その剣舞の向こう (能登半島)
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アインクラッド 1:その日常の向こう

初めまして。能登半島と申します。このたびSAOへの愛が爆発して小説を投稿してしまいました。初めて投稿します。まだデスゲームにはなりませんが、1話目、どうぞ。

2人は嫌に仲がいいですがBL展開はありません。

4/9 読みやすく(なったかは分かりませんが)修正しました。
6/2書き直しました…………


 夢の中に、黒衣の剣士が出てくることがよくある。表情は影になっていてよく分からないが、彼は黒白二振りの剣を振るってモンスターを薙ぎ倒していく。それでも細部は曖昧だ。何故なら、彼の姿は僕の《記憶》だけから構成された、実際には存在しないものだから。

 

——はは、何をそんなに見てるんだよ。

 

 僕は、ずっと君に憧れてるんだ。《アインクラッド》の《黒の剣士》——《キリト》、君に。

 

 僕がそう言うと、彼は照れくさそうに頬をかいた。黒く長い前髪がさらりと流れる。

 

——そんなことしなくても、すぐに会えるさ。《ソードアート・オンライン》の世界で。

 

 会えるって、どういうこと? と聞く間もなく、彼はすーっと遠くに消えていく。風になびくロングコートが、僕の目にいつまでも鮮やかに焼き付いていた。

 

 

 

 

 

「————おーい景人! いつまで寝てるんだよ!!」

 

「……ぁえっ?」

 

 ばちん、と目が覚めた。……何か夢を見ていた気がするけど、()()の馬鹿でかい声にかき消されてしまった。まあ多分《キリト》の夢なんだろう。えーと、こんな朝早くから瀬南に呼び出されるなんて、今日は何かあったかな……

 

 と考えたところで、瞬間的にカレンダーを見た。ふふ、これは去年のクリスマスに瀬南がくれたものなんだ——ってそうじゃない。僕は11月に入ってから、毎日カレンダーに印をつけていた。最後のバツ印は5日。——つまり今日は11月6日なのである。

 

 やっぱり。

 

 そう、今日は待ちに待った《ソードアート・オンライン》の——

 

「こうしちゃいられない!! 瀬南ーー! すぐ行くよ!!」

 

 ——サービス開始の日だ。

 

 僕はタンスから適当に服をひっつかむと記録的な速さで着替えた。タンスには首周りがあったかい服しかないんだけど、それはそれで迷わなくて済むからありがたい、と思いながら、勢いよくドアを開けてだだだっと外階段を降りる。

 

 

 

「おまたせー!」

 

「遅せぇよ! ったく、またご近所さんから変な目で見られたぞ」

 

「……ええ、ご、ごめん?」

 

「……い、今のは冗談だ! ほらよしよしマジになるな! な?」

 

 外に出ると、瀬南がこちらに手を振っていた。着くなり叱られてしゅんとすると、何故か焦って僕の周りをくるくる回る。……全く瀬南は、そういつもガキガキと……

 

「…………もちろん分かってるよ? 僕は()()じゃないからね」

「だよなー!」

 

 僕が()()を見せると、瀬南はにぱっと笑って僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。……うん、何されてもこれで許しちゃう僕は相当にちょろい。

 

「サービス開始の1時まですごい時間があるけど……何するの?」

 

「よくぞ聞いてくれた! いい店を見つけちゃってな〜、一緒に行こうぜ。腹減ったろ」

 

「え、ええぇ……」

 

 確かにお腹は空いているけど、と言いかける口は開かせてもらえない。なんでよりによって()()なのだろう。昼イチでSAOをプレイする日くらい、大人しく家にいてもいいのでは?

 

 とは言えない。何故かめちゃめちゃ機嫌がいい瀬南の前で僕の口は無意味だ。……ま、奢ってもらうんだし別にいいか!

 

 瀬南は路地を何度も曲がり、時折ずるずると引きずられながら——何やら隠れ家的な雰囲気の漂う店の前まで来てしまう。

 

「……ここは?」

 

「《ダイシー・カフェ》ってんだ」

 

「カフェ!」

 

 僕はカフェと聞いて目を輝かせる。今までそんなお店に入ったことはないからだ。瀬南はカウンター席に僕を促す。……この高めの椅子に座る僕を見て笑うためじゃないだろうな。

 

 着席するなり美味しそうなサンドイッチを頼むと、店内が空いていたせいか直ぐに用意されたみたいだ。

 

「こんな朝っぱらから、子連れで来たのか」

 

 とん、と皿が置かれる音とともに、そんな声が聞こえる。はっとして顔を上げ——かちんと固まった。

 

 そこに居たのは、黒い巨人だった。

 手にちんまりとしたサンドイッチを乗せた皿を持っているのが何ともミスマッチである。目を見開く僕の頭に、瀬南は手をぽんと載せた。

 

「景人、店の人に失礼だぞ。……いやー、親子だなんて、違います。俺ハタチですし!」

 

「……兄弟、にしては年が離れてるか?」

 

「……こいつ()()なんで、離れてるといえば離れてますけど……」

 

 瀬南がそう言うと、外人さんは目を見開いた。

 

 うん。はい。分かってますよ。僕がチビでどう足掻いても小学生にしか見えないことは!

 

 と憤慨すると、瀬南は笑いを噛み殺しながらフォローに回る。

 

「——チビなこと気にしてるんで、あんまり言わないであげてください」

 

「瀬南っ!! 僕だってこれから成長期来るんだから! これはのびしろなの!」

 

 あ、と思った時には思いの丈を叫んでいた。目がくるくると回るような恥ずかしさに見悶えていると、外人さんはニヤリと笑う。

 

「……元気じゃないか。俺はここの店主をしている、アンドリュー・ギルバート・ミルズだ。以後ご贔屓に」

 

 

 

 サンドイッチはとても美味しかった。ぺろりと平らげた後、意外と時間がまだまだあると分かった僕達は、店に居残りぺちゃくちゃと話をしていた。——もちろん話題は《ソードアート・オンライン》のことである。

 

 暫くすると、店主さんがコーヒーを2杯持って近づいてきた。……ん? 僕達そんなの頼んでないけど……

 

「あんた達もやるのか? SAO」

 

「!」

 

「……はい、今日からバリバリっすよ。アンドリューさんもSAO持ってるんですか!? いやー世間って狭い!」

 

 どうやらサービスだったらしいコーヒーにミルクをどばどば入れる。何故かあせあせしている瀬南をよそに、店主さんは顎をなでた。

 

「まあな、だから今日は午前で上がりだ。午後は目一杯やるつもりだからな」

 

 それにしても、驚きだな。僕はSAOを福引きで当てたんだけど、それ以外で僅か一万本しかないソフトを手に入れる幸運を持った人が、同じ街にいるなんて。

 

「兄ちゃんとボウズは面白いからな。……機会があれば《中》でも宜しく頼む。ちなみに俺は()()()って名前で商人プレイをするつもりだ」

 

「エギル? ……むぐ」

 

 何だろう、聞いたことがあるような——とその名前を反芻すると、瀬南の顔色が変わった。そのまま何も言わせないとでも言うように、僕の口を押さえつけてくる。じたばたする僕を強すぎるフィジカルで完璧に封じ込めながら、瀬南は何でもないように笑った。

 

「あ、あー……はい、俺はユキ、こっちはエネって名前でやるつもりなんで、何かあったら知り合い特価で売ってくださいよ」

 

「……はは、それは無理な話だ」

 

「ええー、俺結構ベータじゃ有名だったんでお役に立てると思いますよー」

「驚いたな。ベータテスターって言えば、正規版よりもずっと倍率が高かったろうに」

 

「〜〜〜〜!!」

 

「……なあ、さっきから何してるんだ? ボウズが苦しんでるように見えるんだが……」

 

 店主さんが僕のことを見ると、瀬南はより笑みを深くした。——と同時に、手の力がもっと強まる。……あ、やばい、これ、落ちる……

 

「……きゅー……」

 

「はは、何でもありませんよ。ガキは食べると眠くなるんです」

 

 怪訝そうな店主さんの前で、僕は意識を失った。……酷いや。でも、なんで僕は瀬南にこんなことされてたんだっけ? ……忘れちゃった。

 

*・*・*

 

 目が覚めると、よく知った天井が見えた。——僕の住むアパートから徒歩1分の、瀬南のアパートである。僕の家にはネット環境がないから、SAOは瀬南の家でやるということを前々から決めていたのだ。

 

「んー……頭はスッキリしてるけど……」

 

「おっ、起きたか。ほらこれ昼飯」

 

 押入れをごそごそと弄っていた瀬南は振り返るなり僕におにぎりを投げてよこした。瀬南は料理ができないので、これはコンビニで買ってきたものだ。……僕の背がもう少し高くなったら、瀬南に毎日ご飯を作るんだと決めている。

 

 いやまて、昼飯? さっき朝ごはん食べたばっかりじゃ、と時計を見ると、すでに正午を回っていた。…………はー……結構気絶してたのね……SAOが始まるまでもう1時間もない。

 

 おにぎりをかじりながら瀬南を見ていると、押入れから大きな箱を取り出した。ナーヴギアだ。ちゃちゃっとキャラメイクをして以降触れていないので、箱はほぼ新品同様である。

 

「とうとうこの日が来たって感じだね〜」

 

「おう、()()()()()()歴史に残るだろうな」

 

 悪くも? と疑問に思ったものの、何故か神妙な顔になる瀬南の顔を見たら、そんな質問はできなかった。僕は諦めて目をつぶる。

 

 浮遊城《アインクラッド》。

 

 《ソードアート・オンライン》の舞台となる世界であるとともに、僕が小学生の時に瀬南から聞かされたある《物語》の舞台ととても良く似た場所だ。黒衣の《勇者》が100層にもなる城をその身と二振りの剣だけを持って駆け上がる冒険碑は、小さく硬直していた僕の世界を信じられないほど大きくしてくれた。

 

 いつかあの城で剣士になって、《キリト》のような冒険をしてみたい、と願い続けてきたところに、《ソードアート・オンライン》が発売されたのである。

 

 瀬南を問い詰めてもはぐらかすに決まっている。多分、瀬南自身がVR研究に興味があって、茅場晶彦と少し面識でもあったのだろう。瀬南の通う大学はそういうのが有名らしいし。だから、今まで瀬南とこの話をしたことはなかった。でも、いいよね? 今日くらい……

 

「ねえ瀬南、《アインクラッド》で《キリト》に会えるかなあ?」

 

 僕がそう言うと、瀬南はバツの悪そうな顔をする。まじか……と小さく呟いてから、無言でナーヴギアを被せてきた。当然コードは繋いでいないので何も起こらないが……

 

「……お前が信じるなら、会えるかもな」

 

 ——その一言を聞いて、僕の心が燃えるのを感じた。口元がゆるゆると緩むのを隠せない。

 

「そっか……ふふ、楽しみだねえ」

 

「……ああ」

 

 だが、これには肩透かしを食らった。自覚はあったし『やっぱガキだな』くらいの罵倒が来るものだと思っていたけど、何故か歯切れが悪い。平たくいえば、()()()()()のだ。見れば、何処となく表情に影が差しているように見える。

 

「どうしたの?」

 

「——何でもない。ほらみろ、時間だ」

 

 ——違う。何でもなくないよね? と思いつつつられて時計を見た瞬間、スキありとばかりに持ち上げられて布団に転がされた。昨日ベッドじゃんけんに負けたんだっけ、というどこか場違いな感想を抱きながら、僕のナーヴギアにコードが繋がれるのを眺める。

 

「あ、ちょっと! 待ってよ自分で被り直す——」

「残念でしたぁぁ」

 

 バイザー越しに憎たらしい顔を見せつけてくる瀬南はいつものような明るさを取り戻していたが、僕には何だかそれが空元気のように見えて仕方がなかった。——瀬南が、遠くに行ってしまう。そんな気がして……

 

「瀬南」

 

「行かなくていいのか? 俺にナーヴギアを被された挙句俺より遅くログインするとか、お前それでいいのか?」

 

「え? なんで?」

 

「いいから早く行け」

 

 瀬南にそう言われたことで、僕の中に城のイメージが明確になる。——うん、瀬南がめちゃくちゃなのはいつもの事だし、僕と同じようにSAOに興奮しておかしくなってるだけだ。

 

 そう、思うことにした。

 

 

 

 瞳を閉じれば、光の中にいる黒衣の剣士の姿が見える。——その姿を追いかけるように、僕は魔法の言葉を口にした。

 

「——《リンク・スタート》」

 

 五感が白く塗りつぶされていく。まもなく僕の意識は現実から引き剥がされ——数年間に及ぶ長い戦いの舞台となる《仮想世界》に、足を踏み入れたのだ。

 

*・*・*

 

 

 

「行ったか……」

 

 景人の胸が規則正しく上下するのを見ながら、俺はそう吐き出した。

 

 たった今、景人はアインクラッドに、——()()()()()に旅立っていったのだ。

 

 この胸に渦巻く感情は罪悪感だろうか? ()()()としてすべてを知っていながら、景人をあの世界に連れ込んだことを、俺は後悔しているのか?

 

「……いや、これでいい。《物語》のことをあんなに覚えていたのは正直計算外だったが、いつかは知れることだしな……」

 

 景人と4年ほど前に出会ってから、ゲーム的要素を一切排除した《物語》として、SAOの原作知識を教えていた。その時には景人をアインクラッドに連れ出そうとなんて全く思っていなかったが——まあ、色々、思うところがあったわけだ。

 

 俺自身もナーヴギアを被り、昨日じゃんけんで勝ち取ったベッドに寝転ぶ。

 

「……いいんだ。俺は間違ってない。あいつが死ぬのは、——あの城の中でいい……」

 

 目を閉じると、前世と今世を合わせた様々な情景が脳裏に浮かび上がってきた。はは、何もすぐ死ぬ訳でもないのに、走馬灯ってか? まあいい。俺もあの城のどこかで、死に場所を見つけたいと思う。

 

「《リンク・スタート》」

 

 景人——エネに遅れること数分。

 

 微かに震える声とともに、《瀬南》の体から意識が抜け出す。——こうして俺は《ユキ》となり、《アインクラッド》に足を踏み入れた。

 

*・*・*

 

「うわああああああ!!!」

 

 目を開けた瞬間、叫んだ。現実でそんなことをしようものならすぐに冷たい視線が浴びせられるのだろうが、今は誰も僕を責められないだろう。

 

 それ程までに、《アインクラッド》はとんでもない場所だった。

 

 目にするオブジェクト全てに精緻なディティールが施されているし、体の挙動も滑らかどころか現実よりもスムーズだ。行き交うプレイヤーとNPCの挙動にも淀みというものは何一つない。まあ戦闘するゲームだから当たり前なんだけどさ。空を見あげれば、そこは第2層の底だということを忘れてしまいそうなほど青々としている天蓋が僕を見下ろす。

 

 僕は今、《キリト》が2年間戦い続けたあの城に立っているのだ。

 

 僕は辛抱たまらず、硬質な音を立てて石畳の上を走り出した。——が、周りにいる美男美女の群れに少し表情が曇る。

 

「みんな、背盛りすぎでしょ!」

 

 瀬南に言われて、僕のキャラは現実と身長をほぼ変えていない。ほんの5()c()m()盛っただけだ。——なのに、やたらと高身長なプレイヤーが多い。もう、瀬南に会ったら一言文句言ってやろう……

 

「ぐえっ」

 

 と思った時、なにかに強かに顔をぶつけた。柱という訳でもないしプレイヤーだ、と思い、離れて謝ろうとすると——突然乱暴に襟首を掴まれる。

 

「よおエネ」

 

 持ち上げられた目の前には、ニヤニヤと悪人面で笑う瀬南、改めユキの顔があった。僕はもろもろの感情を込めて蹴りを放つと、意外にも綺麗に決まってユキは呻いて僕を離してくれた。

 

 現実じゃこうは行かない。やはり身体能力的なものは平均化されているようだ。

 

「……ユキ、すーーんごいコワモテだねぇ、そのキャラ、作るのにどれだけかかったのさ……?」

「ぐ、お前だって背盛ってるだろうが」

 

 お互いの罵倒に思いのほか凹む。でも僕はあえて言おう。ユキほどの顔面偏差値を持つ人が、顔について悩む資格はないのだ。色素の薄い髪と瞳がなんの嫌味もなく似合う。僕? 僕はね、背が足りないから、かっこいいとか有り得ないんだよ。

 

「はー、もうやめよ。ユキ、……これから何する?」

 

 その不毛な争いに終止符を打つべく、僕はそう切り出した。現実でも何度となく聞いてきたことだ。こう言えば、ユキ——瀬南は僕を引きずってでも常識の向こう側へと連れ出してくれる。

 

 瀬南は僕のかけがえのないお兄ちゃんなのだから。

 

 瀬南は先程の煮え切らない態度なんてどこかに吹き飛ばしてしまったかのように、口の端を上げた。

 

「取り敢えず、武器を買ってフィールドに出るか」

 

*・*・*

 

「……ねえ、やっぱりおかしくない?」

 

 僕は今しがた買った()()を眺めてそう言った。

 

 ユキはベータテスターらしく迷いのない足取りで裏道を歩き、《はじまりの街》で1番の品揃えがあるという武器屋に向かったのだが。店主のドワーフめいたNPCのおじさんに、「そんなにちっこいのに片手剣は持たせられん」と言われてしまったのだ。

 

 当然《キリト》と同じ武器を使いたかった僕は唖然としてしまい、気付けば笑いをこらえているユキに短剣を握らされていたのだ。

 

 陰謀だ。

 

 そして、その後「短剣は《キリト》を追い詰めた奴が使ってた武器だぞ?」と言われて心が揺れた僕も、馬鹿だった。——だってそれ、よく考えなくても殺人鬼の《PoH》だもの。

 

「何で、武器に身長制限とかあるの? ならさ、でっかい人は短剣持っちゃダメとかさ、そういうのもあっていいよね。なんでチビだけが損する仕組みになってるの?」

「ははは、残念だったな。あのNPCはベータから()()()()として嫌われてたNPCだ」

「はあ?!」

 

 ユキはニヤニヤと笑っている。つまりこうだ。ユキは僕が《チビ》とバカにされるのを知っていてあの店に連れていったということになる。……性格悪いなー……

 

「い、いいもん、僕《キリト》なんて超えてやるし! むしろ片手剣じゃなくて良かった!」

 

 ああああああ、嘘だよおおお、僕片手剣が良かった——と心で叫んでいることすら、ユキには見通されている感じがする。そのままフィールドに出ると、目の前に青い光が弾けた。

 

「ブモモモモモ!!」

「あっ」

 

 そこから現れたのは、青いイノシシ——《フレンジーボア》だった。モンスターだ。街並みのリアルさから想像はしていたけど、相対してみると本能的な恐怖が骨に染みてくるようだ。

 

「……見てろ、戦い方を教えてやる」

 

 だが、ユキはかえって好戦的な笑みを浮かべていた。買ったばかりの粗末な片手剣を担ぐと、——飛び出す。

 

 空中でバランスを取りながら剣を高々と掲げると、鈍色の刃が青く光った。その瞬間、ユキの腕は1本の稲妻となり——ごうっと空気を裂く音を響かせながらイノシシの体に赤い線を刻む。

 

「プギィィィ!!」

 

 イノシシは抵抗出来るはずもなかった。断末魔の叫びを上げると文字通り爆発し、青いポリゴンとなって空気中に溶けていく。

 

 

 ユキは剣をかちんと鞘に納めると、得意げな顔で振り返った。

 

「どんなもんよ。今のは《スラント》っつー技だな。——ま、お前には使えない技だが」

「ねえユキ、僕も《ソードスキル》使ってみたい!」

 

 からかわれた、とかどうでも良かった。早く僕も戦いたい。その剣幕に押されて、ユキは苦笑して僕の頭を撫でる。

 

「よし、じゃあ——短剣の初級スキルは《バイト》って名前だな、それから行ってみるぞ」

 

*・*・*

 

 結果は散々だった。

 

 全てはイメージの力だ! と力説されたものの、剣筋をイメージすればするほど目の前の敵への意識が薄くなる。ソードスキルが発動すればイノシシより手前で空振り、イノシシに剣が当たったと思えばソードスキルは不発。何より、リーチの短い短剣では敵に当てるだけでもかなり近づかないといけないので、怖いのだ。

 

 加えて、僕は新しいことを始めるのが絶望的にへたくそなのであった。——一種の才能だと思っている。

 

「ああー、瀬南ああ」

「リアルネームで呼ぶな! ったく……なんで出来ないかなあ」

 

 瀬南が顔を顰めて考える中、僕は疲れきった仮想の体を草むらに横たえていた。ほんとに凄いよねえ。こうして体にチクチク刺さる草も、何もかもただのデータの塊だとは……

 

 でも、本当にそうなのかな? ポリゴンでできた物体は、本当に中にポリゴンだけしか詰まっていないのかな? だとしたら、僕達の体を動かしているものは何なのだろう?

 

 時刻は5時を回り、秋も更けてきた今の季節になると、空は燃えるような夕焼けに染まっている。

 

「……ねえユキ、もう1回やってみてもいい?」

「ああ? ……あー、いいぞ」

 

 僕はそういって起き上がると、この数時間で手に馴染んだ短剣を握る。僕が討ち損ねることを前提にユキも隣で剣を構えている。——そんな僕達の前に、一体のイノシシが現れた。

 

「……ふっ!」

 

 滑るように走り出す。僕がイメージすべきなのは、剣筋ではなく——イノシシを切り裂く僕の姿だ。

 

 短剣を右下に構えると、イノシシの中心を穿つように刺す。その剣からは赤い燐光が散っており、これまでとは比べ物にならないほどイノシシにダメージを与えたのがわかった。それに集中力がより高まるのを感じながら、僕自身が1本の牙になったようにそれを引き抜く。

 

「ギーー!!」

 

 だが、短剣ではイノシシを一撃で葬ることは出来ない。怒りに震えるイノシシに蹴飛ばされないように横に逃げてから、今度はかっちりとモーションに当てはめてもう一度《バイト》を放った。

 

「はああっ!!」

 

 システムの不思議な力に後押しされ、僕の腕が見えないほどの速さで閃く。——完璧に決まった。2本目の線を深々と刻まれたイノシシは細かく痙攣し——爆散する。

 

 僕はしばらく、剣を振り抜いた姿勢のまま固まっていた。そこにユキがだだだだっと走り寄ってきた。

 

「おい、エネ! やれば出来るじゃねえか! 何だよ、今まで手を抜いてたのか!?」

「——え? いやそんなわけないじゃん!」

 

 ユキがまるで犬でも相手にするかのようにわさわさと頭を撫で回した時、ようやく我に返る。僕は、ちょっと——具体的には3時間以上かかったものの、とうとうやり遂げたのだ!

 

「……やったー! 初勝利だよユキ!!」

「おう! この調子でどんどん——」

 

 僕達が空中でハイタッチを交わそうとした——直前。突然、辺りに物々しい鐘の音が響き渡った。

 

 ユキの手のひらとかち合うはずだった僕の手は空振り、そのままべちんとユキの体に当たる。ユキはそれをどかそうともせずに、急に真剣な顔つきになった。

 

「……ユキ?」

 

 その顔を見て、ログインする直前に感じた不安が頭をもたげる。ユキは僕の言葉に反応することはなく、再び強めに頭をこねくり回した。

 

「——いいか、エネ。自分を見失うなよ。……お前は、幸せになれ」

「な、何それ」

 

 その言葉の意味を問う間もなく、僕達は青い光に包まれた。————SAOが、その本性を現そうとしていた。




ユキが今後敬語を使うことは――ない。
こんな感じですがよろしくお願いします。

追記
あまりにもあんまりだったので書き直しました。以下補足です。
瀬南(ユキ)は転生者ですが、景人(エネ)は転生者ではありません。非転生者が原作知識を手に入れたら、という思いつきで書き始めた小説になります。よろしければ次も読んでください。普段はこんなに長くないです!笑


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2:その世界の向こう

2話目です。
文字数はだいたい5000文字程度の筈ですが、なんか伸びます。

エネ氏の原作知識はユキからの口伝えしかないので、例えばキリトなら「黒髪の黒衣の剣士」くらいしかありません。1話でエギルを直視しても気付かなかったのはそういうわけです。

5/2修正しました


 光が止み、恐る恐る目を開けると、そこは《はじまりの街》だった。僕たちと同じように転移されたのだろうプレイヤー達でひしめき合っている。

 

 何で急に転移されたのか、と周囲のプレイヤーの様子を窺うと、僕は思わず悲鳴をあげそうになった。皆一様に目を血走らせて、何か言っている。

 

 ——「ログアウトさせろ」

 ——「どうしてくれるんだ」

 

 一旦聞き取れてしまうと、僕の耳には同じような悪感情が次々と流れ込んでくる。それは真っ黒なうねりとなって、僕の中の何か深いところに直撃した。ぐらりと体が傾く。

 

 「……おい、大丈夫か?」

 「ぎ、ぎもぢわるい」

 

 ユキが座り込んだ僕を背中に抱える。いつもなら振りほどく所だが、振りほどくだけの力もなかった。仮想世界では脳の信号がダイレクトにキャラクターに伝わるため、感情表現が素直すぎてちょっと過剰なところがあるという。昔から悪い感情には敏感だった僕は、その電気信号の発露ゆえに純粋な憎悪を、人一倍受信してしまったというわけだ。

 

 仮想のものとはいえ、落ち着き払うユキの背から伝わる体温パラメータは、僕の精神をなんとか鎮める。僕は弱々しい声でユキに尋ねた。

 

 「……ログアウトできないって、どういうこと?」

 「ウインドウ出してみろ。俺は今両手が塞がってるからな」

 

 それに素直に従い、僕は右手を振ってウインドウを呼び出した。項目をスクロールし、一番下まで到達したが……そこには《log out》の文字は無い。こんな重要コマンドをぱっと確認出来ないようなメニューの奥に置く意味は全くないので、これは文字通り、この世界から離脱できないという状況を表すのだろう。

 

 「……な、なんで……?」

 「さあな、集められたのも、それについて謝罪があるんじゃないか?」

 

 絶句する僕と対照的に、その事実を知っても——いや、知っていたからこそ? ——ユキの心は平静だった。喚くプレイヤー達を、どこか無機質な目で観察している。僕の知るユキは、いつもムカつく顔で笑っていた。こんなに感情の削ぎ落とされた顔をしたユキは、見たことがない。

 

 「あっ……上を見ろ!」

 

 どこかで上がったその声につられて上を見上げた僕は、思わず口をあんぐりと開けてしまった。

 

 空……ではなく第2層の底が異様な赤い模様で埋まっていたのだ。模様ひとつひとつに《Warning》《System Announcement》という英単語が書かれている。勉強は苦手だけど、アナウンスくらいは読み取れた。ユキの言う通り、SAOの運営陣が干渉してきたのだろう。周りのプレイヤーもそれを理解したのか、感情の矛を収める。ぼくもほっと胸をなで下ろす。騒ぎはだんだん静まっていった。

 

 「来た」

 

 ユキが小さく呟いた時、信じられない現象が起きた。真っ赤な空の中央がドロリと液体のように垂れ、空中で巨大なローブに形を変えたのだ。本来それを身に纏う人間の体が中にあるはずだが、袖口やフードの中は空っぽで、不気味な暗闇が広がっている。が、確かに何者かの意思がそこに宿っているのは感じられた。

 

 その見えない人物が左右の手を広げた時、声が聞こえた。

 

『プレイヤーの諸君。私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦。この世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

 落ち着いた低い声は、慌てふためく僕たちを遥か高みから見下ろす、神のような響きを持っていた。

 

 *・*・*

 

 僕は茅場の話を半分も理解出来なかった。茅場の意図を汲む、という意味で。分かったことと言えば、現実世界に帰るためには、この途方もなく高い城の頂に至るしかないということ。そして、ここで死を迎えるのは——現実の死と同じ重さを持つということだ。

 

 何のために? 何のためにこんな1万もの人間をゲームに閉じ込めるなどという、危険に晒すようなことをするのか? 茅場も、こんなことをしてはただでは済まないだろう。死刑になることだって有りうる。

 

 そんな僕の困惑をよそに、言いたいことをあらかた言い終えた茅場は息を整える。

 

『それでは最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。アイテムストレージにささやかながらプレゼントを用意させてもらった。確認してみたまえ』

 

 僕はユキの背中からぱっと降りると、言われた通りアイテム欄を開き、イノシシのドロップ品が並ぶ一番上にあった《手鏡》というアイテムを実体化する。

 

 「わ……」

 

 空中に出現したそれを危うく取り落としそうになりながらなんとかキャッチし覗き込むものの、そこにはちょっとだけ現実より大人びたアバターの顔が映るだけだ。ユキを見ると、何やら考え込んだ様子で《手鏡》を出そうとしない。それに対し声をあげようとした瞬間、——全身が眩い光に包まれた。

 

 「な、何これ!!」

 

 数秒後にようやくやんだ光の中で恐る恐る目を開けると、——なんと手鏡の中には、現実世界の僕の顔があったのだ。背も縮んだ。仰天してユキに助けを求めるも、ユキもいかつい顔から綺麗な顔に戻ってしまっている。

 

 「その様子だと、俺も戻ったみたいだな」

 

 ユキはちょっと残念そうな顔をすると、手鏡を実体化させ、鏡を覗き込んでため息をついた。

 

 周りを見回すと、明らかにプレイヤー達の見た目がガラリと変わっている。平均身長は落ち、恐ろしいことに女性用装備を身につけた男性もかなりの数いた。街を歩く人達に鎧を着せたような、奇妙な集団が目の前に広がっていた。

 

 「せ、瀬南」

 

 僕はここで、茅場の意図を悟った。茅場の言葉は続く。

 

『私の目的は、テロや身代金目的の誘拐事件などではない。……この状況こそが、私にとっての最終的な目的なのだ。この世界を創り出し、観賞するためにのみ私はナーヴギアを、この城を作った。そして今、全ては達成せしめられた』

 

 茅場は僕と同じように——この鉄の城を、《勇者》を夢想し続けた少年だったのだ。

 

『以上で、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君の、——健闘を祈る』

 

 その言葉を最後に、深紅のローブはゆっくりと上昇を始め、空を埋め尽くすメッセージに、水の波紋を刻みながら同化するように消えた。そのメッセージもふっと消えてしまい、何処からか街のBGMが聞こえ始めて、何事も無かったかのように、この城は再び動き始める。

 

 どうしようもない現実を、僕たちに押し付けて。

 

 数瞬の後、プレイヤー達は呆けていた顔を絶望に染め上げると、感情を爆発させた。

 

 「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 「ここから出せやああああ!!」

 

 すうっと意識が希薄になる。——帰れないってことは……

 

 プレイヤー達の絶叫が、どこか遠くに聞こえる。数十分前の僕ならば気分を悪くしたかもしれないが、今の僕には他人の感情を受け取る余裕すらなかった。

 

 「大丈夫か、景人」

 「あっ、うん」

 

 急に名前で呼ばれたことに驚き、瞬間的に意識を取り戻す。まだぼーっとしている僕を引っ張り、ユキはずんずんと迷いなく歩くが、途中でクルリと方向転換して建物の隙間に入っていった。

 

 *・*・*

 

 プレイヤー達の声がここまで聞こえる。ちょっと落ち着いた僕はその感情をびんびんに受け取って顔をしかめるが、それだけ。ユキと僕はお互いに何も話さなかった。ユキは何か話したいことがあったのかもしれないが。

 

 「ねえ、これから……どうするの?」

 

 僕は意を決して口を開いた。その言葉は何度も口にしてきたが、意味合いは全く異なる。《これからどう生きていくの?》という重みがある。ユキは少し眉をひそめ、低い声で言った。

 

 「……俺はゲームクリアを目指す。付いてきてくれるか?」

 「ユキがいるならいいよ。僕、頑張るよ」

 

 正直に言えば、怖くて逃げ出したい。奇しくも《物語》と同じような状況に追い込まれたのだ。ゲームクリア、すなわち攻略とは、剣一本でこの城を駆け上がる——命をすり減らすデスゲームに身を投じるということだ。僕は《キリト》ではない。命をかけて魔物と戦うなんて出来っこないかもしれない。

 

 だが、そんな心の中に、《キリト》が旅したこの世界を見てみたいという、矛盾する欲望があるのも事実だった。

 

 ユキがいるなら、頑張れる気がした。

 

 「ねえ、《キリト》に会えるかな」

 

 僕の言葉にユキは目を見開く。僕だって《物語》が作り話だということくらい分かる。それでも、聞いてみたくなったのだ。ユキはどう答えたものかとしばらく悩むが、ニヤリと口を歪めて言った。

 

 「……ああ、いるよ。すぐにでも会えるさ」

 

 僕の脳内に、同じように城を登り始めた《キリト》の姿が浮かんぶ。ふふ、と笑って、

 

 「そっか、……会えるまで頑張らなくちゃ」

 

 と言った。それだけで、僕は頑張れる。憧れの人の足跡を追いかける旅は、きっと楽しいものになるだろう。ユキはそんな僕の様子に安心したのか、ちょっと真面目な顔をすると、指を立てて話し始める。

 

 「その話なんだが。ここからしばらく行った《ホルンカ》という町に、キリトが初めて受けたクエストがあってな」

 「知ってるよ! アニールブレードを手に入れようとしたけど、コペルってプレイヤーに騙されて、危機一髪だったんだよね」

 

 ユキの話に興奮して口を挟んだ僕を、ユキは有り得ないものを見るような目で見る。

 

 「おい、なんでそんな詳しく覚えてるんだよ。この話したのいつだと思ってる?」

 「え、っと、確か僕が9歳の時?」

 「つまり俺と会ったばっかの頃だよ! ちっ、こりゃミスったな……」

 

 ユキは何故か怒り出して、ぼそぼそと何か言った。だがなんと言われようと、僕は《キリト》の話を忘れたりしない。僕の憧れなのだから。ユキは観念したようにため息をついて、僕にぐっと詰め寄る。

 

 「これから先誰に、そう、たとえ《キリト》に会っても、《物語》の話はするなよ」

 「う、うん」

 

 僕はその剣幕に押されて頷く。バレたらまずいのかな。だが、ユキが怖い顔をしたのもそれまでで、僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でて声を張った。

 

 「よし、そうと決まれば行くぞ。こういうのは早いほうがいいからな」

 「僕も片手剣がよかったなあ」

 

 僕たちは建物の隙間から出ると、夜の闇へと歩き出した。

 

 *・*・*

 

 夜道の戦闘は想像以上にきつい。でもユキの圧倒的な戦闘力と、ベータで得た情報のおかげでモンスターの少ない道を進んだことにより、《ホルンカ》までは特に危なげなく到達した。

 

 その周辺には既に数名のプレイヤーが大きな植物型のモンスターと交戦していた。あれが《リトルネペント》か。《実つき》《花つき》と普通の個体の三種類がおり、そのうち《花つき》を倒した時にドロップする《リトルネペントの胚珠》が、アニールブレードを手に入れるために必要なのだ。ただ花つきはほとんど出ないため、根気のいる狩りになる。僕らのように2人以上で行動する人はおらず、みんなソロでやっているせいか、辛そうである。

 

 《キリト》も一人旅を貫いていたな。最後は《魔王ヒースクリフ》に決闘で負けて結盟騎士団に入っていたけど、それまでのほとんどの時間、ソロでいたはずだ。

 

 「もしかして、みんな《キリト》を意識してるの?」

 「んなわけあるか。《物語》は俺とお前の秘密だ」

 

 ユキが呆れる。それもそうだ。ちなみに、僕はいくら《キリト》に憧れていても、ソロにはなるつもりはない。ユキと一緒にやっていきたいからだ。

 

 「よしエネ、これ以上人が増える前に、先に胚珠を手に入れるぞ」

 「おっけい!!」

 

 僕たちは2人で1体のネペントを相手取る。他のプレイヤーからまあまあ離れたいい位置だ。

 

 「これは実も花もないか」

 「倒し続ければ花つきが出る可能性はあがる。イノシシより経験値もいいし、戦って損は無い」

 

 醜悪なネペントがぶるぶると震えて接近を始めたので、僕たちはネペントの正面と背面に分かれる。

 

 「せあっ!」

 

 ユキがソードスキルで横一線にネペントを斬れば、

 

 「とりゃっ!」

 

 僕はダメージでノックバックしたネペントに短剣で噛み付く。そしてネペントが再び動き出す前に飛び退くと、既にスキルを発動させたユキが斜めにネペントを切り裂いた。連続攻撃にネペントはたまらず爆散。1体に1分かけない、素晴らしいペースだ。

 

 *・*・*

 

 僕たちはその後も狩りを続けた。フレンジーボアより遥かに経験値をくれるので、レベルは早くも3に上がっている。そして、きっかり100体目が花つきであり、僕たちはめでたく胚珠を手に入れた。ユキはニヤニヤしながら、それを僕の顔の前にぶら下げた。

 

 「エネの分はいらないしな」

 「む、そうですよおーだ。……でも流石に疲れたね」

 「これくらいで根を上げるとは」

 

 やっぱりガキだな。という副音声が聞こえる。僕は精一杯睨んでから、やっぱり疲れたのでその場にどっかりと座り込んだ。一応辺りに警戒はしているから、無防備に座った訳では無い。

 

 とその時、奇妙な光景を見た。辺りのネペントがみんな一方向に向かい始めたのだ。

 

 「まさか」

 「誰かが実つきを……」

 

 僕たちは顔を見合わせると、体が疲れていたのも忘れて、その方向に駆ける。

 

 そこでは黒髪の少年が1人で戦っていた。その顔には焦燥と――絶望が浮かんでいる。見たところ僕とそう変わらない年だろう。持っているスモールソードはすでにところどころ刃こぼれしていて、とてもひとりで捌けるとは思えなかった。

 

 「……っ! おい、大丈夫か!! 助太刀する!」

 

 ユキはそれを見て息を呑むと、見事な身のこなしで少年とネペントの間に割り込む。

 

 「あ、ああ助かる」

 「僕も……!」

 

 その後から低い体制で突っ込んだ僕を見て今度は少年が驚いたが、特に何も言わず、視線を戻した。

 

 「うりゃー!!」

 

 目の前のネペントを倒す。その繰り返しだが、気を抜けば少年もユキも見えなくなりそうな程多いネペントに、僕らは徐々に押され始める。

 

 そのとき、モンスターが砕けるのとは違う、カシャーンとという耳障りな音が響いた。――まさか。

 

 「これ、人が……」

 「馬鹿、よそ見すんな!!」

 「え」

 

 人が砕けた音じゃないのか、とユキに問おうとした一瞬の気の緩み。その一瞬の後に僕が見たのは、眼前に迫るネペント。ネペントが見せるプレッシャーに身がすくみ、もう回避もできないという状況だった。

 

 「くそ! こんなところで死なせてたまるか!」

 

 だが、僕の目の前に現れたのは赤いライトエフェクトを纏ったユキだった。ネペントを突きではね飛ばすが、そのユキを技後硬直が襲う。まずい、と僕が必死に体を動かそうとするが、ユキは身を軋ませながらも剣を振り、追随するネペントを下がらせた。それを見てようやく動いた僕の体は、短剣の取り回しと小柄な体格を生かして、ユキをうまく避けて突っ込み、ほぼゼロ距離からソードスキルを発動する。背後でユキも別のネペントを切り裂いたのを感じた。

 

 獣の爪のようにネペントを穿った僕のソードスキルは、僕の意思と、アシストに頼り切る以上の力を込めたことにより威力を増して、一撃でネペントが倒れる。

 

 「ありがとう」

 「気を付けろよな」

 

 僕はユキと再び分かれながらお礼を言うと、ユキは照れながらそんなことを言った。もうこんな真似はしないと気を引き締めながら、次のネペントを斬る。

 

 *・*・*

 

 「ふっ!」

 

 僕のソードスキルが最後のネペントをポリゴンに変えた。あれだけいたのを、たった3人で倒してしまったのだ。まあ、《キリト》は1人でやったんだけどね。もともと疲れていた状態で戦闘を重ねたため、僕はもう立っていられないほどの疲労を感じていた。

 

 「……助かった。胚珠は2個あるから、1つならやれる。ちみっこは短剣か。なら1つでも……」

 「あー、俺の分はもうあるから。それ、あいつの分なんだろ?」

 

 今度こそ完璧に座り込んだ僕を挟んで、二人が会話する。少年が僕をちみっこと呼んだことに反応する元気はなかった。

 

 ユキの言葉に、少年と僕の顔が曇る。あいつ。戦闘中に砕けたあれは、やはりプレイヤーだったのだ。——現実でも、死んでしまったのか。それを確かめる術はないが、誰もそれを知らないということは、死んで再びログインした人がいないということに他ならない。それが一番の証明である気がした。

 

 「そう、だな」

 

 少年は地面に落ちたプレイヤーの遺品をまとめ、小さな墓標を作った。遺品は藪の中に隠れるように落ちていて、プレイヤーが隠れていたことが窺える。ネペントは視覚以外の情報でプレイヤーを補足するから、隠れても無意味——まるで《キリト》の物語のようだ、と思った。

 

 「とりあえず、ホルンカに行かないか?」

 

 僕がそれをじっと見ていると、ユキにひょいと抱えられる。それを合図に、疲れきった僕はころんと眠ってしまった。




エネが打たれ弱すぎるのは仕様です。そして、ユキはお茶目なので手鏡から逃れようとしてみたけどやっぱり無理でした。

お気に入り登録や評価して下さった方がいらっしゃって感激してます……完璧な自己満足の小説ですが、少しでも面白いと思っていただけるように頑張ります。

ずっと読み専だったので勝手がわからない。


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3:その現実の向こう

3話目です。
この話もそうですが、基本的に主人公が内心をつらつら述べる形が、アインクラッド編では多いです。
今回はユキ視点からです。

5/2修正しました


 「よし、と」

 

 ホルンカにたどり着いた俺は宿を取り、エネを起こさないようにベッドに寝かせる。そして、ネペント戦を共に戦った少年——キリトと向かい合った。エネが寝てくれて助かった。ネペントに囲まれるキリトを見かけて咄嗟に助けに入ってしまったものの、エネにバレたらどうするかは全く考えていなかった。エネの奴、目の前にキリトが居るなんて知ったら発狂しかねないからな。

 

 その場しのぎ過ぎる。それは分かっているが、少しくらい現実逃避してもいいよな?

 

 ほんと、数年前の俺は迂闊だった。原作知識をペラペラと喋ったのはマジで失敗だったと思う。幼児(エネ)が道でフラフラしていたから、とっ捕まえて保護して、色々な話をしてしまったのだ。景人の年齢を知った時には、既に後の祭りだったという訳だ。だが考えても見てほしい。今でさえ身長は130ちょっとしかない景人の数年前だぞ? もう幼児だ。幼児にしか見えなかったんだよ。

 

 「ほんとに助かった。俺はキリト。あんたは……?」

 

 俺が内心で愚痴っていると、キリトが自己紹介を求めてきた。笑顔が眩しい。ゲーマーの中二っつーコミュ力じゃない。

 

 ちなみに俺はベータテスターだったのだが、当時から原作に関わることを至上命題として掲げていた俺はもちろんキリトに絡みに行った。むしろ、戦うかキリトと話すかしかしていなかった。それなりに共闘した良きペアだったと思う。だから俺は、ここで旧友に会って《驚愕》した顔を作る。白々しい。

 

 「おま、キリトか! 懐かしいな」

 「え、あー、やっぱりアンタもテスターだったか。……そんなに俺と仲良かった?」

 「おう。俺だ、ユキだ」

 

 キリトの顔が驚きに染まる。ついで興奮して赤みが差す。お、なんかこれ楽しいな。原作キャラに顔を覚えてもらうの楽しい。だが、キリトが叫び出す前に俺は手で制止をかけた。

 

 「まじk」

 「はいストップ。ガキが——あ、こいつはエネっつうんだが、起きるから静かにしてくれ」

 「わ、悪い」

 

 ついでキリトは俺の顔をジロジロ見る。ベータでも強面アバターを使用していたので、この……血筋の良く出た、綺麗な顔は意外だったのだろう。

 

 その後ベータ時代の話に花が咲き、小声ではあったが結構な間話していた。キリトにはまだデスゲームの感覚というものが無いようで、ゲーム感の強い話をして気を紛らせようという意図が伝わってくる。そこはまだ《勇者》になる前の中学生だな、なんて感心してしまった。

 

 その後、エネを見ていたキリトが質問してきた。

 

 「……弟、にしちゃ年が離れてるか。もしかして子供だったりするのか?」

 「……ほんとどいつもこいつも……違う。近所の仲良い子供だ」

 「家族ですらない」

 

 キリトは俺の答えがお気に召したらしく、声を抑えて苦しそうに笑う。エギルといい、何故俺とエネを親子にしたがるのか。確かにエネは小学校低学年にしか見えないが、にしたって俺は二十歳である。二十歳の男に小学生の子供がいるのは、確実にダメなやつだろ。

 

 「いやあ、ベータじゃ《鬼》って呼ばれてたユキに子供が懐くなんて、面白いこともあるな。それに……雰囲気変わったか?」

 「……まあ、あんなアバター使ってたら余計荒っぽくなるだろ。ちなみに、こいつ中1だからな。あんまりガキ扱いすると拗ねる」

 

 キリトは絶句する。こいつが中2っていうのもなかなか信じ難いことだが、エネの場合は逆に突き抜けている。それもこれも全部()()()のせいだ、と密かに拳を握ると、何かを察したキリトが気を利かせた。

 

 「……《森の秘薬》クエ、クリアしとくか?」

 「そうだな。俺はまだ受けてすらないから……早めに行っておくか」

 

 キリトは俺の答えに目をぱちくりさせ、ついで頭をがしがしとかきむしった。顔には呆れたような表情が張り付いている。おい、絶対『これだから……』とか考えてたろ。

 

 *・*・*

 

 エネが起きた時に部屋に1人だと確実にパニックを起こすので、予めメッセージを飛ばし、俺はキリトと共にフラグのある民家までやって来た。親切なことに、キリトは俺がクエストフラグを取るまで待っていてくれた。

 

 「2人同時にクリアしたらどうなるか、知りたくないか?」

 

 あくまでニヤリとしているキリトは、やはりこの世界をまだ現実だと捉えてはいないようだった。ベータの時に見た、好奇心の塊のようなキラキラした目でこちらを見る。……確か、このクエストで思い知るんだっけか。俺とエネがいるせいで原作にどの程度差が出るのかは分からないが、まあいいか。特に断る理由も思い付かない。

 

 俺達は同時に家に入り、息を合わせて胚珠を取り出す。すると、娘の看病に勤しむおかみさんはベータの時の2割増しで顔を輝かせ、二振りのアニールブレードをこちらに突き出し、機関銃のようにお礼を捲し立てる。クエストログが進行するのを見ていると、隣でレベルが上がった。

 

 「レベルアップか。良かったな」

 「……ああ、サンキュ」

 

 クエストが終わると、俺達は近くの椅子に座り込んだ。俺は寝た振りを敢行中だ。疲れた、というよりはキリトのためである。キリトはこの後ここで《物語》を進めるのだ。疲れたというなら一刻も早く宿に戻る方がいいに決まっているからな。

 

 キリトはそんな俺を気遣ったのか黙っている。良い奴だ。良い奴すぎて扱いやすい。俺なら叩き起こして帰るぞ。

 

 ……暫くして、控えめにガタリと椅子を引く音がして、キリトが席を立った。娘に薬を届けに行くおかみさんの後を追うのだ。娘の部屋に通ずる扉は、ベータとは違い正規版SAOでは通り抜けができるらしい。……ほんと、攻略に関わる部分でもないのに……茅場は変態だな——。

 

 

 

「……ユキ、帰るぞ」

「……ああ?」

 

 揺すられてぱちりと目を開けると、目の前にキリトの顔があった。すぐに状況を把握する。……どうやら、寝た振りのつもりが本当に寝てしまったらしい。思った以上に疲れていたのか。エネのこと言えないな。そんなことを思うと、無性に恥ずかしくなる。

 

 「何だよ、泣いてたのか?」とからかってみた。SAO内では泣くことはあっても、泣いたあとが分かるような機能は無いので、本当に嫌がらせだ。だが、キリトは動揺して思いっきりむせていた。

 

 そして帰り道。キリトは俺にこんなことを聞く。

 

 「ユキ、お前兄弟とかいるのか?」

 

 結構直球だった。確か奥の部屋で寝ている娘さんを、妹と重ねてホームシックになったんだっけな。リアルのことを聞くのはあまり褒められた行為ではないが……あ、まだそんな意識はできてないのか。

 

 「一人暮らしはしてるが、兄と妹がいる」

 「そう、か……」

 

 キリトは目を伏せる。聞きたいのはこんなことではないのだろう。……どうやって折り合いを付けるのか? という感じだろうか。だが、それは間違いなく俺に聞いてはいけないことだ。俺は家族と仲が良くない。高校に入る時も、ほとんど家出みたいな感じで一人暮らしを始めたからな。

 

 「ああ、エネは弟と言えなくもないな。高校で一人暮らし始めてからずっと面倒を見てるから。その点お前とは状況が違うが」

 「……え? 状況って何のだ?」

 「お前どうせ家族が恋しくなったんだろ。例えばそうだな……妹さんとか」

 「………………サイコかよお前」

 

 キリトは察しが良すぎる俺に引いた。……と言ってみるが、実際は口を滑らせただけだ。危ない。俺も同じことを言われたらビビると思う。原作知識様々である。さて、()()()()()()40年位は生きてるはずの俺がちょっとカッコイイことを言ってやろう。

 

 「家族に会いたいなら、やっぱりさっさとゲームクリアするに限る。この世界を仮初のものと軽んじるほど辛くなったり気が散る。この世界を《現実》だと受け止めて、剣士になるしかない」

 「……現実か」

 「そういう意味で俺は、妹や兄貴に会いたくないぜ。こんな世界に来てないことを切に願ってる」

 

 妹については儚すぎる願いだな。今言うことじゃないだろうが。なるべく穏便に出会いたいものだ。

 

 キリトは聞いてこなかったが、俺とキリトで違う《状況》とは……帰りを待ち望む人がいるかどうかである。キリトには実親ではなくても温かい家庭があるが、家族仲の悪い俺にはそんなものは無い。

 

 キリトは俺の薄っぺらい言葉に目を丸くし、静かにゲームクリアの決心をしたようだ。そんなところにも、俺とキリトの《差》のようなものをまざまざと感じる。

 

 現実だと受け止めるだって? 現実世界でさえ受け止めていない俺に何か言う資格があろうはずもない。いつだってまぶたの裏にはアイツがいる。弱くて小さくて世の中全てを恨んでいたアイツが——

 

 「な、なあもうひとついいか? エネのこと、なんだが」

 「……ああ?」

 「いや、ちゃんと兄貴しててすごいなって……」

 

 少し思考に沈んだ俺に、キリトは言いにくそうに何か伝えてくる。目が相当泳いでいる。置いてきたクラインのことを言っているのだろうか。何でエネなんて守りながらゲームをしているのかと聞きたいのだろうか。……この世界に連れてきたことに罪悪感を感じて、エネを連れ回しているのではないかとキリトは疑っているようだ。

 

 俺とキリトの視線が交差する。

 

 「……別にエネに責任感じてるとか、そういうのじゃねえよ。短剣だって慣れたらかなり使いこなしてるし、現実じゃもやしにもなりきってないようなガキだが、意外と見所あるぜ? それに」

 

 急に言葉を切った俺をキリトの黒い双眸がじっと見つめるが、俺は何でもないと言葉を濁した。

 

 この城で一生を終えてもらうためにわざと連れてきたなんて言ったら、黒鉄宮にぶち込まれるかもな、と思った。

 

 *・*・*

 

 宿に到着すると、キリトとはそこで解散した。エネが寝ていたので、キリトに部屋を出ていただいたというわけだ。やけに俺に懐いたキリトは朝まで泊めてくれと懇願したが、無慈悲に追い出す。フレンド登録だけは無理矢理させられてしまい、フレンド欄にはエネに続いて《kirito》の文字が踊った。……SAOだなあ。

 

 エネの安らかすぎる寝顔を見ながら、俺は今後のことを考えていた。さっき少し眠ったのもあり、目が冴えてしまったのである。内容は、言うまでもなく第1層ボス戦。

 

 人(キリトたち《物語》の登場人物除く)が苦手なエネを連れているため、俺達は大きいギルドに所属するつもりは無い。つまり、コボルドロード戦ではセンチネルを捌く余り物の班に配属されることになるだろう。そこにいるキリトとアスナは、俺たちの天敵である。

 

 話は変わるが、俺は転生する際に神と名乗る人物に会った。例によってチートを貰っている。だが、SAOの世界のメインはゲームの中だ。流石に神様と言えど、人が作ったゲームの内部にまで干渉する能力を付与することは出来なかったようで、チートはほぼ宝の持ち腐れとなっている。

 

 貰ったものは主に3つだ。

 

 1つ目は強靭な体。お陰で風邪は引いたことがない。何かスポーツをやろうということでバスケを始めると、始めて2ヶ月で部のエースプレーヤーになった。これは仮想世界においても、体の使い方が良くなったという点で恩恵があった。

 

 2つ目はなんと魔力。魔力である。先に能力を貰ってから転生先の世界を聞かされたので、SAOと言われた時には頭がおかしいんじゃないかと思った。いや、一番好きな作品だったけども。地球は魔素が薄く、小さい魔法でも月イチくらいしか使えない。幼い頃に猫の死体を蘇生させてみたら、3日間高熱で寝込んでしまった。風邪引いたことなかったのに。半年分の魔力でもダメだった。

 

 そして3つ目が問題だ。俺の名前は……結城瀬南。結城。そう、SAOシリーズのメインヒロインであるアスナの兄(その2)なのである。

 

 生後3日で分かった。保育器に結城とデカデカと書いてあったからだ。さらに、年代がちょっとばかし上だったことでさらに萎えた。1万本のゲームを手に入れられなかったら原作にほぼ絡めなくなるなんて無理ゲーすぎる。さらに絡んだとしても攻略組に入れなかったらそれはそれで別の世界みたいになる。そういうわけで、俺は生後1ヶ月にして人生プランを練り、人生のすべてをSAOに捧げてきた。バスケもそうだし、もう1つ()()()()の特訓も続けてきた。勉強だって人一倍やってきた。

 

 だがそれが、家族には悪く見えていたようなのだ。アスナには構ってくれないという理由で嫌われ、勉強はするものの親の言うことはちっとも聞かなかった俺が許せないと母親に嫌われ、高校をスポーツで決めたことで父親に見放された。兄貴とはたまに連絡を取るが、親しい訳でもない。

 

 その異常さに気付いたのは愚かにも景人に出会ってからだった。高校生活は忙しすぎて、実家に帰ることも出来ず過ぎ去っていったが……まあ、いつかは帰ろうと思っている……

 

 そんなわけで、俺はアスナと会うのが今とても気まずい。敵だ。出来れば、34層とかテキトーな層の中途半端なボス戦で「よっ、久しぶり」って感じでサラッと挨拶したい。無理そう。

 

 とりあえず、第一層では知られたくない。エネとキリトもそうだし、俺とアスナもだ。エネはともかく、俺はフードを被ろうと固く決心した。そして、いろいろと立ち回ることも。

 

 *・*・*

 

 朝。僕が身を起こすと、見知らぬベッドに寝かされているのが分かった。ここは僕の家でも、瀬南の家でもない。と混乱したが、視界の端に映るHPバーが、ここがゲームの中であることを教えてくれた。あー、夢じゃなかったんだなあ。

 

 どっちの意味もある。《キリト》がいた世界に足を踏み入れた喜びと、死んだら現実でも死ぬというデスゲームに閉じ込められたという悲しみの2つだ。……でも、ユキがいたら頑張れるかな。

 

 新着メッセージがあったので見てみると、ユキからだった。《森の秘薬》クエをクリアしてくる——と。ハッとして部屋を見渡すと、少年の姿は無かったが、ユキは机に突っ伏して寝ていた。無事手に入れられたのだろう。とここで、あの少年の名前を聞きそびれていたことを思い出す。

 

 黒髪黒目でソロの片手剣士なんて、まるで《キリト》だ。是非とも友達になりたかったのに。……ユキは流石に聞いたよね?

 

 僕はベッドから降りて、朝日が差し込む中大きく伸びをした。僕たちも攻略組を目指す以上、ここでのんびりしているわけにも行かないだろう。まだ寝ているユキは迅速に起こして差し上げよう。耳元にすっと顔を寄せる。

 

 「起きろこのクソジジイ!」

 「うわっ!?」

 

 ユキ(フィジカルお化け)は本気で驚いたのか、椅子から飛び上がって2メートルほど後ろに跳んだ。……そして、その顔はみるみる怒りに染まる。

 

 あ……やらかした……

 

 「てめえ命の恩人にジジイとはいいご身分だな」

 「ひいいごめんなさい!」

 

 ユキはそう言いながら、手に入れたアニールブレードを振り回す。僕も短剣を取り出して、紫色の《破壊不能オブジェクト》の障壁を散らしながら暫く打ち合っていた。

 

 よくよく見ると、ユキの顔にはもううっすら笑みが浮かんでいる。多分、ドンマイって言っているんだと思う。ユキには敵わないなあ。

 

*・*・*

 

 それも数分のことで、昨日の狩りで懐が潤った僕たちは、パンを齧りながら町を歩いていた。耐久値が減っていた防具や僕の武器も新調し、気分も爽やかである。分かりきったことだけど、僕はユキに尋ねた。

 

 「ふう、今日は何するの?」

 「当たり前だろ。攻略だ」

 

 にやりと笑うユキに笑顔で頷くと、先にフィールドへと飛び出すユキに置いていかれぬよう、パンを無理矢理飲み込んで走り出した。

 

 こうやって、この世界では生きていくのだ。《キリト》はこの町をどんな顔で旅立ったのだろうか。そんなことに思いを馳せながら、僕は着実に剣士としての自覚を深めていく。




次は第一層攻略会議です。
今更ですが、《キリト》は《物語》のキリトで、キリトは実際にエネ達と向かい合っているキリトです。たまに忘れるかも……


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4:その悪意の向こう

4話です。
ちょっと短くなった! と思ったけど、5000字を基本としてたんで普通でした。

5/4修正しました


 それから1ヶ月が経った。

 

 城に囚われたプレイヤーは、八千人にまでその数を減らしていた。1ヶ月で二千人ものプレイヤーがその命を散らしたのだ。

 

 「いよいよ、だね」

 「ああ」

 

 そして今日はとうとう、第一層の攻略会議が行われる日である。僕もユキと一緒にトールバーナに来ていた。広場に集まったプレイヤー達は皆気力に満ち溢れているようだ。この1ヶ月誰もが苦しんで苦しみ抜いて——とうとう城の頂へ一歩を踏み出すのだという雰囲気が漂う。

 

 僕とユキもこの1ヶ月、レベリングに邁進してきた。ベータテスターのユキが持つ知識は深く広く、考えうる最大効率の狩りが出来ていたと思う。レベルはお互いに12。中々の数字じゃないかな。ただ……数日前からユキがフードを被るようになったことだけが心配だ。剣の振りすぎで頭おかしくなったのかも。

 

 少し考え事をしていると、前にいた1人のプレイヤーが声を上げた。

 

 「みんな! 今日はオレの呼びかけに集まってくれてありがとう! 俺はディアベル、職業は気持ち的に《騎士(ナイト)》やってます!」

 

 ディアベル? その名前には聞き覚えがある。アインクラッド第一層で討伐隊の隊長を務め、《キリト》の目の前で散った——

 

 「むぐっ!!」

 「……わ、訳はまた話す」

 

 叫びそうになった僕の口をユキが塞ぐ。どういうこと? 《キリト》がいる、とはユキが言ってたけど、これじゃまるでユキの物語そのままだ。

 

 僕が盛大に混乱する中、ディアベルの言葉に、そりゃねーぜ! と場が沸く。限定1万本のSAOを手に入れた廃ゲーマーとは思えないほどの、カリスマと統率力。まるで物語の中の人みたいだ、なんて考えてしまう。

 

 そ、そういえば今思い出したけど、ログインする前にカフェで会った店長さんは《エギル》って名前でプレイするって言ってたな。瀬南があんまり強く押さえるから記憶が飛んでた。エギルって言ったら、《キリト》とも親しい商人プレイヤーだ。

 

 ユキは一体何を知ってるんだろう。

 

 僕はあまりにも混乱していて、ユキに手を引かれて移動していたことに気付かなかった。

 

 僕がぐるぐると悩むよそで、ディアベルによる掴みは上々だった。しばらくは攻略についての情報交換を行っていたが、とあるプレイヤーが待ったをかける。

 

 「ちょお待ってんか! ディアベルはん!!」

 

 ディアベルの話術で沸いていた場が冷える。僕の頭も冷えた。声を上げたのは、《くすんだ金髪》を《いがぐりのようにつんつんに》した男性だ。瀬南がネタにしていたからよく覚えている。彼は確か――

 

 「わいは《キバオウ》ちゅーもんや!! 攻略も大事やけどな、この中に死んだ二千人に詫び入れなきゃならん奴がいるはずやで!」

 

 《キバオウ》。優秀な戦士を逆恨みして場を乱し、キリトが汚れ役を請け負うことになった根源だ。もちろんユキの物語の中の話ではあるんだけど、僕は知らず知らずのうちに拳を握り込んでいた。

 

 場を乱すことに不快感を覚えたのはディアベルも同じだったようで、先程までから一転、厳しい顔になる。

 

 「それは、元ベータテスターのことかな?」

 「そうや! ベータ上がりの連中がボロいクエやウマい狩場を独占したから、こんなことになっとるんやろうが!! ――美味い汁吸ったコルと装備、キリキリ吐き出して土下座でもせえへん限り、わいは仲良しごっこする気はないで!!」

 

 言い切ると、ふんすと鼻息を鳴らして辺りをジロジロ舐めまわすように見る。ベータテスターを探しているのだろう。僕は――キバオウの言葉に背筋が寒くなった。

 

 コルや装備を差し出すのはやり過ぎだ。だけど、初心者だった僕がこの1ヶ月ユキの元で冒険をしていて、ベータテスターの確かなアドバンテージを感じていたのも事実だ。——そしてこの1ヶ月、僕のような初心者がどう過ごしてきたかなんていうのは考える余裕もなかった。僕は怖くなって俯くと、ユキが頭をがっしと掴んで乱暴に撫でる。

 

 大丈夫だ。そう言っているように感じた。何を、と思う間もなく、ユキがもう片方の腕をまっすぐに上げていた。

 

 「発言いいか。俺は《ユキ》――ベータテスターだ」

 「えっ」

 

 ユキの衝撃発言に、キバオウですら目を剥いている。ユキは文句は後で受け付けるから話を聞け、と言うと、ストレージから何かを取り出した。

 

 「これ、何か知ってるか」

 

 ユキが持っているのは1冊の厚い本。道具屋とかに積まれていたのを、パラパラと見たことがあった。

 

 「ベータテスターたちが作った攻略本だ。少なくとも、情報面で新規とテスターの差はほとんどなかった訳だ」

 「……情報だけじゃあらへん。その本を出すまでの間、潤沢なリソースを吸って吸って吸い尽くして——その残りカスを俺らにくれてやろうっちゅーその精神が気に食わんのや!」

 

 その言葉には数人が身動ぎした。恐らくベータテスターなのだろう。ユキも最初はそのつもりで僕をホルンカに誘ったのだし、その言葉は拭いようのない真実だと思われた。それに同調した男性プレイヤーが声を上げる。

 

 「そ、そうだ!! そのせいで本があっても人が多くて満足に狩りができなくて、夜な夜な危険を冒して真っ暗闇の中——」

 「で? 自分がテスターじゃないから苦労しました、って言いたいのか?」

 

 ユキは喧嘩腰だ。そんなので皆が納得するの? 僕が心配そうに見つめると、一瞬だけ目が合った。

 

 「確かに、テスターの多くは利己的だ。俺もそうだったが、ゲームが始まった初日に《ホルンカ》に行き、そしてネペントを狩り、アニールブレードを手に入れた」

 

 その言葉に、どんどん周りの視線が鋭くなっていく。さっき反応したテスターのプレイヤーまで、ユキに敵対するような目を向けていた。

 

 「……うう」

 

 その状況に、僕は思わず座り込んでしまう。あの日のような感情の波が——それも、それを僕の一番の仲間が一身に受けているのだ――僕の三半規管を暴力的に刺激する。ユキは一旦言葉を切り、僕を近くにいたプレイヤーに預ける。フードを被っていて分からなかったけど、女性のようだった。

 

 「大丈夫?」

 「ユキが……」

 

 僕は女性に肩を抱かれる。でも、目だけはユキから離さなかった。流石のユキも、額に汗をかいている。

 

 「失礼。だが、そんな無謀なプレイヤーの多くは、死んだ」

 

 その言葉の重みに、場が静まった。

 

 「ベータテスターは全部で千人。俺は正式サービスで役に立つかと思って、名簿を用意していた。その名前を昨日《生命の碑》に確認しに行った——そうしたら、そのうち三百人あまりが、既に死んでいた」

 

 ユキの発した言葉を、誰も嘘だと笑い飛ばすことが出来なかった。あまりに重く、しかも残酷な数字だった。それが意味することは、一般プレイヤー9000人のうちの死亡者1700人に対して、ベータテスター1000人のうちの死亡者が300人。割合で二倍近くもベータテスターが多く減っているということだ。

 

 「高い効率にはそれだけ危険が付きまとう。実際俺も、というかここにいるほとんどのテスター、そして一般プレイヤーも、真夜中まで神経すり減らして戦ってきた。新規のプレイヤーがテスターを恐ろしく強いと思うのなら——テスターの目的は達成されているという訳だ」

 

 ここで、ユキは少し俯いた。

 

 「何故なら、俺たちは強くありたい……言ってしまえば《攻略組》でありたいと、その他の娯楽を捨て、レベルアップだけをこの1ヶ月追い求めてきたからだ」

 

 これには、先程噛み付いてきたプレイヤーも言葉を失った。そこまでして強さを求めていた訳でもない——テスターが優位に立っているのが気に食わなかっただけの自分が、及ばないのは仕方の無いことなのかもしれない、と思わされる。……でも。

 

 僕はそんなに真夜中まで狩りをした記憶はない。ユキが夜中に狩りをしているなら、僕とレベル差があるはずだが、それもない。まさか、これはハッタリなの? ——こんな大勢を前にハッタリかましてるの?

 

 先程の視線は、黙っとけという事だろうか。依然として襲ってくる吐き気を飲み下しながら、僕は口を固く結んだ。

 

 「そして、最後にこれを配る」

 

 ユキが周りの人に配り始めたのは、一枚の紙だ。僕の元にもやって来たそれに目を落とすと、そこには、

 

 「……な」

 

 無料配布されていたという攻略本なんて目じゃないほどの情報量。これは、ボスの情報だ。

 

 「な、おい、これはどういうことだよ!」

 

 その時、僕の近くにいたもう1人のプレイヤーが声を上げた。僕は思わず二度見した。驚くことに、それはあのネペントの時のプレイヤーだったのだ。

 

 彼が指し示すのは、紙の一番下に赤字で強調された文言。

 

 「《ボスはHPが危険域に入ると武器をノダチに変える》——こんなの、どうやって知ったんだ! 攻略本にはタルワールって書いてあったぞ!」

 

 僕はその言葉に違和感を覚えた。彼はベータテスターのはずだ。この場でテスターと名乗る度胸はない、というかそれが正しいのだが、わざわざ情報源を攻略本と言った。嘘をついたということだ。黙っていれば他の新規プレイヤーが言っていただろうことを、一時でもユキに助けられたプレイヤーが口にしたのだ。

 

 だが、ユキは動じない。そう言うのが当然であるという顔をしている。見知った顔が場を荒立てれば、少しくらい反応しても良さそうなものだけど。

 

 「ああ、それはな、とある町のNPCがぽろっとこぼしたんだ。ガセかもしれないが、可能性という意味で覚えておけ」

 

 とある町のNPC。それも嘘だ。ユキはきっと、どういうわけか、アインクラッドの出来事を知っているだけだ。こんな人の命を左右するようなことを大勢に伝えるということは、ユキの《物語》は本物なのだろうから。ユキは無駄なことはしない。ついた嘘も意味があってそうしたのだろう。僕が一番よく知っている。

 

 でも、なら、ユキは何者なの?

 

 「以上で俺の話は終わりだ。文句があるやつはかかってこい」

 

 ユキの演説に、誰も異を唱えるものはいなかった。でもそれは、皆が和解したかと言われれば、それも違う。ユキという目に見える敵を与えられたプレイヤー達は、その心の奥で憎しみの炎をちろちろと燃やし続けていた。

 

 「……ユキ、ありがとう。これはオレからの提案なんだけど、今ここにベータテスターとは戦えないという人がいれば、手を挙げてほしい。初めてのボス戦だから、申し訳ないけど皆でひとつの方向を目指していきたい」

 

 再び会話の主導権を握ったディアベルの言葉に、手を上げるものはいなかった。

 

 *・*・*

 

 「よ、兄ちゃん……こんなところで会うとはな」

 

 その後会議は解散となり、その場には僕とユキと、さっきの女性プレイヤーも、ネペントの少年だけが残っていた。そこに話しかけてきたのはなんと。

 

 「エ、エギル! ……うぇ」

 

 僕は驚きすぎてまた吐き気がぶり返し、ユキによしよしと擦られる。噂をすれば、って奴かな。

 

 「俺こそビックリだ、エギル」

 

 お店では敬語だったけど、やっぱりゲームの中じゃタメ口になる。エギルはそれを気にした様子もなく、会話を続けた。

 

 「しかしユキ、あれだけの準備をしていたとなると」

 「ああ、エネが寝てから準備していたさ。《鼠》の力を借りてな」

 

 ユキが申し訳なさそうな目で僕を見る。そんな目で見られちゃ、僕だって何も言えなくなる。でも、ユキは何か僕に隠してる。

 

 ユキの言葉はどこまでが本当か分からない。だけど、普段ニヤニヤしているユキがあそこまで必死になっていたのを見ると、この会議にかける想いは並々ならぬものがあったのだと思う。

 

 「ユキ……僕に言ってくれれば協力したのに」

 「あはは」

 

 ユキは曖昧に笑った。僕に隠し事をしている時の笑みだ。クリスマスプレゼントはサンタが持ってくる——そういうくだらないことを僕に教える時に、瀬南はいつもこの顔をしていた。

 

 「まあ、今回はエネがいない方が都合が良かっただけだ」

 「え……」

 「これからは——ってエネ?」

 

 エネがいない方が。

 

 その一言に、僕は鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

 

 「ぼ、ぼくが……」

 

 僕がいない方がいい。いると邪魔だ。——消えろ。もうそんな目で、ワタシを見ルな。

 

 何度も頭にリフレインするユキの姿が、ぶつりと、ある()()()の姿に変わる。女性は僕を冷たく見下ろしてから、くるりと背を向けて遠ざかっていく。

 

 ああ、これは——記憶だ。封じ込めていたはずの記憶である。

 

 それを認識した直後、だんだんと世界から色がなくなり、とうとう目を閉じた。

 

 *・*・*

 

 「ああ、こいつエネって——おい」

 

 かくりと気を失うエネを反射的に抱きとめてから、それに気付いてため息をつく。その様子を見ていたエギルが頭をぽりぽりとかきながら言った。

 

 「大丈夫なのか?」

 「……疲れたんだろ」

 「違うと思うわ。目覚めたらすぐに誤解を解くべきよ」

 

 非難の声を上げるのは、我が妹アスナだ。それを言われると言葉に詰まるが——いや、俺はさっきなんて言った?

 

 ——まあ、今回はエネがいない方が都合が良かっただけだ。

 

 ……ああ、俺は馬鹿だな。エネがこんな言葉を聞いて、正気を保っていられるはずがない。物語についても俺を疑っただろうし。

 

 黙ってしまった俺をよそに、空気の読めないキリトは話を続ける。正直、ありがたかった。

 

 「しかし、急にメッセージが飛んできたのは驚いたな」

 

 俺は、事前にキリトには作戦を説明していた。具体的には、ボスのプリントを見たら俺に噛みつけ、というのと、俺がいいというまでは名乗るな、である。——キリトをビーターの汚名から守ろうと思ったのと、キバオウとかがまた騒いで予期せぬ火種が生まれて欲しくないと思ったからだ。……まあそれも、第一の理由ではないのだが。

 

 「前半はともかく、後半はどうして?」

 「ああ」

 

 俺は念の為に周囲を見回す。誰もいないようだ。だが、それでも小声にとどめた。

 

 「実はな。ベータの時のキリトの武勇伝をこいつに聞かせてたんだわ。だから、《キリト》に馬鹿みたいに憧れちまって。知ったら多分、興奮して静かにしていられないと思った」

 「はあ?!」

 

 キリトは目を白黒させる。そうだろう。半分は嘘だ。でも半分は本当だ。……なんか、今日は嘘をつき過ぎた。ペテン師にジョブチェンジ出来るかもしれない。

 

 アスナとエギルは吹き出した。……アスナ、お前もだぞ。お前がエネに名前を明かしたら、芋づる式にキリトが出てくるからな。

 

 「2人は兄弟ではないのよね?」

 「ああ。でも、ちゃんと過ごした時間はリアルの兄弟以上かもしれない……」

 

 アスナの目の前で言うこの言葉には重みがあった。ちょっと罪悪感でアスナを見れない。エギルはそんな俺を見て、現実世界の俺と景人を思い出したのか、「いい兄貴じゃないか」とこぼした。

 

 その言葉にちくりとした痛みを覚えて、俺は曖昧に笑った。もちろん、フードに隠れてその表情は誰にも見られなかったが。

 

 「……起きたら謝る」

 「ええ。万全の状態でボス戦に臨んでちょうだい」

 

 アスナに、妹にそれを言われちゃ世話ないな。いつかはお前とも和解したいものだ……




うげ……ALOまで書き終わってはいますが、GGOに入れません。GGOサラッと終わりそうです。
アリシゼーションはどうでしょう……ディルディル……

こんなクソみたいな後書きの後になりますが、感想ありがとうございました! これからも頑張ります!


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5:その記憶の向こう

5話です。重要です。……これまでで一番いろいろ気を配りました。面白いものになっているかは自信がありませんが、どうぞ。

長めです。でも分割すると短くなってしまうので……

5/6修正しました


 そのあと俺たちは別れた。ここ数日泊まっている宿屋に着くと、一気に疲労が襲ってくる。——慣れないことをしたもんだ、と自嘲する。どうして俺はあんな矢面に立つ道を選んだのだろう、と後悔する瞬間もあった。

 

 無理もないと思う。普段、あんなに敵意を向けられながら話すことなどない。肉体的な疲れなら騙せるが、心が疲れてしまってはどうしようもなかった。

 

 エネをベッドに放ると、俺はソファに横になる。念の為にアラームを掛けたので、明日寝坊するということはないだろう。……何とか謝れればいいが。

 

 *・*・*

 

 僕は、——姉川景人は、夢を見ていた。

 

 アインクラッドに降り立って1ヶ月も経てば、今僕の現実は《アインクラッド》にあるということは理解できるようになった。だから、——こうして僕の家にいる、なんていうのは夢に違いないのだ。

 

 家賃四万五千円のワンルーム。それが僕の家だ。閑静な住宅街にひっそりと立つ、湿ったアパートの2階。大家さんにはしばらく会っていない。1階は事故物件らしく長らく人が入居していない。そこに、僕はいつも1人だった。部屋は薄汚れ、僕が食べた食べ物のゴミが積み重なっている。

 

 そろそろゴミ捨てしようかな。瀬南にゴミ袋貰おう。

 

 そう考えた途端、喉が渇いてきた。水道を捻るが、水は出てこなかった。冷蔵庫を開けると、電気は通っておらず、腐った卵が異臭を発していた。前にお母さんが帰ってきた時の残りだ。そう思うと、気分が明るくなる。

 

 そろそろお母さんが帰ってくる頃だ。

 

 お母さんは忙しい。朝も昼も夜もどこかに行っている。何をしているのか聞いてみたところ、お仕事をしているんだそうだ。

 

 週に1回は帰ってくる。その度にお母さんはいろんなものを買ってきてくれる。お菓子や文房具、洋服もあるし、あったかい料理も作ってくれる。僕はお母さんに会うのを1週間待ち続けているのだ。

 

 そして、家を出る時にはきつく抱きしめてくれる。抱きしめられた時には、お母さんがまたお仕事に行くのが悲しくて、泣いて眠ってしまうのだけれど、お母さんの愛を僕はずっと感じていた。

 

 でも、それなら電気や水が来ていないのはおかしいな……お母さんはその辺のお金は、どんなに忙しくても払ってくれるのに。

 

 その時、僕は違和感に気付いた。しばらくSAOにいたから現実のことを忘れているだけかと思ったけど、僕の体が小さすぎる。体も痩せ細っているし、これではまるで瀬南に会う前のようだ。

 

 その時、僕は思い出した。電気も水道も止まって、部屋でたった1人で俯いていた日のことを。今日は――

 

 「い、いやだ」

 

 僕の喉から出た声は酷く細かった。夢から醒めたくて、頭を抱える。でも、無情にもドアはがちゃりと開いた。

 

 分かっていても、目はドアに吸い寄せられる。お母さんだ。お母さんが帰ってきたのだ。でも、——今日家に来るのはお母さんだけでは、ないのだ。

 

 「うっわ……汚い子供」

 

 お母さんの後ろに、知らない男の人がいる。僕の心臓はばくばく音をたて始めた。

 

 「……そんな事言わないであげてアナタ。この子にもかわいいところはあるわよきっと」

 

 あれ?

 

 「おかあさ……」

 「もう私を母と呼ばないで。死なれると困るから、お金は送るわ。もう、その目で私を見るな」

 「ふん、迷惑なガキだ」

 「アナタ、これで私とヨリを戻してくれるの——」

 

 ばたん。

 

 2人はすぐに居なくなってしまった。机の上にはお金がばらばらと置いてある。

 

 ——え?

 

 視界がぐにゃりと歪んだ。

 

 何も考えたくなかった。僕は見捨てられたのだ。チガウ。お母さんはそんなことしない。いやだ。嫌だ嫌だ嫌だ。僕はいらない子なの?

 

 部屋の床がまるで底無し沼になったように、僕の体がずぶずぶ沈んでいく。泥沼は僕の体を押し潰さんばかりに締め付けていき、がはっと肺から息が吐き出される。

 

 「う……あ……苦し」

 

 思わず目をつぶった時、体がすぽんと沼から抜けた。驚いて目を開けると、眼下に僕の家に似ているようで少し違う部屋——恐らく1階の部屋が広がっている。

 

 そのまま僕の体は重力に従って落ちる。1階も抜けて深い深い地中にまで沈んでいくのか、と思った時。首に物凄い衝撃を感じ、唐突に落下が止まった。がくりと体が折れる。

 

 「————あ……っ」

 

 首を絞めるナニカは僕の気道を圧迫して、顔に血が集まる。パニックを起こして暴れるごとに、ますます息が出来なくなっていく。苦しい。苦しい。痛い。怖い。おかあさん、たすけて。

 

 薄れゆく意識の中、部屋の中に黒い影が生まれた。それは僕の周りをぐるぐる回る。何か呪詛のようなものを呟きながら、僕を包んでいく。

 

 「お前は誰にも愛されない」

 

 「お前は可哀想」

 

 「俺も可哀想」

 

 「だからお前は、俺の代わりに」

 

 だ、誰? もうやめて、もう僕を、そんな目で見ないで。――瀬南、瀬南……

 

 「あ、ああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 「——景人ッ!! 大丈夫か! 起きろ!!」

 

 瀬南の声が聞こえた瞬間、僕を包んでいた影がさっと引いた。気付けば首の圧迫感もなくなり、周りの景色は見慣れたアインクラッドの宿屋に変わっていた。

 

 目の前には、僕の顔を安堵の表情で見つめるユキがいる。仮想の体であるにも関わらず心臓がうるさいくらいに跳ねていて、僕は荒い息を繰り返した。

 

 夢だった。夢に違いなかった。それは分かっていた、けれども。人生で一番絶望した出来事は、そう簡単には消えてくれない。

 

 「怖い夢でも見たか」

 「う、うん……怖かった……死んじゃうかと思った。お母さんが僕を……」

 「——ッ悪かった。俺のせいで……」

 

 ユキが僕を抱きしめてきた。僕も抱き返そうとしたが、何故か体が動かなかった。原因はすぐに分かった。体に、途切れ途切れにノイズのようなものが走り、その度に体の自由がきかなくなるのだった。

 

 「なに、これ」

 「分からん。俺が目覚めたら、お前が魘されてて、——体にノイズが走ってた。俺のせい……だよな」

 

 僕の頭を支えるユキの左手が、僅かに首に触れる。それだけで僕の体は粟立ち、心が恐怖に飲まれる。

 

 「……僕、もう」

 「俺にとってお前はかけがえのない存在だ。それは未来永劫変わらない……信じてくれ」

 「ほんと? もう置いていかない……?」

 「当たり前だろ。ずっと俺がお前を守ってやる」

 

 その言葉が僕の中に入ってきた時、すうっとノイズが消えた。代わりに涙が溢れてきて、僕は泣き止むまでずっとユキに抱きしめられていた。

 

 

 

 

 

 「いたい」

 「しょうがねーだろ」

 

 泣き止むと眠くなってきて、ユキに頬をつねられて起こされた。まだぼーっとする僕の顔を、ユキは正面から見つめ、大きく頷いた。

 

 「泣き疲れて寝るとか、ガキか」

 「ガキ……ッ」

 

 ガキ、という言葉に、僕の心は震えた。絶望に硬く閉じた心が無理矢理こじ開けられる。口がわななくと、言葉が勝手に飛び出していく。

 

 「ガキじゃないし! ね、眠くなんか」

 「はいはい、……もう元気になったか?」

 「ああ当たり前でしょ! ……ユキ、ごめん。ありがとう」

 

 僕がぼそぼそとお礼を言うと、ユキは不敵な笑みを浮かべた。

 

 「……もうボス戦まで時間がない。俺の作戦が2つほどあるんだが、聞くか?」

 「……うん!」

 

 僕は大きく頷く。

 

 *・*・*

 

 

 

 「ありえないありえないありえない!」

 「待てよー」

 

 僕は今、猛烈に怒っていた。ユキがほっぺに手形を付けながら僕を追いかけてくる。

 

 ユキが言っていた《時間がない》は本当に時間がなかったようで、ユキの作戦を聞き終えた頃にはもう集合時間間近だった。広場には既に多くのプレイヤーがいる。いつもなら喋るのも躊躇いたくなるけど、今は怒りでそれどころではなかった。

 

 「このヘタレショタコンホモドスケベド変態クソ廃ゲーマーヒキニートポンコツ野郎!! 僕のことを汚れた目で見るな!!」

 「やめろよ! ……違うからな! あることないこと言うな!! こうなるからちょっと嫌だったんだよ、エネー!!」

 

 ユキが自身に刺さる視線に対して言い訳をするのを、振り向いてべーっと舌を出しながら睨みつけていると、

 

 「ぶふっ」

 

 何かにぶつかった。人であるらしく、手が僕の頭にのびる。

 

 「あー、エネ元気になったな」

 「おーい()()()助けてく」

 「《キリト》?」

 

 時が止まった。ユキの足がぱたりと止まった音も聞こえた。ぶつかった人の後ろにいた女の人の足も止まった。——僕の聞き間違いでなければ、

 

 「キリトって言った?」

 

 顔を上げて驚いた。ネペントの人だったからだ。顔が何故か引きつっていたけど。

 

 「本当にキリトなの?」

 「……いや、よく間違えられるんだがキリトではなくキライトと呼んでほしい——」

 

 ネペントの人、改めキリトはユキに刺すような視線を送り、同時に僕に愛想笑いをするという器用なことをしていた。これまでのことを思い出すと、僕の中でピースがはまっていく。

 

 ネペント狩りで連れが死んだ。

 黒髪黒目の片手ソロ剣士。

 ボス戦では、僕たちがいなければフードをかぶった女性とペアを組んでいた。

 

 「キリトだああああああああ!!!!」

 「あああああそうですううううう!!!」

 

 僕の叫びに、キリトも絶叫した。

 

 *・*・*

 

 その後、僕は興奮が治まらず、キリトをジロジロと舐めまわすように見たあとフレンド登録した。そろりそろりと逃げ出そうとしていたアスナ(キリトと一緒にいる女性といえばアスナだ)も、捕まえてフレンドになった。

 

 2人とも少しやつれていたけど、《物語》の主人公ならちょっと疲れてても大丈夫だろう。むしろハンデだ。僕は悪くない。

 

 「で、どうしてエネはそんなに怒っていたの?」

 「ん? 何でだっけ……あ、急にユキが《魔法が使える》とか言い出したからだ」

 「ばっ、やめろって——」

 

 僕がユキからぷいと顔を背けると、キリトとアスナはユキに生暖かい目を向ける。誤魔化す時のセリフが余計に真実味を与えたので、2人とも余計に生暖かくなった。

 

 それはさておき、ユキの提示した作戦は2つ。1つは《物語》の《キリト》のように、ユキがボス討伐後に汚れ役を引き受けること。SAOでいうベータテスターの先端として名乗りをあげることだ。いい作戦ではないけど、あれだけ会議で大きな口を叩いたのだから相応な出方だ。作戦後には……僕が全力で誤解を解いて回るつもりである。

 

 もうひとつは、口にするのも恐ろしい賭けだ。僕はその作戦を使わせないように、さっさとボスをぶっ殺すと誓う。

 

 疑問や疑いはある。《物語》の出処や、ユキの正体。そして、どうして、そうまでして《物語》に関わろうとするのか。——ここまで来たら、もう物語が本物であると信じざるを得ないと考えている。つまり、

 

 ユキが何もしなくても、この世界はキリトによって救われるはずなのに。

 

 *・*・*

 

 「ふー、やっぱり広いね」

 「()()()でも全フロアをくまなく探索したとは言い切れないほどだからなあ」

 

 その後、集合した僕たちはボス部屋に向かって歩いていた。あまりの道のりの長さに文句を垂れると、ユキはベータの事を引き合いに出す。僕は、そんなユキを見るのが辛かった。その時、僕の視界に閃光が走る。

 

 バチッという電気にも似た衝撃が頭を突き抜けるが、それ自体は一瞬で過ぎ去ってしまった。

 

 急に立ち止まった僕を見てユキは怪訝な顔をするが、あまりに一瞬だったため原因も分からず、何でもないと手をひらひら振ることしか出来ない。

 

 そして、とうとう目の前に巨大な扉が現れる。ボス部屋だ。

 

 僕らはしばらく休憩をとった。皆武器の耐久値をチェックしたり、ポーションの数を確認したりしている。その顔には一様に緊張が張り付いていた。この1ヶ月周到に準備を重ねては来たが、これから立ち向かうのはこの第1層の主だ。100層ある階層のうちの1つを束ねる強力無比なモンスターである。——死の恐怖を感じてしまうのも無理はない。

 

 手にした《アイアンダガー》に映る僕の顔も、強ばっている。

 

 そんな僕たちの様子を見計らったように、ディアベルが声を上げた。

 

 「よーし、皆揃ったかな? オレから言えることは一つだけだ。——勝とうぜ!!」

 

 うおおお!! という雄叫びが響く。ディアベルの声を聞いただけで勝てる気がしてくるから不思議だ。ほんと、こんなにいい人が死んでしまうなんて——嫌だな。

 

 ディアベルが扉を押し開け、僕たちはそれに続く。肩に置かれたユキの手のひらに、僕は顔を引き締めるのだった。

 

 *・*・*

 

 《イルファング・ザ・コボルドロード》——それがボスの名前だ。そして、僕たちF班が受け持つボスの取り巻きは、《ルイン・コボルド・センチネル》という。

 

 「キリト、アスナ……分かった?」

 「おう」

 「ええ」

 

 僕は2人に声をかける。ボス部屋までに至る道のりで、僕は歩きながら2人にメッセージを飛ばしていた。——ユキはこの戦いで()()()()()()()()、と。

 

 だから僕たちは、それを全力で阻止する。キリトとアスナはあの《黒の剣士》と《閃光》、そして、僕とユキもそれには及ばぬながら強いと自負している。ユキは変態的な立体機動でありえない戦い方をするから、もしかしたら及んでしまうかも知れないが。センチネルなど恐るるに足らないのだ。

 

 緊張のせいかびりびりとこめかみに痛みが走るものの、それ以外は今までにないくらい好調だった。いける。やれる。馬鹿なことを考えているユキをひっぱたいてやるんだ。

 

 「ウォオオオオオオオオン……」

 

 コボルド王が一声吠えると、センチネルが移動を開始した。

 

 「戦闘開始ッ!!」

 

 ディアベルの勇壮な掛け声で、僕らは一斉に散る。僕達F班は僕とユキのペア、キリトとアスナのペアの2人にわかれ、それぞれ一体ずつセンチネルを相手する手はずになっていた。

 

 「せあっ!」

 

 僕が高い敏捷値を生かしてまず突っ込み、2撃目はユキにすぐさま譲る。スイッチとも呼べない簡易的な連携ではあったが、ソードスキルの技後硬直を打ち消せるというメリットは大きい。センチネルは流石ボスの取り巻きというだけあり、その辺のモブとはダメージの入り方が違った。続けざまに2撃決まっても、その動きはまるで衰えない。

 

 短剣のスキルには状態異常を付与するスキルが多いのだが、流石に初撃では当たらなかったようだ。ここでスタンしてくれれば楽だったんだけど。と考えながら、センチネルの剣がユキに支えられているうちに、僕はソードスキルを発動して、黄色い閃光を放ちながら突進した。

 

 初級短剣突進技《エレキ・ムーヴ》。初級のソードスキルで唯一、レベル1麻痺を付与するソードスキルだ。確率は1割にも満たないものの、決まれば心強い。

 

 僕の攻撃でノックバックしたセンチネルは、明らかに動きが鈍った。

 

 「やりー! 1割を引いた!

 「よし! あとは任せろ!!」

 

 僕の技後硬直が解ける前に、ユキは緑色の光を散らしながら、センチネルを水平に薙ぐ。がら空きの脇腹に吸い込まれた剣は、センチネルの命を刈り尽くした。爆散。

 

 ほっとして向こうを見ると、キリトとアスナもセンチネルを倒したようだ。そうしている間に、新たなセンチネルが生まれる。

 

 「次行こう!」

 

 その時、ちりりと嫌な気配を感じた。どす黒い、人間の憎悪だ。

 

 僕はユキを瞬間的に突き飛ばす。ダメージは入らなかったものの、派手に吹っ飛んだ。そして驚きに目を見開く。先程までユキがいた所には、明らかにプレイヤー用の剣が突き刺さっていたのだ。

 

 ——誰かが、ユキを狙って剣を投げた?

 

 「これ、は……」

 「エネ、ぼーっとするな!」

 

 キリトに叱責されて意識を戻した時には、目の前にセンチネルが居た。僕はこうして、ユキと分断されてしまったのだ。

 

 ユキを1人にしてはいけない。焦るが、目の前のセンチネルに剣を振り下ろすことしか出来なかった。

 

 *・*・*

 

 タンク隊がターゲットを死守し、比較的軽装のアタッカーが削る。センチネルは初めから湧く数が決まっていたのか、ある時からぱたりと居なくなった。僕たちF班もそのルーティーンに加わり、とうとうボスのHPが危険域にかかるという頃、それは起きた。

 

 「よし、オレがコボルトに突っ込むから、援護よろしく!」

 

 ディアベルがその輪を抜け、まさに武器を変えようというコボルトに向かって走り出したのだ。

 

 何故だ、と勇者は呟く。

 

 とうとうか、と語り部は口を結ぶ。

 

 させない、と僕は飛び出した。

 

 コボルトがディアベルに視線を向けた時、その得物はノダチに変わっていた。ユキに感謝しながらも、自身の物差しでボスの力を測っていたディアベルは、その顔を驚愕に染める。予想もしていなかったのだろうカタナのスキルに不意を突かれたディアベルは、身動きが取れない。

 

 「な……ぜ……」

 

 「……いけえええぇぇぇええ!」

 

 僕は再び《エレキ・ムーヴ》を使う。今度は麻痺狙いではない。空いた左手で、ディアベルを思いっ切り突き飛ばす。そして、技が終了して技後硬直が襲う体を、ユキの真似をして思いっ切り捻る。物凄い痛みが体を貫くが懸命にこらえて、目の前にいるコボルトを睨みながら、剣を斜めに構えた。

 

 短剣初級ソードスキル《クロウ》

 

 目の前の敵を斜めに切りつける、それだけのスキル。だが、技後硬直が短く、僕の攻撃を受けて一瞬止まるコボルトが再起動する前に、僕は後ろに飛び退くことが出来るはずだ。

 

 だが、僕の体はいつまでたってもスキルを発動しようとしなかった。

 

 「えっ?」

 

 気付くと体は地面に横たわっていて、攻撃を貰ったのかHPは半分を割っていた。訳が分からない。立ち上がろうにも、断続的に体に走る痺れのせいで、動いては落下を繰り返すだけだった。何とかうつ伏せから座った状態になると、体にノイズが走っているのが見て取れる。

 

 「——エネッ!!」

 

 キリトの鋭い声が耳に入り、ハッとして前を見た時には、

 

 「ウオオオオオォォ……」

 

 既にコボルトの刀が僕に迫っていて、

 

 

 

 

 「——ったく、しょうがねえな」

 

 

 

 

 ——ユキが貫かれていた。HPが恐ろしい早さで減っていく。掠ったのとは訳が違う。いのちが、零れていく……

 

 僕は叫びながらありったけのポーションをかけるが、それはHP減少の速度を緩めるだけで何の解決にもならない。ユキは、その手で僕の手を止めた。

 

 「俺の邪魔しようとしたんだろ? 頑張ったな。ガキの癖によくやったよ」

 「いや、いや……」

 

 フードが剥がれたユキが穏やかな顔で僕の涙を拭うと、そのHPは0になった。体がポリゴンに変わる瞬間、口は不敵に弧を描く。

 

 「まだまだお前に負ける気は無いからな。待ってろ、必ず戻ってく——」

 

 ユキが、目の前で砕け散った。僕を撫でてくれる手も、綺麗な顔も、全部青い欠片になって、空気に溶けていく。この音を聞くのは2度目だ。1度目と違うのは、もう僕を助けてくれる——お兄ちゃんが、いなくなってしまったということ。

 

 「——あああああああああぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 

 僕は喉が張り裂けるように叫んだ。——ユキの欠片は、ついに跡形もなく消えた。




……:(´◦ω◦`):ガクブル
急なことすると怖いです。これ見え見えの展開でしたでしょうか。私としては死亡フラグを置きまくってたのであ、はいって感じなんですが……あらすじが生きてきました。ディアベルの兄貴が生きましたね〜

冒頭のエネの悪夢、覚えておくと後で面白いかもです。

ここまでで、SAO編の《起》となります。


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6:その絶望の向こう

6話です。
この話から《暫く》エネ一人になります。
まずは、エネが今後の目標を定めます。

5/7修正しました


 コボルト王が咆哮する。

 

 「——せあああああっ!!」

 

 キリトが最後に一太刀を浴びせ、ボスは散った。歓声が上がる。

 

 いきてる、のか。

 

 僕は働かない頭でのろのろとそんなことを思った。いつの間にか、体の痺れは無くなっていた。

 

 「なんでや!!」

 

 そこにキバオウの怒声が響く。キバオウは僕のところまで歩いてくると胸ぐらを掴んだ。

 

 「何で——ディアベルはんを殺そうとしたんや!! ガキだからって許さへんで!!」

 

 ころす? 僕は頭上のカーソルを見る。通常緑色のそれは、何故か()()()()に染まっていた。それは《オレンジカーソル》と呼ばれ、この世界では《犯罪者》だということを一目で他人に知らせる目印のようなものだ。……おかしいな。僕はディアベルに剣で攻撃はしていないはずなのに、どうして——

 

 「何とか言えや!!」

 「……キバオウ君。彼は」

 「——俺が頼んだのさ」

 

 ディアベルは違うと言うために立ち上がった。が、それより不遜な声でキリトが口を開く。その顔には隠しきれない激情が宿っているのが、近くにいる僕には見えた。

 

 「俺はベータテスターだ。ユキなんかヒヨコに思えるくらいのな」

 「なんやて!?」

 

 キリトは真っ黒のコートを羽織る。コボルドのLAボーナスで得たものらしかった。それを見た僕は、摩耗しきった心にさざ波が立つのを感じた。

 

 《勇者キリト》。僕が追い求めていた姿がそこにあったのだ。だけどそれは、ユキがやろうとしていたことで。

 

 「ユキは、大多数のベータテスターは——お人好しだった。バカみたいにな。お前らニュービーにこんな知恵まで教えこみやがって……お陰で、確保してた狩場がいくつか埋まったりもしたもんさ」

 

 キリトは、肩を震わせていた。遠くから見れば、笑いをこらえているように見えるかもしれなかった。

 

 「だが俺は違う。ユキや、その他テスターに近い有能なプレイヤーを、ここで殺すつもりだった。そこのガキに頼んでな」

 「殺す!?」

 

 こんな小さい子に、などとキリトへの罵声が起こり始める。僕は、やめろと叫ぼうとした。だが、かすかな呻き声が出ただけだった。

 

 キリトは一瞬僕を見て、目を背けた。

 

 「はあ、ユキは首尾よく退場してくれたが、ディアベルは惜しかったな。まあ、俺は俺で、これからもゲームの頂点に立ち……LAを取らせてもらうよ」

 

 キリトは最後に顔を上げてしまった。涙に濡れたその顔を見たプレイヤーは口を開いたものの、キリトはすぐに身を翻して——その場を去った。

 

 そんなんないわ! チーターやのうて、ビーターや! というキバオウの叫びが、ボス部屋に木霊していた。

 

 *・*・*

 

 僕はアスナに抱えられて、キリトと、追いかけてきたエギルと階段を上っていた。

 

 「……何と言ったらいいのか」

 

 エギルは僕の事を痛ましいものを見る目で見てくる。アスナはひたすらに目を伏せ、キリトはまだ泣いていた。僕は……どうだったのだろう。

 

 「カルマ回復クエ……だっけ。どこで受けれるの?」

 

 その言葉を皮切りに、アスナが泣き始めた。エギルも表情を歪める。キリトは振り返って、僕に作り笑いを見せた。

 

 「……あ、ああ。オレンジだと街にも入れないからな……俺が連れて行ってやる」

 

 僕たちは第2層に足を踏み入れ、アインクラッド初のボス討伐戦は、死者1名に終わった。——それは奇しくも、《物語》と同じ数字であった。

 

 *・*・*

 

 「眠った……?」

 「ええ」

 

 第2層の中心から少し離れた《圏外村》の宿屋にチェックインし、エネ——ベータ時代の戦友の忘れ形見をベッドに横たえた後、俺とアスナは机で向かい合って話していた。エギルはあまりにも不憫だと言って、キバオウが言ったことの誤解を解きに行ってくれている。

 

 ベッドで死んだように眠る少年の頭上には、いまだオレンジのカーソルが浮かんでいる。ベータでは第2層にもカルマ回復のクエはあったはずだ。カーソル自体は明日にでも緑に戻すことが出来るだろう。

 

 どうにも戻せないことも、あるのだが。

 

 俺と同じ考えに至ったのか、アスナの瞳はまた潤み出す。あまりにもやるせない。

 

 「キリトくんは、大丈夫?」

 「全然平気だ。ユキを失った悲しみ——しかないからな」

 

 俺は一瞬言葉に詰まった。思うところはあるが、これをアスナに言うわけには行かない。——実は、ボス戦の前にはエネからのメッセージだけでなく、ユキからもメッセージがあったのだ。恐らくこちらは俺だけに宛てて。

 

——実は俺、アスナの兄なんだ。俺にもしもの事があっても、アイツには知られないようにしてほしい。ついでにエネにも言うな。

 

 なんて奴だ、と思った。はじまりの日に『妹や兄貴にこの世界で会いたくない』と言っていたのに……その願いは叶わず、妹を想って、家族と触れ合いたいという気持ちを押し隠してフードを被り、死してもなお弔われようともしない。

 

 格好良いというにはあまりに辛い生き方だった。それを思って、1人涙を流していたのである。それに比べたら、俺が犯罪者の烙印を押されることくらい何でもないことに思えた。——だから先程、俺は立ち上がったのだ。

 

 会議の時にユキがベータテスターからの悪感情まで全て攫って行ったことで、それを刺激して別の方向に飛ばすのは簡単だった。エネはユキが死ぬつもりだったと言っていたし、やはり初めからこうするつもりだったのではないかと思うほど鮮やかな手腕だ。同時に、自分の命をこうも容易く投げられる異常性に、背筋が寒くなる。

 

 「アスナ……お前は一人になるなよ……絶対に、ギルドに入れ。あんたくらい凄腕なら引く手数多だろうからさ」

 「ええ……」

 

 アスナもまた、たった1人戦って散ったユキの生き様を察したようだった。ここでユキのことを知ったら、彼女は何を思うのだろうか。

 

 「エネ君は大丈夫かしら……」

 「相当ユキを慕っていたようだからな……」

 

 アスナはエネを抱えたり抱きしめたりしていたが、年齢は俺たちとそう変わらないことは言わない方がいいだろう。アスナは俺とほぼ同じくらいだろうから。ユキとも、年の離れた兄妹だったんだな。

 

 あれ、でも、あの日、ユキはエネとは《血が繋がっていない》と言ってたな……それは一体……いや、複雑な家族事情ということもある。俺が口を出していいことじゃないな。

 

 「私も、小さい頃にお兄ちゃんと離れ離れになったの。高校進学とか言って、一人暮らし始めて——もともと私に興味ないような冷たい人だったけど、離れてみると、……思うところもあった」

 

 家族——親しい人との別れは、きっと辛いよ。

 

 「……ああ」

 

 俺はそうひねり出すことしか出来なかった。

 

 *・*・*

 

 次の日。アスナは前日のうちに(当たり前だが)帰ってしまったので、1人でエネを起こす。

 

 「ほら朝だぞ」

 

 しかし、本来ならコイツ、1個下なんだよな。全くそうは見えない。妹に世話を焼いたのも数える程しかないのに、ユキがやっていたようなお守りはできる気がしない。

 

 だが、予想に反してエネは静かだった。

 

 「キリト、おはよう。わざわざありがとう」

 

 そう微笑んですらいるのだ。俺は何か恐ろしいものを見た気がして、1歩後ずさる。微笑んでいる顔の目だけは、穴が空いたように暗く濁っていた。

 

 「あ……ユキのことか。気にしないで大丈夫だよ。一晩寝て落ち着いたし、そういえばユキ、戻って来るって言ってたから」

 

 俺はそう静かに言うエネを哀れみの目で見つめた。俺も、何かを失ったらこうなってしまうとも思った。

 

 「次にあった時に瀬南に褒められるように、僕いい子で待ってる」

 

 瀬南。それがユキのリアルネームなのだろう。ほろりと現実の話を始めてしまうくらいには、やはりエネは壊れてしまったようだ。それに、ナーヴギアの死の鎌から逃れた人はいない。そんなことも分からなくなっているなんて……

 

 *・*・*

 

 それから数日後、僕はキリトに連れられてカルマ回復クエをやった。1日かかった。勇者の攻略を1日遅らせてしまったなんて大罪だ。その罪悪感から、僕は迷宮区に行くことを申し出た。夜の帳が辺りを包もうとする中、ソードスキルの光だけが眩い。

 

 「よくやったエネ!!」

 

 僕が低姿勢で地を滑るように二足歩行型モンスターの足を斬りつけて姿勢を崩すと、キリトが袈裟斬りに剣を振り下ろす。攻略会議の日に問題になった《リソースの独占》という蜜を遺憾無く吸いまくって、僕のレベルは2つも上がって14になった。

 

  しゅばっ、と短剣を振ると、ポリゴン片となって爆散する。狩りを初めてからそろそろ3時間だ。カルマ回復クエを1日やっていたこともあり、そろそろ僕は疲れたんだけど……

 

 「ふー、疲れた」

 「……そうだな」

 

 キリトはそう言いながらも、暫くは辺りを目で探り、剣は地面から浮いて何時でも駆け出せるような姿勢を取っていた。僕は怯える。……やっぱり、僕はお荷物なんだ。いつもいつもユキにおんぶに抱っこだった僕は、1人じゃ何にもできない。キリトの足を引っ張ることしか出来ないのだ。

 

 キリトはしばらくして、思い出したように大きく伸びをした。ふわ、と欠伸をして、剣を背中の鞘に収める。ウインドウを呼び出すとアイテム欄をスクロールする。めぼしいドロップアイテムがなかったのか、げんなりした顔をした。

 

 僕はこの世界に来るまで、《キリト》に憧れていた。ユキの《物語》がどうやら本物らしいことが分かってから触れ合ってみると、キリトにもやはり人間らしい所は沢山あるのだということが分かった。英雄碑として語られない、言わば《物語》の隙間の部分では、間違いも失敗も、ちょっと情けないところもある。

 

 もちろん、それを抜きにしてもキリトはすごい。剣の冴えはVR歴1ヶ月の僕でも目を見張る程だし、モンスター相手に悪手を取ったところは見たことがない。

 

 「ん、どうしたエネ……大丈夫か?」

 「あ、うん、ごめん」

 「……ユキの代わりにはなってやれないが、辛いなら隠したりするなよ」

 

 僕は驚いて目を丸くした。ユキ以外にそんなことを言う人がいると思わなかったからだ。そんな事でさえも、僕はユキのことを考えている。

 

 *・*・*

 

 さらにその数日後。今日はボス戦があったようだ。ようだ、というのは、僕はボス部屋が見つかったことさえ知らなかったということである。急に第3層がアクティベートされて驚いた。確かに、ボス部屋で急に動けなくなったような僕を連れていくのは不安だろう。また僕のやらかしで犠牲者を出したくないというのも分かる。でも、知らされることすらなかったのは悲しかった。

 

 ——いや、オレンジプレイヤーになったから、避けられているのかな。なんて考えてみる。僕はアインクラッドのオレンジプレイヤーの先駆けだからね。いくらわざとではないとしても、事実は事実である。

 

 

 そうか、もうあの日から1週間経ったのか。

 

 僕はキリトと同じ部屋を取った宿屋で、ユキが死んだ日のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 「——2つ目の作戦は、俺が死ぬ事だ。」

 「え……」

 

 2つの作戦と聞いて心踊っていた僕は、それを聞いて一気に血の気が引いた。

 

 聞き間違いかと思った。死ぬ……death(であす) die(でぃえ) dead(であど)……中1の僕はこれくらいしか知らないけれど、どれもおどろおどろしい響きを持つ単語だ。特に、今のSAOは死に敏感だし。

 

 死ぬ? ユキが?

 

 あれだけ暴れた自分が死ねば——丸く収まるとでも思ったの?

 

 僕はそれを聞いているうちに、怒りがふつふつと湧いてきた。

 

 「何で? 何でユキだけが苦しまなきゃいけないの?」

 「もちろんタダで死ぬ訳じゃない。俺——魔法が使えるんだ」

 

 ユキは楽しそうに胸を張る。それは僕の怒りをヒートアップさせるだけだ。——魔法? 言うことに欠いてそれ?!

 

 僕はユキをぎりりと睨む。

 

 「いくら僕でもね、そんな話は信じられないよ」

 「まあ月イチしか使えないがな」

 「……話だけ聞くけど。それと死ぬ事に何の関係があるの?」

 

 ユキは僕の鋭い視線をものともせず、よくぞ聞いてくれた、とばかりに口の端を上げた。

 

 「ナーヴギアのマイクロウェーブと、俺の魔法、——力比べをしようって訳さ」

 

 そんな無茶苦茶な話をさも当然のように言うユキに、開いた口が塞がらなかった。そんなこと、茅場も全く想像してなかっただろうに。魔法なんていうふざけたもので。

 

 「……魔法が使える前提で聞くけど、上手くいく保証はあるの?」

 「上手く行けば奇跡だ」

 「な……」

 

 そのあと、僕は感情に任せてユキをぶっ叩いたのだ。

 

 

 

 

 分からないのは、どうしてユキがそれをしようと思ったか。話を魔法にすり替えられてしまい、尋ねることが出来なかった。

 

 《物語》によると、あの会議の場でユキが前に出なかったら、エギルがユキが話したことの一部を話すことになっていた。つまりユキは、《物語》よりもっとベータテスターへの憎悪を取り除きたかったということになる。

 

 さらに、キリトを庇うような振る舞いをしようとした。いや、わだかまりを根絶しようとしたのだ。

 

 こうして考えてみると、ユキは世界を救う《英雄》になりたかったのかもしれない。《はじまりの英雄》……それがユキだ。

 

 僕がでしゃばったせいで、結局キリトは傷ついたし、ベータには粗暴な奴がいる、と思われるようになってしまったけど。

 

 僕はなんで、あんなことをしてしまったのだろう。頭痛というゲーム内ではありえない不調を抱えながら、飛び出してしまったのか。

 

 

 

 第1層の攻略以来、蓋をしてきた思いが溢れてくるようだった。僕は、ディアベルを助けたかった。あんなカリスマを持った人に会ったのは初めてで、死んで欲しくない——そして、願わくはそれでキバオウの憎しみが爆発せず、ユキが体を張らなくてもいいようになればいいなと、思ったのだ。その強い《感情》が、僕を無茶な特攻に駆り立てた。

 

 でも、失敗した。

 

 その時、控えめに扉がノックされた。キリトはこんな丁寧なことしないから、違う人だろう。

 

 「入ってもいいかな、エネ君」

 

 それはディアベルの声だった。

 

 *・*・*

 

 「数日ぶり……なんてオレに言う資格はないか」

 「いや、その……」

 

 何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。ディアべルと僕の関係が特殊だと言うより、僕はユキがいないと、人と話すこともままならないのだった。ディアベルはそんな僕を見て悪いように解釈したのか、ガバッと土下座を始めた。

 

 「ユキが死んだのはオレのせいだ!! ……あんなに身を切って忠告してくれたことを無視して、ユキやキリトよりもずっと利己的に、しかも何も背負う気概のないオレが飛び出して——君まで巻き込んで、俺だけが無事に終わった。許されることじゃない」

 

 ディアベルは震えていた。僕はそれを、静かに見ていた。事実だった。僕がここでやりきれない思いを全てディアベルにぶつけても、たぶん誰も責めないし——ディアベルはそれを望んでいるのかもしれない。

 

 口を開けば、罵倒のひとつでもひねり出すことは出来るだろう。

 

 でも、ここでそれをしたら、僕もディアベルも永遠とユキに縋り続けて、もう前に進めない気がした。誰よりユキが、そんなことを望んではいないだろう。ユキは僕やディアベルのとばっちりを食ったなんて思っていないんだ、きっと。

 

 悪いのは、僕だ。——そこから、逃げてはいけない。

 

 「勝手なことをしたのはユキだから」

 「は……?」

 「ディアベルはLAを取ろうとして失敗した。僕はディアベルを救おうとして失敗した。ユキはね、——僕を救おうとして成功したんだよ」

 

 ディアベルは、僕の言いたいことが分かったようだった。ユキが死ぬことを初めから選択肢に入れていたということを。

 

 「ま、でも迷惑だよね。僕を一人ぼっちにしておいて——ずっと守るって言った癖にね」

 「……」

 

 涙が出てきた。ボス戦が終わってから、そういえば泣いていなかったかもしれない。

 

 「……僕が悲しいのもディアベルが苦しいのも、全部僕のせいなんだ。僕に《感情》を貫くだけの《力》がなかったからなんだ。だからユキは僕の尻拭いをしたし、ディアベルはそんな()()とばっちりを受けてる」

 「な……え……」

 

 泣きながら無理矢理なことを言う僕にディアベルは慌てふためいていたが、僕は言葉を止めることは出来なかった。

 

 「ディアベルがもし僕に申し訳なく思ってるならさ、これからも、僕とユキが守った命を大切にして」

 

 ああ、力が欲しい。僕は強くならなければならない。ユキをこの世界から退場させた僕は、ユキがやろうとしたことを引き継ぐ義務がある。僕は、《物語》よりこの世界を素晴らしいものにしなければならない。——そうしたら、瀬南は褒めてくれるだろうか。

 

 その後、ディアベルに懇願されてフレンド登録をした。最後にもう1度僕に謝ると、帰った。

 

 *・*・*

 

 「キリト……やっぱり僕、お荷物だよね」

 「は? 急にどうした?」

 

 ディアベルに頼まれてエネと会わせることには不安があった。ユキがエネを庇った直接の要因だったから、また精神が不安定になるかもしれないと思ったからだった。だが、ディアベルと入れ替わるように宿に入った俺に、エネは落ち着いて言った。

 

 「だって、僕がいるからあんまり長い間攻略できないし……」

 

 正直エネの存在を重荷に感じることはあった。穴ぼこがあいたような目を見るのが辛かったのだ。だが、攻略の妨げになるとは思ったことは無かった。首を捻ると、1つそれらしい事が思い浮かぶ。

 

 「ああ、そういう風に見えていたか……お前、人に敏感だからな……あれはな、ソロプレイヤーとしての癖だ。すぐに警戒が抜けない癖、だろ?」

 「え……じゃあ」

 「ああ。誇張でも何でもなく、エネを邪魔だとは思わないよ。むしろちっちゃくてすばしっこいから、エネがいた方が攻略は捗るな」

 

 エネの顔がぱああああっと明るくなる。眩しい。ゲーマーの俺が失くした純粋さだ。……こんなことで喜ばれるなんて……エネはどんだけ肯定されて来なかったというのだろうか。

 

 「あのね、僕分かったんだ。ユキがやりたかったこと」

 「ほう」

 「この世界を救うんだ」

 

 俺は暫し言葉を失った。城を攻略するのではなく、救う?

 

 「実は僕、《アインクラッド》に行くのが夢だったんだよね。ずっと《キリト》に憧れてた」

 「……お、おお」

 

 ユキが言っていたのはこういうことか。ベータの俺に憧れていたって……あの時と装備も顔も違うんだがな。

 

 「ユキは、第1層で皆を救った。でも結局、キリトに重荷を背負わせてしまった。——この世界に抗って、負けた。僕は、キリトが紡ぐ物語を救いたいんだ。そのためにまず……」

 

 エネは輝く瞳とともに、俺に手を差し出す。

 

 「無意味にレベルを偽らないって約束して?」

 「? 分かった」

 

 よく分からないままにその手をとると、エネは久々にニコリと笑った。




ユキ「……俺はそんなこと考えてない……」

今後明かされることがほぼないと思われますのでここで。
ユキはそんな大層なこと考えてません。魔法使えるからナーヴギアと戦いたくなっただけです。たぶん。

はやくユイ出したいです

ディアベル「ズキュン」


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7:その尾行の向こう

7話です。
時間がぱっぱ飛んでいきます。私の文章力では、キャラクター達の行動理由や感情を表現するオリジナルストーリーが作れませんでした……ごめんなさい。

2/8ケイタが片手剣使いのプレイヤーになっていたところを修正しました。申し訳ありません。
5/8修正しました


 その宣言から数日後、僕は久しぶりに——実に第1層の攻略以来初めて、スキルの確認をした。レベルが低い今は覚えたスキルを忘れるなんて有り得ないし、さして熟練度も上がったとは思えず、今の今まで放置してきたのだ。

 

 考えてみれば僕はスキルを1つしか取っていなかった気がする。さすがにスキルを取得しようかなと思い立ったのだ。キリトに聞けばいいのを見繕ってくれるだろう。……とスキル欄を開いたところ、

 

 「何これ……」

 

 見たことのないスキルが、2つ目のスキル枠に鎮座していた。僕の声に、キリトが近寄ってくる。

 

 「ゲテモノスキルでもユキに取らされたか?」

 「いや……こんなの聞いたことないよ。《逆鱗》だって。これスキル?」

 「なんだそりゃ、強そうな名前だな。使ってみろよ」

 「……わ、これ口に出すタイプのスキルだ。変なの……」

 

 僕たちは迷宮区の見晴らしのいいところで小休止を取っていた。スキルを使うにあたって、どんな効果が出てもいいように少しキリトから離れる。逆鱗、と声に出す。

 

 「……あれ?」

 

 僕の体に赤いポリゴンが散ったものの、特に変わった様子はない。キリトを見るも、首を傾げられたので、本当に僕に変化がないのだろう。キリトはニヤニヤしながら近寄ってきて、「ドンマイ」と肩に手を置く。そのときにちょっとイラッとして——

 

 「……イテッ」

 「だ、大丈夫?」

 

 バチッ、と何かが弾ける音がした、と思ったら、キリトがパタパタと手を振っていた。はっとしてカーソルを見るが緑のままであった。ダメージは入っていないようだが、痛い?

 

 「今、エネの体が一瞬赤く光った」

 「これもしかして——触ったらダメージ判定があるスキルなのかな」

 

 そうだとしたら納得が行く。このスキルがいつ僕に生えたのかは分からないが、第1層でディアベルを突き飛ばした時、ダメージが入ってしまったのは、このスキルが既にあったからなのだろう。僕は《逆鱗》なんて言っていないけど……まあそんなこともあるのかな……

 

 「でもダメージはないぞ?」

 「僕の感情に比例する——んじゃないかな。僕さっきキリトに《イラッと》したから。《激怒》すればきっとキリトなんて一撃だよ」

 「こいつ……」

 

 キリトに確認したところ、そのようなスキルはベータ時代には確認されなかったらしい。これってもしかして、《勇者キリト》の《二刀流》と同じ扱いのスキルかもしれない。

 

 「敵に攻撃されただけで攻撃できるのは凄いね。キリト、スキル上げ手伝って」

 「……分かった」

 

 これが後に、僕の2つ名の由来となり、——僕をSAOに縛り付ける原因となったスキルである。

 

 *・*・*

 

 数ヶ月が経った。僕とキリトは同じ宿で寝泊まりをしながら、お互いの目的のために剣を振るっていた。キリトはユキとベータで仲が良かったらしく(ユキのことになるとすぐ泣く)、その形見とも言える僕を守ると意気込んでいるようだった。最近は何かから逃げるように、戦いに打ち込んでいたのが気になるけど……

 

 僕が生きる目的を見出してから、キリトはボス戦に僕を連れていくようになった。熟練度が順調に上がる《逆鱗》は、僕の四肢に真っ赤な鎧となって現れるようになり、それを使って戦っているといつの間にか《逆鱗》と呼ばれるようになった。実年齢もさることながら、見た目ではもっと(不本意なことに)攻略組最年少をぶっちぎる僕は、良いマスコットになっている……らしい。

 

 こういうネタにいの一番に反応するユキがいないのが、少し寂しくはあるけど……いや、隠し事は良くないね。寂しすぎて死んでしまいそうだ。ユキが生きていることを僕は疑わない。けれど、それと、そばにいることは違う。この頃は恋しさにキリトの布団に潜り込むようになってしまい、自分でもヤバイと思っている。

 

 ユキが守った攻略組は、その後大きな波乱もなく、《血盟騎士団》に入ったディアベルを先頭に回っている。やっぱり《物語》と僕の見立ては間違っていなかったようだ。だが、当のディアベル自身は第1層のことをよほど気にしているらしく、僕にやたらと優しくて困っている。とはいえ、僕とユキが《物語》を変えた証である彼は、今日も元気に迷宮区の奥で戦っているだろう。

 

 エギルの尽力か、《ビーター》や僕のオレンジ騒動はそこまで大きくならなかった。だが、オレンジになり、さらに回復したプレイヤーがいるという事実はアインクラッドにかなり広まっている。これは不安材料のひとつである。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さて、長々と近況に思いを巡らせた僕は、今宿でキリトを待っていた。僕は待ってばかりだ。でもだからこそ、最近キリトの帰りが遅くなりつつあるのを感じている。かつ、僕が眠ったと見るや、布団から出てどこかへ行ってしまう。明け方にやつれて帰ってくるので、フィールドでレベリングでもしているのだろう。——そう、サチたちと出会ったのだ。あの時釘を刺したし、そもそも物語よりベータテスターへの敵意は少ない。大丈夫だとは思うが、不安である。

 

 ユキが夜中に工作していたのは全く気付かなかったけど、キリトのはバレバレだ。キリトはまだまだガキなのだ。……スキルに《索敵》と《隠蔽》を加えたせいもあるかもしれないが。ソロプレイの時間が出来たことで、流石に取っておいたのだ。この数ヶ月、僕はこのスキルの熟練度を最優先で上げた。練習台にしたのはディアベルだ。何回も背後に立って驚かせた。非常に楽しかった。ユキが僕をことあるごとにおちょくっていた理由が分かった。

 

 そしてとうとう、《隠蔽》の熟練度が800に乗ったのが昨日である。前にそれとなくキリトに《索敵》の熟練度を聞いてみたところ、600くらいだと言っていたので、僕の《隠蔽》が破られることはないだろう。——今日、僕はキリトをストーキングする。

 

 あ、空が白み始めた。そろそろ朝が来るだろう。寝た振りを敢行しよう。

 

 *・*・*

 

 「おーい朝だぞー」

 「……おはよー」

 

 やはりキリトの顔は疲れている。仮想世界だというのに、目の下にはくまがあるように見えた。しかし、今日は——朝になるまで帰ってこなかったということになる。物語によると、サチが所属する《月夜の黒猫団》が壊滅する直前に、2人は傷を舐め合うように夜を過ごしていたようだ。猶予がない。

 

 それきり僕の顔を見ることもせず、キリトは再び出ていってしまった。僕は慌てて《隠蔽》スキルを使用し、滑るようにキリトを追った。

 

 数回の転移を重ね、キリトはとある下層の町についた。そして、そこでプレイヤー数名と合流する。女性プレイヤーは1人しかいなかったから、彼女が《サチ》なのだろう。彼女は片手剣を装備し、どこか暗い笑みを浮かべていた。

 

 「おはよう、キリト」

 「よーし、今日もコル稼ぐぞ!」

 「ギルドホームのお金、あとどれ位で貯まるかな」

 

 3人のプレイヤーが口を開き、武器をがちゃりと鳴らしたり、キリトの肩を叩いたりしている。それだけで、彼らとキリトがいかに打ち解けているかがわかった。同時に、キリトはやはり、こんなアットホームな空間を求めていたのだと悟る。

 

 「ああ、あと7日もすれば貯まるんじゃないか?」

 

 あと7日。あと1週間であの事件が起こるかもしれないのだ。隠蔽スキルの育成が間に合ってよかった。さて、どうするか考えようか。

 

 

 

 「そい…………や!!」

 

 キリトの気合の入ったソードスキルが敵を弱らせ、

 

 「スイッチ!」

 「うん! ——っ!!」

 

 サチの腰の引けた剣筋は、敵の表面を浅く裂くに留まり、見かねたリーダー格の男がスイッチに入る。敵は爆散したものの、サチは俯いている。それでもギルドの雰囲気は和気藹々としていた。

 

 「いやーサチそうじゃないよ。分かんないかなあ。盾の後ろに隠れていれば大丈夫なのに」

 「でも……やっぱり怖い」

 「まあそっか……どうかな、キリトさえよければ、ほんとにうちのギルドに入ってほしいんだけど……」

 

 棍使いのリーダーのプレイヤーの懇願するような目に、キリトはうっと苦い顔をする。

 

 「……はは、攻略があるから」

 「ちぇー。……この間もボス戦行ったんだっけか? ホントすげーなキリト!!」

 

 男性陣から不平の声が上がるが、僕は安堵した。キリトは状況をちゃんと話した上で、このギルドと行動を共にしているようだ。……ならば、何故キリトはつらそうな顔をしているんだ?

 

 僕の頭にピリつくような感覚が走り、その後《索敵》に何かが引っかかる。……これは第1層ボス戦の時と同じだ。また何か良くないことが起きている。キリトも気付いたようだったが、見当違いの方向に目を向けていた。

 

 《索敵》に映るのは、モンスターにしては統制の取れた動きをする3つの点。プレイヤーか?

 

 すぐに反応は消えてしまったが、彼らが発する悪意は、真っ直ぐにキリトに向けられていた。僕やキリトの索敵を超える《隠蔽》スキルを持っているなんて、只者じゃない。

 

 まだ日にちはある、と僕は不安に跳ねる胸を押さえ、その場をそっと離脱した。

 

 *・*・*

 

 疾駆。

 《隠蔽》スキルで不自然に消された雑音のおかげで何も耳に入らない静寂の中、僕は3人組を追いかけていた。

 

 「……全く、あの《索敵》の高さだけはどーにかなんないかね。俺達が行く意味あるのか?」

 「《ビーター》なんだから当たり前だろ。それに……。……言ったら殺されそうだからやめとくぜえ。どういうわけか、ここ1、2ヶ月は《逆鱗》のガキがいないから、まだやりやすいじゃねえか」

 「……ああ、あのガキ。《ビーター》もガキのお守りに飽き飽きしたってとこかぁ?」

 

 僕の心臓がうるさく跳ねる。彼らが発する言葉に含まれている猛毒が、僕の思考に霞をかけていた。キリトはそんなことしない。あの日そう言ってくれたし、ユキがいない寂しさを感じていると、黙って頭を撫でてくれるようにもなったのだ。恥ずかしくて手を払いのけると、意地の悪い笑みでガキンチョ、と言うのだ。

 

 許さない。

 

 ただ、彼らの目的は何なのか。キリトを精神的に疲弊させる、というなら十分に達成しているだろう。

 

 「あいつらの話聞いたか? あと1週間でホーム買うコルが貯まるみたいだぜ」

 「じゃ、まとめてやるか」

 「そうだな。《ビーター》に肩入れしたらもうアイツらは()()()()()()()()()()()()、俺らがやっちまっていいだろう」

 「ギルド《断罪》の旗揚げにゃ、不足ねえ相手だ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕は転移結晶でその場を離脱した。——そのうちの一人に、見られた気がしたからだ。バカな。僕の《隠蔽》を打ち破るなんて、そんなことがあるのか。

 

 *・*・*

 

 一人の少年が街へ転移を果たした後、男のひとりがはたと立ち止まった。残る2人が彼を怪訝そうに見つめる。

 

 「誰かつけてなかったか?」

 「いんや、知らねえな」

 

 1人はそのことに全く興味が無いのか、適当に返事を返す。だが、もう1人は興が乗ったのか少し考え込んだ。

 

 「……姐さんだろ」

 「——違いねえ」

 

 姐さん。その人物名がでると、男も安堵のため息をついた。彼らに《隠蔽》スキルを教えた人物なのだから、あとをつけられて気付かないのは当たり前だったからである。

 

 *・*・*

 

 「これは——」

 

 僕は歩きながら考えていた。物語に、あのような関わり方をする集団はいなかったのだ。

 

 でも、考えてみればそうだ。()()()()()()()、《勇者キリト》の物語には僕やユキは出てこないし、ディアべルも既に死んでいるはずの人物なのだから。全てが《物語》の通りに進む方がおかしい。《キリト》を中心とした物語だから、キリトが関わらない中下層では、何が起きていてもおかしくない。

 

 同時に、僕の脳はとある可能性を訴えていた。——僕がオレンジとなることで、彼らの悪行への敷居を低くしてしまったことだ。

 

 「僕の手に負えるのかなあ」

 

 1人でも対処できる——かもしれない。ただ、それではユキがやったことと同じだ。僕は1人でやりたいのではなく、世界を救いたいのだ。誰かに協力を求めるべき。あの時だって、ユキを説得できていたら、……ユキはまだ生きていたかもしれないのだ。

 

 誰か。その時頭に浮かんだのは、情報屋として知られる、《鼠》のアルゴだった。ユキも頼ったという彼女なら、あの集団について何か知っているかもしれない。だが、僕は彼女と面識がない。

 

 そんなときは。

 

 *・*・*

 

 僕は転移門で最前線に飛ぶ。時間をちらりと確認すれば、お昼前だった。うん。ディアベルは迷宮区にいるだろう。

 

 度重なる尾行の結果、僕はディアベルの気配を完璧に掴むまでに至った。そう時間もかからずに、安全地帯でギルド《血盟騎士団》のメンバーと昼食をとるディアベルの姿を発見する。アスナもいた。

 

 「ディアベルううううう!!!」

 「——うわぁぁっ!?」

 

 ギリギリまで忍び寄って耳元で叫ぶと、ディアベルは面白いくらい跳ねる。ついでに、《血盟騎士団》の面々も。僕はそれを見てひとしきり笑う。ディアベルは乱れた前髪を撫でつけて、大きくため息をついた。

 

 「な、なんだエネか。びっくりしたじゃないか」

 「ディアベルの《索敵》スキルいくつ?」

 

 僕の突然の問いにディアベルは目を白黒させるが、そのスキルについては今更か、とすんなり教えてくれた。

 

 「700ちょっとかな」

 

 その言葉に周りの団員がギョッとするが、やはりなという感情しか湧かなかった。これだけ僕に付きまとわれるディアベルですら700なのだ。あの者達は——かなり前から、あのスキルだけを伸ばしていたに違いない。悪行をするための心が早いうちから育っていたと思うと、僕はやはり責任を感じる。

 

 「やっぱ? ちなみに、僕の《隠蔽》はこの間800に乗ったよ」

 「エネ君……ホントキリトくんに似ちゃったね」

 

 周りの反応は、《これだから》という感じだった。失敬な。何でディアベルにはびっくりして、僕は呆れられるんだろう。

 

 「で、エネがそんな無意味に個人情報を聞きに来ただけじゃないと思うんだけど」

 「うん……《アルゴ》ってプレイヤーを紹介してほしいんだ」

 

 アルゴは、ユキ亡き今も精力的に《ベータ以上の攻略本》を作り続けている。ステータスは敏捷値に極振りし、アインクラッドに知らないことは無いと言われるほどの情報通だ。彼女に頼るということは、僕がそうまでして知りたい何かがあるということに他ならない。

 

 アスナを始めとするプレイヤーは眉をひそめたが、ディアベルは快く協力してくれた。

 

 「はい、メッセ送っておいたよ。——うわ、もう返信来た。3時に28層の転移門前で待ってるってさ」

 「ありがとうディアベル」

 

 ちょっと上目遣いでディアベルを見つめてやれば、デレデレした顔でいやあ〜と言う。……正直引いた。ショタコン、って今度呼んでみようかな。と考えてから、激しく自己嫌悪した。

 

 どうしよう。僕無意識でこんなことするなんて……ユキが居なくなってから、僕は純粋じゃ無くなってきた気がするなあ。

 

 今度私にも、というアスナの言葉を無視して、僕は迷宮区から出るべく走り出した。




エネのユニークスキル《逆鱗》が出てきました。今のところの効果は、
・エネの怒りや信念に応じて、体に鎧が展開される
・接触ダメージがある

です。SAOっぽくないのは重々承知です。今後もっと離れます。

今後とも応援よろしくお願いします。


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8:その逆鱗の向こう

8話です。長いです。……もう5000文字むりかなあ。

テンポよく行こうと思うのですが、どうしても重くというかくどくなってしまいますね……

5/10修正しました


 午後3時。ディアベルに言われた通りに28層の転移門前で待っていると、とん、と背中をつつかれた。驚いて振り返ると、頬に3本のペイントが入ったプレイヤーがにししと笑って僕を見ていた。

 

 《物語》にはあまり登場しない彼女だけれど、《鼠》と名乗る理由がダイレクトに伝わってきたので、僕にも彼女がアルゴなのだと分かった。

 

 「アルゴさん……ですか?」

 

 僕がそう声をかけると、アルゴはわざとらしく僕の頭上を探すような素振りを見せる。……いや、無理があるって。そっちからつついてきたんだし……という思いを込めてじとっと見つめると、僕の頭にそびえ立つアホ毛を認めてぽんと手を打つ。

 

 「エー坊カ。はじめましてだナ。オレっちはアルゴ」

 

 アルゴはニヤリと笑う。からかい方にどこか既視感を感じた。

 

 「僕の名前はエーボウではなくエネです」

 「エー坊というのはあだ名ダ」

 「あ、あだ名!? そんなの初めて!」

 

 目を輝かせる僕に、アルゴは目を細める。哀れな目で見るのはやめて! ……しょうがないじゃん! 僕リアルでは瀬南としか遊んだことないし!

 

 「ユキの言う通りだナ。オネーサンには眩しすぎるゼ」

 「……ユキ? ユキ僕の話してたんですか?」

 「……まあナ。あと敬語はいらなイ。で、無駄話するために呼んだんじゃないんだロ?」

 「分かった。敬語はやめるね」

 

 一瞬言い淀んだのが気になるところだけど、僕にも時間が無いことを思い出して、本題を切り出すことにした。

 

 「——ギルド《断罪》について、教えて欲しいんだ」

 

 その名を口にした瞬間、アルゴの表情が曇る。

 

 「……それは2万コルだナ」

 「え、た、高っ!」

 「奴らは危険なんダ。それくらい貰わなきゃ割に合わねえヨ」

 

 アルゴは答えの代わりに手を突き出す。危険と言われてしまえば仕方なく、僕はコル譲渡画面を操作してアルゴにコルを渡した。一気に懐が寒くなって悲しい顔をするが、アルゴはどこ吹く風である。

 

 「毎度あリ。……でも、エー坊が奴らに関わらなきゃいけないなんてナ」

 

 アルゴが顔を歪めながら聞かせてくれた話は、実に恐ろしいものだった。

 

 ギルド《断罪》——最近結成されたばかりの犯罪者ギルドで、攻略組を標的に犯罪行為を繰り返している。《殺人》は今まで起こしたことはないが——それはアインクラッド中全てに言えることである——、そろそろ何か行動を起こしそうな気配があるらしい。

 

 「……僕、聞いたんだ。《キリトをやる》って……」

 「本当カ!?」

 

 僕が尾行中に聞いた会話をアルゴに伝えると、危ないことを、と叱ってから難しい顔で考え込んでしまった。

 

 「……奴らは第1層から危険思想を持ってたらしイ。恐らくユキの演説が始まりだろうナ」

 「ユキ……そ、そういえば」

 

 ユキの演説が原因で《断罪》が生まれた。それなら、ボス戦でユキのいた位置に剣が投げ込まれたのも辻褄が合う。——許せることではないが。

 

 僕が目をギュッとつぶったのを見て何かを察したのか、アルゴも目を伏せた。

 

 「奴らは犯罪者ギルドの癖に、攻略組と同程度の実力を持ってル。……だから間違っても1人で行こうとするナ。キー坊を狙ってるとしてもダ」

 「え……」

 

 流石はアインクラッド一の情報通。僕の行動まで全てお見通しのようだ。僕は力なく頷き、アルゴは話を続けた。

 

 「……ギルドの本拠地は20層《ひだまりの森 》」

 「キ、キリトがレベリングしてるところじゃん!」

 

 思わぬ偶然に唸るが、つまりは、あの男達が向かっていた先に、潜伏地があるということだ。……偵察だけでも済ませておこう。

 

 「だから、——そんな目をするナ。ユキみたいナ……」

 

 考え込んでいると、思わぬことを言われて面食らう。先程までは飄々としていたその瞳は、今は痛切な色に彩られていた。

 

 そうだ。アルゴはユキが攻略会議で見せた大立ち回りに協力し、その結果——ユキを失ったのだ。たぶんユキの()()はアルゴには伝わっていなかったんだろう。伝わっていたら、きっと僕のようにユキを何としても止めようとするだろうから。

 

 ユキのことは僕のせいなんだ、と口を挟めるような雰囲気ではなかった。アルゴはそれも分かった上で、やりきれない思いを抱えて自分自身を責めているのだろう。

 

 「ほんと、……ユキは勝手だよね」

 「……全くダ! オネーサンになーんにも言わず、勝手に死んじまってサ」

 

 アルゴは僕の顔を見ると、手を大仰に広げてそう言った。僕はそんなアルゴが見ていられなくて、……言おうか迷っていたことを告げることにした。

 

 「……ユキ、帰ってくるって言ってたからさ……帰ってきたらぶん殴っていいよ」

 「ハ?」

 「ユキ、相当自信ありそうだったから待ってていいと思うよ。帰って来なかったら、……僕が、ぶん殴っとく、から……」

 

 尻すぼみになる僕の言葉に、アルゴはケタケタと笑った。

 

 「……やっぱエー坊は面白いナ」

 

 *・*・*

 

 アルゴと別れた後、僕は宿に戻って考えていた。これから何をするべきなのかをだ。20層は虫モンスターが怖くて大してレベリングしなかったので、今日通った道はマッピングという形でマップに記録されているはずだ。だから、アジトに行こうと思えば明日にでも行けるだろう。むしろ行くべきだ。

 

 問題はそれから。倒してどうする? 犯罪者を黒鉄宮に送って終わり? ——終われる訳がない。《物語》に詳しい記述はなかったが、《シリカ》の話の時には、キリトは《タイタンズハンド》という犯罪者ギルドを壊滅させた。同様の犯罪者ギルドは多数あるとみて間違いないだろう。オレンジプレイヤーの始まりである僕には、オレンジを根絶する義務がある、とまでは言わないけれど、これは終わりのない話であることは明らかだ。人と人が憎み合うことは、止めることが出来ないのだから。

 

 僕がやりたいのは世界を救うことだ。救うって、何を、何から? キリトに関わるところだけを助けていけばいいのか? そもそも僕は、キリトが思い悩みながら活路を見出していくところに憧れを抱いたのではなかったか? 勢いだけで何も考えていなかった僕自身に、嫌気がさす。……この問題は、今考えることじゃない。今は目の前のことに力を注ぐべきだ。

 

 キリト。《月夜の黒猫団》との中も良好で、そのまま行けば壊滅を免れるのは必然だ。ならば僕がすべきことは、その日に《月夜の黒猫団》を襲う《断罪》を止めることだ。足止めくらいなら、僕にも出来るはず。キリトの疲れきった顔を見てしまったら、あの温かいギルドに包まれるキリトを邪魔できようはずもない。

 

 やはり、キリトを救うなら、このことはキリトには言えない。

 

 「大丈夫。大丈夫。今度は失敗しない——」

 

 問題は、《断罪》がどのタイミングで行動を起こすかだ。あくまで狙いはキリトのはずだから、当日にホームを買いに行くプレイヤーを襲うことは考えにくい。となれば、集まりきったコルとキリトが一緒にいる瞬間——前日の夕方。

 

 そこを守り切れば、丸く収まるわけだ。もしダメなら次の日もう一回行けばいいしね。

 

 *・*・*

 

 それから1週間、僕は《断罪》の足止めをするためにレベリングを重ねた。最前線が30層であるのに対し、僕のレベルは47。かなり高いと言えるだろう。そして今日。いよいよ作戦決行の日だ。

 

 そして、キリトが帰って来なかった。

 

 僕は黙って身支度をして、キリトがいるであろう20層に向かう。今日は1日後をつける。

 

 

 1週間ぶりに《隠蔽》を発動してキリトたちを見張る。《月夜の黒猫団》の空気は今日も和やかで、キリトの表情も、1週間前と比べれば穏やかだった。だがそんな時、キリトと目が合った。……え? そんな、僕の《隠蔽》を破ったって?

 

 僕が驚きで体を硬直させていると、キリトが迷いなくこちらに近付いてくる。

 

 「エネ、そんな所で何してるんだよ」

 「え……あ……」

 

 見破られるとは思っていなかった。あれから熟練度も少し上がり、今は835である僕の《隠蔽》を、高々600のキリトのそれが抜かすとは思わなかったからだ。

 

 なんだなんだ、と《月夜の黒猫団》のメンバーは僕の元に集まり、キリトは頭をかくと僕を紹介した。

 

 「——攻略する時のツレだ。エネっていう」

 「……まだ子供じゃないか、キリト」

 「いやーコイツこれでも結構強いんだぞ?」

 

 僕は人見知りが発動して、舌の根が凍ったように声が出なかったけど、メンバーは僕にこう言った。

 

 「なら、今日は一緒に狩りしないか? ホラ、1日くらい攻略は休みなよ」

 「とか言って。キリトをずっと縛り付けてる癖にな!」

 「……キリト、ごめん」

 

 リーダーの男性はその言葉を受けてキリトに謝るが、キリトは首をぶんぶんと横に振り、ぜんぜん大丈夫、と言った。

 

 「……う、うん。よろしく」

 

 僕はどうにかそう言うと、武器を上げて笑って見せた。後をつけるのも、一緒に狩りをするのも……同じ、だよね?

 

 *・*・*

 

 その後自己紹介をしてもらい、リーダーの棍使いはケイタ、前衛のメイサーがテツオ、短剣を使うのがダッカー、ササマルは長槍を使うことが分かった。キリトが助けに入ったのも頷けるバランスの悪さだ。サチはやはり片手剣には慣れないようで、キリトの手ほどきを受けている。

 

 そんな中で狩りをするのは、僕にとっては少し辛かった。笑い合うメンバーを見ると、どうしてもユキのことを思い出してしまう。

 

 お昼休憩に安全地帯に立ち入ると、メンバーから少し距離を置いて座った僕の元に、キリトがやってきた。僕を叱りつけるユキのような顔だった。

 

 「……《断罪》について調べてたんだろ」

 「なんでそれを」

 

 キリトにそれを言われ、僕は縮こまってしまった。アルゴだ。アルゴがキリトに言ったのだ。だからあの時、強く止められなかったのだ。

 

 「俺も追っているからだ」

 「え、じゃあそのために《月夜の黒猫団》に……?」

 「いや、それは……」

 

 キリトの顔に恐怖が宿る。僕に言いたくないことのようだ。——僕に心配をかけたくないのかもしれない。また、僕の存在が誰かを傷つけたのかと思うと、胸が張り裂けるような気持ちだった。

 

 「……教えて。僕はキリトを救うために、今《断罪》を追ってたんだよ」

 

 キリトは思い出したくないというように頭を抱え、その体は小刻みに震えていた。僕はその小さく丸まる背中を知っていた。かつての僕だ。僕は唇を噛むと、かつて瀬南がそうしてくれたように、キリトの頭に手を乗せた。やがて、キリトはぽつりぽつりと話し始める。

 

 「……追われてるんだ。ずっと」

 「……姿の見えない何か?」

 「プレイヤー、だと思う。《索敵》に引っかかるから」

 

 追われている——なまじ《索敵》スキルがあるから、自分を付け狙う輩の存在を四六時中感じることになる。ここで、僕はキリトが僕の《隠蔽》を破ったわけが分かった。僕が熟練度を聞いてから今まで、僕がディアベルでスキル上げをしたように、キリトもその何者かの尾行で熟練度が上がったのだ。

 

 「いつから?」

 「…………2ヶ月くらい前からずっと。寝ても覚めても、俺をじっと見てるんだ。一人になると、ソイツの吐息まで聞こえる気がして。だから、《月夜の黒猫団》の雰囲気に惹かれて……人の中に入っていたいと、思った」

 「っ!! 怖かったね……でも大丈夫だよ。僕が何とかするから」

 

 それが《断罪》なのだろう。キリトを疲弊させて弱ったところを殺す。なんて残忍なやり方か。僕は《断罪》が今日襲ってくるかもしれないと伝え、震えるキリトが落ち着くまで頭を撫でていた。

 

 その後午後の狩りも順調に行われ、4時頃には無事目標金額が集まった。その後、——何事もなく僕達は圏内に帰ってきた。

 

 襲撃は無かった。

 

 「……なかったね」

 「エネがいたからじゃないのか? ……今日は嫌な視線がなかった。ありがとう、エネ」

 「なんだよーキリト! お金貯まったしもっと元気に行こうぜ!!」

 

 キリトの儚げな笑みをぶち壊すように、テツオがキリトに肩をぶつけてきた。キリトは少し驚きながらも、その顔はいたずらっ子のようなものに変わり、ダッカーやササマルも交えて、まるで旧知の中のようにじゃれあう。——こんな日々が続けばいいのにな、と思った。

 

 *・*・*

 

 その日は早めの解散となり、僕も1日一緒にいた仲間に別れを告げた。久しぶりに宿でキリトと向かい合い、明日の話をする。キリトの顔も比較的落ち着いていて、もっと早く話を聞いてあげればよかった、と思った。近い存在だからこそ、会話がおざなりになる——それを、ユキとのことで痛感したはずなのに。

 

 「……俺は、あのギルドを抜けるよ。ホームも手に入れることだしな」

 「《断罪》を潰せば、キリトが怖い思いしなくて済むしね」

 

 キリトは目を伏せた。後悔しているようだった。

 

 「……俺は、お前を守ってやりたかった。だから意地になって、お前に相談ひとつしなかった。簡単な事だったのにな」

 「……僕の方こそ」

 「だから、1人で《断罪》に立ち向かう勇気もなくて、……ずっとあのぬるま湯の中にいたんだ」

 

 沈み込むキリトに、僕は口をひん曲げる。——今は、僕はユキになるんだ。傷ついたキリトを元気づけるために。

 

 「……キリトのくせに、いつまでもウジウジしてちゃダメ!! キリトのガ、ガ、……ガキンチョ!! ……もうひとりじゃないんだからさ。明日《断罪》潰しに行くよ」

 

 キリトはそんな僕の頭を撫でて、そうだな、と言った。《月夜の黒猫団》を抜ける、とキリトはメッセージを送信した。——意図していなかった動きが、《月夜の黒猫団》もキリトがいない中《物語》のような無謀な狩りはしないだろう。これで彼らの安全は守られたも同然だ。

 

 翌日。午前中に20層に向かうと、そこにはアスナとエギルがいた。僕とキリトは驚きに固まる。アスナはつかつかと僕達に歩み寄ってきた。

 

 「エネ君が怪しい動きをするから、アルゴに聞いてみたの。そしたら、《エネ君が《断罪》について調べていることをアルゴがキリトくんに言った》っていう情報をアルゴが売ってきたのよ」

 「な、なんと……」

 

 アルゴはとことん僕に世話を焼きたいらしい。……心配をかけていることに申し訳なくなったが、同時にこんなときに駆けつけてくれる《仲間》がいるのは心強かった。

 

 エギルはアスナが引っ張ってきたらしい。眠そうにあくびはしていたが、何も言わずについてきたところを見ると、どうやら心配されてしまったようだ。

 

 「……ありがとう。絶対、全員黒鉄宮行きにしよう」

 「私、団長から回廊結晶貰ってきたのよ」

 「俺とアスナが着てるマントは、現状最高クラスの《隠蔽》効果がある」

 

 なんかもう心強すぎて、僕は苦笑するしかなかった。

 

 *・*・*

 

(次の曲がり角を右、そこがアジト)

 

 僕の小声に3人は頷く。僕とキリトは《隠蔽》スキルを、アスナとエギルはマントの力を遺憾無く発揮し、僕達は完璧に《隠蔽》しながら進んでいた。でも、相手は僕の《隠蔽》を上回ったキリトの《索敵》を上回る《隠蔽》を持っていると予想される。1週間前は普通に知覚出来たから、僕がレベリングしていた間に彼らはまた熟練度を上げたのだろう。僕のミスだ。

 

 気付かれていると想定しながら進む。あくまでこの地を訪れた4人パーティーとして振る舞えば、多少は誤魔化せるはずだ。

 

 目前に迫る曲がり角からは、僅かに光が漏れる。そこをアジトにしている何よりの証拠だった。僕達は自然に通路に広がり、《断罪》が飛び出しても逃げにくいようにする。その時、

 

 ピロン、と通知が鳴った。集中しきっていた僕は飛び上がるほど驚いたが、なんとか堪える。どうやら周りには聞こえないタイプのものだったようで、《断罪》にも気付かれていないようだ。《索敵》にかかる3つの赤点は微動だにしていないからだ。僕は後続の3人に謝ると、さらっと流し読みする。

 

 ——スキル《偽装》が取得可能になりました。

 

 偽装? 物騒なスキルだな、と思ったのもつかの間、僕は入口に到達した。3人が息を詰めているのを感じながら、僕は短剣を構えて突っ込む。

 

 「動くな!! ギルド《断罪》は僕たちが潰す!!」

 

 おかしい。

 

 押し入った瞬間、《断罪》は待ち構えていたように武器を構えて突っ込んだ。——僕の後ろに。キリトとアスナがそれぞれ激しく刃を突き合わせ、戦闘を開始した。が、——《断罪》メンバーは二人しかいなかった。

 

 まさか。僕は今さっき通知された《偽装》スキルに思い至る。

 

 《偽装》スキルで偽装できるものは何か? 僕が今取得可能になったのが、《隠蔽》の熟練度上昇によるものだとしたら、それがもし《索敵》スキルや人の《視覚》まで狂わせるものなのだとしたら——

 

 「そ、そんな、そんなことって」

 

 キリトとアスナはほぼ同時に《断罪》メンバーを弾き飛ばした。その時に、キリトとアスナの背中越しに、にやりと笑う目と目が合った。僕が()()()()にようやく気づいたことを、笑っているのだ。

 

 「だめ、だめだよそんなこと!!!」

 「おい! エネどうした!」

 

 エギルが驚く中、僕は駆けた。間に合わなくなる前に。《物語》を救うために——

 

 *・*・*

 

 僕が2()7()()にたどり着いた時、転移門前でケイタがウロウロしていた。悪い予感に身を焦がされながら、僕はケイタに問う。

 

 「ケ、ケイタどうしたの?!」

 「エネか……実は」

 

 テツオのメイスが部屋に落ちていた。

 なのに、ギルドメンバーはテツオの提案で狩りに行くことにしたらしい。——武器も持たずに?

 

 僕は全身の血が沸騰するような怒りを感じた。《断罪》はキリトを弄ぶだけでなくキリトの大切なものまで——

 

 「許さない、許さないぞ!!」

 「お、おいどうしたんだよ!!」

 

 気付けば走り出していて、僕の体は燃えるように赤く染まっていた。もう、彼らの悲鳴まで僕の耳には聞こえるようだった。

 

 迷宮区を奥に奥に進む。僕の頭にはガンガンに悪意が届いていて、彼らが通った道が手に取るように分かった。そして行き着く先に、——今まさに宝箱を開けようとしている《月夜の黒猫団》の姿が見えた。足に力を入れて、限界を超えて進む。

 

 「だっ、だめ————っ!!」

 「エネ?」

 

 僕が部屋に滑り込むと同時に、アラームトラップがけたたましく鳴り響く。今しがた入ってきたものを含む3つの入口から、怒涛のようにモンスターがなだれ込んで来た。

 

 死が、見える。

 

 そして、隣に恐れていた顔があるのも確認した。

 

 「あ……」

 

 僕はモンスターに囲まれながら、()()()の顔を見た。その手には使えない()()()()が握られていて、顔は驚愕に歪み——()()()が解けて、先日見た《断罪》のメンバーの顔に変わる。僕と目が合うと、目を見開いて言葉を口にした。

 

 たすけてくれ。

 

 僕は目の前が赤熱し、気付くとソレを殺していた。怯える《月夜の黒猫団》は3人で身を寄せ合い、叫ぶことも出来ない。

 

 「————っ!!」

 

 熱い。体が燃えるように熱かった。心臓から熱い血液が全身に周り、脳細胞に至るまでのすべての細胞が沸騰しているように感じる。

 

「あ、ああああ……ダメ……死んじゃ、ダメ!」

 

 内なる《感情》に突き動かされて、モンスターの群れの中に飛び込む。死ぬかもしれないとか、そういう理性的なことは全く考えられなかった。

 

 僕はその背に3人を守りながら無我夢中で剣を振るう。いつの間にか発動していた《逆鱗》の力も借り、モンスターを潰していく。意識は擦り切れて白くなり——

 

 

 

 

 ——気づいた時には、モンスターは1匹もいなくなっていた。

 

 それを知覚したのも、何とか頭が回るようになってからだ。どれくらいの時が経ったのかさえ分からない。震える手から剣がこぼれ落ちるとともに、僕はがくりと膝をついた。

 

 「おわり……?」

 

 だが、体はどくりどくりと熱い血が巡るように興奮していて、あまりの苦しさに喘ぐ。

 

 あ、そうだ。僕は3人を守ろうとして——

 

 気力を振り絞って振り返ると、その時に生きていたのはたった独りだけだった。サチ——臆病な彼女は、ダッカーとササマルに守られて死を免れたのだろう。だが、そのHPは今目に見えて減少していた。その光景に、目の前が再び赤くなる。

 

 「し、死んじゃダメ」

 

 僕は動かぬ体に鞭打ち、ガタガタと震えるサチにポーションをかける。減少速度が弱まった時に、何故サチのHPが減っているかに気が付いてしまった。——このスキルのせいだ。

 

 僕は弾かれたように飛び退き、懸命に心を鎮めようとするが、スキルは中々解けない。結局、どういう訳か僕の居場所に追いついてきたキリトに抱きとめられるまで、僕はそのままでいた。




ごめんなさい。ゴチャゴチャしてて良くわかんないですよね……
前半でアルゴ出てきたの覚えてますか……? 私は執筆後にアルゴの存在を忘れていました()

書き溜めからズレ出すストーリー。やばい。

追記:原作未読の方(いらっしゃるか分かりませんが)に向けて、月夜の黒猫団は27層で、いろいろあって壊滅します。


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9:その感情の向こう

9話です。
今までの超ハイペースは、はやくユイが出るところまで進めたかったからです。この話はやはり鬱回ですが、そろそろユイが出始める……はずです。でも書き溜めと少しずれてるので何話か挟むかも知れません。

5/14修正しました


 エネをアスナに預け、俺は1人アインクラッドの外周部に来ていた。まだ時刻はお昼頃で、太陽がきらきらと城を照らしているのが見える。

 

 《断罪》を縄で縛り付けて回廊結晶で黒鉄宮にかつぎこむ前に、エネが突然走り出した心当たりについて聞いた。《偽装》というスキル——《隠蔽》の熟練度が850になると生えてくるらしい——を使ってテツオと《断罪》のメンバーをすり替え、俺のいなくなった《月夜の黒猫団》を扇動して、27層という彼らのレベルからしても少し危険な層に連れ出すという命令があったそうだ。命令主を聞こうとしたが一向に喋らず、それよりエネを追いたかったため、聞かずに投獄した。

 

 ケイタには震えるサチを引き渡し、事の顛末を話した。絶望に染まった目で、サチを救ってくれてありがとう、と言った。

 

 27層からは、トラップの厄介さが一段上がる。彼らがいた部屋のつくりからしても、短剣のシーフ型だったササマルが罠解除に失敗して何かしらのトラップに巻き込まれたということは確実だった。そして、テツオに扮した《断罪》のメンバーは、俺がその場に向かった時にはいなかった。エネのカーソルがオレンジだったから、……そういうことなのだろう。

 

 あの時、エネの体はこれまでに見たことがないほど赤かった。全身を真っ赤な鎧が覆い、触ろうとするだけでダメージを負う有様だった。これは、もしかするかもしれないが……と考えたところで俺は首を振った。どうしたらいいのか、分からない。エネを殺人者として糾弾するのが正しいことだとは思えないが、それは事実だった。

 

 これは、俺の中で留めておこう。無意識に《月夜の黒猫団》よりエネを優先した自分自身が嫌になる。でも、エネはこんな俺を慕ってくれていて、俺が憧れるユキの忘れ形見で。

 

 俺は手すりに乗せられた腕から目線を外し、前を見た。青い、蒼い空が、一面に広がっている。見ているだけで吸い込まれてしまいそうだ。

 

 それと比べて、俺のなんと小さく無力なことか。

 

 こうしている今も、俺の《索敵》範囲には俺をつけまわすアイツがいる。考えるだけで手が震えてきた。——もう、だめだ。あの空に飛び出してしまったら、どんなに楽になるだろうか。

 

 それは逃げだ。分かっていた。でも、よろよろと手すりから身を乗り出す体を止めることが出来ない。ぐっと両手に力を込めて、手すりに飛び乗った——その瞬間、物凄い力で背後に引き戻された。

 

 誰かが、助けてくれたのか? こんな俺を?

 

 

 

 と思いたかった。

 

 「——あ」

 「大変だったわね……《キリト》」

 

 俺をきつく抱きしめるのは、若い女だった。——こいつだ。こいつが、俺をずっと付け回していた、女なのだ……

 

 この、甘ったるい香り。吐息を想像するだけで体が震える相手が、俺を慰めるように撫でている。気持ち悪い。何なんだお前は。女は強い芳香を漂わせながら、俺の首元に頭を埋めた。舌の根が凍り、悲鳴すら上げられなかった。

 

 「なんの、つもりだ……俺をつけ回して」

 「私はキリトがコワい人達に追われているのを助けようとして、……でも勇気が出なくて、ずっと追っていたの……ごめんなさい。もっと早く、私が動いていれば」

 

 やっとのことで出した声には、気味の悪い、捻じ曲がったような甘い声が返ってくる。耳が痺れていくような響きの中に、隠しようもない狂気が覗き、体が蔦に絡め取られていくような錯覚を覚える。

 

 「……そう、だったのか」

 「ええ……あなたが辛いのを分かってあげられるのは私だけ……行きましょキリト」

 

 分かっていても、抗えない。何か強大な力が俺に流れ込んでくる。あれだけ脳内でガンガンに鳴っていた警報も力なく消えていった。動く気力もない。女に《支配》されてしまったような感覚を覚えながら、体の力が抜けていき、身を預けるような姿勢になる。目の前までぼやけてきて、とうとう気を失う——

 

 ——その直前、俺の中の1箇所が弾けた。赤い怒りが、俺の心を染め上げていく。血を吐くような熱を覚えながら、意志を口にした。

 

 「……嫌だ」

 「え……?」

 

 女が一瞬気を緩めた瞬間、魔術のような《支配》は消え、俺にはすべての謎が解けた。どういう訳か、この女は俺を引き込むことにご執心らしい。

 

 《断罪》をけしかけたのもこの女。テツオの身代わりを悪質なトラップにはめたのもこの女。エネを、《月夜の黒猫団》を苦しませたのはこの女なのだ。俺の中にあったエネの意志が、不思議な力となって俺にそれを伝えてきた。否、——この女の考えていたことが、伝わってきたのか。

 

 俺は全身全霊をもって、言葉を形作る。

 

 「……触るな。お前みたいな外道には靡かない」

 「…………な、何で……」

 

 女は呻くと、唐突に姿を消した。《隠蔽》でも《偽装》でも使ったのだろう。それを理解した時、今度こそ止めようもない涙が俺の目から溢れた。

 

 *・*・*

 

 僕が目覚めると、辺りは夕方だった。午前中に何が起きたかを思い出そうとして、頭に鋭い痛みが走る。——ああ、そういえば《逆鱗》がこれまでにないくらい強くて、僕は……飲まれたんだっけ。

 

 トラップアラームが鳴ってから、僕の記憶は鮮明ではなかった。《物語》を救うために《月夜の黒猫団》を背に戦ったことは覚えているが……いや……確か。

 

 僕は人を殺したのだ。躊躇もなかった。《逆鱗》の赴くままに剣を振って、気づいた時には、《断罪》の男を刺していたのだ。いや、もしかしたらそれ以上も……

 

 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 僕はまた間違えた。しかも今度は、もう取り返しようもない。人の命を奪うなんて、そんなのお母さんも瀬南もダメと言うに決まっている。

 

 それだけじゃない。僕は今回、ユキの《物語》が全てだと思い込んで行動したのだ。——そんなこと、あるはずないのに。そもそも《断罪》という組織すら、《物語》にはなかったのだから。そんなことも考えず、ただ傲慢に、怠慢に《物語》を信じ続けた。《断罪》がどんな手でこちらを陥れようとするのかなど、考えもしなかった。——僕の力が足りなくて、また人を傷つけてしまったのだ。

 

 ユキが死んで、力が欲しいと思った。でも、僕はその力に飲まれた。《感情》のままに力を振るって、台無しにしたのだ。……やっぱり僕は何も出来ないただの……

 

 そんな時、がちゃりと扉が開く音がした。それで、僕が部屋に運ばれて、ベッドに寝かされていたことに気付いた。それに驚いて顔を上げると、泣きそうなアスナと、疲弊しきったキリトが見えた。

 

 「……エネ君。全部——聞いたよ」

 「…………ユキ」

 

 アスナの顔を見ていたら、急にユキの名前が浮かんできた。ユキに会いたい。また何も出来ない僕を、守って欲しい。もう、何もしたくない。

 

 「ユキ……ユキ……」

 「エネ」

 

 ——瀬南。

 

 アスナは僕を悲しそうに見つめていた。だが、アスナが僕に触れるより前に、僕の腕をさっきまで項垂れていたキリトががしっと掴んでいた。その目には獣のようなギラつきがあって、僕はそれに《飲まれた》。何か、大切なものを守る——そんな覚悟が見えて、ごくりと喉を鳴らす。

 

 

 そのまま、僕はキリトに連れ出されて、暗くなりかけた街を屋根の上から見下ろしていた。キリトは確かに疲れていたけど、昼間見たような怯えや恐怖はもうどこにもなかった。それを感じて、僕はまた俯いてしまう。

 

 「……どうすればいい? キリト」

 

 奇しくもそれは、僕がユキに繰り返し尋ねた言葉だった。自分じゃどうしようもなくて、僕の中で絶対者だったユキに、助けを求める言葉。ユキが死んでから、久しく言っていなかった。

 

 「……一応、お前に事件のあらましを話しておくよ」

 

 キリトは少し考えた後、そう言った。謎の女がすべての黒幕で、ことによると《断罪》のあの男も、女に操られていたのではないか、ということ。そしてその女は、キリトをつけ回していたプレイヤーだったということ……

 

 「お前を助けた後、……なんかもう死にたくなって、外周区に行った」

 「え……」

 

 《物語》の主人公が生を諦める。その事の重大さに、僕は言葉を失った。僕が憧れた《キリト》が——とまで考えて、口を噤む。キリトだって人間だ、と僕は分かっていたはずなのに。

 

 「そうしたら、その女がとうとう目の前に現れて……囁かれた。《あなたの苦しみを分かってあげられるのは私だけ》ってな」

 

 苦しんで痛めつけられて絶望して……そんな時に、そんな言葉を言われたら、人は簡単に堕ちてしまうだろう。僕は冷や汗をかく。

 

 「俺もダメになりかけた。でも、その時に、お前の力が俺の背中を押してくれたんだ」

 「……それって、《逆鱗》のこと?」

 「ああ。そのおかげかな——俺は今、お前の心が分かる」

 

 キリトはよく分からないことを言って、僕の目をのぞきこんだ。キリトの真っ黒な瞳に映る僕は、泣き疲れた子供のような顔をしていた。

 

 「力に——《感情》に飲まれた。このスキルに負けて、人を殺した。もしかしたら《月夜の黒猫団》の2人を殺したのも僕かもしれない」

 「……な!」

 「僕には生きている価値はない。ユキがいなかったら何も出来ないただのガキだ。力を欲したあまりにこうなったのなら、もう何もしたくない」

 

 キリトの瞳は赤く光っていた。僕が《逆鱗》を使っている時のような輝きがキリトの瞳に宿り、僕の心を透かしていく。キリトの口が、弧を描いた。

 

 「……でもそれでいいのか?」

 「いいの」

 「何も出来ないガキに戻っていいのか?」

 「戻っていい」

 「悔しくないのか?」

 「悔しくない」

 「《物語》を救うんだろ?」

 「救わない」

 「バカ」

 「アホ」

 「逃げるのか?」

 「……」

 「負けたままでいいのか?」

 「……」

 「笑われるぞ?」

 「……」

 「ああ、こんなもんか」

 「……」

 「ユキは残念なやつのために」

 「うるさい」

 

 ユキ、の名が出た瞬間、僕の中で何かが弾けた。瞬間的に剣を抜き、キリトの胸に突き立てる。ここは《圏外》だ。少しでも動けばキリトにダメージが入る。

 

 行動に気がついた時には僕の腕は恐怖に震え、反対に刃を向けられるキリトは穏やかな顔をしていた。

 

 「……ほら、お前は今《私》に飲まれなかった。それは何故か分かるか?」

 「…………でも、僕は」

 「しょうがないから大ヒントをくれてやろう。《私》はお前の豊かな《感情》パラメータに導かれて宿った。お前が力を——《私》を振るいたいと思うならば、怒りに身を任せるのではなく、強い信念を持って叫びなさい」

 

 その言葉に僕は短剣を落とす。それを満足そうに見つめたキリトの目には赤い涙が浮かび、それに気付いたキリトの顔が苦しみに歪んだ。

 

 「もうこの体は《私》に耐えられないようだ。——お前はこの世界の《希望》となる。それまでは足掻いて見せろ」

 

 僕が声の持ち主に何か言い返す前に、キリトの瞳はぼんやりと黒く戻り、そのまま気を失って僕に倒れかかってきた。——今のは、《逆鱗》の声……?

 

 この世界に負けるな、と励まされたのか。……この世界に、勝つ?

 

 そう考えた途端、涙が出てきた。ユキが出来なかったことを、僕ができようはずもない。《物語》という強大な世の理に、僕達哀れなプレイヤーは縛られるしかない。

 

 でも……

 

 ハッとした。僕達は《物語》にやられて心に傷を負った。けれども、考えてみれば第1層ではディアベルを救い、今日もサチとケイタは救うことが出来た。

 

 加えて、ユキはナーヴギアに抗おうとしたのだ。——それが成功したのかは、誰にもわからないが。それが分かるまでは、僕はこの世界に負けてはいけないのだ。僕ばかりが、逃げてはいけない。

 

 殺人という重みは僕を粉砕せんとばかりに肩にのしかかってくる。僕はササマルとダッカーについて、サチに聞かなければならない。逃げることは許されない。それは、世界に、《物語》に屈したということだから。ユキが抗って生かした僕が、それに屈することは許されない。

 

 昼間のことを考えるだけで身が引きちぎれるような痛みが走るが、どれだけ時間がかかろうと、僕はこのことを乗り越えなければならないのだ、と思った。

 

 そして、ああ、これも《逆鱗》の導きなのかな、とも。

 

 「ユキ……瀬南……僕は……」

 

 *・*・*

 

 「——瀬南——」

 

 キリトがエネに剣を突きつけられた瞬間には、アスナは飛び出してしまおうと思った。2人の精神が疲弊しきっていることは分かっていた。2人きりにしたら、何かが起こると思って付いてきたのだ。

 

 だが、キリトが気を失ってからついでエネも眠った時、風に阻まれて今まで聞こえなかった声が、アスナの耳にふわりと届いた。

 

 ——瀬南。それはアスナの兄の名前だった。

 

「……っ」

 

 そんなはずはない。本人であるはずはない。だが、アスナの動揺に反して脳内には攻略会議のときのユキの姿が思い出された。エネが焦がれる相手などユキ以外に思いつかなかったからだ。

 

 あの無茶苦茶なやり方、何故か隠していた顔、そして、記憶の中のものよりは大人びていたが、人を安心させるような声。——彼が兄なのだ、とアスナはどこか納得してしまった。

 

 同時に、怒りが湧いてくる。

 

 「な、なんなのよ……私のことは放っておいた癖に、エネ君には優しくするの……?」

 

 アスナは自身の醜い思考に嫌気が差した。でも、そう考えるのはやめられなかった。首を振ると、サチの元へ行って先程戻ってきたエギルを呼んで、2人を屋根から下ろすことにする。

 

 目覚めたら、聞き出す。アスナはそう決心した。

 

 *・*・*

 

 「ねえキリトくん」

 「……アスナ」

 

 俺はアスナの目を見ることが出来なかった。昨日、ユキとの《俺のことをアスナに知らせない》という約束を守るためにエネを連れ出し、二三言話したところまでは覚えているが、気付けばベッドに寝かされていた。起きた時にはアスナからのメッセージが入っていて、——会いたい、とのことだった。

 

 それに震えつつエネを起こさぬように宿の外に出ると、アスナは既に待ち構えていた。その顔を見ただけで、俺はその約束を破ってしまったのだと悟った。

 

 昨日は宿屋の屋根の上に居た。当然アスナも近くに居ただろうし、何ならボロボロの俺たちを放っておけなかったアスナは俺たちを追ってきたのだろう。そこで何を聞き、俺に何を聞きたいのかは火を見るよりも明らかだった。

 

 ——すまんユキ。お前はとことん……

 

 アスナのヘイゼルの瞳が、硬い光を帯びる。

 

 「……ユキのこと、知ってる?」

 「……ああ。お前の兄だ。名前は瀬南、だろう」

 

 アスナは顔を歪め、細かく震える。俺に2人の家庭環境を推し量ることは出来なかったが、どうしようもないすれ違いがあったことだけは確かだと思う。そしてそれは、アスナにとっては受け入れ難いことであり……

 

 「……なんで、教えてくれなかったの。あんな人兄なんて思ったことないけど……一応家族なのよ……」

 

 口ではそう言うものの、アスナはユキを家族だと認識しているのかは怪しかった。

 

 「ユキが、言うなって俺に言い残して行ったんだ」

 「なにそれ」

 「アスナに心配かけたくなかったんじゃないか?」

 

 俺の言葉はどうやら彼女にとって地雷だったようで、耳を塞いで座り込んでしまった。俺は、そんな妹に声をかける術を持たない。俺自身、リアルの妹を避け続けていたからだ。俺は安易にアスナの頭に伸びる手を引っ込め、しゃがみ込んで同じ目線になる。

 

 「アスナ、瀬南がどんな人だったのか教えてくれないか」

 「……勝手な人よ。私が物心ついた時には、もうあの人は何かが違ったわ。周りの男の子が叫んで走り回ってるとしたら、あの人は怖い顔をして本を読むか、明らかに計算されたトレーニングをしてた。幼ながらに気味が悪かった」

 

 俺はそんなユキの姿に覚えがあった。ベータテストの時、ユキは人を寄せ付けないオーラで《鬼》と呼ばれるほど、戦闘に邁進していた。まるで、その向こうにある()()に急き立てられているような印象を受けたものだ。

 

 「……それだけならまだいいわ。あの人は、私のことは愚かお母さんやお父さんのことも眼中になかったの。それでいて、優秀だった」

 

 《鬼》のユキと、エネを守るユキ——2つの相反する像が俺の中に現れ、それは確かな気持ち悪さを俺に与えた。

 

 「でもあの人が中学生の時ね。バレたのよ」

 「何が?」

 「あの人がネットゲームに夢中になってたこと」

 

 アスナの顔は凄惨なものだった。絶望と喜色が入り交じり、自分でも感情の整理がついていないものと見える。さらに、アスナの家庭環境は、ゲームをすることすら許されない厳しいものだったのだと思った。そんな環境なら、ユキはもしかして——

 

 「私は清々したわ。これであの人も、好き勝手をやめてお母さんとお父さんの言うことを聞いて——レールに乗って将来を進むようになると思ったの。浩一郎兄さんと同じでね。でも、違かった。急に部活を始めたと思ったら、2ヶ月で部のトッププレイヤーになって、高校もスポーツ推薦で決めてしまった。お父さんは怒ったわ。スポーツじゃ食べていけないって。……でもあの人は曲げなかった。親戚に頭を下げて回ってお金を集めて、たった1人で東京の私立高校に行って一人暮らしを始めた。多分ゲームをやるためでしょうね。その為に、家の環境が邪魔だった」

 

 アスナの声に、悲痛な響きがこもる。

 

 「……それからどうなったと思う? 私は、兄と思ったこともない、ほとんど喋ったことのないあの人の《代わり》になったの。勉強もスポーツも、あの人には何1つ敵わないのに……私が何をしても、小学校のころのあの人と比べられる。ああでも、お母さんとお父さんは私を愛してくれた。それだけは勝っていたかもしれないわね」

 

 そう笑うアスナのことを、俺は思わず抱きしめてしまった。ユキに向ける敵意の奥に、彼女の叫びが聞こえたからだ。アスナは俺を振りほどかなかった。

 

 「…………私、あの人が愛した世界を否定するために、もう1人の兄に頼み込んでナーヴギアを譲ってもらったの。エスカレーター式に高校は決めてたから、ゲームを数日やるくらいの暇はあったわ。プレイしてみて、こんなものねと思った。初心者の私でも攻略組になれる。でも、あの攻略会議のユキの言葉に、——私は納得してしまった。キリトくんのことを悪く言うわけじゃないけど、利己的なベータテスターは人間のクズだと思ってた。それを覆されたの。————また、あの人に負けていた、ってわけね」

 

 俺の心も震えた。俺の勝手で、こんなに傷つく人がいるのだ。妹——直葉にどれだけの痛みを与えてきたことか、推し量ることも出来ない。俺は何も出来ない自分に心で悪罵を吐きながら、震える声でこういうことしか出来なかった。

 

 「……アイツ、戻ってくるってエネに言い残したらしい」

 「戻って……!?」

 「ああ。お前の知る無茶苦茶なユキだ。だがな、エネはそんなことをいつまでも信じてる。だから、——戻ってきたら、思ってることを全部ぶつけてやればいいと思う。すまんアスナ、俺じゃ、力になれない……」

 

 絶望に沈む俺を、アスナは強く抱き返した。それまでは、2人で生きよう。そう言っている気がして、俺の目からも涙がこぼれた。

 

 「分かったわ……エネ君のことも、全部聞き出して、土下座させてやる……」




ユキ「大変なことになってる」
彼は今何をしているのでしょうか……

あの……もし分からないとかありましたら質問してくださればお答えします。本当は本文で表現すべきだとは思うのですが自信がありません……いつも読んで下さりありがとうございます。


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10:その花畑の向こう

10話です! 祝!
この話は閑話的要素が強いです。11話もそんな感じです。
鬱度が少ないと文字数が減ります! 今までで一番少ないです。(でも5000字は超えている)

12話からエピソード・ユイ始まりますのでよろしくお願いします。

5/15修正しました


 「……はぁあ……」

 

 逆鱗、と呟いてみても、うんともすんとも言わない。《月夜の黒猫団》事件から約半年、そろそろクリスマスという時分だったが、僕の心はまだコレを受け入れていないようだった。《逆鱗》を使うに足る感情の波が起こらないのである。

 

 熟練度の問題か、と思ってひたすらにスキル上げをした結果、カンタンにカンストできた。スキルの効果が発動しないのなら、起きている間じゅうずっと使っていても生活に支障がなかったからである。その結果今まで1つも無かった技と呼べるものが生えてきた。名前は《エクスプロージョン》——爆発という意味だとアスナに教えてもらったが、使えないため、効果も何も分からない。

 

 この半年を振り返ると、何も無かった。何も無かったのだ。1つ何か言うとすれば、《偽装》の悪質さが余りにも行き過ぎているので、今まで繋がったことのなかったGMコールを攻略組総出で(シフトを組んで24時間体制となって)連打し、スキルの効果をごく初歩に限定させることに成功したことが挙げられる。茅場晶彦はやはり何処かで僕らを監視していたということが明らかになり、それはそれで一悶着あった。

 

 キリトをつけ回していたという女も、僕がずっと心配していた犯罪者ギルドも、ほぼ目立つ動きを見せていない。《物語》も今は空白だ。何故なら、《物語》の《キリト》は今、《月夜の黒猫団》のことで精神的に参っているからである。——それはある意味正しい。キリトもこの頃は攻略に消極的なのだ。

 

 「精神的に、ねえ」

 

 僕は呆れたように目の前の光景を見る。キリトとアスナがいる。それはいい。だが、2人で手を握りあってソファで眠っているのだ。

 

 《月夜の黒猫団》が壊滅した日。僕はキリトに無理やり励まされて何とか正気を保つことに成功したが、目覚めてみると、アスナが急にキリトとの仲を詰めだしたのである。キリトもキリトで後ろめたさがあるのかされるがままで——今となってはただのバカップルになっている。

 

 早くない? 《物語》じゃ、この展開はゲームクリア寸前、来年の秋なんだけど。

 

 良くわかんないけど、傷心中のキリトにアスナが擦り寄った……のだろうか。いや、流石にアスナもそこまで外道じゃないか。

 

 何にしても、恋愛、結婚には僕は興味がない。僕の知る父親ってあの父親しかいないし……あんなのになるくらいなら、僕は死ぬ。お母さんと僕を見捨てたあの男は、許されてはならない。

 

 

 「なあエネ」

 「なに?」

 

 僕はキリトの声に顔を上げる。——また知らないうちに膝を抱えていたようだ。僕は曖昧に笑ってキリトの方に向き直る。アスナは申し訳なさそうに攻略に向かって行った。キリトはそれを、まるでお母さんと離れ離れになった僕のような目で見ていた。

 

 「……俺、アスナに告白したいんだけど」

 「はあ?」

 

 ——だから、その突拍子もないお願いには心底驚いた。

 

 「何? 2人ともまだ付き合ってすらなかったわけ?」

 「……分かるだろエネなら……こんなのは《恋愛》じゃないんだ。依存だ……」

 「どっちでもいいから」

 

 半年経ってもスキルすら使えるようにならない僕と違って、キリトはほぼ立ち直っている。流石にサチとケイタに連絡を取る勇気はないようだが、やはり僕にはキリトが眩しく見えた。それに合わせてつっけんどんな対応をしてしまう自分は、心底ガキだと思う。

 

 キリトは迷惑がる僕の手を掴み、キラキラした目で言う。

 

 「お願いだ。アルゴにいいクエ教えてもらったから、一緒に下見してくれないか……」

 

 *・*・*

 

 「で、それがここ……と」

 「あ、ああいい所だろ」

 

 僕がキリトに引っ張られてやって来たのは、47層《フローリア》。最前線にほど近いという理由の他に、あたり一面花畑でモブも少ないという、アインクラッドきってのデートスポットとしても賑わっている。

 

 カップルが沢山いるが、今の僕は少し気が滅入っているのもあって気持ち悪いとしか感じなかった。

 

 「冬なのによく花咲いてるよね」

 「……エネ」

 

 突然、キリトが僕の頭を撫でてくる。それを振り払おうとしたけど、手がうまく動かずに困惑した。

 

 「……離して。で、フラグはどこで取るの?」

 「……あそこだ」

 

 キリトが指差す先は、フィールド一面に広がる花畑の端っこ。三面を森に囲まれた花畑だった。その入口には金髪の少女が立っている。

 

 「《花畑の主》ってクエストだ。2人用の奴で、男女ペアでクリアするとご褒美があるって話だ」

 「分かってるならアスナと行けばいいのに」

 「そこはほら、あれだ。先にクリアしておいて、アスナをエスコート出来るようにするんだ」

 「呆れた」

 

 だが、僕らはその認識を5分で取り消した。そのクエストは断じて《イチャラブ》クエストなどではなかった。

 

 金髪の少女に話しかけることでクエストは開始され、最近花畑に現れる悪魔を退治することになる。が、現れた真っ黒な悪魔は花畑を焼き払ってしまう。逃げるそれを追って森の奥地に辿りつ——けないのだ。

 

 森の中は断崖絶壁。足を取られれば入口まで流されかねない激流。ソードスキルでもビクともしない邪魔な倒木に、無駄に凝ったアスレチック。2人用クエストとかいう次元ではなかった。辛うじて、1人では出来ないような仕掛けが施されているんだろうなと推察できる箇所はあるが、ぶっちゃけそれ以外の要因で先に進めなくなっている。

 

 結局川に流されてびしょびしょになり、花畑の入口に放り出されて、僕は拗ねて膝を抱えているわけだ。

 

 「キリト、聞いてない」

 「……いや、でも楽しかったな?」

 「命の危険を感じたよ。こんなのやるの?」

 「……ほら、俺とアスナはそれくらいの方が」

 

 その時、ピコンと通知が入った。《月夜の黒猫団》以来、急な通知も見逃せなくなってしまった僕は、それがディアベルからのメッセージだと分かっても、食いつくように読み込んでしまう。

 

 ——オレと一緒にクエストやってくれないか? 47層で待ってる。

 

 添付された地図のデータは、まさに僕がいる地点を指していた。僕はぎぎぎという音を立てながらキリトにそれを見せる。キリトは顔を青くして、僕に引きつった愛想笑いを見せると、光の速さで去っていった。

 

 ディアベルの場合は、ちょっと違うだろう。やめて、2人きりにしないで。ああ、どうかディアベルが急な腹痛に襲われますように、という願いも虚しく、メッセージが入ってから幾許もせずにディアベルはやってきた。……あ、僕も逃げればよかったのか。

 

 案の定、ここにいる僕にディアベルが笑顔になる。

 

 「……エネ! 来てくれたのか、ありがとう! このクエスト——オレとエネなら上手く出来ると思うんだ」

 

 今さっきキリトとやって逃げ帰ってきたけど。なんて言う暇もなく、本日2度目のフラグを取ると森の中に突っ込んだ。

 

 *・*・*

 

 「え……?」

 「やっぱり。読みが当たった」

 

 呆然と立ち尽くす僕の前に広がっていたのは、鬱蒼とした森だった。——そう。人を拒むような魔境ではなく、精々《リアルでは行きたくない》レベルの森にランクダウンしていたのである。獣道も僅かながら存在していて、歩いて進むことが出来た。

 

 ディアベルは読みが当たったと言う。読みも何もこれはどういうことだ?

 

 「……どういうこと?」

 「ふはは。内緒さ」

 

 ディアベルの無駄に整った顔がウインクを決める。そんな所も《騎士》なんて呼ばれる所以なのだが、僕の体には鳥肌が立った。……こういう所がなければ、ただの凄い人なのだが。僕がディアベルに抱いていた幻想は、なくなっていた。ただの変な人だ。

 

 「さあエネ、次の分かれ道は多分右だ!」

 

 その道は——行き止まりだった。

 

 *・*・*

 

 「ええ……」

 「ここが、奥地の……ようだな……」

 

 僕とディアベルは息も絶え絶えだった。ディアベルが一度道を間違えると、急に迷ってしまったのだ。何と角を曲がるたびに変わるマップ。一度思い切って2手に別れたこともあったが、——何故か合流した。

 

 まるで森に《進むな》と阻まれているような悪質さだった。そして、目の前には全身をツタで覆われた巨大なイノシシが寝ている。全然悪そうな奴には見えない。逃げた悪魔は見た目真っ黒だったし。

 

 「……これが悪魔?」

 「……ここに来て悪魔がやってこないなら、もうコレを倒してみるしかないんじゃないか? カーソルとHPはあるぞ」

 「……クエストは《花畑の主》って名前なんだから、もしかしたらコレ主なんじゃ……」

 

 僕とディアベルがぼそぼそ話していると、イノシシの目がカッと開いた。

 

『花畑を焼いたのはお前達かーー!!』

 

 ぶもおおお、と吠えるイノシシから、そんな副音声が聞こえた。……え? デートスポットの層にそんな胸クソ悪いクエあるの? 濡れ衣ッ!! だが、そんな心の叫びも虚しくイノシシは突っ込んできた。

 

 「ディ、ディアベル……」

 「やるしかない!」

 

 僕たちはわけも分からぬまま剣を振った。HPが削れる度、何故かだんだんイノシシの顔が怯えていく。僕たちは本当に悪いことをしているんじゃないかと思えてくるから不思議だ。

 

 

 

 幸いにも強さは47層の、良くいる中ボス程度だったので何とかなった。最近ボス攻略に行かない僕と違い、ディアベルの剣技は冴え渡っていたからだ。

 

 最後のHPが削り切られると、イノシシは爆散した。

 

 そして、特に通知もなく取り残される僕達。結局数分待っても音沙汰なかったため、森に入って逆に辿って帰った。進むのは難しかったが、出るのは驚くほど簡単だった。やはりこの森は入るプレイヤーによって難易度が変わるよう、調整されているのだろう。

 

 *・*・*

 

 「な、何はともあれクリアはしたようだな……」

 「通知来ないクエって初めてなんだけど」

 

 落ち着いたところでクエスト一覧を見ると、クリア済になっていたため、僕たちは余計に困惑した。入口にいた金髪の少女がやたら驚いていた(つまりクエスト前とは違う行動を示した)ためクリアはしたのだろうが……やはり男2人でクリアしたのは不味かっただろうか。

 

 頭を回す僕の肩を、ディアベルがとんと叩く。

 

 「ありがとうエネ。これで彼女とこのクエストが出来るよ」

 「……彼女いたんだ」

 「あれ、ガッカリしたかい?」

 

 彼女がいた事には素直に驚いた。あれだけ僕にベタベタしていたディアベルが彼女を作るとは思わなかったのだ。僕はディアベルを無言で殴ると、さっさと帰った。一応キリトにも報告してやろうと思ったのだ。

 

 *・*・*

 

 「……と、言うわけなんだ」

 「へええ、変なクエもあったもんだな」

 「僕とディアベルが行った時はまあかなりハードな山登り、って感じだったから……2人も行ってみないと分からないと思うよ」

 

 奥地にいるイノシシを倒せば一応クリアになるが、通知も来ず気持ち悪いクエストだった、と伝えると、キリトは考え込んだが、アスナを連れていく意思は変わらないようだった。

 

 

 

 翌日。僕はキリトに頼まれて付き添いをすることになった。リアルに年下に泣きつかないでほしいというと、キリトは気まずそうにしていたが、しょうがないので手伝うことにする。

 

 やって来たアスナは、キリトを見つけると露骨にほっとした顔をする。

 

 「ねえキリト、ほんとにあの日何があったの……? あのつんつんしたアスナの面影もないじゃん」

 「俺も反省してる……だからこそこの微妙な関係を続けたくないんだ」

 

 恋愛なぞしたこともない僕には分からない気持ちだったが、そういうものなのかもしれない。僕から見ても、アスナはキリトに恋愛感情を持っているのかと聞かれたら微妙だと思った。《物語》の《キリト》はヘタレだと瀬南は言っていたけど、こっちだと少しは見どころがあるのかもしれない。

 

 「キリトくん、クエって何の?」

 「……ああ、少し歩こう」

 

 *・*・*

 

 そして。通算3回目となるクエストフラグを取った(いい加減あの少女にも見飽きた)。僕はまた焼き払われる花畑を目にすることになるのだろう。

 

 あれ、そういえば今回は3人で来てるな。その辺はどうなるんだろう。一応2人用のクエらしいから、僕はここまでかな。

 

 早速腕を絡ませる黒白を横目で見ながら、僕は此処で待ってるよ、と花畑の入口に立った。——その時。体が浮いた。

 

『ハーーッハッハッハッハ!! 恋愛にうつつを抜かすふしだらな若者よ!』

 「……っ!? 罵倒レベルが低い!?」

 

 僕が宙に浮いて驚く2人は、僕ではなく僕の背後を見ていた。何とかそちらに目をやると、あの真っ黒な悪魔がいたのだ。キリトはすぐに剣を抜いて切りかかるが、恐ろしい程の俊敏さで悪魔はそれを避ける。おいキリト! 僕がいるんだから斬るな!!

 

 「……エネくんをどうする気? これもクエストなのキリトくん?」

 「……い、いやぁエネはそんなこと言ってなかった」

 「エネくんにこんなクエストの下見をさせたの?!」

 

 僕の目の前で始まる喧嘩に悪魔は困った様子だったが、次第に自分が無視されている状況に腹が立ち始めたのか、前2回と同じように花畑を焼いた。固まる2人に、悪魔は言い放つ。

 

『……こいつを取り返したくば、森の奥地まで来るがいい!』

 「いやあああああ助けてえええ!!!」

 

 悪魔は容赦を見せることなく、ぶわりと浮かび上がると、森の方向へ飛んでいく。あまりの風圧に目を閉じると、僕は自分が何処にいるのかも分からなくなった。

 




エネはヒロインポジですね。連れ去られるとか……
次話キリアスですが、私に恋愛描写は書けません。ギャグ感が強いのでそこまでやるつもりはありませんが……

ちなみに、このクエストはもう1回この物語で登場します。あ、流石にバリエーションはあります。この《その剣舞の向こう》のコンセプト的に、同じネタを何度も踏みたいのです。サボってるわけでは……ないです。

今日中に次話を上げる自信がないのでお伝えしますが、今後3月まで毎日投稿は難しくなります……申し訳ありません。


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11:その妖精の向こう

11話です。自信ないとか言いつつ3時間でかけました。()
《花畑の主》編後編です。

先に謝罪しておきます。ごめんなさい。


 「……へ?」

 

 移動中の物凄い風の音が止んだ、と思って目を開けると、そこは綺麗な庭だった。

 

 柔らかそうな草の上に洒落たテーブルがあり、立ち尽くす僕の前ではあの悪魔が紅茶を入れていた。僕の視線に気づいたのか、悪魔はむっ、と言うと、だんだんその姿を変え――入口にいた少女に瓜二つになる。あちらは金髪、こちらは銀色という違いはあるものの、髪型まで揃っていた。

 

 「……手荒な真似をして済まない。我はシルヴィ。花畑にいたオーラムの妹だ。まあ、説明しよう。座るがいい」

 

 僕と同じくらいの背格好なのに高圧的なシルヴィに面食らうが、僕は大人しく座った。紅茶は初めて飲むが、僕には合わないなと思った。

 

 用意された席は僕がいたところから見て向かい側にあり、座るとすなわち僕が立っていたところの背後が正面に見えることになる。そこには周りを花で彩られた大きな鏡――ではなく画面のようなものがあった。緑豊かな山道が、俯瞰するような視点で映し出されていた。

 

 僕の視線に気づいたシルヴィがふふんと鼻を鳴らす。

 

 「それは監視カメラだ」

 「…………ファンタジーはどこに行ったんだろう」

 「見ろ。お前の連れが映っている」

 

 画面の中では、キリトとアスナが剣を構えながら進んでいた。……て、つまり。

 

 「僕が行った森と同じところ?」

 

 だが、2人が進む道は綺麗に整備されている。木々もどこかデフォルメされ、山というよりは自然豊かな町という印象だ。……これなら、47層のイメージにも合う。にしても、これは……男女ペアで来るだけでこんなに違うものなのか。と考えていると、シルヴィはその細い指を顎に当てる。

 

 「ふむ、お前だったか。昨日続け様に男と2回来たのは」

 「何で知ってるの?!」

 

 シルヴィはカーソル的に(というかゲーム内でプレイヤーが変身する訳ないので)NPCのはずだ。クエストのNPCが、クエストを超えた記憶を保持しているなんて聞いたことがない。

 

 唖然とする僕をよそに、シルヴィは下世話に顔を歪めた。

 

 「……そっちの気があるのか?」

 「ない! ないよ! ある訳ないでしょバカっ!」

 「ふむ。つまらん。……この森は、入るカップルのラブラブ度によって難易度が変わるのだ」

 

 怒りにフーフー言う僕を軽く流すシルヴィの言葉に、僕は頭を打たれたような衝撃を受けた。キリトと来た時にあの人外魔境の森になったのは分かる。キリトと僕のあいだにラブラブ度なんてないからだ。ならば、ディアベルと来た時にちょっとだけ森が優しくなったのは……

 

 ガタガタと震える僕にシルヴィは哀れな目を向け、それ以上話題を掘り下げなかった。大丈夫。ディアベルには彼女もいるんだ。心配することない。

 

 「……で、僕がここに来たわけは?」

 「人質。まああと、あの2人を2人きりにする為だ。こんなに森が優しくなったのは見たことがない。きっとあの2人は《運命》で結ばれているのだ」

 

 目を輝かせるシルヴィに、僕は何も言えなくなった。それは間違いじゃないからだ。

 

 《物語》は強い。ちっぽけな僕が何をしようと、理不尽な力で修正されてしまう。僕はそれを知った。だからあの2人が結ばれることは必然なのである。

 

 ……だから《物語》に抗わなければならなかったのに……

 

 「……お前、エネと言うのか」

 「う、うん」

 「そんな顔をしていたら人生がつまらなくなる。ここはこの画面を使って、あの2人にイタズラをしようではないか」

 

 「イタズラ?」

 

 *・*・*

 

 森に入ってからしばらく。アスナが剣を納めた。その気持ちも痛いほどわかった。

 

 「な、なんだここホントにあの森か……?」

 「なあにここ。こんなのまるで――」

 

 俺は途端に腕にくっつこうとするアスナを少し払いながら道を進む。が、モンスターは一向に出てこないし、なんならピクニックレベルの森だった。昨日の化け物みたいな環境と540度違う。……違いすぎて罠なんじゃ、と怯える俺をよそに、アスナは楽しんでいる。まあモンスターもいなければマップも難しくないから、このままなら間違ってもクリアし損ねるなんてことはないが……

 

 「キリトくんももっと肩の力抜きなよー」

 「……」

 

 きょとんとした顔で言うアスナの気持ちは分からない。俺たちが助けに行くのはエネだ。アスナにとって複雑な思いがあるユキが、自分を差し置いて弟のように可愛がっていた子供。……その理由も分からなかった。アスナへの仕打ちへの後悔が現れたとかそんなところだろうか。

 

 アスナはエネをどう思っているのか……それが分かるまでは滅多なことはできないと思った。

 

 「なあアスナ」

 「きゃっ!?」

 

 アスナの悲鳴に慌てた俺が目をあげると、目の前には巨大な穴があった。……は? さっきまでこんなのなかったよな。

 

 縁に手をかけて下を覗き込むが、底は見えない。ここから降りたら46層に着いたりすんのかな、なんて考えてみるが、現実は変わらない。エネを助けるためにはここを飛び越えるしかないだろう。ざっと見て4メートル程の穴で、リアルだったらまず飛ぼうとは思わない。

 

 「キ、キリトくん……怖い……」

 

 その時、森の木々がざわつく。葉の擦れ合う音に混じって、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 ――お姫様……抱っこ――

 

 エネだ。間違いなくエネだ。からかってやがる……こういうのじゃないのに……真剣にやらないと、今のアスナには通じない気がするのだ。今の声はアスナにも聞こえたのか、何処と無く期待した目を向ける。

 

 ああもう! 分かったよやればいいんだろやれば!!

 

 「来い、アスナ! 俺がお前を向こう岸まで届けてやる!」

 「うん!」

 

 アスナの顔が近いし、なんだか頬が色づいていて、その……

 

 抱き上げたアスナは柔らかかった……やっぱり俺はアスナのことが好きなのだと思う。

 

 *・*・*

 

 ぴょーんとキリトが4メートルをジャンプするのを見て、庭では僕とシルヴィがハイタッチしていた。

 

 「何これすっごい楽しい」

 「はっはっは、いい顔だぞエネ。そうだ。――人の恋路にちょっかいを出すのは楽しいのだ」

 

 楽しいと自分も言ったが、シルヴィの外道な発言には閉口する。こんな《イチャラブ》クエストを提供する少女の妹は、性格が歪んでいるらしい。

 

 ん?

 

 「あれ、オーラムと姉妹ってことは、このクエストヤラセなの?」

 「よくぞ気付いた。その通りだ。ちなみに、奥にいたイノシシは我の妹だ」

 

 いやまあ、突き詰めればこの世界のクエストなんてヤラセなんだろうけどさ。NPCの口からそんな言葉か出るとは思わなかった。本当に自然な受け答えだし、シルヴィは他のNPCとは一段違う性能を持ったAIが積まれているんだと思う。

 

 「オーラムがカップルをここに誘い込み、我が敵として現れ、妹――ブロンヌが最後の障壁となり、そして最後には我は浄化されるのだ」

 「なんで?」

 「2人の愛の力だ!」

 

 大真面目な顔と固い言葉で、とても馬鹿なことを言うシルヴィがおかしくてたまらない。思わず吹き出してしまい、シルヴィの冷たい視線を浴びた。

 

 「いやでも、3人姉妹仲良くていいね」

 「……3つ子だ。だが、我は母の顔を知らぬ。父も遠い昔に死んでしまったのだ」

 「そう、なんだ……」

 

 その境遇だけは僕と少し似ているようで、僕は思わずシルヴィを撫でてしまった。シルヴィは気持ちよさそうな顔をして、短く礼を言う。

 

 「……構わぬ。我らには使命がある。――ここに来るカップルを成就させるという大命がなあ!!」

 

 高笑いするシルヴィから少し距離を取り、キリトとアスナが色々苦しんでる画面を見つめた。

 

 *・*・*

 

 「キ、キリトくんこれ……」

 「ああ、奇妙だな」

 

 目の前には、ピクニックに最適な森林には似つかわしくない、グロテスクな巨木があった。幹が太すぎて、通り抜けできない。その枝には、《踏んでください》とばかりにロープに吊るされた板が掛かっていた。

 

 アスナが可愛らしく踏ん張って踏んでいるが、余程重いのか板はビクともしない。俺はアスナに代わって板を踏む。筋力値に偏ったステータスなら多少は……と思った。実際、板は多少動いた。

 

 「お、おお!」

 

 30センチ程度沈み込む板に気を緩めた瞬間、板は急に跳ね返って俺の体をぶっ飛ばした。真上に飛んだ俺は、板に強かに全身を打ち付け、痛みに震えながら板にぶら下がっていた。……おい、なんで全体重掛かってるのに沈まないんだよ。

 

 そこに、青い顔をしたアスナが近付いてくる。

 

 「ああアスナ、心配するな。あと少ししたら動けるようになる」

 「そうじゃなくて、……その板が沈んだ時、草むらの向こうに何かが見えたの……」

 

 枝からぶら下がるロープの行き先を辿ると、それは草むらに隠れていた。確かに、30センチ沈みこんだなら、何かが30センチ動いていなければおかしな話ではある。俺は覚悟を決めて、もう1度踏み込む。

 

 「アスナ……何が出てきたか見ておいてくれ……」

 「分かったわ」

 

 俺はもう全身の血管が切れるんじゃないかと思うほど力を込めた。だが、板の沈み込みが40センチを超えると、地面にピタリと付いたような《無理な》重さにかわり、うんともすんともいわない。俺は投げ出されないように慎重に足を戻して、アスナを呼んだ。

 

 「どうだった?」

 「何か、大きい斧が……」

 

 俺たちは草むらギリギリまで進んでみる。すると、この邪魔な木の大きさに迫ろうかという大きな斧があった。俺は震えた。これを持って帰ったらいくらで売れるのだろう。

 

 そして恐らく、2人でこの板を踏んだら簡単に斧がこの木を切り倒すのだろう。そこまで気付いた時、またあの声が聞こえた。

 

 ――初めての……共同作業――

 

 そんなことを言ってのけるエネへの怒りと恥ずかしさで顔がかああっと赤くなるのを感じる。アスナも流石に顔を赤くして震えている。

 

 「これ、エネ君よね……」

 「どうする? 1回力技やっておくか?」

 

 俺は先程から納めていた剣を抜くと、木に突き立ててみる。切れそうな気配が毛ほどもない感触に身が固まるが、そんな恥を晒す前に出来ることはやっておきたかった。

 

 アスナも頷き、剣を構える。

 

 「行くぞ!」

 

 俺は血色のエフェクトを散らしながら《ヴォーパル・ストライク》を、アスナも白い尾を引きながらソードスキルを放ち木に激突すると、ぎゃりいいいん! とおよそ生物が立ててはいけない音を立てて、俺たちは木に跳ね返された。その際にアスナの下敷きになり、俺はぐえっと汚い悲鳴をあげる。

 

 「ちょ、ちょっとその声!」

 「い、いや重いとかじゃない……人間なら仕方ないことだ……降りてくれ……」

 

 俺はアスナにペコペコしながら剣を確認すると、耐久値が大きく削れていた。反対に、木は傷一つついていない。

 

 「な、なんつー木だ硬すぎる」

 「……やるしかないよキリトくん」

 

 俺たちは悲しい顔で目の前に揺れる板を見つめた。俺たちはこんなちっぽけな板如きに二の足を踏んでいるのかと思うと、それはそれでイライラしてくる。

 

 「な、なあアスナ」

 「ええ、やりましょ」

 

 俺たちは固く肩を組むと、板に右足を乗せて思いっきり踏んだ。板は抵抗なく沈み、物凄い風切り音と共に草むらから斧が飛び出してきた。

 

 それは木をぱっかーん! と気持ちいいくらいに綺麗に割り、せいぜい胸の高さくらいの木の幹(半分)の上を歩いて渡れるようになった。

 

 その衝撃で尻餅をついた俺たちは目を見合わせると、おかしくて笑った。遠くからエネと誰かが喜ぶ声も聞こえてきたが、そちらは全力で無視した。

 

 「なあアスナ、エネのことどう思ってるんだ?」

 

 その木の幹にアスナを引き上げてやりながら、俺はついに尋ねた。アスナは一瞬目を背けたが、素直に答える。

 

 「まあ、少しは複雑な思いはあるわ。なんで私には無関心だったあの人が、あんなに大切にしていたのか分からないから」

 「……じゃあ」

 「ええ。第1層から、――あの人が兄だと知る前からずっとエネくんを見てきて、あの人がエネくんを選んだ理由も少し分かったの。それに、あんなに楽しそうなあの人を今まで見たことがなかった」

 

 だから、顔は見えなくても声は聞こえていたはずなのに、気付かなかったのだとアスナは言った。

 

 「あの人はエネくんに救われたのよ。きっと。……もしかして、キリトくんこのことを気にしてくれてたの……?」

 

 不安そうなアスナの瞳に、俺はドギマギしてしまう。図星なのもそうだが、その心配が無くなったことで、俺はいよいよ自分の気持ちに嘘がつけない状況に追い込まれた。

 

 「キリトくんは何でも1人で抱え込んじゃうからね。私、――キリトくんと一緒にいるの、自分が辛いからじゃないんだよ」

 「わ、分かったから……続きは言わないでくれ」

 

 その続きを聞いたら、男として終わってしまう――引いては俺の目的が果たされなくなってしまう気がして、アスナを止めた。俺がここに呼び出した理由も、アスナはお見通しのようだった。唇の動きだけで《待ってるよ》と言われてしまい、俺はくらくらしてしまう。

 

 「さ、さあ早くエネを助けに行くぞ」

 「そうね」

 

 *・*・*

 

 「見せつけてくれるな」

 「……多分キリトはこっちのこと気付いてるよ」

 

 僕達は紅茶を飲む。それには砂糖は一切入っていないが、吐きそうなほど甘く感じた。……さっきよりは飲みやすいかもしれない。

 

 音は聞こえないため何を話しているのかは分からないが、とにかくラブラブしているのが分かった。

 

 「見ろ、2人の親密度の上昇に伴って、森がもっと優しくなっている」

 

 2人が歩く森の先――恐らく視界に入らない程度には先では、森がガッシャンガッシャンと動いていた。そろそろ奥地のようでイノシシが見えるが、それまでの道のりには石畳が引かれ、何故か街頭と使われないだろうベンチまで配置されている。木は街の街路樹程度にまで規模を縮めていた。

 

 「これ、森?」

 「都会では森と言い張っても良さそうだな」

 

 そんなもんか……? と僕は首を捻る。案の定2人もこの光景には口をパカッと開けて驚いていた。2人が進み始めると、画面を縁取る花がさわさわと震えた。

 

 「……時間だ。我は再び悪魔の姿となる。お前も来い。クライマックスだ。《恋の精霊》の力、とくと見せてくれよう」

 

 その間に、イノシシは倒されていた。弱っ。

 

 *・*・*

 

 「せいや――っ!」

 

 アスナの一突きがイノシシに刺さると、イノシシは青いポリゴンになって消え――なかった。

 

 白い光に包まれると、次の瞬間には茶色の髪の少女の姿に変わる。あ、この顔、入口の女の子にそっくりだ。

 

 「やーー!! 2人の愛の力のおかげであたしの封印が解けた!! これで花畑に帰れるよ、ほんとにありがとー!!」

 

 弾けるような笑顔でそう言う少女は、ぶんぶんと俺たちの手を振る。アスナも俺も呆気に取られていると、にわかに空が曇り始めた。少女はハッとした顔つきになり、切り詰めたような声で言う。

 

 「――あれは悪魔!! 《悪神ヘイト》の手下の悪魔だ!! おのれ、花畑を焼いたのも貴様だな!」

 

 見ると、死んだ目をしたエネが悪魔に抱えられ、雲の中から降りてきているところだった。おい、さっき楽しんでただろ。どういうことか説明しろ――

 

 「ハッハッハッハッハッゲホッ!! ……失礼。そう、我は《悪神ヘイト》様の一番弟子、シルヴィ……()()()()()()! 花畑を焼いたのももちろん我だが……貴様らか、ヘイト様のイノシシの呪いを解いた《愛の戦士》は」

 「これどういう展開?」

 「茅場が考えたにしちゃ幼稚すぎるストーリーだぞ」

 

 真っ黒で禍々しい姿をしているのにシルヴィーヌという可愛らしい名前をもつ悪魔は、焦りながら降りてくる。恐らくシルヴィというのが本名で、この少女と入口の少女とも仲間なのだろう。訳が分からなくなってきた。

 

 「きゃーたすけてー」

 

 その状況を、エネの緊迫感のない悲鳴がさらに助長する。茶色の少女は俺たちをキッと見つめると、

 

 「さあ! 2人の愛の誓いを聞かせて! それでシルヴィ……ーヌは滅びるはず!」

 「ま……じ……か」

 

 そんなことを言われては、俺もうーんと唸ってしまう。もともと告白するつもりではあったが、こんなギャグみたいな状況でやる気はなかった。アスナもそれは不愉快なようで、顔を赤くして毅然とする。

 

 「わ、私がキリトくんの事を好きなのは認めるけど……それはこんな所で言うものじゃないと思うの」

 「ああああアスナさんそれは……」

 

 もう俺は地に沈んでいた。アスナも自分の発言に気付いたようで、気付かないフリをしているが、その体は恥ずかしさに震えている。

 

 「ふふ……その気持ち、大切になさってくださいね」

 「今度は何だ!」

 

 第3の声に俺が叫ぶと、後ろから金髪の少女がやって来ていた。……もうこれは、グルだっていうことの言い逃れはできない。

 

 「もういいじゃん、お互いに知ってるなら後で言おうが無意味。早くこの状況を終わらせて」

 

 エネの縋るような目に、俺は目をつぶった。……男キリト。やらなければならない時が、来たのかもしれない……

 

 俺がアスナに向き直ると、アスナはしばらく視線を右往左往させた後、俺を見てニコリと笑った。

 

 「あああアスナ……その、好きだ。結婚してくれ」

 「嫌よ」

 

 えっ。

 

 空気が死んだ。周りを見てみると、俺に向かって非難の視線が集中している。心做しか森もざわめいているように感じた。

 

 アスナの顔が真っ赤に染まっている。そのまま近付いてきて殴られるのかと思ったが――

 

 「……こういう時は、《付き合ってくだい》じゃないの? バカ」

 

 ちょん、と鼻先をつつかれ、俺は情けなくも「はひ……」と呟くことしか出来なかった。

 

 「……ぐ、ぐおおおお!! なんという愛の力!!」

 

 だが、そんなムードをぶち壊してくるのがこのNPCたちだ。黒い悪魔は全身から闇をまき散らして悶え、空気に溶けて消えてしまった。

 

 「ありがとう2人とも! 《悪神ヘイト》の悪行は絶たれた! 《花畑の主》として、2人の幸せを願っちゃうよ☆」

 

 茶色の少女――花畑の主がそう言うと、クエストログががーーっと流れる。おそらく、これが正規のクエストクリアなのだろう。もう恥と混乱で頭がおかしくなっていた俺達は、何も考えられなかった。

 

 《悪神ヘイト》って何だよ。ぽっと出過ぎやしないか。――何はともあれ、俺はアスナと《恋人》となった。




どうしてこうなった。いえ理由は明らかです。もう1回出てくる時はシリアスなのでそこと落差をつけるためn(殴

キリアスが早すぎることに言い訳をしますと、今作ではエネという超弱者がいたこと(面倒をよく見ていた)と黒猫団の一件もありまして、キリトとアスナはだいぶ初期から仲が良かったのです。キリトくんの対人トラウマも薄めなので。いいかなって。()

何はともあれ、キリトとアスナは正式に恋人になりました。これでユイが出せる。

これ以上のおふざけ回は存在しないかもしれない。


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12:その邂逅の向こう

12話です。ユイ編開始です。
本日3話分も更新してしまいました……だって親がいなかったし、鬱回じゃなかったからサクサクかけたので……


 

 「さて、《あの件》の事だが――」

 

 《ブラッキー》は机を囲む仲間を見渡して話を切り出した。そこに待ったをかけるのは、《野武士ヅラ》である。

 

 「おい《ブラッキー》さんよ、新聞のこと俺に何も告げずに進める気か?」

 「ちょっと《野武士ヅラ》さん、その話は恥ずかしいって――」

 「ええいだまれ《闇妻》さん、俺はコイツに聞いてんだ!」

 

 そして、そんな言い合いを止めるのはいつも《ガングロ商人》である。

 

 「……《野武士ヅラ》よ、いくらクリスマスが近くて気が立ってるからといって……」

 「ああんエギ……じゃねえ《ガングロ商人》よぉ、それは聞き捨てならねえな! 俺様にも彼女の1人や2人くらい……」

 「いるのか?」

 「いねえよこんちくしょう!!」

 

 さめざめと泣く《野武士ヅラ》は話し合いの妨げになるので、放っておく。

 

 「……さて、仕切り直すが《あの件》の決行はクリスマスの朝。俺がターゲットと同じ部屋に宿を取っておき、夜中のうちに逃げ出す。んで、出てきたところを叩く。――それでいいな?」

 

 《ブラッキー》は背中の剣を愛おしそうに撫でた。だが、別にそれはターゲットを殺すとかそういう話ではなく、彼の癖である。それを分かっている《闇妻》は、軽く窘める。すると、《野武士ヅラ》がまた騒ぎ出す。

 

 「ああ。《闇妻》のホームまで連行するのは俺が引き受けよう」

 「《ガングロ商人》、助かる」

 「そうしたら……」

 「宴の始まりだな!」

 

 一同唖然。最後の一言は、この場にいるはずのない人物が発したものだったからだ。闇を割いて現れる男に、《ブラッキー》は額に汗をかく。

 

 「その話、オレも噛ませてくれよ! そうだな、《騎士》って呼んでくれ!」

 「出たな《男色家》」

 「なっ! 違う! 濡れ衣だ!」

 

 《騎士》は謂れのない(?)呼称に慌てるが、それを擁護する声はここにはない。《騎士》なんていう小っ恥ずかしいコードネームを自ら名乗るなんて痛い、位にしかとらえていなかった。

 

 《闇妻》は大きくため息をつく。

 

 「《私の部下》、帰ったら職務を与えます」

 「な、《副団長》それは酷いです!」

 「おい《男色家》、コードネームを増やすな」

 

 そして、《ガングロ商人》は頭を抱えた。クリスマスまであと1週間。この話し合いは、連日この不毛さを展開している。

 

 *・*・*

 

 「ふわーー……」

 「どうしたのキリトニヤニヤして」

 「今はニヤニヤしてないだろ……」

 

 嫌に眠そうなキリトに僕は声を掛ける。ちなみに、今のセリフを言うと、およそ2分の1の確率でうろたえる。つまり、僕がキリトの顔を見ると、2分の1の確率でニヤニヤしているのだ。

 

 それもこれも、あの日のあの告白のせいである。

 

 47層はデートスポットだから、男所帯の攻略組は、攻略していて楽しくない。だから無駄な探索は一切せずに、さっさとボスを討伐したのだ。48層はたった1週間でアクティベートされた。最近では1番速い。

 

 そのため、今でも未踏破エリアが数多く残っていて、あの《花畑の主》クエストもそのひとつだった。僕達が正規クリアしたことを嗅ぎつけた情報屋が2人のもとを訪れ、結果的に攻略組の超有名プレイヤーである2人の交際は、アインクラッド中に轟いてしまったのであった。

 

 2人はそれに開き直り、どこであろうとイチャイチャニヤニヤしてはばからないのだ。……嘘だ。アスナは流石にニヤニヤはしない。

 

 今の最前線はひとつ進んで49層。僕もキリトもボス戦に出る気力はないものの、マッピングまでは誰よりも勤勉に行っている。

 

 「ほら、早くいこうよ」

 「はい……」

 

 キリトはなおも欠伸を噛み殺している。妙だ。別に真夜中にレベリングを行っているわけでもなし。何をそんなに夜更かししているのか……

 

 

 

 「キリトくん、ふわあ……おはよ」

 「んん……アスナ、おはよう」

 「何2人ともそんなに眠い?」

 

 欠伸に欠伸を返す珍妙な挨拶を見た僕は、そんなに眠いなら行かせるほうが悪い気がしてきて、帰るようそれとなく促してみるが、2人は首をぶんぶんと振った。

 

 2人が付き合い出してから、攻略は何故か3人で行くことになった。自分が邪魔だと思って逃げたことも数度あったが、何故かその度に連れ戻されてはお説教を食らう。まるで子供に接するみたいな態度に僕はぽかんとするが、まあ当人たちがいいのなら僕もキリトと一緒にいたい。

 

 そんなわけで、今日も元気に迷宮区に向かうが、キリトがこんなことを言った。

 

 「なあ知ってるかエネ……このフロア、《出る》らしいぞ」

 「ひっ……」

 

 怯えたのはアスナである。出ると言われても何が出るのか分からない僕は、首を傾げる。

 

 「何が?」

 「幽霊だよ」

 「――はあ」

 

 僕のリアクションがあまりに薄いので、キリトは不貞腐れた。しょうがないじゃないか。僕は今《逆鱗》を使えないくらいには感情が擦り切れているのだ。ただ、キリトがあまりにも拗ねるので、僕は助け舟を出してやる。

 

 「ちなみにどんな?」

 「な、やめてよエネくん……怖いよ……」

 「ふっふっふ、――何でもカーソルが出ないらしい。プレイヤーじゃないが、モンスターでもない。真っ黒で長い髪の少女の姿をしていて、白いワンピースを――」

 「やめてって言ってるでしょ!」

 

 ぱちこーん、とアスナの平手がキリトを仕留める。綺麗に倒れたキリトはすぐに起き上がり、ぽかんとした僕の顔を見つめた。

 

 それって、まさか――

 

 「あ、アスナごめん……ただエネ、ようやく怖くなってきたか」

 「む、僕はお化けなんて信じてないよ」

 

 キリトの顔がやーいがきんちょ、と言っているように見えたので、僕はちょっと脅かしてやることにした。

 

 「でも、――そういえば、僕のリアルの家、真下が事故物件でさ……」

 

 キリトもアスナも、僕の話に体をかちんと固めた。

 

 「毎日毎日、下から声が聞こえるんだよね。僕の名前と、『早くこっちへ来い』って――」

 

 無論、毎日(昼間に、瀬南の)声が聞こえていたのである。アスナはもう涙目になって耳を塞いでいた。

 

 「それにあきたらず、ドアがゴンゴン、ゴンゴンってノックされてさ……僕が出ないと、ガチャって音がしてさ、ギシッ、ギシッて――あれは誰だったんだろうなあ」

 「ひ……やめ……」

 「ま、まさか」

 

 僕は怯えるキリトとアスナの顔を満足げに見つめてから、言った。

 

 「ユキだったよ」

 「――おのれ騙されたぞ」

 

 キリトは恨めしい顔をしてくるが、アスナは放心状態になっている。あかんべー、と僕を馬鹿にした報復を終了させ、僕は真面目な顔に戻った。

 

 しかし、幽霊か。――僕が殺したあの男と、犠牲になった《月夜の黒猫団》は今頃どうしているだろう?

 

 毎日ではないが、僕の剣先でポリゴンとなった男の顔と、《たすけてくれ》という言葉を夢に見ることがある。その度に震えてキリトの布団に潜り込んでしまう。僕は自分の罪すら背負いきれないガキだった。

 

 暗くなる僕の顔に、キリトはがしっと肩を掴んでくる。

 

 「……そうだな、話題間違えた。ごめん」

 「ううん、気にしないで。ところで、その幽霊はどこに出るの?」

 

 聞いた特徴が本物なら、その幽霊は《ユイ》という少女だということになる。それは本来ならキリトとアスナが結婚してから――つまり来年起こることである。《物語》で瀬南が《世界の妖精》と位置付けた少女が、今現れるなんて、あまりにも《物語》から剥離している。

 

 ただまあ、2人は夫婦であろうとなかろうと仲睦まじいだろうし、ユイにも2人という両親がいれば、早く現れたとしても大丈夫だろう。子供には父と母が必要、という事実にちくりとした痛みを感じながら、僕達はキリトに続いて森っぽいフィールドに入った。

 

 薄暗く意味ありげなグラフィックの割りに、モンスターはいない。ゆっくり歩いていると、足に不思議な感触が伝わってきた。

 

 「ん?」

 

 白くて丸い――骸骨?

 

 僕は悲鳴をあげそうになった。

 

 「ね、ね。キリト、ここ違うんじゃない?」

 

 だってユイはカーソルが出ないだけで幽霊じゃない。骸骨があるなんて、ここは墓地か何かじゃないの? ユイはそんなところに出ないよきっと――

 

 その時、木の間からぬるりと何かが出てきた。

 

 「ウオオオォォォォ……」

 「うわぁ――――っ!!」

 

 ゾンビだ。腐乱死体だ。も、もう無理。

 僕は鍛え上げた敏捷値で迷宮区の入口まで走り、そのまま蹲ってしまった。

 

 *・*・*

 

 「いやー傑作だった」

 「お化け怖くないんじゃなかったの?」

 「お化けじゃない。死体が怖いの」

 

 僕を追いかけて散々笑ってきた2人に、僕は不貞腐れながら言い訳する。事実死者は怖くない。伊達に事故物件の真上に13年も住んでない。僕の家に出ないんだから、幽霊なんていないのだ。

 

 でも、何かが死んだ後の亡骸を見るのは大嫌いだ。枯れ木も嫌だ。……ユキも嫌がってたからかなあ。

 

 「まあアスナはアストラル系のモンスター苦手だからな」

 「いいじゃない別に」

 「あ、言っておくが――お化けが出るって噂は嘘じゃないぞ」

 

 ちなみにさっきのは、モンスターじゃなくて地形の一部だったらしい。趣味悪すぎだ。キリトの言葉に、アスナは体を抱く。

 

 「や……やめてよ怖いなあ」

 「あ、何かあそこに」

 

 「白いものが」

 「ひ――だからやめてって」

 「いや、マジだ。ほらあそこ」

 

 冗談のつもりで言ったのだが、キリトは何やら見つけてしまったらしい。僕はサッと、アスナはゆっくりとキリトの指す方向を見ると、白いワンピースを着た少女がふらりと倒れるところだった。

 

 「あれは――幽霊なんかじゃない!」

 

 僕達はその場に急行し、少女――ユイを保護した。ユイにはやはりカーソルがなく、顔を青ざめさせて眠っていた。

 

 *・*・*

 

 僕達はアスナのホームに来ていた。何やら入る前に数分待たされたが、女性は男性を部屋に招く前には部屋を掃除するのだ、とキリトが焦ったように教えてくれた。

 

 キリトはアスナの部屋に入ると挙動不審だったが、まさか女の子を僕達の眠る安宿に寝かせるわけには行かないとのことだ。

 

 「カーソルはないけど……オブジェクトや背景の一部なんてことはないしな」

 「街に入れてるからね」

 「目覚めるまで待つか」

 「な、何かのバグよ。それに、こんな小さな子が――」

 

 アスナは僕とユイを交互に見て、目を伏せた。おい。……だが、不本意ながらそれには同意である。僕自身、ユキやキリトやその他多くの人がいなかったら、今生きてはいないと思う。たった1人で奮闘し続けたユイは、一体どれ程の苦しみを味わってきたのか、僕には分からない。

 

 それから1時間、僕達はささやかな雑談をしていたのだが、突如ベッドから微かな呻き声が聞こえた。ユイが目覚めたのだ。

 

 「……大丈夫? 起きて……!」

 

 アスナがユイのもとにさっと駆け寄ると、ユイは身動ぎをする。

 

 「あ……う……」

 「名前は……名前は言えるか?」

 

 アスナはそっとユイの額に浮かぶ汗を拭い、キリトはいつにもまして真剣に、葛藤を抑えるように呼びかけていた。

 

 僕は、そんな3人に近づくことが出来なかった。目の前の光景に、目を奪われていた。

 

 「ゆ……い……ゆい。それが……なまえ」

 「ユイ、自分がどうなったか、分かるか?」

 

 キリトの呼びかけにもどこか熱に浮かされたような答えを返したユイが、僕と目が合った瞬間、微かに理性の色を瞳に宿した――気がした。

 

 「わかん……ない。何も、分からない」

 

 その後、起きようとするユイを抱きとめたキリトがユイを椅子に座らせ、僕達はその周りに座る。アスナがミルクを出すとユイは恐る恐るそれを飲み、小さく微笑んだ。

 

 「ユイちゃん。私はアスナ。この人はキリトで、この子はエネ」

 「ちょ……そんな一気に」

 「き……と、あ……う……な」

 

 そのたどたどしい喋りに、キリトとアスナはこみ上げるものがあったのか、キリトは拳を握り、アスナは口を手で覆った。そのユイの様子は痛々しく、どこか見覚えがあって――

 

 「……エネ」

 「えっ?」

 

 ユイが、僕の名前だけをはっきりと呼んだのだ。それくらい話せるのならば、キリトとアスナの名前も呼べるはずなのに。

 

 「エネはともかく、ユイ。呼びやすいように呼んでくれ。君を安全なところに連れていくまで、俺達が守るから」

 「きいと、あうな、エネ」

 「難しいか。……なにがいいのかな」

 「パパ。……あうなは、ママ」

 

 ユイはカップを机に置くと、無垢に微笑んだ。――耐えていたけれども、僕はもう限界だった。視界がくるくると回り始める。

 

 「……あ、キリト、アスナ。ちょっと外に出てるね」

 

 涙を流す2人に断り、僕はゆっくりと外に行こうとする。流石に、2人とも僕の顔色が良くないことに気付いたらしかったが、

 

 「エネは、……にぃに」

 「うっ……う……」

 

 ユイの言葉を聞いた時、僕の頭を物凄い衝撃が貫き、その場にうずくまってしまった。思い出してしまったのだ。1人ぼっちだった時の僕を。体の震えが止まらず、嫌な汗をかいて呼吸が浅くなる。

 

 「エネくんまで……大丈夫!?」

 「とりあえずソファまで運ぼう。ユイから離すんだ」

 

 *・*・*

 

 「……ご、めん……もう大丈夫」

 「……どうしたんだ?」

 「震えてるじゃない……」

 

 アスナから水を飲ませて貰ったところで、僕はふらつきながら身を起こした。ユイが、まさかこんなに僕に似ているとは思わなかった。……それに僕には、キリトやアスナの様な親はいなかったのだ。――違う。お母さんはそんな人じゃない。

 

 また頭を抱える僕にキリトの腕が伸び、僕はため息をついた。

 

 「ちょっとね……僕のことはいいからさ、これからユイをどうするの……?」

 

 キリトとアスナは言葉に詰まった。

 

 「エネくんと同い年くらいだから……」

 「ちょっとまって、それっていくつ?」

 「え? ……8歳くらいじゃないの? エネくんも小さいのに攻略組で頑張ってて――」

 「僕は……今14歳だ……っ!!」

 

 まだ体に力は入らないけど、叫ばざるを得ない。いくら何でもひどい。キリトは笑いをこらえていた。あれ、言った記憶ないんだけど。アスナは驚きのあまり10秒固まった後、叫ぶにも叫べず苦しそうにしていた。

 

 「ログイン時に中1だったからね。嘘じゃないよ」

 「チビなのは気にしてるそうだ」

 「嘘よ……」

 

 嘘よと言いたいのはこちらの方である。

 

 「チビチビって……まさかユキから聞いたの?」

 「ああ……」

 「――そっか」

 

 僕の浮かない顔に、アスナは何か察したようだった。

 

 「お願い。――ユイを、元気になるまで見守りたい……」

 

 2人は暗い顔をしていた。無理もない。キリトとアスナが面倒を見ようとも、小さい子を抱えて攻略活動が務まるわけもなかった。物語より早いユイの出現は、まだキリトとアスナが休暇をとる前であるため――長時間の保護を難しくしていた。

 

 「じゃあ……僕が面倒見るよ。攻略も行かない」

 

 実際、ボス討伐には参加出来ないのだから、僕がフィールドに出る必要はなかった。いい反応を見せない2人に、僕は重い口を開く。

 

 「ユイは、――前の僕にそっくりなんだ。……ユキと出会う前の」

 

 こんなことを人に言うのは、初めてだった。瀬南と出会って曲がりなりにも人間らしさを得た僕には、あの頃の生活を思い返すのは辛すぎた。

 

 「あ、あ……」

 

 アスナは細い悲鳴を漏らした。僕を見ていて、何か分かったのかもしれなかった。

 

 「そこまで言うなら止めない。……いい兄貴になってやれ」

 

 そう言って頭を撫でるキリトは、まるでユキみたいだ、と思った。瀬南以外にこんなこと感じる日が来るなんて、と思いながら、僕はゆっくり頷いた。

 

 *・*・*

 

 その後、眠ってしまったユイとエネを寝かせてから、俺はアスナと話していた。

 

 「私、ずっと感じてたの。エネくん、戦闘とか思考力はあるのに、感情だけ、赤ちゃんみたいだなって」

 「俺も詳しくは知らないが……あいつ、夜になると俺の布団に潜り込んでくるからな」

 

 それにアスナがギョッとした顔をする。

 

 「瀬南、お母さんって呟いてる。……いろいろ察しちゃうよな」

 「ユイちゃんも……そうなんだよね。きっと。精神的なショックを――」

 「ああ。俺は悔しい」

 

 瞳に浮かぶ涙を抑えられないまま俯いていると、不意にふわりとアスナに包まれる。

 

 「大丈夫。――キリトくんも私も、エネくんもユイちゃんも、1人じゃないもの」

 

 その言葉には俺の心の奥の凍てつきをも溶かす力があった。俺は息を吐きながら、ふと考えた。

 

 「俺たちの中心には、良くも悪くもユキがいるよな……」

 「……そうね。昔からそうだったわ」

 

 *・*・*

 

 結局翌日の朝まで眠ってしまった。アスナに謝罪をすると、どこかぎこちなく返されてしまった。……僕が無駄に過去の話をしたからかなあ。悪いことしたな。でもおかげでスッキリしたし、僕の中に新たな使命が生まれたことで、もうユイを見てもああなることはないだろう。

 

 そんな僕の左手には、ユイの手が繋がれている。宿に止めちゃダメみたいだから、これからホームを買いに行く。何があるかわからないから、《物語》のキリトとアスナのホームの22層にしておく。僕とユイの身長がそう変わらないせいで背伸びした恋人感が強いが――僕はユイのお兄ちゃんになるのだ。

 

 ユイはプレイヤーではない。《世界の妖精》――頭に過ぎるのはこの間のクエストの精霊達だ。ユイもただのNPCとは思えないほど高度なAIを積んでいると予想される。どちらにせよ、システム上の存在であるユイとの関係は、この城で終わってしまうかもしれない――それでも、過去に僕を救ってくれたユキのように、僕はユイを救いたかった。

 

 「じゃあキリト、アスナ。またね」

 「たまには連れてきてね。あなたの妹であるのと同時に、――私たちの娘でもあるんだから」

 

 その言葉に、僕とキリトはぽかんとしてしまう。まず、キリトとアスナはまだ結婚していない。それになんだか、――同時に、僕のことを息子だと言っているようだったからだ。

 

 「……キリトがお父さんなのは、嫌だな」

 

 お父さん。口にしたのは初めてかもしれないその言葉を口の中で転がしながら、僕は涙を見られたくなくて俯いて歩いた。ユイに頭を撫でられてしまい、その努力は無駄になってしまったが。

 

 

 

 「ユイ、ここでいい?」

 「すごい」

 

 22層は平和だ。モンスターが出ないせいで攻略も足早に過ぎ去り、住んでいる人口も少ない。ちらりと日付を見ると、12月18日――クリスマス1週間前だった。

 

 僕はこの12月を振り返って、はっとした。今回僕は物語をめちゃくちゃにしているが――変えようと思って動いたのではなかったのである。ただ夢中だった。

 

 「そうか、そうだったんだね」

 「エネ……どうしたの?」

 

 そう言って僕を見つめるユイは、まるで僕のような目をしていた。

 

 「何でもないよ。さ、入ろう」

 

 僕はユイの頭を撫でた。何で撫でられると落ち着くのかとずっと疑問に思っていたけど、多分手から想いを伝えることが出来るんだ。……もう少し僕の背が高ければ、格好がつくんだけどなあ。





ユイ編超長いです。多分SAO編で一番長いです。
さて私はちゃんと恋愛描写をかけるのでしょうか……

息をするように7000字越える……
本当に読みづらくてすみません。いつも読んでいただきありがとうございます。


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13:その懺悔の向こう

13話です!
ひーなんとか間に合いました
親がずっと家にいたので携帯触るのが至難の業で……()
ほのぼのしてます……?


 

 「あー……こちら《ブラッキー》。これから会議を始める」

 「……んああ? なんだよキリ……じゃなくて《ブラッキー》。急にボイスチャットなんてよう」

 「緊急事態よ」

 「「ターゲットが22層にホームを購入した」」

 

 《ブラッキー》と《闇妻》の宣言で、いつもはとある場所に集まって行われる会議が、ボイスチャット上で行われることになった。ちなみに、《男色家》は《副団長》に仕事を仰せつかっていて、このボイスチャットには参加していない。

 

 「こちら《ガングロ商人》だが、どういうことだ?」

 

 こういう時に頼りになるのは、《ガングロ商人》である。《野武士ヅラ》ではお話にならない。だが、その問いに《ブラッキー》は唸る。

 

 「……ターゲットが、少女と同棲を始めた」

 「よく分からないな。ターゲットにそんな浮ついた話があったのか」

 「浮ついてはいないわ! あれは純粋な兄妹愛よ!」

 

 《闇妻》の娘でもある少女が、彼氏と同棲という事実に耐えられない《闇妻》は吠える。《ブラッキー》は別にその辺は気にしていなかったが、ターゲットは恋愛感情は抱いていないだろーなーなどと適当に考えていた。

 

 そして、その話に食いつくのが1人。

 

 「な、なんだいエ……じゃなくてターゲットまで彼女持ちかよ!」

 「おい《野武士ヅラ》……俺たちの名前バレまでは許すが、ターゲットの名前バレだけは許さないぞ……」

 「だから彼女じゃないの!」

 

 「分かったから、どうするのか決めるぞ。《闇妻》のホームに呼び出すのが難しくなったんだろう? 幸いにしてもう準備はしてあるから、――いっそのことそのホームに押しかけてみるのはどうだ?」

 

 しばらく《ガングロ商人》の言葉に対する返答がなく、流石の《ガングロ商人》も気まずくなってきた頃に、3人の賞賛の嵐が《ガングロ商人》の耳に届いた。

 

 《ガングロ商人》はため息をついた。

 

 *・*・*

 

 「ユイ、起きて。ご飯だよ」

 「うん……」

 

 その夜。家具を揃えたりなんだりしているうちに眠ってしまったユイをそっと起こすと、これまた買ってきた晩御飯が食卓に並ぶ。……《料理》スキルは今朝取った。しょうがないじゃない。ユキだって料理はできないんだから。

 

 「ユイは、……何か覚えてること、ないの?」

 

 小さい口で一生懸命にご飯を食べる姿に目を細めて、たまにほっぺたについたご飯粒(もどき)を取ってやりながら、僕は尋ねた。

 

 昨日は目覚めたばかりで混乱していただろうし、落ち着いた今なら何か思い出したかもしれない……

 

 「……エネのこと、さがしてた……ずっと」

 

 と思ってのことだったが、想像以上におかしな答えが返ってきてしまった。うーん……僕何かしたかなあ。

 

 食事を終えて、またうつらうつらするユイに悪いなと思いつつ、その手を取って上下に振ってみる。……ウインドウが出ない。何度か指の立て具合を変えて繰り返したが変わらず、降参とばかりにため息をつくと、ユイは小首を傾げて左手を振った。

 

 すると、涼やかな音が聞こえ、紫の画面が出現する。――左手?

 

 僕は後からユイのウインドウを覗いてみる。当然のように無地の画面が広がっていたので、可視モードボタンがあると思われる辺りをクリックさせると、そこには《Yui-MHCP001》というおかしな名前と、通常のウインドウから大きく省略された項目があるだけで、経験値はおろかHPバーすらなかった。

 

 これで、ユイがプレイヤーでないことはほぼ確定したも同然だ。

 

 ああ、ユイのエピソードの最後はどうなったんだっけ。たしか、石に触れて記憶を取り戻したユイは、秘められた凄まじい魔力を使って強敵を倒して、――それで?

 

 「どうなったんだっけ?」

 「エネー、おかわり」

 「……はいはい! ユイはよく食べるね」

 

 にへらと笑うユイを撫でながら、僕は考えた。――分からない。あくまでユキはSAOではない別の《アインクラッド》の話をしていたのだ。石に触れて記憶を取り戻すとか、魔力とか、そういう非科学的なものは、このSAOにはない。つまり、今回は《物語》をあてにできないのだ。

 

 僕はその現実に唇を噛んだ。最悪の場合、――僕は命をかけてでもユイを守らなければならない。

 

 *・*・*

 

 翌日。宣言通り夜通し《料理》スキルのレベリングをして(コルにものを言わせてランクの高い食材を湯水のように使った。本気で金策に走らなければならないかもしれない。)できたマシな方の料理を持って、ユイと一緒にご近所回りをしていた。

 

 大抵はユイを見て(僕じゃない)微笑み、不恰好な肉じゃがをおすそ分けするとちょっとコツを教えてくれたりと、生まれて初めて感じる《平和》と《温かさ》に頬が緩みっぱなしだった。

 

 「エネ、笑ってる」

 「そうだよ。――優しい人って、いっぱいいるんだね」

 

 ユイは僕と同じように、ひとの感情に敏感であった。僕と違うのは、僕は人の悪意を敏感に感じ取るけど、ユイは人の幸せを感じ取るということ。

 

 「こころが、あったかくなる」

 「そうだね。ユイもそう思えるように、僕頑張るから」

 

 わしわしと頭を撫でる。女の子の頭をそんな風に撫でるのは良くないかなと思ったけど、これは兄として譲れないところだ。

 

 

 「こんにちはー、近くに越してきたものですがー」

 

 最後の肉じゃがを届けようとして開けた扉の中に、信じられないものを見た。

 

 「あ……あなたは……」

 「サチ……」

 

 そこに住んでいたのは、サチとケイタだった。僕は目の前が暗くなるような思いで、短く謝罪の言葉を述べると、鍋ごと渡して回れ右をして……その腕を掴まれた。

 

 振り返ると、サチの夜色の瞳に、怯える僕が映っていた。

 

 「待って。……話を、しませんか」

 

 *・*・*

 

 サチとケイタは、結婚したらしい。

 

 《物語》では語られなかった――語れなかった部分ではあるので驚いたが、……2人残ったら、そうなるのだろうとも思った。

 

 ユイは部屋の内装に興味津々で、あれこれ指差しては僕に尋ねるが、僕にその手の知識は薄く、サチが穏やかな声で答えてくれる。

 

 「……僕達のこと、恨んでます……よね」

 

 僕は訊いた。本来殺人者であり間接的であっても加害者である僕は、彼女たちに会う資格はない。だけど、こんな辺境で出会い、僕を部屋に招き入れてくれたこと、それに意味があるとは思った。

 

 ケイタはゆっくり首を振った。

 

 「キリトは俺たちに抱えきれないほどの幸せをくれた。君も1回一緒に狩りをしたな。……転移門前で狼狽える僕の代わりに猛烈に走っていったのはびっくりしたけど、お陰でサチは助かった」

 

 僕はぎゅっと目をつぶった。隣でユイが不思議そうな顔をしている。……でも、でも僕は……

 

 「戦いは怖かった。キリトは私は死なないって言ってくれたけど、そんなの嘘だって分かってた。あれは、誰も悪くない事件だったんだよ」

 

 サチの目と、ケイタの目が違った。――サチは、あの日のことをケイタに伝えていないのだと、分かった。サチは僕がそれに気付いたことに気付き、ケイタを追い出す。ケイタは不思議そうな顔をしながらも、家から出て行った。

 

 「……違います。だって僕は、きっとササマルと」

 「言わないで。……それは、事故なの」

 

 サチの言葉に、僕は全てを悟った。――僕はやはり、あの2人の命も奪ってしまったのだ。

 

 「エネ……泣かないで」

 

 ユイが僕の頭を撫でる。……ダメだ。僕にはそんな優しさを受け取る権利はない。僕は……ぼくは……

 

 「なんで……言わないんですか……」

 「違う。本当に、事故だったの。エネが私達を庇って戦ってくれて……本当に感謝してる。ササマルとダッカーはエネのスキルで確かにダメージを負った。……でも、最後はモンスターの攻撃で死んだの」

 「え……」

 

 僕が半ば意識喪失しながら戦っていた終盤、僕がよろけた時に1体のモンスターが僕の手を抜けたそうだ。それに、HPを僕によって減らされていたササマルとダッカーが殺されたのだという。

 

 「でも、それじゃ結局」

 「でも、エネがいなかったら、私も死んでいた。――元はといえば、キリトもいないのに狩りに行くなんていうテツオに流された私たちの、自業自得だから。……エネには感謝しこそすれ、恨むなんてない」

 

 嘘だ。事故だったら仲間が死んでも許せるなんて、そんなのありえない。僕は許されちゃダメなんだ。僕は悪い子で……

 

 「エネ。……このひと、うそついてない」

 「え……?」

 

 ユイの柔らかい手のひらが、僕の左頬に触れる。不思議と涙が止まり、まっすぐにサチを見ることが出来た。

 

 「……もう、半年も経ったの。この世界で生きる半年って、長い。……ササマルもダッカーも、……テツオも、天国で元気にしてる。エネだけが悲しいままなんて、……私たちが悲しい。《私とケイタを救ってくれた》エネなら、ササマルとダッカーも認めてるはずだから」

 

 まだ《生命の碑》は見に行けてないんだけどね、とサチは笑った。……本当に、サチは強い。自分の方が何倍も辛いのに、僕のことまで励まそうとしてくれるなんて。

 

 ユイの手のひらが頬から首を伝って肩に落ち、ぱたりと落ちた。僕の心臓がどきんと跳ねて顔をしかめるが、隣を見ると、ユイは眠ってしまったようだった。まだ朝なんだけど……

 

 「……リアルで会えたら……お墓参り、行きます」

 「うん。……きっと、みんな喜ぶよ」

 

 サチも、涙を1粒だけ流していた。

 

 その後ケイタを呼び戻し、僕はもう1度謝罪した。ケイタも複雑な心境を押し隠して、僕のことを許してくれた。その優しさに僕はまた涙した。

 

 ユイをそっと起こして帰ろうとした時、サチに耳打ちされた。

 

 ――クリスマスの日、キリトに会いたい。

 

 

 

 サチの家から一歩踏み出した時、空気が澄んでいると感じた。僕の力が及ばずに《月夜の黒猫団》を壊滅させてしまったこと、犯罪者とはいえプレイヤーを殺してしまった罪は、多分一生忘れないし消えないことだと思う。でも、この半年耳にピリついていた《断罪》の悪意が、僕の中からすっと抜けた気がした。

 

 新鮮な空気が僕の中を通り抜け、何故だか体が浮き上がっていきそうな感じがした。

 

 空を見上げる僕を不思議そうに見つめる、ユイの頭を撫でた。

 

 「ごめんね……お兄ちゃんなのに泣いてばっかりで」

 「ううん……エネは、えらい」

 

 ユイは幼児退行しているとは思えないほど、僕の心を震わせる言葉をかけてくれる。――人間かと思ってしまうくらいに。

 

 僕は、《物語》を知っているから、全てを救えると思っていた。それで、勝手に傷つき、絶望していた――。この空を見ていたら、たった1人の人間ができることなんてちっぽけだと思った。全部を救おうなんていうのは傲慢だ。……僕は《勇者》じゃない。手の届く範囲のことをすればいいんだ。

 

 例えば、ユイを守るとか。

 

 そう考えると、体がもっと軽くなった。――今なら、空も飛べる気がした。

 

 *・*・*

 

 「さてユイ、お着替えしようか」

 「えー」

 

 今、ユイは僕が着なくなった部屋着を着ている。できる限り女の子っぽく見えるのをチョイスしたつもりだけど、ユイにはズボンよりスカートが似合うと思う。というわけで、町に買い物に来ている。

 

 「ユイ、なにがいい?」

 「ケーキ」

 

 ユイは食べる方が好きらしい。それは後でね、というと歓声が上がるが、問題は解決していない。僕は自分の服すらまともに選んだことがないのに……

 

 通りを歩く人が、微笑ましいものを見る目をしてくる。はあ、ほんとにもう少し背が欲しいな。

 

 取り敢えず服屋に入って物色してみる。……背が高かったら、女物を物色してたら変態って思われちゃうかな。小さくてよかった。

 

 ユイは最初ワンピース着てたし、上下で分かれてるほうがいいかな。今は寒いし……やっぱ首周りがあったかい方が……いいんじゃないかな……僕とおそろいだし。僕はアインクラッドで寒さも暑さも感じたことないけど、氷雪エリアとか今後は出てくるのか。《キリト》が《二刀流》に使う剣を鍛えるために行ったんだっけ。――そろそろスキル入手する頃じゃないかな……見てみたいな……

 

 「エネー?」

 「あっ、ごめんごめん。これとかどう?」

 

 考え事をしていると、ユイにつんつんつつかれてしまった。取り敢えず、僕が選んだ服は気に入ってもらえたみたいだ。

 

 続いて、ユイ御所望のケーキを食べに行った。ユイはチーズケーキを頼み、僕はショートケーキを頼んだけど、ユイが物欲しそうな顔をするので半分あげてしまった。

 

 「……はあ、将来が心配だよ」

 

 僕が綺麗に半分になったケーキを食べ始めると、ユイはフォークを置いた。……ん? 食べたくなくなっちゃったのかな。すると、無言でこちらを見つめてくる。

 

 「エネ、あーん」

 「は? いや、朝はおハシ使って肉じゃがを」

 「ケーキはたべれない」

 

 ……将来が心配だ。僕はユイのケーキをフォークで切ると、口元に運ぶ。幸せそうに食べるので僕も許してしまいそうになるけど、これはダメだ。瀬南式の教育をユイに施さねば。

 

 だが、1日はまだまだ長い。その次はちょっとだけフィールドに出てみた。22層はモンスターが出ないので、もう少し下の層。ちょっと迂闊で下調べをしなかったため、うろ覚えな下層で――結構醜悪なモンスターと遭遇してしまう。

 

 「グオオオアア!!」

 「ユイッ! 大丈夫?」

 

 オークの様なモンスターだった。別にこんなの見なくても一撃で倒せるので、僕はまずユイの顔を確かめる。

 

 「……? エネ、はやくたおして」

 「う、うん……」

 

 意外と大丈夫そうだった。むしろ、倒してポリゴンの破片が散るのを楽しそうに見ていた。その後も狩りを続けたが、ユイの手に何やらポリゴンがパチパチと生まれ始めると、不味い気がして切り上げて帰った。

 

 家に帰ると夕方だった。僕、まともに関わった人がユキしかいないせいで、遊ぶって言ったら連れ回すことしか知らないんだけど大丈夫かな? あとはゲームをやるくらいか。……でもすでにここゲームの中か。

 

 昨日徹夜していた僕の眠気はピークで、早いけど夜ご飯、と言って簡単なサンドイッチだけ作ると、なんとユイは一瞬でそれを平らげ、僕が眠る布団に潜り込んできた。

 

 「そうか、ユイも……」

 

 怖くて眠れないんだね。……僕もだよ。ユイは不思議そうな顔をしていたけど、僕は意識がなくなる瞬間までユイを撫でていた。その日は不思議と夢見が良かった。

 

 *・*・*

 

 1週間後。特別寒いホワイトクリスマスとなった今日は、流石に家にいる。この1週間で少し精神が回復したのか喋るようになったユイを椅子に座らせ、僕はユイに勉強を教えていた。無論中1でこの世界に来た僕には小学校程度の授業しかできないけど。不登校気味だった僕に、瀬南がやってくれたように。

 

 だが、ユイは人間ではない。

 

 「ユイ、3+3は?」

 「6ー」

 「じゃあ12+53は」

 「65ー」

 「……28×17」

 「476ー」

 「えっ……うわ、合ってる」

 

 ユイは計算が速い。高性能AIには電卓でも積んであるのだろうか。……もう僕に教えることは無かった。はあ、とため息をついて勉強道具を片付けた時、隠しきれない視線を感じた。

 

 僕はそれらに背中を向けて顔を隠すと、本気で《隠蔽》を発動する。熟練度1000を迎えて久しい僕の《隠蔽》に勝てる人はそうはいない。すすすっとドアまで辿り着くと、ソードスキルを使った突進でドアを開ける。

 

 *・*・*

 

 ――では、最終ブリーフィングを始める。

 ――《ブラッキー》、わざわざメッセージ使ってまでやることか?

 

 《ブラッキー》はターゲットの家の前に着くと、楽しそうにグループチャットを作った。こんなのベータの時にあったかな、と思ったが、彼の悪ノリの前には些細なことだった。

 

 ――こういうのは雰囲気が大事なんだ。《闇妻》準備はいいか?

 ――いつでも大丈夫だよ!

 ――《野武士ヅラ》はどうだ?

 ――rypう手がふさがtってるんふぁよ!

 ――大丈夫そうだな。

 

 《野武士ヅラ》の両手は塞がっており、顎でキーボードを打つという器用さを見せていた。それを見た《ガングロ商人》は流石に哀れに思う。

 

 ――にしても、ターゲットもよくやってるじゃないか。

 ――ああ、微笑ましいな。

 ――流石私と《ブラッキー》くんの娘よ。

 ――ターゲットくんやっぱりいいなあ……

 ――《男色家》連れてこない方がよかったかもしれんな。

 ――ち、違うよ。オレはただ彼のことを尊敬してるんだ!

 ――あ、見てみろ。ターゲットが道具を片付け始めたぞ。

 ――まさか気付かれた?

 ――いやいやこの服の《隠蔽》レベルの高さは……

 

 5人が窓から覗く部屋の中には、いつの間にかターゲットが見えなくなっていた。それに気付くのが遅れたので、ターゲットに何かしらの手を打たれたことになる……

 

 その時、《ブラッキー》の目が見開かれた。

 

 ――ま、まずい。来るぞ!

 

 *・*・*

 

 「誰?」

 

 僕がドアを開けると、そこには皆同じ赤と白の服に身を包んだ、見知った5人が立っていた。皆手に何かを持っており――

 

 「や、やあターゲット……じゃないエネ」

 「覗いてたでしょ。そういうの趣味悪いなー」

 「違うでしょキリトくん! こうなったらもう、やるしかないよ! ほら行くよ!」

 

 そうアスナが言うと、キリトも手に抱える筒に手を伸ばし、エギルとディアベルは一際大きい筒を抱えるクラインの後ろに回った。直後、破裂音と共に筒から大量の紙吹雪とテープが飛び出してくる。驚きと共に目をつぶった僕に、キリトとアスナの声が聞こえた。

 

 「「メリークリスマス!!」」

 

 あまりの大声に、コラルの森の木々に止まっていた鳥がバサバサと飛び立った。

 

 「……あはは」

 「……エネ?」

 

 張り付いたテープと紙吹雪で前も見えない中、僕を追いかけてきたユイの不安そうな手が僕の腕を掴んだ。

 

 うん。驚いた。すっごい驚いたよ。リアルじゃ瀬南とケーキ食べるくらいしかクリスマスやったことなかったからね。でもさ。

 

 ――攻略組トップともあろう方々が、無断で人の家に押しかけたりするな!





ディアベルごめん……

GGO編の方向性は見えてきたけど、アリシゼーションは厳しいなあ。キリト出せるかな……実際アンダーワールドにオリ主突っ込んだら誰か出れなくなるもんね。STL増やすか?(爆)


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14:その聖夜の向こう

14話です!
な、長い……
もう親帰ってきちゃったなあ。どうしようこれ(愚痴)


 

 「エネのこと、すき」

 「くー! キリトにとどまらずエネまで」

 「……エネとユイは、違うだろ」

 「あー、ユイちゃんかわいいなあ」

 「エネくん……」

 

 混沌。そう表すのが相応しい景色だった。ユイの言葉に過剰に反応するクラインは涙を流し、アスナはユイを見て頬を緩め、……ディアベルはこちらを見ている……。

 

 最後のは意識的に無視しつつ、僕は部屋の中も見てみた。あのあとクラッカーを片付けた5人は僕の家に押し入り、部屋をあっという間に飾り付けして、パーティーを始めやがったのである。手際が見事すぎて口を挟む暇もなかった。

 

 天井には紙でできた鎖が弧を描いて吊るされ、無駄に立派なツリーが数本部屋に鎮座している。僕とユイだけが使用することを考えて選んだ小さめのテーブルは、僕のアイテム欄に格納され、大きなテーブルがエギルによって設置された。一番嫌なのは、僕が椅子に縛り付けられているということだ。他はまあ許すにしても、これは意味が分からない。

 

 そうは言いつつ頬が緩むのを抑えられないガキな自分に小さく悪態をついた。なんとなく、ユイの前でガキっぽいところは見せたくないのである。そんな僕の葛藤を知ってか知らずか、動けない僕のもとにキリトとアスナがにたーっとした顔で寄ってくる。

 

 「それにしてもー、エネ、お前ちゃんと兄貴やってるんじゃないか」

 「う……当たり前だよ」

 「ユイちゃんも表情豊かになったし、エネくんも元気になった?」

 「ま……まあね」

 

 せめてもの抵抗として腕で押し返すも、この1週間攻略から離れたことでキリトとアスナとはレベル差がついたのか、全く筋力値が足りない。両脇をキリトとアスナに固められてそんなことを言われ続け、僕の心のHPは0になりつつあった。ナーヴギアに焼かれる。

 

 そんな現実から目をそらすようにもう1度辺りを見回す。クラインがバカな宴会芸を始めるのをエギルが止めて、ユイとディアベルが何故か分かりあっていて――それは兄として許せない――キリトとアスナは何で結婚してないの? と言いたくなるくらいイチャイチャしている。だめだ。もっとカオスになってる。

 

 でも、と僕は息を吐いた。

 

 瀬南と2人きりだった頃は、こんなことで迷惑だなんて感じる機会すらなかったのだ。今までは瀬南さえいればいいと思っていたけど、こんな仲間を持つのも悪くない。

 

 それが分かったのも、ユキが死んで僕1人で頑張ろうと手を広げすぎた結果ではあるが――いや、だめだ。ユキの所業を許すことは出来ない。帰ってきたら殴る。

 

 傷ついて絶望していろんな人に助けられて、それで得たものもあったんだなあと思った。

 

 その時、クラインが思い出したように近付いてきた。

 

 「あ、そういえばよう。あの《花畑の主》クエスト――オメーの名前で広まってるぜ?」

 「えっ?」

 「そうそう、クリスマスってこともあって、カップルの腕試しに人気らしいわ。……あのあとアルゴが調べたみたいなんだけど、あのイノシシはプレイヤーのレベルによって強さが変わるみたいだし」

 

 だんだん嫌な予感がしてきた僕は、額に汗をかく。皆の目がどんどんニヤついてくるのだ。

 

 「そ、そう……僕と何か関係あるの? ソレ」

 「初めにクリアした人物だもんなお前 。……俺達ってばアインクラッドじゃちょっとばかし有名だろ? お前はさしずめ、《黒の剣士》と《閃光》の仲を取り持った――」

 

 普段はアスナのことを弄ると狼狽えるくせに、人をからかう時だけは誰よりも自信満々になる。そんなキリトを知っているだけに、もう逃げたくて体が痒くなってきて――

 

 「キューピッドの《キューピーちゃん》!!」

 「――なあああああああああっ!?」

 

 僕は絶叫した。あーもう、この人達これ言いたくてこのパーティー企画したんだね。……確かに僕の頭には強い強いアホ毛があるけどさあ……!

 

 えぐえぐと本気で泣いている僕を見て、皆は声を上げて笑っていた。

 

 その時、ユイの唇が震える。

 

 「みんなの……みんなの、こころが」

 

 僕は様子の違うユイの声に気付き、全身全霊を持って拘束を剥がすと、ユイに駆け寄る。

 

 「みんなのこころ……が……」

 「ユイ! どうしたの!」

 

 ユイは僕の顔を間近に認めると、きょとんとした顔を崩して顔を険しくする。遅れながら僕以外の人も周りに集まり出し、キリトとアスナは泣きそうな顔でユイの手を握った。

 

 「ユイちゃん……何か、思い出したの!?」

 「わたし……私、ここには、いなかった。ずっと……ひとりで、暗いところに……」

 

 それ以上のことを考えたのだろうユイは、唇を噛み、俯く。すると突然、

 

 「うあ……あ……あ――!!」

 

 その顔が仰け反り、銀糸をぴんと張ってかき鳴らしたような――悲痛の声が漏れる。それだけにとどまらず、ザザっというノイズ染みた――皆は初めて聞き、僕には覚えがある音がして、ユイの体が崩壊するように振動する。僕は激しい恐怖に襲われ、ユイをきつく抱き締めた。

 

 「ダメだ、ユイ! 帰ってきて!! ――死んじゃダメだ!!」

 「エネ……にぃに……こわい……!」

 

 命が消えようとするのを黙って見ていることしか出来ない。そんな無力さを感じるのは2度目だ。何故、何故僕の大切な人はこんなに――

 

 数秒後、ユイの震えは止まり、体の力が抜ける。僕も皆も状況の整理ができないまま、しばらくの間黙っていた。

 

 *・*・*

 

 「何だよ、今の……」

 

 僕はまだ震える手でユイをベッドに寝かせると、すっかり萎んでしまったみんなのもとに向かった。キリトが呆然と呟くのを聞いて、僕はそういえばキリトは機械関係に詳しかったな、と思い出し、知っていることを話すことにした。

 

 「ユイは――プレイヤーじゃないんだ。HPもない。名前は《Yui-MHCP001》で、プレイヤーじゃない――AIじゃないかなと思ってる」

 

 キリトとアスナはユイとの出会いを思い出し、思うところがあるのか黙りこくっていたが、残りはみんなぽかんとした顔をしていた。こんなに自然に笑い、苦しむ少女が人間じゃないなんて、信じ難いことだからだ。

 

 「前に1回聞いたことがある。思い出したことがないかって。そしたら、――ずっと僕を探してたって言ったんだ。ねえキリト、何か、何かユイのために出来ることはないかな?」

 

 僕の縋るような目に、キリトは僅かに目を細めて、力なく首を振った。

 

 その後数分でユイは目を覚まし、先程までと同様……もしくはそれ以上に元気になったが、謎の発作についてはユイも分からないようだった。今度はユイをお誕生日席に座らせ、先程よりは控えめのテンションではあったが、昼食会を行うことになった。

 

 その時に《料理》スキルが300あると口を滑らせてしまい、僕は今アスナと共にキッチンに立っている。

 

 「キリトくんがお料理出来ないから取ったの? ソレ」

 「いや、ユイのためだよ」

 

 流石はアスナ。現実でも料理をしているのだと感じさせる見事な手さばきで、魚を3枚におろしていく。

 

 「……1週間で300も上げたの?」

 「夜な夜な、コルにものを言わせて高い食材で練習したんだ。大量に作って、ご近所に配ってる」

 

 300もあれば普通の料理は問題なくこなせるため、もうこんな無茶をするつもりはない。くぁ、と欠伸をすると、アスナは呆れた顔をした。

 

 「ほんと……キリトくんとあの人を足したような子だわ」

 「あの人、って誰?」

 

 その言葉にアスナの手が止まる。数秒後に何事も無かったような顔をして手を動かし始めたが、先程より作業の精度が落ちたように感じる。

 

 「ねえ、アスナー」

 「ユキよ。……結城瀬南。それが、私の兄の名前」

 

 ユキ? え? 今兄って言った?

 

 僕はあまりの事実に背中から倒れた。その音を聞きつけたキリトがやって来たが、僕の顔を見ると事情を察したようで、《やれやれ》という顔をして天を仰いだ。その瞳には、キラリと光るものがある。

 

 そして、僕はぼーっとする頭で、とある事実に納得した。――だから第1層攻略会議の時、ユキは似合いもしないフードを被っていたのだ、と。

 

 *・*・*

 

 昼食会はつつがなく進んだ。ユイに関して言えば母親のアスナだが、ユキに関して言えばバリバリの姉という複雑な(?)関係のアスナとは何だかぎこちなくなってしまったが、料理は美味しいし、ユイは嬉しそうなので僕も大満足だった。

 

 時刻は午後4時。朝からいたにしては随分な長丁場である。そこで、《物語》のクリスマスといえば、と思い至ったことを話してみる。

 

 「そういえばさ、みんな《背教者ニコラス》は討伐しないの?」

 

 皆知ってはいる、という反応で、クラインが目をそらした以外は薄いリアクションだった。茅場、ドンマイ。

 

 「あれか、蘇生アイテムがあるっていう……」

 「このSAOにンなもん有るとは思えねえが……死んだダチのために行くだけ行くつもりだ」

 「レアアイテムなら欲しいなあ」

 

 最後のディアベルの言葉に、僕とキリトの目が心なしか細くなる。ディアベルはバツが悪そうに頭をかいた。

 

 「前から思ってたんだけどさ、何でディアベルは《血盟騎士団》に入ったの? ディアベルの後進になるって言ってる人は《聖竜連合》の方にいるよね?」

 

 レアアイテムが欲しい、という欲望は誰しも持っていて、咎めるべきことではない。特に《物語》の《ディアベル》は、その欲望のために第1層で散ったのだ。彼が一際強いその欲求を持っていることは必然である。

 

 《血盟騎士団》と《聖竜連合》には、方針に違いがある。前者がゲームクリアを第一に掲げているのに対し、後者は誰よりも《強者》でありたい、レアアイテムが欲しい、という本来のSAOの楽しみ方をしている集団なのだ。ディアベルが自分の思いを裏切ってまで《血盟騎士団》に居続ける理由は何なのか。

 

 「いやあ、最初は、オレはゲーム攻略をすることでしかエネくんに誠意を示せないかななんて思ってたんだけど……今は、こっちにいる方がエネくんのそばに居られるって気づいちゃって」

 

 がたっ!! と机を叩いたのはアスナだ。ディアベルはしまった、という顔をして、汗を滝のように流す。

 

 「ディアベル。帰ったら特別に仕事を与えます」

 「副団長……勘弁して……」

 「……なんつうか、エネも大変だな」

 「ディアベルから距離置こうと思うよ。本格的に」

 

 そんなー、と懲りないディアベルにまた氷の視線が浴びせられ、その場は乾いた笑いに包まれる。ぼくはおほんと咳払いをした。

 

 「あー、話戻すんだけど、みんなニコラスには興味ないってこと?」

 

 全員が目をそらす。……あるんだねえ。

 

 「実は僕、出現スポット知ってるんだよねえ」

 

 と僕が言った瞬間、皆が僕をもみくちゃにする。はあ。やっぱみんな腐ってもゲーマーだなあ――

 

 *・*・*

 

 その夜、キリトを無理やりユイのそばに残して、僕は久しぶりに武装した。ユイにはちょっと悪いけど……僕にはやらねばならないことがある。

 

 「エネ、かっこいい」

 「えへへ、そう? ――初めて言われたっ……」

 

 ユイのお日様のような笑みに縋り付く僕をクラインが引き剥がし、ずるずると引きずられて《迷いの森》に向かう。

 

 《物語》ではキリトが場所を嗅ぎ回っていたため、それがクラインに伝わり、《聖竜連合》に伝わった。僕は一切そんな素振りを見せていないので――だから突っ込まれたら何も言えないのだが――もしかしたら独占できるかもしれない。

 

 迷いの森のもみの木の下についた時には、既に出現まで残り数分、という時間だった。僕はここでとある目的を話す。

 

 「みんな――初撃を僕に譲ってくれないかな?」

 

 全員、怪訝な顔をする。そうだろう。普通ボスは1人ではなく複数人で向かっていくものだ。むしろ僕達はレイドでもなんでもない5人パーティーなのだから、最初から全力で行くべき。だが、真剣な僕の顔に押されたのか、何とかその権利を勝ち取る。

 

 「……まあエネくんの顔に免じて見守ろうか」

 「ちょっとでも危なくなったらすぐに出るからね」

 

 1週間戦闘をしていないことなど――些細なことだと思える。今ならできる気がした。怒りではない。今まで集めてきたしあわせが、僕の中に膨大な圧力を持って渦巻いていた。

 

 「来るぞ!」

 

 時刻が零時になると同時に、どこからともなく鈴の音が響いてきて、全員で木のてっぺんを見上げる。空には2筋の光――ソリだろうか? が伸びており、それがもみの木に達すると、ソリから黒い影が落ちてきた。それは雪をどしゃっと撒き散らしながら着地し、醜悪な顔つきで目を赤く光らせている。

 

 「げえっ、気持ちわりいな」

 「ユイちゃん連れてこなくて良かった〜」

 「……5人で倒せるのか?」

 

 みんなが口々にボスへの感想を述べる。《物語》と違って和やかなムードで迎えたこのイベント。茅場もきっと喜んでいるだろう。だが残念なことに、僕はユイに《クリスマスプレゼントはサンタさんが持ってくるものじゃない》という現実を教えていた。ユイがこれを見ても、あのきょとんとした顔で「はやくたおして」と言うだろう。

 

 ニコラスの髭が震え、しわがれた、これまた醜悪な声で定型文を口にする。だが、僕はそんなことが耳に入らないくらい集中していた。みんなは、僕が剣を構えていないことに気付いたかもしれない。それを指摘する声が聞こえる気がするが、僕は黙って目を閉じている。

 

 次に目を開けた時、僕の目は――紅かったのではないか? 僕は息をひゅっと吸った。

 

 「《エクスプロージョン》!」

 

 《逆鱗》唯一のスキル。今まで一度も使えたことは無かったが、今ならできる――という自信が体に満ち満ちていた。

 

 僕の叫びに応じて、いつものように赤いポリゴンが散る、だけではない。僕の心臓が一度大きく波打つと、赤い爆風に体が包まれる。

 

 「なんだってんだよー!!」

 

 クラインの悲鳴を聞きながら風が止むのを待った後には、僕は――体高5メートルに迫ろうかという、真っ赤な竜に姿を変えていた。流石にこれは予想しておらず、驚いて体を振り仰ぐ。

 

 体は仄かに発光しており、激情を思わせる尖った鱗と牙、そして背中には大きな翼がある。

 

 これが《逆鱗》の完成形。確かに触ったら死んでしまいそうだ。触らないで、と言おうと口を開くが、唸りとともにちろりと炎が吐き出されただけだった。あ、喋れないのね。……でもまあいいか。こんなにも力が漲ってくるのは初めてだ。

 

 ――僕の中にいる《逆鱗》。もう僕はこの力に飲まれたりはしない。僕はこの力でユイを守るんだ。

 

 いつか聞いた声が、僕の中でクスリと笑った気がした。

 

 僕は、足元のみんなを踏まないように足場を整えると、翼をたたんで一気に飛び上がる。雪を一緒に巻き上げたようでニコラスが見えづらくなったが、翼を大きく羽ばたかせてそれを払う。はるか眼下に見えるニコラスの顔は、僕にしっかりと向けられていた。息を大きく吸い込む。

 

 「ガアアアアアアアッ!!」

 

 鋭く吐いた息は膨大な熱を内包するブレスとなり、周囲の木々の雪を根こそぎ溶かしながらニコラスを貫く。轟音。水蒸気で辺りがまた真っ白になる。

 

 僕がそっと広場に着地し、水蒸気が晴れた後には――

 

 「え、マジ?」

 「これは……また……」

 「嘘でしょ」

 

 ニコラスは跡形もなくなり、雪の下の地面がめちゃめちゃに荒らされていた。――一撃。フロアボスでは無いにしろ、ボスモンスターを一撃で屠るほどの攻撃だったのだ。

 

(こ、これは想像以上)

 

 驚くことは続けて起こる。僕が変身を解くと、体が全く動かせず、雪の上にどさりと倒れ込んだのだ。

 

 *・*・*

 

 結果からいえば、それはスキルの効果だった。《エクスプロージョン》は、莫大な接触ダメージと強力なブレスを与えられた代わりに、効果時間は5分。そして、それに関わらず解除後はスタン状態になる。強力無比なスキルではあるが、間違っても常用はできない。ボスのLA取るくらいしか用途がなかった。

 

 スタンが回復してから、ドロップ品を確認することすらせず、僕は質問攻めにあった。さらに悪いことに、そこに《聖竜連合》が現れる。話がこじれ――ディアベルが《血盟騎士団》を抜けたそうな顔をしていた。

 

 僕達は人目を避けるために22層に逃げ帰った。

 

 *・*・*

 

 「いやー、俺も見たかったなあ」

 「わたしも見たかったです」

 「ユイ? 随分達者になったね?」

 

 ユイがあまりにもしっかりした日本語を喋るので驚いてしまったが、これは経緯は違うとはいえ、《物語》の大筋をなぞっていると言えよう。ユイは僕が帰ってくるのを待っていたらしいが、流石に夜中なので寝かせた。

 

 「はいユイ。また明日も遊ぼうね」

 「はい!」

 

 その際に非常に生暖かい目で見られた――瀬南によくやられていた事だったのだが――が、咳払いをして流すと、僕はドロップ品の中から件のアイテムを取り出す。

 

 「これ。《還魂の聖晶石》。効果は、《プレイヤーが死んでから10秒の間だけ、蘇生が可能になる》」

 

 10秒。その時間が、プレイヤーが死んでから脳を焼かれるまでの時間なんだろうなと思った。

 

 ユキは、間に合ったのだろうか。10秒の間に、何かとんでもないことをしてしまったのだろうか。あるいは――

 

 その時、アスナの手のひらが頭に乗せられる。

 

 「あの人はそれより無茶苦茶よ。……大丈夫。生きてるよ」

 「うん、……そうだね」

 

 僕の話を聞き、流石に落胆を隠せないクラインに、僕は石を差し出した。

 

 「これ、クラインが持っててよ。……次に死んだ仲間に、使ってあげて」

 

 茅場もひどいことをする。恐らくベータの時のままになっていたイベントなんだろうけど――プレイヤーに叶わぬ夢を見せたっていう罪は、大きい。それでも、クラインは涙をこらえながら気丈に振舞った。

 

 「……それは、お前が持ってろ。俺なんかより、お前の方が死んじまいそうだからな……!」

 

 僕は迷ったけど、素直に頷いた。クラインの涙は無駄にしない。この石は使うべき時に使おう。

 

 流石にその日はお開きになり、働き詰めでへとへとだった僕はすぐにユイがいるベッドに潜り込もうとしたが、何故かベッドの脇にはキリトが立っていた。

 

 「……帰らないの?」

 「エネを寝かしつけに来てやったんだよ」

 

 月明かりに照らされるキリトの顔を見てみれば、その顔は泣いたあとのように歪んでいた。僕は目を伏せる。

 

 「サチと会ったんだね」

 「ああ。……本当に、俺なんかが救われていいのかな」

 「違うでしょ? ユキもキリトも抱え込むクセあるけど……キリトには仲間が沢山いるんだから」

 

 キリトの揺らぐ瞳は、僕の言葉を受けて落ち着く。代わりに涙が溢れてきて、僕はそんなキリトの背中をさすった。……頭に手が届かなかったからね。

 

 キリトも、あの事件でやはり心に闇を抱えた。……僕という存在があったから、今まで弱いところを見せられなかったのだ。でも、よかった。……本当に、よかった。

 

 僕も一粒だけ涙を流して、3人で重なるように眠った。





本当だったらユイが倒れる所まで前話でした。だからこの話は本当はとてもスマートだったのです。すみませんでした。

エネ氏のユニークスキルに新たな能力が(殴
実際、これやりたくてネタ練りはじめたんです……()
でも、エネは最強枠ではありません。あくまでこの能力ありきです。ガチートはユキなんで……彼はいつ帰ってくるのでしょうか……

せっかく段落下げの機能があるので使ってますが、これカギカッコも下がって見づらくないですか? どっちにしようかな……


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15:その意識の向こう

15話です。
苦しかったです。


 

 その日。アインクラッドを衝撃が駆け抜けた。とある1枚の写真が、情報屋にもたらされたのである。

 

 聖夜に、巨大な竜が現れた――

 

 「真っ赤な体を煌々と光らせ、その目に映ったものを問答無用で焼き尽くす。その神の鉄槌のごとき吐息が通過した後には――」

 

 「――全ての生命が絶たれた焦土だけが残されていた」

 

 「わあああああやめてーー!!」

 

 次の日。目覚めたキリトがそんなことを言ってきた。どうやら、この娯楽が少ないアインクラッドで起きた《竜》事件は、瞬く間に尾ひれをつけて泳ぎ回っているようだ。

 

 流石にグリーンのカーソルは遠目からは見えなかったのか、それがプレイヤーだとは誰も思っていないようだが――昨日《聖竜連合》に言われた言葉が頭を過ぎる。

 

『《逆鱗》――否《逆鱗竜》エネ。あなたを必ずこの《聖竜連合》のトップに立ててみせる』

 

 めちゃめちゃ不安だ。竜=僕だって広まるのも時間の問題だろう。加えて、ディアベルが早々に《聖竜連合》へと移籍したらしい。僕を追い回すつもりだな。ああいやだ。

 

 「ユイ……僕を癒してくれるのはユイだけだよ……」

 

 まどろむユイの頭を撫でながら、意地悪なキリトはさっさと攻略してきて、と追い払うと、キリトはうへえという顔をしながらも素直に出ていった。……それはそれで妙だが、僕が作ったサンドイッチを余分にくすねていったのでそのせいかなと自己完結する。

 

 「ねえユイ。あんな人についていっちゃダメだよ」

 「はい……」

 

 んん、今のは「パパのこともすきですー」みたいな返答を期待したんだけどな。ユイは朝だからという理由以上にぽやんとしているようだった。……風邪?

 

 あれぇ?

 

 *・*・*

 

 AI。Artificial Intelligence。人工知能。プログラムでありながら自ら学び、その知識の枝を増やしていく――肉体がないこと以外は人間と変わらない。それがユイだ。ユイはつい昨日まで幼児退行していた。先日サチに家具について尋ねまくっていたことからも分かるように、その記憶領域は極めて白紙に近い。つまり今彼女はスポンジのように知識を吸収し、それをダイレクトに身につけているのである。

 

 そんな彼女が昨日のようなバカ騒ぎを経験したらどうなるか……それを少しでも考えなかった自分を殴りたいと思う。ユイは昨日――《恋》を覚えてしまったというのだ。

 

 「ユイ、こっちを見てごらん」

 「エネ……好きです……」

 「――くっ!」

 

 だめだ。身近にいたキリトとアスナ(バカップル)から恋愛を学んでしまったことで、ユイは今頭がおかしくなっている。もしかしたらディアベルと会話した時に――いやこの話はやめよう。大体ディアベルには彼女いるし。うん。とにかく、僕とユイという清らかな兄妹という関係に《恋愛》などという邪なものを持ち込んではいけないのだ。

 

 思えば、僕自身にも似たようなことがあった。瀬南と恋愛ゲームをしていた時(それも謎なのだが)に、ヒロインの女の子がみんな一様に頬を染める様を見て「これは風邪をひいたの?」と聞いたことがあった。その時瀬南は何と言ったんだっけな……覚えてないし多分どうでもいいことだ。

 

 「あーユイ、それはね、……気の迷いだよ」

 「気の……迷いですか?」

 「うん。よく考えて。ユイが僕を慕ってくれてるのは分かる。でもそれと恋愛は別物なんだ。僕は英語が苦手だけど、英語にはloveとlikeの2種類、好きという単語があるんだよ」

 

 ユイはぽやんとしながらも、僕の言葉を咀嚼し始めた。そうそう。その調子だ。言われてみれば、僕も瀬南も男だから、妹への接し方は分からない。ここで何か変なことが起きてしまうと、僕はもうお手上げだ――

 

 「んー、人間の感情はフクザツです! でも私はエネが好きです。……エネに会いたくて、こっちに来たんです……」

 「ちょっと待ってよ……って、え?! 何か思い出したの!?」

 

 ユイは自分の言ったことを理解すると、とろんとしていた目を大きく開いて、唇をわななかせた。だが、僕が驚いてユイの肩をがっしと掴むと、ユイの顔はふにゃりと崩れる。

 

 「……何でしたっけ……えへへ……」

 「ああああああもう僕には無理だ!」

 

 今まで経験したことのない危機にさらされ、僕は限界を迎えた。ふにゃふにゃしたユイを連れて、僕はアスナの元を訪れることにした。

 

 あのキリトをものにした恋愛マスターのアスナなら何か分かると思ったからだ。メールを入れたところ、今日は午後から攻略会議があり、午前中は暇らしい。――攻略か。

 

 昨日のニコラス戦でレベルは1つ上がったけど、何だかもう僕は、ユイの隣にいることができれば他に何もなくていいと思える。――と考えていると、アスナの自宅に到着した。《物語》に出てくるホームはここじゃないけれど、十分に美しい家だ。ノックすると、程なくしてアスナが出てくる。

 

 「来てくれてありがとう。――私も、エネくんに会いたかったの」

 

 アスナは少し影のある笑みで、僕らを出迎えた。休日らしいラフな格好だ。

 

 「で、何の用?」

 

 アスナは手際良く僕たちに飲み物を出して、そんなことを聞いてきた。僕たちは出されたミルクをごくごくと飲みながら答える。

 

 「あのね……ユイが《恋》を覚えちゃったっていうんだ」

 「覚えました」

 

 アスナは紅茶を吹きこぼす寸前で耐え、2回ほどむせてから、僕とユイを交互に見る。

 

 「……お相手は?」

 「……僕らしいんだ」

 「ドキドキします」

 

 僕は何でこんな目にあってるのかな、と遠い目をするが、隣で頬を染めて僕を見るユイは、嫌でも視界に入ってくる。その様子に、アスナは僕の手を取った。

 

 「ユイの気持ちは嬉しいけど……やっぱり僕達は兄妹なんだからさ……そういうのはダメだってユキも言ってたし」

 「それはそうね。私たちのユイちゃんなんだから」

 「……何か思い出したみたいなんだけど、僕が話を聞くと……ユイ、こっち向いて」

 

 ユイは美味しそうにミルクを飲んでいたが、僕が声をかけるとこちらを向き、頬を染めて笑う。

 

 「……と、お話にならないんだよ。だからアスナにアドバイスと、ユイの話を聞き出すのを手伝って欲しいなって……」

 「……エ、エネくんは随分ときっちりしてるのね。ユイちゃんのこんな笑顔見ても、表情1つ変えないなんて」

 

 少し俯いた顔を上げると、アスナはユイの笑顔にノックダウンしていた。キリトが見たら二度見しそうなくらい、頬を染めて震えている。だが、僕にはアスナの気持ちは分からなかった。

 

 「だって兄妹だから。兄妹で恋愛はしちゃダメなんでしょ?」

 「それは――そうだけど。その……エネくんとユイちゃんは血が繋がっているわけではないでしょ?」

 「でも、ユキは僕のお兄ちゃんだよ?」

 「だから……うーん、なんと言えばいいのか」

 

 お兄ちゃんが弟/妹と決めたら、もうきょうだいなのだ。……僕はそう思ってたんだけど、違うのだろうか。アスナは頭を捻ってから、ズビシッ! と僕を指差した。

 

 「そんなの気にしちゃダメよ! ユイちゃんが好きって言ってるなら……私が、許すわ……!」

 

 何を言ってるんだこの人。僕は傷ついたユイを、ユキの代わりに守っているだけなのに。そこに許すも何も無いと思うんだけどな。

 

 「エネくん自身の気持ちはどうなの? その歳だとエネくんもまだ恋とかしたことないかもだけど……ほらユイちゃん可愛いじゃない!」

 「僕の、気持ち……?」

 

 ぐいぐい詰め寄ってくるアスナに、あんまり行ったことのなかった学校で、女の子たちが恋バナで盛り上がっているところを幻視した。だが、不思議なことを聞かれて目をぱちくりする。

 

 その様子に、アスナは少し熱が冷めたようだ。

 

 「え、なんでそこで不思議な顔するのよ……エネくんはユイちゃんのことをどう思ってるの?」

 「なあんだ。そりゃ、大切な妹だと思ってるよ」

 「……それは、ユキの代わりに兄になってるってこと?」

 「うん。良くわかったね。僕を元気にしてくれたユキの真似をすれば、ユイも元気になると思ったんだ。なのにユイは、僕とは違う気持ちになっちゃったんだ……それが、分からない」

 

 僕がため息をつきながらそう言うと、アスナは黙ってしまった。そして何気なく隣を見ると、ユイは疲れたのか俯いていた。

 

 「ユイ?」

 

 ユイに声を掛けるも、返事が無い。……さっきから喋ってないな……どうしたんだろう、と思って肩を揺すると、虚ろな目をこちらに向けた。

 

 「ユイッ?! どうしたの? 気分悪い?」

 「きょう……だい……」

 

 な、何? 兄妹って……まさか。

 

 「……僕が恋しちゃダメって言ったからそんな顔してるの?」

 「エネのこと……すき……でも……ダメ……」

 「あああ、もういいよ、いいから! 僕のこと思う存分好きになって!」

 

 やけくそになって叫ぶと、ユイの表情はみるみる穏やかになった。……もう、ほんと疲れた。その一連のやり取りを見ていたアスナが、がたりと立ち上がる。

 

 「ユイちゃん、おいで。こうなったらエネくんをメロメロにするしかないわよ」

 「何言ってるのさ! 僕は十分ユイにメロメロ――ひっ」

 

 僕が口を開くと、アスナの手からティースプーンが飛んできた。水色のライトエフェクト――ソードスキルを発動させたそれは、僕の真横をひゅっと通り過ぎる。カキンと壁に当たって落ちる音が聞こえ、遅れたように僕の顔に冷や汗が伝った。

 

 「キリトくんやあの人のそばにいたって言うからもしかしてと思ってたけど――エネくんのそういう所、私が直してあげる」

 

 アスナはユイを連れて(僕を置いてけぼりにして)、隣の部屋に消えていった。

 

 *・*・*

 

 数分後、アスナとユイは戻って来た。ユイの目にはどこか光が宿り、アスナもほくほくした顔をしている。……何があったんだ。

 

 「はい。さっきの話の続きだけど、エネくんには自意識というものが足りないわ。ユイちゃんを助けたいと思ったのは本心かもしれないけど」

 

 まさか、何も無かったように続ける気なの? 僕は堪らなくなって声を上げてしまう。が、口を挟ませてもらえない。アスナの話は続く。

 

 「……分かってないのね。じゃあ質問するわ。エネくんは何のために生きてるの?」

 「……何のために? 難しい質問だよ」

 「いいから考えてみて」

 

 アスナの視線を受けつつ、僕は腕を組んでうーんと唸ってみる。何のため、か……これで答えられなかったらなんか怒られそうだな……あ、分かった。

 

 「ユキとお母さんに褒めてもらうためだよ」

 「ほらね」

 

 僕がドヤ顔で答えると、アスナは更に勝ち誇った笑みを浮かべる。ええ、なんで……?

 

 「普通の人はこんな質問答えられないのよ。何のために、なんて考えて生きている人はそうはいないわ」

 「ええ! 酷いよ!」

 「でもエネくんは答えられた――つまりそれ以外に目的がない。エネくんがどうありたいかという視点がないの」

 「いやだからそれが、瀬南――ユキに褒めてもらいたいってことなんだけど」

 

 ユキに頭を撫でられる時が1番至福だ。だが、そんなことを考えていると僕の頭にユイの手が伸びる。それを見たアスナの顔が、悲しみに歪んだ。

 

 「それじゃ、いつか潰れちゃうわ。私がそうだったから」

 「……」

 「なんてね、何が言いたいかと言えば、――ヘタレてないで自分に素直になって……ユイちゃんの想いを受け止めなさいって話よ」

 

 ヘタレ……て。何か言い返そうとしたが、うまく言葉にならなかった。僕の気持ち。その言葉は、存外僕の心に刺さったのである。

 

 そして、今ので話を終わりにすると言いたげに、アスナの顔が引き締まった。アスナが僕に会いたがっていたというのだから、アスナも僕になにか話があるのだろう。心当たりはあった。

 

 「今日、49層の会議があるんだけど、ってことは、次の層は50層だよね」

 「……戻ってきてってこと?」

 

 アスナの瞳は驚きに染まり、ついで揺らぎ、伏せられた。

 

 「……勝手よね。どれだけエネくんが辛い思いしてきたかを知ってて、こっちの都合で追い出して……ユイちゃんとの生活も始まったのに」

 

 攻略に出なくなったのは僕の意思だから、と言いかけて、そんな言葉を聞きたい訳では無いのだということくらいは察した。この1週間、僕は楽しかったと――思う。ユキの代わり、ユキを追いかけることしかできない僕だけど、ユイとの生活は楽しかった。

 

 僕の気持ち。それはこういうことか。……今まで考えないようにしてきたことでもある。

 

 「僕、ユイと一緒に暮らしたいって思ったのは本当の気持ちだったよ」

 「――そう」

 

 ここで嫌だと言えば、多分アスナは笑って許してくれるだろう。もう僕は《勇者》にはなれないし、ならないと決めたのだから、ここで勇気を振り絞って戦う理由はない。

 

 《アインクラッド》のハーフ・ポイントは物凄くきつい戦いになる。死者も沢山出る。――僕はそれを知っているのだ。

 

 前の僕だったら、何も考えず飛び出していただろう。だが僕は様々な経験を経て、少し臆病になってしまったようだ。……これが、大人になるってことなのかなあ。

 

 そんな時、うじうじと悩む僕の隣で、ユイがその透き通る声を発した。

 

 「私――行きます」

 「ど、どこに?」

 「ボス戦……です」

 

 これには、僕もアスナも口をあんぐりと開けた。プレイヤーでもないユイが、戦うだって……?

 

 「いや、ちょっと、危ないよユイ」

 「ユイちゃん、カーソルもないじゃないの……周りの人からすごい目で見られるよ?」

 

 そうなのだ。SAOプレイヤーは特に、かつてベータテスターと新規プレイヤーの間に確執を持っていた過去がある。同じプレイヤー同士でもちょっとした優劣でいがみ合っていたのだから、システム側の存在であるユイが現れた時に何を言われるか、分かったものじゃない。

 

 するとユイは難しい顔をした後、ぽんっという音を立てて手を挙げた。――なんと、頭上にグリーンのカーソルが生まれた。

 

 「はあ?!」

 「へへーん、です! 浮いていたアカウントを捕まえました」

 

 ユイは得意げに右手でウインドウを出すと、可視化させて僕達に見せてきた。簡略化されているのは変わらないが、右手の装備欄と名前が更新されていて――

 

 「あっ……」

 

 そのアカウントの名前は、《Yuki》だったのだ。アスナも口を手で覆っている。浮いていたって、もしかしてユキは……

 

 狼狽える僕の手をアスナがきつく握る。分かってる。分かってる。ユキが生きてる可能性なんて奇跡にも等しい確率だなんて……見ないふりをしてただけで、ずっと分かってた。でも、僕が信じていなきゃ誰がユキを信じてあげられるんだ。僕はアスナの手を解くと、不思議そうな顔をしたユイの頭を撫でる。

 

 「それはね、《はじまりの英雄》のアカウントなんだ。僕のお兄ちゃんで……すごい人なんだよ」

 

 ユイは真っ黒な瞳を二、三度瞬かせて、分かる気がします、と言った。そして僕達は、重要なことに気付いた。

 

 「……これで、私も()()()()()()()()()と同じです」

 

 ユイの目が控えめに閉じられる。――ユイは、自分が人間でないということを、思い出していたのだ。そして再び目を開くと、呆然とする僕の肩を抱き寄せて――唇が重ねられた。

 

 ちょっと訳が分からない。

 

 「……あぴーる……です」

 「な……な……アスナ……」

 「ユイちゃん……それ違う……!」

 

 ユイは《ボス戦に行きたい》というアピールをしたかったんだろうけど……! アスナ……! 目をそらさないで!!

 

 *・*・*

 

 「……落ち着いた?」

 「ビックリしたよ!!!」

 「あう……エネ、ごめんなさい」

 

 うん。妹だって女の子なんだから、急にキスされたら驚くのは当たり前だ。でもこれじゃあ、キリトじゃないけど本当に《恋愛》じゃない別のなにかだ。

 

 なんて言い訳する僕をよそに、アスナはユイに真剣な眼差しを向けていた。

 

 「ユイちゃん。ボス戦は本当に危険よ」

 「でも……」

 

 アスナに叱られているということが分かるユイは、だんだんと勢いをすぼめて下を向く。――僕は覚悟を決めた。

 

 「いいよユイ。僕が《偽装》スキル取れば、名前は変えてあげられるから。それが、ユイのやりたいことなんだね?」

 

 アスナは絶句して僕を見るが、僕は決めたのだ。僕が自分の気持ちというものを持っていなかったとしても、ユキが僕にしてきてくれたことは間違いじゃないから。――妹が望むことなら、全力で叶えてあげる。そして死んでも守る。それがユキであり僕のお兄ちゃんなのだから。




エネもユイもまだ恋愛感情を持っているかと言われると微妙です。エネは完璧にこじらせるタイプです。なんで初作品なのにこんなめんどくさい子を主人公に立てたのかと少し後悔しながら書きました。書き溜めがお粗末すぎてこの話はまるまる書き直しました。辛かったです。いやそれでもこれはひどい。

話数ごとのUA、PVを見てみたら、10.11話より12話の方が多かったです笑 ユイちゃん出てくるからですかね笑


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16:その抱擁の向こう

16話です!
タイトル厳しいです(笑)一応その話のメインとなる言葉だったり、何回も登場する言葉を使ってます。「の向こう」に意味があることも頭に置いてます……誰だこんな縛り始めたの……


 

 あのあとどうやって家に帰ったのか記憶にないけど、気付いたら家でユイと向かい合って座っていた。ユイのステータスをもう一度見せてもらう。ユイはしっかり頷くと、右手を振って――右上のあたりをつついた。たちまちウィンドウは可視モードになり、僕にも読めるようになる。

 

 1週間前は僕が可視モードに変えたんだっけな、と感慨にふけりながら、そのさっぱりとした表示に目を通した。

 

 「あくまで位置情報を借りただけなので、ステータスはほぼ変わりません」

 「HPは?」

 

 さっき確認したとおり、装備フィギュアに右手が追加されている。これで武器は片手のものなら装備可能だ。その近くにはHPバーがあるものの、不思議なことに数値は書いていなかった。ユイも首を傾げるが、しばらくしてぽんと手を打った。

 

 「自由に変えられるみたいです」

 「うっそぉ……」

 「あっ……でも最大値は10万くらいです」

 「……一般プレイヤーからしたら規格外だけどね」

 

 なんだそれは。10万といったらちょっとした中ボスくらいだろうか? もしかしたら、ユイは正規版SAOでなにかしら戦うイベントがあったのかもしれない。

 

 しかし。ユキの名前の横にあるレベルは12だ。今の僕のレベルは58。――随分遠くまで来ちゃったなあ。1年。長いようであっという間だった。僕はユイの肩をしっかり掴む。

 

 「……ユイ。ボス戦は怖いことも辛いこともあるし、もしかしたら僕やキリトやアスナが、死んでしまうかもしれない。それでもいいんだね?」

 「覚悟は……出来ています」

 

 ユイのきりりとした目に顔が綻びながら、僕はぽんとユイの頭を撫でた。

 

 「よし。じゃあ、50層ボス戦まで――戦闘の練習をしよう。武器は何がいい?」

 「片手剣がいいです!」

 

 *・*・*

 

 僕は49層の武器屋で片手剣を購入すると(ユイと僕の身長は大して変わらないけど、身長制限なんてなかった。まあいいよ。僕今は短剣気に入ってるし)、ついでユイの装備を整え、低層から戦闘を始めた。

 

 驚いたのは、ユイの戦闘能力の高さだ。

 

 特筆して素早い訳でも、一撃が重い訳でもないが――とにかく神がかった先読みを見せる。やはりAIだからモンスターのアルゴリズムくらいは読み解けてしまうのか。モンスターの攻撃を全て躱し、逆に隙を作りに行く始末。とても戦闘初心者とは思えない。ソードスキルも初級から上級まで満遍なく繰り出し、動きに無駄がない。……昨日のバカ騒ぎで、攻略組トップの皆さんのデータでも読み取ったのだろうか。

 

 第2層辺りから始めた狩りはとんとん層を上げ――これらのことから、レベルは12となっていたがステータスはユイに個別に設定されていると思われる――あっという間に最前線直前の48層までやってきた。ユイのレベルは18まで上がっていた。

 

 そんなユイは、僕の目の前でまた1匹のモブ、鎧を着たオオカミを倒す。その赤いライトエフェクトは《ヴォーパル・ストライク》か。青いポリゴンとなって消えたモンスターを背に、目を輝かせたユイは僕の元に走り寄ってくる。

 

 「ユイ、凄すぎ」

 

 僕たちはハイタッチをして、そろそろお昼だと安全地帯に腰を下ろした。攻略組は今攻略会議に出席しているようだし、最前線にほど近いここに、今他のプレイヤーの姿はほとんどなかった。

 

 僕がレジャーシートとお弁当をぱたぱたと広げていると、ユイが膝を抱える。

 

 「……エネも、分かってるんですよね、私のこと」

 

 私の正体を、ということだろうか。いや、残念ながらちょっと分からない。

 

 「プレイヤーじゃない、AIだって所までしか分からない。でも、例えユイの正体が何であっても、僕の妹だってことはこれまでもこれからも変わらないよ」

 

 僕の言葉にユイが目を丸くした。ついで、頬を染めてかがみ込んで作業する僕のほっぺたにキスを――

 

 「いやあのさ、気持ちは嬉しいんだけど、キスはそうおいそれとするものじゃないよ。多分ね。アスナに何言われたの?」

 

 させない。ぱしっという音を立てて、僕の両手がユイの顔をホールドする。

 

 「ママが、こうするとエネがドキドキするって……」

 「はあ……」

 

 アスナ。キリトにやるのは結構だけど、それは結構特殊な愛の形だってことを知っておいた方がいいかもね。……なんで僕が人の恋愛に口を出してるんだろうか。

 

 「この体勢も、私は好きです」

 「ううう」

 

 ユイがうっとりとして言うので、僕は手をぱっと離した。確かに、見ようによっては僕がこれからユイにキスするように見えていたかもしれない。僕は首をぶんぶんと振ると、超特急で準備を終わらせた。

 

 お弁当はおにぎり(もどき)である。具にはたらこ(もどき)としゃけ(もどき)がある。現実に戻ったら瀬南に作ってあげよう。SAOの料理は大分簡略化されているそうだけど、簡単なものに限れば現実でも実現できそうなものが結構ある。僕も瀬南も食生活がコンビニばっかりで健康に悪かったからね。いい機会だった。

 

 ユイはたらこおにぎり(もどき)を1つ頬張ると、僕の目を覗き込んだ。

 

 「――エネ、話を、聞いてくれますか」

 

 そのユイの目は何処までも透明だった。色がない。――何も映っていない。僕はそれに衝撃を受けて、ユイに返事を返したか自信がなかったが、ユイは静かに話し始めた。

 

 「私の本当の名前は――《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作1号、コードネーム《Yui》。このSAOの中でしか動けない、プログラムです」

 「メンタルヘルス……」

 

 ユキの《物語》で《世界の妖精》と称された少女は、自らの運命を自虐するように震えた。メンタルヘルス、精神の健康……このSAOでプレイヤーの精神の管理を行うプログラムだったというわけか。それなら、感情に敏感だったのも頷ける。

 

 「実は……結構前から分かっていました。でも、パパやママにはあんまり言いたくなくて……。エネなら、もしかしたら受け入れてくれるかも、なんて思ってしまいました。――はは、バカですよね。人間じゃないのに」

 

 ユイの瞳から、少しずつ光が失われていく。それを止めたくて、僕はユイの体を包み込んだ。いつも何気なくやっていることなのに、何故か今はエネルギーを必要とした。

 

 「そんなことない。ユイは僕の妹なんだから、この世界で生きてる人間だよ。――僕だって、今はアインクラッドに生きる剣士だ」

 

 僕の言葉に、ユイの体がピクリと反応した。

 

 「……そんなこと、初めて言われました」

 「……辛かったよね。僕がユイを守ってあげるから、もう我慢しなくていいんだよ」

 

 ユイの喉から細い嗚咽が漏れる。僕はユキがやってくれたように、じっとユイが落ち着くのを待つ。ユイは再び話し始めたが、彼女自身もまだ混乱しているのだということが察せられた。

 

 「1年と少し前。SAOの正式サービスが開始される時、私は、GMだけでは対処しきれない、プレイヤーの精神的な問題を解決するために生まれました。でも、サービス開始直後、《プレイヤーへの接触禁止》という命令が下され、……私はやむなく監視だけを続けていました」

 

 茅場が何かをしたのだ。ユイにとって、その命令がどれだけ辛いものだったのかは察して余りある。デスゲーム初期のプレイヤーの精神は酷いものだったからだ。人の僕ですら吐き気を催すほどだったのに、その為に感情パラメータを感じ取りやすいユイがそれを監視し続けなければならなかったのは、正に地獄だっただろう。

 

 「すぐにでも会話が必要なプレイヤーがたくさんいる中で、私は必死にフィールドに出ようと、システムの穴を探してもがき続けて――だんだんと崩壊していきました。……監視する中で、一番異質な感情を持っていたプレイヤーが、エネと、そのとなりにいた……えっと」

 「ユキ、……ユキのこと?」

 

 僕は驚いて、腕を解くとユイを正面から見つめた。急に僕の名前と、ユキのことが話題に出たのだ。――同時に、頭の中が少しずつまとまっていく。

 

 「そう、そうです……《はじまりの英雄》さん、でしたっけ?」

 「……いや、僕がそう呼んでるだけなんだけどね」

 

 ユイは僕の言葉にくすりと笑みをこぼすと、素敵だと思います、と言った。

 

 「2人はいつも前向きで力強い感情パラメータを維持していて――どこか未来を見ているような、とにかく前しか見ない人達だなと思いました」

 「あはは……心当たりあるや」

 

 ユキの不敵な笑顔が脳裏に浮かび、僕は拳をぎゅっと握った。

 

 「私はそのわけを知りたくて、お二人を観察する頻度が高く――そのお陰で、私というプログラムはギリキリのところで完全崩壊を免れていました。でも暫くして、そのうち1人がいなくなってしまったのです。……ユキさん、ですね? あ、私、無神経でした……」

 「いや……大丈夫」

 

 ユイの目には僕の心が乱れたのが映ったらしく、その細い手が僕の胸に当てられた。

 

 「それから、残された1人の感情は不安定になりました。――これは、私が行って話を聞かなくてはって思ったんです。でも、何度試してもシステムの壁は強固でした。そんな中、つい最近カーディナルが重大なバグを検知し、システムに揺らぎが生じました。私はその穴に体をねじりこんで、ここに来たのです」

 

 ユイの話は衝撃的だった。システムに逆らう――そんなことが出来る存在を、ただのプログラムとして扱っていいものなのか?

 

 「じゃ、じゃあ本当に、ユイは僕のためにここに来てくれたってことなの?」

 「はい。エネ。……私を勇気づけてくれたあなたを、私は癒しに来ました。もっとも今では私の方が元気づけられてますし、記憶領域の破損で皆さんに大変なご迷惑をかけてしまいました……」

 「そんな、……ユイのおかげで、僕は……今とっても幸せだよ。僕の方こそ、ユイに何もしてあげられて」

 

 自虐の言葉を紡ぐ僕の口を、ユイが人差し指で止める。その後1度瞬きをして、ユイはふわりと笑った。

 

 「なら、ひとつお願いがあります。じっとしててくださいね」

 

 ユイはそう言うと、すーっと僕に顔を近づけてきて……

 

 「あ……なん……」

 「ふふ」

 

 ――止めた。睫毛が擦れそうな距離に、ユイの顔がある。ユイは立ち上がってくるりと身を翻すと、口をぱくぱくさせる僕を見下ろしてにっこり笑った。

 

 「……押してダメなら引いてみろ、ってママが言ってました」

 「……だから、違うでしょ……!」

 

 その言葉、絶対意味違うし……! ユイそれわざとやってない!? ――どちらにせよ、こ、こんなのはダメだ! 僕は何か言いたくなる口をぐっと押さえて、咳払いをすると話題を変えた。

 

 「……僕のことは分かったけどさ……じゃあ、僕はもう元気になったし、ユイの役目は終わりなの……?」

 

 赤らむ頬を隠しながら言った言葉だったが、それを聞いたユイの顔はみるみる青ざめる。ユイの顔が歪み、へなへなと座り込む。

 

 「いえ……私にはもう1つ、目的がある、はずです。何故かは思い出せないのですが、《はじまりの街》の地下迷宮に、行かなければならないのです」

 「……っ」

 

 僕の絶句を《地下迷宮》の存在を初めて知ったことによるものだと受け取ったユイは、淀みなく解説を始める。

 

 こんなに《物語》の筋書きから離れているのに、結局ユイはそこに向かう運命だったなんて。

 

 「SAO唯一の、段階開放式のダンジョンです。ほかの迷宮と違って、第1層から下に伸びていきます。迷宮が10層攻略されるごとに解放されていって、70層で最後なので――あと21層ですね。そこに行けば、私の目的は達成されるということだけ、覚えています」

 

 ユイ自身も怯えていた。何が起きるのかすら分からないものに縋り続けるユイは、今にも消えてしまいそうな薄氷のように思われた。僕は必死に記憶を手繰った。《ユイ》の結末を知るために――

 

 記憶の片隅に埋もれたそれが引っ張り出された時、僕はこの《物語》を瀬南から聞いた時のことを思い出した。

 

『――で、ユイはどうなっちゃうの?』

『あー……なんつうか……そうだ。物凄い力を使って力尽きたユイは……体が維持出来なくて消えるんだが、キリトが頑張ってどうにか石に宿る』

『意味わかんない……瀬南話ヘター』

『うっせ。次だ次』

 

 「エネ?」

 

 ユイに声をかけられて、記憶が霧散した。でも、僕が忘れていただけじゃない。瀬南もこのことについては言葉を濁していた。《言いづらい》ことだった。つまり、瀬南はユイのことを知っているのだ。――瀬南が、わざと言葉を濁していたとするならば。何故。

 

 「なんでもない。僕はユイのためになるなら何でもする……これから頑張ろうね」

 「はい。……私も頑張って、70層まで攻略します」

 

 ユイの紅潮した頬に口元を綻ばせながら、僕は考えていた。

 

 思えば、《物語》には精密なところと比喩的なところがあった。当然だが、《アインクラッド》はゲームの世界ではないので、デスゲームという概念はない。死んだら生き返れないのは当たり前だからだ。キリトが《ビーター》になる話や、《月夜の黒猫団》の話は、用語の置換が目立つものの、なかなか信頼できた。だからこそ僕は《物語》に縋り続けてこれたのだ。

 

 だが、《ユイ》の話にはずれが大きい。まず時期が違い過ぎるし、(これにはもっと別の要因がありそうだが)そもそもユイはAIであり妖精ではない。

 

 妖精といえば、《アインクラッド》で《魔王ヒースクリフ》と相討ちした《勇者キリト》は、妖精の国に旅立ったと瀬南が言っていた気がする。それもなんとかしたい。

 

 ……脇にそれた思考を、首を振って戻す。

 

 僕は気付いたのだが、《物語》がSAOからずれていることの原因の多くが、《SAOのゲーム性》にある。キリトの《ビーター》騒ぎの時も、泥をかぶったようなことは知っていたが、ビーターなどという名刺は《物語》には出てこなかった。瀬南がすべてを知っていて僕に言い淀んだのなら。つまり、ユイの結末が《物語》ではっきりしないのは、ユイの結末はやはりSAOのゲームの根幹に関わるものとなるのだろう。

 

 でも、と僕はユイの頭に手を乗せながら唸る。いくらなんでも、それはおかしい。それを認めるとしたら、ユキはアインクラッドがゲームであると知っていたことになる。――もっと言えば、この残酷なデスゲームに自ら飛び込んだということだ。

 

 と、ここでまたユイの声が掛かる。ユイの柔らかい手のひらが、僕の肩に添えられていた。

 

 「エネに、怖い顔は似合いません」

 「…………や、ごめん。なんでもないよ。僕、そろそろレベル上がるから、モンスター狩ろうか」

 「はい!」

 

 《物語》の終わりがはっきりしないとはいえ、地下迷宮に行ってしまえば、ユイはユイでなくなる。――それを聞いて確かめることは、怖くてできなかった。

 

 *・*・*

 

 それから2週間後。僕は61、ユイは35までレベルを上げ、万全の体制で50層攻略会議に臨もうとしていた。

 

 《偽装》スキルをとった僕はユイとにらめっこをして熟練度を上げ、ユイのネームを《Yui》に変えた。

 

 制限後の《偽装》スキルは、これと制限時間付きで外見を変える力しか持たない。しかも《索敵》スキルをかければ看破できてしまうため、ネタスキルの仲間入りを果たした。

 

 クリスマスの日から《逆鱗竜》と呼ばれるようになった僕は攻略組に歓迎されるのだろうが、僕にはユイを攻略組に認めさせるという使命がある。ユイがやりたいと言ったことは僕がなんとしても叶える。大丈夫。ユイと一体一で戦って勝てる人なんてそうそういない。

 

 僕は深呼吸をすると、ユイの手を握って会場に足を踏み入れた。

 




全然話進んでませんね……でもユイ編も終わりがちらちらしてきました。あ、これ長いんじゃなくて文字数が多いエピソードだったんですね!

すみません!次回以降はバッスバッス進んでいきます(願望)


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17:その視線の向こう

17話です!
やっぱりタイトルが厳しい。

そして、バッスバッス進みます(嘘)
50層ボスは多腕型ではなく、ググって出てきたゲーム版のドラゴンを採用しました。すみません。私の貧相なグーグル力では多腕型の正式名称が分からなかったので……


 

 会議が始まった。久しぶりに見る攻略組の面々は僕の顔を見て驚き、――ユイの顔を見て悲しそうな顔をした。

 

 僕はともかく、ユイみたいな子供が戦わなければならないことに心を痛めたのだろうか。……僕もそうだ。僕も分かっている。ユイをこんな所に連れ出すことがどれだけ危険だということかを。

 

 そんな風に思っていると、プレイヤー達の前に1人の男性が歩み出てきた。真っ赤な鎧と落ち着き払った風格――《聖騎士》ヒースクリフ。最近ボス戦に出ていなかった僕は、まともに顔を見るのが初めてかもしれなかった。

 

 「――では、第50層攻略会議を始める」

 

 ヒースクリフの無機質な目が僕とユイを捉え、わずかに細められるが、それに気付いたのは僕だけだったようだ。ゴクリと喉を鳴らす。……こいつは《魔王》。この世界に仇なす敵なのだ……

 

 「ではまず、偵察隊の報告を聞こう」

 「ハイ! ……隊長を務めたディアベルだ。気軽に《騎士》と呼んでくれ」

 

 ディアベルは《血盟騎士団》から抜けたのだと誇示するように、青を基調とした装備に身を包んでいた。どんな理由があったにせよ、ギルドを抜けて敵対勢力に加勢したのに、元のトップの前で大口……もとい《騎士》なんて言えるのは大した胆力だと思う。ディアベルのこのジョークは、もう誰も笑わない。まさかこれを50回言い続けてるなんてことは……ないといいな。

 

 「ボスの名は《ティアマト・ザ・ロアードドラゴン》――黒く無骨な竜だった」

 

 その言葉に、僕に視線が集まる。いや、そんな期待されても、あれは使いたくないなあ。5分は強いかもしれないけど、その後のスタンで僕なんてポリゴンになってしまう。

 

 「尾の攻撃が強力で、タンク型のプレイヤーでも、2発は厳しいかもな」

 「そうか。ではタンク班はローテーションを速められるような陣形が必要だ」

 「それだけじゃないぜ! その口からは灼熱のブレスを吐き、翼の一搔きによる爆風はもう身動きが取れなくなるほどで」

 「ディアベル君。君が竜を好むことは重々承知しているが、この場で私情を挟むのは控えたまえ」

 

 ヒースクリフのあくまで冷静な対処の裏で、プレイヤー達はざわざわと話を始めていた。

 

 「あ、あと、ボスの目にはスタン属性があった」

 「そんなの……死にに行くようなものじゃねえか!!」

 

 ディアベルが淡々と竜の強さを述べる態度が琴線に触れたのか、1人のプレイヤーが声を上げる。それを中心として、プレイヤーの呟きに絶望が混じり始めた。

 

 スタン属性。ボス部屋で身動きが取れなくなることは、すなわち死を意味する。――第1層ボス戦が嫌でも思い出され、僕は唇を噛む。

 

 僕もそれが理由で《エクスプロージョン》を使いたくないのだから、そんな厄介なデバフをもつ敵と戦いたくないのは自然すぎる感情だった。憎悪とは違う、ぞっとするような冷気が僕を包むが、そんな僕の手を、ユイがぎゅっと握る。

 

 だが、そんな空気を一瞬にして鎮めてしまう男が、この場には存在した。

 

 「何事にも抗ってこそ人間というものではないか? アインクラッドのハーフ・ポイントである50層なのだ。難易度は推して測るべしということ」

 

 ヒースクリフのあまりに達観した考えに、誰も口を挟めない。……この人、本当にただのゲーマーなのかな? アーガスの社員か何かにコネがあって、たまたまナーヴギアを手に入れた仙人って言われた方が、まだ納得できる。……いや、そもそも《魔王》なんだから一般人ではないか。

 

 そんなことを考えていると、研ぎ澄まされた刃物のような冷たさを持つ瞳が、僕を正面から捉えた。

 

 「ところで、エネ君は久々のボス戦となるが――同じ竜として何か助言はあるかな? れと、隣の少女は一体どういうつもりで連れてきたのか」

 

 助言? あるわけないでしょ。ユイについてだけ話すつもりだったから、僕の話は全く用意していなかった。僕へ向く視線に、好奇心だけではなく追及の色も混ざることで、僕の心臓は面白いくらいに縮み上がった。

 

 「……僕もまだ数回しか使ったことがないんだけど、僕と同じ形の竜なら、やっぱり尾を押さえてないといろいろ大変だと思う……体表の鱗は硬いけど、口の中や目は柔らかいから、もし可能なら狙えば大ダメージ入ると思う」

 

 言ったことは極めて普通。むしろ思いつかない方がバカだというレベルのことだったが、僕の口から出ると説得力があるらしい。多くのプレイヤーが敵意を収めて真剣に聞いていた。僕は今だとばかりにユイを指し示す。

 

 「で、この子はユイって言うんだけど、――片手剣使わせたらアインクラッド最強に近いよ。僕が保証する」

 「ユイです。よろしくお願いします」

 

 その言葉に誰もが片眉をあげる。キリトに至っては剣を撫でていた。――癖だって分かってても、怖いな。折角なので、僕と模擬戦をしてユイの強さを知ってもらおう。僕も攻略組中位くらいのプレイヤースキルはある。

 

 「討伐班編成担当のアスナに許可をとったから、今回は連れていく。文句がある人はいるだろうから、このあと僕と模擬戦をしてユイのことを見てほしい」

 

 大勢の前で喋るのは初めてだった。若干めまいを起こしながら下がると、ユイが僕の頭を撫でてくれる。……メンタルヘルス・カウンセリング、されてるなあ。

 

 「……攻略組に新しい仲間が参入したこと、嬉しく思う。では班編成の発表に移るが、今回はA班からC班までが壁となるタンク。そこを脇から攻撃するD班からG班のアタッカーの、少々小刻みな班に分かれて、交代のサイクルを速めてもらう。そして」

 

 真鍮色の瞳は、今度こそ僕だけを映した。その正体を知っているだけに、背筋に言いようのない寒気が走る。

 

 「エネ君は1人、正面から《逆鱗》の力を振るってくれたまえ」

 

 その言葉に何人かが息を飲む。僕も逃げ出したい。――復帰戦、難易度高すぎじゃない?

 

 *・*・*

 

 会議は終了し、僕とユイはデュエルをするために向かい合っていた。……言い出しっぺの僕が戦うと手を抜いたって言われるかもしれないけど、他の人がユイに剣を向けることと天秤にかけた結果、僕がやった方がいいという結論に至った。

 

 周りには会議に参加しなかったプレイヤーも多く、《逆鱗と謎の少女の小学生バトル》という文句を展開して人を集めているらしかった。……キレそう。

 

 「ユイ。多分僕は君には敵わないけど、遠慮なくぶっ潰してほしい」

 「エネも、だからといって手を抜かないでくださいね!」

 

 何だかんだユイは戦闘が好きであるようだ。今もふんすと鼻を鳴らして僕のことを見つめている。これまで僕の周りにいた攻略組の意識を学習してしまっただけはある。……僕たちはデュエルの《初撃決着モード》

 を選択すると、60から始まるカウントが下るのをじっと待つ。

 

 ユイは片手剣を装備している。パラメータがどうなっているのか分からないけど、戦闘を見るに振り方はバランス型だ。自信はないけど、敏捷値を活かして早打ち対決に持ち込めば勝機は――いや、プログラムであるユイの先読みを超えられる気がしない。先読みを超える、つまり理性と切り離して攻撃するのが一番なんだろうけど、そんなことやろうと思って出来ることではない。

 

 いやどうせ勝てないんだけどさ。いい所までは行きたいじゃん。僕お兄ちゃんだし。

 

 なんて絶望していると、カウントが0になった。

 

 「はっ!」

 「……はああっ!」

 

 一瞬出遅れたものの、下から切り上げようとする刃を体を右に引き寄せることでかわすと、僕が最も利用する短剣中級突進技《ラピッド・ファング》を発動し、ユイに肉薄する。

 

 「甘いです!」

 「……っ」

 

 ――前にユイは華麗に飛び上がると、僕の頭上から剣を振り下ろしてくる。それを受けるためにはスキルをキャンセルしなくてはならないが、そんなことをしたら僕は技後硬直で蜂の巣になるだろう。ならばどうすればいいか。ユイがスキルのモーションを完全に記憶してその起動を読んでいるとするならば……

 

 僕は突進に体重を乗せることで技の速度を速め、それがなければ僕がいたであろう地点に剣を振り下ろすユイの表情が驚愕に歪んだ。といっても急ごしらえの技術だったのでそこまで距離を伸ばせず、少し掠った。HPが少し削れる。有効だと見なされなかったのかデュエルは続行しているが、僕が一気に不利になった。

 

 僕はそのユイの隙をついて剣を横に薙ぐが

 青い燐光は屈んだユイの上を素通りする。なんてことだ。反射神経がやはり段違いだ。

 

 そのまま剣を僕に突き刺そうとするのをパリィで受け流すと、僕らはお互いに一度距離をとった。

 

 「……さすが」

 「エネこそです」

 

 ユイの戦闘勘は凄まじいものがある。プレイヤーの意識を学び続けているのだから当たり前だが。だが、それでもユイには実戦経験はほとんどない。にもかかわらず僕が攻めあぐねているのは――先読みがどうという前に、攻め込むことはできるはずなのに――、ひとえに僕が同じ体格の相手と戦ったことがほとんどないということが挙げられるだろう。モンスターにせよプレイヤーにせよ、僕と同じくらいの体格の相手はアインクラッドにはほとんどいない。それが、ユイの唯一のウィークポイントを僕とイーブンにまで引き上げているのだった。

 

 僕はその動揺を打ち消すように、走りながら飛び上がる。それを読んだユイの水平切りが襲いかかり、防いだものの推進力を失った僕は横に跳ね飛ばされる。ここでもう一度体勢を整えるのは簡単だ。それが当たり前だし、反撃しようとするなら誰だってそうする。でも、それじゃユイには勝てない。それを読みきったユイはそろそろ体勢を立て直した僕がいるであろう場所に斬り込むだろう。

 

 だから、僕はわざと追加で吹っ飛んだ。地面にバウンドする際に思いっきり地面を蹴ったのだ。飛距離がわずかに伸びる。ユイはそれにも瞬時に対応して見せたが、まさか自分から吹っ飛ぼうとする人がいるとは思わなかったのか――特にSAOでは、わざと命を危険に晒す行為はほとんど見られない――ユイの剣筋が乱れ、エフェクトが散ってソードスキルがキャンセルされる。

 

 今が一番のチャンスだ。

 

 《勇者キリト》の人外じみた反応速度が《二刀流》を獲得させたならば、《逆鱗》を手に入れた僕に得意なものは何なのだろうか。

 

 僕は右足を強く地面に打ち付けて無理やり止まると、軋む体をものともせずに、突進技を使って無理やり体を前傾姿勢にする。まだ体勢を立て直せないユイに突っ込むが、緑のライトエフェクトはそれでもユイの剣に阻まれた。噛み合う剣は派手な金属音を立てる。そのときユイの顔が歪み、わずかにHPが削れた。無意識のうちに《逆鱗》が発動していたらしい。……竜に変身して以降、頻度が増えてきた。

 

 ここだ。ユニークスキルに頼ってしまうのは情けないけれど、――僕には、ユイが惹かれるほどの激しい感情パラメータがある。僕はもう1度剣をユイのそれに打ち合わせ、強い思いを送った。

 

 ――ボスに勝ったらケーキ食べに行こうか。

 

 ものすごい密度で展開された僕の思いは、ユイの発達した感覚器を乱す。明らかな隙が生まれて、僕は死に物狂いでそこに剣を突き刺した。……が、

 

 「私の、勝ちです!」

 

 それより重く速く、ユイの剣が僕の腹を貫くのを感じた。――何だ!? ユイは僕から守りの意識を奪うためにわざと動揺したっていうの……? 僕の剣はユイの肌を掠めた程度であり、当然、HPががくりと減ったのは僕の方である。半分を割り、デュエルは終了した。

 

 歓声が沸き起こる中、僕は乾いた笑いを抑えられなかった。――リーチの差かよ! やっぱり僕も片手剣がよかったよ!

 

 *・*・*

 

 「いや……ユイ、強いんだな」

 「とーぜんです! 私に戦いを教えてくれた人がいますから!」

 

 デュエルを終えたユイと僕が、いつものメンバーに囲まれている。戦いを教えてくれた、か。そりゃあプレイヤーの意識を学習したら《教わった》ことになるんだろうけど、言い方が随分遠回しだ。

 

 みんながユイを口々に褒めるので、僕も少し悔しくなって負け惜しみを言ってしまう。

 

 「いやー、僕も惜しかったね」

 「自分で言うか普通」

 「最終的に武器のリーチで勝負が決まるなんて……SAOで武器を選り好みするなんて必要筋力値だけかと思ってたけど、深いんだね」

 

 アスナはそう言って笑うが、短剣は結構癖があると思う。ユイ相手じゃ読まれるから使わなかったけど、短剣は小さくて軽いから連続技が多いし、他の武器と比べてリーチがないから救済措置としてなのか突進技が優秀である。そのかわり一撃も軽いからなあ。近付くとリーチの差で負けるし。僕くらい小さくてちょこまか動けないと、扱いは難しい気がする。

 

 負けたんだけどね! これが負け惜しみ!

 

 「ところでエネ、さっきの言葉、約束ですよ?」

 「う、うんもちろん」

 

 ユイが、まるでデートを取り付けたみたいにとびきりの笑顔で僕に約束を念押しすると、見ていたキリトやクラインに非常にニヤニヤされる。

 

 「おっ……エネ氏にもとうとう春がゴフッ」

 「妹さんに随分鼻の下伸ばしてますガフッ」

 

 クラインはともかく、キリトは許さない。ユイは妹だ。それ以外のことはない。頬の赤みを隠すように、からかってきたクラインとキリトに短剣で突きを入れると、キリトをはっ倒してタコ殴りにした。

 

 アスナにも盛大に笑われてしまったが、流石に手出しはできない。むすっと睨んでから、ボロボロのキリトを介抱するアスナを見つめる。このバカップルめ……と思いながら、ユイの目をきちんと塞ぐことは忘れない。

 

 ユイの発言はいちいち僕をひやひやさせるからね。……そんな取り繕った心の声が伝わってしまったのか、僕の手の下でユイがくすりと笑った。

 

 *・*・*

 

 その日の夜。家に帰ってご飯を食べたあと、ユイが眠ったのを確認してから色々考えた。

 

 今日の会議での、ヒースクリフの冷たい瞳。――当然、SAOに魔王はいない。だから、《アインクラッド》75層でキリトと相討ちする《ヒースクリフ》には、何かしら別の秘密があることは想像に難くない。

 

 そして、ユキがSAOと《アインクラッド》の《物語》で内容を違えて僕に伝える時、それはゲームシステムに関することだというのは間違った推測じゃないと思う。

 

 仮定に仮定を重ねる、本当に意味の無い思考だけど、そうならば、ヒースクリフはゲームシステム側の存在ということになる。

 

 AI? それとも、魔王というくらいなのだからカーディナルシステムからの刺客なのか? 十分にありえる。ユイはシステムの穴からフィールドに出てきた。つまり、本来ここに存在してはいけない異分子――ユキのアカウントを使っていることも合わさり、ユイが今不安定な立場にあることは僕にも分かる。SAOを動かすカーディナルシステムや、何処かで監視を続ける茅場晶彦にユイの状況が知られたら、――ユイは消されてしまうのではないか。

 

 僕は自分の考えに息を飲んだ。ユキが隠した《ユイ》の結末。《ユイ》は石になると言っていたけど、――それがカーディナルシステムに消されたということを意味するのだとしたら。そして、今日ヒースクリフから浴びせられたあの冷たい視線。……もう、魔王の爪がユイの首元に添えられているとしたら。

 

 僕はぶるりと身を震わせ、布団にくるまった。僕の腕の中でユイが身じろぎして焦るが、起きた訳では無いようだ。――ユイと、離れ離れになる。それを考えただけで、悪寒が体を突き抜ける。

 

 ヒースクリフが魔王であってもそうでなくても、僕たち普通の人間には太刀打ち出来ない相手だ。僕たちはユイが危機にさらされても、黙って見ていることしか出来ない。キリトが《がんばって》なんとかしてくれるのか。それにしたって最後は石になってしまうのだ。僕は懸命に、悪い思考を中止した。まずは明日のボス戦だ。

 

 キリトといえば、《キリト》と《アスナ》は《ヒースクリフ》との戦いで命を失う。そういう筋書きだ。僕の手元に《還魂の聖晶石》があるとはいえ、どちらか1人は犠牲になってしまう。その場合、キリトの身代わりになるアスナを助けることになるのかな。でもそれで、僕の憧れであるキリトが死んでしまったら、――アスナに申し訳が立たない。

 

 このアイテムは何のためにそんざいしているのか。……やはり、正式サービスの名残なのか。たった1人とはいえ、このゲームの理から抜け出させるものだから。

 

 そこまで考えたところであくびが出る。ヒースクリフのことも、キリトとアスナのことも、ユイのことも。問題は山積みだけど、とりあえずケーキを食べに行かなくちゃね。

 

 僕はユイの確かな体温を感じながら、微睡みの中に落ちていった。





今回初めてまともな戦闘描写を書いた気がしますが、今後書く予定があるのかはわかりません。そして自分の才能のなさに愕然としました。これから上達していきたいと思います。エネもユキも跳びすぎや。

あと、ここだけの話。本当は花畑クエの時点でユイ編が始まってたんですが、あまりにグダるので分けました。だから長いなんて思ってたんですね。


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18:その激闘の向こう

18話です!
本日2話目です!ぜひ17話もご覧ください。


 ボス戦だ。

 

 朝起きていつものように朝食を取り武装を整え、ポーションや結晶アイテムの数を確認する。久しぶりのボス戦ということで緊張していたが、ユイがいると思えば気分が楽になった。むしろ、ユイにいいところを見せたいなんて思っている自分に驚きながら(当然生存が何よりの優先ではあるが)、ユイに声をかける。

 

 「ユイ。危なくなったらいつでも脱出するんだよ? いいね?」

 

 そう言って念の為に転移結晶を渡すと、ユイは神妙に頷いた。

 

 *・*・*

 

 ユイはE班に配属されることになったので、僕からは離れることになる。ボス部屋に向かう道筋、H班の後ろについて歩いていた僕は、そこにいたキリトと話をしていた。

 

 「ね、ねえキリト」

 「何だ? 恋の相談なら受け付けてるぞ」

 「刺すよ?」

 

 僕が真剣な話を切り出そうとするが、茶化されて取り合ってもらえない。本気で刺し殺す目をしたところでようやく謝り、2人で隊列から離れた。

 

 「ユイのことなんだけど」

 「ああ……きのう久しぶりに会ったが、カーソルがあったな。どういうことだ?」

 

 僕は、他の人に聞こえないように、小声でユイの置かれている状況を話した。ユキのくだりでまた泣きそうになっていた。どんだけユキのこと好きなんだろうな。一応、アスナには言わない方がいいと付け足す。

 

 「ゲームシステム……カーディナルに関しては、茅場が天才すぎて俺にも詳しくは分からないな。2つのコアプログラムが互いにチェックしあってエラーを消していく……なんて話は聞いたことがあるが。……それを考えれば、ユイというエラーは削除されるのが普通だろうな」

 

 僕があまりにも暗い顔をしていたのか、キリトが頭をわしわしと撫でる。――そういえば、ユイと暮らすようになってから、撫でられる回数が減った。

 

 「……キリトはさ、ユイが消えそうになったら、頑張ってくれる?」

 

 僕の問いが曖昧だったのでキリトは少し答えに詰まったが、

 

 「当たり前だろ。ユイはエネだけのものじゃないからな」

 「……そうだね」

 

 ユイには自分を想ってくれる両親がいる。なんて考えて首を振った。

 

 最近の僕は変だ。アスナに言われた通り《自分》というものがないまま、ユイを妹と言い張ってみたり、ユイを僕と重ね合わせて中途半端にユキの真似をしてみたり、……そんなユイにドキドキしている自分がいることも否定出来ない。

 

 そして、ユイの危機に何も出来ないのだ。……そんな所もユキと違う、と思って、さらにげんなりする。

 

 「何うじうじ考えてるんだよ」

 「そんなこと言ってもさあ。僕は無力だなって」

 「それを認められるのも成長だよエネ君」

 

 むむむ、キリトは僕と1つしか違わないのに……はるかなる高みからドヤ顔で僕の髪をグシャグシャにしてくるキリトを睨みながら、僕たちはボス部屋に到着した。

 

 *・*・*

 

 「諸君。繰り返すが、生存が第一である。いつでも離脱して構わない。――私が支えよう。では、戦闘を開始する」

 

 ヒースクリフの荘厳な言葉がみんなの気を引き締めると、数分の小休止を取った僕たちは立ち上がり武器を構える。ヒースクリフが扉を開けた先は真っ暗な闇が広がっていたが、やがて松明にひとつひとつ火が灯っていき、中央に眠る黒き竜の姿を浮かび上がらせる。最後の松明が灯った時、竜はその真紅の目を開いた。咆哮。

 

 スタン対策に《肝っ玉》というアイテムを持ったプレイヤー達を嘲笑うかのように、その瞳は皆を舐めまわすように見る。目が合ったプレイヤーの手から、ガラスが砕ける音とともにアイテムが消える。――スタンだ。一度身代わりになると消えてしまうアイテムがスタンを受けきったのだ。

 

 プレイヤー達はなおも竜に圧倒されて立ち止まっていたが、再びアイテムを取り出す前にスタンを受けたのか倒れるプレイヤーが出始めると、恐怖が臨界に達して一斉に駆け出した。

 

 でも、僕だけは竜から目を離さない。

 

 「《逆鱗》……」

 

 身体中に真っ赤な鎧が展開されるのを感じると、僕は竜に向かって飛び出す。どうやら基礎能力も向上するらしいこの鎧に任せ、僕はタンク隊の頭上を飛び越えると、竜の翼が想像以上の速さと質量を持って僕の体を薙ぐ。その時、僅かではあるが竜のHPが削れた。

 

 ごみのように飛ばされた僕だったが、ダメージは少ない。今更ながらこのスキルはチートだ。

 

 「はああっ!!」

 

 僕はアタッカーに混ざり、短剣を構え直して竜の懐に突っ込む。オレンジ色の光条を引きながら放ったのは、上級短剣ソードスキル《アマゾネス・クロウ》――10連撃技だ。

 

 僕の腕が滅茶苦茶な軌道を描いて、龍の体に赤線を刻む。ソードスキルのいいところは、通常攻撃より威力が増すという点と、生身ではありえない剣筋で相手に剣を振り下ろせる点だ。もちろん中には生身でも実現可能なものはあるが、この《アマゾネス・クロウ》なんかは僕のプレイヤースキルではまず無理である。

 

 ソードスキルのダメージに接触ダメージも加わり、僕にヘイトが集まってきたようだ。それを察知したタンク隊がローテーションをして突っ込み、僕にタゲが向くのを防いでいる。

 

 僕はその隙に姿勢を低く保ちながら竜の正面を抜けると、辺りを見渡す。まだ離脱者はそこまでいないようだが、部屋の端には何人かスタンに倒れるプレイヤーがいる。回復しては突っ込み、また別のプレイヤーが飛ばされてくる。――邪魔になるので蹴飛ばしているのだろう。

 

 と考えた時、歓喜の声が上がる。ボスの4本あるHPバーのうち、1本が削れたのだ。僕の体にも隠しきれない興奮が起こり、こうしちゃいられない、と再び突っ込もうとした。――その時、世界が止まった。

 

 「グォオオオオォォォオオオ――――」

 

 竜が咆哮した。ただそれだけだった。にも関わらず、僕の足はその場に縫い付けられたように止まる。――ボスと組み合っていたプレイヤーが、そのままポリゴンに還った。

 

 恐慌。スタンの一歩手前の状態異常ではあるが、効果範囲が広すぎる。

 

 この頃から、あまりにも苛烈なボスの猛攻に屈して、離脱するものが増え始めた。

 

 *・*・*

 

 「くそっ」

 

 僕は今、タンク隊の真似事をしていた。

 

 戦闘を開始して4、50分。ドラゴンという本能的に恐怖を起こさせるフォルムと、クオーターポイント特有の攻撃の凶悪さに、5人もの戦死者と、――20人もの離脱者を出していた。僕自身は《逆鱗》の力かスタンはどうにか免れているものの、恐慌には咆哮の度にかかっている。残るバーはあと2本。それが削れなかった。

 

 それに、何度も足が止まる経験をしていると、死のビジョンが脳裏に浮かんでくる。――《エクスプロージョン》の使用に踏み切れないのは、そのせいだった。

 

 「やっ!!」

 

 人が減ったおかげで、ユイの細いながらも気迫のこもった声が聞こえる。タンク隊を僕とヒースクリフが支え、ダメージディーラーのキリトたちが奮闘しているものの、気まぐれに吐かれる黒炎のブレスのせいで一瞬たりとも気が抜けない。

 

 誰もが精神を摩耗し、討伐隊は崩壊寸前の体を示していた。

 

 「ぐっ……」

 

 そんなことを考えていると、竜の尾が飛んでくる。僕はそれを剣で受けるが、余りの衝撃に一瞬《逆鱗》が解けた。それに目が覚めて一気に飛び退いたものの、HPが注意域に入り、僕はポーションを割る。

 

 竜と目が合った。僕は渾身の力で竜を睨み返す。《逆鱗》の力を舐めるな。僕はスタンにはならない――

 

 「何故、竜にならない?」

 「5分じゃ削りきれないからでしょ!」

 「短剣でタンクの真似事をするより、賢い決断だと思うが」

 

 共に竜を抑えていたヒースクリフに声をかけられる。先程から妙に竜とヒースクリフの視線を感じていた。――何故だか言いたいことはわかった。

 

 《エクスプロージョン》を使う。それが最善であることは分かる。何も言い返せない。だが、今までの様子から見て、5分戦ったところでボスのHPを1本減らすくらいが関の山だと思う。僕の《エクスプロージョン》は周囲の人間にダメージを与える可能性があるから、戦う時は1人だ。だからその間に本隊は休憩も回復もできる。

 

 だが、5分が経って倒れたり、ボスのHPが減って攻撃パターンが変化した時は、僕は呆気なくポリゴンに変わるだろう。今はクリスマスの夜のような完璧な精神状態ではない。あの時より弱体化しているのは確実だ。

 

 だが、僕は冷や汗をかきながら悩むことも許されないようだった。竜の翼が僕の目の前を通過する。

 

 「君の竜の姿は、皆に勇気を与えるだろう。やりたまえ」

 「うう……っ」

 

 ヒースクリフの剣さばきはいつでも超然としている。僕がポーションをドバドバ使って接敵する度に負うダメージを回復する中、彼は一切ポーションを使用することなくそのHPをグリーンに保っていた。だが、その男の額にも汗が浮かんでいる。

 

 今ヒースクリフが少しでも剣筋を誤れば、この討伐隊は完全に崩壊するだろう。ヒースクリフの持つユニークスキル《神聖剣》には討伐隊を1人で支えられるだけの力があったが、逆に言えば、今は彼1人の力でボスと渡り合っていると言っても過言ではない。

 

 どうする。と僕が再び突撃しようとした時、視界の端で白いプレイヤーが弾き飛ばされた。――ユイだ。

 

 「ユイっ!!」

 

 僕は思考が白く灼けるほどのスピードでユイに駆け寄るが、そのHPはイエローで止まっていた。だが、10万程度はあるユイのHPがイエローに差し掛かっているのだ。僕は動揺する心を抑えて、ユイにポーションをかける。

 

 ユイは敵と向かい合った恐怖や疲労以上に、顔色が悪いように見えた。――やはり、本来戦闘用でないAIには、ボス戦は荷が重かったのだ。ユイは震える手で僕の頬に触れた。

 

 「エネ、ごめんなさい。こうなるって分かってました。私はただモンスターやプレイヤーをデータとして理解できるだけで――それを処理し続けられるかは別問題です」

 

 本来一体一で交流することを目的に作られたのだろうユイは、その情報を処理する瞬間的な容量は小さかった。――それが、約1時間にも及ぶ激闘の中で酷使され、とうとう限界を迎えた。

 

 そんな当たり前のことにも気付かず、ユイのさせたいようにしていた。――誰からそんな無理をすることを学んだのか非常に気になるが、これでは僕は、第1層でユキを見送った時から何も成長していない。ズキンと痛む胸を抑え、僕は一度ユイを抱きしめてから言った。

 

 「ユイ、後でお話だ。――《エクスプロージョン》」

 

 ボス部屋に、2体目の竜が咆哮した。

 

 *・*・*

 

 僕はユイに触れないように飛び上がると、フロアの中央にいる黒竜に向かい合う。目線でプレイヤーを下がらせると、吼える。

 

 空気が震えるのを感じる。――なんだ、僕だって負けてないじゃないか。黒竜の目には、本来ありえない事だが、好敵手を見つけたと言わんばかりの挑戦的な色が宿っていた。

 

 怖い。だが、――ユイやみんなが休む時間位は稼いでみせる。

 

 もし僕だけが生き残って、後悔するなんてもうまっぴらだから。

 

 僕は大きくなったことで生じる視界の不一致に苦しみながら、黒竜の尾をかわし、飛び上がったところでブレスを吐く。竜は翼にそれを受けると、右翼がボロボロになっていた。僕のユニークスキルからして、案外科学の結晶であるSAOの世界では、意志の力に重きが置かれているのかもしれない。

 

 あの聖夜の日の出来事――オブジェクトのはずの雪が溶けた。よく考えたらおかしいことが分かる。それも、僕の《焼き尽くす》という意志の力かもしれない。

 

 竜はそれでも僕に飛びかかってくる。何だか人としての尊厳を失いそうだったが、大きく顎を開いて噛み付いたりと、僕は死にものぐるいだった。

 

 竜の身の動かし方ではまるで敵わない。僕が飛んでブレスを避けるとするなら、黒竜はさっと飛び退くだけでロスなく避けることが出来る。そして、その身体能力の差は僕への蓄積ダメージという点でじわじわと現れてきた。

 

 残りは1分。僕のHPはとうとう危険域に突入する。僕の目にも恐怖の色が宿り、心なしかオーラにも揺らぎが生じ始めた。

 

 焦っている。だめだ。落ち着かないと。

 

 「グルルル……」

 

 黒竜の目は僕を見下ろしていた。

 

 ――どうした? 所詮紛い物のチカラはそれしきのものか? そんな中途半端な力でこの私を倒せるとでも思っていたのか?

 

 そんな声が聞こえた気がした。ちらと竜のHPを確認する。残り1本を切っていた。僕は確かにバーを1本減らした。当初の予想通りだ。僕は役目を果たした。後は、後に続くプレイヤー達に託す。――ユイにも命を大事にと言うつもりなのだし、僕が死んで悲しむ人がいるということも最近分かってきた。撤退するのは合理的だ。

 

 だが、僕は竜の緋色の瞳に魅せられてしまったのだ。

 

 この鉄の城の階層を守る番人。その地位に至るまで、この竜がどんな苦難を乗り越えてきたのか。無論、データの塊である彼らは茅場のキーを叩く指先で産み出されたことに間違いはない。だが、こうして間近で相対してみて、この世界に生きる剣士として彼らに敬意を抱いたのだ。

 

 ならば、この命の限り、――胸を借りるつもりで抗ってみよう。

 

 「グルアアアアア!!」

 

 僕が翼で組み付いてくる竜を弾きながら吼えると、竜は微かに笑みを浮かべ――僕たちは激突する。

 

 

 

 それから暫くして、能力が切れてスタンとなった僕は、何故か竜に跳ね飛ばされて壁に打ち付けられた。駆け寄ってきたユイに泣きながら結晶を押し当てられた時には、跳ね飛ばされた衝撃も相まってHPは数ドットしか余っていなかった。生き延びたというよりは、――竜に生かされたのだろう。

 

 何故? 単なるプログラムである竜がそんなことをするはずがない。などと考えてみても、真実はわからない。だけど、僕は確かにあの竜と心を通じ合わせたのだ。

 

 僕が倒れた後、体力気力ともに回復した討伐隊と、戻ってきた離脱組の波で、竜は討伐された。LAはキリトが取ったのだろう。あの誇り高き竜のボスドロップか。気になるなあ。

 

 ぼんやりする頭でユイを見つめると、ユイはまだ泣いていて、僕の肩に顔を埋めてきた。首筋に走る衝撃に体が震え――止まる。何故だろう。こんなこと初めてかもしれない。

 

 「わた、私の……せいですよね……」

 

 違うよユイ。僕は死にかけた訳じゃないんだ――と言いたかったが、口が動かなかった。

 

 僕は強烈な眠気に襲われ、意識を手放す。

 

 *・*・*

 

 「エネくん、起きて……っ!」

 

 ふっと意識が戻った時には、ユイも僕のそばに居直っており、みんなが僕の顔を覗き込んでいた。手に触れていたユイの髪の毛を弄んでいると、アスナが言いづらそうに声をかけてくる。

 

 「団長が、お礼を言いたいそうよ」

 「……えーと?」

 

 状況が飲み込めなかった。気を失ってるなら51層まで運んでくれてもいいのになと思ったところで、自分が抱えられて移動することに慣れていることに気付いて苦笑した。

 

 壁にもたれていた体を起こすと、ヒースクリフがプレイヤーの波をかき分けて僕の前にやって来た。その真鍮色の瞳には、今までにない驚きのようなものが映っている気がした。

 

 「エネ君。なぜ君は――あの状況で戦い続けたのかね?」

 

 うわあ、怒ってらっしゃる。僕のHPがレッドゾーンに落ちた時、確かに引っ込もうか迷っていたのを見られたのだろう。その状況で突っ込めば、命を捨てたようにも見えたかもしれない。

 

 でも、違うのだ。

 

 「うーん……よく分かんないけど、あの竜に気に入られちゃったし……僕もカッコイイって思っちゃったからかな……」

 

 多分、通常モブより数段以上優秀なAIが積まれたボスモンスターにはやはり高度な知性が宿っていて……竜となってデータがモンスターと近くなった僕は、フロアボスの意思に触れることが出来たのだろう。

 

 疲れて口が回らない中何とかそう伝えると、ヒースクリフは短くそうか、とだけ言って去っていった。そのHPは未だグリーン。そして、激闘のあとだというのにその超然とした態度。僕は恐怖を抱いた。

 

 その後僕がまたうつらうつらし始めると、誰かに抱えられる。キリトだ。最早慣れ親しんだ感覚である。

 

 「キリト……LA何だったの?」

 「……物凄い魔剣だ。俺、お前が言ったことわかる気がする」

 

 そのまま51層まで向かった僕たちは、疲れたので宿屋に泊まることにした。僕はキリトと、ユイはアスナと同じ部屋である。――ねえ、宿にユイ泊めちゃだめなんじゃないの……?

 

 *・*・*

 

 次の日。一晩寝たらすっかり元気になった僕は、キリトと朝食を取っていた。ここで、僕はある疑問をぶつける。

 

 「そーいえばさ、僕たちがニコラス討伐してた時、ユイに何教えたの?」

 

 キリトはパンを喉に詰まらせた。僕は黙って水を差し出す。……SAOも芸が細かいな。キリトはパンを流し込むと、肩を上下させて目を逸らす。はい確定。

 

 「……ちょっと、恋バナをな」

 「具体的に」

 「…………」

 

 分かる。キリトの考えてること、分かるぞ。たぶん記憶が戻ったユイが、僕やアスナ、キリトについて聞いたんだ。《物語》では《ユイ》は《キリト》と《アスナ》に惹かれてやってきたようだし。

 

 で、このバカップルの片割れはアスナの素晴らしさを熱弁した、と。んで、ユイが《恋》なんて概念を知ったんだね。だからあの日キリトは、僕に何か言われる前にさっさと帰ったのだ。

 

 「す、すぐサチに呼ばれたから、そんなにたくさんは話してないぞ?」

 「……そのせいで大変だったんだからね。ユイが僕のこと好きとか言うし」

 

 ユイはかわいい。加えて優しいし、僕に甘えてくるところもあれば僕を包み込む包容力もある。特にあの笑顔は殺人級だ。それは認め、よう……

 

 僕が内心でくどくど愚痴を並べていると、キリトがもの言いたげな様子でこちらを見ていた。

 

 「な、なに」

 「口に出てるぞ」

 「……すぐに忘れろっ!!」

 

 僕はもはや《逆鱗》を使ったみたいに顔が赤くなるのを感じながら、キリトを短剣でざくざく刺していた。

 

 暫くして僕も疲れたので、はあとため息をつく。そんな。僕がユイのことを好きだなんて――いや好きだけど。違う。違うんだよ。

 

 アスナは隣の部屋に泊まってるみたいだし、早いとこキリトから離れてユイとケーキ食べに行こう……

 

 と思って席を立った時、宿屋の扉が勢いよく開けられる。息を荒らげて飛び込んできたのはアスナだった。そのただならない様子に、僕もキリトも呆気にとられる。

 

 しばらくして、正面に向けられた顔は、青白く絶望に染まっていた。

 

 「大変! ユイちゃんが――」

 

 

 僕たちは急いで隣の部屋に転がり込む。ベッドには、まるで熱を出したように苦しむユイの姿があった。

 

 キリトとアスナがユイに駆け寄る中、僕はその場で立ち尽くしていた。SAOで風邪なんて引くわけがない。ユイはAIなのだから尚更だ。

 

 ――ねえユイ。ケーキ食べに行くんじゃないの?

 

 《物語》的には、記憶を取り戻したユイは消える運命にある。それがこんな形で実現してしまうのか? 僕は絶望にぐるぐると苛まれながら――日常が粉々に砕け散るのを感じていた。




ユイちゃん(涙)
エピソード・ユイクライマックスです……

ちなみに、竜形態のエネの瞳は金色を想像してます。竜の見た目は……あんまり考えてません。翼があるカッコいいの想像してください。

そういえばエネとユキの容姿あんまり書いてなかったなあ……
次話で。次話ももしかしたら今日出しちゃうかもしれないです笑
だれだ毎日投稿できないとか言ったの……


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19:その呪縛の向こう

19話です!
本日3話目です。前前話からどうぞ。


 僕はアスナに手を引っ張られてユイの目の前に来た。ユイの震える手を握ると、本当に熱を持っていた。異常事態だと言うことを、有無を言わせず僕に伝えてくる。

 

 ユイのことを見つけたカーディナルが、ユイを消しにかかっている……?

 

 「……もう、パパもママも私のこと、知ってるんですよね……?」

 

 ユイに話を聞いた程のことは知らないが、ユイがAIであることはクリスマスイブのあの日に話した。キリトもアスナもこくこくと頷く。そして、話す度に苦痛の表情を浮かべるユイに縋り付く。

 

 「……もう、私は長く自分を保っていられないでしょう。分かっていました。エネと、パパとママと、……優しい皆さんと少しでも一緒にいたくて、アカウントを流用してしまった。カーディナルを騙し通せるはず、ありませんでした。さらに、昨日の戦闘でダメージを負った私のデータは、カーディナルに送られています」

 

 僕は膝ががくりと抜けた。そんな、それって……

 

 「僕のせいだ」

 

 あのとき、もっとユイを止めていれば。ダメージを負わせるに留まらず、僕自身の手でユイを消滅に追い込んでしまうなんて――

 

 顔を覆う僕を、辛い体を起こしたユイが包み込む。どろどろと沈み込む僕の心を、僕なんかよりずっとボロボロなユイが掬いあげようとする。

 

 「……エネのせいではありません。私にはやらなくてはいけないことがあります。たとえこの身が消えても、返さなければならない恩があるのです」

 

 ユイの言葉は、先日よりも明確になっていた。カーディナルに検知されたことで、さらに記憶が戻ったのかもしれない。

 

 ユイは僕のことを離すと、僕の額に口付けを落とした。ユイの涙が僕の頬を濡らす。――どうして泣いているの? ユイは僕の心の声には耳を貸さず、口を開いた。

 

 「……エネ、最後のお願いです。どうか、私のために60層まで攻略を進めてください。そこまで行けば、どうにか地下迷宮のセキュリティは私の力でこじ開けることができます」

 

 流用していたアカウントを切り離し、じっとしていれば暫くは今の状態で留まっていられるらしい。だが、当初の目標は70層だった。それを無理やりにでも縮めたということは、ユイにはもう猶予がないということだ。

 

 カーディナルはユイを消そうと思えば一瞬で消せる筈なのでそれも不思議といえば不思議なのだが、今はその時間を無駄にしないために、足を止めている暇はないだろう。

 

 ユイの願いを叶えなくてもユイは消滅する。叶えても、無事では済まない。――僕の頭はぐちゃぐちゃだった。どうして僕の大切な人は、僕の目の前からいなくなってしまうのだろう。

 

 ユキ、お母さん。そしてユイ。

 

 「ひどいよ……う、うあ……あ……っ!」

 

 僕の体にノイズが走る。僕の心が悲鳴をあげているのがありありと分かった。力が入らず床に崩れ落ちる僕を見て、ユイは涙を流し、キリトとアスナは駆け寄ってくる。

 

 「くそっ、エネ落ち着け!」

 「……こんなの、悲しすぎる……っ!」

 

 キリトは僕を呼び起こそうと肩を揺さぶるが、僕の心はどんどん深くまで落ちていく。深く深く、アインクラッドの奥底まで――

 

 そのとき、どぷんという音がした。異常に目を開くと、辺りが薄暗くなっている。気付くと、僕は僕の上にいた。地面に座り込むどころか倒れ込んでいる僕を必死に揺するキリトとアスナと、涙を流すユイを上から見下ろしていた。

 

 仰天して体を仰ぐと、体が半透明になっている。――僕は、どうなったんだ?

 

 わけも分からず呆然としていると、風が吹いた。驚いてその方向を見ると、何かがある。いや、視界には何もない。単なる宿屋の壁しか見えないが、そこに何かがあるのだということが本能的に分かった。

 

『――ダメじゃねえか。お前は戻れ』

 「――っ!?」

 

 その、声は。いや、なんで。どうして。

 

 「せ」

『いいからグズグズすんなっ! 時間ねえんだろ!』

 

 僕は見えない手に体をどんと押され、僕の肉体にずるりと入り込む。またどぷんという粘着質な音が聞こえると、視界がもとのクリアな色彩に戻り、ぱちりと目が開いた。

 

 「あっ! エネ、大丈夫か!」

 「良かった……ほんとうに」

 「今の、は……」

 

 僕は喜ぶキリトとアスナの声が、もう耳に入らなかった。だって今のは――瀬南の声だったから。

 

 「もうノイズはないな……体は動かせるか?」

 「頑張ろう? ユイちゃんのお願い……叶えてあげなくちゃ」

 

 宙に浮いた僕が3人に見えていなかった事と同様に、あの声も3人には聞こえていないようだった。――だが、僕の頭の中でパズルのピースが組み上がっていく。

 

 何故ユイがこんなに早く出てきたのか。

 ――カーディナルが重大なバグを検知したから。

 

 ユイが《物語》より早く回復したのは何故か。

 ――僕とユキが干渉したせいだが、それでは《物語》と同じなので理由が弱い。

 

 ユイが僕の名前だけ流暢に発音できたわけは?

 ――記憶領域が破損しても、忘れないくらい……話を聞かされていたからだ。

 

 ユイがどことなく、僕に似た思考を持っているのは?

 ――僕のことを学習しただけではないとしたら……誰かに僕と同じように扱われていたのだ。

 

 ユイが感じる恩って?

 ――誰かが、ユイを完全崩壊から救ったことだろう。もしくは、フィールドに出てくるきっかけとなったバグを起こしたこと。

 

 誰かって? ――そんなの。

 

 「ユキだ。ユキしかいないよ! そんな無茶苦茶なことするの!」

 「え、何だって?」

 

 僕は溢れる涙を止めようともせず、叫ぶ。

 

 ユキは生きている。でも、どういう訳か《地下迷宮》に閉じ込められているのだ……だからユイは、記憶領域が破損しながらも、ユキを助けることを目的としていた。

 

 ユイは、泣き笑いの様な顔で僕を見ていた。――命をかけてユキを救おうとしたなんて、そんなの僕よりずっと立派じゃないか。ユイは、ユイはもう妹なんかじゃ……

 

 「大丈夫だよユイ。……ユキなら、ユキならきっと……」

 

 僕は呆然とするキリトとアスナをよそに、ユイを抱えて家まで連れ帰った。

 

 *・*・*

 

 僕はベッドに寝かせるなり気を失ったユイを一度抱きしめてから、アルゴに頼んで攻略組全体にとある募集をかけた。

 

 ――60層まで、ノンストップで攻略を進める。簡単な理由も添えると、翌日までにキリトたちを含めた20人ほどが名乗りを上げてくれた。

 

 僕は51層の転移門にほど近い広場に彼らを集めると、前に立つ。――50層の会議の時には、一言喋っただけでふらふらしていたが……今は集団の前に立つことになんら恐怖を感じない。体の中で《逆鱗》の意志が煌々と燃えているのを感じた。

 

 「……みんな、集まってくれてありがとう。早速だけど、5人パーティーくらいに分かれてもらう。4パーティーを二つに分けて、24時間攻略を続ける」

 

 彼らは僕の宣言に、流石に動揺しているようだった。だが、そんな時にエギルの手が打ち鳴らされる。

 

 「……それを覚悟で来たんだろう。詳しい理由は後で聞くとして……子供にこんな顔させていいのかあんたら」

 「もちろん僕は休まない。……1日1回家に帰らせては貰うけど、貴方達より長く戦うつもりだ。もし無理だと思ったら抜けてくれても構わない。……そんなことで埋め合わせられるとは思わないけど、力を貸してほしい……」

 

 僕が頭を下げると、20人のプレイヤーはざわざわと話していたが、やがて静まる。そして、一人のプレイヤーが僕の肩を叩いた。

 

 「オレはずっとエネくんの味方さ。……少なくとも《聖竜連合》の連中は引きずってでも連れてくるよ」

 「ディアベル……」

 

 ディアベルはやっぱり良い奴だ。カリスマのあるディアベルの言葉に続くように、あちこちで同意の声が上がる。僕はその熱い感情に心を打たれ、1粒だけ涙を流した。

 

 

 

 とはいえ、それからの日々はまさに地獄だった。

 

 50層ボス戦でも分かったように、《逆鱗》の連続発動には精神力が必要だ。24時間戦いっぱなしの僕は、やがて《逆鱗》が発動しなくなってくる。――それを意志の力だけでやりこめて戦い続けた僕は、10日もすれば感情がなくなった。ただ、熱い炎だけが胸で燃えている。

 

 1日1回、ユイの顔を見るためだけに22層に帰り、ときたま数時間の浅い睡眠をとる。その時だけは心が潤い、日に日に弱っていくユイを抱きしめて、二三言言葉を交わした。

 

 ユイは、僕がユキのことに気付いたことに気付いたようだった。逢いにいく度に掠れる声で謝るユイが、痛ましくて仕方なかった。

 

 ああでも、どうなんだろう。ユイの願いを叶えれば、ユキは戻ってくるのかもしれない。でも、ユイは消えてしまう可能性が高いだろう。だって、それが《物語》なのだから。今まで僕の意思を弾き返してきた《物語》は、また僕の想いを踏みにじるだろう。――嫌だ、嫌だ。

 

 「嫌だよユイ……」

 「エネ。……ごめんなさい」

 

 でも、精神が摩耗していた僕には、それ以上のことは考えられなかった。ユイの顔を見て、また迷宮区に戻る。――それが毎日続いた。

 

 ボス戦は、遠慮なく《エクスプロージョン》を発動した。完璧な精神状態だった僕にとって、クオーターでもないボスは紙くずのような脆さだった。5分でしっかりボスを仕留め、仲間と形だけのハイタッチをする。何も嬉しくない。ローテーションを組んでいる以上、毎ボス共に戦うメンバーは違うはずだったが、今の僕にはそんな区別がつかなかった。

 

 ああ、そういえば何でこんな勝手をしてるのに怒られないんだろう。――まあいいか。

 

 だが、そんな生活も3週間を過ぎると、みんなが限界を迎えた。本来なら十分に策を練って総攻撃で挑むボス戦を、僕が《逆鱗》で押し切っているこの現状は、57層を過ぎると誰も付いてこれなくなった。単純に、僕と仲間たちのレベル差がつきすぎて、攻略の行軍もままならなくなったのである。

 

 「エネ……悪い。俺は、ここまでだ」

 

 何度その言葉を聞いたか。ひとり、またひとりと仲間が去っていき、最終的にローテーションを組めなくなると、僕が1人で迷宮を駆ける時間帯が出てきた。

 

 「……大丈夫だよ。今までありがとう。ユイも喜ぶよ――」

 

 そう言う度に、キリトとアスナに抱きしめられた。僕は攻略に行くため、2人の腕を振り払った。

 

 あれ、僕何のために戦ってるんだっけ。ああ、ユイを助けるためだ。――助ける? ああ、ああそうだ。ユキが何とかしてくれるんだ。え、でもユキが生きてるなんてそんな保障……

 

 「行かなきゃ。考えたらダメになる」

 

 ――そして今日。60層を攻略した。

 

 攻略開始から1ヶ月が経っていて、僕の他に残っていたのは――

 

 「エネっ! ……お前、お前は……!」

 「……もう、もういいの……!」

 「――キリト、アスナ」

 

 二人の姿を見た瞬間に、限界を迎えたように竜の姿が解けた。地面に倒れる僕を2人が抱きとめる。ああ、体が動かない。はやく《地下迷宮》に行かないと、いけないのに……

 

 *・*・*

 

 そのまま、僕は次の日まで眠っていた。起きた時には衝撃でもう1回気絶しそうだったが、何とか踏みとどまってユイの顔を見る。

 

 一か月前より透明感――希薄感を増してしまったユイには、もう足先がなかった。……数日前から、いよいよユイの体からポリゴンが溢れるようになったのである。

 

 そのユイの腕が、僕に伸びる。僕の腕を掴む力すらないユイを、そのまま抱き寄せた。

 

 「……ごめん。遅くなっちゃった」

 「いえ……エネ、本当にありがとうございます。これで、私は――」

 

 その言葉の続きを聞きたくなくて、僕はユイの口を塞いだ。ユイは目を見開いて驚いていたが、やがてその目を伏せた。

 

 「……じゃあ、行こうか」

 

 周りを見ても、キリトとアスナはいなかった。気絶した僕を家まで運んでくれたのは間違いないと思ったけど、何も言わずに帰ったらしい。――まあ、いいか。

 

 

 

 ユイをおぶって第1層に降り立つと、そののどかな風景は、この1ヶ月戦闘しかしてこなかった僕には時間が止まっているように感じられた。

 

 デスゲームが始まってから1年と3ヶ月。――その時にこの広場に集まったプレイヤーのうち、何人が生き残っているのだろう。第1層ボス戦を終えてからは、そんなことを気にしたことは無かった。気にする暇も、なかった。

 

 僕も死んじゃうのかな、なんて考えてみる。分からないけど、多分このまま足を進めたら僕は僕でなくなってしまうだろう。

 

 その考えを振り払いながら歩いていると、後ろから2人の人間が近づいてくるのを感じた。それは僕の真横まで来ると、頭を叩く。

 

 「よう」

 「1人で行くなんて、ダメよ」

 

 2人はここで待ち伏せをしていたのか。僕のホームではユイと2人きりになるように気を使ってくれていたらしい。僕はなんとか笑おうとしたが、口がわななくだけで顔は動かなかった。口調と裏腹に悲しげなふたりに、僕は目を伏せる。

 

 「……今まで無理言ってごめんね。もう、もう終わるから。みんなも、ユイも、……僕も」

 

 背中に感じる暖かさと、今日でお別れ。そして多分――ユキが帰ってくる。1ヶ月前はこのことに泣きわめいていたけど、今の僕は何も感じない。

 

 以前の僕だったら、何より先にユキの帰還を喜ぶだろう。でも、今はそんなことも考えられないのだ。これは、精神が擦り切れたせいだろうか? ――いや、違う。抗えない絶望に、飲まれてしまったのだ。

 

 ならば、その絶望とは何なのか。

 

 「エネ。辛いなら俺がおぶってやるが……」

 「いい。……歩けるよ」

 

 僕は回らない頭を止めて、一直線に歩き始めた。わざわざ振り返らなくても分かる。ふたりとも、泣くまいと堪えているのだった。

 

 

 僕たちは迷宮の前にたどり着いた。初めてこの街を訪れた時には無かった穴が、ぱっくりと開いている。僕はユイを2人に預けた。

 

 「着いてきて」

 

 ユイは、僕に迷宮の内部を伝えていないことに気付いただろうか。でも、僕はそんなことを知らなくても、何かに導かれるように進むことができた。

 

 地下迷宮のモンスターは、基部フロアでも60層レベル。僕のレベルは80を超えていたけれど、最奥部のボスは《逆鱗》なしで勝つことは難しいだろう。

 

 

 

 5分後、スタンから回復した僕は、まだ解放しきっていないダンジョンの行き止まりに座り込んでいた。何やら強そうなボスがいたが、《物語》で現れた死神とは違うモンスターだった。まだユイがセキュリティを突破していないのだろう。そこに、キリトとアスナがやって来る。

 

 「はぁ……エネくん、速すぎ」

 「ユイ……行けるのか?」

 「はい、パパ……」

 

 ユイは透け始めた腕を虚空に翳し、目を瞑る。すると、目の前の壁がポリゴンに変わり、奥に道が見えた。ユイはいよいよ呻き声をあげてキリトの腕の中に沈む。僕は、その奥にいたカーソルが真っ黒な死神を倒すと、またスタンになる。

 

 スタンになった僕をアスナが抱え、やがて死神に守られるように存在していた部屋に入る。部屋は綺麗な正方形をしていて、中央にはつるつるに磨かれた石があった。……あれが、《物語》でユイが触れた石だとすぐに分かった。

 

 でも面白いな。嘘みたいな《物語》が本当だったなんてね。

 

 僕はキリトからユイを受け取り、その軽すぎる体を石の上に座らせた。既に全身から細かいポリゴンが散っていて――本当にギリギリ間に合ったのだということを強く感じる。ユイは、ぼーっと見つめる僕の頭を、腕で抱き寄せた。

 

 「エネ、本当に、今までありがとうございます。これで、私の約束を果たせます――愛しています」

 

 それに僕はなんと答えたのだったか。枯れ果てたはずの涙が一滴だけ流れたのを覚えている。

 

 ユイは僕の頭を離すと、石に手を下ろした。石に青いヒビのような模様が走り、それはユイの体も埋め尽くす。やがてユイはその体をポリゴンに変え――散った。

 

 跡形もなく、なくなってしまったのである。

 

 その様子を見て、アスナとキリトは泣き崩れていた。僕は、それを見て糸が切れた。ふらりと体が傾く。

 

 それを、何か大きなものに受け止められた。

 

 

 

 「――よくやった景人。まさかお前がここまで出来るとは、夢にも思ってなかったぞ」

 

 

 

 そう言って頭を撫でるのは、この1年間影を追い続けた、僕のたった1人のお兄ちゃんだった。

 

 「う、あ……瀬……南……」

 

 僕の体は痙攣し、喉からはそれしか音が出なくて、体の中に渦巻く感情が行き場を失って僕を傷付ける。

 

 ユキに会えたのに、

 

 この苦しさは、

 

 何だ。

 

 「ガキの癖に、そんな悲しい顔すんな」

 

 ユキは僕の顔をぐいと覗き込むと、その整った顔を歪めて考えた。キリトとアスナは、この異常事態を飲み込めず、後ろで固まっているのが分かった。

 

 何やら首元についたものをガチャガチャと鳴らし、手をぽんと打つ。

 

 「よし、見てろよ」

 

 ユキが触れたのは、ユイが消えた石。まだ淡く光っている。――まさか。

 

 ユキの体にも青い光が走り、僕は反射的にユキを抱きしめてしまう。

 

 「いや、いやだよ……もうどこにも、行かないで……」

 

 だが、僕が言い終える頃には、石が眩く光って、ユキは反対側の壁まで吹っ飛ばされていた。僕はユキを抱きしめたままの格好で固まる。ユキだけを飛ばすなんて、そんな――通常じゃありえないことが起きている。

 

 そんな驚きとともに顔を上げると、光の中にあるものに、今度こそ僕は目を奪われた。――白いワンピース。細い手足。黒く艶やかな長髪は腰まで緩やかに流れ、黒曜石の瞳は長い睫毛に縁取られている。ああ、幻かな。なんて思ってしまうくらい、美しい少女だった。そして、その桜色の唇が震えた。

 

 

 

 「エネ」

 

 

 

 その甘美な響きは、僕の脳髄を震わせる。

 

 「ユイ……」

 「へへ……帰ってきちゃいました」

 

 ユイは……そう言ってはにかんだ。その笑顔は、とうに限界値を超えていた僕の体に、あるはずのない力を満たしていく。目の前の少女が夢や幻ではないと、僕の目が、耳が、全身が訴えている。――なら、なら本当に、ユキがメチャクチャをして……

 

 「ユイ……ユイ!! 良かった、また会えた……」

 「はい! ……お返事、聞かせてくれませんか?」

 

 光が収まって地面にしっかりと2本の足で降り立つと、ユイは僕を立たせて言った。だが、お返事とは……何のことだろう。

 

 「お返事?」

 

 僕がそう聞き返すと、ユイはちょっと口を尖らせた。

 

 「……さっき、言いましたよね」

 「あ、あああ!」

 

 ユイは消える直前、僕に《愛しています》と言ったのだ。……つまり、お返事とは、僕がユイを愛しているのかそうじゃないのかを言うということだ。正直それどころではなかったため、何も考えていなかった。

 

 もちろん、それが恋愛的な意味で、という事くらいは分かる。僕は一度目をつぶった。

 

 ユイは僕の妹だ。でも、僕なんかよりずっとずっと凄くて――違う。そうじゃない。それでは、結局今までと変わらない。

 

 僕は今、僕を縛る呪縛を1つ解く時を迎えたのだろう。こんな――綺麗な子を好きになるだけで解ける呪縛なんて、考えてみればなんてことないものだったのだ。

 

 「……はい。僕も、ユイのことを愛しています。……結婚、してください」

 

 ユイは大きく頷き、僕に飛びついて唇を重ねた。僕の中の全てが満ち足りて、ゆっくりと気を失う――

 

 

 

 

 

 

 そこに再び現れる影。

 

 「あー……取り込み中悪いんだが……」

 

 その男は頭をばりばりとかきながら、必死に接近を止めようとするキリトとアスナをちぎっては投げ、僕の頭を掴む。

 

 「説明してくれ」

 

 僕は怒りと喜びと可笑しさがぐちゃぐちゃに混ざって震える口を抑えた。……無理だった。

 

 「ユキのバカヤロ――――ッ!!」

 

 左手で思いっきり殴り飛ばして飛んでいくユキを見ながら、何故か溢れて止まらない涙とともに、僕は今度こそ眠りに落ちた。




ああああああああああここまで来ました。長かったです。達成感。これまで胸糞悪い終わりしかなかったので私としても何かハッピーです。
ここまで私の自己満足で突っ走ってきまして申し訳ありません!

いつの間にかお気に入りが40件になっていたり、私の妄想に共感してくださる方がいて非常に嬉しいです。いつもありがとうございます。

まだまだこの『その剣舞の向こう』は終わりませんので、よろしくお願いします。起承転結で言うとどこでしょう。わかりません。()



あ、忘れてました。ここまで来ましたのでオリ主紹介します。

姉川景人/エネ
ログイン時:13歳
誕生日:9/5
容姿:黒髪のざっくりした髪型。太めのアホ毛が重力に逆らって生えている。髪は多分触るとさらさらしてる。当然黒目。だが今は……?
性格:ユキと母親を盲目的に信頼している。それと矛盾する事実を異常に怖がる。だが、ユイと出会ってその呪縛が少し解けたようだ。

結城瀬南/ユキ
ログイン時:20歳
誕生日:8/24
容姿:栗色のふわふわした短髪に、琥珀色の瞳。儚げ美形。どことなくアスナに似ている。
性格:良くも悪くも転生者。だが、エネのことを異常に気にかける。これからユキくんの闇が顕になる……かもしれない。

はい。こういうのやったことないので(当たり前ですが)変にネタバレしてないといいのですが。ふう。

……展開早すぎたでしょうか……


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20:その1年の向こう


20話です!祝!
いつも読んでいただきありがとうございます! 私の貧相な想像力をフル活用して、少しでも面白いと思っていただけるような物語を作れるようこれからも頑張っていきます!


 

 気付くと、知らない家の知らないベッドに寝ていた。――でもここは現実じゃない。そうか、俺は……

 

 「戻ってきたのか……」

 

 まだキリキリと痛む全身をゆっくり起こして、消えない頭痛を恨む。右手を振ると懐かしい音が聞こえ、ウインドウが出現した。うむ。何故かレベルが上がっているが、特にバグったりはしていないようだ。……していたら困るか。てか何でレベル上がってんだよ。36て。中途半端だな。今の最前線48層じゃなかったのかよ。

 

 だが、日付を見て愕然とした。2月12日。嘘だろ。閉じ込められてから体感時間1時間ちょっとだぞ。い、いや思い出すのはよそう。でも――2ヶ月も眠ってたのか!?

 

 そんな時、部屋のドアがばたりと開いた。入ってきたのはキリトだ。その手にはサンドイッチが乗ったお盆が乗っている。俺の分を持ってきてくれたのかと思いきや、俺が伸ばした手をぱしっと撃ち落として自分で食べ始めた。……覚えがある光景だな。

 

 「ようキリト。運んでくれたのはお前か?」

 「何でお前らは揃いも揃って気絶するんだよ。運ぶ俺の身にもなれよ」

 「……はは、悪いな」

 

 そこで、キリトの目が好奇心に染まった。

 

 「……で、この1年何してたんだよ」

 「それも話したいから、アスナを含めて集めてくれないか」

 「っ……。ああ、もうじき来る」

 

 アスナ、の言葉にキリトが動揺した。もう敢えて言わなくても分かる。――バレたんだな。俺たちは目で通じあった。

 

 「……キリト、何から何まで済まなかったな。多分お前に一番迷惑かけた」

 「……それはエネに言ってやれ。でも、俺もだな。俺がこの1年どれだけ神経をすり減らしたか――」

 

 キリトは言葉を言いかけて、途中で止めた。俺の顔を見ると気まずそうにしたのだ。

 

 「……言いたいことは山ほどあるが、後だ。エネは隣のベッドで寝てるぞ」

 

 キリトがサンドイッチを1つ投げてよこしたため、俺は口でそれをキャッチすると、ぺろりと飲み込んでしまう。……なるほど旨い。その流れでとなりのベッドを見ると、死んだような顔色でエネが眠っていた。傍らにはユイがいるが……俺は痛む体に鞭打ってエネのそばに駆け寄る。仮想世界ではあるが、その命の脈動はしっかりと感じられた。……大丈夫だ。生きてる。

 

 ああ、景人が生きている。

 

 「お、おい大丈夫かユキ」

 「……ああ、良かったよ。俺は死んでよかった……」

 

 ただならぬ俺の様子に、キリトは何も言わなくなった。

 

 

 

 それからしばらくして、エネとユイも何とか目覚め、アスナもやって来て――俺の話をすることになった。エネはまだ夢見心地だが、まあ良いだろう。

 

 「キリトもアスナもエネもユイも俺に言いたいことが沢山あるだろうが――まずは俺の1年の頑張りを聞いてくれ」

 

 *・*・*

 

 時は遡り、第1層ボス戦――

 

 「いや……いや……」

 

 貫かれた。そう思った時には、もうHPの減少は止められないものになっていた。予想以上に恐怖を感じるが、――予定通りだ。

 

 俺にポーションをかけるエネを手で止める。言っただろ? 策はある。

 

 とはいえ。

 

 そろそろ死後10秒が経つか。俺の意識が現実に戻るのが先か、ナーヴギアが作動するのが先か。こればっかりはわからないからな。五分五分ってところか。……これから死ぬかもしれないという状況だったが、俺の心は至って落ち着いていた。

 

 俺はエネの涙を拭い、最後くらいはいつもの笑みを浮かべる。――さあ茅場晶彦。勝負だ。

 

 「必ず、戻ってく」

 

 る。――言いきれなかった。俺という体がポリゴンに還っていく。と同時に、少しずつ感覚が現実のものに同調していく。そして、ぴりっと頭に痛みが走った。……来る。

 

 「こんちくしょう! 俺は死なない!」

 

 半分は戻った感覚で、1ヶ月貯めておいた体内の魔力に手を突っ込む。今から繰り出そうとしているのは――身体強化の魔法だ。魔素が薄い地球で、SAO対策に小さい頃から練習を重ねてきた。魔力は俺の脳に染み渡る。よし、上手くいっ――

 

 「――が、あああああっ!!」

 

 その次の瞬間には、脳が本気で混ぜられているような痛みに襲われた。だが、俺はその中で唇を吊り上げてみせる。痛いと思えるということは、成功だ。

 

 その痛みは気の遠くなるほど長く続いたが、実際には数秒のものだったのだろう。

 

 突然、呆気なく痛みが途切れた。現実に繋ぎ直された聴覚を、時計の秒針の音が刺激する。

 

 「あ……俺……は」

 

 背中から貫かれていた俺は座り込んでいたはずだが、今は仰向けに寝ていた。視界には寒々としたボス部屋ではなく、白く清潔な――病室が広がっていた。帰って、来たのだ。

 

 俺は生きている。ナーヴギアに、あの世界の理に勝ったのだ。それにひとしきり喜んだ後、ギシギシと悲鳴をあげる体を無視して、身を起こす。体には本当に白い布が掛けられているだけだった。それを剥ぐために伸ばした腕の細さに愕然とする。――たった一月で、ここまで変わるか。

 

 まずは病衣にでも着替えるか、と立ち上がろうとして、重すぎる頭の違和感に気づいた。ああそうか、ナーヴギアの線が繋がっているから、これを被っていては立ち上がれない。俺はそんじょそこらの奴とは鍛え方が違うし、キリトのように外すだけで一苦労というのはないはず。だが、ナーヴギアに触れると、

 

 「――熱っ!!」

 

 っべー、レンチンはんぱねえ。……めちゃくちゃ熱かった。この熱に耐えた俺の魔法、凄い。……結局苦労してナーヴギアを外し、体をバキバキ言わせながら服を着た。急に頭から血が下ったからかくらくらするが、数日休めばなんら問題なく動けそうだ。

 

 病院の方に声をかければ、間違いなく菊岡さんは俺の元に来る。何とか説得して、もう1度ナーヴギアをゲットできれば一件落着だ。《不死鳥》とか呼ばれちゃったりして。なんて考えていると、隣の病室が騒がしいことに気付く。俺の隣って言ったら――

 

 「景人か?」

 

 俺はダッシュ――はできなかったから息を切らせて隣の病室に向かう。俺が死んだすぐあとに死ぬなんて――そんな死にがいのないことはないだろう……!

 

 ドアをガラッと開けると、明らかに隣の病室から来ました、という出で立ちの俺を幽鬼を見るような目で見る医者と看護師、予想どおりベッドで眠る景人、そして。

 

 「私の景人を返して――っ!!」

 

 景人のナーヴギアを剥がそうとする女がいた。看護師と揉み合いになるが、女の力がよほど強いのか、完全には離せない。

 

 俺はその時、謎が解けた。今朝からエネを襲っていた体調不良。それは心のダメージなんかじゃなく、

 

 「お前のせいかよ……!」

 

 低くひび割れた俺の声に、その女はぴくりと反応した。――景人の母親だ。直接会うのは初めてだ。育児放棄した挙句暴力を振るい、終いには景人を捨てて逃げた、って所まではご近所で噂になっている。

 

 ひたひたと女に歩み寄り、何故か俺に怯える女をぐいと景人から引き剥がす。その時応援に駆けつけた屈強な清掃員のおじさんに女を引き渡して、御用となった。女におじさんを振りほどくだけの力はない。

 

 「な……あなたは隣の病室の」

 「……」

 

 俺を捕まえようとする医師を躱して、俺は景人に駆け寄る。先程まで一緒にいた景人より幾分痩せたその首筋には――青いアザがあった。締められたのだろう。心電図は規則正しく波打っているから、エネはちゃんと生きている。でも、でも……

 

 なんて人生だ。お前が生きてるのは。俺は景人の体に縋り付くように崩れ落ち、声を抑えることもせずに泣いた。

 

 死んでよかった。エネのやつ、俺に歯向かうために、こんな――いくらナーヴギアでも、こんなことをされたら不快感は感じるだろうに――苦しみを隠してボス戦に臨んだっていうのかよ。

 

 「……ほんとバカなガキだ……っ」

 

 *・*・*

 

 その後景人から引き剥がされた俺は、病院関係者に揉みくちゃにされた。全身を検査して、多少衰弱していること以外は健康だと太鼓判を押される。

 

 何で出てこれたかってことについては――ナーヴギアの動作不良ということで納得してもらった。魔法使いました、なんて言ったら本当に病室に閉じ込められそうだからな。

 

 その日はそれで1日潰れた。ぐっすり眠った俺は、次の日の朝からたたき起こされる。魔法を使ったし1ヶ月ぶりに体を動かしたしで俺は疲労困憊だったが、なんと菊岡さんが俺に会いたいと言って、目覚めた時には既に病室に来ていた。速すぎるだろ。

 

 「どうも、《総務省SAO災害対策本部》の菊岡です。ユキさんどうぞよろしく」

 

 あ、コイツ苦手だわ。と一発で確信させる笑みを浮かべた菊岡(敬称は付けてやらない)は、俺にゼリー飲料を手渡す。それを見て急に空腹を感じた俺はひったくるようにして食すが、急に稼働した胃が強烈な違和感を発して、胃を押さえて蹲る結果になった。一口でギブアップだ。

 

 「俺でこれなら、クリアする奴らは……」

 

 そんな俺を心配する様子もなく、菊岡は笑顔で聞いてきた。

 

 「今の反応を見るに、《中》では食事は取っていたのかな?」

 「ああ……食欲と睡眠欲は変わらずあった。無論耐えることは出来るんだろうが」

 

 ああほんと、コイツ原作の印象のまんまだ。頭いかれてる。

 

 *・*・*

 

 それから、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれた。外部から読み取ったデータと実際のものが正しいかどうかのすり合わせ、プレイヤーの精神状態などなど……俺が第1層を攻略する前に死んだと聞くや舌打ちするような男だから、菊岡の辞書には配慮、遠慮という言葉は乗っていないのだろう。

 

 続いて、俺の処遇について説明された。まず、家族や友人には俺が目覚めたことを伝えないということ。そしてしばらく筋力増強に励んだら、専用機器をつけてもう1度SAOにログインしてほしいということ。

 

 うん。

 

 「お前人間か?」

 「当たり前のこと聞かないでほしいな。僕ほど清廉な人はそういないよ。それに君、もう死んだはずの人でしょ」

 

 そうあっけらかんと言い放つ菊岡は、俺の目の前でカツ丼を食べる。……さっきゼリー飲料で痛い目にあったから、カツ丼を見ても吐き気しか湧いてこない。てかカツ丼かよ。俺にこれ以上何を吐かせるんだよ。

 

 まあ、俺はもう1度ログインしたいと思って出てきたんだがな。それを見越してたとしたら流石に気持ち悪い。

 

 「ナーヴギア寄越せ」

 「素直でよろしい」

 

 菊岡は満足げにそう言うと、話を変えるためか少し真面目な顔をする。

 

 「ユキ君……失礼、結城瀬南さんは、SAOがどれくらいでクリアされると思うかい?」

 「……2、3年じゃねえの」

 

 俺は適当なことを言うわけにもいかず、含みを持たせて答える。……コイツの前で下手な事言ったら、転生者ってところまでバレてしまいかねない怖さがあるな。SAO世界はあくまで現代日本を舞台としてるから、ラノベとかで転生っていう概念はあるだろうし……

 

 「根拠はって聞くんだろ? ない。これ以上聞くな」

 「では、君の死因は? いえ、僕の個人的興味なんだけどね」

 

 菊岡の視線が、俺の首に突きつけられているようだ。恐らく、昨日の景人の騒ぎの話も聞いているのだろう。景人が攻略組の一員であることも、菊岡には分かってるはずだ。

 

 「……そうだよ、隣の病室に居たガキを守ったんだ」

 

 そう答えることに少し痛みが走った。それも事実ではあるが、元より俺は死ぬつもりだったのだから。……ああ、エネのやつ気に病んでないといいけどな。無理か……

 

 俺は1度――これを合わせると2度死んだせいもあり、どこか死に対して軽く考えているところがあるのは否定出来ないところだが、今でも、あいつはあの城で死んでほしいという気持ちは変わらない。それが今でないだけだ。

 

 「泣けますね〜」

 「煽ってるのか?」

 「そんなまさか。……《中》でそんな英雄みたいな思考をする人がいるなんて、とは思ったけどねえ」

 

 菊岡の目が、メガネ越しに俺を縛る。……何なんだよホント。まさか俺がわざと出てきたと疑ってやがるのか?

 

 「その話はいいだろ。……とにかく早くナーヴギアだ」

 

 俺が話をそらすと、菊岡はかえってニッコリした。

 

 「お安い御用だよ。でも――ナーヴギアはもう生産中止してるし……手に入れるの凄い大変なんだよねえ」

 「う、うわあ性格悪いなお前……」

 「ええひどいなあ」

 「いいから、何か要求があるなら言え」

 「実は、今SAOに続く新たなVRMMOを開発中なんだよ。ハードも含めてね」

 「……っ」

 

 俺と無意味に言い合いをした後、菊岡は何でもないようにぽろりとそんなことを漏らした。危ない。思わずALO、と漏らしてしまいそうになった。菊岡はやはり俺を試している。……転生者のことを知ってるとでも言うのか?

 

 菊岡は俺の絶句を、とりあえず《デスゲーム化したVRMMOというジャンルが廃れていないことへの驚き》と受け取ってくれたらしく、指を立てて解説を始めた。

 

 「茅場晶彦の狂った思想1つで、VRという無限の可能性が潰えるのは惜しいよねえ。その技術がゲームだけに使われている訳ないのに。……医療や一般企業、それに……おっとこれは内緒かな」

 「……だから、今度こそ安全なタイトルを作って印象を良くしたいって訳だな」

 「察しが良くて助かるよ」

 

 こいつの目的は分かる。《アンダーワールド》の実験を潰したくないのだ。いくらアリスという成功例が世に出たとしても、VR技術が日陰者になっていたとしたら、それは何の武器にもならないからだ。

 

 菊岡は俺がそこまで理解していることを知っているのか知らないのか、手をパンと打ち鳴らした。

 

 「でもやっぱりナーヴギアは凄すぎた。茅場の技術なしで代替機を作るとしたら、何年かかるかわからない。そこで、1ヶ月間SAOにログインし続けた《仮想世界の申し子》であるユキくんに、是非是非開発のお手伝い……といっても動作確認だけど、を手伝って欲しいななんて」

 

 新しいタイトルが稼働したらナーヴギアあげるよ、なんて笑顔でいうもんだから、俺はため息をついた。――1年かかるのか。エネは……うん。でも仕方ない、よな。

 

 景人も俺離れはしなきゃいけないもんな……俺が景人離れする方が大変そうだが……

 

 *・*・*

 

 それから1ヶ月後、すっかり元通りになった俺に、アミュスフィア(仮)が手渡された。

 

 ナーヴギアをいくらかスリムにした形のそれは、まだまだ原作のスマートさには及ばないものの、VR界を建て直すという気概は感じられた。……中身は欠陥品どころの騒ぎじゃなかったけどな。石に閉じ込められたんじゃないかと思うくらいには体は動かないし、音は全部真上から響いてくるように聞こえたりした。

 

 それを何とか修正したと思ったら、次はALOだ。翅の調整がまた大変だったのだ。最初期なんて肩甲骨をリアルに羽ばたかせないと飛べなかったんだからな。あのままだったら俺しかプレイ出来ないゲームになっただろう。つまり俺は出来たわけだ。自分で自分の体に気味悪さを感じた。

 

 翅の調整が終わった時には、俺はちょっと菊岡にお願いをしてみた。それくらいは許されてもいいだろう。――ALO内に、《魔法外スキル》と称して、SAOのスキル群を設置してもらったのだ。無論隠しスキルの扱いにはなるが。SAOクリア後にキリトが動きやすくなるだろう。

 

 そしてSAO開始から1年が経った今日この日に、、ALOの正式サービスを開始した。最初のプレイヤーが降り立った時には、あの菊岡と拳を突き合わせて喜んだ。菊岡自体は開発には関わっていないんだがな。

 

 俺はアルフのよく分からないスーパーアカウントを借りてログインし、チュートリアルと称してバヒュンバヒュンアクロバット飛行を披露して場を賑わせた。元々飽きるほどテストをしていたから、ひとしきり歓声を浴びるとログアウトした。

 

 チュートリアルと聞いて思い出すのはやはりはじまりの日だ。茅場のあの演出も、結局は盛り上がって欲しくてやったのかもしれないな。そんなことを考えてしまったのは、――俺の目の前にナーヴギアがあるからだろうか。

 

 俺がALOからログアウトして景人の病室にいると、菊岡がニヤニヤしながら持ってきたのだ。心なしか疲れた顔をしていたので、どうやらかなり無理をしてくれたようである。

 

 「……この1年クソみたいに扱き使われたが、ようやくあの世界に戻れる」

 「キミのレベル12のままだよね。今の最前線は46層……またすぐ戻ってくるよ?」

 「2度も壊れたナーヴギアに当たるとかそうそうないだろ。その前に俺はもう死なないからな」

 

 菊岡は欠片も心配していなさそうな顔で言う。俺にボロを出させようとしているらしい。だから何で俺が《ナーヴギアに殺されなかった》ことを疑ってるんだよ。こええよ。

 

 俺は残念そうな菊岡から視線を外すと、景人を見つめる。もうあの女はどこぞの精神病院に担ぎ込まれてここには出禁になっているため、景人の身は安全だ。あの痛々しい傷跡もない。だが、この1年ですっかりやせ細ってしまった。

 

 原作ではキリトを始めとする主要キャラは、使命を持ってSAO脱出後もVRに精を出していたが――こんなボロボロの姿を見たら、VRに非難が集まるのも無理はなかった。

 

 「今そっちに行くからな」

 「さあさあもう僕は準備出来てるよ」

 

 全く空気を読まない菊岡を睨みながら、俺は隣の病室へ向かった。何も言わずに、ナーヴギアを被ってベッドに横たわる。当然あの謎のジェルベッドだ。菊岡が布を剥がそうとしてくるのでチョップで手をはたき落とす。……あ、ちょっと目が驚いてやがるな。そうかそうか。菊岡は軍人だったもんな。パンピーの俺にやられたことがそんなに悔しいか。

 

 ナーヴギアによって狭められた視界に、小さな機械が映る。――アインクラッドを内側から解析することを目的とした機械だ。果たして、あの完璧な茅場がそんなものを許すか? と一抹の不安を感じないでもなかったが、無理矢理目をつぶった。

 

 「リンク・スタート」

 

 ああそう。これこれ。アミュスフィアとは違う、仮想世界に溶け込んでいくような没入感が俺を包み込む。懐かしい香りが漂ってくる気がした。

 

 が、意識が消える直前、菊岡の慌てた声が聞こえた。

 

 *・*・*

 

 無音、無風。

 

 目を開けた俺を待っていたのは賑やかなリスポーン地点ではなく――真っ暗な闇だった。等間隔に青い光が道標のように浮いている、異様な光景。……データの壁、ってところか。

 

 「くそ、やっぱり弾かれたか。嫌な予感がしたんだ」

 

 十中八九、菊岡がナーヴギアに取り付けた機械だ。茅場は異世界の創造を願っていたからな、チートにはうるさいだろう。どういう訳かその機械は、俺の首に巻き付くチョーカーのようなオブジェクトになっていた。……壊れてないのか……

 

 まあ、ここにいても仕方が無い。脱出を試みるために、足を踏ん張る床もないが、俺は進み続けた。念じればその方向に飛ぶことが出来たのである。青い光が俺に向かって進んでくるので、俺が前に進んでいることは間違いない……と思いたい。

 

 俺は何日も飛び続けたが、視界は変わらない漆黒。……数えた青い光の数が10万を超えると、流石に精神が参ってきた。いっそのこと消せよ、なんてカーディナルに悪態をつくも、状況は変わらない。

 

 今思えば、その絶望を感じたことが、ここに落とされて唯一の幸運かもしれなかった。10万1221個目の光を通り過ぎた瞬間、俺の目を焼き付くような閃光が襲ったのである。

 

 「……ぐああああっ!! 何だよ! 何だよこれ!!」

 

 暫く涙がだばだばと止まらなかった目をようやく擦り前を見ると、そこには心底驚いた顔をしたユイが座っていた。

 

 「すごい確率だな」

 「な……なんで……」

 

 俺たちは共に呆然として、5分ほど見つめあっていた。





なんとビックリ。回想はまだ続きます……なっが……すみません。菊岡とユキがやたら喋り出すもので……()

エネの一人称に慣れすぎて、ユキの一人称は書きづらいです……どうでもいいことをダラダラ考えてて……(筆者)

だらだらしててすみません……


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21:その再会の向こう

21話です!


 

 「……あなたは」

 

 目の前のユイはひどく怯えていた。プレイヤーの俺は、本来ここに居ていい存在ではない。……だが、俺はプレイヤーだからこそここに引き寄せられたのかもしれなかった。俺が飛び続けて絶望を重ねたからこそ――《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》であるユイの元に導かれたと言えなくもない。

 

 俺が何かを口に出す前に、ユイは俺に抱きついてきた。それだけで俺の感情パラメータが落ち着いていくのがわかった。

 

 

 

 「……と、言うわけだ」

 「なるほど……大変でしたね……」

 

 俺はどうしてここに来たのかを事細かに話した。ユイは職務に従って俺の話を黙って聞いていたが、俺なんぞよりユイの方が重症である。急に相槌がなくなったかと思えば、あらぬ方向を見て震えていたりする。――原作ではあと1年放置されるのか。そりゃあ幼児退行するまで追い詰められるのも仕方がない。

 

 その弱々しい姿に、どうしてもエネを重ねてしまう。俺はユイの頭を撫でた。

 

 ――そうだ、景人の話でもしようか。

 

 *・*・*

 

 「もう、エネはお子さまですね!」

 「はははそうだろう」

 

 俺たちは不眠不休で――今の俺たちは単なるデータだから、眠気もクソもない――いろんな話をした。景人とエネの話はやけに食い付きがよかった。

 

 俺という比較的落ち着いた感情を持つものが近くにいるせいか、人と会話したせいか、ユイの表情は時間を追って和らいでいった。ある時、ユイはこんな話をした。

 

 「サービス開始当初、ユキとエネをよく観察していました……ぶれず、強い心に私は強く惹かれました。だから私はギリギリの所で崩壊せず保てていたんです。お2人は私の命の恩人です」

 

 そういう割に、ユイの顔は暗かった。理由はすぐに分かった。クリスマスも近付いて活気付くアインクラッドで、エネの感情パターンが平坦すぎることは、よく目立った。

 

 「……エネは今、心にダメージを負っています。あんなに太陽のように明るかった人が、こんなに擦り切れて……。私が、私が助けてあげないと」

 「よせ!」

 

 ユイは半ばうわ言のように呟くと、フィールドとの境の壁に腕を叩きつけた。いくらその壁が薄皮一枚だとしても――ここと向こうでは文字通り世界が違う。ユイは手にシステム的な負荷である紫雷を散らしながら、蹲る。俺はばっと駆け寄ってユイを抱き起こすと、その瞳に息を飲んだ。

 

 「エネ……」

 

 まるで恋人と引き裂かれたような悲痛さを滲ませるその瞳は、ただ1点を見つめている。……恐らく、俺と離れたエネは、不安定な精神を持ちながらも成長してきたはずだ。ユイは、そんなエネに自分が動けないことのストレスを重ね合わせていたのだろう。

 

 あるいは、そんな姿に憧れを抱いた。……そんなことを考えた時、胸がざわざわするのを感じた。俺はそれをぐっと抑え込むと、ひとつ頷く。

 

 「ユイ。1つだけ、エネに会いに行く方法があるぞ」

 

 ユイが上手くエネに会うことが出来れば、エネの感情も回復するはずだ。エネのためなら、俺はなんだってしてやる。

 

 

 

 「そんな……無茶です! ユキがもっと雁字搦めに拘束……悪ければ消されてしまいます!」

 

 ユイは顔を真っ青にして拒否する。俺が伝えた作戦は、俺が《爆弾》となってこの壁に穴を開けて、ユイをフィールドに叩き出すというものだ。

 

 無論、物理的な話ではない。

 

 俺の首に巻きついたチョーカーは、菊岡がナーヴギアにつけた小型機械である。カーディナルを通してSAOを内部から解析するためのものだ。ログイン時にカーディナルには一瞬で見破られてここに閉じ込められたものの、それ以外に手出しをしてこないというのは、逆に言えば俺に対して完全な対処も行うことが出来ないともとれる。良かったな菊岡。茅場のセキュリティを超えたぞ。

 

 それを利用して俺がコイツを暴走させてやれば、カーディナルちゃんも少しくらいスキを見せると踏んだのだ。――それに、このまま何もせずここにいても、俺は一生ここから出られる気がしなかった。いっそのこと、カーディナルにでも見つかって場所を移せば、脱出の糸口が見つかるかもしれないという意図もある。

 

 俺が1つ1つ丁寧に説明をしても、ユイは首を振るばかりだ。俺はため息をつくとユイの頭を撫でる。

 

 「大丈夫だ。俺は死なないからな」

 

 とか何とか言ってこんな所に閉じ込められたりはしているが、事実俺は次死んでもまた現実に帰る自信がある。魔力の展開がナーヴギアの作動より早く出来ると分かっているならば、最早死は恐れるものではない。……めっちゃ痛いけど。それにまたやったら、本当に菊岡あたりには勘付かれてしまいそうだ。だがそんなことは口にも出さないし動揺も見せない。

 

 そしてユイの拒否が一瞬緩んだ時、俺は首のチョーカーを操作した。

 

 「そうと決まれば行くぞ」

 

 首の輪が物凄い熱を俺に伝え、その解析のための処理回路をがばりと広げる。周りの空間は俺という異分子を吐き出そうと不安定になり、ピシリとヒビが入った。俺は無我夢中でそこにユイをねじりこむ。プレイヤーと小型機械のデータが混じりあった大きな俺では通り抜けられないような、小さな歪みだった。

 

 「とりあえず、エネをよろしくな!」

 「――絶対、助けに行きますから!!」

 

 俺は目を見開いた。泣きながらフィールドへ消えていくユイの目には、強い覚悟が映っていたからだ。――俺の目的まで、AI様はお見通しだったという訳だな。

 

 と考えたところで、チョーカーの熱が収まらないことに気付く。その熱はやがて俺の体をも巻き込み始めた。

 

 「あ、……やべ」

 

 

 

 結果から言えば、俺はもっと厳重なエリアに飛ばされた。加えて最大まで開いておかしくなってしまった処理回路は俺とデータの境を曖昧にし、絶えず大量の情報が俺の中を通り抜けていく痛みの中、俺はピクリとも体を動かせなくなる。

 

 *・*・*

 

 最初に感じたのは、光だった。かすれてほぼ見えなくなった目に、ぼんやりと光が映る。だんだんそれは輪郭を成し、――小さい景人の姿になった。これは、俺と景人が出会った頃の姿か。驚くと、あんなに動かなかった俺の体はすんなりと動いた。二三歩後ずさりした時に見えた俺の体は、高校の制服を着ていた。

 

 ああそうだったな。高校からの帰り道、ボロボロの幼児が歩いてたんだよな。それが出会いだ。反射的に保護して連れ帰ってあたふたしたが、一向に喋らないもんでお手上げ状態だった。

 

 「ガキの癖にそんな顔すんな」

 「……」

 

 幼児は全てに絶望したような目をしていた。脳裏にアイツがちらつく。俺はごくりと喉を鳴らした。――そして思い出した。コイツ、斜め向かいのアパートに住む子供だ。越してきた時に《関わらないほうがいい》と隣家のおばさんに言われた時にはどこのドラマかと言いたくなったが……

 

 こんな目をしていたら、そんな噂も立つ。

 

 「腹減ってるんだろ?」

 「……ん」

 

 俺は部活帰りのおやつに買った菓子パンを

 子供に突き出すが、子供は小さく反応しただけで受け取ろうともしない。

 

 何か見えないものに縋るような、透明で空虚な目をした子供の名は、姉川景人といった。そんな目も、俺には見ていられないもので、強引に手にパンを握らせる。

 

 「……死ぬぞお前。頼むから食べてくれ」

 「い……い」

 

 子供は何度も呼びかけた後、ようやく言葉を発した。

 

 「おか……さんと、たべる」

 

 俺は震えた。コイツの母親は週に一度帰ってくるかどうかの育児放棄をしていることを知っていた。そんな恐怖が裏返って依存に繋がってしまったのか。……そう言い切る子供が不憫でならなかった。今生をSAOに捧げて、何かの作業をするように淡々と生きてきた俺が抱いた、久しぶりの感情だった。

 

 それが俺と景人の出会いで、俺が人間らしい感情を取り戻すきっかけとなった出来事である。

 

 その日はパンを持ってふらふらと去る子供を見送ることしか出来なかったが、月日を重ねてとうとう俺は子供の家の前をうろつくようになり――よろよろと這い出てくる子供を捕まえては家に招くようになった。俺はそんな子供に希望を与えるため、《勇者》の話を聞かせた。

 

 それが劇的に効いた。そんなことも嬉しくなった。初めて景人が笑った時には、思わず泣きそうになったほどだ。

 

 その日から、俺は学校をサボりがちな景人に様々なことを教え始めた。学力は人並み以上にはあったから、何の苦でもなかった。――実の兄妹を差し置いて、景人こそが弟なのだとでも言うような生活をしていたと思う。どんなに部活で疲れていても、ふらつく景人がいれば必ず捕まえた。

 

 「ねえ瀬南、今日は何するの?」

 

 キラキラした目で俺に縋り付く景人の頭にいつものように手を伸ばした時――

 

 世界が崩れた。

 

 思考が急にクリアになる。気付けば街の風景は消え去り、辺りは無機質なデータ空間となっていた。だが、先程見えた光だけは残っており、その太さを増している。その穴から輝く少女が入ってきて、すうっと俺の中を通り抜けて行った。

 

 「……なん、だこれ」

 

 力なく呟いた言葉は世界が崩れる音にかき消され、気付けば重力パラメータが俺を上から押さえつけていた。久しぶりの感覚に戸惑う。絶え間ない頭痛が、これが夢や幻覚でないことを声高に告げる。

 

 俺の手の下には、傷ついたエネがいたのだった。――俺は精一杯口を吊り上げた。

 

 *・*・*

 

 「――てなわけで、無事帰ってきた」

 

 俺の話が終わると、誰もが押し黙った。エネは途中から意識を取り戻したようだ。

 

 こうして思い返してみると、我ながら無茶苦茶だなあと思う。もちろん思い返しただけで伝えなかったことはいくつもある。景人の母のことだったり、ユイをフィールドに出してからの俺の体験も話していない。――エネもユイも、これ以上の重荷を背負って欲しくなかった。

 

 それはそうとして。そろそろアスナの視線が攻撃力を帯びてきた。まだ俺の体は全然本調子ではない。アスナの視線に胃がキリキリと悲鳴を上げていた。

 

 加えて、エネの目も俺をじっと刺していた。俺が話を隠したことに気付いたのかもしれない。エネは人の感情には敏感だからな……ユイのために身を投げうった以降のことが特に気になるらしい。だが、俺自身もあまり覚えていないというのも事実だった。

 

 ――あ、いやまて。何で俺今エネの考えが分かったんだ。

 

 何かおぞましいことが起きている気がして身を震わせ、首のチョーカーに触れた。じんわりと暖かくなっており、――解析が働いていることを示していた。……原理的にはもう不可能なはずなんだが。

 

 と思っていると、ユイが俺の方を見た。

 

 「……ちゃんと助けることが出来て、良かったです」

 「……そうだな」

 

 なんで俺がヒロインみたいになってるんだろうな……。俺は恥ずかしいのと気まずいので目をそらす。すると、ユイは言葉を続けた。

 

 「エネも……もうあんな無茶はしないでください」

 「はは……うん、しないよ。ごめん」

 

 ユイはエネの手に手を重ね、どこか縋るような顔になる。――なんだこの空気。ユイと出会って2ヶ月くらいだろ。なんでこんなに仲がいいんだ。……俺の思考を学習したからか? エネへの好感度(?)は勿論マックスだし、後はそれが恋愛に変わるかどうか……なのか?

 

 隣ではキリトとアスナもいい雰囲気出してるしな。原作と比べると早すぎる気もするが、大方エネが何かやったんだろう。

 

 と考えて、俺はため息をついた。――エネは俺から巣立って、幸せを見つけたのだ。

 

 *・*・*

 

 その後。キリトとアスナがユイを連れ出し、僕とユキのふたりきりになる。単にユイとの再会祝いかもしれないが、僕たちに気を使ってくれたのだろう。

 

 身を起こした状態だった僕は、ユキに近付くため立ち上がろうとするが――

 

 「……った……」

 

 脳に鋭い痛みが走り、やはり中断せざるを得ない。それを見たユキが近付いてくるが、ユキもユキで顔が険しい。痛みを我慢しているような感情が伝わってくる。

 

 ――あれ、どうして僕そんなことが……

 

 「仮想世界で体が動かせないなんて、お前何をしたんだ」

 「……ちょっと、ユニークスキルを使いすぎたみたいで……」

 

 ユキと言葉を交わしただけで、僕の体は震えた。僕を叱るためだろうか。ユキの手が強めに頭に載せられる。――それだけで、涙がこぼれてきた。

 

 「お、おい急に」

 「……ユキ……僕、僕……」

 

 1年分の涙だ。今まで無意識にセーブしていたユキへの感情が、ストッパーが外れたように溢れている。ユキはそんな僕を見て小さく笑い、頭をわしわしと撫でた。

 

 「よしよし、泣いちまえ――この1年、何を頑張ったのか聞かせてみろ」

 「うん……っ」

 

 自分と、仲間と乗り越えたつもりのことも、ユキに話すと、まだ心に重くのしかかっていたことが自覚された。

 

 救えるはずだった――あるいは僕が壊滅させた《月夜の黒猫団》のこと。その過程で《断罪》のギルド員を殺してしまったこと。ユイと出会ったこと。消滅まで追い込んでしまったこと。

 

 「――そうか」

 

 未だにしゃっくりが止まらない僕を擦りながらユキは一言だけ返し、そのまま僕を強く抱きしめた。

 

 「ユキがいなくなってから、僕ホントに悲しくて、辛くて……」

 「それでも頑張ったんだな。――もうお前は、俺についてくるだけのガキじゃないよ」

 

 ああ、僕は、僕はそう言って欲しくて、今日まで生きてきたんだよ。がくりと力が抜けた。張り詰めていたものが、僕から流れていく。疲弊した脳味噌は、もはや僕に動くことを許してくれなかった。

 

 *・*・*

 

 エネが眠った。というより、気絶した。1晩たったとはいえ、表情豊かなエネが昨日のような擦り切れた表情をするようになるまで、どんな苦しみがあったかは想像を絶する。

 

 俺にもたれるように眠ったエネをベッドに戻しながら、そんな感覚も久しぶりだなと笑みがこぼれた。

 

 しかし、やはり病室で見た時よりはるかに健康的な姿だ。しっかりと意志を感じる瞳に、俺は感動すらしていた。出会ってから4年で初めて離れ離れになったが、なんだ。……子供は1人でも成長していけるらしい。

 

 「成長しないといけないのは、俺の方かもな」

 

 俺は気づいたのだ。俺はエネに死を望む一方で、自分が現実に戻ったら何をするのか何も考えていないことに気付いたのだ。一種の燃え尽きだろうか。SAOに捧げた人生は、あと1年で終わりを告げるのだ。

 

 俺はゆっくりと目を閉じた。いつだってアイツが俺を睨んでいる。……ああ、やめてくれよ。そんな目で俺を見るな。くそ、今なら断ち切れると思ったのに。やめろ。俺を飲み込むな。

 

 アイツの黒い手が俺の顎を撫でる。同じく黒に塗りつぶされた顔には、グロテスクに口だけがぽっかり穴を開けていた。

 

 ――コ ロ セ 。

 

 「話はすんだ?」

 「……っ!?」

 

 俺がその声に正気を取り戻すと、そこにはアスナの姿があった。1年前に見た時よりも自信に満ちた瞳に、俺は思わず俯いてしまう。

 

 「……よ、よう久しぶりだな」

 

 いつか願った《テキトーな層の攻略会議》で挨拶するというシチュエーションのほぼ真逆だろうこの状況に、俺は動揺を禁じ得ない。アスナに何か言われるのが怖くて、俺は口を動かした。

 

 「今最前線どこだ」

 「61層よ。暫くは攻略が滞ると思うけれど」

 「……どこかのギルドには入ったのか」

 「《血盟騎士団》ってギルドの副団長をしているわ」

 「キリトと仲良さそうだな」

 「……からかわないで」

 

 アスナが本気で視線を凍らせてきたので、俺は観念して白旗をあげた。

 

 「……いつ知った?」

 「半年前くらいよ。……本当にあなたは死ぬまで勝手なのね」

 

 兄と妹。とはいうものの、エネとユイと比べるとあまりに冷めていた。紛れもなく俺のせいだ。

 

 「現実で会えなくて、悪い。ここから出たら、必ずお前に会いに行くよ。……許してもらえるとは思っていないが、謝る」

 

 アスナの顔は俯いていて見えなかったが、つかつかとブーツを鳴らして近付いてくるのが分かった。あー殴られるなと思って目をつぶるが、いつまで経っても衝撃は訪れない。顔を上げると――アスナの瞳は濡れていた。

 

 「好き勝手に生きて、出ていって……と思ったらこんな所に来てて、勝手に死んでいて、私に何も言わない。……私がどんな気持ちだったか、分かる?」

 

 俺は何も言えなかった。

 

 それらは全て、痛々しいまでに事実だったからだ。心優しいアスナは、俺が死んだと聞いて、嫌悪感とともに一抹の苦しさを感じてしまったのだろう。

 

 「あなたの事は嫌い。――でも、どうしてあなたがこの世界にのめり込んでいたのかは、……少しだけ分かった。だから、――土下座しなさい」

 「え」

 

 俺はアスナにむんずと体を掴まれて土下座の体勢にされ、なんだか分からないうちに1発殴られた。

 

 アスナは何も言わずに出ていき、あっけに取られた俺は暫くそのまま固まっていた。





長かった(?)ユイ編もこれにておしまいです!
次回はまた閑話気味ですがラフコフ編スタートです。考えてみたらこれも長かった。違いますね、ユイ編より前が短かったんですね。

ちょっと私も混乱するので補足↓↓

景人と瀬南が出会ったのは4年前(景人9歳、瀬南16歳)です。景人の母が景人をおいて出ていってしまったのはその直前となります。周りの住民も、あまりに母が帰ってこないので、本格的に家を出たことには気付きませんでした。お金は置いていってるし。

その辺は物語に関係ないっちゃないので設定が甘かったです。これ以前の話でもしかしたら矛盾が出ているかも知れませんが、これが事実ということでお願いします。申し訳ありません。

こんな家あったらすぐ役所が動きそうですが、すみませんが勘弁してください……


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22:その平穏の向こう

22話です!
今までで一番長い……なぜ……8000字を超えた……
この話書き溜めだと4000字ちょっとしかなかったんですが。


 3日後。僕はようやく体が動くようになった。その間ユイから介抱を受け続けて、恥ずかしくて回線切断するかと思った。

 

 ということで、今日僕たちは50層攻略後の果たせなかった約束を果たすために、35層に着ていた。ここのチーズケーキが美味しいと《物語》で知っていたからね。

 

 加えて、どこからか僕とユイの約束の話を仕入れたアルゴからも、ここをおすすめされた。怖い。どうやらアルゴはユキが帰ってきてからというもの、以前の3割増で働いているそうだ。……ユキったら気付いてるのかな。情報料も取られなかったし相当舞い上がってると思う。

 

 僕は目当ての宿屋に着くと立ち止まった。

 

 「ユイ、ここのチーズケーキがおい」

 「はい! 私もエネをここに誘おうと思ってたんです!」

 

 僕が何でもない感じで言うと、ユイが食い気味に返してきた。キラキラと輝く目に僕は何も言えなくなる。……ゲーム内でユイに先んじようだなんて、無理だったのかもしれない。

 

 ユイはそれに乗じて指を絡めてくるし……どこでそんなことを覚えてくるの? と思ったけど、多分アスナだね。……でもまあ、そんなユイも可愛いからいいや。

 

 あの日以来僕はユイにベタ惚れしてしまったようなのである。それまで恋愛のれの字も知らなかった僕がなんてザマか、と思うが、……多分抑圧された結果なんだよね。

 

 ユキという存在に憧れすぎて、ユキの真似をすることでしか存在意義を見いだせなかった僕だったけど、ユイによってその呪縛から解き放たれた。……それまで兄妹愛だと思ってたものが、その……全部……

 

 「ユイ、……すきだよ」

 「へうっ! きゅ、急に言うのはやめてください!」

 

 僕は赤くなった頬を隠すようにユイをからかったけど、慌てるユイの顔を見ると余計に体が熱くなっていく気がするのだった。

 

 頼んだチーズケーキが届くと、ユイは可愛らしい歓声を上げる。前にユイとケーキを食べたのは22層だった。その時僕はショートケーキを食べたので、チーズケーキは食べたことがない。

 

 あー時の流れを感じる、などとエギルあたりが聞いたら鼻で笑いそうなことを考えていると、ユイがぱくりとフォークを口に入れた。

 

 「美味しいですー!」

 「……良かった」

 

 ユイは前回とは違って1人でケーキを食べる。それをぼーっと見ていると、ユイが僕に気付いた。

 

 「……エネ、1人じゃ食べれないんですか?」

 「な、そ、そんな訳ないでしょ。ユイこそ前は食べれないって僕に泣きついたく――」

 「しょうがありませんね。はい、エネ口を開けてください」

 

 ユイは有無を言わさぬ様子で、僕のケーキを掬う。それを僕の目の前まで持ってくると、キラキラとした目で僕をじいっと見つめた。

 

 「どうしても?」

 「はい」

 

 僕は謎の覚悟を決めて、ユイが差し出すケーキを口に入れた。甘い。ここはSAOだから間接キスも何もないとは思うのだが、ケーキ以上に甘く感じる気がした。

 

 「……どうですか?」

 「……おいしいよ、ありがとう」

 

 何とかそう返すと、ユイの顔も真っ赤に染まっているのが分かった。……うん。何も言うまい。恥ずかしいならやらなきゃいいのに。

 

 しかし、やはりこれは凄い。

 

 僕は現実世界でもチーズケーキは食べたことがなかった。それなのに美味しく感じるのは、ひとえに茅場の優れた技術力の賜物だろう。思ったよりチーズの味がしないんだなあと思ったが、ハンバーガーのチーズとケーキのチーズはまた違うのだろうと自己完結した。

 

 「いやあ、一時はどうなることかと思ったけど、ユイも無事だったし、ユキも戻ってきてまるーく収まったね」

 「全部エネのおかげです」

 「え!? そんなことないよ」

 

 時間がゆっくりと流れていく。ほんの数日前まで、1秒過ぎていくのが惜しいと思っていたのだから、こんなのんびりした生活がやってくるのは夢のようだ。

 

 相変わらずデスゲームの中にはいるけど……僕達はここの生活に慣れ始めている。

 

 「……」

 

 ユイは笑顔だったけど、その心に少し陰りがあるのがわかった。それを問おうとしたとき、2階から足音が降りてくることに気付いた。何事、と思って2人で視線を向けるが、そういえばここは宿屋だったと思い出す。とはいえ、この時間に起き出すとは少しお寝坊なプレイヤーもいるものだ。

 

 と思ったが、

 

 「な……」

 「パパ……」

 

 その人物と目が合った。降りてきたのはなんとキリトだったのだ。なんでこんな低層にいるのかと戦慄したが、よく考えれば35層は《シリカ》と出会う層で、よくよくよく考えてみれば時期もちょうど今ぐらいであった。

 

 「お前ら……」

 「キリトさん、どうしたんですか?」

 

 絶句するキリトの後ろからやってきたのは、茶色の髪を高い位置でふたつに結んだ少女――シリカだった。肩に竜のピナが止まっていないことから、これからキリトとともに47層に向かうものと思われる。

 

 キリトはシリカに片手で謝ると、つかつかと歩み寄ってくる。そして、一瞬僕のことを凝視すると、首を振って小声で言ってきた。

 

 「エネ……もう体はいいのか?」

 「あっ……ああ、うん、おかげさまで」

 

 僕もユイも汗をだらだらにかいていた。てっきりからかわれるものだと思っていたからだ。そこにシリカも追いついてきて、僕たちに目礼した。

 

 「キリトさんのお知り合いですか? シリカといいます。よろしくお願いします」

 

 僕はシリカの言いたいことがわかった。

 

 ――え、なんで小さな子がこんな層でデートしてるんだろう……わ、私もキリトさんと

 

 考えるのをやめた。キリトったらアスナがいるのに、女の子を誑かす悪癖は《物語》の通りであるようだ。

 

 僕がじとっとした目をキリトに向けると、キリトは咳払いをしてユイの方を見た。

 

 「ユイも……うむ。俺は応援してるぞ」

 「パパやめてください」

 「パパぁ!?」

 

 シリカはパパという言葉に仰天し、僕は言われたことに対して顔を真っ赤にした。何やらキリトの手がもぞもぞ動いているし、大変嫌な予感がする。

 

 キリトもパパと呼ばれることの異常さに気づいたのか、シリカに身振り手振りを交えて弁解を始めた。仮想世界とはいえ幼女にパパと呼ばせるのを変態と言わずして何というのかと思ったが、シリカフィルターにかかれば、それも《溢れ出る父性》に変換されるようだった。

 

 その隙に、そんなキリトに嫌がらせをする、もといキリトから逃げ出すことにした。

 

 「じゃあまたねお父さん。僕達もう行くから」

 

 綺麗に食べ尽くされたお皿を指して、僕とユイは宿屋から逃げ出した。後ろでまた騒ぐ二人にべーっと舌を出す。

 

 僕はユイと顔を見合わせて笑った。所までは良かったのだが、

 

 「ようお2人さん。随分仲が良いみたいだが」

 「ひっ」

 「きゃっ」

 

 後ろから乱暴に肩を掴まれた。相手は見なくてもわかる。――やっぱりキリト、ユキのこと呼び寄せたんだよね。

 

 「俺に内緒でデートとは、エネも成長したなあ」

 

 ユキはケラケラと笑い、そんな僕とユイの間に割って入った。ああああ、もうなんでこうなるの……

 

 *・*・*

 

 結局僕達は3人で《フローリア》を訪れた。ユイと行ってみたいなと思っていたところではあったし、《物語》が進むところを見てみたかったという思いもあった。僕とユイは、間にユキが入ってこないように腕を組んでいる。こうなることまでユキが計算していたとしたらちょっと怖いな。

 

 そんな僕の思いと裏腹に、ユキは花畑を見て感嘆の息を漏らす。

 

 「ほー、ほんとに花だらけだな」

 「《フローリア》だからね」

 「何だよ、お前前に来たことあるのか?」

 「……そりゃあるよ。ここ攻略したし」

 

 僕はユキから目をそらした。攻略自体は1週間でサクッと終わったのだ。より記憶に残っているのは、やはりあのクエストである。ディアベルと……やめよう。寒気がしてきた。

 

 少し青くなった僕の顔を見て、ユイが頭を撫でる。は、恥ずかしいな。

 

 「エネ。ディアベルはそういう人ではありませんよ」

 「……な、なんでディアベルのことを呼び捨てにするの……!」

 

 ユイはナチュラルに僕の心を読んできたが、僕は余計に顔が青くなる。

 

 記憶を取り戻す前のユイがユキをさん付けしていたように、ユイは親しい人以外はさん付けで呼ぶ。そんなユイがディアベルを呼び捨てにするなんて――! やっぱりあのクリスマスの日に何かがあったに違いない。

 

 「……エネ嫉妬してるんですか?」

 「なんでそうなるの! 僕はユイが心配で――」

 

 きゃあきゃあと言い合いをする僕らを、ユキは後ろで真剣な顔をして見つめていた。

 

 ああ、僕のことを好きになってくれたのが、ディアベルのせいじゃないといいな。

 

 「お、見ろよエネあの花――」

 「え?」

 

 ユキが見かねたように僕らの会話を遮ると、パステル色の花畑の中に一輪だけ真っ赤な花が咲いていた。何、という前に、ユイが飛び出してその花を手折る。

 

 あっけに取られる僕たちの元に戻ってくると、ユイはその花を僕に差し出した。

 

 「これ、レアアイテムなんですよ。このフロアに1週間に1本咲くんです」

 「見つけたカップルは永遠に結ばれるという――」

 

 「えええ!」

 

 「――噂を流したくなるな」

 「ひどい」

 

 ユキが聞き捨てならない反応をしたので咄嗟に反応すると、すぐさま落としてくる。ほんとにユキは人をおちょくる才能があると思う。

 

 僕はユキを無視して、ユイからそれを受け取った。すると、花は発光して《ユイの想い》というアイテムになる。

 

 「大切にしてくださいね」

 「……もちろんだよ!」

 

 僕はユイとひしっと抱き合ってはしゃぐ。――その時、視界にキリトが映った。シリカを後ろに下がらせ、《タイタンズハンド》の連中を回廊結晶に叩き込むところだった。

 

 ユイは反応がなくなった僕をゆっくり離し、僕とユキが見つめる先のものを共に見つめる。

 

 「パパですね」

 「……オレンジギルドか」

 

 ユキには僕のこの1年を話したから、僕がどんな気持ちか分かってしまうようだ。自然と声が低くなる僕の頭にぽんと手を乗せる。

 

 《タイタンズハンド》が《シルバーフラグス》を襲う――《物語》の通りの事件だ。ユイ関連でそれどころではなかったとはいえ、まだ犯罪者ギルドが野放しになっているこの状況に唇を噛む。

 

 「……俺はお前のやることに最大限手を貸す。一緒にやろうぜ」

 「ユキ」

 

 僕は曖昧に微笑んでユキの手を取った。――それをユイが寂しそうに見つめていたことには、この時は気が付かなかったのだ……

 

 *・*・*

 

 その後、今レベルが40だというユキのためにフィールドで狩りを行なった。僕のレベルは85だし、ユキとユイを守りながらでもこの層での戦闘は容易だ。でも待って、――おかしくない?

 

 ユイがユキのアカウントでレベル上げしたとは言っても、35までだったはずだ。ボス戦でレベルアップしていたとしても、ユキが帰ってきてから3日で4つもレベルが上がっているのだ。頭がおかしい。

 

 でも、理由はすぐにわかった。ユキは自分のレベル以上の層で狩りを行っていたのだ。

 

 「さーてユキモンスターだよー」

 

 絶対零度の視線をユキに向けながら、僕は出てきた触手を持つモンスターのHPを8割がた消し飛ばす。僕の武器では一撃死してしまうため、わざわざ店売りの《アイアンダガー》を購入してきた。

 

 思えば第1層ボス戦はこの武器で挑んだんだっけ。今となっては軽くて頼りない武器になってしまったそれを、じっと見つめた。その間に、ユキはモンスターのHPを削り切る。

 

 「どりゃああああ!!」

 

 もちろん一撃で死ぬわけがない。平均で4撃くらいで、その残った2割を消し飛ばしているユキは、戦い方に特徴があった。

 

 今も一撃を入れると、すぐに飛び退いて、別方向から切り込む――というのを繰り返している。第1層のころはベータの知識もあったため、狩りに余裕があった。適正レベルよりはるか上のレベルを持っていたので、狩りは力押しができたのだ。だから、一撃を入れたあとこんなにすぐに引っ込むこともなく、僕が斬ったらユキが、ユキが斬ったら僕が突っ込んでくるまでは相手の武器を抑えていた。

 

 だが、今そんなことをすればユキの武器が危ない。必要筋力値の関係でそこまで上等な武器――僕のレベル基準ではあるが――を装備できないユキは、格上に対して長く組み合ってはいられないのだ。だからヒットアンドアウェイを繰り返しているのだが、その動きがやけに慣れている。

 

 今初めてやったようには見えないのだ、つまり、この3日間このような狩りを続けていたということ――マージンどころかマイナスを抱えて狩りをするという無茶をしていたのだ。

 

 「ユキ? 後でお話しようね」

 「ちょ、勘弁してくれ――」

 「ユキ、ダメですよ」

 

 3人でわちゃわちゃ騒いでいると、遠くから「いたぞー!!」と声が掛かる。今度は何! と声の方向を見ると、……何やら見たことのある鎧を着た集団が……

 

 驚きに固まる僕らの前で彼らが停止し、先頭の男が兜を取った。――青い髪が風に揺れる。

 

 「《逆鱗竜》エネくん――見つけたよ」

 「ぎゃああああああああ!!!」

 「おいなんで追われてるんだよ」

 

 ディアベル――もとい《聖竜連合》だ。クリスマスの日の宣言通り、僕を勧誘しにきたらしい。僕はユキとユイの手を掴んで本気で逃げるが、僕と何ヶ月も《索敵》の訓練をした(させられた)ディアベルにとってみれば、僕の気配は手に取るように分かるようだ。……僕もディアベルの気配が分かっちゃうのが嫌だなあ。それにしては顔が見えるまで分からなかったけど、もしかして兜に《隠蔽》効果があるのかも。

 

 「なんだよお前カッコイイ二つ名あるじゃねーか。俺も《不死鳥》って呼ばれたいんだが」

 「ああエネくん。今日も凛々しいね」

 「ディアベルさんこんにちはー!」

 

 なんて声を全て無視して現実逃避しながら、その日は僕のホームまで逃げ帰ってしまった。

 

 実際には圏内に入った時点で追っ手はいなくなっていたけど、もう疲れたからね……

 

 *・*・*

 

 「ふ、ふううう……疲れたあ」

 「説明しろよ」

 

 帰るなり息も絶え絶えな僕を問い詰めるユキを睨む。ユイが手早くお茶を出してくれたので、いつの間にかひとつ増えた椅子に3人とも腰掛けた。

 

 僕を介抱している間、ユイは《料理》スキルをとった。なんで取れるのかは聞かないでおいたけど……ユイはなんでもありなのか、大して熟練度もないはずなのに取得するだけでかなりの腕前を披露している。僕のあの1週間の苦労は一体……

 

 「……僕のユニークスキルの《逆鱗》で、竜に変身できるんだよ」

 「! そりゃあ、聞いたことのないスキルだな」

 

 ユキの言いたい事はよくわかった。《物語》でユニークスキルは2つしか明かされなかったので本当のところは分からないものの、僕の《逆鱗》はいささかSAOらしくないのだ。感情の力とか、竜になるとか、剣だけで戦う世界にしては、随分と魔法的なのである。

 

 そういえば、ユキもユイも《逆鱗》のことをあまり知らないのか……

 

 「ユイはどう思う?」

 「わ、私ですか? カーディナルの考えることは分かりませんが……別におかしな所はないと思います」

 

 カーディナルが《考える》と来たか。ううむ。やっぱりSAOは不思議なゲームだ。人間じゃないユイが誰よりも人間の少女のようだったり、あの竜との会話も忘れられない。

 

 「……まあいい、今日は解散にしようぜ」

 

 真剣な光を宿すユキに押されて、僕達とユキは別れた。去り際に、ピロンとメッセージが入る。そこには《今日、ユイが寝たら60層に来い》と書いてあった。ユキのホームタウンだろうか。さ、最前線に近すぎない?

 

 ユイが寝たら。……ユイに聞かせられない話をするのか。と考えて、1年前の疑問が膨れてきた。――ユキは何者なのか。それがようやく分かるのかもしれない。

 

 

 

 「来たか」

 「眠いよ……」

 

 午後11時。ユイが健康な女の子だったから早めに来ることが出来た。60層《セルムブルグ》の真っ白な城塞都市の街並みに月明かりが反射して、中々幻想的な風景である。でも、眠い。もう今年で15になるんだから、少しは夜更かしができるようになりたいな。

 

 「……そういうところはまだガキだな」

 「まあ見た目は13歳のままだしねえ」

 

 そう呟いたところで、ユキがニヤニヤする。あ、ユキってばリアルの僕を見てきたんだ。……身長伸びてるのかな。聞きたいような聞きたくないような……

 

 「ちなみにリアルでもチビのまんまだったぞ」

 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 しっ、信じないんだから! 僕は伸びる子! 成長期である中学生活を寝て過ごしちゃったからと言って、僕の身長はへこたれないんだっ!

 

 フーッと猫のように威嚇する僕をユキは軽々とつまみ上げて、とある宿屋に入った。おかしいな。パラメータ的にはユキをボコボコに出来るくらいには離れてるはずなんだけど。

 

 ユキは先に部屋に入ると、椅子に座って、僕に向かいの席を進める。異世界的なよくわからない光源が柔らかく室内を照らす中、ユキは口を開いた。

 

 「お前今、体の調子はどうだ?」

 「へ?」

 

 質問の意味が汲み取れず、間の抜けた返事を返すと、ユキは頭をガシガシとかいてため息をついた。

 

 「なんか聞き取れるはずもないものが聞こえたり、分かったりしないか?」

 「……っ!」

 

 全身の毛が逆立った。ユキに改めて言われたことで、そのことの重大さに気付いたのだ。覚えがありすぎて、僕は、首をこくこくと振った。

 

 「この間も、ユイやユキの考えてることがわかったし、そういえば50層ボスの竜と会話みたいなことしたこともあった。それに――《逆鱗》の声が聞こえたこともあったな」

 「…………正直予想以上だったが、俺も似たようなことがあってな。お前の考えてることがピンと理解出来た時があった」

 「……それが何かわかるの?」

 

 そう言うと、ユキは躊躇うように自分の首を指した。そこには黒い首輪のようなものが付いていた。SAOでそこにつく装備品はあまりないため、言われてみると目立つ。

 

 「これは、現実世界で俺のナーヴギアに付けられた、まあいわゆるチートツールみたいなやつで、この世界の情報を読み取れるものだ」

 「な、なにそれ……」

 「これで、現実世界にSAOの様子を発信し続けてた訳だ。今はもうできないはずなんだが、どういう訳か俺がその解析機能を使えちまうんだよ。で、お前が発信している感情パラメータを読み取れた、っていう風に理解してるんだが」

 

 ユキの話は正直想像を超えていたが、それは一プレイヤーとして行える行為ではないことはよく分かった。

 

 僕が感情パラメータを発信しているのはなんとなく分かる。《逆鱗》のせいだろう。僕の発する感情を増幅して力とするスキルだから。事実、《エクスプロージョン》を使えるようになって――《逆鱗》が一段階強くなってから、僕にそんな傾向が現れ始めたと言えなくもないからだ。あの声は別として。

 

 「それとお前……気付いてるか分からないが、ちょっと目が赤くなってるぞ」

 「ええ、泣いてないよ!」

 「そうじゃなく」

 

 ユキは懐かしい《手鏡》を実体化させ、僕に突き出してきた。すると、僕の黒目の部分がカラコンを入れたようにほんのり赤くなっていたのだ。えええ。

 

 「な、なななにこれ」

 「今日会った時から思ってたぞ。目の色変えるアイテムでも入手したのかと思ったが、お前はそういう奴じゃないよな」

 「あ、あああ」

 

 僕は震えた。《赤》だって? 赤と言ったら、《逆鱗》の色じゃないか。その辺りを知らないユキに説明する。

 

 「僕《逆鱗》を使うと、全身が赤くなるんだよ。髪とか目とかは今まで自分自身を見たことがないから分からないけど……」

 「…………そうか」

 

 それきりユキは何も言わなくなった。ゲーム内で勝手にアバターの容姿に変更が入るなんてありえない。ありえないことが立て続けに起こって、僕の頭はパンクしそうだった。

 

 そんな僕を見たユキは、話題を変えた。

 

 「……これについては、またおいおいだな。無闇に《逆鱗》を使うのはやめておいた方がいいと思うが。――エネ、お前俺に聞きたいことあるだろ?」

 

 僕の心臓が、どきんと跳ねる。




次回もエネとユキのお話が結構占めます……たぶん。最近最早書き直してるので分かりません。
この小説で平穏は続きません。()

追記
誤字修正しました……
いつもこっそりやってるんですが、とうとうユキとユイを間違えてしまっていたので戒めとしてここに……すみません……でもいつかやると思ってました……

投稿するちょっと前まで悩んでました。ユキの名前を変えるかどうか……


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23:その月夜の向こう

23話です!

ひたすらユキとエネが喋ってます。
状況整理って感じです。


 

 「聞きたいこと?」

 「…………あの時言ったろ、《訳はまた話す》って」

 

 思い出されるのは第1層攻略会議。ディアベルという《物語》の登場人物が僕の目の前に現れて、それでわけを尋ねようとして――ユキが死んで有耶無耶になっていたのだ。

 

 そう。ユキが何者なのか、《物語》とは何なのか……僕がずっと知りたかったことだ。

 

 「教えて、くれるの?」

 「言っても分からないと思うけどな。簡単に言うと、俺は《アインクラッド》だけじゃなく、この《SAO》が《物語》とされる世界に住んでいたんだ」

 「……」

 

 うん。確かにわからなかった。《SAO》が《物語》だって……?

 

 「だって、それじゃあ《物語》はなんなの?」

 「……それは、《SAO》の《物語》をお前にわかり易いように噛み砕いたんだ。元は、お前をこんなところに呼び込むつもりはなかったからな」

 

 そこで、僕は思い出した。もともと瀬南が僕に《物語》を聞かせてくれたのは、決してこの世界で生きる為なんかじゃない。現実世界の僕を元気づけるためだったのだ。それに僕が憧れて、どういう訳か《物語》と同じことが起きるこの世界にやってきて――浮かれていたわけだ。

 

 「だからユイの話なんかボロボロだったろ?」

 「あ……そっか、SAOはゲームで、《アインクラッド》でSAOの話をするのはおかしいから……」

 「そういうことだ」

 

 ユキは眉を下げる僕を見て目を細めた。僕はそれを見て、とあることを尋ねずにはいられなくなった。

 

 「……ユイは……《SAO》ではどうなる予定だったの?」

 「……実は話したまんまなんだがな。あの《地下迷宮》の石は、GMが外部と連絡を取るための装置だった。あそこにたどり着くまでに何か死神いただろ?」

 「……いたような気もする。《逆鱗》発動してたから分かんないや」

 

 僕の回答にユキは苦い顔をした。チートだって顔が語っている。

 

 「……いたんだが、それをユイが倒すはずだったんだな。石に触れてシステムと更新して、死神を削除した。それで、ユイはカーディナルに見つかって、消される」

 

 消される。その言葉に体が震えた。ユキはそんな僕の頭を撫でる。

 

 「……そこにキリトが割り込んで、なんか頑張って、ユイはアイテムになる。そして――SAO以外でも展開できるようになるんだ」

 「SAO、以外……」

 

 《SAO》ではなく《アインクラッド》の《物語》だったから、ユキはその話を僕にすることが出来なかったのだ。……じゃあ、今は?

 

 「今は? 今動いているユイは現実には帰れないの……?」

 「そんなことはない。その時のためのコレだ」

 

 ユキはニッと笑って首を指さした。それは、解析装置だって――

 

 「まーそうなんだけどな、解析するのにもやっぱり少しはデータ容量が必要なんだ。で、コイツはかなり高性能かつ菊岡が用心深くて、容量がかなり大きい。――あの時、ユイを読み取ってこいつに保存したんだ」

 「え――じゃあ」

 「おう。ユイはお前の頑張りとこの機械の優秀さで、ここでも動けるし現実にも連れていけるって訳さ」

 

 僕はそれを聞いた途端、泣きそうになった。そして、ユイにも教えてあげようと思った時、日中のユイの様子を思い出した。笑顔でありながら、どこか影のあった笑み。たぶん、いや絶対このことだ。早く教えてあげなきゃ。

 

 走り出そうとした僕の腕を、ユキがばしっと掴む。

 

 「待て。話はまだだ」

 「……」

 

 僕は少し不機嫌になりながら椅子に座る。こうしている今もユイは悲しみを感じているかもしれないのだ。だが、ユキの顔は先程より数段深刻だった。

 

 「お前、これ知ってるか? アルゴがくれたんだが」

 

 ユキが見せてきたのは、1枚の新聞だった。大見出しに、《殺人ギルド・笑う棺桶》とある。――殺人。全身の血液がざわざわと乱れ、軽く目眩がした。机にへばりつきそうになる体をなんとか起こして、僕はユキの話の続きを聞く。

 

 「……《物語》でもいたよな。最大最悪の犯罪者ギルド――殺人者の集まりだ」

 「……ぼ、僕は違う」

 「おい落ち着け」

 

 部屋の隅にあの男がいた。ギロっと僕の顔を睨んだ。そいつは瞬きをするたびに近付いてきて、5秒もすればユキの隣に来ていた。

 

 僕は目が閉じられなくなった。

 

 「あ、ああ……」

 

 ユキには僕の心の声が届いているんだっけか。ユキにはあの男が見えていないのだろうが、頬に一筋の汗をかいていた。

 

 「……大丈夫だ。エネ。ゆっくり目をつぶれ」

 「嫌だよ、そしたらユキが」

 「それは幻覚だ」

 

 ゆっくりとユキの手が僕の顔に伸びてきて、僕の瞼を閉じる。数秒じっとしていると、ばくばくうるさかった心臓ももとの穏やかさを取り戻し、再び開いた目にはあの男は映っていなかった。

 

 「あ……ありがとう」

 「ラフコフ討伐戦をけしかけようと思うんだが、……お前は行かない方がいい」

 

 ユキにお礼を言った後、帰ってきたのは絶望にも等しい言葉だった。僕は視界がカッと赤くなるのを感じた。《逆鱗》が発動したらしい。

 

 「んな……! 大丈夫だよ! 僕そんなの怖くない」

 「それだけじゃない。……1度死にかけたお前が、またそんな死地に赴くことはないだろ」

 

 ユキの言葉は深い痛みを伴っていた。それに僕の感情も削がれ、《逆鱗》は赤い塵となって消えた。

 

 「死に、かけた?」

 「……いや、なんでもない」

 「……僕は行くから。僕が責任もって戦わなきゃ……」

 

 ユキは僕の目をじっと見つめた後、目を伏せて頷いた。

 

 「……まあ問題はそこじゃないんだ。見てみろ」

 

 ユキが示したのは、写真の右端。写真にはラフコフ三巨頭を模したイラストが書かれており、3人の周りには犠牲者と思われるプレイヤーを模したイラストも載っていた。

 

 「なんで絵?」

 「記録結晶なんて使ってる暇なかったらしいな。そいつの記憶から描いたらしいが、だいぶ正確だぞこれ。で、この端の女、見てみろ」

 

 写真に見切れるように、髪の長い女性の後ろ姿がかいてある。とても被害者には見えない。この人もラフコフ?

 

 「棺桶マークも何も見えないが、俺の記憶の限りではラフコフに女はいなかったはずだ。いたとしたらSAOなんだから必ず関連するエピソードがあるはず」

 「必ずって……」

 

 まあ言いたい気持ちはわかる。女の人達がいたら大体《キリト》が落としていくからね。

 

 で、つまりどういうこと? ユキに僕の考えは伝わっているはずだが、かなり言うのを躊躇っている。僕はまだそんなに心を読むの得意じゃないからなあ。言ってもらわないと分からないよ。

 

 「……その、俺らみたいに《物語》を知ってる奴かもしれないんだ」

 「ええ!?」

 

 《物語》に出てこない僕達は、《物語》を知っている……つまり、それはこの女の人にも当てはまるってことなの……?

 

 いやまて。問題はそこじゃない。

 

 「そうだ。《物語》を知ってるってことは、俺らがいつ攻め込むのかも知ってるってことだ。幸いにも場所は《物語》でも明らかじゃないからさして問題にはならないが、時期がバレるのはまずい」

 「どどどうすればいいの?」

 

 ばたばたと慌てる僕を見て、ユキは僕の頭をぎゅっと押さえつけた。

 

 「……早めるしかないよな。《物語》だとこっちに内通者すらいたようだし。今日の様子を見てれば、お前、かなりアインクラッドで名が売れてるんだろ。つまりこの女もお前を知ってる可能性が高い……」

 「……向こうも警戒してるってこと?」

 

 《物語》では襲撃場所での待ち伏せ程度で済んだけど、何でもない時に襲撃されたり、こちらが動くことを知っていればそのために戦力をあげることもできる。――早めに動かないと、まずい……

 

 「ああ。この3日間心当たりを全部回って、アジトっぽいところがいくつか見つかったからな……明日にでも《血盟騎士団》に調査依頼をするつもりだ。……お前も行くか?」

 「……うん」

 

 ユキの目は少し悲しそうだったが、僕がユキについて行かないなんていう選択肢は無い。しっかり頷くと、ユキはまた大きなため息をついた。

 

 「やっぱ慣れない事すると疲れるなあ」

 

 ユキが僕と話して疲れるなんて、一体どうしたんだろう。というかユキが僕の目の前でこんな態度をとることもなかなか珍しい。僕は記憶をたどってユキの様子を思い出し、とある所で止まった。

 

 「……話戻すんだけどさ、《SAO》が《物語》だった世界って、どんな……?」

 

 僕がそういうと、ユキの指がぴくりと震えた。――ビンゴだ。ユキは僕の方を見て複雑そうな顔をする。言いたいような、言ってはいけないような……?

 

 「……夢も希望もない所だ。この世界は優しい。頑張れば報われるし、誰でも主人公になれる。意志の強さが勝つなんておとぎ話だと思ってた――」

 「――――っ! ご、ごめん。立ち入ったこと、聞いた……」

 

 僕はユキの話を止めてしまった。一音発するたびに濁っていくユキの瞳を、僕は見れなかったのだ。

 

 目をそらしてしまった。

 

 ユキはすぐにいつもの顔に戻って僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でたものの、僕の中にユキのあの顔がべっとりと焼き付いて離れない。

 

 「悪いな。まあ、そういうのを《ご都合主義》って言うんだぜ」

 「ごつごー、しゅぎ……」

 

 ユキの言葉を無意味に反芻する。――ああ、僕は馬鹿だ。ちょっとユイの兄の真似事をしたくらいで、お兄ちゃんの気持ちがわかるような気でいたのだ。ユキは僕と出会ってから今まで5年間、僕の兄を完璧にやってみせたのだ。ならば、ユキ自身が辛い時は、一体どうしていたんだ……?

 

 ユキの解析も常に働いている訳では無いようで、僕の思考にユキが言葉を返すことは無かった。

 

 「……と、話がそれたな。《笑う棺桶》についてだ。これについてはあんまりお前にも話してなかっただろ」

 「……そういえば。なんで?」

 「気にするな。とりあえず、今のところは《物語》からは外れてない。大晦日に活動を開始して名乗りを上げ、少しずつ犠牲者を増やしてるってところだ」

 「お、大晦日ぁ!?」

 

 僕がユイとレベル上げしていた頃だ。というか、僕にそんな情報入ってこなかったんだけど……

 

 「気を使ったんだろ。何もわかっていることがないから、無駄に不安にさせるだけだしな。そもそも情報屋たちもそんな情報を無闇に下ろしたりはしないだろ」

 「う、うーん……」

 「それが妙なんだよな。てんせ……《物語》を知ってる奴がいるのに、わざわざ大晦日に名乗りをあげる必要があったのか」

 

 ユキは琥珀色の瞳を伏せて、細い指を顎にかける。こうして見ると本当に美人だと思う。

 

 「ラフコフは物語だと夏に壊滅する。それは新年一発目から攻略組が探り続けたからだ。殺人快楽者の連中が名を欲しがるとも思えないし、本当に今名を上げたのは謎じゃないか?」

 「えっと……《物語》のとおりに進めたかったんじゃないの?」

 「はあ? わざわざ殺されたいのか?」

 

 ユキが喋っている時、僕の脳裏に1人の存在が浮かび上がっていた。女性で殺人ギルドに手を貸し、目的が殺人でない人物――

 

 「僕、その女の人知ってるかもしれない。いや会ったことはないけどさ」

 「……詳しく聞かせろ」

 

 ユキはいつになく真剣な顔で、僕の方に身を乗り出す。

 

 僕は、キリトとその女性の一連の騒動を手短に話した。

 

 「なるほどな。キリトを引き抜きたいのか……」

 「《苦しみを分かってあげられるのは私だけ》って言ったらしいよ」

 「そうか……傷心中の弱みにつけ込んだんだな」

 

 なんともおぞましい思考だ。黒猫団が壊滅して自殺まで考えたキリトなら揺さぶれると考えたということだ。……ならば、女性がラフコフに所属しているのも分かる。

 

 「……《物語》で、ラフコフ戦でキリトはまた傷つくよね……? そのスキを狙ってまたキリトと接触しようとしてるんじゃないかな」

 「…………そいつ本当に人間か?」

 

 執着。僕も憶えがあるその感情は厄介なものだ。自分ではその異常性に気付かないが、確実に自分も周りも傷つける。ユキも動揺が隠せないようで頭をがしがしとかいた。

 

 「これ以上のことは分からないけど、キリトはラフコフ戦に連れていかない方がいいと思う」

 「それは……できない」

 

 僕はユキの言葉にカッとなった。

 

 「なんで? キリト死んじゃうんだよ? あんな凄い人が……ラフコフなんて僕達だけでなんとかなるよ!」

 「そうじゃないんだ……悪いがお前には言いたくない」

 

 僕はユキの言葉に愕然とした。ユキが僕をこう正面から拒絶したのは初めてだったからだ。僕の知らない《物語》があるの……と思ったところで、ハッとする。

 

 「ね、ねえ。ユキはともかく、ユキに《物語》を聞いただけの僕が《物語》に出てこないのはどうして?」

 

 ユキの顔はわかりやすく歪んだ。でも、それは必ずしも苦痛を表す表情ではない。

 

 「……多分、俺がいなかったら死んでたんだよお前は」

 「……そうだね。簡単なことだった」

 

 ユキに質問すればするほど、分からないところが出てくる。ユキは僕にこんなに隠し事をしていたんだ。……でも逆に、ユキが僕にこれらのことを話せなかったのは……僕がちっちゃいガキだったからだ。

 

 現実でもこっちでもユキに助けてもらってばかりだった僕は、今度はユキを助けてあげないといけないと、思った。

 

 *・*・*

 

 夜も更けてきたので、僕はホームに帰った。すると、部屋に明かりがついていた。

 

 「…………っ!」

 

 僕が慌てて家に入ると、ユイが泣きそうな顔でこちらを見て、僕に飛びついてきた。僕は全身が冷えるような感覚だった。――何も言わずに置いていくって、それは……

 

 「エネ。……私はいらない子ですか」

 「そ、そんなわけないでしょ! ごめん。書き置きくらい残せばよかった」

 「私がAIだからですか。私が……ここでしか生きられないからですか……?」

 

 ユイはもう泣いていた。……僕は馬鹿だ。ユイはあの時の僕だ。同じ過ちを、した。思えば昼間から様子がおかしかった。それに気づいてあげられなかった。ユイが感じていたものは、悲しみなんてものじゃない。

 

 ここから出られないという絶望と、僕がユキと……現実でも繋がる関係の人と親しく話すことは、ユイには辛いことだったのだ。自分はいらないと言われているようで――

 

 僕は震える体を抑えて、ユイの艶やかな黒髪を撫でる。

 

 「……ごめんね。実は、ユキがユイのことを教えてくれたんだ」

 「え……?」

 

 僕は感情を押し殺して微笑んだ。

 

 「ユキの首についてる機械、分かる? あれのメモリーに、ユイが保存されてるらしいんだよ。だから……現実でも会えるよ。……早く、言いに来ればよかった」

 「ほんとう……ですか?」

 

 ユイはぎゅっと僕のことを抱きしめ、僕も抱きしめ返した。ユイから伝わってくる感情と、僕の感情が混ざり合う。

 

 「……うん。だから、もう泣かないで。向こうに帰ってもずっと一緒だよ。ユイがAIだろうと人間だろうと、僕の気持ちは変わらない」

 

 それを聞いたと同時に、ユイはくたりと気を失った。普段から早寝早起きなユイが、こんな遅くに起きて僕を待っていた。――それがいつかの僕を思い起こさせるようで、胸に痛みが走る。

 

 僕もユキもユイも、根っこは同じだ。同じだし、変わってない。それは僕達の心を蝕み続けている……

 

 ユイをベッドに寝かせ、僕は自分のベッドに横になった。――ユイにはラフコフの話はしたくなかった。ユキが僕を連れて行きたくないのも分かる。ユイを縛ろうかと思うほどには連れて行きたくない。

 

 「こういう……ことか……」

 

 妹を守るためには、兄が傷付くしかない。でも、妹のためならなんでも出来てしまう。まあ、ユイは妹じゃないけど、それは僕にとっては些細なことだ。

 

 でも、と思う。

 

 ユキが僕をやたら守ろうとするのは、単に僕のお兄ちゃんだからなのか? ユキは《SAO》を知っていると言った。また、初めは僕をこの世界に連れてくるつもりはなかったとも、言ったことがあった。

 

 いつか疑問に思った、この世界がデスゲームと知っていてユキが僕を連れてきたという想像が、本物だったのだ。

 

 なんで? 命をかけて僕を守ろうとする、ラフコフ戦に僕を連れていきたくないようなユキが、僕をこの世界に連れてきた理由は何?

 

 「…………むずかしいな」

 

 僕はやってきた眠気とともに疑問を押し流し、目をつぶった。

 

 眠りに落ちる寸前、ピロリンと通知音が聞こえた気がした。

 

 *・*・*

 

 「……どういうつもりだ」

 「どういうつもりも何も、アンタを殺すのよ」

 

 どこかの迷宮区。男と女が武器を抜いて向かい合っていた。男の方は明らかに武装しておらず、女が男を騙して呼びつけたのは明白だった。

 

 「オレを殺してどうするつもりだよ。……最初からそれが狙いだったのか?」

 「ええ」

 

 男はそう言い切る女に目を剥いた。女に施された優しさの数々が、男の中で泡となって消えた。と同時に、自嘲的な笑みが男の顔に浮かんだ。

 

 「――アナタを殺せば、振り向いてもらえるかもしれないでしょ」

 

 女は全身に赤を纏った。男の額に汗が流れる。なんだそのスキルは、と男は呟くが、勿論女は答えない。

 

 「……くそっ」

 

 男は察した。この女はあのギルドの一員だと。そして、1度死んだも同然な自分がここで殺されるのは運命なのだと……

 

 男は女の斬撃を避けながら、必死にキーボードを叩こうとした。せめて恩を返してから、死にたかった。

 

 だが、不幸にも男の両腕は切り落とされた。両腕からは赤が散る。――ダメージエフェクトではない。

 

 「あああああああああ――――」

 

 ぬめりとした感触。体温が男から溢れていく。男は脳をつんざくような痛みに悶えながら、無様に女の前に這い蹲った。

 

 女はそんな男の頭を踏みつける。

 

 「やっぱアンタみたいなの嫌い。アンタの彼女って言われる度に全身に虫が這うようだったわ」

 

 ぐしゃり。女は男の頭を踏み潰し、飛び散る赤を浴びる。だが、その顔には一点の感情も映し出されてはいなかった。

 




最後の剣士さん、かわいそう……
タグ詐欺じゃないよ。

ユキさんの心がチラ見えしてきましたね(ワクワク)

書いてて思ったんですけど、オリキャラ達の性格やばいですよね……いくつか小説のネタ考えてはいるんですけど、だいたい主人公が変なやつで……中2のときに1番最初に考えたのは、九九も出来ないような女の子で、話のオチが1+1の答えを間違えて死ぬみたいな。頭おかしいですね。でもいつかリメイクして小説にしてみたいです。


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24:その決意の向こう

24話です!
ちょっとこの話書くのが難しくて昨日は投稿できませんでした……!

話全然進んでません……苦しい……


 昨日のことが頭を過ぎる。

 

 俺はエネに原作知識とユイ、ついでにラフコフの話だけをするつもりだった。だが終わってみれば、見せてはいけない顔をエネに向け、いたずらに気を使わせて――あるいは疑問を増やして終わった。

 

 転生して結城瀬南という存在になったとき、ただひたすらに違和感しか感じなかった。恵まれた家庭、神様にもらったチート。世の中がゲームか何かにしか見えなかった。

 

 だからエネがあそこまで殺人ギルドに憎しみを募らせているなんてことに考えが至らなかったのだ。俺にとってみればラフコフが原作で名前もないモブを殺して、そのあとキリトたちに潰されるなんていうのは当たり前のことだったのだから。

 

 同時に、あんな風に信念に満ちた目をするエネが、羨ましいと思った。

 

 勝手に死んで帰ってきて、――俺はこの1年で何も得ていなくて、エネはいろんなことを乗り越えて強くなった。まるで主人公だ。俺の、憧れた姿だ。

 

 昨日エネにSAO以降の《物語》のことを言えなかったのは……言ってしまったら、彼ならばどこまでも《物語》を紡ぎ続けてしまうと思ったからである。何も出来ない自分を棚に上げて、エネという存在を都合のいいように利用する自分が嫌になった。

 

 何が兄だ。こんなの人ですらない。――でも、俺はこれ以外に出来ることがなかったのだ。俺はどうしようもない人間だった。

 

 「……行くか」

 

 俺はため息をついて、59層《グランザム》に向かった。胸の奥で暴れ回るアイツを見ないふりをして――

 

 *・*・*

 

 その日、攻略組でも上位に位置するプレイヤーにアルゴから連絡が入った。59層《グランザム》の《血盟騎士団》本部に集合とのことだ。多分ユキが何かやったのだろう。昨日の今日で申し訳なかったが、ユイにはお留守番をお願いした。

 

 僕は歩きながらウインドウをいじっていた。これが《歩きウインドウ》……とくだらないことを考えていると、新着メッセージがあることに気付く。……ああ、そういえば起きてから1度も見てなかった。結構放置しちゃってるかも、とメッセージを開くと、差出人はディアベル。

 

 「……え?」

 

 本文は空欄だった。受信した時刻は今日の午前1時過ぎ。僕がちょうど眠ったくらいの時間である。どうしたんだろうと思って返信してみるが、いつもなら秒で返ってくる返信は、《血盟騎士団》本部に到着しても帰ってくる気配がない。

 

 僕がぼーっとウインドウを眺めていると、後ろからユキがやって来た。

 

 「よう、さっきぶりだな」

 「……うん」

 

 僕の様子がおかしいことには気付いたようだったが、ユキが言葉を発することは無かった。コツコツと音を立ててヒースクリフが集団の前に現れたからである。すぐさま戦闘行為を行う予定もないのか真紅のローブを纏うヒースクリフは、いつもの通りの無表情だった。心がざわつく。それと反比例するように、プレイヤー達は静まった。

 

 「さて、まずは集まってくれたことに礼を言おう。今日集まってもらったのは――」

 「我慢出来んっ!!」

 

 ヒースクリフが話し出したその時、どしゃどしゃと人垣をかき分けて男が出てきた。怒気に満ちた顔をするそのプレイヤーは、《聖竜連合》を象徴する鎧に身を包んでいる。

 

 僕を含め多くのプレイヤーは、彼の姿を見て息を飲んだ。焦げ茶色の長髪に三白眼をギラつかせる彼は《聖竜連合》の中々権力あるプレイヤーで、ボス戦では班のリーダーになる事も多かった。だが、その彼の髪の毛は今――藍色に染まっている。

 

 「……俺の名はリンドだ。みんな聞いてくれ」

 「よさないか」

 「いいや黙っちゃいられない……いいか……今日の真夜中、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》というギルドにディアベルさんが殺された……!」

 

 ヒースクリフが制止する中、リンドは絞り出すような声で言った。――ディアベルが、死んだ……?

 

 どよめきが広がる中、僕は開いたままのウインドウを見つめる。空欄のメールが静かに浮かんでいるだけだったが、……その送信がディアベルの最後の行動だったことは想像に難くなかった。僕に危機を知らせようとして、力尽きたのだ……

 

 「そんな、何で……」

 

 ふらふらと後ずさる僕の肩をユキが掴んだ。

 

 「どうした」

 「これ……」

 

 僕はユキにそのメールを見せる。ユキも顔を青くして、口を閉じてしまった。あまりにも残酷だ。

 

 だが、プレイヤーたちがざわざわとしている理由は、ディアベルの死そのものについてだけではない。どうして、犯行後すぐにラフコフによるものだと分かったのか。――それを考えると、より寒気がする。

 

 「……リンド君。その申し出には私も心を痛めた。だからこそ、一番の盟友である君達ではなく、私が言うべきだと判断したのだ。下がってくれたまえ」

 「……」

 

 ヒースクリフのあくまで冷静な態度にリンドは渋々下がったが、その目にはめらめらと憎悪の炎が燃えている。ディアベルは周りからの信頼も厚かった。無類の竜好きであることは知られていたのか、本来の気質が見抜かれていたのか、《血盟騎士団》を抜けてからも細々と元団員としての付き合いはあったようで、両ギルドを取り持つ架け橋的な存在でもあった。

 

 ヒースクリフの一言で周りは落ち着きを取り戻し、皆静かにラフコフへの怒りを募らせている。怒りと、殺人という行為への恐怖。それは僕の心も蝕んでいった。

 

 「リンド君の言う通り、ディアベル君はギルド《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》に殺害された。……直後にわざわざギルドに犯行声明が録音された録音結晶が投げ込まれたのだ。《PoH》と名乗る男の声で、ディアベル君の死を侮辱するような内容だった。――これは、我々攻略組に対する宣戦布告だ」

 

 冷静に、と言ったのはヒースクリフでありながら、宣戦布告だと怒気を込めた一言を放ったことで、会場は一気に怒りに包まれる。

 

 僕はユキの服をぎゅっと掴んで、荒れ狂う感情の波に耐えていた。――やっぱり、前より感情を受け取りやすくなっている。

 

 だが、それもヒースクリフの手の動きだけで止まる。

 

 「――静粛に。……話は初めに戻るが、今日ここに集まってもらったのは、アインクラッド屈指の猛者である君達に、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》と戦ってもらいたいと思っているからだ。勿論我が《血盟騎士団》からも多くの回廊結晶を出し、最優先は捕獲であるが――」

 

 戦う。。最優先は。そういったワードがヒースクリフの口から漏れるたびに、攻略組の瞳に動揺が走る。その続きを聞きたくないというように目をつぶる者もいた。

 

 「殺害も考慮に入れた戦いとなるだろう」

 「上等や! ディアベルはんの仇とったるわあああ!」

 

 急に大声をあげたのはキバオウだった。《アインクラッド解放軍》副ギルドマスターにして、ディアベルとは第1層からの顔なじみ。加えて気性は荒い。――怒りに飲まれて冷静さを欠くのはしょうがないことにも見える。

 

 「……そ、そうだよなあ! 犯罪者をおめおめと逃がす位ならこの手で……!」

 

 だが、キバオウの怒りに感化された者達がいた。その感情は段々と波となって会場を埋め尽くす。これでは、前の僕と同じことが起こる。

 

 ここで、僕はあることに気付いた。《物語》とSAOで違うところは、今のようにラフコフ戦が早まっただけじゃない。プレイヤー側の心の準備も出来ていない状況だったのだ。……でも、それをちゃんと発言できるのは、僕だけだ。人を殺したことのある、僕だけ……

 

 僕は深呼吸をした。昨日《殺人》という言葉だけで幻覚を見てしまったほどにはトラウマになっているが、僕はそれを無視して一歩踏み出した。ユキはそんな僕に気付いて止めようとするが、その手を振り払う。

 

 「……喋っても、いいですか?」

 

 一斉に僕に向けられる視線は、様々な感情が混じりあってヘドロのように僕の四肢に絡みついた。吐きそうになるのをこらえてヒースクリフを正面から見つめれば、その瞳が僕を試すように一周した。

 

 「エネ君。発言を認めよう」

 

 僕はキッとヒースクリフを見つめ返した。

 

 「はい……皆さんは人を殺せますか? その場の勢いだけで殺人に手を染めてもいいのですか? 殺人はとても恐ろしいことです。でも、――向こうは対人戦闘が得意です。僕たちが捕獲をメインにして戦いを挑んだら、返り討ちにあってやられてしまうと思います」

 

 攻略組は、一斉に殺人をイメージし始めた。それが僕にも伝わってくる。自分たちが捕獲のために急所を外したり攻撃をためらったりするスキをついて、体に剣が打ち込まれるというイメージは、僕の体も凍りつかせる。

 

 「……ですから、こちらにも覚悟が必要です。……僕だからわかることなんです。僕はPKをしたことが、ありますから……あの殺人ギルド《断罪》のメンバーを、1人殺しました」

 

 言った。あの事件は《断罪》が捕まったことで一時話題になり、《偽装》スキルの恐ろしさを伝える話としては今でも槍玉に上がる程度には有名な話である。だが、事件の主要人物名は伏せられていた。

 

 でも、僕に死に際の殺人者の気持ちは分からない。向こうは無抵抗だった。僕が一方的に殺してしまったのだから。

 

 向けられる感情が濃くなって身体がぐらりと傾くが、僕は倒れない。――すると、示し合わせたように感情がすっと引いて行った。分かったのだろう。今僕に向けている視線が、自分たちにも向けられ得るということが。そうだ。これから僕達がやろうとしていることは、こういうことなんだ。

 

 僕は口に無理やり笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

 「……これからやらなければならないのは、人殺しです。それを覚えておかないと、……きっと後悔します。その上で、覚悟ができる人だけラフコフと戦うべきだと思います」

 

 そう言い切ると、いよいよ足がぐらついて動けなくなってしまった。……ここで倒れたりしたら説得力がなくなってしまう。と冷や汗をかいた時、ひょいと持ち上げられた。驚いて見上げると、それはユキだった。

 

 「……俺も発言いいか?」

 「出てきてから言うことかね」

 

 ヒースクリフは事前の相談を受けていたようで平然としていたが、その他のプレイヤーの顔がみるみる青ざめていく。ああ、ユキが生き返ってから、初めて大勢の前に出るのか。……僕が体を張ったことを忘れてしまったように、会場はユキという存在に飲まれた。

 

 「俺の話はまたとして……お前らこのままラフコフ戦に突入しようとしてるのか? エネが突っ走ったせいでこの一月まともにレベリング出来なかった奴もいるんじゃないか?」

 

 その話になって、会場の空気がまたおかしくなる。そういえば、なんであんなに急いでいたのかは詳しく説明していなかった。僕の勝手な行為を思い出したのだろう。何も言い返せないし、多分言ったらまずいタイプの問題だと思う。だが、ユキは手をパンパンと打ち鳴らしてそれも鎮めた。

 

 「その話は後だ、後。エネも言ってたがラフコフは対人戦のプロだ。人殺しに快楽を感じる連中だからな。モンスター狩って喜んでる俺らよりは確実にプレイヤースキルは高い。……だから、このまま突っ込むのは得策じゃない」

 

 ユキの後という言葉には全く信憑性はない。だが、その後の話のインパクトで場が上手い具合に流れた。ほんとうにユキは話がうまい。

 

 「そこで、2つほど提案がある。ひとつは、ラフコフ掃討戦は1ヶ月後に行うということ。その間レベリングと対人戦の訓練を詰め」

 「なんやと! その間低層の連中は震えて過ごせっちゅーのか!?」

 

 噛み付いてくるのはやはりキバオウである。第1層でもやりこめられた彼はユキに並々ならぬ思いを抱いているらしく、鼻息が荒い。何か失言すれば全てかっさらっていく勢いだ。だがユキは全く動じない。

 

 「そのために《アインクラッド解放軍》があるんじゃないのか? おっと、これが2つ目になるな。《はじまりの街》はデカい。1万人を収容できる広場から、1万人分の宿屋まである。ひと月の間希望者を匿って物資を支給して――圏外に出さないような配慮を求める」

 「それは……そうやけどな……っ」

 「もちろん死んでもいいなら放っておけばいいが、それならプレイヤーの安全は保たれると思うぞ」

 

 《アインクラッド解放軍》のキバオウ一派は過激派だ。今はどうか知らないが、《物語》では徴税と称してプレイヤーからコルを巻き上げる描写もあった。コルは惜しいのだろう。とはいえもともと低層プレイヤーの保護を目的としたギルドなので、ここで食い下がるのもおかしな話といえばおかしな話であり……キバオウは歯を食いしばり、後ろにいるシンカーに叩かれていた。

 

 もうユキに懐疑的な視線を向ける人はいなかった。うるさいキバオウを手なずけられる人材は貴重だからだ。

 

 「納得がいかない奴もいるかもしれないが、思い出せ。ラフコフはあのディアベルを殺した奴だぞ? 本来ならここに呼ばれてしかるべき実力を持つプレイヤーだったディアベルをだ。……大丈夫だろ、とか甘く見てると本当に全滅するからな」

 

 ユキは最後に毒を吐いてからプレイヤーの波に帰っていく。おぶられる僕はその力強い背中に安堵していた。――こんなバカみたいに強気なユキを見て、ようやくユキが帰ってきたという実感が湧いてきたのだ。

 

 それと入れ替わるようにヒースクリフが前に出る。

 

 「……ユキ君、ご苦労。私は事前にこの話を受けていたから、《血盟騎士団》としては全面的に賛成だ。シンカー君。低層保護の資金は我々も出そう」

 「あ……ありがたい」

 「《聖竜連合》もだ」

 

 その様子をユキはじっと見つめる。3ギルドの了解を得たと分かると、ほっとしたのが分かった。

 

 「じゃあ、その方向で。ラフコフ戦メンバーはまたおいおい決めていくとして、各自レベルを上げておけ。ちなみにヒースクリフ、目標は」

 「……70だ」

 

 ヒースクリフの冷酷な宣言に、攻略組は縮こまった。70は確かにきついものがある。僕が必死に攻略して進めた10層分を、同じ1ヶ月で追いつかなければならないということだからだ。確かにラフコフが最前線でレベリングするような猛者の集まりだったら、レベル70はマージン的に最低限必要かもしれない。

 

 「なるほどな。……おっ、ちなみに俺のレベル41だから、皆俺に負けるなよ〜」

 

 こうして、会議は幕を下ろした。最後のユキの発言には、そこら中から驚きと嫉妬、怒りがビシバシ伝わってくる。ユキには敵が多い。

 

 「……あ、あいつ死んだんじゃないのか……?」

 

 誰が言ったのか分からないけど、それについてはもっとユキを責めていいと思う……

 

 *・*・*

 

 「エネ、おかえりなさい」

 「あ、ああユイただいま……」

 

 家に帰ると、ユイが昼食を作っていた。そろそろと席につく僕の前に、美味しそうなスープがことりと置かれる。

 

 「このアカウントにも感謝ですね。エネに美味しい料理を作ってあげられますから」

 「……そういえば、ユイアイコンあるよね……」

 

 ユイの頭にはNPCを示す黄色いアイコンが浮かんでいる。前に緑のアイコンが出たのはユキのアカウントを利用していたからだけど、今黄色いアイコンが出ているのはよく分からない。

 

 「あ、これですか? どうにも変な感じはしないんですよね。あるべきところに戻ったというか」

 「……もしかして、正式サービスではNPCの扱いだったとか?」

 「そうかもしれませんね!」

 

 ユイは明るかった。キリトたちにも連絡がつかず、やっと帰ってきた僕も何も言わないというのに、ユイはそれを尋ねてくることはなかった。

 

 「何があったか、聞かないの?」

 

 僕はそれに耐えきれず、ユイにぽろりと聞いてしまった。ユイの手が止まる。

 

 「……最近アインクラッドで何かが起きていることはおぼろげながら分かります。エネが無理しようとしていることも」

 「ごめん……」

 

 ユイの肩は震えていた。僕はユイのために精一杯やってきたけど、僕の頑張りがユイを傷つけていることも何となく分かった。――僕もユキが頑張りすぎるのを見ると苦しくなるからだ。

 

 僕は席を立ち、ユイを後ろから抱きしめた。ユイを落ち着かせるためじゃなくて、僕が落ち着きたかったのかもしれない。

 

 「一月後に、殺人ギルドを潰しに行くんだ」

 「……死んじゃイヤですよ?」

 「まあ、あと一月あるし……頑張って力を付けるよ」

 

 ディアベルの敵討ちという理由にはしたくないけれど――と考えて、頭を殴られたかのような衝撃が貫いた。

 

 ディアベルは死んでしまったのだ。

 

 会議の緊張感に飲まれて、その重すぎる事実を流していた。絶望が僕の体に降り注ぎ、涙となって体から溢れ出ていく。

 

 「……うっ……うう……」

 「エネ……! どうしたんですか?!」

 

 僕とユキが《物語》に勝った証が、無惨にもむしり取られてしまった。僕たちが《物語》に抗おうなんて、無理な話だったのかもしれない。……そうしたら次はサチとケイタが……

 

 巻きついていた僕の腕を解き、ユイは僕を正面から抱きしめ直した。じんわりと暖かい感情が流れ込んできて、僕の冷たい絶望が薄まって――あるいはユイにも流れ込んでいく。

 

 「……エネは頑張りました。この1年、私はずっとエネのことを見てきましたから、分かります。辛いなら、もう頑張らなくていいんですよ……!」

 

 僕はその言葉に頷きそうになって、ギリギリ留まる。そんな様子もユイには筒抜けである気がした。ユイも僕みたいな気持ちなんだろうか。ユキが、無茶をするのは許せないけど、なんだかんだ言って無茶苦茶なユキはカッコイイし、憧れてしまうから、本気では怒れない――

 

 「……いや、大丈夫。ごめんね泣いたりして……僕は大丈夫だから……」

 

 全身全霊で涙を引っ込めて、頬を引き攣らせながらも笑う。ここで僕が諦めたら、本当に《物語》は終わりまで突き進んでいくだろう。

 

 《物語》に存在しない《僕》が、この城にいたという証がなくなってしまう。それは、嫌だ。ユイとユキと過ごした日々を、この城に刻まねば――僕のせいで犠牲になった人達も浮かばれない。

 

 僕は1人じゃ何も出来ないけど、今は沢山の仲間がいるし、ユキもいる。なら大丈夫だ。……きっと上手くいく。

 

 何より、ここで止まったらディアベルに笑われてしまいそうだ。




次話ユキとアルゴの閑話(?)を挟んでラフコフ戦に突入です。
本文に描写はありませんがこの二人はかなり仲がいいです。ベータからの腐れ縁ですので。

セリフが一部おかしくなっていたので修正しました


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25:その近道の向こう

25話です
あああああとうとう書き溜めと話数がずれてしまいました。この話一話で終わるつもりでした。

というわけでキリ悪いです。


 それからおよそ1ヶ月が経った。約束の日は明日だが、俺はとある圏内の草むらでどうしようもなく頭を抱えている。

 

 「レベルが上がらねえ……!」

 

 それこそ死に物狂いでレベリングした。エネを呼びつけてレベル以上の層で半ば寄生みたいな形の戦闘をしたり、アルゴに聞いた穴場に1週間ガチで篭ったこともあった。

 

 そのおかげか、あの会議から27もレベルを上げることに成功した。もー死ぬかと思った。だが、足りない。――現在のレベルは68。あと2。いや無理だ。

 

 「1年フイにした罰か……! いやでも俺は間違ってはいなかったはずだ!」

 

 あの会議で俺が話したことは概ね実現した。中低層プレイヤーの9割が《はじまりの街》に移り、《アインクラッド解放軍》を中心とした援助で安全に過ごした。おかげでPKによる死亡者はこの一月でゼロ。

 

 唯一上手くいかないのが、俺のレベルだったというわけだ。俺に負けるなとか啖呵切っておいて、俺がラフコフ戦に参加しないとか、カッコ悪いというよりダメなやつだ。

 

 と悶々としていると、さくさくと草を踏む音が聞こえてきた。それは近付いてきて、俺の隣で止まる。

 

 「ハイハイ。ユキは頑張ったナ。どーしても1人じゃ無理ってんならオネーサンが助けてやるヨ」

 「……アルぐふっ」

 

 思いもよらぬ声に顔を上げると、口に何かが突っ込まれた。嘔吐きながらアルゴの顔を見つめれば、アルゴは三本のヒゲを持ち上げてニヤリと笑った。

 

 口に突っ込まれたのは何かの焼串だ。やたらと美味いが、こういうのに限ってゲテモノだったりするんだろうな……聞かないでおこう。串を一気に平らげながら、俺はアルゴに文句を言う。

 

 「で、アルゴ何の用だ。俺は今絶望してるんだよ」

 「だから、いいクエの情報持ってきたんじゃねーカ」

 

 ぱちん、と視界に星が飛んだ。これまでもやたらとお節介焼いてくるタチではあったが、わざわざ出向いてまで俺に貸しを作りに来るなんておかしい。アルゴはそんな俺の様子を読み取ったのか不機嫌そうな顔になる。

 

 「当たり前だがタダじゃねえゾ」

 「わーってるよ。……いくらだ?」

 

 俺がコル譲渡画面をポチポチと操作していると、アルゴがずいっと顔を近づけて来る。急な事だったので仰け反ることも出来ず、アルゴの唇が俺の額に触れた。

 

 カチンと固まるアルゴを引き剥がして、俺は何事も無かったかのように操作を続ける。

 

 「……はい。で、いくらだ?」

 「ももももももういらねえヨ! 今のがお代ダッ! ……アレ?」

 

 アルゴは意味不明なことを言って自爆したが、まあそういうなら有難くコルを節約させてもらう。……にしてもキスなあ。一時期ネットを教えてませた景人がキス魔になったことがあった。そんなもんだろう。アルゴがいくつかは知らないが、多分成人してないしな。

 

 当のアルゴは俺があまりに動揺しないものだからぽかんとしている。俺は改めて不敵に笑って会話を続けた。

 

 「おおそっか。悪いな。で、どんなクエなんだ?」

 「報酬がレベルアップアイテムなんダ」

 「!? ……レベルアッ――」

 「静かにしロ。情報屋内でもこのクエは秘密ってことになってル」

 「だからって顔潰すな!」

 

 ワンテンポ遅れて反応した俺の口をアルゴがぎゅっと塞ぐ。容赦も何もなく握力で握りつぶされる顔がギチギチと嫌な音を立てた。アルゴのやつ怒ってやがるな。

 

 でも、秘密ってんなら俺にも言っちゃまずいんじゃないのか? アルゴもそのことに気付いたようで、すぐに気まずそうに手を離した。

 

 「………………オレっちも連れていけ。ユキはオイラの手伝いダ。それならいいだロ」

 「いいだろって言われてもなあ。まあ、俺としてもレベルは上げたいし……よろしく頼むぜ」

 「ああ、じゃ早く行くゾ」

 

 ……《SAO》でアルゴこんなキャラだったか? と疑問に思いながら、俺はアルゴの後を追った。

 

 *・*・*

 

 「ここ、ね」

 

 29層のとある崖にやってきた。迷宮区とは主街区をはさんで逆方向に位置していて、攻略組は気付きにくい位置だと言える。だからこそ情報屋内の秘密として成立していたのだろう。

 

 目下には大渓谷が広がっている。だが――少々精緻過ぎる気がする。いくらSAOと言っても、使われないマップはディテールが甘めになっている。そんな所まで作っていたらあっという間にサーバーがダウンしてしまうからだ。

 

 ああ何て言ったっけな。プレイヤーの目線に合わせてディテールが細かくなる仕組みがあった気がする。多分それと同じ感じだろう。

 

 この谷がやたら細かいのは、この下に降りるクエストがあるからなのか?

 

 「《不死の霊薬》っていうクエで、この谷にある《不死の霊薬》を探すのがクエスト内容ダ」

 「単なる探索クエか? そんなレアアイテムの対価にしちゃ簡単すぎね?」

 

 正確にはクエストの対価がレアアイテムなのだが、俺もアルゴもそれを指摘したりはしない。アルゴは俺の言葉に少し笑みを浮かべた。

 

 「この崖も探すのが大変だがナ、このクエの一番メンドイ所は、フラグ立てダ。そこの草むらを斬ってみろ」

 

 アルゴが指し示した場所には背の高い草がもうもうと生えている。なんら不審なところはないが、俺は草むらに入ったりといろいろ探してみた。が、やはりフラグらしきものは無い。すると、アルゴがイラつきだした。

 

 「斬れ、と言ったんダ」

 「ソードスキルでか?」

 「アア。なるべく広く斬れ」

 

 そう言われて、環境破壊反対、などと思ってもいない事を口にしながら《ホリゾンタル》を放った。草は綺麗に同じ高さで両断され、宙に舞う草の切れ端からどうしようない緑の香りが広がる。

 

 それが全て地面に落ちた時、何か違和感を感じた。アルゴがニヤニヤしながら草むらを指し示す。何も無かっただろ、と目で訴えながらも草むらを覗き込むと――

 

 「……あ」

 

 ――そこには白骨死体があった。錆びて風化したような鎧を纏っており、その真っ黒な眼窩が俺を見つめる……

 

 「いやいやいや無理無理無理俺死体無理なんだわ」

 「はァ?」

 

 さっきまでなかったよな! とアルゴに泣きついてみるものの、冷たい視線しか帰ってこない。――大の大人の癖にこんなものを怖がるとか情けないにも程がある! とでも言いたげだが仕方ないだろ!

 

 こちとら既に2回死んでんだ! 死体とかもうトラウマなんだぞ!

 

 なんて言えるはずもなく。俺は恐怖心を押し隠して骸骨のそばに座った。アルゴもそれに倣う。すると、ざわざわと草むらが揺れだし、その音に混じって人の声らしきものが耳に入った。

 

『無念だ……《不死の霊薬》をすんでのところで……』

 「……ひ」

 「どうしたんダ?」

 

 しわがれた老人の声だ。使い物にならない俺の代わりに、アルゴが会話を続ける。

 

『おお、旅の剣士殿……いやなに、ただの老いぼれの独り言さ……』

 

 だが、骸骨の声はそれきり聞こえなくなり、草のざわめきも衰えてしまった。ピコン、とクエスト受注のマークが視界端に浮かぶ。……まじか。ヒントこんだけ?

 

 「初見じゃクリアできないだロ。情報屋が総力を結集してクリアしたのもつい先日の話ダ。まあオレっちは直接関わったわけじゃないから何となくしか分からんガ」

 「………………」

 

 黙る俺をよそにアルゴは楽しそうだ。情報屋ってただの商売敵同士なんだと思ってたわ。たまには団結すんのな。俺はアルゴ以外の情報屋を知らないから何とも言えんが。

 

 「説明するゾ。まずここでフラグを取ったら22層の山奥の隠しダンジョンを突破すル。そこで手に入る暗号を読み解いて47層に向かい……」

 「47層?!」

 

 俺は仰天した。29層で受けられるクエストが、18も上の層で進むなんて誰が考えつくというのか。これは無理ゲーである。アルゴは話を遮られたというのに機嫌が良さそうで、俺が驚いたのが嬉しいと見える。――確かに第1層でアルゴと行動していた頃は、原作知識を生かして俺がガツガツ進んでいたからなあ。

 

 「そうダ。ちなみにそれを提案したのはオレっちダ」

 「変態的な勘だ」

 「……続けるゾ。47層に行ったらとあるクエストをクリアして、NPCから《不死の霊薬》の話を聞くんダ。ついでに地図をくれるからそれに沿って進むト……」

 「進むと?」

 「ここの谷底に着ク」

 

 俺の合いの手を華麗にスルーしたアルゴは、足元を見てドヤ顔をした。あー、そういうことね。だからやたらキレイな作りをしていたわけだ。

 

 驚かない俺にアルゴが不機嫌になる。

 

 「もっと驚けヨ。オイラがこれを見つけた時にハ大興奮したゾ」

 「いやだって、こんなに作りこんだ谷底が何も無いなんて思わないだろ……あそっか、って感じだが。それより、ここ直接降りれないのか?」

 

 アルゴが何か言う前に、俺はひょいひょいと崖を降り始める。ほぼ垂直に切り立っている崖だが、崖である以上多少の凹凸がある。それに手足をかけて降りていけば谷底についても良さそうなものだが。何より俺には時間がない。そんなお遊びみたいなことをしている暇はないのだ。

 

 「お、オイッ! ユキ無茶はやめロ!」

 「ある程度下ったら障壁に阻ま、れる、だろう……?」

 

 トン、と足裏が地面についた。……着いてしまった。下を見れば、上から見下ろした崖の底がある。層をまたいで駆け回って初めてたどり着ける最終章に、まさかこんな力技でたどり着けるとは。上ではアルゴがぷるぷる震えていた。

 

 「へえ、いいなこれ。ショートカット可か」

 「…………これは大発見だゾ!」

 

 アルゴも目を輝かせて崖を降り始めた。流石は敏捷値極振り、というか《軽業》スキルでも持っているのか、リアルだったらカリスマ登山家とか言われてしまいそうな身軽さで崖を降りる。俺は一応声をかける。が。

 

 「気をつけろよー」

 「…………ぐはっ!」

 

 ある程度まで降りると、紫の障壁によって崖の上まで戻されてしまった。……やっぱ本来はダメなのか。何で俺だけがすり抜けたのかは今は考えないでおく。というか心当たりしかないからな。俺はため息をつくと崖を登る。アルゴをおぶれば一緒にすり抜けるかもしれないし、もしダメでも崖上まで戻されるだけなら危険はない。

 

 「なんでユキだけが降りれるんだヨ」

 「さあな。ま、物は試しだ。掴まれ」

 

 ひょいと乗ってきたアルゴは屈辱に顔を真っ赤にしていたが、俺の知るところではない。ここでアルゴを置いていくのも(攻略本的な意味で)困るからな。耐えてもらおう。

 

 ずしりと背にかかる重みは、想像よりずっと軽かった。流石にエネよりは重い……なんて考えてたらアルゴに殺されそうだが、それに不覚にも驚いてしまった。

 

 「お前軽いんだな」

 「…………いいから早く降りロ」

 

 ひょいひょいと崖を下るが、どうしてもアルゴが弾き飛ばされたあたりで緊張が走る。俺も一緒に弾かれるならまだいいが、アルゴだけが弾かれたとなればかなり気持ち悪いことになるな。

 

 「一応受け身は取れるようにしておけよ」

 「分かっタ」

 「よし、行くぞ」

 

 2人でごくりと唾を飲んで足を下ろすと、障壁は発動せず問題なく進むことができた。ほっと胸をなで下ろし、ほどなくして底につく。

 

 何だか名残惜しそうにしているアルゴを背中から下ろしてジロジロ見てみるが、特に異常はなさそうだ。念の為チョーカーを使ってみたが、バグが発生した形跡はない。とその時、頭にキンと痛みが走る。何とか眉を上げるに留まったが……やはりこの力はプレイヤーには過ぎたものだ。無闇に使うのはよそう。

 

 「良かったな。ショートカット成功だ」

 「……わ、クエストログがちゃんと溜まってやがるゼ」

 「まじか」

 

 アルゴが楽しそうに見せつけてきた画面には、今まで無かったログが表示されている。クエスト情報の下に、1章から4章までの説明書きが追加されていたのだ。これはとことん都合のいい仕組み。

 

 眺めてみると《父親》とか《愛人》とかヘビーなワードが並んでいる。ああ、でも背景も何も知らないから、同情もできないな。ゲームでチート使う奴はこんな虚しさを常に感じているのだろうか。

 

 まあ、進もう。ストーリーはアルゴがうまくやってくれるだろう。

 

 *・*・*

 

 と思っていたのだが。

 

 「……なあこれ何なの?」

 

 目の前には息絶えた肉ダルマ。《ア・キング・オブ・ヘイト》という名の人形モンスターは、全身から黒い影を吹き散らして非常に厄介だったものの、俺の愛剣《転生剣(トランセイバー)》にかかれば紙切れも同然だった。そうだよな。本来47層レベルのプレイヤーが倒すことを予想して設計されたボスだからな。しょうがない。にしても弱かったな。

 

 なんで死んだのに消えないんだよ。明らかに何かストーリーがありそうだが、そのトリガーが何か全くわからない。俺は理解した。このクエストは難しいのではなくヒントが少なすぎるのだ。

 

 憤慨する俺に、アルゴの冷ややかな視線が刺さる。

 

 「……だからまずは話を聞けと言ったんダ」

 「へい」

 

 俺がクエストログから読み取った内容によると、骸骨とヘイトは長い間恋敵として争っていたようだ。その渦中の女性(おそらく47層のクエストと関係している)と骸骨が結婚したことに腹を立てたヘイトは女性に不死の呪いをかけタ。それを盾に離縁を迫ろうとしたのだろう。

 

 だが骸骨は諦めず、《不死の霊薬》を探し出して永久の生命をその女性と歩むと決めた。それにブチ切れたヘイトは骸骨から《不死の霊薬》を奪い、永遠の命を手にした……

 

 「……完全に私怨かつ自業自得?」

 「の割には楽しくなさそうだナ。気が咎めたのカ?」

 「んで、骸骨はその女性と暮らすために死んでも《不死の霊薬》を求めてるってわけか」

 

 結構目の前でディスっても目覚める様子のないヘイトにいらいらしつつも、どうしようもないので俺とアルゴは近くの壁にもたれて座った。何か考えないと。俺的には時間がやばい。ヘイトとの戦闘でレベルがひとつ上がったものの、目標までまるまる1レベル分残っている経験値テーブル的にレベルアップアイテムがないと厳しいのだ。

 

 俺が密かに覚悟を決めていると、アルゴがあっと声を上げた。

 

 「あ、でも47層のクエスト……《花畑の主》にはそんな成人女性は出てこないんだがナ」

 「やったことあるのか?」

 「おう。トリッキーなクエストで調査が捗ったゼ。……ア、知らないのカ。そのクエストアインクラッドで《縁結びチャレンジ》として大人気なんダ。その先駆けが《キューピーちゃん》と呼ばれるプレイヤーでナ?」

 

 くつくつと笑うアルゴが嫌な顔をしている。キューピーちゃん……な、何か覚えがあるぞ。

 

 「もしかしてエネ?」

 「よく分かったナ。エー坊ダ」

 「エー坊か……確かに坊やって感じだよな……お前がエネをあだ名で呼ぶほど気に入ってるとは思わなかった。仲良いのか?」

 

 何の気なしに聞いたことだったが、アルゴは目を泳がせてまあナ、と小さく呟く。後暗いことがあるというより何か後悔しているような顔だが。……聞かないでおこう。

 

 首に伸びかけた手を地面に戻す。こんなことで無駄に力を使うわけにもいかない。オレが無駄に葛藤する中、アルゴは視線を地に落とした。

 

 「3人のNPC少女が出てくるんだが、その女性の子供なんだそうダ。人間じゃなくて精霊という扱いらしイ。……父親もいないし可哀想な子たちダ。天涯孤独だロ」

 

 そういうアルゴの横顔が妙に透明に見えて、――ああコイツもなんだなと思うとともに、()()()()()()()と口走りそうになって直前で留まった。多分アルゴは俺とアスナの関係を知っている。……詮索されても困るし、無駄なことは言わない方がいい。

 

 「……まあ、SAOのクエストに後味悪いやつはほとんど無いし……ちゃんとクリアすればそいつらも報われるんじゃないか?」

 「……そうだナ」

 

 俺の拙い励ましにアルゴは微笑を浮かべ、俺の肩に頭を預けた。…………っはぁ〜。こんな事されたら他人とは思えないじゃねえかよ……頭をガシガシと掻き毟る。

 

 「何か辛いならまた俺に話せよ。相談くらいなら乗ってやる。……とりあえず今はクエスト進行を考えないと」

 

 俺の言葉にアルゴが返事を返そうとしたその時、どくんと何かが脈打った。それは今までピクリとも動かなかったヘイトの死体だった。よく見ると、近くに真っ黒な宝玉が落ちている。――今まで体の色と同化していて気付かなかったのか。あれが《不死の霊薬》……? どうして体外にあるんだ?

 

 どうにも嫌な予感がして後ずさる。

 

 「き、来たな……再戦か?」

 「検証ではこんな事態は無かったらしいからナ。何が起きてもおかしくないゾ……」

 

 その間にも黒い塊はどくんどくんと蠢き続け、あの宝玉が肉の塊に包み込まれた時――ビシャアアアンと黒い雷が轟いた。そこそこ離れていた俺たちの全身に鳥肌が経つほどの迫力だ。そして、のそりとソレが立ち上がる。

 

『貴様ら……我の話も聞かずよくも切り捨ておったなぁ……』

 「ヒ……」

 「やっべ」

 

 激おこである。瞳は爛々と赤く輝き、胸には先程まではなかった金色の宝玉がはまっている。どくどくと脈打つ血管と筋肉が、先程までの《憎しみの王》とは段違いの強さを持っていることを叫んでいる。

 

 そのHPは先程より2段増えて4段。固有名は――《ザ・ゴッド・オブ・ヘイト》。王から神に昇格しやがったのである。

 

 「《悪神ヘイト》……カ」

 

 だっせえ、とアルゴの呟きに悪態をつきながら、俺は剣を抜いた。




私のネーミングセンスの無さが光りますね!涙
かっこいい名前とか付けてみたいです……《断罪》もひでえって感じでしたね。ヘイトが動詞だという意見は押し殺してください。()

ちなみに《不死の霊薬》クエストの最後は、28層の片隅にある謎のダンジョンをひたすら登って、29層の谷底に着くという感じです。険しすぎる。そこにも中ボスがいますが名前は決めてません。もう出ないし。


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26:その依頼の向こう

26話です!
続きです!
サブタイ苦しい……!

あ、前話で言い忘れたのですが、アルゴの生い立ちや実名を勝手につけています。ご承知おきください。ええ。ヒロインかつキーマンなので。


 

 「……アルゴお前戦えんのか?」

 

 戦闘態勢を崩さずにアルゴを見やると、アルゴの顔色は芳しくなかった。

 

 「……いけないこともないガ、多分ユキの邪魔をすることになル」

 「買い被ってくれて有難いな。……なら下がっとけ」

 

 アルゴは素直に下がった。アルゴは原作通り攻略本を作りまくっているようだから、レベルやプレイヤースキルは一流だと見てい

 い。そのアルゴが気圧される程の力を放っているのが、この《悪神ヘイト》なのである。

 

 ヘイトはその様子を黙って見ていた。

 

『ふん、我の剣のサビになるのが一瞬遅くなるだけのこと。無意味だ』

 「……お前のキャラ謎だぞ。好きな人取られて癇癪起こすガキじゃねえか」

 

 ヘイトはこんな安い挑発にも激昂した。そりゃ、こんな短気な奴と好んで結婚したいとおもう女はいない。

 

『ふふふ、ははは……! そこの雌、《花畑》に《子供》が居ると言ったな……? ――誰だッ!! あの封印を解いたものは!!』

 

 あ、多分俺の弟だ。なんて言えなかったが、吼える度にバチバチと黒雷が散る姿はやはり恐ろしいものがある。やっぱ呪いかけてたのかー。好きな人だけじゃなくてその子供にも手を出したとか、いよいよ救えない。

 

『……お前らか。何故我の邪魔をする? 私の体に埋まる《不死の霊薬》を奪いに来たのか? あのアバズレの子供に誑かされたか? ――忌々しいあの剣士の遣いか?』

 

 ヘイトがそう言った時、俺の横を風が吹き抜けた。――アルゴだ。自分で無理だと言ったにも関わらず、飛び出して生きやがった。両手に装備したクロウを振りかざし、ヘイトに無数の赤線を刻む。――だが、そのHPは絶望的に削れていなかった。何より、あのアルゴが冷静さを欠いている。その姿には堪らず、俺も剣を構えてヘイトに突っ込んだ。

 

 「許さない! 親に残される子供の気持ちを考えろこの外道がッ!!」

 「アルゴ落ち着け! そんなんじゃ攻撃食らうぞ!」

 

 筋力値に全くステータスを振らないアルゴにとって、攻撃を食らうのは最も避けたいことだ。その彼女が今、口調が素に戻るほど我を失って暴れている。――なら、アルゴが死ぬ前に俺がこいつを切り刻んでやる。

 

 俺は色とりどりのソードスキルを放ちながら、段々とその間隔を狭めていく。――俺なら出来るはずだ。

 

 「うおおおおっ!!」

 

 ――システム外スキル《剣技連結》。原作でキリトが見せた《剣技連携》を片手でやろうというものだ。俺の人並外れた身体能力と目があれば、不可能ではない……のだが、今まで成功したのは数える程しかない。

 

 ソードスキルを《押して》威力や速度を乗せるという技術は広く一般的だ。ならば、ソードスキル中も僅かながら動けるということである。俺はその使用を逆手に取り、ソードスキルが終わる寸前、次のソードスキルのモーションに入り、技後硬直を打ち消す。それが《剣技連結(スキルチェイン)》である。

 

 2連撃……4連撃……

 

 アルゴも、俺が技後硬直なしに色の違うソードスキルを放ったことに動揺し、僅かに正気を取り戻したようだ。だが俺はまだ終わらない。

 

 この技術は勿論全てのソードスキルでできる訳では無いし、技後硬直を消去している訳ではなく、技後硬直の間にソードスキルで体を無理やり動かしているだけなので、やがれチリが積もって止まる。気力ではどうにもならない時間制限がある。だから、最初は技後硬直が短い技を使って時間を稼ぐ。

 

 「な……ユキ……」

 「見とけ」

 

 最後の左から右下への振り下ろしを感じた瞬間、剣先を僅かに動かして青色のエフェクトを発生させた。……繋がった。

 

 3連撃……3連撃……5連撃……

 

『な、なんだその剣はっ!!』

 「はは、AIにも変に見えるのか」

 

 AIらしからぬ反応を見せるヘイトに片頬を上げるが、俺はもう限界だった。練習でこれより多く繋がったことは無かった。まだ俺は……キリトにも届いていない。

 

 二刀流上級剣技《ジ・イクリプス》。27連撃という壁を、俺は超える。

 

 4連撃……5連撃……

 

 クソ、アルゴが後ろで何か言っているが、もう体を動かす余裕がほとんど無い。段々大技に繋げ始めたので、技単発の技後硬直も長くなってきた。あと1回なんだが……

 

 1撃。

 

 「あ」

 

 ミスった。勢い余って《ヴォーパル・ストライク》のモーションを取ってしまった。これは突進技だ。この後には何も繋げられない。――俺は血色の光条を引きながら、至近距離からヘイトに突っ込む。

 

『があああああああ!!!』

 「――うるっせえんだよ!」

 

 剣の柄までヘイトに埋まり、必死に抜いて技後硬直で空を舞う俺の視界には、まだ1本の半分を残すヘイトのHPバーが見える。

 

 やってしまった。《ヴォーパル・ストライク》はただでさえ硬直が長い。加えて《剣技連結》で積み重なった俺の硬直は、合計4秒にも上る。普段の硬直なら無理やり動くことも可能だが、これは何重にも重なった硬直であり――俺がぶち壊すには少々硬すぎた。4秒という時間があれば、俺はヘイトによって細切れにされてしまう。俺は目をつぶって叫んだ。

 

 「――アルゴすまん! 頼む!」

 「――――ッ!!」

 

 アルゴは俺の叫びに呼応するように、金色の光を散らしながら突っ込んでいった。スイッチだ。ああ。俺最高にかっこ悪い。結局27連撃で止まってしまった。《キリト》を超えるどころか、今の失態で大きくマイナスだ。

 

 酷使した脳により視界に星が散る。地面に何とか着地し体勢を立て直す頃には、アルゴが綺麗に連続技を決めていた。そこに何とか刃を捻り込んで――ヘイトは地に沈んだ。

 

『ば、馬鹿……な……』

 

 またもやポリゴンに還らずぐずぐずの肉塊に姿を変えたヘイトは、震えながら呪詛を吐き続けた。俺は疲労から座り込みそうになる体を何とか持ち上げ、ごろりと肉塊から出てきた宝玉を掴みあげる。

 

 俺がその宝玉を掴むと、その色は黒でも赤でもなく、綺麗な黄金色に染まった。

 

 「それが《不死の霊薬》だナ。……情報屋仲間によると、それ自体もかなりのレアアイテムらしイ。HP3万までの攻撃を肩代わりするとカ……」

 「げっ、それも大概だな」

 

 だから《不死の霊薬》入りのヘイトを殺すことが出来たのか。というより、アインクラッドの死がHPに依存しているということなのかもしれない。

 

 「これを骸骨に渡せば、レベルアップアイテムを貰えるんだな?」

 「アア。コイツの話なんて聞く価値もなイ。早く崖に戻るゾ」

 

 相当ご立腹のアルゴはくるりと身を翻して帰ろうとするが、ピッと立ち止まる。その視線は崖に向かっており……

 

 「……ああ、またおぶるから心配するな」

 「当たりまえダ」

 

 体を屈めてアルゴを背に乗せると、痺れを切らしたヘイトが最後の雄叫びをあげた。

 

『ははははは! それを受け取って第2の《悪神》となるがいい!! 我の野望は終わらな――』

 

 ぶつん。唐突に声が途切れたヘイトを振り返れば、そこには粉々に砕けたちっぽけな人骨があるだけだった。肥大した肉体は何処にもない。――あれが全部、憎しみだったっていうのか……?

 

 第2の《悪神》か……。彼もまた、憎しみという《感情》に囚われて身を滅ぼした被害者なのかもしれない……あんなに邪悪だった体がああもみすぼらしくなるところを見れば、《感情》に飲まれるということの恐ろしさがわかる。

 

 ぶるりと身を震わせると、耳元に声が降ってきた。

 

 「ユキ……私のせいで……」

 「……気にすんな」

 

 *・*・*

 

 「で、《不死の霊薬》をここに置くんダ」

 

 戻ってきた俺たちは、再び草むらを斬るはめになった。繰り返し出来る系のクエストだから仕方ないとはいえ、草の伸びる速度が尋常ではない。

 

 再び現れた骸骨を極力見ないようにしながら、俺は《不死の霊薬》を頭の前に置いた。……そういえばヘイトの死体は割合見ても平気だったな。やっぱり俺って奴は――と自嘲していると、骸骨がかたかたと動き始めた。

 

『おお! それは《不死の霊薬》……! まさか、本当に……』

 

 また草のざわめきと共に骸骨が喋り始めて俺は一歩後ずさったが、アルゴは逆に骸骨に近付いていく。

 

 「ヘイトは、これを持つものは第2の《悪神》になると言っていタ。お前はこれを使って何をするんダ?」

 

 話の流れ的に、これを使えば骸骨が生き返るのだろう。そして妻と子供の元へ向かう……ハッピーエンド待ったなしだが、アルゴは聞かずにはいられなかったのだろう。俺としてもそれは気になることだった。生き返ることは、並大抵の覚悟でやってはいけないのだ。――俺のように。

 

『……永遠の時を、彼女と過ごすと過ごすと決めたのじゃよ』

 「もう、その人は死んでいるとしてもカ?」

 

 アルゴの顔が悲しみに歪んだ。骸骨もその言葉を聞いて、暫し動きを止める。表情は見えないが、何故か穏やかに微笑んでいるように見えた。

 

『お主ら、娘達に会ったのか?』

 「ああ。《花畑の主》クエストをやったことがあル。3人の娘は元気そうだったガ、母親は――」

『いいのじゃよ。それだけ聞ければ満足じゃ。生きていれば必ずいつか会える。わしは愛を信じておるからの。――どれ、少しどいてはくれぬか』

 

 アルゴはおずおずとその場を離れると、骸骨はいよいよ砕けんばかりに振動を始め、――金色の光を放つと同時に肉体が生まれた。

 

 鎧も新品同様に煌めいて光を反射し、老人だと思っていた姿は若々しい。肉体は生き返り、その強い魂によって時間すら巻き戻してしまったのだ。

 

 黒い髪に精悍な顔つきを宿した青年は、青い瞳を輝かせた。

 

 「――ありがとう、旅の剣士殿。お礼と言っては何だが、これを受け取ってほしい」

 

 アルゴに手渡されたのは小瓶。中に金色の液体が詰まっている。どこに隠し持っていたのか検討もつかないが、それを聞くのは野暮というものだろう。これがそのレベルアップアイテム……俺はごくりと喉を鳴らす。アルゴは無言で俺にそれを渡した。

 

 「それを飲むと、霊力が宿ると言われている。いつかまた、どこかで会おう」

 

 そう告げると、青年は谷底へ飛び降りていった。第2の《悪神》って、まさか本当に――と顔を青くしたが、アルゴの顔が穏やかであることに気付いて落ち着く。

 

 「きっと、会えるよね」

 「……お前、さっきから感傷的すぎないか?」

 

 アルゴはむっと顔を顰めたが、だんだんそれが崩れてきて――泣き顔が見える前に、俺はアルゴを抱き寄せた。

 

 「辛いなら泣けよ」

 

 体が接触したことで、チョーカーがほんの少しだけ起動する。体に不調をきたすほどではないが、アルゴの中がいろんな感情でぐちゃぐちゃになっている様子が伝わってきて、俺は何も言えなくなった。

 

 どろりとアイツが見つめるのを無視して、俺はまた笑うのだ……

 

 *・*・*

 

 帰り道、俺はすぐにレベルアップを済ませてガッツポーズをした。目標達成である。だが、それをアルゴと分かち合うことは無かった。29層の主街区に帰るまで、アルゴは終始無言だった。心ここに在らずというか。

 

 抱き寄せた時も、泣いていた訳ではなかった。そんなアルゴを見るのは初めてで、俺としても扱いに困ってしまう。冗談で俺の部屋来るか? と聞いたところ、すんなり付いてきてしまった。

 

 いやまあこの状態でほっぽり出すのもどうかと思うけどよ……

 

 「お前まじか」

 「……うるさい」

 

 久しぶりに発した言葉が罵倒だったことに心なしか安心を覚えつつ、部屋に入る。その辺で買ってきた飲み物を渡すが、手をつける様子はなかった。うーん、俺も疲れたんだけどな。

 

 61層《セルムブルグ》は物価も地価も高いが、それだけあって宿の設備はいい。汚い部屋に女子を招くのは気が引けるが、ここなら別に罪悪感は湧かなかった。

 

 「とりあえず、ありがとな。ノルマ達成した」

 「クエストの新情報も得たし、礼はいらなイ」

 「……なあ、マナー違反ってのは分かってるが、ほんとに何があったんだ……?」

 

 いつも飄々としていたアルゴが、口調を忘れたりこんなにぼーっとしているのだ。ただ事ではない。こんな時に人を喜ばせる会話スキルを持たない俺は直球に聞く他ないのが悔やまれる。

 

 ひとえに、今世でまともに交流を持ったのがエネだけだからだ。誰であろうと、年下なら弟のように扱ってしまう。……だからモテないんだよな俺。

 

 「……私、お父さんとお母さんいないんだ。私が小さい頃に死んじゃった」

 

 とふざけていると、アルゴがまた素に戻る。その目は暗く濁り、俺の言葉なんて跳ね返してしまいそうな絶望が渦巻いていた。

 

 「それから親戚の家に預けられたんだけど、……何かね。やっぱり壁を感じちゃって。ずっと両親が恋しかったんだ。だから、……あの精霊たちのことを考えたら、勝手に体が動いて」

 「そうか。それは……辛かったな」

 

 アルゴが縋るように俺を見つめてくる。俺は強ばる手でアルゴの頭を撫でるが、アルゴも俺の変化には気づいたようだった。――俺は、アルゴだけは慰めることが出来ない。慰める言葉を持っていないのだ。

 

 情けなさと混乱と痛みで目眩すら起きそうになったとき、アルゴは俺の手を頭から外した。俺は恐怖に身を縮こまらせる。

 

 勝手に開く口を左手で押さえる。今手を離したらアイツが出てくる。――そうしたら、もう終わりだ。

 

 「ユキ。……私のために、泣いてくれてるの?」

 「……え」

 

 気付かないうちに、俺の目からも涙が流れているようだった。でも、多分これはアルゴの涙とは違う。そうか。口を必死に抑えて涙を流していれば……悲しみをこらえているように見えるのか。

 

 どこまでも醜い俺は、それに肯定を示す。すると、アルゴの心は土砂降りから曇天に移行する。もくもくと感情が溢れて、陽の光を遮っていた。

 

 「でもさ、それって……私のことを妹と思ってるから?」

 「な」

 「……違うよ。私は……私はユキの妹じゃない」

 「何言って」

 「お父さんとお母さんの話はね、嘘じゃないけど、私の中で整理できることだから。聞いてくれてありがとう。……でもね、私はユキのことが怖かったの」

 

 アルゴの目は真剣だった。灼き切れてぼんやりする脳に、アルゴの言葉が矢のように刺さる。

 

 「第1層でユキが死んだ時、私は何も出来なかった。何も教えてくれなかったよね」

 

 「その後は、ユキが残した攻略組を支えて、攻略本を作ったりした。……ユキの言う通り、ベータ以上、攻略組以上のクオリティを目指して毎日走ってたんだ。忙しすぎて悲しむ暇もなかった」

 

 「ユキが帰ってきたって聞いて、まず驚いた。ナーヴギアに殺されなかった人を見たのは初めてだったから。でも、ユキならやりそうかな、なんて思ってたの」

 

 「次に、嬉しくなった。エネくんの言ってた通りだった。……やっぱり、私にとってユキはヒーローなんだって、思った。私、第1層のあの1ヶ月がなかったら、今頑張れてなかったかもしれない」

 

 アルゴはそこまで話して初めて表情を緩めた。でも、アルゴが俺に向ける感情は、まだ深く絡み合っていて読み解けない。

 

 「でね、今は怖いの。ユキ、ラフコフ戦行くんでしょ?」

 「……言い出しっぺ、だしな」

 「……また、いなくなっちゃうんじゃないかと、思って……」

 

 アルゴの言葉に目を見開いた。エネ以外の人に、そんなことを言われるのは初めてだった。俺は動揺しつつ、安心させようとアルゴに手を伸ばして――

 

 「違う! 違うだロ……」

 

 ぱしっと手を弾かれた。アルゴの口調はいつもの作り上げたものに変わり、俺を憎らしいような悲しいような目で睨みつける。

 

 「だから、オイラは妹じゃなイ……! ねえユキ、オイラは女に見えないカ?」

 「急に何言ってん」

 「ユキのことが好きだかラ! オイラはユキのことをずっと待ってたシ、……心配してるんだヨ。そんな、誰にでも向ける目で、オイラを見ないデ。オイラは、ユキと同じところにいたいんダ」

 

 アルゴはそう言い切ると、ばたんと戸を乱雑に閉めて宿から出ていってしまった。俺はまだ働かない頭でアルゴの言葉を数分かけて咀嚼し、項垂れてしまった。

 

 「……なるほどな、俺はモテてなかったんじゃなく、周りを見ていなかったんだな」

 

 頬が焼けるように熱かった。




どうでもいいんですが、私よく変なトイレの夢を見ます。蓋の開け方が特殊だったり、便座がやたら高いところにあったり、入口が狭すぎて個室に入れなかったり……大抵汚いトイレなので非常に不快です。今日はそれに加えて知り合いにこの話がバレる夢を見ました。最悪の目覚めでした。

汚い話もうしわけありません。


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27:その洞窟の向こう

27話です!
本日2話目です!

最近悲しかったのは、PA〇MOが券売機に吸われたことです。初めて吸われたのでパニックに陥りました。無事帰ってきました。


「おはよう、ユキ」

「ああ……」

 

今日はラフコフ掃討戦会議当日。僕もこの1ヶ月でレベルを上げてレベル89になった。ここまで上げるとモンスターからの経験値にも相当絞りがかかるので、ひとつレベルを上げるのも至難の業である。ユキのレベリングにも付き合ったしね。

 

ただここにいるということは、一昨日の時点でレベル68だったのに、1日で2つもレベルを上げたのか。それはすごい……むちゃくちゃだ。

 

にしてはユキ嬉しそうじゃないな。上の空というか。……変なの。

 

 

 

「厳しいノルマを課したにも関わらず、これだけの人数が集まったことを嬉しく思う」

 

《グランザム》の《血盟騎士団》本部には50名ほどのプレイヤーが集まっていた。僕は自然とユキの近くに吸い寄せられていく。さっき会ったことすら覚えていないのか、僕を見るとちょっと複雑な顔をした。

 

「何かあったの? というかほんとうにレベル上げちゃったんだ」

「まあ色々あってな」

「ふーん」

 

うん。ユキから伝わってくる感情と僕のカンを合わせて、思い当たることがある。

 

「アルゴ」

「……その手には乗らねーよ」

「何かあったんだ」

 

ユキは『しまった!』という顔をする、ことにまた苦々しい顔になる。何か懐かしいな。こんな子供だましに引っかかるなんてユキらしくもないなあ。

 

でも、アルゴもとうとう動き出したってわけだね! いやあ僕応援しちゃうよ。

 

「まあ2人がくっつこうがくっつかまいが、今はラフコフだからねえ」

「……お前そういう事言うタイプの人間だったか……?」

 

うるさいやい。お互いにむくれていると、ヒースクリフが話し始めた。

 

「ユキくんから貰ったアジト候補地のリストを探ったところ、それらしき場所が見つかった」

 

ヒースクリフは《ミラージュ・スフィア》を使って、その層全体を映し出す。

 

全体的に岩場のフィールドで、マッピングも隅々までやり損ないそうなほどの小さな洞窟が沢山ある。その中のひとつに、ヒースクリフは印をつけた。

 

「ここだ」

 

どうでもいいんだけど、一度行った層を映し出すアイテムとは言っても、マッピングには利用できないわけだし――ヒースクリフはこんな無意味に穴を開けたみたいなマップを全て歩いて回ったのだろうか。想像すると面白い。

 

「とある小洞窟の安全地帯だが、ここは両方向に開けている」

 

その点まで画面を拡大すると、2本の通路を横穴が繋ぐ形で安全地帯があった。アルファベットのHのような形をしており、隊を4分割しないと逃げられてしまうような構造になっている。

 

「……」

 

ユキが顎に手をやって考え始めた。何か気になることでもあったのか。聞く余裕もなく、ヒースクリフの話は続く。

 

「ここには50人のプレイヤーがいる。12人ずつを通路に配置して、余ったふたりは――中央に飛び込んでもらう」

「何!」

 

声を上げたのはキリトだ。だが僕も同意である。あまりにも危険な役割。あのヒースクリフがプレイヤーを犠牲にする作戦をとるなんて……

 

「そして、その役目はエネ君とユキ君に任せたい」

「――――ッ」

「……だろうな」

 

僕もユキも何となく分かっていた。ユキは強いし頭も切れる。僕は《逆鱗》があるから、仲間と衝突すると危険性のある洞窟で戦うよりは、単独で行動した方が戦力になる。適任だ。だけど、その無機質な――ゴミを掃除するような目は何だ?

 

「そんな、団長……いくらなんでもエネ君は子供です」

 

アスナが非難するが、ヒースクリフは静かに一瞥しただけで言葉を止めない。

 

「エネ君は優れたプレイヤーだ。レベルも恐らく攻略組随一の高さだろう。攻略も鬼神のごとき速度で押し進めた。――この世界では、見た目など仮初に過ぎない。意志が大事なのだ。エネ君、答えを聞かせたまえ」

 

ユキを含めたプレイヤーの視線が僕に刺さる。ユキも心配そうに見ていた。

 

考えたことがある。《物語》でのヒースクリフの正体が《魔王》であるなら、――この世界では何なのだろう。順当に考えるならばNPCだが、あの茅場が途中でバレるような下手なことをするはずがない。魔王、世界を統べる王……そんなことを言えるのは、それこそ茅場本人ただ1人なのではないか?

 

ただの憶測だ。でも、無視していいほど荒唐無稽な話でもない。

 

その仮定で進んでも、茅場が僕達を排除したい思惑は分からない。《二刀流》を持たない僕たちが城を攻略するのが嫌だという理由かもしれない。――ディアベルが死んだように、本来《物語》に登場しない僕らはここで消えて、この世界の終焉には《物語》の軌道上に収束していくのかもしれない。

 

認めよう。僕らは邪魔者だ。でも、何もせずに《物語》の言いなりにはなってやるつもりは無い。

 

「もちろんやるよ。……僕がこの手で、決着をつける」

「エネが行くなら、俺が行かない道理はないな」

 

ユキがいるなら、何をしても全く怖くない。

 

*・*・*

 

その後僕ら以外の班編成を行い、ユキが《計画が漏れることも考えておけ》と釘を刺して終わった。あの場にクラディールはいなかったけど、物語でも裏切り者は誰なのか明らかじゃないみたいだし、十中八九漏れると見て間違いないだろう。だが漏れたとしても、準備期間が1ヶ月しかなかったことは有効に働くはずだ。

 

僕たちは50層《アルゲード》のエギルの店に来ていた。キリトとアスナもいる。

 

「キリト、久しぶりだね」

「第1層の時もこの面子だったな」

「1年以上経つんだね」

 

何となくしんみりする僕らに、ユキが不思議な目を向ける。

 

「随分仲良さそうだな」

「言ってなかったっけ? 僕1年くらいキリトと一緒に居たんだよ」

「お陰で子守りは得意になっ――」

 

キリトが無駄口を叩くので、僕は短剣をじゃきっと喉元に突きつけた。キリトが冷や汗をかきながら両手をあげたのを見て、ユキは意味ありげに頷く。

 

「いや本当に、俺は反省した。アスナの件もそうだが、全く周りが見えていなかった」

「お兄ちゃんがそんなことを言うなんて。あの時は周りなんて興味ゼロだったのに」

「……俺だって兄貴とはたまに喋ってたぞ」

「だから余計に嫌だったのよ」

 

アスナとユキの兄妹喧嘩は目に新しい。僕とキリトの脳内には、ユキとお兄さんの会話を陰から見つめるアスナの姿が浮かび上がる。

 

そこに、黒い影が近付いてきた。

 

「お前達、大丈夫か?」

 

エギルである。エギルの店は普段から人の入りが少ない。今はプレイヤーの大部分が《はじまりの街》にいるから、日中客が来ることはほとんどない。気を利かせた《アインクラッド解放軍》は、申請すればエギルたちのような商人プレイヤーにも多少援助してくれるらしい。だが、エギルはそれを断っている。エギルはほぼ攻略組だからね。

 

僕たちはここを今後の拠点にしようと密かに考えている。エギルには言わないけどね。お金も払わず入り浸れるなんて最高だ。

 

だが、エギルの言葉には4人とも表情が暗くなる。

 

「あの時エネが言ってたことが割と刺さった」

「上手く行けば完全包囲できるわ。殺すなんてそんな」

「暗い顔してよく言う。本音を言えば、アスナとエネには留守番していてほしいんだが」

「「嫌」」

 

人を斬った感触は忘れられるものではない。それでも僕らは黙って待っているということが出来ないのだ。大切な人が傷つくくらいなら、自分が身を挺して守りたい。

 

「大丈夫だよ。僕の《逆鱗》があれば、すぐに終わるさ」

 

欠片もそんなことを思っていない顔、というのはバレてしまっただろうか。エギルを含めた4人は僕の言葉に俯いてしまった。

 

*・*・*

 

そしてとうとう、その日がやってきた。夜中の3時に呼び出されたにも関わらず、僕の意識は冴え渡っている。

 

それは誰もが同じのようで、《グランザム》の転移門前に集結したプレイヤー達は、皆緊張した面持ちを浮かべていた。

 

「お前ら! ディアベルさんの仇を取るぞ!」

 

リンドが叫べば、《聖竜連合》の面々もそれに続く。掃討戦メンバーの中で最も士気が高い一団だ。

 

結局、掃討戦を主導したのは《血盟騎士団》であった。《聖竜連合》が怒りのままに仕切ることも不可能ではなかったはずだが、それを捨てても確実性を取ったのだ。《聖竜連合》の本気度は並大抵ではない。

 

「最優先は捕獲だが、もちろんHP全損もやむやしという気持ちで臨んでくれたまえ」

 

ヒースクリフだけは、いつもと変わらぬ様子だった。魔王なら人を殺すのに抵抗を覚えるはずもない……のだろうか。でもやはり、心なしか観察されている気がする。

 

すると、頭に手が置かれた。

 

「いいか、何かあったらすぐに逃げろよ。気分が悪くなったら特に」

「うん」

 

ついでわしわしと頭を撫でられながら、僕はまた考えた。――僕はどんな気持ちでここにいるのか。

 

人を殺したくないのか、殺したいのか。ラフコフは悪いギルドだ。何故なら人を殺すから。人を殺すことは悪いことで、許されてはならない罪である。でも、ならば、そんな人を殺すことは果たして悪いことなのか?

 

悪い人を懲らしめれば、僕はいい子になれるんじゃないか? いい子で待っていたら、きっとお母さんはまた会いに来てくれる。と考えて、頬をぱしっと叩いた。

 

「……ダメだなあ」

 

ひと月前にキバオウをなだめた僕が、全く同じ思考をしていることに気づいた。殺人を正当化することなどあってはならない。――でも、それでも僕はいい子になりたいんだ。

 

「……大丈夫か?」

「ねえユキ、悪い人にお仕置きしたら、僕はいい子になれるのかな?」

 

ユキの視線を感じた。ああ、そういえばユキにはお母さんの話をあんまりしていなかったなあ。お母さんは優しくて綺麗だ。また今度自慢しよう――

 

「では、ラフコフ掃討戦を開始する」

 

ユキの答えを聞く前に、ヒースクリフが回廊結晶を起動した。どこまでも無機質な瞳を持つ男がまず足を踏み入れ、プレイヤー達も次々と吸い込まれていく。僕もそれに続いた。

 

*・*・*

 

「静かだな」

「本当に、こんな所にいるの?」

 

犯罪者が。アスナは続きを口にしなかったが、そう疑いたくなるほど静かだ。アジトのある洞窟も、ふらっと足を踏み入れてしまいそうなほど自然で、殺人の気配など微塵もない。

 

「……キリト、アスナ、リンド、ヒースクリフ。列の殿につけ」

 

ユキは洞窟を睨みつけながらそう言った。H型の洞窟を包囲するため、人数の半分ずつをこちら側と向こう側に分ける。向こう側に動くのはヒースクリフとアスナが所属する隊で、既に動き始めていた。

 

ユキの頭には、あくまでこちらが追い詰められる展開が描かれている。だが、そこにヒースクリフが噛み付いてきた。

 

「理由をお聞かせ願えるかな。私は司令官として中心に居ようと思ったのだが」

「内側は俺達がいるだろ。ラフコフが外から囲ってきたらどうするんだ」

「ふむ」

 

ヒースクリフは少し考えたが、ユキの冷静さを買って従うことにしたようだ。どちらにせよ、《物語》ではヒースクリフはラフコフ戦に参加しなかったようだから、ここにもズレが出来ていることになるが……

 

動き出すヒースクリフを追って、アスナも駆け出す。こちら側には僕とユキ、キリトとリンドが列の先頭と最後尾として残っている。向こう側の先頭――中で僕と初めに出会うプレイヤーはエギルだ。

 

だが、この態勢にクラインは納得がいかないようで、ユキに詰め寄る。

 

「……他の奴らのことを信用してねえ様に聞こえるぞ」

「それはすまないな。だが、実力的に考えてそうなっただけだ」

 

そういえばユキとクラインには面識はない。キリトがユキの武勇伝を語って聞かせていたようだから、クラインの中にはユキが英雄のように祭り上げられているのかもしれなかった。僕も《はじまりの英雄》なんて呼んだりしているけど、ユキはそれだけじゃない。たまにゾッとするほど冷酷な目をすることもあるのだ。何かを守るためならなおさらである。

 

「……クライン。今そういうこと言う時間じゃないよ」

「……そ、うだな」

 

そういうクラインも、向こう側の隊の先頭で、ユキと鉢合わせする手筈になっている。平時なら絶対仲良くなれるはずのふたりなんだけどなあ。……ラフコフは僕達の心をかき乱すのか。

 

僕が少し悲しくなっていると、ユキが時計を睨みつけた。――ああ。

 

「時間だ」

 

向こうの隊も入口まで到達したようだ。僕達はさっと列を組んで洞窟に足を踏み入れた。

 

自然の洞窟は光源に乏しく、目を慣らしながら進むために自然と歩みは遅くなる。それに、入ってみればそこかしこから不気味な気配が漂ってきて、僕の脳がぐちゃぐちゃにかき混ぜられるようだ。

 

僕の《索敵》には、安全地帯に対して僕と丁度対称にある位置に赤点が打たれている様子が見て取れた。エギルだ。あと数メートルも歩けば安全地帯にたどり着ける。はずだが、やはり安全地帯には強力な《隠蔽》効果のあるアイテムでも置かれているのか、中の様子は窺い知れない。

 

僕たちがここまで入ってきたのに反応を見せないのもやはりおかしな話だが……これは、やっぱりユキの言う通り嵌められたとみていいだろう。とはいえ今退くのは得策ではない。アジトにも当然ラフコフメンバーはいるだろうからである。

 

僕がやることは、安全地帯にいるラフコフ団員を縛り上げて、黒鉄宮に送ることだけである。もし抵抗されても、《逆鱗》で押し潰す。ダメージは入らなくとも、抵抗させずに無力化するほどの馬鹿力は振るうことが出来る。――その覚悟はできている。

 

とうとうエギルと出会った。お互い1歩でも踏み出せば、ラフコフ団員から丸見えというギリギリに立っている。ユキはどうかなとメッセージを飛ばすと、ほぼ同時にユキからのメッセージも届いた。10秒後に突っ込む、とエギルに合図すると、僕は目を閉じた。

 

……2、1……0。

 

*・*・*

 

「大人しく投降しろ!」

「動くな!」

 

同時に部屋に飛び込んだ僕達は、瞬間的に違和感に気付いた。部屋にいたのは、縄で縛られた数人のプレイヤーだけ。ラフコフが捕虜を取るなどという情報はどこにも上がっていなかったが……交渉材料にでもするつもりだったのだろうか。その卑劣なやり口に歯をギリギリと鳴らしていると、ユキが溜息をついた。

 

「やっぱりなあ。回り込まれたか」

 

エギルたちも心配そうに部屋をのぞき込むが、事前に言ってあったために混乱は少ないようだった。ただ、ここにいないラフコフメンバーは今どこに居るのだろう。

 

「外だな。もしくは洞窟の中……か。回り込まれると良くない。全軍撤退! エネ後は頼んだぞ」

 

ユキがだっと駆け出すと、僕は捕虜を保護するために部屋の中心に足を踏み入れる。その時、捕虜のひとりが薄く目を開け、僕を見つめると口を動かした。

 

に……げ……ろ?

 

逃げる? 何から? と思う前にその顔に見覚えがあると考え込んでしまう。だから、反応が遅れた。

 

別の捕虜がゆらりと起き上がり、手に持っていた箱を開けたのだ。その瞬間、僕の耳を轟音が貫く。

 

「何だっ!!」

 

咄嗟に剣を構えるが、僕を待っていたのは――出入口が封鎖された光景だった。安全地帯にトラップがあるなどと聞いたことがないが、――こうして僕は閉じ込められてしまった。モンスターハウスか? とあたりを警戒するも、何かがポップする様子はない。

 

その余波の揺れが落ち着いた頃、女は俯いていた顔を上げてケラケラと笑った。こいつは、捕虜じゃない。――《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》メンバーの女だ。

 

「よーーうこそ《逆鱗》さん。私は《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》四巨頭の《ペコ》。《血吸いのペコ》よ、ヨロシク。ペコって可愛い名前よね。あっちの名前が宇部小夏だから、向こうではベコって呼ばれてるんだけど……ちょっとくらい可愛い名前にしても良いわよねえ」

 

ペコはベラベラと聞いてもいない薄い言葉を吐いた。澱んだという言葉では言い表せないほどの汚い感情のうねりに、眉間にシワがよる。ペコは何も言い返さない僕を気に止める様子もなく、ぎゃりんと曲刀を鞘から抜き、まるで腕を肘掛にかけるような気軽さで――人の頭を穿った。

 

ぐしゃり。おおよそ聞いたことのない音を立てながら潰れた頭から、赤いものが飛び散った。それは僕の手にも付着して、粘度を持って地に滴る。鉄錆の匂いが鼻を犯し、僕は噎せた。……え? 何で、こんなものが……

 

「――この世界は偽物なんだから」

「……」

 

ペコのカーソルはオレンジに染まったが、返り血を浴びるペコの姿と相まって、僕には真っ赤に見えた。

 

レッドプレイヤー。

 

その言葉が彼女ほど似合う人は居ないだろう。

 

ペコはそうそう、と言って僕に何かを伝えようとした捕虜の髪を掴んで立たせる。

 

「見覚えないかしら?」

 

その男性プレイヤーは、怯えるようにぼくを見つめる。その目。その装備は……

 

「《月夜の黒猫団》……」

「せいかぁーい! 原作通りギルドを破滅に導いた張本人、テツオ君でーす」

「……な……に?」

 

《断罪》が入れ替わったプレイヤー。僕もサチもケイタも、殺されたものだと決めつけていた。誰も《生命の碑》を確認しなかったというのに……

 

それが、こんな形で再会することになるなんて。

 

「何でバレなかったのかちょっと疑問に思うレベルだったけど、まあサプライズ成功ね! なんだか嬉しいわ!」

 

絶句する僕の前で、ペコは嬉しそうに笑っていた。




ひえー。本作最大最悪のグロシーン到来です。といっても流血くらいなので特に身構えないでください……あ、アンダーワールドはまだ分かりませんけど。さいきん進んでないなあ。

シリアス書きまくってるとたまにバカな話を書いてみたくなります。実は1話分オリジナルのやつを書いてしまいました……投下するかは未定です。


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28:その狂気の向こう

28話です!



\ペコペコ/


 

 「あら、原作ってところ反応しないのね」

 

 どさり、とテツオを床に落としながら、ペコは意外そうな声を出した。テツオは小さく呻いたものの、感情の乱れはない。――既に心が壊れてしまっていた。

 

 「ゲンサク? それは何?」

 「……っ、じゃあアンタは転生者じゃないの!? そんな、今まで私は何に――」

 

 ペコは数瞬動きを止めたかと思えば、曲刀の切っ先を僕に向けた。少しでも動こうものなら僕も《逆鱗》を発動して応戦するつもりだったが、ペコはそのまま動かない。

 

 だが、その剣から見えない腕が僕に伸びているように感じられた。その指が僕の首に食い込んで――

 

 「……ゲホッ、グホッ……何!?」

 

 反射的に払い落とすが、もちろん腕など何処にもない。首に残る気持ちの悪い感触が、僕の精神をぐずぐずに腐らせていく。

 

 ペコはそのままニヤリと笑った。

 

 「なるほどね。分かったわ。……私は、アンタ達風に言う《物語》を知っていて、本来はこの世界に存在しなかったはずの人間ってわけよ」

 「……だったらどうして! 《物語》の邪魔をするの?」

 

 僕はその場に蹲りたくなる気持ちを抑えて叫んだ。ユキの予測が当たってしまった。《物語》を知っているアドバンテージは大きい。だが、それが敵に回った時の恐ろしさも計り知れない……。

 

 「邪魔? フン、アンタ達こそ私の邪魔をしてるじゃないの!! 私のキリトを返してよ!」

 「キリ……ト?」

 「そうよ。……私とキリトの仲を邪魔するアンタ達を消すために、今日まで動いてきたわあ……アンタが転生者でないとしたら、その知識を教えたのはユキの方なのね? 本当にバカよ。全て私の手のひらの上ってことに気付かないんだから!」

 

 じゃあぜーんぶ教えてあげる、とペコは曲刀を傍らに刺して腕を組んだ。――完全に僕のことを舐めている。僕が話を聞かずに突っ込めば一瞬で殺されるというのに、それを微塵も気にしていないようだ。……自分の死すら織り込み済みという、ユキのような……

 

 と考えて首を振った。冗談でもこんな女とユキを同一視してはいけない。

 

 「まずは、そうね。一番新しい《ラフコフ掃討戦事件》から話してあげる。事の発端は――ディアベルが死んじゃったことよね! ああ本当に悲しい事件だった!! ディアベルの彼女としてはこの一月、毎晩枕を濡らしたものよ」

 「お前……!」

 

 全身の毛が逆立った。ディアベルを殺した、ラフコフって……!

 

 「ええ。私がサクッと殺してあげたわ。何かダイイングメッセージ? みたいなのやろうとしてたから、両腕を斬り落としたわね。それで、――アンタと仲間たちは怒り狂って、ラフコフを潰そうと思った……ラフコフを育てた私としては鼻が高かったわね。で、原作のリスペクトとしてクラディールを送り込んでみたけど、ユキはなーんにも警戒してなかったらしいじゃない。まあどっちにしても、なんなら元旦にここを攻めてきたとしても……私たちはアンタ達をねじ伏せられる用意はあったけれど」

 

 リスペクト? 事件? ペコの言葉から、この世界を本当に作り物だと思っているのが伝わってくる。数々の世界を冒涜する行為に、僕の神経が痺れてきた。

 

 「まあまあ落ち着いて。私の話はまだ終わりじゃないわ。なんでこんなことしたのか、知りたいでしょ?」

 

 ペコは僕に歩み寄ってきて、顎を掴んだ。血のように赤い瞳に吸い込まれそうになった時、既に僕が剣を手放していることに気付いた。

 

 「私ね、キリトを愛していたの」

 

 ペコの顔が歪む。

 

 「知ってるわ。キリトにはアスナがいるものね。加えて第1層の時点でそばにはアンタとユキがいた……邪魔だったわ。転生者が私以外にいるなんて聞いていなかったから。コボルド戦の時の贈り物、喜んでくれたかしら?」

 

 ペコが言うのは、僕とユキを分断することになったあの剣だろう。ユキの死が僕を揺さぶると分かっていて、わざとユキを狙ったのだ。――非力な僕は、こうしていつでも殺せると判断した上で。

 

 「外したけど、結果としてユキが死んで良かったわ。問題はそのあとね。――何アンタキリトに匿われてんのよ」

 

 ペコはそう言うと、ピックを取り出した。何を――と思った時には、左手を灼熱が貫いていた。

 

 「――――あ、っ」

 「ふふ、ふふふ、苦しみなさい。私の《鮮血剣》はこーゆー時に真価を発揮するのよ。痛覚と流血エフェクトの再現……ああなんて残酷で不幸なユニークスキルなの? こんなのを持っているだけで私は日陰者じゃない。でも、影のある美少女ってステキよね。ああ、そんな私をキリトだけが分かってくれるの――」

 

 この1年と少し、久しく感じていなかったリアルな痛み。右手からはじくじくと血が溢れ、神経を痛みの電気信号が掻き鳴らす。恍惚とした表情のペコは、血に濡れた手のひらを顔に擦り付け、自分の顔を赤く染めていた。

 

 「あの時のキリトの顔はホントに美しかった……♡ ビーター宣言の時の顔、今でも記録結晶に納めているもの。ほらこれよ、見て」

 

 ペコが僕の目の前に突き出してきた結晶には、キリトの苦しみに歪む顔が映されていた。ユキという親友を失ったキリトの顔が――美しいだって?

 

 「狂ってる」

 「うるさいわね」

 「――い゛っ」

 

 「そのあとの《月夜の黒猫団》事件はメインイベントだったわね。その弱小ギルドが全滅したあとの《キリト》に惚れたのよ、私。だからつい楽しみになっちゃって、いつ潰れるのかなと思ってキリトのことを観察し始めたりしたの。そうしたら、キリトったら私のことを感じ取って怯えちゃって……可愛かったわ……♡ あ、アンタも同時に消そうと思って、《断罪》っていうギルドを立ち上げたの。私の邪魔をする者を《断罪》する、ってね。なかなかいい名前でしょう? あの3人は、ずーーっと《隠蔽》と《索敵》を上げさせていたら《偽装》なんて神スキルを手に入れたものだから、計画は捗ったわ。……なのに」

 

 僕の手に3本目のピックが刺される。もう手は細かく痙攣を繰り返すばかりだった。

 

 「アンタは死ななかった。それどころかサチを生かすなんて邪魔をして、――キリトの病みイベントをフイにしてくれたのよ。冷めたわ。ホント冷めた。フラフラ外周区にキリトが行くものだからチャンスがあると思って追いかけたけれど、拒絶されたのよ。――――アンタのせいでっ!!」

 

 もう言葉も発しなくなった僕に、続けて2本のピックが打ち込まれる。僕のHPは7割程度まで減っており、これが続けば間違いなく命の危機に陥ると頭の遠いところでぼんやり思った。

 

 「だから作戦を変更したの。アンタを何重にも殺すことにした。もう私は死ぬわ。こんな嘘の世界にマジになっちゃって恥ずかしいわ。――で、アンタが頑張って《生かした》ディアベルに近付いたってわけね」

 「やめ……ろ……」

 

 何重にも殺す。――僕の心を折るということだ。僕があれだけ人殺しを忌避していると知っているならば、その方法は一つ……

 

 「何となく察したかしら。この部屋は特殊なトラップになっていてね。……あ、間違っても安全地帯じゃないわよ。クラディールに嘘の情報を伝えるようにお願いしておいたから。そのトラップって言うのは――」

 

 そこまで言うと、ペコは後ろに刺しておいた曲刀を持って近付き、僕の左手首を切り落とした。

 

 「ああああああああっ!!!」

 「あーいい悲鳴ね。これがキリトのだったらもっと良かったのに。――トラップって言うのは、この部屋にいるプレイヤーがたったひとりになるまで、あの扉が開かないというやつよ」

 

 吹き出す血を抑えるように右手で左腕を抱え、蹲る。――なんなんだ! このスキルもペコも……! 目と耳から入る情報に、脳が悲鳴を上げる。何かを吐こうとして胃が痙攣するが、当然仮想の体に吐瀉物など詰め込まれていなかった。

 

 「この剣を持ちなさい」

 「嫌だ……いや……」

 「これで私を殺すの。アンタは罪人になるのよ」

 

 罪人……?

 その言葉に、僕の何かが切れた。

 

 「何であんたみたいな殺人者を殺して、僕が悪い子になるの」

 「……そうねえ、ならないかもしれないわね」

 

 痛みに霞む視界の中睨んだペコの顔は、愉悦に歪んでいた。――コイツ、僕のことを完全に分かっている……さっきの腕か? あの腕が僕のことを読み取ったとでも言うの?

 

 その時、《逆鱗》が発動した。僕に触れていたペコにダメージが入り、飛び退く。

 

 「った……! 何よアンタも痛覚再現できるの? そういえば転生者でもないのにユニークスキル持ちなんて、よっぽど愛されてるのね!」

 「うる……さい……死ね……」

 

 僕の中では激情と冷たい殺意がせめぎ合っていた。このまま《逆鱗》に飲まれてもいいとも思った。ペコの差し出した剣は受け取らず、地面に転げた僕の剣を掴みあげる。いざ振り下ろさんとした時、知らない声が聞こえてきた。

 

 ――冷静になれ。殺すなら逃げるな。

 

 「くう……うっ」

 

 《逆鱗》の声だ。それに気付いた僕はギリギリのところで理性を失わずに済んだが、逆に興奮が落ち着いたことで、血が抜けて痛みに冒された体は鉛のように重くなる。どしゃりと血溜まりに沈んだ僕を、ペコはつまらなそうに見つめていた。《逆鱗》は解けた。

 

 「……あーあ」

 

 *・*・*

 

 物凄く重いものを引きずったような音がして、今しがた俺が出てきた部屋は岩に閉ざされてしまった。

 

 「は?」

 

 中にはエネと捕虜が居たはずだ。思わず振り返るが、そこに鋭い声がかかる。

 

 「おいユキ! エギルから救援要請だ!」

 「まさか向こうにラフコフが」

 

 こちらは俺が呆けていた事からも分かるように、ラフコフメンバーは誰一人いなかった。――二重に嵌められたのだ。4つに戦力を分割させておいて、叩くのは片方。少ない戦力を袋叩きにすることでラフコフは俺たちに数の優位性を取ったのだ。

 

 向こうにはキリトがいる。今後のストーリー的にも、キリトはここで三巨頭と因縁を持たなければならないが、かといって俺の独断で分断させて弱体化させた攻略組を放っておいていいわけがない。

 

 「くそっ!」

 

 未だ状況を理解できないこちら側のプレイヤーを引き連れ、俺は向こう側へ向かった。洞窟の外に出ると、そこは地獄絵図だった。どうにか攻略組は狭い洞窟から外に戦場を動かすことに成功したようだったが、数に圧倒的な差があり、こちらのものか、向こうのものかは判断出来ないがポリゴンの弾ける音も聞こえる。

 

 原作より早く作戦を決行したのに、ラフコフの戦力は明らかに過剰だった。まるでこうなることが分かっていたかのような――

 

 と考えて気付いた。ラフコフに転生者がいることはもはや確定だが、その転生者が、このラフコフ戦をログイン直後から構想していたとしたら……準備期間1ヶ月、などと浮かれていい問題ではなかった。

 

 そんな残虐な人間はいない、などと思い上がっていた俺の責任だ。

 

 「ふっ! ユキっ! スイッチ頼む!」

 「――っ、ああ!」

 

 そんな俺の思考を辞めさせたのは、鋭いキリトの声だった。反射的に片手剣を振り抜き、仮面をかぶったプレイヤーと相対する。――《赤眼のザザ》。キリトと因縁の深いプレイヤーだ。だが俺はここで硬直した。それはザザにも読まれた。

 

 「ふ……どう、した。まさ、か、《はじまりの、英雄》のお前、が、恐怖を」

 「うるせえな」

 

 ぶつぎりの聞き取りづらいセリフを、ソードスキルで押し切る。直ぐにキリトがスイッチで戻ったものの、俺の頭は非常に困惑していた。

 

 ここで万が一俺がザザの印象に残ることがあったら、《死銃》事件はどうなる。俺はもうこれきりだ。SAOを終えたらVRに関わるつもりはほとんどなかった。……アスナを助け出すのには噛む必要があると考えているが。せいぜい就職先に考える程度であって、まさかGGOにまで手を出す気は無い。

 

 「ユキ! 気をしっかり持て、スイッチ頼む!」

 「くっ」

 

 また考え込む俺を、キリトが叱咤する。ザザのHPはまもなく注意域だ。まずい。あの台詞を俺に吐かれたりしたら非常に困るのだ。

 

 「考え、ごとか? ……《ペコ》の、言う通り、だな」

 「ペコ?」

 

 聞きなれない名前を聞いたことで、俺は本格的に気が緩み、ザザが懐に入ってきた。

 

 「――それも、言っていた」

 「う、うおおおおお!!!」

 

 だから、俺は本気で剣を振るってしまった。突進技を使ったのか俺に対して垂直に構えられたエストックを、俺の《トランセイバー》が真上から叩きつける。すると、エストックはポリゴンとなって消え、その流れで俺の剣はザザの体を斜めに切り裂く。

 

 それだけでザザのHPは注意域に落ち込み、背後にいたプレイヤーとスイッチして交代してしまった。

 

 「……ユキ、キリト。お前らは、あとで、ちゃんと殺す」

 

 去り際のザザは、フードの奥から真っ赤な目を光らせていた。俺はもう……終わった。ああ、GGOまで関わらなきゃいけないのかよ。無理だよ。もう俺には何の原動力も――

 

 「ふざけんじゃねえよ!!! キリト行くぞ!」

 「……っ!」

 

 俺たちは幹部でもないラフコフを瞬間的に麻痺させて捕らえた。次の敵も二人で圧倒するつもりだったが、向こうの司令官は俺とキリトを一緒にしてはいけないと学んだようだった。そこでお互いに違うプレイヤーと剣を合わせたことで、キリトとは分かれる。

 

 ところで、その次の敵というのが《ジョニー・ブラック》その人だったのだ。

 

 「あはははは! ペコちゃんの言う通りだ! お顔は綺麗だね!」

 「死ね」

 

 耳障りな声とともに、毒々しい色の短剣を振り回す。俺も毒武器をいくつか携帯してはいるが、毒の扱いではコイツにかなうはずもない。ついでにいえば、キリトはコイツと因縁を持ったことで《アンダーワールド》に招かれたのである。

 

 ラフコフ戦に参加した時点で多少は覚悟していたが、こうも俺を《物語》に縛り付けてこようとする姿勢にはいささか矛盾を感じる。……まあ、自分から菊岡と関わった時点で無理ってもんか……

 

 俺は黄色の燐光を散らしながら、剣を振り上げた。

 

 「さっきからペコペコ何言ってんだよお前ら」

 「あはは! 知らないの? テンセーシャって言うらしいよ!」

 「……やっぱりな」

 

 隙あらば掠らせようといやらしい軌道を描く短剣を避ける。翅がないのでALOのようにはいかないが、3次元的な動きを多用する戦闘は――脳がぶすぶすと煙をあげているように感じる。

 

 だが、剣を交える中で俺はこいつの心理を少しずつ読み取り始めたようだ。純粋な快楽だけを追い求めるジョニーに、俺は一つ質問を投げかける。

 

 「お前、ここから出たら何するんだ?」

 「えー! ヤダヤダ出たくないよぉー!」

 「……」

 

 ジョニーは毒を使った戦闘をメインとしている。だから個としての戦力はそこまでではない。俺のチョーカーの力を使った見切りの前に、毒剣は意味をなさない。浅いが数の多い傷はジョニーのHPを蝕み、とうとう黄色に転ずる。

 

 だが、

 

 「……いいねぇ! ユキ強いねえ! 絶望する顔が見たい!」

 「化け物が」

 

 ジョニーは全く怯むことなく剣を振るった。それに一瞬気圧された俺は、振り下ろされる剣を微妙に受け損じる。俺の腕が、思い描いた軌道より僅かに下を通り、ジョニーはそれを弾いて――

 

 俺に生まれた明らかな隙に、その剣を刺した。俺の腕から《トランセイバー》が弾き飛ばされる。視界に麻痺を示す雷のアイコンが浮かんで……

 

 ジョニーは狂ったように笑う。

 

 「あはははは!! ははは! はは、毒いいねえ、それ最強の毒――」

 「黙れ」

 

 俺はギリギリと歯を食いしばると、取り出した剣をジョニーに振り下ろした。麻痺を無視した行為に、脳細胞がぶちぶちと弾ける音がする。――用意しておいた麻痺剣だ。レベルは4で最強の毒ではないが……後は誰かが……

 

 「あええ? なんで?」

 「〜〜〜〜ッ」

 

 俺は首に走る熱に声もあげられなかった。

 ――今のはこれが……クソ、使いたくなくても発動するのは面倒だ。全く菊岡もなんて爆弾を付けてくれたんだ。

 

 どさりと倒れた俺は暫く動けず、その間にジョニーは捕獲された。

 

 目の前が、赤く染まっていく気がした。

 

 *・*・*

 

 「ねえー、早く私を殺してよ」

 「……」

 

 仮想世界だからなのか、左手首からの出血は止まる気配を見せない。だが、流血ダメージは既に止まっていた。そのおかげで、HPは危険域一歩手前で踏みとどまっている。また剣を振り下ろされれば流血状態になるのだろうが、何故か血が出続けている今は流血状態ではないと判断されているようだった。

 

 血が抜けて体がだんだん冷たくなっていく。現実では腕や足がもがれて生きているというのは、傷口が圧力で圧着されていたりする場合が多いらしい。剣でスパッと切られて切り口が綺麗なこの世界においては、僕の体の血が抜け切るまで、この寒気は増し続けるのだろう。――死ぬのか?

 

 「ねえったら……私を殺して……」

 

 ペコは意識が朦朧とする僕を揺り動かす。その際に傷口に指を突っ込んできたので呻きながら顔を上げると、絶望に染まったペコの顔が見えた。――何故か、すっきりと憑き物が落ちたような顔をしていた。真っ赤に血塗られたオーラが消えていたのである。

 

 「今更……後悔でもしたの?」

 「バカじゃないの? 私は間違っていないわ。間違ってるのはこの世界の方よ」

 「……そんなこと言ったら、僕は」

 「うるさいわね。……こんな偽物の世界のために、マジになってるの?」

 「僕にとっては、偽物じゃないから」

 

 ペコは僕の言葉に顔を真っ赤にして、ピックを右手にも刺し始める。再び流血ダメージが入り始め、流石に僕も動揺した。

 

 「あは……アンタ達はいいわよね。こんな苦しみを知らずに生きていけるのよね。――感じたことないでしょ? 世界に受け入れられてないっていう気持ち。私は邪魔者なんだっていう気持ち」

 

 ある、と言いたかったが口が動かなかった。転生……というものはよく分からないけど、《物語》の知識を得たことで自分の行動が世界にどう影響したのかが明確にわかる様になった。改善したつもりが回り回って改悪されていたり……それを打ち明けられる相手がいたから、僕はギリギリ精神を保っていられたのかもしれない。

 

 ペコにはそれがなかった。

 

 「本当の始まりはそこなのよ。この世界をかき回したら、みんなが私のことを覚えるわ。キリトなんていう主人公に名前を覚えてもらうだけで、私は未来永劫みんなの記憶に留まれるの。多分ユキもそうよ。アンタも知ってるでしょ。ユキのやってること、大体無意味なのに――やり口が派手だから」

 

 僕はハッとした。ユキが体を張る動機は、僕がずっと知りたかったことだ。それと同時に、兄の皮を被ったユキの奥底に、どうしようもない孤独が眠っていたことに気付かされる。

 

 「初めは楽しかったわ。ゲームを荒らすだけで世界に受け入れられた気持ちになった。でも、段々分かっちゃったの。この世界に息づいている人間がいるってことにね。ユキを逃したのは失敗だと思ったけど……うん、今はここにいるのがアンタでよかったわ。さ、殺して頂戴。アンタの過去に、私を刻みつけて」

 

 ペコはそう言うと、地面に倒れ込んだ。理由は分からなかった。気力が尽きてしまったのか、今まで体を動かしてきた狂気が抜けてしまったのか。それと同時に僕の流血も収まり、貧血のような症状も緩和された。

 

 ――ユニークスキルが解けた? というよりこれは……

 

 「ああ、終わりね。私は見放された」

 「どういう……」

 「いいから殺して、この()()()

 

 力なんてほとんど篭っていない声なのに、それは僕の体にずどんと響いた。僕は震える手で剣を握ると、ペコの喉笛を切り裂いた。当然血は出なかった。

 

 最後まで何かを呪うような目をした彼女の姿は、――間違いなく僕の脳に刻みつけられてしまった。




/ペコペコ\

ペコちゃん書いてて楽しかったです。ようやく生きた転生者複数タグ。しかし一瞬で退場。ああ、再登場させたいなあ。なんか可哀想なキャラ付けしてしまったけど、この作品随一の頭おかしい子でした。20話以上暗躍し続けて活躍は一瞬。まるで蝉のような女の子でしたね……()

この作品においては原作に修正力があるので、原作と違う展開には必ず転生者が関わっているんですよね……そういう意味でもペコちゃんは惜しい人材でした。これからユキさんに頑張ってもらわないと。


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29:その犠牲の向こう

29話です!
明日明後日は更新できないかもしれません!

未成年がお酒を飲む描写がありますが、ゲームの中だということでご容赦ください。けして未成年の飲酒を勧める意図はありません。


 僕はよろよろと起き上がってポーションを口にくわえた。結晶を使わなかったのは、回復を言い訳にして暫く何もしたくなかったからだ。

 

 こうしている今も、テツオの痛々しい視線が僕に刺さっている。

 

 テツオは地面に落とされた時に手足の縄が解けたようで、僕に歩み寄ってきた。

 

 「エネ……久しぶりだな。っつっても1回しか会ったことないか」

 

 左手の部位欠損が回復した。僕は現実から逃げるように頭を抱える。テツオの声に負の感情が全く乗っていないのが、不気味だった。あのとき逃げろと言ったのは、自分が死ぬトラップを起動させられるからではなく、僕に死んで欲しくなかったからだったのだと訴えるようだった。

 

 「俺はペコみたいなこと言いたくないんだけど、どうか殺しちゃくれないか?」

 「……そんな」

 

 テツオから逃げるように体を動かすが、僕よりレベルが遥か低いはずのテツオは、僕の体を掴んで離さない。

 

 「なあ、ペコの話聞いただろ? もう俺かアンタか、どっちかしかここから出られないんだよ」

 「なら、僕よりテツオが」

 「……俺がここから出ても、サチ達を向こうに返してやれないだろ」

 「……僕が出たってそうだよ。もう……疲れた」

 

 それきりどちらも話さなくなってしまったが、しんと静まり返った部屋には外の戦闘音が入り込んできて、嫌でも皆が血を流していることを想像させた。

 

 そういえば、テツオはサチ達のことを知っているのか。――この数ヶ月、彼はどんな仕打ちを受けてきたのだろう。

 

 「……俺、あれからラフコフにずっと捕まってたんだが、……まあ拷問って言って差し支えない扱いを受けた。毒武器を打ち込まれたり、それこそペコのスキルの熟練度も、俺であげたと言っても過言じゃない」

 

 テツオはそう語るが、――それを辛い体験だとは思っていない様子だった。僕の同情を引いて、自殺を手伝ってもらいたいような――

 

 「はは、これは嘘じゃないが、ここから出られたとしても自殺すると思うぜ。……だから、少しでも未来があるエネがここから出るべきだ。なあ、頼むよ」

 

 テツオは僕の持つ剣を自分の胸に突き立てた。僕は剣から手を離すことも出来なかった。――離した瞬間、あっという間にテツオは自殺するだろう。少しでもテツオをこの世に留めておきたくて、僕は言葉を紡いだ。

 

 「……ぼ、僕に……復讐とかしないの?」

 「確かにな。アンタ達が《断罪》アジトに来た時、俺はそこにいたよ。《隠蔽》アイテムをかけられて隠されていた。……ペコはこうなることも予想してたんじゃないか? 生き残った俺が、こうして今アンタの心を折ろうとしてる……」

 「テツオがそうなったのは……僕のせいじゃないか……! なら、僕を殺すくらい考えてもいいんじゃないの……?」

 

 あの時僕は《偽装》スキルの存在に思い付き、すぐに27層に向かった。僕の《索敵》スキルは当時からかなりの高水準だった。あのままもう少し見ていれば、……テツオは発見できてもおかしくなかった。

 

 だが、そうしていたら、サチとケイタは助けることが出来なかっただろう。それが、僕の心をみしみしと踏みにじっていた。

 

 「俺もラフコフに毒された、ってことかな。俺の死がサチとケイタを守ったんだ、って考えると少しだけ涙が出てくるんだ。だから、俺はここで終わりにしたい。……サチとケイタの恩人を踏み越えていくだけの強さは、俺にはない」

 「そんな……」

 

 テツオは一筋の涙を流した。心が砕け散ったテツオが唯一見せた《感情》である。もう僕には断る選択肢はなかった。

 

 いや、待てよ。こんな時のために、あのアイテムがある。これなら、2人してここから抜け出せるかもしれない。

 

 だが、僕が迷っている一瞬の隙をついて、テツオは剣を自分の体にめり込ませた。精々レベル30少しであるテツオのHPは、レベル90に迫る僕の攻撃力の前に一瞬で黒く染まる。

 

 「あ、あ――っ!」

 「……へへ、サチとケイタに伝えてくれよ。今までありがとう。サチのこと好きだったぜ、って――」

 

 だが、僕は諦めなかった。テツオの辞世の句を聞きながら、必死にとあるアイテムを実体化させる。――《還魂の聖晶石》。テツオが一回死んでから蘇生されれば、もしかしたら扉は開いてくれるかもしれない。

 

 「《蘇生:テツオ》っ!!」

 

 体がみるみるポリゴンに変わるテツオは、僕の左手に握られる虹色の宝石を見て、僅かに目を見開いた。だが、――体の崩壊は止まらなかった。

 

 「はは、そんなものがあるのか。俺よりキリト辺りに使ってや――」

 

 弾けた。テツオは蘇生されることなく、この世界から姿を消してしまった。ポリゴンの残照が僕の視界を揺らめかせる。剣にかかる重みも、テツオから発せられる深い諦観も、もう何も無かった。

 

 僕は現実を受け止めたくなくて、アイテム欄を開く。結晶アイテムの並ぶ辺りに指が止まるが、そこには使用不可を示す表示が並んでいた。

 

 ――結晶、無効化空間。

 

 「ああ、あああ……」

 

 待ってよ。コレは結晶ではないじゃないか。僕は乱れ狂って虹色の宝石を投げようとするが、べっとりと手にくっついて離れない。《逆鱗》が発動して部屋を真っ赤に染めるが――僕が落ち着くことは無かった。

 

 

 

 暫くして、ペコの言う通り扉が開いた。もうその時にはラフコフ戦はほぼ終わっているようだった。慌てて駆け込んできたエギルは、僕を抱き上げると顔を顰めた。《逆鱗》でダメージを負ったのだろう。何故か《逆鱗》を解くまでにかなりの労力を必要とした。――おかしいなあ。《断罪》の時と負けず劣らず、僕は今絶望しているというのに。むしろ《逆鱗》が解けなくなっているなんて。

 

 エギルに礼を言うつもりで顔を見上げると、エギルの頭上にはオレンジのカーソルが浮いていた。――ああ。

 

 僕の視線に気付いたのか、エギルはくしゃりと表情を歪める。

 

 「……やっぱり重いな、エネ。お前は強い。……なあ、ユキの様子がおかしくてな……見に行ってやってくれないか」

 

 僕はふらふらと洞窟を出た。

 

 *・*・*

 

 ユキ。

 

 ペコの話を聞いたことで、僕はユキの秘密を知ってしまった。どうして隠していたのか。ユキに秘められた苦しみは一体どんなものか。はたまた、全てペコの妄想なのか。

 

 こんな死に体の僕を一人行かせたエギルは、僕の気持ちが分かっていたのだろうか。どちらでもいい。――ユキに頭を撫でてもらわないと、僕は今すぐにでも砕け散ってしまいそうだった。

 

 ラフコフ団員が次々に縄で縛られていく中、ユキは腹に剣を加えこんだまま丸まって倒れていた。だが、その姿に違和感があった。

 

 言いようのない不気味さがユキから漂い、近付こうとするプレイヤーは頭をかきむしって離れてしまうのだ。僕は顔を顰めながらも、ユキに1歩ずつ近寄っていく。

 

 ユキは僕の顔を見ると、微かに微笑んだ。

 

 「……ボロボロじゃねえか」

 「ユキだって」

 

 ユキに刺さった短剣を引き抜くと、ユキは小さく呻き声をあげた。僕は直ぐに回復結晶と解毒結晶を使う。その時に、僕の頭に血塗られたユキの姿がイメージされて、恐ろしくなって抱きついてしまった。ユキの肩に顔を埋めると、ユキの首が異様に熱を持っていることがわかった。

 

 「それ……」

 「……悪いな。何でも分かっちまうんだ。ペコって奴から俺のこと聞いたんだろ?」

 「テンセーシャ、って……」

 「ああ。まあな。……別に特別なものでもなんでもねえよ。ちょっと前世の記憶があるだけだ。……《物語》の記憶は、そこから持ってきたものだ」

 

 ユキは玉のような汗をかいていたし、僕もユキから発せられる波のようなものでめまいを起こしていた。それが、ユキが感じている痛みだと認識できた時、危うく意識が飛びそうになった。

 

 このままでは2人して意識を失うことにもなりかねない。

 

 いつものユキに戻れ。……そんな熱に浮かされたような目をしないでほしい。

 

 「あとで、話を聞く」

 「もちろ――」

 

 僕はユキの返事を待たずに、思いっきり額に頭突きをした。《逆鱗》を発動させ、僕の《感情》を思いっきりユキに押し付ける。

 

 「――って! な、何すんだよ!」

 「……おまじないだよ」

 

 視界にチカチカと星が瞬き、遅ればせながら僕にも痛みが走る。だが、ユキの目はいつもの澄んだものへと戻り、不気味な気配はなりを潜めた。

 

 *・*・*

 

 それは壮絶な戦いだった。

 

 攻略組からは10名、ラフコフ側は20名の死者と、36名の捕虜を出して終わった。取り調べはその日の夕方まで続き、無事に全員黒鉄宮に移送された。

 

 討伐隊も半分近い人数がオレンジとなり、心身ともに疲弊した僕達はその後の会議さえも開くことは無かった。

 

 すぐに《アルゲード》に帰ってしまったユキをよそに、僕はオレンジのカーソルを戻すためにカルマ回復クエのある場所に向かっていた。これはあらかじめヒースクリフが情報をくれたもので、現在利用できるクエストの中で最も手っ取り早いらしい。

 

 本当にヒースクリフの知識の深さには驚いてしまう。実は茅場だ、という予想もなかなか馬鹿にできない。

 

 そこに、キリトが追いついてきた。僕はキリトの顔を見て、すぐに顔を逸らしてしまった。――紛れもない絶望が、その顔に張り付いていたからだ。

 

 《物語》の通りに獅子奮迅の働きを見せて ……殺したのだ。

 

 キリトはそんな僕の肩を掴む。僕の目線に合うようにしゃがみ込んで言った。

 

 「早いとこ、クエストやろうぜ。みんなエギルの店で待ってる」

 

 

 

 クエストは滞りなく進み、2時間ほどで終了した。……こんなに早く終わっていいのだろうか。ラフコフが壊滅した今だからこそ、ヒースクリフは情報を僕達に渡したのかもしれない。

 

 もう夜だ。

 

 日が昇る前から働き続け、精神的にも肉体的にも限界を迎えていた僕はすぐにでもアルガードに帰りたかった。だが、キリトに呼び止められる。

 

 「アスナがユイも連れてくるってさ。……今日くらい皆で過ごそうって。お前も俺も酷い顔だ。――何があった? 話を聞かせろ」

 

 キリトが示すのは僕の左手だ。まだ手から離れてくれないらしい。そう告げると、キリトは持ち前の筋力値で見事剥がしてくれた。そのまま、僕に返そうとするキリトの手を拒む。……僕なんかが持っていても、それはうまく使えないだろうから。左手は痺れていて、暫く動かせなさそうだった。

 

 《還魂の聖晶石》を持っていたのだから、それを使おうとした――つまり誰かを助けようとして、助けられなかったということはキリトも察したようだ。

 

 「うん、ダメだった。あんなに生きる希望を失った目は……見たことがなかったよ」

 

 テツオの、という部分は伏せた。なんとなく言わない方がいい気がした。こんなやるせない結末に、キリトを巻き込むことはない。――僕だけが知っていればいいと思った。

 

 キリトは僕の頭を撫でた。ガリガリと、僕にのしかかった瓦礫が削られていくようだった。

 

 「エネは間違ってない。俺は、感情のままに剣を振るって……殺したよ。お前が言ってた事だ。呆気ないもんだな。……そして、お前がずっと苦しんできたことか、と思ったよ」

 「……うん」

 

 暫く何も話さなかった。でも、キリトが自分より僕のことを気にかけていることは伝わってくる。それが、まるでユキみたいで……僕はキリトの腕を払った。

 

 「ごめんねキリト。もう大丈夫だよ」

 「そ、そうか」

 

 僕は笑えているのだろうか? この痛みが風化する時は、来るのだろうか?

 

 *・*・*

 

 「終わった〜」

 「おい」

 

 エギルの店に入ると、ユキとアスナとエギル、何故かクラインまで来ていた。ユイは付いてきたものの、うとうとしていたため奥で寝ているらしい。クラインはタダ飯を食べに来たらしい。素直じゃないな。……きっとキリトや僕を心配して来たのだろう。

 

 僕を呼び止めようとするキリトに、一筋の閃光がぶつかる。

 

 「キリトくん……!」

 「何だよ大袈裟だな」

 

 アスナはもう泣いていた。殺人はしなかったようだが、隊の殿を務めていたようだしかなりの激戦を潜り抜けたはずだ。

 

 キリトは憎まれ口を叩きながらも、アスナをけして離そうとはしない。アスナもキリトも、それを見ている僕達も明らかに無理をしていた。

 

 僕とキリトに気づいたエギルは高そうなお酒を取り出す。じゃぶじゃぶと笑顔で揺すって見せてから、ジョッキで僕達に渡してきた。

 

 「俺とクライン以外は未成年だぞ……」

 

 ユキはじとっとした目をしていたが、既にクラインと仲が良さそうだ。というか、現実ではユキだって僕にお酒を勧めたくせに。

 

 僕は、その不思議な香りのする液体を前にかちんと固まってしまった。いや僕未成年だし……

 

 「いいだろう。――こんな日は酒に溺れて、早めに忘れるのが一番だ」

 

 エギルがそんなことを言うと、見た目も相まって凄く深いことを言っている気がする。未成年にお酒を勧めているだけなんだけどね。

 

 僕がうだうだしている間に、皆ぐいっとジョッキを傾けた。乾杯の音頭はない。キリトは傾けすぎて頭から被り、全身真っ赤になっていた。アスナと僕は恐る恐る口に含む。

 

 アスナは別に平気そうだっけど、僕はその一口だけで顔がかあっと熱を帯び、ふわふわした気分になってしまった。これがお酒か。飲めるようになるまであと5年。……気付かないうちに年を重ねていたんだなあと思う。

 

 「……キツいなこれ」

 「茅場は酒豪らしいな」

 「なんつーかよぉ、リアルを思い出すな」

 

 ユキは酒のキツさに顔を顰め、クラインは早くもジョッキを空にして、酔いが回ったのか泣き始めていた。泣き上戸は面倒臭い。

 

 ユキも顔を赤く染めていた。僕に酒を勧めることはあっても、こんな風に酔うほど飲んでいる姿は初めて見た。

 

 思えば、ずいぶん遠い所まで来てしまったものだ。

 

 出会ってから6年ほど経つというのに、僕の知らないユキはまだたくさんいた。今日もそうだ。アインクラッドでは僕にユイという妹ができたり、竜に変身したり、人を殺した。ありえないと思っていた友人と呼べるような人も、たくさん出来た。

 

 「最近、……現実世界のことをあまり思い出さないんだよね。びっくりした。初めの頃はあんなに帰ることばかり考えていたのに……」

 

 アスナの言葉に、誰もが同意した。この世界こそが現実である気がしてきていたのだ。――あるいは、そう思わなければ今まで生き残れなかったのかもしれない。

 

 現実の僕は、ユキがいないと人と話すこともできない子供だ。剣を振れば解決するわけじゃない複雑な世界――それが現実である。

 

 「最初帰りたかったのは、この世界をどこかで偽物だと思ってたからだよな。もちろんあっちに帰りたくない訳じゃないが」

 「……」

 

 ユキは喋らない。何かを深く考えていた。

 

 「お兄ちゃんはVRゲーム――SAOをやるために、現実であんなことをしてたんだよね?」

 「……まあな」

 

 あんなこととは? という皆の視線に答えて、アスナは少し話した。

 

 「リアルの話になるんだけど、お兄ちゃんは私を含めた家族に目もくれず、ゲームとバスケばっかりやってたのよ」

 「勉強もお前より出来た」

 

 兄妹らしいやりとりに、クラインの目付きが悪くなる。僕もびっくりしたからね。まさか《物語》の登場人物とユキが血縁関係にあったなんて。よく見れば、2人は似ている。キリトは酒でビシャビシャな服をそのままに、大きく伸びをした。

 

 「ま……人も殺したし現実で復帰できるかわからないけど……俺は妹に会いたい」

 

 僕はギョッとした。分かってはいたけど、キリトにも現実の肉体はちゃんとあるんだ。キリトは《キリト》であって《キリト》ではない……僕は思わぬ不安に駆られて口を開いた。

 

 「ねえ、現実の僕達ってどうなってるの……?」

 

 ユキがびくりと反応する中、キリトが解説した。

 

 「茅場の言う通りなら、一時期あった回線切断の時期に病院に運び込まれて――ってユキに聞けば済むことか」

 「あ、ああ……俺とエネは少なくとも病院にいたぞ。訳の分からんジェルベッドに全裸で寝かされてる」

 

 その答えにアスナはひっと声を上げた。確かに生きる以上汗とかかくだろうし、服は邪魔なのかもしれないけど……嫌だな……想像したくない。それを目の当たりにした上で再び戻ってきたユキのハートは鋼鉄だ。

 

 「病院ってことはさ、()()()()とかお見舞いに来てくれてるのかなあ?」

 「――――っ!!」

 

 ユキが目を剥いて僕を凝視した。あ、もしかしたらお母さんと会ったのかも。様子を聞こうとしたが、それに被せるようにアスナが口を開けた。

 

 「寝たきりでギアもつけっぱなしなんでしょ? 痩せ細ってるのかなあ。あ、髪が伸び放題だとしたら、キリトくんかなり女の子になってるね」

 「……その方面はあまり考えたくないな」

 「……身長伸びてるといいな」

 

 僕の言葉には誰もなにも返さなかった。この間の時点で、ユキにチビだと言われたから、もう結果は分かってるよ。でも僕は諦めない。

 

 現実世界の話はタブーとされている。普段できないからこそ、お酒の回った今はみんなの口は止まらない。

 

 「ああー、もう1年以上会社休んでんのかあ。帰っても働き口あるかぁ?」

 「俺はどうだかな。あの店が潰れてたとしても……もう1回やってみたいが」

 「へえ、エギル店やってんのか」

 「ああ。《ダイシー・カフェ》っていう喫茶店だ」

 

 エギルの言葉に僕とユキを除く全員が驚く。

 

 「えーマジか、エギルが」

 「エネとユキはサービス開始の日に、ウチに来たぞ」

 「ちょ、エギル……住所バレそうだからやめて」

 「あ、すまん」

 「いいじゃない。……クリアしたら、エギルのお店に集まりましょうよ」

 

 その申し出は非常に魅力的で、全員が目を輝かせる。……オフ会って言うんだっけこういうの。

 

 エギルは照れくさそうに頭をかいた。

 

 「まあ、そういう事なら《ダイシー・カフェ》が残ってることを祈るよ」

 「はあー、クラインじゃないけど、俺も帰ったら高校どうするか決めないとな」

 「……う、私も」

 「……僕もだね」

 

 僕は中学3年生だから、このまま秋にゲームクリアされた場合、ギリギリ受験に間に合う。普通の高校は厳しいかもしれないけど、何とか高卒は出来るはずだ。

 

 向こうに帰ったら、人見知りを直して、……学校に通って、たくさんユキとお母さんに褒めてもらうんだ。

 

 そう1人で頷いていると、ユキと目が合った。いつになく透明な目をしている。

 

 「……エネ、ちょっと来い」

 

 何だか、いつもと違う声色だ。それに酔いが冷めた僕は、リアルの話に花を咲かせる皆から1歩引く。席を立つユキを追って、僕達は夜のアルゲードを歩いた。




ラフコフ編クライマックスです。
ようやくアインクラッドの終わりが見えてきましたね。
お分かりかも知れませんが、このアインクラッドでは圏内事件は起きません笑 エネたちを関わらせる方法が分からなかったので。ラフコフ壊滅後ですし。

そして長いですねえ。


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30:その交差の向こう

30話です!
過去最長です
明日は本当に無理です。()無理無理詐欺という訳わかんないことになってますが汗


 

 ごちゃごちゃした印象のある《アルゲード》の街も、少し郊外に出てしまえばのどかな風景が広がっている。ところどころ舗装された道と、それを食い破らんとする草のせめぎあいを見ながら、僕はユキに問いかけた。

 

 「……急にどうしたの?」

 「お前、まだ母親のことを」

 

 春の夜はなんだか落ち着かない。雲もなく星空が一面に広がる景色は絶景だが、どこかぬるいような冷たいような風が、人の手のように僕の頬を撫でていく。

 

 ユキが聞いてきたのは、お母さんのことだった。ああ、現実できっと会ったんだ。……みんなの前で話しづらいこと、なのかな?

 

 「やっぱりお見舞いに来てくれたんだね! どう? お母さん綺麗でしょ?」

 「……お前にとってあの女は何なんだ?」

 「何って、お母さんだよ? 僕はね、お母さんに会うために向こうに帰りたいんだ。……お母さんとユキに褒めてもらうために、今までいい子でいようと頑張ってきたんだよ」

 

 ユキが信じられないという顔をして一歩下がり、躓いたのか尻餅をついた。何かに耐えるように頭を抑えている。僕はばっとユキに駆け寄る。

 

 「大丈夫!?」

 「……俺は、向こうでお前の母親に会ったよ」

 「うん……何か言ってたの?」

 

 ユキは俯いたままそう言った。僕はそれに頬が緩む。ああ、やっぱりお母さんは優しいままだったんだ。僕のことを心配してくれているんだ、と嬉しくなる。――あの幼い頃の記憶は、何かの間違いだ。

 

 だが、ユキはそんな僕を否定するように肩をがっしと掴んだ。

 

 「ちょっと、体調悪いの……?」

 「俺は迂闊だった。お前にとって両親って言葉は()()だと思ってた。恐れてると思ってたんだ。だから話を聞こうともしなかったが……違うんだな?」

 「……地雷って。違うよ。お母さんは優しくて綺麗で、……僕はお母さんのことが()()()なんだ。だから、――あの時置いていかれて、凄く辛かった」

 

 ユキは僕の言葉を聞いて、何かを言おうと口をぱくぱくさせている。理解ができない、というぐちゃぐちゃした感情が僕に流れ込んできた。

 

 ――まただ。また人の感情が、僕に流れ込んでくる。

 

 「俺が死んだ直後の話だ。お前の母親が病室に来ていて――お前の首を絞めていた」

 

 ひゅう、と風が吹いた。生暖かいそれは僕の首にまとわりついて、吐き気が込み上げてくるが――

 

 「首を絞める……って、こういうこと?」

 「……ぐ、ぐあっ……」

 

 僕はユキを最上級に()()()()()。でも、僕は小さいから完全に抱きしめることは出来ない。お母さんは僕に腕を回した上でこうするのだけど、僕は腕を回すことは出来なかった。――指の1本1本をユキの首の血管に押し当て、どくどくと息づく脈を全身で感じ取る。

 

 ユキは暫く呻いたあとで、僕を力任せに引き剥がす。――これは僕の中で神聖なものだ。まだユキにもユイにもしたことがなかった。ユキは首を擦って、僕のことを睨みつける。

 

 「……ゲホッ、そ、そうか……そうだ。それはな、憎くて憎くてしょうがない相手に向かってやる事だ」

 「嘘だ。お母さんは毎週僕を――」

 「カーソル見ろよ。……お前オレンジだぞ。お前の母親はな、お前が憎くて憎くて仕方ないんだ。……殺そうと、してたんだぞ?」

 

 カーソルのことを気にする余裕はなかった。ただ、僕の心が、これ以上ユキの言葉を受け付けてはいけないと警報を発していた。ユキは震える僕を見て更に畳み掛ける。

 

 「お前にはな、あっちに居場所はないんだよ。向こうに戻ったら、入院費がかさんだっつってまたボロボロにされるぞ」

 「……ぅ、そんな、こと」

 

 耳を塞いで蹲るが、ユキから透明の腕が伸びてきて、僕の脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。その中から押し込めてきた記憶をつまみ出して、僕の目の前に叩きつけた。

 

 おかあさん。

 

 お母さんが僕を見つめる目は、――どれも昏い光に満ちている……。

 

 でも、じゃあ僕はどうしたらいいの? お母さんは僕のことを嫌いなの? じゃあ誰が僕を愛してくれるの……?

 

 声になるかならないかの声量でブツブツとうわ言を呟く僕の手を耳から剥がし、ユキは恐ろしいくらい優しい声で囁いた。

 

 「でもなあ、俺も同じだ。俺も、ここから出たら、……居場所はおろかやることも何も無い」

 

 ハッと見上げたユキの顔は、狂気に満ちていた。そこに、ペコの顔が重なって見えたのだ。その瞳は赤く紅く染まって――

 

 「だから死ね」

 「――――あああっ!!!」

 

 ユキは目にも止まらぬ速さで、剣を僕に突き刺した。麻痺毒のバッドステータスを食らい、そのままユキに倒れ込む。その傷口からは、真っ赤な血がぼたぼたと垂れていた。

 

 麻痺を同時に受けたからか、左手を切断した時より痛みは少ないものの、心臓が脈打つのに合わせて出血と強烈な不快感が僕を襲う。このスキルはまさか――

 

 「《鮮血――》……ゴフッ」

 

 思いっきり血を吐きながら言った言葉に、ユキは目を大きく開く。

 

 「知ってるのか? ああ、ペコって奴が持ってたのか。戦いが終わってスキルを見てみたら、熟練度MAXで入ってたよ。……でも、勝手に発動するのか……ごめんな? 痛いだろ……?」

 

 ユキは僕の血を浴びながら、僕の傷口を撫でさする。その刺激も全身に痺れが来る程の痛みと衝撃だが、ユキの目はあくまで僕を労わっていた。

 

 僕の頭はどうにかなりそうだった。

 

 「さっきも聞いてきたな。俺が転生者かどうかって。ああそうだよ。俺は転生者で、この世界がデスゲームになることを知っていた。その上で、――お前をここで殺すために連れてきた」

 「……ぐ……あ……」

 

 ユキは剣を僕の中に捻りこんでいく。ユキの感情は、美しいまでに《愛》に染まっている。ならば、この行為をさせているのは、《鮮血剣》の狂気なのか――?

 

 僕の目から、よく分からない涙が滴り始めた。痛みで冷静になった頭には、ユキの熱に浮かされた言葉が染み渡ってくる。それが、僕の希望をもぐ腕となっていく。

 

 気付くと、僕のHPは危険域にまで落ち込み、やがて0になっていた。だが、何故か僕の体は消えない。

 

 「僕……は、いらない子なの?」

 「向こうではな。考えてみろ。お前に俺以外の味方がいたか?」

 「……いない、かも」

 

 僕はユキの都合が合う限り、すべての時間をユキと過ごした。学校にもほとんど行かず、ユキに勉強を教えてもらっていたのだ。ユキが大学に入ってからは尚更だ。

 

 「それに比べてこっちではどうだ? お前がずっと憧れてきたキリトがいて、お前を慕うユイがいて、さらにお前は二つ名まで貰って有名人だ。今、幸せだろ?」

 「……」

 

 指先の感覚が無くなる。だんだんとポリゴンになっているようだった。――ああそういえば、僕もう死んでるのか。

 

 今僕が現実に帰ったとして、何が出来る? 人見知りを直して、学校に行く。――そんなことをするくらいなら、ユキと一緒にいた方がいいんじゃないか? 僕はもういい子でいる必要はないのだ。それを認めてくれるはずだったお母さんは……それを求めてはいなかったのだから。

 

 今でさえ、《逆鱗》という力がなければ、僕は攻略組に名を連ねていられないような存在だ。何も出来ないただの弱虫なのである。

 

 それを考えると、今の生活がどれだけ満ち足りているのか。

 

 「うん。幸せだよ」

 「だろ? だから、お前を向こうに還すのが忍びなくてなあ。よかった。――お前は、この世界で幸せを見つけられたんだな」

 

 ユキはそう言うなり剣を抜いて、僕の腹を何度も刺した。もうHPは残っていないけれど、そこにはユキの愛がこもっているように感じた。

 

 ああユキ。君はいつだって僕のことを考えて動いてくれていたんだね。

 

 

 

 「ユキ、今までありがとう。そんな優しいところが……大好きだよ」

 

 

 

 *・*・*

 

 エネの血に濡れた唇がその音を紡いだ時、俺は我に返った。真っ赤に塗りつぶされていた視界が、春の夜らしい瑠璃色に染まる。目隠しを急に取られたように、俺の体は揺らいだ。

 

 目の前には末端から紐解けていくエネが、安らかな顔で眠っている。――これでいい。良かったはずだ。

 

 「……なんだ、これ」

 

 ただ、訳もなく涙が頬を伝った。首を振り、俺も後を追うために《トランセイバー》を取り出す。

 

 その時、空気をぶち抜くような声が俺に襲い掛かった。

 

 「《蘇生:エネ》ェェェェェ!!」

 

 俺に向かって突進してくる黒衣の剣士は、左手で剣を弾き飛ばす。月の光を反射して煌めくそれを目で追う間に、キリトの右手に握られた七色の石は、散っていくエネの欠片を寄せ集めた。

 

 眩い光が俺の目を灼いたと思えば、そこには五体満足で眠るエネの姿があった。

 

 「間に合っ……た」

 

 キリトはばたりと倒れる。俺は理解が追いつかず、ただ意味の無い呻き声を上げるだけだった。そこにアスナがやってきて、――俺を平手打ちした。

 

 「馬鹿っ!! していいことと駄目なことがあるでしょう!!」

 

 俺のHPは僅かに削れ、アスナのカーソルはオレンジになる。だが、それを気にした様子もなく、もう1発打った。

 

 その痛みで、俺は正気を取り戻した。じくじくと痛む顔は熱を持ち、また視界が赤く染まっていく。

 

 「ユキ、随分らしくねえことしやがるな」

 「……何も知らないからそんなことが言える」

 

 俺と面識などほとんどないはずのクラインに責めたてられるのは非常に不快だった。それだけじゃない。キリトは走ったのか荒い息を繰り返し、アスナは泣き崩れ、エギルまでもが俺を責めるように見つめる――その全てが、憎いと思った。

 

 

 あ。アイツが、出てくる。

 

 

 俺の口は弧を描いた。

 

 「何で邪魔したんだよ。エネにとって、これが最善だったんだよ」

 「エネにガキガキ言っておいて、今のお前が1番ガキだぞ」

 「俺はガキじゃねえっ!!」

 

 ガキ、と言われてブツリと来た。俺の近くに落ちていた《トランセイバー》を手に取ると、今度こそ視界が真っ赤になる。

 

 ――《鮮血剣》が発動する。

 

 「死ね、死ね死ね死ね! お前らみーんな、肉片になって腐り落ちてしまえばいい……」

 「……チッ」

 

 4人とも剣を構えた。ふふ、ははは。……そうだよなあ。お前らにとって俺たちみたいのはみーんなゴミクズだろ? ああ知ってるよ。知って――

 

 ――そんな優しいところが……大好きだよ。

 

 「な」

 「覚悟しろッ!!」

 

 一瞬、エネの言葉が脳裏に閃いた。飛びかかってくる4人の顔に、どうしようもない苦しさが映っているのが見えた。

 

 

 俺は、一体何を……

 

 

 ダメだ。この人達に手を汚させてはいけない。こんなゴミクズのために、こいつらが苦しむのはダメだ――

 

 一瞬、体の制御権が俺に戻る。そこに全てをかけた。

 

 「ぐ、ぐああああっ!!」

 「何してるんだよ! ……おいエギル、縄くれ!」

 

 俺は自分で自分の腹を貫き、吹き出る血に意識を半ば飛ばされながら、――右手で《鮮血剣》を控えスキルに移した。

 

 出血と痛みはすぐに止まる。ばたりと倒れる。俺をキリトが揺するが、もう思考はとろとろと働かない。

 

 そんなキリトの肩越しに、こちらを睨みつけるアイツが、くるりと身を翻した。

 

 *・*・*

 

 ぱちりと目が覚める。あたりは眩しいくらいに明るい。窓から朝日が入り込む。ここは《アルゲード》のエギルの店か。

 

 「あ、起きたのか」

 

 俺は体を見下ろした。生きている。それも、キリトに生かされたのだ。両手が縄で縛られていることに、どうしようもない絶望を感じる。

 

 俺は、なんて事をしたんだ。

 

 視界は《鮮血剣》のせいで真っ赤に染まっていたが、俺が何をしたかは全て覚えている。この手でキリトたちに切りかかろうなどと恐ろしいことをしたことを、全て鮮明な記憶として呼び起こすことが出来た。

 

 「お前だけカーソルがグリーンだったからな。俺らはカルマ回復クエやってきたところだ。どれ、縄を外してやろう」

 「やめてくれ」

 

 俺に伸びる腕を、拒絶した。キリトはそのまま自分の頭に腕を持っていき、ばりばりと頭をかく。そのまま、何の疑いもない目で俺を見つめる。

 

 「なあ、何であんな事をしたんだ?」

 

 首が熱い。キリトの思考が分かる。俺が、あんなスキルを持っていたから、エネを殺したと思っているのだ。

 

 「……エネに聞いたぜ。《鮮血剣》なんていうスキルがあったから、あんなことをしたんだろう? エネによると《狂気》を増幅させるスキルらしいからな。エネはもう許すらしい。いい弟を持ったな」

 「……やめろ……」

 

 エネは、――あいつは一体何なんだ? 俺のしたことを、すべて受け入れて、絶望して、あんな顔をして……その上で俺に礼なんて言いやがるあいつが、……分からない……。

 

 俺が本心からそう思っていたことは、あいつも分かっていたはずだ。その上で俺を庇おうとしている? 聖人か何かか?

 

 その隙にキリトは俺の縄を解いた。それに反応する気力もなく、俺は大いに頭を抱えた。

 

 「……なあ、俺がわざとやったって言ったら、信じるのかよ」

 「まさか。ユキとエネ、あれだけ仲が良かっただろう」

 「だからこそだよ」

 

 俺は話した。リアルの話はご法度とか知ったことではない。エネの幼少期の様子から、エネがどんなに不幸な身の上で、ここで死ぬことでどんなメリットがあるのか。俺がログインする前からずっとこの事を考えてきたということを一息に言って見せた。言葉に淀みはなかった。

 

 聞き終えたキリトは、息を荒らげる俺を見ても表情を変えずに、そうかと呟いた。

 

 「詭弁だな」

 「な……。……お前にはな、分からない。俺たちは世界から拒絶されたんだ。なのに、景人の奴、そんな母親を慕ってるなんて言ってどれだけ痛々しかったことか……」

 「そこだよユキ。いいや結城瀬南」

 

 キリトは俺をビシッと指さした。その剣幕に飲まれ、俺は何も言い返せない。

 

 「お前の中でエネはずっと、その出会った頃のまんまだ。エネはこの1年、お前を頼らずに成長したんだ。母親を慕う――結構な事じゃないか。何であれ、母親は切り捨てられないものだろう? それより」

 

 キリトは一瞬苦しい顔をして、俺に詰め寄る。俺はその理由を知っている。キリトは実の両親を事故で亡くしているからだ。

 

 「お前、転生したんだってな」

 「…………っ!」

 

 俺は今度こそ後ずさった。そうだ。この世界はあくまで現代日本がモデルになっている。――ラノベとかが存在する以上、転生という概念があるのは当たり前のことだ。

 

 「エネから聞いたぞ。エネはその辺りに疎いんだろうが――残念ながらゲーマーでオタクな俺は、それが何か知っている」

 

 震えた。コイツは確かに主人公だ。まるで敵わない。ギラギラと輝く瞳も、俺を追い詰める運の向きも、全てが世界に受け入れられている。

 

 「本当にそんなことが起こるなんて思いもしなかったが……なら、アンタの行動のルーツは前世にでもあるのか?」

 「…………」

 

 俺は目をつぶった。この20年蓋をしていた記憶が、がらがらと暴れる。――キリトに話してしまえば、もしかしたら俺は楽になれるんじゃないのか? なんていう悪魔の囁きが、俺の口を緩めた。

 

 「……そうだよ。両親が俺を置いて消えてな。俺は親戚をたらい回しにされた。誰も俺を見る奴はいなかった。頼るものなんて、なかった。今思えば、その記憶をエネに重ねていた」

 

 キリトはそれを聞いて僅かに表情を歪めた。ああそうだ。お前と似てるんだよ。だから、社会人になってから《ソードアート・オンライン》にハマったんだ。

 

 「俺が景人を救ったんだと思うと誇らしかった。ただ、俺は前世で腐ったまま事故死した。……だから、景人も()()()()()()()()はずだって、……思っていたんだよ」

 

 生まれて初めて、前世のことを口にした。すると、ずっと感じ続けていた胸のつまりが少し晴れた気がした。俺はずっと、誰かに話を聞いて欲しかったのだ。――俺自身が、ユキのような兄貴を求めていたのだ。

 

 ――え、じゃあ俺はずっとユキじゃなかったのか?

 

 キリトは戸惑いつつも、俺の頭に手を乗せた。

 

 「ユキ、話してくれてありがとう。……ああ、お前にも人間らしい所があって安心した」

 「何だよ、それ……」

 

 ふと、古い記憶が蘇った。両親だって、ほんの一時ではあるが、こうして頭を撫でてくれたことがあった。

 

 クソ、無理だ。そんなことを思い出しちまったら、……嫌いになれないじゃねえかよ。

 

 俺は声を殺して泣き、6つ下の憧れの人に頭を撫でられ続けた。

 

 *・*・*

 

 「はいはい、そろそろ泣き止んだか少年」

 「……うっせえ。精神年齢にしたらお前より30は上だボケ」

 

 俺のどうみてもガキな態度に、キリトは苦笑する。

 

 「の割には子供だよな」

 「いいのか? そんなことを言って。俺はお前のことを知り尽くしてるんだぞ?」

 「……俺の人生に、原作とかあるのかよ」

 

 キリトは顔を青くして怯えているが、俺はフォローはしない。

 

 「……その、なんだ。止めてくれて本当にありがとう」

 「気持ち悪いな」

 「……エネに会いたい」

 

 キリトは俺を先導し、もう1つの部屋に案内する。扉を開けると、エネと目が合った。キリトが何か言ったが、もう耳に入らなかった。

 

 「ユキ」

 「エネ……本当に、済まなかった」

 

 俺はキリトに話したことと同じことを全て話した。エネは少し驚いた顔をしながらも、俺の話を受け入れているようだった。

 

 「お前が、過去を乗り越えられるほど強くなっていたことには――全く気付かなかった。俺のしたことが許されるとは思わないが、何でも罰を受ける。なんなら黒鉄宮に」

 「それも違うよ」

 

 エネはふわりと笑った。

 

 「僕は強くなんかない。でもユキやキリトを見てたら、頑張らなきゃなって思ったんだ。お母さんはね、……きっと、ユキみたいに何かに苦しんでいるんだよ」

 

 俺は言葉を返せなかった。こいつは、このガキはなんて事を言う――

 

 「違う。俺の両親はただ俺が嫌いだっただけだ。でも、お前の母親のあの目は」

 「たとえそうでも。僕のお母さんは1人だけだから。それにさ、ユキのお父さんとお母さんは、優しい人なんでしょ?」

 

 思わずぽかんとする。……言われるまで、結城家のことには、全く気が及んでいなかった。俺には、俺を愛して進路にケチつけてくるような()()がいたのだ。

 

 「僕はいつか、お母さんとちゃんと話したい……あ、それと。ユキには本当に怒ってないから」

 

 「は……? ふざけんなよお前。母親の件でまだ懲りないか? 人殺しを許してどうするんだよ」

 「僕だって……凄いショックだったけど……ユキは僕のことを考えてやってくれたんだし、お母さんのこともちゃんと教えてくれた。それにさ、僕のたった1人のお兄ちゃんを許さないわけないでしょ?」

 

 エネはそう言って、椅子を降りると俺に近寄ってきた。ぼすんと抱きついてきたエネは泣いていた。――俺が泣かせた。

 

 だが、そんな姿を見ていたら、うじうじ悩んでいるのが馬鹿らしくなった。コイツは根っからの聖人気質で――俺じゃない。それが分かった。

 

 「お前はまだまだガキだな。そんなんじゃいつか本当に殺されるぞ」

 「じゃあ瀬南が守って」

 「――当たり前だろ」

 

 エネは俺に強く強く抱きついて、一言だけ漏らした。

 

 「――ハヤテ」

 「は?」

 

 な、ハヤテって、それは……俺の()()の――

 

 「エネ――――っ!!」

 

 俺が絶句していると、ばたたん! という慌ただしい音とともに、俺とエネの間にユイが割り込んできた。盗み聞きをしていたのか、キリトとアスナもその場に倒れ込んでいる。

 

 俺から引き剥がされたエネは、ユイに押し倒されて呻いている。あ、そうか。エネももう今年で15なのか……

 

 「おいユキ、去るぞ」

 「……」

 

 彼女かあー、と現実逃避していると、色々察したキリトが、俺の腕を掴んで部屋から飛び出す。脳裏に浮かんだ1人の少女の姿をかき消しながら、俺たちは1階まで逃げた。

 

 1階では、エギルとクラインが俺を待ち構えていた。

 

 「殴らせろ」

 「……おう」

 

 クラインのゴツゴツした拳が、俺の頬を抉る。様々な感情が乗ったそれは非常に重かった。よろけた俺を、エギルが支える。

 

 「……エネ、起きた時はどんな様子だったんだ?」

 「……まあ、大泣きしてたぞ。その際に家庭環境を把握した訳だが」

 「ユキの前では泣かない、って強がってたわ」

 

 心なしかアスナの目まで和らいでいる気がして、俺はいたたまれなさに俯いた。やっぱり俺は、どこまで行ってもダメなやつなのだ。生きているだけで人に迷惑を――

 

 「オメーの事だから、また全部抱え込むんだろ? 今度からは爆発する前に相談しろよな」

 「だから、俺とクライン、どこで接点あったんだよ。兄貴ヅラすんな」

 「そりゃあキリの字からたんまりとぶげっ」

 「言うな!」

 

 キリトは耳まで赤くなっている。は? あのキリトが俺の話をクラインにしてたって言うのか?

 

 「キリトくん、お兄ちゃんが死んでから、エネくんのためにお兄ちゃんの代わりになろうとしてたんだよ」

 「……」

 

 言葉が出なかった。それではまるで――

 

 「そうだ。俺はユキの生き方を尊敬してたよ。俺にはそんな、自己犠牲の固まりみたいな生き方は出来ない。全部、エネのために動いてただろ。……今のエネがあるのは、お前がちゃんとエネの指針となる部分を導いてきたからだ。……エネが許したと言ったなら、いつまでもうじうじするな。兄貴なんだろ?」

 

 気付くと、また前がぼやけて見えづらくなっていた。ああくそ、マジで、

 

 「――んなの、言われるまでもねえよ……!」

 

 

 

 《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》は俺たちに強烈な爪痕を残していった。だが、思えば、俺とエネが真正面から向き合ったのはこれが初めてのことだった。俺とエネにとっては、お互いが交わる第1歩だったのかもしれない――




傍点祭りですね……この話はユキとエネの心の問題の核心とも言える部分なので結構めんどくさいと思います。単に私の想像力と文章力の問題もあると思いますが。SAO編ではひとまず終了です。

ラフコフ編完結! 次回からは少し閑話を挟んでアインクラッド編終了に向けて動いていきます。


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31:その休日の向こう

31話です!
昨日は投稿できなくてすみませんでした。サボってたわけじゃないんです。話が全く思いつかなかったので……

あと祝30話って言うの忘れてました。


 

 ラフコフ戦から3日で、早くも61層ボス戦が行われた。少なくとも50人――討伐隊に必要な人数を超えている――がレベル70を超えていたので、正に瞬殺というボス戦だった。《笑う棺桶》という災厄を乗り越えたという実感を得るに相応しい、順調な滑り出しだ。

 

 その一方で、ラフコフの事を口にする者は誰もいない。それは攻略組も、中低層プレイヤーも同じだ。乗り越えたようでいて、心に巣食う傷はそう簡単には癒えない。それは僕も同じだ。

 

 家のソファで日に当たりながらそんなことを考えていると、ユイが寄ってきた。服装はあの白いワンピースに戻っている。うん。もう6月だし涼しげでいいと思う。

 

 「エネ?」

 「ん? 何?」

 

 でも、あの日以来僕たちは何となくギクシャクしている。――いや、仲は良いよ? ただ何となくお互いに意識してしまうのである。――ユキに刺されたあの日、僕はばったりとユイに押し倒されてしまった。もちろん何事も無かった。というより、僕にその手の知識はなく、すぐに1階に逃げてしまった。そこでユキにみっちりと仕込まれたのである。何を? 言わせないでほしい。

 

 「エネは夏場でもそのハイネックを着るんですか?」

 「え? ああ、うん……まあね」

 

 ユイが僕の首に触れようとしてくるのをやんわり遠ざける。近い。近いよ。顔が近いって。――ユイがこんなことをするのも全部アスナのせいだ。女の子は耳年増だってユキが言っていたけど、全くその通りなんじゃないだろうか。

 

 服については、最近ようやく謎が解けた。僕の家のタンスにはタートルネックやハイネックばかりが詰まっている。お母さんも首が覆われる服ばかり着ていたから何も不思議に思っていなかったけど、多分僕の首の締め跡を隠すために、そればかり集めていたのだと思う。今では好んで着ていたりするけどね。首がスースーするのは慣れない。

 

 僕はユイをあしらって立ち上がると、アイテム欄から愛剣を取り出す。銘は《フュリオスピリット》――怒り狂う心と言いたいのだろうか(ユイに教えてもらった)。これは55層あたりのモンスターからドロップした。魔剣と言えるほどの性能ではないが十分に強力な剣で、僕を支え続けてきた相棒だ。

 

 でも、最近この剣にも限界を感じるようになってきた。強化は+9までやってあるから、これ以上の伸びはあまり期待出来ない。――寿命だ。

 

 そんな風に剣を見つめているとユイが肩にもたれ掛かってくる。

 

 「……どうしてそんな剣を使い続けているんですか?」

 

 ユイが言いたいのは、この剣はあのラフコフ戦を経験した血腥い剣だということだろう。正直この剣で戦うときはペコの顔が頭にちらつく。――あの死に様は、3ヶ月経った今でも鮮明に僕の目に焼き付いているのだ。

 

 でも、それでもこの剣は手放したくなかった。

 

 「この剣はユイのお願いを叶えた剣だからね。……出来ればユイと一緒に現実世界に行くまでは使い続けたかったんだけど」

 

 ユイの返事がないのでちらっとユイを見ると、顔を真っ赤にして固まっていた。……そんな顔されたら余計変えられないじゃん。うーん何かいい方法はないものか……

 

 「リズベットさんに聞いてみよう」

 

 *・*・*

 

 「剣を手放したくない?」

 

 ユキが《トランセイバー》を打ってもらった関係で、僕はリズベットさんとフレンドになっていた。ここに来るまでユイがすごく不機嫌だったのがよく分からなかったが、剣のことならリズベットさんに聞くのが一番だろう。

 

 最近オープンした《リズベット武具店》の扉を開けると、リズベットさんが僕を笑顔で出迎えてくれた。僕は剣を取り出してリズベットさんに相談したのである。

 

 「はい。僕にとって大切な剣なんです……」

 

 リズベットさんは僕とユイを交互に見て、口をにやあっと歪めた。……あ、からかわれる。

 

 「そうねえ……ふんふん、エネもやっといっぱしの男になったのねえ」

 「ええ?」

 「この剣はエネが私を助ける時に使った特別な剣なんです!」

 「ちょっとユイなんで怒ってるの……?」

 

 ユイが僕に抱きつきながらそんなことを言うものだから、リズベットさんはもっとニヤニヤする。

 

 「そういうことなら、あたしじゃなくてちゃんと男の鍛冶屋紹介するわよ」

 「だからなんで?」

 「アンタ察しなさいよ! ユイはアンタが他の女プレイヤーと喋るのに嫉妬してるのよ」

 

 リズベットさんの言葉に、驚いてユイを見た。ユイは顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。……まじかー。《嫉妬》なんてどこで覚えてきたんだろ。

 

 「そんなユイも可愛い」

 「なっ! ……人間はよく分かりません!」

 

 ぷいと顔を背ける割に僕の手を離さないユイに笑みがこぼれる。

 

 その後リズベットさんがその《男の鍛冶屋》に連絡してくれたが、僕の頭にはハテナが一杯だった。……そんな人《物語》に出てきたっけ? という僕の疑問をよそに、リズベットさんは胸を張る。

 

 「低層を拠点にしてるんだけど、マスターメイサーで鍛冶もコンプリートしてる、今乗りに乗った鍛冶屋よ!」

 

 その名前は《ロキ》。と言われて、僕の目が細くなる。

 

 ――転生者だ。

 

 「ありがとうございます。どこに行けば会えるんですか?」

 「ああ、それなら心配しなくていいわよ。あの子アンタの――」

 

 リズベットさんが何か言いかけた時、お店の扉ががちゃりと開いた。お客さんかなと思ったけど、リズベットさんがにやりと笑うのを見て冷や汗をかく。

 

 まさか……

 

 「リズ、《逆鱗》はどこだ? 俺《逆鱗》の大ファンっつったよな」

 「――またこういう……」

 

 現れたのはどう見ても美少女だった。待って。発言といい僕の脳に負荷がかかりすぎている。

 

 「ああ、ロキいらっしゃい。エネなら目の前にいるわよ」

 

 笑顔のリズベットさんに導かれるように、ロキさんの目が僕を捉える。ついてその金色の大きな瞳が見開かれ、水色のショートカットが興奮に震える。――こんなの分かりたくない。

 

 「……会いたかったぜ同志」

 

 ああ、絶対僕のこと転生者だと思ってる。大ファンってそういうことか……! ちょっとユイ、睨まないであげて。気持ちは分かるけどこの人男なんでしょ……?

 

 僕はそんなふたりの間で曖昧に笑うしかない。だが、僕が剣を取り出すとロキさんの目の色が変わった。

 

 「あの……えっと……僕の剣を打ち直して欲しくて……」

 「見せてみろ」

 

 粗雑な言葉と裏腹に丁寧に剣を受け取ると、ロキさんは前後左右あらゆる角度から僕の剣を眺める。そんな姿に圧倒されていると、後ろからリズベットさんに肩を叩かれた。

 

 「あの子あんなナリして鍛冶の仕事に誇り持ってんのよ。腕はあたしが保証するわ」

 

 露天の頃から競い合ってきたもの、と懐かしそうに言うリズベットさんに違和感がある。……《物語》に出てこない人が動くと、こんな感じなんだな。今まで僕とユキしか《例外》を知らなかったから、不思議な感じだ。ペコはノーカン。

 

 僕がぼーっとしていると、ロキさんがうん、と大きく頷いた。

 

 「ちょっと待ってろよ! リズ、工房借りるぞ」

 「はいはい」

 

 *・*・*

 

 ロキさんがハンマーを規則正しく打ち鳴らし始めてから、僕達3人はこそこそ話を始めた。

 

 「あの、ロキさんって何歳ぐらいなんですか? というか本当に男なんですか?」

 「……あ、あんたねえ。普通に個人情報よソレ。でも性別は疑いようがないでしょ。あの子のステータスにくっきりはっきり《M》の字が見えたわ」

 「それは嘘です」

 

 ばん! と反対意見を叩きつけたのはユイだ。僕もリズベットさんも変な顔をしてしまう。

 

 「ということでリズベットさんはどこかに行ってください。エネに話があります」

 「え、えーー」

 「なんでよ!」

 「あ、あの……ってなんでお前達がここに」

 

 突然現れた第4の声に驚く。なんとその主は――キリトだった。リズベットさんは一瞬こちらを睨んだものの、すぐに営業スマイルを作る。その切り替えの速さに圧倒されながら、キリトに手を振った。だが、僕は内心穏やかではない。

 

 ――ちょうど剣を打ち直そうと思った日に、《物語》が被るなんてどんな確率だ!

 

 「……知り合いなの? まあ、いいわ。この人の相手が終わったら話を聞かせてもらうわよ」

 「何か悪かったな」

 

 キリトはそんな僕達に居心地の悪そうな笑みを浮かべると、剣の並ぶ奥のスペースに向かっていった。ああ、最初リズベットさんはキリトのことを《あんまり強そうに見えない》って言ってるんだもんね。ユイが変なことを言ったことの方が重大なわけだ。

 

 リズベットさんが離れたことを確認して、僕とユイは壁を向いて話し始める。

 

 「……で、ロキさんが男じゃないってどういうこと?」

 「私のシステム権限で読み取ったところ、アバターの性別は女性という結果が出ました」

 「……リズベットさんが嘘をついたって?」

 

 この世界に性別を偽る方法が存在しない以上、ふたりのうちどちらかが嘘をついているということになる。

 

 「本人も気づいていないかも知れませんね。《倫理コード》を解除しないと、その……男性か女性かは分かりませんし……」

 「あ、うんそうだね」

 「……興味ありませんか?」

 「ありません」

 

 会話が変な方向に流れてきた。だめだめ。ユイにも僕にもそういうのはまだ早いです。

 

 「……根本はそこじゃないよ。なんで性別が異なってるの?」

 「……さあ」

 「えっ」

 

 ユイの予想外の答えに言葉を失った瞬間、ガキーン! とものすごい音がした。びっくりして音の発生源を見やると、キリトがリズベットさんの剣を折った所だった。……ああ、リズベットさんすごい怒ってる。《物語》の通りだ。

 

 ……ロキさんについては、システム側のユイが分からないって言うなら、やっぱり転生者関連の話なのかなあ。

 

 「……案外《偽装》を使ってるのかも?」

 「なるほど、それならありえそうですね」

 

 名前を偽れるなら性別の表示も変えることができてもおかしくない。何故そんなことをする必要があるのかは分からないけどね。長い間違う性別のアバターを操作してると、精神に悪影響が出るらしいし。

 

 と考えていると、奥から一際甲高い金属音が聞こえた。打ち終わったようだ。と同時に、ロキさんのうめき声が聞こえた。

 

 「――な、なーんじゃこりゃあああああ!!」

 

 直後に叫んだかと思えば、だだだだとこちらに走ってきて、僕の腕を引っ掴んで宙に投げる。ユイのまんまるに見開かれた瞳がどんどん遠くなっていき、僕は工房の床に強かに腰を打った。こんな乱暴をされるいわれはないんだけどな!!

 

 腰をさすりながらロキさんを睨みつける。が、ロキさんの顔は真っ青だった。

 

 「ぐふっ……なんなんですか……?」

 「これ《リメインズハート》だよな、ヤバい奴だよな」

 「……どういうことですか?」

 

 ロキさんが差し出してきたのは、赤く美しい細身の短剣だった。中心に赤いラインが通っており、白銀の刃とのコントラストが際立っている。……一目見ただけでかなりの業物である事が分かる。

 

 何がどうやばいのだろうか。僕としてはこれ以上ないくらいには嬉しい。だが、ロキさんは僕の答えに顔をさらに青くした。

 

 「ま、まさかお前転生者じゃないのか?」

 「……ええはい。ユキは転生者ですけど僕は違います。でも《物語》は知ってます」

 「……SAOのか?」

 「はい」

 

 僕とユキの間でかなりの重みを持ってかわされたカミングアウトが、あっさり過ぎる。その温度差に動揺しているのを知ってか知らずか、ロキさんはブツブツと何か言っている。暫くして手をポンと打つと、周りを確認してから僕に耳打ちしてきた。

 

 「あくまで可能性の1つだが、これがあるということは、このSAOは76層以降も続く可能性がある。それはまずいんだ。この剣はキリトが持つべきものだからな。というかなんで短剣なんだよ……」

 「そんなのユキは教えてくれなかったんですけど……」

 「あああもうめんどくさいな、つまりな、そのお前が言う《物語》はSAOで終わりじゃないんだ。……取り敢えず、お前攻略組でキリトとも仲が良さそうだからな……76層に到達する前にこの世界を終わらせろ。いいな?」

 

 あまりの剣幕に、僕はコクコク頷くしかなかった。訳のわからないことが多すぎて頭がパンクしそうだ。ロキさんはそんな僕を見て、男らしくニッと笑った。

 

 「あと、俺を専属スミスにしろ。いいな? そして、その剣の銘はあんまり人に言いふらすな。ユキにはバレると思うが。……つーわけで敬語はいらねえ。この世界が終わるまで俺たちは一蓮托生だ」

 「……うん、よく分かんないけど分かった」

 

 がっしりと握手を交わす。……ユイを疑うわけじゃないけど、ロキさん……ロキは女性だとは思えないなあ。見た目だけは女の子だけど、仕草や口調は完全に男だ。

 

 ロキは暫く腕を振ったあと、深刻そうな顔になる。

 

 「……なあ、もう1つ頼みがあるんだが――」

 「エネーっ! 大丈夫ですか?!」

 「わぶっ」

 

 が、ロキが話し始めた途端にユイが僕に飛び付いてきた。カウンターを乗り越えたらしい。お腹に頭を捻りこまれて変な声が出ると、ロキはため息をついてさっきまでの顔に戻った。

 

 「……おうおうお嬢ちゃん、彼氏が俺と喋ってるから嫉妬してんのか?」

 「そうです」

 

 僕を抱きしめながらぷくーっと頬を膨らませるユイは可愛い。でもこれで、ロキは自分を女性と認識していることが分かってしまった。

 

 「……ロ、ロキは男と女どっちなの?」

 「……どっちでもいいだろ」

 「良くないです……絶対良くないです。って、エネいつの間に敬語を外す仲になったんですか?」

 「ロキが僕の専属スミスになったんだよ」

 

 その言葉にユイがぶるぶると震える。

 

 「……いいでしょう。貴方が男性だと証明して見せればいいのです……」

 「何言ってんだよ。俺は男だぞ」

 「さっきと言ってることが……」

 

 ああ、話がこんがらがってきた。と頭を抱えると、リズベットさんが工房に入ってきた。その後ろには申し訳なさそうな顔のキリトが続く。

 

 「ちょっとこれから55層に行くんだけど、アンタ達も付いてくる? エネは確か攻略組なのよね? この人だけじゃ戦闘が心配なのよ」

 

 攻略組最強は誰か、という話題に必ず登場するキリトを引き連れておきながら心配とは、過剰な心配だ。でも、確かにキリトはパッと見はなよなよした少年である。僕が言うなって感じだけど。気持ちはわからなくもない……キリトもリズベットさんの言葉を聞いて苦笑いした。

 

 確かこの探索で、《リズベット》は《キリト》に好意を抱くようになるんだっけか。リズベットさんと圏外で一泊。……まずいね。ユイに《嫉妬》を教えたアスナがそんなことを知ったら、何をするかわからない。うん。ついて行こう。

 

 「……じゃあ、僕が付いていくよ。ユイとロキはここで――」

 「何言ってんだ。俺も行く」

 「私も行きますっ!」

 

 待ってて、と言わせてもらうことすら出来なかった。ユイはともかく、ロキは低層プレイヤーじゃないの……? だが、リズベットさんはその答えを聞いて口の端を上げた。

 

 「決まりね」

 「そんなに人いらないと思うけどなあ」

 

 ユイは僕がリズベットさんとロキと一緒にいるのが嫌で、僕はリズベットさんとキリトが二人っきりになるのを止めたい。ロキにも何か目的があるのだろう。……さっき言いかけたことかな。

 

 何も考えていないのはキリトだけだった。




というわけで続きます。くだらない話ですみません。シリカのやつはちらっとでも触れたのに、リズベットのやつはノータッチなのも変かなと思いまして。書き溜めにはロキは出てこないので、ロキがこれからどうなるのかは私にもわかりません。()

転生者の名前がみんな二文字なのはわざとじゃないです。


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32:その性別の向こう

32話です!
私に計画性がないばかりに、長くなっております! 前話にもう少し詰めておけばよかったです!


 「よーし行くわよー!」

 

 リズベットさんが意気揚々と店を出る。……とても寒そうな服装で。このせいで、《キリト》からコートを借りるハメになるんだった。ダメである。僕は必死にアイテム欄をスクロールした。防寒着あった。女性用のものじゃないけど、仕方ないだろう。

 

 「リズベットさん、これ持っていってください」

 「え? ……ああ、55層は氷雪地帯だったわね。ありがとう、助かったわ」

 

 ああ、やめてユイ。こっちを見ないで。視線が痛いです。

 

 ……ユイにも僕とユキの事を言う必要があるかも。でも、考えてみれば、どうしてユキはそんなに転生者であることを隠してたのかなあ。《物語》を僕が知っている時点で、遅かれ早かれ僕が疑問を持つことは分かっていたと思うんだけど。ロキは僕が転生者だと思っていたにしても、あっさりバラしたし。

 

 「……ユイは、前に買った暖かい装備を着るんだよ」

 「……はい!」

 

 ユイの頭を撫でてやると、ぎゅっと寄せられていた眉間のシワが取れる。花がほころぶような笑顔に、僕も自然と笑顔になった。

 

 *・*・*

 

 クエストフラグが取れる村に到着した。いや、分かっていたけど寒い。僕も普段の装備の上から黒いコートを羽織っているけど、動く度に隙間から冷気が入り込んでくる。この中で問題なく動けるキリトは頭がおかしい。

 

 現実で何か特別な訓練でも受けていたのだろうか? とたわいもないことを考えていると、そのキリトが声を上げた。

 

 「フラグは長老の家で取れるんだろ? どの家かな」

 

 長老と言うくらいなのだから、村で一番豪華な家に住んでいるのだろう。それならあの家じゃないか――?

 

 「あの家です、パパ」

 

 ――と言う前に、ユイが得意気にひとつの家を指差した。僕が予想したものと同じだったため少しほっとした。……ユイったらシステム権限を使ったに違いない。ユイは《家》というものが分かるにしても、その《家》の違いは分からないはずだからだ。

 

 僕は歓声を上げるキリトたちを横目に、ユイに近付く。ロキはユイがAIってことが分かるんだろうけど、あんまり聞かれたくなかった。僕が近づくと、ユイの頬が桃色に色付く。

 

 「ちょ、ちょっとエネ近いです……!」

 「ユイ。システム権限は使いすぎちゃダメだよ。また――カーディナルに消されちゃうかもしれないでしょ?」

 

 僕の言葉にユイは顔を青くした。……ちょっと直接的な表現だったかもしれない。でも、賢いユイは僕の言いたいことが分かったようだった。いくらユキの首輪にデータを移されたからといって、システムに干渉する――プレイヤーやアイテムの権限を超えた行為を繰り返していれば、また気付かれて対処される可能性があるのだ。

 

 「……ごめんなさい」

 「ううん、分かってくれればいいよ。……ユイは、この世界だとコソコソしなきゃいけなくて生きづらいね……」

 

 憧れに近付くために、自由に生きるためにこの世界に来た僕から見れば、行動を制限されているユイの姿は痛々しいものだった。そんな姿に心を痛めると、ユイは優しい顔をして僕の頬を撫でる。

 

 「……ありがとうございます。でも、私にはエネとユキと、パパとママがいてくれるだけでいいんです。十分幸せです」

 

 ――僕にはユキとお母さんがいるから。

 

 唐突にそんな言葉が頭に浮かんだ。ここに来るまではよく考えていたことだ。……全くこんな所まで、僕とユイはそっくりだなんて――

 

 「あー、おほん。イチャイチャするのは後にしてくれないか?」

 「「……はっ」」

 

 キリトが急に声をかけてきて、我に返った。見れば、リズベットさんもロキも僕達のことをガン見している。急に恥ずかしくなって、僕とユイは反射的にお互いを突き放した。

 

 「……は、早く行こう」

 「フラグを取るのに時間がかかりますからね」

 

 ま、またユイはシステム権限を……とため息をつきながら、僕達は長老の家に入った。

 

 

 

 フラグを取り終える頃には、辺りは夕焼けに染まっていた。長老の話がとにかく長かったのである。同じ話を3回くらい聞いた。記憶力の良いユイは、既に長老の話を一字一句違えず言えるだろう。僕は途中で居眠りしてしまい、その都度リズベットさんにつつかれて起きた。

 

 「あ゙ーー、長かった。ていうか、エネ寝すぎよ」

 「ごめんなさい」

 「アレハワシガハタチノコロジャッタ……」

 「ああああユイ気を確かに持て!」

 

 「もうすぐ夜だが、このまま行くのか?」

 

 口々に文句を言う僕らを、ロキが止めた。遠くに連なる山は白く険しそうに見える。《物語》では数十分登れば着くとのことだったが、実際に目にしてみると圧倒されるものがあるな。……あ、そうじゃん。日を改めれば穴の底で1泊なんて事態も起きないじゃん。……出直した方が……

 

 なんていう僕の淡い期待は、キリトの言葉に木っ端微塵に砕かれる。

 

 「いや、ドラゴンは夜行性っていうしな。このまま行こう」

 

 それ、関係あるかなあー!? はあ、巣穴の深さがわからない以上、ドラゴンが巣に帰ってこない限り出られなさそうだし、仕方ないのかな。

 

 *・*・*

 

 道中は楽もいい所だった。遠くから見てキツそうに見えた山道も、実際に歩いてみればただの道であった。まるであの花畑クエストのように整えられた道のりを歩きながら、リズベットさんとロキのメイスがモンスターをがしゃんがしゃん砕いていく。ロキはさっきまで首に下げていたゴーグルをはめている。そんなに眩しいのかな……リズベットさんはロキの前にいるスケルトンまで砕いているし、なんだか生産プレイヤーはくせが強い人が多いのかもしれない。

 

 「はっはっは! 打撃武器にはスケルトンはいいカモよ!」

 「これを機にメイスの地位が上がればいいのにな!」

 

 「普段ストレス抱えてるのかな……」

 「生産プレイヤーの闇だな」

 「怖いです……」

 

 生産プレイヤーの多くは、そのレベルに達するまでの経験値の殆どを生産活動で得ている。よって、攻略組と同じくらいのレベルがあったとしても、実戦経験には天と地ほどの差がある。こうやって瞬殺できる敵モンスターがいるのはさぞ爽快なのだろう。

 

 

 

 そしてとうとう、山頂に到着した。夕陽に照らされる雪や氷が光を乱反射して、実に幻想的な光景が広がっており、56層の底が近いところに見える。

 

 山頂はちょっとした広場になっていた。つまり、僕らの目の前には足跡のついていない新雪がこれでもかと敷き詰められている。傍らにはぽっかりと空いた大穴があるので、落ちないように気をつけなければならないが――僕も含めて歓声を上げ、そのふかふかした雪に足を突っ込もうとした時、キリトが鋭く声を上げた。

 

 「待て! ここにはドラゴンが出るぞ! ……ユイとリズとロキは転移結晶を用意しておけ」

 「あっ……そうだった」

 

 僕としたことが、目的を忘れていた。……そうだよ。これからこの穴に落ちるんだよ。ひえー怖い。

 

 リズベットさんとロキはこくこくと頷いて転移結晶を握り、ユイには僕から結晶を渡した。パーティの先頭では、キリトが剣を構えて僕を見ている。僕も《リメインズハート》を抜いてキリトに並んだ。

 

 「エネー! パパー! ドラゴンの攻撃パターンは鉤爪と氷ブレスと、突風攻撃ですよ〜!!」

 「まあ、エネがいるなら大丈夫か! キリト、エネの足引っ張るんじゃないわよ〜」

 「……リズ、知らないのか? キリトって言えば――」

 

 僕とロキは苦笑いをする。ホント、キリトって普段は全く覇気がないよね。戦闘となると別人のようになるんだけど。――とその時、鋭い殺気を感じた。

 

 「来るぞ!」

 「ありがとうユイ! ……その辺の柱に隠れてて!」

 

 氷を割るような甲高く鋭い雄叫びが轟き、遥か上空からドラゴンが舞い降りてきた。翼のひと掻きひと掻きが雪を暴力的に巻き上げ、日に照らされて輝く。紅玉のような瞳が、僕を見つめている――気がした。

 

 氷の竜。その美しく荘厳な姿に息を飲む。

 

 あ、やばい。興奮してきた。どうも竜を見ちゃうとダメだな。

 

 「ねえキリト」

 「……はあ、好きにしろ」

 

 竜にピタリと視線を合わせたまま僕が問いかけると、キリトは僕の言いたいことが分かったようで剣を下ろした。ごめんねリズベットさん。キリトのカッコいいところ見せてあげられなさそう……

 

 僕も剣を鞘に収めると、流石にリズベットさんが声を上げる。

 

 「……え、エネ何してるのよ! 死んじゃうわよ!」

 「エネが負けるなんて有り得ません! リズベットさん、大人しく隠れていてください!」

 「まさか《逆鱗》を使うのか?」

 

 きゃあきゃあと騒がしい後方も、竜がパキパキと音を立ててブレスの準備に入ったことで静まった。――行こうか。

 

 「《エクスプロージョン》!」

 

 僕の言葉に合わせて、赤い爆風が吹き荒れる。竜もこれには驚いたようで、ブレス攻撃を中断した。――そして、僕はまた巨竜になる。50代の層を攻略した時に《エクスプロージョン》を使用しまくったおかげで、この視線の高さにも慣れてきた。もう50層の時のような無様な戦いはしない。

 

 「おいエネー! 一声掛けてからそれやれよ!」

 

 足元でキリトが喚くのでちらっと見ると、僕が出した爆風でキリトの髪型がめちゃくちゃになっていた。

 

 「グルルゥ……(ごめん……)」

 「何言ってるか分かんねえよ!」

 「――グオォォォォォ……」

 

 その声にハッとして目の前を見ると、僕と同じ目線になった竜が僕を睨んでいた。無視するな、と。

 

 ――そうだね。氷の竜なんて僕が焼き尽くしてあげる。

 

 「グォアアアアア!!」

 

 僕は強く地面を蹴って飛び立った。少しでも地上への衝撃を減らそうと思ってのことだ。それに釣られて、氷竜も空に舞い上がる。

 

 空で見つめあったのも数瞬のことで、どちらからともなくブレスを吐いた。氷と炎は真っ向からぶつかり合い、大量の霧を生み出す。――不味いな。向こうが見えない。

 

 そこを割いて氷竜が飛び出してきた。その鉤爪は赤く光っている。

 

 ――鉤爪攻撃か! 僕はブレスしか攻撃手段ないのに!

 ――紛い物の力で、我ら竜と並ぼうとするか。

 

 僕はそれを紙一重で避けると、体勢を立て直すのに戸惑っている竜を背後から蹴飛ばす。スキルも何もない単純な蹴りだったが、接触ダメージも相まってHPはがくんと削れた。――だが、同時に僕の足も凍りついていた。

 

 ――こんなの聞いてないよー。接触ダメージよりタチ悪いんじゃない?

 ――フン、近接に強いのは貴様だけではないわ。

 

 僕は炎のブレスを吐けるだけで、全身が熱い訳では無い。氷は融けず、僕の動きに制限が課せられる形となった。そうだよね。ドラゴンに直接組み付くようなプレイヤーなんていないから、この能力は知られていないんだ。茅場は何を思ってこんな能力を付けたんだ? まさか僕が――《逆鱗》がこの竜と戦うことを予測していたのだろうか?

 

 僕の一瞬の硬直をついて、竜はブレスを吐く。僕は翼をこれでもかと羽ばたかせながら避けようとするが――

 

 ――ダメだ。この先にはユイ達がいる。

 

 僕は再びブレスを相殺すると、今度は自分から霧に突っ込んだ。僕の方の準備が足りなかったからか、威力は押し負けたようだ。霧には小さな氷塊が混じっており、僕の肌に叩きつけられて痛みを生じる。

 

 「グアアアア!」

 「グォォォアアア!!」

 

 視界が白く染まったのも一瞬のことで、僕は思いっきり竜に組み付いた。翼に牙を立てて噛み付き、全身が凍っていくのを感じながら、零距離でブレスを放つ。翼に大きな穴が開き、竜のHPはもう雀の涙だ。このまま地面に叩きつければ僕の勝ちである。

 

 ――だが。

 

 「ガ、ガアアアアアアアアッッッ!!」

 

 ――貴様も道連れにしてやる。

 

 竜は痛みに苦しむ顔の中に、小さく笑みを浮かべた。そして、片翼となった竜は落下を始める。

 

 その顔に飲まれて一瞬動きが止まったが、僕は慌てて竜から離れようと……して……

 

 ――う、動けない! そんな、ブレスで氷融けてくれると思ったのに!

 ――貴様と違って凍らせるタイミングは自由なのだ。このまま巣で共に死のうぞ……

 

 僕の体はガッチリと竜に固定されていた。唯一動く翼で懸命に羽ばたくが、流石に竜2匹分の体重を持ち上げる程の力はない。そして、僕達がいるのは丁度穴の真上であった。

 

 「――エネーーーッ!!」

 

 遠くからキリトの叫び声が響いてくるのを聞きながら、僕と竜は穴に落下していく。

 

 ――くそ、死んでたまるか! お前を下敷きにしてやる!

 ――な、なぬ、それは許さん!!

 

 5メートル級の竜が2匹もつれ合っても壁にぶつからない程度には広い穴を醜く駆け回りながら、僕はマウントポジションを取った。その時、その力に耐えかねて僕を縛っていた氷が割れる。

 

 「よし! ブレスで――」

 

 僕は竜にとどめを刺すべく大きく息を吸おうとしたが、体が動かないことに気づく。ああああああ!!! まさかこのタイミングでスタン――

 

 ――馬鹿だな。

 

 動けない僕は垂直に穴に落下し、HPを1ドット程残した竜は、そんな僕を捨て置いて空に飛び立って行った。――ああ、やらかした……

 

 だが、青い竜の尾が煌めいたかと思うと、その体をポリゴンに変えて爆散してしまった。――うん。引き分け! ダメ押しの接触ダメージ!

 

 *・*・*

 

 「エネーー!」

 

 もつれ合って穴に消えていくエネを見ながら、俺は叫んでいた。――クソっ! てかあの竜強すぎないか!?

 

 慌ててフレンドリストを見ると、エネの名前がグレーに変わっている。心臓がどくんと跳ねた。まさか、死――

 

 とおぞましい想像をした時、ユイが俺に向かって猛スピードで突っ込んできた。

 

 「パパーー!!」

 「な、なあエネは」

 「生きてます! 死んでません! ――助けに行きましょう!!」

 

 必死そうなユイの目に心を打たれるが、俺は目をつぶってその肩に手を置いた。生きているなら、大丈夫だろう。

 

 「――しばらく待てば出てくるさ」

 

 「ちょっと、エネはどうなっちゃったのよ!?」

 「いくら《逆鱗》でもあんな穴に落ちたらひとたまりもないだろ!」

 

 それに遅れるようにリズとロキもやって来た。その顔は青ざめており、本気でエネの身を案じているのだと分かる。だが、攻略組最強ならぬ最凶のエネが、こんな所で死ぬはずがない。最近では一部から《アインクラッドの最終兵器》と呼ばれているようだし。

 

 ええと、いつもの様子ならスタンはどれくらい効いていたんだったか――

 

 「……心配するなよ。アイツのデタラメさはボス戦で嫌という程目にしてるからな。その辺に座って待ってようぜ」

 「……です、ね」

 

 ユイもしぶしぶ頷き、近くにあった平たい水晶に4人で腰掛ける。

 

 「ボス戦……て、アンタ攻略組なの?!」

 「ああ、言ってなかったか? だからここは楽勝だって言ったんだよ」

 「リズは情報に疎いな。キリトっつったら《黒の剣士》って呼ばれる、攻略組トップランカーの1人だぞ。アインクラッド最強は誰か、って議論に必ず名前が上がる――」

 「ええーー!! それってユキやエネと同じくらい強いってこと?」

 「当たり前です! パパは強いんです!」

 

 ロキやユイが俺を褒めそやすので、どことなく気後れした。俺はそんなに褒められるような行いはしていない。――ゲーム廃人だった経験を生かして、レベリングに時間を費やすだけのガキだ。

 

 アインクラッドで低層から最前線まで知れ渡っている名前は幾つかある。

 

 1つは言わずと知れたヒースクリフ。《聖騎士》の名は伊達ではなく、今まで一度もHPをイエローに落としていないという逸話がある。

 

 その次は《閃光》のアスナ。やっぱり綺麗で強い女プレイヤーなんて希少価値の三段重ねのような存在だ。そんな人が俺の彼女だと言うのだから、世の中よく分からない。

 

 その次に、エネが来るだろう。《逆鱗竜》《アインクラッドの最終兵器》、また一部では《キューピーちゃん》とか呼ばれていたりする。見た目が見た目だから目立つし、その戦闘能力も攻略組でもかなり上位の方に入る。

 

 で、その次に来るのが俺かユキ、という具合だろうか。ユキは1年くらい姿を消した後で急に低層から最前線に至るまでフイールドを荒らしまくった。ラフコフ戦のためにレベリングをしていたのだろう。中低層のプレイヤーには嵐のようなプレイヤーだと思われており、攻略組の間では第1層の逸話だったりラフコフを率いた実績が認められている。《はじまりの英雄》とはエネが言い始めたんだったか。

 

 で、俺はといえば、《ビーター》とか、LAを取りまくるとか……言われてみればそれくらいしか話題に上るようなことがないのだ。そんなに褒められてしまえばこそばゆくもなる。――いや、そういえば俺も……

 

 「ちょっと、キリトどうしたのよ」

 「ああ、いや何でもない」

 

 そういえば俺もユニークスキル(?)を持ってたなあと遠い目をする。昼間、エネたちに会った時には冷や汗をかいたものだ。

 

 と考えていると、どこからか地響きが聞こえてきた。俺が剣を構えて辺りを警戒していると、ユイが目を輝かせる。

 

 「エネです!」

 

 ――やっぱりな。

 

 次の瞬間、ここまで熱くなるようなオーラを放ちながら、穴からエネが飛び出してきた。羽ばたくごとに雪が舞い、日も沈みかけた山をキラキラと彩る。真っ赤に輝く体と白い雪と氷のコントラストは、素直に美しいと思えた。

 

 「グアオオオオオオ!!」

 

 そして、ぼふん! という音とともに、エネの竜化が解かれる。赤い光も消え、真っ逆さまに落ちてくるエネを走って受け止めた。またスタンになっているのか身じろぎひとつしないが、口元は笑っている。

 

 「――インゴット、ゲットしてきたよ」

 

 *・*・*

 

 翌朝。リズベット武具店に景気のいい金属音が響いていた。

 

 あのあとすたこらと48層に帰ってきた僕らは、夜も遅いのでリズベットさんの家で一泊する事になった。他人のホームで寝泊まりするのは初めてだったから、何だか無性にワクワクしたものだ。そして朝から、キリトの2本目の剣をリズベットさんが打っているのだ。

 

 キリトは剣の出来が楽しみなのか、ソワソワと落ち着きがない。――あ、《二刀流》を知られたくないのかも。ユイはまだ寝てるし、ロキと外で時間潰してこようかなあ。残念ながら僕もロキもユイも知ってるんだけどね。

 

 ロキに軽く目配せをすると、僕の意図を受け取ったようで、ロキはソファから立ち上がった。

 

 「――ちょっと散歩行ってくるね」

 「え? ああ……」

 

 キリトは露骨にほっとした顔をした。そして、その瞬間にリズベットさんが剣を打ち終えたのだろう歓声を上げる。

 

 

 

 「ロキ、昨日言いかけたことは何?」

 「……ああ、頼みがあるって奴か。そうだ、エネ――《手鏡》を貸してくれないか?」

 

 ロキの言葉は予想の斜め下だった。こんなに男勝りな性格なのに、さして意味もない鏡を気にしたりするのか。そんな怪訝な視線を感じ取ったのか、ロキは手を振って否定する。

 

 「いやあ、実はSAOにログインしたのは、――サービス開始の次の日なんだ」

 「どういうこと?」

 

 ロキはベータテスターだったらしい。SAOはVRMMOの先駆けだから、VRを使ってフルに体を動かすという技術が初めて民間に下りたのが、SAOのベータテストだと言える。

 

 ロキは話をしながら、顔を苦しみに歪める。

 

 「で、気付いちまったんだわ。俺がFNC――《フルダイブ不適合者》だってことに」

 「えふ、……ええと、何?」

 「うーん、エネはプログレッシブ知らなさそうだしな……」

 

 ロキは頭をぽりぽりかきながらまたわけのわからないことを言う。

 

 「フルダイブに向いた人と向いてない人っているだろ? キリトは典型的にそのセンスがあるタイプだな。反応速度が異常だ」

 「うん、だから《二刀流》を手に入れたんだよね」

 「ああ。FNCっていうのは、簡単に言えばフルダイブの才能がない奴ってことだ。仮想世界で目が見えなかったり、距離感が掴めなかったりと色々あるが、……俺はちょっと特殊でな……見えすぎるんだ」

 

 見えすぎる? それはいいことなんじゃないの?

 

 「例えばな、俺にはお前の顔がデータの塊に見えるんだ。周りの風景とあんまり差がつかない。このゴーグルを嵌めれば大丈夫なんだが。これはちょっとした裏技でな、このゴーグルを通すと視界に色がつくという、何のためにあるのか分からない装飾品なんだが、その時に俺の視界も補正されるみたいなんだ」

 「へええ……」

 「そんな状態でフィールドに出ても、訳の分からないまま死ぬだけだ。と思って、正式サービスは泣く泣く見送るつもりだった」

 

 そんなロキの顔には、いたずらっ子のような笑が浮かんでいた。――《物語》に関わりたくなっちゃったんだな。

 

 「ああ、無理だったね。戦えなくてもいいから、《アインクラッド》の終焉をこの目で見たくなった。そんで親の目を盗んでログインしたら、――茅場の野郎、俺の姿を現実のものに戻さねえんだよ」

 「つまり?」

 「俺は正真正銘男なんだ!! 正式サービスじゃ出来ないと思って、ベータではネカマプレイしてただけなんだよっ! なのに、なのに……この1年半俺は女の体で……」

 

 ロキはしくしく泣き始めた。昨日の発言からも分かる通り、精神が少なからず女性に引っ張られているという自覚があるのだろう。だから無理してでも男らしい振る舞いを心がけて、性別を保とうとしていたのだ。

 

 でも。

 

 「ユキが実験してたんだけど、《手鏡》には性別を戻す力はないよ? はい、試してみて」

 「なん、だと……」

 

 無造作に渡された《手鏡》を見て、ロキは戦慄した。パカッと開いても、やはり何も起こらない。ロキの手から《手鏡》が滑り落ちて、地面に当たってポリゴンに還った。

 

 「ああ……ああ……終わりだ……」

 

 ガクガクと震えながら天を仰ぐ姿に、流石に不憫になるが、こればかりはどうしようもない。僕はロキの肩をぽんと叩いて声をかけた。

 

 「……ロキ、安心して。なるべく早くこの世界を終わらせるよ。……キリトに任せるんじゃなくて、僕も頑張る」

 「……はは……期待、してるぜ……」

 

 

 

 その後気絶してしまったロキを抱えてリズベット武具店に入ると、アスナも来店していて、すっかり一件落着していた。起き出したユイが僕のことをじっと見ているが……こればっかりはね……後でユイにもこの話をしてあげよう。

 

 キリトは無事に《ダークリパルサー》を手に入れ、僕も《リメインズハート》という新たな相棒を手にいれた。――もう《物語》に抗うのはやめようかなと思っていたけど、ロキのために、そしてキリトを()()()()()ためにも頑張ってみようかなあ。




エネくんはALO以降の原作を知りません。(どこかで言いましたっけ……?)よって、キリトはアインクラッドで死ぬと思っています。

次回は飛んで74層です。スターバースト・ストリームです。キリトの技名、やたらカッチョイイですよね。


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33:その残党の向こう

33話です!
いやっふー!!初めて5000字割りましたよ!(8000字超えそうだったから分割しただけ)

私って話を切るのが致命的にできませんね……文字数がバラついて申し訳ありません。読みやすい小説をかけるよう精進します。


 

 《リメインズハート》を手に入れてから4ヶ月ほど。現在の最前線は74層である。

 

 そう。《スターバースト・ストリーム》である。

 

 「キリトの《二刀流》見たいなあ」

 「私も見たいですー」

 

 もうユイがナチュラルにシステム権限を使っていることには触れない。……考えてみると面白いな。キリトが必死に隠していることを、僕とユキとユイとロキの4人も知ってしまっているのだから。

 

 僕は絶対に《スターバースト・ストリーム》を生で見たい。だからここ数日は毎朝74層の広場で張り込みをしているのだ。だが結果は芳しくない。……また明日も行くかあ。

 

 なんて思っていると、ホームのドアががちゃりと開いた。

 

 「え? 誰!」

 「ようエネ、俺だよ」

 

 ソファでユイと並んで座っていた僕が飛び上がって振り返ると、にやにやと笑みを浮かべたキリトがそこに立っていた。その後ろから、アスナが申し訳なさそうにひょっこり顔を出す。僕は自然と眉間にシワがよった。

 

 またこの人達は予告もなく……!

 

 「あのね、ここは僕とユイのお家なんだから、来るんだったらメッセージの1つくらい――」

 「まあまあ硬いこと言うな。それに今日は、俺たちに感謝することになるぞ」

 

 100対0でキリトが悪いというのに、全く悪びれる様子を見せないことに僕が眉を顰めると、キリトはかえって得意げな顔になる。それをアスナがたしなめて、控えめに言った。

 

 「あ、あのね。キリトくんが《ラグー・ラビット》の肉を手に入れたから、一緒に食べたいなーと思って……急に来ちゃってごめんね」

 

 固まった。《ラグー・ラビット》だって……? 僕とユイは顔を見合わせて生唾を飲み込む。言わずと知れたS級食材じゃないか……!

 

 「……ま、まあ今回だけは許してあげるよ」

 「パパの取り分は一口でいいですね」

 「…………ユイが反抗期だ」

 

 キリトはユイの言葉にうなだれるが、僕は別のところにも注目していた。これは、明日74層攻略が起こるってことだよね……!

 

 *・*・*

 

 アスナが厨房に立ち――僕の《料理》スキルはまだ完全習得していない――僕達3人はテーブルについてそわそわと料理の出来上がりを待っている。

 

 その中で僕はユキにメッセージを飛ばしていた。最悪の場合ここに来るかもしれないけど、まあいいだろう。その分キリトの肉を減らせばいいし。

 

 ――ユキ、今キリトが家に来てて、《ラグー・ラビット》を食べようとしてるんだけど。

 

 返信はすぐに来た。メッセージ画面を既に開いていたのではないかという速さだった。

 

 ――ああ? じゃあ明日が74層攻略か。俺も行くわ。

 ――なんかさ、《物語》がちょっと変わってて不気味じゃない?

 ――確かに。でもあのバカップルのことだから、肉を手に入れたらユイに食わせたいと思うのは普通じゃねえか?

 ――クラディールのこともあるしさ……これから何が起きるか分かんないよ。76層に進む前にこの世界を終わらせなきゃダメだし……キリトは死なせたくないし……

 

 そのメッセージを送信した時、キリトがダン! と机を叩いた。僕はビクッとしてキリトを見る。キリトの顔には珍しく怒りが表れていた。

 

 「エネ、いつまでもメールしてるんじゃない」

 「……何のキャラ?」

 「パパらしいですね。ところで、エネは誰とメールしてるんですか?」

 

 ユイの顔がずいと近付く。パパらしいってどういうことだよ……お父さんみたいってこと?

 

 「……ユキだよ」

 「な、お前これ以上俺たちの取り分を減らす気か?」

 「大丈夫だよ。来たいって言わなかったから」

 「それはそれで変なやつだな……」

 

 うん。僕もここで来ないなんて人として大切なものが欠けていると思う。それに萎えたのか、キリトとユイの怒りの矛が収まったところで、ユキからの返信が来た。

 

 ――クラディールのことって何だよ?

 

 ああ、そういえばペコと話したことはユキにあんまり話していなかった。

 

 ――《物語》ではどうなのか知らないけど、ラフコフ戦の情報が漏れたのは、ペコが送り込んだクラディールのせいだったらしいんだ。つまり、クラディールはペコの……転生者の影響を受けてると思う。

 ――それは、不味いな。《物語》でもキリトと刺し違えたようだし……

 ――うん、何か起きてからじゃ遅いよ。何かしないと。

 

 それに、クラディールはあのアスナのストーカーをしていたのだ。キリトがそれにトラウマを持っている以上、《物語》とは違う展開になる可能性も高い。

 

 ――ま、とりあえずスタバ見てからだな。

 ――スタバって何?

 ――《スターバースト・ストリーム》だよ。

 

 僕はため息とともにメッセージ画面を閉じた。ユキは馬鹿なのかもしれない。それとほぼ同時に、アスナがキッチンから出てきた。ああうん。さっきからすんごく美味しそうな匂いしてた……!

 

 「わあー、できたよー」

 「おおお!」

 「ヨダレでそう」

 

 もうもうと湯気を上げるシチューが僕達の前にコトリと置かれる。ラグー・ラビットって結構小型のモンスターだと思ってたんだけど、4人で分けても十分すぎるほどの量がある。柔らかそうな肉がごろごろ入っているのは、もはや目に毒だ。

 

 《物語》ではいただきますと言うことすらなく黙々と食べ進めたようだが、ユイという子供がいる前では、2人にもギリギリ自制心が働くようで、スプーンに伸びよう手をぱちりと合わせていた。キリトが音頭をとる。

 

 「い、いただきます」

 「「「いただきます」」」

 

 それからしばらくは、カチャカチャという食器のささやかな音だけが食卓を支配した。立てているのは主に僕とキリトだ。アスナはやはり育ちがいいのか食べ方も美しい。

 

 ……いや、美味しすぎるって。

 

 僕自身にあんまりこういう経験がないからかもしれないが、鮮烈に伝わってくる味覚パラメータに目もくらむような思いだ。肉を噛めば肉汁と旨みが口を満たし、かといってそれが突き抜ける訳ではなく、その隙間を埋めるソースが味を和らげてさらに豊かなものにする。あんまり食べ過ぎるとかえって体に悪そうなくらい、僕の脳をビンビンに刺激してくる。

 

 30分ほど経つと、4人の皿は綺麗に空になっていた。僕は素直にこんなことを言った。

 

 「……キリト、今日はありがとうね……」

 「パパ大好きです……」

 「……ほらな?」

 

 うん、それに対して文句言う気が起きないくらいには、僕は今幸せな気分だ。

 

 *・*・*

 

 翌朝。僕とユキは74層の転移門広場で落ち合った。ロキも誘ってみたけど遠慮するそうだ。ユキはいつだかのように顔をすっぽり覆うフードを被っている。ユキは《隠蔽》スキルなどは取っていないから、その代わりだ。そう。僕達はキリトたちに気付かれないようにボス部屋に乗り込むつもりなのだ。

 

 なぜなら、僕達がいると分かった状況では、キリトが《二刀流》を使用しない恐れがあるからである。

 

 「楽しみだねえ」

 「……クラディールの様子を見るぞ」

 

 暫くして、広場にキリトがやって来た。バレないか非常に心配だけど、今のキリトはアスナで頭がいっぱいだろうから大丈夫なはずだ。

 

 「あっ来た」

 「そういえば昨日エネの家に行ったんだよな、キリト達」

 「うん」

 「クラディールとキリト、これが初対面なんじゃないか……?」

 「ああー……」

 

 意図せずして《物語》を変えてしまったと言う訳か。僕は何も悪くないけどね。

 

 それから10分後。転移門が再び光ったかと思えば、1メートル位浮いたアスナが飛び込んできた。避けることなど出来なかったキリトは押し倒されて転倒。アスナの胸を鷲掴みにしてしまう。……綺麗に《物語》をなぞるので逆に感心してしまった。それを黙って見ている僕達もどうかと思うけど。

 

 「あーーもうこういうところが主人公だよなー」

 「ユキ、ああいうのに興味あるの?」

 「逆にお前は無いの?」

 「ないよ」

 

 会話の低俗さに顔を顰めると、ユキはつまらなそうに視線をキリトとアスナに戻した。

 

 でも、最近、ユキが僕と同じ目線で話すことが多くなった気がする。今まで一方的に守られるだけだったから、なんだかちょっと嬉しい。――と思った時、転移門が再び光る。

 

 「ア、アスナ様! 勝手なことをされては困ります!」

 

 アスナ様、ね。……クラディールだ。筋張った顔はいかにも神経質そうな印象を与える。華美な鎧も、この男が着れば目にうるさいだけだ。

 

 なんて思ってしまうのも、ラフコフのせいだよね……

 

 「ア、アスナ。この人は……?」

 「……護衛のクラディールよ。私はいらないって言ってるのに……というか、なんで私がここに来ると分かったの……?」

 

 アスナは顔を青くしてキリトの陰に隠れる。キリトも思い当たる節があるのか、顔が強ばる。クラディールはその問いにふんぞり返って答えた。

 

 「アスナ様の護衛のため、任を得てからのこのひと月は、アスナ様のホーム周辺で1日中張っておりました」

 「なん……!!」

 「それってストーカーじゃ――」

 「そんな人聞きの悪いことを仰らないでください。しかし、張っていてよかった。――薄汚い鼠にアスナ様が誑かされる前に、こうして追いつくことが出来たのですから」

 

 クラディールの顔はあくまで冷静だった。キリトのことを《物語》以上に目の敵にしていることが分かる。――ペコに吹き込まれたのか? 一方、ユキは別のところにイラついているようだった。

 

 「あの野郎、鼠のことを馬鹿にしやがったな」

 「……ユキ、気持ちは分かるけど、今そこじゃない……!」

 

 鼠って。別にアルゴのことを言ったわけでもないのに。ユキったらいつの間に、そんなにアルゴに惚れ込んだんだろう。きっかけが見えない。……案外昨日もアルゴと会ってるか、メッセージのやり取りをしていたのかもしれないな。

 

 だがここで、予想外のことが起きた。キリトが俯いたかと思えば、クラディールの前に紫の画面が表示されたのである。

 

 「……デュエルしろ、クラディール。そして、俺が勝ったら、今後付きまとうようなことをするな」

 「な、キリトくん!? そんなこと……」

 

 気付けばキリトは剣を抜いていた。クラディールは目を見開いて口を歪め、それを承諾する。

 

 「ああ、キリト切れたね」

 「……何かあったのか?」

 「キリト、前にペコにストーキングされてたんだよ。それで精神がやられちゃって、《月夜の黒猫団》に入ったんだ」

 「ペコペコペコペコうるさいな……! 全部アイツが仕組んだことかよ」

 

 あいつ。まるで知った仲であるかのような口ぶりだった。もしかしたら、ユニークスキルを継承した関係で、ペコの狂気と触れ合ったのかもしれない。ユキも髪をかきむしり、その場に蹲ってしまった。

 

 そして、デュエルの噂を聞きつけて多くのプレイヤーが広場に集まり出した。そのざわめきで、キリトとクラディールの声が聞こえなくなる。何やら口を動かしているので会話はしているのだろうが……

 

 だが、僕の《逆鱗》にかかれば、感情を受け取ることは出来る。クラディールの黒に染まった感情が、どくどくと僕に流れ込んできた。

 

 ――そーいやぁ、キリトって言やぁ、ボスに可愛がられてたんだっけなァ。へえ、丁度いいじゃねえか。俺達からボスを奪った罪を、……ここで斬ってやらぁ。

 

 ぞっ、と鳥肌が立った。クラディールは建前上《血盟騎士団》に所属しているため、表立ってラフコフらしい面を見せることはない。よって、こんなことを言っているはずはないのだが――これが本心なのだろう。

 

 《笑う棺桶》残党――ある意味、ペコやPoHのカリスマに本当の意味で惹かれた異常者たちの集まりだ。これはやっぱり、何か大きいことが起きる前に、この世界を解放しなければならないだろう。

 

 キリトからも黒い感情――憎悪――が流れ込んでくるため、僕はめまいを起こしてユキの隣に座り込んだ。デュエルの様子を目に入れたくなくて、ぎゅっと目を瞑る。それを見たユキが、ハッとして僕の背をさすった。

 

 「お前、また――」

 「うん」

 

 ――また、人の考えを読み取ったのか、とユキは言いたかったのだ。それを聞く前に答えたことで、ユキから重々しい感情が伝わってくる。同時に、丁寧に隠された何かも――

 

 「ユキ、何考えてるの?」

 「……別に」

 

 ユキに撫でられて落ち着いた僕が薄く目を開けると、どうしようもない絶望に囚われたような顔をしているユキの顔が見えた。

 

 数分後、デュエルは問題なくキリトの勝ちに終わった。キリトとアスナが迷宮区に消えていく中、クラディールはずっとキリトの背を睨んでいたが、最後の一瞬だけ、僕達の方を見たように感じた。

 




続きます。次話も短めのはず……です。なにぶん書き溜めにない話なので分かりません。あ、でもお分かりいただけると思いますが本編に関係ない話ではありません。

最近、あとがきに書きたかった話を次の話を書き始めてから思い出します。


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34:その背中の向こう

34話です!
えっと、いつもよりは短いです!(白目)6000字は超えてる……ああ……

本日二話目です


 「はあー、スタバ見るだけだってのに散々な目に遭ったな」

 「そのスタバって言うのやめてよ……」

 「あーこっちにはス〇バないのか……」

 「なんか伏字入った!?」

 

 キリト達がギリギリ《索敵》範囲に入る距離で尾行している。既に時刻はお昼に近い。やっていることはクラディールと大差ないって所が非常に嫌なんだけど……まあ今日だけだし……

 

 あ、僕に関しては前科があったね。てへ。

 

 「で、ここで《軍》の奴らと会うんだっけか」

 「そこも微妙だよね。《軍》ったらラフコフの時のアレで、低層プレイヤー達にすごく感謝されてるみたいだし、攻略ギルドとしてそんなに身を立てる必要が無いと思うんだけど」

 

 これはロキも言っていた。《物語》であんなに横暴さを見せていた《軍》のプレイヤー達も、結局は人の子だったということらしい。資金難に喘いでいるみたいだが、色んなギルドから援助してもらっているようで、ギルドを維持することは出来ているらしい。ま、最前線に来るレベルの精鋭部隊くらいはあると思うけどね。

 

 ユキは僕の言葉を聞いてため息をついた。

 

 「……《物語》をアテに出来なくなっている……か」

 「ロキに、76層に到達する前にこの世界を終わらせてほしいって言われたんだ」

 「あー俺もそう思うぞ。その剣は明らかにおかしいからな」

 

 ユキが指差す《リメインズハート》は、今日も美しく輝いている。いやほんと、反則級に強力な剣ってことは分かるんだけど、……そんなに警戒されるって……

 

 「ロキは《76層に到達する前》って言ったんだろうが、俺は《75層ボス戦が始まる前》までにクリアする必要があると思ってる。そこで《キリト》と《ヒースクリフ》が相打ちした時に、重大なバグが起きて、76層が開放されちまうんだ」

 「……いや、訳分かんないんだけど」

 

 《物語》じゃあ、そのまま終わってたじゃん。まさかそれも嘘なの? とユキを見つめると、言いづらそうにガシガシと頭をかいた。

 

 「まあ細かいところは聞くな。俺のいた世界では、《物語》にいろんな可能性があった……というか……」

 「……まあ、いいや。それより、ボス部屋から逃げだしたみたいだよ」

 「……」

 

 《索敵》の2つの点が猛スピードでこちら側に走ってくる。同時に、2つの悲鳴が聞こえる。アスナの高いソプラノボイスよりキリトの声の方が大きく聞こえたのだから、キリトは相当な音量を撒き散らしたに違いない。

 

 「んで、昼休憩か。俺もマヨネーズ食べてみてえな」

 「ユイに頼んだら作ってくれるかもよ」

 

 僕の《料理》スキルがコンプリートしていないのは、ユキが帰ってきてからの料理担当がほぼユイに変わったからである。高い知能と確かなパラメータ認識能力があれば、マヨネーズの味を再現するくらい訳ないことだろう。

 

 そのうちに、《索敵》に数個の点が増える。クライン達と合流したのだろう。更にしばらくすれば、きちっとした隊列の12個の点が《索敵》に刻まれる。暫く接近していたと思えば、その点たちは結構な早さで《索敵》圏外へと離れていった。

 

 「あーー、《軍》来ちゃったかー」

 「まあキバオウは俺のこと恨んでるだろうからな。俺に与えられた地位が気に食わなかったのかもしれん」

 「……死んじゃうんだよね……」

 

 軍から3人の死者を出す、というのは《物語》で決められた筋書きだ。たとえ僕達がうまく立ち回ったとしても、おそらくそう大きくは変えられないだろう。

 

 その事に目の前が暗くなる思いでいると、頭にユキの手が乗る。

 

 「深く考えんなよ。誰も死なせない、なんてのは傲慢だぜ。自分で突っ込んで自分で死ぬんだから、お前や俺が気に病むことは無いだろ」

 「……うーん」

 

 いつの間にかキリトたちは出発しており、僕達は慌ててそのあとを追った。

 

 *・*・*

 

 「やっぱりさ、できるだけ《軍》の人も救いたいんだ」

 「……はあ?」

 

 キリトたちと一定の距離を開けながら歩く。その中で発した僕の言葉は、ユキの呆れを買った。

 

 「俺もお前もスタバ見たいんだから、んなことしなくていいんだよ」

 「ユキの力で何とかならない?」

 「……力、って何だよ」

 

 ユキの心底不思議そうな声に、僕の足がぱたりと止まった。そういえば、ユキはあれ以来あのスキルを使っていないのか。

 

 「……《鮮血剣》だけど」

 「――ッ! 滅多なこと言うなよ! あれは俺の控えスキルに眠らせてんだ!」

 「確かにあのスキルは恐ろしいけどさ、もっと別の使い方があると思うんだよ」

 

 思い出されるのは、ペコと対峙したあの時のあの透明な手である。あれに触れられた後、ペコは僕の考えを読み取った。ユキが色んなものを読み取れるのは、その首輪のせいだけじゃないと思うのだ。

 

 血や痛みといった幻を脳に見せる――言わば、相手の意識に入り込む力があるのではないか、と僕は考えるようになっていた。

 

 ユキは僕の思考を読み取っている。それが分かるからこそ、こんなことを今考えているのだ。

 

 「……っ」

 「僕の《逆鱗》よりもチートだね」

 「……俺があれにまた飲まれない保証はない」

 「だからさー、ユキのくせに自身失くすのやめてよ。ユキはいつだって不敵に笑って滅茶苦茶してきたじゃん」

 「……否定、できない」

 

 ユキは《飲まれる》という表現をしていたけど、そういう感じじゃなかったと思うんだけどな。僕が気絶してた間に何かあったんだろうか。――もしくは、スキルのせいにしたいと思っているのか……

 

 とにかく、うじうじしていても何も解決しない!

 

 「はい、いざとなったら僕が止めてあげるから。《鮮血剣》使ってみて」

 「……暴れそうになったら、迷わず刺せよ」

 

 ユキは心底嫌そうに、ウインドウを操作した。そしてスキルを控えからスロットに移すと、どくん、と強大な力が動くのを感じた。

 

 「……ぐっ」

 

 ユキは頭を抱えて崩れ落ち、全身から大量の汗をかいている。ちらりと見えた瞳は――血のように赤く染まっていた。

 

 《逆鱗》がびしばしと受け取るユキの感情は、何か大きなものがユキを乗っ取ろうとしているように感じられる。いや、これは感情というより……

 

 「ユキ、落ち着いて。そのスキルは……意識を掌握するものだよ。だから、そのスキルはユキを飲み込もうとしてくるんだ」

 「……無理だ、こんなの抗えない」

 

 震えるユキの肩をつかむと、そこからでも分かるほど首が発熱していた。僕はユキに思いっきり頭突きして、無理やり穏やかな感情パラメータを押し付ける。――すると、ユキの瞳の色が薄くなり、そして、僕の腕を払ってまたウインドウを操作した。

 

 先程までの禍々しさが嘘だったかのように、辺りには新鮮な空気が満ちている。その時僕は思い切り息を吸った。無意識のうちに、呼吸を止めていたことに気付いたのだ。

 

 ゼェゼェと荒い息を繰り返す僕を見て、ユキはらしくなく儚げな笑みを浮かべた。

 

 「……ほらな」

 「……絶対、ユキなら……できるよ」

 

 僕自身が《逆鱗》に飲まれたことがあるからこそ、それは乗り越えられるものだということも分かる。今のユキは精神的に万全でなかっただけだ。――また、馬鹿みたいに自信のあるユキに戻ってくれれば、それも可能なはずだ。

 

 その時、はるか遠くで悲鳴が上がるのを感じた。声はここまで届いていないが、その鋭く切迫した感情は僕の脳を貫く。

 

 それにユキは気付いていないようだ。……僕は疲れきったユキを無理やり立たせる。

 

 「おい、まさか」

 「うん。たぶん《軍》がボス部屋に入ったね。……キリトたちもそろそろじゃないかな?」

 

 今のやり取りで、キリトたちは《索敵》から外れてしまった。――ボス部屋がどこにあるのか、分からなくなってしまったのだ。

 

 「な、なんでそんなことが分かるんだよ」

 「……うーん、読み取れる距離に関しては《逆鱗》に分があるのかな?」

 

 僕はすっと手を耳に当てた。音を知覚する機能を遮断して、感情の波だけを捉えることを意識する。近くにユキがいるのがすごく邪魔だが、このフロアにいるプレイヤーの位置が手に取るように分かった。

 

 その中でも一際恐怖を発していて、今まさにキリト達が向かっている場所がある。――そこがボス部屋だ。その場所を深く脳に刻みつけた後、僕は耳から手を離す。

 

 「分かった。ユキは何とかしてダメージ防いどいて」

 「はあ? いやお前《逆鱗》は乱用するなと――」

 

 僕は《逆鱗》を使用した。僕の研ぎ澄まされた《感情》が功を奏したのか、かなり完全に近い鎧が全身に展開される。これは僕の身体能力も底上げしてくれるので、通常より早く動ける。僕はユキだけにダメージが通らないように強く意識しつつ、ユキを担いで走り出した。

 

 「お、おおおすげえ! ダメージ受けてない!!」

 

 *・*・*

 

 ボス部屋にたどり着くと、扉が少し開いていた。アスナとキリトたちが、今にも突入しようという所だった。

 

 間に合わなかった……? いや、まだだ……

 

 僕は《逆鱗》を解いてユキを地面に下ろすと、不意に足のふらつきを感じた。ユキは怖い顔をして僕を見下ろす。

 

 「……ほら言ったろ、その力は得体の知れないものなんだよ。俺もお前も――」

 「……諦めないから」

 

 扉に身を滑り込ませると、キリトとアスナの驚いた顔と目が合う。僕はそのまま、左手に回復結晶を呼び出す。

 

 「――エネくん!」

 「お前……!」

 「――――ユキっ!! これなら出来るでしょっ!!」

 「……クソっ!」

 

 そして、丁度そこにコーバッツと思わしきプレイヤーが飛んできた。僕は結晶を高々と掲げてコーバッツを受け止める。そこに《軍》のプレイヤーの悲痛な叫びが届いた。

 

 「――ここは、結晶が使えないんだッ!!」

 

 キリトとアスナは顔から色を失う。コーバッツのHPの減少速度は、もうポーションでは追いつかない。――それは僕が一番よく分かっていた。

 

 結晶を使うしかない。そう分かっていたからユキにああ叫んだのだ。結晶を握る僕の腕に、不可視の鎖が巻きついているように感じる。これは、ボス部屋の意志だ。

 

 ユキは僕に追いついてきて、僕に覆いかぶさるように左手を握った。ユキの首が強烈な熱を発し、僕の左手に巻き付く鎖を溶かしていく。――が、消えたそばから、カーディナルは新たな鎖を生み出していく。……ユキだけの力じゃ、足りないんだ。

 

 「ぐ、ぐああ……っ!」

 「ユキ、もうちょっとだよ!」

 

 僕は《逆鱗》の力も総動員して、カーディナルの意志を踏み倒していく。その甲斐あってか、僕の左腕は少しずつコーバッツに近づいていった。あと少し。あと少しでコーバッツに手が届く。――だが、コーバッツのHPも残りわずかとなっている。

 

 「ふ、ふざけるな!! 僕の前でもう――誰かが死ぬのは嫌だっ!!」

 

 その赤い意識が、一瞬全ての鎖を砕いた。次の瞬間にはまた雁字搦めになるに違いないが――僕は腕を引き裂かれるような痛みの中、コーバッツに結晶を押し付ける。

 

 「――ヒール!!」

 「有り得ない――」

 

 僕の魂の叫びは、回復結晶が砕け散ることによって実を結んだ。――結晶が使えない空間において、コーバッツのHPはみるみる回復していく。それは減少速度を上回り、やがて注意域の中程でその上昇を止めた。

 

 

 

 コーバッツは暫く呆然としていたが、ポーションをくわえてすぐにボスに向かって行った。見れば、キリトもアスナもクライン達も、既に《グリームアイズ》と切り結んでいる。――キリトが二刀を掲げて、流星のような技を刻んでいるのが見えた。

 

 ――《スターバースト・ストリーム》。青く美しい剣舞が、僕の真っ赤な意識を青く染め上げる。

 

 見れて、良かった。――そう思える光景だった。

 

 「はは……やった、な……」

 「うん……」

 

 僕とユキは折り重なるように倒れ――意識を、失った。

 

 

 

 *・*・*

 

 

 

 「――きて! エネくん、起きて!」

 

 「……うう」

 「……俺には何もナシか、アスナ」

 

 あ、頭がガンガンする……ユキが僕の上に倒れてるから身動き出来ないし……って、ユキ起きてないじゃん。今の声はキリトだったし、ユキは……

 

 僕は緩慢な動きでユキの下から這い出すと、ユキを揺さぶる。それを見たアスナが血相を変えた。

 

 「え、お兄ちゃんは……」

 「あー、心配しないで。……ちょっと頑張ってみるよ」

 

 僕はふらつく頭を両手で抑えて、また頭突きをした。――本気でやったため視界に星が散り、あまりの痛さに仰け反って悶える。

 

 「ちょ、ちょっと何してるのよ!」

 「たぶん……これで、起きるから……」

 「……ぐっ、痛い」

 

 そして本当にユキが目覚めたため、その場の全員が唖然とした表情になる。ユキの頭の中は痛みと疲労でぐちゃぐちゃだ。――僕が無茶をさせてしまった。

 

 でも。

 

 「――助けていただき、感謝する」

 「コーバッツさん」

 

 動揺を隠しきれないながらも深く礼をするコーバッツさんに、頬が緩んだ。それを見たクラインが口を挟む。

 

 「俺はコイツらに聞かなきゃなんねーことがあっからな。……お前ら、生き延びたことを感謝しつつアクティベートしてきやがれ」

 「うむ」

 

 コーバッツさんとその部下は、ふらつきながらもきちっとした隊列を組んで、階段を上っていった。……本当に、ぶれない人達だ。

 

 

 

 まあ、《軍》が無茶な特攻をしたから、こうして僕もユキもキリトも疲労するハメになったんだし……この場からそうそうに追い出したくなる気持ちは少し分かる。……でも質問されるのはちょっとなあ。キリトはともかく僕達のやったことは、聞かれても答えることが出来ない。

 

 僕は《感情》をユキに伝える。メッセージを開かずとも、この距離ならば会話くらいはできる。

 

 ――ねえユキ、どうしよう。

 ――あ、ちょ……頭痛いから意識飛ばしてくんな。

 ――僕もだよ。これ、質問されたらまずくない?

 ――……俺が全部喋る。お前は何も言うな。

 

 それきり、ユキの意識は僕を拒絶するようになった。僕もユキもズキズキする頭を抱えて涙目である。それを察したクラインは、まずキリトから《二刀流》のことを聞き出していた。

 

 「ったく水臭ぇな! そんな裏ワザ持ってるなんてよう!」

 「……エネみたいに追い回されるのは嫌だったからな」

 「ぐっ……」

 

 キリトは僕の方を見ていたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

 「――それに、お前達の方が訳の分からないことをしていただろう。《結晶無効化空間》で、回復結晶を使うなんてな」

 「……そ、そうだ。なんだぁ? ありゃ……」

 

 クラインが疑問の声を上げるのと同時に、訝しむような視線が僕達に刺さる。疲弊しきった脳はそれだけで悲鳴をあげて、視界が回転し始めた。そんな僕をユキがしっかりと抱きとめて、――不敵な笑みを浮かべる。

 

 「――直に分かるさ。俺はただのプレイヤーじゃないってことだ」

 「えっ?」

 

 ――黙ってろって言ったろ!

 ――いや、だって、そんなこと言ったら……

 

 そんなの、ユキが変なチートでも使ってるって言っているのと同じだ……! いや実際そうなんだけど! 生き返ってる時点で普通のプレイヤーじゃないんだけどね!

 

 クラインだけに留まらず、キリトもアスナも……《風林火山》のメンバー達も、僕達に向ける視線を強めた。それに目をつぶってしまった僕を庇うように、ユキはすっくと立ち上がる。

 

 「ま、今バレたのは正直計算外だったが――分かるよな? くれぐれも内密に頼むぜ」

 

 ユキは僕を慣れた手つきでおぶると、75層に続く階段を登り始めた。誰も、何も僕達に言葉をかけなかった。




私の悪い癖ですね。最初はただスタバ見てわーきゃー言って終わるはずだったのに、めちゃめちゃ不穏な終わり方をしてしまいました。でも大丈夫! これからの話は大体不穏です!()

だんだんエネとユキがおかしくなってきました。まだしばらくこんなノリがつづく……はずです。

おっかしーなー。このままだと《リメインズハート》活躍するの最後の最後だけになる気がする……


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35:その決闘の向こう

35話です!

今回の文字数は……(メソラシ
ごめんなさい。文字数多い分サクサク進むよう心がけていきます。

サブタイ被ってないよ。激闘はあったけど決闘はないからね。()


 

 ――それから一夜。

 

 キリトの《二刀流》は瞬く間にアインクラッドに轟き、《3人目のユニークスキル使い》として有名になる。ユニークスキルの使い手、としては、ペコと俺に続いて5人目だけどな。あのスキルは表沙汰にしてはいけない類のものだから仕方ないだろう。

 

 そして、俺が為したことは一切話題になることがなかった。あの場で上手く口封じが出来たのだろうか。

 

 ああ、心配だ。俺の計画にはなかったこと、だからなあ。

 

 アクティベートされたばかりの75層《コリニア》は、石を切り出されて作られた……何ともヨーロッパ調の街であった。街の中心はゴツゴツとしているが、少し郊外に出れば爽やかな草原が広がっている。何気に圏外だったりするが、パッと見モンスターもほとんどポップしていないし、……まあこんなふうに寝転がっているのも良いだろう。

 

 理由はもう1つある。さっきから俺に近付いてくる気配がするのだ。ここは居眠りをしてやり過ごそ――

 

 「ユキ」

 「俺は今寝ている」

 

 ダメだった。動揺して声を上げてしまった。やってきたのはやはりアルゴであった。フードからこぼれる金色の髪をチラつかせ、同じく黄金に輝く瞳を瞬かせる。

 

 「相変わらず暇そうだナ」

 「お前こそ調査はいいのかよ」

 

 《アインクラッド一の情報通》と名高いアルゴは、普段なら新たな層がアクティベートされようものなら、数日は寝る間も惜しんで層を探索している。そうして攻略本を作り、無料配布しているのだ。――本当に、根っからの良い奴なのである。

 

 だから、アクティベートされた翌日の昼間の、こんな閑散としたフィールドにアルゴがいるのはおかしいのだ。

 

 アルゴは俺の追及に目をそらし、アイテム欄から何かを実体化させた。長方形の紙切れを、俺に突き出す。

 

 「……こ、これ、一緒に見に行かないカ」

 「ああ?」

 

 ぱしっと受け取ってみると、そこには《聖騎士・ヒースクリフと二刀流使い・キリトの世紀のデュエル!》とデコデコと装飾過多なフォントで印字してあった。

 

 ああ。そうか。まあそうなるよな。

 

 これが恋愛映画や水族館のチケットだと言うなら俺も少しは盛り上がるが、ただの他人の痴話喧嘩を見に行くなど、気が乗るわけがない。実際、そんなのを見に行くよりはこれからの事を考えないといけないしな。

 

 「だめ、カ……?」

 

 ――だが、そんなに潤んだ目で見られては俺も弱くなる。よく見れば、チケットにはS席と書いてあった。本当に、今朝デュエルが決まったばかりだというのに、商人プレイヤーたちは商魂たくましい。そして、きっと情報屋の権限を濫用してこれを手に入れたのだろうアルゴも、よっぽどである。

 

 俺はそんなアルゴにいやらしく笑って見せた。

 

 「そんなに俺と見に行きたいのか?」

 「当たり前だロ。……いや、か、勘違いするなヨ。どーせユキは暇してるだろうから、オイラが時間を潰してやろうと思ってだナ」

 「はいはい……分かったよ」

 

 俺はにょきっと起き上がると、アルゴの頭をぽんぽんと撫でる。アルゴの頬は怒りと羞恥に赤く染まるが、何も言い返してこない。

 

 ――いや、めっちゃドキドキしたから。お返しだから。

 

 *・*・*

 

 原作を読んで知ってはいたが、デュエル会場は巨大な円形闘技場だった。収容人数がどれくらいなのかは考えたくないが、結構な数の席が埋まっているところを見ると、アインクラッド中がこのデュエルに興味があると見える。物凄い熱気だ。

 

 「おー、さすがS席だなあー」

 「毎度ありーっ!」

 

 俺は景気の良い声を上げる売り子からポップコーン(もどき)を購入すると、がふがふと貪り始めた。S席はフィールドにすごく近い。闘技場の中心の最前席数席がS席に指定されていて、周りには明らかに豪商と見える商人プレイヤーしかいない。本当に中世ヨーロッパに飛ばされたような光景に目をぱちくりした。

 

 アルゴが物欲しそうな顔で俺を見てくるのでカップを突き出すと、小動物のようにもさもさと頬張り始めた。

 

 な、なんだコイツ可愛いな……普段飄々としてるくせに、こういう所作一つ一つがいちいち女子っぽいというか……

 

 今世でも前世でも女性経験値がゼロに近い俺にとっては、たとえ仮想世界であってもこういう女性の扱いには困ってしまうのである。

 

 「ア、アルゴはどっちが勝つと思うか?」

 「ン?」

 

 なので、こんな無意味な問いをしてしまう。結果は分かっているのにこんな話を振るなんて――それに、ヒースクリフはここでチートを使うからな。……やばいな、何言われてもこれ以上話題広げらんねーぞ。

 

 だが、アルゴは予想に反して真面目に答えてきた。

 

 「僅差でヒースクリフかナ」

 「僅差とは?」

 「……なーんか、臭うんだよナ」

 

 それ、加齢臭じゃね? と口を挟める雰囲気ではなかった。アルゴはすっと目を細めてフィールドを睨む。まだキリトもヒースクリフも入場はしていないが、何かが見えるとでも言わんばかりだ。

 

 「どーにも団長様は何か隠してる気がするんダ。それをキー坊が見破れなければ勝てないだろう……なんてナ」

 

 にしし、と笑うアルゴに、俺は戦慄を覚えた。確かに、原作で特に描写はなかったが、ヒースクリフはあれで結構アインクラッドを楽しんでいる。このデュエルもその一環だろう。……原作でも動機がよく分からなかったしな。

 

 キリトはこのデュエルでヒースクリフ=茅場を疑い始めるが、キリト以外にも――例えば多くの情報を扱う情報屋とか――その事実に至る人間がいてもおかしくない。

 

 「アルゴはそれが何か知ってんのか?」

 「……ほう、つまりなにか隠してるのは確定、ト……」

 「な、待ってくれそれは内密に」

 

 あ。

 

 俺はニヤニヤと笑うアルゴの顔を見て、己の失策を悟った。

 

 《鼠と5分会話すると100コル分のネタを抜かれる》――そのフレーズが俺の頭をくるくると回っていた。いや、今のは100コルどころか6000人の命が懸かった情報だ。やばい。どう切り抜ければいいのか――

 

 だが、そんな俺にアルゴは柔らかく微笑む。

 

 「ユキはやっぱりお子様だナ。今のは聞かなかったことにしとくゼ。……ヒースクリフのネタは、情報屋としてオレっちがきっちり暴きたいんダ」

 

 そういうと、真剣な眼差しを再びフィールドに向けた。その澄んだ横顔に俺は目を奪われる。……これ、原作でキリト氏がやんなくても、途中でクリアになってたんじゃないか? 語られなかった《物語》ってやつなのか。

 

 はたまた、俺と関わることでアルゴの運命がねじ曲げられたのか。

 

 その想像を振り払うと、突然会場が沸いた。見れば、2人が入場している。キリトの手には黒白の剣が光り、ヒースクリフはいつものように巨大な盾を構えている。――デュエルのカウントは既に30を切っていた。

 

 「始まるな」

 「だナ」

 

 3、2、1、0。カウントがゼロになった瞬間、両者は地を蹴る。キリトは2刀を目にも止まらぬ速さで――間違いなくシステムのアシストは超えている――振るが、ヒースクリフはそれを的確に、恐ろしいほど無駄なく盾で受け続ける。そしてキリトの剣戟が途切れた、隙とも言えぬ一瞬をついて、ヒースクリフの盾が水平に突き出される。

 

 「……やっぱチートだよな」

 「ユキにはアレが見えるのカ」

 「まあ、なんとかな」

 「……でも、あれで《神聖剣》だなんて妙なネーミングだよナ。まるで()()()()()()発動することを決められていたようダ」

 

 アルゴの鋭すぎる発言も気になるが、それより俺は目の前の戦闘に目を奪われてしまった。

 

 七色のソードスキルが飛び交い、意志の加速に伴って、それらは白く染まっていく。俺のやたら高性能な目には、打ち合う一合一合がはっきりと見えていた。俺はあの2人とデュエルしたらいい勝負をするか勝つくらいの自信はあるが、――この試合以上の白熱した試合は出来ないと、確信してしまう。

 

 お互いのHPはグリーンの縁に差し掛かり、俺はより一層の集中力を傾けた。剣の合間に見えるヒースクリフの顔は、僅かに焦っているように見える。

 

 「おお!」

 「スタバ……」

 

 そのヒースクリフの隙を逃すはずもなく、黒の剣士は青い流星と化した。ヒースクリフの防御は撃を重ねるごとに遅れていく。……これは、俺たち転生者以外にとっては興奮ものの展開だろう。ちっぽけなソロプレイヤーが大ギルドのトップをうち負かそうとしているのだから。

 

 だが現実はそうはならない。キリトの最後の一撃は、ヒースクリフの神の力で捩じ伏せられる。俺には全てが見えていた。世界が動きを止める中、ヒースクリフだけがその身を捩り、キリトの剣に盾を合わせていたのだ。

 

 ――ん? 俺、それ見えるのダメじゃないか?

 

 キリトと同じように俺も動揺し、気付いた時にはヒースクリフがキリトのHPを黄色く染めていた。歓声。

 

 「いやー、最高峰の戦いはすごいナ。何が何だか分からなかっタ」

 「……そうだな」

 

 俺は動揺を悟られぬよう大きく頷き、夢中になるあまり手が止まってまだまだ残っているポップコーンもどきを口に運ぶ。アルゴも何も言わずにもしゃもしゃ食べる。

 

 そろそろ帰ろうか、と思ったが、何故か席を立つ観客は疎らだ。それどころか今頃入ってくる人もいる。アルゴにそれを尋ねようとした時、場内アナウンスが流れた。

 

『えーー、これからエキシビジョンマッチを行います! 内容は――』

 

 うおおお、と沸く観客。俺は理解ができずに固まってしまった。あたりを見回してみれば、観客はみなビラを持っている。大見出しはもちろんあのゴテゴテとしたキリトとヒースクリフの決闘、という文字なのだが、その下には派手なポップ体でエキシビジョンマッチなるものが印字されていた。内容は、と言った放送は、観客の声にかき消されて聞こえない。

 

 「グァオオオオオオオオ!!!」

 

 急に聞こえた魔物の咆哮。……そうかよ。エネ、お前か――

 

 ――エネと攻略組有志のデュエル。あれ、PvPって一対一が決まりじゃなかったのか? 俺は闘技場に目を向けると、どこか満足そうなヒースクリフの顔が目に入る。

 

 お茶目か! でも、有志なんていつ集めたんだ? ほんと、SAOプレイヤーはアグレッシブすぎねえか。

 

 俺はふんと鼻を鳴らすと、椅子を軋ませながら深く腰掛けた。

 

 「エー坊が目立って悔しいカ?」

 「いや、違うが。……個人的に戦ってみてえなと」

 「なら行けばいいじゃねえカ」

 「はあ? そういうのじゃねえだろ……」

 

 俺が非難の声をあげると、アルゴは詰め寄ってきてデコピンをしてきた。

 

 「いてっ」

 「よく見ロ。あんな所で武装整えてる奴もいるゾ」

 「飛び入りだってのか!?」

 

 俺が我慢ならねえ、と剣を装備した時、何故かエネは一旦竜化を解除した。スタンに崩れ落ちる体を、マイクを持ったプレイヤーが支える。

 

『はーい、ここで《逆鱗竜》エネさんからご指名があるそうでーーす』

『――《はじまりの英雄》ユキ! 出てこいやあ!!』

 「は?」

 

 一瞬、会場が静寂に包まれる。

 

 くわんくわんとエネのマイクの音が木霊するのが聞こえたかと思うと、会場が割れるような叫び声に包まれた。耳を手で押さえるが、その暴力的な音量はちっとも衰えない。

 

 「う、うるせええ!! なんだこれ!!」

 「ユキは分かってねえナ。エネとユキって言ったら、いつでも一緒の兄弟って印象なんだゼ? それが戦うってんなラ、そりゃあコーフンするだロ」

 

 プレイヤーたちは、フィールドからほど近い位置にいる俺を目敏く見つける。そして、隣にアルゴがいると分かると――生暖かい目をするのだ。

 

 「あーームカついた。エネなんてギッタギタにしてやる」

 「……オイラはユキを応援してるからナ」

 

 不意にそんなことを言うので、立ち上がりかけた腰が止まった。くっそー。

 

 「おうよ」

 「……」

 

 顔を見られたくなくてすぐさま柵を飛び降りてしまう。……アルゴにあんな事言われちゃ、やる気は最高潮だな。

 

 エネはまだスタンが継続しているのか、微動だにしない。けれど俺が《トランセイバー》片手に目の前に現れると、好戦的に笑った。

 

 「キリトより後に試合組まれるとか、さすが《アインクラッドの最終兵器》なだけあるな」

 「ユキとは戦ってみたかったんだ。アインクラッド最強はユキだって、僕はずっと思ってるから」

 「買いかぶりだっつの」

 

 毒気のない笑みでそう返されては何も言えない。俺は大人しく下がり、横にいるキリトとアイコンタクトした。

 

 「大変だな」

 「……やるからには勝とうぜ」

 

 デュエルのカウントが始まる。エネは早々に竜に姿を変えた。挑発しているのだ。――全員を5分かけずに潰す、と。

 

 はじめの頃ならいざ知らず、攻略で度々披露して攻撃パターンも知られた今、そんなに舐めてると痛い目見るぞ?

 

 カウントが0になった瞬間、俺はエネに肉薄した。エネは前触れもなく炎を吐き、俺がいた辺り一帯は炎に包まれる。それを予測出来なかった何人かが早速リタイアして場外に追い出された。――あの炎を食らうと、HPを半分持っていかれるのだ。

 

 やはりあの火力は恐ろしい。加えて、接触すればそれだけで体力を持っていかれる。魔法のような遠隔攻撃が殆どないSAOでは最凶とも言える特性だ。

 

 「おらぁっ!!」

 

 《剣技連結》も精度が上がり、多色を纏う剣がエネに赤線を刻む。――連結の最後にモーションが長く硬直が短い技を選ぶことで、デメリットである長い技後硬直を緩和している。

 

 だが、それでもやはりエネが対応するには十分なスキであるようで、俺は振り抜かれた尾に吹っ飛ばされる。……やべえな、体力が2割飛んだ。

 

 その時、そんな俺を見た《閃光》が走る。

 

 「はあああああ!!」

 

 羽のようなステップで尾に飛び乗ると、レイピアを切り上げながらエネの体を上っていく。白光を引きながら走るそのスキルは――《フラッシング・ペネトレイター》。助走距離を怪物の背で稼ぐ。理論上納得出来ても、実行するのは与太話の1つと思われていたことだ。それを真面目な顔でこなすアスナに、俺は目を奪われる。

 

 ここでエネが焦って暴れれば、俺達はその隙に攻撃ができるんだが、……エネは全く動じず、アスナの渾身の一撃を受け続け、最後にアスナが飛び降りた瞬間に尾で強かに打ち付けた。――あれは効く。

 

 ドラゴンとしての暴力的な力だけではなく、プレイヤーとしての理性も持ち合わせたその姿に、俺は隠さずに舌打ちをした。

 

 「みんな、あとはよろしく!」

 

 そして、アスナはその場から離脱する。今の一撃と接触ダメージが効いたのだ。対してエネは、今までの累積でも3割削れたか削れていないかである。――防御面も桁違い、か。

 

 俺はキリトと示し合わせて、エネの左右に回り込む。エネをボスモンスターに見立てれば、機動力はないので周りを囲んで集中砲火するのがセオリーと言える。俺とキリトでは、手数的にダメージ量は倍違うため、エネが警戒するのはキリトの方だ。翼と接触ダメージに阻まれながらも、ダメージを与えていける、はずだったのだが。

 

 エネはキリトの方に首を向け、火を吹く。その隙に重いのを一撃入れた。当然俺とキリト以外も必死になって攻撃を続けているため、あと一撃、俺かキリトクラスの攻撃が入ればグリーンを割る、というところまで来た。それは俺もだが。ソードスキル中だったキリトはあっけなく火の中に消え、怯んだ俺達を嘲笑うかのように……エネは大空に飛び立った。吹き荒れる爆風から顔を守る。

 

 「――ここで、か」

 

 SAOで長距離攻撃がほぼ不可能な以上、こうして飛ぶようなことはしないと思っていた。フェアじゃないし、観客も、エネによる虐殺を見たいわけじゃないからだ。それをしてきたということはエネも余裕がなくなってきたということなのか。

 

 しかし何のために飛んだ?

 

 と考えていると、エネは突然羽ばたきを止めて急降下した。俺は危機を感じて飛び上がる。

 

 エネが着地した瞬間、アインクラッドが揺れた。闘技場の地面にヒビが入り、その振動をモロに食らったプレイヤーは皆一様にスタンか恐慌状態に陥っている。そのまま身動き出来ず、エネのブレスに飲まれていった。

 

 たった1人無事だった俺はエネの尾にソードスキルを叩き込み、こちらに向き直らせる。お互いHPはグリーンスレスレ。――エネはこの状況を作り出したかったに違いない。エネの竜化も、あと2分しないうちに解けるだろう。

 

 「グルル……」

 

 エネの金色の瞳は何かを訴えている。そう感じた時、首のチョーカーが熱を発した。

 

 ――僕を倒すには《鮮血剣》を使うしかないよ。

 

 「……っ」

 

 ――今なら出来るでしょ。ほら僕に負けて悔しくないの?

 

 デュエル中に急に静かになったことで、観客はざわめき出す。だが、俺はその言葉に全ての意識を奪われていた。

 

 エネの野郎。本気で俺に《鮮血剣》を使わせるために――

 

 目を閉じれば、いつでもアイツが――ハヤテが俺を出迎える。この世の全てを憎んで狂気に堕ちたハヤテは、俺を見るなり気味の悪い笑みを浮かべる。

 

 ああもう、今は黙ってやがれ。――お前との話し合いはまた後だ。

 

 ――そう。ふふ、セナくんはいじっぱりだねえ。

 

 俺は神経を撫でるようなハヤテの言葉を黙殺し、《鮮血剣》をスキルに加える。視界が真っ赤に染まって、見えない手が俺の四肢をちぎろうとするが、俺はキッとエネを睨んでそれに耐える。こんなのは、まやかしだ。俺の意識を乗っ取ろうとするなんて、ハヤテだけで十分なんだよ……!

 

 俺は《鮮血剣》の意識を掌握した。途端に、世界が変わる。全てが0と1にまで還元されていると錯覚するほど――ものが良く見えた。それはエネにも伝わったようだ。

 

 ――さすがユキだね! そうだよ! ユキが自信ない姿なんて気持ち悪いだけだから!

 

 「うっせ……!」

 

 エネは俺の悪態を聞き入れることなく、再び羽ばたいた。ブレスで俺を焼こうと言うのだろう。さて、このまま黙って殺されるのが俺か?

 

 「跳べるのがお前だけだと思うなよ」

 

 俺は思いっきり地を蹴った。なんてことは無い。フィジカルお化けとエネに言わしめた肉体と脳、《鮮血剣》で強化されたVR適性があれば簡単なことだ。俺は空気抵抗のパラメータを支配下に置いた。視界が白むほど脳に負荷がかかっているのが分かる。エネはそれに一瞬驚くも、突っ込んでくる俺に向かって火を吹いた。

 

 「どりゃああああ!!!」

 

 俺は《鮮血剣》を発動した剣をぴたりと垂直方向に構え、炎を切り裂く。

 

 意識の掌握――仮想世界風に言えば、データの解析である。そんなの、2ヶ月以上データの海を漂っていた俺にとってみれば朝飯前である。炎を構成する情報を、0と1に還元してしまえばなんてことは無い。これはロキのFNCを見て思いついたことではあるのだが。

 

 剣先は炎をポリゴンに還し、俺の体はエネの目の前に投げ出される。

 

 「これで終わりだッ!」

 

 片手剣上級剣技《ヴォーパル・ストライク》。奇しくも、俺もエネも深紅に染まって――デュエルは幕を下ろした。

 

 エネの体力はイエローに落ち込み、俺のそれはレッドに差し掛かっていた。デュエルの判定は……ドロー。

 

 「引き、わけ?」

 

 同時にダメージを負ったのだろう。僅かに避けきれなかった炎のダメージと接触ダメージが、《ヴォーパル・ストライク》を上回ったのか? そんなのねえよ……と思いつつも、口の端に笑みが浮かぶのを抑えられない。

 

 デュエルが終わったことで俺達のHPは固定された。だが、落下していく俺を、エネがその背で拾い上げていった。

 

 ――ユキ、お疲れ様。

 ――次は勝つぜ。




私にしては結構爽やかな終わりじゃないでしょうか!?()
私、精神年齢は小五くらいで止まってるので、くっさい青春小説とかたぶん好きです。読んだことないですが。

……それと同じくらい、頭のおかしい主人公が好きなので、こんな話を思いついてしまったんですがね。


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36:その真実の向こう

36話です! 本日2話目です!

短いですが、読むのは大変かもしれません……すみません……必要なことなんです……


 あのあと、ユキは気絶してしまった。司会を務めていた《血盟騎士団》の人も困っていた。僕のブレスを壊したりするのは、やっぱり《鮮血剣》本来の使い方ではなかったのだろう。……まああんな力をプレイヤーに与えちゃうのも変な話か。でも、それくらい滅茶苦茶な力がないと、《魔王ヒースクリフ》には太刀打ち出来ないと思う。

 

 《逆鱗竜のブレスを斬った》《5メートル超の跳躍》とか色々騒がれたけど、ユニークスキルを持っているということは分からなかったらしい。僕やキリトと違って、見た目には分かりにくいからね。何にせよ、ユキの凄さが知れ渡って僕は大満足である。

 

 それから数日が経った今日、《血盟騎士団》に入団したキリトとアスナが結婚したという知らせを受けた。何事も無かったんだから、きっとクラディールは成敗されたんだと思うことにする。……何か忘れている気がする。

 

 「ねえユイ、何か忘れてる気がしないかな?」

 「ひゃっ、ふしゅぐっひゃいれしゅぅ~」

 

 いつものようにソファでダラダラして、ユイのほっぺたをむにむにしていると、ユイは鈴が転がるような声で笑う。……この世界はあと2週間もすれば終わる。攻略なんて行ってやる気はない。それよりは、何とかしてキリトより早くこの世界を終わらせる方法を見つけなければならない。あと、……しばらくユイと会えなくなるだろうから、今のうちにユイ成分を補充しておきたいのだ。

 

 ちなみにユイは、先日のデュエルをS席で鑑賞していた。キリトと僕の関係者だと言ったら、ヒースクリフがS席のチケットをくれたのだ。……オイ。あの手際のいい会場手配は全部ヒースクリフの主導だったのか。……よく分からない。

 

 S席と言っても、ユキがいた所とは反対側である。ユイも念願のスタバ……《スターバースト・ストリーム》を見ることが出来てご満悦だった。エキシビジョンマッチの時は僕に声援をくれたしね。……引き分けちゃったけど。

 

 ちなみに、あのエキシビジョンマッチを提案したのもヒースクリフである。たぶん僕は客寄せパンダにされた。《血盟騎士団》はそんなにお金が足りていないのか? お金じゃないとしたら……あのヒースクリフが娯楽のためだ、とか言ったら卒倒しちゃうなあ。うん。お金だったんだろう。

 

 なんていうことをつらつら考えていると、家のドアががちゃりと開く。驚いて、僕とユイはそのままの体勢で侵入者を迎えた。それを見た2()()はニヤリと笑う。僕は名残惜しそうなユイから目をそらして、ぱっと手を離した。

 

 「や、やあエネ。3回目だな」

 「……………………どういうつもり?」

 

 そう。さも当然のように家に上がり込んできたのは、――キリトとアスナだった。アスナは手に何か鍋のようなものを持っていて――ま、まさか。

 

 「()()に引っ越してきたキリトと言います。……以後お見知りおきを」

 「妻のアスナです。……引越しそばです」

 

 2人は笑いをこらえるように震えながら、僕に挨拶をする。ユイは歓声を上げて鍋を受け取り、火にかけて温め始めた。

 

 僕は空いた口がふさがらない。――あああそうだよ。思い出した。元はと言えば、22層にホームを買ったのは、ユイが、キリトとアスナが来るはずの場所にいた方がいいと考えたからであって……! つまり、キリトとアスナは結婚したらここに来るに決まっていたのだ!

 

 いや仕方ないじゃん! あの時はこんなに長くユイと過ごすなんて思ってなかったんだからさあ!

 

 そして、ふたりはもっと笑顔になってこう言い放った。

 

 

 

 「「今日1日、()を返して」」

 

 

 

 「ああ……あああああ!!!」

 

 ビシャアアアアン! と雷に打たれたような衝撃が僕を襲った。ユイも何だか満更でもなさそうだ。あああ、そんな……そんな、ことって……!

 

 僕から、ユイを取り上げるだって……?

 

 「ひどい、ひどいや2人してっ!!」

 「パパ、ママ大好きです!」

 

 僕は泣きながら家を飛び出して、とある人にメッセージを送った。3人の笑い声が、耳にこびりついて離れない……!!

 

 *・*・*

 

 「……で、オネーサンの所に来たんだナ?」

 「ご丁寧に俺まで呼び出して……あ、アルゴさん。俺はロキっつー鍛冶屋だ」

 

 僕がいるのは、ロキが根城にしている5層のとあるレストランである。この絶望を分かち合いたくて、アルゴとロキを呼んでしまった。――まあ、話したいこともあったんだけどね。

 

 ロキの漢らしさにアルゴは目を白黒させ、恐る恐る差し出された手を取る。ロキはニカッと笑い、空いている方の手でゴーグルをかけた。次いで、僕の背中をバンバンと叩く。

 

 「い、痛いよ」

 「アルゴって実際に見ると美人だな!」

 「……ロキ、あんまり言うとユキが来るよ」

 

 ユキ、という言葉が出たことに、アルゴがぴくりと反応した。

 

 「そうダ。なんでオレっちにしたんだ?」

 「だって、僕がユイと離れ離れなのに、ユキがアルゴとイチャイチャしてたら嫌じゃん」

 「……まあいいカ。で、本当は用があるんだロ?」

 「うん。ユキも何か企んでるみたいだからね……僕も企むよ」

 

 アルゴはユキの彼女っぷりが板についてきた。ホント、なんでこの2人付き合ってないんだろう。と思いつつ、僕はニヤリと笑って話を始めた。――内容は、この世界の終わりについてだ。

 

 

 

 ロキはともかくどうしてアルゴも呼んだのか。それは、僕がこの2年感じ続けてきた《物語》の修正力に関わることである。僕達が今まで成してきた《物語の上書き》は幾つかあるが、そのうちのいくつかは結局《物語》の通りになっている。ディアベルが死んでしまったのも、ラフコフ戦で甚大な被害が出たこともそうだ。その数少ない例外が、――《月夜の黒猫団》でサチとケイタが生きていたことである。

 

 ほかの出来事と何が違うかと言われれば、その出来事の深くまで、《キリト》たち《物語》の主要人物が関わっていたことが挙げられる。勿論そんなことを言ったら他のも当てはまりそうだが、この件に関しては、キリトたちがいたから、僕があの部屋を抜けて27層に向かうことが出来て、サチを救うことが出来たのだ。

 

 だから僕は、《物語》を変えるのには《物語》の登場人物の力が必要であると考えている。その中でこのアインクラッドをよく知っている者は誰か、と考えた時に、アルゴが思いついたわけだ。

 

 僕はこのことと、《物語》とは何か、ということを2人に伝えた。ロキは深く頷いていたが、アルゴの顔色は悪い。……急に世界に筋書きがあるなんて言われたら、そうなるのも無理はない。が、それも数分で回復した。アルゴの情報分析能力は桁違いだと思う。そして、さらに僕達の想像を超えることを言った。

 

 「……この間ユキと話してたんだが、オイラもヒースクリフには何かがあると思ってたんダ。《魔王》……それを聞いて確信しタ。ヒースクリフは、茅場ダ」

 

 そのアルゴの言葉に、僕はガタッと席を立ち上がってしまう。僕は縋るようにロキを見つめるが、ロキは黙って首を振るだけだった。

 

 間違いじゃ、ないんだ。

 

 でも、言われてみれば、心当たりはいくつもあった。それがやるせなくて、力が抜けて椅子に崩れ落ちた。

 

 《はじまりの日》のことを思い出す。茅場は本物の《アインクラッド》を作りたがっていた。アインクラッドで剣士を目指す1人の少年になりたかった。――ならば、自分が作った城に足を踏み入れたいと思うのは……ごく自然なことである。

 

 アルゴは僕が落ち着いたのを見計らって、話を続ける。

 

 「HPがイエローに落ちたことがないという神話じみた強サ。そういえば、攻略ギルドのトップを張っている割には、迷宮区でヒースクリフに会うことは殆どないナ。異常とも取れるほどシステムに詳しかったりすル。《神聖剣》の不自然さ……これはユキも何か知っているようだっタ」

 

 アルゴの口から言葉が漏れ出す度、ロキの顔が青くなっていく。僕の体も、カタカタと震え始めていた。――アルゴは、ヤバい。こんなに詳しく分析されてしまえば、いずれ転生者の存在も暴いてしまうのではないか……それに、僕達《物語》を知るものが関わらずとも、アルゴはこの世界の秘密に手が届くところまで達していたのだ。

 

 そして、アルゴの言葉一つ一つが、混乱にざわめいていた僕の胸を鎮めていく。ヒースクリフ=茅場説が、僕の中でより一層の熱を帯びていく。ロキは、黙っているのが辛抱ならない、という面持ちで口を開いた。

 

 「し、《神聖剣》がどうとかっていうのは、……何だ?」

 「ああ。そうだナ。たとえば――もしヒースクリフが、鋼鉄の盾と剣を使っていたら、どうダ?」

 「……確かに、そう言われてみると、変だね」

 

 アルゴの言いたいことは、まるでユニークスキルを得たヒースクリフが、《血盟騎士団》の衣装を着て戦闘をするということが、予め決められていたようだったということだろう。これは、僕達からは逆さにしても出てこない発想だ。だって、それは――ヒースクリフが《血盟騎士団》の団長であるということは、当たり前のことだからだ。

 

 「キー坊が《二刀流》を手に入れたのと、エー坊が《逆鱗》を手に入れたのは何となく分かるゾ。どっちも、()()()からナ。そして、()()()だけであって別に他のプレイヤーが持っていてもおかしくはなイ。だが、ヒースクリフは、そのスキルがおあつらえ向き過ぎるんダ」

 「で、自分用にスキルをあつらえたんじゃないかと考えたのか? 確かに、そんなことが出来るのは茅場くらいしかいないな」

 

 アルゴは、ユキの《鮮血剣》のことは知らないようだった。だが、あれもペコからユキに渡っているし、ユキがスキルを手放せばまた他の誰かに渡るのだろう。――ヒースクリフのスキルが異質であることが、よく分かった。もし《聖竜連合》の誰かが《神聖剣》を手に入れていたとしたら、鬼のように強いという評価は得られても、《神聖剣》という名前は少々飛躍していると言わざるを得ない。

 

 ロキは目を細めた。――アルゴを見定めようという気迫が伝わってくる。

 

 「……成程な。アルゴがいれば、《キリト》が動く前にこの世界を終わらせられるかもしれん」

 「……あ、僕思い出したんだけど……」

 

 僕はアルゴの発言を受けて、これまでの2年間を、ヒースクリフ=茅場だという意識を持って思い返していた。すると、ある一点で強烈な引っ掛かりを覚えた。

 

 「僕ね、50層のボス戦の後、ヒースクリフと会話したんだ。『何で戦い続けたのか?』って聞かれて、なにか答えたんだけど、その後、ユイの崩壊が緩やか過ぎたんだよね」

 

 あれは、ヒースクリフ――茅場が僕とユイを認めて、その報酬として手を貸してくれたのではないか、と思った。が、そんな事情は知らないアルゴとロキは僕に詰め寄る。

 

 「ユイちゃんに何かあったのカ!?」

 「おいおい、ユイにカーソルがあったのはそういうことなのかよ!」

 

 僕はユイの正体と、当時置かれていた状況を説明した。アルゴはさらに頭を抱え、ロキも唸り声を上げる。けれども、僕の口は止まらない。

 

 「茅場はさ、本物の――作り物じゃない世界を作りたかったんだよ。だから、ユイが身を挺して戦ったという、システムを超えた意志を尊重したんだ」

 「……でも、ここまで来ると、茅場はプレイヤーにこれを気付かせたかったようにも見えるよな」

 「確かにナ。……こうして、世界を正規の方法以外で終わらせることを求めているようにも見えル」

 「実際に《物語》でも、《キリト》が75層で《ヒースクリフ》と相打ちする形で――世界を終わらせたわけだしねえ」

 

 長く息を吐き出すように漏れた言葉に、アルゴの表情が曇る。

 

 「……アーちゃんと、キー坊が死ぬんだっけカ」

 「……うん。これまでは《物語》には抗えないと思って目をそらしてきたんだけど、何とか助けたいんだ」

 

 不可能じゃないと思う。システムを超えた力ならば、こちら側にいくらでもあるのだ。《物語》にない不確定要素は、確実に効果を持つはずだ。そこにアルゴという禊を打ったならば、――やれる。

 

 ロキは変な顔をしていたが、数回頷いた。

 

 「……で、どうするんだ? ビラでも配るのか? ヒースクリフは茅場だぞーって」

 「そんなことしたら、僕達が消されて終わるよ」

 「ま、《物語》は上手いよなあ。ボス戦後なんて、どーしたって隙になる時を選ぶんだからな。普段のヒースクリフに一太刀浴びせようなんて言ったら、こんなに難しいことは無い」

 「ビラをばら撒くなんて、いい所混乱を生むだけだゾ」

 「……逆に言えば、混乱は生み出せるんだよね……」

 

 僕が顎に手を当てて考え始めると、アルゴが何かに気付いたかのように顔を青くした。ついで、ウインドウを呼び出して何か操作する。

 

 「な、なア。ここまで考えたんだから、後はユキにお願いしないカ……? オレっちから連絡すル」

 「え? あ、確かに……ありがと」

 

 アルゴは僕が了承するのを聞くやいなや、送信ボタンと思われるものをタップした。……別に僕が言っても良かったんだけどな、と思っていると、予想通りというかなんというか、アルゴはずいと僕に顔を近づけて来た。

 

 「――だからオイラのお願いも聞いてくれるよナ?」

 

 横暴だ、と声に出したかったが、真っ赤に染まったアルゴの顔を見たら、何も言えなくなった。




うわーすみません! 本当は37話と合わせて1話分の長さだったんですが、伸びました! そもそも書き溜めだと35話からALOだったんですがね……!

そしてそして、UA7000突破とお気に入り60件突破ありがとうございます!!!
がんばります!

次話はアインクラッド最後のほのぼの回になる……気がします……


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37:その花弁の向こう

37話です!

(メソラシ

※10.11話、25.26話の続きとなっております。読んでからだと分かりやすいと思います。


 「……で、お願いがコレ、ねえ」

 「あ? 何の話だ」

 「いや、なんでもないよ」

 

 僕はユキと一緒に47層《フローリア》に来ていた。……そう。アルゴのお願いとは、なんとあの《花畑の主》クエストをユキとやりたいというものだったのだ。4人でやったらどうなるかが分からなかったので、ロキは5層に置いてきた。まあ、ロキの状況じゃ、人の恋愛を見ても辛いだけだろうしね。

 

 それにしても。

 

 アルゴとユキくらい堂々と仲の良い2人なら、別にこんな変なクエストを使わずとも、良い雰囲気に持っていけると思うんだけど。何か他に目的があるのだろうか。……いや、誘うのに僕を経由している時点で、恥ずかしがっているのは明らか……なのか?

 

 暫く待っていると、向こうからアルゴがやってきた――が、僕とユキは口をあんぐりと開けてしまう。

 

 「すまんナ。待たせたカ?」

 

 さっきまで僕と喋っていた人とは思えぬ、白々しい言葉もさることながら、アルゴの格好が――いつもと違い過ぎていた。

 

 「あ、いや……そんなことは無いが……」

 「どーしたのその格好」

 

 アルゴは普段とは180度違う、女子らしさを前面に押し出した服装をしていた。スカートを履いている訳では無いが、ホットパンツにフード付きパーカーを羽織る姿は、とても普段の暗色のボロマントを被る姿とは重ならない。というか、アルゴは《花畑の主》の内容を知っているはずなのに、戦闘をしようという意志の感じられない恰好なのはいかがなものか。

 

 アルゴは驚く僕たちに、にししと笑って見せた。

 

 「たまにはイーだロ。オネーサンだってオンナノコなんだゾ」

 

 ――そーだそーだ。アインクラッドが終わる前に、男なら告白しロ!

 

 アルゴの声に被せて、何かが聞こえた。鳥肌が立った。何だ今の。アルゴの心の声?

 

 僕もユキも相手の意識を感じ取ることが出来るが、ユキが任意なのに対し、僕はほぼ無意識のうちにそれを受け取る。無論、強弱は付けられるが、完全にオフにする事は出来ないのだ。――すると、このように聞きたくないものまで聞こえてしまう。

 

 え、アルゴったらユキに告白させたくてわざとそんなことしてるの? 女の人って皆悪魔なんじゃない……? 僕の半泣きの顔を見て、ユキは不思議な顔をしながらも頭を撫でた。

 

 でも、そうか。アルゴにしてみれば、あと25層は残っていると思っていたアインクラッドが、唐突にもうすぐ終わりだと知らされたようなものだからね。この世界で得たものがある人にとっては、ちょっと配慮が足りなかったかもしれない。僕がユイ成分を補給するように、アルゴもユキ成分を……何か言ってて気持ち悪くなった。

 

 おええ、と吐く真似をする僕を置いて、2人はずんずんと花畑を進む。2人とも顔が売れているから、周囲の視線がずばずばと刺さっていることに気付いているのだろうか。……何で、僕はユイと一緒にいれないで、人の恋路を応援しなきゃいけないのだろうか。

 

 *・*・*

 

 「また来たのか、お主」

 「ああ、シルヴィ久しぶりー」

 

 そして、順調にフラグを取り、僕はシルヴィに攫われた。キリトたちの時と同じように、遠ざかっていく僕に必死に呼び掛けるユキを、アルゴが制していた。

 

 このVIPルームも、2度目となると何だか居心地がいい。テーブルに顎をのせてダラっとして、時折お菓子を口に運ぶ。シルヴィも、そんな僕の姿には流石に注意を入れた。

 

 「……こら、早くあのカップルの邪魔をするぞ」

 「というか、シルヴィさん、僕のこと覚えてるんですね」

 「ぬ? 当たり前だろう。あの日のことはそう簡単に忘れることは出来ぬ」

 

 やっぱり、このクエストはただのクエストじゃない。何度も繰り返しできるタイプのクエストのNPCが、記憶を繰り越すなんて絶対におかしい。

 

 僕は薄目を開けて画面――ユキたちを監視するカメラみたいなものだ――を見ると、ユキとアルゴがじゃれつきながら仕掛けをクリアしていた。ぬー。僕もユイと来たかったなあ。

 

 とその時、ユキが一瞬こちらを見た。

 

 これには僕もシルヴィも辺りを見回してしまう。――別に何かが仕掛けられているわけでは、なさそうだ。

 

 「な、なんだあの男は」

 「……まさか」

 

 まさか、僕達が画面を通してユキを参照したという、僅かなデータの揺らぎを察知したというのか!? そんなの人間に出来ていいことじゃない! ……どうして僕の周りにはおかしい人しかいないんだろう。

 

 ユキのことをふわっと――ちょーっとばかし気配に敏感なんだと説明すると、シルヴィは俯いて考え込んでしまった。

 

 「ううむ、このシステムの力に抗うプレイヤーがいるとは……それに懐かしい雰囲気を漂わせておるし……」

 「大変なことだよね。………………ごめん。もう1回言ってもらってもいい?」

 「どうした?」

 

 シルヴィはキョトンとしながらも、僕に紅茶を差し出す。本当に、何でもないようにとんでもないことを言うものだから、危うく流されそうになる。きりきりと痛む頭を押さえながら、糖分を補給するためにクッキーを口に放り込んだ。

 

 「システムの力って何?」

 「ああ。このクエストはカーディナルに頼み込んで、我ら3つ子が作ったものなのだ。監視カメラを魔法が断絶されたアインクラッドで実現するには、……そのような力に頼る他あるまい?」

 

 僕はずず、とお行儀の悪い音を立てながら紅茶を啜る。……そのような力、って……。やめて欲しい。何か、凄くダメな気がする。

 

 「……なんで、そんな残念な裏話を、プレイヤーである僕にしちゃうのさ」

 「――ハッ! た、確かにそうだな……すまない……今のは聞かなかったことに……」

 「うええ……」

 

 もう、このやるせなさはユキにぶつけるしかあるまい。

 

 *・*・*

 

 「な――んだここは!!」

 「へへ、驚いたカ? このクエストはアインクラッド中のカップルに人気なんだゾ」

 

 ニヤニヤするアルゴから意識的に目を反らして、俺はずがずがと土を踏みしめる。この森のおかしな仕掛けには、もう辟易する他ない。1回使ったら壊れそうなターザンロープ(つまりアルゴが俺に抱きついて渡るしかない)や、突如現れたポッキーゲームゾーンなど、――まさに人を侮辱しているような低俗な仕掛けが山ほど仕掛けられているのである。

 

 加えて、

 

 「あ、またモンスター出たゾ」

 「〜〜〜〜っ!」

 

 先程から出現するようになったモンスターが非常に厄介なのである。

 

 見た目は小さいイノシシ――《フレンジーボア》より小型で愛嬌がある――なのだが、こいつはいくら俺が《剣技連結(スキルチェイン)》を使っても死ぬ事は無い。コイツを倒すためには――

 

 「よし、行くぞ」

 「おう」

 

 俺はイノシシに近付き、ソードスキルを繰り出す。――そこを狙って、アルゴがクロウを合わせてくる。すると、お互いのソードスキルが混ざりあって、たちまちのうちにイノシシは消える。……()()()()のポリゴンを散らして無に還るのだ。

 

 ――そう。コイツを倒すためには、どーにかして2人のソードスキルを合わせる必要があるのだ。その時に嫌に体が密着するのは気のせいだろうか。いや、違うと思う。

 

 正直、こんなことが出来るのは攻略組でも限られている。こんな難しいクエストがアインクラッド中で人気だとは、にわかに信じ難い。

 

 「……はあ」

 「どうしタ? もっと喜べヨ」

 

 ため息をつく俺の顔を、コロコロと笑うアルゴが覗き込む。……それはいいんだ。だが、いくら2人きりとはいえ、こんなあからさまな場所に連れてこられてしまえば、気持ちも萎えるというものだ。

 

 さらにさらにさらに。それだけじゃない。何処からか、俺の痴態を見て喜んでいる者がいるのだ。上空から時折視線を感じる。見上げるも、カメラのようなものは全く見当たらないため、非常に不気味だが――俺は今、謎の覗き魔とアルゴに挟まれて、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなのだ。たまらずに声を上げる。

 

 「……なあ、ちょっと休憩しねえか。あそこに……ちょうど、……ベンチがあるし……」

 

 何処か座れそうな場所はないか、とあたりを見回したところ、待ってましたとばかりに白いベンチが存在を主張しているのを見つけた。先程までこんなものはあっただろうか? ……俺はこれ以上考えないことにした。

 

 ベンチに腰掛けると、森の木々が良く見えた。俺の知覚能力が高すぎるせいもあるんだろうが、木々のざわめきは現実と遜色なく、もう10月も半ばを過ぎた今は、からからと乾いた音を立てて葉が舞い落ちる様子も見える。

 

 本当に、茅場は頭がおかしい。こんな完成された世界を、自らの手で台無しにしちまうんだからな……。正常に稼働していたら、永遠に語り継がれるレベルの完成度だ。……いや、それは今の状況でも同じか。デスゲームになるなんて、後にも先にもSAOだけだろう。語り継がれるはずである。

 

 ……思い出したが、アルゴの様子がおかしいのは、さっきのメッセージの内容のせいなのか?

 

 さっきアルゴから飛んできたメッセージの内容は、驚くべきものだった。

 

 ――世界を終わらせる方法を考えてくれないか?

 

 続く文には、エネとロキと会話して、ヒースクリフ=茅場だという真実にたどり着いたことと、キリトを死なせないためにユキの案が欲しいということが書いてあった。……ロキ。エネがキリトが死ぬと勘違いしていることを、修正しなかったのか。それはそれで面白い。

 

 アルゴは正真正銘《物語》の登場人物だ。これが今更、実は憑依した転生者でしたーとか言われたら、俺は確実にショックを受ける。――そのアルゴが、とうとうソレに辿り着いてしまったのだ。ついでに、それに驚いた2人が原作知識をペラペラと喋ったのだろう。つまり――アルゴは、急にあと2週間で世界が終わることを知ってしまったわけだ。

 

 「なあアルゴ、今日こうやってエネに呼び出させたのは――」

 「な、何言ってんだヨ。エー坊が勝手にオイラを」

 「いや、どう考えてもおかしいだろ。お前気合い入りすぎてるし。」

 

 アルゴはあたふたとしたが、俺の指摘にしゅんと縮こまった。

 

 「や、オイラにもよく分かんねーんだけどヨ、いざゲームがクリアされると知ったら、何だか急に辛くなっテ……」

 「俺と会えなくなることがか?」

 「……ッ、そうダ!」

 

 一層俯いてしまったアルゴに、俺は呆気にとられる。……そんなこと、エネ以外には初めて言われた。そうか。やっぱりアルゴにとっては、この世界もまた、1つの現実なのだ。2年間を過ごした城の記憶が、偽物になってしまうことが怖いのである。

 

 そんなの、俺だって……

 

 俺は目を細めて、ひっそりと目を拭った。だが、アルゴはそれに気付いてしまう。

 

 「……ど、どうしタ?」

 「……いや、何でもねえよ。ゴミが入っただけだ。――――1度しか言わないからよく聞け」

 「ヒッ」

 

 俺は擦って熱を持った目じりを上げ、精一杯不敵に笑って見せる。頬が震えていたりはしないだろうか。――俺がこんな感情を持つようになるなんて、2年前は思いもしなかった。

 

 アルゴの耳元に顔を寄せる。これ以上は顔を見られたくなかった。アルゴの胸の鼓動が早まるのが分かる。――ああ、俺はなんて酷いやつなのだろう。

 

 「……結城瀬南。それが俺の名前だ。アルゴ、名前を教えろ」

 「…………秋坂、瑠璃子」

 

 あきさか、るりこ。はは、そこからアルゴ、か。――これは原作には全く描写がなかったからな。正真正銘、俺だけが知っている事だ。

 

 それだけでいい。

 

 「そうか。瑠璃子。……ここから出たら、俺は必ずお前に会いに行く。それだけじゃ、足りないか?」

 「……好きだ、って、言ってくれないのカ?」

 「それは、また会った時に取っておく」

 

 アルゴは俺の言葉に体を震わせ、小さく頷いた。俺は最後の仕返しとして、そんなアルゴの額に口付けをする。

 

 アルゴはリンゴのように赤くなり、最終的にべチンと俺を叩いた。

 

 「……な、な、な……バカ!!」

 「いいだろ少しくらい。俺だってこんなことするのは初めてだぞ」

 

 普段俺を手玉に取るアルゴが、俺だけにこんな顔を見せていると思うだけで胸がすっとする。これで、俺もお前もお互いを忘れられなくなった。……ついでに、覗き魔。お前もな。

 

 俺は視線を感じるあたりを睨み、少しだけ《鮮血剣》を解放する。すると、空間に僅かに揺らぎがあるのが確認できた。俺はそれを打ち砕く。頭に鋭い痛みが走ったが、――もういいだろう。悔いはない。

 

 一瞬顔を歪めた俺をアルゴは訝しむが、その頭に手を置いて黙らせる。――俺は立ち上がった。

 

 「さ、早いとここんな悪趣味クエストクリアしようぜ」

 「……今日来たのは、それだけじゃねえゾ……」

 

 え? 他に何の用があるってんだ?

 

 *・*・*

 

 「あああああああああああ」

 「なんだこれはッ!!」

 

 ユキとアルゴがなんか密着してからしばらくあと。ユキが急にこちらを睨んだかと思えば、監視カメラの画面がバリンと割れてしまったのだ! 壊れたテレビのように砂嵐だけを垂れ流す円盤となったそれを、シルヴィは丁寧に外してしまう。

 

 「ななななななな」

 「……ほら、ユキったらちょっとばかり気配に敏感だから……」

 「そんなことでこの画面が壊されてたまるかッ! カ、カーディナルに言いつけてやる!」

 

 シルヴィさんが顔を真っ赤しにして左手でウインドウを操作するのを見て、全身がぞわぞわした。僕は咄嗟にシルヴィの左手を掴みあげてしまう。シルヴィは低く呻くと僕を睨んだ。

 

 「……どういうつもりだ」

 「……ごめん、それは、秘密にしてほしい」

 

 シルヴィと僕は暫く見つめ合い、やがてシルヴィが折れる。

 

 

 

 「……まあ、似たもの同士のよしみだ。今後このような乱暴をしたら、流石に隠しきれんぞ?」

 「それって、どういう……」

 「分からんのか? あの男は、もうただのプレイヤーなどではないということだ。この0と1が集まってできた世界で、2や3という数を持ち出すような……」

 

 ……理を外れた存在。――シルヴィはそう言い放った。この仮想世界で生み出されたNPCに過ぎない、シルヴィがそう言ったのだ。

 

 ならば、この世界の理とは何だ? と考えた時、僕の体を強烈な寒気が包んだ。ユキが最近企んでいることが、何となく分かってしまったからだ。

 

 

 

 *・*・*

 

 

 

 「着いたな」

 「……」

 

 あれ以来厄介な視線も感じず、加えてアルゴも俺も一言も喋らずに奥地に辿り着いた。おかしなギミックはぱったりとなりを潜めたため、謎の視線の主が、俺たちにそれをけしかけていたことが分かった。

 

 気まずさは限界を振り切れていたが、終わりが見えたことでなんとか息を吐く。

 

 先程アルゴは、このクエストを受けたのはほかの理由もある、と言った。考えてみれば、俺もこのクエストには聞き覚えがあった。前にアルゴとレベルアップアイテムを手に入れた時、そのクエストの中継地点として用意されていた場所こそが、この《花畑の主》クエストだったのである。

 

 奥地は結構な広間になっていて、中心にはツルに覆われたイノシシが眠っていた。……話が読めないが、これが主なのだろう。おい、エネを攫った悪魔はどこに行ったんだよ。

 

 SAOでモンスターと出会ったら、斬り掛からなければならない。それを俺はよく学んでいたので、無抵抗なモンスターだろうと容赦はしない。《トランセイバー》を構えてイノシシに近付く。――その時、イノシシの目が薄く開き、ブラウンの瞳と目が合った。

 

 「……パパ?」

 「は?」

 

 イノシシはやたら愛嬌のある声でそう呟いたと思えば、その体が白光に包まれる。俺は顔を覆いながら飛び退き、光が収まるのを待つと――そこには、豊かなブラウンの髪を揺らす少女が立っていた。信じられない、という顔をして、ひたひたと俺に近付いてくる。

 

 パパ……状況的に見て、あの骸骨剣士の事だろう。その子供が俺を父親だと誤認している理由は分からない。今は親子の再会イベントが始まったところ……なのだろうか。

 

 少女の呟きに反応するように、連続して空間が光る。そこからは入口にいた金髪の少女と、悪魔にさらわれたはずのエネを抱えた、銀髪の少女が飛び出してきた。

 

 「おいブロンヌ! 父上は何処だ!」

 「お父様が帰ってきたというのは、本当なのですか……?」

 「えっと……そこの……」

 

 ふたりの少女がブロンヌに詰め寄る。銀髪の方はエネの上半身を捩じ切らんほどの力で抱えており、エネの顔色が赤から青に変わった。

 

 そして、3人の視線が俺に集中する。あ、これ3人とも間違えてるな?

 

 「……いや、俺じゃねえよ!」

 

 そんな剣幕で飛びかかってこられても困ってしまうので、俺は必死に否定する。――その時、ドクン、と俺の中のナニカが脈打った。同時に、何か熱いものが胸をせり上がってくる。その質量に体が悲鳴を上げ、地面に這いつくばってしまう。

 

 「……ぐはっ!!」

 「ユキ?!」

 

 駆け寄ってくるアルゴに構う余裕もないまま数回嘔吐くと、金色の液体が俺の口から流れ出てきた。――これは、レベルアップの秘薬? あれ、そういえば俺は、これの名称を知らない……

 

 すると、それを見ていたアルゴが口を抑えて後ずさった。

 

 「あ、あ……それは……《導きの霊薬》……」

 「なん……だって?」

 

 《導きの霊薬》という名前。あの男が、飲むと霊力が宿ると言っていたこと……そしてこの状況を省みるに――

 

 と思考する暇すらなく、霊薬は蒸発して消えてしまった。代わりに、俺の視界に黒々とした影が差す。ハッとして顔を上げると、そこには――あの骸骨剣士が立っていた。青い瞳を輝かせて俺に笑いかける。

 

 「旅の剣士殿。また会うことができて嬉しく思うよ」

 「……《導き》の霊薬か」

 「お父様ー!!」

 「父上ー!」

 「パパー!」

 

 後ろで倒れ伏す俺を丸ごと無視して、3人の少女は骸骨剣士にまとわりつく。暫くぼーっとしていたが、アルゴに無理やり立たされて、半分気を失っているエネ共々後ろへ下がらされた。

 

 ハッピーエンド。――そう思ったが、アルゴの瞳はこれまでになく痛みに満ちていた。

 

 「……どうした?」

 「いや、母親とは離れ離れのままなんだナ、と」

 

 言いたいことはよくわかる。あの仲睦まじそうな家族には、やはり何かが欠けているように見える。気を抜けば、見たこともない白髪の女性が、あの娘達を撫でているような幻覚すら見える。

 

 ……え?

 

 「いや、幻覚じゃないよ。ユキ。僕にも……見える」

 「オレっちも……見えるゾ。こんなことって……」

 

 エネも慄いて俺の腕を掴み、アルゴは呆然とそれを見ていた。そんな俺たちに気付いた骸骨剣士が、娘から離れて俺達に跪く。

 

 「まずは、本当にありがとう。私の名はアダマント。……その《霊薬》がなければ、私は第2のヘイトになっていたかもしれない。……剣士殿には、2度も助けられてしまった」

 

 アダマントはそう言って顔をくしゃりと潰して笑い、ついで真っ直ぐに前を見つめた。

 

 「妻は――プラチナは、私が不甲斐ないばかりにこの世を去った。だが、私と娘達――オーラム、シルヴィ、ブロンヌは永遠に彼女のことを忘れない。…………それなら、いつか必ず会えると思っている」

 

 

 

 ――だってこの世界は、《想い》を力にすることが出来るのだから。

 

 

 

 何か言おうとして、口が動かなかった。そんな俺達を見かねて、アルゴが一歩前に出る。瞳は星を散らしたように煌めき、やがて一筋の涙を流した。

 

 「……私も、そう思う」

 

 「そうか。良かった。――ならば」

 

 再びアダマントが何かを言おうとした時、一際強く木々がざわめいた。ついで目も開けられないほどの爆風が吹き荒れ、俺たちは目をつぶることを余儀なくされる。

 

 それは時間にして数秒のことだっただろう。だが、次に目を開けた時に俺たちを出迎えたのは、――辺り一面花畑となった景色だった。広場を囲うように生えていた木々も、背後にあった森も、何もかもが消えている。風にそよぐ花畑の絨毯は夕陽に照らされ、――いつか見た《アインクラッド》の終焉を彷彿とさせた。

 

 「……これ、は」

 「全部幻だったっていうの……?」

 「違うだロ。これは――挑戦状ダ。《想い》を形にしてみろと、言われたんダ」

 

 誰に? ――カーディナルにか? 非現実的な光景に思考を放棄していた俺は、灼熱の太陽のようにギラつくアルゴの視線によって気を取り戻した。

 

 「……なあユキ。やってやろうじゃねえカ。オイラだって、この世界が予め何もかも決められていたなんて言われて、黙っちゃいられねえヨ」

 「ねえアルゴ、そろそろ説明ほしい……」

 「エネは黙っていロ。……そして、教える気も全くないゾ」

 

 そう言うなり、アルゴは立ち上がって主街区の方向に歩き始めた。俺は疲れたので転移結晶を使おうとウインドウを開く。すると、レベルが1つ下がっていることに気付いた。

 

 口元に笑みが浮かぶ。

 

 ああ、そうだよな。単なるレベルアップアイテムなんて、茅場が用意する訳がない。なら、本当にカーディナルは俺たちを試しているのだ。

 

 ああ、最高じゃないか。この世界の向こうに何があるのか、――俺が見てやる。

 

 

 

 間もなく日も暮れる。――また、タイムリミットまでの日にちが減っていく。今日の俺はらしくなかったな。最後の最後まで足掻いて、意地汚く這い蹲って……汚く勝ってやればいい。そう、思った。




うええ……とても、苦しかったです……
全然伝わってる気がしません……ごめんなさい……今の私にはこれ以上分かりやすくというのは難しいです……というより、説明を入れると本当に説明文になってしまって……ご要望があれば説明をどこかに入れようとも思いますが、矛盾が出てきたらやだなあ(2.3度展開を変更している)


あの、私絵を描くのも好きなので今話のパーカーアルゴ描いてみました(小声)今後もたまに描くかもしれません。私は絵に関して非常にガラスのハートを持っているのであんまり言わないでください……


【挿絵表示】


重要なお知らせ
アルゴの本名を瑠璃子に変更させていただきました。ご迷惑をおかけします。詳しくは活動報告をご覧下さい。
と言うかこの話に限っては苗字間違えたし!
アルゴの名前に迷いまくってたのがバレますね。すみませんでした。


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38:その作戦の向こう

38話です!!

ちなみに、私の好きなヒロインはサチとアルゴです。ユイちゃんもかわいい。……絞れねえ。でもキリトとくっつくのはアスナだと思ってます。

……好みが物語での扱いに顕著に現れてますね。


 

 その晩。22層に降り立ったところキリトとアスナに睨まれてしまったため、僕は61層のユキのホームに来ていた。机に向かい合って座り、憂さ晴らしに買ってきた焼き鳥を頬張る。

 

 「いや、酷くない……? 僕だってユイと遊びたいんだけど。特に今日はさ」

 「……参考までに理由を聞かせろ」

 「今日僕はユキとアルゴがイチャイチャするのをすんごく手伝ったからだね。それに――ここから出たら、暫くユイと会えなくなるでしょ?」

 

 照れながら言うが、ユキは表情一つ変えない。首輪の力か《鮮血剣》の力かは分からないが、僕に意識を読ませないように細工をしていて、ユキの考えていることが僕に一切伝わってこないのだ。

 

 僕は眉を下げる。

 

 「……何で、隠し事するの? 僕だって好きで感情を読み取っちゃう訳じゃないし」

 「違う」

 

 ユキの恐ろしく低い声は、体の芯に響いた。よく見ると、ユキは無表情などでは無かった。大きな怒りと絶望をひた隠しにしているような顔をしていた。

 

 「……そういうのじゃねえよ。お前、今の自分の体のこと――どれくらい理解してんだ?」

 

 ユキの問いの意味がわからず、僕は数度瞬きをした。

 

 「え……? 特に変わったことはないと思うんだけど」

 

 僕はほっぺたや腕を触ってみるが、特に痛みなどはない。精神状態も概ね良好であり、脳に負荷がかかっているようなこともないだろう。だが、そんな僕の顔をユキはじっと覗き込み、そして肩を掴んだ。口を動かす。

 

 「――――」

 

 「……え?」

 

 僕の脳は、ユキが言ったことを上手く処理出来なかった。音としてぐわんぐわんと脳味噌を駆け巡りながら、その本質的な部分は何1つ浸透してこない。気が付くとぼろぼろ涙が零れてきて、どうしようもなくなる。――今まで積み上げてきた自信と覚悟が、音を立てて崩れ去った。心が丸裸になって、弱い《景人》が顔を出す。

 

 「ほん、となの?」

 「……分からねえが、俺の《眼》がそう判断してる。それ以上のことは分からないが、最悪の場合、そうなることもありえる」

 

 ユキの力は間違いなくカーディナルをも上回る素質を持っている。それが分からないと判断したとなると、――僕とユキの体は……

 

 だがここで、ユキは僕の頭を乱暴に押さえつけながらも不敵に笑った。

 

 「……だがな、気が変わった。とことん足掻いてやる。アルゴがあんなことするのを見たら――立ち止まってる方がおかしいと思わないか?」

 

 《物語》を超えて見せたアルゴ。――ならば、僕達も運命を超える必要が、ある。

 

 それでも僕は怖かった。だが、ここで退いたら、僕はいつまでも幼い《景人》のままだと思った。だから、歯を食いしばって笑った。

 

 「うん。分かった。――ユキと一緒なら、頑張れるよ」

 「安心しろ。最高に楽しい思い出を作ってやる」

 

 *・*・*

 

 

 

 ユキはアルゴとユイ、ロキに向けてメッセージを飛ばした。

 

 ――《その剣舞(せかい)の向こう》に何があるか、知りたくないか? と。

 

 僕達は城を終わらせるためだけに集い、話し、行動し、とうとう作