君の名は、 (柚子丸)
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出会い
邂逅


ついに1月3日に「君の名は。」の地上波初放送が行われましたね!
ここでドハマりした方も多いのではないか・・・と愚考します
映画でハマった人も、テレビでハマった人にも楽しんでほしいなぁと思って執筆させていただきます
どうか最後までお付き合いください

では第1話です


「あの!」

 

俺は女性に声をかける。

なぜかはわからない。

普通に考えればナンパだ。怪しい男だ。

でも、俺たちの間には何かがある。このまますれ違って終わってしまってはダメだ。仕事?知ったことか。この女性は絶対に手放してはいけない。この人は俺の≪かたわれ≫なんだ。

そんな気がして、衝動的に声をかけた。

 

「君を、どこかで!」

 

知らない男性に声をかけられた。

いつもの私だったら、怖がっていただろう。

またナンパかな…と悲しい気持ちになっていただろう。

しかし、今の私は喜んでいる。

なぜかはわからない。

私たちの間には何かがある。このまますれ違って終わってしまってはダメなんだ。仕事?そんなのは二の次だ。この男性とは離れ離れになってしまってはいけない。この人はわたしの≪かたわれ≫なんだ。

そんな気がした。

その男性の方を振り向く。

なぜか涙がぽろリと流れる。

見れば、その男性も涙を流している。

なぜかこの人と共に涙を流せることが無性に嬉しい。

私は、何の根拠もなしに言う。

 

「…私も!」

 

俺は

私は

「せーの」で言ったかのように、問いかける。

 

「「君の名前は?」」

 

俺は男として、先に答える。

 

「瀧です。立花瀧」

 

「瀧」という名前には、妙に聞き覚えがある。

まるで、パズルのピースがはまるかのように腑に落ちる。

さて、次は私が答える番だ。

 

「三葉。宮水三葉」

 

「三葉」か、どっかで聞いたことがある。

まるで、パズルのピースがはまるかのように腑に落ちる。

 

「瀧…瀧君…」

「三葉…三葉…」

 

私たちは互いの名前をかみしめるかのように反芻する。

 

「なんていうか…宮水三葉という名前にも、やけに聞き覚えがあります…。おかしいですよね」

「フフ…。私もあなたの瀧という名前には、聞き覚えがあります。お互い様です」

「ハハハ、本当に不思議です。なんで宮水さんを追いかけて電車を降りて駆け回ったのか。どこかで会った気がするからって、どうしてここまで…」

「何か…何かあったんじゃないでしょうか?忘れてしまった何かが、私たちの間に」

 

何か、か。

きっとそうなんだろう。

でも、その大切であっただろう何かは思い出せない。

無性に歯がゆい。

それは宮水さんも同じようで、会えて嬉しいけど思い出せなくてもどかしいという気持ちが表情から伝わってくる。

忘れてしまったであろう二人の思い出は、どうやら出会って名前を確認しただけでは、どうも思い出せないらしい。

でもまぁ、いいや。

二人で、ゆっくり思い出していけばいいんだ。会えただけで良しとしようじゃないか。

 

「あの、これ…俺はこういう者です」

 

立花君が名刺を渡してくれた。

ふぅん、22歳、新社会人なんだ。

なんか年下って感じがしないんだけどな。

建築業界で働いているみたいで、内装・外装のデザインに携わっているらしい。

一度、テッシーと会わせてみたい。

テッシーは、彗星災害を期にお父さんに「俺に家業を継がせろ」と言ったらしく、勅使河原建設は勅使河原克彦社長自らによる独創的な外装デザインでぐんぐんと業界で評価を上げている。

もしかしたら、気が合うかもしれない。

さて、それじゃあ今度は私が名刺を差し出す番だ。

 

「はい、これが私の名刺」

 

宮水さんが名刺を渡してくれた。

なるほど、25歳、おれより3年先輩か、どうりでいきなりため口になったわけだ。

なんか年上って感じがしないんだけどな。

どうやらアパレル業界で働いているらしい。

お、この会社の名前…もしかして奥寺先輩の働いている会社と同じなんじゃないか?

奥寺先輩は、今は千葉のアパレル企業の支店で働いているらしいのだが、ちょうどいい、いつか宮水さんを紹介したい。

もしかしたら会ったことがすでにあるかもしれんけど。

しかし、電話やメールだけでやりとりするのはなんとも不便そうだ。

おそらく俺と宮水さんは幾度となくやりとりをするだろうから、手っ取り早い方法はないだろうか…?

そうだ!

 

「あの、あとこれ…俺のLINEのIDです。もしよければ…」

 

瀧君(年下だし名前で呼んでもいいよね?)が紙にささっとペンを走らせ、私に渡してきた。

なるほど、LINEならやりとりも楽ちんだ。

 

「ありがとう。じゃあ、これ…私のID」

「ありがとうございます」

「瀧君!!!」

「は、はいっ!」

 

いきなり怒鳴られた(´・ω・`)。

なんかしたっけ、俺。

 

「さん付け禁止、あと名前で呼んで?」

「えぇ!でも年齢…」

「なぜか、瀧君が年下という気がしないの。だから、さん付けで言われるのがすごい違和感があって…」

「あぁ、それは俺もです。宮水さんをさん付けで呼ぶのは違和感がすごいです」

「じゃあ、呼んで?」

 

うぅ…。そりゃあ、宮水さんは年上って気がしないけど…。

でも、年上云々の前に俺は女性はさん付けで呼んでるんだよ!

しかも下の名前って…無理だ!

 

「み…宮水…」

「なんか名字で呼び捨てにされると、私が年下みたいな気がするんやけど…。」

「ウッ、み…三葉」

 

うん、やっぱり瀧君には「三葉」と呼ばれるのがしっくりくる。

また一つ、パズルのピースがはまったような感覚だ。

あれ…また涙が…

 

「えっ、み…宮…」

「三葉て呼んで!」

「三葉…えっと、何で泣いて…」

「違うの…これは悲しいから泣いてるんやなくて…、嬉しいというか懐かしいというか…」

 

えっと…こういうときは…そうだ、ハンカチハンカチ……。

あ………。

瀧は気づいた。

時間が大変なことになっていることに…。

 

「あああああああああっっっっ!!!!」

「え、ちょ、どうしたんいきなり?」

 

三葉がびっくりしたように問いかける。

 

「時間!やばい!俺新卒!!!」

「あ…」

 

瀧君がいきなり奇声を発した理由がわかった。

時刻は8時45分。普通の企業なら始業まであと15分だ。

瀧君の職場がどこにあるかはわからないが、私にとっては絶望的だ。

私の場合は既に社会人4年目なので、「ちょっと体調悪くて。」で何とかなるけど瀧君は新卒だ。この時期の遅刻はすごく痛い。

そう考えるとなんだか申し訳なくなってくる。なんかごめん。

 

「い…急いで行ったら?私はいいから」

「そ…そうさせてもらう!じゃあ、LINEでまた今日中に連絡しますんで!」

「とにかく急げー!!!」

「了解~~~~っ!!!」

 

そう言って瀧君はまだ履きなれない革靴でつまづきながら走っていった。

 

「スーツ…似合ってなかったなぁ」

 

そう独り言を発して、そういえば私も今日は仕事がたんまりあったことに気づいて、ダッシュした。

 

いつもなら、時間に追われ、焦った表情になっているはずなのに。

なぜか二人は、笑みをうかべながら走っていた。

 




今でも読んでくれる人いるのかな?
とも思いますが、よく考えれば自己満足で投稿してるだけなんで、読んでくれる人がいるかいないかは割と気にしておりません。
でもやっぱり読んでくれると嬉しい(笑)。
ちなみに、なぜタイトルが「君の名は、」なのかというと、映画は「君の名前は?」と問いかけた段階で終わってしまいますが、この物語はこれから始まる物語なので句点ではなく読点にしたほうがいいかなと思ったからです。

第1話はプロローグにすぎません。
ここから瀧と三葉は忘れてしまった記憶を取り戻していきます。
どんな感じで取り戻すかは乞うご期待!


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LINE

タイトル通り、LINEでのやり取りが基本となります。


「遅れましたぁ!!!」

「あ、瀧!遅いぞ!!!」

「すいません!すぐに仕事にとりかかります!」

 

部屋に入った瞬間上司に怒鳴られた。

しかも、俺の顔がやけに清々しいからか、上司はずっとムスッとした表情のまま、俺をにらんでいる。

しかたないじゃん。嬉しいんだもん。懐かしいんだもん。

 

「たーきっ!」

 

いきなり手を肩に回された。びっくり。

 

「なんだ、司かよ」

「なんだとはなんだ」

 

こいつは藤井司。

高校時代からの俺の親友で、同じく親友の高木真太と共に建築巡りしていた仲だ。

司は内定8社ももらっていたくせになぜか俺のと同じ職場にやってきた。

もっといい職場はなかったのか?

 

「まさか、お前が遅刻するとはね。あの時以来か?」

「あの時?」

「高校のとき、お前やけに遅刻が多くなった時期があったじゃねぇか」

 

いまいち記憶がない。

俺が高校を遅刻…?

いや、そういえば高校2年生2学期の通知表に、身に覚えのない遅刻がいくつも書かれていた気がする。

まったく記憶にないんだが…何だったんだろうか?

 

「あの時のお前、なんか変だったし、もしかしたらまた変になる前兆か?」

 

ますますよくわからない。俺が変だった?

遅刻が増えただけで「変」と言われるのもおかしいし、俺あの時何してたんだ。

 

「俺、高2の時何してたんだっけ?」

「おいおい、記憶喪失まであの時と同じかよ」

「記憶喪失?」

「だってお前あの時、通学で迷い、パンケーキの値段を忘れ、バイト先を忘れ、なんか色々やばかったんだぜ?」

「え…なんだそれ?」

 

そんなことあったっけ?

もしかしたらストレスとかにやられてたのかもな?

高2のときはやけに楽しかった気がするのは、もしかしたら嫌なことをことごとく忘れて楽しいことしか記憶しなかった結果なのかもしれない。

 

「それに、人格も変わったみたいになってて、なんつーか女みたいな言動が多くなってたぞ?」

「女ぁ?」

「おう、奥寺先輩も瀧君は女子力が超高いとか言ってたぞ?」

 

なんだそりゃ気持ち悪い。

でも、俺があの彗星災害に興味を持ったのも、いきなり糸守に出かけたのもちょうど高2のときだったから、やっぱり頭が変になってたのかもしれん。

 

「おい!瀧!司!お前ら新入りの癖にペラペラと話しやがっていい度胸だな!」

「「は、はい!すいませんでした!」」

 

チッ、さすがに話し過ぎたか、上司に怒られた。

今日だけで俺の評価、だだ下がりだ。

あ、そうだ。

三葉に連絡するって約束してたんだった。今連絡しよう。

そしてニヤニヤしながら送信ボタンを押したら、また上司に怒鳴られた。

 

 

 

「宮水さん、どうしたの?遅刻なんてらしくない…」

 

同僚が心配して声をかけてくれる。

 

「いや、ホント、ちょっと体調が悪かっただけだから…」

「大丈夫なの?今日は休む?」

「いやいや、もう大丈夫だから、今日は仕事もたくさんあるし休むわけには…」

「そう?また悪くなったらすぐに言いなさいよ?」

 

心配そうにしながら周囲を見てくる。

実際に体調が悪いわけではないので、ちょっと申し訳ない。

しかも、仕事はある程度同僚が肩代わりしてくれるって言ってくれたし…助かるけど、心苦しい。

けど、そんなどんよりとした私の心を一気に快晴へと向かわせるメッセージがスマホに届いた。

 

『会社、間に合った?俺は間に合わなかった(T_T)』

 

自然と笑みがこぼれる。

間に合ったわけないじゃん。

と、心の中でツッコミを入れる。

 

『間に合わなかった…。大丈夫?怒られなかった?』

『結構怒られたけど、まぁ大丈夫』

『良かった!』

 

瀧君…絶対上司からの評価下がってるよ…。大丈夫かな?

でも、さすがにそこまで詮索するのもどうかと思うし、まぁいいや。

 

『今日、時間ある?』

『割と時間が無いけど…どうしたの?』

『いや、少し話したいなって思って』

 

ハッ、これは…まさかデートのお誘い…?

いや、瀧君はそんな人ではないのはさっき話した感じでも、このやりとりからでも伝わってくる。

ただ純粋に、私たちの間で昔あったであろう出来事について話したいんだろう。

そう考えると少し残念…。いや、欲張るな三葉!瀧君と私はまだ始まったばかりよ!

 

『わかった!7時までに終わらせるから!』

『え?大丈夫?』

『大丈夫!新宿アルタに8時に集合でどう?』

『了解(^_^ゞ』

 

 

 

「瀧!何ニヤニヤしてんだっ!!!!!」

怒鳴られた(´・ω・`)。




さて、これからどうやって瀧と三葉が記憶を取り戻していくのか…。
実はまだノープランです。
なのでゆっくりとしたペースで投稿になるかも。
リアルが多忙なのでさらにゆっくりになるかも。

平にご容赦をください…m(__)m。


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言の葉の庭にて 1

瀧君のバイト先の店名「IL GIARDINO DELLE PAROLE」はイタリア語で「言の葉の庭」という意味なんですね!


「なかなかお洒落なお店だね」

 

時刻は8時30分

俺は待ち合わせ場所に10分早く行ったはずなのに、三葉は既にそこに居た。

俺たちはその後、晩飯を食べにレストランへと来ていた。

 

「ここは俺が高校生のときバイトに来てた店なんだ」

「へぇ!すごい店でバイトしてたんだね。高校生でこんなお洒落なお店で…羨ましい…」

 

三葉がジトーッと見てくる。

その仕草がなんとも可愛らしい。

あらためて向き合ってみると、すごく美人だ。

清楚で美しく、お手本のような大和撫子。

でも、どこか仕草の一つ一つに可愛さが含まれていて、独身男性の描く理想の女性像って感じだろうか…って何考えてんだ俺は。

 

「み…三葉はどっかでバイトしたりしたことはあったのか?」

「ううん。私は高校2年の秋までは田舎にいたし、東京に出てきても忙しかったから…。」

「あ、そういうことなのか。」

「?」

 

三葉が首をかしげる。

こいつ、感情が表情とか仕草とかに結構出やすいタイプなんだな。

頭の上にクエスチョンマークが見える(比喩)。

 

「三葉、時々訛ってるじゃん。」

「えぇ!訛っとった!?」

「ほら、訛ってる」

「あ…」

 

えぇ…訛りが出ないように注意してたのに…。

うわーん、もしかして同僚にもバレてる?

 

「なんでそんなに恥ずかしがるんだ?」

「えぇ…だってなんか田舎者~って感じがするじゃん?」

「うーん、でも三葉は訛ってたほうがしっくりくるなぁ…俺は」

 

そこはかとなく「お前は田舎者」って言われてる気がする…のは気のせいかな?

でも、ありのままの私のほうがしっくりくると言ってもらえたのは素直に嬉しい。

 

「じゃあ…瀧君の前ではそうしようかな…?」

「あぁ、せっかくだし、俺の前では猫をかぶってほしくないな。」

「別に猫をかぶってたわけではないんやけどね…」

「そう、そっちのほうがしっくりくるよ」

 

なぜかはよくわからないが、三葉といえば方言!といった感じがするのだ。

会ったこともないのに何でそう思うんだろうか?

 

「なぁ、俺と三葉って…やっぱりどこかで会ったことあったけ?」

「…どうなんやろね」

 

二人が電車から降りてダッシュしたのは「この人だ」って思ったからだ。

瀧は「君をどこかで…!」と言ったし、三葉も「私も…!」と言っているから、二人ともどこかで会った気はしているのだ。

しかし、やっぱり会った記憶がない。

 

「三葉ってさ、どこ出身なの?」

「……」

 

三葉の表情があからさまに曇る。

 

「言いたくない?」

「うん…」

「そうか、じゃあ聞かないでおくよ」

 

瀧君は優しい。

私が嫌だと言えば、無理に要求したりはしないだろう。

でも、ここで言わなきゃ、私たちの記憶は蘇らない。

そんな気がしたから、私はやっぱり言うことにした。

 

「ううん、やっぱり言う。私は…糸守出身なの。」

「いと…もり…」

 

瀧君が目を大きく見開く。

 

「糸守ってあの…彗星が落ちた…?」

「そう、その糸守」

「そうか、だから高校2年の秋に東京に…?」

「うん」

 

岐阜県糸守町

2013年10月4日に地球に最接近したティアマト彗星が突如として分裂し、その片割れの隕石が落下した場所だ。

隕石は糸守町を破壊しつくし、地形をも大きく変え、元々あった糸守湖と共に瓢箪型の新糸守湖を形成した。

しかし、偶然にもその日は避難訓練が行われており、死傷者はほぼ0だったらしい。

その奇跡のような物語は日本中…いや世界中で伝えられ、「糸守の奇跡」として語り継がれている。

 

「もう…8年か…俺が中学3年生のときで…三葉は高校2年生だったのかな?」

「うん。あのときのことはもうあんまり覚えとらんなぁ」

「俺もだよ。ただ、なんだかすっげー楽しかった気がする」

 

単に箸が転んでもおかしいような年ごろだったってだけか?

いや、それは少女に対する言葉だったか。

 

「私もやよ」

「え?」

 

彗星が落ちた年なのだから、悲しい記憶が多いはずなのに、楽しかった?

どういうことだ?

そんな気持ちが表情に出てたんだろう。

三葉が手を顔の前で振って慌てて否定した。

 

「あ!もちろん彗星が落ちた時は悲しかったんよ!ただ…」

「彗星の悲しみを超えるほどの楽しいことがあったのか?」

「うん…ただ、その記憶も今では無くなってまって、いまでは忘れちゃったっていう悲しい感情しか残っとらんのやけど、でもやっぱり彗星が落ちる前はすごく楽しかった気がするんよ」

「俺もだ」

「え?」

「俺も、彗星を見た後、何かを忘れちまったっていう悲しい感情だけが残ってるんだ」

「…」

 

同じだ…。

私は彗星の落下を境にとても楽しかった大切なはずの記憶を忘れてしまっている。

瀧君も彗星を見たのを境に、やはり同じように記憶を忘れてしまっている。

その大切なはずの記憶とは、もしかしたら私たちの間にあった、大切な何かなのではないか。

 

俺たちはその大切な記憶を全て忘れ、何か大切なものを失ってしまったという感覚だけが残っているとしたら…。

あり得ない話ではない。

俺たちは互いの記憶を、まるで一瞬にして消え去る彗星のように忘れてしまったのかもしれない。

バカみたいに口をあんぐりと開けて、夢の景色のようにただひたすらに美しい夜空を眺めていたあの夜。

三葉は俺の大切な記憶を消え去る彗星と共に忘れてしまったのではないだろうか?

そして俺もまた然り…あの日、夜空を眺めながら

きっとそうなんだろう。

 

私は

彗星が落ちたあの夜。

私がわけもわからずサヤちんやテッシーと共に避難誘導をしたあの夜。

私は瀧君の、そして瀧君は私の。

互いの大切な記憶を消え去る彗星と共に忘れてしまったのではないだろうか?

きっとそうなのだ。

 

「「あの」」

 

声が重なった。

多分瀧君もも同じことを考えてたんだな…ってわかる。

その確信がある。

 

「三葉、先にいいぞ」

「うん…私ね、あの彗星が落ちた時、みんなが言うには彗星落下を予知してたらしいんよ」

「え…?」

 

瀧君は怪訝そうな表情…そりゃそうか。

私にだって記憶がないし、世界中の誰もが予想できなかった彗星落下をド田舎の一女子高生が予想してたなんて信じられない。

 

「それで、私は友達に頼んで避難誘導をしたらしいんよ」

「そりゃ…すげぇことをしたもんだな…」

 

田舎だから東京に比べれば幾分簡単かもしれないが、それでも高校生が糸守町中の人々を避難誘導するのは不可能ではないか?

 

「どうも、町の変電所を爆破して山火事をでっちあげて、防災無線をハッキングして高校から町中に放送したらしいんよ…」

「えぇ…そりゃまた…すげぇ行動力というか…よっぽど彗星が落ちるって確信があったんだな」

「私にも、内気な私がそんなことをしたなんて、にわかには信じられんよ…でも、まわりがみんなそう言うんよ」

 

でも、一つだけ引っかかることがある。

報道された事実と異なるのだ。

 

「確か報道されたのでは、町中で避難訓練をしてたって聞いたんだけど…」

「そういうことになっとるんよ」

「え?」

「さすがに3人だけでは避難させきることは難しくて、町長のお父さんにお願いして避難指示をだしてもらったんよ」

 

そういえば、たしか町長の姓は「宮水」だった気がする。

もっといえば隕石の落下地点ってちょうど秋祭りをしてた土地の氏神を祀る「宮水神社」じゃなかったっけ?

あれ、三葉って実は結構お嬢様…?

でもそれは今問題じゃない。

三葉が彗星落下を予知し、親父さんを説得し避難勧告を出させたのは紛れもない事実なんだろう。

親父さんが娘のために矢面に立ってメディアに出てたとすれば、説明がつく。

でも、そんなことをしたのに三葉の記憶がないのはあまりにも不自然だ。

もしも、さっき俺が考えたお互いにお互いとの記憶を失っているという仮説が正しいとすれば、そこに俺が関わっていることになる。

どういうことだ?

 

「どうして…そんなことをしたのに記憶にないんだ?」

「いや…厳密には避難誘導をした記憶はあるんよ」

「どういうこと?」

「その計画をした記憶がないんよ、気づいたら彗星落下を知っとっただけ」

 

計画をした記憶はない…?気づいたら彗星落下を知ってた?

ますますわけがわからない。

 

「気づいたら彗星落下を知ってたって…気づいたのは避難誘導中なのか?」

「うん…って、なんかおかしいな…?」

「あぁ、もしお前が彗星落下を避難誘導中に知ったとしたら、避難誘導の計画をしたのは誰なんだ?お前の周りの人はお前だって言ってるんだよな?」

「うん…でも、その記憶がないんよ」

「そんな記憶を忘れるなんて…もしかしたら、そこには俺が関わっているかもしれない」

「え?」

 

もし、さっき私が考えた仮説が正しいなら、そういうことになる。

 

「瀧君は、糸守に来たことがあるん?」

「ある。高校2年生のときに」

「え…?」

 

それでは辻褄が合わない。

瀧君が高校2年生の時は私は東京に出てきて大学に通っているわけで、糸守は既に彗星が落下した後だ。

たとえ、そのときに糸守に来たとしても私には会えるはずが無いし、関りがあったとは考えにくい。

どういうことなの?

 

「辻褄が合わないだろ?それは俺も承知してる。でも…もしかしたら、そこについても何か大切なことを忘れちまってるんじゃないかって思ってさ…ハハ、そんなこと言ってたら埒が明かねぇよな」

 

瀧君が自嘲気味に言う。

でも私は首を振って言う。

 

「うぅん。確かに辻褄は合わないかもしれんけど、多分そうなんよ」

「…でも、それじゃ訳がわかんないぞ」

「あんまり考えすぎもよくないんよ?ゆっくり思い出そう?」

「あぁ…」

 

瀧君がワインをグビグビっと飲む。

ワインってそんなに一気にのんでえぇもんなん…?

私はアルコールに大して強くはないからチビチビと飲む派なんやけど…でもここで飲まなくてノリの悪いやつと思われるのも心外やし…ええぃ儘よ!

と私もグビグビっと飲む。

後で考えれば、素直にアルコールに弱いと言っておけばよかったと思う。

 

「お、いい飲みっぷりだな!それにしてもこの店の飯は美味いだろう?」

「うん、ただ、どこかで見たことあるような気がするんよ…」

「もしかしたら一度入ったことがあるのかもな?」

「…」

 

三葉は釈然としなさそうな表情だが、瀧はあまりそのことは気にしなかった。

実はこれも三葉と瀧の過去の関係にかかわる事なのだが、二人がそれに気づくのは結構未来の話だ。

 

「俺は高校2年生のとき、やけに糸守に興味をもってたみたいなんだ」

「え…?でも、瀧君が高校生の時って、彗星が落ちてから3年後やよね?なんでいきなり…?」

 

その通り、ちょうど彗星災害の話も下火になってきたころに俺はいきなり糸守に興味をもちはじめたのだ。

 

「彗星災害ってよりも、糸守そのものに興味をもったんだよ」

「え?」

「ほら、俺って東京生まれの東京育ちでふるさとっていうのを知らないんだよ。だから、そのふるさとの感覚を糸守に見出してたんじゃないかな?だから、俺が興味をもってたのは彗星が落ちる以前の糸守だったみたいなんだ」

 

私は嬉しかった。

普通「私は糸守出身です」と言ったら百人中百人が彗星災害の話しかしない。

それで同情されるのが嫌で、出身地を隠してきた。

でも瀧君は彗星が落ちる以前の糸守が好きだと言ってくれた。

それが無性に嬉しくて、ぽろりと涙がこぼれる。

 

「え…なんで泣いてるの!?」

「…なんか、瀧君が彗星が落ちる前の糸守が好きだって言ってくれて…嬉しかったんよ…」

「…」

 

こういうとき、どうすればいいのかわからない。

というのは第1話でもおわかりいただけだだろう(メタぁ)。

とりあえずハンカチを渡す。

 

「ありがとう…」

 

三葉が涙をぬぐう。

その仕草になぜかドキッとしてしまう。こんなときにときめくなんて…俺ってやつは…。

 

「俺、そのとき糸守の彗星が落ちる前の風景とかを描きまくってたみたいでさ。多分ニュースとか新聞とかネットとかで見た写真を写してたんだと思うんだけど…。それで糸守にも出かけたんだよ」

「…それで糸守に…」

「彗星でずたずたにされた糸守を見て、俺はよっぽどショックを受けてたみたいで…一緒に言った友達を心配させたりしたなぁ」

 

私も今でも糸守の痛々しい景色を見ると胸が苦しくなる。

でも、まさか糸守以外の人が糸守の景色を見てショックを受けてくれていたとは思わなかった。

 

「それで、喧嘩でもしてやけくそになったのか…俺は一人で糸守近くの山を登って、その山頂で一夜を明かした」

 

今でもその謎の行動の理由がわからない。

ただの頭のおかしいやつである。

 

「なんかもう、色々忘れちまってて…そしてそんな忘れちまったことに、なぜか心を締め付けられて…」

「…」

「でも、もしかしたらそれらの忘れちまった記憶ってのは、三葉が関わってたのかもな?」

「…うん、きっとそうなんよ…この紐を見て」

 

三葉が髪を結っていた紐を解いて俺に見せてきた。

とてもカラフルで、きれいで、丈夫そうな紐だ。

 

「これは私の死んだお母さんがくれた組紐」

「組紐…」

 

何か大切な、忘れたくなかった記憶が顔を出そうとしている。

 

「お祖母ちゃんがいつか言っとったんよ…ムスビって知っとる?」

「ムスビ…?」

「土地の氏神様のことを古い言葉でムスビって言うんやって。ムスビという言葉には深い深い意味があって、糸を繋げることもムスビ。人を繋げることもムスビ。時間が流れることもムスビ…全部神様の力なんよ」

「…」

 

俺は三葉の組紐を見つめながら思う。

俺と三葉は…ムスビによって繋がっているのか?

 

「だから、組紐は神様の技。時間の流れそのものを表しててるんだって…」

 

俺の脳内に一つのフレーズが浮かび上がる。

 

「縒り集まって形を作り、捻じれて、絡まって、時には戻って途切れて、また繋がり…」

「知っとったん?」

「あぁ」

「「それがムスビ。それが時間」」

 

二人の声が重なった。

なぜ…なぜ瀧君はお祖母ちゃんの言葉を知ってるの…?

なんで…俺は三葉の祖母ちゃんの言葉を知ってるんだ…?

 

「もう少し、話をしよう」

「うん」




キリの悪いところで終わりです。
すいません!

あと…鋭い人は決定的な矛盾点にはお気づきかも。


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言の葉の庭にて 2

瀧君がなぜお祖母ちゃんの言葉を知っているのか…?

 

「確認やけど、瀧君は高2のときの1度しか糸守に来たことはないんやよね?」

「あぁ。いや、行ったことはあるけど忘れちまっているって可能性も無きにしも非ずだが…可能性は低いんじゃないか?」

 

2016年の糸守にはすでに誰もいなかったはず…。

お祖母ちゃんも既に岐阜市に移り住んでいたので、瀧君がお祖母ちゃんに会った可能性はやっぱり低い。

じゃあなんで瀧君はお祖母ちゃんの言葉を知っているの…?

 

「ごめん。俺にもわかんないんだ。なんで三葉の祖母ちゃんの言葉を知っているのかは。突然、頭に浮かんだんだよ」

「瀧君はさ…何をしに糸守まで来たの?」

 

瀧君は少し考えて言った。

 

「…わからない」

「え?」

「興味を持ったから…でも説明はできるが、本当のところはどうなのかわからないからな…もしかしたらそれ自体、三葉と何か関係のあることなのかもしれない」

「私も…実は高2のときに東京に出かけたことがあるんよ」

「え?」

 

三葉が…東京に?

しかも俺と同じ高2のときに…?

ただの偶然かもしれないが、そこに何かしらの因果があるような気がしてならない。

 

「平日やったんやけどね。唐突に東京に行くなんて言い出したらしくって…それでやけに落ち込んで帰ってきたらしいんよ」

「落ち込んで帰ってきた?」

「うん。目的が達成できなかったんじゃないかな?」

「目的って?」

「ごめん。覚えてないんよ、それが」

 

私は高2の時に東京に行き、瀧君は高2の時に糸守に来た。

互いに目的は不明…もしかしたら互いに会いに行ったかもしれないのではないかと考えたけど、瀧君は彗星災害の3年後に糸守に来たわけで、そこに私がいないことぐらい十分に想像できるはずだ。

 

「お互いに、何が目的だったんやろね?」

「落ち着いて思い出していこうぜ?」

 

瀧君はやさしく私に言う。

 

「縒り集まって形を作り、捻じれて、絡まって、時には戻って途切れてまた繋がり…まるで俺たちみたいな気がしないか?」

「え?」

「俺たちは以前に何かしらの形で縒り集まって形を作った。互いに捻じれて絡まって…でもどこかで元に戻って途切れてしまい…でもまた今このように繋がっている…」

「確かに…まるで私たちみたい…」

「だろう?」

 

瀧君はにこっと微笑んで言う。

私は身を乗り出して瀧君にお願いする。

 

「ねぇ瀧君」

「?」

「さっき、糸守の以前の姿を描いたことがあるって言ってたよね?」

「あぁ…風景画は前から得意だったから…」

「見せて?」

 

私は迫真の表情で瀧君に迫る。

もしかしたら、瀧君の画を見れば何かが思い出せるかもしれない。

その一心で頼み込む。

 

ちょっ、近い!近いよ三葉サン!

その姿勢は胸の谷間とかいろいろ見えちゃうから!

そんな感じに焦ってた俺は適当に返事をした。

 

「あ…あぁ」

「ありがとう!で…どこにあるの?」

「…俺の家」

「行く!」

「え?」

 

私はほぼ初対面の男性の家に入れてくれと懇願していた。

いつもの私ならこんなことは言わないのだけど、鬼気迫っていたからだろうか。

 

「え…えっと、いつ?」

「この後!」

「えぇ!?」

「明日は休日だから!」

「三葉お前何言ってんだ!休日だから何なんだ!」

 

周りが見てるから!俺のことを見てるから!

俺、この店の常連なんだからあんまり変なこと言わないでよ!

 

「あ…ご…ごめん。ただ、見たかっただけなんよ」

「お…おう。なら、この後見に来るか?」

「え?」

「三葉にあの画を見てもらえば、俺にはわからないことがわかるかもしれないしさ。もしかしたら俺たちの過去を紐解くヒントになるかもしれないだろ?」

 

瀧君が私の意図を察してくれた。

本来ならわかってもらえて嬉しいはずなのに、なぜか私は嬉しくない。

なんでだろう?

 

嬉しいけど悲しそうな複雑な表情で三葉は返事する。

 

「う…うん」

「…どうしたの?」

「なんでもないんよ…少し考え事…」

「ふぅん」

 

瀧君は特に深く詮索しない。

やっぱり瀧君は優しい。

私にとっては理想の男性だ。特に気取っているわけでもなく、どちらかというとおっちょこちょいなところもあって…。あ…お互い様か。

私と瀧君は不思議なムスビで繋がっている。

でも…きっと私はそれだけの繋がりでいるのが嫌なんだ。

瀧君には過去の私ではなく今の私に興味を持ってほしい。

今の私を一人の女性として見てほしい。

きっとそうなんだろう。

あぁ…なんてことなの…私、なんで会ったばかりの人に…。

 

「変なこと言うかもしれないけど…聞いてくれ」

「?」

 

いきなり瀧君が改まってしゃべり始めた。何だろうか?

 

「俺は、今…すごく楽しい。今まで経験したことのない幸せを感じている。まるで赤ん坊の時のような、失ったものなど何一つとしてないと思えるほど満たされている」

 

私は瀧君の話を聞きながら、自分もそうであることに気づく。

私も今、とても満たされている。

 

「多分…俺の失ったものは三葉だったんじゃないかな?」

「…」

「俺には、彗星災害の後からなぜか、ずっと何かを失ってしまったような感覚がある。糸守に行った後からはさらにその感覚を強く感じてた。でも、今はそれが無いんだよ」

「…私も」

「え?」

 

瀧君が驚いて聞き返してくる。

瀧君は私に自分のことをありのままに話してくれた。

だから、私も話す。

 

「私も、彗星災害の後からなぜか、糸守の人々を救えたはずなのになぜか何かを失ってしまったような感覚があるの。でも、今はそれが微塵も感じられんのよ」

「…」

「失ってしまったものというのは…きっとあなた」

「俺は、もう二度と失いたくない」

「私も、もう二度と失いたくない」

「だから…!」

「でも、待って!」

「え…?」

 

俺の言おうとしたことを三葉が遮る。

待って!と言うからには俺が何を言おうとしていたのかわかったんだろう。

そう気づくと、俺は悲しい気持ちになる。

でも、三葉が言ったのは俺に対する拒絶の言葉ではなかった。

 

「まだ、言うのは早いんじゃないかな?」

「まだ…?」

「私たち、まだお互いのこと全然知らんよね?だから、もうちょっとお互いのことを知って、もっとお互いに理解しあえたときにその言葉を言ったほうが…もっと幸せになれるんやないかな?」

 

そう言う三葉の目には涙が浮かんでいた。

それが嬉し涙なのか悲し涙なのかは俺にはわからない。

私にもわからない。

瀧君の言葉を遮ったのも、ほぼ衝動的だった。

ただ、もっともっと私のことを知ってほしかった。

その時に言ってもらったほうが、今言われるよりも数倍幸せになれるはずだから…。

 

「だから、友達から始めよう?」

「あぁ…ゆっくり思い出そうって言ったのは、俺だしな。俺たちはまだ始まったばかりだ。友達から始めよう」

「友達のスタートに…ね?」

 

そう言って私はワイングラスを瀧君の前に突き出す。

瀧君は苦笑して言う。

 

「ハハ…なんだそれ、乾杯のし直しかよ?」

 

そう言って瀧君もワイングラスを私のワイングラスに当てた。

その音は、一切の雑音が無く、とても澄み渡った音だった。

そして私たちは心置きなく飲みまくった。

そして私は気づいた。

ワインって…あんまりガブガブ飲むもんじゃなかったことに…。




ワインを飲みすぎには注意しましょう
マジで気持ち悪い


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その後

該里酒と書いてシェリーしゅと読む
洋酒と書いてジンと読む
どう読んだらそうなるんだ…


女の子って、こんなに軽いのに何で生きてられるんだろうか?

こんなに小さいのに、しっかりと息をしている。

少しでも触ったら壊れてしまうガラス細工のようだ。

え?お前は何を言っているのかって?

つーかお前は何をしているのかって?

 

「マジで…どうすっかなー?」

 

公園で酔いつぶれた三葉を介抱しているところです。

酒に弱いと言ってくれればよかったのに、俺と同じペースで飲むもんだからてっきりいけるものかとばかり…。

酔って色々とネジの外れた状態の三葉も一見の価値はあったが、頼むから人前で「たきく~ん」などと言わないでほしい。

危うく出禁になるところだった。

店員からすごい目でにらまれ、お金だけ払って出てきたんだが…俺、三葉の家知らないし、かといってホテルに連れて行くにしても時間が…。

最終手段として俺の家っていう手もあるが、さすがに三葉をおんぶして乗車する勇気はない。

いよいよ困った…マジでどうすんだよ…これ。

それにしても…と俺はベンチに寝かせた三葉を見る。

どうして俺は出会ったばかりの女性とこんなにも親しい関係になっているんだろうか…?

俺は生まれてこのかた彼女なんてものを作ったためしがない。

デートとかをしたことはあるんだけど、そのたびに決まって相手はこう言うのだ。

 

「瀧君ってさ、他に好きな人がいるでしょう?」

 

そのときは俺は否定していたが、今考えればあのときの俺は誰かを探していた。

忘れてしまった誰かを探していた。

その誰かとは…多分、今俺の目の前で寝てるコイツだ。

三葉の頬をつんつんとつつく。

やわらかい。いつまでもつついていたい。

なーんて思ってたらいきなり三葉のスマホが鳴った。

 

「うおぉっ!!!!」

 

ビビった!決してやましいことをしてたわけではないけどビビった!

…この電話は出たほうがいいよな?

そう思って三葉のバッグからスマホを取り出す。

画面には『宮水四葉』と表示されている。家族だというのはわかる。

画面をタップして電話に出る。

刹那…

 

『お姉ちゃん!!!!何しとん!!!!今何時やと思っとるの!!!!!!!!』

 

大きな怒声が耳にダイレクトに届いた。

鼓膜破れそう…。

 

「あのー…」

 

何と言っていいかわからず、なんとなく俺は声を発した。

その俺の声を聞いた瞬間、電話の主は慌てた様子で

 

『え…?お姉ちゃんじゃない…!?誰…?』

 

と慌てる。かわいらしい。

 

「あ、宮水三葉さんの妹さんでいらっしゃいますか?」

『は…はい。あの…どなたですか?』

「私は三葉さんの友人です。レストランで一緒に飲んでたんですが、酔いつぶれてしまわれたみたいで…」

『ご…ごめんなさい!うちの姉がご迷惑をおかけしました!!!』

 

電話越しに衣擦れの音がする。

頭下げてもわからないよ?

と、俺は苦笑する。

 

「いやいや、私がちゃんと三葉さんに気を遣っておけばこんなことには…面目ないです」

『あの…今、どこに?』

「新宿です」

『えぇ!?』

 

四葉ちゃんはなぜか驚く。

俺はなぜ四葉ちゃんが驚いたのかわからなかったが、宮水家の位置を聞いてその理由に納得する。

 

「遠いなぁ…。しょうがない、タクシーでもひっかけて…」

『す…すいません!お代は払わせてください!』

「いいですよ、それぐらいはさせてください」

『では…お言葉に甘えて…本当にありがとうございます』

「じゃあ、帰るまでには起きててね?」

 

電話を切る。

この時間だ。タクシー料金は割高だ。

帰れるかね?今日。




少ないですがここまでです。


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宮水家

三葉と四葉…あなたはどっち派?


タクシーの運ちゃんにすごい目で見られたけど、まぁやましいことはしてないしいいよね?

 

というわけで俺は三葉を背負って宮水家の前へやってきた。

都内のどこにでもある、普通のマンションだ。

エントランスにはすでに四葉ちゃんがいた。

 

「ありがとうございます!ご迷惑をおかけしました!えっと…」

「立花瀧っていいます」

「私は宮水四葉っていいます。今は高校2年生です」

「高2かぁ…」

「?」

 

高2といえば、俺と三葉の過去を紐解く上で重要な時期だ。

だからちょっと感慨深い。

既に日付が変わりそうな時間だ。

ここまで起きてていてくれたのは、素直にありがたい。

 

「えっと、とりあえず三葉は部屋まで連れて行くよ」

「ありがとうございます!こっちです」

 

四葉ちゃんに連れられてエレベーターに乗る。

マンションのエレベーターなので、狭くて窮屈だ。

ふと、四葉ちゃんが俺の顔をまじまじと見ているのに気づく。

 

「えっと…俺の顔に何かついてた?」

「あ!いえ!ただ…お姉ちゃんがこんな風に隙を見せるなんて、珍しいこともあるんだなって…」

「?」

 

今日話してみたかぎりでは、三葉は割と隙の多い危なっかしいやつだと思っていたが…違うのかな?

ただ、そこまで詮索するのもどうかと思って、聞くのはやめておいた。

 

「家では、三葉との二人暮らしなのか?」

「はい」

「妹から見て、どんな人だと思う?」

 

ちょっと聞いてみただけだ。

三葉の普段の様子というのが気になったのだ。

しかし、四葉ちゃんの表情はあからさまに曇った。

なんかデジャヴだ。地雷踏んだか?

 

「私たちは糸守出身なんです」

「それは聞いた。三葉は彗星の落下を予知してたんだって?」

「はい。あのとき以降姉は…笑わなくなりました」

「…」

 

一番近くで見てきた妹が言うのだから間違いないんだろう。

やっぱり三葉は彗星が落ちたときに、大切な何かを失ったんだ。

 

「彗星が落ちて、みんなが助かったとき…私はすごく喜びました。お姉ちゃんも喜んでいました…でも、ふと姉の表情が曇ったんです…どうしたの?って聞いたら…」

「…」

「一緒に喜んでほしい人がいない気がする…って…そしてそれ以降姉は心の底から笑うことがなくなったんです」

 

一緒に喜んでほしい人…それが誰なのかは不明だ。

しかし、これまでの三葉と四葉ちゃんの言葉と俺の考えをまとめて総合的に考えてみると…そいつはもしかしなくとも俺なんじゃないだろうか。

俺の頭の中に、何か大切な記憶がよみがえろうとしている。

しかし、そこでエレベーターのドアが開いた。

よみがえりかけていた記憶はどこかに引っ込んでしまった。

まぁいいや。ゆっくり思い出そう。

 

 

 

「本当にありがとうございました!」

「いいってことよ…しかし、時間がなぁ…」

 

三葉を宮水家までおくりとどけ、さぁ帰ろうと思って時計を見たら、もうすでに終電の時間を過ぎている…まいった。

 

「あ…もしかして…」

 

四葉ちゃんが心配そうな顔になる。

 

「あ、いやいや大丈夫…タクシー代ぐらいはあるだろうから…」

 

財布を開く。

ない。

そりゃそうだ。

二人分のイタリアンのコースの代金を払い。

深夜の二人分の長距離のタクシー代を払い。

 

「あ…あの、やっぱり私が払いますから…」

「いや…大丈夫…歩いて帰るから…」

 

グーグルでここから俺の家までの徒歩での時間を調べる。

一時間半…しんどいぞ。

 

「あの…もしよければ泊っていってください」

「え?いいの?」

「はい、ご迷惑をおかけしましたから…」

 

僥倖っ!なんたる僥倖!

あぁ、目の前のJKが輝いて見えるよ!

女性二人の住んでる家に男が泊るなんて普通に考えたらヤバいが…まぁいいだろこの際!

 

「じゃあ…お言葉に甘えて…」

 

どうやら部屋は余っていたらしく、布団だけ敷いてもらった。

軽くシャワーをあびて、そして俺は気づいた。

 

「…パジャマ…ない」

 

 

 

「あっははははは!!!!瀧君!すごっ…かわいい!!!」

「ちょっとお姉ちゃん!笑わんの!」

「いや…いいんだよ…別に」

 

三葉、大爆笑。四葉、大激怒。俺、大往生である。

上はTシャツでいいとして、下が無いのだ。

仕方ないから着てたパンツをそのまま着たのだが、気分は最悪だ。

いや、それは百歩譲ってまだいいとしよう。

この服…女物ってこんなかわいいモノしかないの?

ピンクってなんだピンクって!

 

「ふぅぅぅ…ありがとう!瀧君!酔いがさめたよ!」

「…そりゃよかったな」

 

女が男物の服を着ると「かっこいい」と言われる。

男が女物の服を着ると「きもい」とか「おもしろい」とか言われる。

この世は狂ってる!

なぜ男にはこれほどにも女物が似合わないんだ!

神よ、こういう場合ぐらい想定して宇宙を創れ!

俺なら男にも女物が似合う宇宙を創るぞ!!!

なーんていっても俺は神でもなんでもないので、世界の理不尽な法則従うことしかできない。

 

「…もう寝るわ。おやすみ」

 

なんかもう色々とどうでもよくなってきたから寝ることにする。

え?ふて寝だって?

その通りだ。なんとでも言え。



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タイムラグ

昨日までの3日間と私の住んでいる県では私立高校の一般入試があったらしく、ものの見事に受験生がすし詰めになった列車に乗る羽目になってしまいました…ここは東京か?ってぐらい混んでました。
がんばってほしいですけど、あのとき勉強した内容なんてすっかり忘れてしまっていますから、何と声をかければいいのやら…


…あ、いけない…目覚ましかけるの忘れてた…。

えっと…昨日は女物のパジャマを着た瀧さんを見て大爆笑してたお姉ちゃんを叱って…それで寝て…寝たのはいつだっけ…?

おもむろに時計を見る。

時刻は午前9時をさしている。

…寝坊しちゃったなぁ。今日が土曜日でよかった。

まだ重い体を起こしてカーテンを開ける。

いつもは6時ごろに起きているから朝日を眺めるのが日課なので、朝起きたら既に日がのぼっているというのは違和感だ。

……良い匂いがする…?

耳を澄ますと何かを調理している音がする。

お姉ちゃんがやってるのかな…?

いやでもお姉ちゃんは寝坊助だから、私が起こさないと起きない。

まさか…。

そう思ってドアを開けてダイニングへと向かう。

 

「あぁ、おはよう」

「瀧さんっ!」

 

案の定、瀧がいた。

彼は既にワイシャツに着替えており、昨日の情けないパジャマ姿ではなくなっている。

改めて見ると…イケメンだ。

お姉ちゃんの彼氏なのかな…?

いや、それは今は問題ではない。

 

「なんで…料理してるんですか!?」

「え…ダメだった?」

「いや…ダメって言うか…昨日今日と迷惑をかけるのは…」

「あぁ、それなら逆に泊めてもらった俺のほうが迷惑をかけてるからな…せめてものお礼だよ」

「はぁ…」

 

四葉は瀧の作っている料理をまじまじと見る。

見たことのない洋風料理だ。

 

「何作ってるんですか?」

「これはトマトスープだよ」

「トマトスープ…?」

 

それって作れるものなのか…?

恥ずかしながら、四葉は洋食というのを生まれてこのかた作ったためしがない。

四葉は基本的に三葉の料理を見様見真似で作った料理しか作れないのだ。

そして三葉は主にお祖母ちゃんから料理を教わっているから、結果として三葉も四葉も和食しか作れない。

だから非常に興味があった。

 

「へぇ…洋食って、どんな感じに作るんですか?」

「え…?どうって言われてもなぁ…」

 

俺はバイトのときのシェフの料理とかを見て見様見真似で作ってるから、あんまりどんな風に作るといいのかってのを知らない。

 

「ごめん…俺は人のを真似て作ってるだけだからどうって言われてもよくわからないんだ」

「そうなんですか…」

「あ、でも…高2の時に和風の煮魚に妙に凝った時期はあったなぁ」

「煮魚?」

 

煮魚といえばお祖母ちゃんの得意料理だ。

どうしたら煮魚をあれほどおいしく作れるのか…何度も聞いてみたが、ムスビがうんたらかんたらとしか言わないのでよくわからない。

 

「それよりもさ、そろそろ三葉を起こしてくるといいよ。多分、二日酔いの真っ最中だと思うから。ほら、雑炊も作った。」

「わかりました!でも、お姉ちゃんにはまだまだ色々と説教が必要ですね…!」

「あぁ、みっちりこってりと絞り上げてやろう」

 

四葉と瀧はニヤリと笑う。

気が合う。二人はそう感じた。

初対面なはずなのに、なぜか話がしやすい。

なんでだろうか?

そりゃあ三葉の体を通じて会ったことがあるから当然なのだが、二人にはよくわからない。

ただ、四葉はあのときの姉と瀧を重ね合わせていた。

姉は高2のとき、突然おかしくなることがあった。

外見は大して変わらないのだが、まるで脳を入れ替えたかのように人格が正反対になるのだ。

「宮水のお嬢さん」の肩書など知ったことかといった感じに好き勝手やっていた気がする。捨て鉢になっていた。

テッシーは「狐憑きや」と言っていたが、天国のマイケルを憑依させていたりもしたそうだからあながち間違いではないかもしれない。

そんな感じにとにかく変になっていた姉と、今、目の前にいる瀧という男からは醸し出される雰囲気が瓜二つなのだ。

なんだかよくわからないから四葉は考えないことにした。

多分、私の勘違いだ。

とりあえずそういうことにした。

 

 

 

「うぅ~、気持ち悪いよ…」

 

三葉は案の定、二日酔いに苛まれていた。

 

「まったく…言ってくれればよかったのに…俺と同じペースで飲むもんだから、てっきり強いほうなのかと…」

「うぅ、ごめんなさい!」

「まぁ、いいんだけどな…良いもん見せてもらったし」

 

瀧がそう言うと、三葉は頬を赤くした。

 

「え!?ちょっ、瀧君、酔ってる私に何したん!?」

「さぁな~、覚えてないなら別にいいんじゃない?」

「というか、お姉ちゃんは何されても文句は言えん立場やないの?」

「ごめんなさい」

 

と、こんな感じのやりとりを繰り返し、三葉は心が折れてきたみたいでシャワーを浴びると言い出した。

そのため、部屋は瀧と四葉の二人だけになった。

 

「あんなお姉ちゃんを見たのは初めてです」

 

四葉は何気なくつぶやく。

 

「…あんな…というと?」

「怒ったり、笑ったり、喜んだり、悲しんだり…コロコロと表情を変えていたさっきのお姉ちゃんです」

 

…つまり、今まで四葉ちゃんが見てきた姉は、感情の変化を一切表に出さないつまらん女だったということか?

もしかして、彗星と何か関係があるのか?

 

「彗星の落ちた日からか…?」

「!!どうして…?」

「何となくさ…俺もそうだったから」

 

俺も三葉も彗星災害のときに何か大切な物を…大切な誰かを失った。

それがお互いであったことはもうわかっている。

四葉ちゃんは俺と三葉が記憶を取り戻すうえで、重要なキーパーソンのはず。

俺や三葉の知りえないことまでを知っているはずだ。

だから、俺と三葉のことについて話しておくべきだろう。

 

「俺と三葉が出会ったのは昨日のことだ。朝、並走する電車の窓越しに目が合って、目が合った瞬間「この人だ!」と思って、次の駅で降りてお互いを探し回って…出会った」

「どうしてそんな…」

「ムスビ…」

「!!」

 

四葉ちゃんが驚く。

なんでお祖母ちゃんの言葉を…!?と思ってるんだろう。

 

「君らの祖母ちゃんの言葉を借りると、ムスビってやつだと思う。俺も三葉も彗星災害を境に大切な誰かを失った…そして昨日、時間を超えてまた出会った…」

「…」

「にわかには信じがたいかな?」

 

俺は少し不安になる。

俺が今話したことを、誰かに話したとしよう。

多分「何言っちゃってんのお前、自分の勝手な解釈を一目ぼれした相手に押し付けてるだけじゃん」って言われると思う。

しかし、四葉ちゃんは俺の予想外の言葉を発した。

いや、俺も感じていたことだから予想外というと綾があるか?

 

「私…瀧さんに初めて会った気がしないんです」

「…俺も、四葉ちゃんには初めて会った気がしない」

「彗星が落ちるほんの一か月前ぐらいからかな?お姉ちゃんは突然人格が変わったみたいになることがあったんです。それまでのお姉ちゃんからは想像できない、真逆の性格をもったお姉ちゃんです」

「…!!」

 

俺は、司に似たようなことを言われた。

三葉も同じ時期に突然に人格変異を起こしていたということか…?

そこには関係性はあるはずだが…いまいち説明できない。

 

「まるで、男の子になったみたいな…男子の視線を気にせず、スカートに何の注意も払わず…朝、部屋に起こしに行ったら胸をひたすら揉みしだいていたことまでありました…」

 

私はその様子を思い出してゾッとする。

原因をあのときの私なりに色々とさぐってみたが結局わからずじまいで、彗星災害が起きてからは姉が人格変異を起こすこともなくなった。

突然やってきて、消えていった彗星のように…。

 

「俺は…友人の話によると、どうも女の子っぽくなってたらしい」

「え?」

 

四葉ちゃんが俺の顔をまじまじと見てくる。

こいつが女の子っぽいってどんな感じなんだろうか?と想像してるんだろう。

俺も三葉が男の子っぽいってどんな感じなのかと少し想像してみた。

…?

想像できない。

というか、そもそもどうしてそんなことが起こりうるのか…見当もつかない。

なぜ同じ高2の時に…?

 

「なんだか不思議ですね」

「あぁ…何せ、俺と三葉にも何が何だかさっぱりわからないんだからなぁ…」

 

わからないといえば、確かに俺と三葉は同じ高2のときに人格変異を起こした。

しかし、三葉が高2の時は2013年。俺が高2の時は2016年なので、ちょっとタイムラグがあるようにも思える。

これはほかのことにも言える。

俺が三葉の記憶を失ったのは彗星が落ちた日。

三葉が俺の記憶を失ったのも同じ彗星が落ちた日なのだ。

そこに矛盾はない。

でも、俺には誰かを失ってしまったというその感覚がより強くなった日がある。

糸守を見に行った日だ。

あの日、俺は本格的に、何もかもを失ってしまったような感覚にとらわれた。

このことが実に不可思議なのだ。

いくら考えても答えが一向に見つからないのでこのことは保留していたが、やっぱり変だ。三葉にもそのことはちょっぴりレストランで話したが、どう思ってるんだろう?

まぁあのときは「彗星災害のとき誰かを失い、糸守に行った後その感覚が強くなった」としか言ってないから気づいてないかもしれないが…。

俺は糸守に行ったとき、いったい何をしてたんだ…?

いかん、そろそろ混乱してきた…。

 

「お待たせ~」

 

俺が熟考しているところに三葉がシャワーから戻ってきた。

 

「お姉ちゃん、遅いよ!」

「ごめんごめん!片づけは私がするでね」

 

ただ、この何気ない光景を見ているとどうでもよくなってくる。

俺たちの過去には何かがあったけど…それはおいおい思い出せばいい。

そう思えてくる。

俺たちはまだ始まったばかりだ。




遅くなりすいません。

この後どうすっかなーって悩んでます。
いろんな物語の進め方があって、どうすれば面白くなるか試行錯誤中でございます。
あ、もちろん最終話まで書くつもりなのでご安心を…。
ではまた次回。


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もう一人の自分/謎の感覚

サブタイトルが意味不明ですが、読んでいただければ言わんとすることがおわかりいただけるかと思います。


「記憶が二つある?」

 

俺は素っ頓狂な声を出す。

 

「うん」

 

今は朝飯を食べ終えた後だ。四葉ちゃんは塾に行くと言ってそそくさと出て行ってしまった。

出際に「お姉ちゃんのことよろしくお願いします」と言われた。

「まだそんなんじゃねっつーの」と言ったが…俺の顔、多分赤かったし…バレバレなんだよなぁ…。

俺はいちいち感情が顔に出やすいのだ。困りものである。

こんなんだから上司にも何考えてるかすぐバレるのだ。

と、そんなことを愚痴りたいんじゃない。

今考えるべきなのは、三葉の爆弾発言についてだ。

 

「記憶が二つあるって…どういうことだよ?」

「そのまんまの意味やよ…私は彗星災害を予知して避難誘導をしてたって言ったよね?」

「あぁ」

「でも、私にはもう一つの記憶があるんよ…寝てたら思い出したんよ」

「もう一つの記憶…?避難誘導をしてる自分以外に、もう一人の自分がいたとでも?」

 

三葉は無言で頷く。

自分でもわけがわからなさそうな表情をしているが、記憶が二つあるってのはどうも確からしい。

どういうことなんだ…?

 

「えっと…そのもう一人の三葉は彗星が落ちる前、どこで何してたんだ?」

 

我ながら変な質問である。

 

「友達と一緒に彗星を見てたんよ…すごいね…きれいやねって言って」

「…?その後どうしたんだ?」

「それが…記憶にないんよ」

 

ますます不可解だ。

三葉は確かに避難誘導をした。

しかしその一方で、美しい彗星を眺めていた自分という記憶もあるということか?

そしてその後の記憶はないときた…。

 

「記憶にないって…そのまま彗星を眺めてたら、そのまま巻き込まれて…想像したくもないが、三葉は今ここにいないはずだろう?」

「うん…だから、自分でもわけがわからんの」

 

本当に、自分でもわけがわからない。

というか、そもそもなぜそれをいきなり思い出したのかすらよくわからない。

もしかしたら、瀧君と出会えて何かしらの変化があって思い出せたのかもしれないけど…。

こんなバカみたいな話をしても信じてもらえないとも思ったけど、瀧君なら信じてくれるはず。瀧君には伝えないとだめだと思ったから伝えた。

 

「記憶が繋がっているのは、避難誘導をしてた自分なんよ」

「うん。でも、その一方で何もせず彗星を眺めてた自分というのも確かな記憶として存在するんだろう?」

「うん…でも、その後の記憶はなくなってて、その後どうしたのかはわからないんよ」

「よくわからないな…。どういうことなんだ?」

「別に今思い出す必要もないんやない?ただ瀧君の耳に入れておきたかったってだけやから…」

 

それもそうか…。

それにしても、俺たちの間には不可解なことが多くて困惑してしまう。

互いの記憶も一向に思い出せる気配もないし…やっぱり二人だけで思い出すのには無理がありそうだ。それこそ、四葉ちゃんとかのように周囲の人にも聞いていかないと埒が開かない。

でも、どんな些細なことでも気づいたことがあれば相手に伝えておくべきなのは確かだ。

ならば俺にも話すべきことがある。

 

「あのさ、俺の話も聞いてくれないか?」

 

俺は、今朝四葉ちゃんと話していたときに感じたことをそのまま話した。

俺が誰かを失ったと感じたのと三葉が誰かを失ったと感じた時とでは年齢こそ同じでも3年の差がある事。

糸守に出かけた後、その感覚がより強くなったこと。

 

「俺は確かに彗星を見た時以来、誰かを失ったような感覚に襲われてたんだけど…友達から心配されるぐらいにおかしくなっちまったのは高2の糸守に出かけた後なんだ」

「それって…どういうこと?」

「わからない。一応、三葉の耳に入れておきたかったんだ」

「…やっぱり二人で話しとっても埒が開かんね…」

「あぁ…この後さ、俺の家に来ないか?昨日話してたけど、まさか酔って忘れたりして無いだろうな?」

「もう言わんといてよ!!あ~!恥ずかしいやん!」

 

三葉が頬を赤くして言う。

俺の前であんな醜態を見せてしまったことがよっぽど恥ずかしいらしい。

あれはあれでよかったぞ。

 

「悪かったって、俺の不注意も原因だからな…で、覚えてるよな?」

「うん。それは覚えとる」

「ならちょうどいい。今日は時間あるんだよな?じゃあ今からでも行こうぜ?」

 

というわけで、俺の家へ出かける(帰る)ことになった。

三葉の顔が終始りんごのように赤くなってたのはなんでなんだろうな?

 

あ~~!酔ってた私は一体何言っとるん!

初対面の男の人に家デートさせてくれなんて~~~!

いや!そりゃもちろん嬉しいんよ?

でも…う~~~!恥ずかしい~~~!

と、そんなことばかり考えていた私は瀧君が不思議に見ているのには気づかなかった。




短いですがここまでです。
この物語は語り部が瀧と三葉でコロコロと入れ替わるので、少し読みにくいかもですが、「君の名は。」の醍醐味といえば瀧視点・三葉視点・三人称視点の入れ替わりにあると思うのでこういう作りにしています。


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デート

せっかく二人とも今日1日時間があるんだから、色々出かけた後に俺の家へ向かうことにした。

 

「遊ぶってったって…どこに行くんだよ?」

 

つーか、これ完全にデートじゃないですか。

俺、デートには基本的に悪い思い出しかないんだけど…。

 

「えっとね…銀座!」

 

定番だな。老若男女問わず大人気な東京一のお洒落街。

でもな、何か買ってって言われたら困ってしまう。

例えば三葉に「ねぇ瀧君…これ買って?」などと上目遣いで頼まれたら俺は全財産を投資しかねない。

俺は貯金したいんだー!

 

「わー!これお洒落!ねぇ瀧君!」

 

心配は杞憂に終わったようだ。

何かを買うということはなく、ただ冷やかしながら見て回る。

銀ブラなんて言葉があるけど、なるほどこういう楽しみ方なのね。

最近散歩とかしてないし、これもたまにはいいものだ。

特に三葉が一緒だと、さらにいい。

 

「おー、このカーディガンか。確かにお洒落だ…どうだ、そこで試着してみたら?」

「うん!」

 

三葉は嬉しそうに試着室へと向かっていった。

「銀座」という町は、建築マニアにとってもいい町だ。

いろんな建築があって、デザインの構想なんかの参考にもなる。

まぁ、俺はまだデザインなんて到底させてもらえないほどの下っ端なんだけど…でもやっぱり趣味みたいな感じで設計図とかを書いてたりする。

いつか、俺が設計・デザインした建物を建ててみたいものだ。

 

試着室のカーテンが開いた。三葉が着替え終わったのだ。

 

「お…おぉ…似合ってるじゃないか」

「え…へへ…そうかな?」

 

目の前に現れた三葉は…それはもう…なんというか…美しい!!

とてもよく似合っている!

 

「即買い!即買いだ!」

「えぇ!?買うのぉ!?お金ないんじゃないの!?」

「ATMがある!これが見納めだなんてもったいない!俺が買う!三葉にプレゼントする!」

 

そう言って外にあるATMへ瀧君は走っていった。

えへへ…そんなに似合っとるんかな…?

もうすぐ衣替えの季節でもあるし…瀧君に選んでもらうのもいいかもしれない…。

でも、そういえば私ってアパレル業界勤務なんだから人の服をコーディネートする側なんよね。

ならば!

 

「ねぇ瀧君!」

 

お会計を済ませた瀧君に声をかける。

 

「今度は私が瀧君の服を選んであげる!」

「え?俺の?」

「だって、今瀧君、スーツやん」

「あぁ…」

 

それは…確かにそうなのだ。

三葉がお洒落しているのに、俺はスーツなのだ。

理由は、昨日宮水家に泊まったからである。

 

「私が似合う服をプレゼントしてあげる!」

「いいの?」

「もちろん」

「じゃあ、頼む!」

 

さっそく服選びが始まった。

ほ~、色々な服があるんだなぁ…。

服って色々な種類があるよね?あれってなかなか覚えられないんだよ。

でも三葉はさすがというか何というか、ちゃんと覚えてるし、謎の専門用語もよく知ってらっしゃる。

 

「う~ん、これなんかどうやろ?」

 

そう言って三葉が差し出したのは普通のシャツだ。

紺色の落ち着いた雰囲気のあくまでオーソドックスなもの。

笑みがこぼれる。

 

「三葉…俺のこと、よくわかってるなぁ」

「え?いや、瀧君はあんまり目立つようなのは好きじゃないかなぁって思って…」

 

そう。俺は目立つカジュアルなファッションは好きじゃない。

だから私服もほとんどが地味なものばかりだ。

やっぱり仕事柄、その人が好きなファッションがわかったりするのかなぁ?

 

「ズボンは何がいいかな?」

「あー、ごめんな。色々選ばせちゃって」

「いいんよ。女の子はこういう感じに人に服を着せるのが好きなんよ?」

「それは…わかる」

 

人に合う服を選ぶのは確かに楽しい。

さっきみたいに色々な服を見ながら「三葉にはこんなのが似合うかなー?」とか考えていると、いつの間にか時間が過ぎて行ってしまう。

しかし、人の服を選ぶのは割と好きなのに自分に合う服を選ぶのは苦手だ。

いや、確かに試したことはあるんだけどイマイチだったというか…自分に合う服って自分にはわからないもんなんだなぁ。

 

「こんなのはどうかな?」

 

ふむ…やはり俺の好みを理解してくれている。

ナチュラルなストレートパンツだ。

 

 

「どうだ?似合ってるか?」

 

おぉ~、瀧君似合ってる!

 

「なかなかいいと思うよ!落ち着いた感じがしてて、ぴったり」

「そうか、ありがとう!じゃあ、これにするかぁ…」

「あ!私が払うね!」

 

せっかく服を買ってもらったんだからそのお返しにプレゼントしようと思った。

でも瀧君は

 

「え?それは悪いよ!」

 

と言う。どんだけ優しいのよ!

少しは年上面もさせてほしいと私は思う。いや、甘えたいと言えばそれもそうなんだけどね。

 

「えーの!私にプレゼントさせて?」

「お…おぅ…ありがとう…」

 

だんだんわかってきた。

瀧君は上目遣いで私がお願いすると、基本的に断れないみたいだ。

おぉ、これは使えるぞ!!

この上目遣いを駆使して瀧君にいろんなことをさせてやろう!

うわぁ…妄想が…止まらないよ…。

 

なーんか三葉が不敵に笑みを浮かべてて、怖いんですけど。

何か悪いこと企んでないか?

 

「あー、三葉、そろそろ昼だし昼飯どっかで食べてこうぜ?」

「あ、いいね!」

「フッフッフ…先ほどATMに行ってきたから金ならたんまりあるぜ!」

 

そう言って自慢げに言う瀧君のおでこを私はチョップする。

 

「痛っ!何すんだ!」

「新社会人が見栄張らんの!私にもおごらせない!」

「…なんでもオミトオシなのですね…」

「昨日の今日でこんなに散財して…全部私のためやからなんか悪いことしてるように思うやん

?」

「いやいや、好きでやってることだからさ!でも…心配させちゃってごめんな」

「うん…えいっ」

 

私は瀧君の腕に抱きつく。

 

「えっ、ちょっ、三葉ッ!?」

「これで行こ?」

 

私は満面の笑みで言う。

はたから見たらバカップルそのものやけど、いいも~ん。

いっそ見せびらかしたいぐらいだ。私の好きな人はこの人でーすって。

 

「ナンパ除けか?」

「な…そんなわけないやん!!割と台無しやよ!!」

「え…いや、三葉ってかわいいし…男だって寄ってくるだろ?」

 

え…かわいい…?

今…かわいいって…!

いや、瀧君は特別な気持ちで言ったわけやないことぐらいわかっとるけど…もう!いきなりそんなこと言わんでよ!

でも、瀧君は私が頬を赤くしていることには気づかず、店を探している。

瀧君って…けっこう鈍感だったりするんだろうか?

 

「お?この店なんかいいかもな?」

 

瀧君が立ち止まったのは和食料理店の前だった。

 

「今日の朝は洋食だったし…三葉はやっぱり和食が好きなんじゃないか?」

 

瀧君、私の好みをよくわかってらっしゃる。

洋食もいいがやっぱり和食。いわゆるおふくろの味ってやつが私は大好きだ。

 

「うん。やっぱり洋食もええけど和食のほうが落ち着くんよ」

「なら、ここにするか」

 

 

 

俺の感想。三葉って、結構食べるんだな。

私の感想。瀧君って、割と小食なんやな。

 




デート。したいなぁ。


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一方そのころ

やっと彼らが登場します


「なぁ…サヤちん」

「なんや?」

「このLINEの文面見てみ」

 

ここは都内のとある家。

結構デザインに凝った作りのお洒落な家だ。

それもそのはず…この家の主は「勅使河原建設」の社長の勅使河原克彦なのだから。

その克彦だが、現在は故郷からの幼馴染の名取紗耶香と同居中で、近々結婚予定だ。

その二人がリビングで話している。

 

「なんや?LINE?」

「あぁ、三葉からメッセージが届いたんやが…なんや…キモイ」

「…キモイ?」

 

紗耶香が「キモイってなんよ?」と克彦のスマホをのぞき込む。

 

「あー…これ、ホントに三葉が送ってきたん?」

 

画面には、到底三葉のものとは思えないような文章が書かれていた。

内容は雑談程度なのだが、文面がちょっと三葉のそれとは違っている。

具体的にはふんだんに絵文字顔文字が使われており、毎メッセージごとにスタンプがうたれている。

 

「俺…こんなちゃらんぽらんな女を友達にした覚えないで」

「私もや。いや、これマジなん?」

「あぁ。マジや」

「三葉…どうしたんやろな?」

「さぁ…?でもあいつときどき人格が豹変しとったやろ?高2のときやったか?」

「あー、そんなこともあったなぁ」

「やから、また狐が憑いとるんとちゃうか?」

「アホ…三葉もまたストレスたまっとるんやないの?」

 

二人して「う~ん、なんでやろ?」とさんざん悩むが、三葉のメッセージが変であることの原因はなかなか思いつかない。

 

「あの子もいよいよおかしくなったんかな?ちょっと電話してみるわ」

 

そう言って紗耶香が電話をかける。

なんて聞くんやろうか?

いきなり「アンタ、LINEの文面がキモイで」とはさすがに聞けないだろう。

 

「あー、三葉?ごめんごめんいきなり…ん?今どこにおるん…?……へぇ、らしくないなぁ…まさか…男か?」

「!?」

 

俺はガタッとソファから立ち上がる。

なんや、三葉にも彼氏ができたんかいな!?あいつにも彼氏が!?

しかし、どうやら俺と紗耶香の予想は外れていたようだ。

 

「あー、そうなん…?ほんとに何もないんか?…でもなぁ、だとしたら理由は…ん?いやいや、こっちの話…。なぁ三葉、最近なんかあった?……何もないんか?ホントか~?何かあったら言うんやで?じゃあ…うん、バイバイ」

 

そう言って紗耶香が電話を切る。

 

「どうやった?」

「…彼氏やな」

「は?でもさっきデートやないって…」

「アホ、話しとったら気づくわそんなもん。ありゃ絶対彼氏できたやつやわ」

 

サヤちんは力強く断言する。

でも、三葉はこれまで彼氏の一人も作ったことのない女だ。

そういきなり彼氏ができただけでLINEの文面が変わったりするんだろうか?というか話してわかるほど変化するんだろうか?

 

「ありゃあ、三葉は運命の人に出会った感じや。前世でなんかあった人と出会っとるで」

「お前、何を俺みたいなこと言っとるんや?」

「狐憑きよりはましやろ」

「話してみてどうやった?ちゃんと狐は憑いとったか?」

「なんやちゃんとって…いや、狐憑きモードやなかった…ただ、なんやろな…よく笑っとった」

 

笑う?今のサヤちんと三葉の会話のどこに笑う要素があったんや?

 

「狐憑きでもないっちゅうことは、彼氏ができたとかそういう何かしらの変化があったっちゅうことか?」

「せやな…いや、ありゃ彼氏やで!」

「はいはい…にしても、もし彼氏ならこれで俺たちもようやく心置きなく結婚できるで?」

「それは…そうやね」

 

紗耶香が頬を赤らめる。

紗耶香と克彦は大学を卒業したあたりから結ばれ始めた。

ただ、なかなか結婚する気にもなれなかった。

理由は、三葉が一人になってしまうから。

三葉は「はよ結婚しいや!」と言うのだが、二人は三葉が3人組の中で一人ぼっちになってしまうのを嫌っていたのだ。

でも、三葉にも相手ができたのならようやくこちらも結婚を心置きなくできるというものだ。

 

「せやなぁ…俺たちも式の日とかもえぇ加減考えないとなぁ」

「どうするん?もっかいブライダルフェア行っとく?」

「何度目や…チャペルもえぇって言っとったけど、結局どうするんや?」

「どうしようなぁ」

「まだ考えとらんのかいっ!」

「アンタだって真面目に考えないよ!」

「俺に結婚式場のことなんかわかるか!」

 

喧嘩しているようだが、この二人には日常茶飯事だ。夫婦漫才みたいなものだ。

 

「あー、そうやもんね!あんたは建物さえよければなんだってえぇもんな!」

「あー…そういや建物といえばなんやけどな…」

「…なんや?」

 

克彦がごそごそと引き出しから何かを取り出す。

それは一枚の建物のデザイン画のコピーだった。

 

「これ、えぇと思わんか?」

「おぉ…なんか…新しいデザインなのに…やけになつかしさがあるなぁ」

 

その画には、二人にとってやけに郷愁を誘うデザインの建物が描かれていた。

先進的で斬新なデザインなのにどこか懐かしい。

克彦がデザインするそれともよく似ているが、この画は克彦のものよりもより郷愁を誘うデザインだ。

 

「…俺のデザインとよく似とる…しかも俺のよりもうまい」

「…負けとるやない」

「俺のデザインは在りし日の糸守の建物とかをもとにしとる。それと似とるって…偶然か?」

「偶然なんやないの…?それともなんや、その画をデザインした人が糸守出身やとか言うんか?」

「画の作者は…これ、立花瀧って書かれとる」

「…立花瀧…?知らんな?誰や?」

「俺もわからん…そもそもこの画も会社にたまたま流れ込んできた画やからな…ただ俺はいつかこいつに会いたいと思っとる」

「どこにおるかもわからんのに?」

「そうや」

 

一度、この立花瀧という男と話してみたい。

建物をデザインする者として…いや、立花がいったいどういう人間なのかはわからない。年齢も性別も性格もわからない。

それでもなぜか、こいつとは馬が合いそうな気がする。

克彦はそう感じていた。




この二人も瀧と三葉の記憶を取り戻す上で重要なカギをもっていそうですね。


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二度目のかたわれ時

午後もさんざんに遊びまわった俺たちは、最後にスカイツリーまで出かけて景色を眺めていた。

空は雲一つない快晴で、美しい景色が広がっている。

時刻は間もなく日没。

美しい夕焼けに東京の街が照らされている。

東京にはありとあらゆる色があふれている。

でも、その色が夕方だけはただ一色にそまる。

 

「きれいやね…」

 

三葉が独り言のようにつぶやく。

三葉は俺の腕に手をからませて、口をあけてその景色を見ている。

 

「こんな時間を黄昏時っていうんだな」

 

黄昏時…いや、なんか違うな。

そんなみんな知ってるような言葉じゃなくて、もっとしっくりくる言葉があった気がする。

なんだっけ…?

 

「三葉はスカイツリーには上ったことあるか?」

「うん…東京に来た時に上った。ただ、瀧君と見る風景は、格別」

「はは、俺もだよ」

 

三葉と景色を眺めていると、見慣れた東京の街も、どこか違ったものに見える。

そのすべてが輝いてみえる。

世界って、こんなに美しかったんだなって思える。

 

「瀧君…今日はありがとね」

「何だよ、まだ本題がのこってるぞ?」

「うん…糸守もきれいなところやよ」

「…俺が好きになった町だ。あたりまえだろう?」

 

三葉がおかしそうに笑う。

この笑顔を見れただけで、俺はもう何もかもがどうでもいい気がしてくる。

 

「さっき、瀧君は『黄昏時』って言っとったよね?」

「あぁ」

「語源は知っとる?」

「確か…誰そ彼…だったっけ?」

 

なんで知ってるんだろう?

どこかで習ったのかな?

 

「そう…夕暮れ時、世界の輪郭がぼやけて、彼が誰だかわからなくなる時間。人ならざる者に会うかもしれない時間。だから、彼は誰時とか、逢魔が時とも言ったみたい」

「不思議な体験をする時間ということか」

「うん…糸守ではね。黄昏時のことをこう言うんよ…」

 

三葉が次の言葉を言うだめに息を吸い込む間に俺は無意識的に言う。

 

「かたわれ時」

「え…?なんで…なんで瀧君が知っとるの?」

「わからない。ただ、いきなりポンと頭の中に浮かんできた。お前の祖母ちゃんの言葉のときと同じだ」

「お祖母ちゃんの言葉は瀧君が聞いたことがあるから思い出したって説明ができるけど、糸守の古い方言を知っとるなんて変やん?」

「…言われてみれば…」

 

なんで瀧君はかたわれ時を知っているの?

その答えはわからない。

 

「俺は、このかたわれ時に、ふいに涙が流れることがあるんだ」

 

瀧君は涙を流しながら言う。

悲しいわけでもないのに。

 

「私もやよ。なぜか涙が流れるんよ」

 

多分、私も涙を流しているんだろうな。

悲しいわけでもないのに…いや、むしろ瀧君とこうして一緒にいれることが嬉しくて幸せなのに。

 

「糸守のかたわれ時、見てみたいな。東京でこんなんなら、糸守の景色を見たら、ボロボロ泣くぞ、俺」

「あはは、見てみたいわ!瀧君が号泣してるところ」

「多分、俺と一緒に見たら三葉も泣くぞ?」

「ふふっ。多分、二人して号泣するんやろね」

「あぁ、違いないな」

 

二人で笑う。

かたわれ時が終わろうとしている。

友達と遊んでいたら、いつの間にか時間がたっていて、もう帰らなきゃいけない時間だ。

俺たちも帰ろう。

 

「そろそろ、戻ろうか。夕飯は俺の家でいいだろ?」

「うん。私に夕飯作らせてよね!今日の朝はおいしくてびっくりしたけど、瀧君も私の料理食べたらびっくりするで!」

「ほぅ、ならば楽しみにしているよ」

 

また、互いの顔を見て無邪気に笑う。

子供なら、かたわれ時は帰らなきゃいけない時間。

でも私たちは大人だ。もう、かたわれ時だからといって友達と別れなくてもいい。

ずっと一緒にいてもいい。これからが楽しい時間なのだ。

 

二人は腕を組みながらエレベーターに乗った。




文字が少ないだって?
じゃあアレか!お前は投稿ペースが著しく遅くなってもいいってのか!?
アァ!?

…すいません(笑)


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スケッチ

ここは瀧君の家。

時刻は既に7時をまわっていたので、とりあえず夕飯にすることにした。

夕飯を作ったのは私!今朝は瀧君の料理のおいしさにおどろかされたから、今度はこっちの番だ!と気合をいれて作った。

 

「何だ…この煮魚…美味すぎる」

 

瀧君が私の作った煮魚にやけに感動しながら食べている。

そりゃあ「美味しい」って褒められれば嬉しいけど…これほどまでに感動する?

 

「えっと…何か煮魚に思い入れでもあるん?」

「いや…よくわからないけど、なんか妙ななつかしさがあって…お袋の味的な?」

「…私の料理は、お祖母ちゃんかお母さんに教わったものなんよ」

「そうか…なら、食べたけど忘れちまったって可能性も無くはないか」

 

私たちは互いに互いの記憶をなくしている。

だから、瀧君がお祖母ちゃんや私の煮魚を食べたことがあっても、それは私に関わる記憶だからなくしてしまったのかもしれない。

もちろん証拠とかはなくって、これまで二人で話し合ってきて予想した仮説だ。

だが、この仮説がもし正しいとするならば…私たちは絶対に二人の記憶を取り戻さなければならない。

ただ…記憶がどこにあるのかはさっぱりわからないんやけどね…。

 

「三葉の祖母ちゃんの話は聞いたけど、母さんの話は聞いてないな…話しづらければいいけど、もしよかったら話してくれないか?」

「うん…私のお母さんの名前は『宮水二葉』っていってね、お祖母ちゃんが言うには不思議な人だったらしいよ」

「不思議な人?」

「うん…まるで未来を知っているかのように、様々なことを予言しとったらしいの。だから、町の人からもすごく頼りにされとったらしい」

「予言…ねぇ。何となく、三葉が彗星落下を予言したというのにも合点がいくな」

「もしかしたら、四葉にもそういう日がくるんかもね?」

「おぉ、それは楽しみだな」

 

瀧君がむしゃむしゃとご飯を食べながら言う。

もし四葉にそんな力があったとしたら、ぜひとも私たちの将来を予想してほしいものだ。

…いや、なんか怖いからやめとこうかな。

 

「いやぁしかし美味いなぁ。俺、和食とか作れないからさ、教えてくれないか?」

「教えるって…そんなもん適当に作ればえぇんよ?」

「上手な人ってよくそう言うよな…」

 

さっきも三葉の料理風景を見学していたが、何をどうしたらあれほど器用にアレコレできるんだろうか?

女の子ってなんであんなに器用なの?

 

「そういえば、スケッチを見せなきゃな…ちょっと待ってろ」

 

夕飯をほぼ食べ終わった瀧君は、引き出しからスケッチブックをとりだした。

 

「俺もどうしてこんなに糸守を鮮明に描けたのかわかんないけど、とりあえずホラ」

 

瀧君が私にスケッチブックを差し出す。

私はその表紙をめくる。

 

「!!!」

 

…あぁ。確かに糸守や…。

これは…糸守小学校…四葉が通っとった、小学校。

奥には糸守湖が描かれている。瓢箪型ではない、まん丸い、私の糸守湖。

1ページしか見ていないのに涙がぽろりとこぼれる。

紙に私の涙が2・3粒落ちて、シミを作る。

 

「色々調べたけど、そのアングルの写真はネットを探しても見つからなかった。俺はどうしてこんな画を描けたんだろうな…」

「…これは、確かに糸守やよ。うん。この景色、雰囲気、空…どれもこれも糸守やよ」

 

私の故郷。

狭くて濃くて…はっきり言って、苦手だった私の故郷。

でも、やっぱり故郷は故郷で、私の芯を支える大事なもの。

 

「これは…っ!」

 

次のページをめくると、そこには糸守湖の全景が描かれていた。

ちょうど、高校あたりから見下ろした風景だ。

 

「色々、戸惑ったな。俺が糸守に出かけたとき、そのスケッチに描いていた糸守と現実にあった糸守とでは、全然違っていたからさ」

「この高校は、私の通っていた高校やよ。ちょうど湖の反対側にあるから、登下校にはけっこう時間がかかったんよね」

「田舎は大変だなぁ」

「今、馬鹿にせんかった?」

「俺は好きだぜ?」

「むぅ…」

 

私は次のページをめくる。

そこには、衝撃的な画が描かれていた。

 

「え…これって…」

「…あぁこれか?これは、俺が糸守に行って山の上で夜を明かしたって言ったよな?そのときにこの風景を見た。この景色は確かにスケッチと同じで安心したな」

「これ…御神体…」

「御神体?」

 

そこに描かれていたのは、宮水神社の御神体。

大きくて、きれいで、美しい、とても壮大な眺めが広がる御神体だ。

私と、お祖母ちゃんと、四葉と、お父さん以外は知らないはずの場所。

どうして…瀧君が?

 

「ここは宮水の者しか知らないはずの、宮水神社の御神体やよ?私の家は神社をしとって、そこで私は巫女をしとったんよ…」

「宮水の者しか…じゃあ、俺はなんで?」

「ここは、宮水神社の敷地だから本来の登山道は彗星落下で破壊されていたはずやよ?瀧君はどうしてこの場所のスケッチができて、どうやってこの場所に行ったん?」

「…ごめん、あんまり記憶にないや…」

「なら、そこに私が関わっとるのは間違いないね。登山道を通らないということは、道なき道を行くってことやから、瀧君は御神体を目指して山を登ったってことになるんよ」

 

俺が…御神体を目指して?

俺は司や奥寺先輩と喧嘩してやけで登ったのではなく…?

 

「ここで夜を明かした後、瀧君は私の記憶を失ってまったんやないかな?」

「あぁ…確信はないけど…おそらく」

「私の記憶がはじまっているのも、この場所からなんよ」

「?どういうことだ?」

「私は避難誘導を計画したときの記憶がないって言ったよね?だけど、避難誘導をしなければならないことは知っていた…ちょうどその記憶があるのが、御神体の場所からなんよ…」

「あー、つまり三葉の記憶では、ここで彗星落下を知って、急いで山をおりて避難誘導をしたってことか?」

「うん…そういうこと」

「よくわからないな…俺と三葉は、この御神体に縁があるみたいだ」

「ねぇ、瀧君」

「?」

「今度、この御神体に行こう」

 

三葉は俺の腕を掴んで言った。

 

「ここに行けば、きっと何かが思い出せる気がするんよ!私たちの記憶は、きっとここにある!だから!」

「あぁ、もちろんだ。行こう。俺たちは結ばれている。三葉の祖母ちゃんの言葉を借りれば、俺たちは「また」繋がった。そして、俺たちが途切れたのが多分この御神体だ」

「うん…きっとそう!」

 

俺たちは、糸守に行かなければならない。

忘れてしまった記憶のパズルのピースを探しに行かなければならないんだろう。

これは、彗星か、それとも宮水の神様かが俺たちに与えたゲームだ。

クリア困難なゲームだ。

ならば、俺はその神の作ったクリア不可能なゲームに打ち勝ってやろう。

俺は、前に何かを決心したことがある。

この世界に抗い続けるとかそういうことを決心した。

多分、このことだったんじゃないか?

 

「運命とか、そういう言葉じゃ言い表せないほどの、すっげー過去が俺たちにはある。だから、二人で探しに行こうぜ?」

 

 

 

その後もページをめくり、画を見るたびに涙をこぼしながら昔のあれこれを思い出した。

そして、ついに最後のページ。

 

「え…これって!」

「あ、これ?これは…何だったっけ?」

「へ…」

「へ?」

「へ…」

「へ?」

 

私は思い切り叫んだ

そしてビンタした

 

「へんたぁーーーーいっっっっ!!!!」

「痛っっっ!!!!!!」

 

そこには私の部屋が描かれていた!

この部屋、どう見ても私の部屋だ!この景色も、見覚えがある!

 

「ど…どうして瀧君が私の部屋を知っとるんよ!!!!!」

「え!?これ、三葉の部屋なのぉ!?」

「何なんよ!もしかして、全部隠してただけで実は瀧君は本当に彗星が落ちる前の糸守に来たことがあって…単に私の反応を楽しんでただけなんやないの!?」

「そんなわけあるかぁーっ!」

 

その後、誤解を解くのに10分程時間を要した。

でも、なんで俺は三葉の部屋を描くことができたんだ…?

なぜ…?

その答えはわからなかった。




この話は、特に書いてて楽しい話でした。


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日々
建築オタクの集い


さて、今日は月曜日。

全人類が最も嫌いであろう日だ。

当然、俺も嫌いな日である。

しかし、悲しいかな…どれだけやだきらいと言っても、働かねばならないのだ。

俺はこの会社で色々な建物を設計して、俺の建物を日本中に建てまくってやりたいと思っていたのだが…。

入社してみたらどうだ、ひたすら下働きだ。

いや、予想してなかったわけではないんだが、いつになったら自分一人で建物を設計できる日がくるのか見当もつかないのだ。

まぁ、気長に待つしかないんだろうな…。

 

閑話休題。

 

さて、そろそろ読者の皆様が気になっておられるであろう話をしよう。

「あの後、三葉とどうなった?」

何もございませんでした。

いや、本当にだよ?

何か特別なイベントがあったわけでもなく、あの後三葉は普通に家に帰った。

一応送っていったんだけど、すごい剣幕で「駅まででいい!!!!」と言われてしまった。

なんか「四葉…許さない」とスマホを眺めながら言っていたけど、四葉ちゃん三葉に何したんだろうな?

今度、時間があれば聞いてみよう。

 

閑話休題。

 

それで今俺は何してるかと言うと、3人の親友と共に昼飯を食っている。

3人の親友とは言うまでもないだろう。

一人は司だ。

もう一人は高木真太。

俺や司と同じ建築オタク仲間だ。

こいつも内定を俺の会社にもらったらしく、この会社に入社したらしい。

今はこいつは本社の方で働いていて(俺と司は支社)、今日は出張で支社まで来ていた。

真太は言った。

 

「お前…何か変わったな」

「なんか…司にも同じこと言われたな」

「いや、ほんとに…なんつーか、数割増し魅力アップというか…」

「魅力?」

「いや、要するに…お前さ、彼女でもできたの?」

 

…また返答に窮する質問を…。

 

「…いねぇよ」

「…間があったな…司よ、どう思う」

「間違いない。菩薩にも春が来たな」

「勝手な勘違いしてんじゃねぇ!あと菩薩じゃない!」

 

俺たちはだいたいこんな感じだ。

司と真太が俺をいじる。

あれ、俺って損しかしてないじゃん…?とも思うが、それでも許せてむしろ居心地がいいのだからやっぱり俺たちは親友何だろう。

 

「そうかい上杉謙信。でも…じゃあなんでこうも変わったんだろうな?」

「…はぁ、ごまかせそうにねえな…」

 

俺は観念して、三葉のことを言うことにした。

 

「そうだよ、彼女じゃねぇが、知り合いの女の子ができた。誰にも言うなよ?」

 

俺がそう言った瞬間、司と真太は同時に「「YEAH!!」」と言って拍手し始めた。

 

「いや~、遂に!遂にですよ高木さん!高校から数えて苦節7年!」

「ようやく瀧にも春が訪れましたな藤井の奥さん!」

「やめてくれよ!周りにも人がいるんだから!」

 

本当にやめてほしい。

つーか、マジで俺と三葉の関係ってどう表現すればいいのか迷う。

恋人じゃない…でも友達?親友?ちょっと当てはまらないような気がする。

いっそ恋人のほうがしっくりくる。

 

「ところで、どんな方なんだ?」

 

真太が聞いてくる。

 

「どんなって…えっと、宮水三葉って子で…」

「かわいい?」

「…かわいい…すごく」

 

偽りのない本心だ。

三葉は綺麗、かわいい、美しい…どんな言葉もあてはまる超ハイスペック美人なのだ。

なんで俺なんかがあんなお方とお近づきになれたんだろうか…?いや、答えはわかってるか…。

 

「ほぅ、ちなみに写真とかは?」

「ねーよ、さっきも言ったが別に恋人ってわけじゃないんだ」

「出会って何日なんだ?」

「先週の金曜日だから…4日?」

「4!?」

 

真太が飛び上がる。だから彼女じゃねぇって!

いや、そういう関係になりたい願望はあるけど、今はまだ彼女じゃない!

ちなみに俺は三葉の写真をもっている。え?いつそんなもん撮ったのかって?

寝顔を少し撮影させていただきました。かわいかったし…。

 

「4日前ってさ、お前がちょうど遅刻してきた日だよな?」

 

司が思い出しながら言う。よく覚えてらっしゃる。

 

「あぁ…正直に言うとその時に出会った」

「やーっぱり女だったか!」

「ぐぬぅ…つーか遅刻じゃねぇし」

 

ぎりぎり間に合ってたし!

 

「ほう、聞かせてくれますかな藤井さんや」

「いや、あの日瀧が珍しく遅刻してきたんだよ。しかも頬を弛緩させながら。女かって聞くとクネクネして気持ち悪いし」

「そんなんじゃなかっただろぉ!誇張すんなよぉ!」

「いやでもほんと、女だったのか…」

「なんだよ、感慨深げに…そんなに俺に彼女ができるのが珍しいか…彼女じゃないけど」

 

すると司は笑いながら言った。

 

「違えよ、ただ…お前、なんか高2のあのときから変だったじゃねぇか」

「あぁ、勝手にお前らが旅行に行くって言いだしたやつな…おめえら結局土産買って来なかったよな…」

 

あの日か…糸守に行って、三葉と何かがあったであろうあの日。

もしかしたら、こいつらも何か、俺たちのパズルを解き明かす重要なカギをもってるかもしれん…聞いてみるか。

 

「あのさ、司。俺、あのとき糸守に何しに行ったんだっけ?」

「え?お前ら糸守に行ったの?」

 

真太、ちょっと黙ってなさい。あなたには聞いておりません。

 

「メル友を探しに行くとかどうとか…」

「メル友?」

 

司は驚いた。

あの日もたしか瀧をメル友とか言っていじったが、あのときは瀧は全力で否定したはずだ。

しかし今日は真面目な顔で聞き返してきた。

もしかして…覚えてないのか?瀧…。

 

「いや、それは方便だとか言ってたな…誰かを探しに行くって言ってた」

「誰かを…?」

 

まぁ…三葉しかおらんわな…ほかに糸守に用があるはずもない。

 

「行先もわかんねぇっつって、スケッチだけを頼りに探していって…」

 

言うまでもなく、昨日三葉に見せたあのスケッチのことだ。

 

「なんとかラーメン屋のおっちゃんのおかげで糸守に辿りついたんだけど…お前、糸守を見てやけにショックを受けてたから…あれ、その後何したんだっけな…」

「いや、いい。教えてくれてありがとう」

 

今の司の話だけで色々なことがわかった。

俺は糸守に誰かを探しに行った。

糸守を見て俺がショックを受けたということから、俺は糸守が当然あるものだとばかり思って行ったんだろう。

そして目の前には無残な糸守の姿があったわけか…。

当時の俺に会ってみたいな。あの日、お前はどう思っていたんだ?

 

「なんかさ…お前、一人でどっか行っちまったけど…どこ行ってたんだ?」

「あぁ…ちょっと山登りにな…」

「「山登り??」」

 

司と真太が同時に聞くが、俺の耳には入らない。

俺は三葉を探しに行ったはずだ。

でも、すでに彗星が落ちていたから三葉はそこにいなかった。

それに俺はたいそうショックを受けたってことだろう?

つまり、俺は三葉が2016年の糸守にいるものだとばかり思って糸守に行ったってことか?

よくわからん。

 

「俺は…糸守の彗星災害のことを知らなかったのか?」

「おいおい、また記憶喪失かよ…彗星災害のことは知ってたみたいだが、自分の探してた町が糸守だってことは知らなかったみたいだったぞ」

 

つーことは…俺は糸守のことを知らずに糸守のスケッチを描いたってことか?

え…俺ってエスパー…なはずがない…じゃあどういうことだ?

俺の描いた画は三葉が「間違いない」と言っていたから正確なはずだ。

なぜ正確な糸守の姿を糸守を知らない俺が描けたんだ?

また記憶なのか…?

俺は司と真太が見ているにも関わらず、LINEで三葉にメッセージを書いた。

 

『今日、時間ある?』

 

ずっと考え込んでいた俺には、司と真太が「できてんじゃね?」と話しているのには気づかなかった。

 



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再会1

「はぁ~」

 

私はため息をもらす。

ため息の数だけ幸せが逃げていくって言うけど、それはきちんとした検証結果に基づいて言っているのか問いただしてみたい。

今は私の働いている東京の職場から千葉の支店へ移動中。

なんでも千葉の支店は売上がほかの店舗に比べてずば抜けていて、すっごい人が店長をしているらしい。

その店長と言うのが私と同じぐらいの年齢の女性らしい。

あーもう、なんというかね!この感じよ。

学校ヒエラルキーの中でも下位層に属してきた私はそういう「デキる子」が嫌なんだ。

なんであの課長はわざわざ私なんかに「支店長と交渉してこい」なんて言うのかしら?

というか、支店長と交渉って普通に考えて変だ。

支店長って社長より偉いのかな?

まぁ、つまりその支店長は自分が納得したことでないと梃でも動かない固い意志の持ち主ってことなんだろうけど…はぁ…。

尚更、なぜ私に任せたのかしら…?

気づいたら支店の前まで来ていた。

ドアをノックする。

するとドアがガチャリと勢いよく開いた。

 

「あぁ、こんにちは!あなたが宮水三葉さんね!」

「えっと…」

 

何かすごい美人が出てきた。

モデルとか普通にできちゃいそうなほどスタイルもよくって…すごいなぁ…輝いてるなぁ…。

 

「私が支店長の奥寺ミキよ。今日はよろしくね?」

「あ…はい…奥寺…ミキさん」

 

なんだか聞き覚えがある。

顔といい、喋り方といい、名前といい…どこかで会ったかな?

 

「とりあえず入って!」

 

奥寺さんに腕を引かれて応接間へと通された。

店の方はもちろんのこと事務室とかもかなり装飾してあって、売り上げ1位も納得である。

その支店長が…。

 

「ふふ~ん…あなたが…ねぇ」

「…あの…どうしたんですか?」

「いやぁ…ふふ…」

 

なんかすごい不敵な笑みをうかべて私を見てくる。怖い。

 

「あ、それで今日本社の者に渡された資料なんですが…」

「あぁ、いいよ。どうせもう最終確認だけだし」

「はぁ…」

 

とりあえず資料だけ渡す。

奥寺さんはパラパラと資料に目を通して、すぐにまた私に話かける。

 

「今日はあなたに会いたかったのよ」

「え…?私に?」

 

私、何か奥寺さんの耳に入るような重大な失態でもしちゃったのかな?

割とおっちょこちょいなのはよく四葉にも言われるし、自覚もあるから不安だ。

 

「ねぇ、敬語やめよう?どうせ同じ年齢なのよ」

「え?でも、やっぱり奥寺さんは支店長だし…」

「私にとっては本社から来た人は大切な客人なのよ」

 

ならあなたが敬語になればいいじゃない。

とも思ったけど、要するに奥寺さんが言いたいのは「対等な関係で話したい」とそういうことなんだろう。

 

「はぁ…じゃあ、こんな感じでいいかな?」

「そう!それでいいのよ!いや…でもまだなんか足りないわね」

「?」

 

まだ足りない?何がどのように足りないの…?

 

「あなた、どこ出身なのかしら?」

「え…?」

「あぁ、別に県名だけでいいから!」

「岐阜」

 

岐阜って、日本中ではどんなイメージなんだろうか?

やっぱり三重とかといっしょに名古屋と同じように見られているのだろうか?

 

「岐阜かぁ…ねぇ、方言ってあるでしょ?それで喋って?」

「えぇ!?いや、それはいくらなんでもこんな場所で…」

「どうせここには私と宮水さんしかいないんだしいいじゃない!」

「それは…そうやけど…」

「いいね!魅力数割増しに感じるよ!!」

 

瀧君も「三葉は方言のほうがいい」って言ってたし、そういうものなのかな?

でも、それはともかくとして奥寺さんはいったい私と何を話したいのかな?

 

「…恋ってしたことある?」

 

…いきなり来たな。

 

「それは…過去形で?それとも現在進行形で?」

「どっちも」

 

これは正直に答えるべきなんだろうか?

というか、現在進行形の方は…まぁ言わずもがな私は瀧君に恋をしている。

でも、過去形の方…あれ…確かに恋をしてたような気がするんやけど…誰やったっけ?

 

「う~ん…まぁ、しとると言えばしとるんかなぁ…」

「どんな子なの?」

「新卒の社会人で…今は建築業界で働いてるとか…」

「ふふ…あの子も愛されてるわねぇ」

「…?…あの子?」

 

どういうこと?もしかして奥寺さんは瀧君のことを知っているの…?

 

「その子の名前は?」

「えっと…立花瀧っていう子なんやけど…」

「アッハハハハハハハ!やっぱり!ふふっ…」

「ど…どうしたんよ!?いきなり!!」

「いやぁ、瀧君っていったら、前の私のバイト仲間なんだよ!」

「え…?」

「あなたをわざわざここに来させたのは、瀧君について話がしたかったからよ。瀧君にも好きな人がいるって話を聞いてね…調べたらちょうどその子が同じ会社にいるっていうから…」

「え!?瀧君が…私のことを…?」

「よかったじゃない!両想いってやつかしら?」

 

え…えぇ…。

いや、もちろんわかっとったけど…改めて言われると…私が瀧君に恋しとるように、瀧君も私に恋しとるってことで…はわぁ…。

 

「顔、赤いよ?」

「いやぁ…えへへ…」

「駄目ね、こりゃあ…」

 

奥寺さんがあきれているけど、私には特に聞こえてない。

瀧君が私のこと好きなんやって!聞いた?

いや、でも告白とかいつやるんやろなぁ…なんかあの時は私が止めちゃったから…私から言うのがえぇんかなぁ…?

 

三葉さん…超幸せそうね。見てるこっちが恥ずかしくなりそうだわ。

瀧君もなかなかの美人を見つけたわね…菩薩…。

瀧君は遂に探してた人を見つけたってことなのかな?

私はクネクネしている三葉さんの前でLINEで瀧君にメッセージを送る。

 

『おめでとう。やっと探してた人を見つけたんだね。』




次回に続きます


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再会2

「でも…岐阜っていうと…」

 

奥寺さんは顎に手をあてて言う。

 

「彗星…ね」

「…ちょうど、糸守が私の出身地なんよ…」

 

先ほどは言わなかったが、奥寺さんはしばらく話してきて信用できる人だと見た。だから意を決して糸守について話すことにした。

 

「糸守…かぁ」

「?」

 

奥寺さんはやけに感慨深げに虚空を眺める。

その様子はまるで瀧君のようだ。

 

「…もう話しちゃおっかな?」

「話すって?」

「いえ、世間は狭いなって思ってね。私は瀧君と一緒に5年前に糸守に行ったのよ」

「奥寺さんも…?」

 

奥寺さんも瀧君と一緒に糸守に来たということは瀧君の言ってた友達とは奥寺さんのことだ。

 

「もう、色々忘れちゃったけどね…なんだかあのときの瀧君、誰かを探しに行ってたみたいだったよ」

「誰か…?」

「気づいてるんじゃない?」

 

その通り。私は瀧君が糸守に来た時に誰を探しにやってきたのかはわかっている。

おそらく私だ。

 

「瀧君、スケッチに描かれた絵だけを頼りに糸守を探して、やっと糸守を見つけたら…もうすでに」

「…3年前に糸守は既になくなっていたから…」

「うん。いまだになんで瀧君が糸守の昔の風景を知ってたのかはわからないけど…三葉さんに関係があるのかしら?」

「…確信はないんやけど…おそらくは」

「ふふ…今度瀧君とも会って話してみたいわね」

 

瀧君は、あの画だけを頼りに私を糸守まで探しに来たということ。

それはつまり、瀧君は糸守について知らなかったことを意味している。

でも、風景だけは知っていた。

どうしたらそういうことが起こりうるのかなぁ。

 

「なんだか、あの後さらに瀧君は元気をなくしちゃってね…心配して色々してあげたんだけど、なかなか…ね。でも、あなたなら何とかできるんじゃないかしら?ほら、これ見て?」

 

そう言って奥寺さんがスマホの画面を見せてくる。

そこには瀧君やその友達のLINEの画面が映し出されている。

奥寺さんの

『おめでとう。やっと探してた人を見つけたんだね。』

という言葉に瀧君は

『…まさか、三葉に会ってたりします?』

と答えている。

『ありゃ、図星か』

『…あんま変なこと言わんでくださいよ!』

その後ろにはそんなやりとりが映し出されている。

 

「ふふ。探してた人というだけであなたのことを思い浮かべるなんて…瀧君は相当あなたにお熱みたいよ?」

「そ…そんな…へへ…」

「私…好きだったのよね。瀧君が高2ぐらいのときだったかしら」

「瀧君のことが…ですか」

 

私の表情は少し曇る。瀧君は私だけのものであってほしいなどという自己中な独占欲によるものだ。嫌な女ね…私。

 

「いえいえ、どうも瀧君は私には興味がなかったみたいでね…誰かほかの人が気になってたみたいで…。でも、なんだか一生懸命で可愛くってね…なんだかあなたにすごく似てたわ」

「え?私に?」

「そう。その顔よ」

「私も奥寺さんには初めて会った気がしないし…」

「あら、お互い様ね」

 

奥寺さんは…なんというか同性でも好きになってしまうような魅力の持ち主だ。

そのオーラというか雰囲気は脳が覚えてなくても体が覚えてしまう。

まさに、その体の記憶が会ったことがあると私に告げている。

 

「瀧君を…よろしくね?」

「うん。絶対に」

「ふふ。安心した。そういえば、せっかくだしちょっと頼みたいんだけどさ」

 

そう言って奥寺さんはポケットからハンカチを取り出した。

そのハンカチはちょうど真ん中あたりが破けていて、何ともみっともない。

 

「三葉さんは裁縫が得意だって聞いたから…ちょっと直してみてくれないかしら?」

「え?いきなり?」

「ふふ…瀧君は、私のスカートが破けちゃったときに縫って直してくれたりしたのよ?」

「…」

 

『女子力』という単語が頭によぎる。

女たるもの男に女子力で負けてはならない。

そりゃ、家事ができる男の子は魅力的だけど、それでもやっぱり負けたくないのが女の性。

どれ、いっちょやってみようじゃないか。

 

アイ ラブ ハリネズミっ!

 

ということで大好きなハリネズミを取り入れてちょっとした画にしてみた。

それを見て奥寺さんは絶句している。え、なんかまずかったかな?

 

「これ………三葉さん…変なこと聞いていいかしら?」

「?」

「あなたは…瀧君?」

「はい!?」

 

いきなり変なことを言われた。

私は瀧君のことが大好きだけど、私が瀧君などということはない。

 

「いえ、そのとき瀧君が縫って直してくれたときもこの模様が…」

「え…?」

「偶然…とは考えにくくって…」

「いや…記憶には…」

「そうね…変なことを聞いてごめんなさい。瀧君と三葉さんは似た者同士ってことね…」

 

その後、しばらく瀧君談義で盛り上がった。

色々と聞けて楽しかったので、今度いじるネタにしてやろうかな?

そして帰り道。スマホを取り出す。

するとそこには…

 

『今日、時間ある?』

 

と書かれていた。

…何か話したいことがあるのかな?

ちょうどいい。私も色々と話したいことがある。



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記憶の飛騨探訪

遅れました!ごめんなさい!


「ごめんね、待たせちゃった?」

「…そういう質問はな、男がどう返せばいいのか返答に困る質問なんだぞ?」

「瀧君が女の子に大して気を遣える男の子だなんて期待してないから適当に返事してくれればえぇんよ」

「あのなぁ…」

 

ここはとある料理店。

三葉と話したいことがあったのでここで待ち合わせにしたのだが、そういえばアルコールは頼まないほうが良いんだったよな?

 

「で…何の用があったん?」

「…2016年、つまり俺が高2のとき、俺は糸守に行ったって話はしたよな?」

「うん。なぜだか理由はわからないんだっけ?」

「あぁ。だが、どうやら俺は糸守に興味を持ったから行ったわけじゃあないらしい」

「え?」

 

三葉はきょとんと不思議そうな顔をしている。

くそ、なんでこいつは仕草がいちいち可愛らしいんだろうな…まだ出会って一週間もたってないが、それでもわかる。

三葉はスキが多すぎる!

他の男に変な目で見られたらどうすんだ!

っと、いかんいかん。冷静になれ立花瀧。

 

「どうやら俺は誰かを糸守に探しに行ったらしい」

「誰か…つまり、私やね」

「多分な」

 

なんか、もう「誰か」とか「何か」という曖昧な言葉は勝手に脳内で「三葉」あるいは「瀧君」と変換されてしまう。それは三葉も同じなんだろう。

 

「ついでに言えば、糸守に行くまで俺は糸守のことを知らなかったらしい。例のスケッチだけを頼りに糸守を見つけたらしいんだ」

「えぇ!?それって、つまり瀧君は糸守のことを知らんのに糸守を描けたっていうこと!?なんやのそれ!」

「…俺自身にも何が何だかわからないんだがな…ただ、俺は糸守に行ったことがないのに糸守が描けたわけじゃない、糸守を知らないのに糸守を描けたんだ」

「…どういうこと?何を言いたいん?」

「あくまで憶測だけど、俺は糸守の景色を見たことはあったけどそれを糸守とは認識していなかった…ってことなんじゃないかな?」

「……そうかもしれんけど…ならますます話がややこしくなるやん?」

 

まぁ、そうなんだけどな。

結局、俺たちはやっぱり糸守に行ってみなきゃ何もわからないんだろう。

 

「でも、そのときの瀧君は私に会ったことないのに何で私を探しにきたんやろね?」

「さぁな。ただ、どうやらスマホでのやりとりはしてたとか司は言ってたな。あぁ、司ってのは高校以来の友達だ」

「スマホでやりとり…はっ!出会い系!!」

「ちげーよ!何が悲しくて出会い系なんかしなきゃいけねぇんだよ!!」

 

なーんか以前もこんな感じのやりとりがあった気がする。

詳しくは思い出せないけど…。

 

「とにかく、その誰か…つまりお前とは連絡をとりあえる関係にはあったっぽいぞ…いや、連絡手段とかはわからないんだが…」

「わからないことだらけやね…もう慣れっこやけど」

「自分のこと棚にあげて俺だけ記憶喪失みたいに扱うのはやめなさい」

 

三葉は俺の言葉をどこ吹く風といった感じに聞き流している。

自分に都合の悪いことは聞こえない人の耳ってどうなってるんだろうな?

 

「そんなわけで、俺は糸守にお前を探しに行ったわけだ。当然糸守町が存在していて、そこにお前がいると思い込んで…な」

 

自然と声が暗くなる。覚えてないはずのことなのに、なぜか心が苦しくなる。そして、脳裏にその風景が…

 

「何となくだが…思い出したよ。俺はあの日、糸守を見て…はじめて糸守が、彗星が落ちた糸守であったことを知った。司曰く…すっげーショックを受けてたみたいで…」

「…ショック?私に会えなかったこと?糸守がなくなってたこと?」

「わからない。ただ、俺も今、あの情景を思い出しちまって…」

 

瀧君の顔が暗くなる。

何かが思い出せなくて、大切な何かを忘れてしまってとても苦しそうな顔だ。

私は彗星災害後の糸守を見た瀧君の気持ちを想像する。

苦しい。怖い。なぜ。どうして。

俺の糸守はどこにいったんだ?あいつは?

そう思ったはずだ。

私は瀧君にやさしく声をかける。

 

「瀧君、大丈夫やよ。私はちゃんとここにおるから」

「あ…あぁ。取り乱しちまって悪い」

「…瀧君の気持ち、私にもわかる気がする。誰かを探して、必死に探し回って、やっと見つけたけどその人は全然違って…」

「…お前にもそんなことがあったのかもしれないな」

「うん。まだ、思い出せんけど…」

「はは…わからないことだらけだな。もう慣れっこだけど」

 

俺は先ほどの三葉の言葉をそっくりそのままお返しする。

三葉は顔を赤くしてぽかぽかと俺の頭を殴る。全然痛くない。

 

「あー、もうえぇ雰囲気やったのにぃ!」

「お互いさまってことだよ」

「むぅ…そういえば、今日奥寺ミキって人に会ったよ」

「え?奥寺先輩に?」

 

なるほど、奥寺先輩って呼んでたのね。

 

「もしかして、仕事か?」

「ご名答。そう、仕事で会ったんやけど…どうやら奥寺さんは私に会いたくて私を呼んだみたいやった」

「そりゃあ、俺が三葉のことを話しちゃったから…ハッ!!!」

 

瀧君は途端に顔を赤くする。

多分「俺、あいつのことが好きなんですよ」とかLINEで告白しちゃったことを思い出しているんだろう。

なるほど、奥寺さんが瀧君のことを「かわいい」と言ったことにも共感できる。

私はあえて聞く。

 

「どうしたん?」

「い…いやぁ…なんでも…」

 

瀧君は小声で「バレてないよな」と言った。バッチリ聞こえてるし、バレとるよー。

 

「それで、変なことを言われたわ。なんか、私が瀧君みたいって…」

「へ?お前が?俺に?」

「うん。奥寺さんの前でちょっと破れたハンカチを縫って直したんやけどね…その柄が瀧君が奥寺さんのスカートを直してあげたときの柄と瓜二つやったんやって。覚えとる?」

「いや…ごめん。ぜんぜん覚えてない」

「だろうと思った」

 

もはやお約束だ。

まぁ、仕方がない。瀧君にとっては5年前のことだ。

 

「それで…奥寺さんは雰囲気も似とったって言うし…私たち、何なんやろね?」

「さぁ?答えは全部糸守にあるんじゃないか?」

「ふふ…いつ行こうか?」

「今は新人研修で忙しいし…結構新社会人は大変なんだよ?」

「わかっとるって!もう通ってきた道やからね」

「はは、そうだったな。なんか、年上って感じがしないからな」

「なーんか、年上らしくないってニュアンスを含んどらん?その言葉」

「はは!自分で考えてみたらどうだ?」

 

瀧君は私をからかう。

その笑顔は私にとって最高のものだった。

 

こんな時間がいつまでも続いたらいいな。

ずっとずっと、この幸せな時間が続いてくれればいいな。

そう二人は思った。

 

 

 

その後…。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…みーつはー」

「すぅ…」

「くそ…また酔いつぶれちゃったよこの子…だから年上らしくないんだっつの…」

 



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出遭い

「あー、俺だ。立花瀧だ。またお前の姉ちゃんが酔いつぶれちゃってな…」

 

ここは宮水家のあるマンションのエントランス。

先週の金曜日のように三葉を負ぶって宮水家にやってきた。

ただ、スピーカーごしに聞こえた四葉ちゃんの声がやけに変だった。

何というか…司や真太が何かを企んでいるときと同じような雰囲気のする声だった……不安。

インターホンを押す。

 

「瀧さん!ありがとうございました!」

 

四葉ちゃんがドアを開ける。

そしてその背後に男が…!

 

「君が立花瀧君かね?」

「えーっと…はい。あの…どちら様でしょうか…?」

「私は三葉と四葉の父の宮水俊樹だ」

 

かくして俺の受難は始まるのだった。

 

 

 

「もう…いきなりお父さんが来るからびっくりしたよ…」

 

四葉ちゃんが俊樹さんに言う。

三葉は明日にひびくといけないのでさっさと寝てもらった。

さすがに先週ほどは酔ってなかったし多分大丈夫だろう。多分。

 

「すまんな。俺も少し東京に用があってきたんだ。今日中に帰るのもよかったんだが、せっかくだから寄っておこうと思ってな」

「まったく…お姉ちゃんったらせっかくお父さんが来てくれたのに…」

 

三葉は俊樹さんのことをあまり良くは思っていなさそうだったか、四葉ちゃんはそうでもないのか、俊樹さんとは普通に話せている。

 

「私はもう眠いし寝るけど…お父さん…瀧さんは明日も仕事なんやからあんまりここに拘束せんといてよ」

「はは、わかってるさ」

 

まだ眠いという時間でもないはずなので、四葉ちゃんは俺と俊樹さんが二人で話せるようにしてくれたのだろう。

男の気持ちを察せる女はモテる。女の子にはぜひともこのことを知っておいてもらいたい。

 

「さて、立花君だったかな?」

「はい。立花瀧と申します」

 

この宮水俊樹さんのことは知っている。

彗星災害当時の糸守町長で、避難指示を発令し糸守の人々を救ったとされている人だ。

しかし、俺は三葉が災害を予知していたことを知っている。

 

「あの、俊樹さんのことは三葉さんを通して聞いておりました…」

「そうか。ならば、糸守の奇跡の真実も知っているということか?」

「はい。あの、気になったんですが…なぜそんなことを信用したんですか?」

 

普通の人は「隕石が落ちる!避難指示を出せ!」と言われたところで避難指示を出すはずがない。

なぜ、俊樹さんは避難指示を出したのか…?

 

「…わからん。なぜか、三葉の言うことを信じたくなったんだ…あの日の三葉は…なんだか変だった」

「変?」

「あぁ。あの子が町民を避難させるために色々とやらかしてくれたことは知っているだろう?」

「はい」

 

例のテロの話だ。

隕石が落ちなかったら、ただの犯罪行為である。

そして、その犯罪行為をしてでも三葉が糸守の人々を避難させたことからも三葉が災害を予知していたことがわかる。

 

「あの日。三葉は…ちょうど昼下がりごろに俺に会いに来た。内容は彗星が二つに割れて隕石となって落ちるから避難指示を出してくれ…ということだった」

「なんとも直球ですね」

「あぁ。あまり関りが無かったから三葉についてどうこう言える立場でもないんだが…そんなド直球なのはあの子らしくなかった。俺もあの時はちょうど宮水神社とは断交していて、三葉の言うことをこれっぽちも信用せず病気だと決めつけて病院に電話をしようと受話器を手に取った」

 

普通の父親ならば娘が少し変なことを言ったとしてもいきなり病気だと決めつけたりはせず、話を聞くはずだ。

三葉と俊樹さんの間には修復するのには長い時間が必要なほどの深い溝があるのだろう。今ここで詮索すべきではない。

 

「そしたら、あの子はどうしたと思う?何と俺の胸倉をつかんで『馬鹿にしやがって!』と怒鳴ったんだ。俺は直感的にわかった。この子は三葉じゃない。外見が三葉なだけの別人だ…とね」

「別人…ですか」

「そうだ。なんだか、君にはあの日の三葉のような雰囲気がある」

「えぇ!俺、俊樹さんの胸倉掴んだりはしませんよ!」

「いやいや。そうじゃなくってだな…何というか…名状しがたいんだが…心ここにあらずで、誰かのために動いているというような感じがした。ほかでもない誰か一人のために…」

「それは…」

 

今の俺は三葉のために動いている。三葉が幸せならそれでいいとさえ思っている。いや、恋人でもないのに何言ってんだって話だけどな。

その日の三葉も誰かを救うために動いていたってことか?

 

「俺は娘相手に『お前は…誰だ?』なんて言ってしまった。すると三葉は部屋から出て行ってしまってな…」

「結局、三葉が誰だったのかはわからないんですか?」

「あぁ。俺は君だと…いや、何でもない」

「?」

 

声が小さくて聞き取れなかった。

まぁ、おおよそ見当はついた。

俺だ。

 

「その後、隕石が落ちる1時間前に俺のところに三葉はもう一度やってきた。その三葉は…三葉だった」

「誰かが入っていたわけでもなく…ですか」

「あぁ。どうも、御神体のところから走ってきたらしくて服はぼろぼろだし、汗だくで…とてもみっともない恰好をしていたが…それでもあの子の目には確かな光が宿っていた…」

「御神体から…?」

「あぁ。なぜかはあの子も覚えていなかったがね」

 

どうやら俺と三葉は糸守の中でも御神体に縁があるらしい。

糸守に行ったときには御神体には必ず行っておかなければならないだろう。もしかしたら、そこに記憶があるかもしれない。

 

「あのときの三葉は…なぜか、二葉に見えた」

 

二葉…三葉のお母さんのことだ。

あの三葉の組紐の持ち主であり、何でもかんでも予見してしまう不思議な力の持ち主。

 

「その話をすると多分徹夜になってしまうだろうな…君は明日も仕事があるんだろう?」

「はい…残念ながら…」

「なら、もう帰るといい。今日は三葉の彼氏に会えてよかったよ」

「なっ…まだそういうんじゃありませんよ!」

 

この親父さん!見た目と違って割と冗談かましてきやがる!

 

「そうなのか?でも、君に負ぶわれていた三葉の顔…あんな三葉の顔は久しぶりに見た。あの顔を取り戻してくれたのは…多分君なんだろう?」

 

四葉ちゃんにも言われたことだ。

俺と出会う前の三葉がどんな顔をしていたのかはわからないが…多分、三葉に出会う前の俺のような顔をしていたんだろうな。

 

「どうか、三葉のことをよろしく頼む。あの子には君しかいない」

 

もう答えは用意してある。

たとえ、ややこしい過去がなくたって、俺たちは結ばれている。強く強く結ばれているのだ。

だから、俺と三葉は二度と離れないほど強く結ばれなければならない。

 

「当然です。あいつには俺しかいないし、俺にはあいつしかいない」



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親友たち

「三葉」

「?」

「正直に言いない。男やろ?」

「なわけないやん」

「ちゃうな。あんたがこんなに変わるなんて、男しかあらへん。なぁテッシー」

「お前、まもなく自分もテッシーになること忘れとるやろ」

「結婚してもテッシーはテッシーやろ」

 

ここはとあるカフェ。

有給休暇の消化も兼ねて糸守からの幼馴染であるテッシーとサヤちんと話している。

そして会ってからこの調子である。

 

「お前、三葉。前のLINE見たで。なんやあれは」

「何か変だった?」

「変つーか、気持ち悪かったで」

「せや。あんたあんなに絵文字顔文字使う人やったっけ?」

「…いや、前も結構使っとったと思うんやけど…」

「いーや。あんたはもっとつまらん人間やった」

「むっ…つまらんって何なんよ」

 

普通に考えたら喧嘩にでも発展しそうな会話だが、まぁ許せる。これが親友と言うものだ。

にしても、私はそんなにつまらん人間やったやろうか?

ここ最近が楽しくて充実してて考えもしなかった。

 

「三葉、記憶喪失やなんてぬかすんなら、このメール見てみい」

 

サヤちんが差し出したのはメール画面が表示されたスマホの画面だ。

む…これは確かに…認めるのも癪だけど…。

 

「…確かにつまらん文面やね」

「うん。つまらん。あんた、事務報告みたいなメールしか送って来んかったもん。それがつい前にLINEでやり取りしたときはどーでもいいことを妙に楽し気に書き連ねとって…テッシーと一緒に怖がっとったわ。これが三葉?嘘こけもっと三葉は退屈なやつやったで…って」

「なんか好き勝手言われとる気がする…」

 

ここまでつまらんだの退屈だの言われるとさすがに傷ついてしまう。

それにしても…まさか文面からでさえ男の気配を漂わせてしまうとは…私はどれだけわかりやすい女なのよ。

 

「で、どんなんや。男?」

 

サヤちんが身を乗り出して聞いてくる。

ここで知られていじられるネタにしてしまうのも面倒だし、まだ恋人ってわけでもないので(名目的には)、変な誤解を生んでしまっても困る。

なので、あまり言いたくない。

チラッとテッシーを見てSOSサインを出す。助けて-。

 

「…何や三葉。早よ答えろ」

「テッシー…やからモテんのよ」

「なんかよくわからんけど…余計なお世話や」

 

本当に、女の子の気持ちを察せない男は困る。

鋭い必要はないけど、鈍感なのは困る。女って自分勝手やなぁと考えてて思う。

 

「…言わなかんの?」

「もちろん…というか、その反応がもうすでに「彼氏いる」って言っとるようなもんなんやけどね…」

「あ…」

 

しまった…私ってわかりやすいなぁ…。

いやでも瀧君は割と鈍感な男の子だから、むしろ私が分かりやすい女のほうがうまくいきそうじゃない?

などと考えても仕方がない。

どうやらこの二人から逃げる術は無いようだ。

 

「せやよ…別に彼氏ってわけやないんやけど…まぁ親しい男の子ができたみたいな…」

「よっしゃあ!やったやん三葉!」

「…三葉も遂にかぁ…」

「べっ、別にまだ恋人ってわけやないんやからね!」

「まだってことはいつかは…ってことやね?」

「ハッ…」

 

しまった…私って以下略。

 

「どんな子なん?写真ある写真?」

「せや、三葉に釣り合う男か俺が査定したる」

「あんたそんなに偉かったっけ?というかあんたよりえぇ男に決まっとるやん」

「結婚前にそういうこと言うなや」

「あんたはそのままがえぇんやで」

「サヤちん…」

 

何度目だこのくだり。

小さいころから夫婦漫才を繰り広げていた二人も、今となってはなーんかただのバカップルにしか見えなくなってきた。

いつか私も瀧君とこんなんになるのかなぁ…。

 

「で、どんな男なんや?」

「えっと…これ…」

 

私は前にデートしたときに撮った写真を見せる。

そこには私と瀧君がツーショットで写っている。ちょうど服を新しく買ったのでせっかくだから撮ってみたのだ。

流石に待ち受けにするほど勇気はなかった…。見られたら大変やし。

 

「おぉ…イケメンやね」

「…顔は合格や」

「だからあんたは人の顔を評価できるほどえぇ顔しとるんか?」

「もちろんや」

「む…瀧君はテッシーなんかよりもえぇ男なんやからね!顔も性格も!」

「ひでぇ!三葉!ひどいぞ!なんかとはなんや!サヤちん、慰めて!」

「へぇ…この子、瀧君って言うんやね…瀧…」

「ひどっ…」

 

サヤちんは横で喚くテッシーをほかって何かを考え込んでいる。もしかしたら、瀧という名前に聞き覚えがあるのかもしれない。

そしてテッシーひとしきり喚いた後、「瀧…?」とつぶやいて考え込んだ。

 

「あの…もしかして瀧君のこと知っとるん?」

「…三葉、その瀧っていうのの名字はなんや?」

「えっと…立花やったかな…」

 

あまりにも名前で呼びすぎて名字の方を忘れかけている。

立花瀧…よし。覚えた!もうすぐ私も立花三葉になるかもしれんのやし…いやでも宮水家って女系だから瀧君もお父さんと同じように宮水瀧になるんかな…って何を考えとるの私!

などと考えて私が顔を赤くしてクネクネしてるのに二人は気づかず。揃って考え込んでいる。

 

「立花瀧…いやそんなはずは…」

「?どしたんテッシー」

「いや、三葉。その立花瀧君の勤めとる会社とかわかるか?」

「うん…こういう人やよ」

 

私は会ったときにもらった名刺を差し出す。

そこには勤務先と電話番号が書かれている。

そしてそれを見てテッシーは目を見開いた。

 

「おい三葉。この立花瀧君は建築業界に勤めとるんでえぇよな?」

「うん…なんか、建物のデザインとかに携わってるらしいけど…」

「わかった…ちょっと用事を思い出した。悪いな…」

「あぁ…うん。またね」

 

テッシーは千円札を置いて出て行ってしまった。

サヤちんはそれを見てニヤニヤと笑っている。

 

「ねぇ、テッシーはどうしたん?」

「いや、前にテッシーの家でテッシーが気に入った建築デザイン画を見せてくれてね…その作者が立花瀧って名前やったんよ」

「え…それって…」

 

新たな出会いが始まろうとしている。

 

「絶対、瀧君とテッシーは馬があうと思う」

「はは、彼女が言うなら間違いないな」

「…まだやって」

「まだ…ねぇ」

「あ…」

 

しまった…私って以下略。




ちょっとリアルが忙しくて投稿が遅れ気味になってしまいました…。
次も遅れるかもです。


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直談判(社長が)

ようやく暖かくなってきました。


「どーかこの通り!頼むっ!!!」

「いや、あのぉ…」

「俺からもこの通りだ!頼むぅ!!!!」

 

何だこの状況…。

ここは俺の勤める会社だ。

俺は新卒社員なのでまだまだ下っ端のぺーぺーだ。そのはずだ。

で、そのぺーぺーであるはずの俺の前でなぜか社長と課長が土下座している。光ってますよ、頭。

で、要件ってのが…。

 

「勅使河原建設様との契約!これはわが社にとっても大きなチャンスだ!その条件として君が必要なのだ!」

 

社長のスーツは土下座していたせいで汚れている。高そうなのに…。

しかし、勅使河原建設との契約に俺が必要ってどういうことだよ…。

 

「あの…協力するのはやぶさかではないのですが…私は何をすればよいのでしょうか?」

「いや、それがわからんのだ」

 

課長が正座しながら言う。いい加減居心地が悪くなってきた。

だってここ、普通の職場なんだから。司とか笑いをこらえながら見てるんだよ!

 

「わからないとは…?」

「言葉通りだ。とにかく勅使河原建設の社長さんが立花に会いたいと…」

「それって…」

「頼む!君だけが頼りなのだ!」

 

営業的なやつやんと言おうとしたら社長が改めて土下座した。

これは断れそうな雰囲気ではない…が、これではいわかりましたでは面白くない。

 

「わかりました…。ご期待にそえるかはわかりませんが、努力します」

 

まぁ何をがんばりゃいいのかわからんけど。

 

「つきましては…」

「あぁ。もちろん考えておる」

 

やっぱり昇進あるいは昇給とかないと割に合わないよね。

 

「この男に代わって課長なんかどうだ?」

「しゃっ、社長!?」

 

やったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

というわけで、現在勅使河原建設株式会社本社の応接室にて社長様を待っている。

勅使河原建設の社長、勅使河原克彦は大学を卒業してすぐに家業である土建屋を継ぎ、勅使河原建設という一零細企業を業界に名をはせるベンチャー企業として会社を引っ張ってきた、業界の風雲児である。

そして、俺はその勅使河原建設と言う会社のことをこの業界について知る前から知っている。

なぜなら、この勅使河原建設の発祥は糸守町であるからだ。

よって糸守についていろいろと調べたりしてた俺はこの会社についてよく知っているわけだ。

もちろん、スケッチの中には糸守にあった時代の勅使河原建設の画も描かれている。なぜ…?

 

「おぅ!君が立花瀧君か!」

 

坊主頭で大柄な男が入ってきた。

服装はなぜか作業着。

 

「あ!どうもはじめまして!お呼ばれして参りました、立花瀧です!」

「そうかしこまらんでえぇぞ。今日は君と話がしたくて呼んだんや」

「はぁ…話…というと?」

「まぁとりあえずは…せやな、敬語やめてみろ」

「はい?」

 

何かデジャブ。

それにしても、この人もやっぱり糸守出身なんだなぁ。かなり訛っている。しかも三葉よりも。

 

「えぇから。何か敬語やとしっくりこんのや…」

「はぁ…ならば…何を話せばいいんだ?」

「それや!瀧!」

「はは!克彦!」

「いや、テッシーでえぇで」

「…」

 

テッシー…?どこかで…。

 

「どした?そんなにおかしいか?」

「い、いやそんなことはないぞ!テッシー」

「せや。それでえぇ。で、瀧。お前にとって建築デザインとはなんだ?」

 

いきなり哲学的なことを聞かれた。

「人生!」とか答えたらダメな奴だよな…えっと…。

 

「生きがい」

 

あんまり変わんねぇ…。

 

「そうか。具体的に建築の何が生きがいなんや?」

「それは…」

 

わからない。

何ていえばいいのか。

生きがいってのは確かにそうだ。でも、どうして生きがいなのか?どこが生きがいなのか?

それがわからない。

俺は思ったことをそのまま話す。

 

「わからない。ただ、俺はそれを見つけるために今この仕事をしている」

「ほぅ。つまり、お前はこの仕事に人生をかける理由が欲しいんやな?」

「まぁ…大げさに言っちまえばそうだな」

「ははぁ…なるほど。今日呼んだのはほかでもない。これを見ろ」

 

そう言ってテッシーは一枚の紙をテーブルの上に置いた。

そこにはかつて俺が描いたデザイン画が描かれている。

 

「うわぁ…なんつーか恥ずかしいなぁ…」

 

何が恥ずかしいって、建築のイロハのイの字も知らないような設計図やらデザインやらであることだ。

耐震やら利便性やらをガン無視で、ただ自分の作りたい建物を書きなぐっただけのお粗末な設計図。

こんなもの建築のプロに見せれたものじゃない。

しかし、克彦は言った。

 

「うまい」

「は?」

 

うまいってのはおいしいとかそういう意味の「美味い」なのか?

それとも…。

 

「俺のよりも…見る人の心を動かすデザインや。これ、お前のやろ?」

「あ…あぁ。高2のときに少し思いついたまま描いてみたんだっけ…」

「…えぇ画や。こんな建物作ってみてぇ」

「やめとけ。震度3で倒壊するぞ」

「それでもえぇ。いつか壊れるもんや」

 

建築会社の社長の口からトンデモナイ発言が飛び出しちまったぞ…。

しかし、当のテッシーは少年のような瞳で俺を見ながら言う。

 

「俺もいつかこんな建物を建ててみたいんや。俺も建築デザインやら設計図やら色々描いたことはあったが、なかなか納得のいくもんはできんかった…でも、これは…しっくりくる」

「それは、ありがたいが…」

「そこで相談や。俺と、一緒に仕事をしてくれんか!」

「は?」

 

それはえっとつまり…社員の引き抜きというやつか?

される側としては困ったものだ。

 

「何もお前を引き抜こうって言うんやない。お前んとこの社長さんにはお前がうちとタッグを組む許可はとってある!」

「え!?そんなこと社長一言も言ってなかったぞ!」

「今からとる!」

 

そしてテッシーはすぐさまスマホをとりだし電話をかけた。

 

「あ、もしもし?社長さん?あぁ。うん。気に入ったで。せやからこの瀧君貸してくれん?え?もちろん。うちとおたくはいつまでも一緒やで。おぉ!えぇんか!ほんじゃな!…というわけや」

「なーんか。お前、すげーな」

「社長なめんなよ!」

 

何だろう。この懐かしい感じ。

不思議と馬が合う。はじめてあったはずなのにはじめてな気がしない。

三葉と会った時と同じ感覚がする。

どうやら、テッシーも俺や三葉の記憶の断片を握っていそうだ。

 

「別に、俺は働くのは構わないんだが…給料とかは?」

「安心しろ。お前んとこの社長は多分俺が一言いえば給料1億ぐらいにしてくれるで」

「1億!?」

 

うへへぇ…1億ぅ…どんな生活が送れるんだろうなぁ…。

 

「いや、1億ってのは冗談やが、昇給昇進ぐらいは俺が言えばあの社長聞くで。安心しろ」

「助かる。それで、一緒に仕事するってったって、どうすりゃあいいんだ?」

「それはまたおいおいってことにする。こちらもすぐにってわけにはいかんからな。とりあえず今日はお前と話がしたかったんや」

「そうか。それで?まだ話があるんだろ?」

「…察しがえぇな」

「いかに鈍感でも察しがつくぞこれぐらい」

 

糸守のことだ。

どーせ糸守なんてド田舎だ。町人全員知り合いレベルだろう。

しかも、テッシーは三葉と同じ年齢のようだ。

三葉のことを知っているはずだし、もしかしたら三葉を通して俺のことも知っているかもしれないことぐらい想像がつく。

 

「せや。三葉からも話は聞いとるで。三葉の彼氏なんやってな?」

「彼氏とかまだそんなんじゃねーよ」

「ほぅ。まだかぁ。まだねぇ…」

「あ…」

「ハハっ!三葉と同じ反応でほっとしたわ。お前なら三葉を任せられそうやな!」

「三葉とは…どういう関係なんだ?」

「…親友かな?」

「そうか。あいつを、どう思う?」

 

テッシーは俺の質問に一瞬目を見開いた後、答えた。

 

「あいつは、よくわからん奴や」

「わからない?俺にしてみればわかりやすいやつなんだが…」

「最近会った三葉は、以前の三葉とはちがっとった。よく笑うやつやった」

「…」

 

それは四葉ちゃんにも言われたことだ。

最近のお姉ちゃんはよく笑う。その笑顔を作ったのは瀧さんです。ってな。

 

「あいつは、かわいそうな奴や」

 

テッシーは悲し気に言う。

かわいそうとはどういうことだろうか?

彗星災害のことならば、テッシー自身も被災者なので、テッシーが三葉をかわいそうと言うのは変な話だ。

三葉には何があったんだろうか?

それを聞こうとしたんだが、ちょうどそのとき一人の女性が入ってきた。

 

「テッシー!お客さん来とるよ!」

「あぁ!すまん!せやった。少し話しすぎた!悪い瀧、また今度連絡する!」

 

そう言ってテッシーはせわしなく出て行った。

部屋には俺とその女性だけが残された。

目鼻立ちは整っていて、ボブヘアの茶髪がふわふわと揺れている。

その女性は俺をしげしげと眺めて言った。

 

「あんたが、瀧君やね?」

「はい。そうですが…」

「私は名取早耶香や。一応テッシーの婚約者ってことでえぇんかな?」

「はぁ」

「…三葉にはもったいないなぁ」

「いや…三葉こそ、俺にはもったいないっすよ」

「…テッシーにしたのはちょっと早計すぎたかもしれんなぁ…」

 

結婚前なのに何言ってんだという発言だが、早耶香の顔は言葉とは裏腹に笑っていた。

その顔を見て瀧は思った。

三葉は、俺のことを人にどう言ってるんだろうか?




遅れました!ごめんなさい!
次回も遅れる見込みですが、よろしくおねがいします!


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瀧×三葉×奥寺先輩

三葉と奥寺先輩は仕事するうちに互いを名前で呼び合うようになった…という設定です。


四ツ谷駅前

4月も最終週の金曜日。

金曜日っていいよね。明日休みなんだぜ!

しかも、4月の最終週の金曜日ということはこれからゴールデンウィークだ!

せっかくだし、三葉と何かしてみたいなぁ。旅行とか行ってみたい。

いやいや、そんな俺の欲求の話なんかはどうでもいいんだ。

今、俺は奥寺先輩と待ち合わせをしている。

何でもしばらく東京で仕事をすることになったらしく、俺にも会いに来てくれるらしい。

奥寺先輩と二人で会うってのは…なぜだかあんまり嬉しくない。

なんでだろうか?覚えてないってことはまた三葉絡みか?

いやいや、何でもかんでも三葉に結び付けちまうのもおかしな話だ。

奥寺先輩があまりにも美人過ぎて、ちょっと緊張してるだけだ。

などと考えていると、いきなり後ろから声をかけられた。

 

「あら、ごめんね!待った?」

「うわぁっ!!!!」

 

突然のことに素っ頓狂な声が出ちまった…恥ずかしい。

背後を見ると、そこには大人の色気が漂う妖艶な美女がいた。

ただ、俺の目線はその美女の胸にいったかといえばそうではない。その後ろの女性に目がいった。

 

「奥寺先輩…と、なんで三葉が!?」

「いや…あの、私もついてきてって言われただけやから…まさか瀧君に会うことになるとは…」

「いやぁ、せっかくだし仲睦まじい姿を見せてもらおうと思ってねぇ…」

「なーにおばちゃんみたいなこと言ってるんすか…」

 

奥寺先輩は司と婚約中だ。まもなく結婚式とのことで、司も最近はソワソワとしている。

司め…あいつ新卒社員のくせにもう結婚だのなんだの、ちょっと上司に気に入られているからって調子に乗りやがって…。

いや、もちろん二人のことは祝福したいんだけども…。

奥寺先輩を藤井先輩と呼ばなきゃならなくなるのが嫌だ。ただそれだけです。

 

「おばちゃんとは酷いわね。私がおばちゃんなら三葉ちゃんもおばちゃんよ」

「瀧君!なんで私がおばちゃんなんよ!さすがに許せんよ!」

「だぁぁぁ!なーんでそういうことになってるんだよっ!」

 

結構周りから注目されてるから恥ずかしい。

この二人は構いやしないかもしれないが、美女二人とお話してるせいで周りの独身男性たちの目が痛い。

 

「とにかく!どっか行きましょう!別に今日は時間ありますから!」

「そう、よかったわ。じゃあ行きましょう。色々聞かせてね?」

 

そう言って奥寺先輩はスタスタ歩いていく。俺と三葉はその後ろから慌ててついていく。

 

「奥寺さん…きれいな人やね」

 

三葉がなぜか不機嫌そうに聞いてくる。

 

「あ…あぁ。確かにな。なかなかあんな美人はいないな……。でも、美人って意味じゃぁお前も似たようなもんだろ?」

「ふぇ?」

 

三葉が驚いたような顔をする。

その顔も結構かわいいですよ、三葉さん。

 

「いやぁ、三葉と奥寺先輩じゃ全然美人の意味が違ってくるんだけど…奥寺先輩は『きれいな美人』なのに対して三葉は『かわいい美人』なんだよなぁ」

「…どっちがえぇん?」

「…は?」

 

男が最も恐れる質問だ。

女の子というのは一番が大好き。くだらないことでも必ず勝負に持ち込んで勝とうとする、結構好戦的な生き物だ。

そして強制的に審査員として選ばれるのは往々にして男子なのである。

あちらがたてばこちらがたたぬの板挟みのジレンマをあじあわされる男はかわいそうな生き物である。

で、今、三葉はなんて言ったんだ?

 

「すまん…どういうこと?」

「つまり、ミキちゃんと私。どっちが瀧君のお気に入り?」

「…………」

「どっち?」

「………三葉だよ。言わせんな…」

「…そっか…」

 

 

あの二人、見ててこっちが恥ずかしくなってくるわね…。



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狐憑き

ここは勅使河原家。

早耶香はキッチンで食器の後片付け中で、克彦はのんびり『ムー』を読んでいる。いつもの光景である。

唐突に克彦が『ムー』をパタンと閉じ、言った。

 

「サヤちん。瀧に会って、どう思った?」

「…何よ藪から棒に」

 

早耶香はカチャカチャと食器の当たる音を立てながらぶっきらぼうに聞き返す。どうせまたオカルトな話なんだろうとでも思っているのだ。

瀧が実は…予言者や!とか。

 

「いや…ちょっとあいつに似とるなぁって思ってな…」

「…」

 

早耶香の手が止まる。水だけが流れ続ける。

 

「奇遇やな。私もや」

「そうか。じゃあ、誰に似とるかせーので言おうや」

 

「「狐憑き」」

 

狐憑きとは…一応解説しておくと、三葉が高2のときに発症した突発性人格変異症候群のことである。少なくとも二人はそういう認識だ。

 

「なんというか、雰囲気っていうんかなぁ…あんときに三葉に何となく似とるというか…」

「話しぶり口ぶりが何となく似とる。しかもや、俺たちあの時お前のためにバス停に青空カフェ作ったやろ?」

「あー。あれなぁ…よぅできたもんやと思ったけど…そういえばちょうど狐憑きのときやったなぁ」

「あれ、設計したの誰やと思う?」

「…あんたやないの?」

 

早耶香の疑問に克彦は首を横に振る。

 

「俺にはあんなセンスのあるもんはできへん。あの図面を書いたのは狐憑きの三葉や」

「は?あの子、設計とかできたん?」

「せやから、瀧と狐憑きの三葉が似とるっていうんや」

「あぁ。そういうことね…最後に狐憑きを見たのは、確か彗星が落ちた日やったね…」

「…あぁ」

 

二人は感慨深げに天井を仰ぐ。

あの日、彗星が落ちた日。三葉の行動はまさに奇行と言えた。

もちろん、それまでも狐憑きによる奇行はしばしば見られたが、あの日の奇行は常軌を逸していた。

何せ、朝遅刻してくるなり「彗星が落ちてみんな死ぬ」と言い出したのだから…。それが現実となったことには、いまだに二人は驚いている。

 

「あの日、三葉は俺の自転車を奪ってどっか行ってまったやろ?」

「あー。そんなこともあったなぁ…あの時はまだ狐憑きの方やったな」

「せや。でも、戻ってきた三葉は既に元の三葉やった」

 

その間には一体何があったのだろうか。

克彦には見当がついている。

三葉は「あの人」に会ったのだ。

早耶香にも見当がついている。

三葉は「あの日の奇跡を共に喜びたかった人」に会ったのだ。

その三葉にとっての大切な人のことは、いつのまにか三葉は忘れてしまっていたようだった。

 

「瀧なんやろなぁ…」

「せやなぁ…瀧君しかおらんよなぁ」

 

おそらくその大切な人は瀧なんだろうと見当がつく。

瀧と三葉の出会いの話はまさに「運命」としか言いようのないものだった。

そもそも初対面に人に「この人だ!」と訳も分からず思うことなんて普通はない。

ましてや、その人を探そうと電車を降りるだろうか?

きっと、瀧と三葉の間には、他の人の手の届かないほどの尊い運命があった。

そのことを早耶香も克彦も感覚的にわかっていた。

 

「…三葉、幸せになれよ」

「…あんた、自分も結婚予定なの忘れとらん?」

「はは、もちろんお前も愛しとるで」

「…もう、そういうこといきなり言うのはずるいで」

「何度でも言うたるわ!愛しとる!」

 

その後どうなったかって?

聡明な読者の皆様なら想像がつくのではないだろうか。



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番外編1 

いつぞやにわが県で私立高校一般入試が始まりましたよというお話を書きましたが、今日は公立高校の入試の日です。
私の母校にもたくさんの生徒が受験に来ていて、近所のお子さんも受験するようです。
ぜひとも合格を勝ち取ってほしいものですね。

さて、今回はanotherside storyを読んでいないと、なかなか読みにくいと思います。
ですので番外編ということにしました。


「二葉…」

 

宮水俊樹は墓前でつぶやく。

 

「お前は目には、三葉はどう映った?」

 

ここは岐阜県岐阜市。

糸守町が被災したため、義母の宮水一葉と共に現在は岐阜市に住んでいる。

墓地には誰もいない。時刻は夕方、いわゆるかたわれ時だ。

まもなく夜なので、お化けとかが出るかもしれない。

でも彼はじっとして、墓を見つめる。

ただ、彼は虚空に向かって話しかける。

 

「三葉は、俺が見ない間にいつの間にか…子供になってた」

 

三葉の笑顔。

見たのは何年ぶりだろうか?

俺が父親としての責務を果たさず、何もしてやれなかったがために娘は心に深い傷を負った。

俺がもう少しちゃんとしたことをやっていれば…!

今でも時折、そう後悔する。

でも、同時に俺が糸守町長としてあの場にいたのは、運命であり定めであったということも予想がつく。

俺があの日町長として町民全員を避難させられる立場にいたからこそ、死者を0にできたのだ。

二葉は生前、こう言った。

 

『あるべきようになるから』

 

彼女は亡くなる前にこう言った。

その当時は、自分は死ぬものだという発言だと俺は受け取り、そんなのはおかしいじゃないかと言ったものだが、そういう意味ではなかった。

彼女は何でも言い当てる人だった。

この世のありとあらゆる問題の解決法が記された本を持っているかのように、人々の相談に的確な答えを出して人々を救ってきた。

糸守の人々はそんな二葉を、まるで神のようにあがめた。

彼女は俺の前では一時たりとも神だったことはなかった。

俺はそんな彼女が好きだった。

でも、糸守の人々は違った。

二葉が亡くなったとき、糸守の人々は

 

『二葉さんが定めやと言うんならそうなんやろう』

 

とぬかした。

おかしい。

彼女だって人間だ。もっと悲しめよ。なんでお前たちはそんなに平然としてるんだ?

当時の俺はそんなことばかり考えていた。

そんな俺は一つの結論を導き出した。

二葉が人間らしく死ねなかったのは、宮水神社を中心とした糸守の独特な観念のためだと。

今は21世紀だ。そんなのは時代錯誤なのだ。

だから、俺は糸守そのものの社会を大きく作り変えるために町長になった。

二葉はそこまで見抜いて『あるべきようになるから』と言ったのだ。

自分が死ぬことも、それを受けて俺が町長になることも。

さらには、三葉が糸守を救うことも…。

でも…

 

「二葉、お前は一つ過ちを犯した。それは、娘を悲しませてしまったということだ。お前はそれさえも定めだと言うかもしれない。でもな、それでもお前は三葉に謝罪しなければならないと思うぞ?」

 

あの日の三葉はなんだか変だった。

昼頃に町長室に面会に来て「彗星が落ちる」と言った三葉は、三葉ではなかった。

三葉の姿をした誰かだった。

一挙手一投足すべてが、娘のものではなかったのだ。

しかし夕方、彗星が空に見え始めたころにやってきた三葉は三葉だった。

あの間、三葉になにがあったのか…?

 

「どうせお前は、全て知ってるんだろうがな…」

 

俊樹は立ち上がる。

もうすでに金星が輝き始めている。

そろそろ帰ろう。

そう思って墓に背を向けたそのとき…

 

『…あなたがかわって、謝っておいてくれるかしら?』

 

声がした。

俺の愛した人の声だ。

美しくて可憐で流麗な、とにかく俺にとって心地のいい声。

完全に体が硬直してしまって後ろを振り返ることさえできない。

こわばって動けないんじゃない、動かないのだ。

ただ、口だけを動かす。

 

「二葉か…?」

 

『えぇ。夜中の墓には霊が出るのよ?知らないの?』

 

嬉しそうな弾んだ声。聞き覚えがある。

 

「民俗学者にそんなオカルトな話が通じるとでも?」

 

俺はそっけなく返事をする。泣いてしまいそうだけど、なぜか涙は出ない。

 

『宮水家そのものがオカルト満載な家でしょう?』

 

「…まぁ、それはとにかく。不思議と体が動かないのだが…動かさせてくれないか?お前の顔が見たい」

 

ぐぬぬ…と体を動かそうとするけど、一向に動く気配がない。

 

『また、今度ね?今度、三葉が彼氏さんを連れてきたら会わせて?』

 

「そうか。なら、あともうちょっとでお前の顔が見れそうだ」

 

俺はニヤリと笑う。

 

『え?まさかあの子に…』

 

「さぁな?楽しみにしておけよ?」

 

『ふふ…そうね。楽しみにしておくわ』

 

「これは夢か?」

 

『そうね…夢…みたいなものね。覚めたらきっと忘れてしまう…でも、それでも伝えておいてくれるかしら?三葉にごめんねって』

 

「…約束する」

 

『さて…あんまり長話もしてられないし…最後にこれだけ言っておくわ…』

 

息を吸い込む音が聞こえる。間違いない。二葉はここにいる。

息遣いも体温も、全てが生々しく感じられる。

俺は絶対に聞き逃すまいと耳を澄ます。

 

『愛してるわ』

 

 




こんな話があったらいいな的なお話です。


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