テディベアの傍らに (つくらん)
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1章
1話 くざん


「もし、私がいない間になにかあったら、ガープさん……いや、年齢的にクザンの方がいいか。クザンに頼るんだ」

「くざん……?」

「そ。クザン。そのへんにいる海兵に、クザンに繋げって言えば、伝えてくれるから。覚えた?」

「くざん」

「そう。いい子だ。何もないのが、一番なんだけどな」

 

 

*****

 

 これほど荒れた島は、数百年見たことはなかった。東の海の小さいながらも穏やか気候。

 だが、突然、その島は噴火によって表情を変えた。

 前触れは無く、激しいマグマや火山弾は村を焼いた。辛うじて助けに来た海軍が救出できたのは、村の人口の1割程度。

 今も噴火は続いていたが、島を囲うように広がる氷によって、マグマはせき止められていた。

 

「助かりました」

 

 途中で自転車でやってきた男によって。

 

「にしても、ガキが多いな」

「なんでも、孤児を預かる施設があったとかで」

 

 軍艦に乗っているほとんどが子供だった。

 支給された毛布にくるまり泣いていたり、衰弱して眠っていたり、呆然と座り込んでいたり。

 

「その施設やってたやつは?」

「子供たちを庇って」

「……そうか」

 

 大海賊時代なんて名がつく通り、現在海賊は多い。それに伴い孤児も多くなった。

 この子達を預かっていた人のような良い人間も入れば、わざと頼りのない子供を狙う悪い人間もいる。できれば、海軍としてはどこか信用の置けるところに預けたいところだ。

 

「しかし、クザン中将に来ていただいて助かりました。今だに火山活動が収まりませんし。最近穏やかだった分、一気に来たのか……」

「自然ってのは怖いねぇ」

 

 クザンが息を吐き出しながら、船尾まで歩き、島を見れば、今だに山の上から噴いている赤い滴。

 ひどいもんだ。と、頬杖をつくと、ズボンの裾が引かれる感覚。

 

「ん?」

 

 いたのは、毛布を羽織っている黒髪で緑の眼をもつ少女。

 

「クザン。クザン」

「あらら……お嬢ちゃん、俺のこと知ってんのか?」

 

 確かにどこかで見覚えのある顔だが、やはり覚えていない。

 

「クザン。海軍の、クザン」

「あー……海軍にクザンってのは、俺以外にもいるとは思うが……」

「お姉ちゃんがいない時に何かあったら頼れって……」

「お姉ちゃん? 君の?」

 

 頷いたが、少女と年が離れているとしても、年齢的に妹を預かるほど親しい仲の女性に覚えがない。可能性のひとつとして、娼婦も思い浮かべたものの、だったらお姉ちゃんではないだろう。

 

「んー……クザンのあとに、中将とか少尉とかいってなかったか?」

 

 首を横に振られた。呼び捨てにできるような上の階級、もしくはやはり別人で、そちらのクザンは階級が低いのか。

 

「カーブ、さん? は、歳、だからって……」

「……ガープさん?」

 

 はっきりしないような表情をしているが、海軍でガープといえば英雄ガープ。他に聞いたことはない。歳は確かに、歳と言われてもおかしくない年齢はしている。言ったことがバレたら、ゲンコツだろうが。

 

「待って。君のお姉ちゃん、なにもの?」

 

 頼れというのだから、親しいのかと思ったが、英雄ガープが出てくるのは少しおかしい。

 もしおかしくないのだとすれば、少女のお姉さんは相当の人間だ。

 

「……」

 

 しかし、少女は一瞬口をつぐむと、下を向いた。

 言いたくないとなれば、なおさらだ。

 この平和な海の穏やかな島にこの子を隠していた可能性がある人物。

 どう考えても、危険な香り以外しないが、それでも名指ししてきたとなれば、確認するしかない。

 

「たぶん、そのクザンってのは俺のことだ。だから、なんつーか、秘密にするからさ。お姉ちゃんの名前、教えてくれねぇか?」

「……」

「お姉ちゃんにもあんまり言うなって言われてんだろ?」

 

 そういえば、少女はゆっくりとクザンの耳元に手をやると、その名前を囁いた。



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2話 行方

 書類の山、山、山、山。

 

「あ゛~~~やる気しねぇ……!!!」

 

 とはいえ、実際、締切り間近や過ぎているものも混じっている。正確にいえば、目の前にある書類はすでに締切が過ぎていて、書き終え次第届けにいかなければならない。

 やる気は起きない。が、ガープのゲンコツは勘弁したい。仕方ないと、書類に手を付けた。

 

ゴツンっ

 

「――ッテェ……!」

 

 当たり前のように頭にゲンコツが落ちてきた。

 

「毎度毎度、よくこれだけ遅れられるのぉ」

「別に俺も遅れたくて遅れてるわけじゃないんすけど」

 

 働きたくなくて遅れているのだから、つまり自分のせいだ。

 

「そもそも今回は東の海まで行ってんですけどねぇ」

「あぁ……あの噴火か。ようやく収まってきたらしいの」

 

 まだ近づくことはできないが、この調子で収まれば目処もつけられるだろう。

 

「そういや、お前、ガキをひとり、預かったらしいの」

「あー……まぁ」

「なんじゃ。煮え切らんの」

 

 あの孤児たちは別の施設に預けられることになった。規模などの都合で全員が同じ施設というわけにはいかなかったが、それぞれの施設に別の施設に預けられた子供の名簿も渡したため、連絡は取れるはずだ。

 だが、その中にひとりだけ名前が乗っていない人物がいた。

 クザンは少し悩んだあと、ガープにだけ聞こえるように答えた。

 

「その子、テディちゃんのこと”お姉ちゃん”って呼んでたんすよ」

「! 見つかったのか?」

「本人はまだ」

 

 ガープも小さく眉をひそめると、煎餅の袋をひとつ掴むとクザンに押し付ける。

 

「そのガキに渡しておけ。お前がまともな飯食ってるとは思えんしな」

「ちょっ……さすがにちゃんとしたもの食わせてますって!」

 

 そもそも煎餅だって、まともな飯に入るとは思えない。

 

***

 

 終わらない仕事にキリをつけて、自宅へと戻れば、ようやく半分ほど片付いた部屋。窓の外に手を伸ばしていた少女は、クザンの帰りに慌てて立ち上がった。

 

「お、おかえりなさい!」

「……ただいま」

 

 クザンの目は窓の方に向いていて、少女も慌てたように左右を見ると台所に向かっていった。

 

「す、すぐにごはん、用意します」

「あー……いいって。大丈夫」

 

 さすがに知らない男の家ともなれば、緊張するのか、それともついこの間まで散乱していた部屋の様子があまりにも見慣れていなかったのか。とにかく、まだ慣れない様子だった。

 

「ユイちゃん、座っててもいいんだぜ? ほら、ガープさんから煎餅ももらったし」

「で、でも……お世話になってるし」

「気にしなくていいって」

 

 食材を切りながら、ふと思いついたそれ。

 

「明日、シャボンディ諸島に行ってみるか?」

「ぇ?」

「俺も用事あるし、ほら、服とか、必要なものもあるだろ?」

「そ、そんな! 悪いです」

「っていってもなぁ……結局、服は必要だし、ずっとその服ってわけにもいかないだろ?」

「そ、それは……」

「俺も任されてる身だからさ」

 

 おずおずと頷いたユイにクザンも、笑って頷いた。



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3話 シャボンディ

 海に一本の道ができていた。氷の道。自転車が通れる程度ではあるが、それでも初めて見る光景だ。

 そのままシャボンディ諸島にたどり着くと、クザンは一度海軍の駐屯地へ向かった。

 

「ちょっとここで待ってて」

「はぃ」

 

 人攫いは多いが、駐屯地の前なら警備もいるし、何かあれば防いでくれるはずだ。

 クザンは早々に仕事を済ませると、戻った。自転車に乗るユイの指に止まっている蝶。

 

「……」

「おかえりなさい」

「ただいま」

 

 言葉を交わせば、蝶が飛んだ。ひらひらと、それでもしっかりと飛んでいく。

 クザンもその蝶を見つめると、自転車に跨った。

 

 蝶についていけば、遊園地についた。人も多くいるし、海軍も多い。

 

「ぁ」

 

 後ろでユイが何かに気がついたように自転車を揺らしたが、影に隠れるそれが、口元へ人差し指を持っていけば、口を閉じた。

 クザンもそれを見ると、あくまで自然に自転車を漕いだ。

 

「迂闊だ」

 

 その影に近づくなり鋭い言葉が刺さった。

 

「あらら……怒ってる? 一応、はっきりしてからしたんだけどなぁ」

「そうじゃない。場所が悪い」

「雑多に混ざってるいい位置だと思ったんだけどなぁ……」

「……CPが来てる」

「マジか……」

 

 全く気配を感じなかったが、言われてみれば、確かに数人、動きの怪しい奴がいる。ただ、海賊も人攫いも混じっているこの場所では、そいつらが何者かはわからない。

 

「そっちがバレてるとかじゃなくて?」

「いや、私を追ってるのはふたつ向こうの島だ。長居はできない」

 

 彼女は小さく息をつくと、今度は優しげな声色で続けた。

 

「ごめん。ユイ。またすぐに会いに来るから」

「……うん」

 

 クザンの方を一度見ると、なんとも言えない表情を返された。

 

「ユイをお願いします」

「そいつはいいが、お前さん、海軍に戻ってくる気はないのか?」

「なにいって……」

「”海軍”に、だよ」

「…………その話は、今度聞く」

 

 そういうと、その影は溶けて消えていく。

 一応、そっと周りを確認すれば、怪しい影は特に動きはない。どうやらばれていないようだ。

 

「お姉ちゃんは、悪いことをしたって言ってたんです」

「……うん」

「クザンさんは、それがなにか、知ってますか?」

 

 見上げるその目に、クザンは一度目を逸らすと、首を横に振った。

 

「知らないな」

 

 そう言って、ユイの頭に手をやると、撫でた。

 

「俺は、それが悪いことだとは思えないからな」

「!」

「なぁ、ユイちゃん。俺、もう一回お姉ちゃんに怒られると思うんだけど、一緒に怒られてくれる?」

「っ……お、お姉ちゃんに怒られるって、どんな悪いこと、言う気……ですか?」

「そ、そんな悪いこと言わねぇって! ただ、まぁ、なんつーか……アレだ。ちょっと非常識っていうか」

「…………」

 

 ひどく冷たい視線にクザンも、少しだけ早足でペダルを漕いだ。



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4話 ガープ

「お姉ちゃんは、いつ帰ってくるの?」

「できるだけ早く戻ってくるよ」

「……」

 

 紫色の目は困ったように歪んだ。手を伸ばしてくれないお姉ちゃんの代わりに、抱きしめれば背中を優しく叩かれる。

 

「ごめん」

「私、何も手伝えない……? お姉ちゃんと一緒にいられない?」

「悪いことしたら、その対価を払う必要がある」

「私は、お姉ちゃんのこと、好きだから、許したよ……?」

 

 強く抱きしめれば、小さく笑われた。

 

「そうだね。ありがとう。だけど、それとは別のこと」

「じゃあ、お姉ちゃん、今、それ、してるの?」

「うん。まぁ……いいこと、ではないけど。終わったら、ちゃんと帰ってくる。終わったら、ユイがしたいことをしよう」

「ぎゅってしたい」

「……今、してるけ――」

「毎日!」

「……わかった」

 

 温もりに、目を開ければ、見たことのない部屋に変わった匂い。

 

「ぇ……?」

 

 見たこともない部屋。体を起こせば、見覚えのある白い服。持ち上げれ見れば、正義と書かれている。

 見た瞬間、頭に駆け巡る映像。

 お姉ちゃんと会ったあと、買い物を済ませて、また氷の道を帰っていた時、眠くなって、

 

「寝ちゃったんだ……」

 

 血の気の引く音。

 立ち上がれば、靴も履いていないし、やはり見たことのない場所。庭が見える廊下に出れば、若い海兵。

 

「あ、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ。えっと……ガープ中将のお孫さん?」

「ぇ、あ、えっと……」

「お孫さんが来てるなんて聞いてなかったけどなぁ……あ、ガープ中将ならあちらにいましたよ。一緒に行きましょうか?」

「あ、だ、大丈夫です……!」

 

 一歩下がれば、海兵は不思議そうに首をかしげて一歩進んできた。

 

「怖がらなくていいですよ。広いですから、手、繋ぎますか?」

 

 差し伸べられた手に、また一歩下がった時だ。

 

「なんじゃ。起きたのか」

「「!」」

「ガープ中将!」

 

 犬の被り物をしたお爺さんがこちらに向かって歩いてきていた。そして、海兵に目を向けると、海兵はすぐに背筋を伸ばして敬礼をした。

 

「何か用か?」

「はっ、サカズキ大将より軍艦の破損に関する書類の提出を急ぐようにとのことです」

「それなら、今センゴクに出したわい」

 

 偉そうに……と文句を言っているが、海兵はもう一度敬礼をすると足早に去っていった。

 

「……相変わらず、嗅ぎつけるのだけは早いの」

「あの……」

「ほれ、中に入れ。別に取って食いはせん」

 

 先程、確かにガープと呼ばれていた。クザンさんがいうには、お姉ちゃんが最初に上げていた頼ってもいい人。

 低いテーブルに座ると、乗っていた煎餅をかじり始めた。

 

「名前はなんて言うんじゃ?」

「ユイです」

「ユイか。ワシはガープ。知っておるか?」

「お姉ちゃんから、何かあったら頼れって……」

「なんじゃ、クザンじゃなかったのか?」

「えっと……歳が、なんとかって……」

「何ィ? ……まぁ、いいか。今度、本人に聞こう」

 

 お姉ちゃん。なんだか、悪いこと言ったかもしれない。

 差し出された煎餅に手を伸ばし、かじる。

 

「テディから何か聞いておるのか?」

「すぐに会いに来るってくらいしか……」

「会いに来るって……忍び込む気か」

 

 バリバリと煎餅をかじりながら、ガープさんはじっと私を見下ろすと、

 

「にしても……お前、まさか」

「?」

「いや、なんでもない」

 

 何かおかしなことでもしただろうか。

 もう一口、煎餅をかじる。

 

「テディとは、どこであったんじゃ?」

「シャボンディ――」

「初めて会った場所じゃ」

「……」

 

 カリカリと口の中で煎餅がドンドン小さくなっていく。

 もう一口、煎餅を口の中に入れる。

 

「親子には、見えないしの」

「…………」

「……そういうことか」

 

 ぽんっと肩に乗せられる手。何かと見上げれば、ガープさんは豪快に笑っていて、何が起きているのか全然わからなかった。

 

「そうかそうか。そういうことか」

 

 訳が分からないまま、ガープさんはぬるくなったお茶を飲み干すと、新しいのを注いだ。

 

「何か困ったことがあったら言うんじゃぞ。あの青二才役に立たんことも多いからな」

「あおに、さ……あ、クザンさん?」

「そうじゃ」

 

 ガシガシと強めに撫でられた頭は、初めての感覚だったが、嫌な感じはしなかった。



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5話 理由

「センゴクさん」

 

 気怠げなクザンの声に、書類から目を離さず耳だけ傾ければ、クザンもそのまま言葉を繋げた。

 

「俺の次の副官、テディちゃんにするって言ったらどうします?」

「CPが見つけられてすらいないヤツをどうやって副官にする気だ」

 

 だが、どこか確信に満ちているような言葉に、一度目を上げれば、手を頭にやっている。

 

「そうなんすよねぇ……」

 

 完全に考えなし、という訳ではなさそうだ。

 

「仮に見つけられたとして、断られるのがオチだろ」

「……100回くらい殴られたらなんとかなんねぇっすかね?」

「テディに100回殴られる気か?」

「……………………さすがに死ぬな」

 

 想像して体を震わせるクザンに、センゴクも呆れたように書類に目を落とした。

 

「でも、おかしいと思いません? 海賊になったってんならわかりますけど、そうじゃねぇのに組織抜けるなら命を賭けろだなんて」

 

 海軍ならば退役して、普通に暮らすことだってできる。もちろん、海賊となれば話は別だが。

 だが、CPは別だ。組織のために、生涯を捧げ、組織を抜けることが裏切り行為であり、暗殺理由となりえる。

 

「で、テディを殺させないために副官したいってのはわかったが、どうしてそこまでする?」

「そこは惚れたとかで、なんとかならないっすか?」

「もっとまともな理由考えてこい」

「え゛ー……」

「テメェ、歳考えろ!」

 

 ふざけた理由以上に、歳が違いすぎる。

 

「愛に年齢は関係ないっていうじゃないっすか」

「親子ぐらい離れてんじゃねぇか!」

「そこまで離れてないでしょ!? つーか、テディちゃん何歳だっけ……!?」

 

 確かに10歳以上は離れていた気がするが、親子まではいかないはずだ。

 クザンとセンゴクが思い出していると、ちょうど部屋に入ってきたつる。

 

「ちょうどよかった! おつるさん! テディちゃんの歳覚えてないっすか?」

「覚えてないよ。なんだい……藪から棒に」

「俺の副官にする理由で、惚れたで行こうと思って」

「却下だね。歳考えな」

 

 バッサリと切り捨てられたクザンは、肩を落とした。

 書類処理も終わり、部屋を出ようとすれば、後ろからかけられる声。

 

「テディを副官にするって意味、わかってるんだろうな?」

 

 重い、重い一言。

 

「もちろん」

 

 わからずに発する言葉ではない。

 冗談でも言えるはずのない。

 世界政府諜報機関、CP9の構成員であり、リーダー格でもあった名を。

 裏切り者として世界政府から狙われる、その名を。

 

「だから言ってんじゃないっすか。惚れたって」

 

 あの少女に向けた優しげな表情。

 政府の人形であったCP9の時には、触れることすら不可能だった、テディの感情。

 

「それを守ってやるのが大人ってもんでしょ」

 

 クザンはひとり、そう呟いた。




おそらくおつるさんはテディの年齢覚えてる。

ようやくテディが元CP9ってはっきり出せました…
時代としては、原作の2、3年前くらいです。


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6話 黒いでんでん虫

 テディと会ってからすでに数日。クザンの家から外に出ることも増え、マリンフォードに住む人たちともそれなりに顔見知りになってきた。クザンの隠し子といったおかしな噂は流れているものの、クザンも特に訂正しないため、噂が噂を呼んでいた。

 

「ん……」

 

 小高くなった塀によじ登れば、海軍本部が見えた。

 ガープにヒマなら遊びに来いと言われ、同じくらいの子供と都合が合わない時には遊びに行っていたが、今日はどうしようかと悩んでいれば、

 

「おぉ~い。そんなところに登っちゃ危ないよぉ?」

 

 下から声をかけられ振り返れば、帽子をかぶった海兵。正義の羽織りをかけているから、それなりに偉い人。

 身長が高いため、そのまま脇を抱えられて下ろされてしまう。

 

「危ないことはほどほどにするんだよぉ」

 

 あれくらいで落ちはしないが、素直に頷いておけば、海兵からでんでん虫の音。

 海兵にも聞こえたのか、腕につけられた黒いでんでん虫に声をかけている。だが、音はポケットから聞こえていた。

 

「あれぇ? おかしいなぁ……」

「そっち、盗聴……こっち! ポケット、鳴ってます!」

「おぉ~こっちか。ありがとうねぇ」

 

 ようやく気がついたのか、海兵はポケットからでんでん虫を取り出すと、ようやく会話が進んだようだ。

 内容は、戻ってきて欲しいという内容。

 

「急ぎじゃないんなら、ゆっくり歩いて帰るよ」

『まぁ、光の速度で帰ってこなくても大丈夫です……』

 

 乾いた笑いと共に切れたでんでん虫をしまうと、海兵は一度ユイに手を振ると、去っていった。

 

「うわっすげぇ……黄猿じゃん!」

「黄猿?」

 

 近所に住む同じくらいの少年だ。

 

「海軍大将のひとりだよ」

「え……あの人、大将なの?」

 

 海軍の最高戦力である大将のひとり。ユイも噂では聞いたことがある。常に3人が大将の座にいるが、今は2人しかおらず、最後のひとりを選出している最中だという。

 まさか、そんなすごい人物だとは思わず、ユイもなんとなく背中をずっと追ってしまった。

 

***

 

「おかえりなさい。ボルサリーノさん」

「ただいま~またでんでん虫、間違えちゃったよ」

「でしょうね……」

 

 もはや、でんでん虫にすぐに出るとは思っていない。

 

「でも、今日は優しい子がいてね。すぐに、ポケットから音が鳴ってるって教えてくれたんだよ」

「それで、今日は少し早かったわけだ……というか、いい加減、黒でんでん虫は盗聴用って覚えてください!」

「ごめんごめん」

 

 ボルサリーノは臨時に舞い込んできた書類を手に取ると、首をかしげた。

 

「そういや、あの子、盗聴用って言ってたような……」

 

 何故、あのような小さな子供が盗聴用でんでん虫など知っていたのか。

 少し疑問には思ったものの、ここに住んでいるということは、親は海兵だろう。なら、教えていたのかもしれないと、書類に意識を戻したのだった。



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7話 探り合いと信用

 すっかり暗くなった部屋の中、明かりは特に付いてはいなかった。寝ているのかと、静かにドアを開ければ、そこにいたのは紫色の髪を持つ女。その膝には、眠っているユイ。

 

「テディちゃん……」

「お邪魔しています」

「マジで侵入したのか」

「本部よりずっとラクですよ」

「本部でも簡単に侵入するでしょうが」

 

 近づいてみれば、ユイの手はしっかりとテディの服を掴んでいて、離す気配がない。

 

「捕まったわけね」

 

 会うつもりはなかったと。

 視線を向ければ、ユイに優しげに向けるのをやめ、こちらを見た。

 

「あなたの話をたくさん聞きました。やはり、あなたを選んでよかった」

「あー……一応、言っておくが、ガープさんに歳の話、バレてるからテキトーに理由考えといたほうがいいぞ」

 

 教えておけば、テディは少しだけ目を見開き、目を逸らした。

 

「覚えてたのか……」

「でも、なんで俺だったんだ? テディちゃんと会ったのなんて任務と、数回くらいだろ」

「全て任務中です。理由……信用が置けた。ただそれだけです」

「信用?」

「任務に忠実。だが、ニコ・ロビンは殺さなかった」

「!」

 

 もちろん、バレていないとは思っていない。特にCP9はロビンを追っている主な機関でもある。あの少女がどのようにオハラから脱出したのか、運がよかっただけなのか、もちろん調べ上げただろう。

 そして、今でも追い続けている。

 

「なら、俺もCP9からは嫌われてるわけかねぇ?」

「嫌われてはいませんよ。書類上、ニコ・ロビンは、クザン中将とサウロ中将の戦闘の余派に押し流されたため、隣の島へ辿り着くのが早まり、無事渡れたものと推測されましたから」

「それって……」

「ショカンに感謝するべきでしょうね」

 

 当時のCP9のリーダー格であり、歴代で最も強いと言われた男。現在はすでに死んでいる。テディの世代の師匠にあたる人物。

 何度か話す機会はあったが、任務ともなれば冷徹。だが、話の分かる男だった。クザンも小さく口元を緩めると、テディに目をやる。

 

「それで、テディちゃん。前にも言ったけど、”海軍”に戻ってこないか?」

 

 見定めるような目。

 クザンもはっきりとその言葉を口にする。

 

「正確にいえば、俺の副官として、だ。前の副官は少佐になってな。今は副官いない状態だったんだが、大将に昇格するのに、副官がいねぇってのは問題だってセンゴクさんに言われててな。どうだ? 悪い話じゃないだろ」

「……」

「なんだよ。そんな顔して。予想通りだろ?」

 

 前に言った時から、おそらくテディも察しはついていたのだろう。眉をひそめている。

 そして、一度目を閉じて息を吐き出してから、ゆっくりと開いた目。

 

「その意味が理解できないわけではないだろ」

 

 髪と同じ、紫の目はひどく冷えきっていて、先程までの感情など消え失せていた。

 

「理解しねぇで、元CP9にこんなこと言えるほど命知らずじゃねぇよ」

「なら、その命は捨てたのか」

「それはお前さんの方だろ。テディちゃん」

 

 表情は変わらない。ただじっとこちらを見つめる。

 

「ひとりで逃げるなら簡単だろう。だが、その子を無事に連れていくなら、まずムリだ。だから、絶対にテディちゃんは何かしらの代償を支払うことになる」

「そうだ。CP9だったからこそ、お前以上にわかっている。あいつらは私を逃がしはしない」

 

 世界政府にとって不利益な情報を多々持っている人間を、野放しにしておくなど危険だ。適当な罪状と共に首に賞金がかけられるのも時間の問題だろう。

 

「俺が守る」

 

 そのための副官だ。

 

「命と引き換えなんてガキの下策より、よっぽどマシな結果にしてやる」

 

 安い挑発だ。買う必要なんてない。

 ひどく落ち着いた心、

 

「だから、もう一度だけ俺を信用してくれ」

 

 懇願にも近いそれは、テディの言葉を押さえ込むには十分だった。





補足

CP9時代は、任務内容が食い違っていたり、裏で手を回していたりなど色々な都合から、海軍を信用は1ミリたりともしていません。
そもそも任務が任務のため『信用=利用価値』感覚なので、信用なんて1ミリたりともしないテディが、「信用できた」などと言い出すので、クザンからすると割りと動揺していたりします。


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8話 仕事始め

 積み上がった書類をなんの感情もなく、じっと見下ろす女に恐る恐る声をかければ、ただ一言、

 

「はぁ……」

 

 ただひとつ、ため息をついた。

 

「い、いやぁ……大将ってのは案外忙しいっていうか……」

「それをこなす人間が大将になるんでしょう」

「ごもっともです……」

 

 現状、上司であるからか、テディは敬語だったが、目が鋭すぎる。

 

「とにかく、締切りを過ぎてるものから早々に終わらせてください」

「は、はい」

 

 初日で既に立場が逆転しそうだ。いや、元々は逆に近かったが。

 手に持っていた書類に改めて目を落とせば、テディも同じように書類の山に手をかけた。

 

「なぁ、テディちゃん」

「なんです? 手は止めないでください」

「はい」

 

 こちらのことを一切見ずに、手を止めたことを察したテディはさすがというべきか、なんというか。

 

「センゴクさんと何話してたんだ?」

 

 テディのことをセンゴクに報告すれば、それはもう驚いていたが、諦めたように副官を許可すると、クザンは部屋に返され、テディとふたりだけで何か話していた。

 

「CPのことです。正直、元帥は責任や追求を免れませんから。それから理由も聞かれました」

「惚れたから」

 

 かっこよく決めるものの、テディは特にこちらを見るわけでもなく、手がしっかり動いている。

 

「……反応なしかよ」

「あの時、頷かなかったとして、あなたはユイを出したでしょう。そうすれば、私は副官を受け入れる他ない」

「不満?」

 

 頬杖をつきながら、クザンがテディを見つめれば、少しだけ手を止めると、またすぐに手を動かした。

 その様子を口元を歪めながら見ていれば、チラリと向けられた視線。

 

「サボってません! 仕事します!」

 

 慌てて書類にサインをいれた。

 

「そういえば、ユイちゃんって何者なんだ? テディちゃんの子供じゃないよな?」

「えぇ。拾った子供です」

 

 明らかにそれだけではないが、聞いたところで答えてくれそうな空気はない。ユイも同じだ。

 どこでテディと会ったのかと聞いたところで、絶対に答えないし、両親のことを聞けば、ふたりとも死んでしまったと答えるだけ。

 

「なんか、見たことあるんだよなぁ……」

「そうですか」

 

 さすがに諜報機関に所属していただけはある。全く揺さぶれない。

 

「テディちゃん、笑ってみて!」

「今、笑顔は必要ないです」

「俺のやる気的な意味で必要!」

「お断りします」

 

 鈍い音を立てて目の前に置かれた紙束。

 

「確認終わりました。今日中にお願いします」

「はぇーな……」

「普通です。もっと処理の速いのを知っています」

 

 そういえば、テディがまだCP9にいた頃、よく傍らに立っていたメガネをかけた女が、テディが要求する資料を瞬時に用意していた。確かに、アレは速かった。新たな六式かなにかと思うほどの技術だった。

 つまりは、常人にはムリ。

 

「それにしても……どれだけ怠ければこうなるんだ」

 

 いくら情報の管理や処理に慣れているとはいえ、貯まりに貯まった書類にはさすがに骨が折れそうだ。

 

***

 

 海軍は上下関係のはっきりした組織だ。比べて、CPは上下関係は長官が上に据えられているだけで、実力次第で上下関係のようなものがないわけではないが、海軍よりは重要視されていない。

 もはや癖のような組織と持ち得る情報、権利の所在の確認。

 

「……」

 

 歩く海兵の動き、会話に耳を傾けていれば、騒がしい足音。

 

「テディじゃないか!」

「ガープさん」

「こんなところでなにしとるんじゃ?」

「書類を届けた帰りです。ガープさんは?」

「ワシはこれから出かけないと行けなくてな……めんどくさい」

 

 心底嫌そうなガープは、一度テディの方を見た。「頑張ってください」なんて定型文を無表情で返している。

 

「その前に……」

 

 頭を傾ければ、顔の真横を通る拳。

 そして、避けたとわかると、もう一発迫ってくる拳。

 

「これほど早く頼ることになるとは思っていなかったんです。十年程経って、ガープさんは現役を続けているか、は、わかりま、せんし」

 

 最初はただのゲンコツだったのが、表情を見る限り、全て避けていることに闘志のようなものが出てきてしまったのだろう。

 

「お前の言いたいことはわかった。だがな、ワシはまだまだ現役じゃぞ!」

「やめてください。周りの迷惑です」

 

 遠巻きに海兵が驚いた様子でこちらを見ている。

 そりゃそうだ。伝説の海兵の拳を紙一重で躱し続けている、見たこともない若い海兵がいたら、何事かと思うだろう。

 

(鉄塊……は、ガープさん相手にはやりたくない……)

 

 受けると察した時点で、覇気はさすがにしないだろうが、今以上に力を込めてくるだろう。受けるよりは避けられるなら避けたほうが得策だろう。

 とはいえ、このままでは終わりそうにない。

 

「やめないかいッ!」

 

 見事な一喝に、ふたりが目を向ければ、つるが呆れたように立っていた。

 

「まったく……この子が知らせてくれなきゃ、海軍本部が壊れるところだよ」

 

 つるの後ろに隠れるように立っていたユイはそっと、顔をのぞかせるとテディを見つめた。

 

「ぉ、お姉ちゃん……? ガープさんと、ケンカ……?」

「してない。久しぶりに会ったから、実力を見たかったんだよ。それより、おつるさんを呼んできてくれてありがとう」

 

 後ろでつるに説教されているガープがいたが、特に気にせず、ユイの持っていた箱の方に目をやる。嗅いだ事のある香り。

 

「パイ? 焼いたの?」

「うん! ガープさんのところに行こうと思ったから。お姉ちゃんの分もあるよ!」

「おや……それじゃあ、残念だね。ガープの奴はこれから出なきゃいけないんだよ」

 

 後ろでめんどくさそうにしているガープに、つるは「早くいきな」とまた怒れば、渋々と行った様子で歩いていった。

 

「あ……あの! 今度またパイ、焼きます!」

「おう! 楽しみにしとるぞ!」

 

 ガープを見送ると、ユイはつるに頭を下げた。

 

「ありがとうございました」

「むしろ、こっちがお礼を言いたいよ。またアイツが暴れてたらすぐに教えておくれ。テディも」

「了解しました」

 

 つるも仕事があると戻ってしまい、ユイもテディを見上げた。すると、テディは上を見ていて、その視線の先を追えば、2階の廊下からこちらを見ていたふたりが手を振った。



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9話 甘い香りと

「まぁ~たサボりかい? クザン」

 

 吹き抜けの廊下から下の様子を見ているクザンに声をかければ、めんどくさそうな顔を向けられた。

 

「今は怖ぇ副官がいるから、サボれねぇんすよ」

 

 そういえば、クザンが大将になる条件に、次の副官を付けろと言われていた。どうやら見つかったらしい。

 

「そいつはいいねぇ~君のところで滞ることも多いからね。いったい、誰だい?」

 

 大将の副官ともなれば、機密事項を扱うことも多い。それなりの階級と経験、実力が必要だ。

 すると、クザンは下に目をやった。下では、ふたりの海兵が組手のようなものをしている。ふたりともよく知っている人物だ。

 

「ガープさんにテディちゃん? どうしたの? あれ……」

 

 組手というか、ガープが一方的に殴ろうとしているをテディが避けているようだ。

 

「なんつーか……ガープさん、歳だな。みたいなこと言って」

「そいつはぁ……」

 

 ガープもまだまだ現役だ。若者のテディが歳ですね。なんて言ったら、ゲンコツのひとつは確実だ。

 結果があの状況なのだろう。

 

「それにしても、やっぱり強いねぇ」

 

 ふたりして覇気も六式のひとつも使わず、テディは能力すら使わず、反撃もせずに避け続けている。

 しかも、本部が壊れないようになのか、ガープに踏み込みをさせないようにか、ガープと距離を離すことなく、小さな円をかくように避け続けている。

 そもそも、あのガープのゲンコツを全て捌いているという時点で、海兵からすれば驚きだ。

 

「とはいえ、そろそろ止めないとまずいとは思うんだよなぁ……」

 

 野次馬のこともだが、そろそろセンゴクが聞きつけて怒鳴り込んできそうだ。

 だが、この場にいる中で、あの闘志を燃やし始めているガープのことを止められるのはいない。

 

「君が割り込んできなよ~~止まりはするんじゃない?」

「俺がゲンコツ食らうけどな!」

 

 それくらい我慢しなよ。といえば、なおさら嫌そうな顔。

 

「やめないかいッ!」

 

 下から聞こえてきた一喝は、つるのようだ。ガープを止められる数人のひとり。

 ガープが去ると残ったテディとつる、そして黒髪の少女。

 

「あの子……」

 

 前に見たことがある。

 

「前にクザンの家から出てきた子か~」

「ユイちゃんと会ったことあったんすか?」

「1回だけだよ~子供かい?」

「違いますけど、預かってて……ヤベっ」

 

 クザンの慌てた声に下へ目を向ければ、こちらをじっと見つめているテディ。相変わらず、感情の読めない子だ。

 すると、ユイもクザンたちに気がついたようだ。手を振れば、すぐに振り返してきた。ふと目に入ったテディのユイを見つめる柔らかい目。

 

「……テディちゃん、変わった?」

 

 何度会っても、人形のようだとしか思えなかった少女が、確かに今、笑っていた。

 

「少しだけ」

「ふぅ~ん……それで、君の副官って」

「テディちゃん」

「…………命知らずだねぇ~」

 

 クザンは何も言わずに、口端を持ち上げただけ。

 

***

 

 サクサクと口の中で香ばしいバターの香りと甘いリンゴの香りが広がる。

 

「おぉ~これはおいしいねぇ~」

「よかった!」

 

 すっかりと意気投合しているユイとボルサリーノに、クザンはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

「じいさんと孫……」

「怒られますよ」

「怒られてた奴に言われたくない」

「だからこその忠告です」

「別にわっしはそれくらいで怒らないよ~」

 

 また一口パイを口に運ぶと、テディの方を見た。元CP9であり、その頃から大将であったボルサリーノは何度も会話をしたことがある。だいぶ、印象は違うが。

 

「それにしても、テディちゃん、階級どうしたの?」

「一応、書類上は中尉にするそうです」

 

 センゴクも頭を悩ませてのことだ。実力でいえば、中将もしくは大将クラスだが、単純な実力というわけにもいかない。

 

「今後、おそらく迷惑をかけます。申し訳ありません」

「いいよぉ~気にしなくて。政府に迷惑かけられるなんて、いつものことだしさぁ」

「あなたが言うと、重みが違いますね……」

 

 よく天竜人の対応を行なっているだけはある。多少のいざこざなら全く動じない。

 

「まぁ、なにかあったら言ってよぉ。クザンってすぐに女に手を出すって噂だからね」

「え!?」

 

 ユイが勢いよくテディの方へ顔を向けるが、本人は淡々とパイを飲み込むと、

 

「大丈夫。くだらないことしてきたら蹴り飛ばすよ」

 

 淡々と事実だけを告げた。

 

「ひどくない!? 俺、一応上司だよね!?」

「クザンさん、お姉ちゃんに変なことしちゃダメですよ!?」

「しない! しません!! ごめんなさい!」

「謝ったってことは、事実があるってことかな~~?」

「違ぇよ!! 信じたらどうすんだ! つーか、手出せるわけないでしょ! 死ぬから!」

 

 まだ疑っている様子のユイに、悪ノリしているボルサリーノ、我関せずとコーヒーを口に運ぶテディ。

 味方はいないようだ。



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10話 夜の肴

 目の前に座るセンゴク。追い出されたクザンも外で待っているようなことはしていないようだ。

 他にも近くにいる海兵はいない。

 

「聞きたいことはご満とあるが……」

「はい」

 

 センゴクが額に手をやりたくなるのもわからなくはない。それだけ大きな爆弾の自覚はある。

 

「正直に言うと、お前をクザンの副官にするのは反対なんだ」

「私も同じ立場であれば同じことを言います。むしろ、今回の場合、クザンが海軍大将から逸脱した行為といえます。元帥の命であれば、無かったことにすることも可能です」

 

 テディの言葉に、センゴクもため息をついた。

 テディの言うとおり、クザンの申し出を却下することもできる。できるが、

 

「うるせェジジィがいてな」

 

 もうひとり、テディの味方をしてやれという、うるさい中将がいるのだ。

 

「今回の件は飲むことにしたが……まともな海兵ってわけにはいかないぞ」

「承知しています。出世などは考えていません。ですが、ひとつ、お願いがあります」

「なんだ?」

「すぐに私の情報はCP9へ伝わります。ですから、ところかまわず暴れる海賊がいる場所へ、クザン抜きで派遣をしていただきたい。海賊の捕縛も確実にこなします」

「死ぬ気なら許可せん」

「つまり、死ぬ気でなければ許可すると?」

「そうだ」

 

 感情のない紫色の目が、少しだけ細まった。

 

「大将になったばかりのクザンがすぐに副官を失えば、あいつの立場にも傷がつく」

「なるほど。そちらには気が回っていませんでした」

 

 冗談なのか本気なのかはわからないが、見かけない海兵を副官にして、短い期間で、しかも自身から離れた場所に出撃し死んだとなれば、クザンの立場や評判は悪くなるだろう。

 

「ですが、こうなった今、CP9に一度接触しておきたいのは事実です」

「理由はなんだ?」

 

 珍しく一瞬、戸惑うように口が動いた。

 

「…………ユイのためです」

 

 それはセンゴクもガープから聞いていた。クザンが東の海の火山騒ぎで預かったという少女の名前。

 確認しておきたいことのひとつ。

 

「そのユイってのは」

「おそらく想像通りの人物です」

 

 センゴクもその言葉には眉をひそめるしかなかった。

 

「そうか……ってことは」

 

 テディは何も答えなかった。それが答えで肯定。

 

「その子は、知ってるのか?」

「はい。その上で、私を許すと。だから、せめてあの子だけでも救ってあげたいんです」

 

 自嘲気味に笑うテディに、センゴクも大きくため息をついた。

 

「元帥?」

「テディの言い分はわかった。私からの要求だが、まずクザンの奴は今後、海軍に必要な人材だ。立場が危うくなることは避けてもらう。ふたつ、CPと事を構える時は先に報告すること。三つ、現状海軍本部にいるCPのメンバーを教えてもらう」

 

 センゴクにとっても、政府の味方だとしても海軍の中にスパイのようなものがいるのは気に食わないのだろう。言ってしまえば、かつての仲間への裏切りだが、すでに裏切っている身にとってその程度、問題ではない。

 

「わかりました」

 

 頷けば、センゴクは少しだけ肩の力を抜くと、椅子に体を預けながら言った。

 

「それから、テディ。年寄りの戯言だがな」

 

「子供ってのは思っている以上に成長が早い……か」

 

 隣で眠っているユイに目をやりながら、微笑んだ。

 

「あれ? ユイちゃん、寝ちまったか」

 

 上半身裸で、肩にタオルをかけながら部屋に入ってきたクザンは、そのまま酒を取り出すと、テディにも飲むかと聞いてきた。

 

「結構です」

「連れねぇなぁ……」

「能力的に酔いたくないので」

「別に何かあっても俺が守ってやるが……まぁ、テディちゃんの能力、集中力必要そうだもんな」

 

 酒の代わりにジュースを取り出して渡す。その時、ふと見えた、胸元のペンダント。紫色の細い石に紐がつけられているだけの簡単なものだ。

 

「それは?」

「お守りです」

「ユイちゃんがくれた?」

「……えぇ」

「なんでわかった? って反応だな? こう見えても、案外、俺、すごいんだぜ。海軍に入りたての頃は、出世頭で次世代の海軍を担うってちやほやされててなぁ……って、ちょっとは驚けよ」

 

 まったく驚かないテディに、クザンも自画自賛するのをやめてしまう。やはり、こういうのは少しは反応が欲しい。

 

「あなたのことは知っています。CPの方でも有名でしたし、海軍であろうとCPは入り込んでいますから」

 

 それは、上層部であれば誰もが知っている。というより、察しがつく。便宜上、協力関係だが、お互い隠し事だってある。

 クザンは一口酒を飲むと、眠るユイに目を落とす。

 

「将来が有望そうだな」

 

 ぷにぷにと頬をつつけば、テディの方へ近づき、ピタリとくっついた。

 

「……ふふっ」

 

 思わず吹き出したテディに、クザンは驚いて目を見開いたが、すぐに大げさに肩を落とした。

 

「これがアレか……娘に嫌われる父親ってやつか……結構傷つくな」

 

 だが、その口は笑っていた。

 

***

 

「ぎゃーっははは! 考えたな! 海軍大将に取り入るなんてな!」

「笑い事じゃねぇぞ!」

 

 ソファで笑いこける三つ編みの男、CP9のジャブラ。それを怒鳴りつけたのは、CP9長官であるスパンダムだ。

 CP9にも、新たな大将の情報と共に副官の情報も入ってきた。そこには、見覚えのある名前。

 

「どうりで最近尻尾が掴めたわけだ。あのテディが、尻尾掴ませるなんて珍しいと思ったぜ」

「それで大将の副官だったじゃ、意味がねェんだよ!」

「ま、まッ、安心なされぇい! 大将の副官っていうなら、行動も容易く想像できるってもんでしょう」

「ま、まぁ……そうだな」

 

 スパンダムは、クマドリの言葉に落ち着きを取り戻すと、ニヤリと笑った。



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11話 噂と真実と

 テディがクザンの副官になってから1週間と数日。

 驚くべきことに、クザンが溜めに溜めていた書類は、全て処理が終わっていた。もちろん、大将なだけに毎日のように大量の書類が届くのだが、前のように他の部署から催促がくるようなことは無くなっていた。

 

「テディ中尉」

「はい」

 

 廊下を歩いていれば、声をかけられることもだいぶ増えた。

 

「2日後の出撃要請のことなんだが、近くの海域で海王類が活発に活動していると聞いたんだが」

「あぁ……調査報告が出ていました。繁殖期のため、近隣の島の漁場近くに現れることが多いそうです。すでに島に勧告済みですので、特に追加の任務はないとのことです」

「そうか」

「テディさん! ちょうどよかった。確認お願いします」

「はい」

 

 走ってきた若い海兵から書類を受け取れば、中身に目を通す。特に問題はなさそうだ。

 

「前にクザン大将の副官してたやつが驚いてたぞ。あの量の仕事を片付けるなんて!ってな」

「すごいんですよ! ようやく仕事も落ち着いてきて、ね!」

「えぇ、そうですね」

「中尉は、本部にも慣れてきたか? 支部と違って、とにかくどれも規模はデカいし、数も多い! 俺なんて会議室覚えるのに半年かかったな」

「多いですもんね」

 

 本部は会議も多く行われるため、大きいものから、小さいものまでとにかく数が多い。支部からやってきた海兵の難関として有名だった。

 

「まだ迷いそうになりますよ」

「だよな! 事務は無理だが、本部の案内なら任せてくれ!」

「では、今度迷った時に」

「おう!」

「そういえば、前の支部はどんなところだったんですか?」

「ここよりもずっと小規模なところでしたよ。書類は問題ありませんので、このままクザン大将に渡しておきます」

「あ、はい。お願いします」

「では、失礼します」

 

 テディは微笑みながら軽く頭を下げると、執務室へと踵を返した。

 その背中へ、労いの言葉をかけようとした男は、その先に見えたクザンに慌てて上げた手を敬礼に切り替えた。

 

「さっきまで笑ってたくせに」

「コミュニケーションは大事ですよ」

「……テディちゃんのは、少し違ぇ気がするけどな」

 

 諜報員なだけあって、表情を作るのはできる。だが、感情は全く読み取れない。

 ユイといる時とは大違いだ。

 

「にしても、確かに量減ったよな」

 

 執務室に積み上げられている書類の量が、見るからに違う。

 

「少し時間は掛かりましたが、本部の情報流れと管轄は理解しましたので、少しは楽になりますよ」

「マジか……テディちゃん、化け物かよ……」

 

 多少心得があったとはいえ、一週間で本部の管轄を理解し切るなど、クザンも驚くしかない。

 

「あんまりやりすぎると疑われるぞ」

 

 見たこともない海兵が突然、大将の副官をして、その能力があまりに出来すぎるなど、話題にならなかったほうがおかしい。意味も無く探られるのはテディにとっても不利益だろうし、本部にいる将校クラスなら、裏に何かいるのではないかと疑ってかかる可能性もある。

 CPも世界政府の機関ではあるが、なにかと手柄の取り合いや衝突も少なくない。波風を立てたくないなのだから、内部の火種をわざわざ作るようなことはしたくないだろう。

 

「もちろん多少は隠しています。それに」

「それに?」

「どうやら、私はあまりにも事務仕事を溜めるクザン中将もとい大将のために、元帥が事務処理能力の高い海兵をどこかの支部から引っ張ってきたのではないか。と噂されていますから。適当に合わせています」

「へぇ……」

 

 そういえば、何度かテディの噂を聞いたことがある。事務処理が速いといったことがほとんどで、会計などの処理が多いところが密かに狙っているだとか。

 たまにガープとの組手のこととか。

 

「この書類、今日中にお願いします。他は急ぎではないのでいつ上がっても問題ありません」

「はいはい」

 

 クザンが書類に目を落とせば、テディも別に積まれた書類に目を落とす。

 

『女であるふたりに聞きたいことがある……! 女はどんな男に惚れるんだ!?』

『『……』』

『カリファ』

『一般的に、賢い、金、権力、腕力、優しさ、高身長といったものをどれだけ多く持ち合わせているか。というのが惚れる確率を上げる方法です。が、それら全てに、イケメンである。ということが必要不可欠です』

『だそうだ。諦めろ』

『どういう意味だァ!? テディ! テメェ!!!』

 

 ふと頭によぎった光景に、テディは小さくため息をつくと、クザンの方を見た。事務仕事が嫌いだとはいえ、さすがに大将になるだけあり、必要となればしっかり行う。

 近くで見ていれば、なおさら信用できる人間だ。

 

「……!」

 

 書類にサインをいれ顔を上げれば、書類をチェックしているテディ。

 だが、その目は柔らかいもので、仕事中にはありえないことにしばらく呆けて見つめてしまう。

 

(ユイちゃんのことでも考えてんのか……? それとも……)

 

 クザンは肘を付きながら、テディに気づかれるまで少しの間、眺めていた。



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12話 会いに行く

 大海賊時代と呼ばれるだけあり、偉大なる航路に挑戦する海賊は多く、母数が増えればそれだけ生き残る海賊の数も多くなる。

 偉大なる航路に挑戦する海賊の半数は自然に負け、残りの中でも海賊同士で潰し合いが起こるため、すべての海賊を相手にしなければならない。というわけではない。

 だが、同時に、海軍が相手にするのは、そのような過酷な中を突破してきた手強い海賊となる。

 

「テディ中尉?」

「すみません。急いでいますので」

 

 足早に歩いていくテディに、声をかけた海兵も何かあったかと、首をかしげたのだった。

 執務室で大あくびをしていたクザンは、でんでん虫の音に手を伸ばし、あくびをしたまま受話器を取る。大抵の場合、問題ないのだが、今回ばかりは聞こえてきた声に受話器を危うく落としかけることになった。

 

『テディはいるか?』

 

 海軍元帥であるセンゴクだ。

 あくびを悟られないように、静かに大きく開けていた口を閉じたと同時に開いたドア。テディだ。

 テディはクザンの手にあるでんでん虫を見ると、足早に近づいてくる。

 

「元帥ですか?」

『あぁ。その様子だと聞いているな?』

「えぇ。ちょうど連絡しようかと思っていました。許可をいただけますね」

「ちょっ……なんの話?」

『許可する。モモンガ中将が既に向かっている。協力して”植種”を捕縛しろ。生死は問わない』

「了解」

 

 目を閉じたでんでん虫にテディが前屈みになっていた姿勢を戻せば、クザンがじっと見つめていた。

 

「説明してもらえるか?」

「新世界から逃げてきた”植種のシード”が暴れているため、モモンガ中将が派遣されています。私も応援としてこれから向かいます」

「そういうことなら、俺が行ってもいいだろ。テディちゃん、後ろ乗りなよ」

 

 先程、センゴクは軍艦を出すと言わなかった。まるでテディひとりで行くかのように。

 事実、テディひとりで海を渡ることは可能だし、距離によっては軍艦よりも速いことだってあるだろう。

 

「必要ありません。新世界から逃げてきた海賊なら、海軍大将が出るほどではないでしょう。中将が派遣されていますし、戦力に問題ありません」

「テディちゃん。今、本部から離れて、しかも俺から離れるって意味わかってる?」

 

 いくらCPが紛れ込んでいるとはいえ、ここは海軍本部。おいそれと暗殺も誘拐もできないだろう。

 それこそ、本部を離れる必要がある時も大将であるクザンが近くにいるとなれば、それだけで手は出せない。

 

「もちろん。CP9と会ってきます」

 

 はっきりと言い放ったテディに、言葉が詰まった。

 

「信用できませんか」

「――――」

 

 突き刺さる紫の視線。

 

「……あなたが危惧していることは、元帥に止められていますので安心してください」

「あ、あぁ……」

 

 安心したのも束の間、

 

「確認と、少々脅迫を」

 

 別のことが気になった。しかし、もう行かなければならず、テディは執務室を出ていった。

 ひとり残されたクザンは、椅子に体を預けると大きく息をついた。

 

『信用できませんか』

 

 それは黒い服を着たまだ小さな少女に言われた言葉。

 感情は、読み取れなかった。あの時も、今も。

 

「あぁ……クソ、モラルとか知識しかねぇもんなぁ……」

 

 あの時、クザンが言った言葉の意味も理由も、きっと知っている。だが、理解していない。

 だからこそ、あんな言葉を言えたのだ。

 

「……で、”植種”だったか」

 

 テディの敵ではないとは思うが、一応確認しておくかと、手を伸ばした。



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13話 タネタネの実

 モモンガは島の港へ軍艦を止め、部下を後ろに控えさせたまま、蔓と睨み合っていた。

 この島へ逃げ込んだ海賊シード。タネタネの実の能力者であり、残虐非道。人へ種を植え込み、それを発芽させる。種を植えられた生き物は、種が発芽すると養分を吸い取られ、最後には、植物の苗床となる。

 そのため、すぐにでも島の住人を避難させなければならないのだが、問題は目の前の地面。

 踏み込んだ海兵が、足元から急激に育った蔓に絡み取られ、頭上で吊るされている。

 

「ぅ゛……う゛ぅ゛……」

 

 罠の張られた場所の向こう。村には口から目の前の蔓と似たような蔓を生やした住人が見えていた。おそらく、村中同じ光景が広がっているだろう。

 早く行かなければならない。だが、進むにも罠がある。

 

「モモンガ中将」

「テディ中尉? どうしてここに」

 

 突然現れたテディは、モモンガの前にある蔓を一度確認すると、そのまま進む。

 

「テディ――――」

 

 モモンガの慌てる声と共に急激に育つ蔓。しかし、その蔓にテディの姿はなく、村に置かれた樽の淵に足をかけ、降りた。

 

「問題ありません。先行します」

 

 特に感情も変化させず、進んでいくテディにモモンガは数秒絶句していたが、すぐに気を取り戻すと、

 

「全員、ここで待機! 私だけで向かう」

 

 部下に命令を出すと、テディの後を追いかけた。蔓に捕まらなければいいだけで、罠を作動させてはいけないわけではない。モモンガひとりであれば、罠の回避は無理ではなかった。

 

 テディに追いついた時には、テディは小さく震える口から太い蔓を生やしている男のことを確認していた。

 

「助かるのか?」

「能力者を気絶させても無理ですね」

 

 種は発芽し、その根は内臓を蝕んでいる。悪魔の実の能力は、能力者が気絶すれば発動させていたもの全てが無くなるものと、残るものがあるが、前者であったとしても目の前の男は助からないだろう。

 

「やはり早く捕まえなければ」

「えぇ」

 

 しかし、テディは急ぐわけではなく蔓の先へ目をやっている。

 

「何をしているんだ?」

「タネタネの実の能力者は記録がありません。殺害、捕縛のどちらにしても能力について知っておいて損はありませんし、今後のためにも多少調査は必要かと」

 

 投獄されたとしても、数十年後には悪魔の実として復活し、またそれを食べた人間が海賊になる可能性だってある。その時のためにも、今この場で能力を知っておくことは重要だった。

 モモンガもテディの言葉そのものには同意できたが、その冷静さに表情を強ばらせた。若くして中尉というなら、確かに冷静さは持っているのだろうが、その武勇の噂を聞いたことがない。

 

「それで、わかったことはあるのか?」

「ここまでに確認してきたものでは、感圧式の罠と生物に植え込まれたものの2種。自然系か超人系かは、判断がつきかねます。それから、植え込まれた生き物には、これと同じ種ができます」

 

 テディの指さす先には確かに大きな種ができていた。戦闘報告にあった、シードが種を食べると、突然戦闘能力が上がるという、記述。

 

「まさか、これを!?」

「そのようですね。犬や猫にも植え込まれていたのは、種にも種類があるからか……」

 

 なら、限りがあるはずだ。新世界から命からがら帰ってきたような男がすぐに島を襲ったのも、種のストックがなくなったからだろう。

 

「補充される前にケリをつけるぞ」

 

 モモンガもつい刀を握る手に力が入る。テディも立ち上がり島の中央へと目をやった。蔓の生えた人間を追っていけば、シードの元に辿り着くだろう。

 

「ところで、テディ中尉。どうやってここにきたんだ?」

 

 それはずっと疑問に思っていたことだ。海に囲まれた島に、突然現れた。軍艦もなければ、小舟のひとつもなかった。もちろん、最初から乗っていたなんてことはないし、クザンがいたということもない。

 それこそ、忽然と、当たり前のように現れ、周りにいた海兵でさえ、モモンガが気がつくまで誰一人、海軍大将の副官であるテディの存在に気づいていなかった。

 

「あぁ、それは――」

 

 テディが振り返ろうとしたその瞬間、

 

 目の前に無数の蝶が舞った。

 

 



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14話 CP9

 目の眩むような無数の蝶は、吹き荒れる強い風に乗り、荒れ狂う。

 蝶の隙間から見えた黒いそれは、テディの腹に両腕を突き立てていた。

 

「――ッ!」

 

 認識してから刀を抜くのは速かった。

 しかし、収まってきた蝶の嵐から見えてきたのは、徐々に形を失っていくテディの姿。その体は徐々に蝶に姿を変え、黒いそれの背中に集まりながら、襲ってきた敵の構えとよく似た、両手の拳を突き出すテディの姿が形作られる。

 

「六王銃」

 

 静かな言葉と共に、黒いそれは倒れた。よく見れば、黒い服を着た狼のような男。おそらく悪魔の実の能力者だ。

 テディがその男の背中から降りるよりも早く、その背中に迫る何かに声を上げようとした瞬間、殺気。

 

「!」

「チャパッ!?」

 

 背後の気配に、振り返りながら刀を振れば、気絶している男と同じ服を着た口のチャックが特徴的な男。

 

「貴様、シードの一味か」

「チャパパパ。さすがは海軍中将だ。俺に気づくとは」

「質問に答えろ」

 

 薄ら笑いを浮かべている男に、武装色の覇気を纏わせて刀を近づければ、少しだけ慌てたように口を開く。

 

「海賊の仲間ではない」

「なら、何故私たちを襲撃した?」

「チャパパパ。任務だからだ。テディの暗殺のな」

 

 後ろから聞こえてきた倒れる音に、刀は動かさずに目をやれば、長い髪がうねる大男が棒を地面に突き立てながら立っていた。それに対するテディは、特に負傷している様子もない。

 

「随分と逃げ腰だな。クマドリ」

「テディに向かうってんならぁ~これくれぇ~するってもんよ」

「……」

 

 既に気絶しているジャブラとは違い、クマドリは回避に専念していた。

 攻撃力と機動力が最も高いジャブラが、死角から一撃で仕留めるつもりだったが、失敗。クマドリたちがフォローに入る前に、気絶させられてしまった。

 仕方なく、クマドリは暗殺よりも回避の方を優先していた。それはテディにとっても都合が悪かった。少なくとも、挑発して向かわせてこようとする程度には。

 

「生命帰還を使えるやつぁ~しぶてぇってのぁ~よ、よぉ~~くっ! わかってんだろぉ~い!」

 

 そして、クマドリにとっても不都合なことがあった。フクロウがモモンガに捕まっている状況だ。これでは、フクロウは動けない。故に、ジャブラが気絶から回復するのが早いか、テディの攻撃に耐え切れなくなるのが先か。

 

「そうだな」

 

 テディが手を伸ばす。その手が解けるように蝶へと変わっていく。

 

「よく、知ってるよ」

「鉄塊!!」

 

 周りと飛ぶ蝶が羽ばたくと、その風は刃となってクマドリを襲う。いくら、固くしているとはいえ、絶え間なく続く攻撃に耐え切れず、ついに倒れた。

 

「貴様らはいったい……」

「CP9」

「!」

 

 さすがに中将であるモモンガは知っていた。世界政府諜報機関の表向きには公開されていない機関。政府にとって都合の悪い人間であれば、一般人であろうと暗殺するという、初めて聞いたときには耳を疑った機関。

 その存在は海軍であっても、中将以上でなければ実際関わることはないし、海兵のほとんどがCP9の存在を知らない。

 知っていることいえば、異様に若く、六式を使いこなす人間が構成している組織だということ。

 

「相変わらず口が軽いな。フクロウ。そのチャックはなんのためにあるんだ」

 

 こちらを見るテディに、フクロウはチャックを閉めて、何も答えなかった。

 

「巻き込んでしまいましたね。申し訳ありません」

「どういうことか説明してもらいたい。テディ中尉。いや、本当に中尉なのか?」

「元CP9だ」

 

 いつの間にかまたチャックを開けていたフクロウに目をやれば、また素早く閉じた。

 それだけで、フクロウの言葉が嘘ではないことは想像できる。テディは小さく息をついた。

 

「それが言うとおり、私はCP9を抜けたため暗殺対象であり、その暗殺に中将を巻き込みそうになった。ということです。できれば、このことは内密に」

「クザン大将は!? このことを知っているのか!?」

「知っています」

 

 モモンガが眉をひそめていれば、テディは片腕でクマドリの懐を探ると、でんでん虫を取り出した。

 特徴的なコール音に、モモンガも聞きたいことを飲み込んだ。

 

『……やったか?』

「お久しぶりです。スパンダム長官」

『!!! テメェは……!』

「随分と派手なことをしましたね」

 

 向こうから歯ぎしりをする音が聞こえる。

 

「海軍大将の副官を狙うなんて、貴方にそのような度胸があったことに驚きです」

『なにが驚きだ。人形のテメェが……わざわざ電話まで寄越しやがって』

「大した用事ではありません。ただ、煩わしいんですよ。迷惑です。なので……

 黙っていただけないかと」

『ぁ゛……? うわぁあぁあっ!? テメ、なっ!? いつから!?』

 

 椅子から転げ落ちたスパンダムの視線の先にいたのは、一匹の蝶。

 それはテディの一部であって、羽ばたきは六式のひとつである”嵐脚”となる。それを知っているスパンダムにとって、その蝶が部屋に、自分の目の前にいることはナイフを突きつけられていることと同じだった。

 

「初めからです。逃走した、その時から。貴方方の動きは常に探っていた」

 

 CP9だけは鉢合わせないよう動いていた。だが、大将(クザン)という信用できる人間がいるなら。

 

「どうしますか? 交渉しかできない長官殿」

『て、テメェ……自分のやってること、分かってんだろうなぁ!?』

「この状況でも憎まれ口とは、随分と強くなられた」

『や、やめろ!!』

「貴方が常に私を狙うように、貴方は常に私に狙われていることをお忘れなきように」

『チッ……裏切ったショカンのヤローを一家残らず抹殺した奴が、今度はテメェが裏切りとはな! いいか!? 逃げ切れると思うんじゃねぇぞ! テメェも師匠と同じ末路を辿るんだよォッ!』

 

 捨て台詞を残して切れたでんでん虫。

 

「……」

 

 テディは目を瞬かせながら呆然とそれを見つめると、フクロウのチャックをこじ開けた。

 

「ショカン暗殺の報告書はどうした?」

 

 珍しく焦る声に、モモンガも驚くが、フクロウは特徴的な笑いを洩らすだけ。

 

「俺は口の固い男だ」

「本当に開かないようにしてやろうか」

「チャパパパ、テディとルッチの戦いは激しすぎて、俺たちも復元に手間取ったぞ」

 

 テディはゆっくりと手を離すと、フクロウは素早くファスナーを閉じた。

 

「中尉……?」

「……すみません。巻き込んでしまい」

「それは構わない。それより……大丈夫か?」

 

 明らかに動揺していた。もちろん、表面上落ち着いてはいるが、先程のスパンダムとの会話の後から、今まで感じなかった感情が微かに感じられていた。

 

「大丈夫です。それから、シードですが、村の先で気絶させましたので、捕縛をお願いします。罠も発動しないはずです」

「いつの間に……」

 

 会話の途中で、テディの腕に戻ってくる蝶。会話の間に、シードを倒しに行っていたのだろう。

 モモンガは待機させていた部下に連絡を取ると、テディの方へ向き直る。すでに、CP9の3人は消えていた。

 

「先に戻ります」

「ひとり増えたところで、食料には問題ないぞ」

「お気遣い感謝します。ですが、遠慮させていただきます」

 

 すっかり先程の動揺は消えていた。読めない感情。

 モモンガはそれ以上何も聞かずに、テディが去るのを見送った。




やっと能力を出せた…!
以下、テディの悪魔の実の解説です。


ムシムシの実(モデル:タテハチョウ)
 動物系の能力者。

 普通に使えば、1匹の蝶に変身するが、テディの場合、生命帰還を応用して大量の蝶に変身する。蝶1匹1匹が体の一部のため、潰されればその部分は欠損した状態となる。
 生命帰還で制御できる限りは、蝶は別々の行動を行う。そのため、本人の調子によっては、蝶の扱える数が減る。それが理由で酒も飲まない。
 細分化するため、サイズは小さくなり、小さな場所でも潜入可能となり、どんなに頑丈な部屋に閉じこもっていても、空気穴から潜り込めるため、重宝していた。

 他の動物系の空を飛べる能力者に比べて、飛行速度は圧倒的に落ちるが、使用者本人が剃や月歩などを使いこなせるため、蝶が月歩するし、嵐脚もする。

 ちなみに、能力を手に入れた当初は、CP9から「弱そう」「動きがゴキブリ」「選んだ長官のセンスがない」など、散々な言われようだった。


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15話 静かな海

 星もよく見える天気のいい日だというのに、滴の音。それと共に漂う、海とは違う生臭さ。

 なにかと足を進めていれば、知っている顔がいた。

 

「テディ……?」

 

 CP9のテディだ。

 臭いの元もどうやらテディのようだ。体をよく見てみれば、ひどいケガ。このまま放っておけば死ぬであろう傷と出血量。

 

「その怪我、どうした?」

「あの子を、助けたいんです」

 

 囁かれた言葉に目をやれば、瞳は揺れ、感情もなく任務を遂行していたテディとは思えない、子供のよう。

 その様子に、ガープも眉をひそめた。

 

「あの子?」

「時間が、ない。あなたなら……」

 

 その言葉は子供が縋るようで、ガープはテディの腕をつかんだ。

 

 

「じゃあ、お姉ちゃん、出かけてるんですか?」

 

 遊びに来たユイにテディがいないことを告げれば、少しだけ残念そうに眉を下げた。

 

「なぁに、すぐに帰ってくる。さっき、センゴクの奴に連絡が入ってたからの」

「!」

 

 すぐに嬉しそうにしたユイは、テディと違って素直だ。いや、テディも素直といえば、素直だが。

 

「ハッハッハッ! ユイは本当にテディのことが好きなんじゃな」

「あ、当たり前です!」

 

 頭を撫でる手の下で暴れるユイにガープは、なおさら大きな声で笑えばユイは困ったように頭を撫でられるのだった。

 

***

 

 マリンフォードは海軍本部があるおかげで、他の島に比べ、夜でも明るい。だが、その光が届かない場所もあった。そんな暗く静かな海の傍で、座り込む女。

 

「――――」

 

 小さくつぶやかれた言葉は、波にかき消された。

 

「こんなとこにいたのか」

 

 その声はクザンだった。

 

「報告は明日。元帥にも詳細は明日伝えます」

「そう」

 

 クザンはテディの隣に座ると、同じように海を見た。

 

「どうだった?」

「モモンガ中将は巻き込んでしまったため、事情を説明しました。CP9はしばらく手を出してきません。私を確実に殺せるようになるまでは」

「そいつは、よかったな」

 

 CPが手を出してこないなら、気の持ちようが違う。嬉しい報告のはずだが、テディの様子は嬉しそうではなかった。

 

「なんで、こんなとこで座り込んでた?」

「……」

 

 テディに寄りかかれば、身長差も大きいせいか、少しだけ邪魔そうに眉をひそめる。

 

「前の仲間と会って、戻りたいって思ったか?」

「……それはありません」

 

 今戻るくらいなら、抜けることだってしなかった。彼らのことを、憎んで嫌っているかと言えば、それは違う。

 立場が違って、戦わなければならないから、彼らとは相対した。それだけだ。

 

「ただ……」

「ただ?」

「ショカンは本当にすごい人だったんだと、思っただけです。私じゃ、追いつけないくらいに」

 

 表情はないというのに、どうしてか泣いているように見えた。

 

「”クザン”」

「!」

 

 ようやくこちらを見たテディの目は、柔らかくて、吸い込まれるような紫色の目が、クザンを写す。

 

「ユイは一般人だ。CP9にしか殺せない。でも、CP9は、ユイを殺さない」

 

 だから、あとは私が消えればいい。

 その言葉は、言えなかった。目の前の、ひどく怒ったような歪んだ表情をする男の言葉によって。

 

「テディちゃんさ、言ったよな? 『信用できないか?』って。すぐにいなくなろうとする奴は信用できねぇ。お前のことを待ってる奴がいるのに置いていく奴もな」

「しかし、状況的にこれで事が収ま――」

「だったらその状況判断は間違ってる」

 

 はっきりと言い切られては、テディも言葉につまる。もう一度、頭で状況を整理するが、やはり結論は同じ。

 

「CPは命よりも情報かもしれねぇが、海軍は命だ。時には命をかけることもあるだろうが、そんときは、俺がテディちゃんの命を守る」

「……」

「もう、テディちゃんの命は政府のものじゃないんだ。ユイちゃんを生かすためのものでもな。まぁ、なんだ……少しは素直になれ」

 

 テディの肩に手をやれば、数度瞬きをすると、静かにその手を下ろされた。

 クザンの言っている意味はわかる。これからのことは自分の意思で決めろ。そして、死ぬな。

 政府の命令のみが全てで、そこに意思を介入させてこなかったテディにとって、その言葉は理解できても実行するには少し難しかった。だが、ひとつだけはっきりしていることがある。

 

「ユイを生かしたいのは、私の意思だ。でも……死ぬのは、今じゃなくても良さそうだ」

 

 そのままテディは立ち上がると、家に向かって歩き出した。

 残されたクザンはといえば、頭を抱えていた。

 

「どんだけ素直じゃねぇの……何十年も自分の意思と無縁だったとはいえ……あ、テディちゃん!」

 

 呼び止めれば不思議そうに足を止めて、振り返った。 

 

「テディちゃんって何歳だっけ?」

「25です」

 

 不思議そうに眉をひそめるテディに、クザンも頭をかいた。

 確かに、親子ほど離れていた。

 

***

 

「――――」

「――――」

 

 声に引かれるように、すっかり閉じてしまっている瞼をうっすらと開きながらドアを開ければ、目に入ったあの時のように泣き出しそうなお姉ちゃんの顔。

 

「おねーちゃん、すわって」

「?」

 

 目の前に屈んだお姉ちゃんを、強く抱きしめた。

 

「起きてたの?」

「んーん」

「起こしたか……ごめんね」

「ん……なかないで」

「……少し、疲れただけ」

 

 ユイはずいぶん眠そうだ。と、背中を軽く叩かれれば、温かくて力が抜けそうになる。

 

「おねーちゃん、だいすき」

「……うん」

「きぁぃにぁ……」

 

 最早、言葉ではない言葉を残して、テディの腕の中で睡魔に耐え切れず眠ってしまった。





一応、テディはルッチと同い年です。

テディは見た目年齢では若く見られがちですが、海軍上層部ではあまりにも長い期間いるおかげで実年齢より高く見られがちという、世代階級あてクイズができそうな人物です。


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16話 正義

 お目付け役もいないため、額縁に掲げてある”だらけきった正義”を体現するように、仕事を放棄するクザン。

 先程、書類を届けに来た海兵は、「テディに怒られますよ」なんて、もはや定番になりつつある脅し文句を漏らしていたが、クザンがペンを持つ気配はなかった。むしろ、今はアイマスクを下ろして寝ていた。

 そんなクザンの耳にノック音が響く。

 

「あ?」

「失礼します」

 

 部屋に入ってきた人物を見れば、モモンガ中将だった。

 

「あー……テディちゃんのことか」

 

 賞金首の確保や投獄についての報告書を、わざわざ中将自ら持ってくることはまずない。あれば、それは何かしらの重大な事件が絡んでいる時くらいだ。

 今回は容易に想像がついた。

 

「テディ中尉はまだ戻っていないのですか? まさか……」

 

 また襲撃を受けたのかと勘ぐったが、クザンに簡単に否定される。

 

「半日前に戻ってきてるよ。今は、センゴクさんのとこで報告中」

「センゴク元帥もご存知でしたか」

「そりゃな」

 

 元CP9というのは、無視するにはあまりにも大きすぎる。

 

「それで、彼女は何故CP9を抜けたのですか? しかも、今は海軍の中尉で。いったい、何が起きているのですか?」

 

 ただの内輪揉めなのか、世界政府が関わっているのか、天竜人が関わっているのか。

 元CPが海兵になるなど、前例がなく全く状況が読めない。

 

「俺も詳しいことは知らねぇんだけどな……まぁ、政府としちゃ、CP9が抜けるなんて放っておけねぇだろうが、特にテディちゃんが抜けたってこと以外の問題はない」

 

 もちろん、CP9のリーダー格であったため、政府としては世間に知られてはいけない情報を大量に持っている危険人物ではある。革命軍にでも入られたら大問題だ。

 

「しかし、CPは世界政府に忠義が厚いと聞いています。特にCP9は任務上、裏切ることは絶対にない人間が選ばれるのではないのですか?」

 

 その忠義を翻したくなるほど、世界政府の行いが許せなくなったのか。それで、正義を貫くために海兵に戻ったのか。

 もし、そうであるなら、いくら世界政府とはいえモモンガも見過ごすことはできない。

 

「女の子を守りたかったんだと」

「……は?」

 

 予想外の言葉に、モモンガも唖然と聞き返してしまう。

 

「お、女の子、ですか?」

「たぶん抹殺対象だった女の子を、何があったかは知らねーが、殺したくなかった。だから、テディちゃんはCP9への報告を偽るか、操作したんだろうよ。そこまでしたら、言い訳できねぇ裏切り行為だ」

「その女の子は、海賊かなにかの子供だったのですか?」

 

 海賊王や四皇や大海賊や革命軍幹部の子供であれば、危険因子として暗殺される可能性はある。モモンガ本人としては、そこまでする必要はない気はするが、考えとしてなくはない。

 

「いや、誰かは知らんが、そう言う札付きじゃない。政府にとって都合の悪い一般人だ」

「そんな子供を……!?」

 

 クザンに文句を言ったところで変わらないとは分かっていても、それでも飲み込むことはできなかった。

 

「何故です!? それでは正義など、どこにもありはしないではないですか!!」

「だから、ねぇんだろうよ」

 

 背もたれに体を預ければ見える、掲げられた正義。

 海兵であれば、誰もが何かしらの正義を掲げている。それは自分の意思であり、芯であり、強さの源だ。

 しかし、テディにはそれが欠落していた。だが、それでも彼女は強さを手に入れた。手に入れてしまった。

 どこかで挫折があれば、殺しの才能が無ければ、彼女は変わっていただろうに。

 

「おや、モモンガ中将。もういらっしゃってるとは」

 

 ちょうどテディも戻ってくると、モモンガには目だけで制する。さすがに中将。すぐに察した。

 テディ自身も、モモンガがここにいる理由はすぐに理解し、話していた内容もおそらく自分のことだということも察しがついていた。

 

「巻き込んでしまい、本当に申し訳ありませんでした。まさか、中将を相手取ってまで仕掛けてくるとは思っていませんでした」

 

 中将の目の前で暗殺を行えば、必然的に中将を暗殺する必要も出てくるし、相手をする可能性だってある。

 そんなリスク、あのCP9が取るとは思っていなかった。

 その油断が逆に狙われたのかもしれないが。

 

「気にするな。もう過ぎたことだ。それに、部下に被害を出さずにシードを捕まえられた」

 

 微かに眉を下げたテディに、モモンガは「それに……」と続ける。

 

「クザン大将の事務処理がスムーズに進むなんて、海軍にとって大きな利益だ! 中尉はもっと胸を張っていい!」

「それは……私ではなく、大将が仕事をなされば良いだけなのでは?」

「そうはいかねぇんだよなぁ……」

「あなたが言わないでください」

「すみません」

 

 モモンガも聞きたいことを聞き終わったからか、仕事に戻り、部屋にはいつものようにクザンとテディのふたりだけ。

 

「……もしかして、励まされてました?」

「今頃かよ……テディちゃん、案外、鈍感?」

 

 任務の特性上、自分に対する感情には多少心得があったが、

 

「励まされるというのは……」

 

 ない。そもそも、失敗=死のため、失敗した相手を励ますことはないし、訓練で負けるというのも割りと当たり前で、慰める。励ます。にあまりにも無縁だった。

 

「モモンガ中将は、優しい方ですね」

「……俺も優しいと思うんだけどなぁ」

 

 拗ねたように頬を膨らませて言えば、

 

「そんなことは知っています」

 

 無表情で即答され、驚いて顔を上げれば、顔面に降ってきた書類。

 

「頬は膨らませたままで結構ですが、この資料に目を通しておいてください」

「いやいやいやいやいやいや!?」

 

 ここ数週間、冷静におかしなことを言われることには慣れてきたが、こればかりは冷静にはなれなかった。





正直、全く信用されてないと思っていたら、実はわりと信用されててビビるクザン。



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2章
17話 たしぎ


 マリンフォードに住む子供たちは、全員が海兵を親に持つからか、遊びといえば”海軍ごっこ”と呼ばれる、チャンバラと鬼ごっこを組み合わせたような遊びがよく行われていた。

 内容は単純で、海賊と海軍に分かれ、戦い、海賊側が勝つと逃げ、海軍が勝つと確保となる。海賊側が全員捕まると海軍に捕まると攻守交代となるため、海賊が勝ちはない。そのため、なかなか終わらないことも多い。

 例えば、海賊側に強い子がいるとか。

 

「覚悟ォォ!!」

「たっ!」

 

 海軍の少年が降り下ろす木刀をかわすと、素早く海賊の少女が的確に手首へ木刀を振り下ろした。

 

「うわっ!!」

「よっ……ほっ!」

 

 木刀を落とした隙に、するりと背よりも高い壁を上る。

 

「ここまでおいでー!」

 

 海軍ごっこでは、一応、腕をつかまれれば確保ということになっているが、なかなか捕まえられない子もいるわけで、ユイは捕まえられない子のひとりだった。

 

「くっそぉぉおお! 女のくせに!」

「コラッ!」

 

 突然入ってきた怒鳴り声に、ユイと少年は驚いたようにその声の方を見れば、メガネをかけた本物の海兵が立っていた。

 

「え?」

「女だからってバカにしない! あなたよりも彼女の方が強かったってだけでしょ!」

「ぇ、あ、ご、ごめんなさい……」

 

 その剣幕に少年もつい謝れば、メガネの女は素直な少年に笑顔で頷くと、次はユイの方へ目を向ける。

 

「あなたも! そんな場所に登ったら危ないでしょ。遊ぶのはいいけど、危ないことはしない!」

「ご、ごめんなさい」

 

 そういって、抱えて下ろされた。前にも似たようなことがあったような気がする。

 女海兵は素直なふたりに笑みをこぼしていると、別の場所で攻防を繰り広げていた子供たちが不思議そうにこちらの様子を伺っていることに気がつくと、慌てて手を横に振り、転んだ。

 

「だ、大丈夫!?」

「怒ったり転んだり、なんなんだよ……アンタ」

「ご、ごめんなさい! 遊びを邪魔するつもりはなかったんです! ただ少しやりすぎかなって……とにかく、みんな仲良く安全に遊んでくださいね!」

 

 それだけ言うと、女海兵はズレたメガネをかけなおし、去っていった。

 

***

 

 友達と別れて町を歩いていると、ふと見かけた先程の女海兵。

 海辺に座って、俯いている。

 

「海兵さん」

「はい? って、あ、さっきの……」

「どうしたんですか? どこか痛いですか?」

「い、いえ! 至って健康です!」

 

 強がるように笑う彼女は、あの無表情をつけたようなテディの感情を誰よりも理解できるユイにとって、わかり易すぎた。

 隣に屈み、のぞき込めば、目を泳がせついに下を向く。

 

「仕事で……その、女ってだけで、バカにされて」

「それって、さっきの?」

「あ、違います! 私が言われたんです。それで、さっきもつい……ごめんなさい。遊んでたのに、気分悪くさせてしまって……」

 

 海軍は実力主義ではあるが、男社会でもある。かつて通っていた道場よりは『女だから』と言った言葉は出てこないし、大参謀と呼ばれている中将も女性で、将校にも女性は多くいる。

 しかし、それでも女というだけで、蔑まれることがある。

 つい先程も「女なら東の海はちょうどいいかもしれない」と、悪意のない言葉が発され、ずっと胸に引っかかっていた。

 

「別に、東の海が悪いわけじゃないんですよ。平和の象徴で、私も好きです。でも……」

「私も好きだよ! 東の海!」

「行ったことあるんですか?」

 

 ここには海軍本部に勤務する海兵の家族も住んでいる。この歳であれば、おそらく誰かの娘だろう。

 しかし、いくら本部の人間とはいえ、休暇を取って偉大なる航路を抜け、東の海に行くのは大変だ。

 

「うん。東の海からこっちにきたんです」

「そうだったんですね。私、今は東の海で勤務しているんですよ。もしかしたら、ご両親のこと知ってるかも」

 

 東の海の勤務で、本部に移動になったなら相当な地位に名声があるはず。別の駐屯地でも噂を聞いたことがあるかもしれないと思ったが、ユイの顔はなんとも微妙なものだった。

 

「あ、そ、そうですよね! 私も子供の時は両親の仕事、ちゃんと知りませんでしたし!」

 

 海兵というくらいしか知らない場合もある。

 

「こんなところにいたのか」

 

 声に振り返れば、紫色の髪と目の若い女。

 

「お姉ちゃん? あれ? 仕事は?」

「休憩中。あと脱走した奴の捜索」

「手伝う?」

「急ぎの仕事はないからいいよ」

 

 会話からして、おそらく海兵だ。しかも、支給された服を着ていないところを見る限り、将校クラス。

 

「あ、たしぎ二等兵です!」

「テディ中尉です」

 

 慌てて立ち上がり敬礼をするたしぎに、テディも軽く返す。

 手を下ろしたたしぎは、背筋を伸ばしながら、ユイとテディを見比べ、首をかしげた。

 

「あ、あの……失礼ですが、ご姉妹……ですか?」

 

 言ってはなんだが、まるで似ていない。髪の色や目の色が全く違う。

 

「いえ、私が預かっているんです」

「それって……」

 

 わざわざ本部勤務の海兵に子供を預ける親はそういない。海軍や世界政府ならば話は別だが、マリンフォードは少しの間預けるというには交通の便は悪すぎる。

 つまり、彼女の両親は。

 

「す、すみません!」

「え!? だ、大丈夫ですよ!? 今はお姉ちゃんもずっと一緒だし!」

 

 頭を下げるたしぎに、ユイも混乱したようにテディの腕を掴むと、先程までの会話を伝えた。

 

「そ、それでね! 女だからってバカにされたんだって」

「海軍は実力主義なので気にしなくてもいいと思います。それに、貴方の場合、経験が足りないでしょうから、最初から偉大なる航路勤務はおすすめしません」

「は、はい」

「経験を積むなら、東の海のローグタウン辺りですかね?とにかく、海賊との遭遇率は高い。検挙率はなんとも言えませんが」

 

 それは東の海の支部でも有名だ。平和な東の海では、偉大なる航路に入るの直前の町としてローグタウンは桁違いに海賊との戦闘は多い。だが、本部から見れば桁違いに少ない。その割に検挙率は悪い。

 もはや、あまりの低さに「ローグタウンの方がマシだ」と罵られる文言にも使われることもある。

 

「隙は多いですが、動きは悪くないので、ローグタウンなら十分通じると思いますよ」

「ほ、本当ですか!?」

「実際に戦闘を見たわけではないので、確実とは言えませんが」

 

 たしぎが嬉しそうに口端を上げているよりも、テディが気になったのは少しだけ顔を伏せているユイの方だった。

 

「ユイ?」

「みんな、元気かな?」

「ひとつじゃ抱えきれなくて別れたから、全員の安否が確認できるかはわからないが……確認してみるよ」

「ぇ、もしかして……あの噴火の」

 

 東の海で起きた大事件と言えば、数ヶ月前に起きた噴火だ。火山活動は収まったが、今だに戻れる見込みは立たず、住人はいくつかの島に別れて暮らしている。

 そのうちの数名が今だに、連絡がつかないと言っていたはずだ。このご時世、海賊に捕まったのでないかと心配する声も多く、たしぎもできるだけ情報を集めていた。

 

「うん。家がなくなっちゃって……それで、こっちに、暮らしてて……」

 

 ユイがテディを見れば、微笑まれた。

 

「そうだったんですね! ちょっと待ってください! 確か、行方不明者の名簿がここに……」

 

 たしぎが取り出した名簿には、いくつかの名前に線が引かれていた。生存が確認できた人だ。テディものぞき込めば、ユイの名前があった。

 

「……」

「あ! これ、私!」

「よかった! 近くの島で確認を取ってたみたいなんですけど、結構漏れてたみたいで」

 

 おそらく、クザンがそのままチャリで連れ帰ったのだろう。そして、連絡を忘れた。

 

「すみません。連絡を入れるのを忘れていました」

「大丈夫です! 私が伝えておきます」

「ありがとうございます。それより、時間、大丈夫ですか?」

「ぇ……? きゃぁ! 時間!!」

 

 慌てながらもしっかりと頭を下げてから走っていくたしぎに、ユイですら心配になるが、そっとテディの腕に手を伸ばした。

 

「?」

「みんなに、会いたいって、やっぱり、ダメ、だよね」

 

 ユイもテディが逃げていることは知っていた。だから、前の施設の友達と会いたいとは言わなかったし、マリンフォードの友達と遊ぶことも少しだけ控え、ガープの元へ行くことが多かった。

 しかし、今は言ってもいい気がした。

 テディは首を横に振ると、ユイの前に座る。

 

「いいよ。今度、会いに行こう」

「いいの? 本当に!?」

「あぁ」

 

 抱きついてきたユイを抱きとめながら、テディは長期休暇が取れそうな日程を考えていた。





一応、クザンとしては、ユイやテディのことを考えて行方について連絡をいれるのを先延ばしにしていました。
が! テディが来てからはすっかり忘れてたし、めんどくさいという理由で連絡を入れてません。


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18話 東の海

 海の香りに波の音。久々に感じる船独特の揺れ。

 

「うわわっ!」

 

 慌てるユイの声は、ユイを抱え上げた初老の男に向けられたもので、そのまま肩車をされている。

 

「ハハハッ! よく見えるじゃろ!」

「はい! ありがとうございます」

 

 楽しそうにしているユイを眺めていれば、隣で同じようにふたりを眺めていた、ハットを被ったボガードはその様子を微笑ましそうに眺めている。

 

「孫だな。完全に」

「そうですね」

 

 今、テディとユイはガープの船に乗り、東の海に来ていた。

 ここに至る経緯は、あまりにも簡潔で、簡単なものだった。

 ユイがガープに事を話し、すぐに行こうと強行された。以上。

 

「噂には聞いたが、大丈夫だったか?」

 

 ボガードが心配するのは、ガープが東の海へ強行する数日の間の出来事だ。

 センゴクにはガープがムリヤリ任務として通し、一時的にテディがガープに同行。ユイは、途中の施設のある島で降ろし、帰りにまた回収することになっている。

 テディもクザンもそれを聞いたのは全てが終わったあとで、止める暇すらなかった。

 だが、問題は出撃許可ではなかった。

 

「一応、頼まれた分の修正はしてきましたが……どうなるかは」

 

 クザンの書類仕事のことだった。

 世界政府の航路を使えるとはいえ、東の海にいくには少し時間がかかる。素早く済んでも10日。普通なら14日は考える必要がある。それだけの間、クザンへの書類を片付けていた副官がいなくなると聞いた海兵は、テディの元へ駆け込んできた。

 

「大将への書類の締切、5日早めといてくれ!」

 

 といった書類の締切を早めるようにと。

 ちなみに、センゴクにも同じことを言われた。

 なんでも、テディが来る前には当たり前のように行われていた行為で、どうせ締切を守らないのだから、早くしておこうということらしい。

 

「大将も締切りが早められていたことは知っていたそうですから」

「まぁ、知ってるよな……」

 

 それも含めて締切を守っていなかったような気がする。

 

「中尉が来てからは締切は守ってるからな」

 

 だから、出発前に駆け込んできたのだろう。

 

「それにしても、ガープ中将のこういったことはいつものことなのですか?」

「あぁ。いつものことだ」

「そうですか」

 

 ため息をついたテディに、ボガードも慣れてきたとはいえ、釣られそうになる。

 

「あ、アレですか?」

「おぉ! そうじゃ。よくわかったの」

「お姉ちゃん! 見て! 見えてきた!」

 

 テディは軽く会釈すると、ユイの元へ歩いていった。

 

「今、お姉ちゃんっていってました?」

 

 残されたボガードに後ろからそっと声をかける海兵に、ボガートも頷けば、海兵はユイとテディを見比べた後、似てないといった。

 

「っていうか、あの子ってクザン大将の隠し子って言われてる子ですよね?」

「そうなのか?」

「マリンフォードで噂になったんですよ。まぁ、そのあと、大将の書類が全て片付くって大事件のせいで聞かなくなりましたけど」

 

 港に軍艦が着くとユイとテディだけが降りた。港には、ひとりの若い女性。ここの施設を手伝っている女性だそうだ。

 

「あなたがユイちゃん? みんな、楽しみにしてたわよ」

「ホント!?」

「えぇ。では、お預かりします」

「お願いします」

 

 ユイは一度、テディに抱きつくと、

 

「お仕事、がんばってね」

「あぁ」

 

 手を振って送り出した。

 

 東の海に行くにあたり、言い渡された任務は、麻薬の密売グループの捜索、検挙。

 穏やかな気候のため、安定供給がしやすく、平和な海と呼ばれるだけあり海軍の数も少なく、目をくぐり抜けやすい。

 どうしてそんな犯罪の温床となりやすい場所を放置するか。答えは簡単で、人手不足だ。

 

「これほど情報がないというのも珍しいですね」

 

 ボガードが唸るのも無理ない。探していたグループは、東の海では破格の2000万ベリーの賞金首であるパパベリンがリーダーを務めているのだが、目撃情報は掴めても、足取りがつかめない。

 

「隠れやすい場所を探すか……それとも」

「内通者を探すか、ですか」

 

 テディの言葉に頷くガープとボガード。

 ふたりもすぐに内通者が情報を操作していることは察したが、隠れている内通者を探すのと、密売グループの隠れ家を探すのは同じくらい大変だ。

 

「いくつか当たりはついとる。テディ、内通者探し、できそうか?」

「はい」

「なら、わしとボガードはアジト、テディが内通者探しじゃ」

「ぇ、大丈夫なのですか?」

 

 内通者ならばそれなりの実力者の可能性もあり、見つかったと分かれば何をするかわからない。

 実際、何かしてきたところで、東の海でこそこそしているような賊がテディにかすり傷すらつけられることはないが、テディは頬をかいて微笑む。

 

「見つけても、ここは駐屯地ですから。手を貸してくれる方は多いでしょうし、慎重に探しますようにします」

「無理はしないでくれよ」

「はい」

 

 ガープだけが、そのくだらない会話を鼻をほじりながら聞いていた。



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19話 要は初めから

 密売グループの捜索が開始してから3日。

 ガープやボガードからアジト発見の報告はない。

 

「たしぎ、まだ本部の中尉の手伝いしてるのか?」

「はい。色々、勉強になることを教えてもらえるので。それに、少し心配なところもあって」

「心配?」

「物事に没頭するタイプみたいで、食事も取られないことがあるんですよ」

「お前はあの中尉の秘書かなにかか?」

「ち、違います!」

「ま、ほどほどにがんばれよ」

 

 先輩に肩を叩かれ、ため息をつきながら普段は使われない会議室のドアを開ける。

 テーブルの上には、改ざんされた報告書の他に、出兵した兵の名前の帳簿や航路など、とにかく膨大すぎるファイルの山。

 

「テディ中尉。休憩にしましょう」

 

 この3日、たしぎはテディの情報処理を手伝っていた。その際に、改ざんの跡を探す方法や犯人探しの仕方を教わっていた。

 ただ、テディのあまりにも没頭し、食事や水分補給を忘れるクセに、たしぎは必ず休憩時間を設けるようにしていた。

 

「なかなか見つかりませんね。早く捕まえて、ユイちゃんのこと迎えに行きたいですよね」

 

 休憩の間に、いろいろなことを話した。ユイのことはそのひとつ。

 

「それについてはそれほど……ユイも久々に会った友達ともっと一緒にいたいでしょうし」

「そっか……そう考えると難しいですね……」

 

 軍艦をそのためだけに停泊させるわけにもいかない。迎えに行けば、その場でお別れになる。しかも、次はいつ会えるかわからない。

 

「そういえば、中尉は本部の前はどこにいたんですか? 東の海ですか?」

「偉大なる航路の小さな駐屯地です」

 

 本当に少しだけ、微かにだが瞳が揺れた。

 

「?」

「あ、いえ……その人たちのこと、好きだったんですね」

「……さぁ、どうだろう。腐れ縁、みたいなものですし……」

 

 好きとか、嫌いとか、そんなことを考えてもみなかった。必要とあらば切り捨てるし、誰もが明日生きているかわからない。

 

「そうですか? なんだか、ユイちゃんのこと話している時と似た目をしてましたよ」

 

 楽しげに笑うたしぎに、テディは何も答えなかった。

 たしぎがカップを片すため、部屋を出ていけば、テディはでんでん虫へ手を伸ばした。

 

 カップを洗い終えると、自分の机に新しい仕事がないことを確認してから、テディの元に戻ろうと向かっていれば、何か切羽詰った様子で人気のない場所へ向かう先輩の後ろ姿。

 

「?」

 

 何かあったのかと追いかければ、でんでん虫に向かって何かを話している。

 

「あのガープが向かってるんだ……! とにかく逃げろ! パパベリン」

「ッ!!」

 

 それは密売グループのリーダーの名前。

 

「誰だ!? た、たしぎ? そうか……聞いちまったのか」

 

 つい先程まで行なっていた内通者探しの名簿で、確かに先輩の名前は除外されていなかったが、まさか先輩だとは思っていなかった。

 しかし、先程の会話はあまりにも決定的だった。

 

「どうして……何故、海賊に手を貸したんですか!?」

「手を貸したんじゃねェよ」

 

 刀を抜いた先輩に、たしぎも刀を抜いた。

 

「悪ィがここで死んでくれ。あの無能な中尉に告げ口されちゃ、困るからな」

「ーーッ」

 

 刀が触れ合う音。何度も手合わせをした。そのどの手合わせよりも、重く速い攻撃。

 手加減、されていたのだろう。

 

「ぁぁあああッ!!」

 

 説得なんて考えが甘かった。今、倒さなければ、自分が死ぬ。

 切られた箇所から血が溢れ、痛みと恐怖で目が霞む。

 勝てるはずない。

 一度だって、勝ったことがないのだから。殺し合いで、勝てるわけがなかった。

 

『隙が多いけど、動きは悪くない』

 

 頭によぎった特に感情のこもってはいない事実だけの言葉。

 だが、刀を握る手に力が入る。

 切られるのは隙が多いから。なら、隙をなくせば、あえて隙を見せれば、

 

「死ねッッ!」

 

 必ず切り込んでくる。

 

「なーーッ!!!」

「~~ッ! ぅぁぁああぁああッッ!!」

 

 脇腹から溢れる血に目もくれず、たしぎは振り上げた刀を振り下ろした。

 

***

 

 密売グループはガープにより拘束、これから護送となる。

 

「お力になれず申し訳ありませんでした。ローグタウンに異動する日程が延期したと聞きました」

「い、いえ! 気にしないでください! 延期というか、このケガが治るまでこっちで休めということですから」

「ですが、私が気がついていれば、ケガをされなかったかもしれない」

「そんなことはないです! これは、私がまだ弱いから……テディ中尉の言うとおり、もっと経験を積まないと」

 

 笑うたしぎにテディも表情を緩めれば、出航準備の整った軍艦に向かう。

 

「ユイちゃんによろしくお願いします!」

 

 少しだけ振り返った目は、相変わらず優しいもので、たしぎも安心したように敬礼で見送った。

 甲板に上がれば、ガープが小声で話しかけてきた。

 

「お前、もっと前からわかってただろ。内通者も場所も」

「将校でもない人間が盗聴用の黒でんでん虫を持っていれば、すぐにわかりますよ」

 

 場所もたしぎのおかげですぐに割り出せていた。だが、すぐに伝えなかった。

 

「あの小娘のためか」

「動きがあれば報告するつもりでしたよ。事実、そうしました」

「ぶわっはっはっ! そういうことにしておいてやろう! どうせ全員捕まえたしな!」

 

 多少の時系列の違いなど、賊を捕まえてさえいれば誰も気に留めない。

 ガープが笑いながら去っていけば、テディはひとり海を眺めた。

 

『休憩にしましょう。テディ』

 

『最低限の水分とエネルギーの摂取よ』

 

 それはかつて膨大な情報を整理していた時に、同じように手を貸してくれた仲間。

 

(……案外、似てるかも)

 

 考えれば考えるほど、共通点が出てくることに、テディは小さく表情を崩した。

 





海軍の中でテディの事情把握度がだいぶ違いますが、これでようやく全タイプ揃いました。

普通の海兵(たしぎなど)
 ただの本部の中尉かクザンの副官という認識。
 主にテディとユイのあることないことの噂を立てる人たち。
 あまり戦闘している姿を見ない(むしろクザンの書類処理の印象が強い)ため、戦闘能力はあまりないものと思っている。

一部を除いた中将(モモンガなど)
 テディがCP9の頃から中将であれば、テディのことを知っている。そのため、扱いに一番困っている。
 部下の噂にたまに頭を抱えそうになるが、元CP9なので何故大将の副官にいるのか、世界政府の指示なのか、微妙に知っているために悩みの種が多い。
 ただ、なんとなくCP9から抜けたことやクザンが匿っていることを察している者も多い。

大将
 CP9を抜け、CPに追われていることも把握してる。理由にユイが関わっていることは察している。
 各大将で多少違いはあるものの、共通して世界政府のめんどうごとに自分からわざわざ関わりに行く気はない。

元帥、ガープ、つる
 ほぼ全ての事情を知っている、もしくは察しがついている。
 一応、CP9を抜ける際に世話になっていることが、主な理由ではある。
 が、抜ける際にルッチと戦いCP9の使用している建物を半壊させたこともあり、世話にならなくても100%バレてた。(おつるさんは半壊の方で事情を察している)


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20話 救いと

「テディ中尉って、助けた孤児を引き取って、金銭的に厳しいところをクザン大将が事務処理に目を付けて引き受けたって話だぞ」

「センゴク元帥が見つけて声かけたんじゃないのか?」

「それはそうなんだが、クザン大将も事情を聞いて預かったって話だ。ほら、隠し子の噂があっただろ?」

「あぁ……そういえば」

「たまにはいいことするよな。大将も」

「”たまには”ってなによ。普段、なにもしてねーみたいじゃないの」

「「大将!?」」

 

 慌てて敬礼する海兵に、クザンも堅苦しくしなくていい。と気怠げな声で返せば、苦笑いされる。

 テディが戻ってきたのは昨日だというのに、たった一日で随分と広がった噂。

 

「……って、なにしてるの? テディちゃん」

 

 部屋に戻れば、椅子の足を見ていたテディ。

 

「海楼石の手錠で繋いで書類をされていたと聞いたので、気になりまして」

「あぁ……」

 

 最近がなかっただけで、かつては日常的に行われていた非道な行為だ。サボろうとすれば繋がれ、サボっては繋がれ。

 椅子を壊すのも気が引け、仕方なく椅子と一緒に逃げようとすれば、足が繋がれる。

 

「その時間で仕事を進めたほうが、自由に使える時間が増えますよ」

「だらけきった正義だからな」

「だらけるとサボるは違います」

 

 傷跡を見る限り、確かに何度も手錠がつけられた跡がある。ついでに新しい傷も。

 

「そういえば、また噂新しくなってねぇか? テディちゃん、メチャクチャ注目されてるじゃねぇの」

「そうですね。でも、これで一通り噂同士が繋がったので、これ以上の噂は起きません」

「わざとだった?」

「予想より早いですが……結果的に収まるところはほとんど変わっていません」

 

 多少の狂いはきっとガープのせいだろう。

 

「正直、もっと揉めると思いましたが……」

「CP9とやり合っといてよくいうな……」

 

 こちらを一度見たテディは今さらのように「そうですね」なんて言った。

 

***

 

 冷えたビールを一気に喉に流し込めば、こちらを見る視線。

 

「あらら……ユイちゃんはジュースだな」

 

 冷やしたジュースを渡せば、嬉しそうに受け取った。

 

「お姉ちゃん、まだ帰ってきてないですか?」

「あー……まだだな。ガープさん、また何かやってたみたいだし、巻き込まれたのかもな」

 

 すっかり慣れたのか、困ったように眉を下げて笑うユイに、クザンもかつてのことを思い出して笑いながらビールを喉に流し込む。

 

「……なぁ、ユイちゃん」

「はい」

「友達とずっといたいとか、思わなかったか?」

 

 ただの確認だったが、ユイは驚いたように口を開くと、すぐに頬をパンパンに膨らませた。

 

「え゛!?」

「むぅ~~~~!!! お姉ちゃんもクザンさんも、私のこと、邪魔なんですか!?」

「ち、ちげぇって! つーか、テディちゃん、やっぱ言ってたかぁ……」

 

 もしかしなくても、言ってるとは思った。

 しかも、ユイの様子から見て、いつも通り、淡々と聞いたのだろう。任務の時のように、感情を殺して。

 顔を覆うクザンに、ユイも何か察したのか膨らました頬を絞ませ、ジュースに口をつけた。

 

「ねぇ、クザンさん。お姉ちゃんは私を殺さないって、救うって言ったの」

 

 ビールを傾ける手が止まる。

 

「それって、お姉ちゃんは救われますか?」

 

 見上げる瞳は震えていた。

 ゆっくりとビールを降ろし、手をユイの頭へと乗せると撫でた。

 

「救ったよ。ユイちゃんは、テディちゃんを救ってる」

「私は何も……」

「テディちゃんの手を止めたのはユイちゃんだ。心を守ったんだ」

 

 自分の心を殺して、任務に遵守していたテディの手を止めたのは、紛れも無くユイだ。

 

「それは誰にでもできるもんじゃねぇ。ユイちゃんだからできたんだ。これからも、頼むよ」

「……でも」

「他のことは俺がなんとかしてやっから。というか、最初からそのつもりだしな」

 

 不安気に見上げる目に、強めに撫でれば、少しだけ痛そうに目をつぶった。

 

「なんつーか、アレだよな。アレ。テディちゃんは、妙に鈍感だよな」

 

 あれほどはっきりしているというのに、妙にズレてる。

 腕にかかる重さに目を向ければ、寄りかかりジュースに口をつけているユイ。

 

「クザンさんは、お姉ちゃんのこと、知ってるんですよね……?」

 

 ユイが自分からテディの過去のことを切り出すのは珍しい。聞かれたところで、わからないとはぐらかしていた。

 

「……あぁ。知ってる」

「……なら、嫌い?」

 

 不安だったんだ。

 テディがユイを守るためだと、口止めしたことは、きっとユイを命を守ることに繋がるが、それはユイを孤独にしてしまう。

 だというのに、この少女はテディのことを心配していた。

 だから、止められた。

 

「嫌いだったら、一緒にいねーよ。俺もユイちゃんと同じ。テディちゃんのこと好きだし」

 

 笑って見せれば、ユイも安心したように笑った。 

 

「とりあえず、俺にも笑顔と」

 

 口元に指を持っていくと、

 

「泣き顔が見たいな」

 

 これは内緒だからな。と言った。



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21話 苦手じゃないよなんとなく警戒してるだけなんだ

 本部に似つかわしくない小さな影を追いかければ、黒い髪の少女。

 

「おォ~~ユイちゃん。こんなところで何してるんだい? ここは一応、本部だから遊んじゃダメだよォ~~」

「あ、ごめんなさい!」

 

 慌てたように頭を下げるユイは、ガープを探してそうだ。

 いつものようにガープの元に遊びに行ったら、ガープが仕事をサボってどこかに行ってしまったらしく、ボガードも手が離せず代わりに探すように頼まれたそうだ。

 

「そうだったんだね~~なら、わっしも手伝うよ~~」

「え!? いいんですか!?」

 

 小さな体を抱えあげれば、驚いたあと人懐っこい笑顔を向けた。

 

「ここ、ガープさんのところに似てたから」

 

 ここは、海兵に癒しを与えるための休憩室で、今は襖で区切られているが、襖を取れば宴会も開けるような大部屋だ。

 ガープも確かに似たような作りの部屋を使っている。

 

「ん~~でも、ガープさんはここにはあまり来ねぇからなぁ~~センゴクさんは今いねぇから……鍛錬場とか見に行ったかい?」

「まだです」

「じゃあ、そこから行こうか~~」

 

 部屋を出ようとすれば、ちょうど入ってきたコワモテの男。海軍大将のひとり、赤犬ことサカズキだ。

 

「ん? なんじゃい。そのガキ」

「ユイちゃんだよ~~ほら、テディちゃんとクザンが預かってる」

「あぁ……あの小娘のか」

 

 ギロりと睨まれれば、ユイも自然とボルサリーノをつかむ手に力が入る。

 

「それより、君は何しにきたんだい?」

「盆栽の様子を見に来たんじゃ。たまには手入れをせんとな」

 

 気を利かせた誰かが、緑を増やそうとして盆栽を置いたことから、徐々に増え続けており、サカズキも増やしている人物のひとりだった。

 長期任務の時には、海兵たちが大将の盆栽だけは枯らしてはいけないと、手入れしているのもよく見かける光景だ。

 

「おォ~~そ~~かい。がんばってね~~」

 

 サカズキと別れると、ユイが不思議そうに首をかしげた。

 

「お姉ちゃんと先程の……えっと」

「サカズキ。あとは赤犬って呼ばれてるね~~」

「サカズキさん、は、仲が悪いんですか?」

「あ~~……仕事の関係でね~~立場上仕方なくだよ」

 

 海賊を悪だと決め、徹底的に排除しようとするサカズキに対し、テディは世界政府にとって都合の悪い人間を抹殺する。それは、政府にとって都合が良ければ、海賊だろうがなんだろうが擁護するということだ。

 衝突は、正直数が多かった。

 

「ここにもいねぇかぁ」

 

 鍛錬場にもいない。

 なら、次は、

 

「おつるさんのところだねぇ~~」

 

 屯している場所は大抵決まっている。

 

「……」

「テディちゃん? どうした?」

 

 あらぬ方向を見ているテディに首をかしげれば、テディは「なんでもない」といって、また書類に目を落とした。

 

「おォ~~いたいた」

 

 ボルサリーノの予想通り、ガープはつるの執務室にいた。

 

「なんだい。ユイまで連れて」

「いや~~ガープさんを探してるっていうから、手伝ってたんですよ~~」

 

 ユイを下ろせば、ガープにボガードが探していることを伝えるものの、全く動く気配がない。

 

「ガープさん!」

「休憩じゃ! 休憩!」

「ボガードさんから、絶対休憩っていうからちゃんと連れてこいって言われてるんです!」

 

 さすが、慣れている。

 ボルサリーノとつるもそのふたりの言い争いを眺めながら、会話を交わす。

 

「そういや、悪魔の実を見つけたって話だよ」

「悪魔の実ぃ? なんの実ですかい?」

「未確認だそうだよ」

 

 海軍が回収した悪魔の実は、そのほとんどが一度世界政府か海軍の管理に置かれ、戦力増強を目的に名指しされた海兵が食すが、カナヅチというデメリットから拒否する海兵もいる。

 その内の一部は世界政府に回収され、海軍とは別の組織へ渡ることもある。

 

「悪魔の実?」

「なんじゃ、知らんのか? テディも食っとるじゃろ」

 

 そういえば、合点が言ったのか声を上げた。

 

「チョウチョになるやつですか?」

「そうじゃ。まぁ、能力もいろいろあってな。動物系、自然系、超人系つって、テディのは動物系ムシムシの実の蝶人間。他にも、そこの黄色いのは自然系ピカピカの実を食っとるし、おつるちゃんは超人系のウォシュウォシュの実を食っとる」

「いっぱいあるんですね……」

「ここに集まってるだけだよ。なかなか見つからないから、見つかればみんな欲しがって取り合って戦いだって起きる。悪魔の実図鑑ってのもあるよ。ほら」

 

 つるが差し出した本を開けば、形だけなら果物は思えるが、模様や色が食べられるとは到底思えない果物ばかりが並んでいる。

 その中には、写真があるものと名前と能力のみが書かれているものがある。

 

「それは海賊が使っていたから、名前と能力だけがわかってるんだよ」

「あ! お姉ちゃんのってコレ?」

 

 さすがにCP9が持っていただけあり、写真がしっかりある。形はチェリーのようだが、真っ青で特徴的な渦巻き模様。

 

「まずくてな。食った海兵ほとんど一口で吐いとる」

「いや~~アレは本当にまずいんですって」

「知っとるわ。吐き捨てたわ」

「人の残したの食ってよくいうよ」

 

 つるが一口でやめたのを、気になったのか、ガープもその後食べたが、口に入れた瞬間吐き出していた。

 勝手に食べて、吐き出すなど失礼にも程があるが、正直見ている身とすれば、食べた人間が軒並み青白い顔になる味など気になるのだ。

 

「……おつるさん」

 

 小声でつるを呼ぶユイに耳を寄せれば、

 

「悪魔の実の元の果物、苦手ですか?」

「そんなことはないけど、どうしてだい?」

 

 つるがのぞき込む中、ユイは少しだけ困ったように眉を下げながら言った。

 

「お姉ちゃん、チェリーパイだけあんまり好きじゃなくて」

「……」

 

 なんとなく気持ちはわかるような気がした。




このメンバーだと、完全ジジババ孫談議(笑)
平和でよろしい。

テディですが、一応ユイの傍に蝶を一匹飛ばしているので、状況はなんとなく分かっています。その上で、「なにしてんだ? あの人たち」とか思っています。


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22話 手合わせ

 目の前に迫る木刀を触れるギリギリで避ければ、切っ先が向きを変える。

 しかし、木刀を持つ腕の肘を抑えながら、左腕に持ったナイフほどの長さの木刀で脇に向かって突き立てようとすれば、右腕に重み。

 木刀が触れる前に距離を取られた。

 

「……何してるんですか」

「見りゃわかるじゃろ。手合わせじゃ」

 

 たまたまガープの元に来てみれば、オニグモとテディが戦ってるのだから、モモンガだって驚く。

 ふたりの手に持っているのは木刀で、手合わせだということはわかるが、響いてくる音が鍛錬とは思えない鋭い音ばかり。

 

「テディもたまには鍛錬せねば勘が鈍るじゃろ」

 

 どうやらガープのむちゃぶりだったようだ。

 とはいえ、今回はテディも同意していた。実際、ジャブラたちとの戦いの際に勘が鈍っていることは感じていた。

 最初はガープが相手をする予定だったが、たまたま居合わせたオニグモが「元CP9なら」と立候補し、現在に至る。

 

「能力を使っても構わないぞ」

 

 攻撃の手は緩めずオニグモが言えば、

 

「あくまで能力は奥の手です」

 

 確実に攻撃をいなしながらカウンターをいれるテディ。

 どちらも、示し合わせたわけではないが、六式も能力も使っていなかった。

 

「……」

 

 オニグモは手数の多いわりに速度は速く、重い攻撃。

 今は二刀だが、髪を使えばさらに増えるはずだ。いつ解禁するかわからないのが、手数が4倍になれば、さすがに全て対応し切るのは難しい。

 しかし、このままでは決着はつきそうにない。

 

 攻めるか。

 

 ギリギリではなく大きく膝を落とせば、視界に映るひじ打ち。

 

「!」

 

 軽い。

 すべての攻撃をいなし、確実に急所へ攻撃をするテディに当たるとは思っていない。

 すぐにもう片方の手に握る木刀の切っ先を変え、テディが倒れる方向へ突けば、ひじ打ちした手に絡む足。

 

「!!」

 

 迫る切っ先をギリギリで避け、腕の上へと上がる。テディの攻撃は全て急所だ。守る場所はわかる。

 動かそうとした腕を足で抑えられる。

 

「舐める、なッ!」

 

 後ろ髪を前に向かわせれば、あっさりと腕から飛び降りるテディに踏み込み、木刀を振り下ろす。

 ギリギリで短刀に防がれた。

 

「初めて正面で受けたな」

 

 こうしてはっきりと受け止められるのは、これが初めてだった。

 今までは流れを逸らし、腕の肘や手首といった稼働部分を抑えることが主だったというのに。

 どうやら追い詰めているようだ。押し込もうと力込めれば、刃を撫でるように滑らせると体を低くスライドし、懐に入り込まれる。

 

「ふっ……」

 

 短い呼吸音と共に、強く後ろへ踏み込む。

 風圧と共に突き上げられた拳。あと数瞬遅ければ、あの拳が腹へめり込んでいた。

 落ちていく短刀を蹴り上げられたが、それを手に取る前にもう一歩踏み込んでくるテディ。

 

「なんでもありなんですか?」

「そもそもテディが素手じゃしな」

 

 一通り武器は使えるが、自らの肉体のみで戦うことが多く、よく使う武器と言えばナイフだった。

 そのため、オニグモとの手合わせは一応もってはいたが、素手の方が得意のため、これでお互いひとつずつ手をだしたということになる。

 

「勝敗は有効打ですか?」

「そうじゃ」

 

 実力者同士の対決とはいえ、ここまでの手合わせはそうない。

 大将はもちろん中将にもなれば、指導はしても手合わせはあまりしない。それ以上の力を手に入れるなら、手加減のない実戦が一番となるからだ。それこそ、今のように、たまに腕が鈍るという理由で手合わせをすることはある程度。

 木刀と拳が触れ合うその瞬間、テディはその拳を少し上に上げると、木刀の交差する部分の上に振り下ろす。

 

「……!」

 

 微かにズレた中心。オニグモには、蹴り上げられていた短刀が落ちてくるのが見えていた。

 

「くっ……」

 

 髪に持たせた木刀で短刀をたたき落とし、増やせる最大の腕の本数で、テディを襲う。

 見開いた瞳孔に、乱れた風

 

「!」

 

 短刀を握るテディの足と肩に当たっている木刀。

 

「……私の、負けですね」

 

 有効打だ。

 離れて礼を言えば、オニグモは少しだけ眉をひそめた。

 

「テディ中尉。何故止めた」

「……」

 

 確認しなければいけなかった。

 最後の一瞬、テディは蝶で腕に弾き飛ばした短刀でオニグモの心臓を突けた。それを、途中で諦めたようにやめていた。

 

「『手合わせで殺しをしようとしたらそれは負け』今、私はオニグモ中将を殺そうとした。ですから、私の負けです」

 

 たとえ、手合わせとして勝てていてもそれは負け。

 手合わせと実戦の境界を踏み越えなければ、勝てないなら、それは実力として劣っていることになる。

 

「そうか」

 

 ふたりがガープとモモンガの座る縁側に戻れば、指を鳴らしているガープに稽古をつけると言われるが、もちろん揃って拒否。

 

「休憩などと息も上がっとらんクセによくいうわ」

 

 オニグモは微かに息を上げていたが、テディはいつも通り。本人としては、気を抜けば同じくらい息が上がっているのだが、そこは昔からの習慣で抑えていた。

 

「モモンガ中将はいかがです?」

「わ、私はすぐに戻らないといけないからな。今度……」

 

 ガープとの手合わせなど、先程の比ではないほどハードだ。誰もやりたくない。

 早々に逃げようと動いた時だ。こちらに走ってくる足音。

 

「あ、テディ中尉! ここにいた!」

「どうかしましたか?」

 

 若い海兵だ。クザンの部下で、テディとも知り合いだ。

 

「クザン大将が脱走して! 青チャリもなくなってるんです!」

 

 テディが来てからというもの、テディがマリンフォードにいる間は、連絡も書き置きもなしに青チャリでサボりに行くことはなかったが、ついに青チャリを出してきた。

 そもそもテディが目の届く範囲で仕事せずサボるなど許さない。ましてや、他の島に行くなど、強行手段を用いても阻止される。

 

「急ぎの仕事が入りましたか?」

「ぇ、あ、いえ……特に増えてはいませんが……」

「でしたら、今日明日分は終えていますから、問題ありません」

 

 つまり、仕事をしているならサボりは許容する。どこに行こうが、何をしようが。

 

「そ、そうなんですか……もしかして、大将からどこに行かれてるか聞いていますか?」

「いえ。知りません」

 

 安心したのかしていないのか、半々といった顔で若い海兵は仕事に戻っていった。





補足

テディの強さとしては、
能力、覇気、六式を使わないと、中将に負けます。
六式、覇気で中将と同等。勝てるかは半々。大将には負けます。
能力、覇気、六式と任務で暗殺となれば、大将と同等。


動物系の覚醒が、まだはっきりしてないのでなんとも言えませんが、インペルダウンの動物看守からして、おそらく覚醒したら”しぶとさ” ”生存本能”が跳ね上がるとして、一応書いています。(まだ特に関わってませんが)

テディは、(あるかはわかりませんが)半覚醒状態。生命帰還で、擬似的に能力の覚醒状態に持っていっている状態です。
なので、任務となれば、確実性を重視 + 格上相手には尋常じゃないしぶとさを発揮するので、”手合わせ”と”実戦”の差は大きいです。


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23話 テディベア

 海に続く一本の氷の道。

 

「クザンさん、どこにいくんですか?」

「この先にある”ウーサー”だ」

 

 この先と言われても、一面海。たまに魚が跳ねたり、遠くに船が見えるくらい。

 

「ウーサー……」

「知ってる?」

 

 首を横に振る。偉大なる航路には、多くの島がある。今でも新しく発見された島があるくらいだ。

 あまりにも多すぎて、名前のない島も未だに存在し、世界政府は一時的に番号を振っているが、名前があるということはそれなりに大きいか、少なくとも人はいる島だろう。

 

「でも、仕事はいいんですか?」

「大丈夫じゃなかったら、お姉ちゃんに止められてるよ」

「あ、そっか……」

 

 ユイに声をかけた時から視界に入った蝶には、ちゃんと断ってある。

 一応振り返るものの、蝶はいない。ユイの頭や肩に乗っているわけでもなさそうだ。

 

「……随分と信用されてんな」

 

 いいことだとクザンが頷いていると、後ろから驚いた声と共に、肩に乗せられる手。

 

「ちょっ……ユイちゃん、危ねぇ……って」

 

 荷台で素早く立ち上がったユイに慌ててバランスを取ろうとするが、揺れていない。

 何度もユイが遊ぶ様子も見てきたが、相当運動神経がいい。というか、センスがある。ガープもちゃんと育てれば良い海兵になると言うほどだ。

 

「アレですか?」

 

 テディが聞いたらどうなるか。

 

「お、そうそう。アレだ。見えてきたな」

 

 やはり、止めるだろうか。

 

 ウーサーは大きな島で、情報網もしっかりしているらしく海軍大将であるクザンのことを驚いたように見つめる人もいた。

 

「それで、本当に何をしにきたんですか?」

 

 ユイが一緒にいても問題ないのだから、それほど重要な用事ではないことはわかるが、結局クザンはまだ理由を答えていなかった。

 

「あー……アレだよ。プレゼント探し」

「へ?」

 

 意外な答えにユイも首をかしげた。

 その反応に、クザンもなんとも言えず眉を下げ笑った。

 

「テディちゃんの誕生日が今日になってたからさ。一応、さ」

 

 目を丸くするユイにクザンも困ったように笑うしかない。

 

「ま、本当の誕生日書いてるとは思ってねぇが、やっぱりか」

 

 なんとなくテディが海軍に提出したプロフィールを確認していたら、誕生日が今日だった。おそらく、適当に決めたのだろう。

 でなければ、ユイがこんな驚いた顔をするはずがない。

 

「お姉ちゃんの誕生日!?」

「あ、いや、たぶん違うぞ? 一応、書類上の誕生日は、今日」

 

 自分で言っておいてややこしいと思うが、ユイも目を白黒させている。

 

「ユイちゃんはテディちゃんの誕生日知ってる?」

 

 首を横に振られた。

 

「じゃあ、誕生日プレゼント選ぶんですよね!?」

 

 輝いている目に、クザンも頷くことしかできなかった。

 

 アクセサリーに服、小物と、とにかく選ぶのはユイに任せて後ろについて歩いていれば、近づいてくる気配。

 

「クザン大将」

「ん?」

 

 海兵だ。さすがに海軍大将が島を散策していれば、何かあったのではないかとやってきたらしい。

 

「ただの私用だから、気にしなさんな」

 

 海兵は一度店の中にいるユイに目をやる。

 

「お子さん、ですか?」

「そんなとこだ」

 

 海賊、賞金首などの問題があったわけではないと知ると、海兵も安心したように駐屯所へ戻っていった。クザンもようやく店の中に入れば、店主の老人がユイとプレゼントを探しているところだったようだ。

 

「君のお姉さんへの贈り物なら、これはどうかな?」

「ぬいぐるみ?」

 

 クマのぬいぐるみだ。

 初めてユイに”お姉ちゃん”と言われた時、クザンも同じ勘違いをしたためよくわかるが、もしテディの年齢を知っていれば、勧めてくることはあまりないだろう。

 

「”テディベア”というぬいぐるみです」

「テディ、ベア?」

 

 意外な名前にユイとクザンが目を瞬かせていると、店主は朗らかに笑いながら説明してくれた。

 

「クマのぬいぐるみはぬいぐるみなんですがね、この国の王様が狩りに出かけた際に、傷ついたこぐまを撃たなかったという話から作られたぬいぐるみなんです」

「……」

「狩りに出てたのにか」

 

 こぐまひとりでいることは、まずないだろう。となれば、そのこぐまの親は、その王様に撃ち殺されたのだろう。

 

「ははは。そうですな。子だけ残してしまった。その後、保護されただとか、別の猟師に撃たれたとか、傷を癒せず死んでしまっただとか、どうなったのかわからないそうですよ」

「へぇ……」

 

 じっとテディベアを見つめるユイに、クザンも答えを待った。

 

***

 

 玄関を開けた途端、押し付けられた柔らかいぬいぐるみ。

 

「クマ?」

「テディベア! お誕生日おめでとう!」

 

 ユイとぬいぐるみを交互に視線をやると、次にほぼ一日、仕事をサボっていたクザンに目を向ける。

 その表情を見る限り、どうやら察したらしい。

 

「ユイちゃんが選んだんだよな」

「うん! お姉ちゃんと同じ名前で、優しい王様がいたんだって」

 

 ユイが店主から聞いた話をそのままテディに語れば、少しだけ瞳が揺れ動いた。

 

 テディベアを抱きかかえながら眠ってしまったユイに、布団をかけると、クザンに目をやる。

 

「いやがらせですか?」

「どっちの意味だ?」

「両方」

 

 少しだけ眉をひそめているテディをおかしそうに笑った。

 

「プレゼントのことなら、ちょっとな。あのテディちゃんが誕生日なんて祝われたら、どういう反応するのか気になってな」

 

 確かに誕生日などCPで祝われることはない。むしろ、誕生日だって本当かどうかもわからない。

 

「まぁ、それは優しい王様とテディちゃんが似てるからって選んだんだぜ。ユイちゃんが」

「……先程の話では、親は殺されていますよ。その優しい王様とやらに」

「だろうなぁ」

 

 子供だから気づいていないのか、それとも……

 

「でも、優しいって思ったんだろ」

 

 眉を下げユイを見つめるテディをクザンはじっと見つめた。

 



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24話 W7行き

「もうそんな時期か……」

 

 部下の言葉を聞き、クザンは頭をかいた。

 毎年行われる、ウォーターセブンの市長兼ガレーラカンパニー社長との会談。

 会談とはいうものの、ほとんど時間は掛からない。ただの確認だ。

 

「さすがに大将が行くというわけにもいかないですから」

 

 造船を島全体の生業としているウォーターセブンは、船の支払いをするのであれば海軍だろうが、海賊だろうが船を売る。

 その技術は確かなものであり、海軍も世界政府も多くの船の依頼をしている。

 だが、海賊王の船を作った経緯もあるため、年に一度、四皇など億超を中心に賞金首からの依頼を確認しているのだ。

 

「別に俺は構わねぇんだけどなぁ……」

 

 一応、次の取引の話だがここ数年変わる様子もなければ、今年も変更は特にない。

 海軍としても、それだけのためにただでさえ足りない人員を割きたくはないため、ひとりで海を渡れるクザンが会談に行っていたが、さすがに大将ともなれば本部から簡単に離れるわけにはいかない。

 

「前にサボった時、センゴク元帥に怒られてたじゃないですか……」

 

 さすがに遠くに行きすぎだと怒られた。仕事に関しては、恐ろしいテディの管理のおかげで、前のように説教はされなかったが。

 

「ウォーターセブンは、ウーサー程離れてないでしょーよ」

「まぁ……確かに。とにかく、大将なんですからご自分でいかずに、誰か派遣したらどうですか?」

「派遣かぁ……」

 

 最悪、向こうからの商談を決めなければならないが、海列車に関わることであればそれなりに海域に詳しくなければならない。

 ちょうどいい奴はいるだろうかと、クザンが頭を悩ませれば、提案された名前。

 

「テディ中尉はいかがですか?」

「テディちゃん? あー……テディちゃんなら大丈夫だな」

 

 絶対に。

 

 テディがその話を聞いたのは、廊下だった。ついでに、ガープも一緒にいた。

 

「それで、良ければ、ユイちゃん連れていってみたらどうですか?」

「……はい?」

 

 予想外の言葉に首をかしげると、海兵は困ったように笑う。

 

「ほら、前に大将とユイちゃんがウーサーに言った後、相当楽しかったのか、私の息子によく話していて。大将も中尉もお忙しいですから、なかなかマリンフォードの外に行くってこともできませんし。私も昔は良く息子に羨ましがられて……私は一緒にいけませんが、妻と近くの島に行くととても喜ぶもので」

 

 わりとユイは理由を付けて外に出ている気がするが、おそらくそういう意味ではないのだろう。

 

「さすがに公私混同は……」

「別に良いじゃろ。あの青二才が行くときはいつも一日は帰ってこんぞ」

「しかし――」

「たまには、ふたりきりというのも大切じゃろ。となると、海列車か……」

 

 海軍は申請さえしておけば入れる。もちろん、ユイも強引にねじ込むのだろう。ガープが。

 そのために、早速向かおうとするガープを止める間は無く、伝えに来た海兵も嬉しそうに敬礼をすると去っていった。

 

「またガープのやつ、なんかやってんのかい?」

「つる中将!」

 

 ちょうどいいと、ガープを止めたいのだと想いを込めて先程までの経緯を説明すれば、

 

「いいじゃないか。ちょっとくらい遊んできな」

 

 味方はしてくれないようだ。

 

「なんだい……? なんかあるのかい?」

 

 公私混同をしすぎることは良くないが、本部勤務の海兵なら仕事と家族サービスの両立の難しさは分かっている。それに休暇の取れなさも。

 仕事は仕事と割り切り、その帰りに少し遊ぶくらいならば、急を要する案件さえ無ければ今のうちだと行かせてしまうことも多い。特に近場の軍艦に乗らないような場所で、ユイのような幼い子供であればなおさら。

 しかし、テディの表情は優れない。

 

「……実は」

 

 テディは少しだけ眉をひそめながら、つるにだけ聞こえる声で答えた。

 

「ウォーターセブンにはCP9が潜入していまして……」

 

 思っていた以上の大事に、つるも上がっていた口端が下がる。

 

「その様子じゃ、潜入先は……」

 

 頷かれた。

 

「そりゃまた随分……あれだね」

 

 CP9は長官であるスパンダムを脅しているため、簡単に手を出してこないだろうが、それでもわざわざ刺激することは避けたい。

 

「……でもだよ。テディ」

「はい」

「報告を聞く限りだけどね、CP9のメンバーそのものはそんなに危険なのかい?」

 

 つるの言葉に、驚いたように瞬きを繰り返すと、目を逸らした。

 

「あの報告だけで、そこまで察せるとは……さすがは大参謀ですね」

「ただの年の功だよ。それに、あいつらがいろいろやらかすのはいつものことさね」

 

 困ったように笑うテディに、つるも微笑む。

 

「それで? CP9は信用はできるのかい?」

 

 その質問の答えはすぐに出た。

 YES。任務となれば、彼らは非情に徹し、任務を遂行する。

 

「なら、質問を変えるよ。アンタの旧友は信用できるかい?」

 

 頭を抱える他なかった。

 答えは、出た。残念なことに、すぐに出てしまうのだ。

 

「……信用、できるから、困るんですよ」

 

 その言葉に、つるは満足そうに笑みを深めると、テディの背中を叩いた。

 

「そうだろうね。アンタは昔から、優しくていい子だったもんね。いいんだよ。それで」

 

 本来、どこかで知るはずだった信じたいもの同士の葛藤。悩んで、悩んで、ようやく本当に大事なものがわかる。

 だが、この少女はそれを切り捨てて、ようやく今、その葛藤に直面した。

 

「自分の心を信じな」

 

 つるはそう言い残すと、去っていった。



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25話 ガレーラ

 少し強ばった気配。列車に乗ってる間から、ずっとだ。

 指先は少しだけ冷たくて、少しだけ強く握れば驚いたように振り返った。

 

「?」

「私、ついてきて、よかった?」

「……」

 

 出る前にこっそり、クザンさんになにかあったのか聞いたものの「まためんどくさい仕事押し付けちまってな」と言って、代わりに私とのデートと称した休暇を半日あげたらしい。

 けど、多分嘘だ。

 

「……あぁ。ごめん。いいんだ。大丈夫。少し、気が張ってただけ」

 

 思いっきり手を引っ張れば、抵抗もなく私の前に座る。

 

「本当だ。仕事が終わったら、ウォーターセブンを見て回ろう? 気になる店もあるんだろ?」

「うん。お姉ちゃんは? どこか行きたい場所ない?」

「私は……こういう場所には慣れてないんだ。ユイについていくよ」

「むぅー……じゃあ、お姉ちゃんが気になるものがあったら言ってね? 私もお姉ちゃんと一緒ならどこでもいいんだから」

「わかった」

 

 それからしばらく歩けば、すごく大きな水門やクレーン、倉庫が立ち並ぶ場所についた。

 のぞき込めば、大きな木を運んでいる人や削っている人、大砲なんかもある。

 

「船?」

「あぁ。造船所だ。ガレーラカンパニーって言って、ウォーターセブンで一番大きいんだ」

「すごーい……」

 

 お姉ちゃんは何かを探すように周りを見ていて、首をかしげれば、少しだけ笑った。

 

「ここで少し仕事がある。時間は掛からないだろうけど、どこか店で待ってて」

 

 そういうことかと見渡せば、ブルに引かれた水上の屋台がある。

 

「あそこは?」

「時間かからないとはいえ、1時間くらいはかかるかもしれないぞ?」

「大丈夫だよ」

 

 少しのお小遣いと屋台で買った水水あめを渡され、最後に肩に紫色の蝶が乗った。

 

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 

 お店のオバサンはいい人で、時々話しかけてくれた。あめも変わった食感でおいしい。

 友達から聞いた、ウォーターセブンの名物とかお店を書いたメモを確認していると、何かに引っ張られる感覚。

 

「え?」

 

 ヤガラブルだ。食べかけの水水あめをかじって引っ張ってる。

 

「うわぁぁあ! ダメ!」

 

 腕につけたままで、引っ張られればそのまま水に落ちるわけで、慌てて腕から外そうとすれば、ヤガラブルの頭に落ちた手刀。

 

「コレ。やめんか」

 

 叩かれたヤガラブルは水水あめを諦めて、離れていった。

 先程、手刀を落とした人を見上げれば、鼻が長くて四角い人が、呆れたように離れていったヤガラブルを見ていた。

 

「まったく……卑しいな。大丈夫だったか?」

「は、はい。ありがとうございます」

「なに。気にするな。お前さん、アイスバーグさんに会いに来た海兵の連れじゃろ?」

「あ、お姉ちゃんのことですか?」

「お姉ちゃん……」

 

 少しだけ驚いたように目を瞬かせるが、すぐに笑みを作った。

 

「そうじゃそうじゃ! さっき、秘書のカリファが来ておったからの。もうちっと時間はかかるじゃろうが……そうじゃ。中でも見るか?」

「え゛!?」

「わしが案内しよう。お姉ちゃんが帰ってきてもわかるように、ガレーラの連中に話もしておく。どうじゃ? ここにおっても退屈じゃろ?」

「え、あ、でも……悪い、ですよ」

「わしは今休憩時間じゃし。なに、危ない場所には連れていかんよ」

 

 ちらりと肩を見れば、特に反応はない。

 

「……じゃ、じゃあ、少しだけ」

 

 頷けば、その人は大きく頷き、手を伸ばした。

 

「わしはカクじゃ。よろしくの」

「ユイです。よろしくお願いします」

 

 その手をつかめば、早速ガレーラカンパニーの中に入っていった。

 いろいろ見ていると、たくさんかけられる声。ふと陰るそれに顔を上げれば、柔らかい感触とポッポーという声。

 

「ふぶっ……」

「……」

 

 なんとも言えない表情で顔にぶつかってきた白いハトをカクさんが捕まえる。

 

「ハト?」

「あぁ……ハットリというルッチという奴が飼っとるハトじゃ」

「ルッチさん?」

「ルッチなら、向こうでパウリーと喧嘩してるぞ」

「またか……まったく飽きん奴らじゃの……」

 

 ハットリを離すと、頭に乗っかられる。

 

「……懐かれとるの。動物に好かれやすい体質なのかの?」

「どうなんでしょう……?」

 

 頭にハト、肩には蝶。なぜか、蝶とハトが威嚇し合っているようにも見えるけど、

 

「食べちゃダメ」

 

 ハットリに注意すれば、ポォ……! とひとつため息のような声と共に別の方向にむいた。

 

「おーい。カク。海軍の船が来たから、様子見てきてくれないか?」

「わかった!」

「あ、じゃあ、私戻って――」

「あ? さっきの海軍の嬢ちゃんの子供、か?」

「そんなところじゃ。退屈そうじゃったからの、見学させてたんじゃ。海軍の船っていうと、養成所の訓練船か?」

「あぁ。海軍の連れなら海軍の船の見学しても問題ないだろ。まぁ、カクの仕事中は大人しくしてないとダメだけどな」

 

 なんだか、このまま見学していてもいいらしい。

 カクさんにこっちだと手を引かれ、歩き出せば後ろから先程の人の声。

 

「世界政府への恩売りは任せたー!」

「任せとけー」

 

 顔を上げれば「冗談じゃ」と笑われた。

 しばらく歩くと見えてきた船。海軍の軍艦だ。

 

「外見だけは相変わらずきれいじゃな」

 

 なんでも訓練生が必ず清掃するように言われているそうだ。だが、内部は予算の都合や古くなった軍艦を訓練用にしている都合もあり、ボロボロらしい。

 

「それじゃあ、ワシは少し様子を見てくるから、邪魔にならない……この辺りに――――」

 

 そう言われた時だ。

 爆発音。

 何度も何度も鳴り響いた後、木がきしむ音と共に軍艦の帆が折れ、こちらに倒れてきた。



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26話 旧友

「この部屋でお待ちください」

 

 アイスバーグの秘書であるカリファと共に応接室に入る。

 さすがに世界政府ということもあってか、待遇は良いようだ。

 

「どうして戻ってきたの」

 

 小さく抑えられた声。

 

「それに、これは挑発? なにか理由があるなら答えてもらいたいわね」

「これに関しては事故だ。画策はない」

「なら、思った以上に使えない男ね。青キジは」

 

 呆れたように腕を組みため息をついたカリファは、テディを一度見ると、小さくこぼした。

 

「もっと食えない男だと思ってたわ」

「なら、その認識は持っておいたほうがいい」

「……そう。わかったわ」

 

 素直に頷くカリファに、テディも少しだけ驚いたが、窓辺に歩いていくとある場所を見下ろした。

 カリファも隣に並び、視線をたどれば、小さな子供とカクが一緒に歩いていた。

 

「……」

 

 その光景に眉をひそめるが、ふたりの表情からして、険悪というわけではなさそうだ。

 よく見れば、子供の肩には紫色の蝶が乗っている。カクも時々、その蝶の様子を伺っているようだった。

 そっとテディの横顔を伺えば、カリファには懐かしい表情。

 

「……やっぱり」

「?」

「きっとそうだと思ってたけど、やっぱりそうだったのね」

 

 とても懐かしい記憶。

 まだCP9ではなく、CPへ入るために訓練していた頃のこと。

 

 テディは相変わらず、表情豊かとは言い難かったが、慣れてしまえば案外表情豊かだった。それが、8歳でCP9へ抜擢されてから、わからなくなってしまった。

 

「ルッチの行動、許したの?」

「任務そのものは完遂された。問題はない」

 

 海賊だけではなく、捕まった兵士すら皆殺しにした事件。その現場にいたのは、ルッチとテディだけ。カリファはいなかったが、確認はしておきたかった。

 

「テディは止めたかったんじゃないの?」

「任務に私情は必要ない。あれはルッチに課せられた任務だ。私は失敗した際の保険。作戦についてはルッチに一任されていた」

「……そう」

 

 テディはターゲット以外は暗殺しない。それには高い技術が必要だが、全てクリアしていた。

 プロとしての意識だけではない。犠牲は少ないほうがいいという優しさ。きっと、自覚はしていないだろうが。

 その未熟な感性故に、テディの心は揺るがない。ただひたすらに自覚しない感情に理由を付けて、技術を身に付けた。

 

 もし、氷のような心を溶かしてくれる人がいたなら、

 

「カリファ?」

 

 その温かいひだまりと共にいてほしかった。

 

「あの男のおかげ、なのかしらね」

 

 昔のようなテディに戻ったのは。

 

「…………カリファ」

 

 冷たいナイフのような声色。少しだけ気を張り、視線を返す。

 

「あの子についての情報はどこまで知られてる?」

「……ノーコメント」

「秘書の仕事に目処は?」

「ノーコメント」

「嫌気がさしたら言ってくれ。用意もあるから」

「……」

 

 眉をひそめるどころか、テディを睨めば、何度か瞬きを繰り返された。

 

「あの男、師匠に似てるかと思ったけど全く似てないわ」

 

 大きくため息をつくと、もう一度カクたちへ目をやった。

 自覚がないにも程がある。しかし、カリファにも理解できないことではない。

 現状、CP9でテディを殺せるとすれば、ルッチだけだ。そのルッチは現在任務中のため、スパンダムもテディに仕掛けるようなことはない。

 つまり、ここの任務が終わればルッチがテディ暗殺任務へと駆り出されるだろう。そして、テディ暗殺が完遂されれば、世界政府も情報漏洩の心配もなくなる。それ以上の詮索は、ない。

 

 なにか言うべきだろう。友人として。

 カリファが口を開こうとした時、部屋に近づく気配。ふたりは示し合わせたように、口を閉じた。

 

「ンマー今回はクザン中将……じゃなかったか。大将じゃないんだな」

 

 アイスバーグは、部屋に入ると少しだけ驚いたように言った。

 

「はい。テディ中尉です」

「アイスバーグだ。さっさと片付けちまうか」

「名簿はこちらになります」

 

 素早く差し出された海賊船の一覧。

 ソファに座り、特に代わり映えのない商談を進めていった。

 

「世界政府の言い分はわかったが、こっちも信条を変えるつもりはねぇ」

「そうですか。では、そのように伝えておきます。海列車については、今後の予定は?」

「こっちからはねぇが、政府からの要請は? 前のシャボンディ諸島付近とか」

「シャボンディ諸島は多くの海賊や人攫いが屯している島のため、海列車による逃走、被害拡大の可能性を考慮し、線路の増築はやめるように。とのことです」

「一般の連中も使うだろ? それに、諸島とはいえ植物だ。いつ何が起こるかわからないぞ」

「本部も近いため、何かあればすぐに対処します。むしろ、政府としては凪の帯付近を検討しています」

「無理だ。あの海王類の溜まり場は安全が確保できない」

 

 商談も確認も、相変わらずの平行線。

 政府御用達とはいうが、媚を売るだけではない。あくまで、技術的に可能であり、ガレーラカンパニーやW7に利益があることが条件である、ちゃんとした取引。

 少しの会話だが、ルッチかカリファたちが数年拘束されている理由が分かった。本気で調べ尽くすには、手の掛かる男だ。

 一通りの商談を済ませた時だ、爆発音。驚いたように外を見るテディに、アイスバーグもカリファもいつものことのように外を見た。

 

「ンマー大丈夫だ。どっかのバカが金を払わねぇとか言っただけだろ」

 

 しかし、アイスバーグの言葉を裏切るように駆け込んできた船大工は、息を切らせながら言う。

 

「海賊が整備中の訓練船に立てこもってます!」



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27話 立てこもり

 ユイをしっかりと抱くと、倒れてくる帆から離れ、爆弾を仕掛けたであろう犯人から死角になる場所に素早く移動する。

 

「……ここなら大丈夫じゃろ」

 

 様子を伺いながら、ユイを下ろせば、少しは驚いていたようだが、取り乱すことはない。

 

「怖かったじゃろ。すまんのぉ」

 

 頭を撫でれば、ユイは首を横に振り笑った。

 

「カクさん、お姉ちゃんみたいでかっこよかったです」

「…………そうかぁ。お姉ちゃんみたいかぁ……それは、うれしいのぉ」

 

 堪えきれないように頬を緩ませるカクを、不思議そうに見つめたユイだが、わめき散らす犯人の言葉にカクもすぐに表情を引き締めた。

 

「いいか!? 俺の言うことを聞かなかった場合、まずはこの造船所。次に、ここにいる海兵の卵共をぶっコロス。とっとと海兵のひとりでも連れてこい!!!」

 

「物騒なことを言っとるの……ユイ、ここは危険じゃ。離れるぞ」

 

 もう一度、ユイを抱え走った。

 

 アイスバーグもカリファも部下から寄せられる情報を聞くと、テディに目をやる。

 すでにでんでん虫で、クザンに繋がっている。

 

『シードの釈放をしなけりゃ、ガレーラを爆発させたあと、訓練生の連中も殺す、と。W7の奴がいって早く捕まえたいところだな』

「カリファ。あいつらに爆弾の確認と解体を――」

「すでに連絡済みです」

「早っ!!」

「Tボーン大佐も、すでにこちらに向かっており、あと6分で到着します」

 

 素早すぎる仕事に、いつものようにアイスバーグが驚いていると、見えてきた船大工たちの集まり。

 アイスバーグを確認するやいなや駆け寄ってくる。

 

「テディ中尉。こちらです」

 

 アイスバーグをおいて、カリファとテディが現場に向かえば、篭城しているという船の方からユイを抱えて歩いてくるカク。

 

「あ、お姉ちゃん!」

「ユイ。無事だったか」

「疑っとったのか」

 

 眉をひそめるカクだったが、カリファに睨まれ、すぐに表情を戻す。

 

「敵は3人。中心はプラントじゃ。シードと盃を交わして、新世界へ手引きしたのもあいつじゃ」

「そうか」

「じゃあ、わしはこの子を安全な場所に連れていっておく。ケガはさせんから安心しろ」

 

 それだけいうと、カクはまた歩きだした。

 

「カクさん。今の、あの人言ってましたっけ?」

「言っとったぞ? 気付かなかったか?」

「?」

 

 思い出すように首をかしげるが、結局思い出せなかった。

 残されたカリファは、小さく息をつくと、

 

「テディ”中尉”」

 

 テディに向かって困ったように微笑んだ。

 

「…………」

 

 微かに揺れる瞳と呼吸。そして、柔らかく悲しげに微笑んだ。

 それが答え。

 

「クザン大将。詳細は後に。すぐにプラントを捕縛します。応援は必要ありません」

 

 プラントは新世界でも名の通った海賊だ。

 いくら強いとはいえ、大佐では苦戦する可能性がある。クザンも先程の会話を聞いて、本部から応援を出そうとしたが、その手を止める。

 

『そりゃ構わねぇが……どうした?』

 

 テディが戦闘能力を極力隠していることは知っているし、今回も書類上の取引。戦闘は任せるのかと思ったが、今回は動くらしい。

 

「訓練生が死にます」

 

 それだけいうと、テディはでんでん虫を切った。

 

******

 

 悲鳴にうめき声、それが海賊のものであれば良いが、今回のターゲットではない人物たち。

 

「そいつらはターゲットじゃない。兵力を無駄に削ぐのは国を危険に晒す可能性がある」

「ハッ! 民を守るどころか、危険にさらしたこの役たたず共がいてなんになる? こいつらも同罪だ」

「……」

 

 ルッチはなんの感情もなく死体を見つめるテディに、舌打ちをすると、悲鳴を上げていた若い兵にトドメを指す。

 

「任務は完遂する。問題はあるか?」

「問題ない。だが、これほどの被害、長官に理由は聞かれる」

「正義のためだ」

 

 ルッチはターゲットを殺し、任務を完遂させた。

 当時、CP9の長官であったスパンダインは、ルッチの行動に海兵同様、恐れ戦き、それを咎める人間はいなかった。

 

「処理がめんどくせェ」

「長官に任せればいいだろ。それがあいつらの仕事だ」

「原因作ったやつが何言ってんだ」

 

 疲れたと全身で表すように肩を落とし、ため息をついたCP9のリーダーこと、師匠であるショカンはソファに腰掛けるルッチの頭に丸めた書類を落とした。

 

「なにすんだ」

「長官に投げるにしても、リーダーってのには監督責任ってのがつくんだよ。リーダーへの迷惑ってのもちっとは考えろ。仕事したくねェんだよ」

「私情じゃねーか」

「ったりめーだろ! テディの奴、全部俺に押し付けたんだぞ!?」

 

 今回はルッチの監視が目的だからと、命令に従い、ルッチの行動に意見はしなかった。それに問題があるなら、命じたショカンに責任があると、全て責任をショカンに被せていた。

 ルッチは裏切られたショカンを鼻で笑うと、立ち上がる。

 

「ルッチ」

「まだ何かあんのか?」

 

 まだあるのかと怠そうに顔を上げれば、笑っていない緑色の瞳がルッチを見下ろしていた。

 

「わかってるだろうが、テディは強くない。

 だが――――」

 

 

 うめき声はない。ただ近づいてくる粘着質な水音と重たいものが倒れた音。

 状況から何が起きているかは容易に想像がついた。

 訓練生のひとりは、涙を目に貯めながら、目の前に音も無く現れた影を見上げる。顔はわからない。先程の海賊ではないが、殺気のない殺気が、自分を殺すことだけを告げていた。

 

「ぁ……や、だ……おねがい、します」

「……」

 

 涙と命乞いが溢れ出すが、その影は笑わず取り合うこともせず、ただただ自分を処理をしようとこちらに手を伸ばし――――――

 

 

 強い衝撃と音と共に意識が途切れた。

 



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28話 共闘

 首に迫った蹴り。

 元から当てるつもりはないだろうが、確実に急所を狙ったその蹴りは防がなければ、殺されていた。

 

「なんのつもりだ」

 

 相手などわかっている。

 

「無駄に殺すな」

 

 淡々と答えられる前とは違う言葉。

 

「捕まったこいつらに価値はない。それに、俺たちにも任務がある。邪魔をするなら――死ね」

 

 振り返りざまに指銃で心臓を狙うが、予測していたように軽々と避け、懐に潜り込まれる。

 脇腹に打ち込まれそうになる肘を避ければ、腕をつかまれた。

 

「ッ」

 

 掴まれた左腕の肩に素早く叩き込まれた拳。

 小さな破裂音。肩が外れた。

 

「ここで死ぬつもりはない、ということか」

「悪いが今は死ねない」

「……」

 

 はっきりとした答えに、ため息をつくしかない。

 ここで手間取れば、海軍本部から将校が来て、ガレーラは大騒ぎになる。本来の任務のためにも、騒ぎが大きくなる前に片付けたい。

 目の前の女は、それもわかった上で来たのだろう。

 

「ここで戦ってもお前には不利益しかないだろ。ここでやめれば、ガレーラの船大工のメンツは保てたせる」

「……くだらねぇ」

 

 先程の衝撃だけで気絶したようなザコを、守る価値などないというのに。

 

「海兵は人手不足なんだ。早々に済ませよう」

「……仕方ねぇ」

 

 肩をはめながらテディの後に続く。

 

 プラントは火薬庫にいた。

 

「女、ひとり……だと?」

 

 でんでん虫の通話は数分前に途切れていた。そして、船に乗っている生きている気配も。

 海兵が交渉せずに乗り込んできたのかと、仕掛けた爆弾が爆発するまで時間を稼ごうとしたのだが、やってきた海兵は弱そうな若い女、ひとり。

 

「……」

 

 しかし、女の服は海兵のものではない。それが意味するのは将校ということ。

 

「そこで止まれ。他のやつもだ! 爆発させられたくはねェだろォ?」

「他のやつ? 残念だけど、私ひとりだよ」

「信じると思うか?」

「まっどっちでもいいけど。だってあのザコだったシードの兄弟分なんて、どうせ大したことないでしょ? 海軍もそんなザコのために時間も人員も割きたくないの」

 

 持っていた刀を遊ばせながら笑う女に、プラントも眉をひそめた。言動は軽薄だが、決定的な隙があるわけではない。

 海兵でも海賊でも、この手の人間は相場が決まっている。少し実力のある調()()()()()()()()

 

「おいおい、嬢ちゃん……ちょっと強ェかもしれねェが、新世界で戦う連中の恐ろしさってやつを知らねェな?」

「シードだって新世界の海賊だよ」

 

 女の目が少し細まり、遊ばせていた刀の動きも止まった。

 

「シードを捕まえたのはテメェだな?」

「YES」

 

 まるで楽しむかのように笑みを携えた女は、刀を構える。

 

「新世界の海賊を捕まえてようやく箔がついたんだ。助けに来た兄弟を芋づる式なんてラッキーだね」

「助けに、なぁ……ハズレだ」

「ハズレ?」

「俺はノコノコ逃げ出したシードの野郎を殺しに来んだからなァ!!」

 

 言葉と同時に踏み込み、動揺して反応の遅れた女の心臓に剣を突き立て――――

 

「!?」

 

 消えた。

 廊下にいたはずの女の姿が消えた。部屋にも、廊下もいない。

 

「どこにきえ……た……」

 

 言葉と共に首が落ち、転がった。

 

 転がって動かないプラントの頭と胴体を抱えると、火薬庫に入る。中には仕掛けを終えたテディが立ち上がっているところだった。

 ルッチは一番燃えそうな場所へ頭と胴体を転がす。

 

「どうして青キジを殺さなかった」

「あれを私が殺せると思うか? お前でも無理だ」

「……」

 

 あからさまに眉をひそめたルッチにテディは、少しだけ目を丸くしたが、すぐに息を吐き出した。

 

「ありがとう。ルッチには、まだ頼まれてもらうけど」

「任務ならこなす」

 

 思ったとおりの言葉。ふたりは一度目を合わせると、縄に火をつけた。

 

*****

 

 訓練船は逃げられないことを悟ったプラントが、火薬庫で自爆し、訓練船を包囲していたTボーン大佐率いる海兵が、訓練兵を燃える船から救出。

 犯人は全員死亡、訓練兵にも死傷者がでた。

 

「大佐。あとは任せても構いませんか?」

「了解しました。即時対応、感謝いたします」

「いえ。大佐の迅速な包囲と彼らの仲違いのおかげです。最後は……生きたまま捕まえることはできませんでしたし」

「生きている彼らがいるのですから良いではないですか」

「そうですね」

 

 たまたまガレーラにいた大将青キジの副官が、単独で交渉、乗り込み、早期解決された。

 あとのことは、Tボーンに任せて、本来の仕事に戻るようだ。

 目で追っていけば、カクと一緒にいた小さな女と何か話している。その目は、柔らかくて。

 

『テディは強くない。だが、大事なものを知ったら強い』

 

 知ってる。

 あいつの弱さは、心が矛盾してるからだ。

 俺が殺しに行って、もし負けるようなことがあれば、それはあいつが本気で死んではならないと思った時。

 

「……」

「なんじゃ、機嫌悪いのぉ」

 

 どうやらあの子供はテディに返したらしいカクが、こちらを呆れたように見ていた。

 

「ロリコン」

 

 肩に乗せたハットリの腹話術で一言返せば、何か言いたそうに口を開けたが、頭を抑え顔を横に振ると、後ろを指した。

 

「海軍が事件前に何かなかったか話を聞きたいらしい」

 

 めんどくさいと思っていれば、耳に入ってきたパウリーの声。

 

「ルッチのやつと喧嘩してたから直前のことはわけんねェよ」

 

 目を向ければ、こちらを指すパウリーに海兵もこちらを見ていた。どうやら話はすぐに済みそうだ。




微妙にチャラいテディちゃんたのしい。
CP9とあまり関わってはいけないキャラの都合上、あまり本編で会わせられないし、会ったらシリアスだけど、正直CP9とのほのぼの日常話書きたい……!

なんだかんだで、ルッチも含めてCP9が故郷にいざこざを持ち込ませないって言ってる辺り、仲間意識はあると思うんです。少なくとも任務外とか同世代に関しては。(新入りが倒されてた辺り、ある程度はシビアだと……)



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29話 揺らぎ

「悪ぃ……」

 

 帰って早々頭を下げている海軍大将。

 しかも、海軍元帥の部屋で。

 

「怪我とかしてないか? ユイちゃんも」

「平気です」

 

 ユイをガープのところに預けてから、執務室に戻ればクザンはおらず、部下から元帥の部屋だと聞かされ、来てみれば予想通りだ。

 

「報告書は部屋に置いてあります。あとで目を通してください」

 

 センゴクたちが聞きたいのは、本当にあったことだろう。

 特にこのメンバーに隠す理由はないため、正直にあった出来事を報告すれば、クザンの顔がひどいものへと変わっていく。

 

「マジで大丈夫だったのか? それ」

「彼らも任務中ですから」

「任務ねぇ……CP9が揃いも揃ってガレーラに潜入してるってのは、心当たりあるかい? センゴク」

「……T・ワーカーズが関係してるとは思うが」

 

 かつて海賊王の船を作ったとして処刑された船大工、T・ワーカーズ。

 彼は海列車も作ったため、政府が海賊王の船を作った罪を帳消しにしようとしたが、とある理由よりCPがそれを阻止した。

 海軍も実行部隊として、T・ワーカーズの強引な処刑について疑問をもった人間も多いのだろう。

 

「詳しいことは何も」

「そうか……古代兵器の関係と思っているんだが」

 

 テディの表情は変わらない。

 これでわかるなら苦労しないか。と、センゴクも諦め、報告の続きを促した。

 

「クザン」

 

 先に戻ったテディを追いかけるように、クザンも執務室に戻ろうとするがつるに呼び止められる。

 

「CP9がいるの確認しなかったことの説教なら、もう勘弁してほしいんですけど……」

「それはいいよ。私も止めなかったからね」

「だったらチクらないでくださいよ」

「ことが起きなきゃ言わなかったよ」

 

 確かにテディが突然動くと言い出した時は、何があったのか不安だったが、つるがCP9がいることを教えてくれたおかげで、すぐに合点がいった。

 代わりにセンゴクには確認不足だと、説教されることになったが。

 

「珍しくテディ、疲れてるみたいだから、早く帰してやんな」

「……え゛っ!? 嘘!?」

 

 まったくそんな様子はなかった。

 

「アンタねぇ……前よりずっとわかりやすいんだから、わかってやりな」

「いやいやいやいや!! それはねェ! あれでわかりやすいは絶対ありえねェ!!」

 

 一応、つるに言われたため、執務室に戻ってから仕事せずに見ていたが、確かに少しだけブレがある。

 本当に微かにだが、人形のような彼女に感情が漏れているような。

 仕事はもちろん余裕がある。少し早く帰ったところで問題はない。

 

「よし」

「なにが『よし』なんですか」

 

 立ち上がれば、早退しようとしていることは察したらしく、呆れ責めるような視線。

 それを覆うように、抱きしめ、頭を撫でれば、確かに感じた筋肉の強ばりと息を呑む音。

 

「テディちゃん?」

 

 ちょっとからかいを混ぜた労いのつもりだったが、この反応は驚きというよりも――畏怖。

 

「……大丈ぅ゛ッッ」

 

 優しく抱きしめようとした瞬間、人間の急所である鳩尾に叩き込まれた遠慮なしの拳。

 ご丁寧に自然系能力者すらも捕らえる武装色の覇気までしっかりまとっていて、意識が遠のいていった。

 

***

 

「よぉ、クザン」

 

 声をかけてきた男は、CP9のリーダーのショカン。わざわざCP9がくるなど、普通の中将からしたらこの任務になにかあるのかと疑うが、クザンにはもうひとつ気がかりがあった。

 

「なんすか?」

「警戒すんなって。別にアレとは別件だ」

 

 オハラでニコ・ロビンを逃がした。それに気がついていないわけはないが、今回はその件ではないらしい。

 

「新人が入ってな。たぶん、この先何度か会うだろうから挨拶をな」

「挨拶ゥ?」

 

 CP9が挨拶なんておかしな話だ。どんな人物かと、ショカンに呼ばれやってきた人を見た瞬間、目を疑った。

 

「……ガキじゃねぇか」

 

 まだ小さな子供。どこか前に逃がした少女に似てるのに、決定的に何かが違う。

 

「実力は保証する」

「そういう意味じゃねぇだろ」

「信用なりませんか?」

 

 なんの感情もなく確認してくる少女に、奥歯が軋む。

 

「当たり前だ」

 

 こんな子供に殺しをさせようなどと思うはずがない。

 

「そうですか。安心してください。今回の任務では、こちらが失敗したとしても貴方方には影響はありません」

 

 淡々と告げられる言葉。

 数ヶ月前に会った少女は、泣いて、叫んでいたというのに、全てが欠落してしまったような目の前の少女。

 

 正直、見つけられたのは運が良かったとしか言えない。

 指令通りに無駄なく斬殺され、見せつけるように死体を配置する少女は、クザンが現れた時こそ少し戸惑った様子だったが、邪魔しないとわかってからは淡々と作業をこなしていた。

 

「なんとも思わねぇのか。お前さんは」

「命令です。何か間違いが?」

「命令とかじゃねぇ。嫌だとか、疑問だとかねぇのかって言ってんだ」

「ありません」

 

 淡々と答える少女。

 

「なら、楽しいか?」

「いいえ」

 

 なんだろう。この感覚は。

 

「任務に感情は必要ありません」

 

 そうだ。人形だ。

 思考も、感情も持たない、人形。

 

「……」

「以上でしたら、私は帰還します」

「何も持たなきゃ、ラクか?」

「……質問の趣旨がわかりません」

 

 覚悟も恐怖も、なにもない。

 あるのは、任務の実行、それだけ。

 

「やっぱ、信じらねぇよ。ガキなんて」

「そうですか」

「泣き顔が見れたら、そん時は信じてやるよ。テディ()()()

 

 そして、逃げるその手を掴んでやる。絶対に。





普通にクザンに抱きつかれたら、アイスタイムな予感でビビる。

というわけで、次回からCP9時代の話になります。



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3章
30話 それは昔の話


だいぶ遅れました…
CP9時代入ります。


 エヌエスロビーの廊下を引きずられる男女。

 

「ったく……ブルーノがいねぇとめんどくせぇな。いつだぁ? 帰ってくるの」

「知るか。外堀から埋めていくなんてしてるからだろ」

「古代兵器の取り扱いはデリケートなんだよ。というか、お目付け役は必要だな」

 

 この間までは、ブルーノが問題児であるルッチとテディのお目付け役をしていた。

 単純な道力では、ルッチとテディにはすでに勝てなくなっているが、そこは能力と経験で対処できていたし、なにより任務であれば、このふたりは大人しくなる。

 主に、任務外のことだった。

 

「…………まともな奴がいねぇ」

 

 ひとつ。ルッチと戦闘にならない。もしくは抑えられる。

 ふたつ。ルッチの「こいつ使えない」に引っかからない。

 みっつ。テディの雑なところを補填できる。

 

 これが最低条件だ。

 ルッチもテディも少しは大人になったのだから、お互いが補填し合うことも踏まえたところで残る問題は、

 

「ルッチの戦闘癖の方が問題だろ」

「お前の無自覚な雑さだよ」

 

 ”任務”なら完璧にこなす。だが、任務外になると関係ない。の一言で終わらせることも多い。

 これはルッチも同じだ。

 

「クマドリにでも任せればいいだろ」

「長官、たまには使えるな」

「たまにはつったか? 今」

「気のせいじゃないですかね? クマドリか」

 

 まだ騒いでいるスパンダインを華麗に無視し、クマドリの任務の予定を考える。

 

「ルッチのお目付け役をテディが、テディのお目付け役をクマドリがすればいいな。よし」

「なんで俺がお守りされる必要があるんだ」

「お守りじゃねぇよ。監視だ。監視」

「おい! 無視してんじゃねぇぞ!」

 

 心底嫌そうな顔でルッチはテディの方を見るが、テディは特に気にした様子はない。

 

「よし。テディは文句なしだな」

「生命帰還。習得しておきたかった。クマドリならちょうどいい」

「……」

「抜け駆けするんじゃねぇ」

「なら、ルッチも習う?」

 

 頷いているルッチに、話がまとまったならいいかと、でんでん虫でクマドリを呼び出した。

 

 ショカンはCP9のリーダー格であるため、長期任務を行うことは少ない。

 正確にいえば、ルッチによる味方殺しを最小限にするためだが。

 

「珍しく時間が掛かったんですね。師匠。ですが、CP6の船に潜り込むなんて、非常識です」

 

 甲板でこちらを睨むのは、カリファ。かつて、六式を教えたことがある。

 CP6では、その容姿からハニートラップを仕掛けて、情報を盗み出す。そのためか、カリファの情報処理能力は群を抜いていた。

 

「……カリファ。鉄塊と指銃はできるようになったか?」

「無視ですか。はぁ……まだ完璧とは言えません。特に鉄塊に関しては」

「そうか……なら、稽古つけてやる」

「? はぁ、ありがとうございます」

 

 ショカンからの稽古など、CPに配属されるまでの数回しかしたことないが、実力は確かに上がる。

 だが、突然稽古をつけると言われるのは、カリファでなくても戸惑う。

 

「なに。取って食おうって訳じゃない。六式を身に付けて、CP9に入って欲しいんだよ」

 

 その言葉に、驚いたように目を見開いた。

 CP9はCPの中でも、0の次に特殊だ。CP0のように、何か一点秀でたものではなく、CP9はまず実力だ。

 六式が使えなければ、話にならない。任務で仲間に足でまといと認定されれば、殺される危険もある。

 そんな場所に、ハニートラップ要因のカリファを呼ぶ理由など、正直ない。

 

「……テディのこと?」

 

 しかし、察するのは容易だった。

 

「察しがよくて助かる。お前、テディと仲良かっただろ」

「良くはないです。私はただ――」

「面倒を見ていただけか? むしろ、その面倒を見てもらいたい」

「どういうことです?」

 

 テディは人形のように正確に任務をこなす。実力だって十分にある。自分が昔のように面倒を見る要素はないはずだ。

 

「テディがこの先やっていくのに、あいつを管理する人間が必要だ。カリファ。お前みたいな奴がな」

「師匠がしてください」

「今はしてるだろ……問題児ふたりの面倒」

「クマドリがしてると聞きましたが」

 

 ショカンが数秒か動きを止めたが、何事もなかったように話を進める。

 

「とにかく、必要になるのは俺が死んだ後だ」

「死ぬ予定でも?」

「ない。が、俺の後釜は、十中八九テディだ。あの人形っぷりは、ルッチよりも政府に気に入られるだろ」

 

 理解できないわけではない。あくまで任務通りに全てをこなすテディは、正義の足枷になるなら切り捨てるルッチよりも政府には好まれるだろう。

 

「だから、カリファ、頼めるな」

「……わかりました」

 

 ため息を共に頷いたカリファの頬は、ほんの少しだけ緩んでいて、ショカンも素直じゃないその様子に、困ったように笑った。

 

 





今後の更新は、だいぶ不定期に遅くなると思います。
気長にお待ちください。


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31話 悪魔の実

 ショカンが死んだ。

 カリファがCP9に入ってから、1年も経たなかった。

 

「……わかった」

 

 伝えた時、テディは確かに動揺していたのに、すぐに任務の時のような静かな目に戻った。

 それこそ、隣にいたスパンダインの息子であるスパンダムの方が大げさな反応をしていた。

 

「あの化け物が死んだァ!? 嘘だろ!? アイツは白ひげにだって対抗できるかもしれねぇって……その情報は嘘じゃねぇだろうな? 逃げ出したとか可能性は?」

「低いと思います」

「根拠は!?」

 

 伝えられた死因は、事故死。

 海難事故だ。海軍本部の近くを航行していた船に乗っていた。スパンダムもそれには心当たりがあるらしく、静かに聞いていた。

 その船を嵐が襲い、どのタイミングかは不明だが、海王類らしき動物による損傷も見受けられるとのこと。乗客は、船員含め全員死亡、もしくは行方不明だそうだが、見込みは薄いと言われている。

 救難信号を聞きつけた海軍が船を見つけたのは、嵐が収まった後だった。どうにか海に投げ出された人も探したが、魚に食われるなど損傷も多く、身元の判明には時間が掛かった。

 

「ショカンだと断定したのは、ガープ中将だそうです。センゴク大将も確認しているそうです」

 

 ショカンの顔や所属をはっきり知っているのは、海軍本部の上層部。ガープやセンゴクはもちろん知っている。

 むしろ、あのふたりとは仲が良かったはずだ。

 

「となると、嘘じゃ、ねぇな……死体はどうなった? あいつの体は色々、問題があるだろ。それこそ、モリアの手に渡ったらどうなることか……そもそも情報だって――」

「その点に関しては、センゴク大将が身寄りがないと早々に処理し、埋葬したそうです」

「さ、さすがだな……借りができちまったが、まぁいい」

 

 テディに一度目を向けるが、特に変わった様子はない。

 

「ショカンがしていた任務はどうしますか?」

 

 各個人に当てられた任務は、詳しくは知らない。今回も、ショカンがその船に乗っていた理由を知っているのはスパンダムひとり。

 

「あ? あぁ、そうだな。その死亡者リスト」

「どうぞ」

 

 カリファの渡した海難事故のリストを見れば、そのままその紙を机に投げる。

 

「問題ねぇ」

 

 どうやらターゲットも死んでいたらしい。

 

「俺は上へ報告してくる。ちょうど貰い物もあるしな」

「貰い物?」

「あぁ。ルッチも呼んどけ」

 

 スパンダムが出ていくと、カリファは小さく息をついたあと、テディの方を見た。

 

「お茶をいれましょう。少し落ち着くわ」

「……うん」

「ルッチは私が呼んでおくから、テディはここで休んでて」

「私が呼びに――」

「いいから」

 

 ソファに座らせられるものの、まだ立ち上がろうとするテディに、カリファが持っていた持っていた資料を渡す。

 

「代わりにこれを整理してもらえる? 次にCP9に引き入れる候補よ。全員会ったことあるわよね? テディの意見を聞きたかったの」

「了解」

 

 ようやく座ったテディに、カリファも安心してお茶を入れると、ルッチを呼びに行った。

 

***

 

 目の前に置かれたふたつの箱。

 

「予定では、ひとつでは……?」

「なに……ひとつでも構わないのだがね。今の報告を聞いて、海軍に回そうと思っていたひとつをそっちにやろうと思ったのだが、いらなかったかね?」

「いえ! 心遣い感謝します! あのふたりがいくら強いとはいえ、あの化け物(ショカン)には敵わないでしょう」

「そのとおりだ。特にテディ、彼女は使える。予定では、ルッチだけだったが、彼女にも使いたまえ」

「はっ!」

 

 敬礼をしたスパンダムは、目の前に置かれたふたつの箱を手にとった。 目の前に置かれたふたつの果物のようなそれ。

 果物というには、妙な渦巻き色の模様が描かれ、色もおかしな色をしている。

 船乗りの中では有名なもので、”悪魔の実”だ。

 

「片方は図鑑に乗っていた。動物系ネコネコの実。モデル豹だ。もう片方はわからねぇ」

 

 それを並べられた前に立つふたりはじっとそれを見下ろした後、紫色の髪を持った女が先に悪魔の実に手を伸ばした。

 

「ちょっとは躊躇しろよ!!」

 

 後ろで叫ぶジャブラに、叫ばずとも表情をひきつらせている面々。

 

「カナヅチになるんだぞ!? テディ、泳ぎも得意じゃねぇか。師匠も能力なしでも十分だっつってただろ!」

「チャパパ。ジャブラ、テディがこれ以上強くなるのが嫌なのか?」

「テディが断れば、次に悪魔の実が渡されるのは、あなただものね」

「そ、そういうんじゃねぇよ!」

「それにしても、テディ、そちらでいいの?」

 

 カリファが心配しているのは、別のことだった。

 テディが手にしたのは、正体不明の方の悪魔の実だ。

 

「こちらでいい。ルッチは、動物系がいいだろ?」

「あぁ」

「これがもし、自然系や超人系であっても私は構わない。なら、これが一番いい選択だ」

「同感だ」

 

 自然系は最強と言われるが、白兵戦において最強は動物系と持論を持っているルッチは、選べる余地があるならば、動物系がいいだろう。

 豹なんて良い能力だ。拒否する理由もない。

 

「本当に淡々とこなすな。まぁいい。てめぇら任せる」

 

 ふたりは、特にそれ以上の会話をするわけでもなく、その実を食べた。

 口をつけた途端、ヒドイ顔をする二人だが、全て口の中に押し込んだ。

 

「ひでぇ味だ……」

「……」

 

 無言で口を抑えているテディを見る限り、本当にまずいらしい。

 

「テディ。お茶よ」

「ありがとう」

 

 素早く反応したカリファが口直しのお茶を差し出せば、一気になくなった。

 ルッチも同様に一瞬でなくなった。

 

「大丈夫?」

「ひどい味だ。一口でいいなら、吐き捨てたい」

「ならそうすればよかっただろ!」

「悪魔の実を食えって命令だ」

 

 呆れるジャブラの目に、テディが吐き出さなかったため、負けず嫌い発揮してテディと同じように全て食べきったルッチへ同情するような視線が送られた。

 

「それで、体に変化は?」

 

 自分の体よりも大きな蝶の姿に、その場にいた全員が引いたのは、これから数時間後であった。



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32話 絡む中将

「よぉ。テディちゃん」

 

 各CPの実行部隊のリーダーは、海軍との連携を取ることもあり、本部に出入りすることも多い。

 前まではショカンだったのが、今はテディを見かけることの方が多い。つまりは、そういうことなのだろう。

 

「今回の作戦、CP9も動くんだってな」

「お前には関係ないことだ。クザン中将」

「まーな」

 

 最近は、より感情は読めないし、鋭いナイフみたいだ。

 それに、変に声をかけまくると、大将やら先輩やらに止められる。同じ世界政府とはいえ、立場は違う。

 むしろ、CPの方が天竜人に近い分、制約が多い。

 

「……邪魔するなら排除する」

 

 ピタリと首筋に当てられたナイフのような冷たさ。

 言葉ひとつで首が落ちる確信めいた殺気。

 

「警告はした」

 

 もう言葉を交わす必要はないというかのように、立ち去ろうとするテディの後ろに続く男は、先程までのテディの殺気を感じなかったかのように笑う。

 

「”ちゃん”だってよ! ガキみてぇだな! テディ」

 

 何も答えないテディに、男は笑う。

 

「その通りだろ」

 

 しかし、クザンの言葉にテディよりも殺気のこもった視線で振り返った。

 クザンも静かにポケットへ手をいれると、男の重心がわずかに下がる。

 

「やめろ。ジャブラ」

「……」

 

 数瞬の睨み合いの後、ジャブラはため息をついた。

 

***

 

 ジャブラは手早くターゲットを仕留めると、その場所から離脱した。

 政府の機密事項を奪取、破棄したカリファとも合流すると、ちょうど海軍が踏み込んできたところのようだ。

 

「これで組織は解体。あとは海軍が繋がりを調べて終わりね」

 

 ここでの諜報部隊としての役割は終わりだ。

 

「あ……」

「なに?」

「いや、あいつがいただけだ。なんでもねぇ」

「あいつ?」

「テディによく絡んでくる奴だよ」

「あぁ……クザン中将ね。彼に下手なことは禁止よ」

「あ? なんかあんのか?」

 

 不思議そうにカリファを見るジャブラに、カリファも少し迷ったあと告げた。

 

「彼、次期元帥候補なのよ」

「は? 中将だろ?」

「大将は現在枠が埋まってるから、昇格してないだけで、枠が空けば大将になるわ」

 

 少し前までは、かつてのガープのように昇格を蹴っていたのだが、心変わりすることがあったのか、もし次に枠が空けば大将に昇格すると決めたそうだ。

 

「それに、センゴク元帥もこのままのメンバーなら、おそらくクザンを推薦するそうよ」

「はぁ……あいつがなぁ」

「……なにかあった?」

 

 ここ最近、カリファは今回の任務があったため、テディのことはジャブラに任せていた。

 

「別に。アイツ、本部に行く度、あんなに絡まれてんのかと思っただけだよ」

「そうね。クザン中将は、テディのこと気にかけているから」

 

 小指を立てるジャブラに、カリファは首を横に振った。

 すると、ジャブラは少しだけカリファに近づくと、

 

「テディは?」

 

 そう、小声で聞いた。

 確かに、ショカンが死んでからというもの、テディの感情は昔馴染のジャブラたちからしても、わからなくなった。

 しかし、それでも、クザンを前にしたテディは露骨な程に研ぎ澄まさた気配を纏う。それこそ、殺気でクザンを押さえ込もうとするかのように。

 

「そんなわけないでしょ」

「だ、だとは思うけどよぉ」

「……似てるのよ」

 

 ショカンとクザンが。だからこそ、ボロを出さないように、必死になっているだけだ。

 似ているだろうかと、ジャブラは眉をひそめた。

 

「ハァーックションッ!」

 

 大げさなクシャミに、折れた刃を片付けていたテディが呆れたような目をした。

 

「誰か噂でもしとるのかのぉ」

 

 カクは折れた剣を傍らに置くと、新しい剣を構えた。

 元はショカンに教わっていた六式だが、全て習得する前にショカンが死に、後の修行をテディが引き継いで行なっていた。

 

「ところで、テディ。これで、わしが一太刀でも当てられたら、即CP9配属というのは嘘ではないじゃろうな?」

「そこで嘘ついてどうする」

「まぁ、そうなんじゃが……剣が叩き折られるわ、取ったと思ったら武装色に鉄塊で刀が折れるをくり返しとったら、実はわしを入れるつもりないんじゃないかと思ってくるじゃろ」

 

 これで剣の交換は何度目だろうか。

 傍らに置かれた柄の数を数えればわかるが、正直数えたくない。

 

「……正直、カクの剣術が私より上だから」

「それはうれしいんじゃが、折る理由にならんじゃろ!?」

「折れないように工夫して」

「雑か!」

「私は師匠より強くないし、大丈夫。たぶん」

 

 最後の一言がなによりも問題だ。

 



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33話 好みの問題

 こいつと意見が一致しないことは多い。

 

「今度はなんじゃ……」

「前と同じよ」

 

 カリファがため息をついて書類をまとめれば、呆れたような視線をこちらに向けるカク。

 

「そろそろ補充要員いなくなるんじゃないか?」

「大丈夫よ。今回はCP5だから」

「使えねぇクズがいたところで、足でまといだ」

 

 前はCP9の新入り。その前は、海軍。

 正義を守ることはできないと判断して、排除した。

 こいつとは、その辺、意見が一致したことがない。

 

「任務に支障をきたすなら構わないが」

「そいつのせいで悪が蔓延れば、それは”支障”だろ」

「……」

「甘いんだよ。お前は」

 

 昔から変わらない。

 

「とりあえず、報告書はまとめておいたわ。それから、CP5が補充要員として上げてる人物の資料も入れておいた。確認してちょうだい」

 

 カリファに渡された書類の束に視線を落とすテディ。

 全て目を通し終わる少し前、部屋のドアが開いた。

 

「ヨヨィッ! ブルーノからの報告ッダァ~~イッッ」

 

 クマドリの言葉に、全員の視線が集まる。ブルーノは一人、W7で古代兵器プルトンの設計図を持っている可能性があるアイスバーグを調べている。

 

「可能性はアッ高ェ~ってこと~よっ! しかしまァ~~隠してんのは、自室か仕事部屋か。とにかく、人を寄越せってェ~ことだ」

 

 ベテランで能力者のブルーノが要請してくるのだ。相当信憑性は高く、難しい相手なのだろう。

 アイスバーグといえば、ガレーラカンパニーの社長だ。男なら船大工として潜る込むのは容易。

 

「あぁ……あの海列車の。ワシが行こうか? 船大工見習いとして、ちょうどいいじゃろ」

 

 年齢的にも、カクなら見習いとして容易に潜り込めるだろう。少し器用で才能があるように見せれば、社長にだって近づきやすい。

 

「なんじゃ……不満か?」

 

 カリファの視線に、カクが口をへの字に曲げる。

 CP9の中で、カクは最年少であり、新人。対して、今回の任務は政府が最重要事項のひとつとして上げている、古代兵器の関係。

 暗に新人を送り込みたくないということなのだろうか。

 

「違うわよ。場合によっては、貴方に残って欲しかっただけ。クマドリ」

 

 カリファが鋭い視線を向ければ、クマドリはしたり顔で答えた。

 

「ボッキュッボンッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……?」

 

 カクが眉を潜めれば、テディはルッチに目をやり、ルッチはため息をついた。

 

「すまん。全くついていけん。誰か説明してくれんか?」

 

 主にテディ。このメンバーで一番説明してくれそうだ。

 

「アイスバーグがW7の市長に立候補するって話だ。当選は確実。問題は、市長就任による秘書の募集」

「あぁ……それで好み」

 

 ここにはちょうど、凹凸のあるスタイル抜群の女と、スレンダーな女。

 見た目としては、男の好みのほぼ両極端に位置するふたり。

 要は、どちらがアイスバーグの秘書となり探るか。という話だったようだ。

 

「私が行くなら、テディの事はカクに任せるわね」

 

 もうひとり、もしもの時のための戦闘要因がルッチだ。

 スパンダムが言うには、CP9の本拠地が手薄になってはいけない。ということで、主戦力であるテディかルッチ、どちらかが残ることになっていた。

 

「それにしても、ずいぶん気が立っとったな。ルッチの奴」

 

 任務だからと大人しくしていたが、随分気が立っていた。

 

「古代兵器はデリケートな問題だから、それこそ年単位でかかるだろうし。なにより」

 

 戦う船大工とはいえ、今までのような戦いは、まず起きないだろう。

 

「……あぁ」

 

 妙な説得力に、カクも納得してしまった。

 

***

 

 ルッチたちが、W7に向かってから3ヶ月余り。

 カリファは予定通りアイスバーグ市長の秘書となり、調べを進めていた。それこそ、難航しているようだが。

 

「最近、あのスーパーボインのエロい姉ちゃんいねぇな」

「失せろ」

 

 自転車に乗って、司法の塔を見上げる男に、この3ヶ月で言い慣れた言葉を返せば、呆れたように見上げられた。

 

「お前さんも飽きねぇな」

「そのまま返すぞ。テディに何回ちょっかい出す気じゃ」

 

 海軍本部には、テディだけで行くことも少なくないが、たまに同行すれば絶対に絡まれているし、本部から戻ってきた時に冷たい雰囲気を放っていれば、大体この男のせいだ。

 

「だいたい、俺だって一人で海渡れるからって中将なのに雑用させられて。ちょっとくらい癒やしがあってもいいじゃないの」

「テディが癒やし……もっと別のものをおすすめするぞ」

 

 クザンと会った時のテディの表情は、正直にいえば鋭いナイフのようで、いつ刺されるかと自然と体が警戒してしまうほどだ。

 

「わかってねぇなぁ……アレで、もうひとつ、蹴りのひとつでもしてきたら、俺としてはあんし――」

 

 クザンの言葉は、けたたましい水音で掻き消え、海面に立っていた姿も、波に飲まれて消えた。

 

「なら、これで十分だな。クザン」

 

 いつの間にか、後ろに現れたテディは、凍った水面を見下ろしながら言い放った。

 

「テディ、相手は一応大将候補じゃろ……? 良いのか?」

 

 小声で聞くが、相変わらずの無表情。

 

「だから、傷はつけていない」

 

 海には沈めようとしたが。

 

「あらら……テディちゃん、冗談通じたのね」

 

 新たに凍らせた海面から見上げるクザンは、一度自転車の被害を確認するが、特に損傷はない。

 クザンは、一度息をつくと、自転車を起こした。

 

「仕方ない。今回はこれで戻るとするか」

 

 



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34話 報告

 頭に乗った重み。

 

「報告書だ。てか、マジでカクまで寄越したのかよ」

 

 随分と機嫌の悪いジャブラが、舌打ち混じりに誰もいなくなった執務室を見渡す。

 数日前、カリファから入った情報から、アイスバーグが確実に設計図を持っていることがわかった。

 同時に、当時、アイスバーグと身内のような関係であったカティ・フラムが生きており、フランキーとしてW7で解体屋をしていると。

 

「じゃあ、そっちが持ってるかもしれねぇってことか?」

「可能性は捨てきれないが、低い。フランキー一家は、それこそ傍若無人。正直、昔の好で見逃されてる部分が大きいだそうだ。そっちにはブルーノが探りをいれてる」

「だったら、なんでカクまで送ったんだよ」

「……なんでそこまで気にする? 必要だと判断したから意外になにもないだろ」

「――はぁ……CP9を3人も送る案件か? 情報集めなんざ他のCPでもできるだろ。現に、他の奴らも何人か入ってるんだろ?」

 

 ジャブラの言うとおり、W7にはCPが数人張り込んでいる。

 だが、ガレーラには潜り込んでいない。

 

「確実にアイスバーグが設計図を持っているなら、身近に潜入させるのは必要なことだ」

「んなことはわかってる」

「………………」

「なんだよ」

 

 なんとも言えない表情になるテディに、ジャブラが目を細めると、少しだけ視線を落とし、逸らした。

 

「またルッチに実力不足で排除されると困る」

 

 納得してしまった。

 むしろ、頭を抱えてしまった。

 

「カクならその辺大丈夫」

「だったら、これ以上の増員が必要な時は俺ってか?」

「ジャブラは歳的に厳し――」

「うるせぇ」

 

 報告書で叩かれた。

 

「チャパパ。ジャブラ、心配してるなら、はっきりしてる言った方がいい。だから逃げられるんだ」

「お前いつからいた!?」

「最初から」

 

 チャパパパパと笑うフクロウは、音も無く壁から降りてくると、テディの持っていた紙束を指さす。

 数分前にテディが受け取った報告書だ。

 

「長官に報告してくる。ふたりはしばらく待機。ジャブラは、心の傷を癒してていいよ?」

「チャパパ……ひとりにしてやるぞ」

「変な気遣いするな!! 気持ち悪い!」

 

 言い争うふたりの声を聞きながら廊下に出る。

 誰かの騒ぎ声が聞こえるのは、ずいぶん久しぶりだ。カクがいた時も、別に騒がしかったわけではないが、会話がないわけでもない。

 テディは少しだけ表情を緩めながら、長官の部屋に向かえば、叫び声。

 

「……」

 

 少しだけ聞き耳を立てれば、その叫びは焦りと恐怖といった感情。

 また緊急の案件で、難しい案件かと、ジャブラたちも休めないなと、表情を戻しながら、ノックした。

 

「ちょうどいい所に来た! テディ!」

「はい。ジャブラとフクロウからの報告書です」

 

 焦っているのか、椅子から立ち上がるスパンダムに、いつものように報告書を差し出せば、スパンダムは一瞬固まるが、乱雑にそれを受け取ると、机に投げ置いた。

 それほどの案件かと、テディがスパンダムに視線を戻せば、スパンダムは今までに見た中で最も青い顔でそれを告げた。

 

 

「ショカンが生きてやがった」

 

 



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35話 悪夢

 すごく、怖い夢を見た。

 怖い夢を見る時は、きっと良くないことが起きる。

 だから、大好きな人のところに行くんだって。

 もし、良くないことが起きるとすれば、きっと大好きな人のところだから。

 

 リビングに飛び出したけど、お姉ちゃんはいなかった。

 時計を見ても、いつもより少しだけ遅いくらい。まだいつもなら家にいるはず。

 なのに、クザンさんと一緒にいないってことは、何かあったんだろう。

 

 急いで部屋に戻り、すぐに着替えて、玄関を飛び出した。

 

 クザンさんの部屋に入れば、誰もいない。

 どこにいるのだろうかと、振り返れば、驚いた顔で立っている見覚えのある海兵。

 

「ユイちゃん? どうしたんだ? こんな朝早くに」

「ぁ、ぇっと……その、お姉ちゃんは……」

「……あぁ、怖い夢でも見たのか? しかし、困ったな……今、クザン大将もテディ中尉も緊急の要件で呼び出されていて……」

 

 海兵は困ったように頭をかくと、ユイを抱え上げた。

 

「私で良ければ、一緒に待っていよう。中尉も直ぐに帰ってくる」

「……」

「息子といつも遊んでくれてありがとう」

「ぇ……あ!」

 

 どこかで見たことがあると思ったら、いつも遊んでいる男の子の父親だ。

 

「でも、あまりここに来るのは感心しないな。ここは遊び場じゃないんだ」

「ごめんなさい……」

「わかればいい。今日は特別だ」

「いいんですか……?」

 

 床に下ろされ、見上げれば、頭を撫でられた。

 

「そんな青い顔した子供を放っておけないだろう」

 

 そう言って、笑いかけられた。

 

***

 

 その頃、クザンは息が詰まるような思いをしていた。

 前にいる、センゴクもさすがに眉間にしわを寄せ、もしこの場で叫んでいいなら、きっと恨み言のひとつでも叫んでいたことだろう。

 

「いい加減ダンマリも飽きてこねぇか?」

 

 その現況である現CP0のスパンダインが、この場に来てから片手で数えられる程度しか口を開いていないテディに問いかけるが、やはり反応はない。

 表情も変わらず、ただひたすらに無だ。

 

「人形の口を開くには、やっぱり女の子が必要ってか?」

「……」

 

 明らかな挑発。テディも何も言葉を返さなければ、クザンが息を吐いた。

 

「お互い暇じゃねぇし、さっさと済ませようぜ? 用件は? テディちゃんの顔見に来たなんて温い話じゃないだろ。テディちゃんの首を寄越せっていうなら拒否だ。とっととお帰りください」

 

 いかにもめんどくさそうに頭をかきながら答えるが、その目は本物。

 もし、その通りだ。なんて言った日には、スパンダインの体は凍りつくだろう。

 それを察したのか、スパンダインも身構えるように息をのんだ。

 

「邪険にするなよ。青キジ。俺は、その人形に朗報を持ってきたんだぜ」

「朗報?」

「あぁ。そこの人形は、CPを裏切った。本来なら、抹殺対象だが、海軍に戻ったってことで一時的に様子見になってる。逆に言えば、抹殺に値するならCPはその人形を殺す。たとえ、大将の副官であってもな」

 

 適当な罪状さえ付いてしまえば、大将の副官だって関係ない。

 

「海軍だって同じ世界政府だ。昔の好で見逃してやろうって話だ。悪い話じゃないだろ」

「オタク、話が長いな。女によく逃げられねぇか?」

「なっ――」

 

 テディも、おそらく内容を知っているであろうセンゴクへ目をやると、小さくため息をつかれた。

 

「そこのスパンダインには、CP0が係わる、とある作戦にテディを協力させろと言われた。交換条件が、テディの逃亡の罪の放免」

「天竜人絡みですか」

「あぁ。正直、あまり気乗りはしないが」

 

 天竜人では、断りようがない。

 それこそ、テディが関わることは拒否しても、作戦そのものは行われる。変わることと言えば、海軍やテディの立場程度。

 センゴクも、おそらくこの作戦に共感は示していないのだろう。天竜人の命令というのは得てしてそんなものだ。

 

「……テディ」

 

 初めて海軍に来たときにセンゴクと交わした約束。

 あくまでクザンの立場の邪魔をしないこと。

 

「構いません」

 

 センゴクも悩んだ。クザンのことはもちろんだが、天竜人の娯楽のためだけの作戦に、テディの命をかけるなど。

 

「おい。俺の意見は無視――」

「元帥の勅命です。それに、私にはこれ以外の選択はありません」

 

 スパンダインに目をやれば、ほぼ同時に小さなでんでん虫が鳴き始める。

 その音に目を弧に歪めると、でんでん虫を取った。

 

「スパンダイン」

『対象を確保』

 

 誰のことを指しているかは想像がついた。

 

「スパンダイン。どういうことだ?」

「予防的処置ですよ。センゴク元帥。この人形の暴走を止めるための」

 

 センゴクだけではない。クザンも覇気で探るがユイの気配を探るが、誰かと一緒に、本部の中を移動している。

 ここからなら、数秒で追いつけるはずだ。

 

「どうだぁ? テ――」

「ユイを作戦開始と同時にクザン大将に引き渡す。これが最低限の条件だ」

「テメェに条件を出す権利があるとでも」

「なら、今この場に肉塊ができるだけだ」

「ッそんなことすれば、テメェだけじゃねぇ、そこの男の立場も――」

「だからなんだ」

 

 覇気でもなんでもない。ただひたすらに冷たいナイフのような殺気が、スパンダインの喉元に突き立てられる。

 心臓の音すら聞こえない。

 

「…………」

 

 ようやく出せた音は、舌打ちだった。



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36話 何も知らないのは

 執務室に戻ろうとすれば、貫くような冷たさ。

 

「……」

 

 気にせず執務室に戻ろうとすれば、ついに目の前に身を乗り出された。

 

「アレで俺が納得したと思ってんのか?」

「納得していないであろうから無視したのですよ」

 

 そもそもあの場で、クザンが納得するような答えはできない。

 確かに、あの場で”スパンダインを殴ってユイを助けに行く”という選択をすれば、この男は喜んで同意してくれそうだが。

 

「時間がありません。どいてください」

「時間がねェって……テディちゃん」

 

 掴もうとする腕を受け流し、少しだけ重心がずれてできた隙間に体を滑り込ませる。

 

「少しは話を聞け。テ――」

「私をガキだと言うなら、ガキのワガママだと思って無視してください」

「!」

 

 固まったクザンを置いて、執務室に戻れば、倒れている大尉。

 生きている。

 外傷も打撲こそあるものの骨は問題なさそうだ。

 ソファに寝かせ、書き置きだけ残しておく。

 

「……」

 

 テーブルに残っているまだ温かい飲みかけのお茶。

 ふと触れたお守りの石。

 

「……仕方ないこと、だ」

 

 

***

 

 グランドラインのあるひとつの島の付近の軍艦の上で、白い服の男は目の前の少女を眺めながらため息をついた。

 本来、家に忍び込み確保する予定だった少女は、何故か家から逃げ出し本部に避難した。

 その上、海軍大尉の護衛までついていた。とはいえ、不意打ちで大尉を倒してしまえば、少女は大尉を傷つけないという条件で身柄を差し出してきた。

 スパンダインの話では、作戦開始後、この少女はクザン大将に引き渡すことになっている。

 

「海兵守って捕まるなんてバカだな、お前。せっかく逃げたってのに」

 

 男に出された任務は、ユイの護衛と説得。

 テディから出された条件はただ”ユイをクザンに渡すこと”だけだ。それ以外はなにもない。

 つまり、ユイが()()()()()()()()()()()()()()()()を吹き込んだとしても、構わないということだ。

 

「海兵が死ぬのが嫌なのか?」

「当たり前です」

「そうか……じゃあ、テディもか?」

「当たり前です!」

「本当に?」

「本当です」

 

 睨みつけてくるユイに男は、小さく笑みをこぼした。

 知っていた。

 この娘が心優しく、見ず知らずの海兵でも庇うなんてこと。ひとりで東の海に行く時に、世話をしてくれたテディを大切に思っていることも。

 知っている。

 

 

「テディが()()()()()()()()()()()()()()か?」

 

 

 知っている。

 大切な両親を殺したのが、今まで世話を焼いてくれた人間だと知って、驚いて、絶望して、最後に呪い、恨み、ナイフを今まで大切だった人間に突き立てることを。

 

「……」

 

 ユイは口をつぐみ、少しだけ息をのんだが、ついに口を開いた。

 

「そんなこと――」

 

 否定。最初はみな、そうだ。

 

()()()()()()!!」

 

 正反対の言葉に、頭が真っ白になった。

 何度も、ユイの言葉が頭に木霊する。

 

「し、知ってる……だと?」

 

 嘘だろ。

 

「知ってて、一緒に……!? いや、お前……」

 

 どういう神経してるんだ。調査段階では、この娘は確かにテディが好きだったはずだ。

 もしCPを騙したなら、相当な演技だ。いや、無理だ。それはありえない。

 本当に、こいつは両親を殺したと知った上で、テディを好きでいたと!?

 

「よっこいしょ……」

 

 聞こえるはずのない声に、体を反転させると、甲板の柵を超えたクザン大将がいた。

 

「なっ……!? 約束の時間にはまだ早いぞ!」

「細けェことはいーじゃねーの。受け渡しが開始後でも、会うことは禁止じゃねぇだろ」

「クザンさん……」

「元気そうだな。ケガも無さそうだし……よしよし」

 

 ユイの前に屈んだクザンは、ケガがないことを確認すると、頭を撫でた。

 

「そんなの屁理屈だ!」

「お前さんに言われたくはないけどな。まぁ……なんだ。アレだ。アレ。今回の作戦、俺が関わっちゃいけねぇって話でなぁ。ヒマなんだよ」

 

 半分嘘で半分本当だろう。作戦の概説は聞いているが、この男ひとりで止められてしまう可能性だってある。

 

「暇潰しってわけじゃねーけど、ユイ。そろそろ話してくれねぇか? テディちゃんとのこと」

「……」

 

 じっと見下ろすクザンの目に、ユイは一度目を伏せると、ゆっくりと開いた。

 

「お姉ちゃんと初めて会ったのは、故郷の港でした」



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37話 フルーツ屋

 偉大なる航路のとある島。

 港に行くと、普段は見かけない船がいた。

 

「?」

 

 決して大きくはないものの、近場の島になら渡れるほどの大きさの船。

 こういった船に乗ってくるのは、大抵商人だ。

 近くの島から売れそうなものを持ってきて売る、島と島での流通に欠かせない存在。

 

「こんにちは」

 

 船をのぞき込んでみれば、そこにいたのは大きな体の男の人と女の人。

 

「いらっしゃい。お嬢さん。落ちないように気を付けて」

 

 男の人は、女の人に目をやり、少女も船の中をのぞき込むと、たくさんの木箱の中に詰め込まれた果物。

 

「フルーツだ!」

「あぁ、ひとつ食べてみるか?」

「いいの?」

「いいとも」

 

 帽子をかぶった女は、ひとつ果物を手に取ると、手馴れたように一部分を切り出し、少女に差し出す。

 

「おいしい! お姉ちゃんたちは、フルーツ屋さん?」

「主にはね。他にも、近隣の島から運べるものがあれば運んでるよ」

 

 食べ終えた少女に、またひとつ切り出すと、目を輝かせた。

 

「いいの?」

「あぁ。フルーツは足が速い。これも腐りかけでね。一番おいしいけど、次の島までは持たないからね」

 

 パクリと口に入れる。

 

「ここの島の子?」

「うん。ユイだよ」

「ユイか。ユイの家は、フルーツはよく食べる?」

「生はあまり食べないかな。でもね、ママがパイは、すっごくおいしいからよく食べるよ! 今度持ってきてあげる!」

「それは嬉しいな」

「あ! 後で、連れてくるね」

 

 しかし、女は少し迷った後、困ったように笑う。

 

「それは嬉しいが、実を言うと、ここは店じゃないんだ」

「え?」

「港で店を開くとほかの人の邪魔になるだろう? だから、本当の店は向こうにあるんだ」

 

 すると、ユイは慌てて頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい!」

「気にしないで。ただ、ここにあるのは、別の島用だったり、売れないものだったりするから、買うなら向こうの店に行ったほうがいいってだけ」

 

 詳しい店の場所を教えると、ユイも少しだけ恥ずかしそうに頷く。

 

「じゃあ、お姉ちゃんたちは船番なの?」

「あぁ。結構暇なもんでな。退屈してたんだ」

「そうなの?」

 

 女に目をやると、微笑み頷かれた。

 

「売上は売上として、またここにきてくれたら嬉しいな」

「! うん! じゃあ、今度はパイを作ってくるね!」

 

 そう言って、ユイが手を振って去ると、男は顎に手をやった。

 

「初日から引っかかるとはな。幸先がいい」

「……」

 

 女は何も言わずに、濡れたナイフを拭う。

 男もその様子を眺めるものの、全く感情が読めず、見るのをやめた。

 

***

 

 家のドアを開けると、テーブルの上にカゴにいっぱいのフルーツが置いてあった。

 

「あ!」

「おかえり」

「これ、今日来てた」

「えぇ。そうよ。ユイも見つけてたのね」

「うん。ママに教えようと思ってて」

「ありがと。じゃあ、今から作ろっか」

「うん!」

 

 焦がさないように、チェリーと砂糖を入れた鍋を混ぜながら、先程のことを話す。

 

「あら、そうなの? じゃあ、いっぱい作ろうね。パパが食べきれないくらいに」

「うん」

 

 甘い香りが広がってくると、火から降ろし、生地を作っていた母の元へ行く。

 

「渡すなら、小さく包もうか」

 

 渡された生地を伸ばし、ひとつひとつにジャムを包んでいく。

 母は自宅用を手際よく作り上げると、ユイの様子を見ながら、窯を温める。

 

「できた!」

 

 そう言って、差し出されたパイは、ハートの形をしていた。

 

「随分、かわいくなったわね」

「かわいくした!」

 

 パイの焼き上がりを待っていると、開いたドア。

 

「ただいまーチェリーパイか?」

 

 香りに誘われるように、台所をのぞき込めば、ユイが窯の中をのぞき込んでいた。

 その隣には、大きなパイが既に焼きあがっている。

 

「家の分は焼きあがってるわよ」

「またどこかにおすそ分けか? いっそ、本当に店にするか? 人気がありすぎて嫉妬しそうだ」

「はいはい。どこかの誰かさんがいっぱい食べるから、お店に並ぶ分はありません」

 

 冗談交じりに笑う妻から渡されたパイを手に、ユイの隣で同じように窯をのぞき込めば、見えにくいものの妙な形のパイ。

 

「…………」

 

 おそらく言ってはいけないことを想像したが、すぐに笑う。

 

「ハートかぁ……俺が食べていい?」

「ダメ!」

「いやだって、娘のハートって」

「はいはい。パパは大人しく、パイを切っておいてください。もう少しで焼けるから」

 

 妻にテーブルの方へと押されていった。

 

***

 

「……ケ――いや、冗談だ! うまそうだ! いただくよ」

 

 翌日、店に彼女たちがいないことを確認してから、ユイは船に来ていた。

 ハート型のパイを見て、男が何か言いかけたが、すぐにパイを口に放り込んだ。

 

「うん。うまい!」

 

 あっという間に食べきると、女の方へと目を向けた。

 

「……」

 

 女も一口食べて頷いた。

 

「おいしいよ。ありがとう」

「! よかった!」

 

 安心したのか、ユイも女の隣に座り、自分の分のパイを口に入れた。

 

「そういえば、お店の人に聞いたんだけど、お姉ちゃんたち、明日出航しちゃうの?」

「あぁ。また隣の島にいくんだ」

「そっか……」

「またくるよ」

 

 柔らかく微笑み、頭を撫でれば、ユイは嬉しそうに笑う。

 

「じゃあ、今度来たら、もっと美味しいパイ作るね!」

「それは楽しみだ。じゃあ、お礼に今度来る時は、ユイが好きなフルーツを持ってこよう。何がいい?」

「うーん……チェリーが好きかな。あ、パパとママは桃が好きなんだけど、なかなか手に入らないんだって」

「桃か……この辺だと、わりと珍しいな。もしかして、パパとママは別の島から移住してきたの?」

「うん。旅行先で会って、一目惚れなんだって」

 

 たまたま偉大なる航路のひとつの島で出会った彼を探すのは、それはもう苦労したのだと、よく母に聞かされていた。

 それを父に聞かれるたび、惚気のなんとも気恥しい空気に、ユイですら困ってしまうほどだ。



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38話 水面下

 ショカンが生きていると聞いて、震え上がったのは何人いたことか。

 ショカンの持つ情報ももちろん、もし革命軍に寝返っているなら、その戦闘力も驚異だ。

 

「元々、ショカンはCPでも白ひげに対応できる戦力が欲しいという理由で、傭兵をヘッドハンティングした」

 

 なんとなくではあるが、ショカンが自分たちのように幼い時からあの島で諜報員としての教育を受けてきたとは思えなかった。

 決して、できないというわけではないが、師匠は戦いに寄った部分がだいぶ強かった。

 

「それじゃあ、確かに裏切りは心配になるのぉ」

 

 もし今知っている世界を疑い、裏切るのを防ぐなら、その人物に本当の情報を与えなければいい。もしくは嘘を教えればいい。

 定着した世界観から逸脱できるのは、一部の人間。

 諜報部隊として、元傭兵は注意しなければいけない存在だ。

 裏切る要素が大きすぎる。

 

「テディからは?」

「師匠は本物。ワシらのような知り合いの顔がいたら、すぐに逃げられる。テディも慎重に周辺から調べを進めておるらしいが」

「相手もプロ。異変にはすぐに気がつく。長期的な手段も……現状では無理だろうな」

「長官もその結論じゃ。島ひとつ、事故で処理する手筈を整えておる」

 

 ショカンがどこまで情報を話したかもわからないなら、まずはその島ごと。

 そして、周辺の島に関する関わる部分を、また調査する。それはCP6が受け持つそうだ。

 

「うまくショカンの子供という少女に接触して、話を聞き出しとるそうじゃ」

 

 うまくいけば、処理する人数が減る。

 

「今のところ、一家以外に殺す必要はない可能性が高いということじゃ。家族に関しても、情報を――」

「タイムリミットは?」

 

 カクがW7に来た理由はひとつ。

 ショカンを確実に葬るため、ルッチを呼び戻すためだ。

 

「1週間後、エヌエスロビーに高速船を用意しておく。作戦はその時、長官から聞け」

「了解」

 

***

 

 海の真ん中。

 周りに船はなく、機密性も高い、船の上にテディはいた。

 

「さすがに元CP9。簡単にボロはでませんね」

「周辺の島に革命軍が潜んでいるという情報もありません。内通者はまだはっきりとはしませんが」

 

 革命軍が潜んでいるならまだしも、ごく少数の最悪切り捨てられるような情報を仲介する役目の人間が潜んでいたところで、それを発見するのは困難だ。

 革命軍としても世界政府の諜報部隊が寝返るなら嬉しいことだろうが、同時に危険なことでもある。寝返ったふりで、アジトが奇襲されては堪らない。

 故に、革命軍としても、ショカンに直接アジトを教えたりすることはないだろう。何かしらの防衛策は張っているはず。

 

「暗殺するにしても、ターゲットが絞り込めなきゃ、CP9だって動けないでしょうに」

「期限以内に絞り込めなければ、島ごと消される。長官もそのために手筈を整えているはずだ」

「はい……?」

 

 ちょうど、そのタイミングで飛んできたカモメ。

 首から下げられているバックには、スパンダムからの指令書。そこには、テディの予想通り、島ごとショカンを葬る手筈が整ったという内容。

 

「ショカンが漏らした情報の捜査に、ルートを調べる」

 

 ルートといえば、ショカンが元船の用心棒だったと偽り、この島で近隣の島へ船が出る時、高頻度で用心棒として乗り合わせている。

 

「確か、3日後、隣の島へ村長が招かれてる船に乗るはずです」

「なら、その間に手掛かりがないか調べる。ショカンについては、向こうの奴に確認させろ」

「連絡しておきます」

「それで、あの娘の方はどうなんです?」

 

 ショカンの娘であるユイ。

 接触する機会は多い。というよりも、テディは懐かれたらしい。店ではなく、テディのいる船の方にやってくる。

 悪いことではない。むしろ、ショカンに顔が割れているテディは、船の外で活動はあまりできず、好感をもたれているなら、その分口も軽い。

 

 おかげで、ショカンの逃走ルートについては割れた。

 結果、現海軍元帥や海軍の英雄の共謀も発覚し、スパンダムから猛抗議されたが、ショカンの元死体は既に供養され、存在せず、そのふたりですら、それを本当にショカンだと思ったと軽く流されてしまったらしい。

 証拠も無ければ、諜報部隊しかもCP9の容姿なんて機密事項、知っている人間が少ないおかげで、責任は逃れられてしまった。

 分も悪ければ、相手も悪い戦いだ。

 そもそも、CP9からの裏切り者など本来あってはいけない事態なのだから、速やかに収拾をつけるほうにシフトした。

 

「たまに、あの年齢にしては航海についての詳しい知識を話す時がある」

「へぇ……じゃあ、本当の子供じゃない可能性もあるってことですか? それこそ、アレで実は成人している種族が偽ってるとか」

「それはない。訓練を受けた動きにしては、ムダやブレが多い。見てマネた動きだ。

 嘘かはわからないが、黒でんでん虫に関しても、ショカンの部屋でたまたま見かけて、口止めをされたと言っていた」

 

 全てを信じたわけではない。だが、おそらくユイは、ショカンが過去にCPにいたことは知らないだろう。

 本当にただの子供だろう。

 だが、好奇心は旺盛らしい。現在のショカンに関して、勝手に知っている可能性がある。



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39話 気づき

だいぶ遅くなりました。すみません。


 いつもどおり、船が島についてすぐ、ユイはやってきた。

 船の中で、腐りかけと称した果物を渡しながら、話をする。

 七割はなんの関係の無い会話。一割は、嘘を本当のように見せる会話。残りの二割が本当に聞き出すための会話。

 しかし、気を付けなければいけないのは、ショカンをここに連れてくるような会話には絶対にしてはいけないということ。

 

「アレってなに?」

 

 ユイが指さしたのは、天井から掛けられたオブジェ。

 

「あぁ……お守りだよ。大きな船の船首に、航海の安全を願って取り付けられてるだろ。それの代わりだよ」

「じゃあ、これと同じなんだね」

 

 首元に掛けられた緑色の石を見せるユイ。

 ほぼ必ずユイは、そのネックレスを首にかけていた。どうやらお守りらしい。

 

「ママがくれたお守りなんだ! 大事な人にあげるお守りなんだって」

 

 付けていない時は、確かショカンが島にいない時だ。その時は、渡しているのかもしれない。

 なら、明日、ユイが持っていなければ、確実にショカンが島にいないということになる。

 

「今度、お姉ちゃんにも作ってあげる!」

「……え? 私に?」

「うん! お姉ちゃんのこと、大好きだもん!」

 

 嘘でもなんでもない言葉に、少しだけ戸惑った。

 

「あぁ、うん。ありがとう。ユイ」

 

 なんてことのない言葉。そんな陳腐な言葉、何度も聞いた。何度だって言った。

 これはただの任務。いつもの言葉と表情を返した。

 

***

 

「アップルパイでいいの? ユイ、チェリーパイの方が好きでしょ?」

「いいの! お姉ちゃん、アップルパイの方が好きみたいだから」

 

 少しだけ慣れた手つきでアップルパイを作る。

 

「あ、そうだ。ママ、このお守りって私でも作れる?」

「作れるわよ。好きな人でもできた?」

「違う。でも、パパが船に乗る時に貸してるから、お姉ちゃんにも作ってあげたいの」

「あぁ……そういうこと。いいわよ。じゃあ、あとで作り方教えてあげる。石は何色――」

「ただいまー」

 

 すっかり慣れたアップルジャムの香りに、ショカンも顎に手をやる。

 

「最近、アップルパイ多いな……ユイの好きな奴の好物か? それっぽい男子はいなかったはずだが」

「残念だけど、男の子じゃないのよねーきれいなお姉さんよね」

「憧れのお姉さんか。なら良し。パパも安心だ」

「もし、ユイに好きな人が出来ても、パパがいたら大変そうねぇ……ママが抑えておいてあげるから、駆け落ちでも何でもしなさい。連絡だけは頂戴ね」

「ママってば……」

 

 妻の冗談に聞こえないような発言に、ショカンも困ったように頬を引き攣らせた。

 

「あ、パパ。明日、船に乗るんだよね」

「あぁ」

「はい。お守り! また貸してあげる!」

 

 自分の緑色の石のお守りを取れば、ショカンもユイの前に屈んだ。

 そして、首にかけられるお守り。ショカンが船に乗る時は、必ず貸していた。

 

「パパが無事に帰って来られますように」

 

 こうして無事を祈るのも恒例だ。

 

「ありがとうな。ユイ」

 

 優しい娘の頭を撫でて立ち上がれば、ちょうどいい焼き色になった香りが漂ってきた。

 昔の癖か、自分たち用のピーチパイを切り分けながら、台所で差し入れ用のパイをカゴにいれているユイたちの会話に、聞き耳を立ててしまう。

 

「お守りはね、その人の色の石を使うといいって言われてるのよ」

 

 憧れの人に渡すのか。と、いつかくるとわかっていたものの、自分以外に娘からお守りを渡され、祈られるのかと寂しく思っていれば、次に聞こえてきた言葉に、包丁の刃が止まった。

 

「じゃあ、紫! お姉ちゃん、すごくきれいな紫色の目なんだ!」

 

 紫色の目。すぐに浮かんだひとりの少女。

 しかし、その少女を見た記憶はない。だが、紫色の目の人間をこの島で商人を含めても見た記憶は、ない。

 

「そうね。紫がいいわね。あぁ、でも、紫の石はすぐにはできないわね……作り方だけ教えてあげるから、石はちょっと待っててね」

 

 だが、ユイの語る回数から見て、何度もこの島に訪れている。そして、妻もそれを知って、見たことがあるようだ。

 

「うん。わかった」

 

 だが、自分だけが見覚えがない。

 まるで、自分を避けているかのよう。

 

「なぁ、ユイ。そのお姉ちゃん、なんて人だ? 船乗りなんだろ?」

「うん。果物屋さんだよ。人見知りで、いつも船番してるんだって。でも、よく寂しそうな顔してて……あ、でもね! ママのパイ持っていくと、嬉しそうな顔するよ」

「ユイ、よくわかるわよね。私は、寂しそうには見えなかったけど」

「してるよ!」

 

 少しだけ頬を膨らませるユイに、ショカンも口角を上げた。

 

「なぁ、ユイ。俺にも、そのユイの憧れのお姉さんのこと、教えてくれよ」

 

 笑顔で聞けば、ユイは少しだけ表情を強ばらせる。

 

「パパ、お姉ちゃんに変なことするつもり?」

「違う! 断じて違う。ちょっとは、まぁ、娘を預けていいか考えるが……

 でも、気になるんだ。その、お姉ちゃんとやら」

 

 



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40話 決闘

 村長の乗った船が島から離れていく。遠目ではあるが、ショカンの姿も確認できた。

 果物の傍らに置かれたでんでん虫の受話器を手に取り、繋げる。

 

「売れ行きは順調だ」

 

 作戦開始の連絡を告げ、通話を切る。

 

「さぁ、新鮮な果物はいらないかい? この島じゃ、滅多にお目にかかれないのもあるよ!」

 

 通行人に笑顔で声をかければ、見知った婆さんが近づいてくる。

 

「あなたたちが来てから、色々なものが手に入って助かるよ」

「それは良かった。また欲しいものがあったら言ってくださいよ」

「本当に助かるよ。ありがとうね」

 

 婆さんを見送り、誰もいなくなった港。

 ここまで港に人がいなくなることは、珍しい。本当にたった数分、すぐにまた人がやってくるだろう。

 だが、そのほんの短い数分、いや、数秒でよかった。

 海から港へ掛けられた手に、男は最期まで気づくことなかった。

 

***

 

 ショカンがいない時は、危ないものもあるからと入ってはいけないと言われるショカンの部屋。

 でも、ユイにとっては、不思議なものが多い、遊び場だった。

 ママにだって、危ないからと注意されるが、今は買い物に出かけていない。

 部屋に忍び込めば、色々な島のことが書かれた記録に手を伸ばす。ユイのお気に入りだった。

 

「……」

 

 ドアの外にいたテディは、周りを確認していた。

 監視用でんでん虫はいない。問題は、中にいるユイだ。

 革命軍との繋がりを調べるには、ショカン本人の部屋を調べるしかない。本人さえいなければ、罠、監視用でんでん虫がいたとしても、調べることはできる。

 問題があるとすれば、時間だ。

 バスターコール紛いの砲撃許可が降りた今、やめさせるには艦隊の集結前。残り時間は短い。

 

 ユイに気づかれないように眠らせることは容易だが、もしユイが最悪な予想通り、革命軍の一員で連絡係だった場合、見逃すことは許されない。

 もう少し、様子を見ようと見聞録の覇気で探れば、感じた気配。

 

「――ッ」

 

 反射的に体を逸らせ、数瞬できた隙間に腕を差し込めば、強い衝撃。

 直接当たっていないのに、揺れる視界。

 

「――」

 

 久々に見た笑みは、腹に加わった衝撃で一瞬で離れていく。

 

「カハッ……!!」

 

 けたたましい音が周りから響く。

 気づかれていたとか、いつからとか、そんなことより、回避。

 ひとつ決めれば、目、耳から一気に情報が入ってくる。

 踏み込む直前。

 右腕の拳を、転がりながら回避し、距離を取る。

 

「……本当は最初の一撃で頭を潰す気、だったんだがなぁ」

 

 ふぅ……と息をつき、テディを見つめる。

 テディが強引な手段を取った理由は、なんとなくわかっていた。そもそも、自分の居場所がバレた時点で、想定される事態ではある。

 少しばかり、隠蔽に手を借りた友人を思い出したが、あのふたりがそのへんの海兵に丸め込まれるとは思えない。心配も、それこそありえない。

 

「強くなったな。テディ」

 

 先程まで肩で息をしていたくせに、今はその様子すらない。

 相変わらず、仕事と割り切れば、体の全てを管理できるらしい。やはり、生命帰還なんて覚えさせるべきじゃなかったか。

 その内、任務のために、死んでる状態でも心臓を動かすゾンビになりそうだ。

 

「昔話ってガラでもないか。取引も、応じないよな」

「今作戦は、貴方を内々に抹殺するための処置だ」

「妻や子は何も知らない。俺の命を差し出すから、妻子は助けてくれ」

「……わかった」

 

 よくある会話。

 よくある取引。

 ターゲットはその場で自害、妻子は約束通り逃がされる。

 

「――んなわけねェーよなァ?」

 

 わけもなく、その後、殺される。

 CP9なら当たり前に想像できる、くだらない取引。

 

「なら、死合うしかねェなァッ!!」

 

 一撃一撃が空間を振動させる重い一撃。

 白ひげとも正面から戦えると言われるだけの、諜報部お抱えの化け物だ。

 とにかく、いなして隙を窺う他ない。

 

「正直に言うと、お前とルッチとは、一度本気で殺しあってみたかったんだ」

 

 鋭い蹴りが目の前を掠める。

 これで泳げなくなるのを嫌って悪魔の実を食べていないのだから、政府もできるだけ悪魔の実を回したくないのもわかる。

 もし食べて、裏切られたなら、それはもう手が付けられない。

 

「ヒュ――ッ」

 

 直撃していないにしても、衝撃が全身を蝕んでいく。

 最初の一撃で、内臓がいくつかやられた。骨は致命的ではないが、ヒビは入っているかもしれない。

 直撃コースの拳を弾こうと手を向ければ、握っていた拳は開かれ、腕をつかまれる。

 気がついた時には、既に遅かった。

 

「ニッ」

 

 心臓、肺に拳が当たるのは確定だ。

 鉄塊なんて意味をなさない。

 

 なら、諦めるしかない。

 

 代わりに叩きつけた拳は、硬いものに当たった。

 ショカンには、届いていない。

 あと一歩。

 突き抜けていった衝撃に、這い上がる血。

 

 

 腕を離せば、力なく床に倒れるテディの体。

 

「は……っ……」

 

 微かに血に溺れる呼吸が聞こえる。

 人の体を貫くことはできる。だが、あまりすることはなかった。ただの好みの問題でもあるし、体はそのまま残っていたほうが諜報部として良いことも多かった。それだけだ。

 そのせいか、本気での戦いほど、相手の体はそのままになるが、あれを食らって生きているだけ、やはり強くなった。普通なら死んでる。

 

「このままでも死ぬだろうが……」

 

 ドアの向こうのユイは一部始終を聞いていた。

 まさか、ここにいるのが、憧れのお姉ちゃんなどと知りたくはないだろう。

 首と胴体を切り離して、首は処理しておけば、海賊だとでも言い張れる。

 

 足元で小さく鳴る、砕けた緑色の石。

 

「最後の一発はギリギリだったな……」

 

 あと少し速ければ、このお守りがなければ、あの拳は届いていた。

 もし、あの拳が当たっていれば、一撃が決定打にはならなかったはずだ。

 テディの体を起こして、首に手をやる。

 

「あぁ、楽しかったぜ。最高に」

 

 弟子に別れを告げて、力をいれようとしたその時、首が前に傾き、体が震えた。

 辛うじて動く目で、後ろを見れば、紫色の蝶。

 

「――――」

 

 あぁ、そうだ。当たり前じゃないか。

 人形と呼ばれる任務以外を知らない少女が、CPのかけがえのない戦力になるなら、

 政府は()()()()()()()

 

 だが、脊髄を切られては、さすがに動けない。

 

「……ほん、と、つよ、なっ、たな」

 

 動かない体は、テディに寄りかかる。

 

「お、ぇ、やさ、し、すぎ、ぇ、むいて、ね、のに」

 

 孤児として連れてこられたあの時から、すぐに死ぬと思っていたのに。

 歪んで、おかげで生き残って。

 

 

「ごめ、な」

 



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41話 壊れた人形

 小さく紡がれた謝罪は、誰に向けてだっただろうか。

 妻か、娘か。

 あぁ、気にしてはいけない。

 そんな余裕はない。

 

 ショカンの体はずり落ち、体を確認する。

 動く。

 ギリギリではあるが、動きはする。

 この状況だ。あとのふたりは生きていないだろう。

 なら、外部に報告しないと。

 

 ドアの開く音に目を向ければ、立っている女。

 ショカンの妻だ。

 

「アナ、タ……?」

 

 ちょうどいい。どうせ処理しなければいけない。

 心臓部の蝶を戻し、足に力をいれる。

 

「貴方が、殺したの……? 許さない……!! 許さない!!!」

 

 台所に置かれていた包丁を構えて、こちらに走ってくる。

 叫んでいる声が、どこか遠くに聞こえた。

 足を伸ばして、右足を前に。

 武装色の覇気を右手に纏って、包丁を奪い取る。

 息をのんだ相手の首を、奪い取った包丁で、切り裂く。

 

 一連の作業を終えて、倒れた女の目から完全に光が消えるのを確認。

 

 最後は一人。

 包丁についた血を軽く弾き、壊れたドアへ目をやる。

 

 どうやら、最初にショカンが一歩遅かったのは、開けられないようにドアを壊したかららしい。

 こちらから開けるのは、壊すしかないだろう。

 

 外れかけているドアの一部を壊せば、ゆっくりと開いたドア。

 その向こうには、ひどく怯えた顔の少女。

 

「おねえ、ちゃん……?」

 

 震えた声。

 前はどうやって接していたっけ。

 わからない。

 笑えばいいのだろうか。

 

「泣いてるの……?」

 

 戸惑った声。

 わからない。

 何を言っているのか。

 何をすれば――

 違う。

 少女を処理する。

 そして、島の外で待つCPに報告。

 

 それだけ。

 

 それだけ。

 

 少女の首に包丁を突き立てる。

 

 ただ、右腕を前に。

 

「……やっぱり、ダメだ」

 

 微笑む少女。

 

「お姉ちゃんのこと、きらいに、なれないや」

 

 何もかもが軋むように音を立てる。

 

「わかんないけど、お姉ちゃん、私のこと、殺すんだよね?」

 

 涙でいっぱいにした目で笑う少女。

 

「大好きだよ」

 

 何かが音を立てた。

 

「おねぇ、ちゃん?」

 

 落ちた包丁を見つめるユイは、驚いたように私を見た。

 

「いやだ……ごめんなさい……ごめん、なさい……いや、だよ……」

 

 膝をついた私に、ユイは抱きついてきた。

 背中に触れる温かさに、しばらく何も考えられずにいた。

 

 ユイだけでも、どこかに逃がせないだろうか。

 方法は、わからない。CPは、娘の存在を知っているのだから、ずっと追いかける。死ぬまで、ずっと。

 だから、師匠が死んでまで、守ろうとした人たちを、結局私が壊した。

 師匠ですら、完遂できずに、本当に死んで――

 ()()()()()()()……?

 

「お姉ちゃん、大丈夫? お医者さん、行かないと」

 

 ユイの問いかけに首を横に振る。

 

「でも……」

「約束、する。ユイを、殺させない」

「……お姉ちゃん?」

「だから、一緒に、来て」

 

 このぬくもりを、師匠が守ろうとした小さな命を、せめて、壊したく、壊させない。

 

 

 

 ここから先、やることは四つ。

 

 ひとつ、ユイを安全な海、東の海へと逃がす。

 犯罪の温床になっている場所は存在するが、いくつかのポイントを避ければ、他の海よりは安全だ。

 いくつか孤児を引き受けてくれる、安全な孤児院を知っている。

 

 ふたつ、ユイの存在を書類から抹消する。

 ショカンが実は死んでいなかった。これはCP9にとって、とてつもない失態だ。

 故に、スパンダムもスパンダインもできうる限りの口止めを行なった。

 上層部への報告はせず、内部で片付ける気だ。

 だからこそ、古代兵器の調査に潜り込んでいたルッチを呼び戻すなんてことをしたのだろう。

 ショカンを倒すための戦力が欲しいなら、それこそ海軍本部へ応援を要請したほうが確実だ。

 今回の作戦に参加している数名にも、偽りの情報もしくは今後処理の予定がすでに立てられている。あのふたりについても、遅かれ早かれ同じことになっていた。

 

 つまり、ユイの資料はCP9の中にしか存在しない。それを全て破壊すれば、個人的にスパンダムたちが追うことはできても、不確定要素の多いユイを世界政府が危険視して狙うことはない。

 スパンダムたちも、執拗に狙えば上層部から失態を探られかねないため、大きくは動かないはずだ。

 

 みっつ、ユイがこの先、頼れる人を見つける。

 あの子の生き方をこれ以上、私が邪魔することはしない。

 けど、本来頼れるべきものを奪ってしまったから。

 何もない少女が、ひとりで生きるには、この海はあまりにも荒々しすぎる。

 心当たりは、ふたりしかいない。

 

 そして最後、私が死ぬこと。

 すべての任務が完遂後、世界政府から確実に追われ続ける私は、死ななければいけない。

 ただの裏切り者として。

 決して、師匠やユイの存在を悟られずに。

 

「お姉ちゃん?」

 

 のぞき込むユイの頭をなでる。

 できるできないの話ではない。やる。それ以外にない。

 いつだって同じだった。

 

「ごめん。私は、少し行く場所があるんだ」

「じゃあ、私も」

 

 首を横に振る。

 

「待ってて。必ず戻るから」

 

 ユイは、あの島からいくつか離れた別の島にいてもらう。

 子供だけで、偉大なる航路を渡ろうとするなら、今の状況では革命軍を疑われる。待たせるのが吉だろう。

 

「……うん。待ってるから、帰ってきてね」

 

 



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42話 逃走劇

 手元で少しづつ大きくなる炎。

 ゆっくりと息を吹きかければ、新鮮な空気に触れた炎が勢いを増し、紙に燃え広がっていく。

 あと少し。

 見慣れた名前が、黒く塗りつぶされていく。

 文字が全て消えるか消えないかという、その時、燃えていた紙は炎と共に消えた。

 数秒遅れて、棚が崩れる音。

 

「自分の痕跡でも消しに来たのか? 随分と余裕だな」

 

 CP9に蓄えられた極秘資料の山。

 無論、CPに所属しているメンバーについての資料も置かれている。

 たった今、ルッチが一部の資料をまっぷたつにしたが。

 

「ショカン暗殺に失敗。命からがら逃げ出すとはな」

 

 倒れた本棚に足をかけながら、ルッチは暗闇に立つテディを睨む。

 目立つ外傷はほとんどない。だが、服の解れや痕からして、中はボロボロだろう。

 

「らしくねぇな」

 

 会話は、多量の情報を含む。

 言語的な意味だけではなく、繕った呼吸に、相手の呼吸のリズム、意識、隙。

 悟らせたくないならば、口を閉ざせばいい。だが、それはそれで、一種の回答になりえる。

 だから、偽る。

 諜報部であるなら、無言よりも偽りきった方が、得られる情報が多い。

 

「……」

 

 だが、テディは答えなかった。

 命乞いも嘘も、真実もなにも口にしなかった。

 

 いや、できなかった。

 

 立っているのもやっと。

 能力は使えこそしても、無数の蝶になって逃げるほどの体力も集中力も、既にない。

 

 なら、これ以上の会話は無用だ。

 ショカンの暗殺ができているなら、スパンダムに報告している。

 していないということは、失敗したか、していないにしろ、CPを抜ける気であることに違いはない。

 

「そうか。なら、死ね」

 

 今度は建物の壁までも切り裂く嵐脚。

 

「ルッチ! テメェ、ここにどんだけ重要な資料があるかわかって――」

「なら、その重要な情報を頭にいれた女を逃がすか?」

 

 どちらを選ぶかなど、火を見るより明らかで、スパンダムも口を噤む。

 

「あれもこれも、全部あの女の所為にしてやる……!!」

 

 激しくなっていくルッチの攻撃に、自分の身の危険を感じ、捨て台詞を残し逃げていく。

 残されたカクは、随分と行き来のしやすくなった資料室から、ルッチの攻撃を避けながら転がり出てきたテディを見下ろす。

 仲間意識はなくはない。だが、任務であるなら容赦はしない。

 甘えは、この冷たすぎる世界で、ただの命取りだ。

 

 刀がテディに触れるその一瞬、テディはいつものように刀から身を守るのではなく、別の何かから身を守るように腕を構えた。

 半ば反射だった。

 あと数ミリを刀を振り下ろすより、身を引く方を優先させ、重心を下げる。

 

 広がった視界に見えたのは、壁や天井に反射して自分たちへ向かう無数の嵐脚。

 

「な――っ」

 

 あの数はルッチではない。テディだ。

 自爆紛いの無数の嵐脚は、カクとテディを襲う。

 

「うぉ……こりゃ、テディ、逃げる気だな」

 

 ひび割れる壁や天井に、今だにぶつかり続ける嵐脚は、遠からず壁を破壊するだろう。

 嵐脚飛び交う常人なら、五体満足では戻れない場所から、吹き飛ばされてきたカクの頭上に屈む。

 

「なんだ。生きてんのか」

手合わせ(日頃の行い)のおかげじゃな」

 

 ルッチもテディも周りなど気にしない戦い方をしている中に飛び込むのは、ただの自殺行為だ。

 ジャブラもカクも、ため息を共に見守るしかなかった。

 

 ルッチもテディが逃げようとしていることは分かっていた。

 自分への攻撃ではなく、退路確保のための攻撃。

 なら、狙うべき決定的な隙は、確保できたと確信した瞬間。

 

 テディの誘いに乗り、拳を握り込む。

 これで殺せるならそれでよし。殺せないなら、動物系の瞬発力でテディの心臓を切り裂く。

 

 テディの肉が刳れる。だが、致命傷ではない。

 壁に穴があく(退路ができる)

 両者が確信したその時、同時に両者の目が合った。

 

「死ね」

「まだ、ダメ」

 

 互いに口にはしなかった。だが、確かに聞こえた。

 

 壁の穴の前で、ルッチはただ反吐が出るほど澄んでいる空を見つめた。

 

***

 

 予想外の戦闘のおかげで、ユイが待つ島まで戻ることもままならず、海軍本部で膝をついていた。

 この状態で雨でも降っていたら、すぐにでも体力を奪われ、倒れていたことだろう。運が良かった。

 風のないおかげで、船で追うには時間がかかる。単身で向かうにも、海軍本部内部に面倒事を持ち込むのは、スパンダムは避けたいはず。

 一刻も早くユイの元へ戻りたいところだが、それまでに海に落ちては元も子もない。

 

「……」

 

 包帯だけでも拝借するかと、医務室へ目を向ければ、近づいてくる気配。

 反射的に身を潜め、相手の足音を探れば、知っている足音。

 

「テディ……?」

 

 ガープだ。センゴクと共に、ショカンの嘘に気がついていながら、見逃した、その人だ。

 なんてツイてるんだ。

 

「あの子を、助けたいんです」

「あの子?」

 

 この人なら、きっとユイのことを、守ってくれる。

 

「時間が、ない。あなたなら……」

 

 懇願するように腕をつかめば、肩をつかまれた。

 そして、積み上げられた木箱の裏へ押し込まれると、目の前に広がる白い布。

 何事かと顔を上げれば、近くにいた気配。

 

「ガープ中将? こんなところでどうされたのですか?」

 

 不思議そうな声をあげる男の声に覚えがあった。CPだ。

 

「あ? なんじゃ。別になんでもいいじゃろ」

「そ、それはそうですが……中将がこのような人気のない場所におられるのは、珍しいように感じ」

「わしの勝手じゃろ。あー夜のパトロールじゃ。パトロール。海軍本部に不届きものが紛れ込んでいるかもしれんしの」

 

 鼻ほじってそう、なんてくだらないことを考えながら、気配を殺していれば、もうひとつの気配が笑いながら会話に入ってきた。

 

「そんなこと言って、また正義の羽織、風に飛ばされたんでしょう? 見つかりました?」

「飛ばされ取らんわ。ほれ」

 

 そういって、剥ぎ取られた正義の羽織を見せつけるガープに、ボガードは「よかったですね」と笑い、CPも分が悪いと悟ったのか、そそくさと離れていった。

 

「……中将。その誤魔化し方、いい加減変えませんか?」

「うるさいわい!

 ……それより、テディ。お前、CP抜けたのか?」

「はい」

 

 素直に答えれば、ガープもボガードも驚いたように目を見開くものの、すぐに表情を緩める。

 

「本当にその怪我で行くんですか?」

 

 手当てをしてくれたボガードですら、できればムリにでも止めたいほどの怪我。

 

「私の手当はあくまで応急処置程度で、本来なら軍医に診てもらうべき傷――」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。これだけしてもらえれば、動けます」

 

 動物系能力者は、身体能力もだが、しぶとさも人を超える。

 それこそ、覚醒していれば、ほぼ死んでいる状態でも数分で復活できるほどだ。だが、テディは覚醒はしていないため、そこまでの回復力は持ち合わせていないが、それでも人より回復力はあるし、生命帰還で多少の無茶が効く。

 

「ガープ中将」

「ワシは間違ったことをしたつもりはないぞ」

 

 それは、断固としたものだった。

 ショカンの事は、絶対に口を割らないという。

 

「……これ以上は言わん。お前さんが、そんな顔しとるんじゃ」

 

 どうして奴の幸せを奪ったと、説教する気にもならなかった。

 彼女は、奴の平凡な幸せを奪ったことを、誰よりも、後悔している。なら、言えるはずがなかった。

 



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43話 再会

 ユイを連れ、ショカンを確実に殺すための包囲網のひとつである島にいた。

 包囲網の中で最も大きく、人も船の行き来も多い。

 人が隠れるのにはよい場所だ。それは、向こうもよくわかっている。

 だが、ここにルッチたちは来ない。絶対に。

 

「お姉ちゃん? 大丈夫?」

「大丈夫。でも、少しだけ待って」

 

 無茶をした自覚はある。せっかくしてもらった応急処置すら、意味を成していない。

 とにかく、まずは包囲網を抜ける。

 それから、グランドラインを抜けて、東の海に向かう。

 ひとりでなら容易いが、ユイを連れていくことを考えると、遠すぎる道だ。

 

 だが、まだショカンの死亡が確認されていない。これが、今の一番の武器だ。

 スパンダムからすれば、ショカンがやってくる可能性だって考えられる。

 スパンダムならば、保身を第一にして、ルッチたちを傍に置いておくだろう。

 姿を眩ませるなら、今だけ。

 

「……」

 

 動こうとすれば、痛みが走る。

 ゆっくりと呼吸を整えれば、ふと感じた気配に、ユイを背中へやる。

 

「誰かと思えば、CPの小娘か」

 

 見覚えのある義手の右腕。

 よりにもよって、この男か。

 

「ゼファー」

「今はZだ」

 

 海軍にとっても、世界政府にとっても、要注意人物である、元海軍大将。現海賊。

 ついでに、海軍大将時代、歴代海軍大将の中でも、特にCPを嫌った人物でもある。

 任務で衝突は多かったと聞く。

 

「……」

「……」

 

 敵か、それとも見逃されるか。

 互いに見定めていると、ふと目の前に現れた小さな頭。

 

「――っ」

 

 慌ててユイを下がらせようと、手を伸ばせば、Zは笑った。

 

「お前が戦うのか?」

「貴方がお姉ちゃんを傷つけるな、ら……!」

 

 多少手荒でも、腕の中に抱え込めば、Zは呆れたようにため息をついた。

 

「取って食おうってわけじゃねぇ。お前の姉ちゃんとやらとは、知らねェ仲じゃねェ。

 なぁ?」

 

 その目が「話を聞け」と、言っていた。

 敵、というわけではないらしい。

 

「そう、なの?」

「……言葉にすると、少し、難しい」

 

 向こうも複雑な経緯を持つし、こちらも面倒な状況だ。

 だが、Zは気にせず話を進める。

 

「状況はわからねぇが、お前たちが今欲しいものは想像がつく。

 足とそいつの治療だろ」

 

 さすがに、海軍大将であった男。的確だ。

 

「なら、交換条件だ。俺は、とあるブツが隠されてる場所を知りたい。

 お前なら、その場所を知ってるはずだ」

 

 ユイの耳を塞げば、Zもわかっていたように、続ける。

 

「ダイナ岩の研究所だ」

「あぁ……それなら」

 

 場所は知っている。

 

「交渉成立だな」

 



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44話 師匠故に

「なぁ、ゼファー」

「会議は終わったらとっとと帰れ。CP9」

「連れねェな……ちょっとした人生相談だろ。ゼファー先生♥」

「テメェの先生になったつもりはねェ」

 

 むしろ、CPにとって、七式や諜報のいろはを教えるこいつは、武の師匠みたいなものだ。

 しかし、ショカンは、俺の言葉など無視し、壁に寄りかかりながらため息混じりに話し始めた。

 

「CPに有望な新人が入った。しかも、ふたり」

「めでたいな」

 

 正直、嬉しくもなんともない。

 CP9は、一般人だろうが、政府が悪と決めれば殺す。有無を言わさずに。

 正義なんてあったものじゃない。

 

「ひとりはいい。だが、ひとりが絶望的にCPに合わねぇ性格してる」

「仲間意識が高いか? 目立ちたがり屋か? 正義感が強いか」

「仲間意識。優しすぎる。誰に対しても」

「あぁ、そりゃ、合わねぇな」

 

 適材適所ってものは確かに存在する。

 戦う能力が高くても、性格が戦いに向いていないことだってある。そういう奴に無理に戦わせれば、壊れるのが早いか、歪むのが早いか。

 CPはその性質上、能力もだが性格は重要だ。だからこそ、幼い時から”政府が正義”だと擦り込むのだから。

 ショカンの言う、そいつが本当に優しいのなら、CPには向いていない。

 心が壊れるのが先か、任務に失敗して死ぬのが先か。

 

「なら、海軍にいれろ。CPの有望なガキなら、まだ海軍の訓練生より小せぇだろ」

 

 CPから海軍なら、政府も目をつむるだろう。

 

「ムリだ」

「そんなに人手不足なのか?」

「言っただろ。有望なんだよ。あいつは」

 

 意味がわからなかった。

 CPは、仲間に関してドライだ。任務が最優先。仲間や周りの命など二の次のはず。

 

「殺しの才能がありすぎた。あいつは、自分で自分を殺す術を覚えちまったらしい」

 

 だから、政府の人形として、動き続ける。

 自分の意思も理解しないまま。ただ命じられるままに、動き続ける。

 

「どうすればいいと思うよ? ゼファー先生」

「テメェは、どうしたいんだ」

「正直な話か?」

「嘘ついたら殴るからな」

「それはそれでいいがな……まぁ、そうだな。本気で、アイツと一度死合ってみたいな」

 

 戦闘狂らしい発言だ。だが、それがショカンらしい。

 どこまで行っても、最後に残っているのは、強者との戦いだ。CPにだって、白ひげと戦える可能性があるというだけで入ったのだから。

 

「あとはま、なんとなくだな!」

「はぁ?」

 

 あの時、ショカンの理由はよくわからなかった。

 だが、それを見てようやく理解できた。

 呼吸も心臓の拍動でさえ、任務だからと、理由なく動かしているような少女の姿に、なんとなくに思ってしまう。

 もし、この少女が意思を持った時、どんな顔をするのか。

 ただの素朴な疑問だ。理由なんて”なんとなく”の一言だ。

 

***

 

「あぁ、いい顔になったじゃねぇか」

 

 あいつは、その顔を見れたのだろうか。

 きっと、見れてはない。

 いや、だからこそ、だろうか。

 

 最期の最期に、ようやく師匠らしいことをしたのだから。

 

「先生。彼女の情報は信じられるものなんですか?」

 

 アインが怪訝そうに、歩いていくテディたちを見つめる。

 CPというだけで、信じられないことは理解できる。事実、あのふたりが実は俺たちを殺すために派遣されてきたCPの人間だといわれても、「そうか」の一言で済ませられる。

 実際に、教えられた場所に向かったら、海軍が大勢待ち構えてるなんて、想像に容易い。

 

 あぁ、あいつが言ったから、あの目を見たから、信じるわけじゃない。

 

「あぁ」

 

 俺にも俺の正義がある。

 やらなきゃならないことがある。

 

 不安そうに俺を見つめる、教え子たち。

 

 全く、お前はいつだって気楽なもんだな。

 最終的に、一番楽しんだんじゃねェか?

 でもま、お互い様だな。

 ショカン。



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45話 首飾り

 ゼファーとの取引もあり、ユイを東の海の孤児院へ預けることができた。

 CPも、さすがにエヌエスロビーの騒動のおかげで、すぐには捜索ができなかったのか、傷を完全に癒すこともできた。

 

「お姉ちゃん? また出かけるの?」

 

 傷が癒えてからすぐに、私は孤児院から離れた。

 各地に存在する、世界政府へ情報を流している人間を全員把握しているわけではない。

 ならば、ここに長居することも、ユイと一緒にいることも、ユイを危険にさらす行為になる。

 

「あぁ」

 

 最初こそ、ユイは手を放してくれなかった。

 普通なら両親を殺した人間を大切にするような行為はしないだろう。

 まだ私のことが好きだといった、ユイの言葉は、正直理解できない。

 今まで相手にしてきた人間は、大切な人間を殺されれば、その相手を恨むし、呪った。それに漬け込むのも、私たちの任務だった。

 

「……」

 

 また腕を掴まれる。

 ユイのように、好きだという人間は、見たことがない。

 だけど、幸せを奪ったのなら、せめて、この子が私のせいで壊されないように。

 

「一緒に行っちゃダメなの?」

「ダメだ」

 

 少しだけ不貞腐れた表情をするユイ。

 海は危ないと、ここのシスターも子供たちに言い聞かせているおかげで、ユイも無理を言うことも少なくなってきた。

 

「ちゃんと、帰ってくるよね?」

 

 それは、約束できなかった。

 何が起こるかわからないのが海だし、なにより私が裏切ったのは世界政府だ。

 適当な罪状で、賞金首として海軍から狙われる可能性だってある。

 そうなれば、本格的にこの島に戻ってくることが危険になる。

 

 だが、それを正直に言えば、ユイが怒ることも予想できた。

 

「約束、できない?」

「……ごめん」

 

 どうやらバレたらしい。

 

「でも、約束」

 

 座って。と、ジェスチャーされ、ユイの前に屈めば、首にかけられるなにか。

 視線を降ろせば、紫色の石のついたシンプルな首飾り。

 

「これって……」

 

 確か、お守りだ。

 

「お守りだよ。お姉ちゃんの、作ったんだ」

 

 師匠が海に出るたびに、貸してると言っていたお守り。

 そういえば、任務の最中、私のものを作ると言っていた。

 さすがに、あの約束を覚えていたところで、実行するとは思っていなかったが。

 

「お姉ちゃんが無事、帰ってこられますように」

 

 祈り込めるユイは、そっと手を離すと、抱き着いてきた。

 

「約束。約束だよ」

「……あぁ、ありがとう」

 

 大事な人へ渡すお守りと祈り。

 少しだけ、呼吸が苦しくなる。

 

 この感覚、覚えがある。

 

 どこで、だっけ?

 

 わからない。

 わからないなぁ。







お久しぶりです。

とりあえず、過去編終了!
次回から、元の時間軸に戻ります。


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46話 願うしかないな

「はァ? クザン大将がそこにいるゥ? どういうことだ? テメェ」

「知りません」

 

 スパンダインが睨んでくるのは正しい。

 実際、私が頼んで向かってもらった。正直、断られるかと思っていたが、

 

『たまには、まぁ、ガキのワガママに付き合うのもありだろ』

 

 なんて、意外にもあっさりと承諾し、青チャリに跨った。

 

『でもよ、ワガママっていうなら、命は賭けるなよ』

 

 そう言い残すと、クザンは青チャリのペダルを漕いで行った。

 

「……まぁいい。作戦についてだが、これを使う」

 

 渡されたのは、”ダイナ岩”。

 古代兵器にも匹敵する爆弾。

 

「ポイント付近には、海底火山地帯がある。調査の結果、そのマグマのおかげで温められた大空洞も存在するらしい」

「ノックアップストリームですか」

 

 空島へ行くためのルートのひとつ。ノックアップストリーム。

 普通の船では、遭遇すれば沈没は免れない。もし、遭遇しなくても、空への海流は一時的にその付近の海流を乱す。

 まともな航海士なら、起こりそうな地形と気候が揃えば、避けるのが一般的だ。

 だが、そんな稀で危険で自然現象を、娯楽のように、自分の見たいタイミングで見るような、そんな横暴、したがるのは極一部。

 頭を抱えた上層部も多かっただろう。センゴクもそのひとりのはずだ。

 

「話が早くて助かる。お前がやるのは、指定のポイントにこのダイナ岩をセットして、起動後させることだ。ダイナ岩の起動には、空気が不可欠。シャボンで必ずコーティングする必要がある。いいな?」

 

 それは、つまり死ねということだ。

 シャボンでそんな高速移動はできない上、周りは海。

 例え、ダイナ岩の衝撃に体そのものが耐えられたところで、シャボンは耐え切れず割れ、海水に飲まれ、能力者の私は、そのまま沈み、水圧で潰れる。

 

 ポイントに単独でシャボンでたどり着けば、海底火山以外、何もない場所。

 でんでん虫ひとつ渡されず、見聞色で潜水艇のいた辺りを探るもののの、すっかり見当たらない。

 政府を裏切って、最後はムチャクチャな天竜人の命令の為に使い潰す。よくあることだ。

 むしろ、取引に応じているだけマシだろう。

 

 海軍元帥と大将、中将の前で取引を交わした。これで大きな理由もなしに、ユイを殺せば、スパンダインの信用は無くなる。戦闘力でCP0に入った訳ではない人間にとって、それは痛手になる。

 だから、殺せない。

 

 クザンもバカじゃない。今回、私が死んだ後もユイを誰か信用のおける人間に預けるだろう。

 そうすれば、ユイはひどい目に合わない。

 まともな人生は、私が奪った。あの子の大切だった父も母も。友人だって。

 一緒にいると言ってくれた、あの子のものを奪って。

 

「……ユイのためって言いながら、全部奪ってるのは、私だよ。クザン」

 

 殺せないと、手を止めたあの時から。

 生きて欲しいと願っているのに、生きること以外は全て私が奪って。

 でも、これでユイは解放される。

 私にできる、あの子を逃げすための作戦が、ようやく完遂できる。

 

 師匠の死で完遂したはずの作戦は、偽装だったとバレた。

 そして、諸共殺されて。

 だから、今度は、本当の死で完遂する。

 

 これは、ワガママだ。

 だけど、これは私が私に課した任務。

 

『死は怖くねぇ。それが戦いなら本望だし、任務ってんなら自分一人の問題じゃねぇ。たまたま、自分の立ち位置がそこだったってだけだ』

 

 そう。だから、ここで私は終わる必要がある。

 

『ユイも、クザンもセンゴクだって、死ぬなって言ってるのに、か』

 

「これしかわからないんだよ。師匠の残した、この方法しか……」

 

『なら――』

 

 爆発音と衝撃と共に、シャボンが割れ、大きな水流に意識も一瞬で飲まれた。

 

***

 

 海上では、大きな空に向かう海流が起きていた。

 それに飛び上がって喜ぶ船に、恐怖で怯え見上げる船、様々な船がいる中、ユイはその海流を見続けていた。

 あの時と同じように。

 

「現物見るのは始めただが、はぁ……こりゃ、確認するまでもないだろ」

 

 これで生きていたら、化け物か、相当運がいいやつだ。

 

 海流の収まった海は、先ほどとは打って変わり、それは穏やかなものだ。

 

「ま、約束だからな。そいつは返すよ。とっとと連れて帰れ」

 

 クザンもユイを抱え上げると、海上に残していた青チャリに乗せ、船から離れた。

 

「クザンさん!!」

 

 数回も漕がない内に、後ろから背中を引かれる。

 強さや揺れからしても、また自転車の後ろで立ち上がったのだろう。

 さすがは、ショカンの子供かと体制を立て直す。

 

「お姉ちゃんのこと、探しに行かなきゃ! 私ひとりでも――」

「落ち着きなさいな。俺もユイちゃんのこと任されてる身だからな、一緒に……いや、いいか。

 大丈夫。俺もユイと同じ気持ちだ」

 

 すでに、近くの島を目指している。

 ノックアップストリームに巻き込まれたのだ。見つけられても、酷い有様かもしれない。

 それこそ、子供には見せられないような。

 だが、それを聞くというのは、野暮だ。

 ユイの目は、それもしっかり覚悟している目だ。

 



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最終回 もう必要ないな

 どこで見つかるか。

 いつ、見つかるか。

 

 この海域は、島が密集しているわけではない。

 髪の毛一本でも、流れ着いていれば運がいい。

 

 アレほど嫌いで、イヤな訓練だったが、

 この重すぎるペダルを漕ぐのには、必要だったのだろう。

 

 ないものを証明するのは難しい。

 ユイは、どうやっていなくなったことを証明するのか。

 いっそ、目の前に、ムシムシの実が現れれば、証明になるが。

 

「……」

 

 意外にも、それはあっさりと証明された。

 浜辺に打ち上げられた、紫の髪の女。

 まごうことなき、テディだ。

 

***

 

 ふわりふわりと、漂う感覚。

 

 ある日から、その感覚に触れることはできなくなった。

 だから、これは夢だ。

 海底に辿り着くまでの、短い夢。

 

 ふと、開けた視界に映った大切な少女は、見たこともない表情をしていた。

 

「――お姉ちゃん……!!」

 

 鼓膜が震えて拾った音。

 

 理解より先に、体が動いていた。

 

「ユイ……!」

 

 気が付けば、その小さな体を、抱きしめていた。

 

 感じる鼓動が、温度が、ユイが生きていることを伝える。

 

「よかった……生きてる……」

 

 少しだけ戸惑いつつも、ユイの小さな手が背中に触れた。

 

***

 

 天竜人は、ノックアップストリームを間近で見れて満足したらしい。

 おかげで、CP0との約束は果たされ、ユイに関しては、その出生については闇に葬られ、テディもCPから追われることはなくなった。

 

 本当に驚くことばかりだ。

 浜辺に体がそのまま打ちあがっていたこともそうだが、息があることもだった。

 

 すぐに医者へ見せれば、動物系能力者特有の生命力なのか、生命帰還拾得者だからか、瞬く間に回復した。

 意識こそ、海軍本部の医務室に運び込むまで戻らなかったが、体だけは危篤状態から脱していた。

 

 医者が唯一気にしたのは、固く閉じ、開くことのない右手だけ。

 最初こそ、俺もなにかと開こうとしたが、指から漏れ出ていた紐に覚えがあった。

 ユイからもらったという、お守りだ。

 

 意識が無くても、離したくないと、そう思える存在だというのに、なんで離れようとするのかね。お前さんは。

 

 目が覚めたなら、今度こそ、しがらみなんてない。

 素直になってほしいものだ。

 

 だから、目が覚めた直後、心底嬉しそうに泣きそうな顔でユイを抱きしめた時は、あのユイですら少し戸惑っていた。

 素直じゃ無さ過ぎて、いや、自分の心を理解していなかった人形が、気持ちを言葉にするなんて。

 

「ま、それは置いといて、だ。

 テディちゃん? お前さん、ついさっき意識取り戻したばっかってわかってる?」

 

 ユイが少し席を外した途端、病室がもぬけの殻になるって、どういうことだ。

 隠れる気はなかったのか、見聞色の覇気ですぐに見つけられたが。

 

「またどっかに消えようとしてないだろうな?」

「……それがとても困ってるんです」

 

 またこいつは、拗らせて――

 

「今は、ユイとずっと一緒にいたくて。なんていうか、死にかけたからか、清々しいというか」

「……」

 

 表情は、相変わらず豊かとはいえない。

 

「あの時、ユイが離れて行ってしまうみたいで、怖かったんです」

 

 だが、確かに、変わった。

 

「……そうか」

 

 怖い、か。

 自分の気持ちを殺して、命すらくだらないことに捨てようとした少女(にんぎょう)が。

 

「帰るか。”テディ”」

 



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あとがき
あとがき


 無事完結です!

 

 『テディベアの傍らに』

 長い、文章的にも、期間的にも……!!

 

 一時は本気で終わる気がしなかった!

 

 最初の投稿が2018年って……!

 終わりが、2020年!

 平成から令和に変わってるし、リアルでも学生から社会人になってるし!

 なんていうか、仕事してると、マジで書く時間なくなるなぁ……って思いました。本当に。

 

 というわけで、少女の成長物語でした。

 

 このあと、エヌエスロビー編とかで、バスタコールかかった直後に、ルッチたちを助けに行くとか、インペルダウン編で黒ひげの動向を監視して、脱獄の妨害をするとかも、頭に構想はありますが、書ける保証がないのでひとまずここで区切りということで。

 

 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

 この先は、今回のオリキャラたちの紹介を。

 

テディ

 今作主人公。

 名のある賞金首の子供であり、海軍に親が殺された際に生まれたばかりのテディは、世界政府に引き取られた。

 親譲りか、教育の賜物か、その両方か、冷淡さはあるが、仲間と思えば甘い性格のため、CP9のメンバーとかユイと絡ませた時と海軍の人と絡ませた時の反応の違いとか、書いてて楽しい。

 個人的には、CPとの絡みが楽しかった。海軍側には、あまり見せない雑なところとか。

 ユイのことを考えている時のテディは、親ってよりも初恋感……

 色々、メンタルと行動が解離するせいで、ボロボロなこと多いけど、一緒にいるオバケが強すぎた。

 ちなみに、紫がイメージなのは、少しロビンをイメージしてるからです。

 無数の蝶になって消えるイメージは、アリス マッドネス リターンズの死亡シーンをイメージしてます。

 

ユイ

 今作のメンタルオバケ。

 目の前で大好きな両親殺された上で、初恋相手だからって嫌いではなく「好き」と言い張った。

 ホント、ショカンの娘って感じ出せたと思う。

 無邪気なロリを書く気分で、普段は書くけど、テディのメンタルボロボロになり始めると、この子のメンタルオバケ感がひと際引き立つと思った。

 ある意味、主人公メンタルだと思ってる。

 ちなみに、この子の祈り付きお守り持ってると、生存率100%です。

 

ショカン

 今作のキーパーソン

 テディの成長には、最低でも師匠の死はどうしても必要なものだし、絶対にテディに殺させなきゃいけない、一番テディのメンタルも肉体もボロボロにしてる。

 もともと、傭兵のこともあり、子供を作ろうとか、人を気遣うとかはない性格で、とにかく自分が強くなったり、戦うことしか目に入っていなかった。

 けど、テディがいたことで、多少人の心配とかをし始め、恋に落ちて、子供まで作った経緯がある。

 ただのお世話係として面倒を見てるから、若干師匠というか、父親としての感覚でテディを見始めていたりする。

 父親状態のショカンは違いますが、戦闘時のショカンのイメージは、FGOのアサシン先生です。

 白髭のグラグラの実の衝撃も、某司令官のように八極拳で相殺できる。

 

 ちなみに、テディVSショカンですが、

 普通に戦えば、ショカン勝ちます。

 

 しかも、あの時はショカンは、ユイの祈り付きお守り持ってるので、まず勝てなかったです。

 でも、あの戦いに勝った理由は、

 ”あの場にユイがいた”

 ”自分が死ぬ数瞬前に、致命傷を負わせればいい。と割り切っていた”

 ”事故でユイのお守りを砕いた”

 ”お守りを砕くまで、能力者であることを悟らせなかった”

 という条件が、揃っていたからです。

 

 では、あとがきもここまでで。

 

 ここまで読んでいただきありがとうございました。



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