神をその身に宿す者 (N瓦)
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プロローグ

 
 違和感があると指摘されたので書き直しました。訂正版です。
 


 

 

 

 

 

 

 遡ること一年と少々。

 《落第騎士(ワーストワン)》黒鉄一輝、十三歳の冬。

 

 黒鉄家から飛び出し、一年が過ぎようとした時。とある事件が起こり───そして出会った。

 師と敬い、鍛錬を捧げ。いずれ、最愛の女の故郷、その命運を共に背負い立つ事となる最強の男に。

 

 

 これはその、知られざる二人の出会い(プロローグ)

 

 

***

 

 場は、混沌としていた。

 

 銀行の受付カウンターに座り、ニヤついている男。近代兵器という力を振りかざす者。

 或いは、声を潜めて泣き続ける女。抱きしめ合って不安を誤魔化そうとするカップルのような二人。絶望からか、思考を放棄した老人。

 

 一言で状況を説明すると───銀行強盗だ。

 伐刀者(ボス)らしき男一名。銃火器を装備した男女合わせて八名。そして、代表として捕られた人質が二名───母子だ。勿論職員・客も居て、この場に居合わせた総勢は三十五~四十五人程度と言ったところか。

 彼らは一箇所に集められ、少しでも動こうものなら銃火器にて殺される未来は明白。

 

 

(……一体、どうすればいいんだ)

 

 

 その中の一人。この三年後に《七星剣王》に輝く彼───黒鉄一輝ですら、それを前に手詰まりであった。

 

 

 現在(いま)に至る経緯を軽く、説明しよう。

 

 

***

 

 半年ほど前に彼は家を飛び出し、今は独り立ちしていた。故に両親からの手当てなどは無く。加えて、働いていない彼に稼ぎなど無いに等しかった。

 しかし生活が出来ていなかったかといえば、そうではない。親を持たない、或いは親と疎遠となった学生に与えられる奨学金───将来的に返済する必要があるが───を受ければ、義務教育は受けられる。

 

 ───しかし、彼が目指すは"修羅の道"。騎士を志す者として、生半な義務教育のみに()けられる身ではない。

 

 その為に彼が始めたのが道場破りだ。日本全国津々浦々。武器は己の肉体と魂の顕現たる固有霊装(陰鉄)。それのみで、名高い道場という道場の師範を片っ端から斬り伏せてきた。

 

***

 

 そんな埒外の技量と度胸を持つ彼だが───忘れてはならないのは、当時まだ十三歳であったことだ。独り立ちしたとは言え、国から「一人前」と認められた年齢には届いていない。

 彼が持つ判断力や審美眼は大したものだが───

 

「助けて……助けて、お母さん……」

「大丈夫よ…だい───」

「───ぅるせぇ。殺すぞ」

 

 この状況を打破するには至らない。

 

 例え微々たるものだとしても、安心を求めて抱き合う人質の母子。そこへ突き刺さる強盗犯の冷たい声は、部屋の気温を数度下げたように思えた。

 

 偶々銀行に生活費を引き落としにやってくれば、運悪く引き起こった強盗事件。それだけだったなら、或いは一輝なら単独で解決できたやも知れぬ。

 しかしそれは、相手の実力のみを考慮した試算に過ぎず。

 実際には抵抗因子を削ぎ落とすための母子と、それらの存在自体が人質となる職員と客がいる。こうあっては、易々と手は出せまい。

 

 ───まさに強盗犯の想定通りだというわけだ。

 

 人は終わらない恐怖に怯え、彼ら(強盗犯)に対抗し得る伐刀者である一輝ですら、焦燥感に駆られ。

 これは警察や特殊部隊が突入してくる迄続くのか。或いは、それよりも早く見せしめとして一人ずつ殺していくのか───。

 

 極限の緊張の中、この場にいる全ての人間の思考は埋め尽くされていった。

 

 

***

 

 何事も転機は唐突。彼らが銀行を強襲して僅か十分弱───この強盗事件の解決もまた、突然やって来た。

 

 シンと静まり返ったこの場に。

 

 

「あ?なんで閉まってんだ?」

 

 

 外から、何者かの声が聞こえてきた。内と外はシャッターで遮られ───強盗している現場を周りから見られないようにする為にシャッターは全て閉めているのだ───、その者の姿を見ることは叶わない。しかし、預けていた金を引き出しに誰かがやって来たのだろう。

 

「ちっ……だがまぁ、サツが来たわけじゃねぇよ。

 ほっとけ」

「分かりました」

 

 シャッターも閉まっている事だ。外の男は営業が終了した勘違いして、いずれ去っていくだろうから放置したところで毒にもなり得ない───強盗グループの頭と見られる男はそう判断したのだが。

 彼の考えを裏切るように、中には危機に陥っている人々がいると確信したのか。

 

「……ん?これ、()()()()()()()

 

 直後───。

 

「……ッッ!」

 

 グジャリ。生きていればまず聞かないような、そんな音と共にシャッターが()()()()()()()()()

 彼が強盗を確信したのは、一重に規格外の聴力によるものだ。すすり泣く声や怯える人質の声が聞こえ───それで尚、閉まっているシャッターに違和感を覚えたのだ。然しながら、力任せに吹き飛ばせば中にいる彼らに被害が及ぶかもしれない。彼はそのような考えに基づいて、シャッターをこじ開けたのだ。

 最も。彼がシャッターを軽々しく引き裂いた光景は、中の者達にとっては理解できないものに見えたのだが。

 

「お、やっぱいるじゃん」

 

 引き裂かれたシャッターの向こう側から出てきたのはニヤリと笑ったスキンヘッド……では無く、どちらかと言うとハゲている男だ。

 

「なっ!?」

「ってめぇ!」

 

 突然現れた男に一輝も驚くそば、武装兵の数人はマシンガンを構えた。

 

(不味い!)

 

 彼らからすると。ハゲ男はことが上手くことが運ぶ中、余裕綽々(しゃくしゃく)と介入してきた危険因子なのだ。加えてどのような手品を使ったか不明だが、シャッターだってこじ開けられてしまった。もう周りから銀行内部が見えてしまうはず。

 であれば、最低限の対応を。つまりは、即座に男を排除しなければなるまい。

 そのプロセスに思考など存在しない。驚きは当然あるものの、反射的に、そして淡々と不安要素を消しにかかるプロの仕事そのものだ。

 

 同時に黒鉄一輝も動き出すが。

 

(間に、合わない!)

 

 《陰鉄》を呼び出した後、発砲を防ぐために斬り伏せなければならないのは数人だ。たった一人男に向けて発砲されるより早く。

 間に合うはずもなかった。せいぜい斬り落とせて二人。しかしやらない理由は何処にも無い。《陰鉄》を顕現させようとしたその瞬間───。

 

「え?……は??」

 

 気づけば、禿げている男は銃を構えた内の一人の前に立っており。

 

 直後。一斉に、八人全員が地に倒れた。まるでコメディのように。

 だがそれは、決して悪ふざけや冗談の類ではなく。

 

「銃を人に向けたらダメだって親から言われなかったか?」

 

 軽口を叩いているこの男こそが、武装兵を一人残らず片付けたのだ───それも、一輝ですら追えない速度で。一輝が一歩踏み出した時には既に、武装兵は誰もが意識を手放していたように見えた。

 常識外の速さに一輝は粟立つものを覚える。彼とて、全国の道場を破ってきた猛者だ。それと裏腹に、そんな一輝をして禿げの男が醸す雰囲気を考えるなら、そこいらの凡百に見えた。発展途上とは言え、超人的な観察眼を持つ彼をして。

 

 当たり前ではあるが、この状況についていける者は一輝を除いて誰一人としていない。強盗集団のボスも含めて、だ。

 彼らからしてみれば、突如外からは声が聞こえ。謎の男が、シャッターを破壊してこの修羅場に乗り込み。まるで止まった時の中を動き回るが如く、一瞬で場の空気を完全に支配したのだ。

 

 ───乗じるなら今しかない。一輝はこの空気を利用する。

 

「来てくれ《陰鉄》ッッ!」

 

 今度こそ強盗グループの長には隙ができた。呆然と立ち尽くす伐刀者(ボス)

との距離を一瞬で詰め、彼が持つ銃の身を一刀のもとで叩き斬り───。返す太刀で、首を落とそうとするも。

 

「ちっ!俺と同じ伐刀者も隠れてたとは───なぁ!」

「っ……(確かに落としたと思ったんだけど…)」

 

 ───()()()がして《陰鉄》が弾き返され、二人の間に少し距離ができた。

 

「おお、どっちもやるな」

 

 ニヤケ顔で感嘆の言葉を漏らす謎の男が乗り込んできてから十秒と経たない内に、全ての部下が使い物にならなくなったのだ。これで計画はご破算に違いない。

 

「どけ、ガキ。剣士じゃ俺を斬れねぇよ」

「……僕はそこらの子供じゃないですよ。貴方を斬って───終わらせる」

「そういう話じゃねぇ。俺の能力は《全身硬化(フルメタル)》っつってな……てめぇに鉄は切れんのか?」

 

 ボスの言葉から察するに、文字通りの全身硬化の能力なのだろう。そう考えれば先程、《陰鉄》が一度弾き返されたのも納得できる。見ると右手首にはブレスレットが光る。恐らくそれが彼の固有霊装だ。

 しかし一輝は舐められたものだ、そう《陰鉄》を構え直そうとするも。

 

「……なぁ。早く終わらせたいから俺にかかってこいよ」

 

 男の明らかな挑発行為は、火に油を注ぐ結果となった。

 

「…………誰のせいでこうなったんだ、ア"ァ!?てめぇが来なけりゃ成功してたんだぞ俺はァ!!」

「いや、それ俺のせいじゃないじゃん。そもそも盗みなんてはたらくなよ」

「死ね、ハゲ───ッッ!!」

「……日本語が通じねぇ奴だな」

 

 怒りに身を委ね、魔力放出により身体能力を向上させた伐刀者は。爆発的な速さでハゲ男に肉薄した。

 迎え撃つ男は構えを取る───が、まるで武道の「ぶ」の字すら知らないような構えだった。素人そのものとしか見えないそれは、隙しかないように見えた。

 だが、只の素人の男がコンマ一秒かからずに武装集団を処理できるかと聞かれれば───断じて、否だ。不可能に決まってる。

 ならば彼も何らかの異能を持った伐刀者なのか。B……可能性によってはAランクの。

 

 強盗の主犯である伐刀者は勢いに任せて、振り上げた腕をそのまま頭に振り落とそうとする。

 不味い───。《陰鉄》の刃を弾くほどの硬度で叩き潰されては、一溜りもない。

 

 人質達の短い悲鳴が掻き消されるほどの轟音が鳴り。

 

 

「え…?」

 

 

 音が鳴った直後、強盗集団の頭と思しき男の姿はそこに無かった。

 

「一体、何が……」

「助かった、の?」

 

 いまいち状況が理解出来ずに困惑する人質だが。つい先程と同じく、一部始終を見逃さなかった男がここにいた。

 その男、黒鉄一輝は静かに。そしてその顔には驚愕ただ一色を浮かべながら───銀行の()()()()()()高い天井を見上げていた。

 

(彼は一体何者なんだ……っ)

 

 二人が交錯する瞬間、ハゲている彼は本当に軽いパンチを繰り出した。喧嘩する時の不良(ヤンキー)の方が、まだ腰が入っている。それ程の、腕だけのパンチだ。

 しかしそれだけで全てが終わった。

 ハゲている男に向けて迫ったはずの強盗グループのボスは、拳が直撃した瞬間。向きを変えて、物凄い速度で天井を破って消えた。

 一輝の前に佇む男には傷すら付いておらず。《全身硬化》など初めから、何の影響もなかったというわけか。

 

 

 いずれ一輝の視線の在処に気づいた人質の一人が騒ぎ立て、客は遂に恐怖から解放されたと知った。

 禿げた男が動き始めて一分と言ったところか。たったそれだけの時間で、全ての絶望をひっくり返し、終結に導いてみせた。

 客は歓喜に溢れ返り。誰も彼もが喜びを分かち合う。拘束されたのがたった十分程度だったとは言え、この緊張は決して生きた心地がするものでは無かっただろう。

 

「はぁ……結局金は下ろせ無さそうだな……」

「あ、あの!」

「ん?」

 

 この騒ぎのあとでは、普段通りの営業は有り得まい。彼は意気消沈しながら引き返すが───一輝は彼を引き留めていた。

 

「貴方のお名前を教えていただけませんか!」

「俺か?俺はサイタマだけど」

 

 そして、続く二言目にて

 

「サイタマさん!僕を弟子にしてくださいッ!!」

「あ、うん。分かった」

 

 

 弟子入りの申し出をしていた。

 

 

 

 

「………え、弟子?」

 

 

 

 

【続く】

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時、一輝はまだ知らないことであったが。彼を知る者からはこう呼ばれていたという。

 

 

 《一撃男(ワンパンマン)》───と。

 

 



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七星剣舞祭 代表選抜戦
落第生の師Ⅰ


 
 スタートはアニメ5話くらい。話の基本的な展開の大枠はリメイク前と同じ(と言うより、原作と同じ)ですが、絡みが増えて、心情描写を増やしたりしました。


 

 

 

 学生騎士を育成する機関の一つ、破軍学園には実に優秀な学生騎士が在籍している。

 その中の三人。特に注目されている───《落第騎士(ワーストワン)》と《紅蓮の皇女》、《深海の魔女(ローレライ)》の目の前には、何とも不思議な光景が広がっていた。

 

「それにしても、気が付いたら人がいっぱい増えてるわね」

「当然です。お兄様に教えを乞わない輩こそ愚者です」

「……そこまで言わなくてもいいんじゃないかな」

 

 総勢四十名と言ったところか。彼らが皆、目を閉じながら片脚立ちをしている。何故、彼らがそのようなことに取り組んでいるかと言うと、それが訓練の一環であるためだ。

 そして一見奇妙にも思えるが、この訓練の意味を疑う者は一人もいない。彼らは、Fランクながら体術と剣技のみで学内選抜戦───八月に控える七星剣舞祭に向けて破軍学園では代表の選抜戦をしている───において無傷の連勝をしている男の指導を受けに来ていたからだ。一部では「お師匠様」などと呼び、敬う者もいる。

 

「あと十秒だよ、みんな頑張って」

 

 当の男、《落第騎士》黒鉄一輝が彼らに声をかける。"目を瞑りながらの片脚立ち"と聞けば簡単に思えるが、意外にも四苦八苦する者は多い。即ち自身の体を正確にコントロール出来ていないという訳だ。

 一輝は設定時間の経過を確認し、休憩するよう伝えた。

 

「うん、一旦終了にしよう。五分くらい休もうか」

 

 休憩の言葉に黒鉄塾受講生(?)の面々は息を吐く。例え疲労がなかろうと、「休憩」の二文字がそうさせるのだろう。

 特訓が一区切りついたところで、彼に の特訓風景に密着取材をしていた同級生の日下部加々美が近寄ってきた。

 

「黒鉄先輩、こんな感じのトレーニング方法って先輩のオリジナルなんですか?」

 

 同級生である彼女が一輝を"先輩"と呼ぶのは、一輝が昨年度、留年したためである。ステラ、珠雫らより一歳年上というわけだ。

 

「うん、そうだね。僕の師匠はこういうことを何も教えてくれなかったし、トレーニング方法はなんて言うか……独特だったから。まぁ、古代中国や日本の武道に関する文献とかを調べて、良いとこ取りした感じかな」

「なるほ……ど?」

 

 相槌を打ちながらも、一輝の発言に違和感を覚えた加々美。サラッと大切なことを言ったような……。

 そんな彼女を置き去りにするように説明を続ける一輝であるが、

 

「この片脚立ちもね───」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよイッキ!!」

「え、何?」

 

 そうは問屋が卸さない。実際に片脚を上げて解説をしようとした一輝に、ステラが物凄い剣幕で迫った。

 

「……何か変なこと言った、かな?」

 

 見ればステラの隣の珠雫も驚愕の色を浮かべ。ならば彼らがそんな表情をするその原因は自分にあるだろう。

 

「イッキ。さっき言ったこと、もう一回言ってみて」

「か、片脚立ちは古代中国において───」

「それよりも前です!」

「珠雫まで…僕の鍛錬の基本は文献を基に組み立てもので……」

 

 ここで先程の発言を思い出した加々美。

 

「───あぁ!黒鉄先輩、さっき『師匠』って言いませんでした!?」

「それよ!」「そうです!」

 

 情報として流れてくるのが一瞬すぎて、何となく聞き流してしまったのの。それは決して聴き逃して良い類の話ではないことは明らかである。

 

 

***

 

 

 一輝の彼女たるステラ、妹である珠雫、そして記者魂全開の加々美は勿論のことながら。黒鉄塾受講生の彼らすらも、一輝の一言で表情が豹変する。その大半は驚いている様子。

 それもそのはずである。剣技において右に並ぶ者はいない《落第騎士》に師匠がいた───

 

「これは特大スクープですよ!!!」

 

 そんな話、吃驚仰天ものだろう。

 加々美がスクープだと騒ぐのも無理は無い。興奮からか、「要チェックや!」と関西弁で一輝に迫っている程だ。

 

「そんなに大騒ぎするほどのことじゃないと思うけど……」

「大騒ぎすることよ!!それに、どうしてそんな大切なことをアタシに教えてくれてなかったの!?」

「貴女なんて二の次です。それよりも、妹である私にこそ、教えてくれなかったのは何故ですか!?」

「あ、あはは。二人に言ってなかったっけ?」

「言ってないもん!」「聞いてません!」

 

 問い詰めるステラと珠雫は、先程から妙に息が合っている。そんな彼女らに対して、当然一輝であっても笑って誤魔化すことはできなかった。

 

「ご、ごめん!本当にステラと珠雫に隠していた訳じゃないんだ!それだけは信じてください!」

 

 隠していたと勘違いされてここまで彼女らを怒らせたならば、これは即謝罪一択だ。こういう状況(とき)の女は強い。……そして、悲しきかな。女の度量にもよるが、大概男が悪いことになる。

 破軍の番記者もまた、そんなスクープを逃す筈もなく。

 

「なんだか黒鉄先輩が二股かけた感じの謝り方ですけども……まぁ、それは置いておいて。先輩のお師匠さんってどんな剣士なんですか?」

 

 加々美の疑問は当然のものだ。

 一輝は、経験から培った最強の特技を持つ。剣という術理の根幹を掌握し、その剣がどこに辿り着くのか──つまり流派の究極奥義の在り方まですべて暴き出し。その上でその剣技を自らのものにするのだ。

 

 ───それが《剣技模倣》。

 

 今の一輝がその師匠から何を盗んだのか。誰もがそれを知りたかった。しかし、一輝からは返ってきたものは全くの的外れの解答であり。

 

「師匠は剣士じゃないよ」

 

 彼の解答は予想の斜め上を行った。

 

「師匠はね、()()()()()()()贔屓目に見ても一流……いや二流ですら無いし、ランクは僕と同じFなんだ」

 

 あの《落第騎士》の師匠であり、さぞ高名な剣豪だと思いきや、それ以前に剣士ですらないと来た。その上伐刀者として三流だと言う。

 そんな一輝の師匠の話を、黒鉄塾受講生も興味津々に聞いている。

 

「え……なら、どうしてイッキはそんなのに弟子入りしたのよ」

 

 誰もが気になった弟子入りの理由は、

 

「───僕と師匠との間に()()()超えることの出来ない壁を感じたから、かな」

 

 剣技では無く、自らと彼とを隔絶する壁。実力の溝だと一輝は言う。

 

 それならば。大剣豪であり、同時に大英雄と呼ばれる《闘神》に弟子入りすれば良かったのではないのか。───そんな疑問を持つも、それは違う。

 一輝は学生の身ではあるが、こと実戦においては文字通り日本トップクラスだ。驚くことに、それは国内リーグのプロを含めた話である。事実、ハンデがあったとは言え、世界ランク元三位の《世界時計》を下している。

 無論実力差はあるものの。剣技のみを切り抜けば、一輝は《闘神》と闘ったとしても大敗には至ることはない。

 一輝もそれを分かっており。彼らと一輝の間に()()()超えられない壁があるかと言われれば───答えはNoだ。

 

 そんな一輝が決して超えられない壁があると言ったのだ。つまりその師匠は、Fランクながら、彼をしてそう言わせるほどの傑物であるという証左に他ならない。

 

「イッキは今でもそう感じるの?」

「……正直、勝つことはかなり厳しいと思うよ。冷静に見て、"本気"の師匠相手に()()()()()()()()……ってところかな」

「なっ───」

 

 実力差が開いた伐刀者同士なら、確かに傷を与えられずに終わる戦いもある。それでも、日本有数の破軍学園において、上から数えた方が早い一輝が僅か一秒しか相対できない。そんな話があると言うのか。

 先程も言ったが、一輝は白兵戦に長けた伐刀者だ。世界ランク現三位の《夜叉姫》を相手取っても、彼が開始一秒でねじ伏せられることは有り得ない。

 

 だが《落第騎士》の師匠はそれが可能なのだと、彼自身が言う。一輝の洞察力は卓越しており、それ故今の言葉の信憑性は極めて高い。

 

「───それは一度戦ってみたいわね」

 

 だからこそ、《紅蓮の皇女》は手合わせを望む。愛する男が師と仰ぐ者が如何程なのか───。

 しかしそれは一輝の口から難色を示される。

 

「えぇと……それは難しいかな」

「え、そうなの?」

「師匠は今日本にいないんだよ」

「だから今まで私達も会えてなかったってことですか?」

「うん。そういうことになるね」

「なるほど……道理で私の情報網に引っかからないわけだ」

 

 逆に自分と会っていたら───例え密会だったとしても───、彼女にはすぐにバレそうだなぁ…と心の中で少し思った。

 

「それではお兄様の師は、お兄様を置いて海外で遊んでいると言うことですか?」

「珠雫の言い方に刺があるけど……師匠が海外にいるのは遊びじゃないよ。うん。遊んでいるわけじゃないんだけども……なんて言うか……」

 

 言い淀む一輝。

 

「はっきり言いなさいよ……今更驚くことがあると思ってるの?もう何も怒らないわよ。イッキだって私達に隠してたって訳じゃないんでしょ?」

 

 そんな彼の背中を押すように、ステラが優しく笑いかける。見れば珠雫も何だかんだで怒ってはいない。彼女達は、一輝が師の存在を本当に隠していたわけでは無かったのだと分かっているのだ。

 

「そう、だね」

 

 ───彼女らの顔を見て一輝は決意して言った。

 

 

 

「師匠はね、()()正義の味方(ヒーロー)をやってるんだ」

 

 

 

 一輝の発言から数秒の静寂の(のち)

 

 

 

 

 

 

 

「「───はぁ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 先程まで一輝にプレッシャーをかけまいと優しい表情をしていた彼女らは、一転。"最高に理解できない"という顔でそう言った。

 

 

「……だから言いたくなかったんだ」

 

 そんな一輝の悲しみに包まれた呟きに反応してくれた者はいなかった。

 

 

【続く】

 




 次は狸に連れていかれるくらいまで飛びます。


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落第生の師Ⅱ

 
 リメイク前とは、ステラの心情描写が違います。全然。
 


 

 

 

 綾辻絢瀬を救うために《剣士殺し》を打ち倒して数日。今日から一週間、学内選抜戦が休止となるのだ。久しぶりに羽根を伸ばせる休日故に、親元に帰る者も少なくない。

 

 黒鉄珠雫もまたその一人であり。

 つい今しがた、一輝とステラ、そして珠雫のルームメイトである有栖院凪の三人が、彼女が乗るモノレールを見送ったところだった。

 

 

***

 

 

 駅を出たステラは、珠雫に言われた一言にプンスカしていた。

 

「ふん。なーにが『淫乱しないでくださいね』……よ。私がそんなにイケない女の子なわけ無いじゃない。一国の皇女なのよ」

「そうね。でも珠雫も心配なのよ、一輝のことが」

「うぅ…それは分かってるけども!」

 

 いつも通り、アリスが正論を言って彼女を宥める。ステラと珠雫のいざこざは、アリスの一言で収まることが多々あるのだ。

 

「あ、一輝、ステラちゃん。私は一旦部屋に帰るけど貴方達はどうするのかしら?」

「僕達も一度寮に戻ろうかな……ん?電話だ」

 

 ステラと共に訓練するにも、一度部屋に戻る必要がある。そう思ってアリスに言うが、そこでちょうど一輝に着信があった。

 生徒手帳を懐から取り出し画面を見るやいなや。

 

「───っっ!!」

「どうしたの?」

 

 ここまで驚き慌てる一輝の顔はなかなか見られまい。発信主の表示を見た途端、《一刀修羅》も凌ぐほどの速さで電話に出た。

 

「───もしもし、お久しぶりです、()()()()()()!」

「……サイタマ?そんな先生、破軍にいたかしら?」

「確かに聞いたことないわね」

 

 聞き慣れない教師の名について話すステラとアリスだが、一輝は電話口の向こう側の人物と会話を続ける。

 

「……はい。それで、先生は今どちらに?……え!?一昨日帰ってきていたんですか!?……えぇ。先生のご自宅ですね。それと、先生に紹介したい人がいるのですが……はい。一緒に行ってもいいですか?……ありがとうございます。では、失礼します」

 

 電話を切った一輝は、ステラに向き直り。

 

「サイタマせんせいって誰なの?」

「……僕の師匠だよ」

「───!」

「今から僕は師匠に会いに行くよ。急な話で申し訳無いけど、もし良ければ、ステラにも来て欲しいんだ」

 

 

 

***

 

 

 一時間後。

 とあるスーパーの前で、卵パックの入ったレジ袋を片手に頭を抱えるステラの姿があった。

 

「どうして私がセールに付き合わされてるのよ……」

 

 今に至る流れをざっくり説明すると───あれから寮に戻るアリスと別れて、一輝の師匠であるサイタマが住むアパートに向かった。しかしその部屋のインターホンを鳴らして出てきたのは、()()()()()()()()()()()()ハゲだった。まずその時点でステラは部屋を間違えたと思ったが───どうにも一輝の反応を見るに、そのハゲが"サイタマ"らしいのだ。

 しかもステラの紹介もそこそこに、とりあえず買い物だ、と駆り出されてしまった。勿論一輝も。……まぁ彼は嬉々としていたが。

 

「はぁ〜〜〜……」

 

 もう一度、手に持つ卵パックを見て盛大に溜息をつく。

 一輝が余りに褒めるものだから、偉大な人物像ばかり想像していたが───

 

「どうしたの、ステラ?大丈夫?」

「……イッキの優しさも、今はなんだか痛く感じるわ」

 

 期待違いもいい所だった。彼の纏う雰囲気など、凡夫のそれではないか。

 服装一つ取っても巫山戯(ふざけ)ている。○ppaiと書かれたTシャツに、ビーチサンダルなのだ。

 

「これで当分卵には困らないわ。サンキュー」

「いえいえ。久しぶりに師匠に会えて、とても喜ばしく思います」

「……相変わらずだな、一輝。それと、お前も付き合わせて悪かったな…………名前なんだっけ」

 

 ステラの頭の中でプチンと何かが切れる音がした。

 

「ヴァーミリオン皇国第二皇女の、ステラ・ヴァーミリオンよ!!以後お見知り置きを!!!!」

 

 ステラの人生の中で、これほどまでに不機嫌に、やっつけ感のある自己紹介をしたのは初めてかもしれない。……最も、つい十数分前にも全く同じ自己紹介をしたばかりなのに名前を忘れたサイタマが悪いのだが。

 一輝が彼女をする宥めよするも、努力虚しく。

 

「ステラ、そんなに叫ばなくったって」

「そりゃ叫びたくもなるわよ!それに、アンタも人の名前くらい覚えなさいよ!」

「お、おう。悪ぃな」

 

 

 ───期待したアタシが本当に馬鹿だった。

 

 

 そんな風に思うも───。待て、と。心の中にいる冷静な自分が言う。

 本当にサイタマがポンコツなら一輝は弟子入りなどしない。自分の目で彼を見たことで強さを微塵も感じなかったが、若しかすると間違っているのは自分の方ではないのだろうか。

 そう言えば過去に同じことがあった。───一輝と初めて模擬戦をした時だ。彼をFランクの落第生だと侮り。その結果、ステラ・ヴァーミリオンは敗けた。

 

 ステラは急速に頭を冷やす。これでは、()()()から何も変わっていない。

 

 冷静に見ろ。目の前の(サイタマ)を。最愛の男が認める『最強』を。

 確かに魔力は一輝と同程度のFランク相当のものしか感じない。ならば歩法の中に「武」の深みを感じるか?───否だ。一輝、ステラも然りであるが、武術に精通する者は普段の歩き方一つとっても違うものだ。しかしサイタマのそれは素人同然。

 ……冷静に観察しても、やはりステラの目には彼の強さは映らない。

 

「サイタマ。今から私と戦ってくれないかしら」

 

 目の前にいるのは《落第騎士》の師。見ただけで分からないのなら、彼とも戦えばいいだけの事。初めて一輝と手合わせした時のように。

 

「えぇ……帰りたいんだけど」

「───っ。……(ここで切れたらさっきと同じだわ。落ち着け、アタシ)」

 

 しかしノータイムで返答し、普通の人はできないであろう"心の底から帰りたそう"なしかめっ面をするサイタマ。ステラも再び頭に来たが、しかし同時に彼の人格の一端が見えてきた。

 ───サイタマはどこまで行っても自由人なのだ。基本的に彼の中には、自分が進む道しかない。故に他人への興味関心が薄いのだ。名前を覚えられないのもその為だろう。

 彼と戦う前、最後に確認する。

 

「……イッキ」

「なんだい?」

「サイタマって本当に強いのよね。アタシはイッキほど優れた観察眼が無いから分からないけれど、ここまで来て実は嘘でした……なんてことはないわよね?」

「うん。サイタマ先生は僕が知る限り最強だよ」

「イッキが知る限り、最強……」

「サイタマ先生は、僕達が歩く騎士道(みち)の果てにいる。僕はそう思ってる」

 

 勿論「彼の知る」範疇には、理事長や西京寧音も含まれているに違いない。

 そして彼のそんな意見にサイタマも口を挟まないということは、一輝の信仰に対して一定の諦めがあるのか───或いは、強さに圧倒的な自信があるのか。

 しかし恐らく後者だろう。先程も言ったが、彼は一輝が認めた最強であり。そして、その自信が彼を自由人足らしめているに違いない。最強故に誰にも縛られることなく。

 

「やっぱりアタシと手合わせしてちょうだい。お願い」

「……ステラ」

 

 一輝がここまで褒め称える彼の実力を知りたい。一輝を鍛えてきた男の戦いを最も近くで見たい。

 そう思って頭を下げたが

 

「えぇ……」

「───やっぱアンタ、私を怒らせたいの!?」

 

 サイタマは相変わらずだった。

 

 

 

***

 

 

 結局、サイタマはステラと戦う運びとなった。……と言うより、ステラが嫌がるサイタマを強引に連れ出したというべきか。

 

「その服装で戦うの?」

「まぁ家に帰らせてくれなかったしな」

 

 サイタマをスーパーからそのまま連れて来たため、彼の服装は変わらず○ppai-Tシャツとビーチサンダルだ。

 

「う……だってアナタ、あのまま帰ったら部屋から出てこなそうだったんだもの」

「別に特売も終われば暇だったからいいんだけどよ……卵くらい冷蔵庫に入れさせてくれても良かったんじゃねぇか?」

「え?その為に家に帰りたいって言ってたの?」

「あぁ」

「アンタ、それを言いなさいよ先に……」

 

 彼らが戦う舞台に選んだのは、森に隣接した破軍学園第一訓練場。

 学園の規則により、第一訓練場に限って言えば、受付さえすると在校生と外部の伐刀者の模擬戦は可能なのだ。別に市街地にある伐刀者専用のジムにも訓練場のようなものはあるのだが、そこは狭く。加えて使用料金も発生するため破軍学園の生徒であるステラにはあまりメリットは無かった。

 

 因みに、事前に話を聞きつけて観戦しに来た者は数人ちらほらいる程度。

 アリスも既にどこかへ出かけていたようであり。同様に破軍学園の生徒の多くが里帰りしているため、そもそも学園に残っている生徒はほぼ居ない。加々美がいないところを見ると、彼女もそうなのだろうか。

 幾ら《紅蓮の皇女》の模擬戦と言っても、見に来る人自体が極小数ならば、観客も少ないのは当たり前だった。

 

「てか、早く始めようぜ」

 

 サイタマが拳を構え、審判を務める一輝がサイタマの言葉に頷いた。

 卵パックは観客席に置いてあるため、まぁ卵が割れることはないだろう。

 

「それでは模擬戦を始めます。両者、開始線に着いてください。模擬戦なので、もちろん固有霊装(デバイス)は幻想形態で展開してください」

 

 二人が数メートル離れたところに引かれている開始線に立って向かい合う。

 

「傅きなさい《妃竜の罪剣》───ッ!」

 

 ステラが霊装を呼び出すと、彼女の目の前に火炎の竜巻が上がり───それが大剣へと変化した。

 

「おぉ……一輝と違って派手なんだな」

 

 一方サイタマは霊装を展開する気すら無いように見える。しかし一輝も彼に霊装の召喚を促そうとする様子は見られず。

 それを見たステラは、呟くように疑問を口にした。

 

「……サイタマって霊装使えないの?」

 

 サイタマは伐刀者として三流と一輝が言っていたが、まさか霊装が使えないなんてことがあるのだろうか……。小声で言ったその疑問に答える者は誰もいなかった。

 ステラが《妃竜の罪剣》を手にしたことを確認した一輝が開始を宣言。

 

「では……Let's GO AHEAD(試合開始)───!」

 

 

 

***

 

 

 一輝の合図と共に飛び出したのは───《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンだ。先手必勝。攻めて攻めて、サイタマに勝つという単純にして、ステラらしいプランだ。

 サイタマが霊装が使えないのならそれはそれで結構。大剣のリーチを活かしつつ、自慢の膂力を以て叩きのめすまで。

 

「ハァァアァ!!」

 

 それに、サイタマを相手に防戦一方となれば、()()()()()()()()()とステラの直感が告げていた。

 魔力放出により、一気にサイタマとの距離を詰めたステラ。上段からの一振りに対して、サイタマは反応する素振りを見せない。

 

 サイタマに《妃竜の罪剣》が直撃するまで───残り数センチ。ステラが初撃ヒットを確信した瞬間。

 

(もらっ……え!?)

 

 サイタマが有り得ない速度で体を捻り、しかも()()()()()()()()()()剣を躱したのだ。明らかに人間の反射神経を超越している。《剣士殺し》と比べていいものでは無いほどに。

 観客も座喚(ざわめ)き、声をあげるが───意外にもステラは冷静だった。

 

 彼女の頭にある前提として、サイタマという男は一輝が認めた最強なのだ。

 寧ろ彼の師匠として()()()()()()()()()()()()()()()とさえ思っている。

 

「やるじゃない───サイタマッ!!」

 

 流れに従って体を沈め、避けられた太刀を返す。追撃は、身体の伸び上がりを利用した下段から斬り上げだ。

 この一撃を正面からまともに受けたならば、魔力障壁を張ったとしても余裕で十数メートルは後ろへ吹き飛ぶ程の威力である為、"技"のみで完璧に受け流すには、一輝と同等レベルの剣技が要求される。

 しかしながらサイタマはそんなことを出来るはずも無く。彼が取った対応は単純にして───究極。

 

 

「なっ!?」

 

 

 埒外の"力"を以て《妃竜の罪剣》の速度を殺したのだ。親指・人差し指・中指の右手三本指で刀身を掴むという単純作業───()()()()()

 

 無論《妃竜の罪剣》はマグマのように熱され。ステラとて人並外れた膂力を保有しており。刀身のスピードも速い。総合的に考えて、普通ならばそんなことは不可能だ。

 ただ、残念ながことにサイタマは普通では無い。あらゆる方面で異常な男なのだ。

 

(───っっ!!《妃竜の罪剣》が全く動かない!?)

 

 当然ことながら、純粋なパワー勝負でもステラの圧倒的上を行く。《妃竜の罪剣》を完全に固定され、ステラは進むも退くも出来なくなったが、彼女は騎士であると共に伐刀者でもある。

 打開するべく、《妃竜の息吹》の炎を吹き出そうと魔力を込めた瞬間。

 

 

 

 

 

 サイタマがゆっくりと左手の拳を振り上げた。

 

 

 

 

 ───ゾワリ。

 

 ステラの全身からは一瞬で脂汗が噴き出し、本能が撤退を指示する。《妃竜の息吹》では間に合わない。この一撃を食らえば、取り返しのつかないことになる。

 根拠は無い。しかしステラはその感覚を信じ───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「───傅きなさい、《妃竜の罪剣》!!」

「おぉ、やるな」

 

 そしてもう一度、霊装を顕現させる。サイタマは意表を突かれたと言わんばかり感嘆の笑みを浮かべていた。

 

 ステラが執ったような戦術がないと言えば嘘になる。霊装は所詮魔力で構築された武器。ならば手放した霊装は、もう一度召喚すれば問題無い。

 しかし重大な欠点として、一瞬完璧な隙ができるのだ。何しろ手には何も持っていないのだから。故に、今のステラのように戦ったのを見た者は少ないだろう。

 

(正直、今のはかなりヒヤッとしたわね)

 

 どうして彼女がそのような危険極まりない戦術を執ったかと言えば、ただただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以外の選択肢がステラの手元に無かった。───つまりそれほど迄に追い詰められた瞬間だったのだ。

 

「……ふぅ。流石、イッキが最強って言うだけはあるわね」

 

 サイタマは明らかに手を抜いている。その証に、開始線から一歩も動いていないのだ。それなのに(パワー)では負け、先は対応が一手遅れれば敗北が待つ状況だったと確信している。

 故に《妃竜の息吹》の炎ではサイタマを退かせるには不足しているのでは。ステラはそう考え───そして、それは極めて正しかった。

 

 ステラはもう一度バックステップをして、サイタマとの距離をとる。

 

(反射速度もパワーも規格外……。イッキが弟子入りした意味も分かってきたわ)

「どうした、やめんのか?」

 

 ステラが退いた意味とはつまり───彼女は僅か数秒の間に行われた攻防から判断したのだ。

 

「いいえ。───サイタマ。クロスレンジにおいてはアナタの足元にも及ばないわ。残念ながらね」

 

 それは反応速度や膂力でもそうだし、一秒間の手数を考えても恐らくステラは押し負ける。

 どんなに希望的観測をしたところで、剣が交わる領域でサイタマを打ち倒すことは叶わないだろう。

 

「だからクロスレンジでアナタに勝つことは、"今は"諦めるわ───でもね、この試合に勝つか負けるかは別の話よッッ!!」

 

 ステラは一輝、そしてサイタマのように近接戦闘でしか生きられないかと言われれば、断じて違う。

 彼女の魔力量は世界一。これは疑いようの無い事実であり。並の伐刀者が十数人は必要とまで言われる伐刀絶技を難なく繰り出すことだって可能なのだ。

 今からサイタマに放とうとしているのは、そんなステラが操る伐刀絶技の中で最強の一撃だ。一輝のように超高速で動き回り回避をしたのならまだしも。それが直撃し、生き残った者は誰一人として居ない───。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔。焼き尽せ!!《天壌焼き焦がす竜王の焔》───ッッ!!」

 

 ステラが叫ぶと、《妃竜の罪剣》から全長数十メートルにもなるだろう炎竜が、訓練場の天井すら焦がして立ち昇る。

 《天壌焼き焦がす竜王の焔》はその見た目を裏切らない、絶大な威力を内包する一撃。

 

「おおすげぇ。竜だ」

 

 しかしサイタマが漏らした言葉は軽い感嘆。即ち、竜に警戒などしていないのだ。

 ───彼は海外でヒーロー活動をしていたと言ったが、その過程で戦闘はどうしても起こる。彼の経験と照らし合わせると、確かにステラは強者の部類に入る。しかし、彼女より強き者が腐るほどいるのも事実。

 ステラはまだ若い。成熟していない未完の大器故に、まだまだ及ばない敵は多い。彼女だってそれを分かっているはずだ。

 

 ステラ自身がそれを自覚しているということは、彼女の目を見れば分かる。サイタマがかつて、中東のとある地域にてヒーロー活動していた時に戦った()()()()()()()と全く同じ目だ。そして、一対一で特訓していた頃の一輝とも重なる。

 サイタマに敵わないと知って尚、立ち向かってくる勇敢な者の目だ。

 

 

 ならばそれに応えよう。───サイタマは、少しだけ本気(マジ)で相手をする事に決めた。

 

 

 

 

 

「 普通のパンチ 」

 

 

 

 

 

 サイタマは向かってくる焔の竜に向かってただただ普通に拳を振るった。腰も入っていない、本当に『普通のパンチ』そのものだ。

 

 

「───ッッ!」

 

 

 だが、そのパンチによる風圧だけで膨大な魔力により形成された焔の竜は消滅する。《天壌焼き焦がす竜王の焔》を回避される訳でなく、竜を消し去るなど……。その膂力はやはり人間の域ではない。

 ステラは驚愕の中、対応せねばとサイタマを視界に入れるも───すでに遅かった。

 サイタマはそこには居らず。火炎の竜が消えた刹那の後には目の前に立っていた。魔力放出の類は一切検知できない、ただの身体能力頼りの高速移動。であると言うのに。ステラはおろか、俯瞰的に試合を見ている一輝であっても辛うじて視認できる程の速度だ。

 

 埒外の身体スペックを持つサイタマが、拳を振り上げステラの前に立つ。逆光で顔は見えないが───回避しなければ拙い。

 しかしそれと裏腹に。体は少しも動かなかった。

 

(ど、うして……、?)

 

 

 

 ───その原因として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが考えられる。

 サイタマは運命から解き放たれた《魔人》の一人である。星の巡る運命の外側に住まう彼と、そうでないステラ。そこに絶対的な差があり───。

 

 

 

 

「───あ」

 

 

 ステラは自身の首が弾け飛ぶ『死』を明確に見えてしまった。

 あのサイタマのことだ。ものすごい速度で拳がステラへ迫っているのだろう。しかし今のステラにとってはそれすらスローモーションのようだった。

 

(あ……お母様とお父様だ)

 

 過去の記憶がステラの脳内を駆け廻る。

 

(イッキ……!!)

 

 それは一般に走馬灯と呼ばれるものだ。対峙する事さえ許されない圧倒的な力を前に、ステラは己の十六年を一瞬のうちに回想した。

 

 森羅万象を飲み込む『神の拳』が、コマ送りのようにステラに迫り───。

 

 

 

***

 

 

 真にサイタマは人外である。

 

 偉材であるステラが、今後何年も。何年も。何年も研鑽に努めて、ようやく到達できるような異次元に巣食う怪物。

 如何に魔力量が、即ち『世界への干渉力』がこの世で最も巨大なステラだとしてもサイタマに届くことは容易ではない。

 もしもステラが《覚醒》を経て《魔人》の領域に踏み込んだとしても、簡単に触れることは許されないだろう。

 

 サイタマは分類したならば、《魔人》であることに間違いはない。しかし、それはサイタマを類別できる定義が存在していない為に、彼を《魔人》と呼ぶしかないのだ。

 

 正しく彼を評するならば、───《神》そのものと言うべきか。初めから『魔』を極めた『人間』程度が敵う相手では無い。

 

 それがサイタマという男の本質の一つである。

 

 

 

***

 

 

 ───そのサイタマの拳はステラの眼前で停止し、その余波で爆風が起きた。

 

 

「あ、れ……」

 

 

 一度は覚悟した『死』の運命が急速に遠ざかったことが、どれほどの安堵に繋がることだろうか。

 《妃竜の罪剣》はステラの手から滑り落ち、彼女は腰を抜かしてへなりとその場に座り込んだ。

 

「これはやりすぎですよ、サイタマ先生」

 

 何故か、一人の女子生徒をお姫様抱っこする一輝。女子生徒は顔を赤くして一輝の顔を見つめている。……いつものステラならムキーっとなるところだが、生憎と今はそんな気力すら余っていない。

 彼とサイタマは、ステラの背後を見て話しているようだが、

 

「そこは一輝が上手くやってくれると信じてたぞ」

「応え切れない厚い信頼を寄せられても困りますよ……」

「てか……やっぱこれは不味いよな」

「えぇ、不味いですね」

「一応壊さないようにはしたつもりだったんだけど」

「先生は力加減が下手なんですから……」

 

 何を見ているのか。いや、二人に限った話ではない。数人いた観客の誰もが口を開いて()()を見ていた。

 ステラも振り返ると───。

 

「なによ……、これ」

 

 広がる光景に対して目を剥いて、震えた声でつぶやくしか無かった。

 訓練場の壁は、まるでそれが最初から無かったかのように大穴が空いている。観客席ごと吹き飛んでいるのだ。

 

「あぁ。ところで大丈夫だったかい?」

「は、はい……」

 

 一輝が抱えていた生徒をゆっくりと下ろした。なるほど。あの一瞬で彼女を、観客席から救い出したのか。

 消えた壁の向こうには、あったはずの森がさら地になっていた。丁度拳の軌道に沿って木々が吹き飛んだのだろう。

 これらは全て、サイタマのパンチの風圧のみでこうなったもの。───どれほどの速度で拳を振るえばこうなるのか。

 

 《紅蓮の皇女》を完膚無きまでに圧倒したハゲに数人の観客がどよめく中。

 

 

「……悪ぃ、一輝。俺帰るわ」

「え、先生!?」

「俺がやったって秘密にしといてくれ!」

 

 サイタマが逃げるように、帰る用意を始めた。

 

「はぁ……サイタマ先生変わってないなぁ」

 

 それを他所に、審判を務めていた一輝が───最も、開始の合図くらいしかすべき事は無かったものの───、ステラの元へ歩み寄ってきた。

 

「どうだったかい、サイタマ先生と戦ってみて」

「……サイタマに殴られそうになった時、生まれて初めて走馬灯を見たわ」

「はは。僕も初めて相手された時は死を覚悟したよ」

「……イッキのお師匠さんって相当ヤバいわね」

 

 サイタマとの間に一輝が言う壁を感じたステラは、しかし彼女は《紅蓮の皇女》なのだ。そんな限界、今まで幾つも超えてきた。

 

「でも───だからこそいい目標になるわ」

「うん。それでこそ、ステラだよ」

 

 観客は皆帰ったようで残ったのはここにいる三人。一輝とステラが何だか良い雰囲気になる中、サイタマは悲しさから叫んだ。

 

「───っておい、卵が全部固まってるじゃねぇか!」

「あ、ステラの《天壌焼き焦がす竜王の焔》の炎で……」

 

 サイタマが念の為だと、卵をクルクル回してみると、どうやら黄身が完全に固まっているようだった。

 

「なんだか気が抜けちゃうわね」

 

 先程まで鬼のような強さを示していた男が、特売で買った卵が固まったことを憂う───そんな光景がどうにもおかしくて。ステラはクスクスと笑ってしまった。

 差し伸べられた一輝の手を掴んで立ち上がり、改めてやる気を出す。

 

「やってやろうじゃ無いの。サイ───」

 

 ───だが残念なことに。ステラの決意表明は、最後まで言い切ることは出来なかった。

 

「おい、貴様ら!!……これは一体どういう事だ」

「やべ」

 

 別に訓練場にて模擬戦をした事は何も悪くない。規則に則っただけなのだから。

 しかし、これほどの広範囲に及ぶ破壊が行われれば、新宮寺黒乃理事長が飛んでくるわけで。

 

「黒鉄、ヴァーミリオン……そしてそこの君」

 

 黒乃は、逃げる様にこそこそ移動するサイタマを指差し、

 

「しっかりと説明してくれるんだろうな?」

 

 こめかみに青筋と共に()()()()()を浮かべる、世界ランク元三位を相手に言い逃れ出来るはずもなく。

 

「「はい……勿論です」」

 

 

【続く】



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落第生の師Ⅲ

 
 原作と比べて一番強くなったのは王馬くんだと思う。原作より割と強い。次いで一輝。他は大差無い。
 ……黒乃ってサイタマに敬語使うかな。初対面だし、黒乃だって大人だから社交の場では敬語くらい使うかなーと思って書いたけど、果たして。
 


 

 

 

 

 理事長室に浮かび上がるスクリーンには、つい先程行われた模擬戦の映像───その中でも特に、決着のシーンが流れていた。

 

「彼の攻撃で巻き起こった風圧だけで第一訓練場の観客席、そして林がまるごと吹き飛んだ……と」

「……はい」

 

 映像は訓練場に設置されたカメラによって撮られたものである。多少画質は粗いものの、サイタマの異常性は十二分に確認できる。

 

 ステラ屈指の伐刀絶技《天壌焼き焦がす竜王の焔》をパンチ一つで消し去り。直後、残像すら残らない速度で彼女に肉薄する。

 そして拳を寸止めすると同時に、衝撃波が発生し───そこで画面はブラックアウトした。恐らくそれによるカメラの故障だろう。

 

「これを見ては信じる他無いが……些か理解し難い光景ではあるな」

 

 現在、一輝とステラ(一応サイタマも)は黒乃に説教をされている真っ最中だった。黒乃がデスクに座り、机を挟んで一輝とステラが話を聞いている形となる。

 しかしこの破壊の張本人であるサイタマが一番ふてぶてしく、来客用のソファに座っている。……その態度があまりにしっくりきているため、誰も突っ込まなかったが。

 

「私の能力があったから事なきを得ましたが……どれほど広い範囲を吹き飛ばしたか自覚していますか───サイタマさん」

 

 そんなサイタマをジロリと見た黒乃の言葉自体は丁寧なものだが、口調は反論は許さないと言わんばかりのものだ。

 

「あー…すまん」

「サイタマ先生が素直に謝った…!」

「いや、俺だって謝ることくらいするからな?それに誰がどう考えても俺が悪いだろ、この場合」

 

 発言自体は真っ当なのだが……如何せん彼の態度は相変わらずデカい。

 

「まぁ、結局誰も怪我してなかったんだし、それで良かったじゃねぇか」

「訓練場をぶち壊した張本人が、よくもまぁぬけぬけと言えるわね…」

「ははは……」

 

 サイタマの開き直りに、一輝は乾いた笑いしか出なかった。

 

 因みに結果だけ見ると、サイタマの言う通り被害は皆無であった。

 人的被害についても同様だ。余波が飛んだ方向は林だった上、それにこの期間は学生が少ない。その為、そもそも林の中で訓練をしている学生も居なかった。

 修復に関しては《世界時計》の二つ名を持つ黒乃が全て解決させた。破壊された観客席と林の"時"を巻き戻し、破壊される前の状態を復元させたという訳だ。

 

「ふぅ」

 

 黒乃が吸っていた煙草を一度(ふか)して、一輝とステラに話しかける。

 

「……こうして君たちに話しているのは、私が破軍の理事長だからだ。それは分かるな?」

「はい」

「たまたま今は学園にいた生徒は少なかったとは言え、彼らの安全を守る義務が私にはある」

 

 もしサイタマが拳を振るった方角に寮があったら、大惨事もいいところだ。

 

「黒鉄」

「はい?」

「貴様は彼の実力(ちから)を目で見て、そして知っていたんだろう?」

 

 一輝は暇そうにボーッと座っているサイタマの方をちらりと振り返ってから答える。

 

「えぇ、まあ。()()()()には知っているつもりです」

「……にも関わらずだ。模擬戦の前、私に一言も話を通さなかった。もし言っていたら、生徒の安全を脅かすことは無かったはずだ。違うか?」

 

 もし一声掛けていた場合、彼女が模擬戦に立ち会っていただろうからだ。黒鉄一輝が見込んだ師匠の強さを説明した上で模擬戦を行うとなれば。黒乃とてそれなりの対応をするだろう。

 一方、全て一輝の落ち度である───とも一概には言えないのが事実だ。サイタマが力をセーブすれば良かっただろうと言われればそれだけのこと。

 しかし今、論じているのは単に「事前報告の有無」についてのみ。こればかりは一輝に非がある為、彼も首肯するしかない。

 

「……そうです」

「そうだな」

 

 一輝の言葉を聞くと、黒乃は軽く笑みを浮かべて宣告した。

 

「───だから私は、()()()()()に罰を課すことに決めた」

 

 "二人"とは一輝とサイタマでは無く、一輝とステラのことだ。

 

「えぇ!?理事長先生、私もですかっ!?」

「当然だ、愚か者。ヴァーミリオンも黒鉄から話自体は聞いていたのだろう?」

「うっ……そこは、そう…ですけど」

 

 確かに聞いていたがそれ以上でもそれ以下でも無い。

 一輝の話だけを基に創り上げられた『サイタマ』という究極・無敵・最強の三拍子が揃った虚像と、強さを一切匂わせない『サイタマとのギャップを前に、「模擬戦のことを理事長には前もって報告しなければならない」という考えが浮かぶものか───などとステラは心の中で悪態を吐いた。

 

「それで罰の内容とは一体?」

「何、それほど身構えるようなものじゃない。───お前達には破軍学園が所有する、合宿施設の掃除を行ってもらうだけだ」

 

 ヴァーミリオンは掃除は得意なんじゃないのか?と言って、黒乃はケラケラ笑う。

 恐らく入学式直後に起きたあの出来事───つまり珠雫と共に、校舎にある全ての女子トイレの清掃を課されたことを指しているのだろう。

 

「出発は早いぞ。明日の朝だ。今日中に用意は纏めておけ」

「少し急すぎませんか?」

「これは毎年生徒会のみで行っていることでね。清掃を行う期日が丁度明日なのだよ。ま、善意と思って今年は君たちも手伝ってくれたまえ」

 

 今日から一週間、学内選抜戦はレストであるし何の不都合もあるまい。……ステラが、密かに一輝とのデートを画策していたことを除いては。

 

「理事長先生!そ、それならサイタマにバツはないんですか!?訓練場ぶっ壊したのってサイタマじゃないですか!」

 

 だからこそステラはささやかな抵抗を試みる。せめて。せめてサイタマも道連れに───と。

 

「えぇ……ここで俺に話振るのかよ」

「当たり前じゃない!壊したのは紛れもなくサイタマなのよ」

 

 サイタマは()(この)んで掃除をする質ではない。故に突然の方向転換に苦い顔をするも───無常にもステラの願いが届くことはなかった。

 

「ふむ……ヴァーミリオンの言い分のみ聞けば確かに正論だが、残念ながらそれは有り得ないな」

 

 黒乃曰く、サイタマが部外者であったということが大きいようである。訓練場が壊れっぱなしならばまだしも、黒乃の能力で復元されたのだ。

 その状況で、部外者であるサイタマに処罰を与える権限は黒乃には無かった。それに、彼に悪意があった訳でもなかろう。

 

「お、俺は何も無い感じかぁー…………なら帰るわ」

 

 これ以上ここにいると何だかんだで、また面倒くさいことに巻き込まれる可能性もあると踏んだのか。これ以上波風立てまいと、サイタマはソファから立って帰る用意を始め。

 

「……これだとT()K(かけ)G(ご飯)食えねえじゃん…」

 

 三つの卵パックが入ったレジ袋を見て、悲しそうにため息を吐く。

 

「ふむ……では、黒鉄とヴァーミリオンも退室して結構」

 

 サイタマに乗じてか、黒乃は一輝達にも退室を許可し、

 

「わかりました。では失礼しました」

「掃除、手は抜くなよ」

「うっ……はい」

 

 一輝とステラは真っ先に出ていったサイタマを追いかけ、黒乃に一礼してから退室した。

 

 

 

 

 

 

 それを黙って見ていた黒乃は一言呟いて。

 

黒鉄の師匠(サイタマ)、か。…………少し、当たってみるか」

 

 ───デスク上のパソコンで何かを調べ始めた。

 

 

***

 

「サイタマのせいでイッキとの休日が台無しじゃない!」

「まぁまぁ落ち着いて、ステラ…」

「……そうは言うけど、私は折角イッキと久しぶりのデートをしようと思ってたのにぃ……」

 

 黒乃との話を終えた彼らは、サイタマを見送りに破軍学園の正門前まで来ていた。ステラは相変わらず肩を落としていたが。

 ここで一輝が「ところで───」と話題を転換し、サイタマにとある質問を投げた。

 

「サイタマ先生、いつまで日本に()られますか?」

「あぁ……特に考えて無かったわ。多分半年くらいじゃねぇの」

「半年……と言うことは、八月も日本に?」

「多分な」

 

 一輝がそれを確認をした目的は───

 

「でしたら、先生。七星剣舞祭を是非、観に来ていただけませんか」

 

 無論、まだ出場が決定した訳では無いし、その保証もない。

 ───しかし黒鉄一輝はステラ・ヴァーミリオンとの約束があるのだ。彼はきっと、出場してみせるはず。

 

「七星剣舞祭?何それ」

「そこからなのね……」

 

 ただサイタマはその祭典が何たるかを知らないわけで……。

 呆れたステラが軽く説明する。曰く、日本学生騎士の頂点を決める武の祭典であり。現段階では、学内での選抜戦という形でその代表を選んでいるのだと。

 

「へぇ。それで一輝は代表を勝ち取れんのか?」

「───はい。()()()()()()()()破軍の代表になります」

 

 だからこそ一輝は、サイタマへ自身の覚悟を示す。保証はどこにも無いと先程言ったが───彼には確かな自信と決意がある。

 

「そっか。なら頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

 

 それ以上言葉を重ねないサイタマ。心配しないのは一輝のことを弟子として確かに信じているからで。

 基本的に無関心・無干渉のサイタマは───心の内では、一輝が出ると言った祭典を楽しみに思っていた。

 

「じゃあ帰るわ。見送りサンキューな」

「わかりました。では」

 

 サイタマが踵を返して門から出て行く姿を一輝とステラは見届ける。

 

 

 

 

 

「……なんだか、めちゃくちゃな人だったわね。いろんな意味で」

「まぁそうだね。でも、だからこその"サイタマ先生"って感じがするよ」

「サイタマがどんな人かってこの数時間で何となく分かっちゃった……って、サイタマ、こっちに歩いて来てるわよ?」

「あれ?本当だ。どうしてかな」

 

 つい数秒前見送ったはずのサイタマが戻ってくる。何か忘れ物でもしたのだろうか、と思ったがどうやら違うようで。

 

「一輝、一つ聞き忘れてたわ───お前、何歳(いくつ)上か知らねぇけど兄さんいるよな」

「え」

 

 彼が戻って来たのは一輝に質問するためだったらしいが、しかしその内容は一輝にとって斜め上であり。

 そして───ステラにとっては、サイタマという師匠がいたと聞かされた時と同様の驚きがあった。

 

「えぇぇえええ!!イッキってお兄さんいたの!?そんな大事なことを、彼女であるアタシに隠してたの!?」

「ち、違うから!わざわざ言う必要も無いかなって思っただけだよ!」

 

 サイタマ先生隠蔽疑惑という前科(?)があるため、弁明は必死だった。

 一輝が隠していた訳では無いと説明したのは当然であり。何故なら、一輝にとって、兄とは当分会うことは無いと思っていたのだから───。

 

「ふぅ〜〜〜ん」

「い、嫌な言い方だね……」

「べっつにぃ?」

 

 とりあえず一輝の弁明だけは呑み込んだステラは、半目でその理由を聞く。

 

「で、隠してたわけじゃないってのは信じてあげるけど何でなの?」

「……兄さんの名前は黒鉄王馬って言ってね、僕の一つ上なんだ」

 

 そこから軽く黒鉄王馬という黒鉄家長男の話をした。

 同世代で唯一のAランク騎士である彼が、小学生のときにリトルリーグ世界大会を優勝で飾ったこと。更に、日本という箱庭の中では強さを目指せないと思い立った為か───こればかりは一輝の推測ではある───、中学校に上がる前に日本を飛び出したということも。

 

「流石イッキのお兄さんってところね……。どんだけ貪欲なのよ」

「そうだね、そこは僕も尊敬してるよ」

 

 強さの追求という一点においては、一輝より遥かに貪欲である。そこが王馬の凄いところだが。

 

「それでサイタマ先生。王馬兄さんとはどこで?」

「………………忘れたわ。一年半くらい前だったかなー、確か。まぁ、お前となんか似てたからたまたま覚えてただけなんだわ」

 

 聞くだけ聞いて特に覚えていない辺りサイタマらしい。しかし、最後に付け加えたことはステラ達を確かに駆り立てて───。

 

「……きっと王馬兄さんはかなり、強くなっているはずだ。若しかしたら、サイタマ先生と会った時既に、ステラより強かったかも知れない」

「っ───。……サイタマ。今日の私と比べて、その時のイッキのお兄さんはどうだったの?」

「そん時は、確かにステラより強かったぞ」

「……そうなのね」

「多分だけどな」(ボソッ)

 

 強さがどうだったかなんて覚えてるわけねぇだろ───。

 そんなこと、一輝の師匠として言える訳ない。内心、汗をダバダバかきながらサイタマはとりあえず肯定しておいた。

 

「まぁそれだけだ。今はもっと強くなってるんじゃねぇの」

 

 サイタマはとっくに忘れたことだが、最後に二人はとある会話を交わした。───それが王馬を更なる強さを求める契機となったことだろう。

 

「クロガネ……オウマ」

 

 根拠はどこにも無い。

 

 しかし近いうちに王馬と相対する。

 サイタマの話を聞いたステラの直感が、そう教えてきた。

 

「じゃあ頑張れよ、一輝」

 

 そう言って、今度こそサイタマは帰って行った。

 

 

【続く】

 

 



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幕間Ⅰ

 「正義の味方の異世界生活」と同様、badが10を超えた非ログインユーザーによる感想は削除させていただきます。
 


 

 

 

「おうー、くーちゃん!」

 

 日も沈み、時刻は十九時を回った時。バタンと大きな音を立てて理事長室に着物を着た女性が入ってきた。

 

「おや…寧音か。今日は大阪で試合だったんじゃないか?」

「それなんだけどねぇ、すぐぶっ倒しちゃってさ。暇になったから来ちゃった」

「……なにが『来ちゃった』だ」

 

 彼女の名前は西京寧音。『重力場』を自在に操作する伐刀者であり、King of Knightsにおいて世界第三位の実力者だ。同時に、人員不足を極めた破軍学園の臨時講師でもある。

 彼女は度々、暇な時は黒乃の元へ遊びに来ているのだ。

 

「帰れ───と、普段なら言っているところではあるが……丁度良かった。今日は見せたいものがある」

 

 そんな寧音のことはいつも追い返すのだが、今日は別。彼女はそう言ってパソコンを180° 回転させ、画面を寧音に向けた。

 

「お姫様と……誰、このハゲ」

 

 そこには今日行われた模擬戦の映像が。二人開始線に着き、丁度試合が始まるところで一時停止されている。

 

「とりあえず何も聞かずに見てみろ」

 

 黒乃はそう言って、再生ボタンにマウスをドラックした。

 

 

***

 

 動画は終了し、理事長室はしんとしている。黒乃は寧音の言葉を待ち、

 

「は?いや、なにこれ」

 

 ───当の寧音は唖然としていた。まるで信じられないといった表情で。

 

「彼は黒鉄と同じくFランクの伐刀者だそうだ。因みに、攻撃の際は伐刀絶技の使用や魔力放出などの補助は一切無かったらしい」

「……いや意味わからねえだろ、それ」

 

 サイタマはKoK第三位の彼女から見てもやはり異常。彼の瞬発力と俊敏性もさることながら。最も彼女を驚かせたのは、勿論最後の一撃だ。

 伐刀者でありながら、肉体スペックにものを言わせて、そこには技術も武術も介在させず。全てを凌駕する戦闘スタイル。───そんな戦法は見たことも聞いたことも無い。少なくとも魔法によるバックアップは必要になる。彼らは伐刀者とはいえ、ただの人間なのだから。

 

「……こいつは?」

「彼は黒鉄の師匠だそうだ。私も今日知ったばかりだよ」

「黒坊に師匠いたんだ」

「ま、お前にとっての南郷寅次郎先生のようなものだ」

「な───っ!ち、違うから!あのジジイは師匠(そんなん)じゃねえから!」

 

 ───《闘神》の名を出すといつもこうだ。

 

「それでだ」

 

 ただ。南郷寅次郎の名にあたふたする寧音も可愛いが、今に限っては彼女に見せなければならない重要なことがある。

 黒乃はパソコンを操作して別の画面を開き、再度寧音に見せた。先程と同じようにこれも動画のようだ。

 

「これを見ろ」

「こりゃ……どっかの戦争かな?」

「正確にはクーデター、だがな」

 

 しかしそこに映っていたのは模擬戦などという生温いものではなく───生死すらその場に委ねられる過激なクーデターに関するものだ。

 パソコンのスクリーンには荒廃した街の一角が映っている。遠い場所から撮り、ズームしている為か画質は荒い。しかしそれくらいの情報は分かる。

 

 これは時の政権をひっくり返そうと蠢く反乱因子を、《解放軍(リベリオン)》が吹っ掛けたことで起きたと言われているクーデターだ。その為、抵抗軍(レジスタント)には《解放軍》所属の雇われ伐刀者が多くいる……という話もあった。詰まるところ、この一件は界隈で有名な事件なのだ。

 

「これにそのハゲでも出てんのかい?……と言うより、どうやって()()()()()辿()()()()()?」

 

 寧音の疑問は当然であり。このクーデターについての話を持ってきたと言うことは、即ちサイタマとその紛争が関係しているということだ。

 

「なんかそのハゲ、きな臭くね?」

「愚か者。黒鉄が見込んで弟子入りするほどの男だぞ。《解放軍(そっち)》側な訳なかろう」

「ま、それもそか。んで、この映像は?」

「……私はな、黒鉄の師匠を初めて見た時、実は既視感に襲われたんだ。彼のことをどこかで見たことがあると」

「ふぅん。くーちゃんは前に、ハゲが映ってるこれを見たことがあったってわけか」

「そうだ。寧音にしては察しが良いな。これはちょっと前に話題になったものだよ」

「ウチにしてはってどういうこと!?」

 

 "話題"、と言ってもSNS等で世間一般に拡散された訳では無い。《連盟》の上層部や、また彼らに近しい者の間での話だ。

 と言うのも。《連盟》は運良くこの動画を手に入れられたのだが、それを公にせず、《同盟》側に流れないように手を打ったのだ。その為、極一部の人間のみが知る運びとなった。

 ───そうしなければならないほど、これに映っているものは秘匿すべきだった。一度(ひとたび)流出させれば、その二つの組織間で()()()()()()()可能性すらあるだろう。

 ここだけの話、《連盟》は彼を確実に取り込もうと動いている───と言われている。絶対的な戦力を手に入れるために。因みにランク主義の《連盟》がFランクであるサイタマを取り込みに来ているかと言うと、そもそもサイタマという男の素性を割れていなかったからだ。

 

「……いや、そんなんをどうやってくーちゃんは手に入れたよ」

「それなりのコネを使っただけだ。……私のことはいいだろう。これはとあるジャーナリストが撮ったものでな。ここは危険地区だったらしいから、僅か十五秒程度しか撮れていない。

 

 

 いいか。絶対に───目を離すなよ」

 

 

 黒乃が静かに動画を再生すると───。

 

 

 

「《砂漠の死神(ハブーブ)》…………だよな、これ」

 

 

 

 寧音が震えた声で呟く。いや、それしかできなかったのだ。

 映像に映るのは一輝の師匠であるハゲと───サングラスをかけ、ボロい外套を着込んだ男。彼の顔は有名であり、名をナジーム・アル・サーレムという。《砂漠の死神》と呼ばれる最強の傭兵である。彼は戦いを好み、殺戮を愛す。与した側も敵対した側も、彼によって平等に死が与えられる。

 

 それほどの男が───。

 

「おいおい、こりゃ流石に有り得ねぇぞ……黒坊の師匠って奴、相当ずば抜けてねぇか?」

 

 純白のマントを着た無名のハゲ(サイタマ)の手で、一方的と言っていいほどに打ちのめされているのだ。

 

 彼らの戦闘を収めた映像は短いものだが、その内容は極めて濃密だ。

 奇しくも両者共に素手で戦うスタイルであり───しかし拳と拳が交わる領域を支配していたのは、確実にサイタマだった。彼の一撃一撃はナジームの命を削り取っているのが見て取れる。

 

 苦しくなったからか、一度距離をとったナジームが強力な砂嵐を巻き起こすも。サイタマは全く意に介さず突破して、顔面に拳を叩き込む。

 その威力が凄すぎるあまり、ナジームは轟音と共に街の建物に突っ込んだ───と思いきや。彼が建造物に接近したその刹那。形を失い、"砂"に変わる。

 最後はそこを中心に大気が爆ぜ、そこで映像は途切れた。

 

「…………」

 

 衝撃的な映像を目にした寧音は言葉が出ていない。

 《砂漠の死神》の悪名はよく聞く。能力についてや、その戦歴も。仮に寧音が彼と戦ったとして、こうも一方的な展開に持ち込めるか───。そう自問するも、恐らく無理だろう。

 

「間違いなく、黒鉄の師は《魔人(デスペラード)》だ。しかも飛び切りの化け物ときた」

「……日本じゃジジイとウチだけだと思ってたんだがね」

 

 なるほど、彼を戦力として欲するのは良くわかる。サイタマは自由人故に束縛を嫌う。日本国籍なので所属上は《連盟》であるが、ただそれだけの事だ。

 彼の話を聞きつけた《同盟》が動くかも知れない。寧ろ、無名のサイタマに何の接触も無いとどうして断言できようか。

 

 ───《魔人》と戦うには最低でも同じ土俵に立つこと、つまり星の巡る運命の環から外れる必要がある。そうして初めて彼らと戦う資格が得られるのだ。

 しかしその中でも優劣はあり。五本の指には《比翼》《白髭公》《超人》《暴君》の四人は確実に入ってくるだろう。───そして《砂漠の死神》も恐らくは。

 伊達に"世界最強の傭兵"などと呼ばれてはいない訳だ。

 

 ならば世界五指に入るだろう《砂漠の死神》を圧倒したサイタマという男は、一体何者なのか?

 そもそもどこから湧いて出た?

 何故こんなところで傭兵と()()を構えている?

 それに、それほどまでの者が今まで無名だったのはどうしてか?

 

 疑問はまだまだ残る。

 

「なぁ寧音。《覚醒》すれば身体能力が爆発的に上がったという話は聞いたことあるか?」

「……あるわけねぇだろ」

「しかし彼がそれを生まれ持っていた訳ではあるまい……そうであるなら、それこそ人間じゃない」

 

 《魔人》に至ったからと言って、只のパンチで林ごと消し飛ばせるはずがない。人間が体一つで、《砂漠の死神》に対抗出来るはずもない。

 《落第騎士》の師匠を名乗る男は全てが謎に包まれていた。

 

「───我々の知る《魔人》とサイタマは何かが違うのか?」

 

 証明が極めて難しい、そんな仮説が黒乃の中に生まれたのも当然の事かもしれない。

 

 サイタマは《魔人》であって《魔人》ではない───。

 

 彼は何もかもが前代未聞。黒乃や寧音の常識の外側にいる存在だった。

 

 それ故、彼女らが解を導けるはずも無かった。

 

 

【続く】




 
 サイタマだからこれくらいやってもいいよね!


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