煙に巻くお話し (喜来ミント)
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煙に巻くお話し
かつん、とハイヒールの音が響く。
『分煙 18:00~25:00』
ゆらり、と日傘が揺れる。
『その一服、今じゃなきゃダメですか?』
ひらり、とスカートが翻る。
『このように、たばこ税の増税に伴い、まとめ買いに走る人々の姿が見られました。では次は気象情報――』
「あら、いやですわ」
日傘の先端をアスファルトで鳴らす。
「この調子じゃあ、私の庭が煙たくなる一方じゃないの」
その少女の背後のテレビが、ノイズとともに映像を乗っ取られていく。
「いやですわ、本当に」
そのテレビに映し出されたのは――。
*
「ふう……」
キセルを啜り、博麗霊夢は息を吐いた。
「ぷはー」
水タバコを吸い、霧雨魔理沙は息を吐いた。
「ふむ」
パイプをふかし、レミリア・スカーレットは息を吐いた。
「……あのさ、あんまりこういうことを言いたくはないんだけど」
霊夢は灰を盆に落としながら言った。
「自分の家で吸えよ」
二人とも、わざわざご丁寧に道具一式持ち込んでの一服だった。
「そうは言ってもね。肩身狭いのよ。うちさあ、アレ、居るじゃない」
「いるなーアレが」
「そう。だから致し方ないの。だからあんたはお家に帰って吸いなさい、一人暮らしの白黒」
「致し方なくないわよ」
霊夢はレミリアからパイプをもぎ取った。
「ああっ! 消える、消える! 折角今日は調子がいいのに! こういう日は一服一時間は固いのよ!」
「粋じゃないわね。キセルなんて一服十分もかかんないわよ」
「パイプは寝っころがりながら本だって読めるのよ!」
どうにか奪い返したレミリアは、どうにか火を消さずに済んだようだ。
「ああもう乱暴なんだから。魔理沙も何か言ってやってよ」
「折角ヤニ吸ってんだからもっと落ち着けよ」
「あんたは落ち着き過ぎよ。水タバコを人んちに持ち込む馬鹿がいる?」
「馬鹿じゃないが、ここにいる」
霊夢は諦めて、葉を丸め始めた。魔理沙の言うとおり、目くじらを立てていては折角の一服が台無しである。納得はいかないが。
「確かにねぇ。最近肩身狭いわよね。里の中心じゃあまり吸えなくなってきたし」
何故だか最近、幻想郷でタバコが流行っている。
そのせいか、以前は見向きもされなかった喫煙者への風当たりが強い。マナーの悪い一部の人を捕まえては、喫煙者全体が悪いように言われる光景が目立っていた。
「煙が嫌いな連中の言い分だってわかるぜ。私だってもっと小さなころはタバコなんてわけわからん臭い煙だったわけだし」
「それが今じゃ腰を据えて水タバコか。世も末ねえ」
レミリアはくすぐったそうに笑う。
「お前の笑いのツボが私にゃわからん」
「笑い上戸なのよ。いやしかし、世も末とは我ながらよく言ったものよ。前々から吸ってる私からしたら、昨日の友が今日の敵ってね」
「もしかして、幻想郷の外でタバコが滅びつつあるのかもね」
「そういえばそんなハガキが届いてたわね」
「ハガキ?」
レミリアはいきなり叫んだ。
「ドレミファすかーれっと――!!」
そして響くファンファーレ。
「さ、始まりましたドレミファすかーれっと。毎週土曜日九時からあなたに素敵な夜のひと時をお届け――お相手はおなじみドレミでーす。と、いうわけで――」
「なんでいきなりラジオ始まってんだよ!」
「知らないの? 結構人気よ」
「霊夢でさえ知ってるだと!? 流行に乗り遅れてる……」
「今夜のゲストは曲のあとで! さあ今夜最初のナンバーはラジオネーム『三度目』さんからリクエストいただきましたありがとうございまーす」
「さとりね」
「ラジオネームの意味は!?」
「おおっとゲストがぬるりと出てきてしまいましたがまーだー秘密ですよー。では行ってみましょう、鳥獣伎楽で『とおりゃんせ』ハードロックバージョン」
「いきなり妙な気分になる曲流すんじゃねえよ!」
♪とおりゃんせ
「お届けしたナンバーは鳥獣伎楽演奏の『とおりゃんせ』でしたー。では早速今夜のゲストです。異変で焼きを入れられた人々にはおなじみ、霊夢と魔理沙でーす」
「はいどうもー」
「私もかよ!?」
「お二人異変解決で競ってずいぶん長いですけどねー。そこのところ積もる話もあるんじゃあないでしょうかー。番組の後半でそこんところグイ、グイ、聞いちゃいますよー。けどその前にお便りのコーナー!」
SE:ででん!
「あなたの周りの煙事情、ということで先週からお便り募集していますが、まだ間に合いますからね! doremifa@fmgenso.co.jp、ド、レ、ミ、ファ、アットマークFM幻想までどし、どし、送ってきてくださいねー! お便り採用された方の中から抽選で――」
「妙にこなれてんなオイ」
「何でも外の世界のラジオを聞きこんで勉強したらしいわ」
「相変わらず謎の方向に情熱を傾ける奴だぜ」
「では一通目のお便り! えー、ラジオネーム『飛梅早月』さんから!」
「早苗ね」
「だからお前は……」
「『ドレミさん、こんばんぱいあー』はいこんばんぱいあ」
「こんばんぱいあ」
「こんばんぱいあ!?」
「『なんだか最近、幻想郷でタバコを吸っている人を多く見かけます。外の世界で喫煙者の肩身が狭くなっているからでしょうか。私は最近まで外の世界にいたので、そんな風に思ってしまいます』ふむふむ。『私はタバコを吸いませんが、うちの小さいほうのお母さんが、大きい方のお母さんにタバコの無駄遣いで注意されて、そのせいで喧嘩になってるのを見るのがツラいです。どうすればよいでしょうか』なるほどねー」
「どっちも退治しとくから安心なさい、早苗」
「極端だよ! あと名前!」
「きっと早月さんが小さい方のお母さんに『無駄遣いやめないならご飯減らしますからねっ!』と言えば大丈夫だと思うわー。はい次のお便りー」
「意外とリスナーの扱い雑だな!」
「えーラジオネーム『貧血十六茶』さんから」
「咲夜ね」
「もういい……」
「『こんばんぱいあー』はいこんばんぱいあー」
「こんばんぱいあ」
「こんばんぱいあ……」
「『私は仕事の合間の一服を楽しみにしているのですが、同居人に喘息持ちがいるのでうっかり建物の中では吸えません。つい気を抜いてキッチンでタバコをふかしていると、目ざとく見つけてきて知識と日蔭の少女が物理的にシャイニングウィザードをキメてくるので困ったものです。ドレミさんもタバコを嗜んでいると以前ラジオで言っていたので、どうすればいいか一緒に考えてくれると嬉しいです』、と」
「何やってんだよあいつ」
「元気ねえ」
「あー、わかるわかる。あのシャイニングウィザード本当に痛いわよね」
「お前も喰らってんのかよ!」
「で、解決法かー。人ん家に行って吸えばいいと思うよ。はい次」
「おいコラ」
「白玉楼は変な幽霊とかも吸い込みそうだし、永遠亭で吸ってると矢を射かけられるし、寺はもっと駄目だからね。わざわざ一服しに山登ったり雲を超えたり地底にもぐったり仙界に突入したくないなら、手軽な所で博麗神――」
「霧の湖に行きなさい」
「はいそういうことだから。次のお便り行ってみよう」
音楽切り替え。
「ラジオネーム『カブアン』さんから」
「小鈴ちゃんね」
「なんで一発で分かるんだよ……」
「『レミリアさん霊夢さん魔理沙さんこんばんぱいあ』はい、こんばんぱいあ」
以下略。
「『うちは貸本屋を営んでいます。本にタバコの臭いがつくのが嫌で、店の中ではお断りしてるんですが、たまに帰ってきた本からほんのり例の臭いが……ということもあります。何か良い消臭法はないでしょうか?』」
「タバコを吸いながらその本を読んだら発動する呪いを仕込めばいいと思うわ。安くしとくわよ」
「それお前が儲かるだけだから!」
「そうねー。私、タバコ吸ってると人の部屋に入ってきて物理的にシャイニングウィザードキメる親友がいるんだけど」
「そんな親友捨てちまえ」
「その親友いわく、密封した袋に
「ほー。ためになることも言うんだな」
「じゃあ次。ラジオネーム、えー、『張々湖』さんから」
「……」
「おい、どうした」
「誰かしら。皆目見当もつかないわ」
「オイコラ
間。
「よく読めたわね」
「ストーンフォレストのファンには一般教養よ。さて――」
レミリアは咳ばらいを一つ入れると仕切りなおした。
「『最近友人がうちに上がりこんでタバコを吸っていくので困っています。理由を聞くと、自分の家で吸えないからだとか。勝手にセカンドハウスにされてはたまらないので、いい解決方法はないでしょうか』、と。寛容な心を持てばきっと許せるわ」
「何も解決してないわよ」
「解決しなくていいだろ」
「はい次。ラジオネーム『ドキア』さんから」
「にとりね」
「カッパドキアか」
「『最近、友人の白黒のそのまた友人の紫色から妙な注文を受けました。なんでも口が二つあるフラスコが欲しいとか。うちは機械屋でガラス屋じゃねえんだよと葉巻の煙を吹きかけたら物理的にシャイニングウィザードをキメられました。泣く泣く地底に発注掛けてますが、値段を吹っ掛けるべきか迷ってます。河童だからって何でもできる便利屋だと思わないで!』と。ふむふむ。思うにドキアさんの態度にもちょっと問題あったんじゃない? 半ダースと六ね」
聞きなれない表現に霊夢は疑問符を浮かべた。
「どういう意味?」
「英国弁で五十歩百歩だぜ」
「まあ三割増しくらいなら渋々払ってくれるんじゃないかしら」
「煙を吹きかけたら技をかけられて、そのお返しに値段を吹っ掛けるのね」
「ドヤってんじゃねえよ」
「で、そろそろお便りのコーナー最後でいいかな。ラジオネーム『法弗』さん」
「フランドールね」
「これは分かりやすいな」
「『最近うちの居候が部屋にこもって妙な実験ばかりしています。いえ、いつも妙と言えば妙なんですけど、いつもに増して妙なんです。笑い声がうきょきょきょきょ、とかふえふぇふぇふぇふぇ、とか』、あー末期だわこれ」
「末期ね」
「末期だな」
「『しかしとうとう成果が上がったようで、つい先ほど妙なフラスコを抱えて書斎を飛び出していきました。どこに行ったのか心配です』、と。ああアレじゃない?」
「へ?」
知識と日陰の魔女がシャイニングウィザードで神社の居間へとエントリーした。。
「おおーっとここでスタジオに乱入者だー」
「うちの障子!」
「今日一番の大声がそれかよ!」
「見つけたわよ喫煙者ども……うきょきょきょきょ」
怪しく目をぎらつかせ、パチュリーは両手に怪しげなフラスコと石を構えた。
「ああ末期だ」
「末期だぜ」
「このフラスコが出来上がったからにはもうあんたたちに大きな顔はさせないわ!」
パチュリーはちゃぶ台に音高くフラスコを置き、魔法石と思しきものをフラスコに投げ込んだ。
「何だこれ?」
「聞いて驚きなさい。このフラスコは特殊な魔法石とフィルターによって、こっちの口から吸った煙をこし取り、もう片方から綺麗な空気を吐き出すのよ!」
パチュリーは無駄にかっこいいポーズを決めた。それは完全に無視し、レミリアはさっそくパチュリーが作ったという装置の効果を試してみることにした。
「どれ」
「おお、本当だ」
レミリアが吹きかけた煙はみるみるフラスコに吸い込まれる。そして底に蟠ったままで一向に出ようとしない。
「これを幻想郷中のタバコ吹かしてる連中の横に置けば、もう煙たい世界とはオサラバよ! ふふふ、褒め称えなさい、私を!」
「え? ハガキ? えー、ラジオネーム『メイベル』さんから」
「美鈴ね」
「もはや消去法だな」
「『今の放送を聞いて思ったんですが、そのシステムを書斎の入口にセットすればいいんじゃないでしょうか。そうすれば書斎から煙を締め出せますよね』とのことです。どうよ、パチェ」
「……ふっ。負けたわ。げほっ、ごほっ、がっ」
やり切った顔でパチュリーは倒れ伏し、見ているほうが痛々しくなる様子で咳をし始めた。魔理沙が慌てて駆け寄り、手当てを始めた。
「パチュリーィィィィ!」
「ああほら、末期だって言ったじゃない」
「思ったよりお便りのコーナー伸びちゃったわねえ。巻きでいくわよ」
「番組続けてる場合か!」
*
画面に映る神社の居間で、四人の少女がやかましく騒いでいる。
八雲ゆかりはシガレットをくわえてしゃがみ込み、ジト目でテレビに映る彼女たちの様子を呆れた様子で眺めていた。
「え? カメラ回ってる? ごめんあそばせ」
扇で口元を隠し、そそくさと取り繕う紫。
「かくして、幻想郷に空気清浄機が誕生したのでした。魔法石は清水につけておくだけで浄化でき、リサイクル可能な優れものですわ。やがてもっと小型化し、携帯に無理のないサイズになることでしょう」
ほほほ、と笑う。
「ですが、この画期的な発明は更に喫煙者の首を絞めるでしょう。携帯空気清浄器を持ち歩かないものはマナー違反の烙印を押され、ついには幻想郷からもタバコが締め出されるはずですわ」
紫はシガレットをもてあそぶ。
「幻想郷からも消えたものは、どこへ行くのでしょう。無論外の世界に還るわけではございません」
かり、と歯を立てて。
「それを確かめてみたいのなら、どうぞお好きに」
シガレットチョコをかみ砕いた。
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