ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ (死埜)
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1話目 転生 ~原作前ダイジェスト~

初めまして、死埜といいます。
よう実の世界観が好きで書いてしまいました。
初投稿なのでお目汚しになるかもしれませんが、温かく見守っていただけると幸いです。
そして今回はよう実と言っておきながら、要素が学校名ぐらいしかないことをご了承ください。


 

 

 

 

 

 世界には幸福なことで満ち溢れている。

 

 こういうことをよくファンタジー物のアニメとか、小説とか、映画やラノベなんかで見た、聞いたことがあると思う。

 

 

 

 本当にそうか?

 

 紛争地帯の子供や、好きでもないのに自爆テロをしなくてはいけなくなった人に向かって同じことが言えるのか?

 そもそも、それはプラスな人生を生きてきた人の価値観だろう。生まれてからマイナスの人生しか歩んでこなかった人間のことを考えたことがあるのか?

 

 

 私はそう思っていた。思っていたからこそ、マイナスになりたいと思っていた。

 生まれてから不自由なく過ごしてきた私は、きれいごとを聞くたびにその裏側に何があるのか気になってしまうことが増えた。納得できるものも多くあったが、それは私がプラスの人生を歩んできたからではないのかと感じることも多かった。

 

 生まれてきた時からマイナスだったら…

 私の価値観は大幅に変わっていたのではないか?

 

 

 

 

 そんなことを考えていたある日の大学生活の帰りに、私は赤信号に突っ込んできた車に轢かれた。

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 私は転生したらしい。

 

 私は0歳5か月ぐらいのある日に前世の記憶とも言えるものを思い出し、自我が芽生えた。とりあえず、生前と同じ男性だったことに安堵した。しかし、両親はいないようで、動くこともろくにできないまま施設のようなところで過ごした。その時から違和感を感じていた。

昨日施設で世話をしてもらっていたのに、次の日には今日施設に来たばっかりのようにして扱われる、というような毎日だった。さらに、私のことを気味悪がり(これは前世の記憶があり、普通の乳児とは変わっていたからかもしれない)1歳にも満たない子供に嫌がらせをする人が日に日に増えていった。そして施設を移すことになり、施設をたらいまわしにされるようになっていった。

 

 

 

 

 

 これが5歳ぐらいまで続いた。5歳のある日に私はようやく自分の中にある感覚に気付いた。自分の中にある違和感を感じた。前世では全く感じなかったような感覚。誰とも縁をつなげないような、自分自身が鉈になったような気味の悪い感覚。

 

 

 

 そして、自分の周りの空気全てがぶった切られているような感覚。

 

 

 ああ、そうか…

 

 私はマイナス(不幸)になったのか。そう考えるととてもしっくりきた。私の考えていたマイナスよりもだいぶプラスに近いような気はするが、気質的にマイナスだということならばしっくりくる。

 

 生まれて誰からも覚えられず、決して幸福になることはないのだとしたら、これこそがマイナスと言えるのではないだろうか?

 

 前世のプラスの人生とはまるで違うマイナスの人生。私はこれを経験するために生まれてきたのではないか?

 

 

 しかし、このままではとても生活なんてできない。

 毎日、「今日からこの施設でお世話になることになりました、小坂零(こさかれい)と言います。よろしくお願いします。」っていうのは正直疲れるし、学校に行くことになったらとても困ることになる。

 社会人として働くことになっても同じく困るのが目に見えているし、どうにかしてコントロールしないといけない…せめて、ON、OFFができるようになれば何とかなるはずだ。

 

 

_________________________

 

 

 あれから5年過ぎた。

 

 しかし、私はマイナスの気質をコントロールすることが出来ず、いまだに施設にいる。

 

 前世の記憶があるから小学校ぐらいの勉強は正直問題ないだろうと慢心していた結果がこれだ。未だに私はマイナスのコントロールができずにいる。

 

 誰かれ構わずに縁を切り、周りから孤立するという日々を繰り返している。これのタチの悪いところは毎日縁をつないでから切ることにある。初対面(私からしたら毎日見ている人)と仲良くなってから、縁を切る。こんなのをもう何年も繰り返している。

 

 正直狂いそうになったこともある。しかし、私のマイナスがそれを許してくれない。『狂う』という概念からの縁を切っているように思える。自死しないということすら、マイナスに働く。死なないのではなく死ねない。そんな中でさえ、私の考え方は未だにマイナスにはなってない。

 

 今の私の考えは昔と変わらず、前世のプラスの人生とはまるで違うマイナスを経験するということに尽きる。マイナスだからダメなのかも知れないと思うと同時に、マイナスにも何か意味があるのかもしれないと考えている。プラスだからマイナスのことがわからなかったように、マイナスになったからプラスの時にわからなかったことがわかるということがあるのかもしれない。

 

 ただ、私の感覚が何か違うといっている。

 マイナスの解釈が違うのか…?

 

 プラスが幸せだとしたら、マイナスは不幸。

 プラスが長所だとしたら、マイナスは短所。

 

 …そう考えたら私って幸福の中の不幸とか、短所の中の長所を探していることになるのか。

 …大学受験の時の面接を思い出すな。

 

 そうじゃないと感覚が訴えてくる。

 ここで止まっているからダメなのか…?

 

幸せ…不幸…

 

…………短所

 

…長所……

 

 長所は隠さないが、短所は隠すことが多い…?

 

 なんかそんな気がする。不幸であることをよく不幸自慢とかって言って言うことがあるけど、本当に不幸なことをさらけ出す人はむしろ気持ち悪がられていると思う。

 気心知れた人に言うとかとは違って、誰彼構わず「私は親に捨てられて施設をたらいまわしにされてるんだよね」とかいきなり言われても困るだろうし、何でそういうこと言うのって疑問に思ったりすると思う。

 そう考えると、私がマイナスの考え方にならないのは短所を隠そうとしているからなのか?

 

 でも、自分のマイナスってなんだ…?

 

 今は縁を切ってるのがマイナスだと思うけど、前世ではここまでひどくはなかったし………

 

 

 

 

…まてよ。

 

 

 前世ではここまでひどくなかったってことは前世でも私の短所は変わってないのか…?確かに私は人と仲良くするのが苦手でコミュ障気味だと思ってたけど、縁を自分から切りに行くようなことはしていないと思う。

 

…本当にそうか?

 

 よく考えたら、自分から独り立ちするといって家を出て、そのあとの大学生活で私が一回でも家に電話を入れたことがあったか?

 

…そうだ、思い出せ

 

 友達と高校で別れてから同窓会するとか言っても自分から断っていた。中学の友人とも卒業してからはあったことがない。

 

…それだ

 

 もしかして私は盛大な勘違いをしていたのではないか?

 

 友人と呼べるような人がいなくても私はプラスだと思ってた。

 しかし、人間としてみてそれが本当にプラスの人間なのか?

 

 私は元からマイナスの気質を持っていたのではないか?

 

 

 そうか…私は前世から生まれ持ってマイナス気質があったのだ。それに気付かずに過ごしていただけで。生まれ変わってからマイナスの気質が大きくなっただけで、元から持っていたのか。

 

 

 とてもしっくりきた。この感覚は恐らく体が、心が納得している感じ。

 自分の中のマイナスを受け入れること。

 それがマイナスを操作する方法。

 

 ON、OFFなんてできるわけがない。

 

 自分の存在そのものをONとかOFFとかできないのと同じだ。死ぬか生きるかで、死んだ後に生きることはできない。

 

 ON、OFFをしたいなら死んでOFFになるしかないということだ。

 

 

 だけど、マイナスが自分の元々の気質だと自覚した今なら強弱をつけることができるかもしない。

 

 自分の中のマイナスを感じて…その中の剥き出しの鉈のようなマイナスを私の意思でケースに入れる。

 

 

 ……自分の中のマイナスが収まっていくイメージがする。消えるのではなく、私という外殻に内包されていくイメージ。

 

____________________

 

 結論から言うと私はマイナスの制御に成功した。

 

 と言っても、意識しなければ他の人からすると気持ち悪さが抜けていないみたいだ。しかし、少なくとも次の日になってからもう一度あいさつするというようなことはなくなった。毎日同じ自己紹介をしなくてよくなったというだけでもだいぶマイナス的退化(プラス的成長)をしたと言える。

 マイナスになりたかったというのにいざなってみるとプラス側に戻りたいと思ってしまうあたり、自分の意思が弱いものだと思い知らされる。軽い気持ちでマイナスになりたいと思ってしまったことが間違いだったのだと気づいた半面、マイナスになってマイナス側のことも知れてよかったと思っている自分がいる。

 

 

 みんなで仲良くと言っている大人が自分には暴力を毎日振るってくる。

 

 子供たちで遊ぶと自分だけ常に一人にされる。

 

 そしてその子供たちからは陰湿ないじめを受けている。

 

 

 …まあいいや。考えたってどうしようもないし。こういう経験は前までの自分では味わったことのない経験だ。こういう経験をしてみたかったと感じる反面、知らなければよかったと感じることもある。一概に良かったとは言えないが、自分の中のマイナスを知ることができただけでも今の自分は満足している。

 

 

__________________________________________

 

 

 

 

 

 そんなことを繰り返して12歳になった。12歳になって初めての施設に移ったが、そこで私は常に意識して全力で自分の中のマイナスを抑えていた。いい加減に中学校ぐらいでないとまずいと感じたからだ。前世の記憶があるから小学校程度の勉強ならやらなくてもいいと思っていたが、よく考えたらこの学歴社会において小、中学校を出ていないというのはとてもまずいのではないかと思った。

 

 今更かよ、って思うかもしれないが転生してからマイナスに振り回された結果、明日の食事がもらえるかも怪しい生活+周囲の人間から常に虐げられる生活を繰り返していたのでそんなことを考えている暇がなかった。いや、マイナスになりたかった身としてはほぼほぼ自業自得と言われればそれまでなのだが、これから生きていく身としては学歴が欲しい。

 お金が欲しい。

 虐げられない住居が欲しいのだ。

 そのためにも、中学校を出て全寮制の高校に行く。これが第一目標だ。

 

 そのためには、マイナスを抑えて中学校に通えるようにならないといけない。今の私は、施設で小学校の勉強をしている。成績は優秀で(前世でやっているので当たり前ではあるが)来年の4月からは中学校に通う手続きをしてもらう予定だ。

 今は10月なのでまだ期間は開いているが、それまで同じ施設の子供たちの勉強や面倒を見るポジションに就いて他の子供の勉強を見ながら自分の勉強をしている。私の悪い噂が施設にも回っているみたいだがマイナスを全力で押さえている今、その噂を信じる者はこの施設にはほとんどいない。

 

 そのため、私は前世の記憶を生かして自分に都合のいいポジションの維持に成功している。小さい子供たちからは慕われ、中学生たちに交じって勉強をする。

 このときに、中学生に教えてもらいながらやることで中学生からは「勉強を必死に教えてもらっている小学生」というポジションを確保している。掃除や洗濯も率先して手伝い、料理も一通り教えてもらった。

 

 このままいけば、私は問題なく中学校に行けると思う。マイナスでも、努力すれば何とかなるんじゃないかという希望が私の中に生まれてきている。

 

 その反面、そうじゃないと囁き続ける自分もいるが今は無視することにする。転生してファンタジーの世界に行ったのならまだしも、普通に現代社会に転生したのでは学歴があるかないかで大きな差があることは明白だ。

 

 私は、生きたい。

 

 死ねないが、本心から死にたいと思ったことはない。

 

 気が狂いそうになっていた時も、いっそのこと死のうと思って()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、内心これでは死なないと直感的に感じていた。それで死ねるならいいやと自棄になっていたのは事実だが、本心から死にたいとは思っていなかった。

 

 …今考えると、何で鉈なんか持ってたんだ私は? 

 しかも頭にぶっ刺したのに死ななかったって実は人間辞めてたりするのか?マイナスになったら打たれ強くなるのか?

 そんな馬鹿なことが現実であるのか?

 

 …まあいい(私には関係ない)や。そんなことより、とにかく私は施設から追い出されないようにして、中学校に通わなくてはいけない。そして、全寮制の高校に行った後に就職をして平穏な(マイナスな)人生をつかんで見せる。

 

 正直進んでしたくはないことだが、これから生きていくためにも勉強は続けよう。そのついでに体作りもしておこう。中学校に行ったら空手部か柔道部に入って、マイナスでも普通に生活できるぐらいの力(物理)をつけよう。

 転生してからやたら不良に絡まれるようになったし、階段から落ちて怪我をすることとかも増えた。

 これもマイナスになったからだとしたら、逃げるぐらいの体力と事故ったときに怪我をしづらいようにしないといけない。痛い思いはあまりしたくないし、金がかかるのも嫌なのだ。

 

「零ー、ご飯作るから手伝ってー」

 

「今行くー」

 

 食事当番の子に呼ばれたので、これから手伝いをしに行く。将来的に一人暮らしをすることを考えると、この手のスキルは持っておいて損はないと思う。

 

 それじゃあ、また今度とか。

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 そうしているうちに中学校生活も残りわずかになった。

 

 中学生になってから、必死になって勉強した結果今まで学年1位を他の人に渡したことはないぐらいの成績をキープしている。部活は空手部に入って、地区大会決勝まで進んだが、昼食に買ったお弁当が悪かったらしく腹を壊して辞退する結果となった。やっぱりマイナス的には勝負ごとになると最後の最後で負ける呪いがあるように思える。

 

 クラスではあまり目立つようなことはしていないが、ハブかれるようなポジションにもならなかった。マイナスを抑え続け、学校でマイナスを解放したことは一度しかない。その一度も、人はほとんどいなかった時なので見ている人もほとんどいないと思う。

 

 そんなこんなで中学校生活を過ごしているうちにあっという間に高校受験のシーズンになった。私は頭のいい学校でなおかつ、全寮制の学校を探していたら、『高度育成高等学校』というものを薦められた。

 

 

 先生曰く、卒業したら好きなところに就職、進学ができる高校。

 

 友人曰く、そこからならどこでも好きな進路に行ける高校。

 

 嘘か真かはわからないが、施設で世話になっていた身としては国立で頭のいい全寮制の学校を目指していたので願ってもない話だ。

 あの施設から、こんな頭のいい高校に行く人がいたんだぞーってなったら寄付が増えるかもしれないし、知名度アップに使えるかもしれない。そうなったらあとから入ってくる子たちが喜ぶだろうし、受けた恩を返すぐらいにはなるだろう。

 自分から言いふらすつもりはないが、周りが勝手に騒ぎ立てる分には構わないし、問題ないだろう。

 

 

 何よりも私に直接関係があるわけじゃないし。

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 とりあえず、そんなこんなで受験が終わり、無事に合格通知が来た。施設のみんながとても喜んでくれたし、これから会うことは少なくなるから小さい子供たちは泣いていた。

 

 制服代とか、学費とかも、奨学金の他に施設のみんなが用意してくれた時には、前世の私ならとても感動していたと思う。今の私はそれすら特に何とも思わないが、とりあえず表面上はとても感激しているふりをして感謝の気持ちを送っておく。

 

 問題はそんなことじゃなくて、やってきた制服だ。どこかで見たことのある制服だと思ったらこれもしかして前世で見たアニメのキャラクターが着ていたやつとそっくりじゃないか?

 確か、『ようこそ実力至上主義の教室へ』とかそんなタイトルのアニメだった気がする。いや、元はラノベだったか?

 この世界では前世で見たようなアニメとかラノベとか小説がほとんどなかったけど、まさかこのためなのか?

 本当にそうなのか?

 

 自分が持っているマイナスと呼んでいるこの感覚も、今考えたら『めだかボックス』の過負荷(マイナス)とめちゃくちゃ似てるし。ていうことは、マイナス成長したら鉈を好きなように出せるのか?

 

 何で今の今までこんな重要なことを忘れていたのか。制服を見た瞬間に前世で見た漫画とかラノベとかアニメとかの記憶が一瞬で戻ってきた感じだ。

 前世の私はそこそこ漫画とかラノベとか読むオタクと呼ばれても否定できない人間だった。その私が制服を見るまで漫画とかラノベとかのことを一切忘れているなんて、これもマイナスが関わっているのか?

 

 

……考えてもよくわからないし、自分の中の感覚もどうでもいいって言っている気がする。

 

 

 まあいい(私には関係ない)や。

 

 どうせ考えたところで今を生きていかなくちゃいけないことに変わらないんだし、ここがラノベやアニメの世界だとしても、自分が主人公じゃないとしても、そんなこと私には関係ない。

 

 文字通り『無冠刑』(ナッシングオール)

 『めだかボックス』のマイナススキル風にしたらこんな感じ。

 ありとあらゆるものが私と無関係になるだけのスキル。

 私の本質であり、私の生き方。

 誰が何をしてどうしようが関係ない。

 私は私という自我を持ち、私として生きていく。

 仮にここが「ようこそ実力至上主義の教室へ」の世界だとしても。

 仮に主人公が綾小路…君?だとしても、私がやることは変わらない。マイナスを知る。プラスを知る。そして自分が納得できる答えを見つけるのだ。

 

 空手部の先生には「歪んでいる」と言われたこともあったが、私は私を変える気はない。自分の在り方を偽るのは理解できるが、自分のやりたいことまで偽る気はない。自分がしたいことをしたいようにやる。

 

 それで誰かが不利益を味わっても知ったことではない。

 

 だって私には関係ないから。

 

 何処まで行ったって人は他人にはなれない。同じ人間がまるっきり同じ空間に重なって生活できないように。呼吸のタイミングを合わせても肺活量の違いで吸う空気と吐く空気の量が違うように。勉強だって、同じことを同じだけやれば全人類が覚えるわけじゃないように。双子でも生活環境によって性格が変わるように。肉親ですら自分の子供を捨てるように。他人と自己はどこまで行っても同じにはなれない。

 

 

 故に無関係(無冠刑)

 故にどうでもいい(マイナス)

 

 

 人はどこまでも自分勝手で他人のことを見ない。見たとしても、自分に利益がなかったら無視をするのが人間だ。

 

 私は普通(ノーマル)の外郭で身を包みながら過負荷(マイナス)を隠して生きていく。ところどころ思考がマイナス寄りになっているが、それはもういい。

 

 私には関係ない(他の人はどうなってもいい)から。




このオリ主は神様に会っていません。
過負荷(マイナス)が大きくなったと思っているのも、環境によるものと事故死によるマイナス成長の部分が大部分です(他にはマイナスへの歪んだ憧れ)。
また、施設関係のことは大部分が妄想で作られているので実在するものとは全く関係がないことをここに明記します。


補足:過負荷(マイナス)について
 一言でいえば見ただけで気持ち悪い人。普通の人間がマイナスの人間を見た場合に真っ先に思うことは関わりたくないか、気持ち悪い。やることなすこと正の方向に動くことはなく、最終的に敗北する運命にある。ルールのある勝負になるとまず勝てないが、すべてを台無しにして去っていくような存在。
 根本的には弱者であるが、その弱い部分をさらけ出すことを常としているので普通の人からするととても気持ち悪いものに見える。
 弱者で虐げられる存在だが、大体他への被害の方が大きいので関わらないことが一番。

特別(スペシャル)
 普通の人とは違って何か秀でたものがある人。秀才と呼ばれる人がこの分類になると思われる。

異常性(アブノーマル)
 普通の人とは違って特化して秀でたものがある人。特化しすぎて、それが異常な域まで発達したもの。

スキル
 マイナスやアブノーマルの特徴が具現化したもの。目に見えるものや見えないものもある。わかりやすく言うとファンタジーの世界で火を出すとかそんな感じの解釈でよい。



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2話目 入学


主人公はよう実をアニメがやっていることを知っていてちらっと見たぐらいで、残りは小説を少しと舞台設定ぐらいしか知りません。
その記憶も15年以上前のものなのでかなりあやふやになっています。


 桜が舞い落ちる季節とはよく言ったものだ。前世で北海道にいたときは「4月とか普通に雪降る日もあるし、何なら吹雪の日もあるけど?」とか思っていたけど、東京にいる今では桜が舞い落ちる季節と言われると納得できる。

 

 はらはらと散っていく桜を見ると、春の(プラス向きな)季節がやってきたんだなと思う。とは言っても、マイナス的には正直どうでもいい感が否めない。むしろ新品の制服に花びらが付いて鬱陶しいまである。

 これから通うことになる「高度育成高等学校」は現金の類を一切持って行ってはいけないそうだ。尤も、施設で暮らしていた私はほとんど現金なんかもってないし、持っていくものも勉強道具の類と衣服ぐらいしかない。

 

 私は制服が届いてから入学するまでの間にマイナス成長ができないか試みた。が、結局それは達成出来なかった。もし出来ていたのなら、好きに鉈をとり出せるようになって便利なのではないかと思ったのだが、精神的なものを無理に変えるのは今の私では無理だった。裸エプロン先輩みたいに螺子を出す感覚で鉈を出せるんじゃないかと思ったが、今の私ではマイナス的にもっと成長しないとダメなようだ。

 施設での居心地を良く(プラスに)しすぎたのが敗因だと思う。今では職員も子供もみんな慕ってくるようになったから(マイナス)を抑えずにはいられなくなっている。だからといって、入学してからぶっつけ本番で出すのも怖い。

 

 記憶が正しければこの学校、結構な箇所に監視カメラがあるのだ。生徒の行動を見張り、クラスポイントの減点をする用途であったはずだ。その監視カメラにどこからともなく表れた鉈を持っている私が映ろうものなら、もれなく研究所送りは免れないだろう。

 そんなことになったらわざわざ勉強してまでこんな学校に来た意味がなくなってしまう。それは避けたいので感情(マイナス)を爆発させないようにしなくてはいけないが、学園物的には感情とかラブコメとかの世界なはずだから抑えきれるかが心配だ。

 

 そんなことを考えながらバスに揺られていると、前の方からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。どうでもいいが、大きい声で言っているため嫌でも耳に入ってくる。

 

「席を譲ってあげようとは思わないの?」

 

 声の感じからして若い女性といったところだろう。朝っぱらから鬱陶しいことこの上ない。

 

「君、おばあさんが困っているのが見えないの?」

 

 煩いなと思いながら前の声のする方を見た。予想通り若いOL風の女性が私と同じ制服を着た金髪の男子高校生に言っているみたいだ。女性の隣には何となく辛そうなおばあさんが立っている。

 

 露骨に優先席の前で辛そうにしていて席譲ってほしいんですアピールでもしているのかな、あのおばあさんは?

 笑っちまうくらい馬鹿らしい。

 

 そんなことを思った。実際辛そうにしているから本当かどうかは知らないが、過負荷(マイナス)な私としてはそんな風に思ってしまう。きれいごとでしかものを見れないなんて正直くそくらえだ。

 

「実にクレイジーな質問だねえ、レディー」

 

 そんな声が聞こえた。もしかして彼もマイナスなのかと思ったが、そんな雰囲気はまるでしない。むしろ、特別(スペシャル)な人間だと直感的に感じた。自分とはまるで反対なプラスの人間。

 

 しかし、そんな人間が何故そんなことを言うのか興味が湧いた。

 

「何故この私が、老婆に席を譲らなければならないんだい? どこにも理由はないが」

 

「あなたが座っているのは優先席よ。お年寄りに席を譲るのは当然のことでしょ?」

 

「理解できないねぇ。優先席は優先席であって、法的な義務はどこにも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断することなのだよ。若者だから席を譲る? ははは、実にナンセンスな考え方だ」

 

 …なるほど、そういう考え方もあるのか。プラスの人間というのはどいつもこいつも道徳的で、倫理的なものとばかり思っていた。実際、前世の私も社会貢献としてボランティアをした経験がある。

 だが、今考えてみたら道徳とか倫理で義務は()()()()()。ぱっと見自己中心的でマイナスな考え方にも見えなくはないが、正しいことともいえる。

 

 

「そ、それが目上の人間に対する態度!?」

 

「目上とは年上ではなく、立場が上の者をさすのだよ。それに君も私より年上とはいえ、随分と生意気で図々しいと思うが?」

 

「くっ…あなたは高校生でしょう!大人の言うことは素直に聞きなさい!」

 

「あ、あの、もういいですから…」

 

 …正論で聞かないから年上であるということを誇示して無理やりいうことを聞かせようとする。気持ち悪い。吐き気がしそうなほど自己中心的(マイナス)な考え方だ。尤も、マイナスの私には誇示するようなものさえないが。まあ普通(ノーマル)の人間なんてこんなものかと思ったら納得できる。

 普通(ノーマル)か、特別(スペシャル)か、いるかわからないけど異常性(アブノーマル)か、過負荷(マイナス)かでいったら一番怖いのは私は普通(ノーマル)だと答える。単純に数が多い。それだけで少数の意見というものは封殺できるのが社会だ。

 能力面で見たら劣っている普通(ノーマル)も、権力と集団の力を利用すれば異常性(アブノーマル)にさえ勝てるだろう。

 

 

「どうやら君よりも老婆の方が物わかりが良いようだ。いやはや、まだまだ日本社会も捨てたものじゃないな。残りの余生を存分に謳歌したまえ」

 

 いい笑顔でそういった彼のことを、私は評価したい。この状況でそんなことを言えるような人間は希少だ。バスという閉鎖空間で、周りは言葉を放たずとも「早く席を譲ってやれ」という空気で満ちている。

 そんな中で、自分を曲げずに発言している彼はなかなかの大物だろう。

 周りの人間は我関せずとしているが、後ろのほうの席に座っていなかったら前に行って話してみたいと思うほどには彼は素晴らしいと思う。

 

 それこそ、一歩道を外せばこっち(マイナス)側になるんじゃないかというほどには。

 

 

 

「あの、私もお姉さんの言う通りだと思うな…」

 

 近くにいた同じ制服を着た少女がそういった。ここまできてようやく私は、これが原作の場面だということに気付いた。確か、高円寺君?と櫛田さん?が主人公に見られる的な場面だった気がする。

 というと、どっかに主人公(綾小路君)がいることになるが、まあ正直どうでもいいので放置することにする。

 

 もしかしたらマイナスになれるかもしれない人間が、まさか原作登場人物だったとは思わなかった。まあ、原作に出て来るような人間がマイナスになることはないだろうから、私の思い違いということになるだろう。

 少し悲しい気もするが、そもそも私以外にマイナスの環境の人間はいても、マイナスの気質を持った人間には未だにあったことがない。裸エプロン先輩みたく、仲間を増やしてエリートを抹殺と言っても仲間がいないんじゃ話にならない。

 そうは言っても、今の私にはエリート抹殺なんてどうでもいいが。

 

 原作の場面だと思ったらなんかどうでもよくなってきた。とは言っても、これ以外の場面はあまり知らないし、話もあらすじ的なものしか覚えていない。主人公(綾小路君)は確かDクラスだったと思うが、正直他のクラスになった場合ほとんど知らないことだらけになると思う。

 まあ、そうだとしても私には関係ないか。原作知識だけで生きていけたとしても、詳しく見ていたわけではない上に10年以上前に見たものを全て記憶しているわけではない。

 

 

 そんなことを考えているうちに前の方がまた騒がしくなったが、今の私はもう前の方に対する興味を失っていた。

 今大事なことは、これからの学校生活でどのように振るまうのかだ。

 

 マイナス全開で行くのか、マイナスを抑えたまま生活するのか。全開にした時の利点は、マイナス成長できるかもしれないということ、抑えることに無駄に精神力を使わなくていいことがあげられる。マイナス成長した場合、私は無冠刑(ナッシングオール)を好きに使えるようになるかもしれない。

 さらに、鉈を裸エプロン先輩の螺子みたいに出せるようになればもう言うことはないだろう。マイナスを抑えるのに、無駄に集中力を割かなくてもいいし、何より素の自分をさらけ出したいと思うところはある。

 だが、デメリットが多すぎる。まず、そもそもマイナス成長して無冠刑(ナッシングオール)が自在に使えたとしても、私は人間を辞めたいわけじゃないので正直困る。

 むしろ、狙われるようなことを避けたい以上マイナスをさらけ出すのも悪手だろう。クラスのみんなから省かれ、いじめにあうのが目に見えている。

 中学校の時に部活に出てきて部員を潰していったOBを潰した時にマイナスを解放したが、十分ぐらいお話しただけで彼は引きこもりになり高校を辞めてしまったそうだ。

 

 そんなものを常にさらけ出していたら学校崩壊が起こるだろう。それは私の望むところではない。私は卒業して就職しなくてはならない。学校崩壊を起こした学校を卒業してやってきたなんて言われたら、何を言われたかわかったもんじゃない。生活していくうえでそういう面倒なことにはあまりかかわりたくないのが本音だ。

 

 マイナスを持っていても普通に暮らす。

 それが私の目標なのだ。

 

 そのためにはどんなに底辺(マイナス)だろうと卒業しなくてはいけない。原作ではAクラスじゃないと望む進路は得られないと言っていたが、個人の成績が優秀ならばある程度のところへは就職や進学ができるはずだ。金銭的に厳しいから、進学はできなくても就職できればとりあえずいい。

 もし、国立大学に自力で入学できるだけの学力があれば、奨学金を借りながらの苦学生もできるだろう。無理に大学に行くことに意味があるとは思えないが、いいところの大学に入ればいい就職ができるのはこの世界でも変わらない。

 

 平和に、普通に、マイナスで生きる。

 そのためなら私は何でも利用しよう。

 

 

_____________________________

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、バスが停止し、目的地についた。赤いブレザーという、「二次元かよ!?」と言いたくなるような制服の集団が一斉に下車した。

 見ていた(読んでいた)側としては、内心テンションが上がっていることを隠しきれない。

 学校についた私はとりあえずクラス分けの張り紙を見に行った。他の赤い連中に合わせて後ろからついて行き、張り紙を確認して自分の名前を探した。

 

 そして私はクラス分けの紙から自分の名前を見つけた。それによるとどうやら私はAクラスになったようだ。原作知識がほとんど絡まないようなところでうれしい反面、私みたいなマイナスがAクラスになれたということに内心ほくそ笑んだ。

 

 マイナスでもやればできるんじゃないだろうかと思えた瞬間だった。

 

 今まで、バットで殴られたり、はさみで太ももを切られたり、鉛筆で手のひらを突き破られたり、熱湯を背中にかけられたり、殺虫剤を吹きかけられたり、食器を投げられたこともあったけど、マイナスでもAクラスに入ることぐらいはできるんだと思うとなんだか嬉しくなった。

 

 そんなことを考えているうちに教室についた。入ってすぐに、教室内の監視カメラがあることを見つけた。

 よく見ないとわからないような場所や、意識しないとわからないようになっているものがあるが、他人からの悪意にさらされて生きてきた(マイナス)にとってはこれぐらいすぐに感知できる。

 壁の一部の色が違う部分を見ながら、私は頭の中にカメラの場所を入れてておくことにした。

 

 とりあえず周りに合わせて席に座った。一通り周りを見渡すと、個性的な人がいると感じた。特に隣の席の銀髪でベレー帽をかぶった特徴的な美少女と、スキンヘッドの真面目そうな男が印象に残った。

 

 …あの男とてもプラスな人間な気がする。あくまで雰囲気でそう感じただけだが、堅実に何かを積み上げれば何でもうまくいくと思っているような考え方。そんなものを持っているような感じだと私の中のマイナスが訴えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……気に食わない。

 

 

 そう思った瞬間、私の中のマイナスが少し漏れた。鉈のようなマイナスが私という外殻から漏れ出す。私の周りの空気が一瞬で別の世界のものと錯覚するような気配に変わる。私の周りの空気が断ち切れて、細切れになるような錯覚。

 それを自覚した瞬間、私はマイナスを急いで封じ込めた。周囲の人間はまず気づかないような刹那の中で起こったはずだが、クラスメイトがみんな鳥肌を立たせているのがわかる。

 

 やってしまった…。

 そう思った直後、隣のベレー帽をかぶった銀髪の美少女がこっちをめちゃくちゃ見ていた。間違いなく、今の寒気の原因が私だと気付いた様子だ。私は寝るふりをしてそれをやり過ごすことに決めた。

 

 腕を枕代わりにして机に前のめりになると、ふと右側から悪意を感じた。

 具体的には路地裏に入った時に、不良が殴りかかってきた時に感じたものと同じものだ。

 

「!?」

 

 私が咄嗟に身を左側に寄せると、私がいた位置に少女が持っている杖の先端があった。そして少女がこっちを笑顔で見ている。私はその少女の笑顔に笑顔で返すと、また机に向かって寝る体勢を作った。

 

 

「っ!?」

 

 今度こそ私の脇腹に杖の先端が刺さった。変な声が出そうになるのをこらえながら少女の方を見ると、とてもいい笑顔で少女がこっちを見ていた。

 

「ずいぶんと酷いことをするね?」

 

「一度躱した後にまた寝ようとした方がどうかと思うのですが?」

 

「いきなり杖でつついてくるような、言語も交わせないような奴と話す気はないと思っただけだよ」

 

 私がそう皮肉で返すと、少女は少しむっとした顔になった。

 

「これは申し訳ありませんでした。私は坂柳有栖(さかやなぎありす)といいます」

 

「私の名前は小坂零(こさかれい)です。それで、どうかした?」

 

 そういうと彼女は少し考えるような顔をした。

 

「…さっきのはあなたですか?」

 

 

 直球で聞いてきたか。

 少し驚いたが、周りの人を見ると他のクラスメイトと話していてこっちのほうを見ていないように見える。

 それなら、下手なことをして注目を集めないほうがいいだろう。

 

「なんのことですか? 

 もしかして中二病が抜けていないとか?」

 

 手っ取り早くとぼけることにした。

 他の人に聞かれたらめんどくさいし、馬鹿正直に話す気もない。

 

「中二病…?まあいいです」

 

 そういうと彼女は前を向いてしまった。あわよくば気のせいだったと思ってほしいが、最悪退()()()()()()()()()()()()

 マイナス全開で話をすればそのうち相手から「私が悪かったです」とか「もうしません」とか言ってくるようになる。それに「私には関係ない」とか「私は悪くない」って合わせて心を折りに行くまでがワンセットだ。

 裸エプロン先輩の真似だが、それだけで普通の人なら心はあっさり折れてくれる。中学の時にも一度実践していることもあり、隣にいる彼女もその例に漏れないだろうと思っていた。

 

 そんなことを考えていると、担任と思わしき先生が教室に入ってきた。短髪のスーツを着た男の先生だ。

 

「おはよう、Aクラスの諸君。私はAクラス担当の真嶋智也だ。初めに言っておくが、この学校において、学年ごとのクラス替えは無い。卒業まで私が三年間君たちの担任、ということになる」

 

 そう言った後、真嶋先生はこの学校の説明をした。多くの人は配られた資料を見ながら、話を聞いていた。

 現金を必要としないポイントシステム。開幕から10万ポイントがもらえるという胡散臭さ全開のあれだ。毎月頭にポイントを支給されることになっているが、10万ポイントが毎月支給されるとは言われていない。

 

 つまり、そういうことだ。

 

 原作でもそうなってたはず。

 

 故に実力主義の教室。

 

 この説明をしている時にクラスがざわついた。まあそうなるなと思う反面、冷静に考えると頭がおかしいように見える。1クラス40人。それが4クラスで160人。合計1600万円。

 高々エリートを育成するのにそんなにお金をつぎ込むことがいいのか理解に苦しむ。マイナスから搾取したお金はこういう風に使われることになるのかと思うと、裸エプロン先輩がエリート抹殺とか言っていたのもわかる気がする。

 

 しかも、これが毎月入るとか考えているやつらは頭がおかしいとしか思えない。3学年合わせて480人(退学者は考慮しない)。4800万を12か月。5億7600万円。1年間で毎年この額を何もしないで吹き飛ばすって考えるなんて正直馬鹿なんじゃないだろうか。

 うまい話には裏があるとはよく言ったものだ。前のプラスの中にいると思っていた私がこの話を聞いたらそっち側にいたかもしれないと思うと鳥肌が立つが、今の私はそんなことは思わない。

 

 善意に騙されて悪意を受けてきた私はすぐに裏のことを考える頭になっている。

 

 

 そんなこと思っていると、真嶋先生の話が終わったようだ。

 スキンヘッドの彼が自己紹介を切り出した。葛城康平というらしい。Aクラスの中で親睦を深めようときれいなことを言っている。

 

 自己紹介の様子を見ていると、坂柳さんの方に固まっている集団と葛城君の方に固まっている集団が見える。早くもグループというものができたのだろう。普通(ノーマル)の怖いところはこれだ。すぐに群れを作って他のグループを蹴落とすこと。悪意も善意もないただ堕落した集団が善意と悪意を退けるなんて様は割とよくある話だ。

 

 

 

 私には関係ないが。

 

 

 

 自己紹介をしているクラスメイトをしり目に、他の人に気付かれないように教室から出ようとした。

 

「小坂君、どこに行くんですか?」

 

 気づかれないように出るつもりだったが、坂柳さんに見つかってしまった。席が隣だったから仕方ないといえば仕方ないが、他人との縁がすぐ切れる私を見つけることができたことに驚いた。

 

 いや、よく考えたらさっき話して縁をつないでいたことになるのか?

 

 そう考えると見つかるのも当たり前と言える。特に考えなしに行動していたのが裏目に出てしまった。

 

「大勢の前で自己紹介をするのは苦手なんだ。先生にも聞きたいことがあったから抜けようと思ったんだけど…」

 

 とりあえずこう言って教師に用事があったことにしておく。こう言っておけば、用事があったから仕方ないとも取れるし、人見知りだったから仕方ないとも取れるだろう。

 

「そうだったんですか…。三年間一緒に過ごしていくことになりますから、自己紹介をと思ったのですが…」

 

 彼女はそう儚げな雰囲気を纏って言ってきた。ここで断ると私の心証は最悪になるだろう。体の弱い美少女のお願いを断った屑として扱われることになりそうだ。

 普通(ノーマル)ならまずここで自己紹介をするんだろう。(マイナス)を抑えてなければ全力で返すのだが、そんなことをする意味も特にない。

 

 無価値で無意味で無力で無責任であるとは自覚しているけど、普通(ノーマル)を取り繕う上ではそういったものを隠さないといけない。

 

「……そうしたら、自己紹介を先に済ませてから職員室に行くことにしようと思ったんだけど、今してもいいかな?」

 

「今して、と言ってももう小坂君の番でしたよ?」

 

「あ、そうだったんだ。じゃあ改めて、私の名前は小坂零っていいます。中学校では空手をやっていたのですが、人見知りなところがあってこういう大勢の前で話をするのが苦手です。三年間よろしくお願いします」

 

 私が言い終わると、葛城君が拍手をしてくれた。彼の拍手を皮切りに、クラスのみんなが拍手をしてくれる。

 

 なんて気持ち悪い光景だろう。

 

 人見知りな人をここまで善意で辱めることができるなんて。これだから普通(ノーマル)は怖いんだ。

 

 私はそう思うと同時に職員室に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________

 

5月上旬時点

 

 

氏名 小坂零 こさかれい

クラス 1年A組

部活動 無所属

誕生日 6月6日

 

学力 A-

知性 A-

判断力 A-

身体能力 A-

協調性 C-

 

面接官からのコメント

入学時の成績も非常に高く、諸事情により小学校には通っていない模様だが中学校の成績を見ても問題ないと判断できる。コミュニケーション能力に少しばかり問題があるようだが、一般的な受け答えはできる上にクラスになじんでいるとの報告も来ている。面接時の応答も問題なく、身体能力も空手部の大会で地区大会決勝まで進んだことから問題ないと判断できる。以上のことを踏まえ、Aクラス配属が妥当である。

 

担任メモ

 

今のところ坂柳さんと一緒にいることをよく見かけます。他の生徒とは一線を置いているようにも見えますが、これからの人間関係の構築に向けて頑張っている様子なので引き続き経過を見ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(備考:過負荷(マイナス)無冠刑(ナッシングオール)』)

 

 

 

 

 



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3話目 初日の話

 結局職員室に行こうとしたら、どこにあるのかわからなくって帰ってきた。そのことを坂柳さんに話したら笑われた。人が真面目に職員室に行こうとしたのに笑うなんてなんて酷い人なんだ、とか思ったり思わなかったりしたけど、まあどうでもいい(私には関係ない)

 

「ところで小坂君。この後入学式が終わったら、私達は食事に行こうと思うのですが一緒にいかがですか?」

 

 不意にそんなことを言われた。今このAクラスでは、スキンヘッド同盟(葛城グループ)と、病弱少女見守り隊(坂柳グループ)とで別れている。こんな中で私が目の前の病弱少女(中身腹黒間違いなし)からのお誘いを断ったとなれば、もれなくスキンヘッドになる(偏見)。

 第三勢力を作るようなカリスマ性がないのはわかりきっているし、断ると孤立するか、スキンヘッドになるかの二択だ。

 …流石にふざけすぎか。まあ、言葉に出さなければどう思っていたって私の自由だ。だから、『私は悪くない』。

 

「私でよければご一緒しましょう」

 

「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね」

 

 

 こんなことを話していたせいで周りのクラスメイトから目を付けられた。私の方を見て「誰だあいつは?」とか、「坂柳さんの恋人か?」などと好き勝手言ってる。こういう悪意ある視線に晒されるのはいつものかとだから何とも思わないが、これを狙ってやられたのだとしたらタチが悪いな。

 そう思いながら横を見ると坂柳さんがこっちを見てにっこり笑った。

 

 その見るものすべてを魅了するような笑顔を見ても気持ち悪いとしか感じられなくなった(マイナス)は、とりあえず愛想笑いで返した。

 

 

 

 

_____________

 

 

 面倒くさい入学式が終わった。めちゃくちゃに乱入してみんなぶっ壊したくなるようなめんどくささだった。もっとも、そんなことしないしできないが。

 

「それではみなさん、行きましょうか」

 

「どこの店に行くのかは決めてるのか?」

 

「来る途中に見つけたファミレスあたりにしようと思ってます」

 

 そんなことを考えているうちに、坂柳さんたちがどこに行くのか話していた。食える物を出してくれればどこでもいいと思っている私は、早く終わらないかなとか思いながら彼女たちについて行った。

 

 歩きながら考える。原作ではエリート集団がAクラスになると聞いていたが本当にそうなのかと。

 エリートといえばそういえなくもないが、特別(スペシャル)な人間は坂柳さんぐらいしかいない。

 その彼女も表立って特別なことがあるというよりは、()()()()()()()()()()()()()()のではないかというところがある。本来なるはずだった型を壊して当てはまっているような感覚がする。

 

 本当にこんな奴らがエリート集団なのか?

 まあそもそも私が混ざっている段階でプラスの集団とは言い難い。私が思うに彼女たちを壊すのはそこまで難しくないだろう。お話すればすぐ壊れてしまいそうな感じがある。というより、何もしなくてもそのうち下り落ちていきそうですらある。

 張りぼてのリーダー(葛城君)なんちゃってラスボス(坂柳さん)、この二人以外は頭がいいだけの凡人と大差ないように見える

 

 主人公補正が入った主人公(綾小路君)にマークされたら一瞬で崩壊することになるだろう。

 それこそ、裸エプロン先輩が露出狂生徒会長に負けたように。

 

 世の中には勝てない人種が存在する。

 特別(スペシャル)ぐらいじゃ主人公(アブノーマル)には勝てない。

 過負荷(マイナス)はそもそも勝てない。

 まあ、マイナスの私がAクラスにいる以上、下り落ちていくのは確定事項のようなものか。

 

 

 

「…小坂君?」

 

 

 

 この中で私はどうすればよいのか。マイナスであることを隠しても、最後の最後で必ず負けることは去年の空手の大会で思い知った。

 かといって、このまま主人公に何もできずに轢き殺されるのも癪だ。マイナスの私としては裸エプロン先輩みたいに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「小坂君?…聞こえてないみたいですね」

 

 

 

 

 裸エプロン先輩みたいに心の底から勝ちを渇望しているわけではない。前世では普通に勝っていた私は勝利の味を知っている。

 生まれてからは敗北ばかり味わってきたが、勝利の味を知っている以上、無理に勝ちに行く気はない。虚しい勝利に興味はない。得るなら、完全にプラスの人間を叩き潰したと思える勝利が欲しい。

 

 だけど、それさえ無理に欲しいとは思わない。だからこそ困っているのだ。私はこのAクラスで何をしたいのか。マイナスの価値とは、学校生活で見つけられるのか。

 他人を蹴落としていく様を見たいのか、蹴落とされる自分を見たいのか、蹴落とされるクラスメイトを見たいのか。上に行きたいと思うこともあるかもしれないが、今の自分にはそんなことはどうでもいいこととしか思えない。

 

 

「小坂君!」

 

 

 私はそう言われて肩を軽く叩かれた。そこでやっと自分がファミレスにいることを理解した。どうやら私は周りに合わせて考え事をしながら歩いていたせいで、ファミレスに入ってことにすら気づかなかったみたいだ。

 

「ごめん、考え事をしてて気づかなかった」

 

 そう言ってとりあえず頭を下げた。

 

「みなさん注文が決まったのですが小坂君だけ反応がなかったので呼びかけても返事がなかったので心配しました」

 

「ごめんごめん、ファミレスに来たことがなかったんでちょっといろいろ慣れなくて…」

 

 これは本当だ。私は転生してからファミレスに来たことはない。施設にいたときにはいくような機会がなかったし、中学校に入ってからもお金がかかるような付き合いは全部断ってきた。

 

「ファミレスに行ったことがないってマジか!?」

 

 クラスの男子が声を大きくして言ってくる。他のクラスメイトも興味津々でこっちを見てくる。その中には馬鹿にしたような視線も交じっていてそれがむしろ心地よい。

 

「大したことではないのですが、物心ついたときから施設暮らしだったので行く機会がなかったんです」

 

 そう言った瞬間、周囲の温度が少し下がった気がした。

 

「施設暮らし…ですか?」

 

 かろうじて坂柳さんが沈黙を破った。

 

「はい。0歳の時にはすでに捨てられていたそうなので高校は全寮制のところを探してました。その都合で小学校にも通えなかったので施設で勉強してましたけど、そこまで不自由な生活は送ってませんよ」

 

「0歳で…」

 

 なんか口を開くたびにどんどん空気が重くなっている気がする。別にこれぐらい大したことじゃないし、制服をめくった中にある傷に比べたらどこもたいしたようなことはないのに周りの人の視線が、「坂柳さんに近づく男」から、「かわいそうな環境で過ごした人」になっているように思う。

 ここで自分(マイナス)を出したら一気に評価が「得体のしれない気持ち悪い男」に変わるんだろうなとか、意味のないことを考えていた。

 

 でもよく考えたら、私はマイナスのことを知りたいと思ってマイナスになったからわかるけど、今まで普通に生きてきたプラス側の人たちからすれば十分不幸(かわいそう)なのか。

 そう考えると失敗してしまったと実感した。

 思考の海から急に引きずり出されたせいで、咄嗟に変なことを言ってしまった罰なのかもしれない。

 

 まあ、そんなことどうでもいい(私には関係ない)けど。

 

「まあ、そんなに気にしないで。同じクラスメイトなんだからさ。とりあえず、そのメニュー?、を借りてもいい?」

 

「おっ…おう…」

 

 渡されたメニューに目を通す。

 大体1000ポイントぐらいのものが多かった。

 

「ふむふむ…とりあえず、このハンバーグセットにするよ。

 …そんなに緊張しなくていいよ。これじゃあ楽しい親睦会がお通夜じゃないか」

 

「あー…無遠慮なことを聞いて悪かった」

 

 そう言って私にさっき聞いてきた男子は頭を下げた。別に謝罪が欲しかったわけではないが、ここでこの謝罪を受け取っておくのが一番丸く収まる気がした。

 

「気にしない気にしない。こっちもこんなに空気を重くしてしまうとは思わなかったから、お相子ってことで」

 

 そう言って頭を下げる。とりあえず謝罪しておく。この謝罪で周りの空気が和らいだのを感じた。

 軽い雰囲気を出して上辺だけでも謝っておけば、勝手に解決したと思ってくれるんだから扱いやすい人間だと思う。普通(ノーマル)の人間ならばそうなっても仕方ないが。

 

 

 

 そんなやり取りをして、注文をしてもらい料理がくるまで周りのクラスメートと話すことになった。

 

「小坂って坂柳さんとどういう関係なんだ?」

 

「ただ席が隣になっただけの間柄だよ」

 

 案の定こんなことを聞かれる。

 他の人たちもそれに便乗していろいろ聞いてくる。

 

「でも、坂柳さんが直接呼びかけてたでしょ?

 ほんとはどっかで知り合ってたんじゃないかなーってみんな思ってるんだよ」

 

「中学校が同じだったわけじゃないし、当然施設で会った覚えもない。だから、今日が初対面で間違いないはず。

 ……もしかしてどっかで会ってたりしてた?」

 

 そう言って坂柳さんの方を見る。自分に向いていた視線が一斉に坂柳さんの方に向く。

 ターゲットを移していくのは常套手段だ。自分が目立たないためにはこういうことから始めないといけない。

 

「いえ、初対面ですよ。ただ、少し面白そうなものを持っている雰囲気がしたので声をかけたんです」

 

 そんな意味深なことを言ってくる。間違いなく少し漏らしたマイナスのせいなんだろうが、わざわざ言う必要もないだろう。

 

「そんな面白い人間じゃないと思うけどね。空手部だったけど結局地区予選落ちだったし」

 

「いえ、そういうことではなくもっと根本的なものです」

 

「根本的なこと?」

 

 意外と勘がいいのかもしれない。いや、特別(スペシャル)ならこれぐらいは当たり前か。

 

 

 

 そんなこと思っていると料理が運ばれてきた。坂柳さんが乾杯の音頭を取り、さっきの話は有耶無耶にされていきながら食事になった。ここのファミレスの料理は結構おいしい。少なくとも、自分が作る物よりもとてもおいしく感じる。他人が作ったもののほうがおいしいとかいうやつなのかもしれない。

 

 そんなことを思いながら5分ぐらいで私の食器は空になった。小さい頃、まだマイナスのコントロールができていなかった頃は食事をよく奪われることがあったため早く食べる癖がついてしまっていた。その結果、他の人がまだ半分も食べていないのにもう食事を終えてしまっている。

 

 とりあえず思考を廻らせよう。時間が余っているならこれからのことについて少しでも多く考えを廻らす必要がある。

 今この場には、坂柳さんにについてきている人が14人くらい。私含めたら15人。これが今の坂柳派ということになるんだろう。

 スキンヘッドにはなりたくないからとりあえずこっちに来たけど、このまま彼女について行っても結局主人公(綾小路君)に皆殺しにされるような気がする。彼の性格的にはあまりAクラスには興味がないみたいだったけど、彼の周りの人間はAクラスに興味津々な人が多い。彼がそれに触発されてAクラスを目指すことになるかもしれないし、そもそもこの病弱少女(坂柳さん)が彼を挑発することも十分に考えられる。

 そうなるとマイナスの私はどこかで潰されるのが目に見えている。今の私は普通(ノーマル)の皮をかぶっているし、何より根本的にマイナスだ。圧倒的プラス(主人公)に勝てるはずがない。

 

 さっきまでは一泡吹かせたいとか思っていたが冷静に考えるとそれすら難しい気がしてきた。何より私は相手を嵌めることがあまり得意じゃない。壊すことは割と簡単にできるが、相手を嵌めて社会的に潰すとなると難しいものがある。そんなことするくらいなら物理的に殺したくなるような脳筋だし(殺せるとは言ってない)、普通(ノーマル)の私は下手なことをやると()()()()()()()()()()()

 過負荷(マイナス)全開ならそもそも何をしたところで相手が覚えていられないし、彼との縁そのものを切ってしまえば彼は私に会うことができなくなるだろう。

 

 だが、それじゃあ勝利とは言えない。

 

 勝ったことさえ他の人が知ることができないというのに、それがどうして勝利と言えようか。勝ちたいとそこまで渇望してはいないが、虚しい勝利を手に入れようとも思わない。

 そう考えると、彼とは直接関わらないでいくスタイルが一番合っていると思う。出来れば接触して恩を売っていくのが一番かもしれないがそれはそれでリスキーな気もする。

 

 

「すみません、少し話があるのですがよろしいでしょうか?」

 

 そんな言葉で思考を現実に戻す。坂柳さんが言ったらしく、気が付いたらみんな食事を終えて彼女を見ている。

 

「話って何? 坂柳さん」

 

「これからのことをお話しようと思って…楽しい雰囲気に水を差すようになるのですがよろしいでしょうか?」

 

 そう彼女が言うと雑談していた人も静かになり、真剣に彼女のほうを向いた。

 みんな今日のことについて疑問を持っていたみたいだ。これからのことの話となるとみんなふざけたような雰囲気がなくなった。

 

 冷静に考えていきなり「入学おめでとうございまーす。10万円どーん」なんてされて疑わないわけがないだろう。こういう自分の利害にだけは敏感な姿勢は好感が持てる。実に人間(ノーマル)らしくて、実に前向き(マイナス)だ。

 

「まず、疑問に思った方も多いと思うのですが、私達は今日いきなり10万円分もの大金を一人ずつもらいました」

 

「うん、そうだね」

 

「いきなり10万円分もくれるなんて太っ腹な学校だと思ったけど、やっぱなんかおかしいよな」

 

「しかも、このポイントが毎月1日に振り込まれることになっています、何かおかしいと思いませんか?

 ねえ、小坂君?」

 

 

 そういうと彼女はこっちを向いた。何故ここで私に振るんだ?

 もしかして私がここのシステムを知っていることを知っているのか?

 いや、原作知識を漏らした覚えはないからそれはない…。

 

 そう考えると、さっき漏らしたマイナスの影響か?

 さっきの雰囲気を漏らした時にとっさに隠したせいで()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思っているとか?

 

 …そんな気がしてきた。

 確かに、咄嗟に隠したせいでマイナスの持つ威圧感だけが漏れて、それを感じ取ったとしたら納得できる。クラスでやけに突っかかってきたのもこの大物(笑)が自分に敵対しないかを確かめたかったんだろう。彼女は自分でクラスをまとめ上げようとしていることからも説明がつく。

 

 とりあえずみんながこっちを見て早く言えという空気になっているので、さっさと終わらせよう。

 幸いなことに原作知識とも呼べるものがある以上、私の推理は答えを見ながら解いているようなものだ。

 

「あくまで私の考えだけどいいかい?」

 

「ええ、もちろんです」

 

「まあ、まず来月も10万ポイントが入るわけじゃないってことだろう。毎月ポイントが1日に入ると言っていたけど、10万ポイントが毎月入るとは聞いてない。さっき職員室に行こうとしたときにいろいろ聞きたかったんだけど結局聞けずじまいだから確信できてないけどね」

 

 私の言葉に周りのクラスメイトが感心したように見えた。恐らく、さっきの協調性のない行動の裏にはこんなことを考えていたのかということに感心しているのだろう。

 

「ついでに言うと、さっきの教室には見えづらいように隠されていたが監視カメラがいくつかあった。恐らく、授業中の様子を探るためのものだと思う」

 

「監視カメラ!?」

 

 さっき私に謝った男子(竹本というらしい)が声を荒げた。常識的に考えれば授業をする教室に監視カメラがあるなんて普通の高校では考えられないだろう。

 しかし、この学校は普通とはかけ離れている。

 

「教室だけじゃない。ここに来る途中も結構な頻度でみつけたし、この店の中にも監視カメラを見つけた。恐らく、マイナスな行動をした人間を特定してそのクラスのポイントから引いて行って残った分が来月のポイントになるという感じだと思います」

 

「クラス? 個人じゃなくて?」

 

「個人単位で監視するには膨大な人手がかかる。管理も生徒一人につき一人の職員が必要になるだろう。行動を機械で判断するような技術ができているとは思えないし、それをこの学校に試験的に採用している可能性も現実的じゃない。

 しかし、クラスごとなら個人で見るよりも人手はかからない上に、クラスの中で一人が問題を起こすと他の人に迷惑をかけるので拘束力(団結力)が増します」

 

 あくまで予想ですがね。と付け加えると坂柳さんが満足そうにうなずいてこっちを見た。

 

「素晴らしいです。小坂君、満点を差し上げます」

 

「ありがとう。坂柳さんも同じ考えってことでいいのか?」

 

「はい、私も恐らくそうだろうと思っています」

 

「なるほどー…」

 

「よく監視カメラなんてわかったな!」

 

「よく見てれば結構簡単にわかるよ?

 意識的に壁の色とか見てると違ってるところが見えてくるし」

 

「それもすごいけど、あれだけの説明でよくわかったね?」

 

「あくまで予想だからね。来月になってクラス全員の支給されるポイントが減っていたら、恐らくこの考えであってると思う」

 

「じゃあ明日クラスのみんなに教えようぜ!

 そうしたら、来月にも10万ポイントが入るんだろ?」

 

 確かにそうなるが、その考え方ではポイントが減らなかったときに答え合わせができるかわからない。何より、隣の坂柳さん(病弱腹黒少女)が許すとは思えない。

 

「いえ、それはやめてください」

 

「? 坂柳さんなんで?」

 

「それで授業中にみんなが真面目に授業を受けてしまうと減点基準が何なのかわからなくなってしまいます。皆さんにはこのことを頭に入れてもらって実践してほしいのですが他の人にはまだ言ってほしくないんです」

 

 私がこれを利用してあのスキンヘッド禿を蹴落としにかかるからボンクラどもは黙って言うことを聞け。

 

 なんていう副音声が聞こえてきたが多分気のせいだろう。病弱腹黒系美少女なんて現実にいるわけないよね?

 いや、ここはラノベが基準となっているような世界だったか。そう考えるといてもおかしくない気がしてきた。

 

 そんなことを考えていたら、坂柳さんがこっちに近づいて耳元でこうささやいた。

 

 

「あとで二人きりで話があります」

 

 

 彼女はそういうとこっちを見てにっこり笑った。

 

 その歪んだ笑顔の方が美しいと思った私は、やっぱりどこまでも(マイナス)なのだと思った。



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4話目 初日の話 ~舞台裏~

 時刻はもう少しで7時になるといったところで、だんだんと暗くなってくる時間になった。ファミレスで解散した後、私は坂柳さんに連れられて人気のない公園のような場所にやってきた。

 ぱっと見人気がなく、監視カメラの位置からも死角となっている場所だ。初日からよくこんな場所見つけたなと感心する反面、結構な距離を移動したので坂柳さんは少し辛そうにしている。

 

「大丈夫?」

 

「すみません…少し休めば大丈夫です」

 

「それ大丈夫じゃない時のやつだから。この後も軽い買い出しぐらいしかすることないし、ゆっくりね」

 

「すみません…」

 

 そういうと彼女はしゃがみこんだ。病弱少女は見た目だけではなかったようで、本当に辛そうにしている。可哀想だなーと思う自分と、早く要件を言えよという自分がいる。

 さっきは軽い買い出しをしたいといったが、ホームセンターに行きたい私は早く切り上げてほしかった。ホームセンターは結構早い時間で閉まるし、時間があれば家電量販店に行って録音機も買いたい。この学校を生き抜く上では感度のいい録音機は必須と言ってもいいだろう。

 

 相手の発言を脅しにする、相手の脅しを脅しにする。

 

 そんな感じで汎用性が高い録音機はこれからの学校生活では必須品と言ってもいい。問題があるとしたら、不幸(マイナス)な事故で録音機がすぐ壊れないかということか。

 

 割とよくあることだから本当に困る。

 中学校の時も階段から転げ落ちた回数は両手の指の数じゃ足りないし、給食で食中毒になるときは必ず私がなる。不幸な事故だと言われればそれまでだけど、それが高頻度で起こるからマイナスなのだ。

 

「お待たせしました。もう大丈夫です」

 

 そう言うと坂柳さんは杖を突いて立ち上がり、こちらを見据えてにっこり笑った。あたりは暗くなっているのに対して、彼女の綺麗な銀髪が街灯に照らされよく映える。

 

「それじゃあ本題に入ろうか」

 

「ええ、それでは、()()()()()()()()()()

 小坂零さん?」

 

「君を殺すために送りこまれた刺客、とでも言ったら君は満足するのかな?」

 

 そう言うと彼女はにっこり笑っていた笑顔から急に能面のように無表情になった。

 

「ふざけないでもらえますか?」

 

「…まあいいや、結論から言うとただの高校生だよ。ちょっと虐待されたぐらいの」

 

 私の言葉で彼女は露骨に顔をしかめた。端正な顔が歪んでいる様がむしろかわいく見える。

 嘘は言っていない。過負荷(マイナス)で前世の記憶があることを除けば私はただの高校生だ。

 

「…嘘は言っていないみたいですね」

 

「真実も言ってないけどね」

 

「ッ!!」

 

「そんなに睨まないでよ、可愛い顔が台無しだよ(そっちの方が可愛いよ)?」

 

 嘘を虚実で、真実を虚無で着飾る。別に本当のことを話すつもりもないし、話したところで何かできるとも思えない。

 

 完璧そうに見える彼女は完璧そうに見えるだけのただの特別(スペシャル)だ。

 

 しかもプラスというよりはマイナス寄り。

 いや、寄っているだけでどうやってもマイナスまでもっていくのは無理そうだし、主人公(綾小路君)に勝てるような人材ではない。主人公というのは圧倒的なプラスの持ち主がほとんどだ。ダークヒーローっぽいやつでも根っこの思想がプラスのやつばっかだ。

 

 そんな主人公(綾小路君)相手に壊れた人形(坂柳有栖)じゃ勝てない。

 

 まあ、会ったこともないやつと比べられるのもかわいそうで、哀れで、実に滑稽で、とても()()()()()()

 

 

 …ああ、なるほど。

 裸エプロン先輩が言っていた弱いものと愚か者の味方ってこういうことか。マイナスだから壊れた人形(マイナス)の味方をしたくなるってことか。自分と同じようなものには味方したくなるっていう同族感とか、そういう感じかな?

 

 まあ、この子(坂柳さん)の場合は愚か者の方に入れておこう。

 

 

「そんなに警戒しなくてもいいよ。君と敵対するつもりもないし」

 

「…理由を聞いてもよろしいですか?」

 

「君とは敵対するより仲良くしておいた方が楽そうだと思っただけだよ。それに君と敵対することになったら必然的に孤立するか、葛城君の方に身を寄せるしかなくなるし」

 

「Aクラスは私と彼で二分されることになりそうですね」

 

「そういうこと。君はAクラスを支配して(纏めて)いくんだろ?

 私は変なことはしないから好きにするといいよ」

 

「…あなたは私の味方ですか?

 それとも敵ですか?」

 

「別に敵対したところで大したことはできないってわかってると思うけど?」

 

 これは本心だ。

 私はあくまでマイナス側の人間だし、彼女に敵対したところで最後に負けるのは目に見えている。むしろ何でここまで彼女が私のことを警戒しているのかがわからない。多少威圧感が強かったぐらいでも私のカリスマ性が低いことはさっきのレストランでお察しだったと思うのだが。

 

「さっきの説明の時にうわの空で聞きながらにも関わらずあそこまでの推理ができること、見えにくい位置の監視カメラの場所を一目で把握できるその能力、そして何よりも教室で一瞬だけ漏れた威圧感。

 これらを考えるとあなたをが敵対することは脅威になると思いましたが、その辺りはどうですか?」

 

 

 …なるほど一理あるかもしれない。

 威圧感のことに関してはちょっと昂って失敗したと思ったが、説明をきちんと聞いていなかったこととか、監視カメラのこととかは特に考えてなかったな。

 

 説明に関しては前世の記憶と照らし合わせるだけだったから、もっときちんと聞いておけばここまで睨まれなかったのかと反省しよう。監視カメラの方は仕方ない。人の視線とかに敏感になってしまったせいで、監視カメラとか盗聴器の類にも気を付けるようになってしまったのが全て悪い。

 

 『だから私は悪くない』

 

 

 

「では改めてお聞きしますが、あなたは私の味方ですか?敵ですか?」

 

「味方だよ。私は坂柳有栖(愚か者)の方に味方する」

 

 

 結局こうするのが一番早いと感じた。変なことを言って下手に警戒させるよりはこんな感じで下に下った風にするのが早いだろう。

 

「理由を聞いても?」

 

「単純に私のデメリットがほとんどない。葛城君の方よりは坂柳さんの方が(愚者)を引っ張っていく素質があるように見えた。

 ああ、でも派閥に入るつもりはないよ。『坂柳派の~』なんて前置詞が付いたら動きづらくなる。下手なことをしようとは思わないけどね」

 

「…わかりました。とりあえずそういうことにしておきます」

 

 

 とりあえず納得してもらえたようだ。

 実際、下手に事を起こす気もないが病弱少女見守り隊(坂柳グループ)に入って他の派閥との争いに巻き込まれたくない。

 私の関係ないところで勝手にやってほしい。

 

「そんなわけで派閥には入らないけど、坂柳さんの味方をする助っ人ポジションだと思ってくれればいいよ」

 

「わかりました。私の方から呼び出すことがあったらお願いしますね?」

 

「何もなかったらちゃんと行くようにするし、そこまで変なこともするつもりないから。比較的平和に平穏にがモットーだからね」

 

「とてもそうは思えませんけどね」

 

 私がにっこり笑って彼女の方を見ると、彼女もにっこり笑ってこっちを見てきた。雰囲気を柔らかくする笑顔ではなく、相手を攻撃するような笑顔。

 

 …何でこんな攻撃的になっているんだろう。

 

 初日からこんなにめんどくさくなるなんて思わなかった。このままだとこれから先の学校生活が思いやられる。

 

「じゃあ帰ろっか…って言いたいんだけど大丈夫?

 ここから結構距離あるよ?」

 

「………」

 

 そう言うと彼女の表情がまた固まった。ここから寮までは歩いて15分程度かかる。彼女は杖をつきながら歩いているのでもう少しかかるだろう。来てすぐにしゃがみ込んで息を整えていた少女が変えるには少しきついように思う。

 

「嫌じゃなかったら背負って行こうか?

 ホームセンターとかにも寄りたかったけど時間も遅いから明日行くことにしたし」

 

 私の言葉に、彼女は少し考えるような顔をした。まあ、冷静に考えて今日あったばかりの男におんぶされながら帰るなんて普通嫌だろう。

 

「…それではお願いできますか?」

 

 それでも自力で帰るのは厳しいと判断したのか、彼女は申し訳なさそうにそう言った。

 

 私はそれを聞くと彼女の前に立ち、後ろを向いてしゃがんだ。彼女は私の背中に乗ったのを確認し、彼女を落とさないように手をまわして寮の方に向かって行った。

 

 

 

 既に日は落ち、辺りは街灯の明かりがなければ足元ぐらいしか見えない程度には暗かった。そんな中私は、背中に少女を乗せながら歩くというなかなかできない体験をしていた。

 

「…すみません。呼び出したのにもかかわらず送ってもらって」

 

「気にしないでいいよ。美少女を背に乗っけて帰るなんてなかなかできない体験だしね」

 

「美少女…?」

 

「坂柳さんのことだよ。初対面で見たときも可愛いって思ってたし、さっきも少し見惚れるぐらい可愛かったよ?」

 

 私の言葉に返事はなかった。言ってから、ナンパみたいなことを言ってしまったと後悔したが、彼女が全く反応を見せなかったから少し緊張してしまっている。

 もしかして褒められることになれていないのだろうか?

 私も蔑まれることは数あれど、褒められるようなことは中学校に入る前はあまりなかったから気持ちはわからなくもない。

 

 実際、初めて褒められた時には何を言えばいいのかわからなくなって固まってしまったのはいい思い出だ。前世でもよく考えたら人からお世辞を言われることはあっても褒められるようなことは少なかった。

 

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 その後、彼女は黙ったきりだった。私も特に話すようなこともなかったので寮につくまで二人の間に会話はなかった。

 

 そうして寮にもう少しでつきそうになったので、私は彼女を下すことにした。しゃがんで、腕を離して彼女を下す体勢を作った。

 

「坂柳さん、そろそろ寮につくから降りてほしいんだけど」

 

「…」

 

 声をかけたはずなのだが、返事は返ってこない。美少女をおんぶしながら寮に入った日には、初日から彼女を作ったチャラ男という認識になってしまうだろうと思った私は困った。しかも、それがAクラス1の美少女と言ってもいい坂柳さんと来たら明日から私はハブにされること間違いなしだ。

 とりあえず坂柳さんにもう一度手を回して回した手を揺することで、坂柳さんに気付いてもらおうと思った私は軽く腕を揺すって彼女を揺らした。

 

「おーい、坂柳さーん」

 

「! こ、小坂くん、ど、どうしました!?」

 

 お前がどうした。

 なんかめちゃくちゃテンパっていて顔が赤い。もしかして本当に褒められたことがなかったのかもしれない。ちょっと褒めただけでこんなにテンパるなんて予想もしてなかったので逆に申し訳なってくるレベルだった。

 まさか彼女に限って、私のキザなセリフに照れているなんてことはないだろう。

 あんなことを言った事実を自覚したら死にたくなってきた。

 

「どうしたも何も、もう寮に着くから人目がないうちに降りてもらおうと思ったんだけど」

 

「す、すいません、今降ります!」

 

 そういうと彼女は慌てて私の背中から降りた。

 しかし、テンパったまま降りた彼女は杖を使わないで降りたため、そのまま体勢を崩してしまった。そのまま彼女は私の背中に頭をぶつけるような形になってしまい、私の背中に軽い衝撃が走った。

 

「…!?」

 

「本当に大丈夫?」

 

 ぶつかった彼女は急いで杖を使って立ち上がった。私が彼女が離れたのを確認してから、彼女の方を見るとそこには耳まで真っ赤になった彼女の姿があった。

 

「も、申し訳ありません!」

 

「そんなに気にしてないから気にしなくていいよ?」

 

「私はこれで失礼します!」

 

 彼女は気持ち急ぎ目で寮の方に入ってしまった。

 杖をついている彼女からすれば、かなり早めのペースであることからよっぽど恥ずかしかったのだろう。

 

 何で私はこんな青春ラブコメみたいなことをしているんだろうか。もっともこれで私がイケメンだったら映えたんだろうけど、不細工と美少女のラブコメとか誰得だよ。

 

 そんなことを考えながら私は、コンビニによって軽く日用品を買ってから寮に戻ることにした。

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 寮の自室に戻った私は部屋で悶絶していた。

 

 今日1日のことを振り返っていたのだが、失敗点や、さっきのラブコメみたいなことを思い出していたらだんだん自分が恥ずかしくなってきた。

 

 まず、何故マイナスを漏らしてしまったのか。これは本当にやらかしたとしか言えない。

 原因の理由付けはいくらでもできる。高校生活でどっちの立場にしようか迷っていたとか、ムカついたやつを見たから威圧して俺TUEEE感を味わってみたかったとか、私が普通(ノーマル)の人間じゃないことを誇示したいと思ったとか、別に少しぐらい漏れても問題ないだろうと思ったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

問題大ありだよ!! 馬鹿か私は!!!

 

 

 

 

 

 

 

 何がどっちにしようか迷ってただ、私は過負荷(マイナス)を隠すって決めたんだろうが!

 

 

 ムカついたやつを見たからとかふざけてんのか!?

 どんだけ煽り耐性ないんだ私は、こんなんだったら隠しきれるどころかマイナス全開だってあり得るだろうが!

 

 

 俺TUEEEとかふざけてんのか!?

 そんなのを手に入れて何が面白いんだ!?

 私がしたいことはそういうことじゃないだろ!

 

 

 普通(ノーマル)の人間じゃないことを誇示したいとか馬鹿じゃないのか!?

 私は普通(ノーマル)の皮を被るって決めてきたんだろうが!

 

 

 

 

 …あー、死にたい。

 穴があったら入りたいとか通り越して自分の首を鉈で切り落としたい。何でホームセンターによらなかったんだろう?

 こういう時のために鉈が欲しかったのに。

 

 こんな意志の弱いままで高校三年間過ごしきれるとは思えない。

 

 信じられるか?

 

 これまだ入学初日なんだぜ?

 

 はははワロス。

 いろいろ忘れてたネットスラングまで出てくる上に、テンションが上がりすぎておかしくなるくらいには落ち込んでいた。

 現に今この部屋の中に監視カメラの類がないことを確認してからはマイナス全開中だ。

 

 自分の中にマイナスを抑える感覚で常に抑えているけど、ここまで垂れ流しにしているのはすごく久しぶりだからとても心が軽い。言うならば、今の私が一番素に近い私ということになるだろう。

 元々のマイナスの気質を抑えて普通(ノーマル)まで抑え込んでいるんだから、めだかボックスを読んでた人にはどれぐらい大変なことかわかってもらえると思う。

 

 具体的にいうと、常に自分の服の内ポケットに剥き出しのナイフを入れているようなものだ。激しい心の揺れで、服という自分を突き破って出てしまうかもしれない。それを必死になって自分という服を分厚くすることで、隠している感じだ。

 

 突然人が訪ねてくるようなことになったら困るが、そんなことは滅多にないだろう。だからマイナスを垂れ流しにしていても問題はないと思っている。幸いにも、私の部屋は角地で右隣にしか住人はいない。

 

 こんな奥にわざわざ来るような人も多いはずがないので、私はマイナスを抑えることをせずに伸び伸びと自室で過ごすことができるって寸法だ。実際、マイナスを垂れ流しているからこの部屋には入りたくないって普通の人間なら感じるだろうという打算もある。

 

 

 

 

 

 

 

 …あー。

 

 今思えば教室を出たのも思いっきり悪手だったな。

 病弱少女見守り隊(坂柳グループ)の連中には理由を言ったけど、他の人達からすれば結局私は協調性のない独りよがりな子供にしか見えない。何より普通(ノーマル)の皮を自分で剥がしに行くスタイルとか、ほんと一貫性がなさすぎる。

 

 一度決めたことが揺らぎまくってる。そのせいであとで振り返った時に、それまでの行動全てが悪手にしか見えない。

 

 

 今考えると、考えすぎてファミレスについたときに気付かなかったうえに、咄嗟に言ったことのせいでお通夜にしてしまったことも、完全に身の上話を聞いてほしいような感じの吐き気のするような奴になっていた自分が気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 誰彼構わず「私は親に捨てられて施設をたらいまわしにされてるんだよね」とかいきなり言われても困るだろうし、って前に考えていたのに自分から言いふらすとか救いようのない馬鹿だな私は!

 

 さっきの坂柳さんとの問答だって、あんな回りくどいこと言わずにさっさとあなたの傘下に入りますってだけ言っておけばよかったのに!

 

 無駄に相手に警戒心を持たせるとかアホすぎて救いようがない。

 

 何が助っ人ポジションだ、お前の頭を早く助けてやれよ!

 

 

 

 

 

 

 そんでもって、最後にはあのラブコメモドキですか。

 私みたいなマイナスがあんな気持ち悪いことして何になるっていうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 鈍感系主人公じゃないんだから帰り際に寮に戻った時も耳まで真っ赤だったのは見えてたし、可愛かったけども私がここに来たのはそういうのが目的じゃないだろ!

 

 そもそも、初日に女の子を背負って帰るとかどこの漫画の主人公だよ!

 

 なんで私は今日あったばっかの女の子に可愛いとか言ってんだよ!

 

 気持ち悪いにもほどがある…!

 

 あのポンコツ美少女も、話し合いの場所移すにしてももっと近いところにしろよ!

 

 移動するだけでグロッキーとか何やってんだよ!

 

 そんなんだから私になんちゃってラスボスとか言われるんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思いながら私はベットの上を転がり続けていた。

 決して口には出していないが、やらかしたことが多すぎてすでに泣きそうになっていた。

 今泣くぞ、すぐ泣くぞ、ほら泣くぞ。

 そう思っていた私の頬には冷たい雫が垂れていた。

 

 

 

 

 いや、最後の方は有栖ちゃんの悪口になっているが。…坂柳さんっていうと強者感がするけど、有栖ちゃんっていうとポンコツ感がやばい。

 今度から心の中では有栖ちゃんって呼ぶことにしよう。それだけで、シリアスな雰囲気が台無しになりそうだ。

 

 

 

 

 

 皆を支配して裏工作を進める坂柳さん。

 

 スキンヘッドと敵対する坂柳さん。

 

 他の人を陰から操って嗤っている坂柳さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆をまとめて裏工作をする有栖ちゃん。

 

 スキンヘッド相手にかみつく有栖ちゃん。

 

 他の人を陰から操って笑っている有栖ちゃん。

 

 

 

 

 

 うわあ。これだけでめちゃくちゃ印象が違うぞ。

 Aクラスを陰で支配する裏ボス的ラスボス感から一気にポンコツ可愛いマスコットに早変わりだ。

 

 

 Aクラスのメインマスコットキャラクター有栖ちゃん!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝よう。今の私は疲れているんだ。




 主人公は自身の体の痣や跡、マイナスであることを自覚している都合上とても自己評価が低いです。こんなマイナスで体に痣があるような人間を受け入れて付き合ってくれるような人なんかいないと考えています。
 顔はそれほど悪くない設定ですが、マイナスの自分(しかも精神年齢30半ばぐらい)が女子高生なんかと付き合えるわけないと思っています。
 そのため、恋愛感情を抱くことは殆どなく、抱いたとしても自覚するまでに相当時間がかかるような感じです。
 


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5話目 二日目の話

 あー…辛い。

 昨日のことを考えると辛い。

 

 昨日のことは忘れよう。正直思い出すたびに恥ずかしすぎて、憂鬱すぎて辛い。

 昨日に戻れたら、自分をぶん殴ってでも奇行を止めさせなければいけない。

 

 だが、そんな現実逃避をしたところで悪戯に時間が過ぎていくだけだ。そろそろ起きないと授業に間に合わない。ベッドの上でもう少し目を瞑っていたいけど、現実を直視しないといけない時間だ。

 そう思って私は目を開けたが、そこに映ったものは今にも落ちそうなぐらいに切り刻まれたように見える天井だった。

 

 

 

 

 …知らない天井だ。

 

 いや、マジでなんだこれ。

 私の周りの空気が目に見えるレベルで切り刻まれてるように見える。

 そのせいで天井が切り刻まれて今にも落ちそうな錯覚がする。

 

 

 

 …もしかして、これマイナス垂れ流しにして寝た影響なのかもしれない。

 

 裸エプロン先輩のは周りの空気が螺子曲がるほどのマイナスだったけど、私の場合は周りの空気がぶっ()切られるほどのマイナスってとこか?

 

 

 ていうか、私ってマイナスこんなに強かったっけ?

 昨日の自己嫌悪でマイナス成長したとかなのか?

 

 

 あ、感覚がそうだって言ってる。

 よく考えたら、私のマイナスって自己主張が激しい。マイナスのことに関しては間違ってる時には感覚で教えてくるところとか過保護としか思えない。

 それに助けられてることが多いから悪いことばかりじゃないし、むしろいいことなんだけど過保護な母親が常にいるような感じは気持ち悪い。

 

 

 

 

 

 …これもしかして、こっちの世界じゃいない親代わりになろうとしてるのか?

 

 凄く合っているような感覚が来た。

 ここまで自己主張の激しいマイナスがあるなんて初めて知ったけど、スキルが親代わりとか悲しすぎるにもほどがあるだろう。

 でも私にはそれがお似合いなのかもしれない。『転生』なんてしてまで生にしがみついている身だ。

 

 

 

 

 

 

 

 …無冠刑(ナッシングオール)は無関係っていうこと。

 

 つまり、私以外は関係ないっていう私の在り方。

 要するに私自身ともいえる。そう考えると私のマイナスが意思を持っていてもおかしくはないのかもしれない。

 原作の『めだかボックス』では、そんなことはなかったが、

 

 だって、彼?(無冠刑)は私そのものなんだから。

 

 あ、そう考えると過保護というよりは自分が死にたくないから仕方なく教えているような感じなのか?

 親代わりっていうのも寂しさを紛らわすというよりは、負の側面(マイナス)の使い方に口出しするっていう感じの意味な気がしてきた。

 

 …あれ?

 間違えてる?

 いや、合ってるとも間違ってるとも言ってこない感覚だこれ。黙秘を決め込まれてる。

 なんか少し違うってことか?

 

 まあいいや(私には関係ない)

 

 勢いでマイナスを垂れ流しにしていたけど一度制御に成功しているし、直接人にあっているわけじゃないから『縁』が切れるほど過負荷(マイナス)が暴走していない。

 そうじゃないと、中学時代に一度他の部員と自己紹介をやり直す羽目になっているはずだから問題ないだろう。

 

 

 最悪切れてたらもう一回自己紹介からやり直すだけだ。

 

 とりあえず、朝食を食べて教室に行こう。そんでもって、放課後にはホームセンターと家電量販店。それに携帯を買わないといけない。元の持ち物が少ないからポイントを駆使して必要なものをかき集める必要がある。ポイントを極力使わないようにしないといけないから、これからは無料コーナーにお世話になることになる。

 施設で料理を手伝っておいたおかげである程度の料理はできるし、最悪火を通せば大体のものは食べられる。それで腹を壊すこともあるかもしれないが、もうマイナスの一環としてあきらめることにした。

 

 それを考えると胃薬とかも必要だな。

 風邪薬とかも一通り揃えておく必要がある。

 

 

 

 しかも、この学校はポイントでテストの点数すら買うことのできる学校だったはず。それを考えると必要なものを最低限集めて残りは貯めておく必要がある。

 ポイントの価値は人を動かすことも簡単だというところにもある以上、無駄遣いはできない。

 Aクラスは優秀な人間の集まりで初月は殆どポイントを落としていなかったはずだが、それでもなくなるときは一瞬なのが世の常だ。

 

 まあ、そんなことを考えると自然と自炊せざるを得なくなるから学校方針としては間違ってないんだろう。

 

 その分人を信じる心とかは失われていきそう(とてもマイナスに成長しそう)だとは思うが。

 

 

 

 

 とりあえず昨日コンビニの無料コーナーからもらってきた卵と食パンを焼いて目玉焼きとトーストもどきにして食べよう。

 トースターはないけど、フライパンは二枚あるから何とかなるはず。

 

 

 

 

____

 

 

 

 

 油って偉大だということを思い出した朝食だった。フライパンに卵がくっついて、黄身が崩れた目玉焼きをトーストもどきに乗っけて食べた。

 まずくはなかったんだけど、油とかバターとかの偉大さを思い知らされた。

 目玉焼きを剥がすだけなのに、ここまで失敗するとは思わなかった。

 

 とりあえず洗い物は済んだし、準備も無事にしたから教室に向かうことにしよう。マイナスを内側に閉じ込める感覚を忘れない。

 精神的に負担がかかるが、垂れ流しにしたまま教室に入ろうものならいじめ発生間違いなしだ。

 最悪Aクラス全滅エンドが見える。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな訳で教室に入るとすでに隣の席には有栖ちゃんが座っていた。

 

 

 

 

 

 …吹き出すな…耐えるんだ。

 そう自分に言い聞かせた。

 

 『有栖ちゃん』って吹き出しを付けるだけで一気に沸点が下がる。

 昨日の帰り際のポンコツ具合を見たせいでなおさらやばい。病弱腹黒ポンコツ系美少女とか属性盛りすぎだ。顔が良い分、昨日の件が相まって尚更残念美人に見えてきた。

 

 可愛い?

 

 それは認めるが、マスコットキャラクター的な可愛さを裏ボス系ラスボスっぽいやつが持ってたらそれだけでシリアスが台無しになると思わないか?

 

 

 あ、安心な人外さんはマスコットになっても可愛いのか?

 でも、新しいィィの不可逆の英雄さんがマスコット的な可愛さをもってポンコツ系だったら皆困ると思うんだけど。

 敵対する方も「え、こんなポンコツとラスボス戦しなくちゃいけないの俺?」みたいな感じになると思う。

 まあ、私は間違っても主人公側にはならないから関係ないか。

 裸エプロン先輩みたいにボコボコにされた後ならワンチャンあるかもしれないけど、ここの主人公(綾小路君)って確か目立ちたくないタイプの人のはずだし、そんな熱い青春漫画みたいにはならないだろう。

 

 

 

 とりあえず昨日のことにはあまり触れないようにして挨拶をしよう。

 あれは私と彼女だけの秘密ってことで。

 

「おはよう、坂柳さん」

 

「おはようございます、小坂君」

 

 よかった。ちゃんとラスボスの皮を被れてる有栖ちゃんを見て少し安心した。

 昨日帰ったままのポンコツ可愛いマスコット系キャラクター有栖ちゃんはもういない。

 また、私のことを覚えていることから、寝る時ぐらいはマイナスを出(リラックス)してても問題ないことを確認できた。

 もしこれで覚えてなかったら面倒なことになっていたが、そんなことはないみたいで安心した。

 

「昨日は申し訳ありませんでした。送ってもらってとても助かりました。」

 

「気にしなくていいよ。困ったときはお互いさまってことで」

 

「そう言ってくれると助かります」

 

 やっぱり昨日は入学初日でいろいろ大変だったんだろう。その心労が祟って帰りの最後におかしくなっちゃっただけなんだ。

 …そうに違いない。

 

 

「昨日あの後何かあったのー?」

 

 近くにいて私と有栖ちゃんの会話を聞いていたクラスメイトが話しかけてきた。あの後の話は、私と有栖ちゃんの二人だけでしていたので気になっているのだろう。

 

「あの後、ちょっと話し込んだら遅くなっちゃってね。もう辺りも暗かったから坂柳さんを送って帰ったんだよ」

 

「小坂、坂柳さんと二人で帰ったのか!?」

 

「いいなー。私も一緒に帰りたかったなー」

 

 クラスメイト達が次々に絡んでくる。昨日の失敗を取り戻すためにもクラスに馴染むにはいい機会だ。

 

 …あれ?

 有栖ちゃん? 

 何で顔赤くしてるの?

 さっきまでのラスボス感が消えて一気にポンコツ臭のするマスコットキャラに早変わりしてるけど大丈夫?

 そんな調子でこのクラスを支配しようとか本当にできるの?

 お兄さん心配になってきたよ?

 

 

「そういえば、小坂君とは連絡先の交換してなかった気がするー」

 

「確かにそうだな、今交換しないか?」

 

 おー……

 これがコミュ力。Aクラスの本領発揮ってところなのか?

 だが、残念なことに今の私はまだ携帯電話をもっていない。

 

「明日でもいい?

 今携帯持ってないから」

 

「あれ、携帯忘れたの?」

 

「寮において来てしまったみたいで、ポケットに入れ忘れたのに今気づいた」

 

「それじゃあしかたないな、明日交換するか!」

 

 今話している二人は昨日一緒にご飯を食べたメンバーの人ではない。私達の話を聞いて、昨日一緒にご飯を食べたメンバーはこっちを可愛そうなものを見る目で見ている。

 私が施設暮らしで携帯電話と『縁』がなかったことを察している人たちだ。

 

 さっきまで、有栖ちゃんのことを聞きたそうにしていた人に紛れていたが、携帯の話になった途端に離れていった。

 

 

 …やっぱり昨日施設暮らしのことを話したのは失敗だったとつくづく思った。

 クラスに馴染もうにも、昨日言ってしまったことが相手と自分との距離を広げている。まあこれは仕方ない。

 もうどうやっても取り返しのつかないような事態だし、むしろこれを利用して孤立するルートに入ることも考えたほうがいいかもしれない。

 

 

 

 

 …まてよ、下手に孤立するよりもスキンヘッド同盟(葛城グループ)ポンコツ美少女守り隊(坂柳グループ)の間で胡麻を擦る役目をすればいいんじゃないか?

 

 ついでに孤立気味な子たちとも関われるし、あのポンコツ美少女(有栖ちゃん)がどう思っているかは知らないが、Aクラス内で内部分裂して破裂した後にどうするのかって考えているのか?

 

 退学させるならまだしも、そうじゃないんなら不確定分子を内部に抱え続けることになるぞ?

 ポンコツ美少女守り隊(坂柳グループ)の支持率が100%になったところで、内部で不平不満を持っている人たちが分裂したり、他のクラスに寝返ったりする可能性も十分あり得る。

 Aクラス内部で、もう有栖ちゃんには勝てないけど散っていった葛城君の恨みを喰らえー、みたいな感じで情報を垂れ流しの横流しされたら最悪な事態になる可能性がある。

 

 それを考えると、私がするべきことはみんな仲良く喧嘩はやめましょうっていう方針にすることじゃないか?

 間を持つ形になれば、お互いに変なことを言っても正論ですり合わせることができるし、何よりもAクラスは初動が強いんだから下手に内部分裂を起こさないほうがいい。

 

 

 …一番の問題はそれを(マイナス)がやるのかっていうところだが。

 別にそこまでする義理もない。エリートを見るとムカつくようになっているのは変わらないし、むしろ前よりもムカつく感じはある。

 

 だけど、こいつらは自己の利益だけで動く()()()たちだ。

 どうせ頑張っても、最終的に抜かれるんならマイナスを抑える都合上最も平和的に済ませたほうがいいのではないか?

 

 

 

 

 

 

 最後に負けたとしてもみんな最後まで頑張りましたって言えれば君たち(愚か者)は本望だろう?

 

 

 

 

 ……そう考えたらやる気が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 私は自分の席から離れて席に戻っていく生徒を眺めながら、とりあえず明日クラス全員の連絡先を登録するところから始めようと思い、授業に身を任せた。

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 それからは何事もなく終わった。

 

 授業はオリエンテーション的なもので基本的な説明と基礎的なものしかやらなかった。昨日一緒に食事をしていたメンバーは真面目に授業を受けていたが、他のクラスメイトが少し騒がしかった時があった。

 その時に、教師の動きが一瞬止まったのを私は見逃さなかった。

 隣の彼女(有栖ちゃん)もこっちを見てきたので頷いておいた。彼女は頭が良いからこれだけで伝わるだろう。これで彼女の立場はAクラスでスタートダッシュを切り、他人を纏める優秀な指導者といったところだろう。

 葛城君は騒がしい人たちを注意しているみたいだが、まだシステム的なことには気づいていないみたいだ。この段階でどっちの指導者が勝っているかなんてお察しだが、指導者が優秀だろうが無能だろうが他のクラスメイト(愚者)が付いてこないんじゃ話にならない。

 逆にいうと、指導者が多少劣っていても集団の人数が多ければ何とかなってしまうのが社会だ。

 

 一番困るのは何も考えてないで流されるだけ流されて騙されたっていう連中だけど、Aクラスにはそういう人は少なそうだ。

 

 そう思いたい。

 

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、放課後になった。

 今日の私はいろいろと買い出しに行くところがあるので教室を出ようとしたが、その前に有栖ちゃんに話しかけられた。

 

「どこに行くんですか、小坂君?」

 

「昨日いろいろ買えなかったものを買ってこようと思うんだ。結構回るから、話は明日でもいいかな?

 何時になるかわからないし」

 

「そういうことですか。仕方ありませんね」

 

 心なしかしょんぼりしているように見える。

 困ったぞ、普通に可愛い。かといってここで私が頭を撫でようものなら気持ち悪がられるのは目に見えている。

 そんな勇気が私にあるわけもない。

 

 少しの罪悪感を感じながら、私は教室を出て真っ先にホームセンターに向かった。

 

 

 

_______________

 

 

 

 

 ホームセンターに行ったが、鉈がおいてなかった。

 ショックが大きすぎて、もう帰りたくなっていた。

 

 何でホームセンターなのに鉈がおいてないんだよ!

 何のためのホームセンターだよ!

 

 心の中で声を大にして叫んだ。心の中だけで済ませているあたり、冷静さを見失っているわけではないと思いたい。

 だが冷静さを取り戻したら今、鉈を売っていたとしても買う人がいないというよりは使いどころがないと言われればそれまでだ。確かに学校内はよく整備されており、鉈を使って切り拓くような場所はまずない。

 むしろ、制度の都合でピリピリしやすい雰囲気の中で凶器認定まっしぐらの鉈を置いている方がおかしいのかもしれない。

 

 …それでもショックだった。

 私がマイナスを感じたとき、自分自身が鉈になったような感覚を味わった。それ以来、私は鉈に親近感を持っている。

 今日、私は中学生の時には買えなかった鉈をようやく買えると思って、サンタのプレゼントを待つ子供のような気持ちで過ごしてきたというのにこれはいくら何でもあんまりじゃないだろうか。取り寄せてもらうことも考えたが、履歴で残ると何のために買ったのか問い詰められたら答えづらいと思い困ってしまった。

 手段を択ばなければ買うこともできたのだろうが、私は泣く泣くホームセンターを後にした。

 

 

 

 

 

 次に向かったのは家電量販店だ。

 パラパラと人が散らばっているような感じで、ゲームを買う人も見える。こんな貴重なポイントをゲームに使って大丈夫か? とか思いながら、恐らくこの学校の仕組みについてまだわかっていないであろう同じ新入生をスルーして目当ての場所に行った。

 

 録音機も欲しかったが先に時間がかかると困るので携帯電話を買うことにした。店員を呼び、説明を受けてとりあえず通話し放題のプランにする。

 これで毎月4000ポイントが飛ぶことになるが、これで手に入る情報というものはそれ以上の価値があるだろうと確信している。

 私は思ったより早く終わったことに喜び、録音機を探しに行った。

 

 

 録音機は売っていたのだが、どれがいいものなのかよくわからなかったため適当に4種類買うことにした。全て、小型の手のひらサイズのものだが種類がばらばらなのでどれを使っても私のものだとばれにくく、はずれが紛れていてもリカバリーが効くようにした。

 

 全部でおよそ20000ポイント。結構掛かった気がするが、初期投資として諦めた。

 

 

 

 

 

 次に向かうところは、ドラッグストアだ。

 一般的な風邪薬や胃薬、下痢止めなどを一通りそろえておきたい。空手の決勝で戦わずして負けたのはいい思い出だ。マイナスなのに今日は運良く勝ち進めているなーと思ったら、最後の最後に爆弾を落とされたあの絶望感を私は忘れない。上げて落とすなんてこともあるのかと少し感心したけど、殺意の方が圧倒的に上回っている。

 

 そんなことを思い出しながら、ドラッグストアで薬を見繕った。胃薬、胃腸薬、風邪薬、下痢止め、消毒薬、包帯、絆創膏、目薬、軟膏、頭痛薬、睡眠薬を一通りかごに入れてレジに向かうと、レジの店員が少し引き攣った笑みを浮かべながら会計をしてくれた。

 

 全部でおよそ5000ポイント。

 必要経費だから仕方ない、私は自分にそう言い聞かせた。

 

 

 

 

 

 

 

 最後に向かったのはスーパーだ。

 目当ては無料食材と調味料。調味料まで無料であればいいが、油とかは普通に買わないといけないんじゃないかと思う。なくても最悪何とかなるし、牛脂とかおいてたらそれを使えばいい。

 

 

 

 私は調味料どころか、普通にサラダ油が無料コーナーにあることに戦慄していた。

 バターまであったときは思わず二度見してしまった。食料関連はかなり緩く設定されているみたいだ。おかげで自炊が捗るなー、とか思いながら消化できる分の食材をかごに入れた。

 

 ついでにフライパンも新しいのに変えておこう。あのフライパン結構ボロボロだったし、前の人が使ったものをいつまでも使うのはなんか嫌だ。

 衛生面的にもあまり好ましくない。

 

 

 あ、お弁当箱買うの忘れてた。明日からポイント消費を抑えるために、お昼はお弁当にしようと思ってたことをすっかり忘れていた。

 

 そうして私はお弁当箱をかごに入れ、一通りの買い物を済ませた。

 

 全部で2000ポイント(フライパンは2枚、その他日用品込)。これで今日使ったポイントは全部で29000ポイントぐらい。昨日の食事で1000ポイントちょっと使ったから、残りは大体70000ポイントぐらい。

 

 必要経費としてはこれぐらいは仕方ないと思おう。

 これからの生活でどれぐらい切り詰められるかがカギだ。

 

 そんなことを考えながら私は買い物袋を両手に持ち、寮に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 夕食を済ませた私は少し体を動かしたくなって、寮を出て人気のない場所に来た。

 

 さっき思い出したことだが、実は今日部活の説明会というものが放課後にあったらしい。買い出しのことで頭がいっぱいになっていたためすっかり行き損ねてしまったが、体を動かす場所が欲しいと思っている私には少しの後悔があった。

 

 だが、大会で結果を残せればクラスポイントが入るとはいえ、私のことだから最後の最後で負けるのが目に見えている。

 2年生の時の大会なんて行く途中で車に突っ込まれて、急いで躱したら足をねん挫して出られなくなったなんてこともあった。あの時は前世の最後を思い出して酷く狼狽えたことを覚えている。

 

 しかも、これからのクラスでの立ち回りを考えると放課後に部活動に入りながらクラスで動くのはとても難しそうだ。それを考えると、少し残念ではあるが空手部に入るのは諦めたほうがいいだろう。

 

 そう思った私は開いている時間に基礎的な鍛錬だけをすることにした。

 走り込み、筋トレ、空手の基本的な型の復習、後は漫画の知識を思い出した時に思い出してきた技を再現できないか試してみたい。

 男なら一度くらいあるのではないだろうか?

 格闘漫画の技を実際にやってみたいと。

 

 せっかく空手で鍛えているという下地があるんだから、時間があって心に余裕があるときにはいろいろ挑戦してみるべきだと思う。

 私は覚えている中で頭の中でイメージがしやすかった、刃牙のマッハ突きを試そうと思った。

 

 そう思った私は走り込みと筋トレ、基礎的な型の復習をした後にマッハ突きの練習を始めた。

 

 

 体の関節に回転を加えながら、手に全ての力を込めて振る。

 足首の関節の回転をひざの関節へ、膝から腰へ、腰から胴へ、胴から肩へ……嫌な感触がした。

 

 

 ……めっちゃくちゃ難しい。

 

 分かりきっていたことではある。

 ここバトル漫画の世界じゃないし、カタルシスが楽しい学園ものだってのはわかってるけどね、まさか1回振り抜くだけで肩が外れるとか思わなかった。

 

 関節に回転をかけて手の方に持っていくまでの流れをきちんとしないと、貯めた力が変なところに行ってしまう。

 それで肩に回転力などの力が集まってしまったから外れてしまったみたいだ。理論だけでしかわかってないことをいきなり全力でやるもんじゃないってことだな。

 ていうか、これ一歩間違えてたら普通に肩が壊れてたんじゃね?

 何で最初から全力でやろうとしたんだ、馬鹿か私は。

 

 …これはかなり厳しそうだ。痛かったけど肩をはめ直した。

 今日はこの辺にして、続きは後日に回そう。こんな肩の具合で続けたら最悪取り返しのつかないことになりかねないし、まだジンジンするから正直やりたくない。

 

 まあ、本気で習得できるとも思ってないし気軽にやろう。そもそも完全版が完成した場合は私の腕が内部から破裂するとか言う恐ろしい技だった気もするし、先端がマッハを超えるなんて言う突きを人体にやったら即死不可避で私が豚箱行きだ。

 

 …ていうか、体鍛えたほうがいいって思ってたけどやりすぎじゃないかこれ?

 

 カタルシスメインなんだから体鍛えたところで部活に入らないんなら大して変わらないだろう。現に話的にも敵対することになるAクラスで一番優秀そうな有栖ちゃんは病弱体質だし、別に体鍛える必要ないのではなかろうか。

 

 …だけど、せっかく付けた筋肉を落とすのももったいないか。

 

 全身汗まみれになっていた私は、汗を流すために寮の自室に戻った。

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 シャワーを浴び、勉強の復習を軽くしてから、携帯の初期設定をしていなかったことを思い出しベッドでゴロゴロしながら初期設定を済ませることにした。

 

 初期設定を進めながら考える、私は明日何をするべきか。

 本当にあの二人の間に入って間を取り持つことをするのか?

 

 裸エプロン同盟もとい、裸Yシャツ同盟を作って彼女たちと敵対する姿勢を作り、私を倒させるために二人が団結するっていう方が楽な気もしてきた。

 問題としては私には裸エプロン先輩みたいに人望がないことと、有栖ちゃんに勝手なことはしないといった手前第三勢力なんて作ろうものなら怒られるの間違いなしってところか。

 

 まあ、怒られるに関してはどうでもいいけど、私についてくるような人がいないのも事実だし、一人で二人どころかAクラス全員の相手をするのは手に余る。マイナスだからってのもあるけど、そもそも私にそういうものは向いてない。

 基本的に利己的で個人主義な私がグループを作るなんてまずできないだろう。

 

 

 

 

 だが、私個人じゃ彼らと敵対できるほどの力はない。

 

 

 

 

 …過負荷(マイナス)を抑えることなんてやめて、気持ち悪さ全開にすれば二人が手を取り合わざるを得なくなるか?

 

 いや、そんなことをしたら間違いなく主人公(綾小路君)にも目を付けられることになりうるし、私の歯止めが利かなくなるのも目に見えている。

 

 そうなったら、私は学校を卒業できなくなる可能性の方が高くなる。

 とりあえずこの学校に入った目的は卒業することなんだから、そこを履き違いないようにしないといけない。

 

 よし、やっぱり明日はクラスメイト全員の連絡先を手に入れて葛城君と仲良くなることから始めよう。

 派閥に入らないにしても仲良くなる分には嫌がられないだろうし、昨日今日と様子を見てみたけど彼はできるだけみんな仲良く、強制はしないよみたいなタイプの人間だ。

 

 擦り寄ってくる人を蔑ろにしないことは目に見えているからそこまで難しくはないだろう。

 

 私は心の中でスキンヘッド同盟(葛城グループ)って思っていたことを謝る必要があるかもしれない。

 独断と偏見がよくないことだってのはわかっていたはずだが、高校生になってからテンションがおかしくなっていたのだろう。

 そういうことにしておかないと、私の心が勝手に痛んで死んでしまいそうだ。

 

 

 

 

 そんなことを考えているうちに初期設定も終わったし、今日はもう寝ることにしよう。

 

 明日こそ、連絡先を増やすために頑張らないといけないしやることはいっぱいある。

 裏目になることもあるかもしれないが、動かないで文字通り轢き殺されるなんてマネは前世だけで十分だった。

 




 家電量販店の携帯のところとか、ほとんどイメージだけで書いたのであまり気にしないでください。

追記
 携帯電話が支給されていたようないなかったようなような気がしますが、この作品では各自自前のを自由に持つことができるということにしておきます。
 混乱させるような形になってしまい申し訳ありません。


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6話目 三日目の話

 我々は、大人も子供も、利口も馬鹿も、貧者も富者も、 死においては平等である。

 

 

 

 この言葉はロレンハーゲンの言葉だ。教育者であり、牧師であった彼の言葉だが、果たして本当にそうなのだろうか?

 乞食の命と貴族の命が同じと言っても貴族には納得ができないだろうし、乞食ですら自分の命にそこまでの価値はないと言うかもしれない。

 

 そもそも平等とは何だ?

 

 事象として訪れることはすべて平等なのか?

 

 そこに価値の違いがないなんて本当に言えるのか?

 

 マイナスに生きてきた人間とプラスに生きてきた人間の死が本当に価値が同じものと言えるのか?

 

 誰にも看取られることなく、道端で死んでいった乞食と親族に囲まれてみんなが嘆き悲しんで死んでいった有名人の死が果たして同じ価値なのか?

 

 

 

 

 そして何より、自分の死と他人の死が同じ平等だなんて誰が信じるんだ?

 

 自分が死ぬことで他の人間100人が助かるとした時に、自分とその100人の価値は平等なのか?

 

 他の人からすれば100人をとるべきだと声を大きくして言うだろうが、自分の番が来た時に本当にそう言えるのか?

 

 

 

 生きるときと死ぬときは平等なんて口当たりの良いことばっか言っていているが、そこにある価値の違いにまで目を向けたことがあるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そんなことはどうでもいい(私には関係ない)けど。

 

 

 

 

__________

 

 

 

 

 

 昨日買ったスマホのアラームに設定した時間の5分前に目を覚ました私は、お弁当の準備をしていた。少し多めに作って、残った分を朝食にするつもりだ。

 

 今日はできるだけ早く教室に行って連絡先の交換をし、クラスメイトとの交流を深めなくてはいけない。結局、自分にできるのは間に入る中間管理職モドキみたいなことぐらいしかできないと気づいた今、それならそれなりに楽しくやろうと思っている自分もいる。

 二回目の高校生活だ。どうせなら()しもう。

 

 サクッと朝食を食べ終えた私は授業を受ける準備をして、スマホを忘れずに持って教室に向かった。

 

 

 

 

 教室に着いたが、人は殆どいない。既に教室にいるのは、葛城君と他数名の人しかいなかった。

 

「おはようございます」

 

 そう挨拶をするとみんな挨拶を返してくる。軽く良い雰囲気になったところで葛城君のところに向かった。

 

「おはよう葛城君、小坂零っていいます」

 

「おはよう、小坂。何か用か?」

 

「同じ男子同士だし、零って呼んでよ。

 この前はちょっと抜けようとしたけどクラスメイトだし仲良くしようと思ってね」

 

「そういうことなら俺も康平でいい。よろしくな零」

 

 そう言って康平は私に手を出した。私はそれに握手で返すと、他の人たちも次々に私に挨拶と自己紹介をしてくる。この前の自己紹介の時に抜けたのにもかかわらず、みんな仲良くしようとしてくれるのでとてもやりやすかった。

 

「昨日は携帯置いてきちゃったから連絡先交換できなかったけど、今日はちゃんと持ってきたからみんなと交換しようと思ったんだ。

 康平のも教えて欲しいんだけど、いいかい?」

 

「構わない」

 

 そう言って康平と連絡先を交換した後に、流れで居た人の連絡先をどんどん交換していった。少しづつ人も増えてきたので、新しく来た人にも突撃して連絡先を交換してまわる。孤立気味な人たちも話しかければきちんと返してくれる上に、ちゃんと連絡先を交換してくれるからとてもやりやすかった。

 一昨日一緒にご飯を食べたメンバーとも交換した。最初は少し驚かれたが、昨日買ってきたことをこっそり伝えるとみんな笑顔で連絡先を交換してくれた。

 

 

 

 …こういう時、頭の良い人間は自分を良い人だと見せようとするから基本的に拒まない。

 

 

 そう思っていたのは正解だったみたいだ。途中でやってきた有栖ちゃんとも連絡先を交換した。

 

「あれ、Aクラスのグループチャットってまだないの?」

 

「仲間内のチャットはあるみたいですけど、クラス全体のチャットはまだないみたいですね」

 

 有栖ちゃんからグループチャットに招待されたのに、人数が15人しかいないことに気づいたので聞いてみたが、なんと、Aクラスのグループチャットがまだないということを知った。恐らく、グループごとで分けたのを作っているせいでクラス全体のものを不要に感じたのだろう。孤立気味な人はいったいどうしているんだろうか。

 

 …これはチャンスだ。

 ここで私が全員の連絡先を交換したことを活かしてAクラスのグループチャットを作って、クラスの中の立ち位置を確定させる。

 

 

 

 協調性のない変なやつから、クラス全体に気が向くまとめ役に早変わりだ。

 これで、康平と有栖ちゃんがぶつかって私が纏めたとしてもそこまで不思議がられずにできるだろう。

 

 そう思った私は真っ先に『Aクラス』という名前のグループチャットを立ち上げ、そこに今日連絡先を交換した皆を招待した。

 

 

 

 

『いきなりグループチャットを立ち上げた上に、皆さんを招待してしまい申し訳ありません。Aクラス全体のグループチャットがないということでしたので、クラス全員の連絡網として作りました。入りたくない方がいらっしゃったら退会していただいて構いませんし、強制もしません。私がリーダーを気取る気もありませんので、皆さんご自由に使ってくださると幸いです』

 

『そんな気にしなくていいよ~。Aクラス全体のグループチャットが欲しかったのは事実だし、タイミングを逃しちゃってたからむしろありがたいよー』

 

『そんな堅苦しくなくていいぜ?俺もこういうの欲しいって思ってたし』

 

·········

……

 

 

 

 

 よし、全員入った上に誰も退会していない。

 やっぱり、こういう感じで無理やり招待しておけば断りづらいし抜けづらいって思ったのは正解みたいだ。これで今日の目標の大多数が達成できた。

 

 こういう頭だけいい連中っていうのは自分の利害計算をするから扱い方を覚えておけば簡単に制御できる。それに、クラスの雰囲気がみんな仲良くといった感じで進んでいる入学初期辺りに、このポジションをとれたのは大きい。

 わかりやすくオセロで言うなら、四つ角の一つを取ることができたようなものだ。

 人見知りだということを言っておいたのも、人見知りなのにみんなと連絡先を交換してグループを立ち上げたという見方をされれば良い評価になる。

 まあ、人見知りに関しては初対面の人には人見知りをするってことにしておこう。あの時に咄嗟に言ったことだ。信じている人もそうはいないだろう。

 

「小坂君、ちょっといいですか?」

 

 そう言われて私は隣の有栖ちゃんの方を見る。

 

「どうかしたか?」

 

「今日のお昼ご一緒しませんか?

 少しお話がありまして…」

 

「私はお弁当作ってきたんだけど、坂柳さんは?」

 

「私は食堂でと思っていたのですが、それだとちょっと困りましたね」

 

 確かにお弁当を食堂で食べていたらあまりいい目では見られないだろう。

 だが、有栖ちゃんの体のことを考えると利用できるかもしれない。

 

「坂柳さんを利用するみたいで悪いけど、私が買いに行って坂柳さんには席を取っておいてもらう形にしたらどうだろう?

 杖を持ったままトレーを貰って座るのも、一人でやると大変かもしれない」

 

「確かにそうしてもらうととても助かりますが、よろしいのですか?」

 

「私が利用してるようなものだから、気にしなくていいよ」

 

 ようなではなくて利用しているだけだが。彼女の付き添いで食堂に来たと見られれば私が弁当を広げても特に何も言われないだろうし、私自身も有栖ちゃんとはお話したいことがある。

 

「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」

 

 彼女がにっこりと笑顔を浮かべていることから、嫌々ではないのだろうとは思う。

 それと同時に、それすらも演技なのかもしれないと思う自分がいた。

 

 有栖ちゃんから食事に誘われたことでクラスメイトがいろいろ聞いてきたが、先生が入ってきた瞬間にはみんな席に戻っていた。こういう無駄なスペックがAクラスと言われる所以なのかもしれない。

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

 そうしているうちに、お昼になった。休み時間にも問い詰められたが適当に流した私は、有栖ちゃんと二人で食堂に来ていた。

 

「すみません、私に合わせてもらって」

 

「一緒に食事するって言ったからね。置いていくなんてことはしないよ」

 

 杖をついている彼女は歩く速度が少し遅い。

 当たり前といえば当たり前だし、一緒に行くといった手前置いて行ったなんてなったらどうなるかわかったもんじゃない。

 

「ありがとうございます」

 

「そんな礼を言うほどのことじゃないよ。私が買ってくるけど何がいい?」

 

「それでは日替わり定食でお願いします」

 

 そう言うと彼女は私に学生証カードを渡そうとした。恐らく、これで買ってきてほしいということだろう。

 買ってくるのは当たり前だが、ここでは私に奢られてもらう。少しでも話し合いの時に情が移るようにしておいた方が後々楽になるだろうと思ってだ。

 

「私が奢るからしまっていいよ」

 

「それは嬉しいですが、買ってきてもらうのにさらに奢ってもらうなんて」

 

「一緒にご飯を食べさせてもらうお礼ってことで、一人飯より二人で食べたほうがおいしいしね」

 

 私はそう言って食券を買いに行った。有栖ちゃんを席に座らせてから来たので、私の分の席もちゃんととってくれてるだろう。一応彼女の席の隣に弁当を置いてきたので他の人が座るようなことはないはずだ。

 そうして私は日替わり定食を受け取り、彼女のいる席に戻った。彼女のいる席は食堂の角に近いような場所で、あまり大きな声じゃなければ他の人には会話が聞こえなさそうな場所をチョイスしたつもりだ。

 

 

「ほい、日替わり定食」

 

「ありがとうございます、小坂君。助かりました」

 

「気にしない気にしない。まあ、私も弁当出すから話は食べてからにしよう」

 

 そう言って私は置いておいた弁当を出した。ご飯に、ザンギ(鶏の唐揚げ)、卵焼きにほうれんそうのお浸しといったテンプレのようなお弁当だ。

 私の中でお弁当の王道だと思うメニューにしたつもりだ。高校生活最初のお弁当ということもあり、前世から得意だったものにした。

 

「「いただきます」」

 

 上辺だけだとしても言っておくことに越したことはないだろう。礼儀ができているかということはこういうところから判断されることも少なくない。

 今の私のキャラクターを作るにはこういうことをちまちま積み上げていくことも必要だと、自分に言い聞かせる。

 

 5分程度で食べ終わった。

 私は食べるのが早いので話をするにはもう少し待たなくてはいけないだろう。

 心なしか有栖ちゃんが急いで食べているような気がするが、気のせいだと思いたい。別に強制して早く食べさせているつもりはないのだ。

 

 これからの話し合いについて考える。

 まずこれからどうするかということと、何で今日こんなに活発に交流を深めようとしたのかを聞かれるだろうから、それに対しては素直に答えていいと思う。

 ただ、葛城グループを潰した後にどうするのかということに関してはこういうもしかしたら他の人に聞かれているかもしれない場所で聞きたくない。一応聞かれなさそうな場所に陣取っていはいるが、もしかしたらということを考えると下手なことをすると自分の首を絞めることになる。

 

 考えているうちに、有栖ちゃんも食べ終わったみたいだ。

 

 …うん、やっぱり心の中でも坂柳さんに戻そう。

 有栖ちゃんって言ってるととても締まらない。

 

 名前呼びなんて心の中でしかできないからしていたが、いざやって続けてみても虚しくなるだけだった。

 

「お待たせしました。それでは本題に入ってもよろしいでしょうか?」

 

 そう言うと彼女の纏っている雰囲気が変わった。

 病弱で儚そうな少女のそれから、陰で人を操り身も心も掌握するような女王のそれに。

 こんなラスボスチックな雰囲気を出せるなら、それを常に保ってくれとか思いつつ私は彼女にこう返した。

 

「構わないよ。大体予想もついてる」

 

「では早速、まず今日いきなり動いたのはなぜか聞いてもよろしいですか?」

 

 予想通りの質問がやってきた。

 まあ、一昨日敵対しないと言っていたのにも関わらずいきなりアグレッシブにみんなと交流を深めてクラスのグループチャットを立ち上げるなんてしたら、喧嘩売ってんのかって思われるのも無理はない。

 

「簡単にいうとクラスの全員と繋がりが欲しかったから。それとこれからの自分のクラス内での立ち位置を決めたから、その立場取りをしに行くためにせざるを得なかったって言うのが正しいかな?」

 

「というと?」

 

「これからのAクラスは坂柳さんのグループと康平のグループで分かれそうだと思ったからね。孤立気味な人を拾い上げて二つのグループを間を取り持つ人が必要だと思った。

 クラスの中が常にギスギスしてたら、間に挟まれた人たちがなにするかわからない。それを拾い上げる必要があると思った」

 

「…なるほど。確かにそういうことも考えられますね」

 

 そう言うと彼女は少し考え込むような表情をした。自分がクラスを掌握しきれば問題ないと思っていたのか、孤立気味のクラスメイトのことはそこまで考えていなかったのか、それともほかに何か考えがあったが私が邪魔してしまったのか。

 そんなことを考えたが、何れにしろ私には彼女の表情からそこまで読み取ることはできない。そして彼女は考えるのをやめてこちらを見た。

 

「…わかりました。変に勘ぐってしまったことを謝罪します」

 

「…まあ仕方ないか」

 

「まだ信用できるかどうかの判断がついていなかったので、警戒することは当たり前だと思いますが?」

 

 警戒心が高いことは立派だが、そういう警戒心は一昨日の帰りにもきちんと保ってほしかった。

 入学初日で内心浮かれてたとかなら可愛いんだけど、そんなことしたら本当にポンコツが定着してしまう。

 少なくとも私の頭の中では暫く定着していた。

 

「まあ、敵対しないよーって言ってた人間がいきなりクラスを纏めようとしたらそうなってもおかしくないか。

 もう一度と宣言しておくけど、私はあなたと事を構える気はない。面倒だし」

 

「…その理由はどうかと思いますが、わかりました」

 

「面倒っていうのは結構大事だと私は思うよ。手間をかけるってことは、その分のリソースを使うってことだ。

 それは時間だったり、体力だったりするわけで、下手な気苦労をするよりはしない方がいいと思わないかい?」

 

 

 私がそう言うと納得したように彼女は頷いた。

 本当のところは面倒ってのもあるけど、Aクラス全体が落ち目になるようなことにしないために最低限の根回しを兼ねている。

 

 何もなければAクラスは優秀な人間の集まりのはずだ。

 

 故に敗北条件もわかりきっている。

 

 

 

 

 

 

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 これが一番の敗北条件であることはもう疑いようがない。

 まあ、主人公(綾小路君)がいる以上Dクラスには普通に潰されることもあり得るが、それ以外で敗北するとしたら内部分裂が一番早いだろう。Bクラスあたりに抜かれましたってなるのが一番怖い。

 

 既にAクラスは二分されている。

 詳しく分ければその他がいるが、主に坂柳グループと葛城グループで分かれてしまっている。彼女は優秀だから、クラスを掌握した後もある程度はAクラスを引っ張っていけるだろう。

 

 

 

 そんでもって、最後に主人公(綾小路君)に轢き殺されると。

 

 

 

 独裁政権を立てたい坂柳さんには悪いが、このままいくと独裁政権を立てた後に転がり落ちてみんなから虐められるかわいそうな有栖ちゃんの図が見える。

 まあ、そうならないように手を打ってはいる。

 一度愚か者認定をしてしまったせいか、彼女に肩入れしている部分がある。もしかしたらこれが、『強固(ぬる)過ぎる仲間意識』になるのかもしれない。

 何が何でも彼女を勝たせるとまでは思っていないが、負けないでほしいと思っている自分も確かにいた。

 

 どうせマイナスだから勝てないのはわかっている。

 坂柳さんをAクラスに居ると言うだけで、それにつき合わせてしまうことも。

 だが、あの人ほどじゃないけど負け戦なら百戦錬磨の自信がある。

 

 

「放課後に二人っきりで話したいんだけど、どっか良い場所ないかな?」

 

「それでは私の部屋はどうですか?

 誰かに聞かれる恐れもありませんし」

 

 

 …女の子の部屋に行くのはちょっと抵抗がある。

 ホイホイ男を自分の部屋に呼ぶなと言いたい。ノンケだってかまわないで喰っちまう男だっているだろう。

 

「流石にそれは恥ずかしいな。他の人に見られて変な噂を立てられると困るし」

 

「それもそうですが、他に良い場所はあまり思いつきませんよ?

 小坂君からしたらカフェとかも嫌がるでしょうし」

 

「まあ、食堂の人目につき辛いところでも話したくないようなことだから、外で話すのはもっての外だね」

 

「そうなると、他の場所が見当たらないのですが…」

 

 確かに、全く人目につかないような場所というのは広い学校内といえほとんどないだろう。そう考えると確かに坂柳さんの部屋が安全ではある。

 

 …よし、少し卑怯な手だけどまた彼女の先天性疾患を利用させてもらおう。

 

「一つ思いついたんだけど、嫌だったら断ってくれていいから。不快にさせるかもしれないし」

 

「構いません。言ってください」

 

「学校帰りに荷物持ちとして私が付いて行けば、そのまま部屋に上がって話しても不思議じゃないと思った」

 

「……」

 

「嫌だったら言ってくれ。身体的特徴を利用してやろうとしているような非人間のいう言葉だ」

 

「…嫌ではありませんよ。確かに合理的ですし、学校帰りに教材を持って帰るのは大変に思うところもありますから」

 

 先天性疾患とは生まれつきのものだったか?

 名前的にはそうだが、そうだとしたら彼女からすればこれがあるのが当たり前で、今私が言ったことも手伝ってくれるようなことに聞こえたのかもしれない。

 

 実際は私が彼女の先天性疾患を利用して部屋に上がろうとしているのにも関わらずだ。

 

 文字にしたら最悪なやつだなこれ。自覚したら、気分も最悪(マイナス)になってきた。

 それを表には出さないで、私は彼女の顔を見た。彼女もここで話すようなことはもうないのか、食器を片付ける準備をしていた。

 

 

「それじゃあ、そろそろ行こうか。授業がもうそろそろ始まるし」

 

「ええ、では行きましょう。放課後もよろしくお願いしますね」

 

 そう言って彼女はこちらに向かってにっこり笑った。

 

 その笑顔が余りにも儚くて、きれいで、美しくて、思わずその笑顔(プラス)苦悶の顔(マイナス)にさせてしまいたいと思った。

 これだから私は最悪(マイナス)なのだろう。







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7話目 三日目 ~舞台裏~

 人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。

 

 この言葉はリチャード・M・ニクソンという人物の言葉だ。アメリカ合衆国の第37代大統領だった彼のセリフだが、過負荷(マイナス)そのものを表しているとも言える。

 

 過負荷(マイナス)は基本的に勝つことがとても難しい。

 試合に勝ったとしても勝負には負ける。

 過負荷(マイナス)の本質としては負の方向に根っこがあるので当然と言えば当然だが、そこで全てを投げ出して勝負事そのものを辞めるようなことはほとんどしない。

 マイナスだろうが、プラスだろうが勝ちたいという願望はそうそう変わるものではないし、負け続けているからこそ勝利を渇望する部分がマイナスにはある。

 

 その勝利も、貰い物の勝利ではなく全身全霊で勝負をしてプラスにいる人間を打ち負かしたいという願望が強い。

 

 過負荷(マイナス)の人間はプラスにいる人間に対して恨みや嫉妬、怒りや憎しみなどの感情が大半を占めているが、その中には切望や憧れ、そして諦観が混ざっているのかもしれない。

 

 諦めきれないからこそ、どんなに負けることがわかっていても、勝てないと知っても、自分の望むような結果にならないことを知っていてもプラスの人間に勝負を挑むことを辞めないのだ。

 

 

 

 

 負け続けているのだから、負けたら終わりなんかじゃないことはわかりきっているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それじゃあ、勝利を知っている過負荷(マイナス)はどうなるのか。

 生前、普通の勝利を手にしてきた過負荷(マイナス)過負荷(マイナス)成長して勝てなくなったところで、勝利を切望するだろうか? 憧れるだろうか?

 マイナスを知りたかったからという理由だけでマイナスになった彼が本当に勝利を求めるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 どう思うかは人それぞれだ。

 

 強いて言うのなら、真実というものは理屈だけで決められることではない。

 

 

 

 

 

 

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 放課後になった。

 

 私は坂柳さんの荷物持ちとして彼女を寮の自室に送っていくことになった。その時にクラスメイトに絡まれたりしたが、坂柳さんの鶴の一声で一斉に散っていった。

絡まれた時も邪険にするのではなくクラスメイトと会話をすることを忘れず、少しでも交流を深めようとするポーズをとる。

 

 中身のない会話でも交流を深める程度には役立つし、クラス全体で結束してます感を出すためにはクラスの雰囲気を少しでも良いものにしておく必要がある。

 孤立気味の人たちが、このクラスに対して嫌悪感を持たないように誘導しなくてはいけないからだ。

 休み時間などの開いている時間にもさりげなく声をかけるのを忘れないようにするのがコツだ。

 この時期にボッチの人で、心の底から人が嫌いな人はそう多くはないだろう。ただ、話しかけるタイミングとか友達を作るタイミングを逃しただけだ。

 だから、私みたいな人でもある程度受け入れて話をしてくれる。

 

 それでいて、プライベートな付き合いにはあまりしない。深く関わるとそれからトラブルに巻き込まれることになるし、それによってクラスの団結に罅が入っていくことは好ましくない。

 坂柳さんとはある程度仕方ないと割り切っているが、後で間に挟まって胡麻をすることになる以上あまり偏りすぎてもいけないかもしれない。

 彼女が私を見逃してくれれば、という但し書きが付くが。

 

 まあ、まだ三年間は一緒に学校生活を送る仲だ。

 嫌でも話さなくてはいけなくなるだろう。

 問題としてはそのうち私がハブかれるんじゃないかっていうことだが、中学校時代にはクラスのみんな全員と一定の仲は保っていたから大丈夫だと信じたい。友達と呼べるような人間はいなかったが友人と呼べる人間は多かった。

 

 それは逆にいうと踏み込んだような仲にはならなかったということにもなるが、クラスで結束するぐらいのことにそこまで踏み込んだ仲になる必要もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「着きましたよ」

 

 彼女の言葉で思考の海から現実に引き戻される。

 どうやら彼女の後ろを付いて歩いていたら、考えているうちに彼女の部屋に着いたらしい。彼女が既に部屋のロックを開けて中に入るように促している。私はそれに従って部屋に入った。

 

「荷物はそこに置いておいてください」

 

 私は言われたとおりに荷物を下して、彼女の部屋を軽く見渡した。彼女の部屋は入学したばかりだからなのかは知らないが、物はあまり多くない。床にはカーペットが敷かれており、その上に机と椅子がある。

 恐らく自室で食事をとる時に使う場所なのだろう。また、近くには教科書や参考書、小説などが入った本棚があり、その近くにベッドがある。そして、備え付けのクローゼットがあり、ぱっと見てわかる物はそれぐらいだ。

 

「とりあえず、そこに座ってください」

 

 そう言われて私は机に誘導された。反対側には坂柳さんが座る。そうしているころには、彼女から出る威圧感がなかなかすごいことになっていた。

 ジョジョみたいにゴゴゴゴゴみたいな擬音が聞こえてくると錯覚するぐらいの威圧感を放っている彼女からは、とても教室にいる時の儚げな少女と同一人物とは思えない。気の弱い人が見たら裸足で逃げ出していしまいそうな、威圧感を放つ裏ボスの姿がそこにはあった。さっきの食堂でも雰囲気が変わっていたが、それとは比較にならないほどの威圧感をさらけ出している。

 

 こんなに威圧感を出して何がしたいんだろうか?

 

 概ね交渉を優位に進めるとか、相手の心を折りやすくするとかそういうものなのだろうけど、みんながみんなそうだとは思わないほうがいいのに。

 

 特に(マイナス)みたいなのにそんなことをしても大して効果はない。それぐらいで折れるような心ならこんなところにいない。

 

「それじゃあ早速だけどいいかい?」

 

「ええ、あまり時間をかけて他の人に気付かれでもしたら、後が大変ですからね」

 

 彼女の言う通り、あまり遅くまでこの部屋にいると出た後が大変だろう。

 出たところを他の生徒に見られたら何を言われたものかわかったもんじゃない。変な噂で私の動きが制限されたり、注目を集めるようなことは御免だ。

 そう思った私はいきなり本題を切り出した。

 

「今日私がクラスのグループチャットを立ち上げた件とも関係あるんだが、君は葛城グループを潰した後にどうするつもりだい?」

 

「…どうする、と言いますと?」

 

「力のなくなった葛城グループをどうするかって話。全員退学させるならまだしも、嫌がらせにAクラスの情報を横流しされたら面倒だろ?

 その辺はどう考えてる?」

 

 私が一番気になっているところはここだ。

 クラス全体を掌握すると言っても個人の感情まで完全に制御することのできる人間はいないと私は思っている。制度や権利で縛れば、その人の行動を制限することはできるし思考を読むこともできるだろう。

 しかし、感情を制御することはできない。

 本人でさえ感情の爆発を抑えられないことがあるのに他の人がどうしてそれを制御できるのだろうか?

 

「例え私にクラスを掌握されたことに反発したとしても、自分がAクラスに居たい以上Aクラスそのものに仇をなすようなことはあまりしてこないと思いますが」

 

「確かに理屈でいえばそうだろう。だが、君は負けた人間が何をしたいと思うかをまるで分っていない。

 屈辱を味わった人間は、自分がどうなろうと復讐したいと思うこともある。みんながみんなとは言わないがね」

 

 そう言うと彼女の雰囲気が変わった。

 ただ、圧迫感を出すような威圧感から怒気を孕んだそれへと変化したのだ。私は直感的に彼女が昔誰かに負けたことがあるのだろうということを察した。

 それも、適当に流せるようなものじゃない決定的な敗北なのだろう。そうでなければ、こんなに怒気を孕ませた空気にはならなかったはずだ。

 

 

 

「なんだ、君も敗北を味わったことがあるのか。それも決定的な敗北を」

 

「ッ!!」

 

「ああ、答えなくていいよ。君のその雰囲気だけで大体察せるから」

 

 そう言うと彼女は苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨んだ。本人も知られたくなかった過去なのだろう。

 その表情が哀れで、滑稽で、愉快でとてもかわいいもので、つい()()()()()()()()()()()()()()()が生まれてしまいそうだった。

 

「…あなたは…一体何なんですか?」

 

「私はただの過負荷()だよ。ちょっと人とは反対側の普通の人間さ」

 

「反対側…?」

 

「言ってもわからないと思うし言う気はないよ」

 

 マイナスだのプラスだのの話をするつもりはない。

 私自身自分のマイナスな感覚に勝手に名前を付けてスキルっぽく呼んでいるだけで、スキルとして発現しているわけじゃないと思っている。

 なにせ、それを判断してくれる人がいない。あくまで、前世の記憶にあった漫画の知識に当てはめて自分の性質の理解をしているつもりになっているだけだ。これが、本当にそうなのか。私の中にある感覚が本当に過負荷(マイナス)なのかなんてことは私にもわからない。

 私の思いに勝手に反応を示す段階で、『めだかボックス』のそれとは違う可能性だってある。

 

 だから私は、恐らくこうなんじゃないかという推測とこうだったらいいなっていう願望によるものに過ぎないのだ。妄想とか、中二病とか言われればそれまでだが、教えてくれる人がいない以上、私はこうするしかない。

 

 

 まあ、そこまで重要なことじゃない(私には関係ない)

 

 

 

「まあ、だからさ、人って何をするかわからないんだよ。

 復讐のために自分を殺すことができるやつもいれば、ただ面白そうだから他人を壊したくなるやつもいるし、新しいものを見つけるためなら他人なんてどうなってもいいと思うような奴もいる。そんな人間の感情ってのはどうしようもなく厄介で、本人にも制御しきれないものなんだよ。

 理性ではやってはいけないと思っても復讐心が勝って人をあっけなく殺すことだってあるし、殺しちゃいけないと思っても殺した時の充実感を思い出して殺したりするんだ。そんな感情を他人が簡単に推し量れるわけないじゃないか」

 

「…確かに一理ありますが、そうしたらあなたはどうしたいのですか?

 葛城君にクラスを掌握してもらうほうがいいって思ってるのですか?」

 

「そういうわけじゃない。彼はこの学校について疑問を持ってはいるけどまだシステム的なことには気づいていない様子だし、指導者としては君の方が優秀なのはわかりきっている」

 

「でしたら、一体どうしようというのですか?」

 

「単純な話、二人が仲良くすればいい。すぐにはできなくても、クラス全体でまとまったほうが方針を決めやすいのも事実だしね」

 

 私がそう言うと彼女は少し考えるような姿勢をとった。私の話を聞いて思うところがあったのかもしれない。これを機に、一気に畳みかけてみることにする。

 

「別に全面的に仲良くなんてする必要はないし、意見の対立があっても仕方ないとは思う。ただ、ぶつけ合うだけでクラスの雰囲気を悪くし続けるのは孤立気味な人にとってはストレスだし、そうじゃない派閥の間でも緊張感が生まれる。

 そうやって競い合っていくことも大切だけど、蹴落としあうようなことばっかりじゃあ内部分裂は免れないだろう」

 

「…」

 

「Aクラスが負ける要因なんて、例外がなければ内部分裂をすることが一番大きいことはわかってるだろ?

 既に内部分裂が始まっているようなものなんだから、どこかで手を打つ必要がある。君が指導者をやっていくことに不満はないけど、あまり独裁的にやっていくと不平不満が溜まって最後には見もしなかった弱者(Dクラス)に足をすくわれることになるかもしれないよ?」

 

 

 

 私がそういうと彼女は考え込んでしまった。恐らく、入学当初に自分のプランとは異なった考えなのでいろいろ考えているのだろう。

 こうした場合はメリットやデメリットを考えるところからまず始まるだろう。

 メリットはわかりやすくクラス全体の団結力が上がってみんなのやる気の上昇が狙えたり、情報操作が楽になるということ。また、孤立気味な人を掬い上げ、そう言う人たちの行動にも目を光らせることができること。明確な内部分裂を起こす前にクラス全体でまとまれるというところだろう。

 

 

 ではデメリットは何か。

 まず、指導者が二人いることで内部分裂の危険性を孕むこと。すでに二分しているグループを今から一つにしたところで、本人たちは良くても周りにいる人達まで納得するとは限らない。そして、全体でまとまった場合に起こる一番の問題として情報の横流しをするものが出た場合に誰がしたのかわかりづらくなるというものがある。

 グループ全体で話し合うと言えば聞こえはいいが、そこで出た情報は皆が共有することになる。そのうちだれか一人が漏らすようなことになれば、誰が流したのかわからなくなるような魔女裁判的雰囲気になってクラスの団結は崩壊するだろう。

 

 

 

 …あれ?

 これってデメリットが結構無視できないのではないか?

 

 いや、まさかそんな馬鹿なことあるはずが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …冷静に考えなおしてみたら、デメリットのほうが大きい気がしてきた。

 坂柳さんが纏めきれるならこのままでもいいんじゃないか。そのためには孤立気味な人を全部掬い上げる必要があるけど、それさえできれば康平たちを打ち負かして因縁を残さないようにすれば問題はないのか。

 だが、康平を打ち負かすとなると、どうしても後を引く様な形は避けられないだろう。

 

 …だからその因縁を残さないようにするためにはどうするのかという話だ。

 

 

 

 ………因縁そのものの『縁』を切るとか?

 

 いや、そんな便利なことができるものじゃないし無理やりやろうものなら間違いなく、また誰からも忘れ去られることになる。

 流石にあれは結構きついので勘弁願いたい。

 そもそも私の過負荷(無冠刑)はそんなに小回りの利く便利なものではない。そんなものだったら、過負荷(マイナス)なんて名付けられない。

 

 それに、ファンタジーやメルヘンの世界じゃないんだ。

 学園物の世界でそんな掟破り(超能力)染みたことをして何になるんだ。

 ゲームをやるのに、ゲーム機壊して「このゲームに勝った」とか言って楽しいわけがない。

 一時的な破壊衝動が満たされたところで、『ゲーム』そのものからは逃げたも同然だ。

 

 そんな無価値な勝利に何の意味があるんだ?

 

 

 

 

 

「…考えがまとまりました」

 

 

 考えているうちに結構時間がたっていたような気がするが、私は彼女の言葉で意識を現実に戻した。とりあえず、自分でもどっちがいいのかわからなくなってきたので彼女の答えを聞くことにした。

 

 

 

「私は、このままクラスの掌握を進めます」

 

 彼女は私を見据えてそう宣言した。

 そこには、さっきの迷いきって考え込んでいた少女の姿はなく、自分に自信をもってそう言いきった少女の姿があった。

 

「確かに、このまま行ったら葛城君との衝突は免れないでしょう。ですが、私なら彼を退けることはできます。それに、私にもこの学校に来た目的があります。()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言った少女の瞳は覚悟と決意に満ちたとても輝かしいものだった。

 

 前世の私でも出来なかった顔。

 今の私では絶対にできないようなその顔に思わず私は魅入ってしまった。

 

 

「クラスにとってのメリットデメリットもどちらが良いのか微妙なところです。しかし、これには私自身のメリットデメリットを考えていない。

 私の目的を果たすためには、私がクラスの掌握する必要があります。ですから、私は葛城君と衝突することも構いません。あなたと衝突しようとも必ず退けて私が勝ちます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう私に宣言した彼女の姿に私は心を打たれた。

 私に向かって宣言する様が実にプラス向きで、前に彼女はマイナス側の人間だなんて評価した私は自分が見当違いのものしか見ていないことに気付かされた。

 

 

 …ああ、なんてきれいなんだ。

 顔がじゃない、容姿がじゃない、その覚悟に満ち溢れた目、これこそが人間の真に美しい姿なのだろう。

 

 …私が転生してまで手に入れたかったものはそういうものなんじゃないのか?

 プラスだろうが、マイナスだろうが本当に変わらない人間のらしいものを見つけたかったんじゃないのか?

 

 

 

 

 

 ……私は何のために生きているんだ?

 この学校に来た理由は卒業するためだ。それは疑いようもない。

 

 だが、私がそうまでして本当に欲しかったものはいったい何なんだ?

 平穏な生活なのか?

 怠惰な日常なのか?

 それで本当にいいのか?

 

 私がこの世界に転生した理由は本当にそんな日常を求めたからなのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違うだろ!

 

 

 

 ただ、生きているだけでいいなら転生する前でも味わえただろ!

 転生して欲しかったもの(マイナス)まで手に入れて本当にしたいことがただ普通に生きるなんてことがあるか!

 それで本当に満足するなら転生なんかする必要なかっただろ!

 

 

 

 私が本当に見たかったものは過負荷(マイナス)でも括弧つけて自分の生き方を見つけたあの人みたいなかっこよさとか、目の前のこの子の覚悟ある目とか、そういうものを見つけたかったんじゃないのか!?

 

 

 

 

 

 

 マイナスの人生になったから前の人生とは違うところを見ることができた。

 

 

 本当にそれだけでいいのか!?

 転生してそれだけ知れば満足なのか!?

 それなら、中学校を卒業するまでに死んでも変わらかったんじゃないのか!?

 

 

 …そうだよ。

 私はこういうものが本当は欲しかったんだ。

 自分の全てを賭けてでも戦うような覚悟とか、自分だけの生き方とか、そういう輝かしいものを元の『小坂零』は欲していたんだ。

 転生した今になってようやくわかった。

 

 

 私は『物語』に参加したかったのだ。

 

 

 そしてその『物語』で、マイナスだろうがプラスに負けないぐらいカッコつけて生きていくことができるっていうことを証明したい。

 

 

 マイナスに生まれても、人の持つ真に美しいものというものがあるということを証明したいんだ。マイナスの人間だからで済ませて終わらせて言い訳していた、今までの自分を本当は変えたかったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…はあ、また勝てなかった」

 

 私はあの人の決まり文句をつぶやいた。

 別に勝負をしていたわけじゃない。だが、私が今感じている圧倒的な敗北感、それと同じぐらいの感謝と敬意を表すのにこれ以上ふさわしい言葉はないだろう。

 私が尊敬しているあの先輩のセリフを言うなんて烏滸がましいことかもしれないが、それでも言わずにはいられなかった。

 

「わかったよ、坂柳さん。君のしたいようにするといい」

 

「…いいんですか?

 小坂君の言うことと反対のことをすることになりますよ?」

 

「好きにしていいよ。()()()()()()()()()()()()()()

 

「好きに…ですか?」

 

「君の顔を見て、私が本当にしたかったことを思い出したんだ。だからお礼を言わせてほしい。君のおかげで本当に大切なことを見つけることができた。本当にありがとう」

 

 そう言って私は頭を下げた。

 彼女からすれば突然変なことを言ってきて困惑しているかもしれないが、私にはとても大切なことを教えてくれた彼女にたいしてこうしないと気が済まなかった。そしてだからこそ、私は彼女に伝えたいことがあった。

 

「そして、それを見つけたからこそ君に宣言するよ、坂柳有栖さん。

 ()()()()()()()()()()。あなたが私の知らない誰かに打ち勝ちたいように、私はあなたに勝ちたくなった」

 

 私はそう言って彼女を見据えた。

 先ほど彼女が私に向かって宣言したように、私も同じく彼女に向けて宣言した。

 

 私の覚悟を彼女に伝えるために、私の感謝を彼女に伝えるために。

 

「…わかりました。その勝負受けて立ちます」

 

 彼女はそう言ってこっちを見て笑った。その笑顔がとても美しくて、それと同時に心が熱く燃えているように感じる。

 

「ありがとう、君ならそう言うと思ったよ」

 

「こちらこそ、あなたとは何れ雌雄を決する必要があると思ってましたから構いません。それで、どのような勝負にするんですか?」

 

 彼女のこの問いに対して、私の答えは決まっている。

 

「勝負のルールは一つだけ、()()()()()()()()()()()()

 

「負けたと思った方の…ですか?」

 

「そう、たとえどんなにボロボロになったとしても負けたと思わなかった限り勝負は続く。負けたと相手に思わせたほうの勝ちだ」

 

 最悪、お互いに意地を張り合って一生終わらないように見えるこのルール。

 だけど、それをこなしてこそ真の勝利だと言えるのだろう。あの『負完全』な先輩が、主人公との勝負でこのルールを用いたように。

 だからこそ、私は彼女にこのルールで勝負を挑む。たとえ勝てないとしても、この勝負そのものに意味があると私は確信している。

 

「…わかりました。それで構いません。それで期限はいつまでにしますか?」

 

「そんな短期間で決められるようなものでもないし、卒業まででいいんじゃないか?」

 

「…そんな長い期間でいいんですか?」

 

「勝負したいとは言ったけど、そんなすぐに決着を求めているわけじゃないからね。高校生活の全部の期間を使っての長丁場だよ」

 

 そう言って私は彼女を見た。

 確かに長い期間だろう。だが、短期決戦で勝てるとも思えない。長丁場のグダグダにもっていかないと勝つどころか勝負になりもしないだろう。私は勝てるとは思ってない。

 だが、全力で勝ちに行く。生まれて初めての全身全霊を彼女にぶつけるのだ。

 

 そうした先に私の求めている答えが見つかると確信している。

 

 

 

 

 

 

「わかりました。私はそれで構いません」

 

「うん。じゃあ、これからよろしく、坂柳さん」

 

「ええ、こちらこそ、小坂君」

 

 

 そう言って私は握手をするために手を出した。彼女もそれに応えるように手を伸ばす。私はほんのちょっとのマイナスを出しながら、彼女は圧倒的威圧感を放ちながら。彼女の威圧感に呑まれていく感覚で眉を顰めるが、彼女も気持ち悪そうに眉を顰めている。

 思わず彼女は握手する手を引っ込めそうになるが、踏みとどまって握手を返してくれた。

 

「…それがあなたの素ですか」

 

「気持ち悪いだろう?

 これでも抑えているんだ」

 

 全開放するようなことをする気はないが、彼女の前では素の自分を出したくなった。正々堂々なんて言う気はない。

 だが勝負を挑んだ以上、彼女には私のことを少し知ってもらいたかった。何も知らないまま私に勝たれても私の望むものは得られないと直感的に思ったから。

 

「確かに気持ち悪いです」

 

「そう面と向かって言われるとちょっとショックだな」

 

「でも少し嬉しいですよ。本当の小坂君を見つけられた気がしたので」

 

 …無自覚なのか計算してやっているのか、どっちにしてもタチが悪い。そう言うことには耐性がないから、そういうことを本当に嬉しそうな笑顔で言われると勘違いしそうだ。

 

 ただでさえ過負荷(マイナス)は惚れっぽいというのに。

 

「まあ、他の人にはこんな姿見せられないからね。クラスではまず見せないようにしてるし」

 

「…というと、この小坂君を知っているのは私だけということですか」

 

「この学校ではそうなるね。昔施設にいたときは抑え方わかんなくて垂れ流しにしてたけど」

 

 そう言うと彼女は顔を顰めた。

 今の抑えている状態でさえ気持ち悪いと感じるのに、こんなものを常に全開で出していたら他人がどう思うのか想像していたのだろう。

 

「垂れ流し…それ大丈夫だったんですか?」

 

「ダメだったから虐待されたんだよ。服の下は結構グロいから人には見せられないね」

 

 そう言うと彼女は少し悲しそうな顔をしてこっちを見た。

 同情しているのだろう。だが、そんなことは今の私にはもう関係ない。体に傷が残ろうが、私は私だ。勝負をするに困るような疼くほどの古傷でもない。

 

「…私と二人でいる時には、このままにしておいてください」

 

「いいのかい? 正直気持ち悪いだろう?」

 

「確かに気分はよくありません。ですが勝負を受けた以上、私はあなたから逃げるような真似をする気はありません」

 

 これには正直驚いた。

 勝負を吹っ掛けた今だからこの状態になっているが、本来こんな状態を見せる気はさらさらなかった。普通の人間というか、同類(マイナス)の人間以外が今の私といたら気持ち悪くなるのは当たり前だ。

 そんな私を真っ向から受け止めて勝負にこたえようとする姿勢が私には好ましかった。

 

「そういうことならそうさせてもらおう」

 

「ええ、そうしてください。私はあなたの全てを受け止めてあなたに敗北を認めさせます」

 

「それじゃあ、私は私らしく、私なりのやり方であなたに敗北を認めさせることにしよう」

 

 そう言ってお互いに笑いあう。前の威圧するような笑顔じゃなくて、相手の挑戦に対する不敵な笑み。

 

「ふふ、その時を楽しみにしてますね」

 

「ああ、私も楽しみにしてる。それじゃあ、また明日とか!」

 

 

 

 そう言って私は彼女の部屋を出た。

 

 これから私は彼女と戦うのだ。生まれて初めての全身全霊をかけて私は戦う。

 

 その先に勝利がないことを半ば確信しながらも、私は勝負を挑む。

 

 無意味で、無価値で、無関係で、無責任なマイナスだとしても、その人生に意味と価値をがあることを信じて、私は人生で初めての全力を彼女にぶつけるのだ。



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8話目 四月の終わり

 人生には、全てをなくしても、 それに値するような何かがあるんじゃないだろうか

 

 

 これは『風とライオン』という映画に出てくる言葉だ。全てをなくしたとしても、それに値するような何かが人生にはあると信じる。

 

 そういう生き方をできるかできないかでは、人の人生というものはまた変わるのだろう。

 

 

 人生の全てを失ったと嘆く人と、人生の全てを失ったからこそ何かを得ることができたのかもしれないと考える人ではどっちの方が早く立ち直れるかわかりきっているだろう。

 

 もっとも、元から何も持っていないというマイナスの人間もいる。

 そういう人は、果たして人生の全てといった場合どのぐらいのものが該当することになるのか。

 そして、それに値するようなものを果たして見つけられることができるのだろうか。

 それは、マイナスの本人にしかわからないのかもしれないし、本人にすらわからないのかもしれない。

 

 

 

 

 では、マイナスの彼はどうだろうか。

 

 人生を一度全てなくした彼は果たしてそれに値するようなものを見つけたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …あるいは、見つけられなかったからこそ彼は転生したのかもしれない。

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 坂柳さんに宣戦布告してから約3週間経った。

 

 彼女は宣言通り派閥を着実に増やしている。

 その中で私は彼女の派閥どころか、どの派閥にも入ることをしなかった。

 

 

 

 私は私個人の力で彼女(坂柳有栖)に勝ちたい。

 

 

 

 青臭いかもしれないが、彼女に勝負を申し込んだ以上、私自身の手で彼女を下したかった。

 そう思ったからこそ、クラスでの立ち位置はどっちつかずのコウモリと言えるようなものになっている。しかし、逆にいうと誰とでも話はできる程度の人脈は作っており、先生から見たらボッチに見えるかもしれないが今のところ不満はない。

 

 不満があるとしたら、派閥に入ってないのにもかかわらず坂柳さんが昼食の誘いに来ることだ。

 

 最初の一週間でクラスメイトは茶化すのをやめ、二週間目には彼女が根回ししたのか、それが普通になっていた。

 そんな青春ラブコメの一ページになりそうな昼食時だが、その実態はお互いの腹の探り合いだった。

 これからどうやって相手に負けを認めさせようか。

 言葉には出さないが、お互いにそれを頭に入れながら談笑していた。

 クラスメイト曰く、楽しそうに話していると思っていたけど目が笑ってなかったと評価されている。

 

 試しに一度断ろうとしたが、その時の彼女の泣きそうな表情を見た病弱少女見守り隊(坂柳グループ)の橋本君に睨まれてからはもう諦めた。私だけに見えるように笑っていたことから嘘泣きであることはわかりきっていたが、彼女の派閥の人間を動かすにはそれで十分だった。

 橋本君の眼光もやばかったが、泣いているフリをしている坂柳さんを見た神室さんが何とも言えない表情になっていたのが印象的だった。

 気がついたら神室さんと橋本君は坂柳さんの側近みたいな立場になっているし、彼女の下には常に坂柳グループの人がついている。恐らく彼女の体のことも踏まえてのものだろう。

 

 最近では食堂に行くのが面倒になったため、坂柳さんの分までお弁当を作るのが日課になっていた。

 教室で食べるようになったため、移動する手間やトレーを運ぶ手間がなくなった。

 ただ、食費は無料コーナーのおかげで殆どかかっていないので問題ないが、時折クラスメイト以外の人が教室の外から見てくるのが煩わしい。

 

 

 現在、私のクラス内での立ち位置は大分怪しいものになっていた。

 

 

 坂柳グループからすれば何で派閥に入らないのか不思議に思われているし、葛城グループからすれば坂柳さんと繋がってると思われて邪険に扱われる。

 尤も、康平とは普通に会話もするどころか何かとよく話しているので葛城グループの人も困っているのだろう。真面目な彼は基本的に私の相談も聞いてくれるし、彼から相談されることもある。

 私の相談は大したものを言っているわけではないが、恐らく彼も大したものを相談しているわけではないだろう。

 戸塚が軽率な行動が多くて困っているという相談を受けたことがあったが、とりあえず呼び出して話しても説教と思われかねないし、注意を促していって少しづつ改善させていくようにしたらと言っておいた。

 その後どうなっているのかは、私の与り知らぬところだ。

 

 中立組には二つの派閥のどちらかに入っていると思われているせいか、入学初期ほど親しく話すことはなかった。

 

 …予想通りコウモリできていることを喜ぶべきか、胡麻をすることに失敗していることを嘆くべきか。

 まあマイナスの私だから何れはこうなると思ってたけど、まさか私のせいじゃなくて坂柳さんが絡んでくるからこうなるとは思わなかった。

 昼食を一緒に食べるだけで、これほどの影響があるとは思わなかった私の失敗だ。

 

  これも勝負の一環だというなら甘んじて受け入れよう。私が彼女とした勝負はそういう勝負だ。お互いの全部をぶつけ合う様な勝負を私は望んでいた。

 彼女はそれに応えてくれているから、持てる物を上手く使って私を攻撃しているのだろう。

 私もそれに応えれるようにしないといけないが、既に外堀を埋められ始めていて手遅れ感もある。

 今更、一人で食べるから、と言うのはなかなか難しいような気がする。

 

 だから、これに関しては諦めよう。敗北を認めなければ敗北でない以上、マイナスの私はいくつかの分野で敗北することは避けられない。

 であれば、何か一つの分野で坂柳さんに圧倒的敗北感を味あわせるしかない。

 

 嘘をついてはいけないというルールがない以上、敗北を認めたことを相手に自己申告しない限りこの勝負は終わらない。だからいくつか負けたところで私には関係ない。

 

 最後に勝てばいいのだから。

 まだ二年以上あるこの高校生活で私は私のためにこの勝負に勝つ。

 

 

 

 

 

 

 考えているうちに担任の真嶋先生が教室に入ってきた。私は適当に話をしていた茂君(竹本君の下の名前)との話を打ち切って、そっちを見る。他のクラスメイト達も席に座って、話を聞く姿勢を作っている。

 この光景もすっかり慣れてしまった。リーダー格の二人がしっかりしているからだろう。他の人がそれに引っ張られている。そして、先生が教室に入った直後にチャイムが鳴った。授業開始を告げるチャイムだ。

 

「全員揃っているな。今日は小テストを受けてもらう。今後の参考資料にするだけのもので、成績表に影響は出ないから安心するといい」

 

 テストと聞いて少し緊張感が高まった雰囲気だったが、成績に関係ないという言葉を聞いてそれが和らいだ気がした。成績にはということはクラスポイントとかに影響が出るということだろう。隣の席を見ると、坂柳さんが頷いた。

 それを見て、まともにやらないといけないテストの類だと感じ取ると同時に他に気付いている人が、康平ぐらいしかいないことに気付いた。Aクラスというのは本当に優秀な人間が集まっているクラスなのかと不安に感じると同時に、もしかしたら学校側の基準が私の想像しているものと違う可能性があることに思い至った。

 私は大体のあらすじと本当に最初の方ぐらいしか『ようこそ実力至上主義の教室へ』という話を知らない。そのため、主人公含む不良品と称された生徒がDクラスで、優秀な生徒がAクラスに固まっているということは知っている。

 

 

 …よく考えたら、主人公がDクラスにいるっておかしくないか?

 たしか、主人公は結構な切れ者で優秀な人間だったという記憶がある。入試の時にわざとテストの点数を落としたのかもしれない。十年以上は前の記憶になってしまうので、見たところ自体が最初の方だけだったということを差し引いても覚えているものが少なすぎた。

 

 

 そんなことを考えているうちにテストの問題が配られてきた。1科目4問の全部で20問各5点で100点満点の問題だが、ぱっと見たところ最後の問題だけやたら難しそうだ。

 とりあえず、最初の方の問題はとても簡単なので10分足らずで終わらせる。中学校の復習問題みたいな問題だったので、きちんと勉強を積み上げてきた今の私にはそこまで問題になるようなものじゃない。

 

 問題は、ラスト3問だ。

 今までやってきた勉強の範囲とはとても違うものだが、前世で大学にまで進んでいた今の私にはそこまで脅威になるようなものじゃない。これでも前世で大学生だった身としては、これぐらいの()()()()()レベルの問題で躓く様なことはない。

 

 …こう言ってはいるが、中学校時代に高校の範囲も一通り思い出しながら勉強していたので助かった。正直このレベルの応用問題となると、中学校に入る前の私では解くことはできなかっただろう。

 大学生だったとはいえ、専門的な科目ばかりで基礎科目に関しては抜けているところも多かった。中学校に通わないで、いきなり高校生になっていたら間違いなくわからなかったであろう問題だ。

 

 他の人たちもだんだん手が止まっていく様子を感じる。ペンを動かす音がだんだん止まっているのだ。隣の坂柳さんはすらすら解いているし、康平も問題なさそうにしているが、他の生徒の大半はもう手を止めていた。

 私もすでにラスト3問を解き終えたのですでに手を止めている。他の人が手を止めている時とほぼ同時に終わらせたが、恐らく間違ってはいないだろう。

 

 

 

 

 

 私は軽く見直しをすると、チャイムが鳴るまで他のクラスメイトの観察をすることにした。

 

 手を止めて背筋を伸ばしている人、手を止めて眠たそうにあくびをしている人、必死に最後の問題に取り組んでいるのか机にかじりついている人、問題を解くペースが遅いのかそれとも最後の問題をすらすら解けているのか考える様子もなく手を動かしている人と様々だ。

 

 隣の少女(坂柳さん)は手を止めているので、問題の見直しをしているのだろう。紙が軽く動く様なこすれるような音が聞こえてくる。

 

 

 

 段々静かになっていく教室で、時計の音だけが響く様な静寂の中テストの時間に終わりが来た。チャイムが鳴り、テスト用紙を後ろから集め、真嶋先生に渡す。もらった先生はそのまま教室を後にした。

 

「最後の方の問題難しかったな」

 

「私最後全く分かんなかったー」

 

 そんな会話があちらこちらで聞こえてくる。

 私もそれには同意だ。なぜ、入学してまだ1か月も経っていないこの時期に高校三年生の応用問題を混ぜてきたのか、まあ恐らく試しているのだろう。どのぐらいの学力があるのか、もしくはこの問題を解ける人がどのぐらいいるのか。

 

「小坂君はどうでしたか?」

 

「多分全部あってると思うよ。高校3年の応用問題レベルのが混ざってるとは思わなかったけど」

 

「高校3年の応用問題!?」

 

 私の話したことが聞こえたらしく、近くにいた吉田君がそう叫んだ。その声を聴いてクラス全体がざわついていた。無理もないだろう、入学してまだ1か月も経っていない時期にそんな問題をテストに混ぜる方がどうかしてる。

 

「それは本当ですか?」

 

「記憶違いじゃなければっていうのが付くけど、中学の時に高校の範囲を一通りやったから多分あってると思う」

 

「そうですか…」

 

 そう言うと坂柳さんはまた何か考え始めた。

 恐らく、何故そんな問題が混ざっていたのかを考えているんだろう。

 

「にしても、零すごいな!

 あの問題全部できたんだろ?」

 

「中学校の時にもう高校の勉強を終わらせたって本当!?」

 

「終わらせたんじゃなくて、あくまで一通り流してやっただけだけどね。きっちりやったわけじゃないから覚えていないところもあるし、今回は前にやってたところと少し似てた部分があったからできただけだよ」

 

 嘘は言ってない。

 実際に中学の時に高校の応用問題の一部に手を出した時に類似した部分があった問題があったからそこまで手間取らなかったし、中学校の時に一通りやったというのはあくまで高校の範囲の問題を全部解いてみたというだけだ。

 忘れているところの復習をしたりはしたが、ほとんど個人でやったので終わらせたとは言えない。家庭の事情を知っている先生に頼み込んで問題を作ってしてもらったりしたのはいい思い出だ。

 そのせいで、当時のクラスメイト達からいくつか妬みを買っていたのも私は忘れていない。

 良い子ぶってる、がり勉野郎、と言った陰口は少なからずあった。

 過負荷(マイナス)を抑えていたし、それなりに仲のいいように見える友人がいたから表だって出ていなかっただけなのは理解している。

 

 

「それでもすごいよ! あの問題私全く分かんなかったし」

 

「俺も最後の方はほとんどできなかった。あれどうやるんだ?」

 

「じゃあ、次の授業始まっちゃうから放課後にでも解説するけど聞きたい人いるー?」

 

 そう言ってクラスを見渡すとほとんどの人が手を挙げた。坂柳さんや康平まで手を挙げているところを見て、挙げなかったクラスの全員が手を挙げた。

 

 …ここまでになるとは思わなかったから少し驚いた。孤立気味な人たちまでしっかり手を挙げていることもそうだ。それだけ、解けなかったことが悔しかったのだろうか?

 

「そうしたら、放課後にこの教室で解説するけどいいかな?

 黒板とか使ってわかりやすくするつもりだけど、あまりやったことないから勝手がわかんないし」

 

「そこまで気にしなくていいですよ。私も答えに確信を持てなかったので解説してくれるというなら助かりますから」

 

 坂柳さんがそう言うとクラスの全員が頷いた。放課後に特に予定を入れてなかったからそこまで問題はないが、こうなるとは思わなかったので少し驚いた。

 

 もしかして、私の位置取りが功をなしたのだろうか。

 坂柳グループの人も、葛城グループの人もどちらのリーダーとも仲良くしている私の勉強講座でお互いのリーダーが出るなら自分たちもと思ったのかもしれない。孤立気味の人たちも周りに合わせたのか、それとも同じ孤立気味組の私からの解説なら聞いてみたいと思ったのだろうか?

 いや、これは自意識過剰もいいところだろう。

 

 …こんな感じで団結力を高めていければそこまで落ちていくこともないんだろうなと思いながら、坂柳さんがクラス掌握を進めている段階で分裂することは確定かと思うと少し残念な気もしていた。

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 放課後に勉強会…と言うよりは、今回のテストの高難易度問題解説講座なるものを開いた私は黒板を使ってラスト3つの問題を解説していた。

 

 教壇に立って問題と答えを書きながら解説していると、この学校の先生がいかに教えるのが上手か思い知らされていく気がする。私には教職は向いていないようだ。

 全体に向かって黒板を使いながら解説していたが、ほとんどの人には理解できなかったみたいでみんなポカーンとしている。まあ、高校3年の内容がわかっている前提の問題なんて軽く解説したぐらいじゃ今の一年生にはわからないだろう。

 

 そう思った私はすでに理解していそうな坂柳さんと康平を呼び出して二人にも解説をしてもらうことにした。最終的に、坂柳さんと康平が自分のグループの人に解説する役回りになって、残った孤立気味な人には私が個人的に解説するような形になった。

 

 そうやって、ほとんどの生徒が答えを理解したところで解散した。私も解説しているうちにお腹が減ったのでたい焼きでも買いに行こうと思って教室を後にした。

 

「どこに行くんですか?」

 

 背後からそう言われたので振り返ってみると坂柳さんがこっちを見ていた。隣には橋本君と神室さんがいる。お気に入りの二人なのか、よく二人を連れている歩いているのを目にするので珍しい光景ではない。

 

「ちょっと小腹が減ったからたい焼きでも買いに行こうと思ったんだけど一緒に行く?」

 

「よろしいんですか?」

 

「別に1人で食べようが4人で食べようが大した問題じゃないだろ?」

 

「…ちょっと待って、何で私達まで入ってるの?

 二人で行けばいいじゃん」

 

 神室さんが不機嫌そうにそう言った。彼女は何か弱みを握られて坂柳さんに協力しているのだろう。もしくは徹底的に打ち負かされて仕方なく従っているのかもしれない。

 少なくとも、忠誠心の欠片もないことが容易に窺えた。

 

「別に強制するつもりはないよ。来たければくればいいし、来たくなければ帰ればいい」

 

「…ッ」

 

 私の言葉に、彼女は無言で睨んで返す。

 坂柳さんが帰れと言わない以上、帰ることが許されないことを知っているくせにと言ったところだろう。別に私自身の本心から来ても来なくてもいいと言っているのだが、帰れない彼女からすれば嫌味にしか聞こえないのだと思う。

 

「ま、立ち話もなんだし行こうか。橋本君もそれでいい?」

 

「ああ、坂柳さんが良いというならついて行こう」

 

「相変わらずだね、そんな生き方で辛くないの?」

 

「俺はこれでいい」

 

 …なんか拗らせてそうな気もするけどまあいい。

 別に彼女の戦力を削ぐことにそこまで意味があるわけじゃないし、彼に対する興味もない。

 

 

 そして、私達はたい焼きを買ってベンチに座った。左から、私、坂柳さん、橋本君、神室さんの順だ。私と神室さんはクリームたい焼きを、残りの二人は餡子の詰まったたい焼きだ。

 

「それで、何か用でもあったの?」

 

「今日の勉強会の話です。何が目的で開いたのか聞いてもよろしいですか?」

 

「特に理由なんてないよ。話が飛び火しなかったらあんな面倒くさいの開かなかったしね」

 

 そう言ってたい焼きを握る。たい焼きの頭が裂けて中からクリームが出てくる。裂け目から吸うようにして中身を吸い出すと萎んだたい焼きを齧った。

 指についたクリームをなめながら話の続きをしようと思って彼女たちの方を見ると、坂柳さんの顔が引きつっていた。橋本君は気持ち悪いものを見るような目で、神室さんは理解したくないようなものを見る目でこちらを見てくる。

 

 …裸エプロン先輩の食べ方よりはだいぶきれいに食べたはずなのだが、それでも見たくないようなものにしてしまったみたいだ。

 少し反省すると同時に、これぐらいで嫌な顔をするなよと思っている自分がいた。

 

 

「まあ、そんなわけだからこれに関しては本当に理由はないんだ。

 したくてしようと思ったわけでもないし、例の勝負のための布石とかでもないから気にしなくていいよ。それに、君は負けたなんて思ってないだろう?」

 

「ええ、私の答えでも回答に間違いはありませんでしたし、この程度で負けたなんて思ってません」

 

「じゃあ、それでいいんだよ。負けてないって嘘をついてもいい。この勝負は負けたと認めない限り終わらないんだから」

 

 そう、この勝負は負けを認めて相手に宣言するまで終わらない。今回、私が解説をするために坂柳さんに問題を解説したが、その程度で負けを認められてはこっちも困る。

 

 相手に完全に負けたと思わせて認めさせることが私の言う勝利なのだから。

 

 

「だから、君はいくら負けたとしてもいい。()()()()()()()()()()()()()()()勝負は終わらない」

 

「そういうことですか。これは確かに長丁場になりそうですね」

 

「そういうこと、だからそんなに気にしなくていいよ。勝負しているとはいっても同じクラスメイトなんだしそこまでギスギスしても面白くないしね」

 

「わかりました。そういうことなら少し安心しました」

 

「おや、もう負ける算段が付いたのかい?」

 

 そう不敵に笑いかける。坂柳さんの隣にいる橋本君が睨んでくるが気にしない。

 

「いえ、下手に揚げ足をとって勝負を終わらせるようなことにならなくてよかったと思っただけです。私が負けるつもりはありません」

 

 そう言って彼女も笑い返してくる。

 

「そう、それでいい。だからこそ私はあなたに勝つ」

 

「いいえ、私が勝ちます」

 

 彼女の威圧感に呑まれていくような錯覚を味わう。他の二人がいるため、私は何もしない。だが、それでも私は彼女から目を離さない。

 

「望むところだ」

 

 そう言って私はベンチから立った。私達の雰囲気に押されたような感じになっている神室さんと橋本君を後目に、私は彼女に背を向けた。そして最近言うことに慣れてきた彼のセリフを使う。

 

「それじゃあ、また明日とか」

 

 そう言って私は寮の自室に帰った。

 日が落ちてきて、涼しい風が吹き抜ける。

 それは、私の今の心を表しているようにも思えた。







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9話目 五月の初めの日

 たとえ今日負けても、人生は続くのさ。

 

 これはミロスラフ・メチージュというプロテニス選手の言葉だ。

 

 一度負けても、二度負けても、死なない限り人生は続く。

 だから、過負荷(マイナス)たちは勝負を挑むのだ。そこに勝利がないとしても人生は続いていくから。

 

 勝利することだけが人生ではないことを知っているから。

 負けることが全ての終わりじゃないから。

 勝負することにも意味があるのだと思うから。

 

 

 

 

 だからこそ、過負荷(マイナス)になった彼は挑んだのだろう。

 絶対的強者である少女との勝負を。

 そこに彼の求めるものが見つかると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 5月になった。

 

 朝、目が覚めた私は思ったより早く目が覚めてしまったことに気付き、ランニングをすることにした。

 走りやすい服装に着替えて、軽く走った後にシャワーを浴びて時間を調整して私はお弁当二人分と朝食を作ることにした。

 

 そんな時、ふと今日がポイントの支給日であったことを思い出す。

 弁当を包み終え、朝食を食べた私は携帯を確認してポイントを見た。そこまで使っていなかったので6万ポイントぐらい残っているはずだったのに、ポイントが15万ポイントを超えていた。予定通り月頭の今日がポイントの支給日だったのだろう。

 

 それに、10万ポイント増えていないことから坂柳さんの仮説が正しかったこともわかる。勿論、私の仮説も正しかったことになるが私は原作知識なる物があったので答え合わせのようなものだろう。

 何も知らないはずの彼女がこれだけのヒントでよくこんな仮説を思い付いたと思うと彼女がいかに優秀であるかを思い知らされる。増えているポイントは9万4千ポイント。100で割ったら940。恐らくそれが今のクラスポイントなのだろう。

 

 今のところ、消耗品の類は一通り揃えたから残りを使うとしたら交渉ぐらいだろうか。ポイントで何でも買えると称している学校だが、私の求めているものはそういうものではない。

 だが、人を使うためにこのポイントを使うのが楽であることは事実なので貯めておいて損はないだろう。

 

 そういえば、グループチャットの方はどうなっているのだろうか?

 この前作ってからあまり見ていないけど、何か動きがあるのかもしれない。

 

 そう思って見てみたが、Aクラスのグループチャットは全く動いていなかった。こんなことなら前に坂柳さんに入れられたグループに入っておけばよかったと後悔した。前に招待されていたが、その後にAクラス全体のグループチャットを作ったため、招待されたのを断ったのだ。そこで、坂柳派になるなら入っていたが、中立に居ようと思っていた私は招待されたものの入らなかった。

 しかし、彼女がクラスを掌握する以上、彼女のグループでは積極的に動いても全体のグループの方にはその情報が流れてこない。それによる利点もあるが今の私にはそれがデメリットになっている。

 

 

 まあ、教室に行って他の人と直接話せば解決するだろう。データに残って後で見れるようなものよりも、後で誰が言ったかわからないような状況が起こりうる教室のほうがいいのかもしれない。

 

 そう思った私はとりあえず教室に行ってみようと思い、寮の自室を後にした。

 

 

___________

 

 

 

「おはよー」

 

「おはようございます、小坂君」

 

 教室に入ると既にほとんどの生徒が集まっていた。ランニングをしてシャワーを浴びて時間調整をしたつもりが少し遅く来てしまったらしい。とりあえず挨拶をすると、隣の席の坂柳さんが返してくる。それを皮切りに他の人とも挨拶を交わしていく。

 

「ポイントが振り込まれてたけど少し減ってたな」

 

「ええ、そうですね。()()()()()()()()()()()

 

 二人でにっこり笑いあう。

 周りにいた人は寒気がしたのか少し体を震わせた。葛城君はこっちを見て、橋本君は私を睨んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしているうちに、手に筒状のポスターを持った真嶋先生が教室に入ってきた。

 それに合わせてクラスメイト達が席に座る。

 

「全員そろっているな。さて、今日はポイントの支給日だったわけだが10万ポイント入っていなかったことは気づいていると思う」

 

 そう言うと真嶋先生は黒板に向かってABCDと縦に書き、その横に数字を記入していった。

 

A 940

B 650

C 490

D 0

 

 予想通りの点数が記載されていったことにとりあえず安堵した。私というイレギュラーのせいでポイントが大幅に変動していたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂で済んだみたいだ。

 

「この数字はクラス全体の評価と取ってもらって構わない。つまり、君たちAクラスは940点分の評価をされているというわけだ。それに100を掛け合わせた数値がプライベートポイントとして君たちに支給されることになっている」

 

 まあ、予想通りと言ったところだろう。最初の1日ぐらいだけ、多少の私語や眠たそうにしていた生徒が見られたが、坂柳さんのところはそんな人初日からいなかったし、康平のところの人も康平が一度注意したら直していた。

 孤立気味な人がそんな目立つようなことをするわけもないし、()()()は優秀なAクラスならこんなものだろう。

 

 まあ、こっから落ちていかないことを祈らなければいけないが。

 

「一年の最初のこの時期で、歴代のAクラスの中でもここまで点数を残したクラスはほとんどいない。今年のAクラスは優秀な生徒が多いようだ」

 

 へー…

 まあ、まだ1か月目だ。ここから下り落ちていく可能性は大いにある。

 何せ、3年間これを守り続けなくてはいけなくなるのだ。学校側も、差を縮めさせるような()()をすることが考えられる。

 

「そしてこのクラスポイントがそのままクラスのランクになる。仮に君たちが今回650未満のクラスポイントしか残せていなかった場合は、君たちはBクラスになっていたということだ」

 

 これを聞いて他のクラスメイトもこの学校のクラス分けの意味を知っただろう。そして自分が優秀な人間だと評価されたことも。

 

 

 そんなもの、本当に優秀な人間の前では全く自慢にならないのに。

 

「また、この学校が望む就職先や進学先を保障するのはAクラスの人間だけだ。君たちがAクラスではなくなったとき、その恩恵を受けれなくなるということを忘れるな」

 

 この言葉で、一気にクラスに緊張が走った。好きな就職先や進学先を保証してくれるという謳い文句があり、それに釣られてきたものも多いはずだ。だからこそ、今の真嶋先生の言葉はショックが大きかった。

 

「真嶋先生、一つ質問があるのですがよろしいですか?」

 

 私はそう言って手を挙げた。周りからの視線が突き刺さるが気にしない。これからのことを考えて、どっちの派閥にも入らない以上下手に下げられないためにもこういう場所で発言しておくべきだと思った。

 

 …そのせいでさらに目立っているような気もするが、多少は諦めよう。

 

「いいぞ、小坂。質問を許可しよう」

 

「では早速、この前の小テストの結果は成績表には反映されないと聞きましたが、今回のクラスポイントには関わっていますか?」

 

 小テストをした時に、成績表には反映されないと言っていたのでこっちに反映されるのかと思った。しかし、クラスポイントが全体で減っていたのでどうなっているのかわからなくなってしまっていた。このクラスは真面目にやっている人が多かったが、あまり関係なかったのだろうか?

 

「いい質問だ小坂。あの小テストは成績には反映されていないが、あまりにもやる気が認められない場合や、点数が著しく悪い場合に限りクラスポイントに一部反映される。今回ではこのクラスは下がることがなかったが、Dクラスでは下がったと言ったところだな」

 

 なるほど、小テストを頑張ってもプラスになることはないが、あまりふざけているとマイナスになっていたということか。Dクラスのクラスポイントがやたら低いと思ったらこういうこともあったのか。

 …いや、あのクラスの場合これがなくても0点は免れそうにないが。

 

「ありがとうございます真嶋先生。ついでに一つよろしいですか?」

 

「時間もあまりないから、最後の質問になるがいいだろう」

 

「では、中間考査でクラスの成績が優秀だった場合クラスポイントは増えますか?」

 

「鋭いな。そうだ。小坂の言う通り中間考査での成績が優秀であればあるほどクラスポイントも増加する」

 

 まあ、予想通りと言えば予想通りだ。一般的にはテストで優劣を競うことがわかりやすいし、計算式を組み立てていれば計算もしやすい。それでいて、学生のやる気向上にもつながるんだからやらない手はないだろう。

 

「では最後に先日の小テストの結果を発表する。満点のものが2人もいただけでなく、平均点は86点と非常に優秀なものだった。今回の赤点ラインは44点だ。今回のテストで赤点をとっても関係はないが、考査で赤点をとったものは即退学になるから覚悟しておくように」

 

 言いながら真嶋先生は手に持っていたポスター状の筒を広げて黒板に張り出した。小テストの結果を書いたそれを黒板に貼って、真嶋先生は教室を出ていった。結果を見ると一番上に私と坂柳さんの名前が書いてある。点数は満点だった。

 そして当然クラスは騒然となる。甘い謳い文句で誘われていざ入ってみた学校がふたを開けてみれば実力主義の敗者必滅なんていう地獄とも言える環境だったなんて知ったらこうなっても仕方ないだろう。

 

「坂柳さんの言う通りだったね!」

「葛城君が注意してくれたおかげだな!」

「小テストちゃんとやってて良かった~」

「やっぱり、坂柳さんと小坂くんが満点だね!」

 

 

 両方の派閥ができて、露骨に敵対しているのがわかる。どっちかと言うと坂柳派の方の声が多いかみたいだ。

 人数的には大差なさそうだけど小テストで満点を取っていたのが大きいのだろう。私達の一つ下に康平の名前がある。十分すごいはずだが、満点が二人いることを考えると少し見劣りしてしまっている。

 そんな中で、私は真嶋先生に話をするべく教室を出ようとした。

 

「どこへ行くのですか? 小坂君」

 

 どこかでデジャブを感じながら、私は坂柳さんに呼び止められた。

 『魔王からは逃げられない』という言葉が頭によぎったが、あながち間違いではないかもしれないなどと場違いなことを考えていた。

 

「真嶋先生に質問をしに行こうと思ってね」

 

「さっき聞いただけでは足りないんですか?」

 

「他にも知りたいことはいっぱいあるさ。君もそうだろう?」

 

 そう言って私は彼女の方を見た。彼女の周りには坂柳派の人間が集まっているが、その中で彼女は他の誰にも目をくれず私を見ている。私たちの雰囲気に当てられて、だんだんクラス全体が静かになっていくのを感じる。

 

「そっちよりもクラスで話すことの方が今は大事だと思いますが、そこのところはどう思いますか?」

 

「そう思ってはいたけれど、話し合うような雰囲気じゃなかった。こんなわいわい騒いでるような空気で話し合うような気はしなかったよ」

 

「それには同意しますが、今ならいいのではないですか?

 葛城君もこれからのAクラスの方針を決めたほうがいいと思っているみたいですし」

 

 そう彼女が康平の方を見ると、康平がこっちにやってきた。

 

「話に混ざってもいいか?

 俺もこれからのクラスの方針をどうするのか決めたいと思っていたところだ」

 

「こちらこそお手柔らかにお願いしますね」

 

「坂柳さんがいいって言ってるんならいいんじゃないかな?

 私にはそんな権利ないから」

 

 そう言うと康平は私達の前に立った。クラスメイトは坂柳派、葛城派で分かれ、孤立気味の人が自分の席を動いていない感じだ。私は何でここにいるんだろうと思いながら、他のクラスメイトの誰も私がいることを指摘しない。

 ここにきてようやく、自分がこのクラスでここにいても周りが文句を言わないという事実に気付いた。

 

「とりあえずこれからのクラスの方針だけど、ぶっちゃけめんどくさいし好きなようにやらせるんじゃだめなのか?」

 

「「ダメだ(です)」」

 

 流石にダメだったか。

 正直なところ、私がクラス方針に大きく口を出す気はなかったので丸投げしたかったのだが、坂柳さんも康平も私を逃がそうとしてくれない。

 

「私としてはこれから積極的にポイントを取りに行こうと思います。現状維持のままではBクラスあたりに抜かされることも考えられますから」

 

「俺は現状維持をするべきだと思う。不用意に動いてクラスポイントを減らすような危険を冒すよりは現状のクラスポイントを守っていくことの方が重要だと思う」

 

「うわあ、見事に対極だね。なんてめんどくさい」

 

 そう言った私は思わずため息をついた。彼女たちの意見が違ったとわかった瞬間、坂柳派と葛城派の空気が露骨に悪くなっているのを感じるし、それに合わせて孤立気味の人たちが顔を顰めたのも確認できた。予想はしていたが、まさかここまで二人の意見が割れるとは思わなかった。

 

 

「今のまだ状況がわかっていない状態だからこそ、先手を打っておくべきではないですか?」

 

「それで最初から間違えていたら、その先にある損害を最初から抱えていくことになると思わないか?」

 

「現状維持だけでは事態が好転することはないと思いますが?」

 

「無駄に危険を冒しに行って落ちていくよりはましだと思うが?」

 

 二人の間で火花が散っているような幻覚が見える。漫画だったら確実に火花を散らしているだろう。周りの人がおろおろしているのがわかる。自分たちのリーダーが真正面からぶつかり合っているのを見て不安なんだろう。

 

「そのままいっても平行線のままだし、他の人が困ってるからその辺にしといたほうがいいと思うけど…」

 

「それでは小坂君はどっちのほうがいいと思いますか?

 私と葛城君の意見と」

 

「そうだな。このまま話し合っても決着がつかない可能性が高い。零の意見を聞かせてくれないか?」

 

 そう言うと二人とも私の方を見た。

 

 ちょっとまて、ここで私に振るのか。

 しかも、他のクラスメイトが「もちろん坂柳さんだよなぁ?」という目と、「葛城君に決まってるよなぁ?」と言う目でこっちを見てくる。

 クラスメイト全員の視線が私に集まっているが、私は内心パニックに陥っていた。

 

 そんなことを考えているうちにチャイムが鳴った。

 そろそろ授業が始まる時間だ。

 

「とりあえず、続きは放課後ってことでどうかな? 時間も時間だし、切羽詰まって答えを出すほど早まってもないだろ?

 私も一度よく考えてから結論を出したいし」

 

「わかりました。続きは放課後に」

 

「構わない。こういうことは一度じっくり考えてることも必要だろう」

 

 そう言って二人とも席に戻った。それを見て、他のクラスメイト達も自分席に戻る。

 

 …助かった。正直こんなことになるとは思っていなかった。何で誰も私に回された時に反対しないんだ。

 坂柳さんが悪いのはわかっている。今も隣で邪悪な笑みを浮かべてることから、彼女の私に対する一種の攻撃であることはわかりきっている。

 それに気付いた茂がドン引きしてるのが見えた。

 

 どちらかと言うと坂柳派の彼がドン引きしているなんて相当だろう。初日から話をした茂は、実を言うと坂柳派の人間とは言い難い微妙な立ち位置にいる。元々ボッチ気質だったのか、一応坂柳派と呼ばれる程度の位置にいる彼だが、入学初日以降坂柳派の人間たちと絡んでいるところはあまり見ない。

 逆に、私とは比較的仲が良いが、一線を引いた友人関係を私が取る傾向にあった。そのため自分から呼び捨てでいいと言われない限り、君かさん付けで呼んでいたが、ついに彼からも呼び捨てでいいと言われたので呼び捨てで呼び合う仲になった。

 

 人柄もよく、結構話しやすいしノリもいい彼がどうしてクラスで浮いているのかが私にはあまりわからない。この前の解説会をした時も私が個人的に教えて回った時の一人でもあった。

 

 

 

 …現実逃避はこの辺にしておこう。さっきの話し合いは結局放課後に持ち越されただけで、私が追い詰められ気味なのは変わらない。どっちの選択をしても印象を悪くするし、新しい提案を単純に出すのも厳しいだろう。

 

 リーダー格の二人を正論で言いくるめられても、他の人たちが付いてくるかはまた別問題だ。

 

 適当に言うことなんてもってのほかだろう。さっきは丸投げにしようとしたが、そんなことを繰り返し言ったら袋叩きにされるのは目に見えている。

 

 もしかして本当にこうなることを予想して私にキラーパスをしたのだろうか?

 

 だとしたら、これは『攻撃』だ。別に坂柳さんの意見を否定させるためのものじゃないが、こんな形で吹っ掛けられた以上、下手な真似はできない。

 

 これも勝負の一環だということだろう。

 

 だから私は、授業中の時間を使って放課後のことを考えなくてはいけない。どうやって、坂柳さんと康平の意見を肯定して否定するか、クラスの方針をどうするかのカギとなるだろう。とりあえず、まだ放課後まで時間はあるから、この現状を何とかすることだけ考えよう。

 

 後は野となれ山となれ。

 

 どうせ結果は最低(マイナス)だ。



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10話目 五月の初めの日 Ⅱ

 放課後になった。昼休みにいつもと変わらず坂柳さんと昼食をとっていたら、葛城グループの人たちに鬼のような形相で睨まれた。

 もしかしなくても、朝の件のことが尾を引いているのだろう。

 

 それを察して笑顔を浮かべる坂柳さんはほんと小悪魔っぽくて可愛く見える。だが、それがただの可愛いだけの笑顔ではないことを、私は当然理解していた。

 笑顔が邪悪に見える私は心が汚れているからなのか?

 それとも、彼女が小悪魔の皮をかぶった大魔王だからなのか?

 私には判断しきれないことだが、少なくとも坂柳さんの斜め後ろにいた茂はドン引きしていた。

 

 そして昼休みには他愛ない会話をして朝の件にはお互い触れなかった。葛城派もいたし、下手に触れて肩入れしてると思われたくなかったからだ。それを踏まえてか、珍しく教室で食事をとる人が多かった。

 監視をするという名目もあるのだろうが、いきなり昼休みに話し合いが始まる可能性も考えてのものだろう。

 だが、私も坂柳さんも康平も、その話題を出すことはなかった。

 

 昼休みを終えた後の授業が終わった。HRが終わった後だが、教室から出ようとする者は誰もいない。そんな中で私は教壇の方に足を進めた。それに釣られて康平と坂柳さんが同じように教壇に立つ。

 

「それじゃあ朝の続きをやっていこうと思うんだけど、康平が現状維持で坂柳さんが積極的にポイントを取りに行きたいっていう位置取りでいいかな?」

 

「ええ、その通りです」

 

「こちらも同じくだ」

 

 それを聞いて、黒板に大きく『葛城 現状維持』と『坂柳 積極的』と書く。

 

「まあ、正直どっちでもいいんだけどね」

 

「それはどういうことですか?」

 

 私の呟きに坂柳さんが反応した。

 ここで下手に言うとまずいのは分かっているので用意しておいた回答を答える。

 

「まだ情報量が少ないから、できることが少ないということだ。クラスの方針を固めるにしてももうちょっと情報が欲しいと思わないか?」

 

「確かにそれは一理ある。しかし、どっちつかずで進めていくのもクラスの団結力を落とすことになると思うが、そこはどう考える?」

 

「別にこのまま何も決めないって言ってるわけじゃないんだ。とりあえずは情報が欲しいってことはわかってもらえたんだけど皆いいかい?」

 

 そう言ってクラスに確認をとるポーズをする。ほとんど全員が、頷いていることを確認する。まだわからないことが多すぎるというのは、みんなが思っていることだろう。

 

「そこで、簡単でいいんだけど他のクラスについて知っている人はいないかな? 他のクラスがどういう動きをしているのかもクラスの方針を決める上では大切だと思うんだ」

 

「他のクラスの出方を窺う…と言うことですか?」

 

「自分を貫くことも時には大切だ。しかし、一番簡単なのはメタを張ってボッコボコにすることだからね。じゃんけんでグーを出す傾向の強い人間にパーを出し続けたほうが勝率が高いのはわかりきってるだろう?」

 

 それには坂柳さんも同意なのかしっかり頷いた。

 

「そうしたら今日のところは方針を決めないということになるのか?」

 

「いや、今ある程度決めたいところもあるし、せっかく部活に出ないで残ってくれている人もいるんだから基本的なところは決めたい。だから、他のクラスのことを知っている人がいたら教えてほしい。ねえ坂柳さん?」

 

 そう言って、私は彼女の方を見た。

 私の予想では彼女は既に他のクラスの情報を集めている。()()()に言ったことが嘘でないのなら、彼女が言う相手とは少なくともこのクラスにはいないと予測できる。

 そもそも、彼女がすぐにでも統一できるようなAクラスに彼女が勝ちたいと思うような人材はいないだろう。

 

 そうすると、敵は()()()()の他のクラスに居る確率が高い。学年が違うことも考えられるが、それなら彼女は生徒会にでも入っているだろう。生徒会の権限を利用して他の学年に手を出すようなやり方ぐらいじゃないと、学年が違うなら勝負になるような事態はなかなかないだろう。

 直接対決するために準備期間でクラスを纏めているにしても自分が落ちていかないために、他のクラスの内情をある程度知っていると思った。

 

 だからさっきの仕返しに軽いジャブを打ち込んだ。

 

「なぜ私の方を見ているんです?」

 

「坂柳さんなら他のクラスの偵察ぐらいもう終わらせてるだろ? ()()()()()()()()()。勝つために打てる手段はあらかじめ打っているだろう?」

 

「…流石ですね、その通りです。確かに私は他のクラスの情報を大雑把にですが持っています」

 

それを聞いてクラスが少し沸いた。

 

「流石坂柳さん!」

「どんな手で調べたんだ?」

 

 そんな感じの声が教室のあちこちから聞こえてくる。しかし、あまりうるさいと話が進まないので私は両手で声を下げてもらうようなポーズをとった。それを見て、すぐに静かになるのだから流石Aクラスと言ったところなのだろう。

 

「ですが、あまり信用しすぎないでくださいね。今もあっている確信はないので」

 

「坂柳さんが嘘の情報を言うような人だとは思わないから、私はそれを聞いてから判断したい。他の人も問題ある人はいるかい?

 いるにしてもそれなりの理由を述べてもらうけど」

 

 そう言うと教室が静かになった。葛城派からすれば反対したいところもあるのだろうが、こんな空気の中で敵対するのは無理があると思ったのだろう。

 

「康平もいいかい?」

 

「ああ、俺も他のクラスについて調べてなかったからちょうどいいと思っていた」

 

「そんなに期待されると困ってしまうので、あまり信じすぎないでくださいね。今日のことで変わっている可能性もあるので」

 

 彼女がそう言っている間に私は黒板に、『Bクラス』『Cクラス』『Dクラス』と書いた。

 

「まず、Bクラスですが一之瀬さんと言う方がクラスの代表になっているみたいです。クラス全体で団結しているような印象で、クラスの団結力が強く、クラス全体でAクラスを目指していくような感じだと思います」

 

それを聞いて『Bクラス』と書いた下に、『一之瀬 クラス代表』と書き、さらにその下に『団結重視』と書いた。原作のBクラスとCクラスのことは全然わかんないから漢字があっているか不安だ。

 

「次にCクラスですが、このクラスのリーダーは龍園君と言う方らしいです。Cクラス全体であまり情報がなく、どのようにリーダーになっているのかは不明です。クラスを独裁的に支配しているという話ですが確証はありません」

 

 次に『Cクラス』と書いた下に、同じように『龍園 リーダー』『独裁主義』と書いた。

 

「最後にDクラスですが、クラス全体をまとめているのは平田君と櫛田さんと言う方みたいです。ですが、クラス全体で孤立気味の人が多いうえに、4月はクラス全体で堕落しきっていた様子でそれがクラスポイントに表れています」

 

 『Dクラス』と書いた下に『平田 櫛田』『よくわからない』と書いた。

 

 

 

「ちょっとまって、Dクラスのところなんで最後そうなってるの?」

 

 沢田さんがそう言うと、他のクラスメイトも同感なのか頷いている。確かに、BクラスもCクラスもそれぞれの方針が決まっているように見えるが、Dクラスの情報としてはまとめている人と堕落していることしかわからない。だから、これからどうなるか『よくわからない』と言う意味で書いたのだが、言葉が足りなかったみたいだ。

 

「Dクラスは今崖っぷちの状態だから、正直なところ他のクラスに比べて前情報が一番通用しないクラスと言えると思う。これからも堕落しきった様子だったら見るまでもないが、これからどうなるのかがわからなかったからそう書いておいた」

 

「あ~なるほどー。追い詰められてるから逆にどうなるかわからないってことね」

 

「そういうこと。正直セオリー通りにやってきそうなBクラスより怖いまである」

 

 何よりもDクラスには主人公(綾小路君)がいるし、前にチラッてみた高円寺君もポテンシャルがやばかったはずだ。

 

「でも所詮はDクラスだろ? 俺たちAクラスの敵じゃないって! 葛城君だっているんだし」

 

 そう言ったのは戸塚君だ。葛城君の側近みたいなポジションにいる彼は正直小物臭がするし、あまり得意ではないが、ここで一度釘をさしておくべきだろう。

 そういえば康平が少し手を焼いているように漏らしていたのが彼だと言うことも思い出した。

 

「そう言っている時が一番怖い。慢心した結果見向きもしなかった雑魚に殺されるのは物語の王道だろ? だからこそ、Dクラスを蔑ろにしたくない」

 

「確かにそうですね。予想しづらいという意味では総合力があるBクラスよりも注意したほうがいいかもしれません」

 

 坂柳さんも私に乗っかったのを見て、戸塚君は顔を顰めて引き下がった。康平がよく言ってくれたと言っているようにも見えたが、恐らく私の気のせいだろう。

 でも、今Dクラスの対策を立てるのは正直無理だ。さっきも言ったとおり何してくるか予想が付かない上に、主人公(綾小路君)がいる以上何をしてくるのかわからない。

 

「…よし、Dクラスはいったん無視しよう」

 

「さっきまで蔑ろにしないって言ってなかったか!?」

 

 戸塚君にツッコまれた。他の人たちも同じようなことを思っているのかこっちを蔑みの目で見ているのを感じる。

 

「いや、蔑ろにしないとは言ったけど今対策を立てられるような状態でもないだろ?

 だから、Dクラスに関してはいったん様子を見ることにする」

 

 そう言うと納得したのか戸塚君はそれ以上突っ込まなかった。

 紛らわしいようなことを言ってしまったことを、後で謝罪しようかと思いながら続ける。

 

「さて、ここまで見たらわかる通り、Cクラスは独裁。Bクラスは民主制と言ったところだろう。無理やり上がってくるとしたらCクラスだな」

 

「ええ、周りを気にしないで無理やり動いてくるとしたらCクラスですね」

 

「それには同意だ。Bクラスはクラスメイトの意見を聞かなくてはいけない以上、いきなり勝負をかけることはないだろうからな」

 

 他のクラスメイトも何となく理解したのか頷いたり、メモしたりしている子もいる。

 

「それで、結局どうするんだ?

 他のクラスの動きを見てから考えると言っていたが、どうするつもりだ?」

 

「私も小坂君がどっちにするのか気になります」

 

「…私の考えだし、クラス全体に強制するようなことじゃないって初めに言っておくよ」

 

 私がそう前置きを言うと、坂柳さんも康平も私の方を見て頷いた。クラスの中で緊張感が増しているのがわかる。

 

「まず結論から言うと、私は康平と同じ現状維持でいいと思う」

 

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「理由としては3つほど、1つ目に現状この学校の仕組みを手探りで探している状態が残っている以上、下手に動くメリットが少ない。中間考査でポイントが加算されるかもしれないと言っても、他の評価基準がまだ完全にはわかってないからね。

 2つ目にCクラスが急に動いてきたら怖いが、それでもBクラスを挟んでいる以上Aクラスまで牙を届かせることはほとんどできないということ。

 3つ目に単純に時期じゃない。そのうちそういう方向にシフトしていくならともかく、5月の頭のこの時期に無理矢理動いても大した結果は得られないと思った。他のクラスの手札も少ないが、こっちの手札も少ない以上できることが限られすぎていると思った」

 

「……」

 

「もちろんあくまで現状だし、状況が変わったら方向を変えてみるのも手だとは思う。だけど、それは今じゃなくていいと思う」

 

 そう言うと彼女はこっちを見たまま動かない。私と坂柳さんの睨み合いにクラス全体の雰囲気が悪くなっていくのを感じるが、私は私の考えを言っているだけなので彼女にここまで睨まれる謂れはない。

 

「だから、クラスの方針としては現状維持でいいと思う。その方がみんな無理して頑張ろうとしなくて済むからね。…それを踏まえて私は坂柳さんにお願いがある」

 

「…内容によりますがとりあえず言ってみてください」

 

 私は彼女が無碍にするような姿勢を取らなかったことに内心喜んだ。

 彼女の意見を蹴るような形になったが、彼女を敗者に仕立て上げるつもりはなかった。

 このままだと、私が葛城派に入ったようにも思われるし、坂柳さんを無理矢理Aクラスから蹴落としたとなっては彼女の動きがわからなくなってしまう。

 だから、彼女にはこのクラスで彼女たちの役割を作ることで一方的に否定された敗者というレッテルを張ってはいけない。

 そうなったら、彼女は康平を本格的に蹴落としにかかるだろう。

 その後の動きが、私にはまるで予想もできない。見えるところで動いてくれるならまだしも、見えないところで動かれすぎると彼女の動向を窺えなくなってしまう。

 そればっかりは、勝負をしている身としては好ましくない状況になることを理解していた。

 

 

「坂柳さん…いや、坂柳さんたちには他のクラスの動向を探ってほしいんだ。ほら、Cクラスが動いたときにすぐに話し合いをできるようにさ」

 

「…それをして私に何のメリットが?」

 

「嫌なら断ってくれてもいいんだけど、積極的に()()()()ようなことになった時にそういうことを知っていた人たちが意見を出してくれたらやりやすいと思うんだ」

 

「……そう言うことですか」

 

 今ここで私が言っているのは、今は康平の方針にクラスの意思を纏めてほしいというお願いに近い。その代わり、他のクラスが危険な動きをしていて対処しなくちゃならなくなった時には坂柳さんのしたいようにやっていいということだ。

 こうすれば、彼女がすぐに康平を潰すようなことはしないだろう。何せ、彼女がAクラスを取り仕切る前に、他のクラスの動向を探れるアドバンテージはそれなりに大きい。

 『Aクラスリーダーの坂柳』と『Aクラスの坂柳』とでは他のクラスからの警戒度は全く違うものになる。

 その上、クラス全体で協力している風にもできるだろう。

 

「康平もそれでいいかな? 嫌なら嫌って言ってくれて構わないんだけど」

 

「俺はそれでいい。確かに今の状況では現状維持をするべきだと思っているが、状況が変わったらどうなるかわからん。

 それならば、そのために坂柳が独自に動くということもある程度は許容するべきだと思った」

 

「そう言うことでしたら私も構いません。クラスの方針としては少し残念ですが、私の意見も尊重してくださった小坂君の言う通りにしようと思います」

 

 …二人の言葉に、私は自分があたかもAクラスのリーダー格に数えられていることに頭を抱えた。

 さっき坂柳さんに巻き込まれなかったら私は間違いなく座ってる側の人間なんだと、茂の方を見て思わず睨んだ。

 こんな前に立って目立つようなことは本当はしたくないのだ。

 

 クラスの皆もそんな目でこっちを見ないでほしい。睨んでいるはずの茂も、「よくあの二人をまとめたな」みたいに、感心するような目で見ないでくれ。

 私はこんなことをしたくて、この学校に来たわけじゃないのだ。

 ただ、坂柳さんに勝ちたいと思っただけなのにどうしてこうなってしまったのだろうか。

 外面を取り繕いながら、私はこの話し合いを締めることにした。

 

「それじゃあ、とりあえずは下手に動かないで現状維持ってことにしようと思うんだけど賛成の人は手を挙げてほしい」

 

 

 そう言うと、坂柳さんと康平が真っ先に手を挙げた。それに続いてクラスのほとんどの人間が手を挙げる。数えるまでもなく過半数を超えていることを確認した私は皆に手を下させた。

 

 

 

「賛成多数なので、Aクラスの方針としては『とりあえず現状維持で他のクラスに目を光らせる方針』で行こうと思います。

 放課後まで教室に残って参加してくれてありがとう!」

 

 そう言って私は頭を下げた。

 放課後で参加を強制してはいないのに、部活にもいかないで教室に全員が残ってくれたことを考えるとある程度の誠意は見せるべきだと思ったからだ。

 

 

「じゃあ、そういうわけで、これからは解散して自由にしていいよ。部活がある人達は部活へどうぞ、話し合いに参加してくれてありがとうございました」

 

 

 そう言うと康平と坂柳さんが拍手をした。

 それにつられてクラス全体から拍手が聞こえる。

 それに少し驚きながら、私はもう一度頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 その後は特に何事もなく解散した。

 坂柳さんは私に話したいことがあったみたいだが、私はこれからの『私の方針』について考えたかったので寮の自室に戻った。

 また今度話し合いをする約束をしてしまったことに、私は気を重くしていた。

 

 

 今日の話し合いの結果も過程も、全てにおいて私の理想からかけ離れたものになってしまった。

 その現実を受け止めきれなくて、私はベッドに突っ伏していた。

 ベッドの柔らかさを感じながら、このミスをどのようにしてリカバリーするかについて考えを巡らせていた。

 何にしても情報が足りない。

 

 特に、主人公(綾小路君)がいるDクラスの情報が少しでもほしい。

 有ったところで轢き殺されそうな気はするが、少しでも情報がほしいところだ。

 

 とりあえず、今回の話し合いで決めたことが裏目にならなければいいが、私もいい加減覚悟を決める必要があるかもしれない。

 

 主人公(綾小路君)と関わる覚悟を。

 

 彼に敵対するような姿勢をとるつもりはないが、いい加減彼を見ないふりをして進めていくことも限界に感じてきた。

 

 Aクラスである以上、いずれ彼に追われるようになることは避けられないだろうし、彼のやる気がないとしてもDクラスのポテンシャルを侮る気はこれっぽっちもなかった。それに、何よりも彼女(坂柳さん)と戦う上で私だけで戦うのは厳しい。

 かといって、Aクラスの人に協力をしてもらうことは厳しいだろう。そう考えると他のクラスでなおかつ利害関係をはっきりさせやすいDクラスの人たちが扱いやすいように思える。

 

 それに一旦無視すると言った以上、AクラスがDクラスを攻撃するようなことはまずない。

 

 あの会議で私がDクラスを無視すると言って()()()()()()()にもっていって、クラスからの同意を得た以上は坂柳さんも康平もDクラスを攻撃するようなことはしないだろう。

 

 問題としては坂柳さんに各クラスの動向を探るようにお願いしたことだが、私はどこの派閥にも属していない。だから、私が個人的に関わることはそこまで問題じゃないだろう。

 

 坂柳さんだけの視点じゃなくて私も独自に探りを入れたかったとでもいえば問題ないだろう。

 

 問題は彼女本人が見逃してくれるかというとこだ。今日みたいに、放課後に何かと彼女に呼ばれることも多いし、昼休みは基本的に一緒に昼食をとっている。彼女の分も作っている以上、昼食時に仕掛けることはできないだろうし、放課後もなんだかんだ康平から相談を受けたり、最近だと茂に勉強を教えたこともあった。

 

 そんな中で私がどうやって時間を作るかが問題だ。中間考査の時期を見て、図書館に入り浸ってみるのも手かもしれない。他のクラスの人の動向も見れるかもしれないし、一応テスト前には範囲の大雑把な復習もしたいし、高校の範囲の問題にも一通り手を付けたい。

 出来れば大学受験問題にも手を出し始めたいところだ。彼女(坂柳さん)と勝負をしている以上、時間は有限だし、個人で戦っている私とは違って彼女はお友達(しもべ)がいる。その差を縮めるためには、直接的な動きが少なそうなテスト期間に缶詰めになって勉強するしかないだろう。

 

 そう考えた私は、結局問題が何も解決していないのではないかと言うことに気付き、考えるのもめんどくさくなってそのまま意識を落とした。



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11話目 五月の中頃のある日

追記 
 がっつり書き直しました。詳しくはあらすじをご確認ください。


 5月も中頃になった。

 

 あれからは特に何事も起こらずに予定通りことが進んでいる。朝弁当を作り、授業を受け、昼休みに坂柳さんと昼食をとり、その後にクラスメイトに勉強について聞かれ、放課後には図書室に籠って勉強をする…そんな毎日を繰り返している。

 時々、外に出て体を動かした後にマッハ突きの練習をしたり、康平が呼びかける放課後の話し合いに参加したりもしているが、その話し合いも私は自分の席に座って全て康平たちが進めている。それに、テスト期間が近い今はそれもほとんどなくなっている。

 

 勉強会にも誘われたが、大学受験の問題をやっていたり、高校3年生の範囲をやっている時間の方が増えたので行かなくなった。テスト範囲の問題に関しては一度変更があったが、変更前も変更した後も全て覚えていたものだったので対して問題はなかった。そのため、聞きたいことがあったら昼休みの食事が終わったころに来てもらうことにした。

 

 必然的に、放課後にクラスメイトと関わる時間が減った代わりに昼休みに関わる時間が増えた。

 元よりそこまで関わるようなつもりはなかったのだが、この前の解説会とクラスの話し合いで司会をやったことがあったのでもう諦めた。

 どうにかクラスで目立たないためにしようと思ったのだが、康平と坂柳さんが絡んでくるとどうしても無理だと言うことに気付いたので諦めてしまった。

 ここが『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界だとしても、私はここで生きている人間だということを今一度自覚しないといけないかもしれない。

 

 この世界は私の知る『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界だ。だが、この世界は『ようこそ実力至上主義の教室へ』だとしても、生きている人物はキャラクターじゃない。紙の上の文字や、動く絵と声を入れたようなものじゃない。

 

 触ろうとしたら触れる『人』がいる世界で、触れようとしても触れられない二次元の世界じゃない。

 

 そういうところが私には足りない気がする。なんだかんだで主人公(綾小路君)に会いたい反面、主人公だから会いたくないと思っている自分がいる。実際に会ったこともないのに、主人公だから私とは違うとてもプラス向きの人間なんだと勝手に思っている。

 ラノベの主人公なんだからどんだけ捻くれていたとしても、どうせ根っこは善人に近いもので、どうなっても最後には勝つような奴だという風に思っている。

 

 それが『物語』だから。

 そういう(綾小路君)が活躍するための舞台(世界)だから。

 

 まだ私にはこの感覚が抜けていない。坂柳さんに勝負を申し込んだときに、啖呵を切ったくせにこの有様だ。この学校に入ってから、友人関係と呼べる人が増えてだいぶプラス寄りになってきたと思っている。初日のマイナス成長があったが、中学校時代の目立たない位置取りをすることや施設時代の虐待されているとも受け取れる環境にいたせいで、必然的にマイナス方面に成長していた時よりも遥かにプラス向きになっていると思う。

 過負荷(マイナス)幸せ(プラス)を感じると少しずつプラス寄りになっていく、みたいなところがあったはずだ。尤も、私が過負荷(マイナス)と呼んでいるこれが本当にそれなのかはわからないが、性質的には似たようなものだろう。だから、プラスの環境にいたら影響されてしまうのも仕方ない。

 元から素質があったのかもしれないとはいえ、後天的に覚醒したものなのは違いないのだから。

 

 だが、落ち着いて思考が少しプラス寄りになった今となっては、この『物語』の中の世界と言うのがとてつもない足枷になっている。どうやっても勝てないからどうでもいいや(私には関係ない)っていう考えで終わらせられない以上、どうにかしてその意識を変えたい。

 

 手っ取り早くは原作をブレイクすることなのだが、そもそも原作自体あまり知らない私はどうすれば原作ブレイクできるのかわからない。

 既に原作ブレイクを達成しているのか?

 それとも綾小路君を殺害しないと変わらないのか?

 思考を少しマイナス向きに戻すべきか?

 

 …思考が物騒な方向になってきた。

 まあ、私がいる以上原作そのままもないだろう。異分子がいる以上どうやっても元通りにはいかないだろう。

 

 

 どっちにしろ思い通りに行かないことの方がいつも通りじゃないか。

 負けても、勝てなくても、潰されても、壊されても、苦しくても、痛くても、きつくても、殴られても、虐待されても、間違っていても、汚くても…

 

 へらへら笑えよ。それが過負荷(わたし)だろ? 『小坂零』。

 

 どうせこの世界がどんな形だろうと私の思い通りに何でもなるような世界になるわけないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら図書館で勉強していた。つい先ほどまで教室で昼食をとっていた私は、図書館に来ていた。

 昨日の私は青本と呼ばれる、『この世界の』大学の過去問題集に取り組んでいた。その中で、どうしてもわからない問題があったので図書館にやってきて、答えの手掛かりになるような本を探しに来ていたのだ。

 手っ取り早く坂柳さんにも聞いてみたのだが、生憎彼女もまだやっていない範囲だったようで、むしろ私が解けたら教えてほしいと返されてしまった。

 

 青本…前世では赤本だったのでなんかパチモン感が凄まじいが、学校で取り寄せたらちゃんと用意してくれるのでとても重宝している。

 私が最終的にAクラスに居られることはまずないだろうから、自力で国立大学あたりに行かないことには私が大学に行くことは不可能だろう。尤も、学力だけなら今でもそれなりの大学には入れるが、特待生制度があるところに入ってできるだけお金を浮かせなければ大学生になるのは無理だ。それと奨学金をとらなくてはいけないことは目に見えてる。

 

 それでも、元々一切お金を持っていないような状態だったのだから仕方ない。この学校だって、こんなシステムじゃなければ私は今ごろひもじい生活を送ることは確定的に明らかだった。最初は胡散臭さ全開のあれとか言っていたが、今の私にとってはこの人生で最大の贅沢をできるチャンスなのかもしれない。

 問題は、そのポイントを下手に使うと後で詰みかねないからあまり使えないということを除けばだが。

 

 

 

 

「あ? …もしかしてお前ら、Dクラスの生徒か?」

 

 不意にそんな声が聞こえた。声のした方を見てみると、どこかで見たことのある男女を含む集団に話しかける生徒(自殺志願者)の姿があった。

 

 

 

 

 ……げぇー! 主人公(綾小路君)だ!

 

 思わず心の中で悪態をついた。手に持っている本を落としてしまいそうなぐらいの衝撃だった。

 

 図書館にも拘わらず、諍いが起こりそうな雰囲気を感じ取った私は、いつでも彼らの間に割って入れるようにした。このまま五月蠅くされるのも迷惑だし、主人公による残虐ショーが始まったらすぐに逃げられるようにだ。

 ここまで警戒する必要はないのだろうが、主人公というネームバリューが私には何をしてくるのかわからないものだと思っているので、最大限に警戒していた。

 

「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」

 

 そう返したのは、主人公たちと一緒にいる不良っぽい感じのする男だった。

 …確か、原作の須藤?君?だったはず。

 正直自信がないからあってるかわからない。

 

「いやいや、別に文句があるわけじゃねえよ。俺はCクラスの山脇っていうんだ。よろしくな。ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしててくれてよかったぜ。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからな」

 

「なんだと!」

 

 そう言って煽る山脇君にかみつく須藤君。

 そんなんでDクラスが潰れてくれるなら儲けもんだが、そいつ意外にやばいのがそっちに揃ってることを知っている私はCクラスの当て馬を冷めた目で見ていた。

 …ていうか、生で主人公(綾小路君)見たけどあれはやばいな。他の人からすれば何とも思わないかもしれないけど、私からすれば普通に化け物認定が入りそうだ。

 

 持っているプラスの気質が段違いすぎる。それでいて、冷酷に邪魔者を消すという漆黒の殺意も感じる。最終的には必ず勝つプラス的な運命に恵まれているうえに、邪魔者は絶対殺す殺戮マシーンの側面を窺えた。

 ただでさえ勝てないのに勝てる気がまるでしなかった。

 

「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイント評価に響くだろうな。いや、お前らにはもう失くすポイントが無いんだったか?って事は本当に退学になるのかもなぁ?」

 

「上等だ! かかって来いよ!」

 

 

 …いい加減止めるか。

 他の人たちも迷惑そうにしてるし何より鬱陶しい。

 

「やめなさい須藤くん。ここで問題を起こしても百害あって一利なしよ。それに、先程からDだDだと馬鹿にしているけれど、あなたたちもCクラスと言ったわね?

 そこまで上位とは言えないでしょう?」

 

「C~Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどな」

 

 ………モブの分際でよく吠える。言うほど底辺も上も経験したことのない分際でよくそこまで吠えたものだ。

 上から目線で言うようで悪いが、私はCクラスの山脇君に対して静かな怒りが沸き上がっていた。

 外面を取り繕ったまま、私は彼らを黙らせるべく歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「さっきから騒がしいと思って来てみたら、図書館の利用マナーもなっていない人が序列を語るなんて世も末だね」

 

 そう言って私は彼らの間に割り込んだ。煽りながら、山脇君を見たまま。

 

「なんだ、お前。いきなり入ってきやがって」

 

「あれれー? もしかして自分のことだと思っちゃった? マナーを守ることのできない人だって自分で思っちゃったのかな?

 それとも、話している間に入ってきたから自分のことだと思っちゃったとか?」

 

 そう言って山脇君に顔を近づける。気持ちだけ過負荷(マイナス)を纏いながら、彼の顔が目と鼻の先にあるまで近づく。彼はあまりの気持ち悪さに後ろずさったが私は彼からターゲットを外す気はない。

 そして、彼から顔を離して話を続ける。

 

「もしかして、世界の全ては自分を中心に回ってるって考えちゃう人? 気っもちわりー、自意識過剰にもほどがあるね」

 

「なんだと!」

 

 そう言ってかみついてくる山脇君にグイっと顔を近づけてにっこりと笑顔を浮かべる。それに対して驚いてしまったのか、彼はまた少し後ずさった。

 

「でも安心して! 自分より弱い人にかみつくことしかできない、他の人の足を引っ張るようなどうしようもない役立たず、それが君の個性なんだからもっと自信をもちなよ!」

 

 そう言って彼に顔を近づけて笑う。そのあまりの気持ち悪さ(マイナス具合)に山脇君どころか、周りのCクラスの生徒も後ずさった。

 

「弱い人を叩かないと自分を保つこともできない、そんな弱さが君の個性なんだ!

 自分より弱い人を叩いて自分が強くなるわけじゃないのに、そんなことをしないといけないくらい弱っちい奴、それが君のかけがいのない個性なんだよ!

 それを誇りに思っていいんだ。君の個性は君だけのものなんだから! 君は君のままでいいんだよ」

 

 言葉を紡ぐたびに図書館内の空気がだんだん重くなっていくのを感じる。別に気持ち悪さ(マイナス)をイメージした雰囲気を纏っているだけで過負荷(マイナス)を出しているつもりはこれっぽっちもないのにこの有様だ。坂柳さんなら表情一つ変えずに返してきそうだが、彼女と比べるのはいささか酷だったようだ。

 やっぱりマイナス式で褒めようとするとこうなってしまうのかと思うと少し悲しい気もしたが、まあこんなものだろう諦めた。一応、私は一番最初だけ煽っていったが、他に関しては自分の本心から()()()()()つもりだった。

 自分のことをありのままに受け入れさせてあげようと思っていたのだ。君にはこんなに素晴らしい(マイナス)の側面があると、君の個性はこんなにも醜い(マイナス)なものなんだと教えてあげただけのつもりだった。

 しかし、目の前の彼の様子を見るとそれは失敗したことは明らかだ。

 私のマイナスが悪かったのか、私のアプローチが悪かったのかは彼のみぞ知るところだ。

 

 

 

 

 

「…なーんてね! 冗談冗談! ここは図書館なんだから、みんな静かにねってことを言いに来ただけなんだ。だからそんなに落ち込まないで、さっきのは本心から褒めたんだからさ。そんなにぐったりされると傷ついちゃうぜ」

 

 そう言うと彼の心は完全に折れてしまったのか、他のクラスメイト達と力なく図書館を出ていった。

 …やっぱり思考を過負荷(マイナス)側にもっていったのが間違いだったのだろう。そんなことを思っていると、一人の女子生徒がやってきた。

 

「…さっきのは言い過ぎだと思う。いくら図書館でマナーを守らなかったとはいえあんな言い方はないんじゃないかな?」

 

 その女子生徒は私に近づくとそんなことを言ってきた。この雰囲気の中でそんなことを言えるなんて彼女はなかなか大物なのかもしれない。

 

「あー…すまなかった。本当はあんなこと言うつもりではなかったのだが、ちょっと八つ当たりも入っていたのは事実だ。

 他の人たちも不快に思ったらごめんなさい、さっきの人にも今度会ったら謝ろうと思います」

 

 そう言って図書館内の人に向けて頭を下げた。

 

「…後できちんと謝まってね?」

 

「ちゃんと会って相手が謝罪を受け入れてくれるなら、私はしっかり謝罪をするよ」

 

 そう言って、女子生徒の方を見て笑顔を浮かべる。それを見て彼女が後ろずさった。

 …そんなに嫌われたのだろうか?

 まあ、仕方ない(どうでもいい)か。

 

「そっちの人たちもすまなかった。却って騒ぎを大きくしてしまった」

 

「いや、こっちも騒ぎ立てるようなことになってしまって申し訳ない」

 

 そう言って綾小路君が頭を下げた。他の人たちは警戒しているのか、こっちを見てはいるが何も言ってこない。

 

「それに関しては絡んできた彼らが悪いみたいだから、君たちが謝るようなことじゃない。私は1-Aの小坂零だ」

 

「1-Dの綾小路清隆だ」

 

「一之瀬帆波、Bクラスだよ」

 

 彼女がBクラスの代表か。早速Bクラスと仲良くすることはできなくなったような気がするが、まあどっちにしろ睨みあうような間柄だし、仕方ないだろう。綾小路君にも警戒されているようだが、一之瀬さんほどじゃないのでまだリカバリーが効くと思いたい。

 

「クラス間でいろいろごたごたがあると思うが、騒ぎを大きくしてしまったお詫びに何かあったら力になるよ。これ、私のメアドと携帯の番号」

 

 そう言って、私はメモ帳から紙を二枚切り取って一之瀬さんと綾小路君に渡した。前に、クラス中の人と交換した時に大量に作っておいたものだったが、連絡先の交換には便利なので重宝していた。

 

「それじゃあ、また今度とか」

 

 そう言って私は荷物を持って、図書館を後にした。

 …出ていってから結局図書館に来た目的を果たしていないことに気付き、少し気が重くなった。

 

 

 

_________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれがAクラス…」

 

 隣にいた堀北がそうつぶやいた。

 

 オレ(綾小路)あいつ(小坂)が出ていった先を見たまま動けなかった。図書館全体で時が止まったかのような錯覚を覚えるほど、図書館内にいた人はあいつの迫力に呑まれていた。

 

 ただひたすら心を折るような物言いを、あろうことか()()()と言った彼に対して誰もが驚愕せざるを得なかった。

 

 

 

 

 それこそ、未だに誰も動けないほどに。

 

 

 

 

 それだけ、あいつの放っていた雰囲気は異質だった。

 オレも一度も味わったことのない不思議な感覚にとらわれた。

 

 …その後に連絡先を渡してきたことにも驚いたが。さっきのあれがなければ友達になれたのかもしれないと思うと少し残念な気もするが、仕方ないか。

 

 須藤たちが正気に戻ったころ、もうそろそろ昼休みが終わることに気付いたので、続きは次回に回すことにして解散した。

 




 主人公が綾小路君に思っている感想はあくまで主人公が感じたもので、そのままの通りではありません。



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12話目 五月の中頃 ~舞台裏~

 結局、問題の解答がわからないまま放課後になった。

 

 テストが近いこともあり、他のクラスメイトの多くは教室を出ていた。教室に残っている人も、普段話し込んでいるような人もなく、残っている人たち全員が勉強のために机に噛り付いていた。

 私も勉強しようと思い図書館に行こうとしたが、昼休みのことを思い出すとあまり行く気にはなれなかった。だが、坂柳さんにも答えを教えると言った手前、どこかで図書館に行かなくてはいけない。

 それならば、気は滅入るが早めにやることを済ませてしまおうと思い、私は図書館に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして私は久しぶりに階段から落ちた。

 階段を下って降りようとしたところで、私は足を滑らせて宙を蹴りそのまま階段を一気に下り落ちる。足を滑らせたまま、ずり落ちて全身を打ち付けるようにして転がり落ちていく。私は昼休みのことで内心動揺していたのか、カバンを持っていたからか、受け身もろくに取れなかった。意識が飛ぶ直前に「ああ、高校生になってからは初めてだな」とか見当違いのことを思いながら、階段の一番下に落ちていった私は頭を強く床に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

 

 …知らない天井だ。

 

 頭が少し傷むが、そんなことを思うぐらいの余裕はあるみたいだ。

 消毒液の匂いがするからおそらく保健室だろう。この学校の保健室は初めてだが、保健室特有の匂いがする。中学校生活で月一で保健室送りにされた私が言うのだから間違いない。頭に包帯が巻かれているみたいだし、恐らく保健室に誰かが運んでくれて治療されたのだろう。

 スマホで時間を確認すると5時半を過ぎたころといったところだ。階段を下りたのは4時前ぐらいだったはずだから、そこまで長い時間気絶していないことを確認した。

 

 そんなことを考えていると不意にベッドの周りのカーテンが開けられた。

 

 

「さ~て、様子はっと…え? もう起きてるの?」

 

 そう言ってカーテンを開けたのは若い女性の保険医らしき人物だった。記憶違いじゃなければ1-Bの担任が保険医をやっているという話を聞いたことがある。

 

「大丈夫? どっか痛いところはない?」

 

「いえ、大丈夫です。星之宮先生…であってますか?」

 

「ピンポーン、だーいせーいかーい!」

 

 そう言うと星之宮先生はケラケラ笑った。真嶋先生とは違ってフレンドリーな先生なのか、それを売りにして演技しているのかはよくわからなかった。

 

「いやーびっくりしたよ。いきなり連絡があったから行ってみたら、血溜まりを作って階段の下にいる生徒がいたんだもん」

 

「星之宮先生が運んでくださったんですか?」

 

「ううん。連絡をくれた生徒会長の堀北君が運んでくれたのよ~」

 

 堀北……ああ、堀北さん(メインヒロイン)のお兄さんだったか?

 まさかこんなところで関わることになるとは…今度生徒会室に行ってお礼でも言いに行こう。

 

「それにしてもどうしてああなってたのか聞いてもいーい?」

 

「階段を下りようとして足を滑らせたら、頭を強く打ってしまったみたいでそこからは覚えてません。中学校時代も割と頻繁にあったので気を付けていたのですが、うっかりしていました」

 

「…小坂君って結構うっかりさん?」

 

「実は中学校時代でもこんなことがよくありまして、単純に運が悪いと言いますか…野球部の流れ弾が当たって保健室送りになったこともあれば、教室での授業中に外でテニスの授業をしている連中のボールが、開いた窓から入ってきて頭に当たって保健室送りになったりとかしていました」

 

「うわぁ~…」

 

 星之宮先生がドン引きしている。まあ、そんな不幸で何回も保健室送りにされているなんて聞いたら引かれても仕方ない。

 だけど、これからの学校生活で何回もお世話になることは確実なので、そのうち慣れると思う。前の学校の保健室の井出先生も、最初はちゃんとしてくれたのに最後の方は、「また君か」って言うようになったからな。基本優等生で心証がよかったのが幸いだったけど。

 

「あれ? そう言えば自己紹介しましたっけ?」

 

「してないけど、小坂君のことは知ってるよ~。坂柳さんの彼氏でしょ~?」

 

 …もしかしてその噂はもう広まっているのだろうか。だとしたら少しまずいかもしれない。

 私と彼女はよく一緒にいるが、交際関係まで発展した覚えはない。だが、勘違いさせるようなことをしている覚えはいくつかある。

 

「残念だけど違いますよ。私なんかじゃ彼女には釣り合いませんし、彼女とはそういう関係ではないです」

 

「ええ~? でも、お昼休みに坂柳さんの作ったお弁当食べてるんでしょ~?」

 

 …少し歪曲されているが、傍から見たら大きな違いでもないのかもしれない。

 

 よく考えたら、昼休みに教室で席をくっつけて同じ弁当を食べているなんて高校生からすれば付き合ってると勘違いされても仕方ないのか?

 高校生ぐらいだとそういう話が好きな人は多いだろうと思っていたが、坂柳さんが特に問題視していなかったから、噂にならないように手を打っているものだと思っていた。

 だが、噂が立っている以上は、これから二人で昼食を食べるのは控えたほうがいいかもしれない。目立ちすぎることは私の望むところではないし、彼女も望むところではないだろう。

 

 

「その噂は間違いですよ。弁当を作っているのは私ですし、作っているのも彼女が食堂まで行くのが大変だからですので」

 

 嘘は言ってない。最初に彼女が食べてみたいと言ったから作った。それからは食堂に行かなくていいのと、杖をついている彼女がわざわざ食事のたびに食堂まで行くのは大変だろうと思ったから作っていた。

 一番の目的は、彼女も私も昼休みに下手なことをしないように監視することが主だが。

 そういう意味では、今日の昼休みは協定違反と言ってもいい行為をしてしまったのかもしれない。

 

「え? 小坂君が作ってるの?」

 

「私が作っていた弁当を彼女が食べてみたいって言ったから作り始めて、それなら食堂に行かなくてよくなるのでそのまま続いているっていうのが真実です」

 

「…あー、これは坂柳さんも大変だわぁ~」

 

 …何か勘違いさせてしまっているようだが、無理に言っても聞き入れてくれそうにない。

 

 やっぱり、弁当は作らないほうがいいのではないかと思ってきた。少なくとも一緒に食べてたらそろそろまずい気がする。

 下手に注目や噂を産んでしまうと、私も彼女も動きづらくなってしまう。

 特に、お友達(しもべ)がいる彼女より、私の方が動きが拘束されると困るのだ。

 

 

「よっと」

 

 そろそろ帰らないと晩御飯の準備とか明日の仕込みとか、勉強も一応しないといけない。そう思ってベッドから降りたが、まだ少しふらつく。だが、このぐらいなら問題なく行動できる範囲だ。

 

「まだ寝てたほうがいいわよ? 体も痛むでしょ?」

 

「動けないほどじゃないですし、テストも近いので勉強もしたいですから」

 

 そう言って、ベッドの隣にあったカバンを持って立ち上がった。

 

「そう? あまり無理しちゃだめよ?」

 

「お心遣いありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それではこれで失礼します」

 

 

 

 

 テンプレみたいな挨拶をしたまま保健室を後にする。フレンドリーな感じを装っているが、Bクラスの担任相手にいつまでも長話をするのも得策ではないだろう。

 

 実力至上主義の教室だ。予想が正しければ、生徒たちだけじゃなくて()()の評価もクラスごとで決まるのではないかと予想している。

 

 そもそも、クラスとは生徒だけでは成り立たない。それの担任がいて初めてクラスという枠組みが生まれるのだ。小学校なんかがわかりやすいだろう。

 転生してからは小学校に行ってないが、前世の小学校ではクラスの担任ごとにそのクラス独特の係決めがあったりもした。中学校の時も、クラスによっては他のクラスにない係決めなどをしたこともあるだろう。

 そして、それのほとんどが担任の先生によって決められてきたはずだ。クラスの誰かが言ったところで、担任の先生が許可しないと公に認めてもらったものにはならない。要するに、担任には受け持った生徒たちを良い方向へ導いていく役割があるはずだ。

 

 クラスとは担任と生徒の二つの要素がないと成り立たないのだ。

 故に、クラスの評価が生徒に直結するならば、教師の評価にも直結するのではないかと思った。

 

 この学校は担任と生徒たちのかかわりが薄いように見える。真嶋先生だけなのかもしれないが、生徒たちの間に割って入って無理矢理何かを決めさせるようなことをされた覚えはない。

 しかし、真嶋先生が職務怠慢をしたようなこともない。Aクラスには必要な情報を()()話してくれている。入学当初は話してないことのほうが多かったが、それには学校の方針もあるし、Aクラスのことを思ってのことだろう。

 

 最初の月からポイントを減らしまくるようなことを、Aクラスの人間はしないと信用していたのかもしれない。

 

 まあ、実際は学校の強制によるものだろう。もし担任が言っていいのであればDクラスの0ポイントはあまりにも酷すぎる。見かねた担任が話してしまうことも考えられる。となると、学校側からの強制的なもので担任が話した段階で罰則があったのかもしれない。

 しかし、この学校の方針的に生徒の自主性を尊重するような方針なのだろうが、全員がそうだとは限らない。何が言いたいかっていうと、フレンドリーに話しかけてくるような星之宮先生はBクラスに私が話した情報を漏らすかもしれなかった、ということだ。

 だから、保健室に長居したくなかったし、話もクラス全体のことを聞かれる前に切り上げた。

 

 

 

 頭に巻かれている包帯をとる。既に血は止まっているようで、包帯をとっても血は出てこなかった。包帯を丸めてポケットに入れ、寮の自室に戻ろうとしたところで、ポケットの中で手に変なものが触れた。

 取り出してみてみると、それは前に買った録音機のなれの果てだった。階段から転げ落ちたときに壊れてしまったらしい。

 

 ………こんな不幸なことが続くなんて今日は厄日だ。

 

 そろそろ本当に泣いてしまうかもしれないと思いながら、ゴミ箱に録音機だったものと包帯を投げ入れた。寮の自室に戻ると、スマホの方にメールが届いた。見てみると、『綾小路』君からのメールだった。

 

 

 

 

 

 思わず悪態をつきそうになる。私はもうだめかもしれない。ただでさえボロボロなのに、このままでは精神的にボコボコにされてしまうような錯覚を覚えた。

 ビクビクしながら読んでみると、軽い自己紹介と今日の放課後に勉強していたらテスト範囲が他のクラスでは変わっていることを告知されていることを聞いたが本当なのか、という趣旨の文章だった。

 

 …担任の評価はクラスの評価からなるという考えは改めたほうがいいのかもしれない。今度真嶋先生に聞いてみようと思いながら、先週の金曜日に変更されたことと、変更前と変更後の範囲をメールで送った。不安なら、明日担任の先生にも聞いてみたらどうですか、という一文も添えて。

 

 よっぽど切羽詰まっていたのかもしれない。大穴で好感度はそこまで低くなかったのかもしれない可能性もあるが、あの周りのドン引き具合から見てその線は薄いだろう。

 他のクラスの連絡先で持っているのが私の分しかなかったのか、持っていてもあまり親しくないから()()()()()()()()()と言った私が一番手っ取り早かったのだろう。

 

 そう時間が経たないうちに返信がきていた。『ありがとう、助かった。明日担任にも聞いてみることにする』ときている。

 

 

 …そう言えば、今日の昼休みにはマイナスを出さないでマイナスの雰囲気だけを気持ち出してみるってことをしていたけど、うまくできていたのか?

 

 そもそも、私が()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だけど、実際に他の人との『縁』は切られずに、彼らの心をボッキボキにしてしまった。いや心を折ったことはどうでもいいのだが、勝手に折れるような心しかもってない彼らが悪いから、私は悪くない(私には関係ない)

 むしろ、褒めたのにもかかわらず化け物を見るような目で見られて私の心は傷ついたんだから、()()()()()()()()

 

 そんなことを言って図書館でまた騒ぎを起こしたくなかったから、今度会ったら謝っとくって答えたのだ。一之瀬さんからのメールは結局来てないところを見ると、やっぱり嫌われているのだろう。

 クラスのみんなと団結して仲良くゴール(Aクラス)なんて目指しているくせに、過負荷(マイナス)一人抱えられないなんて笑っちゃうぐらい脆い団結だ。一人ぐらい()()して、Bクラスの手駒を作るのもいいかもしれない。

 

 …いや、Bクラスのリーダーがあんな有様なのに他の生徒が耐えられるわけないか。それに、結局Bクラスの手駒を作ったところで対決するのは坂柳さんとだし、他のクラスメイトに手駒を作ったなんて大きな声で言えないし、やっぱり無理か。

 

 

 

 脱線した。

 話を戻すと、私の過負荷(マイナス)の様子がおかしいのか、私が環境的にプラスなところにいるから制御が効くようになっているのか。

 

 それとも、マイナスを出さなくても素の雰囲気が()()()()()()()()()()()()()

 

 ……感覚的には染まってるからって言われてる気がする。

 環境的にはプラスにいたつもりだが、勝負だのなんだので自分の()()()とも言えるものを探っていたのが原因か?

 自分の本当にしたかったこと、自分が転生した意味、自分が生きていることの意味、そう言うことを考えていた結果、元々あった素質の過負荷(マイナス)が目覚めて馴染んできたってところか?

 

 …それ本当に大丈夫か?

 このまま行ったらマイナス成長しすぎて過負荷(マイナス)が出っぱなしになったら、前のあの時代に逆戻りにならないか?

 

 ……そういうことにはならない?

 なぜ?

 

 

 

 ……マイナスが馴染んでいってるだけで、マイナス成長しているわけじゃないのか。

 目覚めたとか言うわけじゃなくて、単純に増えてたマイナス気質が今の私に馴染んできて融合していくみたいな感じになるわけか。

 

 なるほど、それで威圧するためにちょっと迫力を出そうとしたら、それがマイナス風味になってみんな気持ち悪くなると。

 

 …………それって、結局過負荷(マイナス)じゃないの?

 下手なこと言わなきゃ心が折れるようなことにはならないって、本心で話しただけで心が折れたみたいだったのだが。

 

 …取り繕え?

 …そうするしかないか。

 ()()するたびに心をポキポキ折るなんてめんどくさいし、調子に乗ると取り返しがつかなくなって後で自己嫌悪することになりそうだ。

 クラス間の戦争みたいなこの学園生活で、そんな異物がいたらそのうち同じクラスメイトからも嫌われるだろう。

 

 

 そう、それこそ私が私自身(マイナス)を制御できなくていろいろされたあの時みたいになってしまう。監視カメラがあるとはいえ、学校側もグルになり始めたら私がここから消えるしかなくなってしまう。

 

 彼女(坂柳さん)との勝負がついていない今、そんなことをする気はこれっぽっちもない。

 

 

 私が自分で名付けた無冠刑(ナッシングオール)という過負荷(マイナス)は、その名の通り『無関係』を意味したものだ。発現しているとありとあらゆるものとの『縁』が切れる(と思っている)。

 

 故に『無冠刑』

 

 誰からの勝負も成立しなくなる、私の持つ最悪の過負荷(マイナス)

 

 故に『無冠』。勝利することはない。

 故に『刑』。勝利を実感することができない。

 故に『ナッシングオール』。全てのものごと(オール)何もない(ナッシング)

 

 『ナッシングオール』という単語自体は意味が通らないようなものになっているが、私の考える意味としてはこんなところだ。まあ、裸エプロン先輩の『大嘘憑き(オールフィクション)』をイメージしたところもあるが。

 

 この話はフィクションです(イッツオールフィクション)

 この話は実在の人物とは一切関係ありません(イッツナッシングオール)

 

 

 …オールナッシングの方が語感がいい気がしてきたが、今のこれで気に入ってはいるので変える必要もないだろう。

 

 

 とりあえずマイナスをまき散らさないように、威圧感を出そうとするのも自重しないといけない。

 あと真嶋先生に担任の評価についても聞いてみないといけないな。予想のままで終わらせるよりは確信しておきたいところだ。

 

 

 そんなことを考えながら、夕食を作って明日の弁当の仕込みを済ませ、昼休みに図書館でしていた勉強の続きをした。体を動かすのはまた今度にした。流石に心身共にボロボロの今、空手の自主練をするのは厳しい。良い時間になったあたりで勉強をやめて寝ることにした。

 

 明日は厄日じゃないことを祈って。



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13話目 六月のある日

 今回、ほんのりグロい描写があります。苦手な方はご注意ください。



……………殺さなければならぬ。

 

…………殺さなきゃ。

 

………殺したい。

 

……殺そう。

 

…殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 私にこんなことを味あわせた世界に

 

 

 私をいなかったことにした人に

 

 

 私へ牙を向けた社会に

 

 

 

殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そうして舞台の幕が下りた(鉈が振り下ろされた)

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 …寝てた。

 

 変な夢を見ていた気もするが、まあどうでもいいや(私には関係ない)。どうせ思い出せないし、所詮夢は夢だ。

 

 

 中間考査が終わってひと段落ついた私は、特に何をすることでもなく自室で惰眠を貪っていた。まるで燃え尽き症候群にでもなったかのように、授業が終わってから寮の自室に直行してなにもやる気が起きずに眠ってしまった。

 原因は中間考査だ。中間考査の問題が去年と同じ問題が出るという情報が出回ったが、Aクラスとしては最初の中間考査で躓く様なことはしたくない。しかし、最初から過去問に頼って勉強を疎かにするのも身にならないということになり、個人的に点数が怖い人が上級生から買うのは止めないが、クラス全体で回すような真似はしなかった。

 

 私も過去問を見たことは一度もなかった。そしてそのままテストを受けた。

 

 

 

 

 

 ……結果は、国語62点、数学69点、英語51点、理科53点、社会52点だ。

 

 手を抜いたわけではない。むしろクラスで勉強を教えていた立場の人間だったから真剣に取り組んだ。

 それなのに…

 

 

 国語では漢字を間違えて文章題の問題を全て落とし、数学では単位を書き間違えて減点され、理科では回答欄がずれていて点数を大幅に落とし、社会ではテスト時間中に手が滑ってシャーペンが手のひらにささり、そのタイミングで椅子が壊れて、机に向かって体が倒れ込むような形になった。そのせいでシャーペンが手のひらを突き破って、回答どころじゃなくなる珍事が生まれた。

 監督の先生が他の教室から急いで椅子を持ってきてくれたのでテストを受けることができたが、右手の手のひらから出血したままでテストを受けるのは正直きつかった。そのせいで時間内に必死になってやったものの、正直それどころじゃなかった。

 そして、その後の英語のテストでは痛む手を我慢しながらテストを受けた。その結果、英語もボロボロだった。

 

 テストの結果を見て、坂柳さんは引き攣った笑みを浮かべ、康平はそんなこともあるのかとなんか感心した様に頷き、橋本君は見たこともないような笑顔で私を見て、神室さんは社会のテストの時を思い出したのか思いっきり吹き出し、戸塚君は何とも言えない顔をし、茂はこっちを見て大爆笑し、沢田さんにはなぜかドン引きされた。

 

 他のクラスメイトも、私がこんなに点数を落とすと思っていなかったようだが、社会の時間の事故を思い出して納得したような顔をした。だが、私の回答用紙をクラスで回し読みされるとかいったいどうなっているのかと問い詰めたい。

 何処で間違ったのか見たかったと言われたが、回答欄がずれていたり、単位を間違っていたり、漢字の一部を間違えていたのにもかかわらず、それを直せば社会と英語以外満点になるような回答用紙を見てクラスメイト達は何とも言えない表情になった。

 

 とりあえず茂は一発殴ったが、そのせいで治療した手を痛めて笑われた。勢いに任せて下手なことをした罰なのかもしれない。

 

 テスト後に保健室に行ったら星之宮先生に会ったので、原因を言ったら大笑いされた。

 彼女からはもっと早く来なさいと怒られた。だが、赤点取ったらすぐ退学になる以上、途中退席したらどうなるかわかったもんじゃない。途中退席で赤点を取った場合、そのまま退学になってしまうことも考えられた。

 

 

 

 最近マイナスが馴染んできたからなのか、高校に入ってからはこういう事故が少なくて平和だと思って油断したからかもしれない。

 

 いや、言い訳なのはわかってる。本当にマイナスのせいだと思いたいが、自業自得の面が圧倒的に大きいのはわかっている。前日にオールで大学受験の勉強をするとかいう間抜けなことをやらかしたし、前回のテストで満点だったから、今回のテストは見直しなんかしなくてもいいと思ってた。

 そもそも、中学校の時もテストの時にはこんなことになったことがなかったから完全に油断していたのもある。椅子が壊れてシャーペンが手のひらを突き破るってなんだよ。運が悪いにしてもあり得ないだろ。だが実際にいまだに私の右手には包帯がまかれているし、テストの点数が現実であることを物語っている。

 

 そして、その結果がこの有様である。

 

 クラスの平均点を上げるどころか、大幅に下げた元凶になってしまった。これには思わず真嶋先生まで苦笑いしていたのだから、どれだけ期待してくれていたのかが窺える。

 入試もほとんど満点近くとり、前回の小テストの高難度問題全てを解き切ったような生徒が、中間考査でこんな点数を出していたら苦笑いにもなるだろう。

 

 

 

 

 そんな訳で今日帰ってきたテストの結果を見て、私はふて寝している真っ最中だった。今の私に、坂柳さんに勝負を挑んだ時のようなやる気はこれっぽっちもない。何をするにも無気力で、何もしたくない気分がずっと続いている。もう坂柳さんに負けてもいいやー、とかまで思い始めているあたり重症だと自分で理解はしている。

 

 坂柳さんといえば、最近では昼休みに一緒に昼食をとっていた坂柳さんにお弁当を渡して、自分は屋上でボッチ飯の日々が続いている。この前の星之宮先生の話を聞いて、昼食を一緒にとるのは他のクラスの人から見ても目立つし、やめにしようと提案したのだ。

 彼女は少し考えた後に了承してくれた。理由を説明したら納得したように下がってくれたので個人的には助かったのだが、周りのクラスメイト達はつまらなさそうにこっちを見ていたのが印象的だった。

 

 私が教室じゃないところで昼食をとることにした結果、屋上でボッチ飯になった。吹きすさぶ風の中、辺りにほとんど人がいない状態で、誰にも邪魔されることなく食事をとるのだ。

 ボッチ飯になるのは本当に久しぶりだが、たまにはこんな日々も悪くないと思っていた。

 

 

 

 

 何もしたくない、ただひたすら惰眠を貪りたい。そんな時があってもいいと思う。

 だから今は何もしたくない。

 そんな思いでベッドの上をごろごろしていた。

 

 ベッドのぬくもりを感じる。

 このベッドのフカフカ感、枕の弾力、抱き枕代わりに買ったクッションのもこもこ、寒くなる前に買っておいた薄い毛布の肌触り…もう私はここから出たくない。

 今日は一日中ごろごろしてやる。明日も、明後日も、毎日自堕落な生活を送ってやる!

 

 

 

 

 ……さっきから鳴りやまない携帯の着信はもう無視することにした。

 目が覚めたときからずっと鳴っていたが、どうせ大した用でもないのに呼び出してくるような奴だろう。多分茂とかその辺だろ。この前あいつと沢田さんとかの基本ボッチ組でカラオケに行ったし。

 

 …だから私にはスマホの画面の『坂柳有栖』なんて文字は見えない。

 あれは幻覚だ。本当は『茂』って文字が映っているはずなんだ。私は今日はもうベッドから出ないし、この駄々流しなマイナスもそのままにするのだ。

 私に休息の時があってもいいじゃないか。人間だもの。

 

コンコンッ

 

 …あれは悪質な新聞勧誘の人だ。出たら最後、新聞を取ることにされた挙句、幸運になるツボとか買わされる残虐非道な手口のやつだ。

 だから、私が出なくても私は悪くない。私には関係ない。

 

コンコンッ コンコンッ コンコンッ コンコンッ コンコンッ コンコンッ

 

 ………はあ、嫌な予感しかしない。

 とりあえず、マイナスは抑えておかないとどうなるかわかったもんじゃない。出たくないけどこのままノックされ続けるのは鬱陶しい。それに、私の部屋の前でずっとノックし続けるとかどっかのクラスの噂にでもなろうものならまためんどくさいことになる。

 

 

 私は仕方なくベッドから出た。制服のまま倒れ込んでいたらしく、皺になっていた。今度クリーニングに出さないといけないか、と考えていた。

 そしてそのままドアを開けると、そこに立っていたのは橋本君だった。

 

「どうしたの、橋本君?」

 

「坂柳さんがお呼びだ」

 

 そんな気はしていた。私は無言でドアを閉めようとすると、彼が足をドアに挟ませて閉じさせない。

 

「お願いだから寝かしてくれ。今傷心中なんだ」

 

「坂柳さんもだが、他の人たちも待っている。急いでくれ」

 

 他の人たちも待っている?

 今日何かあったのだろうか?

 とりあえず、梃でも動かなさそうな彼をどかすために、私は仕方なく彼の言う通りにした。

 

「…わかった。ちょっと準備するからまってくれ」

 

「わかった」

 

 そう言った彼は入り口に入って立ったままだ。どうやらこのまま私が逃げ出さないか見張っているのだろう。

 

 隙を見て逃げ出そうと思ったがそういうこともできなさそうだ。先月に転んだ時の怪我はもう完治しているが、この位置取りからテニス部の彼を抜いて逃げ去るのはとてもできないだろう。

 私は仕方なく、スマホと学生証を持った。気が付いたらスマホが鳴りやんでいたので、マナーモードにしておく。

 

「外に出たりする?」

 

「夕食の誘いだが…もしかして覚えてないのか?」

 

 夕食…?

 ああ、そういえば寝てたけどまだ19時前だったか。にしても珍しいな、昼食を一緒に食べる機会は多かったが、夕食は別の時がほとんどだった。記憶が正しければ、入学初日のあの日だけだ。

 

 私は寝起きですぐに外に出て風邪をひきたくなかったので、薄めの上着を持っていくことにした。6月とはいえ、日が落ちてくるとまだ肌寒い可能性もあると思ったからだ。最悪暑かったらそのまま持って帰ればいい。

 

「準備できたぞ」

 

「ついてこい」

 

 そう言うと橋本君は私の部屋を出て歩き始めた。彼の後ろをついて歩く、正直眠いので歩きながら欠伸を噛み殺した。

 彼について寮を出ると、杖をついた少女とサイドテールが特徴的な少女が待っていた。言うまでもなく、坂柳さんと神室さんだ。

 

「遅かったですね、小坂君。」

 

「寝てたからね。正直まだ眠い」

 

 そう言って欠伸をする。寝起きなのは事実だし、眠いのも事実だ。このまま帰って寝たいというのが、正直な私の心境だった。

 

「あんた、もしかして忘れてる?」

 

 神室さんがそう言ってこっちを睨んだ。そう言えばさっきの橋本君もそんなことを言っていた気がする。

 だが、生憎と私には何のことだか見当もつかない。別に坂柳さんと約束したようなことにも心当たりはないし、彼女と話すようなこともそこまで多くないから約束をした覚えはない。

 橋本君にはよく睨まれるし、放課後に一緒に夕食を食べる間柄でもない。

 

「なんかあったっけ?」

 

 私のその発言に、そこにいた全員がため息をついた。どうやら何か約束をしていたのが妥当なところだろう。

 だけど、私には皆目見当もつかない。

 

「今日、テスト終わりの打ち上げするって葛城が言ってたでしょ。もう他のやつはみんな集まってるよ」

 

 ……そんなことを言っていたのだろうか?

 

「聞き覚えないのだが、何時言ってたんだ?」

 

「確か、小坂君の解答用紙をみんなで回していた時です。あと、帰りにも言ってましたけど聞いていなかったみたいですね」

 

 そんな時に言ってたのか。全く覚えがない。テストの点数が衝撃的過ぎて放心状態だったから仕方ないと言えば仕方ないけど。

 

「おかげで、何回も電話を掛けたのに出てくれなかったので私達が迎えに行くことになりました」

 

 そう言って、笑顔を浮かべてくる坂柳さん。笑顔の裏には、何で電話に出なかったんだよ? っていう想いがひしひしと伝わってくる。出るのがめんどくさかったからですとは口が裂けても言えない。

 

「ふて寝して起きたら鳴ってるのに気づいたけど、その直後にノックが聞こえたからそっちに出た」

 

「…まあいいでしょう。」

 

 真実に嘘を混じらせる。本当は電話の画面があなたでしたから出るのが怖くて出ませんでしたとか、大幅にクラスの点数を下げたことについてねちねち言われるのじゃないかとか思っていたなんて言えるはずもなかった。

 

「そういうわけなので行きましょう。もうみんな始めているはずですので」

 

 そう言って彼女が歩き始める。その横に二人が立ち、私は彼女たちの後ろをついて行く形だ。

 

 

 

 

 

 少し歩いたところのファミレスで打ち上げをしているみたいで、そのファミレスに入るとクラスメイト達で埋まっているテーブルがあった。

 

「遅いぞー」

 

 そうヤジを飛ばしてきたのは茂だった。珍しくテンションが上がっているらしく、普段はあまり絡まない戸塚君とかと楽しそうにしている。クラスメイト達に遅れたことの謝罪と挨拶をして適当な席に座ろうとすると、新しいテーブルを占領した坂柳さんたちに誘導されて仕方なくそっちに座った。

 他のクラスメイト達は自分たちの話で盛り上がっているらしく、あまりこちらを見ようとはしない。康平も茂や戸塚君と話している上に、席の中心にいるので助けを求めるのは絶望的だろう。

 

 席に座って、適当にメニューを開き何を食べるのか見繕う。坂柳さんと神室さんも決めたのを確認すると橋本君が店員を呼んで注文した。

 

「小坂君、これからあなたはどうしたいですか?」

 

 ……?

 

「どういうことだ?」

 

「中間考査も終わって、恐らく各クラスの動きがこれから活発になると予想されます。それを踏まえて、これからあなたがどうするのか、ということを聞いたつもりだったのですが」

 

 …確かに夏休み中も学校から出られないこの学校(監獄)の中だと夏休み中でも動きは当然あるだろうし、中間考査が終わってクラス間の格差が広がったら、動きも激しくなるだろうってことか。

 

 そういう話か、てっきりテストのことでなんか言われるのかと思ったからびっくりした。

 

「てっきりテストのことでなんか言われると思ったけど、そっちか」

 

「テストのことは残念ですけど言っても仕方ありませんし、それで敗北を認めるあなたではないでしょう?」

 

 正直負けてもいいやーって思ってたことは秘密にしよう。

 

「それに、勝手に自爆して得た勝利を勝利なんて思いません。私がそうなるように仕組んだなら別ですが、私は今回何もしていませんので」

 

 サラッと怖いことを言われた気がする。

 必要であれば、それぐらいの工作は行うと言われたのも同然だ。

 

 

 ……いい加減落ち込んでても仕方ない。次のことを考えて行動しないと正気に戻った時に取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 このくらいのことは昔は頻繁にあったじゃないか。

 

 外に出たら自転車に撥ねられたり、いきなり電柱が私に向かって倒れてきたり、学校で食中毒が起こった時の第一犠牲者は必ず私だったし、配られるプリントが私だけ白紙だったこともあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意図的なものじゃなくて事故ならば仕方ない。それに、前にあそこで受けていたことに比べれば、今回のことなんて大したことじゃないじゃないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よく考えたら私には大した影響がないじゃないか。どうせ最後までAクラスに居られるわけないんだから、自力で大学受験を乗り越えなくちゃいけないのは目に見えているんだ。それだったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それなのに、クラスメイトに悪く思われるとかいつまでくだらないことばっかり考えているんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 へらへら笑えよ。それが過負荷(マイナス)の特権だろうに。

 

 ……よし。

 

 

 

「まあ、他のクラスの今後の出方次第かな? 多分C辺りは速くつぶれるだろうけど」

 

「理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 

「独裁者が独裁政治をしているっていったら聞こえはいいけど、それは独裁者が倒れた瞬間に全てがおじゃんになるってことと同じだからね。独裁者の力量次第だけど、速かれ遅かれ勝負を仕掛けてくるんじゃない?」

 

「ふむ…そう思った理由は?」

 

「結果を出さないと反対勢力が生まれかねないからね。どこまで掌握できているかにもよるけど、わかりやすい結果を出した方が独裁者に妄信的にみんなついてきやすいだろ?

 結果が出れば、自分たちのリーダーはこんなに優秀なんだ、っていう安心感が生まれる。それで完全にクラスを手足のように扱うことが出来れば上に上がれるって思ってるんじゃないかな?」

 

 まあ、実際そんなことが出来たら上に上がれるだろう。問題としては、他の40人近いクラスメイト全員の動向を把握することなんて不可能に近いということと、それまでに他のクラスに妨害されたら準備が遅れるということ。

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()。自分が何もしなくてもリーダーが何とかしてくれると本気で思っているからだ。そのリーダーが負けたときには何もしなくても崩れ落ちるのが目に見えている。そして、その現状を見ながらも自分たちでは何もしようとしないのが人間だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことが本当にあるわけないのに、人間はそれを信じて疑わない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「だから、Cクラスの動向を見ながら動きを合わせていく感じが妥当だと思う。潰しにかかるなら多分そこらへんが早い。何もしなくても潰れそうだけど」

 

「何もしなくても?」

 

「他が勝手に潰してくれるってこと。ただでさえBとDに挟まれてるのに、ぱっと見リーダー以外は烏合の衆だからね。民衆の質が勝ってるBと、何人かの怪物が潜んでいるDを相手にするのは荷が重いよ」

 

 怪物とは言わずもがな主人公勢のことである。相対するとCどころか他もすべて殺しかねない爆薬だ。

 

「Dクラスにはそんなに優秀な人がいらっしゃるんですか?」

 

「私が足元にも及ばない()()なやつが一人いるからね。Cぐらいじゃどうやっても勝てないよ」

 

「……あんたでも勝てない人っているんだ」

 

 話していると、不意に神室さんが話に入ってきた。

 

「私は負けることのほうが多い。自分で勝ったって自信を持って言えることなんて一回もないんだ」

 

「そんな感じには見えないけど」

 

「見えないだけさ。私が本当に勝利を実感したことなんて一度もない。だから本当の勝利ってやつが欲しいんだ」

 

 そう言って私は坂柳さんの方を見た。坂柳さんは納得したかのように頷き、神室さんは訳がわからないというような表情をし、隣の橋本君はよくわからないような顔をしている。

 

 そのタイミングで料理が来たので、いったん話をやめて食べることにした。適当に食べ、他のテーブルに混ざる。もう坂柳さんたちにも止められなかったし、別に話すようなこともないだろうと思ったので適当なテーブルに混ざって楽しんだ。

 

 

 

 その後は適当に解散して、自室に帰った。日が完全に落ちて少しの肌寒さを感じ、上着を羽織る。

 

 今日の失敗を引きずるのはもうやめだ。そんなことよりこれからのことを考えないといけない。クラスの立ち位置も、前よりは悪くなるだろうし他のクラスとの関わりも作る必要がありそうだ。Dクラスには一番欲しいようで欲しくなかった主人公の連絡先という鬼札がある。Cクラスからは嫌われてるだろうし、Bも同じだろう。そう考えると、Dクラスとの関わりを強めたほうがよさそうだ。

 

 いい加減、諦めて主人公勢との関わりを深めていこう。最悪轢き殺されたとしても、他のクラスメイトは困るかもしれないが私にはどうでもいい(私には関係ない)。どうせいつか落ちるんならさっくり主人公に轢き殺された方がマシかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()。こればっかりはどうしようもない。坂柳さんと勝負をしてはいるが、私がどんなに勝とうとしても負けてしまうのは目に見えている。それでも諦めきれないから彼女に勝負を挑んでいるのだが、綾小路君だけは無理だ。

 

 根本的に次元が違う。だけど、私がそう思っているだけなのかもしれない。あくまで、図書館でぱっと見ただけだしメールのやり取りもあれ以降はやっていない。

 

 だから、探りに行こう。

 虎穴に入らずんば虎子を得ずというやつだ。

 

 後ろ向き(マイナス)になるのを控えて、もっと自分らしさ(マイナス)を出して、私がやりたいようにやっていこう。かといって、やりすぎて気持ち悪がられないようにしないといけないが、まあそこら辺は気を付けることにして、私自身が前進していこう。

 

 思えば、クラスのことにはそこそこ参加していたけど、クラス以外のことには消極的だった。主人公と関わりたくないってのがあったけど、よく考えたらAクラスから落ちることは半ば確定しているのに、いつまでもAクラスのことばっかり気にしていても状況が良くなるわけじゃない。

 

 

 これからはクラス外の関わりを深めることにしよう。とりあえずはそれを第一方針として、後はいくつかの仕込みを入れよう。後で役に立たないかもしれないが、役に立つことを祈っていくつかの仕込みをすることにする。

 

 

 

 私らしく、孤立無援(無関係)であることを今一度思い出し、実感しないといけない。それこそが、私の本質で私自身を形作っているものなのだから。

 だから、他人全てを利用して私の目的を果たすために、(綾小路君)にも協力してもらうことにするよ。









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14話目 七月の初め

…この世に生まれなければ良かったと思ったことはあるか?

 

…自分が何者なのか知りたいと思ったことはあるか?

 

…死んでしまいたいと心から思ったことはあるか?

 

…自分の存在を不思議に思ったことはあるか?

 

…この世界に疑問を思ったことはあるか?

 

 

 

 

 

 そしてそれを()()が教えてくれるなんて本当に思ってるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、自分が教えてくれるわけでもないが。

 

 

 

 

 

_________________

 

 

 

 眠い…

 

 だけど、後五分寝るともれなく遅刻する。とりあえず弁当作って、朝ご飯食べて、身支度整えて教室に向かおう。

 

 

 そして私は、弁当を作り、朝ご飯を食べている途中で今日がポイントの支給日だったことを思い出した。そのまま朝ご飯を食べ終え、ポイントを確認したがポイントは前回最後に見たポイントから変わっていなかった。私のテストの点数があまりよくなかったとしても、クラスポイントがいきなり0になるようなことをした覚えはない。恐らく学校側で何か不手際があったか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 予想としては後者の方が大きいと思うが、前者のパターンもないわけではない。人間が動かしているシステムである以上、ヒューマンエラーが起こらないとは言えない。これに関してはクラスに行けば真嶋先生が説明するだろうから問題ないと思われる。

 

 問題は後者だった場合だ。

 クラス間の争いが私の知らないところですでに動いていることが考えられる。別にもうAクラスのことを考えるようなことをする必要がないのでそこまで気にしなくてもいい気はするが、Dクラスが関わっているなら主人公勢に恩を売る機会かもしれない。何らかの形で彼らとの関わりを持ちたいと思っていた以上、これはチャンスになり得る。

 

 

 結局、6月中には彼らと接触するようなことはなかった。

 無理矢理関係を築きに行けるほどの仲ではなかったし、クラスメイトの目もあった。特に、坂柳さんは放課後に頻繁に呼び出して話をするようなことが多かったし、康平にも呼び出されることがあった。なぜかは知らないが、二人からクラスのことについて相談されることが増え、今後の方針について私に話を振ってくることが多かった。適当に口裏を合わせてはいるものの、正直興味がないので他の人と相談してほしいと思う。

 

 クラスのことが私の目的に関係ない以上、無視しようかとも思ったが、明確にクラスと敵対することは私の望むところではなかった。クラスのことなんてどうでもいいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クラスメイト全てを敵に回して無事にいられるほど私は強くない。彼らに執拗に嫌がらせをされたら学校生活を送りづらくなるのは明白だ。だから、クラスと仲良くするような立ち回りをするつもりはないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのため、誘われたら茂たちと遊びに行くこともしたし、坂柳さんに誘われてカフェに行くようなことも何回かあったし、康平に呼ばれてクラスのことで相談されたりもしたが、どれも断ることはしなかった。

 

 いいや、()()()()()()と言った方が正しい。

 

 入学式の日に自己紹介をしないで教室を出ようとした「私」ならともかく、何をトチ狂ったのかクラスのサブリーダーみたいでまとめ役ポジションになってしまった「私」が今更クラスメイトを無碍にするようなことをできるわけがなかった。

 

 一回二回なら問題ないだろう。

 

 だが、それが毎回となると次第にクラスの中で発言力がなくなり、そのうちいないものとして扱われ、今回の中間考査のようなことが続けばあいつなんていなければというような風になりかねない。勝負している上に、クラスのリーダー格の一人である坂柳さんなら、間違いなくそういう風に持っていくだろう。

 『めだかボックス』の過負荷(マイナス)の人たちみたいに、他の人全てから嫌われても学校に通い続けられるような心の持ち方を今の私は持てていない。

 

 そう思ったから、無理にクラスメイトとの関係を蔑ろにしてまで、Dクラスに突撃する勇気が出なかった。したところで、Aクラスの私がすぐに話しかけて馴染めるようなタイプじゃないのは目に見えているし、綾小路君はともかく、前に図書館で居合わせた他のDクラスの人たちは私のことを警戒するかもしれない。

 それに、Aクラスの私がわざわざDクラスに足を運んだなんて他のクラスメイトに聞かれたら理由を問いただされるのも目に見えている。

 

 

 

 だから、Dクラスに接触するための大義名分が欲しかった。

 

 今回のポイントの支給が遅れているのが、Dクラス絡みのことならば、これを利用して綾小路君経由でDクラスとの関係を作ることができるかもしれない。Aクラスの人、特に保守派とも言える康平からなんか言われるかもしれないが、適当に流せば問題ないと信じよう。そんなやつ(康平)なんかよりも、怪物(綾小路君)といかにして仲良くするかの方が今の私には重要なのだ。

 

 

 

 ……ここまで考えて、実は今日がポイントの支給日じゃなかったら笑えるが。

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 

 教室に入ると、すでにクラスメイトの大半が教室にいた。適当にあいさつを交わして、席に座るとクラスのあちこちからポイントの支給に関しての話が聞こえてくる。

 

「ポイント振り込まれてたー?」

 

「いや、私振り込まれてないよー」

 

「先輩は振り込まれてたって言ってたから、今日が支給日であってるはずなんだけどなー」

 

「一年だけなんか遅れてるってことか?」

 

 

 …なるほど、これは予想通り他のクラスで何かあったのかもしれない。クラス全体を見渡しても、この話題を意図的に避けているような人もいないし、一人だけ暗い顔をしているような人もいないことから、まずこのクラスが原因ではないだろう。

 ボッチ組も最近ボッチ組で固まってきた以上、何かあれば他のクラスメイトに話すはずだし、一人で抱え込んでいたらこの空気で平静を保ったままにすることはかなり難しいだろう。いや、一人だけ隠すのが上手な人(坂柳さん)がいた。

 

 そう思った私は、隣を向いて話しかけた。

 

「坂柳さんもポイント振り込まれてなかった?」

 

「ええ、私の方もポイントは振り込まれていませんでした。その口ぶりからすると、小坂君も振り込まれてなかったということですね?」

 

「ああ、朝起きて確認してみたけど昨日と変わってなかった」

 

 そう言って顔を前に向ける。彼女が本当のことを言っているのかわからないが、何か仕込んでいるならここで含み笑いの一つでもしそうだ。いや、それ以前にクラスで決めた方針を無視してクラス全体を巻き込むような仕掛けをこの段階でするような人じゃないか。

 

 そうなると、Bクラスはリーダーが一之瀬(みんな仲良く)さんがいる以上他のクラスにこの段階で仕掛けるのはまずないと考えていいだろう。これでBクラスが全てを捨てて勝負を仕掛けてきたというなら話は別だが、それをAクラス以外にぶつけるのは愚策だ。他の下位クラスを無理矢理潰すようなことをするとは思えない。

 

 

 だから、クラス間での争いがあるとしたらCとDだろう。独裁者が独裁政権を取っているCクラスがDクラスを蹴落として、DクラスがCクラスに絶対上がれないようにするために起こしたのか。それとも、DクラスがCクラスに仕掛け始めたのか。どちらにせよまだ情報量が少なくて何とも言えないな。個人的にはCクラスが攻め入ったっていう可能性が高いと思うが、まだ憶測の範囲を出ない。

 

 まあ、それはあくまで大義名分を手に入れるための副産物であって私に直接関係あることじゃないからいい。とりあえず今するべきことは、綾小路君にポイントが支給されたかメールで聞いてみることだ。

 そう思った私はクラスメイトに画面をあまり見られないように気を付けながら、綾小路君にメールを送った。今すぐに返事が来なくても、そのうち気づいてくれるだろう。

 

 

 

 そんなことを考えていたら、真嶋先生が教室に入ってきた。

 

「全員揃っているな。後で聞かれるだろうから先に言っておこう。こっちの不手際でプライベートポイントの支給が遅れている。クラスポイント自体は出ているから黒板に貼っておく」

 

 そう言って、持ってきた紙を黒板に張り付けた。

 

Aクラス 1002cl

 

 私が足を引っ張っても、クラスポイントが上昇することには変わらなかったようだ。だが、個人的にはそんなことよりも気にかけるべきところがあった。

 

Dクラス 87cl

 

 Dクラスの伸び幅が高すぎる。元々が0だったことを考えると脅威にはなりえないと思うかもしれないが、逆にいうと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。私が足を引っ張ったからかもしれない。だが、それでも90近くの伸び幅は驚異的だと言える。

 これが主人公の力なのか、それともこのclの上昇は同じことをしても元のclが高ければ高いほど上昇率が悪いのか、どっちにしろ60近くしか伸びていないAクラスではどこかで抜かれることも考えなくてはいけないだろう。

 

 なにせ、まだ3年もある。1年のこの時期でこんな有様じゃ、私がいるいない関係なくこのクラスはそのうち落ちていくかもしれない。この結果を見て隣にいる少女はわからないが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 他のクラスも結構に伸ばしているが、0から一気に87まで上げたDクラスこそ一番警戒する必要があるだろう。他のクラスの伸び方も十分脅威だが、0から上げたDクラスほどじゃない。こんな浮かれ切った脳内お花畑モードのエリート(クラスメイト)たちじゃどうやってもDクラスには勝てないだろう。下手するとBとかにすら負けるのじゃないだろうか?

 死に物狂いで上に上がろうとする集団と、元々優秀と言われてある程度の結果ならすぐに出せるような集団だったら、前者の方がよっぽど怖い。死に物狂いでやるってことは、後先を考えないし、他のことに惑わされないということでもある。何かあったらすぐに保身に走りそうなエリート集団ではどうしようもないだろう。

 

 

 まあ、そんなことどうでもいいけど(私には関係ない)

 

 別にDが上がろうが、Aが死のうが私にはどうでもいい。私に求められていることは、退学をしないで卒業すること。無駄に勝てない喧嘩を売りに行って、ボコボコにされるようなことをする気はない。適当に坂柳さんとの勝負をしながら卒業まで生き残ること。彼女との勝負には全力で取り組むが、それで退学なんか食らったらたまったもんじゃない。故に()()に勝負する。

 

 負けたくはないが、それで人生の全部を棒に振りたくはない。勝負の上でどうしても必要なら考えるが、必要ない危ない橋を渡る気はない。それに、すでに()()()()()()()()()

 気づかれるようなものではないが、問題があるとしたら私の運が悪いことだけだ。せっかく仕掛けた仕掛けが『運悪く』不発に終わることもあるだろうし、『運悪く』気づかれるようなことがあるかもしれない。

 

 まあ、ばれたらばれたで知らない振りすればいい。仕掛けに気付いたところで私が仕掛けたものだと気づくかどうかはまた別問題だし、私だとばれなきゃ問題ない。ばれたら適当に流すしかないとも言えるが。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか真嶋先生は消え、もう授業が始まる時間になっていた。思考を切り上げ、授業の準備をする。そして、授業の先生がやってきたのを機にチャイムが鳴り、今日の1時間目が始まった。

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

 放課後になった。坂柳さんと茂から放課後にどこかに行かないか誘われたが、今日は用事があると言って断った。あまりしたくなかったが、どうしてもやっておかないといけない用事があったので仕方ない。一回目ならまだ大丈夫だろうと思いたい。

 

 昼休みに、綾小路君からメールがあったが彼もポイントが振り込まれておらず、原因もわからないようだった。知らないふりをしているのかもしれないが、言わない以上詳しく聞いても教えるようなことはしないだろう。いや、そもそも彼はクラスのことにそこまで関心がなかったような気がする。

 

 そうだとしたら、彼が知らないのも納得できる。まあ、これに関してはポイントの支給が遅れるような事態だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここが学校で、現金ではなくポイントだから実感が薄いが、私達は()()()()()()()。その評価に対する報酬であるポイントの振り込みがこれ以上遅れるような事態になれば、学校側も説明するようなことになるかもしれない。私達の能力を評価し、それに会った報酬を渡すと言っている以上ポイントの振り込みは()()()()()()()()()()()()とも言える。あくまでこの学校内だけの話だが。

 

 そのポイントの振り込みが遅れているのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。そもそも、学校側の都合で遅れているにしろ何らかの説明があってしかるべきだ。給料日当日になって給料が振り込まれず、「こっちの都合で遅れてる」なんて会社から言われたら働いてる側からすれば納得のいくものではないだろう。

 

 ただ、これらのことはあくまで憶測でしかない。証拠とも言えるようなものがあるわけじゃないし、単に聞いてこないから担任が説明していないだけなのかもしれない。

 

 だから、()()()()()()()。今、私は職員室の前にいる。真嶋先生に聞きたいことがあったからだ。前々から聞こうと思って放置していたことと、今回の件の探りを入れに来たとも言える。

 

 

 

 

 職員室の中に入り、少しあたりを見渡すと真嶋先生を見つけた。真嶋先生に近づき、話しかける。

 

「真嶋先生、少しよろしいでしょうか?」

 

「小坂か、どうかしたのか?」

 

「少し聞きたいことがあってお尋ねしたのですが、お時間よろしいでしょうか?」

 

「ほう、いいだろう。答えられないような内容のものは黙秘するが構わないな?」

 

「話したくないようなこと、話せないようなことを無理矢理聞き出す気はありません」

 

「いいぞ、言ってみろ」

 

 

「では早速、クラスごとで優劣が評価されていると聞きましたが、それは先生にも当てはまりますか?」

 

「…そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう意味では、クラスの評価が担任にも直結するとも言えるな」

 

 結構あっさり言ってくれたな。となると、別にそこまで秘密にするような情報じゃなかったのかもしれない。

 

「では、クラスの担任を受け持っている先生が他のクラスの成績を落とすための工作をして、成績を下げるようなことはありますか?」

 

「あまりにもひどいものは許容されていないが、担任である以上受け持ったクラスに思い入れを持つことはあってもおかしくないな」

 

 予想の範囲内だ。許容されていないということは、あまりにも露骨なものは学校側に訴え出たら処罰の対象になり得るということだろう。滅多にないだろうが覚えておこう。

 

「聞きたいことはこれで全部か?」

 

「いえ、最後に一つ聞きたいことが」

 

「なんだ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 話さない…職務上に差し障ることだったか?

 だけど、その表情で全て察した。もっと底のしれないようなイメージがあった人だと思ったけどそんなこともなかったみたいだ。表情と雰囲気ですぐに答えを教えてしまうような人なら、そこまで脅威じゃない。

 

「……何故そう思った?」

 

「簡単な予測ですよ。Aクラスのリーダー格の二人には、動きがない限り他のクラスには手を出さないような方針に()()しました。Bクラスのリーダーとは一度会いましたが、彼女がそこまで強硬手段をとるような人柄じゃないこと、この段階でリスクを負って他のクラスに喧嘩を売るのに、クラスで団結することを意識しているBクラスではまずありえないという二点で違うと判断しました。

 反対にCクラスは独裁政権を立てているから仕掛けるなら早いうちの方が好ましく、Dクラスはそういう目で見たら標的にしやすい。ですので、恐らくCクラスがDクラスに何か仕掛けたという予測です」

 

「…そこまで考えていたか」

 

「先生は、クラス全体の評価がポイントになるとおっしゃりました。そのポイントの支給が1年だけ遅れているとなれば、どこかのクラスが何か問題を起こしたと考えるのが一番です。

 システムの都合上、クラス内だけで終わるような内輪もめならそのクラスのポイントの支給を遅らせれば済む話ですが、1年全体のポイントが振り込まれていないのであれば、クラス同士で何かあったと考えるのが普通かと思いました」

 

「…職務的に()()あまり話せないことだが、『否定はしない』と言っておこう。正直、君がここまで考えが回るとは思っていなかった。テストの成績、身体能力を加味すればAクラスに居ても何もおかしいことではなかったが、それ以外にもそんな武器を持っていたとはな。今回のテストの結果が振るわなかったから少し心配したが杞憂だったようだ」

 

「お褒めに預かり恐縮です。テストに関しては運が悪かったとしか言えないのであまり触れないでくださると助かります」

 

 そう言って、まだ軽く包帯を巻いている右手を見せる。もうだいぶ治ってはいるが、元々貫通していたことを考えると念のために包帯を巻いておいたほうがいいと思ったためいまだに包帯を巻いている。

 真嶋先生が苦笑いしていた。

 

「この件については恐らく明日あたりに説明が入るだろうが、クラスメイトに話すのか?」

 

「いえ、自分の中で確証を持ちたかっただけですので他のクラスメイトに言う気はありませんでした。

 それに、()()()()()()()()()()()()()()()という重大な問題について、説明なしで通すとは思っていませんでしたので早いうちに話すとは思ってました」

 

「ほう、ではなぜ聞きに来た?」

 

「クラス間の抗争がすでに起こっているのであれば、何か手を打つ必要があるかもしれないと思ったからです。自分の知らないところでことが勝手に進むのが一番怖いですから。それに、もし学校側で説明が行われないようであれば、クラスメイトに話していたかもしれません」

 

 これについては本当だ。Aクラスがどうなっても知ったことではないが、Aクラスの一員と言う肩書がある以上、他のクラスからすれば敵として見られることは間違いない。だから、クラスの抗争がすでに始まっているのなら情報が少しでもほしいと思っていた。

 主に、Dクラスと仲良くなるという目的のためだが。

 

「そこまで考えを巡らせらせられるなら、私が言うことはないな。これからも、Aクラスのために頑張ってくれ」

 

「わかりました。微力ながら頑張らせていただきます。それではこれで失礼します」

 

 

 

 

 そう言って職員室を出た。真嶋先生には悪いが、Aクラスのために頑張る気はこれっぽっちもない。別にエリートがどうなろうが知ったことじゃないし、そもそも過負荷()はエリートより弱い者の味方だ。まあ、(綾小路君)がいる以上、Dクラスが弱いものと言えないのが現実だ。

 普通にAクラスまで到達しそうだ。今回のポイントの伸び幅を見ても、0からあそこまで上げた彼らならそう遠くないうちにAクラスまで届くだろう。

 

 そもそも三年間もかけてAクラスを守り抜くという段階でやる気が起きない。報酬も、好きな大学と就職先に行けるというようなもので正直そこまで魅力的じゃない。好きなところに行ったところで、能力が追いついていくかは別問題だし、努力しないで好きなところに行って打ちのめされるようなことがあってもめんどくさい。

 

 私は私らしく、私の実力にあったところに自力でいくのが合っているだろう。背伸びしたところで良くなるとは思えないし、何せ天涯孤独の身である今、そこまでしていい大学に行きたいとも思わない。普通に就職したほうがいい気もする。まあ、その辺はもう少し経ってから考えるか。

 

 とりあえず、CクラスとDクラスが何かやらかしていて、恐らくCクラスが吹っ掛けたと。詳しくは明日クラスで話すそうだから、その話を聞いた後にでも綾小路君にメールをしてみよう。わざわざ干渉しなくても彼が何とかしてしまいそうだが、これを利用してDクラスとの関わりを持っておきたい。Cクラスには悪いと…思わないな。別にどうなってもいいし。

 

 

 動くのは明日だ。今日はもう夕食の買い出しに行った後に寝る準備をして寝よう。明日の動き次第で今後のことが変わる。これ以上Aクラスに踏み入りたくないし、この機会を逃すと次の機会まで待たないといけなくなる。

 

 

 そう考えた私はスーパーで買い出しをした後に、夕食を作り、明日の弁当の仕込みをして寝た。




 Aクラスが60近く伸ばして、Dクラスが90近く伸ばしているというところだけ見るとDクラスがとても優秀に見えるかもしれません。
 主人公がAクラスに居ることで、原作より少しclが減りました。

追記
 どこかに書いていると思っていて書き直している途中で書いていないことに気付きましたが、主人公は中間テストを乗り切った時に100ポイント貰っていることを聞いていません。
 そのため、Dクラスがやたらと主人公の中で過大評価されています。


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15話目 七月の初め 次の日

「あんたなんて産まなければ良かった!」

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 ()()にそう言われるようになったのは。少なくとも中学三年生のころには言われるようになった。原因はわかりきっている。()()が女を作って蒸発したからだ。

 中学二年のころだ。あの屑()は仕事もろくにしていなかった。ほとんどが母の稼いだお金で生活しているような状況だった。母は高給取りだったから、父が仕事をしなくても生活していくのに不自由しなかった。

 

 母はあの屑のことが大好きだった。いや、依存していた。それはもう、大学に入ってラノベやアニメに少しハマった時に見て『ヤンデレ』というのを知ったときに、「ああ、母はヤンデレの部類だったのか」と納得できるぐらいには依存していた。

 だから、あの屑が浮気をしているのもすぐにばれた。毎日仕事の合間にあの屑のことをずっと見張っているような人だったから仕方ないとも言える。そういう意味ではあの屑も不憫だったと言えるが、中学生の子供と妻を捨てるような男だから屑と称している。逆の立場ならまた違う見方があるのだろうが、私があいつ(父親)似だというだけの理由で、実の母親に毎日「産まなければ良かった」などと言われていたのだ。屑と呼ぶほど嫌いになってもおかしくはないと思う。少なくとも私は嫌いになった。

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 自分のことを『私』と言うようになったのは。少なくとも中学三年になってからなのは確かだ。

 『俺』と言う一人称はあの屑と同じだという理由で矯正する羽目になった。母は暴力に訴えるような真似をしたことはなかったが、『俺』と言うたびに喚き散らされてはたまらなかった。『僕』と言うのも試したが、男っぽい一人称は却下された。『私』という一人称は公用語だ。母も自分のことを『私』と言っていたため、『私』という一人称を使う分には文句は言われなかった。

 

 

 

 

何時頃からだっただろうか?

 

 

 

 

 母と会話しなくなったのは。家にいても会話が消えたのが中学三年の終わりぐらいだったのは覚えている。あれに似た私が家にいるのは母にとってもきついだろうと思った私は、高校に入ったと同時に独り立ちした。いや、正確には独り立ちと呼べるものじゃなかった。実家のすぐ近くにアパートを借りていたから、家に帰ることも普通にできる距離ではあったし、母が私のいない時にやってきてご飯と弁当を作ってくれることも多々あった。それでも、母と距離を置きたかったから、便宜上独り立ちをした。

 母から仕送りをもらい、バイトをしながらの苦学生というやつだ。大変だったが苦痛ではなかった。むしろ、一人でいろいろできて楽しかった。友人もでき、それなりに充実した高校生活を送っていたと思う。だが、時々家に帰ってみても母と会話をすることは減っていった。

 

 

 

 

 

何時頃だっただろか?

 

 

 

 

 母と会うことがなくなったのは。高校生の時には月一ぐらいで顔を出していた。しかし、大学生になってから実家に帰ったことは一度もなかった。大学は実家と離れたところに行った。便宜上ではない、正しい意味での独り立ちをした。

 実家に帰るには新幹線で3時間ぐらいの移動が必要だったため、戻ろうという気にはなれなかった。そもそも、家に電話を入れることすらしなかった。今思えば、母と交わした最後の会話は大学に入る前にアパートを見に来た時が最後だった。それも事務的な会話しかしていなかったのを思い出した。私は彼女にいったい何をしてあげられたのだろうか?

 

 

 

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 

 マイナスになりたいと思ったのは。私は自分の人生を不幸だと思ったことはあまりなかった。恵まれた環境とは言い難いかもしれない。だが、現代社会の日本でこの程度の家庭の事情はよくある話だ。

 自爆テロを強要される人や、少年兵に比べれば遥かにましと言える境遇だろう。むしろ、バイトをしてはいたが、学費も生活費も母の仕送りで事足りていたのでプラスとまで言えるような状態だった。だからこそ、私はマイナスと言うものを知りたかったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いったい何時頃からだったのだろうか…?

 

 

 

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 

 

 …嫌な夢を見た。

 

 まだ『私』が『俺』だった時の記憶を夢で見た。最近、変な夢を見るような感じが増えていたが、まさか今まで忘れていた前世のころの嫌な思い出を思い出すことになるとは思わなかった。父が家を出て、母に罵られ、自分も家を出ることにしたあの日までの日常をダイジェストで見たような感じの夢だった。

 

「あんたなんて産まなければ良かった!」

 

 これが母の口癖になった。これを聞くのが嫌で、私は家を出た。中学の時には進路を変えるのが難しい時期になっていたので、進路は変えないで近くの高校に通った。しかし、一緒の家で暮らすのは苦痛だったので家の近くで一人暮らしをすることにした。

 母も、父親に似た私と一緒に暮らすのは辛かったのか、すぐに了承し仕送りも送ってくれた。さらに、母は私のいないときにご飯を作ってくれてことが多々あったので、独り立ちと言うには少し物足りないような感じのものだった。そして、大学に入った時には完全に独り立ちをした。

 今の『私』に比べて、とても()()()だった時代の話しだ。生まれてからすぐに親に捨てられたよりはましだったし、母は高給取りだったから、仕送りのお金だけで生活することも難しいことではなかった。尤も、母の仕送りにあまり手を付けたくなかったのもあり、バイトを毎日してはいた。しかし、それを踏まえても環境的にだいぶプラスだったことは疑いようもない。

 

 なぜ、私はこんなことを今まで忘れていたのだろうか?

 

 必要なかったからと言われればそうかもしれない。実際、転生した今となっては私には関係ない話ではある。

 

 

 だが、なぜこんな大事な日にこの夢を見たのか?

 

 今日は、昨日真嶋先生が言ったことが確かならDクラスとの交流を深めることができるかもしれない待ちに待った日とも言える。そんな時に、忘れていた前世の()()記憶を見るなんて何か不吉なことがあるとしか思えない。 

 

 

 

 嫌な感じを拭えぬまま、私は朝食の準備と弁当の準備に取り掛かった。その際に、ポイントが振り込まれていないか確認したが、まだ振り込まれていなかったので問題が解決するまでは振り込まない方針に決めたのだろうかと予想した。

 適当に朝食を摂り、弁当を作った後に身支度を整え、壊れていない録音機を制服に入れておくのを忘れない。今日を起こること次第では持っておく方が無難だと思ったからだ。

 

 携帯を見たが、誰からの連絡もない。よっぽどのことがあれば坂柳さんか、康平あたりから連絡が来ると思うからおそらく大きな変化は起こっていないのだろう。

 

 

 

 そんなことを考えながら、私は寮の自室を出て、教室へ向かった。教室につくと、既にクラスメイト達が談笑をしていた。私の隣の席の少女(坂柳さん)も席に着いていた。

 

「おはよう、坂柳さん」

 

「おはようございます、小坂君」

 

 挨拶をして席に着く。隣で坂柳さんがこっちを見ているような気もするけどとりあえずはスルー。平静を保っているように見えるが、内心では今朝の夢が頭から離れずモヤモヤしていた。

 

 忘れたいと思っていたから今まで思い出さなかったのだろうに、なぜ今になってあんな夢を見たのか?

 

 あの夢が、何か良くないことの前兆な気がして私の中の胸騒ぎが収まらない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思ってしまった私の中で、モヤモヤがイライラに変わって、ストレスになるまでそう時間はかからなかった。時期が悪かったのもある。昨日、明日頑張るぞ、って思っていた時に限ってこんな()()()()を思い出してしまったのだから仕方ないのかもしれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが尚更ストレスになっている。()()()()()をわけのわからないまま忘れるなと言われているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そうして、机の前で難しい顔をしているうちに真嶋先生が教室に入った。先生が教室に入ったことで、クラスメイト達が会話を切り上げ、席に着く。

 

「全員席に着いてるな。今日はHRの前に連絡事項がある。昨日話した、ポイントの振り込みが遅れている件だが、Dクラスの生徒がCクラスの生徒に暴力を振るったという報告があった。これによって、クラスポイントの変動が起こり得るため、プライベートポイントの振り込みが遅れている」

 

 真嶋先生の説明にクラス内が少し騒ぎ始めた。だが、それも康平と坂柳さんがあたりを見渡しただけで静かになる。

 

「先生、一つ質問をよろしいでしょうか?」

 

 そう、真嶋先生に行ったのは隣の少女だ。手を伸ばして、質問しようとするその姿勢が、いつぞやの私と重なった気がした。

 

「言ってみろ、坂柳」

 

「では、CクラスとDクラスの間の話なのにもかかわらず、1年全体のポイントの振り込みが遅れている理由をお教えください」

 

「最初はCクラスとDクラスのポイントの振り込みだけ遅らせようという話だったんだが、他のクラスの生徒が関与している可能性もあるから1学年全体のポイントの振り込みを遅らせる方針になった」

 

「では、それでポイントの振り込みが遅れていることに対して私達が被っている不利益についてはどのようにするおつもりでしょうか?」

 

「AクラスとBクラスの生徒は元々のクラスポイントが高く、優秀な生徒が集まっているから多少ポイントの振り込みが遅れていても問題ないというのが、学校側の判断だ。あまり言いたくはないが、ポイントの振り込みが遅れていることについては目を瞑っていてほしい」

 

 言っていることは理解できるが、感情では納得できていない人も多くみられる。戸塚君辺りは、「なんでDとCのやつらの問題で俺たちまで巻き込まれなくちゃいけないんだ」と言いたげの様子だ。確かに、学校側の言うこともあり得ない話ではないし、そういう疑惑が起こっても仕方ないとは言える。

 

 だが、これはそもそもSシステムとかいう人々の不信感(マイナス)を成長させるようなシステムを取っている学校側の責任とも言える。だが、これに言及しても良いように思われないだろうし、そもそもこの学校の方針はこれです、と言われたらそこまでだ。

 入学するまでこのシステムについて一切説明がなかったことを言及することもできるが、それに関しても入学の時に書いた()()()()()()()()()()()()()に「学校の方針に従う」みたいな一文があったはずだ。それを言えば、このシステムに従わざるを得ないのだ。

 

 まあ、どうでもいいか(私には関係ない)

 

「…わかりました。学校側でそのような方針だというのであれば真嶋先生に言っても意味のないことですね」

 

「だが、Aクラスの生徒は優秀な生徒がそろっている。これぐらいのことで生活に困るような生徒はいないだろう。言いたいことはあるだろうが、学校側の方針と言うことで抑えてほしい」

 

 真嶋先生の説明に、仕方ないかという雰囲気が教室内に流れる。さっきまで苛ついていた様子の戸塚君も、優秀と言う一言でだいぶ気をよくしていた。

 

 …本当にこんな連中がAクラスでいいのかと疑問に思うが、言っても仕方ないし、そもそも私にはどうでもいいことなので無言を決め込んだ。

 

「Cクラスの生徒とDクラスの生徒の意見が食い違っているので、事件現場を目撃している生徒がいたら後で職員室まで来てほしい。また、意見の食い違いによりこのままいくと審議に縺れ込むだろう。その審議が終わり次第、プライベートポイントが振り込まれることになる」

 

 そう言った真嶋先生に対して、康平が手を上げて質問を述べる。

 

「審議の日程はわかりますか?」

 

「今のところ未定だが、そう遠くないうちに行う予定だ。1学年だけとはいえ、プライベートポイントの振り込みを遅らせているのだからできる限り早い処置をとる予定になっている」

 

「わかりました。審議の日程が決まり次第、HRで言ってもらえますか?」

 

「もとよりそのつもりだ。葛城以外に聞きたいことがあるやつはいるか?」

 

 康平の手が下りたところで、真嶋先生が()()()()()()そう言った。恐らく、昨日の件があったから私が何か聞きたいことがあるのではないかと思っているのだろうが、私は()()()()()()特に聞きたいことがなかった。

 

「ないようなので、HRに移る」

 

 そう言って朝の連絡事項を言ったのちに、真嶋先生は教室から出ていった。

 

 

 

 真嶋先生が出ていったことで、教室内でところどころから話し声が聞こえる。

 

「小坂君はどう思いますか?」

 

 隣りから不意に話しかけられた。そして、この時に真嶋先生の説明を聞いていたからか、先ほどまでの苛立ちは大分消えていたことに気付いた。

 

「クラスでの方針を決めたいのなら昼休みをお勧めするよ。放課後に動きたいなら早いほうがいいだろうからね」

 

「ではそうしましょう。葛城君もそれでよろしいですか?」

 

 坂柳さんがそう言うと、いつの間にか康平が私達の近くに来ていた。よく見れば、クラスメイト達も私達の方を見ているのがわかる。

 

 …なぜ私まで注目されているのか。仕方ないことなのかもしれないが、私は現状を変える手段を持ち得ていなかったので、甘んじて現実を受け入れるしかない。

 

「ああ、俺もそのほうがいいと思っていた。みんなもそれでいいか?」

 

 そう康平が周りに聞くと、周りのクラスメイトの全員が頷きで返す。このクラスになって早3ヶ月ぐらいだが、クラス内の団結力と言うものは着々と育っているようだ。

 

「昼食を食堂で済ませる人もいるだろうから、昼休みの開始20分後に教室内に集合でいいかな? それで終わらなかったら最悪放課後に縺れ込ませる形で」

 

「私は構いません」

 

「俺もだ。都合が悪い人はいるか?」

 

 康平がそう言って再び教室内を見渡すが、誰も何も言わない。

 

「じゃあ、極力20分後に始める予定で、遅れた人がいたら途中から参加する形にしよう。ちょっと食堂に行く人たちには厳しいかもしれないけど、そこは頑張ってほしい」

 

 私の言葉に、何人かが反応したがクラスのためと思って諦めたらしい。

 

 …何で私はクラスの方にかかわらないでいいやって思っていたのにもかかわらず、クラスを仕切っているのだろうか。しかも、それが()()()()ものだと思ってしまっている。

 

 いい加減、クラスのことは放置しろと言っているくせに、クラスメイト達との関わりが楽しくなっている自分に気付いた。この気持ちにどうにかして折り合いをつけないといけないなと考えているうちに、チャイムが鳴り1時間目の担当の先生が教室に入ってきた。

 授業中に気持ちの整理をしておこうと思いながら、私は1時間目の教材を机に出したところで、授業が始まった。

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 授業中にいろいろ考えた。とりあえず、クラスメイトとの関わりに楽しみを感じていることについてを考えた。恐らくこれは楽しいとはまた別の感覚なのではないかと思った。具体的にいうと、マイナスである私の意見でクラスの内情が左右されるということに対して愉悦を感じているのではないかと思ったのだ。

 

 このクラスには、わかりやすい特別(スペシャル)と言ってもいい生徒一人と、エリートと呼ばれる生徒の集団で、私とは相いれないプラスの人間だと言っていいだろう。そんなプラス(格上)の相手達が、私の意見によってクラスの方針を左右されているのだ。目上の人を下したいという人間の権利欲求に近いものがあるのかもしれない。

 私の予想では、これによってクラスメイト達との関わりが楽しい(滑稽だ)という風に感じているのではないかと思った。だが、それが続くのはやっぱり今後の私のことを考えるとあまりいいとは言えない。

 そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の中の変化には気づいているのに、それが何で起こっているのかがわからない。

 

 あくまで予想を立てただけで、それが本当かもわからない。そんなもやもやとした感覚が私の中で渦巻いている。

 

 

 まあ、そんなことどうでもいいか(私には関係ないか)

 

 どうせ仲良くなったところで、高校を卒業したら忘れていくような人たちが大多数だろう。そんな人たちとの関係について細かく考えすぎてもめんどくさいだけだ。自分の中のモヤモヤとした感覚も、考えれば考えるほど深みにはまっていく気がするし、考えないほうがいいことなら、私には()()()()()()ことに違いない。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに昼休みも、あと5分程度で朝言っていた集合する時間になろうとしていた。私は屋上で弁当を食べていたので、これから移動したらちょうどいい時間になる。

 

 そうして、私が教室に入るとすでにクラスメイト達が全員席に着いていた。教室についたのは1分ぐらい前だったが、5分前行動を心がけていたのだろう。私が教室に入ったのを確認して、康平が前に立った。坂柳さんはとりあえず自分の席に座っているようだ。私は教室に入って席に向かいながら康平に話しかけた。

 

「遅くなった。康平、揃ってるみたいだからさっくり始めよう」

 

「そうだな。全員揃ったことだ。早速始めよう」

 

 康平がそう言うと、クラスの中で緊張が走る。他のクラスが動き出したことを感じて、これからどうしていくのかを真剣に考える空気が生まれている。

 

「まず、俺は今回のことには関わるべきじゃないと思っている。理由としては、CクラスとDクラスの抗争にわざわざ首を突っ込む理由もない上に、勝手に潰しあってくれるのならそれに越したことはない。

 むしろ、下手に介入してAクラスが裏で手引きしていたと言われて、Aクラスのクラスポイントが減るようなことになる事態もあり得ると思ったからだ」

 

 康平の言葉を聞いて、まあ、康平ならこう言うだろうなという感想を持った。他のクラスメイト達は、大半の人が、「確かに…」とか、「そこまで考えるなんて流石葛城君だ」とか言ってる。

 

 だが、火を見るよりも明らかなのは、隣の少女(坂柳さん)が黙っているわけがないということだ。

 

「少しいいですか、葛城君」

 

「構わない、意見があるなら是非言ってほしい」

 

「私は今回の件を利用して、CクラスとDクラスを潰しに行った方が良いのではないかと思います。理由としては、勝手に潰しあっている今に便乗すれば将来的に敵対することになる可能性がある他のクラスとのリード差を広げることが出来ます」

 

 潰す、という発言にクラスが少し沸いたが、それも康平が目線を坂柳さんから外してクラスメイトを見渡すと消えていった。

 

「だが、それでクラスポイントを減らされる可能性もある。『Aクラスが事件の黒幕だった』などという判断がされれば、クラスポイントが大幅に減ることになるだろう」

 

「そうならないように立ち回れば問題ありませんし、そもそもAクラスの生徒が事件と直接かかわっていないのであれば、リスクを最小限にして他のクラスに手を打つことが出来ます」

 

「そういう立ち回りができたとしても、BクラスじゃなくてCクラスとDクラスの抗争にわざわざ手を出す必要も薄いと思うが?」

 

「後々CクラスかDクラスが上がってきた時に、あの時に仕掛けておけばよかったなどと思わないためにも早いうちに仕掛けた方が良いとは思いませんか?」

 

 そう言って二人は睨みあっている。他のクラスメイトははらはらしながら二人を見ているし、茂とか、沢田さんとかはこっちを見て「早く何とかしろ」っていう目をしている。

 

 …こうなることは他の人たちも予想できていただろうに、何で誰も解決策を用意しないのか。誰かが何とかしてくれると本気で思っているからなのか?

 まあ、それでエリートたちが過負荷(マイナス)に縋りついていると考えたらなかなか笑える話ではある。そう考えたら、少し癪だけど仲裁するのがいいだろう。二人の雰囲気がどんどん険悪なものになっているし、このままだと放課後にもつれ込む可能性も高い。

 

 そう思った私は、席を立って二人の間に入るような位置に移動した。二人は、怖い顔のまま私を見ているし、他のクラスメイト達も何でそんなとこに移動したんだという目でこっちを見ているが気にしない。

 

「二人ってもしかして頭悪いの?」

 

 坂柳さんと康平を見ながら笑顔でそう言った。その瞬間にクラス内の空気は完全に死んだ。坂柳さんの纏っている雰囲気がさらに怖いようなものになり、いつの間にか彼女のもとに移動していた橋本君はこちらを睨み、神室さんは目を見開いている。康平はこっちを見たまま動かず、彼の隣にいた戸塚君はこちらを睨みつけている。それらの視線を気にせず、私は続けた。

 

「5月の段階でもうわかってたよね? 坂柳さんと康平は考え方が正反対だから話し合いの場なんて設けたら間違いなくこうなるって、だから何かしらの妥協案を二人とも用意しているって思ったんだが、違ったのか?」

 

 そう言って坂柳さんと康平の方を見ると、二人ともこっちを見て動かない。他のクラスメイト達は固まったまま動かない。

 

「もしかして妥協案がなかったのか?」

 

 二人を交互に見ながら、煽るように肩をすくめてそう言った。

 

「…いえ、一応考えていたのはあります」

 

「俺もだ。だが、もう少し話し合ってから言うべきだと思っていた」

 

「それで二人でにらめっこして何か進展したのか?

 昼休みにクラスメイト全員をわざわざ集めて話し合いに立ち会ってもらっているんだから、それを無駄な時間にするのはやめたほうがいいと思うが、君たちは違うのか?」

 

 煽りを入れながら二人を見る。坂柳さんも康平もバツが悪そうに顔をそらした。他のクラスメイト達は納得したのかよく言ったという顔をしている人も何人かいる。相変わらず、橋本君は睨んだままだが。

 

「そうだな。確かに、クラスメイト全員を集めて話し合っているはずなのに、それを無視するようなことをしてしまった」

 

「そう思ったなら妥協案をとりあえず言ってみてほしい。他の人たちもそれを望んでいる」

 

 そう言って席に戻る。言いたいことは言ったし、後は二人がきれいにまとめてくれるはずだ。茂に小さい声で「お疲れ」と言われたので、とりあえず頷きで返しておく。

 

 

 

 

 

 結果的に、クラスの方針としては「クラスで関わりを持つことはしないが、個人的に干渉するには構わない」というスタンスになった。クラスとして干渉しない方が良いと言った康平と、できるなら先手を打ちたい坂柳さんの考えを統合したらこうなるような感じはしていた。

 また、干渉する際に必ずAクラスが黒幕として扱われないようにすることが条件になったが、坂柳さんがやるならその心配はないだろう。尤も、彼女も潰しに行きたいとは言っていたが、潰せるとは言っていないし、そこまで動かないことも考えられる。いいところ、Cクラスの生徒の弱みを握って一人二人搾取できれば御の字と言ったところか?

 

 まあ、そんなことどうでもいいけど(私には関係ない)

 

 今の時間で大事だったのは、これで私がDクラスの手助けをしようとしても問題ないということだ。クラスで干渉することはだめだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状況にできた。

 

 正直ここまでうまくいくとは思わなかったが、適度に煽りを入れたのが効果的だったのかもしれない。もっとも、煽りと言うよりもエリートのくせにこんなこともできないのかという本音の部分が大きかったが、これまで学校生活を送ってきてわかったことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということだ。

 これは坂柳さんも例外じゃない。彼女は、プライドが高いからこそ私との勝負を受け、プライドが高いからこそ、Aクラスを掌握したいのだと言える。そんな人が煽られて、妥協案すら考えないで話し合いなんてしてるのかと言われれば、仮に用意していなくても()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうなれば、クラスメイト全員の行動を指定するようなことにはならないだろうと思ったが、予想通りに事が進んだ。あまりにも方向性が違ったら口を出すことになっていただろうが、私には妥協案としてそれ以外の方法が思いつかなかったし、方向性の真逆な意見の()()()と言ったらこんなもんだろうと思っていたが、()()()()()()みたいだ。

 

 

 

 

 …いや、本当に運が必要なのは放課後だ。昼休みに屋上で弁当を食べている時に、綾小路君にメールを送っていた。Dクラスが大変みたいだけど何か手伝えることはないかという内容だ。返信はまだ来ていないが、よっぽど悪い返事じゃなければ、Dクラスに寄ってみる予定だ。

 

 一つ乗り越えたと思ったが、まだ大事な正念場が残っていることにめんどくさいと思いつつも、少しづつ準備を進めていくことにした。



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16話目 七月の初め 次の日 Ⅱ

 放課後になった。昼休みに綾小路君に送ったメールの返信が来ていたので内容を確認すると、「協力してくれるなら放課後にDクラスの方に来てほしい」という連絡が入っていた。

 Aクラスの人間が協力することがDクラスで受け入れられるのか少し気になったが、綾小路君からの紹介なら問題ないと思いたい。どちらかというと、ここまでうまくいっていることの方が怖かった。綾小路君とは時々メールのやり取りをしていたぐらいだが、ここまで色よい返事がもらえるとは思っていなかったので正直驚いた。

 いいところ、綾小路君単体との話し合いだけだと思っていたのに、クラスの方にお呼ばれされるとは思っていなかったので嬉しい誤算だ。

 

 内心テンションを上げながら、放課後になったことで「どっか行こうぜー」って言ってる茂に、「悪いが今日は無理だ。また今度な」と言って教室を出る。

 茂には今度埋め合わせをすることにして、とりあえずDクラスの方に行くことにした。昼休みに口出ししたからか、クラスメイト達の視線を少し感じた。それを気にしないで、Dクラスに直行する。既に言質はとってあるが故にDクラスに行こうが問題はない。

 

 

 

 

 

 

 Dクラスに向かって歩いていたら、正面から堀北さん(メインヒロイン)がやってきた。私を見て少し立ち止まると、何事もなかったかのようにそのまますれ違って歩いて行った。

 

 彼女は今回の件にあまり関わりたくないのだろうか?

 

 もしかしたら、彼女は自分が良ければ他の人はどうでもいいタイプの人間だったのかもしれない。そうだとしたら、こっち(過負荷)側に引きずり込むこともできそうだが、私の実力じゃあ無理だろう。裸エプロン先輩ならともかく、私みたいに過負荷(マイナス)を隠して生きているような人じゃあ、他の人を過負荷(マイナス)に引きずり込むことなんて無理なのだろう。

 

 そもそも、過負荷(マイナス)であることを隠しながら、過負荷(マイナス)を増やしていくのはかなり無謀だろう。かといって過負荷(マイナス)を出したら『縁』を切ることになって、恐らく忘れられるだろうから意味がなくなるとかいう悪循環が生まれるのではと考えたのはつい最近のことだ。

 

 出しすぎないで、ちょっとマイナスに振る舞えばできるのかもしれないが、あまりやりすぎると自分で歯止めが利かなくなってしまう。無理に仲間(マイナス)を増やす必要もないし、今はそんなことよりも重要なことがある。

 

 

 そんなことを考えながら、Dクラスの教室に入った。教室内では結構な人がまだ残っていて、話し合いの途中だったみたいだ。事件があったのにいきなりやってきた部外者を見て、Dクラスの中でざわめきが起こる。特に、この前図書館にいた綾小路君以外の三人は私を見て露骨に顔を顰めた。そんな中、いきなり部外者が入ってきたのにあまり驚いた様子のない、どこかで見たことあるような女子が私に話しかけてきた。

 

「君が小坂君でいいのかな?」

 

「綾小路君が言っていた小坂君ならそれであってるよ」

 

 そう言って綾小路君の方を見た。彼は申し訳なさそうな顔をしながらこっちにやってきた。

 

「昼休みのメールの返信をどうしようか迷っていたら、他のクラスメイトに見られてな。事情を話したらこうなった」

 

「そういうことなら別に問題ないよ」

 

 そう言って私と綾小路君で話しているが、他の人たちの視線がいろいろ訴えかけてきているので自己紹介から入ることにした。ここで失敗はしたくない。

 

「とりあえず自己紹介から、私の名前は小坂零だ。1-Aクラスに所属していて、今回は()()の綾小路君の力になれないかということでここに来た」

 

 私がそう言うとクラスの中がさらにざわついた。「Aクラスのやつが何で来たんだ!?」みたいな会話が所々で起こっている。そんな中で、目の前にいる少女はそんなことを気にしない感じで自己紹介を返してきた。

 

「私は櫛田桔梗って言います。綾小路君の携帯の画面が目に入って事情を聞いたら協力してくれるってこと言ってたから来てもらったんだけど迷惑だったかな?」

 

 そう言って彼女は上目遣いで男に媚びるような視線でこっちを見てくる。他のDクラスの生徒達も、櫛田さんが言うならいいかみたいな空気が漂い始めた。

 

 個人的には彼女のおかげでDクラス(主人公たち)に取り入ることがやりやすくなりそうだ。この少女をどこかで見たことあると思ったら、バスの中で老婆を庇っていた少女だと言うことに気付いた。

 

「こっちとしてはありがたいけど、他のクラスの人たちはいいのか?」

 

 私は自分が考えていることを表には出さずに、そう言いながらクラス内を見渡した。私と目線が合うと、怯えを見せる人や、睨みつけてくる人、目線をそらそうとする人などその人の個性がすぐにわかるような反応をしてくれる人が多い。

 

「私はAクラスの人にも協力してもらえるなら心強いと思うんだけど、皆はどうかな?」

 

 そう言って彼女がクラスメイトの方を見ると、クラス内で仕方ないかという雰囲気に一瞬で変わった。彼女がこのクラスで大きな影響力を持っている証拠だろう。そういえば、Dクラスのリーダー格は『平田 櫛田』だったはずだ。恐らく彼女がその『櫛田』なのだろう。

 

「いいっていうなら協力させてもらおう。ただ、ここにいる私は『Aクラスの小坂零』じゃなくて、『綾小路君の友人の小坂零』として来てるってことにしてほしいんだ。Aクラスそのものの方針としては、首を突っ込まないようにするみたいだからな」

 

「それって、小坂はここにきても問題ないのか?」

 

「クラス単位での協力はできないけど、個人的に協力する分には問題ないってリーダーから言質とったから大丈夫だ。だから、個人的にしか協力できないけどいいかい?」

 

「私としては、少しでも協力してくれる人がいてくれると助かると思うんだけど…」

 

 彼女がそう言っただけで、クラスの中で私が協力することに反対する人が消えていくのだから不思議だ。最初に顔を顰めていた三人も一人を除いて賛成派に回っていた。

 

「そうしたら、とりあえず現状を説明してほしいのだが、いいだろうか?

 Aクラスの方でも軽い説明はあったのだが、詳しいことまでは教えてもらってないんだ」

 

「そうだね。協力してもらうならちゃんと知ってもらうう必要があるよね」

 

 

 

 …彼女(櫛田さん)たちの説明によると、須藤君というバスケ部の生徒がCクラスのバスケ部の生徒に呼び出されてついて行った。そして、そこで殴りかかってこられたから正当防衛で殴り返したら、次の日には須藤君が殴りかかったことになって学校側に伝わっていたと。

 

 …どう考えても詰んでる気がする。殴られたから殴り返して良いってのは幼稚園か小学校低学年までの発想だろう。しかも、相手側には殴られたことを証明できてもこっち側が相手が殴りかかってきたことを証明することはできない。

 仮に、相手側から殴りかかってきたことを証明できたとしても、殴った事実は変わらないんだから下手するとそのまま停学まであり得る。須藤君はバスケ部のレギュラーに選ばれてそれから外されたくないってことは、ここで一番目指すべきなのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えたら手口だけで三つ。方法としては二つはあるな。

 

「事情は大体把握した。言いたいことはいっぱいあるけど、とりあえずアドバイスできそうなことは解決の手口を三つで、解決の方法としては二つだな」

 

「そんなにあるの!?」

 

 私の言葉に、櫛田さんは露骨に驚き、Dクラスの生徒たちは騒然となった。

 

「解決の手口は三つあるのに、解決の方法としては二つとはどういうことなんだ?」

 

「手口としての二つは方法的には一緒なんだ。アプローチの仕方が若干違うだけで内容的には全く変わらないからな。

 手口として数えたら三つだけど、方法としてみたら二つってこと。実質三つまで解決策があるってことかな。実際にやるのは君たちだから、どうするのかは君たちが決めてほしい」

 

 綾小路君の質問にそう返すと、クラス内では入ってきた時の雰囲気とは打って変わったような明るい雰囲気となっていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうしてそこまで楽観的に考えられるのか不思議だが、綾小路君だけは私を見たまま動かない。

 

「とりあえず、その解決策を教えてほしいんだけど、いいかな?」

 

「いいよ。でも、どのやり方を選ぶのは君たちだからね。リスクが大きいのと、リスクが小さいのどっちから話そうか?」

 

 リスク、という単語に反応してクラスの中で起こっていた熱が少し冷える。彼らは無条件で須藤君が無罪になるような魔法を期待していたのだと直感的に感じた。

 

「やっぱり、リスクはあるのか…」

 

「私が考えた方法だったらそうなる。というより、君たちは今回のことについてどうやったら解決すると思うんだい?」

 

「そりゃあ、当然あいつらが頭を下げて詫びを入れることだろうが」

 

 それまで沈黙していて、櫛田さんの意見にも流されないで私を睨みつけていた須藤君がそう言った。彼からすれば、正当防衛だと言っていたぐらいだから自分が100%被害者なのにこんな状況になっておかしいとかそう言う感じだろう。

 

 だが、現実はそんな甘いものじゃあない。

 

「詫びを入れる段階はもう過ぎている。既に1年生全体のポイントの振り込みが遅れている段階で、相手が訴えを取り下げない限り須藤君が停学になるか、相手が停学か退学になるっていうのが基本だと私は思うよ」

 

 そう言った直後、教室内がまたざわめき始めたが、綾小路君が漏らした言葉が私に聞こえた。

 

「相手が停学…じゃなくて、退学もあり得るのか」

 

「相手が虚偽の情報でDクラスを嵌めようとしていたなんてばれたら、訴えた人が退学になってもおかしくはないと思うよ。まあ、それじゃあ釣り合わないって思うかもしれないけどそこは諦めてほしい」

 

「釣り合わないってどういうことだ! お前もやっぱり俺を見下してるんじゃねぇか!?」

 

 私の言葉が悪かったのか、須藤君がいきり立って私に怒鳴ってきた。それを見て、他の人は小さい悲鳴を上げた。

 

「ごめんごめん、そう言うことじゃないんだ。話によると須藤君はバスケのレギュラーに選ばれたんだろ?

 一年生のこの時期にレギュラーになることの難しさは私の想像を超えた難しさを持つものだと思う」

 

「……」

 

「そんな優秀な人間と、相手にいちゃもんを付けて蹴落とそうとするような人とどっちがいいかなんてわかりきってるだろう?

 私としては、Cクラスの一人よりも君の方が優秀だと思ってるからね。そういう意味で釣り合いが取れてないって言ったんだ」

 

 私がそう言うと彼は落ち着いたのか、席に座り込んだ。

 

「脱線したけど、解決策について話していいかな?」

 

「ああ、こっちこそすまなかった」

 

「気にしてないからいいよ。彼も人に知られたくないことを他のクラスにまでばらされて、いい気分じゃないのは予想できてた。それにもかかわらず、言葉選びを間違った私に責任がある。

 須藤君、ごめんなさい」

 

 そう言って、私は須藤君の方に向かって頭を下げた。他の人たちは、Aクラスの私が問題を起こした須藤君に向かって頭を下げたのに驚いたのか、沈黙が場面を支配している。

 

「いや、俺も悪かった。急に怒鳴り散らしてすまねえ」

 

 その言葉とともに顔を上げると、「須藤が謝った!?」と言う声が聞こえてくるが、それを無視してもう一度頭を下げて綾小路君の方を向く。

 

「それじゃあ、解決策について話をしようと思うのだが、まず前提としてDクラスの人全員が協力することが必要なんだが、大丈夫か?」

 

「どうしても全員じゃないとダメか? 今このクラスに居ないような奴が協力してくれない可能性がある」

 

「ここにいる人全員が協力してくれるなら問題ないと思うけど、嫌って人はいるかい?」

 

 そう言ってみるが、誰も反応を返さない。沈黙は肯定とみなして先に進めることにした。

 

「それじゃあ、先にリスクの大きい方法から話そうと思う」

 

 私のその声で教室内が静まり返る。私の解決策に期待して今か今かと待っているような状態だ。だから私はそれに応えようと思う。

 

 とびっきりの最低(マイナス)私らしい(マイナス)な策を。

 

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 小坂は俺たちに協力してくれると言ってDクラスにやってきた。本当は呼ぶつもりはあまりなかったのだが、櫛田に言われて仕方なくと言った感じだった。

 それでも、少しひと悶着あったが概ね問題ないように進んだし、前に図書館で見たときの()()()()()雰囲気が消えていたので問題ないと思っていた。

 

 

 

 …あいつが解決策を具体的に話すまでは。

 

 

 

 

 

「そんな難しい話じゃないよ。彼のことを訴えてきた相手をDクラスの生徒全員で監視して、階段を下りようとしたら背中を押してあげたり、廊下で足を引っかけてあげたり、靴の中に画びょうを仕込むぐらいのことを1週間も繰り返せば、彼も訴える気なんてなくなるさ」

 

 

 ゾワワワワッ

 

 

 小坂は、さもそれが一番正しくて、それしかないと言いたげな笑顔でそう言い放った。この瞬間に、オレはやっぱりこいつを呼んだのは間違いだったと確信した。この前図書館で見たときの()()()()()雰囲気がそのまま戻り、さっきまでの小坂とはまるで別人のような印象を持っている。

 この雰囲気の変化を察したのか、他のクラスメイト達も絶句し、この前居合わせた須藤たちも図書館でのことを思い出したのか硬直してしまっている。

 

 

「あれ、どうしたのそんなお通夜みたいな雰囲気になって。もしかして他の人の人生をめちゃくちゃにするような勇気もなしに須藤君のことを助けようなんて思ってたの?

 これが成功したらCクラスの人は良くて心が折れて、悪くて階段から落ちて死亡、もしくは階段から落ちて半身不随とかかな?」

 

 それが当たり前だと言う風に、そう言い放つ。そのあまりの気持ち悪さに、Dクラスのクラスメイト達は怯えている。

 

「でも大丈夫、安心して。もしそれでCクラスの生徒がひどいことになっても、()()()()()()()()。だって先に仕掛けてきたのはCクラスの方なんだろう?

 先に人の人生をめちゃくちゃにするようなことを仕掛けてきたのは相手なんだ

 だから、君たちが彼を殺したとしても、彼が二度と運動できなくなったとしても、彼が部屋から出てこれなくなっても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 そう言いきった彼に、オレたちは何も言えなかった。痛いような、突き刺さるような静寂が教室内を支配する。そんな中でかろうじて言葉を発したのは櫛田だった。

 

「でも…でもそれは良くないことだよ。いくら須藤君がはめられたとしても、相手が死ぬかもしれない解決策をするなんておかしいよ」

 

「それじゃあ、君たちは何か他の策があるのかい? あくまで私の言った解決策だから、やるのも見ないことにするのも、()()()()()()()()()()君たちの自由だよ」

 

 ここで、今一瞬須藤を見捨てればこんなことにはならなかったんじゃないかと思っている自分がいたことに気付き、頭を振ってその考えを追い出す。

 

「ちょっと待ってくれないかい?」

 

 震えた声でそう言いながら、小坂のほうに歩いてそう言ったのは平田だった。

 

「君は誰だい? 一応名乗ってもらえるとやりやすいんだけど」

 

「僕は平田洋介。急に入ってきて悪いけど、僕もその策には反対だ。いくら何でもやっていいことと悪いことがある。それに、リスクが大きい方ってことは小さいほうもあるんだろ? そっちの方を先に教えてくれないか?」

 

 そういえば、確かに小坂はリスクの高いほうと言っていた。解決策も一応三つあるとも。

 

 …解決策は三つあるのに、リスクが大きいほうと小さいほうの二つしかないのはどういうことだ?

 

「まあ、この解決策がだめっていうんなら実質、私が解決策を提示できるのはあと一つだよ。もう一つもこれと似たようなやり方だから、こっちがだめっていうんなら君たちは嫌がるだろうしね」

 

「さっきみたいな方法なら、僕はそれに賛成できない」

 

「申し訳ないけど、私も同じくかな」

 

「小坂には来てもらって悪いが、オレもだ。流石にそんなことはできない」

 

 そういうと小坂の纏っていた()()()()()雰囲気は霧散した。

 

 

 

 

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 …やってしまった。彼らが乗り気じゃなかったから、今は冷静になっているけど、結局解決策を考えていたあたりからどんどん思考がマイナス寄りになって、結果的にみんなを怯えさせることになってしまった。これじゃあ、何のためにここに来たのかがわからない。

 とりあえずリカバリーが効きそうな範囲内でリカバリーできないか試みよう。

 

「…なーんてね、流石に冗談だよ。いくら私でも、他のクラスの人に人殺しを進めるようなほど酷いことはしないさ。第一、教室に監視カメラがあるからこの方法はもう使えないしね」

 

「…なんだ~、冗談だったんだ。冗談にしては質が悪すぎるよ~」

 

「でも意味のない冗談ってわけでもないんだ。あくまでこんな型破りな方法もあるってことを教えたかったんだよ。凝り固まった視点だとわかる物もわからなくなるしね。

 どうしてもこの方法をやりたいっていうんなら個人的に聞きに来てほしいけど、そんなこともないでしょ?」

 

「そうだね。少なくとも僕は絶対にしたくない」

 

「私も~」

 

「オレもだ」

 

 とりあえずはごまかせたか?

 

 かなり怪しいし、結局警戒心を抱かせてしまったことには変わりないから悪い方向にはなっているが、櫛田さんがノってきてくれたからだいぶ雰囲気が穏やかになった。

 

「じゃあ、リスクの少ないほうの解決策だけど、こっちの方は実際できるかどうか怪しいっていうのを抑えておいてほしい」

 

「どんな策なんだ?」

 

「単純にいえば、彼らの弱みを握って彼らに直接交渉するって話だね。彼らが殴りかかってきたっていう決定的な証拠を陰で彼らに突き付けて、彼らに訴えを取り下げさせるっていうのが一番穏便で平和的に解決できると思う」

 

「別にその証拠を直接話し合いで突き出せばいいじゃねえか」

 

「須藤君はそうしたいかもしれないけど、それだと君が殴ったことも追及されて確実に大会には出れなくなるよ?」

 

「ああ!? なんでだよ!」

 

「たとえ正当防衛で殴ったとしても、殴ったっていう事実は変わらないんだから、相手が仕掛けてきたとしても喧嘩両成敗になるのが妥当だと思う。

 だから、君が大会に出たいんだったら彼らに訴えを取り下げてもらうのが一番なんだ」

 

 須藤君は、私の言葉に納得できないというような感じを表に出しながら、渋々引き下がった。

 

「でも、その証拠はどうやって手に入れるんだ?」

 

「それに関しては、君たちが頑張ってとしか言いようがないかな。だからこそ、確実性は低いし、リスクもそこまで大きくない。さっきのやつはリスクは膨大だけどやり込めさえすればほとんど確実に決まるからね」

 

「結局はそこになるのか…」

 

「まあ、どうしても見つからないんだったら弱みを作るってのも手だと思うよ。()()()()()()()()()()()()

 

「だが、それをどうするかが問題だろ?」

 

「そこまでは私も難しい。相手のことをもっと詳しく知ってればできるかもしれないけど、少なくとも今の私に無理だ」

 

「そうか。無理言って悪かった」

 

「いいや、私もDクラスの人とこうして話せて楽しかったから別にいいよ」

 

 そういってDクラスの生徒を見渡すが、少し警戒されているのかあまりいい反応は帰ってこない。やっぱりさっきマイナスっぽかったのが敗因だろう。櫛田さんが私の良いように動いてくれたのにその機会を結局無碍にしてしまった。

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るよ。君たちもまだ話し合わなくちゃいけないと思うし、私がいたら話せないこともあると思うしね」

 

「そうか。この後Bクラスの方に行ってみようと思っていたんだが、小坂はついてこないか?」

 

「Bクラスはパスかな。Aクラスの私がいることでBクラスの人に警戒心を持たせると協力してもらえなくなるかもしれないし」

 

「それもそうか」

 

「じゃあ、また今度」

 

 そういって教室を出た。私はもうこれ以上いても無駄に警戒させるだけになってしまいそうだから、帰ろうと思ったのだが、教室を出て少しして後ろから人が来ていることに気付いた。後ろを振り向くと、櫛田さんが付いてきてた。

 

「どうしたの櫛田さん?」

 

「ねえ、小坂君。何でDクラスに協力してくれるの?」

 

 何で…ときたか。多分彼女は私が綾小路君のために来たとは思っていないんだろう。

 実際、私は綾小路君と仲良くなりたいと思ってはいるが、綾小路君のために協力しているわけじゃあない。

 

「Cクラスの生徒が気に食わないってのが一番の理由かな。当然、綾小路君の手助けをしたいってのもあるけど」

 

「気に食わない?」

 

「あいつら、自分じゃ何もしないでリーダーに全部任せっきりのくせに、A~Cは大差ないだの、Dクラスは不良品だの言ってるんだぜ? 自分で上に上がろうともしないあいつらの方がよっぽど不良品だろうよ」

 

「……」

 

 彼女の望む答えとは違ったらしい。彼女はこっちを見たまま帰ろうとしない。

 

「まあ、君がどう思うかは自由だけど、私はそっちの君じゃなくて本当の君の方が興味あるなぁ」

 

「…なんのこと?」

 

「とぼけなくてもいいよ。君の性根がひん曲がってるのは初見でよくわかったから。そこまで濁りきってるのは昔の施設の人(あいつら)並みだよ。だからこそ、君の本性に興味があるんだけど」

 

 少しだけマイナスの雰囲気を纏うことを意識して彼女に話しかける。彼女は、私の方を怯えるような目で見始めた。

 

「……あんたなんなの…?」

 

「私? 私はただのマイナス(出来損ない)さ。なんでAクラスに居るのかもわからないね」

 

 もっと話したいけど、あまり時間をかけると彼女のクラスメイトも心配するだろうし、この状態の彼女と話してもおびえるだけでつまらなそうだ。そう思った私はこの場を離れることにした。

 

「まあ、また縁があったら会おうよ。それじゃあ、()()()()()()

 

 そう言って、後ろを向いて振り向かずに彼女に手を振りながら私は寮の自室に帰った。

 

 

 

 

 

 

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 寮の自室に戻った私は、結局自分から彼らとの協力体制を崩すようなことをしてしまったことを自己嫌悪した。過ぎたことは仕方ないけど、何であそこまで御膳立てしたのに我慢できなかったのか。

 

 結局、どこまで行っても最後には失敗するのだろうか?

 

 今回に関しては100%自分が悪いが、少し仕込みを入れただけにこの結果にはショックだった。しかも、最後には調子に乗って櫛田さんを威圧するような形になってしまったし、恐らく彼女からは常に警戒されることになるだろう。

 

 しかも、最後に次につなげるようなことをしなかったために、次に彼らとかかわりを持つ機会もない。

 

 これでは結局前と変わらないかもしれないが、前よりはDクラスとの関わりを持てただけ良しとしよう。彼らのAクラスに対する反応からするに、恐らくクラス全体で関わったAクラスの生徒は私だけのはずだ。

 

 だが、一番敵に回したくない綾小路君に敵認定されてるのかもしれないと思うと少し怖い。もし彼が敵になったら、おとなしく諦めよう。彼と直接対決して勝てるような未来はない。

 

 結果的には失敗したが、前よりも少しは好転したと思いこむことにして、私はこれからの準備をすることにした。




 主人公の言うリスクの大きい策は、主人公が学校内の監視カメラの場所を把握しているから可能なことです。実際にやろうとしたら、廊下とかには監視カメラがないという設定だったのでそこまで難しくはなさそうです。
 しかし、やったことがばれた瞬間に自分たちの首を絞めることになるので現実的ではありません。

 主人公本人が同じ状況になったら、マイナス全開で1時間ほどお話して徹底的に心を折りにいって、自主退学させることになる可能性が高いです。


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幕間 ~七月のある日~

 (マイナス)の話をしよう。

 

 その前にお前は誰だって?

 

 いやあ、名乗るほどのものでもないよ。それこそ閑話的な幕間的な番外的な、そういう本編とはそこまで関係のない()()と呼べるようなところぐらいしか出番がなくてね。そんなやつのことなんかそこまで気にしなくてもいいよ。必要なら出番があるだろうし。 

 

 そんなことより彼の話だよ。彼は自分ではあまり自覚していないが、本当は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ、球磨川先輩に匹敵しかねないほどのね。

 

 じゃあ、なぜ彼がプラスの連中、ましてや天才(エリート)達なんかと仲良くしていられるのか。

 

 これに関してはそう難しいことじゃあない。彼は、今でこそマイナスになっているが元々は普通(ノーマル)の人間だったということを考えると恐らくよく理解できると思う。

 

 それでもわからない?

 

 そうしたら、これに関しては宿題にしよう。そう遠くないうちに答え合わせができることを期待することにしてね。

 

 彼自身は、あまり自覚がないようだけど少しずつ過負荷(マイナス)に馴染んでいる。尤も、彼自身が過負荷(マイナス)を抑えているせいで、昔よりも()()速度は遅いけど、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし、これで彼がテンプレ通りの神様転生をして、『大嘘憑き(オールフィクション)』なんてもらっていたら、今頃彼は「小坂零」ではなくなっていたと思うよ。

 

 あくまで、彼自身のオリジナルの『過負荷(マイナス)』だからこそ、彼が自分自身をかろうじて保てているんだ。そうじゃなかったら、今頃他の人の過負荷(マイナス)に塗りつぶされている。『不慮の事故(エンカウンター)』然り、『荒廃した腐花(ラフラフレシア)』然り、『致死武器(スカーデッド)』然り、彼らのマイナスだとしたら、彼らの人格に似たものになっていたと、()は思う。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。自分のマイナスを意識して抑え続けているからね。ある意味、ブチギレる前の『蝶ヶ崎蛾々丸』君状態とも言える。

 他の誰かに嫌なこと(マイナス)を押し付けているのではなく、()()()()()()()()()()()()()という明確な違いはあるけどね。だからこそ、今の不安定な彼もひょっとしたら、ひょんなことで本当に目覚めるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …まあ、もしかしたら『俺』と会うのが先かもしれないけどね。

 

 それじゃあ、また()()とか。尤も、あるかはわからないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 今日はこの前放課後にすぐに帰ってしまったお詫びとして、坂柳さんとカフェに来ている。昨日は、茂たちとカラオケに行って、その前は康平と久しぶりに夕食を食べに行った。夕食を食べながらこれからのAクラスの方針とかを話していたんだが、そこまで興味ないのに話を合わせるのは少々きついものがあった。

 

 結局、私はあれからAクラスの人(エリート)たちとの関わりを減らしていくという選択肢をとることが出来なかった。エリートは過負荷(マイナス)的には忌むべき存在のはずなのに、今の私にはどうもそういう風に受け取りきれていないのだ。

 昔のころ(中学生以前)はそんなことはなかった。むしろ、()()()()()()()()()()エリート絶対殺すべしみたいな部分があった。中学校に入ってから言うほど優秀な人がいなかったのが原因なのか、それとも彼ら(Aクラス)に絆されてしまったのか。

 

 それとも、エリートとか過負荷(マイナス)とかどうでもよくなったとか。

 

 結局、そこまで深刻に考えなくても、なるようになるかと思うことにして考えるのをやめたのだ。どうせこれから積極的にDクラスと関わっていく機会もないことだし、引きこもって3年間終わらせるという選択肢も取るつもりはなかった。

 綾小路君のことはこの際放置しよう。どうせ睨まれたら主人公(プラス的な)補正によって死ぬのが確定してる上に、手を取り合うことに失敗しているような状態になっている以上、このまま放置するのが無難だろう。

 

 どうしようもないと言う方が正しい気もするが。

 

 そもそもの問題として、私が過負荷(マイナス)を抑えているように、(綾小路君)異常性(アブノーマル具合)を隠しているみたいだった。そんな状態の私達だったら、本質的に敵対こそしても裸エプロン先輩とどこぞの生徒会長(めだかボックスの主人公)みたいに手を取り合うような関係にはならない。

 

 そんな感じで、今目の前にいる彼女(坂柳さん)との勝負に勝ちたいと思っているが、結局勝ち筋なんて見えないままだった。自分自身の力で勝ちたいが、圧倒的補正を持っているはずの主人公(綾小路君)目の前のなんちゃってラスボス(坂柳さん)を潰し合わせて漁夫の利を狙う作戦は私には荷が重かったみたいだ。

 自分の力だけじゃなくても、弱っているところを奇襲するのが過負荷(マイナス)の基本だから問題なしと思うことにしていたが、そもそもその土台を作れなかった。わかりきっていたことではある。

 過負荷(マイナス)の私がプラスの彼らを手玉に取るなんて、裸エプロン先輩でも難しいだろう。世界の基準が違うから何とも言えないが、例えるなら裸エプロン先輩が生徒会長と安心な人外の二人を手玉に取っているようなものだ。

 

 恐らく彼なら最後には失敗するだろうけど、途中まではうまくやれるかもしれない。生憎と私にはその途中さえできなかったみたいだが、『負完全』とまで言われている彼とそもそも比較すること自体がおかしい話だ。

 

 

 

 

「こうして二人になるのは久しぶりですね」

 

「そういえばそんな気もするな」

 

 話しかけられたのを機に思考を現実に戻す。カフェに入って私の飲み物がやってきたタイミングで彼女(坂柳さん)から話しかけてきた。彼女の言う通り、ここ一ヶ月ぐらいは彼女に呼ばれて話し合いみたいな感じになっても近くには最低でも神室さんか橋本君がいた。その二人がいない時も彼女の派閥らしき人がいたのだが、今日は彼女と私の二人っきりでカフェに来ていた。

 

「他の人には聞かれたくない話でもするのかい?」

 

「私が…というよりは小坂君が聞かれたくない話かもしれないと思ったのでここにさせてもらいました。ここはそこまで人が来ない上に、この席だと他の人からは話を聞かれづらい絶好の場所です」

 

「聞かれたくない話……? 勝負関連のことか?」

 

「…本当に覚えがないのですか?」

 

 そう言われても特に思い当たらない。だが、よく考えたら勝負に関しては神室さんと橋本君は知っているどころか、この前の打ち上げに参加した時に大々的に言ってしまった気もする。あまり話に上がっていないことから他の人に聞かれてはいないのだと思うが。

 

「DクラスとCクラスには深く関わらないようにすると決めた日にDクラスに赴いた人がいたようなのですが何か知りませんか? 小坂君?」

 

「ああ、その話か」

 

 別に問題ないだろうと思っていたが、他の人からすればそうではないらしい。確かに()()()Dクラスに行ったときに()()()()が尾行していたのは気づいていたし、どうせ坂柳さんに伝えるのだろうと思っていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あの時も決めただろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私はあくまで友人の手助けをしに行っただけだからね。文句を言われる筋合いはないよ」

 

「…私は構いませんが、他の方々はそうは思いませんよ? 現に神室さんと橋本君は険しい顔をしていましたから」

 

「あー…確かに他のクラスメイトからすれば不快に思うかもしれないか…。

 そういうことなら素直に感謝しておこう。わざわざ配慮してくれてありがとう」

 

「いえいえ、私と小坂君の仲ですから」

 

 そういって紅茶を飲む彼女はとても絵になりそうな雰囲気の淑女といった感じを漂わせている。彼女に続いて私も頼んでいたカフェオレを口にした。転生してからは飲んだことがなかったが、そこまで苦手意識なく、むしろ物が良いからなのかとてもおいしく感じた。

 

「私が今日聞きたいことは、そのことと関係あるのですが、改めて聞きます」

 

 そういって彼女が本題に入ろうとした。私は彼女を見たまま彼女の次の言葉を待つ。

 

「小坂君、()()()()()()()()()?」

 

「この前言ったことじゃ不満なのか?」

 

「二カ月前に言ったことで納得しきれない部分があったから聞いているのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この前、図書館であなたを見たときにも少し怯えていましたが、それほどまでひどくはありませんでした」

 

「……」

 

 彼女の派閥の誰かが、図書館まで尾行していたことは予想していたが側近とも言える神室さんだとは思わなかった。恐らく、その時には距離が離れていたからおそらく問題なかったのだろう。その前にたい焼きを食べたときも雰囲気だけだった。

 だが、この前にDクラスに行った時には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、教室の中で話していた私を見張るためには教室の近くに行かなくてはいけない都合上、恐らく神室さんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうりで、ここ数日神室さんが私を避けていたわけだ。

 

「小坂君を尾行させていたことに関しては謝ります」

 

「そう言ってもやめる気はないだろう? ここしばらく、結構な頻度で見張られてたのは気づいてるよ」

 

「勝負を挑まれた相手の動向を探るのは基本ですから。無断でしたことに対する謝罪と言う形で言いましたが、もちろんやめる気はありません」

 

「そのことについては私自身どうでもいいしね。撒こうと思えば撒けるし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いい加減彼女に誤魔化すのも限界が来ていたみたいだ。もうこのまま隠し通すのも難しいなら、この際()()()()()()()()()()()()()()()()。どうせ彼女は私の気持ち悪さを知っているんだからこの際ばらしてしまっても変わらない。

 

 だから、彼女には過負荷(マイナス)と言う人間がいることを知ってもらおう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう思った私は、自分の持っている過負荷(マイナス)を少しだけ解放する。解放しすぎて『縁』を切ってしまうような間抜けなことはしないようにしながら。

 

 私の雰囲気の変化に気付いたのか、彼女は顔を顰めた。

 

「この際、坂柳さんには話してもいいかもしれない」

 

「…小坂君の正体についてですか?」

 

「全部ってわけじゃないけどね。他のやつの受け売りだし、本当かどうかも()()()()()()()()()

 

「?」

 

「いや、こっちの話。それじゃあ話そうか」

 

 そういって彼女の顔を見る。彼女は私の方を見て、怯えたような、()()()()()、見たくないものを見るような、()()()()()()()()()()()()()、そんなよくわからない表情をしていた。

 

「人間は4つに分類できるらしい。1つは普通(ノーマル)。Aクラスの君と私以外の人は軒並みこれに当てはまるね」

 

「…葛城君もですか?」

 

「彼ぐらいじゃあ、普通(ノーマル)の域から出ることはできないよ。彼は全体的に高水準なだけのただの普通(ノーマル)さ」

 

「それでは私と小坂君はどういう分類になるのですか?」

 

「坂柳さんは特別(スペシャル)に当てはまると思うよ。何か1つ、特別に秀でたものがある人間のことだね。坂柳さんの場合はその頭の回転の速さかな?」

 

「ありがとうございます。ですが、頭の回転の良さなら他にも優れた人がいると思いますが?」

 

「Aクラスで坂柳さんほどの人はいないよ。他のクラスじゃわからないけどね」

 

「……」

 

 そう言うと彼女は心当たりがあるのか黙り込んでしまったが、()()()()()()()()()、先に進めることにした。

 

「もう一つは異常(アブノーマル)

 

異常(アブノーマル)?」

 

「やることなすこと、()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここにさいころが8個ある。試しにこれを振ってみてくれないか?」

 

 そういって彼女にさいころを渡した。彼女は少し戸惑いながらも、机の上にさいころを転がした。

 

 …出目は、1、1、1、1、2、1、2、1。1に偏っているが、異常(アブノーマル)と呼ばれるには少し物足りない結果だった。

 

「坂柳さんの場合は1に偏ってるみたいだね」

 

「こんなので何がわかるんですか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…そんなことがあるわけ「あるさ、何をなしても結果が全ておかしくなる連中、それこそが異常(アブノーマル)なんだから」

 

「まあ、尤も、本当に異常具合(アブノーマル度)が高いやつなら、さいころが全部積み重なったりするみたいだけどね」

 

「……そんなことが本当にあるんですか?」

 

「うーん…実際に私が見たわけじゃないから何とも言えないところだね。ただ、私が話したいことには必要な話だから」

 

「小坂君がその異常(アブノーマル)ってことですか?」

 

「私が? よりによってアブノーマル?」

 

 まさか、異常(アブノーマル)と間違われるとは思わなかったので露骨に顔を顰めた。私はそんなにプラスの連中じゃあない。

 

「私のことストーカーしてるくせに私のこと全然わかってないんだね、坂柳さん」

 

「あなたの説明通りなら、あなたが異常(アブノーマル)と言う分類でもおかしくないと思いますが? 話しただけで人の心を折る、盗み聞きしていただけで聞いていた人の心を折るなんていう()()な結果を出しているのですから」

 

「…はあ」

 

 大きくため息を吐いた。いや、別に私には関係ないことではあるが、私のことを彼女が何にもわかっていなかったことに、呆れ半分失望半分と言った具合だ。

 

 そこで気づいた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女なら、私のことを理解してくれていると思っていたのかもしれない。そういう期待があったからこそ、勝手なことだが失望していた。

 

「……」

 

「私がそんなプラスな連中なわけないじゃないか。異常(アブノーマル)な連中はどれだけ異常だとしても、()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。だから私には絶対に当てはまらない。それに、まだ分類分けに一つ余りがあるだろう?」

 

「…確かにそうですね。異常(アブノーマル)がプラスだとするならば、小坂君はその反対が正しいと思います。見ているだけで気持ち悪くなるなんて人がプラスなわけないですからね」

 

 そう言った彼女の言葉に思わず目を見開いた。彼女は私のことを全く理解していないと思っていたが、そうではなかった可能性が生まれた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものだ。

 

 彼女が言った、プラスと正反対と言う言葉がまさしく(過負荷)を呼ぶには相応しい名称だ。彼女がそれを当てたことに少し嬉しい気持ちになった。

 思ったよりも、私は彼女に対して情が沸いてしまったのかもしれない。

 

「坂柳さんが言ったので合ってるよ。最後の一つは過負荷(マイナス)。文字通り、やることなすことが全てマイナスになるタイプの人間だ」

 

過負荷(マイナス)…」

 

「そう、銀行強盗に遭遇すれば真っ先に人質にされるし、大会に出ようものなら会場に行くまでに車に轢かれ、散歩をしたら電柱が倒れて病院送りになり、友達を作ろうものなら人の心を折ってしまい、復讐をしようとしたら逆に殺される。

 そんな人間の総称が過負荷(マイナス)さ」

 

「……」

 

「まあ、急にこんなこと言われても納得できないだろうね。とりあえずサイコロでも振ってみようか、私が振るとどうなるかやってみたかった」

 

 そう言った私は、机の上にあるさいころを8つとって無造作に投げてみた。

 

 …結果は、()()()()()()()()()()()()。思いもよらない結果に、私も彼女も呆然としてしまった。だが、少ししてから、私はこれがどんな結果だったのかを理解した。理解したからこそ、思わず顔がにやけてしまいそうになる。それを抑えながら茫然としている彼女に向き合った。

 

「なるほどね…こうなるんだ」

 

「…小坂君…これはいったい…?」

 

「この結果はね、出目が出なかった。出目を出すということがマイナスになって返ってきた結果だね。

 さしずめ、()()()()()()()()()()()()()()()()、とかかな?」

 

「こんなことが…」

 

「実際にあっただろ? これが(マイナス)だよ」

 

 そう言うと彼女は茫然とこっちを見たまま動かなくなってしまった。頭が受け入れることを拒否しているのだろう。彼女のように、頭が良いとこういう理解不能なことが起きたときに受け入れられずに現実逃避するのはよくある話だ。

 

 

 私は彼女をこのまま放っておくことにして、伝票を取って会計を済ませてカフェを出ていった。心なしか、気持ちは大分すっきりしていた。もしかしたら、私は過負荷(マイナス)のことを他の人に知ってもらいたかったのか、それとも、誰でもいいから話したかったのかもしれない。

 カタルシス、と言うものだ。私だけが知っている秘密を他の人に話すことで得られる、開放的な感覚。私は自分でも気づかないうちに、誰かに話したかったのだろう。私自身の本質を、過負荷(マイナス)という人間がここに存在しているんだと。

 

 

 

 私は言葉にできない優越感のようなものを感じながら、寮の自室に帰った。何気ない日常の一ページが、こんなにも私に溜まっていたストレスを発散させてくれるものだとは思わなかった。この日は久しぶりに()()()()()()()()()()()()()()()()




 今回の話は、前回の話から数日たったある日の話で、まだ審議が行われていない状態です。どこでも明言していないことに気付いたのでここで触れておきます。

 主人公の軽いカミングアウト回です。
 皆さんは、秘密をどれだけ守れますか?
 そして、その秘密を話した時に得も言われぬ開放感を得たことはありませんか?
 元が一応一般人なので恐らくこんな感じ。転生者って、秘密にしなくちゃいけないことが多いから、こういう回があっても不思議じゃないと思って書きました。


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17話目 七月の下旬

 人を壊したことはあるか?

 

 

 

 ()()()じゃあない。()()()だ。壊れた人間がどうなるかも、まあ予想が付くだろう。ただ、一つだけ言えることは、まともな人間に戻ることはほとんどできないってことだな。

 

 

 

 人を見捨てたことはあるか?

 

 

 

 ない人間なんていないだろう。本当にないっていうんなら、今すぐにでも国を出て人々を助けるために奔走すると良い。ああ、別に強要するわけじゃあないから勘違いしないでほしい。今ここで言いたいことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだからな。

 

 

 

 人を憎んだことはあるか?

 

 

 

 鬱陶しく思ったと、()()()ではだいぶ意味合いが違うのだが、それに気が付かない人間も少なくはない。本当の憎しみを胸に抱いていたと思っていた人間が、その憎しみが実は嫉妬だったなんてこともあるだろう。

 

 

 

 人との縁を切りたいと思ったことはあるか?

 

 

 

 ある人間は数あれど、ない人間を探すのは至難の業だろう。こいつが気に食わない、こいつなんて二度と顔も見たくない、()()()()()()()()()、そう思ったことはないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、そうは言っても、それに折り合いを付けて生きていくのが()()だ。

 

 

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 DクラスとCクラスとの間で起こった件に決着がついた。

 

 とは言っても、審議で決着がついたわけではない。審議は一度行われ続きは明日と言うところでCクラスの生徒が訴えを取り下げたのだ。

 

 それに伴って無事に私達にもポイントが支給された。正直、そこまで貧窮していなかったが労働者的立場としては遅いと言わざるを得なかった。審議が終わるか結果が出るまで待たされていたが、七月も半分が過ぎる頃に支給されるのはいくらなんでも遅すぎるだろう。

 

 そんなことを言っても、文句を言うことしかできないのが現状だが。

 

 このことを盾にCクラスを弾劾することはできるかもしれない。だが、それをやるには手札が弱すぎる。それに何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて言いふらしていることにもなりかねない。別に私自身は構わないが、他のクラスメイトは嫌がるだろうし、坂柳さんも康平も間違いなくそんな方法はとらない。

 

 メールでどうなったのか綾小路君に聞いてみたところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と返ってきた。嘘だと思うが、確認するのも面倒だし特に意味もないので適当に返しておいた。

 

 この前、Dクラスに行ってから綾小路君たちとは会っていない。私自身Aクラスの友人たちに誘われる機会が多いということ、Dクラスで過負荷(マイナス)を撒き散らかしたのでDクラスの生徒たちがそもそも私に近づこうとしないことの二つの点が合わさり、彼らと会う機会はなかった。

 審議の時も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この前にDクラスに行った帰りに櫛田さんに言ったように、私はCクラスの生徒に対して嫌悪感が募っていた。

 

 理由としては()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その中に、エリートと言ってもいいのが何人かいることも拍車をかけていた。Aクラスの友人たちは友人と呼んでいることからもわかるように、そこそこの付き合いをしている。その上、彼らはリーダーに基本方針を任せているが()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、訂正しよう。自分で何も考えていない無能もいないわけじゃあないが、きちんと考えているやつもいるということだ。私がよくカラオケに行ったりしている、ボッチ組の茂や沢田さんあたりがいい例だろう。()()()()()()()()()()()()

 むしろ、私なんかよりもはるかに優秀なエリートであることに間違いはない。自分たちが派閥争いにかかわりたくないから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。派閥争いにはかかわりたくない。でも、このクラスで発言権を完全に捨てないために、中立で発言権をなぜかそれなりに持っている私との関わりを強くすることで自分たちの立ち位置を周りに示しているのだ。

 

 これに気付いたときは素直に驚いた。気づいたのは彼らが両方の派閥の人と話していたのを見ていたときだが、私との付き合いにそこまでの打算を組み込んでいたとは気づかなかった。しかし、現に彼らはクラスで誰とも対立することなく平和に日常を謳歌している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが私の勘違いだったらそれはそれで面白いが、Aクラスに配属された以上()()とは言いにくいと私は結論付けた。

 

 まあ、別にどうでもいいことだが(私には関係ない)

 

 

 

 

 今の私は、放課後に康平の相談を受けてから自室に帰ってジャージに着替えていた。

 

 康平からの相談はいつも通りクラスのことに関することだった。()()()()()()()()()()()()と、康平にはあらかじめ言っているので彼が私にそういうことで相談することはない。今回の件は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼自身としてはあまり下手に動きたくないと思っているようだが、他のクラスメイトから、この伸び方だともしかしたらまずいんじゃないか、と言われたので対策を練る必要があるかというものだった。

 

 康平自身も、そのことにはすでに気づいていたようだが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、クラスメイトにそう言われたことで対策を練るべきか相談しに来たということだった。

 

 私としては今更感が強いが、現状維持に回る保守的な考え方の彼が動き始めるべきなのかと言ってきたことに少し驚いた。彼の変化に驚きつつも、それを決めるのは君であってクラスメイト達だ。必要だと思うならするべきだろうし、必要ないと思うならそのままでいいんじゃないか、と返しておいた。

 そう言うと康平はこっちを見て、そうだな。確かにその通りだ。と言って満足そうにしていたから、彼自身の中で踏ん切りがついたのだろう。

 

 まあ、そんなことはどうでもいいけど(私には関係ない)

 

 それと、最近は坂柳さんとの付き合いが減った。お弁当を作ってくこともなくなった。おかげで、最初の一日は昼と夜がお弁当だった始末だ。そのせいか、周りのクラスメイトからは喧嘩でもしたのかと思われているみたいだが、喧嘩はしていないとだけ言っておいた。

 恐らく、この前の()()()()()()()()()()()()()()()。話すだけではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これによって、過負荷(マイナス)というものの存在を証明するようなことになったからだ。

 

 私自身、これが本当に過負荷(マイナス)と呼んでいいものか怪しいと思っていたし、他の人から教えてもらえない以上確かめる手段もないと思っていた。だが、思いがけないところで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 原作(めだかボックス)では、過負荷(マイナス)の人がさいころを実際に振るシーンはなかったはずだ。だが、さいころの出目がなく(マイナスに)なる結果なんて、それこそが過負荷(マイナス)過負荷(マイナス)たらしめる証明だと私は思ったのだ。

 私がそう思ったのと同じように、彼女も私が過負荷(マイナス)であることを実感したのだろう。私が時々出した、()()()()()()()()の正体が過負荷(マイナス)であるということで理解しているはずだ。そして、過負荷(マイナス)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の欠点を認めて受け入れる。ここまでは普通(ノーマル)の人間でも理解できる範囲だ。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんていうことは普通(ノーマル)の連中には理解したくもないほど()()()()()()()だ。

 私自身、前世の記憶があって、そこでは()()()()()()だった。恐らく、前世の私が今の()()の私を見たら気持ち悪さで卒倒するかもしれない。

 しかし、私が他の過負荷(マイナス)の人たちと違っているところは過負荷(マイナス)をひた隠しにしているところだ。ところどころで出すことはあれど、常に垂れ流しにしているわけでもなく、普段は普通(ノーマル)の皮を被って生活している。

 

 そしてなにより、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただ、これに関しては仕方ないとも言える。なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『縁』が切れるとはそういうことだ。そして前世の記憶があり、今生の幼少期で過負荷を制御できなかったことによって受けた苦しみがあるせいで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の過負荷(マイナス)のルーツは前世からの気質によるものだと予想しているが、後天的に過負荷(マイナス)になった身だ。当然、普通の一般人だった時の記憶もある。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()理解している。過負荷(マイナス)なんて言う概念はそもそもこの世界(よう実)には存在しないものだ。

 

 もし、私以外の転生者と呼ばれる人がこの世界にやってきたら話は別だが、この学校にいなければそんな人物はいないだろう。学園ドラマもの、それも限りなくクローズドサークルであるもの(作品)で、学校外に転生者がいて何になるのか。どのみち、学校外にいるなら私と関わることはないから関係ないことだ。

 ようするに、何が言いたいかっていうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私のことを忘れないような特殊な能力がある人がいない以上、私が過負荷(マイナス)を垂れ流すと誰もかれもが私を忘れていく。流石に、知り合いに毎度毎度忘れられるような思いはもうごめんだ。それに、俗物的なことを言うとお金を稼ぐこともできない。

 それなら、もっと過負荷(マイナス)を調整できるようにしようとも思った。だが、下手にやって制御不可能になるのが怖くていまだにその試みを結局してこなかった。

 

 そうして今に至る。半端者の過負荷(マイナス)の誕生ってことだ。

 

 

 

 

 

 そんなことを考えながら、寮の自室を出て走り込みをしていた。油断するとすぐに階段から落ちたり、車に轢かれそうになったりする過負荷(マイナス)体質なので、暇があれば基礎身体能力を高める鍛錬をしている。

 中学校時代の空手を思い出して型の練習もしたりもするが、型の練習よりも体作りの方に重点を置いていた。理由としては、咄嗟のことに反応できる体を作ることが目的であり、現在空手部に入らなかった以上空手に固執することもないからだ。

 

 最近、最初は肩を外してしまった『マッハ突き』がいい感じに仕上がってきてテンションが()()()()()()。『マッハ突き』とは、簡単にいうと体全体の関節に回転をかけてその回転力を貫手に集約し、貫くといったものだ。前世の漫画で見た技でやってみたいと思っていた技である。

 前世の漫画にあった技がいい感じに仕上がったのに、なぜテンションが下がっているのかというと様々な問題に直面したからだ。

 

 一つ目に、腕にかかる負荷が尋常じゃないこと。最初に肩を外してしまったことからもわかる通り、()()()()()()()()()()()()()()といったものになってしまった。それ以上やると腕が壊れる。比喩抜きに。

 そして、突きを当てたところがとても痛くなる。例えるなら、授業中に窓ガラスを突き破ってテニスボールが後頭部に直撃した痛みの倍ほどの痛みが手を襲う。とても使えるようなものじゃない。

 

 二つ目に、()()()使()()()()()()()()()ことだ。威力としては、()()()()()()()()()。……何を言っているかわからないかもしれないが事実なのだ。試しに、坂柳さんの見張りを撒いてから、監視カメラのない位置の普通の木に打ち込んだら()()()()()()()()()()()()

 私の手はかなり痛いですんだのが奇跡と思えるものだった。こんなものとても人体に使えない。間違いなく重症、普通に死亡まであり得る。

 

 そして、最大の難点が()()()()()()()()()()()()()()()()()()。グラップラーがいるようなバトル漫画の世界でも、世紀末な世界でも、奇妙な冒険の世界でも、海賊王な世界でも、目安箱な世界でもない。ようするに、()()()()()()()使()()()()()()()()()

 ほとんど自己満足でやったことだから、仕方ないと言えば仕方ない。むしろ、なぜこんなにまで痛い思いをしてまでやってしまったのかと今更ながら冷静になって考えている。

 

 恐らく、バトル漫画の世界ならそこまで腕にかかる負荷も多くなかったのではないかと予想している。この程度の完成度と威力でインフレが激しいバトル漫画の世界で、こんなデメリットをもっていたら使い物にならないモブキャラにしかならないだろう。

 前世で読んだ漫画のキャラも、そういうデメリットがあるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()と一緒だったらそれはそれで問題ではあるけども、ここまで取り回しが悪いと使い物にはならない。

 

 因みに『マッハ突き』完全版は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。手の先から、真空波が生まれるほどの速度で打ち抜かれた貫手は空振りだけで部屋のガラス全てを破壊する衝撃を生み出す。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とても現実的にできるとは思えないし、できたとしても使う機会はないだろうし、できたところで腕にかかる負担が大きすぎる。

 

 そんなわけで、漫画の技の習得はこれ以上しないことを心に決めた。現実にできるものが少ない上にできたとしても、ほとんどがデメリットになるようなものを進んでもっと作ろうとするほどマゾ体質じゃない。おとなしく、初心に帰って体作りをすることにしたのだ。

 

 

 

 走り込みを終え、柔軟運動をしてから、スクワット、腕立て伏せ、背筋、腹筋、30mダッシュ、反復横飛びを時間の許す限り繰り返す。手を抜くと()()()()()()()()()()()()()()()今日はいつもより長めにやると決めていた。汗水たらすこと2時間、4セット目の反復横飛びをしているうちに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いつの間にいたんだ?」

 

「今さっき来たばかりですよ。トレーニングしながらでも構わないので、今一度話をしたくて橋本君に居場所を教えてもらってきました」

 

「ふーん」

 

 そう言ってトレーニングに戻った。坂柳さんの近くでスクワットを始める。50回ほどしてから、腕立て伏せ、背筋と続けるつもりだ。

 

「まず、最初に謝罪をしようと思います」

 

「何についてだい? 別に謝るようなことをされた覚えはないけど」

 

「ここ一週間、小坂君に過負荷(マイナス)のことを聞いてから小坂君を避けたことについてです。私から聞きたくて聞いたのに、避けるような真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

 

 そう言って彼女はこっちに向かって頭を下げた。

 

 だが、頭を下げたのはわかるのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「別に謝るようなことなんてないと思うよ。あんなこと言われて気持ち悪いと思わない方がおかしいし、そもそも私は過負荷(マイナス)だぜ? 人に避けられるのは当たり前さ」

 

「…そうだとしてもです。私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのにもかかわらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って頭を上げた彼女は、ここしばらくの私を避けて怯えていたような彼女とはまるで違った。教室に入って隣の席なのに挨拶しか会話がなくなっていた彼女とはまるで違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

「だから()()()()()()()()()()。勝負から目を背けようとした、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小坂君が過負荷(マイナス)だろうが、異常(アブノーマル)だろうが、怪物だろうが、化け物だろうが、私はもう逃げません」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そういう彼女は特別(スペシャル)の皮をもう少しで破ってしまいそうなほどプラスで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…そこまで過大評価してくれるのは嬉しいけど、そんなに頑張らなくていいんだぜ?

 どうせ過負荷(マイナス)とプラスの勝負なんてプラスが勝つに決まっているんだから」

 

「小坂君の中ではそうだとしても、私はそうは思いません。この前の時から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まあ、好きにすると良いよ。私も過負荷(マイナス)故に勝てないとしても、勝つことを望んでいる身だ。()()()みたいに、過負荷(マイナス)だって主役を張ることができるって証明したいのかもね」

 

 恐らく、彼女はこの前話した時に私の過負荷(マイナス)に当てられたことと()()()()()()()()によって一時的に(過負荷)というものに対して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と錯覚していたのかもしれない。

 

 普通はそこまでいったら心が折れたり、過負荷(マイナス)とは絶対にかかわらないようにしようとしたり、過負荷(マイナス)気味になったりしてもおかしくない。それなのに、彼女はあろうことか()()()()()()()()

 

 これだけで、彼女の精神力がどれだけ高いのか思い知らされる。

 

 また勝てなかった。と心の中で呟くと同時に、彼女の精神の強さを内心で称賛した。

 

 

「それで、用事はそれだけかい?」

 

「いえ、もう一つ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ああ、無駄に金をかけたやつだろう? そんなことに金をかけているからエリートどもが調子に乗るんだよ。差別社会をなくしたいなら、そういうところから変えていかないといけないと思うよ」

 

 そう、この学校の一年は明後日から豪華船での旅行とかいうとても必要とは思えない行事がある。普通なら浮かれて楽しみにするであろうこの行事だが、()()()()()()()()()()()()()()。十中八九、何かやらされるのだろう。

 

 そのために、馬鹿みたいに金をかけて豪華船を用意するなんて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。別に普通の旅行船で十分だろうが。わざわざ高校生が豪華船とか、どんだけ金を持っていることを見せびらかしたいのかが窺える。

 

「差別社会の話は置いといて、私は本来それに参加することはできなかったのですが、お父様に無理を言って参加させていただくことになりました」

 

「お父様…?」

 

「そういえば言ってませんでしたね。私の父はこの学校の理事長を務めております」

 

「へー」

 

「…それだけですか?」

 

「だからどうしてってこともないだろう? 君が私が過負荷(マイナス)だろうと関係ないって言ったのと同じだよ」

 

 自慢気に言った彼女にそっけなく返したからか、彼女は少し不機嫌そうだった。

 

 …だが、こんな会話すら彼女とここ一週間してなかったと思うと少し感慨深いものがある。

 

「それで? それを言いに来ただけ?」

 

「…私はこの通り身体が弱いので付き添いの生徒を常に1人、最低3人用意してローテーションさせるようにと言われました」

 

「ああ、それで神室さんと橋本君と私に白羽の矢が立ったってことか…。何で私?」

 

「一つは、ここしばらく喧嘩みたいな感じになってしまっていたので他の方々に仲直りしたと思わせるため。二つ目に、小坂君の監視をする手間を省きつつ、小坂君のことをもっと知るため。三つ目に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「神室さんに?」

 

 なぜそこで神室さんが出てくるのだろうか?

 

「小坂君のことを神室さんが怖がっているのは知っていますね?」

 

「それはこの前聞いたね」

 

「このまま3年間怯えられたままで過ごしたいのなら別に構いませんが、早いうちに仲直りしてもらった方が私としても楽です。小坂君の監視に使える人が同じようにどんどん減っていくのは面倒ですから」

 

「それで、神室さんに過負荷(マイナス)について説明しろと」

 

「彼女も過負荷(マイナス)について知ったらいろいろ考えが変わると思いますし、小坂君のことを怯えなくなるかもしれません」

 

 …確かに彼女の言っていることも理解できなくはない。知らない気持ち悪い何か、よりも、過負荷(マイナス)という正体のある気持ち悪い人の方が受け入れやすいかもしれない。そこさえ受け入れることが出来れば、私と神室さんの仲が今よりは改善されることにつながる可能性はある。

 

 だが()()()()()()()()()()()()()()()

 

「悪いけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうしてですか?」

 

「こんな荒唐無稽なことを信じてもらおうとは思わないし、そもそも私が話したのは坂柳さんだったからだからね」

 

「!!? そ、それはどういうことですか!?」

 

 私の言葉を聞いた瞬間に、顔を少し赤くして焦ったように坂柳さんが詰め寄ってきた。何をそんなに焦っているのかは知らないが大した理由じゃない。

 

「他の人がいきなり過負荷(マイナス)だのなんだのって言われても受け入れられるとは思わないし、この前見せたさいころが砕けたなんてのを見せたら発狂してもおかしくない。その点、坂柳さんは発狂するほどやわじゃないし、他の人に言いふらすような人でもないからね」

 

 こんなに早く復活するとは思わなかったけど、と内心で付け足す。

 

「ああ…そういうことですか…」

 

 説明した途端に彼女は見るからに気落ちしていた。ここまで露骨に気落ちしている彼女を見るのは初めてだったので、少し新鮮な気分だ。

 

「ま、そんなわけだから今のところ信頼してる坂柳さん以外には話すつもりはないよ」

 

「…私のことを信頼しているんですか? 勝負をしているというのに?」

 

「勝負をしているからこそさ。そもそも、過負荷(マイナス)相手に正面切って啖呵切れるような人はいないよ。そんな坂柳さんだからこそ、私は勝負を挑んだ。そんな君が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。メリットが欠片もない」

 

「…そうですね。その通りです」

 

 そう言うと坂柳さんは少し不機嫌そうだが納得したみたいだった。

 実際、こんなことを言ったら狂人認定される。仮に受け入れられたとしても、今度はそんなやつ相手に勝てるのかという疑惑が生まれれば自身の信用を落としかねないだろう。

 

「私はもう少しトレーニングしてから帰るけど、坂柳さんは?」

 

「もう少し見ています。それと、せっかく仲直りしたのですから…有栖と呼んでください」

 

「……」

 

 一瞬、何を言っているのかわからなくて腹筋をしている途中で固まってしまった。

 

「? どうかしましたか?」

 

「…いや、女子を下の名前で呼ぶようなことなんてなかったからね。前世()でも、施設にいたときもそんなことなかったから少し驚いただけだよ」

 

「(昔…?)意外ですね、小坂君なら沢田さんあたりとは下の名前で呼び合っていてもおかしくなさそうでしたけど」

 

「私は男子でも打算込みじゃなかったら基本的に苗字呼びをしている。女子に対して下の名前で呼ぶことなんてなかったし、呼んでほしいとも言われたことはなかったからね」

 

 前世の時はそもそも女子とそこまで関わることはなかった。施設にいたときも、名前呼びするほど親しくなった人はいない。中学校もまた然りだ。そもそも、中学校では保険医の先生以外の人はもうほとんど覚えていないけど。

 

「まあ、坂柳さんがそう言うなら別にいいけど本当にいいのかい?」

 

「他の人から何を言われようとある程度操作することはできますから」

 

 そう言って黒い笑みを浮かべた坂柳さん…もとい、有栖。ようやく、元の調子に戻ったみたいだ。

 

「じゃあ、私のことも零でいいよ。その方がわかりやすく仲直りしたって感じに見えるだろうしね」

 

「わかりました。…零君」

 

 そう言って彼女は私に手を伸ばす。私はそれに応えるように、腹筋の体勢から立ち上がって手の汗をタオルで拭ってから彼女に手を伸ばす。

 

「これからもよろしく、有栖」

 

 そう言って私と有栖は握手をした。お互いに倒すべき敵を睨むように、お互いに相手のことを理解しようと探るように、お互いに信頼しているからこそ相手を叩き潰すべく不敵な笑みを浮かべていた。




 


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18話目 豪華船旅行 初め

 青い空、白い雲、すがすがしい空気、まるで心が洗われるみたいじゃないか、とはどこぞのアライグマ君が台風の去った日にアニメで言っていたセリフだったか。尤も、その次にはアライグマ君のお父さんに怒鳴り散らされることになっていたが。そのアライグマ君のお父さんは、青い空も嫌いなら、白い雲も嫌いだし、すがすがしい空気何ざもっと嫌いなんだよ、と吐き捨てていたのは未だに覚えている。

 

 それはともかく、この部屋から見える外の風景がまさにそんな感じだろう。デッキにいる人達もそう思っているに違いない。だが、生憎と今の私は()()()()()()()()()()()()()()()。神室さんと橋本君は坂柳さんの命令で甲板の方に行って情報収集中。私は有栖と二人で机に向かいあっていた。

 

「それで…結局神室さんとはどうするんですか? このままの調子で二週間過ごすのはまずいと思うのですが」

 

「別に気にしないよ。私と彼女が仲が悪かろうが良かろうが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「零君が良くても、私と橋本君が重い空気の中で生活することを強いられるので何とかしてください」

 

「嫌だ。有栖がどう思おうが、橋本君がどう思おうが()()()()()()。勝手に一緒に居させるようにして、空気が悪くなったから何とかしろって君はいったい何様なんだい?」

 

「確かに私の付き添いをお願いはしましたけど、神室さんとの仲が改善するどころかますます悪化していくままではクラスの方でも支障が出ることになりますよ?」

 

 私と有栖と橋本君と神室さんが集まってまず最初に起こったことは、神室さんの逃走だった。私が有栖の割り当てられた部屋に入ったのを確認した瞬間に、回れ右をして自分に割り当てられた部屋に戻ろうとしたが、橋本君に捕まえられて泣きそうになりながら必死に抵抗していた。

 

 珍しく茫然と神室さんを見る有栖。

 

 今にも泣きだしそうな顔で必死に逃げようとする神室さん。

 

 その神室さんを必死に繋ぎとめてる橋本君。

 

 それを見て引き攣った笑みを隠せない私。

 

 どこをどう見ても地獄絵図だった。それほどまでに私に対する恐怖感があったのか、有栖に服従しているはずの彼女がそれを無視してまでここまで錯乱しているのを見たのは初めてだった。

 ここが有栖に割り当てられた部屋の中じゃなかったら、教員が飛んできてもおかしくない絵面になっていた。私と橋本君は有栖の補助をする人を聞いていたが、こうなることを見越したのか有栖は神室さんには伝えていなかったみたいだ。

 

 結局、私と十分に距離を取って話し合いをすることになった。位置としては、私の対面に有栖、隣に橋本君で有栖のベッドに腰掛けているのが神室さんだった。絵面が結構シュールだったが彼女にできる最大限の譲歩だったらしい。

 話し合い中に私が話しかけるたびに小さい悲鳴を上げる彼女の姿が面白くて遊んでいたら、有栖に怒られたのは記憶に新しい。

 

 話し合いの末、朝は神室さんが、昼は橋本君が、夜は私が主に付き添うことになった。就寝中はナースコールのようなものをベッドに置いておき、状態が悪化した場合はそれを本人が押すことで教員が駆けつけることになっているらしい。

 だが、今はデッキに向かっている生徒が多いため諜報向きの橋本君には甲板に行ってもらい、そっちに神室さんもついて行ってもらう形になったため、残った私が有栖の相手をしていたというわけだ。

 

 

「クラスの方は私と有栖が仲直りしたことで元の明るい雰囲気になってるし、元々私と神室さんは仲が良くなかったからそこまで支障が出るようなことじゃないと思うけど?」

 

「片方があからさまに怯えていたら気づく人は気づきますよ? 葛城君とかは気づいているみたいでしたし」

 

「それでも放置してるってことは問題ないってことだろう? そもそも、本人があの状況で無理やり会話してもネガティブ(マイナス)にしか受け取らないよ」

 

「…確かにそういう見方もありますね。少し、急ぎすぎていたみたいです」

 

 急ぎすぎた?

 何か急がないといけない理由でもあるのか?

 

「急ぎすぎたって、何かあるのかい?」

 

「…零君は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 …ああ、そういうことか。いや、考えてみれば当然だな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。やっぱりこの旅行には()()()()()()()()()()()()()()()

 

「少し考えればわかることだったね。大方、試験か何かをやらせるつもりなのかな? わざわざ船で行くってことはそれ相応のところで何かやらされるんだろう」

 

「そういうことです。私は体の都合で参加できませんが、恐らくクラスごとで対決するようなものことになるはずです。その時に、クラスメイトで明らかに仲の悪い人がいたら他の人たちの不信感が募ってもおかしくありません」

 

「それを理由に不満をまき散らすこともありそうだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まあ、ここまで極端なことはないかもしれないけどそうなる可能性はあるってことだね」

 

「私も私が参加できないような試験ということしか教えてもらってないので、どういう内容かはわかりません。わかってても守秘義務を付けられていそうですが」

 

「まあ、そういうことなら安心していいよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私がそういうと、彼女は目を見開いてこっちを見たまま固まった。そんなに単独行動することが驚きだったのだろうか?

 

「…何を企んでいるんですか?」

 

「いいや、企んでなんかいないよ。ただ、私はもう他のクラスに目を付けられているのと同じだから今回は単独で動こうと思っただけさ」

 

 半分本当で半分は嘘だ。Cクラスには山脇君の件で、DとBには過負荷(マイナス)のことで目を付けられていてもおかしくない。だからこれは本当。

 嘘は、企んでいないという部分だ。当然、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この機会に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。有栖に勝つ。そのためには主人公(綾小路君)をぶつけてやるのが一番手っ取り早かったが、それができない以上仕方ない。

 彼女に勝つために、まずは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、ぜひデッキにお集まりください。まもなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 突然、そんなアナウンスがされた。言い方から、デッキに向かえば試験に有利な情報が得られるのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。悪くなっても、良くなっても、それが有栖との勝負にかかわらない以上、()()()()()()()

 

「…零君は行かないんですか?」

 

「有栖を置いていくことはできないだろう? 行くなら一緒に行くけど、どうする?」

 

「そうですね…」

 

 そう言うと少し考え込む有栖。試験に参加できない彼女からすれば、そこまで有意義にはならないと知っているからだろう。

 

「私としては別に行かなくてもいいとは思うけど、せっかくのいい景色だ。窓越しじゃなくて、実際に見てみたいなら一緒に行くよ」

 

「…それならお願いします」

 

 そう言って、彼女は杖を持ち杖を持っていないほうの手を私に委ねた。手を取りながら、橋本君に『デッキに向かうから神室さんをよろしく』と書いたメールを送信した。これで、わざわざ鉢合わせするようなことはないだろう。仮に鉢合わせしたとしても、私は連絡を入れて橋本君が携帯を見ればわかるようにしたんだから()()()()()()

 

 デッキに着くとさんさんときらめく太陽の下、生徒たちがこぞってデッキから見える島を凝視していた。一番前のいいポジションをAクラスのクラスメイト達が占領していたが、そこまで行くのは私はともかく有栖にはきついだろうと思った。そのため、遠目からその島を眺めるだけに留めといた。

 

「いい景色だね。太平洋の中で、島と船と人間だけがここにある」

 

「そうですね。こうやって直接見ることのほとんどできない景色を見ると、感慨深いものがあります」

 

 私はこっちに来てから施設暮らしでこういう景色を見たことはなく、彼女は彼女で先天性疾患を持っているためこういう景色を直接見ることはできなかったのだろう。本来なら、ここにいることすらできなかった彼女だ。そんな彼女が見ている同じ景色は、私と同じでももっと輝いて見えているのかもしれない。

 

 島が目前という距離まで近づくと、そこから島全体をぐるっと回って生徒たちに見せるらしい。どこをどう考えても、意図がある物だろう。

 

「ああ、そういうことね」

 

「ええ、そういうことでしょう」

 

 二人で意味深につぶやくと、お互いに()()()()()()を見れたと確認した。

 それは、少し浮かれていた旅行気分に水を差すには十分だった。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替えて、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします。また、暫くお手洗いに行けない可能性がございますので、きちんと済ませておいてください』

 

 そのアナウンスが、これから試験が始まることを確定づけるには十分だった。短い旅行だったな、と思いつつも有栖を部屋に送っていく。

 

「それじゃあ、送るよ」

 

「ええ、お願いします。しばらく会えなくなりますが、あまり変なことをしないでくださいね」

 

「変なことって?」

 

「先ほどのように、神室さんを弄んだりしないでくださいということです」

 

「前向きに検討して、善処しよう」

 

「直す気はないってことですね」

 

 そう言ってため息をつく有栖の手を取りながら、彼女の部屋まで見送る。私達が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。島で試験を行いたいがためだけに、豪華旅行船という()で生徒を釣りだす。

 端から拒否権はないが、こうすることで逃げ出そうとする生徒はいなくなる。合理的というか、()()()()()()()()、こんなもので釣られている側である以上文句は言えないか。

 

 そんなことを考えているうちに有栖の割り当てられた部屋に到着した。

 

「それじゃあ、またね。たしか、島では一週間過ごすはずだから長いと一週間後かな?」

 

「恐らくそうなりますね。あまり神室さんをいじめないように」

 

「まあ、善処しよう。私もそこまで下手なことをする気はないからね」

 

「ええ、そうしてください。それでは一週間後にお会いしましょう」

 

「ああ、有栖も体に気を付けてね」

 

 そう言って、私は有栖と別れて自分の割り当てられた部屋に戻った。私と入れ替わりで、真嶋先生がやってきたので軽い挨拶をして自分の部屋に向かった。有栖の様子を見に行ったのだろう。試験中のことについて指示が下されるのだと思われる。

 自分の部屋に着いた私は、アナウンスの指示通りにジャージに着替えて荷物をまとめて携帯を持ってデッキに向かった。録音機の類や、青本と参考書は当然部屋に置いてきた。

 

 

 

 下船するために一人一人荷物検査を行っていたことから、ここで試験を行うのは確定的だ。携帯電話まで没収されたことから、外部との通信を完全に遮断されたことになる。それよりもこの無駄に暑い中、生徒たちを長時間拘束することに内心で悪態をついた。もっと効率良くやれよ、前世の高校の生徒会でももっと効率よく生徒を動かしていたぞ。

 

 Dクラスの生徒の荷物点検が終わり、全員が揃ったところで真嶋先生が前に立った。校長先生の話のような綺麗ごとを並べているうちは、生徒たちで話す人も少なく特に問題はなかった。

 

 だが、次の瞬間に彼らの旅行気分は一気に吹き飛ぶことになる。

 

「ではこれより――――本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 周りの生徒たちがざわついたのと同時に、私の中で言葉にできない何かが蠢いているのを感じた。もしかしたら違うかもしれないという希望が少しでもあったのだろうか?

 言いようのないムカつきにも似た何かが私の中で渦巻いている。これが何なのか、今の私にはわからなかった。

 

 いろいろ説明しているので、とりあえず切り替えて頭に入れておく。テントに関しては正直高望みしていないからどうでもいい。施設暮らしの時に嫌がらせで寝床がなかったことも少なくはなかった。アスファルトじゃないだけマシだ。というより、いろいろ配給してくれているのだからそこまで文句も出ないだろう。生徒を殺したくてこの試験をやるわけじゃあないし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 生徒の耐久試験じゃあるまいし、何かしらの措置があるはずだ。

 

 どこかで見たことがあるようなDクラスの生徒が真嶋先生に文句を言ったところ、想像していた通りの措置があった。ポイントを使わなければならないが、豪遊することもできるのだからそのポイントも何か細工があるのだろう。

 案の定、残ったポイントはクラスポイントになるということだった。これによって、クラスの中で遊びたいという人がいても、簡単にそうなるわけではないということになる。

 いや、むしろクラスポイントを残そうとするあまり他の人に我慢させることを強要させる人も出そうだ。

 

 

「真嶋先生、質問をよろしいでしょうか?」

 

 そのタイミングで、意見を言うために手を伸ばす。私の方を見てくる人達もいるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。Dクラスの人たちも私の方を凝視しているが、()()()()()()

 

「…なんだ小坂」

 

「不慮の事故によって死亡者が出た場合はどうするのでしょうか? リタイア扱いで-30ポイントになるのでしょうか?」

 

「後程各クラスで話すことになるが、この特別試験では試験開始前に腕時計を配布する。その腕時計に体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも備えてる。また万が一に備え、学校側に非常事態を伝えるための手段も搭載してある。緊急時には迷わずそのボタンを押し「そういうことじゃありません」

 

 真嶋先生の言葉に割り込んでそういうと、他の教員も私の方を注目し始めた。だが、()()()()()()()()()()()()()

 

「私が言いたいのは、海岸を歩いていたら海岸が崩れて頭を打ち付けて死んでしまった場合とか、木の根に足を引っかけて転んでしまい転んだ先にあった木の枝が眼球部に入り脳幹を突き抜け死んでしまったとか、歩いていた山がいきなり崩れて断層に挟まれて帰らぬ人になったとか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私がそういうと周りの人たちはこっちを見たまま固まった。そんなこと実際に起こるはずがないと思いつつも、()()()()()()()()()()。そういう恐怖が生まれたのだろう。自分が死んだ場合、担任のクラスの生徒が死んだ場合のことを考えたときのことを考えているはずだ。

 

「…そういう場合はリタイアとは別の扱いになる」

 

「そうですか。ところで話は変わるのですけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? そのクラスだけ()()()()()()()なるんですかね? それとも、Dクラス以外の生徒が全員退学したり死亡したりしたらDクラスはAクラスと同じ扱いになるとか?」

 

 私が話すたびに、他の人達がまるで化け物か何かを見るような目でこっちを見てくるのがわかる。何をそんなに警戒しているんだろう?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……小坂。それ以上余計な質問をするようなら、君をリタイアにしなくてはいけなくなるかもしれないがそれでも続けるか?」

 

「あ、それじゃあいいです。そこまで興味があることでもないですし」

 

 そう言うと他の人たちが一斉に息を吐き出した。

 そこで潔く私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今話すまで、自分が何時から過負荷(マイナス)を出していたわからなかったが、今出していないことは理解できる。自分の中で、自分が自分じゃないような不思議な感覚に襲われる。

 それを無視しつつ、私のことを化け物を見るような(心配そうな)目で見てくる茂や康平たちに、勝手にこんなことしてごめんね。と言うと彼らの中から私に対する警戒心は完全に消えた。

 

 他のクラスの人や教員たちは、未だに私の方を化け物か何かを見るような目で見てくる。だが、それが気にならないくらい、私は内心とても困惑していた。

 

 過負荷(マイナス)を出していたことに自分で気が付かなかった…?

 

 こんなことは、HIGH、LOWの制御ができてから初めてだった。今まで、意識が緩んで漏れるようなことはあったがその時にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、今は自分自身が今までとは違う何かになっていくような()()()()()()()()()()()()()()()

 その感覚が抜けないまま、各クラスごとにまとまって担任の先生から補足説明を受けることになった。集まっているAクラスのみんなは私のことを見て、怯えていたり、首を傾げたりしている。神室さんは私から一番距離を取っていた。

 

 そんな中で、真嶋先生から説明が行われる。スポットがどうのだの、トイレがどうのだの言っているが正直そこまで興味はなかった。

 

 私は今回の試験に()何もするつもりはない。

 

 私が今回の試験でしたいことは、端的にいうと()()()()()()()()()()()()()()

 

 今まではこのまま放置していても問題ないと思っていたが、第一案である「主人公(綾小路君)を坂柳さんにぶつけて漁夫の利作戦」が失敗した以上、自分の手札を少しでも増やしたかったという思いがあった。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この試験中に必ずやる必要はなく内容が内容であれば普通に試験に取り組むつもりだったが、()()()()()()()。本当なら、単独でできるだけ他のクラスの動向を探っておきたかったのだが、こうなってしまっては仕方ない。

 私は早急に自分の過負荷(マイナス)を完全に制御しなくてはならない。

 

 真嶋先生の説明が終わり、他のクラスメイト達が集まっている中で、私は自分自身が今までで一番の修羅場に立っていることを自覚したのだった。




 予め言っておきます。3巻に入ったのはいいのですが展開の都合上、一部内容がカットされます。

 死亡云々は多分独自設定です。原作を見返したのですが書いてなかったので、流石に死んでリタイア扱いにしたら学校としてはどうなんだろうか、と思ったのでこうなりました。扱いとしては「リタイア扱いにはならず、点呼での減点もなし」。減った人数でそのまま試験続行という感じになるかと思います。
 試験の中止も考えたのですが、ここまでお金を出していて生徒も無人島に招待(強制連行)してまで行っている試験を中止にするか?と思ったのでこうしました。
 腕時計と点呼がある以上は問題ないと思います。
 もしどこかで記載されていれば教えてください。


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19話目 豪華船旅行もとい、特別試験 一日目

感想、お気に入り登録、誤字報告、評価ありがとうございます。

エイプリルフールですが通常通り本編を進めていきます。エイプリルフールネタとして、感想欄であったZ組ルートを真面目に考えたのですがキャラ作成が途中で詰まってしまいました。途中まで作った手前、消すのももったいないので折を見て番外編として投稿するかもしれません。



 私が自分自身の修羅場をどうするか考えていたところで、クラス内で話し合いが始まった。

 まず、この試験で有栖が参加できないことから主に康平の言うことにみんな従うことで賛成している。だが私はそれに同意していない。

 

「零もそれでいいか?」

 

「嫌だよ。私は今回、単独行動をとらせてもらう」

 

 私がそう言うとクラスの雰囲気が一変した。私が康平に従うと思っていたのだろう。茂や沢田さんも私の方を見て驚愕を隠せていない。橋本君も話が違うとでも言いたそうな目でこっちを見ている。

 

「勘違いしないでほしいんだけど、私は君の奴隷でも、有栖の奴隷でもないんだ。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()。とは言ってもリタイアする気はないし点呼をさぼるわけでもない。一週間ぐらいなら自分で何とかできるから、簡易トイレだけもらっていくよ」

 

「…そうか。そう言うことなら止めはしない」

 

 康平の言葉にクラスメイト達は少なくない驚きを隠せていないが、私は無言で折りたたまれている簡易トイレを一つ鞄の中に押し込んだ。とても全体は入りきらず、上半分が露出した状態だが仕方ないだろう。

 

「点呼はどうするんだ?」

 

「午後7時半にここに戻るから一人寄越してほしい」

 

「それなら、俺が直接迎えに来よう」

 

「そう」

 

 そのまま彼らに背を向けて海岸沿いに歩いていこうとしたら、再び康平に声をかけられた。

 

「俺はお前のことを信頼している。お前のことだから考えがあってのことだろうと思っている」

 

「…ああそうかい。私は初対面のクラスメイトの中で、人見知りの自己紹介を目立たせるような奴は嫌いだよ」

 

 今のは入学初日の日のことだろう。自分でもするりと出てきた言葉に驚きつつも、彼らを見ないように背を向けたまま歩き出した。背中に突き刺さる視線と他のクラスから投げられる視線に辟易するが、今はただ一人になりたかった。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 海岸沿いを歩いて適当なところで鬱蒼と茂る森に入った私は、行き場のない『怒り』にも似た感情をどうするかで必死だった。海に入ることも考えたが、その後のことを考えると気が引けた。木々に『マッハ突き』を打ち込みたくなる衝動に駆られるが、したら自分もただでは済まないうえに環境破壊とみなされて減点対象になるだろう。

 

「…『無冠刑(ナッシングオール)』」

 

 呟いただけで何も起こらない。当然ではある。私は今過負荷(マイナス)を抑えているのだから。だが、()()()()()()()()()()()()()。こんな状況こそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幾つか、私の過負荷(ナッシングオール)についての推論がある。

 その中で最も有力だと思っているものは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。理屈としては()()()()()()()()()()()()()()()()()。施設暮らしの時には、常に垂れ流しにしていた上に同じ施設内の人にしか会う機会はなかった。

 だが、この学校に来てから寮の自室で過負荷を解放しているにもかかわらずクラスメイトから忘れられていることはない。もっと言えば、中学校の時にOBの心を折った時も他の人との『縁』は切れていなかった。さらに、少量であれば他の人がいても完全に『縁』が切れることはなくなっていた。

 

 以上のことから、私の過負荷(ナッシングオール)を本格的に解明するには(この試験中)しかないということだ。それも点呼がある都合上連続でできる時間は限られている。

 

 そう思ったところで、私は()()()()()()()()()()()。私を中心に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。辺りにいた野生の鳥や、虫が一斉に私の周りから逃げ出していく様すら認識できた。

 

「…『無冠刑(ナッシングオール)』」

 

 そう呟いたが、何も変化はなかった。これによって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。意識して鉈を出すイメージを作っても見たが結果は同じだった。

 

 次に座禅をして瞑想した。少し前のように、自分自身の過負荷に話しかけるように心の中で言葉を投げる。

 

 

 

 …だがいつもなら来る感覚が全く来なかったことに、私は愕然とした。

 

 

 

 何で今日に限って…いやまてよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷静に考えてみたら過負荷(マイナス)を抑えると決めてから放置しすぎて、自分の過負荷(マイナス)との()()()()()()()()()を、ほとんどしていなかったことに気付いた。

 そもそもこの学校に入ってから気づいた()()()()()()()だが、初めの方こそ何回かやったがここ2ヶ月ぐらいは対話どころか()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

 元々、意識して使おうとはしていないし()()()()()()()とも言えるものを纏う時と寝るときにしか出していなかった。

 

 それだけ自分自身の過負荷(マイナス)を蔑ろにしていたら愛想を尽かされても仕方ないのではないか?

 

 言いようのない喪失感が私を襲った。私は過負荷(マイナス)なら何でもよかったのかもしれない。別に『無冠刑(ナッシングオール)』じゃなくても。

 そして、それに気づいてしまったことで辺りの空気は変化する。私が出していたと錯覚していた『無冠刑(ナッシングオール)』の空気ではなく、ただの『過負荷(マイナス)』としてのそれに。ぶっ鉈ぎられるような空気から、ただただ歪んで気持ち悪いだけのものに。

 

 私だけの欠点(マイナス)だったはずのそれが、私の知らない欠点(マイナス)に書き換わっているような気持ち悪さ。

 

 そのことに気付き、本来なら喜ぶべきはずの欠点(マイナス)が消えたはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いったい何時からだったのだろうか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 他の人たちとの『縁』を紡ぎすぎたせいなのだろうか?

 

 どうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の過負荷(マイナス)との決着をつけるつもりが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は取り返しがつかないであろう、自分自身のルーツを知らないうちに手放していた事実に点呼の時間が近づくまで、ただひたすら嗚咽を漏らしなら自己嫌悪と懺悔をするしかできなかった。

 

 

 

 

___________________________________

 

 

 

 

 気が付いたら既に日が落ち始めていた。少しずつ辺りが暗くなっている。既に腕時計は6時半を示そうとしていた。

 未だに気持ちの整理がついていないが点呼の時間に遅れるのも問題だし、食料はなくても問題ないが水の確保をしなくてはいけない。一週間ぐらいなら水だけでも死にはしない。とても辛いだけだ。死ななければ安い。

 

 今の私に生きている意味があるのだろうか?

 

 わざわざ転生してまで掴んだ過負荷(マイナス)を切り捨ててしまった私に、そこまでして生きる意味なんてあるのだろうか?

 

 このまま死んでしまった方がマシなのではないか?

 

 そんな考えが頭の中をぐるぐる回ってる。試験のことも、有栖のことも、康平のことも、綾小路君のことも、Aクラスのことも、()()()()()()()()、全てがどうでもよくなってしまっている。

 だがここで死んでは()()()()()()()()()()。私が転生した意味も、私が知りたかったものも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全てが無意味になってしまう。

 

 それだけを心の支えに私は水を探した。自分の過負荷(マイナス)を抑えながら歩き始める。何者かわからない過負荷(それ)に気持ち悪さを感じながらも、そう遠くない場所で川を見つけた。

 そこまで汚くない上に、下の方に続いていることから結構立派なものなのだろう。下に下っていけば他のクラスが拠点にしていてもおかしくないぐらいだ。ただ問題としてここから降りるには少し急だということか。

 そう思っていたら、看板が立てかけてあるのを見つけた。「この川はスポットに指定されているものであり、許可のない利用を禁ずる」と書いてある。それを見て川沿いを歩いてスポットを確認することもできたが、リーダーでない以上占拠することもできないので諦めた。

 

 森の中から感覚を頼りに、待ち合わせの場所に向かうと今度は池を見つけた。先ほどの川よりはきれいではなく、大きさもそこまで大きくなかった。池と言うよりも大きな水たまりと言った方が適切だろう。

 とりあえず、そこまできれいではないが死ぬよりはマシだと思ったので少しでも水分を取るべく池の水を飲んだ。案の定、おいしくないしジャリっとした感触が少しある。

 だが、施設で過負荷(マイナス)を垂れ流して生きたときにいじめの一環で飲まされた劇物の類に比べればまだましだ。醤油を直接飲まされるような喉の痛みではないし、泥水ほど汚くもない。洗剤入りの水なんかは酷かった。冗談抜きで死ぬところだった。

 

 ここ数年はまともな生活をしていたので抵抗感がなかったわけではなかったが、それでも普通に池の水でのどを潤すことはできた。間違いなく他の生徒はやらないだろうが、私は生きていられるのであればよかった。尤も、生きている意味もなくなってしまいそうな私ではあるが。

 再び自己嫌悪に陥った私はそのまま待ち合わせの場所に戻った。

 

 

 

 

 

 

 森の中を歩いていたので、それなりに時間がかかったが7時半にはついた。最初に降りたところに戻るとすでに康平が来ていた。

 

「やあ、わざわざ来てもらって悪いね」

 

「…俺とお前の仲だ。これぐらいなら構わない」

 

 少し戸惑った顔をしているようにも見えたが、すぐにいつもの仏頂面に戻ったので気のせいだったのだろう。そう言って歩き出す康平の後ろをついて行く。結構歩いてきた気もするが、体力づくりを日々していた私にとってはこれぐらいで疲れるようなことはなかった。

 だけど、精神的にだいぶ参っていることを自覚している。自分のアイデンティティーが自分の知らない間に消え去っていた事実は、思いのほか私の心は抉りつくしていた。

 

 康平について歩くと洞窟に着いた。既に他のクラスメイト達も中に集まっていて点呼をするまで待っているような状態だった。時刻は7時55分。真嶋先生もいることから、間違いなく私を待っていたのだろう。

 

「小坂で最後だな」

 

「そうですか。点呼が終わったのならこれで失礼します」

 

 そう言って後ろを向いて歩き始めた。

 

「ちょっと待てよ!」

 

 そう言われたのを耳にして歩みを止めた。振り返ってみると珍しく感情的になっているのは茂だった。彼がここまで感情を露わにしているのを見るのは珍しい。

 

「お前が何に苦しんでいるのかはわからないけど、同じクラスメイトだろ? 一人で行こうとしないでもっと俺らのことも頼れよ!」

 

「そうだよ。いつも坂柳さんとか葛城君とか、竹本君とかと仲がいいけど小坂君もAクラスの一員なんだよ!? そんなに辛そうな顔をしてないで一緒に来なよ!」

 

 茂のほかにも、あまり話したことのない女子までそう言ってくる。私には何でそんなことを言ってくるのかがわからなかった。

 

「別に苦しんでることなんかないし、辛いこともない。今はそう言う気分じゃないだけだ」

 

「嘘をつくなよ。ここ何ヶ月一緒にいたと思ってるんだ? 葛城君や坂柳さんほどじゃないがその二人を除けば一番一緒にいたのは俺だぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう自信満々にいう茂だが、私は彼の前でそんな顔をした覚えはない。それに、これ以上ここにいても()()()()()()。私は無言で振り返り、そのまま歩き始めた。

 後ろで何か言っているような声が聞こえるが、そんなこと私にはどうでもよかった。

 

 

 

_______________________

 

 

 あいつ()が行ってしまってからAクラス内は痛いほどの沈黙が支配していた。真嶋先生も無言で立ち尽くすほどの衝撃だった。

 あいつは苦しんでなんかいないと言っていたが、それが嘘だということははっきりとわかった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 普段のあいつ()なら、それに自分で気づいて跡を消してから来ただろう。だが、それをしなかったということは()()()()()()()()()()()()()()()。そんなあいつが苦しんでいないわけがないと思っていた。それに、あいつは時々()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだかんだ面倒見が良いところがあった。クラスを纏めたり、孤立気味なやつに声をかけていったのがいい例だ。

 さっき俺と言葉をかけた矢野さんも、同じ気持ちだったのだろう。普段ほとんど関わりを持っていない彼女まで言うぐらいだ。恐らく、他のクラスメイト達も全員把握している。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 普段から付き合いの深い葛城君も沈痛な顔でただ黙っている。何故かあいつに怯えている神室さんも怯えていた雰囲気が消え困惑している。橋本は苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。あいつも何か思うところがあったのだろう。戸塚も零のことは好きじゃないのを知っている。葛城君が小坂を呼びに行くと言って行った時には葛城君にこんなことさせるなんてとか言っていたぐらいだった。そんな戸塚でさえ、先ほどのあいつ()の顔を見てから黙り込んでしまっている。

 

 Aクラス内は葛城派と坂柳派で分かれていて普段はお互いに敵視しあっている。それの間に入っている零がこんな状態では、どっちの派閥にいようがいい気分じゃないのは確かだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。全員が全員というわけではないかもしれないが、あいつ()がいなかったらもっと緊張感の溢れる殺伐とした雰囲気になっているということは全員理解している。

 既に二回もクラスの代表格がぶつかっているが、お互いに発言権を失うどころか()()()()()()のままなのが小坂の頑張りを表しているだろう。俺としては人望としては葛城君、策略としては坂柳さんの方が上だろうと思っているが、そのすり合わせを調整していたのはあいつ()だった。

 

 俺があいつを隠れ蓑代わりにしていることも、あいつ自身察しているだろう。それでもなお、俺と一緒にいてくれるのだから()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真嶋先生がどこかに行くのと同時に、ポイントで得た食料と飲料水を摂ってこの日は寝ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …そして次の日だった。

 

 あいつ()の死亡報告が発表されたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Aクラスから分かれた後、私は適当にぶらついていた。海岸沿いを歩き、崖になっているような場所に居る。もう少しで落ちてしまいそうな錯覚に陥るぐらいだ。

 とは言っても、自殺する気はさらさらなかった。

 

 私はもう一度自分自身を見つめ直そうとしていた。

 

 私は何者なのか?

 

 私は何をしたいのか?

 

 私が生きていく意味は何か?

 

 私は過負荷(マイナス)をどうしたいのか?

 

 私はこの学校で何をなしたいのか?

 

 そう言うことを今一度見つめ直していた。

 何者なのか、という問いには『小坂零』である。としか答えようがない。前世の自分も同じ名前だったし、私にはこれ以外に名乗る名はない。

 何をしたいのか、という問いには過負荷(マイナス)だろうと普通(ノーマル)だろうとプラスだろうが、意味のある人生があるということを証明したい。過負荷(マイナス)だろうが、意味のない人生なんかじゃないってことを証明したい。

 

 …今更だが、私は『前世の小坂零』の人生が決して無駄なものじゃなかったということを証明したいのじゃないだろうか?

 

 そうじゃないと、プラスと普通(ノーマル)まで対象に入っていることがおかしい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …いや、過負荷(マイナス)でも意味のある人生が送れるということを利用して()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということにしたいのか。

 

 そんな半端な考え方じゃあ、こんな有様になっても仕方ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分の過負荷(マイナス)を踏み台に、前世の自分が生きていたことに意味があったと証明する。こんなことを考えていたのであれば、自分の過負荷(ナッシングオール)にそっぽを向かれても仕方ない。

 

 自分自身(ナッシングオール)を切り捨ててまで、私はそんな()()()()()()()()()()()()()()()。改めて自分自身に絶望した。前世の自分にどれだけ意味があったとしても、それは今の私とは関係ないのに。

 

 

 そんなことを思って、ふと過負荷(マイナス)を出した。いつものぶっ鉈切られるような感覚はなく、ただただ歪んで気持ち悪いそれを確認してまた自己嫌悪する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そんな時だった。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 急に崖が崩れ落ち、左腕を下から突き出ていた岩に打ち付けた挙句、頭を強打し意識が朦朧とする中で私の上に崩れた崖とそれによって生じた土砂が乗るのを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして私の意識は深い闇の中に落ちた。

 

 

 




エイプリルフールでこんな終わり方をしてしまったので紛らわしいですが本編です。
当然これで完結ではありません。


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幕間 ~夢の中、泡沫にて~

 

……

 

………生きてるのか?

 

 確か私は点呼の後に海岸沿いで考え事をしていたら、崖が崩れて海に投げ出されて…

 

 

 もしかしてここは死後の世界だとでもいうのか?

 

 

 ついに私は死んだのか?

 

 わざわざ転生したのに?

 

 あんなところで?

 

 坂柳さんとの決着もつけずに?

 

 自分の欠点(マイナス)を見失ったまま?

 

『そのとおり、君は今死にかけてるよ』

 

 言葉と同時に後ろに、人の気配を感じた。

 思わず振り返ってみると、そこにいたのは身長170㎝ぐらいで、髪は黒く前髪が目にかからない程度の長さ。顔は他の人がどう思うかは知らないが個人的には中の下〜下の中程度の顔で細身の体で学ランを着ている。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 違いのような違いと言えば、目の黒目が完全に真っ黒になっていることと学ランを着ていることぐらいだろう。声も括弧(カッコ)つけたような感じではあるが、私の声そのままだ。

 

『君は海岸沿いで考え事をしながら過負荷(マイナス)を出したら座っていたところの崖が崩壊。落ちたときに左腕の腕時計は岩に叩きつけられたせいで壊れ、ダメ押しのように後から崩れた崖に全身を潰されてお釈迦寸前の有様さ』

 

「……」

 

 それを聞いてやっぱりと思っていたが今の私には()()()()()()()()()()()()()()

 それよりもこいつだ、私と瓜二つのこいつはいったい何者なんだ?

 

『おいおい、そんな風にじろじろ見るなよ。照れちゃうじゃないか』

 

「…お前はいったい何者だ?」

 

『そんなに冷たいことを言うなよ。()()()()。君だってそう思ってるんだろう?』

 

「まあそんな気はしてたよ」

 

 実際に目の前で見てみるとよくわかる。

 目の位置、鼻の高さと造形、耳の曲がり方、腕の長さ、()()、足の長さ、筋肉のつき方、手の大きさ、肩幅の広さ、ひじの関節の位置、それらをぱっと見ただけで既視感がある。それらは恐らく、鏡を見ることで見ることができるものだろう。

 

『気持ち悪いかい?』

 

「そりゃあな」

 

『俺もさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろ?』

 

「わかってるんなら言わなくてもいいな。ていうか思考回路までまるっきり一緒なのか?」

 

『さあ? まあそうだとしても俺には関係ないけどね。俺は俺でしかないし」

 

「同意見だ。()()()()()じゃあない」

 

 俺なんて一人称は()()()ほど前にやめたものだ。私は私であって、俺じゃあない。

 

『そんなこと言うなよ。俺って言わなくなっても俺だったことには変わりないんだから』

 

「言うなよ。そうだとしても私は私だ。俺じゃあない。」

 

『頑固だねえ。まあどうでもいい(俺には関係ない)けど』

 

 私という一人称に変えたのは生前の中学三年生ぐらいの時だ。

 母親が『俺』と言う一人称を嫌がったから無理やり『私』に矯正したものだ。それが結果的に今の『私』を形作るための根幹になっている。

 

『そんな風に無理やり矯正した結果、しゃべり方に統一感がなくなったんだろう? ()()()()()()()()と言うわりにはその「私」がブレブレすぎて笑っちゃうぜ』

 

「ッ!!」

 

『図星かい? そもそも君はどっちつかずの宙ぶらりんだっていうのをいい加減自覚しろよ。プラスにもマイナスにもなりきれない中途半端な存在。それが君さ』

 

「…ムカつくよ君」

 

『また口調が変わってるぜ? それも()に近づいてる。それでいいのか?』

 

 本当にムカつくやつだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …自覚はしていた。

 マイナス気質だと言っても、元々がプラスにいた人間だったからか()()()()()()()()感覚はずっとあった。

 プラスの連中(クラスメイト)と仲良くしようとしたり、エリート(坂柳さん)と仲良くしていたのなんかがいい例だろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 本当にマイナスだったら問題なかったのだろう。

 どっちつかずの私だったから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『君の本質は「縁を切ること」。だと言うのに、誰彼構わず「縁」をつないでいるのが今の君だ。そんな状態でマイナスだと誰が言える?』

 

「だが、誰彼構わず切っていったら生きていくことすら厳しいだろうが」

 

『そんな風に「周り」のことを考えるから君はどっちつかずなのさ。自分以外はどうでもいいとか言いながら、周りに常に気を配って壊さないように丁寧に生きているのが今の君さ』

 

 …言われてみればそうだ。

 転生してから最初の方…と言うより高校入学前は『縁』を積極的に結ぶなんてことはしなかった。高校に入学してからだ。クラス内の立ち位置とか、周りの人からの評価を細かく気にするようになったのは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……そんな状態じゃ、どっちつかずと言われても仕方ないのかもしれない。どっかでわかってはいた。マイナス気味になってもマイナスになりきれてないって。

 

 …だけど、こいつは何なんだ?

 

 いったいどこまで私のことを知っているんだ?

 

 そもそもこいつはいったい何者なんだ?

 

『俺は君さ。さっきからそう言ってるだろ?』

 

「さらっと思考を読まないでくれ。正直良い気分じゃない」

 

『俺が君である以上は仕方ないと思わないかい? 第一、君は俺のことを本当は気づいているはずだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 過去2回…?

 

 そんなことがあったのか?

 

 いったい何時……

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 …殺さなきゃ。

 

 こんな奴生きてちゃいけない。

 

 今ここで殺さないと、ありとあらゆるものへの害悪にしかならない。

 

 だから殺さないと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のために、世界のために、社会のために

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうすれば、こんな気持ち悪いやつ(マイナス)が死んでここにいる人達も元に戻るだろう。

 

 ここの人たちは()()()()()子供を虐待するような外道に成り下がってしまった。他の子供たちに被害が行かないように元凶の私が死なないと。

 

……ああ、それでも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し、生きていたかったなぁ」

 

 

 

 こうして舞台の幕は下りた(鉈が振り下ろされた)

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ッ!!!????

 

 なんだ今のは!!?

 突然頭が痛くなったと思ったら、いきなり目の前に浮かんで消えた…

 

 今のは…()

 

 でもこんなこと記憶に……

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『思い出したかい? それが二回目だ』

 

「…今のは何だ?」

 

『現実から目を背けるなよ。今のは君さ。もちろん過去のね』

 

「だとしたら何で今私は生きているんだ!? あそこで自殺したんならここにいる私は一体何なんだ!?」

 

『簡単なことさ、君は最後に()()()()って思った。()()()()()()()()()。君の中にあった「死」という概念と君との「縁」を切り離すことでね。その影響が残っているから、君は今死にかけにも拘らず死んでいないのさ』

 

 確かにさっき見た私の最後の顔は()()()()、けど死ななくてはいけないという悲壮に満ち溢れたものだった。だが、生きたいと思ったからで『死』との『縁』を切った?

 そんなオカルトがあり得るのか?

 

『あるさ。現に君は転生を経験しているだろう? そんな一番のオカルトがあるんだ。君が信じたがっている「無冠刑(ナッシングオール)」があっても不思議じゃない。それに、死にかけている今君がここで対話しているのが良い証拠じゃないか』

 

 確かにそうかもしれないが、それがあったとしてこいつは何のために私を生かしたんだ?

 それに『俺が生かした』ってことは、こいつが『無冠刑(ナッシングオール)』を持っているってことなんじゃないか?

 

 

 

…待てよ、もしかしてこいつの正体って

 

 

『やっと気づいたのか。そうさ、俺の正体は君が言うところの過負荷(マイナス)スキル、「無冠刑(ナッシングオール)」そのものさ』

 

「!!」

 

 過負荷(マイナス)そのものに人格が宿ってるだと!?

 そんなことめだかボックスの原作でもなかった。

 第一そんなことあるはずが……いや、だがそれならいろいろと説明が付く。

 私を死なせないようにするのは彼の言った通りの『無冠刑(ナッシングオール)』の使い方をすればできるし、今対話しているのも私の精神世界に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が思いつかなかったような使い方だし、精神世界に入ってくるなんて突拍子もないことだが理屈は通ってる。

 

 何せ過負荷(マイナス)は私自身なんだから。

 

『お、どうやら理解したみたいだね。そうさ、俺こそが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

………

 

 

 

「本当にごめんなさい」

 

 理解した時にできた行動は土下座で謝ることだけだった。ついさっきまで使用することを躊躇い続けた結果、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に対してできることはそれしかなかった。

 当然、彼にはわかってるんだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さっきまでの彼に対するイラつきが、全部後悔に変わる。

 

 ところが返答がないので顔を上げてみたら、そこにあったのはさっきまでの楽しそうな顔をしていた彼ではなく、()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

『あれー…? おっかしいなー、こんな感じになるはずじゃなかったんだけど…』

 

「? 私がほとんど『無冠刑(ナッシングオール)』を使わない挙句に、過負荷(マイナス)として威嚇ぐらいにしか使ってなかった。その上、道具のように使い捨てるような真似をしていたから愛想を尽かしたんじゃないのか?」

 

『それだけは絶対にありえない!』

 

 私の質問に帰ってきた答えは私の予想外の言葉だった。ここで会って初めて彼が声を荒げたのに思わず体が跳ねる。私はどうやら精神的に相当参っているらしく、完全に委縮してしまっていた。

 

『君がいなかったら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に愛想を尽かすなんて、絶対にありえない!』

 

 括弧つけたままだが、その言葉は心に響く様な絶叫だと私は感じた。あっけにとられている私を見て、ハッと我に返った彼は咳払いをしてからこっちを見た。

 

『だから俺が君を見限るなんてありえない』

 

「でも、さっきまで『無冠刑(ナッシングオール)』とは全く別の過負荷(マイナス)のオーラになっていた。その上に、前なら返ってきた過負荷(マイナス)との対話と言えるようなものもできなくなっていたから、てっきり愛想を尽かされたもんだと」

 

『それに関して何だが…それは俺のせいじゃない。君自身の変化のせいだ』

 

「私自身の変化?」

 

『さっきも言っただろう? ()()()()()()()()()。君がプラスとマイナスを行き来しているような状態だから、唐突に「無冠刑」が変質したり、かと思えば突然自分でもわからないうちにマイナスを出してたり、自分が自分じゃなくなった感覚とかあっただろ? あれがそれだよ』

 

 …頭の中が完璧に混乱している。でも、さっきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってた。これからすると、私のことを見捨ててもおかしくないのでは?

 

『確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さっきの言葉だって嫌味っぽく言ったのは事実だしね。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君が望むのなら、今ここで俺は自分を消滅することすら受け入れよう。今の君なら俺がいなくてもうまくやっていけるだろうよ』

 

『俺は俺でしかないと言ったが、「私」のためなら俺は自分を殺す覚悟がある』

 

 そう言う彼の眼は全てを飲み込むような漆黒の瞳のはずなのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分がいなくても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼の本体とも言える存在であるはずの私が探し求めているものを、私よりも先に手にしているであろう『俺』がそこにいた。

 その姿がとてもプラス向きで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その眼はいつか見た彼女(有栖)の目の輝きにも似ていて、とても綺麗だった(カッコよかった)

 

 

 でもだめなんだ。今の私には()()()()()()()()()()()()()過負荷(マイナス)の人生に意味を見つけたいという理由だけじゃなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『そう思ってくれるだけで嬉しいけど、本当にいいのかい? ここで手放さなかったら、君は一生過負荷(マイナス)のままだぜ?』

 

「そんなことは百も承知だよ。それでも、君と一緒に歩んでいきたい。それでこそ『小坂零』の人生だと思うから」

 

 自分自身の本質を変えてまで手にしたものは、果たして『小坂零』が手に入れたものと言えるのだろうか?

 私にはとてもそうとは思えなかった。例を挙げるなら、弱いカードだけでカードゲームの戦術を楽しんでいる人間がいたとしよう。その彼は周りの人から単純に強いカードばっかり薦められて新しくデッキを組み直した。それによって彼の勝率は格段に上がった。弱いカードの組み合わせを上手く使える人なら強いカードを使えば勝率が上がるのは当然だろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 私はそうとは思えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、私は自分自身の過負荷(ナッシングオール)を取り戻したい。私自身の欠点(マイナス)を持ったまま、私の理想を果たしたい。

 

『…全く、本当に良いご主人様だぜ。こんな過負荷(マイナス)にそこまで期待するなんてな』

 

「一度手放すような目に合って漸く私は気づいたんだ。()()()()()()()()()()()()()()。変質して違う過負荷(マイナス)みたいになった時に思い知らされた。()()()()()()()()()()()()()()、どこの誰かのじゃない。プラスでも、普通(ノーマル)でも、特別(スペシャル)でも、異常(アブノーマル)でも、他の過負荷(マイナス)でもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って彼の瞳を見る。私が今どんな目をしているのかはわからない。だが、彼は私を見るととても嬉しそうにしていた。

 

『それだけ成長してるんならそのままプラスに戻ってもらうほうがいい気がするが、そこまで言われちゃあ仕方ない。ちょっと立ってくれ、そのまま動かないでくれよ』

 

 彼の言葉通り、私は彼の前に立ち上がって直立不動の状態になった。いつのまにか彼が()()()()()()()。鉈じゃないことに少し驚いたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。当てて引くことで獲物を削る目的のそれは、本来突き刺さるような形状ではない。それにもかかわらず鋸は私の胸を何の抵抗もなく穿った。痛みはほとんどなかったが、それでも()()()穿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

『「平和癌望(ピースメーカー)」、君の中のプラスの要素から作り出した禁忌(終わり)過負荷(マイナス)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「『平和癌望(ピースメーカー)』…」

 

『そうだ。能力は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。球磨川先輩の「却本づくり(ブックメーカー)」をイメージして作った、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その説明が正しいのであれば、文字通り禁忌(終わり)過負荷(マイナス)だろう。過負荷(マイナス)としての最終形、()()()()()()()()()()()。文字通り()()、存在することすら許されない最低(最悪)過負荷(マイナス)だ。

 球磨川先輩の『却本づくり(ブックメーカー)』は、球磨川先輩自身がプラスに近づけば効果は弱まる。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 とは言ってもどれだけの過負荷になるかはわからないため、必ずしも『却本づくり(ブックメーカー)』を上回ることはないだろうし、むしろ『負完全』たる球磨川先輩と同じになるほど強力とは思えない。

 『平和癌望(ピースメーカー)』について考察しながら鋸から私に伝わってくる過負荷(マイナス)を感じると、直感的にこれは彼が私のために作った過負荷であると思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いくら過負荷(マイナス)を直接撃ち込まれているとはいえ、尋常ではない速度に驚きを隠せない。

 

 恐らくこれは…

 

『その分だと気づいたみたいだな。そう、これは()()()()()()()()()()()()()()()()。こういう精神世界じゃないとまず使い物にならないほど脆い上に、「私」専用に調整しているから他のやつには使えねえような不良品だ。禁忌っていうのは完全に完成した場合って言う方が正しいな』

 

 そう言う彼の言葉から、私に対しての感謝と敬意が伝わってきてとてもむず痒かった。私のためにそこまでしてくれていた彼が私を見捨てたなんてとんでもない勘違いだったのだ。

 

 (私の欠点)はこんなにも私のために尽くしてくれていたというのに。

 

『これぐらいのことでいちいち気にしなくていい。実際、話しかけてこなかった二か月でできたようなもんだからな。軽く背中を押してやるだけのつもりで作り始めたのに、こんな形になるとは思わなかったけどさ』

 

「…ありがとう」

 

『礼はいらない。これからもう少し時間がかかるから、少し意識を落とさせてもらうぞ』

 

「やっぱり時間がかかるのか?」

 

『調整したとはいえ無理やり作ったようなものだからな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その間に今まで君が忘れていたことでも思い出させるが構わないな?』

 

 そう言えば、彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。過去に二回あったと言ってたからそう言うことだろう。だが私は彼に会った時の記憶がまるでない。

 そう思っていたら、いつの間にか彼の手には私が想像していた『鉈』が握られていた。刃の部分は長方形状になっている。刃がついている下向きの3分の1程度は銀色、残りの部分は漆黒の金属でできていた。刃渡りは60㎝程度で刀身は厚く、簡単に折れるような貧弱さを感じさせない。柄は木製で、刀身から少し内側に折れ曲がるような形になっている。刃の重量と厚みで、獲物をカチ割ることを容易にするためのものだ。

 

『それじゃあ、おやすみ。夢の中で今まで君が忘れていた記憶を見れるようにする』

 

「そうか。よろしくお願いするよ」

 

『任せとけ「私」。こういう時じゃないと直接役に立たないんだからこれぐらいはしっかりやるさ』

 

「そんなことを言うなよ『俺』。君が目覚めてくれたから、今の『私』があるんだ」

 

 そう言うと同時に、『俺』は私の頭に鉈を振り下ろした。鉈が私そのものになるような感覚、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じながら、私は意識を落としていった。




かなり展開が急になってしまった気もしますが、実は9話目ぐらいからこの話を書いてました。一度書いて、これを目標にそれまで調整して・・という風にしていたのですが、いざ追いついたら8割ぐらい書き直すことになりました。
初期案での『俺』は安心院さんポジでもっと主人公を手玉に取るような形だったのですが、気が付いたら忠犬みたいになってました。どうしてこうなったし。

平和癌望(ピースメーカー)について
球磨川先輩が言っていた「エリートを皆殺しにすれば世界は平和になる」というアプローチを少し変えて、「エリートも異常(アブノーマル)特別(スペシャル)普通(ノーマル)もプラスもみんな過負荷(マイナス)にすれば世界は平和になる」という考えから生まれた過負荷(マイナス)
禁忌(終わり)過負荷(マイナス)とあるように、ある意味過負荷(マイナス)としての最終形。敵対する人を強制的に仲間(過負荷)にする最低(最悪)過負荷(マイナス)。主人公がAクラスの全員に好意的な感情を向けられている→エリートたちを自分の仲間(過負荷)にしている、と無理やり認識して作られた過負荷(スキル)です。
癌細胞は、元々普通の細胞から生まれた異常な細胞の固まり。それから派生して、元々は正常な細胞だったものが癌細胞に変化するというイメージから。そのため平和癌望(ピースメーカー)は、正常な(プラスの)要素を鋸を突き刺すこと(過負荷)によって無理やり(マイナス)に変性させるというイメージ。
恐らくもう出ません。番外編では出すかもしれませんが、本編で出す気は今のところないのでここで解説を入れました。

無冠刑(ナッシングオール)について
色々と疑問に思われた方もいると思うので少し解説を入れておきます。
主人公は意識して使っていなかったので『人との縁』しか切れないと思っていますが、実際は使いこなせれば『ありとあらゆる縁』を切ることのできる概念干渉型の過負荷(マイナス)。ただ、現在は『俺』が頑張って『私』の現実の肉体を生かしていますが過負荷(マイナス)そのものである彼だからできる芸当であって、この段階の主人公にはそこまでできません。
主人公自身、無意識的には『ありとあらゆるものの縁を切れる』と自分でも言っていますが、過負荷(マイナス)を抑えていたことと『縁』というものを『人間関係』のみで考えていたため、他の使い方なんてないと思いこんでいました。実際には自分が『縁』と認識したものと無関係になれるというそれなりに応用が利くものです。ただし、一度切った概念と再び『縁』を結ぶことは容易ではありません。人との『縁』はお互いに認識すればすぐに繋がるようなものですが、概念が相手を認識するということはないと考えています。そのため、一度切った概念との『縁』を結ぶのは非常に難しくなっています。大嘘憑き(オールフィクション)でなくしたものが元に戻せないように。

後書きにて長々と失礼しました。


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20話目 特別試験 それから

「今日の早朝、小坂零の死亡が報告された」

 

 朝の点呼が終わった後で真嶋先生が発した第一声はそれだった。()を含めたAクラスの生徒は真嶋先生が何を言っているのかわからず、ただただ茫然としていた。

 流石と言うべきか、真っ先に正気に戻ったのは葛城君だった。

 

「…真嶋先生、詳細な説明を希望します。突然そんなことを言われても、俺を含めたみんな理解できていません」

 

「昨日の午後8時36分をもって小坂の腕時計が破損、GPSが機能しなくなった。最後にGPSが示していた場所は海岸沿いの崖に面した海になっていたため、昨日の夜に手の空いている教員全員で捜索を行った。見たところ崖が崩れて海に投げ出された模様で、さらに海の中では上から落ちた土砂が積み重なっており探索は難航。小坂のものと思われる()()()()()()()、小坂の生存は絶望的であるものと判断された」

 

「………」

 

 言っていることは理解できる。恐らく全員そうだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな感じだった。

 

「え? え? どういうこと????」

 

 状況を飲み込めていない女子の一人が周りに説明を求めるように顔を向ける。だが、それと顔を合わせることができる人はこの場にはいなかった。

 そんな彼女の要求に応えるかのように、真嶋先生が補足の説明を加えた。

 

「小坂が昨日の説明の時に言っていた、海岸から落ちて死んだ場合というケースが実際に起きたということだ。これに関しては学校側のミスだ。指摘された以上、何らかの対策を取っておくべきだった」

 

 他人事のように話しているが、俺を含めた全員が真嶋先生に問い詰めるような真似はできなかった。昨日の点呼の後にあいつ()を一人にさせてしまったのは結局のところ俺たちだ。

 

 それに真嶋先生の目の下に見たこともない隈ができている上に、服も着替えていなかったのか昨日のままで所々汚れが目立っている。

 恐らく昨日あいつが行方不明になってからずっと捜索していたのだろう。よく考えると昨日の夜に点呼をして暫くしてから真嶋先生を見ていなかった。

 潔く俺も正気に戻り、いくつかの質問を真嶋先生に投げることにした。

 

「遺体はどうなんですか?」

 

「見つかっていない。土砂を除ける重機がない中で、人力で掘り返すのは不可能だった。鞄には簡易トイレが入っていたため、簡易トイレの段ボールが近くに浮上していたのでアタリをつけて回収できたが小坂を発見することはかなわなかった」

 

「それなら確実に死んだわけじゃあないんですね?」

 

「そう言う捉え方もできるが、確率は相当低いだろう。服を着たまま海に投げ出され、その上に土砂が乗っていれば圧死する可能性もある上に、窒息死することがほとんど確定的だ。太平洋に流されていったのならば、海流によってどこかに流れ着いている可能性も考えられるが現実的なものではない」

 

「そうだとしても、あいつの死体を見ていない以上俺は信じません」

 

 俺がそう言ったことが意外だったのか真嶋先生が少し目を見開いたような気もするが、すぐに普段の表情に戻った。周りのクラスメイト達は俺が積極的に発言していることに驚いているみたいだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あいつはそう簡単に死ぬような奴じゃない。それにあいつがいない今、Aクラスが分裂しかねない状況を何とかしてあいつが戻ってこれるようにしておくのが友達としてしてやれることだと思った。

 

 本心を言うならば、先生に交じってあいつの捜索をしたい。

 

 あいつの死体が本当にあるのならきちんと埋葬してやりたい。

 

 だが俺が一人でやったところで大きい意味はないだろうし、()()()()()()()()()()()()()()()教師に交じって捜索することの許可は下りないだろう。

 だからあいつが帰ってきても問題ないようにしておかなくてはいけない。それがあいつに返してやれる数少ないことだと思うから。

 

「そう思うなら好きにするといい。だが、学校側では死亡したものと判断したということだ」

 

「こうやって点呼を取っているということは、試験の中止はないんですよね?」

 

「中止にすべきだという意見も上がったが、学校側は強行することに決めた。手の空いている教員で捜索を続けながら、試験を続行する方針だ」

 

「あいつの分の点呼はどうするんですか? それとリタイアにしないってことで点数の減少はないんですよね?」

 

「リタイアもそうだが、点呼も同じく小坂の分はしないことになる。学校側で死亡したと判断した以上、それで減点することはない」

 

「わかりました」

 

 そう言うと真嶋先生は去っていった。これからまた捜索の方に戻るか、捜索状況の確認でもするのだろう。周りを見るとクラスメイト達は皆落ち込んでしまっている。

 無理もないだろう。クラスメイト…それも、ある意味クラスの中心にいたといっても過言ではない人物が事故で急死したなんて信じたくない。

 

 だが、こんな状態ではこの特別試験を乗り越えるのは不可能だ。

 

 

「死んだ…なんて嘘だよね…?」

 

 昨日あいつを引き留めようとした矢野さんがそう言った。恐らく彼女も今の俺と同じように頭の中でいろいろなことが渦巻いているのだと思う。

 

 あの時、もっと止めていれば。

 

 あの時、体を張ってでも止めておけばよかった。

 

 あの時、きちんと零の苦しみをわかっていればこんなことにはならなかったんじゃないか?

 

 

 …()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな思いが頭に残っている。あいつの様子がおかしいのはわかりきっていた。それを放置するような結果にしてしまったのは俺たちだ。

 

 でも、それでAクラスが崩壊したら誰があいつの居場所を守るんだ?

 

 あいつが帰ってきた時に試験の結果が悪くてBクラス以下のクラスにするわけにはいかない。他でもないダチのためだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「真嶋先生が言った通りなら生きている可能性は低いと思う」

 

「そんな…」

 

「だからこそ今ここで俺たちがすることは何だ? 教師に隠れてあいつを探すことか? 教師と一緒にあいつを探すことか? 遺体のない葬式をすることか? 別れの言葉を済ませておけばよかったと嘆くことか?」

 

「竹本君! そんな言い方「俺はそうは思わない」…」

 

「…それなら俺たちがするべきことを聞かせてくれないか?」

 

 割り込んできたのは葛城君だった。普段の彼とは違い、その顔に頼もしさを感じるようなものはない。だが、今すべきことを必死に探しているようにも見えた。

 

「この試験を中止にしない以上、俺たちが教師に交じって捜索することは不可能だ。学校側が許容しないだろう。教師に隠れて捜索するのも非効率的だ。勝手にやる分には問題ないだろうが、素潜りで土砂を取り除けるとは思えない。葬式なんて論外だ。俺自身あいつが死んだなんて認めてないしな」

 

「……」

 

「馬鹿だと笑ってもいいぜ。でも俺にはあいつがそう簡単に死ぬような奴とは思えねえんだよ」

 

 力強くそう言うと周りのクラスメイトも同じように思ったのか、さっきまでのパニックに陥る一歩手前の状態から瞳に理性の光が見え始める。

 

「だから俺たちにするべきことは、あいつが帰ってくることを信じてこの特別試験でトップをとることだろ? Aクラスの居場所をあいつに残しておくことじゃないのか? あいつが帰ってきた時にAクラスのままじゃなかったらあいつに笑われちまうぜ?」

 

 そう言って、あいつ()の笑い顔を想像しながら笑いかける。あいつが坂柳さんと葛城君の二人を馬鹿にした時のように笑ってくることを考えたら少しムカついてきた。

 

「幸いなことに、既に葛城君がCクラスとの協定を結んでいる。このままいけば順当に勝ち残るはずだ。だから俺たちは、()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。Cクラスをあてにしすぎるのも問題だが、今の俺たちが無理に動いたところでいい結果にはならないと思う」

 

「…そうだな、試験の方は俺に任せてほしい。できる限りの最善を尽くすことを約束しよう」

 

「最初からそのつもりだ。事実上この試験中のトップは葛城君なんだ。俺ができるのはこれぐらいで限界だから後は任せるよ」

 

「茂、感謝する。突然の事態で混乱していてみっともないところを見せた」

 

「そんなの誰でもそうだろ、あんなこといきなり言われて動揺しないやつはいない」

 

 俺自身も今は取り繕っているが、聞いた当初は叫びたくなるような感情が迸っていた。少しでも考え方が違っていたら、他のクラスメイト同様に黙り込んでしまっていた側だった。

 

「竹本君、ちょっと聞いていい?」

 

 葛城君に進行を譲って他のクラスメイトたちの輪に戻ろうとしたら、比較的一緒にいることの多い沢田さんに声をかけられた。

 

「どうかしたか?」

 

「…なんで竹本君はそんなに落ち着いていられるの? 小坂君とは仲良くしてたよね? ショックじゃなかったの?」

 

 自分では内心いろいろな感情が渦巻いているが、他の人から見たら落ち着いているように見えたみたいだ。気が付くと他のクラスメイトも同じようにこちらを見ていた。

 

「…俺はあいつのダチで坂柳さんとか葛城君を除いたら、確かに一番付き合いが多いと思う」

 

「じゃあなんでそんなに落ち着いていられるの?」

 

「だからこそだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!!」

 

「みんな参ってる今だからこそ友達の俺が頑張らないといけねえんだよ。こんな時ぐらいじゃないとあいつに何もしてやれないんだ。普段借りてる借りを返すにはこんな時ぐらいじゃねえとねえんだよ」

 

 自分自身に言い聞かせるようにそう言い切った。そして、俺の気持ちが伝わったのか彼女も納得した様に頷く。

 

「…そうだね。小坂君のおかげで今のAクラスがあるんだから、帰る場所ぐらい残して恩返ししないとね」

 

 彼女がそう言うとクラスメイト達も次々とそれに同調していった。

 

 …お前の居場所は俺たちが守るから、きちんと帰って来いよ零。

 

 

 

 

________________________________

 

 

 

 

 最初に違和感を感じたのは、昨日Aクラスの拠点に入った時だった。堀北と一緒に他のクラスの偵察をしていた時だが、初日に食い掛かってきた弥彦と呼ばれていた取り巻きがおとなしく拠点内部にオレたちを案内した。

 初日の対応を見たら間違いなく追い返されると思っていたのだが、そんなことはなくリーダー格である葛城のいる洞窟の内部に案内された。その後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったことに違和感を感じた。

 Aクラスの人間はDクラスを軽視していると思っていたし、初日に会った弥彦はその傾向が顕著に出ていた。それが、一日も経たないうちに対応を180°変えていたのだから違和感を覚えるのも当然だろう。

 

 だが、一番感じた違和感は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 初日にAクラスを去って一人で何処かに行くのを見て以来、小坂を見ていない。単独行動をしているからだとも思ったが、島の中で生活できそうな拠点を探してみても何処にもいなかった。

 葛城達に聞いてみたが、少し顔を顰めて言うことはないと言われ追い返されてしまった。何処かで生存しているのであれば飲み水の確保や食料の確保をしていると思うし、何より初日に()()()()()を言っておいて何も仕掛けていないと思う方がおかしい。

 

 そう言えば、Aクラスの近くにある海岸沿いの崖が崩れて立ち入り禁止になっていると聞いた。

 

 もしかしたら小坂が関係しているんじゃないか?

 確か、近くに行ってみたら教員が()()()()()()()()()()()()()()()。もしかして小坂は本当に事故に見せかけて邪魔なやつを始末したのではないか?

 

 だが、それだと誰を始末したのかが疑問だ。事故があったのは茶柱先生が言うには初日の夜中だと言っていた。

 その後に他のクラスの拠点に足を運んだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 クラスメイトが事故に遭ったのなら、それをクラス全員が隠しきるのは不可能に近い。一番可能性があるのはAクラスだが、小坂が自分のクラスメイトを手にかけても大きなメリットはない。

 

 …まてよ、もしかして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分であんなことを言っていたからてっきり他のやつを嵌めて始末したものだと思っていたが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうだとしたら葛城達が顔を顰めていたのも納得できるし、あいつに会っていないのも当然だ。そうだとしたらこれまでの違和感の全てに説明が付く。

 弥彦が急に態度を変えたのも、級友が死んだとなれば納得できる。クラスメイトの死によって落ち込んだ後に立ち直った結果、冷静に自分を見つめ直した結果冷静に行動するようになったのかもしれない。

 

 そう考えると、もしかして事故に遭ったのも計算なのではないか?

 

 Aクラスの慢心を剥がすために自分の死を偽装した可能性がある。学校側が死んだと判断すれば、得点の減少を受けることもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 やっぱり事故にしては出来過ぎている。そうなるとどうやって事故に偽装したかが問題だ。それと、どうやって今生存しているかも問題だな。GPSがあることと海岸沿いを捜索していたことを加味すると、GPSが最後に示した反応は恐らく海岸沿いの海。

 島にはいないが、海の中で生活できるような人外というわけではないだろう。

 

 そうなると島ではない何処かに生存している可能性があるのか?

 

 だがこの辺りに島があることなんて知らないし、あいつも知っているはずがない。仮に知っていたとしても、水平線が広がるこの島から他の島まで泳いでいくのは現実的じゃない。

 

 …いや、調べていない場所がもしかしたらあるのかもしれない。生活の痕跡を消して移動し続けている可能性もあるが、水と食料を確保しない以上はそう多く活動できないのが人間だ。

 そして、その水場も他のクラスが確保しているから残りはポイントを使うしかない。

 

 初日にあいつが出していた気配は、以前の図書館とDクラスでのそれと同じ…いや、()()()()()()()()()()()()()()だった。だから、オレは未だにあいつを警戒し続けている。

 初日にあんな質問をしたのだから何かを仕掛けてくると思うのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 オレは大きなため息を一つ吐き出すと、生活拠点にできそうなところと水を確保できるところをもう一度探すことにした。

 




勢いで竹本茂君を出してからさらっと原作を読み返したのですが、セリフが全くなかったのでオリキャラ化してます。
もしこれから竹本君が原作で出てきて掘り下げられても、独自設定でゴリ押すつもりです。


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幕間 ~泡沫の夢、夜が明ける~

「あんたなんて産まなければ良かった!」

 

 

 

 何時頃だっただろうか?

 

 

 

 ()()にそう言われるようになったのは。少なくとも中学三年生のころには言われるようになった。

 

何時頃だっただろうか?

 

 

 

 自分のことを『私』と言うようになったのは。少なくとも中学三年になってからなのは確かだ

 

 

 何時頃からだっただろうか?

 

 

 

 

 母と会話しなくなったのは。家にいても会話が消えたのが中学三年の終わりぐらいだったのは覚えている。

 

 

 

 何時頃だっただろか?

 

 

 

 

 母と会うことがなくなったのは。高校生の時には月一ぐらいで顔を出していた。しかし、大学生になってから実家に帰ったことは一度もなかった。

 

 

 

 何時頃だっただろうか?

 

 

 

 

 マイナスになりたいと思ったのは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 何時頃だっただろうか?

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ここ最近、話しているうちに口調がどんどん変わっていくことが増えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いったい何時頃からだったのだろうか…こんなに大事な記憶すら忘れてしまったのは

 

 

 

 

______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……夢を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

______________

 

 

 

 

…この世に生まれなければ良かったと思ったことはあるか?

 

 

…自分が何者なのか知りたいと思ったことはあるか?

 

 

…死んでしまいたいと心から思ったことはあるか?

 

 

…自分の存在を不思議に思ったことはあるか?

 

 

…この世界に疑問を思ったことはあるか?

 

 

 

 

 

 

 

 そしてそれを()()が教えてくれるなんて本当に思ってるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まあ、(小坂零)には何も見つけられなかったことだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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……夢を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

________________

 

 

 

 

 

 

 

 人を壊したことはあるか?

 

 

 

 

 

 人を見捨てたことはあるか?

 

 

 

 

 

 人を憎んだことはあるか?

 

 

 

 

 

 人との縁を切りたいと思ったことはあるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを本気でしたいと思った結果がお前(小坂零)だ。

 

 

 

 

 

 

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……夢を見ている。

 

 

 

 

 

 

……夢を見ている。

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。夢を見ている。

 

 

 

 

_____________

 

 

 

 

 

『やあ、俺だよ』

 

 

『「私」が夢を見ている間にでも話をしておこうと思ってね。単なる独り言だから気にしないでいいことだが、「小坂零」という人物を知る上では必要なことを話しておこう』

 

『いや、その前に答え合わせからだね。確か、「なぜ彼がプラスの連中、ましてや天才(エリート)達なんかと仲良くしていられるのか」だったっけ?』

 

『まあ、答えと言っても前に「私」に言ったことがそのまま答えだよ。彼自身が普通(ノーマル)から過負荷(マイナス)になったということがそのまま答えだ。要するに不安定なんだよ彼は』

 

 

『彼の人格形成には3つの柱がある。「自己嫌悪」、「自己改造」、「マイナスへの憧れ」の3柱が彼の人格を作っている元だ。「自己嫌悪」は単純に「自分がいなかったら母親は離婚した後に苦しまなくて済んだ」という考えのもとから来ている。その「自己嫌悪」がそのまま自身に対する過小評価にも繋がっているんだ』

 

 

『あ、それと今の彼の場合はマイナスになったから自分は誰よりも下にいるって思っているせいもある。それに間違いはないけど、彼の場合卑下しすぎてマイナスらしい振る舞いとは言えなくなっている場面もいくつかあるね』

 

 

『2つ目の「自己改造」は文字通り、()()()()()()()()()()()()()()だ。考えてみてほしい、中学3年生ぐらいの思春期真っ盛りの子供が無理やり一人称を強制されるとどうなるのかを。社会人になって目上の人と話すときには「私」と言うのが一般的だ。だから、そこまで弊害が起こるようなものではないと思う人もいるだろう』

 

 

 

『だけど、彼の場合()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『その結果起こったことは、彼は「私」という仮面をかぶることじゃなくて「俺」を「私」に改造した。15にもなってない年齢でそんなことをしたんだから自分の口調がころころ変わるのも当り前さ。なにせ彼の周りで自分のことを私って言うのは女性しかいなかったんだから』

 

 

『彼自身は当然「男」だからそれを意識して「私」になるように調整したはずなんだろうけど、15にもなってない彼がそんなことできるはずもなく時々周りに引っ張られて女の子と間違われるような口調の会話が混ざることになったんだ。幸い彼は学校でそれなりに友達もいて嫌われものじゃなかったから、当時いじめにあうことはなかったけど普通に気持ち悪かったと思うぜ?』

 

 

『だって昨日まで普通に話していた友達が、時々オネェみたいな口調を入れてきたら気持ち悪く感じても仕方ないと思うよ。俺は』

 

 

『まあそんな訳で不安定な「自己改造」をした結果、もっと不安定な人格を自分で形成しちまったっていう話だ』

 

 

『そして最後の「マイナスへの憧れ」だが、これはそもそも彼自身に「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ』

 

 

『前に「彼が球磨川先輩に匹敵しかねない過負荷」って言ってたって? それに嘘はないさ。けど、彼には素質はない。今のが持っているのはあくまで()()だ。今は個人的な性質として持っているけど、彼自身に生まれ持って過負荷を持つ者という素質はない。強いて言うなら、彼自身の()()が少しだけ過負荷(マイナス)寄りだったぐらいだね』

 

 

『わかりやすく言うと、生まれつきの過負荷としての素質はなかったけど後天的に過負荷に目覚めたということだ。そして、生まれ持って過負荷を持っていなかったから彼は過負荷としての振る舞い方を理解していない。気質としてはマイナス的に優れたものを持っているから、()()()()()マイナスの振る舞いをすることはあっても、彼自身が深く考えている時には元々の普通(ノーマル)の考え方が基本になっているということだ』

 

 

『彼が自分自身の意思に反して過負荷(マイナス)を垂れ流していた時なんかがいい例だろう。特別試験の説明で質問をしていた時の「私」と言っていいのか怪しい「私」は間違いなく過負荷(マイナス)だった。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ、「無冠刑(ナッシングオール)」があればすべてを台無しにしていたであろうぐらいの』

 

 

『だけど、結局「私」の自由意志の下でとった行動ではない。彼自身の根っこは普通(ノーマル)の人間だからね。だから生まれつき素質がなかったことを本能的に知っていたからか、自分が持っていない「マイナス」というものへの「憧れ」が非常に強く定着してしまったというわけだ。それこそ、その世界にない過負荷という概念を生み出すほどに』

 

 

 

『ま、あくまで「俺」の推論でしかないけどな。これが本当に真実かどうかを判断するのは何時だって見た人それぞれってことだ。世の中なんてそんなものだろ?』

 

 

 

 

 

『強い人には強い人の、弱い人には弱い人の、孤児には孤児の、貴族には貴族の、平民には平民の、正直者には正直者の、嘘つきには嘘つきの、いじめっ子にはいじめっ子の、いじめられっ子にはいじめられっ子の、勝者には勝者の、敗者には敗者の、神童には神童の、落ちこぼれには落ちこぼれの、主人公には主人公の、モブキャラにはモブキャラの、異常(アブノーマル)には異常(アブノーマル)の、特別(スペシャル)には特別(スペシャル)の、普通(ノーマル)には普通(ノーマル)の、過負荷(マイナス)には過負荷(マイナス)の』

 

 

 

『物の見方とか受け取り方ってもんがあるだろ?』

 

 

 

 

 

『何時だって決めるのは自分自身だ。それが正しかろうが正しくなかろうが、自分が納得できれば人間ってのは概ね満足するものさ』

 

 

『こんなことを話しているうちにそろそろ時間のようだ。泡沫の夢ももう終わる。現実の時間では特別試験最終日で、もう少しで夜が明ける時間といったところか?』

 

 

 

 

『それじゃあ「私」を迎えに行こうか。いい感じに過負荷(マイナス)も馴染んだ頃だろうしね』

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 夢から覚めた。どれぐらいの時間がたったのかはわからないが、多くの()()()()()()()追体験したような感覚だった。

 

 例えば「5歳で施設の職員の人たちをろくでなし(マイナス)にしてしまった自己嫌悪によって自殺した自分」、または「前世の中学生と高校生ぐらいの記憶を思い出した自分」、あるいは「前世で死んだときに何も残せなかったことを悔やむ自分」、後は「本気で過負荷(マイナス)になることを望んだことを自虐する自分」とかだった。

 自分でもあまり覚えていない自分を見せられるという何とも不思議なものだった。恐らく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が壊れてしまわないように、精神が壊れるという縁を切ったのだと思われる。

 縁を切ったはずなのに、それでも自分の持つ過負荷(マイナス)によって()()()()()()()()()()。3回も精神が壊れるという縁を切ったはずなのに過負荷故の貧弱さから再び精神が衰弱する。

 強制的に精神を壊さないようにしていたのだから当たり前と言えば当たり前だろうが、『俺』に会うのがもっと遅かったら私は『私』を殺して完全に過負荷になっていたのかもしれない。

 

 それと私が精神的に壊れていったのとは別の記憶も見た。それは「私が最初に死んだときに『俺』に会った」記憶と、「5歳で自殺した後に『俺』に会った」だった。

 最初に会った時には、突然の過負荷化によって錯乱していたところで『俺』と会っていた。その時には『俺』も発現したばかりで要領がよくわかっていなかったみたいで、お互いにあたふたしていて見てて面白かった。

 二人で話し合った結果、なぜかは知らないが転生することだけはお互いに理解していたみたいだった。そのため、転生した時にすぐに過負荷が目覚めないという取り決めだけ決めていた。転生していきなり過負荷(マイナス)に目覚めたら、親から気味悪がられたりするんじゃないかという配慮のもとだった。

 まあ意味はなかったことだが。生まれがまず捨て子だった上に、元の過負荷(マイナス)量が多すぎたのか普通にしていても気味悪がられていた。

 問題は転生した時にすぐに過負荷が目覚めないという取り決めのせいで、私が『俺』のことをすっかり忘れていたということだ。それのせいで今の今まで私は『俺』の存在をすっかり忘れてしまっていた。

 

 次に会った5歳で自殺した後は、そもそも私の精神状態を考えたのか『俺』が事件直後の記憶という『縁』を切って元の状態に無理やり戻すという力技をしていた。『俺』が5歳の私に(無冠刑)を突き刺すところは見ているだけでとても心を抉られた。

 『俺』はとても苦悩しながら私に(無冠刑)を突き刺したのだろう。知らなかったとはいえ損な役回りを押し付けていたことを思い知らされた。

 

 

 

 それらを思い出して、漸く私は『()()()』になった。生前の普通(ノーマル)を味わい、過負荷(マイナス)の戸口をなぞり、そうして漸く過負荷として生きていくことを決めた。過負荷(マイナス)としての『自分』の形成。

 

 そう、言うなれば『()()()』だ。

 

 球磨川先輩の『負完全』とは違う、もう一つの過負荷としての在り方。『完全な負』に対して、『完成した負』というアプローチ。普通(ノーマル)とプラスと過負荷(マイナス)を併せ持っていた状態から、過負荷(マイナス)だけの状態へと変化した様。

 

 

 …なんて御大層に行ってみたが、なんてことはない。私が完全に過負荷になっただけだ。それも、普通の視点も併せ持っているだけの過負荷へと。

 あくまで記憶を思い出したのであって、記憶を忘れたのではない。過負荷(マイナス)として目覚めはしたが、それと同じように普通(ノーマル)だった時の記憶を見せられた。

 

 故に、何もなしに学校崩壊させるほど過負荷(マイナス)ではない。

 故に、理由なしにエリートを皆殺しにするような気もない。

 

 ではなぜ『負完成』を名乗るのか。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。以前までのHIGH、LOWだけでなく、ON、OFFも自由自在。わかりやすく言うなら、江迎怒江さんが『荒廃した腐花(ラフラフレシア)』の完全制御に成功したようなものだ。彼女ほど制御の利かないじゃじゃ馬の過負荷(マイナス)ではないが、イメージでいうならこれがわかりやすいだろう。どっちの制御が簡単かといえば確実に『無冠刑(ナッシングオール)』になるが。

 さらに、普通(ノーマル)であった記憶を刻み込んでいるため()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これは過負荷(マイナス)を完全に制御できるようになったことと、普通(ノーマル)だった時の記憶があったことが大きな原因だ。

 球磨川先輩たち生まれついての過負荷(マイナス)だった人とは違って、私には普通(ノーマル)だった時の記憶がある。私が既にプラスを体験していることでこれからどれだけプラスになろうが、既にプラスだった時のことを知っているため私の本質である過負荷に影響は出ないという理屈になっている。どれだけプラスを感じようと、私は『無冠刑(ナッシングオール)』で過負荷(マイナス)なのだから。私そのものを変えてしまうぐらいの出来事があれば揺らぐこともあるかもしれないが、よっぽどのことがない限り()()()()()()()()()()()()

 

 

 これこそが、『()()()』。「完成された負」になったことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を手に入れた。

 

 

 それと『鉈』を出せるようになった。精神世界だからかもしれないが、今の段階で出せて当たり前という感覚がある。この感覚を忘れなければあっちに戻っても問題なく使えるだろう。形状は今の『私』の頭に突き刺さっているであろうものとまるっきり同じだ。

 尤も、人目にあまり見せられるようなものではない。あまりやりすぎると入学初日に想定していた研究所送りも考えられる。

 『無冠刑(ナッシングオール)』の完全な制御に成功した今、『私の鉈を見たという縁』を切ってしまえば問題ないのかもしれないが、一人一人それをするのも手間だ。何せ、他の人の縁を切るには鉈を突き刺さなければならないのだ。そのため他の人に見られたら確実に殺人現場になるだろう。一応球磨川先輩の『却本づくり(ブックメーカー)』と似たようなもので、外見はショッキングだが肉体へのダメージはほとんどない。

 私がそういう風にすればという一文が付くが。『負完成』を名乗っている以上、過負荷を練り込んだ鉈を突き刺すことで身体的にダメージを与えることなど造作もない。肉体的にも精神的にも完全に殺すことができる。

 

 

 

 

 

 ところで、今はどれぐらい時間がたったのだろうか?

 

 試験に戻ったらAクラスのクラスメイトに、とりあえず謝らなくてはいけないと思った。今思えば、彼らにも酷いことをしてしまった。普段他の人の間を取り持つ私が、こんな状態だったら他の人が困っていただろう。茂の言葉も無視してしまっていた。普段そこまで話さない女子…確か矢野さんまで私に言葉を投げてきたぐらいだったから、よっぽどひどい顔をしていたのかもしれない。

 それに、こういう団体で動く様な行事で単独行動するような人がいればそれだけで問題だろう。点呼までに間に合うのだろうかこれ?

 

 

 そうしているうちに目が覚めた。気が付くと、頭に刺さっていた鉈も自分の心臓を穿っていた鋸も消えていた。直立したまま意識を落とされていたらしく、立ったままの状態だったが足や体が辛いという感触はなかった。

 あくまで精神世界だからだろう。肉体的にはほとんどダメージはない。

 

『やあ、お帰り。これまた随分な過負荷(マイナス)になったね』

 

「ただいま。おかげでこれぐらいはできるようになった」

 

 そう言って右手に鉈を握る。握りしめた感覚は手にとてもよく馴染むものだった。

 それを見て、『俺』は嬉しそうな顔をしている。私も思わず笑顔になった。

 

『それだけ馴染んだらもう大丈夫だろう。急に過負荷(マイナス)が湧き出たり、過負荷(マイナス)が変質したり、自分が自分じゃなくなる感覚もなくなるはずだ。「私」として確固たる自我と「負完成」足りうる過負荷(マイナス)を獲得した今の君ならね』

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。ところで夢を見てから聞きたいことがあったんだがいいか?」

 

『俺に答えられるものなら答えるよ。さしずめ、今の現実の時間とかかい?』

 

「それもあるんだけど、一番聞きたいのは何で私が転生したのかっていうことだ」

 

『…そっちか』

 

「答えられないなら別にいい」

 

『あー…まあいいか。話せる範囲だけどいいか?』

 

「もちろんだ」

 

 そう言って彼は話し始めた。

 

 曰く、過負荷(マイナス)もスキルもない世界で過負荷(マイナス)なんて言うものに目覚めてしまったせいで生きていた世界からはじき出されたんじゃないかということ。

 

 曰く、この世界に転生したのは人間としてのオーバースペックが多少許容されていたからじゃないかということ。

 

 曰く、過負荷(マイナス)になった理由は死ぬ直前にマイナスになりたいと強く願ったことで過負荷に目覚めたのじゃないかということ。

 

 曰く、『俺』が誕生したのは私が過負荷(マイナス)に目覚めたからだと思われること。

 

 

 

 一つ目は、私が()()()()()を歩んでいた時の世界の話だ。その世界は正真正銘普通の人間しかいない世界。坂柳さん並みの特別(スペシャル)な思考能力を持つ人はほとんどいない世界。綾小路君(主人公)並みの異常(アブノーマル)な心理掌握術を持つ人間なんて一人もいない世界。

 そんな世界で、癌細胞とも呼ぶべき異物が過負荷(わたし)だった。『死』という概念の『縁』を切り離すことで、『死』を覆すことすら可能とする過負荷(癌細胞)

 恐らくはそんな存在になってしまったから、私が死んでいるうちに世界が私を切り離したのではないかという話らしい。自分の世界に許容できなくなってしまったから他の世界に押し付けたのではないかという推論だった。

 

 二つ目の人間としてのオーバースペックが多少許容されていたからというものは、わからなくもなかった。綾小路君(主人公)の活躍ぶりは原作を最初の方しか読んで、見てないのでそこまで知らないが、前世で見たところは記憶を追体験したおかげですべて思い出した。それで思い出したものと当てはめると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。頭が良いから100点で揃えましたって言った方がまだ説得力がある。50点に調整することを試みて実際にできるようなスペック(異常さ)を持つ人間は前の世界にはいない。

 だが、この世界ではそれができる人間が割と頻繁にいる。恐らく、有栖でもやろうと思えばできるだろう。それに原作の水泳の授業では、確か高円寺君がオリンピックでも目指すのかと言わんばかりのスペックを発揮していた。こういうところでも人間としてのオーバースペックが多少許容されていたと言えるだろうと結論付けたらしい。

 過負荷(マイナス)とは人間の可能性だ。プラス(人生)を生きる人間に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそが過負荷(マイナス)という存在なのではないか?

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()がいても、この世界は許容しているのではないかと言う推論だった。

 

 三つ目の過負荷(マイナス)に目覚めた理由は説明されても私にはいまいちよくわからなかった。

 『俺』が言うには、『「死」という極限のマイナスな状態でさらにマイナスになりたいなんていう、ありえない願望と信念がなしえた結果だろう』とのこと。

 言っていることはわかるが、それくらいでなれるものなのか、と聞いたら『逆に聞くけど、死ぬときにさらに死にたいなんて誰が思うんだい?』と返された。一応納得はしたが、別に死んでなお死にたいと思ったわけではないのでいまいちよくわからなかった。

 

 四つ目の『俺』が生まれた理由は、外付けの過負荷制御装置なのではないかというものだった。私がいなければ存在することすらなかった、というのはその予想によるものらしい。

 私がむやみやたらに過負荷を出しすぎないための制御装置として発現したという予想だった。私の精神が壊れるたびに完全に壊れないように記憶を封じ込めていたことが一番わかりやすいだろう。

 彼は私に対して忠誠を誓った従者のように忠実だった。私を殺さないように、私の精神を壊さないように私が知らなくても手を尽くしていてくれていた。

 『平和癌望(ピースメーカー)』を作れたのも過負荷制御装置の役割を持っているのなら、それを応用すればそう難しくないんじゃないかと思って作ったものらしい。『私』の過負荷(マイナス)を抑えることはできたから、それを応用すればそこまで難しくはなかったそうだ。

 

『まあこんなところだろう。あくまで予想だけどね』

 

「大体分かった。ありがとう」

 

『お礼を言われるようなことじゃない』

 

 そう言うが少し照れくさそうにしている『俺』を見ていると少し微笑ましかった。鏡を見ながら自分で同じことをやったら確実に気持ち悪いと思うが。

 

「それでどうやれば現実に戻れるんだ? 『無冠刑(ナッシングオール)』で『精神世界と縁』を切ればいいのか?」

 

『それでもいいけど、それをするともれなく海の底で意識を取り戻してお陀仏エンドだぜ?』

 

 そう言えばそうだった。私の肉体って確か、崖から落ちた上に体の上に崖の土砂が積もってて『無冠刑』がなかったら即死していたんだった。

 今でこそ『俺』が『肉体の死』という概念との『縁』を切っているから死んでないが、この状態で復活しても死ぬだけだろう。

 

「それじゃあどうすればいい?」

 

『俺が君を無理矢理ここから追い出す。その後に、自分で「崖から落ちたという縁」を切れば恐らく問題ないと思う』

 

「それだと私の肉体の損傷もなくなったりするのか?」

 

『微妙なところだね。死にはしないと思うけど、既にあの事故から5日は経ってるから完全に無傷にはならないかもしれない』

 

「5日!?」

 

 思っていたより時間が経っていたことに驚いた。長い時間(記憶)を見たいたし、同じ(記憶)も何度も見ていたが、ここまで時間が経っているとは思わなかった。精神世界は現実世界とは時間の流れが違うかもしれないと思っていたこともあるし、夢を見る形で記憶を見せられていたから体感時間もぐちゃぐちゃだった。

 

『これでも頑張ったほうなんだぜ? 「肉体の死」の方を抑えながら作業するのは大変だったんだ。それに加えて「平和癌望(ピースメーカー)」も併用していたからこれが限界だった」

 

「あ、なるほど。言われてみればそれもそうか」

 

 とても納得した。ただでさえ『無冠刑(ナッシングオール)』を2つ以上同時に扱うような暴挙を行っている上に、『平和癌望(ピースメーカー)』まで使っていたのだ。

 いくら私の過負荷(マイナス)そのものだと言っても、負担がまるっきり消えるわけではないのだろう。今の私でも使えない『平和癌望(ピースメーカー)』まで使っていたのだ。どれだけ負担がかかっているのかを考えるべきだった。

 

「すまない、不用意な発言だった」

 

『だけど事実だ。本当はもっと早く終わらせられれば良かったんだけど…』

 

「いや、ここまでしてくれたんだから文句を言うのはお門違いだ」

 

『…そうか。今度直接会うことは当分先になるだろう』

 

「…よく考えたらそうか。死にかけるたびに会うとしたら次に会う時は当分後でいいしな」

 

 私がそう言うと『俺』も苦笑いをしていた。

 

 そしてお互いにするべきことがわかっているからか、お互いに言葉を交わさずとも次の行動に移った。

 『俺』と私は同時に()()()()()()()鉈を握りしめる。私はそれを自分に向けて、彼は私に向けてそれを振り下ろした。

 

 

 

「『無冠刑(ナッシングオール)!!』」

 

 

 まったく同じ声が二重に重なり私の体を鉈が貫き、私は意識を再び深い闇の中に落とした。だが、崖から落ちたときの絶望しきっていた気持ちはもう消えていた。

 




主人公は過負荷になりました。
ですが作者の考えとしては普通の人生を送ってきた以上、過負荷になっても一般常識と言う鎖は彼を縛り続けていると思ったので『負として完成した元一般人』という意味でも『負完成』としています。
プラスマイナス順的には、異常>特別>普通≧負完成(過負荷OFF)>過負荷≧負完成(過負荷ON)>負完全をイメージしています。
過負荷と負完成の差は相手にもよりますが、基本的にはほとんどないです。


追記
作中の「マイナスの絶対値」とは、「マイナスの方面に伸びている値」、「マイナスの力の大きさ」という意味で用いています。
端的にいうと「マイナスの絶対値」が大きければ大きいほどマイナスだということです。
わかりづらいかもしれませんが、この作品ではそういう意味で「マイナスの絶対値」という言葉を使っています。


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21話目 特別試験 最終日

 ……ここはどこだ?

 

 見たところ洞窟みたいなところか?

 体の下半分は水に浸かっているが、立てないほど深さはない。

 

 …よし、鉈は出せる。『俺』と会ったことは夢と言うわけじゃなかったみたいだ。『無冠刑(ナッシングオール)』がきちんと使える感じがする。

 …だけど過負荷()との対話はできないみたいだ。私を無理矢理追い出したと言っていたからもしかしたら前みたいに感覚で対話できるようになるには、少し時間がかかるのかもしれない。

 

 そう思った瞬間、左手に痛みが走った。思わず鉈を落としてしまう。落ちた鉈は元から何もなかったかのように跡形もなく砕け散った。

 『崖から落ちた』という『縁』を切ったつもりだったのだが、やはり時効だったのかもしれない。海の底にいるわけではないが、崖から投げ出された状態であることは変わりない。それに思ったより肉体へのダメージがあった。

 

 

 右手……損傷なし。

 左手……強く打ちつけたみたいでかなり痛むがそれだけ。

 右足……土砂に潰されたのか全体が痛む。立ち上がることはできたが、走ることは難しいだろう。

 左足……土砂と言うよりは岩みたいなものにぶつかったのか、一部だけ負傷。動けないほどではない。

 

 左手の腕時計は打ち付けられた時に壊れたのか、左腕にあったはずの腕時計が消えている。

 

 

 そしてここは…島の側面にある隙間に上手いこと流れ込んだということか?

 

 恐らく島の側面が縦に割れた隙間と言ったところだろう。潮の匂いがすることから下半身が浸かっている水は海水だ。

 体温を非常に奪われているが、夏場だからか凍えるほどの寒さではない。鞄も見当たらないし、この身一つでこの場を乗り切らないといけない。

 

 それに『俺』が言っていたことが正しければ、もう5日は経過していて最低でも今6日目でもしかしたら最終日だ。

 早くここから脱出しないと置いて行かれることになる。まさかもう試験が終わって島にいないという事態にはなっていないはずだが、そうだったらどうしようもない。

 そうなると本格的に置いてけぼりをくらってしまう。『死』との『縁』を切り離すことで生存することは可能だが、来年の試験を待つのは流石に厳しい。

 それにこんな場所普通は気づかないから、そのまま考えるのをやめた究極生命体みたいになってしまう。

 

 『ここにいる』という『縁』でも切ってみるか?

 

 いや、これをすると『この世界』から弾き飛ばされる気がする。『ここ』というのを『地球』と解釈されるだけで宇宙に投げ出されることさえあり得そうだ。そうなるとまた考えるのをやめることになる。

 ある意味欠点(マイナス)らしいといえばそうなのだが、過負荷(マイナス)だからと言って諦める理由にはならない。

 

 おとなしく泳ぐことにしよう。この前の授業では見学に回ったので泳いでいないが、前世では泳げたから多分泳げるはずだ。

 そう思った私は服を脱ぎ始めた。水を吸った服は重い。そのまま泳ぐのは水泳選手でも結構きついと聞いたことがある。体にある傷跡を他の人に見られないことを祈って、パンツ以外の服を全て脱ぎ捨てた。

 

 幸いなことに海水が染みるような傷はなかった。打撲のような傷が主だったので海水に全身が浸かっても痛いということはない。古傷に染みるかとも思ったがそんなことはなかったので安心した。

 そのまま海に潜って泳ぎ始めた。ゴーグルがないので手探りになるが、早急に試験の拠点に戻らないといけない。一応事故のはずだから、これで戻って状況を聞いたら説明ぐらいはしてくれるだろう。

 そしてなによりも、早く戻らないと置いてかれる可能性もある。体力の限界も考えると早急に戻らないといけない。

 

 潜って泳ぎ、戻って息が持つぐらいのところで上に上がった。運良く海面に出れたので酸素を確保できる。もしさっきまでいた場所がもっと奥の方だったら最悪窒息死していた可能性もあった。

 海面に出たすぐそばに、恐らく試験会場の無人島があった。よく考えたら流されて見知らぬ島の洞窟に流されていた可能性もあったのか。もしそうだったら完全に詰みだ。

 とりあえず島の壁伝いに泳ぐ。パンツだけでも結構水を吸って重たくなっているように感じるから服を脱いだのは正解だった。

 

 

 

 泳いでいくと、土砂と思われるものや岩が大量にある場所を見つけた。上を見ると崖が崩れたような跡になっていることからここが私が落ちた場所だったのだろう。とりあえず何処か別の島に流されたという線は消えたようで安心した。

 他の島に流されてなかったのはいいが、この上をよじ登っていくのは無理だ。右手以外の四肢が動けないほどではないとはいえ負傷している今、ロッククライミングができるような余力はない。

 暫く島の外周を泳いでビーチになっているところや、最悪船のある場所まで泳いでいかないといけない。

 

 事故現場と思わしき場所には立ち入り禁止の看板のようなもので上の崖が封鎖されているが、捜索している人はいない。学校側では私が完全に死んだものとして扱われたのだろう。

 とりあえず岩につかまって息を整える。時間に余裕がないとはいえ、無理に泳いで途中で力尽きたらそれで終わりだ。『力尽きるという縁』を切ることもできるだろうが、それが待つ未来は寝ることすらできない地獄だ。

 

 力尽きることがないということは休息が必要ないということに等しい。

 

 そのため『力尽きることがないという縁』を切った場合、力尽きることはないが()()()()()()()()()()()()()()

 必要ないものを無理に取ろうとしないように、勝手に体を作り替えることと同義だからだ。

 

 そもそも過負荷(マイナス)と言うぐらいだから、そんなプラス向きの使い方はできるわけがない。前まではこの辺の区別がわからなかったが、今となっては大体感覚でわかる。

 だから『無冠刑(これ)』は多用できるようなものじゃない。使えば使うほど全てを台無し(マイナス)にするものだから、使い時は考えなければいけないのだ。

 『負完成』となった今だからわかる。これ(マイナス)は思ったよりもどうしようもなく欠点(マイナス)でしかなく、どうあがいても利点(プラス)としてのみ扱うことはできないということが感覚と心の両方で理解できる。

 理解したからこそ、今の状況では自力で何とかしないといけないわけだ。過負荷(マイナス)は完全にOFFにしたままにしている。ちょっと出したらそのまま岩が崩れましたとかシャレにならない。

 

 

 息を整え終わった私は島の外周に沿って泳ぎ始めた。正直パンツが邪魔で脱ぎ捨てたい衝動に駆られるが、流石に全裸を他のクラスメイトに見られるのは嫌だった。

 水を吸って重く感じるのもあるのだろうが、やっぱり5日以上気を失って海水に浸かっていたのも大きいのだろう。疲労感と倦怠感が身体から抜けていない。

 

 ただひたすら泳ぎ続ける。時折外壁につかまったりして息を整える。呼吸を乱すとペースダウンを起こすのは運動をやっている人ならよくわかるだろう。とは言っても、今の場合は単純にそうしないとそのまま沈んでしまいそうだからだが。

 前世でも何回か泳いだことはあるがここまで長い時間海で泳いだことはない。もっと言うとこの体で泳いだことは一度もないのだ。

 そんな中でぶっつけ本番で長時間見えないタイムリミットに追われながら泳ぎ続ける、というのは意外ときつかった。

 

 

 

 そんな思いで泳ぎ続けたら遂に浜辺に着いた。急いで浜に上がったが、人がいた形跡はあれど人はいない。

 泳いで体に疲労が溜まっているが、そんなことを気にしているよりは早く船着き場に行かないといけない。もたもたしていると置いてかれてしまう。ピンクの悪魔のグルメレースの如く。

 

 靴はないが走りだした。石を踏まないように意識しつつも前を向いて走り出す。右足がズキズキと痛むし左足も悲鳴を上げているが、もう気にしているような余裕はなかった。

 浜辺から島の外周をなぞるように走る。

 

 走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。走る。

 

 森を横目に、海を横目に、半裸の男が走り続ける。

 文字にしたらとても変態としか思えない有様だが、残念なことに何か身に着けるものを探すような余裕はない。

 時折小石を踏み抜いたりもしたが、そんなことにも目をくれずただひたすら走り続けた。

 

 

 そうしてどれほどの時間が経ったのかはわからないが、遂に私は人がいっぱいいる場所に出ることが出来た。

 

 

 

_______________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …やられた。

 

 まさかDクラスに出し抜かれるなんて…。

 

 特別試験の日程が終わり結果発表が行われた。

 結果はAクラス120点、Bクラス140点、Cクラス0点、Dクラス225点だった。Cクラスと協力関係を取っていた俺たちは一方的にやられたと言ってもいい結果だ。

 どうしてこんな結果になったんだとか葛城君は何をしてたんだとか思ったが、他のクラスメイト達が葛城君に突っかかっているのを見て思い直した。

 

 むしろ、なぜ俺たちは()()()()()()()()()()()()()

 

 もっと手伝えることがあったのではないか?

 

 俺たちは本当に胸を張って()()()()()()()()と言えるのか?

 

 こんな寄生虫のような有様が本当の()()()()()姿()なのか?

 

 負けた責任を押し付けているようではAクラスのままでいることは難しいだろう。Bクラスとの差が大きくないことが唯一の救いだ。BクラスとDクラスの点数が逆だったらかなり切迫していたかもしれない。

 

 

 

 そして他のクラスメイト達が葛城君を囲んでいた時に、真嶋先生がまだ前に立ったままであるということに気付いた。

 

「結果に一喜一憂することは構わないが、ここで大事な連絡を一つ追加させてもらう。既に各クラスで説明されたかもしれないが、初日の夜8時30分ごろに崖が崩れる事件があった」

 

 もしかして…

 

「その時には説明されていなかったと思うが、実はこの時に一人の生徒が崖崩れに巻き込まれて行方不明となっていた」

 

 …やめろ。

 

「学校側は試験の続行と並行して行方不明となった生徒を捜索していたが、遂に今日まで見つかることはなかった」

 

 …やめてくれ。

 

 

「そのため、今この時をもって行方不明となった生徒を死亡したものと確定づけることになった。不慮の事故とはいえ学校側で用意した特別試験でこのような結果になってしまってとても心苦しいが、休憩に入る前に生徒諸君に黙祷していただきたい」

 

 ……

 

 周りの事故に巻き込まれたと言われたときに起きていたざわめきも、この時にはすでになくなっていた。自分たちが試験をしていた中で同じ学校の誰かが死んでいたことにショックを隠しきれていない人が多く、Aクラスの中には今にも泣き崩れてしまいそうな人もいた。

 

「それでは生徒諸君、黙祷」

 

 …認めたくない。認めたくないが、現実を受け入れる時間になってしまったらしい。目を瞑ればあいつ()との他愛ない日常を思い出す。

 最後にあんな別れ方をしてしまったことに後悔を隠しきれない。

 

 

 

 そんな思いで黙祷をしていたら、不意に袖を引っ張られた。

 

 

 そして、顔を向ける前に口を湿った何かでふさがれた。

 

「――――――――――――!?」

 

「静かに」

 

 俺にしか聞こえないような声でそう言われた。恐らく手で口をふさがれたのだろうが、()()()には聞き覚えがある。

 もしかして…いや、そんな幻想を夢見ても現実は変わらない。

 

 そう思っていたらいきなりジャージの上を脱がされた。

 

「!!???!??」

 

 思わず体をよじらせるが、既にジャージはとられてしまっている。だが、周りも俺がおかしいことに気付いたのかこっちを向いていた。

 

 

 そしてそこにいたのは、俺のジャージを上に着て下はパンツしか履いてないあいつ()だった。

 

 

 ………!!???!?!!!??

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 なんかよくわからないけどクラスメイトや他のクラスの生徒たちも教員も全員目を瞑っていたので手近にいた茂のジャージの上をはぎ取って上に着ることに成功した。

 

 それに気づいた他の生徒たちが私を見たが、私を見るなり悲鳴を上げる。

 

「キャーーーーーッ!!!」

 

「変態! 変態がいる!!!」

 

「…小坂君!!??」

 

 なんか面白いことになってるけどどうにかして収集を付けないといけない。パニックになってる女子と、なんだこいつと言う目で見てる男子、クラスメイトの茫然とした状態を何とかしないといけない。

 よく見たら前の方に真嶋先生がいた。真嶋先生もこっちを見ていたのでとりあえず手を振ってみる。

 

 

 そう思ってたら他の教員たちに囲まれた。

 迅速な対応で感心するが、私を拘束しただけではこの事態が収まるとは思えない。

 だけど囲まれたおかげで体の傷が他の生徒に見られる可能性はだいぶ減っただろう。ふくらはぎに包丁を突き刺された時の傷は未だに跡が残っている。あまり見られていい気分ではないものだ。

 事態の収拾に来たのか、いつの間にか私の正面に来ていた真嶋先生が私に話かけてきた。

 

「…本当に小坂なのか?」

 

「残念ながら本物の小坂零ですよ。この格好は許してください。海に投げ出されたみたいで服を脱がないと泳げないまま死ぬところでしたので」

 

 そう言ってジャージを引っ張って下を隠す。他の生徒に見られないように教員が壁になっているが、こちらを見ている教員には女性もいたので恥ずかしかった。

 恥ずかしがっている場合じゃないのかもしれないが、割と余裕がないので現実逃避も兼ねている。無理をして走ったからか全身が軋むように痛い。

 

「だが、既に事故があってから5日が経過している。今までどこにいたんだ?」

 

「私も意識を取り戻したのはついさっきなのであやふやですが、島の側面にある洞窟みたいなところに流されてました。潜らないと入れないような場所だったので、崖崩れに巻き込まれたときに上手く入ることが出来たみたいです」

 

 正直にそう言った。嘘をついても仕方ないし、私自身本当はどうだったのかを知る手段もないのでそう言うぐらいしかない。

 それを聞いた真嶋先生は珍しく安心したような笑みを一度浮かべたが、一瞬の間に元の仏頂面に戻った。

 

「…それが本当なら本当に不幸中の幸いだったということか」

 

「死ななければ安いとはよく言ったものですよね」

 

 そう言って笑いかけるが、教員の方々は笑うどころか顔が引き攣っている。

 過負荷(マイナス)的観点からすれば別にいつものこと(不幸)なのに何でそんな顔してるんだと思うが、普通(ノーマル)の観点から見ると死にそうな目に合って生還してきた生徒が死な安とか言ってればそう思われても仕方ないと思った。

 

「そんなわけで1-A小坂零戻りました。見たところ試験の結果発表みたいですし、今私が生きていたところで結果は変わりませんよね?」

 

 恐らく全てのクラスの生徒が集まっていることと、5日間行方不明だったという真嶋先生の発言から今が結果発表なのだと予想した。

 そうだとした時に一番気になったのは、私が生還したことによる結果の変更があるのかどうかと言うことだった。

 点呼に参加していなかったことを逆算して計算し直されるとクラスメイトに申し訳ない気持ちになる。

 

「学校側で一度決めた結果は何があろうと覆らない。既に発表してしまったのならなおさらだ」

 

 どうやら杞憂で済んだみたいだった。

 Aクラスのみんななら有栖と私がいないくらいでも大したへまはやらかしていないだろう。康平もいるし、橋本君と神室さんも力を貸していればそれなりに優秀な結果になっているはずだ。

 

 そう考えた瞬間、ふと右足に違和感を感じると同時に膝から崩れ落ちた。

 

「大丈夫か!?」

 

 真嶋先生の隣にいた男性教員の一人が私に駆け寄ってきた。

 今までアドレナリンが出ていたからか、それとも私の生存によってAクラスの点数が変化しないことに安堵したからか、緊張の糸が切れてしまった私は右足が本来走れないほどに負傷していたことを思い出した。

 その状態の足を無理に動かしてここまで走ってきたので限界が来たのだろう。先ほどから全身が軋むように痛んでいたのも、体が警告を発していたからだと今気づいた。口は動くので駆け寄ってきた教員の腕を引っ張って医務室に連れていってもらうことにした。

 

「とりあえず医務室とかに連れてってもらえませんか? 崖から落ちたときの衝撃で足と左腕を負傷してしまった上に、時間がわからなかったのでここまで走ったので割と限界です。右足が特に重症だと思うので、できれば治療をお願いします」

 

「わかった。今、船に運ぶからにおとなしくしていてくれ」

 

 その言葉を聞いて安心してしまったのか、私は5日も意識を失っていたにもかかわらず再び意識を闇の中に落としていった。




とりあえずこれで3巻の内容は終了です。
1話か2話程度挟んでから4巻の方に入っていきます。

大嘘憑き(オールフィクション)」はありとあらゆるものをなかったことにするスキルで、恐らく時効といった概念はないと思います。
ですが、「無冠刑(ナッシングオール)」は「縁」を切る(無関係になる)スキルで基本的に今結んでいる「縁」しか切れません。
そのため5日前の事故と無関係になる予定が、事故があったということはそのままに事故によって遭う被害との「縁」を軽く切った程度の働きに留まりました。
ですので主人公は死なない程度に重体です。


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22話目 特別試験 最終日 その後

今回、独自設定で一部キャラの性格改変が発生していることをご了承ください。


 次に意識を取り戻したのは医務室のような場所だった。意識を取り戻すとベッドの脇には有栖や茂、康平をはじめとしたAクラスの面々が揃っていた。

 

 私が目を覚ましたことを確認すると同時にベッドに押し寄せてくるが、保健医の星之宮先生に止められてる。

 その様子を眺めながら体の調子を確認してみた。

 

 まず海に落ちた時にべちょべちょだった体はきちんと拭かれたのか、潮の香もしなければ塩分が身体にまとわりつく様なねっとりとした感じもなくなっていた。流石に目の前の星之宮先生が拭いたわけではないと思うが、教員の何人かは私の古傷を見てしまったかもしれない。

 怪我をした左手には包帯が巻いていて固定されていた。そこまで重症じゃないと思っていたが、思ったよりも酷い怪我だったのかもしれない。

 左足は包帯が巻いてあるみたいだがそこまで重症じゃないのかそれだけ。

 問題は右足だった。天井から布をぶら下げて右足だけ吊るされている。包帯もギプスもつけている上に、左足の負傷も考えると当分自力で歩くことはできないだろう。

 もしかすると暫くは車椅子生活になるかもしれない。

 

「体調はどうかしら? 小坂君?」

 

「見ての通りですよ。体の各所が負傷してろくに動くこともできない…他は特に問題ないみたいです。今月もお世話になりました」

 

「ほとんど毎月保健室送りになってるのはあなたぐらいよ」

 

 そう言ってため息をつく星之宮先生。普段の軽い雰囲気はなく厳格さすら感じる雰囲気から、私の怪我が普段に比べていかに重症かを物語っていた。

 普段の星之宮先生をクラスメイト達も知っているのか、彼女の出す雰囲気にあてられて少し怯んでいるようにも見られる。

 そんなことを考えていると、星之宮先生が真剣な顔で私の目を見ながらカルテと思わしきものを取り出した。

 

「…左手は左手首の骨に罅が入ってはいるものの折れてはいないわ。右足は上から潰されたように過度に圧迫されたみたいね。しかもあなたあそこに行くまでに走ったでしょ? そんな状態で走ったせいであと一歩治療が遅れていれば二度と歩けないことになっていたわよ。左足は右足に比べて軽傷だけど無理に走ったせいで状態が悪化しているわ」

 

「…どれぐらい気絶してるかわからなかったので、最悪置いて行かれることを考えてしまったのが仇になったみたいですね」

 

 予想通りの酷い怪我だった。左足は比較的軽いかと思っていたが、他の怪我に比べれば軽いだけで思ったよりも酷かった。

 だが、あの時に時間がわかるようなものが何一つなかった以上は仕方ない。最悪足を潰していたかもしれないが、あの無人島で放置されたままでは何時回収されるかわかったもんじゃない。

 今考えたらスポットの機械とかの整備もあるから一年以内には回収されるのかもしれないが、それでも負傷した状態で治療もできずにいつ来るかわからない助けを待つのは嫌だった。

 

「ああ…納得したわ。他の先生から『自分から事故に遭いに行ったんじゃないか?』って声が上がったのだけれど、自分から事故に遭いに行って生還するために足を潰すようなことをするとは思えないって言っておくわね」

 

 Bクラスの担任である彼女がわざわざそんなことを言う必要はないようにも見えるが、他の医者が見たときに虚偽の報告をしたと思われることを嫌ったのだろう。

 逆に今ここでそう言っておけば、Aクラスの中での星之宮先生への好感度が上がって交流しやすくなるかもしれない。そう考えると今はそう言っておいた方が後で有益になり得る。

 

「流石に死にかけるような事故に自分から飛び込むほど自棄になってないですよ」

 

 あの事故は正真正銘の事故だった。

 私が過負荷(マイナス)状態とでもいうべき状態だったから起きた事故とも取れるが、故意に自分が事故に遭うために起こしたものではない。

 第一それのメリットがほとんどない。クラスごとに見ればあるのかもしれないが、それをするために自分の足を潰すような献身をする気はこれっぽっちもない。

 クラスメイトの死を無駄にはしないためだのなんだの言って奮起するのかもしれないが、そんなことで奮起するなら最初からもっとやる気を出せと言いたい。

 結果的にそれでAクラスのみんながやる気になると見越しても、それを狙って自分から事故に遭いに行くスタイルとか聖人を通り越して狂人だろう。

 

 過負荷(マイナス)なんて狂人みたいなもんだろうと言われるかもしれないが。

 

 

「あの後どうなりました? それと、今はあれからどれぐらいですか?」

 

「あの後は各クラスに事故にあった生徒が生還したことの説明と学校側が改めて謝罪をしたわ。今は5時間ぐらい経った当たりかしら?」

 

 学校側は思ったより普通の対応をしたみたいだった。

 あの状況をどうやって収めたのか聞いてみたい気もするが、星之宮先生の周りにいるクラスメイト達がそろそろ痺れを切らしてきてるので話を切ることにしよう。

 

「星之宮先生色々ご迷惑をおかけしました」

 

 そう言って頭を下げる。

 純粋に感謝の気持ちもあるが、クラスメイトを待たせすぎているので話を切るタイミングを作った。

 

「私は仕事をしただけよ」

 

 私の意図を察したのか、星之宮先生は椅子から立ち上がって私を含めたAクラスの生徒を見渡した。

 

「…それじゃあ私は失礼するわ~。あ、ここで見たことはできるだけ内緒よ? 小坂君の怪我の状態も含めてね」

 

 いつの間にかいつもの軽い感じに戻っていた星之宮先生は、そう言って茶目っ気たっぷりにウインクをして部屋から去っていった。

 残されたクラスメイトと私との間で気まずい沈黙が流れる。

 このまま固まっていても仕方ないので私が先手を切ることにした。

 

「…試験で単独行動してごめん。クラスの中での雰囲気や試験の内容を考えると迷惑をかけたと思う」

 

 そう言って頭を下げる。ベッドの上で怪我の状態も酷いのでしっかり頭を下げているわけではないが、私の謝罪の意を示すには十分だろう。

 それに一番早く対応したのは康平だった。 

 

「零が一人で行動すると言った段階で零に何かあったのだろうとは思っていた。だからクラス内のことや試験については謝らなくていい」

 

 そう言われたので頭を上げる。頭を上げると康平が心なしか何処か怒っているようにも感じた。

 だがそれでは何故クラスメイトが集まっているのだろうか?

 自意識過剰じゃなければ私の心配をしてくれているのだろうか?

 

 もしかしたら私が事故に巻き込まれたことを試験中にAクラスに説明されていたのかもしれない。

 

 そう言えばあの試験には点呼があった。

 点呼の時間になって私がいなくても点数が引かれていないのであれば、点呼の時に説明していてもおかしくない。

 そう考えるのが自然か。彼らからすれば5日間も行方不明で事故死として扱われているクラスメイトがいたら心配になってもおかしくない。

 それが過負荷(マイナス)という()()()()だとしても。

 

「零が事故に遭った次の日の朝に死亡報告があった。正真正銘の事故である以上巻き込まれた零に何も非がないのはわかっている。わかっているが、俺を含めたみんなが心配していたことを知ってほしい」

 

「…確かにそうみたいだ。心配かけてごめん」

 

 そう言ってまた頭を下げる。

 私がクラスメイトを無視して星之宮先生と話していたことに怒っているように感じた。

 他のクラスメイト達も康平に同意しているように頷いている。

 

 心配されるなんてこっちに来てから(一度死んでから)なかった気がするし、あっち(前世)でも私のことを心配するような人はあまりいなかったからとても新鮮な感じはある。

 それが過負荷(マイナス)になってからというところが何とも言えない感じがするけれど。

 

「顔を上げてくれ、俺の方が謝らないといけないことがある」

 

 康平の言葉で顔を上げた。

 康平の顔を見るとさっきまでの何処か怒っているような感じはなくなっていた。

 そこにあった康平の顔にはとても悔しそうな表情に変わっていた。普段はほとんど見ない表情だった。

 

「…今回の特別試験。Aクラスは3位だった。真嶋先生から聞いたが、零が戻った時に試験結果が変更されることがあるかと聞いていたみたいだな。それとは全く関係なしに俺の力が及ばず、3位にという結果になってしまった」

 

 

「本当にすまない」

 

 

 康平はそう言って背中を九十度曲げて私に謝罪した。

 クラスメイトも私も思わず息を呑む。

 クラスの代表格である康平が私個人に向かって誠心誠意謝罪をしている様を見て誰もが驚いていた。普段の頼もしい雰囲気があるので尚更違和感がある。

 

「康平、顔を上げてほしい。試験の結果は残念だけど、一人で勝手に行動して事故に遭った私に何か言う権利はない」

 

 康平が顔を上げる。その表情は普段のような頼もしいものとはかけ離れているようにも感じた。

 そんな中、有栖が康平のそばにやってきた。康平の隣に立って康平の方を向いている。

 

「私も参加できないでクラスの得点を減らした状態からスタートさせてしまった身です。葛城君がそこまで思い詰めることはありませんよ。私と零君がいなくても葛城君が頑張っていたことはクラスの皆さんが知っているはずです」

 

「そうだとしても結果が振るわなかったのは事実だ」

 

 康平は心底悔しそうにそう零した。

 私はAクラスが3位という結果に今更ながら少しの驚きを感じているが、どこか心の片隅で納得している自分もいた。

 

「とりあえず試験の結果とどういう戦略だったのかを聞いていいかい? 謝罪はもう受け取ったから今やるなら反省会も兼ねてどんな感じだったかを聞きたい」

 

「零君は大丈夫なんですか? あまり無理をしないほうがいいと思いますよ?」

 

「そうは言ってもこのままだと暇だっていうのもあるし、試験の結果も気になる。それに、振り返ることができるなら早いうちがいいと思わないかい?」

 

「…そういうことでしたら私も今一度詳しく聞きたいです。葛城君お願いできますか?」

 

「…構わない。他のクラスメイトには話してあるが、二人の意見も聞きたいと思っていた」

 

 そう言って康平が主導で、時々戸塚君などの他のクラスメイトたちも混ざる感じで話した。

 

 

 Cクラスと協力してポイントを保守する方針にしたこと。

 

 康平とCクラスのリーダーが、私と有栖以外の2万プライベートポイント(pr)が毎月Cクラスのリーダーに流れる代わりにCクラスのポイントで物資を補給するという契約をしたこと。

 

 それに対して私と有栖以外が同意のサインをしたこと。

 

 私が事故に遭ったということを聞いてパニックになった皆を茂が纏めてくれたこと。

 

 それから康平が指揮を執りなおしたこと。

 

 途中でDクラスの生徒が洞窟を見に来たこと。

 

 それ以降は特に音沙汰もなく最終日を迎えたこと。

 

 Cクラスの情報を参考に他クラスのリーダーを指定したこと。

 

 Aクラスのリーダーは康平ではなく戸塚君にしていたが、ほとんど康平と一緒にいた上に行動も康平と共にしていたこと。

 

 結果はAクラス120ポイント、Bクラス140ポイント、Cクラス0ポイント、Dクラス225ポイントだったこと。

 

 

「…大体こんなところだ。俺はどうすればよかったのだろうか?」

 

 …私の考えだと方針自体はそこまで悪くないようには感じる。

 不用意にポイントを消化しないでCクラスからもらうことでこの試験を高得点で突破する。200以上のポイントを残せればCクラスのリーダーに一人2万prを渡しても問題ない。

 惜しむらくは詰めが甘かったところだと思う。まずDクラスに拠点を見せたのは失策だろうし、本当のリーダーである戸塚君と常に一緒にいたら自分がフェイクで彼がリーダーだとばれてもおかしくない。

 

「私が指揮を執る前提で話してもいいかい?」

 

「構わない。寧ろ零だったらどうしていたか気になる」

 

「まず私だったら洞窟の入り口を完全に塞ぐように4人前後をローテーションで常に立たせる。中を見せて欲しいと言われても、リーダーから許可が下りない以上は無理だと言わせて中は絶対に見せない。無理やり通ろうとしたらセクハラだのなんだので騒げばたいていの相手はどいてくれると思うよ」

 

「…だが、そうだとしても拠点を占拠しても中を見る権利はあると押し切られた場合はどうする?」

 

「そうしたらこの試験のテーマは自由だから、ここの入り口に立っているのも私達の自由だとでも言って入れさせない。強引に入ってくるなら接触してきたことを盾に学校側に報告すれば相手にペナルティが入るかもしれないしね」

 

「なるほど…かなり強引な気もするが、できなくはないか…」

 

「後は最初に拠点を確保するときに見られていた可能性もあったと思う。だから、最初に拠点を確保するときにはリーダーだった戸塚君とフェイクの康平だけじゃなく他のみんなもつれていった方が良かったと思うよ」

 

「確かに言われてみればそこはそうするべきだったかもしれないな」

 

「最後に、私ならすることだけど怒らないでね」

 

「…構わない。言ってくれ」

 

「私が指揮を執るなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の言葉でみんなが目を見開いた。

 本当に事故に遭っている本人がそんなことを言ったのだから驚くのも当然だろう。

 有栖も私の方を見ているが、彼女は私の方を見て納得したように頷いた。

 

「この試験の肝は他のクラスのリーダーを当てることだ。本気でポイントを死守したいのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だがリーダーを変更することはできないはずだ」

 

()()()()()()()()()っていう但し書きがあるけどね。逆に考えれば正当な理由があればリーダーを変更することは可能ってことだ」

 

「それは……」

 

「手段としては、何者かに段差から突き落とされて動けなくなってしまったリーダーをクラスメイトが運んで先生に渡せばいい。一人がリタイアした時のポイントよりもリーダーを当てられた時の方が損失は大きい。後遺症とかが残る可能性も0じゃないが、ポイントだけを見るならこれが最適だろう」

 

 相変わらず過負荷(マイナス)的な策ではあると思う。でも私にはこれぐらいしか思いつかなかった。

 そもそも康平と戸塚君が常に一緒に行動していたら、わかりやすいリーダー的人物である康平はフェイクで戸塚君がリーダーであるということなんてばれてしまってもおかしくない。

 だけど、こうすれば試験の途中でリーダーが誰であるか確信していても最後の最後で全く関係ないくじ引きかなんかで選ばれた人がリーダーになる。

 それだけで他のクラスがリーダー当てに参加していたらポイントを勝手に減らしてくれる。

 

「そんでもってCクラスなんか信用できないからリーダー当てには参加しない。Cクラスが嘘の情報を流したとは思えないけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「Dクラスが!?」

 

「事故に見せかけてリタイアさせたのか、本当に何かあったのかはわからないけどCクラスを信用するならそういうことになる。そして新しくリーダーになった人が他のクラスのリーダーを全て当てた。そうでもないとこの点数の差は起こらない」

 

「…でもDクラスにリーダーを変えるなんて考えができてリーダーを全員当てられるような人がいるとは思えない!」

 

 康平の隣にいつの間にかいた戸塚君がそう声を荒げた。

 Aクラスの自分たちがDクラスに出し抜かれたことが未だに気に食わないのだろう。いや、彼の場合は康平が負けたことにかもしれない。

 

「いるんだよ、一人だけ。あのクラスには怪物が潜んでる」

 

 声のトーンを落としてそう言った。私の言葉にその場にいる全員が動かなくなる。

 私が言っている怪物とは主人公(綾小路君)のことだ。ある意味、彼のための世界とも言えるこの学園で彼と勝負をすることは無謀極まる。

 

 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私が離れていようが、その()()とも言える彼の勝利は覆らなかった。

 ここで生きている以上ラノベのキャラだからとかは言いたくないが、主人公という概念を無視して彼を語ることができるとは私には思えなかった。

 

「あまり表舞台に立つような人じゃないと思ってたけど、この結果を見るからに彼が動いたことはほとんど確定。それだったら負けても仕方ない」

 

「…そんなやつがDクラスに…?」

 

「彼には絶対に邪魔者を消して自分だけは勝つっていう覚悟がある。そしてそれを後押ししてくれる運命も彼の味方だ。少なくとも私じゃどうやっても勝てない人種だよ」

 

「…零、それが誰なのか聞いてもいいか?」

 

 …どうする?

 

 ここで安易に綾小路君だとばらすか、それとも言わないほうがいいか。

 ばらした時のメリットは単純にAクラスで作戦を考えるときにそれを考慮に入れられるということ。

 デメリットは考慮したところで勝てない可能性が圧倒的に高いということと、下手に目を付けられると潰されるかもしれないということだ。

 

 そんな時だった。ふと視線を感じたのでそっちを横目で見てみたら、有栖が言うなと目で言っている気がした。

 

「私が勝手に思ってることで本当かどうかの確信が持てないから言えない。知りたかったら自分たちで調べてみるといいよ」

 

「…そうか。言いたくないなら無理に問い詰めるつもりはない」

 

 他のクラスメイト達はあまり納得していないみたいだが、康平がそう言ったからか私が怪我人だからか問い詰めるようなことしなかった。

 有栖は少しほっとしたようにも見えたことから、彼女は見当がついているのだろう。知っているうえで他の人には知られたくない事情があるのだと察した。

 しかし、私と有栖以外のクラスメイトとの間で見えない壁のようなものが生まれた気がした。その壁は私と彼らの間に完全に信用しあっていないような不信感を感じさせる。

 

 そんな時だった。

 

 

 ぐぅう~~~~~~

 

 

 シリアスな場面だったのに私のお腹の虫が盛大に鳴いた。思わず顔を赤らめて顔を逸らす。

 よく考えたら特別試験中何も食べていなかったのだから、7日以上食べ物を口にしていない。最後に口にしたものはとても清いとは言えない汚水だ。

 

 私の腹の虫の音を聞いてみんなが笑いだした。

 

「仕方ないじゃないか! 冷静に考えたら1週間近く何も食べてないんだよ!」

 

「ぷっふふ…零君がそんな醜態を晒すなんて思わなかったので…ぷふ」

 

 有栖までこんな調子だ。

 あれだけカッコつけた後にこれは恥ずかしい。思わずベッドに潜りたくなったが足も手も満足に動かないのでそれすらできなかった。

 

「プックク…零、なんか食べ物持ってきてやるよ」

 

「後で覚えてろよ茂。ついでに飲み物も持ってきて。それと、できれば車いすとかあれば持ってきてほしい」

 

「いや、それは無理だろ。少なくとも今日はそのまま安静にしておいたほうがいいと思う」

 

 真顔に一瞬で戻った茂にそう嗜められてしまった。

 自力で動けないのは不便だと思うから車いすが欲しかったのだが、流石に今の状態では車いすがあっても動くのは無理だろうと思われたらしい。

 

「…まあ、それもそうか」

 

「じゃあ持ってくるからちょっと待っててくれ。何人かついてきてくれ、一人じゃあまり持てないからな」

 

 茂がクラスメイトから持ち運び班を募る。

 ちょうどいいのでついでに他の人たちにはちょっと抜けてもらうことにした。

 

「ちょっと有栖と二人で話したいから、他の人は申し訳ないけど出てもらっていいかい?」

 

「話ですか?」

 

「大したことじゃないし、10分もかからないだろうから他の人も飲み物とか持ってくると良いよ。有栖もいいかい?」

 

 ふとドアの方の壁を見ると時計が付いていたことに気付いた。

 今の時間は17時45分ぐらい。18時前ぐらいに切り上げればいいだろう。

 

「…わかりました。皆さん、申し訳ないのですが少しだけ時間をください」

 

「わかったよー」

「坂柳さんに変なことするなよ!」

「あの怪我でできるわけないでしょ!」

 

 そんなことを口走りながら有栖以外のクラスメイトが退出していった。

 怪我人相手にそんな冗談を言えるほど調子が戻ったといえば聞こえはいいが、調子に乗りすぎではないだろうか?

 

 …高校生ってこんなもんだったな。よく考えたら前世でもバカ騒ぎしている連中しかいなかった気がする。

 そんなことを考えながら私は有栖の方を見て、()()()()()()()()()()()()についてどうやって問い詰めようか考えて心の中でため息を一つ吐いた。

 




 怪我に関しては作者自身詳しくないので適当に書いてます。あまり深く考えないでいただけると幸いです。
 Cクラスとの協定でリーダーの龍園君にAクラス一人につき2万prを渡すというものはアニメ版での設定で小説版の方ではなかったような気がしますが、アニメ版の方が色々と扱いやすかったのでそっちを採用しました。
 主人公は綾小路君が全クラスのリーダーを当てたと思っていますが、実際にはBクラス以外のリーダーのみを当てています。BクラスとDクラスの間で互いにリーダーを当てないような協定を結んでいたためです。原作ではその描写がありましたが、この作品ではカットされていましたのでここで記載しておきます。
 主人公的には綾小路君以外のDクラスの人に関してはそこまで詳しく知りません。ですが、初月で10万ポイントを吐き出したイメージが強いので無人島での特別試験でもポイントをほとんど残せていないと思っています。


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23話目 特別試験 最終日 その後Ⅱ





 クラスメイト達が出ていってからどういう風に話を持っていこうか考えていたせいか、残された有栖と私の間で少しの沈黙が生まれる。

 なるようになるかと思い、先に切りだそうとしたところで有栖の方から先に話し出した。

 

「…試験の結果を聞いたときよりも、零君が事故に遭ったと聞いたときの方が驚きました。死ぬことはないと星之宮先生がおっしゃっても、見るからに重体のあなたを見てとても心配したんですよ?」

 

「それに関しては本当に申し訳なく思ってるよ。心配されることなんてほとんどなかったから、さっき康平に言われるまでそんなこと全く考えてなかった」

 

「表向きのトップは私と葛城君でも、Aクラスで一番方針を決める立場に近いのですからもっと自覚してください。神室さんでさえ心配そうにずっとここで起きるのを待っていたんですから」

 

 そう言う彼女はどこか怒っているようにも見えた。

 別になりたくてなったわけではないクラスのまとめ役という立場を彼女は引き合いに出しているが、私との勝負のこともあるのかもしれない。

 この船旅の前に私に宣戦布告したのにもかかわらず、いきなり相手が事故に遭った。その上そのまま死んだりしたら勝敗が付かないままになってしまう。

 勝ったと言うこと自体は難しくないが、本人が勝ったと思うかは別の問題だ。少なくとも有栖がこの船旅で事故死なんてしたら私は勝ったとは思えない。

 

 

 閑話休題(まあそれはおいといて)

 

 

「虐げられるのが当たり前だったから心配されることに慣れていないんだ。前にも言ったけど見るもの全てを不快にするような気持ち悪さ(マイナス)だし、それを制御出来てなかった時期は本当に酷かったからね」

 

「…参考までに聞いてもいいですか?」

 

「汚いから洗ってやると言われて口の中にトイレ用洗剤を吹き込まれたこともあれば、施設の職員にふくらはぎを包丁で刺される躾け、熱湯を背中にかけるってのもあったな。同年代のやつからは視界に入れば殴られたり蹴られたりは普通だったし、外に出れば全く知らない大人がいきなり石をもって殴ってくる。それで病院に運ばれたかと思えば、治療された後に看護師が殴ってくるってのがデフォルトだった時だったかな?」

 

 尤も、その次の日には誰も私のことを覚えていないというのでワンセットだ。

 おかげで治療代の請求をされたことはないが、1日で怪我が治らなかったら施設に戻ることさえ難しくてそこら辺の公園で夜を明かしたことも少なくない。

 今思えば死んでもおかしくないような日常だったが、「死」という概念との「縁」を無意識的に切っていたのか「俺」が切っていたのだろう。

 

 有栖の方を見ると完全に固まっていた。

 それを見て直感的に話すことじゃなかったと悟った。冷静に考えてみれば何かの本でそういうことがあったということを見たとしても、それが近くの知り合いに起こっていたというのとは全く別の問題になる。

 有栖はすぐに元に戻ったが、その表情は曇っていた。

 

「申し訳ありません。気軽に聞いていいことではありませんでした」

 

「別に私はいいけどね。私よりも酷い目にあっている人なんて星の数ほどいるし、私は軽いほうだよ。まだ生きてるから」

 

「……」

 

「それに今は周りにそんなことするような人はいないし、私自身自分を制御できるようになったからね。今が良いからそれでいいと思ってるよ」

 

「・・・その状態じゃなかったら説得力があるんですけどね」

 

「事故は仕方ない。まあそんな訳で許してほしい」

 

「……わかりました。次からは事故に遭わないように気を付けてくださいね」

 

「こればっかりは運によるから断言できないけど気を付けるよ」

 

 有栖は私の言葉に少し不満そうだけど渋々引き下がった。

 不幸(マイナス)が基盤になった今の私がこの3年間で事故に遭わないほうが珍しいと思うがそこは話さないことにした。

 

「それで話とは何ですか?」

 

「…今回の試験で康平のこと蹴落とそうとしたよね?」

 

「何のことですか?」

 

「とぼけなくていいよ。違和感を感じたところは三つ。一つ目は有栖のお友達(坂柳派)()()()康平の案に賛成してサインしたこと。二つ目は康平が話している時に他のクラスメイトのほとんどが康平を睨んでいたこと。三つ目にその睨みつけているクラスメイトの中に康平の派閥の人も交じってたこと」

 

「…今回の試験は葛城君が指揮を執っていました。その葛城君が失敗したのですから、皆さんから悪く思われるのは仕方ないことだと思いませんか?」

 

「度が過ぎてるって言ってるんだ。そもそも自分たちが何もしていない癖に全ての責任を康平に押し付けて()()()()()()()になってる。戸塚君の方に批判する人も、それに乗ったクラスに問題があったんじゃないかと問題提起する人もいない。ましてやこの短期間で康平の派閥にいたやつが、そのトップを睨みつけるようになるなんて誰かが扇動しないとまずない」

 

「康平に全くカリスマがなかったら別問題だが、彼は同年代にしてはなかなかのプラスの要素(カリスマ)を持っているのはわかってるだろう?」

 

「……」

 

 そこで有栖は口を閉ざしたが、私の方を見てにっこりと笑顔を浮かべていることから正解なのだろう。

 今回の試験では多かれ少なかれ得をした者と損をした者が生まれた。

 得をしたわかりやすいところはDクラスとBクラスだ。単純に上との差を詰める結果になったのだからこれは確定。

 そうしたら損をしたのはCクラスとAクラスになるが()()()()()()()()。実際に損をしたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 康平の方は言わずもがな、Cクラスはポイントを吐き出して終わったのだからこれは疑いようもない。

 だけどCクラスのリーダーはAクラスの契約によってアドバンテージを得、有栖は康平が指揮で失敗して失脚寸前になったため事実上Aクラスのリーダーになることが出来た。

 恐らく有栖はお友達に自分が参加できないことを良いことに、全ての責任が康平の方に行くように仕向けた。今回の船旅には参加しているものの、自分が参加できない試験があったらそういう風にしろとでも指示しておいたのだろう。

 

 自分の特別試験への不参加(マイナス)強み(プラス)に変える、とてもプラス的な考え方だ。

 

 故に得をした者はDクラスとBクラスだけではなく、()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 因みにAクラスの中立派は損をしたとも言えるし得をしたとも言える微妙なラインだと思う。

 損をしたのは言わずもがなポイント、得をしたのはAクラスのリーダーの片方が失脚寸前だということでAクラス内両派閥に挟まれて肩身の狭い思いをすることが減るということ。

 損の方が大きいようにも見えるが、クラスのリーダーが2人いるよりも片方だけになったほうが今後のことを考えると良いようにも見える。

 

 

「まあこのことを他の人に言う気はないけどね。気づけなかった方が間抜けってことで」

 

「話が早くて助かります。おっしゃる通り()()()()()()()()()葛城君にはここで落ちてもらおうと思ってました。さっきの謝罪はとてもキッチリしていて良いように見えましたが、事実上の敗北宣言です。これで私がAクラスを纏めやすくなりました」

 

「答え合わせにどんな感じで仕込んだのか聞いてもいいかい?」

 

「学校側は私の体のことを考えて、この船旅に参加させない方針だったのだろうと予測していました。ですが、頼んだ結果船旅には参加できました。それを踏まえて船を用いてまで行う特別試験を考えたら、私が参加できないものになってもおかしくない。そういう意味で教員の指示に従うことが条件にされたと思いました。ですのでそれを見越して、責任が葛城君()()に集中するように指示しました」

 

「まあそうだろうね。実際にこれで有栖がAクラスの実権を握ったようなものだ」

 

「ええ。後は何もしなくても勝手に葛城君が落ちて、Aクラスが一つになるだけです」

 

「好きにしていいよ。私の知ったことじゃないし」

 

「…葛城君のことはいいんですか?」

 

()()()()()()。別に彼に何があろうが私には関係ないし」

 

「葛城君は零君の友人でしょう?」

 

()()()()()()()()()()()?」

 

 私の言葉に彼女は閉口した。

 確かに()()であれば友達というものは助け合う関係にあるのかもしれない。

 だが、過負荷()にそれを要求すること自体がナンセンスだ。

 私の中で渦巻く過負荷(マイナス)が私から滲み出る。有栖の顔を見ると、彼女は顔を顰めていた。

 

 

「知っているかい? ()()って「他の人」って書くんだぜ? 自分自身以外は()()()()だろ?」

 

 

「そこに友人とか友達とか親友とか恋人とか配偶者とか家族とか親族とか仲間とか、どれだけ関係が深いと主張しても所詮は他人だよ」

 

「…友達や家族と全く知らない人は違うと思いますが」

 

「違わないさ。()()()()()()()()()というだけで、どれだけ共感しても自分自身が受け取ったことも相手が全く同じことを受け取ることはないだろう?」

 

「それは言葉一つとってもそうだし、私が昔受けた仕打ちを有栖が本当に理解することはない。同じように私が有栖の先天性疾患を完全に理解できることはない」

 

 

「だから()()()さ。私と康平の関係なんて、()()()()()()()()()()()()()。私にとっては他人の中の一人だ」

 

 

「それは…確かにそういう見方もできるかもしれませんが、他の人から見たら違うように受け取れます。それに、そんな生き方は難しいと思います」

 

「『あの子はこれができるんだからあんただってできる』『みんな違って皆いい』。よく小学校とかで言われてるけど君はどっち派かな?」

 

「……」

 

「要はそういうことさ。君も茂も康平も、私にとっては友人とも言える間柄ではあるがそれ以上にただの他人だ。だから私に康平がどうなろうが知ったことじゃないし、君との勝負を楽しみにしていることは認めるけどそれだけだ。君を見捨てるか私が生きるかという選択肢があったら私は間違いなく君を見捨てるよ。所詮他人だからね」

 

 私がそう言うと彼女は完全に口を閉ざしてしまった。

 その表情はどことなく悲しげな雰囲気を思わせる。

 

 私の過負荷(マイナス)()()()を指す『無冠刑(ナッシングオール)』として発現したのは、私のこういう考え方(本質)を汲み取ったからだ。

 父からは家を出て(縁を切られ)、母から距離を置き(縁を切り)、友人とは常に一定の距離を置いていた(縁を結ぼうとしなかった)前世。そういう環境から来たものなのだろう。

 どれだけ仲が良くても、友人と言っても所詮は他人であるという考えが頭の中である。

 

 目の前で人が倒れていたときに、一体どれだけの人がその人を助けるだろうか?

 

 AEDで心臓マッサージをしたところで、蘇生に失敗すれば対応が悪かったなどと非難されるのが現代社会である。

 現に過負荷(マイナス)である私を心の底から助けよう、一緒にいよう、何とかしてあげようと思うような人も言うような人も会ったことがないし見たこともない。

 上っ面の言葉だけならいくらでも耳にするが、(過負荷)という本性を見ただけでしっぽを巻いて逃げ出すか()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 コンコンッ

 

 

「零、入るぞー」

 

 そう言って茂たちが入ってきた。

 大体10分と言ったが、茂たちが来たのはそれよりも遅く、時刻は既に18時を指していた。

 彼らの手にはハンバーガーやポテトなどの手に持って食べることができて、持ち運びが簡単な食べ物でいっぱいだった。

 私と有栖の間でピリピリとした空気が流れていたが、茂たちが来たことでお互いに外面を取り繕った。有栖はいつもの少女に、私は普通(ノーマル)の人間に。

 

「右手だけでも食べれそうなもの持ってきた。それとお茶だ」

 

「ありがとう。早速もらうよ」

 

 そう言って茂からハンバーガーを貰ったが、左手が使えないので包装紙を取ることが出来なかった。

 

「…誰か左手の包帯外してくれない?」

 

「罅が入ってるんだから当分そのままだ。紙剥くからちょっと待ってろ」

 

 茂は私からハンバーガーを取ると、包装紙を剥いて再び私に渡した。

 右手で持ってかぶりつけば食べれるような形になっている。

 それを受け取った私は体感時間的にはそれほど経っていないはずなのに、やたらと五月蠅いお腹の虫を黙らせるべくハンバーガーにかぶりついたのだった。 

 

 

 

 

_______________________________________________________

 

 

 

 

 

 あれから他のクラスメイト達も集まり、7時ぐらいに彼らが夕食に行くまで話し込んでしまった。

 クラスメイト達が夕食を食べに行ったので部屋で一人ボッチになる。

 お腹いっぱいになるまでハンバーガーを食べたのはいいが、食べ過ぎて少しお腹が重い感じがした。珍しくハンバーガーを5つも食べてしまったので少し苦しい。普段は多くても3つが限界なことを考えると胃がパンパンになっているのがわかる。

 そのせいで寝ようと思っていたのに全然寝る気になれなかった。

 

 有栖とは食事中にほとんど話さなかった。

 彼女も思うところがあったのか、私の方を見て時折悲しそうな顔をするだけだった。

 なぜ彼女がそんな顔をしていたのか見当もつかないし、考えてもわからなかった。

 

 ため息を一つ吐き、私は眠くなるまでこれからのことについて考えることにした。

 まず試験の方だが、1週間で特別試験を行った。だがこの船旅は()()()()()()()()()()()()()()()。十中八九もう一週間で()()()の特別試験を行うのだろう。すぐに行うかはわからないが、1週間もただで遊ばせてくれるとは思えない。

 この船にいる間、生徒たちはこの船の施設の利用及び食事にポイントを使う必要もなければ現金を払う必要ない。限度はあれど文字通り好き勝手にこの船で遊ぶことができるというわけだ。

 だがよく考えてみると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも私のような事故があったとはいえ、時計と点呼で人が死ぬような事態は避けていた上に教員も相当数が動員されている試験だった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 教員たちもこの船の使用料金がかからないのだとすれば、尚更バカみたいな金がかかっている。高々一週間の試験のため()()に金を使って、残りの一週間は遊んでくださいなんて話があるわけがない。教員もついでにリフレッシュしてくださいとかあるわけがない。

 予想だと生徒を油断させるためか準備のために2日3日空けてからと見た。

 

 これを踏まえて、動くのであればそれ相応の手を考えなければいけない。

 私みたいな過負荷(マイナス)この学校の生徒(プラスの連中)を相手に取るには、いかに早く相手のペースを切り崩して私が握るかという1点にあると見ている。

 過負荷(マイナス)状態とも言える過負荷(マイナス)全開で全てを台無しにするのも一手かもしれないが、それで試験をなかったことにするようなちゃぶ台返しに近いものは絶対にやりたくない。

 心を折るためならともかく、「特別試験の結果との縁を切った」なんていう逃げはしたくない。過負荷(マイナス)にも過負荷(マイナス)なりの()()がある。

 

 負けるのは許容できるが、()()()()()()()()()()()

 

 負けたとしても、負けるとしてもそれを受け入れてへらへら笑うのが私達(マイナス)だ。

 前は主人公(綾小路君)相手に逃げるような立ち回りをしてきたが、今はそんなことをするつもりはない。向かってくるなら迎え撃つ覚悟でいる。負けるとわかっていても、その敗北(マイナス)を私の(マイナス)に組み込むためにも負けることから逃げるわけにはいかないのだ。

 だから私は私の持てる全力を尽くし、()()()()()()()()

 

 負けるということは覆らないだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そのために最初の特別試験が終わったばかりでまだ誰も対策を練っていないうちに次の試験の予想と対策を練ることにした。

 無人島での特別試験は主にクラス同士の対決、もっと言えばクラスの団結力と組織力、そして思考力を見ることが出来たと思う。

 

 団結力とは言わずもがな、組織力と同じくクラスという団体でどれだけの協調性があるかが試された。それは点呼だったり、自分勝手にリタイアした場合の減点だったり、ポイントで物資を補給するという面で見てもわかる。

 思考力を指すのはリーダー当てのことだ。これまでの他のクラスを見て誰がリーダーであるかを考える、という意味での思考力。ただ、これは個人でできる範囲なのでこの試験に合っているかと言われると私は微妙に思っている。それにリーダー当てはクラスで相談する方が稀だろう。Bクラス(団結力重視)ならクラス全体で話し合ったかもしれないが、普通だったらリーダーに丸投げしてもおかしくない。

 そう考えるとリーダーになった者の思考力しか図れないので、あれば思考力を図るというのはあまり正しくない気がする。

 

 これを踏まえて次の試験の内容を考える…。

 学校である以上学力を競う可能性があるか?

 いや、仮にも夏休み中の上に学力を競うなら船でやる意味がない。あの学校もクローズド・サークルではあるが、この船ほどではない。一応船から海に飛び降りて泳いで脱出できる可能性もあるが、ほとんどの確率で沖に上がる前に死ぬだろう。

 船でどこかに飛ばされる可能性もあるが、無人島以外だとどこかの施設になると思う。しかし、豪華旅行船と銘打ってるだけあるこの船で大体は事足りるだろう。

 

 そうなるとこの船の中で行える範囲に絞り込める。

 運動系はまずない。屋内プールはあるが、全クラスが入るような余裕はない。

 もっと言うとこの船でやる必要がない。

 

 そうなると思考力を鍛えるグループワークか?

 前世()大学でやったところだと「社会的ジレンマ」を用いたものをやったのが印象的だ。

 簡単にいうと全体の利益を高めようとすると個人が儲かる可能性は少なく、逆に個人の利益を追求すれば個人的には得をする可能性が高くなるが全体の利益は減っていくというものだった。

 その時のグループワークでは、最初に何も説明されていない状態で全体の利益を高める「協力」と言う選択肢と、自分の利益だけを高める「非協力」と言う選択肢のどちらを多く取ったかを見た。

 その後に説明した後では、どちらの選択肢を取る人が多かったかと言うものを確認して、各グループで話し合って発表した。

 

 …もしかしたら本当にグループワークかもしれない。

 学校とは違って他のクラス同士で交流しやすく、さっき考えた無人島での思考力を図るためにはごく少数の人間のみしか図れないという点も解消できる。

 グループワークというものはグループの中の2人しか会話していなくても成立するものだ。その時に同じグループで何も発言しない人は「ただ乗り(フリーライダー)」として蔑まれる傾向にあるが、恐らくこの試験でそれをするような人はいないだろう。

 

 この特別試験の一番の特徴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということだ。

 そのためAクラスだったらポイントを保守するだけでいいという方針も取れれば、さらに差をつける方針も取ることができる。

 だが、それ以外のクラスはAクラスに上がりたいのであれば「ただ乗り(フリーライダー)」なんてしている余裕はない。Aクラスとは違ってポイントを保守すればいいということができない以上、どうにかして高得点を得るかAクラスの得点を削ぎ落す必要があるからだ。

 「ただ乗り(フリーライダー)」をするということはそのためのチャンスを無為に潰すということになる。

 

 学校側としてはするならするで構わないが、()()()()()()()()という評価が付けられるだけだろう。そしてそれの報いは、クラスかプライベートかはわからないがポイントの方ではっきりと出るようになる。

 前世での体験があるからグループワークなら多少は有利かもしれないが、私としての問題はただのグループワークには絶対にならないということか。

 普通のグループワークというものはグループで出した結論を発表して終わるようなものが大多数だが、この学校のことだからそれだけで終わるはずがない。

 

 何かあるはずだ。

 

 それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 無人島での特別試験やCクラスとDクラス間の問題を黙認した構え方、もっと言えば中間試験で過去問という必勝法を許容したこと。

 これらのことを踏まえると、この学校は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分たちが上に行くために、愚者(マイナス)からリソースを奪い取って自分たちのものにすることを黙認しているのだ。

 いや、正確にいうと黙認しているどころか()()()()()()。無人島での特別試験ではそれが顕著に出た。

 当然リーダー当てのことだ。当てられた側のポイントを削って当てた側のポイントにするということが、これからを生きていくうえで他者を蹴落として自分たちが上に上がることが必要だと教えているようにすら見える。

 

 CクラスとDクラスの問題があった時もそうだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()して、2つのクラスでの問題を解決しようとしている()()をしていた。

 早急に解決する気があるのならもっと早く審議を行うべきだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。にもかかわらず、審議までの期間が開いていた。急な事件だったからというのもあるが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 中間試験の過去問に関しては、そういう方法があることを知らせないことで思いついて過去問を貰ったとしても共有する自由としない自由がある。

 他のクラスにわざわざ教えに行くようなことはまずないため、クラスで思いつく人がいるかどうかということを見ると相手(他クラス)を見捨てて自分たちが上に行くとも取れる。

 そこに過去問を何時貰ったかによって覚える時間が長いか短いかまで考えると尚更だ。

 

 他人を出し抜き、自分が勝つ。

 

 そういう人間が今の社会で求められている…というよりは、どの業界でも上に行きたいならそうしないと(他人を蹴落とさないと)いけないからそういう人材を高く評価しているのかもしれない。

 

 

 ここまで考えたが情報がもう少し欲しいところだ。

 次の試験の予想まではざっくりとできたが、これからどうしていくかまでは全く決まっていない。

 私がAクラスを牛耳るわけではないので私のことだけ考えればいいのだが、()()()()()()()()気がしてきた。Aクラスが勝とうが負けようが()()()()()()()()()だし、そもそも次の特別試験にこの様では参加できるかも怪しい。

 

 …でも有栖が負けるのはなんか嫌だ。

 

 彼女を這いつくばらせるのは私の役目だ。

 他の人に譲りたくない。

 あの時のあの目を乗り越えて彼女に勝ちたいのだ。

 

 私が絶対的に勝てないと思ってしまった、あの人間がもつ美しい何かを乗り越えたい。

 

 美しいものに汚い(マイナス)のままで勝ちたい。

 

 過負荷(マイナス)だって勝つことができることを証明したい。

 

 こんな(過負荷)を知った上で勝負を挑んできた彼女に勝ちたい。

 

 これだけは綾小路君にも譲れない。

 

 …今まではっきりと自覚してなかった。寧ろ綾小路君と有栖をかち合わせて弱っているところを叩きのめせばいいと思っていたくらいだった。

 でも、()()()()()()()()()()()()()

 過負荷(マイナス)のことを教えたあたりから、理解者を求めている節があったのは自覚していた。その時は、理解されたら私にわざわざ敵対するなんてことはしないだろうと思っていたのが正直な感想だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが嬉しくて、面白くて、楽しくて、彼女に勝ちたいと思った。

 過負荷(マイナス)故に勝てない可能性の方が圧倒的に高い。それでも、勝ちたいと心から渇望した。

 

 恐らくそこが分岐点だったのだろう。

 現にさっき有栖と二人で話していた時に、有栖に事故死はしてほしくないと思った。

 彼女も私が死なないか心配していたように、私も彼女に何かあって勝負がつかないままになるのは御免だった。

 

 そこまで考えて、大きくため息を吐く。

 彼女が言った通り、正真正銘の赤の他人と()()()()()()()である人とはまるっきり同じというわけにはいかないみたいだ。

 いや、正確には有栖だけだ。これが康平や茂だったら他の人と同じ対応だったと思う。

 特別(スペシャル)に足を踏み入れている有栖だからこそ、その強さ(プラス)を飲み下して勝ちたいのだ。

 

 …そのためにはAクラスに落ちてもらうわけにはいかないか。

 Aクラスのリーダーが早くも有栖に移行寸前ということは、Aクラスの代表として有栖が表舞台に立つということになる。

 もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう考えるとAクラスをさらに上げる必要はないが、落としすぎるということはしない方針にするべきだ。できるところまで上げても私は構わないが、私が意図的にそれをしようとすると裏目に出て落ちていく可能性がある。

 

 どうするべきなのだろうか…?

 

 私はこれからどういう方針で、どういう手を使って、どういうことをしたいのか。大体の方向性は見えたが、あまり有栖に協力しすぎて勝てなくなるほどになってしまったら元も子もない。

 ぐるぐると頭の中で回る考えを吟味しながら、頭を一度冷やすべく茂が持ってきてくれたお茶に手を伸ばした。




あまり話が進んでいませんが仕様です。
社会的ジレンマに関しては「共有地の悲劇」でググってみるとわかりやすいと思うので、気になった方はそちらをご覧ください。

後2話ほど挟んでからで4巻に入る予定です。予定ですので変更されることもあるかもしれませんが、その場合は次話以降の後書きにて記載いたします。


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幕間 竹本茂は決意する

 俺は一体何をしたいのか。

 

 無人島での特別試験を終えてから、そう考えることが多くなった。

 今までの人生では言われるままにしていれば大抵のことは上手くいった。

 先生の言う通りにしていればいい成績が取れ、親の言う通りにしていれば生活の保障はされるし自尊心も満たされた。

 クラスメイトの行動に目を向け、彼らに都合の良いように振る舞っていれば自然と友達ができて楽しい日々を過ごせた。 

 

 それに対して疑問を思ったこともなかったし、それさえしていれば今までの人生に不都合なんてなかった。

 

 それを疑問に思うようになったのは、言われていた通りにしていたはずなのに結果が伴わなかったからであることは間違いない。

 そこからだった、これまで考えていなかったことに目を向け始めたのは。

 

 胸の内にある種の違和感を覚えた。

 

 言われるがままに、成績が優秀で国立故に家計への負担が私立に比べて少ないこの学校を受験した。卒業後に好きな進路に進むことができるという謳い文句にも惹かれた。

 入学することができた後で知ったことではあるが、好きな進路に進むためにはAクラスで居る必要がある。

 だが、俺はAクラスで入学することができた。

 何もなければそれだけで好きな進路に進むことができる。

 

 

 …それに本当に価値があるのか?

 

 

 未だ答えの出ない問いに頭を悩ませる。

 これまでの人生では言われたとおりのことをしていればよかった。

 だけどこの学校ではそれだけでAクラスのままで居れないだろう。

 自分よりも優秀だと思っていた葛城君がDクラスに出し抜かれたのだ。そう思わない方がおかしい。

 

 しかし、俺はこの問いの答えを知っていそうなやつを一人知っていた。

 俺にとっては友達だと思っているが、あいつのことはよくわかっていない。

 時折出す気持ち悪さもそうだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こともそれに拍車をかけていた。

 

 第一印象は()()()()()()()

 

 だけど蓋を開けてみれば特殊な事情があったみたいだったので、自分とあまりにも違う価値観を持っているから気持ち悪いと感じたのだと思った。

 それは半分正しく、半分は間違いだと今は言える。確かに価値観が違うようにも見えるが、()()()()()()()()()()にひたすら気持ち悪い時があった。

 クラスの代表格の二人を馬鹿と称した時やクラスがなくなったらクラス分けはどうなるのかを聞いていた時は、俺だけでなく他の人たちも同じように思っていたに違いない。

 

 そんなあいつは俺にはない答えを知っていると、確信に近いものを抱いていた。

 

 だからあいつと二人で話すために俺はあいつの病室とも言える一室を訪ねることにした。

 

 俺の持っていない何かを知るために。

 

 

 

 

 

 

_________________________________

 

 

 

 

 

 

 コンコンッ

 

 お茶を飲んでいい感じにすっきりして、そろそろ寝ようかと思っていたところで不意にドアのノックが部屋に響いた。考えている間に時刻は20時近くになっていたことから、夕食を食べ終わったクラスメイトの誰かが来たのかもしれないと思った。

 

「入っていいですよ」

 

 その予想が外れて教員の誰かが様子を見に来た可能性を考え、丁寧口調で返答した。

 それの返事は私がよく知っている声だった。

 

「…零、ちょっといいか?」

 

 そう言って入ってきたのは茂だった。普段の飄々とした雰囲気とは違った真面目さを感じたことから、何か相談に来たのだろうと直感的に察した。

 私には康平が相談を持ち掛ける時と今の茂が重なって見えた。

 

「別にいいよ。見ての通り暇を持て余しているからね」

 

「…まず特別試験のことだ。零の調子が悪かったのはわかりきっていたし、止めることもできなかった。だからせめて零がいない分の穴埋めしようと思ったんだが見ての通りだった」

 

「パニックになってた皆をまとめたんだろう? 普段の茂ならまずやらないようなことを率先してやった上に、私の事故を知ったうえでクラスメイトをまとめたことを非難するつもりはないよ」

 

「だけどそれで止まったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…でも他のクラスメイトもそうだったんだろ? それに比べれば茂はよくやってくれたと思うよ?」

 

「他のやつは関係ない。比べたところで俺が結局何もできなかった…いや、()()()()()()()事実は変わらないんだ」

 

 茂は忌々しいとばかりに吐き捨てた。

 私に何かあったことを悔やんでその分の穴埋めをしなければというところから、彼もまた私を心配してくれていたということが推測できる。先ほどのクラスメイト達も同じように思っているのかもしれない。

 だけど茂は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何もできなかったというところを()()()()()()()と言い直したことから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と疑問に思い始めている。

 さらに言うと、他のやつと比べても意味はないと言うあたりが彼の思いの強さを表しているようにも感じた。

 

「確かにそう言うこともできると思う。このクラスは良くも悪くもリーダー任せにして自分で考える人が少なすぎる」

 

「…あまり言いたくないが零の責任でもあると思うぞ」

 

 私の責任?

 そう言われてもいまいちピンと来ないのだが、私が何かしたのだろうか?

 

「…わかってないみたいだから言うが、零が坂柳さんと葛城君の間に入って纏めているからAクラス内では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から自分たちは言われたことだけしていればいいって思っているやつが滅茶苦茶多いぞ」

 

「…マジで?」

 

「マジだ」

 

 完全に想定外だった。

 Aクラスと言われるだけあって、優秀な人が集まっていてもっと考える人が多いだろうと思っていた。だが、蓋を開けてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思考停止している人が多いという事実だった。

 生徒の優劣でクラス分けをすると知っていたが、まさかここまで自主性がなく長い物に巻かれるタイプの人が多いということに驚きを隠せない。

 

 …もしかしてクラス分けには生徒の優劣以外にも何かの法則性があるのだろうか?

 前に考えていた綾小路君がDクラスに居る不自然さや、成績だけではAクラスに居てもおかしくない堀北さん。学力も身体能力もトップクラスの高円寺君がDクラスに配属されている段階で違和感を持つべきだった。

 後者二人は協調性が皆無というわかりやすい欠点を持っているからDクラスに配属されたということになっていたはずだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 協調性がないことを考慮しても、自分で考えないAクラスの生徒より遥かに優秀だろう。

 

 …もしかして学校側は協調性を重視しているのか?

 

 …考えても仕方ないか。今のところは学力等も込みで協調性を重視していると考えられるが、それだとBクラスがAクラスよりも一丸となって団結していることの説明が付かない。

 これから他のクラスを見ていけばわかるかもしれないが、少なくとも今は無理だ。

 

 

「…他の人が全てやってくれる。人生がそうやって全て上手くいくと思っているんなら、とんだプラス(幸せ者)だね。本当に他人任せで生きていけるならそれでもいいんじゃないかな?」

 

「…だが、それは本当に()()()()()って言えるのか? 奴隷のように誰かに使われないと何もしないような奴らが、本当にAクラスのままで行けると思うか?」

 

「『運命とは眠れる奴隷だ、オレたちはそれを解き放つ事が出来た。それが勝利なんだ』っていう私の好きな漫画の言葉があるんだけど、君はどう思う?」

 

「…Aクラスは運命に縛られた、眠れる奴隷だって言いたいのか?」

 

「流されるままでいいなんて思ってるやつは運命…いや、上級階級の者に縛られているだけだ。そう言う意味ではそのことに疑問を持って相談に来ただけで、茂は勝者だ」

 

「…それで勝ったからなんだっていうんだ!! 結局何かが変わるわけじゃない!!」

 

 

()()()()()()()()()()()。誰に誘導された思考でもない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそが君の言う人あるべき姿なんじゃないのか?」

 

 

「……」

 

「自分より優秀なものに従うことを間違っているとは言わない。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が特別試験で単独行動をした時、他の人たちはやたらと驚いていたけど私は機械じゃないんだ。自分の意思で起こした行動だって自信を持って言える。それで事故を起こしてこんな状態になってもね」

 

 

「茂、君はあの特別試験で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「…俺が自信を持って言えるのは、点呼の時に零を止めようとしたのと零が事故に遭ったって聞いてパニックになったあいつらを正気に戻した時だけだ」

 

「だけど今の君なら自分の意思で行動することができるんじゃないか? こうやって相談に来たように」

 

「…そうだな。確かに今なら、命令とも言える指示を聞いていただけの時よりはマシだと思う」

 

「それならそれでいいんじゃないか?」

 

 私がそう言うと茂は黙って考え込んでしまった。

 私は茂のことを最初からある程度は評価していた。

 最初に康平ではなく有栖の方に来たことも、その後に有栖の支配下に下ることなく中立を維持していたことも、私と仲良くなる前から有栖の黒い笑顔を()()()()()()()()()()()()()茂だけ見ていたことも、私と仲良くなった後も飄々とした態度で他の派閥の人たちとも付き合っていたことも、今こうやって有栖と康平という()()()()()の人ではない私に相談を持ち掛けてきたことも評価できると思う。

 私に相談しに来たというと上から目線に見えるが、有栖や康平とその派閥の人に相談することはその派閥と完全に敵対することになるかその派閥に入らざるを得なくなる。

 

 支配する側から見れば、()()()考えを巡らせるような頭の良い人(愚者)は邪魔なだけだ。康平はあまり積極的に言わないだろうが、戸塚君辺りは出しゃばってくるなと言って対立するか排除に動いてもおかしくない。

 他の中立派の人も何処につながっているか確実にはわからない。

 そう考えると、()()()派閥には入っていない私に相談に来ることが適切だと私は思う。

 私が康平の派閥に入っていることは無人島での特別試験を見るとあり得ないし、有栖の派閥に入っていないと言えるのは康平と有栖の意見がぶつかった時に康平の方に肩入れしたことからないと判断することができる。

 それに、この船旅の直前には仲直りしたもののそれまでは()()()私を避けていたのだ。

 それを私とよく一緒にいる茂は一番早く気付いていた。そう言う細かいところの気づきが茂は早い。

 そして、今回のことでそれに疑問を持つ着眼点まであることが分かった。茂のような人が多ければ有栖がAクラスを掌握することはもっと難航していたかもしれない。

 

 

「…俺だけが気づいても意味ないんじゃないか? Aクラスのままで卒業するには後2年と7か月ぐらいある。このまま維持できるとは思えない」

 

「そもそも茂は何でAクラスのままで居たいんだい?」

 

「だってAクラスで卒業しないと好きな進路に行けないし、Aクラス以外で卒業したら俺はAクラスに行けなかった無能人間だと評価されてもおかしくないだろ?」

 

()()()()()()()()()()?」

 

「何の意味って…」

 

「本当に行きたい進路があるんなら、周りの評価なんて気にさせないほどの実力を見せればいいだろ? 茂は進むべき進路が決まってるか?」

 

「…まだ決まってない」

 

「自尊心とかプライドで生きていけると思ったら大間違いだ。Aクラスに居たい理由も、進路もまともに決めないままAクラスのままで居たいなんて傲慢だと思わないかい?」

 

「…それじゃあ零はどうなんだよ」

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「…だと思った」

 

 私の言葉で一瞬凍りついたかのように固まった茂だったが、2秒も経たないうちにそう言って大きく息を吐いた。

 未だに誰にもAクラスでなくても良いなんて言っていないはずだが、一体茂は何時から気づいていたのだろうか?

 

「不思議そうな顔してるけどそんな大したことじゃないぞ?」

 

「…何時からそう思ってた?」

 

「疑問に思ったのは初日から。カメラのこととポイントについてほとんど回答そのものだった答えを知っていたのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()他の人なんてどうでもいいと思ってるんだと思ってた」

 

「でもAクラスの特権を知ったのはもっと後だ」

 

「その特権を真嶋先生が話した時から確信に変わったんだ」

 

「??」

 

「坂柳さん以外の他のやつらは大なり小なり驚きを見せていたけど、零だけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。坂柳さんはどちらかと言うと答え合わせをしている感じだった」

 

 …本当によく見ている。

 確かにあの時は()()()()()()()()()()()()()()()。あの時に大事だったのは有栖と勝負をする上で、クラス内での立場を作ることに重点を置いていた。

 それに過負荷(マイナス)たる私がAクラスのままでいられるわけがないし、そこまでして進学したいわけでもなかった。働ければ最悪何処でもいいとまで思っている。

 今でもその考えは変わってない。むしろ『負完成』となったことで尚更Aクラスのままで卒業できるとは思ってなかった。だからこそ図書館や自室では既に大学受験の勉強を進めているのだ。

 進学するためには()()()特待生にならなければいけない。Aクラスのままで卒業できるなら特待生で入れるのかもしれないが、自分の学力が伴っていない状態で特待生になっても途中で外されてしまうかもしれない。

 それでも無理なら就職する。最悪アルバイトを転々とすることになっても死にはしない。

 

 そういう考えがあるからこそ、あの時()()()()()()()()()()()()()()()()()()のに私だけ無関心だった。

 茂は目敏く、それを見ていたのだ。

 有栖の方にも目を向けて、彼女が何か違うことを考えていることにも気づきながら私の違和感に気付いていた。

 

「…正解。私自身、初日に言った通り施設出身の身でね。お金がないんだ。だから大学に行くんなら、最低限特待生にならないといけない。それでもアルバイトとか奨学金を借りることは確実だろうけどね」

 

「Aクラスの特権を使えばそれでなれるんじゃないか?」

 

「なることはできると思う。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから今のうちに学力を付けて、()()()()()大学受験を乗り越えないといけない」

 

「…確かにその方が後でAクラスから外されてもリスクは少ないな。それにその後のことも考えるとその方がよっぽど良い。だけどAクラスを外されたことで大学側からの評価は下がるんじゃないか?」

 

「それならさっきも言った通り、周りを黙らせるほどの学力を見せれば良い。コネで特待生になったと言われるよりはマシだと思わないかい?」

 

「…ああ、そうだな。その方がかっこいい」

 

 茂はそう呟いて、また大きく息を吐いた。

 彼の美学に沿ったつもりはないが、私としてはそれがベストの選択肢だった。Aクラスを維持するための策略を廻らすよりも、学力を身に着けたほうが今の私には役に立つ。

 プライドと自尊心がまるっきりないとは言わないが、それだけで食べていけるほど世の中が甘くないことは今世(こっち)の幼少期に思い知った。私は公園で死んでいたカラスの味も、石を当てて何とか捕った鳩の味も忘れることはないだろう。

 むしろ人としての尊厳を守りたいからこそ、3年間しかいない高校で自尊心を振りまく様なことをしないのだ。自分の価値なんて出来損ない(マイナス)でも構わない。

 

 有栖との勝負も私が「勝ちたい」と思ったからしているわけだが、その勝負を理由に勉強をさぼることはあまりしなかった。

 あまりと言うところが意思の弱さを露呈している気もするが、機械じゃないのだからその日の気分とかコンディションがある。無理にやってペースを無理矢理守っても意味はないはずだ。

 

「…零はこれからどうするんだ? もう坂柳さんがAクラスのリーダーみたいなもんだろ?」

 

「本当のことを言うとAクラスのことなんてどうでもいいんだけど、ちょっとした事情でAクラスを落とすわけにはいかなくてね。とりあえずはAクラスをAクラスのままにすることに努めるよ」

 

「Aクラスの特権を必要としているやつがいるかもしれないのにか?」

 

「口だけだったり意思だけ立派でも、実力が伴ってないやつにあげるようなお人よしじゃないからね。茂はコネだけで医者になった医者に診察してもらいたいと思うか?」

 

「…それもそうか」

 

「まあ、そういうわけだからAクラスの不利になるようなことは控えるつもりだ」

 

()()()()()()()()があるからか?」

 

 茂の言葉に今度は私が固まった。

 これについて知っているような人は有栖と橋本君、神室さんぐらいだ。康平にも言った覚えはない。

 

「この前の中間考査の打ち上げの時だ。他のやつらは楽しそうに宴会気分だったけど、零たちが来た時のそっちのテーブルだけ雰囲気が違ったからな。そっちに注意を向けてた」

 

「…あの時茂、戸塚君たちと楽しそうにしてなかった?」

 

「無理やりテンション上げてたんだよ。正直くっそきつかった。ああいう場所だと一人白けたやつがいたらみんな白けるからな」

 

「それでも一応他の人に聞こえないように気を遣っていたんだけど」

 

()()()()()()。そこの雰囲気だけおかしかったから、ちょっとトイレに行くフリして隣を通った時に聞き耳を立てた。他のやつらは場の雰囲気もあって大して気にしていなかったが、俺以外にも葛城君はそっちに気を向けてたぞ。まあ、葛城君は他のクラスメイトに引っ張りだこだったから多分聞いてないけどな」

 

「…あの時に勝負がどうのって詳しく言った覚えはないけど」

 

「坂柳さんの、それで敗北を認めるあなたではないでしょう?っていうところを聞いたからな。後は今の回答で確定になった」

 

「…鎌かけだったのか」

 

「ほとんど確信に近かったけどな」

 

 私の予想よりも茂は優秀な人間だ。

 私みたいな過負荷(マイナス)よりも、周りを見て社会に適応しつつ答えを探しに行けるプラスの人間。恐らくそれが彼の本質なのだろう。

 

「まあ、そういうこと。下手にAクラスが落ちて有栖が勝手に負けたなんてことになって欲しくないんだ」

 

 

スペシャル(有栖)は私が潰す」

 

 

 そう言った私は私の中の過負荷(マイナス)が、まるで歓喜に打ち震えているかのように私の中で渦巻き、増幅していることに気付いた。

 私という容量からオーバーしたものが私から滲み出る。

 それを見て茂は露骨に顔を歪めた。

 

「なんだそれ…?」

 

()()()。今ここで君が見ている者こそが、正しい意味での()さ。私は君の思っているような人じゃない」

 

 自嘲気味にそう笑うが、茂の顔は歪んだままだった。

 まあ、ただの普通(ノーマル)である彼には負荷が多いのだろうと思って過負荷(マイナス)を抑えようとした。

 

 しかし、抑えようとした時には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「それが本当の零なんだな。…ようやく納得した」

 

「…気持ち悪くないのかい? 正直自分でも驚くほど最低(マイナス)になった自覚はあるぜ?」

 

()()()()()()()。今更ダチに気後れするようなことはしねえよ。さっきのはちょっと驚いただけだ。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 茂の表情から、それが今まで見てきた上っ面の言葉ではなく本心であることを察した。

 そしてまた、有栖と同じく茂の目に宿る輝きが私には眩しかった。それは過負荷(マイナス)になってしまった私が捨て去ってしまった、人としての大事な何かなのだろう。

 わざとらしく息を吐き出してから、私は彼に向き合った。

 

 

「本当に君はどこまでもプラス(愚か者)だよ。こんな過負荷()を知ってなお、友達なんて言われるとは思わなかった」

 

「俺の意思は自由なんだろ? だったら俺が零を友達だって思うのも自由だ。零が何を抱えていようともな」

 

「もしかしたら大量殺人鬼かもしれないよ?」

 

「零が俺を殺しに来たら考えるさ」

 

 爽やかな笑顔を浮かべてそういう茂が、私にはとてもプラスに見えて仕方なかった。

 色々と吹っ切れただけにも見えるが、自棄になっているわけではない理性がしっかりある。彼は何か自分なりの軸を見つけたのだろう。

 自分の根本を形作る物、自分の本質、考え方となる軸を。

 

「…まあそこまで言うなら止めはしないよ。言った通り君は自由だ。茂はこれからどうするつもりだい? 今なら有栖の方につけば、私との立場を利用できるしそれなりに上の立場につくこともできると思うよ?」

 

 

「俺は零の方につく」

 

 

「本気で言ってる?」

 

「自分の意思でダチを助けるんだ。そっちの方がかっこいいだろ?」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべた茂は、この部屋に来た時の道がわからなくて迷子になってしまった子供のような雰囲気は全くなかった。

 自分の探し求めていたものを見つけ、自分の意思を取り戻した様は紛れもなく『人』だった。

 この世界がライトノベルを基にした物だと思っていても、ここで生きている人たちは本当に生きているのだと肌で感じた。

 

「そう言うならよろしく頼むよ」

 

「ああ、でも何でも言うことを聞くわけじゃないってことは先に言っておくぜ?」

 

「それでいい。()()()()()()()

 

 そう言った私達はお互いに右手を伸ばして、握手をした。

 プラスとマイナスが合わされば0に近づく。

 でも、プラスとマイナスをかけ合わせれば結果は必ずマイナスになる。

 

 この協力者との出会いが私に何をもたらすのか、今の私にはまったく見当が付かなかった。

 

 

「ところで、さっきのは何の漫画のセリフだったんだ?」

 

「ジョジョも知らないとか死ねよ」

 

 もしかしてこの世界にはジョジョまでないのか?

 突然のことに困惑する茂を無視して、私はこの世界に私が知っている漫画がほとんどないかもしれないという事実に改めて戦慄したのだった。




茂君を完全オリキャラにして掘り下げました。
最初の文章はサブタイトルを付けるとするなら、「竹本茂の独白」と言ったところでしょう。

『運命とは眠れる奴隷だ、オレたちはそれを解き放つ事が出来た。それが勝利なんだ』というセリフはジョジョの奇妙な冒険の5部のセリフです。気になった方は、原作を読んでみることを強くお勧めいたします。なお、主人公はまだ確認していませんがジョジョはこの世界にあります。ないものは「めだかボックス」と「ようこそ実力至上主義の教室へ」を含むいくつかの作品です。
有名なものがいくつか無くなって、その代わりになるような作品がある感じです。


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24話目 豪華船旅行 八日目

 目が覚めると足が全く動かせないことに気付いた。

 周りに人はいなく、時刻は朝の7時を回ったところ。そろそろ朝食の時間になるかもしれないが、このままでは食べに行くことすらできない。

 

 いい加減にこの怪我を何とかしなければならない。

 流石に不便極まりないこの状態のまま特別試験に臨む気はないし、そもそもこんな状態では特別試験に参加できるかもわからない。

 目覚めて早々大きなため息を一つ零すと同時に、懸念していたことを割り切る覚悟を決めた。

 

 「無冠刑(ナッシングオール)

 

 そう呟いて空いている右手に鉈を持つ。この部屋に監視カメラがないことは確認済みだ。

 取り回しがとても悪い私の過負荷(マイナス)だが、もうそれを気にしている暇はない。

 

 私はその鉈を()()()()()()()()()()()()

 

 (無冠刑)はベッドや衣服を傷つけることなく、私自身を貫いても外傷を残さない。

 本来ならこんなことしなくてもスキルを発動しようと思えば発動するが、『怪我』が『私』の大部分を占めている今完全に『縁』を切るならここまでしないといけないと感じた。

 

 『怪我』との『縁』を切る。

 

 これをすれば金輪際()()()()()()()()()()()()()()

 長い時間が経てば再び『縁』が結ばれるかもしれないが、少なくともこの高校生活で怪我を負うことはなくなった。

 最初からこうしておけばよかったと思うかもしれないが、それをしなかったのは懸念していたことがあったからだ。

 

 1つ目に、あの重体が一瞬で完治したとなれば原因究明をしようとするのが普通だ。

 当然シラを切ることになるが、それまでの間精密検査などを頻繁にやることになるかもしれない。それ以上に何らかのモルモットにされる可能性もある。

 だが教育機関であるということからその可能性は低かったことと、精密検査をするなら今やらなければ特別試験と被る可能性があったから仕方ないと判断した。

 昨日茂が協力すると言った以上、彼がどのような行動をするのか次の特別試験で見ておきたい。そのために、多少のリスクを背負ってでも次の特別試験に参加しなければならないと判断した。

 

 2つ目に、「無冠刑(ナッシングオール)」が()()()()()()()()()()()の力ではないこと。

 ある意味で「大嘘憑き(オールフィクション)」とも似ているこの過負荷(マイナス)は、同じような欠点がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これのせいで私は、交通事故に遭っても怪我を負うことはないし、頭を撃ち抜かれても怪我を負うことはないし、崖崩れに会っても怪我を負うことはないし、殴られても怪我を負うことはない。

 正確には、怪我を負うことが()()()()()()()とも言える。

 そのため、()()()()の類はできなくなった。力尽きることと『縁』を切った場合には、睡眠がとれなくなることと同じだ。外部からの干渉によってではなく、自らの手で『怪我』を自分に負わせるようなことはできない。これによってどのような縛りが起こるのかがわからなかったから、この選択は本当に取りたくなかった。

 現状でそう困るようなことにはならないと感じているが、もしかしたら後々何かで引っかかる可能性もある。

 

 そういう意味で、球磨川先輩が作った「虚数大嘘憑き(ノンフィクション)」がどれだけやばいものかがよくわかる。

 一度なくしたものを取り戻すことを可能にするだけのスキルだが、私には逆立ちしてもそんなスキルは作れない。

 一度なくしたものが取り返しのつかないように、一度切った縁は基本的に時間経過か、それに関わることでしか()()しない(縁が戻るという意味で復縁と言う言葉をあてている)。

 人との縁ならそこまで戻すことは難しくないが、概念だと時間経過でしか復縁できない。

 縁を結ぶスキルがあれば別だが、私以外のスキルホルダーがいるとは思えない。いたとしても、そんなピンポイントなものを持っている人に出会う確率は限りなく0に近い。

 

 

 怪我をしてい()部分を見た。

 固定されていた左手は包帯を外しても痛みが走ることはなかった。

 左足も動かしても大丈夫そうだ。

 一番重傷だった吊るされていた右足も、自力で下すことが出来た上に痛みも違和感もなくなっていた。

 ベッドから降りて、辺りを少し歩いてみる。歩いてみた感じの違和感はなく、文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 持っていた鉈を消して、ふと時計を見た。

 時刻は7時15分。昨日はあの後すぐ寝てしまったが、既にお腹が減っているように感じた。

 

 とは言っても、突然重体だった私がいきなり食事をしに行っては問題がある。

 少なくとも星之宮先生辺りに会って話さなければならない。

 

「何してるのっ!?」

 

 突然の声に驚いてそっちの方を向くと、血相を変えて声を荒げる星之宮先生の姿があった。

 恐らく私の様子を見に来たのだろうと思われるが、タイミングが良いのか悪いのか微妙な気持ちになる。

 少なくとも暫く朝食にはありつけなさそうであることを察した私は、少し憂鬱な気持ちなりつつも事情説明を行うのだった。

 

 

 

__________________________________

 

 

 

 あの後、星之宮先生とこの船に付き添っていたらしい医師の下で精密検査を行った。

 血液を採取されたり、レントゲンを撮られたり、触診をされたり(当然男性の医師が)と色々なことを行って解放されたのが18時を回ったころだった。

 予想通りかなり長い時間を検査に当てられたが、食事を持ってきてくれたこともありそこまで苦ではなかった。

 

 星之宮先生と医師の、狐に化かされたような顔が今でも忘れられない。

 

 過負荷(無冠刑)を使ったのだから原因がわかるわけはないのだが、あの大怪我が影も形もなくなってしまった事実は変わらない。

 「私」を対象に「無冠刑」で「縁」を切ったが、過去に起こったことに遡って「縁」を切れるほどのものではない。

 記憶も記録も残るのだ。だからあまり使いたくなかった。

 乱発していたら確実に化け物扱いされることは間違いない。一回目でこれだ。こんなことが頻繁にあっては、ただでさえ過負荷(マイナス)なのに尚更人外扱いされてしまう。

 

 私は一応人間(過負荷)だ。定義が曖昧であろうが、心を持っている人間である。

 それが普通(ノーマル)寄りであろうが、過負荷(マイナス)寄りであろうが人間なのだ。

 男でも女でも子供でも大人でも老人でも同じ人間であるように、過負荷(マイナス)であろうが人間であることに変わりはない。

 

 

 

 そんな訳で解放された私はクラスメイト達に事情説明をし、一緒に食事をとった後で割り当てられた自室に戻っていた。シャワーも浴び、寝るための準備はすでに終えている。

 予定通りであれば私が有栖に付き添う時間帯だが、怪我人だったということもあり今は橋本君と神室さんの二人が有栖に付き添っている。

 有栖とは表面上は変わらないが、私を見るときの彼女の表情が時折曇っているのを私は見逃さなかった。

 

 だからといってどうかするわけでもない(まあ、私には関係ない)

 

 今、割り当てられた部屋には茂と私だけがいる。

 もう一人、吉田君というクラスメイトが相部屋だが彼は今出払っていた。

 

「で、あの怪我をどうやって治したんだ?」

 

「日頃の行いが良かったからだよ」

 

「いや、それだけはない」

 

 私の返事に茂が即答する。

 彼の言う通り過負荷(マイナス)でもある私が、日ごろの行いが良かったから治ったなんてことがあるわけがないので、言っていることに間違いはない。

 

「まあ、何で治ったのかはご想像にお任せするよ。知っていたら話すわけないし、知らなかったら話せないだろ?」

 

「…それもそうか。強いて言うなら自力で治せるんなら最初からそうしてるだろうってとこか?」

 

「そういうこと。それじゃあ、吉田君が帰ってくるまでにこれからの方針について話そうか」

 

 偶然、私と茂だけで部屋にいる機会を逃すわけにはいかない。

 これからも二人だけ話せる機会があるかわからない以上、話せるうちに話しておきたいことがある。

 

「チャットとかは使わないのか?」

 

「記録に残る物はどこからばれるかわからないからあまり使いたくないってのが本音。必要だったら使うけど、あんまり多用したくない」

 

 チャットやメールでも話し合いはできるが、記録に残ると携帯を奪われた時に内容が他人に割れてしまう。覗き込まれて内容を見られる可能性もあるため、私はあまり好きではなかった。

 

「とりあえずはAクラスをそのまま持ち上げる感じだったか?」

 

「基本的にはそんな感じで進めようと思うけど、細かいことは指示するつもりはないから。どういう風に行動するか()()()()()()()()()()

 

「…言いたいことは大体分かった。それの言葉には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「当然。もしも君がAクラスに居たいっていうんならそのまま頑張ればいい。もしくは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういうことか」

 

 私の物言いに納得したと言わんばかりに頷く茂。

 何も間違ったことは言ってない。お互いに薄々察していることだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 それこそ、天使が堕天使に変わるように、プラスがマイナスに変わるように、真実が虚言に変わるように、正義が悪に変わるように、勝者が敗者に変わるように、支配者が奴隷に変わるように、薬が毒に変わるように、貴族が平民に変わるように、流れ星が消し炭に変わるように、有力者が犯罪者に変わるように、光が闇に変わるように、いずれ()()堕ちていく。

 

 過負荷()がいるから、というよりは主人公(綾小路君)がいないからと言った方が正しいかもしれない。彼が一人だけでAクラスに入ってくる可能性もあり得る。だけど上に上がろうと試行錯誤しているDクラスの面々と、上にいるからもっと優秀な人に丸投げしていれば何とかなると思考放棄しているAクラスの面々ではそう遠くないうちに差が付く。

 正確には、()()()()()と言った方が正しいか。

 無人島での特別試験を踏まえて、毎回Aクラスが敗北するとは限らないがAクラスが他のクラスから目の敵にされるのは目に見えている。

 茂からすれば、私がDクラスに敵対したくないやつがいると零したこともAクラスが敗北すると予想できる判断材料になるだろう。

 

「まあ、()()()()()()()()。俺だけが深く考えすぎても仕方ない」

 

「それもそうだろうね。どれだけ変えようと思っても、力がなければ変えられないこともある」

 

「そういうことだな」

 

 そう言って二人そろって溜息を吐いた。

 どれだけ意気込んでもできることとできないことというものが世の中にはある。

 私はもちろん、茂だってAクラスを表で引っ張っていくだけのリーダーシップはない。仮にあったとしても、他のクラスを抑えて自分たちがAクラスのままでいられるようにする策を練るような力もない。反逆してきた生徒たちを抑えるだけの力もない。

 

 結局できないことはできないのだ。どれだけ覚悟があろうが、無い袖は振れない。

 

 …そろそろ本題に入らないとまずいか。

 既に寝る準備は済ませているが、吉田君が帰ってきたら話し合いができなくなる。

 最低限、私側につくというなら伝えておきたいことがあった。

 

「…私は自分の派閥なんて作るつもりはない。作っても負けるのが目に見えてるし、そんなものにつき合わせる気も付きまとわれるのもご免だからね。プラスの人間()が私につくって言ったときも、正直どうしようか困ったくらいだ」

 

「だろうな。普段見せないような間抜け顔は見てて面白かったぜ」

 

「それは忘れてくれ」

 

 過負荷(マイナス)をあっさり認知してなおかつ、私に協力すると言うような人がいるとは思わなかったのが本音だ。

 有栖でさえ暫く私とは距離を置いていたのに、即断即決で私側につくとまで言った茂には驚くしかない。私の過負荷(マイナス)をものともしないプラスを持っているのなら、そう遠くないうちに何かに目覚めてもおかしくない。

 彼が言うには私だから別にいいと言っていたが、他に過負荷(マイナス)の人がいたらどのような反応をするか見てみたいと思った。

 

 もしかするとこの世界に私以外の()()()という概念があったのなら、昨日の段階で覚醒していたかもしれない。

 

 未だに普通(ノーマル)の域を出ていない茂だが、観察しただけで筋力量まで測定できるようになったら特別(スペシャル)、もしくは異常(アブノーマル)になるのだろう。

 常人には出来もしない領域まで手を出し始めたら、間違いなく普通(ノーマル)とは言えなくなる。

 

「私が君にしてほしいことは一つだけ。()()()()()()()()()()()()()()。せっかく考えられるだけの頭があるんだから、それを()()して押さえつけるのは愚策だと思うしね」

 

「本音は?」

 

「他人にあれこれ指示出すのがめんどくさい。指示がないと何もできないような奴は友人だと思わないし、そんな奴隷私には必要ないから」

 

「…ほんと零らしいと言えばその通りだぜ。それじゃあ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「それがいい。口を挟むかもしれないけど、最終決定は任せるから」

 

「おう、()()()()()()()好きにやらせてもらうぜ」

 

 茂は決心を新たにするかのように、強く頷いた。

 これからの学校生活は、茂が今まで生活してきたそれとは変わったものになるだろう。

 

 他の人に任せていたクラス運営に、自分で疑問を持ち、自分の意思で考え、自分で行動する。

 

 言葉にすればこれだけであるが、実際にクラスの輪から外れて行動するには問題が発生することもあるだろう。それを踏まえて、彼に自由にやってほしかった。

 彼がどの程度の思考力と行動力があるのかを見たかったというのもあるが、()()()()()()()()()()()()を知りたい。

 以前からその片鱗を見せていた観察眼がそうなのか、私の過負荷(マイナス)を跳ね返すような精神力なのか、はたまた()()()()()()()()()()

 彼が過負荷()を理解したように、私も彼を協力者として理解しなければならないと考えている。

 

「それじゃあ、早速次の特別試験の話なんだけど」

 

「ちょっとまて。()()()()()()ってなんだ?」

 

 …そう言えば茂には言ってなかった気がする。

 いや、そもそもこれも私の予想であって本当にあるかわからないものだ。

 

「あくまで私の予想だけど、あと二日以内にもう一度特別試験が始まると思う」

 

「…そういうことか。無人島での特別試験とは別の試験が残りの一週間以内に起こるって予想したわけだな?」

 

「そういうこと。この船の設備を無料で学生に使えるようにするために、一体幾らのお金をつぎ込んだんだろうね?」

 

「確かにそう考えると、もう一度特別試験があってもおかしくないな」

 

「まあ予想の範疇を出ないってのはあるけど、心構えがあるかないかではかなり変わるから覚えておいてほしい」

 

「そこまで言うならきちんと覚えておく。残りの一週間がただ遊んで過ごすってわけじゃないような気はしてたしな」

 

 茂の言葉で、茂も無意識的に疑問を抱いていたのかもしれないと感じた。

 無料で遊べる船の施設、一週間も残っている目的地のない船旅、学校で貸し切っている豪華客船。これらの要素を踏まえると、どこかで無意識的に警戒してもおかしくないかもしれない。

 無人島での特別試験があったということもあるが、昨日は何もなく終わったはずだ。警戒を解いている生徒のほうが多いだろう。

 有栖や康平は恐らく警戒を外していないだろうが。

 

「その特別試験でもしかしたら何かしらのアクションを取るかもしれないから、その時に協力してもらうかもしれない」

 

「その時の連絡は?」

 

「今みたいに直接会って話すのが一番だけど、出来ない場合も多いだろうし人気のないところでチャットで話す方針で。もう一度言っておくけど、協力って言ってもするしないも自由だし細かい指示なんかも出す気はないから」

 

「了解。気を張りすぎて空回りしたら元も子もないし、適当にやらせてもらうぜ」

 

 彼は目の前で覚悟を決めるかのように拳を握りしめた。

 何が彼を突き動かすのかはわからないが、プラスであっても一応は()()である彼をどのように扱うのか。過負荷(マイナス)である私には理解もできないことではあるが、普通(ノーマル)である部分()からはそれが良いものだからだと訴えかけてくる気がした。

 

 そうこうしているうちに吉田君も部屋に戻ってきたので、私はベッドに潜り襲い来る睡魔に身を任せた。

 




 4巻に入る前に済ませたいことは終わったので、次回からようやく4巻の内容に入ります。
 4巻から主人公が本格的にクラス争いに参加したりしなかったりする予定です。無人島での特別試験は主人公自身事故に遭っただけなのでノーカウント。

追記 5/19
 「怪我」という概念との「縁」を今話で切りました。
 これは「世間一般で言う怪我」との「縁」を切ったというものが正確です。
 そのため、衝撃を受けたときのダメージなどは通ります。腕がちぎれた場合は、「怪我」になるので千切れるほどの激痛を負うで収まります。頭を撃ち抜かれた場合は、撃たれた衝撃はそのままなので頭部に激痛が走ります。撃たれた場所は、何事もなかったかのようにそのままになっています。自傷しようとして手首にカッターを当てて引いても、一瞬だけ赤くなって痛みが出るだけで血が出るようなことにはなりません。
 ダメージそのものを負わなくなるわけではないので、すぐに内蔵に悪影響が出ることはありません。


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25話目 豪華船旅行 十日目

 無人島での特別試験から3日。

 昨日は何事もなく平和で、くっだらない日常を謳歌するだけの日だった。

 どうでもいいクラスメイト達と話をし、どうでもいい人生の時間を浪費していき、どうでもいいクラスの間にある確執に囚われてとらわれて過ごす。

 それだけの、いつも通りな(つまらない)日常だ。場所が船内だということしか変化していない。

 

 昨日から初日に決めた予定通りに有栖の付き添いをしているが、今はまだお昼なので橋本君が付き添っているだろう。

 あの後、有栖は私を時折悲しそうな目で見てくるようなこともなくなった。彼女に夜付き添っている時は、大体夕食を食べてから有栖の割り当てられた部屋で時間を潰していた。

 彼女の部屋は体のこともあってか、それとも急に参加することにしたためか一人部屋である。そのため、他の人に聞かれることのない他愛ない話をしていることが多かった。

 豪華船と言うだけあって映画館や舞台などもあるらしいが、私はその手のものに詳しくない上に興味がない。プールなどには有栖が参加できない。そのため有栖の部屋でただただ深い意味のない話をする、無意味で()()()()()()()()()()()()()()ような時間を過ごした。

 

 昨日は日付が変わる前、具体的には22時30分に彼女の部屋を出て自室の部屋で勉強をしていた。

 吉田君が少し引いていたような気もするが、私にはどうでもよかった。生きていくために余裕がある時には少しでも積み上げないといけない。プラスに勝ちたいと思うなら、尚更見えない努力をする必要がある。

 裸エプロン先輩だって安心院さんからスキルを返してもらうために立ち向かったのだ。私は彼のようになれるなんて思ってない。どんなに模倣したところで所詮は模倣であって、本人ではない。他人であることに変わりはないのだ。

 でも、過負荷(マイナス)としての在り方に感銘を受けたのは間違いなく彼の在り方だった。

 

 嫌われものでも! 憎まれっ子でも! やられ役でも! 主役を張れるって証明したい!!

 

 今でもはっきりと覚えているこのセリフが、私の目的と酷似しているようにも感じた。

 プラスでも、マイナスでも、ノーマルでも、生きる意味と言うものは存在するのだと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれない。

 人の輝きというものはマイナスであろうとプラスであろうと持っているものだということを証明したいという気持ちが、未だに名残惜しく残っているようにも感じた。私は過負荷()にしかなれないのだと理解していても、私の生き様というものを貫くためには避けては通れない問題だとも直感的に思っている。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私はやめる気はなかった。

 

 そうして決意を新たにしていたが、無理に続けても効率が悪くなるので1時ぐらいで切り上げた。

 そしてそのままベッドに入って、気が付いたら昼になっていたというわけだ。予定よりも長く寝ていたが、未だに少し眠いような気がする。

 時刻はすでに13時を回って、もう少しで長い針が6を指そうとしていた。

 昨日の夜に在ったやる気は日を跨いだからか萎えており、今日は有栖の付き添い以外で部屋から出る気にすらならなかった。一日一食でも十分だが、こんなこともあろうかと昨日珍しいものを見つけたので買っておいた()()に手を伸ばした。

 

 カロリー〇イト チョコ味

 

 自販機産である。前世(あっち)ではそれなりに見たが、こっちに来てからは初めて見た。昨日無料だからと、自販機の飲み物を片っ端から漁った時に見つけたので一緒に回収した。

 悪気はなかった。ラウンジでスタッフからコップを貰って、部屋の中で一種類ずつ買った飲み物を混ぜて飲んだだけだ。誰でも一度はあるだろう。ドリンクバーでジュースを混ぜるのと同じだ。

 コーンポタージュとコーヒーと緑茶とお汁粉はなかなかの強敵だった。

 

 昨日買って、ぬるくなっている余ったミネラルウォーターを口に含む。

 寝起き特有の口の中の気持ち悪さが、洗い流された。そして、カロリー〇イトを食べる。食べかすがベッドの上に散らかるが、どうせ私のものではないし私には関係ないからどうでもいい。

 そうして口の中がパサついたところで再びミネラルウォーターを口にした。もっちょもっちょといった感触が口の中で繰り返される。ゴクンと飲み込むと、少しばかりお腹が満たされた気がした。

 そしてミネラルウォーター二本目を取り出し、飲み口を口に合わせる。

 そんな時だった。

 

 キーンッという高い音が室内で反響した。

 

「ブッフォ!?」

 

 驚いて思わず噴き出してしまった。

 ベッドの中の枕の上で食事をしている状態だったので、枕がびしょ濡れになった。

 不幸中の幸いと言うべきか、シーツの方まで被害はなく枕だけが全ての犠牲になったようだ。

 いったい何の音だったのかと思っていると放送が入った。

 

『生徒の皆さんにご連絡いたします。先ほどすべての生徒宛てに学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を―――――――』

 

 そこまで聞けば十分だ。

 待ってましたと言わんばかりに、音を発していたであろう携帯電話を確認した。

 そこには間もなく特別試験を開始すること、『20時40分』に集合すること、10分以上の遅刻にはペナルティがあることなどが記載されていた。

 

 一度流して読み、見直しの二回目を見ていたところで『各自指定された部屋、指定された時間』という部分が引っかかった。

 確信を得るべく、時折覗いてはいたものの書き込むことは最低限しかしなかった()()()()()()()()()()()()()()()()を開いた。

 

『今回の特別試験、書き方的にグループ分けされるみたいだから時間と場所をみんな書いてほしいんだけどいいかな? 私は20時40分組の2階202号室だった。気づいていない人がいたら他の人も書き込んでもらうようにしてほしい』

 

 突然私がこんなことをしていることに驚く人もいるかもしれない。

 乗ってくる人もそう多くはなさそうだと思っていたが、早くも書き込んだ人がいるみたいだった。

 

『俺は18時の2階203号室だ。誰が同じグループか知っておいた方が気が楽だし、皆も書き込んでくれよな』

 

 書き込んだのは茂だった。

 思わずガッツポーズをしてしまいそうになる。それほどのファインプレーだった。

 私が突然こんなことを言ったところで、乗って来る人はたかが知れている。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。一人が乗れば、それに気づいた周りの人が乗り始める。そして一人、また一人と段々増えていけばそのうち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という強迫観念に駆られる。

 現に、茂が乗ったのを皮切りにクラスメイト達が書き込み始めた。

 

 康平と有栖が早い段階に反応し、()()()()を汲んだのかわからないが彼女たちも書き込んでいた。

 

『私は零君と同じ20時40分の2階202号室です。他の方も協力お願いします』

 

『俺も零と同じ20時40分、2階202号室だ。気づいていないクラスメイトがいたら声をかけてほしい』

 

 …それだけ分かれば十分だ。

 他のクラスメイトのことはそこまで重要視していない。

 私は内心ほくそ笑んだ。

 これから忙しくなるぞと思っていると、枕がびしょ濡れなことを思い出した。濡れている枕を見ると、下にまでシミを作っており、シーツも交換しなくてはいけなくなっていた。時間が経ったせいで、下の方に染みていったのだろう。

 私は大きなため息を吐き出し、濡れている枕とシーツを交換してもらうために制服に着替えてから、ラウンジに向かうのだった。

 

_____________________________________________

 

 

 ラウンジで枕とシーツの替えを貰った後、私はまた部屋に戻って引き籠っていた。

 直接船内を歩いてもいいが、今からしたいことは部屋でもできることだったのでわざわざ歩き回って他の人に見られるような真似をしたくなかった。

 シーツを交換してから、枕を取り換える。濡れた枕をシーツで包んでそのまま放置した。後で外に出るときについでに渡すことにする。

 私はベッドに転がり、携帯を取り出して()()への個人チャットを開いた。

 

『康平、ちょっと話があるんだけど』

 

 先ほどのグループチャットでは、既にクラスメイト達の全ての時間と部屋割が書き込まれていた。

 だが、康平はかなり最初の方に書き込んでいたため個人チャットの方には気づかないかもしれない。

 10分経っても書き込みがなかったら電話をしようかと思っていた。

 

『どうかしたか?』

 

 そう思っていたが、2分も経たないうちに返事があった。

 他に学校側からの連絡がある可能性を考えたのかもしれない。

 

『今回の特別試験についての話をしたいんだけどいいかい?』

 

『今すぐか?』

 

『ここだけで済むことだけど、今忙しい?』

 

『チャットをする分には問題ない。話に行くとなると少し時間がかかる』

 

『それならチャットで。今回の特別試験、私も一枚かませてくれないかい?』

 

『どういうことだ?』

 

『そう難しいことじゃないんだけど、一つだけお願いがあるからそれを聞いてほしい。どうかな?』

 

『なんでもというわけにはいかないが、零の頼みならある程度は聞こう。前回の特別試験のこともある』

 

『それは気にしてないけど、お言葉に甘えるよ。康平はいつもと変わらない振る舞いをしてほしい』

 

『詳しく頼む』

 

『Aクラスのリーダーで、Aクラスだというプライドを胸に掲げて、慎重で、保守的で、クラスメイトのことを良く思っているその姿勢を崩さないでほしい』

 

『元からそのつもりだ。だが、前回の特別試験のことがある以上、俺のことを見限ったクラスメイトがいてもおかしくないだろう。それを踏まえると、前回のようにはいかないかもしれない』

 

『その辺は少し根回しをするから、康平はありのままの自分で居てほしいんだ』

 

『了解した。その方が都合がいいのなら、そのように心がける』

 

『頼んだ』

 

 とりあえず康平には話が付いた。これで、()()()()()()()()()()()()であると他のクラスに誤認させるための一歩を作る。

 思いのほか康平がこっちの言い分をおとなしく受け入れたのが気になったが、説明が終わった後にでも有栖と三人で話すはずだ。その時にでも聞いてみるか。

 次に手をまわすのは、当然有栖だ。

 

『有栖、今ちょっといい?』

 

 こちらも多少時間がかかるかと思いきや、返事はすぐに来た。

 

『どうかしましたか?』

 

『少し話があるんだけど、今いいかい?』

 

『でしたら、私の部屋に来てください。私も話したいことがあります。橋本君と入れ替わりでよろしいですか?』

 

『了解。そしたら今からそっちに行く』

 

 チャットだけで済ませたかったが、チャットの履歴を残されるデメリットを考えると二人だけで直接会うなら問題ないだろうと判断した。

 濡れた枕を包んだシーツを部屋を出て近くにいたスタッフに渡してから、私は携帯を持って有栖のいる部屋に向かった。

 

 

______________________________

 

 

 有栖の部屋に入ると、橋本君と有栖がそこにいた。

 私が来たことを確認して、橋本君が部屋を出ていく。橋本君が部屋を出ていったのを確認してから、私は有栖に向き合った。

 

「今回の特別試験、ちょっと真面目にやろうかと思ってるんだ。それで、少し協力してほしい」

 

「どういう風の吹き回しでしょうか? クラス間の抗争にはあまり参加したくないと思っていましたが」

 

()()()()()()()()()()()()()。君は私が叩き潰す」

 

「…私が他のクラスに後れを取ると言いたいのですか?」

 

クラスメイト(足手まとい)がいるんだから、そうなってもおかしくないだろう? 別にAクラスで居る必要性なんて感じないけど、私は私のためにAクラスを持ち上げる」

 

「確かにそういう可能性もなくはないでしょう。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「確かに有栖に対してメリットはそこまでないかもしれない。やろうと思えば一人でクラスを移れるぐらいのポイントを貯めることだってできるだろう」

 

「私が負ける前提のところが気になりますが、3年間もあれば()()()()()は難しくないでしょう。話はそれだけですか?」

 

「それだけだよ。協力してくれないなら、()()()()()()()()()()

 

 私が意味深にそう返すと、彼女は少し考えるように黙ってしまった。

 私の言いたいことを理解したからこそ、どっちがいいのか考えてしまっているのだろう。

 

 有栖が協力してくれないなら、文字通り「勝手」にやる。

 

 私の過負荷(マイナス)という気持ち悪さを知っているのなら、何をしてくるのかわからないことよりも、手元に置いておいた方がいいかもしれないと考えているだろう。

 そう思わせられれば、()()()()()()()()()

 

「気が変わったら、呼び出された後にでも言ってほしい。まだ試験の内容すらわかってないからね」

 

「…そうさせてもらいます」

 

「それで有栖の話は何だい? そっちも話したいことがあるって書いてたよね?」

 

「今回の特別試験、零君はどう思いますか?」

 

「予想的にはクラス内でグループ分けをしたことから、クラスに関係なくグループで何かをするってところだと思ってる。前回の特別試験はクラスごとに分かれたこともあるし、今回はクラスの垣根をなくすような形にするんじゃないか?」

 

「私も概ねそう思っています。クラスごとではなく、グループ単位で何かをするということで間違いないでしょう」

 

「問題はどこにポイントを絡ませてくるかってところかな? 何もポイントが絡まないようなものだったら、積極的に行動しようとする人は少なくなるだろうしね」

 

「いくつか予想は立てていますが、はっきりとした証拠がないので図りかねています」

 

「最初に説明された組から聞けば大体の概要はわかると思うから、そこまで気にすることはないと思ってた」

 

「グループ分けの方はどう思いますか?」

 

「予想だけど、()()()()()()()()()()()とみた。私はともかく、有栖と康平が一緒にまとめられている以上は何らかの評価基準があるんだろう」

 

「私の予想では担任の教師が決めたと思います。零君が真嶋先生に質問をしに行ったことは知ってますから、そこら辺を考慮したのではないでしょうか?」

 

 何でそんなことを知っているのだろうかと思ったが、概ね手下(神室さん)に見張らせていたのだろう。職員室では人目がありすぎてそこまで注意していなかった。

 

 尤も、そんなことはどうでもいい。

 

「過大評価もいいところだ。こんな過負荷()が優秀な人のいっぱいいるグループになんて入れられたら、委縮して何もできなくなるよ」

 

「私はそうは思いませんよ?」

 

「いいや本当だよ。エリートの巣窟になんて入れられたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――」

 

 いじめられっ子(マイナス)クラスの一員(エリート)だと認識して、クラスの輪(エリート集団)に無理やり入れる。

 それがどれだけ残酷なことか、どれだけ()()()()ことか、想像しただけで吐き気がする。Aクラスに入れられた時にはなかった嫌悪感が、今の私を支配していた。

 Aクラスの生徒は優秀ではあるが、()()()でもある。何があってもリーダーが何とかしてくれると思っている人の方が多い。そんな人達が固まっているのだから、過負荷()がいることにもまだ納得ができた。

 だが、学年中から優秀な人を選りすぐってグループを作った挙句、その中に過負荷()が入れられたのだ。学校側は何一つ私を理解していない。

 

 私の欠点を、性質を、本質を、気質を、在り方を、能力を、思考を、技能を、特徴を、判断を、力量を、後悔を、苦悩を、無能さを、不幸を、汚さを、人生を、あいつらは何一つ理解していない。

 

 プラス(エリート)を名乗るのであれば、それぐらい見抜いてほしかった。過負荷(マイナス)なのにエリートの上に立っているかのように錯覚することさえ気持ち悪い。錯覚であるとわかっているから、尚更たちが悪い。

 私の中の負の感情は、文字通り過負荷(マイナス)となって私から滲み出ていた。

 

「…何に気が障ったのかはわかりませんが、それを抑えてもらえますか?」

 

「…そうだね。悪かった。ただの八つ当たりだ」

 

 そう言って、意識的に自分の中で昂っている過負荷(マイナス)を抑える。

 不完成してから、少しエリートに対して過敏になっている自覚はあった。

 感情の制御が上手くいかない。過負荷(マイナス)が本質をさらけ出すことを良しとするのであれば、そもそも感情の制御なんて必要ないからかもしれない。

 過負荷(マイナス)の切り替えを意識しておいたほうがいいだろう。社会が過負荷(マイナス)を受け入れない以上、生きていくうえでON、OFFの切り替えができなくなったら面倒だ。

 顔を歪めている有栖に謝罪をして、へらへらとした笑みを顔に張り付けた。

 

「時間までどうしよっか? このまま考察を続けて時間まで待つのも乙だけど、疲れた頭で説明を受けるのも効率的に良くないんじゃないか?」

 

「最初のグループの報告が上がるまでお話でもして時間を潰しましょう」

 

「そうしようか。ストレスばっかり溜めても仕方ないしね」

 

 そう言って私達は最初のグループ説明を受けるであろう時間まで、お互いに溜めていた何かを吐き出すかのように談笑した。

 最初のグループの集合時間まで残り、3時間程度。それから20分程度の説明がある。チャットの方に書き込まれるまでにはもう数分かかるだろう。

 私と有栖の会話は、その時がくるまで止まることはなかった。

 




 この作品の優待者当ての特別試験は原作と大分剥離することになるかもしれません。
 その理由として以下の三点が主な理由となります。
・オリ主(小坂零)の参加
・坂柳有栖の参加
・原作モブキャラ(竹本茂)のオリキャラ化
 話数を重ねることにこの辺りがわかりやすく違いとしてでてくると思いますので、ご理解いただければと思います。


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26話目 豪華船旅行 十日目 その後

 その後、時間はどんどん過ぎていき最初のグループからの報告がチャットに書き込まれた。

 そこには私と有栖が予想していたことと、疑問点に対する解決法が書き込まれていたようにも思えた。

 

・各クラスの同じ時間帯に説明を受けるメンバーが同じグループになること

・指定された時間に各グループで一定時間話し合いを行うこと

・グループは十二支を模したものであることと、チャットの方の集合時間の数から12グループであるということ

・優待者が各クラスに何人か割り当てられており、試験はその優待者が重要になるということ

・試験の解答は試験終了後の決められた時間内であること

・試験の結果は4通りであること

 1.優待者の所属するクラス以外の全員の回答が正解していた場合、優待者を含む全員にプライベートポイントが支給される

 2.優待者を当てることに誰か一人でも失敗した場合、優待者のみにプライベートポイントが支給される

 3.試験終了を待たずに優待者以外のものが学校に答えを送信して正解していた場合、当てられた優待者のクラスからクラスポイントが引かれ、当てた生徒のクラスにクラスポイントが支給され試験が終了になる。なお、優待者のクラスメイトからの解答は無効となる

 4.試験終了を待たずに優待者以外のものが学校に答えを送信して不正解となった場合、答えを送信した生徒のクラスからクラスポイントが引かれ、優待者のいるクラスにクラスポイントが支給される。結果3と同じように不正解となった段階で試験は終了し、優待者のいるクラスからの解答は無効となる

 

 大体こんなところだろう。

 初日に予想したグループワークと似ているようで、その実態は全く異なるものだ。

 グループワークをしたいのなら、裏切り者が解答を送るという前提を無視しないといけない。このルールだとクラスポイントを得るためには裏切り者になるか、()()()()()()()()()()()()()()

 

 今回の特別試験では、康平、有栖の派閥関係なく優待者は名乗り出ることにした。

 優待者に何らかの法則性があった場合、片方の所属している派閥のみが優待者を知っていることでAクラス全体の不利益が生じることを考慮したためだ。

 各クラス優待者が3人だと仮定して、Aクラスの優待者全員が名乗り出れば有栖のように頭の回転が凄まじい人ならば法則性を見出すことも可能だろう。

 

 逆に他のクラスが同じようなことを行った場合、Aクラスだけ優待者をお互いに把握していないどころか互いに疑心暗鬼な状態では勝てるものも勝てなくなる。

 これは、有栖も康平も同じ気持ちだったようだ。

 

「明日の午前8時に優待者に選ばれた人はメールが届くようですね」

 

「みたいだね。…優待者の予想は?」

 

「これだけでは何とも。()()()で分けたというところが露骨すぎるぐらいでしょうか?」

 

「同じく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことから、法則性があるなら確実に関わってると思う。ミスリードの可能性もあるが、無人島行きの時のアナウンスもヒントを隠すような形だったから無視することはできなさそうだ」

 

 12グループに分けるからと言って、わざわざ十二支を用いる必要性はない。

 1~12でナンバリングすることも可能だし、アルファベット順に並べる方が妥当だろう。いや、それだとクラスと混ざるから配慮した可能性もあるか。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 グループに分けて本気で話し合わせたいのなら、一クラス2人ずつの8人グループが限界だろう。正直それでもかなり厳しい。グループワークの適正人数は基本的に5~6人だ。

 1グループに14人もいたのでは話し合いが円滑に進むことは極めて困難になる。

 全員が一斉に話し出したら話し合いにはならないし、1人ずつ話していたら時間が圧倒的に足りなくなる。その上、まとめ役がいないと成果が出ることはまずない。少なくともまとめ役になれそうなAクラスのリーダー二人を同じグループにしている段階で、グループディスカッションを真面目にさせる気があるようには到底思えない。

 

「ところで有栖、他のクラスの名簿とかって持ってる?」

 

「持ってはいます。そう遠くないうちに必要になると思いましたので」

 

「お願いがあるんだけど」

 

「貸し1つでどうですか?」

 

「じゃあそれで。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 既に私との個人チャットに各クラスの名簿を流してくれている有栖に向かって、へらへらとした笑みを顔に貼り付けながらそう言った。今の私は怪我を負うことができない。そのことがあったので、へらへらとした笑みで()()()()()()()()()を隠してしまいたかった。

 しかし、その言葉を聞いた瞬間の有栖の表情は楽しそうなものとは一転して、憤怒しているような()()()へと変わっていた。

 

「…そのようなことは絶対に言わないので安心してください。それと、冗談でもそのようなことは言わないでください。前科持ちの零君が言っては冗談で済みません」

 

「…悪かった。ちょっと口が滑った」

 

「軽口を叩くのは勝手ですが、他の人を心配させるようなことは控えてください。私も、他のクラスメイトも心配します」

 

「悪かった。肝に銘じておくよ」

 

 どうしても慣れない心配されるという状況に違和感を覚えながらも、()()()()()()()()()()()()()に蓋をした。過負荷(マイナス)とはまた違った、本心から自分のことを気持ち悪く思っている感じだ。

 客観的に見ても主観的に見ても、女の子に心配されていることが嬉しいと思っている男なんて気持ち悪いのだろう。私がそう思っているように。

 青春なんて前世(当の昔)に終えたつもりなのに、現実では高校生になったばかりだ。本当に今更だが、違和感を拭いきれていない。もしかすると、時折電池が切れたようにベッドに倒れ込んで昼まで寝ているのは大学生活で何もない日にそうしていたことが原因かもしれない。

 それに加えて過負荷(マイナス)全開だった幼少期時代の嫌われようも、自分の自己評価が低いことに拍車をかけていることは自覚している。前世の時から高くなかった自己評価は、過負荷(マイナス)を言い訳に地の底まで潜り込んでいる自覚はあった。

 

 だけど、今はそんなこと(私には)気にしている暇はない(関係ない)

 だって、今はそんなことどうでもいいから(私はそれでいいから)

 

 

「後2時間もすれば私達の番になるけど、夕食はどうする?」

 

「先に軽く済ませてしまいましょう。それと、説明会を終えた後で葛城君を含めた3人でカフェに寄るということでどうでしょうか?」

 

「じゃあ、それで康平にも伝えとく」

 

 そう言って携帯を取り出し、康平に『説明会が終わったら有栖と三人でカフェに寄るぞ』と送っておいた。返答が返ってくることも確認せず、有栖の杖をついていない方の手を引く。

 今まではあまり意識していなかったが、有栖の手を取った時に有栖の顔が少しだけ赤くなっていた。

 だが、今の私にはそれがどういうことなのかすら、わからなくなってしまっていた。

 

 

______________________

 

 

 食事を終え、時間まで店の中で談笑をした。

 その後、20時20分頃に店を出て指定された部屋に向かう。

 有栖の手を取って歩くことにも慣れつつあったが、手を通して伝わる柔らかい手の感触が自分のそれとはまるで違って、それだけがなかなか慣れなかった。

 有栖に合わせて歩いていたからか、早めに出たはずなのに先客が廊下を陣取っていた。

 

 そんな中で、見覚えのある丸い頭と見たことのない長髪の不良が廊下のど真ん中でガンを飛ばしあっている。

 ヤクザとホストがシマの取り合いで揉めていると言われても納得できるような絵面だった。

 

「俺はお前の非道(ひど)さを許すつもりはない」

 

「あ? 非道さ? いったい何のことだよ」

 

「まあまあ、二人とも落ち着こうよ。他にも人がいるんだぜ?」

 

 そう言って康平と不良君の間に割り込んだ。

 有栖にはアイコンタクトを取ってあまり目立たないように伝える。

 

「誰だテメェ?」

 

「Aクラスの生徒で、同じ20時40分に集まる、康平の友達さ」

 

 恐らく同じグループであろう不良君に軽い自己紹介をすると、彼は私を嘲笑うかのように蔑むような声を発した。

 

「誰かと思えば、葛城の金魚の糞かよ。Aクラスは辛いよな? 媚びを売ってないと生き残れないもんな?」

 

「そんな日常にも面白さを探すのが人間さ。康平行こうぜ、有栖も待ってる」

 

「…そういうことだ。失礼する」

 

 そう言って私は康平と一緒に指定された部屋に向かう。ふと見ると有栖の姿が見えなかったことから、彼女は他の生徒に見つかる前に移動したのだろう。

 歩いている途中で何か康平が言いたそうな顔をしていたが、目を合わせるとバツが悪そうに顔を逸らした。

 後ろから感じる威圧感も、有栖のそれに比べれば大したことはない。何よりも言動が不良のそれだ。印象的には噛ませ犬とか、小物みたいに見える。

 それにしてはポテンシャルがあるように感じたが、恐らく普通(ノーマル)の域を出ていないただのエリート。何処のクラスかはわからないが、グループで話し合う時にそれはわかる。まさか違うグループの生徒が突っかかってきたわけではないだろう。

 他に集まっていた人たちも私の方を見ると、驚いたような顔をしている人が何人かいたような気がした。恐らく、無人島での特別試験の結果発表の時にでも私を見たのかもしれない。

 露出狂だと思われていなければ良いなーなどと思いながら、彼らを後目に私と康平はその場を後にした。

 結局私と康平の間で部屋に入るまで言葉を交わされることはなかった。

 

 

____________________

 

 

 

「落としどころを決めよう」

 

 説明を聞き終えた後、有栖と康平の三人でカフェで作戦会議をしていた。

 私の言葉に、二人とも呆けたようにこっちを見ている。

 

「どうしたんだい? そんなに呆けちゃってさ」

 

「言いたいことがよくわからない。詳しく言ってくれ。以前から思っていたが、零は言葉が足りないと思う」

 

「…言いたいことの予想はつきますが、同じです」

 

「じゃあ補足で――明日優待者の名前が割れるだろ? 恐らく、有栖や康平ならそう時間がかからないうちに検討を立てられるはずだ」

 

「そう評価してくれるのはありがたいが、実際にどうなるかまでは保証できないぞ?」

 

「そうだとしても、単純に今回の特別試験の方針を決めるだけでもしておくべきだ。わかりやすく言うなら、クラスポイントを取りに行くか、クラスポイントが関わらないように結果を持っていくかね」

 

「私と葛城君に聞いたところで、結果はわかりきっているのでは?」

 

「だから落としどころを決めたいって言ったんだ」

 

 そこまで話すと納得したように二人は頷いた。

 端的に言うとこのままでは()()()()()とも言える、康平と有栖の方針の違いによってAクラスが分裂する。

 現状、康平の派閥が規模を縮小しつつあるが、有栖の派閥にAクラスの全員が所属しているような状態ではない。あの時、康平が頭を下げたときに康平の方を睨んでいた人も、既に有栖の方に心変わりしたわけではないだろう。

 鞍替えするにしても、まだ前回の特別試験から一週間と経っていない。

 それに有栖のヘイトコントロールがあったとはいえ、()()()()()も要因の一部と言える。その上、自らの非を認めて謝罪する姿勢は男なら心が揺さぶられてもおかしくないくらい綺麗なものだった。

 そう遠くないうちに有栖が仕切るとはいえ、今回の特別試験では康平の影響力はまだ残っている。

 だから有栖も康平と私の三人で話し合いをすることにしているのだ。夏休みが終わるころには康平が落ち切ったとしても、今は必要だから参加させている。

 

 とは言っても、私には関係ないことだが。

 

 

「一応、名実共に未だAクラスのリーダーは康平だ。片方が落ちただけでもう片方が何の力も見せていない。機会がなかったからね。

 それに、前回の特別試験からまだそう時間も経っていない。裏で手を回しても、正面切ってぶつかるにしても、意見が合わない二人が代表格なんだ。どこかしらで落としどころを決めるのがセオリーだろ?」

 

「…ええ、その通りです。早めに決めておかなければ、Aクラス内で行動がばらばらになってしまうことも考えられます」

 

「そういうことか。だが、落としどころはどのようにして決める? この特別試験ではクラスポイントにかかわる結果を出すには、クラスポイントを減らすリスクを抱え込むことにもなる」

 

「案はある。それに乗るかどうかは君たち次第だ。乗らなかったら乗らなかったで他の手を探すことになる」

 

「話してみてください。それを考慮に入れて考えます」

 

「同じくだ」

 

 二人の言葉に、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()彼らに提案することにした。

 これが通れば、私の()()()()()の大半はスムーズに進むだろう。

 

「まず、クラス全体には康平が主導で進めてもらう。だから、基本的には康平がメインでクラスメイトに指示をしてもらうことになる。この時に康平には、こういう風にしてほしいが最終的には自分たちで決めてほしい。前回の失敗がある俺を無理に立てる必要はない、という趣旨の文を付け加えてもらう。

 次に、それを言質に取った有栖たちが()()()()()()()()()()()。と言っても、だれに投票してもらうのかを有栖から私達に教えてもらうし、するのは3グループが限度だ。確定できて説明できるほどになれば別だけど、それ以上はリスクが大きすぎる」

 

「だが、それで優待者を外したら結局クラスポイントが減ることになる」

 

「どっちにしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「私もそう思います。ですが、葛城君が主導でやる必要性はありますか?」

 

「優待者を外しても康平の責任になる。当てても有栖たちが当てたと言えば有栖たちの利益になる。康平からしても、それを考慮したとでも言えばそう悪いことじゃない。仮に外したとしても、Aクラスのことを考えて行動してくれたことを嬉しく思う。とでも言っておけば大きく落ちるようなことにはならない」

 

「だが、クラスポイントを減らすリスクを冒してまで行動する必要はあるのか?」

 

「Aクラスを維持したいなら、落としたポイントをどこかで拾い上げないといけない。今回の特別試験での最悪は、Aクラスがポイントを全部落としてBクラスがポイントを全部拾うことだ。

 DクラスかCクラスならまだしも、目下一番の敵とも言えるBクラスに後れを取ることだけはあってはいけない。ただでさえ、前回の特別試験で差を縮められたんだ。

 それに逆に聞くけれど、この三年間で穴熊を決め込んだままAクラスを維持できると思うかい?

 特別試験と称したクラスポイントの変動を推奨しているこの学校で」

 

「…だが、今そこまでして動く必要性はないだろう?」

 

「今日を生きないものに、明日は来ないんだよ。明日やろうっていう時の明日は来ない。

 明日って今さ! なんていう名台詞もあるしね。

 失ったポイントをどうやって補完する?

 テストを地道に乗り越えるのも手だ。他のクラスも同じようにしてポイントを伸ばすけどね。部活で優秀な成績を出す? 他のクラスも同じことができるね。Dクラスの須藤君なんて、もうバスケのレギュラー入りしているみたいだぜ?

 前回失ったポイントを()()()()()()()()()()()()()()()()()()には、同じ特別試験しかないことぐらいわかるだろう? それが学校側の意図したことだとしてもね」

 

 しゃべりすぎて喉が渇く。

 テーブルの上のカフェオレが入ったコップを口に運んだ。苦みと甘さがちょうどいい感じのカフェオレは、喉を潤すと同時に心も少し満たしているような気がした。

 

「それはそうだが、取り戻すためにポイントが減ったらさらに落ちることになる」

 

「問題はそこなんだよね。私は有栖なら優待者の法則を見つけられると()()()()()()。学校側が何の法則性もなしに優待者を決めているわけがない、ということも確信している。でも、他の人がそう思わないのも当然だ。あくまで私の考えだしね。だけど、穴熊に閉じこもったままでは好転しないのも事実だ。将棋じゃあるまいし。

 だから落としどころなんだよ。最低でも150clしか稼げない。逆にいうと運が良ければ150clは稼げる。前回の失敗を帳消しにするぐらいにはなるだろう。

 他の優待者全員を把握できるなら完全に決め打つって言う手もあるけどね。それには、最低限私と康平にロジックを説明してもらいたいんだけど、それぐらいはいいよね?」

 

「…ええ、私も直感に頼って優待者を決めるようなことはしません。私はクラスポイントを増やしたいと思っていても、減らしたいとは思っていませんので」

 

「だが、坂柳が優待者の法則を見つけられる保証はどこにもない」

 

()()()()()()()()()()()

 Aクラスの中でもトップの頭脳を持つ、有栖が見つけられないような優待者の隠し方を学校側がすると思うかい?

 完全にランダムで優待者を選ぶと思う?

 グループで話し合いの場を設けるのは優待者の尻尾を探すためだけだと本当に思う?

 十二支でグループを分けた意味は?

 わざわざ10数人にグループを分けた意味は?」

 

「…坂柳、優待者を本当に見つけられるか?」

 

()()()()()()()()()()。後は、明日優待者の方が名乗り出ればほとんど確定できるかと」

 

「…落としどころか。わかった。俺は構わない。零の案に乗ろう」

 

「ありがとう康平。有栖はどうだい?」

 

「私は…」

 

 そう言うと彼女は黙り込んでしまった。私はそんな彼女から目を離さない。

 康平は私と彼女を見守っている。

 私は有栖がこの提案に乗ると()()している。だが、この提案は有栖からすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 乗ろうが乗らまいが、()()()優待者を当てればいいだけの話。だが、康平が主導で進めてしまうと優待者を勝手に指定した時に反感を買いやすい。康平側から有栖側に移ろうか考えていた人は考え直してしまいかねない。

 この案に乗らなかった場合、康平は普段通りの方法を取るだろう。つまり無人島での特別試験同様、優待者当てなんかに参加しない。最悪Aクラスの生徒には話し合いをさせずに、無言無反応を貫き通させることもできる

 だが、落ち目の康平に既に勝者となっている有栖が無理に合わせる必要もない。

 この特別試験を逃そうが、そう遠くないうちに有栖がAクラスを掌握することは確定事項であるからだ。それでも、有栖なら売られた喧嘩から逃げるようなことをしないと確信していた。

 

 尤も、有栖が提案に乗ろうが、他のクラスが優待者の法則を見つけないという前提がある。

 もしかすると、Dクラスの()なら見つけられるかもしれない。クラスで見た最悪はBクラスの一人勝ちだが、個人的な最悪は()()()()()()()()()だ。破滅へのカウントダウンとも言える。

 そのためには手をこまねいている暇があれば、さっさと優待者の法則を看破して貰って他の誰かが気付く前に試験を終了させる方がいい。

 

 だけど、Dクラスの彼に対する布石は、私の意図していないところで()()()()()()()()

 

 

「…わかりました。零君の提案を受けましょう」

 

「ありがとう、有栖ならそう言うと思ってたよ」

 

「ただし、きちんと優待者の法則を見つけることが出来れば、全部の優待者を当てるということに二言はないですね?」

 

「勿論。有栖ならそれができるって信じてるよ」

 

「……」

 

「零はなぜそこまで確信を持って言える? 確かに坂柳の頭の回転は速いが、確実とは言えないだろう?」

 

「単純に有栖よりも頭の回る1年生を私が知らないっていうのが一つ。有栖が私達よりも遥かに優秀な情報網を持っているっていうのが二つ。有栖が既に多くの答えを予想していて、それを考え続けて考え抜くだけの強さを持っていることで三つ。ダメ押しに、精神力が常人のそれよりも強いってのが四つ目だ」

 

「他に答えを導き出せる生徒がいない。優待者に法則があるのであれば、一年で一番優秀とも言える坂柳なら当てられるということか?」

 

「要約するとそうなるね。他のクラスに私の知らない優秀な人がいる可能性もあるけど、それに有栖が遅れを取るんだったらどっちにしろAクラスはお終いだよ。何せ、その人がいるクラスにこれから三年間の特別試験で負け続けることになる。

 Aクラスだって胸を張って言いたいんだったら、有栖が答えを出してそれを康平が利用してやるぐらいの気構えがないと、とてもじゃないけど生き残れないと私は思うよ」

 

 私はそう締めくくった。私の言葉に康平と有栖は納得したように頷いた。

 だけど、有栖が少しだけ不満そうにしていることはわかりきっているし、康平の方も自分が既に落ち目であるという自覚はある。

 私が言ったことが全て正しいなんてわけがない。過負荷(マイナス)の言うことが全て正しいなんて妄想は持っていない。

 ただ、そうかもしれないと思わせられれば、人はわかりやすい結論に飛びつくものでもある。

 二人がどこまで私の話を鵜呑みにしているのか、裏で何を考えているのかまではわからない。だけど、ある程度は私の思うように進んでいる。後はグループでの話し合いの時が、過負荷()として一番振る舞いやすい時だろう。

 真剣にクラスで争っている彼らの姿は美しいものであると頭では認識しているはずなのに、私の目にはそれが()()()()()()()()()()()()()

 

 だって、別にAクラスが(私には)勝とうが負けようがどうでもいい(関係ないから)

 

 ニコニコへらへら笑っていても、友人たちの力になろうと奮闘しているように振る舞っても、他の人に媚びを売っているように見えても、私と君たちは所詮は他人だ。

 有栖に私が勝てればそれでいい。クラスのことなんかどうだっていい。康平が死のうが興味がない。有栖が辱められようがどうでもいい。茂が不登校になろうが私には関係ない。クラスメイトが退学になろうが半年もすれば忘れるのが人間だ。私も同じようにいずれ忘れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで零、なんで龍園に金魚の糞呼ばわりされた時に否定しなかったんだ?」

 

「龍園ってあのホストっぽいやつ?」

 

「その言い方はどうかと思うが、それで合ってる」

 

「別に私を甘く見ているならそれでいいと思ってたからね。大したことじゃないし」

 

「…そんなことがあったんですか?」

 

「大したことじゃないって」

 

「零の悪い癖だ。謙虚は美徳だが、卑屈は醜いものになる」

 

「その通りです。初めて葛城君と意見が合った気がします」

 

「いや、大したことじゃないって」

 

「友人を馬鹿にされたんだ。思うところがあってもおかしくないだろう」

 

「…そういうものなの?」

 

「そういうものです」

 

「そうなんだ…。まあ、私はそこまで気にしてないから明日会ってもそんなに喧嘩腰にならないでね」

 

「相手の態度次第だ。Aクラスのリーダーとして、不適切な発言は咎めるべきだろう」

 

「葛城君と同じというわけではありませんが、相手の態度次第です。相手がAクラスを侮るのであれば、それ相応の処置をします」

 

「……(同じじゃないのか?)」

 




 一番最後のセリフだけの部分は今回だけにする予定です。
 キリが良く終わったと思って読み返していたら、入れ忘れていた上に間に挟むのも難しかったので最後に付け加えたものになっています。あまり気にしないでください。

 今回で主人公が語っているのは、あくまで主人公の持論です。
 原作では坂柳さんは自分が参加していなかったので、Aクラスを陥れるようなことをしても彼女に何の影響もありませんでした。
 ですが、この作品では参加しているのでクラスポイントが下がるような真似をしてしまうと、葛城君が仕切っていても坂柳さんがいたのに下がってしまったとなってしまうことが考えられます。


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27話目 特別試験Ⅱ 一日目

 朝食を終えた頃、グループチャットの方に優待者の名前が書き込まれた。

 加えて、各グループの他のクラスの生徒を含めた名簿がチャットに書き込まれている。それによって昨日有栖からもらった名簿の意味がほとんどなくなっていた。

 だが、事は昨日康平が指示をした通りに進んでいる。

 

『先ほど、零と坂柳と相談して今回の特別試験でのAクラスの方針を決めた。まず、基本の方針として今回の特別試験では優待者を当てさせないことを念頭に置くことにした。

 基本的な動きとしては、最初にこの書き込みを確認次第各グループのメンバーを各自書き込んでほしい。その次に、優待者になったものは判明次第名乗り出てほしい。出来ればこのグループチャットの場で名乗り出てほしいと思っているが、名乗りづらかったら個人で俺か坂柳か零に送ってくれても構わない。

 そして重要な明日の話し合いだが、Aクラスの生徒は()()()()話し合いに参加()()()でほしい。

 話し合いで優待者がわかってしまわないように、優待者になったものは特に注意してくれ。できることなら全員が話し合いに不参加の姿勢を取ってほしいと思う。

 だが、前回の失敗がある以上最終判断は独自の判断に任せることにした。優待者だと自信をもって指定できるのならそれを止めることはしない。

 止めるようなことはしないが、それでクラスにどのような影響を与えるか、熟考してから決断してほしいと思っている』

 

 ほしい、思う、と強制するような言葉ではなく、方針としてはそういう風にしたということを前面に押し出すような文章だった。強制はしていないが、同調圧力をかけるには十分な内容だ。

 最後の文は有栖に宛てたものだろう。他のクラスメイトが興味本位で下手なことをしないように釘を刺したということもあるが、優待者を指名したければ確実性をより高めろ、と言っているようにも思える。

 康平が個別で優待者だと名乗り出てもいいと書いていたが、優待者に指名された人たちは全員グループチャットの方で名乗り出た。

 

 そして、賽は投げられる。

 

『優待者の法則を見つけました。

 各グループのメンバーを五十音順に並べたときに、上から十二支の順番に当てはまる人が優待者です。

 私達が所属する辰グループを例とすると、メンバーは

 

 Aクラス 葛城康平

      小坂零

      坂柳有栖

 

 Bクラス 安藤紗世

      神崎隆二

      津辺仁美

 

 Cクラス 小田拓海

      鈴木英俊

      園田正志

      龍園翔

 

 Dクラス 櫛田桔梗

      平田洋介

      堀北鈴音

 

 ですので、これをまず五十音順に並べ替えます。

 

 安藤紗世

 小田拓海

 葛城康平

 神崎隆二

 櫛田桔梗

 小坂零

 坂柳有栖

 鈴木英俊

 園田正志

 津辺仁美

 平田洋介

 堀北鈴音

 龍園翔

 

 辰、なので子丑寅卯辰で上から五番目の櫛田さんが優待者です。

 Aクラスの優待者が割り当てられている子、酉、亥のグループも同じようにすると、優待者を名乗り出た方と一致します。

 全てのグループで各クラスのメンバーが男女問わず五十音順に並べられていること、十二支を用いた法則となっていることも、この法則を裏付ける理由になります。

 優待者に法則があるとするならば、これで確定だと判断しました』

 

 自室に戻って時間を潰そうと思っていた矢先に来たチャットの内容がこれだ。

 あれから私と康平と有栖の三人だけをつなぐチャットを作成した。言うまでもなく今回の特別試験で連絡を取りやすくするためにだが、ここまで早く優待者を割り出すとは思っていなかったので正直驚いた。流石は特別(スペシャル)と言ったところか。

 念のために、他のグループも含めて全てのグループを有栖が見つけた法則に当てはめてみた。

 当然の如く、Aクラスの優待者が割り当てられた3グループの優待者とチャットで名乗り出た優待者が完全に一致した。それどころか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことからも、この法則の裏付けにもつながるだろう。

 優待者が重要なこの試験で、優待者の数を偏らせるようなことを学校側がするはずがない。

 

 優待者の数が多ければ多いほど、クラスポイントに関わる機会が増えるのだ。

 極論、優待者が一人もいないクラスがあれば自分たちから当てようとしない限りクラスポイントに一切かかわることはできない。

 そういう意味で見たら、Aクラスはそうなっても許容できる。だが、学校側はそれを良しとしないだろう。

 特別試験の一番大事な要素は、クラスポイントの変動が起こるということだ。それも、ただ増えるだけではなくて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 奪う、ということはポイントの差し引きがあるわけだ。今回の場合はそれを優待者の指名によって決める。だから、()()()()()()()()()()()()()()

 それでは学校側の試験に優遇されているクラス、冷遇されているクラスが生まれてしまうことと同義だ。

 

 この学校は『バカとテストと召喚獣』みたいに、クラス分けで優劣を決めている。だが、学校生活を送る上では()()()()だ。Dクラスは教室がぼろいわけでも、窓ガラスが仕事をしていないわけでも、椅子が綿の出ている座布団でもない。

 DクラスでもAクラスとそこまで待遇が変わっているわけではないのだ。初期メンバーの優劣があっても環境的要因をそこまで変化させていないということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 だから、この特別試験の各クラスの優待者の数は12を4で割った数の3であると言える。

 恐らく有栖もそう思っているはずだ。

 そして、昨日の段階で優待者を当てられると確信していたからこそ、この試験で全優待者を決め打つ宣言をしたのだ。

 

 私こそがAクラスを纏めるのに相応しい。

 葛城君には分不相応だ。

 

 直接は言ってないが、こう言っているように受け取れる。

 だから死ね、まで飛躍していないことが康平にとっての救いだろう。いや、単純に死体蹴りをする趣味がないだけか。

 

 前回の特別試験の結果だけで、康平は自分がリーダーとして力不足であることを認識させてしまった。それも、一番最初の特別試験でそうなってしまった。これが5回目の特別試験で一回だけ失敗したとかなら、そこまで落ち目になることはなかった。

 だけど、よりによって初回の特別試験で失敗してしまった。これによるイメージダウンはリーダーとしてまとめていくことに大きな悪影響を与えることは間違いない。

 そういう意味で、康平はAクラスのリーダー争いから落ちている。今回の特別試験が前回の特別試験から1週間も間を開けずに実施されているから発言力がまだあるだけで、これが夏休みが終わってからだったなら多くの人は康平の指示には従わなかったと予想できる。

 

 だから、今康平を攻撃することは()()()()とそこまで大差ないのだ。

 してもしなくても、有栖がAクラスのリーダーになることは揺るがないのだから。

 個人的には康平を傀儡人形にして有栖が影の支配者になった方がAクラスとしてはやりやすいと思うのだが、有栖のやり方的にそれはしないだろうと感じていた。

 

 自分が優秀な人間であることを誰かに示したがっている。

 他の誰でもない、()()()()が他者を支配することに楽しみを覚えている。

 自分よりも強いもの、理解の及ばないものすらも打ち勝ちたいと思っている。

 

 承認欲求、自己顕示欲、勝利願望。

 これらの言葉が彼女を示すのにちょうどいいのかもしれない。

 これが悪いことだと言うつもりはない。人間なら、誰しも一度は思うことだ。

 私にも覚えがある。

 

 小坂零()がいたことを知ってほしい。

 過負荷()欠点(マイナス)を知ってほしい。

 敗者(マイナス)でも勝者(プラス)に勝ちたい。

 

 マイナスでもプラスでも人と言う枠組みに乗っ取っている以上、欲を持っていて当たり前だということだろう。

 欲が悪いもの(マイナス)だと思えば、過負荷(マイナス)だからこそ持っていると言えるかもしれない。

 

 それがたとえ、どんなに他の人を傷つけても、他のモノを壊しても、自分自身を壊しても、欲が満たされなくても、満たされないことを悟っていても、欲が悪いことだと思っていても、欲が満たされてはいけないことだと知っていても、欲で身を亡ぼすと知っていても、人と言う枠組みの中で生きていく以上欲に振り回されるのだろう。

 

 その欲に、私もまた身を任せるとしよう。

 朝食を終えて、チャットの書き込みに適当に返事も書いた。今すべきことは特になく、話し合いの時間まで暇をつぶすことになる。

 要するに眠くなってきたのだ。いい感じにお腹も膨れて、ベッドはまだぬくぬくと温かい。その中でずっと携帯を弄っていた。

 今の時間は9時過ぎ。話し合いまで後3時間以上ある。

 私は携帯のアラームを設定し、ベッドの上で仰向けになると体の奥から這い上がるような睡眠欲に身を任せた。

 

 

_______________________________

 

 

 アラームの音で目を覚ます。

 話し合いの時間まで10分程度しかないが、身支度を整えて移動するだけなのでたいしたことはない。

 

 そう思っていた寝る前の私をぶん殴ってやりたい。

 携帯のアラームを止めた時に、有栖から連絡がきていたことが確認できた。

 

『部屋までの付き添いをお願いしてもいいですか? 他に頼れる方が葛城君しかいないので、出来れば零君にお願いしたいのです』

 

『もしかしてまだ寝てるのでしょうか? 気が付いたら連絡をください』

 

『本当に寝てしまったのですか? 葛城君とはそこまで仲が良くないので零君にお願いしたいのですが』

 

『10分前までなら待ちますので、お願いですから来てくださいね』

 

『不在着信 5件』

 

 それを見て、有栖は付き添いがいないと船の中を移動することすら許されていないことを完全に忘れていたことに気付いた。他のクラスメイト達も同じように話し合いをしに行くのだから、必然的に有栖の付き添いができるのは同じクラスの生徒に限られている。

 全員が全員同じ時間ではなかったはずだが、神室さんと橋本君と私達の時間は被っていることを思い出した。

 この時間帯は私じゃないから大丈夫だと思って油断していた。有栖なら橋本君辺りと行くだろうと思っていたが、橋本君だって自分のグループに行かなくてはいけないのだ。それでも橋本君なら有栖を送ってから自分の割り当てられた部屋に行くこともするだろうが、その様子を他のクラスに見られると有栖が自分のグループに付き添ってくれる人がいない悲しい子になってしまう。同じ派閥の話し合いの時間外の人に頼むことも考えられるが、私と同じ場所に行くのなら一緒に行ったほうがいいと思ったのだろう。

 もしくは康平とだが、Aクラス内では康平と有栖が対立しているのだ。康平がそんな器の小さい男ではないことは有栖も把握しているが、対立している相手に付き添いを頼むほど気まずいものはない。

 話し合いの時間まで残り13分。急いで制服を着ながら、有栖に電話をした。

 私が連絡するのを待っていたのか、ワンコールもしないうちに有栖に繋がった。

 私は寝起きであったこともあり、Aクラスがこの段階で落ちることは好ましくないことは理解していたので、とても冷静ではなく端的に言うとパニック一歩手前の状態だった。

 

「有栖! ごめん寝てた!」

 

『…後1分遅ければ他の方に連絡を入れるところでした。今、私は自室にいるのですが間に合いますか?』

 

「全速力で向かう、有栖の部屋まで飛ばせば2分。グループ分けされた部屋までは有栖のペースだと間に合わないから背負ってくけどいいね!?」

 

『…こうなっては仕方ありませんね。早めにお願いします』

 

「了解ッ!」

 

 転がっているミネラルウォーターの余りを飲み干して、着替えが終わった私は携帯と学生証カードだけを持って有栖の部屋に向かって走り出した。

 運が良いことに、廊下を出ても人が一人もいなかった。

 周りの人の目がないので、思いっきり全力で走りだした。

 

 

 

 階段を駆け上がり、有栖の部屋まで走る。

 幸いなことに周りに人が一人もいない。昼時なので昼食を食べに行っているか、話し合いの部屋に向かっているのだろう。

 私は全速力で走り続けた。つい最近まで歩けもしなかった状態なのに、元空手部で鍛錬をしばしば行っていた私の体力は未だに衰えていない。

 突然ドアが開いて人が飛び出してくることを考慮して、ドアの反対側の廊下を走り続けた。

 そうこうしているうちに有栖の部屋についた。

 

 ノックもせずにドアを開ける。

 有栖は待ちくたびれたようにこちらをジト目で見てきたが、それに対する反応をする間も惜しくて有栖の反対側を向いて膝を曲げた。

 

「早く乗って! 恥ずかしいかもしれないけど、許して!」

 

 私の鬼気迫る言葉に気圧されたのか、時間がないことをしっかり受け止めているのか、有栖は何も言わずに私の背に体を預けた。

 有栖が手を首に回してしがみついているのを確認してから、有栖の杖を左手に持って有栖の部屋を出た。

 有栖の体重が軽いことや、体格が小さいことが救いだろう。私にとって、有栖がそこまで重荷にはならなかった。

 

 当然ながら、有栖を背負ってからは走ることなんてできない。一人だけなら落ちてもいいぐらいの勢いで階段を転がり落ちるが、先天性疾患持ちの有栖をジェットコースターに乗せるような殺人行為をする気は毛頭ない。私は先天性疾患について詳しく知らない。だが、有栖が普段運動の類が全くできないことを考えれば、今走るとどうなるかなんて火を見るよりも明らかだった。

 私が有栖の部屋に向かったときの半分も出ていない速度で、確実に気持ち早めに歩いていた。歩きながら廊下にある時計を見ると、残りは10分。有栖の部屋に着くまでに飛ばしたおかげで、2階に下ることを考慮しても話し合いまでには間に合うだろう。

 歩いているうちにだんだん落ち着きを取り戻し、走っていたときに荒くなっていた呼吸も少しずつ落ち着いた。

 冷静さを取り戻した私は有栖に謝ることにした。

 

「本当にごめん。有栖の体のことすっかり忘れてたし、他の人がいないことも忘れてた」

 

「…次からは気を付けてくださいね。送ってもらってる身なので、私から強くは言いません」

 

「次はこんなことがないように気を付けるよ。流石に他の生徒に見られたらまずいし」

 

 こんな状況を見られたら、他の人になんて思われるか。有栖の事情を知っているAクラスの生徒ならそこまで冷やかしては来ない…いや、あいつらは色恋沙汰になると他の人が困るのを見て楽しむようなタイプだ。

 間違いなく有栖には被害が出ないだろうが、私に全ての被害が来るように冷やかしてくる。

 私と有栖にそんな甘酸っぱい関係はないのに、それをでっち上げてくるのだから堪ったもんじゃない。

 他のクラスメイト達に写真でも撮られた日はそれ以上に最悪だ。最悪Aクラスが私の意図していない段階で崩壊しかねない。他の人が近くにいたら、早急に有栖を下ろす必要がある。

 

「零君」

 

「どうかした?」

 

 話しかけてこられたから聞き返したのだが、有栖の答えは沈黙だった。

 話し辛いことなのだろうかと思い、周りを警戒しながら階段を下りる。2階に下った時、有栖が消えてしまうような声で囁いた。

 

「…ありがとうございます」

 

 彼女が何に対してそう言ったのかはわからない。

 だけで、その小さな一言が私の心を揺さぶって私から言葉を奪って行ったのだ。

 今までほとんど言われてこなかったその言葉だけで、私は気分を良くしてしまっていた。

 

 

 それで過負荷()が変わるわけではないのに。

 




 坂柳さんなら自分のクラスの優待者がわかっているなら、法則性を見出すことはたやすいだろうと判断してこの段階で明かしてしまいました。
 なお、話し合いは普通通りします。他のクラスの動きなどの観察だったり、自分のクラスの動きを確認するためなどの目的があります。
 また、主人公視点で話が進んでいるので確定的に書いてあることも、主人公の主観で判断されているものであると明記しておきます。

 坂柳さんは諸々の事情があって主人公と一緒に行こうとしたところ、主人公寝落ちのため連絡が取れず、どうしようか迷っていた感じです。学校側から付き添いが付いていないといけないと言われていましたが、最悪一人で部屋に行こうとしていました。
 時間的にエレベーターを使っても10分もあれば時間には着いていたと思います。
 


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28話目 特別試験Ⅱ 一日目Ⅱ

 結局私と有栖は部屋に着くまで、あれ以降お互いに話すことはなかった。

 私は彼女になんて言えばいいのかわからなかったし、彼女も私に言葉を投げるようなことをしなかった。

 

 廊下で有栖を下ろしてから、時間まで二人で部屋まで歩く。

 2階には開始時間が近いこともあり、生徒がかなりの数廊下をうろうろしていた。私は有栖の手を引いて歩き、他の人にぶつからないように彼女を誘導しながら歩く。

 時間の2分前に割り当てられた部屋に着いた。

 部屋のドアには『辰』と書かれたプレートがかけられており、ドアを開けると私達以外の11人が既に円状に設置されている椅子に座って待っていた。

 

「ごめん、遅れた」

 

「時間ぎりぎりだが、遅刻ではない。零たちも早く座ってくれ」

 

 康平に促されて康平の隣に腰を下ろした。有栖が私の隣に腰を下ろして、康平と私と有栖の三人が横並びになる。

 他のクラスの生徒もクラスごとで固まっているらしく、正面にはDクラス、右側にはBかCクラス、反対側も同じくだろう。BクラスとCクラスの生徒がほとんどわからない。Dクラスの生徒は前にクラスに行ったこともあるし、堀北さん(メインヒロイン)もいるから流石にわかった。

 このグループ分けの基準だったらいないほうがおかしい、綾小路君と一之瀬さんがいないことに気付く。

 綾小路君は実力を隠している節があるからまだしも、一之瀬さんがいないことは異常と言ってもいいかもしれない。

 

 そういえば、綾小路君と一之瀬さんは()と同じグループだったはずだ。

 予想では担任がグループを分けている。もしかすると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 担任経由で綾小路君の優秀さを見破っていたとすれば、そうしていてもおかしくはないだろう。

 となると、兎グループの優待者を早めに指定して潰しておく必要があるかもしれない。

 

 いや、それは最終手段だ。

 茂がどういう風に行動するのかを知りたいのに、真っ先にその機会を奪っていては話にならない。

 有栖には悪いが、兎グループだけ優待者の指名を後にしてもらおう。最悪、兎グループは放棄してもらう可能性まで考えないといけなくなっていた。

 

 

 思考を廻らせながら部屋を観察し、()()()()()の位置を確認しているとスピーカーから放送が流れた。

 

『ではこれより1回目のグループディスカッションを開始します』

 

 わかりやすいアナウンスだったが、他の人たちはわかりやすすぎる故に一瞬だけ固まってしまっていた。

 その隙を見逃さずに私が切り込む。

 

「それじゃあさっくり自己紹介からしよう。したくないって人はいるかな?」

 

「やりたいなら勝手にやってろ。俺は馴れ合って話し合いをする気はないぜ」

 

 そう言って噛みついてきたのは昨日見た不良少年の龍園君だった。

 一応、このグループディスカッションでは自己紹介をしなくてはいけない指示が出ている。

 それにすら歯向かおうとするなんて、どんなことがあればこんなに捻くれてしまうのだろうか。私には到底及びもつかないが、そんなことは至極どうでもいい。

 

「じゃあ好きにすれば? 監視カメラがあるから最低限のことはしたほうがいいと思うけどね」

 

「ちょっとまってくれ。この部屋に監視カメラがあるのか?」

 

 そう割り込んできたのは龍園君と反対側にいる顔の良い青年だ。

 どっちかがCクラスでもう片方がBクラスなのだろう。

 

「あそこのスピーカーの上、恐らくマイクもついてるから音声も拾えるやつだね。確認したいなら歩いてみてみれば? よく見ないとわからないけど、不自然に壁の色と一部違うカメラのレンズが見えると思うよ」

 

「…どれだ?」

 

「まあ見たかったら話し合いが終わった後にでも確認すればいいよ。時間もそんなないし、さっさと自己紹介を済ませようよ。後は何を話しても自由なんだからさ」

 

「…零、その辺にしておけ」

 

 なおも私が仕切ろうとしているのを見かねて、康平が口を挟む。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。有栖も私の方をずっと見ている。

 だけど、私がそれに従う義理はない(私には関係ない)

 

「何で康平が私に指示をするのさ? 前も言った通り私は康平の友人ではあるけど、奴隷じゃないんだぜ?」

 

「Aクラスの方針は皆に伝えたはずだ。零も納得しただろう」

 

「自己紹介までみんなを引率してあげただけじゃないか。そもそもリーダーシップがあってみんなを引っ張ってくれる人がいれば、私がこんなことをしなくてもよかったんだ。

 『だから、私は悪くない』」

 

 過負荷(マイナス)も何もなしに、ただ球磨川先輩の真似をしてみる。括弧(カッコ)つけたように、彼のお決まりのセリフを言っただけだ。

 他の人は大きな反応はなかったが、康平だけが嫌なものを見てしまったかのように顔を顰めていた。

 

「なんだなんだぁ? Aクラスって言っても纏まりきれてないんじゃねぇか?」

 

「面白いことを言うね君。纏まりきったから偉いのか? 纏まりきったから勝つのか? 纏まりきったから強いのか? そういうわけじゃないだろう」

 

「ハッ、違いねぇ。葛城だけじゃなく坂柳とも一緒にいるから、どんな奴かと思えばとんだじゃじゃ馬じゃねえか。金魚の糞って言ったのは撤回するぜ。Aクラスは生徒一人統率できないクラスだったんだなぁ?」

 

「零君は例外です。他の方はしっかり協力し合ってますよ」

 

 有栖はそう言って溜息を一つ吐いた。

 それを聞いて、龍園君は面白いものを見るかのように挑戦的な目でこっちを見てくる。

 

「こいつは面白れぇ。坂柳にも手に負えないやつがいるってことか」

 

「…認めたくありませんが、そういうことです。話は以上でよろしいですか? 

 先に自己紹介を済ませてしまいましょう。零君の言う通りなら、自己紹介をしないことで何かしらのペナルティがある可能性も考えられます」

 

「そう言うなら有栖からやったら?

 その流れでABCDの順でいいでしょ? わかりやすいし」

 

「反対意見がないようであれば、そうしましょう。他の方もよろしいでしょうか?」

 

 有栖の言葉に反対する者はいなかった。

 龍園君も私を好奇心に溢れた目で見ているだけで、異論はないみたいだ。

 

「では私から。ご存知の方もいるかもしれませんが、Aクラスの坂柳有栖です。見ての通り体が弱いので、何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」

 

 そういって有栖が頭を下げたのを見て、私が拍手をした。

 それを皮切りに他の人たちも彼女に拍手を送る。それが落ち着いたころに、康平に目配せをして先に自己紹介をしてもらうことにした。

 

「Aクラスの葛城康平だ。よろしく頼む」

 

 同じように拍手をし、少しずつ拍手が小さくなる。

 その時を見計らってAクラスの三人目となった私が同じように自己紹介をした。

 

 5分程度かけて、グループのメンバー全員の自己紹介を終えた。

 自分の自己紹介が終わってから、聞く必要性も感じなかったのでずっと監視カメラと睨めっこをしていた。

 ちょうど私の前の壁、Dクラスの後ろの壁に監視カメラがある。見られていると感じると気になって仕方ない。他の人の自己紹介が終わって、少しの沈黙が生まれたのを見て、私はこのくだらない話し合いに終止符を打ち込みに行った。

 

「じゃあ、自己紹介終わり! 解散!」

 

「零君の気持ちはわかりますが、時間までは部屋に居なくてはいけない決まりです。まだ帰らないでください」 

 

「だってもうやることやったし必要ないだろ? 

 まさかこの中で優待者が馬鹿正直に出てくるわけもないし、今更他のクラスと和気藹々楽しく話せって?」

 

「小坂君の言うこともわかるけど、坂柳さんの言う通り部屋から出るのはやめたほうがいいんじゃないかな?」

 

「誰だっけキミ?」

 

 私の言葉に彼女は完全に固まった。

 同じように他の人たちも固まっている。私は彼女をどこかで見たような気はするが、名前までは覚えていなかった。

 対面にいる、割り込んできた彼女の顔をよく見ると、それがDクラスに行った時に話した女子だったことに気付いた。

 

「ああ、思い出した。Dクラスの櫛田さんだったっけ?」

 

「…うん、それで合ってるよ。前に話したのは1か月前だったのに、覚えていてくれて嬉しいよ」

 

 彼女は引き攣った笑みでそう答えた。

 康平が呆れたような顔をしてこっちを見る。

 

「零、今自己紹介したばっかりだろ? 聞いてなかったのか?」

 

「自己紹介をしろとは言われたけど、自己紹介を聞けとは言われてない。

 だから、私が他の人の自己紹介を聞いていなくても、自分のクラス以外の人の名前がわからなくても、私には関係ない。

 だって私には関係ないんだから」

 

 どろりとした、地の底から這い出てくるような気持ち悪さが私から滲み出る。

 それを確認したのか、他の人たちが少し震えているようにも見えた。

 

「まあ、このまま時間がくるまで待つのも不毛だしね。

 せっかくだから私が楽しい話をしてあげるよ」

 

「…零」

 

「康平が文句を言っても話す自由は私にあるんだぜ?

 何もしないよりは、誰かが話している方が楽しいじゃないか。エリート(君たち)が大好きなやつだろ?

 無駄な時間は極力なくすって。『隙間時間で勉強しましょう』だったっけ?」

 

「無駄なことをするよりは、効率的に物事を進める方が正しいのは当然でしょう。同じ1時間作業するにしてもロスタイムが少ないほうが作業の進み方は早くなる」

 

 私の話が気になったのか、割り込んできたのは堀北さんだった。

 既に過負荷(マイナス)は抑えているが、私の気持ち悪さを振り切るために無理やり会話に加わったように見えた。

 

「そんなことばっかり言ってるから人が潰れるんだぜ?

 人件費を削減するために、残業代を出しませんって言って納得できる人はそう多くないだろ?

 納得したところで、ストレスで潰れていく人間も出てくる」

 

「確かにそういう見方もあるかもしれませんね。ですが、会社としてみたときに仕事ができる人を優遇します。社会で求められているものに、無駄な時間というものはそう多くはないと思いますよ?」

 

 有栖も話に加わってきた。他の人たちは私の方を見て、さっきの気持ち悪さがまるで気のせいだったことを確認するかのように私を見ていた。

 

「そもそも無駄なことが悪いことなのか?

 社会が求めていないものは人間に不要なのか?

 私はそうは思わない。よく『復讐は何も生まない』っていうけどさ、それで納得できれば感情なんかいらないと思わないかい?」

 

「零の言うこともわかるが、だからといって復讐と称した他害行為を認めることはできない」

 

 康平の反論が普通(ノーマル)なら正しいのだろう。

 私もそう思っている部分はある。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 さっきから、ここにいる時からずっとそうだ。

 

 エリートを見ているとイライラする。

 自分が強いと思っているやつを見てるとムカつく。

 プラスで出来ているような正当性ばかりを主張する奴にどうしようもなく嫌悪感を覚える。

 だから、彼らにぶつけると言うのは見当外れなのもわかっている。的外れなのだとも思う。

 だからこれは()()()()()()()()だ。

 

「それも大事な意見だ。貴重なものだし、大切にするといいよ。

 先にされたから何をしてもいい。それが通るんなら、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私の発言に彼らの顔は疑問が生まれたようなものと同時に、受け入れられない何かを見てしまったかのようなものになっていた。

 

「君たちさ、育ての親から熱湯をかけられた時の熱さって知ってる? 躾と称して包丁でふくらはぎを刺されたことは? 消毒と称して口の中に洗剤を吹き込まれたことぐらいはあるよね?

 まあ、痛みとか熱さなんてその時が過ぎたら忘れちゃうか。

 じゃあ、口の中に残った洗剤の味は? 路肩に死んでたカラスの死骸とか、飢えを凌ぐために殺した鼠の味ぐらいは知ってるよね?」

 

 彼らの歪んだ顔が、驚愕に溢れたそれに変わる。

 

「まあ、その顔を見ればそんなことはなかったことぐらいはわかるよ。

 君たちプラス(幸せ)そうだもんね。

 安心してほしい、今の例は冗談だ。だけど私が本当にそれを味わってきたとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! って言っても、君たち同情はしたとしても納得しないだろ?」

 

 他の人たちは苦虫を噛み潰したような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな表情になっていた。有栖以外の人が冗談だと聞いた瞬間に多少安堵を見せていたそれは、言葉を終える頃には完全になくなる。有栖は終始顔を顰めていた。

 そんな彼らの様子を気にも介さずに、私は康平の方を向く。

 

「そういえば話は変わるけど、康平って妹がいるんだったよね?」

 

 康平は他の人と同じような表情をしているが、その中に普段の私とのギャップによって困惑しているようにも見えた。

 私の問いに対して、少し間があったがしっかりとした声で返答する。

 

「…それがどうかしたか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、康平は笑って許してくれるよね?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「ッ!」

 

 ドス黒い過負荷(マイナス)が零れ出る。空気がぶっ()ぎられているかのように錯覚するほどの過負荷(それ)は、私を中心に私の周囲を包み込むように溢れていた。

 私はそれを感じつつも、抑えようという思いはこれっぽっちも起きなかった。

 

 正論に正論を重ねる。正しいから正しい。認められないから認められない。悪いから悪い。強いから強い。

 常識だから、正常だから、当然だから、普通だから、当たり前だから。

 

 それじゃあ、過負荷()が納得しない。

 だって、そこに過負荷(マイナス)なんて要素はないものとしてみているのだから。

 横にいる康平に向かってニッコリ笑顔を浮かべる。近い距離なのに康平が思わず体を引くのがよくわかった。

 

「あは! っていう冗談でした~。そんなに睨むなよ康平、お茶目な冗談だぜ?

 笑って許してくれよ! 私と君の仲じゃないか!」

 

「……零、その手の冗談はやめてくれ。いい気分じゃない」

 

「そんなに怒るなよ。君だってこの学校にこうやって通っているわけだけど、その時に蹴落とした人のことを考えたことはあるかい?

 もしかしたら、国立のこの学校に入らないと高校生になれなかった人がいるかもしれない。親からの期待を背負ってこの学校に受験して、落ちちゃったから親に見捨てられて人だっているかもしれない。

 でも友人である康平が他人を蹴落として掴んだ高校生活で、君がそんなことも考えないで、自分だけは順風満帆に学校生活を楽しんでいるみたいでよかったよ」

 

「――――ッ!!」

 

 話せば話すほどより過負荷(マイナス)に近づいている。

 自覚はあるが、()()()()()()()()()()()

 席を立ち、部屋にいる彼らの輪に沿うように歩きながら言葉を続ける。

 

「『かもしれない運転を心がけよう!』って知らないかい?

 みんなも一緒に想像してみようよ!

 中卒で働くしかなくなって、最低賃金で働き続けている人がいるかもしれない。社宅で暮らして、働くか寝ることぐらいしかできなくて、娯楽を楽しむ余裕もない日々。それが一生続くことを想像して、生きる希望が見いだせないかもしれない。

 家に帰ったら自分のご飯だけない生活。親からは無視されて、兄弟からは無言で馬鹿にされる生活。そのせいで非行に走るかもしれない。麻薬に手を出しているかもしれない。

  誰のせいで、とは言わないけどね」

 

 そう言いながら部屋の中にいる彼ら一人一人の顔を見る。

 私が言葉を紡ぐたびに、彼らの表情は苦々しいものに変わっていった。

 最初に噛みついてきた龍園君や、話に加わってきた堀北さんに、苦笑いをしていた櫛田さんも全員が私の方を見て絶句していた。

 康平も私を見て顔を歪めているし、有栖も顔を顰めたまま私から視線を外さない。

 

「でも気にしないで!

 君たちが無意識に蹴落とした人がいっぱいいても、そんなやつらのこと気にも留めなかったとしても、そいつらが失意のあまり自殺をしたとしても、その人たちが将来に希望を持てなくても、君たちは悪くない。

 『社会に必要とされている力が足りなかった彼らが悪い』

 エリートである君たちが、さっきそう言ってただろ?

 だから、自分のことを棚に上げて特に理由もなく高校生活を楽しんでいても、細かい進路なんて何も決めないでAクラスに上がりたいから頑張っていても、自分の視界に入らない人なんて見ていなくても、自分が勝ちたいから他人を蹴落としても、君たちは悪くない。

 だって君たちには関係ないんだから!」

 

 私が言い切った時には、有栖以外の全員が身体を震わせていた。有栖はかろうじて耐えているように見えるが、私の方を見て固まっている。

 私の(マイナス)に、全員が恐怖の感情で支配されていた。

 

「皆Aクラスに上がりたいんだよね?

 Aクラスで卒業すれば、好きな進路に進めるからかな?」

 

 確か原作でAクラスに上がりたいと言っていた堀北さんの方を見た。

 彼女は震える身体を落ち着かせてから、私に向き合う。

 

「…ええそうよ。私はAクラスに何としても上がるわ。あなたたちを超えてね」

 

「へえ、他の人を蹴落として人生を台無しにさせてまでAクラスに上がりたいんだ?

 Aクラス以外だと進路の保証がされないって知って、自分だけAクラスに上がりたいんだ?」

 

 私の物言いにも彼女は臆さず、こっちを見据えてはっきりとした声で宣言した。

 

「そうよ。私は何があってもAクラスに上がらなくてはならないの。たとえ他の人を蹴落としてもね」

 

「ふ~ん。まあ、どうでもいいけどね。

 君のせいで誰かの人生が壊れても、君のせいで誰かが自殺しても、君のせいで生きる希望を失った人がいても、君のせいで君の知っている人がいなくなっても、君に直接関係ないもんね」

 

 私がその宣言を嘲笑うかのように話し続けると、彼女の何かに障ったらしく彼女は顔を歪めて体から怒気を発した。

 

「―――人に聞いておいて、その言い方はないでしょう!」

 

「勝手に話したのは君じゃないか。別に話す義理もないのに君が勝手に話したんだ。

 『だから私は関係ない』」

 

 私がそう言うと彼女は私の方を睨みつけてきた。

 だけど、先ほどまで出ていた怒気はすっかり鳴りを潜め、体が震えている姿は滑稽にしか見えなかった。

 彼女の方を見て、くるっと反転して肩を竦めた。

 

「思い入れとかー、心がけとか誓いとかー、願いとか夢とかー、希望とかー覚悟とかー、ごめんねー。

 私そういうのよくわからないし、興味もないんだー」

 

 過負荷(マイナス)の完全版である球磨川先輩を意識しながらだったが、かなり効果的だったようで同じグループの生徒たちの心は完全に折れてしまったかのように茫然としている。

 未だに()()()()()()()()の私は、どうしても会話のベースに負完全である球磨川先輩をベースにしていた。彼の言動が過負荷(マイナス)的に完全で完璧すぎて、過負荷(マイナス)と言ったら彼が頭に浮かんでしまう以上は仕方ない。

 

 球磨川先輩があまりにも負完全なのが悪いんだ。

 『だから私は悪くない』

 

 その内()()()()()()()()()()会話ベースができることを期待しながら、私は過負荷(マイナス)に身を委ねていた。

 

「そんな今にも吐きそうな顔をしないでよ。流石の私でも傷ついちゃうぜ?

 別に()()()()みたいにエリートを全員抹殺しようなんて思ってもないんだからさ。一緒の学年なんだから仲良くしようよ!

 ねぇ櫛田さん?」

 

 私が話を振ると、呼ばれた彼女の肩が跳ねる。

 正面にいる彼女の方を見ると、彼女は顔面蒼白で今にも倒れそうだった。

 彼女の方に向かって真っすぐ歩くが、他の人は誰一人としてそれを止めることはしなかった。

 彼女の前で手をだし、握手を求める。

 

「櫛田さんは確か、クラスの隔てなくみんなと友達になりたいんだよね?

 退学するかもしれなかった須藤君に見返りもなく協力していたんだから、きっとそうに違いない!

 だからさ、私とも友達になろうよ」

 

「―――」

 

 彼女は肩をガタガタ震わせたままだった。

 握手を返そうともせずに話すこともできない彼女を見ながら、私は話すのをやめない。

 手を下げて肩を竦め、また過負荷(マイナス)をばら撒く。

 

「なんだ、やっぱり上っ面だけだったんだね」

 

 心の底から残念だと言わんばかりに、ため息を混じらせながら吐き捨てる。

 だが、次の瞬間にはけろりとして彼女の顔を覗き込むように近づいた。

 

「でも安心して!

 誰とでも友達になりたいように見せかけて、本当は自分の役に立つ人とだけ仲良くしたい。利用したい。自分が良ければそれでいい。それが君の本性だとしても、それでいいんだよ。

 だってそれが君の大切な個性なんだから!

 無理に変えようなんて思わないで、自分らしさに自信を持とうよ!

 君は君のままでいいんだよ」

 

 私の言葉に、彼女は震えたまま答えることはできなかった。目と目が重なりそうなほど近づいているが、私の()()()()()()に映る彼女はDクラスで音頭を取っていた人と同一人物には思えないぐらい弱弱しかった。

 図書館に居合わせた堀北さんも、私の方を見て震えが止まらない。たまたま同じグループにされたBとCクラスの生徒たちは今にも泣きだしそうなぐらいに怯えていた。

 彼女に背を向け、自分の座っていた席に向かって歩き出し、歩きながら話し出した。

 

「そういえばさ、16世紀に貴族の間で行われていたあるゲームがあったらしいんだ。奴隷の骨を身体の端から一本ずつ順番にハンマーで砕いていく!

 奴隷は最初、『助けてくれ』って懇願するんだけど最後には『殺してくれ』って言いだすんだ。果たして何本目の骨でそう言うかを、貴族の皆様方は仲良く賭けたのさ」

 

 安心院さんの話を過負荷(マイナス)のまま言っただけなのに、グループのみんなはただでさえ青い顔がさらに青白くなって既に死体になっているんじゃないかと思わざるを得なかった。

 自分の席に座り、雰囲気作りも兼ねて足を組む。

 

「君たちがAクラスに上がりたいっていうのも、同じ状況だと思わないかい?

 今君たちは私の言葉一つで震えあがっているけど、私と君たちはこれから3年間も同じ学年にいるんだぜ?

 今でさえ、ここから逃げ出しそうなぐらいに震えているのに3年間も耐えられるかい?」

 

 言われてからその事実に気付いて想像してしまったのか、彼らは今にも崩れ落ちそうだった。

 今の20分にも満たない間一緒にいるだけでこの様だ。3年間も一緒の学年で居ることを想像しているのだろう。

 

「だから、『Aクラスに上がりたい』じゃなくて、『この学校を辞めたい』って言う気にはならないかな?」

 

 私の言葉に有栖でさえも顔を青くした。

 彼女に以前話した、康平を倒した後にどうするのか退()()()()()()()()()()()()復讐しようと思う生徒が出たときにどうするかと言ったことを思い出したのだろう。

 

 この話し合いでの一番の目的がこれだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 エリートの輪に過負荷()を入れやがった八つ当たりということもあるが、いかに私が過負荷(マイナス)気持ち悪く(マイナス)て、人間として欠陥(マイナス)で、理解できない(マイナス)かを教えてあげれば、彼らも()()()()()()()()()()()()と思うだろう。

 

 それでも、勝手に気持ち悪いと感じるのは彼らだ。

 だから私は悪くない(関係ない)

 

「ああ、勘違いしないでほしいんだけど、別に強制するわけじゃあないよ。

 君たちにだってこの学校でできた友人とか、友達とか、仲間とかがいるんだろ?

 ただ、矛先が他の人に向かうだけさ。

 でも別に構わないよね?

 だって君たちとは関係ない他人なんだから。あまり覚えてもいないようなクラスメイトが減っていったところで、君たちは悪くない。仮に、直前に私と話していたとしても彼らの自己決定で退学を選ぶんだ。

 だから、私も悪くない」

 

 にっこりとした笑顔を浮かべて、他の人たちにそう言った。

 既に彼らの心はほとんど折れていて、このグループの空気はお通夜と同じぐらい重い空気になっている。

 

「そんな目で見るなよ。同じ学校の同じ学年の仲間じゃないか! 同じ制服に袖を通している仲じゃないか!

 化け物を見るかのような目で見られたら、私の心が痛むじゃないか。

 だから、君たちが今ここで吐いたとしても、私の言葉を聞いて学校を辞めたとしても、君たちが自責の念に駆られて自殺したとしても、私は悪くない。

 むしろ、()()()()()()

 

 誰一人として反論しようとすらしない。

 まるで死体の中で演説をしている様な錯覚に襲われるが、私は死体ではなくそれが同学年の生徒だということを当然理解していた。

 

「ありゃりゃ、空気が完全にお通夜か葬式だぜ。

 じゃ、誰も話したがらないようだしこのまま私が話し続けるね。

 後45分、ただの過負荷()戯言(ざれごと)にお付き合いくださーい」

 

 一種の死刑宣告にも等しいそれは、彼らに絶望を味わわせるには十分だった。

 




 今回は過負荷(マイナス)回でした。
 エリート集団の中に過負荷(マイナス)を入れて、何事もなく終わるような未来はありませんでした。


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29話目 特別試験Ⅱ 一日目Ⅲ

 過負荷(マイナス)を垂れ流しにした話し合いが終わり、他の生徒たちが茫然自失している中で、私は終了のアナウンスと共に部屋を後にした。

 

「あ、残念だけど時間みたいだね。結局終始私に話させっぱなしで、話し合いなんて言えるものでもなかったね。

 君たちは君たちが蹴落とした人が欲しくても得られなかった機会を、無駄に、無為に、無意味にしたんだ。

 でも君たちの自由意思で行っているんだから、私は関係ない。

 偉そうなことを口にするぐらいなら、もっと今自分たちがここにいるっていう意味を考えなよ。『責任を持った行動を』ってエリート(君たち)が好きな言葉だろう?

 『それじゃあ、また今度とか』」

 

 有栖ですら私が出ていった時に正気に戻らなかったのだから、他の生徒たちが立ち直るには暫く時間がかかるだろう。

 初回の話し合いは私の予定していた最低(最高)の形で幕を下ろした。

 強いて言うなら、過負荷(マイナス)をばら撒きすぎたような気はする。それでも自分の打算を考慮して、()()()()()()()()()()()()抑制していたのだからコントロールはできている。

 それに、私はあれだけ色々やっても()()()()()()()()()()()()動いているのだ。

 

 話し合いに積極的に参加しないでほしい、というものは守っていない。これは紛れもない事実だ。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()という意味では康平の指示通りに動いている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他の人たちが優待者を探ろうなんてことをする余裕もない。

 もっと言えば、早く話し合いが終わって欲しいと()()()()()()()()()最高だ。話し合いの時間が近づくたびにストレスが溜まり、話し合いがただの拷問と同じになって聞いているのをひたすら我慢するだけ。

 自分で何か言おうとすることはせず、ただじっと耐えるだけになる。

 

 そう、せっかくの特別試験のチャンスを無為にすることを()()()()()()()のだ。

 私を見たくないから、私の言葉を聞きたくないから、私の声を聴きたくないから、私を知りたくないから、彼らは自分自身を守るためにこの試験を無駄にする。

 そこに私がこうしてほしいとお願いするようなことはない。彼らが自分の手で衰退を選ぶことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 『平和癌望(ショートカット)』なんて使わなくても、他人を不幸(マイナス)にするぐらいはできるはずだ。

 ましてや、それがただの普通(ノーマル)なら。

 

 

 ……初めてといっても良いぐらい私の策が機能していたことを、彼らを通して実感していたからだろう。

 本当にただの普通(ノーマル)なだけなら、そもそもヒロインどころかサブキャラにすらなれない。そして主人公側の人間(プラスの住人)は、叩いても這い上がってくる芯の強さというべきものを持っている。

 そんな単純な事実を、この時の私はすっかり忘れていた。

 

 

__________________________________

 

 

 

 彼を甘く見ていたと言えば、その通りなのだろう。

 彼の本性を見たつもりだった、肌で感じたつもりだった、理解していたつもりだった、納得していたつもりだった、把握していたつもりだった。

 だけど、私は(零君)過負荷(マイナス)を理解しているようで理解していなかったのだ。

 

 入学初日のふとした時に気付いたそれ(マイナス)は、7月の中頃に彼の説明を受けてようやく理解した。

 それがオカルトやファンタジー小説に出てくるようなものだと、私はその程度の認識しかしていなかった。

 しかし、彼の持つ過負荷(マイナス)とは、そんな特殊能力(プラス)のものではない。正真正銘(マイナス)を濃縮したものだった。

 彼の言葉に見える、人間の本質(マイナス)正論の矛盾(マイナス)感情の不制御(マイナス)

 オカルトとしての一端を見せられた以上、洗脳だと言われた方がまだ納得できるようなものだった。

 

 だが、彼はなんでもない言葉だけで私達を打ちのめしていた。

 彼の持つ人間の闇(マイナス)というものが、いかに根強くて、いかに受け入れ難くて、いかに見たくないものだったか。今ここにいる全員は、それを思い知ってしまった。

 過負荷(マイナス)を事前に知っていた私でさえもだ。

 時折、私と二人でいる時に垣間見せる過負荷(それ)と、今の話し合いでの(それ)は濃度が全く違っていた。

 それこそ、今は彼に会いたくなくなるぐらいに。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 私は外面を取り繕い、席を立つことにした。

 ()()()()は察したが、私は彼のやり方に反対だ。

 守ってばかりではいけないと言っておいて、これだけ大立ち振る舞いしてその本質は一周回って穴熊を決め込んでいるなんて、実に(マイナス)らしいと言えばらしいのだろう。

 彼の思い通りにさせないために、早急に彼と話をする必要がある。

 

「それでは私もこれで失礼します。葛城君、申し訳ないのですが付き添いをお願いできますか?」

 

「…ああ、了解した。先に失礼する」

 

 葛城君はそう言って席を立った後、私に手を貸そうというところで他の方々も退席の準備を始めました。急いでこの部屋から出ようとしている様は、一刻も早くこの場所から逃げたいと思う気持ちで溢れているようにも見えました。

 彼らよりも早く私と葛城君が部屋を出ようとすると、予想通り私達をそのまま返そうとしない方が私達に食い掛かってきました。

 

「待てよ坂柳。()()は一体なんだ?」

 

 意外にも私達以外で真っ先に復帰したのは龍園君でした。

 彼が言う『アレ』とは、恐らく零君のことを指すのでしょう。

 何処か焦っているような彼の口調が、いかに零君が彼らへ悪影響をばら撒いて行ったのかが窺えます。

 その証拠に彼は私達の方を見ていますが、決して零君のいた席には目線を合わせませんでした。

 

「アレとは零君のことでよろしいですか?」

 

「それ以外にねぇだろうが。あいつは一体何なんだ?」

 

「本人が居ないところで彼について詳しく触れる気はありません。知りたければ自分で調べてください」

 

「その口ぶりからすれば、お前は知っていたってことでいいんだな?」

 

「お答えする気はありません。それだけでしたら、これで失礼します」

 

 まだ何か言いたそうにしていた彼を無視して、私は葛城君を連れ添って部屋を出た。

 部屋を出た後に零君を含めた3人で話し合いをしたいと葛城君に申し出たところ、無事に許可を貰えたので私の部屋で話し合いをすることにしました。

 

 

 

 葛城君と共に私の部屋に到着してから、葛城君を椅子に座らせて零君に私の部屋に来てもらうようにチャットを使ってお願いしました。返事は話し合い前の時とは違って直ぐに来ました。

 私の部屋に今から行くから暫く待ってほしいとのことで、私と葛城君の二人でそれまで待つことになりました。

 今どこにいるか確認していなかったので、いつ彼が来るのかわからないまま時間だけが過ぎていく。

 零君が来るまでこの沈黙が続くかと思われたが、意外にも葛城君が話しかけてきました。

 

「…坂柳は零の()()を知っていたのか?」

 

「ええ。本人があまり話したくないようなので言いませんでしたし、今回の話し合いがこうなるとは思わなかったので話しませんでしたが」

 

「正直に聞こう。()()を見てどう思った?」

 

「…恐怖を覚えなかったと言えば嘘になります。事前に言葉で理解していたつもりだったのですが、認識が甘かったことを思い知りました」

 

「俺も正直なところ同じように思った。前にも同じような雰囲気を出していたことには気づいていたが、今回の話し合いほどではなかった。理解できない、理解したくない、そして何よりも受け入れたくないことを平然と突き付けてくるような話し方に、唯々黙って震えているだけになってしまった」

 

 そう漏らす彼の顔には、屈辱や後悔の念がありありと見て取れました。

 

「だからこそ、なんで零がいきなり隠していたものを出してきたのかを聞きたいと思っている」

 

「それについての予想はついていますよ?」

 

「聞いたら答えてくれるか?」

 

「本人から聞いた方が早いと思います」

 

「そう言うと思っていたから、聞き出すつもりでいる。本人の口から直接聞いた方が早い」

 

「そうですね。もう少ししたら来ると思いますから、それまで待ちましょう」

 

 私がそう言って会話を打ち切ると、彼は思案するように手を顎に当てたまま固まっていました。

 私も彼が来るまで、色々と彼に聞くことを整理するために考えをまとめることにして二人で座ってまま話すことはありませんでした。

 

 そんな静寂の中で、私は未だに彼のことで頭を埋め尽くしていました。

 特に一番私が恐怖を覚えたあの瞬間が、私の頭から離れるには時間がかかることはわかりきっていました。

 

 

 「……『この学校を辞めたい』っていう気にはならないかな?」

 

 

 …そう言い終えた時の彼の顔が、私には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が弧を描いて嗤っているように見えました。

 それは例えるならのっぺらぼうにも似たもので、適当に人の形を楕円形で書いたものに半月で目と口を当てはめたような、()()()()()()()()()()()()()()()()()錯覚すら覚えました。

 

 ……私は零君のあの顔が頭から離れませんでした。短めの漆黒の髪に何処にでもいるような顔の普段の彼とは全く違うあの顔が、もしかしたら零君の本当の顔なんじゃないかと思ってしまいました。

 覚悟を決めて彼を待ち構えているまでの数分間。

 私は無意識に体を震わせたままでした。

 

 

________________________________________________________

 

 

 

 話し合いを終えてから気分よく部屋に戻ろうとして、お昼ご飯を食べていないことに気付いた。

 ファストフード店に向かい歩みを進めることにした。

 

 歩いているうちに少しづつ落ち着いてきたのか、過負荷(マイナス)気味な思考は少しずつ落ち着きを見せていた。部屋を出た段階から過負荷(マイナス)を抑えてはいたが、思考がどうしても過負荷(マイナス)に轢きずられていたのは間違いない。

 

 話し合いをしながら思い出していた『めだかボックス』の過負荷(マイナス)の人たち。

 それを軸に話していたせいか、過負荷(マイナス)に身を委ねていたせいか、私の過負荷(マイナス)がより一層深いものになっているような気がした。

 

「あたし達は酷い目に遭ってきた

 だから酷いことをしてもいいんだ!!」

 

 前に読んでいた時には深く考えていなかったが、過負荷(マイナス)となった今では凄くしっくりくるものに思えている。

 

 復讐が悪いことなのか?

 制裁は悪いことなのか?

 報復は悪いことなのか?

 

 人間は感情の生き物だ。

 それに縛られている以上、不幸(マイナス)な私がエリート(彼ら)に何をしてもいいじゃないか。

 恵まれている彼らに恵まれていない私が何をやっても、僻みや八つ当たりや嫉妬にしかならないのはわかっている。

 普通(ノーマル)の視点からすれば、それが全て正しいわけではないことぐらいわかっている。屁理屈だと言われることも理解できる。だが、納得できないものも確かにあるのだ。

 

 正しいだけが全てなのか?

 強いだけが全てなのか?

 常識が全てなのか?

 

 それに見捨てられたから、過負荷(マイナス)になったのだ。

 それに受け入れられなかったから、今の私(負完成)が出来たのだ。

 それを捨ててしまったから、無関係(無冠刑)になったのだ。

 

 間違っていても生きていける。

 弱くても生きていける。

 常識がなくても生きていける。

 

 生きていけるなら問題はない。生きていけるということは社会が黙認しているということと同義だ。だから、過負荷(マイナス)が生きていける現状を放置している社会が悪いんだ。

 だから、(マイナス)が悪いなんてことはない。

 私には関係ない。

 

 

 

 そんなことを考えながら、私は昼食を食べていた。

 有栖に返信したが、話し合い前の運動と約1時間程度話しっぱなしだったことで空腹を感じていた。これぐらいなら我慢することもできるが、無理に我慢する必要もないので素直に欲求を満たすことを優先した。

 ファストフード店でハンバーガーを買って食べるなら、私の場合5分程度で終わるだろう。既に14時を回っている今、人はほとんどいないため並ばずに買うことができた。

 

 2つ目のハンバーガーに手を伸ばしたが、まだ買ってから時間が経っていないので包み紙の奥から暖かい熱を手に感じていた。

 食べれるときに急いで食べる癖は、そんなことが必要なくなってもう数年経つにも関わらず直る気配を見せない。轢き肉になった豚と牛の死骸を練って焼いたものにかぶりつきながら、鼠や烏の味は思ったより私の脳髄に染みついているのかもしれないと気づき、思わず苦笑した。

 

 

 

 

________________________

 

 

 

 零からすぐに返信があったと坂柳から聞いたが、あいつはなかなか来なかった。

 とはいっても、まだ5分程度しか経っていないことに気付く。

 あいつがあの気持ち悪い何かを持っていることは、無人島の特別試験の時に気付いた。いや、正確には()()()()()()()()()()()()()()()ということには気づいていた。

 記憶が正しければ俺と坂柳の間に入って『馬鹿なの?』と言ったときにも、あの感じは少し出ていた。

 

 あの得体のしれない気持ち悪さが、単純に恐ろしく思った。

 

 妹のことと蹴落とした受験生のことを言われた時、俺は今にも崩れ落ちて目と耳を塞いでしまいたかった。しかし、『Aクラスのリーダーとして』そのようなことはしなかった。

 だが、あの得体のしれない気持ち悪さ、人間の負の感情を濃縮したようなあいつの言葉は、俺の頭にこびりついたままだった。

 

 今からあいつがこの部屋に来る。

 

 坂柳に提案された時、本当のことを言うなら断ってしまいたかった。

 だが、『Aクラスのリーダーとして』ここで話し合う必要があった。

 だから、俺は今ここで坂柳と一緒にあいつと会う恐怖に襲われながらもあいつを待っていた。

 

 同じ人間とはとても思えない気持ち悪さを持ったあいつを、俺はただひたすら待ち構えるしかなかった。

 

 だが、それと同じぐらいにあいつを『信頼』していた。

 初日からリーダーとしてAクラスを率いる…まではいかなくても中心になるつもりだった俺は、対等の友達というものがこのクラスにはいなかった。

 仲のいい弥彦は、俺を立てようとしてくれるいいやつではある。だが、俺を真正面から否定するようなことはしないし、俺に対して反対意見を出すことも滅多にない。

 坂柳派の人間は反対意見は出すが、そもそも友人としてみていないだろう。

 リーダーとしてだけ見れば坂柳とは対等にも見えるが、俺の方が資質的に劣ってしまっていることはわかっている。第一、お互いに仲良く友達になれるとは思っていない。

 

 そんな中で、『小坂零』という人物は希少だった。

 どこの派閥にも属していない雲のように掴みどころのない存在にも思えるあいつは、今考えれば俺を利用するために近づいてきたのは間違いない。

 それはよくあることではあったため、敵対しないのであれば交友を深めることに異論はなかった。

 零が他の友人たちと違ったのは、俺にへりくだるのではなく、俺と一緒にいることで威張ることでもなく、俺を立てようとすることでもなく、俺を『ただのクラスメイト』として扱ったことだろう。

 

 ある日、悩みの種ができた時に零に相談した。

 他のクラスメイトに弱い姿を見せるつもりはなかったのだが、誰とも違う零の在り方に興味を持ったのかもしれない。

 零は俺に対して失望することもなく、少し困った顔をしながら真摯に相談に乗ってくれた。

 

 それからだ。

 クラスの方針で悩んだとき。友人との付き合いで悩んだとき。Aクラス内で衝突が起こりそうなとき。

 愚痴も交えながら、あいつの愚痴も聞いた。

 そうやって付き合いを深めていったつもりだった。

 

 

 だから、『Aクラスのリーダーとして』俺はあいつから逃げるわけにはいかない。

 

 今にも逃げ出してしまいそうなほど、あいつが来るのが怖い。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と頼み込まれた以上、()()()()()俺はそれに応えないといけない。

 

 

 受け入れたくない。目に入れたくない。声を聴きたくない。認識したくない。匂いを嗅ぎたくない。触れ合いたくない。視線を合わせられたくない。声を聴かせたくない。認めたくない。見られたくない。知りたくない。理解したくない。

 

 

 

 だが、俺は『Aクラスのリーダー』だ。

 

 

 

 逃げ出してしまいたい。吐いてしまいたい。聴覚を失ってしまいたい。忘れてしまいたい。拒絶してしまいたい。隔離してしまいたい。投獄してしまいたい。泣き喚いてしまいたい。気絶してしまいたい。死んでしまいたい。視力を失ってしまいたい。

 

 

 それでも、『Aクラスのリーダー』を頼まれた以上、逃げることは許されない…。

 

 隣にいる坂柳を意識する余裕もなく、俺は今すぐにここから逃げてしまいたい衝動を胸ポケットに入れていたボールペンを太ももに突き刺すことで抑える。

 血が出るほど突き刺してはいないが、叫び出しそうな痛みが恐怖を和らげてくれた。

 

 俺はあいつが来るまでの僅かな時間、死刑台に上るような恐怖を味わいながら痛みを堪えて待っていた。

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

 昼食を終えて、そのまま有栖の部屋に向かった。

 返信した時から数えて、およそ10分程度で部屋に着いたが、これぐらいなら許容範囲だろう。

 部屋に入ると、険しい顔をした康平と有栖が無言のまま椅子に座ることを促してきた。

 私を見て思わず顔を顰めている二人を見て、大人しく促されるままに椅子に座る。

 私の前に有栖、右隣に康平がいる形で机を囲んだ。

 

「やあ、さっきぶりだね」

 

「ええ、誰かさんのせいで少し取り乱してしまいましたからね」

 

 皮肉交じりでそう切り込んだが、露骨な皮肉で返されてしまった。

 そこまで時間は経っていないが、思ったよりも二人とも復帰しているように見える。

 

「酷いことを言うなぁ。せっかく二人の意図を汲み取ってあげたんだぜ?

 むしろ感謝してほしいくらいだ」

 

 私がそう言うと、有栖はやっぱりという顔でこっちを見るが、康平は露骨に顔を顰めていた。

 

「…俺も坂柳も零にあんなことをしろと言った覚えはない」

 

「何を言っているんだい康平?

 ()()()()()()()()()()()って言っただろ?

 君たちが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

 

 私の言葉で私が話し合いの時にした演説の意味を理解したのだろう。

 理解してしまったからこそ、康平は苦々しく顔を歪めていた。

 

「あのやり方を俺と坂柳が望んでいると思っていたのか?」

 

「望んでいようがいまいが、結果的には君たちの意見を折半するとああなるんだぜ?

 Aクラスのポイントを守らなくちゃいけない、他のクラスを潰さなくちゃいけない、両方とも叶えてあげようとした友人に対して、そんな言い方はないだろう?

 『だから私は悪くない』」

 

 この二人相手にさっきみたいに過負荷(マイナス)を全開にするつもりは、毛頭なかった。

 だが、私の中に残っていた過負荷(マイナス)が私の言葉に大きく影響を及ぼしていた。さっきの空気の一端を露わにしている今、康平と有栖は私を()()でも見るような目で見ている。

 しかし、彼らの目には先ほどの怯えのようなものは薄くなっていて、決意にも似たプラス向きな意思が私に抵抗しているように見えた。

 

「……確かに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ついでに、他のクラスを潰すこともできるでしょう。

 ですが、私達はそのやり方を認めません。そのやり方が卒業まで使えるわけでもなければ、そのやり方にAクラス全員がついて行くわけではありませんよ?」

 

「さっきの零のあれが作戦だとしても、Aクラスのやり方としては最低なものに近いだろう。他のクラスを率いていくAクラスのやり方に相応しいものを模索していくべきだ。

 既に坂柳が優待者を割り出したこともある。これ以上無意味にAクラスの評価を下げるようなことをしないでくれ」

 

 私の過負荷(マイナス)に気圧されてなお、二人とも強い言葉で言い切った。

 ここから徹底的に折りに行くことも考えたが、開き直りにも近いものを抱いている二人を下すことは私には難しいように直感的に感じた。

 だが、康平の方はゴリ押せば折れるかもしれない。少し無理をしているようにも見える彼は、過負荷(マイナス)を全開にしてしまえば恐らく折れるだろうと感じた。

 だが、有栖はこれぐらいじゃ折れないだろうという確信にも似た何かを感じている。

 それは彼女に勝負を挑んだ時と彼女に過負荷(マイナス)について教えた時に、自力で立ち直ったことがあったからだろう。折れにくい心というものは折れたらそのまま落ちていきやすいと言うが、逆に言うと折れないうちは芯を持った強さがあると言うことだ。

 それを崩すことは、今の私では不可能だろう。

 

 

 

「………はぁ……。わかったよ。二人に睨まれてまでやる気はないし、そういうことなら後はそっちに任せるよ。あまりやりすぎて先生たちに厳重注意をされるのも面倒だしね。

 ああ、『また勝てなかった』」

 

 無理に食い下がる必要もない。

 元から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 有栖は性格から、康平には()()()()()()()()()()()、二人がこうなるように誘導していた。

 私の過負荷(マイナス)に屈して、そのまま落ちるなら方法を変える必要があったが、一応友人である二人がいたからこそ過負荷(マイナス)最後の一線を超えない(無冠刑をスキルとして使わない)ように抑えていた。監視カメラの存在もあるので、その一線を越える(無冠刑を使う)気は元からなかった。なかったが、あのまま気分が昂りすぎたら、そのまま台無しにしていた可能性もあったことはこの際置いておこう。

 

 私の予想通り、彼らは過負荷(マイナス)に打ち勝って私に物申したのだ。

 (マイナス)有栖と康平(プラス)である以上、彼らが私に勝つのはもはや必然である。それに、二人とも私と近くにいたことで時折出す私の過負荷(マイナス)に少なからず気づいていただろう。

 話し合いの時はあまりやりすぎて他のクラスの人たちごと、彼らを叩き潰してしまわなかったか不安だったが杞憂で済んだみたいだ。

 

 だが、今の私は彼らと勝負をつけるためにここにいるのではない。

 

「でさ、私を抑えたところで君たちはどうするのさ?

 私はあくまでクラスメイトであって、君たち共通のラスボスとかじゃないんだぜ?」

 

 結局はこうなる。

 二人ともこっちを見て呆けたような間抜けな顔を晒したが、直ぐに立ち直って頭を悩ませていた。

 私が珍しく大立ち回りをしたが、この試験で大事なことは私を黙らせておくことではなく優待者を当てて回答を送りつけることだ。

 

「…優待者の割り出しは既に終わっていますので、このまま試験を終わらせることもできますが…」

 

 本来の目的を思い出した有栖は、本当にこの試験をこの段階で終わらせていいのか悩ませているような顔で康平の方を見ていた。

 

「先に約束した以上、回答を坂柳が送ると言うのであればそれに今回は従おう。

 だが、Aクラスの優待者がいるグループはどうするつもりだ?」

 

 康平としては早く終わることに大きな問題を見出さなかったのだろう。

 だが、冷静に考えると少しのデメリットが思いついてしまった。

 

「最善は解答待ちのままそのグループが何事もなく終わってくれることだけど、露骨に3グループだけ残ってて他のクラスの人たちが自分のクラスの優待者を当てられてたら、流石に気づくと思うよ」

 

「私も同意です。ですので、この時点で終わらせる最善としては他のクラスに1人ずつAクラスの優待者を当ててもらうように、Aクラスの優待者の方々に裏切ってもらうことでしょう。

 Aクラスの各優待者の方に『私は坂柳派なので葛城派を陥れるために協力してほしい』とでも言ってもらい、メールの画面を見せて確定させれば問題なくできるかと思います」

 

 有栖も同じように思っていたらしく、現実的に他のクラスに当てられた時のポイントの分散を試みる案を提案する。

 だが、それに難色を示したのは康平の方だった。

 

「Aクラスの優待者がいるところは、優待者を当てられない可能性もある。仮にまとめて当てられたとしても、Aクラスが今回の試験で得られるクラスポイントは300で、Bクラスが当てたと仮定しても150の差が付くことになる。

 優待者を当てられなければクラスポイントが減らないことを考慮すると、無理に他のクラスに優待者を明かす必要はない」

 

 ここでまたしても意見が対立する二人。

 有栖の言う通りすぐに終わらせてしまう時の最適解としては、他の各クラスにAクラスの優待者を一人ずつ当ててもらうことだろう。欠点としては、確実に450プラスされるポイントが300になってしまうこと。メリットは一番近いBクラスとの差がこの試験だけで250も開くこと。

 康平の言う通り何もなければクラスポイントが減ることはなく、仮にまとめて当てられたとしても差が開くのは確定している。最悪の状況を想定して無人島での特別試験を考慮しても、Bクラスと130の差を開けることができる。

 

「確かに優待者の法則に辿り着けるかも怪しいし、そのまま放置して運が良ければクラスポイントが減ることもなくなる。

 ただ、Aクラスの優待者が残っているであろうグループは、Aクラスの優待者が誰かを探すことになる。Aクラスに優待者がいるということが、ヒントになって優待者の法則に辿りつかれる可能性が高くなるってとこかな?」

 

 結局は一長一短と言ったところだ。

 どっちに転んでも少しのデメリットが目に着いてしまう。

 

「すぐに優待者の回答を送らずに、暫く話し合いをしてみる手もありますが……」

 

 そう言って有栖は言い淀む。

 言うまでもないデメリットに気付いているからだろう。

 

「それだと時間を与えてしまう分、法則に気付く生徒が出る可能性がある。特に零があの話し合いで他のクラス全員と敵対する形になってしまったことを考えると、立ち直っていた場合他の3クラスが結束する可能性もある」

 

「その通りです。ですので、どうしようか少々困っているところです」

 

 康平が言った通り、今の段階だからこそ優待者を全て当てることができるのだ。

 私が最初の話し合いで過負荷(マイナス)をさらけ出したことで、各クラスのエリートたちはお互いの心理を探ることのできないまま話し合いを終えてしまっている。

 時間が経って最悪Aクラスを潰すために協力でもされようものなら、そう時間が掛からないうちに答えに辿りついてしまうかもしれない。

 だから、最低でも300のclを取りたいのならば、今すぐに回答を送りつける必要がある。

 

「そう簡単に立ち直るとは思えないけど、時間がかかってしまうと法則を見つける人が出る可能性は十分にあるね。Dクラスの彼とか、ヒントがあればすぐに見つけそうだし」

 

 言ってしまってから、ミスをしたと思って思わず有栖の方を見た。

 彼女は余計なことを言ってくれたなと言わんばかりにこちらを睨んでおり、それに気づいていない康平は考えるように呟いた。

 

「Dクラスの…零が前に言っていた『怪物』のことか?」

 

 康平の呟きを聞いた有栖は私に何とかしろと言っているように感じた。

 私自身、綾小路君()の活躍がどのようなものなのか詳しくは知らないため多くを語る気はない。何故有栖が頑なに私に言わせようとしないのかを考えれば、彼女の大元の目的も大体察している。

 だから、私はそれについて言及するつもりはなかった。

 

「そんなところ。幸いなことに彼は他のクラスに友達が多くなかったはずだから、多分大丈夫だとは思うけど最悪を考えると当てちゃったほうがいいかもしれない。

 個人的には待ってほしいけど、Aクラスのことを考えると二人とも納得しないでしょ?」

 

 当初の目的では、『目覚めた運命の奴隷』がどれぐらい活躍できるのかを見たいというのが本音だった。だが、茂の強みはこの話し合いで見せることは難しい可能性が高いこと、私が少しやりすぎてしまったせいでAクラス自体が動きにくくなっていることから、今回は諦めることを視野に入れつつある。

 茂の持つ『観察眼』とも言える、彼の眼の良さは彼がいる話し合いの場に居なければ評価が難しいものだろう。茂には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()頼んでいるが、それと照らし合わせて「この時にどういうそぶりをしていたからおそらくこうだろう」といった程度のことしかできない。

 

「零の言う通りの『怪物』がいるのであれば、先に当ててしまったほうがいいだろう。150ポイントは必要経費と割り切って300ポイントだけでも確保するべきだ」

 

 康平は私の言う『怪物』を探ろうとはしなかった。

 私も有栖も、それについて触れられたくないことを察したのだろう。それを踏まえてのまとめにもなる最終的な意見を出してきた。

 

「…確かにそうしたほうがいいかもしれません。他のクラスの出方を窺いたい気持ちはありますが、これ以上時間をかけて結束されるようなことになったら流石に面倒です。最悪、優待者の法則がわかっているのにも関わらず、クラスポイントを手に入れることができなくなります」

 

 有栖も康平と同じ意見だった。

 今の段階で優待者の回答を送ってしまえば、この試験で大幅な差を開けることができる。既にAクラスのリーダー二人がその法則を共有している以上、回答を逃すことは悪手でしかないだろう。

 

「Aクラスの優待者の件はどうする?

 試験そのものを終わらせてしまった方が、Aクラスに対する結束を固められずに済むが…」

 

「欲を出すか、最悪を想定するかどうかか…」

 

 後回しにしていた問題を、康平が切り出した。

 私はその二つのデメリットを確認するかのように言葉を漏らす。

 

「欲を出す方はこのまま何もしないだけだから確実だ。最悪を想定した場合は、他のクラスの人たちが確実に投票してくれる保証はないから、そこを見極める必要がある」

 

 最悪を想定した方は他のクラスの人に投票してもらう必要がある以上、どうあがいても100%の確率にはならない。そこには、人の自由意思決定権があるからだ。

 有栖なら脅してやらせそうなものではあるが、それをこの場で提案するとは思えなかった。

 

 暫く沈黙が続いたころ、有栖が結論を出した。

 

「……最悪を想定したところで、Aクラスがこの試験で1位を取ってしまえば他のクラス同士で手を結ぶことも考えられます。確実性が高い上に、運が良ければクラスポイントを減らさずに済む放置に私は一票を投じます」

 

 有栖の出した結論は普段の彼女とは違い安定したモノではあるが、それが恐らく彼女にとって都合が良かったのだろう。

 私自身はAクラスが300cl入る段階でどちらでもよかったので、彼女に便乗することにした。

 

「それじゃあ私もそれで。どっちにしても今回の試験に関してはそれで十分な結果になる」

 

 康平はそれを聞いて悩むように腕を組んだが、彼が口を開くまでに時間はそう掛からなかった。

 

「……わかった。投票は坂柳に頼んでもいいか?

 俺の方針をクラスチャットの方で伝えている以上、俺が優待者を投票させるように頼むのは難しい」

 

「わかりました。それでは優待者を決め打つための指示を出しますので、二人とも退出してもらっても良いですか?

 少し忙しくなるので、結果は後で3人のチャットに回答メールのコピーと送信した時のスクリーンショット込みで報告します」

 

 そういう有栖は、既に携帯を出して指示を送ろうとしている。

 私と康平は、有栖に任せることにして部屋を出た。

 

 

 

 康平は他のクラスメイト達のところに行き、私は自分の割り当てられた部屋に戻った。

 有栖がチェックメイトをかけている以上、次の話し合いまでには回答が送られているだろう。

 康平なら方針の都合上時間までに投票させることが難しいかもしれないが、有栖ならお友達(手下)を上手く扱っているはずだ。

 

 最終的に本来の目的だったはずの茂の力を見ることは不可能になってしまったが、Aクラスを落とさないようにすると言う意味では十分な収穫になるだろう。

 それに、あのエリートどもの嵌められたと気づいた顔を想像するだけでも面白い。

 そう思いながら、誰も戻っていない部屋でベッドに転がった。眠気はないが、どこか疲労が溜まっているような感じがする。折角の豪華船だし、何か面白いことでも探しに行こうと思ったところで携帯に着信が来た。

 

 見たことのない番号から来た着信は、不思議なことに私が既に終わったものとして見ていたこの試験で最後の壁になるように感じた。 




 坂柳さんの回想にある、顔全体が砂嵐の様なノイズで埋め尽くされ、半月の目と口だけが弧を描いて嗤っている、という描写は『めだかボックス』にて球磨川先輩の顔が真っ黒になっているシーンを意識したものです。黒い部分がテレビの砂嵐の様なノイズになっているものを想像していただければと思います。

追記
葛城君の主観による描写を追加しました。半ば洗脳にも近い形の『信頼』を小坂君に抱いている片鱗をお見せできたかと思います。こうなった原因は遠くないうちに明かすつもりです。彼の主観からでは判明しないことですので、少し間は空くと思います。


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30話目 特別試験Ⅱ 一日目Ⅳ

 見たことのない番号からの着信は、Bクラスのリーダー格の一之瀬さんからだった。図書館の時に連絡を先を渡していたものを、律儀に取っておいたらしい。

 今まで一度も電話どころかメールすら送ってこなかった彼女がどうして電話をかけてきたのか気になったが、()()()()()()()ことに気付いてからどうでもよくなった。

 彼女は、今すぐに二人きりで話をしたいから自分の部屋に来てほしいと、ご丁寧に部屋の番号を教えてくれた。何故私がそんなことをしなくてはいけないのか、何で呼び出してきたのか、Bクラスの総意なのか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが、何か関係しているのかもしれないと思った。

 

 そこまで考えて面倒になって呼び出しには応じることにした。

 どうせこの試験ももう結果が見えているようなものだ。後1時間もかからないうちに有栖が優待者を決め打ちに行くだろう。

 彼女が自分の派閥の人間に指示を出し、一斉に回答を送るとしても30分もあればできるはずだ。

 早ければもっと早く終われるだろう。彼女の派閥は『ご主人様(有栖)』と『従者(お友達)』と言っていいぐらい、上下関係がはっきりとできている。

 彼女の呼び出しを断れるような人は派閥の中にいるとは思えないし、友達たちと遊んでいたとしてもそっちを切り上げることができる人達で構成されている。

 

 故に、()()()()()()()()()()()()()()というだけの理由で私は彼女の部屋に行くことにした。

 この件を康平や有栖に伝えようかとも一瞬思ったが、康平は()()()()()()()()()()()()()()()()、有栖は今手が離せないだろう。

 仮に連絡を入れたところで二人きりで話をしたいと言われた以上、他の人を連れていっても待たせるだけになってしまいそうだ。

 それに、私はAクラスの奴隷ではない。

 私がしたいように動く。何でもかんでも連絡をするのは小学生までだろう。

 

 第一過負荷(マイナス)を完全に縛れる鎖なんて、この世には存在しない。

 上から押さえつけたり、周りからがんじがらめにすることで抑えつけるようなことが可能ならば、ここまで嫌悪されるものではない。

 上から押さえつけようものなら自分から押さえつけられて相手を怯えさせ、周りからがんじがらめにしようものなら周りごと全てを台無しにする。

 

 それが過負荷()だ。

 上しか見ていない連中に、下を思い出させてあげる。

 ただそれだけのことなのに、他の人たちはそれを受け入れきれない。

 そんなことは自分とは『無関係』だと言って、そんなものは自分には『関係ない』と言って、短所(マイナス)欠点(マイナス)弱点(マイナス)を直視しようとしない。

 

 そんなことはないと言う人もいる。

 自分は自分の短所を理解していると、欠点にきちんと向き合っていると、弱点を長所で補おうとしていると。

 だが、それはあくまで幸せ者(プラス)の意見でしかない。

 改善したつもりになって、()()()()()()()()()()()()()()()()奴らのセリフだ。

 本当にその欠点を克服しているのなら、過負荷(私達)を受け入れることができるかもしれない。

 しかし、そんな人がいない以上は()()()()()()()でしかない。

 本当に見たくないものというものは、無意識にでも意識的にでも見ようとはしないものを指すのだ。それの集合体が(マイナス)である以上、過負荷(マイナス)なんて普通の人が見れば気持ち悪いと思うのも当然だ。

 

 今でこそ『負完成』になっていると自称している私だが、私が過負荷(マイナス)として一番()()だった時は恐らく今ではない。

 その時期を敢えて言うとするのならば、()()()()()()()()()

 前世があったからこそ、()()()()()が最後の働きを見せて周りにばら撒く悪影響に耐えきれなくなって自殺した。正確には死んでいないが、もしもあそこでそうしなかった場合完全に『めだかボックス』の過負荷の人たちと同じ未来を辿っていた。

 普通(ノーマル)が混じってなお(マイナス)としても完成している『負完成』ではなく、純粋なるただの過負荷(マイナス)

 それの分岐点とも言えるのが、あの3歳の時だった。

 

 

 不幸な思い出も、邪魔な物事も、体の痛みも、精神的な苦痛も、嫌だと思った『縁』は全て切っていた。

 嫌な『縁』を切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切った。

 だけど、心のどこかで普通(ノーマル)だったことを切り離せずにいた。

 だから、良いものとの『縁』だけは切らないようにしていた。

 

 そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 気がついたときには捨てられていたことも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()意識していないうちに『無冠刑(ナッシングオール)』を使っていたのかもしれない。それでも、前世(普通)を知っている私が幼児で一人生きていけるとは思っていなかった。

 だから、虐待はされると()()()()()生きていくためのリソースを確保するために、『養われる』ということそのものとの『縁』は切らなかった。

 こうして取捨選択を繰り返して不幸(いや)な『縁』を切り続ければ、その内幸せ(良いこと)だけが残るはずだ。

 

 

 そうして切って切って切って切って切っ切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って―――――――そうして私は独りぼっちになった(誰にも理解されなくなった)

 

 

 …なんて、蝶ヶ崎君の過去シーンみたいなことを考えてみる。

 だけど、これが思いの他当たっているようにも思えて仕方ないのだ。

 『負完成』する前に幼少期の頃の記憶の一部を忘れていたことも、『嫌な思い出』との『縁』を切っていたと考えれば納得できる。

 転生したとはいえ、体をまともに動かすことはできなくて周りのこともあり、過負荷(マイナス)に振り回されていた日々。

 今思えば私の人生(マイナス)減点(原点)と、過負荷(マイナス)としての目覚めはそこにあったのかもしれない。

 

 

 一般的には過負荷(マイナス)になった場合、幸せになることはできないし誰かを幸せにすることもできないらしい。そうでないと(マイナス)とは言えないものだと考えれば、そうならないとおかしいのだろう。

 

 だが、それを誰が判断するんだ?

 

 よく客観的に見て、と宣うが人の人生を客観的に判断することは正しいことなのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分の人生はどんなにきれいごとを並べても()()()()()()()()()()

 誰かを幸せに…なんて言っても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 他人から押し付けられた幸せほど面倒なものもないだろう。相手に今の自分は幸せですよ、と見てわかるように振る舞わないといけないことを加味すると、幸せの押し売りというものはやった側の自己満足でしかない。

 

 だから、自分が幸せだと思うならそれがその人の幸せなのだろう。

 例えそれがどんなに歪んだ幸せでも、どんなに螺子曲がった幸せでも、誰とも無関係な幸せだとしても。

 主観的に見て自分が幸せだと感じたならば、その人は幸せなのだ。

 

 仮にその幸せが屍の上に築き上げられたものだとしても、他の人から見たら幸せに見えなくても、自分自身の体が壊れていても、本人の心が消えていても、一番最初に求めていたものを失ったとしても。

 

 幸せだと思うのならば、それはきっと幸せ(マイナス)なのだろう。

 

 

 

 過負荷(マイナス)の在り方について自分自身がどうしていくべきかを考えて、思考が脱線していることに気付いた。

 そもそもが、一之瀬さんに呼び出されたことについて考えていたはずだった。

 しかし、気が付いたら自分のことばかり考えてしまい既に5分ほど浪費していることを確認してしまう。

 自虐するように苦笑して、結局あの頃とあまり変わっていないことを再確認した私は頭を振って余計な思考を追い出し、割り当てられた自室を出て指定された部屋に向かった。

 

 

 

___________________________________

 

 

 呼び出された部屋は女子が割り振られている4階であったことから、一之瀬さんが相部屋の人に理由を付けて空けてもらったのだと予想した。

 部屋に入ると既に一之瀬さんが待ち構えていた。

 他の人はその場には一人もいないため、私と彼女の二人っきりになっている。

 辺りの部屋からも人の気配がしないことから、周囲の部屋がBクラスの生徒で固められていて全員に出払ってもらったのかもしれない。

 監視カメラも見当たらず、録音機も録音機特有の微かなノイズ音が聞こえないことから恐らくないだろう。確信は持てないが、持っている判断材料だけだとそうなると予想した。

 

 私が部屋に来るのを見た瞬間に、彼女は見たくないものを視界に入れてしまったかのごとく顔を歪める。

 過負荷(マイナス)のスイッチを入れていないはずなのに、まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私は思わず苦笑した。

 

「やあ、一之瀬さん。急に呼び出して何のようだい?」

 

「…小坂君は辰グループだったよね?」

 

「うん、その通りだよ。Bクラスの人なんて一人も覚えていないけど、私が辰グループだったことは間違いない」

 

 へらへらとした笑顔を張り付けることを意識して話しているが、私の言葉に彼女はますます顔を歪ませていた。

 その表情からは恐怖の思いが良く感じ取れたが、その中に怒りにも似た感情が混じっていることに気付く。

 

「…小坂君が覚えていないとしても、Bクラスのみんなはあの話し合いの後どうなったか知ってほしい」

 

「え、嫌だよそんなの。だって私には関係ないことでしょ?」

 

 私があっけらかんと私には関係ないと言うと、彼女の怒りの感情が爆発したかのように彼女は声を荒げた。

 

「辰グループのみんなだけ話し合いが終わった瞬間に部屋に戻って吐き戻したり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()人もいたんだよ?

 理由を聞いたらみんな揃って、『あの声を聴きたくない』『あの姿を見たくない』って言って誰なのか聞いてみたら小坂君のことだったんだよ!?

 小坂君の話を聞いてそうなったんだよ!?

 それでも『私には関係ない』って言うの!?」

 

 彼女は言い切った後に、感情が昂っているのか肩で息をしていた。

 私はそんな彼女を見て、これだからエリート(プラス)は嫌いなんだ、と嫌悪感を募らせながらにっこりとした笑顔を浮かべて彼女に近づいた。

 

「そうだよ。私の話を聞いて気持ち悪いと思ったのは彼らの勝手だ。だから私は関係ない。

 第一、話し合いの場なんだぜ? 話しをして何が悪いのさ。他の誰も話そうとしなかったんだから、私が一人で話していても何も問題はない。

 むしろ、一人でずっと話しっぱなしで喉が痛くなったのは私だぜ? 話すことだって疲れることには変わりないのに、それを一人に押し付けて彼らは何も言葉を発さなかったんだ。

 だから、『私は被害者だ』」

 

「―――――!!」

 

 私の言葉に、一之瀬さんは彼女の怒りの感情は引っ込み恐怖の感情が前面に押し出されているかのように怯えていた。

 

「それにさ、人の話を聞いているだけで『あの声を聴きたくない』だの『あの姿を見たくない』だの言われる私のことを考えてみてよ。

 ただ話をしてあげただけなのに、そんなことを言われるなんて心外だよ。誰も意見を出してくれないせいで、私の思ったことをありのままその通りに伝えてあげただけさ。 

 ほら、どこを取っても私が悪い要素なんて一つもない。悪いのは、『人の話を聞いているだけで心が折れてしまうようなメンタルしかもっていない彼ら』だ。

 話し合いの時間で話し合いをしようと試みて、意見が来るのを待っていながら話をしていただけの私に悪い要素なんて一つもない。

 だから、『私は悪くない』」

 

 さっきの話し合いで彼らがした表情と同じものを、彼女は私に向けていた。

 だが、彼女の目は完全に折れておらず、私を睨みつけているところはさっきの彼ら(Bクラスの生徒)と違っていた。

 

「…確かに話をしていただけの小坂君がここまで言われるのは本当はよくないことなのかもしれない。

 でも、それで傷ついている人もいたんだってことを知ってほしい」

 

「え、嫌だよ? 第一君がそれを言うのかい?」

 

 私がそう言うと、彼女は怯えていた表情からまた怒りのものへと変化し始めていた。

 

「…どういう意味か教えてもらってもいいかな?」

 

「君たちBクラスだって、Aクラスに上がりたいんだろ?

 Bクラスのリーダーの一之瀬さんは、その中でも特にAクラスに上がりたいと思っているんじゃないかな?」

 

「…そうだよ。確かに私はAクラスに上がりたいと思っている。Bクラスのみんなと一緒に」

 

「じゃあさ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 Aクラス(エリート)だったのに、Bクラス(準エリート)に負けたせいでどこの大学にも入れず、出世とは縁遠い人生を送ることになってしまう可能性がある元Aクラスの生徒たちのことを考えたことはあるのかい?」

 

 彼女はあまり考えていなかった現実を目の前に突き付けられたかのように、それまでに見せていた怒りは鳴りを潜めてしまった。

 

「それは…」

 

「私がBクラスの生徒を潰そうとしたと仮定しても、それはAクラスに上がってこようと思っているなら対処しなくちゃいけないからだよ。

 だから悪い人が一人だけだと仮定するなら、Bクラスのリーダーである一之瀬さんこそが一番悪い人なんじゃないかな?」

 

「違う!

 私はそんなつもりじゃ」

 

「いいや君が悪い。君がBクラスを率いて、BクラスをAクラスに上げるために扇動しなかったら私はBクラスの人たちなんて文字通り目にしなかった。

 それに君は図書館の時に私がどういう存在か、気づいていただろ?

 現に君は今まで連絡先を渡したのにも関わらず、私とやり取りをすることはなかったじゃないか!

 そんな危険人物一号である、私の下に彼らを送り届けたのは君自身だ。私のことなんてこれっぽっちも彼らは知らなかったんだからね。知っていたら、自主的にこの試験から降りていたかもしれない。

 その選択肢を与えることすらしなかったのは、Bクラスのリーダーである君さ」

 

 全てを切り落とすかのような雰囲気の過負荷(マイナス)が私から滲み出ていることを感じた。

 やっぱりどこまでいっても過負荷(マイナス)である私は、エリートである()()の彼女とは根本的に相いれないものなのだろう。

 

だから私は悪くない。

 君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い

 君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い君が悪い

 君が悪くて、いい気味だ

 

 心が折れるような音が聞こえた気がした。

 彼女はへなへなと座り込んでしまい、私の方を睨む気力すらなくなっている。

 思ったよりも持った方だと思っていたが、本性(マイナス)を少し出しただけで折れてしまったことに少しの寂しさを感じた。

 

「まあ、でもそれで君が嫌だっていうんなら私が一つ提案をしてあげるよ」

 

「…」

 

「私にこの場で10万prを振り込んでくれれば、『辰グループの話し合いで私が話すことはしない』って誓うよ」

 

 私がそう言うと、彼女の目に光が戻った。

 

「…もう一度言ってもらってもいいかな?」

 

「私に今すぐこの場で10万prを振り込んでくれれば、『辰グループの話し合いで私が話すことはしない』って誓うよ。

 不安なら誓約書も書いたっていい」

 

 私が繰り返すと、彼女は蚊の鳴くようなか細い声で不安をかき消すかのように呟く。

 

「…本当に?」

 

「これでも約束は守る方だよ。まあ、君が嫌だって言って自分のポイント可愛さにクラスメイトを犠牲にするなら話は別だけど」

 

「…わかったよ。今から振り込むからちょっと待ってて」

 

 そう言って彼女は携帯を出して操作を始めた。

 これが通れば、()()()()()()()()()()prが10万も増える。

 彼女は知らないだろうが、子、酉、亥グループ以外の話し合いが行われることはもうない。

 だから、これが通れば私になんのデメリットもなく、prが増えるが…。

 

『丑、寅、卯、辰、已、午、未、申、戌グループの試験が終了いたしました。該当するグループの方は、以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けて行動してください』

 

 …まあ、こうなるか。

 アナウンスの意味が理解できなかったのか、携帯を操作する手を止めて固まってしまっている一之瀬さんを横目に、ある意味()()()()()だと自嘲した。

 

 もう少しで、()()()()()()()()()と思ってしまったからだろうか?

 

 それとも、過負荷(マイナス)故の宿命なのか。

 

 どっちに転んだとしても、現実はいつも悲しく私に降り注いでくるものだ。

 現に彼女は冷静さを取り戻したみたいで、私の方を睨んでいる。

 

「あーあー、あと一歩だったんだけど、残念だぜ。話し合いの機会そのものがなくなっちゃったんだから、この取引は不成立だね。

 やっぱり勝てなかった」

 

「…小坂君、もしかしてこうなることを知っていたの?」

 

「私は何も知らないよ!

 有栖が優待者を決め打ちに行こうとしていたことも、康平がそれにGOサインを出したことも、Aクラスが話し合いそのものをしようと思っていなかったことも、ぜーんぶ私は知らないよ」

 

「……」

 

 目の前に蜘蛛の糸を垂らして必死になってよじ登っている時に、その蜘蛛の糸そのものが必要なかったかのようにヘリコプターからロープでも落とされたらこんな顔なんだろう。

 彼女は顔を歪ませて黙ったまま何もしようとしていなかった。

 助けられたと思っていた希望は、何もしなくても助かることは決まっていたのだとしたら、ここでのやり取りは彼女にとって不要なものでしかない。

 

 だって、過負荷()と関わる機会が増えるなんて、普通の人からすれば悪夢でしかないんだから。

 

「そんな意気消沈しないでさ、楽しくいこうよ。せっかくの高校生活だぜ?

 君だって他の受験生を蹴落としてこの学校に通う権利を勝ち取った一人じゃないか。ちょっと嫌なことがあったぐらいで暗い顔して沈んでたら、落ちた人たちも浮かばれないってものだよ」

 

「…」

 

「まあ、私がいたら寛げるものも寛げないか。私はエリート(君たち)は大嫌いだし、エリート(君たち)も私のことは嫌いだろうしね。

 それじゃあ、私はこれでお暇させてもらうよ。

 じゃあね。また今度」

 

 私はその言葉を最後に部屋を出た。

 突然、三つのグループを除いた全てのグループの試験が終わったことで廊下が騒がしい。

 男性である私が部屋から出てきたことに驚いている女子が何人かいたが、私を見るなり蜘蛛の子を散らすようにどこかに逃げていった。

 どこかおかしいところがあっただろうか、と思いながらも女子の奇異の視線に晒されることを嫌った私はおとなしく自室に戻ることにした。

 

 予定通りに終わったのなら、有栖から報告が上がっているだろう。

 それと、カッコつけておいて速攻で試験を終わらせたことに茂が文句を言うかもしれない。

 他人の日常を壊しておきながら自分の日常を謳歌しようとしている様は、まさしく『無関係(無冠刑)』の言葉通り自分本位であるということを私に再認識させるには十分だった。




 軽めの過負荷(マイナス)回でした。ただ、他の人たちとは違って一対一で行った上に、真正面から個人的にも言われたのでダメージはそれなりに大きく、正しくない使い方ですがトラウマになっていてもおかしくありません。 


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幕間 小坂零の考察

 私達の特別試験は終わった。結果発表までは日があるが、とりあえず肩の荷が下りた気分だ。

 有栖からの連絡を確認し、誰がどのような回答を送ったかのスクショを康平を含めた三人のグループチャットで確認した。

 その後に康平がAクラスのグループチャットの方で、Aクラスの優待者がいるグループ以外のグループの試験が終わったことから坂柳が試験を終わらせたのだろうと説明。

 有栖がそれに乗っかり、優待者の法則を説明。他のクラスの生徒たちがそれに気づかないうちにAクラスだけでポイントを独占し、前回の試験の負け分を取り戻すためにしたと主張。優待者の法則と有栖の意見に対して大きな反論がないことを確認して、康平が最後に、Aクラスのことを思って行動してくれたのだから責める気はない。だが、次からは勝手に動きすぎないでほしい、と締めた。

 

 当然のことながら裏で打ち合わせをしてからやっている。

 酷いマッチポンプだが、二人の立場的には説明の義務があって当然だろう。表向きにAクラスのまとめ役になっている二人が、Aクラスの優待者をグループで晒してもらうように指示している。

 そのため、Aクラスの生徒ならば誰しもさっきのアナウンスだけでAクラスの優待者がいない全てのグループの試験が終わったことになる。

 康平が下手なことをしないでほしいと言ってはいたものの、それで黙っていない人がいることをAクラスの生徒は知っている。

 彼女が間違うことはないだろうが、説明義務が付くのは責任者としては当然のことだ。 

 故に、説明をしろと記者が政治家に問い詰めるが如く詰め寄ってくる前に、自分から康平と協力して事情説明を行う必要があった。

 

 康平は康平で有栖の行動を黙認している。

 最後には好きにしてほしいと付け加えていても、クラスの方針を提示したのは康平だ。ここまで早い段階で優待者を指定してしまった罪悪感にも似た感情もあるのだろう。

 もしくは、『Aクラスのリーダーとして』頑張ってくれている結果なのかもしれない。

 上に立つものとして、事情解明のフリと共に説明責任の補佐を行ったのだと予想した。

 

 

 私は自分が表立ってクラスの方針を決めないことを良いことに、頑張っているであろう二人を笑いながらベッドに身を投げた。ベッドに上で制服を脱ぎ捨て、Yシャツの下に着ていたTシャツと下着だけ残す。

 昔から制服はあまり好きではない。制服とは学校が生徒を縛りつけている象徴だと私は思っている。

 身分証明代わりにもなるそれは、この学校に所属していることを示すものでもあり、この学校の教員に師事を受けている証明にもなってしまう。

 洗うのが面倒だという理由もあるが、前世では大学生だったにもかかわらず今の私は高校生でしかないと思い知らされる。

 

 制服とは権力(プラス)の象徴であり、奴隷(マイナス)の証明だ。

 

 だから私は制服が嫌いだ。

 学校に通えるだけの幸せ(プラス)の象徴であるそれを着ている自分が、その他大勢と同一化されること(マイナス)を証明して自分自身を見失いそうに錯覚してしまうそれが嫌いだ。

 球磨川先輩みたいに制服を着ている生徒の中で、一人だけ学ランを着るようなこともできない。

 過負荷(マイナス)と言っておきながら、どこまでも普通(ノーマル)の常識が残っていると再認識させられる制服が大嫌いだ。

 

 …いや、本当に嫌いなのはこんなことを考えてしまう自分自身なのだろう。

 

 誰からも理解されることはない故の『無冠刑(ナッシングオール)』だが、その精神性は私から生まれたものではあれ、私自身を示すものになりきれていない。

 過負荷(マイナス)に精神を落としきってしまえば、それになれるのかもしれない。

 だが、普通(ノーマル)でありつつ過負荷(マイナス)である『小坂零』という人物を生きていくためには、そこまでの変化(改造)をしてしまってはいけないのではないかと思う。

 

 前にも似たようなことを考えたが、『無冠刑(ナッシングオール)』という在り方を捨てることは『小坂零』の否定に繋がる。

 だが、『無冠刑(ナッシングオール)』という過負荷(マイナス)に成りきってしまうと『小坂零』は崩壊してしまうような気がするのだ。

 それこそ、普通(ノーマル)過負荷(マイナス)に耐えきれないように、『負完成』という過負荷(マイナス)としてはあり得ないような()()()()()()でないと、『小坂零』が過負荷(マイナス)を持ちつつ安定することは不可能だ。

 

 なんで前世に過負荷(マイナス)の概念がなかったのか、なぜこの世界(よう実)に私以外の過負荷(マイナス)が存在しないのか。

 

 答えは簡単だ。

 

 ()()()()()()

 

 過負荷(マイナス)というものは『人』の在り方というものを大きく歪める。

 正確には()()()()()()()()()()()()()を真っ向から否定するような在り方であり、理想の人間像に唾を吐き捨てるようなものにも近い。

 もっと言えば世界の癌細胞と言えるかもしれない。

 人を壊すために世界に生まれ落ちた癌細胞。人を壊し、人を堕落させ(マイナスにし)、人を不幸(マイナス)にする。

 

 だから、過負荷(マイナス)が許容される世界というものは、その癌細胞(マイナス)に立ち向かって打ち勝てるだけの抗癌剤(プラス)を持ちうる人間が存在する世界だ。

 『めだかボックス』を読んでいるとそれがよくわかる。

 『負完全』の球磨川先輩に幸せ(プラス)を感じさせることができる世界。

 紆余曲折を経て、過負荷(マイナス)が受け入れられる場所を作っている世界。

 相容れない一線を持ちつつも、それを超えない限り笑って済ませるようなそんな世界。

 

 そうじゃなかったら、一人の癌細胞(マイナス)が世界を脅かしてしまってもおかしくはないだろう。

 現に球磨川先輩は『めだかボックス』の舞台である『箱庭学園』に転入して来る以前は、多くの高校を廃校にしてきた。球磨川先輩と同じぐらいの過負荷(マイナス)を私が持っていると言えるほど自惚れていないつもりだが、過負荷(マイナス)の性質とは元来そういうものだ。

 

 ()()()()()()()()()()()には、果たして抗癌剤(プラス)を持っている人がいるのだろうか?

 癌細胞()さえも打ち亡ぼせるぐらいの抗癌剤(プラス)が、この世界に存在するのだろうか?

 

 居るとするのならばこの学校に居るはずなのだが、その可能性が既に低いものであることを薄々察している。

 エリート集団を集めたはずの辰グループの話し合いの結果が、それを物語っている。

 参加した彼らの直後の様子だけ見ても、今の彼らでは癌細胞()に壊されるだけだ。

 Bクラスの生徒がどうなったかを一之瀬さんから聞いたが、予想通り精神的にだいぶ参っていた。それでも、()()()()()()()()()()()()()と言えてしまうのがせめてもの救いだ。

 その原因は私が意図的に壊しきらないようにしていた(無冠刑を使わなかった)からなのか、あるいは彼らの精神性が普通よりもエリート(優秀)だったからなのかはわからない。

 

 私を見ないようにするために、目を抉り出そうとした。

 過負荷(マイナス)に生きる気力の全てを奪われ、何もしたくなくなった。

 

 果たして彼らにとってはどっちの方が救われていたのだろうか?

 

 一概に断定することはできないだろうが、()()()()()()()()ができるだけ前者の方がマシに思えてしまう。

 正しい意味での『負完成(負としての完成)』を成していたら、『普通』を併せ持った『負』としての完成ではない『過負荷(マイナス)』として『完成』してしまっていたら、私は取り返しのつかない道を歩んでいただろう。

 尤も、その頃には取り返しがつかないことをしたことに対する罪悪感なんて消え失せているだろうが。

 

 

 …『普通』の要素を併せ持っているとはいえ、根本には『過負荷(マイナス)』を据えている私が『人』に打倒されるのは目に見えている。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの話し合いで見当が付くかとも思っていたが、目を付けていた人全員が同じグループにされていたわけではなかったことも、判断を迷わせる一因になっている。

 

 有栖では異常性(プラス)が足りない。

 彼女になら倒されてもいいと思うぐらい、彼女の人間性が好ましいと思ってはいる。だが、悲しいことに彼女に()()()()要素はない。他人と協力することよりも、自分が勝つことにのみ焦点を置いている。

 精神性が変化して()()を作るようになったら案外あっさり過負荷(マイナス)を倒せるのが彼女かもしれないが、そうなることは絶望的だろう。

 何せ、今までの自分をすべて否定することにも繋がる。彼女が()()()()()()()()()と願う以上、私を完膚なきまで叩きのめすことは難しいのではないだろうかと思う。

 彼女の人間性に惹かれているが、彼女が勝つためにはその人間性を曲げないといけないというジレンマを抱え込んでいる。

 形だけの勝利なら彼女に軍配が上がるだろうが、それは私達が望むものではない。

 

 康平は既にリーダー争いから落ちたことからもわかるように、全体的にスペックが足りない。

 考え方の違いといってもいいだろう。

 より良くすることを求めているこの学校において、現状維持を求める康平の考え方は根本的にかみ合っていない。

 特別試験の存在、リーダー当て、優待者指定。

 これらのことからわかることは、この学校が()()()()()()()を望んでいるということだ。現状維持に重点を置くのではなく、現状をより良くさせる変化の方に重点を置いている。

 そういう意味では康平との相性は最悪だ。現に最初の特別試験で躓いてしまっている。

 これを乗り切ってくれていれば話は別だったが、そもそもの問題として彼は私と事を構える気はないようにも思える。

 私自身も、『愚か者』である彼のことは正直()()()()()()。どちらかと言えば味方ぐらいの認識だ。

 敵対したとしても、完膚なきまでの敗北を私に与えてくれることはないだろう。

 

 茂は『観察眼』は優れているが、真正面から私と敵対する気がそもそもない。

 『運命から解き放たれた奴隷』である彼は、私の見立てでは有栖の次に可能性が高そうに思える。

 集団意識に流されづらくなった彼ならば、私が間違っていると自分で感じた時に私を止めようとするだけの『意志の強さ』があると断言できる。

 だが、彼はよりによって(マイナス)に感謝の気持ちを持っている。

 縛られた状態から解放したことを、『奴隷』の鎖を嘲笑いながら切った私に感謝をしている。

 鎖から解き放たれたからこそ、圧制者(マイナス)を倒すことができるが、鎖を切ってくれた圧制者(マイナス)に忠誠を誓っているのでは論外だ。

 

 一之瀬さんは仲間を率いて立ち向かってくるという意味では、一番理想的な形で私を倒してくれるかもしれない。

 背中を任せられる仲間を率いて、日常を脅かす侵略者(マイナス)を打ち倒す。

 物語の定番であり王道だ。

 だが、彼女の仲間(Bクラス)(過負荷)を直視できる人がいない。

 本人も私を見たくないだろうが、彼女以外の人のスペックが低い。言っては悪いが力不足だ。

 まだ彼女の本質に深く触れていないため、予想でしかないと一応付け加えておこう。

 

 龍園君はダークヒーロー的なポジションで少し期待してい()というのが本音だ。

 あの話し合いの時も、最初に噛みついてきただけであとは観察に回っていたことから、やるべきことを行うだけの冷静さと頭の回転の良さを併せ持っている。

 惜しむべきところは過負荷(マイナス)を覗き込んでしまった後、私が退席するまでアクションを起こせなかったことだ。今どうなっているかは知らないが、最悪他のBクラスの生徒同様に潰れてしまったのかもしれない。

 自力で復帰できそうではあったが、足手まといな他のCクラスのメンバーがいることも踏まえると、彼が私の目の前に相対することはかなり難しいだろう。

 一之瀬さんとどっこいどっこいかもしれない。

 

 

 …一番期待しているのは綾小路君だ。

 だが、それと同時に()()()()()()()()()()()と思っている自分もいる。

 確かに彼なら私を倒してくれるだろう。非の打ちどころもなく、徹底的に、完膚なきまでに、再起不能になるまで、二度と歯向かう気を起こさないぐらいにボコボコにしてくれるだろう。

 彼にはそれを成すだけの実行力、行動力、決断力、それと何よりも大切な『()()()』を持っている。

 しかし、彼と敵対する場合、彼のキャラクター性から考えると仲間なんて必要なく私を潰すことだけを考える。

 仲間(プラス)の存在を否定して、(マイナス)を否定する。

 そんな決着は付けたくない。

 それじゃあ、過負荷(マイナス)の勝負の結果として認めたくない。

 あの生徒会長と裸エプロン先輩の一戦のように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それでこそ、過負荷(マイナス)の敗北を飾るには相応しいものになるはずだ。

 

 

 …ああ、結局私は過負荷(マイナス)として負けたいだけなのか。

 過負荷(マイナス)を名乗る以上、下手な負け方をしたくない。

 『負完全』を模した『負完成』を自称する以上、あの先輩みたいにカッコよく負けたい。

 

 ……そのためにはいつまでも彼の真似をするだけではやっぱり駄目だろう。

 彼を意識すると過負荷(マイナス)として話すときに非常に楽だったし効果的でもあった。

 だが、自分らしさを作るために少しずつ変化をつけて私なりの形にする予定だった。

 さっきの一之瀬さんとのお話の時も、意識して少しずつセリフに変化を付けてはいた。

 

 だがそれだけだ。

 文字にしないとわからないようなものもある。()()()()()()()しかつけれていないのだ。

 比較対象を知らない彼らだからこそ効果が表れているが、球磨川先輩を知っている人からすれば私の発言は彼の顔に泥を塗りつけるような侮辱にもなっているのかもしれない。

 だからこそ、私の個性(マイナス)にオリジナリティを作る必要がある。

 私と彼は文字通り人が違う。キャラクター性(マイナス)という共通点はあれど、別人であり他人だ。

 

 ……そう思っていても過負荷(マイナス)に身を委ねると自制が効かなくなる場合もある以上、どうしようもないのかもしれない。

 

 

 

 

 そう自嘲し、深く考えれば考えるほど堂々巡りになりそうな気がしたので思考を切り替えることにした。

 ベッドに上を横に転がり、枕に顔を埋めながら今回の試験について振り返る。

 枕に顔を埋めたことで自然と視界が真っ黒く塗りつぶされる。より深く思考を潜らせられるような気がした。

 

 

 本来の二回目の特別試験の目的は、新しく私の味方になったとも言える茂がどこまで使えるのかを確かめるものだった。

 それと同時にAクラスのポイントを減らしすぎないようにする目的もあった。しかし、こっちは有栖がいるため、それほど重要視していなかった。

 ところが、蓋を開けてみれば茂の活躍する場を奪ってまで、Aクラスのポイントを確保する結果になってしまった。

 試験の都合上、茂がどうするのかを間近で見れなかったという理由(言い訳)がある。

 試験のグループ分けでエリート集団の中に入れられてムカついたということも理由ではある。

 だが、一番の理由は有栖と一対一で話し続けたことで彼女に勝ちたいとより強く思ってしまったことだろう。

 彼女が負けないようにするために、Aクラスのポイントを多く確保したいと思ってしまった。

 

 …危ない橋ではあった。

 いや、結果が出ていない以上まだ渡っている途中なのかもしれない。

 しっかりとした法則性を見出したことを踏まえると、外していることはあり得ないと思う。だが、(マイナス)という要素を抱え込んでしまっているため万が一という可能性も…いや、有栖が答えを導き出して回答を送ったことを考慮すると万が一もないだろう。

 彼女は思考能力に能力を全振りしたような『特別(スペシャル)』だ。

 彼女の土俵で試験を終わらせた以上、(マイナス)ぐらい呑み干してくれないと困る。

 

 そうでなければ、私が彼女に勝負を挑んだ意味が薄れる。

 彼女が過負荷(マイナス)に一方的に潰されるような、辰グループのBクラスの彼らみたいな人だったら勝負をする意味なんてない。

 過負荷()を知ってなお、真正面から立ち向かう姿に惹かれたのだ。

 

 そんな彼女に勝ちたいと思っている自分がいる。

 

 その一方で、そんな彼女になら倒されたいとすら思ってしまう自分がいる。

 

 だから、彼女の『強さ』を汚さないために彼女に強く在ってほしい。

 我儘なことは理解している。

 それでも、()()彼女にこそ勝ちたい。

 彼女が勝つのであれば、今の在り方のまま私を潰せるぐらいの強さ(プラス)に成長してほしい。

 

 

 …今考えると、綾小路君ももしかしたら有栖と似たような在り方なのかもしれない。

 本当の意味での仲間を作ることはなくとも、周りを利用し邪魔するものを排除する在り方。

 『運命力』がある分、有栖の上位互換とも言えてしまう可能性まである。

 

 だが、私はまだ彼を深く知らない。

 話した回数は片手で足りる回数しかないし、彼の心に触れるようなことをした覚えもない。

 『主人公』に目を付けられたくないという理由で避けてきたこともある。

 そう考えると断定するには材料が不十分で、私が勝手に考察してる内容も大幅に異なっているものなのかもしれない。

 彼のことを『原作知識』なるモノで知っていたとはいえ、私が知っているのは『1巻』の大体の内容とアニメがあったことぐらい。

 それも友人に勧められて読んだだけで、そこまで読み込んだわけではない。

 彼に対する考察も、前世での友人に聞かされた情報を基に組み立てているものが多くを占めている。

 

 できることなら、敵対しないで彼のことを詳しく知りたい。

 だが、Dクラスの彼と仲のいい堀北さんやクラスの中心の人物である櫛田さんと平田君が今どうなってるかを想像すると、綾小路君と仲良くするのは難しいと容易に想像できる。

 これで彼がクラスメイトを完全に切り捨てるようなことをするのであれば話は別だが、利害関係を考慮してもそれはないだろう。

 彼自身の学校生活の送り辛さにも直結することだ。

 

 

 

 …今考えても仕方ないことか。

 試験が終わったことで状況の変化があるかもしれない。

 夕食の時間には早いが、そろそろどのクラスが優待者を当てたか調べている人が出てもおかしくない。

 ふと時計を見ると、あのアナウンスから既に2時間が経過していた。

 情報収集をするために船内をうろつくにはいい時間だろう。あのアナウンスで正気に戻った人もいれば、あのアナウンスのせいで混乱している人もいるはずだ。

 それが落ち着きつつある時間、現状に気付いて対抗策を練ろうと動くなら、この時間あたりになるだろう。

 

 一つ溜息を吐き、脱ぎ捨てた制服に再び袖を通す。

 起き上がるついでに、ベッドの脇に転がっているペットボトルを一つ取って中身を飲み干す。

 ぬるくなって炭酸ガスがほとんど抜けた甘ったるいサイダーの味が、今の私を表しているようにも思えた。

炭酸(過負荷)が抜けて、甘さ(普通)だけが残っている。しかし、何処か口の中で弾けるような感触が残ることが、これが炭酸飲料(過負荷)であると認識させる。これが炭酸が強すぎる(過負荷がありすぎる)飲みやすい物(人と接しやすい者)とはかけ離れる。

 『負完成』と言っているものの、頭から尻尾まで『過負荷』と言い切れない私を表すのには相応しいように思えてしまった。

 

 そんな思考を振り払うかのように、私は空になったペットボトルをごみ箱に投げた。

 空のペットボトルがゴミ箱にぶつかる音が、虚しく響いて部屋の中で反響する。私が投げたペットボトルは当然の如くゴミ箱の縁に当たり、ゴミ箱の中に入ることなく部屋の床とぶつかって空しくカランコロンと音を立てる。

 

 その空虚な音が、()()()()()()()()()()()()()()()()『現実』を思い出させた。

 

 今まで考えてこなかった見方の『現実』。『俺』との対話を通した今だからこそ、考えなければならない『事実』が、私の深い思考の海に埋めていた『考えたくないこと(マイナス)』を掘り返した。

 それに気づいてしまった私は部屋を出ようとしていたにもかかわらず、金縛りにあったかのように動けなくなってしまったのだ。

 




 あくまで『小坂零による考察』なので実際に異なっている部分があることをご了承ください。

追記 7/20

4巻内容で追加する部分を入れた結果、少し長くなってしまったので次々回までに特別試験Ⅱが終わらなくなってしまったことを報告いたします。
誠に申し訳ありません。


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31話目 特別試験Ⅱ 二日目

 竹本茂は苛立っていた。

 原因は自分でわかっているが、それでも収まりがつかないのが人間の感情というものだ。

 強く足を踏み鳴らして階段を下りる様が、彼が如何に苛立っているかを物語っている。

 豪華客船の中とはいえ、蒸し暑い真夏の朝で否応なく汗を掻くことを強制させられていることも、イラつきの一因になっている。どちらかと言えば暑がりな彼は、移動のために船の中を歩いているだけで少しずつ汗を流していた。

 

 だが、一番の原因は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、放心状態になったままでいることだ。

 

 昨日、説明が正しいのであればAクラスが他クラスの優待者全てを指定する形で終了した。

 それに対して前に言っていたこと余りにも違う結果になっていたことに、文句の一つでも言いに行こうと思って部屋に戻った。

 事情が変わったのだろうということは予想していたし、完全に言ったようになるとは限らない。だが、幾ら何でも言っていたことと行動が変わりすぎていると判断した。説明していたのは葛城と坂柳の両名だが、その裏に同じグループであったあいつ()の手があることは明らかだった。

 

 そうじゃなければ、あの二人がここまでスムーズに連携を取れるわけがない。

 

 方向性が真逆の二人を相手の意見をすり合わせることができる人材は、今のAクラスには小坂零しかいない。

 本人は自覚していないが、Aクラスで一番危険な人物であると同時に一番厄介な人物でもあるのが正しい見解だ。

 最強の矛(坂柳有栖)最強の盾(葛城康平)

 そのままではお互いに壊しあうだけだが、使い分けをしっかり行うことでその良さが引き出される。

 今それができる人は小坂零しか存在しないのだから、茂が零に文句を言いたくなるもの当然だ。

 記念すべき初仕事、と思って意気込んでいたのに仕事を頼んだ本人から水を差されたのだから。

 

 乱暴にドアを蹴り開け、烈火の如く渦巻くこの苛立ちをぶつけようと部屋を見渡した。

 しかし、そこで待っていたのは部屋に据え付けられているゴミ箱とその隣に落ちているペットボトルを見つめたまま、思考の海に潜り切って戻ってこない彼の姿だった。

 

 

 

 『小坂零』の癖として、考え事をすると無意識に生活行動をする癖がある。

 考え事をしたまま買い物に出掛けたり、考え事をしたまま授業を受けたり、前に茂が彼の部屋に行った時には考え事をしたまま料理していることもあった。

 この時の彼は大抵声をかけるか体を揺すると正気に戻るのだが、今回はそれをしても思考の海から戻ってこなかった。

 戻ってこないにもかかわらず、焦点の合わない目で食事をとり、風呂に入り、着替えをして床に着く様はまるで『生きる意味を見失った奴隷が仕方なく生命活動をしているように見えた』。

 

 それが竹本茂は気に食わなかった。

 自分に『眠れる奴隷』と言っておきながら、『竹本茂』という個人を開放しておきながら、自分が畜生のようにただ生きているだけの状態になっていることが気に食わなかった。

 

 自分の見ようとしなかった部分を直視させて、目を覚まさせる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意識してはいないものの、その安心感こそが竹本茂の求めているものなのかもしれない。

 宿題を忘れたときに他の人も忘れていることを期待するように、一人では犯罪をする気になれなくても友人たちと行動することで万引きをする子供のように、()()()()()()()()()()()()()()という者は人間には甘すぎる毒だ。

 

 だから、彼は零に対して()()()憤りを感じているし、謎の焦燥感にも駆られている。

 だが、彼は自分のダチが勝手に満身創痍(実質戦闘不能)になっていること、『竹本茂』という個人を引きずり出して自分の憤りを受け止めてくれた本人が()()()()()()()()()()()()ムカついている…としか思っていない。

 他人を観察することに長けている彼だが、自己分析は専門外だ。

 

 一晩すれば元に戻るだろうと思っていたが、目を覚ました小坂零は再びベッドの中に潜って出ようとしなかった。

 その時に確認した目が昨日と同じように焦点の合っていないものだったことから、茂は零が思考の海から帰ってきていないことを察した。

 それを察した時に教員を呼ぶことも考えた。しかし、彼はAクラスが試験を終わらせたこととBクラスの担任である星之宮先生が保険医であることを考えると下手なことをするべきではないと判断した。

 相部屋の吉田にも彼は口止めをした。

 下手なことに巻き込まれたくないタイプ…典型的な『眠れる奴隷(流されやすい人)』とも言える吉田は彼の言うとおりに頷いた。

 

 

 足を踏み鳴らしながら廊下を歩くが、それを気に留める人は辺りに誰もいない。

 彼は、自分でそう判断してしまったことが彼のストレスの一因になっていることに気づいていない。

 

 友達を危険な目に合わせたくないから、自分が協力する。

 

 以前、小坂零が大きな事故に遭って消息不明になった時にAクラスを立ち直らせたのは彼だった。立ち直らせた彼だからこそ、同じ目に遭ってほしくないと思ってた。

 『竹本茂』という人間に持つ善性(プラス)小坂零(マイナス)に引っ張られていたとしても、その在り方が変わりきってはいない。

 だから、自分のダチである零を放心状態のまま放置しておく判断を下した自分自身に嫌悪を表していることを、彼は自覚していない。

 頭に血が上っていること、冷房が要所要所で効いているとはいえ夏場で蒸し暑いこと、まだ起きて30分も経っていないことが、彼に一歩引いた状態で自分を見ることの重要性を忘却させていた。

 

 

 茂は、それを重々承知していた。

 自分が冷静ではないことも、頭に血が上っていることも、顔を洗った程度で冷静さを取り戻せていない事実も、もしかしたらあいつが一生このままなのかもしれないという恐怖感も、理解していた。

 その上で、とりあえず落ち着くために朝食を食べることにした。

 血糖値が下がっている状態では碌に思考が回らないことを知っている。

 目を覚ますために、アイスコーヒーの一つでも飲みたいと思っていた。

 普段はシロップとミルクを入れるが、目を覚ます意味合いを込めてブラックで飲んでみようと、そんな他愛もないことに思いを馳せることで落ち着こうとしていた。

 気分を切り替えつつ足取りを軽くしながら食事に向かう彼は、だんだん本調子を取り戻しているようにも見えた。

 

 

 

 

 彼にとって不幸ともいうべきことは、過負荷(マイナス)と仲良くしてしまったことだろう。

 その在り方に多少なりとも影響を受けてしまっている彼は、過負荷(マイナス)譲りの不運に見舞われることになる。本人が過負荷(マイナス)じゃなくても、小坂零(マイナス)と関わってしまったことで在り方に多少の影響を及ぼしているのだ。

 

 端的に言うと彼が朝食を食べに行った先で、坂柳、葛城、一之瀬、神崎、龍園、伊吹、綾小路、堀北、平田といった()()()()()()()()()()()()の場面に出くわさなければ、彼はそのまま目的を達成できただろう。

 

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

 

 

 最初はDクラスの綾小路清隆と堀北鈴音と平田洋介の3名が、朝食をとるついでに今後の特別試験について話し合うところから始まった。

 昨日のことがあり、当初塞ぎ込んでいた堀北は綾小路に挑発されるような形で触発され、かろうじて復帰することに成功していた。

 

 過負荷(マイナス)の闇を主人公(プラス)が晴らしたのだ。

 

 人心掌握に長けた主人公(綾小路)は、メインヒロイン(堀北)のアイデンティティを刺激することで、彼女らしさを取り戻させていた。

 Aクラスを目指すということ、『Aクラスの1人に躓いているぐらいではどうしようもないこと』、自分がどうしたかったのかということ、あいつに負けたままでいいのかということ。

 人間ドラマのお手本のような、喜劇(笑い話)がDクラスの一部でひっそりと生まれていたのだ。

 それは『めだかボックス』の世界で、久しぶりに再会した球磨川禊に震える人吉善吉に黒神めだかが手を肩におき庇った時の構図にも似ているかもしれない。

 

 竹本茂と小坂零の間にある『自分より下がいることを教えてくれることによって得る安心感』とは違う、『自分自身の強さを気づかせてくれることで得る安心感』をもたらしていた。

 

 だが、次に真正面から相対した時に同じ状態になってしまった場合、彼女は自分自身で過負荷(マイナス)から抜け出す必要があるだろう。

 Aクラスに上がりたいと思うのであれば、避けては通れない壁だと認識しているが故に。

 昨日の話し合いで一番感じた、『この学校で一番危険な人物足る小坂零』に負けてはいけないと思っているが故に。

 仲間に背を押されたとしても、自分の力でもって勝たなければいけないことを彼女は重々承知していた。

 

 

 彼女の斜め前に座っている青年も、同じく綾小路(主人公)によって立ち直った一人だった。

 相部屋だった平田洋介は、彼に関する重要なアイデンティティを共有することで立ち直らせた。

 昔、いじめられていたクラスメイトを助けられなかった彼の負の側面(マイナス)。ある意味、人生のどん底に突き落とされた事件。誰にも言う気のなかったそれを、彼は綾小路に吐き出していた。

 それを受容して、受け入れて、共感した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いい意味では誰とでも、悪い意味では深い友達が少ない彼の闇…小坂零(マイナス)によって引きずり返された(マイナス)()()()()()

 声を荒げた、殴りかかった、泣き喚いた。

 言葉を返した、手を掴んだ、黙って聞いていた。

 それを乗り越えた先に、奇しくも小坂零(マイナス)のおかげで彼らの友情は深まった。

 正しい意味で『友達』と言えるような関係が生まれたのだ。

 

 

 

 そんなこんなで、立ち直った、立ち直らせた3人が頭を抱えることになったのが、昨日の試験終了のアナウンスだった。

 正確には3グループだけ試験を続行しているが、どこのクラスが試験を終わらせたのかがわからない。

 Dクラスで平田の元に名乗り出た優待者がいるグループは、全て試験が終了していることからDクラスの優待者が指定されたことは把握していた。名乗り出た人数は3人であったことから、これで全員だろうと判断。

 試験が急に終わってしまった驚きで、Dクラスの優待者の二人は平田にその心情を漏らしていた。

 彼らの振る舞いのせいで優待者だと判明するには、一回の話し合いでは難しいだろうとフォローを入れた。その後に大きな反応はなかったことから、納得してくれたと判断した。

 

 だが、ここで一番知りたいことは試験が終了していないグループの優待者がどのクラスに所属しているかということだ。

 

 自分のグループの優待者が同じクラスの場合、回答を送っても試験を終了させることはできない。

 優待者の数が1クラス3人で4クラスだから12グループである。

 これは試験の公平性を考えると当然のことだ。優待者の数が偏っていることはあり得ない。

 だから、残った3グループの優待者は1つのクラスで固まっているはず。

 逆に、優待者が当てられているクラスは優待者を指定して回答した『容疑者』から外れることになる。

 

 ただでさえ、-150ポイントが確定してしまっている。

 残ったクラスの優待者を全て当てても±0。

 だが当てなければ、他のクラス全ての優待者を当てたであろうクラスが450ポイントを得ることになる。

 残りの優待者を、()()()()()()()()全て当ててくれれば300ポイント得られるだけで済む。

 差としては450ポイントで変わらないが、何もしなければ600ポイント差をつけられることを考えると他のクラスと協力してでも残りの優待者を当てる必要があった。

 

 

 問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 話し合いも一回しか行われず、大半の生徒は何が起こっているのか理解していない。

 理解していないからこそ、試験のことを忘れるかのように振る舞っていた。

 事実上既に試験を終了した他の生徒たちの大半はバカンスモードに逆戻りしている。

 まるで試験なんてなかったかのように、3グループだけ試験が終わっていないことを忘れているかのような雰囲気になっていた。

 

 バカンスが急転し試験に変わったと思いきや、突然試験が終わったのだ。

 

 事故に遭ったみたいなものだと、まだ期間があるのだから遊ばなければ損だと、()()()()()()()()()()()()()()()()、目の前の娯楽に飛びついてしまうのも仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 残った3グループだけ話し合いの時間があることを、かわいそうに言う声が聞こえてくる始末だ。

 

「俺たちは試験が終わったから遊ぶぜ、お前まだ終わってないんだろ? 頑張ってくれよな!」

 

 彼らの会話の裏には、そんな言葉が見え隠れしていた。

 何も事情が分かっていないのに、()()()()()()()()()()()()責任だけを押し付ける。

 実に人間らしくて、愚か者なのだろう。

 

 

 だが、それを弾劾するのは酷だろう。

 自分たちでさえ、どこのクラスが優待者を当てたのかわからないのに他の生徒たちに協力を無理やり取り付けることは不可能だ。

 

 ふと視線をずらすと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()

 それは、何かを振り払うかのように、何かを忘れようとするように、何かを見ないようにするためにも見えた。

 恐らく彼女は昨日のことがまだ抜けていないのだろう。

 堀北と平田の二人は、彼女が化け物(小坂零)に真正面に立たれて話を振られていたことを思い出した。

 幸いなことに主人公(綾小路)と話しあいの末復活できた二人とは違い、不幸にも自力で過負荷(マイナス)を振り笑うしかできなかった彼女は現実逃避をしていた。

 最悪、化け物(小坂零)のことを忘れている可能性もある。

 危険な記憶と処理して、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは奇しくも、化け物(小坂零)過負荷(マイナス)としての本質を表した結果と酷似していた。

 

 

 本当ならば彼女を助けるべきなのだろうが、今無理に問題を掘り返すと最悪な結果になりかねない。

 それを危惧した彼らは何もしなかった。

 強いて言うなら、目の届く範囲で小坂零と合わせないようにするぐらいだが今のところ目撃情報はない。

 あれだけ動いたのにもかかわらず、何もしてこないことが返って不気味さを醸し出していた。

 

 

 そこで、堀北はふと思いついた。

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…考えたくないことだけど、辰グループの話し合いでAグループの彼が私たちを潰そうとしたのは副次的なものだったのかもしれないわね」

 

「副次的なこと? 本命は違ったということかい?」

 

 平田がそう言うと、綾小路が彼女の考え付いた可能性に辿り着いた。

 

「…リーダー格が集まっている辰グループ全体を叩くことで、優待者に探りを入れることを遅らせたってことか」

 

「Aグループが優待者を指定したという判断材料がないから説得力には欠けるけど、もしもそうだとしたら彼は相当な強敵になるわ」

 

「真正面から人の心をへし折りに来るあれを、戦略兵器として扱うことができるってことになる…」

 

「ええ。核兵器を自由な範囲で操作できる…そんな存在だとしたら、間違いなく彼を何とかしないことには私たちが上に上がることはできない」

 

 そう言って優雅にコーヒーを口に運ぶ彼女だが、手元をよく見ると少し震えているのがわかる。

 

「…だけど、葛城君と坂柳さんは小坂君の行動を予想していたようには見えなかった。どっちかって言うと、想定外の行動をとっていて苛めるようなことを、葛城君が言っていたよ」

 

「それを考えると、Aクラスでも小坂を制御出来ていないのかもしれないな」

 

「…確かにその通りね。でも、坂柳さん…だったかしら? 彼女は彼の行動を止めようとはしなかったわ。Aクラスのリーダー格二人が、彼を止めようとしていれば彼も一度足を止めて考え直したかもしれない」

 

「なるほど…坂柳さんが優待者を見つけていて小坂君と手を組んでいた。葛城君はAクラスのリーダー格ではあったけど、それを知らなかったという可能性もあるね」

 

「葛城と坂柳は対立しているんだったな。それを考えると、小坂は坂柳に肩入れしているということにもなるかもしれない」

 

「ただ、坂柳さんも小坂君に手を拱いているような素振りも見せていたんだ。それが今引っかかっていて…」

 

「完全に掌握しているわけではないのかもしれないわね」

 

「そもそも、Aクラスが優待者を指定したわけじゃない可能性もあるしな。BクラスかCクラスが小坂を見て、優待者を急いで指定した可能性もある」

 

「でも、それだったら辰グループだけを指定するんじゃないかな? この短時間で優待者に法則性があることを見出して、それを裏付ける何かがないと9つのグループの優待者を指定するのは無謀だよ」

 

「でもCクラスの龍園なら、それをしてもおかしくはない」

 

「前回の特別試験でも奇抜な作戦をとっていたことを考えると、ありえなくはないわね」

 

「…その龍園君も、辰グループの話し合いでだいぶ参っていたみたいだけどね」

 

 あーでもないこーでもないと言いながら、コーヒーを飲みつつ話し合う。

 いかんせん、判断材料が少なすぎた。

 話し合いが一回しか行われず、それも半ばテロにも近い事故で機会を奪われ、たった一人が話し続ける『演説』に早変わりしていた二人。

 Bクラスのリーダー格である一之瀬が、話し合いの土台を作って終了した綾小路。

 彼らの手札は、『Dクラスの優待者がいるグループの試験が終了したこと』ぐらいしか、明確には存在しなかった。

 

 

 そんな彼らに手を差し伸べたのは、意外な人物たちだった。

 

 

「辛気臭い顔してるな鈴音、今日は金魚の糞が二人もいるのか?」

 

「言い方が悪いよ龍園くん。やっほー、綾小路くん。ちょっと話したいことがあるんだけどいいかな?」

 

 そこにいたのは、龍園、伊吹、一之瀬、神崎といったBクラスとCクラスの中心ともいえる人物たちだった。

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 かくして、ある意味たった一人の人物の手によって『Aクラス対B、C、Dクラス連合』の構図が完成した。

 この特別試験中だけのことかもしれないが、それは理想的な構図でもあった。

 追うもの(他クラス)追われるもの(Aクラス)が明確になった瞬間でもあり、頂点(Aクラス)を引きずり降ろすために一時休戦を結んだ瞬間だった。

 

 Dクラスの3人に合流した彼らは紆余曲折あって正気を取り戻した後、アナウンスがあったクラスを確認して自分のクラスの優待者がいるグループの試験が終わっていることを確認した。

 そして、どのクラスが優待者を指定したのかを探るべく、他のクラスに探りを入れに来たところ真っ先に鉢合わせたのがBクラスの一之瀬、神崎ペアとCクラスの龍園、伊吹ペアだった。

 最初は牽制しあっていたものの、小坂零(アレ)を思い出して嫌な予感を直感的に感じ取り一時休戦。

 Aクラスが怪しいと感じたものの、Dクラスの方から先に状況を見てみようと意見を一致させていたところで彼らを見つけた。

 

 その後、3クラスそれぞれで、それぞれのクラスの優待者が選ばれたメール画面を共有。

 消去法でAクラスの優待者が残っているグループだけが、試験を続行していることを確認した。

 自分のクラスの優待者が誰かを明かすことはしなかったものの、Aクラスが明確な敵だと証明することには成功していた。

 優待者を通知するメールはほんの少しだけだが、文面がそれぞれ異なっていることから各クラス3名優待者が存在し、どのグループに所属しているかを確認した。

 偽装したメールを作っているのなら話は変わるが、昨日の辰グループの惨劇を知っている人間がAクラスの有利になるような真似をすることはないと一種の信頼の元で情報共有を行っていた。

 

 

 

 そんな中でも、彼らを気に留める生徒は一人もいなかった。

 Aクラス以外の3クラス代表者とも言える人物が集まっているにもかかわらず、自分にはそんなこと関係ないとばかりに関わろうとしない。

 それは生徒である彼らにとっても、話し合いをしている彼らにとってもこの特別試験が()()()()()()()()()()()()()ことを表していた。

 

 彼らがどんなに頑張っても、彼らがどんなに知恵を振り絞っても、彼らがどれだけ嫌な思いを抱え込んで協力関係を結んだとしても、Aクラスが送った回答を書き換えることはできない。

 

 この場での代表格である彼らは、この試験において圧倒的に負けた者(マイナス)だった。

 

 

 




 ずっと『視点』となる人物(主に主人公(小坂零))を置いて、その人物から話を進めていく…所謂『一人称作品』として大部分を進めてきました。
 今話では、初めて最初から最後まで『三人称作品』として進めてみました。
 やってみた感想としては、それなりに書きやすかったと思います。毎回ではなくとも折を見てこの書き方に挑戦してみようと考えています。
 読みやすい読み辛いなどありましたらご意見をくださると幸いです。


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32話目 特別試験Ⅱ 二日目Ⅱ

 感想、評価、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。


 近くの机を寄せて7人全員が座った。

 Dクラスの3人が固まり、残りの4人が同じ机を囲んでいるが椅子の向きはDクラスの彼らの方を向いている。 既にあたりに人影はない。

 

 

 先ほどまで周辺で談笑していた生徒たちは、朝食の時間にもかかわらず、カフェを出て行ってしまった。

 まるで、彼らの出す異色な雰囲気に呑まれたくないかのように去っていった。 

 それは遠回しに、どこかが()()()()()()()()()()を掘り返すなよと言外に言っているようにも感じるものだった。

 だが、ここにいる人間はそれが許される立場にないものが殆どだ。

 

 Bクラスの委員長『一之瀬』、その補佐の『神崎』。

 Cクラスの独裁者『龍園』、その側近とも言える『伊吹』。

 Dクラスの代表格の一人である『平田』、下剋上を志す『堀北』。

 約一名、乗り気ではなく逃げようと思えば逃げれるものの、それをしていない『綾小路』。

 

 

 Aクラスを打倒せんとばかりに集結した彼らだったが、明確に増えた手札は『Aクラスが優待者を指定したこと』『各グループの優待者がどのクラスか』ということぐらいだった。

 前者は明確な敵ができたということ、それを打倒するために共闘することを目標に掲げるものとして十分だった。

 後者は、()()()()()()()()()()()()()()()()にAクラスの優待者を探すことに役立つかもしれないぐらいだった。

 しかし、Aクラスは良くて自分のクラスの優待者だけで、最悪自分のクラスの『自分の派閥』の優待者だけで法則性がわかっている可能性がある。

 

 ここにいる者の多くは、Aクラスの内情をほとんど知らないでいる。

 知っていることは、葛城派と坂柳派で対立していること、葛城が保守派で坂柳派が過激派だということ、現状での最終的な方針を決めるのは葛城派であること、Aクラス全体の方針を決めるのは葛城であるが故に今回の話し合いでほとんどのAクラスの生徒は自己紹介以外で黙り込んだこと、そして小坂零に関わってはいけないこと。

 表面上からわかることは、これぐらいしかなかった。

 それも、内部情報が表面化しているものを読み取っているだけで探りを入れることができていない。

 これは、探りを入れようとしなかったのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 Dクラスはそれどころではなかったため行っていないが、BクラスとCクラスは頻繁にAクラスの内情を探ろうと動いていた。

 その背景には、あるAクラスの人物が図書館で起こした事件による影響がある。

 龍園自身はそれほど気にしていなかったため、ちょっかいを出す程度に留めていた。

 一之瀬は現場を見てしまったせいで彼を間接的に操作するためにも、Aクラスの動向を見張ることを試みた。

 

 しかし、それぞれの代表格である人物が直接探りを入れに来た場合、どう考えても相手は警戒する。

 そのため、比較的目立ちづらい人間を使って探りを入れさせたのだが、全くと言っていいほど成果は出なかった。

 最終的には龍園はそれと並行してDクラスに仕掛けたため、一之瀬はそのDクラスを助けるために動き始めたせいで大したこともできないまま終わってしまった。

 これの原因は、Aクラス内にて()()()()()()()()と認められた坂柳派が主な原因となっている。

 坂柳の指示により、あなたが下手なことを言うとAクラスに被害が出るかもしれないことをわかっていますよね? という旨を葛城派中立派のそれぞれに遠回しに伝えるということを行った。

 その結果、中立派は自らが火種になりたくないがために、葛城派は坂柳派に弱みを見せて葛城を困らせたくないがために、表面上は反発しつつも結果的に坂柳の思い通りに動いていた。

 

 そのおかげで、1-Aの生徒全員がクラスの話題が出た時に話を逸らすという技術を取得していた。

 若干一名それを取得していないものもいるが、(小坂零)は他クラスとの関わりが少なかったこと、彼の出す雰囲気が無意識に人を避けさせることから、彼を通してAクラスの内情を探ろうとする生徒は一人もいなかった。

 一度釘を刺されたこともあり、普通の状態なら自分からその話題を出すようなことをすることはない。

 

 しかし、彼が普通じゃない状態のときに漏らした言葉を、傷心の身でありながらきちんと聞き取っていた者がここにいた。

 

 

「Aクラスが優待者を指定したのはわかったが、葛城が果たしてそれを許可するのか?」

 

「坂柳派の独断ということもあるだろう。坂柳が恐るべき頭脳の持ち主でAクラスを完全に掌握している前提ではあるが…」

 

「まてよ。そもそも前回の特別試験の結果を踏まえて、坂柳が黙っていると思うか?」

 

 龍園の言葉でその場にいた者の大半が考えを修正し始めた。

 坂柳は表立って出てくることは少なかったものの、彼女の派閥の言動からもAクラスのリーダーを狙っていることは明らかだった。

 

「今回の試験、()()()()()()()()()()()()。これは確定事項だろ」

 

「…葛城を矢面に立たせて、小坂を時間稼ぎに使って、坂柳が優待者を割り出して狙い撃ちした…」

 

「金魚の糞にしてはよくわかったじゃねえか」

 

 不敵に笑う彼の笑みが、普段なら周りを苛立たせるそれが今はとても頼もしく思える。

 そんな感想をこの場にいる全員が抱いた。

 そして、彼の意見を裏付けるように積極的に話に入ってこなかった一人が口を開く。

 

「…龍園くんの話で多分あってると思うよ」

 

 その言葉の主に、彼らは驚きつつも視線を送って次の言葉を促した。

 

「言おうかどうか迷っていたんだけど、昨日小坂くんとちょっと話したんだ」

 

 そういうと同時に、彼女は顔を俯かせた。

 それで何があったのか容易に想像がついてしまう。

 

「…やろうとしたことは良くないことだって思ってる。話し合いをする特別試験で、話し合いに参加しないでほしいって頼もうとしたんだからね。結局、彼に良いように流されて危うく10万prを渡すことになりそうだったけど、アナウンスが入ったから中止になったんだ。

 その時に彼が言っていたんだけど、『有栖が優待者を決め打ちに行こうとしていたことも、康平がそれにGOサインを出したことも、Aクラスが話し合いそのものをしようと思っていなかったことも、ぜーんぶ私は知らないよ』って言っていたよ…」

 

 言い切った彼女は乗り切った後にもかかわらず、思い出しただけで憔悴していた。

 それだけで、彼女が言わなかった部分に何があったのかをここにいる全員が察した。

 直接彼の『演説』を聞いたことのない人物もいるが、彼女(伊吹澪)は龍園を見てそれがどれぐらいのものだったかを既に察していた。

 

「…その話が正しいのなら、やっぱりAクラスのトップは協力体制を築いていることになるな」

 

「ええ、表面上は争っているように見せかけて本命はしっかり狙い撃つ。そんな体制を既に築いているのだとしたら相当厄介になるわね」

 

「いや、そういうわけじゃねえ。あくまで今回の特別試験だけか、坂柳が葛城を完全に利用しているかの二択だ。これが続くことはねえよ」

 

 その言葉に会話を見守っていた平田と伊吹の二人は首をひねったが、残りの人間はどういうことかをそれだけで察した。

 Bクラスの二名が、龍園の言いたいことを代弁するかのように口を開く。

 

「…葛城は前回の特別試験で失敗している」

 

「今回は期間が開いてなかったから前回から引き続きリーダーとして出てるけど」

 

「この特別試験…いえ、この旅行が終わるまでってことね」

 

「そういうことだ鈴音。俺は最初、Dクラスの仕業かと疑った。前回の特別試験のことがあるからな。裏で動いていた…黒幕Xと呼称するか。そいつの仕業かとも思ったんだが、それにしては早すぎる。

 Dクラスが全体でまとまっていないことは見てわかる。9つのグループ全部の優待者を指定するだけでも一苦労だろ?」

 

 龍園の言葉に苦い顔をする平田と堀北。

 彼の言う通り、平田は女子と仲がいいが男子に妬まれてる節もあり、女子の相談を聞くことも多く特別試験がこのまま続いていた場合、優待者どころではなかった可能性が高い。

 対して堀北は、自身の性格上女子とも男子とも仲が良いとは言えない。

 

「今回の特別試験の終わり方は異常だ。話し合いが終わって3時間もしないうちに大勢が決まった。俺の見立てだと、Aクラスは話し合いの前に既に優待者を見つけてるぜ」

 

「…じゃあ、あの話し合いは本当に意味がなかったってこと?」

 

「いや、あの話し合いで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それができなかった。それだけだろ?」

 

 それだけ。

 それだけのことができる人間が、果たして何人いるだろうか?

 龍園の言葉は正鵠を射ていたが、それとほぼ同じことを実行できるような人物がいることに、ここにいる全員が驚きを隠せていない。

 

「だから坂柳は最後のご馳走に持ってくるつもりだったんだが、まさかここまで手早く動いてくるとはな」

 

 正直予想外だったと、言外に言っている彼の様子に全員が納得したような感覚を覚えた。

 龍園の推理を聞いて、BクラスとDクラスの彼らは、盲目的ではなく客観的な分析ができる上に予想よりも頭の回転が回るCクラスの独裁者に戦慄していた。

 

 その中で、新たに登場した人物が拍手で彼を称賛する。

 その拍手の音の元に彼らが視線を向けると、そこには杖を持ちながら彼らに拍手を送る坂柳の姿があった。

 彼女の付き人らしき女子生徒と、葛城もその隣に立っている。

 だが、拍手をしているのは坂柳だけで、勝者である彼女からの拍手は未だに足掻き続けている彼らにとっては屈辱感を味合わせるものにも思えた。

 

「流石です、龍園君。答え合わせに来たわけではありませんが、素晴らしい洞察力と思考力をお持ちですと称賛しましょう」

 

「坂柳と葛城か。もう一人のそいつは、お前の手下か?」

 

「いえ、彼女は私の補助に付き合っていただいている方です。私の体の都合上、この船旅に参加するための条件がありましたので、それの一環ですよ」

 

 彼女がそういうと、隣に付き添っている女子生徒は露骨に顔を歪めていた。

 その様子から彼女に付き添ってはいるものの、忠誠心は欠片も持っていないということをおのずと察することになる。

 そんな中で切り出したのはBクラスの一之瀬だった。

 

「…Aクラスの二人は何の用かな?」

 

「たまたま朝食を取ろうとしたところで面白い方々が集まっていたので、つい声をかけてしまいました」

 

「…できればAクラスの坂柳さんたちが一緒だと話し合い辛いから席を外してほしい。あんまり言いたくないんだけどね」

 

 ストレートに言い放った彼女の言葉で、後ろにいる面々の一部がぎょっとする。

 しかし、それに対する返答はとても穏やかなものだった。

 

「そう長居する気はありませんよ。お邪魔しては悪いと思っていますので、朝食を買ったら席を外します。神室さん、申し訳ないのですが買いに行ってもらってもいいですか?」

 

「…了解」

 

 嫌々ながらもその言葉に従った神室は、彼らの視線を無視して店に向かう。

 

「坂柳、あまり不用意な発言はするなよ。彼らがこうして集まっている以上、事情把握をしていることは明らかだが、Aクラスの優待者を当てられる可能性を上げることは避けてくれ」

 

「言われなくてもわかっていますよ。私が彼らにしたいことは謝罪程度ですので」

 

「謝罪?」

 

 坂柳のセリフに伊吹がそう零した。

 他の人物も、それこそ葛城も謝罪と聞いて首をかしげつつある。

 

「謝罪というのは、昨日の辰グループでの話し合いのことです」

 

 その言葉だけで、ここにいる人物全員が理解した。

 何人かは何かがフラッシュバックするかのように、立ち眩みを起こすが倒れる者はなかった。

 

「零君が発言した内容と行った行為によって、他のクラスの方にご迷惑をおかけしたことは既に聞いています。本人ではない私の謝罪では不服かもしれませんが、同じAクラスの一員として止めることができなかったことを謝罪します。

 申し訳ありません。」

 

 そう言って彼女は杖を持って立ったまま、腰を45度曲げる姿勢を取って謝罪した。

 その場にいた全員が息をのみ、周囲に人もいないこともあって生まれた静寂が、ここだけ同じ船内なのに別の世界になってしまったかのような錯覚に襲われる。

 

 そんな時間が2秒ほど続いて、元の位置に頭を戻した彼女は先ほどと変わらない笑顔を浮かべて彼らに微笑んだ。

 

「同じようなことを絶対に起こさないと断言することは難しいですが、アレを当てにした方針を取るつもりはありません」

 

「今回の特別試験であいつを利用しておいてか?」

 

「たしかにAクラスで優待者を指定するための時間稼ぎにも思われたかもしれませんが、私たちにその意図はなかったと述べておきます。アレに関しては、完全に彼の独断でした」

 

「それに関しては俺も証言しよう。Aクラス…他のクラスの上に立つものとして、零のとったやり方は褒められたものではない」

 

 Aクラスの二人の言葉は真に迫るものがあり、彼らはそれを嘘だと一蹴することができなかった。

 その彼らの様子に満足したのか、坂柳は既に変える姿勢を見せ始める。

 

「それではこれで失礼します。今回の試験では接点が少なくなってしまいましたが、何時か話し合う時を楽しみにしていますよ」

 

 そう言って彼女が彼らに背中を向けると、珍しく新たに朝食を食べに来た男子生徒が正面に立っていた。

 彼女はその人物が同じクラスの『竹本茂』であることを確認すると、笑顔を浮かべて立ち去ろうとする。

 坂柳と竹本の仲はただのクラスメイトで収まったままで、小坂経由で話し合うこともなかった。

 だから、何も言わずに歩みを進めようとしたのだが、目の前の彼は道を譲ろうとしなかった。

 

「そこをどいていただけませんか? 竹本君」

 

「…この集まりが何なのかとかはどうでもいいんだが、ちょっと坂柳さんと葛城君に聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「今ここでですか?」

 

 少し言葉に棘があるように聞こえる彼の言葉は、他の人たちを心底どうでもいいと思っているように思わせた。

 彼に対して坂柳がそう言うと、彼女の後ろにいる生徒を一瞥した竹本は首を横に振る。

 

「…いいや、朝食を取りに来た後に連絡を入れて話そうと思っていたから、別にここじゃなくてもいい。他のクラスの主要人物も揃っているから、あまり話す場所には向いていないだろうしな」

 

「理解が早くて助かります。私の部屋で葛城君とお話しする予定でしたので、ご一緒でよければ」

 

「じゃあそれで頼むことにする。葛城君、坂柳さんの部屋番号個人チャットで送っておいてほしいんだが、いいか?」

 

「了解した。今のうちに済ましておこう」

 

 そう言って葛城が携帯を取り出して、直ぐに慣れた手つきで操作をする。

 その指が止まったあたりで、二人分の朝食を買った神室が戻った。

 彼女が来ると同時に、再度残った生徒に一礼して坂柳と神室と葛城の三名はその場を後にした。

 

 残った彼らの間で気まずい沈黙が生まれる。

 だが生まれたのは一瞬で、竹本は彼らを見下ろすかのように一人一人の顔を確認してから、朝食を買いにその場を去った。

 

 

 Aクラスの全員がいなくなったところで、話し合いが再開する。

 しかし、彼らは最後に去っていったAクラスの竹本と呼ばれた青年のことがどうしても気になっていた。

 彼と視線を交わしたとき、まるで()()()()()()()()()()()()()()()俯瞰していた彼の眼差しが、ありえることのないはずなのに、どうしても例のAクラスの人物と同じ色をしているように思えた。

 

 だが、彼の情報は『小坂零』よりも圧倒的に少なく、同じグループだった綾小路も一之瀬も彼が話し合いのときには仮面を被って自己紹介以外で話をしていなかったことに気づいた。表立って葛城の言うことを忠実に守ろうとしていた町田とは違い、周囲に気を配るそぶりすら見せずに、自分が注目されることを避けながら彼らを観察していたのだと考察する。

 思わぬ伏兵に再度頭を悩ませながらも、優待者の法則をAクラスが積極的に隠そうとしているわけではないことに救いを見出し、彼らは特別試験の時間を少しずつ、しかし確実に消費しながら考え続けた。

 

 

 

 

 そんな彼らの秘密とは到底言えない会合の存在も、他の生徒たちは一切知らない。

 既に終わった特別試験とみなした彼らの雰囲気は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 特別試験があったことを忘れようとするかのように、船内での遊戯に勤しむ者たち。

 そんな彼らをずっと見て、自分たちだけ我慢しろというのも酷な話ではある。

 ましてや、甘い餌(豪華船旅行)に釣られた生徒で、それに抗うことができるものはごく僅かだろう。

 

 試験2日目午前10時前、昨日のアナウンスがあってから24時間も経っていない。

 それなのに、残り3日もある特別試験に真剣な態度で臨もうとするものは、ここに集まった7人のみ。

 彼らの誰かが協力を願えば、該当するクラスメイトは体面上協力はするだろう。

 彼らにそう頼まれたから、本当はもっと遊びたいけど仕方ないか。このように、頼まれた場合は恨み言を零したりはすれど、クラスの中心である彼らに協力するだろう。

 だが、自分から動こうとする意思はない。

 

 まさしく、『集団意識(運命)に縛られた愚者(奴隷)』と化した彼らを止めようとするものは、もはや誰もいない。

 各クラスの代表者も、覆しようのない結果に全体の協力を仰ぐことは難しい。

 何よりも、残りを当てたところで形成が有利になるわけではないことも、他の生徒たちのやる気を削ぐには十分すぎる理由だった。

 

 倍率が高いところに一転掛けしたところで、掛け金が少ない上にゲーム数が少ないのでは大した金額にならない。

 

 勝って多少良くなったところで、大勢が変わるわけではない。

 それだけのわかり切った情報が、ここに残って話し合いをしている彼らにとって、何よりも重い足枷で何よりも重い鎖となっていた。

 

 

 

 




 前回に引き続き、三人称で進めてみました。
 竹本君は内心困りながらも口八丁で小坂君の原因を探るためにAクラスの二人に役を苦を取り付けることに成功。ただし、朝食は先延ばし。買った後に坂柳さんの部屋で食べることになりました。

 他にもいろいろと補足説明を加えるか迷うところはありますが、次回以降の内容にも片足を突っ込んでしまいそうなのでスルーしてください。
 どうしても疑問に思う部分があった方は、感想等に書いていただきたいと思います。

 次回の投稿はいつも通り、来週の土曜日深夜0時を予定しております。
 


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33話目 特別試験Ⅱ 二日目Ⅲ

 評価、感想、お気に入り登録、誤字報告ありがとうございます。

 今までお付き合いいただいてありがとうございます。
 突然で大変申し訳ないのですが、作者のリアル事情で定期的な更新ができそうにありません。
 来週までは問題ないのですが、それ以降が忙しく見通しが全く立っていない状態です。

 そして、今更ながらチラシの裏という形で投稿できることを知ったので、通常投稿の形からチラシの裏に移ることにしました。
 こちらの方で不定期ながら投稿していこうと思っています。
 何かご意見がある方は、作者に送ってくださると幸いです。

 ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。お付き合いいただける方は、今後ともよろしくお願い申し上げます。


 結局、私は昨日あれから何もしなかった。

 

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの後、茂から色々話しかけてきたような気がするが、考え事をずっとしていたので上の空で話を聞いていた。そんなことよりも重要なことが、私の中にあったからだ。

 気が付いたらベッドの中にいて、朝日で目が覚めて自分が眠っていたことに気付いた。その後もベッドの中でずっと思考を巡らせていた結果、再び眠ってしまったらしい。

 時刻を見ると既に昼頃を指していて、部屋には誰もいなかった。

 今の今まで、私は思い起こしてしまったことについて考え続けていた。

 

 

 昨日無意味に捨てた空の炭酸飲料のペットボトルが、私に根本から間違っていることを思い起こさせた。

 

 『小坂零』は既に死んでいる。

 

 容器(身体)を捨てて、中身()を他のペットボトルに移した。

 

 それが今の『私』だということに気付いてしまった。

 

 今名乗っている「小坂零」という名前は、物心ついたときに自分で決めた名前だ。

 前世からの名前でそのまま通したつもりだった。

 誕生日である6月6日は私が一番古く居たときの記録から取ったものだが、名前に関しては自分でそう名乗ったら周りの人は何の疑問も持たずに納得していた。

 自己紹介した次の日には忘れてしまうのだから、捨てられた本人が名前を知っているかも怪しいことなんて忘れてしまうのだろう。0歳で捨てられたのだ。言葉を理解できていると思っているほうがおかしい。

 もしくは、過負荷()が単純に気持ち悪かったから名前の本質なんてどうでもよかったのかもしれない。

 

 それに気づいてしまったことで、全てが意味のないものなのではないかという虚脱感に襲われた。

 『小坂零』でいようとしたことそのものが無意味なことだったのではないかと、「小坂零と名乗っている何か」が『小坂零』の真似をしようとしているだけなのではないかと思ってしまった。

 

 死んだ者が生き返った場合、果たしてそれは同一人物だといえるのだろうか?

 一度燃えた紙を灰から復元させたとして同じ紙になるだろうか?

 そもそも、この体はこの世界のもので『前の世界』のものではない。

 入れ物()が違うものの中身()が同じという…これは全く同じものだと言えるのだろうか?

 いいや、缶コーヒーとボトルコーヒーぐらい違うものになる。 

 最後に、クレイジー・ダイヤモンド(壊れたものを治す能力)でも死者の蘇りはできない。

 

 これらを踏まえた結果、『私』というパーソナリティーを『小坂零』に縋りつくことで『固定』しようとしていただけだという事実に気づいてしまった。

 

 『無冠刑(ナッシングオール)』は確実に『私』が手にしたものだ。

 それだけは胸を張って断言できる。

 ルーツが『小坂零』にあったとしても、『小坂零』が死ぬ直前に発現したとしても、『無冠刑(ナッシングオール)』を『スキル』という形で発現させたのは『私』だ。

 

 今思考を巡らせているのは『私』だ。

 『小坂零』ではない。

 彼はもう死んだのだ。

 記憶を引き継いだ、性質を引き継いだ、感性を引き継いだ、性格を受け継いだ、思考を受け継いだ。

 そうだとしても、『小坂零』は既に死んだのだ。

 この世界(よう実)という知識がある。『転生』したという実感がある。

 その二つだけで、『小坂零』が死んだことを証明するには十分だった。

 

 

 それは、私が『小坂零』を模した『クローン』だったかもしれないと、『小坂零』を基盤とした『スワンプマン』だったのではないかと、『小坂零』の記憶を引き継いだだけの『他人』だったのではないかと、思わせるには十分すぎた。

 

 昔読んだ漫画で、自分以外の周りにいる人たちは中に別の生物が入っていて、常に自分の前では人の皮を被って中の人を隠しているのかもしれないと考えている場面があった。

 もしかしたら自分だけ違う生命体なのではないかという恐怖。

 他の人物たちは全て宇宙人のような偽りだったのかもしれない恐怖。

 そして、その思い込みは本人のみの現実になり、日常生活を蝕んでいく。

 それを人は偏執病(パラノイア)と呼んだ。

 

 『俺』という人格も、『小坂零』の記憶から引きずり出しただけの『作り物』である可能性もあれば、『小坂零』という『転生前の』残骸だったのかもしれない。

 『俺』自身がどう思っているのかは知らないが、ここまで強く意識や記憶を引き継がせることができるのであれば、()()()()()()()()ぐらいの指向性を操作するぐらい造作もないだろう。

 

 わかりやすく言うと、『俺』がただのNPCだったという可能性だ。

 若しくは、私が作り出してしまった人格にも似たものなのかもしれない。

 

 これらに関しては転生させた存在がいたと仮定したもので、もしそれができるのであれば『私』も『俺』も『小坂零』も思考操作をされている可能性がある。

 そうであれば、考えたところで好転することはないだろう。結論に達しそうになったら、記憶を消される可能性まである。

 少し脱線したところで思考を戻すことにした。

 

 

 『小坂零』は死人である。

 

 そんな簡単な事実から、『私』は目を逸らしていた。

 

 

 単純に『小坂零が死んだ』という事実を認めたくなかった。

 通っていた大学を卒業して独り立ちしたかった。表面上の付き合いしかしていなかった友人に別れを告げるぐらいしてもよかった。母親に最後に一言ぐらい何か言えればよかった。

 そして、それを為すことがもうできないという単純な事実に今更気づいた。

 

 

 結局、何もできなかったのが『小坂零』の人生の結果だ。

 

 そんな事実から、今まで目を背けていた。

 

 

 だからこそ、『私』は()として今を生きなくてはいけない。

 『小坂零』の形に拘る必要性はないのだ。

 『小坂零』ではない、『私』としての在り方を作り出さないといけない。

 

 そんな思いが、私の中に木霊している。

 

 ()()()()()()()

 

 そのためにどうすればいいのか、何をすればいいのかが全く分からない。

 目を背けていたものに目を向けた、受け入れた、認識した、理解した。

 そこからどうすればいいのかがまるで分らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………結論はそう難しいことではなかった。

 既に意識は浮上しており、日光を感じられる感覚を得ている。

 つまり、私は『答え』を出していた。

 

 なんでこんな簡単なことに気づかなかったのだろうか?

 

 結論なんて既に分かり切っていたのに。

 

 『小坂零』に綴るのがダメなのなら、『小坂零』との『縁』を切ればよかっただけの話だ。

 

 『私』として生きていくのならば、『前世の小坂零』なんていらない。

 

 『何かが』それを止めようとしているが、そんなことはどうでもいい。

 

 どんなに考えたところで、私は『私』でしかないんだから。

 

 コギト・エルゴ・スムの彼方へ踏み出すことにしよう。

 

 そうしないと、『私』として生きていくことができなくなる。

 

 

「…この世界はどこまでも主観で回っている。

 どれだけ言葉を紡いだところで、どれだけ死者を弔ったところで自分が他人になることはできない。どんなに他の人のことを思ったところで、その人の視点を共有することは不可能だ。

 『相手のことを考えて』ってよく言うけどさ、立場も環境も状態も条件も違う他人のことを、理解することもできないくせに考えて行動することができるって本当に思っているのかい?」

 

「同じ10vの電気を受けたところで、人によって感じるものは違うんだぜ?

 すごく痛かった、結構痛かった、それなりに痛かった、我慢できる程度の痛み、痛いというよりは熱かった、痛くも熱くもなかった、帰って寝たい。

 パッと考えられるところだとこんなものかな?」

 

「『おなかが痛いです』って訴えたところで、本当に痛かったとしても顔が笑顔なら信用されないし、欠片も痛くなかったとしても演技力が高ければ相手に信じ込ませることもできる。

 信じたなら信じた人の中ではそれが真実さ。本人がどう思っていたとしてもね。

 同じ腹痛…まるっきり同じ病状の急性腸閉塞になった患者がいたとして、二人の痛みまでまるっきり同じである証拠はどこにもないだろ?」

 

「痛みなんて電気信号なんだから、同じ電気信号を送れば同じ痛みを味合わせることができるっていう人はさ、人間の感覚が全員まるっきり同じ尺度を持っているっていうことだぜ?

 痛がり、我慢強い、暑がり、寒がり、こういうのは個性だろ?

 人によって違うに決まってるじゃないか。

 それをまるっきり同じ状態だから同じって言いきるのは、人間の個性を否定することと同じだぜ?」

 

「よく正義の味方がさ、『俺とお前は分かり合える』っていうじゃん?

 あれ嫌いなんだよね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってなることを度外視して、分かり合ったんだから俺のこと好きになれよって言ってるみたいで気に食わない。

 分かり合うっていうことは、お互いを理解するってことさ。

 その後にどう思うかは個人の自由のはずなのに、『自称正義の味方』は助けた恩を押し出して懐柔しようとする。

 そんな風に見えているのは、私が捻くれてるからなのかもしれないけどね!」

 

「人間が本当に分かり合いたいなら、その人の人生をまるっきり同じ状態でなぞるのが大前提さ。

 痛覚も味覚も視覚も嗅覚も聴覚も条件も状態も環境も立場も価値観も、呼吸の回数から思考した内容、お風呂に入ってどこから洗うか、何分何秒に出るか、何時に起きようとして5分早く起きちゃったとか、挙句の果てには第六感まで、そういうことも全て踏まえて相手の人生をなぞる。

 そんなこともしないで分かり合ったなんて言うのはただの傲慢だと思うよ」

 

 

「ま、そんなことできる人がいるとは思えないけどね。

 そんなことができる人がいるなら、それはもう『人』を超えた何かさ。

 私の過負荷(マイナス)を用いれば、もしかしたらできるかもしれないけど、先に『私』の精神が持たなくなると思うよ」

 

 

「だからさ、私は『私』がよければそれでいいんだ。

 他の人がどうなろうと、『私』には関係ない」

 

 

「だって、『私』には関係ないんだから!」

 

 

「だから、『小坂零』がどうなろうと、『私』が生きているのなら関係ないんだ!」

 

 

 

 

 

「というわけで、これにて『小坂零』の物語は終わりを迎えます」

 

 

「では、最後にみなさんご唱和ください」

 

 

It's(イッツ) Nothing(ナッシング) All(オール)!!」

 

 

 

 観客が誰もいない狂った舞台の上で、一人の道化(沼男)の出番が終わった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 竹本茂と葛城康平と坂柳有栖の話し合いは、比較的穏便に終わった。

 葛城、坂柳の両名は竹本が来るまでの間に済ませることは済ませて、竹本が来た段階で彼の話を聞く形になった。

 Aクラスのリーダーとしての話を、Aクラスの生徒に聞かれたくないのは仕方ないことだと竹本自身理解していたので、そこには深くかかわろうとしなかった。

 聞いたところで意見を求められても困るし、自分の意見でAクラスをどうこうしようという気は全くなかった。

 それは、良い方向にすることも悪い方向にすることも、どっちだろうがどうでもいいということを本人以外は理解していない。

 

 竹本が聞きたいことは、昨日の辰グループの話し合いで小坂零が何をしたのかということだった。

 

 その言葉を聞いて、一瞬膠着した二人を見逃さずに追い打ちをかけ、畳みかけるようにグループの話し合い後にも彼らだけで話し合いをしたことを聞いた。

 最初は言い澱んでいた二人だったが、食い下がる気配を見せない彼の様子を見て渋々昨日小坂零がやった『演説』について話した。

 それだけではないだろう、という竹本のセリフに再び硬直という反応を返してしまった二人は、仕方なく話し合いの後に3人だけで話し合いをしたことを話した。

 正確には坂柳は何とか話題を変えようと試みたが、葛城が最終決定を含めて話し合いをしたことを言ってしまったためにもうどうしようもなかった。

 また、このセリフによって竹本の評価はこの二人の中で大きく変わることになる。

 この件は誰にも言う気はないと宣言した竹本は、それらを踏まえて今の小坂がどうなってしまったかを考え始める。

 

 だが、それのどれもが小坂零の現状と結びつくことはなくて、一人頭を悩ませることになる。

 話し合いでやらかしてしまった自責の念という可能性はないだろうし。

 そして、話させていた両名に何故それを聞くのか問い詰められて、仕方なく小坂零が今どうなっているのかも説明した。

 

 それを聞いて本気で心配する様子を見せた坂柳と、心配はしているが裏でほっとした感情と何かに不安を感じている瞳をした葛城を観察していた。

 小坂零と話し合ってから、彼は自分の観察眼を養い、伸ばすためによく見ることを意識していた。

 相手の表情、瞳の奥の色、瞳の虹彩の大きさ、沈黙、雰囲気etc…彼は自分で知覚できる範囲の相手の反応を細かく観察することを意識していた。

 これまでの彼の人生経験も後押しし、自分の観察眼に確信めいた何かを持ち始めていた。

 相手の表情の変化から、相手の抱いてる感情を察する。

 相手の沈黙の長さから、相手の思考を辿る。

 竹本茂は、自分が最終的にこの学校内での闘争に生き残るためには、それぐらいできなければいけないと思ったから自分の長所を伸ばすことにした。

 

 先ほど、彼が他のクラスの集まった集団を一人一人眺めていたのも、それが大きな理由だ。

 自分の成長のために、他人の心情を覗き見する。

 自分が生き残るために、他人を踏み台にする。

 自分が勝ち残るために、他の人を利用する。

 それは、どこかの誰かの精神構造に近いものもあるが、方向性が伸ばす(プラス)向きである点が正反対のようにも見えた。

 

 坂柳が様子を見に行こうと提案するが、竹本は小坂がペットボトルをそこらへんに投げ捨てている惨状を思い出して、やんわりと断った。同室の吉田は正真正銘の事なかれ主義なので口出ししていないが、ベッドの脇にペットボトルが散乱している様はお世辞でも綺麗とは言えない。しかも、その大半が半分ぐらい残っている有様だ。飲み散らかすという言葉がそのまま当てはまっている状況だった。

 彼自身、片付けるのが面倒で放置したままにしておいたのが仇になるとは思っていなかった。うわぁ、と言わんばかりに頭を捻る始末だ。

 竹本の断りを聞いてなお、自分だけでも様子を見に行こうとした彼女だったが、本人が弱っている姿を見せびらかすことは友達としてしたくないとの言葉で少し考え直し始めた。

 止めとなったのは、夕食の時間になっても同じ様子だったら教員を呼ぶと宣言したことで、その場は落ち着いた。

 

 その後は話したいことも特になかったので、部屋を後にしようとした竹本だったが、部屋を出る前に坂柳に質問を投げかけた。

 

「綾小路清隆…あいつは()()?」

 

 不意を突くような一言で、彼女の笑みが一瞬だけ凍った。即座に何か返していたが、彼はそれを流してドアの方に振り返る。

 彼女の表情を見て答えを察した彼は、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。

 

 ついでのようなものだった、小坂零が気にしているDクラスの人物が気になっていたということもあるだろう。

 だが、一番彼が注視したところは『見ようとすればするほどわからなくなっていく感覚』を齎す人物が、誰からもマークされていないことなんてありえないと判断したからだ。

 

 昨日の話し合いの中で、彼のグループの中の優待者候補は3人までに絞っていた。

 1人は一之瀬、もう一人は軽井沢という女子生徒、そして最後に綾小路だった。

 一之瀬の裏を読み切ることは今の彼には難しいと判断し、方針を持っていく方向を考慮すると確率としては低いものになるが、彼女が優待者ではないと棄却しきる要素を見つけることができなかった。

 軽井沢は最後のいざこざがあったから注目されたものの、彼の見た範囲内だと何かを知られたくないように携帯で顔を隠しているようにも見えたので確率としては、それなりにありえそうだと判断。

 他の生徒たちの大半が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、彼が嫌いになった『長い物には巻かれろ』といった人間が多く、本心から興味を持っている人を省いた。残った人物も、何かを隠さないといけない使命感に近いものを持っているものも、話の流れで顔色を隠そうともしないものが殆どだったので彼らは違うだろうと判断した。

 

 問題は最後の一人だった。

 振られたときに返すぐらいのことしかしていない彼だったが、何回見ても『底』が知れない。

 いや、『底』というよりは『天井知らず』といった方がいいだろう。

 それぐらい、小坂零と正反対の何かを持っているように見えたと同時に、彼が何を思考しているのかが全く分からなかった。

 表面上の話の流れに感心したり、懐疑的になっている部分は察した。

 だが、表面上の表情は変われど本心とも言うべきものに変化は見えなかった。

 いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そして極めつけに、さっきのBCDクラス連合ともいうべき集まりで彼がいた時だ。上に立つものとしての違和感はあれど、その場の誰とも格を落としていない。

 言うなれば、彼の偽装はクラスメイト以外に露見していなかった。

 それこそ、パッと見た限りだけでは場違いだろうと思うほどに。

 だけど、彼はそこに溶け込んでいる。Dクラスにいる『怪物』が彼じゃなければ、Dクラスは魔窟になってしまう。

 

 廊下を歩きながら携帯でクラスメイト達と連絡を取る彼は、大きなため息をついた。

 Aクラスがいずれ墜ちると言っていたことは、こういうことなのだろうと察してしまったからだ。

 『怪物』とは言いえて妙だったと、感嘆の呟きを漏らすことになった。

 少なくとも、今の坂柳だと勝てるか怪しい。クラス単位の総合力では勝っていたとしても、個人で彼を抜ける人材は今の処存在しないというのが彼の結論だった。

 それは当然、小坂零も含めている。

 方向性の違いもあるが、勝てるビジョンが全く思い浮かばなかった。

 それこそ、いつまでAクラスでいられるかなーと打算するぐらいに、綾小路の規格が自分たちとはまるで違うと理解してしまった。

 

 何か手を打たなければいけないだろうと思うと同時に、今はどうしようもないことを自覚した彼は、昼食まで他のクラスメイト達とこの船を満喫することにした。

 自室に戻ろうかとも思ったが、戻ったところで小坂の様子を見るか寝るぐらいしかやることがなかったためだ。

 それに、今更綾小路という『怪物』を見てもなお、平常でいられるほどメンタルが強くないことも理解していた。

 だから、気分転換がてらこの船を満喫することに決めたのだ。

 

 

 

 それが自分の嫌っていた彼ら(一般生徒)と同じ行動を、自分の意思で選択した事実に気づきながらも。

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …『敗北』との縁『切除』

 

 …『圧死』との縁『切除』

 

 …『気配』との縁『切除』

 

 …『餓死』との縁『切除』

 

 …『苦痛』との縁『切除』

 

 …『事故』との縁『切除』

 

 …『嫌悪』との縁『切除』

 

 …『即死』との縁『切除』

 

 …『憎悪』との縁『切除』

 

 …『自壊』との縁『切除』

 

 …『病気』との縁『切除』

 

 …『忘却』との縁『切除』

 

 …『運命』との縁『切除』

 

 …『溺死』との縁『切除』

 

 …『恐怖』との縁『切除』

 

 …『死』との縁『切除』

 

 …『』との縁『切除』

 

 …との縁『切除』

 

 …の縁『切除』

 

 …縁『切除』

 

 …『切除』

 

 『切除』

 

 『切除』

 

 『切除』

 

 『切除』

 

 『切除』

 

 『切除』

 『切除』

 『切除』

 『切除』

 『切除』

 『切除』

 『切除』

 切除

 切除

 切除

 

 切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切除切切除除切除切除切除切除切除切切除除切除切切除切除切切除切除切除切除切切切除切除切除切切切除切除切除切除切除切除切除切除切切除除切除切除切除切除切除切切除除切除切切除切除切切除切除切除切除切切切除切除切除切切切除切除切除切除切除(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)(セツ)()()()()()()()()()()()()()()(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)(きる)切切切斬切伐切切切斬切切伐伐キル切切伐切キル切斬キル切切きる切キル切斬切きる切切Kill切斬切切斬斬切伐切切Kill切切Kill切切切斬切伐切切切斬切切伐伐キル切切伐切キル切斬キル切切きる切キル切斬切きる切切Kill切斬切切斬斬切伐切切Kill切切Kill切切切斬切伐切切切斬切切伐伐キル切切伐切キル切斬キル切切きる切キル切斬切きる切切Kill切斬切切斬斬切伐Kill切切Kill切切切斬切伐切切切斬切切伐伐キル切切伐切キル切斬キル切切きる切キル切斬切きる切切Kill切斬切切斬斬切伐Kill切切Kill切切切斬切伐切切切斬切切伐伐キル切切伐切キル切斬キル切切きる切キル切斬切きる切切Kill切斬切切斬斬切伐切切Kill切切Kill切切斬切伐切切斬伐Kill伐斬Kill斬Kill切切………

 

 

 

 

 

 

 




 色々考えた結果、プロットを大幅に組み替えることになりました。
 それに伴って今まで構想していたものを修正することにしたのも、不定期更新化の原因になっています。
 また、不定期更新化の大きな理由として、無駄に文章を長く書きすぎて文字数ばかり多くなってしまっていることも理由の一つです。
 週一で投稿することを心がけているのですが、そのせいで話があまり進んでいないのに話数と文章量だけが増えていってしまっています。文字数ばかり多くて中味が薄くなってしまっているので、投稿する期間を決めて短い時間で書き上げるよりも、きちんと話の進む見通しを立てた書き方をしたいと思っています。
 正直なところ作者自身、長すぎて読者側だったら読むのを戸惑う文章量になっています。
 4巻が終わっていないのに40万文字もオーバーしている現状には、無計画さが露呈していると自嘲せざるを得ません。

 チラシの裏に移動した理由については置いておいて、今回の話のちょっとした解説に移ります。
 『転生』…一度死んだ者が生き返った場合、果たして同一人物と言えるかどうか?
 これについて悩んだ結果、無理やりな方法で自我を形成させることにしました。パラノイアのクローン、クトゥルフ神話の復活の呪文。
 『転生者』ってドラクエのザオリクとかのイメージじゃなくて、作者的にはパラノイアのクローンの方が近いと思ってしまっています。
 神様に会った会ってない関係なしに、(思考)はそのままで肉体(クローン)に移し替えている…というイメージになっています。
 これを自覚してしまった場合、人の精神で耐えきれるかどうか? という疑問です。
 精神が肉体に引っ張られるというものもよく見ますが、それで揺れ動いている自我は死ぬ前の自分のものと同じものと言えるのでしょうか?
 確認する手段がない以上、それに気づいてしまったらどこまでも疑心暗鬼になってしまうと思うのです。

 賛否両論あると思いますが、そんなめんどくさいことに気づいてしまった主人公が取った方法が『小坂零』との縁を切ることによって、確固たる自我を形成しようという方法です。
 『我考える故に我在り(コギト・エルゴ・スム)』を体現するために、『私』に混ざっている不純物を取り除こうとしています。
 その結果がどうなるかは次回以降で触れる形になります。

 後書きにて長々と失礼しました。
 次回の投稿は来週の土曜日の午前0時を予定しております。


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34話目 特別試験Ⅱ 最終日

 感想、お気に入り登録、評価、誤字報告ありがとうございます。

 今回は短くしました。
 必要最低限の描写を入れて、キリが良いところで終わらせました。
 普段の半分程度の文字数ですが、思うところがあったら感想やメッセージなどで作者にお教えください。

 また、前回お知らせしたように次回の投稿は未定です。
 お盆がない勢いで忙しいので、9月10月辺りになるかもしれません。


『子、酉、亥グループの試験が終了いたしました。以上をもって全てのグループの試験が終了しました。試験結果発表まで暫くお待ちください』

 

 そのアナウンスは試験結果発表がある今日、船内に流れた。

 それを聞いていた生徒たちの反応は様々だった。

 終わるのが遅いと遊ぶ時間を奪われ続けたことに文句を言う者、今更終わって何の意味があるのかと憤慨する者、どこかのクラスの一人勝ちにならなくてよかったと現状を理解していながらも何もできなかった者、あと一歩でわかりそうだったが他のクラスに先を越されて憤る者、今回の試験の目的がかなり変更になったが最低限のことはしたと割り切った者、自分が当てることはできなかったが他の誰かがやり遂げてくれたと安心した者、優待者を指定されたことに当然と思いつつも遅かったと少し残念に思う者、優待者を指定されたことに仕方ないと諦めた者、そんなこと関係なしに友人と共に船の設備を満喫している者と様々だ。

 

 ■■■は、そのどれにも当てはまらなかった。

 友人と遊ぶわけでもなく、クラス間の争いに興味を示すわけでもなく、特別試験の実情を知らないわけでもない。

 正しい(歪んだ)形で自我を確立させた彼は、自分の思うがままに今を生きていた。

 

 彼との間に壁があった人の隣を歩いて反応を確認したり、自分のクラスのリーダーの近くを歩いてみたり、確実に目をつけられているであろう各クラスのリーダー格をストーキングしたり、教師の隣に座って酒を嗜んだりと様々だった。

 彼が行った結果は、反応はなく、気づかれることもなく、ばれることもなく、指導されることもなかった。

 まるでそこには誰もいないかのように人々は振る舞う。自分から行動を起こさなければ誰も自分を認識することはなかった。

 

 その背景に何があったのかは本人しか知る由はない。

 だが、それを疑問に思うことができる人間は、この船の中に乗船していなかった。

 驚異的な主人公補正(プラス)によって■■■の視線を感じ取る人間が一人いた。しかし、彼がそれに気づいて視線を向けた先には誰も見つけることはできなかった。

 まさしく、絶()調とも言えるべき彼の自由(不幸)を知ることができる者は誰もいない。

 

 それはあたかも、読者(観客)ライトノベル(演劇)読んでいる(見ている)ように見えた。

 二次元と三次元が交差することがないように、登場人物(プラス)負人間(マイナス)が交わってはいけないものだと暗示しているようにも思わせた。

 

 

 

 

 

 

__________________________

 

 

 

 夜の船内で、楽し気に鼻歌を歌いながら歩く人影があった。

 だが、それに気づくものは誰一人としていない。

 教師も、生徒も、スタッフも、誰一人として彼に気づく者はいなかった。

 

 

 気分が良い、それこそ歌の一つでも歌いたくなるくらいに。

 

 この数日を振り返った彼の感想がまさしくそれだった。

 誰からも干渉されることはなく、誰もが彼がいないことに違和感を感じることもなく、彼をいるものとして扱っている始末。

 同じ部屋のクラスメイトでさえ、彼がいないことに疑問を感じることも違和感を感じることもない。

 同じクラスの彼に付き添いを頼んだ彼女でさえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 付き添いの二人も話と変わっていることに()()()を感じることなく、それに応じる。

 そんな彼らを見ながら嘲笑っている彼。

 邪魔なものを取っ払ってしまった結果、()()()()()()()()()人にまで退化してしまった彼に気づく人は誰もいない。

 

 とは言っても、彼が幽霊のような存在になってしまったわけではない。

 声をかければ返事は返ってくる、物を触ることもできれば、食事をとることもできる…自分から行動しなければ相手に気づかれないだけで。

 どこかの『負完全』が行った、『気配をなかったことにした』のと同じだ。

 いや、『負』の量で劣っている分か暴走気味だったかは不確かだが他にも色々()()()結果でもある。

 

 『気配』『憎悪』『嫌悪』、ついでに『違和感』との『縁』を切った。

 

 彼の過負荷(マイナス)足る気配は消え、彼に向く憎悪もなくなり、彼に嫌悪を抱くこともなくなり、彼が()()()()()()違和感を覚えることもない。

 それが、■■■のやったことである。

 たったそれだけのことで、この船に存在するのにも関わらず存在感を察することができる人はいなくなった。

 正しい意味での主人公(綾小路)でさえ、その『運命力』を以てしても気づけなかったのだから相当なものだと断言できる。

 本来勝つはずの主人公(綾小路)過負荷(■■■)に気づくことすらできないのだ。

 このまま暗殺しようと思えばすることもできるかもしれない。

 

 …しかし、その結果がどうなるかは理解しているうえに、()()()()()()()()()から実行する気を持たないだろう。

 根本的なことは変わっていないことを彼は理解している。

 

 『小坂零』との『縁』を切った彼は、『小坂零』の()()()()()()()()()

 

 以前と変わったところとして、『小坂零』ではなくなったという部分があげられる。

 スワンプマンが自我を持った、クローンが生きたいと願った、ホムンクルスが死にたくないと望んだ、その結果生まれたのが■■■という存在だ。

 

 アリシア・テスタロッサという人間のクローン、フェイト・テスタロッサ。

 ミュウを基に作られたミュウツー。

 聖杯大戦の魔力供給のために作られた名もなきホムンクルス(ジーク)

 

 最後は少し違うかもしれないが、彼らと同じく『小坂零』を基に誕生した存在『■■■(名前はまだない)』。

 そう認識し、定義した。

 だからこそ、彼は以前までと違い今を謳歌している。

 完全に定着していた自我を切り離すために行ったそれは、彼の今まで生きてきた人生を否定すると同時に彼の自我を確固たるものに変質させていた。

 

 

 

 

 

 そして彼はこの船旅の、特別試験の終幕を確認するべく、とある場所に向かっていた。

 時刻は午後10時55分。

 カフェテラスには人が徐々に増え、既に満員に近い状態になっている。

 どこかのクラスが終わらせたとしても、それがどこかわかっている人間は少ない。

 また、他のクラスがどうあがいたのかを見物しに来たAクラスの生徒も少なくない。

 

 そんな中、彼は()()と空いている葛城と坂柳の両名が座っている席に座り、違和感なく注意されることもなく時間を待っていた。

 各クラスの代表格は既に各クラスごとに固まっており、話し合いや雑談をしている。当然、勝ち逃げを確定させているAクラスも他のクラスの情勢を見る意味も込めてここに来ていた。

 だが、彼の対面に座っている坂柳も、右にいる葛城も、左にいる橋本も誰も彼について言及することはない。まるでそこに誰かが座っていることを知らないかのように振る舞っていた。さらに、彼の席に近づく者もいなかった。

 

 

 そうして携帯を弄りながら待つこと5分、一斉にメールが届き、当然の如く全員がそれを確認する。

 

『子(鼠)―――裏切り者の正解により結果3とする

 丑(牛)―――裏切り者の正解により結果3とする

 寅(虎)―――裏切り者の正解により結果3とする

 卯(兎)―――裏切り者の正解により結果3とする

 辰(竜)―――裏切り者の正解により結果3とする

 巳(蛇)―――裏切り者の正解により結果3とする

 午(馬)―――裏切り者の正解により結果3とする

 未(羊)―――裏切り者の正解により結果3とする

 申(猿)―――裏切り者の正解により結果3とする

 酉(鳥)―――裏切り者の正解により結果3とする

 戌(犬)―――裏切り者の正解により結果3とする

 亥(猪)―――裏切り者の正解により結果3とする

 

 Aクラス……プラス300cl  プラス450万pr

 Bクラス……マイナス150cl 変動なし

 Cクラス……変動なし      プラス150万pr

 Dクラス……マイナス150cl 変動なし』

 

 予定調和とも言える結果…だがそれは実情を知っていた者たちのみに限る。

 何も知らなかったDクラス及びBクラスの生徒たちは愕然とし、Cクラスの生徒たちは苦虫を噛み潰したようにAクラスが固まっている方向を睨んでいた。

 対するAクラスの面々は、最善ではないものの予定通り終わったことに安堵しつつ他のクラスを見下すように見下ろしている。

 自分が正解者を知らせたわけでもないのに、まるで鬼の首を取ったように彼らを下に見ていた。

 

 各クラスの代表者の反応は様々だった。

 Dクラスの面々は居心地が悪そうに、龍園は次は潰すとばかりにAクラスを睨みつけ、一之瀬と神崎はBクラスの生徒たちに情報開示を迫られていた。

 そして、Aクラスのリーダー両名はクラスメイト達に持て囃されることになる。

 

 静寂で包まれていた夜の船上から、徐々に騒々しさが増しつつある。

 そんな中で、既に興味をなくしたと言わんばかりに彼は再び歩き出した。

 人々は無意識的に彼に道を譲っているように見えるが、それを認知することはできない。

 表舞台から去った彼を追う者は誰もいない。

 それは、主人公でさえ例外ではなかった。

 

 

 




 『死』との縁を『切った』後で、『小坂零』との縁を『切って』います。また、『発狂』や『精神崩壊』などの縁も切っているので、『(■■■)』として生存しています。
 順番が逆だと死にます。『小坂零』だと認識している今から、『小坂零』が剥奪されることと同義になるので、自分(小坂零)を殺さなければ『小坂零』が消えることはなくなるからです。
 と、面倒な話は置いておいて4巻で終わらせなければいけないことは終わったので次に進みます
 次回は4.5巻に入る予定です。
 ここは軽く流して早めに5巻に突入するつもりです。

 また、未成年者の飲酒は法律で禁止されています。
 真似をして教師の前で飲酒をすることはおやめください。当方は責任を負うことができません。

 前書きの通り、次回の投稿は未定です。
 今月はかなり厳しいので、9月か10月辺りになるかもしれません。
 


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