月光の下で~願いと誓い~ (イグアナの眼)
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序章

20xx年

窓から差し込むやわらかい朝日に照らされて、徐々に目が開いていく。

「………」

まだ意識ははっきりしない。

自分が何者なのかさえ認識できないような感覚だ。

「………」

ここは……どこ…?

やっとそんな問いかけが頭の中に浮かびはじめたとき、

【ブブォォー!キィーーーン!!】

頭の中に擬音のような音とともに、何かが流れ込んできたような気がした。

それは"今の世界"と"私達が生きた世界"、両方の記憶…。

 

私はベッドから飛び起きた。

慌てて周りを見渡す。

そこは"今の世界"での自分の部屋。"見慣れたはず"の机やカーテンが目に入る。

段々と思考が整理されていく。

そして一瞬目の前が眩い白い光に包まれたと同時に頭の中に女性の声が響きはじめた。

「あなたの "新しい約束"を、"新しい使命"を を果たしなさい…。そして "暖かい世界" で生きていきなさい…」

白い光が視界から消え、再び部屋の風景が私の目に入る。

しばらく静寂が部屋を包んでいたが、

「ありがとう…今度こそ私は "選択" を間違えたりしない…」

思わずそう呟いた私の頬を一筋の涙が伝った。

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85X年

僕、アルミン・アルレルトは、早朝 ウォールローゼの"壁の外" に広がる平原を見つめていた。

もう巨人がいない平原を…

小鳥のさえずりと近くの木に綱でいる馬たちの嘶きを少しの間聞きながら平原を見つめていると、後ろから声をかけらた。

「アルミン…」

振り返ると、僕が待っていた親友を含めた "人類救国の英雄 " と人々から呼ばれるようになった4人がいた。

「待っていたよ、エレン。」

「あぁ…」

そう応えたエレンとその少し後ろにいる3人、アニ・ライナー・ベルトルトの表情はとても硬い。

「今日、出発するんだよね。馬は準備しておいたから」

僕はエレンたちに努めて明るい声で声をかけた。

 

「世話かけてごめんな。」

僕は静かに首をふってエレンの気遣いに応えた。

そんな静かなやり取りをしていると、エレン達4人の後ろに、3つの新しい人影が近づいてきた。

「行くメンツは揃ったようだな。」

そう僕達4人に声をかけたのは"人類最強の兵士"、リヴァイ兵長だった。

「はい…」

エレンがリヴァイ兵長に応える。

「エレン…」

兵長の後ろから心配そうな声色でエレンに話しかけたのは、僕とエレンの"家族"であるミカサだった。

ミカサの胸元には大事そうにひとつの箱が抱えられている。

「…本当にこれを私が持って行っていいの?」

ミカサが今にも泣きそうな声でエレンに問う。

 

「あぁ…。しっかり"連れて"いってやってくれ。」

そうエレンに言われたミカサの黒い瞳は心なしか潤んでいるように見える。

「でも、エレンかアニが"連れて"いったほうが喜ぶのでは…」

そうミカサが言葉をつむいだとき、

「私たちは"約束"を果たすまでは"接する"資格はないよ。」

今まで言葉を発していなかったアニが悲しそうに、呟くように言った。

「アニ…」

アニの横にいるライナーとベルトルトは下を向いて肩を震わせている。

「あいつとの"約束"、しっかり果たしてこい。」

エレン「兵長…」

「本当は私たちも行きたい、いや行くべきなんだろうが…」

兵長の横にいたエルヴィン団長も口を開いた。

「まだ事後処理に兵団が追われている今、団長の私とリヴァイが壁内を離れるわけにはいかない。落ち着かせて必ず"会い"にいく。」

 

「団長、兵長。無理を言って休暇を頂いて申し訳ありません。」

 

「気にするな。こっちはこっちで役目を果たす。お前らは"ケジメ"をつけてこい。」

兵長はエレンの言葉に首を横に振りながら、自分にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「はい…」

「これを"渡して"おいてくれ。詫びだ…」

そういって兵長は、エレンに小さな袋に入った"飴玉"と調査兵団の象徴である自由の翼 のエンブレムを手渡した。

「はい、確かにお預かりします。きっと喜ぶと思います。」

受け取ったエレンの瞳から涙が流れた。

しばらくの間、静寂の中エレン達4人の嗚咽が響いた。

5分ぐらいたっただろうか、なんとか準備を整えたエレン達"人類救国の英雄 "4人とミカサの計5人が馬に乗って、僕達残った3人の方に一礼すると走り出していった。

5人はシガンシナ区に向かって行った。

僕とエレン、ミカサ、そして今ここにいない僕達の大切な"仲間"の故郷に向かって…"約束"を果たすために旅立った。

僕はエルヴィン団長、リヴァイ兵長とともに壁内での事後処理をこなす日々がはじまる。

 

 

事後処理をこなしながら、僕は本を書こうと思う。

人類は巨人との戦いに勝利し、平和が日常になりつつある。

平和を取り戻すために多くの血が流れ、悲しみを生み出した。

"4人の人類救国の英雄"の活躍と調査兵団の奮闘によって人類は勝利した、ということは英雄譚として語り継がれるであろう。

でも僕は、手に汗握るような戦いだけでなく、そこに生きていた兵士や民衆の日常があったことも合わせて後世に伝えたい。

ごく平凡な、当たり前の喜びや笑顔や悲しいことがあったこと。

その日常が突然奪われたこと。

…そして、平和を願い、誰よりも人類や"仲間"のことを想い行動したのに、"自分のこと"には背を向けてしまった5人目の"人類救国の英雄"がいたことを、僕は伝えたい。

それが僕の"彼"への償い、いやきっと"彼"は償いと言う言葉を自分に使われるのは嫌がるだろうから"恩返し"になればと願いながら。

これは人類を救った英雄たちの英雄譚であり、どこにでもいる少年少女たちの日常と、おとぎ話しのような不思議な出来事を書き記した、ちょっと変わった物語。

 

 



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第1話_悪夢の日

845年

「その日、人類は思い出した

ヤツらに支配されていた恐怖を…

鳥籠の中に囚われていた屈辱を……」

 

 

突然それは起こった。

昨日までの日常が、人々の笑顔がまるで"嘘"だったかのように。

 

シガンシナ区の"壁"が破られた。

 

 

【ピカッ!ドッゴォォォォオオオ!!】

 

 

「あ…あれは…ッ!!」

突然”壁”の方からした音に驚きながら、視線を壁の方に向けたエレンが叫んだ。

「どうしたの、エレン?…ッ!?」

そんなエレンの声にミカサが反応し、声をかけようとしたがその言葉は驚きによって途中で止まってしまう。

僕、アルミン・アルレルトもそんな二人につられて視線を壁に向けると、

「そんな…壁は50メートルもあるのに!なんで…なんで巨人がッ!」

僕の目にしたものは信じられない光景だった。

50メートルを超える高さの壁の上に、巨人の顔が覗いている。

 

【ドッゴォォォォオオオ!!】

 

「ま、まさか、壁が、壊された…」

凄まじい音がしたかと思うと、壁の方からもくもくと煙が上がっているのが見えた。

あまりに突然の信じられない出来事に僕とミカサ茫然自失になっていると、エレンが二人の腕をつかみ

「とにかく、早く家に!母さんと逃げるぞ!!」

と走り出した。

「わかった!」

「うん!」

僕とミカサも何とかエレンに腕をひかれながら走り出した。

 

エレンと僕達は急いでエレンの家に向かった。

 

 

「母さん!!大丈夫?!」

エレンの家が近づいてくると僕達の視界に飛んできた壁の破片で潰された家と、その横で呆然と立ち尽くすカルラさんの姿だった。

 

「エレン!無事でよかった!ミカサもアルミンも!!」

呆然としていたカルラさんだったが、僕達の姿を見て安堵の表情を浮かべた。

 

「巨人が入って来てる!早く逃げるぞ!!」

エレンが壁の方を見ながら叫んだ。

そう、ゆっくりしている暇はない。

 

壁が壊れたのだ。

 

「ええ」

ミカサがカルラさんの手を取って、僕達4人は無我夢中に走って逃げた。

どのくらい走ったのだろうか、僕達は船着き場についた。

そこには僕達と同じように逃げてきた大勢の人たちがいた。

どの顔も疲労と驚き、そして悲しみの色に染まっている。

そして、僕達の大事な"故郷"だったこの"地獄"から逃げ出すために船に乗った…。

 

 

========

少しときを遡り、壁が破られる少し前、シガンシナ区の南、外門の近く。

「母さんもこっちに来てごらんよ!みんなで遊ぼうよ?」

“僕”は妹と、幼馴染の女の子と走り回って遊んでいた。

少し離れたところに母さんもいる。

「ねぇねぇ、早く?!!」

僕の傍にいた妹も楽しそうにして、母さんを呼ぶ。

 

「おばさん、早く早く!!」

物心ついたときからずっと一緒にいる幼馴染の女の子も手招きをしながら母さんを呼んだ。

「はいはい、ちょっと待って。本当に3人は仲良しだね?」

僕達に呼ばれた母さんが、目を細めながら3人に向かって笑顔を向ける。

 

「本当にこっちの花畑が綺麗だよ!!母さん、早く来て見てごらんよ!!」

僕も目の前に広がる花畑を指差して満面の笑顔を浮かべて母さんを急かすように呼ぶ。

 

 

母さんとが僕達3人のほうにゆっくりと歩き出そうとしたその時だった。

 

 

【ピカッ!ドッゴォォォォオオオ!!】

 

「…何?」

「何、この音は?」

僕と幼馴染が突然した大きな爆音に驚いて声をあげた。

続いて風を切るような、耳をつんざく大きな音が近づいてきているのに気がついた。

「お母さん、危ないーーっ!」

妹が母さんに向かって精一杯の声を張り上げる。

 

僕は信じられない光景を目にしている。

・・・なんで"壁"が飛んでいるんだ。

「母さんーーっ!!!」

僕は頭が真っ白になりながらも母さんに向かって叫ぶ

ドォーン、という音とともに地響きがした。

目の前に土煙が立上り、視界が一瞬遮られる。

土煙が少し晴れたときに僕達が目にしたのは

「・・・母さん・・・嘘だぁー!!!」

「お母さん!!!」

身体の上に壁が落ちて、その下で動かない母さんの姿だった。

「あ、あれはなに・・・」

放心状態の僕と妹の横で、幼馴染が呟くようにいった。

 

僕は何が起こったのか分からない、信じたくない気持ちの中、半ば無意識にその声に反応して幼馴染の視線の先に目を向ける。

 

そこにも信じられない光景が広がっていた。

・・・なんで壁の上からこっちを覗いてる"巨人"がいるんだ。

・・・壁は50mあるんだぞ・・・

 

 

「お母さん!死んじゃいやーー!!!」

妹が半狂乱で叫んでいる。

僕も呆然とするしかない。

 

でも巨人が目の前の壁から覗いている。

とにかく逃げないと・・・。

 

 

「いやー!!お母さんがっ!!」

妹が顔を手で覆い、泣き叫んでいる。

 

とにかく妹と幼馴染の二人を助けないと。走るんだ・・・

そう思った矢先に、

 

「いやー!!!」

僕が手をつかむより先に妹が走りだしてしまう。

「そっちは!!戻るんだ!!」

妹は半狂乱で壁の方に向かって走りだしてしまった。

僕も慌てて妹の手をつかもうと走る。

 

しかし思いのほか妹の走るスピードが速く、追いつけない。

しかも目の前に迫った壁に何故か穴がしている。

 

破片が当たって空いたんだな

・・・どうしてその穴、人がちょうど通れるぐらいの大きさなんだよ。

「危ないから外に出てはだめだ!!」

僕は無我夢中で妹に向けて制止を言葉を叫ぶ。

 

「いやーいやーっ!!」

しかし、僕の言葉が聞こえないかのように妹は穴から壁の外に向けて走る。

・・・だめだって、壁の外に出たら危ないって、戻らないと。

僕は何とか妹との距離をつめ、手を掴もうとさらに走る。

 

壁の外に出てしまった僕達の耳に、再び地面を揺らすような轟音が飛び込んでくる。

 

巨人の足音??なんでこんなにたくさん巨人がいるんだ。

 

 

続いてその音とは異質な、甲高い叫び声のようなものが聞こえる。

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

・・・なんだあれは女の巨人?

今の叫び声はあいつか?

今度は走りだしたぞ・・・。

 

その金髪の女の巨人は叫んだと思うと、今度は近くの木を蹴飛ばしながら一目散に壁の外のほうに向かって走り出した。

 

女の巨人に蹴飛ばされた木が折れる音を聞きながら、

「戻るぞ!」

あまりの光景に足が竦んだ妹に何とか追いつき、その手を取って壁の中の方向に振り返り走り出そうとしたとき、ヒューン、というさっきよりは軽い感じの風を切る音が聞こえた。

 

そして衝撃とともに、またドォーンという音がして僕達は倒れこんだ。

身体を打ちつけた痛みに何とか耐えて、妹が心配で繋いだ手の方を見た僕の視界には

「・・・どうして、どうして!!妹にあたるんだよ!!どうしてっ!・・・」

さっき女の巨人が蹴飛ばして折れた木だと思われるもの下敷きになって血だらけで動かない妹の姿が飛び込んできた。

 

 

・・・母さんが、妹が死んだの?

もうどうしたらいいかわからない

 

 

 

・・・あれ?なんか手を引かれて走ってる?

僕の幼馴染はしっかりしてるなぁ・・・

放心状態の僕に声をかけながら幼馴染が必死に手を引いて走ってくれている

 

壁の中に入っているのだろう、見慣れたはずの風景が僕の目に映る。

 

半ば意識のない状態でも走っていると今度は前方の方から大きな足音のようなものが聞こえてくる。

・・・今度は、何?

 

嘘でしょ…北の方から他の巨人とは違う、いかつい巨人が走ってくる・・・

図体でかいんだから、そんなに慌てて走ったら危ないって・・・

 

ほら言わんこっちゃない、家を蹴飛ばした・・・

 

 

もう頭が正常に働いていないのか、そんな危機的な状況でも妙に僕は冷静に考えていた。

でも、通常の判断はできていなかったみたいだけど。

「危ないっ!」

・・・あれ、なんか突き飛ばされた。

そう思った瞬間、地面にたたきつけられた軽い衝撃のあと、凄まじい音と今度は身体が浮くような衝撃が襲ってきた。

 

さっきまで手を繋いでくれていた幼馴染の姿が見えない。

突き飛ばされる前にいた方向には、土煙とさっきの巨人が蹴飛ばした家の瓦礫しか見えない。

 

僕はふらふらと立ち上がり、土煙が晴れた家の瓦礫に近づく。

 

瓦礫を必死になって掻き分ける。

その下に見慣れた、さっきまで僕の手を引いてくれていた幼馴染の服が血に染まって見えた。

「嘘、嘘だよね・・・。」

その服に包まれた身体は、もう動かなかった。

 

 

 

・・・みんな、いなくなった。

どうして、僕はここにいるんだろ?

 

・・・あの後、どうしたんだろ僕。

あっ、あの知らないおじさんに連れてきてもらったのかな・・・

ここは船の上?

 

どこに行くんだろ…?

・・・僕がしっかりしていたら3人とも死ななかったのかな。

どうして、どうして、僕だけ生きているんだろ・・・。

 

 

 

 

=================

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847年

"あの日"から2年たった。

あのあと僕、アルミン・アルレルトとエレン、カルラさん、ミカサの4人は船でトロスト区へ逃げた。

船で地獄と化した僕達の故郷、シガンシナ区を涙を流していた見つめていたエレンが絞り出すように、

「駆逐してやる!!・・・一匹残らず!!、巨人共を・・・!」

そう呟いたのを僕は今でも忘れられない。

その後名前"だけ"の「ウォールマリア奪還作戦」があり、人口の約2割が犠牲になった。

僕の大事な家族のおじいちゃんも帰ってこなかった。

 

 

僕達は小さいころからの夢である"外の世界"に行き、"炎の水、氷の大地、砂の雪原"を見ることと、新たに加わった、いや加わってしまった"巨人を駆逐する"ということを実現するために、調査兵団を目指すことにした。

そして今日、僕はエレンとミカサと三人で104期訓令兵団に入団する。



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第2話_月光の下で~はじまりの時~

===訓練兵団入団半年後===

私は月と星を眺めるのが好きだ。

その間、ほんの少しだけ心が落ち着くから。

悲しい気分のときでも暗闇の静寂の中で時を止めて、自分の背中にのしかかっている悩みなんて夜空の大きさと比べたら小さなことだと思わせてくれるから…

今日も夕飯のあと、ひとりで宿舎を抜け出した。

私の悲しい気分のときの定位置になっている訓練所裏について、いつものように座ろうとすると、そに人影が見えた。

「…何をしてるんだい?」

普段の様子からは、あまり想像できない寂しげな瞳に違和感を感じ、思わず声をかけてしまった。

「…アニ?君の方こそこんな時間にどうしたの?」

自分でも何故声をかけたのかわからない私、アニ・レオンハートにそいつはゆっくり振り返りながらそう返してきた。

「私が先に聞いてるんだけどね…。」

私はそう目の前にいる男、アルヴァ・コールに言い返した。

「星って綺麗じゃない?」

アルヴァは星空と私を交互に見て、笑顔を浮かべながら私の質問に答えになっているようななっていないような答えを返してきた。

「……」

私はアルヴァの何気ない返答と優しい笑顔に一瞬言葉を失くしてしまった。

こいつは訓練生の同期だか、「氷の女」を"演じて"いる私は勿論接点なんかほとんどない、ただの"顔見知り"だ。

個性豊かな同期たちの中ではさほど目立たないが、頭は抜群に良くて座学の成績はトップ…。

もしかしたら歴代でもダントツの頭脳と判断力の持ち主かも…なんて教官たちが話していたっけ。

でも、さっきの寂しげな瞳との違和感を感じながら、その表情になぜだか少しほっとする私がいた。

性格も頭も良さを鼻にかけず、出しゃばることもなく、人の話しを聞くのが上手いらしく、周りに常に誰かしらがいると同室のミーナが言っていた。

そんな私が知っているこいつの情報からなのか、

「私もそう思うよ…。」

自分でもびっくりするくらい穏やかな声色で私はそう応えていた。

「だよね。でもあんなに綺麗に輝いているのに、今あの星たちは存在しないかもしれない…」

こんどは星空を眺めたまま、呟くようにアルヴァがキザなことを口にする。

もう一度私の方に視線を戻して言葉を続ける。

「だからかも知れない、星の光は人の心を静かに癒やす…。」

「…さすが座学トップ様だ。難しいこというね。」

ちょっと皮肉っぽく、でも自分でも分かるくらい声色も表情も穏やかに返す。

何故だろう、とても心が凪いでいる。

「もう、茶化さないでよ。」

また視線を私の方に戻しながらアルヴァは少し照れたように言った。

「星空って本当に広い。なんだか見つめていると自分の存在や想いがどうでもいいくらい小さなものに感じる。」

再び、視線を星空に向けて独り言のように言葉を続けた…。

 

私は少し驚いた…。

私が星空を見つめる理由と、今アルヴァが口にした理由がとても似ていたから。

だからのなのかな、ほんの少しだけ私の心を覆っている"氷の壁"が溶けて、少し自分に踏み込んだ言葉が出たのは…。

 

「あんたは"過去"って何のためにあるんだと思う…?」

言葉にしたことを自分でも驚きながら、私は星空を見上げながら言った。

「・・・アニも難しいこと訊くね。」

アルヴァは少し意表を突かれた様子だったが、星空から私に視線を戻すと言葉を続けた。

 

「過去は変えれない、戻れないもの。」

そう、だよね。私の"過去"には戻れない、変えられない、消えない…

だから私はこの背中に"過去"と"罪"を背負って生きていくしかないんだ…

「でも…」

後悔にも似た思いを頭の中に巡らせていると、アルヴァが私の瞳をまっすぐ見つめながら、一瞬強い光をその目に宿し、でもすぐに暖かい表情に戻り…

「未来は"過去"の積み重ねでできる。」

私は息を呑んで、思わずアルヴァの顔を見つめた。

 

「今、この瞬間もすぐに"過去"になる…。だからこの"瞬間"を自分の思うように生きる…。」

アルヴァはまた視線を星空に戻しながら、何か自分に言い聞かせるように。

「それしかできない。今、この瞬間に僕達が見ている"星"の輝きは、何万年も前に星ができる限りの力で輝いた"過去"…」

星と月に照らされたこの空間に少しの静寂が流れた…

それを破ったのは、ゆっくりと私の方に向いたアルヴァだった。

 

「人間は、結局自分で自分を納得させるのが一番難しい生き物なんだと思う。」

「"過去"と"未来"の追いかけっこの中で、"未来"の自分が少しでも納得するように"今"を生きていく。」

私の物語を語るようにアルヴァが言葉を続ける。

「過去は無駄でない、"今"を生きるための道標…。それがどんな後悔や苦しみを含んだものであっても。"自分の未来"は過去から学び、悩んだ自分が作るんだ。、過去同じ"後悔"をしないために、少しでも明るく、"生まれてきて良かった"と思えるように…」

そう言い終えるとアルヴァは私の目を見つめた。強い意志と優しさが混じった目で…。

アルヴァの言葉は、ほんの少しだけ表面が溶けていた私の"氷の壁"の中の心の奥まで、静かにでも強烈に突き刺さった。

「…あんた、頭いいのはわかっていたけど、とびっきりのロマンチストだったんだね。」

動揺した心を悟られないように、強がりともいえる言葉をアルヴァに投げかける。

「ははっ、柄にもなかったかな…。」

アルヴァは少し照れたように苦笑いを浮かべた。

 

「今日は月と星が綺麗だし、アニと話しができて嬉しかったからか、恥ずかしいこといっぱい口にしちゃったね…」

「今も充分恥ずかしい言葉言ってるよ…。」

私はアルヴァの「話しができて嬉しかった」という言葉に焦りながら何とか言葉を返した。

何故か私まで恥ずかしかったので、そっぽを向きながらだったけど。

「私と話しができて嬉しかったのかい?こんな無愛想な女でも…?」

私はどうしてこんなこと、コイツに聞いているんだ?

「そりゃ、嬉しいさ…この先2年以上も苦楽をともにする同期の中で友達ができるのは。」

何事でもないように、笑顔で返された。

 

"友達"、か…。

「それに、アニは表情豊かだよ?わかりにくいかもしれないけど」

「何言ってるんだい…。バカ。」

そんな一言を付け加えてくるから、恥ずかしい気持ちが抑えられない…ずっとそっぽ向いたままだ。

 

「バカとは酷いなぁ。冗談でもなく本心だし、アニの雰囲気が僕には話しやすったから。」

 

なんだろう、心がかき乱される。

でも、決して不快ではない。

「…ほんとロマンチスト・バカだね、あんた…。でも…私も嫌ではなかったよ…」

そう囁くように言った私は、ここに来てから初めての微笑みを浮かべた気がした。

「ロマンチスト・バカ、って新しい、嬉しくない命名だな…。でも良かったよ、アニが嫌じゃなかった、と言ってくれて。」

アルヴァの言葉とその柔らかい笑顔、そして雰囲気に心が穏やかになっていくのがわかる。

いつも一人で星空を眺めているときとは違った種類の心の落ち着きだ。

「…遅くなっちゃったね。そろそろ戻らないと教官にどやされるかな。」

「そうだね。なんか邪魔して悪かったね…」

「ううん。僕は楽しかったし、友達できたし。いつも違った安らぎの時間だったよ。」

「また、そんなことを…。"友達"、か。」

私はアルヴァが口にした”友達”という言葉に反応してしまった。

 

「いやかい?」

ちょっと不安そうな顔をしながらアルヴァが私に聞き返す。

 

 

"友達"か…。"使命"を持った私には必要のないもの、作ってはいけないもの。

…だと思っていた。ついさっきの"過去"までは。

 

「…いいや。あんたがそう思うんなら、そう思っていて構わないよ。」

あまり迷わずにそんな返答をしたのは、何故なんだろうか…?

コイツの話しに影響も受けた?

でも"今"の私がそう思ったから、そんな言葉が素直に口から出た。

 

素直に言葉にするには私の柄でもないので、かなり回りくどい言い方だけど。

 

「…ありがとう。」

アルヴァは私のそんな返答にも、ほっとしたような顔を見せてくれた。

「フンッ。」

ちょっと、いやかなり恥ずかしいので、そっぽを向いたまま短く返す。

「戻ろうか。」

アルヴァは恥ずかしがっている私の様子を見ながら、ちょっと意地悪い笑顔を浮かべて私を促す。

 

「あぁ…」

そう言ってそれぞれ宿舎の方に歩きだす。

「じゃ、ここでね」

「そうだね。」

男女の宿舎への分かれ道で、そう声を掛け合う。

 

「おやすみなさい、アニ」

 

「・・・おやすみ。」

私はおやすみ、という挨拶さえ久しぶりに口にした気がする。

それぞれの方向にお互いがあるき出したとき、

「ありがとう、またね…アニ。」

後ろから声がした。

「…うん」

私はそっけない応えをして、そこを離れていく。

 

「…こちらこそ、ありがとう。またね。」

多分、あいつの耳には聞こえないほどの呟きを残して…。

 

 

今日の私は、どうにかしてた…。

一人で歩く、女子宿舎までの短い間にそんなことを思う。

でも。

不思議なほど、嫌ではない感情もある。

「自分の未来は自分が作る、か…。」

「生まれてきて良かった、と思えるようにか…。」

あいつが今日、口にした恥ずかしい、でも私の心に染みた言葉を思い返し、呟いてみる。

「とりあえず、"明日"を生きてみよう。」

最後にそう呟いた私の顔は、多分笑顔だったと思う。

 

頬を涙も伝っていたけど…。

あいつが言ったことが正しいのか、私に理解できたのかはまだわからない。

でも、私は確かに今日あいつと過ごした時間の中で、ほんの、本当に少しだけど表面だけ溶けた心の中に、小さな暖かい光が生まれたような気がしていた。

その光が私にとって、正しいものなのか、必要なものかさえもわからないけど。

【光が生まれた】、という自分の感情と、今日の時間、アルヴァという人間と過ごしたひとときが嫌ではなかった、ということだけは素直に認めよう。

そう勝手に自分で結論づけると、目を拭って宿舎への足取りを早めた。

 

 

 

私、アニ・レオンハートにとって、この日アルヴァ・コールと過ごした時間が、人生の"歯車"を自分で回し始めるきっかけになること、そしてこの時、あいつに聞かなったことがあったことを悔いることを知るのは、もっと"未来"のことだった。



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第3話_揺れる心

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星空の出来事からさらに数ヶ月後。

あの日から少し私は変わったのかもしれない。

何かと部屋で話しかけてくるミーナに、最低限の会話(まだ挨拶と向こうから話しかけてきたことに応えるぐらいだけど)をするようになった。

それに

「なあ、それ俺にも教えてくんないか?!」

対人格闘訓練のとき、ライナーと絡んできた死に急ぎ野郎こと、エレンの頼みに何故か頷いてしまった。

私らしくもないね、と思いながらもなんとなく夜の自主練習に付き合う時間がくるのを待っているを最近は自覚している。

今日も訓練所の裏でアイツがくるのを待っている。

私は約束時間より少し早くきたから。

アイツが来るのはいつも約束の時間ギリギリだ。

…なんだか癪にさわるね。

私がアイツが来るのを楽しみに待っているみたいじゃないか。

全く乙女をこんな暗いところで待たせるなんて、全く女の扱いがわかってない…。

一人でちょっと恥ずかしい、どうでもいいことを考えていると、

「よっ、待たせたな!」

なんて脳天気に死に急ぎ野郎は声をかけてきた。

「…遅いよ。」

さっきまで考えていたことを打ち消すように、わざと不機嫌な調子で返してやる。

「そんな怒るなよ、遅れてねえだろ?」

「フンッ、さっさとはじめるよ、きなっ!」

私が不機嫌なんてきっとわかっていないエレンに、私は急かすように促す。

「おおっ!」

 

 

 

 

 

「今日はこれくらいにしておこうかい…。」

ひとおりの練習を終えて、少し上がった息で私はエレンに声をかける。

「おぅ、今日もありがとうな、アニ!」

私が終わり切り出すとエレンは、屈託のない明るい笑顔でお礼を言ってきた。

 

「別にいいよ。」

そっけなくエレンのお礼の言葉に反応するけど、いつもこの笑顔に私の心は微妙に揺り動かされる。

知らずと私も表情が柔らかくなるのを感じる。

「やっぱりお前は笑った顔も可愛いな」

するとエレンが私の顔を見ながらとんでもないことを言った。

「な、何バカなこと言ってるだい!」

急にびっくりするようなことを言いやがるので、思わず蹴りが出た。

エレンの脛にクリーンヒット。

 

「い、痛ってなー。なんだよ本当に思ってること言っただけだろ。」

蹴られた脛を手で押さえながら、エレンは少し涙目で私を睨む。

 

「本当に鈍感バカだね、あんたは。」

…恥ずかしいからに決まってるだろ、それぐらい察しろバカ。

ハッハッ、とアイツの笑い声が聞こえる。

本当にこいつといるとペースが狂うよ…。嫌じゃないけどね。

 

なんだか悔しくて、アイツから顔をそむけるとふいに綺麗な星空が目に入った。

「…あんた、星空は好きかい…?」

自分でも唐突なこと言っていると思いながらも、そんな問いかけをエレンにしていた。

 

 

エレンがちょっと戸惑った感じが伝わってきたが、

「ああ、オレは好きだぞ!」

エレンは私から視線を星空に向けて、静かに、でもしっかりと言い切った。

「なんでだい?」

「だって綺麗だろ?」

何故そんなことを訊く?、みたいにエレンが言った。

「あんたは本当に単純だね…」

なんだか自分が色々考えているのが悔しくて、でもそんな単純に自信を持って言い切れるエレンが羨ましくて、ちょっと皮肉っぽく私はため息混じりに返してやった。

「馬鹿にしてんのか?綺麗なもの綺麗、そんな星を見て好きって思うことに難しい理由がいるか?」

皮肉を言った私を、真っ直ぐに見つめながら聞き返してきた。

最近、私の心を揺り動かし、そして穏やかにしてくれる明るく、優しい笑顔を浮かべながら。

「そうだね。私は色々と面倒くさいことを考えすぎるのかもしれないね。」

「…」

私もエレンも星空を見上げながら、少し言葉を発すことを止めた。しばしの沈黙が流れる…。

 

「私は綺麗な星空を見上げることで、心の中をからっぽにしたいんだ…」

先に沈黙を破ったのは私だった。

エレンは黙って聞いてくれている。

能天気で、鈍感で、事あるごとに巨人を駆逐してやる、なんてのたまう死に急ぎ野郎だけど、人の心の動きを察する能力は高いことに、最近私は気がついた…。

 

「私は星の綺麗な光に照らされて、そのまま時が止まって消えてしまいたいって思うことがあるんだ」

そう、ちょっと素直な気持ちを言葉を呟いたとき、自分でも気づかずうちに頬を涙が伝った…。

「……」

またしばらく、二人の間に沈黙が静かに流れた。

どのくらいの時間が過ぎたのか、夜空を見上げたままだった私にエレンが近づく気配がしたかと思うと、突然エレンが正面から無言で私の頭を抱きしめてきた。

 

「……。何しんてだい?」

 

暖かい…

いつもだったら言葉より先に蹴りが出そうな状況に関わらず、私の頭の中に浮かんだのはそんな感想だった。

「いいから今は泣いとけ。」

私はポロポロと涙をこぼしながらエレンの顔を見上げる…。

なぜ涙が止まらないのかもわからない。

「オレ、難しいことことはわかないけど、涙が出るときは出せばいいと思うぞ…」

そう言ってエレンはいつもとは少し違う、優しい笑顔で私を見つめてくれた。

「消えたいなんていうなよ。オレまで悲しくなるだろ。」

そう言ったエレンは私の頭を抱いて手を肩に回し、抱きしめた。

私は抵抗せずにエレンの腕に、暖かい場所に身体を預けたまま、

「どうしてあんたが悲しくなるんだい。」

私はまだ涙を流しながら問いかけるように、すがるようにエレンに言った。

 

 

「オレは鈍感らしいけど、大切な仲間が泣いてるのをほっととけるほど薄情じゃない。」

エレンの顔は見えないが、とても暖かい声色で応えながら頭を撫でてくれる。

 

「仲間が消えてしまいたい、なんて悲しいこといってるとオレまで悲しくなる。」

「う、う、うっ…」

私はエレンの腕の中で、その暖かさの中でただむせび泣くことしかできなかった。

=====

オレ、エレン・イェーガーは、腕の中で泣くアニの頭を撫でていた。

…なぜオレが目の前で泣くアニを抱きしめたのかは自分でもわからない。

ただ、そうしたいと思ったからだと思う。

この対人格闘がとんでもなく強く、無愛想な少女がなんで涙を流したのか、"消えたい"なんて口にしたのかは、オレには正直わからない。

でも、その泣いている姿を目にした時にオレは、とにかく"守りたい"と思った。

数ヶ月前から一緒に自主練をしていて感じたこと、それはこの少女の"わかりにくい優しさ"と凄まじく重い"何か"を背負っている、ということだった。

本当は、心の底は優しさで満ち溢れているのに、それを何か重いものが蓋をしようとしている、そんな風に感じた。

それはとても魅力的で、神秘的で、とても悲しいことのように思えた。

今はただ抱きしめて、頭を撫でることしかできない。

でもオレは、いつの日か、いやできるだけ早く、この少女の背中にのしかかり、心に蓋をしてる"重いもの"を一緒に重さを感じ、取り去ることができたら、と考えるようになっていた。

 

=====

 

私、アニ・レオンハートはエレンの腕の中に抱かれながら、表現のしようのない暖かさで目を閉じていた。

いつからだろうか、エレンの笑顔を見ると心の中に"暖かい光"が広がるように感じる。

最初、その笑顔を見たときは何故か苦しいだけだったのに。

"今"、この瞬間に感じたことを大切にしよう、と思ったときから、私はその笑顔を欲するようになった。

 

エレンは真っ直ぐに生きている。

本当に馬鹿みたいに。

鈍感、だと思うけどそれは心に邪念がないことの表れだと思う。

真っ直ぐだから、言葉に偽りがない。

笑顔も、言葉も暖かくてやさしい。

 

まるで太陽の光、いや木の葉があっても、それを包みこみながら地面に届き、やさしい光を周りに届ける"木洩れ陽"のような存在だ。

私とは違う、正反対のような人間だ。

 

だから私は、そんなエレンを眩しくおもい、惹かれているのだろう…

 

 

 

「ありがとう。」

以前の私であれば、そんなお礼の言葉なんて口にしなかっただろう。

でも、自然に口から出た。

「礼なんていいから、落ち着くまでもう少しこのままいろ。」

エレンの口調はとても穏やかで、暖かい。心が落ち着く。

ずっと、この暖かい腕の中で穏やかな気持ちでいたい、と願ってしまう。

それが"許されない"ことだとわかっていても。

"罪深い過去"を背負った私が、そんなことを願っていいはずがない。

エレンに"仲間"だと言ってもらう"資格"なんてない

 

 

でも、でも…。

だからこそ、この暖かさにすがりたい。

"今"だけでも、この暖かさに包まれて、穏やかな気持ちでいよう。

 

 

"今"、エレンの腕の中で涙を流していることも大切に。



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第4話_月光の下の涙

久々の更新になってしまいました。
ゆっくりですが、続けていきます。


数日後の夜。

「キレイ…」

私は何故か星空を見上げるために、夜、外に出ていた。

こんなことをしようと思ったのは初めてかもしれない。

「でも、寂しい」

こんな台詞が口から出て、自分の瞳が涙で潤むを感じた。

こんな自分の、私らしくない。

私はこんなに弱い人間ではない…

私は強い、はず。

でも、月と星の光に照らされて、どんどん自分の心の中の弱い、いや素直な部分が見えてくる気がした。

今度はしっかりと頬を涙が伝うのがわかった。

涙が落ちるのが嫌で、私は星空を見上げる。

その時、後ろから声をかけられた。

 

 

「ミカサ…?」

私、ミカサ・アッカーマンにそう声をかけたのは訓練兵同期のアルヴァ・コールだった。

「アルヴァ…どうしたのこんな時間に?」

私は溢れている涙に気づかれるのが嫌で、星空を見上げたまま問い返す。

「星と月を眺めに時々来るんだ…。ミカサこそ珍しいね、初めてここで会ったね」

ゆっくりと私の問いかけに応えたアルヴァは同期の中でダントツの座学の成績を誇っている。

アルミンより頭のいい人間がいることに、最初かなり驚いた。

「私も星も見に来た、初めて。」

そう私が返すと、アルヴァが頷いた気配はあったが何も言葉にしなかった。

しばしの沈黙を周りを包む。

きっと、察しのよいアルヴァのこと、私が泣いているのには気づいているはず。

でも何も聞かないでいてくれる。

 

私は最初、頭だけが良いツマラナイ人間かとアルヴァのことは思っていた。

私にとって訓練兵の人間は、エレンとアルミンという家族とそれ以外の人間と、いう区別の仕方だった。

アルヴァも"その他"の人間の一人だと思っていた。

でも違った。

アルヴァは人の心のわかる人。

座学が得意、という共通点があったからか、私たちの中で最初に仲良くなったのはアルミンだった。

そして、何かと人とぶつかることの多いエレンまでもが仲良くなった。

私はエレンとアルミンが仲良くアルヴァと話すのをただ聞いているだけだった。

しばらく私とアルヴァは、それだけの関係だったが、次第にアルヴァがエレンとアルミンのことを大切な仲間として接していることに気がついた。

それは、あたかも家族のような優しさと、裏表のない気遣い、そして本気の心配だった。

私にはそれがすごく新鮮だった。

他人になぜそこまで、心を開けるのか疑問だった。

かと言って、他人の心にずかずかと踏み込んでくるような真似は決してしない。

相手を思いやることができる人だった。

そして、その"思いやり"は私にも向けられていることに気がついた。

それはまた新鮮で、嬉しいことだった。

私にエレンとアルミン以外に、心を許すことができる人間がいたことに驚いた。

私はうまくアルヴァに話すことができているかどうかはわからない。

でも、"それ以外の人間"と話すときのような面倒臭さは一切感じなくなっていた。

アルヴァも私の話しを、私が話すペースを崩さずに聞いてくれる。

エレンやアルミンとも違う安心感をアルヴァには感じていた。

だからなのかもしれない、

次の瞬間に、私の口から弱音が出たのは…。

「寂しい…。エレンが私から離れていってしまう。」

そう口にした時、私は涙が頬を伝うのをもう隠そうとしなかった。

「アニとのこと?」

「うん・・・。

私は最近感じている、いやわかってしまった。

エレンとアニとの間が急速に縮まっていること、そしてエレンが…アニのことが好きなこと、アニも恐らくエレンに好意を抱いていることを…。

「エレンとアニはお互い魅かれ合っている。お互いの気持ちを伝え、通じ合えば…エレンに私は必要なくなる。」

言葉にすると、胸がしめつけられ大粒の涙が止まらない。

 

「確かにエレンとアニは魅かれ合っていると僕も思う。」

ゆっくりと優しい口調で、しかしはっきりとアルヴァは言った。

「でも、例え二人が気持ちを通じ合わせたとしても、エレンは変わらないと思うよ。」

私はアルヴァの言葉を噛み締めながら、続きを静かに待つ。

「エレンとアニが恋人同士になったとしても、ミカサとエレンは"家族"じゃないの?」

「で、でも」

「エレンは自分の大切な人を"必要ない"なんて思う人かな…?」

私の動揺を包み込むように、優しい声色と表情でアルヴァは私に語り続ける。

「それは…」

「エレンが"家族"を、"仲間"をどんな風に思う人間なのか…、僕なんかよりもミカサの方がよく知っているよね?」

私はアルヴァの言葉を聞いて、思考を整理する。

確かにエレンは"家族"を大切にする人だ。

たとえアニと恋人同士になったとしても、アルヴァの言うとおりエレンと私は家族・・・。

私が再びアルヴァに言われたことを噛み締めていると、アルヴァは微笑みながら言葉を続けた。

「ミカサも自信を持って。エレンの"大切な家族"だということに。」

「・・・」

アルヴァの言葉はとても優しく、そしてとても強く私の心に染込んできた。

 

「・・・ありがとう。」

「私は強い、強く生きる。」

「自分のために。・・・そして"大切な家族"のために。」

「だから受け入れる、エレンがアニのことを想う気持ちを・・・。」

自分でもびっくりするくらいはっきりと言葉にできた、迷いと恐怖が消えた自分の気持ちを。

「そうだね、ミカサは強い。」

アルヴァはゆっくりと私に話しかけてきた。

 

「でもねミカサ・・・」

アルヴァは私の名をよんだ後、少し間を置いて

 

「人に弱い自分を見せることや、頼ることも"強さ"なんだと僕は思うよ?」

私はその言葉を聞いた瞬間に、自分の心が暖かいものに包まれるような、我慢していたことが溢れ出すような感覚におそわれ、声をあげて泣いていた。



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