転生超人奮闘記 (あきすて)
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転生超人出現! の巻

 

 

 ここはキン肉星、マッスルガム宮殿。

 いま正に、唯一無二の転生超人が誕生しようとしていた。

 

「王子! サダハル王子! お待ち下され!」

 

「べーっだ。待ってやらないよーだ」

 

 齢5歳。

 王子と呼ばれ家庭教師から逃げる子供の名はサダハル、姓をキン肉といった。

 団子っ鼻にタラコ唇、後の世、あるいは別の世界でキン肉マンと呼ばれる超人とよく似た風貌の幼子だ。

 

 わんぱく盛りで勉強をするよりも身体を動かしたいサダハルは、退屈な家庭教師の授業を抜け出していた。

 

 タッタッタッと軽やかに広い廊下を駆け抜けていく。

 

「きゃっ!?」

 

 曲がり角で飲み物を運ぶメイドにぶつかった。

 

「申し訳御座いません! 王子!」

 

 ぶつかった相手が我が儘な方の王子であると気付いたメイド姿の少女は、土下座をする勢いで慌てて頭を床へとこすり付ける。

 

「ん? あぁっ、そうだぞ。気を付けないとダメじゃないか」 

 

 それを見たサダハルは胸を張って威張ってみせた。

 走るべきではない廊下を走り、急に飛び出したのは自分であり、むしろ悪いのは自分の方なのに相手が謝るなんとも不可思議な光景。

 

(ま、俺って王子だしな…………あれ? 俺は王子なのか? 確か、しがないリーマンだった……ってリーマンってなんだ??)

 

 成長期を迎え自我が定まりつつある芽生えの中で、類い希な才能を持つサダハルは前世の記憶をも会得しようとしていたのだ。

 しかし、サダハルであっても突然の自我の混濁には対処が追いつかないでいた。

 

「サダハルっ!!」

 

 混乱するサダハルの頭にガツンとゲンコツが落とされた。

 

「た、タツノリ兄さん……?」

 

 頭を押さえたサダハルは涙目になりながら自身にゲンコツを落とした相手、キン肉タツノリを見上げている。

 

(タツノリ……タツノリ…………キン肉タツノリって、キン肉マンのご先祖様じゃ?)

 

「いつも言っているだろう? 私達は王族であるまえに一人の超人なのだ。超人として誰しもが持つべき優しさを忘れてはいけない。私達は民が王族と認めてくれているから王族でいられるのだからな? 全ての人々から賛同を得るのは難しいことだが、模範となるべく自らの行いを律し、日々精進すること…………聞いてるのか、サダハル!? どうした!?」

 

 腰を落としてサダハルと目線を合わせたタツノリは、彼なりの王族としての心構えを優しい口調で説いていく。

 その途中、聞いているハズのサダハルの身体がグラグラと揺れたかと思うと、そのままバタンと廊下に倒れ込んだ。

 

「だ、誰かっ!? 医者を呼んでくれないか!?」

 

 自身のゲンコツのせいでサダハルが脳振とうを起こしたかと、なんだかんだで年の離れた弟には甘々のタツノリは大慌て。

 サダハルが倒れた実際の原因は、前世を思い出したせいで一気に情報が流れ込ん事で発した知恵熱だ。

 

 しかし、そんな突拍子も無いことが弟の身に起きていると知るよしもないタツノリは、駆けつけた衛兵に運ばれていくサダハルを心配そうに見守るのだった。

 

 

◇◇

 

 

 サダハルが倒れて三日。

 妙にスッキリとした気分でサダハルは目を覚ました。

 

「おはよう、タツノリ兄さん」

 

 目覚めたサダハルがまず目にしたのは、自分の部屋には無かったハズの小さなテーブルの前で書類と格闘する兄、タツノリの姿だった。

 

(次期大王は大変だな…………絶対やりたくねぇー)

 

 看病の現場にまでテーブルを持ち込んで書類仕事に終われる兄の姿に、サダハルはこうは成りたくないと心に誓う。

 幸いにして自分は第二王子。

 一方のタツノリと言えば、ご先祖様と言えばタツノリ様! と必ず名前が挙がる程の偉人だ。

 自分には大王なんて面倒な役回りはやって来ないだろうと考える。

 

「さ、サダハル! 目が覚めたのか!?」

 

「うん。もう大丈夫だよ。心配かけてごめんなさい」

 

「い、いや、私の方こそ済まなかった」

 

 良く言えば、わんぱく盛り。

 悪く言うなら、生意気な糞ガキ。

 そんなサダハルが素直に謝る姿に面食らいながらも、成長したと内心で喜んだタツノリだったが、それでも自分が悪かったと頭を下げる。

 

「違うよ。僕が悪かったんだ。コレからは気を付けるから兄さんは謝らないでよ」

 

「し、しかしだな……」

 

「大丈夫だって。ほらっ! この通り元気だし、兄さんはこんな所にいないで仕事してきなよ」

 

 ベッドの上で立ち上がったサダハルは、ジャンプ1番跳び上がり、クルッと1回転して床に降り立ってみせた。

 

 キン肉タツノリとサダハルの父。

 つまり現大王は万日咳という奇病を患い、長い間病床についていた。

 その父の名代として執務を行うタツノリは、忙しい日々を送っている。

 そんな兄の手をこれ以上患わせるワケにはいかない、との演出だ。

 

「……そうだな。何か有ればそこのハラミさんに頼んで人を呼んでもらい、きちんと観てもらうのだぞ」

 

「分かってるよ。兄さんは心配症だなぁ……って、なんでその人が居るの?」

 

 タツノリが指し示した方を見ると、先日ぶつかった相手であるメイド姿の少女が緊張した面持ちで立っている。

 

「彼女はお前が倒れる事になった原因の一端が自分にあると責任を感じ、専属のメイドとして名乗り出てくれたのだ」

 

「ハラミと申します。今日から宜しくお願いしますっ」

 

 サダハル付きのメイドと言えば、無職に向けての片道切符。

 マッスルガム宮殿内ではそう噂される役職だ。

 子供ながらに馬鹿げた体力を誇るサダハルとの追い掛けっこで体力的に疲れ果て、管理不足と上役からネチネチ責められ精神的にも疲れ果て、皆が皆とも宮殿を去っていくのである。

 

 そんな役職に自ら名乗り出たハラミ(12歳)の内心は、悲壮感でいっぱいだった。

 

「うん、よろしく」

 

「では、安静にな」

 

 サダハルがハラミに対して特に嫌がる素振りを見せない事を確認したタツノリが部屋から立ち去る。

 

 サダハルと二人残されたハラミの緊張度合いが高まっていく。

 

「も、申し訳御座いませんでしたっ」

 

 タツノリの足音が聞こえなくなるのを待って、ハラミが頭を下げる。

 彼女はホルモン族の期待を背負ってこのマッスルガム宮殿にやってきていた。

 いくらタツノリから謝罪の必要はないと言われようとも、王族とぶつかったというのはそれだけで罪である。

 我が儘王子に面白半分で糾弾されてしまえば、周囲の者達は秩序を護る為に同調せざるを得なくなり、自分の宮殿務めが終わってしまう。

 

 無職に向けての片道切符と言われようとも、メイドとしてサダハルの側に仕え、何とかご機嫌を取るしかハラミには無かったのである。

 

「こっちが悪かったし別にいいよ」

 

「え? あの、許して頂けるのですか?」

 

 あっさりしたサダハルの答えに、ハラミは自分の耳を疑った。

 サダハルと言えば、人を困らせる事が好きな我が儘王子との評判だ。

 

 実はこの評判は大きな間違いであり、サダハルが好んで見ていたのは“自分が理不尽な振る舞いをした時の大人達の対応”である。

 マッスルガム宮殿内とはいえ、子供が誰一人としていないわけではない。

 その子供達が何かをした時の大人達の態度と、自分が何かをした時の大人達の態度が違いすぎた。

 その理由を幼いサダハルは知りたかった。

 兄であるタツノリからは王族と聞かされていたが、王族とは何なのかをサダハルは知りたかったのである。

 

 そして、前世の知識を我が物にした事でこれらの疑問は解消し、サダハルは新たな課題を得たのだった。

 

「許すからさ、黙っててくれない? ちょっと考えたいことが有るんだ」

 

「は、はい」

 

 サダハルが得た新たな課題。

 それは、今後の自分の身の振り方だ。

 流入してきた科学的な知識等はなんの役にも立たない無用の知識で、記憶の彼方に捨て置いてなんの問題もない。

 億年の時を超えて発展を続ける超人達の科学技術は、ワープ航法さえも可能にするレベルに達している。

 日常生活において超人達が科学技術をあまり用いないのは、昔ながらの生活こそが生物としての退化を防ぐと学んでいたからだ。

 

 従って、サダハルが得た知識の中で重要なのは、人として生きた経験であり、普遍的な物事に対しての価値観や認識。

 そして、何より重要なのは、漫画・キン肉マンの知識だろう。

 

(とりあえずタツノリ兄さんが大王になるのは確定事項として、俺は……どうするかな)

 

 漫画・キン肉マンの中には自分の名前は一度たりとも出てこないからには参考にしようがない。

 もっとも、自分の名が有ったとしてもその通りに動く気は更々無い。

 

 ただ、漫画・キン肉マンとは関係なしに第二王子という立ち位置は、あまり好ましくない立場であるとは理解した。

 自分にそんな気が無くとも周りの人間次第では、兄であるタツノリと敵対する可能性を秘めている、と。

 考えすぎと言われようともタツノリを尊敬しているサダハルには、看過することは出来ない可能性だ。

 

 大王となるべき兄の足枷にはなりたくない。

 それには自分が何も成さず、貝の様に静かに暮らすのが1番だろう。

 しかし、サダハルは自分がそんな献身的な真似が出来るほどの人徳者だとは思っていない。

 

「やっぱり超人レスラーにでもなるしかないか」

 

 散々悩んだあげくサダハルは、政治の世界には一切関わらず超人レスラーとして最強を目指す事にした。

 キン肉サダハルの名が歴史に残らず、漫画・キン肉マンの中で登場しないのは、きっと自分が論ずるに値しないひと山いくらの凡夫だったからだろう。

 だが、前世の知識を得て転生超人となった今ならば、まだ観ぬ強豪超人とも渡り合う事だって出来るはずだ、と。

 

(一応、キン肉王族の端くれだしな)

 

 小さなサダハルの大きな決意。

 

 それを聞いていたハラミは、明日からの役目を思い大きな溜め息を吐くのだった。

 

 







 
専属メイドとなったハラミの運命とは!?


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超人レスラーになりたい! の巻

 

 

 

 サダハルが転生超人となって一月あまり。

 少しの落ち着きを身に付けたものの、その生活の様相はあまり代わり映えしていなかった。

 

「王子! お待ち下さいっ!

 待って! 待ってってば! 早すぎますって!!」 

 

 マッスルガム宮殿の中庭を駆け回るサダハル。

 それを必死に追い掛けるハラミ。

 今では見慣れたいつもの光景。

 以前と違うのは、走るサダハルが座学を終わらせているので追う必要がなくなった家庭教師に代わり、目を離してはいけないハラミが追い掛けている事だろうか。

 

「ハラミが遅いんだって!」

 

 人の身では決して出せない速度で走り、決して跳び越えられない障害物を易々と飛び越え、どこまで走っても疲れない。

 

(超人ってスゲぇ!)

 

 サダハルは身体を動かす度、感動を覚えずにはいられなかったが、実はコレ、凄いのは超人だからではなくサダハル自身のスペックだったりする。

 その事実にサダハルが気付くのは、もう少しだけ先の話となる。

 

 

 自身のハイスペックに気付かぬままに5年の月日が流れ、サダハルは齢10歳の春を迎えていた。

 前世で云うところの小学5年生に相当する年齢だが、162センチ64キロ。全身が筋肉の鎧で包まれているかのようなサダハルを見て、小5と見抜ける地球人は少ないだろう。

 

 ともあれ立派に成長しつつあるサダハルは、そろそろ自分の考えを兄に伝えておこうとハラミを従え、タツノリの執務室へと足を運んだ。

 

「兄さん、話があるんだ」

 

 ドアを開けるなり要件を切り出すサダハルに、ハラミの顔が青くなる。

 キン肉大王の名代であるタツノリの執務室と言えば公式も公式な場所である。

 例え肉親であってもアポを取らずフラッと気軽にやって来て良いはずもなく、その証拠にタツノリお付きの役人達からの刺すような視線がハラミに向けられている。

 

(だって、言っても聞いてくれないんだもん。私にどうしろって言うのよっ!)

 

 サダハルは、人としての気配りや挨拶ならある程度は出来るくせに、王族としての立ち振る舞いは幾ら言ってもやってくれない。

 むしろ、分かった上でやらない節さえあるとハラミは常々思っていた。

 

「どうした、サダハル?」

 

「超人レスラーになりたいんだ」

 

「ずいぶんと急な話だな」

 

 執務を行う動きを止めたタツノリは、顔を上げてサダハルへと視線を向けた。

 

「急なんかじゃないよ。ずっと前から考えていんだ……王族としての仕事なんかやりたくないし、かと言って何もしない穀潰しに成りたいわけでもない。自分に何が出来るか? そう考えた時に超人レスラーに成りたいって思ったんだ」

 

「そうか……」

 

 サダハルの真剣な訴えを受けたタツノリは、ペンを置くとテーブルの上で肘を突き手を組合わせて考える。

 子供が言う“ずっと前から”がどれくらい前かは定かでないが、少なくとも昨日今日の話ではないだろうと。

 すると、この子はもっと幼い頃から兄である自分を気遣い、王族として振る舞うわけにいかないと、別の道を模索していたことになる。

 

(サダハル……お前は本当に良く出来た弟だ)

 

 ほぼ正確にサダハルの真意を読み取ったタツノリは、何処かの三男が聞けば怒り狂うであろう想いを抱いた。

 そして、ゲンコツを落として叱りつけていた昔を懐かしく思う。

 思い返せばあの日を境にサダハルの我が儘はなりを潜め、その代わりとばかりにわんぱく具合が度を増した。

 今も部屋の隅に控えるハラミの心労具合を考えれば、頭が下がる想いだが、それもこれもサダハルなりに身体を鍛えていたということだろう。

 

「いいだろう。明日から衛士の者達の鍛錬に加わってみると良い」

 

「えー? 今日からじゃないの?」

 

「今日の今日では衛士の者達が戸惑うであろう。先ずは通達を出し、お前を受け入れる体制と心構えを整えてからだ」

 

「分かってるよ。王族は面倒くさいっ、てさ。じゃあ明日からだね」

 

 用は済んだとばかりにサダハルは、背を向ける。

 

「サダハル! 超人レスリングとは厳しい世界だぞ」

 

 去り行くサダハルを呼び止めたタツノリは、無用の心配とは思いつつも覚悟を確かめた。

 

「知ってるよ。いっぱい負けるかもしれない。でもキン肉族として恥じない超人レスラーになれるように頑張ってみるよ」

 

 振り返り気味に俯いたサダハルは自信なさげな言葉とは裏腹に、その瞳には強い決意の光を灯していたのだった。

 

 

 

 

 明けて翌日。

 サダハルは衛士の中でもエリートが集う室内鍛錬場へとやって来ていた。

 

「王子、ようこそお越しくださいました。我々一堂歓迎致しますぞ」

 

 居並ぶ衛士の中でも、一際立派な体躯の持ち主、隊長が一歩歩み出て社交辞令的な口上を述べる。

 それに合わせる様に衛士達が一斉に足を揃えて姿勢を正す。

 

「あぁ、今日から宜しく頼むよ」

 

 一糸乱れぬ歓待を軽やかにスルーして自然体のままで挨拶を返すサダハル。

 ただの子供なら自分は偉いと思い上がってもおかしくないが、転生超人であるサダハルには通用しないのである。

 強いて感想を述べるなら、宮仕えは大変だね、だろうが敢えて口にすることでもなかった。

 

「で、では、こちらにどうぞ。先ずは基本となるパンチから身に付けていきましょうぞ」

 

「ん…………そうだね」

 

 サダハルとしては超人レスラーならではの必殺技を早く試してみたいところであったが、前世を含めて格闘技を学んだ経験がない。

 基本を身に付けるとの言い分は納得がいくものであった為、隊長の勧めに従い、吊されたサンドバッグの前へと移動する。

 

「まずは思いのままにパンチを放ってみてくだされ。少しアドバイスをするならば、この様に脇を締め……腕だけでなく腰の回転を使って…………打ち抜くっ!!」

 

 実演を交えて隊長がサンドバッグを打ち抜いた。

 派手な音を立てたサンドバッグがギシギシと音を鳴らして振り子のように揺れている。

 

「なるほど……こう、かな?」

 

 見よう見まねでサダハルはパンチを放つ。

 ぱふっとした情けない音を立てただけで、サンドバッグは揺らがない。

 

「ハッハッハ。王子、こうですぞ」

 

「分かってるから。ちょっと黙っててくれない?」

 

 もっとシャープに。

 もっと全身を使って。

 全体重をぶつけるイメージで。

 

 サダハルは試行錯誤をしながらパンチを一発、二発と放っていく。

 一発毎に響く音が大きくなり、サンドバッグの揺れが大きくなっていく。

 

 そして、10発目。

 サダハルのパンチを受けたサンドバッグは揺らぐ事無く、静かに砂を流れ落としていた。

 

「随分と脆いサンドバッグだね」

 

 サンドバッグから腕を引き抜いたサダハルは、手をハタキながら呆れた様に穴の空いたサンドバッグに視線を送る。

 

「は? ハッハッハ………そ、そうですな。老朽化が進んでいたのでしょうな」

 

 隊長の口から乾いた笑いが漏れる。

 確かこの一角は兄馬鹿を発揮させたタツノリの指示の元、徹夜で新設した区画のハズだった。

 

「兄さんに頼んで新しくしてもらおう。こんなんじゃ君達だって鍛錬に身が入らないでしょ」

 

「お、お願い致します。で、では、次はキックですな」

 

 きっと不良品が混じっていたのだろう、そうに違いない、と考える事を放棄した隊長は、気を持ち直して下段、中段、上段へとキックを巧みに蹴り分け放ってみせた。

 

「なるほど……こう、かな?」 

 

 それを見たサダハルもキックを放っていく。

 今回は口を挟まないで隊長は黙って見ていた。

 パンチの時と同じように、サダハルのキックは一発毎に鋭さを増していくのは誰の目にも明らかだった。

 

(て、天才だ……ま、間違いない。この御方はまれに見ぬ天賦の才を持っておられる)

 

 衝撃を受ける隊長。

 

 いつしか他の衛士達も鍛錬の手を止め、サダハルの動きに目を奪われていた。

 そして、多くの衛士達が見つめる中、サダハルの蹴りでサンドバッグが上方へと持ち上がる。その勢いでサンドバッグはチェーンを引き千切り、床へと落ちた。

 

「コレもダメみたいだね。こんなんじゃ危なくって君達も安心して鍛錬に励めない……そう、兄さんに伝えておくよ」

 

「さ、左様ですな。お心遣い、痛み入ります」

 

「サンドバッグはダメみたいだけど、次はどうしよう? スパーリングでもやる?」

 

 サダハルの言葉を聞いた周りの衛士達はサッと目を逸らす。

 

 スパーリングなんかやったら死ぬ。

 頑張れ、隊長! と、衛士達の心が一つになった瞬間だった。

 

「い、いえ。それは早う御座います。シャドーレスリングというのはご存知ですかな?」

 

「シャドーボクシングなら知ってる」

 

「それはよう御座いました。それのレスリング版と考えて頂ければ宜しいかと。王子はまだまだ子供ですからな。今は無理をせずシャドーを相手にしっかり基礎を固めるのが肝要かと。あ、そうそう。忘れる所でしたが、受け身というのも御座いまして、この様に…………こうやって衝撃を逃がすのです。これならばお一人でも励めますぞ」

 

 タツノリ直々に宜しく指導してやってくれ、と言われていた隊長だが、彼とて命は惜しい。

 武を生業に生きるハズの隊長の舌は、文を生業に生きる者達以上に良く回り、身体も回転させて受け身を教え、サダハルの反応を伺った。

 

 これでサダハルが納得したならば、一応は指導の役目も果たした事になるとの算段だ。

 

「ふーん…………ま、それもそうか。基礎は大事だ。でも、いつまでやれば良いと思う?」

 

「そ、そうですな……2年。2年の間はシャドーレスリングに励んで基礎を身に付けてくだされ」

 

 隊長は2年を表すピースサインをサダハルに向けて超人の神に祈った。

 問題の先送りだとは分かっていても、サダハル相手にスパーリングをやるよりはマシに違いない。

 

「うん。まぁ、そんなもんかな? じゃあ手間を取らせて悪かったね。後は自分で頑張ってみるよ」

 

 サンドバッグが相手とはいえ、実際にパンチやキックを放ってみたサダハルは手応えを掴んでいた。

 超人としての本能か、動けば動く程どうすれば良くなるか自然と理解が出来たのである。

 これ以上は税金で雇われる衛士の手を患わせる事も無いだろうと、隊長の言い分を受け入れたのだった。

 

「ハッ!」

 

 敬礼して離れた隊長は胸を撫で下ろした。

 

 残されたサダハルはスパーリングが出来ない事を少し残念に思いながらも、黙々とシャドーレスリングを続けた。

 今のサダハルにとって何より大事なのは、自分が超人レスラーを目指していると周知させることにあったからだ。

 

 

 

 

「王子、お疲れ様でーす」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 たっぷりの汗を流したサダハルは、少しの休憩を挟もうとベンチに向かい、ハラミからタオルを受け取ると腰を下ろした。

 

「王子ってあーゆーのはやらないんですか?」

 

 退屈そうに足をブラブラさせてベンチに座るハラミが指差す先では、衛士達が腕立て伏せや腹筋、スクワットを行っている。

 

「ん? 筋トレか。あれはまだ必要ないかな。よく考えたら僕って10歳だし、付きすぎた筋肉は成長に良くないって聞くし」

 

「よく考えなくても王子は10歳です。王子ってたまに可笑しなこと言いますよね。それに、手遅れじゃないですか? もう凄い筋肉してますよ」

 

 サダハルに並んで座るハラミはそう言って、盛り上がる肩の辺りの筋肉を指先でつついている。

 

「コレは勝手に付いた自然な筋肉だから別に良いんじゃない?」

 

「え? 筋肉って勝手に付くものでしたっけ?」

 

 アゴに指先を当てたハラミが、少しあざとい位に小首を傾げている。

 

「さぁ? でも、キン肉族なんだからコレで普通だよ…………多分」

 

「私は違うような気がしますけどね。あっ!! そう言えば! 私のこれ、どうしてくれるんですか!? 絶っ対、王子のせいですよ!」

 

 急に何かを思い出したかの様に立ち上がったハラミは、服をたくし上げると綺麗に割れた腹筋をサダハルへと披露する。

 毎日毎日サダハルを追って走り続けた結果、ハラミは見事なボディを手に入れていたのである。

 

「へー、凄いじゃん」

 

「凄くないですっ。こんな筋肉してたらお嫁に行けませんっ。私はきっと王子のお世話で振り回され、一人淋しく死んでいくんですっ」

 

 ハラミは両手の甲を目に当て泣き真似をしながら、チラチラとサダハルを見ていた。

 

「そう思うなら辞めれば良いよ。別に宮仕えを辞めたからって死ぬ訳でもないからね。人は好きな事、やりたい事をやって思いのままに生きられたらそれが1番だ」

 

 これは、サダハルの本心だった。

 そして今の自分は、可能な範囲で自分のやりたい事をやるためだけに生きていられている。

 それもこれも、兄であるタツノリが身を粉にして王族としての責務を果たしてくれているからだ。

 やっぱり兄には頭が上がらない……サダハルは、ひょんな事から兄への尊敬の念を再確認する。

 

「それが出来れば苦労はしませんっ。って、そうじゃなくって私が言いたいのは、責任取って欲しいっていうか、いつかお嫁さんになりたいなぁ…………って、何処行くんですか、王子!?」

 

「ん? 走ってくる。走り込みは基本中の基本」

 

 一人身をくねらせ始めたハラミを放置したサダハルは、渡されたタオルを首に巻いてベンチを離れていた。

 転生超人であり難聴ではないサダハルには、ハラミが何を言おうとしているのか十分に理解出来ていたが、今はそれに応える気はなかった。

 

 問題の先伸ばしである。

 

「ま、待って下さい。  

 待てって言ってるでしょ!?

 王子に万一のことが有ったら私が怒られるんだからぁ!」

 

 叫びを上げたハラミはスカートを捲り上げて硬く結ぶと、サダハルを追って掛け始める。

 言うまでなくハラミはスパッツを着用しているので見られても問題なく、それを知らない衛士達がガッカリしたのは余談となる。

 

 

 そして、あっという間に2年の月日は流れ、いよいよサダハルはスパーリングの時を迎えるのだった。

 

 

 






 初のスパーリングでサダハルが繰り出す大技とは!?


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キン肉バスター誕生! の巻



サダハルの強さはほぼ公式通りです。

二次的強化ではありません。


 


 

 

 マッスルガム宮殿内にある室内鍛錬場。

 そこに特設リングが組み上げられていた。

 

 そのリングサイドでは今か今かと待ち侘びるサダハルと、いつも通りに付き従うハラミの姿があった。

 キン肉サダハル、12歳。

 前世で云うところの中学1年生に相当する年齢だが、176センチ80キロ。マスク姿も相まって中1と見ぬける地球人はいないだろう。

 

「やっぱりあの人達は王子の相手をしてくれないんですね」 

 

 少しトゲ有る言い方をしたハラミが言う“あの人達”とは衛士達の事である。

 サダハルに手解きらしい手解きをせず、遠巻きに見ているだけだった衛士達をハラミは快く思っていなかった。

 そして、今日のスパーリング相手も衛士達の中から選ばれた者ではなく、兄馬鹿を発揮させたタツノリが“サダハルに相応しい相手”と、大枚を積んで呼んだ超人レスラーであった。

 

「仕方がないだろ? 彼等は衛士として雇われているんだ。俺の相手をするのは仕事じゃない。彼等にはキン肉星を守り、マッスルガム宮殿を守るという使命がある。俺の相手をしている暇がないのは当然だ」

 

 一方のサダハルは衛士達に何ら思うところはなかった。

 そもそも自分は肉体一つを武器に闘う超人レスラーで、彼等は時には武器を用いて闘う城の衛士である。 

 闘うべき土俵が違うのだから、共に鍛錬に励むには無理があるとの認識だ。

 

「…………王子って、たまーにですけど良いこと言いますよね。普段からもっと話した方が良いんじゃないですか? きっと評判が上がりますよ」

 

「…っ!? べ、別に周りの評判なんてどうだって良いからな。俺は超人レスラーとして強くなる……それだけだ」

 

「ふーん? 王子がそう言うならそう言う事にしておきますね! じゃあ私は実況席に行きますから、頑張ってください」

 

 サダハル付きのメイドとなって7年。

 19歳となったハラミは、サダハルが意図的に王族として振る舞っていないと気付いていた。

 根は真面目なはずのサダハルが、王族としての振る舞いを求められる時に限って『面倒くさい』と渋り、時には役目そのものをすっぽかしていては、気付かない方が無理な話である。

 そして、その意を汲んでいるハラミは、サダハルを王族として必要以上に持ち上げる事なく、肩の力を抜いて気軽に接していたのであった。

 

 

『キン肉チャンネルを御覧の皆様こんばんは! 

 本日はキン肉サダハル選手による特別公開スパーリングを、解説に隊長さん、特別ゲストにキン肉タツノリ様とアレキサンドリア・メンチ様をお迎えして、実況、ハラミでお送りしたいと思います』

 

 マッスルガム宮殿の中でのみ放送されているキン肉チャンネルは遊び心で出来ている。 

 素人のハラミが実況アナウンサー役を買って出ても止め立てする人は無く、まんまとお偉方に混じって放送席に座っていた。

 

『こんばんは』

『宜しく』

『ヒョッヒョッ』

 

 バーベキュー族の隊長。

 キン肉族のタツノリ。

 シュラスコ族のメンチが揃って頭を下げる。

 

 ここにホルモン族のハラミを加える事で、奇しくも四大氏族が放送席に揃い踏みしたことになる。

 

『それにしても楽しみな1戦に成りそうですね。

 解説の隊長さん、ズバリ見所は?』

 

『サダハル選手はコレが初めての対人戦になりますから、どれだけやれるのか要注目です』

 

『そうなんです! 私が手にした情報によりますと、なんとサダハル選手は2年もの間、一人でシャドートレーニングに励んでいたそうです。一体、周りの大人たちは何をしていたんでしょうか?』

 

『それはですな……立派な体躯をしているサダハル選手ですが、実はまだ12歳。きっと、大事をとって大切に育てられたのでしょうな』

 

『上手いこと言いますね。さすがに解説の隊長さんです。そういうことにしておきましょう。

 さて、皆様が気になる対戦相手なんですが…………えっ? コレって大丈夫なんですか? ゲストのタツノリ様はどう思われますか?』

 

 対戦相手の資料に目を通したハラミが信じられないといった様相で、この相手を手配したタツノリに答えを求めた。

 ハラミが目を疑った資料には、“キン肉星系ヘビー級トーナメント覇者・レオパルゴン”と書かれていたのである。

 サダハルが天賦の才を持っているのは、格闘技を知らないハラミにでも分かる事であったが、初戦でチャンピオンが相手というのはいくらなんでも無茶ではないか。

 

『コレはあくまでもスパーリング。レオパルゴン選手が相手でも問題は無い。サダハル選手には超人レスラーの高みを知る良い機会になるだろう』

 

『ヒョッヒョッヒョッ……タツノリ殿の思惑通りにいきますかな?』

 

『2人とも、ちょっと何言ってるか分かんないですね。

 でも! サダハル選手ならきっとやってくれると信じて、皆で応援しましょう。

 あっ、今、サダハル選手がリングインしました。そして、反対側のコーナーにレオパルゴン選手が姿を現していますが、やはり大きいですね。資料によりますと身長223センチ、体重が427キロです…………って、ホントに大丈夫なんですか?』

 

『問題ない』

 

 リングの中央で向かい合う二人の姿は文字通りの大人と子供。

 そして、それ以上の体格差がある。

 ハラミでなくとも心配になるが、タツノリは腕を組んだままジッとリングの上を見ていた。

 

ーーカーンっ!!

 

『さぁっ、たった今闘いのゴングが鳴り響きました!

 先手を取ったのはサダハル選手! 猛然とレオパルゴン選手に突っ込んでいきます!』

 

『様子を探るよりも、自分が身に付けた基本のパンチが効くのか確かめたいのでしょうな』

 

『それはそうですね。長年続けたシャドートレーニングに効果が無かったら馬鹿みたいです。効果がなければ責任問題です!

 是非にも効果があって欲しいサダハル選手のラッシュ、ラッシュ、ラッシュ!! 巨体を誇るレオパルゴン選手を相手に怯む事なく打ち続けていきます! 

 コレは、効いているのでしょうか? ゲストのメンチ様』

 

『ヒョッヒョッ……見ておれば分かる事。全っく……騒々しい嬢ちゃんじゃわい』

 

 小さな体に大きな頭。

 シュラスコ族のメンチは愉しげにしている。

 

『えーっと……私は喋る為にココに、いえ何でもありません。

 おーっと、ここでサダハル選手のハイキックがレオパルゴン選手の左肩に当たったーっ!』

 

『おそらくは顔面を狙ったのでしょうが、身長差が有りすぎますな。レオパルゴン選手の顔面を捉えたいなら、頭を下げさせる工夫が必要ですぞ。しかし、実戦練習に乏しいサダハル選手にはそれは難しいですな』

 

『実戦練習に乏しいのは一体誰のせいなのか、問い詰めたいところではありますが、この間にもサダハル選手がローキックの嵐を繰り出しています!

 堪らずレオパルゴン選手が片膝を突いた! 

 そして、サダハル選手のローリングソバットだ!』

 

『これは…………見事な空振りですな。やはり実戦練習の少なさ故に距離感が掴めないのでしょう』

 

『だから、それは一体誰のせいなのか!

 あー見えてプライドが高いサダハル選手ですから、恥ずかしさを気にするあまり、引き籠もってしまわないか心配になります』

 

『問題なかろう。プライドの高さ以上に芯の強い男でもある。サダハルならばこの失敗をバネにすると確信を持って言える』

 

『ここでタツノリ様の兄馬鹿節が炸裂! あっ…いえ、すみません私もそう思います。

 あーっと、立ち上がり体勢を立て直したレオパルゴン選手のガードが崩れています! 左腕が下がっています。これはガードを下げてサダハル選手を誘う戦法でしょうか?』

 

『ヒョッヒョッ……やはり効いておるようじゃな』

 

『何がやはりなんでしょうか!? まるで後出しジャンケンですっ。あっ、ごめんなさい。

 

 ゴホン。

 

 ここでレオパルゴン選手が攻勢にでる模様です。無事な方の右腕を水平に構えてラリアットの体勢に入る! しかし、サダハル選手、それをダッキングで交わして背後に回り込んだ!』

 

『これはっ……投げ技に入る様ですな』

 

『果たして投げられるのかっ! サダハル選手の両腕に力が籠もりますっ。そして、浮いたぁ-! レオパルゴン選手の巨体が浮きました。後方に投げる……えっ? こんなのアリですか? 背中の砲身がリングに突き刺さり、レオパルゴン選手ダメージを負ってません!! ズルイです!!』

 

『これは、超人レスリングあるあるですな。相手の体格を考慮せずに技をしかけて不発に終わる。初心者だけでなく冷静さを欠いた時にも見られる現象ですな』

 

『なるほど。しかし、このレオパルゴン選手の砲身はアリなんですか? 私の目には身体の一部と言うより凶器を背負っているようにしか見えません。

 ゲストのタツノリ様の見解を伺ってみたいところです』

 

『問題あるまい。レオパル族は戦車の化身。砲身が有って当然。それに今回はスパーリング故に砲身を用いた必殺技は禁じ手としている』

 

『えーっと…………それってレオパルゴン選手は無用の重りを背負ってるだけになりませんか?』

 

『……』

『……』

 

 ハラミの鋭いツッコミに隊長とタツノリは言葉を失った。

 

『ヒョッヒョッ。面白い事を言う嬢ちゃんじゃわい』

 

『私は普通だと思いますけどね。

 さぁっ、気を取り直してリング上に注目です!

 素早く懐に飛び込んだサダハル選手! 今度は真っ正面からレオパルゴン選手を抱え上げ、リングに叩きつけるボディスラムだあ!』

 

『これはっ……レオパルゴン選手、受け身が上手く取れていません。あれだけの巨体です。自分が投げられるとはあまり想定していないのでしょうな。自重も手伝って効いているのではないでしょうか』

 

『なるほど、隊長さんは解説は上手いんですね。

 もんどり打つレオパルゴン選手の背中にサダハル選手が飛び乗った!

 そしてっ! 砲身に手を掛ける変則キャメルクラッチの体勢に入りました!』

 

『これはまさか……砲身をへし折るつもりでしょうか?』

 

『そうみたいですよ。あの砲身は邪魔ですからね。

 王子って結構コツコツやるのが好きですから、ほら、見て下さい。見事にへし折った砲身をリングの外に投げ捨てましたよ。やりました! これで王子の投げ技が邪魔されませんっ』

 

『ハラミよ。素が出ている。一方に肩入れしすぎるのも良くないぞ』

 

『あ、そうでした。私は実況アナウンサーでした。

 しかし、こんな理不尽な相手を向こうに回し、頑張るサダハル選手を応援したくなるのは当然ではないでしょうか!?

 さぁ、試合の行方はっ……サダハル選手、ボディを狙ってパンチを繰り返しています。

 これは、頭を下げさせようとしている、そう考えて宜しいのでしょうか?』

 

『そのようですな。頭が下がればハイキックが飛んでいくはずですぞ。ここは、レオパルゴン選手の耐えどころですな』

 

『とか言ってる内にレオパルゴン選手の頭が下がる!

 サダハル選手、レオパルゴン選手の頭を抱えて持ち上げましたよ!? 隊長さんの予想は大外れですね!

 これは、ブレーンバスターでしょうか?』

 

「うおおぉぉォっ!!」

 

『雄叫びを上げた王子がレオパルゴン選手を逆さに抱えたまま跳び上がりました! 何ですか!? この技!? 勉強してきたのに全く分かりません!』

 

「キン肉バスターぁ!!」

 

『心なしか光っているように見える王子の口から放たれた“キン肉バスター”、これが技の名前でしょうか!?

 レオパルゴン選手を逆さに抱え、両足を掴んで自由を奪うキン肉バスターの体勢のまま、リングの中央に着地ーっ!』

 

 サダハルにとってキン肉バスターは転生超人と成って以来、是非にもやってみたい技の一つであった。

 それが今、凄まじい音を立ててリングの中央をへこます威力で見事に決まったのであった。

 

 サダハルが掴んでいた両足を離すと、レオパルゴンは背中からリングに落着し、そのままピクリとも動かない。

 

『完全決着です! 

 終わってみれば6分20秒のスピード決着。

 

 王子やりましたね!」

 

 決着を見届けたハラミは喜びのあまり、途中でマイクを放り投げるとサダハルの元へと駆け寄った。

 

「い、いかんっ。ゴングを鳴らせ! 担架の用意もだ!」

 

 慌てたタツノリがスパーリングの終了と担架の手配をするも、室内鍛錬場には重苦しい空気が漂い始めていた。

 

 集う皆の思いは、ただ一つであった。

 

 サダハル王子は、強すぎる。

 

 過ぎた力は時に人の畏怖を生み出す。

 

「ヒョッヒョッヒョッ…………なんとも哀れな王子ですな。のう? タツノリ殿」

 

「何を仰有りたいのか分かりませんな……」

 

 人を食ったかのようなメンチの言葉にタツノリは、眉間に皺を寄せて適当にあしらうと、リングの上で満足そうに汗を拭くサダハルの元へと向かった。

 

「やったよ、兄さん! 出来る自信はあったけど、こんなに上手くいくとは思わなかった」

 

 純粋に喜ぶサダハルは年相応の子供にしか見えなかった。

 そんなサダハルを見たタツノリは、残酷な事実を伝える事が出来なくなった。

 

 元々のタツノリの目論見では、溢れんばかりの才能を持つサダハルであっても、現役のヘビー級チャンピオンには叶わないであろうと見込んでいたのである。

 敢えて強者を宛がう事でスパーリングの安全を確保しつつ、サダハルには超人レスリングの厳しさを知って貰いたいと考えていた。

 しかし、終わってみれば、超人レスリングの厳しさを教えるどころか、強すぎるサダハルの相手になる超人はいないのではないか? との事実が浮き彫りとなったのだ。

 

「そうか……見事なキン肉バスターだったぞ。しかし、アレは王家の秘技とする。今後のスパーリングでは無闇に使用することを禁ずる」

 

 生半可な超人ではスパーリングの相手は務まらないと思いつつ、それでも何とか相手を見つけてみせるとタツノリは硬く決意する。

 

(超人が強くて何が悪いというのだ)

 

「ん……まぁ、そうか。次からは気を付ける」

 

「んむ。今日のところはゆっくり休むが良い」

 

 こうしてサダハルのスパーリングは、良くも悪くも皆に強烈な印象を与えて終わったのであった。

 

 

 

 

 その日の夜。

 タツノリは王族専用リングで汗を流していた。

 サダハルが強すぎるのではない、平和な世が皆に超人としての強さを忘れさせたのだ、と。

 

 サダハルが披露したキン肉バスター。

 

 アレは伝え聞くキン肉族の秘技の一つ。

 サダハルだけが特別な訳ではなく、キン肉族ならば可能な技に違いない、と鍛錬に励んだ。

 

 そして、1週間後。

 

 見事にキン肉バスターを修めたタツノリは、皆を集めてスパーリングを行いキン肉バスターを王家の秘技として新ためて披露したのだった。

 これにより、サダハルの異様さは相対的にマシになり、二人の天才が存在するキン肉王族は、隆盛の時を迎え始めていると誰しもが確信したのである。

 

 

 

 尚、余談になるが、サダハルに敗れたレオパルゴンは、先手こそが必勝であると子孫に伝えていき、それがあの秒殺劇を産み出す一因になったりするのだった。

 

 

 







 進化を続けるサダハルに起こる悲劇とは!?


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マッスルコンボは幽閉へのコンボ!? の巻




 



 

 

『キン肉チャンネルを途中から御覧の皆様こんばんは!

 月に一度のお楽しみ!

 皆が大好き! サダハル選手の第13回・公開スパーリングの模様をお送りしていますが、今夜はいつもと違った様相に成ってきていますね』

 

『そうですな。まさか無名に近いテリー・ザ・キング選手がこれ程の粘りを見せるとは、誰も予想だにしていなかったでしょう』

 

『でも、サダハル選手は編み出した様々な技を禁じ手とされていますから、致し方ないのではないでしょうか?』

 

『必殺技を用いなくともサダハル選手の強さは驚異的と言い切れます。基本的なパンチやキック、投げ技だけでも相手を圧倒するだけの威力がありますからな。その猛攻に耐え切っているテリー・ザ・キング選手には素直に拍手を送りたい』

 

 スパーリングが解禁されて凡そ1年。

 タツノリの苦労もあって、月に一度は強豪レスラーをマッスルガム宮殿に招きスパーリングを執り行える日々に、13歳となったサダハルは確かな手応えを感じていた。

 しかし、スパーリングの度に再起不能、或いは重症を負ってマッスルガム宮殿を出ていく強豪レスラー達。

 いつしか「キン肉王族は人体実験をしている」との噂がキン肉星宙域でまことしやかに流れ、招待に応じる超人が見つからなくなっていた。

 

 そこで白羽の矢が立てられたのが、とある辺境の惑星にある一地域のチャンピオン、テリー・ザ・キング。

 サダハルの噂を知らないテリー・ザ・キングは手渡された資料を見て、「13歳の王子様か……ま、適当に相手してやるか」と、宇宙旅行をしゃれ込む程度の軽い気持ちでキン肉星にやって来たのだった。

 

 リングに上がり自身とは違う発達した筋肉を持つサダハルを見たテリー・ザ・キングは「おいおい……こいつは詐欺だぜ」と嘯いてみたが、ゴングが鳴れば関係ないとばかりに果敢に挑む。

 そうして始まった試合自体は、終始サダハルの優先で進んでいるのだが、テリー・ザ・キングは持ち前のテキサス魂で倒れない。

 倒れても、不屈の闘志で立ち上がり続けていた。

 

「へいっ!? どうした、お坊っちゃん。俺はまだ、この通りピンピンしているぜ!」

 

 顔を腫れ上がらせ、腕や脚などの至る所に痣を作ったテリー・ザ・キングは、どう見ても満身創痍であったが、彼には倒れる訳にはいかない理由があった。

 

「父ちゃん頑張れーっ!」

 

 息子が見ているのだ。

 息子の前で、幼い息子とそう歳が変わらないサダハルを相手に、無様を晒すわけにはいかない。

 

「良いだろう……テリー一族のキングを名乗るお前の闘いぶりに敬意を評し、キン肉族の奥義でマットに沈めてやるっ」

 

 生半可な技ではこの男の戦意を断ち切る事は出来ないばかりか、試合時間が長引けばそれだけ肉体に後遺症を可能性が高くなる。

 そう考えたサダハルは試してみたい好奇心も手伝って、それがどんな結果を招くとも知らず、禁断とも言える必殺技を繰り出す事を決意する。

 

 試合を止める?

 

 ギラギラと光る目で闘い続ける意思を示すテリー・ザ・キングを見て、そんな無粋な真似が出来る者がいるならば、それは超人ではない。

 

『ここでサダハル選手、テリー・ザ・キング選手の身体を力任せに天高く放り投げた!

 さぁっ、ここから一体どんな技を見せてくれるのか!? 目が離せませんっ!!』 

 

 素早く落下地点に移動したサダハルは、落ちてくるテリー・ザ・キングにヘッドバットを喰らわせ再び身体を浮かせると、二回、三回と同じ動作を繰り返す。

 次第に身体の自由が奪われたのか、テリー・ザ・キングはほぼ垂直に落下し始め、待ち受けるサダハルとのシルエットが直線的になっていた。

 

 鈍い音を立て頭をぶつけ合う瞬間を見た観客達がざわつき始める。

 

 おい? あれって……。

 壁画に書かれてるアレじゃね?

 じゃぁサダハル様が次期、

 オイっ、馬鹿止めろっ。

 

「マッスルリベンジャーっ! からのっ!」

 

 観客達のざわめきを余所に、最後の仕上げとばかりに技名を叫んでヘッドバットを喰らわせたサダハルは、舞い上がるテリー・ザ・キングに合わせて自身もジャンプ1番跳び上がる。

 空中でテリー・ザ・キングの背に乗ったサダハルは、まるでサーフボードを扱う様に空中を水平に進んだ。

 

「マッスルインフェルノっ!」

 

 マッスルリベンジャーにより既に死に体と成っていたテリー・ザ・キングは、壁が迫ると知りながらも思うように抵抗が出来ず、敢えなく激突させられる。

 

『これはっ、凄い、凄すぎますっ!

 マッスルリベンジャーとマッスルインフェルノ! コレが技の名前でしょうか? 見事な連続技でテリー・ザ・キング選手をマットに沈めてみせました!

 

 アレ?

 隊長さんとタツノリ様にメンチ様までどうかしましたか?』

 

 繰り出された技に喜んだのはハラミ一人。

 放送席に座る3人は驚愕の表情で言葉を失う。

 これにはさすがのハラミも困惑の表情を浮かべ、どうして良い物かと口を噤んで考える。

 

「父ちゃんっ!」

 

 静まり返る室内鍛錬場で唯一動きを見せたのは、テリー・ザ・キングの一人息子、シニアマンだけであった。

 壁から落下した父の元に泣きながら駆け寄るも、肩から剥がれ落ちたスターエンブレムが、テリー・ザ・キングの戦意が尽きたと暗示しているようだった。

 

「マイサンよ……強くなれ……お前の目標はあの男だ。あれこそが超人のあるべき姿。あの男に一歩でも近づける様に研鑽を積み上げろっ」

 

 ギミックを用いず己が肉体のみで闘い、ただ単純に強いサダハルにテリー一族の可能性を見たテリー・ザ・キングは、息子にスターエンブレムを託すとそのまま意識を失うのだった。

 

 

 そして、このスパーリングがサダハルの運命を“本来あるべき姿”へと近づけるのだった。

 

 

◇◇

 

 

 ここで、現在のキン肉王族を取り巻く情勢を簡単に説明していこう。

 現在の大王を勤めているのは、キン肉タツノリとサダハルの父にあたる。

 しかし、奇病を患ってしまった現大王は、長年に渡って元老院に政治を任せるしかなかった。

 今でこそタツノリが大王の名代として手腕を振るっているが、元老院に政治を任せた期間が長すぎた。

 彼らはキン肉星の為ではなく、己が属する氏族、己が属する一族、己自身の為に権力を奮い、そして権力を強め高めていった。

 分かりやすく言うと、既得権益に群がる腐った集団、それが元老院だ。

 タツノリはそんな元老院から権力を奪い返す為に日夜努力を続けていたのである。

 この闘いはある意味でキン肉スグルの闘い以上に熾烈で、決着までには長い時間を要するものになるのだが、それはまた別の話となる。

 

 纏めると、弱体化した王家と甘い汁を吸う元老院、それに立ち向かうタツノリ、といった構図となる。

 

 既得権益者と闘うタツノリには敵が多い。

 簡単に言うと反タツノリ派。

 

 それと同時にタツノリに心服する味方も多い。

 簡単に言うと親タツノリ派。

 

 細かな主義主張を言い出せば、もっと派閥は分かれているのだが、大別するとこの二つのどちらかに分類されるだろう。

 この二つの派閥は主義主張の違いから、基本的に仲が悪く手を組む事はない。

 しかし、奇妙な事にサダハルの存在が二つの派閥の利害を一致させ、手を組ませることになる。

 

 親タツノリ派は、サダハルの存在がいずれタツノリの王位を脅かすのではないかと恐れた。

 反タツノリ派は、タツノリを排除してもサダハルが出てくるなら意味は無いと考えた。

 

 すなわち、サダハル排除すべし、である。

 

 そうして、派閥の垣根を超えた重臣一堂が揃い踏みして現大王の元へと願い出たのだ。

 元より見舞いに来ないサダハルに対して余り良い印象を持っていなかった大王は、コレを承諾。

 タツノリには大王の命として、その決定のみを伝えたのだった。

 

 

 

 

 キン肉大王からサダハル幽閉の決定を知らされたタツノリは、せめて自らの口で伝えようとお目付役のメンチを従えてサダハルの私室へと向かった。

 

「サダハル、話がある」

 

「どうした、兄さん?」

 

 突然の兄の来訪に懸垂をする手を止めたサダハルと、読んでいた雑誌を投げ捨て慌ててベッドから降りて姿勢を正すハラミ。

 年若い男女が夜分同じ部屋に居ながらやることはこれか、とタツノリは内心で嘆息するも、今はそれに言及している場合ではなかった。

 

「お前は幽閉される事に決まった」

 

「そう、か…………判った」

 

 転生超人であるサダハルは、タツノリの言葉を聞いて全てを察した。

 自分が知り得た漫画・キン肉マンの中で自分の名が語られ無かったのはこういうことか、と。

 奇しくも自分はサダハルと同じ運命を辿っている……そう考え付くに至り、変な笑みさえ浮かべ無情な通達を受け入れる。

 

「えっ……? えっ……? 意味が判らないですよ。なんでそうなるんですか!? なんで王子は説明も聞かないで納得してるんですか!?」

 

 睡眠の直前までサダハルの部屋で過ごすのが当たり前になっていたハラミは、突然のタツノリ来訪だけでも混乱するのに、いきなり幽閉とか言われても理解が追い付くはずもない。

 

「すまないハラミ。これは元老院と大王だけでなく、重臣一堂が願い出た上での決定なのだ。私の一存では覆すことが出来ない」

 

「そんなのおかしいですよっ。だって王子はなんにも悪いことしてませんよねっ! メンチ様もそう思いますよねっ!?」

 

 サダハルが納得し、タツノリに頭を下げられ打つ手がなくなったハラミは、同席しているメンチにわらにも縋る思いで助けを求めた。

 

「ヒョッヒョッ。確かにサダハル殿は悪くないのぅ。悪いのは産まれた時代……とでも言っておこうかの」

 

「時代、って……そんなの意味が判らないですよ」

 

「世が世ならサダハル殿の強さは皆の希望となり、一身に尊敬を集めるものであろうのぅ……じゃが、敵となる者がおらん今という平和な時代では、その力を振るう場がない。超人達は人間の様に数の理に走り、超人としての強さと矜持を失いつつある今、過ぎた強さは畏れを産むばかりの無用の長物となる」

 

「急に難しい事を言われても分かりません! でも、そんなのっ、弱い周りの人達が悪いんじゃないですか! チャンピオン、チャンピオンって……全然弱いのがっ」

 

「もういい、ハラミ。これは俺が招いた事態でもある。三大奥義は使うべきじゃなかった……そうだろ? 兄さん」

 

 三大奥義は真なる大王の証。

 転生超人である自分はそれを知りながら失念し、調子に乗って披露してしまった。

 冷静になって考えてみれば簡単に分かる話であり、今の状況は己の迂闊さが元凶にあるとさえ言えた。

 

「すまない……今の私では、あの奥義は修得できない。不甲斐ない兄を許してくれ」

 

 もし、直ぐにも三大奥義をタツノリが修得出来るならば話は違ってくるが、残念ながらそれは難しい。

 タツノリは決して弱い超人ではないが、見ただけで超級難度の技をマスターするだけの才能はない。

 むしろ、“漫画・キン肉マンに描かれていた技を試してみたら出来た”と言えるサダハルが異常なのである。

 

 そして、もしサダハルが王位を望むのであれば、タツノリは喜んで身を引いた事だろう。

 しかし、当のサダハル自身が全く王位に興味を示さないのだから、タツノリが身を引いてもサダハルの迷惑にしかならないばかりか、余計な混乱をキン肉星にもたらすだけになる。

 

「いいさ…………それで何時から?」

 

 決定を受け入れないと、もっと悪い状況になる。

 具体的に言うと、命が狙われる。

 それ位でなければ兄タツノリが幽閉を自分に伝えに来るハズが無い……兄への信頼からサダハルは、現状においては幽閉こそが1番マシな方法だと考える。

 

「私と共にこの部屋を出れば、衛兵に連れられ幽閉場所に向かう手筈になっている」

 

「そうか…………ハラミ、今までありがとう。お前のおかげで俺は随分と救われた。これからは、俺の為ではなく自分自身の為に生きてくれ」

 

 ハラミの明るい実況解説は、サダハルの異様さを覆い隠すのに一役買っていた。

 あの実況が無ければもっと早い段階で幽閉の憂き目にあっていたかもしれない。

 

 兄とメンチの目がなければハラミに抱擁のひとつでもして、口づけを交わしたいところだが、さすがにそれは憚られた。

 

(こんなことなら、もっと早くハラミの気持ちに応えるべきだったか……いや、それだとハラミの傷はもっと深くなるな)

 

 ハラミに深く一礼するに留めたサダハルは、これからの彼女の幸せを願いつつ、タツノリと共に部屋を出るのだった。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、サダハル様」

 

「すまない、手間をかける」

 

 サダハルが自室から出ると、完全武装した衛士達が待ち構えていた。

 

「なんのっ。忌々しい事に、これが我々のお役目ですからな。ですが、こんな物は必要ありませぬ。サダハル様は逃げたりしませぬからな。では、行きましょうぞ」

 

 隊長が持っていた手錠を投げ捨てると、集った衛士達は廊下の左右に分かれて並び立つ。

 間近でサダハルの鍛錬を見ていた衛士達は、この王子には野心の欠片もなく、ただただ強さを求めているだけだとよく知っていた。

 そして、この王子は自分達の仕事振りを誰よりも理解してくれていた。

 

 そんなサダハルへの感謝と敬意を現すべく集った衛士達が作る花道は、幽閉場所であるキン肉大神殿まで続いていくのだった。

 

 

 そうして辿り着いたキン肉大神殿の地下深くでサダハルは、実に10年に及ぶ幽閉生活を送る事になるのであった。

 

 

 

 

 一方、タツノリとサダハルが去りメンチと二人残されたハラミは、溢れ出る涙を抑え切れずに泣き崩れていた。

 

「どうして……こんなのおかしいですっ……私は王子の傍にいたいだけなのにっ」

 

「ヒョッヒョッヒョッ。それ程あの哀れな王子の傍が良いと言うなら、手が無い訳でもないのじゃがな」

 

「ホントですか!? 流石メンチ様ですっ」

 

 呟きを聞き逃さなかったハラミは一瞬にして泣き止むと、メンチの元へと向き直る。

 

「なんと……変わり身の早い嬢ちゃんじゃわい」

 

「私は当然だと思いますよ。それで、どうするんですか? 脱獄ですか? クーデターですか!? それとも暗殺ですね!」

 

「物騒な事を言うでないわいっ! そんな事をせんでも嬢ちゃんに“今有る全てを捨てる覚悟”さえあれば、願いは叶うと言えなくもない」

 

「どっちなんですか? 前から思ってたんですけど、メンチ様って意味ありげに勿体振りすぎて分かり難いですよ。私はもっと判りやすく話した方が良いと思います」

 

「余計なお世話じゃわい。ならば詳しく説明してやるとしようかの」

 

「あ、それは良いです。やりますから」

 

「ヒョッ!? 全てを捨てる事に成るのじゃゾ?」

 

「でも、王子の傍に居られるんですよね? だったら私はそれが良いです」

 

 満面の笑みを浮かべるハラミに、老獪なメンチは毒気を抜かれる思いでいた。

 メンチが言う“全てを捨てる”は誇張なく言葉通りの意味である。

 しかし、この娘はそれを理解しても尚、同じ決断を下すであろう。

 その決断を下せるハラミを少し眩しく思いながら、メンチは小さな腕を差し伸べた。

 

「では、行くとするかの」 

 

 こうしてサダハルの私室からメンチと共に去ったハラミは、その日を境に姿を見せなくなった。

 ある者は、ハラミは失意のあまり自ら命を絶った。と噂し、又ある者は、王家を打倒する為に地下に潜ったと噂する。

 

 しかし、サダハルの記録が抹消され、サダハルに関する噂話さえも禁じられたマッスルガム宮殿では、その真相が明らかになる事は無く、いつしかハラミの存在は人々の記憶から失われていくのだった。

 

 

 

 それからあっという間に月日が流れたある日。

 サダハルが幽閉される立ち入り禁止区画に、ふたつの影が忍び寄るのだった。

 

 

 

 

 







 
二つの影がサダハルにもたらす光明とは!?


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辺境惑星への旅立ち! の巻



 



 

 キン肉大神殿地下深く。

 

 静かに幽閉生活を続けるサダハルの元にも時には来訪者が訪れる。と、言ってもその大半はタツノリだ。

 

 忙しい執務の合間を縫って訪れるタツノリは、婚姻を結んだ、子供が生まれた、父親が死んだ、大王に即位した……等々、身の回りの出来事を少し話したかと思えば、不甲斐ない兄を許せと涙にくれる。

 

 兄の足枷に成るまいと始めた超人レスリングが原因で、兄タツノリの心に深い傷を負わせてしまったサダハルは、自らの迂闊さを恥じいるばかりだった。

 それと同時に一般庶民的感覚を併せ持つサダハルは、タツノリが話す一連の儀式に自分が全く呼ばれない王族の異様さを恐れた。

 幽閉の憂き目に合っているとは言え、実の父の葬儀にさえ呼ばれないとか、庶民的感覚で言えば有り得ない。

 

 自分に王族は無理だ。

 

 この幽閉生活から抜け出る日が来るならば、それはキン肉王族を捨てる日になるだろう、と密かにサダハルは決意する。

 しかし、キン肉王族を捨てたとして、どうしていけば良いのか定まらない。

 

 幽閉される前は“自分は凡夫である”との誤った認識があったからこそ、何度スパーリングで勝利を重ねようとも驕ることなく、漫画・キン肉マンで描かれていた強豪超人達を思い描いてシャドートレーニングに励む事が出来ていた。

 しかし、自分は既に強者に成っていると否応なしに気付かされた今、虚しい達成感に包まれている。

 

 時代が悪い。

 あの日、メンチが語っていた事は真理だった。

 

 王族から抹消され、王族を捨てると決意した今、キン肉星に自らの居場所はなく、前世で過ごした地球は未だ未開の辺境惑星。

 自分はここから抜け出たとして、どこに向かい、何をすれば良いのか?

 

 目標を見失っていたサダハルは、外の世界への渇望もなく、兄への贖罪を胸にただ静かに幽閉生活を過ごしていた。

 

 とはいえ、そこはサダハル。

 ただ無為に過ごしている訳では無い。

 自身の置かれた今の状況は正に窮地であると考え、窮地の時にこそ発揮出来る“あの力”をコントロール出来ないものかと禅を組むのである。

 

 

 

  

「む……?」 

 

 いつもの様に禅を組んで静かに過ごすサダハルの耳に聞こえてくる二つの足音。

 聞き慣れない足音に、招かれざる来訪者がやって来たかと立ち上がったサダハルは、意識を戦闘モードに切り替える。

 タツノリ以外の来訪者ならば、それはほぼ暗殺者であると経験則から学んでいた。

 そして、暗殺者ならば例外なくスパーリングパートナーを勤めた上でお帰り願う。お陰で幽閉されているのに実戦練習に事欠かない。

 

 暗闇の奥に目をこらし、来訪者が姿を現すのをしばし待つ。

 

「バ、馬鹿なっ!? お、お前はっ……キン肉真弓かっ!?」

 

 現れた二人の小さな来訪者を見たサダハルは、彼にしては珍しく驚きの表情を浮かべて取り乱す。

 

「そ、そうだけど、おじさん誰?」

「マユミちゃん、帰ろうよ。やばいって」

 

 二人の来訪者、幼きキン肉真弓とハラボテ・マッスルは、迷子と探究心の果てに囚人がいるとは知らずにサダハルの元に辿り着いていた。

 立ち入り禁止区域の地下牢。

 そこで、頬は痩けてるのに筋肉ムキムキの囚人服の男に出くわせば及び腰にもなるが、僅かに好奇心が勝った二人はこの場に踏み止まる。

 

「すまんが少し黙っててくれ」

 

(何故キン肉真弓がここに居る!? タツノリからは子供が出来たと聞かされていたが、それが真弓なのか!? だとしたら、キン肉タツノリはキン肉スグルのご先祖様ではなく祖父ではないか! 何処の世界に祖父をご先祖様と表現する奴がいると言うのだ!)

 

 心の中で誰ともしれずに罵倒するサダハル。

 

 転生超人であるサダハルは、漫画・キン肉マンを知っているが一字一句を完全に覚えているわけではない。

 あくまでも漫画・キン肉マンを読んだイメージが前世の記憶の中にあるだけで、そのイメージが間違っている事は十分に有り得る話だ。

 もし手元にキン肉マンのコミックスが有るなら直ぐにもページをめくり、真弓が“ワシのパパのタツノリ”と発言していると確認出来るのだが、それは今のサダハルには無理な芸当だ。

 

 しかしこれは、サダハルにとって嬉しい誤算となる。

 

(この真弓が後のキン肉大王ならば、あの時代はもう直ぐそこまで来ているということではないか。後30……いや、40年か)

 

 正義と悪が激しく争い合う時代。

 あの時代ならば自分と闘えるだけの強者にも巡り会えるに違いない。

 諦めかけていた超人レスラーとしての、血湧き肉躍る闘いが直ぐそこにある。

 そう考えただけで、自らの身体が武者震いに震えるのが分かった。

 

(これは……オレ自身がキン肉スグルやアシュラマン、ネプチューンマンといった強者達と闘ってみたいと願っているのか?)

 

 ここに転生超人キン肉サダハルは、十数年の時を経てようやく自分自身がやりたい事を見つけたのである。

 

「だが……オレは保つのか?」

 

 40年として考えても、自分はその時には還暦を超えている。

 漫画・キン肉マンの中ではプリンス・カメハメがベテラン超人として活躍する一幕が見られるも、年齢からくるスタミナ不足から往年の実力を発揮出来ていないのは明らかだった。

 

 来たるべき正義と悪の戦いの前に立ちはだかる、加齢との闘い。

 

「何か、何か有るハズだ……」

 

 目的を得たサダハルは、何か手は無いものかと、二人の来訪者を放置して思考の海に没頭する。

 

「マユミちゃん、もう行こう」

 

 それを見ていたハラボテは、真弓の手を引きこの場から逃げ出そうと考えた。

 

 横縞の囚人服を着たキン肉ムキムキのおじさんが、驚き、固まり、震え、ついにはブツブツと独り言を呟き始めたのだ。

 これではハラボテでなくとも帰りたくなって当然だろう。

 

「待ってよ、ボテちん。この人多分、サダハルおじさんだよ。絶対そうだよね!?」

 

「何故オレの名を知っている!?」

 

 自らの名が出た事で驚き、思考の海から這い出たサダハルに幼き真弓が得意気に語る。

 父であるタツノリから叔父サダハルは強く、優しい、いい人であると聞かされている、と。

 

 それを聞いたサダハルは、内心の喜びを隠して静かに首を振った。

 

「それは違う。オレは弱い。オレとお前の父であるタツノリが弱いからこそ、オレはここに居る。オレ達はこの星に巣くうゴミ共! 元老院に負けたのだっ」

 

「えっ……だって……」

 

 自分の父親は大王で、この星で1番偉い人。

 それなのに、この叔父は父親が弱いと言う。

 幼い真弓にはサダハルが何を言っているのか理解が出来ないでいた。

 

「キン肉真弓よ……強くなれ。キン肉王族たる者は強くならねばならんっ」

 

「でも、僕はあんまりレスリングは得意じゃないし」

 

「超人レスリングだけが強さの全てではない。いや、宮廷闘争においてはレスリングだけではダメなのだ。政治力、権力、財力、派閥の力学、そして時には非情とも言える決断力! それら全てが合わさってこそ、王者の力と言えるのだ!!」

 

 いつだったか、兄が自分にそうしてくれたように、腰を落として真弓と目線を合わせたサダハル。

 王族を捨てようとしている身で、王族の心得を話す自分を滑稽に思いながらも、これは叔父として伝える甥への教訓でもあると力強く話す。

 もしも、キン肉王族が真に強かったなら元老院如き外野が何を企もうとも、自分が幽閉の憂き目に合うことなど無かったのである。

 

「全てが合わさって……王者の力?」

 

「そうだ。だが、それだけではまだ足りん」

 

「えっ? まだあるの!?」

 

「なに、最後の一つは簡単だ。キン肉王族たる者、正しくなくては成らない……父であるタツノリを見ているキミになら分かるだろ?」

 

「う、うん! うん! キン肉王族は強く、正しくなくてはならない!!」

 

 サダハルの言葉は幼い真弓には難しかったが、要するに叔父は“父の様な男になれ”と言ってくれていると解釈出来た事で、目を輝かせ何度も元気に頷いた。

 

「あ、あの……僕には?」

 

 それを見ていたハラボテも遠慮がちにサダハルに教えを請う。

 幼なじみがたった今、急激に成長したとハラボテには分かった。このまま帰ったら自分は真弓に置いて行かれてしまうとの危機感を持ったのだ。

 

「そうだな……ボテちん。キミは公正であれ。いずれ大王になる真弓も時には間違うこともあるだろう。そんな時にはキミが公正な目で苦言を呈してやるんだ」

 

 漫画・キン肉マンを参考にするなら、この少年が成長した姿であろう委員長は、時に公正さを欠いていた。

 だからこその教えだが、幼いハラボテの心には確かに響いた。

 

「うんっ、うん!!」

 

 真弓と同じように元気よく頷く。

 

「さぁ、もう行くんだ」

 

 こうして二人の招かれざる来訪者を見送ったサダハルは、新たに得た課題に対する解決策がないものかと、禅を組んで静かに考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「む……?」

 

 珍客が去り変わらぬ日々を送っていたサダハルの耳に届いた聞き慣れた足音。

 その足取りは重く、よくない事が起きたと察するに至る。

 

「お前の処刑が決まった……10日後だ」

 

 沈痛な面持ちでやって来たタツノリは、しばらく牢の前で佇むと重い口を開いた。

 それを聴いたサダハルは、喜怒哀楽を表現できるキン肉族のマスクは凄いな、と場違いな事を考えていた。

 タツノリがわざわざ足を運び処刑の予定を伝えに来たのは、暗に逃げろと言っていると直ぐに察する事が出来たからだ。

 

 地下牢に入れられ幽閉されていたサダハルだが、それは物理的に捕らえられていたからではなく、兄への想いが見えない鎖となって縛り付けていたからである。

 その兄が逃げろと伝えに来たならば、サダハルには地下牢に留まる理由も、大人しく処刑されてやる理由もなかった。

 

「そう、か…………元老院はそれ程までに手強い相手か」

 

 サダハルが大人しく幽閉されていた理由の一つに、タツノリならばいずれは自分を真っ当な方法で救い出してくれるとの想いがあった。

 それが果たせないのはタツノリが不甲斐ないのではなく、よほど元老院が厄介な相手だとサダハルは考える。

 

「すまない……敵が誰だか判らぬ今、大王になったばかりの私ではどうすることも出来ん」

 

 多くの政敵は、自らを政敵と吹聴しない。

 味方のフリをして実は敵。

 味方のフリをして実際にタツノリに利益をもたらす献策をしながら、やっぱり敵。

 

 マッスルガム宮殿には、そんな海千山千の手練がゴロゴロいる。

 

「良いさ。オレなら相手にもしたくない連中を向こうに回し、闘う兄さんの苦労は判るつもりだ。それで? 話はそれだけか?」

 

「これは極秘の話だが、5度目となる発展期を迎えた地球に、無人の探査機を送る事になっている。詳細はこの端末に記されているのだが、うっかり落としてしまっては大変だな」

 

 そう言いながら端末を取り出したタツノリは、地下牢の前に慎重に置いた。

 

「全くだ」

 

 短く呟いたサダハルはニヤリと笑う。

 ここまでされては言葉を交わさなくとも、探査機を奪って逃げろと言われていると誰にでも判る話だった。

 

「今日でお前と顔を合わせるのも最後となろう。これは、兄の最後の言葉として聞いてくれ。力も技も、心さえも備えたお前に一つだけ欠けているものがある……それは、好敵手だ。超人レスリングとは一人で行えるモノではないのだ。二人の超人が揃う事で初めて人々の心に響く闘いとなる」

 

「ライバルか……確かにそうだが、それはオレのせいではないだろ?」

 

 サダハルにしては珍しく、少しおちゃらけた風にお手上げのポーズを取るのは余裕ゆえの事だった。

 兄には言えないが、その問題を解決する青写真がサダハルの中で既に描かれていたからである。

 

「居ないなら導き育てる……お前にならばそれが出来るであろう」

 

「冗談は止してくれ。オレは人を育てられる様な出来た超人ではない。ま、話は聞いておく」

 

 自分が見出した答えとは違う解決策を提示するタツノリに、軽く答えたサダハルであったが、この言葉はしっかりと心に残る事になる。

 

「そうか……では、さらばだ」

 

 名残は惜しいが何時までも話しているワケにもいかないタツノリは、後ろ髪を引かれる思いで背を向けた。

 

「待て、兄さん…………コレを受け取ってくれ」

 

「バ、馬鹿なっ……サダハルっ……それはっ」

 

 呼び止められ振り返ったタツノリが目にしたのは、顔を発光させるサダハルの姿だった。

 そして、突き出された手にはキン肉族の命とも言えるマスクが握られていた。

 

「万が一の話だが、オレがここから居なくなれば兄さんの責任問題になる。だが、これが有ればオレが死んだ証となる」

 

「お前はっ、キン肉族であることを、キン肉王族であることを捨てるというのか!?」

 

 捨てるも何も、既にサダハルの存在はあらゆる記録から抹消されているのだが、それとこれとは話が違う。

 優れた人格者であるタツノリの欠点を上げるなら、それは王族であることだろう。庶民の気持ちを知ろうと務めるタツノリと、庶民の気持ちを知っているサダハルとの決定的違いがここにある。

 王族に産まれ、王族として育ち、王族としての責務を背負って逃げないタツノリには、サダハルのこの行動は理解の及ぶ範疇になかったのである。

 

「キン肉王族の事は兄さんに任せる。名も無き一人の超人となったオレは、他の誰でも無い、オレ自身の為に偉大な超人レスラーになってみせる」

 

「……よく似ているな」

 

 自分の為にその身を犠牲にさせてきた弟が初めて話した偽らざる願いと、初めて目にする弟の素顔。

 それは、鏡に映る自分の素顔によく似ていた。

 

「それはそうだろ?

 オレ達はたった二人の兄弟なんだ。

 

 貴方の弟に産まれた事を、オレは誇りに想う」

 

 実の弟さえも救えない大王。

 そんなものに誰が成りたいと思うのか?

 

 サダハルは自分が投げ出した王族としての責務を背負い続けるタツノリを、心の底から尊敬していた。

 

 それが言動になって現れた瞬間だった。

 

「サダハルっ……」

 

 自分が泣く度にこの弟は心を傷めている。

 それをひしひしと感じていたタツノリは、今日は泣くまいと決めてここに来ていた。

 

 しかし、それも限界だった。

 

 深々と一礼したサダハルを見たタツノリは、冷たい地下牢の柵を握って崩れ落ち、止めどなく涙を流し続けるのだった。

 

 

 それからタツノリが泣き止むのを待ち、ただの一度も面会にこなかったハラミの近況を聞きだしたサダハルは、兄との今生の別れを済ませた。

 

 その翌日。

 

 簡単に地下牢を抜け出たサダハルと名乗っていた転生超人は、兄が落としていった端末を頼りに探査機を探し出すと、魂の故郷とも言える地球に向けて旅立つのだった。







 物語の舞台は地球へ!!


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囚人服姿の男。 の巻 

 
 


 

 大西洋の海上。

 

 奪った探査機に乗ってあっという間に地球にたどり着いた名も無き転生超人。

 海底調査に向かう、との音声案内を聞いて外に出て浮かび上がった転生超人は、沈みゆく探査機を見ていた。 

 感じる重力、吸い込む大気に潮の香り、全てが懐かしく思えた。

 キン肉星で過ごしている頃に感じていた纏わり付く様な重苦しい雰囲気がなくなり、実に清々しい気分だ。

 

 地球よ! 私は帰ってきた!! 

 

 と叫びたくなるような開放感。

 

「さて…………行くか」

 

 だが、そこは根が真面目な転生超人。

 バカな真似はせず静かに呟くと、東を目指して飛び立つのだった。

 

 

 

 

 元の名をキン肉サダハルといった転生超人。

 キン肉族を捨てたこの男、超人レスラーとして溢れんばかりの天賦の才を持つだけでなく、実はそれなりに明晰な頭脳も備えている。

 しかし、残念な事にその明晰さを多方面に生かすことはない。超人レスラー方面に全振りだ。

 おまけに目的を定めると、そこに向かって意識が集中するあまり、視野が狭くなる傾向さえある。

 そんな転生超人が地球に降り立った今、考える事はたった一つ。

 

 ネプチューンキングに会う。

 会って不老長寿の秘訣を聞き出す。

 

 これが、転生超人が幽閉中の有り余る時間を使って考え付いた加齢への対抗策であった。

 

 正義超人は年を取る。

 それは転生超人がこの世界で二十数年生きて実感した、揺るぎない事実である。

 しかし、漫画・キン肉マンにおいては悪魔超人や完璧超人等の敵サイドに、何万年も生きるデタラメな存在が登場し、その中でも一際デタラメかつ居場所の特定が可能な男、それがネプチューンキング。

 

 転生超人はイギリスに着くや否や他の事には目もくれず、テムズ川をはじめとした川という川に潜り、ネプチューンキングを探した。

 だが、ネプチューンキング、略してネプキンは見付からない。

 それでも転生超人は諦める事無くイギリス全土の川へと飛び込み続けた。

 

 それが一騒動を巻き起こす。

 

 

 ◇

 

 

「探したぞっ!」

 

 いつもの様に川から這い出た転生超人を待っていたのは鎧にマスク姿の男。

 マスク姿の男は少しばかりの怒気を含んだ声で転生超人を指差しポーズを決めていた。

 

「む? ロビン一族の男がオレになん用だ?」

 

 見た目とイギリスという土地柄から、ロビンの一族と予想する転生超人。

 その読みは当たり、マスクの上から更に帽子を被るこの男の名は、ロビン・グランデ。

 転生超人がよく知るロビンマスクの祖父にあたる男であった。

 

「ほう……私をロビン一族と知って逃げ出さない度胸だけは中々だな。だが、大英帝国を守る者として貴様の様な不埒な輩は捕縛させてもらう…………行くぞっ!」

 

 一方的に告げたロビン・グランデは身を低くすると、転生超人に向かってタックルを仕掛ける。

 

「待て、何の話をしている? 

 ロビン一族に追われる謂われなどない」

 

 キン肉族ならともかく、会ったばかりのロビン一族に追われる理由はない。

 転生超人は左腕を突き出しロビン・グランデの頭を押さえて制止させようと試みる。

 それを見たロビングランデは上体を起こし、転生超人の首根っこを掴み地面に引き倒そうと左腕を伸ばす。

 

 川辺で二人の大男がぶつかり合った。

 

 期せずして互いが互いがの首根っこを掴み、がっちり組み合う事となる。

 

 所謂、審判のロックアップと言われる体勢だ。

 

(こやつっ、ビクともせん!?)

 

(中々やる。流石はロビン一族の男、といったところか……だが)

 

「何故オレを狙う?」

 

「とぼけているワケではなさそうだな……」

 

 組み合ったまま動かない囚人服姿の男。

 この男ならば力任せに振り解き、逃走することも可能だとロビン・グランデは感じていた。

 それが逃げもせずに対話を求めてきたなら、この男は自分がやらかした事に気付いていないとみていいだろう。

 

 気付いていないなら、それはそれでどうかと思ったロビン・グランデだが、英国超人として紳士的に教えてやるべく力を抜くと、一歩下がって囚人服姿の男と向き合った。

 

「気付いていないなら教えてやる!」

 

 囚人服姿の男をビシッと指差したロビン・グランデは、自らの元に寄せられた川辺に暮らす人間達からの苦情を語っていく。

 

 川から得体の知れない囚人服姿の超人が飛び出てくる。

 その者筋肉隆々にして髪はボサボサ。

 その手には簡素な木製の棒が握られ、そこに突き刺した魚を川岸で炙り、貪るように食すとそのままいずこかへと飛びさっていく。

 川に飛び込む姿を見た者はなく、いずこに去るのか知る者はいない。

 

 守るべき人間達に恐怖を与える神出鬼没の超人。

 

「それがお前だっ!」

 

「なるほど……確かにテレビから這い出てきそうな容姿をしているし、苦情が出るのも道理だ」

 

 指摘を受けて自身の容姿を客観的に眺めた転生超人は、水が滴るボサボサの髪を掴み、納得したのか頷いていた。

 

「理解出来た様だな。ならば早速退去して今後はやらぬと誓ってもらおう」

 

 テレビから出る?

 と一瞬惚けたロビン・グランデであったが、話が通じるならこれで問題は解決し自分の役目は無事に果たせたと一安心。

 

「それはできん」

 

「なにっ!?」

 

 安心したのも束の間。

 転生超人の拒絶の声を聞いたロビン・グランデは、やはりこの男は悪行超人の類か! と両腕をあげ戦闘体勢の構えをとる。

 

「そう急くな、ロビン一族の男よ。こちらにも事情というものがある」

 

 転生超人としては今の行いを止めるわけにはいかなかった。

 ネプキン探しは元より、金がない。

 如何に超人といえど食事なくして生命活動は維持できないのである。

 外聞が悪いネプキン探しを伏せた転生超人は、食事を前面に押し出して抗弁する。

 

 それから互いに主張をぶつけ合った結果、得体の知れない囚人服姿の男は、ロビン・グランデのスパーリング相手を務める事になり、人々の不安の面では一先ず丸く収まるのだった。

 

 

 

 

「そりゃ、そりゃ、とぉっ!」

 

 囚人服姿の男をスパーリング相手として迎え入れたロビン・グランデは、今日も汗を流していた。

 ロビン・グランデは怪しさ極まる囚人服姿の男を雇うに当たり、その素性を徹底的に調べあげている。

 しかし、何一つ判らない。

 手始めに脱獄囚ではないかと疑い、5年、10年、20年と遡り、あらゆる刑務所や収監場の記録を調べてみたが該当する脱獄囚はいなかった。

 次に、その高い実力から超人レスラーではないかと疑い、あらゆる大会記録を調べてみてもそれらしいレスラーは見つからない。

 まるで、ある日突然湧いて出たかのように足跡が何処にもなかった。

 

 本人に訪ねてみても名前すら明かさず、「犯罪記録はないはずだ。問題はない」と頑なに己を語ろうとしないのである。

 それは事実で、犯罪記録はおろか何の記録もなく、見た目と素性が怪しいだけでは裁く事も出来ない。

 囚人服姿の男について言える確かな事はたった一つ、強いというコトだけであった。

 そして、ロビン・グランデにとってそれだけで十分だった。

 

 因みに、囚人服姿は超人のコスチュームとして受け入れられたのか、そのままである。

 それで良いのか英国紳士。

 

(まさか、この私をこうも軽くあしらう超人がいるとはな)

 

 どれだけ攻めても囚人服姿の男のガードを崩せないロビン・グランデは、内心で舌を巻く。

 

 周囲の者達から見れば一方的にロビン・グランデが攻撃している様に見えている。

 しかしそれは、囚人服姿の男がスパーリングパートナー役を忠実に果たしているからでしかなかった。

 両腕で顔面を護りガードに徹する囚人服姿の男が、ロビン・グランデの思い通りに攻撃させているのである。

 

 基本的にはロビン・グランデの攻撃。

 しかし、隙が出来れば鋭い攻撃が飛んでくる。

 スパーリングのハズが一瞬たりとも気が抜けない。

 

(この男……底が見えんっ)

 

 対峙するロビン・グランデは、囚人服姿の男が全く本気を出さず手を抜かれていると感じていた。

 無論、手を抜いても十分にスパーリング相手を務めているのだから文句をつける筋合いはない。

 むしろロビン・グランデは、この男の力の半分も引き出す事が出来ない自分自身に怒りを覚えるのだが……実はこれ、ロビン・グランデは少しばかり考え違いをしている。

 

 転生超人の実力を100とすれば、ロビン・グランデの実力は80~85程度の水準にはある。

 にもかかわらずロビン・グランデが攻めあぐね焦りと怒りを感じるのは、転生超人が単なるガードではなく秘伝の技でガードに専念しているからに他ならない。

 転生超人はスパーリングパートナーという立場と、ロビン・グランデという実力者の攻撃を好きなだけ受けられるこの機会を利用して、ちゃっかり鉄壁のガードを身に付けようとしていたのである。

 

 金が貰えて技まで極まる。

 おまけにロビン一族が身元の保証人。

 転生超人にとってこのスパーリング役は、まさに一石三鳥の美味しい仕事だった。

 

ーーカーン! カンカンカーン!!

 

 ゴングが鳴り響く。

 

「今日はこれまでだな」

 

 息を切らせたロビン・グランデが少し不満げに終わりを告げた。

 

「あぁ。次は週明けだな」 

 

「うむ」

 

 短いやり取りを済ませた囚人服姿の男は、そのままシャドーを相手にトレーニングを開始する。

 

(この体力バカがっ)

 

 疲労困憊のロビン・グランデは内心で悪態をつき、更なる想いを胸に秘めたまま鍛錬場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 明けて翌日。

 

「あの者はどうしている?」

 

「ハッ。休日になればイギリス全土の川という川を巡り歩いては飛び込んでいる様子。私見ではありますが、あの者は何かを探しているのではないでしょうか?」

 

「うむ……そうであろうな」

 

 囚人服姿の男の後を付けさせていた男から、私見を交えた報告を受けたロビン・グランデ。

 

 当初、囚人服姿の男は喰う為に潜って魚を捕っていると言っていたが、それが嘘なのは明らかだった。

 週休三日、衣食住の提供、それと小遣い程度の金銭。

 これがスパーリング相手として雇われた囚人服姿の男が求めた条件であり、喰う為に川に飛び込む必要などは既になくなっている。

 

(一体何を企んでいる?)

 

 何かを企んでいるのは間違いないのに判らない。

 それがロビン・グランデにはむず痒い。

 囚人服姿の男が自分を対象にして何かを企んでいるということはないだろう。

 もし自分を相手に何かを企んでいるなら、今頃自分は死んでいる。

 スパーリングの最中に事故を装い殺める程度の事ならば、簡単にやってのけるだけの実力を持っている。

 

 自分は生きて、むしろ実力が上がっているのだから、あの男の企みの対象でないのは明らか。

 

(川……川か……川に一体何がある?)

 

 思えばあの男との出会いも川だった。

 質実剛健、自分以上に鍛錬に励むあの男が、休日とくれば鍛錬を差し置いてでも川底に沈む何かを探している。

 

(まさかっ……あの男っ!)

 

 ロビン・グランデは一つの古い伝承を思い出し、激しい怒りを覚えた。

 その対象は囚人服姿の男に対してなのか、自分自身に対してなのか。

 

 それはロビン・グランデにも判らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「一つ、聞いても良いか?」

 

 スパーリングを終えたある日の事。

 珍しく囚人服姿の男がロビン・グランデに声をかけた。

 

「なんだ?」

 

「完璧超人の居所を知らないか?」

 

 探しても探しても川底にいるはずのネプキンが見つからない。

 転生超人はキン肉マンとタツノリの関係の時の様に、自分が思い違いをしているのかと不安になっていたのだが……実はコレ、勘違いではなくネプキンが劇中で嘘を付いているだけだったりする。

 ネプキンという男は大言壮語を吐く癖があり、劇中のアレは喧嘩マンを追いかけての単なる演出。今頃は何処かで普通に暮らしている。

 

 そうとは知らない転生超人は、ロビン・グランデの知恵を借りようと思ったのである。

 

 一方のロビン・グランデはというと。

 

 やはりか。

 この男はやはり完璧超人になろうとしている。

 この地上に敵がいないと考える者が行き着く先こそが完璧超人。

 つまりこの男は、このロビン・グランデを歯牙にもかけず眼中にないと言っている。

 

 と、怒り心頭だ。

 

「知っている……だが! それを聞き出したいなら私を倒してみよ! 私は明日、貴様に真剣勝負を挑む! 私に勝てたなら教えてやろう!!」

 

「なるほど。流石はロビン一族の男、博学だな。それで? オレは負けたら何をすれば良い?」

 

「この私! ロビン・グランデの名を脳裏に刻んでもらおう!」

 

「……? よく分からんが、貴様がそれで良いなら受けて立とう」

 

 ロビン・グランデの名は既に覚えている。

 ロビン・グランデの名を呼ばないのは、名乗り返すべき名を持たない故の事であった。

 妙な拘りを持つ転生超人は、こんな事で賭けが成立するのかと首を傾げた。

 

 それを見たロビン・グランデは小馬鹿にされていると感じ、更なる闘志を燃やすのだった。

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 

 人払いをした鍛錬場のリングに二人の大男が立っていた。

 いつもの顔触れ。

 しかし、いつもとは違う張り詰めた空気。

 

「行くぞ!」

 

 ゴングの代わりにロビン・グランデが叫び、試合が始まる。

 その直後、囚人服姿の男がロビン・グランデの目の前から消えた。

 

 超低空の姿勢でタックルを仕掛けたのである。

 

「何っ!?」

 

 待ちが主体だった囚人服姿の男の神速の突っ込み。

 予想外の攻勢にロビン・グランデは対処が間に合わず、一瞬にして抱え上げられた。 

 

「くらえっ!

 掟破りのっ、タワーブリッジっ!!」

 

「な、何がタワーブリッジだっ。こんなものアルゼンチンバックブリーカーではないか。大層な名をつけおってっ」

 

 囚人服姿の男の肩に乗せられ、弓の様に逸らされたロビン・グランデは悪態を付きながらも脱出法を模索する。

 

「技名の文句は子孫に言ってくれ」

 

「訳の判らぬ事をっ! ふんっ!!」

 

 身体を捻る事で決められていたフックを緩め、一気に技を解くと囚人服姿の男の背を蹴り着地。

 

「む……? 外してくるとはな……さすがにロビン一族か」

 

「私の名はロビン・グランデだ! ロビン一族等では無い!」

 

 素直な賞賛も今のロビン・グランデには厭みを言われているようにしか聞こえなかった。

 頭に血を昇らせたロビン・グランデは、パンチ、キック、タックルと放っていくも、すべてが弾かれ潰される。

 

 そればかりか、囚人服姿の男の攻撃がロビン・グランデを的確に捉えていく。

 

(な、何故こうもいなされる!? 私ではこの男と打ち合うことすら出来ないのか……?)

 

 囚人服姿の男はあのガード姿ではなく、普通に打ち合い、普通に打ち負ける。

 ロビン・グランデは囚人服姿の男との実力差に愕然とするばかりだが、これは実力差ではなく経験値の差が大きい。

 

 スパーリングパートナーとして受け身に徹した囚人服姿の男は、ロビン・グランデの癖を知り尽くしている。

 一方のロビン・グランデは囚人服姿の男が攻勢に回った時の姿を知らない。

 

 この差は大きい。

 

 そして、攻勢に回った囚人服姿の男が繰り出す技はロビン・グランデにとって未知の技となる。

 転生超人である囚人服姿の男は、その知識を活かして遥か未来の超人が編み出す技を自在にくり出せる。

 

 天賦の才に、未来の必殺技。

 

 これはもうチートである。

 

「くっ!?」

 

 掴まれた腕を交錯させられたロビン・グランデのマスクから漏れ出た苦痛の声。

 

「これで終わりだっ!」

 

 捻られた腕の反動を利用させてロビン・グランデを舞い上げる。

 

「掟破りのっ、ビッグベンエッジ!」

 

 ジャンプ1番飛び上がった囚人服姿の男は、逆さのロビン・グランデを側面から抱えるとしっかりとフックを決めてリングに向かって降下する。

 

(な、何だ、この技は……?)

 

 即興にしては出来過ぎている。

 自分が何を決められているのかさえ判らず、ロビン・グランデはマットに頭から突っ込み、そして、意識を失うのだった。

 

 

 ◇

 

 

 数分の時を置いてマットの上で大の字になるロビン・グランデは目を覚ました。

 

「ま、まさか……この私が相手にもならんとは……完璧超人に成ろうとするだけの事はある」

 

「…………オレは完璧超人に会わねばならん。それ故に奇襲で確実に決めさせてもらった。悪く思うな」

 

「奇襲か……確かに貴様の技は私の知らぬ意表を突くものばかり…………」 

 

 話すロビン・グランデの言葉が詰まる。

 

 この男は今なんと言った?

 確実に決めるために奇襲をした。

 逆に言えば、奇襲でなければ確実には勝てない相手と見込まれたのか?

 

「お、俺は強かった、か?」

 

 我ながら変な事を聞いている。

 ロビン・グランデは自分を可笑しく思いながらも聞かずにはいられなかった。

 

「あぁ……オレが闘った中でも1、2を争う強さだ。さすがはロビン一族の男」

 

「貴様と言う男はっ……ふっ、まあ良い。スカンジナビア半島。そこから北極海を目指した先に“聖なる完璧の山”と呼ばれる城があると聞く。そこに行けば何か判るだろう」

 

 ロビン一族の男呼ばわりにも、ロビン・グランデは不思議と怒りが湧いてこなかった。

 何処の誰とも判らないこの囚人服姿の男は、何故だか判らないがロビン一族そのものに敬意を払っている。

 全力で闘い終えた今、それだけは理解出来たのである。

 

「恩に着る。では、さらばだ、ロビン一族の男。いずれお前の一族がオレの前に立ちはだかる事を切に願う」

 

 漫画・キン肉マンになかった“聖なる完璧の山”の情報提供に心底感謝した転生超人は、簡素に別れを済ませるとスカンジナビア半島を目指してその日の内に旅立った。

 

 こうして転生超人は完璧超人への道を歩み始め、ロビン一族には一つの家訓が産まれた。

 

【完璧超人には何が何でも勝て!】

 

 この語呂の悪い家訓。

 

 これが後に転生超人とロビンマスクの間の因縁になるのだが、それはまだ半世紀以上も先の話となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ゲェ~!? へ、変態の超人!?




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超人墓場で過ごす日々。 の巻

 

 

 超人墓場。

 

 太陽が登ることのない閉ざされた世界。

 常に薄暗い感じが漂う、死者の世界。

 そして、超人閻魔が管理し、完璧超人達が暮らす世界でもある。

 

 そこが完璧超人となりネメシスと名を改めた男の現在の住み処となっていた。

 ネメシス……義憤、もしくは誤用であるが復讐を意味する言葉。

 キン肉サダハルだった男は、どちらも自分とは縁遠い意味合いに思えたのだが、名無しよりはマシだろう、とネメシスを名乗る事にしているのだった。

 

 あの日。

 “聖なる完璧の山”を目指して極寒の北極海を泳いで渡ったネメシスは、まるで何かに引き寄せられる様に目的の城へと辿り着いた。

 そこでミラージュマンと名乗る見知らぬ完璧超人と闘い、その予想外の強さに面食らうもロビン・グランデとのスパーリングで身につけた鉄壁のガードを駆使して反撃の機会を伺った。

 

 予想外に強い。

 だが、やれる。

 

 ネメシスが反撃に移ろうとしたその時、ガード姿を見たミラージュマンが「シルバーがようやく帰ってきた」と闘いの手を止めた。

 ガード技一つで認められた事と“シルバー”なる人物に間違えられた事に不満を覚えたネメシスであったが、不老長寿を得るという不純極まりない目的を優先し、ミラージュマンの誘いを受け入れ完璧超人へと変貌を遂げたのだった。

 その際、長く着ていた囚人服が不思議な力で変化して“和”を連想させる着物姿になり、ボサボサであった髪はポニーテールに束ねられ、前髪は良い感じに目元を隠すように整えられた。

 

 こうしてネメシスの当初の目的は“聖なる完璧の山”に着くなりほぼ果たされていたのだが、主義を偽った上に得るモノだけ得て去っていくのはあまりにも不誠実、と完璧超人界に身を置く事にしたのである。

 元々ネメシスには地上の超人界にあまり干渉する気がなかったのも“聖なる完璧の山”を抜けた先にある超人墓場に留まらせた理由の一つとなる。

 下手に地上の超人界に関わり過ぎて、この先産まれてくるハズの超人が生まれなくなっては元も子もない。

 暫くの間は外界と隔絶されたこの超人墓場で研鑽を積み上げ、いずれ来たる“あの時代”に備えて可能な限り強くなる。

 

 それがネメシスと成った男の目論見であり、それは飽くなき強さを探求する完璧超人の理念の一部と妙にマッチしていた。

 その強さとひたむきな姿勢が認められたネメシスは、僅か数年で“無量大数軍”(ラージナンバーズ)と呼ばれる完璧超人の中でも精鋭が属する集団に組する事になる。

 

 そんな訳でネメシスは、今日も無量大数軍(ラージナンバーズ)の一員として鍛錬に励むのだった。

 

 

 

 

 超人墓場の一角に作られた屋外リング。

 そのリングの四方を取り囲む様に屈強な超人達が集っていた。

 機械超人、動物超人、化身超人にギミック超人。バラエティーに富んだ面々は、いずれも無量大数軍(ラージナンバーズ)の精鋭だ。

 リングの中央では“完遂”の異名を持つ機械超人ターボメンと、“完牙”の異名を持つ動物超人ダルメシマンが熱戦を繰り広げていた。

  

(むぅ……やはり無量大数軍(ラージナンバーズ)は強い)

 

 無量大数軍(ラージナンバーズ)の一員としてリングサイドで客観的に観ていたネメシスは、率直にそう思うと同時に、漫画・キン肉マンで語られなかったこの男達をどう位置付けて良いのか計りかねていた。

 

 超人墓場にやって来るまでのネメシスは正直なところ、完璧超人に対してあまり良いイメージを持っていなかった。

 漫画・キン肉マンにおいて、自らを完璧であると自称していた割に、完璧超人の掟に反する凶器攻撃等を行った挙げ句に敗れた、どこか小物臭い()()()()()、“完傑”の異名を持つネプチューンキングが原因だ。

 しかし、実際に出会い、話し、戦ってみるとそのイメージは良い意味で覆された。

 ネプキンだけでなく他の無量大数軍(ラージナンバーズ)の面々も性格にそれぞれ一癖あっても、その根底には強さへの渇望があり、そして自分に匹敵するだけの強さを皆が備えているのである。

 

 この語られなかった男達は果たして、未だ産まれてすらいないキン肉マン達より強いのか?

 それとも語るに値しない単なる凡夫なのか?

 ネプチューンキングを物差しにすれば、かなりの実力に違いないのだが、マグネットパワーを使ってこないネプキンは手を抜いているとも言える。

 

(そもそも何故コヤツがここに居る? 川底で待っているのではなかったのか?)

 

「私の顔に何か付いているか?」

 

「あぁ、マスクが付いている」

 

「貴様にならばネプチューンマスクを与えてやってもよい」 

 

「遠慮しておこう」 

 

 訝しげな視線に気付いたネプキンが、これ幸いにと自らの軍門に下れ、と勧誘するもネメシスはにべもなくこれを拒否。

 ネメシスとしては無駄に光るフェイスが邪魔だからマスクを被るのは有りなのだが、ネプチューンマスクを受け取ってしまえば後のネプチューンマンが誕生しなくなる。

 

 転生超人であるが故にネメシスは、観たままの事実を計りかね、己が行動に制限をかけていたのである。

 

「やはりここでしたか、ネメシスさん」

 

 悩むネメシスの背後から、無量大数軍(ラージナンバーズ)の中でも異質な超人“完幻”の異名をもつグリムリパーが音も無く現れた。

 中世の貴婦人を連想させる黒を基調としたドレスとハット姿に、道化を思わせる化粧の男。

 

「出たな、グリムリパー。何の用だ? いや、そうではない。貴様も無量大数軍(ラージナンバーズ)ならば毎日ここに来い」

 

「ニャガニャガ。閻魔さんの信任が厚い私は色々と忙しいのですよ」

 

「だったら来るな」

 

 直ぐさまネメシスの隣に陣取る“完力”ポーラマンから鋭い突っ込みが飛ぶ。

 左にネプキン、右にポーラマン。

 巨漢に挟まれたネメシスとて二メートルを超えているのだが、相対的に小さく見える。

 

「はいそこ、うるさい。私はネメシスさんと話に来ているのです」

 

「お前もとんでもない奴に目をつけられたもんだな」

 

「全くだ」

 

 腕を組んだまま振り返る事無く話す二人からは、どこかうんざりした感情が漂っている。

 感情を捨てるのが完璧超人の目指すところであっても、嫌なものは嫌だし仕方がない。

 

「何をおっしゃっているのですか、ネメシスさん。あなたには見込みが有ります。さすがはシルバーさんの血を受け継ぐ男。ですからこの私が、特別に技をお教えしようというのですから喜んでください」

 

「ほぅ……ならば今ここで1戦交え、皆の前でその技とやらを披露してもらおうか」

 

「それは出来ません。あなたにだけ特別に教えて差し上げるのですから、感謝してくださって結構ですよ。なんと言っても完璧超人の秘技とも言える技です。これであなたは強くなり、より完璧な超人へと近づくことでしょう!」

 

 立てた一本指を左右に降り、大袈裟に両手を広げ力説するグリムリパーだが、残念、振り返らないネメシスは見ていない。

 

「なるほど、完璧超人の秘技か」

 

 秘技と聞いたネメシスは、マグネットパワーではないかとあたりをつける。

 何故この男が使えるのか?

 いささか気になるところであるが、闘わないと言うならペラペラ話してくることはないだろう。

 ならばネメシスの取る行動は一つ。

 

「はい」

 

「それを身につければ、オレはもっと強くなるのだな」

 

「その通りです! さぁ、付いてきて下さい、ネメシスさん! 私と共に、より高みへと向かいましょう!」

 

「だが断る」

 

「ニャガっ!?」

 

「断ると言っている。どうせマグネットパワーかなにかだろ? アレが強力な技なのは認めるが、インチキくさくて好かん。悪く思うな」

 

 カマをかけた上で関わらない。

 君子危うきに近寄らず、昔の人はよく言ったものである。

 

「ニャガニャガニャガ。やれやれですね。あの力をご存知なのは流石ですが、その素晴らしさが理解出来ないとは、ネメシスさんもおつむの方は完璧には程遠いようです。良いでしょう。今日のところは引き下がりますが、早く気付いて下さい。それでは皆さん、せいぜいネメシスさんの足を引っ張らないように励んでください」

 

 自分に都合よく考え、ついでに煽るだけ煽ったグリムリパーは蜃気楼の様に掻き消えた。

 

「なんだとっ!」

 

 耳聡く聞いていたリング上のダルメシマンが、ロープから身を乗り出すようにして、消えたグリムリパーに向かって抗議の声を上げる。

 

「熱くなるな、ダルメシマン。アレは相手にするだけ損な類の超人だ。スパーに集中しろ」

 

「ケッ、なんであんなのが俺達と同じ無量大数軍(ラージナンバーズ)なんだ」

 

「グロロロロ…………強いからだ」

 

 ここでリングを挟んでネメシスの正面に陣取る“完武”ことストロング・ザ・武道が口を開く。

 

「だ、だがっ!」

 

「キャンキャン吠えるでない。 見苦しいわっ」

 

 武道にギロッと睨まれダルメシマンが萎縮する。

 そのやり取りは、とても同格同士のやり取りには見えない。

 

(この二人……何かがおかしい)

 

 超人墓場のトップである超人閻魔を“閻魔さん”呼ばわりするグリムリパー。

 漫画・キン肉マンにおいて、完璧超人の首領としてネプキンが使用していた剣道着姿のストロング・ザ・武道。

 

 精鋭揃いの無量大数軍(ラージナンバーズ)の中にあって一際異彩を放つ二人の超人。

 そして、首領であるはずのネプキンが単なる無量大数軍(ラージナンバーズ)の一員として存在し、さらには完璧の始祖(オリジン)を名乗る10人の超人達。

 

(完璧超人界には漫画・キン肉マンに描かれなかった何かがあるようだな……面白い) 

 

 そう感じるネメシスだったが、その優先順位はかなり低い。

 1に鍛練2に鍛練。3、4も鍛練、5に謎解き、機会があれば探ってみるか、といった程度。

 

 何故なら、先に名が上がった超人だけでなく

 “完裂” マックス・ラジアル

 “完刺” マーリンマン

 “完掌” クラッシュマン

 “完恐” ピークア・ブー

 “完昇” マーベラス

 “完流” ジャック・チー

 これだけの推定強者が揃っているのだから、スパーに励まないなどあり得ない。

 強さを求めるネメシスには、謎解き(余計な事)にかまけている暇などはなかったのである。

 

 

 

 

 ネメシスが超人墓場にやって来て十数年ばかりの時が流れたある日のこと。

 

「こんにちは。ネメシスさん」

 

「なんだ、“完幻”。マグネットパワーなら覚えんぞ」 

 

 10年に渡って勧誘を受け続けたネメシスは、グリムリパーと相対する時は挨拶代わりにとりあえず断るようになっていた。

 

「ニャガニャガ、今日はあなたに是非見ていただきたいものが有りましてね」

 

「ほぅ……」

 

 いつもとは違うパターンに少し興味を覚えたネメシスは、切りよい所で鍛練を終えるとグリムリパーに従い移動する。

 

(む? ジャスティスマンにガンマンだと? 何故始祖(オリジン)がここにいる?)

 

 連れらた先の部屋で待ち受けていた二人の始祖は、現れたネメシスに一瞥をくれるも特に何かを言うでもなく佇んでいた。

 

「ニャガニャガ。そのお二人の事は気になさらず。ネメシスさんにお見せしたいのはコレです!」

 

 踊るように両腕を広げ、部屋の中央にある“真実を写す泉”を指し示したグリムリパー。

 その水面には見事な肉のカーテンを使う男と、それを取り囲む男達の姿が映されていた。

 

「……あれはっ」

 

「そうです! あれに見えるはキン肉タツノリ。下等超人の王を名乗る男です。ネメシスさんならよくご存知のハズですよ」

 

 グリムリパーはマグネットパワーをしつこく勧める以上に、ネメシスをキン肉族と信じて疑わない。

 いや、順序で言うなら逆になる。

 この男は、“シルバー”の子孫と見込むネメシスに、なんとかしてマグネットパワーを授けたいのだった。

 

「……それで? 何が言いたい?」

 

「見て下さい。弱い者が群がって一人を袋叩きにする醜い光景! あれこそ下等超人そのものではありませんか!」

 

「そうだな…………それで?」

 

「ニャガっ!? 助けに行きたい、そうは思わないのですか!? あの男はネメシスさん、あなたが敬愛する兄ではないのですか!?」

 

 本来であれば是が非でも助けに行きたい衝動にかられるのだろうが、転生超人であり()()()()()()()()()()()()()()()()ネメシスには通じない。

 泉に映るタツノリは、状況こそ最悪に近いが肉のカーテンの隙間から覗くその目には、強い光が宿っている。

 兄ならば確実に切り抜けると確信したネメシスは、自分が下手に横槍を入れて武勇伝を潰す事などないと考える。

 

「何度も言ったはずだ。オレはキン肉族ではない」

 

「そ、そんなはずは有りません! ガンマンさん、ジャスティスさん!」

 

「シャババー。その男、嘘付きではなーい」

「その様だな」

 

 二人の始祖(オリジン)はそれぞれが真実を見抜く目と、裁きを行える力を備えていた。

 グリムリパーは彼等の力を利用してネメシスがキン肉族であるとの事実を白日の元に晒し、先ずはシルバーの子孫であると認めさせようとしていた。

 その企みはネメシスの頑固さの前で敢えなく崩れ、「くだらん」と吐き捨てたガンマンが部屋から去り、ジャスティスマンは無言でネメシスを見詰めた後、無言のまま部屋から立ち去った。

 

 もしここで、タツノリは兄ではない、とネメシスが言っていたなら嘘つきの烙印を押されていたのだが、キン肉族ではないとの発言ならば当人が頑なに思っているので嘘には該当しないのである。

 

「仮にだ、オレがキン肉族だとして“完幻”よ、お前は何がしたい? 助けに行かせてやるから自分に感謝しろなどと、人の弱味に付け込む完璧超人にあるまじき事を言うつもりではあるまいな?」

 

 完璧超人には様々な掟がある。

 ネメシスはその全てに賛同しているわけではなかったが、全てを否定しているわけでもなかった。

 弱点を攻めてはならない、完璧超人の掟の一つを引用してグリムリパーに迫る。

 

「ニャガっ!? そ、そんなはずは有りません。あなたの精神力を試したのです。さすがはネメシスさんです。何事にも動じない鉄面皮、感情を捨ててこそ完璧超人ですからね」

 

「ふんっ……まぁそういうことにしておいてやる。良いものが見られたしな」

 

 グリムリバーの目論見がどうあれ、二度と姿を見る事はないと思っていた兄の勇姿を目にしたネメシスは、タツノリの元に助けが来るまでの間、じっと見守り続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから更に数十年が過ぎたある日のこと。

 

「こんにちは、ネメシスさん。今日はあなたに良いことを教えに来ました」

 

「ニャガニャガか……一応聞いてやる」

 

「ネプチューンキングさんが弟子を取りました」

 

「何っ!? それは本当か?」

 

「え、えぇ。つい先日の話です。

 ここだけの話ですがあの男も“あの力”を身に付けています。それを新たに弟子となった男、ネプチューンマンとやらに授けているのです。どうですか? あなたもウカウカしていられませんよ。さぁ、今こそ私と共に励み、“あの力”を手中に修めるので…………ニャガ? ネメシスさん?」

 

 いつもと違うネメシスの食い付きに気を良くしたグリムリバーは、悦に入って自説を述べていく。

 しかし、ネメシスの姿は既にそこにはなかった。

 

 ネプチューンマンの弟子入りこそが、“あの時代”の到来を告げる出来事だ。

 遂にこの時が来たか、とネメシスは直ぐ様行動を開始しストロング・ザ・武道の元へと走り去ったのである。

 

「武道よ、話がある。直ぐにも地上に下りたい。何か手はないか?」

 

 完璧超人の格言の中に“種にまじわれば種にあらず”というものがある。

 言葉の意味はわからんが、とにかく他陣営と関わることは禁じられている。

 根が真面目なネメシスは、変な掟であっても無法に破るを由とせず、武道を頼った。

 

「グロロロロ……何故私に聞く?」

 

「貴様に話すのが1番早いと思っただけだが、間違っているか?」

 

 およそ半世紀。

 躍起になって探らずとも、ネメシスが武道とグリムリパーの正体に見当を付けるには十分な時間だった。

 

「……」

 

 ネメシスの問いかけには答えず、武道は剣道面の奥の血走る目で睨み付ける。

 

 永く生きる武道の目から見ても、このネメシスを名乗る男は逸材であった。

 元より下等超人離れした力を備えてこの超人墓場にやってきたネメシスは、僅か半世紀余りで始祖にも迫る力を身に付けている。

 惜しむらくは弟子と呼ぶには関わりが薄かった事くらいだろう。

 

 そんな男が何故地上に降りようというのか?

 

「地上に降りてなんとする?」

 

 たっぷりの間を置いて武道が口を開く。

 

「無論、最強の超人となる!!

 オレはその昔、最も尊敬する男から、超人レスリングとは力量等しい二人の超人が揃い、初めて成立すると教わった。だが、この超人墓場に来てそれだけでは足りんと気付かされたのだ。いや、オレはその言葉の意味を見落としていたのだ!」

 

「グロロロロ……続けよ」

 

「強者が集いしこの超人墓場に無いもの……それはっ!  実況や解説、即ち運営に携わる者。そして、試合を見る観衆だ! 選手、運営、観衆……三位が一体となることで超人レスリングは成立し、その中でこそ最強の超人が誕生するのではないか!?」

 

 他者に認められたい、尊厳欲求。

 人間が持つ五大欲求の一つ。

 転生超人であるネメシスには、完璧超人界に属している今も尚、その欲求が強くある。

 

「貴様は神聖なる超人レスリングを見世物にするつもりかっ!」

 

 欲求、言い換えるなら欲望に端を発する言い分に武道は激怒し、ネメシスの喉元目掛けて竹刀を突き付けた。

 

「そうではない。武道よ、最強の超人とはなんだ? 誰が決める? 自分が最強だと言い張れば最強なのか? それとも……貴様が定めるか?」

 

 平手でゆっくりと竹刀を退かせたネメシスは、拳を握るとそのままファイティングポーズをとる。

 

「…………それを人間共に決めさせる、と言うか」

 

 問いには答えず、ネメシスの言わんとすることだけを的確に見ぬいた武道は、確認の為にそれを口にする。

 ()()()()()()()()()()()を理解してみせるあたりは、流石の武道と言えるだろう。

 

「そうだ。人間は我々に比べれば肉体的にも精神的にも脆く弱く、移ろいやすい。だからこそ、強者に敏感な人間達が最強と称える者こそが最強の超人なのではないか?」

 

「面白い………だが、下等超人を滅したとて、何の自慢にもならんわ」

 

「それはどうかな? 貴様が知らぬだけで地上の超人も腕を上げているやも知れんぞ」

 

 言葉とは裏腹に、ネメシスは確信めいた表情を浮かべている。

 ネメシスという男は弱者をいたぶって喜ぶ様な男でもなければ、思い付きで軽はずみに動く愚か者でもない。

 その男が、何の根拠もなしに地上に向かうと言い出すはずもない。

 

 この男は、自分が預かり知らぬ何かを知っているに違いない。

 

「グロロロロ…………良かろう。暫し沙汰を待て」

 

 ネメシスを泳がせてみるのもまた一興、と武道は了承の意を示すといずこかへと去った。

 

 そして、後日ネメシスに告げられた地上行きを許可するための条件はたった一言。

 

 シンプルにして最難関。

 

 

 

  【始祖を倒せ】








 明かされる始祖の実力とは!?


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超人閻魔の試練! の巻

 

 

 

 

 超人墓場、謁見の間。

 

「グロロロロ……武道より話は聞いた。地上に行きたいのであれば力を示し、勝ち取ってみせい」

 

 カーテンの向こう側で話す超人閻魔は、シルエットしか見えないものの、その独特の笑い方と声質からストロング・ザ・武道の中の人なのは明らかだった。

 

 隠す気ないだろ?

 

 と、呆れるネメシスであったが、余計なことは口にしない。

 

「ハッ!」

 

 と、片膝ついて恭しく頭を下げる。

 

「好きな始祖(相手)を選ぶが良い」

 

 カーテンの向こうの超人閻魔から事前の通告通りの無茶振りの声が上がる。

 

 勝てる訳ねーだろ?

 頭おかしいんじゃね?

 

 と、ネメシスの前世に影響された思考が顔を覗かせる。

 

 完璧始祖(パーフェクト・オリジン)……転生超人であるネメシスの前世の地球で言うところの、神話の登場人物に該当する存在だ。

 遥かな昔、おごり高ぶる超人達は神々の怒りに触れた。

 怒れる神々は超人達の抹殺を決議し、宇宙全域に裁きの光を降らせる。

 世にも有名なカピラリア大災害である。

 この時、1人の神が「優れた者は生かすべき」と神の座を捨ててまで地上に降り立ち、生かされた者達こそが10人の完璧始祖(パーフェクト・オリジン)

 数億年も前の話となる。

 

 超人墓場の鬼達が語り継ぐこの超人神話を耳にしたネメシスは、完璧始祖(オリジン)はノーカウント。と、相手にしないことに決めていた。

 ネメシスが持つ人間的感覚で言えば、億年鍛えた相手と張り合うだけ馬鹿らしい。

 無論、いずれは始祖(オリジン)さえ越えてみせる! との意気込みを胸の奥に秘めているのだが、今はまだその時ではない。

 

 生きた時間、鍛練に費やした時間が違いすぎるのである。

 

(だが、やるしかあるまい)

 

 顔を上げたネメシスの目に映る始祖(オリジン)達。

 ネメシスから見て、超人閻魔を中心に右に三人、左に四人の始祖(オリジン)達が並んでいる。

 右から順に参式、四式と続き左端が玖式。

 完璧始祖(オリジン)は10人。

 壱式(ゴールド)弐式(シルバー)が離反したとしてもあと1人足りない。

 

 ネメシスはその足りない部分、左端の空席に向けて指を指す。

 

「オレの相手は貴様だっ! “完幻”グリムリパー……いや、完璧始祖拾式(パーフェクト・オリジン・テンス)、サイコマン!」

 

 無量大数軍(ラージナンバーズ)の中でも異質な二人、ストロング・ザ・武道とグリムリパー。

 武道の中身が超人閻魔とほぼ確定した今、残るグリムリパーの正体は姿を表さないサイコマンに違いない。

 というか、“完幻”(アレ)がサイコでないなら一体何がサイコなのか? 頼むからサイコマンであってくれ。

 

 ネメシスの願いが通じたのか、指差した先の空間が歪み始める。

 

「ニャガニャガニャガ。何時からご存知だったのでしょうか? そうです。私こそがグリムリパー改め、完璧始祖・拾式(パーフェクト・オリジン・テンス)サイコマンです」

 

 蜃気楼の様に現れたグリムリパーがその身を翻すと、黒色を基調にしていたドレスが白色へと変化を遂げる。

 

 原理を考えてはいけない。

 何故ならコレが超人だからである。

 

「貴様の様なサイコが二人も居てたまるかっ!」

 

 腹の底から叫んだネメシスは、ロープを軽々と飛び越えると、ズン! と音を立ててリングイン。

 

「その通りです。私程の超人は二人と居ません。ニャガニャガニャガ」

 

 ネメシスの叫びを自分に都合良く解釈したサイコマンは、フワフワとした感じで揺らめくようにリングイン。

 

「それではこの試合、私が裁こう」

 

 対戦相手に指名されなかったジャスティスマンは、これは自分の役目とばかりにニュートラルコーナーのリングポストの上に立つ。

 

「異論はない」

 

「こちらも構いませんよ。私の邪魔をすることにかけては天才的なあなたですが、まさか裁きを偽る様な真似はしないでしょうからね」

 

 元より代替え案を持たないネメシスは二つ返事で了承し、サイコマンも独特の言い回しで念を押す。

 

 こうして闘いの舞台は整った。

 

始祖(オリジン)の力、見極めさせてもらう!」

 

「ニャガニャガニャガ。完幻である私と戦った事があるあなたは、私ならば与し易いと考えたのでしょう。なるほど。中々合理的な考えです。ですが、全ては幻。今の私をグリムリパーと同じと考えれば痛い目をみます」

 

「御託はいい! 行くぞ!」

 

 先ずは小手調べとばかりに両手を広げて突き出したネメシスの手をサイコマンが掴み、リングの中心で手四つに組み合う。

 “完幻”を名乗っていた時のサイコマンは、無量大数軍(ラージナンバーズ)の中でもトップクラスの握力を誇っていた。

 果たしてそれが、始祖(オリジン)を名乗ればどうなるのか?

 

「ニャガニャガ」

 

 余裕の笑みを浮かべたサイコマンの手に力が籠る。

 

(マズイっ)

 

 握り潰されるイメージを抱いたネメシスは、腕を払って組み手を切ると、一歩下がってから跳んだ。

 

「とりゃぁ!」

 

 ローリングソバットを繰り出すネメシス。

 いつぞやの失態とは違い、距離も角度もほぼ完璧。

 空間さえも切り裂きそうな鋭い蹴りが、サイコマンの顔面目掛けて放たれる。

 

ーーガシッ

 

 それを、片手で掴むサイコマン。

 

「ふんっ!」

 

 想定内とばかりに片足でリングを蹴ったネメシスは、空中で身体を捻りながら顔面目掛けて更に蹴りを繰り出す。

 

「ニャガニャガ。器用な真似をします。ですが」

 

 追撃の蹴りをも軽々掴んだサイコマン。

 両足首を掴まれたネメシスは、まるでシーツかバスタオルかというほどに軽々と振り上げられ、身体の前面をリングへと叩きつけられる。

 

「くっ……」

 

 リングを転がり距離を取ったネメシスは、両手で顔を覆い隠しガードの姿勢をとる。

 

「パーフェクトディフェンダーですか。それこそ、あなたがシルバーさんの子孫である証なのです。そして、シルバーさんと最も多く戦ったこの私は、誰よりもその技を知っているのですよ」

 

 そう言いながら、ゆっくりと歩いてネメシスに近寄るサイコマンに隙はない。

 

(こんな対策があるとはっ)

 

 徐々に近づいてくるサイコマン。

 だが、ネメシスには打つ手が思い浮かばない。

 さっきの今だ。

 パンチやキックを放とうものなら確実に掴まれ、阻まれるイメージしか沸かないのである。

 

「何っ!?」

 

 至近距離まで詰め寄ったサイコマンは、ネメシスの手首を掴むと強引に左右に抉じ開けた。

 

「ニャガニャガ。お久しぶりです」

 

 ネメシスのガードが開いたところに、サイコマンが強烈なヘッドバッドを食らわせる。

 

 たたらを踏んだネメシスのガードが崩れる。

 

「さぁ、行きますよ! 完幻殺法スピアドレス!」

 

 そこを見逃さない、いや、これを狙っていたサイコマンは、ドレスの裾を変化させて両足に巻き付け尖らせると、縦横無尽に跳び跳ねネメシスの身体を切りつける。

 

 尚、コスチュームは凶器には該当しないので、完璧超人の掟には抵触しない。

 

「己っ! これならばどうだっ!」

 

 後手に回ってもじり貧。

 ネメシスはサイコマンの技終わりの極僅かな隙をついて背後に回る。

 背中におぶさる様に跳び乗ったネメシスは、サイコマンの前面に回した足を膝の裏に決めると、手首を掴んで上方へと捻り上げた。

 

 いわゆるパロスペシャルである。

 

「ニャガニャガニャガ。私の手首を掴む事で握力を封じ込めるつもりでしょうが、そうはいきません」

 

 腕を捻り上げられているはずのサイコマンは、それでもお構いなしの力任せにネメシス腕を振りほどく。

 

「ニャガっー! ワンハンドバスター!」

 

 自由になった腕でネメシスの顔面を掴む。

 引っこ抜く様にネメシスの身体を背中からリングへと叩きつけた。

 

(まさか、これ程までとはなっ)

 

 繰り出す技が握力一つで潰される。

 自分は今まさに、窮地にたたされている。

 

 だが、()()()()()

 

「ニャガニャガニャガ。どうしました? もう降参ですか?」

 

「ふざけた事をっ! 本番はここからだ!

 常在戦場!

 これがオレのっ……クソ力だっ!!」

 

「ニャガ?」

 

 身体を発光させたネメシスが、驚くサイコマンに向けてラッシュを放つ。

 

 リングの中央で激しく打ち合う二人。

 身長はほぼ同じ。

 筋肉の付き具合等の体格は“完肉”の異名を持つネメシスが勝る。

 

 しかし、打ち勝ったのはサイコマンだった。

 

「ば、馬鹿なっ……」

 

 ロープにもたれ掛かる様にして尻餅をついたネメシス。

 超人レスラー目指し指導を受けたその日から、雨の日も風の日も、牢の中でさえ繰り返した基本のパンチが通じないことにネメシスは、少なからずショックを覚えた。

 

「ニャガニャガニャガ。何がクソ力ですか。ガッカリさせないで下さい。だいたいあなた、ご自身の超人強度をご存知ないのですか?」

 

「む? 知らんな」

 

 100万以下でも1億パワーに勝てる数値、それが超人強度。

 転生超人でありその数値の宛にならなさを誰よりも知るネメシスは、自分の超人強度に興味がなかった。

 

無量大数軍(ラージナンバーズ)となったあなたの超人強度は6800万です。尤も、その強度の全てを使いこなしている訳ではありません。先程のクソ力とやらは、あなたが使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎないのですよ」

 

「なん……だと?」

 

 自身の超人強度の高さと、クソ力がクソ力でないことに二重の驚きをみせるネメシス。

 

「引き出したのはお見事! と言いたい所ですが……ニャガニャガ。必死にならねば自身の力を引き出せないのは未熟者としか言い様がありません。そんな事では私は勿論、他のどの始祖(オリジン)にも勝つことなど不可能です。何故なら私達始祖(オリジン)は、余すことなく超人強度を使いこなしているからです」

 

「超人強度を使いこなすだと……?」

 

「ニャガニャガ。超人強度だけではありません。私達始祖(オリジン)は肉体も使いこなします。肉体と超人強度、それを完全に使いこなし磨き抜いた技を放つのが完璧な強さの秘訣です。ネメシスさん、あなたは天才です。天才であるこの私が保証してあげましょう。ですが、私達10人の始祖達(オリジン)もまた、あの人に選ばれた天才なのですよ。同じ天才ならば永く鍛え抜いた私達に分が有るのが道理というものです」

 

 サイコマンに指摘されるまでもなく、これはネメシス自身が感じていた事であった。

 

「黙れっ! 超人レスリングとは道理だけで計れるものではない!」

 

 だからこそ反発を抱く。

 

「ニャガニャガ。では、言い換えて差し上げましょう。今のあなたでは私達始祖(オリジン)には勝てません。それが現実です。ですが、気に病むことはありません。私達始祖(オリジン)が完璧なだけで、あなたは十分にお強い。むしろ、それだけの強さを持つあなたが今更地上に降りて何をなさると言うのですか?」

 

「言ったはずだ。最強の超人となる」

 

「それです。それが判りません。断言してあげます。地上に降りた瞬間、あなたは最強です。シニアマン、ロビン・ナイト、ドリーマン、そして、キン肉真弓……」

 

 サイコマンの上向けた掌から立体的に写し出される超人達。

 

「これはあなたが此処に来てから、地上の下等超人の間で最強と言われていた者達です。ですが、間違いなくあなたの方が強い! 地上に降りたとて得るもの等何一つないのですよ! 強くなりたいなら、ネメシスさん! あなたはここで私からマグネットパワーを学ぶべきなのです!」

 

「ふっ……散々御託を並べて結局それか。しつこい男は嫌われるぞ」

 

 サイコマンの長い講釈が幸いし、人間では有り得ない超回復をみせたネメシスは、ロープを支えに立ち上がる。

 

「ニャガニャガニャガ。この力の素晴らしさを判って頂けるなら嫌われたとて本望です。さぁ! 特とご覧あれ! マグネットパワーっ!!」

 

 静かに観戦していた他の始祖達(オリジン)を順に見詰めたサイコマンが両手を伸ばすと、そこから放たれる磁気を帯びた光。

 真っ直ぐに伸びた光の帯がネメシスにぶつかると、そのまま周囲にまとわりついた。

 

「ニャガっー!!」

 

 光の帯でネメシスと繋がったサイコマン。

 子供が紐で繋いだカエルを振り回す様に、何度もネメシスの身体をリングへと叩きつける。

 

 やっぱインチキだろ。

 

 内心で毒づいたネメシスだが、念動力での連続ボディスラムとも言うべき()調()()()()を、確実な受け身でやり過ごして機会を伺う。

 

「ここだっ!」

 

 単に振り回しているだけの攻撃は精度に欠ける。

 受け身から即座に背後を取れる一瞬に掛けるネメシスは、残る力を振り絞って再び身体を発光させると、磁力渦巻くリングを強引に駆ける。

 

「密着すれば意味をなさまい!」

 

 背中合わせにサイコマンの腰回りを抱えたネメシスが、空中高く飛び上がる。

 

「ニャガニャガニャガ。あなたがグリムリパーを知っていたように、私もあなたを知っているのですよ」

 

「ふんっ、強がりをっ! 喰らえ! “完肉・奥義”! バトルシップ・シンク!!」

 

 空中で前方に回転するネメシス。

 

 掛け手の体勢が前後上下が逆さまのパイルドライバーとでも言うべき、ネメシスが編み出したオリジナルホールドにして()放ちうる最強の一撃。

 これさえ決まれば始祖にも一矢報いる事が出来る必殺の一撃だ。

 

「あなたがこの技に賭ける事は判っていました。そして! この力を用いれば防御も完璧となるのです! マグネット・パワー!」

 

 サイコマンの手からリングポストに向けて照射された光の帯が、空中の二人の姿勢を傾ける。

 

 反則だろっ……。

 

 ネメシスだけでなく居合わせる始祖達も顔をしかめるが、ルール上は反則に当たらない。

 

 そこから更に、空中でネメシスの脚をマグネットパワーを使って引き寄せたサイコマンは、自らの足に絡ませドレスに包んで力を溜める。

 

「これで終わりです! “完幻・奥義”、ファントムキャノン!!」

 

 サイコマンの足元から砲弾の様に撃ち出されたネメシスは、ジャスティスマンが立つコーナーポストに頭から打ち付けられる。

 

拾式(テンス)……」

 

 自らの足元で血を流し倒れるネメシスを見たジャスティスマンが寂しげに呟く。

 

「さぁ、どうしました? 私の勝ちですよ、ジャスティスさん。勝ち名乗りを上げてください」

 

 確かにサイコマンが言うとおり、ネメシス(数奇な魂を持つ男)は最早戦えまい。

 だが、このマグネットパワーに頼った勝利を認めて良いものか?

 厳格な裁きの神たるジャスティスマンが初めてみせる戸惑い。

 

 その一瞬の戸惑いがネメシスに意識を取り戻す時間を与えることになる。

 

(オ、オレは……負ける訳には……)

 

 全身がバラバラに成りそうな痛みの中でネメシスは、兄タツノリと交わした最後の話を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 




 その力まさに、始祖(圧倒的)!!


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完璧超人始祖(パーフェクト・オリジン)を越えろ! の巻

無茶ぶり&ゆで理論。


 



◆◆◆◆◆

 

 

 凡そ半世紀前、キン肉大神殿地下深く。

 ネメシスがサダハルと名乗っていた頃の遠い昔の記憶。

 

『最後に一つ聞かせてくれ…………ハラミのことなんだが、あいつは今どうしている?』

 

 ただの一度も面会に来ない。

 それこそが答えであり、女々しいと思いつつもサダハルは、自分を慕ってくれていたハラミのその後をタツノリに尋ねた。

 

『ハラミか……………あの者は眠っておる』

 

『眠る?』

 

 合点がいかない答えを聞いたネメシスがおうむ返しに聞き返すと、タツノリが詳しい事情を説明していく。

 結論から言うと、ハラミはメンチが提示した方策に従い、時の神の力を借りて止まった時間の中で眠りについている。

 メンチが告げた『いずれ牢から出たサダハルは超人界の歴史の中で燦然と輝く偉大な超人になる』『その時がくれば目覚める様にしてやる故、眠って待ってはどうじゃ?』との言葉を信じたからだ。

 予知にも近しい能力なのか?

 それとも量子演算の果ての結論なのか?

 何故メンチがその様に考え、どのような条件で時の神と契約したのかは、当人が亡くなった今となってはわからない。

 

 一つだけ確かな事は、親兄弟も友人も()()()()()()ハラミは、既に10年以上も変わらぬ姿で眠っている――厳密に言えば眠ってすらいない――という事だけであった。

 

『ば、馬鹿なっ!? あいつはそんな世迷い言を信じたというのか!? ……っ!? そうだっ! 今すぐ解除してやってくれ。兄さんが大王の今ならっ』

 

『残念だがそれは無理なのだ。メンチ殿が亡くなられた今となっては誰にも解除はできぬ。下手に力を加えるとあの者の時間は永久に止まり続けることになるであろう』

 

『何かっ……何か手はないのか!』

 

『手は……ある。サダハルよ、メンチ殿が予見した“燦然と輝く偉大な超人”とやらにお前が成れば良いのだ。そうなればハラミは目覚める』

 

『俺が、か……。重いな、兄さん……人の命を背負うというのは』

 

 “燦然と輝く偉大な超人”とやらが何のことかは判らなかったが、サダハルにはやらない選択肢はなかった。

 

『そうだな。だが、サダハルよ。お前ならば出来るであろう。そして、あの者が目覚め再び姿を表した時には、誰に憚ることなく抱き締めてやるが良い』

 

 兄タツノリの激励に、無言で頷くサダハル。

 

 こうしてサダハルは、偉大な超人≒最強と仮定して、遮二無二最強を目指したのであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「オレはっ、こんなところで負ける訳にはいかんのだっ!!」

 

 超人閻魔に意見してまで挑んだからには、この試練が果たせない時には死の制裁すら有り得る。

 なんだかんだで完璧超人界にどっぷり浸かっているネメシスは、死力を尽くした果てに闘い敗れ、()()()()()ならそれはそれで有りだろう、という考えを持つようになっていた。

 だが、()()()()は1人ではない。

 自分が敗れ死ぬことがあれば、ハラミの解放条件が果たされる事が無くなるに違いない。

 そうなればその魂(ハラミ)は時の牢獄に捕らわれたまま、未来永劫解放される事がなくなる。

 転生超人であり魂の存在を信じるネメシスには、それは死ぬよりも酷いことに思えてならなかった。

 

 そんな事は絶対にさせない。

 

 身体を発光させたネメシスが、強い決意を持って立ち上がる。 

 

「ニャガっ!? なんですかそれはっ!?」

 

 先ほどのクソ力とよく似た現象だが、明らかに違っている。

 ネメシスの超人強度は6800万。

 しかし、今のネメシスから感じるパワーはそれを優に越えている。

 

「行くぞ! サイコマン!」

 

「し、しつこいですよ! マグネットパワー!」

 

 両腕を伸ばし磁力の光を放つサイコマン。

 マグネットパワーの発見者であり、ネプキンの師でもあるサイコマンはかなり自在にこの力(マグネットパワー)を操る事が出来る。

 だが、それでも元は自分自身の力ではない。

 技の起点として伸ばす両腕。

 その伸ばす行為が今のネメシスにとっては、回避を行うに十分な時間だった。

 

「遅いっ! 円は直線を包むと知れ!」

 

 磁力の光をサイドステップで交わしたネメシスは、そのままサイコマンの周囲をぐるぐると回り始めた。

 

「意味がわかりませんよっ! マグネットパワー!」

 

 言葉の意味がわからないまま、とにかくマグネットパワーを放ってみせるサイコマンであったが、高速で動き回るネメシスを捉える事が出来ない。

 

 まさかのロビン戦法大活躍である。

 

「とりゃあ!」

 

 ステップを踏んで急激に円の軌道を変えたネメシスが、拳を握りしめてサイコマンへと迫る。

 

「掴まえまし、ニャガっ!?」

 

 素早く反応したサイコマンがネメシスの手首を掴むも、腕を内側に捻るスクリューブローに弾かれる。

 顔面を強打されたサイコマンがコーナーポストに向かって吹き飛んだ。

 

「そこだっ!」

 

 この試合で初めてコーナーポストの袋小路にサイコマンを追い詰めた。この機を逃すまいとネメシスが一直線にリングを駆ける。

 

「ニャガニャガニャガ。ここに飛ばされたのも計算の内ですよ! マグネットパワー!」

 

 両腕を伸ばし二本の光を飛ばしたサイコマン。

 一つを迫るネメシスに、もう一つを対角線上にあるリングポストに向けて命中させる。

 

「ニャガっーー! マグネティカボンバー!」

 

 ぶっこ抜いたリングポストとネメシスをマグネットパワーで引き寄せたサイコマンは、右腕を水平に上げラリアットの体勢で待ち構える。

 

「玉砕ボンバー!」

 

 引き寄せられる力に逆らわず、右腕を水平に伸ばしたネメシスが更に一歩踏み込んだ。

 

 リングの中央でぶつかり合う二人。

 

「うぉぉぉおっ!」

 

 肉体のぶつかり合いに打ち勝ち、右腕を振り抜いたのはネメシスであった。

 

(こ、こんな事はあり得ませんっ! ネメシスさんのこの力はなんなのですかっ!?)

 

 リングに大の字で()()()()サイコマンは、天井を見上げながら考える。

 あまりにも不可解。

 始祖(オリジン)であり、()()()()()()()()()()()()()()()()()している今の自分が肉体のぶつかり合いで負けることなど、計算上は有り得ない。

 天才である自分が知らない何か。

 何か、得体の知れない力がネメシスに宿っている。

 

(これは……少しばかり確かめてみる必要がありそうですねぇ)

 

 考えが纏まったサイコマンは、ブリッジから頭頂部を起点に逆立ちに起き上がると、コマの様に身体を高速で回転させる。

 

「イグニシォンドレスーーッ!」

 

 高速で回転する摩擦で炎を纏いネメシスにぶつかるサイコマン。

 易々と肉を切り裂く威力のハズだが、どこか感触がおかしい。

 

「そ、それはシルバーさんのっ!」

 

 起き上がったサイコマンが目にしたのは両腕でガードするネメシスの姿だった。

 一度破った技に自らの技を阻まれる、完璧超人にはあるまじき失態に僅かな動揺を浮かべた。

 

「これは()()()パーフェクトディフェンダーだ! シルバーマンの幻影を追いかけるサイコマンよ! 今こそ貴様に相応しい技でマットに沈めてやろう」

 

 強気に宣言したネメシスだが、余裕なんてものは全くなかった。

 溢れんばかりに吹き出てくるこの力。

 これこそが、真の“火事場のクソ力”であると理解は出来ている。

 だが、このままこの力を使い続けようものなら身体がもたない。多少攻め急ぐことになろうとも、早急に試合を決める必要がある、とネメシスは考えた。

 

 そして、恐らくこの力を完璧に使いこなすのがキン肉スグルの強さの秘密に繋がる。

 地上に拘ったのは正解だった。

 そうも考えるネメシスだが、今は目の前にある試合に勝つことが先決とばかりに動揺するサイコマンを捉え技を仕掛ける。

 

 ブリッジを繰り返したネメシスが、腹筋の力でサイコマンを上方高く運んでいく。

 

(む?)

 

 このブリッジには相手の力を奪う不思議パワーがあるのだが、それにしてもサイコマンの抵抗力が弱すぎる。

 何か企みがあるのか?

 思えば先程の“完肉・奥義(バトルシップ・シンク)”は返し技を持つサイコマンに()()()()()()()

 

(いや、迷うな。最早この技しかない)

 

 どちらにせよ、この技をしくじれば自分もハラミも終わってしまう。

 それならば、余計な事は考えず技を極める事に全身全霊をかけるのみ。

 

 ブリッジを繰り返し、十分な高さまで舞い上げたところでネメシスは翔んだ。

 

「ニャガっ!?」

 

 両腕をチキンウイングに掴まれ、更に首と左足まで極められたサイコマンが驚きの声を上げる。

 

「これで終わりだっ……パーフェクト・マッスル・スパーック!」

 

 空中で体勢を入れ換えたネメシスが、背中合わせにサイコマンを折り畳み、リングに向けて落下する。

 

(決まったっ)

 

 頭、両手、両足をほぼ理想通りにマットに叩きつけたネメシスは、勝利を確信してサイコマンを解き放つ。

 

「ニャガ……、ニャガニャガニャガ。な、何がパーフェクト・マッスル・スパークですか。こんなものはシルバーさんの奥義には遠く及びません。もう一捻りが足りないのですよ。ですから…………おどきなさい、ジャスティスさん」

 

 しかし、ネメシスが技から解放した途端、糸人形(マリオネット)の様な覚束ない足取りながら、サイコマンは立ち上がる。

 そして、リングに現れた乱入者――ジャスティスマンを睨み付けた。

 

拾式(テンス)よ。この試練、既に裁きは下った。貴様は()()()のだ」

 

 ネメシスとサイコマンの間に割って入ったジャスティスマンが試練の終わりを告げる。

 超人閻魔が課したネメシスへの試練とは【始祖を倒せ】である。

 それを()()()()に受け取れば、既に二度程サイコマンが倒れた事で試練達成となるのであった。

 

「ニャガ…ニャガ…ニャガ。何を馬鹿な事を。私はこの通り生きています。まだ勝負は終わっていないのですよっ!」

 

「オレとて勝ったとは思っていない。だが試練は終わりのハズだ。貴様がなんのつもりでオレの技を受けたのかは判らんが、結果的に戦闘不能となっているではないか?」

 

「ニャガ? ニャガニャガニャガ……あなたがシルバーさんの名を出したものですからね。試しに受けてみたのですよ。ですが……いえ、もう良いです。地上でも何でも勝手にすればよろしいのです」

 

 サイコマンの言葉は決して強がりではないと、技を仕掛けたネメシス自身が良く判っていた。

 技を受けたサイコマンは戦闘不能と言えるだけのダメージを負っているが、その気になれば技の入りそのものを潰す事は出来ただろう。

 だが、それはそれ。

 理由はどうあれサイコマンは倒れたどころか、ジャスティスマンの乱入が無ければ確実に敗北していたことに代わりはない。

 掛け手にも負担を強いるマッスル・スパークの反動でダメージを負ったネメシスだったが、立つことがやっとのサイコマンを仕留める程度の余力はある。

 これで試練達成とならないなら、地上に出るには完璧超人界から出奔するしかなくなる。

 

「貴様に言われるまでもなくそうさせてもらう。だが、5年……いや、10年でオレはここに戻る。そして、その暁には貴様は勿論、他の始祖達(オリジン)も完璧に倒してやろう」

 

 あの火事場のクソ力。

 あの力こそが億年を越えて生きる始祖達(オリジン)との期間の差を越える鍵となる。

 僅かな時間でもクソ力をその身に宿したネメシスは、そう確信していた。

 であれば、クソ力の体現者とも言えるキン肉マンを間近で見て学ぶのが一番。

 地上に降り立ち、火事場のクソ力をマスターすれば自ずから最強の二文字が見えてくる。

 そうなればハラミの解放も叶う、まさに一石二鳥の算段だ。

 

「シャババババー! その男、嘘はついてなーい。面白い、面白いぞ。ド下等上がりの半端者が、10年あれば我らを倒せると本気で考えておるわー!」

 

 ここまで黙ってみていた始祖(オリジン)の一人、一つ目姿のガンマンが真眼(サイクロプス)でネメシスを照らす。

 可能かどうかは別にして、たった10年。瞬き程の僅かな時間で始祖(オリジン)を越えられる。本気でそう考える馬鹿者(ネメシス)が愉快でならなかった。

 正統派と言えるファイトスタイルもガンマンの好むところであり、10年後には真っ先に相手してやろうと企むのであった。

 

 そして、ネメシスに興味を持った始祖(オリジン)はガンマンだけではなかった。

 ある始祖(オリジン)は門番として確かめてやると考え。

 ある始祖(オリジン)は速さ比べといこうではないかとカラカラ笑い。

 またある始祖(オリジン)は柔軟に考え、始祖(オリジン)越えを宣言する者が現れた事を喜んだ。

 

「五月蝿いですよ、ガンマンさん。ですが、ネメシスさんも大きく出たものですね。たった10年で何が出来るというのですか?」

 

「サイコマン。貴様は先ほど、地上の強者と比してオレが上と評したな」

 

「そうですとも、それが揺るがぬ事実です」

 

「それは事実かも知れぬ。だが、そうではないのだ! テリー一族、ロビン一族、そして、キン肉王家。代々強者を排してきたが、同じ時代に産まれたことがないのではないか? しかし、今はどうだ? 同じ時代にそれぞれが男子を排しているのではないか?」

 

 サイコマンの言葉と、漫画・キン肉マンの描写を組み合わせた推察を披露するネメシス。

 

「えぇ。あなたが何故それをご存知なのかは判りませんが、その通りです。ですが、それがどうかしましたか?  テリーマン、ロビンマスク、キン肉スグル。どなたも大したことはありませんよ」

 

「今はそうかもしれん。だが、同じ時代にその三人が揃った事に意味がある! 時には闘い、時には敗れ、互いに切磋琢磨し互いを高め合う事が出来るハズなのだ!」

 

「ニャガニャガニャガ。あなたが何を言っているのか判りませんし、判りたくもありません」

 

「貴様っ……ふざけているのか! 貴様ならば判っているばずだ!」

 

 始祖(オリジン)を呼ぶ時には、必ず“私達”と付けるのがサイコマン。それは裏を返すまでもなく、仲間意識の現れだとネメシスは読んでいた。

 そんな男が仲間(ライバル)が与えるミックスアップを理解出来ないハズはない。

 

「グロロロロ…………もうよい。ネメシスよ、地上に行くがよい。ただし…………完璧超人として敗北は許さぬ」

 

 紛糾仕掛けたところで、超人閻魔の裁定が下る。

 

 絶妙と言えるタイミングだ。

 

「ハッ!」

 

 片膝付いて恭しく頭を下げるネメシス。

 サイコマンに対してまだまだ言いたい事があったネメシスだが、ひとまず地上行きを優先させる形となる。

 

 こうして地上行きの権利を勝ち取ったネメシスは、ジャスティスマンが作り出したワームホールを抜けて地上へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……。

 

 ネメシスが去り、始祖(オリジン)達も自らの持ち場へと戻り静まり返った謁見の間。

 

 そこに残された二つの影。

 

「グロロロロ……あの力、どうみる?」

 

「ニャガニャガニャガ。現状ではなんとも言えませんねぇ。要観察、といった所でしょうか? その為に地上へ向かわせるのでしょう?」

 

「グロロロロ…………」

 

「ニャガニャガニャガ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 




ホントのサブタイは
奇跡の愛情パワー! の巻き



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3分間の最強超人(インスタント・オーガ)! の巻

サブタイは造語。
地上最強と言えばオーガのはず!


 


 アメリカ合衆国、ハワイ洲。

 

『この先がお前の行くべき場所だ』

 

 ジャスティスマンがそう言って作り出したワームホールに飛び込んだネメシスは、常夏の島(ハワイ)へとやってきていた。

 と言ってもネメシス本人はまだここが常夏の島(ハワイ)であるとは気づいていない。

 

「暑いな……」

 

 照り付ける日差し。

 超人閻魔によって快適温度で管理された超人墓場。そこで長く暮らしたネメシスが久しぶりに感じる暑さ。

 というより、半世紀以上振りに浴びた日の光。

 思えばこの男(ネメシス)は、青春時代に差し掛かって以降、まともな環境で暮らしていない。

 それでも、目的を見据えて邁進出来るのは超人故の事なのか。

 或いはネメシス故の事なのか。

 

――ワァァァァァっ!!

 

 日差しとは違う熱さが籠った大歓声がネメシスの耳に聞こえてくる。

 何か(ジャスティスマン)に導かれる様にネメシスは、その歓声を産み出す人だかりの元へと足を運んだ。

 

 

 

 

 すり鉢状の地形を活かして作られた特設リング。

 常ならばリングの周りを囲む様に人々が集うのであろうが、この日は少しばかり違っていた。

 リングの側に作られた大型モニター。

 その大型モニターの前側、会場の半分だけが人で埋め尽くされている。

 その人の群がりから少し離れた位置に陣取ったネメシスも、大型モニターに向けて視線を送る。

 

『さぁ! 第20回超人オリンピックもいよいよ決勝戦! 前大会の覇者・ロビン・マスクの入場です! この試合に勝利して偉大な父、ロビン・ナイトが成し遂げられなかったV2チャンピオンとなることが出来るのでありましょうか!? そしてっ、フロックに次ぐフロック! 大会前はノーマークながらここまで勝ち抜いてきたキン肉マンの入場です!』

 

『私はやはりロビン・マスクが有利ではないかと思いますです。ハイ。偉大なV2チャンピオン、キン肉真弓を父に持つキン肉マンではありますが、幼少期に豚と間違えられて捨てられたのは痛かったですねぇ。超人レスラーとして英才教育を受けてこなかったキン肉マン。果たしてロビン・マスク相手にどれだけやれるのか見ものなんじゃないでしょうか』

 

 聞こえてくる実況放送。

 そして、両手でピースサインを繰り返し、少しお茶らけた風なキン肉マンの姿が大型モニターに映し出される。

 

「あ、あれは……キン肉マン!」

 

 ようやくだ。

 闘ってみたい……そう願ってから半世紀。

 ようやくこの時代がやってきた。

 そして、実況放送の声に混じる“偉大”の二文字。

 やはり、人間達の前で強さを示せば“偉大”という称号は付いてくる。

 

 感慨と希望を胸に抱いてモニターを見詰めるネメシス。

 

――ワァァァァァっ!!

 

 時折起こる大歓声。

 モニター越しでの観戦にも関わらず、会場は大熱狂。

  

(むぅ……やはりまだまだこの程度か)

 

 その歓声に反する様な想いをネメシスは抱く。

 大型モニターに映し出される二人の試合。

 無量大数軍(ラージナンバーズ)が執り行うスパーリングに比べればスピードにも迫力にも欠ける。

 サイコマンが言っていた通り、自分と比べれば数段劣る実力に違いない。 

 だが、ネメシスの胸を打つ何か。

 周りの人間達を熱狂の坩堝に巻き込む何かが、この二人の試合には確かにある。

 

「そこだっ! キン肉マン!」

 

 いつしか食い入る様に試合を見ていたネメシスは、聞こえるハズもないのに声援を送る。

 

 そして、

 

『ここで、王家の宝刀、キン肉バスターが決まったーっ!』 

 

「良しッ! 見事だ!」

 

 見事なキン肉バスターを見て思わず拳を握りしめガッツポーズを決めたネメシスは、決まり手が変わっている事にも気付かず喜んだ。

 それでいいのか、転生超人。

 

 そんなネメシスの背後に忍び寄る影。

 

「もし、そこのお方……」

 

「む……?」

 

 呼ばれたネメシスが振り替える。

 そこにはトレンチコートにマスク姿の男が佇んでいた。

 

 なんだこいつ? 暑くはないのか?

 

 割とどうでも良いことをネメシスが考えていると、怪しげなの男の身体が揺らめく様にして()()()

 

「随分なご挨拶だな? 何の用だ?」

 

 側面に回り込んでからの怪しげな男のタックル。

 それを素早く反応したネメシスは、僅かに押されただけで受け止める。

 

「それはワシの台詞よ。見知らぬお方よ、()()に何の用かな?」

 

 ネメシスから離れた怪しげな男が放った一言で、二人の間に緊張の糸が走る。

 

「貴様っ!? 何者だ!」

 

 この世界には超人という名の宇宙人が数多くいる。もし、自分を単なる不審者として見咎めたならば、この地、もしくはこの()()という言い回しになるだろう。

 ()()という言い回しに反応したネメシスは、怪しげな男のマスクを剥ぎ取ろと顔面目掛けて()()()()()()()

 

――ブンっ

 

 当たればタダでは済まないネメシスのパンチが空を切る。

 怪しげな男はジャンプ一番飛び上がり、脱皮の様に残されたトレンチコートと何故かマスクも地面に落ちる。

 

 そして、正体を現した褐色の肌を持つ超人。

 

「お、お前はっ、プリンス・カメハメ!」

 

「フッフッフ……ワシの名を知っておるとは光栄じゃな」

 

「もう一度聞こう。何の用だ?」

 

 プリンス・カメハメ。

 漫画・キン肉マンにおけるキン肉スグルの師匠にして、最強との呼び声もある偉大な超人。

 可能ならば会って闘ってみたいとも思っていた一人だが、不老を優先した結果それは叶わぬ願いとなった。

 

 そのカメハメが何故ここにいる?

 しかも、気のせいでないなら明らかな敵意を向けられている。

 いつぞやのロビン・グランデの時は、よくよく聞いてみれば自分にも落ち度は有った。

 だが、今回は何もしていない。

 無駄に高い視力を活かし、遠くから大型モニターに映し出された試合を見ていただけだ。

 

 まさか、観戦料を払えとでも言うのか?

 だとしたらマズイ。

 ネメシスは無一文だ。

 

「ならばワシももう一度聞いてやろう。()()に何の用かな?」

 

「…………ふ。答えぬか。ならば、おあつらえ向きにリングも有ることだ。超人レスラーらしく、リングで決着といこうではないか!」

 

 何が“ならば”なのか分からないが、超人思考的にはこれで当たり前である。

 転生超人であるネメシスだが、この世に産まれて六十数年、すっかり超人思考に染まっていた。 

 別の言い方をするなら、脳◯である。

 

 大型モニターの前にあるリングを指差したネメシスは、高く飛び上がると放物線を描いて、ズンっ! とリングイン。

 

「「「キャーっ!」」」

 

 ()()()が終わり、興奮覚めやまない大型モニター特設会場。

 そこに突然、空から降って沸いた様に現れたネメシスに向け、悲鳴の様な()()()()()が上がった。

 完璧超人・弐式(パーフェクト・セカンド)シルバーマンの子孫であるネメシスの素顔は、完璧な造型美を誇っている。

 リングインに際し目元を隠す前髪が靡き、運良くその素顔を見た観衆が虜となったのである。

 

「仕方あるまい……若き日の力よ……今一度ワシに宿れっ!」

 

 想像以上の血の気の多さ。

 これは放っていくわけにはいくまい。

 覚悟の表情を浮かべたカメハメもまた高く飛び上がり、放物線を描いてリングイン。

 

 因みに、先に手を出したのはカメハメだ。

 

「「「うぉぉぉ!」」」

 

 続いて降ってきたかつての最強超人、()()()()()()()カメハメ登場に目の肥えた観衆から野太い歓声があがる。

 あのイケすかないイケメン超人をぶち殺せ!

 

 会場の男達の心が一つになった瞬間だった。 

  

「あ、アイツっ!? 何をやろうとっ……」

 

 リングサイドに居たこの会場の設営者にして、現ハワイ・ベビー級チャンピオン、ジェシー・メイビアは焦っていた。

 リングの上でカメハメが対峙する相手。

 あれは()()()()()()()()()()()()()()

 いや、まともにやりあうことすら不可能だと思わせる存在。

 

 決勝戦が始まる直前。

 何の前触れもなく全身に走った恐怖感。

 その恐怖感をもたらす元凶が、リングに立つ総髪の男に違いない。

 優れた超人レスラーでもあるメイビアは、人間では感じる事が出来ないネメシスが放つ完璧超人の気配に圧されていたのだ。

 

 そして、この気配こそがカメハメがネメシスを敵視する理由であった。

 完璧超人の出現は正義超人の粛清を表す。

 太古の昔からそうと決まっている。

 超人史にも詳しいカメハメは、いち早くネメシスが完璧超人、それも化け物クラスと気付き、若い超人達への最後の奉公とばかりに立ち向かったのである。

 

 話せばわかる?

 超人にとっての対話とは闘いである。

 

「おい、貴様っ。ゴングを鳴らせ」

 

 リング上のネメシスが居丈高に言い放つ。

 ネメシスに偉そうにしているつもりはない。

 これがこの男の普通であった。

 

「は、ハイっ!!」

 

 そうとは知らないメイビアは、萎縮しきったまま訳も判らずゴングを鳴らした。

 

 

――カーンッ!

 

 

 そして始まる、現時点での地上最強決定戦。

 

 この場に居合わせた幸運にして不幸な者達は後に語る。

 

 超人オリンピック決勝?

 あぁ、あの最強決定戦の前座ね!

 

 生観戦とモニター越しの違いはあれど、確実にイケメンVSカメハメ戦が上だった。

 これが誰もが抱いた感想だ。

 

 ただ、残念な事が一つ。

 

 試合開始3分程でカメハメが膝を付き、そのまま試合が終わってしまったことだろう。

 

 イケメンの方が強い!

 いや、カメハメだっ!

 

 この試合を見た不幸にして幸運な者達は、顔を合わせる度に結論の出ない議論に花を咲かせて楽しむのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 ごく短い試合を終えたネメシスは、興奮覚めやまぬ会場から逃げるように車内の人となっていた。

 

「何故ワシを殺さぬ?」

 

 メイビアが運転する後部座席。

 ネメシスと並んで座るカメハメが疑問の声をあげた。

 

「殺す意味が判らん。貴様を殺せばもう戦えないではないか?」

 

 おかしなモノが多い完璧超人の掟の中にあって、ネメシスが最も疑問を抱く掟こそ【敗者には死を】であった。

 力及ばず自分が死ぬのは構わない。

 だが、闘い敗れて生き延びた者を態々殺す必要性はどこにもない。

 勝てなかった相手に勝ってこそ、再び向かってきたリベンジャーに勝ってこそ、自分は成長しているというものだろう。

  

「ならば言い換えてやるかの。何故ワシに勝たなかった?」

 

 隣に座る(ネメシス)なら片膝突いた自分を如何様にも料理できたはずである。

 それをせずにネメシスが、「これまでだな」と矛を収めた事にカメハメは納得がいかなかった。

 老いたとはいえカメハメとて超人レスラーだ。

 もしも、お情けで敗北を免れたならばそれは屈辱以外の何物でもない。

 

 車内には依然としてピリピリとした緊張感が漂っていた。

 

(勘弁してくれ……)

 

 ハンドルを握るメイビアは気が気で無かった。

 そもそも本来なら運転するのは付き人であるカメハメの役割である。

 それが何故こうなっているかと言えば、「貴様が運転しろ」とのネメシスの一言。

 未だ年若いメイビアは完璧超人ネメシスが放つ気配に気後れしたままであった。

 

「そうだな……我等の掟の中には【弱点を突いてはならぬ】というものがあってな」

 

「それはまた変わった(セオリーに反する)掟よのう」

 

 長く生きるカメハメが初めて耳にする掟。

 そんな掟は地上の何処にもなく、やはりこの男は……と疑念を深めていく。

 

「全くだ。だが、掟は掟。思うに貴様の弱点はスタミナの無さだ。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ故にスタミナが尽きた貴様を攻撃する術はオレにはない。貴様に勝つ為には、弱点をさらけ出す迄の3分の間で仕留めねばならぬ、ということだ」

 

 そう口にしたネメシスは、中々に難しいがな、と小さな声で付け足した。

 カメハメ相手に3分で勝つのは、()()サイコマンを相手に3分で勝てというに等しい。

 もしも、サイコマンという格上との対戦経験がなければ、今日の試合で倒されていたのは自分だったかもしれない。

 そう感じずにはいられないほど、スタミナが切れるまでのカメハメは強かったのである。

 

「フッ……フッフッフっ!」

 

 答えを聞いたカメハメは愉快げに笑った。

 こんな馬鹿な男が危険なハズはない。

 例え完璧超人であったとしても、だ。

 

 そして、運転席でそれを聞いていたメイビアは、単純に「馬鹿じゃないか? 弱点は突いてこそだろ」と思った。

 ただ、怖いのでそれを口にすることは無かった。

 賢明な判断である。

 

 こうしてカメハメとの縁を持ったネメシスは、暫くの間カメハメ(メイビア)の元に身を寄せるのであった。






世界遠征に出たキン肉マンを待ち受ける運命とは!?



カメハメ若返りはオリ設定。
命懸けだったのです。


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昔語り 熱き二人の友情! の巻き

 

 

 

 

 

 地上に降り立ってから早数日、ネメシスはメイビアが経営するジムの客人としてトレーニングに励んでいた。

 恐ろしいことにこの男(ネメシス)は、産まれてこのかた只の一度も生産活動に従事していない。

 と言っても、幼い頃に働く方が稀であり、青年期を迎える頃には不運にも投獄からの脱走。

 地球に来てからはロビングランデの元でスパーリングパートナーとして一応は働き、超人墓場では鬼達による過分な奉仕を受け、強くなるのが責務のような生活を送っていたので、全くのただ飯喰らいと云うわけではなかった。

 そして今は客寄せパンダ的な広告塔として、ジムの経営に多大な貢献をしているのである。

 この男(ネメシス)が居るというだけで、ジム全体の格式が上がったように感じられ、強さに憧れる男達はこぞって入門し、時折風に靡いて垣間見える素顔を一目みようと、貴婦人達が我先にとVIP会員にと入った。

 僅か数日でメイビアが経営するジムの会員権はプラチナチケットとなり、ウハウハのボロ儲け状態になっている。

 ネメシスという圧倒的強者の威に圧されたメイビアによる、見事な返し業と言えよう。

 

 閑話休題。

 

「時にカメハメよ」

 

「なんじゃ?」

 

 ダンベル運動に励んでいたネメシスが不意に手を止め、近くにいたカメハメに声を掛ける。

 

「今の世は随分と超人レスリング熱が高いようだが、何かきっかけでもあったのか?」

 

 ネメシスがメイビアのジムで世話になりながら疑問に感じていた事を口にする。

 自分が知る世界(前世や漫画)、半世紀前のイギリスと比べてみるにつけ、どうにも超人レスリングの人気が高いのである。

 自分に向けられる視線に熱が籠っているだけなら気のせいで済むが、そうではない。

 具体例を上げるなら男性の8割、女性でも5割に近い人々が好きな超人を持ち、町のそこかしこで挨拶代わりに超人談義に花を咲かすのが日常の風景だ。

 

 ネメシスにとっては願ってもない世相であるが、変化の理由に興味が沸いたのであった。

 

「きっかけと言われても……そうよな……」

 

 思いがけない問い掛けを受けたカメハメは、腕を組むと顔をしかめて思案にふける。

 

 ネメシスは気付いていないようだが、この問いは明らかにおかしいのだ。

 この様な疑問を持つなど、()()()()()()()()()()()者だけだ。 やはり、この男は……。

 

 と、そこまで考えたカメハメは頭を振ると、ネメシスの問いに答えるべく口を開く。

 例えこの男が完璧超人であったとしても、邪悪ではない。

 実際に闘ったカメハメにはそれが分かり、又、氏素性や目論見を追及するのは言葉ではなく、リングの上でのみに限られる。

 

 それでいいのか超人世界。

 と言いたくなるが、それで上手く世が回っているのだから良いのだろう。

 

「時の流れで偶々このような人気を獲得しておるだけじゃが、強いて言うなれば人間達の技術が発達し、多くの者が我ら超人の試合を目にする機会を持ち、何か感じ入るものがあるからであろう」

 

「ふむ……そうか」

 

 当たり障りのないカメハメの答えに気のない返事をしたネメシスは、トレーニングに戻ろうとダンベルを握る腕に力を籠める。

 

「だが、敢えて一つのきっかけを上げるのであれば、あのキン肉真弓の試合がより多くの人間達に超人レスリングの魅力を伝えたのだ」

 

「ほう? キン肉真弓だと?」

 

「うむ。あれは今から四半世紀ほど前、人間達による大戦が終わった頃じゃ。当時のキン肉真弓は前人未到の超人オリンピック3連覇を賭けて大会に挑んでおった……。

 当時のあやつは偉業を目指すがあまり、悪鬼に取り付かれた様に強さを求め、幾人ものスパーリングパートナーを壊し、対戦者を完膚なきまでに叩き潰す事で自らの強さを証明しようとしておったのだ」

 

「……」

 

「その悪鬼羅刹がごときキン肉真弓の所業に“まった”をかけたのがハラボテ・マッスルじゃな。

 ヤツは超人委員であることを利用し、異例の頻度で超人オリンピックを開催し、トーナメントの山にも細工を重ね自らも選手として出場したのだ。

 公正を旨とするハラボテ・マッスルにとって苦渋の行動であったが、全てはキン肉真弓の過ちを止めるためであったと後に本人が懺悔しておった」

 

 超人オリンピックの開催は不定期だ。

 その理由の一つ、超人の神々の承認が必要とされていることは知られていない。

 開催すればチャンピオンは誕生する。

 しかし、時代に依ってはチャンピオンを名乗るに値しない超人しかいない時もある。

 そんな時は開催の承認が下りない。

 

 又、いくら強くても判りきった結果(連覇が確実視)になるであろうオリンピックの開催も超人の神々に認められない。

 簡潔にまとめると、誰が勝つのか分からない強者達による祭典。これが神々が望む超人オリンピックだ。

 故に、超人オリンピックの開催は不定期であり、不定期であるが故に連覇が難しいのである。

 

 この当時、連覇を果たしていたキン肉真弓に敵はなく、本来であれば超人オリンピック開催の承認が下りることはない状況にあった。

 そこをなんとか、自分がきっと神々が望む結果を出してみせるとハラボテ・マッスルが説得を重ねて開催にこぎ着けたのは、カメハメすら知らない裏事情である。

 

「そうして開催されたオリンピックは、大方の予想通りにキン肉真弓は順調に勝ち進み、()()()()()()()()()ハラボテ・マッスルも勝ち進み、二人は準決勝の舞台でぶつかったのじゃ。

 試合は一方的なものであったと伝わっておる」

 

「伝わっている、だと?」

 

 カメハメの言い様に違和感を覚えたネメシスが言葉尻を捕まえる。

 

「試合の後にキン肉真弓が当時の記録媒体を処分したからの」

 

「ふっ。似た者同士ということか」

 

 後の世に自分の闘いの記録を消去したとされるキン肉マン。

 それよりも四半世紀も早く、闘いの記録を消去したのなら似た者親子と笑わずにはいられない。

 

「似た者じゃと?」

 

「いや、なんでもない。続けてくれ」

 

 しかし、この笑いは転生超人であるネメシスにしか理解できないものであり、迂闊な発言はカメハメに僅かな疑念を抱かせた。

 

「まあよい。

 故にこの辺りの経緯は伝聞になるが、大方間違ってはおるまい。

 一方的な試合であったが、何度倒れてもハラボテ・マッスルは気迫をもって立ち上がり、遂にはキン肉真弓をベアーハッグに捕らえたのじゃ。

 そうして『キン肉王族は強く、正しくなくてはならないっ!! 今の真弓ちゃんは正しいのかっ!?』『タツノリ様やあのお方は今の真弓ちゃんを見てどう思う!?』と詰め寄ったと言われておる。

 それを聞き一筋の涙を流したキン肉真弓は、膝から崩れ落ちると、そのまま立ち上がることなく試合はハラボテ・マッスルの勝利に終わったのじゃ」

 

「ふむ……」

 

 まさか自分の預かり知らない所でその様なやり取りが行われていたとは露知らず、幾分こそばゆく感じたネメシスがそっぽを向いて頬をかく。

 

「タツノリ様が誰を指しているか、これは誰もが知るところであるが、あのお方が誰の事を指しているのか、超人フリークの間でも意見が別れる所じゃな。これについて二人は頑なに口を閉ざした故に尚更よ。

 だが、二人の間には熱い友情があり、文字通り身を呈し、自身の信念すら捨てキン肉真弓を止めたハラボテ・マッスルの所業は美談となり、超人レスリングの裏にはドラマがあると人間達は感じ入り、現在の人気に繋がっているのであろう」

 

「なるほど。惜しいことをしたな」

 

 時代に敵なし。

 キン肉真弓がそれほどの強者であったなら是非にも手合わせをしてみたかった。

 カメハメの昔語りを聞いてこの様な感想を抱くネメシスも大概だが、最強の二文字に取りつかれているのだから仕方がない。

 

「どういう意味かな?」

 

「いや、こっちの話だ。気にするな」

 

「まあよい。

 これは当時のキン肉真弓の姿を写した貴重な写真じゃ。見てみるか?」

 

 そう言って一枚の写真立てをカメハメが取り出したが、何処に隠し持っていたのかなんて、決して絶対に気にしてはいけない。

 超人なんだからアイテムboxの一つや二つ持っていたっておかしくはないのである。

 

「ほう?」

 

 そう呟いたネメシスがカメハメから写真立てを受けとると、

 

 

 

別人ではないかぁっ!

 

 

 

 勢いよく床へと投げつけた。

 

 割れた写真立ての中には、細マッチョとでも言うべきキン肉真弓と、顔を腫らせた6頭身のハラボテ・マッスルが笑顔で写っていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 尚、この昔語りには語りきれない裏がある。

 初老を迎えた時代の最強超人がその姿を隠し、オリンピックに参加していただとか、組み合わせのもう1つの山の方に新世代を担う少しキザなアメリカ超人が配置されていただとか。

 結局、キン肉真弓の試合放棄をもって、初老を迎えた超人がトーナメントから姿を消した。

 これにより、別山に残されたアメリカ超人は、準決勝、決勝と戦わずしてオリンピックチャンピオンになるという不名誉と共に、その名を刻んだ。

 

 この出来事が因縁となってネメシスに降りかかるのだが、それは少しばかり先の話となる。

 

 

 

 



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若き天才の苦悩。 の巻き

 

 

 

 

 

 地上に降り立ち早数週間。

 今日も今日とて余念なく鍛練に励むネメシスの耳に聞こえてくるある噂。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオンがこのハワイにやってくる。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオン等ネメシス様の敵ではない。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオンの豚っ鼻をぶっ潰して下さい!

 

 等々……枕詞の様に“調子に乗った”と使われる事に若干の苛立ちを覚えるネメシス。

 何故ならオリンピックチャンピオンとはキン肉マンの事であり、キン肉マンとは敬愛する兄、キン肉タツノリの孫に当たり、ネメシスにとっては身内にあたる。

 そのキン肉マン(身内)が悪し様に言われているのだから気分の良いものではないのだが、噂を口にする人々は熱心な超人フリークでありインタビュー映像や記事を見た上での感想だ。

 

 つまり、噂をする人々が悪いのではなく、“調子に乗った”と言われる態度をとってしまったキン肉マンにこそ、問題があるとネメシスは考える。

 

「ふむ……少しばかり灸を据えてやらねばならんか」

 

 転生超人でありその噂が真実であると知るネメシスは、鍛練を切り上げるとメイビアの執務室へと足を運んだ。

 

 

 

 

「邪魔をするぞ」

 

「ネ、ネメシス!? 一体なんの用だ!?」

 

 ノックの返事を待たずに開けられた扉。

 執務に追われるメイビアが予想外の来訪者に肝を冷やしてペンを落とすと、背後に控えていた秘書が拾い上げ机の上へとそっと戻した。

 メイビアは巧みにネメシスを利用していても、なるべくなら関わりたくはなく、通常は人を介してのやり取りに努めていた。

 はっきり言って、苦手なのだ。

 

「くだらぬ噂を耳にしたものでな。メイビアよ、貴様はどうするつもりだ?」

 

「う、噂!? な、なんの事だ」

 

 まさかネメシスを利用して暴利を貪っている事を追及されるのではあるまいか?

 もしそうなら確実に殺される……焦るメイビアの背中に冷たい汗が流れた。

 

「メイビア様。例のオリンピックチャンピオンの話ではないでしょうか?」

 

 狼狽えるメイビアの耳元で秘書が囁く。

 秘書を勤める女は人間であり、人間であるが故にネメシスの異様な強さを感じず怖れない。

 秘書からすればネメシスは、“かなり強い容姿端麗な広告塔”、といった評価で、ハワイチャンピオンであるメイビアが怖れる理由は分からない。

 

「如何にもそれよ。貴様はどうするつもりだ?」

 

「な、なんことかと思えばその様な事かっ。何故私が無礼な挑戦の相手をしてやらねばならん? 私はジムの経営者として忙しいのだ!」

 

「ほう? 貴様、まさか臆している訳ではあるまいな?」

 

 メイビアのあまりのビビりっぷりにキン肉マンとの対戦を怖れているのではないかと訝しむネメシス。

 ネメシスの見立てでは相性等を考慮に入れても()()()()()()()()()()()()()()

 試合を避けようと考えてもなんらおかしくないのであるが、秘書に言わせるなら「臆しているのは貴方に対してです」といったところだ。

 

「な、何を馬鹿な事をっ。無礼な挑戦など受けてやる謂れがないと言っているのだ! それほど気になるならお前が相手をしてやれば良いではないか」

 

「ふむ……。良かろう。ならばキン肉マンの相手は俺に任せてもらおうか」

 

「なっ!? ま、待てっ」

 

 このネメシスの言葉はメイビアにとって予想外のものであった。

 ネメシスがハワイに現れた後も、大小様々な超人レスリング大会は世界各地で行われていた。

 それらには何の興味を示さず、己が鍛練にのみ注力する男がキン肉マンに興味を示すとは思ってもみなかったのである。

 これではまるで若い新進気鋭の超人(キン肉マン)を潰そうと化け物(ネメシス)を差し向けた様で寝覚めが悪い。

 

「その際にはリングを借りるぞ」

 

 メイビアの制止もむなしく、話は終わりだ、と付け加えたネメシスが執務室を後にした。

 実に勝手な男である。

 

「アイツは一体なんなんだ……」

 

 去ってゆくネメシスを見送ったメイビアは頭を抱えるようにして机の上へと視線を落とす。

 

 悪い男ではない。

 勝手だが傍若無人というわけでもない。

 ただ、苦手なのだ。

 

 それはきっと、超人レスラーとしての力の差を感じた自分が萎縮しているからだろう。

 それがメイビアには何より腹立だしかった。

 自分とて歴としたハワイヘビー級のチャンピオンでありながら、この体たらく。

 ジム経営者として忙しいのだ! と嘯いてみても、やはりメイビアの本質は超人レスラー。

 心の奥底ではなんとかしたいと思いつつも、メイビアは殻を破る事が出来ないでいた。

 

「アヤツの用向きは何でしたかな?」

 

「カメハメっ!?

 貴様っ、ノックもせずに入ってくるとは」

 

 悩むメイビアの前にいつの間にかカメハメが立っている。

 

「ノックはされてましたよ。メイビア様が気付かれなかっただけにございます」

 

「ちっ……。キン肉マンの相手はネメシスがやるってよ。これであのオリンピックチャンピオンもおしまいだ」

 

「なにゆえそう思われるので?」

 

「あんな化け物の相手をして超人レスリングを続けられるヤツがいてたまるかっ! 普通の超人はあんたとは違うんだっ」

 

 机を両手で叩き付けたメイビアが立ち上がる。

 

 ここでメイビアについて少し語ろう。

 ハワイに産まれ育った幼きメイビアにとってのヒーローとは、防衛記録を続けるカメハメであった。

 そして、才気溢れるメイビア少年は単に憧れを抱くだけに留まらず、いつか自分がその栄光のチャンピオンベルトを巻いてみせる! と目標とするようになったのである。

 果たしてその目標は現実のものとなる。

 

 幼き頃に憧れたカメハメを倒し、言わば人生の目標を達成したかの様なメイビアはおごり高ぶった。

 

 だがそれは、間違いであると気付いた。

 突然現れた化け物(ネメシス)

 それに挑むカメハメは、幼き頃に憧れた姿とも、ベルトを奪った時の姿とも違っていた。

 若い肉体に老獪なテクニック。

 それはまるで完全無欠を絵にかいた様な姿であったが、そのカメハメを以てしても化け物(ネメシス)は倒せない。

 

 二人の試合を見たメイビアは、自分は所詮老いて衰えたカメハメを倒しただけの小物であり、ハワイチャンピオンの座を999度に渡って防衛した生ける伝説とは違うと思い知ったのである。

 あんなの(ネメシス)が居ると知れば誰だって萎縮し、試合をしようものなら力の差に絶望し、引退の道を選ぶに決まってる。

 

 そう。

 自分はカメハメとは違うのだ、と。

 

「お主はキン肉マンが敗れ、超人レスラーを辞めるとみておるのか?」

 

「フンッ。せめてもの情けだ。その日は誰も地下のリングを使わせないようにしてやる」

 

 苛立つメイビアは哀しげに目を細めたカメハメの問いに答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「イェーイ! ピース、ピース!

 ハワイにお住まいの皆さ~ん!

 超人オリンピックチャンピオン、キン肉マンがやって来ましたよ」

 

「もうっ、王子ったら恥ずかしいんだから」

 

 ハワイの陽気な雰囲気がキン肉マン生来のお調子者気質を増大させているようだ。

 ジムの扉を開けるなり、鼻をくす玉の様に割ったキン肉マンがダブルピースを四方に向けて愛想を振り撒いている。

 

 側に控えるお目付け役のミートは、いつもの事ながら恥ずかしそうに顔を赤らめたのだが、少し回りの様子がおかしい事に気が付いた。

 

(やっぱり変だ……)

 

 浮かれるキン肉マンを遠巻きに見る人々。

 キン肉マンの視線が向くとサッと顔を背ける。

 その瞳に浮かぶのは憧れや興味といった正の感情でもなければ、侮蔑や呆れといった負の感情でもない。

 

(又、哀れみの視線だ。どういうことなんだろう? このハワイには一体何があるというんだ?)

 

 人の噂は千里を駆ける。

 人払いの指示とその理由を聞いた人が、信頼出来る人物にそれを話し、それを又信頼出来る人物に話す。

 今ではメイビアのジムに通う人だけでなく、ハワイに暮らす人々がキン肉マンの身に起こることを知っていた。

 

「オリンピックチャンピオンのキン肉マンですな? ワシは案内役を仰せつかったカメハメというもの。どうぞこちらへ」

 

 そこに好好爺を装ったカメハメが現れた。

 これから何が起こるか知りながら何の助言もしてやらない辺り、この男も相当の狸親父である。

 

 

 

 

 

 

 カメハメに連れられやって来た地下リング。

 

 その場には他に誰もなく、ただ一人の男がリングの上に立っていた。

 

「待っていたぞ、キン肉マン」

 

 半世紀以上の時を越えた感慨の籠る言葉。

 しかし、今のキン肉マンはネメシスが待ち望んだ姿には程遠い。

 本来ならばネメシスが嬉々として相手をすることはないのだが、あの様な噂を聞いては捨て置けない。

 

 自信を持つのは良いだろう。

 だが、調子に乗っての過信は死を招く。

 何の因果か、カメハメの役回りが自分に回ってきたのなら、精一杯その役割を果たしてやろうと入念なウォーミングアップを終えたネメシスがリングの上に立っている。

 

(な、なんだ、この超人? 見たこともない超人だけど、若かりし頃の真弓様にも勝る筋肉をしている……)

 

 ただ者ではない。

 お目付け役のミートはその明晰な頭脳を持ってネメシスの危険性に気付いた。

 

「お前がメイビアかっ!?」

 

 一方のキン肉マンはネメシスの危険性に気付かないばかりか、メイビアの顔すら知らぬままにハワイの地にやって来ていた。

 

 ここで少しばかりキン肉マンの擁護をしよう。

 本来の歴史通りに地球に捨てられたキン肉マンは、超人としての英才教育を受けていない。

 超人レスラーとして活動を開始したのはつい最近の話であり、何も知らないままに超人オリンピックチャンピオンに登り詰めてしまったのだ。

 

 根が単純なキン肉マンは、超人オリンピックとは宇宙最強を決める大会であり、必然的にチャンピオンである自分は誰が相手でも負ける訳がないと信じ、高を括ってしまったのである。

 しかしながら、現実には宇宙を見渡すと超人オリンピックに参加していない強豪超人はゴロゴロいるし、とある墓場に行けば両手足の指の数で足りない程に、強者が蠢いていたりする。

 

 それを言葉で説明して諭してやれば良いものを、そこは超人の世界。

 人間の世に“百聞は一見にしかず”といった格言があるように、超人の世には“百の言葉は一の試合に劣る”といった格言がある。

 今回の世界遠征は調子に乗ったキン肉マンに、まだ見ぬ強者が居ることを身を持って知らしめる為に計画されたものである。

 苦戦、或いは敗北するのも又良し。

 そうすることでキン肉マンは一回りも二回りも成長するだろうとの親心。

 

 ただ1つ誤算があるとするならば、ハワイには化け物が居たことである。

 

「俺の名はネメシス。

 メイビアと闘いたいなら、先ずはこの俺と闘ってもらおうか」

 

 リングの上からキン肉マンを指差すネメシス。

 倒せと言わない辺りがこの男の優しさであり、自信の現れでもあるのだが過信ではない。

 それほどに現時点での二人の実力には差がある。

 

「良いだろう。とうっ!」

 

 飛び上がり様にスーツを脱ぎ捨てたキン肉マンがリングの上に着地する。

 

「王子っ、待って下さい! その超人は危険です!」

 

「何を言っとるのかね、ミートくん?

 こんなのこけおどしの筋肉に決まっとるわい。無名の超人が、このオリンピックチャンピオンのボクちゃんに勝てるわけがないではないか。

 ナハハハっ」

 

「御託はいい。超人レスリングとは肩書きで決まるものではないことを教えてやろう」

 

「どこの馬の骨とも知れぬ男に構ってる暇はないんじゃい!

 

 いくぞっ! キン肉バスターっ!!

 

「愚かな……」

 

 調子に乗るとはこの事か。

 まさかの初手・大技に呆れるネメシス。

 

 超人が放つ必殺技とは文字通りの必殺技であり、それさえ決まれば試合が決まる場合は往々にしてある。

 だが、真っ先に必殺技を仕掛けたりはしない――いや、出来ないのである。

 それは相手が万全の状態ならば技の仕掛けが潰されるからであり、必殺技を仕掛けるタイミングを探る為に基本の技の応酬を行うのだ。

 相手の体力を削り、体勢を崩した所で満を持して放つのが必殺技であり、それが超人レスリングの基本であり醍醐味でもある。

 

 その基本すら無視したキン肉マン。

 

 その攻撃をネメシスは()()()()()()

 

 一回り大きいネメシスを逆さに抱えたキン肉マンが飛び上がる。

 

(そんなっ? こんなにあっさり!?)

 

 見た感じキン肉バスターはがっちりと決まっており、今少し上昇すれば後は重力に任せて落下するだけで技は決まる。

 

 心配は杞憂だったのか?

 ミートが胸を撫で下ろしかけたその時だ。

 

 

「ふんっ!!

 

 ペルフェクシオンバスター!!

 

 

 気合いの籠った掛け声一閃。

 僅かにネメシスの身体が光ったかと思うと、二人の体勢が上下反対に入れ替わる。

 完全に攻守が逆転。

 キン肉バスターに加えて、キン肉マンの腕をネメシスの両足ががっちり捕らえる。

 

「王子っーー!?」

 

 まさかの出来事にミートが叫ぶ。

 

 何が起こったのか分からないキン肉マンがなんとかしようと首を振るも、完璧(ペルフェクシオン)の名を冠するバスターは外れない。

 

 そのままリングに激しく激突すると、ネメシスがキン肉マンの身体を離した。

 白眼を向いたキン肉マンがリングの上で大の字に倒れ、ピクリとも動かない。

 

 僅か12秒のK.O劇だ。

 

「王子っ!? 王子っ、立って下さい!」

 

 リングサイドに駆け寄ったミートが、小さな身体を乗り出してリングを両手で叩く。

 

「無駄な事は止めよ。こやつは今しばらくの間は目を覚まさん」

 

「酷いじゃないかっ! 目的はなんだ!」

 

「俺の目的なぞどうでもよい。

 それよりも貴様だ! なにゆえキン肉マンを無策でリングに上げた? 貴様がセコンドとして的確なアドバイスを送ってやればあの様な無謀な仕掛けはなく、今少し俺と闘えたハズだ!」

 

「そ、それはっ……」

 

「よもや、王子が話を聞いてくれない等と泣き言を言うまいな? 貴様がセコンド超人としての矜持を持つなら、助言が聞き入れられる様に精進するべきではないかっ」

 

「うぅっ……」

 

 涙目になったミートが言葉に詰まるも、ネメシスによるダメ出しが続く。

 やれ超人レスリングとはうんたらかんたら、セコンド超人とはどうのこうの、そしてキン肉王族のお目付け役たるものなんやかんやと、根が真面目なだけに説教が止まらない。

 大の男が小さな男の子に詰め寄る姿はちょっとアレだが、()()()()()()()()()()()()()()()ネメシスには捨て置く事が出来なかったのである。

 

「其くらいにしてやらぬか?」

 

 ネメシスの言葉は概ね正しい。

 だが、見かねたカメハメが間に入る。

 

「カメハメか……。

 後のことは任せるが構わぬな?」

 

「良かろう」

 

 カメハメとの短いやり取りを済ませたネメシスは、リングを下りると地下空間から去って行った。

 

 実はこの二人の間では事前に話が付いている。

 キン肉マンの鼻っ柱をへし折る役回りをネメシスが行い、鍛える役回りを本来の歴史通りにカメハメが担う。

 

 ただ、これは少々やり過ぎではないか?

 

「やれやれ……骨が折れそうじゃな」

 

 動かないキン肉マンと泣き崩れるミートを見たカメハメは、深い溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「容赦ないな」

 

 ネメシスが地上へと続く通路へと差しかかかった所で批難めいた声が響く。

 一部始終を見ていたメイビアだ。

 

 確かにキン肉マンの戦法は下策であった。

 自分(メイビア)が相手でもキン肉バスターの仕掛けを潰し、返し技からのフォールを以て早々に勝利したかもしれない。

 しかし、ネメシスは敢えてキン肉バスターを仕掛けさせた上で技を返すだけでなく、キン肉バスターを上回る同系統の技を以て仕留めてみせた。

 

 これでは心身共にズタボロになるのは明白であり、メイビアにはネメシスがキン肉マンを潰したとしか思えなかった。

 

「ヤツの伸びきった鼻を折るにはアレくらいしてやらねばなるまい」

 

「鼻を折るどころかアイツはもうお仕舞いだ!」

 

「そう思うか? ヤツは立ち上がるぞ。その不屈の精神を持ってな」

 

「っ!? そんなハズがあるかっ」

 

「判らぬか? ならばヤツと闘ってみるがよい。不屈の精神のなんたるかが解るやもしれんぞ」

 

 ネメシスは自信満々にそう告げると、足音を鳴らし地上への階段を登って行った。

 

 残されたメイビアはもう一度「そんなハズがあるかっ」と小さく呟くのだった。

 

 











ネメシスが語る三大◯◯とは!?


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地獄の猛特訓!? の巻き




 


 

 

 

 

「王子……。ボク、先に行って待ってますから、絶対来て下さいっ」

 

 キン肉マン、ハワイ滞在二日目。

 与えられたコテージで一晩休んだミートは、何も答えず背を向けたままベッドで寝そべるキン肉マンを残し、約束された場所へと向かった。

 

 あれから……キン肉マンが目を覚まし、ミートが落ち着くのを待ったカメハメから二人は提案を受けた。

 

 カメハメ曰く。

 ネメシスは自分が見知った誰よりも強い。

 だが、ネメシスとキン肉マンの実力の差は完成度による所が大きい。

 ほぼ完成されたネメシスに対してキン肉マンは未だ発展途上の未熟な超人。

 自分が鍛えてやれば、或いはあの男の領域にまで辿り着ける可能性がある。

 特訓に励む意志があるなら、翌日の日没までに浜辺に用意したリングに来てくれ。

 

 以上がカメハメが語った内容であった。

 

 それを聞いたキン肉マンは、一言も話すことなく現在に至っている。

 あの老人(カメハメ)の年齢から考えて()()()()の中には父であるキン肉真弓が含まれているハズで、其れよりも強いとなればいくら鍛えた所で無理ではないか?

 しかも、カメハメ自身が“或いは可能性がある”としか言っていないのだから、特訓なんてやるだけ無駄で、やはり綺麗に拭いたチャンピオンベルトをネメシスに差し出すべきではないか?

 

 キン肉マンの心中は穏やかではなく、すんなり提案に乗って特訓に励む気になれないでいた。

 だが、何故だか分からないが、尻尾を巻いて逃げ出す決断も下せない。

 

「うぅむ……おかしいのぅ」

 

 そう呟いたキン肉マンは、幾度となくベッドの上で寝返りを打つと上体起こして伸びをする。

 それから、首を左右に傾けもう一度「おかしいのぅ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてお前がここに居るんだっ!?」

 

 浜辺のリングにやって来たミートは、そこで待っていた人物を見て驚き腰を抜かしそうになる。

 カメハメが居るのは当然として、居ちゃいけない人――ネメシスまでもがリングの上で待っていたのである。

 

「カメハメが課す特訓とやらに興味があってな。見学にきたというわけだ」

 

 ミートの驚きを意に介さないネメシスは、どこかズレた言葉を返す。

 

「ミート君や。この男にその手の機微を言うても無駄な事よ。キン肉マンには口出しも手出しもせぬと言うておるし、無害と考えてくれてよい」

 

 短い付き合いながらも、ネメシスが敢えて他者に対して無頓着に振る舞うと知ったカメハメが揉めそうになる前に仲裁に入った。

 実際、ネメシスに悪意はない。

 これは、言葉の裏に隠された真意を探っていては身がもたない環境下で育ったネメシスなりの処世術であり、大抵の場合は表層の言葉を聞き流す。

 

「そ、そういうことなら……」

 

「それでミートよ。 キン肉マンはどうした? 尻込みでもしているのか?」

 

「お、王子は、その……じゅ、準備に時間がかかっているんです。後からきっと来ます!」

 

「ふむ……ならば待つとしよう」

 

 そう言ってリングから降りたネメシスがトレーニングを開始する。

 待つんじゃなかったのか、との突っ込みは入れたら負けなので気にしてはいけない。

 

「な、なんなんですか、この人?」

 

「何、と言われてものぅ。ワシもつい先日出会ったばかりじゃからな」

 

 実際、ネメシスの正体が掴みきれていないカメハメは困り顔をみせる。

 

 完璧超人に違いはないのだが、そうだとすれば何故ハワイに居るのかが分からない。

 何らかの目的があると考えるにしても、ネメシスには全く怪しい行動がみられず、こうして時間が許す限りトレーニングしかしていない。

 

(出奔したと考えるのが自然かの……)

 

 と言っても出奔の理由までは判るはずもなく、どこかモヤモヤしたものを残しながらも、カメハメはネメシスに対してそう結論付けた。

 当たらずも遠からず。

 この微妙なズレが後にとある超人を産み出すこととなるのだが、それはほんの少し先の話となる。

 

(ほ、ホントに一体何者なんだろう?)

 

 一方のミートは初めて見たトレーニングに励むネメシスの姿に目が釘付けとなる。

 その動きのひとつひとつにキレが有って洗練されており、ミートが超人オリンピックを通じて見知った超人達、ロビンマスクやテリーマン、ラーメンマンと比較しても上回っている。

 

 何故これ程の超人が無名なのか?

 独力だけでこれ程の力が身に付くのか?

 超人史に詳しくなく、完璧超人の存在を知らないミートでは情報が足りず答えが出せない。

 ミートはただ時間が経つのも忘れてネメシスの動きを追い続けるのだった。

 

 

 

 

「どうやらキン肉マンは来ない様だな」

 

「その様じゃな……」

 

「ま、待って下さいっ。ボクが王子を呼んできますから」

 

 気付けば太陽が傾き、辺りを紅く染めている。

 

 約束の時間が迫ってもキン肉マンは現れない。

 

「ミートよ、無駄な事は止めよ。

 それでは駄目なのだ。超人レスリングとは素晴らしいものであると同時に過酷なものであるとは知っていよう? 我ら超人にはその過酷なレスリングに耐えうるだけの力が備わっており、超人ならば力や技が優れているのは当然なのだ。従って、勝敗を左右する決め手は心の強さにこそあるのだ」

 

「えっ……?」

 

 言っていることは間違っていない。

 間違ってはいないのだが、この男の口からそんな言葉が飛び出るとは思ってもいなかったミートは目を丸くする。

 というかこの男(ネメシス)なら力や技だけで圧倒出来るし、心の強さが有るからといって、この男(ネメシス)に勝てるとは到底思えない。

 

 あなたは何言ってるんですかっ! と叫びたくなったミートだがカメハメが言っても無駄とばかりに無言で首を振るのを見て諦めた。

 

「苦難を恐れ、二の脚を踏むのは良かろう。だが、苦難に立ち向かう決断を下せる強き心がなければ、この先超人レスリングを続けていけまい。やる気がない男に無理にトレーニングを積ませたとて何も身には付かぬ」

 

 言っている事は間違っていない。

 間違っていないのだが、ミートには納得がいかなかった。

 

「王子の心をへし折った貴方がそれを言うのですか!?」

 

「ふんっ。貴様は何を言っている?」

 

 ネメシスにキン肉マンの心をへし折ったつもりは毛頭なく、キン肉マンが来ないのはカメハメの地獄の特訓を恐れてのことだと認識している。

 しかし、キン肉マンがカメハメの特訓を地獄と認識するのは特訓を受けた後であり、特訓を受けていない今のキン肉マンが特訓を恐れる理由はない。

 

 転生超人であるが故の勘違いをしているネメシスは、ミートの叫びを一笑に付すと、リングを降りてジムへの帰路に付くのだった……が、その足は直ぐに止まる事となった。

 

「何をしている?」

 

 リングから程近い林の木の影から様子を伺うキン肉マンを見つけたのである

 

「お、お前こそなんでここにいるんじゃい!」

 

 実はキン肉マンは昼頃には浜辺のリングへとやって来ていたのだが、打倒すべきネメシスの姿を見つけて尻込みしていたのである。

 キン肉マンは悪くない。

 多分誰もがこうするだろう。

 ミートとカメハメが待ちぼうけを食らった原因は、ネメシスの無神経さにこそあると言えた。

 

「貴様を待っていたからに決まっていよう。随分と待たされたが…………よく来たな、キン肉マン」

 

 待つ原因を作った男はやはりどこかズレた言葉を返し、キン肉マンの肩を叩いた。

 

(ま、またじゃい)

 

 この恐ろしく強い男の手に不思議な安心感を抱くキン肉マン。

 怖いのは怖い。

 だが、この男に敵意や殺意が無いことは試合をしたキン肉マンが誰よりも知っていた。

 後に残るダメージがないのだ。

 キン肉バスターは別名“五所蹂躙絡み”とも呼ばれ、首や股、背中に多大なダメージを与える必殺技。

 それを上回る技を食らいながら、後に残るダメージがないのだから絶妙に手心を加えられたのは明白だった。

 何故、手加減されたのか?

 何故、不思議な安心感を覚えるのか?

 そして、新たな疑問として、何故かネメシスから期待の籠った視線が送られている事に気付いたキン肉マン。

 

 分からない事が多すぎる。

 

 しかし、この男からの期待には応えないといけない――何故だかそんな気がしたキン肉マンは、カメハメの元に弟子入りする決意を固めた。

 

 こうして地獄の特訓が開始されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 明けて翌朝。

 

「うぉぉぉっ!」

 

 腰に結んだロープで重りを引き、雄叫びあげて浜辺を走るキン肉マンと、その前を走るネメシスの姿があった。

 

「あのぅ……カメハメさん。どうしてネメシスさんも走ってるんですか?」

 

 カメハメがキン肉マンに課した走り込みは、あくまでもキン肉マンに対しての課題である。

 走り込みで下半身を鍛え、余分な脂肪を取り除き、キン肉マンの名に相応しい鋼の様な筋肉を身に付ける為の土台作りだろう。

 しかし、既に完成された肉体を誇るネメシスがこなした所で大した効果は得られない。

 明晰な頭脳を持つミートはそう分析し、ネメシスが走る理由が理解出来ないでいた。

 

「ワシに聞くな。あやつがやりたいと言うなら好きにさせてやるしかないのじゃ。ほれっキン肉マン! もうへばったのか!? 前を見てみよ! そんな調子では追い付けはせぬぞ!」

 

 そうは言いつつネメシスを出汁(ダシ)に使いキン肉マンに発破をかけるカメハメは、流石の老獪さ。

 こうして午前中はひたすらに走り込み、昼食を挟んで午後からキン肉マンをリングに上げたカメハメは、マンツーマンの指導に入る。

 

「キン肉マンよ、超人レスリングとは先ずは基礎じゃ。基礎を固めてこそ大技が映える。ほれっ、そこの男を見てみよ。延々と基礎に励んでおるわい」

 

「ぐ、ぐむぅ~」

 

 キン肉マンとしては早く大技を学びたいのだが、リングの外でネメシスが飽きもせず細かな動きをチェックをしていては文句も言えない。

 

 徹底的に基礎を叩き込まれる。

 

(ま、まさかこの二人……カメハメさんが指導してネメシスさんが見本を示すことで、王子のサボり癖を封じ込めてるんじゃ……?)

 

 明晰な頭脳を持つミートはそう推測し、ネメシスに対して僅かに感謝の念を抱いたのだが、これは大きな間違いである。

 ネメシスの行動は単にカメハメの猛特訓を受けてみたかっただけのミーハー気分が8割、残り2割がかつてスパーリングパートナーを務めたが為に本気の試合ですら味気なく終わってしまった苦い経験からくるもの。

 あの時は勝利を目的にしていたが為に善しとしていたが、時を重ね思い返すにつれ“惜しいことをした”との思いが強くなった。

 下手にキン肉マンのスパー相手を勤めれば、癖を見抜いてしまい本気の試合がつまらなくなる。

 出来るなら本来の歴史通りに成長したキン肉マンと五分の条件で心行くまで闘い、キン肉マンが存分に火事場のクソ力を発揮した上で勝利を収めたい――そんな考えが“口出しも手出しもしない”発言に繋がる。

 つまり、ネメシスの行動はほぼ自分本意にすぎず、偶々キン肉マンの役にたっているだけで、ミートの感謝の想いは全くの見当違いなのであった。

 

 とまあこんな感じでキン肉マンの猛特訓の日々は続いた。

 

 

 

 

 

 

 キン肉マンの特訓が続くある日のこと。

 

「王子! 牛丼が出来ました!」

 

 キン肉王族はお金持ちである。

 ミートはその財力を使い、日本から空輸した食材を使って牛丼を作り上げた。

 それは、特訓に励む王子(キン肉マン)の手助けを少しでもしたいとの想いからだ。

 

「ほう? 牛丼とな」

 

 だが、ミートの言葉にいち早く反応したのは、何故か居続けるネメシスであった。

 転生超人であるネメシスの魂の源流は日本にあり、久しく食していない日本食の名を聞けば捨て置く事が出来なかったのである。

 

「は、はい。良かったらネメシスさんも食べてみますか?」

 

 普段のネメシスはメイビアのジムでVIP会員が催す“ネメシス様を囲む会”なる場にて食事を摂る。

 言うまでもなくネメシスは金を払っていないのだが、ここ場に居られるだけで女性会員は喜び、勇気を出して聞くことさえ出来れば、人間の脆弱さを考慮に入れた的確なトレーニングのアドバイスが貰えるとあって、男性会員からの評判も上々。

 意外な活躍を見せるネメシスの一面だ。

 要するに、ここで牛丼を食べなくとも食事の場があるのだから断るだろう――ミートは瞬時にこう考え社交辞令として一応聞いたのである。

 

「良かろう」

 

 しかし、言葉の表面だけを捉え、それを自分の興味で判断するネメシスには通じない。

 100%の社交辞令のはずが、ネメシスにも牛丼を振る舞う事になったミート。

 口は災いの元である。

 因みにミートはネメシスが嫌いではない。

 ただ、本能的にキン肉大王と接する時の様な緊張感を覚えるので、何となく苦手なだけだ。

 この苦手意識はネメシスの正体を知ることで払拭されることになるのだが、頑なに「俺は最早キン肉族ではない」と思い込むネメシスが過去を語ることはない。

 

 つまり、今暫くミートの苦難は続くのであった。

 

 閑話休題。

 

 丸太を加工したテーブルセットにネメシスとキン肉マンが並んで座る。

 あっという間に熱々ご飯に(つゆ)だくの具材を乗せた牛丼が出来上がり、ミートが二人の前に並べ置く。

 

(あ、あれ? 変だぞ?)

 

 時にブタマンと揶揄されるキン肉マン。

 前髪に隠された素顔は完璧なる造形美と噂されるネメシス。

 二人の容姿はかけ離れている筈なのに、いただきますと手を合わせ、ご飯粒を飛び散らせながら掻き込む様に食べる二人の姿が、ミートにはどこかダブって見えた。

 でも直ぐに気のせいだと頭を振った。

 明晰な頭脳を持つミートでも、現時点でネメシスとキン肉マンの関係性を看破するのは不可能だった。

 

「ふむ……これではダメだな」

 

 キン肉マンと互角のスピードで食べ終えたネメシスは、どんぶり鉢を丸太のテーブルに置くと徐に呟いた。

 

「えっ……? お口に合いませんでしたか?」

 

「ミートよ……貴様のこれは牛丼を牛丼足らしめる三大要素を満たしておらんのだ。キン肉マン、貴様なら牛丼の三大要素のなんたるかを理解していよう」

 

「そんなの決まっとるわい!」

 

 牛丼のことなら任せろ! とばかりに立ち上がったキン肉マンが、どこからともなく聞こえてくる音楽に乗って牛丼音頭を披露する。

 大いなる力が働き、その内容を記すことが出来ないのだが、牛丼音頭の中にはネメシスが考える牛丼・三大要素が確かに含まれていた。

 

「な、なるほど! 私にも分かったわいっ。ネメシスさんや、これにいち早く気づくとは中々やるではないか。お主には牛丼愛好会、名誉会員ナンバー029を授けようではないか! 是非とも貰ってくれ」

 

 ネメシスの牛丼に対する拘りに感銘を受けたキン肉マンは、何処から出したのか紙切れの様な会員券を差し出した。

 それを受け取り際に両手でがっちりキン肉マンと握手を交わすネメシス。

 

 二人のキン肉族が長い長い時を越え、友好を結んだ歴史的な瞬間だ。

 

「ふっ……有り難く貰い受けよう。牛丼愛好会会長直々の頼みでは断る訳にもいくまいからな。

 ミートよ、これで分かったであろう?」

 

「えーっと……」

 

 分かったかと言われても、ミートの眼前で繰り広げられたのはキン肉マンが踊り、何の価値があるのか分からない会員券をネメシスが嬉しそうに受け取っただけだ。

 というか、何故この人は王子が牛丼愛好会会長だって知っているのだろう?

 そちらの方が気になって仕方がない。

 

「判らぬか? ならばヒントをやろう。

 牛丼の三大要素とは早い、旨い、そして安い。然るに貴様のこれはどうだ?」

 

「そ、そうかっ! ボクは美味しい牛丼を作ろうとすることばかりを考えて、食材に掛かる費用のことまで考えてなかったんだ。日本産、高級黒毛和牛を使えば高く成って当然……明日からは安いアメリカ産の冷凍牛肉を使って美味しい牛丼を作ってみます!」

 

「判れば良い…………」

 

 満足そうに頷いたネメシスは、空になったどんぶり鉢をミートに突き出し、当然の様に叫んだ。

 

 

おかわりだっ!

 

 

 その言葉を聞いたキン肉マンとミートが盛大にずっこけた。

 

「何をやっとるんじゃ……」

 

 少し離れて食すカメハメは呆れた様に呟き、「旨ければ何でも良かろう」と思った。

 だが、牛丼愛好会なるタッグを組んだネメシスとキン肉マンはめんどくさそうなのでそれを口に出す事はなかった。

 流石カメハメ、実に賢明な判断である。

 

 

 

 そして……。

 

 その様を少し離れて見ていた男が一人。

 食事時になっても姿を見せないネメシスを探しに来たハワイチャンピオン、メイビアである。

 

「あ、アイツ……本当に立ち上がったのか」

 

 しかも信じられない事にあのネメシスの肩を叩き、楽しげに語らっているではないか。

 尚、メイビアには聞こえていないが、語らっている内容は、つゆの量がどうのこうのと至極どうでも良い話である。

 

 面白い――メイビアは素直にそう感じた。

 ヤツの狙いはきっと自分が持つベルトだろう。

 だが、みすみす奪われてなるものか。

 自分には到底出来ない芸当をやってのけたキン肉マンに対抗心が沸き上がる。

 

 化け物や伝説が相手ならともかく、元はドジでマヌケなキン肉マンには負けられない。

 

「午後からの予定はキャンセルだ! 地下のリングを用意しておけ。スパーリングパートナーもだ!」

 

 久方ぶりに闘志を燃やしたメイビアは、付き従う女秘書に指示を飛ばすと「負けてやるものかっ」と力強く呟いた。

 

 

 






 

サブタイと煽りが思い付きません


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伝わる想い(ちから)! の巻き



苦悩
奮起
そして……

メイビア三部作ここに終幕!


 

 

 

 

 

 キン肉マンハワイ滞在3ヶ月。

 地獄の猛特訓が終わりを迎えようとしていた。

 キン肉マンがハワイにやって来たのは世界遠征の一環であり、本来の目的はジェシー・メイビアが持つチャンピオンベルトにあった。

 ひょんなことからキン肉マンに対抗心を燃やしたメイビアは試合を承諾。 

 互いのベルトを賭けたダブルタイトルマッチが開催される運びとなっていた。

 

 その前日の夜の事。

 キン肉マン、ミートとカメハメ。

 そして、最後まで只そこに居続けたネメシスが焚き火を囲んで語らっていた。

 

「時にキン肉マンよ、貴様はどこでキン肉バスターを身に付けたのだ?」

 

「パパからに決まっとるわい。キン肉バスターはパパがそのパパから教わり、パパのパパはとても大切な人から学んだとパパが言っておったキン肉王家が誇る宝刀じゃい。

 お前さんの方こそ、どこでぺるいくしおん? ぺるしおん? ミートよ、なんじゃったかの?」

 

 パパパパ五月蝿く要領を得ないが、要するにキン肉マンは超人オリンピックに挑む際、父であるキン肉真弓からキン肉バスターを伝授され、そのキン肉真弓はタツノリから伝授されている。

 サダハルであった頃のネメシスがキン肉バスターを披露したことで、この世界においてはキン肉王族の親子三代がキン肉バスターの使い手であり、文字通り王家の宝刀となっている。

 割りを食ったのは本来の使い手であるカメハメなのだが、割りを食った事にさえ気付けない。

 げに恐ろしきは転生超人ネメシスが持つ、歴史改変能力と言えた。

 

「ペルフェクシオンですよ、王子。スペイン語で完璧を意味する言葉です」

 

「そうそうそれじゃい。我が王家の宝刀を真似しおってからに。ネメシスさんや、お前さんは私に似ているだけあってセコい奴よのぅ」

 

「ふっ……真似、という訳でもないのだがな」

 

 第三者を通して自分が“とても大切な人”と扱われていると知ったネメシスはご機嫌だ。

 キン肉マンに肘でつつかれても気にしない。

 

「そうですよ。あのバスターは最早キン肉バスターとは別物と言って良いほどの威力です。

 それよりも王子! あなたって人はなんて情けないっ。素顔が見られないのを良いことに、よりにもよってネメシスさん(完璧な造形美)に似ているなんてっ。セコいのはキン肉王家の伝統ですが、そんなバレバレの見栄まで張るなんて」

 

「な、なにを~っ!? そこまで言うなら見せてやるわいっ。わたしとネメシスは似てるんじゃいっ」

 

「わっ!? 王子っ、そんなことしたら死んじゃいますよ!?」

 

 ミートの言葉を受けたキン肉マンが、証明してやるとばかりにマスクの顎に手をかける。

 慌てたミートが飛びかかり、キン肉マンとの取っ組み合いの喧嘩が始まった。

 

 ミートが慌てるには理由がある。

 キン肉族には素顔を見られたら死ななければならない厳しい掟があるからだ。

 

 ネメシス?

 キン肉族を捨てたからノーカウント――ということにしておこう。

 

「何をやっとるんじゃ」

 

 見慣れた光景に呆れたカメハメだったが、止めようとはしない。

 

 厳しく辛い特訓の日々。

 それでも夜がくれば笑いが絶えない3ヶ月。

 その厳しくも楽しい3ヶ月は、明日の試合を持って終わりを迎えることとなる。

 まるで別れを惜しむかの様に、いつも以上にはしゃぐ二人をカメハメは暖かな目で見ていた。

 

「全くだな」

 

 分からないのは同意を述べるこの男(ネメシス)

 キン肉マンへの指導をカメハメに持ち掛けたのはこの男であり、そこかしこにキン肉マンを気にかける素振りが見られたのだが、宣言通りレスリングに関しては完璧なまでに口出しも手出しもしなかった。

 教え導くだけの実力がないなら兎も角、ネメシスには十分過ぎる程の実力があるのだから、カメハメには任された理由が分からないでいた。

 

「何も伝えなんだが良かったのか?」

 

 今日を逃せば暫くその機会がやってこない――無作法かつ余計な御世話と思いつつも、カメハメはネメシスの真意を尋ねた。

 

「無論だ。俺からキン肉マンに伝える事など、何一つとしてない」

 

 突き放したかの様な冷たい物言いに、喧嘩をしていた二人の動きがピタリと止まる。

 

 もう少し言い様があるじゃろ――と、気まずい空気を察したカメハメは頭を抱えたくなった。

 

 そんな空気を知ってか知らずか、言葉を続けるネメシス。

 

「何故なら俺が余計な口出しをせずとも、キン肉マンならば多くの苦難に打ち勝ち、いずれは最強に至ると確信を持って言えるからな」

 

 漫画・キン肉マンを参考にするだけでなく、この3ヶ月余り特訓に励む姿を見た上での確信。

 いつぞやのタツノリの口調を真似て、忌憚ないキン肉マンへの評価を口にする。

 

「け、ケチな男じゃのぅ。カメハメ師匠は48もの殺人技を教えてくれたというのに。のぅ、ミート」

 

 過分すぎる評価を受けたキン肉マンが照れ隠しに悪態を付きミートを同意を求めた。

 

「そ、そうですね。ボクもなんだかんだでネメシスさんも何か教えてくれると思ってました」 

 

「セコい上にケチとくれば、お前さんはまるでキン肉族の様ではないか。ナハハハっ」

 

 冗談から出た誠とはこの事か。

 正体看破にネメシスの顔が僅かに曇る。

 

「良かろう。それほど言うなら技を一つ授けてやろうではないか」

 

 ケチが理由で疑われてはかなわない。

 尤も、正体がバレたところで変態さんが喜ぶ位で大した問題はないのだが、明かす気がないネメシスは取り繕う事にしたのである。

 

 ケチのイメージを払拭しようと、頭をフル回転させ瞬時に伝授すべき技を導き出したネメシスは立ち上がり、手刀、足刀を用いてその辺に生えていた木を加工すると、それを頭上に掲げて飛び上がる。

 空中で身体の前面に木材を立て、腕に見立てた枝に足を掛けると勢い良く地面に激突させる。

 

 胴体に見立てた木の幹が真っ二つに割れた。

 それが、この技の威力の高さを雄弁に物語っているようだった。

 

「な、なんだか陳腐な技じゃのう」

 

「うーん……? 威力はありそうですか、簡単な技な分だけフックが甘いし……」

 

 内心で“ふ……決まった”と考えていたネメシスだが、技を見た二人の評価が芳しくない。

 これは、二人がネメシスならもっと難易度が高い技を披露するとの期待感を持っていたからであり、その落差が芳しくない評価に繋がったのであった。

 

「解せぬ……が、まぁよい。それでミートよ、明日の試合プランはどうなっている?」

 

 本来の技の発案者からの陳腐発言に納得がいかないモノを感じながらも、流れを変えようとネメシスが話題を強引に切り替える。

 キン肉マンに口出しはしなくとも、ミートにはガンガン意見を言う――それがネメシスのスタイルだった。

 

「は、はい。ボクの見立てでは相性なんかを考慮に入れても6:4で王子が有利です」

 

 セコンド超人として試されている――真剣な表情を浮かべたミートは、緊張しながら数週間かけて練った対メイビアの試合プランを披露していく。

 

「ほう? 6:4だと?」

 

 3ヶ月前のネメシスの見立てでも6:4でキン肉マンがやや有利。

 それが猛特訓を経て明らかに力を増したキン肉マンを相手にしても6:4の見立てなら、それはメイビアも相応の特訓に励んだ事を意味している。

 

「はい。でも決して油断は出来ません。

 なぜならメイビアさんは返し技を得意としているからです。それはつまり、反応速度や反射神経に優れている事を意味します」

 

「スピードなら私も負けんぞ」

 

 がむしゃらに走り続けたキン肉マンは、脚力に関しては努力に裏付けされた自信を持つようになっていた。

 

「単純なスピードとは違うんですよ、王子。メイビアさんは返し技――後の先が取れる超人なんです。王子から技を仕掛けてもいつの間にか返されるんですよ」

 

「な、なんじゃとぉ!?」

 

「咄嗟の判断だけではそう簡単に返し技は決まりません。メイビアさんは身体に鞭打ち、痣を作りながら様々な技を受けて返し技を磨いていました」

 

「うむ。あやつは天才を自称しておるが、その実は努力の男よ。ワシのベルトを奪ってからはその努力に陰りが見えておったが、最近は誰に触発されたのか熱心に励んでいるようじゃ」

 

「ですから、王子。

 先ずは技を返されてみて下さい」

 

「わざわざ技を返されろ?

 ミートも冗談キツイのぅ」

 

「冗談ではありません。最初は比較的隙が少ない小技を繰り出して、メイビアさんの()()に慣れて下さい。王子には酷かもしれませんが我慢のレスリングです。それから体力が落ちた所でメイビアさんが反応しきれない連続技で勝負をかけます!」

 

「風林火山……というわけか」

 

 ミートが小さな握り拳を作った所で黙って聞いていたネメシスが決め技を言い当てる。

 それは漫画・キン肉マンにおいても決め手となった技であり、ミートのプランが間違っていないことを物語っていた。

 

「は、はい。

 以上がボクが考えたプランになります」

 

「うむ。見事だ。

 だが、プラン通りにいかぬのが超人レスリングの面白い所よ。プラン通りに行けば善し。いかずとも慌てる事はない。ミートの声を聞くのだ、キン肉マン。その為にこやつがリングサイドにおるのだからな」

 

「おうとも!」

「は、はい!」

 

 こうしてキン肉マンは万全の体制で試合に臨むことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 その翌日。

 すり鉢状の地形を活かして作られた特設リング。

 満員の観客で埋め尽くされたそのリングへ向かうメイビアを呼び止める声が通路に響く。

 

「大した男だな」

 

 メイビアを見たネメシスが賛辞を述べる。

 リングコスチュームに身を包んだメイビアの筋肉には張りがあり、厳しいトレーニングを積んだことが明らかだった。

 

「ね、ネメシス!? 何の用だ!」

 

「貴様の世話になっている身としては、激励に来るのは当然であろう?」

 

「ふ、ふんっ。

 お前がそんな殊勝な考えを持っていたとはな」

 

「無論だ。尤も貴様は俺を利用してジムの経営に活かしているのだからお互い様、と言った所か」

 

「なっ!?

 気付いていたのか!?」

 

 己が鍛練以外に興味を持たないはずの男の言葉に驚き固まるメイビア。

 

「ふ……そう緊張していては試合にならぬぞ? 貴様は超人レスラーにジムの経営、そして興行のプロモーションまでこなす稀有な超人よ」

 

 メイビアは超人レスラーとしてだけでなく、ジムの経営に興行主としての顔まで持っていた。

 宇宙超人委員会が関与しない今回のダブルタイトルマッチは、メイビアの手腕によって開催されている。

 これはネメシスにも出来ない事である。

 謂わば三足のワラジを履きつつトレーニング迄こなし、万全の肉体を作り上げたメイビア。

 

「良い試合を期待している」

 

 これ以上の言葉は要らぬ――というか、結局ネメシスが言いたい事はこの一言に集約される。

 

 すれ違い様にメイビアの肩を軽く叩いたネメシスがそのまま観客席へと去っていく。

 

「なっ、何が期待しているだっ」

 

 そう吐き捨てたメイビアだが、例え社交辞令であったとしてもあの化け物(ネメシス)からそう言われるのは悪い気がしなかった。

 

 こうして試合が始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

――カーンっ!

 

 試合の開始を告げるゴングが鳴り響く。

 

 満員の観衆が熱い視線を注ぐ中、試合はミートが立てたプラン通りに進んだ。

 隙が少ない小技を放ち様子を伺うキン肉マン。

 メイビアがそれを返してキン肉マンが受け身、或いはマットに叩きつけられるも大したダメージもなく起き上がる。

 そして再びキン肉マンが小技を繰り出しメイビアが返し技を放つ。

 キン肉マンとしてはメイビアの速さに慣れる為、メイビアとしては確実に返し技でダメージを蓄積させる為。

 一見するとこじんまりしたしょっぱい試合に見えるこの展開は、互いの思惑が一致した結果だった。

 そんな試合展開を、超人フリークが多いこの世界の観客は固唾を呑んで見守る。

 それは、何かのきっかけで試合が大きく動くと知っているからに他ならない。

 

 そして、観客の期待通り、その時が来る。

 

「今ですっ、王子!!」

 

 試合開始から30分を過ぎた頃。

 万を持してミートから合図が飛ぶ。

 

 48の殺人技の一つ、風林火山。

 

 メイビアをダブルアームで捉えたキン肉マンがリングを旋回し、ローリング・クレイドルからパイルドライバーを決め、リングの中央でロメロ・スペシャルに捉えた。

 

(こ、ここまでか……)

 

 強制的に天を仰がされたメイビアに過る(よぎる)敗北の予感。

 

 その時、ふとネメシスの姿が視界に入る。

 特設会場の一番上。

 普段は気遣いと無縁の男も、超人レスリングとなれば話が違う。

 どちらにも肩入れしないと示すかの様に、最も遠く高い席で静かに闘いを見ていたのである。

 

「ま、負けてやるものかっ」

 

 あの化け物に少しでも期待を寄せられているのなら、簡単に負けてやる訳にはいかない。

 淡く輝いたメイビアが身体を海老反らせた反動を利用してロメロ・スペシャルから抜け出すと、空中で素早く反転。

 キン肉マンの鳩尾目掛けて膝を突き出し、急降下を開始する。

 

「あぁっ!?」

 

「負けてやれんのは私もじゃいっ!」

 

 すんでの所でメイビアの膝を両手で受け止めたキン肉マンが淡く輝く。

 力任せにメイビアをはね除けたキン肉マンが起き上がり体勢を整えた。

 

「その意気です、王子! まだ技を返されただけです! もう一度、もう一度チャンスを待ちましょう!」

 

 終盤にきて予想外の粘りを見せるメイビア。

 しかし、ミートには勝算があった。

 底力勝負ならキン肉マンに歩があるはず。

 ましてやメイビアが先に底力を発揮したならば、力尽きるのもメイビアが先になる。

 

 ミートの指示を聞いたキン肉マンが、再び丁寧に小技を繰り出していく。

 メイビアがそれを返し試合序盤のリプレイのような試合運びが展開される。

 だが、試合開始から30分を過ぎたにも関わらず、淡く輝く二人の動きは衰えるどころか、切れ迫力共に増している。

 

 

――ウワァァァァっ!!

 

 

 期せずして巻き起こる大歓声。

 

 声援、歓声に後押しされるかのように、淡く輝く二人の超人がド迫力のファイトを見せる。

 

 しかし、いつまでもは続かなかった。

 

 淡く輝くキン肉マンの技を返しきれず、ついにマットに叩きつけられたメイビア。

 

「王子っ!!」

 

 それを見たミートが「今こそキン肉バスターです!」との想いを込めて叫んだ。

 

「わぁとるわいっ!

 

 とぅっ! キン肉バスターっ!!

 

 まさに阿吽の呼吸。

 ミートの意を汲んだキン肉マンがふらつくメイビアを逆さに抱え、力強く上昇を開始。

 

「これの返しなら見たぞっ!」

 

 通常、キン肉バスターをひっくり返すには10倍のパワーが必要とされている。

 

 今のメイビアにそのパワーはない。

 

 だが、メイビアは気付いたのだ。

 上昇したキン肉バスターが下降を始める刹那の瞬間、無重力のパワーポケットが産まれる、と。

 並みの超人ならば不可能。

 だが、返し技を得意とする自分ならばその瞬間を狙い、キン肉バスターを傾け技から抜け出す事は可能だと。

 

 果たしてメイビアの目論見通り、キン肉バスターが傾いた。

 

――うぉぉぉ!?

 

 ここから逆転劇が起こるのか?

 どよめく大観衆。

 

 しかし……。

 

 今少しキン肉マンの仕掛けが早ければ完全にひっくり返す事も可能であったが、惜しいかな……メイビアの底力は尽きていた。

 

 絶妙なタイミングで技を仕掛けたチーム・キン肉マンの勝利だ。

 

「ま、まだじゃいっ!

 

 キン肉ドライバーっ!!

 

 空中戦を制しメイビアの足首を掴んだキン肉マンがメイビアを逆さに捉えると、素早く脇に足を掛けリングに向けて落下する。

 

 

――ウワァァァァァァ!

 

 

 この日一番の大歓声が巻き起こる。

 

 それは、オリンピックチャンピオンが放った新技が、勝負を決める一撃となったということを誰もが確信していたからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合後。

 別れの挨拶もそこそこに、ベルトをカメハメに託したキン肉マンは次なる目的地へと旅立っていった。

 

 そして、今。

 

 キン肉マン達との別れを済ませたネメシスとカメハメの姿は、メイビアの病室にあった。

 

「見事な試合であった」

 

「うむ。一皮剥けたようじゃな、メイビアよ」

 

 元々カメハメはメイビアの素質を見込んでおり、キン肉マンを当て馬に奮起を促してやろうとも考えていた。

 キン肉マンはただ一人の弟子として世界に羽ばたいていくならば、このメイビアは自分が守り続けたベルトを受け継ぐ男。

 

 二人の試合にカメハメは満足していた。

 

「う、五月蝿いっ! 負けては何にもならんわっ」

 

「それは貴様の本心か?」

 

 鋭い指摘をぶつけるネメシス。

 超人レスリングには勝者がいれば敗者がいるのは当然で、負けたからといって何もないことはない。

 むしろ負けた試合にこそ、成長に繋がるヒントがあるだろう。

 

 今回の試合においては特にそうだ。

 

 試合の終盤、二人は確かに淡く輝き普段以上の力をみせていた。

 あれこそが“火事場のクソ力”の発露に違いがないとネメシスは考えた。

 しかし、キン肉マンは兎も角メイビアにまで同じような現象が見られた理由がわからない。

 

「ちっ……こんな時ばかり鋭くなりやがって。あぁそうさ。得るものは有ったさ!」

 

「ほう?」

 

「試合に敗れた事に悔いはない。だが、そのベルトを失った時に思い出した……私は防衛を続けるあんた(カメハメ)に憧れていたんだってな!」

 

「ナニっ……?」

 

「何度も言わせるなっ! あのベルトは私が再び手に入れる! そして、カメハメがそうしたように力が続く限り防衛し続けてやるとも!」

 

「よう言うた」

 

 新旧二人のハワイチャンピオンが確執を乗り越え、硬い握手を交わす。

 これから先、10年、20年と防衛を続けてやる――メイビアはそう誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

「いや、待て、メイビア。それはそれで意義ある事だが、俺が知りたいのはそれではない。

 試合中に何か感じた事はないのか?」

 

「試合中……?」

 

 言われてみれば、試合の途中でいつになく力が沸いてきた事に気付いたメイビア。

 きっかけは……そう。

 この化け物(ネメシス)の姿を見た時だ。

 

 期待に応える――そんな想いがきっかけだったに違いない。

 

「あぁ、そうだなっ。キン肉マンごときに負けてたまるかっ! そう思ったらいつも以上に力が沸いて出たなっ」

 

 だが、メイビアは教えなかった。

 ネメシスのお陰で力が沸いたとは言いたくなかったのである。

 

「むぅ……そうか」

 

 確かにメイビアは発光現象の直前に「負けてやるものかっ」と言っていた。

 だが、負けたくないのは超人ならば当たり前。

 それがトリガーだとするならば、全ての超人が火事場のクソ力を使える理屈になる。

 

 他者の心の機微を読み取る力があったなら、もう少し踏み込んだ考察も可能であったが、ネメシスにはそれがない。

 

(よく解らぬな……が、まぁよい)

 

 そんな簡単に火事場のクソ力の謎が解けると思っていなかったネメシスは思考を切り替える。

 クソ力はキン肉族のみが秘める力ではないと判明しただけでも十分だ、と。

 

 焦ることはない。

 正義と悪が激しくぶつかる時代がもうすぐそこまで来ている。

 正義と悪の闘い。

 それは互いに負けられない闘いだ。

 負けられない想いが火事場のクソ力に繋がるとするならば、きっと多くの力を目にするだろう。

 そう考えたネメシスはそれまでの間、このハワイの地でトレーニングに励む生活を送ることに………………ならなかった。

 

「そんなことよりもネメシス。

 貴様、経営の大変さが理解出来ているならもっと協力しろ!」

 

 いい加減ネメシスが放つ威圧感にも慣れてきたメイビアが、当然の要求を突き付けた。

 

 流石、返し技の名手。

 見事なカウンターパンチである。

 

 こうしてネメシスはトレーニングに励みつつ、客寄せパンダの役割を今まで以上に果たすことになるのであった。

 

 

 

 

 

 








火事場のクソ力についてはよく判りません。
ネメシスとキン肉マン。
二人のキン肉族と関わった事でメイビアにも伝播した的な感じです。
割りを喰うのは某Jさん。
多分、勝てません。



次回・悪魔超人シリーズ開幕!
窮地の超人を救う救世主(メシア)とはっ!?


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悪魔超人シリーズ開幕! の巻き

漫画とアニメとオリジナルがごちゃ混ぜとなってます。







 

 

 

 

 

 

 大勢が集うに適した、すり鉢状の地形。

 ハワイ超人史を語る上で欠かせない地である。

 古くはハワイ超人界の神とも言われるカメハメの連続防衛記録の地として。

 最近ではハワイ超人史に残るダブルタイトルマッチが行われた地として人々の記憶に残っている。

 この地に特設会場が設置される時、そこは例外なく熱気と興奮に包まれる。

 

 しかし、今日はいつもと様子が違う。

 

 五台もの大型モニターが置かれた特設会場。

 その会場が満員の観客で埋め尽くされているのは何時も通りの光景なのだが、観客達の殆どが言葉を失っていた。

 今しがた大型モニターに映し出されたのは、()()ロビンマスクの敗北の瞬間だった。

 

 このまま悪魔を名乗る超人達が勝てば、人間界はどうなるのか?

 超人レスリングを楽しむフリーク達でも、言い様のない不安を覚えていた。

 

 そんな中、全く不安を覚えない者達が大型モニターがよく見える最前列に陣取っていた。

 

「時にネメシスよ、何故ここにいる?」

 

 不安ではなく怒りを覚えるカメハメがすぐ隣に座るネメシスへと声をかける。

 

「大画面で全ての試合が見られるからに決まっていよう。現地で観戦するのも捨てがたいが、他の試合が見られなくてはな」

 

「全く……お主という男はっ。

 そうではない! 何故助けに行ってやらぬ?」

 

 意図して語気を強めたカメハメ。

 

「カメハメともあろうものがおかしなことを言う。この闘いに俺の出る幕はなかろう?」

 

 一方のネメシスはどこ吹く風。

 これはキン肉マンに課せられた試練であり、余計な手出しや口出しをする方がおかしいとのスタンスだ。

 事実、本来の歴史においては当のカメハメが何の手助けもしなかったのだから、このスタンスはそれほど間違っているわけでもない。

 

 ただ、ネメシスとカメハメ。

 二人が生きた年月はほぼ同じでも、肉体年齢は大きく異なる。

 超人世界において、老いや若いは生きた年月よりも肉体年齢で判断される。

 例え何万年、何億年と生きていても肉体が若ければ、その超人は若い超人となる。

 従って、ネメシスがどれだけ異様な強さをもっていても、どれだけ長く生きていたとしても、今という時代に生きる若き超人の一人ということに違いはない。

 異論を挟む余地はあるが、少なくともカメハメはそう考えているのである。

 

 つまり、老いた自分とは違い、若いネメシスが何もせず、ただ傍観していることにカメハメは怒りを覚えるのだった。

 

「お主の言い分にも一理ある。

 じゃがの、やおら若き命が散りゆくのを黙って見ていてよいと思っておるのか?」

 

 諭すように語るカメハメ。

 正義超人と言い難いネメシスだが、正義の心は持つと信じるが故の苦言である。

 もしこれでもネメシスが動かないのであれば、悪魔超人とは比較にならないほどの脅威になる―ーと、認識を改めなくてはいけなくなる。

 

 固唾を飲んでネメシスの返答を待つ。

 

「むぅ……。そう……だな」

 

 正義でも悪でもない転生超人であるネメシスは、この闘いの結末とその意義を知っていた。

 自分が下手に首を突っ込めば、キン肉マン達の成長の機会が奪われるだけでなく、バッファローマンが正義超人入りする結末も変わりかねない――と、自分(転生者)にしか理解出来ない理屈で考えていた事に気付かされたのだ。 

 

 どうせ後で生き返るから死んでも大丈夫?

 

 今を必死に生きる者達からすれば、こんな馬鹿な理屈はないだろう。

 

(ロビンマスクの死は俺の責任でもあるか……)

 

 死ぬと知っていて助けなかったと気付いたネメシスは自責の念を覚える。

 とは言え、やはり立ち回りは難しい。

 これまでの悪魔超人達の闘いぶりを見る限り、自分一人でその全てを打倒することは可能だろう。

 

 だが、果たしてそれをして良いものか?

 昨今の超人界を見るに、先頭を走るキン肉マンに追い付け追い越せと全体のレベルが上がってきている。

 それはネメシスが望む状況であると同時に、超人界にとっても好ましい状況と言えた。

 しかし、自分(ネメシス)が表舞台に立ち、悪魔超人を蹴散らせばその構図が崩れるのである。

 

 取るべきは若き超人の命か?

 それとも超人界全体の発展か?

 

 腕を組み、静かに悩むネメシス。

 

「お主が余り人前に出ようとせぬ事は知っている。事情があり出られぬのであろう」

 

 悩むネメシスを見たカメハメが、その背中を押してやろうと言葉を紡ぐ。

 尤も、ネメシスに人前に出られない事情なんてものはなく、この言葉は“ネメシスが完璧超人界から出奔し、追われる立場にある”とカメハメが思い違いをしていることに端を発するものだ。

 超人史に詳しいカメハメでも転生超人という奇想天外な存在は知らず、未来を知るが故にネメシスが悩んでいるとは気付けなかったのである。

 

「待て、カメハメ。何の話だ?」

 

「みなまで言わずとも良い。お主の為にこんなものを用意した」

 

 ネメシスという男は存外押しに弱い。

 老獪なカメハメはそこを突く。

 もう一押しお膳立てをしてやれば動くに違いない――と、用意しておいた姿を隠せるリングコスチュームをネメシスへと差し出した。

 

「こ、これはっ!?」

 

 それを見たネメシスは覚悟を決めた。

 何の因果かこの役回りが自分に回ってきたのなら、精一杯勤めてやろう、と。

 カメハメからコスチュームを受け取ったネメシスが、更衣室に向けて走り出す。

 

「あぁーあ。悪魔超人に同情するぜ」

 

 近くで二人の話を聞いていたメイビアが、不謹慎だが偽りのない率直な意見を口にする。

 近頃はネメシス相手にスパーリングを行うまでに殻を破ったメイビアは、その底知れない強さを身に染みて知っていたのである。

 

「お主も行って良いのだぞ」

 

 ハワイ超人界を背負って立つメイビア。

 ある意味でキン肉マン以上に成長し、頼れる男となったこのメイビアなら悪魔超人とも互角に渡り合えるだろうとカメハメは目を細める。

 

「………俺は止めておこう。ヤツが行くなら十分だろ。というか間に合うのか?」

 

 ここは常夏の島ハワイである。

 日本迄の距離はおよそ6800キロ。

 因みに、ネメシスの超人強度は6800万だが、特になんの関係もない。

 

「…………。

 や、ヤツならなんとかするじゃろ。

 なんと言ってもネメシスじゃからな」

 

 移動時間まで計算していなかったカメハメは、大粒の汗を浮かべつつ、言葉の意味は分からないがなんだか自信が有りそうな事を言って誤魔化した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「お、お前はっ!?」

 

「…………」

 

 カメハメが用意したリングコスチュームに着替え、先を急ぐネメシスの前に立ちはだかる影。

 尚、現在のネメシスはコスチュームで姿を隠した上に、更衣室で偶々見つけたフードを被っている。

 ミステリアスパートナー的なアレだ。

 根は真面目なネメシスだが、いや真面目だからこそ、お約束は守る! と心得ているのである。

 

始祖(オリジン)は墓場から出てこられぬのではなかったのか?」

 

「…………」

 

 物言わぬ裁きの男。

 代わりに歪む空間を指差した。

 その歪む空間からは歓声が漏れ聞こえ、小さくリングも確認出来た。

 

「ふんっ、気が利いているではないか」

 

 2度目ということもあり、そこが自分の目指すべき場所であると察したネメシスは歪む空間へと駆け出した。

 

(やはり、監視はされているか)

 

 二重に姿を隠した自分の前に姿を表した以上、それ以前から行動を監視されていたと考えるのが自然だろう。

 そう気付いたネメシスだが、すれ違い様に物言わぬ裁きの男に一瞥をくれただけで気にしない。

 見られて困ることはしていない――と、ネメシスが考えているからだが、果たしてそれはどうだろうか。

 

「…………」

 

 ただ静かに佇む裁きの男から完璧超人界の意図を読み取ることは、ネメシスでなくとも出来ないのだった。

 

 

 

 

 

 

『ここ、田園コロシアムではウォーズマン対バッファローマンの熱戦が繰り広げられています。

 アイドル超人対悪魔超人の全面対決の様相を呈してきた今回の対抗戦。解説の中野さんは、これまでの闘いぶりをどうご覧になりますか?』

 

『えーはい。一言で申しますと、対戦成績こそ3対2でアイドル超人が優勢ですが、全体的に見ると悪魔超人が優勢ですねぇ。やはり知恵袋であるミート君の不在がキン肉マンだけでなく、他のアイドル超人達にも悪影響を与えているのではないでしょうか』

 

『と言うことは中野さん、悪魔超人はそこまで考えてミート君をバラバラにした――と、そう考えてよろしいのでしょうか?』

 

『逃げ癖があるキン肉マンを闘いの場に引きずり出すのも目的の一つではありましょうが、私はミート君という知恵袋を奪う事で、闘いをより有利に運ぼうとした悪魔的な戦略だったと思ってますです、はい。

 現にキン肉マンは地力に勝るステカセキングやブラックホールを相手に思わぬ苦戦を強いられました。もしミート君が居たならもっと早く、的確に彼らが使う特殊技への対策が為され、後に尾を引くダメージが少なく済んだのではないでしょうか』

 

『なるほど、なるほど』

 

『超人オリンピックの連覇という偉業を成し遂げたキン肉マンではありますが、その偉業の裏にはミート君の助けが有ったことは明らかでして、今回はキン肉マンの真価とアイドル超人達の絆が試されている訳ですねぇ』

 

『なるほどぉ~。

 それにしても、中野さん。今日はいつになく簡潔な解説ではありませんか?』

 

『私だってやる時はやるんですよ、アナウンサーさん』

 

『おっと、ここで試合に大きな動きがありそうです!

 ロープを足場にコーナーポストの上に立ったウォーズマンが2本のベアークローを頭上高く掲げましたっ!

 そして、ウォーズマンが何やら計算しているようです! 解説の中野さん、これは一体どういう意味でしょうか? 私にはさっぱり判りませんっ』

 

『謎の計算ですねぇ。これが正しいならバッファローマンも2倍速で動けば2000万パワーでハリケーンミキサーを使える計算になってしまいますからねぇ。

 はてさて、どうなることでしょう』

 

『おぉっと、外れたぁっ!!

 

 計算式は正しかったのかっ!?

 光の矢となったウォーズマンの凄まじい攻撃は、惜しくもバッファローマンの急所を外れました!!

 そして、かろうじてバッファローマンのロングホーンをへし折るも、反撃のハリケーンミキサーっ!!

 

 一発、二発、三発!

 ウォーズマンの身体が風に舞う枯れ葉の様に、リングに着地することすら許されず、ハリケーンミキサーの連続攻撃の餌食になっております!

 

 もうっ、私は見ていられません!』

 

 アナウンサーが目を背けた、その瞬間。

 リングの上を黒い影が走った。

 

『あーっと、リングの上にウォーズマンの姿が見当たりません! 遥か彼方にまで吹き飛ばされたのでありましょうか!?』

 

『この人は何を言ってるんですかねぇ。

 ほらっ、ウォーズマンならあそこですよ。

 あ、そ、こ』

 

 頬杖突いた中野が呆れ気味にアナウンサーの肩を指でつつき、その指でリングサイドを指し示す。

 

 そこにはフードで姿を隠した人物が、ぐったりしたウォーズマンを抱き抱えていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「あなたっ!! どういうつもりかしら?」

 

 誰よりも早くウォーズマンを抱き抱えたフードを被った人物――言うまでもなくネメシスである――に詰め寄る一人の女。

 

 露出が多い衣装にマントの姿。

 頭頂を飾るトサカから、キン肉星系の者であろうと伺い知れた。

 

「むっ? 貴様はっ……!?」

 

 ネメシスはこの人物を知っていた。

 委員長ことハラボテ・マッスルの娘。

 だが、活躍する時代はもっと先。

 若作りでもしていたのか?

 等と失礼なことを考えたあげく「どうでもよいな」と呟きバッファローマンに向き直る。

 

 呟きを聞き逃さなかったハラボテの娘――ジャクリーン・マッスルは固まった。

 

 この私を前にしてどうでも良い?

 

 宇宙超人委員長の娘にして、才色兼備。

 

 その私を前にして銅でも良い?

 それとも、胴でも良い?

 そうね。胴が良いと言ったのね。

 

 フードの男の言葉が頭の中をぐるぐる巡るジャクリーンが再起動するのは、今少しの時間を要するのだった。

 

 ここでジャクリーンについて少し語ろう。

 本来の歴史よりも熱い友情で結ばれたキン肉真弓とハラボテの二人は、互いの子供を結婚させよう! と、割と有りがちな考えに至った。

 程なくキン肉王家に男児が産まれ、ハラボテ・マッスルは頑張った。

 その結果、本来の歴史よりもかなり早く、ジャクリーン・マッスルは生を受けたのである。

 しかし、婚約相手と目されていたキン肉王家の男児がまさかの家出。

 中ぶらりんな状況に陥ったジャクリーンは、ストレス発散なのか超人レスリングに血を求める、ちょっと困ったちゃんへと成長したのであった。

 

 閑話休題。

 

「ウォーズマンよ! 無事でいてくれぇ!」

 

 そこにウォーズマン救出の為に飛んで来たキン肉マンが現れる。

 華麗に着地を決めたキン肉マンは素早く周囲を見渡すと、如何にも怪しげなフードの人物がウォーズマンを抱き抱えているのを視界に捉えた。

 

「何者じゃい!? ウォーズマンを離せ!」

 

 フードの人物の元へと駆け寄り握り拳を作ったキン肉マンは完全に喧嘩腰だが仕方がない。

 対峙するのは怪しさ満点、フードの人物。

 猜疑心が強いキン肉マンでなくともこうするだろう。

 

 キン肉マンが一度(ひとたび)猜疑心を剥き出しにすれば、それを払拭するには骨が折れる。

 

 だが、フードの人物は魔法の言葉を持っていた。

 

「そう身構えるな、キン肉マン。会員ナンバー029……こう言えば判るであろう」

 

「そ、そのナンバーはっ!?」

 

 これを知るのは世界に四人しかいない。

 そして、この声。

 フードの男が誰なのかを察したキン肉マンが安堵の表情を隠そうともしない。

 

 これでもう()()()()()()()()()

 

「ま、まさかあんたが助けに来てくれるとはっ! これで鬼に金棒じゃい!

 やいっ! バッファローマン!

 今すぐ謝ってミートを返すなら許してやるぞっ」

 

「なんだとっ!」

 

 試合を邪魔され待たされた挙げ句、上から目線での降伏勧告。

 バッファローマンからしてみれば、とことんふざけた状況にあると言えた。

 

「お前達悪魔超人がどれほど強かろうが、この男には絶対に勝てんからなっ」

 

 いつになく強気なキン肉マン。

 つい今しがたウォーズマンを圧倒したバッファローマンに向けての言葉とは思えない。

 

――おい、どういうことだ?

――ビビりなキン肉マンはどこ行った?

――もしかして、あのフード……強いのか?

――絶対そうだって!

  

 にわかに観客達がざわつき、フードの男に向けての期待が高まっていく。

 それに伴い、バッファローマンの怒りも高まる。

 

「キン肉マンよ、超人レスリングに絶対等という言葉はない。とは言え……負けてやる気はない」

 

 キン肉マンの言葉を嗜めつつ、ウォーズマンを預けたフードの男は、ジャンプ一番飛び上がると、ズンっ! とリングイン。

 

「ほざけっ!

 

 ハリケーンミキサーっ!

 

 一連の展開に怒り心頭に達していたバッファローマンは、フードの男の着地を狙って必殺の一撃を食らわそうとリングを駆ける。

 

 それを読んでいたのか、フードの男は身体を反らしてハリケーンミキサーを避ける。

 が、ロングホーンの先がフードを捉え、謎の男がその正体を晒すこととなる。

 

 そこに現れたのは……。

 

『く、黒いキン肉マンです!

 黒いキン肉マンが現れました!!』

 

『只、色が黒いだけではありませんよ。あのキン肉マンはっ!』

 

「あ、あの男ではない!?」

 

 実況、解説、そしてキン肉マン。

 三者が三様、驚きの声をあげる。

 

「心配するな。この覆面(マスク)の下は貴様がよく知る男に違いない。ただ、今はそう…………キン肉マングレートとでも呼んでくれ」

 

 期せずして偉大の名を冠したネメシス。

 

 こうして、キン肉マングレートと成ったネメシスは、超人史に残る激闘を繰り広げていく事になるのであった。

 

 

 









あ、ダメだ。
良い煽りが思い付かない。

とりあえず漸く覆面を被らせる事が出来ました。



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無法の男と秩序の女。 の巻き

 

 

 

 

 

 リングの上でキン肉マングレートとバッファローマンの睨み合いが続いていた。

 一連のやり取りで怒り心頭のバッファローマンであったが、不意を突いたハズのハリケーンミキサーが避けられたことで冷静さを取り戻していたのである。

 猛き猛牛とも呼ばれるバッファローマンだが、猪突猛進なだけでなくキレる頭も併せ持つ。

 又、1000万パワーを誇るだけでなく、かなりのテクニックも備えていた。

 勇猛さと冷静さ。

 パワーとテクニック。

 相反する特性を併せ持つ事がバッファローマンという超人の強さの秘密と言えた。

 

 一方、動きを見せないリング上に変わって慌ただしく動いたのが、実況放送席に座る二人――中野とアナウンサーだ。

 簡易の長テーブルとマイクを引っさげリングサイドのキン肉マンの側へと移動するやいなや、実況を再開させた。

 

「さぁ、ピラミッドリングに続いてここ田園コロシアムでも乱入者が出現! ここからはゲスト解説者にキン肉マンを迎えてお送りします!

 さて、キン肉マンさん。まず気になるのはウォーズマンの状態ですが、いかがでしょうか?」

 

「あと一撃でも攻撃を受けていたら危ない所でしたが、安静にしていれば大丈夫です。わたし達には超回復力が備わってますから、ウォーズマンは間もなく目を覚ましてくれるでしょう」

 

 ウォーズマンを慎重に寝かせたキン肉マン。

 簡易の長テーブルに着席すると真面目モード全開で実況放送に加わった。

 決して雑に扱っているわけではない。

 人間ならば緊急搬送されるようなダメージでも、超人であるウォーズマンには問題がないのである。

 

「なるほどぉ~。と言うことはですね、あのキン肉マングレートを名乗る超人は乱入の機を伺っていた――そう考えてよろしいのでしょうか?」

 

 この質問は事実を言い当てていた。

 ワームホールを使うことで距離の壁を無くしたネメシスは、幾分か前にはこの会場へと到着。

 しかし、闘う姿勢を示す超人の邪魔立てすることは如何なる理由があろうと許されず、ウォーズマンが意識を失うその瞬間まで会場の片隅で見ていたのである。

 その結果、謎の計算式により光の矢となったウォーズマンを目撃したネメシスは、あれは火事場のクソ力の発露ではないか? と考えた。

 直前の攻防ではロングホーンの前にあえなく粉砕されていたスクリュードライバー。

 それがロングホーンを折ったのだから実際にパワーが上がっていたのは間違いない。

 

 ウォーズマンも火事場のクソ力を備えているならば要注目すべき超人の一人である――そう見定めたネメシスは来た甲斐があったと御満悦だ。

 

「おそらくそうでしょう。あの男は自分にも厳しい男ですが、他人にも厳しい男です。ギリギリまでウォーズマンの奮闘を見た上で、命を救うためにやむを得ず乱入という行動に出たのではないかとわたしは考えます」

 

「それはどうでしょうかねぇ?」

 

「おや? 

 中野さん、随分含みがある言い方ですね。先ほどまでは、ただ者ではない! なぁんて誉めてませんでしたか?」

 

「名乗りを上げた事で思い出したのですよ。

 キン肉マングレートと言えば、凡そ30年前に行われた超人オリンピックであっさり棄権した曰く付きの超人でありますからねぇ。

 あれは忘れもしません…………戦争からの復興を掲げ、東京オリンピックに先駆けて行われた超人オリンピック。私たちの家族は家財を質にいれてまで観戦に駆け付けたのです。

 人気があったキン肉真弓が闘う会場には行けず、閑散とした会場での観戦となりましたが、それでも幼い私はワクワクと闘いのゴングを待ったのを今でも覚えてますよ。ですが、いつまで待ってもゴングは鳴らず、代わりに流れたのがキン肉マングレートの棄権を告げるアナウンスでした」

 

「そ、それはまた辛い思い出ですね」

 

「全くですよ。

 このキン肉マングレートはあの時のキン肉マングレートとマスクの形等が違いますから、同一人物かは分かりませんが、ロクな超人でないことだけは確かなんじゃないですか」

 

 幼い中野が見たキン肉マングレートは、キン肉真弓を模倣したと思われるシンプルなデザインであった。

 しかし、現在リングの上でキン肉マングレートを名乗る超人は、黒のボディースーツにタンクトップ姿までは同じだが、タンクトップは布地ではなく鎧であり、キン肉マンを模倣したと思われるマスクはタラコ唇に豚鼻である。

 キン肉マンとの違いをあげるなら、眉の辺りに備えたフェイスガードと額に浮かぶNkマーク。

 このように姿形が違い、活躍した年代までもが違うのだから同一人物と見るのは難しいが、好きにはなれない――これが中野の見解となる。

 

 尚、カメハメが用意したグレートマスクは単にキン肉マンマスクの色違いだったのだが、ネメシスが被る事で不思議パワーが働き変貌を遂げている。

 

「随分と辛口な評価ですが、キン肉マンさん。実際のところはどうなんですか?」 

 

「わたしは30年前の事はよく知りませんが、今のキン肉マングレートの事なら分かります。皆さんも見ていればわかりますよ……その底知れない強さってものがね」

 

 キン肉マングレートを悪し様に言われた事で、若干不機嫌になったキン肉マン。

 目立ちたがりのキン肉マンにしては珍しく、腕を組み勿体ぶった言い回しで解説を打ち切った。

 

「おっと、ここでリングの上のバッファローマンっ、ショルダータックルだぁ」

 

「先ずは力比べでしょうか?

 これなら確実に当たりますからね~」

 

「リングの上で両者が、激突!!

 おーっと!? これはどういう事でありましょうか!? バランスを崩したのはバッファローマンだぁっ!

 そして、追撃のローリングソバットがバッファローマンの側頭部に直撃!」

 

「グオっ……おのれっ」

 

 なんとか踏ん張りダウンを免れたバッファローマンが、キン肉マングレートに向け掌打の連打を繰り出していく。

 パンチではなく掌打なのは、隙あらばその身体を掴んで引き倒し、パワー勝負に持ち込んでやろうとの二段構えの算段だからである

 

 しかし、キン肉マングレートには当たらない。

 華麗な体捌きでかわし、いとも容易く掌打を払い除けていなしていく。

 

「そこだっ!」

 

 掌打をいなされバッファローマンが身体を泳がせると、キン肉マングレートが狙い済ませたかのように飛び上がり、頭部にマーシャルアーツキックを叩き込む。

 

「これは超美技っ、マーシャルアーツキック!!

 しかし、解説の中野さん、これは一体どういう事でしょうか? 私には1000万パワーを誇るバッファローマンが良いようにあしらわれてる様に見えるのですが……」

 

「私に聞かれましても……」

 

「ぱ、パワーだ……。二人の間には超人強度にして5倍以上の開きがある」

 

 目を覚ましたウォーズマンが解説に入る。

 

 朦朧とする意識の中でただ眺めていただけであっても、ウォーズマンのコンピューターは的確に二人の戦力差を分析していたのである。

 

「5倍、と言うことはウォーズマンさん、キン肉マングレートの超人強度は200万近いということでしょうか?」

 

「ち、違う……より超人強度が高いのはバッファローマンじゃないっ。あの、黒いキン肉マンの方だっ」

 

「な、なんだってぇ~!?」

 

 と、驚いてみたキン肉マンだが、あの男なら当然か――と直ぐに納得してみた。

 しかし、他の二人はそうはいかない。

 

「バッファローマンの超人強度が1000万パワーですから、それの5倍となればキン肉マングレートの超人強度は5000万ということになりますが!?」

 

「いやいや、さすがにそんな馬鹿な話はありませんよ。だってそうでしょ? キン肉マンが95万パワーで、ウォーズマンが100万パワー。ロビンマスクやテリーマンも似たような数字なんですから、いくらなんでも……ねぇ、キン肉マングレートさん」

 

 解説の中野がリングの上のキン肉マングレートに同意を求める。

 型破りな解説だが、これを見越した上でリングサイドに陣取っている。

 

「流石はファイティングコンピューターの異名を持つウォーズマンよ。如何にもこの俺の超人強度は6800万。だが、こんな数字にいかほどの意味があろうか」

 

 動きを止めたキン肉マングレート。

 同じくバッファローマンも動かない。

 

 試合はどうした?

 と、言いたくなるが、これも超人レスリングならではの光景であり、言葉を闘わせるのも醍醐味の一つである。

 

「で、デタラメを言うな! この俺のパワーこそが悪魔超人究極の1000万パワーだ! 6800万などありえんっ!」

 

「何を言う? 悪魔超人の中にも4000万パワーを誇る太古の化身超人がいるであろう。1000万を究極とする理屈は分からんでもないが、デタラメ呼ばわりは取り消して貰おうか」

 

 パワーはある方が有利に違いない。

 しかし、活かしきれないなら意味がない。 

 過ぎたパワーは無用の長物であり、適度なパワーこそが技やスピードを活かし実力を発揮する鍵となる。

 その適度な数値こそが1000万パワーであり、悪魔超人が1000万を究極とする理由であろうとネメシスなりに理解をしている。

 

「ナっ!? 貴様っ、どこでっ!?」

 

 バッファローマンが衝撃を覚えたのはネメシスが何気なく放った言葉の方だった。

 

 悪魔超人界とは閉ざされた世界。

 スパイや無関係な者が入り込む余地はなく、裏切り者が生きて出て行く事もない。

 悪魔超人が地上に現れる時は、()()()()の意思の元で手足となって動く時に限られる。

 現世代において地上行きを許されたのはバッファローマンをはじめとした七人の悪魔超人だけであり、その他の悪魔超人が地上で活動した事実はない。

 従って、他の悪魔超人の情報が地上に出回っていることなどありえないのだ。

 

(この男、何者だ?)

 

 これまでの攻防でこのキン肉マングレートを名乗る男の強度が1000万パワーを越えている可能性があると気付いていた。

 そして、にわかに信じがたいが1000万を越えるパワーにも関わらず、そのパワーに振り回されることなく使えている。

 更には、この得体の知れない知識。

 悪魔(サタン)に魂を売って以来、久しく感じていなかった恐怖にも似た感情を思い出したバッファローマンが大粒の汗を浮かべ、一瞬身体が強張った。

 

 その隙をネメシスは見逃さない。

 

 ジャンプ一番、バッファローマンの頭上を飛び越えると背中合わせに着地――否、背中合わせに組み合った。

 

「せっかくだ。ウォーズマンよ、しっかりと見ているが良い!」

 

 思えばウォーズマンという超人は、誰よりも優れた分析能力を持つはずが、死んでる期間が長過ぎて戦闘機会はおろか観戦機会にすら恵まれない。

 

 もし、生きて機会に恵まれたならば、果たしてどれほどの成長を見せるのか?

 

 期待を込めたネメシスが禁断の秘技を披露する。

 

「こ、これは?」

 

「ど、どうしてだ……どうしてあの黒いキン肉マンがあの秘技を使えるんだ」

 

「知っているのか? ウォーズマン!?」

 

「あ、あぁ……。

 オレがロビンマスクに見出だされた超人だと話した事を覚えているか?」

 

「確か、パロスペシャルを使うお前さんを見たロビンのヤツが惚れ込んだんじゃったかのぅ?」

 

「そうだ。だが、その話には続きがある。

 ロビンマスクはパロスペシャルを使えるだけでなく、もっと高難度にして高威力の業を思い描き“型”を完成させていた。しかし、それはロビンをして実戦で使える難度ではなく、パロスペシャルを使うオレならば使う事が出来るかもしれない――そんな期待を込めてこのオレを弟子にしたんだ」

 

「ま、まさか、その技と言うのは!?」

 

「その通りだ、キン肉マン。

 今まさに、リングの上で極められている技こそが、ロビンマスクが思い描き披露することが叶わなかった秘伝中の秘伝――OLAP(オラップ)だ!」

 

 リングの上ではバッファローマンの腕がネジあげられ、苦痛に顔が歪んでいる。

 

 パワー、角度、バランス。

 次々とインプットしていくウォーズマン。

 

(こ、これならオレの100万パワーでも……いや、極まった型にさえ持ち込めれば相手のパワーはなんの意味も為さない――この男はそれをオレに見せているのか!?)

 

 ウォーズマンの分析では今の黒いキン肉マンは殆どパワーを使っていない。

 逃れようと足掻くバッファローマンのパワーを巧みに利用して、もがけばもがくほど深みにハマる、正に蟻地獄のような攻撃を仕掛けている。

 

 このままギブアップをしなければ、そう遠くない内にバッファローマンの腕がへし折れる――ウォーズマンのコンピューターが結末を予測した、その時。

 

 

 

お止めなさい!!

 

 

 

 女の声が会場中に響き渡る。

 

「あっーと!? ここでジャクリーン・マッスルがリング上に乱入だぁ!」

 

 皆の視線がキン肉マングレートに注がれる中、ショック状態から立ち直ったジャクリーン・マッスルが自らの責務を果たそうと、マイク片手にリングの上に躍り出たのである。

 

「こらーっ! ジャクリーンっ!。

 何をしとるんじゃい! お転婆が過ぎるぞっ」

 

 キン肉マンはジャクリーンを苦手としている。

 勝ち気で男勝り。

 更には自分の顔を見る度にため息を吐かれていてはキン肉マンでなくとも苦手になる。

 

 それでも叱責せずにはいられない。

 

「貴様っ……神聖なリングの上にっ!」

 

 当然ながらネメシスも怒りを隠そうともせず、技を極めたままでジャクリーンを睨み付ける。

 

 しかし、並の超人レスラーなら震え上がる怒気を向けられてもジャクリーンは怯まない。

 

「何が神聖なものですか。こんなものはただの暴力だわ。宇宙超人委員会が認可したこの地での闘いはウォーズマン対バッファローマン。あなたの闘いは認めていません! 私が統括する会場において無法は許されないと知りなさい!」

 

 キン肉マングレートに対する私怨がゼロとまでは言わないが、ジャクリーンは彼女なりの矜持を持って試合運営に当たっている。

 というより、普通に考えれば乱入者の介入を認めないのは当然と言えた。

 ジャクリーンに言わせれば、先に行われたピラミッドリングでの裁定がおかしいのである。

 

「細かいことを言うでないわい。

 グレートがバッファローマンを穏便に倒せばこの争いは終わるっ。そうすればっ……もうっ……わたし達も、悪魔超人もっ、誰も死ななくて済むではないか!?」

 

 一方のキン肉マンは命が第一。

 グレートが圧倒的な力を以て悪魔超人達を制圧すれば、本当の意味で誰も死なずに済む。

 命の前では乱入程度は些事に過ぎないとのスタンスであり、規律を重視するジャクリーンとは正に水と油だった。

 

「あなたは何を言っているのですか? このような無法に頼った決着で悪魔超人達が納得するとでも思っているのですか?

 もう一度言います。私たち宇宙超人委員会の認可がない試合は単なる暴力です! 暴力に頼って問題を解決するのが、正義を標榜するあなた方のやることですかっ」

 

「む……」

 

 言われてみれば尤もな話である。

 それに、冷静になって考えてみると、バッファローマンはウォーズマンとの闘いを終えたばかりであり、疲労しているに違いない。

 そのタイミングで襲い掛かり勝利を得たとして、一体いかほどの価値があろうか?

 

 キン肉マングレートとなった事で少々浮かれていたと気付いたネメシスは、バッファローマンの腕を放すとリングに着地。

 

「ぐ、グレートっ!? どうして技を外すんじゃい」

 

「そこの女の言う通りだからだ。

 ジャクリーン・マッスルとか言ったな? 貴様に無法を詫びよう。それと……バッファローマン、貴様にもだ」

 

 そうは言いつつ頭すら下げないネメシスだが、これでもこの男なりの謝罪である。

 それでいいのか転生超人、と言いたくなるが、王族に産まれ、超人墓場においてもエリート集団の筆頭格として長く過ごしたネメシスは、謝罪の仕方を忘れてしまったようである。

 

「わ、分かったのなら良いわ。

 では、この試合、ウォーズマン対バッファローマンの対戦カードは、悪魔超人、バッファローマンの勝利とします!」

 

――カーンッカンっカンカンっ!

 

「これは大どんでん返しであります!

 ここで試合終了を告げるリングが鳴り響きました。さあっジャクリーン・マッスルが勝者となったバッファローマンの手を握り、今高々とっ」

 

「オレに触るなっ」

 

 掴まれた手を振りほどくバッファローマン。

 

 乱入されての連戦であったが、試合として受けたからには暴力であろうがなんであろうが、バッファローマンに文句はなかった。

 あのままでは敗色濃厚――そこを仲裁された事に苛立ちを覚えるのである。

 

 ギリっと歯噛みしたバッファローマンは痛めた腕を伸ばしてキン肉マングレートを指差した。

 

「キン肉マングレートに告ぐっ! 貴様の正体は必ずオレが暴き、血祭りにあげてやる!!

 そして、キン肉マンっ! いつまでも誰も死ななくて済むなんて甘っちょろい考えが通じると思うなっ」

 

 二人のキン肉マン。

 一人には憎悪を。

 もう一人に向けては何とも言いがたい感情を持ったバッファローマンは、そう宣言すると会場をあとにした。

 

 こうして様々な変化をもたらしたキン肉マングレートの初陣は、試合不成立という結果に終わったのであった。

 

 

 

 

 新両国国技館前。

 

 約束の場所で落ち着かない様子のキン肉マンがテリーマンの帰りを待っていた。

 キン肉マングレート乱入事件の最中、余り注目されない中でもテリーマンの試合は進み、対戦相手のザ・マウンテンと共にリングもろとも渓谷の底へと姿を消したのである。

 

 ブロッケンJr.は既に帰還しており、生きて無事ならテリーマンもそろそろ帰って来てもおかしくない頃合いなのに、姿を見せない。

 

「心配せずともテリーマンは無事だ」

 

 見かねたキン肉マングレートが安心させてやろうと言葉をかける。

 建築資材の上に腰を下ろしたネメシスはグレートマスクを脱いでおらず、このままキン肉マングレートとして過ごす腹積もりであった。

 

「そ、そうは言うがのぅ、グレート。こうも遅いと心配になるわい」

 

 夕陽を背にキン肉マングレートに向き直ったキン肉マンが、心配の程を訴えかけた。

 

 その時、近づいてくる一つの影。

 

「ただいま、キン肉マン」

 

 夕陽をバックにミートの胴体を抱えたテリーマンが姿を表した。

 

「おかえりっ、テリーマン!」

 

 喜びを爆発させたキン肉マンがテリーマンに走り寄って抱きついた。

 そこにブロッケンJr.も加わり勝利と健闘を称える小さな輪が出来上がる。

 

「貴様は混ざらぬのか?」

 

 輪に入れず佇むウォーズマンにキン肉マングレートが声をかける。

 

「お、オレは……」

 

「そう遠慮せずともよかろう。ヤツは勝敗よりも生きて帰って来たことこそを喜んでおるのだ。そういう男だ」

 

「あ、あんたは……?」

 

 筋肉の付き具合からして()()()()()()()()()()が、ロビンの秘伝の技を使ってみせた。

 それに、キン肉マンに向ける信頼とキン肉マンから向けられる信頼。

 

 一体この男は何者だろう?

 

 それは、ウォーズマンのコンピューターをもってしても答えがでない。

 

「お、お前は、キン肉マングレートっ!?」

 

 キン肉マングレートの存在に気付いたテリーマンが驚きの声を上げる。

 

「なんじゃなんじゃ?

 お前さん方、知り合いじゃったのか?」

 

 勿論、ネメシスとテリーマンに面識はない。

 

 これは、一族の秘伝として二人のキン肉マンの話をテリーマンが聞いていたからの反応である。

 一人は目指すべき高みとして。

 もう一人は、倒すべき敵として。

 このキン肉マングレートが倒すべき敵なのかは分からないが、両肩のスターエンブレムがいつになく熱を帯びて疼いている。

 

「い、いや……そういう訳でもないんだが……。

 すまない、キン肉マン。オレは先に休ませてもらう」

 

「変なヤツじゃのう?」

 

「なぁに、疲れているんだろう。

 オレ達もホテルに戻って休もうぜ」

 

 事情を知らないブロッケンJr.が締めくくり、それぞれが宿へと帰り身体を休めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その日の夜。

 

 都内某所のビル屋上に集う悪魔超人達。

 七人の悪魔超人と呼ばれた彼等も激戦の果てに数を減らし、三人だけとなっていた。

 それでも闘志は揺るがない。

 例え全滅の憂き目に逢おうとも、()()()()の意向に従い任務を遂行する。

 それこそが悪魔超人の誉れであり喜びであった。

 

「ケケッ。手酷くやられたようだな、バッファローマン」

 

「あぁ……あのキン肉マングレートという男は侮れん。ヤツにはパワーだけでなく、何か……得体の知れない何かがある」

 

 これでも控え目な評価になる。

 リングを降りたバッファローマンは冷静に彼我の戦闘能力を分析し、今の自分ではキン肉マングレートに敵わないと気付いていた。

 しかし、それを口にした所でなんの意味があろうか?

 

 闘い、敗れ、死ぬことで地上には七人の悪魔超人では太刀打ちできない強者がいるとの調査が完了するのである。

 そう。

 七人の悪魔超人達に課せられた使命とは、地上の調査であり闘いの口火を切る()()()()を起こすことにある。

 

 本命はあとに控える騎士達だ。

 

「お前ともあろう男が随分と弱気じゃねーか?

 良いぜ。次はオレがやってやる。

 このオレがあの豚マスクの下の正体を暴いてやるぜ。ケーッケケケッッ」

 

 バッファローマンの心中を知ってか知らずか、戦利品のロビンのマスクをお手玉代わりに遊んだ男が、次は自分だと名乗りを上げる。

 

 こうして、キン肉マンの願いも虚しく、悪魔超人との激戦は続いていくのであった。

 

 








教官。
4000万説を採用。


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