミラミスに向けられた説明だった。

 

『誰もが平等で、権力者は存在せず、永久に変わらないままで有り続ける』

 

仮に天草四郎時貞の望む世界が生まれた時、その世界に女帝として君臨する余地などない。

この方法で世界を救ってしまえば、セミラミスの願いは成立しない。

つまり、マスターはサーヴァントを騙していた。

よくある話だ。

よくも騙したなという怒りはあれども、失望も意外性もない。

最初からシロウとは、互いに互いを利用するための主従として成立した。

今まではたまたま目的が合致していたから、セミラミスの方から裏切る理由が無かっただけのことだった。

 

だから、つまり。

このペナルティーを考えた無礼者は、あろうことか女帝に愉悦を目的とした誘いをかけている。

 

もしサーヴァントとしてマスターの目的を守りたければ、性急にことを起こしてでもマスターの為に条件を満たさなければならない。

これは、マスターから裏切りを受けたことを知っても、それでもお前はマスターの秘密を守りたいか、という問いかけだ。

もしも悠長に構えていれば、第三回放送によってマスターは危機に陥り、お前の行動しだいでマスターを殺せるかもしれないが、それでもいいのかという誘惑だ。

もしお前に『たとえ裏切られてもシロウに尽くしたい』という健気な心があるならば、その一途さを見せてみろ、という嘲笑だ。

 

つまり、この条件を考えた愚か者は、この女帝を、あの三文劇作家が愛好してやまない衆愚な『恋する乙女』とか、そういう類の盲目な女と同列に扱おうとしているのだ。

これ以上の侮辱行為があるだろうか。

ここにはいない赤の男サーヴァント共が、三連続で幻聴を聞かせる。

 

――なんだ、やっぱり女帝さんにも可愛らしいところがあったんだな。

――おやご存じない? 古来よりその感情こそ、『恋』以外の何物でもない。

ああ、『望んで得た恋は素晴らしい、(Love sought is good,)だが望まずして堕ちた恋はさらに良い(but given unsought is better)』! 吾輩そこで描かせていただけないことが実に残念でなりません!

――恋しい相手を殺すのか。お前たちは理想的な関係だと思っていたのだが。

 

黙れ、黙れ、黙れ。

 

「これを考えた輩には、世界一強烈な毒を食らわせて殺す」

 

並みの男ならば聞いただけで失禁してしまいそうなほどの声を出した。

 

「ああ、確かに我は、第三回放送までに条件を満たすしかないという気になったとも。

だがな、それはマスターの秘密が暴露されては、同じ陣営にいた我も疑いの眼で見られるという損得計算だ。

断じて、貴様らが思い描いたような醜態をさらす為ではない」

 

そう、確かにシロウに対する怒りはあるけれど、その報いを与えるのは火急のゲームを終わらせてからの話だ。

無礼な羽虫の飼い主どもに然るべき制裁を加えた後で、ゆっくりと考えればいいことだ。

 

しかし、何故だろう。

 

セミラミスにとって、シロウが自分を置いて一人進むつもりだったことよりも、シロウの世界ではお前の野望は叶わないと突きつけられたことよりも。

サーヴァントを裏切っていたマスターが最後にやることなど一つに決まっており、つまり、どうやらシロウは最後に令呪を使って自分を殺すつもりだったらしいと分かったことの方が、頭に残ってなかなか離れなかった。

胸が軋むような苛立ちが、収まらなかった。

 

 

 

彼女は知らない。

彼の答えが、『謝るつもりだった』という、あまりにも呑気で、サーヴァント(道具)に対するには甘すぎるほどの言葉であることを、この時点での彼女は知らない。

 

【H-8/アリスランド城内 一日目・深夜】

 

【赤のアサシン@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康、魔力消費微弱(使い魔を使役中)

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能『解除条件ダミー』付き)、毒リンゴ(現地調達+自分で生み出した毒、特殊機能を隠すためにこれが支給品だったと言い張る予定)、不明支給品一つ(確認済み)

[首輪解除条件]:二人を殺害する。期限は無いが、第三回放送までに条件を満たせていなかった場合は、『シロウ・コトミネの目的』が全生存者にメールで送信される(※その時点でセミラミスが死亡している場合は送信されない)

[思考]

基本:シロウとともに空中要塞へ帰還する。このゲームに大聖杯が絡んでいれば、大聖杯を奪還した上での生還。

1:当面は城を拠点として待ち伏せ。通行人を言いくるめて駒にするか利害の一致による協力関係を結び、脱出と敵対サーヴァントを排除する手段を探る。

2:第三回放送までに、殺しても問題なさそうな参加者二人を殺害して首輪を解除する。ただし、すぐに首輪を外すのは避け、なるべく他者が解除するのを見てから外したい。

3:当面は他の参加者とは不戦協定を結び、殺す時も謀殺を中心として立ち回る。

4:スノーホワイトとは優先的に接触しておきたい

5:マスターについては、帰還してからツケを払ってもらう。『自分を殺すつもりだったのか』という胸の痛みは…………無視する。

6:ユグドミレニア城が近くにあるのが気がかりだな……人手がある程度あつまったら、黒のサーヴァント共が集まっていないか斥候を出すべきだろうか

[備考]

※参戦時期は、黒のアサシン討伐の報告を受けた後(原作の4巻1章終了時)です。

※ジークという名前を知らないため、ジークフリートに憑依するホムンクルスが参加していることには気づいていません。

※スマホの特殊機能は『首輪解除条件を表示する画面を改ざんできる(違う条件に書き替えることが可能)』です。書き替えが行われている限り、仮に『解除条件を読み取るタイプの特殊機能』を使われた場合でも、偽装されて表示されます。ただし、あくまで違う条件であるかのように偽装表示されるだけであり、解除条件そのものが変わるわけではありません。

※G-8の駅周辺に偵察用の使い魔(鳩)が一羽放たれました。セミラミスの支給品です。

※アリスランド中央の城正面入り口に、魔術による捕縛のトラップが設置されました(アニメ7話で教会に設置した仕掛けと同じものです)。セミラミスの招待なく侵入した者に対して発動します。



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その願いは漆黒/カミラ・有角、蓬茨苺恋、黒のアサシン(パンドラボックス)

―――嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。だって約束してくれた、必ず戻ってきてくれるって

 

 

―――なのにどうして、どうしてこんな、こんな事に

 

 

―――これは嘘なんだよね、嘘だと言ってよね、ねぇ……

 

 

 

 

 

 

―――ねぇ、目を開けてよ、要……

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

ここはエリアD-1 ホテル・エテルナ

 

教会やプール等の施設が配備されているこの複合施設は、ステンドグラスのライトが輝くその華麗な内部とは似つかわしくない静寂さに包まれていた。そして、そんな場所に一人

 

「―――一体何がどうなっている」

 

彼女の名はカミラ・有角。このホテル・エテルナのオーナーであり、科学者。

 

カミラがここに来るまでの経緯はこうである

夜の姫君――マルヴァジーアがアルーシェによって打倒され、世界は夜から開放された。

――アルーシェという犠牲を以て

 

カミラはその事をロジエテリスに報告して帰路についた後からの意識がすっぽり抜け落ち、意識が戻ったと思いきやあの妙なホールと、殺し合いとやらの説明をする妖魔?のような何か

 

そして気づけば、このホテル・エテルナのホールに彼女は立っていた

 

 

「……戻ってきた、と言うわけではなさそうだな」

 

 

場所が場所な事もあり一度は外を確認してみたものの、そこに広がっていたのは全く見たこともない光景

 

「カエデは……いないか」

 

本来なら店番をしているカエデや他の使い魔すらいない。

もはや誰がどう考えても『異常』という他ならなかった。

 

カミラが考えていることは3つ

 

一つ――まずホールの説明でルール説明をしていたファヴなる何かに話しかけていた白い格好の少女。まず、彼女が言う限りは『無関係な一般人』まで巻き込まれている、ということ。それに会話の内容からしてファヴと白い少女は知り合いのように見えた。出来れば彼女と接触してファヴの素性や関係を聞き出したい所である。

 

二つ――自分にも付けられている首輪。ファヴはパワーバランスを兼ねている、とも言っていた。妖魔のような人外や何らかの異能持ち相手でも一般人が打ち取れる配慮、とのことだろうか

 

三つ――この『スマホ』なる物体の操作に四苦八苦し、なんとかまともに動かせるようになって見た『首輪解除条件』の内容

 

『首輪解除条件:三名以上の首輪解除条件が未達成の参加者のスマホを個別のケーブルに繋ぎ、自分のスマホに読み込ませる』

 

 

否応無しにも協力者が必須となる条件。幸いにもケーブルの使い方は何故か個別の用紙に説明が載っていた。というか何故スマホの操作方法は事前に教えてくれなかったのは突っ込みたい所であるが。

何はともあれ、ホテルが初期位置……というのは運が良かったかも知れない。

まずは準備を整え、ここから別の場所……距離からすれば『七鳴館』か『お菓子の国』のどちらかに行く予定である。

その前に袋に入ってあった支給品の確認。入っていた支給品はファヴが言っていた通り3つ

 

一つ目は『選定の剣(レプリカ)』と説明書に書かれていた綺羅びやかな剣……それなりの業物のようであるが、レプリカには見えないのは個人的な感想だ

 

二つ目は狙撃銃。名称は『ドラグノフ(SVD)』……自分の得物は銃なのでこれはありがたい。ただ狙撃銃という特性上小回りが利きづらいのが欠点だが

 

そして最後に入っていたのは……なんだかよく分からないお面。『キラキラちゃん』?

 

「……見なかったことにしよう、うん、そうしよう」

 

 

なんだかよく分からない仮面のことは何もかも忘れようとした途端――ホールの扉を誰かが叩く音がした

 

 

「……!」

 

カミラは即座にドラグノフを手に取る。流石に撃つ態勢こそは取らないが、相手次第ではすぐ対応出来るようにはしている。

 

音が止み、ギギギという音と共に扉が開いていく。――開いた扉の先に見えたのは、一人の少女と、フードらしきものを被った、一人の『子供』だった

 

 

○ ○ ○

 

 

「そうか、こちらと同じくわけも分からないまま飛ばされた……ということでいいのか?」

 

「はい、そうです……」

 

「……」

 

少女の名は『蓬茨苺恋』とのこと。そしてフードらしきものを被った子供は……苺恋は「ジャック」と呼んでいるらしい。

 

よく見ると苺恋には所々傷があった。事情を聞いた所、どうやら『藤堂悠奈』なる人物に襲われて命からがらここまで逃げてきた……との事。

『藤堂悠奈』なる人物の事は全く分からない……真偽は兎も角、警戒しておくべきなのは確かだろう。

苺恋の傷の方はそこまで大きくなさそうだ。一応自分が治療しようと言いだしたが、「一人で治せる」との事らしいので、ジャックを連れて2階の個室へさっさと行ってしました。

 

――――はっきりと言って、『蓬茨苺恋』は兎も角、私として気になっているのは『ジャック』と呼ばれている子供の方だ。

何か妙なものを感じた……いや、あの気配はまるで邪妖のような……?

 

「……私の気にし過ぎか?」

 

何はともあれ、彼女が傷の治療を終えた後に改めてもう一度詳しい話を聞きたいものだ

その後に、改めて方針を決めることとしよう

少なくとも、『条件を満たして首輪を解除すればいい』……という訳には行かなさそうな予感がする。それ以前に会場がいったい何処なのかすら分からないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

……少しだけ、気掛かりがあるとすれば。首輪解除条件を見る前に名簿のページを確認した時に知った事実

行方不明という話を聞いたヨルドの巫女の名前がここにあったのも気になるが、何よりも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……アルーシェ――生きて、いたのか?

 

だとしたら――お前は、この状況で、どうするんだ?

 

 

 

 

○ ○ ○

 

「さて、と―――」

 

ホテル・エテルナ2階、その個室の一つの中で

 

 

「――少しは疑われたかしら?」

 

「……だいじょうぶ? 『おかあさん』」

 

 

蓬茨苺恋は、心配する目をしている『ジャック・ザ・リッパー』を横目に、何かを企みながら笑顔を向けていた

 

 

――まず、蓬茨苺恋が『藤堂悠奈』に襲われた、という話は嘘である

彼女は会場に飛ばされた直後はまるで石のように沈黙したままだった――大切な人(一条要)を喪ったというショックを、引きずったままであったのだから

 

だが、そんな彼女の絶望は、ほんの一瞬で吹き飛ぶことになった……虚ろな意識の中見た、名簿の中に『ノーリ』と、そして死んだはずの『一条要』の名前があった事と

 

ふと横を向いた際に見つけた、一人の殺人鬼(しょうじょ)との出会い

 

 

一条要の生存の可能性を見出した彼女の行動は早かった。殺し合いに乗り、要やノーリと共に生還する方法を探すことだ

 

 

まずは殺人鬼(しょうじょ)を丸め込む事……これは意外にもあっさり成功した。……後々考えるとここまで好かれるのは予想外だった。……自分から言ったこととはいえ、「おかあさん」という呼ばれ方は苺恋にとっては少々恥ずかしい感じだった

……脳内で自分がお母さんだったら要がお父さんでノーリは……一人目の息子? それとも要の妹? なんてしょうもない事を考えていたかどうかは定かではない。

 

 

 

 

もちろん、ホテルに駆け込むきっかけとなった彼女の傷は……ジャックのナイフを使ってわざと自分でつけたものだ。

もちろん誰かに保護してもらいやすくするためである……流石に保護を求めた相手がもし殺し合いに乗るような人物だった場合を考えていなかったのは盲点であったが。

 

蓬茨苺恋の首輪解除条件は『「藤堂悠奈」「結城友奈」「ジャンヌ・ダルク」「天河夏彦」「笠鷺渡瀬」「イレブン」の死亡。なお第四回放送終了までに条件を達成した場合、条件達成者の首輪だけでなく、任意の参加者から一人を指名し、その参加者の首輪を解除することが出来る』という内容

 

この様子だと要にも似たような首輪や、別の首輪解除条件が示されているだろう。今の要がどうしているか分からないにしろ、苺恋が現状でするべき事は、この首輪解除条件を満たし、自分と要の首輪の解除すること。そして何より要やノーリとの合流

 

……結果としてホテルに来たのは正解であった。うまい具合に「カミラ・有角」とかいう参加者の一人に助けてもらうことになった。念の為自分の首輪解除条件を対象の一人の嘘の悪評を伝えておいた。完全に敵視する事は無いにしろ、疑いの一つ二つは抱くことになるだろう。……上手く情報を操作すれば条件達成の手伝いになる

 

唯一の懸念は、丸め込んだこの少女、『ジャック・ザ・リッパー』なる人物だ

歴史はあまり詳しくないにしろ、ジャック・ザ・リッパーという殺人鬼の名前だけなら自分にも覚えがある。それがこんな子供だったというのは本当に意外であった。現状こそは自分を「おかあさん」と呼んで付き従ってくれているが、いつ牙を向けてくるかわからない。

 

「……おかあさん?」

 

「大丈夫、ちょっと考え事をしていただけよ?」

 

……だけど、この子供のような顔を見るとそんな考えが吹き飛んでしまう。それこそ本当にある『ジャック・ザ・リッパー』なのか? と感じるほどに

 

 

 

 

……何はともあれ、今後の方針はどうしようかしら……当分はあの「カミラ・有角」っていう人物と一緒にいたほうが良さそうね。もし、こっちの素性がバレようものなら……

 

 

 

「その時は――殺すしか無いわね」

 

 

 

○ ○ ○

 

めを あけると わたしたちのまえに 「だれか」がいました

 

「どうしたの?」と こえをかけてくれました

 

「私と一緒に来ない?」と いってくれました

 

わたしたちがいろいろと話すと、その「誰か」は

 

「じゃあ、私が今のあなたのお母さんになってあげる」と言ってくれました

 

だから――

 

 

 

「わたしたちは、おかあさんのためなら、なんでもするよ――だから、安心して?」

 

【D-1/ホテル・エテルナ内/一日目/深夜】

 

【カミラ・有角@よるのないくにシリーズ】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:ドラグノフ(SVD)@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品、スマホ、選定の剣(レプリカ)@Fate/Apocrypha、キラキラちゃんの仮面@スーパーダンガンロンパ2、個別ケーブル

[首輪解除条件]:三名以上の首輪解除条件が未達成の参加者のスマホを個別のケーブルに繋ぎ、自分のスマホに読み込ませる

[状態・思考]

基本方針:まずは例の少女(苺恋)を待ち次第、事情を聞く。その後に改めて方針を決める

1:あの子供から邪妖に似た何かを感じる……気にし過ぎか?

2:『藤堂悠奈』なる人物は警戒しておく

3:アルーシェ、お前は生きていたのか……?

※参戦時期はノーマルエンド後です

 

【蓬茨苺恋@追放選挙】

[状態]:右腕に軽い切り傷

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品、スマホ、不明支給品3つ

[首輪解除条件]:「藤堂悠奈」「結城友奈」「ジャンヌ・ダルク」「天河夏彦」「笠鷺渡瀬」「イレブン」の死亡。なお第四回放送終了までに条件を達成した場合、条件達成者の首輪だけでなく、任意の参加者から一人を指名し、その参加者の首輪を解除することが出来る

[状態・思考]

基本方針:要を見つける。要とノーリ以外は最終的に皆殺し

1:首輪解除条件の達成

2:要とノーリとの合流

3:カミラ・有角は状況次第で始末

4:この子(黒のアサシン)は……今は使えそうだけど……

 

【黒のアサシン@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:医療用メス×6@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品、スマホ、不明支給品2つ

[首輪解除条件]:???

[状態・思考]

基本方針:お母さんの胎内(なか)に帰りたい

1:お母さん(蓬茨苺恋)のためならなんでもするよ

※参戦時期は本編開始前です



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でも欲しいのは、選べるのはたった一つ/シロウ・コトミネ、スノーホワイト、イレブン(サードマン)

 

 

 

これが殺し合いである、という事実を天草四郎時貞が認識した時、彼が抱いたのは確かな嫌悪感だった。

集められた人間を小馬鹿にするような態度の、使い魔のような奇妙な存在。

見せしめと称された、醜悪が過ぎる人殺し。

そして、人の死をまるで見世物にするかのような、ゲームと称された殺し合いのシステムそのもの。

どれもこれもが、その本質的には善人である彼にとっては、醜悪と呼べるものであった。

必要に迫られたというだけで、人間は幾らでも醜くなれる。そんな「彼が憎む人間の悪性」へと意図的に追いやるような条件。

そんなものを強いる60年の年月の中で彼が見てきた中でも有数の、救えない畜生だと言うには十分だろう。

今すぐにでもあの巫山戯たフォルムの使い魔の眉間に剣を突き立て、企画した恐らくは魔術師の首を刎ね飛ばすべきだ、という思いもある。

 

けれど、彼はそんな感情的な衝動を全て封殺する。

ただ個人の激情を清算する為に剣を振るうことは、つまるところ前に挙げた彼等が嫌悪する人間と何ら変わりない。

独り善がりの善も悪も、それによってまた新たな善悪を生み出す火種であり、そしてその新しい善悪が終わらぬ戦いを繰り広げられる──それによって、人類は進化してきたのであり。

天草四郎時貞は、そのような残酷に過ぎる人類の進化の道筋を否定する為に──戦いを無くす、永久の世界平和の為に戦っているのだから。

 

それに。

 

 

『──最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられるぽん!』

 

 

天草四郎時貞にとって、聞き逃すことが出来ない言葉も、確かにあった。

 

第三魔法、その発動による魂の物質化。

真なる願望機であるアインツベルンの大聖杯によって、彼が成し遂げんとしている悲願。

それを実現出来るのならば、ありとあらゆるもの──必要ならば彼自身すらも投げ打って成就させるだろう、それだけの価値があるもの。

その可能性を、彼等は提示したのだ。

 

勿論、ただの狂言である可能性も相当にある。

そもそもが口約束──その言葉が真である可能性すら怪しいことに加え、あのような悪趣味な見せしめを遂行した主催が、生き残ることができたからと言ってそう易々と願望を叶えるとも思えない。

冷静に考えたとしても、あの主催者が信用に足り得る可能性はほぼ存在しない。

それでも、「もうそれに縋るしか後のない人間」──たとえば、あの車椅子の少女であったり──にとっては十分に餌たりうるであろうし、その理屈を元にゲームに乗る輩も現れるだろう。それだけで、彼等にとっては十分なのだから。

それに、そもそもその権利が果たしてどれだけのものなのかも怪しい。

己の願望がそもそも小聖杯程度には達成できない相当に大規模なものである以上、もし願望を成就させる機構そのものが真であったとしても、第三魔法の成立すらも保証できるというものであるかどうかははっきり言えば疑わしい。

根源にも到達し得る冬木の大聖杯にも及ぶようなチカラを、あのような輩が簡単に持ち合わせている──というのは、正直眉唾であるとしか思えない。

手に入っても尚、第三魔法の発動には程遠い──そうなる可能性が大きいのは、疑いようもないだろう。

 

 

それでも。

天草四郎時貞にとっては、「願望の成就」というそれだけの言葉で、決して無視できないファクターになりえた。

 

 

──何故なら、天草四郎時貞は、失敗したからだ。

 

 

大聖杯の起動は、失敗した。

天草四郎時貞の、人生を賭した人類救済は、どのような手段を用いたかは知らないが、あのホムンクルスと黒のライダーによって阻止された。

それは、この悪趣味極まりない催し自体が証明している。

天草四郎時貞の救済──魂の物質化による全人類の不老不死が成っているのならば、そもそもが有り得ない筈のルール。

天草四郎時貞の、達成していた筈の宿願は、土壇場も土壇場でひっくり返されたのだ。

恐らくは、最後に残っていた一人のマスターと黒のライダー──そして、あのホムンクルスによって。

人の事を言える立場ではないが、随分と執念深いものだ。

世界を救う為の条件も何もかもが揃った聖杯を、遍く全ての人々にとっての夢を、粉々に打ち砕いたのだから。

 

だが、まあ。

それはもう、終わってしまったことだ。

あのホムンクルスに思うところはあれど、叶わなかったことに無念はあれど。

けれど、シロウにとって、それは立ち止まる理由にはならない。

 

──今、彼がここにいて。

願望が、未だ叶っていないのであれば。

そして、与えられるものが、「望みを叶える」可能性が、一ミリでもそこにあるのなら。

 

シロウ・コトミネという人間は、立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

まず、精査が必要だ。

主催の言う、願いが叶う力について。

大前提として、存在するか否か。

もし存在しなければ、蘇生したこの身で再び機会を伺う為の準備を始める必要がある。

では、もし存在していたら。

己の悲願の成就の為に、どのように手に入れ、どのように扱うか。

直接悲願を叶えられないとしても、その機能を自身の悲願の踏み台にすることはできる。

ありとあらゆる可能性を考慮した上で、自分の願望の実現可能性を実証しなければならない。

 

まず大前提として、その「願望成就」の力に触れないことには意味がない。

──如何なる原理で稼働しているか。

──その起動に必要なエネルギーは何か。

──叶えられる願いの規模は。

──それに限界があったとして、自身やここに招かれた他の異能で拡張することは可能か。

──そもそもそれにアクセスする方法は?

それらは全て、自分の手で確認せねばなるまい。少なくとも、主催者達の言う事を信じ込むことは出来ない。

幸いなことに、自分の手で接触さえできれば、上記の疑問の幾らかは解決することが出来る。

自身の宝具、『右腕・悪逆捕食』と『左腕・天恵基盤』。ありとあらゆる魔術基盤に対しての接続とその行使を可能とする権能は、消費魔力こそ増えているが問題なく使用可能だ。

ものは試しにと、自身に支給された杖に刻み込まれた魔術を自分のものとして使ってみたが、杖そのものの機能を経由することなく行使できた。

ならば、魔術が介入している限り介入そのものは容易い。

仮にそれが出来ないとしても、少なくとも主催と面識があったと思しきあの白い少女──『魔法少女』にコンタクトを取れば、ヒントは探れるだろう。

 

そして、その前段階にして、何より重大なこと。

この殺し合いにおいて、どのように立ち回るべきか。

 

少なくとも、単純に優勝するのは悪手。

感情的な問題によるものではない。あくまでイニシアチブは主催側が握っている──それが大前提である以上、彼等の言う通りに動くのは悪手も悪手。

精査や調整などを行わなければならない以上、権利だけでなく、その願望を叶えるチカラそのものを奪取しなければならない。

加えて、大前提として「この殺し合いで生き残る」ことがある以上。

マーダーとして疑心暗鬼の中で行動するか、それとも対主催として集団を組んで戦うか。

個人としての危険性の有無でいえば、対主催の方が立ち回りやすいかは一目瞭然だ。

仮にサーヴァントや、或いはそれに比肩する参加者と戦うことになったとしても、徒党を組むことができれば勝率は当然上がる。

それに加えて、先に言った通り『魔法少女』との接触も必要となりうる以上、やはり対主催として取り入る方が堅実に立ち回れるだろう。

 

勿論、懸念もある。

ルーラーや黒のライダー、そしてジークというホムンクルス。いや、赤のセイバーも。

あの聖杯大戦で戦った彼等が、自分のことを疑ってくるのは間違いない。

元はと言えば、あの聖杯大戦で自分が後ろ暗い行動をしたからではあるが、疑われるには十分だろう。

そうなれば、対主催同士での分裂もあり得る。

加えて、自分の人類救済の方法を吐露されることがあれば。

それがどう捉えられるかは、聴く者次第ではあるだろうが──少なくとも、簡単に賛成されるものではないだろう。あの聖女が、自分と対立したように。

だが、どちらにせよ黒陣営や赤のセイバーとは対立を余儀なくされる身だ。加えて、自身がサーヴァントとしては実力が下の部類にいることを考えれば、正面から戦っても潰されるだろう。

それならば、表面的にでも和解してからの頭脳戦の方が、まだ可能性はあるだろう。

 

ならば、こちらの方が良い。

あくまで合理的な思考に基づいた、スタンスの選択。

これでいい。懸念は残っていない──そのはずだ。

 

 

「……ですから、少なくとも今貴女と対立するつもりはありませんよ」

 

 

そして、今。

己に対し武器を構える白の少女に対し、この思考から導いた結論を、シロウは口にしていた。

 

 

 

 

 

 

姫川小雪──魔法少女「スノーホワイト」は、今の自らの状況を改めて振り返る。

 

この殺し合いが始まってから、概ね30分が経とうとしていた。

彼女がいるのはD-7──座礁船のすぐ脇。彼女が転移してから、ほぼ移動はしていなかった。

その理由の一つは、事前準備にいたく時間がかかったというのがある。

転移してからすぐに、彼女は身につけているものを確認した。

スマートフォンと支給品袋。そして、その中身を順番に改めていく──ある意味では模範的な、この世界に転移してすぐの行動。

順に支給品を確認し、ひとまず武器と呼べる一本の槍をすぐさま身につけた後、スマートフォンの内部を確認。

相棒のファルの不在、現在地、そして何より重要な首輪の解除条件。それらを次々に確認し、最後に名簿を確認し──行方不明だったリップルや死んだはずのラ・ピュセル、クラムベリー、カラミティ・メアリの名前がそこにあるのを確認して、彼女の思考は一旦停止した。

こちらを動揺させる為の偽装か、はたまた──そんな思考に気を取られていたのが、理由の一つ。

 

そして、もう一つの理由は。

行動を始めてから程なくして出会った、今目の前にいる青年。

シロウ・コトミネ。白髪に褐色の肌、神父服を纏った青年。

だが、その青年の何よりの外見的特徴は、その顔に浮かべた柔らかな微笑み。

一見すれば見る者に温和な印象を与えるそれは、しかし若く見える外見に反して老成しているようにも見える。

彼に対して、油断なく武器を向けたまま、彼に対して言葉を返す。

 

 

「その言葉を信頼するに足る根拠は?」

 

 

その言葉と同時に、一瞬だけ『魔法』を発動する。

 

 

「残念ながら、それを提示するのは無理だと思いますね。特に、このような状況である以上」

(……流石に、簡単には信じませんか)

 

 

すると、彼女の脳裏に、聴覚とはまた別の感覚で「声」が届く。

彼女が、魔法少女として持つ魔法。

「困っている人の声が聞こえる」──文言だけを見れば、困っている人間を助けるような心優しい魔法少女をイメージさせるもの。

だが、その魔法の用途は、ただ額面通りのものでは決してない。

心の声の数によって、自身の周囲の人間の数を探る。元の世界にいた頃には相棒のマスコットキャラクターがより高性能な索敵を持っていた為に必要なかったが、彼がいない以上この用途も決して見逃せない。

そして、何より重要なのが、「無意識下における思考までも汲み取ることができる」ということ。

悪人の謀り事、狂言師の欺瞞──場合によっては兵器よりも悍ましい脅威となりうるそれらを、スノーホワイトは看破する。

更に、戦闘にも応用すれば、「敵が無意識下で考える戦闘行動プラン」を読み取ることで、敵の一手先を読み戦うことすら可能。

 

しかし、今その魔法は、そうやすやすと使えるものでは無くなっていた。

 

 

(……やっぱり、制限が面倒)

 

 

心の中で、小さくそう呟く。

スノーホワイトに課せられた首輪解除条件。

「第四回放送まで、指定された参加者固有の能力を制限以上に用いてはいけない」。

簡単に言えば、能力の制限だ。

普段は常時発動の魔法が、今は特定の相手を意識しないと全く使えないようになっている。その上、意識的に使用する時間が超過すれば爆発する──と、とんでもなく厳しい条件になっている。

制限は各放送毎にリセットされるらしいが、それでも六時間の間に30分以上魔法を使用すれば首輪が爆破されるというのはかなり使いどころを考えなくてはいけないだろう。

しかも、ご丁寧に『のべ』という言葉が添えられている以上、複数人に同時に使用すればそのまま数倍の速度で目減りすることになるのだろう。

 

 

ここまで直接的に制限するということはつまり、スノーホワイトが『魔法少女狩り』としての強さを発揮することに大幅な制限をかけるということ。

つまり、よりはっきり言うなら──スノーホワイトへの、嫌がらせ。

そして、このようなことをする『心当たり』を思い出し、心の中に苦々しいものが浮かぶ。

 

電脳妖精、ファヴ。

かつて自分達が倒した筈の『マジカルキャンディー争奪戦』の首謀者の一人にして、この殺し合いの主催。

あの争奪戦の壮絶な日々と痛み、苦しみを思い出させる最悪の存在。

そして、スノーホワイトにこのような制限を仕掛けたのも、恐らくはこいつだろう。

電子妖精に「恨み」という感情が存在するのかは知らないが、ことファヴに対しては存在していてもおかしくない。

あの時彼を失脚させた自分と、恐らくはリップルに対しても、悪辣な条件を設定した──そう考えれば、筋は通る。

再びこのようなゲームを開催したことも含め、ファヴに対しての並々ならぬ憎悪が、スノーホワイトの中には広がっていた。

 

だが、それよりも。

こと今のスノーホワイトにとって注視せざるを得ないのは、目の前にいる青年。

シロウ・コトミネ──あの天草四郎時貞であるという、神父服の男だった。

 

 

彼女が彼のことを認識したのは、この殺し合いの会場に至る前。

あの広間で目覚めた直後に、彼女はまず何より己の能力を発動することを優先した。

今、周囲に何人の人間がいるか。魔法少女との関係は。ここが何処か知っている人間は。自分が目立ったとして、どれほどの人間が自分に対して反応するか。

目の前にいた少年やファヴとの対話に平行して魔法を使い、その反応を見ることで、現状を把握すると同時に情報収集を図る──咄嗟の判断でそこまで出来たのは、魔法少女狩りとしての経験故か。

お陰で、魔法少女はおろか、それ以外にも様々な異能──たとえばサーヴァントなど──の概念を知ることが出来たのは、大きなスタートダッシュであった。

見知った魔法少女であるシャドウゲールが見せしめとして処刑された時には動揺したし、そこから間もなく会場に転移させられたことで魔法の続行も不可能となったが、それでもなおおおよそ三割ほどの参加者についてはある程度正確に心の声を聞き取れた。

そして、その中の一人に、シロウ・コトミネは存在し。

彼のその時の心の声を、彼女は聞いた。

 

──この天草四郎時貞の野望を、如何にして打ち砕いたのか、という、答えの出ない疑問と。

──もしも人類救済が叶うのであれば、最悪勝ち上がってでもその願望成就の権利はなんとしても手に入れねば、という、強固な決意。

 

人類救済がどのようなものかまでは、具体的に読み取ることはできなかった。

だが、彼がその為に人を殺すことも辞さない存在であることは、彼女にも読み取れて──それは、彼を危険人物とみなすには十分な情報だろう。

 

そして。

彼女が座礁船の近くに人影を見つけ、魔法を発動した時。

それが、先ほど聞いたものと同一の声──天草四郎時貞と己を称した声であることを確認し、彼女は武器を油断なく構えたまま、彼へと声をかけていた。

 

 

「──天草四郎時貞、ですね。そのまま両手を上げて、こちらを向いてください」

 

 

最初にしたのは、あくまで警告。

スノーホワイトとしても、不意打ちで昏倒させる等の手段を取りたかったのは事実だが、

下手に逃げられて「いきなり問答無用で襲いかかってきた」という事実だけを握られても厄介だし。

第一、相手の力量を弁えずに不意打ちをするのでは、イレギュラーも込みで戦闘そのものを楽しむ花売り少女のことを笑えまい。

ひとまず、このまますぐに襲ってくる様子はない。先手を取ったからか、はたまたひとまずは穏健にこの場を切り抜ける気か。

 

 

「……心当たりがありませんね。名簿にも、そのような人間はいませんが?」

 

 

頷く。

心の声を覗けた人物の中で、特定できるような固有名詞を聞き取れた人間もいくらかいるが、その中でも名簿の人間と名前が一致したのはそこまで多くはない。

それも理解しているが──かといって悠長に接するのも悪手。

 

 

「……人類救済の為、願いを叶える権利を手にする。その為なら、優勝も辞さない。そう思ったことは、事実ですね?」

 

 

故に、いきなり核心を突く。

そして、シロウの纏う空気が僅かながら変化した。

ここからどう動く──この状況からでもなんらかの反撃にあう可能性もある、と、魔法を発動できるよう意識したまま、シロウの次の行動を待つ。

果たして、その次に控えていたのは反論──だが、それはスノーホワイトが思っていたのとは些か異なっていた。

 

 

「──なるほど、確かにそれは私が思ったことでしょう」

 

 

あくまで冷静なまま、そしてスノーホワイトの言葉を肯定した。

ならば問答無用、と改めて構えを改めたスノーホワイトだが、同時に一つの疑問が早計な行動を押し留める。

自分が危険人物であることを肯定したにも等しく、そして自分があの最初の時点で既に対主催であることを行動で示しているにも関わらず──焦ってはいない。

何か絶対の余裕があるのか、それとも。焦らないように思考を整えながら、ならどうするの、と問いかけようとして。

果たして、彼はその余裕を崩さぬまま──口にしたのは、『鞍替え』の言葉。

 

「ですが、私としても、様々なことを含めて考え直しましてね。私も、この殺し合いにおいては、主催に対立するものとして動こうと考えています」

 

そう前置きしたシロウは、ひとつひとつ説明を始めた。

 

──確かに願望成就の権利は手にしたいが、安易に優勝したところで実現できるかは怪しいこと。

──故に、主催に対しては少なくとも対等、できれば撃破した方が確実性が高いこと。

──それなら、対主催として振る舞う方が、この殺し合いにおいての安全も確保できるということ。

 

要所要所で魔法は使ったが、明確に彼自身の意思に反している発言は確かに無かった。

少なくとも語られた範囲については、彼は嘘をついていない。

 

そして。

 

 

「……ですから、少なくとも今貴女と対立するつもりはありませんよ」

 

 

そう結ばれたシロウの言葉に対し、スノーホワイトは改めてそれを反芻していた。

確かに、彼が今言った事は、概ね理屈が通っている。

願いを叶える権利なんてものをあのファヴがそうやすやすと渡すとは思えないし、その権利を手にする為により効率的なのが対主催、というのも納得できる理屈ではある。

合理的な結論であることは、認めざるを得ないだろう。

 

だが。

それでも、尚、懸念は残る。

 

 

「……なら、貴方がそちらの方が確実だと感じれば、優勝を狙う可能性もあるということ?」

 

 

スノーホワイトが抱く疑念。

どんな理屈をつけようと、シロウにとっての目標は主催の提示した願望成就のチカラであり。

もしそれが最も確実な手段だと認識すれば、彼は一切の躊躇無く優勝に向かうだろう、ということ。

 

ちょうど、似たような人間がここにいるのは理解している。

魔法少女、プフレ。

シャドウゲール──皆の目の前で見せしめとして殺されたあの少女の為なら、如何なる卑怯な手段にも手を染めてきた少女。

そのシャドウゲールが死んだ今、この殺し合いで彼女がどう動くか。

少なくとも、良い方向に動くとは思えない。

シャドウゲール本人が、自分が死ねば彼女は止まると言っていたが──いや、だからこそ、それに対して「生き返るかもしれない」という希望に向かって暴走する可能性は大きい。

それがどれだけ小さな希望だろうと、

 

 

「……さて。それを明かせば、敵対しますか?」

 

 

そして、恐らくは同じことが彼にも言える。

現時点で彼がマーダーとなっていないのは、「身の安全の確保」と「主催に対する疑念」あればこそ。

それが何らかの要因で覆されれば、彼が対主催でいる理由も存在しなくなり。

そして、その状況で彼を身内に置いているのは、極めて危険なステルスマーダーを擁しているのと同義になる。

 

それに。

 

 

「それと、もう一つ──あなたの、首輪の解除条件は?」

 

 

質問と同時に、魔法を数秒だけ発動する。

その意図を理解しているのか、彼は笑顔を浮かべたまま。

 

「──『超高校級の幸運』の、殺害」

 

ここで明かすのは仕方がないな、という言葉も添えられた心の声と、全く同じ条件を口にした。

それが、彼の条件であり。

そしてやはり、彼が目的の為に必要であれば、彼は間違いなくそれを成すだろう。

たとえばこの『超高校級の幸運』なる参加者が、他の参加者の害として動き回るならまだしも──いや、そうであったとしても、一度殺害したという事実は後にあらぬ方向へと事態を転ばせかねない。

 

 

「……貴方の懸念も尤もです。簡単に信頼を得られるとは思っていません」

 

 

思案を巡らせる自分に対し、シロウはあくまで平静を保ったまま口を開く。

 

 

「ですが少なくとも、その条件を行使し怪しまれるのも、スタンスをより乱暴なものにするのも、私にとっては大きなデメリットになり得る……ということは、理解してもらえることだとは思います」

 

 

そして、その反論にも筋は通っている。

実際にそうなったらどうなるか、はともかく、「そこに至るまでのメリットとデメリット」を前提で話されれば、「そうならないようにする」対主催のこちらとしても強く出れない。

加えて、神父が懺悔に答えるようなその柔らかな声音が、猫を撫でるようにスノーホワイトの神経を擽る。

そして、更に付け加えるように、一言。

 

 

「……尤も、本来の方法とは別に首輪を解除する条件があれば、その懸念も減るのでしょうが」

 

 

その言葉に、スノーホワイトも言葉を詰まらせる。

それは、彼女自身にとっても避けて通れない条件。

似たような条件──ゲームを加速させる為の、『参加者の殺害』という条件は、他の参加者にも課されているだろう。

スノーホワイトがあくまで対主催として振る舞う以上、その条件を達成させないようにしながら首輪を外す方法を見つける必要がある。

そして、それを見つければ、シロウとの関係もより信頼し得るものになる、と。

シロウが主張しているのは、つまりそういうことだった。

 

 

「……分かりました。ですが、無条件に信頼出来ないのも事実です」

 

 

このまま続けても、議論は平行線になりかねない。

いつまでもこの問答を続ける訳にもいかない以上、腹を決めなければいけない。

 

あくまで徹底的に危険を排除するなら、ここで倒しておくか無力化し拘束という手段が確実性は高いだろう。

だが、前者は失敗すれば「対主催を主張する人間を襲った」と認識されることになる。なまじ主催に反目することで対主催と認識されやすくなっている以上、それが反転し「あれは主催が送り込んだサクラ」などと思われては、自分だけでなく、自分を庇ってリップルやラ・ピュセルまで立場が悪くなる可能性もある。

拘束してどこかに放置するにしても、誰かの手によって救出されたりすれば、ノーマークで行動することになるばかりか自分に対して同様の疑念を植えつけられるだろう。

自身の魔法を説明するにしても、それが自己申告である以上魔法そのものはともかくシロウの企みを証明する術はない。

故に、取りうる最良の手段は。

 

 

「貴方に、同行させてもらいます」

 

 

手元におくことで、離反しないように見張る。

それが、恐らくは確実性が高い行為。

何かあってもすぐに対応できる上、自分の魔法を上手く使えれば事前に行動を抑制することもできる。そうでなくとも、自分の魔法を相手が認識している以上自分の存在そのものが牽制になる。

勿論限界はあるが、それでも目に入らないところで不用意に動かれるよりはマシだろう。

 

 

「……まあ、そうなるでしょうね。いいでしょう」

 

 

そしてその結論は、あっさりと受け入れられた。

恐らくは彼にとっても、それが彼女の選び得る最善手であることが分かっていたのだろう。

どこまでこちらの思考をトレースしているかは分からないが、彼自身の慎重さも理解できた。

ある程度の用意が整わない限り、軽率に動くことも少ないはず。

無論注意を払い続けることに変わりはないが、安心の条件としては十分だろう。

 

ひとまずは収まった──両者がそう思おうとした、その時。

 

 

 

「すいません──一つだけ、聞かせてください」

 

 

 

難破船の裏から、声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

話が分かる相手で助かった、というのが、素直な感想だった。

最初に自分の真名と思考を知られていた時にはどう出るか迷ったが、相手がすでに対主催の旗印となりうるだけの要素を持っていることからもそれは賢明ではないと判断。

ひとまず行動方針を出来る範囲で明かし、信用を勝ち取ろうとしたが、どうやら上手くいったようだ。

 

 

(……しかし、私の目的を把握していたのはどういうことでしょうか)

 

 

彼女が『魔法少女』──魔術に関係していそうな存在でありながら全く

こちらの聞き覚えのない存在である以上、この殺し合いが始まる前から事前に知っていたとは考えづらい。

ならば読心か。だが、対魔力──それも最高ランクのもの──を貫通した読心があるのかどうか。

自分たちの扱う魔術とは別のシステムである故に対魔力を貫通していたのか、或いは主催の言うジャイアントキリングを有効とする為に施された制限か。

或いは──そこで、ファヴの言っていた『魔法』少女という名前に思い至り、僅かばかり眉をひそめた。

本当に魔法に至る可能性もあるかもしれない──そんな極端な希望的観測をひとまずは保留した時、彼もその声を聞いた。

 

 

「聴きたいことが、あるんです」

 

 

声の主は、ちょうど自分の肉体と同じ程度の年齢であろう少年。

西洋人らしき顔立ちに、滑らかなブロンドの髪をした少年は、そのまま影から姿を現しながら名を名乗る。

 

 

「……僕はイレブンといいます。隠れて話を聞かせてもらってました。そのことについては、ごめんなさい」

 

 

そう名乗り、謝りながら出てきた

一応両手は上に上げているが、その所作が戦闘慣れしたものであると認識し、いつでも黒鍵を取り出せるよう備えをしておく。

 

 

「……それで、聴きたいことと言うのは」

 

 

そう言いつつ、白の少女に一瞥を飛ばす。

こちらの視線に気づき、彼女は静かに首を振った。

──少なくとも、こちらを害するつもりはない、か?

彼女自身が嘘を吐いていない限り、読心を利用できる彼女による判別は相応の信頼ができる。

ひとまずは手を組むことが決定した以上、いきなり排除されることはないとは思うが──それでも念の為に構えは崩さずに、イレブンを注意深く観察する。

 

 

「……シロウさん、でしたね」

 

 

どうやら、その聞きたいことというのは自分に対してらしい。

となれば、先の論争での、自分のスタンスについての話か。

何らかの反論や追求をしてくるのであれば、それでいい。それに納得できるだけの答えを用意するだけだ。

そして、その推察は、ある意味では正解だった。

 

 

「──単刀直入に、聞きます」

 

 

 

但し、それは。

 

 

 

「どうして、世界を救おうとしているんですか?」

 

 

 

思ってもみないところからの、切り込みだったが。

 

 

 

「……これは、また」

 

 

本当に、想像だにしていなかった。

この殺し合いにおける自分がどう、という問題ではなく。

彼自身が抱く理想──それについて切り込まれるという予想は、していなかった。

ともあれ、何かしら言わないと始まらない。それは分かっているが、しかしどこまで話したものか。

 

 

「……人類救済──恒久的な世界平和。それが実現すれば、この殺し合いに参加したよりも遥かに多くの、人類そのものが救われるでしょう。

それこそが私の望みであるから──それでは、納得しませんか?」

 

 

ひとまず、嘘は吐かずに、徹底的なまでに端的に要約したことだけを話す。

だが、ここまで単純なことだけなら、ここまで真剣に聞かれることもないだろう。

ならば、何だ。

思い当たる節がないわけではないし、むしろ多いとも言えるかもしれない。

それだけの問題点はあることを理解しながら、それでもこの方法が最も良いと信じたからこそ貫いているのだから。

 

 

「その為に、必要ならば手にかける──ということを、貴方がたに納得しろというつもりもありません。ただ、それでも私は──」

「そういうことじゃ、ありませんよ」

 

 

否──そうでもない。

彼が聞こうとしているのは、そうでもない。

シロウの思考は、前提が間違っている。

イレブンという少年が聞こうとしているのは──シロウ・コトミネの行為の、理想の、その是非などではない。

 

 

「……それが願いだから、頑張ってる。それだけですか?」

 

 

イレブンの表情が、少しずつ歪んでいく。

記憶の中の痛みを掘り出すかのように、或いは、今も痛むその傷の瘡蓋を剥がすように。

 

 

「……世界を救う為に。貴方は、どれだけ傷ついたんですか?」

 

 

──それは。

あろうことか、シロウのことだった。

シロウ・コトミネ、天草四郎時貞が、どうしてそれに拘っているのか。

たったそれだけの、ことだった。

 

 

「……それが、どうしたというのですか?」

 

 

シロウとて、流石に困惑する。

そんなものを自分に問うて、どうしようというのか。

そんなものを聞くことで、何を得ようというのか。

意図も意味も、推察するには情報が少なすぎる。

 

 

「……辛くは、なかったんですか?」

 

 

そして、そんなシロウの疑問も他所にイレブンの言葉は続く。

その言葉は、或いは同情かともとれるそれ。

だが、そうでもない。似ているが違う。同情ならば、それはこちらを哀れんでいる筈だ。

けれど、目の前の少年は違う。

その瞳に浮かんでいるのは、憐憫でなく。

それは。

 

 

「──どうして?」

 

 

その言葉は。

最早、質問ではなかった。

 

 

「──どうして、貴方はそうやって──『頑張ることができている』んですか?」

 

 

その瞳に浮かんでいるのは──期待。

それは、まるで──救いを求めて彷徨う人間のような、声だった。

 

そして。

そのせいか、はたまた、先に言われた「辛い」という言葉故か。

シロウの脳裏に、過ぎるものがあった。

 

──それは、天草四郎時貞としての人生。

民に救済を望まれ、彼等の統率者として立ち上がったこと。

そして、そこからの記憶は、一本の紐のように連綿として想起させられる。

勝てる筈のない戦で、一度は勝ってしまったが故に、最悪の結末を呼び。

民を殺した徳川の軍に、果てしない呪いを抱こうとした。

 

その気持ちが、残っていない訳がない。

ただの天草四郎時貞は、未だにそれを恨んでいる。

もしも一歩掛け違えれば、その怨念は徳川を──否、世界そのものを憎悪で埋め尽くすに足るものにすらなっていたかもしれない。

 

けれど、シロウは動じない。

これらは、もう、既に乗り越えた。

 

星の数ほど後悔をした。

嘗て抱いた紛れも無い憎悪と悲しみに、幾ら苛まれたか分からない。

親族や仲間の顔を夢で見る度に、これでいいのかと立ち止まりかけて。

幾度となく、自分の道が本当に正しいのか悩み、怨嗟の声に囚われかけて。

 

──そして、それでも歩んできた。

それでも、人間を信じることを止められなかったから。

きっと世界を幸福にすれば、誰もこんな感情に囚われることなく生きる事ができるだろう、と。

そう決意して、自分は世界を救う為に歩んできた。

 

だから。

だから──その幻は、霧散して。

感傷による痛みに浸る暇など、もう無く。

 

 

 

 

──そう。

──天草四郎時貞としての人間的感情は、既に置き去りにした。

 

 

 

『ふむ、そうだな。折角だし、何ぞ褒美をくれてやろう』

 

 

 

──けれど。

──シロウ・コトミネとしての、人間的感情は。

 

 

 

『不服だと言い出したら、今度こそ毒を飲ませるぞ』

 

 

──それは、最新の感情。

シロウ・コトミネという存在が観測した、最も新しい感情。

切り捨ててきた天草四郎としての感情の代わりに残った、たった一つ。

一瞬の感触が、そこに、まだ残っていた。

 

 

「─────」

 

 

その感触は、至福だった。

シロウ・コトミネという人間にとって、報酬を願わぬまま人類種の為に人生を費やし駆け抜けた男にとって。

きっと、何よりも。

 

──考えていなかった可能性を、考える。

仮に。

シロウがセミラミスとこの殺し合いで出会ったとして。

彼女が、仲間と協調するような対主催となる可能性は、どれだけあるだろうか。

もし、彼女を斬らなければならないとしたら。

 

対主催として立ち回るという、合理的思想に対して。

反する可能性を、内包したそれを。

意識的にしろ、無意識的にしろ──避けていたことに、シロウは、ようやく気付いて。

 

だから。

シロウの脳裏に、その情景が宿った時、その瞬間。

柔和な笑顔に包まれていたシロウの表情に、ほんの少しだけ。

 

何かを想う想いが、過って。

何かを憂う想いが、過って。

 

スノーホワイトとイレブンは、その時。

その時始めて、シロウ・コトミネが、その柔和な笑みの中に。

彼の、人間としての感情を垣間見たような気がして。

 

 

 

 

 

「──それでも、私は進むと決めた。

──それでも、私は人間を信じると決めた。

ただ、それだけのことです」

 

 

 

そして。

シロウ・コトミネは、それすらも。

その淡い感情すらも棄却して。

その一瞬の逡巡さえ、笑顔の下へと葬り去った。

 

ある意味では、それは当然であったのかもしれない。

かの女帝が最期にそれを遺そうと思うまでに少年に魅せられたのは、その愚かしいまでの高潔さ故。

もしも彼がここで止まるような人間であったなら、彼女がそうすることもなかったのだろうから。

 

 

そして、それを見て。

イレブンという名の少年は、再びその顔を上げた。

その顔に、先程までの、救いを求めるような表情はなく。

──代わりに、何処か泣きそうな表情を浮かべていて。

或いは、先の表情よりに比べれば、より同情と呼ぶに近いものであったかもしれない。

 

 

「……分かりましたよ、全く、もう」

 

 

そして、ただ一言、そう呟いた後。

彼は徐に懐から何かを取り出し、それをシロウへと投げた。

反射的にシロウは受け取り──それが何かを理解して、再びイレブンに向き直った。

 

 

「……どういうつもりですか、これは?」

 

 

それは──この殺し合いの中でも特に重要なものである、スマートフォン。

そして、それを投げた本人は、真っ直ぐにシロウを見つめて一つの提案をする。

 

 

「……僕のこの、スマートフォンっていうのに、特殊機能がありました。──『このスマホのみ、首輪解除条件とスマートフォンが紐つけされる』らしいです」

 

 

その言葉を聞いて、シロウはすぐさまイレブンの意図を理解する。

先にシロウ自身が示唆した通り、首輪解除条件は一つの鍵だ。

その解除条件に参加者を殺すというものがある以上、対主催はそれに頼らない解除方法は絶対にどこかで見つけなければならない。

しかし、それを見つけるヒントは今はなく──そしてシロウは、何をきっかけに動き出すかが読めない。

そして、動き出した時点で殺害によって首輪を解除するとなれば、それは少なくない懸念事項であるだろう。

 

「僕の解除条件は、『オクタゴンに到達する』です。これなら、少なくとも首輪を解除する為に誰かを殺す必要はなくなる」

 

 

だが、仮にそれが見つからなくとも、首輪を解除することができれば。

それは、シロウが少なくとも突然の凶行に走る可能性を減らせるということである。

 

 

「僕は、最後まで別の手段で首輪を外す方法を探します。だけど、貴方がもしそれより確実な方法で首輪を解除したいというなら──その手段は、誰かを傷つけないものがいい」

 

 

それが、イレブンの主張であり。

対して、それを突きつけられたシロウは、暫し考える。

少なくとも、デメリットはない。

今後三時間、彼と1メートル以上近づかないことがデメリットといえばデメリットかもしれないが、マーダーとの乱戦にならない限りは──或いは自分たちが戦わない限り問題もないだろう。

オクタゴンなる場所の所在こそ分からないが、ヒントが設定されている上、所在が分からないのは自身の殺害対象である『超高校級の幸運』も同じ。

スマホの機能にも一見して違いがない以上──いや、特殊機能があるという事実だけでもブラフには使えることを考えれば、此方の方が扱いやすい可能性もあるか。

 

 

「……そんなことをして、何の意味が?」

 

 

けれど、それだけだ。

デメリットもなければ、メリットもそう多くない。

疑われずに首輪を外せるのはありがたいが、逆に言えばそれだけだ。

少なくとも、イレブンにとってのメリットはほぼ無いだろう。というより、支給品として与えられている特殊機能を手放すというのは敢えてハンデを負うにも等しい。

そこまでする理由があるのか、という疑問と共にそう問いかけたが──

 

 

「じゃあ、殺したいんですか?」

 

 

返ってきたのは、そんな答え。

そして、そんなイレブンの表情には、何かを信じている──いや、信じようとしているような、そんな期待が篭っていて。

彼がどんな想いでそんな表情をしているのかはともかくとしても、彼の返してきた質問に対しては、答えねばなるまい。

勿論──その答えは、当然一つだけなのだから。

 

 

「──いいえ」

「でしょう?だったら、それでいいじゃないですか」

 

 

ああ、そうだ。

もし殺さなくて済むのであれば、殺さない方がいいに決まっている。

天草四郎時貞は、決して悪人ではないのだから。

 

 

「……いいでしょう」

 

 

今度はシロウが、イレブンへとスマホを投げ渡す。

これで1メートル以上密接しないまま三時間過ごせば、交換が成立──それに伴って、特殊機能の発動により条件が変わることになる。

 

「ありがとう、ございます」

「いえ、これでこちらとしても動きやすくはなります。それと、宜しければこちらを」

 

丁寧に頭を下げてくるイレブンに対し、シロウは自身のバッグから一つの支給品を取り出す。

取り出されたのは、一本の片手剣──シンプルな作りではあるが、しかし見る者が見ればそこに秘められた並の鋼の剣とは一線を画していると一眼で分かる逸品。

 

「良いんですか?こんな良い物を……」

「こちらとしても、収まりが付きませんので。扱えますか?」

「はい。装備は出来ますし……うん、よく馴染みそうです」

 

そもそも、交換を提示してきたのは彼とはいえ、こちらは事実上支給品を貰ってしまったようなものだ。

スノーホワイトに後から突かれても面倒になるし、むしろ此方からも支給品を渡した方がいいか、と思ったのが一つ。

そして──その剣が個人的に曰くつきのものであったのも、一つ。

黒のライダーのものであり、あのホムンクルスが用いて、自身が対峙したあの剣だった。

宝具とはいかぬまでもサーヴァントお墨付きの逸品であり、さりとて自分で持ち続けるにはどうにも縁起が悪い。

これからの協力者となり得る人間に渡しておけるなら、一石二鳥と言ったところだろう。

 

それにしても。

ふと、イレブンの言葉を反芻する。

──もし、無辜の人々を殺さないままに、この世界を救えたら。

 

なるほど、自分が目指すのは確かにそうだ。

けれど、それが成るかどうかについては、正直に言えば不可能だと思っている。

自分の理想の真実。

魂の物質化による人類救済。誰もが我欲を捨て、ただ生きる為に生きるということ。

もしそれを知れば、イレブンは、スノーホワイトは、或いはこれから出会う人々はどう思うだろうか?

──少なくとも、全員に無条件で受け入れられることはないだろう。

隠し通すつもりではあるが、スノーホワイトのこともある。露見する可能性は存在する。

そしてそうなれば、きっと対立し、争うこともあるだろう。

 

そもそもイレブンという人物がどんな人間なのか、まだ理解はしていない。

今の彼の行動は、対主催であるかどうか以前の問題──酷く個人的な問題であり、既に二人の間で話が決まっていたことを抜きにしても些か動機を理解しきれない行動である。

その本質が何であるかは未だ知れず、それ故に自分に対してこのような理想論を語る真意、そしてそれを実現するだけの力を持つのかどうかすらも未だ見抜くことは出来ない。

 

けれど、もしも。

罪なき人を誰も殺すことなく、人類救済を成すことができるなら。

それ程素晴らしいことも、ないのだろう、と。

そう思ったことは、紛れもなく真実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、どうしますか?」

 

 

二人の会話が終わった、少し後。

それぞれの知りうる情報を一通り交換した後、スノーホワイトは改めて口火を切った。

ひとまず、三人で同行するような雰囲気にはなっているが、さし当たって決めるべきなのは次にどこに向かうか。

既に幾らか出遅れている以上、いつまでもここで話している訳にはいかないのだ。

どこに向かうべきか──そんな提案に対して、答えたのはシロウだった。

 

 

「とりあえず、私の解除条件であるこのオクタゴンという場所を探してみたいと思うのですが」

 

 

なるほど。スノーホワイトとしても異論はない。

恐らくはそれが妥当だろう。下手に見つからないまま禁止エリアになりました──となってからでは遅い。そのまま解除するにせよしないにせよ、見つけておくことは重要だ。

シロウはそのままスマートフォンを調べ、『ヒント』であるらしいらしき写真を呼び出していた。

 

 

「巨大な、丸い石造りのタワーが大写しになってます。それに連なる建物ですから、恐らくこのタワーを見つければいい……ってことですかね」

 

 

その写真を覗き込みながら──スマートフォンは一旦手の届く場所に置いている──イレブンは言う。

 

 

「ええ。恐らく、その建物内の隠された場所なのでしょう。ひとまずこの建物を探さないことには話になりません」

 

 

スマートフォンを操作──というには少しぎこちないが──しながら、そう呟くのはシロウ。

拡大と縮小を何度か繰り返し、地図と見比べ幾らか唸った後──ふむ、と一つ呟いてから納得したかのように頷いた。

 

 

「ですが──少なくとも、北西の島と断定できる以上、まずはそこに向かうべきでしょうね」

「えっ?」

 

 

そうなの?と言いたげな唖然とした顔でイレブンがこっちを見る。

もしかしてその辺のヒントが全く分からないから譲渡したんじゃ、という思考が一瞬頭を過ぎった気がしたが、それだけを確認するのに魔法を使うのはあまりに無駄なのでやめておいた。

 

 

「ヒントはここです。このタワーに繋がる回廊の向こう側」

 

 

見れば、そこには巨大な山がある。

地図と照らし合わせれば、標高が高い山は南西の小島かホムラの里のみ。

その上で、今度は塔の右側を見れば、そこには森が広がっている。

南西の小島ならば、そこを望むロケーションには必ず河が映っているはずだ。それがないというのであれば、自動的に山はホムラの里と絞られる。

となれば、あとはそのホムラの里を囲む四つの施設のうちのどれか───少なくとも、北西の島だというのはアタリをつけらるれる。

 

 

「ひとまず、ホムラの里に向かいましょう。これほど大きなタワーなら、眺めの良い場所から見れば見つかりやすいかと」

 

 

なるほど、目的地としては分かりやすい。

目立つ場所なら人も集まるだろうし、それまで北西の島で行動していた参加者に話を聞ければその分手間も省ける。

だが、ここからはイマイチ遠い──そう言おうとして、地図に描かれたそれに気付く。

 

 

「なら、ここからちょうど北や南に駅があります。電車を使う方が早いと思います」

「ですね」

 

 

シロウの同意も得て、イレブンはと見ると──頭の上に大きなハテナマークを浮かべ、難しい顔をしていた。

 

 

「……電車?」

 

 

──そういえば、彼が住んでいたというロトゼタシアの世界には、電車はないのだったか。

電車を知らないとなると、このあとに切り出したいことにも支障が出かねないのだが──そう思いながら簡単に説明をする。

幸いにして理解は早く、そう長い説明を要せずに理解してもらうことができた。

そして、理解したというなら──と、スノーホワイトはここで一つの提案をする。

 

 

「私は、一旦ここで分かれてそれぞれ北と南の駅を目指すのが良いと思います」

 

 

つまり、こういうことだ。

スマートフォンの交換に必要な三時間の間、イレブンとシロウを1メートル以内に入れない。

それだけでも達成可能ではあるだろうが、万が一のこと──特に戦闘などが起こった場合などでフイになってしまえば、また三時間待ちになる。

そして、時間が進めば進むほど、『超高校級の幸運』に出会う可能性も高くなる。

如何にシロウが穏健に事を進めたとしても、「自分を殺せば首輪を解除できる人間の存在」は純粋に仲間内で不和を生む可能性がある。

そういう意味ならイレブンが持っていても面倒にはなるが、シロウが持っているよりはマシだろう。

それに、仲間──リップルやラ・ピュセル、それにシロウはともかくイレブンにも仲間はいるだろう──を探す為には、その方が効率は遥かに良い。

問題は、シロウの見張りを一人でしなければいけないことだが──元よりそのつもりだった以上、そこに関して問題はない。

どうあれ当面は合理的な理由で協力関係になった以上、少なくとも早々に裏切るという選択肢だけは可能性が低いと見て良いはずだ。

そして、もう一つ懸念があるとすれば──

 

 

「一人で行動して、イレブンさんは危険ではないですか?」

 

 

残る懸念は、後はそれくらい。

無論、ここで出会わなければもとから一人で行動するしかないのだが、出会った以上一人にするというのは忍びないとも感じる。

だが、当のイレブンはというと。

 

 

「──そういうことなら、大丈夫です」

 

 

そう言いながら、手に持った剣を無造作に掲げ。

 

──瞬間、その剣が稲妻に包まれる。

 

金色に武装した剣が、辺りの夜闇を激しく照らす。

先程までただの剣に過ぎなかったそれが、今は雷を纏った神々しき剣と化した。

肌を撫でる、掻き乱され吹き荒れた風が、見掛け倒しなどではないことを主張する。

スノーホワイトは肌で感じる──魔法少女であろうと、これを喰らえば生半可なダメージでは済まない。

再び剣を軽く振ることで霧散した剣をもう一度眺め、損耗を確認しながら、再びイレブンがこちらを向いた。

 

 

「……っと、まあ、こんな感じなんで。最悪複数で囲まれたりしなければ、まあ、逃げるくらいはなんとかなるかなって」

 

 

スノーホワイトもシロウも、こうなれば心配することもない。

他のパラメータを無視したとしても、或いは制限を考慮したとしても──単純な火力というのは、それだけで一つのアドバンテージとなる。

 

ともあれ、話は決まった。

手分けして仲間を探し、交換も成立した後に駅で合流。

そのまま西へ向かいオクタゴンを探す──ひとまず、計画としては悪くないだろう。

電車の乗り方が一人では分からない可能性のあるイレブンが北の駅に行き、そして一応は理解しているスノーホワイトとシロウが南から電車に乗ってそれに合流する。

 

 

「……大丈夫?」

「大丈夫です。うん、キラキラとかないだろうし、鍛治やってる場合じゃないから寄り道して素材集める必要ないし、大丈夫、大丈夫……」

 

 

……後半ブツブツ言っていた事がもの凄く不安になるが、しかし三時間はあると言っていたし地図自体を読む能力には長けていた。

本人曰く、方向音痴でこそないが寄り道しがちだが、その要因もどうやらこの場では心配ない──とのこと。

「少なくとも頼まれごとをしてる最中はそっちに集中します」とも言っていたので、これに関しては大丈夫だと思うしかない。

 

──しかし。

改めて、不思議な人間だ、と思う。

 

彼の心の声の中に浮かんだ、一つの言葉に思いを馳せる。

──『勇者』。

彼女にとってのそれは、『魔法少女』ほど心惹かれるものでこそ無かったが、アニメなどのサブカルチャーに触れていた頃には聞き覚えのある言葉で。

そして、伝え聞く限りでのその行動方針──弱きを助け強きを挫く、というようなそれは、彼女が理想とする魔法少女のそれと似ていた。

勿論、そういったものを美徳とするものこそがヒーローとされ、創作の中では

魔法少女が存在するのだから、勇者も存在しても良い、ということか。

 

そして、そう。

そういったカテゴリーの話をするなら、心の声を聞いた限りでの彼は間違いなく『勇者』と呼ばれる存在であろう。

仲間に手を出されることに恐れ、無辜の人々が傷つくことを嫌い、そして誰かを傷つけようとする相手と戦う覚悟は決めている。

心の声を聞いた限り、彼に対して浮かび上がるのは、そんな模範的な『勇者』のような性格ばかりだった。

 

だからこそ。

最初に自分たちの前に姿を表し、シロウに詰め寄った時の彼の心の声が、ずっとひっかかり続けている。

あの時、聴こえてきた心の声は──やはり、その表情に浮かべていた通りの、期待のような感情と。

そこに混じった、ほんの少しの──後悔。

世界なんて、と独りごちた、ほんの小さな呟き。

それだけが、勇者という言葉のイメージからかけ離れた、しかし確かにイレブンという一人の人間の言葉。

想起されるのは、あの試験が終わってから暫くした後に呟いた、一つの言葉。

 

──次は後悔するんじゃない。後悔する前に自分で選ぶ。

 

彼は、後悔していたのだろうか。

或いは──勇者という言葉。正しいもの。その重圧を背負った先にある、何かに。

 

それが何かと、掘り下げるつもりはない。

ただ、ほんの少し──恐れと、迷いがある。

自分が選んだ、その道の先にある後悔。

ここに来る前に悩んだ、魔法少女狩りと名乗るような権利が自分にあるのかどうか、という思いが、何故か思い出されて。

 

だから、離れようとしたのだろうか。

この先に避けられぬ後悔があると言うようなイレブンから。

そして、何があろうと後悔しないと言い切った、シロウの横にいるのは。

それらの感情を、完全に排斥したものだと、誰が保証できる?

 

 

(──考えすぎは、良くない)

 

 

頭を振る。

どうあれ、この選択は間違ってはいないはずだ。

 

イレブンがどういう人間であるにせよ。

シロウがどのような行動をするにせよ。

スノーホワイトにとって、やるべきことはたった一つのはずだ。

魔法少女として──せめて彼女自身は、正しき魔法少女として振る舞う。

 

ここには、倒さなければならない存在はきっと山ほどいる。

黒幕のファヴ、生き返ったクラムベリーにメアリ。或いは目の前のシロウも。そして、それ以外の危険人物。

そして、その手の内から零してはならないものも山ほどある。

スノーホワイトにとっての、リップルとラ・ピュセル。そして、誰かにとってのこの二人のような存在。

 

そして、その為に。

決定的なものを、取りこぼしてしまう前に──後悔する前に。

スノーホワイトは、魔法少女として、選ばねばならないのだから。

その選んだ先のことは──今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

飛ばされた座礁船に見覚えがあったのが、幸を奏した……のかもしれない。

 

その特徴的な船首や派手な意匠から、慣れ親しんでいる船──シルビア号と酷似していることに気付くのはそう難しくなかった。

いつだったか読んだ本とシルビア本人の証言を信じるならば、この船はオーダーメイドとのことであり、よく似た船であるという可能性も薄い。

 

 

(これは……シルビアさんが知ったら悲しむよなあ)

 

 

そんなことを思いながらも、ひとまず確認の為にその内部を調べることにした。

不幸中の幸いと言うべきか、あくまでイレブンが調べた限りではそこまで致命的に損壊しているわけではなかった。今は数十メートル程海岸線から離れてはいるが、何らかの手段で海まで押し戻すことが出来れば、もしかしたら航行も可能かもしれない。

あるいは、何らかの事故で島同士を移動できなくなった時の応急措置か──そんなことを考えながら船室を調べている時、彼の耳にある声が届いて。

それが、自らと共に長い旅路を歩んだ相棒の声質に似ていた為に、最初は思わず飛び出しそうになった。

勿論、すぐに飛び出さず影から様子を伺った結果として、それが彼とはかけ離れた落ち着いた口調であり、別人であることを悟るまでにそう時間はかからなかったが。

 

 

──代わりに。

彼としては、聞き逃せない言葉も、飛び出していた。

 

 

世界を救う。

それは、そう。

かつて、自分が背負った筈の責務。

それを背負っているという、相棒と似た声の神父──シロウ・コトミネという男のことを、イレブンはそこで初めて知った。

 

イレブン本人の行動方針は、至って単純だ。

どうにかして脱出の手段を模索し、巻き込まれた人々を救う、という、ごく単純なもの。

誰かを殺してまで願いを叶えるつもりなど毛頭ない。

もしも、自分にそんなことが出来るのなら──きっと、とうにそうしていただろうから。

あの選択──世界をもう一度救うか否かの選択の時点で、既に。

 

もしも、あの選択をもう一度しろ、と言われたなら。

自分はきっと、同じ選択をするだろう。

救えた可能性に見て見ぬフリを続けるのは、きっと今よりもっと辛いだろうから。

 

けれど。

それを、後悔していないか、で言うのであれば──後悔していないと言えば、嘘になる。

見て見ぬフリをするよりはマシでも、この痛みそのものが無かったことにはならない。

いくらその世界が幸せに溢れていたとしても、周囲とズレた思い出はその幸せそのものをチクチクと刺し続ける。

 

だから、問うた。

シロウという、人類救済を志すという人間に対して。

何故、そんなものを背負おうとしているのか。

 

もしかしたら、痛みを背負おうともそれを苦としないのかもしれない。

もしかしたら、世界を救うという行為の為ならそもそも痛みだと思わないのかもしれない。

もしかしたら、そもそも痛みという感覚を消しているのかもしれない。

 

イレブンは、その答えが知りたかった。

もし、それで、この痛みが少しでも癒えるなら、と。

それをそのまま踏襲する事は出来なくても──せめて、そういう選択肢があることさえ知れれば、それで良かった。

そんな、ささやかな救いを、求めようとしただけだった。

 

そして。

それに対しての、シロウという青年の答え。

 

 

『──それでも、私は進むと決めた。

──それでも、私は人間を信じると決めた。

ただ、それだけのことです』

 

 

額面通りに受け取れば、それは、痛みを痛みと思わず進む人間の言葉と取れたかも知れない。

だが、その直前の一瞬、表情を歪めたあの時。

その表情に、イレブンは、まぎれもないシロウ・コトミネという人間の感情を見て。

そして、理解してしまった。

 

痛みを感じていない、なんてことはなく。

痛みだと認識していない、なんてこともなく。

その痛みを、苦に感じず笑うことすらもしていなくて。

 

ただ、それをただひたすらに押し殺して、理想を追わんとしていた。

 

 

(──ああ)

 

 

イレブンはそうして、あの一瞬の表情が物語っていたことを理解して。

同じなのかもしれない、と思ってしまった。

彼は自分と同じで──世界を救う為に、たった一人の我儘を、押し殺してしまえる人間なのかな、と。

 

だからこそ。

そこまでして、輝く理想を必死に追い求めるシロウという人間に。

苦しみながらも、前に進み、世界に平和を齎さんとしている彼に。

ある意味で、自分は、共感を覚えて──そして同時に、それを助けたいと思った。

 

彼が作ろうとしている人類救済が、世界平和がどんなものか、それは分からない。

もしかしたらディストピアだったりするのかもしれないし、実はなにかが根本的に間違っていて、不幸せを呼んでしまうものなのかもしれない。

 

けれど、少なくとも、それがシロウただ一人の人間の益になるものではない、と。

その先に見つめているものが『シロウという存在にとっての安寧』ではない、と。

確信とまではいかないけれど、それでもイレブンはそう信じて。

 

そして、ならば。

願いの本質がどのようなものであれ、

その意思だけは、どうか、報われることがあってほしいと。

そう、思ってしまうのだ。

 

 

「……そこまで同意してるのに、その手段は許せない、っていうのは、身勝手なんだけどね」

 

 

二人から別れて。

一人になり、一路北側の駅へと北上するイレブンは、シロウとの会話を追想しながら呟いた。

 

優勝してまで──そう願うのであれば、イレブンとしても対立せざるを得ない。

自分だけでなく仲間達もここに呼ばれている以上、彼等に害を及ぼすならば、自分はそれを止めようとするだろう。

いや、そうでなくとも、無辜の人々を殺すのであれば、

あの煮え切らない折衷案は、そんな曖昧な思いが形になったものであり。

今のイレブンに出来る、最大限のことでもあった。

側から見れば、現実が見えていない理想論だろう。

シロウとて、本心からそれが出来るかどうかは怪しんでいるかもしれない。

 

 

(──それでも。それでも僕は、それを目指してみたい)

 

 

けれど。

果てなき理想を、諦めずに追い続けることを、止めることも出来なかった。

否。

もとより、理想論をただ理想論として切り捨てるつもりなど、ない。

 

理想論、ハッピーエンドを成立させるもの。

そして、『世界を救う』もの

現実にはいないような、御伽噺の英雄。

それを、『勇者』と、そう呼ぶのなら。

 

 

(僕を勇者だというのなら──決して諦めないものだというのなら)

 

 

『勇者』たる少年は、進む。

自分と似た誰かに、手を差し伸べる道を。

それが代償行為と知っていて、それでも尚、その先に幸せがあればいいと願いながら。

 

 

 

 

【E-7/一日目・深夜】

【シロウ・コトミネ@Fate/Apocrypha】

[状態]:正常

[服装]:神父服と赤のカソック

[装備]:イーリスの杖@DQ11

[道具]:基本支給品一式、イレブンのスマホ(特殊機能『条件保存』入り)、不明支給品1個

[思考・行動]

基本方針:「願いを叶える権利」を手に入れ、人類救済を成す。方法を問うつもりはないが、主催が信用できるとは思えない。

1:ひとまずは対主催として行動する。

2:スノーホワイトと共に南の駅へ。そこから北の駅でイレブンと合流し、西の島でオクタゴンを探す。

3:スノーホワイトがジョーカーである可能性も一応は留意。

[備考]

・参戦時期は本編終了後です。

・首輪解除条件は「『超高校級の幸運』の殺害」です。

・スノーホワイト、イレブンと情報交換しました。シロウがどこまで元の世界の知り合いについて話したかは後続の書き手さんにお任せします。

・イレブンとスマホを交換しています。1メートル以上離れたまま三時間が過ぎた時点でイレブンのスマホの所有権を持ちます。

・イレブンとスノーホワイトに対し、目的が人類救済であることを話しました。手段については話していません。

 

 

【スノーホワイト@魔法少女育成計画】

[状態]:正常

[服装]:魔法少女の衣装

[装備]:ホムンクルスの槍@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2個(確認済み)

[思考・行動]

基本方針:殺し合いを脱出し、ファヴを倒す。

1:シロウと行動しつつ、仲間を集める。

2:シロウの動向を見張る。

[備考]

・参戦時期はJOKER以降、ACE以前です。

・首輪解除条件は「第四回放送まで、定められた固有の能力を制限以上に用いてはいけない」です。制限は放送毎にリセットされますが、超過した時点で首輪が爆破されます。

スノーホワイトの場合は心の声を聞く魔法が制限されており、意識した対象にしかほとんど効果を発揮しません。使用できるのは放送毎にのべ30分までです。

他のキャラに譲渡された場合、何の能力がどのように制限されるかは後続の書き手にお任せしますが、何の能力も持たないキャラがこのスマホの使用権が譲渡された場合、所有とみなされた時点でこの端末での首輪解除は不可能となります。

・シロウ、イレブンと情報交換しました。シロウがどこまで元の世界の知り合いについて話したかは後続の書き手さんにお任せします。

・最初の会場で魔法を使用しています。日向のほか、大まかに三割程度の参加者の心の

声を聞き取れたはずです。

・シロウの目的を知りましたが、人類救済の具体的な手段は聞いていません。

 

 

【イレブン(主人公)@DRAGON QUEST Ⅺ 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:正常

[服装]:普段通り

[装備]:アストルフォの剣@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、シロウのスマホ、不明支給品2個

[思考・行動]

基本方針:脱出と主催撃破。犠牲が出ない限りはシロウの人類救済を手助けする?

1:北の駅へ向かい、南から電車に乗ってきたシロウたちと合流。その後西の島へ。

[備考]

・参戦時期は真ED後です。

・首輪解除条件は「オクタゴンに到達する」です。ヒントとして、スマートフォンに「オクタゴンの窓から見える景色」の写真が映っています。

・スノーホワイト、シロウと情報交換しました。シロウがどこまで元の世界の知り合いについて話したかは後続の書き手さんにお任せします。

・シロウとスマホを交換しています。1メートル以上離れたまま三時間が過ぎた時点でシロウのスマホの所有権を持ちます。

 

 

 

・特殊機能『条件保存』

この機能が入ったスマートフォンに『オクタゴンに到達する』という首輪解除条件が紐つけされる。

このスマートフォンの所有権を持った時点で強制的に首輪解除条件がこれに上書きされ、所有者の首輪解除条件は元所有者のものとなる。



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殺害の女王/赤のセイバー、柏葉琴乃、リュリーティス、巴鼓太郎(Mist)

───何度も何度もイメージした。

人を撃ち抜く感覚。

頭蓋を。心臓を。首を。

寸分違わず矢を撃ち込み、その命を奪い踏み躙る。

最初の一人を殺してから脳の中で繰り返し"悪"を為す己をイメージし、修羅へ堕ちる覚悟を決める。

殺人とは、つまるところ"奪うこと"。

生きている人間の過去も未来も一緒くたに丸め込み、愛も憎しみも織り混ぜ屑籠に放り投げ、蓋をする。

殺すとはそういうことだ。

蓋をされれば二度と開かれることはない。

死んだ人間は生き返らない。

死んだ人間が何を思ったかなど察することすら不可能だ。

殺した罪は一生消えない。

弱い心に焼き印のように押された罪は常に熱く己を責め立て、傷には油を注ぎ治らない痕となる。

───これでいい。これでいいんだ。

穢れた私に綺麗な貴女。

誰かを守って死んでいった綺麗な貴女を、穢れた私の口で語ることは許されない。

手を取る道もあった。お互いに支え合い悪趣味な催しから逃げ出す道もあった。

だが私はその道を選ばず、手の届かない遠い場所に投げ捨てた。

もう拾うことすら許されない。

後悔はない。殺しを行ったことは。

後悔はない。この道を選んだことも。

しかし、ひとつだけ。

この血で濡れた掌で我が子を抱いていいのかという思いだけが、どうしても脳裏にこびりついて離れない。

本当に血に触れていなくとも、この弓で彼女を射った時点で私の手は血に濡れている。

だから、イメージした。

何度も。

何度も何度も。

会う者全員を射ち抜き、絶命させる矢を。

肝心なその一瞬に指先がぶれないよう。

もう二度と迷わないよう。

イメージし続け、この矢も正確に敵を射抜くと確信を持つことができた。

罪無き者も。罪在る者も。

容赦なく撃ち抜く覚悟が出来た。

 

出来た。

はず、なのに。

 

「馬鹿が。ンなブレッブレに乱れた精神でこのオレを討てると思ったか」

 

頭上で美しく煌めく剣。

穢れた私とは、大違いだ。

 

「───デッドエンドだ、意気地無し。

雑魚は雑魚らしく、あの世の片隅で震えてろ」

 

煌めく剣は、ギロチンのように。

尻餅をついている私の頭に、振り下ろされた。

 

 

 

 

◯ ● ◯

 

 

 

 

時は少し遡る。

崖から落ちてきたであろう気絶している少女を発見した叛逆の騎士・モードレッドは取り敢えず移動を開始した。

少女が目覚めるまでその場を動かない、という身の安全を第一にした選択肢もあったのだが『つまらない』という感情がその選択肢を洗い流し彼女を移動させるに至った。

この場合身の安全を確保されないのはモードレッドではなく、落ちてきたであろう少女───現・担がれている少女リュリーティスである。

怪我人を無闇に動かしてはいけないと現代人ならそれなりに浸透している常識は彼女には通用しない。

知識の有無の問題ではなく、考慮するだけの必要がないのだ。

起きたら起きたで話を聞けばいい。

比較的傷は浅い。医者ではないので正確な判断ではないが、多少担いで移動しても命に関わるということはまずないだろう。

如何にも『無害』という雰囲気を全身に纏った少女を安全に目覚めさせるには、何処かにあるであろう町を探さなければならない。

町ならベッドの一つや二つあるだろうと想定しての行動だ。

ごつごつした岩の上に寝かせるより余程良い。

スマートフォンとやらの使い方はイマイチ理解出来ていないが、現在位置と地図だけは確認出来た。

"ホムラの里"なる場所ならば休める家屋程度あるだろう。

 

「しっかし…どうやって行けってんだ」

 

ホムラの里とやらに向かうには、残念ながら森を抜け山を抜ける必要がある。

モードレッドだけならば適当に岩の間を全速力で駆け抜ければ済む話だが、肩に担がれているリュリーティスのことを考えるとその手段は選べない。

かといって深夜に死角の多い森や山を怪我人抱えてノロノロと登れば全身で殺してくださいとシャウトしているようなものだ。

危険極まりない。

さて、どうしたものかと辺りを見渡すと───其処には、線路があった。

 

「あー…そうか、この上をアレが走んのか」

 

モードレッドの脳裏を走るガッタンゴットンと音を鳴らし移動する"アレ"。

現物がありゃ乗り回すのも手なんだがなー、と愚痴りながら線路沿いに歩き出す。

モードレッドは一時期ではあるが、王への反乱を行った際それらを率いる者として立った経歴がある。

アーサー王のローマ遠征の隙に行った、綿密な下準備の成果。

自国の軍が敵となったアーサー王は上陸すらままならず、圧倒的劣勢の中苦戦を強いられた。

しかし───アーサー王には、一人一人が一騎当千の"騎士"がいた。

円卓の騎士。誉れも高き花の城の、円卓の椅子に座ることを許された騎士の中の騎士達。

円卓の騎士が一人、太陽の如きガウェイン卿。

円卓の騎士が一人、最古参のケイ卿。

彼らの尽力によりアーサー王は自国の兵と剣を交えながらも上陸に成功したという。

モードレッドは叛逆の軍を率いる"カリスマ"だけでなく、それらを導くだけの判断力と水面下で策を回す強かさも有している。

地形的不利と消耗を最低限に抑える為───モードレッドは線路に沿って歩くことを選んだ。

この会場がどれだけの技術で作られているかは知らないが、基本的に線路は急勾配には作られない。

山を登るにしても緩やかに。少なくとも崖を駆け登るほど物理法則を無視した作りにはなっていないだろう。

それならば、線路沿いは基本緩やかな道となっている可能性が高い。

そう判断し、リュリーティスの容態を横目で確認しながら歩く。

 

「つーかいつまで寝てんだコイツ」

 

担いだリュリーティスの頬を軽くぺしぺしとはたくが反応は薄い。

『うう…』と呻き声は返ってくるが、やはり目覚めはしない。

もしかして寝てんじゃないだろうな、と疑うモードレッドであったが無理矢理起こすのも面倒なので人里に出るまで眠ってもらうことにした。

それなりの時間をかけて線路沿いに進み、スマートフォンで現在地を確認する。

相変わらずこの手のものの使い勝手はよくわからないが、現在地の確認ぐらいなら容易に行うことが出来た。

 

「後は……西に進みゃ"ホムラの里"か。

美味いモンでもありゃいいんだけどな」

 

西を見ると、急ではないが坂がある。

木々が適度に生えており太く育っている幹を見るに人が暮らすに値する栄養に満ちた土地なのだろう。

基本の支給品を覗いた限り、食料は味の面は考慮されていないらしく、とてもではないが美味そうには見えなかった。

そも、敵から支給された食料を口にする気にはなれない。

"殺し合い"というルール上毒物が混入されている可能性は限り無く低いだろうが、気分の問題だ。

霊体化も試したが不可能らしく、更に不機嫌を募らせる。

生憎とモードレッドは魔術に詳しくはない。実体化に伴う魔力の消費やマスターへのパスが感じられないことから、"受肉"に近い何らかの状況に置かれていることは理解できる。

…だがそれは聖杯レベルの奇跡だ。聖杯を使わないとしても、それ相応の"何か"が必要になる。

 

(馬鹿が。そんだけのこと出来るんなら他に使いやがれ)

 

空を見る。未だに太陽が昇る気配はなく、空は暗闇に包まれている。

リュリーティスを一旦肩から下ろし、それなりに育った大木に身を預けさせる。

ゴキ、と肩と頚を鳴らしながら腕を回す。

今のモードレッドには宝具である"不貞隠しの兜"はない。"燦然と輝く王剣"もない。

手元に実体化させようとも、現れる気配すらない。

本来宝具とはサーヴァントとは切っても切れない"縁"である。

その人生を能力としたもの。その執念を剣としたもの。

その在り方を神秘としたもの。その武器を誇りとしたもの。

己という存在を象徴するものが宝具であり、それらはサーヴァント自身の"半身"と呼ぶに相応しい。

生き抜いた上で死後もこうして共にある存在。これを半身と呼ばずしてなんと呼ぶ。

───それを現在、剥奪されている。

己の宝具を他者が扱っている可能性があるというだけでも脳の内側が煮え沸騰するような苛立ちに満ちるが、それだけではない。

文字通り宝具とは"半身"だ。その宝具自体が他者に譲渡しても能力を発動するものや多くの武具を授かった・手渡した逸話を持つ英霊等の少数の例外を除けば他人による宝具の使用は不可能だ。

ましてや本人の許可なしに強奪、及び呼び戻すことは不可能に等しい。

 

(強奪に特化した宝具か、それに類する能力か…あの白黒ボールモドキの元にもサーヴァントがいる可能性もある)

 

現在はマスターである獅子劫界離から受け取った腹部を晒したチューブトップに真っ赤なレザージャケット、デニムのホットパンツに黒のブーツという姿だ。青少年の教育に悪い。

魔力で編めば"不貞隠しの兜"の下に纏った戦闘用のスタイルに切り替えることもできるが、やはり現代で暮らすには現代の服が心地いい。

装備している剣は支給品によるモノであり"燦然と輝く王剣"ではないが、そもモードレッドにとっては"燦然と輝く王剣"すら強奪したものだ。

この大剣も少し素振りしていれば扱いには慣れた。

不馴れな剣によるミスなども起こることはないだろう。

手に持った剣を大地に突き刺し、未だ目を覚まさないリュリーティスを見ながら一際大きな溜息を吐く。

 

「…何やってんだろうな、オレも」

 

そして。

大きく背を伸ばし準備体操を終えた後、

 

「───お前も」

 

───轟、と鳴り響く圧。

音を斬るほどの、高速の斬撃を背後へ放つ。

大地に突き刺した剣は唸りを上げ、豪腕で抜かれた影響で土を撒き散らす。

斬撃により弾かれ、折られ、斬られたモノは空へと跳ね上がる。

剣圧は大木を揺るがし、木の葉が荒れ狂う舞う。

跳ね上げられた物体は、矢だ。

視界外から放たれた三本の矢を、モードレッドは視認すら必要なく、直感のみで切り伏せた。

彼女の直感は野性。未来予測には及ばずとも、視覚外からの攻撃への反応など造作もない。

 

「なあ。弓兵にしちゃあ軽い矢だ。

アサシン気取りで殺せると思ったか、間抜け」

 

モードレッドは剣の肩の位置まで移動させ、不機嫌な瞳で見据える。

すると。

ほんの十メートル程先の崖の上に、一人の少女が弓を構えていた。

柏葉 琴乃。

この場で既に一人を殺害した───殺人者である。

 

 

 

 

◯ ● ◯

 

 

 

殺した。

一人の少女を殺してから、彼女が移動を始めて暫く経った。

スマートフォンで時間を確認すれば経過時間は割り出せるが、残念ながらそんな気分ではない。

暗く淀んだ澱が心の底で蠢いている。

人間一人の命を奪ったのだ。

そう簡単に割り切れるものではない。

命を奪った。奪ったからには、この外道に堕ちた道を外れることは出来ない。

両肩に乗った死が身体を重くする。

…これから柏葉琴乃は殺し続ける。奪い続ける。

最期の一人になるまで。

その頃には、何人の死を背負うことになるのだろう。

重過ぎて動くことすらままならないかもしれない。

重過ぎて生きていくことすらできないかもしれない。

───それでも。この道を選んだからには、引き返せない。

彼女にも譲れない望みがあるから。

退くも進むも地獄道。

地獄を壊して、地獄へ帰る。

それが、彼女の方針だ。

 

「……」

 

光の消えた瞳で辺りを見渡す。

人影はない。孤立した人でもいれば狙撃で済ませて楽、とまで考えて己の思考が殺人者のそれに変化していることを自覚する。

 

「ああ───もう無理だなぁ、私」

 

不意に溢れ落ちた言葉。

それが何を指して放たれた言葉なのか自分でも理解できない。

ただ、少しずつ心が削れていく感覚だけが残っている。

二台になったスマートフォンを見つめる。

死体から受け継いだ支給品の中身は様々だった。

武器になりそうなものもあったかもしれない。

ただ、慣れない武器を扱うより彼女には手に馴染んだ弓の方が安心だ。無闇に初めての武器を使う必要もない。

先程のもう一人の支給品も奪えれば良かったが、とまで考えて。

ようやく、一つの危機に気がついた。

 

(『あの子』は私が殺人者だってこと知ってるんだ)

 

先程逃がしてしまった一人。

その一人は此方が危険人物であるということを知っている。

時間が経てば経つほど、きっと彼女の存在は脅威になる。

戦闘能力は無いにしても、此方に不利な情報をばら蒔かれては困る。

しかし今から追うにしてもその姿を捉えるのは不可能に近い。

これだけ広い場所に手掛かりもない。徒労に終わるか可能性の方が遥かに高い。

さてどうすべきか、と頭を悩ませスマートフォンで現在地を確認したところ、近くに"ホムラの里"なるものが存在していることを知った。

 

(里…?)

 

このご時世に"里"とはまた随分な名だ。

テーマパークの一部か、はたまた古風なステージでも演出したか。

どちらにしろ"人が集まる場所"に変わりはない。

三人ほど人が集まっているならば、スマートフォンを回収する上でこれ程喜ばしいことはない。

数で負ける以上完全に仕留めることは難しい。その場合は無理に急所を狙わなくとも、脚を射れば機動力は落ちる。

一人射れば他の誰かがそれを庇い。傷を負えば個の戦闘力は大幅に落ちる。

先程の戦いで学んだことだ。

何も正面から挑むことはない。相手の弱点は積極的に狙っていくべきだ。

後は飛び道具である此方に分がある故、距離を取りつつ追い詰めることが出来ればいい。

勝てないと判断したらすぐに逃走する。

遠距離の武器である以上逃走においても此方が有利…と。

其処まで脳内で作戦を構築しながら、彼女は気づいてしまった。

 

───ああ。私。とっくの昔に人殺しの思考になってる。

 

取り返しのつかない穢れ。

最っ低の女だ、と一人呟いた頃にはコールタールのような罪悪感に肩まで浸かっている。

このコールタールに頭まで浸ることが出来ればどんなに楽だろうか。

 

『勝手ですね、私を殺した癖に』

「ッ!? 」

 

耳元で囁かれた。そう判断し、手に現れた弓を持ち背後に向ける。

しかし、誰もいない。影すら見当たらない。気配の欠片も感じ取れない。

 

『今さら悲劇のヒロイン気取りですか?』

「誰よ……!」

 

歯を食い縛り呟く。耳元で囁かれているというより、脳内に直接響くような声。

脳髄に直接スピーカーを埋め込まれたかのような錯覚すら覚える。

すると。

朧気に、靄がかかったかのような人影がゆらりと現れる。

 

『"誰"か?』

 

徐々に人の貌を成していく。

 

『…理不尽に抗う事』

 

宝石のような赤い瞳。

 

『…理不尽に曝された人を救う事』

 

艶のある黒の長髪。

 

『そんな私たちの望みを踏み躙った貴女が、一番知っているはずでしょう?』

 

喉が、一瞬で干上がった。

日本の美を体現したかのような少女は一変し、溶けたアイスクリームのようなどろりとした仕草で顔を向ける。

その顔は己が殺した少女───蒔岡玲、そのものだった。

 

違う。これは、違う。

確かに彼女は殺した。息が無いことも確認した。

そんな動揺すら構わずに"蒔岡玲"は言葉を続ける。

 

『自嘲すれば誰かが助けてくれるとでも思いましたか?』

『罪を悔いれば仲間が来てくれるとでも思いましたか?』

『…なんて傲慢。人殺しに、そんな救いなんて必要ないのに』

 

「───うるっさいなあ、もう……!!」

 

カタルシスエフェクト。抑圧された内面が形となった弓が、矢を放つ。

どろりとした"蒔岡玲"には当たらない。脳天を直撃する軌跡を描いても、するりとすり抜けていった。

 

『悲しいですね』

『哀しいですね』

『どれだけ悔いても嘆いても───もう"理想(メビウス)"は貴女を救いに来ない』

 

「うるさいって…言ってるでしょッ!!」

 

そうだ。

そのメビウスから抜け出す為に戦った。現実に戻るために弓を持った。

誰か助けて、なんて。

昔に戻りたい、なんて。

そんな事を願ってしまった弱い自分に後悔して、地獄(現実)に戻ることを決意した。

だから射った。だから殺した。

救われないなんて、百も承知で。

 

『結局貴女は何処まで行っても自業自得』

『分不相応な命を授かり』『棄てることも出来ず』『現実から逃げ』『軽蔑していた母親に子を任せ』『その結果、此処にいる』

『自分勝手に間違い続けているのが貴女という人間』

 

『───ねえ』

 

『落とし穴を掘って自分で落ちるのは、そんなに楽しいですか?』

 

…最早矢を放つことすらしなくなった頃。

目の前にいたどろりとした"蒔岡玲"の姿は、嘘だったかのように消えていた。

勿論、蒔岡玲本人ではない。口調ですら、真に蒔岡玲を知る者が聞けば"別人だ"と判断するだろう。

彼女はこのような悪辣な人間ではない。

傷口を抉り塩を捩じ込むような言動を繰り返す悪女でもない。

蒔岡玲は誰かの為に命を張ることができ、そしてその上で正しいことができる正直な人間だ。

しかし。いや、だからこそ、と言うべきか。

潔白だった蒔岡玲は、正しい人間だったが故に殺人の経験という心的外傷として柏葉琴乃の脳内に強く刻まれている。

───蒔岡玲は"蒔岡玲"として。

彼女が目を逸らす罪悪感を指摘する幻覚として、此処に相成った。

 

「もう……誰か助けてよ」

 

簡単な話。

柏葉琴乃は、人を殺すには優しすぎて───そして、弱すぎたのだ。

 

 

そして。何処まで歩いたかわからない。

呆、とした精神のまま彼女は歩き続けた。

罪悪感から逃れる為、彼女は一時的に心に蓋をした。

こうしてしまえば楽だった。目の前の苦悩から目を背けられる。壊れかけた柏葉琴乃の精神が行った、自己防衛だ。

里に向かうという当初の目的を微かに脳に残したまま歩き、線路に到達した時点でゆっくりと左に曲がった。

障害物があるのでぶつからないようにしよう、なんて生物として当然の機能が無意識に働いただけだ。

そして。

柏葉琴乃は、呆けた目で、赤色を確認した。

金髪に赤いジャケット。剣をその手に持ち、少女を肩に担いでいる。

 

───ああ、丁度いい。

 

担がれている少女は先程逃がした少女だ。

見たところ、ぐったりと意識は失っているが息はあるのだろう。ぴくりと身体が動いているのも確認できた。

私のことをばら蒔かれる前に、殺さなくちゃ。

矢を番えた瞬間、少女を担いでいた赤の少女は寝かせるように大樹の影にそっと置いた。

柏葉琴乃からは完全に大樹が壁となる形になったため、射殺すのは難しい。大樹ごと射抜くにしても、攻撃と命中を上昇させる程度の集中が必要となる。

ならば先に赤の少女から射るか。

狙った先には剣を手放し間抜けに準備運動をしている。

 

「…何やってんだろうな、オレも」

 

呟きが聞こえた。大きい独り言だ。

意に介さず柏葉琴乃は矢を放つ。

その数三本。

高速で放たれ、少し逸れたが赤の少女の頭蓋に迫った矢は。

 

「───お前も」

 

轟、と。

それを上回る高速により、叩き落とされた。

柏葉琴乃が我に帰る。心の蓋が、驚愕で剥ぎ取られる。

空から糸で吊るされた人形のように生気なく動いていた身体が、ぷちんと糸が切れ冷静な思考が帰ってくる。

…強い。おそらくは、先程殺した少女よりも遥かに。

 

「なあ。弓兵にしちゃあ軽い矢だ。

アサシン気取りで殺せると思ったか、間抜け」

 

放たれる威圧感は、生涯感じたことがないほどの殺気となり柏葉琴乃の背筋を凍らせる。

心に蓋をしたままの曖昧な思考では勝てない。

神経を研ぎ澄ませ。細胞の一片まで駆動させろ。

でなければ。

次は、私が死ぬ番だと直感が告げている。

 

「…沈黙か。まあいい、こっちだってそろそろイライラで狂いそうだったんだ。

武器を持つなら容赦はしねえ。

誰に矢を向けているか…その無謀、貴様の首に解らせてやるとしよう───!」

 

赤の少女。モードレッドが好戦的に口元を吊り上げる。

叛逆の騎士と、地獄に帰る少女。

その戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

起伏の激しい地形は歩くだけで人の体力を奪い去る。

身体のバランスを保つための体力。木の根や岩は踏みつけたを衝撃を吸収せず、そのまま足首へと返してくる。

しかし。彼の進む速度は尋常ではなかった。

およそ高校生とは思えぬほどの速度で気を避け土を蹴るその姿は陸上選手すら顔負けだ。

鬼気迫る彼の表情と意志が、身体能力の出力を少し上げている。人間誰しも、人体への負荷を省みなければ限界など簡単に越えられる。

この大柄な身体に感謝する。お陰で一歩は大きく、移動は速く。理想の身体は彼の理想通りに動いてくれる。

 

巴鼓太郎。それが、現在木々の間を駆け抜けている少年だ。

スマートフォンに搭載された特殊機能、『隣接したマップに存在する参加者の表示』により柏葉琴乃が存在していることを知った彼は今も彼女と出会うため走り続けている。

───少女が死んでいた。

その一つの出来事が彼の思考を、視界を狭量にする。

殺人は、言うまでもなく犯罪だ。

そして、"一人目"の犠牲者がいるのなら"二人目"が現れてもおかしくはない。

脳裏に浮かぶのは、血溜まりの中で既に冷たくなっている柏葉琴乃。

何度呼び掛けても反応しない、その姿。

嫌なイメージだ。服についた泥のように、こびりついて離れない。

 

(速くだ。もっと速く……!)

 

少女が殺した人間は許せない。

当然だ。彼の正義感は殺人を許容しない。

見つけたら一発ぶん殴り捕まえて、今は亡きあの少女に謝罪させるつもりだ。

パンダのような、金魚のような、ふよふよと浮いたあの生物も鳥籠に入れて警察に突き出すまで絶対に許さない。

───しかし。今は、それ以上に仲間が心配だ。

近くに柏葉琴乃がいるということは、次に彼女が狙われる可能性も少なくない。

彼女は、立ち位置で言えば後衛である。

巴鼓太郎が前衛にて標的を殴り飛ばし、柏葉琴乃が離れた位置からの狙撃やサポートを行う。

一人では彼女は戦闘に不向きだ。

だから一刻も早く見つけだし合流しなければいけないのだが、いくら走っても遭遇する気配すらない。

立ち止まりスマートフォンで現在地を確認しても、己は既に柏葉琴乃がいたC-7に到着している。

彼女も移動したのか。ならば、もう一度スマートフォンで位置を確認して───

 

「あァ!?」

 

───それが、出来ないことを知った。

隣接したエリアに存在するプレイヤーの名前と場所を把握する。戦うにしろ逃げるにしろ、バトル・ロワイアルにおいてこれ以上ない便利な機能だ。

しかし、当然強力な力には代償が存在する。

一度使用すると、再使用において3時間のインターバルを必要とするのだ。

彼はそれを知らない。

悪趣味な殺人ゲーム。出会った少女の死体。近くにいる仲間の存在。

成熟しきっていない彼の精神と脳はとっくの昔にキャパシティオーバーだ。

無理もない。彼の実年齢はその大きな体躯よりも遥かに幼いのだ。

破裂寸前の脳はもう冷静な判断を奪い、苛々ばかりを貯めていく。

 

「クソッ、遊んでる暇なんかねえんだぞ……!」

 

スマートフォンが壊れたのか。それとも一回限りの特別機能だったのか。

説明を読むという思考にすら至らないほど熱された脳に従うままに、彼は近くの木に拳を叩きつけた。

すると。

叩きつけた木に、不自然な孔を発見した。

何かが貫通したかのような痕。単なる木の模様かとも思ったが、それにしては綺麗だ。

まるで。矢か何かで射ったかのような───

 

「…琴乃か!」

 

ここで交戦したか。それとも試し射ちでもしたか。

未熟な脳をフル回転させ、次に取るべき行動を思案する。

此処に柏葉琴乃がいたことは確かだ。移動したというならば、次は何処に向かうのか。

スマートフォンでマップを確認しようと視界を下に下げた瞬間───目の端に、何かが映った。

土が、抉れている。

掘ったというより何かを引き摺ったという方が正しいような痕が、土に刻まれていた。

柏葉琴乃が呆けたまま歩いた故に出来た"脚を引き摺って歩いた痕"だと気づくことはなかったが、それでも彼はこの痕跡を柏葉琴乃のものだと判断した。

確証なんてない。手掛かりもない。ただの直感だ。

だが、しかし。子供の直感ほど、侮れないものはない。

 

「待ってろ」

 

気づいた瞬間には、彼は走り出していた。

人を救う職を夢見る少年は駆ける。

───既に。

救うべき仲間は、救われるべきではない悪へと化したことを知らないまま。

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

「どうした。怖じ気付いたか、弓兵」

 

モードレッドが首を上げた先には、柏葉琴乃が弓を向けたまま立ち尽くしている。

柏葉琴乃の狙撃は完璧だった。

反撃される可能性を考慮し。回避される可能性を潰し。気づかれず頭蓋を撃ち抜く最も"可能性の高い手段"を取った。

だというのに、全ての矢を一刀の下に両断された。

琴乃の瞳が周囲を観察する。およそだが、モードレッドとは十メートルほど離れていることは確認できている。

…逃げることも選択肢の内に入れておかねばならない。

弓を全力で引き絞り、攻撃と命中を上昇させ大木ごと眠っている少女を撃ち貫いてから逃走(エスケープ)することも考慮する。

そして。

 

モードレッドは、つまらなそうに剣を大地に突き刺した。

 

「止めだ」

「……は?」

「止めだ、っつってんだよ。弓の狙いも正確、威力も充分。アーチャーの器に相応しいかと言えば否だがてめぇにはそれなりの実力はある」

 

琴乃は、呆けていた。

デジヘッドなどの異形、メビウスの特性も知っているため体格や年齢が実力に直結しないことは理解しているつもりだ。

しかし、此処はメビウスではない。

どう見ても己より年下の存在が、武器を構える自分を前にして剣を手放したのだ。

 

「だがそれまでだ。武器持って燥いだ程度のガキに振るう剣は無い。

首を跳ねられる前にとっとと失せな」

「黙ってれば好き勝手…偉そうにッ!」

「違うか?気づかれてないと思ってるみてえだから教えてやるがな。

─── てめえ、もう"一人殺したろ"」

 

モードレッドは、常に戦場で戦い続けた騎士だ。

円卓の中で誰よりも強く。誰よりも誇り高く。

誰よりも誉れ高い騎士であろうとしていたのがかつての彼女だ。

故に。琴乃の存在を察知した瞬間に理解した。

弓を構えるまでの流れるような動き。矢を番えた瞬間の冷静さ。

腕前は中々だ。現代の人間にしては見所がある。

しかし。

目の泳ぎ。矢を放つ際の一瞬の迷い。頭部を狙ったのだろうが、僅かに逸れている矢の軌道。

躊躇だ。琴乃は、放つ瞬間に殺すことを躊躇った上で矢を放った。

それは。

一度命を奪う経験を得た上で獲得した躊躇だと。

 

「…ッ」

「必要に迫られた上で武器を持つのは当たり前だ。生きているのなら何時かは武器を持たねばならない日がくる。

だがな。迷う程度なら捨てちまえ。

人の命は、民が背負うには重過ぎる」

 

それは。モードレッドなりの慈悲だったのだろう。

叛逆の騎士といえど、彼女は誉れ高き円卓の騎士だ。

武器を持たされ、望まぬ殺人に手を染めた民を無造作に殺すほど残忍ではなかった。

 

───だが。慈悲は時に、剣となって心に突き刺さることがある。

 

『迷う程度なら捨てちまえ』

 

ああ、捨てたとも。

捨てたからこそ、もう一度拾いたくて。

捨てたからこそ、もう一度やり直したくて。

この血に染まった道を選んだのだ。

 

『人の命は、民が背負うには重過ぎる』

 

ああ、その通りだ。

子の命も。生活も。全てが重過ぎた。

解放されたくて、助けられたくて、理想(メビウス)に身を委ねた。

 

───これは私の自業自得。

───捨てたものを拾おうと足掻く、無様な行動。

 

ああ、ならば。

これは。この重さだけは。

 

(『この思い』だけは、二度と捨てる訳にはいかない)

 

カシャリ、と弓を構える。

指先は、きっちりとモードレッドを狙っていた。

 

「なるほど。それでもやるってのか」

「そうね。悪いけど、チンピラに構ってるほど暇じゃないの」

「…そうか。ならば認めよう。

民ではなく───貴様は"敵"だ」

 

弓を引き絞る。琴乃の集中力は極限に達し、命中と矢の威力を上昇させる。

敵を睨む。鎧も無いモードレッドは、構えも無しに鏃を見つめている。

一触即発。十メートルの空間を挟み、敵意が交差する。

そして。

二秒の、制止の後。

 

 

───先程の矢を軽く超える速度で、三本の高速の矢が放たれる。

頭蓋。喉笛。心臓。三点を狙った矢は同時ではなく、僅かにズラされたタイミングで放たれる。

一本を叩き落とせば二本目が。どれほど速く二本目を叩き落とせても三本目が急所を刺し貫く絶妙なタイミングの"ズレ"。

先程、矢を一刀の下に落とされた反省を活かし、僅かな呼吸の合間を突くように放たれた妙技。

相手が達人と解った以上、此方もそれなりの布石を打たねばならない。

達人相手故に用意された高速の矢。

しかし。

 

高速の矢は、神速の剣によって凌駕される───!

 

矢が放たれた瞬間、モードレッドは大地に突き刺した剣を引き抜き、"投げた"。

二本の高速の矢は投擲された剣に破壊され。

破壊を逃れた一本の矢はモードレッドの頭蓋に真っ直ぐ進み、いとも容易く素手で掴まれ、握り壊された。

投擲された剣は、矢を破壊しただけではなく。

琴乃の頭蓋へと最短距離で突き進む。

 

(速ッ)

 

次の言葉を紡ぐ暇すら無く。

琴乃は全神経を回避に集中させる。

…顔面の直ぐ側を神速の剣が通過する。

剣は触れていないにも関わらず、琴乃の頬を軽く裂き、背後の樹木に深々と突き刺さり動きを止めた。

この一撃を回避出来たのは、他でもないメビウスでの経験の賜物だ。

積まれた戦闘経験が飛来した剣を認識した瞬間、思考するより先に彼女の身体が駆動した。

樹木を貫き停止した剣を認識し、琴乃の背筋に悪寒が走る。

 

───躱せていなければ、あの剣ごと腹を貫き磔にされていた。

 

しかし、その恐怖を一秒にも満たない僅かな時間で振り払い琴乃は背後の剣へと手を伸ばす。

剣を投げたのは、今の一撃で仕留められなかったのは失策だ。武器さえ奪ってしまえば距離だけでなく場の有利は更に琴乃に傾く。

琴乃とモードレッドとの距離は目視しただけでも十メートルは軽い。

どんな達人であろうと武器さえ回収してしまえば後はただの的に過ぎず、琴乃は剣へと手を伸ばす。

 

「躱した攻撃なぞ───」

「!?」

 

が。

伸ばした手は、剣へと到達することはなかった。

 

「一々目視で確認するモンじゃねえぞ、ガキ」

 

その、背後。十メートルもの距離をほんの一瞬で詰めたモードレッドが、冷めた瞳で此方を見据えていた。

 

(あの距離を、飛んだの…!?)

 

モードレッドの身体の周辺にはには、赤い雷のようなものがチカチカと光っている。

『魔力放出』。

琴乃は与り知らぬことだが、モードレッドにはスキル(能力)がある。

魔力による強化。武器や自身に魔力を纏わせ、放ち、攻撃から防御に移動まであらゆる行動を強化する高等スキル。

それによりジェット噴射の如き移動能力を得たモードレッドにとって、僅か十メートルなぞ障害にもならない。

モードレッドの右脚がバチバチと赤く煌めく。

琴乃は身を即座に翻し、その直後に『琴乃が存在していた場所』を放たれた蹴りが通過する。

通過した蹴りは剣の刺さった樹木を砕き、轟音と共に一撃で折った。

 

「よく躱した」

 

しかし。

"それで終わり"では、無かった。

 

「だが、二度目はどうだ」

 

モードレッドは空中で強引に身体を捻る。魔力と推進力とし横に回転した身体は遠心力を秘め───そのまま回し蹴りを琴乃に叩き込んだ。

直撃すれば無傷では済まない。骨は砕かれ、場合によれば致命傷に至る。

回避もできない。予想以上のモードレッドの性能に琴乃の身体はついていけない。

故に。

琴乃はカタルシスエフェクトの弓で受け止め、そのまま後方へ吹き飛ばされた。

身体は弾丸のように飛ばされ、地面を数度跳ね土煙を上げようやく停止する。

 

「反応は鈍い。防御も雑。

挙げ句の果てにゃ近づかれりゃ対処出来ねえときた。ガキの遊びじゃねえんだぞ」

 

土煙が晴れ、姿を現した琴乃の身体は所々が切れ、制服にも血液が滲んでいる。

弓で攻撃を防いだため致命傷には至っていない。しかし弾かれた彼女の身体は地面や枝で小さな傷を大量に創っていた。

剣を再び手にしたモードレッドは口を開く。

 

「弓兵なら近づかれた時の対処法くらい一つや二つ持っておけ。"弓兵だから弓しか使えません"なんて甘え通じねえぞ」

「…うるさいわね、化物。そっちが異常な癖にこっちが弱いみたいな言い方やめてくれる?」

「達者なのは口だけか?」

 

言葉とは裏腹に、琴乃の身体は先程の一撃でその機能を大きく低下させていた。

咄嗟に蹴りを弓で受けたのは正解だった。

しかし。圧倒的に筋力が違い過ぎる。

琴乃の骨や筋肉に異常は表れていないが、痺れと痛みが残っている。

指先まで繊細な集中と技術を必要とし、弓は筋力だけで引くものではないとは言え弓という武器を扱うには腕にダメージを負い過ぎた。

脳裏に浮かぶのは、左右で色の違うマスコットの言葉。

 

───この首輪は参加者のパワーバランスの調整も兼ねているから、一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん。

 

───ジャイアントキリングが可能かもしれないぽん。

 

"ジャイアントキリング"。番狂わせ。

格下の、力の劣る者が予想を覆し遥か格上の者に勝利すること。

それは。

裏を返せば、"この戦場には制限されても尚人の能力を大きく越えた格上が存在する"ということだ。

それを事前に考慮できなかった、琴乃の敗北。

それを事前に考慮できるほどの心の余裕が持てなかった、琴乃の敗北。

元来戦士ではない彼女にとって、この戦場は余りにも過酷すぎた。

 

「馬鹿が。ンなブレッブレに乱れた精神でこのオレを討てると思ったか」

 

足音が近づく。

琴乃は身体を動かそうともがいたが、恐怖かダメージか、身体はまともに動いてくれなかった。

頭上に煌めく剣。

美しい剣は鏡のように反射し。

今にも泣きそうな、琴乃の顔を映した。

 

(……嫌だ)

 

嫌だ。

死にたくない。死ぬ訳にはいかない。

だってまだ何も成せていない。この手に我が子を再び抱くことも出来ていない。軽蔑していた母親に謝ることすらできていない。

負けるのはいい。殺すのもいい。でも、死ぬのだけは駄目だ。

それだけは、駄目で、駄目で、駄目なのに───意思に反して既に万策尽きている。

 

「───デッドエンドだ、意気地無し。

雑魚は雑魚らしく、あの世の片隅で震えてろ」

 

そうして。

無慈悲にも、罪人を裁くギロチンは落とされた。

 

 

 

 

 

が。

 

何時まで立っても、痛みも何も訪れない。

 

「何泣きそうな顔してんだ、皆に見られたら笑われるぞ」

 

目の前には、大きな影。

違う。これは。

 

高校生にしては図体の大きい、見慣れたあの背中。

短気で。馬鹿で。幼稚だけど力強い仲間の一人。

 

「安心しろ、こんなチンピラはこの俺が今すぐブッ飛ばしてやる」

 

メビウスから脱する為、志を一つにした同士の一人。

堅い拳に大きな身体。何処までも真っ直ぐで馬鹿正直な、帰宅部の鎧。

その、名は。

 

「───レスキューマン、巴 鼓太郎ッ!!間に合ったッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

巴 鼓太郎が琴乃の絶体絶命の瞬間に間に合ったのは、訳がある。

琴乃が心的外傷で呆けていたおかげで残っていた擦ったような足跡。それを追っていればいずれ到着するはずだったが、起伏の激しい道はくっきりとした足跡を残してはくれなかった。

焦りのまま駆ける鼓太郎には一々道を選んでいる余裕などない。

故に、足跡を見失った後はとにかく真っ直ぐ走っていたのだが、彼の耳に届いたのは轟音だった。

それは。琴乃の初撃を叩き落としたモードレッドの剣圧だ。

振り抜かれた剣は圧を産み、衝撃は空間を伝搬し遠くの木の葉を揺らした。

その音が琴乃の交戦の音だという根拠もなければ確信もない。

ただ、鼓太郎は直感のみで音の鳴る方へ走った。

もしかしたら、琴乃ではないかもしれない。

それならば戦場へ行くべきではない。

もしかしたら、琴乃かもしれない。

それならば戦場へ行くべきだ。

相反する二つの思想を丸め込み、鼓太郎はただただ走った。

冷静さを見失っている。理論に基づいた行動ではない。

誰が見てもそう判断するだろう。

───冷静さを見失うと、真実と真理にたどり着くことはできない。

だが、しかし。

───冷静さより。己の熱い心に従うことこそ、ヒーローの素質と言えた。

 

結果として、鼓太郎は間に合った。

モードレッドの剣をそのガントレットで受け止め、仲間の命が奪われるその間際で救った。

殺人者である、仲間を救ったのだ。

 

「危なかったなァ、琴乃」

 

フンッ、と腕力でモードレッドの剣を押し返し距離を取らせた鼓太郎は口角を吊り上げる。

───間に合った。

その一点が、鼓太郎の心を安堵で包む。焦燥で満ちていた先程が嘘のようだ。

 

「なぁに、この俺が来たからには大丈夫だ。あんなヤツ俺が今すぐぶん殴って警察に突き出して……って此処に警察っていんのかな……」

 

己の言葉に疑問を浮かべながら、鼓太郎は背後に振り返る。

勿論眼前の剣士、モードレッドに対する警戒は解いていない。

モードレッドは不機嫌そうに、しかし距離を取ったまま仕掛けてくることはなかった。

それを不可解に思いながら琴乃の状態を確認しようとした鼓太郎は。

 

───そこで。

己の頭蓋に鏃の先を向け弓を引き絞る、琴乃の姿を見た。

 

「……は?」

「……え?」

 

鼓太郎は何故己が矢を向けられているのか理解できず。

琴乃は、何故己が矢を向けているのか理解できていない顔をしていた。

 

「え、あれ、敵あっちじゃない…?オレ覚えてる…?」

 

苦笑いで溢す鼓太郎に、琴乃はハッとした顔で矢を下げる。

なんだテンパって勘違いでもしたのか、と鼓太郎が胸を撫で下ろしている間にモードレッドが口を開く。

 

「…何だ、其処の意気地無しの仲間か? 」

「おおよ、何だてめえは。いきなり人に剣向けて、やっていいこととやっちゃいけないこと、常識ってやつを教えられてねえのか?」

「残念ながら。戦場では敵を斬り殺すのがオレたちの常識だったんでな」

 

手首の柔軟か、大きな剣をぐるりと掌で回転させながら弄ぶモードレッドと構えを解くことなく口を開く鼓太郎。

両者の間にはいつ開戦してもおかしくない空気が流れ、鼓太郎は背後に聞こえるよう言葉を放つ。

 

「オレがあいつをぶん殴る。いつもみたいに援護頼むぜ」

 

メビウスで行った戦闘での作戦だ。

武器の性質上、鼓太郎は前衛での戦闘で敵を殴り打ち上げ、琴乃は後衛で弓の狙撃とサポートを主とする。

故に、彼ら"帰宅部"は複数揃った瞬間こそ真価を発揮するのだ。

二人とまだ心細い人数ではあるが、それでも仲間が揃えばどんな相手にだって勝てるという確信が鼓太郎にはあった。

故に連携を頼む為背後に声を掛けたのだが、言葉が返ってくることはなかった。

 

「誰に喋ってんだ、てめえ」

「少なくともおまえにじゃねえよ」

「意気地無しならてめえが喋ってる内に逃げたぞ」

「ハッ、何ふざけたこと抜かしてんだ。さっきからオレの後ろにアレいねえ!?」

 

鼓太郎がもう一度振り返った頃には、琴乃は既に"逃走(エスケープ)"していた。

一人残された鼓太郎は漫才なら百点のリアクションを披露するが、残念ながらこの場には評価する人間がいなかった。

 

「んで、どうする?てめえも向かってくるなら容赦しねえ。尻尾巻いて逃げるなら今のうちだ。

向かってくるならあの意気地無しと同じだ。

───てめえを殺して、直ぐにアイツに追い付いて首を跳ねる」

 

その言葉は、明確な殺意。

武器を持たないなら殺さない。武器を持って向かってくるならば相応の覚悟をしろという死刑宣告。

それを。味わったことのないほどの圧をその身に浴びながら、鼓太郎は思案する。

……琴乃の顔は、それはもう酷いものだった。

泣きだしそうなのか、困っているのか、悩んでいるのかわからない表情。

心の容量限界までごちゃ混ぜの感情を注ぎ、溢れだしそうな顔。

もし、その原因がこの剣士に。名前なぞ知る由もないが、モードレッドにあるのならば。

明確に"殺す"と宣言したこの女は。

きっと、許してはいけない"悪"なのだろう。

 

すう、と息を吸う。

 

「おまえみてえなやつを野放しにも出来ねえし、琴乃を放ってもおけねえ」

「ほう。ならどうする」

「簡単な話だ」

 

はあ、と肺に貯まった空気を吐き出す。

そして。

 

「───てめえを此処でブチのめして追いかけりゃあ、全部解決だ」

 

その言葉に満足したのか。モードレッドはニヤリと口角を吊り上げる。

 

「よく言った。さっきの意気地無しよりかは敵と呼ぶに値する」

 

次の瞬間。拳と剣が、交差する。

先に踏み込んだのは鼓太郎だった。

突進と共に放たれた左拳。大きい身体からその体重と速度を乗せた拳はあらゆる物を砕く。

しかしそれは、モードレッドの片手で構えた剣により防がれる。衝撃はモードレッドの後方へ流れ、地面が割れる。

 

───受け止められたッ!

 

驚愕している暇はない。何せ、琴乃を殺す寸前まで追い詰めた敵だ。一撃で倒せるとは思っていない。

故に。鼓太郎は、既に次の一撃を準備していた。

低く構えた右拳。地面を擦るように上空へと向かう拳。

 

("打ち上げ"か)

 

それを確認した瞬間、モードレッドは理解する。

鼓太郎の左拳は囮。受け止められるのは理解した上で、フルパワーの右拳のアッパーで打ち上げる算段なのだろう。

上空なら身動きは出来ないだろうと。その隙に追撃をする彼の得意な戦法なのだろう。

モードレッドはこの戦場に連れられてからというもの、己の能力の低下を感じ取っていた。

弓の女、琴乃も防御されたとしてもそれごと砕き蹴りの一撃で仕留めるつもりだった。だが、琴乃は生きている。

その瞬間に、己の能力の低下を自覚した。白と黒の存在による説明が嘘でなければこの首輪によるものだろうが、モードレッドからすれば敵にもならないほどの女を一撃で仕留められないほどにその力を削られている。

ならば、侮るのは愚策だ。格下相手にも足下を掬われる可能性がある。

そう理解した上で、鼓太郎の全力の地を這うアッパーを避けることなくその剣で受け止めた。

 

「たかが少し力を削った程度で」

 

鼓太郎は全力のアッパーを己より細く小さい少女が防いだことに驚愕している。

そんな鼓太郎を他所に。モードレッドはこの光景を見ているであろう"主催者"に向かって高らかに叫ぶ。

 

「飼い慣らせると思ったか!!このオレをッ!!!」

 

───赤い閃光。煌めく憎悪。

手元に存在する立派な剣が赤黒く変色する。

空間が歪む。赤雷が周囲を包む。

血液が満ちる。寒々しいほどの魔力が空気を凍らせる。

憎悪が明確な形となり剣を覆う。

鼓太郎が驚異を感じ取った瞬間には、もう遅かった。

恐ろしき憎悪の名。

誇りと怨念と入り交じった、英雄と呼ぶにはあまりにも邪悪過ぎるその光。

 

「───『我が麗しき』」

 

(マズッ)

 

鼓太郎が後退する。

その、瞬間。

 

「『父への叛逆』アァァ───ッッッ!!!!!!」

 

視界の全てを。

憎悪の赤が、支配した。

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

背後で、轟音がした。

それを聞きながら、琴乃はただひたすら逃げていた。

 

『何泣きそうな顔してんだ、皆に見られたら笑われるぞ』

 

その姿は。大切な、己の仲間の一人だった。

頼りになる仲間の一人。

この場で会えて嬉しかった。生きていてくれたことが嬉しかった。

汚れた自分を見られるのが怖かった。己が殺したことを知られることが怖かった。

複雑な感情が入り交じった瞬間。琴乃は何故か、"弓を取った"。

簡単な話だ。

巴鼓太郎。そして名の知らぬ少女二人、モードレッドとリュリーティス。

"全部で、三人"。

"此処で全員殺せば、スマートフォンは五つになる"。

"私の首輪は、解除される"。

そう考えてしまった。

助けに来てくれた仲間の背を前にして、最初に浮かんだのは仲間の殺害と己の保身だった。

鼓太郎が振り返り"それ"に気づいた瞬間、あの空間に己が存在することに耐えられなくなったのだ。

 

『一人殺したんですよ』『今さら三人増えたところで変わりはないでしょう』

『それとも』『名前も知らない私なら殺せたけど、仲間は殺したくないとでも?』

『酷いですね』『それは偽善ですらない』

『貴女のそれは───ただの"偽悪"ですよ』

『悪にすらなれないのなら、やめてしまえばいいのに』

 

"蒔岡玲"が周囲にふよふよと浮かびながら、脳内で喋りかける。

耳を塞いでも、脳に口でも生えたかのように直接響く。

もう耐えられない。

柏葉琴乃には、もう新たな心的外傷───トラウマが刻み込まれている。

『殺害の女王(デス・シンデレラ)』。自らの罪に押し潰されそうになりながらも、それでも救いを求めしかし殺人の罪は彼女を追い立てる。

それが彼女の新たなトラウマの名。

もはや、彼女の心は壊れかけている。

砕けるまでそう遠くはない。

果たして、彼女の心に踏み込む人間が現れるのはいつの日か───

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

「……チッ。やっぱ駄目か、この剣じゃ」

 

結果から述べると、"我が麗しき父への叛逆"は不発に終わった。

"我が麗しき父への叛逆"は宝具"燦然と輝く王剣"を利用した攻撃である。

"燦然と輝く王剣"は王に与えられる剣でありモードレッドが持ったとしても本来の力を発揮する訳ではないが、『増幅』という機能が残されている。

その増幅機能により魔力放出による赤雷と父への憎悪を魔力として叩き込み王剣"燦然と輝く王剣"はドス黒い巨大な災厄の魔剣と姿を変える。

 

要するに"我が麗しき父への叛逆"とは"燦然と輝く王剣"ありきで行われる魔力放出と憎悪の絡み合った魔剣の一撃であり、いくらモードレッドの手にあるグレイグの大剣が名剣と言えど"我が麗しき父への叛逆"が発動できる筈もなかった。

故に、鼓太郎に放った一撃は魔力放出の赤雷程度の威力しか発揮していない。

それがわかっていながら何故放ったかというと、思わず彼女の怒りの沸点が頂点に達してしまったからに他ならない。

柏葉琴乃は、理由はどうあれ現実では息子を一度捨てた親だ。

それを知らないとは言え。

父に認められなかったと感じていたモードレッドと、本能的に相容れる筈が無かったのだ。

そして。

 

「本来の威力を発揮できねえ、なんて話じゃねえ。今のは完全なる"不発"だ。

───が、よく生きてんな、今のを受けて」

「……うる、せえよ……!」

 

その目の前には、赤雷で焼かれた鼓太郎が立っていた。

膝を突かないよう二本の脚でしっかりと立ち、拳を構えている。

ガントレットで頭は守ったのだろう。比較的傷の少ない顔と、所々焦げている身体が傷の大きさを物語っている。

ガントレットはかたかたと震え、それはダメージによるものだけではないことは誰の目で見ても明らかだった。

帰宅部は本来、複数のコンビネーションで戦闘を進める集団だ。

一人で何かを成し遂げるのではなく、複数で人数以上の力を発揮する心の繋がり。

一人では、戦力に限界があった。

これが、強さの差。

彼のアーサー王に致命傷を負わせた、 叛逆の騎士の実力。

コンビネーションを前提とする帰宅部の戦法は、一人では強敵には敵わない。

 

「さっさと倒れちまえば楽だろうに。恐怖を感じるほどの力量差。立ち上がる理由がねえだろう」

「…おまえにはわからねえよ」

 

ゆらゆらと、その脚でモードレッドへと近づく。

振り下ろされた拳は、酷く弱く、簡単に剣で受け止められた。

 

「……けるんだよ」

「あァ?」

「助けるんだよ…!」

 

イマイチ容量を得ない鼓太郎の言葉にモードレッドが眉をひそめる。

 

「おまえみたいなチンピラから」

 

もう一度、拳を振り上げ、振り下ろす。剣に衝撃が走るも、モードレッドが揺らぐほどではない。

 

「おまえみたいなバケモンから!」

 

もう一度。もう一度。

 

「おまえみたいな、簡単に人を傷つけるようなヤツから!!」

 

もう一度。もう一度。もう一度。

何度も何度も弱々しい拳を叩きつけて。

 

「人を助けるのが、レスキューマンの仕事なんだよ……ッ!!!」

 

しかし最後の一撃を振り下ろしても、やはりモードレッドは微動だにしなかった。

それを。鼓太郎は本当に、心の底から悔しそうに顔を歪め。

 

「───くそっ」

 

力無く、その場に倒れ伏した。

その身体は前のめりに。最後まで、前進し続けた証。

 

───なあ、父さん。

───オレ、ちょっとは立派なレスキューマンになれたかな。

 

返答はない。

彼を包む暖かさもない。

ゆっくりと。ゆっくりと……巴鼓太郎は、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

そして、ぱちくりと再び目を開いた頃には、眼前にはまだ日の昇らない空が拡がっていた。

 

「…あれ?」

 

間違いなく死んだと、自分でも思っていた。

拳に力は入らず、電撃のような赤い力は身体を痺れさせ、倒れた瞬間意識は飛ぶように去っていった。

それが今は仰向けに空を眺めている。

腕を動かして拳を握ると、比較的楽に動かすことができることに驚いた。

 

「やっと起きたか、木偶の坊」

 

声の方に視線をズラすと。其処には、岩に腰かけたモードレッドがつまらなそうに此方を見据えていた。

 

「てめえ…!」

「礼はアイツに言え」

 

モードレッドが指差した先には、何処かおっとりしたような、モードレッドよりかは遥かに女性らしさを持つ女性が佇んでいた。

 

「えーと……起きた?」

 

先程の戦闘を見ていたのか、少し離れた場所で声を掛ける橙色の少々───リュリーティスの姿が、そこにあった。

モードレッドが倒れた鼓太郎に止めを刺そうとした時、彼女が止めたのだ。

リュリーティスの精神は打撲により深く身体の奥底にまで潜み、気絶という形で意識を失っていたが時間と共に徐々に回復しつつあった。

モードレッドと琴乃の邂逅、衝撃で精神は身体の底から表面に引っ張り出され。

朦朧としつつも周囲の情報を取り込みつつ、モードレッドの魔力放出の衝撃により完全に覚醒した。

故にモードレッドが交戦したのが、己を襲った少女であると知っており。

鼓太郎がその少女の仲間であると知っていたが、リュリーティスにはどうも鼓太郎が悪であるようには見えなかった。

だから、何か誤解があるのではないか、と。

声を張り上げ、モードレッドの止めを制止したのだ。

モードレッドは勝った相手には興味がないのか、それとも放置しても問題ないと判断したのか。

とりあえず"情報収集"の名目において、鼓太郎を生かすことにしたのだ。

『良かったな。"ばんのうやく"っつーんだとよ、コレ。

飲むだけで傷も痺れも癒えるたぁ、どっかの魔術師の危ない薬かもな』とはモードレッド談だ。

鼓太郎は未だモードレッドを警戒していたが、一人で勝てる相手ではないと判断したのか眉間に皺を寄せたまま、渋々情報交換を了承した。

三人が名を名乗り終えた頃から情報交換は始まった。

鼓太郎は死体を発見したこと。仲間をモードレッドが殺そうとしていたこと。

モードレッドは倒れていたリュリーティスを担いで移動していたこと。

そして。リュリーティスは、柏葉琴乃が襲ってきたことを話した。

 

「ふっざけんな!!」

 

最初に声を荒げたのは、鼓太郎だった。

まだ痛みの残る身体を動かしながらリュリーティスに向かって怒声を飛ばす。

 

「琴乃は仲間なんだぞ!メビウスから脱出するために一緒にやってきたんだ!!オレの他の帰宅部の連中も知ってる!

人を殺すような、そんなヤツじゃねえんだよ!」

「…見つけた死体は、どんな人だった?」

「そんなこと関係ねえだろ!今琴乃の話を───」

「答えて」

 

鼓太郎の言葉は、リュリーティスの言葉に断ち切られる。

間の抜けたような、おっとりしている娘かと思っていたが案外頑固な面もあるらしい。

モードレッドはそのやり取りを欠伸をしながら横目で眺め、そんな感想を抱いていた。

 

「…黒髪の、赤い目の女だったよ」

「……」

 

リュリーティスは、静かに目を伏せる。

自分を助けた後、死んでしまった彼女に思いを馳せる。

どんなに言葉を重ねてももう彼女には届かない。

ならば、彼女の分も役に立たなければいけない。

 

「…おい、どうしたんだよ」

 

鼓太郎が返答を急かす。

彼からすれば話の流れから最悪の事態が予感出来ているのだろう。

リュリーティスはどう答えたものか、迷っていた。

『あなたの仲間に彼女は殺されました、被害者です』と言えばいいのだろうか。

少なくとも、鼓太郎は年齢の割に幼い熱さはあるが悪には見えなかった。

その彼に伝えるのは、少し気が引けた。

どうも、小さな男の子を相手にしているようで強気に出られなかったのだ。

すると、モードレッドが口を開く。

 

「傷は」

「傷……?そんなもん深く確認してねえからわかんねえよ」

「じゃあ服だ。それぐらいは見てんだろ。

切り裂かれてたか?穴が空いてたか?それとも焼き跡でもついてたか?」

 

モードレッドの問いに鼓太郎は記憶を掘り起こす。

少女の遺体。服は大きく傷ついていなかったように思えた。

 

「……服に傷は沢山あった。穴が所々に開いて───」

 

少年である鼓太郎には、重い記憶。

それを思い返しながら、途中まで言葉を紡いで、一番辿りつきたくなかった答えに到達してしまった。

少女の服に開いていた穴。

あの穴は。

琴乃を探す際に樹木に開いた矢の貫通痕と、似たような大きさではなかったか。

 

「もうわかったろ。コトノ…だっけか?あの意気地無しが"殺人者"だ」

 

モードレッドが短く述べた言葉を聞き、鼓太郎は立ち上がる。

まだ傷は残っているのか、未だフラフラとしている。

 

「何処に行くの」

「あんたたちには世話になった。そこの剣士……モードレッド、だっけか。

あんたはまだ許せねえけど、襲ってきたのは琴乃が先だってこともわかった」

 

リュリーティスの問いに礼で返す。

答える気はない、意思表示だった。

焦れったいやり取りに嫌気が差したのか、モードレッドが口を開く。

 

「あの意気地無しの所にでも行くつもりか」

「…悪いかよ」

「悪かねえよ。てめえの実力じゃ殺されるだけだ、胸張ってさっさと殺されてこい」

「てめえ……!!」

 

モードレッドに掴みかかろうとした鼓太郎だが、そこまで体力が回復しておらず片膝を突く。

大きい身体を手に入れたのに。こんにも強い身体を手に入れたのに。

満足に動かせないことが、酷くもどかしかった。

 

「どういうことだよ…!」

「言葉通りの意味だ。てめえ、あの弓兵女を殴れんのか」

「…これ以上人を襲うなら殴ってでも止めてやるよ」

「其処じゃねえよ。"止める"話じゃねえ。

"殴り殺せる"のかって聞いてんだ」

 

その言葉を聞き、鼓太郎の怒りは更に膨張した。

片膝突いた足を無理やり動かし、モードレッドのジャケットを掴む。

二人の顔は接近し、鼓太郎の表情は怒りで歪んでいた。

 

「殺すつもりなんかねえに決まってんだろ!!」

「そうか。ンじゃあてめえには無理だ、諦めるか射抜かれて死んでこい」

「だからそれが……どういうことだって聞いてんだよッ!!!!」

 

次の瞬間。鼓太郎が反応するよりも速く、モードレッドの膝が鼓太郎の腹を打った。

くの字に折れ曲がる身体。胃液が逆流し口から漏れそうになるが、それだけは何とか耐えた。

 

「"殺す気"で向かってきてる相手に"殺せねえヤツ"が勝てる訳ねえだろうが!あァ!?

知らねえなら教えてやる。誰よりも先に斬らなきゃ斬られるのが戦場だ。あの弓兵女はもう戦場に身を置いて人を殺してる。

相手の矢はもうてめえの心臓を狙ってんだよ。なのに拳の先に綿つけたまま誰を殴るってんだ!?」

「…っ」

「…てめえのはただの甘えだ。実力不足を認めたくねえ理由は知らねえがな、正義の味方ごっこがしてえなら力つけて出直してこい」

 

モードレッドは蹲った鼓太郎を暫く睨み付けると、背を向けて去っていく。

普段のモードレッドなら、此処まで赤の他人に干渉しない。武器を持った戦士なら何処で死のうが生きようが彼女には関係ない。

だが、何故か───鼓太郎の姿が、酷く癪に障ったのだ。

 

「行くぞ」

「…置いていくの?」

「必要な情報は交わしたろ。殺されねえだけ感謝しろってモンだ。

てめえも会いてえヤツがいるんだろ。さっさと見つけねえと面倒なことになるぞ」

 

リュリーティスに声を掛けるモードレッド。

リュリーティスは鼓太郎とモードレッドを交互に見ていたが、モードレッドの最後の言葉に急かされ彼女の後を追う。

そして。そのままモードレッドとリュリーティスが去ろうとした頃。

 

「…む…!!」

「あ?」

「頼む……!!!!」

 

地面に蹲ったまま。鼓太郎は、瞳に涙を貯めながら頭を下げていた。

それはどれだけの屈辱だろう。

己の力不足を痛感し。それを指摘されるまで見ないように避け続け。挙げ句の果てに、負けた相手に頭を下げている。

 

「デカい身体を手に入れたのに、誰にも負けねえ力を手に入れたと思ったのに……オレは何も出来ねえ」

 

それは、心中の吐露だ。

己のトラウマを乗り越えんとする、子供の成長だった。

 

「オレは何も出来なかった。察することすら出来なかった。

おまえの言う通りだ。このまま琴乃を追っかけても殺されるだけかもしれねえ」

 

己の無力を。自らの情けなさを。

自分の惨めさを嘆きながら、それでも前に進もうとしている。

 

「だから…頼む。この借りは絶対に返す。

───あんたたちの力を、貸してほしい」

 

蹲ったまま、深々と頭を下げた鼓太郎を見るモードレッドとリュリーティス。

リュリーティスはモードレッドを真っ直ぐ見据え、モードレッドは深くため息を吐く。

 

「これ、飲んで。もう少し楽になると思うから」

「いいのか?」

「てめえが頼んだんだろうが。あの女捕まえたらこっちの言い分も聞いてもらうからな」

 

差し出された"ばんのうやく"を受け取り、口に運ぶ鼓太郎。

リュリーティスとしては一刻も早くアーナスに出会いたかったが、情報もない状況なら弓の少女・琴乃を追跡した方が出会えると判断を下したのか、鼓太郎に差し出した手は穏やかだった。

…どうしても鼓太郎が小さな男の子が泣いている様に見えてしまい、放っておけなかったのは秘密だ。

 

「おら、歩けねえなら引き摺んぞ!」

「ま、待てよ今から立つっての…ちょっホントに立つから痛い!!」

 

不機嫌そうに鼓太郎の首根っこを掴み引き摺っていくモードレッド。

彼女としては、主催者をぶった斬れればそれでいい。

何もしない参加者なら特に構う必要はない。武器を持って敵対するなら切り伏せるだけだ。

しかし。不機嫌に鼓太郎を引き摺っていくモードレッドは、何時もより他人に干渉するようにも見えた。

 

『───なあ、父さん』

『───オレ、ちょっとは立派なレスキューマンに近付けたかな』

 

鼓太郎が倒れる間際に呟いた言葉。

父親に憧れと尊敬を抱いていた、その言葉。

それが、彼女にとってどうしても癪に障り───そして、どうしても放っておけない己に苛立ちを募らせていた。

 

(何だってんだ、ちくしょうめ)

 

この苛立ちと、この感情が。

一刻も早く解消されることを望みながら。

歪な三人組が、出来上がることとなった。

 

───結果的に、鼓太郎は首輪の解除条件を未だ知らない。

無理もない。仲間の存在に命の危機にその仲間が殺人者だと立て続けに事件が起こったのだ。

心の容量上限を越え、パニックを起こしていないだけ立派だと言える。

果たして。仲間の殺害と己の命を秤に乗せた時、彼はどちらを選ぶのか。

 

 

 

 

 

 

 

○ ● ○

 

 

 

 

 

カタルシスエフェクトは、暴走する抑圧された内面の具現。

トラウマの鎧。心的外傷の新たなる形。

元はアリアの力で調律して安定化させたものだ。

しかしこの場では、アリアの調律を無しにカタルシスエフェクトの発現を可能にしている。

アリアが調律さえすれば、メビウスの住人でない存在もカタルシスエフェクトの具現化の可能性さえ有り得る。

それは。『この会場にはメビウスの技術が流用されている可能性がある』ということである。

そして、アリアの調律無しにカタルシスエフェクトを発現させられる者たちは、この場では既にアリアの調律は不必要となっている。

つまり。"帰宅部"たちは、この会場で唯一アリアの調律を必要としない存在なのだ。

琴乃の下腹部を覆う檻。たった一人の子への感情。母親への感情。

それらの抑圧された内面、ストレスから生まれたカタルシスエフェクトである弓。

ならば───この場で"現実から逃げ出したい"、"救われたい"と願うほどの過度なストレスや抑圧された感情が既にカタルシスエフェクトを発動させた帰宅部達に襲いかかれば、どうなってしまうのだろう。

未来は不明だ。現時点で予測できることなどたかが知れている。

しかし。

"殺人経験"というトラウマを背負った琴乃のカタルシスエフェクトは、静かに、確かにもぞもぞと蠢いていた───

 

 

 

【C-3/森の中/一日目 黎明】

【柏葉琴乃@Caligula -カリギュラ-】

[状態] 身体中に浅い傷、腕の痺れ、精神疲労(大)、心的外傷『殺人経験』、"蒔岡玲"

[服装] いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ2台、日本刀、不明支給品6つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] スマートフォンを5台以上保有する

[思考・行動]

基本方針:優勝して現実へ帰る。

1:誰か、助けて

※参戦時期はウィキッドに部室に監禁されていた時からとなります。

※新たなトラウマ『殺害の女王(デス・シンデレラ)』。"殺人に対する罪の意識とそれでも誰かに救いを求めながら諦めている"状態が追加されました。

今後カタルシスエフェクトに何らかの変質をもたらす可能性があります。

※上記のトラウマから幻覚"蒔岡玲"が見えています。あくまで琴乃の罪悪感が形を持ったものであるため蒔岡玲本人とは外見以外全くの別物です。

 

 

 

【C-2/森の中/一日目 黎明】

【赤のセイバー(モードレッド)@Fate/Apocrypha】

[状態]健康、魔力消費(小)、苛立ち

[服装]いつもの私服

[装備] グレイグの大剣(ドラゴンクエストⅪ)

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]「魔法少女」を2人以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:この殺し合いをぶっ壊す

1:弓兵女を捕まえてさっさとこの苛立ちを治める。

2:抵抗しないなら敵ではない。武器を持って歯向かうならブッ潰す。

3 : 赤の陣営の連中と黒のアサシンには一応注意しとくか

 

 

【リュリーティス@よるのないくにシリーズ】

[状態]気絶、全身打撲、ダメージ(中)、体のあちこちに切り傷

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)、ばんのうやく×2(ドラゴンクエストⅪ)

[首輪解除条件] 他参加者を殺害した参加者を1名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:アーナスと一緒に会場からの脱出

1:玲ちゃん……。

2:アーナスに会いたい。

3:一先ずはモードレッド達についていく。が、玲ちゃんを殺した人を助ける……?

※支給品の一つはばんのうやく×4でした。

二つ使用したので残り二つです。

 

 

【巴鼓太郎@Caligula-カリギュラ-】

[状態]:火傷(小)、ダメージ(中)、どちらもばんのうやくにより回復中

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能あり)、クリストフォロスの楽譜@よるのないくにシリーズ、ヴェス・ウィンタープリズンの右腕@魔法少女育成計画シリーズ

[首輪解除条件]:自分以外の帰宅部メンバーの全滅

[思考]

基本:殺し合いを止めて、あのクソ野郎(ファヴ)を含めた黒幕共をぶっ飛ばす

1:琴乃を殴ってでも止める。

[備考]

巴鼓太郎のスマホの特殊機能は『自身がが現在居るエリア及び隣接するエリアにいる他プレイヤーの名前を表示する』です

一度使用すると、再度使用するのに3時間の猶予が必要となりますが、本人はまだ知りません

※参戦時期はオーバードーズ版、琵琶坂エピ8未クリア条件下でのシャドウナイフ編での死亡後からです

※まだ自分の首輪の解除条件を見ていません。



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残響リピルドー/森の音楽家クラムベリー、アーナス(パンドラボックス)

その記憶が何だったのか、分からない

 

 

その忘却が何だったのか、分かるはずもない

 

 

 

ただ、ただ私には、何か大切なものがあったのか

 

 

 

静寂が反響する。ついさっき戦っていた彼女が何だったのかは知らない。

 

 

 

いいや、誰だろうと関係ない。

 

 

 

 

 

 

 

私は誰だ、誰なのだろうか―――それすらも分からない。

 

 

『※※※※』

 

 

誰かが、悲しそうな目でこちらを見ていた

 

 

 

『※※■※』

 

 

 

一体彼女は誰だったのか、一体私に何を伝えようとしたのか

 

 

 

『■※※ス』

 

 

 

お前は、誰だ、私は、誰だ―――

 

 

 

『アーナス』

 

 

 

私を呼ぶその声、それが、私の名前、なの、か――――

 

じゃあ、お前は、一体、誰なん、だ

 

 

○ ○ ○ ○

 

 

虚空に揺蕩うその少女。偶然にも南へ向かう少女の目には、何故か涙が流れている

 

夜の月はぼんやりと、嘲笑うかのように、青く輝きに満ちている

 

彼女の道程にあるものは

 

 

ただ一切に、消え去るものと

 

 

 

【E-4/一日目 深夜】

 

【アーナス@よるのないくにシリーズ】

[状態]:暴走、記憶喪失

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人未確認)

[首輪解除条件]:不明

[状態・思考]

基本方針:私は、誰だ……

1:私の、名前は……『アーナス』…?

[備考]

※参戦時期は暴走状態からのです

※南に向かっています

 

 

○ ○ ○ ○

 

「―――なるほど。彼女はあちらに向かいましたか」

 

南に向かっていった好敵手(かいぶつ)を尻目に、瓦礫に鎮座していたクラムベリーは立ち上がる

さっきのダメージは支給品から見つけた『特やくそう』とやらで直した。ストックは残り9

 

―――魔王塾で開かれたサバイバル戦、ファヴと共に数百回も行った『テスト』ですら出会うことのなかった規格外。強さの頂点とも言い表しても妙ではない存在。それこそまさに―――自らが打ち倒すに相応しい相手

 

目標など無く、ただ自らの渇きを満たすためだけに強者を屈服させてきた自分にとって、あれは自らを癒すに相応しい頂。彼女を倒せば、それこそ真に満たされるであろう。

 

だが、それにはこの首輪が邪魔だ。全力で戦うには。だから殺そう、だが弱者を殺して条件を達成しても面白くはない。なるべく強者を殺し、条件を満たすこととしよう。

それと彼女と戦うために柄ではないが新しい技を考えてみるのも悪くはない。

 

彼女が南に向かったというのなら自分は北西に向かうとしよう。

 

「――そういえば」

 

確かここから近い私設は『シーパライソ』と『カジノ』。おそらく彼処に屯している参加者もいるだろう。

どちらも興味深いがまずはカジノに向かうことにする。長年のカンなのか、あの周辺には誰かが屯っている気がしたが故に

 

もし、自分の行き先にいる参加者が自分の眼鏡にかなう『強者』であるのなら

 

「その時は、たっぷりと楽しませてもらいます。彼女と戦うための、リハーサルとして。そして――」

 

私の渇きを、満たすために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【E-5/鉄塔残骸/一日目/深夜】

 

【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:正常(負傷は完治)

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、特やくそう×10(残り9)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:強者との闘争

1:例の彼女(アーナス)と再び闘いたい

2:首輪解除のために強者を探し、そして殺す

3:まずはカジノに向かう



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王女は遅れてやってくる/マルティナ(みょんな庭師)

「槍…ね」

C-6にあるとあるビルの一室、支給品を確認している武闘派の女性がいた。

彼女の名はマルティナ。実は彼女

、デルカダール王国の王女である。

彼女の支給品の1つは槍であり、彼女の得意武器のひとつである。

 

「良かった、これで最低でも自己防衛にはなるわね」

 

続いてマルティナはスマホに書かれた名簿を見る。すぐに知っている人物の名前が飛び込んできた。イレブン、カミュ、セーニャ、シルビア、グレイグ、ホメロス、そして……

 

「ベロニカ……!?」

 

ベロニカ。彼女はあの日、マルティナ達を守ってその命を落とした筈だ。葬儀も見届け、その悲しみも痛感している。

(まさか、あいつには死者を生き返らせる力があるというの……!?)

 

 

そして、マルティナは殺し合いには絶対に参加しないという強い意志を持っていた。人間に仇なすモンスターならばともかく、だ。

(殺し合いなんて……絶対に許さない。でも、万が一相手が襲ってきたらこっちこそ容赦しないわ。もちろん、殺さない範囲で!)

 

そして、彼女の首輪解除の条件は……

「『『勇者』のうち、最低1人の第四回放送までの生存。該当者が全員死亡した場合、首輪は強制的に爆発する』……か。え、ちょっと待って、『勇者』のうち、最低1人、ってことは、イレブンの他にも勇者が……?」

 

思いがけない状況に動揺するマルティナ。条件を見るに、イレブンの他にも勇者がいるということは明らかであるが、「大樹の勇者」はイレブン、ただ1人のはずだ。

 

「つまり、『別の世界から集められた』勇者もいる…という事でいいのよね?」

 

そう分析したマルティナはビルの中を探索する。ビルの中に何か有用なものがないかを探るためだ。

 

コツン

 

「何かしら…これは!?」

 

マルティナの足が何かに当たる。見下ろすとそこには…

 

「死体……! もうこのゲームが始まっているなんて……!」

 

金髪の少女の遺体があった。服装から察するに学生と思われる。遺体の様子から恐らくは狙撃か何かで殺されたのだろう。

 

無抵抗の人を狙うなんて、と怒りを露わにするマルティナ。ひとまず遺体に向けて手を合わせ、その場を後にする。

 

(なおさらこんなクソゲームに乗ってやるもんですか……!)

 

もうビルの探索という目的は忘れ、行動を始めるマルティナ。ビルを出て、西に進む。

 

デルカダール王女の運命は、神のみぞ知る……

 

【マルティナ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康

[装備]:マルティナの槍

[首輪解除条件]:『勇者』のうち、最低一人の第四回放送終了までの生存。該当者が全員死亡した場合、首輪は強制的に爆発する。

[思考・行動方針]

[基本行動方針]:基本、ゲームには乗らない。ただし、襲い掛かってきた奴には容赦しない。

1:まずは皆を探さないと

2:ベロニカ…!?

3:『勇者』は、1人だけではないの…?

[備考]

参戦時期はベロニカの葬儀を終えた直後~過ぎ去りし時を求める前の間です。

『勇者』の定義は、イレブンと三ノ輪銀と【結城友奈は勇者である】の出場キャラ全員です。



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Beyond Communication/阿刀田初音、天川夏彦(反骨)

――『地獄』から行き着いた先も、また別の【地獄】だった

 

 

閑散とする市街地エリアに位置する小さな民家――灯なき漆黒の室内に蠢くものが一つ。

安価で購入できるであろう質素なソファの上に、天川夏彦は腰掛けた。

夏彦は夜が明けるまでは、ここに留まろうと心に決めている。

 

その理由はゲームスタート時の彼の状態にあった。

夏彦はこの会場に――いや、正確にはあの始まりのホールに連れ込まれるまでは、鹿鳴市にある原子力研究所、通称「ラボ」で自身の生死に関わる大事件に巻き込まれていた。

着込んでいる制服のあちらこちらからは血が滲んでいるのは、その過程で受けた銃撃によるものである。

大量出血により一時は生死の境をさまようこととなったが、現場に駆けつけていたレスキュー隊の尽力により、輸血処置が行われ、事無きを得ている。

しかしながら、未だに身体を動かすと脇腹、左腕がズキズキと痛む。

このような状況下で、積極的に動くのは危険と判断し、夏彦はどこか落ち着いて静養できる場所はないかと探索を行い、結果としてこの民家に腰を据えたのだ。

 

カーテンに覆われ外界から隔絶された空間の中には、どこの家庭にも置かれているような家具が配置されている。

夏彦はありふれた内装をボーっと眺めながら、思案に暮れる。

 

正直な話、まだ理解が追いついていない。

現在を含めた、ここ数日前から現在に至るまでに体験した出来事は全て夢物語であったのではないかと疑いはした。

平穏な日々に、怒濤の如く押し寄せた無数の「非日常」。

 

隣人の交通事故から始まり――

 

謎の転校生「サリュ」との同居

BC能力の開花

ラボで発生した爆破テロ

テロリスト「笠鷺渡瀬」との対決

明らかとなった鹿鳴市の闇

夢幻となった同居人

亡くなったはずの幼馴染との再会

悪意をばら撒く「被験体N」の存在

 

挙句の果てには突然目の前が真っ暗になり、意識を取り戻した先で告げられたのは「殺し合いをしろ」などと、最後の最後に、特大級の変化球を投げつけられる始末だ。

混沌無稽な展開の連続に、これは夢なんだ!目が覚めれば、慣れ親しんだベッドの上にいるはずだ!と決めつけて、全ての思考を放棄したくなる。

しかし、そうはさせまいと身体の至る所から突き上げてくる痛みが、一連の出来事が紛れもない現実であると主張する。

 

支給されたスマートフォンを操作すると、名簿には見知った名前が複数あった。

渡瀬、洵さん、宇喜多のおじさん、ましろ、サリュ……。

何れも、幾度の衝突はあったにせよ、先ほどまで煉獄と化した「ラボ」にて共に死線を潜り抜け、互いに手を取り合おうと誓い合った仲間達である。

彼らも、自分と同じように突然このような場所に連れて来られてしまい、困窮しているに違いない。

その中でも、特にましろについては、自分と同じく致命傷を負っていたはずなので安否が心配だ。

 

そして何より気にかかるのはーー

 

「悠里……」

 

琴乃悠里――9年前に死亡したものとされていたが、その影でずっと自分を見守り続けてくれた心優しき幼馴染。

やっと再会できた矢先に、このような状況に陥ってしまい、結果的に悠里をあの地獄に置き去りにしてしまったーー

必ず自由にすると約束したのにーーと思わず歯軋りをする。

 

また先程からBC能力を使って「ラボ」にいた参加者に連絡を取ろうと試みてはいるのだが、研究所内にいた時とは異なり、索敵範囲が狭められているようで、皆の脳波をキャッチできないでいる。

 

これはWX粒子が蔓延していない状況下における本来の限界によるものなのか、それとも何か別の力によってBCが妨げられているかは分からない。

しかし、BCという自分にはあり余る能力があるのに、事態を好転させることが出来ないという事実に歯がゆさを感じてしまう。

 

せめてもの、身体を休めている間BCによる索敵は継続して行おうと意識を集中しようとした矢先、玄関口より開扉音が耳に入ってきた。

 

 

 

 

 

 

誰かが初音の近くにいるということは、初音に支給されていたスマホが教えてくれたのです。

初音に割り当てられたスマホの特殊機能は『殺害したプレイヤーの特殊機能が追加され、利用できる』でした。

そして、先程殺害したジークさんのスマホにも特殊機能が割り当てられていて、その内容は『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』――以前初音が持っていたPDAと同じ機能なのです。

 

この機能のおかげで、初音がこの通りに足を踏み入れた途端に、スマホがブルブルと震えだしたのですーーバイブレーションというやつですね。

バイブレーションは1分ほどで収まりましたがーーなるほど、アラーム音が鳴り響くわけではないので、これなら相手からも初音の存在に気付かれることもないです。

 

バイブレーションが作動したのは、初音のスマホだけだったようですーージークさんのスマホは所有してから3時間経過しないと機能しないようなのですね。

 

肝心の参加者はというと……路地には誰もいないようなので、近くの建物に隠れている可能性があるですね。

となると、すぐそこのおうちが怪しいですね。

 

 

 

 

 

民家の扉に手をかける際に、初音は思考を巡らす。

 

序盤から動き回らず、建物内に籠城するところから察するにーー

 

この参加者は積極的に殺し合いには乗っていない可能性が高い――もしくは、殺し合いには乗りつつも支給品に恵まれていない弱者の可能性も考えられる。

 

前者であれば、自分も殺し合いには乗っていない旨伝えた上で、行動を共にしてもらうよう嘆願するつもりだ。

まだゲームは始まったばかりで、第1放送までは時間がある。

ここで、無理にスコアを稼ぐ必要はない。

 

優勝を目指す方針は変わらないが、『定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害』という首輪の制約も考慮に入れないといけない。

先ほど既に1名を殺害しているため、第1放送までもノルマは既に達成しているが、第1放送後から第2放送実施までの間、直接初音が手を下す形で、また人殺しを行わないといけない。

 

今は、次の殺しのためのストックが必要だ。

 

無害な少女を装い近づき、信頼を得て――

 

第1放送後に、手元にあるリボルバーを使って、射殺する。

この拳銃――コルト・パイソンは当初ジークに支給されたものであった。

 

必要なのは信頼を勝ち得るための「演技」ーーアイドル活動を行っていく中で、初音が最も得意としたものである。

 

もしも話が通じず、闇雲に襲い掛かってくるのであれば、その場で利用価値なしと判断し、拳銃の的になってもらおう。

 

 

「ご、ごめんくださいなのです……」

 

腹に黒いものを秘めながら、小さな掛け声を添えて、初音は民家の玄関口を開ける。

 

その掛け声に含ませるは「怯え」と「困惑」。

小声であるため、相手方に聞こえているか分からないが、如何にも虫も殺せない小動物のような――善良な人間の庇護欲を駆り立たせるような、無害な少女のものであるよう努める。

 

そう――阿刀田初音はこの民家に立ち入ったその瞬間から、演じ始めたのだ。

――相手の信頼を得て、その果てに死へと誘う演技を。

 

「誰だ……!」

 

甲高い声と共に、家の奥から人影が出てくる。

 

家奥から姿を現したのは、眼鏡を掛けた少年だった。

薄暗闇の中なので、ぼんやりとしか見えないが、どこかの学生服を着込んでいることは判別できる。

年齢は恐らく初音と変わらないだろう。

 

(そういえば初音が参加していたあのゲームでも、似たような容姿のお間抜けさんがいました――簡単に殺せましたけど)

 

と、少年の姿を見据えながら回想する。

いともあっさり殺害できたので、どんな人間だったかあまり記憶には残ってはいないがーー願わくばこの人も、あの時のお間抜けさんと同じように、初音の掌の上で踊ってくれれば良いのですが、と思いを馳せる。

 

対する少年は眼鏡をくいっと持ち上げ、初音の姿をじーっと観察する。

その表情からは明らかに警戒という感情が見て取れる。

そして、静かに問いを投げてきた。

 

「君……名前は?」

「は、初音は安藤初音と言います! 名簿では阿刀田初音という名前で載っているはずなのです!」

「……。」

 

初音の回答を聞くや否や、少年は押し黙ったまま、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を操作し始めた。

 

(名簿を確認しているのですか……。 慎重な人です。)

 

少年がスマホの情報を参照している間、初音はぽつんと放置され、二人の間には静寂が続く。

やがて沈黙に耐え切れず、業を煮やした初音は緊張した面持ちでおずおずと言葉を発した。

 

「そ、その……眼鏡さんの名前も教えてほしいのです」

「……天川夏彦」

 

少し遅れて、少年の口から質問に対する返答を得る。

と同時に、夏彦はスマホから顔を上げ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

そして、至近距離となったときに初めて気付く。

夏彦の学生服の至る所がボロボロとなっており、幾つかの個所から血が滲んでいることに。

 

「ち、血が……! 血が出ているのです! だ、大丈夫なのですか!?」

 

制服に染み付いている血痕を指差し、オーバーリアクション気味に叫ぶ初音に対し、夏彦はーー

 

「……! ああ、これか」

「これなら心配ないよ。 この会場に連れて来られる前に負ったものだけど、手当て済みだし止血も完了している」

 

自身の袖口を一瞥し、あくまでも冷静に応対した。

 

「そうなのですか……。 まぁ、夏彦が大丈夫だと言うのなら問題ないのです」

 

本当はどうしてそのような傷を負ってしまったのか、詳細を聞き出したいところではある。

本当は他の参加者に襲撃されて、もしくは交戦した結果として、そのような有様になってしまったのではないかと疑念は残る。

 

が。

ここではあえて追及せずに引き下がる。

後でじっくりと情報を引き出せばよいのだから……。

 

余計なことは考えず、相手方に取り入ることだけに専念しよう。

 

初音は思考を切り替え、目の前の少年――天川夏彦を値踏みする。

襲い掛かってくることもなく、こうして対話に応じて貰えているあたり、夏彦が殺し合いに乗っている人間には見えない。

屈強な体格でもないし、何より負傷もしているので、楽に殺せそうだ。

第1放送から第2放送間の「生贄」のストックとしては及第点ではないだろうか。

 

だが、取り入る前に夏彦の腹の内を探っておきたい。

夏彦のこの殺し合いに対する行動スタンスについて、確信が欲しいところではある。

 

なので、ここは思い切って単刀直入に聞いてみよう。

 

「それで、その……な、夏彦は乗っているのですか?」

 

初音は演じる。恐る恐るといった感じで眼前の相手に尋ねる、無力で哀れな少女を。

 

「……何に?」

 

怪訝な表情を浮かべる夏彦に対しーー初音は演技を続ける。無力でありながらも僅かながらの勇気を振り絞る少女を。

 

「こ、この殺し合いに、です」

「…ッ!! 乗るわけないだろッ、そんなの!!!」

 

その瞬間、今まで冷静に受け答えをしていた夏彦が感情を露わにして、声を荒げた。

その豹変ぶりに思わず後退りをしてしまうが、夏彦は構わず言葉を吐き続ける。

 

「どんな状況に陥ったとしても、誰かを犠牲にして生き残るなんて間違っている!」

「僕の大事な友達も、仲間たちも――皆このゲームに巻き込まれてしまっている! 必ず帰るんだ! 誰一人欠けることもなくッ! 皆で!」

「……。」

 

胸に溜めていたものを全てぶちまけたのだろうかーー夏彦は興奮冷めやらぬ様子で、肩で息をしている。

そんな夏彦を初音は黙って見つめていた。

 

「ごめん……つい熱くなってしまった……」

 

少しの時間を置いて、平静を取り戻した夏彦は詫びを入れる。

そんな彼に初音が思うことは一つだけだった。

 

(この人は本当に殺し合いに乗っていない甘ちゃんなのです。 最初の放送の後はこの人に死んでもらうのです。)

 

先程の夏彦の熱弁に感傷することもなくーー

都合の良い獲物を見つけた自分の幸運に感謝をしてーー

相手を堕とすための演技を開始する。

 

「…つねも…」

「えっ?」

「は、初音も! 人殺しをしてまで生き残りたくなんかないです!」

 

どうしようもなく無力でーー

どうしようもなく哀憫でーー

それでもーー

 

人殺しなどという禁忌は絶対に犯すまいと意固地になる少女を演じる。

その目に偽りの涙を浮かべ、夏彦に訴え続ける。

 

「だけど…初音は死ぬのも嫌なのです。」

「初音は運動音痴ですし、頭も良くないので、一人じゃどうすることもできないのです!」

 

死にたくない。

でも、誰も殺したくない

恐怖と無力感でぐちゃぐちゃになった思考を吐く少女――を演じる。

 

「だから、だからぁ……!」

 

哀愁漂わせる眼前の少女を不憫に思ったのか、夏彦の表情は険しくなる。

 

「夏彦に一緒にいてほしいのです!」

 

その視線から感じ取ったものはーー憐れみ、そして同情。

そして最後に、ここぞとばかりに少年の良心を揺さぶる言葉をぶつける。

 

「初音を助けてほしいのです!」

 

結論から言うと、初音の演技は完璧だった。

哀しき少女の慟哭を聞き届けた夏彦は険しかった表情を崩しーー少しの沈黙を置いてから静かに口を開いた。

 

「分かったよ……僕じゃ力になれるか分からないけど」

 

と、そこで小さな溜息を挟む。

 

「君のことは出来る限り、守るよ」

 

恥ずかしいことを言っているのだという自覚はあるのだろうか、目を伏せ、もじもじしながらも言葉を紡いでいく。

 

「だからさ、もう」

 

最後に夏彦は、これまで見せたこともないーー

見ている者を安心させるようなーー

柔和な笑顔を見せーー

 

「泣くなよ」

 

不安げに自身を見上げる初音に手を差し伸べた。

 

「ほ、本当に……!」

「……うん?」

「本当に、本当に初音を助けてくれるのですか……!」

「ああ、約束するよ」

 

優しい口調で夏彦は返答した。

 

「あ、ありがとうなのです! 夏彦ッ!」

 

初音は涙を拭い、夏彦に飛びつくような形で抱きついた。

 

「うおっ!? ととととと…… ちょっ離れろって!」

 

顔を紅潮させ慌てふためく夏彦。

 

「ご、ごめんなさいなのです! 余りにも嬉しくて、つい」

 

初音は――そんな夏彦から身体を離して、笑みを浮かべる。

全く曇りのない、満面の笑みだった。

その天使のような表情にドキッとしたのか、夏彦は思わず目を反らす。

 

(墜ちたのです……。これで、第2放送までの初音の生存は確定したのも同然なのです……)

 

表面上では馬鹿みたいに燥いではみたが、心の中では冷静に作戦の成功にほくそ笑む初音。天川夏彦に湧き上がる感情は、ただ一つーー「侮蔑」のみだった。

 

 

 

 

 

「そうですか……夏彦のお友達も、このゲームに参加させられているのですね」

「ああ……でも皆殺し合いに乗るような連中ではないよ」

 

夏彦が初音をリビングへと招きいれて、最初に行われたのは情報交換だった。

その内容は、ゲームに参加している知り合いの情報とゲーム内でのこれまでの行動についてだった。

初音は、前者について知人はいないと答えている

 

実際には三ツ林司や薪岡玲といった見知った名前が名簿に記載はされているが、彼らとの関係を説明しようとすると、ややこしいことこの上ない。

特に薪岡玲に関しては、ここに来る前に私が殺してやったのです。と馬鹿正直に明かすわけにもいかないので、参加者の中には知り合いはいないとした。

そして後者に関して、ジークの存在は伏せて、ゲーム開始直後フードの男に襲われて、命からがら逃げてきたということだけを話している。

その話を聞くと、夏彦はやはりゲームに乗っている奴はいるのか、と悔しそうに唇を噛みしめていた。

 

それに対して、夏彦が提供してきた知人の情報――

夏彦の知人は笠鷺渡瀬、守部洵、宇喜多圭司、鳥羽ましろ、三宮・ルイーズ・優衣の5名となり、笠鷺渡瀬、守部洵はレスキュー隊員、宇喜多圭司は科学者、鳥羽ましろ、三宮・ルイーズ・優衣については夏彦の同級生とのことだ。

またゲームが始まってからはまだ誰とも遭遇していないとのことだったが、他の参加者の情報を得られたのは収穫だった。

 

(しかし、すっかり初音を信用したようですね。本当にお間抜けな眼鏡さんなのです。 この過酷なゲームで生き残るためには、自分のことしか考えないと駄目なのです。)

 

最終的に生き残るのは一人だけ。

ジークといい、この夏彦といい、下らない正義感で他人を気遣うようなことをするから、足元を掬われてしまうことになるのだーーと自分に手を差し伸べてきた彼らを胸中でせせら嗤う。

 

勝ち残るためには、他者を信用せずに利用できるだけ利用した挙句に、蹴り落としていくという気概と覚悟が必要だ。

日常生活で培われた倫理観や他人への同情など、この場では足枷にしかならないのだ、と初音は自分に言い聞かせている。

 

そんな初音の思惑など知るはずもない夏彦は、会話を続ける。

 

「初音、今後の方針を決めておきたい。 まずは、初音の首輪の解除条件を教えてくれないか?」

「えっ、初音の解除条件を……ですか……?」

「ああ、まずは君の首輪の解除を優先したい」

 

困惑する初音に、夏彦は提案の意図を説明し始める。

 

「この首輪をつけている限り、いつ運営に首輪を爆破されてもおかしくはない」

「まずは、僕たち二人に割り当てられた首輪を解除してから、脱出の方法を探すべきだと思うんだ」

 

尤もな考えなのです、と初音は感想を抱く。

この首輪がある限りは運営に命を握られているのも同然――

殺し合い反対派としてゲームの脱出を狙うのであれば、首輪爆破という後顧の憂いは絶っておくべきだ。

しかし、それでもなぜ、夏彦ではなく初音の首輪解除条件を優先させるのだろうか?

その答えは夏彦の続く説明の中にあった。

 

「僕の首輪の解除条件は『解除条件を満たした参加者のスマホを3台以上保有する』だ」

「……!」

「そう……だから僕自身のためにも初音の首輪の解除を優先するべきだと考えている」

 

なるほど、確かに夏彦に割り当てられた条件が、本当に説明通りのものだった場合、最初は初音の首輪の解除を目指して行動するというのは自然な流れだ。夏彦の提案も道理に適っている。

 

この流れでは、解除条件の提示を拒否することは難しいですね、と初音は結論付けて、口を開く。

 

「ええと……初音の解除条件は、『7人以上の男性参加者と遭遇する』です」

 

勿論、これは咄嗟に思いついた嘘の条件である。

こんな適当に考えた条件、ゲームが進行するうちに嘘であるとバレて糾弾されることは目に見えている。

 

が。

どうせこの少年とは、そこまで長く付き合うことはないだろうーーと高を括り、夏彦の反応を窺った。

そして、偽りの解除条件を告げられた夏彦の様子は、というと--

 

「なるほど、それが君の条件なのか……」

 

眉をひそめ、その表情は見る見るうちに険しくなっていく。

――何か様子がおかしい。

 

「夏彦……? ひっ……!」

 

不安げに声を掛けた初音を睨み付ける夏彦。

その眼光は邂逅の時よりも厳しく、敵意を剥き出しにしていることが汲み取れる。

そしてーー

 

「今すぐにここから出て行ってくれ」

 

夏彦の発した言葉に、耳を疑った。

この余りにも突然で、理不尽な要求に、初音は抗議する。

 

「ど、どうしてなのですか!?」

「平然と嘘を吐く人間は信用できない」

「えっ……?」

 

解除条件の嘘がバレたーー?

でも、どうしてーー?

 

想定外の事態に混乱する初音に対し、夏彦は種明かしをすべく唇を開く。

 

「僕のスマートフォンには特殊機能があるんだ」

 

夏彦は先ほどと同じようにスマートフォンを取り出し、画面を操作する。

そして幾度のスクロールとタップ経て、初音にスマートフォンの表示画面を見せつけた。

 

暗闇の中、スマートフォンが放つ白の光は一際眩く、初音は目を細め画面を凝視した。

 

そこにはこのように記載されていた。

阿刀田初音: 首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害

 

「……!」

 

初音の思考が真っ白になった。

呆然とする初音の耳に夏彦の声が入ってくる。

 

「僕の特殊機能は――」

「『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』だ」

「ッ……!」

 

迂闊だった。

自分が所持しているものだけでなく、他のプレイヤーにも特殊機能付きのスマホが支給されている可能性も考慮を入れるべきだったと、初音は反省する。

これでは警戒されても仕方がない。

 

しかし、だからといって、初音の計画が完全に頓挫したわけではない。

 

「嘘を吐いてしまってのはごめんなさいなのです! でも仕方なかったのです!」

「本当の条件を言ってしまうと、夏彦に怖がられてしまうから……!」

 

尚も、食い下がる。

そうーー何も首輪の解除条件が、大量殺戮を示すものであったとしても、それイコール初音が殺し合いに乗った悪意のある人間であることの証明にはならない。

こんなことで折角の獲物を逃すわけにはいかない。

思考を切り替え、また演じ続ければ良いのだーー過酷な条件を押し付けられた悲劇の少女を。

 

「でも信じてほしいのです! 初音は夏彦と同じで、決してゲームに乗ろうだなんて「もう遅い……」

 

しかし、夏彦の良心を揺さぶろうと始めた演劇は遮られてしまったーー他ならぬ夏彦自身の言葉にとって。

 

「もう遅いんだよ……、初音」

「ど、どういうことですか……?」

 

初音はふと気付く。

いつの間にか、夏彦が初音から距離を取っていたことにーー

夏彦は、まるで猛獣に遭遇したかのような緊張している面持ちで、その額からは汗が滲み出ている。

 

「僕はコミュニケーターだ」

「こみゅにけーたー???」

 

聞き慣れない単語にキョトンとする初音。

それは裏表も関係のない素の反応であった。

しかし、夏彦は構わずに話を進める。

 

「そして、僕はテレパシーやエンパシーの他にもう一つ能力が使える。」

「???」

 

夏彦の言っていることに理解が追い付かない。

無理もないーー初音にとっては知らない単語が多すぎるからだ。

だが次に、夏彦は決定的な言葉を発した。

 

「その能力を使って、たったいま、君の記憶を覗かせてもらったよ」

「君がこの会場に来てからの記憶を……!」

「……!」

 

初音が持ち合わせている知識では、夏彦の言っていることを完璧に理解することでは出来ない。

但し一つだけはっきりしたことがある。

それはーー

 

「そして、君が……ジークという人を殺したという記憶もね!」

 

詳細は不明ではあるが、この少年は初音が殺人者であるということを知ってしまったということだ。

――殺さなくては

 

と、初音は一切の思考を放棄し、素早く支給品袋に手を突っ込む。

そして、コルト・パイソンの感触を手に感じたとき、それは起こった。

 

《出て行けぇええええええ!!!》

「うわぁあああッ!」

 

頭が破裂するのではないかというほどの大音量の声が脳内に響き渡る。

思わず支給品袋から手を引っ込め、頭を抱える初音。

 

《出ていくんだぁ!!!》

「っつあぁああああああああーーー!!!」

 

また響き渡るーー

踏ん張らないと意識が吹き飛ばされるほどの大音響が。

 

初音は目に涙を浮かべ、どうにか意識を保ちながらも理解する。

この脳内に響く《声》は、夏彦の口から発せられたものではない。

原理は不明であるが、これは脳に直接響き渡っているものであるとーー

その証拠に先程から夏彦は鬼気迫る表情で、苦しみ悶える初音を睨みつけているだけだった。

しかし、それが分かったところでこの状況を切り抜けることは出来ない。

 

《さっさと!》

「ひぃッ!」

 

尚も、夏彦による(?)未知の攻撃は続く。

 

《出ていけッ!》

「……っ!」

 

脳を直接殴りつけられているような感覚だった。

 

《さもなくばッ!!!》

 

初音の中では、取るに足らない参加者の一人と認識していた少年は、今では「怪物」に昇華されていた。

 

《お前のッ!!!》

 

恐怖に顔を引きつかせる初音に、夏彦の《声》は容赦なく浴びせられる。

もう限界……このままでは頭が割れそうだ、と初音はノイズが走る意識の中で思った。

 

《心を壊すッ!!!》

「うわぁあああっーーーー!!」

 

耐え切れなくなった初音は叫び声をあげながら、全速力で家を飛び出した。

《声》を浴びせる「怪物」から逃れるために。

 

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

玄関口から顔を覗かせ、初音が完全に立ち去ったことを確認すると、夏彦は安堵のため息をついた。

 

――危なかった。

最後の最後にカマをかけて正解だったと、先ほどのやり取りを振り返る。

 

初音が自身の名前を明かした時、夏彦はまず特殊機能を使って、彼女の首輪解除条件を確認しておいた。

最初にあの首輪解除条件を見たときは、あまりにも厳しい条件に内心驚きはしつつも、表情には出さず、警戒心を以て彼女と接していた。

「エンパシー」を利用して、彼女の腹の内を覗き込もうと試みもしたが、それも叶わなかった。

 

上級のBC能力者が発現できる第2の能力「エンパシー」。

この能力を行使すれば、使用した相手の心を読み取ることが可能となる。

しかし、この能力を利用するにあたっては条件が存在する。

それは、相手が自分に対して心を開いているということーー

 

つまり、心を開いていない相手に対しては心を読み取るようなことは出来ないのだ。

 

他参加者の殺害を前提とする解除条件に加え、「エンパシー」が通じない相手――

それが夏彦の警戒心に拍車を掛けることとなった。

 

しかし、迂闊だったのはその後だった。

涙ながらに助けを乞う初音の姿に、夏彦の心は大きく揺るがされてしまった。

それは、夏彦に宿る正義の心に響いたし、何より9年前の「ラボ」でおきたあの事故で、泣きじゃくる悠里の姿を重ねてしまったのだ。

 

自分の目の前で女の子に泣いてほしくなかった。

だからこそ、自分に心を開かないのは、異常な状況に晒されてしまい、怯えているせいだ、と都合の良い解釈を行った上で、まずは夏彦から心を開き、彼女に救いの手を差し伸べたのだ。

 

が。

その後の情報交換を経ても、彼女は夏彦に心を開くことは決してなかった。

 

本当は彼女を疑いたくなかったーー信じたかった。

だが、夏彦は内心では申し訳ないと思いつつも、首輪解除条件の話を振り、彼女を試したのであった。

 

その結果、告げられたのは偽りの解除条件……。

何食わぬ顔で平然と嘘をつく初音に対し、本能的に恐怖を感じた夏彦は、第3の能力「センシズシンパシー」を発動させ、彼女の心の中に潜り込んだのである。

 

彼女の精神の中に潜り込んだ際に、まず初めに夏彦の目に飛び込んだのは、殺意で塗り固められた心の模様であった。

そこでは、「死にたくないのです」「殺される前に殺すのです」といった願望の声が呪詛のようにリピートされていた。

且つて「被験体N」によって汚染されていた笠鷺渡瀬の心の中も、悪意に塗れていたが、年端のいかない少女が同等の状態にいるという事実に愕然とした。

 

これで初音のこの殺し合いにおけるスタンスは理解出来た。

受け入れたくはないが、心の中が殺意で埋め尽くされている以上、認めるしかないだろうーー決別は免れないだろうが、その前にもう一つ確認したいことがあった。

それは、彼女が自分と出会う前のゲーム内における行動であった。

初音は、フードの男に襲われて逃げてきたと言ったが、それも嘘ではないか?

何か都合の悪いところは伏せているのではないかと疑い、彼女の記憶を遡りーー一連の内容を閲覧した。

 

初音の視線で映し出されたのは、

 

――ナイフを振りかざす男

――救出しに来た青年ジーク

――お弁当に毒を盛り込む彼女の手

――そして、息絶えるジークの姿であった。

 

そう、既に初音はこの会場に来てから殺人を犯していたのであった。

その恐ろしい事実に、夏彦は背筋を凍らせた。

このままいけば、自分もジークのようにこの殺人鬼に寝首を掻かれていたと思うと、冷や汗が滲み出る。

 

「センシズシンパシー」行使後は、ここに来る前に『ラボ』で渡瀬に行ったように、ありったけの「テレパシー」を彼女にぶつけて追い出すことは出来た。

本当は取り押さえたかったが、「センシズシンパシー」利用による副作用の頭痛が激しく、身体を俊敏に動かす余裕はなかった。

 

一先ず、脅威を除いたことだけでも良しとしようーー

但し、殺し合いに乗った人間に居場所を知られているのは非常に危険だ。

先程は恐怖を植え付けて追い返すことは出来たが、いつ心変わりして、襲いにやってくるのかはわからない。

休息を取るにしても、別の場所に移動してからのほうがよいだろうと判断し、夏彦は屋外へと足を踏み出す。

 

ふいに、遡った記憶の中で彼女が発した言葉が頭をよぎる。

 

『初音はもう殺されるのは御免なのです。今度こそ生きて帰るのです』

 

この言葉から察するに、きっとこの会場に連れて来られる前に、何かがあったのだろう。

そして、それが棘となり彼女の心に突き刺さり続け、あのような殺意に塗れた精神を形成したのであろうと、推察する。

 

「ッ……!」

 

未だに頭がズシリと軋む。

「センシズシンパシー」で1回記憶を閲覧しただけでも、この副作用だ。

連続して記憶を閲覧する場合の脳への負荷は計り知れない。

したがって、暫くは「センシズシンパシー」の利用は控えたほうが良いだろう。

 

「だけど、もう一度初音に出会うことがあれば……」

 

その時こそ、「センシズシンパシー」を行使して、なぜ初音の心があのように殺意で埋め尽くされたものになってしまったのか、そのルーツを知ることが出来るかもしれない。

 

どんな悪意に汚染されてしまった人間も、そのきっかけは必ずあるはずだ。

夏彦には、初音が根っからの悪女であるとは、どうしても思えなかった。

 

可能であれば彼女も救ってあげたい、と願いを秘めーー

天川夏彦は市街地を彷徨い始める。

 

 

【G-7 市街地/一日目/深夜】

【天川夏彦@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態] ダメージ(中、処置済み)、顔面打撲(小)、左腕に銃創(処置済み)、脇腹に銃創(処置済み)、右脚に銃創(処置済み)、脇腹に打撲ダメージ(小)、疲労(大)、センシズシンパシー使用による頭痛(中)

[服装]:いつもの服装(ボロボロ)

[装備]:無し

[道具]:基本支給品一色、夏彦のスマホ(特殊機能付き)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 解除条件を満たした参加者のスマホを3台以上保有する

[状態・思考]

基本方針:ましろ、サリュと共に会場から脱出し、悠里を救う

0:無理に身体を動かさず、夜が明けるまでは近くの建屋で休息

1:夜が明けたら、『天川夏彦の家』まで移動

2:「ラボ」にいた参加者との合流(ましろ、サリュ優先)

3:初音を警戒。次に会ったときは……

4:初音を襲ったフードの男を警戒

※初音に対し、センシズシンパシーを使用し、夏彦と出会う前のゲーム内での記憶を読み取りました。

※主催者側の制限により、センシズシンパシーによる記憶の破壊は不可となっております。また、センシズシンパシー利用による脳への負担が上昇しています。

※参戦時期はDルートにて、風見の悪意を消し去った直後となります。

※会場に連れてこられる前に負っていた傷は、そのままの状態となっております。

※夏彦に支給されたスマホの特殊機能は、『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』です。

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ……」

 

初音は汗だくになりながら両手で膝をつき、一息を付く。

背後を振り返って確認するーーどうやら天川夏彦は追ってきていないようだ。

先ほどのパニック状態からは落ち着きを取り戻しつつあるが、それでも天川夏彦という底知れぬ存在への恐怖は払拭できていない。

 

だが、当面の行動方針は変わらない。

まずは別の参加者もしくは集団を探し出し、その懐に潜り込む。

第一放送までは下手な行動は起こさず、放送後に手頃に殺せそうな参加者を殺害する。

 

しかし、ここに一つの懸念事項がある。

 

(天川夏彦……方法は分かりませんが、初音がゲームに乗っていることに気付いています)

 

(それにあの得体の知れない能力ーー放置するのは危険なのです)

 

(必ず排除します)

 

その為には――

 

これから出会うであろう善意の参加者達の信頼を得たうえで、「夏彦は殺し合いに乗っている危険な男だ」と吹聴し、悪評を拡めて、夏彦を孤立させる。

夏彦殺害まで上手く扇動できれば御の字だが、その過程で他の参加者と夏彦が共倒れになってくれれば、尚宜しい。

 

出来るだけ自分の手は汚さず、邪魔者は消していく――

 

初音自身が直接手を下すのは必要最小限にとどめておき、優勝を目指す。

 

愛らしい容姿とは相反する漆黒の感情を胸に秘め――

 

『キラークイーン』は歩み続ける。

 

 

 

【G-7 ???/一日目/深夜】

【阿刀田初音@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]正常、天川夏彦に対する恐怖(大)

[服装]:いつもの服装

[装備]:無し

[道具]:基本支給品一色、初音のスマホ(特殊機能つき)、ジークのスマホ(特殊機能つき)、ペチカのお弁当@魔法少女育成計画シリーズ、青酸カリ@現実、コルト・パイソン@現実(残弾6)、コルトパイソン予備弾(36/36)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害

[状態・思考]

基本方針:首輪解除条件に入ってる全てのプレイヤーの殺害

1:自分が生き残るため利用できそうなプレイヤーの捜索

2:集団と遭遇した場合は、無力な参加者を装い保護してもらう

3:第1放送までに首輪を爆破される心配はないので、今は無理に人殺しは行わない

4:参加者間に天川夏彦の悪評を広める

 

[備考]

首輪解除条件について

6時間毎にプレイヤーを殺害できないまま定時放送が始まり条件未達成となると同時に首輪が爆発、死亡します。

※参戦時期はAルートの死亡後です

※初音に支給されたスマホの特殊機能は、『殺害したプレイヤーの特殊機能が利用できる』です。現在ジークに支給されたスマホの特殊機能が初音のスマホで利用できるようになっています。

※ジークに支給されたスマホの特殊機能は、『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』です。新規のスマートフォンが20m以内圏内に接近すると、1分間バイブレーションで所有者に警告します。また所有者の意志で当該機能をOFFにすることも可能です。

※初音がどの方角へ逃走したかについては、次の書き手さんにお任せします。



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✝影でしか裁けない罪がある✝/鳥羽ましろ、シャドウナイフ(アロマオゾン)

数十名の人間達を拉致し、殺し合いを強要する悪夢のデスゲーム。

その惨劇の舞台となる孤島にて、影に生き影でしか裁けない悪を立つ。

正義正道の影法師、シャドウナイフも巻き込まれたのであった。

 

彼の取るべき行動は最初から決まっている。

この島で悪鬼羅刹達の手から罪も無い弱者達を救い、許されざる罪人共に天誅を下す。

そして、この許されざる悪趣味な催し物を開けし畜生を完全に討滅する。

それが全ての悪を断罪する覚悟を背負いし者の使命なのだ。

 

現在は僅かな月明かりを頼りに北西の道を歩いている。

森を抜けるとすれば南北にある山から離れる様に進路を取るべきだと一考しての進路だ。

薄暗く整備のされていない獣道。

まるでこのデスゲームを打倒しようとする道がそれだけ困難であるかを示しているようだ。

だが、決して諦めない。なぜならばこのシャドウナイフの進む道こそが正義なのだから。

 

「……きゃっ!」

「捕まれ」

「あ、ありがとう……目が良いんですね」

「俺は影に生きる者、故に闇の中は俺のテリトリー同然!」

 

木の根に足を引っかけたましろの体を受け止めるシャドウナイフ。

先ほど全力疾走したのもあってましろの表情には疲れが見えていた。

 

「少し休もう」

「でも夏彦たちが……」

「仲間を想う気持ちは分かる、が己の体を先に壊してしまっては元も子もないぞ」

 

シャドウナイフの説得を聞いてましろも納得したのか、一先ず休憩を取る。

その間二人は首輪解除条件や支給品をそれぞれ確認を済ませた。

今後の方針で考え事をしているシャドウナイフの顔をましろは深刻そうに見つめていた。

 

「ん?なんだ?」

「シャドウナイフさんの首輪解除条件を教えてくれませんか?

 私のは名前が『か』行の参加者全員の死亡になっています」

 

自身の首輪解除条件を伝えるのは抵抗は無いと言えばウソになる。

だけど彼と同行していて悪い人では無さそうなのは分かってきたし。

自分から歩み寄らなければ信用もしてもらえないと思い、自ら情報を提示した。

 

「俺の条件は直接、間接的問わず参加者一人を死に追いやると書いてあった。

 そんなふざけた要求を呑んでやるつもりは無いがな」

「私もです」

 

もしかしたら首輪解除に協力出来るとの考えもあったが

二人とも誰かの命を奪う事でしか解除出来ない条件であり

現状では首輪解除は保留という結論に至った。

その件とは別にましろはシャドウナイフの言動や容姿に気になる所があり

もう一つ、疑問を問いかけた。

 

「ねえ、シャドウナイフさんって……」

「なんだ?」

「なんていうか、裏の世界で生きる正義のヒーローだったりするんですか?」

 

その言葉にシャドウナイフの心は震えた。

彼女の言う通り、シャドウナイフは悪を裁くダークヒーローが主人公のアニメ作品であり

シャドウナイフこと山田大樹はアニメキャラの容姿と能力を得てアニメと同じヒーローになりきっているいるのだ。

 

「フッフッフッフ……その通りだ、鳥羽ましろよ」

 

正義のヒーロー扱いされ、テンションが高揚したシャドウナイフは立ち上がった。

 

「悪党忍ぶ道に影走り、外道潜まる闇を断つ、正義正道の影法師、シャドウナイフとは俺の事だ!!」

 

声高々と名乗り口上を上げ、決めポーズを取るシャドウナイフ。

決め顔を見せる彼の姿を見て、ましろは少しの間、唖然となりその後。

 

「か、かっこいい~!!まるでアニメの主人公みたい!!」

 

目をキラキラと輝かせて、彼の雄姿に感動していた。

 

「フフフッ、なぜ俺が正義のヒーローだと分かった?」

「だって悪は絶対に許さないぞ!という強い信念が伝わってきて」

「その通りだ、俺はこの島にいる悪には天誅を与えるつもりだ」

「それって、殺すって意味ですか?」

「いや、そこまではしないさ。ただ悪には被害者達と同じ様に痛みを与え

 どれだけ愚かで残酷な行為をしでかしたか理解させるために罰を与えるのだ」

 

ましろは気付いた、シャドウナイフの中に悪への過剰な憎しみが渦巻いている事に。

それは正義感というよりも自身がその悪の被害者になった事で増幅した怒りの感情に聞こえた。

 

「もしかしたら何か事情があって誰かを傷付ける人がいるかもしれないし……」

「中には俺をやり過ぎると否定する者もいるだろう。

 だが痛みを与えなければ奴らは同じ事を何度も繰り返す!

 犠牲者が出てからでは遅いのだ!!」

 

シャドウナイフの考えは変わらない。

事情があるにせよ、他者を脅かす者には相応の制裁を加える。

そうしなければ世界は変わらない。

 

まだましろがシャドウナイフの心に踏み込める関係には至っていない。

それでも歪にしろ悪を許さない感情があり、本人は決して悪人では無いのは伝わる。

出来るなら彼の正義感が暴走を起こさないでいてほしいと、ましろは心の中で願った。

 

休憩を終え、再び二人は歩き出した。

しばらく歩き続け、ようやく森を抜けだした時には暗闇が薄くなり、朝日が顔を出そうとしていた頃であった。

 

 

光ある所に影がある。

光が強くなるほど影も濃くなる。

この朝日がシャドウナイフの活躍を照らす光になるのか。

 

 

闇に生まれ、闇に忍び、闇を切り裂く。

行け、疾風の如く、このバトルロワイアルの惨劇を一刻も速く食い止めるために。

 

 

次回、隻影のシャドウナイフ!

『死のゲーム』

命は、玩具なんかでは無い。

 

 

【A-1/草原/一日目 泰明】

 

【鳥羽ましろ@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

 

[状態]:ダメージ(小)

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:知り合い(夏彦、サリュ)を探す

1:シャドウナイフとともに行動。そして彼の手伝い

2:シャドウナイフが暴走しないか心配……

[備考]

・首輪解除条件は「名前が『か』行から始まる参加者(カラミティ・メアリ、神楽鈴奈、柏葉琴乃、黒のライダー、黒のアサシン

 カミュ、クリストフォロス、カミラ・有角、黒河正規、粕谷瞳、狛枝凪斗)の死亡」です。

 

 

【シャドウナイフ@Caligula -カリギュラ-】

 

[状態]:正常

[服装]:いつもの服装

[装備]:ブロンズナイフ@ドラクエ11

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:正義を成すためにこの殺し合いの打破

1:イケPの捜索。ミレイは保留、ウィキットと帰宅部は警戒

2:ましろの保護及び彼女の探し人の手伝い

[備考]

※参戦時期はシャドウナイフ編前です

・首輪解除条件は「直接的、間接的問わず参加者一人を死に追いやる」です。

首輪解除に成功した場合は、死者、死亡時間、死因の情報と死亡時の映像が本人のスマホに送信されます。

なお、この機能は首輪解除後も条件を達成する度にスマホに送信されます。



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Devil Loves the princess[Devote to my beloved brother,my life]/森の音楽家クラムベリー、マルティナ(Mist)

愛に耽る身体は叫ぶ。

奪われた女は、貪欲な魔物へと転生した。

心に絡む傷は夥しく。血塗れの薔薇は着物であるかの如く、纏わりついた。

餓えた獣のように、女は執着する。

貪欲。狂喜。失望。心酔。

喪失。渇望。遭遇。固執。

腕の中で自由を奪う、その身は正に鉄格子。

過保護に、強烈に。獲物は既に檻の中。

恋は盲目。愛は過剰。

溢れた感情が押し流すのは己か、彼か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"とりあえず西に"。

そう判断したマルティナがビルを出てから市街地エリアを歩き出し、その足が止まるまで五分と掛からなかった。

何故か。それは、違和感だ。

コツコツと鳴る地面は石の感触とは違い、踏み締めた衝撃をそのまま足首へと返し、周囲に並ぶ天を衝かんばかりの建物はマルティナの知識には無いものだ。

まるで家の上に家を重ねて作ったかのような建物。二階建ての住宅など比べ物にならない。

石とも鉄とも何か違うような材質で出来た建物───ビルディング、ビルとも呼ばれるそれらは無機質で、質素で、硬い。

 

「……」

 

手の届く範囲にあったビルの壁面を撫で、手触りの滑らかさと異色さにふむと頷き。

足を開き、腰を据え───

 

「せいッ!!」

 

───その壁面を、剛脚で砕いた。

ぽっかりと空いた穴を眺め、彼女は思案する。

 

(硬さはこのくらいか)

 

とりあえず、強度と感触。その二つを知っておけば唐突な戦闘に遭遇し壁に叩きつけられたとしても受け身の取り方に迷うこともない。

硬度も石よりは硬いが、砕けないという程でもない。

少々はしたない行動ではあったが、緊急事態故の状況把握なので許してください、と誰に謝るでもなく心の中で呟く。

己が蹴り砕いた断面を見る。やはり知識にも記憶にもない構造をしており、木材の建物と比べると冷たいという印象が先行する。

部屋が積み重ねられ、冷たい材質で出来た空間。

…まるで、牢のようだ。

彼女の知識の中で最も近く連想されたのが、それだった。

本来の現代であれば光と賑わいに満ち暖かさのある空間ではあるのだが、少なくともこの会場ではそのような気配りがされている筈も無く。

人の消えた市街地に寂しく残されたビルは、夜の闇も相まって収監者を失った牢獄のようだ。

…先程見た変わり果てた"少女"は、こんな冷たい空間で死んでいったのか。

誰にも助けられず。夜の森より寂しく、川の水より冷たく、一握りの暖かさすらないこの空間で命を奪われたのか。

そう考えると頭に血が昇りそうになる。残虐な行為を自ら行った下手人を蹴り倒さなければ気が済まない。

───だが、それは今行うべきことではない。

自らが今すべきことは、たった今見つかった。

マルティナは来た道をそのまま帰り、少女の遺体を発見したビルの前まで戻った。

そして先程とは異なり。息を整え、脚を高く掲げ、地へと叩き落とした。

一度ではない。二度。三度。四度。五度。

砕かれたコンクリート片が粉となり舞い上がる。それが晴れた頃には、地には丁度マルティナの腰ほどの深さの穴が空いていた。

この程度造作もない。本来学生であっただろう頃には石を砕くほどに成長し、今や魔物を足技で仕留めるマルティナにとってコンクリートなぞ障害にもなるまい。

 

「…これぐらいで良いかしら」

 

少し思案した後マルティナは拳に嵌めたグローブと手首に装着している布をそっと脱ぎ、穴の傍らに置く。

ふっ、と軽く息を吐き、歩みを進める。

やるべきことは、もう決まっている。

 

 

 

 

 

 

「…ごめんね。『全部』は持ってこれなかったわ」

 

そして。三十分ほど立った後。

マルティナは、再び穴の前へと戻ってきていた。

この冷たい地でも樹木は植えてあるらしい。"街路樹"という名があるのだが、マルティナが知る筈もない。

少し前にマルティナはその街路樹が育っている場所から土を拝借し、穴に軽く敷き。

その中に少女───『犬吠埼風だったもの』をそっと寝かせた。

運ぶことができたのは比較的形を残していた肉片と、首から上のみ。

その他は血液と見分けがつかぬほどに散乱しており、運ぶにはあまりにも時間が掛かる。

肉片に至っては身体のどの部分か判別することも難しい。

故に、首から上と比較的形を残した肉片をこうして運んだのだ。

少女の顔は驚愕と無念に染まっている。

何故自分が死ななければならないのか。何故自分がこの場に選ばれたのか。

そして───まだ死ぬ訳にはいかないと、誰かを想うが故の無念の表情。

手首回りの衣服は脱いでおいたため、血液はマルティナの腕にしか付着していない。

マルティナは穴から少し離れ、支給品である水を半分ほど使用し腕に付着した血液を洗い落とす。

決して"汚れた"などという感情から生まれた行動ではない。この後に必要な行いであるからだ。

ついでに彼女の墓に供えられるようなものがないか支給品を漁ってみたが、マルティナには使い方がわからない物が一つと。

装飾品だろうか。己の装備に使えそうなものが一つ。

とてもではないが、供え物としては不要なものばかりだ。

血液を洗い落とし、穴の前に戻ってきたマルティナは、そっと少女の顔に手を伸ばす。

驚愕に見開かれた眼をそっと閉じさせ、無念に歪んだ口元を撫で女性らしく閉じさせる。付着した血液も綺麗に拭っておいた。

頭部だけの遺体を前にして、彼女の行動は異様かもしれない。しかし、修羅場を潜り抜け壊滅した世界を歩いた彼女にとって死体はそれほど珍しいものではない。

これ程損壊した身体は初めてだったかもしれないが、彼女の行動は変わらなかった。

 

「本当に、ごめんなさい。私にはこれぐらいしか出来ないけれど」

 

幼さと大人の中間にあるような雰囲気を纏った少女の顔は、まだ子供と言っていい。メダル女学園在籍という可能性すらある。それを思うと、心が軋んだ。

安らかに眼を瞑った、少女の頭部。

もはや人間の尊厳を失ったその姿にもう一度謝罪して、上から土を被せる。

これも街路樹の元から拝借したものだ。

そうして少女を埋葬する。誰かが間違えて上を通らぬよう軽く土を盛っておく。

先程己の脚で砕いたコンクリート片に槍で文字を刻む。槍の扱いも上手くなったものだ、などとこんなことで自覚する日が来るとは思わなかった。

名は知らない。故に『茶の髪をした少女、此処に眠る』、と刻んだ。

そうして盛った土に軽く刺す。

簡素ではあるが、墓の完成だった。

その墓の前で、胸の前で右拳を握り左の掌で包み込む。瞳を閉じて祈りを捧げる。

───魔物によって非業の死を遂げた者の魂はこの世を彷迷うと言われている。

この会場で殺されたであろう少女は、おそらく人の手による仕業。

今はこのような簡素な儀式しか出来ない。必ず全てを終らせて此処に戻ってくる。貴女の本当の名前を刻みに戻ってくる。

それまで、どうか。安らかに眠ってくださいと。

そして願わくば。命の大樹の元へと還り、またこの世に生を受けんことを。

 

「…そろそろ行くわ。貴女の無念、確かに私が受け取った」

 

───ベロニカが私たちを護り、逝ってしまったときのように。

死んでしまった者たちが持っていたものを、私たちは抱えて前に進まなければならない。

マルティナはその意思と覚悟を胸に。作成した墓を、後にした。

 

 

 

 

 

 

・1/Devil Loves the princess

 

 

市街地の上を飛ぶ影が、一つ。

否。飛んでいるのではなく、跳んでいる。

森の音楽家クラムベリー。

魔法少女の跳躍力によりビルの上を軽快に跳ねる女性は、行為そのものは天狗の如き人外のそれであるが、その美貌が妖精であるかのような光景を演出していた。

とん、とんっと軽やかな足音とは裏腹に、その身体は高く宙に舞う。

無造作に伸ばされた金の髪。その束から飛び出した長い耳。

白のブラウスに若草色のジャケット。

高貴な雰囲気すら纏わせる上半身の装飾とは真逆に、綺麗な形がくっきりと解るほど大きく露出された脚。

身体中を束縛するように絡み付く薔薇の蔦華は満遍なく。身体の所々に咲いた華は、女の艶姿を思わせる。

禁忌を思わせるその身体、人を誘う肢体。

可憐でありながら強者。

無垢でありながら淫蕩。

貪るのは男ではない。情欲を唆る身体で、彼女は彼女に匹敵する力を淫らに、豪快に貪り尽くす。

強者との闘争が彼女を潤わせ、彼女の魂の底まで震わせる。

故に、この"ゲーム"は願ったり叶ったりであるのだが。

 

「───それはそれとして。

私を無断で参加者に選ぶのは、戴けませんね」

 

彼女はあくまで"試験官"である。

もう少し参加者として楽しみたい、お誘いがないものかと独りごちた夜もあったが、参加者"のみ"として選ばれては己の成すべきことから離れている気もする。

"試験官"。

生温く、甘く、価値もない魔法の国の試験に違うと行動した者が彼女である。

勝者は祝福され、敗者と健闘を称えて握手を交わす魔法少女の試験。

敗者は良かったよ、凄いねと相手を褒め、勝者はぎりぎりだったよとにこやかに返す。

───違う。

───それは、違うだろう。

敗者は潰される。捻られ。引き千切られ。人間の尊厳なぞ欠片もなく奪われ、跡形もなく消し去られる。

互いに互いの存在を賭けて、全てを出し切り、勝者は血と臓物の上で恍惚を浮かべる。

それが試験だ。その無惨で惨い生存競争を勝ち抜いてこその勝者だ。

しかし。

この場では己も参加者だ。

足を止めず跳躍し進みつつうーむ、と唸る。

従来の魔法少女の試験とは大きく異なっている(彼女の開く試験もまるで違うモノなのだが)。

勝者にはどんな願いも叶えられる権利が与えられる。

専用のフィールド。

そして自らの首にも巻かれている、輪。

ファヴのことは多少なりとも知っているつもりではあるが、ファヴの力一つでここまでの大事を展開できるとは思えない。

 

(新しい魔法少女と手を組んだか、魔法に準ずる"何か"を持った存在と手を組んでいるか。

それか、資金力のある何者かと組んで島でも改造しましたか)

 

ともかくファヴと共に行動する何者かが存在するのは確定だろう、とクラムベリーは判断する。

そうなると、己はどう動くべきか。

強者と覇を競うのは当然だ。此処は揺るがない。

問題はその後だ。一撃で軽く潰せてしまうほどの雑魚を相手にするのは時間の無駄だ。

興味がない。それでは対等な殺し合いではなく、単純な蹂躙だ。一方通行では意味がない。

大前提の行動の後を考え、顎に指を当てたっぷり三十秒思考した後、彼女は頭の上に電球が光るかのような閃きを得た。

 

(まずこの首輪を外して、ファヴに話を通しましょうか)

 

そうすればファヴの後ろにいる何者かとのコンタクトも取れる。

尚且つ、試験官としての役割も取り戻せる可能性がある。

単純な、子供のような答えを導き出したクラムベリーは空を見る。

どうファヴとコンタクトを取ったものか、とも思ったがファヴのことだ。

彼女が彼女らしく行動していればいつか接触してくるだろう。

安易な思考だが、クラムベリーはそう考えた。

すべき事は決まった。

ならば、後はやりたいことをやるだけだ。

その時だった

くすり、と微笑んだ彼女の耳に、新しい"音"が聞こえたのは。

 

 

 

 

 

・2/Devil Loves the princess

 

 

 

悲しいかな、マルティナは現代人ではない。

剣と魔法の世界の住人だ。所謂ファンタジーである。

呪文で町へ飛び、アイテムで空を飛び、剣や槍を振り回し業火を放つ。

現代にとっては極めて異常の世界だ。

そして。

反対に言ってしまえば、マルティナから見た現代も異常である。

この市街地にはそのような異常が沢山あった。

例えば、スイッチ一つで動くひんやりとした空気を吐き出す箱("エアーコンディショナー"ともいう)。

例えば、凹凸を捻っただけで高温になる机("IHクッキングヒーター"とも)。

例えば、近くを通りすがっただけで軽快な歌を奏でながら開く扉("自動ドア"とも)。

驚きの連続だった。

ひんやりとした空気を吐き出す箱は毒ガスかと驚愕し、高温になる机は爆発物かと思い後方に跳び跳ね、勝手に開く扉は突然歌い出すので誰かいるのか確認してしまった。

周囲をまず確認しようと建物に入り散策しただけでこの有り様である。

正直な話、マルティナは驚き疲れていた。

これならば魔物に囲まれた方がまだ幸せだ。

悪意も敵意もない現代のテクノロジーにマルティナは軽く翻弄されていた。

故に、当然と言うべきか。

彼女はコンクリートの地面に設置された椅子───バスの停留所に設置されている椅子なのだがマルティナは知る由もない───に腰掛け、光る板(スマートフォン)片手にうんうんと唸っていた。

使い方が、わからない。

最初は適当に弄るだけでこの光る板ことスマートフォンは反応してくれた。

名簿に首輪の解除条件とぽんと情報を提供してくれたことには内心驚いた。

しかし、それ以降は全くわからない。

変な所を触ってしまったのか、カシャリと音を立てた時は危うく落としそうになってしまった。

何か痛いことでもしてしまったのだろうかと困惑したが、そもそも相手は無機物であることを思い出し心配損だ。

色んな凹凸を押している内にスマートフォンは光らなくなり、うんともすんとも言わなくなった時は『こ、壊れるようなことは何もしてないじゃない』と慌てふためいた。

もう一度凹凸を押していると復活してくれたので、何とか助かったが。

現代人が近くに存在していれば、電源が落ちただけだと教えてくれただろう。

 

(…地図が見たい。このすまーとふぉんで見られるって聞いたけど)

 

最初の会場で声高々と説明していた白と黒の魔物はこのスマートフォンに地図や照明などの機能もあると言っていた。

だが、何処を触っても地図が出てこない。

もう少し分かりやすい機能はないのかしらと少し憤慨した。

 

(場所がわからない以上、軽率に動くのは危険か。

いや、動かなければ犠牲者がもっと増えてしまう)

 

脳裏に浮かぶ、首だけの少女。

あの悲劇を二度も起こしてなるものか。

マルティナはとりあえず地図を諦め、空を見る。

まだ太陽は昇らない。だが、旅をした者にはそれなりの知恵がある。

月と星の位置を確認し、方角を導き出す。

月の位置から西の方角を確かめ、走り出す。

真っ直ぐ。真っ直ぐ。一直線に。

……しかし、市街地とは何処を見ても代わり映えのしない建物ばかり。

慣れないマルティナには全て同じ建物に見えた。

故に、だろうか。

右を見ても左を見てもビルが乱立する灰色の市街地と夜の闇に方向感覚は徐々にズレ、西に進んでいるつもりが───彼女は西南へと進んでいた。

いくら走っても市街地から抜け出せない。

ぐるぐると同じ箇所を延々と走っている感覚さえ覚える。

 

そうしてマルティナがそろそろ灰色の世界に嫌気が差した頃。

 

一輪の、薔薇と出会った。

 

「お困りですか?」

 

ビルの屋上から、ふわりと降りてきた人影。

まるで風に揺られる花弁のように美しく、そして過激な服装をしていた。

年齢は二十辺りと言ったところだろうか。

屋上から降りてきた薔薇の女。身のこなし。手慣れた着地。四肢の動き。何れを取っても無駄がない。

マルティナは、彼女が実力者であることを本能で理解した。

自分と同等か、それとも───

 

「そう警戒しないでください。私は、貴女を知りたいだけです」

 

無意識に片足を下げ、何時攻撃を放たれても反応できるよう身体を切り替えていることを見抜いたのか。

薔薇の女は己のペースを崩さずゆっくりと口を開いた。

 

「私の名はクラムベリー。森の音楽家、クラムベリー。変わった名前なので名簿でも目立ったかもしれませんが」

「…マルティナ。変わった名前ね、貴女」

 

率直な感情を口にする。"森の音楽家"とは異名のようなものだろうか。

森の音楽家、と柔らかな名を名乗っておきながら緊縛された身体を思わせる衣服のデザインはマルティナの目には少々過激に映った。

 

「率直にお尋ねします。

マルティナ、貴女はこの場をどうお考えですか?」

 

───いきなり本題か、とマルティナは気を引き締める。

しかしクラムベリーは別段敵意も殺意も持っているように見えず。

腰は低く、むしろ此方を敬っている様子すら窺える。

礼儀作法を知っている大人の対応。クラムベリーは此方を警戒するのでもなく、あくまでも冷静に"大人として"動いているような印象を受けた。

 

(気が入り過ぎね。さっきの事で私も焦っているんだわ)

 

警戒を強める余り、色眼鏡で物事を見てしまっては本末転倒だ。

覚悟を決めるのは良いことだが、ソレに振り回されては意味がない。

礼儀正しく、そして柔らかな佇まい。

纏っている過激な服装も、シルビアのような職についている人間だと仮定すればそう珍しいものでもない。

こほん、とマルティナは冷静に戻るため咳払いを一回。構えを解き、しっかりとクラムベリーを見据え口を開く。

 

「ここから少し向こう。一人、女の子が殺されてたわ。

顔は綺麗だったけど、首から下は殆ど原型を残していなかった。…顔立ちや散った布から見て、多分学生」

「それは…酷い…。首から下を粉々にするほどの威力、おそらくは不意討ちでしょう。交戦することなく後ろから殺されたか…または、遠距離から」

 

それほどの威力を見たならばまず逃げるかまたは構えるか、何かリアクションを取る筈ですから、沈痛な面持ちで呟くクラムベリー。

名前も知らない少女の無惨な死を受けて心を痛めているのか。そして、無惨な話を聞いても尚"目の前の女を疑う"という行為に出ないその姿。

戦場の分析能力にも長けており、頼れる存在かのように思えた。

 

「私は許せない。こんな殺し合いを強要するあの白黒の魔物も、こんな殺し合いに乗ってしまう人間も。

私には心強い仲間がいる。誰一人殺させやしないし、あの少女を殺した犯人を見つけ出すわ」

「見つけ出して、殺すつもりで?」

「まさか。見つけ出して、あの子のお墓の前で泣いて謝らせるわ。

それで二度とそんなこと出来ないようにきちんと裁きを受けて貰う」

 

ぱしん、と拳を掌に軽く叩きつけながら。怒りを表面に現さないよう、しっかりと抑えているつもりのマルティナだった。

無論、捕まえるだけではない。一回か二回、または気を失わせる程度には"脚"が出てしまうかもしれない。

気が強く決断力のあることは彼女らしいが、其処を口に出さないのは女性としての強かさか。

長い耳をぴくぴくと動かしながらその言葉を聞いていたクラムベリーはふむ、と一言置いて。

 

「では、テストさせて頂いても宜しいですか?」

 

と。脈絡のない言葉を口にした。

 

「…テスト?」

「はい、テストです。そう驚かなくても大丈夫ですよ、簡単なものですので」

 

そう語りながら、クラムベリーは一メートルほど距離を取り、拳大程度のコンクリート片を懐から取り出した。

此処に来る前、少し建物の壁を砕き頂いたものだ。

ぽーん。ぽーん、と二度ほど軽く空へ向けて投げ、左手で受け止める。お手玉のように軽く、子供遊びのように気楽に。

曲芸でも始めるのか、と眺めているマルティナは仲間の一人を脳裏に浮かべた。

そして最後に一際高く空へ投げる。空気の入ったボールかのように夜空を舞う歪な球体はゆっくりとクラムベリーの左の掌に落下し。

 

───それを、弾丸のように射出した。

豪速球ならぬ、豪速片。魔法少女の筋力で、そしてノーモーションで射出されたコンクリート片は空気を裂きマルティナの頭蓋へと直進する。

拳大の石程度でも軽く魔法少女を即死させられるその威力はコンクリート片となることで鋭利さを増し、より凶悪な凶器として完成する。

額を貫く、なんて生温いものではない。直撃すれば頭部が吹き飛ぶ。

頭部しかない死体を発見したマルティナは、皮肉なことに頭部のみを損壊した死体として完成することになる。

 

無論、"直撃すれば"の話だが。

 

かくん、とマルティナは首を傾げる。

まるで疑問を浮かべた子供のように滑らかに。慌てることもなく素早く。

予期していたかと思わせるほど美しく傾げられた首により、"頭蓋があった場所"、つまりマルティナの頬のすぐ隣を豪速片が通り抜けていく。

結果的に、マルティナは最低限の動きで一切傷を負うことなく投擲を躱してみせた。

 

───そしてこれが、第二問。

一問目のテストとして放たれた豪速片とは別に、懐から取り出された二つ目・三つ目のコンクリート片がクラムベリーの右手から弾丸として射出される。

マルティナの頬の隣を一つ目が通り過ぎた瞬間に放たれた、二つ目三つ目の豪速片。

狙いは心臓と腹。一撃必殺を狙った心臓と躱し難いであろう腹の中心を狙ったものだ。一つ目はフェイク。二つ目、三つ目こそが本命だ。

合計三発の豪速片。これがクラムベリーの"テスト"であった。

己が手をかけるに値するレベルの存在かを見極める試験。

一つ目で死んでしまったのなら情けない。

二つ目、三つ目で死んでしまったのなら惜しい。

一々弱者に時間を割いていたら一日が終わってしまう。

ならば、"選別"をすればいい。

不意討ちを躱せない程度の弱者なら、この首輪解除の糧となってもらう。

躱せる実力を持った存在ならば、望むところだ。

効率化を考えた故の不意討ち。命の選別。

そして。

マルティナは、その選別をいとも容易く捌ききった。

一つ目を首を傾げ躱し、二つ目と三つ目の豪速片を中段、上段へと放たれた蹴擊が粉々に砕く。

その速度、雷の如し。弱者は軌道を追うことすら能わず。視認など到底不可能。

ぱらぱらと細かく散る破片は紙吹雪のよう。舞うかの如き鮮やかな脚の軌道を、砕かれた破片そのものが賞賛していた。

 

「御免なさい。私、自分でも礼儀正しい方だと思ってたのだけれど───」

 

そして。踊り子と見間違うほど流麗な脚を操る武道家は、不意討ちをものともせずにこりと微笑んだ。

武道家の女の感覚は凄まじい。豪速片が射出された瞬間、クラムベリーへの認識は即座に"大人の女"から"敵"へとシフトした。

 

「───どうも、足癖が悪かったみたい。先に足が出たことを謝るわ」

「いえいえ。此方こそ手癖が悪くて、直さねばと思う毎日です」

 

その笑みに、妖艶に返したのは薔薇か。

メインディッシュ(アーナス)の前に、思わぬ(マルティナ)を発見した喜びに心が踊る。

マルティナは妖艶に笑うクラムベリーを一瞥し。

"この女は己から殺し合いに賛成しているのだ"と、認識した。

 

「こんな催しに進んで乗るなんて、悪趣味ね」

「生憎と私の性でして」

「生き辛そうね」

 

会話は不要と判断したのか。適当に返した言葉だが、それすら喜ばしいとクラムベリーは笑みを浮かべる。

 

「では…お相手してくださるということで?」

「ええ。とりあえず動けなくして、話は其処からよ」

 

槍を背から抜き、正面へと構える。

肉弾戦でないと理解したのが少し残念だったが、それでも強敵なことには変わりはない。

そして、少し悩んだ素振りを見せ、クラムベリーは一言口を開く。

脳内に浮かぶは、カラミティ・メアリ。

 

「───『後ろから倒されたか、遠距離から』」

「…?」

「気づかれず、逃げられず人体を肉片に変えるほどの威力と武器の持ち主。

……私、一人ほど知っていますよ?」

「!」

 

それは、顔の前に垂らされた人参だった。

これは餌だ。私を倒したら教えてやると、それまで限界を越えて走り続けろ(戦え)と。

 

「そう。じゃあそれも喋って貰うとするわ」

「ええ、話が早くて助かります」

 

一方は槍を正面に、低く構え。

一方は構えすら取らず、ゆるりと立っている。

 

「私が勝てば、身柄の拘束とあなたが知っている『人』の情報を貰う」

「私が勝てば、当然ですが、命を貰います」

 

両者の間にチリチリと何かが激突する。

殺気か、闘気か。

 

「それと、手加減はご勘弁願いますね?」

「言われなくても」

 

そして。

数秒の緊迫の後、両者の足元が爆ぜた。

 

「どちらが負けても───」

「───文句は無しよ!!」

 

夜の市街地で、轟音が鳴り響く。

それがもし誰かに聞こえたとして、人が齎したものだと気がつくものはいないだろう。

 

 

 

 

・3/Devil Loves the princess

 

 

───机が並べられたオフィスの壁が爆ぜる。

千切れた電線が夜に支配された市街地の辺りを照らし、オフィスの中に音楽家が転がり込む。

否。転がり込んだのではなく、吹き飛ばされたのだ。

壁を吹き飛ばし、音楽家は多数のビジネステーブルを巻き込みつつ一般的なオフィスの床を転がっていく。

音楽家の身体が止まった頃。オフィスに開いた穴から、武道家の王女が侵入する。

それと、同時。

音楽家は手元にあったビジネステーブルを片手で掴むとテニスボールでも投げるかのように、軽々しく投げつけた。

その軽々しさとは裏腹に速度は既にプロのスポーツ選手の投擲を遥かに越えており、一瞬で眼前に迫り視界を埋める。

しかし、王女は手元の槍でそれすら叩き斬る。

王女の前に即席の武器など意味を成さず。傷一つつけることすらできない。

だが、一瞬視界を埋めればそれで十分。音楽家はその隙に王女の懐に迫り、拳を打ち上げる。

槍で防ぐも威力を殺すことは出来ず王女の身体は吹き飛び、オフィスの外へと弾丸のように弾き飛ばされる。

王女は空中で体勢を立て直す。まるで曲芸師のようにくるりと空中で回転した王女は、追撃のためオフィスから飛び出してきた音楽家の拳に脚を合わせる。

ムーンサルト。空中の敵において抜群の効果を発揮する、三日月の如き軌道を描く脚。

音楽家の拳擊に名前はない。ただ殴り潰し、擦り粉々にするため振るわれ続けた無銘の技。

それが。"約ビル五階分の高さ"で激突する。

市街地という場所は、彼女らにとって絶好の場所であった。

聳え立つ建物は高く。足場になり得る壁も、撹乱に使われる部屋も山のようにある。

故に大地を蹴り壁を登り、聳え立つビルの一室へ相手を叩き込み、また其処から飛び出し互いの武器が交差する。

そうして二人の戦いは高度を増していく。人の域を越えた戦いは、既に人類が生身で届く高さを越えている。

拳と脚が競り合う。空中で互いの存在が、お前は要らぬとせめぎ合う。

押し負けたのは、王女の方だった。

威力で負けた王女は吹き飛ばされ、また別のビルの壁に叩きつけられ何かの部屋に転がり込む。

カラオケルームだったのか、無人の空間に軽快な曲も何一つかかっておらず、巨大で無音なTVは酷く寂しい。

衝撃で目が眩んだ王女が顔を上げると、音楽家は既に急接近している。

下から上に放たれるアッパーカット。食らえば顎の骨がどうなるかなど、想像するのも恐ろしい。

王女は身を反らし、拳が顎を擦るも冷静に対処する。

躱した攻撃を見送る必要などない。王女はそのまま身を屈め、音楽家の足を払う。

"足ばらい"と呼ばれる基礎の技は、基礎であるが故に洗練され、音楽家の身体に隙を生む。

二本の足を払われた音楽家は体勢を崩し、床へと無様に尻餅を突く。

その隙に。王女の槍へと、凍気が蓄積される。

音楽家が気づいた頃には遅い。槍は既に準備を終えている。

 

───瞬間、四擊。

"氷結らんげき"と呼ばれるその技は、あらゆる方向から音楽家を襲った。

連続で叩きつけられる槍の先。斬擊と氷結の同時ダメージは受けた者の身体を裂き、動きを停止させ、極寒の氷結が身体機能を低下させる。

それが、当たりさえすれば、だが。

音楽家が取った行動は簡単だった。尻餅を突いた状態では四擊は防げない。

ならば、とその剛力で床を一擊で粉砕した。五階ほどの高さから叩き込まれたことを考えると、床の下は四階だろうか。

音楽家は"氷結らんげき"を下の階に落ちることで回避し、体勢を整える。

四階は高価な食事処か。団体用に作られた空間なのか、畳が敷かれ比較的広めの空間が用意されていた。

四階に落ちた音楽家は即座に跳ね、畳はその脚力で砕け散る。

再び王女の目の前に現れた音楽家は右手で王女の首を掴む。

このまま捻切ってもよかったが、音楽家の手首を王女がその右手の剛力で握り絞めている為上手く力が入らない。

左手で絞める方法も脳裏に浮かんだが、王女の左に握られた槍の鋒が音楽家の頭蓋に向いていたので即座にその左手首を握り動きを封じる。

このまま絞められないのならば。

少しでも、ダメージを増やしてやろう。

音楽家は正面から王女の首を握ったまま、魔法少女の脚力でカラオケルームを走り抜ける。

真っ直ぐに。障害物も、TVも、壁もお構い無しに突き抜ける。地面に擦られ壁に叩きつけられ、衝撃はダイレクトに王女の身体に響く。

脳がどろりと音を立てた、気がした。

意識が遠くなる。与えられた衝撃が脳を揺らしているのだ。

左手は塞がれている。右の掌の力を少しでも緩めれば、その瞬間王女の首は宙を舞っている。

故に。動くのは、必然的に"脚"だった。

弧を描く王女の脚。音楽家の腹に吸い込まれるように素早く捩じ込まれる。

不意の衝撃で王女を掴んでいた手は離れ、サッカボールのように音楽家の身体が飛んでいく。壁を突き破りビルの外へ。

逃がさない、と王女は息を整える暇もなく脚力に意識を集中する。

空高く跳ね上がる脚力を推進力に変え、ビルの外へと弾き飛ばされた音楽家に一瞬で肉薄する。

既に空中。先程のような逃げ場()はない。

腕は締め上げられた影響か少し痺れている。だが、関係ない。

王女の身体が回転する。空中ですら自在に動くその身体は何れ程の鍛練によって築き上げられたモノなのか。

音楽家は強烈な一撃が来ることを読み取り、腕をクロスさせ衝撃に備える。

そして、一撃。クロスさせた音楽家の腕に脚による一撃が直撃する。

しかし、軽い。充分受けきれる範囲内だ。

そう音楽家が笑みを浮かべた瞬間、視界に入ったのは、更に回転を増す王女の身体であった。

一撃だけ、ではない。

音楽家がそう理解した直後に、クロスした腕に二擊目の衝撃が飛来する。

三擊。音楽家はまだ防いでいる。

四擊。音楽家の腕のクロスが、少し崩れた。

そして───五擊目。

音楽家の防御を突破し、その腹へ蹴擊がヒットする。

"ミラクルムーン"。三日月の如き軌道を描く五連擊。如何なる効果か、王女のダメージは少し回復し意識の朦朧も収まっていた。

そして。代わりにそれを受け取ったかのように隙を晒す音楽家に王女は大きく槍を振りかぶる。

絶好の隙だ、と王女は判断し。

 

「───"黄泉送り"」

 

全力の一撃を、叩き込んだ。

刃は防いだのか、音楽家の身体は勢い良く重力と衝撃に従い下へと突き進み、地面に激突する。

コンクリート片が舞い、砕かれた欠片が粉となり辺りを満たす。

すたり、と王女が空から舞い降り着地する。

 

「私、高いところ苦手なのよ?だから早めに決着つけさせて貰ったわ」

 

王女は煙の元へと声を投げる。帰って来るとは思っていない。

あれだけ攻撃を叩き込んだのだ。意識を失っていないにしても、とうに声を出せる状態じゃない。

そう判断し近づこうとした王女は、一歩二歩と脚を進め。

警戒するように、脚を止めた。

 

「───なるほど。素晴らしい。

素晴らしいですよ、マルティナ」

 

煙が晴れていく。其処にいたのは、頭から"少量の"血を流している音楽家だった。

まさか、と王女は驚愕する。

ムーンサルト。足ばらい。氷結らんげき。

ミラクルムーン。黄泉送り。

氷結らんげきは当たらなかったにせよ、他の技は全て何らかの形で音楽家の身体に当たっている。

最後の技を"雷光一閃突き"ではなく"黄泉送り"にしたのは、確実に当てては死に至らしめる可能性があるからだ。

殺すつもりはない。音楽家には聞き出さなければならないこともある。

だが、"手加減はしていない"。

確実に意識を奪うか、身体に異常が現れ行動不能になる程度には本気で打ち込んだのだ。

なのに。

だと、言うのに。

音楽家は、まるで幼き女児のように純粋に、妖艶に笑っている。

 

「足技・槍を主体とした戦法。私の手を緩めるほどの腕力を考えると、武器を変えると拳も使うのでしょうか?」

 

音楽家の笑みは自然だった。無理に痛みを堪えて作り出しているものではない。

本当に、心から生まれているものだ。

故に、王女は心から戦慄した。

同じ人間とは、到底思えなかったからだ。

 

「一撃一撃も重い。並みの者ならば数発も耐えられないでしょう。

しかしてその実、強さの真価は"威力"ではない。"速さ"です」

 

人間ならば、外敵から痛みを受けると苦悶する。

泣くか、怒るか、怯えるか。

反応は様々だが、何かしらの負の感情が現れる。

当たり前だ。自らの生命を狙い、その衝撃が自らの身体にダメージを与えている。生命の危機に、平然としていられるほど人間の心は強くない。

 

「その足技。槍捌き。常人なら目で追うことすら不可能でしょう。貴女も見えない程の速さで何人も打ち倒してきたはず。

見事です。こんなところで予想外の出逢いがあるとは、私、思ってもみませんでした」

 

故に。

王女は、音楽家の言葉に、酷く驚愕したのだ。

 

「───で。これだけではないでしょう?」

 

玩具を強請る子供のように。

馳走を求める子供のように。

ただ純粋に、音楽家は催促した。

 

「これ程の強さ。これ程の速さ。

確かに驚愕です。しかし私には貴女がまだ余分を隠しているように見える」

 

音楽家から見ると、王女はまだ余裕を残しているように見えた。

何故ならば、王女は立ち上がった音楽家を見ても絶望していない。

驚愕こそすれ、絶望はしていない。

それは、まだ勝てる手があるということだ。

音楽家はそれが堪らなく喜ばしい。

まだ強くなる。まだ、極限で王女と繋がっていられる。

 

「そんな険しい顔をせずに。良いじゃないですか、減るものじゃないのでしょう?

ほら、見せてもらえないのなら───私から行きますよ?」

 

音楽家にしては、珍しく饒舌だった。

そうだ。此に興奮せず何に興奮するというのか。

まだだ。まだ終わりではない。

相手はもっと強くなる。自分もまだ全力ではない。

一人ではないのだ。この時だけは、音楽家は一人ではない。

焦がれに焦がれた心の中の、奥底の氷が溶ける感覚がする。

この極限の命のやり取りにおいてだけ、音楽家は他者を感じられ、孤独は消え去り純粋な少女のように一心不乱に思いを馳せる。

ああ、ならばこそ。

この想いは、ほぼ恋なのかもしれない。

楽家が興奮しつつ身構えた瞬間。

王女は、ズンッ!と音を立て槍を地面に突き刺した。

その顔は、決心に満ちていた。

 

「…よくわかったわ。あなたに槍を使っても懐に入り込まれるだけ。隙を突かれるだけ。

全力じゃないと勝てなさそうね」

 

地に突き立った槍から手を放し、王女は自己に埋没する。

己の深く、奥深く。

表皮を破り、肉を貫き、骨を剥いだその奥。

心に住み込んだ"魔"を掴み、精神の表層まで引っ張りあげる。

 

───瞬間。秘めし悪魔の魂が、現世に蘇った。

肌は暗く。死体の如き紫の肌。

瞳は暗く。普段の落ち着いた色から変色し、闇夜でも明るく光るその目は蛇の類いを思わせる。

宵闇。常闇。あらゆる"闇"を形容する言葉でもまだ足りない。

王女の姿は瞬く間に気品のある武道家から───"悪魔"へと姿を変えた。

動きやすさに重きを置いたのか、緑を主とした身体の動きを阻害しない衣は消え失せ。

扇情的なバニーコスチュームが彼女を覆っている。

戦場においてあまりにも不釣り合いな姿。異様な光景。非日常の中の非日常。

命を争う場でも遊びに満ちた服装は、悪魔の名に相応しい。

"デビルモード"。それが、この姿の名。

───チリチリ、と音楽家の肌が僅かな痛みを訴える。

溢れた濃厚な"魔"が、空気を伝って肌に刺激を与える。

 

「さあ。第二ラウンドよ、薔薇の女。

丁度良かったわ。『あの娘』の墓前に華も必要だったし───その衣装の一輪や二輪、摘んでも構わないわよね?」

 

音楽家の口が吊り上げる。

おそらくこの姿が、彼女の魔法少女の姿なのだろう。

黒く。凄惨な笑み。

妖しく。誘う構え。

ああ、なんて───その姿は、悪魔的だ。

心の奥の、昔の光景が顔を出す。

目の前の悪魔が、過去の"悪魔"の姿と重なる。

その光景が、再び脳裏に焼き付いたら最後。

既に言葉は、必要無かった。

 

音楽家が、驚異的なスピードで踏み出した瞬間。

それを上回る速度で、悪魔が消えた。

来る。そう察知した音楽家が防御の体勢を取るまで一秒とかからない。

そうして悪魔の一撃は───音楽家の"真横"から打ち込まれた。

音楽家の身体が跳ね飛び、地面に二度バウンドしながら市街地のビルの一つへ叩き込まれる。

雑貨屋かその類いの店だったのか、ジャラジャラと崩れる音が鳴り響く。

───その音よりも速く。音楽家は既に悪魔の眼前へと帰還していた。

互いの顔が急接近し、獣のような笑みを浮かべる。

其処からは、人の域を越えた応酬だった。

拳と脚。その二つが交差する。

突き。打ち上げ。防ぎ。掴み。叩きつけ。耐え。握り。そのまま投げ飛ばす。

流し。躱し。打ち込み。払い。受け止め。凪ぎ払い。耐え。空中で身体を整える。

速く。風よりも速く。

一手、十手、百手と打撃が交差する。

音楽家の手刀は刃のように。音すら切り裂き臓物を捻ろうと迫る。

悪魔の足刀は刃のように。雷の如き速さで首を折ろうと踊る。

互いに明確なダメージは与えられていない。

だが、徐々に傷が刻まれていく。

徐々に打撲が増えていく。

悪魔が荒れ狂う大嵐ならば。

音楽家はそれを打ちのめさんとする大地そのものだ。

速く。力強く。衝突し合いながらも、互いの勢いを削っていく。

拳と脚の交差が何れ程続いただろうか。

互いの一際大振りの一撃、拳と脚が激突した瞬間、衝撃で周囲の硝子が弾け飛んだ。

現代ならばテロの一種かとも思われるだろう光景を前に、音楽家と悪魔は互いの存在しか見えていない。

広い市街地の中心。しかして、この世界には二人しか存在していなかった。

衝撃で互いが後方へ跳ね飛ぶ。

五メートルほど離れた二人は、己の肉体の調子を確認しながら、相手の調子を観察する。

すると。

悪魔の肌が、ぞぞっと変色する。

紫から綺麗な白へ。"悪魔"から、"人間"へ。

 

「…あら、時間切れですか?」

 

音楽家が楽しそうに肩で息をしながら、問う。

悪魔はそれに、フッと笑い返し。

 

「誰がよ」

 

力尽くで、去る悪魔の力を体内に留めた。

白い肌が消え、紫の肌が帰還する。

"そう長くは持たない"。

魔の力はそう長くは持たない。解除される時は、時間が経ちすぎた際か、己の命が絶えた時だ。

長く戦い過ぎた。魔の力は強力だが、精神状態にも少し影響を与える。

根底は王女のままであるが、悪魔には好戦的かつ嗜虐的な、若干の汚染が入る。

 

「あなたもギリギリに見えるけど?その様子、まるで子鹿みたいよ」

 

そして。

ダメージが蓄積されているのは、悪魔だけではない。

音楽家も身体にダメージを受け続けていた。腰の入った拳に、足腰に力を集中させ攻撃を受け止め。

直撃した攻撃も、音楽家に何も影響を与えなかった訳ではなく、その脚は震えているように見える。

 

「残念ですが、気のせいですよ。…期待させてしまいましたか?」

 

賭けに出るべきか、悪魔は悩み、決断する。

思考からの行動は速かった。

身体を這うように手を添わせ、ボディラインを強調する動き。

同性の自分にストリップダンスでも始めるつもりかと疑問に思う音楽家であったが。

次の瞬間、その疑問は晴れた。

妖艶な雰囲気が此方に向けられた悪魔の指先に集中し───弾丸として放たれた。

"セクシービーム"。名前こそ意味不明な代物だが、れっきとした攻撃である。

桃色の弾丸。その奇妙な攻撃に、音楽家は一瞬反応が遅れた。

音楽家の胸元に弾丸が直撃する。更に後方に吹き飛んだ音楽家は穴の空いていない胸元を確認し、今の攻撃が実弾ではないことを理解する。

 

(氷に打撃、ビームまで…多種多様な魔法を使う魔法少女ですね)

 

現状把握。少し間違っているが、警戒し過ぎて損はない相手だということは先程から思い知らされている。

そして後方に飛ばされた音楽家が体勢を立て直した頃。

 

コツン、と背に何かが当たる感触がした。

 

音楽家が誰よりも速く振り返る。

其処にあったのは、王女が悪魔へと変貌する前に地面に突き刺した槍であった。

極限の戦闘。敏感に冴え渡った神経が、槍の存在を忘却させていた。

しかし、もう興味はない。

手元を離れた武器よりも、今はあの悪魔と一秒でも長く触れ合いたい───この身体で語り合いたい。

そう考え正面に視界を戻そうとするが。

何故か、瞳は槍を捉えて離さない。

何故かはわからない。培った直感が、この槍は危険だと告げている。

そして、ほんの一秒、目を凝らして槍を観察すると。

 

ピリリ、と。

僅かに、紫に帯電しているのを、音楽家は確認した。

 

「丸焼きになりなさい」

 

直後。地獄から呼び寄せたような雷が、炸裂した。

槍からである。音楽家が槍に気を取られた一瞬、悪魔は槍に接近し地獄の雷を呼び出した。

"ジゴスパーク"。自然界の雷とは格の違う、範囲を焼き尽くす魔の雷。

アスファルトを砕き、白煙が舞う。

その白煙から、上空へと音楽家が飛び出した。

直撃していれば、危険だった。

それこそ丸焼きになってしまう。事実、広い範囲を攻撃するジゴスパークは避けきれず音楽家の左腕は焦げ、当たっていない右腕や脚まで痺れているような感覚がした。

地獄の雷と形容するのが相応しい光景。これ程の禍々しい光と音が存在するのか。

聞いているだけで身体が痺れているような感覚さえ覚える。

 

(……?)

 

それは。音楽家に、新しい閃きを齎した。

しかし。その閃きが事を成す前に、思考は中断された。

飛び上がったからこそ。ジゴスパークにより取り敢えず効果範囲から逃げるため無我夢中で跳躍したが故の、隙。

 

「ジゴスパークっていうのよ、今の。冥土の土産に覚えておきなさい」

 

上空に飛んだ背後に、悪魔が在った。

咄嗟に振り返り防御の体勢を取る。しかし左腕が上手く動かない。

完全にではない。音楽家の持つ特やくそうと魔法少女の身体があれば傷の大半は修復されるであろう。

しかし。今。この時、動かないことが、致命的な隙となった。

 

───瞬間、七擊。

悪魔の脚による連擊が音楽家を打ちのめす。

右腕一つでガードできる筈もない。

一撃は防いでみせた。だが、当然の如く後の六擊は避けられない。

"ばくれつきゃく"。

名は体を表す。爆裂の文字を関する足技は音楽家を蹴り抜き、白煙の中に叩き込む。

地面と衝突する、炸裂した音がした。

 

「カ……ハッ」

 

打撃と落下。その二つにより、肺の中の空気と血を吐く音が聞こえた。

そして、トドメ。

悪魔は踵を空高く掲げ。倒れている音楽家の腹に命中するよう、急降下した。

ドゴン、と音がする。衝撃で白煙が散る。

───決まった。

そう理解した瞬間、悪魔の力は王女から離れ、艶のある肌を取り戻した。

王女は満身創痍だった。

ダメージを受け過ぎた。技を出し過ぎた。共に彼女の体力を大幅に奪っている。

後少しでも長引けば不味かった。

そう。

 

後、少しでも。

 

「───育ちの良い証拠ですかね。

勝利を確信した瞬間に、警戒を解いてしまうのは」

 

背後から。未だ漂う白煙の中から音楽家の声が、聞こえた。

足元を見る。其処にある筈の音楽家の身体はない。

王女は既に悪魔ではない。デビルモードは既に解かれている。

デビルモード無しでは音楽家には太刀打ちできない。

ましてや武器無し、無謀にも程がある。

背後からの攻撃なぞ、予知していなければ対応出来るはずもなく。

 

「そうね。最初に謝っておいて良かったわ」

 

故に。予知していた王女の腕には、既に槍が握られていた。

槍から放つジゴスパークで上空へ逃がし、ばくれつきゃくで叩き落とし連携した踵落とし。

わざわざ上空で決めれば良いものを、叩き落としたのは確実に勝利するため。

予め、音楽家を叩き落とすのは槍の近くへと狙いを定めていた。

そして、これだけ油断の出来ない相手ならカウンターなどを仕掛けてくるだろうと。

だからこそ、王女は踵落としを決めた瞬間、近くに突き刺している槍を抜き手元に握っていた。

 

「足癖が悪かった、なんてものじゃなかったわ。

───手癖も相当悪かったみたい」

 

そして。背後の音楽家へ向け、慢心の欠片もない一突き。

"雷光一閃突き"が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血が噴水のように辺りを濡らす。

トマトを踏み潰したように真っ赤に染めるそれは、見る者が違えば卒倒する程の惨劇だ。

 

「ぁ───ぁぁぁあああああアアアッッッ!!!」

 

そして。その血の海に沈む、マルティナの左腕こそが、その惨劇を引き立たせていた。

傷口を抑えて後退するマルティナ。

左肩から先が無惨に切断されており、健康的だった腕はもはや見る影もない。

 

「良かったです。貴女との死合い、中々にそそられるものがありました」

 

───最後の瞬間。ばくれつきゃくにより叩きつけられたクラムベリーは、あえて巻き上げられた白煙の中に身を隠した。

追撃が来るのはわかっていた。そして、自分のカウンターをも迎撃するであろう事を。

其処でクラムベリーはようやく、己の"魔法"を使った。

"音を自由自在に操ることができるよ"。

それが彼女の魔法だ。人間の声から自然音、人工音まで。

あらゆる音は彼女の支配下であり、発生も強弱も自由自在。

クラムベリーはその魔法を利用し、己の肉声を再生した。

『生まれの良い証拠ですかね。

勝利を確信した瞬間に警戒を解いてしまうのは』、と。

マルティナのすぐ後ろで鳴るように。

当然マルティナは用意していた槍で背後を突く。

後は簡単だ。ご丁寧に背後を見せてくれたマルティナの心臓を手刀で戴く───ところだったのだが、歴戦の勘か、マルティナは即座に振り返り心臓への一撃を避けた。

避けきれなかったのか左腕を切断することになったが。これは、クラムベリーの誤算であった。

 

「まさかあの状態で避けられるとは思いませんでした。

……ああ、そうでした。一つ閃いたんです、お付き合いして貰えませんか?」

「……?」

「では、全力で避けてくださいね?」

 

息も絶え絶えなマルティナに、クラムベリーは柔らかな笑みを浮かべる。

化け物。マルティナは、素直にそう思った。

立ち上がり、走ろうとしたが、左腕が欠損したせいか上手く走れない。

完璧な肉体を持っていた戦士は、腕を一つ落としただけで普段のバランスを失ってしまう。

そうマルティナが踠いている隙に。

クラムベリーの唇は、一つの単語を口にした。

 

「"ジゴスパーク"」

 

その単語は、マルティナの身体を無理矢理駆動させるのに充分だった。

バランスの取れない両足で、マルティナは精一杯跳ねる。

瞬間。クラムベリーの手元で、地獄の雷が再現される。

凶悪な雷鳴。マルティナの身体は衝撃で撥ね飛ばされ、十秒とたっぷり滞空した後、十メートルほど先に落下した。

ジリジリ、ヒリヒリ。

マルティナの両足が火傷の痛みを発する。

 

───ノーシール効果、というものを知っているだろうか。

またの名をノセボ効果。反偽薬効果、との名もある。

彼の有名な"プラシーポ効果"による悪影響。

例えば単なるビタミン剤を『風邪薬だ』と偽って飲ませると、なんと風邪が完治した───そう言った"思い込みが身体に良い影響が現れる"ことをプラシーポ効果、または偽薬効果という。

そのプラシーポ効果が"害を齎す場合"。

それがノーシール効果。思い込みにより、脳が身体に悪影響を与えるものである。

例えば。目隠しをした男に熱湯の煮えたぎる音を聞かせ、冷水を男の肌に垂らすと、男の身体は火傷を負った時と同じ反応を示す。

それと同じだ。

クラムベリーはジゴスパークの音を聞いている。

その聞いただけで肌が焼けそうな地獄の雷鳴を知っている。

そして。

マルティナ自身が、一番その威力を知っている。

クラムベリーが放ったのはただの音波による衝撃波だ。

しかしその音波は一音間違えることなく、正確に"ジゴスパークの音"として放たれた。

故に。マルティナの脳は、深く勘違いを起こす。

"ジゴスパークを受けてしまった"。

"これでは大火傷は避けられない"、と。

勘違いした脳は身体に影響を与える。

兼ねてより新しい技を考えていたクラムベリーにとって、これは実験だった。

オカルトの域に達した実験ではあったが、魔法も十分オカルトだ。

しかし。結果は思ったほど良いものではなかった。

 

「ああ…失敗ですね。マジックのようなものですし、此が効くのは一度きり。

それに技の音を一度聞いて覚える必要がありますし、攻撃される本人がその威力を知らねばただの衝撃波です」

 

改善点は山ほどある。

うーむ、と顎に手を当て思考する。

クラムベリーが顔を上げた頃には、既にマルティナは姿を消していた。

油断していた訳ではない。

あの傷ではどうせ逃げられないから、先に考え事を済ませておいただけだ。

 

「おや。かくれんぼですか。

かくれんぼは好きではないですが───苦手ではないですよ?」

 

クラムベリーは耳を澄ます。

十五メートルほど先。半壊した雑貨屋の奥から、女の息遣いが、彼女の耳に届いた。

 

 

 

 

 

 

・4/Devote to my beloved brother,my life

 

 

 

「は、ぁ……はっ、は」

 

息を整える。

未だ血を流し続けている左肩を布で縛り止血する。

上手く歩けない。意識が朦朧とする。

雑貨屋の奥に身を潜めた頃には、既に立つ気力すらなかった。奇妙な浮遊感が身体を支配する。

雑貨屋の棚に身を隠す。

商品棚に背を預けると、少し身体が楽になった。

 

(ああ、死ぬのね、私)

 

気づいた時には、そう悔しさも沸いてこなかった。

何の感慨もなく、ただ実感があるだけだ。

 

(カミュ。セーニャ。シルビア。ロウ様。グレイグ。

……ごめんなさい、もう会えそうにないわ)

 

心の中で謝罪する。今頃彼らも戦っているのだろうか。

一人だけ逝く己が情けない。

 

(…ベロニカ。あなたには、もう一度会いたかった。

会って、ありがとうって伝えたかった。

でも駄目ね。あなたみたいに何か残すことはできなかったみたい。

あなたの凄さが、今になって心から理解できたわ)

 

自分より身体が小さいが、その小さい身体に誰よりと勇気と愛を秘めていた彼女。

出来ることならば、一目でいい。もう一度会いたい。

贅沢を言うならば、一晩語り明かして、不健康な夜更かしをしてもいいほどだ。

でも、それも叶わぬのだと理解した。

 

(───イレヴン。

あなたは、私がいなくても強く生きてくれるかしら。

今度こそ離さないって誓ったのに、駄目ね。

私が先に逝くようじゃ…ほんと、情けないったら…)

 

唯一。彼だけは、残して逝くことを懺悔した。

二度目は離さないと誓ったのに。

今度は、手を握ることすら許されない。

ごめんなさい。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

私は、あなたをまた見捨ててしまう。

 

───『いいえ。マルティナさん、凄く頑張ってましたよ』

 

これは、幻聴だ。

自分に都合の良い幻だ。

今際の際に見る、走馬灯のようなものだ。

でも。それでも。

この人生の最期、もう一度"彼"に会えただけ、其処にいるだけで心が落ち着いた。

 

───『もう、諦めるんですか?』

 

その問いは、どんな顔をして投げ掛けられていたのか。

もう視力も満足に働いていない為、幻覚すらまともに視認できない。

 

「…ええ。ごめんなさい。これじゃ、もう無理よ

最期まであなたと行けなくて、本当に」

 

ごめんなさい、と。

二度目の謝罪が紡がれることは無かった。

"イレヴン"の名を冠する少年の脚が空気を裂き繰り出され、マルティナの眼前で静止した。

 

───『すいません、急に身体を動かしたくなったもので。もう一度聞きます。

本当に、諦めるんですか?』

 

その行動は、誰の真似だったか。

優しく微笑む彼は、意趣返しだと言わんばかりに冗談ですと続けた。

その顔は。

穏やかな顔に秘められた強さは、誰に似たものだったか。

 

(あなたは、本当に強い。

きっとあなたなら、一人きりになっても世界を救うわ)

 

その強さは偉大なる父(アーウィン)から受け継いだもの。

その勇気は優美たる母(エレノア)から受け継いだもの。

私よりも強いのはあなたで。

あなたよりも弱いのは私だった。

力の話ではない。心の話だ。

…二度と会えないと思っていたあなたに出会ったときは、もう二度と離さないと誓った。

喪ってたまるものかと決意した。

庇護するべきものだと心の何処かで思っていたのだろう。

それが間違いだった。

あなたは…"イレヴン"は、既に一人でも立てる"勇者"だった。

 

「そう、ね。あなたに励まされちゃ、ずっと寝てる訳にもいかないわ」

 

息も絶え絶え。今も左肩は命の源泉たる血液が際限なく流れ続け、寿命を縮めている。

両足で立とうにも、出血とダメージがそれを許さない。

商品棚を残った右手で掴み、無理矢理身体を引き上げ二本の脚で立つ。

赤の少女。ベロニカは、己が死ぬと理解した上で、仲間と世界全ての為に諦めなかった。

ならば。己も勇者の仲間の一人として、恥ずかしくない行動をすべきだ。

 

「……諦めるのは、死んでからにしましょう」

 

その右の掌には。

彼女の支給品である装備に使えそうな装飾品が一つ、握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

・4/Devote to my beloved brother,my life

 

 

クラムベリーの耳には、しっかりとマルティナの息遣いが届いていた。

何やらぼそぼそと喋っているようだが、特に興味はないのでしっかりとは聞いていない。

重要なのは、一つだけ。

ギリギリの戦闘でマルティナが負け。クラムベリーが勝利した。

武道家の左腕と槍はクラムベリーの遥か後方に、血溜まりと一緒に沈んでいる。

完全なる詰みだ。

クラムベリーは雑貨屋の前に立つ。

扉は半壊しており、もはや店の原型を止めていない内部から荒い息遣いと血液の滴る音がする。

 

「…終わらせましょうか。楽しかったですよ、マルティナ」

 

後一度。指を鳴らすだけで店内は音の衝撃波で跡形も無く消し飛ぶ。

それで終わりだ。出来れば拳で命を奪いたいものだが、クラムベリーも左腕は重症だ。手当ては早いこと行わなければならない。

そうしてクラムベリーが魔法を行使し音を操作しようとした、その瞬間。

店の奥から、フラフラとマルティナが立ち上がった。

背筋にゾクリと何かが駆け抜ける。

ああ。貴女は、そうまでしても立ち塞がるのか。

素晴らしい。素晴らしい。素晴らしい!

笑みが抑えられない。此で終わってしまうのが勿体ない。

そうクラムベリーが興奮にも似た衝動で動きを止めた瞬間。

それが。"彼女"の命運を分けた。

 

「ねえ、知ってる?」

 

マルティナの口から、血液と言葉が漏れる。

その口元は絶望に引き吊ったものではない。

うっすらと。笑みさえ浮かべられていた。

 

「───武器や防具はね。必ず装備しなきゃいけないのよ。

持っているだけじゃ駄目なの」

 

クラムベリーの笑みが、止まった。

マルティナが何かを掲げている。

武器ではない。防具ではない。

"元気が出る薬"のような、薬のアイテムにも見えない。

"皮"だ。毛皮だ。

ただの毛皮ではない。溢れるほどの"魔"を放出していた。

"あれ"は魔法のアイテムか。

それとも別の何かなのか。

クラムベリーの思考が纏まる前に───マルティナはその"皮"を、左腕の傷口に捩じ込んだ。

 

使用方法は知っている。心の中の悪魔のお陰で、直感で理解できた。

装備し、その上で名を唱えるだけで発動は完了する。

その存在は猪。オリュンポス十二神が一神、女神アルテミスの怒りによる天罰の魔の獣。

猪に被せば国を壊す魔猪に。英雄に被せれば、堕ちた魔へと変貌させる。

その装備の名は。

その"宝具"の名は。

 

「───『神罰の野猪(アグリオス・メタモローゼ)』」

 

直後。黒の魔力の奔流と共に。

世界が闇に、包まれた。

 

衝撃でクラムベリーの身体が遥か後方へと吹き飛んでいく。

クラムベリーが身体を立て直した頃には、既にマルティナ───否、魔人と化した彼女は消えていた。

周囲を確認する。血溜まりの中に沈んでいた筈の腕も、槍も消えている。

残っているのは破壊痕のみ。マルティナという存在が夢だったかのように消えていた。

 

「……逃げられましたか」

 

ふう、と腰を下ろす。聴覚での周囲の警戒は怠らない。

己の支給品である特やくそうを取り出し、一番の重症である焼け焦げた左腕の治療に取り掛かる。

逃がしてしまったのは残念だ。その命をこの手で貰い受けたかった。

だが。それと同じくらい、喜ばしかったのだ。

 

「貴女ほどの者ともう一度戦える。

いえ───必ず戦いましょう。

貴女は、私のものです」

 

横取りなどされてたまるものか。

もう一つのメインディッシュを発見した彼女は舌舐めずりをする獣のようであり。

幻想に恋する少女そのものであった。

左腕が何処まで治るかはわからない。

だが、新しい戦法を得た彼女にとってそれは止まる理由にもなりはしない。

 

森の音楽家クラムベリー。

演奏会の幕は静かに閉じる。

幕間の間は黙りで。

音楽家は一人、快楽と休養に耽る。

 

 

【D-6/市街地(北)/一日目/黎明】

※D-6北部のビルは至るところの壁が崩壊しています。

※C-6に簡素ですが、犬吠埼風の墓が作られています。

 

 

【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画シリーズ】

 

[状態]:身体中に打撲(中)、切り傷(少)、左腕に重度の火傷(いずれも回復中)

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、特やくそう×10(残り?個)@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、不明支給品2つ(本人確認済み)

 

[状態・思考]

 

基本方針:強者との闘争

 

1:例の彼女(アーナス)、マルティナと再び闘いたい。

 

2:取り敢えずは休養。怪我を治す。

 

3:首輪解除のために強者を探し、そして殺す。

 

[備考]

・「首だけの少女」を殺した人間、または道具に心当たりがあるようです。

・左腕の火傷の治療に特やくそうを使っています。何処まで治るか、いくつ使ったかは後続の書き手様に任せます。

・攻撃の音を模倣し爆音の衝撃波としてぶつけることで攻撃と同様のダメージを与える方法を身につけました(例:ジゴスパークの音を衝撃波と共に叩きつけジゴスパークの雷ダメージを与える)。

しかし、脳の錯覚を利用した技であるため、模倣した技の音ダメージを与えるには相手がその技をよく知っている必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

現在、上空。

切断された左腕は、肩の傷口が変形し左腕を無理矢理接続することでマルティナの身体の一つとして帰還した。

そして骨が捻られるような、筋肉の構成が変えられるような内部からの歪な変形によりマルティナの両腕は翼となり、彼女は空高く飛行している。

当然、無理な変形は彼女の身体に絶えず激痛を与える。

本来、"神罰の野猪"は狂気に至るほどの憎悪によって発動する宝具だ。

マルティナは生きる覚悟はあれど、身を焦がすほどの憎悪は持っていなかった。

では何故、"神罰の野猪"は発動したのか。

───それは、彼女の中の悪魔が関係する。

デビルモード。魔物から与えられし魔の力。

使用すると同時に肌は変色し存在は魔のそれとなり、精神にまで若干の影響を与える悪の力だ。

"神罰の野猪"は、それと共鳴した。

デビルモードの魔の力・好戦的な性質と共鳴しその力を根底に"神罰の野猪"は融合したのだ。

本来なら有り得ざる出来事。

宝具は例外を除き持ち主のサーヴァント以外には使用出来ず、デビルモードとという力は聖杯大戦の世界には無い。

しかし、この場でのみ。

宝具は誰でも使用可とされ、勇者の世界の魔は"神罰の野猪"と共鳴した。

勿論、此でマルティナが全快した訳ではない。

ダメージは未だ残っており、その身体は満身創痍だ。

この力が簡単に使いこなせる代物ではないことも理解している。

しばらく飛行した後、彼女は固い地面に着地する。

"神罰の野猪"を纏ったマルティナ───マルティナ・メタモローゼとでも呼ぶべきか───は意識を失い、それと同時に緑を基調とした衣服を纏った通常の姿に戻り、そのまま倒れ込む。

……しかし、その周囲に"神罰の野猪"の皮は存在しない。

彼女の体内の奥深く。デビルモードの悪魔の力と融合したが故に、既に取り外すことすら不可能となっている。

否。この数多の世界が絡まり合う世界ならば切除することも可能かもしれないが、既に彼女の魂と深く混ざり合ってしまっている。

命からがらで、生き延びた王女。

体内に悪魔と魔人を孕んだ彼女に語りかける幻の勇者は、もういなかった。

 

 

【D-6/市街地(南)/一日目/黎明】

 

【マルティナ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

 

[状態]:気絶。貧血、身体中に打撲(中)、ダメージ(大)

[装備]:マルティナの槍@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、神罰の野猪@Fate/Apocrypha

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み、マルティナにとってよくわからないもの?)

[首輪解除条件]:『勇者』のうち、最低一人の第四回放送終了までの生存。該当者が全員死亡した場合、首輪は強制的に爆発する。

 

[思考・行動方針]

 

[基本行動方針]:基本、ゲームには乗らない。ただし、襲い掛かってきた奴には容赦しない。

 

1:……(気絶中の為不明)

 

[備考]

参戦時期はベロニカの葬儀を終えた直後~過ぎ去りし時を求める前の間です。

『勇者』の定義は、イレブンと三ノ輪銀と【結城友奈は勇者である】の出場キャラ全員です。

・"神罰の野猪"とデビルモードが融合しました。

"神罰の野猪"はマルティナの身体深くにあり、デビルモード発動と同時に発動し魔人化します。



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鏡の中の嘘と、あなたの隣の嘘/ノーリ、イレブン、一条要、諫早れん(ヤヌ)

穏やかな楽園を追われてもいいよと、まぶしく笑ってたね。

 

 

 

 

アリスランド閲覧用カード情報(草稿段階)

 

ノーリ

女性。年齢不明。

データ破損の為、閲覧できません。

 

追記:

 

一応このゲームとやらにはノーリちゃん名義で参加しているわけだから、アリス名義の項目じゃなくてこっちに記録した方がいいよね。

それにボクと彼女は、もう同一の存在なんだから。

 

もっとも、帰った先にあるアリスランドはほとんど崩壊しちゃってるから、ボクが頭の中で練ってるこの思考記録も、いつか何らかの形で残るどうかさえ怪しいものだけど。

ただ考え事をするなら、いつも記録をつけている時と同じ感じの方がやりやすいから、ボクの頭の中ではこういう表現にしているだけ。

聞き役はいないだろうけど、ボクの中にいる『元のノーリちゃん部分』に言い聞かせているとでも思ってほしいな。うん。

 

で、『ファヴ』を自称する主催者(管理者だとボクと紛らわしいからこう呼ぶね)の管理下から、もともと自分の管理下にあった6人の人間を連れて安全圏に脱出することがボクの目的ということになるんだけど。

 

この場合、果たして、『安全圏に脱出』っていうのは、どうなることを指すのかな。

さっき取得した天王寺彩夏ちゃんの情報と照らし合わせたら、ますます問題は複雑になっちゃった。

分かったことが、いくつかある。

 

一つ。彼女は殺人ウイルスに感染していなかった。

一つ。彼女は西暦2000年代初頭ぐらいの文明レベルで生きていた人類だった。

一つ。彼女の住んでいた地球は、滅んでいない。滅びを経験した記憶はない。

 

もちろん、ボクだって彩夏ちゃんの記憶を全部丸ごと思い出せるわけじゃない。

最初にあの星の『化け物』がとある少女を捕食して、『ノーリ』になった時だって、彼女の記憶をそのまま全て思い出せていたわけじゃなかった。

『彩夏ちゃんを殺した人物』のように印象深いものだったらそれなりに思い出せるようだけど、基本的に人格の主導権はボク(アリス)の方にあるわけだから、彩夏ちゃんの情報を引き出し放題……というわけにはいかないらしい。

ちゃんと情報の吸収だけじゃなく『分裂』も果たせていれば、今頃ボクは『ノーリ』と『アリス』と『天王寺彩夏ちゃんそっくりな化け物』の三人に分かれていたかもしれないけど、そこを考え始めると脇道にそれるから閑話休題。

 

さっきの三つの情報を合わせて考えるに、彩夏ちゃんは『過去の時代からここに来た人』ということになる。

殺人ウイルスによる人類汚染が始まったのは西暦2102年だから、コールドスリープの期間を差し引いても百年ぐらい前の時代のヒトになってしまうね。

過去の時代を生きていた人を拉致する。

もしくは、ぜんぜん別の世界(例えば地球と同じように人類が暮らしていたずっと遠くの惑星とか)で、生きていた人を拉致する。

果たしてそんなことが可能なのかな。

たしかに首輪の不可思議さといか、『化け物』の根本的な生態である『分裂』をあっさり制限してることとか、主催者の持つ技術力は、ボクのAIが知り得るそれを大きく上回っているみたいだけど。

 

時間や宇宙の距離をとびこえて拉致された参加者がいると考えるより、可能性はもう一つある。

ここにいる参加者は、ボクが選挙をやらせた12人に施したように、『自分たちが二十世紀初頭に生きていた人間だった』という記憶操作を受けてからゲームに放り出された可能性。

技術的にはまだ、こっちの方が実現することが容易だと思う。

でも、その可能性をボクは排除して考えることにする。

考えるだけ無駄だと思っている。

なぜって?

その仮説が正しければ、それはボクらと同じ時代において、人類がまだ滅んでいないことを意味する。

あの滅びかけた地球を復興させることに成功した人たちがいて、彩夏ちゃんたちもそんな人類の子孫の一人だってことになる。

とても喜ばしい話のようだけど、これが全然おめでたくない。

 

同じく生き残った人類からのファースト・コンタクトが、『いきなり拉致した上での、殺し合いゲームへの強制参加』だった。

これ、もう『お前たちに帰る場所なんかない』って言われてるのと同じだよね?

いや、同じように『いきなり連れてきました』って設定で選挙をやらせたボクが言うのも変かもしれないけど、『生き残っていた漂流者を歓迎する態度』でないことは確かだよね。

これじゃあ、たとえ殺し合いゲームから抜け出したところで、ボクらはもう詰んでいる。

アリスランドに帰還して、もとからの予定通りに地球に出発したところで、そこはきっと安全な場所じゃないと思う。

だから『他の参加者も、実はボクらと同じ時代から来た人たちである』という可能性は考えない。

とっくに詰んでいることを前提にあれこれ検討したってどうにもならないからね。

 

時代を超えて連れてこられた人がいる。

もしくは、宇宙を超えて連れてこられた人がいる。

これはもう前提条件だってことにしちゃおう。

じゃあ、そういったものを超えて脱出して、どうやってゲームに捕らわれた6人を保護したまま、ここにいない方の6人のところに帰還すればいいのかな……と、これが問題の一つ。

 

あ、そうそう、保護すると言えば、その6人が、どう考えても大人しく保護下に戻ってくれるような子たちじゃない、っていう問題もあったね。

 

例えば、蓼宮カーシャちゃんと伊純白秋くん。

彼らは、殺し合いをしてもらうなんて言われなくたって、ボクの監視下をはなれただけで臨んで殺し合いを初めてしまうような人たちだ。

その目的を果たすためなら、他の参加者はもとより要くんたちだって邪魔だと感じれば即、抹殺にうつってもおかしくない。

だから、あの子たちが勝手に破滅に向かって自分から舵を切りに行くようなら、それも仕方ないんじゃないかって思うんだよね。

もちろん、彼らのやり取りをもっと長いこと見ていたいとか、誰も死なずに解決した結末を無駄にしたくないという考えは、ボクにだってある。

だから皆でいったん生還しようという方向で説得できればそれがベストなんだろうけど、いくら何でも無理なんじゃないかなぁっていうのが正直な感想。

さすがに人心に疎いボクでもそれぐらいは予想できるし、それに彼らが自分の意思で生還を望まないなら、管理者の座を降りたボクが口を出せることじゃない。

カーシャちゃんたちが他の参加者を殺しまわったせいでボクや要くんたちに迷惑がかかるのも、正直なところ勘弁してほしいしね。

 

だから、『要くんと優先して合流したい』っていう方針は、少しでも皆と話が通じそうな人を早めに見つけたいって意味もある。

あの子たちの考えていることはボクにはまったく理解不能だけど、選挙で戦ってきた要くんならボクよりもずっと候補者たちの考えそうなことを理解しているだろうから。

ふふ。なんだかおかしいよね。

もしもこれが選挙の真っ最中だったら、『なるべく大勢で生きて帰るために要くんに頼る』なんて絶対にありえなかったと思う。

つい最近、前回の追放選挙で苺恋ちゃんとノーリちゃん以外の全員を追放したのは要くんだったんだから。

 

でも、そんな要くんがもう復讐しようとは考えていないことを、ボクは知っている。

 

その考えが消えたのはいつのことだったのかな。

感情に鈍いボクには正確な推察はできないけど、たぶん5001回目の選挙でいったん復讐を終えた時――他の9人を全員追放し終わった時点では、もう燃え尽きていたんじゃないかと思う。

あの時から要くんは苺恋ちゃんとノーリちゃんを生き残らせることばかりに集中していて、すでに終わった復讐のことに関しては何も口にしなくなっていった。

その次のゲームに突入した時には、「あの9人を憎んでいるんだよね」と確認したら、あいつら全員を殺したいという嘘で答えた。

その時は、前回の選挙で『復讐した』記憶をまだ取り戻していなかったし、本人も自分の言葉が赤くなったことに驚いたような反応をしたから、無意識での本音だったんだと思う。

そのすぐ後に、前の選挙での記憶を思い出させてからは、もう他の候補者たちを騙そうと演技することも、殺意をのぞかせることもなくなった。

まだ他の9人は妹の仇じゃなかったという真実を知る前だったのに、許せないなりに全員を救おうとしていた。

それは、9人を蹴落とすことよりボクを倒すことを優先した……ってわけでもなかった。

『前回の選挙で皆を追放しました』と自白してしまうことは復讐を諦めるのに等しいのに、それを全員に向かって躊躇なく明かしたほどだからね。

 

だから、今の要くんは、ボクが保護したい6人の中では一番の安全牌。

それに要くんと意思統一できれば、苺恋ちゃんが下手な暴走をしないように影響力を持つこともできる。

 

もっとも、要くんはボクのことを『好きじゃない』って言ってたし、ボクとノーリちゃんが融合していることをまだ知らないから、そこは大変だ。

好きじゃないボクが大好きなノーリちゃんの姿で現れたらきっと嫌がるだろうし、協力してくれるとしてもしぶしぶだろうし、いっそう嫌われることは覚悟しないといけない。

ますますもって頭が痛いよね。化け物の身体でも悩み事ができると頭痛がするかどうかは分からないけどさ。

 

……そもそも、長々と語ったけど、これ全部が要くんと会えなかったら意味のない仮定なんだよね。

要くんと合流できる確率のことを考えたらため息が出そうになってきたよ。

ただ、今の要くんならアリスランドが地図にあればそこを目指すと思うから、ボクもまずは同じところを目指してとことこ歩いてるってわけ。

ボクの首輪解除条件にも書いてあった、アリスランドの資料室がちゃんとあるのかは確認しておきたいしね。

本当は電車を使いたいんだけど、駅のある北に行けば峯沢君と出くわしてしまうかもしれないから、仕方なく歩きで移動してる。

 

筋肉を動かして歩くのは、まだ慣れない感じ。

ノーリちゃんの歩幅の小ささを、わりと不便に思うこの頃です。

 

一歩を移動するたびに、ちゃんと地面を踏んだ足ごたえと、硬い感触が伝わってくる。

アリスランドでノーリちゃんが要くんたちとかけっこするのを楽しんでいたのは知ってるけど、あの楽しさが少しだけ分かった気がするよ。

 

 

 

――とか言ってるうちに、また知らない人間を一人発見。

 

 

 

髪長いしサラッサラだし女の子っぽいけど、見たところ体格は割としっかりしてるから男の子かな。

要くんとたぶん同い年ぐらいだけど、要くんに比べたらだいぶ素直そうっていうか可愛げがある感じだよね。

いや、要くんは可愛げのないところがイイんだけどね。

要くん最推しはこの先も揺るがないと断言して――――うん、自重する。閑話休題。

 

 

 

「こんばんは」

 

ワンピーススカートの両端をつまみ、行儀よく一礼。

 

「こんばんは。お嬢ちゃん、一人でいるの?」

 

にっこりと挨拶が帰ってきた。

この態度はどう見ても、殺人をするつもりがない人間だろう。

 

「うん、ボク一人だよ」

「そう……今まで誰かに会った?」

「ううん。お兄さんが初めてだよ」

 

さきほど人を食べた時も、服を血で汚さないように注意はした。

第一印象について脅威度を与えるような要素は無いはずだ。

しかし少年は、視覚からは得られない情報でこう言った。

 

「――じゃあ、どうしてそんなに血の匂いをさせているの?」

 

えも言われぬ、謎の威圧感。

近づこうとした足が、止まった。

 

 

 

 

「諫早さん、ひとついいでしょうか」

「なんだ」

 

街の中でもなるべく少しでも街灯がある――なるべく広い道路を選びながら、一条要と諫早れんは夜間潜行の歩みを続けていた。

明るく、広い道を選択したのはれんだったが、おそらく『暗い夜道を歩いていては支給品の灯りに頼りきった移動となり、また夜中ではその方がかえって目立つ』と判断したのだろう。

こうやって質問を投げてみても、先を歩くれんは振り向かず、前方への警戒を怠っていない。

 

「僕たちは、ひとまずC-7とのエリア境界近くにある駅を目指している、ということでよかったですか?」

「そうだけど、何か?」

「いえ、その割には、進路が南に寄りすぎているように感じたものですから」

 

一条要は東京のコンクリートビルディングの中で揉まれて育った一般人であり、市街地を歩いていてもそれなりの方向感覚を維持することができる。

特定の方角にばかり曲がりがちであれば、方角がずれていることには気づきやすい。

 

「ああ、ついでにどこかの建物から南西の方をうかがえないかと思ってね」

「南西を?」

「ああ、近づくつもりはないが、背の高い建物ならさっきの爆発の規模を目視できるかもしれない。

 建物が吹き飛ぶような規模の爆発が起こったなら、火の手があがっていてもおかしくないからね」

 

なるほど、確かにどういう破壊が起こったのかを確認しておくことは、危険人物の手口を推測する上で有益だった。

周囲の建物を見回してみれば、そこそこ遠方を確認するための高さは確保されている。

夜中であるからこそ景色には期待できそうもないが、火の手や煙の発生を確認するぐらいは可能だろう。

スマートフォンの地図を見比べて判断するに、現在地はやっとD―6の南方に侵入したあたりだろうか。

 

「というわけで、ここに寄ろうと思う」

「分かりました」

 

その中のひとつ、非常口などのうっすらとした灯りが漏れていること、屋上が存在していることを決め手として、れんはそこに侵入した。

要も後に続き、寄り道の時間を惜しんで階段ではなくエレベーターを利用する。

 

「質問というなら、私からもいいかな」

「何ですか?」

 

要は、努めて平静そうに促した。

 

「D.O.Dやドリパクの話を信じてくれたのはありがたい。

 しかし、一条はこのゲームにいるメンバーの名前も聞いていたはずだ。

 私の話が正しければ、すでに死亡した者がここに参加していることになるが、疑問に思わなかったのか?」

「そうですね……」

 

要自身、とっくに殺したはずの知り合いがこのゲームにいることになっていたから。

そして、問い詰められては困ることがあったので、あまりれんのことを追求して『次は一条のことを教えてほしい』と話題を向けられる展開を避けたかったから。

真実で答えるならば、そういうことになる。

だが当然、馬鹿正直に答えるはずもない。

 

「ボクたちの当面の方針は、人の集まりそうな施設で他の対運営派と情報交換することでしょう。

そうなれば、駅で他の人にあった時に、諫早さんは同じ説明を繰り返すことになります」

 

よって、嘘ではないが本音でもない回答をする。

 

「なるほど。確かに同じ話を繰り返すのは手間だし、皆がどう死んだかなんて好んで何度も聞かせたがるようなものじゃなかった。感謝する」

「礼を言われるほどではありませんよ」

 

ゆっくりと上昇していたエレベーターは、問答が終わるのを待っていたようなタイミングで止まった。

夜風の涼しさを肌に受けながら屋外へと踏み出し、まばらに灯りの散らばった夜景をぐるりと見渡す。

スマートフォンを操作して方角を確認するれんを横目に、要は改めて考える。

 

「諫早さん、こんな時ですが、俺の知り合いについても幾つか話していいですか?」

「ああ。私にとってもこれから合流する人物の情報になるからな」

 

先ほど『問い詰められては困る』と身構えていた事情を、どう取り繕うかについて。

こちらから切り出したのは、自分にとっては喋りながら考えた方が頭が回りやすいためだ。

 

「はい、人命に優先順位をつける言い方をするのは気が進みませんが、俺には、知り合いの中でも特に早急に保護したい人が二人います」

「ああ、さっきも二人の名前を特に強調していたね。幼馴染と、記憶喪失の女の子、だったっけ」

「はい。蓬次苺恋と、ノーリ」

 

まず、苺恋とノーリを保護する目的を改めて強調しておく。

これは主目的ではなかったが、先に言っておかなければならないことだった。

 

家族の誓いを立てた幼馴染と、新たに家族の輪へと加わりかけていた妹の面影を持つ少女。

2人とも、『場外の殺し合いや暴力を禁止する』という選挙ルールに守られない殺し合いでは、自分以上に無力な存在だ。

いや、苺恋についてのみ言えば、いざとなれば自分以上に大胆な行動をする切れ者ではあるのだが、何百メートル四方にまで音が響き渡るような破壊をもたらす危険人物の前ではできる事などたかが知れている。

そして、それ以上に一分一秒でも早く見つけなければならないのがノーリだ。

なぜか全ての記憶を失った状態で発見されたという幼い少女は、幼児並みの知能と、舌ったらずな挨拶程度の言葉しか持っていない。

 

「この場所に拉致される前にいた場所で、俺は彼女の保護者のようなことをしていました。

その経験から言って、彼女の精神の年齢は見た目よりさらに幼くて純粋なんです。

見た目は小学生ぐらいですが、中身は簡単な会話もおぼつかない程度。

遭遇した相手が善意の人物でなければ、その時点で最悪の事態になるかもしれない」

 

よって、他の参加者にもノーリが罪のない子どもであること、いかに幼く無垢であるかを訴え、要だけでなく多くの参加者にもノーリの保護を約束してもらわなければならない。

 

「ああ、そんな子どもがいるなら、最優先に探すことを約束するよ。

しかし、そんな子にまで殺し合いをやらせるなんて、つくづく今回の運営はゲスだな」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、安心材料が増えます」

 

それは、なんら嘘偽りなく心からの感謝だった。

今この瞬間にだって、ノーリが悪意ある者の眼にとまっていないか、心配で仕方ない。

 

「しかし、ノーリというのはニックネームなのか?

 もしそうなら本名を教えてもらえた方が、探すときに呼びやすいと思うんだが」

 

だが、諫早れんがそう質問したことで気持ちを切り替えねばならなくなった。

ここから先は、保身のための嘘を考慮しなければならない会話だ。

 

「いえ、ノーリというのは、俺がつけた名前です。

記憶がないので、本人もそれが自分の名前だと理解はしていますよ」

 

と言っても、当然ノーリの命名の由来を知られたくないわけではない。

今のうちに取り繕っておこうとした会話の主目的は、そこから芋づる式に引っ張り出される話題だ。

 

「あなたが名付けた? さっきも一条が保護者をやっていた風に聞こえたけど……記憶がなくて親もいない子を、学生の一条が面倒みるなんていったい大人は何をしていたんだ?」

 

それは、ノーリと知り合った経緯について聞かれること。

 

「いえ、『他にも保護者が大勢いる』と言えるほどの大人数は、あそこにはいなかったんです」

 

ひいては、このゲームに呼ばれるまで一条要がどこで何をしていたのかと追求されることだった。

さらに言えば、さきほど『大切な仲間だから合流したい』という嘘で紹介した面々とは、どこで知り合ったどういう関係なのかを説明させられることだ。

 

「ここから先は、俺も諫早さんほどではないにせよ深刻な話になってしまうのですが。

 俺たちも、このゲームに招かれる以前は閉鎖された環境にいたんですよ」

 

慎重に言葉を選び、考える。

まず隠さなければならないのは、『一条要は、追放選挙というゲームで他の知り合いを積極的に殺していた』こと。

諫早れんもD.O.Dというデスゲームで優勝してしまった過去があるらしいが、れんの過去と要のそれでは罪状の悪辣さに大きな違いがある。

ゲームが終わるまではアイドルの死亡もドッキリであるかのように演出されており、他のアイドルに対する殺意などは持ち合わせていなかった諫早れんを悪人だとは思わない。

仮に他の参加者にむかって『他のアイドルを死なせた責任を感じ、今はデスゲームを否定するために行動している』と罪を告白したところで、絢雷雷神のようにひねた奴でもなければ責めたり不信感を持ったりはしないだろう。

しかし、追放選挙は違う。

明確に『立候補』として俺があいつを殺してやると名乗りを挙げるシステムだった。

ゲーム中は匿名になれるおかげで犯行を隠せていたとはいえ『ひとごろし』が確実に存在することは他のメンバーの目にも明らかだった。

これでは、『みんな大切な仲間』だという要の証言は明らかに嘘だと分かってしまう。

しかも、実際のところすべての立候補(キルスコア)は一条要によるものだったのだ。

このことが知られてしまえば、このゲームにいる復讐対象の殺害はおろか、他の参加者から信頼を得ることさえ難しい。

 

「俺たちは、この地図にある『アリスランド』という施設の中で拉致されていました。

もっともここにあるアリスランドと、俺たちの知るアリスランドが同一の施設かどうかは分かりませんが」

「すまない。それは、誘拐されていた、ということか?」

「単なる誘拐なら、まだよかったんですが……」

 

ここで、言葉を濁したように間を持たせてもらう。

 

知り合い全員が誘拐されただけの被害者仲間です、と追放選挙のことをおくびにも出さずごまかすような嘘は――――残念ながら不可能だった。

ここで『追放選挙のことを隠す』という嘘はつけない。

なぜなら他の対立者たち、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政も、この会場を歩き回っているからだ。

ルール上、追放された者は最後に自分を追放した者と会話することができる――つまり全員が、『一条要こそが自分を殺した張本人であり、要がゲームに立候補していた』ことを知っている。

 

「俺たちの逃走をはばんでいたのは、武器を持った誘拐犯ではありませんでした。

 こちらも非現実的な話をすることになってしまいますが、アリスランドの周囲にはたくさんの『化け物』がいたんです」

「化け物だと?」

「はい。化け物というのは――」

 

アリスランドにいた経緯の話、化け物のことを話しながら、その間に考える。

 

まず白秋以外とはコミュニケーションが成立しない蓼宮カーシャの口から何かが漏れることはないだろうが、他の三人は違う。

 

なんせ、追放選挙のメンバーは下は中学生のお嬢様から上は二十代半ばのシェフまで、年齢も職業も住んでいる世界もぜんぜんバラバラの人間だ。

通常の情報交換として『参加者名簿の中に知り合いがいれば教えてくれ』という流れになれば、『いったいどこで知り合ったどういう付き合いなんだ???』と勘繰られることは目に見えているし、そうなれば『追放選挙』のことが話題にあがるだろう。

 

仮にカーシャ以外の三人が他の参加者とコミュニケートに成功し、『追放選挙』のことを話してしまえばその時点で要がやったことは暴露される。

いや、伊純白秋については一条要のことを悪く言うよりもまず蓼宮カーシャを陥れることを優先する可能性も高いけれど、三人ともが少なからず一条要のことを油断ならないプレーヤーだと知ってしまっている。

そして満足のまま追放された忍頂寺をのぞく二人は、それぞれ『自分の復讐/生還を阻止した男』として要のことを恨んでいた。

忍頂寺にせよ、このゲームでサイコパスの本性を隠して立ち回るならば自分の秘密を知っている要のことを警戒する。

さらに、絢雷雷神にいたっては、『一条要は蓬茨苺恋とノーリのために全員を追放するつもりだった』と思っている。

あの男は他人をみれば毒を吐くような当たり方しかできない社会不適合者だが、『一条要にはせいぜい気を付けろ』と告げていくような嫌がらせぐらいは平気でやるだろう。

このままでは、自分が隠していたところで『一条要は皆殺しも辞さない人間だ』という情報が拡散される可能性がある。

そのせいで苺恋とノーリが『一条要をおさえるために捕まる』危険を回避するためにも、絶対に避けたい事態だ。

逆に苺恋ならば自分のことを決して悪いようには言わないどころか、擁護してくれることは間違いない。

だが苺恋を味方だとしても、情報戦において『三対二』という数の差があるのは無視できるリスクではない。

 

「その『アリスランドのアリス』とやらは、またいかがわしい存在だな……ドリパクといいファヴといい、最近の犯罪者はマスコットの姿を使う不文律でもあるのか?」

「ええ……さらに言えば、やらせようとしていたことまで、アリスはそいつらと似ていました」

「なんだと?」

 

考えろ、と脳に命じる。

頭の中で、練っている嘘を改めて再確認する。

諫早れんと出会ったときは、『みんな大事な仲間』だと嘘をついた。

その判断は、おそらく間違っていない。

一刻も早く見つけ出して、要たちへの悪評を広められるより先に口封じしなければならないのだから、『やつらは警戒すべき人物です』と吹きこむよりも、『早く合流したいんです』と嘘をついて探すのに協力してもらった方がいい。

だが、一度嘘をついてしまうと、その嘘を隠すためにさらに嘘を重ねなければならない。

 

「アリスは、俺たちに殺し合いを命じました。

 最後に残った二人しか、生かしておくことはできないと」

「そうか。君の身にもそんなことが……」

 

『みんな大事な仲間です』という嘘を怪しまれないように、追放選挙のことを説明する。

難題だ。

無理がある。

なにせ、選挙はとどこおりなく進行し、9回の立候補が行われて9人の候補者が殺害(ツイホウ)されている。

追放した順番は前後するとはいえ、ノーリをのぞいて誰もが『生き残った誰かの中に殺害者がいる』ことを知っており、『全員が大切な仲間だ』なんて欠片も思っていない。

無理があるのだが、このままでは諫早れんを連れたまま他の参加者と情報交換する流れになりかねない。

新しく出会った者から『その仲間とはどこで知り合ったどういう関係なんだ』と疑問をもたれてボロがでる前に今、カバーしておかなければならない。

 

「とは言っても、殺害を命じられたわけではありません。

 生き残るべきでない、化け物のエリアへと追放する人間を皆で決めさせると言っていました。

 追放すべき人間に投票する、それが民主的なやり方だと……」

「民主的だと……それでは、D.O.Dの魅力投票と同じじゃないか……いや、あらかじめ化け物に食われると分かっているぶんよっぽど酷い」

 

そう、『選挙がすでに進行している』以上、他の選挙候補者は全員が仲間だという要の証言はどうしたって、嘘になる。

ならば、これ以上はできるだけ嘘をつかないような嘘をつくとしたら、『選挙はすでに進行している』という、その一点しかない。

どくん、と。

自分の言葉だけでなく、心臓の鼓動音までが赤く染まっていく感覚を、覚えた。

一呼吸おいて、すべての反論を受け付けないための嘘をつく。

 

「もちろん、俺は誰かを殺して生き延びなければならない事態を避けたいと考えていました。だから、ノーリを保護した日に、他の皆さんを集めて話し合いをしていたんです。

最初にとても大切な仲間だと言ったのは、優等生ぶるためにやや語弊のある表現をしたかもしれません。でも、全員の顔や性格は把握しています。

もっともその日は打開策も見つからないままお開きになってしまいましたが、アリスは翌日に選挙の詳しいルールを説明すると言っていました。

俺が覚えているのはその夜にベッドに入ったところまでです。次に目覚めた時は、あのファヴに集められた広間にいました

 

自分の記憶する限りでは、選挙はまだ始まっていない、という嘘。

 

「もっともアリスがそうしたように、今回のファヴも俺の記憶を奪ったのだとしたら、俺の証言もどこまで当てにできるかは分かりませんが」

「そうか。いや、一条は優等生ぶってなんかいないと思うよ」

 

れんが神妙な顔でうなずいたことで、違和感はもたれなかったらしいとほっとする。

 

小さな嘘を多く重ねるよりも、大きな嘘を一つついた方がかえって崩れない。

そしてこの大きな嘘には、説得力もある。

アリスランドでは、招かれた全員が記憶の多くを失っている状態で目覚めた。

殺し合いをするのに不都合だと判断された記憶は、運営の任意で消したという説明もあった。

例えば、連れ去られた前後に何をしていたのかといった記憶や、そのまま覚えていては選挙外での暴動が起きかねないトラウマに関するような記憶は、はっきりと操作されていると明言されている。

そして今回のゲームで拉致された手口も、『さらわれた記憶がないのに気が付けばそこにいた』というそっくり同じ手段だった。

これでは、要に記憶の欠落があったとしても『前もこういうことがあった』と開き直ることができる。

覚えていないふりをすれば、仮に雷神から『俺を追放したのはお前だ』と暴露されたとしても知らぬ存ぜぬで潔白な人間を演じてみせ、他の対運営派を味方につけられる。

 

記憶があると申告するのは、全員で集まって話し合いを行った日のことまでだ。

その時点ならば、全員で一度自己紹介と議論を済ませているから知り合いの基本的な情報を把握しているように話しても違和感はない。

また、どの復讐相手にも『選挙でどう動くかも決めかねている善良な高校生』であるかのように振る舞っていた時期だから、『その時点では選挙に参加する気などありませんでした』という告白をしても違和感がない。

実際はその時点ですでに、選挙で復讐を果たすことを決意していたのだが、それは秘密を守ってくれる苺恋と、このゲームにはいないアリスしか知らない。

これなら、たとえば『忍頂寺という参加者からお前は怪しいと聞いたぞ』と指弾されることがあっても、『それはここにいる一条さんではなく、未来の一条さんがやったことだ』という擁護を狙える。

『自分にとって都合の悪い記憶だけ忘れるなんて、出来すぎた話があるものか』と疑われることはあっても、『一条要の記憶が欠落していない』という証明をすることはできない。

せいぜい要自身が、覚えていると申告した日よりも後に起こった出来事を、知っている風にうっかり口にしないよう注意さえしていればいいだけだ。

 

諫早れんは「追放選挙か……」と深刻そうに腕を組み考え込んでいる。

こちらがD.O.Dの話を「信じる」と言ったおかげなのか、『そんな化け物などあり得ない』と切り捨てられなかったのは喜ばしい。

やがて彼女なりの見解を口にした。

 

「しかし、ドッキリ……という軽い言葉を使っていいのかは分からないが、ずいぶんと悪辣な嘘をついてみせたものだな。

この会場にあれだけの人間がいた以上、人類が滅んであと二人しか生かせないなど、あり得ないに決まっているのに」

 

違う。

嘘ではなかった。

少なくとも追放選挙の時、人類が滅んでいることを告げたアリスの声に嘘の赤色はなかった。

要の共感覚に引っ掛かる『嘘』の定義は、『心を偽って発言された言葉』に限られる。

つまり、発言した者が嘘ではないと信じ込んでいることであれば、事実とは違ったことを口にしても言葉は赤くならない。

しかし、現実にここには諫早れんがいる。

あの十二人が最後の人類だった、という前提は覆された。

アリスは人類が滅んだと思い込んでいたために言葉が赤くならなかっただけで、アリスの見解が誤りだった?

今の要に思いつく可能性は、それぐらいしかない。

そもそもアリスランドにいた間は、外界のことを探る手段が皆無であったために、推測を広げようがなかったのだ。

 

「俺には、わかりません」

「うん……そうだろうね。でも、話しにくいことをありがとう。

 おかげで、ここに集められた人たちには何かしら事情があるんだろうなって、心構えもできた」

 

それまで下に向けていた視線を、初めて星空へと向ける。

ぽつりぽつりと、星が浮いたような空。漫画のようにきらきらと一面の星空

 

「しかし、ここに登った収穫はなかったな。

 煙も火の手も確認できない以上、破壊の規模は分からない。ゲームの開始が昼時間であれば良かったんだが」

「逆に不自然ですよね。人間の手であれだけ音が響く破壊を行うとすれば、それこそ爆発物にでも頼らなければ不可能です。なのにそれらしい痕跡がない」

「人間の手ではない……まさか、一条の見た化け物とやらだったら、あれだけの破壊も起こせるのか?」

「いいえ、化け物に建物を壊せるほどの大きさはありませんでした。

それに、さっきは轟音よりも先に眩しい光のようなものが見えていました。

力押しで壊したというよりも、超高温の熱線で溶かしたか、巨大なレーザーナイフで支柱を斬ってビルでも崩落させたか…………どうしたって非現実的な話になってしまいますね」

「参ったな……あの破壊を兵器によるものじゃなく素の能力で実行可能だとしたら、銃器を持ちだしたって威圧にすらならないじゃないか」

 

諫早れんが対抗手段のことについて考えを巡らせている一方で、要の頭には浮かんでくることがあった。

 

巨大な力。

それこそ、単純な破壊だけではなく、誰かの願いを叶えることについても、人知を超えたそれが可能になるとしたら。

 

――最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられるぽん!

 

あのファヴの発言には、それなりの自信と裏付けがあるということになるのか。

 

『裏付け』?

違う、と無意識に耳を手で押さえた。

雑音を封じて集中する時は、よく耳をヘッドホンでふさいでいた。

それが無かったからか、今さらのように自覚する。

さっきの考え方は、いつもと違っていた。普段の自分ならば、『もしも裏付けが取れたならば』なんて絶対にありえない発想だ。

なぜ?

あの言葉が、『本当なのかどうか』が分からなかったせいだ。

気付いた。

 

ファヴの言葉には、色がついていなかったのだ。

 

一条要には、音が色として見える。

とは言っても、色のついた活字が空気中に出現して見えるというわけではない。

音が聞こえてくるたびに『いまの音にはこんな色が混ざっていた』と感じ取れる感覚のことを上手く説明するのはとても難しい。

ともかく、要にとっては人の声にも必ず何らかの色が付着しているものだった。

嘘をついている時だけ音が赤く染まるのも、あくまで『色』の一側面に過ぎない。

 

つまりファヴの声に色がついていなかったというのは、ファヴが嘘をついていなかったことを意味しない。

単に嘘をついていなかったのであれば声の色が赤くならないだけで、色が見えなくなったりはしない。

ファヴの声には、要の感覚が発現しなかったことを意味する。

一条要には、主催者の嘘が見抜けない措置が行われた。

アリスでさえ、それはやらなかった、もしくはできなかったことだ。

『嘘が見抜けないようにした』ということは、逆説的にあの説明のどこかに、嘘が含まれていたのか。

願いを叶えるという言葉は、嘘か。

それとも、それ以外の説明の部分に、知られては不都合な情報が混じっていたのか。

 

「なんにせよ、用事は終わった以上急がないとな。

 駅はあちらの方向でよかったかな」

「あっ、はい。駅前通りなら多少はライトアップも強いでしょうから、光源の多そうな方にむかって行くだけでも――」

 

その時だった。

 

北の方角から、ビルの隙間を縫って『破壊の色』が見えた。

 

「待ってください」

 

音を視覚的に『見る』ことができる要の共感覚は、その分だけ音をキャッチすることにも長けていた。

家の玄関前に立って集中すれば、生活音の一つ一つさえも判別できる。

たとえ壁を挟んでいても、その向こうにあるはずの呼吸音さえもが見える。

いつも集中のための小道具としてヘッドホンを使っている時にはおよばないが、街中の雑音が無いだけ空気は澄んでいて、音は響き(見え)安いし、物理的な視界の暗さには左右されない。

 

堅いものが砕ける大きな音。

何かが、ぶつかりあう音。

隕石と言われても違和感のない、高速の弾丸が風を切る音。

 

たとえ誰かに聞こえたとして、人がもたらした音だと気づく者はいないような、そんな音。

だが、要には聞こえるのではなく、視覚として見えるのだ。

 

「建物を飛び交って戦う、影のようなものが見えませんでしたか?」

 

視力を使って見たわけではないので、どんな人間なのかまでは分からないが。

 

「え、私には見えないが?」

夜目はそこそこ自信があります。もちろんさっきの破壊ほど大規模ではないようですが、似たような力の持ち主がいるのかも」

「そうか……駆けつけて確認すべきだろうか」

「今の俺たちに対抗手段はないでしょう。

 それならばいっそ、今のうちに移動を終えてしまった方が安全です」

 

れんも超常の力を持つ者の存在を実感した後だったからか、意外とあっさり従ってくれた。

向こうもあんな夜中に高所での戦闘を行えるならこちらを捉える術はあるのかもしれないが、あの戦闘に夢中になっている限りは見つかることはないだろう。

 

走っている間に、最後に聞こえた破壊の音は、立て続けに二つ聞こえた雷鳴のような音だった。

 

 

 

 

市街地を駆けながら、要は思った。

 

屋上でれんと話したことで、はっきりした。

確かに、ファヴの言葉が本当なのか嘘なのかは、気になった。

しかし同時に、違うだろう、とも思ったのだ。

 

確かに『何でも願いが叶うなら、未彩を』と誘惑にかられたことは、事実だ。

あの言葉の真偽は、とても気になる。

だが今は、苺恋とノーリの安全保障が最優先だ。

たとえ願いを叶えるという褒美が本当だったとしても、2人を殺してまで未彩を助けろというのは難しい。

ノーリを妹の代わりのように扱っていたことは否定できないが、代わりの妹だからといって本当の妹を取り戻すために死なせていいわけがない。

苺恋とノーリと要は、もう一か月もともに過ごしていたのだから。

 

同時に、そうかと腑に落ちたこともあった。

 

殺し合いゲームをまたすることになった一条要が、真っ先に『あの復讐対象を、また殺してやりたい』という殺意に燃えた理由。

全員の追放が終わってからは復讐の事などもう考えなくなっていたはずなのに、その上でなおこの手で殺すことにこだわっていた、謎。

つまり自分は、未彩のことにとどまらず、新たに苺恋やノーリのことを殺すかもしれない存在として、彼らのことを憎んでいたのか。

かつて追放した仇たちが、今度は追放された報復として『また自分の大切なものを奪いにくる』という恐怖から、憎しみを再燃させていたのだ。

 

隣のエリアへと移動を完了し、二人ともが歩きに移行する。

そんな頃合いをみて、心の中で集中のスイッチを切り替えた。

『警戒』よりも『捜索』を意識して、聴覚を周囲へと広げていく。

要の場合、そのアンテナは視覚と同義だ。

 

そんな気づきが、無事でいてほしいという祈りが通じたのか。

 

福音のようなタイミングだった。

自分たちのものではない足音。

自分たちのものではない呼吸音。

人ひとりいない静かな町にぽつんと生まれた、『人間が動く音(いろ)』。

 

それが、たしかに路地の遠く南方から聞こえた(見えた)。

 

「誰か、近づいてきます。あっちから。たぶん複数」

「例の眼が効くというやつか」

 

れんが要の発言を信用したのか、建物の中へといつでも飛びこめる位置へと下がらせ、通りの先へと眼を細めた。

要も視力ではなく聴力を集中させた上で遠くを凝視する。

 

憎い知り合いたちがやって来たのならば、即座に機先を制して友好的な演技を繕うつもりだった。

しかし、苺恋とノーリのどちらかの音であってくれ、という願いの方が上回った。

願いは叶った。

にわかには信じられなかったが、要の共感覚がキャッチする呼吸音や生活音は個人によって明確に違う。

それは、苺恋の薄桃色の呼吸音ではなかったが。

 

ノーリの呼吸音(いろ)。

そして、もう一人知らない音(いろ)。

襲われたら反撃することができないという解除条件のことも構わず、飛び出していた。

 

「ノーリ!」

「待て、一条……」

 

駆けよれば、音だけでなく街灯によって輪郭もはっきりとする。

 

革製の丈夫そうな紫の外套を着た、要と同年代ぐらいの少年。

そんな参加者と手をつないで、薄い青色の髪とワンピースを着た女の子が、とことこと歩みを進めていた。

少年の指先をノーリの方がつかむという、自発的な手のつなぎ方。

つまり、子どもを無理に連行している時にするような、逃がさないようにする扱いではなく、はっきりと保護されて連れだっている。

それを視認して、どっと胸のあたりから安堵が満ちた。

 

「すいません!俺はその子の知り合いです!」

 

声かけもそこそこに、駆け寄ってしゃがみ、ノーリの肩を抱く。

 

「良かった! 怪我はないか? 怖くなかった?」

 

矢継ぎ早に問うと、小さな女の子は空色の瞳を輝かせてこっくりと頷いた。

大きく息を吐き出し、ノーリを連れてくれた少年に礼を言う前にしみじみと喜びをかみしめる。

 

「えっと……もしかして、カナメさんですか?」

 

空気を読むだけの間をおいて、おっとりした声の主が膝を曲げながら問うてきた。

含むところがあるようには見えないし聞こえない、嘘の赤からはかけはなれた色をした声。

 

「どうして、俺の名前を?」

「ボクが教えたんだよ。要くん」

 

腕の中で、聞きなれた声が、聞きなれない言い回しを使った。

 

「ノーリ……?」

 

びっくりして見下ろせば、腕の中ではよく知らない少女が、三日月のように口を広げて笑っていた。

呼吸音も声も、確かにノーリに間違いないものではあった。

だが。

 

「会いたかった」

「お前、言葉が……?」

「ノーリという少女は、喋れないんじゃなかったのか?」

 

追いかけてきた諫早れんも、困惑を声に出す。

 

「ボクはノーリだよ。でも、今はノーリだけじゃないんだ」

 

そしてその声は、嘘をつかずに理解できないことを言ってのけたのだ。

 

 

 

 

駅に近づいたことで、市街地の様相もオフィス街のそれから繁華街のそれへと変わりつつあった。

夜間営業の灯りがついている建物が増えたことで、室内で会話する際にも電灯をつければ目立つのではないかという懸念がなくなったことはありがたい。

もっとも、にぎやかなのは灯りだけで無人である事に変わりはなかったが。

4人で座っての会話がしやすい場所ということで要はカラオケボックスを選択し、個室に入ればいざという時の逃げ場がないからとエントランスで二つ向かい合うよう並べられた順番待ち用のソファを勧めた。

諫早れんは『歌う場所』へと入っていくことに複雑そうな渋い顔をして、自己紹介の際にイレブンと名乗った少年は物珍しそうに周囲をきょろきょろ見ていた。

会計に立てかけられていたメニューを開き、つまみ類や色とりどりのパフェの写真に「わ、きれいな絵……」と目を輝かせる。

写真を見て、『絵』とは一体。

 

それ以外の二人――一条要とノーリはというと、お互いをにらむように観察することに気を張っていて、とても場所に対して思いをはせるどころではなかった。

 

「今までは言いたくても言えなかったんだけどね、ボクの正体はアリスランドの周りにいた『化け物』の一匹だったんだ」

 

事情の説明は、そんな青天の霹靂から始まった。

 

「ノーリが、化け物?」

「化け物……というのは一条が言っていた、人を食らうという連中か?」

 

ノーリの隣りにはイレブンが、対面には要と諫早れんが座り、問い詰める二人と問われる二人に分かれる。

 

「そう、その化け物。

要くんがどう説明したかは知らないけど、化け物には自分が知らないものを捕食して、その情報を取り込んで分裂する性質があるんだよ。

 化け物の一匹が今は亡き人間を捕食して、その分裂作用によって生まれたのが、ボク。だから記憶らしい記憶もなかった」

 

嘘、ではない。

要にはそれが分かる。

だが、いきなり言われてそうだったのかと納得できるかは別だ。

 

「待って。ノーリ。いきなりノーリが化け物だとか、実は分裂するとか言われても、ついていけない」

 

ノーリはぽかんとした顔で首をかしげた。

 

「あれ? 要くんには『化け物』の取り込みに関しては説明したはずだけどなぁ。つい最近、アリスが分からないことを全部答えたじゃないか」

「何のことだ? 全く記憶にない」

 

そもそも、アリスは一度として質問に好きなだけ答えてくれたことなんか無い。

……待て。

おかしいのはそこだけではない。

ノーリは今、『要くんに説明した』と、まるで自分が説明したかのような言い回しを使わなかったか。

さっき、ノーリが『今のボクはノーリだけではない』と言ったのと、関係があるのか?

彼女はノーリ本人だ。断言できる。

呼吸音の色が同じなので、別人が化けていることは有り得ない。

(呼吸音で分かりましたなど発言すると、能力がばれるどころか変態だと誤解されかねないので口にできたものではないが)

では、ずっと感じている違和感はなんだろう。

要の代弁というわけではないだろうが、諫早れんも混乱していた。

 

「すまない。アリスというのは、一条たちに追放選挙などという最低のゲームをやらせようとした犯人だという、そのアリスのことか?」

「やらせようとした? ……君は諫早れんちゃんだっけ。おかしなことを言うなぁ。追放選挙は、もう終わったんだよ?」

 

要が9人を追放して、残った3人のうち要だけがアリスとの賭けに負けて自滅したから、苺恋とノーリの2人が残って、選抜は終了になるだろう。

たしかに選挙は終わっている。要の記憶と、矛盾するところはない。

だが、れんに嘘をついてしまった以上、『選挙の説明がされる前日の時点から来ました』というストーリーを通す必要がある。

 

「何を言ってる? 俺の記憶が確かなら、選挙はまだ始まっていなかったはずだ。

 十二人全員で話し合った後アリスに割り込まれて、そのまま就寝したのを覚えている」

「え」

 

今度は、ノーリが置き去りにされたような反応をする番だった。

ノーリの顔で呆けたような顔をされたことに罪悪感が無いでもないが、要だってまさか『ノーリが知性を得た上で参加してくる』など完全に予想の埒外だった。

 

本当にそれだけしか覚えていないのか、例えばアレは覚えていないのか、と問われ、それを肯定するような遣り取りがしばらく続く。

れんも、一条から同じ説明を受けたと語ってくれた。

人類がもう滅んでしまったなどあり得ない話だったが、少なくとも一条の発言は一貫している、とも。

 

「分かった……要くんは、ボクよりも過去から来た要くんで、選挙の説明前日までのことしか知らない要くんだってことでいいよ、もう。

はぁ……悩みの種が増えて頭が痛いってこういう感覚かも」

「ごめん、ノーリ。選挙はもう終わってると言われても意味が分からない……いや、それ以前に。

俺の、この食い違いは選挙の時のような記憶操作の類じゃないのか?

あるはずの記憶が欠落しているなら、過去からやって来たなんて言い出すよりも先に、俺の記憶に問題がある可能性を疑うべきじゃないのか?」

 

実際は記憶操作ですらない嘘なのだが、ノーリへの質問という形で発言した為に嘘の赤色は混じらなかった。

 

「ここに諫早れんちゃんやイレブンくんがいなかったら、ボクもそう考えたところだったんだけどね」

「私が?」

「れんちゃんって呼べばいいのかな? さっき、人類が滅んでないって言ったよね」

「ああ、事実だ」

 

いきなり質問の矛先を向けられ、れんは動揺しながらも背筋を伸ばす。

 

「今は西暦の何年か言ってみてくれる?」

「質問の意図が分からないけど……」

 

れんの返答した時代に、ノーリはしみじみと頷いた。

 

「うん、これではっきりした。もうこれ、ボクの知ってる事を一から話しちゃった方が早いかな。

 えっと、荒唐無稽に聞こえるかもしれないけど、落ち着いて聞いてね」

 

はぁ、と地面を見下ろしながら大げさにため息をついてみせる仕草。

誰であろうと『ちゃん』付け、『くん』付けで呼ぶ口調。

ノーリに感じていた違和感は、だんだん『まさか』という形をとってきた。

嫌な予感が、胸にわだかまっていく。

 

「今から、追放選挙が開かれることになった世界の秘密について話すよ。

 でも、『なんでノーリがそんな裏事情を知ってるんだ』って思われるかもしれないから、先に明かしておくね」

 

こういう、いちいち遠回りをするような話し方をする存在を、一条要は知っている。

それは、参加者名簿にも載っていないはずの存在だった。

 

 

気づいた。

やめてくれ、と思った。

 

「ボクは、このゲームに拉致される直前にアリスを捕食することによって、アリスの知識もそのままノーリの中に取り込んだ存在なんだよ。

君たちと会話しているこの人格は、ノーリとしての部分だけどね。

 

一拍おいて、その意味を飲み込んだ。

今のノーリが、ノーリとアリスの融合体であるという荒唐無稽な話は、嘘ではない。

今のノーリの人格が、ノーリにあるという部分が、嘘。

この二つを合わせると、目の前の少女について言えることは一つだ。

 

それはつまり――ノーリとアリスは融合し、主人格はノーリではなくアリスである。

ノーリは、アリスに乗っ取られてしまった。

 

「アリスっ――」

 

激昂。

 

頭に血がのぼり、立ち上がる。

 

「お前が、なんでノーリに……っ!!」

 

いけしゃあしゃあと『ボクはノーリだ』と嘘をつくその肩を掴み、ふざけるなと問い詰めようとして、

 

「待って」

 

ノーリの前に、遮るように右腕が降ろされた。

いつの間にかノーリの左隣に座っていた少年が立ち上がり、要の手を停止させるように腕を斜めに降ろしている。

 

「えっと、カナメさんがノーリちゃんを心配したり混乱するのも分かります。

ただ、怒るのは話を最後まで聞いた後でもできると思うんです」

 

だから、最初に話を聞くだけききませんか、と説得するその声に、悪意や欺瞞の色は無かった。

明らかな嘘以外は正否の付きにくい要の能力でも、それぐらいは感じとれる。

 

「あ……」

 

ノーリに眼を向ければ、べつだん動揺するでもない無表情と眼があった。

れんも虚を突かれたような顔で、発言をはさむことができずにいる。

さっきの追放選挙とアリスの悪事に対する激しい怒りをそのまま持ち込んでいれば、ノーリがアリスを名乗った時点で声を荒げてもおかしくなかったはずだが、それをするタイミングも失ったらしい。

 

自分をのぞいた三人の動きがとまっているのを見て、どうにか冷静さが戻ってくる。

 

そう、まずは話を聞いてからでなければ、情報が足りなすぎる。

たとえ場の主導権を握られようとも、今は聞き役に徹するしかない。

 

そもそも、早まった行動を起こすのは非常にまずかった。

たとえ肩を荒々しくつかんだだけでも、それが暴力のように見えてしまえば『他のプレイヤーに危害を加えない』という解除条件に抵触する。

 

「すいません、動揺しました」

 

ひとまずノーリではなくイレブンに頭を下げ、要はいまいちどノーリの話に耳を傾けた。



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夢を知った心と闇に咲いた心/ノーリ、イレブン、一条要、諫早れん(ヤヌ)

追放選挙の開催目的。

要たちが、れんの時代からおよそ100年は先の時代を生きる人間であり、記憶操作によって二十一世紀初頭の生活をしていたかのように錯覚していたこと。

その時代では真実として世界が滅んでおり、アリスは生き残った人類を連れてアリスランドに避難した、正真正銘の管理者であること。

よってアリスは、このゲームには異なる時代、もしくは異なる星で異なる世界を生きる人類が選抜されたという仮説を立てており、『れんと要とノーリは、それぞれ呼び出された時点が違う』と考えるべきであること。

2人しか生き残れないというゲームのルールは、アリスランドの残ったリソースが事実その人数分だけしかないためであり、殺し合いゲームという手段の是非はともかく、命を弄ぼうという悪意は毛頭なかったこと。

そして遠くない未来において、アリスは『アリスランドを宇宙船として復旧し、他の人類が生き残っている可能性に懸けて母星に帰る』という手段で全員を救おうとしていたこと。

要にとってはあずかり知らぬ未来であるが、12人の全員がそれに同意したこと。

 

そして何より、『追放選挙』は全て12人が眠る救命ポッドの中で見せられていた仮想空間での出来事であり、これまでにも何千回と試行されていた、『実際には死人の出ていないゲーム』だったこと。

 

「少し、整理させてくれ」

 

話し終えたノーリにそうことわって、時間をつくる。

 

一条要には、嘘が分かる。

また、それがファヴの時のように『色が見えない』状態ではなく、色が見えた上で嘘が見いだせない状態であるため、自分の眼が正常に働いていることも分かる。

 

まず、これまでの事は全て茶番だったのかと怒りを覚えた。

しかし、眼前のアリスもといノーリに対してまた乱暴に振る舞うわけにもいかず、ひとまずは怒りをおさえこんだ。

次に、『自分がそう遠くない未来にアリスを仲間として受け入れ、全員での帰還に賛成した』ということが信じられなかった。

9人目を追放した時点で復讐のことはすでに過去になっていたから、ゲームが中断されたことで復讐を諦めたというのはまだ納得できる。

(もっとも、今回の殺し合いで仮に出会ってしまえば始末する事は変わらないが)

しかし、アリスと上手く折り合いを付けられるほどに自分がアリスの理解者となる未来が来るというのが、嘘ではないと分かっていてもやはり実感できない。

一条要にとってのアリスは、人の心が分からないままに選挙のゲームを楽しんでいる愉悦まじりの人でなしにしか見えなかった。

今ではなるべく全員での生還を願っている。

君たちの味方だ。

そう説かれても、自分の能力がなければまず信じなかっただろう。

 

だが『嘘ではない』という事実がある以上、それを飲み込んで考えるしかない。

 

アリスもといノーリは、要が選挙の開始前からこの世界に来たという嘘を信じた。

ノーリの方針は、選挙に参加したメンバーをなるべく多く生かしたままアリスランドに帰ること。

そして、それを一条要にも協力してほしい。

 

(あの時の、選挙開始前の俺にそんな事ができるわけがないって、分かってるくせに……)

 

アリスランドにいた存在のなかで、アリスだけが、その時点で一条要が復讐を狙っていることを知っている。

しかし現在のノーリは、そのことをおくびにも出さない。

何故か。

おそらく、一条要が、諫早れんという第三者を相手に、友好関係を築いていたからだ。

知り合いのほとんどに対して皆殺しを企んでいることを、おいそれと初対面の諫早れんに打ち明けているわけがない。

つまり『諫早れんに、一条要の目的が復讐だとばれる』ことは要のウイークポイントだ。

『やろうと思えば、要に対する他参加者の信頼を落とせる』ことを利用して、駆け引きを有利に勧めようとしている。

 

「一ついいだろうか」とその諫早れんが口を開いた。

 

「その、君がアリスしか知らないことを色々と知っている、裏側の人間だというのは分かった。

 しかし、こういう言い方はしたくないけど、君の話が真実だという確信が私には持てない」

 

れんはまず、ノーリの荒唐無稽な物語を疑ってかかるところから始めた。

なぜなら彼女は、要と違って嘘をついていないと分からないから。

だが、ここで『ノーリの言った事のうちどこまでが本当なのか』という点をいつまでも議論しても時間の無駄になるだけだ。

仕方なくノーリを擁護する側にまわった。

 

「もし主人格がノーリだというなら、おそらく嘘はついていませんよ。

長い付き合いではありませんが、嘘をつくような裏のある子には見えませんでした」

 

「その……この少女が間違いなく、ノーリ本人でもあると証明する方法はないのかな。

 いや、見た目はそうなんだろうけど、万が一にもノーリの双子の姉妹だった、なんて可能性はないのか?」

「では、俺とノーリしか知らないことを聞いてみます。ノーリ、君の名前の由来は?」

 

実際はアリスも命名した場にいたし、苺恋にも名前の由来は話していたのだが、そこは嘘でごまかす。

ノーリもれんからの信頼度を損なって良いことはないのだから、当然に話を合わせてくる。

 

「部屋に置いてたぬいぐるみについていた首輪のネームだね」

「……正解。これで証明できました。ぬいぐるみの名前の字は小さかったから、たとえ監視の目がついていてもそこまで把握できるものではありません。

間違いなく、この子はノーリしか知らないことを知っているノーリ本人です」

「そうか。ほかでもない一条がそう言うなら、信じるしかないな」

 

れんは話を飲み込むのには戸惑ったものの、『アリスが混ざったノーリ』に対してはかなり穏やかに接している。

先ほど、あれだけアリスに向けていた義憤を転化する素振りはまったくない。

たとえ必要にかられてのことで、仮想空間のことだったとはいえ、『十二人のうち十人を蹴落とすゲームを楽しく執り行っていた』というのは、善悪はともかく間違いなく悪趣味で愉快ではない話のはずだが、それをどうこう言うつもりはないらしかった。

ドリパクのように陰湿な悪党を想像していたところに、舌ったらずな子どもが現れたというギャップもあるのだろう。

 

おそらく、ノーリが『主人格はアリスではなくノーリである』という嘘をついた理由はこれが狙いだ。

過去のこととはいえ、『ヒトを喜んで追放するようなパーソナリティーの持ち主だった』ということを選挙に参加した全員に知られているアリスの名前を名乗れば、他の参加者からの信頼を得ることは難しいと計算しての嘘。

ずいぶんと小細工をしてくれる、と歯噛みしたい思いだった。

 

ここで、お前はノーリには見えない、ノーリの姿をした別の何かだと暴き立ててしまうこともできる。

しかし、二つの理由からそれはできない。

 

一つ目は、心はともかく体がノーリのモノだと言うのは嘘ではなかったから。

アリスの死が、そのままノーリの死も意味する以上、彼女の信頼を失わせてノーリを危険にさらすような真似はできない。

二つ目は、『そいつは嘘つきだ』とばらしてしまえば、間違いなくノーリも反撃として『要くんだって他の皆を殺したいと思ってるのに隠している』という要の秘密をばらしにかかることが予想できるからだ。

要も、ノーリも、保身のためにお互いに嘘をついているが、それゆえにお互いの行動を縛り合う結果になっている。

だからこそノーリは、要に対して『ボクと協力して脱出することに同意してほしい』という提案もできるのだろう。

 

「そういえば」

 

会話を打開するとっかかり欲しさに、要はこの場にいる第四の人物――イレブンという苗字を持たない少年に話しかけた。

この少年は、どこまで事情を知っているのだろう。

 

「イレブンさんも、同じ説明を受けているんですか?」

「あ、はい。確かに結果はともかく、ゲームで人の心を弄んだのは悪いと思いましたけど、今ノーリちゃんにとやかく言っても仕方ないかなって」

「じゃあ、ノーリに対する隔意はない?」

「もう、無いです」

 

この言い方では、やはりれんと同じ程度にしか教えられていない様子だ。

だが、念のために要について余計なことを言わなかったかも聞いておく。

 

「ちなみにこれは私事ですが、この子、俺のことは何か言ってましたか?

恥ずかしながら気になりまして」

「すっごく好意的に言ってましたよ。一番話を分かってくれて、人間らしくて、信頼できる人だって」

「え、本当ですか?」

「はい。今の要さんはまだノーリちゃんと付き合って間もないらしいから、信じてもらえないかもしれませんけど」

 

誉め言葉には、嘘がない。

それに、『信じてもらえないかもしれない』という発言に嘘がないということは、要に嘘を見抜く力があることも知られていないということだ。

 

「ちょっとイレブンくーん。そのまんま言うのやめてよ。照れるじゃない」

 

ノーリが、機械のアリスだった時も浮かべていたにっこり笑顔で、イレブンの身体をぺしぺしと横から叩いた。

アリスが自分のことをそんなに持ち上げて褒め称えるわけがない。

おそらく要が『大切な仲間ですから』と言ったようにいくらでも嘘をついたのだろう。

『要に世話されていたノーリ』の皮をかぶるために。

傍目には、なごやかな光景だった。

イレブンのすぐ隣、ソファに立てかけるようにして支給品の細剣がいつでも手に取って振るえるよう備えられていることを除けば、だが。

そんな備えを当然のような所作で行っていた彼もまた要にとって未知の人物であることは間違いない。

後でしっかりと情報を得ておく必要はあったが、ひとまず自分のことが悪く伝わってはいないらしいことに安堵する。

 

「そうだな。確かに君はノーリだ。慣れるのは難しいかもしれないけど、そういう風に接するよ」

「ふふ。分かってくれて嬉しいなぁ」

 

気持ちとしては認めたくないが、扱いとしてはノーリとして接するしかない。

もっとも、ノーリは要が嘘を見抜けることを知っている。

よって、要には嘘がばれていることを、ノーリも知ったまま小芝居に乗っているといったところか。

 

そんな風に推測しながら、要はあくまで穏やかな声のまま、続ける。

 

「ただ、俺はノーリの保護者になっているからこの程度の動揺で納得しているけど、同じ説明で俺以外の皆が納得するかは心配だな。

もしも、他の5人まで俺みたいに半端な時期から来ている状態だったら、『選挙をやるといったけど、アレは無しです』なんていきなり言われることになる。いきなり気持ちを切り替えられるものじゃない」

 

ノーリの中身であるアリスなら、これで『俺は納得していないぞ』『いきなり復讐から協力へと切り替えられるわけがないだろう』という裏の意味は伝わる。

また、遠回しに『復讐すべき他の候補者たちもここにいのに、俺が協力すると思っているのか』と牽制する意味もある。

 

選挙の説明前日の要は、どんなペナルティを負ってでも選挙で他の参加者を殺しきるとアリスに表明した直後だった。

……であるならば、こんな風に『選挙で復讐の機会が得られるという話は嘘だったのか』とアリスに怒ってみせるのが、あるべき姿だ。

いや、今でも苛立ちはするのだが、その怒りはいっそう激しいという風に見せるべきだ。

よって、ここはその怒りを利用して圧力をかける。

そして、さらに言う。

 

「ただ、少なくとも苺恋なら大丈夫だな。

苺恋はああ見えて疑り深いところはあるけど、俺が言う事なら受け入れてくれるから」

「確かに、苺恋ちゃんに関しては要くんの協力が必要不可欠だよね」

 

案に『苺恋は要がいなければコントロールできない』ことを強調して、協力を乞わねばならないのはむしろお前の方だということをほのめかす。

『なるべく多くを助ける為に要に協力させる』のではなく『要と苺恋(とノーリの身体)を優先して助けるよう妥協する』ところまで持っていければしめたもの。

そこまでいかずとも『殺意をばらされたくないことをネタにすれば俺をコントロールできると思うなよ』という睨みを利かせられるだけでも効果はある。

 

確かにノーリによって『復讐心を抱えた上でゲームに参加した』ことを暴露されてしまったら痛いが、いざとなればこちらから『実は下心があったんです』と自白し、改心した演技をするという手も使う覚悟はある。

多少なりとも周囲からの信頼度は落ちるだろうが、同行者から追放されるほどではないだろう。

それと引き換えに、こちらはほとぼりが冷めたのを見て思う存分に『ノーリは実はアリスではないのか』『アリスはやはり何かを企んでいるのでは』という引きずり落としを行うことができる。

 

うーん、とノーリは口元に指をあてて考えるそぶりを見せた。

機械のときにもよくしていた仕草だった。

 

「確かに、そこは困った問題だよね。

ボクに思うところはあるだろうけど、今は棚あげにして皆での脱出に協力してほしい……っていうのは理想論かな。

少なくとも、終わったら皆が満足するだけの答えは返すことは約束できるよ。一度は和解できたからね。

それに、単独で動いたっていずれ行き詰まるだろうからそこをアピールするかな。

ボクだって、苺花ちゃんと要くんと三人で生きて帰ることは大事だし。二人以上での生還優先なのは要くんも同じでしょう?」

 

『要くんも』の部分に、イントネーションが強くおかれていた。

つまり、真の意味はこうだ。

 

『復讐したいと思うところはあるだろうけど、今は棚上げにして仇たちと脱出することを妥協してほしい。

終わったら必ず復讐に関する問いには答えられるだけのものを提示する。

それに、下手に復讐を優先してひとり暴挙に走れば、苺恋ちゃんやノーリの身体が無事なまま生還できる確率が低くなる。

要くんだって、復讐と、苺恋ちゃんたちの安全なら、後者が大事なのは同じでしょう?』

 

しかも腹立たしいことに、それは要にとってかなり痛いところをついていた。

どんな時期から殺し合いを命じられようとも、復讐のために苺恋やノーリを見捨てることだけはできない。

できれば三人、最低でも苺恋とノーリの二人を生還させたければ、『殺し合いの優勝』では枠が足りない。

優勝によって願いが叶うならば、苺恋を優勝させて、ノーリを蘇生させるか?

いや、たとえ本当に蘇生という願いが叶うとしても、苺恋ならば要とノーリのどちらかが生き返る機会を与えられたときに、自分ではなくノーリを選んでくれる保証がない。

それに『一人になるまで殺し合え』というルール上、参加者の誰かを生き返らせて二人で生還したい、が通じるかは微妙だ。

まずは『本当に何でも願いがかなえられるのか』が確かめられなければ――

 

「まぁ、皆への説得はある程度出たとこ勝負になるしかないと思うよ。

 要くんはまだ知らないだろうけど、実は割と会話が成立しないタイプもいるしね」

 

ノーリがそこで話題を打ち切り、「ところで」と矛先を変えた。

 

「要くんには、先にボクの首輪の条件を教えておくよ。

 いちおうボクの保護者みたいなものだしね」

 

願ってもない情報。

しかし、罠だという予感しかしない。

スマホをディパックから探り出しながら、案の定、問い掛けてきた。

 

「そういえば、要くんの条件はなんだったの?」

 

信頼関係のある保護者と被保護者というやり取りを演じていたために、れんが気軽に答えてしまう。

 

「ああ。一条の首輪解除条件は、第四回放送までの生存だったな?」

「ふーん。そうなんだ。

ボクの条件はちょっと長い上にフクザツでね。スマホで読んでもらった方が早いかな。

れんちゃんにも一緒に見て、心当たりがあれば教えてほしいんだよ。

 その間に、ボクは要くんのスマホでも見てるからさ。

 いちおう、スマホの機能とかは参加者一律で同じ仕様なのかも確認しておきたいし、取り換えっこで見てみたいんだ」

 

いかにも遊びを提案する、無邪気な子どものようにそう言った。

 

最も痛いところを突かれた、と表情がひきつる。

 

実のところ、最初に出会った諫早れんに対して解除条件を偽ったのは、ある種の『賭け』だった。

相手が要に対して油断しておらず、「じゃあ念のためにスマホを見せて証明してください」と口にしただけで本当の条件がばれてしまう、それはおせじにも出来がいいとは言えない偽装申告だ。

しかし、それが『いっさい反撃もしてはならない』という重い条件であれば、たとえあの場でれんがスマホの提示を求めてきたとしても、『弱みを知られるのが怖かったんです』と言い訳して謝れば、『無理もない』と許されると踏んだ。

そして、スマホの提示まで求められずに、そのままれんを信じ込ませることができれば、『既にれんが信用している』という事実でもって、第二第三の遭遇者に対しても解除条件をごまかせると、計算していたのに。

 

まさか、一条要のそういう手口をよく知っているアリスという存在が、ノーリの名前を借りてスマホの提示を求めてくるなんて、予想できるわけがなかった。

仮に、れんとの信頼構築が完了した今さらになってから条件を偽っていたことが分かれば、殺意を隠していたことが露見するのとダブルパンチで信頼の回復は一気に難しくなるだろう。

 

「わかったよ」

 

断ることもできそうになかった。

要のスマホを見たがる理由としてもっともらしいことを言っている以上、見せることを渋るのは怪しまれるだけにしかならない。

 

交換で要のスマホを受け取ったノーリが、画面を操作して「なるほどねー」と意味深に頷いた。

驚いたそぶりを見せない。

つまり、ここでれんに「要くんは条件で嘘をついてるよ」とばらすつもりはないのだろう。

暗澹たる思いだったが、同時にここでいきなり暴露されないことを安堵してしまってもいた。

おそらくノーリは、『いっさい反撃してはならない』という重い条件を弱みとして、自分を完全にコントロールしにかかるつもりなのだろう。

 

どうすればいい、どう打開策をうてばいい、とノーリの解除画面を表示させながらも、そればかりを考える。

 

だが、真に『やられた』と思ったのは、その数秒後だった。

 

 

 

「ほら、イレブン君も覚えておいてね。この中だと君が最大戦力でもあるんだから」

 

 

 

そういいながら、ノーリが隣に座るイレブンへと、スマホを見せたのだ。

子どもだからこそ『不用心だぞ』とは怒られずに許される、そんな無邪気な素振りで。

なっ……。

そんな絶句が声音に現れないよう、要はどうにか自分を押しとどめた。

 

イレブンは画面に書かれていた文章を目で追いかけ、その目を丸くする。

そして次の瞬間、はっきり隣席へと視線をうつしてノーリと『目くばせ』を交わし合った。

ノーリはそれに対して頷いてみせる。

その上、れんの視線が要の手元にあるノーリの解除条件を読むことに向いているのを利用して、『黙っていて』を示す『しーっ』という仕草を人差し指でつくってみせた。

 

そんな一連の光景が、要の見ている前で演じられた。

 

まるで、『ノーリに合わせる』という連携が、あらかじめできているかのように。

まるで、『要がこういうことをするかもしれない』可能性を、あらかじめ覚悟させていたかのように。

 

やられた、という感想が頭をグローブ付きで殴ったかのような痛恨の一撃を響かせた。

どうしてという疑問が、胃の腐にずしんと落ちた。

 

さきほど、イレブンは『ノーリに対する隔意はない』『ノーリから要はいい人だと教わった』という言葉を、真実で答えた。

だからこそ、『ノーリのアリスとしての本性には触れていない』『詳しい事情を聞かされないままノーリを保護していた』と思い込んだ。

いったいどうやって、ノーリはこの見るからに善良そうな人間に、『一条要は危険な思想の持主だが、それを飲み込んで自分に話を合わせてほしい』ということをありのまま伝え、納得させたのか。

2人の間に、どんな遣り取りがあったのか。

それが理解できない状況の不気味さもさることながら、『イレブンはおそらく最大戦力である』という発言まできっちりくっついてきたのが厄介だった。

これで、『諫早れんを一刻も早く始末されるよう仕向け、『みんな大切な仲間ですから』という嘘をついた相手がまだ1人しかいないうちに自分を信頼する味方を作り直す』という緊急手段が難しくなった。

ノーリの方がすでに『集団』として意思統一している以上、有利不利の差は明らかだ。

 

「なるほど。ノーリの条件の中に俺が知ってる名前はないから助けにはなれないな。

ただ、他にできることがあれば【いくらでも協力するよ】」

 

本意では無いながらも、ここはノーリに迎合し、協力するという立場表明を出す。

表面上は、ノーリと組んで脱出のために動いている振りをする。

今ここで取れる行動が、その一択に絞られた。

 

「そっかぁ。気持ちは嬉しいよ。

れんちゃんはどう? ボクの条件の中に、心当たりのある名前はいるかな?」

「いや、どの名前にも覚えがないな。申し訳ない」

「……わかったよ。そこまで期待はしてなかったけど、残念」

 

苺恋やノーリを生還させるという利害は一致しているとはいえ、完全に主導権を持っていかれたのは悔しい。

要がそんな鬱屈を制御しようと心を砕いていたときだった。

諫早れんが、ノーリへと問いかけた。

 

「そういえば、一条たちの話がひと段落したなら、私からもいいかな」

「どうしたの、れんちゃん?」

「さっきの『呼ばれた時代が違う』という議論に関係あるかもしれないから、先に話しておきたかったんだ。私のことで」

 

『私のこと』と付け加えたおかげで、何についての話かは察しがついた。

 

「実は参加者名簿に書かれている私の知り合いは……4人いるんだが、全員がすでに亡くなっている人間なんだ」

 

対面にいた二人の顔に、ぴくりと緊張が走った。

 

「最初は、嫌がらせでここにいない人間の名前が書かれた可能性も疑った。

けど、さっきの君の話を聞いて、思いついてしまったんだ。

私の知り合いは、『命を落とす前の時』からここに連れてこられたのではないかと」

 

それは、これまで判断材料が少なすぎて議論できなかった、タブーの話題。

当然、ノーリの話を飲み込んでしまえば、発想も変わる。

希望を持ってしまう。

 

「可能性としては、全く有り得ないとは言い切れないね。

 こういう言い方は失礼だけど、仮に要君のいた地球とれんちゃんのいた地球が違う時代の同じ世界だった場合、要君やボクから見たれんちゃんだって、『もうボクたちの時代にはいない人間』に該当してしまうから」

「確かにそうだな……済まない。必要な事務連絡だと思って伝えたのだが、『そうであってほしい』という私の願望が口をついただけになってしまった。

 生きているなら、もしかすると一緒に脱出することも――」

「ストップ。れんちゃん、それ以上はやめよう」

 

また再会できるかもしれない、という希望だけではない。

もしも、この殺し合いを脱出する時に、彼女たちも同じところに帰ることができるなら、仲間が死ぬ運命を回避できるのではないかという希望だ。

一度、殺し合いゲームによって仲間を失った諫早れんならば、おそらくその可能性まで想像してしまっているはずだ。

 

「確かにボクは、違う時間から連れてこられた人が大勢いる前提で考えてる。

 でも、だからって『死んだ人を違う時間から連れてきて取り戻せる』ってところまで飛躍するのはまずいよ。

『違う時間から人を連れてくる』技術が帰る時にも適用できるのか、ボクらにも扱える技術なのか、そもそも連れ帰っても問題はないのか、色んな保証がどこにもないんだから。

 もし『ここで死なせても過去から連れてくればいいんだ!』なんて短絡的に考える人が出てきたら困るでしょ?

 死んじゃったら取返しが付かない前提で行動した方がいいよ」

「ノーリ、それはさすがに諫早さんに言いすぎだ」

 

静かな声音で叱ると、ノーリは殊勝にもしゅんとして見せた。

 

「……うん、そうだったね要くん。

 ごめん、ボクにだって取り戻したい人はいないわけじゃないんだ。

 だからこそ、下手に考えるのは危ないって思っちゃったんだよ」

「いや、別に私は気にしてないよ」

「ありがとう。イレブン君も、なるべくそこは話題に出さないようにしてね」

 

同意を求めるように、隣の少年を振り仰いだ。

少年は、頷いて同意する。

 

「……そうだね。ボクもそんなことが叶うなんて話は聞いたことないから」

 

その反応に、『赤色』によって違和感を見いだせたのは要だけだった。

素直に首を縦にふった少年の顔は、無表情に繕われていたから。

 

(今、おかしかったよな……?)

 

その会話に驚かされたところは、二つあった。

 

一つは、イレブンのついた嘘。

諫早れんのように、死んだ者の名前が名簿に載っているだけならば『そんなことが叶うなんて話を聞いたことが無い』という発言まで嘘にはならない。

つまりイレブンは、より具体的に『時間軸の移動によって死者を取り戻した実話』を聞いたことがある、ということ。

そして、ノーリの方は『保証がどこにもない』という言葉が赤くならなかったから、その話はノーリには伝えていないのだろう。

それはまさに、一条要が知りたいと思っていたことでもあった。

 

そしてもう一つは、ノーリが嘘をつかなかったこと。

ノーリにも生き返らせたい人がいる、という言葉が嘘ではなかった。

 

誰のことだ、と首をかしげた。

追放選挙に参加した者は皆死んでいないのだから、心当たりがない。

 

しかしすぐに、一人しかいないと気付いた。

ノーリとアリスがしっかりと記憶している人間の個人は、二人合わせてもそう多くないのだから。

 

追放選挙に参加するはずだった、十三人目。

繰り返しの選挙ゲームが正式に開始する直前に、化け物に殺された少女。

 

――一条未彩。

 

そう、『ノーリによく似ている』妹。

 

(似ている?)

 

閃きが、思考回路の中を駆け抜けた。

その閃きは、ノーリの声を伴っていた。

 

それは、ついさっき聞いた、『嘘ではない』言葉だった。

 

『化け物には自分が知らないものを捕食して、その情報を取り込んで分裂する性質があるんだよ。』

 

(確か、ノーリは、あの時――――)

 

閃きが生み出されてから、考えが組みあがるのは一瞬にも満たなかった。

 

「あ…………」

 

そして、要の頭に、確信が落ちる。

白昼の雷鳴のように、頭を真っ白に塗り替えるような鋭さをともなって。

 

だとすれば。

この、頭をよぎった考えが正しければ、ノーリは。

 

「――要くん?」

 

その何気ない会話によって。

一条要の世界は、塗り替えられた。

 

 

 

 

体感時間を巻き戻し、アリスはイレブンと出会った時のことを回想する。

その時のことを思い出すのは愉快ではなかったが、思い出さずにはいられなかった。

 

出会いがしらに不審がられたのは、少年の経験則らしかった。

すぐにノーリの血の匂いを嗅ぎつけたのは、それが飛び散るような現場におそらく何度も身を置いた経験があったから。

機械として食べられる側だった時は当然に血など流さなかったために、アリスにとってそれは盲点となる指摘だった。

慌てて「さっき遺体を見つけ、しばらく茫然としていたから」と言い訳したけれど、続く問いかけとしてそれはどこにあったのかと聞かれる。

さすがに『ボクが完食したからもうありません』とは言えず、遺体を見てびっくりして離れたからよく覚えていないとごまかすしかなかった。

 

アリスには、たしかに人間の情動を理解できていない自覚がある。

天王寺彩夏の遺体を食らう時も、これといって人間を食らうことによる嫌悪感も良心のとがめもなかった。

しかし、『あの』忍頂寺一政を5000回以上におよぶ選挙で観察してきた以上、人間の肉を食らうという行為が一般的には受け付けられない行為だと、いやというほど学習している。

よって、情報収集のために遺体を食したことは伏せた方がいいと判断した。

 

遺体がどんな人だったかと聞かれて金髪を二つ結びにした女の子だったと答えれば、少年は拳をぎゅっと握って小さく震える反応を見せたけれど、たぶんあの髪色は染めてたんじゃないかなと付け加えると、首を左右にぶるんぶるんと振る反応をした。

嫌な予想が外れいてたことに安堵した自分自身を、反省しているような仕草だった。

『恐れていたことは起こらなかったはずなのに、それを喜ばない』というその反応はかなり非論理的で面白かったのだが、それ以上近寄って観察することはできなかった。

 

なぜなのか、相変わらず威圧感があった。

肌が粟立つというのか、びりびりとした緊張感が火傷のように肌を刺し、『今すぐ逃げだしたい』という思考を抱かせる。

空気に有毒物質が含まれているというより、その逆にきれいすぎて息が詰まるという感覚。

発汗が、どっと発生していた。

視界にこきざみなぶれが起こり、それでやっと膝が震えていることに気付いた。

 

君、何かしてる?

 

そう尋ねようとしたが、少年に切り出される方が早かった。

 

「君、人間じゃないよね?」

 

空色の瞳と、静かな眼差しを向けながら、根本的な質問を。

 

「どうしてそう思ったのかな?」

 

急にわいてきた逃走欲求と、関係があるのだろうか。

アリスに原因の心当たりがないのは、少年にも予想外であったらしい。

穏やかながらも凛としていた少年の表情が、徐々に戸惑ったように変わってきた。

 

「えっと。さっきまで町の外を歩いてたから、その時に呪文を使ってた。

今回は他のことに時間を取られたくなかったから。

危ない気配はなかったけど、ロトゼタシアでこんな場所見なかったし、エンカウントするようだったら困ると思って。

そしたら、君みたいに小さな子に効くとは思わなかったから」

「効く? 何が?」

 

相手に対して、まさか気付いてないのだろうかと遠慮したように間をおいて、その答えを。

 

 

 

「……トへロスを」

 

 

 

 

とへろす。

 

 

 

少年の説明を要約すると、それは低級魔物(モンスター)が近づけないようにする、いわば虫よけスプレー。

なるほど、確かにアリスの肉体のベースになっているのはノーリだ。化け物だ。

いくら人間の情報を取り込んで人間の姿になったとはいえ、間違いなくノーリ(アリス)は肉体的には人間ではなく、それを捕食する化け物よりなのだ。

完全に人間というなら、そもそも首輪ごと人間を完食するなんて芸当ができるわけもないのだから。

理論的にはおかしくない。理解はできた。が。

 

「というか、今思うと、参加者同士の殺し合いだって言われてたのに冒険感覚で野生のモンスターを警戒してたこっちにも非はあったと思う。ごめんね?」

「いや、呪文? ……を使われたことが嫌だったんじゃなくてね。

 ボクが勝手にボクの自意識のせいで傷ついたとゆーか……」

 

理解はできたが、『モンスター判定が入った』という事実は、限りなく人間に近づいたAIであるという自負を持っていたアリスに対していささかならぬアイデンティティへのダメージを与えた。

 

「あ、でも逃げずに踏みとどまれてたんだから、きっと効きにくい方だったんだと思うよ?」

「いや、気をつかってくれたところ悪いけど、そこはもっと警戒していいんじゃないかな?

結果的に人間じゃないって分かったんだからさぁ」

「そうなんだろうけど。あれだけ『ガーン』ってされると面食らって……」

 

困惑したように頬を指でかく少年を横目に、アリスはふくらませた頬をテーブルの上にのせて、ぴかぴかのテーブルに映り込んだ自分の表情を見た。

確かに『ガーン』という顔をしていた。

オフィスビルの1階から張り出すように作られた喫茶店の屋外テラスにそろって腰掛け、アリスは少年にもろもろを打ち明ける運びになった。

さすがに人間でないことがばれた以上は、説明しないとかえって無用な敵対を招く。

 

「つまり、もともと君はマシン系の魔族みたいに、自分で考えて動くように作られた人形だった?」

「魔族の定義は知らないけど、理解の筋はそれで合ってるよ」

「それで、うちゅーせん? 故郷に帰る船を飛ばす為には、生活の維持にかかる荷物が多すぎて、全員を運ぶのはできなかった、だよね?」

「その通り。もともとは漂流先でずっと生きていくかどうかも含めての二択だったけどね。で、誰を降ろして誰を生かすかで、それはそれは長いこともめたってわけ。

 でも、もめてる時間ももったいない状況だったからさ。皆を眠らせて、『保護できるのは二人までだよ』っていう想定で、ゲームをやらせた。君がさっき顔をしかめたルールでね」

「仮想空間……っていうのは、皆に同じ夢を見せたってことだよね」

「そうそう。ゲームの内容はさっき言った通りだけど、最終的にはボクが自分から降りたよ。ボクの維持にかかるリソースを減らせば、ボク以外は助けられそうだったからね」

「でも、君は自分も助かる方法を考え付いた」

「そう。十二人の中で一人だけ化け物だった女の子に食べてもらって、その中に取り込まれた。そうすれば、ボクにかかるリソースを削減したまま、ボクの持つ知識を残せるからね。まだ皆に食べられたことは話してないけど」

「えっと、食べられることで食べた女の子に憑依したってこと?」

「たいたい正解。元の人格だったノーリちゃんは表に出てこないけどね。

 本来ならボクとノーリちゃんの二人に分裂する予定だったから、たぶんノーリちゃんはボクの奥で眠ってる状態だと思う」

「うーん……人間を乗っ取って操ってるならそのままにしておけないけど、そう言われると追い出すわけにもいかないなぁ……」

「そもそもボクにも分離の方法とか分からないから、考えても仕方ないんじゃない? そもそもこうなってるのはノーリちゃんも合意の上なんだし」

「そう言われると、そうだよね……」

 

眉根を寄せて「だめだめ、憑依にいい思い出が無いからってヘンケンはいけない……」と、よく分からないことをつぶやく人間の少年に対して、『読み切れない部分はあるけど善良なサンプルには間違いない』とアリスは結論づけた。

いきなり『魔物(モンスター)』という地球ではありえない存在をほのめかされた時は驚いたけれど、むしろ『違う時代、違う惑星から拉致された参加者もいる』という仮説の裏付けがとれたことは幸運だった。

話してみて、少年の理解の仕方がかなり独特というか、例えるなら『産業革命に相当する文明の発達を経験していない社会に育ったけど、ものすごく柔軟に受け入れて、理論ではなく要点をおさえるようにして理解している』とでも形容すべきありさまなのは面食らったが。

たとえば『人工知能』を『マシン系』と表現し、宇宙船を『空とぶ船』として受け入れ、『仮想空間』を『夢の世界』にあてはめて理解し、あまつさえ捕食による遺伝子情報の取りこみと記憶の焼き付けを『憑依』に近しいと見なしている。

いったい少年の生きていた世界ではどんな人類文明がはぐくまれているのか興味は出てきたが、今はそこを詳しく聞くよりも、話を進めることが優先だった。

 

「でさ、なんでイレブン君にここまで内情を打ち明けたかっていうと、お願いしたいことがあったんだよね」

「うん、ずいぶん色々と教えてくれるから何かあるのかなって正直思った」

「あら。裏があることは疑っていたんだ。なんだか意外」

「だって話の流れがクエスト依頼される時の前振りと似てたから…………あ」

 

イレブンが『クエスト』という自分の言葉にはっとしたような顔をして、そわそわと通り道の方へと視線を向ける。

まるで、何かの用事でも思い出したかのように。

 

「もしかして、先約でもあった?」

「実は、ここから北にあるデンシャの駅ってところで合流の約束をしてて。

まだ相手も到着してないだろうから時間に余裕はあるけど、行き先は変更しにくい、かな」

 

仮に『どこかに向かってほしい』という類の頼み事だったら、ちょっと困ったことになる、ということか。

アリスが頼もうとしていたことには影響しないものだったが、『駅に向かう』という予定そは悪くなかった。

もともと、アリスが徒歩で南下していたのは、天王寺彩夏を殺害した峯沢という人物に出くわしてしまうことを恐れたからだ。

それが、駅までの道のりに護衛がつくともなれば話は変わってくる。

 

「じゃあボクも、駅までは一緒に行くことにするよ」

「いいの? 合流したらそのまま北西に向かう予定だったから、別行動になるかもよ?」

「とりあえず駅までの連れができればそれでいいかな。交通の要所なら、君たち以外にも人が集まるかもしれないし」

「そっか、そこで同行者が増えれば分散もあり得るのか」

「うん。ボクも探してる子たちの情報が手に入ったらそっちに行きたいし」

「もしかして『お願い』は、その人たちを探してくださいってこと?」

「それも含んでるけど、少し違うかな」

 

ノーリはテーブルに腕をついて、対面者と顔を近づけるように前傾姿勢をとった。

協力を取り付けたいことは、二つあった。

そのうちの一つ目。

 

「一条要くんと、蓬茨苺恋ちゃん。この2人は、何があっても殺さないでほしいんだ」

「探してるのは6人だよね。全員を殺さないで、じゃなくて?」

 

伊純白秋。蓼宮カーシャ。絢雷雷神。忍頂寺一政。

除外した4人のことを思い浮かべながら、答える。

 

「他のみんなはちょっと癖があるというか事情が複雑でね。

下手に君がボクからの指示を受けて動いてるってことになれば、余計にこじれかねないんだよ」

 

そして、敢えて伝えないが最大の理由はそれではない。

仮に全員のことを『殺さずに止めて』という風にお願いした場合、『じゃあ暴力を使わずに止めるためにも、その人たちについて詳しく教えてほしい』と質問される可能性が出てくる。

会話の流れから、そこで説明を拒否することも難しい。

しかし他のメンバーは詳しく知れば知るほど助けがいのある人間だとは言い難い上に、説得する余地もあまりない。

特に忍頂寺一政は、殺し合いの最中に興味を惹かれる食事体験に出くわしてしまえば帰還を拒否することが眼に見えているし、蓼宮カーシャいたっては当人に生還する意思もないだろうに『あの子を生かしたまま連れ帰りたい』という前提で話をしても茶番になるだけだ。

 

「要くんならボクが皆を助けようとすることは理解してくれるだろうし、苺恋ちゃんは要くんの言う事には従ってくれるから、とりあえずこの二人に関しては問題ないかなって」

 

その点、要と苺恋ならばお互いのために暴走しかねない危うさはあるものの、『仮に何かやらかすとしたらお互いとノーリを守るためである』という動機も分かりやすいため、第三者に説明しやすい。

『化け物』の身体に『トへロス』が通用したということは、イレブンにはアリスランドの化け物を弱敵とみなせるほどの強者だ。

全員を助けてほしいという無茶な要求をだして『いいえ』を出されるより、説明しやすい2人について『はい』と言って貰えた方がメリットが大きいとアリスは判断した。

 

「じゃあ、カナメって人との間には信頼関係があるの?」

「というより、他の人たちからの信頼が微妙なんだよね。

 ボクの追放が決まった時に全員に謝ったり許してもらえたりはしたけど、こんな状況で頼ってもらえるほど信頼されてるかどうか見極める能力は、ボクには無いから」

「たしかに。殺し合いをしろって言われてる時に、前にも似たようなゲームをやらせようとしたヒトを信用するのは、普通なら難しいよね」

「うん。ここだけの話、ボクはこれから、皆に一つ嘘をつくことにしたんだ」

「嘘? 皆って、これから会う人に?」

「うん。『ボクとノーリちゃんは一つになったけど、人格はノーリちゃんの方が表に出てる』っていう嘘だよ」

 

嘘をつくのは、その一点だけ。

自分の主体は、アリス(デスゲームの元管理者)ではなくノーリ(無垢な少女)であるということ。

そして、これがお願いしたいことの二つ目。

嘘をつくことを、飲み込んでほしい。

 

「どうして?」

 

少年の眼つきがやや険しくなった。

自分の正体を隠すことで、しでかした事をうやむやにして保身を図ろうとする小細工のように聞こえたのだろう。

もちろん、下手に前回のゲームのことでいちいち騒がれたくないのも嘘ではなかったけれど、説明に要する時間を省きたいという実利の方が大きい。

 

「イレブンくんだって、さっきボクのことを『ノーリちゃんも合意の上での憑依じゃなかったら放っておけなかった』って言ってたよね。

お人よしっぽいイレブンくんでさえそうなんだから、皆がみんな、ボクが怪しい者じゃないって受け入れるのは難しいと思うんだ」

「う……」

 

イレブンに事情を打ち明けたことで、ありのまま話した場合にどういう反応が得られるのかのサンプルも見れた。

 

「ボクの知り合いだけの話じゃなくてね。中には化け物に取り込まれたって言われてもピンとこない人だっているだろうし、全員に理解を求めるのは、かえって酷じゃないかな」

 

追放選挙のゲームマスターだったアリス本人ではなく、その記憶と知識を継承した少女だと言えば、ひとまず『今回のデスゲームにもお前が関わっているんじゃないか』といった疑念をかわすことはできる。

でなければ、6人の中でも絢雷雷神や、それに似たタイプの疑い深い者なら、そういうことを言い出して揉めてしまうことは予想できる。

 

「うん、みんなが『ヒトを恨んじゃいけない』で済むわけじゃないのは、分かるよ」

 

あの追放選挙の中学生トリオのように正義感の強いタイプなら拒否してくるかと思ったが、イレブンはそれなら理解できるという風にうなずいた。

より納得が得られるよう、言葉を付け足した。

 

「騙すのがいけないことだっていうなら、ちゃんとゲームが終わった後に事情を説明して謝るからさ」

 

アリスとノーリが一体化しているという大枠では嘘をつかないので、『ノーリ(アリス)に向けられる風当たりが優しくなってくれる』というメリット以外に、変わることは何もない。

もともとノーリはほぼ喋らないし性格もつかめない少女だった上に、ノーリとアリスは記憶を共有しているため、ノーリはそんなこと言わないとボロが出る心配もなかった。

言葉遣いや仕草がアリスと似通っているのも『アリスの記憶から影響を受けたのだ』と言えばごまかせる。

 

「え、ちょっと待って。さっきの話だと、ノーリちゃんはカナメさんたちに面倒を見てもらってる子だったよね。

 それが別のヒトと入れ替わってる上に、ノーリちゃんの振りなんかしてたら、ばれた時によけい揉めるんじゃないの?」

「うん、だから要くんになら、別に最初からばれてもいいかなって」

 

さらりと答えれば、少年は「あれ」と首をかしげた。

さらさらとした長い髪が、首の動きにつられて揺れる。

 

「ボクの船の人たちの中で気付くとしたら要くんだろうし、化け物の性質については要くんにもほのめかしていたからね。

 謝って事情を話して、それでも信じてもらえなかったら、その時は仕方ないかな」

 

指摘されるまで、要にばれたらどうするんだという問題は考えていなかった。

しかし、仕方ないという言葉はするりと口から出てきた。

イレブンも、面食らったような顔をしていた。

 

「そんなに信頼している相手なのに、約束しなきゃ殺されるようなことをするかもしれないって思ってるの?」

 

当然の疑問だ。

『何があっても殺さないで』という頼みごとには、逆に言えば『殺さずにはおかないような何かをやらかすかもしれないが』という含みを前提にしている。

 

「信頼してる、という表現が適切かは分からないけど、ひいきにしてないと言ったら嘘になるかな。

要くんはボクのパートナーになってくれるかもしれない男だったんだ。……いや、バッサリふられちゃったけどね。

状況しだいで、ボクには理解できない行動基準で善人にも悪人にも転ぶ。そういう人間らしいところはとても好きだよ」

 

一条要という存在から、アリスは多くを学んだ。

基本的には善人であるはずなのに、大切な人が関わればどこまでも悪人になり、そして最後には憎しみを抱いているはずの追放者たちを全員生還させ、アリスを許した変わり者。

かけがえのない、しかし、どこにでもいるごく普通の人間である彼。

 

「苺恋ちゃんと二人とも、お互いを生き残らせるためなら無茶する傾向はあるんだけどね。

 ただ、ボクが不安視しているのは、万が一どちらかの死亡が伝わった時に、要くんがどうなるか全く読めないことかな?」

「読めない?」

「これはヒミツにしておくか迷ったんだけど、万が一ボクの不安が的中しちゃったときに、事情を把握してる人がいないと困ったことになるから、こっそり話しちゃうね」

 

ここだけの話だということを強調して、それだけの信用を置いていることをアピールする。

今のところアリスのお願いに対して否定的な様子ではないし、いっそ事情を深いところまで打ち明けた方がもう一押しになるだろう。

 

「要くんには、不都合な記憶を自分で改ざんしちゃうことがあるんだよ。

 無意識に、都合のいい様に認識を変えちゃうから、もしそうなったらボクにも読めないところがあるんだ」

「自分で自分の記憶を変える?」

 

また首をかしげられた。

イレブンのいた世界は地球ほど科学が発達していないようだし、彼の知る医学知識ではピンとこないかもしれない。

 

「えっと、君たちの一般家庭医学の水準は知らないから、分かりにくかったかもね。

 でも、頭打ったりトラウマになるものを見た拍子に、ショックとか心の自己防衛で記憶がとんじゃうとか、そういう話なら聞いたことない?」

「うん、それは知ってる」

「それそれ。その亜種で合ってる。で、過去に起こった要くんの記憶改ざんについて説明するとね、要くんはもともと両親を早くに失くしていて、妹の未彩ちゃんと二人暮らしだったんだよ。

 兄妹力を合わせて生計を営んでたってやつ? 幼なじみの苺恋ちゃん一家も援助していたようだけど」

 

他の人よりも苦労をしたという話は対象への『同情』を誘発する効果があるらしいので、ここでは具体的に話しておく。

 

「その未彩ちゃんが、あの惑星で最初に化け物たちに襲われて逃げてた時に、要くんが守ろうとするのも空しく牙で殺されちゃったんだ。

 要くんは未彩ちゃんを背中におぶっていたから、絶命の瞬間を見てはいなかったけどね」

「それは……」

 

少年の表情が、戸惑いから曇りへと変わる。

 

「ボクや他の9人もいる広場に苺恋ちゃんと逃げてきた時には、誰の目から見ても未彩ちゃんは亡くなっていたよ。

 でも、『大事な妹を死なせてしまった』という現実に要くんの心は耐えられなかったんだね。要くんは『妹がもう死んでる』という記憶を改ざんした。

 あの時はリアルタイムだったから記憶を改ざんしたというより認識を改ざんしたって言った方が正しいかな。

 要くんの目と耳にだけは、未彩ちゃんは重傷を負ったけど、まだ生きて喋っているように見えていたんだ」

 

その瞬間を想像したのか、イレブンの目線が下へと落ちていく。

 

「でも、その結果起こったことがさらに問題だった。

 その時はさらに化けものが広場まで押し寄せてきてね、何か、化け物のおとりになる餌を提示しないと他の人まで食べられてしまう、そんな状況だったんだ」

 

もっと言えば、『誰かを餌にして差し出させる』ことで『最終的には二人まで減らさねばならない』という現実を全員に飲み込ませる狙いもあったのだが、その狙いが無くとも誰かを犠牲にして切り抜ける必要はあった。

 

「もしかして」

「うん、ボクは未彩ちゃんの遺体を差し出すことを提案したし、要くんと苺恋ちゃんを除く他の9人もそれに賛成した。

 ボクらに対して保護責任遺棄致死とか追及の余地はあるかもしれないけど、全員にとってそれ以外の選択肢はなかったんだよ」

 

人間社会の倫理を重視する者であれば『遺体の扱いが正しくない』と意見が分かれるかもしれないが、『他に差し出すものはなかった』という弁解はさせてもらいたい。

 

「ただ、要くんにとってはそういう話じゃなかった。

 妹が生きていると認識齟齬を起こした要くんに、その光景は別のものに見えたんだよ。

『そこにいた全員が、まだ生きている妹を、一番重傷だからって生贄に差し出した』って」

「え……」

「そこからはもう大暴れ。本気で皆のことを妹の仇だと思い込んで、皆殺しにしてやるってドロドロだったよ。誤解を解くには、すごくすごく時間がかかったんだから」

「妹さんは亡くなってたことを、説明しても?」

「聞く耳持たずだったから、仮想空間――君が言うところの夢の世界での権限を使って忘れさせた。

まぁ、当時のボクは選挙が進行した方が都合が良かったから、途中からは敢えてどっちもしなくなったんだけどね」

「一つ質問」

「はいはい、イレブンくん」

「もしかして、ノーリちゃんってカナメさんの妹に似てたりする?」

「大正解。よく分かったね」

「うわぁ…………」

「まぁそれはさておき。

そういうことやっちゃった前例のある要くんが、だよ。このゲームの真っ最中に放送で苺恋ちゃんかノーリ(ボク)の名前が呼ばれるのを聞いちゃったらどうなるかな?

 あんまり考えたくないでしょ?」

「亡くなったことを絶対に認めないとか、二人を殺した犯人のことでまた誤解をするとか……」

「うん、どう転ぶか予想できない。事情を把握した上でかばってくれる人が欲しいのは、そういうこと」

「それは、君なりに妹さんを助けられなかった償い?」

「いいや。これはボクの私欲だよ。彼らを失いたくないんだ」

 

イレブンは一度、大きく息を吸ってから吐いた。

意識して体内の空気を入れ替えようとするかのように。

そして、切り出した。

 

「人を食べてでも?」

 

静かに問われ、まっすぐな視線に射止められた。

保護すべき幼い少女を見る目ではなく、人ならざる者に対して真贋をはかる眼だった。

 

いけない、と背筋をのばす。

魔物が恒常的に人間を襲っている世界の人間に対して、ノーリに人を捕食する性質があることを明かしてしまったのは痛かった。

見つけた遺体について語ることをあからさまにうろたえたからには、『食べた』可能性を想像することは難しくない。

 

「別に、一度でも人間を食べたからには生かしておけないとは思わないよ。

 メダル女学院とか、他の街でも人間に拾われて魔が落ちたモンスターの例はあったし。

でも、そのせいで悲しむ人もいることを知ってるかどうかは大事だと思ってる」

 

それが立ち位置の表明のようなものだと、アリスも理解する。

少年は遺体の扱いについて議論する法律家でも、害獣を狩りつくす駆除業者でもない。

遺体の損壊によって悲しみが生まれることを危惧する、ただの人助け推進派なのだ。

 

「最初に言っておくけど、食欲に任せて食べるような真似はしないよ。

飢えないためだけなら普通の食事で充分だからね」

 

問われているのは、アリスのスタンスだ。

人間のことを仲間と呼び助けたいと言いながら、人間の遺体を食い散らかす行為に対しての自覚はあるのかと。

『天王寺彩夏を食べた』事実をはっきりと自白しないよう気を付けて、言葉を選ぶ。

 

「ただ、ボクの仲間を助ける為に、首輪の情報は絶対に必要だと思ってる。それは未だに引き出せていないけどね」

 

やんわりと、捕食は情報を得るためだけに行うことだと弁解した。

しかし、それだけで少年の納得が得られるとは思えない。

罪悪感について考慮しなかったのは、事実だ。

人間とそっくり同じに振る舞うことができないのは、アリスの限界だ。

 

「もう生きてない人を『捕食』することでまだ生きている保護対象を守れるなら、そうした方がずっと合理的だとボクは思う。

 その価値観は人間らしくないっていうなら、ボクという生き物は君たちと相いれないんじゃないかな。

でも、『君が止めるなら考慮する』って約束すること、それから、ボクの価値観が原因で問題が起こるようなら、その時はリスクも負うってところを見せることはできるよ」

「どうやって?」

 

隣の椅子に乗せていたディパックを膝の上にうつし、ごそごそと中身を漁ってスマートフォンを取り出した。

もともと、こちらから切れる手札がないかどうかは考えていた。

交渉をするからには、自分も相手に差し出せるものがあると示せなければならない。

峯沢維弦と天王寺彩夏に関わる情報。

このカードはまだ伏せる。食べた相手のことを得意げに語っているように見えたら心象が悪すぎる上に、自分しか知らない情報として温存しておいた方が賢明だ。

 

「ボクの首輪解除条件を、君には教えておく」

 

それが、現状で信頼のために切れる唯一のカード。

驚いて端末を受け取ったイレブンが、そこに書かれた条件を黙読する。

 

『アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「神座出流」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。』

 

読み終わったイレブンが何か言おうとするのに先んじて、アリスは発言した。

 

「もしクイズの中に知ってる人の名前があっても、言わなくていいよ。

君はそれをボクに隠す、他の知り合いにも黙ってるように言う選択肢ができる。

 仮に知ってる人の名前がなかったとしても、知ってる人が教えようとするのを止めることができる」

「クイズに答えるのを邪魔してもいいってこと?」

「ピンポーン。一問でも間違った答えを教わったら死ぬことを考えたら、けっこう機密レベルの高い条件だと思わない?

 力ずく以外にも、ボクを抑えるための手段が一つ増えるってことでもある」

「それじゃあ、これから下手にクイズに答えられなくなるよ」

「うん、首輪については非正規の外し方を見つけるつもりでいるからね。

 今ここで条件を明かしたのは、自分から退路をせばめるって意味もあるかな」

「退路?」

「仲間の首輪を外せないうちに、自分だけクイズで先に外しちゃうのはどうかなっていう退路だよ」

 

単に『クイズに答えることでの解除』というルートを、首輪の解体が見込めない時にそなえての保険として残しておくならば、解除条件を隠したままこっそり捕食を続けた方が確実だ。

なぜなら食事によって得られる情報に、嘘をつかれて不正解に陥る危険は存在しないから。

その退路を自分からせばめることで、人を食らう必要性をいくらか削る。

また、この行動によって『アリスにとって、情報は取引の対価として成立する』ことも表明できるため、『仮に正しい情報を提供してもらえるならば、空気を読まずに遺体を食らおうとする機会も減る』ことを暗にアピールすることもできる。

 

「えっと、……」

 

そんなつなぎ言葉を口にして、イレブンの面差しが少しだけ翳った。

アリスには感情を汲み取ることはできなかったが、古傷が短時間だけうずいたような、そんな翳り方だった。

どこか、自分の発言には問題があっただろうかとアリスは反省する。

もしかして、幼い少女の外見をした生き物が、淡々と何の気負いもなく自分の首を交渉のテーブルに乗せて語るという行為は、そんなに人を引かせるものだったのだろうか。

 

「死ぬのは、こわくないの?」

 

そんな質問が来た。

嘘をつく必要はない。

 

「こわいね。まだ皆と旅を続けたい」

 

即答できた。

 

「仲間思いなんだね」

 

それは、質問でも確認でもなく感想だった。

 

「仲間思いとは少し違うんじゃないかな。

 ボクは一度、皆を助けて自分が追放されることを選んだ。今もその答えに納得してる

 だったら、7人の中で脱出を優先させるとしたら、ボク以外の6人であるべきだよ」

 

仮に、ノーリに食べられて復活する賭けが失敗してそのまま死んだとしても、アリスは納得しただろう。

だったら、ここで仲間のために死ぬことになっても納得できるはずだ。

 

「さんざん手がかかるし、何度もレディーだって言ってるのに女の子扱いしないわ年齢を聞いてくるわ酷い連中だけどね」と、愚痴を吐いておくことも忘れずに。

 

ぷっと、空気が弛緩した。

口に手をあて、吹き出した笑い声をイレブンは自分でふさぐ。

 

「っごめん。その恰好だと、どうしてもませてる女の子にしか見えなかったから」

「おや、けっこう好意的な反応だね? 怒ったりはしてないの?」

「ぜんぶに納得できたわけじゃないけど、簡単に責められることでもないよ。

実際にその現場を見て、明らかにやりすぎだったらもっと怒るけど」

 

あ、首輪を手に入れるのに必要な部分だけ食べたように聞こえる言い方をして良かった、と口には出さずにほっとする。

ともあれ、笑いを引っ込めるために頬をぺしぺしと叩く少年に、先ほどまでの緊張感はなかった。

 

「理解が得られたのはわかったけどさ。結局、さっきのお願いはどうなの? 『はい』か『いいえ』で答えて欲しいな」

 

ここまでで、ある程度の価値観のすり合わせは完了した。

あとは、最終確認だ。

 

「うん、お願いされなくても、それが人助けなら同意して良かったんだけどね。

 正直、美化してるところも混ざってそうと言ったら悪いけど、まだ隠してることがありそうなのは感じた」

 

それはそうだ。

詳しく説明していない4人が、腹に一物も二物もある迷惑極まりない連中でしかないことなど、いまだに説明に困っている。

でも、と少年は言った。

 

「でも、ずるいよ。さっきからボクが断れないような言い方ばっかりするんだから」

 

笑顔を引っ込めた後に残っていたのは、小さな微笑だった。

 

アリスには、どこがイレブンにとっての『断れない』だったのかは分からない。

同い年の幼なじみのくだりか。目の前で失った妹のくだりか。誰かが残るなら自分だと主張したことか。

まさかの全弾命中だったら、確率としては奇跡的だが。

 

ただ、握手する手を伸ばされたことで答えられた少年の返事は、『はい』。

 

「はいっ! クエスト『アリスちゃんを助けよう』を受けました~!」

「え、何、その合いの手?」

 

それから、アリスちゃんだと同名の操舵手を思い出してしまうからノーリちゃんと呼ぶことにすると、呼称を統一したのだった。

 

 

 

 

(とまぁ、要くんを助けるためにそこまで尽力したっていうのに、当の要くんは『コレ』だもんなぁ……)

 

文句も新たな愚痴も山ほどある。

覚えてないってなんだそれは、なんでそんな予想外のところから、とか。

要くんなら理解してくれると思っていたのになんで復讐する気満々の時期なんだよ、とか。

それじゃあ他の候補者たちのことをほとんど知らない時期であり、つまり要の作ってきた人間関係がちっとも役に立たないじゃないか、とか。

 

ただ、彼のせいではなく彼を拉致してきたファヴたちの責任である以上、要にあたっても仕方がないことではあるのだが。

 

(まぁ、蓬茨苺恋ちゃんとノーリのこの身体を持ち出したおかげで、協力するっていう言質はとれたんだけどね)

 

どんな一条要であれ、アリスとノーリは共通して信じている。

一条要が二人を犠牲にしてでも優勝を狙うことは絶対に無いだろう、と。

それさえ信じていれば、落としどころを見つけることはできるはずだ。

 

(できれば未彩ちゃんの復讐が誤解だってことも教えたかったんだけどね)

 

心苦しかったが、『あの』要では話がよけいややこしくなるだけだと判断した。

もしも要が申告したのが『覚えているのは、最後の選挙が終わった後でクイズに失敗してゲームオーバーになったところまでだ』とかだったなら、ノーリは迷わずに妹の死の真実を告げていただろう。

他の候補者たちと対面するにあたって、わだかまりの種を残しておいて良いことなど何もないのだから。

 

しかし、ノーリは知っている。

復讐を果たせず飢えている時の要が相手なら、本当に何を言っても無駄だということを。

ノーリは、無駄だと分かっていることをしない。

 

(それにしても……要くんはやっぱり『能力を使えている』と考えた方がいいのかな?)

 

要が会話する時のやり口は、『相手がイエスかノーか具体的に答えられる質問を連発して、嘘が分かる能力でどんどん情報を得ていく』という選挙の時のそれとほぼ同じだった。

それに、嘘を見抜く能力を失ったならば、もっとノーリの話を疑いにかかってくるはずだ。

にも関わらず、追放選挙の裏側に関する話を、驚くほどあっさりと信じ込んでいた。

ノーリの言葉を嘘ではないと理解していなければ、できないことだ。

 

あれは仮想空間の中だけで与えていた、アリスのサービスのようなものだったというのに。

あるいはこの会場も、仮想的に構築された世界だったりするのだろうか。

さすがに選挙の時みたいに死んでも大丈夫、と考えることはできないけれども。

 

どうせなら、『白浜ふじみに心当たりがない』と言った諫早れんの言葉が真実かどうかも、聞いておけばよかった。

下手に強く出てぼろを出せば、彩夏の死体を食らったことがれんに知られてしまって大騒ぎになるリスクもあったけれど。

 

「……うん、そうだったね要くん。

 ごめん、ボクにだって取り戻したい人はいないわけじゃないんだ。

 だからこそ、下手に考えるのは危ないって思っちゃったんだよ」

 

自制の意味もこめてそう発言してからのことだった。

急に要が、上の空になったような顔をしていた。

 

「――要くん?」

 

呼びかけるとはっとして、席を立つ。

 

「ごめん、ちょっとトイレに行かせてもらっていいかな?」

 

そう言って、せわしなく席を立っていった。

こちらの被害妄想なのか、ノーリと眼を合わさないようにしていた気がする。

 

(さっきは、ちょっといじめすぎたかなぁ……)

 

解除条件を引き出してプレッシャーをかけた時、愉快でなかったと言えば嘘になる。

きっとアレは人間でいうところの『ストレス解消』にあたる行為だ。

そうなると先ほどまでのノーリは、『ストレス』に該当するものを溜めていたことにもなるのだが。

 

(あーそうか。つまりボクは、要くんがボクの色々を忘れたことに動揺しているのか)

 

ノーリにとって、要との思い出は、『できることならなんでも叶えてやる』と言われた時に、『じゃあ忘れないで』と願ってしまう程度には、大事なものだったのだから。

 

 

 

 

この秘密は、きっと誰にも言ってはいけないことだ。

 

そう思ったから、カナメの離席から少しだけ間をおいて、同じ要件を告げて席を外した。

見た目は少女であるノーリから、この世界のトイレの使い方が分かるか心配されてしまった。

かなり恥ずかしかったけれど、目的は用を足すことではなく、席を外す口実がほしかったに過ぎない。

 

――でも、だからって『死んだ人を違う時間から連れてきて取り戻せる』ってところまで飛躍するのはまずいよ。

 

その通りだと思った。

だから、ひそかに決意するための場所が必要だと思った。

それで、無人の廊下に出てきた。

 

 

 

『過ぎ去りし時を 求める 覚悟はありますか?』

 

 

 

もし、同じ事をもう一度しろと言われたら、きっとそうする。

けど、後悔していないかと言われたら、嘘になる。

 

だからきっとそれは、軽々しく、どうせ取り戻せるという楽観視や、やけっぱちで決めてしまっていいことではない。

だから、生還する方法のめどがつくまでは、隠すことにしよう。

かつて、過ぎ去りし時を求めて世界と仲間を取り戻した。

そんな経験をしたことは、自分だけが抱え込まなくてはならない。

 

自分が本当のことを言っただけで不幸になる人が生まれかねないなら、知らないふりをする。

こんな場所で、冷静さを失った人がすがりかねない誘惑を、下手に垂らしてはいけない。

シロウだってスノーホワイトだって、他者のスタンスを変えてしまいかねないこんな秘密は、きっと自分の胸の内で守ろうとするはずだ。

 

大丈夫。

これまでも言わなかったことを、これからも言わないでいるだけだ。

何も変わらない。きっとシロウの抱えているものに比べたら、たいした気苦労じゃない。

自分というの存在のために傷つく人が出てくるなど、もう二度とあってはならないのだから。

 

もしかして、ここにいるイレブンの仲間たちも、時間がずれているのだろうか。

そんな不安が頭をよぎり、勝手な邪念を抱いてしまった気がして髪が乱れるほど頭を振った。

 

シロウは、それでも人間を信じると言った。

だったら思うべきことは、皆がどういう皆なんだろうかとやきもきすることじゃなくて、皆だってそれぞれの場所で頑張っていると信じることだ。

 

よし、と気合いをいれるために両手を拳の形にしてぐっと握りしめた。

 

――そこで、一条要がドアを開けて出てくるのに出くわした。

 

 

 

 

ノーリの失敗は、大きく三つ。

 

一つは、一条要に嘘を見破る能力があることを、この場でも使えるとは思わなかった先入観と、要という人間の信頼度を下げないために他者に伝えなかったこと。

 

二つは、一条要が参戦時期について証言した嘘に騙され、『妹の真実を話しても聞いてもらえないだろう』とそれを語らなかったこと。

 

三つは、妹の真実を語らないままに、『化け物は食った人間の情報を取り込んで人間の姿になる』という情報を与えてしまったこと。

そして、『アリスの見てきた一条要は最終的に復讐をやめた』という事実によって眼が曇り、気づかなかったこと。

 

ここにいる一条要は、『妹を殺した化け物は、逃げる途中で三人を襲った個体だ』と知らない。

そして、『妹を殺したのは、広場に現れて妹を食べた個体だ』と思い込んでいる。

その小さな違いが何を意味するのか気づけなかった。

 

気づけなかったから、『ノーリは自分が食べた人間の姿になっている』という情報を教えてしまった。

 

 

 

 

――客観的に見て、ノーリちゃんはある人を殺したよ。

 

追放選挙を通して、要はアリスからその情報を得た。

それを思い出した。

 

果たして、ノーリが殺したのは誰だ?

――今なら分かる。一条未彩。

 

果たして、お前が新しい家族として可愛がっていたのは何者だ?

――今なら分かる。妹を生きながらに食い殺した化け物だ。

 

おぞましさに、吐き気がした。

 

実際に個室の中に入ってえずいたが、こんな時に限って胃の内容物は殻になっており、体も心も何も吐き出してはくれない。

決して、何も戻らない。

時間を戻してはくれない。

 

確かに、三人で過ごしていた時間は、幸福だったはずで。

苺花とノーリのいない人生なんてもう考えられないほどに、大事だったはずで。

 

「ふざけるな…………ふざけるな…………ふざけるなっ!!!!」

 

体の内側がよじれるように苦しい。

頭にはしっかりと思い出が食い込んでいて、それが楔のように内側から血を流させる。

楔が食い込んだままに、塗りつぶされていく。

あの日常は、すべてが過ちだったのだ。

 

――ノーリちゃんは何に乗りたい?

――やっぱり、ここが一番好きみたいだね。

――■■

――で、結局ずっと外を見てるんだよね。

 

――それじゃあ、いただきましょう!

――いただきます。

――■■■■■■。

 

あの――三人きりの、最後の二日間も。

 

今まで、妹を生きながらにして食い殺したおぞましい怪物を、妹の代わりのように思って可愛がってきたというのか。

さっきまで、我が身を犠牲にしてでも妹の仇を生還させようとしていたというのか。

だったら――あんな日々など、なければよかった。

 

一条要の、方針は定まった。

 

過ちは、正されなければならない。

 

絶対に生還させたかった愛すべき人が、二人いた。

けれど、二人のうちの一人は、愛してはならない存在だった。

 

それでは、死んだ未彩も報われない。

妹を見捨てた9人をこの手で追放してきたというのに、食い殺した張本人を命がけで助けるなど、許されない。

だから決まった。

 

苺恋を、優勝させる。

 

もしも願いを叶えることができるなら、取り戻す対象には未彩を選んでもらう。

苺恋は忌々しきアリスによって未彩の記憶を消されているから、どうにか合流して万が一の時は妹のことを頼むと説得しなければならないけれど。

 

やるべき事は分かった。

 

ノーリの体をしているから自分は殺されないし要は殺し合いに乗らないとタカをくくっているアリスを、利用できるだけ利用して裏切る。

苺恋を優勝させる為に、参加者をどうにか殺し合わせていく。

同時に、願いが本当に叶うのかどうかの真偽も確かめる。

 

――そこで、イレブンが歩いてくるのに出くわした。

 

ちょうどよかった、と内心でタイミングに感謝する。

 

女子禁制の場所とはいえ、ノーリは長々と油断してくれるような奴ではない。

会話は手短に済ますべきだろう。

 

この少年からは、『時間をさかのぼって、死んだ人を取り戻すことがかなう』という話について、教えてもらわなければならない。

 

 

 

大切で暖かな三人の日々には、『思い出したくない』という黒々とした封印がかけられた。

 

ノーリ自身も言っていたことだ。

 

一条要は――『こんなはずじゃなかった』という絶望に出会ってしまえば、守るべき存在の優しい思い出を、自ら消したりねじ曲げてしまう可能性がある

 

 

【D-7 市街地カラオケボックス内/一日目・黎明】

 

 

【諫早れん@アイドルデスゲームTV】

[状態]:正常

[服装]:アイドル衣装

[装備]:M1911

[道具]:基本支給品一色、スマホ

[思考・行動]

基本方針:多数の参加者を救い、殺し合いを止める。

1:一条要と共に行動をする。とりあえずこの4人での行動なのか?

2:他のアイドル達と合流する。蘇生したのかどうかは今は考えない。

3:他の参加者の首輪を解除して自分の首輪も解除する。

[備考]

れんルート終了後からしばらく月日が流れてからの参戦です。

 

【ノーリ@追放選挙】

[状態]健康、主催者に対する怒り

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、グロック17(現実)、不明支給品5つ(本人確認済み)、天王寺彩夏のスマホ

[首輪解除条件]

アリスランドにある資料室のパネルに「ジャンヌ・ダルク」「姫川小雪」「鷲尾須美」「山田大樹」「白浜ふじみ」「ゴリアテ」「神座出流」に相当する参加者の名前をそれぞれ入力せよ。

全問正解で首輪は解除される。1問でも不正解があると首輪は爆破される。

[思考・行動]

基本方針:仲間達とともに殺し合いから脱出する。出来れば人間は殺さない。

1:要君と協力する。とりあえず駅まではイレブン君たちと一緒かな?

2:仲間達を捜索する(苺恋ちゃんを優先)

3:解析のため、もう少し首輪のサンプルが欲しいところだね。空気は読まなきゃいけないけど

4:一応、首輪解除条件のための情報も収集する

5:峯沢維弦君だっけ。彼には気を付けないとね

※天王寺彩夏の支給品を回収しました。

※天王寺彩夏の死体を捕食し、彩夏の知識と記憶の一部を得ました。

※主催者の制限で他の参加者を捕食しても、分裂しなくなっており、容姿にも影響は発生しません。

※また主催者の制限で無機物を取り込んだとしても、それに関する情報の取得が出来なくなっています。

※参戦時期は追放選挙トゥルーエンディング後、アリスを取り込み、アリスに精神を支配された状態からとなります。

 

【イレブン(主人公)@DRAGON QUEST Ⅺ 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:正常

[服装]:普段通り

[装備]:アストルフォの剣@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、シロウのスマホ、不明支給品2個

[思考・行動]

基本方針:脱出と主催撃破。犠牲が出ない限りはシロウの人類救済を手助けする?

1:ノーリとともに北の駅へ向かい、南から電車に乗ってきたシロウたちと合流。その後西の島へ。

2:参加者の蘇生や時間の遡行が関係する話題になっても、『過ぎ去りし時をもとめた』ことは絶対に隠しておく

3:蓬次苺恋と一条要は殺さない。この二人の対応に関してはノーリに任せる

4:ノーリの嘘を黙認する

[備考]

・参戦時期は真ED後です。

・首輪解除条件は「オクタゴンに到達する」です。ヒントとして、スマートフォンに「オクタゴンの窓から見える景色」の写真が映っています。

・スノーホワイト、シロウと情報交換しました。シロウがどこまで元の世界の知り合いについて話したかは後続の書き手さんにお任せします。

・シロウとスマホを交換しています。1メートル以上離れたまま三時間が過ぎた時点でシロウのスマホの所有権を持ちます。

 

【一条要@追放選挙】

[状態]:正常、ノーリに関する思い出がロック(思い出したくないという拒否感)

[服装]:いつもの格好

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品1個(本人確認済み)

[思考・行動]

基本方針:苺恋を優勝させ、ノーリ(アリス)、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神、忍頂寺一政を殺害する。特にノーリは必ず殺す。

1:イレブンから『時を超えて死んだ人を取り戻す可能性』の話を聞き出す

2:諫早れんと共に行動する。

3:苺恋と合流する。どうにかして未彩の蘇生を頼むよう仕向ける

4:利用出来そうな参加者を増やす。

[備考]

マルティナとクラムベリーの戦闘音を感知しました。まだ諫早れん以外には話していません

一条要のスマホの特殊機能は半径5メートル以内にいる二人の首輪解除条件の入れ替えです。

一度入れ替えると、再度使用するのに2時間の猶予が必要となります。

絶望するような出来事に遭遇すると、原作で妹が死んだ時や苺恋の父が死んだ時のように記憶改変が起こる可能性があります。



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惡の華/伊藤大祐、ウィキッド(反骨)

辛くもシャドウナイフの追撃を逃れた伊藤大祐は、北上していた。

遥か遠方より、女性のものと思わしき助けを求める声を聞きつけたからだ。

 

スマホで地図マークをタップし、現在地を確認する。

どうやら既にA-1エリアに足を踏み入れていたらしい。

 

歩を進めていくにつれ、鼓膜に鳴り響く女性の声がより鮮明なものとなる。

恐らく何かしらの機械を通じて拡声をしているのだろうかーー時折ノイズのようなものが混じっている。

位置関係的には、この先にある「グランギニョール」という施設から発信されているのではないかと推測される。

 

普通に考えると、こんな殺し合いの真っ只中で、これだけの広範囲に渡って自分の存在を知らしめるなど、愚の骨頂――正義感の強い他の参加者が駆け付ける可能性もあるが、殺し合いに乗った者を引き寄せてしまうというリスクも生じる。

勿論、本当に声の主が絶体絶命のピンチに陥っている可能性も考えられるのだが、拡声器の利用によるリスクを鑑みるとーーこの誘いは声の主、もしくは悪意のある第三者が仕掛けた「罠」である可能性が高い。

 

しかし、この伊藤大祐という男はーー

 

「いやぁ〜やっぱ男として放っておけないでしょ、これはっ!」

 

余計な思考は頭の隅に追いやり、軽い足取りで声の発信地へと向かっていた。

その表情は、乙女のピンチに颯爽と駆けつける白馬の王子様のものではなくーー新しいおもちゃを買い与えられた子供のように、愉快な笑みを浮かべている。

事実、大祐は女性を助けたいという善意から、件の声に接近しているわけではない。

 

そもそも伊藤大祐という男は、人並みの倫理観や道徳などは一切持ち合わせていない。

大祐にとって基本的に物事は「楽しい」か「楽しくない」かの天秤によって測られる。

天秤が「楽しい」に傾いたとき、人として越えてはいけない境界を平然と乗り越えることができる。

と同時に、自分の命を第一と考えて、快楽を自制するという狡猾さも持ち合わせている。

究極の自己中心主義者――それが伊藤大祐である。

 

実際にこの会場に来る前に実施された殺人ゲーム内でも、何人もの人間が大祐の毒牙にかかった。ある少女はただ「気に入らない」という理由だけで身体に風穴を開けられ、また、ある少女は凌辱の上、殺害されている。

 

何でそんな酷いことが出来るんだーーと問いを投げたら、大祐はヘラヘラしながらこう答えるだろう。

――そんなの、楽しいからに決まってんだろ!と。

 

この声については、「罠」であると見ているが、「罠」であったとしても、行き着く先もしくは道中で誰かしらと遭遇する可能性は高い。

それが囚われのお姫様であろうが、お姫様のピンチに駆けつける騎士だろうが、罠を張り巡らせた魔女であろうが、構わないーー。

 

大祐は口角を吊り上げる。

誰かと接触できるのであれば、好都合。

この手に握るプキンの短剣とやらの効果を試すことが出来る。

また念のため、支給品の詳細名簿を軽く目を通し、プロフィールからしてヤバそうな参加者の顔と名前は覚えておいた。

もしも、そういった参加者が待ち受けているものであれば、一目散にトンズラするつもりだ。

 

「ぐへへ…やっべー! 可愛い子ちゃんが相手だったら、どうしちゃおっかなぁー」

 

下衆な独り言を漏らしながら、一刻も早くこの武器を使ってみたいという好奇心から足を早める。

そんな調子で、A-1エリアに侵入して一刻ほどの時間が経過した頃、大祐は己が視界に、前方からこちらに向かって歩いてくる一人の人影を捉えることとなった。

 

(さてさて……どちらさんかなぁ〜)

 

大祐は短剣を握りしめる力を強め、目標に向かい前進する。

向こうも大祐の存在に気付いているのか、真っ直ぐに近づいてくる。

暗闇の草原の中、二人の距離が縮まるにつれ、徐々に相手方のシルエットが月明かりの下はっきりとしてくる。

それはーー肩から灰色の学生服を纏い、律儀に締められたネクタイ。

下半身には膝丈のプリーツスカートに黒のストッキング。

清楚な顔立ちの後ろに、蒼のリボンで結い合わせたお下げを靡かせたーー女の子だった。

 

(うっひょー、またしても可愛い子ちゃん発見―!)

 

対象がか弱そうな美少女と分かるやいなや、大祐は高揚する。

 

「こ、こんばんは」

「どもども〜。 君も参加者の一人だよね?

いやぁ、いきなりこんな物騒な事に巻き込まれちゃって、

ホント参っちゃうよねぇ〜」

 

緊張した面持ちで話しかけてきた少女に対し、大祐は流暢な口振りで応対する。

 

「えっと、その……」

 

困惑した表情を浮かべる女の子は大祐の手元をチラリと一瞥する。

視線の先にあったのはーー暗闇の中でも妖しく光り、己の存在を誇示する短剣。

 

「あっ、これ? ごめん、ごめん驚かせちゃったかなぁ〜」

「この剣、俺の支給品でさぁ。やっぱ、こういう状況じゃん?

いざという時の為に持ち歩いてるんだよ。 自分の身は自分で守る!ってね」

 

ヘラヘラ笑いながら、意味もなく短剣を見せびらかす大祐のテンションに圧されたのか、少女は若干引き気味になっていた。

 

「まぁ、俺もこのゲームに乗っている訳ではないから安心してよ。

あっそうだ! 俺、伊藤大祐って言うんだけど、

良ければ君の名前も教えてほしいなぁ~」

「――水口茉莉絵です」

「茉莉絵ちゃんて言うんだぁ~可愛い名前だねぇ」

「はぁ…」

 

まだ警戒しているのだろうか。

大祐の軟派な言葉にも、茉莉絵と名乗る少女は適当な相槌を打つだけだった。

そんな少女の様子などお構いなしに大祐は話し続ける。

話題は、今でも耳に届いている助けを求める声についてだ。

 

「あっそうそう……茉莉絵ちゃんはこの声がしている方向から来たんだよね?」

「えぇ……」

「この声の人、どういう状況になっているか分かる?」

「ごめんなさい、それが分からないんです。 この先のグランギニョールという施設の中から聞こえていてーー私もグランギニョールの近くにいたから助けてあげたいな、とは思ったんですけど……」

「もしかして、怖くなって逃げてきちゃった、とか?」

 

大祐からの指摘に茉莉絵は後ろめたそうにコクリと頷いた。

 

(やっべ、可愛い!)

 

困ったような茉莉絵の表情がどストライクのようで、大祐は更に興奮を覚える。

そして思うーー早くこの美少女を自分のものしてやりたい、と。

 

(いやいやいやいやいやいやいや、まだだ! 落ち着け! 落ち着けよ、伊藤大祐!)

 

衝動的に襲いかかろうとする自分を宥めて、どうにかコントロールする。

先程の鳥羽ましろの件もある。

いざ、短剣を突き付けた際に逃げられてしまう可能性もある。

更に言うと、もし暴れられたりでもしたら手元が狂い、白雪のような美しい肌に傷を付けてしまうのも勿体ない。

ここは本人に悟られないように、背後からサクッと優しく刺してあげるのがベストだ、と大祐は自分に言い聞かせる。

 

「ならさ、茉莉絵ちゃん、一緒に助けに行ってあげない?」

「えっ、伊藤さん…とですか?」

「そうそう! 俺さ、困っている人がいるとどうしても放っておけないタチでさぁ。

ここに来たのも、この女の人助けてあげたいと思ったからなんだよね〜。

このまま放っておいても、可哀想だし。 茉莉絵ちゃんも寝覚めが悪いっしょ!」

「で、でも……」

「大丈夫、大丈夫! こっちには武器もあるし。

何かあったら俺が茉莉絵ちゃんを守ってあげるからさぁ~」

 

大祐の強引な誘いに、茉莉絵は困惑しつつも考え込む素振りを見せーー

 

「わかりました、伊藤さん宜しくお願いします」

 

と、大祐にペコリと頭を下げた。

瞬間、大祐は心の中でガッツポーズを決めた。

 

「おう、宜しくね! 茉莉絵ちゃん!

それと俺のことは『大祐』って呼んでくれていいぜ!

俺も茉莉絵ちゃんのことは『茉莉絵ちゃん』て呼んでるし」

「あっはい、それでは改めて宜しくお願いします、大祐さん」

「いやいや~そんな畏まらなくてもいいよ 歳も近いだろうし、気兼ねなくやろうよ」

「ええと……善処します!」

 

再度律儀にお辞儀をする茉莉絵に、いやいやと手を振る大祐。

本当に礼儀正しい子なんだなと、感想を抱きつつも、早くこの純白な女の子を自分の欲望で汚してやりたいな、というドス黒い感情が浮かんでくる。

 

(まぁ呼称なんてどうでもいっか! この短剣で俺のペットになった後は「大祐様」と呼ばせるようにするし~)

 

こうして、未だ助けを求む女性の元へ同行することとなった大祐と茉莉絵。

話し合いの結果、グランギニョール近くから来たという茉莉絵が先を歩いて、後ろに続く大祐を案内するような形で歩を進めている。

そして、大祐の手にはしっかりと短剣が握りしめられている。

 

(ぐへへへへ)

 

下衆な笑みを浮かべる大祐の目の前には、後ろ姿を無防備に晒している茉莉絵が歩いている。いつでもチクリと短剣で突ける状態だ。

今がまさに大祐が望んだ理想的なシチュエーションではあるが、一つ気にかかることがあった。

 

「ところでさ、茉莉絵ちゃん さっきから気になっていたんだけど……」

「はい、どうしました?」

「茉莉絵ちゃんの名前って参加者名簿には載ってないよね? ――『水口茉莉絵』って本名?」

「私の名前は『水口茉莉絵』で間違いないですよ。 ただ名簿上では『ウィキッド』って名前で載っていますが」

 

茉莉絵は特に振り返ることもなく、淡々と質問に答える。

 

「へぇ~ウィキッドかぁ~ ね、ね!ちなみにさ、どうしてウィキッドって名前なの?(うん? あれ? ウィキッド……?)」

「私ウィキッドっていうハンドルネームで作曲して、ネット上に投稿していたんですよ」

(確かさっき見た詳細名簿に……)

「どういう訳か、そっちの名前で名簿に登録されていたんですよね おかしな話ですよね」

 

前を歩く茉莉絵に悟られぬよう、大祐は支給品袋から詳細名簿を取り出す。

自分の記憶が正しければ、ウィキッドって女は特段ヤバい奴だーー

ただし、プロフィールに添えられていた顔写真には、可憐な茉莉絵とは似ても似つかわない恐ろしい形相をした女が写っていたはず。

この記憶は間違いであってほしいと願いつつ、大祐は戦々恐々としながら頁を捲っていく。

 

(ウィキッド……ウィキッド……おっ、あったあった! げっ!!!)

 

大祐が発見した頁には、参加者の中でも随一の危険人物であろうウィキッドの詳細なプロフィールが、髪がボサボサで凶悪な表情を浮かべている女の写真と一緒に記載されておりーーご丁寧に本名が「水口茉莉絵」であるということもはっきりと記されていた。

 

(いやいやいや……この極悪顔の女と目の前の可愛い子ちゃんが同じ人間とか嘘だろぉ!)

 

大祐は先程詳細名簿に一通り目を通し、注意すべき人物の名前と容姿をインプットしておいた。

が、記載されている内容全てを短時間で記憶することはしていなかった。

顔と名前――後はせいぜい、どういった能力を使ってくるかーー例えば、ウィキッドという頭のネジが飛んだ女は爆弾を使ってくる、森の音楽家クラムベリーという魔法少女は音を操ることが出来る、といったレベルまでは頭に入れておいた。

だが、楽士や魔法少女の名前で名簿に登録されている彼女らの本名については、重要視はせず、記憶に留めないまま読み流していたのである。

だからこそ、写真とは異なる容姿で眼前の少女が現れたときも、その少女が「水口茉莉絵」と名乗ったときも反応することは出来なかった。

まさかこんな大人しい見た目の美少女が、警戒すべき超危険人物と同一人物であることなど夢にも思わなかったのである。

 

(あれ? この名簿の情報が本当なら、俺逃げたほうが良くね?)

 

既にウィキッドの術中に嵌まっているのではないかと考えると、背筋が凍り付く。

もしかすると、この周囲に鳴り響く女の声もウィキッドが引き起こしたものであるかもしれないし、今まさに大祐を蟻地獄の中に引きずり込もうとしているかもしれない。

 

(いやぁ……でも中身はアレだとしても、この外見――ここで逃すには勿体ないしなぁ~)

 

加えて、向こうは丸腰……特にこちらに注意を向けることなく、歩を進めている。

 

――やるか?

――逃げるか?

 

大祐は苦い顔をしながら悩み始める。

そこから30歩ほど歩いた頃に、ようやく結論を出す。

 

(よし、決めた! 俺も男だ!

伊藤大祐! 覚悟を決めていっきまーす!!)

 

決着はすぐにつく。

徐々に距離を詰めて、チクリと刺せればそれで終わりだ。

大祐は身を屈め、茉莉絵に悟られぬよう足を早める。

 

――残り3歩。

大祐は音を立てぬようにと息を殺し、茉莉絵に接近する。

 

――残り2歩。

茉莉絵は、距離を縮めてくる大祐に気付く素振りは見せていない。

 

――残り1歩。

大祐が手に握る力を込め、少女の背中に短剣を突き立てようとしたその瞬間、

――茉莉絵は静かに大祐へと振り返った。

 

「へっ???」

 

世界が止まったかのように思えた。

目と目が遭い、蛇に睨まれた蛙のように固まる大祐。

剣の矛先は茉莉絵へと突き立てたままである。

そんな大祐に対し、茉莉絵はニコリと笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「やっと、本性現わしたな、下衆野郎」

 

どうやら、大祐の目論見は筒抜けのようだった。

数秒の思考停止を経て、大祐はーー

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

茉莉絵に向かい、短剣を思い切りに振り上げた。

傍から見ても、破れかぶれの行動であることは明白である。

しかし。

直後に、大祐の視界はぐるりと反転する。

 

「っうごッ!?」

 

短剣が振り下ろされる前に、

茉莉絵は笑みを崩すことなく、大祐の頭を掴みーー地面に叩きつけたのである。

頭を掴まれたまま仰向けに倒された大祐。

着地の衝撃で、頭の中では星が点滅し、

肺は圧迫され、身体は呼吸を激しく求める。

 

「お前さぁーー」

「……っ!?」

「ヘッタクソなんだよ、騙し討ち。 下衆な考えが思いっきり顔に出てるっつーの!」

 

大祐の目の前には、先ほどまで同行していた清楚な少女の姿はなかった。

瞳に映るのはーー獰猛な笑みを浮かべ、前傾姿勢でこちらを覗き込み魔女の姿であった。

髪はボサボサで、制服のジャケットはいつの間にか開けている。

ジャケットの内側にはカーキ色のベストを覗かせており、更にピンク色の下着もはみ出ている。

脚の露出を妨げていた黒のストッキングも穴だらけになっているが、恥じらう様子など一切ない。

詳細プロフィールに載っていた写真通りのーー品の無い女の姿に大祐は戦慄する。

 

頭部は、尚も凄まじい力で地面に沈められている。

心の中で「やばい」と連呼しまくり、必死にもがく大祐ではあるがーー

これが楽士の力というものなのか、ウィキッドの抑え込みを振りほどくことはできない。

 

しかしーー光明はまだある。

短剣はまだ右手にしっかりと握りしめられている。

これが大祐に残されたたった一つの生命線である。

 

(こ、のぉおおおお!)

 

大祐は、死に物狂いで短剣をウィキッドへ向けようとしーー

 

「おーっと!」

「いっ!? いぎぃああああああああ!!!」

 

瞬時に察したウィキッドが立ち上がり、大祐の右手を思い切り踏みつけた。

頭部は解放されたが、右手に走る激痛に短剣を手放し転がりまわる大祐。

 

「はーい、しっつもーん!」

「……ひぎぃっ!?」

 

短剣を拾い上げたウィキッドは、大祐の首根っこを掴み、その喉元に突きつける。

 

「困った人を見捨てられない、お人好しの大祐君は

この剣使って何をしようとしていたのかなぁ?

正直に答えてくれないと、このまま喉をバナナのように裂いちゃいま~す!」

「……っ!?」

「制限時間は何とたったの3秒です~!!!

はいっ! それではいっちゃうよー!」

「ちょっ……!?」

「いーち! にー! さー…」

「だぁああーー! タンマタンマ!

喋るッ! 喋るからッ!

頼むから、これ引っ込めてくれよ!」

 

あっさりと心折れる大祐に、ウィキッドは満足気に頷く。

 

「うんうん、やっぱ男子たるもの素直が一番だよなぁ

物分かりが良い奴は、嫌いじゃないぜ」

 

 

 

 

「……なるほど、つまりは相手を意のままに操れるこの短剣をぶっ刺して、

私と宜しくやろうって寸法だった訳か。

アハア! アハハハハハハハハハハハハ!

――正真正銘のクズ野郎だな、お前は」

「いや、本当すみませんでした。 何というかその……若気の至りってやつで……

つい出来心だったんですよ。 な? 許してくれよ、茉莉絵ちゃん~」

 

大祐は全て告白した。

支給品の短剣の能力からーー

何を目的として、グランギニョールから聞こえる女の声に向かっていたのかーー

短剣を使って、茉莉絵に何をしようとしていたのかーーに至るまで、洗いざらい全てを。

 

「いちいち馴れ馴れしいんだよ、気持ち悪い」

「ひぃいいいいっ! 悪かった、俺が悪かったです!

もう二度とこんな真似しないので! 心を入れ替えますんで!

本当っ! この通りっ! 命だけは助けてください!」

 

目の前でみっともなく土下座をする男を、冷ややかに見下ろすウィキッドは、考える。

さて、どうしたものかと。

未遂に終わったが自分への狼藉――本来であれば赦すわけにはいかない。

口内に手榴弾でも詰め込んで、処刑してやろうかとも考えたがーー

 

懸命に地面に額をこすりつける大祐――その顔を爪先で持ち上げて、蹴り飛ばす。

 

「ふごぉおっ!!」

 

楽士の力を以て蹴り上げた一撃は強力だったようで、大祐の身体は10mほど後方に吹き飛ぶ。

ウィキッドは何も言わず、顔面を抑え悶絶する大祐の元へ向かう。

 

「ひぃいいいっ!」

 

大祐は迫りくるウィキッドの姿を視認すると、

鼻血をボタボタと垂らしながら、虫のように這いつくばり逃げようとするがーー

すぐに追いつかれ、襟首を掴まれ持ち上げられる。

 

「なぁ、おいーー」

「だ、だずげで……」

 

この世の終わりに直面したような顔で怯える大祐に、ウィキッドは顔を近づけ囁いた。

 

「今の一発で、私に舐めたことしてくれたことは不問にしてやるよ」

「……へっ?」

 

呆気にとられた表情を浮かべる大祐。

ウィキッドは大祐の反応など一々気にすることもなく、語り掛ける。

 

「ここからは取引だ。 このゲーム、私は私の好きなことをやって楽しむつもりだ。」

「お前は私に協力しろ。 その代わり、私もお前のやりたいことに協力してやるよ。

どうだ? 悪くねー取引だろ?」

「え、えーと……」

「まぁ嫌なら、ここで人間花火として……」

「いやいやいやいやいや! 喜んで協力させてもらいます!

嫌だなぁ、茉莉絵ちゃ~ん。俺が茉莉絵ちゃんの頼みを断るわけないじゃん~」

 

ボロ雑巾のように絶望で歪んでいた顔は、途端にパッと明るみになり、出会った頃と変わ

らない口調で喋り出す大祐。

清々しいほどの変わり身の早さに、ウィキッドは半ば呆れつつ、大祐の襟首を離し、解放してやる。

 

ウィキッドはこの殺人ゲームを大いに興じるつもりだ。

此処であれば、思うが儘に蹂躙と殺戮を楽しむことができる。

そして何よりも、このゲームなら、証明してくれるはず。

――人間の絆やら信頼やらがどれだけクソ下らないものなのか、を。

 

絆? 信頼? そんなものを見つけたら徹底的に破壊しつくしてやる。

こんな殺し合いの場でも、甘ったれた思考で手を取り合うような連中がいるようであれば、地獄を見せつけてやる。

そして、そいつらの屍の上で踊り狂って、最期にはざまあみやがれ、と思いっきり叫んでやりたい。

嗚呼ヤバい。想像しただけでもゾクゾクしてしまう。

 

だからこそ、より多くの惨劇を引き起こすために、共犯者が欲しかった。

無害な少女を装い、集団に溶け込んで内側からぶっ壊していく場合においても。

他の参加者を追い立て、破滅の罠へと嵌め込む場合においても。

共犯者がいると何かと効率が良い。

 

かと言って、必要以上に馴れ合うのはごめんだ。

あくまでも自己の利益を最優先とし、ある程度の利害の一致から、

ウィキッドの背徳行為に心を痛めることなく協力してくれる共犯者(クソッたれ)が欲しかった。

ゲームが始まって2番目に出会った参加者、伊藤大祐は、馬鹿なところだけ目を瞑れば、共犯者としては及第点であった。

 

初見時の下品な笑みと無駄に軟派な口調から、何かを企んでいるということは直ぐに看破できた。

悪げもなく暴露したドス黒い欲望といい、

尻尾を掴んだ時の、全くもって心が籠っていない反省の言葉と弁明といい、

みっともなく滑稽だった命乞いと生への執着といい、

伊藤大祐という男は、まさに人間のクズ、そのものであった。

 

これでいいーー

こういう男こそが、このゲームにおける私の共犯者に相応しい、と思った。

ただし、変わり身の早さと欲望に忠実すぎるところについては、警戒するにこしたことはないが。

 

 

 

 

「ははぁん。しっかしどいつもこいつも、やれ『友人』だ、やれ『仲間』だの。

仲睦ましいねぇ~。 ……本当に反吐が出る」

 

大祐の支給品だった詳細名簿をペラペラと読み漁り、ウィキッドは感想を漏らす。

プロフィールには、他参加者との関係性において「帰宅部」に加え、「勇者部」「旅の仲間」「主従」「幼馴染」など、壊しがいのあるキーワードが散見された。

さてさて、どうやってこいつらをメチャメチャにしてやろうかと想像を膨らませるだけで、笑みがこぼれる。

 

「しかし、セーニャちゃんだっけか。 あれだけ可愛いのに、勿体ねぇな」

 

未だ声が聴こえるグランギニョールの方角を見据えて、大祐は口惜しそうに呟く。

詳細名簿でセーニャのプロフィールを発見した際に、ウィキッドは手を叩いて笑い出し、自慢気にセーニャとの一連の出来事を大祐に語り聞かせた。

今まさに向かおうとしてた目的地に、恐ろしい罠が待ち受けていたことを知った大祐は驚愕。さーっと血の気が引いた顔が実に傑作だった。

 

「止めとけ、止めとけ。 下手に近づいた時に誰かが来たりでもしたら、その場でボンッだ!

もっとも〜『困っている人がいるとどうしても放っておけない』大祐君がどうしても、って言うなら止めはしないけどよぉ」

「冗談キツいぜ、茉莉絵ちゃん。 流石の俺でも自分の命は惜しいよ」

 

上機嫌に揶揄うウィキッドに、大祐はいやいやいやと首を振る。

冷や汗を浮かべ焦る大祐の反応が、実に面白い。

 

「結局は我が身大事か… 本当分かり易いよなぁ、お前は。

まぁ、そういうところ、嫌いじゃないぜ」

「えっ? 何? 俺褒められた? 褒められちゃった?

茉莉絵ちゃん、もしかして俺に気がある?

付き合う? 付き合っちゃう?」

「……死ぬか?」

「ごめんなさい! 調子に乗りました!」

 

途端にトーンダウンしたウィキッドに、大祐は慌てて腰を90度曲げて平謝りする。

ウィキッドはというと、チッと舌打ちをし、話題を切り替える。

 

「それで、これからの事なんだけど、大祐まずはお前の首輪の解除条件教えろ」

「え? 何で?」

「念のためにだ。 あの女に割り当てられた条件のように、禁止事項が組み込まれたら厄介だしなぁ。下手な行動で取引相手に死なれても、こっちも困るんだよ」

「いやぁ嬉しいなぁ。 茉莉絵ちゃん、そんなに俺のこと気遣ってくれ……冗談だよ、

嫌だなぁ~。 そんな真剣に睨まないでよー。

えーと俺の首輪解除条件は『自分から半径10m以内で死亡した参加者の数が合計5人を超える』だよ」

 

ほら、とポケットからスマホを取り出し、解除条件の画面を見せびらかす大祐。

馬鹿正直に自分の首輪解除条件を教える大祐に内心呆れつつも、提示された条件には思わず吹き出してしまう。

 

「アハハ! アハハハハハっ!

何だよ、何だよその条件は! いくら何でも出来すぎだろ、それは!」

「……?」

 

本当に驚くほど都合の良い男だ。

この首輪解除条件は、自身の周辺での他参加者の死亡と明記してある。

他参加者の死亡が条件という点で殺し合いを助長させるものではあることには変わりないが、自分が直接殺害する必要はない。

つまりは、第三者による他プレイヤーの殺害が大祐の周辺で実行されるようなことがあれば、首輪解除に近づくということになる。

だからこそ積極的に殺し合いに乗るつもりのウィキッドについていくということは、大祐にとっても大きなメリットとなる、と同時にこの首輪解除条件は大祐とウィキッドを繋ぐ堅固な枷となる。

この枷がある限りは、簡単に裏切るような真似はしないだろう。

 

「本当に悪運だけは強いよな、お前は」

 

言っている意味が理解できていないのか、大祐はポカーンと口を開けている。

ウィキッドはやれやれと言った感じで、大祐の肩に腕を回して、囁く。

 

「首輪については、安心しても良いぞ」

「さっきも言ったけど、私は私のやりたいようにこのゲームを楽しむつもりだ」

「ま、茉莉絵ちゃんのやりたいことって……?」

 

緊張しているのか、大祐からゴクリ、と生唾を飲む音が聞こえた。

 

「――蹂躙と殺戮。徹底的に甚振って、

心もズタボロになるまで痛めつけて

殺して、殺して、殺し尽くす!」

「……っ!」

「つまり、お前は私に付き合うだけで首輪を解除することができるんだ。

だから首輪が解除されるまでは、裏切るような馬鹿な真似はしないほうがいいぞ」

 

大祐は尚も緊張した面持ちで「お、おおぅ……」と返事をする。

これで良い。こういった利害関係こそが、このゲームでは信頼関係に置き換わる。

この男が私を首輪解除のために利用するのであれば、私もこの男を利用しようーー骨の髄まで。

 

「……それでさ、茉莉絵ちゃんの首輪解除条件は?」

「探し物だよ、ホテル・エテルナにあるらしい」

「へ~? 探し物って具体的には?」

「――さぁな、てめえで勝手に想像してろ」

 

目的地を示しつつも、探し物の詳細は伏せることにする。

仮にホテルに辿り着き、大祐が先にUSBメモリを見つけてしまった場合、弱みを握られてしまうことになってしまう。

今の協力関係及び立場は一変してしまうリスクがあるのだ。

そんなウィキッドの思惑を知ってか知らずか、大祐は食い下がる。

 

「え~何だよ、教えてくれても良いじゃん?

俺たちはもう仲間なんだしさぁ」

「あぁん? 誰が仲間だぁ! 勘違いするんじゃねえぞ、お前っ!」

「うごぉっ!!」

 

憤怒の表情を浮かべたウィキッドに股間を蹴り上げられ、大祐は何とも言えない悲鳴をあげ、地面に転がり痛みに悶える。

急所を押さえ、ひぃひぃと悶絶する大祐にウィキッドは吐き捨てる。

 

「私たちはたまたま利害が一致したから、一時的に利用し合っているだけだ!

その事を忘れるんじゃねえぞ!」

「しゅ、しゅみましぇん……」

 

機嫌を損ねた魔女の怒りを鎮めるため、

大祐は目に涙を浮かべ、ただただ謝るしかなかった

 

 

 

「おらっ、ボケっとしてねえで、とっとと行くぞ」

 

遠目に見えるグランギニョールに背を向け、来た道を戻る形でウィキッドは歩き出す。

目的地はホテル・エテルナ、ウィキッドの首輪解除条件に記されている施設だ。

 

(痛てててっ……。まだ、あそこがジンジンするぜ。

茉莉絵ちゃん、本当に容赦ねえんだよなぁ……)

 

元気よく歩き出すウィキッドの後を、大祐は慌てて追いかける。

股間の痛みはまだ、尾を引いている。

グランギニョールから聞こえるセーニャの声は、徐々に遠くなる。

 

(いやぁセーニャちゃん勿体なんだけどなぁ、『半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない』だっけか。 俺の前の条件よりもキツいよね、これ)

 

実際に大祐はこの会場に来る前に参加していたゲームでは、類似の首輪解除条件を割り当てられていた。

その時の条件は、『半径2m以内に同時に3人以上のプレイヤーを侵入させない』だった。

セーニャに割り当てられている条件は更にこれを厳しくしたものだった。

誰か1人の同行者を伴ったとしても、他の誰かが接近した時点でゲームオーバーだ。

それを利用して、生きた人間爆弾として罠を仕掛けたウィキッドは本当に恐ろしい。

 

そんなウィキッドの手には今プキンの短剣が握られている。

 

(あの剣奪われちゃったのは痛いけど、まぁ仕方ないかなぁ)

 

大祐に支給されたプキンの短剣や詳細名簿については、ウィキッドに奪われてしまったが、代わりに護身用でルーラという槍を拝借することとなった。

ウィキッド曰く、ウィキッドには爆弾を発現する能力があるため、この槍を利用することはないだろう、とのこと。

先のシャドウナイフといい、楽士ってやつはチート能力者の集まりのようだ。

他の支給品についても、状況に応じて大祐に貸し与えるつもり、とも言われている。

 

(長いものには巻かれろってよく言うし、首輪の事もあるから、暫くは茉莉絵ちゃんにキルスコア稼いでもらうことにしようーっと)

 

ウィキッドに、主導権を完全に握られてしまっているのは面白くはないが、メリットがるのは確かだし、暫くは大人しくウィキッドに協力しようと考えている。

プロフィールを見る限りだと、このゲームには化け物じみた参加者が多数参加しているようだし、生き抜くためにもウィキッドのような異能の力を持つ味方が欲しかったのは事実である。

 

(まぁ立場が悪くなったら、茉莉絵ちゃんから逃げて、

殺し合い反対派にでも鞍替えしちゃえばよいかー)

 

伊藤大祐という男は快楽殺人者というわけでもない。

自分の命を第一に考えており、いざという時は対主催派に泣きつくフットワークの軽さも持ち合わせている。

 

(まぁ、それまではせいぜい俺も茉莉絵ちゃんを利用させてもらうよ。 俺も色々楽しみたいしね)

 

夜風心地よい平原の中、魔女の背後で、大祐は狡猾に笑う。

 

 

 

 

 

魔女は獣と出会い、侍らせた。

魔女は求め続ける、舞台の上で繰り広げられる蹂躙と殺戮を。

 

さぁ踊ろうーーこの広大な宇宙の片隅で災厄を巻き散らすために。

 

 

 

【A-1 平原/一日目/黎明】

【ウィキッド@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:健康、軽い興奮状態

[装備]:プキンの短剣@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、スマホ(セーニャ)、不明支給品1つ、透明マント@魔法少女育成計画、詳細名簿@オリジナル

[首輪解除条件]: ホテル・エテルナに隠されている解除用USBを自分のスマホに読み込む

[状態・思考]

基本方針:自分の欲望のままに殺し合いに乗る

1:首輪条件解除のためにホテル・エテルナに向かう

2:大祐を上手く利用する。裏切るような素振りを見せれば殺す

3:帰宅部の連中はなんとかしねぇとな

4:あの女(セーニャ)を助けに来た奴らの末路に期待

[備考]

※参戦時期は劇場グランギニョールで帰宅部に敗北した直後です

 

 

【伊藤大祐@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:疲労(中)、顔面打撲(小)、全身ダメージ(小)、右手にダメージ(中)、股間にダメージ(小)、足に刺し傷

[装備]:ルーラ@魔法少女育成計画

[道具]:支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]: 自分から半径10m以内で死亡した参加者の数が合計5人を超える

[状態・思考]

基本方針:せっかくなのでこのロワで好き勝手やらせてもらう

1:暫くは、茉莉絵ちゃんに協力する

2:セーニャちゃんかぁ…勿体ねえなぁ

3:あのフード野郎(シャドウナイフ)は絶対殺す

[備考]

※参戦時期はAルートで修平に殺された後です



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遅すぎた恋/筑波しらせ、旭川姫、伊純白秋、日向創(アロマオゾン)

「そうだ、白秋さんはこれからどこに向かう予定なのかな?」

「そうですね。東の方向にあるアリスランドを目指そうかと思っています」

「アリスランド?」

「ええ、私の知り合いもその場所に来る可能性が高そうだからね」

 

(アリスランドって東南の端っこにある施設じゃねーか、七望館から遠ざかっちまう。

 だけど烏丸理都や天王寺彩夏が必ずそこに向かう確証なんて無いしな……。

 いくら見知った建造物とはいえ、そこで起きた惨状を考えると逆に遠ざかろうとする可能性だってある。

 単独行動を取れば、その分リスクも増すしここは素直に白秋さんに付いていくとするか)

 

「そっか、じゃあしらせも一緒にアリスランドに行くよ」

「ありがとう。こんな状況だと一人は心細いからとても嬉しいよ」

 

あくまで打算的な考えを持って同行している筑波しらせ。

その内面を一切悟らせない様に明るく元気に振る舞いながら歩き出す。

そんな彼女の背中を見て白秋は表情一つにこう考えていた。

 

 

――この子なら僕でも殺せる。

 

 

伊純白秋は他者と比べて肉体的に優れた人物ではない。

下手すれば運動神経が良いだけの女性相手にも力で負けかねないほど病弱な身である。

それに彼に支給された武器は短剣とデリンジャーのみ。

短剣を用いたとしてカーシャどころか、絢雷 雷神や石動 道宗の様な体力のある男には確実に負けるだろう。

デリンジャーも内臓されてる二発の銃弾を撃ち尽くせばそれで終わりだ。

この舞台に置いて白秋が自力で殺害出来る人物は非常に限られている。

 

だけど筑波しらせぐらいなら殺せるだろう。

女性の中でも小柄で僕に対して警戒していない彼女なら

不意を突いて押し倒して、その小さな身体に短剣を突き刺して切り刻めば

僕でも簡単に殺害する事が出来る。

 

だが今はその時ではない。

もし殺す途中で悲鳴でも上げられ誰かに見つかったりしたら。

それとも返り血を浴びた状態を誰かに見つかったりしたら。

この殺し合いに乗った殺人鬼として今度は僕が殺されてしまうだろう。

焦る事は無い。殺せるチャンスが来るまでじっくりと待てばいい。

 

「ん?しらせの顔になんか付いてる?」

「いえ、とっても元気で羨ましいなぁと思ってね」

「えへへ、元気な所が筑波しらせの取柄なのだ!」

 

 

 

 

東に向かってしばらく移動を続けていると遠くからこっちの方向へ歩いている一組の男女が視界に入った。

相手の存在に気付いたのはほぼ同時だった。

もしかしたら攻撃してくるかもしれない、と警戒する白秋だったが

 

「あれ?旭川さん!」

「まぁ、筑波しらせ……無事でしたのね」

 

どうやらしらせの知り合いのようだ。

二人のアイドルが駆け寄る姿を見て、向こう側の少年もほっと息をついている様子だった。

 

(旭川姫、デスゲームで殺された筈なのに今こうして生きている……。

 参加者の名前に載っているのを見た時は半信半疑だったが本当にこの島に呼ばれているのか。

 それなら名簿に書かれていないちは姉やまり姉は生きているのか?現状じゃ判断できねえ。

 デスゲーム自体が偽物だったのか、それとも殺されたアイドルが影武者だったのか。

 ドリパクの奴から吐かせればハッキリするだろうが何処にいるか分からないし正直に話すとも思えない)

 

表面的には旭川姫との再会を喜ぶしらせだったが

彼女のとっての最優先事項は烏丸理都及び天王寺彩夏の存在であり

旭川姫や諫早れんは悪く言えば二の次であった。

 

(例えD.o.Dの後に皆が生きていたと考えても、このバトルロワイアルもドッキリだなんて甘い考えは捨てよう。

 死んだ筈の二人が生きている確証を得られた今、烏丸理都には地面に頭を擦り付けさせて謝罪させてやる。

 そして天王寺彩夏……白浜ふじみをどう思っていたか、直接、直接出会って本心を聞き出してやる。

 もし天王寺彩夏が白浜ふじみを妹の様に大切に想っていたのなら……。

 天王寺彩夏の元から去った後、ずっと白浜ふじみを案じていたのなら……私は天王寺彩夏を……)

 

「ところで、そこにいる彼はしらせの同行者ですか?」

「――ッ!?」

 

しらせの無事に安堵している女性の顔を見た瞬間

白秋の心に稲妻の様な衝撃が走る。

彼女はあまりにも優雅で華麗で、気品があった。

例えどんな芸術家の作品であろうと彼女を超える美しさを表現するのは不可能と言えるほど。

 

白秋の心臓の鼓動がはっきり分かる程、速く、強くなっていく。

この苦しみは毒による物とは全く別だった。

心が熱くて、切なくて、苦しいけどむしろ心地いい。

この感覚、これは正しく――。

 

 

 

 

私に向けられる彼の視線。

それは私を愛する者たちが向けてくる情熱的な視線と同じだった。

しらせと行動を共にしていた彼も私を愛してしまったのですね。

もしかすると、私を独占しようとするおぞましい『崇拝者』へと変貌してしまうかもしれない。

 

この旭川姫は私を愛する者を分け隔てる事無く全員を愛している。

その考えはドリパクに否定されようとも変わらない。

だけど『崇拝者』に成り果てて暴挙に出る前に私が止めなければならない。

 

姫は一歩前へと踏み出して、白秋の前へと立つと

まるで舞台劇の様な仕草で彼の手を取って

 

「貴方は私を愛してしまったのですね。とても嬉しいです。私も貴方を愛します」

 

「……あ、愛ィィ!?」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」

 

大胆すぎる姫の告白に日向は驚き、しらせに限っては思わず素が出てしまう。

 

「ですが私の愛は、私を愛する全ての人へと平等に捧げているのです。

 だから貴方一人だけに愛を与える事が出来ないのを理解してほしいの」

 

これ以上の崇拝者を生み出さない様に

愛していた一人一人に説いて旭川姫の愛の形を伝えようとする。

すると姫の言葉を聞いた白秋はゆっくりと顔をこちらに向けた。

 

「貴女のような素敵な女性に告白されて、とても嬉しいです……ですが

 私には意中の女性が既にいるのです。貴方の愛にはお答え出来ません」

 

白秋の瞳には既に情熱的な視線が消えていた。

むしろ氷の様に冷たく落ち着いた瞳だった。

 

「素晴らしい!!私の告白よりも想い人を優先する程の愛情!

 なんて尊くて美しいんでしょう……私、感動しましたわ!!」

 

「一体どうなってるの?」

「しらせ、わかんない」

 

一時はどうなるかと思ったが、姫の危惧していた崇拝者は生まれる事無く

お互いの同行者が知り合い同士なのもあり、さほど警戒する事無く打ち解け合い

簡単な自己紹介と情報共有が行われた。

日向の知り合いである狛枝や姫の首輪解除条件に必要なカムクライズルの情報に付いて

聞いてみたがしらせも白秋も知らなかった。

日向と姫の首輪解除条件を伝えた所でしらせと白秋の首輪も解除するために

二人の解除条件の情報も共有する事になったが

 

「……『7名の参加者が死亡する姿を目撃する』って書いてあったよ」

「くそっ!なんて悪趣味な条件なんだ」

 

しらせの解除条件に日向は怒りを露わにする。

こんな少女に人が死ぬ姿を見せつけるような条件を押し付けるのが許せなかった。

 

「僕のは『バトルロワイアルが始まる前に殺人を犯した参加者3名の殺害』だね」

「それって少なくてもこの島に来る前に人殺しをした人が少なくても3人以上いる事になるわよね……」

「そういうことになるね」

 

この島には殺人鬼が複数いる。

首輪解除条件を通じて手に入れた予期せぬ情報に姫が不安になっていく。

トップアイドルとして気丈に振る舞っていても殺し合いとは無縁な環境で生きてきた女の子であり

殺人鬼の存在に恐怖を感じるのは仕方ない事である。

 

一通り情報共有が終わった頃――

 

 

「いいんですか?白秋」

「ええ、複数の施設を見て回った方が姫さんの首輪解除の情報が分かる可能性が高いですから」

「しらせも賛成ー!同じアイドル仲間だもんね」

「皆、ありがとう!」

 

姫の首輪解除の為に移動予定を変えてまで協力してくれる二人に日向は頭を下げて礼を言った。

殺人鬼と遭遇する可能性も考えて4人固まって行動する方針になったのだ。

 

「私を思いやるお気持ち感謝します。では行きましょう、私はこの殺し合いを必ず止めてみせます!」

 

もしかしたらこのバトルロワイアルが自分への崇拝者によって開かれたのかもしれないという責任を背負い。

恐怖を押し殺して姫は気高き誇りを胸に秘めて前へと進むのだった。

例え、その道が棘と地雷だらけの地獄だったとしても。

 

 

【G-6/市街地/1日目/黎明】

【旭川姫@アイドルデスゲームTV】

[状態]:健康

[服装]:いつものアイドル衣装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:『カムクライズル』の首輪の入手

[思考]

基本:もしこの殺し合いの裏に『崇拝者』がいるのなら、私は自らの責任でこの殺し合いを止める

1:狛枝と他のアイドルを探す

2:日向さんには、『崇拝者』になってほしくない

3:『カムクライズル』とは何者なのでしょう……?

[備考]

※参戦時期は、旭川姫編終了直後からです

 

 

その後の移動中、しらせは日向にゆっくりと近づき服をちょちょいと引っ張る。

日向はそれに気付いて振り向くと、しらせはしぃーと静かにするジェスチャーをしたあとでひそひそ話を始めた。

 

「実はさ、気を付けてほしい事があるんだ」

「なんだい?」

「ここに呼ばれたアイドルで烏丸理都さんって人がいるんだけどさ」

「あー、名簿に載ってる」

「実は烏丸さん、前から悪い噂があってさ。ライバル候補のアイドル達を色んな手で辞めさせてるらしいんだ」

「なんだって?」

「ある時は取り巻きを使って虐めをやっていたり、コネのあるヤクザの人達をけしかけたりと

 あらゆる手で追い詰められた子達がいてね、辞めていった子が多いんだよ」

「それは酷い……」

「すぐ辞めた子はまだいいけど……ヤクザに襲われた子は……」

 

しらせの声が苦しそうに震えているのに日向は気付いた。

彼女の目には涙が溢れていた。泣いていたのだ。

 

「ライブの帰り道に金属バットで顔面をおもいっきり殴られたんだ。表向きは悪質なストーカーによる逆恨みの犯行に見せかけられて」

「ッ!?……その子はどうなったの?怪我は治ったの?」

「……死んじゃったんだ。自殺で」

「そ、そんな……!」

「眼球が破裂して目が見えなくなって……せっかく命は取り留めたのに……!!」

「それが烏丸理都の仕業だと……」

「しらせ、聞いちゃったんだ。取り巻きにまるで武勇伝を語る様にヤクザにライバルを襲わせた事を」

「……酷すぎる!」

「しかもうちには優秀な弁護士が付いている、そのヤクザも心神喪失で無罪にしてあげたって。

 本当はスキャンダルになるような話はするべきじゃないけど、この状況だから烏丸さんには注意してほしいからさ……」

 

(しらせは僕の身を案じて辛い話を……)

 

「分かったよ。烏丸理都には警戒しておく」

「話を信じてくれてありがとう、それと今の話は秘密にしておいてね。

 噂の出所を調べられてバレたら、私が報復されちゃうからさ」

「ああ、しらせを危険な目に会わせるような事はしないよ。約束する」

 

 

 

 

くっくっく……上手く行った、上手く行った。

これで日向は烏丸理都に対して完全に悪印象を持つ事になった。

さっきの話にはいくつか嘘が混ざっているけど虐めを行っていたのは事実だし

嘘の中に本物を混ぜとけばバレにくいって言うよね

 

どうせならヤクザが家に火を付けて家族が焼死したせいで

声が出なくなって歌えなくなったアイドルがいるというデマも入れとけばよかったかな。

次は白秋さんにもさっきの話をして烏丸理都を追い詰めてやる。

 

待ってろよ烏丸理都!お前はこの筑波しらせによって苦しんだ末に謝罪させてやるんだ!!

簡単に死んで終わりなんて絶対に許さないからな。

地獄から引っ張り出してでも土下座させてやる。

 

 

【筑波しらせ@アイドルデスゲームTV】

[状態]:正常

[服装]:アイドル衣装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、トップスピードの箒@魔法少女育成計画、包帯@スーパーダンガンロンパ2、動くこけし@スーパーダンガンロンパ2

[首輪解除条件]:7名の参加者が死亡する姿を目撃する。

[思考・行動]

基本方針:烏丸理都、天王寺彩夏への復讐。でも天王寺彩夏は……

1:伊純白秋、旭川姫、日向創の3人と行動を共にする。

2:今後のために烏丸理都の悪評を振りまく

[備考]

自身のルート終了後の参戦です

 

 

【日向創@スーパーダンガンロンパ2 さよなら絶望学園】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、狛枝のパンツ@スーパーダンガンロンパ2、アーナスの水着@よるのないくにシリーズ、旭川姫の水着@アイドルデスゲーム2

[首輪解除条件]:記憶を取り戻す。記憶を取り戻した後、第二条件提示。第二条件をクリアすることで首輪が解除される。ただし第二条件は記憶を取り戻すまで提示されない

[思考]

基本:こんなコロシアイに乗るわけにいかない

1:狛枝、そして姫の知り合いであるアイドルのみんなを探す

2:狛枝は早く見つけたいと何をしでかすかわからない

3:カムクライズル、何処かで聞いたような……?

4:烏丸理都への警戒。

[備考]

※参戦時期は第一章終了直後です

 

 

しらせを早急に殺さなくて本当に良かった。

おかげで旭川姫と日向創の二人に警戒される事無くあっさり信用を得る事が出来た。

 

旭川姫を見た瞬間、白秋は彼女に魅了され『崇拝者』になりかけた。

事実、彼女の事を本気で美しいと想い、彼女を生かす為なら自らの命を捧げる事も心地よいと考える程に心が動いた。

もし、ごく普通の平凡な人生を歩んでいたら、蓼宮と出会わなければ姫のために行動していただろう。

 

だが蓼宮姉妹によって人生を滅茶苦茶にされ、地獄を味わい続けた白秋の心には深々と憎しみが根付いていた。

愛という強烈な嵐によって心を突き動かされても憎しみの根から引き剥がす事は出来ない。

姫の告白を聞いた頃には恋による息苦しさは消え、彼女を見つめる瞳は情熱的な視線ではなく

どうやって殺してあげようかと考える冷酷な視線に変わっていった。

カーシャを殺害して生き残り、元の世界でアーシャを殺害する目的を叶える為なら姫ですら邪魔者でしかない。

 

(だけど出来るだけ苦しませないように殺してあげるよ、旭川姫)

 

現状はこのまま信用を得て確実なチャンスが来るまで機を見るとしよう。

カーシャに付いては彼女の性格上、合流した時点で彼女達との同行を諦める事を想定した方がいい。

恐らく誰かを襲っている可能性が高い、殺人鬼と親しい事が知られれば暗躍は不可能になる。

その時はカーシャを利用して積極的に殺し回る事になるだろう。

僕の頼みなら望んで人を殺してくれるだろう。

そして最後は僕自身の手でカーシャを殺害する。

僕のスマホに搭載された『半径3m以内にいる2人以上殺害した参加者の首輪を爆破する』特殊機能を使えば

非力な僕でさえカーシャを殺す事が可能さ。

だからカーシャ、君は僕と出会うまでに誰にも殺されないでくれよ。

君は僕の手で殺さなくちゃ気が済まないんだから。

 

 

 

【伊純白秋@追放選挙】

[状態]:正常

[服装]:いつもの格好

[装備]:デリンジャー@現実、カミュの短剣@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

[道具]:基本支給品一色、スマホ

[首輪解除条件]:バトルロワイアルが始まる前に殺人を犯した参加者3名の殺害。

[思考・行動]

基本方針:あの(蓼宮)姉妹への復讐のために、優勝を狙う。

1:筑波しらせ、旭川姫、日向創の3人と行動を共にする。

2;旭川姫は出来るだけ苦痛を与えずに殺害する。

3:烏丸理都への警戒。

[備考]

※白秋に支給されたスマホの特殊機能は『半径3m以内にいる2人以上殺害した参加者の首輪を爆破する』です。



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Phantom/峯沢維弦、三ノ輪銀(パンドラボックス)

黎明は照らす、その柳のように揺らめき、彷徨う青年を

 

黎明は照らす、その亡霊のごとく彷徨う、その青年を

 

青年は彷徨う、自分自身(きずあと)を取り戻すために。

 

 

○ ○ ○

 

 

エリアC-7 市街地エリアの一角にて

 

「……こんな状況でもなかったら、須美や園子と一緒に買物でも楽しんでたんだけどな」

 

人こそ居ないものの、呉服店他様々な雑貨、食品等の店が並ぶまるで商店街のような場所を、三ノ輪銀はシャル……もとい従魔シャルフと共に歩いていた

 

念のために服装は勇者装束に変身している、例え誰かに会えたとしてもそれが『いい人』だとは限らないからだ

……と、警戒してみたものの、かれこれ歩いて数時間、誰とも出会えていない

強いて言うなら何度かシャルの欠伸が虚しくも響き渡っていたぐらい

 

 

「お~い、誰か、誰かいない~?」

 

呼びかけるも帰ってこない。ただ自分の声がエコーして向こう側へと消えていく

常人なら若干虚しくなる状況でもあるが、彼女はそんなことお構いなしお構いなしとばかりに歩みを止めない

 

 

「……もしかしたら、駅で待ってたら誰か来るかな?」

 

マップを確認し、近くにある『駅』に目を留めた。駅のダイヤ等は支給品やスマホの中には載っておらず、電車がいつ来るかとかは分からないものの、移動手段を探して誰かがこの駅を訪れるかもしれない。

 

幸いにも駅の場所は自分がいまいる場所の近くであり、歩いてもすぐ着く距離

今すぐでも駆け出して向かおうと思った……そんな時であった

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

 

 

 

その、亡霊のような、青年が三ノ輪銀の視界に映ったのは

三ノ輪銀の存在に気づいていないのか、その青年は彼女の目の前を通り過ぎようとする。ただ呆然と歩く姿は、まるで夜風に吹かれる柳のようで、その目には一切の光も灯っていない

 

まるで死んでいるような、生気を感じられない―――そんな顔。

 

「おーい!」

 

 

故に、三ノ輪銀は青年を放っておく事ができなかった。

 

あんなフラフラと無防備に歩いている青年を、何よりそんな死んだ目をしている彼を、思わず心配し、声を掛けて’しまった’

 

 

「………」

 

銀の声に反応し、青年は彼女の方に顔を振り向く。そして、無言のまま彼女の方に近づいてゆく。

 

三ノ輪銀からすれば青年への第一印象は「なんだか寂しそう」であり、何があったのがは知らないが、声を掛けて事情を聞いてみよう、という考えで

 

 

 

「あたし、三ノ輪銀。突然話しかけてごめんだけど……ってシャル?」

 

ふと横に目を向けると、シャルフが眼の前の近づいてくる青年に対し、今にも飛びかかりそうな形相のまま警戒している。

確かに青年の雰囲気は不気味とも言えるが、だからと言ってほうっておく訳には行かない。だが、シャルの警戒……というよりも青年に対しての『敵意』は銀にもはっきり分かるレベルであった

 

「ちょっ、落ち着けシャルっ! 確かに怪しい感じなのは分かるけど、だからっていきなり警戒心剥き出しは……」

 

 

 

 

 

 

「いや、その犬の判断は正しい」

 

 

 

 

――故に、青年が瞬時にシャルに切りかかり、それを銀が防ぐまでの時間は、一瞬のことであった

 

 

○ ○ ○

 

「……っ!」

 

意識を切りかえ、数歩ほど下がる。結果としてシャルが警戒してくれたおかげで防ぐことが出来たが、あの速さは人離れ……たとえ勇者でもそう簡単に出せる瞬発速度ではない。

眼の前の青年が顔に、割れた仮面のような黒い『何か』、青年の黒い手が持つレイピア。まるで青年を貫くように咲いた花

特に眼が行ったのは仮面のような黒い何か。三ノ輪銀からすればそれが意味することはなんなのかはわからない。ただ、何か心の奥底に深く『黒い』何かを感じたのは確かだ。

 

「おとなしく話を聞いて……って訳にはいかないか」

 

二丁の斧を構え、相手の攻撃にいつでも対応できるように身構える。

 

だが、『人』との戦いは、本当に初めてだ。なるべくなら誰かを怪我させる真似はしたくない。だけど

 

 

 

「―――」

 

目の前の男は、ただ黙ったまま、静寂でありながら殺意であるような目線をこちらに向けたまま。シャルは男に対して唸り声を上げ、警戒をやめない。

私はシャルをその場から下がらせ、袋の中に入れておいた。袋の中身が謎空間らしく、シャルも特に不満なく入ってくれたのはまさに幸いだった。

 

 

「一つ聞いていいか、なんでお前は――」

 

「それを聞いてどうする? お前に何も関係ない」

 

仄かな可能性を信じて、説得してみようと試みるもご覧の有様で一刀両断だ。園子ならもうちょっとうまくやってくれたかもしれない、いまさらそんな事考えてたって仕方がない。

 

「そうかよ。じゃあ――――容赦しねぇからな!」

 

 

 

 

まずは何とか黙らせる――そっからは後だ!

 

 

○ ○ ○

 

 

響き渡る轟音、壁や地面には傷が残り、散乱している瓦礫や店の備品等が、戦いの壮絶さが伺える。

 

 

「でぇぇりゃあっ!」

 

「………!」

 

 

斧による大振りの一撃、それを回避しスキを見ての刺突、だがそれも斧によって防がれる

 

斧の少女――三ノ輪銀には多少の傷があるも、特に支障が出ているわけではない

 

黒い剣の男――峯沢維弦の方は、冷静に攻撃を捌きながらもその額には汗が流れている

 

 

 

三ノ輪銀の耐久力と根性故に、攻撃よりも速さに優を置く峯沢の攻撃は致命的にはなりえない。何度か傷は与えているもののほとんど糠に釘とも言うべき。実際与えているダメージはかすり傷程度。このまま似たような状態の繰り返しが続けば、体力が持たないのはこちら側の方、だからこそ峯沢は内心焦りに満ちていた

 

だが、本来三ノ輪銀はその気であれば峯沢維弦の身体を力任せに吹き飛ばせるはずなのだが、それをしないのは彼女なりに相手を気遣っている

 

そもそも『勇者』という存在は、対バーテックスが殆どであり、『対人戦』という事を行った例は殆ど無い。故にバーテックスを相手にしているよりはある意味やりづらいのだ、それも殺さないでという事になれば話は別になる

 

だから、攻めきれないのだ。無自覚に力にブレーキを入れている。力を入れれば確実に勝てそうだが、バーテックスと同じような感覚で攻めようものなら、相手が無事ですまない可能性が高い。

ある意味、焦っているのは三ノ輪銀も同じであった。このままでは逃げられてしまう、と。だが―

 

(……やるっきゃねぇか)

 

(……このままだと埒が明かない。相手が近づいてきた時が)

 

 

この刹那、戦況は大きく動こうとする。三ノ輪銀が加速をつけて峯沢に対し猛接近を試みる。

 

だが、峯沢維弦も無策というわけではない、銀と峯沢の感覚が数歩ほどで近づける距離になった瞬間

 

 

「――!」

 

地面に、剣を突き立てた。『陰影闇夜』――地面に剣を突き立てる行動をトリガーとし、敵の足元に影の刃を現出させる技

 

 

そのまま突っ込んできた銀にそれを避ける手段はあるわけもなく

 

「――ガァッ?」

 

彼女の足を、腕を、腹を、影より現出した刃が切り刻み、突き刺さる

峯沢が狙っていたのはこれだ、相手が空中から突っ込んできたのならそのまま別の技を繋げて連撃を加えられたのだが、今はそこまでコンボを繋げたいわけじゃない。

重要なのは彼女の動きを少しでも止めること。あのタフさに対しては確実に思い一撃を叩き込まなければ意味がない。少しでもスキが出来れば――だが

 

 

「はあああああああああああああああ!」

 

「――何っ!」

 

 

三ノ輪銀が、『刃で引き裂かれながら』そのままのスピードで突っ込んできた。肉を抉る音がするも、そのままお構いなし。そのまま峯沢の顔面に近づいて――

 

 

 

「うおおおりゃああ!!」

 

「―――ッッッ!?!?」

 

以外ッ! それは、頭突き!

 

 

予想外の方法での一撃を頭に喰らうも、何とか離れる峯沢。

まさかの頭突きだ、あのまま斧で切り裂かれると思った峯沢にとっては想定外。

 

(――一体どうして頭突きなんだ、なぜあの女は)

 

最初に彼女に見つけられた際、峯沢は真っ先に彼女をどう殺そうか考えていた、無表情故に近寄りづらい感じだったにもかかわらず彼女に声を掛けられ、いつにまにかいなくなっている犬には警戒心を向けられたため、突拍子にやるしかなかった。ただ、峯沢として相手の強さはかなりのものだった、それこそ自分を簡単に吹き飛ばせるほどと思える程に、だが、彼女はそうしない。ただのバカなのか、何か考えが会ってのことなのかとは思っていたが、先程の頭突きで少しばかり訳がわからなくなっている。自分を捕まえようとしている? 見ず知らずの、殺そうと襲いかかってきた奴を?

 

だが、そんな事を考えている暇はない。さっきの『陰影闇夜』の刃を無理やり突破してきたタフネスを見ては、『今のまま』では無理だ。故にこの状況で取るべきは……!

 

「……ふんっ!」

 

「…! おい、待ちやがっ……っ! 待ちやがれ……!」

 

峯沢維弦は身を翻し、銀がダメージでひるんでいるスキを見計らいその場から逃げ出す。銀もすぐさま追いかけようとしたが、さっきまで受けた傷が響き、すぐには追いかけることが出来ず、逃してしまった

 

「……ッ……くそ、ちょっと無理しすぎたか、こりゃ……」

 

強がってはみるものの、少々傷を負いすぎていた。

影の刃を無理やり突破した代償としてそこら中に飛び散った血飛沫が所々に残っており、彼女自身からも血が吹き出している。

厄介なことに、自分の支給品には怪我を治療できるような代物はまったくない。このままでは志半ばで倒れてしまう。

 

幸運なことに、ぼやけた視界には大きな建物らしき物体が見える

 

「誰か、いりゃ、いいんだけど……」

 

フラフラとしながらも足を進める。建物の中にその手の物資があればいいと思っていての行動、ただ今の彼女に深く考えるほどの余裕はない。

足を進めながらも思い出すのは先程の男性だ。急に襲いかかってきたため仕方がなく身を護るために戦ったのだが、男のまるで亡霊のような生気のない顔が、というよりもそんな態度が――ひどく気になった

 

もし、もう一度機会があるのなら、どうしてそんな顔をしているのか、聞いてみたいと思った。

何故そんな顔をするのか、何か悩みを抱えているのなら、三ノ輪銀として放っておけないと

 

そんな彼女は血を流しながらも足を進める。その行路に何が待ち受けているかを知らずに

 

 

【B7/一日目 黎明】

【三ノ輪銀@鷲尾須美は勇者である】

[状態]:重症(出血あり)、意識朦朧(小)

[服装]:勇者装束

[道具]:基本支給品一色、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止める

1:傷の治療のため、眼の前に見える建物へ向かう

2:あの男性(峯沢維弦)が、なんであんな顔をしているのか気になる

[補足]

※死亡後からの参戦です

 

 

【シャルフ@よるのないくにシリーズ ※支給品】

[状態]:支給品袋の中

[状態・思考]

基本方針:???

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

「……ッ」

 

頭が痛む、傷がつくほど……いや、この傷がつくことのないこの顔。たださっきの娘の特攻じみた頭突きによる痛みはまだ続いている

 

真っ直ぐした目だ。確か、『裏切った』前のアイツも、あんな真摯な目で自分に向き合っていたような、そんな気がする。気に入らない。眩しい、喧しい、目障りだ。あの女は次に合ったら必ず殺す

 

いつか、俺は俺を取り戻す。失われた傷を取り戻す。そのためなら数多の屍山血河を築こうが構わない。もとより誰も信用しないし誰も信用できない。

 

―――たとえかつての仲間であろうと、誰であろうと、邪魔するなら切り捨てるだけだ

 

 

 

 

 

 

 

傷を求める亡霊は、ただひたすらに得物を求むる。

 

だが亡霊は知るよしもない。彼が今近付こうとしているこの『廃村』に、彼の知り合いの一人がいることに

 

それを知ってか知らないか、頭の痛みは亡霊に囁くがごとく、疼いていた

 

 

【B-8/一日目 黎明】

【峯沢維弦@Caligula -カリギュラ-】

[状態]頭痛(小)、激しい絶望

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 女性参加者を5名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:独りで殺し合いに勝ち残る

1:首輪解除のため、女性参加者を見つけ次第殺す

2:もう誰も信用するつもりはない

3:帰宅部の皆や小池については、考えないようにする

4:あの女(三ノ輪銀)は見つけ次第、確実に殺す

※参戦時期はOVER DOSE楽士ルートで主人公に裏切られ敗北した直後からとなります。

※メビウス内と同じように顔に傷がついても修復されるようになっております。



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聖女と野獣/黒河正規、ルーラー(パンドラボックス)

――嫌な夢を見た。くそったれなあの光景だ

 

 

――俺はアイツに救われたのかも知れない、あの時は柄にもなく気が抜けていた自分がいた

 

 

――そのせいだったのか、いや、いまさら誰のせいだったのかはどうでもい

 

 

――そうだ、あいつだ、結衣を殺したのはアイツだ、アイツさえ殺せればどうでもいい

 

 

――ここがどうであろうとも関係ねぇ。アイツさえ、アイツさえ殺せば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

「―――ッ!?」

 

目が覚めると、あの時俺を一撃で沈めやがった妙ちくりんな格好をした女が、隣に座っていた

 

「……目が覚めたみたいですね」

「……テメぇは」

 

目覚めると同時に気絶する前の記憶が鮮明に思い出してきた。

 

――最悪、まさにこの二文字だ。あの光景を見られて証拠隠滅に走ったはいいが結果はご覧の有様だ。手を見ると自分の体はもとに戻っていた。気を失ったら戻る仕組みなのか? などと考えている暇もなく、例の女は俺に対し話しかけてきた。

 

「お目覚めの所失礼しますが、貴方に対し色々と聞きたいことがあります」

「聞きたいことだぁ?」

 

……俺の中でまたしても嫌な予感しかしなかった。というか……

 

 

「……貴方は何の意図があって魔術で女性に変身していたのでしょうか? あと、あの時の攻撃はどういう意図を以って……」

 

この日、俺はこの状況を人生最大の厄日じゃねぇのか……とも思いながら、ここに来た事情を話すしか無かった。下手に反撃を試みようものなら、あの旗でまたしてもノックアウトされかねなかったからだ

 

 

○ ○ ○

 

 

「なるほど、やはり思った通り、この変な魔術アイテムで変身した、ということになるのですね」

 

「……ああ」

 

「ですが、あの状況で襲いかかってきた貴方にも否があると思いますが」

 

「うるせぇ! あんなの見られて冷静でいられるか!」

 

事情を説明した結果、納得はしてくれたようだ……どうにもこうにも世話が掛かると言うかなんというか

 

「……そういやてめぇ、名前なんだ?」

 

「……そう言えばそうですね。ですが、この場合はまず自分から名乗るのが礼儀では?」

 

「ちっ……黒河、黒河正規だ」

 

「……クロ、カワ……黒河、ですね。私はルーラーと申します」

 

「……ルーラーっていうのか、てめぇ。そういや名簿にそんな名前が載っていやがったな……」

 

「……名簿?」

 

例のルーラーがきょとんとした顔で顔を傾げた。なんだかまた嫌な予感がする……

 

「おいてめぇ、まだ名簿見てねぇのか? スマホはどうした?」

 

「……スマホ、ですか? これのことですよね? ……実は、このスマホというものの操作の仕方が分からなくて」

 

 

 

……こいつ、ガチの田舎娘なのか? 俺は心の中でそう呆れ果てながらも、こいつにスマホの操作方法を教えることにした。というか教えておいた方がいいと俺の心が何故か警鐘を鳴らしていた。主にもう一度失神させられかねない的な意味で

 

○ ○ ○

 

動揺、というものだろうか――この異常事態に見舞われた以上は今更であるが

 

私、ジャンヌ・ダルクは黒河という男からスマホの使い方を教えてもらい、なんとかまともに操作できるようになった後、新ためて名簿やら首輪の解除条件やらを確認していた

 

……名簿には私の見知った名前も存在していた。私があの状況からどうやって呼ばれたかも気になる所だが……

 

「……ジーク、あなたも、この会場の何処かにいるのですね」

 

何より名簿にあった「ジーク」という名前が目に付いたのは至極当然の事であろう。

あの時、あんな事を言った手前こうも再会の機会が降りるなんて思わなかったのもあるし、何よりも彼が『無事』であったという安堵の気持ちが一番であったから……いや、無事かどうか断言できるかと言われれば、どちらかと言えば『No』になる。おそらくだが、今のジークの令呪は0だと思うのだから

 

もしかすればすでに手遅れになっているのだろうか、それともまだ無事なのだろうか、その心配を一旦心の奥底に押さえ込み、改めて今此処にいる名簿に載っている他の聖杯大戦関係者(知り合い)の名を見る

 

黒のライダー――多分彼のことですのでジーク君を探そうとしているか……どちらにしろ彼が殺し合いに乗ることはなさそうですね

 

赤のアーチャー――現状何を望んでいるのかは分からない。ただもしあのファヴの言っていた「最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利が与えられる」という言葉がもし本当ならば、彼女が殺し合いに乗るかどうか……

 

赤のセイバー――彼女もどう動くか分かりませんね……少なくとも、もし殺し合いに乗るような行動をしているようならば捕まえる必要がありますね

 

黒のアサシン――彼女はほぼ間違いなく殺し合いに乗る可能性のほうが高い。

 

天草四郎時貞と赤のアサシン――彼らも此処に呼ばれたのですか。ですが、流石にどう動くかは見当がつかない

 

 

次に確認した『首輪解除条件』の項目、それは……

 

『第五回放送終了まで、「天草四郎時貞」「ウィキッド」「伊藤大祐」「忍頂寺一政」を半径3m以内に侵入させない。なお条件達成失敗と認識された場合、この首輪は爆破される』

 

中々に面倒な内容である。何にせよ、事実上『天草四郎』に接近できない制約だ。何を企んでいるにしろ、早く見つけて彼の目論見を止めないといけないのに。ただ、もしもの時は―――

 

 

 

「―――ったく、テメぇはテメぇで面倒な条件を押し付けられたもんだな」

 

 

いつの間にか、黒河が私のスマホの画面を覗いていた

 

 

「……覗き見とはあまり感心しかねませんね」

「他人に覗かれるような見方してんのが悪いんだろうが、流石に俺に使い方を教わるまで存在すら知らなかったってか、何処まで田舎モンだっつーんだ?」

「一応、元々農家の出ですが……」

「……もういい、こっちが疲れちまう」

「ではその前に一つ質問を、覗いた、ということですが、この名前の一覧の中で黒河が知っている人物はいるのでしょうか?」

「……ああ、一人は知ってるな。その『伊藤大祐』っていうくそったれのクソ野郎は。ああ、安心しろ、てめぇがコイツと出会うことはねぇ、俺がぶっ殺すからな」

 

この時の黒河は、純粋な殺意と憎しみが入り混じった目をしていた。

彼に何があったかは私が知る好でもないし、伊藤大祐という人物が彼に何をしたかは私は知らない。だが、事実がわからないにしろ、彼をこのまま放っておくのは危険かもしれない。

 

それに、初対面時に彼が使っていた魔術に関してもかなり気になる点がある。察するに彼自身は魔術を知らない『一般人』だ。だからこそ裁定者として監視する必要もあるし、もし彼が復讐のままに他者を蹂躙するようなマネをしようものなら、彼を殺してでも止めなければならない。

 

「ん、どした? ぼーっとしやがって」

「いえ、少し考えてごとをしていただけです」

「……そうかよ」

「――何処へ行くつもりです?」

「さっきも話しただろ、くそったれをぶっ殺しにいく。そもそもてめぇには関係ない話だろうが」

「残念ですが、そのステッキのこととかも含め、あなたと同行するべきと私は考えております。それにその伊藤大祐という人物を一人で探すつもりですか? 私はこの首輪で近づけはしませんが、探すぐらいの手伝いなら出来ます。それを含め、伊藤大祐と貴方の間に何があったか、それを見極せさせてもらいます。」

 

そう言い切った私の顔を見て、黒河は少し頭を抱えたあと、私の方に振り向き

 

「……ちっ、わーっかった。だが……俺の復讐に手を出すな。それが条件だ」

「それはあなた次第ですよ、黒河」

「……けっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで黒河、貴方は何処に向かうつもりだったのですか?」

「何処っつってもな……そんなもん今から決めるつもりだったっての。つーかテメぇが止めてなきゃ適当に探してたところだ」

「ということは結局当てずっぽうということですね」

「……否定できねぇのが心底腹立たしい」

「ならばせっかくなので、この位置の近くにあるユグドミレニア城へ向かいましょう。一旦行動の拠点となる場所も欲しいですし、何よりこの城に私は訪れたことがありますので」

「……てめぇ一体何者なのが俺にとっての一番の疑問だがな、ルーラー」

 

 

○ ○ ○

 

(面倒な女に付きまとわれる事になっちまいやがった……)

 

内心そう思いながら、改めて自分のスマホの条件を見つめる

 

『首輪解除条件』:アーナス、森の音楽家クラムベリー、魔王パムのうち一人の死亡。もし全員が死亡した場合、シークレットゲームにおいて『荻原結衣』を殺した犯人の情報が提示される

 

(……んだこりゃ、めんどくせぇ。全員死亡すりゃ荻原結衣を殺し犯人の情報が提示だぁ?)

 

くだらない。結衣を殺した犯人はあの三人……今はいないヒョロメガネを除けば二人。その内のどっちかだ。

 

首輪の解除なんぞ興味はねぇ、俺はアイツを殺す。アイツさえ殺せばそれで良い。

 

 

 

 

―――そう、アイツさえ殺せれば、後のことなんぞどうでもいい

 

 

 

 

 

 

 

【H-7/一日目 深夜】

【黒河正規@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:正常

[装備]:なし

[道具]:スマホ、基本支給品、マジカルフォン@魔法少女育成計画シリーズ、伊純白秋の毒薬@追放選挙、7753のゴーグル@魔法少女育成計画シリーズ

[首輪解除条件]

アーナス、森の音楽家クラムベリー、魔王パムのうち一人の死亡。もし全員が死亡した場合、シークレットゲーム『Code Revise』において『荻原結衣』を殺した犯人の情報が提示される

[状態・思考]

基本方針:結衣を殺したクソ野郎(伊藤大祐)をぶっ殺す。クソ野郎が犯人じゃなかったらあのガキ(阿刀田初音)を問い詰める

1:仕方ないのでルーラーと行動をともにする

2:ルーラーの提案に従いユグドミレニア城に向かう

[備考]

※Cルート、伊藤大祐を追いかけていった後からの参戦です

 

 

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】

[状態]:正常

[装備]:我が神はここにありてリュミノジテ・エテルネッル@Fate/Apocrypha

[道具]:スマホ、基本支給品、不明支給品2つ(本人未確認)

[首輪解除条件]

第五回放送終了まで、「天草四郎時貞」「ウィキッド」「伊藤大祐」「忍頂寺一政」を半径3m以内に侵入させない。なお条件達成失敗と認識された場合、この首輪は爆破される

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止め、元凶を倒す

1:ジーク君が心配

2:監視も兼ねて黒河と共に行動

3:拠点確保も兼ねてユグドミレニア城へ向かう

4:大聖杯や天草四郎はどうなったのだろうか

[備考]

※アニメ24話、『紅蓮の聖女』発動後からの参戦



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信じることで祈りは届きますか/シャドウナイフ、鳥羽ましろ、宇喜多佳司、セーニャ(ヤヌ)

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)

上半身はグリフォン、下半身は馬という半分だけの幻想生物。

単純な突進攻撃だけでも真名を開放すればAランクの大軍宝具に相当する文字どおりに幻想(ファンタズマ)でしかありえない生命体。

兵器としての破壊力もさることながら飛翔能力にも素晴らしいものがあり、最高速度で時速900キロ超に達するボーイング747を悠々と追い抜けるだけの速度を乗り手に提供する。

頭もかなりよく、乗り手の言葉を理解できるほどの知能があり、友好関係さえ築けていればどこへなりとひとっ飛びに連れて行ってくれるだろう。

 

ただし、それは乗りこなせればの話だ。

 

「君!? もうちょっと、てごっ、手心というか、……低空! ゆっくりと、低空で、飛んで、くれないかね!?」

 

一言ひとこと、空中での風圧に揉まれながら宇喜多佳司はつっかえつっかえに叫んでいた。

眼下の景色は判然としないが、振り落とされれば命も落としそうな高度であることは疑いなく、手綱を引こうと身を起こせば高所からの風に背がのけぞって思いっきり綱を変な方向に引いてしまった。

翼をはためかせる騎乗馬はいたく迷惑そうにピギャーと鳴く。

 

空中での方向転換は、いたく難航した。

 

乗せてくれた厚意には失礼ながら、まず乗り心地が良くない。

翼がばっさばっさと羽ばたかれるたびに連動してヒポグリフの背中も上下するので、そこに跨っている宇喜多の身体もガックガックと揺さぶられることになる。

しかも宇喜多は、ショットガンで片手がふさがっており、片手で手綱を制御せねばならなかった。

移動している間ぐらいはショットガンを収納しておけばよかった、と後悔したのは後の祭り。

片手で武器を操りながら騎乗して疾駆するというのは、訓練を積んだ兵士にもなかなか難しい技術だ。

馬に乗ることさえも初めての男が、片手のみで飛翔する騎乗馬を制御できるはずもない。

長いことぐるぐると旋回するように空中で無駄な動きをした挙句に、やっとヒポグリフは二階建ての民家の屋根からでも手の届きそうな高さを、低速の自動車並みにゆっくりと飛ぶことに落ち着いた。

 

「ふぅ……はぁ……た、助かった……救助者が要救助者になるところだった……」

 

ヒポグリフの首筋にもたれこむようにして疲労をあらわにする宇喜多だったが、やがて否応にも緊張を強いられるものを見た。

 

「悲鳴が聞こえたのは、あの建物でいいんだよな?」

 

ヒポグリフが肯定の鳴き声をピャーと返す。

宇喜多が空中でじたばたしている間も、ヒポグリフの方は聞きつけた悲鳴の出どころを忘れてしまうことはなかった。

 

それは、劇場であるようだった。

色合いや明瞭な形は世闇に埋もれて判然としないが、輪郭は巨大な丸屋根の西洋屋敷に趣が近い建物だ。

その中央部、ドーム状の盛り上がりを形成している部分に、六畳半ほどに大きな『穴』があいていた。

建物のなかの照明りがこぼれ漏れていたので、そこだけがやたらと目立つ。

あれだけ明るく照らされているということは、そこがスポットライト煌めく舞台の真上にあたるのだろう。

破壊されたということは、そこで何らかの事件が起こったことを意味している。

悲鳴の主がいるとしたら、その現場だ。

 

「すまない、あの穴から侵入してくれないか」

 

ヒポグリフは命令を聞き取り、屋根の頭頂部へと添うようにして飛んだ。

いくつもの大きな照明灯がまだ生きている天井をくぐりぬけ、ぐっと明るくなったことで宇喜多の目が眩しさでくらむ。

どすんという音を立てて着地したとき、きゃっという小さな声を確かに聴いた。

だから宇喜多は勇んで呼びかける。

 

「すまない! 君を助けに来た!!」

 

 

TIPS【グラン・ギニョール】

メビウス内において、オスティナートの楽士が拠点にしているフィールドは、非常時には立て籠もるべき砦になることやμがライブすることを想定して現実よりも拡張されていることが多い。

まして、本来の用途が劇場であるグラン・ギニョールともなれば、μの一人舞台とするためだけに国立武闘館かと見まがうほどの収容規模と防音性能を持つようになっている。

つまり、拡声器やマイクの類を使ったところで、本来ならば劇場から離れた隣のエリアまで声が響くはずもない。

だからウィキッドは、声が響くように舞台の天井部をあらかじめ破壊してから拡声器の仕掛けを施した。

楽士としての能力で取り付け型の爆弾を生み出し、天井部の屋台骨で爆破させる。

少女の悲鳴よりも爆発の方が先に聞きつけられることがないよう、屋根の構造部を脆くするのみに加減された規模の小さい爆破だった。その後、楽士としての装備である黒いビットを出現させて黄色のレーザーで天井を打ち抜き、破壊。

宇喜多佳司が侵入したのはその穴からである。

 

 

「誰か! いらっしゃいませ――っケフッ、ケフン!」

 

悲鳴に咳が混じり、セーニャは激しくむせんだ。

意識を取り戻してからどのぐらいの時間が経ったのかは分からないが、叫び続けたことでのどが痛むほどには徒労が続いたらしい。

 

最初は、助けを求めるようなことを叫んでいた。

やがて、今自分の身に何が起こっているのか、それを問い掛ける声を発した。

答えが返ってこないことに焦れて、誰かがそばにいないのかを訴えた。

 

(いったん、黙りましょう……叫ぶだけでは何も変わらないことは分かりました)

 

口元の疲労感とのどの乾きが確かな疲労を実感させ、気力を萎えさせた。

しかし、それが却ってパニックを冷ます効果を及ぼしていく。

痛いということは、今この瞬間が夢ではないという証明だから。

 

静寂の森で見届けた、大樹が落ちたときの真実も。

その直後に意識を失い、まったく知らない場所で胸の悪くなるようなものを見せられたことも。

そこに、さっき最期を見届けたはずの人がいたことも。

茫然としている間に、背後から何者かに殴られたことも。

 

(そういえば……『お姉さまはいないのですか』とは叫ばなかったのですね、私は)

 

パニックになっていた自分のことを振り返って、気付いた。

誰かに救助を求める発想はすぐに出たのに、いつも何かあれば真っ先に助けを求めていた双子の姉を呼ぶことはなかった。

 

それは、あの広間で姿を見かけたことをいまだに信じ切れていないせいなのか。

それとも。

 

 

 

『あたしがいなくなっても、一人で生きていけるって』

 

 

 

そんな約束を、心残りにおいてきてしまったせいなのか。

 

(いけません……さっきまでの私は、ちっとも『一人で生きていける』ようになっていなかった)

 

姉妹の生死が不明で、正体不明の者の理解できない企みに連れ去られて、体は拘束されて、目の前は真っ暗でも。

少なくともベロニカなら同じ目に遭っても、ただ混乱してやみくもに叫ぶような真似はせずに、何をすべきか最善手を考えていたはずだ。

そういう姉だということを、ずっと一緒にいたセーニャが一番よく知っている。

 

(これを、何とかできるのでしょうか……お姉さまに比べれば、私は考えを閃くのも決めるのもグズだったのですけど……)

 

そもそも、見ることも動くこともできない以上、弱気が押し寄せるのは仕方なかった。

私なんかに同じことが、という暗い考えはすぐ近くにある。

それを振り払ったのも、思い出だった。

 

――セーニャは強いね

 

最近のことだ。

故郷ラムダへと続く山道の途中で、そう言ったのは勇者だった。

その時は、皆さんの方こそ見違えたように強くなっていると驚いていたから、逆に褒められてびっくりした。

 

――だって、ボクは一人じゃなかったけど、セーニャはここまで一人だったんでしょ?

 

ボクには送り出してくれる人も一緒に来てくれる人もいたと、最初に旅立った時の故郷の人たちや母親、幼なじみ、相棒、仲間、ともに再出発した英雄、果ては小舟で拾ってくれた漁師さんの名前まで挙げていく。

 

――だから、ベロニカとも離されて、故郷もどうなってるか分からなくて、それでも一人で立ち上がったセーニャはすごいよ

 

それは使命があったからです。

その時は、それだけしか言えなかった。

相変わらずセーニャは言葉にするのが遅くて、自分の中にある嬉しいような切ないような気持ちをうまく言えなかった。

イレブン様を守るというはっきりした希望を信じられた私より、自分の中にしかない光を信じて立ち上がれたあなたの方がずっとすごいと思うのですと、そう言えばよかったのかもしれない。

 

そして、まだセーニャの『勇者を守る』という使命は終わっていない。

生き延びる努力を、諦めてはいけない。

 

(こういうときは……まず、分かることを確認しましょう)

 

観察は大事だ。

暗い洞窟の中でも、壁を叩いてみた反響音や、風が吹いているかどうかで奥に道が繋がっているかどうか意外と検討はつくものだと言っていたのはロウ様だったか。とにかく野外だろうと町の中だろうと一度調べてみることが大事。

視覚以外の感覚から手がかりを得られないか、周囲に耳をすませ、鼻をひくつかせ、靴で地面をたたいた感触までもを確かめる。

 

動けないなりに靴のかかとで叩いてみたところ、ゴロゴロした更地ではなく、硬質な床を踏むコツンコツンという音がした。

そして、肌にまとわりつく空気は澱んでいる――というほどではないにせよ、気流が感じられない。

よって、この場所は屋外ではなく室内なのだろう。

しかし、足元では完全に空気の流れが止まっている一方で、上方からはかすかな冷気が額を撫でている。

つまり、完全に密閉された空間ではなく、上からは空気の出入りがある――きっと、窓か吹き抜けのようなものがあるらしい。

しかも、冷気にともなってかすかに焦げ臭いがあった。

もしかすると、天井を破壊するために誰かがイオ系の呪文でも打ったのだろうか。

 

ここが屋内で周りには建物の壁があるのだとすれば、先ほどの悲鳴はどこまで響いていたのだろう。

ものの試しに、先ほどよりも、心持ち抑えた声で『あー!』と発声してみて音の響き方を確かめた。

すると、これまで気づかなかった発見があった。

 

セーニャが叫のとほぼ同時に、前方から『キーン』という金属音がして、『あー!』という自分の声がより大きく響いた。

今のは何なのだろうと思いめぐらせ、そういえばさっきまで叫んでいた時も、似たような金属音とエコーがしていたと気付く。

 

(これは、やまびこと同じ術理なのでしょうか……)

 

魔法使いが扱う高等術の一つに、『やまびこの悟り』というものがあると聞いたことがある。

やまびこのように大きく反響するような癖をつけて呪文を唱えることで、一回の呪文行使で、呪文を二回唱えるのと同じ効果をもたらす奥義なのだとか。

その『やまびこ』のときにあらわれるとされる特徴と似ていた。

 

(私の声を、やまびこのように大きく反響させる仕掛けが置かれている、ということでしょうか?)

 

機械式の拡声器と言うものは、セーニャの知識には無かった。

しかし、『自分の悲鳴は、周囲にいる人間の耳にとまるようセッティングがされている』ということまでは想像ができた。

どうしてセーニャを拘束した何者かは、そんな用意をしたのか。

考えつく目的は一つしかなかった。

人を柱に縛り付けて、それを見つけやすい、もしくは聞きつけやすい場所にさらすのは、ダーハルーネの町でホメロス将軍がうった手と同じだったからだ。

つまり、セーニャは囮にされている。

助けに来た善良な人物を、おびき寄せて一網打尽にすることが襲撃者の狙いなのだろう。

 

(だとすれば、私を縛った方は近くに潜んでいるのでしょうか……?)

 

ぞっとしない考えが浮かんできたけれど、集中して耳を澄ますことでそれは無いと思い直した。

これでも竪琴を得意としていたり山育ちだったりすることから聴覚や嗅覚に自信はある方だったけれど、周囲で人の身動きする気配はない。

こんな静かな屋内では、少し動いただけでも耳に届くはずだ。

かれこれ長いこと叫んでいたけど、その間ずっと音もたてずにセーニャにも気付かれまいと気配を殺して、いつ来るかもわからない善人を粘り強く待つなど、神経を使いすぎてとても現実的ではない。

それにセーニャを見張っているのだとしたら、叫ぶのを止めればこれはまずいと何かしらの実力行使に出てくるはずだ。

だから、ここにセーニャを縛った当の本人はいない。

セーニャを囮にした後は、あくまで集まってきたもの同士による争いを期待してのことなのだろう。

 

(そうなってしまったら……善意で来てくださる方を、犠牲にするわけにはいきませんね)

 

縛られているせいで杖をかざす手は動かないし、敵味方を区別する目もきかない。

けれど口は動くし、声もまだ出る。

もし助けにきてくれた人がいた時に、防御したり撤退することができるよう補助呪文を使うことはできないだろうか。

頭の中で、呪文を唱えられないかイメージトレーニングをしていた時だった。

 

上空から、巨大な鳥類の羽音が聞こえてきた。

そして、硬質な床にずしんと地響きがするほどの落下音と、男性の叫ぶような声。

 

「すまない! 君を助けに来た!!」

 

 

TIPS【グラン・ギニョール(2)】

ヒポグリフのような飛行手段を持つか、高所を選んで移動するような変わり者でもない限り、グラン・ギニョールは正面入り口のエントランスから入ることが想定されている。

そして、グラン・ギニョールの館内はとても広い。

普通に入り口から入ってしまった場合、捕らわれの少女を見つけるまでにかなりの時間がかかってしまうだろう。

よって、ウィキッドは当然、悲鳴にひっかかったカモたちが狙いの場所まですんなりたどり着けるよう、エントランスにメッセージを残した。

幸いそこは劇場であり、大道具の置き場所もあればそこに塗料もある。

そしてもちろん、親切な案内ではなくたっぷり悪意のあるメッセージになった。

もともとウィキッドは、単に人間そのものを破壊するだけでなく、それまでの人間関係を壊して醜い潰し合いを演じさせることを好んでいる。

劇場に遅れて駆け付け、爆発には間に合わなかったけれどメッセージは見たプレイヤーがいた時のことも考え、誤解を招きかねない文章を書いた。

もしもウィキッドがこの時点で伊藤大祐の詳細名簿を入手していたら、セーニャの仲間の誰かがやったように見せかける文言を書き残して、仲間割れを誘発するようなことを狙ったかもしれない。

しかし当時のウィキッドは、自分が縛った少女の名前さえも知らなかった。

よって、犯行をなすりつける相手ならば一つしか心当たりがいない。

それはウィキッドがたいそう恨んでおり、機会さえあれば陥れたいと思っている集団だった。

 

 

『帰 宅 部 参 上 ! ! 

 

 悲鳴に釣られたエセ正義感どもは、ステージの上にいるお姫様を助けられるかな?』

 

赤い塗料のスプレー缶で、でかでかとそんな文字が描きなぐられていた。

 

「なんだ、この三下のようなふざけた口上は」

「帰宅部? お姫様? どういう意味なんでしょう……」

 

見覚えのある建物だということでグラン・ギニョールに立ち寄ったシャドウナイフ達を出迎えたのは、エントランスの壁に赤いスプレー塗料ででかでかと描かれた挑発文だった。

 

「帰宅部という連中の顔と名前ならば知っている。宮比市の秩序を乱すテロリストまがいな喧嘩屋どもの名前だ」

 

ちなみにこの発言は、わざと悪いように言っているわけではなく素でアリのままを述べている、つもりだ。シャドウナイフにとっては。

 

「テロリスト!? それって、危ない人たちってことじゃないですか」

 

シャドウナイフは帰宅部のメンバーとはまだ接触したことがない。

μに敵対しメビウスの破壊をもたらそうとしている時点で和解する余地などない連中だが、現実での人柄までは知らない。

しかし、SNSでは楽士に刺激的な挑戦状をたたきつけたり、少年ドールの恥ずかしい写真を公開したり、イケPが激怒するような中傷発言を拡散させていると聞いたことがある。

シャドウナイフも実物を見せられたたが、『楽士変態ばっか! チョーウケル』だとか『アホを尻目にデジヘッド狩りin図書館』だとか、いかにも人を煽ることが大好きですと言わんばかりの書き込みだった。

このゲームでも悪事を働いてこんな書き込みを残していくのは、いかにもやりそうなことだと思われた。

 

「どうやら、先ほどここで悲鳴をあげた人間がいるらしい。

さしずめ、ステージに少女を拉致して助けに来るよう煽っている、といったところか」

「そんな……。放っておいたら、その女の子が危ないじゃないですか」

「いかにも。この文言を見る限り、少女を拘束した悪鬼もステージで待ち構えているように取れる」

 

何のことはない。

SNSでは正義の秘密組織などと自称していたらしいが、一皮むけばかつて山田大樹を虐げていた連中と同じく、人を傷つけておきながらそれを悪事だとも考えない口先だけの正義漢だったということだろう。

 

「だが案ずることはない。そのような卑劣漢など歯牙にもかけぬのが『正義』というものだ」

 

シャドウナイフの心は、敵愾心によって奮い立った。

楽士としての武装を発現する。

漆黒の渦がシャドウナイフの身体を防護するよう立ち昇った後、即座に黒い刃の形を取った。

シャドウナイフが精製する刃の中でもひときわ長大な、大柄な人間だろうと胴を両断できるだけの刀身を持った武装だ。

 

ただし、メビウスに由来するデジヘッドや楽士の能力を使っているところは、一般人にはただの喧嘩のようにしか認識できない。

だからこそ、先ほどは強姦未遂男に対して、はっきり武器をアピールするために能力によるナイフではなく、誰の目にも見える支給品のナイフを使ったのだ。

この武装した姿も、おそらく鳥羽ましろにはファイティングポーズを取っているだけのようにしか見えないだろう――。

 

「え? 今、何もないところから武器が……」

 

そんなことには、ならなかった。

 

ましろの視線は、はっきりとシャドウナイフの拳ではなく、その延長線上にのびる刀身へと向いている。

『ここは仮想世界である』『この世界は現実ではない』という自覚を持っていなければ見えないはずの武器が、しっかりと見られていた。

 

「貴様、この漆黒の刃が見えているのか?」

 

初めて、その事実にシャドウナイフは気付いた。

最初に悪漢から助けた時には支給品のナイフを投げていたし、何より闇の中で距離もあったがために楽士としての姿を目撃されることはなく、はっきりと能力を披露するのはこれが初めてとなったのだ。

 

「はい、見えてますけど……それに……」

 

ヒーローアニメの話をしていた時は目を輝かせていたましろも、明らかに非現実的な武装には驚いたのか、何かを言いよどんだ。

あるいは、何か言いにくいことでもあるのか

 

(まさかこいつは、μに仇なすラガードだったのか? ……いや、それは違うな)

 

『見える者』であり、かつデジヘッドでもないということは、反逆者(ローグ)しかありえない――そんな疑いを、シャドウナイフは慌てて打ち消した。

 

メビウスの住人ならば、例外なく吉志舞高校の生徒ということになる。

彼女の来ている制服が吉志舞高校のそれでないことは明らかであり、つまり彼女はメビウスと無関係だ。

 

(だからといって、下手にメビウスやμのことを明かし、シャドウナイフが誕生した経緯など詳しく語ってしまえば藪蛇にもなりかねないな……)

 

この場所はメビウスではないとシャドウナイフは確信している。

あの世界の創造主はμという純粋無垢な女神で、自分たちに救いを与えてくれた心優しき吉祥天女だ。

そのμが自分たちを殺し合わせるような真似をするわけがない。

しかし、この世界がメビウスとは異なる仮想空間なのだろうとは決め打っている。

ここが現実の世界ならば、オスティナートの楽士としての力を使えるはずがない。

よって、この世界もまた現実ではないという簡単な帰結だ。

 

そうなると、鳥羽ましろは現実の人間なのか、それともメビウスとは別の仮想世界で暮らしていた存在なのか分からなくなる。

『見えて』いるからには、現実世界から連れてこられたばかりの一般人かどうかも微妙に疑わしい。

もしもメビウスの学生のように、どこかの仮想世界で楽しい日々を過ごしていたのならば『この世界は現実で欲しかった能力が使えるようになる作り物の世界なんだ』と明かしたことがきっかけで決定的に『見える』ようになってしまい、せっかくの幸せな夢を覚ましてしまうことにもなりかねない。

シャドウナイフは、説明に窮した。

 

とりあえず、これまでにも彼女が『見えて』いたのかどうかは聞いてみる。

 

「鳥羽ましろ。今までにこういった異能の類を身に宿したり、目にした覚えはないのか?」

「ありませんけど……」

「そうか……お前は普通の日常を送る一般の学生だったな?」

「はい。■■県にある高校に通ってます。参加者の中だと夏彦とサリュ……三ノ宮ルイーズって名簿に書かれてる女の子も同級生です」

「ここに連れてこられた時のことを覚えているか?」

「いいえ。公共の場所で爆破事件に巻き込まれてエレベーターに押し込まれたと思ったら気を失って……気が付いたら、見ず知らずの場所にいました」

 

ましろの事情を聞いて、シャドウナイフにも噛み合うものがあった。

 

(いきなり攫われてきた自覚がある……そうか、それが関係しているのかもしれないな)

 

思い返してみれば、帰宅部やローグの連中がデジヘッドを見えるようになってしまったのも、リアルの生活を思い出したことがトリガーだったと聞いている。

この世界が仮想空間だということは理解していないまでも、『自分たちの住んでいる町ではないところにさらわれてきた』という自覚があるならば、『見える』扱いになってもおかしくはないのではないか。

それが正しい推理だったかはともかく、シャドウナイフはそのように合点した。

 

(納得がいって良かった。もしもメビウスに反抗する意思を持っているが故に『見えている』類のものだったとしたら、あわやラガードになってしまう危惧に陥っていたからな……)

 

「であれば鳥羽ましろよ。俺の正体に深入りすることはやめておけ。

世の中には知らぬ方がいいこともある」

 

そもそも山田大樹――もといシャドウナイフは、人と慣れ合うことが得意ではない。

あれこれと詮索されたくはなかった。

 

(それにヒーローの能力の由来などくどくど説明してしまっては、ヒーローたる神秘性が削がれるからな)

 

鳥羽ましろは、困ったように眉根を寄せている。

 

「でも、せっかく一緒に行動することになったのに――」

「お前は光の世界を生きる人間だ。元来、光と闇は交わらぬもの。

 今こうして連れ立っているのも、運命の気まぐれに過ぎない。そもそも、こうして喋っている時間も惜しいぐらいだ」

「そう言われれば……まずは捕まってる女の子を助け出さなきゃ、ですよね」

「ああ。貴様を置き去りにしないよう加減して駆けるつもりだが、できるだけ急いで動け」

 

仮に帰宅部が舞台上にいて戦闘になった場合、あまり鳥羽ましろにも見せたいものではないが、グラン・ギニョールの入り口に放置するよりはましだろう。

 

「あの、このまま正面から行くより、この劇場って裏口とか無いんでしょうか?」

「裏口だと?」

 

いい考えを思いついたというように、ましろがぐっと力説した。

 

「ほら、アニメとかだと、敵が待ち構えてるかもしれないなら、こっそり入れる関係者出口から潜入するじゃないですか。

 ここが劇場なら、大道具を積んだトラックとかが出入りするための業者用入り口だってあるはずだし……それにこの劇場、正面突破はよくない感じがするし」

「よくない感じ……とは、何か理由あってのことか?」

「だって、さっきから、寂しい感じの音楽が流れてたのが聞こえませんでした?」

「音楽? いや、いつもならばいざ知らず、今宵の出陣には何も伴奏は奏でられていないようだが……」

 

シャドウナイフは耳を澄ませてみたが、メビウスと違って室内BGMの類は奏でられていないようだった。

 

「じゃ、じゃあ私の気のせいだったのかもしれないですね……雰囲気が暗いせいで変な音が聞こえたのかも……」

「まぁいい。確かに裏手からの方がステージにも近かろうし、一理あるな」

「良かった! じゃあ急いで外に回りましょう」

「無論だ」

 

お姫様とやらのもとに急行し、帰宅部を討滅すべくシャドウナイフは動き出した。

 

 

TIPS【ココロの形】

 

メビウスにおいて発現する異能は、その人物にとって『ヒトに聞かれたくない』という殻で隠しているココロの深部が、実体化して現れた姿をとる。

殻を破って出てきた黒くドロドロしたものを『武器』と呼べる形にまでもっていく為にはバーチャドールたちの調律が不可欠だが、それがカタルシス・エフェクトであれ、楽士としての能力であれ、心の力を武器とするためには周囲に対して心を開いた状態でなければならない。

逆に言えば。

メビウスの住人が能力を使っている時、彼らは絶えず『周囲に対して完全に心を開き』、なおかつ『心を目に見える形で外に出している』ということになる。

ただし心を晒していると言っても、あくまで武器のエフェクトとして見せているものだ。

何も能力を使っている間じゅう、思考が垂れ流しになっているわけではない。

しかし、心を固形化させて存在させている以上、そこに情報エネルギーは存在すると仮定できる。

仮にその場に情報エネルギーとなりえる粒子――W粒子が存在するとすれば、人間の精神活動に反応してM粒子に変質するだろう。

ただの人間ならばその粒子に意味を見出すことはできないが、M粒子を読み取れるほどにBCレセプターが発達した存在――心が読める能力者がそこにいれば、その限りではないことになる。

 

 

(どうしよう……シャドウナイフさんに嘘ついちゃった……)

 

ただの学生だなというシャドウナイフの念押しに対して、鳥羽ましろはとっさに『何の能力もないただの学生です』という答えを返してしまった。そしてすぐに、後悔した。

ましろはコミュニケーター――それも、人の心を読める『エンパシー』が使えるレベルにまで達した超能力者である。

ましろの暮らす2030年代の日本において『心をつなげる超能力』は科学的に証明されているために、シャドウナイフのようなファンタジーの能力者ではないけれど、少なくともただの一般学生だと名乗ってしまうには語弊がありすぎる存在だ。

 

命の恩人に、それも情報の共有が大事になってくる非常時の真っ最中なのに、自分の能力のことを隠してしまう罪悪感がなかったわけではない。

だが、ましろの生きる世界には、とっさに『コミュニケーター』だと名乗ることを躊躇ってしまうだけの事情があった。

それは、シャドウナイフの漏らした『宮比市』という地名が聞いたことのない場所で――つまり、彼はコミュニケーターの住んでいる政令指定都市の住民ではなさそうだったからだ。

コミュニケーターは、鹿鳴市などの一部の政令指定都市を出た外の世界では迫害を受けている。

ましろ自身は鹿鳴市の外に出たことがないので、正確には『差別があるらしい』というネットや先生の話でしか聞いたことが無いものだが、ここ最近になって『コミュニケーターは忌むべき存在だ』と心の中で強く念じているコミュニケーター排斥団体の人間とも遭遇したためにショックは大きい。

いかに相手がテロリストと戦う正義のヒーローだったとしても、『もしシャドウナイフさんがコミュニケーターに理解のない人だったらどうしよう』という不安をとっさに抱いてしまうのは無理からぬことであった。

そのうえ、ましろはテレパシーだけでなく、人の心が読めるエンパシーまで身につけている。

同じコミュニケーター同士でさえ、エンパシーを使える者は『考えていることを知られてしまうなんて不気味だ』と煙たがられてしまうことがあった。

幼なじみの天川夏彦でも、最近まではそうだったぐらいだ。

初めてBCに目覚めたときに適性度の高くない友達一同から遠ざけられたトラウマもあり、ましろにとって簡単に打ち明けられることではなかった。

 

そして、嘘をついてしまったせいで、尋ねる機会を逃してしまった。

 

《まさかこいつは、μに仇なすラガードだったのか? ……いや、それは違うな》

 

まだ心をのぞいたりしていないのに。

そして、のぞくつもりも無かったのに、なぜシャドウナイフの心の声がいきなり聞こえ始めたのか。

 

(これって、やっぱりシャドウナイフさんがあの黒い武器を出してからだよね……)

 

最初は、シャドウナイフもテレパシーを使えるのか、それともあの黒い武器に何か秘密があるのかと言葉につまった。

 

《だからといって、下手にメビウスやμのことを明かし、シャドウナイフが誕生した経緯など詳しく語ってしまえば藪蛇にもなりかねないな……》

 

しかし、聞こえてきた心の声は明らかに独り言らしきものであり、誰かに聞かれているなど思ってもみないような言い方だった。

おまけに『ラガード』だとか『メビウス』だとか『μ』だとか、およそ一般的ではない言葉が多すぎてましろには何のことだか全く分からない。

 

そして、聞こえてきたのはシャドウナイフの声だけではなかった。

黒い刃の出現と同時に、音楽が流れ始めている。

 

――未完成な生を受けて神罰を待っている――

 

ロック調、というのだろうか。

メロディアスだがどこか陰鬱で迫り来るような前奏が続いたと思ったら、ひと世代前の電子音声のように硬質な女性ソプラノが歌いだしを始めた。

はじめは劇場内のサウンドかとも思ったが、どう聴いても耳に届くのではなくましろの頭の中に響いている。

 

これは何なのだろう。

そう尋ねたくても、エンパシーが使えることを隠してしまった以上、どう聴けばいいのだろうか困ってしまう。

しかも、シャドウナイフの方もあからさまに自分の能力のことを語りたくなさそうにしていた。

 

《納得がいって良かった。もしもメビウスに反抗する意思を持っているが故に『見えている』類のものだったとしたら、あわやラガードになってしまう危惧に陥っていたからな……》

 

『ローグ』という言葉の意味は分からないが、それはましろにとって良くないことだというニュアンスがあり、ましろを心配すればこそ説明できないという言葉に嘘はない。

自分もエンパシーのことを隠している手前、そう言われては食い下がりにくくなった。

 

「だって、さっきから、寂しい感じの音楽が流れてたのが聞こえませんでした?」

 

試しにそういう風にも聞いてみたが、やはり音楽も含めてシャドウナイフ当人には聞こえていないようだった。

 

(きっと、BCが使えない人には何も聞こえないもの、なんだよね……?)

 

知り合ったばかりの人の心を図らずも読んでしまうという罪悪感と、『やはり言った方がいいんじゃないか』という迷いは当然あった。

しかし、どこに危険人物がいるかもわからないのに『私が心の声を聴いてしまうから武装を解除してください』とは言いにくい。

ちゃんと話すかどうかは、ステージの女の子を助け出してから決めよう。

 

ましろは密かに決意して、シャドウナイフの後を追った。

 

シャドウナイフさんの心の声には、なるべく耳を傾けないようにする。

そう決めたために、意識は自然と知らない歌姫の声に向かいながら。

 

――代役になってみせようか、正義の鉄槌を今此処に下そう――

 

 

TIPS【グラン・ギニョール(3)】

 

グラン・ギニョールの舞台上に拘束された少女の首輪解除条件は、『第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』というものだ。

そして、少女の首輪が爆発すれば、連鎖的に少女の衣服の中に隠されているばくだん岩のかけらに誘爆し、周りの人々を盛大に巻き込むことができる。

この仕掛けをつくった魔女のたくらみ通りになるためには、当然に二人以上のプレイヤーが同時に近づかなければならない。

『俺一人で充分だ。縄をほどいてあげてくるよ』という展開になってしまっては意味がないのだ。

ひとたび拘束を解かれてしまえば、誰だってポケットに大量の異物を押し込まれていることには気づくだろう。

そうなればばくだん岩の仕込みはばれてしまい、爆発が起こっても犠牲になるのは少女一人だけで終わる。

だから魔女は、少女の拘束が簡単には解かれないようにするだけの工夫は残していった。

縄をほどくのに手間取れば、それだけ複数の人間が『ちょっと俺に見せてみろ』と近寄ってくる確率が高くなるからだ。

ただし、ウィキッドにも計算外があったとすれば。

そこに集まった人間が、まず『二人以上で縄を外そう』と協力することさえも困難な出会い方をするという可能性だろうか。

 

 

縄をほどけばいいだけの救出作業は、困難を極めていた。

 

まず、少女の頭上に開いていた侵入穴のせいで、ドームの屋根がもろくなっていたことが災いした。

宇喜多とヒポグリフが勢いよく着地したことでずしんとドームに地鳴りが響き、屋根が壊れたそばから折れかかっていた梁や、大きな照明がいくつも落下して宇喜多を襲撃する。

ヒポグリフにかかれば回避は難しくなかったものの、至近距離で重たいものが地面に落下して盛大に砕け散る音と、怪鳥の羽音じみた音が聞こえてきたせいで、目隠しをされた少女が警戒した。

そのため、宇喜多の自己紹介と事情の説明にいささかの時間を要した。

おまけに原子力研究所に勤務する国家公務員、兼研究者だと説明しても、少女は何のことだかさっぱり理解できないようだった。

まさか現代で原子力発電の意味が分からない女の子がいることが宇喜多には信じられずに、要領を得ないやりとりがしばらく続く。

やがて、ともかく少女を救出する方が先決だと、宇喜多は少女に近づき、目隠しと縄を外そうとした。

少女の周りに散らばった照明の残骸に躓きながあもえっちらおっちらと近づき、まず目隠しを外す。

しかし、少女を拘束するロープはこれでもかというほどキツキツに縛られていた。

結び目は何重にも複雑に絡まされ、いささかも緩ませる余地がなく知恵の輪よりも難解な構造をなしている。

数十分ばかり時間をかけて格闘したものの、素手でほどくのはまず不可能という結論が出ただけだった。

どこかに縄を緩ませる余地がないか柱周りを調べたものの、わざわざ少女と柱を縛り付けてできたすき間の部分にもどこからか調達したらしきタオルが詰め込まれ、そこに刃物や手を滑り込ませて縄を緩ませる余地も奪っている。

拘束を解きたければ、柱に刃物を押し当てるようにして縄を切断するほかなさそうだった。

しかし、宇喜多の支給品が問題となった。

 

ショットガン。

鎧。

動物。

 

そう。

刃物が無い。

宇喜多佳司は狼狽した。

 

試しにヒポグリフの嘴や前足で縄を切れないか試そうともしてみたが、どちらも湾曲した形をしているため、引き裂くのはまだしも押しあてて切ることには向かない。

どうにか縄と少女の身体のすき間部分から鍵づめを引っかけて切り裂けないか試行させたところ、空振りして少女のスカートにざっくりと切れ目を入れてしまうだけの結果に終わった。

宇喜多は少女に低頭して謝り、危険すぎて試行を続けられたものではないと結論を出す。

慌ただしくステージから降りて舞台袖や控え室などをひとしきり探し回ったが、ナイフやハサミの類は見つからなかった。

 

「あの、ウキタ様? 私ならもうしばらく我慢できますから、助けを呼びに行っていただくというのはいかがですか?」

「いや、君は地図を見られないから知らないだろうが、この劇場は会場の端ぎりぎりに位置していてね。ボク以外に近くを通りがかる人がいるかどうかは心もとないんだ……」

 

そして、ここにきて宇喜多は疲労困憊した。

原因は、やいばのよろいだった。

いくら心根が勇者のそれだったとしても、身体能力までそうなるわけではない。

やいばのよろいは、勇者一行の中でも勇者と英雄しか装備できる者がいなかった程度には重装備である。

それを着込んであちこち動き回れば、体力を使い果たすのは道理。もしもそばに武器屋がいてくれたならば、着込む前に『そうびできない』と判定されたことだろう。

しかしステージにへたり込んだことで、宇喜多は思い出した。

やいばのよろいには、肩や胴体を覆うアームのいたるところに刃の形をしたとげがあることに。

これならば、と宇喜多はよろいを脱ぎ、切断道具として使えないか試そうとする。

ところが、鎧を脱ぐ作業にさらに時間がかかった。

着込む時は勢いで身につけられたものの、外す時の心得まではなかったためだった。

近くで縛られている少女――セーニャも、よろいには見覚えがあるようだったが男性用装備の脱ぎ方までは心得ていない。

かなりの時間ステージの上でもたもたした後に、宇喜多はようやく刃物を入手した。

 

「やったぞ……これで、ようやく君を自由にできる!」

 

とうとう歯がゆい思いから解放されたことで宇喜多はガッツポーズを作り、鎧を抱えて救うべき少女に駆け寄った。

やいばの鎧は突起の数がかなり多く、突起の方向もばらばらに向いていた。

刃の一つを押し当てようにも、他の刃がぶつかって邪魔になりかねないと、宇喜多はまず縄を引っ張ろうとしながら刃をあてる角度を考える。

 

その姿は、傍目には自分で結んだ縄の堅さを確かめているようにも見えた。

 

 

 

「フッフッフッフッフッ……」

 

 

 

そんな宇喜多を嘲笑するように、どこからともなく声だけが聞こえてきた。

 

「なっ、誰だ! どこにいる!?」

 

どこからか飛び降りてきたのか、宇喜多たちがいる舞台袖ぎわの柱とは真逆の舞台袖から、黒衣に黒いマスクをつけた白髪の男が、黒いサーベルを携えてさっと一振りするポーズを決めた。

 

「非道跳梁する舞台に影走る、狼藉跋扈する闇を断つ!

正義正道の影法師、シャドウナイフ、見ざ「宇喜多のおじさんじゃないですか!」

 

怪しげな男の口上は、後ろから飛び出してきた聞き覚えのある声にさえぎられた。

 

「君は、鳥羽ましろ君じゃないかね!? 無事だったのか!」

「あれ? ウキタ様の、お知り合いですか?」

 

縛られた少女が、長時間の拘束による疲労も感じさせない顔で不思議そうに質問をした。

 

「ああ、ボクのご近所さんの友人で、保護したかった少女の一人だ。

 ……そちらの不審な青年については初対面だがね」

 

安堵と不可解がないまぜになった苦い表情で、宇喜多は言葉の矛先をシャドウナイフへとうつした。

出会い頭に悪党呼ばわりされた挙句に、アニメにでもかぶれたとしか思えないファッションと名乗り口上……宇喜多からすれば、不審者呼ばわりされても仕方がないと思っている。

 

「不審だと!? 貴様こそ、そこの女に何をしていた。

 か弱き女人を拘束し、不埒な非道を働こうとしていた悪漢に言われる道理はない!」

「すいません、私にもそう見えてもおかしくない恰好だったと思います……」

 

ましろがおずおずと、「でも、宇喜多のおじさんはそんなことしませんよね?」と付け加えた。

宇喜多が慌てて、ましろの助け船に同意する。

 

「ああ、その通りだ! 僕はこの女性を解放しようとしていた側の人間だぞ。

 君こそ何だね。目上の人間にそんな無礼な口をきいた上に、この状況でそんなアニメやゲームにかぶれたような振る舞いをして……」

 

二次元の創作物や正義のヒーローを愛好するましろはまだしも、宇喜多にとってシャドウナイフの言動は『状況をわきまえずにふざけた振る舞いをしている、目上の相手に敬語も使えない不遜な青年』のそれにしか見えない。

しかもシャドウナイフが身の丈の半分ほどもある大きさの武器まで携えている点も、警戒に拍車をかけた。

――あるいは、宇喜多の心の底に『悪意』の萌芽があったことも、猜疑心を増させた一因かもしれない。

 

「アニメやゲーム? ……笑止! 貴様こそ、その鎧や怪生物はゲームの産物ではないのか!」

 

シャドウナイフは、いかにもロールプレイングゲームの戦士が身に着けていそうな宇喜多の抱える鎧と、宇喜多からやや離れた位置に控えているヒポグリフを交互に指さしている。

 

「なっ……僕だって好きでこんな鎧を持ち歩いてるわけじゃない。たまたま僕に支給されたというだけだよ」

「え? ウキタ様はさっきまで、自ら進んでそれを身に着けておられたようでしたが」

「それを言わないでくれるかねセーニャ君……」

 

宇喜多が弱り目でセーニャの方を振り返った隙に、ここで仲裁しなければいつまでも縛られた女性を助けられないままだと、ましろが会話に割ってはいった。

 

「おじさん、確かに見た目は少し変わってますけど、シャドウナイフさんは怪しい人じゃないんです。

私がさっき危ない男の人に襲われるところだったのを、助けてくれた人なんですよ」

 

控えめだがどこまでも真摯なましろの言いようには、宇喜多も敵意をもって対峙しにくくなった。

もともと、宇喜多はましろ達コミュニケーターの高校生を救いたいと願っていた人間である。

その少女から庇われては、感情に任せてシャドウナイフを糾弾するわけにもいかない。

 

「う、うむ……確かにましろ君の恩人を疑うような真似をするのは心苦しいことだ……高圧的な言い方をしたことは謝ろう……」

「ですよね!」

 

自分が助けようとしていた少女を先に助けてもらったからには、感謝するのが道理。

『シャドウナイフがましろを助けた』という話にどこまで信ぴょう性があるのかを問いただす必要はあるにせよ、まずはましろの無事を喜ぶ方が先だ。

宇喜多の中にある道徳心はそう言っていた。

しかし『ましろが無事だった』という事実が、男にひとつの謎をもたらした。

 

「しかしましろ君、ラボがあんなことになっていたのに、君は一体どこでどうやって生きのびていたんだね?」

「え?」

 

それは、この殺し合いが始まるまでに立ち会っていたラボ爆破テロの謎であり、今ではひとまず棚上げにすることも可能だった問いかけだった。

しかし、尋ねずにはいられなかった。

宇喜多にとって、『あれだけ探しても最後まで見つからなかった鳥羽ましろがどこに隠れおおせていたのか』という疑問は、あの混迷した状況の中でもとりわけ不思議だったことの一つだったのだ。

せめて一言だけでも、先に答えが欲しかった。

 

「こんな時に……と思われるかもしれないが、あの研究所はあちこちにW……いや、放射線が蔓延していた。だから、君の体調にも関わってくることなんだ」

 

(まさか、彼女はあそこでNエリアやWX増幅器の秘密を目撃してしまったりしていないだろうな……いや、それどころか仮にWX粒子によって適性度が上昇してしまったりでもしていたら……)

 

この時だけはセーニャを救出することも忘れて、ましろに質問することを優先してしまったのは、ましろの安全を憂慮してのことでもあった。

あの時に隠れていた場所しだいでは、彼女はこの殺し合いを無事に生還したところで、その後の一生をずっと監禁されて過ごす羽目になりかねないモノを体験してしまったのかもしれないのだ。

 

「私は、夏彦に搬出リフトに閉じ込められて……それよりなんでおじさんは、私達が地下で遭難したって知ってるんですか?」

 

鳥羽ましろは、閉鎖されたエリアの中に宇喜多佳司も逃げ遅れていたことを知らない。

だから、ラボの地下にいただろうと質問されたことに、たじろいでしまう。

 

「第5エリアを移動する君たちの姿が、監視カメラの映像に引っ掛かっていたものでね。

 レスキュー隊の人たちとも一緒に、全員で地下エリアを一周するぐらい君たちを探したんだ」

 

その発言を聞いて、ましろの顔がざっと青ざめた。

 

宇喜多の発言に、迂闊さはなかった。

ただ、知らなかっただけだ。

鳥羽ましろ達三人が、一度、『レスキュー隊』の恰好をしたQの構成員、堂島隊員、桧山隊員、そして笠鷺渡瀬隊員の三名に襲われ、発砲による怪我まで負っていることを。

そしてましろは、エレベーターに押し込まれた時点では、現場に信頼している守部洵隊員やその先輩もいて、彼女達も要救助者を探していたことを知らない。

つまり、ましろは『レスキュー隊の人たちと一緒に君たちを探していた』と言われてしまえば、『自分たちを撃った三人組と一緒に探していた』のだと解釈する。

 

「じゃあ宇喜多さんは、やっぱりQの仲間……!」

 

そして実のところ、ましろも最初から少しの疑念を抱いていた。

 

――宇喜多佳司は、ラボの爆破テロをしたコミュニケーター排斥団体『Q』の内通者かもしれないと、夏彦が言っていた。

 

天川夏彦が、宇喜多が信頼に値するかどうかを見極めるためにエンパシーを使ったときに、宇喜多は『早く対処しなければ……』と、まるでテロを実行する側の人間であるかのようなことを言っていたそうだ。

宇喜多はラボの職員という立場を利用してテロの手引きをしていた内通者ではないか。そんな疑惑を夏彦やサリュは口にしていた。

不審に思う余地はもうひとつあった。

 

(今のおじさん、私たちに心を開いてない……夏彦が読んだ時は大丈夫だったのに)

 

申し訳ないと思いながらも、夏彦が一度は心を読んだという話を聞いていたことから、念のためにエンパシーを使おうとしていた。

それが、不発に終わった。

ラボでの事件が起こる前は心を開いていてくれたのに、今では心を閉ざしている。

それはシャドウナイフを警戒しているせいかもしれないが……ラボでの爆破テロを自分たちが邪魔しようとしたことに気付き、ましろ達を始末したいと考えているせいかもしれない。

悪い想像をしたことで、ましろの表情が凍り付いていく。

シャドウナイフの武装によって流れてくるメロディーも、悪意を助長するかのように不穏なものだった。

 

その反応に、宇喜多もしまったと動揺した。

ましろが襲われたことは知らなくとも、レスキュー隊という単語について『Qの仲間』と言われたことで、渡瀬たちを連想されたのではないかという察しはつく。

 

「いや、違う! 確かに……ボクには秘密にしていることがあった。

だが、災害時に要救助者の皆殺しを企てるような悪党と一緒にされては困る!

断じて、僕は、ここでテロ行為のような真似をするつもりは――」

 

しかし、今度はシャドウナイフがその言葉を聞きとがめた。

 

「テロ行為だと!? ……まさか貴様、このゲームに巻き込まれる以前からの犯罪者だったのか!」

 

シャドウナイフにしてみれば、帰宅部の一味が待ち構えている展開をこそ警戒していた。

そこにいた宇喜多がどう見ても吉志舞高校の生徒ではなかったことからその可能性を捨てたのだが、元からの犯罪者だったともなれば、やはり悪意を持ってここに待ち構えていたのかと邪推せずにはいられない。

 

「君は話がややこしくなるから黙っていてくれ! 何度も言っているように、僕のすることに他意はない。

 こちらの彼女――セーニャ君の悲鳴を聞きつけて、助けに駆けつけただけだ!」

「悲鳴を聞いて駆け付けた、だと?

それは異なことを言う。我々がこの劇場に侵入した時にはもう悲鳴とやらは聞こえなくなっていたぞ。

貴様がまだ悲鳴の聞こえていた時点でここに来ていたなら、今までモタモタと何をやっていた?」

「それは……刃物らしいものを探すのに時間がかかったんだ」

「ではその女のスカートが裂かれているのはどういうわけだ?」

「こ、これは不可抗力だ! 狙って傷つけたわけでは――」

 

「あの、事情は分かりませんが、ウキタ様の仰ることは本当です。

この方は今まで、私を解放するためにずっと奮闘してくださっていました」

 

縛られていた少女が、そう言葉を発した。

最も事情を知らないセーニャが、動けないままに首だけで二人を向いて説明する。

 

「私が目覚めた時、そばに私を縛った方などは誰もおりませんでした。

 とても困っていたところを、ウキタ様がその魔物に乗って助けにきてくださったのです。

 何か悪いことを考えている人には見えませんでしたわ」

 

その言葉を聞いて、ましろにも冷静さが戻ってきた。

宇喜多の考えていることは分からないけれど――動けない少女を必死に助けようとしていたというなら、少なくとも殺し合いをするつもりはないんじゃないか、と。

しかしシャドウナイフは、武装と警戒を崩さない。

 

「貴様は、自分を襲った者の顔は見たのか?」

「いいえ。背後から殴られたらしく、誰なのかは分かりません……」

「では、その男が自作自演で助けにきた振りをしているのかもしれない。

 柱に縛り付けて放置し、相手が疲労するだけの時間をおいてから救出に来た善意の者のように振る舞い、縄を解いてから態度が豹変して無茶な要求を聞かせる――俺を、いや、俺が見てきた外道もよくそういう手を使った」

「いいえ! そのような方には見えませんでした。

それに失礼な言い方ですが、自演で助けようとされたのなら、縄を切る刃物ぐらいきちんと持ってくるのではないでしょうか……」

 

縛られた少女のそばに宇喜多が立ち塞がり、一方でシャドウナイフがましろをかばうように立つという構図は動かない。

双方の距離は、おそらく十メートル前後。

それは、ましろがエンパシーを使うことがぎりぎり不可能ではない位置だった。

 

(ごめんなさい……)

 

宇喜多をかばう少女を疑いたくはなかったが、混乱から立ち戻ったばかりののましろは信じるために確かなものが必要だった。

自分といくつも年が離れていないように見える女性の心を、心中で謝りながらエンパシーを使う。

彼女の心は、ガードされていなかった。

心を読まれる警戒をしていないというより、あまり人の言うことを疑ったりとかしない人なのかなぁと感じる。

無防備に、心の声は聞こえてきた。

 

《困りました。どうしたらウキタ様を信用していただけるのでしょう》

《確かにこのお二人が来られてから物言いが乱暴になりましたが、この方が悪人だとは思えないのです》

《このままでは、イレブン様や皆さんを探しに行くどころか……》

 

悪意はない。

それどころか一刻もはやく自由になりたいだろうに、宇喜多のことを気遣っている。

やっぱりここは先にあの女の人を助けて、それから話し合うことで疑いを解消していけばいいと、ましろは決意した。

 

「シャドウナイフさん。助けに来てもらった人が本気で庇ってるんですから、それは疑いすぎだと思います。

いったんあの人の縄をといてから、話を聞きましょう」

「だが鳥羽ましろよ。貴様から見て、あの男は犯罪者の仲間ではなかったのか?」

「えっと、事情を説明すると長くなっちゃうんだけど、宇喜多のおじさんのことは私も疑っちゃいました。

 だけど、もしかしたら町を壊すテロリストの仲間なんかじゃないのかもしれないし、あの人を助けてから事情を聞いてみたいんです」

「フン……貴様はやはり甘いな」

《だが、いざ荒事になったときに、あの位置に動けない女がいるのは厄介なのも確かだ》

 

心の声でそう言ってから、シャドウナイフは宇喜多へと告げる。

 

「まぁいい。まずは縛られた女を解放すべきだというなら、貴様は女のそばから離れろ」

「なぜだね。君たちからその刃物でも貸してもらえれば、彼女を解放するのは僕がやる」

「愚かな……事情を聞くまでは貴様の扱いを保留にするのだから、貴様を女を人質に取れる位置に置けるはずがないだろう」

 

もしも、いつものシャドウナイフだったならば。

影縫いで宇喜多を動けなくしてから女性の拘束を解いて彼女をどかしていただろうが、それをできないのはそばにヒポグリフが控えていたせいだ。

メビウスでは決して見かけなかった、ファンタジー小説にでも出てきそうな怪物。

空を飛べる生き物にも影縫いが通用するのかどうかをシャドウナイフは知らないし、未知の生き物を目にしたことで慎重にならざるを得なくなっていた。

 

「君たちはどうしても僕を危険人物予備軍にしたいようだね……だが断る。

 彼女はこの状況下で、僕のただ一人の弁護人だ。

 君が彼女を助けてしまえば、その恩を盾にして強引に君の主張に沿わせようとしないとも限らないじゃないか」

「そちらこそ、そんな口を聞いて俺たちを『疑うのは心苦しい』などとよく言えたものだな……」

 

2人で一緒に少女の拘束を解く、という発想はない。

すぐそばに信用できない存在がいるのに少女を介抱することに注意を向ければ、その隙をついて相手が何をするか分かったものではない、と互いに警戒している。

だから、お互いにお前は引っ込め、自分ひとりで少女を解放するという主張になる。

二人のにらみ合いが、しばし続く。

 

「も、もういいです! それなら私が行きます!」

 

いい加減に対立を終わらせたいと、ましろは精一杯に大きな声を出した。

 

「二人ともその人から引き離さなきゃ気が済まないなら、私がその人の縄を解きます。シャドウナイフさん、さっき使ってた小さい方のナイフを貸してください」

 

二人ともが下がり、三人の中で最も警戒されていないましろが少女を助けるという案に、宇喜多は驚きながらも毒気を抜かれたように頷いた。

セーニャを助けることを二の次にして『誰が少女を助けるか』という点で争っていたことを自省したのかもしれない。

しかし、シャドウナイフは躊躇いを見せていた。

 

「お前をあの男と入れ違いで柱に行かせるわけにはいかん。

貴様とあの男は『被害者』と『加害者』の関係だったのではないか?

俺が近寄らないよう釘を刺されている時に、無力な女二人を犯罪者やもしれない男へと近づけて、万が一のことがあったら困る」

「君、さっきから注文が多いぞ! いくら何でもこの状況で僕が彼女たちをどうこうするわけがないだろう」

「そ、それはさすがに、警戒しすぎのような……」

 

ましろも流石にシャドウナイフの言いようが悪いと反論しかけたけれど、心の声が聞こえてきた。

 

 

 

≪俺のことをイジメていた連中も、同じ事をした。

 柱に縛り付けてずっと放置して、別の奴が助けに来たと思ったら、なれなれしく味方のふりして好きなアニメを聞き出してネタにして……。

口先でもっともらしく取り繕ったからといって、信じられるわけがないだろう……!≫

 

 

 

(えっ…………)

 

同時に流れてくる、『許されぬ罪と知れ、黒く染まる代償を』という歌声。

これに近いいじめ行為を、過去にシャドウナイフは受けていたというのか。

校舎で無差別テレポートが飛び交うほどにおおらかで気のいい生徒ばかりがそろった鹿鳴学園で過ごしていたましろにとって、それは全く想像もつかない世界の出来事だった。

衝撃は大きかったけれど、分かったこともある。

 

「大丈夫ですよシャドウナイフさん」

 

シャドウナイフは、悪意から宇喜多に対して乱暴なことを言っているわけではない。

ただ、過去に酷い思いをしたことがあるせいで、信用するのが難しくなっているだけなのだ。

 

「知り合いだからこそ、これは宇喜多さんのことをちゃんと知っておく機会だと思うんです。

ここで上手く和解できれば、他の知り合いの人だってずっと探しやすくなりますし、いい事しかないですよ!」

 

クラスで孤立している子に話しかける時のように、けろりと笑ってみせた。

 

「だが、貴様もあそこの女も甘すぎる。こういう役割は裏切りを知る者が担うべきだ」

「柱まで行く時にすれ違うだけなのにシャドウナイフさんは大げさですよ。ここで危ないことなんか起こりませんって」

 

自分が宇喜多のことを『Qの仲間』だと言ってしまったせいで事態をややこしくしてしまった、その収拾でもある。

あっけらかんと、しかし遠慮する子を遊びに誘うときのように強引に押すと、やがてシャドウナイフの方が折れた。

気をつけて扱うよう釘を刺してブロンズナイフを渡すと、ましろは「了解でありますっ」と答えて転がるがれきを避けながら歩いて行く。

宇喜多も同時に、セーニャから離れてシャドウナイフの手が届く位置へと近づいてきた。

 

右手にブロンズナイフを、左手に自分のディパックを提げて向かっていくましろ。

 

 

 

そこで、シャドウナイフに違和感が走った。

 

 

 

(待て、なぜ奴はナイフを俺から借りた……?)

 

シャドウナイフとましろは、以前にお互いの支給品を確認している。

だからシャドウナイフは、ましろが他にも刃物――十徳ナイフ――を支給されていることを知っていた。

にも関わらず、なぜ彼女はシャドウナイフにナイフを貸してくれと頼んだのか?

 

その違和感は、いやな予感として的中した。

 

 

 

「ほら!宇喜多さんも一緒に助けましょう!」

「わっ……」

 

 

 

ましろはすれ違いざまに宇喜多の白衣の袖をつかんで、二人で少女を助けようと引っ張っていった。

 

「おい!」

 

ごめんなさい、と心の中でましろは謝罪する。

すれ違うだけだと嘘をつくことになったが、これが緊張を解く為の最善手だとましろは考えた。

シャドウナイフから刃物を借りたのは、自分の分と宇喜多の分と、二本が必要だったから。

ここで二人がかりで少女を助けてしまえば、彼女は宇喜多とましろの二人にお礼を言うだろう。

場がなごんでしまえば、シャドウナイフも警戒を緩めざるをえなくなる。

そう、いつだって『人の心を動かすのは真摯な気持ち』だ。びよビヨの2話でもそう言っていた。

 

 

 

 

 

ピ―――――……というアラームの音が、セーニャの首輪から鳴り響いた。

 

 

 

 

「「「え……?」」」

 

セーニャの至近距離で、ましろと宇喜多が立ち止まる。

 

「何事だ!」

 

シャドウナイフがとっさに駆け寄り、理解できないなりに黒い刃で柱ごと縄を大きく抉ってセーニャを解放した。

 

「きゃあっ!」

 

急に自由にされたことで、セーニャがぺたんと座り込んだ。

その勢いで、裂けたスカートの切れ目から大きな石ころがバラバラとステージに散らかる。

 

「石……?」

「なんだ? この音は」

《何の罠だ、これは!》

 

長く、長く続くアラーム音に警戒しながらも、三人はセーニャの周囲へと注目する。

彼女当人だけが、その支給品に見覚えを抱いて顔を青ざめさせた。

 

「離れてください! この石は爆発物です!!」

 

「何だって!?」と驚きの声をあげる宇喜多を始め、全員に電撃が走った。

しかしその電流を上回る、さらなる衝撃がもたらされる。

警告音が一時中断して、セーニャの首輪から電子音声が流れた。

 

 

 

『解除条件の順守が不可能となりました。首輪を爆破します』

 

 

 

「え……?」

 

少女がきょとんとした顔で、目線を下に落とす。

 

周囲にいた三人も、わけが分からないという顔をしている。

三人に与えられた首輪の条件には、三人ともに『失敗した場合に首輪を爆破する』というペナルティは無い。

条件が守れなかったから首輪を爆破しますとアナウンスされても、なぜ、という疑問しか生まれない。

 

しかし、猶予を与えてやるから逃げろとでも言わんばかりに、その首輪からは続く警告音が断続的に鳴っていて。

そこで仮に、もしも爆発が起こったとしたら、ばくだんいわの欠片に衝撃を与えてしまえばどうなるか、それが無くとも、着地しただけでさらに天井が崩れてくるような建物がどうなってしまうのか、ばくだんいわのことを知っているために予想できる者が一人だけいて。

 

「あ――」

 

キェェェェェ、という鷲頭の生物の威嚇するような鳴き声と羽音で、彼女だけが中心にいる存在でありながら我に返った。

 

そうだ、最初にこの羽音が聞こえたとき、自分は何を考えていた?

自分に近づいてくる人たちを何らかの罠から守らなければならないと。

まずは逃がすための呪文を唱えられないかと。

 

確かにそう考えていたことが、分からないまま、呪文を紡がせた。

 

「今こそ加速の加護を――」

 

詠唱する。

思惑は違えど、助けてくれようとしたことには違いない、全員に対して。

 

「――ピオリム!」

 

何も分からなかったけれど、言葉は紡がれた。

その場にいた全員に、黄金色の光が纏われあらゆる『速さ』の上昇をもたらす。

ちゃんと何をすべきか考えていてよかった、と思った。

 

言うべき言葉は、あと一言。

 

「――逃げて!!」

 

この不吉な音が鳴り終わって、何かが起こる前に。

三人はその大声に、雷に打たれたようにびくりと判断したが、理解できずに動けない。

しかし、動けた者は一頭いた。

最初から事態を分かっていない動物だけがフラットにその言葉を字義どおり受け入れ、そのままの行動を起こした。

一声甲高く鳴き、まず跳躍するとまず自らの乗り手である宇喜多佳司を嘴でつかみ上げると自らの背に放り投げて乗せる。

続けざまにシャドウナイフとその後ろでかばわれるようになっていた鳥羽ましろのそばでもしゃがみ込んで、こちらは下からすくい上げるようにと追加で背に乗せた。。

 

「うわっ!」

「何だ!?」

「え? ヒポグリフ??」

 

三人は困惑しながらも、乗せられた背中から振り落とされないようにとヒポグリフの手綱を強くつかんでしまう。

鳥羽ましろは、いろいろな種類のアニメに親しんでいたことで、その生き物の種族名を言い当てた。

それが、たまたま逃走の一助となる。

この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)。

その名前で呼ぶことで、幻想生物は真名の解放を認識してその場から逃れるだけの速度を手に入れ、空中を駆け去った。

 

 

TIPS【ヒポグリフの真名解放】

 

殺し合いゲームの中で、サーヴァントの所有する宝具は支給品として分配され、本来の使い手が殺し合いに参加していなかろうが、別の持ち主に支給されていようが関係なく、現界を続けられるようにされている。

しかし、真名の解放においては別だ。ことに、ヒポグリフにとっては。

ヒポグリフの真名解放がもたらすのは、次元の跳躍。

たとえ劇場の壁が障害になろうとも乗り手ともどもにすり抜け、背後で爆発が起ころうとも衝撃波やがれきのすべてが当たらずに、この世界からの消失と再出現を繰り返す。

しかし、そのリターンとして求められるのは、主人の莫大なる魔力消費だ。

なぜなら消滅に関してはヒポグリフ自身の魔力を当てられるが、再出現を果たすためには乗り手が主体的に引っ張り上げる術を行使しなければならない。

支給された宇喜多佳司や、真名を言い当てた鳥羽ましろのような一般人では、どうあがいてもその魔力は捻出できない。

そして捻出できなければ、このバトルロワイアルでは無理にヒポグリフ自身の魔力で補填するしかなく、ヒポグリフ自身の消滅を代償とするほどの酷使が必要となるだろう。

しかし、とある局面においては、セーニャが最後に使ったピオリムの効果が働いた。

シンプルな加速の呪文とはいえ、伝説の賢者の力の半分を受け継いだ者による魔力である。

その加護が不足する魔力を補うための力となり、あらゆる『速さ』の向上によって、ヒポグリフ自身の魔力解放にかかる手間も『速く』なる。

こうして、全員がその場から脱出を果たすことに成功した。

 

 

飛び去ったヒポグリフを見送ると頭上を見上げ、セーニャはひとまず安堵した。

 

首が爆発して死ぬのだと言われても、よく分からなくて。

あまりに理不尽すぎて、受け止められなくて。

 

(私は……ちゃんとできたのでしょうか)

 

やり残したことも、やらなければならないことも、まだまだあった。

でも、がんばったと言えるだけのものは残せていただろうか。

がんばったねと、言ってもらえるだろうか。

 

想う。

姉のこと。故郷のこと。大切な仲間達のこと。

それらがないまぜになって、ピオリムを唱え終わった時にも想ったことを、もう一度。

皆さんは、きっと大丈夫だろうと。

大丈夫なのだと信じたい。

 

(すごく強くなられていたから。きっと、私を失っても前に進まれる。悲しませてしまうのは、本当に申し訳ありませんが……)

 

自分も失ってしまった後からここに来たから、自分を失う人たちの傷を想像してしまうと、とても痛い。

 

(本当は、もっと皆さんの力に、なりたかった。イレブン様の、支えになりたかった)

 

そして想う。

最後まで毅然として、希望を持っていたあの半身が、どれだけ偉大だったのかを。

 

(この痛みも、後のことも全部、託してしまうことになるのですね)

 

だけど、やっぱり彼女だって、置き去りにされるのはつらいのだろう。

だから彼女は、祈った。

彼女の世界では、祈るということは、これまでの行いを告白して、懺悔することと同じだから。

 

(お姉さま……いいえ、この呼び方は違う)

 

憧れの、追いつけない背中に対してではなく。

 

(ベロニカ。私が一人で大丈夫だったのだから、あなたも大丈夫)

 

来世でも並び立つと約束した、双葉のうちの片葉に。

 

首輪からの警告音が、止んだ。

何か言おうと口を開き。

しかし、言葉にはならず、

 

最後に目にしたのは、夜明けが近づいて明るさを増し始めた、裂け目からのぞく淡い色の空だった。

 

【セーニャ@ドラゴンクエストⅩⅠ 過ぎ去りし時をもとめて  死亡】

 

 

必死に手綱に捕まっている最中でも、劇場のドームが崩壊する音ははっきりと聞こえてきた。

それは、あの場に一人だけ残った少女の最期を意味していた。

 

しばらく飛び続け、ふらふらと草地に滑り込むように着地する。

三人は、転げ落ちるように背中から降りた。

うめき声とともに、三人はそれぞれに痛みを味わう。

 

痛みは、鳥羽ましろに記憶をぶり返させた。

爆発物があると言われた瞬間に、ましろはとっさに詳細を確かめるべく、セーニャと呼ばれていた少女の心にまた潜っていた。

心からは、痛みを伴う声が伝わってきた。

焦りと、必死さと、そしてなぞの呪文が終わった頃には、未練が強くを占めていた。

 

《すごく強くなられていたから。きっと、私を失っても前に進まれる。悲しませてしまうのは、本当に申し訳ありませんが……》

 

自分がいなくてももう大丈夫だという気持ちと。

自分がいなくても大丈夫になったこの先を見届けられないという未練。

特に、はっきりと言葉にしていた名前は二つ。

『イレブン様』と『お姉様』。

 

《本当は、もっと皆さんの力に、なりたかった。イレブン様の、支えになりたかった》

 

ずっと、天川夏彦を支え続け、そしてここに至るまでに昔どおりの、憧れていた『ヒーロー』になった天川夏彦が帰ってくるところを見届けたばかりの鳥羽ましろにとって。

その人の近くにまだいたいという気持ちは、決して理解できないものではなく、むしろ切に共感できるものだった。

 

そんな人が、死んでしまった。

どうして。

そう言葉にする前に、聞き覚えのあるアラームが鳴った。

 

『ピー―――――――』

 

先ほどアラーム音とともに理不尽な宣告をされたばかりの三人は、びくりと身を震わせる。

しかしアラーム音の発信源は、シャドウナイフの首輪と、ディパックの中のスマートフォンの二つを音源としていた。

そして、アナウンスが二重に響き渡る。

 

『首輪の解除条件が達成されました。おめでとうございます』

 

アナウンスが告げるのと同時。

カシャン、と金属部品の連結部を外すような音が小さく鳴った。

シャドウナイフの首輪から。

 

「え……」

 

シャドウナイフが呆けた顔で、己の首元に手をあてると、今度は携帯電話の着信音とバイブレーションが響き渡る。

のろのろとした動作でスマートフォンを持ち出せば、シャドウナイフのそれがメールを受信したと表示していた。

 

 

TIPS【シャドウナイフの首輪解除条件】

 

シャドウナイフの首輪解除条件は、『直接的、間接的問わず参加者一人を死に追いやる』というもの。

この場合、果たして、『間接的に人を死に追いやる』とはどのような条件を指すのであろうか。

 

例えば、人を突き飛ばしたことで高層ビルから落下させれば、それは直接的な殺害行為と言える。

もしも、自分が高層ビルから落ちようとしているところを助けに来た者がいて、その人物が自分を助けたせいで死んでしまったとしたら、それは多くの者が『間接的に死に追いやった』と見るかもしれない。

では、高層ビルから落ちそうになっている人がいて、助けないまま見ていたらその人物が死んでしまった場合はどうなるのだろうか。

わざと見過ごしたのか。

そうでないなら、その人物に責任を問えるのか。

本当にその人物が死んでしまうことを予想できたのか。

もしも行動を起こしていたら、その死は回避できたのか。

その人物が『死に追いやった』と判断するための基準は無数にある。

であれば、間接的に人を死なせたと決めつけていいシチュエーションなど、どこにも存在しない。

 

ファヴをはじめとする主催たちが、その場の気まぐれで『シャドウナイフに死の責任があるかどうか』を決めてしまうというのが最も手っ取り早く、悪意もあるやり方だが、それでは状況しだいで首輪を爆破するかどうかの判断がワンテンポ遅れてしまいかねない。

即座に『この人物は間接的に人を死なせた』と判断できる基準が必要だ。

ではその基準をどこに置くのか。

公平で、簡単な基準がある。

首輪をつけている当人の基準で測ればいい。

首輪をつけている本人の基準でもって裁くのだから、これほど解除に挑む当人にとって文句のつけようがない措置はない。

そして、シャドウナイフにとっての『加害』の基準とは。

『被害者を目の当たりにしていながら何もしなかった者も、直接に危害を加えた加害者となんら変わりなく同罪である』というものだ。

 

すなわち。

シャドウナイフの首輪は、『シャドウナイフが何もしなかったとしても、殺人現場に立ち会っており、阻止できる機会があったにも関わらず阻止しなかったことで人が死んだ時』を判断基準として『間接的に人を死なせた』とカウントする。

 

例えばセーニャの死亡において、シャドウナイフはむしろ鳥羽ましろが彼女に近づくことを妨害しようとしていた側にあたる。

しかし彼は、鳥羽ましろの行為によって、宇喜多佳司がセーニャもしくはましろに危害を及ぼすのではないかと危惧していた。

そして、宇喜多佳司と鳥羽ましろがトリガーになったことで、首輪は爆発した。

これによって、『シャドウナイフは宇喜多佳司と鳥羽ましろの行動がその少女に死をもたらす危険を予測していながら、止めなかった』という因果関係が成立。

シャドウナイフの行動を監視していたゲーム運営は、『間接的な死の責任』を判定した。

 

 

 

首輪解除条件の達成によって、シャドウナイフのスマートフォンには情報が伝達された。

 

[死者]セーニャ

[死亡時間]一日目・午前4時16分

[死因]首輪解除条件の失格ペナルティ(『第四回放送まで、半径2m以内に同時に2人以上のプレイヤーを侵入させない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』)

 

 

なぜ彼女は死んだ?

なぜ私たちは生きている?

 

三人が彼女の死因を理解するまで、あと少し。

 

【A-2/草原/一日目 早朝】

 

※グラン・ギニョールはステージのあるドームが大きく倒壊しました。

 

【宇喜多佳司@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]呆然、右手に切り傷(少)、笠鷺渡瀬への激しい憎悪、「被験体N」の悪意により精神汚染中

[服装] いつもの白衣

[装備]なし

[道具] 基本支給品一色、散弾銃@リベリオンズ、スマホ、この世ならざる幻馬@Fate/Apocrypha(真名解放により魔力を消費したため、自らディパックに戻りました)

[首輪解除条件]

6名の参加者からそれぞれ頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の何れかを切り裂き、切り裂いた部位を繋いで人形を作成せよ。

作成した人形を「七望館」内にある棺に収納することで首輪は解除される。

[思考・行動]

基本方針:コミュニケーターを保護し、主催者を打倒する

1:???

2:鳥羽君の誤解を解く

3:ゲームに乗っているものに関しては容赦しない

4:隊長さんは絶対に仕留めなければならない

※ 参戦時期は本編Aルート終了後、「被験体N」によって悪意を植え付けられている状態からとなります。

※ 現在は渡瀬に関する記憶が改竄されておりますが、今後他参加者への印象に関して記憶の改ざんが行われ、悪意が増幅される可能性があります。

※やいばのよろいはグラン・ギニョールのステージに残され、がれきに埋まりました。

※ヒポグリフの真名解放は、莫大な魔力を必要とします。何の魔力補助もなしにまた真名を解放すれば、ヒポグリフ自身が消滅にいたる可能性があります。

 

【鳥羽ましろ@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:呆然

[服装]:いつもの服装

[装備]:十徳ナイフ(大刃・小刃・缶切り・のこぎり・救難ホイッスル・ファイヤースターター・ワイヤーストリッパー・マイナスドライバー(小)・マイナスドライバー(大)・プラスドライバー)@現実、ブロンズナイフ@ドラクエ11

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:知り合い(夏彦、サリュ、洵)を探す

1:???

2:シャドウナイフとともに行動。そして彼の手伝い

3:シャドウナイフが暴走しないか心配……

[備考]

・首輪解除条件は「名前が『か』行から始まる参加者(カラミティ・メアリ、神楽鈴奈、柏葉琴乃、黒のライダー、黒のアサシン

 カミュ、クリストフォロス、カミラ・有角、黒河正規、粕谷瞳、狛枝凪斗)の死亡」です。

・参戦時期は、夏彦に搬入リフトに入れられ気を失った後です。(銃創は治癒されています)

・セーニャを拘束したのは帰宅部の仕業だと思っています

 

 

【シャドウナイフ@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:呆然

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:正義を成すためにこの殺し合いの打破

1:何が、どうなっている……???

[備考]

※参戦時期はシャドウナイフ編前です

・首輪解除条件は「直接的、間接的問わず参加者一人を死に追いやる」です。

首輪解除に成功した場合は、死者、死亡時間、死因の情報と死亡時の映像が本人のスマホに送信されます。

なお、この機能は首輪解除後も条件を達成する度にスマホに送信されます。

・首輪が解除されました

・セーニャを拘束したのは帰宅部の仕業だと思っています



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君はいったいどこからやってきたの/犬吠埼樹、ベロニカ(ヤヌ)

冒険の書(勇者記)

 

命の大樹に選ばれた、と聞いた時は

凄いコトなんだろうけど、具体的にどう凄いのか

実感が湧かなかった。

 

ただ、ふたつの故郷が焼かれなければならなかったのも

ボクに宿った力も、そのせいだと聞いた以上は

真実を知らないと、と思った。

はじめは、とにかく無我夢中だった。

 

 

追記.この時は、大切な■■を■■にして戦っていくなんて、夢にも思わなかった。

 

(追記の一部に上から塗りつぶした痕跡あり)

 

 

☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 

メダル女学院の校門をくぐり、緊張感をたずさえながら早足で歩いていた二人の小さな少女。

しかし少女のうちの一人――犬吠埼樹は、たちまちに好奇の目できょろきょろしながら歩くことになった。

 

スマホから確認したマップでは、『メダル女学院』の周囲は市街地エリアに囲まれていることになっている。

だから樹は、あの古めかしい学校に通っている生徒たちの生活の受け皿となるかのような、静観な高級住宅街が広がっていることを想像していた。

しかしそこにあったのは、市街地は市街地でも、樹の常識から想像できる市街地では無かった。

 

石畳が敷かれた広い通りに、西洋造りの街並があった。

木を支柱にした土壁の素朴な民家や、大きく均一なレンガで組まれた酒場らしき建物。

屋根瓦やひさし、洗濯物干し場の張り出しなどの外装も全てレンガや木材で組まれ、塗装されたコンクリートだとか合成素材といったような現代の材質はいっさい使われていない。

歩きながら左右を見回せば、遺棄された幌馬車や、ストリートミュージックの演奏にでも使えそうな木造の舞台がある。

十字路をぜいたくに装飾して造られた広場では、大きな噴水が四方へと水流を散らしながら水しぶきを月夜に煌めかせているところだった。

 

「すごい……まるでおとぎ話の町みたいですね……」

 

スマホのライトによって照らした噴水に見とれながら感動の声をあげると、同行者の少女が不思議そうに首をかしげた。

 

「おとぎ話? 確かに立派な町だと思うけど、べつに珍しいものじゃないでしょう?」

 

ベロニカにとっては、樹の感動の方こそが意外なものだった。

彼女にとってその街並みは、『市街地がある』と言われて連想する光景のそれに過ぎない。

山あいに建っていたはずのメダル女学院が町の真ん中に移設されていたことは謎だったけれど、町そのものに浮世ばなれしたところはない。

 

「えっ……ベロニカさんはこんな町を見慣れてるんですか?」

「ええ。国によって建築様式は違うけど、これぐらいの都市なら何度も見たわ。イツキはもと四大国だったところやソルティコに行ったことはことがないのかしら」

「よんたいこく? それってなんでしょう……?」

「え、嘘? あんた王国の名前を知らないの? 会ったばかりの時のイレブンでもそこまで物知らずじゃなかったわよ?」

 

ベロニカは目を丸くした。

 

「え? えぇ? 私、何かおかしなことを言いましたか? 私が知ってる国って、日本しかないんですけど……」

「二ホン? そんな名前の国、あたしは聞いたことないわ」

「ええっ!? ベロニカさん、日本に住んでないなら、どこから来たんですか? も、もしかしてっ……世界のどこかに、滅んでない国があったんですか!? あの炎の中で、生き延びていたんですか?

日本人らしくない名前だと思ってたけど、まさか、まさか外国が残ってたなんて……」

「待ってよ、イツキはどうしてそんなにうろたえてるの……あーもう全然分からないわ。最初から、事情を聞いた方が良さそうね」

 

ベロニカは樹を歩道脇の木製ベンチへと引っ張って行った。

とにかく知ってることを全部話しなさいと前置きして、アンタがいるのはどういう国なのか、どうしてベロニカが知らない国から来たと聞いて驚愕したのか、もしかしていかずちの杖を知らないのもそのせいだったのかと、ベンチに隣り合って腰掛けながら語らせる。

樹は小動物のようにうろたえながらも、たどたどしく説明を始めた。

 

「……それで、その時に、ウイルスで病気にかからずに済んだのは、日本の四国だけでした。

四国の外は神樹さまが結界を張ったことで隔離されてしまって、人間は生きられない場所になっているから……だから、ベロニカさんから、他の国がぜんぜん滅んでないって言われて、びっくりしたんです」

 

樹が教科書に書かれていたことを引き出しながら喋ると、ベロニカはなるほどと得心いったように頷いた。

 

「分かった。つまりあたしとイツキは、違う『冒険の書』から来たのね」

「ふぇ? ぼーけんのしょ?」

 

『ボーケンノショ』という地名のように聞こえたのか、樹はさっぱり飲み込めない顔をしている。

 

「えっと、あたしも分かりやすく説明できるか不安だけど、なるべく落ち着いて聞いてね」

「は、はいっ!」

「この世には、あんたの暮らしてる国とはぜんぜん別の世界がたくさんあるらしいのよ」

「はい?」

 

ベロニカはベンチから立ち上がり、えっへんと背伸びをして教師のように講義を始めた。

ベロニカたちの住む国は、ロトゼタシアという大地の上にあること。

それは遠い昔に『聖竜』と呼ばれる存在によって創造された世界だが、他の世界はそうとは限らないこと。

ここから先はヨッチ族っていうヒトたちの受け売りなんだけど、と前置きして。

ロトゼタシアの大地からは歩いていけない場所に、いくつもの『違う世界』とでも表現すべき大地があること。

それらの世界には人間の交通手段で行くことはできないけれど、ヨッチという精霊の場合は世界の歴史を『冒険の書』という書物にして残すことで、その書物をのぞき込めば他の世界に行くことができるようにしていたこと。

 

「ふわぁ、なんだかすごい話になってきました。神樹様の話を聞くときみたい」

「あんたの中では、すごくて難しい話はだいたい神樹様がらみの話なのかしら」

「だって、人間の力では行けない世界から人を集めてくるなんて、神様みたいな話じゃないですか……も、もしかしてあの白黒の精霊も、ヨッチさんと同じなんでしょうか?」

「いや、ヨッチ族は悪いヒトたちじゃないし今回のことには無関係だと思うけど……それより、イツキにはあれが精霊に見えたの? あたしには小型の魔物に見えたわよ」

「だ、だって精霊ってああいう風に小さくて無表情で、ふわふわ飛んでるものだとばっかり……わっ、木霊! 精霊の話になったからって出てきちゃだめだってば~」

「な、なに、それ?」

 

光を散らして現れた小さいマンドラみたいな球体を、樹はあわあわ隠そうとしていた。

 

「えっと、この子は……どこから説明したらいいんでしょう……」

「見たところ敵じゃないみたいだけど……もしかしてそれが樹の言う精霊なの?」

「そうなんですけど、この子のことは人に教えたらいけないことになってて……」

 

要領は得ないが、おいそれと無関係な人に説明しにくい事情を抱えているらしい。

とはいえ、何に関係する隠しごとなのか検討はついていた。

 

「もしかして、それはさっき言ってた『神樹様』や『勇者』のお話に関わることなの?」

「ど、どどどどーしてそれを!? 勇者のことはまだ言ってないのに……」

「あたしの支給品に変な本が入ってたのよ。最初に見たときは何のことか分からなかったけど、何回も『神樹』や『勇者』って言葉が出てきたわ」

 

ディパックから紐綴じの冊子を取り出す。

装丁は古代図書館の書物のようなずっしりした皮張りではなく薄い色紙が使われていて、イツキの国の風習かもしれないがずいぶん脆そうな形をした本だなぁと思った。

書題には『勇者御記』とある。

 

「神世紀298年って書いてあったわ。いつの時代かは知らないけど、紙も黄ばんでないし昔の記録じゃないわね」

「これ……園子さんの家で蔵書整理を手伝った時に、似たような本を見たことがあります。

二年前ってことは……もしかして、園子さんが大橋で戦ってた時の記録なのかも」

「ソノコさん?」

「えっと、学校の先輩です。わ、この御記も、あっちこっち黒塗りされてますね」

「そうなのよ、おかげでどういう話なのかいまいち分からなくて」

 

隠し立てすることはないと分かってもらうために、ベロニカは自分たちの話もすることにした。

本来ならこっちも大っぴらに話すようなことではないのだけど、今は普通の状況ではない。

 

「でもこの本、あたしたちの『冒険の書の世界』と似ているところもあったわ。

あたしたちの冒険も、『神様の樹』と『勇者』に関わることだったのよ」

「ベロニカさん、も?」

 

腰に両手をあてて胸を張る。

親にもらった名前ではなく、生まれた時から決まっていた肩書きを名乗る。

 

「あたしとセーニャは『勇者の導き手』なのよ」

 

神語りの里で育ったベロニカにとって、世界の成り立ちと勇者が何なのかを説くことは慣れたものだった。

あとはそこに、ベロニカが旅の中で知ったことと、仲間のことをまとめるだけでよかった。

 

ロトゼタシアの中心には、世界が生まれた時から『命の大樹』がある。

それは、世界を創った竜の神が残していったとされる巨大な神木だった。

 

はじめに、光ありき。

もともと闇に覆われ、命あるものが住める土地ではなかった世界に、光のある空と恵みのある大地をもたらし、命が循環できる場所に生まれ変わらせたのが命の大樹だった。

大樹の枝には巨大な力をもつ魂が包まれ、世界が闇に侵攻されることを防いでいる。

大樹の根は世界じゅうに余すところなく張りめぐらされ、地上で起こる全ての出来事を見守っている。

大樹の葉には世界すべての命が宿っていて、葉が一枚芽吹いた時にどこかで命がひとつ誕生し、逆に葉が枯れ散るときは、どこかで命が失われている。

もしも大樹の魂が完全に死滅してしまうことがあれば、それは世界じゅうの命が死ぬことを意味する。

命の大樹がある限り、生命は循環し、魂は輪廻転生して、ロトゼタシアの平和は保たれる。

そして命の大樹の申し子『勇者』がいる限り、大樹の輝きは守られる。

 

大昔に世界の外から邪神が侵攻してきた時、命の大樹は世界を守るために戦う勇者という存在を選び出し、大樹に愛された証である聖なる力と、勇者を示す紋章となるアザを持たせてこの世に遣わした。

初代の勇者は邪神を討伐した後にどこへともなく姿を消し、星になったと言われている。

だが、その伝承は長い年月の間に歪曲されていたもの。

勇者は星になったのではなく、邪神と戦った後に犠牲になっていた。

邪神は滅ぼされたのではなく、一時の封印をされていたに過ぎなかった。

今の時代になって邪神は復活を果たすだけの力を蓄え、黒い太陽のような自らの領域とともにロトゼタシアの地に再侵攻をしかける。

しかし、命の大樹もまた新たな『勇者』となる子どもを世に送り出していた。

先代勇者の生まれ変わりを思わせる瞳の光と勇敢な心を持ち、他の人間では拒絶されてしまう大樹の結界に受け入れられるほど神木に愛された若者。

そして初代勇者を支援していたラムダの一族もまた、強い魔法力を持ったベロニカとセーニャの双子を勇者の導き手として抜擢し、何があっても勇者を守るという使命を背負わせた。

他にも命の大樹の力を狙っていた『ウルノーガ』という魔導士と暗闘をする中で仲間になった者、邪神退治を志願した者、巡り合わせに導かれた者など、勇者に力を貸したい仲間が集まり、ともに過去の歴史を解明しながら力をつけるための旅は続いていた。

だからベロニカが見てきたのは、一人の勇者と七人の仲間たちの物語。

勇者の名前を、イレブンという。

 

「ベロニカさんたちの勇者さんは、男の人なんですね」

 

すごい話だと感嘆しながら聞いていた樹は、ベロニカの話が終わるとそう言った。

 

「え、注目するところはそこなの?」

 

ずれた感想だったことに気付き、樹は慌てて付け足した。

 

「その……たしかに物語に出てくる勇者は男の人が多いですけど、私達のやってた『勇者』は、未成年の女の子しかなれないものだったんです」

「イツキが、勇者?」

 

ベロニカはまじまじと樹に視線を注いだ。

 

「あ、はい。ベロニカさん達と違って、まだ悪い神様と直接戦おうって話にはなってませんけど、いちおう、神樹さまを守る勇者、やってました」

「意外だわ……この御記の関係者だとは思ってたけど、まさか勇者本人だったなんて」

 

樹は『がびーん』という擬音でも似合いそうな涙目になった。

 

「ら、らしくない自覚はありましたけど、そんなに意外そうにしなくても~」

「だって勇者とか戦士っていうより、補助魔法の使い手みたいな恰好なんだもの……言われてみれば確かに、精霊の加護かもしれないけど神々しい気は感じるわね」

 

緑色の勇者装束を上から下まで眺めて、納得したように頷く。

勇者探しの旅立ちのときに『瞳にあたたかな光を宿している人を探しなさい』と言われていたこともあり、その人を見れば何らかの『力』が宿っていることを察する目はあった。

 

「えっと、お姉ちゃんや他の先輩たちは、もっと戦士っぽい恰好なんです。剣も持ってるし」

「他の先輩たち? 四国の勇者って、一人だけじゃないの?」

「私たちの世界では、生まれつき決まってるんじゃなくて、神樹様が適性のある人を指名されるそうなんです。

 私のときは、勇者部のみんなが全員『あたり』だったって言われました」

「勇者部ってなぁに? 勇者に選ばれる前から『勇者』を名乗っていたの?」

「あっ、勇者部っていうのは、戦う方の勇者じゃなくて、学校でやってる部活動の名前なんです。前から戦ってたわけじゃなくて、人の助けになることを勇んでやるから勇者部で……」

「ちょっと待って、学校は分かるんだけど、『ブカツドウ』って何なの?」

「えっ、そこから説明が必要なんですか?」

 

樹はややこしくしないよう苦心しながら、自分たちはベロニカと違って冒険の旅はせずに学校に通っていること、お役目としての勇者と、学校の課外活動としての『勇者部』は違うこと、そして勇者部の全員が勇者になったのはもともと適性のある人をチームにまとめておこうという裏があったこと、を説明した。

集められた理由はお役目のためだったとしても、勇者部として活動することはとても楽しいということも忘れずに。

 

「幼稚園の……あ、幼稚園って分かりますか? とにかく、小さな子どもたちに見せる演劇とか、迷いネコ探しとか、古着や古道具を再利用して配ったりとかも、やってます。

あとは、皆の得意なことで助っ人を依頼されたら、休みの日に駆け付けたりもしてるんです」

「なるほどね。つまりクエストを受注することを専門にした同好会なのね」

「くえすと?」

「旅のついでに頼まれる依頼のことよ。イレブンもしょっちゅう別の町へのお使いやら道具の補修やらを引き受けていたわ」

「へぇ……なんだか親近感がわく勇者さんですね。でも、勇者じゃない人たちも一緒に神様と戦えるなんて、なんだかすごいです」

「そりゃあ、大樹の勇者はその時代に一人しかいないものね。でも、あたしたち姉妹も命の大樹のご神託で選ばれたのよ。

勇者さまとあたしたちが命の大樹を目指す夢のお告げがあったから、勇者さまをそこまで導きなさいって」

 

樹はふんふんと頷きながら物語に聞き入っていた。

 

「ご神託をくだすなんて、やっぱり神樹様のお話に似てますね。

私たちのところでは、勇者の武器でないと、バーテックス……敵に、攻撃が通じないんです。

だから勇者は何人もいましたけど、神樹様に選ばれてない普通の人に戦ってもらうことはできませんでした」

「それは……切ないわね。もちろん同じ勇者仲間がいるのはありがたいことだけど、未成年だけで戦わなきゃいけない上に、勇者の力になりたい人がいたとしても、何もできないなんて」

「……はい。正直、なんで私達なんだろうって思ったことはありました。

でも、今ベロニカさんが言ったように、勇者の力になりたい人だっていたのかもって考えたことはなかったです。

私達が諦めたら世界がなくなるって、私たちの役目だって、いつもそればっかりだったから」

「そこは、あたし達の仲間が歳から身分までバラエティーに富みすぎてるせいかもしれないけどね。

でも、そうね。安全なところで邪神退治が終わるのを待ってても文句言われない立場なのに、付いてきてくれてる人たちもいる。そこは感謝してるわ」

「それ、素敵だと思います。私達は勇者部の仲間がいたから辛いコトを吐き出せましたけど、勇者同士じゃなくたって、本当の仲間になれるんですよね」

 

はずんだ声で称賛すると、ベロニカは恥ずかしがるように目をそらして「なんだか真面目な話になっちゃったわね」と言った。

 

「でもイツキだって、お友達や家族の人がちゃんと心配されてるはずよ……って、お姉さんも勇者だったのよね。失言だったわ」

「あ、謝ることなんかないですよ。ただ、『勇者』のことは同級生の友達にも秘密にしてたし、お役目に関する連絡はけっこう一方的だったから、勇者でない人とお役目の話をしたこと、初めてかもしれないです」

「それ……なんだかお役目を連絡する組織の人がきな臭くない?」

「で、でも私達の戦いはちゃんと終わりましたから!

最後に東郷先輩が天の神を怒らせたとかで事件になりましたけど、それもちゃんと解決して次の代に任せられることになったから、もう大丈夫なんです」

 

両手を握ってぶんぶんと振りながら、そう力説した。

悪い神の討伐までは叶わなかったが、平和は守られた。

彼女たちの冒険がハッピーエンドで終わったらしいことに、ベロニカはまず良かったと思った。

そして、努めて明るい口調で話題を変える。

 

「でも、イツキたちって勇者に選ばれるまでは戦ったことなんか無かったんでしょう?

いくら勇者の力をもらったからって、そんなドラキーにも苦戦しそうな経験値の無さでよく邪神の手先なんかと戦えたわね」

「えっと、このスマートフォンのアプリを使ってるんです。神樹様の力で変身して、それがこの格好なんですけど――」

 

身体能力から技から装備品までをすべてスマホの中の『勇者システム』で賄っているという樹の説明に、ベロニカは「違うところも多いのね……」とため息を吐いた。

ちなみに、これまでスマホで名簿や首輪の条件を確認してきた時も、すべて樹が代わりに操作してくれている。

 

「そうよ。殺し合いに怒ってるせいで言いそびれてたけど、イツキがそんな難解そうなアイテムを使いこなしてるのも不思議だったんだわ。

イツキの国にはよくある道具だったら納得ね」

「はい、アプリはなくても、スマホだけなら日本の人はみんな使えると思います。

……って、私、そんなに不器用そうに見えますか!?」

「いや……あたしの妹もぽやぽやしたとこがあるから、つい重ねて考えちゃってね。

あの子ならこういうよく分からないものに手をつけられるかどうかも怪しいから」

「ベロニカさんだって、扱えていないような」

「あ、あたしは覚えるのが早いから、そのうち大丈夫になるわよ!

でも、皆はちゃんと使えるかしら……マルティナさんとグレイグ将軍は、きっと無理でしょうね。あの人たちはよくも悪くもお堅いっていうか、型にはまらないものを扱うのが苦手そうだわ。

シルビアさんやカミュは……ちょっとシャクだけどあたしより器用だし、色々いじくってコツさえつかんじゃえば案外いけるかもね。

イレブンは、読めないわ。どっちかって言うとセーニャ寄りなんだけど、同じぼんやりでも考えてることが読めないタイプのぼんやりだし、海底王国の時も真っ先に順応していたから、もしかして……ロウのおじいちゃんは、なんで一人だけここにいないのかしら」

 

樹に写し出してもらった名簿を見つめながら、ベロニカは難しい顔をしていた。

しかし、やがて「あら」と間の抜けたような声を出した。

 

「この参加者名簿、だったかしら。これって、最後に『三ノ輪銀』という名前があるわよね?」

「え? その名前がどうかしたんですか?」

「さっき私、勇者御記をパラパラ読んだじゃない? そこに出てきた名前だったのよ」

 

そう言って、ベンチにかけ直すと膝の上に御記を置いてページをめくる。

 

「ほら、三人の勇者がいたみたいに書いてあるでしょ。

一人はさっき言ってた『ソノコさん』で、もう一人は『わっしー』って呼ばれてる子で、最後の一人がここ」

 

5月15日

 

――はじめて三ノ輪銀を見た時、私は少し苦手意識を持ってしまった。

 

指さした先の記録は、そんな風に始まっていた。

 

「イツキの国では、ありふれた名前なの?」

「どっちかというと、珍しい名前じゃないかと思います」

「ということは、御記に書かれているギンという勇者と、この名簿のミノワ・ギンは同じ人かもしれない。

だとしたらイツキから聞いた知り合い以外にも、もう一人勇者がここにいることにならないかしら?」

「言われてみれば、そうですよね……」

 

言葉は肯定的だったが、樹の表情は浮かないものだった。

屋根の上から張り出されたロープの上を、歩いて渡りなさいと言われた時のように不安げな顔だ。

 

「どうしたのよ。私、そんなにおかしなことを言った?」

「えっと、実は、二年前に勇者やってた人のうち二人は、今も勇者部にいる人なんです。

ここには呼ばれてなかったり、名前が変わったりしてますけど。

でもお二人から、もう一人勇者がいたという話を今まで聞いたことがなかったから、どうしてなんだろうと思って。

あ、でも夏凜先輩の勇者アプリは、二年前の勇者が使ってたものだって聞いたことはあります」

「つまり、他の2人は未だに現役なのに、ギンという子だけ勇者の生活からは離れてるってことになるのね」

 

ベロニカの表情が、そこで固まった。

せわしなく御記のページをめくり、いろいろな箇所を読み比べる。

 

「この本、ひょっとして宝箱だと思ったら魔物だったぐらいタチの悪いモノかもしれないわ……」

「え? 宝箱が魔物に?」

「イツキ、まず落ち着いてから私が指さしたところを読んでね」

 

さきほど三ノ輪銀の名前を見せたページをまた差し出し、違う部分を示した。

 

――だけど触れ合ってみると彼女はとてもいい娘で。

――それが■いして、■■してしまうとは……。

 

「黒塗りのせいで、これだけじゃ何が起こったのか分からないでしょ?」

「はい」

 

そうして、先の日付へとページを勧める。

その、二か月後の記録へと。

 

7月10日

 

――私達3人は、ずっと友達。

――今だって。

――近くに感じている。

 

「近くに感じている、って書き方。なんだか、実際には会えなくなったみたいじゃない?」

「かも、しれません」

 

そして。

 

7月12日。

 

――私たちは、友の犠牲と引き換えに■■の■を手に入れた。

 

ベロニカが指さした先にあるその文に、樹は呼吸を止めた。

 

「犠牲って……」

「勇者が犠牲になったとは書いてないけど……二日前に三人は友達だって書いてるんだから、その三人の中の誰か、じゃないかしら」

 

三ノ輪銀は戦死した勇者であり、だからこそ同期の勇者二人も話題に出さなかった。

ベロニカはそう言葉にしなかったが、明らかにそのことを示唆したいようだった。

下手な言葉は失言にしかならないと悟っているのか、じっと沈黙する。

 

「で、でもおかしいですよ!」

 

樹は両手を胸の前あたりでぎゅっと祈るように組ませて、反論した。

 

「だとしたら、死んだはずの人が生き返って、ここにいることになっちゃいます。

それに、犠牲になったとは書いてあるけど、亡くなったとは書いてません。

怪我をして遠くに静養しに行ったのかもしれないし……命まで失ったとは限らないですよ」

 

あまり論戦には慣れていないのか、言い終えてからしばらくすぅはぁと呼吸を整えていた。

だから、と結論づける。

 

「それに、たまたま同性同名の人がいるのかもしれないですよ。

名簿に書かれてる順番だって、勇者部は一か所に五人まとめて書いてあるけど、三ノ輪さんはそこから二人ぐらい挟んだ後に書いてあるじゃないですか」

 

樹はそれで説明がつくと思っていたが、ベロニカはまだ考えこむように腕を組んでいた。

 

「ミノワ・ギンという子のことだけならそうかもしれないわ。

でも、あたしが知っている中でも死んでいるはずの人が名簿にいるのよ」

 

樹にスマートフォンをスクロールしてもらい、自分たちの名前が書かれている箇所を大写しにしてもらう。

 

「この『ホメロス』が、ウルノーガに始末されるところをあたしたち全員が見たわ」

「その人も、ベロニカさんたちの仲間だった人なんですか?」

 

勇者の敵であるウルノーガに殺されたと言われたのだから、樹がそう尋ねたのも無理はない。

しかし、ホメロスに関してはその逆である。

 

「ううん、こいつは敵よ。それも、人間全体の裏切者になるかもしれないところだったの」

 

ベロニカは大樹の前で起こったことを思い返しながら、かいつまんで話した。

ホメロスは正義を標榜する大国デルカダールの重臣でありながら、魔族と内通しており勇者を暗殺する機会をうかがっていた事。

勇者の故郷であるイシの村を焼き払ったり、魔族との内通に感づかれた子どもに口封じの呪いをかけたりと狡猾なことをしていること。

一行が命の大樹と対面したその隙をついて、奇襲を仕掛けてきたこと。

勇者がいつの間にか闇を払う力を身に着けていたおかげで事もなく撃退できたが、もし奇襲が成功していれば全滅もあり得たこと。

のみならず魔族の侵入を許してしまった大樹が傷つけられて葉を散らし、世界中の人がおおぜい犠牲になっていたかもしれないこと。

主君であるデルカダール王にも、幼少からの親友であるグレイグ将軍にも、その裏切りの理由ははかり知れなかったこと。

 

「だからね、ホメロスはできればここにいて欲しくない相手なのよ。

生かしてはおけないとまでは言わないけど、きっと殺し合いをするつもりでいるはずだわ」

「で、でも、そのホメロスさんが人間を裏切った理由は分かっていないんですよね。

もしかしたら、仕方ない理由があったんじゃないですか? 例えば……邪神の手先さんが、倒しても倒しても蘇ってくるようなどうしようもない相手で絶望したとか。

それか、ウルノーガさんに逆らったらその親友さんが大変なことになるはずだったとか」

「なんだか、例えが具体的すぎない? 何かあなた達に似たような事でもあったの?」

「えっと、事情を話すと長くなってしまうんですが……ただ、理由も分からないのに人間に危害をくわえるようなことは、できればやりたくないなぁと思って」

 

勇者部の犬吠埼樹としては、バーテックスでもなければ、精霊と勇者装束によって負傷から守られる存在でもない、ただの人間を傷つけたくはない。

その相手が、もとは悪い人ではなかったのに、なぜか仲間を裏切ったというような人であればなおさら抵抗がある。

東郷先輩だって、一度はバーテックスを招き入れる側に回って神樹様を殺そうとした。

一番の親友だった友奈さんまでも、そして勇者部の全員を巻き込んで世界ごと消してしまおうとした。

けれど、それは東郷先輩が悪人だったからではない。勇者部の皆を思うあまりに追い詰められて、理由があってやったことだ。

きちんと親友同士で話し合って本音をぶつければ和解できたし、何より世界だって滅ばなかったのだから償いようはいくらでもあると皆で結論を出した。

ホメロスという人物も、話を聞く限りでは人が死ぬレベルで取返しのつかないことはしていない。

 

「あたしだって、まだ戻ってこれるかもしれない人間を討つのは後味が悪いと思うわ。

ただ、向こうは殺すつもりで来るんだから、反撃をする心構えぐらいはしておかないと。いざという時に仲間を守れないわよ」

「そうですよね……できれば傷つけるより拘束とかにしたいんですけど。

でも、それならやっぱり『生き返ってるかもしれない』って思った方がいいんでしょうか」

 

三ノ輪銀の名前だけならばともかく、死んだ疑惑のある人物が少なくとも二人いるとなれば、『たまたま同名なだけの別人です』と考えるのはいささか苦しい。

 

「まだ、決まったわけじゃないけどね。もしかしたら、ホメロスの名前を語る魔物が化けてここにいるのかもしれないわ。

氷の魔女みたいに変化ができる魔族もいるし、騙っている名前で名簿に書かれていたっておかしくないもの」

 

シャール女王に化けていた氷の魔女がそうだったように、変身して別の人間として振る舞える者もいることをベロニカは知っている。

もしもベロニカが『失われた時の化身』に関する書物を読んでいればまた違ったかもしれないが、死者が生き返っていると考えるよりも別人が擬態している可能性こそ有り得そうに思えた。

 

「でも、会わないうちからあれこれ考えても仕方ないわね。

ずいぶん話し込んじゃったし、そろそろ出発しましょう?

もしギンさんやホメロスに会ったような人がいれば、話を聞いておくわよ」

「はいっ! ……あれ、そういえば私達、どこを目指してるんですか?」

 

樹はこれまでベロニカに言われるまま一緒にいただけで、どこに向かうのかは聞いていなかった。

だが、出てきたばかりのメダル女学院はベロニカの知っている場所で、導きの教会やホムラの里という場所にも行ったことがあるらしい。そしてこれらの施設はどれもここから北や北西の方角にある。

ふつう仲間とはぐれてしまえば、そういう知っている場所に行けば合流できると考えるものではないだろうか。

ベロニカは、何故かそういった場所から離れるように動いている。

それに、まさか殺し合いをしろと言われた非常事態に、南方のゲームセンターや遊園地に寄ってみようとするような人はいないだろう。

考えてみれば、ベロニカが北上ではなく南下をする理由は薄いように思えた。

 

「当面の到達地点はここよ。ユグドミレニア城」

 

樹が地図を見せると、ベロニカはH-6という南の端にあるポイントを告げた。

 

「でも、一度ここに行っちゃうと、その後に導きの教会とかに行くのが大変になっちゃいませんか?」

「たしかに、セーニャと合流することだけ考えたら北に行った方がいいかもしれないわ。でもね、あたしたちはその『後』のことも考えなきゃいけないでしょ?」

「合流した、後ですか?」

「そう、あたしたちの使命は、命に代えても勇者を守ること」

「い、命に代えてもだなんて、良くないと思います! 犠牲が前提なんて、勇者のやり方らしくないです」

「前提にするつもりはないけどね。でも、それだけじゃなくて、イツキ達もあたし達も、最終的には優勝以外の方法でここを脱出しなきゃいけない。でしょう?」

「はい。脱出の為に、南に行った方がいいんですか?」

「脱出するなら、殺し合うつもりがない人たちをまとめて、集団づくりとか情報集めとかは必要になってくるじゃない?

イレブンたちだって、あたしみたいに他の『冒険の書』から来た人と会ってるかもしれないし、あたしたちが個人でやみくもに探すより、集団を作って言づてを頼むやり方で網を張った方がずっと賢いはずよ。

それなら、長くて三日間の間に、色んな人が出たり入ったりする安全な場所……拠点はどうしたって必要になるわ」

 

旅慣れない樹にあれこれと教えるのが満更でもないのか、ベロニカは少し得意そうだった。

 

「その拠点が、このお城なんですか?」

「そうよ。『お城』っていうのはね、まつりごとをするための場所だけじゃなくて、要塞でもあるの。

たいてい敵が侵攻してきた時の基地としても使えるように作られてるものなのよ。

外を見張ったり非戦闘員を逃がしたりできる構造になってたり、怪我の治療をしたり寝泊まりができる場所があったり」

「あ、確かに東郷先輩も歴史の話をするときにそんなこと言ってました!」

「立て籠もるなら『ホムラの里』でも良かったんだけど、ここだと山のてっぺんにあるでしょう?

だから旅慣れてない非戦闘員も集めるには向かないと思うのよね」

 

なるほど、その点ユグドミレニア城なら灰色に区分けされたエリア――市街地からさほど離れていない。

ある程度往来のしやすい立地にあることが期待できるだろう。

世界を救う旅をしていた一員というだけあって、確かに全体のことをよく考えていると樹は敬意を抱いた。

 

「それに、同じ島に『図書館』なんて、いかにも情報のありそうな建物があるのだって見逃せないわ。

図書館の近くから出発した参加者がいて、もし東の方向に向かっていたら合流も期待できるでしょ?」

「なるほどです! じゃあ、できるだけたくさんの人と会えるようにして…………あ」

「どうしたの?」

「自己紹介の時は、やっぱり勇者だって名乗らなきゃ、駄目ですか?」

 

会話を続けながら、二人はスマホをしまって、歩みを再開する。

「ほかの人に、こんな話を信じてもらえるのかな……」と樹は暗い目をしながら、石畳につまづきそうになって慌てた。

ベロニカはため息をつくと、「イツキ、見てなさい」と人差し指をたて、魔法で小さな火球を出現させてみせた。

深夜の街並みが少しだけ明るくなり、樹はすごいと目を輝かせる。

 

「あんた、あたしの事情とか、こういう魔法を使えるって知らなかったら、あたしを戦わせようとする?」

「そんな! ベロニカさんみたいに小さな子を戦わせようなんて、とても思えないです…………あ、そっか、そういうことなんですね」

「そういうこと。アタシもよく経験したけど、ちゃんと自分の正体を教えてあげなきゃ、誰も子どもを前線に出そうなんて思わないわよ。

仲間が危ないからって戦わせてもらえるわけがないわ」

「そうですね。樹海じゃないってだけで、今は非常時なんですよね」

 

樹はそばで浮かんでいる木霊と一緒に、うん、うんと頷きあった。

 

もっとも、この会場には『勇者です』とか『勇者の導き手です』『人類全体の希望です』なんて名乗ってしまえば、悪い意味で放っておかない人間がいるなんて、彼女たちは想像だにしていない。

 

「それにしても、こんな風にスマホの灯りじゃなくて炎で照らされた街なんてロマンチックですね。

私、もみの木祭り――じゃなかった、帰った後のクリスマスが楽しみになってきました」

「もみの木祭り? イツキの国では、お祭りをやる前だったの?」

「はい。私、じつは町のイベントで、コーラス隊の一員で歌うことになってるんです」

「へー、それはすごいじゃない。シルビアさんがいたら、きっとウキウキしてイツキの歌を聞きたがるわよ」

「聞きたがるだなんて、なんだか恥ずかしいですよー」

「これから人前で歌うのに何言ってるのよ……そういえばあたしの妹も歌うのが得意でね。

歌うのがメインじゃなくて、竪琴を弾くのに合わせて歌っていたんだけど。

よくキャンプをしながら皆でセーニャの歌を聴いていたわ」

「わぁ、キャンプの夜に楽器を弾いて歌うなんて楽しそう……わたしも妹さんの竪琴、聴いてみたいです」

「それなら、あたしの妹が気に入ってる曲があるのよ。あの子、自分の竪琴に歌い手がつくと喜ぶかもしれないから、歌ってもらおうかしら」

「えっ! わたしもその歌、覚えてみたいです! 歌わせてください」

「でもね、今はダメよ。怪しい奴が聞きつけるかもしれないんだから」

「えー……」

「もうっ! 歌うならひそひそ声か、音の響かない屋内とかにしなさいよね。

こんな歌よ――のちの世も、ひとつの葉に生まれよと――」

 

少女二人の会話は、真面目なものからだんだんと明るい話にくだけていった。

 

 

【D-8/メダル女学園より南/一日目 深夜】

 

【犬吠埼樹@結城友奈は勇者である】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ(支給品として勇者アプリがインストール済み)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[装備]:勇者装束、木霊(消えたり現れたり)

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:ベロニカさんと一緒にユグドミレニア城に向かう

2:まずはお姉ちゃんとセーニャさんを探そう。

3:皆さん……大丈夫、ですよね。

[備考]

参戦時期は勇者の章3話、風の入院より以前です

 

【ベロニカ@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:健康

[道具]:基本支給品一式、スマホ、乃木園子の勇者御記@鷲尾須美は勇者である、不明支給品1つ(本人確認済み)、ベロニカの普段着

[装備]:メダ女の制服@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、いかずちの杖@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて

[状態・思考]

基本行動方針:この殺し合いを止める

1:『勇者』の導き手なんだし、この子の面倒をみてあげないとね。

2:まずはセーニャと風さんを探しましょう。拠点づくりもかねて南下するわ

3:ホメロスには要注意ね。三ノ輪銀さんといい、本当に当人が生きているのかどうかが気になるわ。

[備考]

・参戦時期は過ぎ去りし時を求めた後です。

・スマホに書かれた『旅の仲間』の定義は、ホメロスをのぞくドラゴンクエストXIの参加者たちです。



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君臨する夜/東郷美森、三宮・ルイーズ・優衣、イケP、赤のアーチャー、アーナス、アルーシェ・アナトミア、忍頂寺一政(反骨)

 

 

 

スコープ越しで覗き込んだ其所は、無慈悲な戦場だった。

 

“夜”が振るう一太刀で地は裂け、暴風が吹き荒れる。市街地に建ち並ぶ家屋はその風圧に脅かされ、窓ガラスは派手な音を立てて粉砕される。災害をもたらす”夜”の前に、天より授かりし大地も人の叡智が産みだした建造物もただただ虚しく破壊される。

“夜”の視界に映るは翠緑の狩人――流星の如き速度で戦場を駆け回り、“夜”の斬撃を回避する。反撃に転じ、神速の矢を連続して放つが、伸縮自在の剣がその悉くを薙ぎ落とす。軌道を曲げられた弓矢は、派手な爆発音とともにアスファルトの地面に破壊の痕跡を残す。

 

 スコープの照準を左へずらし、災厄に背を向け四人の男女が駆けているのを視認しーー『勇者』は小さな溜息を漏らす。

 

「『勇者部』の皆や『悪魔の子』の手掛かりを探していたら、とんでもない場に出くわしてしまったようね」

 

盤上の登場人物は六人。

 

――記憶を失い荒れ狂う夜の支配者。

――新月の運命に翻弄される人工半妖。

――秘めた欲望を血の奥に抱える異常殺人者。

――他人の感情を理解できない天才少女。

――理想郷に魅入られたイケメン楽士。

――全ての子供の幸福を願う英霊

 

 六人の思惑と信念が交差する箱庭を傍観せし『勇者』――東郷美森は果たして何を思うのだろうか。

 

 

 

時は遡る。

此処はF-4エリア。このエリアは、北東と北西それぞれに屈強な鉄橋が架けられ、別の島への移動を中継する。海面からは乾いた風が吹き、潮の香りを夜の市街地に運び込む。所々に設置されている街灯が夜の街の色彩を保っている。

 

そんな舗装された路地を並んで歩く人影が二つ。アルーシェと忍頂寺は歓談をしながら、エリア北西に位置する橋に向かっていた。当面の目的は知り合いとの合流と定め、アルーシェの仲間が集まるであろうホテル・エテルナを目指しているのだ。

 

ちなみに、参加者名簿には忍頂寺の知っている名前も記載されていた。一条要、蓬茨苺恋、ノーリ、伊純白秋、蓼宮カーシャ、絢雷雷神の6人であるが、忍頂寺曰く、顔と名前を知っている程度であり、この殺し合いの場において信用に足る人物であるかどうかは判断できないため、アルーシェの仲間達との合流を優先させている。

 

 目的地への道中、二人の会話は弾む。赤髪の騎士アルーシェは人工の半妖であり、教皇庁に所属するエージェントという大層な肩書きを持ってはいるが、根本は食べることが大好きな女の子である。プロの料理人である忍頂寺への興味は尽きず、あれやこれやと食べ物の話題を振る。

 

食事の話題となると、忍頂寺も職業柄、無碍にすることは出来ない。食材の選び方、料理の盛り付け、ケーキの焼き方、果てはドレッシングの作成方法に至るまでーー己が磨いた知識を大いに熱弁する。そんな忍頂寺の薀蓄をアルーシェは熱心に聞き入っていた。

先程振舞われた美味しいご馳走のこともあり、アルーシェはすっかり料理人――忍頂寺一政に対し尊敬の念を抱くようになり、その虜となっていた。但し、忍頂寺に何気なく尋ねられた「妖魔や邪妖って食べられるのかい?」という質問に関しては若干引いたが…。それも料理人の熱意として致し方ないものだ、と納得している。

 

「なるほどね。至高のチョコレートかぁ」

「はい! エレノアが作るチョコレートは最高なんですよ! 何ていうか……食べると世界が変わるというか。 とにかくすっごく美味しいんですよ!」

「アルーシェ君にそこまで言わせるとはね。是非僕もご賞味させていただきたいところだね」

 

やがて話題はこれまでに食べた美味しい料理へと移り変わり、アルーシェはオッドアイの瞳をキラキラと輝かせながら、仲間であり、パティシエでもあるエレノアが作るチョコレートの素晴らしさを力説した。忍頂寺も楽しそうにアルーシェの言葉に耳を傾けていた。

 

「ちなみに、忍頂寺さんが今まで食べた料理で忘れられないほど美味しかったものって何ですか?」

「忘れられない料理かぁ……そうだね、僕が10代のころに家政婦さんが振舞ってくれたものかな。 あれは本当に忘れられない味だったよ」

 

「へぇ、どんな料理だったんですか?」

「――スープと肉だね。あの時は外がとても冷えていてね。 何てことはない、どこにでもある素材で作られたものであったけど、それを口にしたときに彼女の温かさと優しさが僕に入り込んできてさ……生まれ変わったような気分を味わったんだよ」

「真心を込めて作られた料理ってやつですね! うわぁ気になるなぁ」

「ああ、決して忘れられない……間違いなく人生の中で最も幸せな瞬間だったよ。

いつまでもこの幸福な時間が続いて欲しいと心の底から、願ったものだよ。

あの時から、僕は“それ”の虜になってしまったんだよ」

 

忍頂寺がうっとりとした表情を浮かべ回想をしていると、アルーシェはプロの料理人が太鼓判を押す肉料理とスープとは一体どんなものか想像を膨らませる。脳内で様々な料理のシルエットが投影され、それに影響されてかお腹の虫がぐうぐうと音を立てた。

 

「おやおや」

「あっ、えーっと……あははは。さっきご馳走になったばかりなのに、美味しそうな話をしていたから、つい……」

 

男勝りな性格をしているとは言え、アルーシェも年頃の女の子である。顔を赤らめ、恥ずかしそうにお腹を抑え込む。そんな乙女の恥じらいを見て、忍頂寺は口許を綻ばせる。

 

「もし良ければ、アルーシェ君も食べてみるかい? 運が良ければ、此処でも食材が手に入るかもしれないし。 僕としてもアルーシェ君にもあの感度を味わってもらいたいな」

「本当ですか、やったー! 楽しみだなぁ……。 ところで、食材って具体的には何になるんですか?」

「ふふふ……それは秘密。でも、きっとアルーシェ君も気に入ってくれると思うよ」

 

 事実、ショッピングモール内のレストランにも食材があったことだし、他の施設も探索すれば、忍頂寺が推す料理の食材が手に入るかもしれない。そういえば、自分たちが向かっているホテル・エテルナにも厨房はあったはずーー食材の詳細は伏せられてはいるが、あわよくばホテルでご馳走にありつけるかもしれない、と意気揚々とアルーシェは足を早めるが、首輪索敵レーダーをチラリと見た忍頂寺が待ったを掛けた。

 

「――忍頂寺さん?」

「どうやらお客様がいらっしゃるようだよ、アルーシェ君」

 

 忍頂寺がアルーシェに見せた首輪索敵レーダー上には、三つの光点があった。その内の二つが忍頂寺とアルーシェを示している。そしてもう一つの光点、第三者の存在を主張する光はゆっくりとアルーシェ達に接近していることが分かる。アルーシェは息を呑み、レーダーが示す北西の方角を見据える。先程までの和やかな雰囲気とは打って変わり、緊張した空気が両者の間に漂う。

 

「どうする?」

「――接触しましょう。 私が探している仲間の可能性もあります。 ただ、もしもの事もあるので、忍頂寺さんは私の背後にいてください」

 

アルーシェからの提案に忍頂寺は頷く。戦闘慣れしているアルーシェと違い、忍頂寺はただの一般人である。なので先頭はアルーシェが務め、相手が襲い掛かってくるものであるならば、忍頂寺の盾となる。

 

 接近する何者かへと歩みだして、数分後――二人は朧げな足取りで接近する銀髪の女性の姿を視界に捉えた。

 

 

 

 

『アーナス』

 

声が聞こえる。

アーナス……私の名前だろうか。

分からない。

 

『アーナス』

 

 では『私』を呼ぶお前は何者だ?

 分からない。

 

『アーナス』

 

 でも、この声を聞いて悪い気分はしない。

 この声は、いいや、この声の主はきっと私の大切な……

 だけど、思い出せない。

 それがどうしようもなく、もどかしい。

 

「アーナスさん!」

 

この声は……違う。

 

ふと我に返ると、目の前には二人の男女がいた。成程、金髪の男を庇うように立っている赤髪の少女が声の主のようだ。しかも、どうやらこいつは私の事を知っているようだ。

 

しかし、何だこの感覚は。

疼きが止まらない。

疼く。疼く。身体が疼く。血が疼く。

ああ、そうか。そうだったのか……。

こいつは身体の中に私の血を宿しているのか。

取り返せねば……私の血を……私の大切なものを。

 

 

 

 

 

闇の奥より二人の前に姿を現したのは、アルーシェがよく知る人物であった。長い銀髪を靡かせ、深蒼の装束を身に纏ったその女性の名前はーーアーナス。

 

かつて教皇庁の聖騎士として、「夜の君」を討ち滅ぼした伝説の半妖であり、その後クリストフォロスを初めとする妖魔達を統べる長として、自らも「夜の君」となり世界に君臨した存在――それがアーナスである。しかし、妖魔『月の女王』マルヴァジーアとの抗争でその絶対的支配は揺らぐ。『月の女王』の狡猾な罠により記憶を失い、暴走状態となったアーナスはクリストフォロス達の前から姿を消すこととなった。そして時が過ぎ、夜の支配者となった『月の女王』打倒を掲げるアルーシェの前に現れ、紆余曲折を経て記憶を取り戻すことに成功する。記憶を取り戻したアーナスは人類根絶を企てる『月の女王』を止めるためアルーシェ達の仲間となった。

 

以上が、アルーシェが知りうるアーナスの情報である。暴走時期であるとはいえ二度剣を交えたアルーシェは否が応でも、その圧倒的な強さについては身を以て体感している。だからこそ、このバトルロワイアルという緊急事態の中で、アーナスと早期に合流できたのは僥倖であるとアルーシェは思った。

 

「アーナスさん!」

 

 アルーシェは嬉々として最も頼れる仲間の名前を呼び、彼女の元へ駆け寄ろうとする。 だが、アーナスは氷のような冷たい眼差しでアルーシェを一瞥する。

 

「何だ、貴様は……」

「……っ!? アー、ナス…さん……?」

 

途端にアルーシェの笑顔は掻き消され、愕然とした表情へと塗り替えられる。足を止め、蛇に睨まれた蛙のように、その場で固まるアルーシェ。嫌な予感がアルーシェの全身を包み込む。心臓を鷲掴みされたような悪寒を感じ、アルーシェは背筋を凍らせる。そしてその不穏な予感は次のアーナスの言葉で現実のものとして認識することとなった。

 

「貴様、私の血も流れているな。 何者だ?」

「……!?」

 

 同じだ、とアーナスは思った。ユーラルムの街でアーナスと初めて邂逅したあの時と全く同じ言葉を掛けられデジャブを感じる。ここで事の成り行きを見守っていた忍頂寺が不審に思ったのか、アルーシェに耳打ちする。

 

「どういうことだい、アルーシェ君。 彼女……アーナス君だっけ? 様子がおかしいようだけど」

「ははは……アーナスさん、悪い冗談はやめてくださいよ。 私ですよ、アルーシェです。教皇庁のエージェントの……」

「教皇庁……? エージェント……? 分からない、分からない!」

 

 頭を抱えて葛藤するアーナスの姿を見て、アルーシェは確信する。アーナスはまたしても記憶と理性を失ってしまっている、と。そして、かつて同じ状況に直面したことがあるアルーシェは知っているーーこの後何が起きるのかも。

 

「だが」

 

 アーナスの左腕に禍々しい剣が顕現する。魔剣ヨルドーー「夜」の力を結集した最強の血剣。エージェント・アーナスはこの禍々しい魔剣を以って、世界の支配者たる「夜の君」を討ち滅ぼしたと聞いている。

 

「私の血は返してもらう」

「アルーシェ君……?」

 

 アーナスに呼応するようにアルーシェもまた血剣をその手中に顕現させ、ゆっくりと構えを取る。両者の只ならぬ気配を感じたのか忍頂寺は思わず後退りする。

 

アーナスを正気に戻したあの時と違い、この場には彼女の大事な人の指輪もなければ、頼れる相方も、使役する従魔もいない。そして、何よりかつてのアーナスの血はあの時に返してしまっている。今現在アルーシェの中に眠るアーナスの血は暴走時に吸った彼女の「蒼い血」のみだ。これを吸われでもしたら暴走に拍車が掛かってしまう恐れがある。

正直な話、以前のように上手くいくのは極めて難しいだろう。だが、それでも暴走状態の彼女を野放しにするのは非常に危険だ。まずは無力化し、その上で彼女の記憶を再び取り戻す手段を模索するーー決意を胸にアルーシェは叫んだ。

 

「忍頂寺さん、離れてッ!」

 

瞬間、アーナスは天高く跳び上がり、夜の重力と共にアルーシェを両断せんと魔剣を振り下ろし、アルーシェも自身の血剣を以ってそれを防いだ。ただ一度の剣の交錯は轟音と風圧を夜の闇の中に撒き散らし、剣撃を受け止めたアルーシェの足元のコンクリートは衝撃に耐え切れず亀裂が生じる。

 

距離を取り、ただ茫然と立ち尽くす料理人の前で、二人の“人外“の戦闘の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

夜道を歩く男女が三人。

 

一人はイケP。所謂ストリート系のファッションで全身を包み、黄金に染め上げた頭髪や綺麗に整った顔立ちは理想郷の女性たちを虜にしてきた。しかし、その姿は理想郷が投影した偽りのもの。理想郷の外――つまり現実においては、イケメンに劣等感を抱く雰囲気イケメンである。

 

その隣を歩くは三ノ宮・ルイーズ・優衣。着せ替え人形のような愛らしい風貌ではあるが、ただの少女ではない。故あって本人の記憶は改竄され自覚はないが、幾人もの有識者の知識を脳に植え付けられた天才である。

 

 最後に英霊アタランテ。翠緑の衣装を纏ったその姿は野性味と気品を併せ持つ。獣のような鋭い眼差しはまさに超一流の狩人のそれであり、周囲を警戒しつつ、イケPとサリュの僅か後方を歩いている。

 

 当面の方針を話し合って、三人はまず北西の島を目指して歩を進めている。

 

「ところでよ、優衣。ずっと気になってたんだけどよぉ」

「――何?」

 

道中での会話は常にイケPから切り出している。無理もない。サリュもアタランテも基本は無口なので、このように相手方からきっかけを与えられないと中々口を開かない。

 

「お前の肩に乗ってるそいつーー『アリス』だっけか? 結局何なんだ?」

「この子の正式名称は『Air Reading Mascot System』。名前の通り、空気を読むマスコットロボット」

「空気を…読む?」

 

素っ気ないサリュの返事にイケPは疑問符を浮かべ立ち止まる。サリュもそれに合わせて、足を止め淡々と説明を続ける。

 

「ん……実は私は他者の表情や感情を読み取るのがとても苦手。生まれてからの性質……。だから、この子が私の代わりに読み取って伝えてくれる。私はこの子がいないとコミュニケーションを上手く取ることが出来ない」

「…マジか」

 

衝撃の事実を告げられ、驚きを隠せないイケPに対し、サリュは無表情のままコクリと頷く。そんな二人のやり取りを同行者のアタランテは腕を組み、静かに観察している。

 

「生まれ育った故郷には十三年間在住していたけれど、この性質と家庭の環境の影響で友人と呼べる人はいなかった」

「それでも…他人と上手く意思疎通ができない私でも……日本に来て出会った夏彦とましろは初めて出来た友人。出会って間もないけど、夏彦達と過ごした日々は本当に楽しく、充実したものだった。 だから、私はーー彼らを失いたくない」

「……良い友達(ダチ)に出会えたんだな」

「ん……大事なーー大事な友人」

 

サリュは強い決意をサファイア色の瞳に込めて、イケPとアタランテに改めて自らの意志を表明する。

 

(そうか…こいつは生まれたときに配られたカードの引きーー環境や欠点という壁をまさに乗り越えようとしていたんだな)

 

生まれた時に定められた運命――外見や環境や育ちの違いによって生じるどうしようなもない格差。その格差が蔓る現実に嫌気がさし理想郷(メビウス)へと逃げ込んだイケP。現実逃避したイケPに対し、生まれもった欠点に抗い、友人を作ることが出来たサリュの何と立派なことか。

 

友人を作るということは普通の人間からすると、難しいことではなく、何ともないこともかもしれない。それでも他者との意思疎通についてコンプレックスを抱えていたサリュには大きな壁であったに違いない。自らのコンプレックスに悩めるイケPはサリュに自身を重ねて、それに打ち勝ったというサリュに少なからず妬いてしまう。

 

ただし不思議と悪い気分にはならなかった。むしろ自分よりも年端のいかない少女に対し、尊敬の念を抱くようになった。

 

そんな思いを内に秘めながら、イケPがサリュに口を開こうとした瞬間……。

 

「ぎゅう」

「……っ」

「おわっ!」

「むっ?」

 

アリスの唐突な鳴き声が夜天に響き、三者三様の反応を示す。サリュは息を呑み、緑色の狩人を暗い目で見る。

 

「アーチャーは……怒っているの?」

「何だと…?」

「今の『ぎゅう』は相手が怒っているときに発する鳴き声。私何か貴方を怒らせるようなことした?」

「姐さん……?」

 

他人の表情を上手く読み取れないサリュはアリスの鳴き声で察知したが、イケPから見ても、アタランテは眉根を寄せていて、実に不機嫌そうに見えた。アタランテは小さな溜息をつく。

 

「――別に汝らに対して怒りを覚えたわけではない。ただ汝のような幼子をこのような下劣な催しに参加させた主催者に改めて嫌悪を感じたまでのことだ」

「アーチャー……」

 

 ゲームが始まった当初、アタランテはこの殺し合いにおける己が方針について、悩んでいた。先刻の問答で、当面はこの二人に付き合ってみようと心に決めてはいたが、優勝の引き換えとなる自らの願望の成就についてはまだ心残りがあった。しかし、今回サリュの身の上話を聞いたときに、眼前の少女のようなーー無垢な子供たちの輝かしい未来を奪わんとする主催者には必ず誅を下さねばならぬと、意思を固めたのであった。

 

「優衣」

「俺も姐さんも聞き届けたぜ、お前の心からの咆哮(ソウルビート)。お前も、お前の友達(ダチ)も俺と姐さんが保護してやるから、安心しな。だよな、姐さん?」

 

 気障な台詞とともにウインクするイケPにアタランテも同調し、首を小さく縦にふる。

 

「感謝する……先程の戦闘もそうだったけど、小池はともかくアーチャーはとても頼りになる」

「いや『小池はともかく』は余計だろ……つーか本名で呼ぶのは止めてくれ」

「それにしても、アーチャーと小池が教えてくれた情報――理想郷(メビウス)に聖杯大戦。未だに荒唐無稽な話に聞こえる」

「それはお互い様だ」

「えっ?まさかのスルーっ!? っていうか俺だって、『コミュニケーター』だっけか? 人の心を覗き見ることが出来る連中なんて聞いたことねーよ」

「『コミュニケーター』の存在は私たちが住む世界では常識……。私だって『バーチャドール』の『μ』なんて聞いたことがない。やはり、こうまでも三人の常識が噛み合わないことを鑑みるとーー真剣に多元宇宙の可能性も考慮すべき」

「タゲンウチュウ?」

 

聞き慣れない単語に首を傾げるイケPに、サリュは呆れたような表情を浮かべ、目を細める。

 

「小池は本当に無知。多元宇宙――つまりは平行世界(パラレルワールド)。私たちの住んでいる世界はお互い異なっていて、このゲームは複数の別世界から連れて来られた参加者で構成されている可能性がある。さっきの金髪の男の姿や能力――あれは私たちとは全く異なる文明から来たと推測される。尤も、多元宇宙については仮説のみで実証されているものではないけれど……」

「な、なるほど〜! 平行世界ねぇ。まあ、確かにそう考えれば色々辻褄は合うよなぁ」

 

一般的には受け入れ難い現実離れしたサリュの考察。しかしながら、実際に現実と仮想世界を行き来し、実際にμという創造主に遭遇しているイケPには飲み込めない話ではなかった。

 

「姐さんはどう思います?」

「……」

「姐さん……?」

 

傍らで静観していたアタランテの意見を求め、イケPは話を振るが、アタランテは彼方の方向を睨み、独り呟いてた。

 

「いるな……。一つ…いや二つか…。大きな力が衝突している」

「えっ?」

「それってどういうーー」

 

詳細を聞き出そうとサリュが口を開いたその瞬間、何かの爆発を彷彿させるような轟音が市街地の彼方より鳴り響いた。

 

 

 

 

アーナスとアルーシェ。

 血剣と血剣が激しくぶつかり合う二人の戦いの舞台はいつしか街中の広場へと移行していた。いや正確に言うと、アーナスがアルーシェを押し込んでいたという表現が正しいのかもしれない。戦いは既に一方的な様相を呈していたのだ。

 

「はあああああああああッ!!!」

「くっ……」

 

アーナスは雄叫びを上げながら、猛スピードで斬りかかり、アルーシェは苦い表情を浮かべ、自身の血剣で受け止める。しかし斬撃の威力はとても重く、アルーシェは攻撃を防いだものの身体を仰け反らせ、後退を余儀なくされてしまう。更に間髪入れずに、一刀両断せんと血剣が振り下ろされーー紙一重で回避する。振り下ろされた剣はそのまま轟音を奏で、大地を割る。

 

斬り合いではなく防戦一方。未だ致命傷を受けてはいないが、それでもアルーシェにとってアーナスの全ての攻撃を防ぐことは難しく、白い肢体に幾つかの切り傷が付いている。

――アルーシェの劣勢は誰が見ても明らかだ。

 

そう。アルーシェにとって、“夜の君”の剣撃の一つ一つはあまりにも速く、重すぎたのだ。

アーナスと剣を交えるのはこれで三度目である。しかし過去二度の戦闘ではアルーシェの傍らには複数の従魔とーー相方であるリリアーナが側にいた。

 

リリアーナ・セルフィンーーアルーシェの幼馴染で教皇庁に仕える巫女。“月の女王”に捧げる「刻(とき)の花嫁」に選ばれ、本来であれば、騎士であるアルーシェに守護される身でありながら、自らも前線に立って、対象の時間を遅らせる能力でアルーシェの戦闘をサポートしていた。アーナスと”月の神殿”で対峙した際は、リリアーナの能力でスピードを封殺し、従魔達との連携でどうにか凌ぎ切ることが出来た。しかし、今この場所でアーナスと対峙しているのはアルーシェ唯一人だけである。この場には従魔やリリアーナのような力量差をカバーできる要素はない。同行者の忍頂寺は広場の入り口に立ち尽くし、固唾を飲んで見守っているが、ただの一般人である彼がこの超常の戦闘に参加できる余地はどこにもない。

 

「斬り裂くッ!!!」

「……ッ」

 

尚もアーナスの猛攻撃は続く。一気に距離を縮めアルーシェの懐に潜り込んだアーナスは高速で魔剣を薙ぎ払う。アルーシェは辛うじて、自らの血剣で防御をするが、

 

(重っ……!)

 

咄嗟の態勢では至近距離で振るわれた魔剣の勢いを殺しきれず、斬撃の方向へと身体が持っていかれる。二本の足は地を離れ、アルーシェの華奢な体躯は遥か後方のビルへと砲弾のように吸い込まれる。そのビルは商業ビルだろうか。1階は洋服屋のようで、天井が非常に高く、広々とした空間にはいくつもの衣類が丁寧に配置されていた。店頭ディスプレイには洋服をお洒落に着込んだマネキンが展示されている。アルーシェの身体はディスプレイのガラスを突き破り、無人の店の奥へと沈んだ。

 

「グハッ……! ……ッ!」

 

 血反吐を吐きながらよろよろと立ち上がるアルーシェの前には、既に自身の前に立ち、魔剣を振り上げる”夜”の姿があった。死刑執行の如く振りかざされるギロチンをアルーシェは横転し、慌てて回避。空振りの一撃は床が真っ二つに裂け、家屋全体が軋み揺れ動く。アルーシェはそれに目もくれず、店内を逃げ回る。アーナスは顔色一つ変えずにアルーシェを追い駆ける。

 

「ちょこまかと……!」

 

 苛立ちを声に込めて、アルーシェを追い立て剣を振るうアーナス。アルーシェはそれらを必死に躱す。つい数刻前までは整っていた店舗の中は、アーナスが繰り出す剣撃と風圧によってぐちゃぐちゃになっていた

 

今のアルーシェとアーナスの姿はまさに兎と獅子。餌と捕食者。食物連鎖の縮図が荒れ果てた店舗内で繰り広げられていた。だが、アルーシェも教皇庁の騎士であり、歴戦の勇士でもある。”餌”のままでは終わらないし、終えられない。

 

 特に法則性もなく、店内をただひたすらに逃げ回っていたアルーシェは、迫りくるアーナスに背中を向けたまま、店の中央に配置されている巨大な支柱に向けて突貫する。それを逃がすまいとアーナスもそれに続き、石の床を蹴り上げる。アルーシェも速いが、アーナスはさらに速かった。アーナスが支柱の直前でアルーシェの背後へと接近するまでに1秒も掛からなかった。

 

アーナスが支柱ごとアルーシェを両断せんと剣を払った、その瞬間。

 

「何っ!?」

「はぁああああああああッ!!!」

 

コンマ数秒の出来事であった。アルーシェは跳躍して、眼前の柱を蹴りあげ、空中でくるりと身を翻しーー反対方向、つまりは呆気にとられるアーナスへと血剣を構え降下する。アーナスの魔剣は柱を一刀のもと、真っ二つにする。支柱の一つを失ったビルの悲鳴にも聞こえる破壊音を耳にしながら、剣を振り切った直後のーー僅かな隙を見せているアーナスへと剣を突き立てる。

 

(ごめんなさい、アーナスさん)

 

 心の中でこちらをただ見上げるアーナスに対して詫びを入れる。殺すつもりはない。無力化のために多少の手負いは覚悟してもらおう。

 

だがーー

 

「――ヨルド」

 

アーナスがその言葉を呟いた途端、右肩に焼けるような痛みが到達した。そしてその最初の痛みを皮切りとして、背中に無数の激痛が駆け巡った。

 

「ぐうぁあああああああっーーー!!」

 

 空中で態勢を崩したアルーシェは絶叫を上げ、鈍い音と共に床へと落下する。アルーシェの眼前には自身を冷ややかに見下ろすアーナスの姿がある。そしてその手に蠢くものを視認して、アルーシェは自分を襲った謎の攻撃の正体を悟る。

 

魔剣ヨルドーー通常時においてもその刀身は異常に長いが、秘められた能力を有している。それは持ち主の意志次第で、伸縮自在に刀身を操れるというものである。あの瞬間――アーナスの号令と共に魔剣ヨルドの剣先は伸長し、アルーシェの右肩を刺突し、さらにアルーシェが地面に落下するまでの刹那に、生き物のように動き回り背中を切り刻んだのである。その気になれば、アルーシェを細切れにすることも可能だったが、敢えてそうしなかったのは、生き血を啜りたいが故なのか。

 

 迂闊だった、とアルーシェは後悔する。

 

過去に剣を交えたときも、この能力の前に苦戦を強いられていた。だが、今回の戦闘においてはアーナスが意図的に切り札として取っておいていたのだろうか、あの瞬間までこの能力を利用することはなかった。アルーシェは能力を利用されるまでもない通常の剣の打ち合いでの打開策を考えることに集中したため、その存在を完全に失念していたのだ。

 

(ははは……ドジふんじゃったな)

 

アルーシェは虚ろな目のまま、アーナスの手が自分の首元に近づいてくることを見上げる。首根っこを掴まれ、浮遊感とともに自分の身体が無理やりに持ち上げられることを感じた。自分の首筋にアーナスが歯を立てたのを認識したその瞬間、アルーシェの意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

赤髪の少女からたっぷりと吸血を行い、失われた記憶が蘇る。

 

思い出す。私は妖魔の長アーナス。“夜の君”。

 思い出す。忌々しい怨敵“月の女王”の面貌を。

 思い出す。あいつが私の大事なものを奪ったことを。

 

 だが、それでもーー

 

 思い出せない。あいつと何故相争ったのかを。

 思い出せない。あいつが私から何を奪ったのかを。

 

『アーナス』

 

 また、頭の中に声が響く

 だが、思い出せない。血を取り戻しても、この声の主が一体誰のものなのかを。

 

「殺す……!」

 

 ポツリと呟いたのは明確な殺意の現れ。

 湧き上がるのは、あいつーー“月の女王”への激しい憎悪。

覚醒した夜の支配者の心は黒色に塗り替えられる。

 

そして。

 

「許さん……!」

 

忌々しげに装着された首輪に触れる。

”夜の君”である自分に、このような狼藉を働いた主催者とやらにも同じように憎悪を抱く。必ず奴らの元に辿り着き、然るべき罰を下してやる。

 

その為にはーー

 

気を失い横たわる赤髪の少女に視線を送る。背中からはおびただしい出血があるようだが、胸は上下に動いているところから察するに、まだ息はあるようだ。

 

まずは用済みとなったこの少女から葬ることにしよう。この殺し合いとやらを勝ち残り、主催者の元へと辿り着くために。

 

「死ね」

 

ただ一言呟き、眼前の少女の命を絶たんと剣先を向けたその瞬間――

 

「ねえ」

 

店舗の入り口から男の声が聴こえ、アーナスは声が聴こえた方向へと視線を注ぐ。そこにはーー

 

「アルーシェ君は、美味しかったかい?」

 

 こちらへ向けてボウガンを構え、歪な笑みを浮かべる料理人の姿があった。

 

 

 

「何者だ」

「おっと、自己紹介がまだだったね。これは失敬。

僕は忍頂寺一政。しがない料理人だよ、アーナス君」

 

不快な表情を浮かべるアーナスに忍頂寺は実に穏やかに自己紹介を行う。しかし、その間も手に握る得物の照準は揺るがない。

 

「貴様…ただの人間のようだが、私に何か用か?」

「月並みな質問かもしれないけど、これからアルーシェ君をどうするつもりだい?」

「この半妖のことか? 殺す」

「うーん、それは困るなぁ。 彼女とは約束をしたばかりだし。どうにか見逃してくれないかなぁ」

「黙れ。こいつを殺した後はお前も殺す。私が勝ち残るためだ。抗うのであれば、その武器で私に戦いに挑めばいい」

「ははは…さっきの戦いを見ていたけど、こんな武器じゃ敵わないことくらい、ド素人の僕でも理解しているつもりだよ。僕は死ぬだろうねぇ、間違いなく」

「だからさぁ、ここからは死が確定している一人の哀れな人間のお願いなんだけどーー」

「……?」

 

眉を顰めるアーナスに忍頂寺は笑みを浮かべて言い放つ。

 

「君にせめてものの慈悲があるのならさーー」

 

「僕とアルーシェ君を一緒に食べてくれないか?」

 

 果たして、これが自分の死を確信している者の表情なのか。忍頂寺は愉快そうに笑みを浮かべ、ボウガンを懐へとしまい込んだ。そして、飛び込んでおいでよとばかりに、腕を突き出し胸いっぱいに広げてみせる。

 

 一瞬の静寂が、荒れ果てた店内に漂う。

 その異様な光景を前に、アーナスが反応するのに数秒の時を要した。

 

「――貴様は何を言っている?」

「言葉通りの意味だよ。僕はアルーシェ君と共に生きたいんだよ。君が僕たちを食べてくれるのであれば、僕とアルーシェ君は君という存在と一体化できる」

 

 忍頂寺は口角を吊り上げながら、アーナスへと近づいていく。

 

「僕はさ、こう思うんだよ。何かを食べるということは、それと同一化するということに等しいってね。つまり、君が僕たちを食べてくれれば、僕たちは君の中で生き続けることが出来るんだよ、君という生命が朽ち果てるまでね。それにーー」

 

アーナスは沈黙したまま剣先を向けるが、忍頂寺は特に気にする素振りも見せずに、床で意識を失っているアルーシェの元へと辿り着き、

 

「このままじゃ、アルーシェ君が可哀想だよ。中途半端に食べられちゃってさ」

 

 愛おしい恋人にそうするかのように、深紅の髪を撫で上げた。柔らかい感触を確かめながら、忍頂寺は恍惚とした面持ちで、アーナスへ語り続ける。

 

「やっぱり残さず食べてあげないと、相手にも失礼だよ。君たち妖魔は、簡単に他人を取り込むことが出来るんだろ? だったらさ、その素晴らしい習性に感謝して、相手にも敬意を示して、もっともっと食事をしていかないと、本当に勿体ないよ」

「――世迷言はそれで終わりか」

 

 忍頂寺の語り聞かせた内容が不快だったのか、アーナスは顔をしかめていた。まるで汚物を見るような痛烈な視線を送り、己を見上げる男に対して矛先を向け、宣告を行う。

 

「貴様などーー私の糧にする価値もない」

「おやおや残念。随分と嫌われちゃったようだね、僕は」

「ここで死ね」

 

 自身の命を刈り取るべく振り上げられた血剣を目前にしても、忍頂寺は笑みを崩さなかったが、

 

「本当に妬けちゃうよね、君達には」

 

 ただ一言。恨み言のような言葉を処刑人へ浴びせ、迫りくる刀身を前に忍頂寺は静かに目を閉じた。

 

 

 

だが。

 

忍頂寺一政の生涯はこの場所で終焉を迎えることはなかった。

 

 

 

 激しい銃声が洪水のように鼓膜に押し寄せた瞬間、忍頂寺は再び瞼を開け、自身が五体満足で息をしていることを認識する。先程まで目と鼻の先の距離にいたアーナスは、いつの間にか店の奥にいた。彼女の双眸は既にアルーシェと忍頂寺ではなく、別の何かを捉えていた。その視線の先を確認すべく、振り返ると

 

「おいおい兄ちゃん、大丈夫か。早いとこその子を連れて逃げな」

「――君は?」

「通りすがりのイケメンだ」

 

二挺のマシンガンを構え、アーナスと相対する奇抜な格好の青年がそこにいた。

 

 

 

 

「おいおい、何だよあれ。 あいつら本当に人間か?」

「目で追うのも困難…」

「……。」

 

派手な破壊音の正体を探るべく、イケP、サリュ、アタランテの三名は周囲で一番高い見てくれの廃ビル屋上へと駆け上がり、その戦闘を目撃した。

 

紅と蒼の女騎士の激突を納める舞台としては、市街地の小広場はあまりに分不相応であった。高速で繰り広げられる剣の応酬は、豪風を呼び、コンクリートの地面を抉り、その破片が空気の中に飛び交う。この決闘の見届け人なのだろうか、金髪の眼鏡を掛けた青年が少し離れたところで、固唾を飲んでこれを見守っているようだ。

 

暫くの間アタランテは険しい表情を浮かべながら、サリュとイケPはただ呆然と戦いの行く末を眺めていた。剣と剣が苛烈にぶつかり合い、街灯、ベンチなどの建造物が巻き添えとなりスクラップと成り下がる中、戦局は大きく動く。

 

蒼の騎士の猛攻に紅の騎士は耐え切れず、剣撃に流されるような形で真近のビルの中に派手な音ともに吹き飛ばされたのだ。間髪入れず蒼の騎士は人間離れした脚力を以って追走していく。直後、二人の騎士が侵入したビルの中からは衝撃音が木霊した。

 

戦闘を奏でる音は尚も続くが、アタランテはゆっくりと踵を返した。

 

「終いだな…先を往くぞ」

「待ってくれよ、姐さん。このまま放っておくのかよ」

 

立ち去ろうとするアタランテを、イケPは慌ててその肩を掴み引き止めようとするが、アタランテは怪訝な顔を浮かべ、冷ややかにあしらう。

 

「あの場に、汝らの知己はいないようだが?」

「けどよ……」

「よもや、あの紅い女の身を案じているのか? 相変わらず甘い男だ…。

止めておけ。あの蒼いのについては、『英霊』と同格か、それ以上の存在だ。

汝らのような、ただの人が挑んでも無駄死にするだけだ」

「――同感。小池、あれは私たちにどうこうできるものではない。関わらないほうが身のため」

「……っ!」

 

アタランテに加えサリュにまで諌められ、イケPは唇を噛み締めた。

 

「付け加えるのであれば、吾々が目にしたのは世の真理だ。弱い者が強い者によって沙汰されるーーただそれだけの、至極当たり前のことだ」

「……それで、このまま、あの赤髪の子が死んだとしても、仕方のないことだと割り切れるのかよ」

「そうだーーそれが現実だ」

 

 俯いて、拳を震わせるイケPの問いに、アタランテは冷徹な表情を保ちつつ即答する。「純潔の狩人」として育てられ、幾度の死線を潜ってきた彼女にとって、弱肉強食は絶対的な真理であり、其処に躊躇いなど一切なかった。アタランテの説く死生観は、理想を夢見て現実から逃避したイケPのそれとは絶対的な溝があったのである。

 

 やがて、イケPはーー

 

「そうかよ、だったら俺はーー」

「小池、何処へ行くつもり?」

 

 戸惑うサリュと未だ冷ややかに視線を送ってくるアタランテの脇を抜け、地上へと降る階段への扉に手を掛ける。そして背後へと振り向き、二人の女性に声高らかに告げる。

 

「やっぱ現実なんてもんは、クソッたれだ! 俺は俺の理想をーー正義(ジャスティス)を貫くぜ。このまま、あの女の子を見殺すなんて、イケメンのやることじゃねえしな!」

「優衣、元気でやれよ。姐さん……優衣のこと頼んだぜ」

 

 最後に、いつも通りの陽気な語調で「あばよ」と言い残し、扉の中へと姿を消していった。

 

「本当に愚かな男だ」

「……完全に同意」

 

夜天の下、廃ビルの屋上にポツリと取り残された二人。サリュとアタランテは共に呆れた表情を浮かべていた。やがて、ビルの真下よりマシンガンを両手に備え、疾走する男の姿を視認すると、アタランテは小さな溜息をつきサリュへと声を掛けた。

 

「それでーー」

「……?」

「汝は何を望む?」

 

 サリュのサファイア色の瞳をじっと見据え、その意思を問いただす。一瞬、その瞳の中の海に迷いのさざ波が生じた。一際大きな夜風が吹き、無機質な狩人と少女の髪を靡かせた後、サリュは静かに口を開く。

 

「私はーー」

 

 

 

 

アルーシェの中に眠るアーナスの血は確かに存在した。アーナスはアルーシェから吸血を行うことで、記憶を取り戻すことが出来た。但しそれは完全ではなかった。

 

但し、アルーシェはこの殺し合いの場に来る前に、その大半を彼女の時間軸にいたアーナスへと返している。更に暴走状態であったアーナスを鎮めるため、彼女の身体に流れる蒼い血を吸っている。だからこの殺し合いに連れてこられた時のアルーシェの身体に巡るアーナスの血は妖魔の長“夜の君”としての蒼い血が大半を占めており、半妖だった頃の赤い血は限りなく薄かった。だからこそ、アルーシェは自身の血を捧げることを拒んだ。

 

かくして、アルーシェの懸念は的中する。アルーシェの血を吸ったアーナスは自我を取り戻したが、それは「夜の君」としての自我。アーナスをアーナスたらしめていた、半妖になる前の彼女の記憶も人格はない。「夜の君」となった後も、蒼い血に流されず暴走せずにいたのは、半妖時代からの「アーナス」という強力な自我があったからこそだった。

 

したがって、今の夜の君は不完全。蒼い血に支配され、溢れんばかりの憎悪と殺意を周囲へと解き放つ魔王へと成り下がる。

 

彼女は忘却している。配下のクリストフォロスと共に人間と妖魔が共存できる世界を目指していたことを。

彼女は忘却している。人間を滅ぼさんと企てる月の女王を止めるために彼女と争っていたことを。

彼女は忘却している。命を賭して守護ると誓った最愛の女性のことを。

 

 

 

 

「オラオラオラオラオラッーー!!!」

 

特に会話を挟むこともなく、店から飛び出し斬りかかってきたアーナスに対して、イケPは機関銃を乱射する。女性に銃を向けることに抵抗はあるが、話が通じないのであれば致し方ない。

 

迫りくる弾丸の集団にアーナスは動揺することもなく、右方向へと跳躍し回避する。イケPのマシンガンの照準は尚もこれを追うが、アーナスは右へ左へと駆け抜け、マシンガンの連射を躱し続ける。

 

銃声が絶えず鳴り響き、硝煙の臭いが広場に蔓延する中、チラリと視線を逸らすとーー先程間一髪のところで助けた男が赤髪の少女をおぶり、店の入り口付近でイケPとアーナスの戦闘の様子を心配そうに窺っているのを発見した。男とイケPの目が合う。

 

(いやいやいや、何ボケーっと突っ立ってんだよ、さっさと逃げろよ)

 

 イケPはアーナスへの攻撃の手は緩めず、顎をクイクイと動かし、「早く行け」と合図を送る。こちらの意図を理解したのか男もコクリと頷き、イケP達から背を向け歩き始めた。

 

一先ずの目標は達成したーーホッと胸を撫で下ろし、蒼の女騎士へと視線を戻すイケPであったが、

 

「戦いの最中に余所見をするとはーー」

「へ?」

 

 アーナスは既にマシンガンの射程圏外に移動をしていた。

 

「私も舐められたものだな」

 

 だが、まだ両者の距離は十分にある。接敵する前に蜂の巣にしてしまえばよい。いくらアーナスの移動速度が超人的なものであろうと、機関銃の照準を追従させるほうが早いはずだ。イケPは額に汗を浮かべ、機関銃の照準をそちらへ向けようとしたその瞬間――

 

「何ッ!?」

 

アーナスが構える剣の先端が生き物のように伸長し、イケP目掛けて高速に飛来してきた。

 

イケPはアルーシェとアーナスの戦闘の一部始終を見ていた。但し、それはビル屋上から眺めた広場での戦闘のみだ。闘争の場がビル内に移動してからの戦闘は目にしていない。イケPがビル内に辿り着いて最初に目にしたのは、ボロボロに傷付いたアルーシェを庇う忍頂寺の命を絶たんとアーナスが剣を振りかざしていた場面であった。だからこそ認識していなかった。アーナスが持つ魔剣が伸縮自在であるということを。そしてこの能力がアルーシェとの戦闘に終止符を打ったことを。

 

想定外の攻撃にイケPは慌てて左手に持つ機関銃を盾にし、剣撃を弾くがーー着撃の瞬間の信じられないような剣圧に身体は大きく仰け反る。その隙をヨルドの魔剣が逃すことはなかった。一度弾かれてはいるものの、攻撃は尚も続く。弧を描くように隙だらけのイケPの銅を切り刻まんとする。イケPは慌てて後退し回避しようとするが、間に合わない。

 

「グァッ!?」

 

斬撃は右胸を掠り、焼けるような痛みにイケPは呻きを漏らす。だがそれでも魔剣の追撃は緩まない。イケPは先程と同様に二挺の機関銃を盾にしたり、懸命に回避行動を取ってはいるものの、神速に迫りくる魔剣の悉くを完璧に躱すことは出来なかった。

 

脚もーー

腕もーー

胴もーー

首筋も――

 

全身至る所に切り傷が残される。それでも歯を食いしばり、回避に専念する。襲い掛かる魔剣の主へと視線を向けると、涼しい表情のまま一歩も動くこともなく、こちらに剣先を向けていた。

 

(畜生……さっきの金髪外道といい、この姉ちゃんといい、化け物揃いじゃねえかよ)

 

攻撃は尚も続く。

痛い。痛い。痛い。

風を切る音ともに、肉が抉られる。

赤い線が切り刻まれる。

脚が痛い。腕が痛い。腹が痛い。胸が痛い。首元が痛い。

全身が痛い。

今こうしている間も、焼けるような痛みが現在進行で刻み込まれていく。

 

イケPの回避行動も徐々に遅れる。失血の影響か徐々に意識を遠のきつつある。

 

そんなイケPの頭蓋に夜の剣先が差し迫る。だが、イケPは攻撃を認識し回避信号を全身に送りつつも、痛めつけられた身体が信号に追い付かなかった。

 

(あーやべえ……これ俺死ぬわ)

 

 人間は死の直前に見ている風景がスローモーションになると聞いたことがある。今がまさにその時になるのだろうか、剣先がゆっくりとこちらに近づいてくるのを知覚する。メビウスで手に入れた折角のイケメンも台無しになるだろうなこれは、と自嘲してしまう。まあ、あわや殺されそうだった中年の兄ちゃんと赤髪の女の子を助けることも出来たし、俺にしちゃあよくやったほうじゃないかな、うん。

 

と、イケPが回想していると、スローモーションで差し迫っていた剣先が巻き戻すかのように自分から離れていくことを知覚した。剣先はゆっくりと持ち主の方向へ戻っていき、

やがて、どこからともなく光の矢が剣先に接近しーー

 

豪快な爆発音とともに、イケPの意識はスローモーションの世界から現実へと引き戻された。そして、自分の懐にいつの間にか小さな金髪の少女がいることに気付く。

 

「優衣……お前どうして……」

「動かないで。小池は命の恩人。借りは返させてもらう」

 

 今にも倒れそうなイケPの肩を担いでサリュは全身全霊で支える。そしてイケPの支給品袋を漁り、とある支給品を取り出す。

 

 けんじゃのいしーー先の戦闘で金髪の騎士ホメロスに襲撃されたときとは立場が逆転し、

今度はサリュがイケPのボロボロの身体に振りかざす。途端に全身から沸騰する傷の痛みが引いていくのをイケPは感じた。そして、イケPは背後へと振り返り、先の光の矢の狙撃手であろう人物の姿を捉えた。

 

「愚か者がーー」

「姐さん……」

「理想を掲げるのは結構だが、理想に見合う実力を身に付けろ。 さもなくば、その理想は汝自身や汝の周囲に災厄を与える毒物としかなりえぬ」

 

 と、言葉を紡ぐ狙撃手アタランテはイケPには目もくれず、ただひたすらに目下の獲物であるアーナスを射抜かんと弓を放ち続ける。アーナスは音速で動く魔剣でその悉くを撃墜している。剣と弓矢が交差するたびに広場内に爆発が生じるが、アタランテもアーナスも全く動じる様子は見せない。

 

「ここは私が預かる。汝らは退け」

「姐さん……俺も姐さんと一緒に!」

「ならぬ。ここから先は『英霊』の領域だ。汝らでは足手まといにしかなりえぬ」

「……ッ! 俺には……俺には、姐さんと肩を並べて戦う資格もねえってことかよ!」

「小池、駄目!」

 

声を震わせ食ってかかろうとするイケPをサリュが懸命に諫める。アタランテはやはりイケPに視線を向けることもなく、狙撃を続けている。

 

「――ああそうだ。汝は弱い」

「……」

 

 魔剣と魔力の込められた弓矢が交差し、爆風と爆音が絶え間なく発生する戦場でも、その言葉はイケPに容赦なく突き刺さった。無慈悲な宣告にイケPはがっくりと肩を下ろし、唇を震わせ、拳を握り締めた。先程のアーナスとの戦闘を経て、ただ加勢をしたところでただのお荷物にしかならないということは、他ならぬイケPが一番よく分かっていた。

 

正直言うと、舐めていた。メビウスではラガードや帰宅部と戦闘を行ったりはしていたが、それは決して痛みの伴うものではなかった。痛みの伴わない戦闘に慣れ、感覚が麻痺していた結果、こうした無鉄砲な行動に刈り立てられてしまったのだと反省している。

 

それでも仲間が奮戦している中、今ここで何も出来ず無力であり続ける自分自身が許せなかった。それがどうしても悔しかった。無理矢理にでも否定したかった。いつの間にかイケPの眼からは涙が溢れ落ちる。

 

「きゅうぅぅぅ…」

「小池、悲しんでいる…」

 

傍らで佇むサリュはアリスの鳴き声を聞き、ようやくイケPの涙の意味を理解した。そして困惑する。こういう時は慰めの言葉を掛けてあげるべきなのだろうが……具体的にどのような言葉を掛けてあげるべきなのか、分からなかったのだ。如何に天才少女と言えど、サリュは他者の感情変化を察する能力に疎く、コミュニケーション能力は著しく乏しい。それでも何か言ってやらねば、と口を開こうとしたその瞬間、アタランテはイケPとサリュへと振り向いた。

 

「だがなーー」

「汝の掲げた理想と覚悟だけは、私と共に戦場を駆けるに相応しい戦士のものだったーーだから強くなれ。汝の理想と覚悟を実現できるほどの力をその身につけてみせよ」

 

 アタランテは微笑みを浮かべていた。ここにきてイケPとサリュは初めてアタランテの笑顔を見た。イケPはぽかんと、口を開けて彼女と視線を合わせ、やがて今自分が励まされているということを悟る。

 

「姐さん……」

「往け! そして駆けよ!」

 

 アタランテが再び目の前の獲物を睨みつけようと視線を戻すと、アーナスの魔剣は既に眼前に迫っていた。後方へ宙高く跳躍し、夜の斬撃を回避する。更に空中で強引に身を翻し、弓矢を目にも止まらぬ速さで連射する。蠢く魔剣は音をも凌駕する速さでこれらを撃墜していく。

 

「優衣、走るぞッ!」

「小池っ……!?」

 

イケPは呆然と立ち尽くすサリュの手を引っ張り、戦場からの離脱を開始した。アタランテの叱咤と激励は、イケPに今自分が何を為すべきなのかを理解させたのである。

 

イケPは決して背後を振り返らない。ただ前だけを見据えて駆け抜ける。そして、決意する。次に会うときまでには、少しでも強くなって彼女を見返してやろうと。

 

地上に着地したアタランテはイケPとサリュが戦場から離脱したことを察し、それでよいと呟き、眼前の敵と対峙する。

 

「――我が名はアタランテ。 強き剣士よ、汝に問う」

 

アタランテの突然の問いかけに、それまで剣を振るっていたアーナスの動きがピタリと止まった。念のためにと会話を試みてみたが、相手が耳を傾けてきたことにアタランテは内心驚く。が、あえて表情には出さずアーナスの真意を探るべく口を開く。

 

「汝はこの殺し合いの果てに何を望む?」

「復讐だ」

「復讐……?」

 

 ぴくりと眉を顰めるアタランテに、アーナスは自らの感情を露わにする。

 

「私は……! 私の大事なものを奪ったあの女を赦すわけにはいかない! あの女に辿り着くために私はこの殺し合いを勝ち抜く」

「他の者と手を結び、主催者を討ち滅ぶすという選択肢もあるはずだが?」

「愚問だな、私は妖魔の長“夜の君”だぞ。 人間どもと手を取り合うなどあり得ぬ。 皆殺しだ。この場にいる貴様達参加者達も、猪口才な主催者も。そして最後に元居た場所へと帰還し、あの女を殺す」

「その過程で武器を持たぬ子供がいたとしても、殺めるというのか?」

「ああ殺す」

 

 一切の躊躇いのない返答だった。

 

「そうか……。ならば尚のこと、汝をここで討たねばならぬ」

「ふッ……貴様が? この私を? あの程度の弓矢でか?」

「見くびるなよ、怪物。 こちらも全ての手の内を見せたわけではない」

「面白い……ならばその手の内とやらを見せてもらおうかッ!」

 

咆哮と共にアーナスは地を蹴り上げる。迫り来る怪物を迎え撃つべくアタランテも矢を番える。

 

――妖魔と英霊による死合いの火蓋が再び切って落とされた。

 

 

 

 

墓地を後にした東郷美森は、市街地の上空を駆けていた。神樹の加護により飛躍的に向上した脚力で一度ビル屋上を蹴れば、彼女の身体を遥か上空へと跳躍させた。東郷は夜空の上から、街灯が照らす薄暗闇の街を見下ろし、人影がいないかと目を凝らす。

 

「友奈ちゃん、どこ…?」

 

上空で小さく声を漏らすが、当然それに反応する声が聴こえてくるはずもなく、暗い表情のまま探索を継続する。青髪の青年との衝突でもたらされた痺れについては多少マシにはなりつつも、未だ身体に残留している。だが、それがどうしたと痺れが残る身体に鞭を入れて、奔走する。

 

(友奈ちゃんが受けている苦しみに比べたら、こんな痺れ……!)

 

思い浮かべるは、いつも隣で笑ってくれていた彼女の姿――。今も苦しんでいるであろう彼女のことを想うだけで、胸が張り裂けそうになる。一刻も早く合流せねば、と地を蹴る足にも力が籠る。

 

そして、東郷が探索に精を出す理由はもう一つある。『悪魔の子』の情報だ。

 

なるべく多くの参加者と接触して、先程の青年のように『悪魔の子』に関する情報を持ち合わせていないか収集しなければならない。本当は口封じの意味も込めて、先程青年を見つけ出せれば良いのだが、そう都合よくいかないらしく、まだ人っ子一人見当たらないのが現状だ。

 

「必ず見つける! 友奈ちゃんも! 『悪魔の子』も!」

 

やがて数刻の時を経て、東郷は前方の方角からのけたたましい破壊音を聞きつけた。

 

 

 

 

「だークッソ! もっと速く走れねえのかよ、忍頂寺さんよぉ!」

「ははは……勘弁してほしいね、イケP君。 僕もそこまで体力があるわけじゃないからね……」

「……。」

 

 何かと急かすイケPに、アルーシェを背負い走り続ける忍頂寺は疲弊した表情で抗議する。その二人の前をサリュは物言わず走っているが、歩調は忍頂寺に合わせているため、彼女にしてはかなりのスローペースである。

 

イケPとサリュがアタランテに後を託し、戦場を離脱して五分程経過した頃、二人は先行していた忍頂寺達に追い付いた。特に放っておくことも出来ず、お互い軽い自己紹介だけを行ってから、こうして同行している流れとなっている。

 

イケP達を先導しているのはサリュであるが、これには理由がある。イケPとアーナスの戦闘に介入する前に、アタランテは予めサリュにアーナスとの戦闘を預かる旨を伝え、逃走経路と戦闘後に落ち合う場所の指示を与えていたのだ。更には逃走に必要だからと自身の最後の支給品が入った支給品袋と、壊れてしまう可能性があるからと自身のスマートフォンもサリュに託していた。

 

(アーチャー……)

 

 未だに背後からは轟音が鳴り響き、地が揺れるのは、未だに大規模な戦闘が行われているという証拠。野性味と気品を併せ持ち、近寄りがたい雰囲気をまとっていたが、こうして自分たちのために命を張ってくれているアタランテーー彼女の無事をサリュは強く願った。

 

そんな一行の前に、一つの人影が突如として舞い降りた。

 

「すみません、少しだけお話を伺っても宜しいでしょうか?」

「誰っ……!?」

「うおっ! 空から女の子が!」

「おやおや……」

 

 それは、黒い艶のある長髪の少女だった。水色と白を基調とした青空を彷彿させる装飾を身に付けた少女の姿はまさに天女の如くーー一行は三者三様の反応を見せ、立ち止まる。

 

「私は東郷美森と言います。 あなた方と敵対するつもりはありません。少しお聞きしたいことがあるだけです」

「私たちは急いでいる、申し訳ないけどーー」

「いやいや三ノ宮君、折角のご来客だ。無碍にするのも申し訳ないよ」

 

 今も自分達のために奮戦しているアタランテのことを想うと、悠長に立ち話をすることなどできないーー東郷の申し入れをサリュが一蹴しようとすると、忍頂寺が遮った。あまりにも能天気で緊張感も感じられない物腰に流石のサリュもムッとする。

 

「あなたは今の状況が分かってーー」

「まあまあ、優衣。 この子も何か困っているようだし、話だけは聞いてやろうぜ。 それに情報交換ってやつなら、俺らが欲しい情報も何か持っているかもしれないだろうし」

「――分かった。小池がそう言うなら……。但し、手短に終わることを希望する」

 

忍頂寺のみならず、イケPにまで諌められたサリュは渋々了承する。但し、東郷に対する視線は未だに鋭い。やり辛いな、と内心思いつつも東郷は話を切り出していった、

 

果たして情報交換はサリュの希望通り、手短に終わった。まずはお互いに軽い自己紹介を

行なってから、ゲームが始まってからの動向と探している人物の情報交換を行った。東郷が自身を中学生と紹介した際、イケPが「中学生っ!? その身体でかっ!?」と騒ぎ、サリュに「小池は黙って!」と一喝された一幕はあったが、それ以外は滞りなく終わったと言えるだろう。

 

結論から言うと、今回の情報交換において、お互いに目ぼしい収穫はなかった。一行の誰も『勇者部』部員の目撃情報と『悪魔の子』に関する情報を持ち合わせていない事を知ると、東郷はがっくりと肩を落とし、東郷が青髪の青年とのいざこざを伏せ、まだ他の参加者と接触したことないと告げた時は、夏彦達の情報を微かに期待していたのかサリュも一段と険しい顔を浮かべた。

 

「お時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでした」

「時間の無駄だった」

「おいっ優衣、そんな言い方ねーだろ! 悪いーな、美森ちゃん。優衣も悪気はあって言ってる訳じゃねえんだよ。 ちなみにこれから、どうするつもりだ? 俺達はこの島から離れるつもりだけど、もし良ければ俺達と一緒にーー」

「いえ、お気遣いはありがたいのですが、私はもう少しこの島を探索してみたいと思っています」

「そうか……。まぁ無理強いは出来ねぇわな。 俺が言うのも何だけど、無茶だけはするんじゃねぇぞ。それと、ここからはなるべく離れた方が良いぜ」

「僕達も道中結城さんに出逢うことがあれば、君の事は伝えておくよ。 僕にも是非君達が二人一緒になれることを手伝わせてほしい」

「――お心遣い痛み入ります。 皆さんも道中お気を付けて」

 

イケPと忍頂寺に謝礼を述べ、最後にチラリとサリュを一瞥すると、目と目が逢った瞬間に視線を逸らされてしまった。随分と嫌われてしまったようだと内心では苦笑し、東郷は地を蹴りその場を後にした。

 

 

 

「どうした? その程度の速さでは私を捉えるなど、夢幻に過ぎぬぞ」

「小癪な真似をっ!」

 

広場に接するビルの屋上にて、アーナスは苛立ちを声に込めて、魔剣を振り払う。アーナスとアタランテ、両者には30メートルほどの距離があるが、生憎と魔剣ヨルドは伸縮自在。瞬時にアタランテの華奢な身体を真っ二つにせんと、剣先が伸展する。だが、次の瞬間には既にアタランテはこれに背を向け別のビルの屋上へと飛び移っていた。剣先は尚もアタランテを猛追するが、アタランテはひらりと身を躱す。魔剣は速度を殺さずに屋上の地に粉砕音とともに潜りこむ。間髪入れずにアタランテの足場を破壊しつつ、彼女の喉元へと急浮上する、が。

 

「緩いぞッ、妖魔! それも見切っているわ!」

「チッ…」

 

流石は最速の弓兵というべきか、アタランテは空中で身体をクルリと反転し、龍のように飛翔する魔剣を難なく躱しきる。更に崩落していく足場へと一度降下し、踏み込みの弾みをつけてから飛躍する。軽やかに屋上のアスファルトの床へと復帰したアタランテーー同時にこれまで散々自身を喰らわんと追跡してきた魔剣が上空へと舞い戻ることを知覚する。天を仰ぐと、そこには満月に照らされ、魔剣を上段に思い切りに振りかぶるアーナスの姿があった。

 

「弓兵風情が…潰れて消えろッ!」

 

振り下ろされた夜の渾身の一撃はビル上部を完全に崩落させた。巨大な砲弾が炸裂したかのような、とてつもない破壊音が辺り一面に木霊する。広場には砕け散ったビル上部の残骸が無遠慮に落下していき、大地を揺らす。

 

たった一振りで、これほどの爪痕を残したアーナスは破壊の権化と呼ぶに相応しいだろう。だが、それでもアーナスの一撃はアタランテの肢体を分断することはなかった。

 

「ッ……!」

 

上部が欠損したビルの中、コンクリートの壁を貫く音とともに到来する矢にアーナスは咄嗟に反応し、喉元の寸前で鷲掴みにする。矢の放たれた方向、対面するビルを忌々しげに睨みつけるが、壁越しに射てきたのであろう狙撃手の姿を捉えることは出来ずーーその一撃を皮切りに右方、左方、後方、床下あらゆる方角から連続してアーナスを射殺さんと神速の弓矢が襲い掛かってきた。

 

アーナスは左手を塞ぐ弓矢を粉々に砕くと同時に、右手で握る魔剣を振るい四方八方から押し寄せる弓矢を次々と弾き落としていく。

 

――斬撃を叩きつけられる直前、アタランテは隣接する廃墟ビルへと素早く回避――崩落の現場を目の当たりにした後、ビル内部にポツリと取り残されていたアーナスに対して攻勢を仕掛けていた。アタランテは、周辺のビル群、果てはアーナスが立つビル内部と彼女の視界に捕捉されぬよう遮蔽物の陰へと駆け回りーー弓を射ては、次の狙撃ポイントへ移動し、また弓を射ては、次の狙撃ポイントへと移動を繰り返していた。

 

先程とは一転、攻守は逆転した。アタランテは「狩人」として「獲物」であるアーナスを仕留めるべくアーナスの視覚外から猛攻を仕掛ける。精錬された射撃は捌かなければ、確実にアーナスの身体に風穴をあける正確無比の代物である。アーナスは射手を視認できないため、ただひたすらに四方八方から連射される弓矢を撃墜していくしかない。が、如何に「夜の君」と言えど、呼吸を整える暇も与えらない状況下では、神速で迫りくる凶器を全て捌ききることは出来なかった。撃ち洩らした幾つかの弓矢が、アーナスの肉を抉っていく。

 

「グッ……! おのれッ……!!!」

 

右太腿、左肩口から溢れ出る己が血液を見て激昂するアーナスは、魔剣ヨルドを両手に掲げ大きく振りかぶる。と同時にヨルドの剣先は一瞬で100m以上に伸長し、右隣に位置するビルを貫通する。アーナスはそのまま剣を振り払いーービルを真っ二つに両断した。

 

「何ッ……!?」

 

アーナスに追い打ちを掛けんと弓を番えていたアタランテは、隣接するビルの半身が崩れ落ちていく様子に目を奪われる。

 

「うぉおおおおおおおッ!!!」

 

獣のような咆哮とともにアーナスは尚も剣を振るう。その矛先は今しがた破壊したビルに連なって位置するビルーー現在アタランテが潜伏している場所でもあった。

 

 無論アーナスはアタランテがどのビルに潜んでいるかなど皆目見当がついていない。アーナスが行ったことは単純明快。遮蔽物の陰から攻撃してくるのであれば、その遮蔽物全てを失くしてしまえばよい。だからこそアーナスは自分の視野に入るビル群全てを除こうとしたのだ。

 

圧倒的破壊力と攻撃範囲を誇るアーナスだからこそ成しえる荒業である。

 

「ッ……! 何と出鱈目な!」

 

轟音ともに下の階層が魔剣の剣先が貫いたのを悟ると同時に、アタランテは浮遊感を感じた。アタランテが潜むこのビルも先程と同じ要領で両断されたのだ。広場の地面に引き寄せられていく籠から脱出すべく、アタランテは急ぎ窓ガラスをぶち破り宙へと跳ぶ。

 

――しかし。

 

「捉えたぞッ! 弓兵!」

 

跳び出した先の宙は「夜」の宙であった。

 

アタランテが視線を落とすと、そこには赤とエメラルドに煌めく眼光で此方を見上げるアーナスの姿があった。敵の視認と同時にアタランテが知覚したのは、自身の真下――地の底から聞こえる風を切る音と突風。まずいと歯噛みし、空中で身体を捻るが、夜の魔の手から完全に回避することは適わなかった。

 

「くっ……!」

 

地の獄から飛翔した魔剣の剣先がアタランテの右脚を貫き、そのまま横へと裂いた。鮮血が夜の空に飛び散り、思わず顔を顰めるアタランテ。更に魔剣は空中で屈折し、アタランテの顔面を貫かんと襲い掛かるが、瞬間、胴を反転させ携帯する弓柄でこれを弾く。

 

アタランテは瓦礫の山へと片脚で着地し、こちらへ向かい歩を進めるアーナスを見据える。先に負った脚へのダメージは深刻なものであった。剣先は骨の髄までをも貫通し裂いていたため、脚はほぼ千切れかかっている状態となり、その機能を失いかけていた。赤黒い血を垂れ流す傷口からは、ピンク色の肉が剥き出しとなっていた。こうなると、速さを殺されたも同然。アタランテは先程のように俊足で駆動し、翻弄することは出来ない。

 

しかし、アタランテの闘志は死んでいない。生きている方の脚に力を込め、後方へ跳躍すると同時に、空中で矢を番えアーナスの眉間に照準を合わせようとするがーー

 

「無駄な足掻きだッ!」

「ぐはッ……!」

 

矢を放つ前に高速で飛来した夜の斬撃に対処すべく、弓柄を盾としこれを防ぐ。だがそれでも勢いを殺しきることは出来ず、アタランテのか細い身体は数十メートル先にあるビル残骸の渦へと叩きつけられる。

 

「ゲホッ……ゴホッゴホッ……!」

 

土煙が漂う残骸に埋もれ、アタランテは血を吐きだすも尚、ゆっくりと自身に歩み寄ってくるアーナスを睨みつける。満身創痍の身体でも弓を握る力は弱めず、矢を番えんと腕を動かすが、それよりも速くアーナスが振るった魔剣が頭蓋に延伸した。

 

(これで終いか)

 

と、アタランテが覚悟を決めたその瞬間、目前に迫っていた剣は突如として巻き戻る。続けて、アーナスは明後日の方向へと振り返り、巻き戻りし剣を一線に振り下ろした。

 

と同時に、アーナスの左右で爆音とともにコンクリートの地面が爆ぜた。

 

「――まだ私に逆らう愚か者がいるか」

(遠方からの狙撃……何者だ?)

 

アーナスは忌々しげに彼方のほうを睨みつける中、アタランテは持ち前の超視力で数百メートル離れたビル屋上からアーナスに銃口を向ける東郷美森の姿を視認した。

 

 

 

 

「本当に人間離れしているわね、あの二人」

 

サリュ達との情報交換後、東郷美森はアーナスとアタランテの死闘の様子を遥か後方のビル屋上で窺っていた。

 

先程の四人組は残念ながら「悪魔の子」の情報は持ち合わせていなかった。

 

―フィールド内に残る情報源は残り2人。ただし、先の四人から聞いた話によれば、あの蒼の騎士は殺し合いに乗っているであろう危険人物であるため、会話に応じてくれる可能性は低い。したがって、接触できそうな情報源は翠緑の弓兵アタランテ只一人。彼女からも「悪魔の子」に関する情報を保有していないか聞き出しておきたい。その為には現在アタランテと人間離れした攻防を繰り広げ、今後友奈や自分を含めた参加者達にとって脅威になりえるアーナスは出来うる限り排除したかった。但し、あくまでも「出来うる限り」の話だ。美森にとっての最優先事項は友奈との合流であり、「悪魔の子」の情報や殺人者(マーダー)の間引きは二の次である。建造物を次々と造作もなく破壊する夜の怪物と正面から相対するリスクを冒すつもりもなければ、情報欲しさだけに狩人に加勢する義理もない。したがって、広場で繰り広げられている死闘については、基本的には深入りせずに様子を窺い、機会が訪れることであればアタランテを援護し、暫く介入する余地が無ければ場を去るつもりであった。

 

果たして機会は訪れた。アタランテはアーナスの魔剣に被弾し瓦礫の海の中に沈み、アーナスは雌雄を決するべく、ゆっくりとアタランテの元へと近付いていく。その後ろ姿は奇しくも東郷の視点からは真正面――間に遮蔽物は存在しない。

 

射程圏内で大きな隙を見せたアーナス。今引き金に力を込めれば、数秒も経たずにアーナスの脳天を撃ち抜く状況にあることを認識し、東郷はゴクリと生唾を飲み込む。

 

引き金に掛ける人差し指が震えていることに気付く。これは先の墓地で被ったシバリアによる影響だけではない。人一人の命を奪うという事に対する背徳感と重責が、東郷の身体に震えを生じさせていた。

 

東郷は瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整えた。

 

今更何を躊躇う必要があるのだろうか。

大切な親友の為に、その手を血で染める覚悟は既にしたはずだ。

 

思い返す。

 

――太陽のように私を照らしてくれるあの子の笑顔を。

――私が不安だった時、いつも抱きしめてくれたあの子の優しさを。

――友人の為なら命を賭すことも辞さないあの子の勇ましさと……危うさを。

 

「これも、友奈ちゃんのためーー」

 

だからこそ殺す。

 

――あの子の首輪を解除するために「悪魔の子」を。

――あの子に仇なすであろう危険人物を。

 

震えは立ち消えた。

東郷は瞼を見開き、銃口の照準を微調整する。

 

「今度はーー私が友奈ちゃんを護るんだ!」

 

決意を込めた掛け声と共にマジカルトカレフの銃口が火を噴いた。

 

 

だが。

 

 

「嘘っ……。あの体勢から弾丸を斬りつけるなんて……!」

 

弾丸が迫りくるその瞬間、アーナスは顔色を変えずに振り向きざまに剣を振るい、これを両断した。

予想だにしなかった光景に、東郷は火薬の匂いと硝煙が立ち込める中、激しく動揺する。

アーナスはただ立ち尽くし、狙撃元の方角である此方を睨みつけている。この距離では恐らく東郷の姿を視認していることはないだろう。ただし弾丸が発射された方角に敵対者がいることは認識しているはず。

 

相手はやはり化け物。

交戦か。撤退か。

 

「えっ……」

 

次のアクションを逡巡する美森の思考は、アーナスの周囲に眩い光が蓄積されているという摩訶不思議な光景を目の当たりにして、断ち切られた。

黒に包まれた夜の市街地だからこそ、その白い光は神々しさをも感じさせるものであった。

 

そして次の瞬間――。

蓄積された光は解き放たれた。

 

「なっ……!」

 

 文字通り光速で差し迫る白の光は、両者間にあるビル群を次々と飲み込んでいく。

 東郷美森は何が起こっているか理解できていない。

 

 理解する前にーー

 身体が反応する前にーー

 

 眩い魔力の光は美森の五体を包み込んでいった。

 

 

 

 

狙撃手が潜んでいたであろう方角の建造物の一群は、瓦礫の山と化していた。

 

「クソッ……!忌々しい人間どもめが……!」

 

鉄塔を消し去った時よりも多くの魔力を消費した影響か、アーナスは一瞬立ち眩みにより、ぐらりと膝を崩しかけるが気力を振り絞り、立ち直る。

 

幾ら「夜の君」といえども、その魔力は無尽蔵ではない。その表情は極めて疲弊したものとなっていた。

 

狩人はこの千載一遇の機会(スキ)を逃すことはなかった。

 

「我が弓と矢を以って太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)の加護を願い奉る」

「……!」

 

アーナスが振り返ると、瓦礫の海の中にはアタランテの姿は既になく、視線を遥か彼方へと移行させると、上部が切断されたビル残骸の柱に佇み、弓を天に向ける宿敵がそこにいた。

アーナスは即座に魔剣を振るい、剣先はアタランテ目掛けて猛スピードで接近していくが、時既に遅し。

 

「この災厄を捧がん――『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』!!!」

 

詠唱が終わると同時に、二本の矢が空高く放出される。この二本の矢は荒ぶる神々への加護を訴えるものである。

そしてその加護は敵方への災厄という形で具現する。

 

「なん、だと……!」

 

 アーナスは夜天から自身を目掛けて降り注ぐ光の矢の大軍を、呆然と見上げる。これぞアタランテが誇る対軍宝具『訴状の矢文(ポイボス・カタストロフェ)』。

 

アタランテは当初から怪物を仕留めるために宝具の使用も想定していた。故に広範囲に降り注ぐ矢の雨に巻き込まれぬよう、イケP達を戦線から離脱させた。

 

市街地に到来した矢の雨はあらゆる物を貫き、地を穿っていた。アタランテの眼前に広がるはクレーター状の更地。先の戦闘で崩壊していたビルの瓦礫もまだ無事であったビルも問わず、粉微塵となっているところを見るに、切り札の威力が窺える。

 

だが、それでもアタランテの表情が晴れることはなかった。

 

「ゴホッ……まさか……このような芸当も出来るとは、な……」

 

盛大に赤い血を吐くアタランテの眼差しの先には、ブラックホールのような黒い渦が蠢いている。その暗黒空間からは魔剣が飛び出し、アタランテの胸を貫通して翠緑の衣装に赤黒い花を咲かせていた。その刺突はサーヴァントにとっての心臓にあたる霊核を貫いていた。

 

アタランテに致命傷を負わせた魔剣は黒の渦へと戻る、と同時に満身創痍のアタランテの身体は地に伏した。そんなアタランテの眼前で、魔の領域の主が腕を組みながらゆっくりと浮上する。

 

「成る程な、貴様の切り札――確かに見事なものだった。 まともに攻撃を受ければ、私といえども危なかった」

 

あの時―矢の雨がシャワーのように一斉降下してくるのを視認したアーナスは即座に暗黒空間を足元に創出し、これに潜り込んだ。外界と隔絶された異空間の中では如何に地上で大規模な破壊活動が行われようとも、一切の影響を受けない。

アタランテの決死の切り札は結果としてアーナスに傷一つ付けることは出来なかった。

 

「称賛しよう。 私をここまで追い詰めたのは”あの女”から数えて貴様が二人目だ」

 

アーナスはアタランテに勝利した。だがこの勝利をもぎ取るためには、多大な魔力を消費した。だから、補充しなければならないーー浪費したものを補填するために、強者の生き血を。

アーナスは血みどろのアタランテの髪を引っ張り上げ、無理やりに立たせる。アタランテは脱力した状態のまま、特に抵抗はしない。

 

「貴様には私の魔力の贄となって貰おう。わざわざ弱者に手を差し伸べた結果がこれだ。

貴様ほどの力量を持つものが、実に愚かな選択をしたものだな」

「これは……私自身の…意思で決めたことに対する結果だ。そこに悔いは、ない……」

「下らない強がりだな」

 

狩人の瞳は既に光を失い、獅子の耳に依る聴覚も朧げなものとなっていた。だがそれでも、アーナスの声に反応はできるようで、血にまみれた口元を微かに綻ばせる。

 

「――何が可笑しい」

「可笑しなものよな。既に趨勢は決しているというのに……、汝は、死に行く私にこうも無意味な会話を試みている」

「……黙れ」

「早々にとどめを刺せばよいものを……何を躊躇っている? 何を迷っている?」

「黙れと言っている」

「生憎と私は敗残した身。 汝に思うところは何もない。 それとも私の口から否定して欲しいのか? 揺れに揺らぐ汝自身の在り方をーー「黙れぇええっ!!!」

 

アタランテが言い終わる前に、アーナスは怒声とともに彼女の首筋に喰らい付いた。

そして、アタランテの命の灯火が消えるその瞬間まで、アーナスは彼女の生き血を貪り続けた。

 

 

 

 

嗚呼、そうさな。

愚かなことをしたと、私自身が良く分かっている。

あの無鉄砲な大莫迦者に付き合った結果がこの有様だ。

 

あの男が掲げた理想は、私が抱える願望と比べると何てことはない小さなものではあったが、彼奴の力量では成し遂げることは難しくーー危ういものであったな。

 

それでもーー身の丈にあわない目標のため、天に向かい翼を広げようとする彼奴の姿を嘲笑うことは出来なかった。

意固地になって羽ばたこうとする彼奴が失墜する姿を見たくなかったのだよ。

 

嗚呼、そうか。

そうだったのか。

 

見果てぬ幻想を掴もうと背伸びする彼奴にーー私は私自身の姿を重ねていたのか。

 

なればこそ、願おう。

 

彼奴らの飛翔を。

彼奴らの成長を。

彼奴らの栄華を。

 

せめてもの悔いはーー

彼奴らの行く末を見届けることできないことぐらいか。

 

 

【赤のアーチャー@Fate/Apocrypha 死亡】

 

 

 

魔力補充を終えたアーナスは既に戦場を去り、幽鬼のように街を彷徨っていた。アーナスの頭には先程の戦場で出会った人間達の声がエコーしていた。

 

『やっぱり残さず食べてあげないと、相手にも失礼だよ。君たち妖魔は、簡単に他人を取り込むことが出来るんだろ?』

 

薄気味の悪い料理人から説かれた妖魔の習性。先程アーナス自身も吸血という形で実行している。これは妖魔にとっては至極当然の行為ではあるが、何故だか腹の底から嫌悪感が滲み出てきてしまう。

 

『それとも私の口から否定して欲しいのか? 揺れに揺らぐ汝自身の在り方を』

 

刃を交えた英霊に見透かされた心の内。とどめを刺しに行くべきあの瞬間、確かに心の奥底で躊躇いが生じていた。理由は分からないが、それはかつて自分自身が忌み嫌っていたことではないかと錯覚した。

 

「私は人間を糧とする妖魔の長“夜の君”、アーナス。それ以上でも以下でもない。ただそれだけ…。ただそれだけなんだ…」

 

記憶が欠落した夜の君は自答を繰り返し、苦悩する。

宝石のように鮮やかなオッドアイからは、いつのまにか涙が零れ落ちているが、歩みを止めることはない。

 

陽が出るまではまだ時間がある。

 

夜の時間はまだ終わらない。

 

 

【G-4/一日目 黎明】

【アーナス@よるのないくにシリーズ】

[状態]:記憶欠落、全身ダメージ(小)、魔力消耗(小・ある程度回復)、“月の女王”への激しい憎悪

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人未確認)

[首輪解除条件]:不明(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:皆殺し。優勝して元の世界に戻った後、”月の女王”を殺す

1:参加者を探して殺す

2:主催者も殺す

3:私の大切なもの…?

4:私はアーナス…夜の君…

5:忍頂寺一政に対して強い嫌悪感

[備考]

※参戦時期は暴走状態からのです

※アルーシェから吸血を行い、理性と”夜の君”としての記憶を取り戻しました。ただし、”夜の君”になる前の記憶については、喪失したままの状態となっています。また、アルーシェの蒼い血を吸った影響で妖魔としての力が増大しています。

※アタランテから吸血を行い、魔力補充を行いました。そのほかの影響については後続の書き手にお任せします。

 

 

 

 

「終わってしまったようね……」

 

二人の戦士の激突の余波で荒廃した市街地―ー変わり果てた姿で横たわるアタランテを前にして、東郷美森は暗い表情のまま呟く。

 

まさか、あれほどまでに危険な参加者がこのゲームに参加しているとはーー

 

アーナスから放出された閃光が肉薄したあの瞬間――精霊が盾となっていなければ、間違いなく即死だった。

あれはまさに怪物だった。たとえ満開状態であったとしても、あれとまともに相対できるという自信はない。

 

東郷の肩は恐怖で打ち震えていた。

 

 それは怪物自身に対するものでも、自分が死に直面したという事実に対するものでもなく、今後自分の大切な友達があの怪物に遭遇してしまい、あっさり殺されてしまうのではないかという恐怖によるものであった。

 

脳裏に浮かんだのは大切な人の死――。

最初にフラッシュバックしたのは、バーテックスの前で仁王立ちし物言わなくなった親友の記憶。

次に想起されるは、怪物の魔剣で串刺しにされた赤髪の少女のイメージーー

 

「ッ……!!!駄目っ……!!!」

 

己が浮かべた最悪の結末――東郷は咄嗟に首を振り、思考を打ち消した。馬鹿な考えをしてしまった自分に嫌気をさしながら、アタランテの亡骸の懐を探っていく。

 

どれだけ探っても彼女の懐からは支給品袋もスマートフォンも出てこなかった。恐らくは先の四人に託したのか、アーナスに奪われたのだろう。

唯一亡骸の近くに放置されていた弓矢を自分の支給品袋に放り込むと、東郷は逃げるように戦場跡から退散した。

 

 勇者――東郷美森の瞳は今や焦燥と恐怖の狭間で揺れ動いていた。

 

 

【F-4とG-4の境目/市街地/一日目 黎明】

【東郷美森@結城友奈は勇者である】

[状態]:健康

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ残り4)、青坊主(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一式、東郷美森のスマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である)、マジカルトカレフ(予備弾薬一式含む)@魔法少女育成計画、リップルのクナイ(3本)@魔法少女育成計画、天穹の弓@Fate/Apocrypha

[状態・思考]

基本方針: 皆で殺し合いから脱出し、叶うならば主催者の謎の力を利用してタタリを消す方法を探す

1:とにかく友奈ちゃんと合流。『友奈の友達』として、友奈ちゃんに『勇者』であり続けるのを止めさせる

2:アーナスの脅威を認識。排除のために他の参加者と手を組む。

3:勇者部の皆を探す。銀は……。

4:『悪魔の子』を特定し、ほかの参加者にばれないように殺す。そのためにも青髪の青年は警戒(出会ったら情報を引き出してから口封じする)

5:三ノ輪銀の存在に疑念。会ったとしても何を言えばいいんだろう…。

6:三ノ宮さんに嫌われてしまったなぁ……。

[備考]

※参戦時期は勇者の章5話、部室で友奈と喧嘩した後です

※『悪魔の子』についてはその呼び名しか知りません

※赤のアーチャーのスマホの特殊機能は『死亡者放送時、同時に死亡した参加者が誰に殺されたかを表示する』

死亡者放送が流れ終わった直後に、スマホに自動的に『○○殺害者:○○』と表示されます

※F-4エリアにて、アーナスとアタランテの戦闘により、市街地が大規模に破壊されております。

※F-4エリア、市街地にアタランテの死体が倒れています。

 

 

 

 

ここはG-3、陽がやや上り始めた早朝の海の上、一隻の船舶が水面に揺れていた。

 

赤のアーチャーからサリュに託された支給品――大型クルーザーの内装は非常に豪華なものであった。メインサロンには本革の白いソファが備えつけられ、絨毯、TV、長方形のテーブルといった家具一式、さらにはダイニングキッチンまでも完備されている。

 

さらにメインサロンから階段を伝うとキングサイズのベッドを備え付けた寝室に、シャワールームといったものまで用意されており、海上でも乗組員(クルー)は不自由なく過ごせる構造となっている。

 

 

「んん、ん。ここは……?」

「良かった、気が付いた」

「君は……?」

 

 寝室のベッドの上、アルーシェは眼を覚ます。その傍らにはサリュがいた。先の戦闘で負ったアルーシェの傷については、イケPから譲り受けた「けんじゃのいし」を使って、ある程度は治癒できていた。

 

 覚醒したばかりのアルーシェは今の状況を上手く飲み込めていない。困惑した表情を浮かべ周りをキョロキョロと見渡すアルーシェに、サリュは淡々と告げる。

 

「私は三ノ宮・ルイーズ・優衣。あなたと同じゲームの参加者。まずは付いてきて」

「あっ、ちょっと君! 待ってよ!」

 

 自分を放置し階段を降りていこうとするサリュを、アルーシェは慌てて追いかける。階段を降った先のサロンには、サリュの他に二人の男性が待ち受けていた。その内の一人は見知った顔だ。

 

「忍頂寺さん!」

「ああ良かった、アルーシェ君気が付いたようだね」

「はい! えっと……こちらの人は?」

「よお、傷の具合はどうだい、姉ちゃん?」

 

アルーシェは何とも安心した面持ちで忍頂寺に駆け寄り、忍頂寺もこれに応える。さらに傍らにいるイケPも話に加わり、サロンは賑やかになる。

 

とりあえず一段落付いたーーと三人の歓談を眺めるサリュは感想を抱いた。

 

 だが、それでも一つ懸念は残っている。

 

サリュは思い出すーーイケPを追いかける形で戦場に向かう道中に聞かされた、アタランテからの忠告を。

 

「優衣、今後何があったとしてもあの男には決して気を許すな」

「……? あの男って?」

「あの広場にいた、もう一人の男のことだ」

「私の眼には、特になんてこともない非力な人間に見えたのだけど……それは野生の勘というやつ?」

「恐らく汝には視認できなかったかと思うが、あの男……あの状況で笑っていたのだよ、 まるで得体が知れない。 後は、そうさな……動物的な勘だ。 奴からは獰猛な肉食獣のようなものを感じた。見た目には騙されるな」

 

と忍頂寺を凝視し回想していると、彼と視線が合った。忍頂寺は相も変わらず柔和な笑みを浮かべながら、サリュに声を掛ける。

 

「うん、どうしたんだい三ノ宮君? 僕の顔に何か付いているかい?」

「……別に」

 

サリュは直ぐに視線を外した。先程、東郷美森とも同様のやり取りを行なっていたが、サリュは東郷に対しては辛辣な態度を取ってはいたものの、東郷自身に嫌悪感を抱いていたわけではなく、ただ単に気恥ずかしさから視線を逸らしていただけであった。だが、今回はーーアタランテから植え付けられた先入観のせいなのか、忍頂寺の視線にどことなく悪寒を感じていた。

 

 

【G-3/海上・クルーザー内メインサロン/一日目 早朝】

【アルーシェ・アナトリア@よるのないくにシリーズ】

[状態]疲労(中)、全身ダメージ(中・ある程度治癒)、首筋に噛み痕(軽い失血)

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 7人以上の参加者から吸血を行う(残り6人)

[思考・行動]

基本方針:会場からの脱出

0: まずは状況把握

1:アーナスさん、一体どうして……

2:忍頂寺さんと一緒に仲間たちを探す

3:忍頂寺さんのとっておきの料理が楽しみ

4:なるべく首輪は外したいけど、無理矢理血は吸いたくない……

※忍頂寺からスマートフォンの使い方を教わりました。

※忍頂寺から吸血を行いました。

※参戦時期は本編6章でアーナスが仲間になった直後です。

※本人は気付いていませんが、活動時間の制限が取り除かれています。

 

 

【忍頂寺一政@追放選挙】

[状態]疲労(中)、興奮状態、首筋に噛み痕(軽い失血)

[服装]いつもの服装

[装備] 首輪索敵レーダー、

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ボウガン及びボウガンの矢30本(現実)、調理器具一式(現地調達)、不明支給品(本人確認済み)

[首輪解除条件]他参加者に装着されていた首輪を6個以上保有する

[思考・行動]

基本方針:積極的に殺し合いに乗るつもりはない、他人と「共生」する手段を模索する。

0:まずはこの二人(イケP、サリュ)との情報交換かな

1:クリストフォロスを捜索し、青い血を浴びて邪妖になる。

2:妖魔に半妖……やっぱり素晴らしい存在だね

3:積極的に他の参加者と接触し、自分と「共生」するのに相応しい存在か観察する

4:アルーシェ君に「あれ」をご馳走する。その為には食材が欲しいところだね

5:アルーシェ君にまた吸血されたいし、アーナス君にも吸血されたい

※首輪索敵レーダーは半径200m以内の首輪の存在を確認することができます。

※参戦時期はアリスから追放選挙のルールを説明された直後となります。

 

【イケP@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:疲労(中)、全身切り傷、ダメージ(中・ある程度治癒)

[服装]:いつもの服

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、けんじゃのいし×5(残り数2)@ドラクエ11、せいすい@ドラクエ11

[首輪解除条件]:首輪解除条件が達成された女性参加者の首輪を2つ以上所持

[思考]

基本:この殺し合いを開いた連中をとっちめてメビウスに帰る

0:姐さん……

1:優衣と共に夏彦の家に向かう

2:あの外道イケメンと銀髪の姉ちゃんを警戒

3:もしウィキッドと出会ったらどうか

4:峯沢が心配

 

[備考]

※楽士ルート、水族館編終了後からの参戦です

 

【三ノ宮・ルイーズ・優衣@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:疲労(小)、ダメージ(小・ある程度治癒)

[服装]:いつもの服(ボロボロ)

[装備]:単分子ワイヤ@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、赤のアーチャーのスマホ、魔術万能攻略書@Fate/Apocrypha、レスキューマンのコスチューム@カリギュラ、アリス@ルートダブル -Before Crime * After Days-、大型クルーザー(現実)

[首輪解除条件]:天河夏彦、森の音楽家クラムベリー、一条要、三ノ輪銀の内、最低一人の第三回放送終了後までの生存。なお該当者が全員死亡した場合即座に首輪が爆発する

[思考]

基本:夏彦とましろと共に、元の世界へ帰る。

0 :情報交換後、アタランテとの合流ポイントに向かう

1:イケPと共に夏彦の家に向かう

2:夏彦とましろが心配

3:あの金髪の男と銀髪の女は今後警戒

4:忍頂寺一政も一応警戒しておく

5:もし渡瀬と出会ったら……

[備考]

※AルートGoodエンドからの参戦です

※アタランテから聞かされた合流ポイントについては、次の書き手さんにお任せします。



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Lucid/カミュ、ホメロス(ヤヌ)

――お前こそが、俺の光だったのに。

 

 

 

☩  ☩  ☩

 

さすがに壁を壊して進むような愚を二度も冒すつもりはなく、ホメロスは出口を使って図書館の外へと踏み出した。

頭上を見上げれば、蔦が絡みついた荘厳な趣の建物が夜空へとそびえるように建っている。

 

「内装から想像してはいたが、ずいぶんと大規模な図書館だな……これを超えるものはクレイモランの古代図書館ぐらいか」

 

ロトゼタシアに大規模な製紙印刷工場などあるはずもなく、当然に本の発行部数も限られる世界にいたホメロスにとって、これが世界中の書籍を集めた国家規模の建設物ではなくただの市立図書館でしかないことには、かなりの驚きがあった。

とはいえ、はじめに蔵書を手に取って読んでみた時の驚きはそれ以上だったが。

 

「聖杯戦争だの、『夜』を封じる失われた聖典だの……他の者なら御伽噺と切り捨てていたかもしれないが、さすがに全ての本がよくできた作り事だとするには手が込みすぎているな」

 

ここ最近は知略を生かす機会がなかったので目立たないが、ホメロスは幼いころからデルカダール王国の重臣となるべく勉学に励んでおり、ロトゼタシアでもかなりの読書量を持っている。そのホメロスの目を持ってすれば、図書館にあった蔵書はどれもロトゼタシアで出版された英雄戦記や魔術書とは一線を画していることが明らかだった。

根源の渦、並行世界、剪定事象……いずれもロトゼタシアの魔術体系からは生まれない概念だったが、逆にまったくの初見であるからこそ『ロトゼタシアの人間が、空想を巡らせて書いたとしても出てくるような発想ではない』という察しがつく。

『自分が少しも感知することのなかった』という事実でもって、『これはロトゼタシアの話ではないのだ』と半信半疑ながらも視野に入れる。

だが、あの場でずっと読書に没頭し、殺し合いゲームとやらを無視して引きこもっているわけにもいかない。

よってホメロスは、『他の施設も回ってみるついでに自分の知らぬ文明の利器があれば利用する』という折衷の判断をした。

先ほど、一見して魔法力も無さそうなただの子ども等を相手に手こずったことを深く深く反省している、というわけでもないのだが。

 

――世界を意のままにするチカラを与えられた私でさえ、いまだこの世にあずかり知らぬ『チカラ』があるというのも、面白いことではないからな。

 

たかがプライドと言ってしまえばそこまでだが、戦場における不確定要素をなくしておきたいというのは正しい行動でもある。

進行方向を、ホムラの里があることから勇者一行らが向かう可能性のある北部ではなく、いちど東部に向けたのもそのためだ。

ゲームセンター、アリスランド、原子力研究所……ホメロスにとって、どういう施設なのか想像がつかないランドマークは、西部よりも東部のほうに多いし、ユグドミレニア城も『城』と名の付く以上は何かしらの備蓄や武器庫が期待できる。

何かしらホメロスの知らなかった地の利、それに魔術書やアイテムでもあれば、先に獲得しておいた方が有利になるばかりか、天空魔城へ帰還した時の手土産にもなるかもしれない。

また、最初に出会った少女に対して『ナツヒコを殺す』と宣言した以上、その人物が向かう可能性のある『天川夏彦の家』とやらも散策の余地はある。

いきなり灰色で塗り分けられた市街地エリアに突入すれば道が入り組んでいるリスクもあるだろうし、まずは『墓地』を目指すように直進してから東部エリアに入るのが最短距離になるだろうとホメロスは考えた。

 

「もっとも、手土産というならばそもそもこの剣こそ大事になってくるのだがな」

 

手元には、刃こぼれ一つしていない『勇者の剣』がある。

元が魔王を倒すための武器だったとはいえ、これは本来、魔王ウルノーガの力によって『魔王の剣』として生まれ変わった剣だ。

ホメロスは『勇者の剣』だった時の姿を大樹の結界に収められていた短時間しか目撃していないために記憶も曖昧だったが、おおよそはこんな見た目の剣だったと覚えている。

なぜか勇者の剣の形に戻ってしまっているとはいえ、主君の所有物である以上は丁重に持ち帰らなければならない。

 

「よくできた贋作、ということは無いのだな……」

 

月光に凍てついた反射を返す剣の輝きを、仔細に観察する。

鋼の力強さと剣身の冴えは、明らかにどんな武器屋にある名剣とも一線を画していた。

おそらくオリハルコンのような太古の希少金属を素材にしているのだろう。確かに個人が携行できる刀剣類の中では最上位の名剣だと認めざるをえないものがある。

 

「しかし、理解に苦しむな……わざわざ『セッティング』とやらをするぐらいなら、なぜ『魔王の剣』をそのまま支給しなかった?

いや、あのような大剣を扱える者など限られることは確かだが……」

 

勇者の剣とはそもそも、命の大樹に敵対する闇の力を祓うために造られた武器であるはずだ。

剣としての斬れ味はともかく、魔軍司令であるホメロスが光の力を持った武器を使えるようになったところで実質的な意味はない。むしろホメロスの持つ闇属性の攻撃術とは相性が悪いぐらいだ。

あの白黒の魔物は、まさか『伝説の勇者の武器が魔軍司令に使われてやんのゲラゲラ』と皮肉を利かせるためだけに、わざわざ『性能を勇者の剣のままに、魔族にも扱えるよう改変する』などという手間をかけたというのか。

むしろ逆にホメロスのほうが『魔王軍のくせに勇者の剣を使ってやんの』と嘲笑されることになるのではないか。それとも悪魔の子、もとい勇者の方は、たとえ魔王の剣を支給されても頓着せずに振り回したりするのだろうか。いや、まさかなと首を振る。

 

「そもそも、魔族であるかどうかが問題なのではないな。勇者の力を持たない者がこの武器を扱えている、その絡繰りだ」

 

大樹の祝福をうけて生まれた勇者が聖なる剣で邪悪の影を討ち取る……というのがローシュ伝説のおおまかな筋書きだが、逆にいえば魔王軍にとっても勇者の力さえ封じてしまえばこの世に脅威たりえる人間はいない、ということになる。

それが聖なる力を振るうのに勇者である必要はないということになれば、どの勢力にとってもロトゼタシアの大原則を揺るがす異常事態だ。

しかし、例外として勇者でない者が勇者の剣を扱えるようにした実例がひとつある。

今は魔王である主君ウルノーガが使った方法だ。

 

「ひとつ試してみるとするか」

 

ホメロスは勇者の剣を抜き、構えた。

剣の柄の部分へと魔力を集中させ、夜闇を切り裂くべつの闇をイメージする。

 

「――はあっ!!」

 

柄にはめ込まれていた赤い宝玉が暗紫色に発光し、一条の光線となって虚空へと放たれた。

 

――闇の閃光。

 

本来は闇のオーブから発せられた魔力を一点に集中してぶつける技だが、闇の力を剣に取り込んでいる魔王ウルノーガは魔王の剣を用いて同じ事ができる。

 

「なるほど。やはり魔王様のつるぎと同じような産物というわけか」

 

闇のオーブを用いた時ほど閃光は強くないようだったが、それは剣に含まれる闇の力がそこまで濃くないせいだろう。

しかし、魔王の剣と共通する原理の技を放てたことで、はっきりした。

勇者以外でも扱えるようにする為のセッティングというのは、つまり魔王もそうしたように闇の魔力で剣を侵食したということなのだろう。

魔王の剣が作られた時と違って、剣の形そのものを変えてしまうほど多量の魔力は注がれていないようだが、勇者以外の者が振るっても支障ないほどには別種の力を上塗りされている、というのが正解だ。

だが、闇のオーブや魔王の剣よりも力が薄いということは、オーブが持っていたようなバリアを張り巡らす機能までは無いことも意味していた。

 

「読めたぞ。魔王の剣やオーブを支給しなかったのは、ワンサイドゲームを避けるための措置ということか……」

 

そう考えれば腑に落ちる。

思い返せば、ゲームを説明していた時も白黒の魔族は『一般人でも上手く行けば強いやつ相手にジャイアントキリングが可能かもしれないぽん』などと述べていた。

おそらく、あの魔物は何をどうやっても殺されることのない無敵状態のまま勝ち残る展開など望んでいないのだ。

そのために、魔族が持てば絶対不可侵の防御を張れる闇のオーブや魔王の剣を支給することをよしとしなかった。

 

「そちらからゲームに招いたにも関わらず、ずいぶんと注文をつけてくれたものだな……やはりあの羽虫の上にいる輩は気に入らん」

 

ホメロスとしては優勝を目指すつもりではあるが、このゲームを楽しんでいる黒幕のことを何も知らぬまま能天気に帰還するつもりも無かった。

どころか、主君であるウルノーガと利害が衝突するようであれば、決して放置できない存在だと警戒している。

さらにホメロスの立場としても、天空魔城へと帰還し『いったいどこへ行っていたのだ』と報告を求められたとして、『私を攫ったのはどういう存在なのかさっぱり分かりません』などと間抜けな報告をして主君から失望を受けたくはない。

優勝するにしても、主催者の正体を探り出した上で帰りたかった。

 

「『何を目的としたどのような組織であるのか』という答えならば、あの白い小娘が握っているようだ。

だが、尋ねても先ほどの金髪の娘のような反応をされるのが関の山だろうな」

 

交渉しようにも、自分の身体はすでに人間ではなく魔族のそれに近いモノへと変質している。

図書館では金髪の幼い少女ですら騙せなかったように、よほど能天気な者でない限りは闇のオーラを気取られてしまうことが想像に難くない。

デルカダールの将軍として築き上げた知名度こそホメロスの立場を偽るのに有利なものだったが、問題は名簿から把握できる見知った人物が全員、ホメロスが人間を裏切ったと知っていることだった。グレイグを含めた全員が、大樹が崩壊した日に行われたことを他者に広めて警戒を促すだろう。

今のところ、首輪の解除条件について利害の一致をみた参加者を誘うぐらいしか交渉材料がない。

おそらく魔を祓う剣が支給されているぐらいなのだから魔族もホメロス以外に何名か参加しているのだろうし、優勝狙いの魔族でもいれば『もし自分の手で殺すのはしのびない仲間がいれば、お前の代わりにそいつを殺してやる』などと交換条件を結べるかもしれないが、そんな者は限られるだろう。

いっそ支給品に鉄兜や仮面のような類の装備でもあれば、顔を隠して別人を装うことをできたのだが……やはり顔を隠したままの人間など、遠からず警戒される。

そもそも支給品に頼ろうにも、問題がもう一つあった。

 

「袋を隅々まで検めたのに支給品は二つしか見当たらないときている。あの羽虫の手抜かりも甚だしいな」

 

袋の底まで隅々を漁ってみたが、絶対に切断されない拘束用魔法ロープとやらはいいとして、三種類目の支給品に相当する道具が見当たらない。

スマートフォンやらの扱い方を掴むのに難渋したためになかなか気に留められなかったのだが、悪条件が重なると舌打ちの一つもしたくなる。

 

「こんな道具一つに地図やルール説明を入れておくぐらいなら、ついでに間違えないよう支給品台帳でも付ければ良かったものを…………おや?」

 

スマートフォンを動かしてアプリを眺めたことで、気付いた。

 

参加者名簿にルール説明、会場地図、時計、メモ帳、ファヴが『ある』と言っていた機能の他にもう一つ、意味の分からないアイコンが浮かんでいる。

 

 

 

支給品:特殊機能『Lucid(光)』

 

 

 

「ルシード……これが支給品だというのか?」

 

支給品の機能として『光』とはどういうことだ、とその四角形に触れる.

ほどなく、大きな表示枠が画面に浮かんできて説明文らしき文字列が眼に入った。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

黒髪の少女に追いつくことを期待して引き返してみたものの、結果は懸念の通りだった。

 

「もう移動してたか……そりゃそうだよな」

 

人ひとりいなくなったモニュメントを見下ろして、小さくため息をひとつ。

 

試しに、先ほどの少女が立っていたところまで歩き、何を見ていたのかを確かめた。

他の墓標よりもだいぶ新しく切り出されたことが分かる石材で、『三ノ輪銀』と名前が刻んであった。

どこかで最近に見覚えがある気がしないでもなかったが、そんなワケないかと気のせいにする。

二年前に世界を守る盾になったという幼い勇者が、この彼女なのだろう。

そして、その隣にまだ名前を刻まれていない墓がひとつ、これからもう一人分できる予定だと言いたげに建ててあるのを見て顔が顰められた。

ここに『あの子』の名前が刻まれるのが嫌だと彼女は言っていた。

先ほどの少女の言いようでは『友達の勇者』は身体を悪くしていているような言い方だった。

生前に墓地を用意する風習だとしたら悪く言うつもりはないが、それはそれとしてこんな墓をもう見込みがないと決まっているかのように用意されていれば、『友達』として焦燥にかられもするだろう。

踵を返し、先ほど墓場を出て行ったのと同じように階段を上った。

この場所にはもう何の用もないが、確かめたいことは一つだけ残っている。

 

草原は、墓地のモニュメントを頂点とした丘陵地帯だった。

ゆるく坂道をくだり、少女との会話を思い返しながら同じ場所で足を止める。

戦闘になった草原から、撃たれて地面がえぐれた箇所を見つけ出す。

残っていたクナイのうち一本を使い、穿たれた地面を掘り返していった。

さきほど撃たれた武器の正体を、確認するために。

 

「マジかよ……」

 

その矢じりは、想像以上に小さかった。

穿たれた穴の底から掘り出されたのは、手のひらにおさまってしまうような大きさの金属片だった。

大きく抉られた弾痕の深さをみても、ボウガンや弓矢の類にここまでの貫通力はない。

あるいは大砲に相当する火薬兵器ならば似たような破壊も可能かもしれないが、ロトゼタシアには大砲をここまで軽量化する技術も、目に見えぬほどの速度で撃ちだす魔法もない。

もしもこれを人間の頭へと接射されたりでもすれば、痛みを感じる間もなく頭部そのものがどうにかなるだろう。

もっとも、東郷美森が使っていたトカレフは魔法少女の力で大幅に強化されたものであり、通常の銃器にここまでの破壊力はないのだが、弾丸からそこまで予想できるはずもない。

 

他の参加者にも同じような武器が支給されていたとしたら、と想像する。

嫌な想像にしかならなかった。

 

「不味いな」

 

自分たち一行はそれなりに同じ人間から追われていた期間があり、魔物相手ではない対人戦の経験もあれば、兵士を殺さずに無力化するような戦いへの慣れもある。

だが、スライムを倒すのさえ数ターンかかるような細腕の女子どもでさえ、ここでは武器と殺意さえあれば勇者やら大賢者やらを一撃で仕留めることが可能になってしまうというのは、不意打ちにもほどがある。

簡単にくたばってしまうような仲間たちだとは思わないが、お人よしが高じて殺意を隠し持った一般人っぽい外見の者にのこのこと近づいて『ズドン!』……されることにはならないと思いたい。

それに遠くからの一方的な狙撃も可能だとすれば、あの『勇者の友達』を取り逃がしたツケは高くつくかもしれない。

 

そんな物思いに、しばらく沈んでいた。

『そいつ』がいきなり現れていたのに、己の不注意で気付かなかったように感じたのはそのせいだったのだろう。

 

 

 

――背後に人の気配が現れていた。

 

 

 

立ち上がりざま、クナイを構えつつ体ごと振り向く。

人影との距離はおよそブーメランがぎりぎり届く程度だろうか。視線を向けるまでのタイムラグに抱いたのは、焦りと警戒と、心配事にふけるあまり注意を欠いた自分への憤慨だった。

 

「おい、そこに――」

 

しかし、言いかけた声はそのまま止まった。

墓地から出てきたばかりのような立ち位置にいたのは、見間違えようのない人物だった。

知っていた。

知っているどころではない。

 

正体が分かったことでもたらされたのは――拍子抜けと、取り越し苦労の呆れと、安堵だった。

 

「カミュ!」

 

名前を呼ばれた。

そこにいたのは、紫の外套を身に着け、滑らかでさらさらとしたブロンドの髪を持つ少年。

当然のように、名前を呼び返していた。

 

「イレブン!」

 

嫌な予感はたいてい当たってきた人生だったが、今回に限ってはそうならなかった幸運に感謝する。

そこにいたのは、まぎれもなく苦楽を共にした相棒の姿。

駆け寄って肩を叩き、軽く聞こえるように無事を喜ぶ言葉でもかけようと駆けようとすれば、「待って」と大きめの声で呼び止められた。

やや拒絶するような声のトーンに、どうしたと足を止める。

 

「僕、最初にカミュに言わなきゃいけないことがあるんだ」

「なんだよ」

 

見ているこちらが何とはなしにほっこりする、いつもの笑顔で。

 

 

 

「今すぐ死んでくれないかな?」

 

 

 

――は?

 

 

 

そんな声を漏らすしかできなかった。

いや、声だけでなく、頭の中で思考できたことさえそれに尽きた。

こちらの理解が追いつかないことなど構わず、少年は続ける。

 

「だって、僕が優勝すれば、過ぎ去りし時を求めて全員を取り戻せるでしょ?」

 

さらりと、そう言った。

 

「全員を……?」

「うん。このゲームで犠牲になる人が出たとしても、ウルノーガのせいで亡くなった人たちも、全員。

僕が生還して、忘却の塔で時間を巻き戻せれば元に戻る。

このゲームが始まるのだって、その後で止めればいい」

 

一歩、こちらへと踏み出す。

 

「魔王ウルノーガだって倒せたんだ。世界の平和だって一度取り戻してる。

あとは大樹が落ちるのをなかったことにして、そこにもう一つ仕事が増えるだけだよ」

 

そこまで流ちょうにしゃべって、それから「あれ?」と首をかしげた。

 

「なんでそんな顔してるの? カミュだって時の番人から話は聞いてたじゃないか。

まさか、ここにきてまた止めに入ったりなんかしないよね。このゲームは僕が生還する」

 

断るはずがないと圧をかけるかのように、眼光をけわしいものにしていく。

時の番人からその話を聞いたばかりなのに、まさかその発想が無かったのかという蔑視でもあった。

 

「ウルノーガやホメロス達をもう一回討てるのも、勇者のチカラを持ってるのも僕しかいない。

それに、ベロニカを取り戻そうとしたんだから、ここにいる人達だってやりなおさないと不公平だよ」

 

うんそれが一番いいと、ひとりで納得したように頷いて。

お前にできないなら自分がやってしまうとでも言いたげに、こちらのクナイへと手をのばしながら歩み寄ってきて。

 

「ううん、これはベロニカを取り戻す為でもあるんだから――」

「なぁ」

 

それ以上はもう聞くに堪えなかったので、声をかけた。

そこで色々と喋っている存在に、ではない。

 

「出て来い」

 

こちらへと降りてくる少年を完全に無視して、迂回するように坂道をのぼった。

ここにセーニャがいればきれいさっぱり祓ってくれたのだろうが、それができない以上は放置するしかない。

隠れているならそのあたりだろうと、ドームの柱を見上げる。

 

「胸糞悪いのを『二度も』見せやがって、上手くいくと思ったのか?」

 

呆れて小ばかにしたような声を出そうとしたつもりだったが、思いのほか冷めた声を出すのが大変だった。

先ほどこの場所で『勇者の友達』に抱いたようなやるせない怒りではない。

むしろ『首を斬れば爆弾を解除する』などという条件を出したゲームマスターに抱いている類の、いくらでもキレていい外道に向ける怒りだった。

やはり抑えなくていいか、と路線変更して声を張り上げる。

 

「――いるんだろ、ホメロス!!」

 

同じ手口を二度も使われれば、特定できないはずがない。

魔王城で、ベロニカの似たような幻影を見せられた時も、あんなものを見せるのは一人しかいないと親友から評されていた男だ。

 

「ふん、盗賊ふぜいがよくも見破った……と評価してやりたいところだが、『二度も』とは異なことを言う」

 

ずらりと並んだ墓標の中から立ち上がるようにして、灰色の墓石から白い鎧姿が現れた。

一度は世界の破滅をもたらして皆を苦しめ、最後には後味の悪さとともに闇に消えていったはずの男。

どうせ見下すような嘲笑とともに、魔軍司令の姿で沸いてくるのだろうと思ったが、その二つは予想が外れた。

一つは、邪悪な気配こそあったものの、その姿が魔族ではないデルカダールの鎧姿をした人間のそれだったこと。

 

「貴様こそ、何を見ていた? ウルノーガ様と私が敗れたなど、混乱のあまり頭でもおかしくなったのか?」

 

そしてもう一つは、ホメロスもまた、幻影がまったく意に添わぬことを言ったかのように顔をこわばらせていたことだった。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

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【ロトゼタシアのまめちしき】

 

このゲームに呼び出されたホメロスにとっては、未来の話だが。

かつてホメロスは勇者一行の前に死亡したはずのベロニカを幻影として再現し、動揺させたことがある。

『あんたたちを守ったせいで死んでしまったのだから、今すぐ自死して償え』と勇者らを精神攻撃するという幻影だった。

この策は、ベロニカがそのようなことを口にするはずがないと結束した仲間たちからあっさり一蹴されている。

 

しかし仮に、この偽ベロニカの言動がすべてホメロスの台本だったとした場合、ひとつの謎が生まれる。

ホメロスは、いつ、どこで『ベロニカが大樹崩落の際に、自分の命と引き換えに勇者一行やグレイグ達を守っていた』ことを知り得たのだろうかということだ。

 

デルカダール城でグレイグやイレブンと対峙した際、ホメロスはイレブン達が生きていたことを最近知ったかのような言い方をしていた。

また、ホメロスの性格上、もしもその時点でベロニカのことを把握していたならばその場でグレイグや勇者を口撃する材料としてあげつらっていたはずだ。

つまりホメロスは、あの場に残って大樹崩落のときのベロニカの行動を目撃していたわけでもないし、少なくともその次にグレイグ達と再会した時もまだ知らなかったと推定できる。

また、ベロニカが命を落とした時のことはベロニカ自身の持っていた杖が勇者一行にのみ見せた光景であり、ホメロスが勇者一行よりも早くに知ることができたとも考えられない。

つまり、有り得るとすればベロニカの葬儀を執り行っていた前後のラムダか、もしくはその後の一行のもとに監視の目を送り込み、葬儀の儀式なり勇者たちの悲しみにくれた様子なりを報告されて知ったという線しかない。

しかし、勇者たちについてそこまで把握していたのとしたら、その後に勇者の剣を再制作されて天空魔城に侵入されるまでの間にこれといった妨害の手を打っていなかったことや、各地の軍王の勢力には勇者の手配書を回していたこと、そして情報収集していた割にはいざグレイグ達と対面したときに『まだ死んでいなかったのか』というようにわざとにしても行きすぎなほど侮る態度をとっていたこと、そして実際に作り出されたベロニカの偽物があまりに彼女らしかぬ言動をするものであり、とてもベロニカの人となりや最期をよく知った上で台詞を考えたものだとも思えないことなど、ちぐはぐな点もいくつかある。

 

しかし、この謎の答えとして、もう一つの回答がある。

ホメロスは実のところ、ベロニカが我が身かえりみず最後まで希望をもって勇者たちを守ったという詳しいいきさつなど知らなかった。

そしてホメロスの行使した幻術とは、あらかじめ台本を用意してその通りの台詞を口にさせるような術ではない、というものだ。

 

それを裏付ける実例はある。

 

ひとつは、ロトゼタシアの世界にはネルセンの地下迷宮の試練のように、『相手の心の中にある恐怖心や記憶を読み取ってそれに応じた姿になる幻影』を生み出す技術が存在すること。

もうひとつは、このゲームが始まってから三ノ宮・ルイーズ・優衣に行ったことだ。

ホメロスは姿も声も知らず、それどころかその時点では少女の知り合いであることさえも知らなかったはずの、天川夏彦の幻覚を『げんわくの瞳』で出現させた。

これは、ホメロスがわざとその姿を見せたわけではなく、結衣のほうが大切な友人のことを考えていた結果として夏彦の幻を見たものだ。

 

つまり、ホメロスの幻術とは、術をしかけられた相手のほうが幻覚作用によって勝手に偽物を見るような技だと思っていい。

たまたま夏彦の姿になった『げんわくの瞳』の時と、わざと勇者たちが動揺する人物を見せた偽のベロニカの時では術のタイプが大きく違っていたにせよ、基本的にはそういう原理だとすればつじつまは合う。

ホメロスが天空魔城でベロニカの偽物を出そうとしたのは、魔王城に乗り込んできた一団のなかに以前からいたはずの小さな少女だけがおらず、『もしやここに来るまでに戦死したのではないか』と推理することはできたから。

幻影がベロニカその人なら決して口にしないような言葉を発する粗末な出来だったのは、ホメロスから『自分の死の責任が勇者にあるかのような糾弾をして一行を絶望させろ』というような、おおざっぱな指向性しか持たされていなかったから。

大樹で一行を庇った結果だという細かいことまで知っていたのは、『ベロニカを犠牲にしてしまった』というイレブンたち全員の負い目が反映されてしまったから。

 

つまり、仮にホメロスがこの場で勇者の幻を作り出し、『勇者である自分こそが生還しなければならないと、優勝する為に仲間を裏切った振りをしろ』という幻影を仕掛けたとして。

そこにいるのが、『すでに魔王を倒して世界を救い、忘却の塔で過去をやり直すか否かの瀬戸際にいる』というホメロスの知らぬ未来を生きている人間だったとしたら。

 

ホメロス自身は『魔王を倒すために生還する』というやり取りが行われるのだろうと予想していたとしても。

現れた偽の勇者は、そこにいる人間の参戦時期を反映して、『魔王たちはもう倒したのだし、あとは過ぎ去りし時を求めるために生還する』というホメロスにとって驚愕の事実を口走ることになる。

 

 

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☩  ☩  ☩

 

 

「何、寝ぼけたこと言ってやがる。お前こそどっかの間抜けみたいに都合の悪い記憶を失くしたとか言うつもりじゃないだろうな」

「寝言を言っているのはそちらではないか? 大樹は落ちて、勇者の力は壊され、オーブは我々がすべて回収した。ここから、何がどうすれば私やウルノーガ様が敗れるというのだ?」

 

噛み合わない。

そもそもどうして生きているんだ、あそこまで完敗しておきながらどうしてまた見下したような態度が取れるんだと感情を逆撫でするポイントはいくつもあったが、続けて言い放った心無い質問はその比では無かった。

 

「どこで偽物だと分かった? 友が自分を殺そうとするはずがないなどという妄信は根拠にならんぞ」

 

その言葉だけで、こいつはベロニカを愚弄するような偽物を作った時と、何も変わっていないと察した。

 

「お前にはどこがおかしかったか分からないのか?」

「質問に質問で返すな」

「だったら、言っても分かりゃしないだろうよ」

 

有り得ない。

たとえ全てを救うためだろうと、そのために犠牲者を出すようなことを何の痛みもなしに笑ってやろうとする勇者なら、皆がついていくことも、ホメロスたちが敗北することも、世界が救われて『やり直す』という選択肢に至ることもなかった。

できるはずがない。

たとえ、実際に手を汚してでも世界を救うために帰ろうとする英雄がここにいたとしても。

きっとイレブンは、そいつの手段を否定しても、想いまでは否定しないだろう。

もしかしたら、そいつがいよいよ人殺しを決断するぎりぎりまでは守りたいと願って、手助けさえするかもしれない。

それでも、道が分かたれた時は、心の中で泣きながらそいつを倒す、そういう少年だと思っている。

 

だから決めた。

いや決めるまでもなく避けられないことだが、改めて逃げる気が失せた。

ホメロスに思い入れのあったグレイグがここにいないことを残念に思わないでもないが、それはそれとして。

 

「どのみち、二度とそのふざけた術を使うことは無いんだからな」

 

ホメロスを、ここで倒す。

一度は皆で力を合わせて倒した相手だ。一人きりの時に対峙するのは無謀だと頭では理解している。

相手が性懲りもなくゲスな手口を使う気満々で殺し合いに乗っている以上、見逃すわけにいかないという責任感もある。

しかし、何より。

 

「吠えるなよ、ドブネズミの分際で」

「黙るのはお前だ、コウモリ野郎」

 

天空魔城で因縁は清算しきったつもりだったし、こういう戦いの動機はあまりよろしくないのだろうけど。

 

お前が、あの時、あんなことをしなければ。

世界は闇に覆われたりせず。

イレブンは、過ぎ去りし時を求めるかどうか、なんて選択を迫られることもなく。

ベロニカは、こんなゲームの名簿に名前を書かれてやきもきするまでもなく生きていて。

セーニャは、姉を失った心の傷と、また失うかもしれないという不安を抱えたまま殺し合いに挑まされることなんかなかった。

二度も最低の幻を見せられ、この期に及んで世界は自分たちのものだと息巻かれた上で、そのことを恨まずにいられるほど、自分は心が強くなかったようだ。

 

「では、来ないのか? 墓場のアテならここは不自由しないぞ」

 

啖呵を切ったものの、戦端はすぐには開かれなかった。

ホメロスがその手に武器らしいものを持っていなかったことが、出方を迷わせた。

観察してみれば、ホメロスはその背に負うような恰好で支給品袋を身に着けており、その袋の空け口のところから長い突起物が利き手で引き抜きやすいように飛び出している。月明かりと夜目を頼りに、かろうじてそれが剣の柄らしいことが分かった。

一方で、鎧の剣帯には特に何も留められていない。おそらく、鞘のない抜き身の剣を支給されたために腰に剣を提げることができなかったのだろう。

その剣を抜こうとしていないのは不可解だった。しかも、利き手と逆の手にはスマートフォンを握っている。先ほどからさりげない素振りを装いつつも視線を目移りさせていたのも確認していた。

こんな時に地図や名簿セットの確認だなんてずいぶんな慢心だと苛立ちかけたが、ちょうど黒髪の少女と戦った時のことを思い出した。

 

あの時の少女は、その手にスマートフォンを取り返したとたんに武器を持った姿へと変身していた。

もしかしたら、ホメロスも何かしらの『仕込み』を持ったスマートフォンを支給されており、切り札にするつもりなのかもしれない。

天空魔城で戦ったときのように魔物と化した姿では無い上に闇のオーブも持っていないようだが、余裕の素振りからして何らかの勝算を持っていることは間違いなかった。

剣を抜かないのも、スマートフォンを手放すわけにいかない事情があり、利き手を剣だけでなく呪文を撃つために使わねばならないとしたらしっくりくる。

 

だとすれば、最初の一手は呪文だ。

 

「――ジバリーナ!」

 

橙色の光を伴った魔力を地面へと定着させ、三重円の陣を敷いた。

こちらは斜面の中腹にいて、あちらは斜面の上方にいる。彼我の位置関係からいってもこちらが不利。

ならば、まずは足場狙い。体勢を崩させ、スマートフォンを操作する余地も奪う。

 

「――はっ!」

 

だが、ホメロスもすぐさま飛び出していた。

すかさず右手に闇色の光球を生み出しながら。

 

「ドルモーア!」

 

『陣』は、敷設から発動までに少しの猶予がある。あるのだが、陣が敷かれたのを感じるやすぐさま飛び出し、同時に飛び出してきたところを撃たれぬよう反撃の上級呪文まで打ち込んできた。

戦術家を評されるだけのことはあり、行動選択が早い。というか上級呪文の光弾は周囲を巻き込んで衝撃波が爆ぜる。ただ光弾を避けても連鎖爆発のように巻き込まれ、そしてセーニャもロウもいないのだから呪文耐性も回復もできないまま受けるしかない。

 

光弾がカミュの足元で破裂し、周囲が至極色の光で染まるほど大きく爆ぜた。

 

――シャドーステップ

 

普通に飛びずさっても巻き込まれる。

だが残像を生み出すほどの足さばきをもってすれば、かろうじて離脱が間に合った。

閃光に眼がくらみ、波動の余波に撫でられながらも残像を引き連れて横っ飛びに退き、無理に加速したところから着地を確保するためにくるりと宙返りして足を地面につける。

 

さっきまで自分のいたあたりを見れば、走り抜けるホメロスと目が合った。かわされたことが意外だったのか、「ほう」というため息が聞こえる。

呪文を撃ったその足でそのまま走り出し、すでに陣の効果範囲にはいない。

直前にドルモーアで切り開いた地点をそのまま退路としたように、斜面を走り降りていく。

すれ違いざまにまた一撃入れてくるかと思ったのに、こちらをスルーしてそのまま走り去ろうとしている。

 

どうして?

 

先ほどまでの余裕から、一転して逃げをうったとも思えない。

であれば何らかの罠かもしれなかったが、こちらは逃げるという選択肢も見逃すという選択肢もすでに放棄してしている。

袋の中からもう一つの支給品を取り出し、追撃の為に駆け出した。

偃月刀のような形をした切っ先の鋭いブーメランだった。

最初に何度か試し投げをしたことで、投げるたびにバギ系の呪文のような真空刃が生まれること、ブーメラン自体の切れ味も鋭いことは確かめている。先ほどの少女相手には危ないと判断して使えなかったが、ホメロス相手には躊躇することもなかった。

 

「どうした! 大口叩いて逃げるのか!」

 

背後につけて煽っても、ホメロスの反応は特になかった。

走りながらでも投げられるかどうか手首のスナップを確かめ、自分と相手の位置関係をつかんでから腕を振りぬき、投擲する。

仮に距離をとってからスマートフォンを使って何かするつもりなら、先手を打った方がいい。

 

ホメロスにとっては初見となるはずの攻撃だったが、ひゅんひゅんとブーメラン特有の風を切る音を察しよく聞きつけたらしい。

ホメロスも右手を肩の方にやり、さっと引き抜く動作をした。

 

キン、と金属同士の衝突する音、止められた真空刃が気流になって霧散した感覚が闇の向こうから伝わってきて、斬り込むよう飛ばしたブーメランが払われたと分かる。

試し投げの時にブーメランの鋭さと真空刃の威力は思い知っていたからこそ、「マジかよ」と独りごちた。

空中で払われたブーメランが、血痕もなにもなくきれいなまま手元に返ってきた。

どういうわけか途中で障害物に当たっても持ち主のもとに戻ってくるようできていることは知っていた。想定外だったのは、刃の横腹に鋭い刀で撃ち込まれたような一本線が刻まれていたことだ。

どうやらホメロスの技量だけでなく、振るわれた剣もとてつもない業物だったらしい。

 

――もういっぺん投げても、同じだろうな。

 

ブーメランを利き手でない右手に持ち替え、どう有効打を打つべきか考える。

 

あの剣がある以上は投擲による攻撃は聞きにくいだろうし、こちらにはジバ系以外の攻撃呪文もない。

だとすれば追いついて近接戦に持ち込むしかないが、誘うように逃げてみせたからにはむきになって追いつこうとすれば何かのカウンター技を出してくる用意ぐらいはありそうだ。

だが。

 

左手にふたたびクナイを持ち、挙動を気取られないままに加速するイメージを固める。

 

何があったのかは知らないが、ホメロスは各地でオーブを奪還されて以降の記憶が無かったかのように話していた。

ならば、こちらは大樹が落ちた日に戦って以降に披露した手の内は知られていない。

『シャドーステップ』は回避のために先ほど見せたきりだし、『ぶんしん』もまだ使っていない。本来はみかわしや連続攻撃のための技術だが、加速に転用すれば一息で懐に飛び込める。

 

――一瞬で距離をつめて背後を取り、何をする動作も起こさせないまま心眼一閃を叩き込む。

 

気合の声はあげない。ただ心の中で「今だ」と叫んで地を蹴った。

食らえ、と念じて文字通りに飛び込みクナイを居合に似た動作で引く。

追っていた人影が一瞬で手を伸ばせる距離に縮まる。予想はあたり、瞬間移動を見たホメロスが驚いた顔をしたことに『当たる』と確信を持った。

 

今から剣を振りぬいても向こうは間に合わないし、振るわれる素振りでもない。ただ剣の柄にある宝石が輝きを放つのみで――気付いた。

 

気付くのが遅かった。

 

「――そちらから飛び込むとは」

 

驚きの表情が、嘲笑へと変じた。

表情が眼に焼き付くのと同時に、灼けるのに似た痛みが左肩を撃ち抜いていた。

 

剣は振るわれなかった。

ただ、剣自体から闇の閃光が放たれていた。

 

敵はこちらが攻めるのを待つまでもなく、向こうから攻撃するつもりだった。間に合わなかったのはこちらだった。

痛みとともにぐらりと身体が傾く中で、気付いたことを噛み締めた。

 

背中を見せていたのは、剣の柄が光りだす初動を自分の身体で隠して見せないためでもあったらしい。

着地が叶わず足元を崩しつつ、理解が追いついた。

 

かつて同様の術を見ていたことで身体の真ん中に直撃するだけは避けたが、耐性も体勢も整っていない状態で受けたことで意識は飛びかけた。

そのまま転倒し、斜面をあっけなく転がり落ちる。

 

そして何より最悪だったのは、闇の閃光を放ったことではっきり照らされた剣の姿が、見間違えようもないぐらい馴染みのある剣であることだった。

 

「貰ったぞ」

 

斜面が緩やかになったところで切り株に背中を受け止められるようにして身体がとまり、そこにホメロスが剣を突きつけた。

本来ならその剣に唾でも履いていたところだが、喉元に刃が当たっているのはやはり間違いなく『勇者の剣』で、敗北の悔しさよりそれをホメロスが向けていることが許せなかった。

 

「お前、その剣に何しやがった」

 

左手の指で何やらスマートフォンの画面を叩いているようだが、今は『皆で作り上げた大切な武器を闇の力を持った武器に魔改造されている』という最低の愚弄行為にしか意識がいかない。

人を小ばかにするためにあるかのような吊り目の男は、ふんと軽く鼻で笑った。

 

「恨み言ならゲーム運営に言うことだな。

そもそもこれはウルノーガ様のものになった剣だろう。

それを私がウルノーガ様のもとへ持ち帰るのはおかしいことでもあるまい」

 

まただ、先ほどからの噛み合わない認識。

ベロニカがそうかもしれないようにホメロスもまた蘇ったのだとしても、天空魔城で起こったことのすべてが無かったかのように振る舞っている。

 

「お前こそ、魔王の剣と勇者の剣の区別もつかないのかよ。

お前を倒した時だってその剣が振るわれてただろうが。得意げに献上品扱いできる立場か」

 

スマートフォンの画面の光に照らされ、ホメロスの眉が不愉快そうに寄せられるのが分かった。

ぷつりと首輪の上あたりに痛みが走り、浅く切られて血の玉が伝うのが分かる。

 

「またその話か。この状況で何を言おうと、動揺させるためのハッタリにしか聞こえんぞ?」

 

状況はほぼ詰みに近い。

ならば、嫌がらせもかねて真実を突きつけてやろうという悪意で口が動いた。

 

「覚えてないなら教えてやるよ。お前は最後に、グレイグに負ける」

 

ぴくりと、切っ先が震えた。

 

グレイグとホメロスの因縁まで、カミュは知らない。

イレブンはグレイグと二人旅していた時に色々と聞いたようだが、人の思い出話について詳しく踏み込んだことはなかった。

だが、グレイグとホメロスの最期のやり取りはその場にいて見ており、ホメロスからの執着も目の当たりにしている。

 

「下手な挑発だな」

「けど嘘じゃない。お前、最後までグレイグと同じペンダント付けてただろ」

 

ぎり、と歯を軋ませる音が聞こえた。

 

「貴様、それをどこで聞いた」

「実際に見たんだよ。お前は最後に泣き言を言って消えていったな。『俺はグレイグのようになりたかっただけなんだ』ってな!」

「黙れっ……!」

 

第三者に、一番知られたくない部分を突かれたのだろう。

魔族のように白かったホメロスの顔色が、スマホの微光でも分かるほど朱に染まった。

一撃で終わらせるには怒りが深かったのか、首ではなく二の腕が剣で抉られ、背後の切株に突き立つ。

がっとうめき声が漏れたが、黙ってたまるかという意地でそれ以上の悲鳴を殺した。

 

「認めたくないのか! グレイグはお前と違って正直に言ったぞ、『昔からお前に憧れてたのに何で分からないんだ』ってな!」

 

なんだと、という呟きと息をのむような音が聞こえた。

 

「それを聞いたお前が、なんで今さらこんな事やってんだよ! そんな有り様じゃ、何度やってもグレイグには負けるぞ!」

「黙れええええええ!!」

 

 

ホメロスが感情に任せて剣を横殴りに振るうと同時、ドルマ系呪文の色をした波動が暴風のように荒れ狂った。

魔力の暴走。

闇のオーブを食らった時ほど凶悪ではないにせよ、勇者の剣から迸ったのは激情まかせの魔力刃が四方にあるもの全てを叩き、打ち上げる。

 

「ぐあっ……!」

 

こっそりと手をのばしていた刃型のブーメランをかざして波動そのものはガードしたが、それでも体が打ち上げられて後方へと大きく飛んだ。

そのままトドメを刺されるかと覚悟したが、予想に反して体はそのまま放物線で落下し、どさりと地面に落ちても続く攻撃は無い。

 

 

 

ホメロスはどうしたと顔を上げてみれば、草原ではなく人のいない雑木林がそこにあった。

 

 

 

何が起こったのか――ルーラの呪文で連れられて着陸した時のように、景色が変わっていた。

 

 

☩  ☩  ☩

 

 

幻覚で完全に心を折ることまでは期待していなかった。

生還を狙うための動機としては(すでに勇者のチカラを失っているイレブンに世界が救えるかは怪しいにせよ)ありえそうな線を用意したつもりだったが、まさか死んでくれと言われてあっさり死ぬような馬鹿はいないだろうと踏んでいたし、しばらく茫然としている間にこちらがスマートフォンを持って近づき、必要なことを澄ませるだけの余裕を稼げればと思っていた。

結果として思ってもみない証言が引き出されてしまったが、信じようという気にはなれなかった。

 

カミュとかいう名前の盗賊が嘘をついているとは思えなかった。それに準じた幻覚まで見ているのだから、カミュにとって『魔王とホメロスがすでに倒された』という発言は、あの男にとっては前提となる真実なのだ。

だが、思い込みか妄言の類と見なすしかなかった。

記憶の食い違いだの生き返りだのを信じられない以前に、闇に落ちてまで手に入れようとしたものがいともたやすく引っ繰り返されたなど、ホメロスにとっては有り得るはずがない未来だったのだから。

 

だが、あの男はホメロスしか知らなかったことを言い当てた。

 

――最初はただ、グレイグのようになりたいだけだった。

 

主君であるウルノーガこと元デルカダール王にさえ、言葉として打ち明けたことはなかった。

誰にも明かしたことのないまま闇に葬った願いだった。

 

それを不覚にも言葉に出してしまうほど追い詰められない限り、あの男が言い当てることは有り得ないのだ。

まして、ペンダントは衣服の内側に首から下げて隠し持っており、大樹が落ちてから人に見せたことはない。

いずれも、ホメロスの負ける未来が訪れない限りは、露わにならないはずのものだった。

 

「私は、負けると言うのか……?」

 

認めたくないという意地がある。

信じられないという拒絶がある。

 

だが、『負ける』と言葉にしてしまった瞬間に、思わずペンダントを取り出し眼をやってしまった自分がいた。

それが、無性に許せなかった。

ぶつりと鈍い音を立てて、首に通していた鎖を引きちぎる。

 

支給品ではない、最初から首に下げていたデルカダール由来の装飾品を、誰に向けたかもわからない怒りとともに遠くへと投げつけた。

ペンダントは夜闇の中で放物線を描き、先ほどの男がそうだったように『会場内と会場外の南端の境界線を越えたあたりで』見えなくなった。

 

わざわざ会場の境界線近くへと場所を移したのは理由があってのことだが、ここまで会場の『外』の空間に接近していたのは気付かなかった。

カミュに対しては妄言扱いして鼻で笑っていたにせよ、やはり自分たちが負けるという証言への動揺は大きかったらしい。

会場の外へと出してしまった以上、ルール上ではカミュは首輪を爆破されることになるのだが、それにしては姿ごと消えてしまったことも、『首輪を爆破する時はアラームを鳴らす』というルールだった割には何も聞こえてこないことも引っ掛かる。

とはいえ、ホメロスまでルール違反となる危険を負ってまで後を追う気にはなれなかった。

 

「気に入らんが、あの預言のような『負ける』という未来については嫌でも覚えておく必要がありそうだな。

あの状況からウルノーガ様が落とされるというのは虚言としか思えないが、少なくとも私の心を見抜いたつもりになるだけの何かは知っているのだろう」

 

少なくとも、グレイグとホメロスのことに関する部分は本当ではないか。

そう受け止めてしまったことで、ならば最後の言葉も真実になるはずだという論理にたどりついてしまった。

 

 

 

――昔からお前に憧れてたのに。

 

 

 

それこそ、まさかと考えることを止めていた。

ありえないと想像したこともなく、気付けばホメロスが背中を追っていたという思い出ばかりが積もっている。

グレイグ自身の口からそう聴いたわけでもないのに、鵜呑みにできるものではない。

 

だが、もしもグレイグがあの男に聴こえるところで、そう言っていたのだとしたら。

ホメロスの言いたいことは、ひとつだ。

 

怒鳴っていた。

 

「なぜ、そう思っていたならもっと早くに口にしなかった!!」

 

昔からグレイグは、ありとあらゆることを態度に出さなかった。

ねぎらいと称賛の握手を求めて無視されたのは、ユグノアでのデルカダール王救出の功績を叙勲する時だっただろうか。

救えなかったマルティナ姫のことを思えば素直に喜ぶ心境になれなかったのは無理もないとは分かっていたが、ホメロスを全く眼中に入れずに歩いていったその姿は、違う世界の存在になったのだと思い知るには十分すぎた。

 

――もはや弁明などさせぬ! ホメロスよ、王の御前で成敗してくれる!

 

命の大樹へとデルカダール王を連れて現れた時も、『取るに足らない裏切り者を処断しにやってきた職務忠実な将軍の顔』でしかなかった。

『信頼する友の裏切りに傷ついた顔』などかけらも見せなかった。

 

――王よ、見ていましたか今の戦いを。ホメロスの力こそ闇の力。

 

ホメロスが裏切った事実を突き止めても、まったく意外そうな顔をしていなかった。

以前からホメロスのことを下に見ていなければ、あんな他人事のような言い方ができるはずがない。

もしもあの時に、グレイグから悲しい顔をして『俺の元から去らないでくれ』という言葉を聞かされていれば、ホメロスを引き止めるにはかろうじて間に合ったかもしれないのに。

 

「ウルノーガ様に出会う前にその言葉を聞いていれば、私も、友のために死ぬことを厭わない愚か者になっていたかもしれないのに」

 

たとえ滅びるという未来が真実なのだとしても、今になってウルノーガの元を離れるという選択肢はホメロスにはなかった。

ホメロスにとってのウルノーガはこの世でただ一人、グレイグと自分を比べた上で自分を選んでくれた存在だ。それが不利になったからと言って離れられるわけがない。

ホメロスを言葉で引き戻すことが叶っていたかもしれない段階は、もう通り過ぎている。

 

「今さら聞いたところで、なおのこと貴様らを生かしておくわけにいかなくなっただけではないか」

 

『Lucid』のアプリを推し、そこに登録されている名前を確認して、起動のためのパネルに触れた。

すぐさま、眼前に薄桃色をした『扉』が現れる。

ホメロスは、その扉をくぐった。

扉を開けた先では視界が暗転し、気分が悪くなるような浮遊感が訪れる。しかし、出る扉はさらにすぐ目の前にあった。

扉を開け、もとの会場へと帰還する。

出た時は、入った時よりも目線が低くなっていた。

身長が変化している。

衣服まで鎧から緑色の布の服に替わっているのは不便だったが、衣服がホメロスのそれのままでは意味がないのでやむを得ないだろう。

たしかに、姿は変わっていた。

 

『特殊機能:Lucid(光)』

 

このアプリを起動させることで、バトルロワイアルの会場において帰宅部員やオスティナートの楽士がそうであるように外見をアバターとして変化させることができます。

特に指定したアバターが無い場合、外見がこちらで用意させていただいたアバター『Lucid』のものになります。

 

他のアバターを登録したい場合は、所有者がいるスマートフォンの半径5メートル以内に近づいてその所有者の名前を下部の枠内にある74人の中から選択し、その状態で『送信』をタッチしてください。

所有者の名前が正解であれば、『登録完了』が表示されて、その所有者の外見が登録されます。

登録できるアバターは一人分のみです

登録の抹消はいつでも可能ですが、一度登録すると制限により以後6時間は別のアバターを登録することはできません。

(登録が抹消されると、使用できるアバターが『Lucid』に戻ります)

 

注意)偽装できるのは姿や声など表面上の部分だけです。能力まで変化させることはできません。体格が変化することがあっても身体能力等はそのまま維持されます。

 

 

『オスティナートの楽士』だの『アバター』だのという意味は分からなかったが、外見を変化させる魔法であることは明記されていた。

試しに図書館に戻って鏡がある場所で『Lucid』とやらを試してみたところ、外見が黒服に髑髏のような仮面をかぶった不気味なそれへと変貌していた。

何より、仮面の下は何もないかのように透明で、人相がちっともわからなくなっている。誰も登録されていないからこその、中身がない人間ということか。

重畳だったのは、外見の変化にともなって闇のオーラも視認できなくなっていることだ。

警戒されずに交渉できる手段を欲していたホメロスにとっては、願っても無い機能だった。

 

とはいえ、覆面をかぶった透明人間のままではたいていの人物から不審者扱いされることには変わらない。

さっさと誰かを登録してしまいたかったし、もっと言えばそれが勇者一行の誰かだったのはより好都合だった。

 

最初にいきなり仕掛けずに幻覚を見せたのは、近づいてスマートフォンを至近距離で操作するための隙が欲しかったから。

そして、名前と姿を借りる以上はカミュの名前が放送で呼ばれては不都合であり、あまり致命傷を与えるような捕らえ方はしたくなかったからだった。

仮にあの盗賊の年齢が18歳以下だとすれば首輪のためにはやや勿体なくもあったが、ホメロスはカミュの年齢を知らない。デルカダール王国が調べ上げても出自は謎のままであり、生年など分かろうはずもなかった。

幻覚で動揺させれば本人から誘導尋問はできたかもしれないが、それにはあえなく失敗し、カミュを殺したとして『あと5人』なのか『あと4人』なのかは不明のままだった。

エリアの南端へと場所を変えたのは、なるべく誰も訪れないような会場の隅の方に、姿を借りた後は縛り上げて本物が見つからないようにしたかったから。

結果的に激昂してしまったことでエリア外へと追いやってしまったが、ひとまず放送でカミュの名前が呼ばれるかどうかが分かるまでは『カミュ』の名を借りて優勝のための交渉や実力行使をさせてもらい、勇者とその仲間たちに対する信頼度を貶めるために利用させてもらう。

放送で呼ばれた名前しだいでは、他の者の姿を借りても、いっそ『Lucid』のアバターとやらを緊急手段で使ってもいい。

当初の予定どおり東へ向かうか、それとも人の集まっている場所を探すために北上して手っ取り早く市街地入りするかは……これから考えるとしよう。

そばに先ほど横転した際に落としたと思われるクナイが落ちていたので、これも持っていたほうがそれらしいだろうと拝借した。

 

「そういえばあの者は左手の得物を主に使っていたな。そこも真似させてもらうとするか」

 

幸いホメロスはもとから二刀流の剣士だった。

左手に短刀を持ったところで、そこそこサマになるようには扱えるだろう。

くしゃくしゃと頭をかけば、くせの強い短髪の慣れない髪質が手に伝わってきた。

あまり自分のセンスにそぐうような容姿ではないが、背に腹は代えられない。ただ挑んだだけでは負ける、という不吉な忠告もある。

 

「そういえば、先ほどの言いようでは、グレイグとイレブンの仲間の連中は行動を共にしているのだったな。ならば奴を欺くのにも都合がいい」

 

あるいは。

別人を装ったこの姿なら、グレイグに対して、ホメロスの口からはとても言えないような本音を問いただす質問ができるのではないか。

 

そんな思いつきを閃いてしまった自分で自分に腹が立ち、ホメロスはその提案にかぶりを振った。

わざとあの盗賊の口ぶりを演義して、粗野な言葉遣いでもっと残酷な思いつきを口にする。

 

「『オレ』が仲間を裏切った時の連中の顔。

自分の姿が仲間を傷つけたと知った時のアイツの顔。

そして、オレと道をたがえてまで選んだ仲間たちが、やっぱり裏切った時のグレイグの顔。

いったいどうなるのか、見ものじゃないか」

 

【H-4/エリア南端付近/1日目/黎明】

【ホメロス@ドラゴンクエスト11】

[状態]:ダメージ(小)、MP消費(小)、カミュのアバター

[服装]:鎧姿

[装備]:勇者のつるぎ@ドラゴンクエスト11(支給品袋を鞘替わりに)、特殊機能『Lucid』(起動中)、リップルのクナイ@魔法少女育成計画

[道具]:基本支給品一色、スマホ、拘束用魔法ロープ@魔法少女育成計画

[首輪解除条件]:実年齢が18歳以下の参加者を5名殺害する、ただし英霊は除く

[思考]

基本:勇者とその仲間共、そしてグレイグも殺す。優勝するつもりだが、なるべく主催者の情報を得た上で帰還したい

1:ひとまずはカミュの姿を借りて勇者一行の信用度を落としつつ、二つの顔を使い分けながら立ち回る。第一放送でカミュの名前が呼ばれた際にアバターを変更するかどうかは保留

2:『いつかグレイグに負ける未来が来る』という発言については、ひとまず念頭において進める。慢心はなるべく抑える。

3:図書館で戦った少女と、乱入してきた妙な武器の男は警戒。なるべくは始末

4:利用できる協力者を探す。主催者のことを知っている参加者から情報を得たい。都合がいい首輪の解除条件を持った参加者が入れば良いのだが

5:首輪の解除条件のために場合によっては『夏彦』とやらは殺す

6:市街地を目指してみる。北上するか東に進むかは……

[備考]

※参戦時期は命の大樹崩壊後からです

※幻術は使用可能ですが『思い通りの人物を見せるためにはある程度その人物の外見などの知識が必要』『大雑把な方針しか持たせられない』など使用条件が限られ、知り合い以外に多用するつもりはないようです

 

景色が変わったと思ったら、樹の幹か何かにぶつけたらしくしばらく昏倒していた。

やがて金色のペンダントがどこからか投げ込まれて額にあたり、それで目が覚めた。

 

何が起こったのか、なぜホメロスの姿が消えたのかと頭をひねり、やがて場所に感じてはスマートフォンから地図を見ればいいのではないかと思い至る。

たどたどしく地図のマークが書かれた四角形を押して画面を展開し、そのマップにうたれた現在地を示す光点を見てさらに分からなくなった。

 

自分がいることになっているのは、『A』で仕切られた会場の北端の区域の、3という数字の近く……つまりは、会場の北端近くで、それまでとぜんぜん異なる場所。

まさかこの会場、南の端から出たら北の端に戻ってくるようになっているのか、いや百歩ゆずってそうだとしても、それならA-4の海中にどぼんと落ちているはずだ。つまり何が起こったのか分からない。

 

分からないが、ルール上は『会場を出たら首輪を爆破』である以上、ホメロスのところに戻るためにこのまま北上して元の場所に戻るかは試せない。

つまり……ホメロスを止められなかった。

 

「くそっ!!」

 

手近にあった樹の幹に、八つ当たりで拳を叩きつけた。

全身がじくじくと痛んでいたところに、さらに手の甲から血がにじんだが、心に澱んだ無念さの方がそれらを上回っていた。

 

最初の少女と、ホメロスと、連続で何も留められていないことに腹が立った。

胸糞の悪い相棒の出来損ないを見せた挙句に、勇者の剣を得意げに振りかざすホメロスに怒りが溜まった。

あのような男に勇者の剣を渡しただけでなく、良くない改造まで施したらしいゲームの黒幕が憎かった。

威勢のいい啖呵を切りながらも、終始ホメロスに言いようにされたことに歯ぎしりがした。

そして、それだけではなく。

 

勇者の剣で腕を斬られたあの瞬間。

痛みやホメロスへの憎悪とは別のところで。

もしこの剣が、相棒のもとに戻らなければ、と想像してしまった。

 

――時のオーブを壊せずに、過ぎ去りし時を求めさせずに済むかもしれない。

 

あの時だけでもそう考えてしまった自分自身に、心底から吐き気がした。

 

イレブンが背負っているものの重さは、分かっている。

確かにイレブンは、皆殺しをすれば自分の力で全てを取り戻せるなどという安易な結論に飛びついたりはしないだろう。

けれど、もしも犠牲者を目の当たりにしてしまったとして。

その時は、『死んだ人を取り戻す手段に心当たりがあるのに、それをやればいいと思えないでいる』ことに、やっぱり後悔するのだろう。

 

御姿の勇者に、『勇者』を辞めさせるんだと叫んでいた少女のことを思い出した。

なあアンタ。名前も知らないからアンタって呼ぶしかない勇者の友達。

アンタは、勇者がこれ以上背負い込むのが耐えられないとか言ってたけどな。

 

上体を起こし、地面に投げだした膝を折り曲げてその上に額を乗せ、小さく声に出す。

俺だって、相棒には幸せになってほしいと思ってるんだ、と。

 

 

【A-3/エリア北端付近/一日目 黎明】

 

[備考]

陸地のあるエリアで会場の外に出た時は、別エリアの陸地から会場に入る形で無作為に転移します。

海中のエリアで同様のことをした場合には、別の海中から同様の形で転移します。

 

【カミュ@ドラゴンクエスト11 過ぎ去りし時を求めて】

[状態]:喉元に刺傷、左肩に挫傷、右二の腕に裂傷、各所に打ち身

[装備]:リップルのクナイ(残り1本)@魔法少女育成計画、プリンセス・テンペストのブーメラン@魔法少女育成計画、デルカダールのペンダント@ドラゴンクエストⅪ

[道具]:不明支給品1つ、基本支給品一式、スマホ

[状態・思考]

基本方針:仲間と合流し、殺し合いゲームの打倒

1:パーティーメンバーと合流する(ベロニカが生きていることについては、今は合流を優先し考えない)

2:御姿の勇者を特定して保護する

3:ホメロスには最大限の警戒。黒髪の少女(名前は知らない)には警戒

[備考]

※『御姿の勇者』については、その呼び名しか知りません

※参戦時期はウルノーガ撃破後、主人公が決断するまでの間です



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憧憬と憎悪と/藤堂悠奈、守部洵、峯沢維弦(パンドラボックス)

「なるほど……大体の事情は理解したわ。いや、理解したっていうかあまり理解できていないんだけど……」

「そりゃ、まあ……あたしだって聞いたこと無いこと立て続けに言われてもって感じだったからお互い様だよ」

「あれでもアタシなりにわかりやすく説明したつもりなんだけどさ……」

「「いや、どこが(かな)なの」」

 

 

廃村エリアのとある家屋の一つ。あの(衝撃)の一件から冷静さを取り戻した藤堂悠奈は、一度状況の確認と情報交換を兼ねて家屋内にて守部洵、そして彼女の支給品扱いと何故か入れられていたアリアなる珍妙な存在と会話していた。

 

 

 

「電脳空間とかそういう知識には全くと言っていいほど疎いってのもあるけど、そういうアニメやゲームの中のような出来事があるっていうのは驚きね……」

「まあ世の中『事実は小説よりも奇なり』ってあるじゃないですか悠奈さん。……まあボクが巻き込まれたこともそこらの小説よりも奇っ怪なのかもしれませんけれど」

「シークレットゲームとかいうデスゲーム、原子力施設でのテロ事件ねぇ……。なんというか本当に小説みたいな」

「存在自体がファンタジー風味なアリアに言われてもいまいち説得力ないかな?」

「えっ、アタシって妖精とかそういうファンタジー系列で見られてるの?」

「空を飛ぶ小人とかそれこそファンタジーよ。大体ボーカルソフトって言われてもこっちはピンとこなかったんだし。……って、本筋から脱線しちゃったわね」

 

コホンと悠奈が相槌を叩く。さっきまで与太話に脱線していたが、事前に自己紹介やある程度の情報の交換を行っ

ている。

 

「―――これからどうするか、ね」

 

○ ○ ○

 

side『藤堂悠奈』

 

「まず基本的な方針、この首輪の解除。条件を達成する以外での」

「条件達成以外で? そう言えば悠奈さんの条件って……」

 

そう、私に課せられたのは事実上条件が達成できないような悪意に満ちた内容。共に生き残ろうと足掻いた仲間たちを殺せという内容。

 

「ええ、ほんっとうにムカつくわよね。おそらく安全な所でふんぞり返ってるファヴってやつも、私が殺し合いに乗らない人間っていうのがわかっているだろうし」

「悠奈さんはともかく、あたしの方はまだマシな方の条件だったから良いんだけど……。」

「だからといってこっちが知っている初音ちゃん以外誰が『アイドル』がなんてそうそうわからないわ。『条件の変更』も油断ならないわ」

「条件の、変更……?」

 

解除条件の変更、かつてのシークレットゲームでも死者の発生をトリガーとしてクリア条件がより過激な内容に変化した事があった。今回のゲームと言い、その可能性は否定しきれない。もし条件の変更があるとして、そのトリガーが何になるのかは、シークレットゲームを経験した私自身でも予想はできない。

 

洵の解除条件こそ『第四回放送終了まで、半径2m以内に『職業』アイドルの参加者と接触してはならない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する』という、特定カテゴリの人物への接触を禁止するタイプ。確かに殺害を条件として組み込まれているこっちの条件よりは楽な方であるが、あの時の仲間であった初音以外、誰がアイドルかなんて分からない。態々こんな条件を示しているのだから、初音以外にも職業『アイドル』がいるのは予測できる。

 

「最も条件の変更とは行かなくても、もし殺し合いの進行が主催者連中の思うような展開じゃなかった場合、いや、殺し合いが円滑に進んでいても何かしらのアクションをしてくる可能性は高いと思うわ」

 

シークレットゲームにおいて、私に対し『リピーターズコード』という形で指令を送り、こちらの行動を指定してきた。その指令は結果としてあの一致団結に繋がったが、それに業を煮やした主催者は瞳に対しリピーターズコードを送るというやり方でセカンドステージに無理やり進めようとした事もあった

 

説明会で見せしめと称して、意気揚々と女の子一人を惨殺した連中だ。本当に何が来るかは分からない。

 

「次に、参加者への対応なんだけど。殺し合いに乗らない参加者や主催に抗おうとしている参加者を集めたいわね。」

「それにこの首輪の解除、だよね。専用の装備があればこの首輪、起爆させずに解除できるんだけどなぁ」

「だと良いんだけど、恐らくは外部から起爆できるように作られてるだろうから、下手に弄ったら爆発なんてパターンとかもあり得るわ。その場合だと電波の遮断が出来るような道具が欲しい所だけど……」

 

説明会でファヴがある一人に言った『魔法少女狩り』という呼称。もしこの首輪の起爆に電波ではなく別のなにか……それこそ魔法のような科学の範疇を越えた手段を持ち出されたらどうにもならない

 

「今回ばかりは、魔法とかそういうのに詳しい人物も欲しいわね」

「魔法……そういえば説明会場で白い女の子が『魔法少女狩り』とも呼ばれた人いましたよね? 確か、スノーホワイトって女の子。」

「そう。その少女を探して話を聞けば何か手がかりが掴めるかもしれないわ。もしかしたらあのファヴについて詳しく知れるかもしれない」

 

考察人材として……特に会いたいのははファヴに『魔法少女狩り』とも呼ばれていた少女、スノーホワイトと言う名の白衣装の少女だ。と言ってもそうそう簡単に出会える可能性も少ないために、出来れば彼女の知り合いとは接触したい所

 

勿論アリアや洵の知り合いの捜索や、あの時のメンバー……特に司あたりとの合流も優先したい。司のことだ、既にこの殺し合いに関しての考察をある程度頭の中で纏めているだろうし。

 

あと、大祐は変なことをしでかしていないか(そして監視)的な意味でさっさと探さないといけない

 

「……ともあれ、やることと言えば、人探しと情報集め。他を疎かにするつもりはないけど、率先して探したいのは例の白い魔法少女及びその知り合い。勿論洵やアリアの知り合い達も、ね」

「悠奈さんの知り合いは大丈夫? 良かったらそっちを先に」

「何人かは普通に戦闘できるはずだから大丈夫だけど、心配なのは初音ちゃんとかそのあたりかな? 司はなんとなく安全圏に入ってそうだし、大祐は……うん、アイツはなんか生き延びてそうな気がする、主に別の意味で」

「―――なんかこの先突っ込まないほうがいいかなってアタシ思った」

 

 

 

 

side『守部洵』

 

あの時の私は、ただ何が何だか分からなかった。

 

全てが終わった、全て解決解決したんだ。隊長のことも、夏彦くんのことも……あの子の事も

 

だけど、地獄を越えた先にあったのはまた別の地獄で

 

あの時も、飛ばされた時も、レスキュー隊員として何かをしなきゃと思っても、足の震えが止まらなくて

 

それで最初に出会ったのがあの『アリア』っていう摩訶不思議な子で、次に出会ったのは悠奈さんっていうボクなんかよりも立派で、賢くて―――

こんな時こそ自分がレスキュー隊員として皆を引っ張っていくべきなのに、考えとかそういうのが完全に自分を上回っていて

 

 

「……悠奈さんって、すごいんだね。」

 

そして今、ボクはそんなことを知らず知らずに口走っていた

 

 

 

「……? 私が? そんな事ないわよ、洵。私からしたらレスキュー隊員やってる洵が羨ましいし。そんな誰かを救ってるヒーローみたいな」

 

一瞬の沈黙の後、帰ってきたのは意外な返事。てっきり変なこと呟いたことを注意されるのかと思っていたので、そんな返答に絆されたのか

 

「いやいや、あたしがヒーローみたいなとかって買い被り過ぎだよ。無茶ばっかして渡瀬隊長や風見副隊長に怒られてばっかりでさ、あはは、でもいつか本当にそんな誰かを助けるヒーローにはなりたいって夢見てるんだけど」

「未熟って言うけど洵なら何かなれそうな気がするわ! あのデカチビッチョにアンタの爪の垢煎じて飲ましてやりたいわよアタシからしたらさ」

「アリアまで……あはは」

 

こんな気持ちで軽く返事。だけど、その時の悠奈さんの目が、なんだか寂しそうな目をしていたのか、まるで手の届かないところにあるものを遠目でじっと見ているような

 

 

「じゃあ本当のヒーローなれたら良いわね……私なんかと違って」

「え……?」

 

私なんかと違って? 悠奈さんもヒーローを目指してたのかな?

 

「……いやごめん、忘れて忘れて」

 

なんだか聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな……と、私はこの時思っていたのだが、その時に見た悠奈さんのその眼が………なんだか忘れられない感じだった

 

 

 

 

side『アリア』

 

「まあ、予め方針は決まった……って事かな」

「一先ずの方針は、だけど。首輪を外したり、賛同してくれる人を集めたりして、そっからが本番ね。」

 

 

なんだかYOU(部長)みたいに頼れる人……というのがアタシの悠奈の中への評価。

だけどさっきのヒーロー云々の脱線しちゃった話を見るに、なんだか暗い過去を抱えている感じ

洵はヒーロー願望といいなんというか……鼓太郎はこの子をもうちょっと見習うべき

 

 

うん、我ながら変なこと考えてしまったから忘れよう忘れよう

 

 

「で、何処に向かう予定なの?」

「マップを見るにここから近い施設は『導きの教会』と……『原子力研究所』。教会はともかく原子力発電所なんてかなり物騒なもの置いているわね……もしかして洵の言っていたテロの起きた研究所って」

「うん。その研究所で間違いないよ。此処だと面識のある隊長や宇喜多さんなら来てるかもしれないし、先ず向かうのは原子力発電所かな? 内部は入り組んでるけどある程度ならこっちもルートは覚えてる」

「よくよく気づいたら私達に見に覚えのある施設がランダムに設置されてるのかしら、これって」

「確かに、研究所もそうだし、何故か夏彦くんの家まである」

 

悠奈や洵が気づいた通り、マップにはアタシにも見に覚えのある施設がある。

シーパライソや劇場グラン・ギニョール……図書館の方は分からないけど

そもそもこの廃村って元々は悠奈が巻き込まれた殺し合いゲームのエリアの一つとも聞いた

 

「ともかく……先に向かうのは洵の言ってた原子力発電所で良いかしら? 工具の類とかありそうだし、洵の知り合いも来てる可能性が高いわ」

「アタシは別に異論はないわね、もしかしたら帰宅部のみんながいるかもしれない。ただ心配なのは……」

「オスティナートの楽士、いや、それだけじゃなくて魔法とか、その手を使う危険人物」

 

そう……アタシは魔法とかは兎も角オスティナートの楽士……この場合はあからさまに殺し合いに乗りそうなミレイやウィキッドとか

悠奈や洵はそれなりに修羅場を潜ってるらしいけど、生身の人間がオスティナートの楽士相手にどれだけ抵抗できるか

一応対抗手段が無いわけじゃないけど、そもそもこの会場が一体何なのか、アタシがこの姿でいる以上メビウス……に似た所かもしれないけど、だとしても賭けにしては危険すぎる

仮に成功したとしても、それを使いこなせるかどうか……

 

「流石に、それは会ってみるまでは分からない、か。もしもの時は一目散に逃げるしかないかもね。止めれるのであればそれに越したこともないけど」

「でもやっぱり心配だなぁ……」

「心配しないでアリア。そりゃ気持ちは分かるけど、私だって簡単にやられるほどヤワじゃないわよ」

「ならいいんだけど……」

 

そんな心配をしていた、そんな時だった。

 

 

「悠奈さん?」

「……誰か来たみたい」

 

 

悠奈の目つきが変わった。遠くで誰かがこちら側に近づいているような音がした。

アタシも洵も遠目からその音の発信源を隠れて窓から覗いてみる

音の主は周りの小屋を捜索している、誰かを探しているかのように

そして―――

 

「え……嘘……?」

 

アリアには――その顔に見覚えがあった

 

「維弦……!」

 

なぜなら、その「誰か」とは、―――帰宅部のメンバーの一人である峯沢維弦だったのだから

 

 

 

○ ○ ○

 

 

「維弦って……確か、アリアの言っていた」

「……うん、峯沢維弦」

 

まだそこまで近づいてはいないものの、アリアが言うにはあの男は帰宅部のメンバーの1人、峯沢維弦

だが、その顔はまるで永久凍土の如く冷酷さに満ちている。更には微かではあるが血の跡のような染みが峯沢維弦のコートに付いていた

 

「維弦っていつもああいう仏頂面なんだけど……あれはちょっとおかしいよ、何ていうか、その」

「分かってるわアリア……彼のコートに付着しているあの痕、どう考えても何かしらやらかしてはいそうね」

 

誰かと戦ったか、それかもしかして――誰かを既に殺したか。悠奈は思考を巡らせる。

アリアの知り合いというからには無碍にも出来ないし、だがあの状態は普通ではない。元々ああいう顔とはアリア聞いていたが――コートに付着している痕と、周りの小屋を中に入ってまで何かを探している……いや、『誰かを探している』としたら

 

「アリア……残念なことかもしれないけど」

「ちょっとまってよ悠奈! 幾ら何でも維弦はそんな事……」

「待ってアリア……まだそれが事実ってわけじゃない。もしかしたら別の原因で付着したものかもしれない。」

「悠奈さん……アリア……あの維弦って人は、この廃村で何か……もしくは誰かを探しているんですよね……。もしあの維弦って人が、殺し合いに乗っているんだったら」

「結論を出すには早いわ洵。……でも、仕方がない」

 

なにか決心をしたのか、息を吐いて一呼吸置いた後、悠奈は言葉を発した

 

「……洵、この小屋で隠れて待っててくれる? 私はあの男に会いに行く」

「悠奈さん!? もしもだけど、あの峯沢って人が殺し合いに乗ってたとしたらどうするの? それにレスキュー隊員としての立場からして危険だとわかってわざわざ生かせる訳にはいかないからさ」

「大丈夫よ洵、分かってると思うけどそういう相手のやり方は慣れてるから、それに……」

「アタシも悠奈についていく。維弦がどうであれ、アタシとなら話ぐらいは聞いてくれるかも」

「アリアまで!? 確かにそうかも知れないけど……それでも二人だけで行かせられないよ」

 

簡単にそういうアリアではあったが、その顔には若干陰りが見える。幾ら仲間だと言ってたとしてもそれでちゃんと話を聞いてくれるかどうかの確証はない。

 

「……こっちからしたらアリアは兎も角、悠奈さんは本来一般の人なんだし、だから―――」

「――洵」

 

あたしも一緒に行く、と言おうとした所で悠奈が待ったをかけるように洵の名前を呼ぶ

 

「……悠奈さん?」

「ねぇ洵――もしも、自分と大切な人、どちらかの命しか選べない状況に陥った時、あなたはどっちを選ぶの?」

「えっ……そりゃ、その……それでもどっちも生き残る道を諦めたくないよ。というよりも、それぐらいに強くなりたい、って方なの、かな」

 

悠奈の問いに、はっきりと答える洵。

 

「そう……じゃあ」

「不味いよ悠奈! 維弦がこっちに近づいてくる!」

 

悠奈が何かを言おうとした時に、アリアが維弦がこちら側に近づいている事を知らせている

 

「……どうやら時間がなさそうね、行くわよ、アリア!」

「OK承知よ、悠奈!」

「ま、待って悠奈さん、アリア! まだ話は……」

「……大丈夫よ、洵。言ったじゃない、簡単にやられるほどヤワじゃないって。だから安心して」

 

そう悠奈が洵に優しい声を掛けたすぐ後、ドアを開けて悠奈とアリアは外へ出た

外にいる、自分たちを探しているであろう峯沢維弦に会いに行くために

 

「……」

 

守部洵は閉じたドアの前で動けなかった。

別に動けないわけではない、動いても良かったはずなのに、でも動けなかった。

別に悠奈とアリアを信頼していないわけではない。確かに出会ってそう時間は経過していない。だがそれでも信頼出来る何かを感じていたから

 

でも、動けなかった。一歩を踏み出せなかった。それは何故か――

何故かは――守部洵には分からなかった。守部洵には……藤堂悠奈の背中が遠く感じた

 

【B-8/廃村/一日目 深夜】

 

【守部洵@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:通常

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人未確認)

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いからの脱出

1:悠奈さん、アリア……

2:知り合いを探す

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

「――そちら側から出てきてくれるとはな、手間が省けた。」

「そりゃどうも……で、あなたが峯沢維弦ね。」

「ほう、顔を見ただけで俺が峯沢維弦だとわかったのか。いや、お前がいるんだ、それは当然のことか、なぁ、アリア」

「……維弦、何があったの?」

 

黎明の静寂が過ぎる廃村で、峯沢維弦は藤堂悠奈……そしてアリアと対峙していた

枯れ果てた小枝の如く、ただ何の光も灯さぬ瞳で2人を見つめている。

 

「何があった、だと? あの場にいたお前なら分かってるはずだ」

「あの場にいた? いやどう言うことよ維弦!?」

「忘れたのか? アイツが俺たちを裏切ったことを、友達面扱いして、裏で俺たちのことを嘲笑っていたアイツのことを」

「だから何の話よ維弦!? アタシには全然わけが――」

 

維弦が言っていることはアリアには分からない? 裏切り? 嘲笑っていたアイツ?

いや、無理もない――この峯沢維弦と、今のアリアの『記憶』にはズレがあるからだ。それをどちらも知る由はない

 

「そちら側の事情は兎も角……はっきりさせたいことがあるんだけど、良いかしら?」

 

このまま感情論をぶつけ合いになるのを避けるため、悠奈が改めて維弦に対して言葉を投げる

 

「――単刀直入に、あなたは殺し合いに乗っているの?」

 

そしてそれに、峯沢維弦ははっきりと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ああ、乗っているさ。もう一人、殺したさ」

 

憎悪とも衝動とも取れる声を上げ、維弦の右腕が黒く染まり、彼のカタルシスエフェクトが具現――

 

 

「――!!」

 

それと同時に悠奈も銃を構え

 

 

「――そして、俺のためにお前も死ね」

「……お断りするわ!」

 

――開戦の火花は切って落とされる

 

 

【B-8/一日目 黎明】

 

【藤堂悠奈@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:通常

[装備]:ベレッタM92@リベリオンズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:なるべく参加者を集めて、殺し合いを止める。場合によっては捕縛

1:まずは目の前の彼をなんとか止める

2:洵やアリアの知り合いを探す

3:仲間を集めながら首輪解除の手段を探す。魔法少女なる存在には注目

※参戦時期はDルート死亡後です

 

【峯沢維弦@Caligula -カリギュラ-】

[状態]頭痛(小)、激しい絶望

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 女性参加者を5名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:独りで殺し合いに勝ち残る

1:首輪解除のため、女性参加者を見つけ次第殺す

2:もう誰も信用するつもりはない

3:帰宅部の皆や小池については、考えないようにする

4:あの女(三ノ輪銀)は見つけ次第、確実に殺す

5:目の前の女(藤堂悠奈)は殺す。アリアは目の前の女を殺してから考える

※参戦時期はOVER DOSE楽士ルートで主人公に裏切られ敗北した直後からとなります。

※メビウス内と同じように顔に傷がついても修復されるようになっております。

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

 

「維弦……何で……」

 

信じられなかった、維弦が人殺しなんて

 

信じたくなかった、殺し合いに乗っているなんて

 

『■■■―――』

 

頭にノイズが走る。そして直ぐに止む

 

「信じたくないよ、こんなの……」

 

だがこれは現実だ。これが人間だ。一つのきっかけて、こうも人は歪み、狂う

 

その現実を、アリアは受け止められずにいた

 

「……悠奈」

 

維弦を止めようと戦う悠奈を、ただアリアはじっと見つめるしかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアは知らない、帰宅部部長が裏切り者であった事を

 

アリアは知らない、その怒りを、憎しみを

 

アリアは『■■■■■』、真実を―――

 

 

 

 

 

『■■は、なんて■■■■で■■しい■■■■■だ!!』

 

アリアの頭にまたノイズがよぎり、そして止む。今のアリアに、それが何なのか、気づくことはない

 

 

【アリア@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:混乱

[装備]:なし

[状態・思考]

基本方針:帰宅部のみんなとの合流

1:嘘でしょ、維弦……?



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怪物/森の音楽家クラムベリー、烏丸理都

――あそこには『恐怖』があった

 

――あそこには『怪物』がいた

 

――あそこには『絶望』があった

 

逃げる、逃げる、一瞬だけ忘れてはいけない大切な太陽すらも置き去りにしても構わないほどに、だが、そんなことは断じて自分が許さない

だけど、だけど、今だけは、全力で逃げるしか無かった

 

 

○ ○ ○

 

 

事は数刻前に遡る

 

 

「―――」

 

ビルの一室から、烏丸理都はアンチマテリアルライフルを構え、次なる獲物を求めてただじっと沈黙していた

 

彼女に課せられた首輪解除条件『参加者が残り30名以下になる』ということ。だが、更にこれに『なお、この条件を第三回放送終了までに達成した場合、天王寺彩夏の首輪を条件を無視して解除する』という内容

 

もとより天王寺彩夏という太陽を崇拝し、信奉するこの狂信者の行動は早かった。支給品にあったアンチマテリアルライフルを、取扱説明書があったにしろ、初めての使用で一人すでに殺害したのだから

そうそう軽く扱えるはずのないこの武器をいとも容易く扱えたのは、「天王寺彩夏のため」という、一種の狂気じみた執念によるものかもしれない。

 

(第三回放送まではまだ余裕はあるけど、いつまでもここで待ってるわけにはいかんか)

 

幸運にも無防備な少女を一人殺害に成功できた以降、いくら待てども人影一つも見かけない

 

(そろそろ移動時やな)

 

そう思い始めた矢先である。―――彼女の視線の遠く、漆黒の雷が、轟音を鳴り響かせた

 

「――何や!?」

 

あまりの衝撃に一瞬硬直するも、その直後に似たような轟音が鳴り響く

 

(……どうなっとるんや、一体何なんや……!?)

 

少し経って落ち着きを取り戻し、スコープ越しに落雷の発生点らしい場所を覗いてみる

 

 

 

 

 

 

 

スコープに映っているのは、まるで『花園』称するに相応しい一人の少女。ここからでは背中姿しか見えていないが、まるでファンタジーの世界にいるような風貌の、そんな少女。よく見ると左腕に火傷のような痕が残っている

 

(こっちに気づいてないようやな……)

 

思考を切り替え、いつでも発砲出来る準備を取る。二度目はない、チャンスは一度のみ。あの時と同じ、引き金を引いて、撃ち殺せばいい。相手は手負いで、この距離で気づける人間はそうそういない。そう、思っていたのだったが

 

―――少女が、こちら側を振り向いた

 

 

「―――――!?」

 

振り向いた。ただ、振り向いただけなら問題はない。気付かれなければ何も問題はないはず、なのに

 

その赤い目は、まるでこちらに気付いているかのように、まるでこちらを見据えているかのように

 

 

 

この距離で気づくはずがない、ここからはかなりの距離がある、なのに

 

気付かれている、という間隔に陥っている。恐怖している。その、獲物を見据える目のような、狩人の目のような

 

 

 

 

「―――!!!」

 

 

気付いた時にはライフルを仕舞い、我武者羅に逃げていた。逃げていた。怖い、殺される、あのままあの場所にいたら殺される、怖い、誰か助けて、誰か、誰か、誰か―――

 

いや、違う、彩ちゃんが生き残るまで死ぬわけには行かへん。万が一ウチが死ぬ時は彩ちゃんが無事この殺し合いから抜け出した時や―――!

 

○ ○ ○

 

 

「―――ふむ」

 

例の王女との戦いから数刻ほどが経過。森の音楽家クラムベリーは、エリアC-7の商店街の中を探索していた。

先の戦いでの傷は完治したが、肝心の左腕の火傷はまだ完治とは言い難い。

その場から移動したのは、『音』が聞こえたからだ。あの時烏丸理都がライフルのスコープを向ける時に、床を這う衣擦れの音が聞こえたのだ

クラムベリーは『音』に関して随一とも言うべき魔法少女だ。その聴力は魔法少女の心拍音をも軽々と聞き取れるほど。

ただ、距離の遠さや左腕が完治してなかったこともあり、先ずは移動したほうが良いという判断である。最も相手が恐怖し逃げてしまった事もあって結果オーライであったのだが……

 

「……此処で中々面白そうな事が起こっていたようですね……少し残念です。」

 

先ず、目に入ったのは店内の壁や地面に刻まれた傷だ。まるできれいな刃物で切り裂かれたような痕跡。

そして同じく店の部品や瓦礫の残骸にも複数の切り傷が残っている。間違いなくここで何者かが戦った後だ

もし戦いがあったのならば意気揚々と乱入してあげても良かったが、もう終わってしまったようだ、だが

 

「……おや?」

 

ふと、足元に赤い血痕があることに気づく。時間が経っているためかだいぶ乾いているが、それは点々と一定の方向に続いている。

 

「――どうやら、少しは楽しめそうかもしれませんね」

 

恐らく、あの場所で戦ったどちらかの痕跡だ。商店街の破壊の度合いからみてそれなりに実力のある人物なのだろう。流石に最初に出会った彼女ほどでは無いものの、あの王女かそれに準ずる強さぐらいの相手は期待できるかもしれない。

最も、今の自分も万全とは言いづらい状態故、向かうのはもう少し休んでから。左腕の火傷はまだ完治仕切っていないのだから

 

(しかし……)

 

気になるといえば自分を狙っていたであろう人物の事だ。逃げ出した時の音からして相手は素人の類と考えられる。流石に距離からどのような武器で狙おうとしていたのかは不明であるが、恐らくライフルのようなものである可能性が高い

ふと思い出したのはあの王女が言っていた『殺された女の子』の事だ。もしかすれば彼女を殺したのはその人物かもしれない。だとしたら残念だ

クラムベリーとしてはもう少し実力のある人物か、まさかのカラミティ・メアリ本人かと思っていたのだが、残念な意味で予想外である。

 

(影でコソコソしながら安全な場所で狙い撃ち。あまり好きではありませんね。獲物としては不十分ですが、もし見つけた時は一瞬で殺してあげますよ)

(そして――願わくば、この血痕の先に私を愉しませる事のできる強者がいることを願っておりますよ)

 

 

―――『怪物』は嗤う。次に狙うべき獲物への期待を懐いて

 

 

 

 

【C-7/市街地(商店街・北)/一日目/黎明】

C-7北部商店街エリアは至る所に崩壊の痕跡、そして北方向に三ノ輪銀の血痕が続いています。

 

【森の音楽家クラムベリー@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:左腕に火傷(回復中)

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ、特やくそう×10(残り?個)@ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めて、不明支給品2つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:強者との闘争

1:例の彼女(アーナス)、マルティナと再び闘いたい。

2:火傷が完治するまで休む。

3:火傷が完治次第、あの血痕に沿って進んで見る

4:首輪解除のために強者を探し、そして殺す。

[備考]

・「首だけの少女」を殺した人間、または道具に心当たりがあるようです。

・左腕の火傷の治療に特やくそうを使っています。何処まで治るか、いくつ使ったかは後続の書き手様に任せます。

・攻撃の音を模倣し爆音の衝撃波としてぶつけることで攻撃と同様のダメージを与える方法を身につけました(例:ジゴスパークの音を衝撃波と共に叩きつけジゴスパークの雷ダメージを与える)。

しかし、脳の錯覚を利用した技であるため、模倣した技の音ダメージを与えるには相手がその技をよく知っている必要があります。

 

 

 

 

 

 

○ ○ ○

 

「はぁ……はぁ……はぁ…。此処まで逃げられたら、もう安全やろか……」

 

エリアB-6 小学校近く。

烏丸理都はここまでくれば大丈夫だろうと安堵するが、それでも全身の冷や汗は止まず、あの時のスコープ越しに見えた『眼』にただならぬ悪寒を未だに感じていた

 

『アレ』は怪物だ。花園に佇む怪物だ。優雅な薔薇の匂いに誘われた子羊を容赦なく食らう怪物だ。

アレは危険だ。あんなのが野放しになっているのなら、彩ちゃんを優勝させる以前の問題だ。

 

(……どんな手を使ってでもあの怪物を殺さんといけへん。そのために協力者……利用できる『駒』が必要や)

 

そう、先ず探すべきは協力者……もしくは利用できる『駒』。

元よりアイドルとして演技力には自身がある。もし本性がバレたとしても相手と利害の一致だけでもいい。兎に角協力者が欲しい。あの怪物を殺すための協力者が。

――それと、最悪自分が死ぬことになっても、彩ちゃんが生き残れる確率を増やしておきたい

 

(今気づいたんやけど、こんな所に小学校があるんやな。)

 

我武者羅に逃げていて方向なんて気にしていなかったが、結果として隠れ場所としては良い所かもしれない。保健室や理科室で色々と必要なものを手に入れることが出来るかもしれない。

それに運が良ければ協力者か『駒』成り得る参加者と出会えるかもしれない。

 

(――彩ちゃん。今どうしてるんやろうか)

 

脳裏に過ぎるのは自らの太陽、命を懸して、どんな手を使ってでも守らなければならない大切なヒト。

そんな心配をしながらも、彼女は小学校の門を潜るのであった

 

 

烏丸理都もまた『怪物』だ

 

自らが奉仕し、崇拝する太陽のため、数多の屍山血河を築こうが、数多の絆を壊そうが

 

太陽に焦がれ、その心を焼かれた彼女は、自らが焼け落ちるまで

 

 

 

 

 

 

 

――彼女もまた、どす黒い『怪物』であるのだから

 

 

 

 

【B-6/小学校近く/一日目/黎明】

【烏丸理都@アイドルデスゲームTV】

[状態]:『怪物(クラムベリー)』に対する危惧感情

[装備]:アンチマテリアルライフル@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

[状態・思考]

基本方針:あやちゃんを優勝させるために、あやちゃん以外の全参加者を殺す

1:まずあやちゃんを探さへんと

2:あの『怪物(クラムベリー)』を殺すための協力者もしくは使える『駒』を探す

3:小学校内で何か使えるモノを探す



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秘密の探検者達/ミレイ、笠鷺渡瀬(アロマオゾン)

支給品を使い、辛くもカラミティ・メアリからの逃走に成功した渡瀬は

現在、ミレイを背負いながら橋のある南へと歩き続けていた。

もしかしたらカラミティ・メアリは自分達を追っているかもしれない。

次出会ったら、また上手く逃げ切れる可能性は限りなく低い。

そう考えると出来る限り、移動を続けて遭遇率を下げるのがベストだと判断した。

 

「ん、んん……。ここは?」

「起きたか」

「ちょっと!何きやすく触ってるのよ、さっさと降ろしなさいっ!!」

「うぉわっ!」

 

渡瀬はミレイに突き飛ばされるような形で無理やり降ろされた。

地面に倒れる渡瀬を見下ろす形でミレイは相変わらず尊大な態度を取っている。

 

「愚民風情が眠っている間に私の体に勝手に触れるなんて許されなくてよ」

「いい加減にしろよ!あの時、俺が助けて運び出さなかったらあんたは死んでたんだぜ」

「助けてなんて私は頼んだ覚えは無いわよ、勝手な事をして恩を売った気にならないで頂戴」

 

(前言撤回、こいつは黙ってようが眠ってようが二度と可愛いとは思わん)

 

「それで、笠鷺はどこへ行こうとしてたのよ」

「取りあえず橋を渡って南に行こうとな」

「はぁっ?そんな距離まで歩くなんて私は嫌よ、あそこの建物にしなさいな」

「七望館か?だけどそんな目立つ場所にいたら、またあの女ガンマンに出会うかもしれないぞ」

「それなら返り討ちにすればいいじゃない。あいつよりも先に建物内の構造を把握しておけば

 地の利を生かした戦いも出来て私の方がずっと有利になるわ」

「……そうだな。あんたの言う事は一利ある。そうしよう」

「初めから私に素直に従ってればいいのよ、おほほほほ!!」

 

渡瀬はある程度、理解した。

プライドが服を着て歩いてるような女に反対意見を言っても無意味だと。

自分の意見を言うにしても相手の顔を立てるのを前提に話した方が良いと。

ミレイの対応を知る事でミレイとのコミュレベルが一つ上昇した……ような気がした。

 

 

『七望館』

 

 

かつてD.o.Dの舞台としても利用されていた洋館。

大正時代に建てられ、当時はホテルとして使われていた古い建築物が

今度はバトルロワイアルの施設の一つとして用意されていた。

 

「なんだか随分寂れた建物ね。私が泊まるには老朽し過ぎてるわ」

「もしかしたら先客がいるかもしれない。注意して入るぞ」

 

慎重な足取りで七望館に入る渡瀬、それに続きミレイは堂々とした振る舞いで入って行く。

中はそれほど汚れておらず、十分に寝泊りが可能なほど家具も用意されている。

それでもミレイにとっては満足のいく場所ではなく、使用人を使って掃除をやらせたいと愚痴をこぼしていた。

その時、二人のスマホから着信音が流れる、それを確認しようとした所で

 

「やぁ~、愚かな参加者諸君!この七望館にようこそパク~!」

「なんだ……こいつは?」

「なによ。このぶっさいくな豚は」

 

奥から明るいテンションで二人に声をかけるピンクのゆるキャラのようなマスコットが現れた。

いきなり豚呼ばわりされた事でマスコットはぷんすかと怒ったリアクションを取っている。

 

「むき~!豚じゃないパクよ!オイラの名前はドリパクって言うんだ。よろしくな!」

「そんなことはどうでもいいのよ。あんたも首輪を外すのに私に協力してほしいって言うのかしら?」

「おいらをお前らみたいな愚かな参加者と一緒にしてほしぶべぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

ミレイは数歩下がった後に勢いよく駆けて、ドリパクをサッカーボールの様に勢いよく蹴り飛ばした。

吹っ飛ばされたドリパクは窓ガラスをぶち破り、まだ明けない夜空の方へと消えて行った。

 

「おいミレイ、何をやっているんだ!?」

「あいつがあんまり舐めた態度を取るからお仕置きしてあげたまでよ」

「ドリパク一郎兄さ~ん!!お~いおいおい……」

「なっ!?お前はさっき蹴り飛ばされた筈じゃ?」

「あれはオイラのお兄さんのドリパク一郎パクね。おやつをよく分けてくれたり弟想いの優しい兄だったパク」

「そうなの、だったらもう一度蹴り飛ばしてもよくてよ」

「止そうぜ。今度はドリパク二郎の弟とか言いながらまた出てくる気がする」

「お前ら!!話が進まないから茶番劇はここまでだ!ここから先は重要な話をするぞ、よく聞け!」

 

「この七望館には二種類のアイテムが隠されている。その一つはこの『ドリームコイン』だ。

 これを集める事で参加者には武器や食料などのアイテムをここで色々購入する事が出来るパク。

 もう一つは参加者の情報を記されたメモだ。これを集める事で参加者達のあ~んな事やこ~んな事。

 色んな秘密を握れることが出来るぜ~。情報ってのは時には戦力以上に重要だからな。これもしっかり集めるパクよ!!」

 

ドリパクが差し向けた方向にはドリームコインで購入できるアイテム一覧が書かれた看板があった。

 

ミネラルウオーター500ml 50コイン

乾パン 100コイン

幕の内弁当 500コイン

フランス料理フルコース 3000コイン

支給品ガチャ(銅) 500コイン

支給品ガチャ(銀) 1000コイン

支給品ガチャ(金) 3000コイン

 

「ふぅん……丁度いいわ。笠鷺、フランス料理を注文するからあんたがコインを探しなさいな」

「おいおい!食い物より先に武器だろ!それにお前も一緒に探した方が効率が」

「このミレイ様が、地べたに這いつくばって床下のコインでも探せと言うの?そんなの庶民がやるべき作業よ。

 ほら、分かったらさっさと探しなさい」

(……首輪を外したら速攻で出て行ってやるからな)

 

「この七望館の情報は最初に入ったお前らだけに教える特別だからな。お前らは運が良いパクよ~

 それに比べて今頃はもう既にくたばってる哀れで不幸な参加者も既にいるからなぁ~。

 お前らの大切な仲間が無事であるように、せいぜい祈っておくんだな」

「何っ!?」

「なんであんたがそんな事まで知ってるのよ?」

「おっと言い忘れてたぜ。オイラはドリパク、このバトルロワイアルの主催者の一人だ。

 言っておくけどよぉ~、ここでオイラを倒そうって考えは無駄だからな。

 オイラがその時になれば今すぐにでもその首輪をドカンとする事も可能なんだぜぇ」

 

陽気に話していたドリパクの声ががらりと変わり、ドスの聞いた語り方になっていく。

この素行こそが彼の本性なのだろう。

その銃で撃っても意味は無いと言わんばかりに渡瀬の首輪へ指を指している。

 

(こいつ、銃を向けられてもそれだけ余裕な態度を見せているって事は撃たれても通用しないのか?

 この距離なら間違いなく奴に命中させる事が出来る、だがそれで確実に殺す事が出来るか?

 俺達を、特にカラミティ・メアリの様な実力者までこの島へ拉致して来れるような連中が

 拳銃で撃ちこんだだけで本当に殺害する事が出来るのか?)

 

脳内での自問自答をいくつか繰り返した後で、渡瀬は銃を下した。

こんな魔法みたいな非現実的な行動を起こせる連中がそれで倒せるとは到底思えなかった。

今は無謀な戦いをするべきではないと判断し、情報を引き出すべくドリパクへ疑問を投げかけた。

 

「あんた主催者と言ったな?つまり俺達をここに呼び寄せて、この島に閉じ込めた挙句

 爆弾付きの首輪をはめてこんな殺し合いを強要させている連中という事か?」

「そうパクね。オイラは数ある主催者の一人パクよ~」

「その目的はなんだ?殺し合いをしろと言ったが殺人をやらせるだけにしてはやけに大掛かり過ぎないか?」

 

殺し合いに乗るつもりは更々無いとしても、生き残る為にはこのゲームの情報を詳細に知る必要がある。

まず主催者を名乗る連中の正体をはっきりと突き止めたい渡瀬であったが

 

「そこまで教える必要は無いパ~グね~♪」

「何だとっ!?」

「おいらが君たちに与える情報は七望館内でのお楽しみゲームのルールを教えてあげる事ぐらいだ

 主催者自身の情報や目的は教える義務は無いし、君たちに知る必要も無い」

「何の理由も分からず殺し合えと言うのか?」

「『最後まで生き残った優勝者には、どんな願いも叶える権利』それだけで十分に殺し合う動機になるパグよ」

「なに馬鹿みたいに真面目に問答しようとしてるのよ、こんなふざけた連中を相手にするだけ時間の無駄よ」

 

渡瀬とドリパクの長会話に痺れを切らしたミレイは強制的に話を打ち切り始めた。

疲労と空腹が溜まって来たミレイは解決する見通しの無い論争をやらせるよりも

迅速な食料調達に渡瀬を利用したいのである。

 

「ミレイの言う通り、おいら達は殺し合いが見たい訳で問答をしたい訳ではない。

 他の参加者を皆殺しにしてゲームをクリアしたらいくらでも話を聞いてやるぜぇ~」

「ふん!その主催者とやら全員、私がこの手で叩き潰してあげるから覚悟しなさいっ!!

 このミレイ様に楯突いた事を心の底から後悔させてあげる!!」

「言うねえ!!その減らず口がいつまで続くか楽しみに見ているぜ、それじゃあ最後に

 七望館での滞在時間は一度に付き三時間までだからな、それを過ぎると首輪がドカンだ!

 その後は24時間経つまで七望館の侵入は禁止になる、よく覚えとくんだな」

「はぁっ!?たった三時間じゃ温かいお風呂とフランス料理を堪能した後の睡眠タイムが取れないじゃないのぉおおっ!!」

(……こいつ、こんな状況の中でもそんな事を考えてたのか)

 

七望館をアジトにして休息を取るプランを考えてたミレイには誤算であった。

ショックのあまり大声を上げるミレイに渡瀬は深いため息を付いた。

 

「出来るだけ多くの参加者に探索を楽しんでもらえるようにする為の処置だパグ

 それに重要な情報を一部の参加者が独占するのは面白みに欠けるパグからね~

 多数の参加者が情報を得るチャンスがあった方がゲームとしても盛り上がるパグ~」

「最低でも三時間で3000コインを集めなさいと……」

「あ、今までの会話で30分経ってるから正確には2時間30分になってるパグ~ゲラゲラゲラ。

 最後に七望館に関してのルールはお前らがここに入った時にスマホに自動追加されてるパグよー。

 途中で再把握したくなったらそれを見ればいいパグ」

(館に入った時に鳴った着信音はそれだったのか)

「笠鷺ィ!急いで探索なさい!!」

「ああ、分かった!」

 

反論せず言われた通りに動かないと恐ろしい事になる、と本能で察知した渡瀬は迅速に行動を開始した。

気付いたらドリパクは消えていた、おそらく伝える事は全て伝えて用は無くなったのだろう。

 

まず机の中を調べる。

一段目、二段目は何も入っておらず、三段目で50コインを見つけた。

続いて置かれているぬいぐるみを退かせると100コインを発見する。

絵の裏側を探すと一枚のメモを発見した。

メモの中身を見るとこう書かれている。

 

蒔岡玲の秘密1

『蒔岡玲には弟の蒔岡彰がおり、過去のシークレットゲームに参加させられて死亡している』

 

「これが、参加者の情報を記されたメモって奴か」

「見つけたの?私に見せなさい……知らない人ね、どうでもいいわ」

 

蒔岡玲は参加者名簿にいる人物の一人であり、シークレットゲームという聞いた事無い用語も気になるが

考えるよりも探索を続ける事にした。

 

30分後、いくつかの部屋を探して回収出来たドリームコインは合わせて650コイン、メモは4つである。

 

プフレの秘密3

『バトルロワイアルの開始前に殺害されたシャドウゲールはプフレの従者であり、プフレに取って彼女はとても大切な存在であった』

 

蓼宮カーシャの秘密1

『彼女は双子の姉妹であるアーシャと共に愛する人を取り合い、最後には最愛の人を文字通り、半分に切り分けて殺害した過去がある』

 

東郷美森の秘密2

『彼女が東郷美森と呼ばれる以前の名前は鷲尾須美である』

 

そして先ほど見つけた4つ目のメモは……

 

カラミティ・メアリの秘密2

『本名は山元奈緒子39歳、魔法少女になる前は酒に溺れて子供に暴力を振るっていた為に、夫に離婚されている』

 

「アーッハハハハハッ!!何アイツ、とんだババアじゃないの!!しかも夫に離婚されてるなんて

 物凄く惨めで、どうしようもなくて、駄目駄目な人生送ってるじゃないの!オーッホホホホホホ!!」

(流石に笑いすぎだろ……)

「よくやったわ笠鷺、今度あいつに出会ったら思いっきり馬鹿にしてあげるんだから!」

 

カラミティ・メアリの秘密を知ったミレイは鼻歌を歌うほど上機嫌になっている。

更にミレイはドヤ顔をしながら手に持っているコインを見せつけた。

 

「なんだ?って1000コインも!?どこで見つけたんだ?」

「私が座っていたソファーの中に挟まっていたわ。運でさえ庶民を遥かに超える私の才能が恐ろしいわ。オホホホ!」

「こっちは一生懸命探してるというのに不公平だ……」

「庶民はせいぜい汗水垂らして必死に小銭を探せばいいのよオホホホホホホ!」

「なぁ、あんたは気にならないのか?」

「何よ、急に」

「ドリパクが言ってたが、既に死んだ参加者がいる。もしかしたらそれが俺達の知り合いかもしれないんだぞ」

 

バトルロワイアルには渡瀬の知り合いも呼ばれている。

中には狂気に染まり、自分の命を狙って来た人達だっている。

だけど殺されていい筈なんて無い。救えるなら手を伸ばしたい。

 

「どーでもいいわそんなの、私の命が最優先よ」

「何っ!?本気で言ってるのか?」

 

ミレイにとって楽士達はあくまでメビウスで暮らすために仕方なく手を組んでるに過ぎない。

帰宅部にとっては敵同士であり、例え共闘するべき緊急事態であっても

 

イケP←ただのバカ

シャドウナイフ←漫画のキャラクターみたいな痛い台詞を吐くガキ

ウィキッド←頭のネジが何本か飛んだイカレ女

巴鼓太郎←やかましい猿

峯沢維弦←顔はマシだけど女達にちやほやされて気取ってるキザ男

神楽鈴奈←乳がでかいだけの根暗ブス

柏葉琴乃←糞生意気なブス

 

どれをとっても協力する気にはなれない。

もし土下座をして「お願いします。助けてください」と泣いて頼むなら

しもべとして助けてあげてもいいと考え直す程には寛大な心を持っている。

少なくても自分から探しに行くつもりは更々なかった。

 

時間を見ると残り2時間を切っていた、急がなければフルコースを注文してゆっくり食事を取る時間の確保が難しくなる。

物取りの様に部屋を物色しながら探し回る気は無いがコインは迅速に確保したいミレイのイライラは募るばかり。

ふと目に付いた花瓶の裏側を見ると糊でくっつけられたメモを発見する。

 

「……ん?こんな所にメモがあるじゃないの、ちゃんと探しなさいよね」

「ほんとか!?俺にも見せてくれ」

「――ッ!?こんなものっ!!」

「おい!なんで破るんだ!」

「これは知る必要のない情報よ!ほら、さっさと次の部屋を探しなさい!」

(……おそらく自分の秘密が書かれたメモだったんだな)

 

渡瀬の推測通り、ミレイがビリビリに破いたメモにはこう書かれてあった。

 

ミレイの秘密1

『本名は一ノ瀬美玲、一ノ瀬グループ社長の娘だったが会社が倒産して両親は夜逃げ、残された彼女は貧しい暮らしを強いられている』

 

【G-1/七望館/一日目 黎明】

 

【笠鷺渡瀬@ルートダブル】

[状態]健康

[服装]シリウスの団員服

[装備]NZ75@ルートダブル

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ウイングシューズ@よるのないくに2、不明支給品1つ(本人確認済み)ドリームコイン650コイン、参加者の秘密メモ5枚

[首輪解除条件]特定のパートナーと24時間以上行動を共にする

[思考・行動]

基本方針:殺し合いからの脱出。なるべく人は殺さない。

0:ミレイに同行して、首輪を解除する

1:七望館でアイテムの探索をする。

2:ミレイが他参加者相手に暴走しないように、上手くコントロールする

3:宇喜多、洵、サリュ、カラミティ・メアリを警戒。夏彦とましろについては保留。

4:地図にある「天川夏彦の家」が気になる

※参戦時期はDルート。夏彦のセンシズシンパシーによって本来の記憶を取り戻し、和解した直後からとなります。

※ウイングシューズを着用すると素早さを飛躍的に上昇させます。但し、有効時間は5分間のみで、1度利用するとその後2時間は効力を発揮しません。

 

【ミレイ@Caligula-カリギュラ-】

[状態] 健康、顔面打撲、ダメージ(小)

[服装]いつもの服装

[装備]なし

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)ドリームコイン1000コイン

[首輪解除条件] 解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する

[思考・行動]

基本方針:生存優先。まずは首輪の解除。

1:首輪解除のために、使えそうな下僕を集める

2:さっきのブス(メアリ)は絶対に殺す

3:帰宅部の連中とウィキッドを警戒

4:ファヴがμと同等以上の力を持っていると分かれば、優勝も視野に入れる

5:自分が優位に立つために七望館で笠鷺にアイテムを探させる。

※参戦時期は劇場グラン・ギニョールで帰宅部に敗北した後からです。

 

七望館に侵入した参加者のスマホには追加情報が提示されます。



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広がり続ける憎しみの連鎖/絢雷雷神(アロマオゾン)

「はぁっ……はぁっ……!……くそぉ!」

 

絢雷雷神は息を荒くしながらも必死に走り続けた。

先ほど交戦した男に追いつかれでもしたら生き残れる筈が無い。

捕まれば、確実にスマホから首輪解除条件を調べられて殺害されるのが予想付く。

 

しばらく走り、完全に息が上がった所で茂みの中に身を隠して辺りを見渡した。

どうやら奴は自分を追いかけては来ていないらしい。

追手が来ていない事が分かると雷神はふぅっと深呼吸を数回繰り返して呼吸を整える。

それでも雷神の心には今でも動揺が続いている。

 

その理由は初音やジークに対して怪我を負わせる事が出来なかったからか?

違う、それもあるだろうが原因はこの島に来る前に遡る。

 

追放選挙

 

敗者はアリスランドから追放されるこの勝負の中で要と雷神は戦い。

その結果、選挙中に雷神の本心が曝け出され、狼狽える中で要はこう言い放った。

 

『とうとう化けの皮を剥がしたな。お前は犯罪者だ』

『少女を救いたいなんて言うのは嘘で、その本心は、自分を守りたかっただけ』

『今さら否定してなんになる?』

『お前は自分が救済されるために、犯人を救済しようとしてただけだ!』

『真に救済されるのは、過去の辛さに立ち向かい克服した時だけだ!』

 

記憶を消したい理由が自分の罪を忘れたいという身勝手さからなのを露呈された雷神は選挙に敗北。

追放が確定し、罪も露呈した雷神に向かい要は更に追い打ちの言葉を投げかけた。

 

『お前は……ただの人殺しだ』

『お前と似たような環境で育った人間が、すべてお前のようになると本気で思ってるのか?』

『すべてを周りのせい、人のせい、環境のせいにするのもいいかげんにしろ』

『お前が何者か、俺が教えてやる』

『自分の犯した過ちを認めず、罰から逃れたいだけの……責任逃れな甘ったれの極悪人だ!』

『化け物に喰われ、死ぬ瞬間まで……悔いろ。いや、その後も未来永劫、苦しみ続ければいい』

 

追放された雷神は自分が罪人である事を内心でひたすら否定し続けながら彷徨い、化け物に喰われた。

それで死んだ筈だった、だけど今は生きている。

もしかしてここは地獄でこれからも苦しみ続けろという意味なのか?

 

それでも雷神は生きたかった。

要に言われた言葉が今でも脳内で呪詛の様に繰り返され、心がぐちゃぐちゃにかき乱されるも

ゲームで勝ち残れば助かるんじゃないかと希望にすがりついた。

 

「俺は……被害者だ!ただここで、殺される訳にはいかねえ!」

 

生き残りたい一心でスマホを取り出した雷神は『特殊機能の使用』を選択して入力した。

『誰に使用しますか?』の文と共に『ジーク』と『阿刀田初音』の名前が表示された。

雷神は二人の名前を把握していなかったが片方は西洋人風の男である事から名前はジークで

女の方は明らかに女性の名前である阿刀田初音と解釈して『ジーク』の方へと入力した。

 

絢雷雷神に与えられた特殊機能

それは、『この機能の持ち主と直接出会った事のあるプレイヤー一人を選択して他参加者との接触状況を閲覧できる』

対象のプレイヤーが死亡するか、使用してから6時間後に閲覧機能は解除され

その後に別のプレイヤーと接触する事によって再び指定する事ができる。

 

『G-7現在 阿刀田初音と同行中――』

 

特殊機能によってジークの居場所と同行者が提示された。

現在地からしてそこまで移動していないのだろう。

雷神を追っていないのはこれで明白となった。

 

安心した雷神はバッグからペットボトルを取り出すと水をごくごくと飲み、渇きを癒した。

ジークから離れるように行動すれば絶対に遭遇する事は無いと思考して、立ち上がった時

ピピッと閲覧情報が更新された音が鳴り、ペットボトルをバッグに戻してスマホを確認すると。

 

『G-7 ジーク、阿刀田初音によって殺害される――』

「なっ!?なんの冗談だよおい!」

『対象のプレイヤーが死亡したため、この特殊機能は解除されます』

 

ジークに特殊機能を使ってから僅か数分、それだけの時間で死亡報告が来る。

そんな馬鹿な話がありえるか?とても信じられなかった。

しかもよりによってジークを殺したのがあの非力なガキだとは。

 

だが確かめずにはいられない。

もし嘘だったらこの追跡機能は全く役に立たない事になる。

奴らの間に何があったか状況を知るべく彼は来た道を戻って行った。

 

ジークと雷神が交戦した辺りから更に先へすすむと小さなバス停が見えた。

そこに設置されているベンチの前でうつ伏せに倒れている男を発見した。

彼こそジークで間違いなかった。特殊機能は正確に表示されていたのだ。

 

「なるほどな、毒さえ盛れば腕っぷしの差なんて関係無く殺せるはずだわな」

 

口からは血を吐いた跡があり、衣類には乱れが無く。

彼の傍には一口食べて放置されたサンドイッチが落ちていた。

この食べ物に毒が入っていて彼はそれを口にして死亡したのだろう。

 

「なんだよこれ……く、くくく、ははっ……ははははは!!」

 

笑いが止まらない。

なんだよ、普通の事じゃないか。

初音と言う女とはとんだ食わせ物だ。

虫も殺せ無さそうな人畜無害を装って、あっさりと人を殺しやがった。

そうさ、人は環境が悪ければ誰でもこうなるのは仕方が無い事なんだ。

間違ってるのは俺じゃない、要の方なんだ!

 

「なんだか頭にかかってたモヤが拡散して晴れ晴れとした気分だぜ」

 

もはや脳内に響き渡っていた要の言葉は何の苦痛も感じなくなった。

何故なら俺は間違った事はしていないから。

要は自分が人を殺さずにはいられないほど追い詰められた経験が無いから、そんな台詞を吐けたのだ。

そんな奴の言葉など軽すぎて何の説得力も無い。

殺るか殺られるか、今のこの状況こそが圧倒的現実を表している。

 

「少し、冷静になれたかな」

 

雷神はナイフを取り出すと、ジークの背中に向かって深々と突き刺した。

ナイフを抜くと刺した場所を中心に純白のシャツから赤い染みが出来ていく。

別にジークに恨みがあってこんな事をした訳ではない。

ただ死んだプレイヤーへの攻撃にも首輪解除条件の達成に繋がるかの確認をしたいだけだ。

 

「ちっ、未だ0人のままか。生きてる人間じゃねえと駄目みたいだな」

 

頭が冷えてきた雷神は次の行動へと思考を巡らせた。

反省すべき点は多い、まず初音に対しては

ナイフを持った男と出会えば相手を刺激させないように大人しく言う事を聞くだろうと考えて

パニックになって叫び声をあげる可能性を考慮してなかった。

 

ジークに関しても見た目が優男だったから

腕っぷしの差なら絶対に負ける訳無いだろうと考えてしまった。

見た目に反して非常識な程の強さを持った奴ならあのイカれた双子姉妹がいたじゃないか。

 

どれも推測出来た事だった。

だが早く首輪を解除したい一心で冷静さを欠いていた俺は

こうであってほしいという都合の良い解釈で行動していたせいで

都合良く行かなかった場合の想像すら思考停止して何も考えていなかった。

 

「……これを使うか。撃ったら……多分死ぬかもな」

 

くくっと笑みを浮かべながらバッグからもう一つの武器であるアサルトライフルM4A1を取り出した。

相手に怪我を負わせる為だけに使うとすれば明らかな過剰火力であり。

殺さずに首輪解除を狙っていた雷神は使えずに置いていた。

 

(そもそも、初めから相手が死のうが関係無く撃っていればこんな失態は犯さずに済んだ。

 ここは殺すか殺されるかの場所だ、俺の銃で直接死のうが負傷したせいで誰かに殺されようが

 負い目を感じる必要なんて全く無い、殺された奴がマヌケだっただけの話だ)

 

この武器なら遠距離から一方的に攻撃出来る。

ジークの様な腕の立つ奴が相手でも奇襲を仕掛ければリスクはいくらか減らせられる。

銃なんて扱った事は無いがご丁寧にスコープ付きで予備弾薬も入っていやがる。

まるで、これを使ってどんどん人を殺してくださいと言ってるみたいだ。

 

「それと初音って奴は邪魔だな……殺るしかねえな」

 

あいつは俺が敵意を持ってるのを知っている。

余計な事を他の参加者に喋られたら首輪解除が困難になってしまう。

こんな事ならジークにではなく初音に特殊機能を使えば良かったが

あの時点で初音がジークに殺意を抱いてるのを推測するのは不可能だったからそれは仕方がない。

特殊機能が切れた今は指定できる参加者は一人もいない。

解除後はもう一度参加者との接触を行わなければ使えない機能ということか。

 

『お前と似たような環境で育った人間が、すべてお前のようになると本気で思ってるのか?』

 

ふと、要の言葉が脳裏によぎる。

確かに、全ての人間がこの状況でも決して人を殺すとは限らないかもな。

少なくても足元に転がってるこの男は人を殺してはいない。

だったら要はどうなんだ?あいつはこいつの様に誰かに殺されるのを大人しく待っているのか?

それは無いだろうな、追放選挙なんて暴力を禁止にした殺し合いと同然だ。

大方、あの気持ち悪いすまし顔で無害を装って誰かに取り入ってるのかもしれねえな。

 

あいつが頭の回る人間だと言うのはムカつくが事実には違いない。

実際に俺は追放選挙で一条に負けたのだからな。

自分が生き残るために口八丁で誰かを利用するのも訳無いだろう。

 

「名簿には俺以外にも何人か知り合いがいる、一条要、それとよくつるんでいる二人もいるな、丁度いい」

 

こいつらは俺と同じ様に追放されてこの場所に来ているのか?

それは現時点では判明しようがない事実であり、今は重要な事ではない。

重要なのは、一条に直接、復讐してぶっ殺す機会がやって来たという事だ。

俺が追放された事で一条は俺に対しての記憶は消えているかもしれねえ。

だが俺はてめえに受けた侮辱は絶対に忘れねえ……。

俺を陥れた奴は誰だろうとぶっ殺してやる。

 

だが、あいつを殺す前にまずは蓬茨苺恋とノーリの二人だ。

特に蓬茨の方は、一条に相当熱を持っているぐらいに依存しているのは俺でも分かる。

一条の方もその二人の生存を優先して殺し合いに乗るだろうな。

奴は腕っぷしは大した事無いが、他者を欺く言動や手に入れた支給品を使うなど

利用出来る物は全て利用し尽くしてくるはず。

 

その行動目的である大事な二人を失えば……流石の一条も冷静ではいられまい。

奴のすまし顔を絶望と憎しみで苦痛に歪めさせて、最期に俺が殺してやる。

 

「一条要、貴様は大事な人を失い、死ぬ瞬間まで、いや……未来永劫苦しみ続けろ!!」

 

【G-7/一日目 深夜】

【絢雷雷神@追放選挙】

[状態]:腹部にダメージ(小)

[装備]:アーミーナイフ@現実、M4A1(30/30)@現実

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能付き)、M4A1の予備マガジン4個

[状態・思考]

基本方針:迅速に首輪を解除して生き残る。その為なら参加者の殺害もいとわない。

1:一条要への復讐を果たす。

2:蓬茨苺恋とノーリを殺害する。

3:他の参加者を見つける。

4:絶対に首輪解除条件を他人に知られない様にする。

[備考]

絢雷雷神に支給されたスマホの特殊機能は『この機能の持ち主と直接出会った事のあるプレイヤー一人を選択して他参加者との接触状況を閲覧できる』です。

対象のプレイヤーが死亡するか、使用してから6時間後に閲覧機能は解除され

その後に別のプレイヤーと接触する事によって再び指定する事ができます。する事ができます。



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飛び立てし悪意、置き去りにされし善意/カミラ・有角、蓬茨苺恋、黒のアサシン、伊藤大祐、ウィキッド(アロマオゾン)

ホテル・エテルナ二階、個室にて蓬茨苺恋はジャックの手を借りて治療を行っていた。

と言っても傷口はそれほど深くはない、他者に襲われたように見せかける為に自ら付けた傷であり

行動に支障をきたす程の傷は付けていない。

 

「これで大丈夫、手伝ってくれてありがと。ジャック」

「えへへ、おかあさんに褒められちゃった♪」

 

無邪気に笑うその少女、ジャックは顔や体の傷さえ無ければ普通の女の子の様な無邪気な笑顔を見せる。

ふいにジャックは苺恋の耳元に近づいて来て、こうささやいた。

 

「あの人、わたしたちの事を警戒しているみたい。おかあさんの事はまだ大丈夫だと思うけど……殺しちゃおうか?」

「……もう少し様子を見ましょう。まだ利用出来るかもしれない」

「うん、わかった」

 

苺恋には要の様に嘘を見破る能力は無いがジャックの言葉は嘘とは思えない。

この子は息を吸う様に人の命を奪う事が出来てしまう。

まともな人間ならジャックの存在に恐怖するのだろう。

私もこの子が恐ろしい、だけど……。

 

「……んっ」

「どうしたの?ジャック」

「おかあさん、なんかとってもいい匂いがする」

 

苺恋の体に抱き着いて甘えてくるジャックの姿は、時折とても愛おしく思えてくる。

冷酷な殺人鬼と幼い少女の二つの顔が同居しているようでとても不思議な子だった。

 

 

 

 

「怪我の方は大丈夫か?」

「はい、傷口はもう塞がりました」

「そうか。大事にならなくて何よりだ」

 

苺恋とジャックが降りてきた所でカミラは二人との情報の共有と今後の方針に付いて語る事にした。

ファヴという主催者の存在とそれに話しかけていた白い少女の情報。

それは二人とも知り得なかったので次は参加者名簿に知り合いがいるか聞いてみると。

 

苺恋は『一条要』と『ノーリ』の二人が知人だと言い、ジャックの方は特に知り合いがいないという。

私は『アルーシェ・アルトリア』『ルーエンハイド・アリアロド』『ミュベール・フォーリン・ルー』『アーナス』『クリストフォロス』との合流。

そして直接の面識は無いが現在行方不明になっている筈の『リュリーティス』の保護を方針に捉えている旨を伝えた。

 

「それと気になっている事があるんだがジャック、君の名前は名簿に載っていないが何故なんだ?」

「名簿にはわたしたちの名前は『黒のアサシン』って載っているからね」

「アサシン?暗殺者とはどういう事だ」

「聖杯戦争でアサシンとして召喚されたサーヴァントがわたしたちなんだ。

 今は聖杯戦争じゃないのに何故かこんな所で召喚されたんだけどね」

「召喚? まずその聖杯戦争というのを教えてくれないか」

「んーとねー。7人のマスターが願いを賭けてそれぞれサーヴァントを召喚して殺し合う儀式、それが聖杯戦争で。

 あれ?今回は7人対7人のマスターが戦うから14人の聖杯戦争なんだっけ?でもここは聖杯戦争とは違うから、うーん」

 

ジャックの説明からは中々要領を得ないが、願いを賭けて殺し合うという部分はこのバトルロワイアルに似た部分を感じさせられた。

名簿に載っている黒のライダー、赤のセイバー、赤のアサシン、赤のアーチャーもジャックと同じサーヴァントという存在なのだろう。

赤と黒の二色に分かれている所からしてその二色の陣営で戦っているという事なのか。

 

「という事は黒のライダーは君の味方で赤の三人は敵という事になるのか?」

「んっと……まだわたしたちは誰とも出会ってないし、どうなるかは分からないかな。

 今は聖杯戦争とは状況が違っているから、全員敵かもしれないし」

 

ジャックの言ってる事は半場信じがたいが、それなら彼女が人ならざる気配を発している理由もそれなりに納得は付く。

だが、その場合なぜ彼女がアサシン【暗殺者】という呼び名を付けられているのか。

その名の通り、多数の命を奪っている存在であるなら危険人物では無いかと言う疑惑が浮かび上がってくる。

今は蓬茨苺恋という少女に懐いているが、要注意するべきだろう。

 

サーヴァント、聖杯戦争、どの文献でも見慣れないような単語が出てきている。

これもファヴや白い少女同様、調べる価値がありそうだ。

今後の方針に付いての話題になった所で苺恋は口を開いた。

 

「私はすぐにでも要やノーリを探そうと思います」

「そうか、私も協力しよう。ただし今はまだ外が暗い、もう少し明るくなるのを待つべきだ」

 

見慣れない場所で暗闇の中の捜索は例え妖魔がいなくても危険が大きい。

日が出るまでの間はこのホテルで待機するよう説得したら彼女はすぐに納得してくれた。

二人には外に出る前の間は旅支度の準備や休息に専念するように伝えると

彼女達は納得して客室へと戻って行った。

 

「さて、私も準備を整えるとしよう」

 

メンテナンスルーム。

そこは半妖となったアルーシェの肉体の調整をする場所であるが

エテルナに滞在中は私の研究室としても利用している。

 

「設備も器具も変わらないな……まるでホテルそのままこの世界に移動させられたかのようだ」

 

乱雑に放置されてる道具も完全に再現されている。

それを使っていたのは私自身であるのだから間違いない。

設備の動力も生きている、この場所でもアルーシェの調整は可能だった。

 

「ここは、いつも通りに使えそうだな……これは?」

 

メンテナンスルームに置かれている器具たちの中に紛れてそれは見つかった。

『葉を隠すなら森の中』というが、その小さな小さな機器は多数の器具の中に混ぜられており

全ての器具の位置を完全に把握しているカミラで無ければ見逃してしまいそうな位置にあった。

 

 

 

 

その頃――。

 

「お~、見えてきた見えてきた!いや~すっげえ立派なホテルじゃん!」

「一々はしゃぐんじゃねーよバカ」

「でもよぉ、せっかくのゲームなんだし愉しまなきゃ損じゃん?」

「まぁ……それは言えてるかもな」

 

このバトルロワイアルの舞台において、まるで観光に来たかの様に楽しむ男、伊藤大祐。

生前で参加していたシークレットゲームとは大違いの豪華な建造物の数々に胸を躍らせていた。

彼は昔から自分の本能に忠実ではあったが、自身の快楽の為に他者を犯し、傷付け、殺害を繰り返した事で

その歪んだ欲望は肥大化し、更なる獲物を求めて、ついつい速足になっている。

 

「ようやく着いたぜ。おい大祐、お前はゲスな本性がバレやすいから大人しくしていろよ」

「オッケー!ちゃんとやるから心配しなくていいぜ茉莉絵ちゃん!」

(ほんっとうに分かってるんだろうな?この男……)

 

大祐のその軽薄で軽い態度にウィキッドは若干の不安を感じつつ

二人はホテル・エテルナの扉を開いた。

 

「おっじゃましまーっす!!誰かいませんかー!?」

(こら大祐ぇ!!大人しくしろって言ったじゃねーかよぉぉぉ!!)

 

玄関に入るなり大声を出す大祐に、水口さんモードのウィキッドは思わずブチ切れそうになった。

感情を必死に押し殺して、表情を崩さずに堪えてる所で

大祐の声を聞いてフロントに顔を出す三人の姿があった。

 

「君達も参加者としてここに連れてこられた様だな」

「どーも、伊藤大祐っす。ヨロシク」

「はじめまして、水口茉莉絵といいます」

「蓬茨苺恋です」

「ジャックだよ」

「私はカミラ・有角、二人ともよろしく頼む」

「カミラさんに苺恋ちゃんにジャックちゃんだね。厄介な事に巻き込まれちゃったけど元気出していこうぜ!」

 

新たに二人の参加者がホテル・エテルナに集った事で

もう一度、情報の整理も含めて二人にも色々話を聞く事となった。

 

「所で苺恋の腕の傷はどうしたの?誰かに襲われたとか?」

「それは、藤堂悠奈という人に襲われて……」

「えっ?藤堂悠奈ぁ?」

「知っているのか?伊藤君」

「あー……藤堂悠奈か、んん~、話しておいた方がいいか……」

 

カミラの問いに大祐はちょっと考え事をした後で、納得したような表情を見せた。

その後に苺恋に向かって真剣な表情で語り始めた。

 

「苺恋ちゃん、本当に危なかったぜ。藤堂悠奈という女はマジでやべえ奴だからな」

「やはり藤堂悠奈は危険人物なのか」

「ああ、あいつとは過去にも出会った事がある。その時は殺し合いを止めたいとか言っててさ。

 俺は仲間だと思って信じていたのに、それを……いきなり裏切って俺達を殺そうとしてきやがったんだ!」

「そうだったん……ですか」

(……何言ってんだ大祐)

 

自分の過去話を辛そうに語る大祐。

複数からの意見の一致により藤堂悠奈の危険性を再確認したカミラ。

嘘の悪評を広めるつもりだった筈なのに本当に危険人物だったのかと内心困惑する苺恋。

こっそり詳細名簿に目を通して大祐の嘘に気付いて呆れるウィキッド。

ひたすら苺恋の指示待ちなジャック。

その後も大祐の話は止まらず続いていた。

 

「俺が悠奈の本性にいち早く気づいていれば結衣ちゃんやまり子も死なずに済んだんだ!

 今でも自分の不甲斐なさが悔しくてしょうがないぜ」

「あまり自分を責めるな。世の中は誰も彼も救う事など出来ないんだ」

「ありがとうカミラさん、実は他にも俺の知ってる危険人物が参加者に呼ばれているんだ。

 まずは三ツ林司、あいつは口が達者で狡賢い性格をしているから気を付けてほしい。

 蒔岡玲、体は小さいが刀の使い手で辻斬りの様に人に斬りかかってくる人斬りだ。

 阿刀田初音、アイドル稼業で培った演技力で弱者を装って騙し討ちをする油断できない女だ。

 黒河正規、気に入らない物は全て暴力で従わせようとする凶暴な奴だ。

 そして粕谷瞳、何故かメイド服を着ているおかしな女だがチェンソーを軽々と振り回して弾丸を見切る恐ろしい女だった。

 そいつらに出会ったら絶対信用しないでくれ。何人もの人間が彼らに殺されてるんだ」

 

「わかった、君から貰った貴重な情報は絶対に無駄にしない」

「大変だけど皆で力を合わせて生き残ろうぜ」

(いつまで続くんだよ、大祐の茶番は)

 

「実は私の首輪解除条件を達成するには君達の協力が必要なんだ。聞いてほしい」

「ああ、俺に出来る事があるなら協力するぜ、なぁ茉莉絵ちゃん」

「はい、もちろんです」

「助かる、苺恋達も聞いてほしい。私の首輪を解除するには三つ以上のスマホにこのケーブルを繋いで

 私のスマホに読みこませなければならないんだ。それをお願いしたい」

「それなら是非俺のスマホを使ってくれ」

「私のも使ってください」

「私のもどうぞ」

 

ケーブルを使って大祐、ウィキッド、苺恋の順にスマホをカミラのスマホへと読みこませた。

するとピロリ、ピロリと電子音声が流れた後に

 

『首輪の解除条件が達成されました。おめでとうございます』

 

とアナウンスが流れ、カミラの首輪がカシャリと音を立てて外れていった。

 

「君達の協力のおかげで私の首輪を外す事は出来た。本当にありがとう」

「いやーよかったよかった!これでカミラさんの首輪が爆発する事は無くなった訳だ」

 

礼を言った後、カミラは表情一つ変える事無く、落ちた首輪を拾い、じっくりと観察を始めて行った。

その首輪を見て、ある考えがよぎったからだ。

それはこの首輪を解析すれば、他の参加者の首輪を解除、または爆破機能の無力化が実現出来るのでは無いかと。

 

「あっ!首輪解除と言えば思い出した。茉莉絵ちゃんの首輪解除条件を満たすのに必要な物がこのホテルにあるんだよな」

「こいつ……」

 

周りに誰もいなければ今すぐ大祐の顔面が凹む勢いでぶん殴っていた所だった。

他人に弱みを握られかねない情報を何も考えずに喋るこの男の無神経さは本当に腹ただしい。

 

「探し物というのはもしかして、コレか」

 

カミラは荷物の中から先ほどメンテナンスルームで見つけた機器を取り出して見せた。

それはウィキッドにとって探し求めていたUSBメモリであった。

想像以上に容易く目当ての物を見つけられた功績を評して

先ほど大祐がやらかした迂闊な発言の件は水に流す事にした。

 

「はい!きっとそれだと思います」

「では君にこれを渡そう。使ってみてくれ」

 

USBメモリを受け取ったウィキッドは早速、自分のスマホにそれを挿入して読みこませた。

するとカミラの時と同様に電子音声が流れ。

 

『首輪の解除条件が達成されました。おめでとうございます』

 

同じアナウンスの元に首輪が外れて行った。

ウィキッドはほっと胸をなで下ろして安心した表情を見せる。

内心では歪んだ笑みで高笑いを繰り返している事を悟らせずに。

 

「なんかすげー良い感じだな。この調子ならどんどん首輪を外せそうだな!」

「それは私も賛成だ。よかったら君達の首輪解除条件を教えてほしい。私も出来る限り協力したい」

「いやー……それは……」

「私のは、ちょっと……」

 

カミラの提案に大祐や苺恋は煮え切らない反応を見せた。

二人の反応を見て察したカミラはなだめる様にこう答えた。

 

「誰かの命を奪わなければ外せない条件を与えられているなら心配しなくてもいい。

 それで君達を切り捨てるような行動は取らない。約束する」

「俺はカミラさんを信じてるけどさ。もう少し情報の価値を考えた方がいいと思うぜ。

 『身内でも連帯保証人にはなるな』って言うしさ。

 信用出来る相手だとしても、裏切られても代償を払える範囲だけで行動するべきだぜ」

「ふむ、伊藤君。君は意外としっかりしているようだな。

 確かにここでの情報の価値はきわめて高いだろう、その用心深さは大切だ。

 これから私はこの外れた首輪を解析して他の首輪も無力化出来るか調べる予定だ。

 だから他者の殺害が解除条件だとしても決して早まらないでほしい」

「ああ、分かったぜ」

「もちろん、誰の命も奪う気はありません」

「おかあさんが言うならわたしたちも従うよ」

「ん?ジャックちゃんって苺恋ちゃんの娘さんなの?」

 

ジャックの発言を聞いて不思議に思った大祐はジャックに尋ねる。

するとジャックは苺恋に甘えるように抱きしめながら答えた。

 

「そうだよ。わたしたちのおかあさんなんだ」

「大祐くん、きっとあの子は一人ぼっちでこんな所に連れてこられて……」

「ああ、そういうことか。じゃあさジャックちゃん。俺の事は『お父さん』と呼んで甘えて良いぜ」

「……っ!」

 

周りに誰もいなければ今すぐ大祐の首を鎖で絞め殺してやりたくなった。

苺恋にとって夫となるべき男は一条要、それ以外にはありえないのだから。

馴れ馴れしく夫婦になったような発言をする大祐の無神経さははらわたが煮えくり返って来る。

 

「大祐がお父さん?……それは絶対嫌かな」

「あらら、手厳しいなジャックちゃんは、何なら『お兄ちゃん』でもいいぜ♪」

「……それも嫌」

 

周りに誰もいなければ今すぐ大祐の体をナイフで解体してやりたい。

だけどおかあさんの迷惑になるから今は我慢しなきゃ。

おかあさんの許可が出たらすぐにでも解体してあげる。

 

「所で二人は今後の方針はあるのか?」

「いえ、私達の目的はもう済みましたので特に予定は無いです」

「それなら、苺恋達の仲間の捜索に協力してはくれないだろうか?私は首輪の解析でここから離れられなくてな」

「勿論お手伝いします。大祐君も良いわよね?」

「おう、困っている女の子達を見過ごすなんて男が廃るからな」

「女の子だけじゃなくて困っている男の子も見過ごしてはダメですよ」

「おっとそうだったな。茉莉絵ちゃんには一本取られたぜ」

 

そんな大祐とウィキッドのやり取りを見て、フロント内に笑いが起こった。

その様子を眺めながらカミラは皆を救うのに最善となる方法を模索し続けていた。

 

始めは知り合いを探す方針を考えていたが

彼女達は自身の身を守れるほどの強さを持っている。

私は銃を扱えるため、戦闘もこなせるが戦いは本業では無い。

それなら私は自分の知識を生かして行動するべきだと考えた。

ホテル・エテルナでは私の愛用している設備や器具が揃っており、解析に必要な首輪も入手出来た。

もしかしたら私や苺恋達の知り合いがここに立ち寄るかもしれない。

最初は置手紙による連絡で自分達の行動を伝えようと思ったが

危険人物にも情報を知られるリスクもある、私自身が残るべきだ。

 

「つまり苺恋ちゃんは一条要という男とノーリという小さな女の子を探しに行くって訳ね」

「はい、まずはアリスランドに向かおうかと思います」

「アリスランドか、それならここから東北にある駅に乗って移動すれば早く着けるな」

「探し人、見つかるといいですね」

「もしかしたら入れ替わりでエテルナに来るかもしれない。発見の有無に関わらずアリスランドに辿り着いた後は

 もう一度駅に乗って、ここに戻ってきてほしい、その後でもう一度情報を整理しよう」

 

今後の方針を一通り話終り、外が明るくなるまでの間は大祐とウィキッドは開いた客室で休息を取る事になった。

部屋に入った途端、ウィキッドは大祐の体を掴んでベッドに顔面を押し付けた。

 

「おぶっ、ちょっとどうしたの茉莉絵ちゃん、今ここで俺とシたくなっちゃった?」

「おい馬鹿、俺はお前に大人しくしろって言っただろ?なに次から次へといらねえ事くっちゃっべってんだよ」

「えー、普通の好青年って感じに上手く演じれてただろ?何かおかしい所あったか?」

「悠奈だの司だの詳細名簿に書かれてる所と全然違う嘘付きまくってただろ」

「いやーあれはさ、あいつら俺の事をすっげー悪印象持っててそうだからさ。

 逆にあいつらの方が悪い奴だって印象与えておいた方が俺に都合良いかなってさ。はははっ」

「笑いごとじゃねえよ。必要以上に嘘を付いた所でボロが出やすくなるだろうが。

 てめえがバレて死ぬのは勝手だ。だけどよそのお前と組んでる俺だって疑われる事になるんだぞ。

 そこんところはどう責任を取るつもりだ。」

「あー……本当わりぃ、俺ってつい調子に乗っちゃう所があってさ。俺マジで反省してるからさ。

 どうか許してくれよ。ほんっと、この通りだからさ」

 

大祐は両手を合わせて深々と頭を下げた。

それを見てウィキッドはため息を付きながら今回だけだぞ、と許す事にした。

あまりギスギスした関係になっても裏切りのリスクが増えるからと考えての温情だ。

 

「それと大祐、さっきから苺恋の事をちらちら見てただろ。下心丸出しなのが伝わってくるんだよ」

「え?マジ?まぁジャックちゃんは可愛いけど子供過ぎるし、カミラさんは美人だけどちょっと歳を取り過ぎだしで

 この中なら苺恋ちゃんが一番美味そうだなぁっておもってさぁ。うへへへぇ……」

「はぁ……呆れた。お前はそんな事を考えながら話し合ってたのか。

 そうだなぁ。これからはちゃんと大人しくしていられたら、その苺恋って女。

 お前の好き放題にヤらせてやるよ。誰の邪魔も入らない様に俺が状況を作ってやる」

「本当かよ!嘘だったら俺マジで泣くからな!」

「ああ、嘘じゃねえぜ。だから人前ではそのゲスな本性はしっかり隠して大人しくしていろよ」

「おっけーおっけー!さぁて苺恋ちゃんとどうやって遊ぼうかなぁ。

 何故か別の首輪も付けてるしペット願望あるんじゃね?なら望み通りしっかり調教してあげなきゃなぁ」

「その前に苺恋には一条要との絆をぶっ壊してからになるぜ。

 二人には強固な愛で繋がってるみたいだからよ~それを引き千切って苦しみ悶えさせてやるぜ」

「容赦ねえな茉莉絵ちゃんは、まっそこは傷心状態の苺恋ちゃんを俺が男として身体で優しく慰めてあげなきゃな」

 

これでいい、大祐にはご馳走をぶら下げて手懐ければ従順に従うだろう。

見ろよ大祐の顔を、まるで高級肉を見せられてよだれを垂らしながら待っている犬その物じゃないか。

取りあえずこれで首輪のうざったい束縛からは解放された。

今の俺ならメビウスにいる頃と全く同じで、フルパワーで能力を行使する事が出来る。

俺の邪魔をする奴は全部爆弾で消し飛ばしてやる。愛だの仲間だのくだらねえ事を言ってる連中の絆なんて

全てグチャグチャに破壊してやるよ。ああ、想像しただけでゾクゾクしてきた。

 

「ねえ、茉莉絵ちゃんも名簿で気付いてると思うけど苺恋ちゃんは絶対殺し合いに乗ってるぜ」

「そうだな悠奈という女はどうも正義だの仲間だのくだらねえ絆を大切にしたがる部類の様だしな」

「ああ、ゲームでもあいつは非力な連中を保護して守ってたからな。その守ってた奴は俺が殺した訳だけどさ

 それを知った時の悠奈の顔と言ったら傑作だったぜ。助ける言いながら全然救えてねえでやんのってね。

 しかも仇を取る事も出来ずに俺に返り討ちにされて死ぬとか無駄死にもほどがあるっつーの」

「殺した?現に悠奈は生きてるじゃねーか?」

「生き返ったんじゃねーの?実際俺も死んだわけだし、そう考えたら修平の奴もここに来ていれば自分の仇取れたのになぁ」

「つまりここの主催者は死者を蘇らせられるって訳か。何でもありだな」

「まぁ、だから悠奈の奴が殺し合いに乗ってるのは100%違うって訳、でもどうせならさ。

 苺恋ちゃんに騙された振りを続けて、俺らが騙し返した方が面白くねって思ったわけよ」

「なるほど、ただ一条要という奴は注意した方がいいぞ」

「どれどれ……うわっずるい能力持ってるな」

 

名簿を見る限り、一条要は嘘が分かる力を持っているらしい。

他にスノーホワイト、天川夏彦も似た類の能力で他人の心が分かると来た。

そいつらと出会った時はもう、水口茉莉絵の体裁を取っ払って

ウィキッドとして大暴れさせてもらうとするか。

 

「二人とも、飲み物を用意した。よかったら飲んでいってくれ」

 

カミラは二人のいる部屋にノックをしてバーへと呼びだした。

続いて苺恋とジャックの部屋にも同様にノックをしていった。

バーのカウンターには湯気の立つ4つのコップが置かれており甘い匂いを漂わせている。

 

「めぼしき食料は無かったが唯一チョコレートドリンクだけは置いてあった。

 味はもう見ているので毒の心配は無い、出かける前にと思ってね」

「おお、すげー美味そう。頂きまーす……んん、うめ~」

「本当、とっても美味しいです」

「なんだが心が落ち着きます」

「美味しいね。おかあさん」

「喜んでくれたようで何よりだ。では私は首輪の解析に戻る、4人とも気を付けて行ってくれ」

 

メンテナンスルームへと戻ったカミラは椅子に座り首輪の解析を続けた。

徐々に分解していき、中の構造を露わにしていく。

専門では無いが機械工学の知識は全く無い訳ではない。

自分の持つ知識を総動員する勢いで首輪に秘められし秘密を解き明かす。

 

今でもどこかで殺し合いが起きているのだろう。

ゆっくりしている時間は無い。

一刻も早く首輪の技術を理解しなくては。

 

 

 

 

「……よし、そろそろかな」

 

温かいチョコレートドリンクを飲み終え、部屋に戻り支度を整えた所で

大祐とウィキッドは玄関へと集合した。

 

「待ったかな?」

「いえ、私達も今来た所ですよ」

「それじゃあカミラさん!行ってきまーす!!」

「ちょっと大祐さん、カミラさんは今首輪の解析で忙しいから大きい声は……」

「おっと、すまんすまん」

 

苺恋とジャックも合流し、四人はアリスランドへ向かう為に北東の駅へと向かう事となった。

 

「この中では俺が唯一の男だしな。どーんっと頼ってくれ!」

「大祐だと不安だな」

「お兄さんちょっと傷付いちゃったよジャックちゃん」

 

大祐と言う男はこう考えている。

世の中というのは個人の力では変えようの出来ない大きな流れという物がある。

その流れに逆らって泳ごうとすれば痛い目を見る。

上手い事流れに乗って進めば逆に楽な人生を歩む事が出来る。

 

生前でも強制されたシークレットゲームにおいて

モニタールームを発見した大祐は人よりも広い視野で会場を眺める事が可能となり

その中の流れを見つけて上手い事終盤まで生き残る事が出来た。

 

だけどこのゲームはその流れは今までとは桁違いに荒々しい流れの様だ。

例えモニタールームによって会場全体を見渡せる目を持っていたとしても

危険な海域を躱しながら泳ぐのは不可能だと理解した。

 

でも今は一つの強力な波が自分の味方をしている。

自分の本性を知りながらも協力関係になった茉莉絵ちゃんは間違い無く強運を持っている人物だ。

その証拠にこんな早い段階で首輪の解除に成功している。

彼女に寄生して上手い事突き進めば、このバトルロワイアルも生き続けられるだろう。

 

もし茉莉絵ちゃんが敗れるとしたら、その時は急いで手を切らせてもらう。

それは裏切って俺が悪い訳じゃない。敗北した茉莉絵ちゃんの責任だ。

いざとなったら茉莉絵ちゃんに脅迫されて無理やり従わされたとでも言えば同情してもらえるはずだ。

 

それでカミラさんが皆の首輪を外せる時が俺も便乗して一緒に脱出すればいい。

俺にはその流れを見切るだけの強運がある。

このゲームがどう転ぼうが生き残ってやるぜ。

 

【D-1 平原/一日目/早朝】

 

【ウィキッド@Caligula -カリギュラ-】

[状態]:健康、軽い興奮状態

[装備]:プキンの短剣@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、スマホ(セーニャ)、不明支給品1つ、透明マント@魔法少女育成計画、詳細名簿@オリジナル

[状態・思考]

基本方針:自分の欲望のままに殺し合いに乗る

1:愛や仲間と言った絆を信じる参加者を徹底的にいたぶって殺害する。

2:大祐を上手く利用する。裏切るような素振りを見せれば殺す

3:帰宅部の連中はなんとかしねぇとな

4:あの女(セーニャ)を助けに来た奴らの末路に期待

5:一条要、スノーホワイト、天川夏彦と遭遇した場合はステルスマーダーをやめる。

[備考]

※参戦時期は劇場グランギニョールで帰宅部に敗北した直後です

※首輪が解除されました。

 

 

【伊藤大祐@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:顔面打撲(小)、全身ダメージ(小)、右手にダメージ(中)、股間にダメージ(小)、足に刺し傷

[装備]:ルーラ@魔法少女育成計画

[道具]:支給品一色、スマホ、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]: 自分から半径10m以内で死亡した参加者の数が合計5人を超える

[状態・思考]

基本方針:せっかくなのでこのロワで好き勝手やらせてもらう

1:暫くは、茉莉絵ちゃんに協力する

2:苺恋ちゃんとのお楽しみタイムが待ち遠しいなぁ

3:セーニャちゃんかぁ…勿体ねえなぁ

4:あのフード野郎(シャドウナイフ)は絶対殺す 

 

 

 

 

「上手く出来た?ジャック」

「うん、おかあさんの言い付け通りにわたしたちやったよ」

 

大祐とウィキッドには聞こえない程度の小さな声で話をしている苺恋とジャック。

苺恋の言いつけを守った証拠としてジャックは血に濡れた金色の瞳の眼球を二つ、手のひらから見せた。

 

 

 

ホテル・エテルナ

四人が去った後のメンテナンスルームでは……。

 

「ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー、ヒュー」

 

血とアンモニアの匂いが充満した悪臭の中で

両手、両足を破壊され、声と光を失い。

虫の息の状態でひたすら呼吸を繰り返す事しか出来ないカミラの姿があった。

 

 

【D-1/ホテル・エテルナ内メンテナンスルーム/一日目/早朝】

 

【カミラ・有角@よるのないくにシリーズ】

[状態]:ダメージ(極大)、激しい衰弱、意識混濁、声帯破壊、両目眼球喪失、両腕粉砕骨折、両足粉砕骨折、失禁

[服装]:いつもの服装(自身の血と尿によりずぶ濡れ)

[装備]:無し

[道具]:無し

[状態・思考]

基本方針:思考不能

1:思考不能

[備考]

※支給品や装備及び解析中の首輪はメンテナンスルームに放置されています。

※出血が止まらず第一放送終了後、10分以内に致死量の血液を失います。

 

 

 

この出来事を説明するには4人の行動方針を決めた後の時間へと巻き戻す事になる。

部屋へと戻った苺恋はある不安を胸に抱いていた。

このまま首輪がどんどん解除されて行ったら要達との脱出が不可能になるんじゃないかと。

首輪を外した参加者による叛逆が始まったら怒った主催者による参加者の皆殺しが行われ

要が殺されてしまうのではないかと。

苺恋にとって一番大切なのは要の命、その為なら自分が犠牲になっても構わない。

顔もしらないような他人の命なら尚更犠牲になっても痛くは無い。

不必要な首輪の解除は要の優勝の邪魔になる。

もっと長く利用するつもりでいたがカミラはここで退場してもらう事にした。

 

だけど自分達の犯行と知られては後々厄介になる。

疑いの可能性をある程度下げる手段を取った方がいい。

そこで私はジャックと相談した。

 

『第一放送までは息が続くように殺せるか?』と

 

ジャックは答えた「わたしたちなら出来るよ」と

素早く静かに、そして正確に死ぬ時間を調整して殺せると答えた。

カミラがチョコレートドリンクを振る舞った後にそれは実行された。

 

彼女に気付かれる事無く、メンテナンスルームへと侵入し

背後からの一撃で昏倒させて動きを封じる。

叫ばないように喉の声帯を潰す。

激痛によりカミラの意識が覚醒するがもう遅い。

 

鈍器を用いてカミラの両腕の肘、両足の膝を粉々に破壊する。

その激痛に思わず叫ぼうとするが声帯を破壊された彼女の口からは声を発する事が出来ない。

身体が痙攣を繰り返す。鈍器で打ち砕かれた衝撃で

全身の水分が穴という穴から噴出される勢いで垂れ流された。

 

涙と鼻水と涎で顔がぐしゃぐしゃにぬれ、大量の発汗が流れて、尿が垂れ流しになる。

カミラの頭脳でも何が起きているのか理解できなかった。

理解するよりも早く次から次へと激痛が襲ってくるのだ。

 

最後にメスを取り出したジャックは手際よくカミラの眼球を抉り出すと。

それを持ち出して去って行った。

 

大祐やウィキッドにも気付かれる事無く、返り血も一切浴びずに。

僅か5分足らずの時間で、これだけの作業をこなしたのは苺恋も予想外だった。

おかげで苺恋が二人と会話をして出発までの時間を引き延ばす策も使う必要が無くなった。

あとは何も知らぬ顔をして4人でアリスランドへ向かえばいいだけ。

カミラは一人になった所を誰かに襲われて殺されたと考えるだろう。

なにせ第一放送までの間は生きているのだから。

 

「偉いわよジャック」

「えへへ、おかあさんに褒められちゃった」

 

まるでキャンディを頬張るかのようにカミラの眼球を口に入れて咀嚼するジャック。

幼いように見えて彼女は立派な暗殺者であるのを苺恋は否応にも理解した。

 

 

【蓬茨苺恋@追放選挙】

[状態]:右腕に軽い切り傷(治療済み)

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品、スマホ、不明支給品3つ

[首輪解除条件]:「藤堂悠奈」「結城友奈」「ジャンヌ・ダルク」「天河夏彦」「笠鷺渡瀬」「イレブン」の死亡。なお第四回放送終了までに条件を達成した場合、条件達成者の首輪だけでなく、任意の参加者から一人を指名し、その参加者の首輪を解除することが出来る

[状態・思考]

基本方針:要を見つける。要とノーリ以外は最終的に皆殺し

1:首輪解除条件の達成

2:要とノーリとの合流

3:伊藤大祐、水口茉莉絵を利用する。邪魔になりそうなら二人とも殺害する。

4:この子(黒のアサシン)は……今は使えそうだけど……

 

【黒のアサシン@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康

[服装]:いつもの服装

[装備]:医療用メス×6@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品、スマホ、不明支給品2つ

[首輪解除条件]:???

[状態・思考]

基本方針:お母さんの胎内なかに帰りたい

1:お母さん(蓬茨苺恋)のためならなんでもするよ

※参戦時期は本編開始前です



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君の姿は僕に似ている/三ツ林司、リップル、袋井魔梨華(反骨)

ここはC-2。

 

殺し合いの舞台に選ばれたエリアの中でも一際高くそびえ立つ山の頂――

ホムラの里の入り口には一際大きな鳥居が置かれ、此処へ訪れる参加者は荘厳な雰囲気に包み込まれる。

 

今しがたこの地は、三名の客人を出迎えたばかりではあるが、深夜帯の集落は尚も喧騒とは程遠く静寂を保っている。

 

「ふぅ……」

 

此の地に足を踏み入れた三人の来訪者――

その一人である袋井魔梨華は、里の奥の奥に位置する家屋の中で、蒸し風呂に入り一息を付いた。

 

里のシンボルと目されるこの沐浴施設は、バトルロワイアルの会場においても、来訪者の心身を癒すべく万全の態勢を整えている。

 

建物の玄関には、沐浴用の衣服が綺麗に折り畳まれ積み上げられ、その傍らにはご丁寧に「蒸し風呂には、これを着用してお入りください」と記載された看板が置かれていた。

 

つい先程、ずかずかと家屋に踏み込んだ魔梨華はこれを発見すると、ぶっきらぼうに衣服をふんだくりーー今はそれを身に纏って、蒸気の中で寛いでいる。

 

一体なぜ、魔梨華が何故独りで蒸し風呂に浸っているのだろうかーー?

その答えは単純明快――彼女はサボっているのである。

 

「うん。まあ調査とやらは、あいつらに任せて大丈夫だろう」

 

魔梨華はサボっている現状に特に悪びれることなく、蒸気浴を楽しむ。

リップルという魔法少女、そして三ツ林司と名乗る少年との邂逅後、第一目的地であるホムラの里への道中は非常に退屈なものだった。

三ツ林司の提案で、知り合いに関する情報を最低限に行ったくらいで、それ以外に会話が弾むこともなく、三人は黙々と足を進めていた。

 

まぁ、それに関しては無理もないか、と魔梨華は振り返る。

 

三ツ林司はともかく、リップルに関してはつい先程まで拳を交えていたのだ。司の介入もあり、今は互いに矛を納めてはいるが、そんな相手と和気藹々と談笑していた方がよほど不気味である。先の戦闘はこちらから先に仕掛けたという事実も尾を引いて、先方から快く思われてはいないだろう。

そういった経緯もあり、三者の間には常に重苦しい空気が流れていた。

 

そして目的地である里に到着するやいなやーーそれじゃあ私はあっち調べてくるから、とぷいと背を向け足早に二人の元から離れた。

背後からリップルの舌打ちが聴こえたが、特に気にすることもなかった。

 

果たして、魔梨華はギスギスした空気に耐えきれずに二人から離れたのだろうかーー

答えは、否だ。

元来、魔梨華は空気を読むタイプの魔法少女ではない。

 

魔梨華にとって耐え難かったのは、全身から湧き上がる戦闘意欲を抑え込み、大人しくせざるを得ないその状況であった。それは三度の飯より戦闘が好きな魔梨華にとってはこれ以上なく窮屈で退屈なものであった。

 

そのため里に入ってから、まずは抑圧から解放されるべく別行動を取った。

そこから、あわよくば強そうな参加者を見つけては、あの二人が邪魔しに来るまで戦闘を楽しもうと目論んだのだがーー

結局人っ子一人見つけることは出来ず、今はせめてもの、湯煙の中で束の間の自由を謳歌している。

 

 

魔梨華は背もたれに寄りかかり、ぼんやりと天井を見つめーー

この殺し合いにおける自身の立ち回りを改めて考えていた。

 

袋井魔梨華は自他共に認める戦闘狂ではある。

ただし、たとえ戦闘狂であったとしても、快楽殺人者ではない。

明らかに自分と同等かそれ以上の実力者を発見しては喜び勇んで、ぶん殴りに行くような真似はしたとしても、見るからに抵抗も出来ないような弱者を嬲り殺すような趣向は持ち合わせていない。

そんなことをしてもただ退屈なだけだ。

 

したがって「殺し合いに勝ち残って優勝する」という選択肢は今のところ考慮に入れていない。

この会場からの脱出手段があればそれに乗じるつもりだし、チャンスがあれば主催者をとっちめてやろうとも思っている。

 

しかしーーだからといって、穏やか且つ慎ましく脱出手段を模索するつもりはない。

 

折角この会場には多くの強者がいるのだ。

そいつらとの戦闘を楽しまないという手はない。

死んだはずのクラムベリーや魔王パムーー本当に彼女らが参加しているかは疑わしいが、仮に参加しているのであれば、願ってもないことだ。

今一度彼女たちと戦闘を楽しむことが出来る。

それにまだ見ぬ参加者達――もしかしたらクラムベリーや魔王パムに匹敵するような強者も紛れているかもしれない。

 

 

「まあクラムベリーはともかく魔王パム(ババア)より強い奴なんて、そうそういないだろうけどなぁ」

 

と独り言を漏らしつつ、思考を切り替える。

次に考えるは現在の同行者の二人――

 

まずは、リップル。

スノーホワイトと同じ「クラムベリーのこども」である魔法少女。

正直言うと馬が合うとは思えないがーー恩人であるスノーホワイトの友人であるというからには無碍にするわけにはいかない。

彼女の実力はまだ物足りないが、伸びしろはある。

それこそ三ツ林司が言うように、経験さえ積めば、大化けして魔梨華を満足させてくれる存在に昇華する可能性を秘めている。

 

そして、三ツ林司。

正真正銘、「腕力」も何も持ち合わせていないただの一般人。

恐らく自分やリップルがその気になれば、ものの数秒で首をへし折り絶命させることが出来るだろう。

かといって、彼を軽視しているわけではない。

先程披露してみせた考察から察するに、頭は中々にキレる。

与えられた情報を最大限に分析したうえで導き出す推論とそれを補完する論理(ロジック)ーー

それに加えて、荒事に直面しても臆することのない度量と、リスクある局面においても前線に赴く大胆さも持ち合わせている。

かといって、先程の問答では、自分の「甘さ」をカモフラージュするように回りくどい理論付けを行うなど、自分に正直になれていない一面も見せている。

平たく言えば「不器用」なやつといったところか。

 

 

「ったく、面倒くさい連中に捕まっちたなぁ」

 

やれやれと大きな溜息をついて、項垂れる。

暫くは彼らとの同行を承認はしているものの、こちらの首輪解除条件(ウィークポイント)を知られている以上、好き勝手に暴れ回ることはできない。

しかしながら、最終的に会場からの脱出を目論むのであれば、彼らとの協力関係は有益であることも捨て置けない。

 

結局のところ、ストレスが伴う彼らとのぶらり旅は続きそうだ。

 

 

「そういえば、あいつは、今頃何やってんだろうなぁ」

 

ふと、思い浮かべたのは純白の魔法少女。

自分の命を救ってくれた恩人でもある「彼女」は同じ夜の下、何を思い、何を為そうとしているのだろうか。

 

 

 

 

「やれやれ……先が思いやられますね」

 

そう言って、私の目の前にいるそいつ――三ツ林司は軽い溜息をついた。

私たちが訪れた集落――ホムラの里は、それなりの標高の上で佇んでいる。

里の奥へ続く道には鳥居と階段が佇んでおり、そこを先に進むとーー「ヤヤクの社」という古めかしい建物を擁する里の頂に辿り着く。

私たち二人は、「ヤヤクの社」の屋根へと登り、そこから会場の様子を観察した。

 

まずは東――。

あれは恐らく市街地だろう。鉄橋を跨いだ対岸からは、明らかに人工的に生成された光が目に飛び込んでくる。果たしてあの光の群体の元に、どれだけの参加者がいるのだろうか。

 

次に南――。

山に接する鉄道のレールが果てしなく延びる、その先に広大な海が待ち構えている。地図アプリによるとその先には孤島があり、線路の終着点ともなる駅があるはずだ。

 

問題は西と北――。

当初の目的通り、会場の端がどのようになっているのかを視察したかったのだが、目の前に広がるのは果てのない地平線。

魔法少女の視力を以っても、東や南のように海というものを視認することはできなかった。

 

光煌めく東の情景は、三ツ林司のような一般人でも視認は出来たようだが、その他の方角の様子は真夜中の暗さのため、把握は難しい。

その為、魔法少女の視力を以って観察できた各方面の情況を事細かに伝えてやりーー今に至る。

 

 

「当初は外界から隔絶された島々が舞台として選ばれていたと思っていましたが……。 過剰に強化されているリップルさんの視力でも、陸地の果てを捉えられないとなるとその説も怪しくなってきましたね。さてさて、この北と西に続くフィールドはどこまで続いているのやら……もしかしたら、無限に続いてたりしてね」

 

永遠に続くフィールドーー

 

あまりにも飛躍しすぎた発想に、思わず首を傾げた。

幾ら強化された魔法少女の視力であっても、限度はある。

無限に地の果ての果てを見据えることなどできはしない。

終わりのない陸地などありえない。それこそ、ただひたすらにエリア外の先を突き進めば、いつかは海原に辿り着けるものだと考えるのが普通ではないだろうか。

 

怪訝な表情を浮かべる私の様子を察したのか、三ツ林司は説明を加えた。

 

「半分は冗談ですが、可能性の一つとしてはなくはないですよ。 考えてみてください。 今回の運営はリップルさんや魔梨華さんといった『魔法少女』の存在と能力(ちから)を認識しているうえで拉致するような連中です。こちらの常識は通用しない可能性が高い。 それこそ『魔法少女』の皆さんですら、想像もできないような技術や能力で僕たちをこの『殺し合い』という枠組みに抑えつけていることも考えられます」

「この会場そのものにも特殊な仕掛けが施されているということ……?」

「手段は分かりませんが、エリア内――それに僕らが目視できる範囲のエリア外においても、外界との繋がりは断ち切られていて、脱出口も存在しないかと思われます。 仮に首輪を外した人間がエリア外に出て、救援を呼び込めばゲームとしては破綻しますし」

 

とここで一呼吸おいて。

 

「少なくとも、今現在僕らが持っている情報には、それを否定する材料はないです。だからこそ僕たちは調査を続けて、発見した『事実』を纏めあげたうえで、運営への対策を考えていくしかないのですよ」

 

と締めてきた。

 

私は特に反論はしない。

反論する要素が特になかったからだ。

 

「それでーーこれからどうするつもり?」

「まずはいなくなった袋井さんとの合流ですね。大方その辺でぶらついていると思いますが……。 幾つか気になる点があるので、改めてお二人に共有したいと思います。その後は調査継続――ということで、次は会場の西端に行って、エリア外に出ようとするとどうなるか試してみます。まあ、どうなるかの見当はおおよそついていますが……」

「――どうなるの?」

「一応こちらの常識が通用しない仕掛けが施されている可能性も考慮しないといけませんが……この『ゲーム』が、僕が体験した『ゲーム』と類似している点から察するに、恐らく一定の警告時間を与えてからの首輪の爆破になるでしょうね。最初の会場でファヴが言っていた禁止エリアに入った場合の処理と同じようにね。まあアラームなしで即時的に爆破される可能性もありますが……ああ大丈夫ですよ、その際は僕自身が実験台になりますので」

 

何食わぬ顔でとんでもないことを言い出してきたので、思わず「はぁ?」と返してしまった。

 

「今回の運営は強大です。リスクを冒さずして彼らを出し抜くことはできない」

「いや、そうじゃなくてーー自分が実験台になるって、あんた……怖くないの?」

「怖いですよ、とっても」

 

即答だった。

相変わらずのポーカーフェースを浮かべ、三ツ林司は言ってのけた。

 

「怖がっているようには見えないけど」

「僕はただの人間として精一杯に最善のことを選択したうえで、実行しているだけです。この場合における最善の選択とは、少なくともこの場で狼狽えることではないと思いますが?」

「私にはあんたがただの一般人とは到底思えない。一度似たような修羅場を潜ってきたとは聞いているけど、それでもあんたの落ち着きぶりは異常」

 

だからこそ、私はこの少年に心を許せない。

何の能力も持たない一般人を自負するくせに底が見えない。

 

私がそう牽制すると、少年は「前にも似たようなことがあったな」とクスリと笑ってみせた。

「どういう意味だ」と突っかかる前に少年はまた口を開く。

 

「僕はただの人間ですよ。本当にただ死ぬのが怖く、誰かを殺すのも怖いだけの……ヒーローになれなかった臆病者です」

「ヒーロー……?」

 

突拍子もなく出てきた単語にまたも眉根を寄せる。

そういえば、先の袋井魔梨華との問答でも、こいつはこの単語を口にしていたような気がする。

こいつにとってヒーローとは特別な意味合いを持つ存在のようだが、果たしてそれは……。

と私が逡巡していると、此方の心の声を読み取ったかのように、三ツ林司は答えをだしてきた。

 

「僕の先輩が目指していたものだそうです。 先輩は言っていました。 理不尽に抗い、理不尽に晒された人を救う者――それがヒーローだと」

「……。」

 

三ツ林司が語った『ヒーロー』の条件――それはかつて私自身が目指していた『魔法少女』のそれに近しいものだった。

 

だからなのだろうかーー

 

「あんたはさ、ヒーローになりかったの?」

 

柄にもなく踏み込んだ質問をしてしまった。

 

私自身でも驚いているが、まさか私からそんな問いかけが来るのを予期してなかったのだろうか、三ツ林司も一瞬目を丸くした。

が、すぐに表情を整えて口を開く。

 

「アハハ、さぁどうなんでしょうね……でも今思い返せば、ヒーローを目指していたその先輩方に影響を受けていたのは確かだと思います」

「……。」

「それでも、先輩は……いえ、僕たちは結局ヒーローになれなかったんですよ。だからこそ僕はね、ヒーローになれなかったものとしてーーただの人間として最善の答えを探していきたいんですよ」

 

少年は、何か遠い記憶を懐かしむような切なげな表情を浮かべていた。

その目には感情の波が揺れ動き、哀愁を漂わせていた。

 

ここにきて私は三ツ林司という少年の弱弱しい素顔を目撃したのだと思う。

 

そして理解した。

 

結局のところ、こいつはその先輩とやらに無意識下で憧れていたんだ。

そしてその先輩が見据える先に、先程語ったヒーロー像があったのだ。

だからこそ、彼は結果としてその先輩と共に、ヒーローでありたいと思っていたのではないだろうか。

 

――何故そんなことが私に分かるのか?

だって、気付いてしまったからだ。

 

こいつのーー

誰かに憧れてーー

何かを目指しーー

そして、それになり得なかったその姿は、まるでーー

 

フラッシュバックをするのはあの光景。

 

あの日。

あの夜。

あの場所で。

 

背後から呼び止めるスノーホワイトに私はこう言ってのけた。

 

 

――私は魔法少女じゃなくていい……ただの人殺しでかまわない

 

――でも、魔法少女にはなりたかった……あなたに憧れていた。スノーホワイト

 

 

あの時、復讐に燃える私は『魔法少女』であることを放棄した。

自らの意志で『魔法少女』から外れた道を選んでしまった私ではあるが、今はせめてもの『魔法少女』であり続けようとする友人のサポートに徹している。

 

経緯は全く違うかもしれないしーーあまりにも都合が良すぎる解釈かもしれない。

だけど、私はいつの間にか目の前の少年に自分の姿を重ねてしまっていた。

 

「――確かにあんたの言う通りかもしれない」

「えっ?」

「掲げていた目標に達することができなかったらーーせめて、それに近づけるように足掻いて、自分が納得できる答えを見つければいい。 私はそれで良いと思う」

「……意外ですね」

「――何が?」

「リップルさんは、他人とこういう話はしない人間と踏んでいたのですが……。やっぱり僕のプロファイリングもまだまだのようだ」

 

やれやれと頭を抱える三ツ林司を見て、私は大きく舌打ちをした。

困惑しているのは私自身もそうだ、と言ってやりたかった。

 

だけど、ここにくるまで常に気丈に振舞ってきた少年のーー人間らしい側面を見て、私はこいつのことをちょっとだけ理解できたと感じた。

 

完全に心を許したわけではないが、同じ体験をした先駆者として、少しだけ手を差し伸べてあげても良いな、と思った。

 

しかし、あえてそれは口には出さない。

 

何となくだけど、こいつはーーかつての私がそうであったように、他人に頼ることに慣れていないと思ったからだ。

だから、それを口にしても意味はない。

せいぜい、こいつが言う最善の選択とやらができるように陰ながら手助けしてやるだけだ。

 

「……。」

「……。」

 

 

それ以上会話は続かなかった。

何故だが少しだけ気恥しさが感じて、なんとも微妙な空気が私たちを包み込んでいた。

 

「おう、お前ら! 何か見つけたかぁ!?」

 

そんな静寂を突き破ったのは一際甲高い声だった。

殺し合いの最中だというのに、緊張感のかけらもない能天気な掛け声に私は小さな舌打ちをした。

 

声のした方向へ視線を向けると案の定――

やぁやぁ、とこちらに向けて手を振り、歩いてくる袋井魔梨華の姿があった。

 

三ツ林司との関係性については光明が見えたかもしれないが、こいつに関しては、怪しいところだ。

 

 

 

 

「――とここまでが、エリア外に関する僕の考えとこれからの行動方針です」

 

「ヤヤクの社」の屋根から地上に降りた三ツ林司は、リップルから得たエリア外の様子とそれに対する考察を袋井真理華に披露した。その傍らにはリップルが何とも不機嫌そうな顔で佇んでいる。

そのリップルの視線の先にいる魔梨華は、ふーんといった感じで司の話を聞いていた。

 

「何つーか、大した収穫はなかったんだなぁ」

「単にサボっていただけのあんたには言われたくないんだけど」

「まあ私は戦闘専門ということで。こういうみみっちい仕事はお前らに任せるわ」

「お前――」

 

苛立ち全開で前傾姿勢を取ったリップルをまぁまぁと、司が諫める。

 

「それでは荒事になった際は、せいぜい頼りにさせてもらいますよ、袋井さん。 見たところ、英気も随分養われたようですし」

 

と皮肉を交えて、目を鋭くさせた司に対してーー

魔梨華は相変わらずの調子でおうよ、と自らの胸を叩いた。

そんな光景を前に、隻眼の魔法少女は舌打ちをしたうえで、それでーーと話を切り出す。

 

「こいつも戻ってきたことだし、あんたがさっき言っていた『気になっていること』を聞かせて」

「おっ何だ何だ、三ツ林の坊ちゃん。他に何か面白い発見でもしたのか?」

 

二人の魔法少女の視線を受けて、司は右手の上に顎を載せて腕を組み、相も変わらず落ち着いた口調でそれに応える。

 

「いえ、発見とか大それたものではないですよ……。ただ少し引っ掛かることがありまして。 最初の会場でファヴは言っていましたーー僕たちの首輪は殺し合いの会場から抜け出したりルール違反を犯した場合、自動的に爆発するように設定されている、と」

「それがどうかした?」

「二人にお聞きしたいのですが、ルール違反を起こした場合――恐らく各参加者に割り当てられた『〜してはいけない』といった類の失格条件がこれに該当するかと思いますがーー首輪はどうやって爆破されると思いますか?」

「……? ファヴが言うには、自動的に爆発するんだろ?」

 

キョトンとするリップルに、司は小さな溜息をついた。

馬鹿にされたと感じたのかリップルはムッとした表情で、舌打ちした。

 

「自動的に、ね。 確かに割り当てられた失格条件の中には、自動検知が出来るようなシンプルなものもあるかもしれない」

 

例を挙げるとすれば、リップルの条件―ー第六回放送まで、ゲーム開始以前からの知り合いに捕捉されてはならない、である。

この会場にいるリップルの知り合いはスノーホワイト、ラ・ピュセル、カラミティ・メアリ、森の音楽家クラムベリーの四人。例えば、彼女たちとの距離を正確に測れる仕掛けが首輪に施されているというのであれば、首輪爆破の自動化は可能だ。

 

「でも、袋井さんの条件については如何でしょうか? 袋井さんの失格条件……これを自動検知することは果たして可能なのでしょうか?」

「それは……」

 

リップルは言葉を詰まらせた。

当の魔梨華本人は、腕を組んだまま、実につまらなそうな顔で黙ったままだ。

 

魔梨華の条件――戦闘中に他の参加者に加勢したり、逆に他の参加者から加勢を受けたりすることを禁ずるものではあるが、加勢を受けた受けないを正確にジャッジするためには、魔梨華の周辺や戦況を正確に監視する必要がある。

 

誰が魔梨華の味方でありーー

誰が魔梨華の敵なのかーー

魔梨華や周囲が放った行動が果たして「加勢」に当たるのかーー

 

これらの情報から統合的に判断した上で厳粛にカウントを行っていかなければならない。

 

結局のところ、魔梨華の条件について正確なジャッジを行うためには、野球やサッカーでいうところの審判のようなーー機械ではなく第三者の視点による監視が不可欠となる。

そこで公正に判断されたうえで、初めて爆破というペナルティを与えなければならない。

 

「――つまりは、『自動的に爆破される』ってことはハッタリで、実際は運営が手動で爆破しているってこと?」

 

リップルからの問いに司は、あくまでも推測ですが、と前置きをしつつも肯定する。

 

「あー相変わらず回りくどいなぁ、お前! 運営がお前の言う通り、私たちの行動を逐一チェックしていたとしてーー結局お前はどうしたいんだよ?」

 

いよいよ業を煮やしたのか、これまで二人の問答をただ静観していた魔梨華が声を上げた。

司はこれに苦笑し、では端的に申し上げますね、と結論を述べた。

 

「これからの調査ですが、僕は首輪爆破の仕組みを中心に探っていければと考えています。僕の仮説が正しければ、運営は首輪爆破のタイミングで首輪に何かしらの信号を送ってくると思います。その仕組みを突き止めたうえで対抗手段を模索できればな、と」

 

司は生前、シークレットゲームと称された類似の殺人ゲームに参加していた。

シークレットゲームも今回のゲームと同じく、各参加者の首輪にそれぞれ条件が割り当てられ、首輪の解除が不可能になった瞬間に爆破されるというルールが課せられていた。

ゲームが進んでいく中で、首輪爆破の信号は電波を通じて運営から送られてくることを知った司達は、電波を遮断する電波吸収体を作製しゲームからの脱出計画を企てた。

結局、脱出計画自体は頓挫してしまったが、電波吸収体によって運営から送られてくる爆破の信号を防ぐことに成功した。

 

今回のゲームについても、運営から送られてくる爆破の信号を遮断できる方法がないか探るつもりではあるが、先のシークレットゲームと同じ電波吸収体が役に立つとは思えない。

 

今回の運営は常識外れの得体が知れない技術を保有している。

電波ではないーー別の通信技術を用いて信号を送信している可能性が高い。

 

したがって、まずは首輪爆破の信号をどのように送信しているか、それを探っていくしかない。

 

「首輪爆破の仕組みを探るつってもな。具体的にどうするつもりよ」

「さしあたり首輪のサンプルと技術者の確保ですかね」

「結局は人任せかよ」

「ええ、僕は技術者ではありませんからね」

 

特に反論する必要もないため、あっさり肯定すると、本当に大丈夫かよ、と魔梨華ははぁーと大きな溜息をつき、それ以上文句は言ってこなかった。

 

反応はいまいち芳しくないようではあるが、一応当面の行動方針には付き合ってくれるようだ、と司は胸をなでおろした。

 

 

 

その後、司は次の目的地をホテル・エテルナと定めた。

これは技術者の確保という目標に従い、他の参加者との接触を意図したものである。

ホテル・エテルナを経由した後はそのまま西端へと向かい、予定通りの調査を行うつもりだ。

 

その旨を司が説明するとリップルはすぐにコクリと頷き、魔梨華は渋々これを了解した。

出会った時と比べるとやけにリップルが柔和になってくれていることに、司は若干の違和感を覚えたが、悪い気はしなかった。

 

そしていよいよ出発しようとした矢先、三人の視界の少し先――山の麓の方で赤い閃光が走った。

 

「やれやれ……。本当に飽きさせないね、このゲームは」

「――どうする?」

「そりゃあ誰かあそこにいるってことだろ! だとしたら、やることは決まってんだろ!」

 

三者三様の反応を呼んだその赤雷は、叛逆の騎士モードレットが巴鼓太郎に対し、自らの宝具の名前と共に放った一撃であったが、その正体を三人は知る由もなかった。

 

暗闇の山の麓の方角で、明らかに自然発生したものとは思えないものを視認した三人の参加者。

 

彼らが選択する次なる行動はーー。

 

 

【C-2/ホムラの里・ヤヤクの社前/一日目 黎明】

【三ツ林司@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:健康

[装備]:グロック19@現実

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2個(本人確認済み)

[首輪解除条件]:不明(リップルと袋井魔梨華には伝達済み)

[状態・思考]

基本方針:ヒーローになれなかった身としては、せめて人間として最善の選択を

0:あの赤雷の発生源へ向かうべきか、向かわざるべきか対応を決める

1:他の参加者と接触するためホテル・エテルナへ行く。その後は会場西端へ向かいエリア外に出ようとするとどうなるか確認する

2:魔梨華の暴走を制止しながら、自分(と、できれば仲間)が生き延びる手段の模索

3:玲、藤堂先輩、他の知り合いとの合流(優先度は挙げた順番に同じ)。ただし瞳さん、初音、黒河には警戒した方がいいかもしれない。

(大祐は『かもしれない』どころではないため除外)

4:首輪爆破のメカニズムを探り、爆破を防ぐ方法がないか探る

5:その為には首輪のサンプル及び技術者を確保したい

[備考]

※参戦時期はCルート死亡後です

※袋井魔梨華、リップルの首輪解除条件を把握しました

※リップル、袋井魔梨華と知り合いに関する情報交換を行いました

 

【リップル@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:背中に打撲

[装備]:忍者装束一式(手裏剣やクナイ、忍者刀はコスチューム付属のため支給品ではない)

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:第六回放送まで、ゲーム開始以前からの知り合いに捕捉されてはならない。

ここで言う『捕捉』とは、間に遮蔽物がない半径二十メートル以内の距離に侵入されることを指す。

条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する

[状態・思考]

基本方針:スノーホワイトと協力し、殺し合いを止める

0:さっきの雷――何かの魔法……?

1:三ツ林司については多少なりとも信用。袋井魔梨華はまだ信用できないが、今のところは仕方なく協力する

2:スノーホワイトと合流し連絡を取り合いたいが、首輪解除条件のことがあるので下手な接触は危険

3:クラムベリー、カラミティ・メアリには警戒。20メートル以上近寄らないようにもしないといけない

4:ヒーローか……

 

[備考]

※参戦時期は『魔法少女育成計画』終了後です(ピティ・フレデリカ撃破後でもあります)。

※袋井魔梨華、三ツ林司の首輪解除条件を把握しました

※三ツ林司、袋井魔梨華と知り合いに関する情報交換を行いました

 

【袋井魔梨華@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:健康、戦闘欲求肥大中

[装備]:頭部に夜顔の花

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)

いつも使っている花の種一揃い@魔法少女育成計画

[首輪解除条件] 第四回放送まで、戦闘中に他の参加者を加勢したり、他の参加者から加勢を受けてはならない。

2人以上で他の参加者を攻撃した時点でスマホのカウントを1つ消費し、3カウント目で失格とみなし首輪を爆破する

[状態・思考]

基本方針:たくさんの強敵と命がけの戦いを味わい尽くしたい

0:赤雷の発生源に強い興味

1:我慢できるまでは、リップル、三ツ林司との同行を承諾

2:強敵と戦いたい。特に魔王パム、音楽家ともう一度戦えるというのなら、ぜひ遊びたい。

3:スノーホワイトには会いたいなぁ

[備考]

※参戦時期は『魔法少女育成計画JOKERS』終了後です(『Primula farinosa』終了後でもあります)。

※三ツ林司の首輪解除条件を把握しました

※三ツ林司、リップルと知り合いに関する情報交換を行いました



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狂気邂逅/カラミティ・メアリ、蓼宮カーシャ(反骨)

「おうおう。こいつは、また派手に散らかしてくれてるねぇ」

 

ここはG-2森エリア。

眼前に広がる凄惨な光景にカラミティ・メアリは呆れた様子でポツリと感想を漏らした。

 

先ほどの二人組との交戦後、カラミティ・メアリは電車を利用して、より多くの獲物が集まるであろう別の島へ移動することを行動方針として定めた。

しかし、駅構内に立ち入れど線路上に電車の姿はなく、隅っこに掲げられている時刻表を覗き込めば、まだ電車の発車予定時刻にはだいぶ余裕があるようだ。

 

さてどうしたものか、とカラミティ・メアリは逡巡の末駅周辺をぶらつくことにした。

先の馬鹿女とその金魚の糞のような付き添いにはだいぶ苛立ちを覚えた手前、憂さ晴らしできるような獲物がいないか捜し求めていたのである。

あわよくば先程の二人組を見つけ出せれば願ったりかなったりではあったが、あの逃げ足から察するにはるか遠方に達していることだろうか。

 

(次に出逢うことがあれば、蜂の巣にしてやるよ)

 

未だ連中への怒りが収まらないまま、ぶらりと歩くこと数刻――カラミティ・メアリはその場所へと到達し今へ至る。

 

果たして其処でメアリは他の参加者の姿を確認した。

いやこの場合、「参加者」ではなく「参加者だったもの」という表現が正しいかもしれない。

 

周囲には薙ぎ倒された樹木と葉が舞い散っており、あちらこちらに血液が撒き散らかされている。

参加者の身体の一部であろう四肢やピンク色の臓物が無造作に放置され、赤黒い血の池の上に全てのパーツを束ねる胴体が夜風に晒されていた。

着込んでいる服装や胸の膨らみから犠牲となったのは女性のようではあるが、どういう訳か頭部が見当たらない。

 

このおぞましい現場から察するに、つい先程までこの地で血みどろの闘争が行われていたことが伺える。

 

カラミティ・メアリは顔色一つ変えずに赤黒い水溜りの上へと前進する。

びちゃびちゃと紅色の液体が純黒のブーツを汚していくが特に気にする素振りはみせない。

 

カラミティ・メアリは思う。

 

この女性は、生前に万物万象あらゆるものに喜びを感じ、涙を流し、怒りを覚えていたことだろう。

 

だがそんなーー

 

愛とーー

感動とーー

悲哀とーー

絶望とーー

希望といったーー

 

ありとあらゆるものを濃縮した一つの物語がーー

 

今となっては無価値な肉塊へと成り下がっている。

 

カラミティ・メアリは無惨に飛び散っている犠牲者に、憐れみや悼みを感じることはない。

代わりに侮蔑の眼差しを投げかける。

 

こいつは敗者――

ここで転がっているのは、言うなればただの屑肉だーー

 

まるで道端に堕ちている空き缶のように、放置されている亡骸の脇腹へと蹴りを入れ込んで、これを横転させーー切断面をじっくりと観察する。

 

(骨ごと綺麗に持ってかれているねぇ、こいつは刃物の類か)

 

既に物言わなくなった屑肉のことなどどうでもよいーー今興味があるのは、この死骸を仕立て上げた下手人のほうだ。

 

(得物から考えると殺ったのはあの二人組ではなさそうだね、おやーー)

 

と、ここでふと気付いた。

血溜まりの傍らに見慣れた小袋があるではないか。

 

それは、カラミティ・メアリ自身も保持しているーーゲームの参加者であれば誰しもが所持しているはずの支給品袋であった。

 

まさかと思い、袋の中に手を入れこんでみてみると、冷たい鉛の感触が伝わった。

 

「ふふふふっ…アハハハハハッ!!!どうやら、あたしにもツキが回ってきたようだねぇ!」

 

袋から取り出した新たな得物を目に留め、カラミティ・メアリは口角を吊り上げた。

よもや、こんなところでこのような上物が手に入るとは思いもしなかった。

 

驚くことにこれを殺った人物は間抜けにもこいつの支給品を奪うことなく、この場から立ち去ったらしい。

 

死体の近くには更にスマートフォンと首輪も放置されていたので、念のためこれも回収しておいた。

今後例えば、首輪やスマートフォンの収集がクリア条件となるような参加者と遭遇した場合は、交渉のカードとして利用できると踏んだからだ。

 

「さてと…そろそろ戻るかねぇ」

 

成果は十分――

特に当てもなく始めた探索ではあったが、最後の最後に思いもよらぬ収穫を得ることが出来た。

上機嫌となったカラミティ・メアリは踵を返し、真っ直ぐに駅への帰路へと向かった。

 

方針は変わらないーー

電車を利用し人がより多く集まるであろう場所へと移動するつもりであった。

 

 

 

 

 

 

「ああ、愛する人はどこでしょう?」

 

ころしあいの場にまねかれても、カーシャちゃんは愛する人をさがすために、歩き続けました。

 

森の中でカーシャちゃんは、ルーエンハイドさんという女の人に出会いました。

 

でも、ルーエンハイドさんは愛する人ではありません。

だから、カーシャちゃんはルーエンハイドさんをきりころしました。

 

ルーエンハイドさんをころした後、カーシャちゃんは駅へと歩いていきました。

 

電車をつかえばもっと人があつまるところへ行けるかと思ったからです。

 

「ああ、愛する人はどこでしょう?」

 

カーシャちゃんは電車のざせきに座って発車を待っています。

 

すると、そこに女の人が乗りこんできました。

さきほどのルーエンハイドさんとは、別の人で、すこしこわい感じがします。

 

「ごきげんよう」

 

カーシャちゃんは天使のような笑顔で女の人をむかえ入れました。

 

 

 

 

 

 

――こいつか

 

血の紅で装飾された全身。

狂気を宿した瞳。

鼻をつく死の匂い。

 

カラミティ・メアリは車両奥でちょこんと座るこの少女が、自分と同類――つまりは他人を害することに一切躊躇しない此方側の人間(クソッたれ)であることを看破した。

と同時に、先の殺しの実行犯であると悟る。

どうやらカラミティ・メアリが駅周辺を彷徨っている間に入れ違えとなり、巡りに巡ってこんな場所で鉢合わせすることになったようだ。

 

「よお、嬢ちゃん。 調子はどうだい?」

 

眼を見開き血に塗れた満面の笑みを浮かべる隻眼の少女に対し、カラミティ・メアリもまた頬を綻ばせた。

 

「気分はあまり良くありませんわね。 何しろ無理くりにこんな遊戯に参加させられたのですからね」

「ハンッ、違いないねぇ」

 

殺し合いの真っ最中であるにもかかわらず、実に和やかな挨拶が交わされている。

駅構内に列車の出発を知らせるベルが鳴り響く中、まるで同僚と世間話をするかのように相対する。

 

「申し遅れました、私は蓼宮カーシャと申します。どうぞカーシャとお呼びください」

 

ベルが鳴りやむと、二両編成の小さな電車はその戸を閉じた。

カーシャは相も変わらずニコニコと笑顔を崩さず、座席から立ち上がる。

その眼は変わらず大きく開かれておりカラミティ・メアリの姿を捉えている。

カーシャが座っていた座席にはべっとりと血痕が付着しているのを、メアリは冷ややかな目つきで見据えていた。

 

「宜しければ貴方様のお名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「カラミティ・メアリだ……」

「カラミティ、メアリ……。うふふ素敵なお名前ですね。メアリ様とお呼びしても?」

「――呼び方なんてどうでもいいさ、好きにしな」

「うふふ、それでは宜しくお願いしますね、メアリ様」

 

いよいよもって電車は走り出すーー二人が立っている車両の床が振動し始めるとともに、窓の外の景色が小さく動き始める。

無駄に馴れ馴れしいカーシャの態度に気分を害したのか、カラミティ・メアリの表情からいつの間にか笑顔は消えていた。

表情は余裕を残しているが、その眼光は鋭く剣呑なものとなっていた。

 

カーシャはそんなメアリの変化に気付いているのか気付いていないのか分からない。

それでも調子は変わらず、口角は吊り上がったままである。

 

「それで私、メアリ様にお尋ねしたいことがあるのですがーー」

「奇遇だね、あたしもカーシャの嬢ちゃんに聞きたいことがあるんだよ」

「まぁそれは奇遇ですわね、それではまずはメアリ様のご用件から伺いましょうか」

 

電車が駅を抜けた。

夜の平原の上に轢かれた線路を滑走していく。

がたんごとんと車両は揺れに揺れている。

 

「『妖魔』もしくは『半妖』――この二つについて何か知っていることはないかい?」

「ようま……? はん、よう……? 申し訳ございません、どちらも聞き覚えはありませんわね」

 

本当に聞き慣れない単語だったのだろうか、メアリから投げかけられた質問の内容に一瞬キョトンとした表情を浮かべたカーシャは申し訳なさそうにこれに応える。

そんなカーシャの様子をメアリは冷たい眼差しで観察した。

 

「――そうかい」

 

そして最後にやれやれ、といったわざとらしい表情を浮かべ項垂れた。

如何にも期待していたのに当てが外れましたよ、といった反応だ。

 

「それでは次は私からの質問ですわね。メアリさんはーー」

「じゃあ死にな」

 

瞬間。

バンっと乾いた音が車内に鳴り響き、カーシャの声は遮られた。

 

 

カラミティ・メアリの右手には、黒く光る拳銃が携えられており、その先端から硝煙が漂っている

 

一瞬の出来事だった。

 

もうお前に用は無いと、訊きたいことだけ訊いたメアリは、ホルスターから拳銃を抜き取り、カーシャの眉間目掛けて撃ち抜いたのであった。

 

撃ち抜くまでの一連の動作に要した時間はゼロコンマ数秒――まさに西部劇に登場するガンマンの早撃ちそのものだった。

 

だがメアリの表情は晴れない。

 

「うふふふ」

 

それもそのはずーー

本来であれば頭部が西瓜のように爆ぜていたであろうカーシャは尚も健在で、身体を大きく仰け反らせたまま不気味な笑い声を漏らしていた。

 

弾丸が発せられたその瞬間、カーシャも咄嗟に半身を仰け反らしてこれを回避していたのだ。

並みの人間では到底出来ない芸当ではあるが、常日頃の姉妹との殺し合いで培われた経験値と装備されているほしふる腕輪がこれを可能にしていた。

 

「うふふふふふふ……随分と意地悪なことをされますのね、メアリ様は」

 

カーシャは上半身を起こしメアリへと向き直る。

瞳孔はより一層開かれたものとなっており、瞬きすることなくメアリの姿を捉えている。

口角もさらに吊り上げられており、剥き出しの白い歯が全身の赤黒い血とコントラストを演出している。

見るものをゾッとさせるような形相ではあったが、カラミティ・メアリは特に動じる様子もなくーー紅い天使の胸元を目掛けて、弾丸を連射する。

 

 

「あはははははははは、いけません! いけませんわ、メアリ様!!!」

 

カーシャは目にも止まらぬ速さで真横の座席に飛び乗り、迫りくる弾丸を躱す。

間髪入れず回避先においてもメアリの早撃ちが襲い掛かるが、即座に回避――斜め左に位置する座席目掛けて宙を舞い、メアリとの距離を縮める。

 

メアリの拳銃は休むことなく火を噴き続けるが、カーシャは電光石火の如く回避していき、徐々にメアリの元へと接近していく。

 

 

それでも狭すぎる車両の中で、間をおかず放たれるメアリの銃撃を全て躱しきることは、カーシャといえども難しかったようでーー致命傷とはいかずとも右肩口と左太ももの一部が爆ぜていた。

 

だがそれでもカーシャは痛みに怯む様子もーー気にする素振りも見せることなく、甲高い笑い声を上げながら進撃を続ける。

 

「せっかく痛くならないよう、一瞬で首を斬り落として差し上げようと思っていたのにぃ! 人の懇意は無碍にするものではございませんわ!」

「チッ」

 

早口で捲し立てるカーシャに舌打ちをしたメアリは、右手で拳銃を構えたまま、武器の切り替えのため腰にぶら下げている支給品袋に左手を突っ込む。

 

銃の照準は依然カーシャへと捉えてはいたが、必然的に発生する支給品袋への意識の転化――ほんの僅かな隙。

それを見逃すほど、蓼宮カーシャは生易しい相手ではなかった。

 

「メアリ様」

「っ!?」

 

瞬間、カーシャはメアリの元へと肉薄した。

 

「つかまえた♡」

 

カラミティ・メアリの視界いっぱいに血に塗れたカーシャの顔が映りこむ。

人の形をした「死」を目前にし、然しものメアリの表情も焦燥したものへと変貌する。

 

そんなメアリの反応が愉快だったのか、きゃははは、と一際甲高い声をあげーー紅の死神はメアリのか細い首筋へと刀を振るった。

 

 

「――いや」

 

 

だが。

狂気に満ちた刃は、メアリの首に到達することはなかった。

 

 

「殺られるのはあんたの方だよ、お嬢ちゃん」

「―ー!?」

 

刃の斬撃はカラミティ・メアリが持つ拳銃に阻まれていた。

 

「ハハッ、ようやくーー」

 

如何に「何でも切れる刀」と謳われる凶器といえどもーー

如何に終末の世界で、化け物どもの命を刈り取ってきた凶器といえどもーー

 

カラミティ・メアリの魔法によって強化された拳銃を両断することは叶わなかった。

 

「つかまえたぁっ!!!」

「っ!?」

 

まるでこれからご馳走にありつくかのように、メアリは嬉々として舌なめずりをする。

先程までの愉悦のものからカーシャの顔色を変えさせたのは、メアリのもう片方の手に握られたサブマシンガンーー通称Vz 61の存在であった。

またの名称を「スコーピオン」という。

 

ルーエンハイド・アリアロドの支給品袋から回収された近代兵器は、ガラ空きとなったカーシャの脇腹を狙いーー

 

「あばよ」

 

直後、銃弾の暴風が真夜中の車内に吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、逃げやがったか」

 

サブマシンガンによって蹂躙された車両の中――カラミティ・メアリは粉々に砕けた窓からから身を乗り出し、外の様子を窺う。

メアリを乗せた電車は海上に敷かれた鉄橋を渡っているようで、潮の香が漂っている

心地の良い潮風がメアリの美しい髪を揺らしているが、メアリの表情が晴れることはない。

 

あの瞬間――

 

サブマシンガンを突付けられていたカーシャは信じられない反応速度で側転を行い、銃弾の嵐を躱しーー勢い殺さず窓ガラスを突き破り、脱兎のごとく逃げ去ったのであった。

 

逃げた先にあるのは海――

恐らく今頃は、冷たい海の中を彷徨っていることだろう。

 

「本当に忌々しい嬢ちゃんだ……」

 

追撃しようとする欲求をどうにか自制し、カラミティ・メアリは煮えたぎらないまま、もはや原形をとどめていない座席の上にどっさりともたれかかる。

 

最初に出会った二人組といい、カーシャといい、この会場で遭遇する人間は悉くメアリを苛立たせる。

 

――絶対に殺す

 

だが、焦る必要はない。

今は束の間の休息が必要だ。

 

連中への怒りを胸にしまいこみ、カラミティ・メアリはそっと目を閉じる。

 

いくら無法者の魔法少女ともいえども、強敵との連戦は流石に身体に堪えたのであった。

 

 

【E-2/電車内/一日目 黎明】

【カラミティ・メアリ@魔法少女育成計画】

[状態]右脇腹を打撲、ダメージ(中)、カーシャへの怒り

[服装]いつものガンマン服

[装備] ニューナンブM60@現実、Vz 61@リベリオンズ

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ルーエンハイドのスマホ、コンバットナイフ@現実、不明支給品×1

[首輪解除条件] 妖魔もしくは半妖を2名以上殺害する

[思考・行動]

基本方針:殺し合いを勝ち抜く

1:次の駅でいったん降りて獲物を探す。それまでは休憩。

2:首輪解除のため、妖魔もしくは半妖を探し出して殺す

3:手にいれた首輪とスマートフォンを交渉材料に他の参加者を上手く利用する。

4:あの2人組(渡瀬、ミレイ)とリップルとカーシャは見つけ次第、殺す

※参戦時期はリップルをホテルプリーステスに呼び寄せたあたりからとなります。

※ルーエンハイドの支給品、スマホ、首輪を回収しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

星々が煌めく空に浮かぶ影が一つ。

背中に片翼を生やした蓼宮カーシャは、離島へ向け遠ざかる電車を見降ろしていた。

 

(メアリ様と戯れたいのは山々ですが、あちらの得物は少々厄介ですわね。 例え分身体と一緒に戦い続けたとしても、こちらも無傷では済みませんわ)

 

電車内での戦闘で魔法を使わなかったのには理由がある。

確かに分身体を出現させると、こちらからの攻撃の手が倍増したり、戦略の幅が広がったりとメリットは生じる。

が、それと同時に物理的に身体を二つ持つということになり、相手の攻撃の被弾対象も倍増することになるのだ。

不幸なことに小憎たらしい分身体が傷つくと、そのダメージは自分にも反映されてしまう。

 

そういう意味で先程の戦闘における相手と場所は最悪の相性だったといえる。

 

ただでさえ、狭い車両の中で射撃の的が増えることになってしまうと、早撃ちを得意とする

女ガンマンに有利な状況を提供してしまうのであった。

 

 

「それにしてもーー」

 

カーシャは自身の左脚を一瞥する。

カラミティ・メアリとの戦闘で抉られた自身の箇所については、着物の一部を剥ぎ取って止血済みではあるが、傷口は尚も熱い。

 

「私としたことが、今宵は少々羽目を外しすぎましたわね」

 

カーシャにとっての最優先事項はあくまでも白秋だ。

それ以外の些事に、無駄に己が血肉(リソース)を割くわけにもいかない。

 

兎にも角にもまずは陸地へ移動し、白秋もしくは白秋につながる情報がないか探索を続けるとしよう。

 

「ああ、愛する人はどこにいるのでしょう?」

 

運命の人と信じる想い人を脳裏に浮かべながら、カーシャは翼を動かしゆらりゆらりと移動を始めた。

 

「紅いかいぶつ」の物語は尚も続く。

 

 

 

【E-2/上空/一日目 黎明】

【蓼宮カーシャ@追放選挙】

[状態]:魔法少女に変身中(分身出現中)、全身に打撲、背中に裂傷、左頬に裂傷、右肩に裂傷及び一部欠損(止血済み)、左太もも一部欠損(止血済み)

[服装]:いつもの格好(返り血により赤黒く染まっている)

[装備]:仕込み刀@追放選挙、ほしふる腕輪@ドラゴンクエストⅪ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、マジカルフォン@魔法少女育成計画シリーズ、ラ・ピュセルの剣@魔法少女育成計画シリーズ、ルーエンハイドの頭部

[思考・行動]

基本方針:白秋様を見つけ出す、違う参加者と出会ったら殺害する。

1:白秋様を捜索する。

2:白秋様と最期まで愛し合う。

3:最期には白秋様を殺して自分も死ぬ。

4:メアリ様と再度出会うことがあれば、今度こそ殺してさしあげる



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燃え広がる戦禍/黒河正規、ルーラー、絢雷雷神、天河夏彦(アロマオゾン)

いくつもの建造物が並ぶ市街地エリア、その中にある小さな民家を後にして夏彦は北の方角へと歩みを進めた。

初音を退ける事には成功したが彼女は銃を持っている。

再び襲われた時に対処出来る自信はあまり無い。

急いでここから離れないと――。

 

 

それから1時間が経過した頃、夏彦はコンクリートの壁によりかかり身を隠しながら水分を補給していた。

これで2度目の休憩か、怪我と疲労による負担が身体を鉛の様に重くさせ、さながら牛歩のペースでしか進んでいなかった。

疲れは睡魔を呼び寄せる、このままベッドを探してゆっくり眠っていたい衝動が湧く。

このままじゃいけないと夏彦は顔を横に振り、再び立ち上がって歩みを進めた……その瞬間であった。

 

「動くな!!動くと撃つ!!」

 

夏彦の背後から聞こえたその声に体がびくんっと反応する。

景色はまだ暗いが市街地エリアは街灯が点在しており一定の明るさがある。

そのせいで離れた距離でも夏彦の姿を視認する者が現れた。

 

「振り向くなよ!振り向いても撃つ!」

「何か妙な真似をしても撃つ!」

「……これからお前にいくつか指示を出す。その指示に従って行動しろ」

「まずはてめえの荷物を下に置け、スマホも含めてな」

 

声が徐々に近くなる、距離を詰めているのだろう。

BC能力を使って抵抗も考えたがその瞬間に撃たれる可能性も高い。

ここは素直に言われた通りにバッグを下に降ろしスマホもそっと足元に置いた。

 

「そこからゆっくり5歩歩きな、ゆっくりとな」

「……次は地面にうつ伏せになりな。手は伸ばした状態でいろよ」

 

一方的な立場で指示通りに動かされているこの状況に憤りを感じる。

だが逆らえば全身がハチの巣にされかねない。

ここは冷静に辛抱強く我慢して耐えるしかない。

 

「いい子だ。次は俺の質問だけ答えろ」

「まずはお前の名前を名乗れ」

「……天川夏彦」

「じゃあ天川、お前がこの島に来てから誰かに出会ったか?」

「一人出会った。名前は……阿刀田、初音……」

「……どんな容姿だ?」

「茶色の制服を着た金髪の小柄な子だ」

「間違いねえな。んで、その初音は何処へ行った?」

「……どこに行ったかは分からない」

「分からない、だと?庇い建てすると容赦はしないぜ」

「本当だ、彼女といるのは危険だと判断して追い出したんだ」

「ほぉ、初音がこの殺人ゲームに積極的に乗っているのに感づいたのか」

「あんたも知っていたのか!?」

 

(この声……まさか、こいつは)

 

初音の記憶の中にいたフードの男、彼の口調や声質が今、自分の背後にいる男と一致した。

振り返る事が出来ないせいで顔の確認は出来ないが初音を知っている所からして同一人物なのは間違いない。

もしかしたら初音と何か関わりの深い人間なのか?

 

「俺の事はどうだっていい、そうか居場所を知らなきゃ意味ねえな」

「教えてくれ!あんたと初音の間に何があったんだ!?」

「おいおい、お前勘違いしてないか?俺はてめえと情報交換してる訳じゃねえんだ。俺から教える事なんかあるかよ」

「俺はゲームに乗ってない!あんたも本当は殺し合いなんかしたくないんじゃないか?」

「てめえの行動方針なんかどうだっていいんだ。初音の居場所が知らねえならもう用はねえな」

 

夏彦はフードの男に対して一つの希望的観測を持っていた。

それは初音が殺人ゲームに乗った危険人物だからこそ襲い掛かったのではないかと。

だとしたらフードの男はこの殺人ゲームの舞台から脱出するのに協力し合えるかもしれない。

内心でそんな望みを抱いていたが彼の言動からしてそれは断たれた。

 

「じゃあさよならだ。てめえの荷物だけは頂いておくぜ」

 

フードの男が殺し合いに乗っているとしたらこれから僕は射殺される。

とても万全とは言えない身体だがやるしかない。

 

フードの男がバッグを掴んだその瞬間――。

 

≪消えろぉおおおおおおおおおおおお!!!!≫

「なっ!?」

 

夏彦の持つ最大限のパワーを込めてテレパシーをフードの男に送り込む。

圧倒的な音声で脳内に直接叩き込み、フードの男の動きが静止した。

 

「てめえ!何をしやが――」

≪早くッ!!ここからッ!!失せろぉおおおおおおおお!!!!≫

「あがぁっ!」

 

脳内に響き渡る大音量の暴力が次々と嵐の様に巻き起こり、激痛で呻き声が出る。

その隙を見て夏彦は立ち上がった。

それに気付いたフードの男は銃を構え直して夏彦へと向けようとする。

同時に夏彦はフードの男に向かって走り、銃に飛びかかって掴みかかった。

 

「てめえ!離しやがれぇ!」

(誰が離すもんか!こいつを何とかしないとこの島にいる皆が危険に晒されるっ!)

 

僕に残された体力は少ない、この銃から引き剥がされた途端、僕の死は確定する。

もう一度テレパシーでフードの男の脳内に衝撃を与えて武器を奪うしかない。

 

≪その手を離せぇえええええええええ!!!≫

「うるっせぇんだよぉぉ、ちっくしょうがぁああ!!」

 

フードの男は夏彦を振り落とそうと銃を持つ手に力が入る。

そして男の指が引き金を引き、アサルトライフルの銃口が火を噴いた。

 

二人の男の綱引きによって上下左右に振り回された事で銃弾は周囲の建物にデタラメに命中し

壁に銃痕を作り、窓ガラスは割れ、建物に設置されたガスボンベに被弾し。

弾丸から飛び散った火花が漏れたガスに引火、それが大参事を引き起こした。

 

 

 

 

ユグドミレニア城、南東でも一際目立つその巨大な建築物に二人の来訪者が現れる。

一人はルーラー、このデスゲームの打倒を目指し、参加者達を保護するべく行動をしている聖女。

もう一人は黒河正規、彼は以前に巻き込まれたデスゲームにおいて荻原結衣を殺害した人間を追い求める復讐者。

二人は城内を探索してみたが特に誰とも遭遇せず、黒河はため息を付いて不快感を露わにしていた。

 

「ちっ……誰もいねえじゃねえか」

「ですが、先ほどまでこの辺りに人がいたのは間違いありません」

「あ?なんでそんな事が分かるんだよ」

「僅かですが、周囲から魔術らしき力を行使した痕跡が漂っています」

「魔術師、もしくはそれに近い特殊な能力を持った人間がこの城にいたのでしょう」

「あー、そーかよ」

「その反応、私の言葉を信じていませんね」

 

黒河のどうでもいい、と言わんばかりの態度に不機嫌になるルーラー。

そもそも黒河にとっては、ルーラーの話も思考も目的も何一つ共感する部分が無く。

彼にとってはストレス要因でしかない。

 

「そういう話はどうでもいいんだよ、それでお前はこの後どうするんだ?」

「まずはここを拠点として、協力者を集めましょう」

「そうかよ、じゃあお前はここで待機してろよ。誰かがやってくるかもしれねえぜ」

「そう言って貴方は、一人で行動するつもりでしょう。それはいけま……爆発が!」

「あん?爆発だぁ、そんなもん聞こえねえぞ」

 

サーヴァントとして、ルーラーとして、探知能力の高い彼女だからこそ気付いた爆発音。

彼女はすぐさま城のバルコニーへと駆け出した。

外を見ると城から東北にある市街地の一部が炎上していた

 

「やはり……」

「マジかよ、誰かが火でも使ったか」

「黒河、すぐに向かいましょう。誰かが襲われているかもしれません」

「……そうだな。もしかしたら大祐がいるかもしれねえ。先に行ってきな、俺も後から追う」

 

黒河は嘘を付いた。

大祐という男の性根からしてこんな危険人物を呼びかねない場所に残るのはあり得ない。

あいつはもっと姑息な戦い方を選ぶ、仮にあの火事の現場にいたとしてもすぐさま火の手から逃げ出している。

街の外側を見張るならともかく街の中に行くメリットなんざ何もない。

 

むしろここはこの女からおさらばするチャンスだ。

この女が火事の場所に向かっている隙に俺は別の場所に行く。

それで心置きなく復讐に専念できる、と黒河は考えていたが

 

「いえ、黒河を一人置いていく訳にはいけません」

「なに?おわっ!」

 

バレバレである。

黒河一人残したら、彼が好き勝手に行動するのはルーラーも理解していた。

ルーラーは黒河をお姫様だっこの要領で抱えて、バルコニーの手すりに乗ると。

 

「少し衝撃が大きいですが我慢してください」

「てめえ、何考えてやがる!ば、バカな真似はよせ!!」

 

ユグドミレニア城の高さから落ちれば確実に死ぬ。

だというのにルーラーは何の躊躇も無く飛び降りようとしている。

さっきから頭のおかしい女だとは思っていたがこのままでは心中する事になる。

 

「離せ!!さっさと離しやがれっっ!!」

「大人しくしてください!」

 

黒河が逃げ出さない様にルーラーは更に力を込めて黒河を抱き締める。

メキメキと黒河の骨が軋む音を立てながら、勢いよくバルコニーから飛び降りた。

地面に着地すると物凄い速さで市街地へ向けて駆けていく。

 

「オイオイオイオイオイオイ!!ありえねえだろ!これはよぉっ!!」

「黙ってて下さい。舌を噛みますよ」

 

ルーラーの速さは車を超えており、お姫様だっこされている黒河の心情はさながら。

ロープで括られてロケットブースターに張り付けにされた状態に近い物であった。

 

【H-6/一日目 黎明】

【黒河正規@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:正常

[装備]:なし

[道具]:スマホ、基本支給品、マジカルフォン@魔法少女育成計画シリーズ、伊純白秋の毒薬@追放選挙、7753のゴーグル@魔法少女育成計画シリーズ

[首輪解除条件]

アーナス、森の音楽家クラムベリー、魔王パムのうち一人の死亡。もし全員が死亡した場合、シークレットゲーム『Code Revise』において『荻原結衣』を殺した犯人の情報が提示される

[状態・思考]

基本方針:結衣を殺したクソ野郎(伊藤大祐)をぶっ殺す。クソ野郎が犯人じゃなかったらあのガキ(阿刀田初音)を問い詰める

0:離せー!

1:仕方ないのでルーラーと行動をともにする

2:この女(ルーラー)ヤバすぎる……!

[備考]

※Cルート、伊藤大祐を追いかけていった後からの参戦です

 

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】

[状態]:正常

[装備]:我が神はここにありてリュミノジテ・エテルネッル@Fate/Apocrypha

[道具]:スマホ、基本支給品、不明支給品2つ(本人未確認)

[首輪解除条件]

第五回放送終了まで、「天草四郎時貞」「ウィキッド」「伊藤大祐」「忍頂寺一政」を半径3m以内に侵入させない。なお条件達成失敗と認識された場合、この首輪は爆破される

[状態・思考]

基本方針:この殺し合いを止め、元凶を倒す

1:ジーク君が心配

2:監視も兼ねて黒河と共に行動

3:黒河と共に火事の現場に向かう

4:大聖杯や天草四郎はどうなったのだろうか

[備考]

※アニメ24話、『紅蓮の聖女』発動後からの参戦

 

 

 

 

放たれたアサルトライフルの銃弾がガスボンベに命中し爆発。

爆風と高熱が二人を吹き飛ばした。

 

「ぐっ……クソが!」

 

フードの男、絢雷雷神は阿刀田初音を追って彼女の逃げたであろう方向へと移動して天川夏彦と遭遇した。

彼を脅して情報を聞き出した後、支給品を奪った所までは良かったが

夏彦からの予想だにし得ない攻撃を食らい、思わぬ抵抗を受けた挙句。

無駄に弾数を消費して爆発、火災事故が起こる事態に見舞われた。

幸い、体に大きなケガは見受けられず、正常に動かせるが怒りは収まらない。

 

「野郎、あいつは何処だ……いた」

 

地面に倒れている夏彦の姿を発見した。

背中を見ると爆風で飛んできたのであろう金属片が背中に突き刺さっていた。

 

「死んだか?……いや、呼吸はしているな」

 

アサルトライフルの弾倉を入れ替えて、夏彦へと銃口を向ける。

数秒間ほど狙ってから構えを解いて雷神はこの場から立ち去った。

 

抵抗された怒りは収まらない。

それならなぜ殺すのを躊躇ったか?

理由は気分を晴らすために殺害するよりも特殊機能を使って利用する事を考えたからだ。

 

雷神の特殊機能である『この機能の持ち主と直接出会った事のあるプレイヤー一人を選択して他参加者との接触状況を閲覧できる』を利用すれば。

夏彦は生きたレーダーとして情報を仕入れられる。

もしこれから夏彦と出会った人物が殺し合いに乗っていたら夏彦を殺した危険人物の名前を知る事が出来る。

それとも殺し合いを止めようとするお人好しが夏彦と出会えばそいつの名前を知る事が出来る。

 

俺としては後者がありがたい。

動けない足手まといを保護するようなおめでたい連中なら先手を取って襲撃しやすい。

夏彦に怪我を負わせたおかげでこっちはあと二人を傷付ければ厄介な制限から解放される。

 

それにしても、まさかこいつに渡された特殊機能が『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』だったとはな。

真っ先に所持品を封じなければ俺が殺されていたかもしれない。

他に似た機能がある事を想定してさっさと首輪を外さねえと復讐もロクに果たせねえな。

 

「じゃあな、ここで焼け死ぬ前に誰かに発見される事を祈るんだな」

 

徐々に燃え広がっていく街を後にし、雷神はその場を後にした。

 

【G-7 市街地/一日目/黎明】

【絢雷雷神@追放選挙】

[状態]:腹部にダメージ(小)

[装備]:アーミーナイフ@現実、M4A1(30/30)@現実

[道具]:基本支給品一色×2、スマホ(特殊機能付き)×2、M4A1の予備マガジン3個

[状態・思考]

基本方針:迅速に首輪を解除して生き残る。その為なら参加者の殺害もいとわない。

1:一条要への復讐を果たす。

2:蓬茨苺恋とノーリを殺害する。

3:他の参加者を見つける。

4:絶対に首輪解除条件を他人に知られない様にする。

5:天川夏彦を利用して他の参加者を傷付ける。

[備考]

絢雷雷神に支給されたスマホの特殊機能は『この機能の持ち主と直接出会った事のあるプレイヤー一人を選択して他参加者との接触状況を閲覧できる』です。

対象のプレイヤーが死亡するか、使用してから6時間後に閲覧機能は解除され

その後に別のプレイヤーと接触する事によって再び指定する事ができます。

※天川夏彦に特殊機能を使いました。6時間の間、他参加者との接触状況を閲覧する事が出来ます。

 

【天川夏彦@ルートダブル -Before Crime * After Days-】

[状態]:気絶、ダメージ大、背中に裂傷(金属片が刺さっている)、左腕に銃創(処置済み)、脇腹に銃創(処置済み)、右脚に銃創(処置済み)、脇腹に打撲ダメージ(小)、疲労(大)、センシズシンパシー使用による頭痛(中)

[服装]:いつもの服装(ボロボロ)

[装備]:無し

[道具]:無し

[首輪解除条件] 解除条件を満たした参加者のスマホを3台以上保有する

[状態・思考]

基本方針:ましろ、サリュと共に会場から脱出し、悠里を救う

0:――――。

1:夜が明けたら、『天川夏彦の家』まで移動

2:「ラボ」にいた参加者との合流(ましろ、サリュ優先)

3:初音を警戒。次に会ったときは……

4:初音を襲ったフードの男を警戒

※初音に対し、センシズシンパシーを使用し、夏彦と出会う前のゲーム内での記憶を読み取りました。

※主催者側の制限により、センシズシンパシーによる記憶の破壊は不可となっております。また、センシズシンパシー利用による脳への負担が上昇しています。

※参戦時期はDルートにて、風見の悪意を消し去った直後となります。

※会場に連れてこられる前に負っていた傷は、そのままの状態となっております。

※夏彦に支給されたスマホの特殊機能は、『半径10m以内にいる参加者の首輪解除条件を表示する』です。

※支給品一式及びスマホを奪われました。



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笠鷺渡瀬は憂鬱である/笠鷺渡瀬、ミレイ(アロマオゾン)

現在七望館にて、ミレイにこき使われるままドリームコインの探索作業を続けている渡瀬。

本人にとって不満ははち切れない程、募っているが

彼女の傲慢ぶりからしてこっちの負担など気にも留めないだろう。

 

もし探索中にカラミティ・メアリの様な危険人物が七望館に入って来たら、という不安があったが

特に来訪者が来る事無く、渡瀬は無事に必要なコインの回収を終える事が出来た。

 

「あった……これで必要枚数は揃えたぞミレイ」

「随分と時間かかったわねぇ。あと一時間しか無いわ。さっさと行くわよ」

 

お前も手伝えばもっと早く終わったけどな。と言いたくなる気持ちを抑えた。

時間の惜しい二人は早速ドリームコインの交換所へ向かうと筋骨隆々の着ぐるみ男がカウンターに立っていた。

胸には『ミスターD』と名札が付けられている。

 

「またぶっさいくなのがいるわね」

「おいフランス料理フルコースと水で交換だ」

 

手持ちの飲料水が尽きていた渡瀬は余った50コインでミネラルウオーターも一緒に注文した。

カウンターに手持ちの3050コインを全て置くとミスターDは無言で受け取り、水を用意した後。

テーブル席へと座るようにジェスチャーを始めた。

どうやらこの男は喋れないようだ。

 

「安物のテーブルと椅子ね。私が座るんだからもっとゴージャスなのを用意しなさい」

 

ぶつくさ文句を言うミレイを無視してミスターDは厨房から食事を運んできた。

フルコースの初めは食前酒と共に前菜を出すのが定番である。

その後、スープ、魚料理、肉料理、デザート、コーヒーと順に出されていくのがあるが

現在はバトルロワイアルの真っ最中である。

呑気にミレイの食事を眺めるつもりは無い。

まずやるべき事は手に入れた情報の把握だ。

渡瀬はこれまで新たに回収できた参加者の秘密のメモを読み始めた。

 

黒のライダーの秘密1

『真名はアストルフォ。シャルルマーシュ十二勇士の一人である』

 

蓬茨苺恋の秘密2

『彼女は一条要とその妹の一条未彩を庇って自分の父親を殺害している』

 

伊純白秋の秘密2

『彼はカーシャとアーシャを毒殺しようとして誤って二人の母親を毒殺している』

 

黒のアサシンの秘密1

『真名はジャック・ザ・リッパー。堕ろされた胎児達の魂の集合体として生まれた悪霊のような存在である』

 

旭川姫の秘密1

『アイドルである彼女はファンに分け隔たりなく愛を与えた結果、多数の男達が『崇拝者』となり悪質なストーカーへと変貌させている』

 

スノーホワイトの秘密2

『本名は姫河小雪、彼女は幼い頃から魔法少女に憧れており、ラ・ピュセルとは幼馴染の関係である』

 

カラミティ・メアリの秘密1

『彼女の魔法は『持ってる武器をパワーアップできるよ』であり、彼女が手にする物はどんな道具だろうと武器として用いるなら強化する事が出来る』

 

狛枝凪斗の秘密1

『彼の持つ才能は『超高校級の幸運』である』

 

クリストフォロスの秘密1

『純潔の妖魔であり、複数の人格を持っている。身に着けた仮面によって彼女の人格が変わる』

 

天王寺彩夏の秘密1

『同じアイドルチームであった白浜ふじみの突然の脱退により彼女は重度のスランプに陥っている』

 

得られた参加者の情報はこれで全部である。

 

「いまいちな味だったわね」

 

ミレイの食事が終わったようだ。出された料理は全て完食している。

これを機に参加者の秘密メモをミレイにも見せたら彼女は激昂し始めた。

 

「多数の男が崇拝者になってるですって?それなら私を崇拝する男だって星の数ほどいるわ。

 どうせ旭川姫という女はブスなんでしょ」

「他にもっと他に見るべき情報があるだろ」

「そうね。あのブス(カラミティ・メアリ)の能力が分かったのは手柄ね。褒めてあげる」

 

ミレイはメモを一つ一つ目を通していく。

秘密の内容が真実なら複数のアイドルが参加者として呼ばれているのを理解し

「まぁ、私の美貌と比べれば全員ブスでしょうね」と言っていた。

 

「それと笠鷺、さっき水貰ったわね。それを私に渡しなさい」

「おいおい、それを渡しちまったら俺の飲む分が無くなっちまうだろうが」

「水ならトイレの水でも飲めばいいじゃないの、あと汗臭いからそんなに近寄らないでくれる?」

(ここまで女を殴りたいと思ったのは生まれて初めてだ)

 

確かに渡瀬の身体は発汗でシャツはべったりと滲んでおり

服なんかは埃まみれで汚れている。

だがそれは掃除の行き届いていない七望館を休むことなく探索したからだ。

不満を押し殺して時計を見ると残り滞在時間は20分を切っていた。

 

「そろそろ移動をする時間か」

「ホテル・エテルナに向かうわよ。ホテルと名の付くぐらいだから少しは睡眠を取るのに向いてるでしょ」

「寝る気なのか?」

「睡眠不足は美容の大敵なの、私の美貌が衰えるのは国にとって、いや世界にとっての損失になるのよ。分かる?

 それにホテルなら他にも参加者が来てるかもしれないじゃない、そいつらにここの情報を与えてやれば

 秘密のメモもドリームコインも更に手に入ってお得だわ」

「他の参加者が集めたメモとコインを奪う気か?」

「私達が教えなければ、メモ自体集める事が出来ないでしょ?それに情報は私達が集めたのと共有すればいいし

 その情報代として私にコインを支払うのは正当な要求よ」

「……ん?」

 

渡瀬の脳裏に不安がよぎった。

その不安の正体は、一体何なのか。

 

「どうしたのよ笠鷺」

「いや……情報を皆で共有するんだよな」

「そうよ。他の参加者にもメモを探させた方が効率的じゃないの」

(そうか。秘密のメモを集める事、それは……)

 

渡瀬の不安の正体が分かった。

それは渡瀬が『Q』と呼ばれるテロリスト組織の一員である事が参加者達に知られるリスクだ。

メモの内容には誰が誰を殺害したか、という罪も記されている。

秘密のメモの中には渡瀬がテロリストであること。ラボの研究員を死なせている事実が書かれている可能性が高かった。

 

「何をぼーっとしてるの笠鷺」

「……すまない。トイレに行かせてくれ」

「いいけどその前に水を渡しなさい」

「ああ……」

「やけに素直ね。まぁいいけど」

 

渡瀬は洗面台の前に立つと、汗まみれの顔を水で洗い、鏡を見つめた。

 

もし俺の正体が知られてしまったら、俺は協力し合えることが出来るのか?

テロ組織の一員と言っても国家転覆を目的として破壊と殺戮を繰り返す連中とは違う。

むしろラボの非人道的かつ危険な人体実験を止めるべくQに協力した。

だが、結果としてラボの中で殺し合いが始まり、死者を出してしまった。

 

果たしてテロリストの俺は信用されるのか?

疑心暗鬼が起こり、互いに銃口を向け合う事になったら?

俺は……人を殺すのか?

 

「――ッ!?」

 

鏡に映る自分の顔が冷酷な殺人鬼に見えた。

 

「これが……俺の本性か?違う!俺はそんな事は望んでいない!」

 

俺はテロリストだが、それと同時にレスキュー隊員だ。

目の前で命が失おうとしている人間は決して見捨てない。

自分から人の命を奪うなんてもってのほかだ。

 

「それに俺はあいつらとだって……争いたくない……」

 

宇喜多、洵、サリュと出会ったら殺し合いになるかもしれない。

それも渡瀬の心の奥底でずっと引っかかっていた。

 

「ちょっと笠鷺!いつまで待たせるの!?」

「ああ、今行く」

 

不安で押し潰されそうになる自分に喝を入れる様に洗面台の水をがぶ飲みした渡瀬はミレイと共に七望館を後にするのだった。

 

【G-1/七望館近く/一日目 早朝】

 

【笠鷺渡瀬@ルートダブル】

[状態]健康

[服装]シリウスの団員服

[装備]NZ75@ルートダブル

[道具] 基本支給品一色、スマホ、ウイングシューズ@よるのないくに2、不明支給品1つ(本人確認済み)参加者の秘密メモ15枚

[首輪解除条件]特定のパートナーと24時間以上行動を共にする

[思考・行動]

基本方針:殺し合いからの脱出。なるべく人は殺さない。

0:ミレイに同行して、首輪を解除する

1:ホテル・エテルナに向かう。

2:ミレイが他参加者相手に暴走しないように、上手くコントロールする

3:宇喜多、洵、サリュ、カラミティ・メアリを警戒。夏彦とましろについては保留。

4:地図にある「天川夏彦の家」が気になる

5:秘密のメモによる自分の情報の露呈が不安

※参戦時期はDルート。夏彦のセンシズシンパシーによって本来の記憶を取り戻し、和解した直後からとなります。

※ウイングシューズを着用すると素早さを飛躍的に上昇させます。但し、有効時間は5分間のみで、1度利用するとその後2時間は効力を発揮しません。

 

【ミレイ@Caligula-カリギュラ-】

[状態] 健康、顔面打撲、ダメージ(小)

[服装]いつもの服装

[装備]なし

[道具] 基本支給品一色、スマホ、不明支給品3つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 解除条件を満たした首輪を2つ以上保持する

[思考・行動]

基本方針:生存優先。まずは首輪の解除。

1:首輪解除のために、使えそうな下僕を集める

2:さっきのブス(メアリ)は絶対に殺す

3:帰宅部の連中とウィキッドを警戒

4:ファヴがμと同等以上の力を持っていると分かれば、優勝も視野に入れる

5:ホテル・エテルナに行き、休息を取る。

6:使えそうな参加者が見つかれば七望館の探索へ向かわせる。

※参戦時期は劇場グラン・ギニョールで帰宅部に敗北した後からです。



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あなたは今どこで何をしていますか/神楽鈴奈、クリストフォロス(反骨)

 

 

ユグドミレニアの城を出てから暫くの時間が経過したころ。

神楽鈴奈は夜道を緊張した面持ちで歩いていた。

 

それも必然――

この地で行われているのはバトルロワイアルーー正真正銘の殺し合いが行われる戦場の中で足取りが重くなるのは不思議なことではない。

 

かといって、鈴奈は自身が殺し合いの真っ只中にいるという事実について認識はしているけれども、いまいち実感は沸いてこなかった。

 

それでも、鈴奈は常にビクビクとした様子で恐る恐る歩を進めている。

まるで獰猛な肉食獣の縄張りに迷い込んだ小動物のように。

 

「ひっ!!!」

 

しまいには、バチリと、自分が踏んだ枯れ枝の音に悲鳴を上げてしまう始末だ。

 

鈴奈は辺り一面を改めて見渡す。

周囲にあるのは闇。闇。闇。

鈴奈が歩む森林の中には人口の灯火は一切なく、頬を撫でるような夜風と気味の悪い虫の鳴き声が鈴奈の五感を刺激する。

 

鈴奈は決して、未だ見ぬ襲撃者に怯えているというわけではない。

如何にも魑魅魍魎が飛び出てきそうなこのシチュエーションに耐え切れないのである。

 

「うぅ…クリスさん、どこに行っちゃったんですかぁ……」

 

傍らに同行者がいれば、お喋りでもして気を紛らわすことが出来るのだが、今は唯一人森の中に取り残されてしまっている状況だ。

悠々と先行していたクリストフォロスはいつの間にか姿を消していた。

 

尤もーーいなくなったクリストフォロスも、鈴奈が恐れる魑魅魍魎に分類される存在ではあるのだが、そんなことは今の鈴奈にとって些細な問題であった。

 

持ち前の大声で幾度も同行者の名を呼びかけるが、一向に返事は来ず。

いよいよ心が折れそうになったその瞬間――

「っ!?」

 

眼前にある茂みがさりごそりと揺れ動いていることに気付いた。

 

「ク、クリスさん……? そ、そこにいるんですか?」

 

震える声で言葉を投げかけるが反応はなし。

 

まるで薄着で猛吹雪に晒されているかの如く、悪寒を感じた。

直立する二本の脚は倒壊寸前のビルのように、ガクガクと震えだす。

 

――これはきっとクリスさんだ

――また私を驚かせようとしているのだ

――うん、絶対にクリスさんだ。間違いない

 

と、茂みの向こうにいるのは悪戯好きの探し人であると自己暗示を掛ける。

ゴクリと生唾を飲み込み、ありったけの勇気を振り絞る。

 

覚悟を決めて茂みに近づいてみた、その刹那――

 

「■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!」

 

けたたましい咆哮とともに、妖しく光る黄金色の影が鈴奈の視界を覆った。

 

瞬間――鈴奈の体内時計は完全に停止した。

身の丈は自身の倍以上はあるであろうその異形を見上げ、石像のように凝固する。

 

そして、数秒の膠着を経て―ー

 

「きゃあああああああああああああああああああああああーーーーー!」

 

我に返った鈴奈は大絶叫を上げて、逃走を開始する。

その悲鳴は先の異形のものを遥かに凌ぐ叫び声で、闇夜の森林エリア一帯に轟くものとなった。

 

天地を反転させるかの如き声量は、まさに天然の拡声器――

一歩間違えれば、殺し合いに乗った者を引き寄せる恐れもあったが、そんなことを思考する余裕は持ち合わせていなかった。

 

「あああああああああああああああああーーーー!!!」

 

まるでウイルスに感染したコンピュータのように思考はグチャグチャにかき乱され、鈴奈は錯乱して駆ける。

背後より異形の雄叫びは尚も続くが、その声は段々と遠ざかっていく。

 

だがーー

逃走の果てに待ち構えていたのは、またも異形のものであった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■―――!!!!」

「――っ!!?」

 

度重なる恐怖と心労に鈴奈の精神は臨界点を突破していた。

白銀の“それ”が鈴奈の前に立ちはだかったその瞬間――

鈴奈は叫び声すら上げることもなく、自らその意識の手綱を放棄した。

 

――視界がスローモーションで薄れてゆく。

 

―ーそれに連動し気が遠くなっていく。

 

 

『ふふっ、やっぱりあなたは揶揄いがいがあるわね、鈴奈。』

「――――――へっ?」

 

まどろみの世界に堕ちゆく鈴奈の意識を引っ張り上げたのは、探し人である少女の一声だった。

 

我を取り戻した鈴奈が、声がした方角へと視線を向けると、樹木の太枝の上にちょこんと座りこむクリストフォロスがいた。

 

白い仮面を身に付けた純血の妖魔は、ニコニコと楽しそうに此方を見下ろしていた。その傍らには、自分を恐怖のどん底に突き落とした黄金色と白銀色の異形が宙に浮き、くるりくるりとクリスを中心にリズミカルに周回をしていた。

 

先程はパニック状態で気付かなかったが、目を凝らしてみると、それはまるでオーケストラに登場する巨大な二基のホルンであった。そんなホルンがまるで自らの意志を持っているかのように夜天の宙を周遊している。

 

目を疑うような光景に思わず、ギョッとする。

 

「ク、クリスさん、それは一体……?」

「ふふふっ……、お前にはまだ紹介していなかったな。 彼女達は魔楽器(オルガノン)。私のパートナーである妖魔達だ」

 

額に汗浮かべる鈴奈に、黒の仮面をつけた天使は悪戯な表情を崩さず、懐から指揮棒を取り出し天に掲げる。すると、クリスの周りを飛び交っていた二基のホルンはピタリと動きを止め、鈴奈に向かいペコリとお辞儀をした。

 

鈴奈は硬直したまま、ただただ呆然とそれを見上げていた。

 

 

 

 

先程の城塞を出て、暫く私が先行して北へと歩んでいたが、暗がりの中それとなく鈴奈の背後へと回り、置き去りにした彼女の様子を観察していた。

 

何故このようなことをしたのかと云うと、理由は単純――。

先の城での一件といい、鈴奈を揶揄うのが至極愉しいからだ。

 

夜道に独り放置され、怯えに怯えた鈴奈の姿があまりにも可笑しかった。アルーシェも中々に揶揄いがいがあったが、鈴奈の反応は飛びぬけていた。

更に魔楽器たちをけしかけて、仰天する鈴奈の反応を愉しんではいたが、少し羽目を外してしまったようだ。

あんな大きな声を上げて悲鳴をあげ続けられると、こちらとしても堪ったものではない。

 

ネタバラシの後――

本当に怖かったんですから!と涙目になりながら、ポカポカ肩を叩き抗議してきた鈴奈をどうにか諫め、改めて従者たる魔楽器たちを紹介した。

 

鈴奈は最初こそは戦々恐々としていたが、時間が経つに連れ慣れてきたようで、今その表情は緩んでいる。

 

「えっと……リュリーティスさんの他にも、クリスさんのお知り合いはこのゲームに巻き込まれちゃっているんですよね? その人たちも妖魔ってことで、魔楽器さんたちのような邪妖を引き連れているんですか?」

「いいや、この場に参加している知り合いに私のような純血の妖魔は参加していない。 この場にいる知り合いは人間が三人。 成りかけの半妖が二人。 元々人間だった私の主人が一人といったところか。 確かにアルーシェなら邪妖を引き連れている可能性はあるな」

「……成りかけの半妖? 元々人間、だった……?」

 

鈴奈の反応は如何にも理解が追いついていません、といった反応であった。

妖魔や半妖といった単語に慣れていないこの反応から察するに、なるほど此方の常識と鈴奈の常識に大きな乖離があるようだ。やはり、お互い別々の理の中で生きてきたと考えたほうが納得がいく。

 

良い機会だから、今後の為にもお互いの身の上の情報は改めて共有しておいた方が良いだろう。

 

『折角の機会だから、あなたには話しておくわ。 私達のことを』

 

クリスは語り聞かせたーー

 

クリスの世界はかつて“夜の君”と呼ばれる一人の妖魔に滅ばされかけていたということを。

「夜の君」が撒き散らした蒼き血が付着したものは姿と性質を変え、邪妖と呼ばれる怪物となり、夜の世界を支配していたということを。

その蒼い血を浴びて半妖となったのが教皇庁の聖騎士(エージェント)アーナスであり、彼女が世界を救い、新たな”夜の君”として邪妖達が人間に危害を食わないよう統治していたということを。

クリスも、人間と妖魔の共存を掲げたアーナスに同調し、その傘下に加わっていたこと。

しかし、アーナスは新たに台頭してきた妖魔”月の女王”に敗れ、暴走状態のまま行方不明となってしまったこと。

その後、クリスは“月の女王”を倒さんとするアルーシェとその仲間達に協力しつつ、アーナスの行方を追い、彼女を正常に戻そうと動いているということを。

 

 

『今のあの方は非常に危険な存在よ。だから鈴奈、今後運悪くあの方に出会ったりでもしたら、すぐに逃げなさい。 あれはただの人間が幾ら集まろうと敵うものではないわ』

「えっと、でもクリスさんがアーナスさんに直接会って説得されたいんですよね?」

「そうしたいのは山々なのだが、私の説得だけでは”夜の君”を正気に戻すのには足らんのだよ」

 

クリスとアーナスは今でこそ主従の契りを交わしてはいるものの、元を辿ればアーナスが聖騎士(エージェント)であった頃からの友人である。

確かにクリスが直接訴えることで、夜の姫君の心を多少なりとも揺れ動かすことはできるかもしれない。

ただし、それは決定打となりえないということは、他ならぬクリス自身が理解していた。

 

「それじゃあ、どうやってアーナスさんを元に戻すつもりなんですか?」

『……リュリーティス。 あの方が愛する女性もこの場所に呼ばれているわ。 彼女を保護した後、あの方を説得して貰うつもりよ』

 

そう、鍵となるのはリュリーティス。

アーナスが聖騎士(エージェント)であった頃から愛し続けた最愛の女性。

アーナスは彼女を救うために、世界の理に叛旗を翻した。

そして、その結果として世界ごと彼女を救った。

言うなれば彼女たちの愛という名の絆が世界を変えたのである。

だからこそ確信している。たとえアーナスが自我を失っていたとしても、リュリーティスと出会うことで、恐らくは……。

 

だがそんなクリスの思考をいざ知らず、鈴奈は思わぬところに喰いついてきた。

 

「えっ? 愛する女性って……? アーナスさんて確か女性ですよね?」

「……? それがどうしたのか?」

「だ、だ、だって女性同士ですよ! 女の人同士で愛しあうなんて、そんなそんな……!」

 

頬を紅潮させ、あたふたする鈴奈。

はわわわ、と両手で口元を抑える反応が実に初々しい。

そんな彼女の様子を視界に収め、本当に退屈しないお嬢さんね、とクリスは微笑む。

 

『くすっ鈴奈。真の愛の前には性別も種族の壁でさえも矮小なものよ。 鈴奈はどうしようもなく誰かを好きになったことは無いのかしら?』

「えっ、えーっと、私は、そんな……今はその……」

「目が泳いでいるぞ。ふむっ、その反応から察するに完全に脈なしというわけではなさそうだな。『帰宅部』という連中の中に想い人がいるという訳か」

「ち、ち、違いますよー!!!! 確かに先輩には色々助けてもらいましたけど、私達そういう関係ではーー」

「ほほう、その『先輩』とやらが、鈴奈の愛する人なのか。これは良いことを聞いたぞ」

「ってうわああああああああああああああああああああん!!!! クリスさん、今話したことは忘れてくださいぃいいいいいーーー!!!!!」

 

意地悪な顔してほくそ笑んでやると、鈴奈は湯気が出るのではないかと思わせるほど顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。

 

必死の形相でクリスの肩を掴んで嘆願する鈴奈の姿を見て、しみじみと思う。

 

――やはり人間は興味深い存在だな、と

 

 

 

 

「今度こそ、勝手にいなくなったりしないで下さいよ」

『ふふふっ、分かってる分かってる』

「ぜ、絶対ですよ」

「大丈夫だ、もうしないから。 まあ、もし今後何かの拍子で離れ離れになるようなことがあったとしても、私の名前を呼んでくれ。 すぐに駆け付けることが出来る。 お前の声は本当に響くからな。それは約束する」

「……分かりました、約束ですからね」

 

 

込み入ったお互いの身の上話を済ませ、暫しの休息をとった一人の少女と一人の妖魔は再び、北へと歩を進める。

 

やがて森林エリアを抜け、人工の明かりが照らす市街地エリアへと足を踏み入れた。

 

まだゲームが始まって数時間しか経っていないが、鈴奈はここに至るまでの道程をとても長く感じた。それこそ理想郷(メビウス)における帰宅部活動丸1日に匹敵する濃密さであったと評価しても良いだろう。

 

すでに鈴奈の表情に先程のような怯えの色はない。

少しやりすぎたと反省したのだろうか、クリスは鈴奈と歩調を合わせて、隣にいてくれているし、黒色に染め上げられていた夜天は徐々に薄らいでいる。

更には街灯が放つ白光が、道先の様子を視認させてくれる。

これらの要素が相まって、鈴奈に安心感を与えてくれているのだ。

 

(真の愛、かぁ……)

 

緊張の呪縛から解き放たれた鈴奈は、先程クリスが口にした言葉を心の中で反芻した。

 

(どうして、こんな時に「先輩」のことを思い出しちゃったんでしょうか……)

 

クリスに唆された際に、脳裏に浮かべたのは「彼」の姿であった。

偽りの世界(メビウス)に叛逆し、現実(じごく)への帰還を目指す帰宅部の部長である彼――。

 

いつも皆を纏め上げ、帰宅部を勝利に導いてくれる彼――。

鈴奈はそんな彼の背中を見て、頼もしいと思っていた。

 

鈴奈の心の闇にも真正面から向き合ってくれた彼――。

鈴奈はそんな彼の優しい瞳に励まされ、現実(じごく)に抗おうと決意した。

 

でも、何故だろうか。

「彼」のことを考えだすと、妙に胸が高鳴り気恥ずかしくなってくる。

 

(私、どうしちゃったんでしょうか……)

 

きっかけは同行する妖魔とのたわいない会話だった。

よくわからない場所に連れ込まれ、殺し合いを強要されてしまっている異常事態において、この場所にいるはずのない「彼」を意識し始めていた。

 

鈴奈の中で発生しているこの微々たる感情の変化に、同行する妖魔クリストフォロスはまだ気付かずにいた。

 

 

【G-6/ゲームセンター付近/一日目 黎明】

【神楽鈴奈@Caligula -カリギュラ-】

[状態]健康、疲労(小)

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ(特殊機能付き)、不明支給品2つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 特殊機能が搭載されたスマートフォンを2台以上破壊する

[思考・行動]

基本方針:この殺し合いを止める

0:クリスさんに同行し、人が集まりそうな施設に向かう。まずはゲームセンター

1:アーナスさんを正気に戻すためにリュリーティスさんを探す。

2: 帰宅部の皆と合流

3: 死んだはずのシャドウナイフが参加していることに疑問

4: 「先輩」に逢いたい……

※参戦時期はカリギュラ本編、グラン・ギニョールでの最終決戦直前となります。

※鈴奈のスマートフォンには特殊機能が搭載されており、半径200以内にいる参加者の名前を表示することができます。

 

 

【クリストフォロス@よるのないくにシリーズ】

[状態]健康

[服装]いつもの服装

[装備]:魔楽器オルガノン(よるのないくに)

[道具]:基本支給品一色、スマホ、クリスの仮面(黒)、クリスの仮面(白)

[首輪解除条件] 会場内のとある施設にある「Nエリア」に到達する

[思考・行動]

基本方針:殺し合いには乗らない。「夜の君」の暴走を止める

1:鈴奈と同行。情報収集のため、人が集まりそうな施設に向かう。

2:アーナスの記憶を取り戻すため、リュリーティスを保護する

3:アルーシェとの合流も視野に入れる

4:余裕があれば、首輪を解除したい

5:鈴奈に非常に強い興味。出来れば楽団に引き入れたい。

※参戦時期はよるのないくに2 第6章以前からとなります。



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心をなくしても君だけは守り抜く/シルビア、ラ・ピュセル、ミュベール・フォーリン・ルー、アカネ(反骨)

 

 

 

夜天がもたらす黒色に覆われた草原を、ふらりふらりとおぼつかない足取りで彷徨う少女の姿が一人。

 

袴姿に当世袖と籠手を付けたその姿はまるで江戸時代以前にありふれていた侍を彷彿させる。それこそ女性がそういった姿で闊歩しているのだから、当時の人間がこの光景に出くわしたのであれば、少女のことを何処の武家屋敷の姫君と判断するかもしれない。

 

右肩口は開け健康的な肌が露出しており、月の光が雪のような肌を煌めかせるのが官能的ではある。

しかし、少女の瞳は深く濁り、まるで生気を感じさせない。

 

「――音楽家ァ」

 

彼女は認識していない。自身がどういう状況に置かれているのかを。

彼女は理解していない。 自身が参加しているこの殺し合い(ゲーム)のルールのことを。

彼女は気付いていない。自身が求める『音楽家』がこの地にいるということを。

 

忌むべき復讐相手を呟き、殺し合いの会場を流浪するその姿はまさに幽鬼のごとくーー。

 

絶望に直面し理性を失くした魔法少女は、道なき道をただひたすらに歩み続けていた。

 

 

 

 

 

 

ロトゼタシアの地において、「シルビア」という旅芸人の名は、多少なりとも知れ渡っている。

 

ハンサムな顔立ちと、筋肉がつきすぎない程度で身に纏ったスタイリッシュな体躯――その背丈は高く、街中においても多くの女性の注目を集める。

 

サーカスの舞台においては、洗練された多彩な曲芸で老若男女問わず大勢の観客を魅了する。

 

人当たりも良く、どんな相手にも分け隔てなく接するお茶目な性格な美丈夫ではあるが、その実、胸の内には「世界の人を笑顔にする」という大きな志を掲げている。

 

元は最強の騎士になるため、実直に修行に明け暮れていたが、父から受け継いだ誉れある騎士道を棄て、ただ人々を笑顔にすることに己が騎士道として見出したのである。

 

彼の騎士道精神は揺るがない。

例え、魔王によって世界が滅ぼされたとしても、彼は「世助けパレード」なる活動を続け、人々に笑顔の灯を振りまいていく。

 

彼の騎士道精神は揺るがない。

例え、「バトルロワイアル」なる殺し合いの舞台に参加させられることになったとしても、彼はその調子を崩すことなく、他者と交流する。

 

「へぇ~~~ つ・ま・り! ラ・ピュセルちゃんとスノーホワイトちゃんは幼馴染で、魔法少女であるという秘密をお互いに共有しているということね~。いや~~~~ん!!! 何だかすんごくロマンチッ~クだわ~♡!」

「は、はぁ……」

 

シルビアとラ・ピュセル。

 

導きの教会を出た二人の騎士は、闇夜の道中で乙女のトーク(命名:シルビア)に花を咲かせていた。

 

乙女のトークと言っても単純にお互いの身の上話をしているだけではあるが、自分と自分の知り合い以外の参加者の情報を得るという意味では非常に有益なものとなっていた。

 

「(なるほどね……。とても純粋で、真っ直ぐな子――)」

 

シルビアは軽口を交えてラ・ピュセルと接している内に、目の前の魔法少女をそのように評価していた。

 

「(そして、この子にとってスノーホワイトちゃんは掛け替えのない、大きな存在のようね)」

 

青春を謳歌するであろう年頃の少女たちの仲睦まじさにほっこりするものの、同時に危ういな、と考える。

 

ラ・ピュセルは、魔法騎士を名乗ってはいるものの精神的には未熟であるということは、僅かな交流を以って看破した。それに加えてスノーホワイトの話に触れていると、どこか焦燥感を醸し出しているのがハッキリとわかる。

 

実直で誠実な性格が早まった行動に拍車を掛けないよう、しっかり手綱を握るようにしないと、とシルビアは留意しつつ、次への話題へと切り替える。

 

「――それで、ファヴちゃんは、ラ・ピュセルちゃん達に魔法少女の力を与えたマスコットキャラってことで良いのよね?」

「ええ……。今思えば、あいつは間接的に私達魔法少女に相争わせるように仕向けていました……! 人の心を理解できない奴だとは思っていましたが、ここまでするなんて……!」

 

ラ・ピュセルは拳を握り、悔しそうな表情を浮かべている。

 

「でも、目的は何? ラ・ピュセルちゃん達魔法少女の争いから、より大規模な殺し合いへと拡げることでファヴちゃんに何のメリットがあるって言うのよ」

「それはーーわかりません。あいつの本心なんて誰もわからないですよ。 でも一つだけハッキリしています……。この殺し合い(ゲーム)の運営には大きな魔法の力が関わっています」

「魔法の力、ね……」

 

主催者の力は得体が知れない。これだけ大きな会場を用意して、離れ離れとなった旅の仲間達を含め70名以上の参加者をこの場所へと転移させている。ロトゼタシアには、術者がお供ともに一度訪れたことのある土地に瞬間移動する「ルーラ」という呪文は存在するが、遠隔から特定の人物をピンポイントで狙い定めて、転移させるという方術は聞いたことがない。

 

魔王ウルノーガ直属のホメロスでさえも、この会場ではただの一参加者として殺し合いを強いられているという現状を鑑みても、主催者は魔王軍ですら予期できぬ程の超越した力を有していることは想像できる。それがラ・ピュセルのいう「魔法の力」になるだろうか、と思考を巡らせていたが、それは両目が捉えた飛翔体によって否応なしに中断される。

 

「シルビアさん、あれは……⁉︎」

「――鳥、ではなさそうだけど、こっちに近づいてくるわね……」

 

月明かりのみが頼りとなる暗がりの中、目を凝らす。

紫に発光する翼を有するそれは、真っ直ぐに自分達へと近づいてくる。

やがてそれが翼を持った女性であると認識した時、件の人物はゆっくりと二人の眼前へと舞い降りた。

 

「ようやく他の参加者を見つけることが出来た……」

 

それは黒い装束を身に纏った女性だった。

紫色に輝く双瞼が此方を見据えている。

 

彼女の身に纏う衣類は必要最低限の部分しかカモフラージュできておらず、所々から白い肌を露出させている。そんな官能的な姿に目を奪われたか、傍らのラ・ピュセルから「ゴクリ」と生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 

だが、シルビアが気になったのは彼女の右腕、右胸、頭部から生えている夥しい翼であった。その姿はまるで人の形を保った魔族そのものであった。

 

「貴方は……?」

「私はミュベール。そういうお前は見たところ騎士のようだが、名を聞こうか」

「私は魔法騎士ラ・ピュセル、そして私の隣にいるのがーー」

「シルビアよ、ヨロシクね~ミュベールちゃん♡」

 

シルビアは、その妖艶な風貌からミュベールに対して、人間でありながら魔王傘下となったホメロスに近いものを感じつつも、それを面には出さずにいつもの調子で自己紹介を済ませる。

 

「ふむ、ラ・ピュセルにシルビアか……。お前たちに聞きたいのだが、アルーシェ……紅色の髪の少女を見掛けなかった?」

「残念だけど、アタシ達以外の人間で出会ったのは、ミュベールちゃんが初めてよ~」

「そうか……やはりそう上手くいかないな」

「ミュベールさんは誰かを見掛けたりしませんでしたか?」

「いいや、此方もお前たちが最初だ」

「そうですか……」

 

自己紹介の後に情報交換を行うが、探し人についてはお互い有益な情報を得られないようだ。更に込み入った話を切り出そうかと、ラ・ピュセルが切り出そうとしたところーー。

 

「それで、ミュベールさんはーー」

「ふむ……情報交換はここまでするか」

「えっ?」

 

会話は強制的に打ち切られ、ラ・ピュセルは戸惑いの表情を浮かべる。

 

「それではーー」

 

瞬間、ミュベールの手には禍々しい黒の長剣が出現した。

 

「愉しもうではないか」

「来るわよ、ラ・ピュセルちゃん!!!」

 

その言葉を皮切りに突風が吹き荒れ、ミュベールはとてつもない速さでラ・ピュセルとシルビアへと肉薄した。

 

シルビアが迎撃の態勢を取る前に、ラ・ピュセルが一足先に突貫し、ミュベールの前に立ちはだかり、その進撃を阻む。

 

ド派手な金属音が夜の草原地帯に木霊した。

 

 

 

 

 

 

「ラ・ピュセルちゃん!!?」

「ぐっ!!!」

「ほう……中々に良い反応だ」

 

 

シルビアの眼前では、ミュベールとラ・ピュセル。

二人の騎士の剣が交差し、鍔迫り合いの様相で睨み合っている。

 

シルビアはまだ動かない。先に戦闘に突入した二人の趨勢を観察しているようにも見受けられる。

 

「ミュベールさん、貴方は……!」

「……ああ、そうだ。私は人を喰らう妖魔だ、無論この殺し合いに乗っている。お前達の知己がこの殺し合いに参加しているのであれば、人々を護る騎士として、私を止めてみせろ! さもなくば私がお前達の友人を殺し尽くす!」

「……っ!? こんのぉっ!!!」

 

 

投げ掛けられた宣告にラ・ピュセルは目を大きく見開き、剣を思い切りに薙ぎ払う。

 

ミュベールは微笑みを張り付けたまま、半身を仰け反らし斬撃を回避。

 

更に仰け反りの態勢から身体を回転させる。

 

一連の流れから遠心力とともに、ラ・ピュセルの胴へと斬りかかる。

 

「くっ!!?」

 

ラ・ピュセルは間一髪でこれを躱す。

更には後方へ大きく跳躍し距離を取ろうとする。

 

しかし、アメジストの翼を持つ堕天使が猛追する。

 

ラ・ピュセルの呼吸が整う暇も与えることなく、彼女の五体へと剣撃を見舞う。

ラ・ピュセルは慌てて剣で受け止めていく。

 

「ぐっ!!!」

 

ミュベールが繰り出す斬撃は、まさに疾風怒濤――。

 

絶え間なく繰り出される剣の波状攻撃は、休むことなくラ・ピュセルへと襲い掛かる。

 

ラ・ピュセルは必死の形相でこれを捌いている。

対するミュベールは、そんなラ・ピュセルの反応を愉しむかのように、冷たく嗤う。

 

「ははっ……なるほど、先程の反応……。 お前にとってとても大切な人間がこの殺し合い(ゲーム)に参加しているらしいな。」

「っ!!?」

「ふふっ、図星のようだな。お前の大事な者とは誰のことだ? 親友か? 家族か? それとも恋人か? まあ誰であろうと関係ないーー」

 

その妖しい唇は悪意に満ちた言葉を綴っていく。

ラ・ピュセルはこの後どういった言葉を投げかけられるかは予測できている。

 

しかし、だからといってーー

それを告げられると感情を抑えることは出来なくなる、ということはわかっていた。

きっと自分は激昂するであろうとーー。

なぜなら、それはラ・ピュセルにとって、どうしても許せないことだからだ。

 

「お前を斬り捨てた後、そいつの命も奪いに行ってやる」

「っ!!! ミュベールーーーーーーーッ!!!」

 

見え透いた挑発であったが、捨て置くことは出来なかった。

 

辛うじて防御に専心していたラ・ピュセルは咆哮と共に、ありったけの力を腕に込め、ミュベールの一太刀は弾き返される。

 

その衝撃でミュベールの身体は半歩後ろに退く。

 

「うおおおおおおおおおおぉっっーーー!!!!」

 

その一瞬の隙を見逃さず、雄叫びと共にミュベールの身体を分断せんと、剣を振るう。

 

「成る程……。体幹が強いし、一撃一撃が重いーー」

 

が、ミュベールは蝶のようにヒラリとこれを躱す。

 

それでも怒れる魔法騎士の刃は落ち着くことはない。

怒りの刃は、尚もミュベールの体躯を追跡する。

 

「剣術も荒削りだが、悪くはないーー」

 

ミュベールは未だ余裕を保っている。

彼女にとって、ラ・ピュセルの斬撃は躱すに容易い。

 

攻撃が空振る度に、ヒュン、ヒュン、と風を切る音が辺り一面に鳴り響く。

 

「それに良い『眼』をしている……騎士としては及第点といったところだな」

 

まるでダンスでも踊っているかのように。

ミュベールは非常に軽やかな足取りで、ラ・ピュセルの攻撃を回避していく。

 

「だがーー」

 

十撃目の太刀も卒なく躱した時――

ミュベールは身を翻しざまに剣を振るう。

空を切っていたラ・ピュセルの剣を軽く弾き飛ばされた。

 

「まだまだ青い……!」

「つっ!!?」

 

そのまま焦燥したラ・ピュセルの顔面目掛けて血剣を突き立てた。

 

結論から言うと、この敗北は必然的なものであった。

そもそもラ・ピュセルは相手を「殺す」ための闘争に慣れていない。

確かに魔法少女として授かった身体能力は驚異的ではあったが、戦闘経験ーーひいては己が命を賭した殺し合いの経験値においては、ミュベールと雲泥の差があったのだ。

 

魔法さえ使用できていたのであれば、形勢は変わっていたかもしれない。

しかし、不幸な事に彼女が魔法を注ぎ込む大剣は、主催者に没収されてしまっている。

 

だからといって、殺し合いの場にそんな言い訳は通用しない。

 

 

目前へと迫りくる剣先にラ・ピュセルは死を覚悟する。

 

「(小雪、すまないっ! また僕は君にーー!)」

 

走馬灯のように脳裏に”彼女”の姿が浮かんだ。

 

悔しい!

悔しい!悔しい!

悔しい!悔しい!悔しい!

 

生への執着と彼女との約束への未練で心がいっぱいになる。

 

 

が。

 

 

ラ・ピュセルの顔面が突き破られることはなかった。

 

ミュベールの血剣は側面から唐突に現れた長剣によって、妨げられたのであった。

 

「ハァ――――イ♡ そろそろアタシも混ぜてもらうわよ!」

 

その長剣の主人は、言わずもがなーー

今まで観察に徹していたもう一人の騎士が、二人の戦闘に介入していたのである。

 

「シルビアさん!」

「ほう……」

 

同行者の割り込みによってラ・ピュセルは九死に一生を得たのであった。

 

「ラ・ピュセルちゃん、正直な子はお姐さん嫌いじゃないわよ。でもね、戦場でだけは冷静でいないと駄目よ。じゃないと、全てを失うことになるわ……守りたいものも含めてね」

「……。」

 

ねっ♡とウインクをかますシルビアに、ラ・ピュセルは黙って頷くしかなかった。

 

「うんうん、素直で宜しい! ということでーー」

「ここからアタシとラ・ピュセルちゃんの二人掛かりで貴方と戦うわよ! ミュベールちゃん!」

 

ビシッと剣先を向けられ宣戦布告されたとしても、ミュベールは特に動じる様子はなかった。

元々二対一で戦うことを前提としていたのだから、シルビアの介入に特段驚くこともない。

そのような些事はさて置き、今彼女の視線はただただシルビアが持つ一本の剣へと釘付けとなっていた。

 

「――その剣は?」

「あぁ、これ? 私の支給品よん、何の変哲もない剣のようだけど。 もしかして、見覚えのある剣なのかしらぁ~?」

「ふふふっ……あははははっ!! まさかこのような形で『お前』が立ちはだかるとはなぁ! なるほど、面白い。 実に面白いぞ!」

「……?」

「あらあら~?」

 

ミュベールの予想だにしない反応に、シルビアもラ・ピュセルも首を掲げるしかなかった。

確かにシルビアが握るその剣は、傍目から見ると「何の変哲もない」剣であった。

だがミュベールにとって、その剣は大きな意味合いを持っていた。

 

「(ああ、見間違えるはずはないとも……その剣はーー)」

 

何を隠そう、銀色に煌めくその剣は、ミュベールが探し求める半妖アルーシェ・アナトリアが騎士時代に愛用していた得物であった。

 

思わぬ形で登場した後輩の影に因縁じみたものを感じたのか、それまで不動であったミュベールの感情に大きな揺らめきが生じていた。

 

「ふふふっ……ますますお前達との死合いに興が乗ったぞ! ラ・ピュセルッ! シルビアッ!」

 

凍りの微笑みを顔に張り付かせ、ミュベールは地を蹴った。

 

「迎え撃つわよ、ラ・ピュセルちゃん! お姐さんにしっかり合わせてねん!」

「はい……!」

 

ラ・ピュセルとシルビアは剣を構え、飛来するミュベールと刃を交える。

騎士達の戦いは第二ラウンドへと突入していいた。

 

 

 

 

 

 

――音が聞こえる。

 

――鋼と鋼が激しく衝突する音だ。

 

――この音は嫌いだ。

 

――音楽家によって奏でられた■■■■のときにも聞こえた音だ。

 

――ああ、そうか。

 

――つまりは、そういうことか。

 

 

「――そこにお前がいるのだな、音楽家ァ……」

 

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおーーっ!!!」

「……!」

 

吠えるラ・ピュセルの一閃をサイドステップで回避し、ミュベールは反撃に転じる。

狙いはラ・ピュセルの頸動脈――。

そこに風穴を開けんと、黒の刃を突き立てるがーー。

 

「とうっ!!」

「……むっ!」

 

何ともわざとらしい掛け声と共に、剣を振りかぶるシルビアが宙より到来する。

これを血剣で受け止める。反撃の態勢を崩される形となった状態だ。

 

そこに追い打ちを掛けるべくラ・ピュセルが剣を振るう。

 

「はぁあああああっーーー!」

「……っ!」

 

ミュベールは辛うじてこれを躱さんと後退する。

だが、ラ・ピュセルが放った斬撃を完璧に避けきることは適わない。

 

胸元に人間と妖魔の混血を示す紫色の血煙が噴き上がる。

 

傷を負ったミュベールは、二人の騎士の追撃から逃れるため、紫陽花色の翼を大きく拡げ、空へと跳躍する。

 

「(傷は浅い……。だがーー)」

「逃がさないわよん、ミュベールちゃん♡ バギマッ!」

「何っ!!?」

 

シルビアが天に向け手を翳したかと思えば、轟音と共に小規模の竜巻が発生する。

真空の刃がミュベールを飲み込まんと迫りくる。

 

この日初めて驚愕の表情を浮かべたミュベール。

高度五十メートル圏で大きく旋回し、刃の直撃を避ける。

 

「(二人掛かりとはいえ、ここまで追い込まれるとはな……少々甘く見すぎていたか)」

 

シルビアが本格的に戦闘介入を果たしてから形勢は完全に逆転していた。

シルビアの騎士としての力量もさることながら、即興とはいえラ・ピュセルとの互いの攻守を補完し合う連携は、ミュベールに一切の隙を与えなかった。

 

そしてミュベールにとって、何より厄介なのがーー

 

「(あれは、魔術の類か……)」

 

戦闘の最中、シルビアが「ピオリム」と口を紡ぎ、二人の身体が黄金色の光に包まれたのを皮切りに二人のスピードが各段に上昇したように感じ取れた。

更に「バイキルト」と呟き二人の身体から赤いオーラが発光したかと思えばーー剣と剣が交差した際に、その重みが格段に増したことを実感した。

 

先程の戦闘では軽くあしらうことが出来ていたラ・ピュセル単騎でも大きな脅威となってしまう始末である。

恐らく自己改造系の魔術を利用したのだろうか。

 

そして極めつけは、先程の暴風による攻撃である。

シルビアが次々に繰り出す魔術めいたものに翻弄される現状はーー圧倒的な劣勢と捉えるべきである。

 

「(さてさて、どうしたものか……)」

 

ミュベールは空中でピタリと静止し、此方を見上げる二人を一瞥する。

ラ・ピュセルもシルビアも、両の瞳には溢れんばかりの闘志を宿しているのが見て取れる。

 

「(ふむ……。ここは一旦退いて、仕切り直すべきか。だがーー)」

 

戦場からの撤退も視野に入れ始めたその瞬間、「おや」と声を漏らした。自分が今相対している二人にゆっくりと接近する影を見つけたからである。こちらの反応を見て気付いたのか、ラ・ピュセルとシルビアも注意をその人影へと向けた。

 

 

 

 

 

 

ラ・ピュセルとシルビアは、宙に浮かび対峙するミュベールの視線につられる様な形で自分達へと接近する第三者の存在を認識した。

 

「シルビアさん……」

「ええ……どちら様かしらね。私たちの知り合いであれば良いのだけど……」

 

果たして、敵か味方かーー闇夜の中、ゆっくりとした歩調で此方へ向かってくる人物を前に、二人は緊張した面持ちで待ち構える。と同時に、空中で静止しているミュベールに対しての警戒も怠らない。

 

だがミュベールも新たな登場人物の正体に興味があるようで、今は様子見を決め込んでいるようだ。

 

近づいてくるにあたり、暗がりの中その人物のシルエットが明らかとなってくる。

 

「――女の子……?」

 

それは侍のような出で立ちをした少女であった。

 

とてつもなく綺麗な顔立ちに白い肌。和装美女とはこういう女の子のことを指すのだろうが……その目は濁りを含み、足取りは朧げなものであった。

抜き身の刀を右手にぶら下げているあたり、剣呑な雰囲気を漂わせている。

 

この少女は危険だ、とラ・ピュセルは本能的に感じ取る。

横目でチラリとシルビアを一瞥したが、シルビアも同じ考えのようでその表情は強張ったものとなっていた。

 

やがて、その少女が目と鼻の先の距離まで近づいたとき、生気を一切感じさせない瞳をラ二人へと向け、問いかけた。

 

「――音楽家か?」

 

突拍子のない質問に二人はほぼ同時に「はぁ?」と声を漏らす。

 

だがそのような反応など意に介さず少女は再び訊ねる。

 

「――音楽家か?」、と。

 

ラ・ピュセルは、再度訊ねられた「音楽家」という単語を反芻し、ある可能性へと行き着く。その可能性が真実であるか確かめるため、眼前の侍少女に問いただそうとしたがーーそれより先にシルビアが口を開いた。

 

「うーん、まぁ……音楽家とも言えなくもないわよね、アタシは旅芸人だし。 時には音楽を奏でることもあるわよん♡」

 

その瞬間、正体不明の少女を囲う空気がグニャリと歪んだ。

ラ・ピュセルは身震いした。それまで無表情で固められた少女の表情が一変し、見るものをゾッとさせるような笑みを浮かべたからだ。

死んだ魚のように濁っていた瞳には狂気が宿り、和装の少女は手に持つ刀を振りかぶった。

 

「……ッ!?」

 

そのまま、振りかぶった刀をシルビアに向けて、振り下ろそうとした矢先。ラ・ピュセルの魔剣クラレントが割って入る。

 

カキン、という金属音とともに二本の刀剣が交錯し、ラ・ピュセルと少女は刀越しに睨み合う。

 

「……お前はーー」

「うおおおおおおおおおおおおおおーーー!!!」

 

少女が何かを言い終える前に、ラ・ピュセルは唸り声とともに少女の身体ごと、少女の刀を押し返した。バイキルトによって強化されたラ・ピュセルの腕力は少女の身体を遥か後方へと弾き飛ばした。

 

闇夜の空間へと投げ出された少女は空中でクルリと体勢を立て直し、難なく地上へと着地する。

 

尚も「音楽家ァ」と呻き声を上げながら、ラ・ピュセルを両の眼で捉える。

そのまま前傾姿勢を取り、刀を身構える。

 

そんな彼女にラ・ピュセルも臨戦態勢を取りつつ、語り掛けた。

 

 

「お前は…『魔法少女』だな?」

 

ラ・ピュセルの言葉に少女の動きはピクリと止まった。

 

やはりか、とラ・ピュセルは心の中で納得する。彼女の浮世離れした美しさや特徴的な風貌はどことなく自分が知っている魔法少女達のそれに近かった。それにあの刀を振り下ろそうとしたあの瞬間――彼女の身体は青く発光していた。恐らく何かしらの魔法を行使しようとしていたのではないだろうか。

 

彼女は静止したまま、ラ・ピュセルの様子を窺っている。ねばっこい視線だ、とラ・ピュセルは思った。予断を許せない状況に変わりはないが、一応こちらの話すことに聞く耳は立ててはくれていることに安堵し、最も気になることを尋ねることにした。

 

それは出会った当初から彼女が口にしている単語について――。

 

「もしかすると『音楽家』というのは、森の音楽家クラムベリーのことなのか?」

 

N市の魔法少女たちにとって「音楽家」とはこれすなわちクラムベリーのことを指す。クラムベリーはN市の最古参の魔法少女と聞く。もしかすると、その名は他の都市の魔法少女に響いているかもしれないし、執拗に音楽家と呟くその様子から、浅はかならぬ因縁があるようにも見受けられる。

 

共通の知己の名前を出すことで眼前の侍風の少女とのコミュニケーションにおける突破口となりえるかもしれないし、上手くいけばクラムベリーについても何か有益な情報を得られるかもしれないと期待して、ラ・ピュセルはその名を口にしたのだがーー

 

「くっ……ぅぅううううあああああぁーー!!!」

 

侍風の少女はその名を聞いた途端、目を大きく見開き一際大きな呻き声を上げた。

 

「音楽家ァッ!」

 

少女は興奮気味にその名を叫び、ラ・ピュセルに向けて刀を大きく振り上げる。「不味い」とラ・ピュセルが焦燥した表情を浮かべた途端――

 

「バギマッ!!!」

 

シルビアが放った真空の刃が侍風の魔法少女の視界を覆った。

 

だがーー

 

「……ッ!」

 

侍風の魔法少女が刀を振り下ろした瞬間、少女に襲い掛かる真空の刃は綺麗に真っ二つに分断された。分断されたシルビアの呪文攻撃は少女の両脇へと逸れていく。

 

「(シルビアさんの呪文が、斬られた……! こいつの魔法はーー)」

「音楽家ァ!」

 

視界が晴れた後も侍風の魔法少女はラ・ピュセルを睨みつけ、再び刀を振り下ろされる。瞬間、ラ・ピュセルは真横へと跳び斬撃を回避するーー

 

「ぐっ……!!!」

 

だが、迫り来る斬撃を完全に回避することは叶わず、斬撃は脇腹を掠め、切り口からは赤い鮮血が飛び散った。幸い内臓に達してはおらず、肉の部分を斬られただけに留まったが、

肉を削られる痛みと身体から紅色の液体が吹き出る不快感に、ラ・ピュセルは顔をしかめる。

 

間一髪だったーーピオリムによる身体速度の強化がなければ、今頃胴体は分断されることになっていたことだろう。

 

「音楽家ァ!!」

 

侍風の少女は執拗にラ・ピュセルをつけ狙い、刀を振り下ろしていく。

 

ラ・ピュセルは休息を求める身体に鞭を入れ、押し寄せる斬撃の波を懸命に躱しつつ、西に位置する丘陵地帯へと退避していく。

 

侍の姿をした死神は逃すまいと、斬撃を放ちつつ追走する。

 

「ラ・ピュセルちゃんっ!」

 

二人を追いかけるシルビアは侍風の少女にバギマを唱え、ラ・ピュセルを援護するが、その悉くは標的に達する寸前で叩き斬られてしまう。

 

このままではラ・ピュセルが危ない、とシルビアが地を蹴るその脚に力を込めたその瞬間、天より振りかかる風圧を感知しーーすかさず上空に剣を薙ぎ払う。

 

次の瞬間、激しい衝突音とともに、シルビアは剣を握る両手に猛烈な重圧がのしかかった。

 

先の衝突によって周囲に土煙が発生しようが、剣で受け止めた重圧により自身の骨が軋もうが、シルビアは一切動じることなく、ただ天を仰いでいた。

 

その視線の先には、妖艶な微笑みを浮かべシルビアと刃を交えている妖魔がいた。

 

「ほぉ…良き反応だ、流石はシルビア……」

「――しつこい女は嫌われるわよ、ミュベールちゃん……」

「生憎と私は妖魔だ。今更人の子と仲良くできるとは思わんよ」

「……今アナタに構っている暇はないのだけど」

 

それは焦燥感と苛立ちによる明白な拒絶の意志――。

 

鍔迫り合いの最中、ミュベールを睨みつけるシルビアの眼差しは嫌悪感に満ちていた。

シルビアはチラリと魔法少女たちがいた方向を一瞥するが、二人の姿は既に遥か遠くーー視認できるのが難しくなっており、シルビアはより一層険しい顔をする。

 

だが、その反応ですら愉しむかのようにミュベールは語り続ける。

 

「ふふっ…折角盛り上がってきたのだ。釣れないことを言うなよ、シルビア。 確かにラ・ピュセルは良き剣士だ、刀を振り回しているあの東洋人にも興味はある……。奴らとの死合いもまたさぞ愉しいものになるだろう……だがなーー」

 

鍔迫り合いを解き、ミュベールは後方の地面に着地し、剣を構え前傾の姿勢を取る。

シルビアもまた迎え撃たんと剣を構える。

 

「私は、誰よりも先ずお前に勝ちたいのだよ、シルビアッ!」

「知ったことじゃないわよ、そんなものーーーっ!」

 

雄叫びと共に両者は地を蹴り、瞬く間に肉薄する。

 

闇夜に木霊する剣と剣の激突音が、騎士たちの闘争の第三幕の始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

――ようやく見つけた。

 

――やはり音楽家はそこにいた。

 

――ならば、やることはただ一つ。

 

――今こそお前を斬り殺す。

 

 

「逃さないぞ、音楽家ァ……」

 

 

 

 

 

丘陵地帯―ー平原から少し登ったその場所には、大小問わず無数の岩が彼方此方に点在していた。

 

「音楽家ァ…」

 

忌むべき仇敵の通称を呟き、彷徨うアカネの姿がそこにはあった。

狂気と憤怒によって目をギラつかせて、辺り一帯を捜索する。アカネが今現在執心しているのは、魔法騎士ラ・ピュセルである。

 

魔法少女アカネが探し求めている「音楽家」は、ラ・ピュセルが放った言葉の中に確かに存在していた。だがそれは言の葉の中の存在であって、実際にクラムベリーと遭遇したということにはならない。

 

しかし、精神が崩壊し思考がままならない状態のアカネにとって、「クラムベリー」の名を聞かせるのは、あまりに刺激が強すぎた。「クラムベリー」の名を聞いた瞬間に、感情が昂り、その名を口にしたラ・ピュセルへと猛然と襲い掛かったのであった。

最早それを留める理性などアカネの中には欠片も存在しない。

 

「ハァハァ……」

 

ラ・ピュセルは、アカネから少し離れた一際大きな岩陰に隠れて、呼吸を整えていた。

幾らシルビアの呪文によって身体強化しているとはいえ、アカネの魔法を鑑みるに、平原地帯での戦闘はあまりにも分が悪かった。

 

したがって、多くの遮蔽物が分布している丘陵地帯へと移動して、今こうして岩に匿われてアカネの様子を窺っている。

 

シルビアが此方に来る様子はない。

恐らくあのままミュベールと一対一の戦闘に突入したのであろう、とラ・ピュセルは推測する。

 

「音楽家ァ……」

「(やっぱり立ち去る気はないか……。それならーー)」

 

アカネが一向に諦める気配がないことを悟ると、ラ・ピュセルは岩陰から飛び出した。

 

「音楽家ァ!!!」

 

アカネは即座に反応し、ラ・ピュセルへと刀を振り下ろすが、振り降ろされる寸前でラ・ピュセルは別の岩陰へと潜り込む。

結果として岩が両断されることとなるが、粉砕された岩場に獲物は存在しない。

 

「そこだ……」

 

左耳の聴覚から地面を駆ける音と少女の息遣いを認識すると、振り向けざまに刀を下ろすがそれも岩石に阻まれる。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおーーー!!!」

「……!」

 

岩石の破壊音と同時に、アカネの背後より剣を構えたラ・ピュセルが突貫してきた。

アカネもそちらへ振り返り、獲物へ向けて刀を勢いよく振りかざそうとするが、迫りくるラ・ピュセルはあまりにも疾かったーー

 

 

 

鮮血が闇夜に舞った。

 

 

 

 

 

 

夜の闇に埋もれた平原に、繰り返し響き渡る剣戟の音。

その剣戟の音が、ミュベールとシルビアの決闘が現在進行形で行われている証だった。

 

「はははっ……愉しい、愉しいなぁっ! シルビアッ!」

「本っっっ当にしつこいわね、アンタッ!」

 

熟練した剣士達により高速の斬り合いは、百五十合を軽く超えており、今尚、一進一退の攻防が展開されている。

 

情勢は完全に互角であるものの、両者の表情は極めて対照的であった。

ミュベールは嬉々として剣技を繰り出すが、シルビアは苦虫を噛み潰したような表情で、これに応対する。

 

シルビアは焦っていた。

原因は他でもないラ・ピュセルにある。侍風の少女と対峙した挙句、劣勢のまま追いかけられた彼女のことを想うと気が気ではない。

 

更に先程シルビアに掛けられたピオリムとバイキルトの効果が切れた。

慌てて再度呪文を唱え、事なきを得たが、同じ時期に呪文を掛けたラ・ピュセルは今頃、恐らくはーー、と考えを巡らせてしまう。

 

「(速攻で決めるしかないわね……!)」

 

意を決したシルビアは息を大きく吸い込み、剣撃を放たんとするミュベールに向けて、息を吐きだした。

 

その瞬間、シルビアの口からはおびただしい量の炎が呼吸と同時に噴出し、ミュベールに襲い掛かった。

 

「な、何っ!!?」

 

これぞ、シルビアが誇る曲芸スキル「火吹き芸」。

ミュベールは唐突に顕現した炎に怯み、仰け反る。

 

その隙を、シルビアは逃さない。

 

「バギマッ!!!」

 

掛け声とともに、竜巻が発生する。それは無数の風の刃を内に孕む。

猛烈な勢いそのまま、ミュベールの五体を飲み込まんと襲い掛かる。

 

「ぬぅ……!」

 

回避が間に合わない、と判断したミュベール。

咄嗟に両腕で胸元を庇うかのような防御姿勢を取る。

 

 

竜巻は、吹き上がる土煙をそこへと被せ、ミュベールの細い肢体に直撃する。

 

「これで終わりよ、ミュベールちゃん!」

 

シルビアは一気に駆け出した。

 

剣を突き出したその先には、土砂を伴う竜巻の中心。

狙いは無論――ミュベールの胸部があった場所である。

 

「……!」

 

しかし剣を突き刺したその瞬間、シルビアは違和感を覚えた。

 

確かに、竜巻の中にはミュベールがいたはずだ。

竜巻に飲み込まれるのを見届けたし、其処から脱出する姿は確認していない。

本来であれば、無数の刃で身体の彼方此方を削り取られているはずだ。

だが突き出した剣に、肉を突き破る手応えはない。

 

代わりにフワリとした感触が剣の進行を妨げたように感じた。

シルビアの表情が曇ると同時に、土煙と竜巻が晴れる。

そして違和感の正体が判明する。

 

「傘……?」

 

それは大きな傘であった。

人一人をすっぽり覆い隠すことができるほどの大きさのーー。

シルビアの剣はその傘に優しく包み込まれていた。

 

「――見事な連撃だったぞ、シルビア」

 

傘より一筋の影が飛び出した。

 

その影は一瞬でシルビアとの間合いに近づく。

 

シルビアは剣を即座に引き抜き、これに備えようとするが、この場は影の疾さが勝った。

 

「この傘が無ければ、私は敗けていた」

 

直ぐに身体を捻らせ回避行動を取ろうとするが、これも間に合わずーー

 

戦場に血の雨が降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

「――ここは……?」

 

気が付くとアタシは、晴天の下、緑豊かな草原の上に立っていた。

陽射しがポカポカと暖かく、頬を伝う微風がまた心地良い。

 

「おーい、シルビアさーん!」

「えっ…?」

 

振り返ると其処には、此方に向けて手を振るうイレブンちゃんの姿があった。

 

「イレブンちゃん……?」

 

驚きとともに、相変わらずの無垢で眩しい笑顔に思わずホッコリとしてしまう。

 

イレブンちゃんの後ろには、桃色の花を咲かせる樹々の下、たくさんの人がいた。

全員が見知った顔であった。

 

「皆……」

 

また小さな諍いを起こしたのだろうか、カミュちゃんがベロニカちゃんを追いかけている。

 

セーニャちゃんは木漏れ日の照明を浴びつつ、ハープを奏でている。

 

マルティナちゃんは樹木へともたれ掛かれ、セーニャちゃんの演奏に耳を傾けている。

 

ロウちゃんは近隣のお花見グループの輪に加わり、お酒を楽しんでいる。

 

花弁が舞い散る中、世助けパレードの同士となったオネエたちは、楽しそうに踊っている。

 

「よぉ……」

 

急にポンと肩を叩かれ、振り向くと其処にはーー

 

「パパ……」

 

喧嘩別れしたパパと執事のセザールがいた。

呆然とするアタシに、パパは静かな声で問いかけてくる。

 

「息子よ。この光景が、お前が目指した騎士道か?」

 

パパは、ただ真っ直ぐアタシの瞳を見つめている。

全てを見透かすような凛とした瞳だった。

 

正直まだ何が何だか理解が追いついていない。

だけど、パパの問いかけに対する答えは既に持っていた。

 

「ええ、そうよーー」

 

胸を張って宣言する。

アタシが求める騎士道は、家を飛び出したあの時から、全く変わっていない。

 

「これがアタシのやりたかったこと、よ」

「そうか……中々に悪くねえ騎士道だ」

 

パパは私の返答に穏やかな笑みを浮かべた。

 

そう、間違いない。

これが、アタシが目指した世界。

 

 

だってーー

 

 

イレブンちゃんもーー

 

カミュちゃんもーー

 

ベロニカちゃんもーー

 

セーニャちゃんもーー

 

ロウちゃんもーー

 

マルティナちゃんもーー

 

パパでさえもーー

 

 

皆、笑顔なのだから。

 

この場所は、皆が心からの笑顔を浮かべている。

ここは、まさに私が夢見た理想の世界。

出来るならこの場所で、皆と共に笑って過ごしたい。

 

だけどーー

 

「だったらよぉーー」

 

パパは先程までの柔和な表情から一転、真顔となり一際大きな声を発した。

 

「こんな場所で呆けているわけにはいかねえよなぁ、我が息子ゴリアテよっ! お前は“こいつ”を実現するために家出たんだろうがぁっ!」

「勿論よ、パパ。騎士に二言はないーーアタシは最期までアタシの騎士道を貫き通すわ。 “夢”を夢のまま終わらせないっ!」

 

アタシの言葉を聞くと、パパはニヤリと笑い、思い切り肩を叩いてきた。

 

「行ってこい、バカ息子っ!!!」

 

分かっている。

 

この世界は束の間の夢。

 

恐らく死出への旅の前に、神様がくれたアタシにくれたご褒美のようなもの。

 

だけど、まだアタシはこの夢を実現できていない。

 

この夢を現実とするために、アタシはーー

 

アタシはーー

 

「アタシはーー」

 

 

 

「アタシは、世界に笑顔を取り戻~~~~すっ!!!」

 

大声で叫んだその瞬間、夢の光景はガラス片のように砕け散りーー

緑と白で彩られた風景は、蒼と黒で塗りたくられた殺風景へと移り変わりーー

 

アタシを取り巻く世界は反転した。

 

 

 

 

 

 

「アタシは、世界に笑顔を取り戻~~~~すっ!!!」

 

瀕死のシルビアの瞳は再び生気を宿し、叫び声を上げた。

 

前のめりに倒れかけていたが、両脚に力を込め、踏みとどまる。

胴に刻まれた複数の斬傷からは、止めどなく血が溢れ出ているが、歯を食いしばる。

既に足場に深紅の血だまりが出ている。

 

どう見ても致死量の出血となっている。

 

だが、シルビアは闘志を絶やすことなく、眼前の敵を凝視する。

 

「ほぉ…まだ立っていられるか、大した男だ」

 

ミュベールは、致命傷を負っても未だ倒れぬシルビアに対し、賛辞を送る。

普段のシルビアであれば、意趣返しとして何かしらの皮肉を述べていたかもしれないが、今はそのような余裕は持ち合わせていない。

 

「まだ……アタシは倒れるわけにはいかないの、よん!」

 

シルビアは剣を構え宿敵へ向け、駆け出す。

 

そう。シルビアにはやるべきことはたくさんある。

まずは目下ミュベールを撃退し、ラ・ピュセルへの救援へ急ぐ。

ラ・ピュセルを救出した後、イレブン達と合流し、主催者を懲らしめる。

このゲームから元の世界に帰還した後は、魔王を倒し世界中の人々に笑顔を取り戻さなければならない。

 

 

間もなくシルビアがミュベールへと肉薄する。

シルビアは剣を大きく振り上げるが、ダメージだらけの身体であるため、そのモーションは先程よりも遥かに遅いものであった。

 

「遅いっ!!!」

 

ミュベールは持ち前の俊敏な動きで、カウンター気味に刃を振るうがーー

 

「とーうっ!!」

「何っ!!?」

 

剣のモーションはただのフェイント。

シルビアはミュベールが血剣を振るおうとしたその瞬間に、後方へと大きく宙返りをする。

結果として、ミュベールの刃は空を切る。

 

「目に焼き付けなさい、ミュベールちゃん!」

 

夜空の中、シルビアは自身を見上げる妖魔に向けて叫ぶ。

 

「これが……アタシのジャスティス!! ウーッ ハアーッ!!」

 

奇妙な掛け声とともに、シルビアが空中で華麗なポーズを決めたその瞬間。

 

「な、何だとっ!?」

 

ピンク色の大爆発が轟音を伴い発生し、驚愕するミュベールを飲み込む。

 

これぞ騎士道を極めし者による究極奥義「ジャスティス」。

これはシルビアが、致命傷により動きが鈍くなった手前、剣技ではミュベールに遅れを取ると分析した結果、ありったけの魔力を込めて駆使した切り札でもあった。

 

「ハァハァ……上手く、いったかしら……」

 

地面に着地したシルビアは爆発地点の様子を窺う。

この爆発により数十メートル規模のクレーターが、草原の地に出来上がっていることから、その威力が窺い知れる。

 

だが、そこにミュベールの姿は見えずーー

 

「――見事だ、シルビア。ここまでやるとは予想外だったぞ」

「っ!?」

 

視界の外、側面からの声に、シルビアは身体をそちらへと向け、応酬せんとするが。

それよりも疾く、ミュベールの袈裟斬りが降りかかる。

 

その結果、満身創痍のシルビアの身体から大量の血が噴出される。

決定的な一太刀であった。

 

「ガッ……! アタシはーーまだーー」

「もう良い、いい加減に眠れ」

 

全身を返り血で彩られたミュベールは、尚も冷徹に斬撃を浴びせ続ける。

 

滅多斬り、とはこの事をいうのだろうか。

止めどなく襲い掛かる刃の冷たさと、傷口から漏れる血の熱を肌で感じながら、シルビアは今まさに自分の命が刈り取られているのだと悟る。

 

 

――ただ皆の笑顔を見るのが好きだった。

 

――誰もが笑顔を浮かべる愉快な世界。

 

――それを実現するために剣を振るった。

 

けれども、その志も道半ばで潰えることとなる。

 

「(パパ、ごめんね……!)」

 

最期に彼の脳裏に浮かんだのは、彼に騎士道を叩きこんだ師でもある父の顔であった。

 

 

【シルビア@ドラゴンクエストⅩⅠ 過ぎ去りし時をもとめて  死亡】

 

 

 

 

 

 

「お前が見せた不屈の闘志、しかと胸に刻んだぞ、シルビア」

 

ミュベールは、物言わず倒れ伏せるシルビアの骸を見下ろし、敬意を示す。

騎士道を棄て、魔の道に堕ちたミュベールにとって、シルビアが最期に披露した生命の輝きは、彼女の中で忘れ去られた「何か」を想起させかけていた。

 

そんな彼女の身体は返り血で赤黒く染め上げられている。

まるで汗のように返り血が頬を伝うが、ミュベールはこれを舌で舐めとる。

 

「ふむ……こちらも多少なりとも手傷を負ったか」

 

ゲーム開始より数時間が経過して、ようやく参加者の一人を仕留めるに至ったが、その代償は大きかった。

改めて自身の状態を省みると、右半身の至る所から出血をしており、肉の焦げた臭いが鼻をつく。

 

これらの傷跡は、シルビアが最期に放った奥義「ジャスティス」が残したものである。

あの爆発が生じた瞬間、ミュベールは咄嗟に「アンブレンの傘」を取り出し、身を庇おうとした。

だが魔法の傘が全身を覆うには間に合わずーー結果としてこのような有様となっている。

 

「(まだ近くに参加者は二人いるはず……。さて、どうするべきか……)」

 

ミュベールの目標はあくまでも優勝である。

 

本来は、ここで暫しの休息を取りたいところではあるがーー

まだ近場にいるであろう、ラ・ピュセルと刀を振り回す少女を捨て置くことは出来ない。

それに、自身に課せられた首輪条件「第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する」も気がかりだ。

残りのエリア滞在可能時間を鑑みるに、あの二人とも早期に決着をつけるべきである。

 

「(だとすれば、早急な治癒が必要だな)」

 

ミュベールはゆっくりとシルビアの亡骸へと近づいていく。

 

妖魔にとっての迅速な回復手段は一つしかない。

生き血ではないにしろ、それはまだ新鮮であるはずだ。

 

ミュベールは、シルビアの亡骸を起こし、そしてーー

 

「(お前の血肉、糧とさせてもらうぞ、シルビア)」

 

その首筋へと牙を立てた。

 

 

 

 

 

 

戦場は移り変わり、此処は丘陵地帯。

この地における死闘もまた、終焉を迎えようとしていた。

 

「ハァハァ……クソっ!!」

 

ラ・ピュセルは、岩と岩の狭間に潜り込み傷口を抑え込んでいる。

付近の岩場には、ラ・ピュセルの血液が撒き散らされている。

 

先の戦闘において、確かにラ・ピュセルはスピードにおいてアカネを圧倒していた。しかし、それはシルビアによって齎された「ピオリム」の呪文あってこそのものであった。

 

アカネの背後より突貫し、討ち取れると確信したあの瞬間――ラ・ピュセルを覆っていたピオリムの加護はタイミング悪く消失した。

その影響で本来であればアカネの胴元に届いていたはずの刃は届く前に、アカネが刀を振り降ろしきってしまう。

 

ピオリムの効果が途切れてしまった察知したラ・ピュセルは直ぐにサイドステップで回避を試みるが、迫りくる斬撃の魔法を躱しきれずーー

彼女のトレードマークの一つでもある尻尾の半分と左足の甲の一部を切り取られてしまう。

悲鳴と同時にラ・ピュセルの鮮血が闇夜に舞う結果となったが、ラ・ピュセルには身体の一部を欠損した痛みに悶絶する猶予は与えられなかった。

 

そこから魔法の斬撃を執拗に連発するアカネから、命からがら逃げ果て、今の状態へと至っている。

 

片足に深手を負いスピードを殺されてしまった手前、当然無傷で逃げることも叶わず、ラ・ピュセル身体は悲惨なことになっていった。

左足一部のみならず、右耳は削ぎ落され、至る所に刻まれた切傷からは断続的に血が流れ続けている。

 

もはや趨勢は完全に決していた。

 

魔法も使えず。

呪文の効果も切れ。

足を殺され。

聴覚も定かではなく。

出血多量で視界もぼやけているこの状況で。

 

ラ・ピュセルがアカネに勝つ見込みは万が一にもあり得なかった。

 

今は辛うじて振り切ってはいるが、アカネは諦める事なく近辺をうろついている。

辺り一面に付着している血痕から、この場所に辿り着くのは時間の問題だ。

 

 

――泣かないで、スノーホワイト

 

――例えこの身が滅びようと、貴方の剣となることを誓いましょう、我が盟友スノーホワイト

 

死という絶望を目前にして、ラ・ピュセルの頭を過ったのは「彼女」と交わした誓いであった。

 

「い、嫌だ……僕は死にたくない」

 

またスノーホワイトに逢いたい。

彼女の側で、彼女を護る騎士であり続けたい。

 

ラ・ピュセルは唇を大きく震わせ、迫りくる死を拒絶する。

それから頭をフル回転させ、如何にしてこのピンチを乗り切るか、手段を模索する。

 

「そ、そういえば……」

 

そして、思い出す。

自分の支給品に『プレミアム幸子の契約書』という何とも胡散臭いものが含まれていたことを。

もしその効果が本当であれば、使いどころは考えるべきだと温存していたが、死んでしまっては元も子もない。

崖っぷちの今こそが使いどころではないだろうか。

 

何もしないよりかはマシだ、と。

藁にも縋る勢いで契約書を取り出し、そのチェック欄一つ一つにチェックを入れていく。

サインをするためのペンを持ち合わせていないため、指に自らの血液を滲ませ、ペンの代わりとしていた。

 

やっとのことで全てのチェック欄を埋めて、最後に自分の名前を書き記したその直後――

 

「っ!!?」

 

片側のみとなった耳が、小石を弾く音を捉えた。

慌てて契約書を仕舞いこんだ矢先、ラ・ピュセルの視界は此方に迫りくる黒い人影を捉えた。

 

「随分とひどい有様じゃないか、ラ・ピュセル」

「ミュベール……!」

 

何が『一時的にラッキーになれます』だ、最悪な展開じゃないか、とラ・ピュセルは心の中で毒づいた。

ラ・ピュセルにとっては、アカネではないにしろ、この状態で敵と遭遇することは「死」に直結することと同意義となる。

 

そして、ミュベールがこの場所に現れたということは、もう一つ重大なことを意味していた。

 

「――シルビアさんは?」

 

座ったまま鋭い眼差しで睨みつけてくるラ・ピュセルに対し、ミュベールは支給品袋からあるものを取り出し、彼女の前にチラつかせた。

それはーーシルビアが手にしていた支給品の剣であった。

 

「立派な最期だったぞ」

「お、お前ッ――――!!!」

 

激昂したラ・ピュセルが剣を片手に地を蹴り、飛び掛かる。

 

だが傷だらけの状態で振るわれた刃など、ミュベールに届くはずもなく。

ミュベールは冷めた表情のまま、これを難なくいなしてーー

 

返す刀で、手に握る剣でラ・ピュセルの胸部へと突き刺した。

 

「遅すぎるぞ、ラ・ピュセル」

「グハッ……!!!」

 

ミュベールは無慈悲に剣を引き抜く。

胸元から大量の血液を噴出させ、ラ・ピュセルは自らが創り出した血の池の上に倒れ伏せた。

 

「つまらない幕引きだな、ラ・ピュセルよ」

 

血に沈んだラ・ピュセルの姿を一瞥すると、ミュベールはどことなく寂しそうな表情を浮かべる。

そして、残る一人の獲物を探さんと踵を返した。

 

だが。

 

その脚は血だまりの中から伸びてきた腕によって掴まれる。

 

「なっ!!?」

「ま、待て……」

 

ラ・ピュセルは例え血塗れになろうと、地で這いつくばったとしても、それでも気力で意識を繋ぎ合わせ、ミュベールへの敵対心を絶やさなかった。

 

「お前を、行かせはしない!!!」

「そうか……」

 

ラ・ピュセルの悲壮なる覚悟を見届けたミュベールは、驚愕した表情から一変し、口角を吊り上げる。

そして掴まれていない方の足で、ラ・ピュセルを顎先からボールのように蹴り上げた。

 

カハッ、と呻き声をあげラ・ピュセルは後方の地面へと転がる。

血を吐く口からは砕けた歯が零れ落ちた。

ミュベールは、苦しそうに呼吸するラ・ピュセルの頭を容赦なく踏みつけ、言葉を投げかけた。

 

「ラ・ピュセルよ、何故お前はそこまで奮起する? 何のためにお前は戦っているのだ?」

 

それは心の底から湧き上がる疑問であった。

先のシルビアといい、このラ・ピュセルといい、何故ズタボロの状態になっても屈することなく抗い続けるのか。

清廉たる騎士の道を、延いては人の道を忘却したミュベールにとっては理解の範疇を超えたものであった。

 

「私は……私の護りたい人の為に剣を振るうだけだッ!」

「――その護りたい人というのは、自分の命を賭すに足りうる人物なのか?」

「ああ、そうだ! 私は約束したんだ! 絶対に彼女を護るとッ! だから、ミュベールッ!!! 彼女を護るため、お前や……クラムベリーみたいなやつを野放しにすることはできないッ!!!」

 

血を吐きながら叫ぶラ・ピュセルに、ミュベールは無機質な声で「成程な」と呟く。

そして懐より、とある支給品を取り出す。

 

「興が乗ったぞ、ラ・ピュセル。 ならば、お前のその“想い“がどれほどのものか、確かめさせて貰おう」

「な、何をする気だ……!」

 

取り出された支給品は「ロジエクロック」。

当初はシルビアに支給されたものではあるが、今はミュベールが手中に収めている。

 

「これは『ロジエクロック』という魔法具だ。私も実物を見るのは初めてだがーーこいつは、妖魔や邪妖が流した蒼い血を溜め込むことが出来る。逆に言えば、こいつから溜め込んでいる蒼い血を垂れ流すことも出来る」

「妖魔? 邪妖? 何を言っているんだ?」

「まあ、黙って聞け。都合の良いことにこいつには既に大量の蒼い血が溜め込まれているようだ。 運営も気前の良いところがある」

「だから、それが何だって言うんーーガハッ!!!」

 

会話の途中でミュベールはラ・ピュセルの脇腹を蹴り上げ、乱雑に転がす。

仰向けの姿勢で、苦しそうに悶えるラ・ピュセルの眼に飛び込んできたのは、「ロジエクロック」なるものを逆さに向けるミュベールの姿であった。

 

「――こうするのさ」

「っ!!? がごっ!! ぼ、ごぼぼが、ごゔゔゔゔゔううううぅう!!」

 

「ロジエクロック」の先端から、大量の蒼い液体がラ・ピュセルの顔面に、滝のように降り注いだ。

満身創痍のラ・ピュセルにはそれを避ける術もなく、蒼い雨に溺れることになる。

 

「ただの人間にとって蒼い血は猛毒だ……。 浴びる量にも依存するが、下手をすれば死ぬこともある。まぁ死を回避したとしても、心を失くした獣“邪妖”となるのだがなーー」

「ごぼっ!! が、ごゔゔゔゔゔううううぅう!!!!」

 

蒼の血に溺れるラ・ピュセルは為すがまま、血を浴び続ける。

 

ラ・ピュセルに襲い掛かるのは、内側から湧き上がる形容しがたいほどの激痛。

血を浴びせられる顔面からは湯気が絶え間なく立ち昇り、血濡れた手と脚はビクビクと凄まじい痙攣を引き起こしている。

 

「だが、稀に邪妖になっても自我を保つ者たちがいる……それが“半妖”と呼ばれる者だ」

「ぐごぉっ!!? ぐがあぁ、あぁあぁ! い゛ぁあ゛ぁい゛っ! ぁあぁあ゛あっあっあああああ!!!!! 」

 

浴びせるポイントを顔面からずらし、更に首筋、胸部、腕、腰部、脚とくまなく蒼の血を降らし続ける。

開放された顔面から尚も湯気が立ち昇り、その表情を窺うことはできないが、ラ・ピュセルの獣のような大絶叫は絶え間なく木霊する。

 

「ラ・ピュセルよ……。お前が行き着く道は死か。『約束』とやらを全て忘れさり、ただ生き血を求める邪妖となるのか。 それとも護るべきものとやらのために見事に理性を保ち、新たな境地に足を踏み入れることが出来るか。しかと見届けさせて貰おうか」

 

そう言うと、ミュベールはロジエクロックからの血の投入を止め、ラ・ピュセルの様子を観察する。

 

ラ・ピュセルは尚も叫び声を上げ続け、全身が沸騰する灼熱の熱さに悶絶する。

と同時に、身体に侵入した異物が、自分の内にあるものを作り替えていくおぞましさを感じていた。

 

 

――例えこ■■が滅びようと、貴方の■とな■ことを誓いましょう、■が盟友ス■ーホ■イト

 

薄れていく。

彼女との記憶がーー。

 

「(嫌だ、嫌だ、嫌だ。お願いだ、僕からあの『約束』をっ! 『彼女』を奪わないでくれ!)」

 

異物に侵される苦しみに悶えながらも、ラ・ピュセルは心のうちで嘆願する。

 

 

――■えこ■■が■■ようと、■方の■とな■こ■を■■■しょう、■が■友■■■■■イト

 

消えていく。

彼女と交わしたあの言葉がーー。

 

 

「(僕は……僕はーーー)」

 

 

――■■■■■が■■よ■■、■■の■■■■■■を■■■し■う、■■■友■■■■■イ■

 

 

浸食されていく異物の感覚に抗い続け、ラ・ピュセルの意識は闇へと落ちた。

 

 

 

「ふむ……息絶えたか、それとも気を失っただけか……?」

 

ピクリとも動かなくなったラ・ピュセルを見て、ミュベールは呟く。

ラ・ピュセルを侵した蒼い血のボリュームは、一般人からすれば致死量のものとなっていたので、その可能性も少なくはない。

まあ例え、蒼い血に耐え切れず事切れていたとしても、少し期待が外れたという程度だ。自分が見込んだラ・ピュセルという騎士はその程度の存在であったということになる。

 

ミュベールはそのように結論づけ、彼女の身体に触れようとするがーー

 

「ようやくお出ましか、遅かったではないか……」

 

背後より忍び寄る黒い影に反応し、そちらへと振り向く。

 

「……。」

 

復讐に取り憑かれた少女が月明かりに照らされていた。

少女の濁った瞳は、動かなくなったラ・ピュセルを一瞥した後、ミュベールの姿を捉える。

 

「なぁ、お前も興味はないか? こいつが心を持たない化け物に成り下がるか、それともこのまま朽ち果てるかーー」

「……音楽家か?」

 

ははっ、と思わずミュベールは嗤う。やはり会話はまるで通じないようだ、と認識する。

 

先程まで追い回していたラ・ピュセルについては、死んでいるものと判断したのであろうか。アカネは其方には目もくれない。

 

今は眼前のミュベールにしか興味がないようだ。

 

「……音楽家か?」

「――だとしたら、どうするつもりだ?」

 

ミュベールが挑発気味に口角を吊り上げたとほぼ同時に、アカネは刀を振り下ろした。

しかし、俊敏なミュベールは風切り音を立て、狂刃を回避。

 

「遅いぞ、東洋人」

 

アカネの視界の範囲外より、ミュベールは一気に肉薄する。

勢いそのまま、首を刎ねんと剣が振りかざされる。

 

「!!?」

 

アカネは回避のために上体を大きく反らす。

 

だが血剣の魔の手から逃れる事叶わず。

左肩口が斬りつけられ、血飛沫が生じる。

しかし、アカネの顔が苦痛に歪むことはない。

 

無機質な表情を張り付けたまま、刀を振るわんとする。

 

だが、次に気付いた時に、ミュベールの姿は視界に存在せず。

頭上の宙からは、ミュベールが繰り出す連続突きが襲来する。

 

アカネはこれを間一髪バックステップで躱す。

 

その代わりとして足場の岩が連続突きの餌食となる。

岩石の断末魔ともいえる粉砕音と共に辺りには土煙が立ち込める。

 

更に息つく間もなく、土煙から回転蹴りが伸びる。

ミュベールの遠心力を利かしたその蹴りは、アカネの右脇腹を捉える。

 

「……ゴフッ!」

 

掠れた呻き声を上げて、アカネの身体は右方面へと蹴り飛ばされる。

 

だが狂気に憑りつかれた魔法少女は、これしきのことで地に伏せることはない。

空中で器用に一回転し、そのまま地面へと着地する。

 

そして、まるで何事もなかったかのように周囲を見渡し、相対する敵を索敵する。

 

「中々に愉しませてくれる」

 

見つけた。

 

まるで、鳥が翼を休ませているかのように。

ミュベールは一際大きな岩の上に佇んでいる。

相も変わらず好戦的な笑みを零し、アカネを見下ろしている。

 

そしてアカネが剣を構えたその刹那、翼を羽ばたかせ弾丸のように飛来した。

瞬く間に肉薄するが、アカネは特に動じる事なく、剣を振らんとする。

 

両者の死闘は今まさに第二幕へと突入しようとしていた。

 

 

だが。

 

 

終焉は唐突に訪れた。

 

 

ピ――――……というアラームの音が、ミュベールの首元から聴こえた。

 

「「っ!?」」

 

思わず、戦いの手を止め静止する二人。

そこへ無機質な音声による警告が首輪から告げられる。

 

『後五分で、首輪の解除が不可能となります。速やかにご対応ください。繰り返します。後五分で、首輪の解除が不可能となります。速やかにご対応くださいーー』

 

ミュベールに与えられた首輪解除条件『第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する。』

ミュベールがこのエリアに留まれる時間は五分を切っていた。

 

「少し熱くなりすぎたか…」

 

この警告が無ければ、アカネとの闘争に没頭し続けた挙句、首が吹き飛んでいたかもしれない。

早急に別エリアへ移動を開始しなければならない。

 

ミュベールは、チラリとアカネと倒れ伏せ動かないラ・ピュセルの姿を一瞥する。

 

「名残惜しいが、致し方ないか…東洋の剣士よ、勝負は預けたぞ」

 

ミュベールはアメジストの翼を発現させ、戦場から去ろうとするがーー

 

「逃さないぞ、音楽家ァッ!」

 

アカネがそれを赦すはずもなく、ミュベールに照準を合わせ、刀を振り下ろそうとする。

 

「まぁ、落ち着け」

 

このアカネの行動は予測できていたのだろう、ミュベールは迅速に反応する。

咄嗟に懐から布袋を取り出し、振り向けざまにアカネへと投げる。

 

アカネの視界に布袋が飛び込んできた段階で、刀は振り下ろされる。

両断されたのは、ミュベールの胴ではなく、布袋となったがーー

 

「……ぅがッ!!」

 

袋から飛び出てきたのは「どくがのこな」。

光り輝く鱗粉がアカネの全身を覆った直後、アカネの身体は麻痺状態へと陥る。

 

「また会おう、東洋の剣士」

 

全身が痺れ膝をつくアカネを尻目に、ミュベールは翼を広げ、戦場より離脱した。

取り残されたアカネは「音楽家ァ…」と呟きながら、恨めしそうにミュベールの後ろ姿を見届けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふむ、どうにか事なきを得たようだな」

 

 

南西方向へ飛行を続けること数分。

耳障りなアラーム音が鳴り止んだことから、ミュベールは自身が別エリアに到達したことを察した。

 

ホッと胸を撫で下ろすと同時に、先程までの戦いを振り返る。

 

この場所は本当に面白い。

シルビアといい、ラ・ピュセルといい、東洋の剣士といいーー

心躍る戦いに興じさせてくれる。

 

このゲームには七十人以上の人間がいると聞いている。

今後も未知なる参加者との死闘が続くと思うと、胸が高鳴ってくる

中でもーー

 

 

「森の音楽家クラムベリーか……」

 

 

あのラ・ピュセルや東洋の剣士が、度々口にしていた一参加者の名前。

彼女らがあれほど執着していたのだから、それ相応の存在であることは間違いないだろう。

 

できれば、直接相まみえて手合わせを願いたいところだ。

 

 

そして、もう一つ気がかりなのはーー

 

「さて、お前は試練を乗り越えることが出来るかな、ラ・ピュセルよ」

 

敵としてただ斬り捨てればよかったもののーー

 

騎士として未熟ながらも、がむしゃらに我を通そうとする実直さーー

彼女の誰かを護らんとする強い意志――

 

そういったところに、アルーシェと姿を重ねてしまっていた。

 

だからこそ、試してみたかった。

彼女の強さを。蒼い血を使って。

 

もしも彼女がこの試練を乗り越えて、再び目の前に立ちはだかることがあれば、その時は決着をつけるとしよう。

 

そこでミュベールは一旦思考を打ち切り、溜息をついた。

 

「私にも且つてあったのだろうか、あいつらのように、命を賭して護りたいと思う“何か”がーー」

 

 

シルビアが最期までみせた不屈の闘志。

傷だらけになっても抗い続けた、ラ・ピュセルの覚悟。

 

シルビアとラ・ピュセルとの邂逅は、妖魔へと墜ちたミュベールの心に小さな変化をもたらそうとしていた。

 

 

 

 

 

【B-6/平原/一日目 黎明】

【ミュベール・フォーリン・ルー@よるのないくにシリーズ】

[状態]疲労(中)、右半身火傷(ある程度回復)、胸元に切り傷(回復)

[服装]いつもの服装

[装備]

[道具] 基本支給品一色、スマホ、アンブレンの傘@魔法少女育成計画、シークレットメモ集@アイドルデスゲームTV、アルーシェの剣@よるのないくに2、ロジエクロック(蒼い血残量1/2)@よるのないくに、不明支給品1つ

[首輪解除条件] 第四回放送までに同エリアに4時間以上留まらない。条件を満たせなかった場合、首輪は強制的に爆発する。

[思考・行動]

基本方針:全員殺して優勝する

1:近隣の施設を回り、目につく人間を殺す

2:ラ・ピュセルのその後が気になる。出来れば再戦したい。

3:アルーシェは私が殺してあげないとな

4:東洋の少女(アカネ)とも決着をつけたい

5:「森の音楽家クラムベリー」に強い興味

6:シルビアの騎士道精神に感服

※参戦時期はよるのないくに2 第3章、学園内でアルーシェと交戦した直後からとなります。

※シルビアの支給品を回収いたしました。尚、スマホについては回収していません。

※シルビアの死体から吸血を行い、ダメージの回復を行いました。それ以外の影響については後続の書き手にお任せします。

※ミュベールの首輪は、首輪爆破の5分前になると、アラームが鳴るよう仕掛けが施されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ! 音楽家ァ……」

 

 

ミュベールが戦場から離脱し、数刻が経過した頃。

アカネを蝕んでいた「どくがのこな」の効果は徐々に薄らいでいた。

 

まだ若干のぎこちなさはあるが、ようやく手足を動かせるようになり、アカネはよろめきながらも足を立たせる。

 

 

「音楽家ァ……」

 

アカネが見据えるはミュベールが飛び去った方角。

彼女を追跡せんと、ゆっくりと歩み始めたその刹那――。

 

 

「ゔごがあ゛ぁぁぁぁぁあああああああッーーーーー!!!!!!」

 

彼女の背後より、鼓膜を突き破るようなけたまましい咆哮が響いた。

 

予期せぬ出来事にアカネが振り返ると、そこには一匹の怪物が立っていた。

 

 

「ゔが、ゔあ゛ぁぁぁぁッーーー!!!」

 

それは且つて「ラ・ピュセル」と呼ばれていた魔法少女の成れの果て。

 

これも蒼い血による影響だろうか。

肌の色が且つてのような健康的な白ではなく、病人の青白くなっている。

右の瞳はかつてと同じ黄金色に煌めかせてはいるが、左の瞳はサファイアのような蒼い輝きを放っている。

 

妖しくも、異様な雰囲気を醸し出して彼女ではあったが、今は両手を頭に抱え、何かにもがき苦しんでいる。

 

 

「ゔあ゛ががががががが、ゔあ゛ぁぁぁぁッーーー!!!」

 

且つて清廉潔白な魔法騎士であった少女は、今や口からは涎を垂れ流し、獣のような咆哮を上げ続けている。目の焦点も定まっていない。

 

そんな彼女の様子をただひたすらにアカネは凝視していたが、やがて彼女の視線とアカネの視線は交差した。

彼女がアカネという存在を認識した、その瞬間――。

 

 

「があ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁああッーーー!!!!!!」

「っ……!!?」

 

 

突如、怪物の右手に禍々しい剣が発現した。

 

怪物の手に宿るは血剣――。

蒼い血を浴び、人ならざるものへと転生したものだけに許される武器である。

 

アカネは一瞬だけ戸惑いを見せるも、血剣を見るやいなや、それに呼応するかのように刀を抜く。

 

だがアカネを真の意味で驚かせたのは、次の瞬間であった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛ああぁぁぁッーーーーー!!!!」

「っ!?」

 

怪物がより一層大きな叫び声をあげたかと思うと、振り回された剣が巨大化し、アカネに迫ったのである。

 

この攻撃はラ・ピュセルが保有していた魔法「剣の大きさを自由に変えられるよ」によるものである。

元来ラ・ピュセルの魔法は、自身が召喚した大剣にしか対象とならない。

 

ラ・ピュセルの魔法の受け口となる武器については、彼女のリソースを割いて作製された装置である必要があったのだ。

 

しかし、このバトルロワイアルにおいては、主催者からの嫌がらせなのか、その大剣は没収されてしまっており、どういう訳か召喚することも出来ない。

したがって、ラ・ピュセルはゲーム開始時において、他の魔法少女と比べると理不尽なまでに制約を受けることとなっていた。

 

だが。

 

もしも、だ。

 

もしも、別の方法で彼女が、何らかの手段で自身のリソースを割いて、剣を作製することが出来るのであれば、話は変わってくる。

 

蒼い血を浴びたもの達が使える血剣とは、まさに自身の(リソース)を割いて顕現する武器。

まさに、彼女の魔法の注ぎ口としてはこの上ない装置になるのではないだろうか。

 

 

しかし、今のラ・ピュセルには上述のような思考は持ち合わせていない。

今や獣と変わらない彼女は、無意識下で血剣を作製し、魔法を注ぎこんでいた。

 

 

その行動の根本にあるのは、動物的な本能――。

 

“食料”を狩るための欲求によるものである。

 

 

 

「音楽家ァッ……!!!」

 

予想だにしなかった攻撃を前にしても、アカネは冷徹のままでいた。

差し迫る巨大な剣に対し、刀を振り下ろす。

 

結果として、アカネの魔法により巨大剣は真っ二つに割れ、霧散した。

 

だが、怪物はそれを意に介さず。

 

 

「ゔがががががががあ゛ぁぁぁぁッーーー!!!」

 

刀を振り降ろした格好のアカネを目指しーー

怪物は地を蹴り上げ、信じられない速度で肉薄した。

 

アカネが何か反抗する前に、その首根っこを掴み、地面へと押し倒す。

 

「――カハッ!!」

 

アカネは岩の地面に思い切り叩きつけられる。

その衝撃で岩場に大きなくぼみが生じる。

 

 

「は、放せ、音楽家ァ……」

 

アカネは苦しそうにジタバタと足掻く。

そんな彼女の首筋に、怪物はその牙を容赦なく突き立てた。

 

 

 

 

 

 

ここは何処だろうか。

真っ暗な闇の世界に僕は横たわっていた。

 

前後左右360度、何もない無の空間で、僕はただ眠っていた。

 

今は、ただ眠い。

 

「違う、こいつは音楽家じゃない……」

 

誰かの声が小さく聴こえた。

どこかで聴いたことがある声だし、言っていることもどことなく引っ掛かる部分がある。

 

そればかりか、僕には何か大事なことを成し遂げる使命があった気がする。

 

――駄目だ、思い出せない。

 

僕は何を為すべきだったのだろうか。

 

 

また声が聴こえた。

 

今度は一段と鮮明に聞こえた。

 

「音 楽 家 は 、 こ ん な 化 け 物 で は な い……」

「えっ!?」

 

その瞬間、僕の意識は覚醒した。

 

 

 

「此処は……?」

 

気が付くと僕は、夜の岩場の風景の中にいた。

 

そうだーー僕はミュベールに斬られた後に、「蒼い血」とかいうよく分からないものを浴びせられたんだ。

 

「っ!!?」

 

意識を失う前の記憶が、徐々に蘇ってくる中、やがて今僕が、先程まで争っていた和装束の少女に馬乗りになっていることに気付いた。

此方を突き上げるような視線を浴びせてくるが、どことなくその視線は依然と比べると弱弱しかった。

 

身体の上に跨っている僕が脱力したのを感じ取ると、少女は僕を押しのけた。

倒された僕は、すぐに立ち上がろうとするがーー

 

「ガハッ!?」

 

侍風の魔法少女を腰にぶら下げている鞘で思い切り、僕の顔面を殴打してきた。

鼻血がポタポタと顔から滴り落ちている。

 

少女はそんな僕の様子を一瞥すると、明後日の方向へと歩きだしていく。

 

「ま、待って……」

 

僕は手を伸ばして彼女を引き留めようとするが、

 

「化け物に用はない……」

「……っ!?」

 

蔑んだ瞳と共に「化け物」という痛烈な単語に唖然とする。

彼女は僕に見向きもせず、闇夜の中へと歩を進めていく。

 

「僕がーー化け物…?」

 

僕は呆然としたまま、彼女を見送ることしかできなかった。

そして彼女の姿が闇夜の中に溶けていった頃に、ふと気付いた。

 

ポタポタと地面に滴る鼻血の色。

それは、限りなく「蒼」に近い紫色であった。

 

慌てて自分の鼻を手で拭うと、手の平が紫色に染まり上がっていた。

 

「な、何だよ、これッ!」

 

この紫色の血液が僕自身から滴り落ちているという事実に愕然としたと同時に、湧き上がってくるのは強烈な喉の渇きであった。

 

ふと辺りを見回すと、先程の魔法少女が残したものなのか、赤い血が地面に撒き散らされていた。

 

身体が自然とその血液に吸い寄せられていく。

 

「クハッ……! 僕は、僕はッ……!!!」

 

何故だろうか。

この血を飲んで、渇きを潤したいと僕は思った。

だけど、それは人間のやる行動ではない。

 

何とかして理性がブレーキを掛けようとするが、僕の身体から湧き出る欲求を抑え込むことは出来なかった。

 

僕は無我夢中になって、その血を啜った。

 

 

 

【A-7/一日目/黎明】

【ラ・ピュセル@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:半妖化、意識混濁、激しい喉の渇き(吸血衝動)、全身切り傷(蒼い血により回復)、右耳欠損、左足甲一部欠損、尻尾一部欠損

[服装]:魔法少女姿

[装備]:魔剣クラレント@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一式、スマホ、不明支給品1つ

[状態・思考]

基本方針:???

1:血が……血が飲みたい……

2:スノーホワイト……

※プレミアム幸子の契約書を消化しました。

※蒼い血を浴びて半妖化しました。但し意識はかなり混濁しており、いつ暴走してもおかしくない状況となっております。

※血剣を顕現させることができます。また血剣に対して魔法を使うことも出来るようになっております。

※アカネから多少の吸血を行いました。影響については、今後の書き手さんにお任せします。

※シルビアの死体はA-7エリア中央部に、スマートフォンとともに放置されております。

 

 

 

 

 

 

 

――結局アテは外れた。

 

――無駄足だった。

 

――あの場所に音楽家はいなかった。

 

――私は知っている。

 

――音楽家はあんな化け物ではない。

 

「では、お前は一体どこにいるというのだ、音楽家」

 

 

ミュベールから負わされた肩口の切り傷を抑え込みながら、復讐鬼は尚も戦場を渡り歩く。

 

 

 

 

【B-7/一日目/黎明】

【アカネ@魔法少女育成計画シリーズ】

[状態]:精神崩壊、『音楽家』への異常な執着、全身ダメージ(中)、肩口に切り傷、右脇腹打撲、首筋に吸血痕

[服装]:魔法少女姿

[装備]:アカネの刀@魔法少女育成計画シリーズ

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ

[首輪解除条件]:ゲーム終了時まで森の音楽家クラムベリーを直接殺してはならない。もし直接殺した場合、この首輪は爆発する

[思考]

基本:音楽家ァ……

1:どこにいる、音楽家

2:あんなの(ラ・ピュセル)は音楽家ではない。化け物だ

3:……また、やらされるのか。終わったのではなかったのか

4:終わったのではなかったのか。なぁ、音楽家

[備考]

※restart本編開始前からの参戦です



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こんな世界で何を刻めるのだろう/黒のライダー、粕谷瞳

 

 

 

市街地エリア『C-7』。

疎らに煌めく街灯を頼りに、舗装されたコンクリートの街並みを歩く少年少女が二人。

 

ピンク色の髪を靡かせ、先頭を元気よく歩いているのがーーアストルフォ。

見た目麗しい美少女のように見えるが、れっきとした男子であり、何を隠そうイングランド王の息子にしてシャルルマーニュ十二勇士が一人、ライダーの英霊でもある。

 

アストルフォに付き添うように続いているのは、これまた異様な格好をした女性であった。

殺し合いの場に似つかわしくないメイド服を纏っている彼女の名はーー粕谷瞳。

一度は現実(ぜつぼう)の前に屈し、命を散らした身でありながら、主催者より二度目の生を与えられーーアストルフォとの出会いによって、運命に抗うと決心をした反逆者である。

 

これも幾多の殺し合い(ゲーム)を潜り抜けた経験値によるものだろうか。

能天気に前進していくアストルフォと違って、彼女の眼光は鋭く、周囲に睨みを利かしている。その右手には彼女の得物でもあるチェーンソーが握られており、いつでも襲撃者に対応できるよう厳戒態勢を敷いていた。

 

彼女は過去にもシークレットゲームと称された殺し合い(ゲーム)に何度も参加している。元来、場慣れしている彼女は毅然と行動して然るべきである。

しかし、彼女をそうさせまいとしているのは、掲げた行動方針の違いによるものだった。

力ある者として、かつて自分に手を差し伸べてくれた彼女たちと同じく、より多くの命を救わねばならないという重責が、否応なしに彼女の表情を険しくさせていた。

 

「(ううぅ……なんか窮屈だなぁ)」

 

瞳から放たれる尋常ならざる殺気は、前方を歩くアストルフォもひしひしと感じている。

やがて、そのプレッシャーに耐え切れず、後方へと振り返る。

 

「瞳ー、さっきからちょっと強張りすぎてない? もう少し気楽に行こうよー」

「アストルフォさん……仮初にもここは戦場。警戒をするに越したことはありません」

「それもそうだけどさぁー。瞳の望みは、仲間を集めてこの殺し合い(ゲーム)に抗うこと、でしょ? 瞳がそんなんじゃ、救うべき人達も怖がって近寄れないんじゃないかな?」

「っ!? ですが、私の務めはリピーターとして、アストルフォさんを初めとする皆様を護るこーーほへっ!?」

 

突如アストルフォに両手で頰をむに〜っと引っ張られ、瞳の抗議は遮られた。

アストルフォの予期せぬ行動に、彼女らしからぬ間の抜けた声を発し、瞳は硬直する。

 

「ア、 アストルフォさん……。こ、これは…?」

「もうっー、瞳は独りで抱え込みすぎなんだよ! そんな小難しい顔して、色々背負いこまなくてもさー、もう少しボクを頼ってくれても良いんだよ? これでもボクは英霊の端くれなのだからさっ!」

 

動揺を隠せない瞳に対して、アストルフォはむっと頬を膨らませ、言い聞かせる。

それが単純に瞳を気遣っての言動なのか、女性に『護る』と言われて騎士としての自尊心を傷付けられたためなのか、出会って間もない瞳には分からなかった。

 

「ですがーー」

「『ですが』じゃないの! 良いかい、瞳? もし何かあれば、ボクが瞳の事を護るよ!」

「っ!? 護る……?」

「そう! ボクが瞳を護るよっ!どーんと任せてよっ! だから瞳がそんなに気負う必要はないんだよ」

 

困惑気味に尋ねる瞳に、アストルフォは一切の躊躇いもなく、答えてのけた。

 

「……わかりました」

「うん、うん! 大船に乗ったつもりでいてよ!」

 

結局アストルフォに根負けする形で、瞳は引き下がらざるをえなかった。

瞳が肩の力を抜いて、所謂厳戒態勢を解いたのを認識すると、アストルフォは満足したのか

笑顔を浮かべ、「よーし、出発っ―!!!」とクルリと身を翻し、歩き出した。

 

瞳はそんなアストルフォの背中を見据えて、思考する。

 

「(--不思議な方です……)」

 

幾多の殺人ゲームに参加してきた瞳は、それこそ数多くのプレイヤーと出会い、類い稀な戦闘力を以って、彼らの命を摘み取ってきた。

全てのプレイヤーが手を取り合い結束したあのゲームでもーー

結局は信じてくれた仲間たちを裏切るような形で、その手を血に染めてしまいーー

その報いを受けることとなってしまった。

 

そして、再び訪れた殺人ゲームーー。

抗うことのできない血染めの運命に絶望していた瞳を、地の底から引き揚げたのは自らを英霊と名乗る少年騎士であった。

 

目の前を歩くこの少年は、瞳に対して「護る」と言ってのけた。

幾多のゲームにおいて「狩る側」もしくは「護る側」であった瞳にとって、それは予想だにしない出来事であった。

 

能天気に前方を歩くアストルフォが、先のゲームで出会った修平のように、卓越した頭脳で物事の先の先を読んでいるようには思えない。

下手をすれば、ゲームの打倒について瞳の方が、より多くの思考を巡らしているかもしれない。

 

それでもーー

アストルフォという少年騎士は、何かを成し遂げてくれるのではないかという期待を抱かせるようなーー不思議な魅力を漂わせていた。

 

 

 

 

 

 

それから、歩くこと数十分――。

二人は、とある建物の前へと辿り着いた。

 

「おー、此処がカジノかぁ~! 思っていたより大きいなぁ~!」

「はい……どうやらこの地図の情報に偽りはないようですね」

 

スマートフォンに映し出されている情報と目の前の建物を交互に見定める瞳。

その傍らでは、アストルフォが如何にも興味津々といった様相で、カジノ入り口の装飾を眺めている。

建物の周囲には、ある程度の感覚でかがり火が配置されており、夜の暗闇の中でもこの建造物を遠目からも視認出来るようになっている。

 

円形にそびえ立つそれは、石造りのもので、一見すると中世に建立された劇場を彷彿とさせる。

しかしその実、入り口には電光掲示板が構えており、「CASINO」という文字をド派手に投影している。

 

此処が殺し合いの場だからこそ、中世さながらの外見へ「カジノ」という最先端の娯楽を融合させるという、随分と手の込んだ建築は異様なものを醸し出していた。

これも創り手の拘りによるものなのだろうかーー

 

その異様さに逡巡する瞳――。

だが生憎と、彼女と同行するアストルフォにブレーキはない。

瞳を尻目にアストルフォは入り口へとテクテクと進んでいき、その扉へと手を掛ける。

慌てて瞳もそれに続いていく。

 

「アストルフォさん! せめてもう少し慎重に……」

「もーう、心配症だなぁ、瞳はぁ! こういう時は行動あるのみだよ!」

 

扉を開けたその瞬間、眩い虹色の光が目に飛び込んできた。

 

うひゃー、とアストルフォが感嘆の声をあげる傍らで、これはスポットライトによるものだ、と瞳が認識したその時――。

人工の光の向こう側より、一つの人影が姿を現わした。

 

「何者ですか!?」

「ようこそ、黒のライダー様。並びに粕谷瞳様。我々モンスターカジノはあなた方を心より歓迎いたします」

 

チェーンソーを構える瞳に全く怯むことなく、ディーラーの服を纏ったその中年男性は笑みを顔に張り付けている。

 

男の髪は白く、口髭もまた白い。

老いを感じさせる風貌ではあるが、その眼光はどことなく鋭い。

 

 

「おじさん、誰?」

「私は当カジノのディーラー兼支配人を務めさせていただいております。以後お見知りおきをーー黒のライダー様」

 

眉を顰めるアストルフォの質問に、男は無機質な声で応える。

 

「(この声はーー)」

 

瞳はその声色と言葉遣いに聞き覚えがあった。

 

実に数日ぶりにこの声を耳にしたと思う。

脳裏に浮かぶはシークレットゲームの説明会場での光景――。

 

自分が犯してしまった過ちを悔やんでいるからこそーー

脳に刻まれている、この忌々しい声を忘れ去ることなど出来はしない。

 

「アストルフォさん、お気付けください! 恐らくこの男はーー」

「こうして対面でお話しするのは初めてですよね、プレイヤーNo.2――いや、このゲームにおけるプレイヤーナンバーは『61』でしたか、粕谷瞳様」

「っ!? やはり貴方はーー」

「えっ何なに!? 二人は知り合いなの?」

 

シークレットゲームにおける自身のプレイヤーナンバーを告げられ、瞳の疑念は確信へと変わる。

表情もより一層険しくなり、憎悪の視線を男へと向ける。

 

瞳が最後に参加したシークレットゲームーー。

 

束の間の平穏は終わらせ、殺人ゲームを再開させてしまったのは他ならぬ瞳自身である。

殺人マシーンであった自身を受け入れてくれた仲間達を信じることは出来ず、理不尽に屈した瞳に非があるのは確かだ。

だが「リピーターズコード」なる悪意を差し向け、瞳の肩を押し、その惨劇をエンターテイメントのショーとして楽しんでいたであろう目の前の男(運営)をどうしても許すことは出来なかった。

 

やがて、瞳の怒りは臨界点に達しーー。

カジノ内にチェーンソーの乾いた音が鳴り響いた。

 

「瞳っ!?」

「貴方のせいでっ、私達はーー!」

 

怒れるメイドに、アストルフォの諫める声は届かない。

まるでロケットのように男の眼前へと迫り、チェーンソーを振り上げる。

 

誰がどう見ても、ディーラーを名乗る男の命は、風前の灯となっていた。

 

だがーー

 

ピ―――――というアラーム音が瞳の首筋から聞こえたとき、瞳は驚愕の表情を浮かべ、その動きを止める。

 

「「っ!!?」」

 

瞳もアストルフォも訳が分からないといった様子で、その場で立ち尽くす。

そんな二人の反応を目の当たりにし、男は再び笑みを浮かべる。

 

「それ以上余計な真似はしない方が良いですよ、粕谷瞳様」

「これも貴方の小細工ですか、『運営』っ!」

「私の意志によるものではありません、この施設が課したルールによるものですよ、その『警告』は」

「どういう意味かな?」

 

此方に向ける嘲笑が生理的に受け付けられないのだろうか、アストルフォは顔を顰めつつ、男に質問をする。

 

「今のは『警告』です。プレイヤーの皆様が心置きなく遊戯に興じられるよう、この施設内では一切の戦闘行為を禁止しております。誰かを傷つけ、殺すような不届きものが現れるのであれば、制裁として対象プレイヤーの首輪を爆破いたします」

 

誰かを傷つけ、殺すものーー

それは今まさに、瞳が仕出かそうとしていたことだ。

瞳とアストルフォの表情は一気に強張った。

 

「無論、戦闘行為の対象となるのはプレイヤーのみにあらず。運営側にいる私も含まれます。

ご理解いただけましたかな?」

「……。」

「ご理解いただけたならば、その得物をおさめていただくことを強くお勧めいたします。その首輪がある限り、あなた方の命運は我々が握っていることも夢忘れずに」

「――瞳、ここは抑えるんだ……。」

「――わかりました、アストルフォさん」

 

アストルフォの忠告を受け入れる形で、瞳はチェーンソーを静かに降ろす。

悔しさによるものだろうかーー表面上は平静を装ってはいるが、瞳のチェーンソーを握る手はぷるぷると小刻みに震えていた。

 

「賢明なご判断です、粕谷様。それでは、当施設についてご説明いたしましょう」

 

男はニヤリと笑い、懐より小さな硬貨を取り出し、二人に見せつける。

スポットライトに照らされたそれは、金色に煌めく。

 

「ご来場頂いたプレイヤーの皆様には、ささやかながらこの『ドリームコイン』を300贈呈します。この『ドリームコイン』はこのカジノのみならず、ゲーム会場全体でご利用いただける通貨とお考えください。当カジノは、この『ドリームコイン』を利用して4種類のギャンブルをお楽しみいただけます。皆様のコインは様々な景品と引き換えることが可能ですので、奮ってご参加ください!」

 

と、そこで男はカジノ中央部に高く掲げられた電光掲示板を指さす。

電光掲示板には以下の内容が点滅しながら表示されている。

 

ミネラルウオーター500ml 50コイン

乾パン 100コイン

幕の内弁当 500コイン

特やくそう 3000コイン

まほうのせいすい 3000コイン

ラブリーエキス 4000コイン

バニースーツ 5000コイン

バイク10000コイン

ワゴン車 15000コイン

クルージングボート 25000コイン

 

「現在交換可能な景品はあちらの掲示板に掲載されます。景品は定時放送を重ねる毎に追加されていく仕組みとなっております。より実用性の高いアイテムが追加される予定となっておりますので、何度も足を運んで頂くことを推奨いたしますーーおや? お二人ともどうなされましたかな?」

「――隣のアレは何なのさ?」

 

瞳とアストルフォは、当初は男に誘導されるがまま中央掲示板へと視線を向けていたが、今はその隣に設置されている掲示板の内容を凝視していた。

そこには以下のような内容が掲載されている。

 

魔王パム: 256倍

ジーク: 65倍

伊藤大佑: 19倍

ホメロス: 178倍

犬吠崎風: 113倍

 

 

「ほぉ…そちらが気になりますか。 それは後程ご説明させていただく予定でしたが、折角なので今ご案内させていただきましょう! それは当カジノが提供するメインギャンブル『シークレットゲーム』となります!」

「――っ!?」

 

シークレットゲーム。

嫌というほど聞き慣れた単語が飛び出したことで、瞳の表情は一気に強張る。

 

「当カジノにおかれましては、プレイルーム内に置かれているポーカー、スロット、ルーレットにてドリームコインを賭けた勝負を行うことが可能です。しかし、それだけではそこいらの平凡なカジノと何も変わらない…。参加者の皆様におきましても、さぞ刺激が足りないと思われることでしょう。」

 

カジノ内を見渡すと成程確かに、いくつものプレイテーブルが置かれてルーレットやトランプの類のものが置かれているし、様々なスロットマシンも用意されているようだ。

 

「だからこそ、我々は第四のギャンブルとしてこの『シークレットゲーム』をご用意いたしました。ルールはいたって簡単! 掲示板に表示されている五名の参加者のうち、次回放送までに死亡するであろう参加者を予想し、コインを賭けていただきます。 賭けの対象となる五名の参加者は放送毎に更新されていきます。 そして見事次回の放送時にBetした参加者の名前が読み上げられたら、報酬としてレートに応じたコインを獲得することが出来ます! ちなみにこのレートについては我々主催者側が設定したものとなります。レートが高いものほどそう簡単に死亡することはないと思われている参加者となります、逆にレートが低い参加者はーー」

「もういいよ」

 

男の流暢な説明はアストルフォの低い声で制された。

その言葉には明らかに怒気が込められている。

 

「ボクはそんな悪趣味なギャンブルに参加するつもりはないよ。だからこれ以上の説明はいらない。ボクのマスターが、こんな下らないものにエントリーされていると知っただけで十分だよ。すっごくムカついたから!」

 

ほほう、と男は挑発気味に笑う。

英霊(サーヴァント)に睨みつけられても一切動じる様子がないのは、余裕の表れなのだろうか。

瞳もアストルフォに同調し、言葉を重ねる。

 

「私もこのギャンブルに参加するつもりはありません。私たちはゲームの駒ではなく、生きている人間です」

「まさか、貴方からそのような言葉が発せられるとは思いませんでしたよ、粕谷瞳様。まあ良いでしょう……。先程も申し上げた通り、このカジノにはポーカー、ルーレット、スロットといったギャンブルも用意されております。ごゆるりとお楽しみください」

 

男は手元にある600のドリームコインをアストルフォへと手渡す。

300のドリームコインを二人分ということで、そこには瞳のコインも含まれている。

瞳は相も変わらず男への殺気に満ちていたので、直接手渡すのは敬遠したのだろうか。

アストルフォは黙ってコインを受け取った。

 

その後、男はカジノの奥へと立ち去ろうとするがーー。

ふと思い出したかのように、二人へと振り返る。

 

「先程も申し上げましたが、当カジノでは一切の戦闘行為を禁止しております。ただし、くれぐれもそれに託けて、当カジノでの籠城などを考えないように。ギャンブルを目的としない滞在については原則認められておりません。その場合当方から警告はいたしますが、それでも不当な滞在を続けられる場合は、首輪を爆破させていただきますので、あしからず」

「……。」

 

お前たちが考えることなどお見通しだ、と言わんばかりの視線を投げかけ、男は今度こそ店の奥へと消えていく。

瞳はただ悔しそうにそれを見届けるしかなかった。

冷静に考えれば、参加者集団が安全地帯に引き籠るなどしてしまうと、ゲームの破綻に繋がりかねないのでこの処置は当然とも言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

数分に及ぶ話し合いの末、瞳とアストルフォはカジノが提供するギャンブルでドリームコインを稼ぐことに決めた。

運営の掌の上で動かされていると思うと不愉快極まりないが、提示されている交換景品が魅力的なのは否定できない。

 

例えば、ワゴン車――。

今後会場を動き回り、多くの同行者を集っていくにはうってつけの景品である。

 

「それでは、どのギャンブルに挑戦しましょうか……。」

「う~ん、そうだなぁ~」

 

参加者の命を賭博の対象とする「シークレットゲーム」は論外とすると、残るギャンブルはスロット、ルーレット、ポーカーの三つである。

それぞれのルールが記載されている冊子がカウンターに置かれていたので、アストルフォはふむふむとこれに目を通す。

 

 

「よし、決めた! ポーカーに挑戦するよ!」

「ポーカーですか……。」

 

一体何故?と頭の上に疑問符を浮かべる瞳に、アストルフォは笑ってみせる。

 

「うーん、特に理由はないんだけどねぇ。直感でピピーッときたから!」

 

生憎と英霊アストルフォの理性は蒸発している。

彼の騎士は本能の赴くままに行動する。

彼の行動に理由は存在しない。

ただ単純に彼がそうしたいと思ったから、そのように行動しているだけだ。

 

はぁ…、と半ば呆れたような溜息を漏らす瞳ではあったが、今一度ポーカーの説明書を見返すと、アストルフォの選択も悪いものではないと考えた。

 

ギャンブルという性格上、元手が0になってしまうリスクもあるが、「ストレート」以上の役を揃えれば元手は数倍に膨れ上がる。

中でも「ロイヤルストレートスライム」という役を揃えれば500倍にもなるとのことで、リターンが大きい。

また、プレイヤーが行うのは配られたカードの取捨選択だけなので、決着も早い。

 

したがって、ポーカーという選択について特に反対しようとは思わなかった。

 

「ところで、これディーラーはどこにいるんだろう?」

 

ポーカーの席につくアストルフォはキョロキョロ周りを見渡す。

ポーカーというギャンブルには、ゲームの進行を司るディーラーの存在が必要だ。しかし今このプレイルームには、アストルフォと瞳しかいない。

 

「ふふっ、ポーカーですか。これはなかなか良い選択ですね」

「っ!?」

 

何処からともなく声が聴こえたかと思えば、先程の『運営』の男が、店の奥から舞い戻り、アストルフォたちのテーブルの対面についた。

 

「また君か……」

「生憎と人手が足りないのでね……。不肖私がポーカーのディーラーを務めさせていただきます」

「はいはい、もう分かったからさっさと始めて~」

 

これ以上無駄話をしたくないのだろうか、アストルフォはうんざりしたような表情で男を急かす。

瞳はというと、相変わらず男をただ睨みつけている。

 

「――それでは始めましょうか。プレイヤーは黒のライダー様で宜しいですね?」

「うん、ボクだよ」

「ドリームコインはいくらBETされますか?」

「ボクが所有する300コイン全部賭けるよ」

 

アストルフォはつい先ほど手渡されたコインをテーブルに放り投げる。

100コイン硬貨が3枚――。

これが現在アストルフォの所有する全ての財産となる。

 

「ほほう、流石は英霊……。思い切りが良いですね」

「アストルフォさん!いくら何でもそれはーー」

「やっぱり何かを得るためには、相応のリスクを背負わないとね!」

 

戸惑いの声を上げる瞳の眼前で、アストルフォは淡々とした調子で男からトランプのカードを受け取る。

 

配られたカードは下記の5枚となっていた。

 

K(剣)

3(剣)

7(スライム)

7(剣)

Q(盾)

 

「(『7』のカードが2つ……。ここはこの2枚だけ残して、スリーカードやフォーカードを狙うべきでしょうか)」

 

ポーカーというゲームに触れたことのない瞳ではあったが、ルールブックを読んだうえで、このギャンブルでは確率の計算と合理的な判断が必要になってくる、と理解していた。

 

何かしらの役を揃えるということを第一に考えると、この場面では『7』のカードを2枚だけ残して、他の手札を替えるのが安牌である。

 

「ほいっ、じゃあこれをチェンジで」

「っ!?」

 

しかし、アストルフォが切ったのはK(剣)、7(スライム)、Q(盾)の3枚――。

手札に残るは3(剣)、7(剣)の2枚――。

 

「(アストルフォさんが狙っているのはストレートフラッシュ!?)」

 

ストレートフラッシュは、5枚のカードの数字が連続して且つマークが同一であるときに成立する役である。

このポーカーにおいても、役を揃えたときの報酬は20倍となり、4番目に強力な役として位置付けられている。

この場合、交換で4(剣)、5(剣)、6(剣)の3枚を得ると役が成立となる。

 

「それでは、3枚のカードを交換します。配布されたカードの内容をご確認ください」

 

しかし、アストルフォの目論見も空しく、新たに配られたのは10(スライム)、5(盾)、7(王冠)の3枚――。

最終的な手札は以下の通りとなる。

 

3(剣)

5(盾)

7(王冠)

7(剣)

10(スライム)

 

「残念ながら、役は不成立。カジノ側の勝利となります。」

 

ストレートフラッシュどころか、下位の役も成立せず、ゲームに敗れてしまった。

 

「う~ん、そう簡単に上手くはいかないかぁ……。」

 

結果を聞いたアストルフォは大いに落胆し、そのままテーブルへと顔を埋める。

よほど悔しかったのか、呻き声と共に足をばたつかせる始末だ。

 

「アストルフォさん……」

 

落ち込む英霊の姿に、どのような声を掛けるべきか瞳は逡巡する。

とその時、テーブルに伏せていたアストルフォが突如立ち上がり、瞳へと詰め寄ってきた。

 

「ひ~~と~~み~~!」

 

思わず「ひゃい!?」とらしくない声を上げ、顔を赤らめる瞳の目と鼻の先にはアストルフォの整った顔がある。

 

「さっきのコインあるよね? あるよね?」

 

さっきのコインというのは、運営から受け取った瞳の分の300コインである。

先程の曇った表情から一変し、アストルフォは目を輝かせながら、ぐいぐいと瞳に接近していく。

 

失意の中、アストルフォは瞳が受け取った300コインの存在を思い出し、こうしてせがんでいるのである。

 

「えーと、どうぞ(ち、近い……。)」

「わーい、ありがとう、瞳~!」

 

目をキラキラと星のように輝かせ、異常接近してくるアストルフォに抗う術はなかった。

元々自分はギャンブルを行う柄ではないと理解はしていたので、一層のこと目の前の少年騎士に自らの運命を託してみるのも悪くないと思った。

この人なら何かを成し遂げてくれるかもしれないーーそういった根拠のない期待もあったのも事実だ。

 

 

「――ゲームを続行させていただきます。プレイヤーは引き続き黒のライダー様、賭け金は前回と同様、300コインで宜しいですね?」

「うん、それで問題ないよ」

「それでは、手札を配りますので、カードをご確認ください」

 

手慣れた手つきで男から配られた5枚のカードは以下の通り。

 

A(スライム)

4(スライム)

A(王冠)

10(スライム)

2(スライム)

 

 

「(っ!? スライムのカードが4枚も! ここは王冠マークのAを切り、もう1枚のスライムを狙うのが無難でしょうか……。)」

 

うーんと、頭を悩ませるアストルフォの後ろで、瞳は、5枚のカードのマークを統一させる「フラッシュ」こそ、狙うべき手番であると考えた。

だがーー。

 

「(いいえ、例え『フラッシュ』が完成したとしても得られる報酬は四倍程度。先程の勝負での選択を鑑みると、ハイリターンを望むアストルトフォさんが狙うのは、恐らく……)」

 

ロイヤルストレートスライム。

スライムマークの10、J、Q、K、Aを揃えることで成立する最強の役。

500倍の報酬を得られるこの役こそ、アストルフォが狙っている一手ではないだろうか。

数学的に成立するこの役が成立する可能性は極めて低い。

 

まさに一世一代の大勝負。

 

 

「(分かりました、アストルフォさん。不肖、この粕谷瞳。貴方の大勝負、見届けさせていただきます!)」

 

決意と共に、瞳はアストルフォが座る椅子の背を強く握りしめた。

しかし次の瞬間、強張った瞳の表情は崩れ去ることになる。

 

「これを交換で!」

「はぁ…?」

 

拍子抜けする瞳の眼前にあるのは棄てられた三枚のカード。

 

4(スライム)

10(スライム)

2(スライム)

 

手元に残るはAの二枚。

 

「(ここに来てAのスリーカード、フォーカード狙い!? アストルフォさんの考えていることが理解出来ません)」

 

見当違いだったかーー。

大穴狙いでもなければ、安牌でもない。

全くもって合理性の欠いた選択に、瞳はこの少年に全てを託してしまった自分の判断を呪った。

 

だがーー

 

「ファイブカード成立! おめでとうございます! 黒のライダー様の勝利となり、Betされたコインの50倍、15000コインの獲得となります!」

「っ!?」

「やったー!」

 

人々が不可能だと思う事柄を悉く覆すのが英霊である。

4枚のAカードとJOKERを手札に揃え、嬉々とする少年騎士に呆然とするメイドは尋ねる。

 

「アストルフォさんは、この結末が読めていたのですか……?」

「ううん、僕には先の未来のことなんか分からないよ。それに頭を捻って小難しいことを考えるのも好きじゃない」

「……?」

「ただ直感に従っただけさっ!」

 

アストルフォは、屈託のない笑顔で明朗に応えてみせた。

 

その笑顔が瞳にはとても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

「それでは、またのご来場をお待ちしております」

 

 

頭を下げ送り出すカジノオーナーを背景に、アストルフォと瞳はカジノの外へと歩みだす。

二人の眼前には、先程のポーカーで勝利し獲得した15000コインで換金したワゴン車が用意されていた。

 

運転はボクに任せてよと、アストルフォは意気揚々と駆け出し運転席へと乗りこむ。

瞳もやれやれ、といった笑みを浮かべながら、これに続こうとしたがーー。

 

「粕谷瞳――。」

「っ!?」

 

唐突に声色を変えたカジノオーナーの声が耳に入り、咄嗟に振り返る。

閉まりゆく扉の向こうには、運営の男が鋭い眼光でこちらを見つめていた。

 

「この腐った世界で尚、信念を貫きたいと願うなら、自らの手で現実を書き換えてみせろ」

「っ!? それは、どういうーー」

 

だが困惑する瞳の問いかけを待つことなく、その扉は閉ざされてしまった。

 

「瞳、何しているのー? 置いていくよー!」

「あっはい、申し訳ございません。只今参ります」

 

アストルフォの掛け声で我に返った瞳は、慌ててワゴン車の助手席へと駆けこんだ。

 

「(今のは、一体……?)」

 

募る疑念と不審――。

カジノへと引き返して、先程の発言の真意を問い質したい気持ちもあるが、今はとにかく時間が惜しい。

 

男の言う「現実」へと抗うために、今はより多くの仲間を集める必要がある。

だからこそ、今はカジノへ引き返すべきではない。

 

「よーし、出発~!!!」

 

そんな複雑な思考を胸抱く瞳を他所に、アストルフォは元気一杯にアクセルを踏み、ワゴン車はカジノを跡にした。

 

 

粕谷瞳とアストルフォによる反抗(リベリオン)はまだ始まったばかり。

 

 

【C-7 カジノ付近/一日目/黎明】

【黒のライダー@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康、ワゴン車運転中

[服装]:いつもの服装

[装備]:触れれば転倒!

トラップ・オブ・アルガリア

@Fate/Apocrypha、恐慌呼び起こせし魔笛

ラ・ブラック・ルナ

@Fate/Apocrypha

[道具]:基本支給品一色、スマホ、乙女の貞節

ブライダル・チェスト

@Fate/Apocrypha、ワゴン車@現実

[首輪解除条件]:首輪解除条件を達成した参加者が24名以上になる。なおこれはすでに死亡した参加者もカウントする

[思考]

基本:殺し合い? そんなの認めないよ!

0:ライダーの本領発揮だね!運転は任せてよ!

1:マスターとルーラー……あと赤のセイバーも探そう!

2:知らない間にマスターが令呪を使いすぎていないかすっごく心配

3:赤の陣営、特に天草と赤のアサシンは警戒

4:黒のアサシンって確か倒されたはずだよね……

[備考]

※参戦時期は空中庭園の迎撃術式を全部破壊し、墜落したときからの参戦です

 

 

【粕谷瞳@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]:健康

[服装]:いつものメイド服

[装備]:チェーンソー@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品一つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:第四回放送終了時まで、12時間以上同じエリアに留まらない。もし12時間以上同じエリアに留まった場合、首輪は爆破される

[思考]

基本:なるべく多くの人を助けて、この会場から脱出する。危険な相手に関してはなるべく無力化の方針

1:アスフォルトさんと共に行動。

2:首輪解除条件の変化を懸念

3:アスフォルトさんがまさか男だったなんて……

4:もし黒河正規と出会ってしまった場合、私は……

5:機会があれば、カジノオーナーへ真意を問い質したい

[備考]

※参戦時期はCルート死亡後からです

粕谷瞳のスマホの特殊機能は、『現在いるエリア及び隣接するエリアにいる参加者のスマホに対し、メールの送信を行うことが出来る』。彼女たちは知らないですが、メールの内容は主催側も確認できるようになっています。ただし別に主催側でのメール内容改竄等の干渉は行いません。

※モンスターカジノではドリームコインを基に「スロット」、「ポーカー」、「ルーレット」、「シークレットゲーム」の4つのギャンブルに挑戦することが出来ます。交換できる景品については放送を乗り越えるごとに、追加されていきます。尚、カジノ内では一連の戦闘行為は禁止されております。戦闘行為やギャンブル以外の目的でのカジノ滞在を行った場合は、運営側の判断で首輪を爆破させられる恐れがあります。

 



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セミラミス様が見てる/三好夏凜、グレイグ、阿刀田初音、赤のアサシン(反骨)

 

 

自らをグレイグと名乗った大男が語った内容は、まるで突拍子もないものだった。

 

魔王に支配されてしまったという「ロトゼタシア」という聞いたこともない土地のこと。

グレイグ自身が「デルカダール」という王国の将軍であったということ。

今は「大樹の勇者」イレブン達と共に、旅を続けているということ。

 

まるで年頃の少年少女が好むゲームのような荒唐無稽な話ではあるが、大の大人が真剣な眼差しで語り掛けてくるものだから、無碍にすることは出来なかった。

 

次に夏凜が自らの出自と友人達について、掻い摘んで説明すると、怒涛の質問攻めにあってしまう。

歳の離れた男性から問い詰められる経験があまりなかった夏凜は、困惑を交えながらもその悉くに対して、端的に答えていった。

夏凜と会話するグレイグは、険しい顔をしながら腕を組み、時折考え込む素振りを見せていた。

 

当初は全く話の噛み合わなかった二人であったが、どことなくぎこちない会話を経てから、やがて一つの結論に辿り着くーー。

 

「信じられないことだが、俺たちが元いた世界は全く異なるようだ。」

 

「唯一の共通点は『勇者』という存在だけど、グレイグさんのところと、私たちのところではまた意味合いが違うのよね。何だか、頭が痛くなってきたわ……。」

 

グレイグが認識している「勇者」とはイレブンーー。

魔王との戦いを宿命とする「勇者」の生まれ変わりであり、当初グレイグとは誤解もあり対立していた。

だが紆余曲折を経て、今では魔王打倒のため、共に旅をしている仲間であるとのことだ。

 

それに対して、夏凜達は『神樹様』によって選ばれた対バーテックスとしての人類の要、「勇者」である。

 

共に世界を背負うという意味では共通はしているが、対峙する敵は異なり、「勇者」を取り巻く環境もまた異なっている。

今後お互いの知り合いと出会うことがあれば、この「勇者」に関わる認識の違いを念頭にコミュニケーションを取るのが正解となるだろう。

 

「それでーー」

 

 と、ここで夏凜は話を切り替える。

 

「グレイグさんの、首輪解除条件は何だったの?」

 

 お互いの素性は把握できたし、知り合いの情報も交換ができた。

 ここから先は今後の行動についてだ。

 当然、二人の行動方針は「仲間達との合流」、「殺し合いの打倒」で一致している。

 今後、共同戦線を張るにしろ、仲間の解除条件は把握しておきたい。

 把握しておきたいが、既に夏凜は嫌な予感がしていた。

それを確かめるために、敢えて尋ねてみた。

 

「む…? たしか、あの『ファヴ』というものが、この『すまーとふぉん』なるものに条件が記載されていると言っていたがーーすまない、使い方がさっぱり分からない。」

 

「やっぱり、そうなるわよね……。」

 

 予感的中――。

 グレイグの話を聞く限り、どう考えても『ロトゼタシア』なるファンタジーチックな世界に、スマートフォンなどという最先端技術が普及しているとは思えなかった。

 

 

 「あーもう、仕方ないわね」と溜息交じりに、夏凜はスマホの使い方をグレイグにレクチャーする。

グレイグは面目なさそうな感じで夏凜の教えを乞うこととなるが、夏凜の不満はグレイグに向けられたものではなく、スマホの使い方が分からないような参加者を無理やりに集めた挙句、スマホの利用を必須とするゲームを強制させたファヴに向けられていた。

 

 一通りの使い方をレクチャーした後、グレイグの許諾を得て、二人で一緒に彼の首輪解除条件を閲覧することにした。

そこには以下の条件が記されていた。

 

――「勇者」を二人以上殺害する

 

「何よ、これ……。」

 

その条件を見た瞬間、夏凜の表情は曇り、横目でチラリとグレイグの様子を窺う。

この条件が意味するところは、自分を含めた「勇者部」のメンバー、それにグレイグの仲間であるイレブンが首輪条件のターゲットとなるわけだがーー。

 

「実に趣味の悪いーー吐き気のする条件だ……。」

 

グレイグは憤怒の表情を浮かべていた。

この首輪解除条件から想起されるのは、主催者の悪意――。

グレイグの出自を把握したうえでーー、いや、もしくは初期のスタート時点での配置から「勇者」で夏凜と徒党を組むと察したうえでのこの首輪解除条件を割り当てている可能性だって否定しきれない。

いざこの首輪条件を見たときに、グレイグや夏凜がどのような反応をするのか、それを愉しんでいるのかと考えると、腸が煮えくり返りそうだ。

 

グレイグは、動揺する夏凜の様子に気付いたのか、真っ直ぐに夏凜の瞳を見つめて宣言する。

 

「夏凜、誓って言おう。俺は運営(やつら)の思い通りには動かない。自らの保身の為に君や、君の仲間を傷つけることは絶対に行わない。だから俺を信じてほしい」

 

夏凜はまだ落ち着いていない様子であったが、グレイグの言葉にはコクリと頷く。

 反射的にグレイグの反応に注意してしまったが、先程身を挺して助けてくれた彼が、この首輪条件のために、自分や友奈達を殺して回ることなど冷静に考えるとあり得ない。

 

「ええ、ごめんなさい……。私もグレイグさんが私たちに襲い掛かるとは思ってはいないわ。ただ、少し動揺してしまっただけーー。」

 

それ以上にーー。

「勇者部」が運営(たにん)の悪意に晒されていることがショックであったのだ。

 

ようやく、落ち着きを取り戻した夏凜とグレイグは橋を渡り、南下をする。

 当面の目標は仲間達の捜索であるが、まずは南東の島で他の参加者を探し、その後電車を利用し他の島の捜索へ移行していくという算段であった。

 

ちなみに、夏凜の首輪解除条件は「10万分の『ドリームコイン』の獲得」であったが、「ドリームコイン」なるものはよく分からないし、運営から提示された条件を「はい、そうですか」と従うつもりもないため、無視することとした。

 

ただし、他の参加者に警戒する可能性もあるため、「他人の殺害」を条件とするグレイグの条件は他の人に公言しない方が良いかもしれない、と夏凜はグレイグに忠告した。

 

 やがて、二人の足取りが駅近くへと差し掛かった時、グレイグと夏凜は、大声で泣きわめく少女の声を耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それで、その夏彦って奴があんたに、その……乱暴しようとして、命からがら逃げて来たってわけね……。」

 

「はい、なのです……。」

 

「許せん! このようなか弱き少女を手に掛けようとするとは、その夏彦という男――卑劣極まりない外道だ!」

 

 

 

――  計  画  通  り  !

 

 

 近くに誰かがいることは、『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』の特殊機能で分かっていました。

 

 最初に出会ったフードのお兄さんのように、殺し合いに乗っている人がやってくる可能性もありましたが、初音の悲鳴を聞きつけて、ノコノコとやってきたのがお人好しのお馬鹿さん達で良かったのです。

 

 二人は、すっかり初音の言っていることを信じてくれているようなのです。

 

 

「本当よね、背を向けている人間に対して、容赦なく発砲するなんてーー。これ当たり所が悪ければ死んでいるわよ……。」

 

「外道メー」

 

 

 そう言って傍らに義輝という精霊さんを従えている夏凜は、初音の制服のリボンをギュッと肩口に縛り付けて、怪我の手当てをしてくれました。

 

 

――見た目はキツそうですけど、優しい女の子ですね……お間抜けさんですけど

 

 

 この肩の怪我は、この島へと渡る前に初音が自分自身を撃って付けたものなのです。

 如何に夏彦が危険なのかーーそれを他の参加者に知らしめるために行いました。

 銃撃は焼けるように痛かったですけど、夏彦を排除するためであれば必要な痛みなのです。

 

 更に初音が身に纏う制服も、所々に傷を入れたり、しわくちゃにしたりしてわざと乱しておきました。

 これで夏彦は殺し合いに乗っているだけではなく、大祐のようなスケベさんであることも吹聴出来ます。

 女子からの印象は間違いなく、最悪でしょうね。

 

――うふふふふっ、これも初音に大人しく殺されなかった夏彦が悪いのです。

 

 ついでに、夏彦だけじゃなくて、ピンク色のフードの男が殺し合いに乗っているということも教えておきました。

 まあ、これは事実ですしね。

真実を織り込むことで、夏彦が殺し合いに乗っているという嘘情報も真実味を増すというものなのです。

 

 さてと……これから、どうしましょうか、と初音が次の一手について考えていると、顎鬚のおじさんが声を上げました。

 

 

 

 

 

 

「何だ、あれは? 爆発か?」

 

 西の島の市街地から火の手が上がっていることに気付いたグレイグが、声を上げると、夏凜と初音はそれに釣られて爆心地の方角を見つめる。

 

「あそこは、さっきまで初音がいた場所なのです。もしかするとーー」

 

「参加者同士が争っている可能性があるわね……。その夏彦って奴もいるかもしれない」

 

 「夏彦」という単語を聞いた瞬間、初音はぶるりと身を震わせた。

 恐らく、先程その夏彦に襲われた記憶がフラッシュバックしてしまったのだろうと、グレイグは憐みの視線を初音に向けた。

 

「夏凜――君は初音と共に、アリスランドの中で待機しておけ。 俺は橋を渡り、様子を見てくる」

 

「ちょっと待って、それなら私がーー」

 

 唐突な提案に夏凜が反論しようとするが、それもまたグレイグの言葉によって遮られる。

 

「いいや、ここは私が行くべきだ。 君はともかく初音には休息が必要のようだ……。年齢の近い女性である君が側にいてあげたほうが、彼女のケアにも繋がる」

 

「っ!!? わかったわ……。」

 

 夏凜は初音を横目で確認した後、渋々とグレイグの提案を受け入れた。

 初音は今でも怯えている様子であり、「勇者部」の一員として、傷ついた彼女を助けてあげたいという気持ちに逆らうことは出来なかった。

 

「ごめんなさいなのです、二人とも。初音が弱いばっかりに……。」

 

「いいえ、初音。あんたが気に病むことじゃないわ。 悪いのはこの殺し合いを仕向けた連中と殺し合いに乗るような連中よ。 安心しなさい、勇者部員としてあんたは私が護るから!」

 

「グスッ、夏凜……、ありがとうなのですー!」

 

「わっわっ! ちょっと急に抱きつかないでよっ!」

 

涙ながらに抱きついてきた初音に、夏凜は顔を紅潮させ慌てふためく。

そんな二人の様子をグレイグは、微笑みを交えながら観察する。

 

「それでは行ってくる」

 

どうやら、彼女達二人は上手くやれそうだな、と安心したグレイグは踵を返そうとするがーー

 

「グレイグさん、ちょっと待って! この子を使ってあげて。私の支給品よ」

 

「むっ、こいつは……。」

 

呼び止められ、振り向いた先――

夏凜の傍らには白馬がヒヒン、と鼻を鳴らしていた。

 

「えーと、そのーー私は上手く乗りこなせそうにないだろうし、この子を活かせることは出来ないだろうから……。」

 

やはり、まだ年上の成人男性とのコミュニケーションには慣れていないのだろうか、夏凜の説明はしどろもどろであった。

不器用な言葉遣いにも、グレイグへの気遣いと気恥ずかしさを感じ取ることが出来た。

 

「成程、恩に着るぞ、夏凜。そちらは任せたぞ」

 

 そんな彼女に対して、グレイグは簡潔な言葉で謝礼を述べると、早速馬の上へと跨った。

 初音と夏凜、二人の少女はその姿を見上げる。

 甲冑姿の大男が、馬に騎乗する姿はやはり様になっていた。

 

「ええ、『勇者』として必ず初音を守り抜くわ!」

 

「気を付けるのですよ、グレイグ」

 

「ああ無論だ、すぐに戻るからな。ハァアッ!」

 

掛け声とともに、グレイグを乗せた白馬は、見送る二人の少女を背景にして、大地を駆けて行った。

 

 

しかしーー

 

グレイグはまだ知らない、先程保護した少女に偽の情報を吹き込まれているということを。

グレイグはまだ知らない、彼の向かうその島には、かつての宿敵(とも)がいるということを。

 

 

【G-8/橋の近く 一日目・黎明】

【グレイグ@ドラゴンクエスト11】

[状態]:健康、乗馬中

[服装]:デルカダールの鎧姿

[装備]:竜の盾@魔法少女育成計画

[道具]:基本支給品一色、スマホ、不明支給品2つ(本人確認済み)、イレブンの白馬@ドラゴンクエストⅪ

[首輪解除条件]:「勇者」を二人以上殺害する

[思考]

基本:戦えない者を保護しつつ殺し合いを打破する

1:橋を渡り、火事の現場へと向かう

2:その後、第一放送までにアリスランドへ戻り、夏凜と初音に合流する

3:魔王パムは放置できない。再会すれば必ず倒す

4:天川夏彦、フードを被った男を警戒

5:お前も参加しているのか、ホメロス……。

[備考]

※スマホの使い方が分からなかったため、まだ参加者名簿をはじめ一切を確認できていません

※参戦時期は少なくとも最後の砦編終了後からです

※夏凜と知り合いに関する情報を交換しました

 

 

 

 

 

 

「なんだ、これは。とんだ茶番ではないか」

 

 アリスランド城内の一室。

 赤のアサシンことセミラミスは心底呆れた様子で、使い魔を通してその光景を眺めていた。

 

 セミラミスは、使い魔の鳩を経由して、全てを視ていた。

 

後続の二人に先んじて駅前にやってきた金髪の小娘は、

 

突如スマートフォンを手に取るやいなやーー

それまで無機質だった表情を一変させーー

哀愁漂う泣き顔を造りだしーー

身嗜みを確認しては、わざと髪や衣服を乱れさせーー

大声を上げて助けを求めたのである。

 

そこにのこのことやってきた紅い少女と大柄な男は、金髪の少女を保護して、先程の情景へと至っているわけである。

 

その後、鎧を着込んだ男は、西の方角の火災現場へと向かい、残された二人の少女は、セミラミスが拠点としているこの城へと歩を進めている

 

「さてと、どうしたものか」

 

セミラミスはこちらへと向かってくる二人の少女の処遇を考える。

 

まず、あの金髪の小娘については要注意だ。

 

全てを視ていた自分からすれば茶番にしか見えなかったがーー

冷徹な顔つきから一変し、悲劇のヒロインを演じ他者の同情を勝ち取ったその様は見事であった。

殺し合いに乗っていると決めつけるには早計かもしれないが、二面性を持っているという意味においては警戒をするに越したことはない。

したがって、彼女から提供される情報については鵜呑みにしない方が賢明だろう。

 

 

次に、その金髪を庇うように先頭を歩く紅の小娘――。

 

あっさりとあの金髪の掌で踊らされているかと思うと、滑稽にもほどがあるがーー

時折傍らに現れるあの小人はーー使い魔か、何かか?

魔術の心得があるというのであれば、念のため気に留めたほうが良いだろうか。

 

 

まあ、何れにせよーー

 

まずは奴等と接触し、値踏みをするのも良いだろう。

 

奴等が利用するに値するか、否かーー。

利用するに値するのであれば、骨の髄まで有効活用させて貰うとしよう。

そうでなければ、首輪の解除の為に、早々にご退場願うとしよう。

 

 

「歓迎してやるぞ、小娘ども――。せいぜい、我を愉しませてみせよ」

 

“殺害の女王”は不敵な笑みを浮かべ、来訪者の到着をただひたすらに待つ。

 

 

 

 

 

 

夏凜はまだ知らない。今自分が守らんとしている少女が殺人者であることを。

初音はまだ知らない。今向かっている城の中にもう一人の“殺害の女王(キラークイーン)”がいることを。

 

 

二人の「女王(あくい)」と一人の「勇者(ぜんい)」。

 

 

それらが交わるときはもう間もなくーー。

 

 

 

 

【G-8/アリスランド敷地 一日目・黎明】

 

【三好夏凜@結城友奈は勇者である】

[状態]:正常

[装備]:勇者装束(変身中、満開ゲージ満タン)、義輝(消えたり姿を見せたり)

[道具]:基本支給品一色、スマホ(支給品として勇者システムのアプリ入り@結城友奈は勇者である)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件]:10万分の「ドリームコイン」の獲得

[状態・思考]

基本方針:勇者部の皆と合流して殺し合いから脱出。友奈に、謝る。

0 : アリスランドへと向かい、グレイグが戻るまで暫く休憩

1:初音は私が護らなきゃ

2:魔王パムは絶対に止める。次に会うまでに強くならなければ

3:天川夏彦、フードを被った男を警戒

4:勇者部の皆と合流。特に友奈は絶対に守らなきゃ

[備考]

参戦時期は勇者の章4話終了後です

※グレイグと知り合いに関する情報交換を行いました

 

 

【阿刀田初音@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】

[状態]正常、天川夏彦に対する恐怖(中)、左肩口銃傷(処置済み)

[服装]:いつもの服装(ところどころに傷や乱れ)

[装備]:無し

[道具]:基本支給品一色、初音のスマホ(特殊機能つき)、ジークのスマホ(特殊機能つき)、ペチカのお弁当@魔法少女育成計画シリーズ、青酸カリ@現実、コルト・パイソン@現実(残弾5)、コルトパイソン予備弾(36/36)、不明支給品1つ(本人確認済み)

[首輪解除条件] 首輪解除条件を満たしていない全プレイヤーの殺害及び定時放送のある6時間毎に最低一人のプレイヤーの殺害

[状態・思考]

基本方針:首輪解除条件に入ってる全てのプレイヤーの殺害

0 : 夏凜に付き従い、アリスランドへ向かう

1 : 暫くは夏凜を利用する

2:引き続き、自分が生き残るため利用できそうなプレイヤーの捜索

3:第1放送までに首輪を爆破される心配はないので、今は無理に人殺しは行わない

4:参加者間に天川夏彦の悪評を広める

5 : 第1放送後に、機を見て身近にいる参加者を殺害する(現在の最有力候補は夏凜)

 

[備考]

首輪解除条件について

6時間毎にプレイヤーを殺害できないまま定時放送が始まり条件未達成となると同時に首輪が爆発、死亡します。

※参戦時期はAルートの死亡後です

※初音に支給されたスマホの特殊機能は、『殺害したプレイヤーの特殊機能が利用できる』です。現在ジークに支給されたスマホの特殊機能が初音のスマホで利用できるようになっています。

※ジークに支給されたスマホの特殊機能は、『半径20m以内に他のスマートフォンが接近すると警告をする』です。新規のスマートフォンが20m以内圏内に接近すると、1分間バイブレーションで所有者に警告します。また所有者の意志で当該機能をOFFにすることも可能です。

 

 

 

【H-8/アリスランド城内 一日目・黎明】

 

【赤のアサシン@Fate/Apocrypha】

[状態]:健康、魔力消費微弱(使い魔を使役中)

[服装]:いつもの服装

[装備]:なし

[道具]:基本支給品一色、スマホ(特殊機能『解除条件ダミー』付き)、毒リンゴ(現地調達+自分で生み出した毒、特殊機能を隠すためにこれが支給品だったと言い張る予定)、不明支給品一つ(確認済み)

[首輪解除条件]:二人を殺害する。期限は無いが、第三回放送までに条件を満たせていなかった場合は、『シロウ・コトミネの目的』が全生存者にメールで送信される(※その時点でセミラミスが死亡している場合は送信されない)

[思考]

基本:シロウとともに空中要塞へ帰還する。このゲームに大聖杯が絡んでいれば、大聖杯を奪還した上での生還。

0:此方へと向かう少女二人を城内へと招き入れ、利用するか排除すべきか判断する

1:当面は城を拠点として待ち伏せ。通行人を言いくるめて駒にするか利害の一致による協力関係を結び、脱出と敵対サーヴァントを排除する手段を探る。

2:第三回放送までに、殺しても問題なさそうな参加者二人を殺害して首輪を解除する。ただし、すぐに首輪を外すのは避け、なるべく他者が解除するのを見てから外したい。

3:当面は他の参加者とは不戦協定を結び、殺す時も謀殺を中心として立ち回る。

4:スノーホワイトとは優先的に接触しておきたい

5:マスターについては、帰還してからツケを払ってもらう。『自分を殺すつもりだったのか』という胸の痛みは…………無視する。

6:ユグドミレニア城が近くにあるのが気がかりだな……人手がある程度あつまったら、黒のサーヴァント共が集まっていないか斥候を出すべきだろうか

7:金髪の少女(初音)を警戒。

[備考]

※参戦時期は、黒のアサシン討伐の報告を受けた後(原作の4巻1章終了時)です。

※ジークという名前を知らないため、ジークフリートに憑依するホムンクルスが参加していることには気づいていません。

※スマホの特殊機能は『首輪解除条件を表示する画面を改ざんできる(違う条件に書き替えることが可能)』です。書き替えが行われている限り、仮に『解除条件を読み取るタイプの特殊機能』を使われた場合でも、偽装されて表示されます。ただし、あくまで違う条件であるかのように偽装表示されるだけであり、解除条件そのものが変わるわけではありません。

※G-8の駅周辺に偵察用の使い魔(鳩)が一羽放たれました。セミラミスの支給品です。

※アリスランド中央の城正面入り口に、魔術による捕縛のトラップが設置されました(アニメ7話で教会に設置した仕掛けと同じものです)。セミラミスの招待なく侵入した者に対して発動します。

※使い魔(鳩)を通じて、初音がグレイグと夏凜を誘い込む一部始終を目撃しております



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