財前葵可愛すぎワロタ。 (Mr.ユナイテッド小沢)
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1.

 

財前葵。僕の高校のデュエル部の部員であり、クラスメイトでもある。兄にSOLテクノロジー社という会社の重役が居る。

 

その恩恵を得ようと財前葵に近づく人間も居る程だと言えばその兄の権威も伝わるだろう。

 

容姿はちょっとやそこらではお目にかかれない美形だが、胸が小さい。

 

……その控えめで大人しい性格と髪型から、学校中の人気を総取りする程ではない。

 

というか、あまり人と話さない。

 

部活には通っているのだが、クラスではあまり他の人とは話さない。

 

結果として財前葵は「兄が凄いんだよね?」というような評価をされてしまっているわけだ。

 

もし本当にその評価が正しいものだとしたら別に改めて取り上げるような人物ではなかったのだが、勿論そんなことはない。

 

財前葵はここ最近僕の目線を釘付けにしている女の子なのだ。

 

とはいえ、別に甘酸っぱい青春ラブコメ的な好意を僕が彼女に抱いているというわけでは断じてない。断じてだ。

 

 ……このような言い方をすると語弊が生まれるというか確かに僕が彼女に対して明確に好意を持っているということは否定のしようがない事実であるのだが、それは確かだ。うん。

しかし、それはなんというか、説明し難いが兎に角僕の目線は猫じゃらしでも与えられた子猫が如く彼女へと吸い寄せられてしまうのだ。 

 

まぁ、実はその理由は自分でも分かっている。僕のこの感情は前述した通り甘酸っぱい青春ラブコメ的なものではなく、単なる憧れのようなものと言うかなんというか。

 

例えるならば飛んで火に入る夏の虫。と言ったところであろうか。

 

僕は彼女のふと見せる普段の大人しい印象の中に潜む闇と呼ぶべきか、はたまた光と呼ぶべきか。そんな何とも言えない不思議な抗い難い魅力にホイホイと釣られてしまっているわけである。

 

 

それで、つまるところ僕が一体何故自らの財前葵に対する思いを独白したのか、という点についてなのだが、これは僕が不本意ながら財前葵のストーカーを勤めているからこそ分かったことなのだが、どうやら僕と同じく財前葵の不思議な魅力に惹かれている男子生徒が現れたようなのである。

 

どうやら彼も僕に気がついていたらしく、チラとこちらを伺っていたりしていた。

 

これでも僕は間違っても財前葵に気がつかれないよう気配を消してじっと潜んでいたのだが、それでも僕をはっきりと認識した彼の性能は最早言うまでもないだろう。

 

僕としては彼は同志なのだから、財前葵のあの魅力について語り合いたい所であるが、同時に僕の男としてのちっぽけなプライドのようなものが邪魔をして僕をそうさせないのである。

 

……いや、誤魔化すのはよそう。嫉妬だ。浅ましくも醜い僕の嫉妬があの男子生徒を妬み、恨んでいるのだ。

 

彼の容姿は悔しいが整っていると言い表す他ない。僕としてはストーカー行為に勤しむ彼を自らを棚に上げてでもどうにか批判したい所であったが、無念。イケメンは何をしても許されるのである。

中学の時に同級生の異性から「お前って童顔だよな」と、悲しい称号を与えられた僕ではまるで歯が立たない相手であると認めざるを得ない。

 

片やこの僕でも認めざるを得ない程のイケメン。片や童顔の汚名を受けた僕。ここまで長々と現実逃避の長考をしたくなるのも頷ける話だろう。

 

僕は財前葵と既に交流を果たしていて友人と言うことのできる関係ではあると思っているのだが、あそこまでのイケメンに言い寄られてはどうなるかわかったものではない。

 

 

 って、ああっ!!あのイケメンストーカーついに財前葵の所属しているデュエル部の部室にまで入っていった!!僕だってタイミングを逃して何時入部すれば迷ってまだ入部できてないのに……

 

だけど、財前葵をイケメンストーカーに奪われる訳にはいかない。迷ってなんていられないっ!!

 

 

 

 

 

「こんこん。失礼するよ」

 

 思い立ったら即、行動。とは普段は全然全くできていないのだけれど、僕も財前葵を奪われたくはないので少々強引な手に出ることにする。

 

 

「えっ!水川君!?」

「こんにちはー。あおさん」

 

 

 勘違いされないようにここで明記しておくが、別に僕と財前葵が愛称で呼び合うような仲という訳では決してない。

 

友人であるということに違いは無いが、そこまで親密な訳では無い。

 

単に僕が人の名前を呼ぶという行為に若干の恥ずかしさを覚えてしまうため、こうしてニックネームをつけて呼んでいるという訳だ。その証拠に財前葵は僕のことを水川君と苗字+君付けで呼んでいる。

 

 

「おや?財前さん。お知り合いですか?」

「えぇ…クラスメイトです。」

 

 

クラスメイト…確かにそれは正しいのだができれば友人と紹介して欲しかった所だ。

 

 

「財前さんに用が……ある訳じゃなさそうだね。もしかして君も入部希望者かい?歓迎するよ」

 

 

 君も…か…どうやらやはりイケメンストーカーの彼も入部するようだ。

 

 

「はい!水川水渚です。あおさんから話は聞いていたので、入部してみたいなと思っていたんです。是非是非、よろしくお願いしますね」

「あぁ。宜しく頼むよ。偶然にもたった今入部したばかりの藤木君も居るからね。仲良くするといい」

「そうなんですか?よろしくね。」

 

 

そう言って紹介されたフジキとやらを見る。……例のイケメンストーカーだ。

 

……彼は僕を見て表情を険しくしている。どうやら彼も僕を好敵手だと認めて警戒しているようだ。

 

「あぁ。よろしく」

 

 

 

取り敢えず、自己紹介が始まったが、まぁなんだか何処にでも居そうな苗字ばかりだと言えたので、用があっても適当に言えば当たるだろう。

 

ぶっちゃけて言うと覚える気は無い。興味も無いし。

 

まぁ、しいて一言他に言うことがあるとするならば相変わらず財前葵可愛い。

 

 

「君も新型デュエルディスクを見るかい?……と言いたい所だけど、どうやら君のは既に新型みたいだね」

「そうなんですよー。発売日の前日の夜から並んで買ったんです。いやぁ大変でした」

 

それだけ聞くと僕がリンクヴレインズガチ勢の方々か、或いはよっぽどのマニアのようだが、全くそんなことは無い。ただ、財前葵との会話で彼女が現代人らしくデュエルを良くすると聞いたので、僕もリンクヴレインズとやらを始めたのだ。

 

しかし、始めたからには雑踏に紛れていては格好が付かないので、僕も取り敢えずリンクヴレインズの実力者の代名詞であるカリスマデュエリストというものになろうと決意したのだ。

 

新型デュエルディスクはその過程で手に入れた物だ。新型デュエルディスクはデュエルをサポートするAIが搭載されているので、デュエルで勝利する為には持っていた方が有利に働くという訳だ。

 

当然高額だし、それでも直ぐに完売することが予想されたのだが、それでも僕は徹夜で店に並んで無事この新型デュエルディスクを手に入れた。とまぁそういう経緯になる。

 

途中、鬱陶しくなってAI機能はOFFにしたが。

 

そうして僕はリンクヴレインズに没頭した。デュエルに次ぐデュエル。その努力の結果、まぁ、一応10人に聞けば数人くらいは知っている人がいるんじゃない?というくらいの知名度には上り詰めることができた訳なのだが、いざその旨を財前葵に伝えようとすると、なんと彼女はリンクヴレインズはやっていない。と言い放ったのだ。

 

では僕のこれまでの苦労はなんだったのか。と嘆きたくなるが、最早後の祭りである。

 

 

結果として残ったのはカリスマデュエリストの一員という称号と無駄に高額だったデュエルディスクだけだった。僕としては財前葵の羨望の眼差しと話題が欲しくてリンクヴレインズを始めた訳で、その他大勢からの羨望の眼差しを受けてもまるで嬉しくはないし、むしろその他大勢からの羨望の眼差しを受ける程の財前葵からその眼差しを受けられなかったという虚しさだけがこみ上げて来てしまって、それ以降、僕はリンクヴレインズは引退したのであった。

 

とはいえリンクヴレインズが染み込んだ生活はそう簡単には元には戻らず、結果として現在ではリンクヴレインズの端の方で細々としている。

 

 

虚しい。

 

 

っと。思考に没頭していた。どうやら皆はイケメンストーカーのデッキを見ているらしい。

 

 

「ねぇねぇ。僕もそれ、見てもいいかな?」

「……いいよ」

 

 

さて、ご拝見。

 

 

………て、なぁにこれぇ。

 

光属性を中心としたビートダウンデッキ…なんだろうけど、その内容が問題だ。

 

その殆どのカードが他のカードの下位互換のようなカードで、合理的にデッキを組めばどうやってもこんなデッキは組めないだろう。と考えられる程のデッキだった。

 

まぁでも、別の観点から見れば合理的なデッキだと言えよう。それは、僕と同じ、リンクヴレインズでカリスマデュエリストと呼ばれる程までに知名度が高い場合だ。

 

そうしたデュエリストのデッキはあまりにも知名度が高過ぎるため、リアルバレを防ぐ為に、嘘のデッキを持ち込むことがあるのだ。

 

……それでもこのデッキは少々、露骨過ぎる気もするが。

まあ、イケメンストーカーは旧型デュエルディスクを使用していることも含めて、デュエルに興味が無いアピールをしているつもりなのかもしれない。

 

 

「はい。ありがと。大分旧型のデッキなんだねぇ。旧型デュエルディスクを使ってるし、そういうアンティークなのが好きなの?」

「……あぁ。そうなんだ」

 

 

イケメンストーカーは僕の好敵手だが、リアルバレを防ぎたい気持ちは僕にもわかる。僕だってリンクブレインズでずっと使っていたデッキは財前葵にしか見せていない。

 

 

 

話の流れからか、僕のデッキも見たい。ということになったが、あまり人にデッキは見せたくないという断り文句を述べておいた。

 

自分のデッキは信頼した人にしかみせたくない。という人は割と一般的で、寧ろイケメンストーカーのように堂々とデッキを公開する方が稀なのだ。

 

疑われないようにしてかえって目立っているような気がする彼は天然なのだろうか。その天然を少しだけでもサポートとしてあげようか。という気になってアンティークが好き。だなんて言って誤魔化させたわけだが、反応が淡白過ぎやしないだろうか。コミュ障か。

 

コミュ障で天然のストーカー。但しイケメン。

 

ぐう。駄目だ。イケメンと言うだけで全ての負の要素を打ち消してくる……

 

 

まぁいい。もういい。イケメンストーカーのことなんて考えていても仕方がない。正しく時間の無駄である。

 

大人しく財前葵の横顔でも見ていよう。

 

 

 

 

 

さて、部活も終わったことだし僕も帰るとしよう。ただ折角同じ部活なのだから、帰り道でも途中まで財前葵をストーキングしたい所だ。

 

だと言うのに、彼女は中々帰ろうとしない。困った。一体何故帰ろうとしないのか。まだ帰れない用事でもあるならまだ理解できるところだが、別に何をするわけでもなくただ呆然と立ったままなのだ。

 

そんな僕も財前葵も帰ろうとしない膠着状態が5分程続き、とうとう耐えられなくなったのか、財前葵が動き出した。

 

 

「えっと、水川君?」

「うん?何かな?あおさん?」

「えっと…帰らないの?まだ何か用事でもあるの?」

 

 

おっと不味い。もしかして僕が財前葵を待っていたことがバレてしまっただろうか。

 

 

「用事があるって訳でもないんだけどね。何というか、気分?そういうあおさんはどうなのさ?」

「私?……私も気分?かな?」

 

 

なんと。気分。

 

僕が言った気分と言うのは完全に方便というか、まさか、君を待っているんだよ。僕の愛しの天使さん。なんてふうにさながら舞台俳優の様な台詞を言い放つ訳にはいかなかったための方便だったのだ。

 

それがまさか彼女の方も気分だと言うのだ。僕と同じ心境で言っているのならば、財前葵が僕のことを待っていたという事になるが……有り得ない。もしもそれが正しいなら財前葵は僕のストーカーという事になる。

 

確かに僕と財前葵は良く話す仲だが、それは僕の方から一方的に話しかけている訳で、彼女としても嫌がってはいないだろうが何も言わずに僕を待つなんてことはしないだろう。

 

僕が財前葵のストーカーなのに財前葵が僕のストーカーなんて意味がわからない。

 

つまり、財前葵は本当に気分でここに居るということになるのだ。

 

 

「気分……なんだ。奇遇だね。なんだか帰りたくない感じ?」

「まぁ、そう…かも」

 

やはりそうだ。わかる。わかるぞ財前葵。その気持ち。僕は今こそ方便で気分だと財前葵に説明したわけだが、実際に偶に来るのだ。何となしに動きたくなくなる気分が。

 

心の中では早く帰って家で休んだ方が良いと理解しているのだが、どうにもそうはいかずに家に帰ることが億劫になる。

 

しかし、都合が良い。財前葵もここに居たいなら、のんびりとおしゃべりに花を咲かすことができる。

 

何時もは話せても休み時間とかでのんびりと話すことはできなかったのだ。

 

 

「水川君。どうしてデュエル部に入ろうと思ったの?」

「どうしてって…」

「前に私が誘った時は入部してくれなかったわよね」

 

 

ぐう。僕としても財前葵の誘いを断りたくは無かったが、丁度その時はリンクブレインズにのめり込んでいた頃で学校の時間以外は全てリンクブレインズに行っていたのだ。

 

その苦労の結果を考えると…やめよう。

 

 

「えっと、前にも話した気がするけど、あおさんが誘ってくれら時は学校以外のほぼ全ての時間にリンクヴレインズにアクセスしてたからさ」

「それは前にも聞いたけど…じゃあ今はリンクヴレインズをやってないってこと?」

 

 

まぁ、そういった疑問が出るのは当然と言えるだろう。

 

 

「辞めたんだよ。続けてる意味が無くなっちゃってね」

「リンクブレインズを続ける意味…」

 

 

いや、一応カリスマデュエリストとしての腕前や知名度は自慢できないでもなかったが、興味無い相手にそれをするのは少し自慢したがりだと思われて少し憚られた。

 

 

「詳しくは言えないんだけど、僕はある目的を達成する為にリンクブレインズをやってたんだよ」

「その目的を……達成できなくなった?」

「うーん。達成しても無駄になったというかね」

 

 

なんだか重い雰囲気になっている。

 

財前葵も顔を伏せてまるで聞いてはいけないことを聞いてしまったかのようだ。

 

おかしい。少し僕が失敗しただけのことで別段そういった話では無いのでもっと軽く捉えて欲しいのだが。

 

 

「大した話じゃないよ。僕が悪かっただけ」

「そんな…」

 

 

まぁ、僕がまず先に、財前葵がリンクヴレインズをやっているか尋ねれば良かったのだ。その機会はいくらでもあった。ただ、まさかリンクヴレインズをやっていないなんて思いもしていなかった。

一定数は居るのだ。デュエルは好きだけど、リンクヴレインズはやらない。それは、情報の流出が怖いという理由であったりだとか、画面の向こうで繰り広げられるハイレベルなデュエルに、足が竦んでしまったりだとか、あとが財前葵はこれに当たるらしいのだが、単にデュエルは見る専門だったりだとか。

 

そういった可能性を考えなかった僕のミスだ。

 

考えていたら虚しくなる。

 

 

……いや、僕までそんな重い空気出したら財前葵が本気で勘違いしてしまう。

 

 

「さて!帰ろうか。外も暗くなってきたし」

「……そうね。付き合わせて悪かったわ」

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、僕も直ぐに帰る気分じゃなかったし」

 

 

その後はもう大分暗いから、それと財前葵自身の容姿と兄、財前晃の地位も含めると彼女は襲われやすいだろうと判断できたので、家の近くまで送ると僕が言って、一緒に肩を並べて下校した。えっ……何こいつ彼氏面してるの?キモ……なんて風に思われていなければいいが。

 

二人で下校というシチュエーションがラブコメ的に結構美味しいものであったと気がついたのは家のお風呂でぼんやりとしていた時であった。

 

もっと堪能しておけばよかったと、僕はその日寝るまで後悔した。




~本編ではやらないであろうが書いてみたくなったフジキクン視点~

(読み飛ばして頂いて結構です)


『見っけ!』


どうやら、アイに探させていた財前葵が見つかったようだ。



『ん?おい。お前と同じことしてる奴がいるぞ』
「俺と同じこと?」

財前葵を追いかけていると、アイが意味不明なことを言い出した。

突然こいつは何を言っているんだ。俺と同じこと?ハノイの騎士を倒している奴が他にもいたのか。


『だ〜か〜ら〜財前葵のストーキングをしている奴がお前以外にもいるんだって!ほら!あっち!』


……確かに、居る。


『しかもそいつはどうやらこっちより早くにお前を見つけてる。ちょっと厄介かもしれないぞ』
「ただの変質者じゃないか?」
『あ。そっか。……それはそれで厄介じゃない?』


……一理あるな。

俺がAIの発言に対し、納得した理由は三つある。

そういった類の変質者は意味不明な思考回路をしている場合が多々ある。一つ、例えばそいつの方から先に俺を見つけているのなら、俺のことを同類。つまりライバルだと捉えられている可能性がある。

二つ、ストーキングなんてやっている変質者は目的の為なら手段を選ばない場合がある。

三つ、ならばライバルを減らす為に俺に危害を加える可能性は否定できない。

……財前葵に近づく前に、変質者の誤解を解く必要があるな。……おっと、追いかけなければ。


彼女を追いかけて行くと、デュエル部と書かれたネームプレートのかかった部屋に入っていった。

さて、出直すかどうするか。

まぁ、先ずは変質者をどうにかしてからが無難か?


「藤木〜!」
「お前……誰だっけ」
「誰って、こないだ話したろ!?島だよ島直樹!」
「ああ。同じクラス…だよな?」

……あれから色々とあったし、こいつと話したのは寝起きでぼんやりとしていたのもあって忘れていた。


「というか、お前何しに来たんだよ。デュエルディスクなんて付けちゃってさ〜」
「いや……」


まさか財前葵を追いかけていたらここに着きました。なんて言えない。

俺をストーカーだと勘違いするような奴はさっきの変質者だけで十分だ。

「あ!お前入部しに来たのかデュエル部に!」
「俺がデュエル部に…?あぁ!ここデュエル部の部室か」
「惚けてんじゃねぇよ。ここはお前みたいなリンクヴレインズに全く興味ナッシング野郎が来る所じゃねぇんだよ」


……ふむ。一体どうやって言い訳したものか。


「何騒いでるんだい島君?部室の中まで丸聞こえだよ?」



……不味いことになった。あの場にデュエル部の部長が現れて、アイの邪魔もあって半ば強制的にデュエル部に入部させられたことはまだいい。

いや、実際この状況は当初の目的からすると自然に財前葵に近づくことができたのだし、決して悪いものではないだろう。

だが、問題は……


「はい!水川水渚です。あおさんから話は聞いていたので、入部してみたいなと思っていたんです。是非是非、よろしくお願いしますね」


例の変質者、水川水渚が入部してきたことだ。

同類の俺が入部したことだし、自分も入部しよう。という思考は理解できるのだが……


「あぁ。宜しく頼むよ。偶然にもたった今入部したばかりの藤木君も居るからね。仲良くするといい」
「そうなんですか?よろしくね。」


問題は水川自身が既に財前葵と面識があったことだ。

それも、1、2回会話しただけではないだろう。水川は財前葵のことを、あおさん。と愛称で呼んでいるのだ。

勿論、変質者の言うことなのだから、正常な思考だという確証は無い。

寧ろストーカーがストーキング対象を愛称で呼ぶなんて、水川が自身と財前葵が恋人同士だと妄想している。と考える方が自然だろう。

だが、そう呼ばれた財前葵は顔を顰めることもせず、ただ水川が入部してきたことを驚くのみのようだった。

つまり、財前葵の水川に対する嫌悪感の類のようなものは一切感じられないということだ。

……わからない。一体財前葵と水川水渚はどういった関係なんだ…

場合によってはこちらに被害が及ぶのだから、対策を考えなくてはならないが……


「あぁ。よろしく」


この場では、この一言が精一杯だった。


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2.

水川水渚。女みたいな名前をしているが、れっきとした男だ。こんなにもアクアな名前をしているのに動物園派で魚類は別に好きじゃないらしい。イルカとかは結構好きらしいけど。

 

まぁ、それはいい。

 

彼は色々と掴み所の無いというか、考え方がわからないというか、一言で言い表すなら“変わっている”。

 

彼は良く言えば自由。悪く言うならば自分勝手な性格をしていて、クラスで誰かに話しかけられても面倒臭そうにまるでカラスにでも鳴かれた時のように接する。彼の容姿は一見して優しそうなゆるふわ系だったので、諦めずに話しかける人は一定数居たが、何時しか彼に話しかける人間は居なくなった。

 

そこまでなら割と聞く話ではあるだろうけど、彼は特定の人物にそれはもう子犬のように無邪気にじゃれてくる。

 

というか私だ。彼は私にだけ何故か非常に懐いているのだ。最早セクハラレベルで懐いてくる。

 

とはいえ、私が何か特別なことをした訳では無い。私がお昼の時間に一人でご飯を食べていた時に彼は私に話しかけて来たのだ。

 

その時は一瞬何時ものお兄さまとの繋がりが欲しくて近づいて来た人かとも思い、邪険に扱ったが、彼は気にすることなく頻繁に話しかけて来るので、彼が話しかけて来てから一週間程経った時尋ねたのだ。

 

 

「貴方は何故私に話しかけて来るの?」

「うん?特に理由は無いけど?」

 

 

特に理由は無い。一瞬その言葉の意味がわからなかった。

 

 

「私の兄がSOLテクノロジー社の部長だって、知ってる?」

「SOLテクノロジー社って……あのSOLテクノロジー社?」

 

 

彼は始めてその事実を知ったらしく、それはもう大層驚いて……はいなかった。そんな事実を知っても彼の目はお兄さまでは無く私に向いていた。

 

 

「ふーん。そうなんだ。面倒臭そうだね」

 

 

兄があのSOLテクノロジー社の重役だなんて、凄いだとか憧れるだとか羨ましいだとか、皆そんなふうに羨望の眼差しを向けてきた。

 

まさかそれで同情されるとは思ってもいなかった私は、驚かなかった彼の代わりに大層驚いていた。

 

 

「……私に近づく人は商品の融通ができないかとか、卒業後にSOLに就職できないかとか、そんなのばかりだったんだけど」

 

 

そう私が言うと、何故か彼は今度こそ大きく目を開いて驚いていた。

 

 

「皆?本当に?」

「皆。本当に」

「そう…なんだ……」

 

 

その日から、彼はこれまでの5割増しくらいに私の元を訪れた。彼と違い私はクラスメイトとも普通に話はするのだが、彼のおかげで……彼のせいで?お兄さま目当てで話しかけて来る人は急激に居なくなった。

 

代わりに、彼とどうやって仲良くなったか聞きに来る人が後を絶たなかったが……

 

そこまでの人気者と唯一仲がいいという事実は私を優越感に浸らせてくれた。

 

何より、彼は私にできた初めての本当の友人だった。

 

しかし、そんな彼との生活は緩やかに終わりを告げていった。

 

初めは何時もより私の元に訪れる回数が2割程減っただけだった。

 

その時、私はあぁ。やっと常識というものを学んできたのだなと思っただけだったが、日が進む事に3割減、4割減と進んでいって、私がおかしいなと思った頃には彼は休みの時間の2回に1回しか私の元へ訪れない程までになっていた。

 

クラスメイト達もこの異常事態はある程度理解しているようで、彼が訪れない休み時間はクラス中が静まって、ギスギスとしていたように感じた。

 

彼が私の元を訪れて優しい声を響かせるのは最早このクラスの日常風景となっていたのだ。

 

流石にこの空気は嫌だと、クラスメイトを代表してか同じデュエル部の鈴木君が私にどうにかしてくれと頼み込んできた。

 

そんな事を言われてもまさか休み時間の2回に1回私の元を訪れている彼に対して最近あまり私の所に来ないわねとは言いづらくて、でもそれでもどうにかしようと思って、彼と一緒に居る時間を少しでも増やそうと思って私の所属しているデュエル部に誘ってみた。しかし、

 

 

「うーん。今ちょっと忙しいからなぁ。悪いけど、遠慮させて貰うよ」

 

 

と、テンプレートな断り文句を並べて来た。私の頼みや誘いをこれまで殆ど断って来なかった彼のこの本当の理由を言わないテンプレートな断り文句は私の心に深く突き刺さり、最早自分でこの事態を収拾することを諦めていた。

 

彼はどうして私の元から離れたのだろう。私は何か悪いことでもしたのだろうか。

 

その悩みは私のブルーエンジェルとしての活動に支障が出るまでになり、ついにお兄さまにも何か悩みでもあるのか?と聞かれてしまった。

 

水川君は少し特殊な人だけど、それでもお兄さまなら異性の私よりは水川君の気持ちがわかるかもしれない。

 

 

「それが……前にも話した友人の水川君が以前の半分程しか話しかけて来なくなって……私、何か気に障ることでも言ってしまったのでしょうか…?」

「…半分?つまり今でも話しかけて来ているのか?」

「はいお兄さま。彼は今でも休み時間

半分は話しかけて来ています」

「つまり以前は全ての休み時間に葵と話に来ていた訳か」

「はい。そうですお兄さま」

 

 

一体何故こんな事に…何か不満があれば言ってくれれはば私だって……

 

 

「それは流石に多すぎるだろう。彼もそう思って頻度を落としたのではないのか?」

「そうでしょうかお兄さま…もしそうならば良いのですが……」

「以前と比べてお前と話す態度が変わった訳ではないんだろう?きっとそうさ」

「お兄さまがそう言うなら……そう信じる事にします」

 

 

 

 

結果としてはお兄さまの言っていたことは正しかったのだろう。彼はいつの間にかまた少しずつ私の元に来る回数を増やしていった。

 

今では以前程では無いが休みの時間は殆ど私の元にやって来ている。

 

結局、彼が何故私の元を離れていたか彼から本当の答えを聞き出すことは出来なかった。一応彼はリンクブレインズで忙しかったと言っていたが、事実は定かではない。

 

しかし、今ならば再びデュエル部に誘ってみたら入部してくれるかもしれない。

 

たった今同じクラスの藤木君がデュエル部に入部したことだし、この勢いでいけばなんとか……

 

 

「こんこん。失礼するよ」

 

 

!?この声は!?

 

 

「えっ!水川君!?」

「こんにちはー。あおさん」

 

 

まさか……彼の方からここに来るとは思っていなかった。彼は一度入部を断っているのに。

 

 

「おや?財前さん。お知り合いですか?」

「えぇ…クラスメイトです。」

 

 

ただのクラスメイトではないが。まぁ詳しく言わなくても後であの島直樹が説明するだろう。彼は結構おしゃべりだ。

 

 

「財前さんに用が……ある訳じゃなさそうだね。もしかして君も入部希望者かい?歓迎するよ」

 

「はい!水川水渚です。あおさんから話は聞いていたので、入部してみたいなと思っていたんです。是非是非、よろしくお願いしますね」

「あぁ。宜しく頼むよ。偶然にもたった今入部したばかりの藤木君も居るからね。仲良くするといい」

「そうなんですか?よろしくね。」

 

 

そう言って彼は藤木君を見てニコッと笑った。……彼が、水川君が私以外の人と笑顔で話をしている……初めて見たかもしれない。

 

 

「今藤木君にしたばかりだけど、もう一度水川君に自己紹介をしようか。僕は部長の細田です」

 

「2年の田中です」

「同じく2年、佐藤」

「1年の鈴木です」

「……一応私も。1年の財前です」

 

「君も新型デュエルディスクを見るかい?……と言いたい所だけど、どうやら君のは既に新型みたいだね」

「そうなんですよー。発売日の前日の夜から並んで買ったんです。いやぁ大変でした」

 

 

そうなのだ。彼はわざわざ入手難易度の高い新型デュエルディスクを夜から並んでまで購入した。おそらく彼はこれだけ財前葵と仲のいい自分でもこうして苦労して買ってるんだよ?というアピールのつもりなのだろう。

 

彼はそういうアピールを良くするが、それで苦労をさせている辺り、申し訳無く感じる。

 

 

彼と話したい気持ちは山々だが、ここは敢えて藤木君と話させてもらおう。

 

……私からの誘いを断った癖に一人でここに来た彼への怒っていますアピールだ。

 

 

「カード収納式デュエルディスク…プレイメーカーと同じね」

「そうなんだよこいつ。プレイメーカーのマネしてんのか知んねえけどさ。ていうかなんでプレイメーカ-は旧式ディスク使ってんだ?そこが残念だよな~時代遅れだよな~」

 

 

時代遅れ……とはいえ、AIに頼らずあの実力なのだからやはりプレイメーカーは強い。

 

「デッキ見せてくれる?」

「失礼だよ財前さん。デッキはデュエリストの命なんだから」

 

 

わかっている。それを見せてとグイグイとまるで私が藤木君に興味があるように接すれば水川君も黙ってはいられないはず……あれ。水川君何も言わずに微笑んでる。というかこっちちゃんと見てない?……そんな訳ない……よね?

 

 

「いいよ。見なよ」

「ありがとう」

 

 

さて……藤木君のデッキは……ってこれ、ダミーデッキ?とても戦う気があるデッキとは思えない。彼もリンクブレインズをやっているのだろう。それもわざわざダミーデッキを用意するのだからそこそこ有名な可能性がある。まぁ、単純にそう思い込んでいるだけの可能性もあるが。

 

 

そんなデッキを見ていても仕方がないので、直ぐに返す。

 

……島直樹があのダミーデッキを馬鹿にしている。あれがダミーなのは一目瞭然だろうに。

 

 

「ねぇねぇ。僕もそれ、見てもいいかな?」

「……いいよ」

 

 

水川君も見るのか。彼は一体どういう評価を下すのか……

 

 

「はい。ありがと。大分旧型のデッキなんだねぇ。旧型デュエルディスクを使ってるし、そういうアンティークなのが好きなの?」

「……あぁ。そうなんだ」

 

 

アンティークか。なるほど、そういう見方もあるのか。

 

 

「そういや水川のデッキはどんなんなんだ?お前全然デュエルもしねぇからどんなデッキか気になってたんだよ〜」

「あぁ。ごめんね。僕は自分のデッキは誰にも見せないことにしてるんだ。まぁ、諦めてよ」

「ちぇ〜水川はその口かよ〜」

 

 

そう、水川君は自分のデッキを人に見せようとしない。なのでデュエルも滅多にしないのだ。

ちなみに、私は以前彼のデッキを見せて貰えた。そのデッキを見るに彼はカリスマデュエリストの一人であることが判明したので、そりゃデッキを見せたくないわけだなと一人納得した記憶がある。

 

 

 

その後は何時ものデュエル部だった。ミーティングと称してデュエルのルールの解説やらをする。

 

ルール解説なんて今更な話でまるで勉強にならないと思うかもしれないが、これで案外新しい発見をすることがあるのだ。

 

チラと水川君を見たら、水川君もこちらを見ていてニコッと笑いかけてくる。

 

……これだから私からは水川君の事が見れないのだ。彼の方はミーティングなんてお構い無しに私の方をジロジロと見てくるが。

 

 

 

さて、デュエル部の活動も終わった。私は水川君に何故この部活に入部したのか問い詰めなければならない。

 

私の誘いを断ったのだから、それ以上の理由があるに違いない。

 

私の考えが通じているのか、彼も私の近くで立って、帰ろうとしない。

彼もわかっているならばゆっくりと気持ちを整理して話させてもらおう。

 

 

「えっと、水川君?」

 

 

覚悟が決まり、取り敢えずそう切り出した。

 

 

「うん?何かな?あおさん?」

「えっと…帰らないの?まだ何か用事でもあるの?」

「用事があるって訳でもないんだけどね。何というか、気分?そういうあおさんはどうなのさ?」

「私?……私も気分?かな?」

 

 

貴方に問い詰めるまでは帰れない。とは言い難いので、ここは彼の言う気分とやらに乗っておく。

 

 

「気分……なんだ。奇遇だね。なんだか帰りたくない感じ?」

「まぁ、そう…かも」

 

 

さて、前座はここまで。聞かせて貰おう。

 

 

「水川君。どうしてデュエル部に入ろうと思ったの?」

「どうしてって…」

「前に私が誘った時は入部してくれなかったわよね」

 

 

そう聞くと、彼は少し言い辛そうにしながら、それでも口を開いた。

 

 

「えっと、前にも話した気がするけど、あおさんが誘ってくれら時は学校以外のほぼ全ての時間にリンクヴレインズにアクセスしてたからさ」

 

つまり、あれは嘘ではなかったと?私と話す頻度が落ちていたのもそれが原因だということだろうか。

 

 

「それは前にも聞いたけど…じゃあ今はリンクヴレインズをやってないってこと?」

「辞めたんだよ。続けてる意味が無くなっちゃってね」

「リンクヴレインズを続ける意味…」

 

 

彼はカリスマデュエリストだ。しかし、昔からそうだった訳では無いらしい。

 

何故なら、彼は私と話し始めた頃、つまり約一ヶ月程前なのだが、デュエルにはあまり興味が無い。リンクヴレインズもやっていない。と言ってたからだ。つまり、彼は私と出会ってからリンクヴレインズを始めていつの間にかカリスマデュエリストにまで上り詰めていたのだ。

 

たった一ヶ月も経たずにカリスマデュエリストとして上り詰めた。確かにそれならば私と話す頻度が落ちるのも理解できる。納得はできないが。

 

 

「詳しくは言えないんだけど、僕はある目的を達成する為にリンクヴレインズをやってたんだよ。」

「その目的を……達成できなくなった?」

 

 

……いや違う。彼はカリスマデュエリストになりたかったはずだ。そうじゃなければわざわざこの短期間でカリスマデュエリストにはなっていないはずだ。

 

そして彼はその目的を達成したはずなのだ。

 

 

「うーん。達成しても無駄になったというかね」

 

 

意味が無くなった。どういうことだろうか。彼はカリスマデュエリストになること自体が目的ではなく、それはその先の目的を達成するための手段に過ぎなかった?

 

カリスマデュエリストは力の象徴だ。必然的に知名度があがる。彼はそもどちらかが欲しくてカリスマデュエリストを目指したのだろう。

 

そして……それが無駄になった。

 

駄目だ。流石にこれ以上は推測できない。

 

 

「大した話じゃないよ。僕が悪かっただけ」

「そんな…」

 

 

強さが要らなくなったにせよ、その知名度が要らなくなったにせよ、彼は彼なりに努力をしていたのだ。

 

そんな彼が悪いだなんてとても思えない。

 

 

「さて!帰ろうか。外も暗くなってきたし」

 

 

水川君は重い空気を振り払うかのような笑顔でそう言った。

 

彼に話せるのはここまでだということだろう。彼が話さない以上、私追求することはできない。

 

 

「…そうね。付き合わせて悪かったわ」

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、僕も直ぐに帰る気分じゃなかったし」

 

 

何時もなら、ここで分かれる所なのだが、今日は部活があって更に残って話もしていたので、もう外は暗くなってしまった。だからか今日は彼に家まで送られて帰宅した。

 

彼は終始、笑顔だった。

 

 

 

家に帰り着き、どうしようもない虚無感を抱きながらベッドで寝転がっていると、お兄さまから電話がかかってきた。

 

 

「こんばんは。今日水川君がデュエル部に入部してきたわ」

《 何?最近会話の頻度が戻ってきていたとは聞いていたが、デュエル部にまで入部したのか》

「はいお兄さま。」

 

 

私は以前水川君についてお兄さまに相談した時から、水川君のことをよくお兄さまに話している。

私が友人のことを話すのは珍しい事だし、お兄さまも気になっているようだ。

 

 

《お前の友人だから、言いたくはないがお前は危険だ。誰に狙われるかもわからない。その水川君にも気をつけておくんだ》

「……はいお兄さま」

《私はお前のためを思って言ってるんだ。わかってくれるね?》

「わかっていますお兄さま」

《それだけ近い距離に居ればお前がブルーエンジェルであることは気づかれるかもしれない。私の立場も考えてくれ》

「はいお兄さま」

 

 

お兄さまはまだ私のことも、水川君のことも信用してくれていない。

 

水川君は力も知名度も意味が無くなってしまったと言った。だけど、私の力は、知名度は決して無駄ではないはず。

 

「私、やるわ。お兄さまと水川君のために…」

 

 

 

「イントゥ・ザ・ヴレインズ」

 



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3.

僕、水川水渚の朝は早い。

 

と言っても別に髪のセットに時間がかかるだとか、朝ごはんを食べる為や、昼ご飯を食べる為に朝早く起きるという訳ではないのだ。

 

僕は朝ご飯は一瞬でエネルギーを補充できる某ゼリーさんを基本飲んでいるので朝ご飯に時間はかけない。

 

お昼ご飯は面倒臭ければ食べないし、僕は結構お菓子を食べているのでお昼ご飯を食べないまま過ごす事が多い。

 

髪なんて笑われる程に跳ねてさえ無ければokだ。

 

別に僕は恋愛盛りの高校生が如く、異性の目を気にする必要も無いのだから。

 

……無いのだ。

 

それで、では一体何故早起きをするのか、それはリンクヴレインズをする為である。

 

 

 

 

 

ここはリンクヴレインズ。

 

SOLテクノロジー社が運営するデュエリストのデュエリストによるデュエリストの為にVR空間である。

 

確か財前葵の兄、財前……あ、あ、あきら?そう、財前晃だ。

 

その財前晃がSOLテクノロジー社のセキュリティ部長で、つまりこのリンクヴレインズで悪さをすれば財前晃の目に入る訳で、そんな事があれば財前葵にもう近づくなと言われてしまう……

 

うん。悪いことはできないな。

 

まぁそれはいい。そんなリンクヴレインズであるが、別にデュエルをしなければいけない訳では無い。

 

どうにも聞いた話によると、リンクヴレインズは歴戦のデュエリストが集まる神聖な場所だとか意味不明な持論を持ちかけている輩も居るらしいが、まぁ僕には関係無い話だ。

 

僕はこのリンクヴレインズは引退したつもりだが、既にリンクヴレインズは僕の日常の一部となっているので、今更完全に引退するのは難しいのだ。

 

ふと思いつくとリンクヴレインズにアクセスしたいという気持ちが抑えられなくなる。

 

それに、デュエルをしなくても充分楽しめるのだがリンクヴレインズだ。

 

僕の場合モンスターを召喚してそのモンスターと一緒に遊んだりしている。

 

人によってはモンスターが遊ぶのには向かない場合もあるだろう。……カクタスとか。モリンフェンとか。

 

しかし、僕のモンスターは普通の動物型モンスターなので、沢山もふもふできる。もふもふ。

 

さぁ。ご飯をあげるよ。皆おいで。

 

 

 

 

 

リンクヴレインズでモンスター達と遊んだ後はまだ大分早いけれど、家を出る。僕は学校までの直線距離を進む訳では無いので時間がかかるのだ。

 

 

「あ。水川君。おはよう」

「……………あお……さん?だよね」

「?そうよ?どうしたの?」

 

あれ。おかしいな。気配が少し違う。

 

僕は自慢では無いが財前葵のことは誰よりも見てきたつもりだ。

 

唯一の家族だという財前晃には負けるかもしれないが、それでも財前晃はここ最近財前葵とあまり話せていないらしいので、やはり最近の財前葵を最も見てきたのは僕だろう。

 

そして、その中でも僕が最も惹かれていたのが財前葵のあの抗い難い魅力。光のようなものだ。

 

僕はずっとそれを見守ってきた。

 

だが、今の財前葵はその光が何というか、くすんでいる?というか、何処と無く財前葵では無い雰囲気がするのだ。

 

それはもう会って今少し話しただけでハッキリと違うと感じてしまう程に。

 

 

「ねぇ。あおさん。昨日僕と別れてから何かあった?誰かにあった?」

「えっ……インターネット上では人と話したけど……それ以外はお兄さまと電話で話したくらい。それがどうしたの?」

 

財前晃と話してこうなったわけではないのだろう。ではインターネットか?

 

……インターネットで話しただけでこうも人に影響与えられるものなのか?いや、実際に会ったとしてもここまでの影響は……

 

 

「水川君……?」

「……あぁ。ごめんね。ちょっと気分が悪くてさ」

 

 

不味いな。財前葵の抗い難い魅力が抗えるレベルの魅力になってしまっている。

 

……うん?これは不味いのか?むしろこれはチャンスなのではないだろうか。

 

財前葵の魅力から少しだけでも脱することのできた今、冷静に今までの僕の心理状態を見るに下らない甘酸っぱい青春ラブコメ的な方向に進む気満々だったように思える。

 

今この財前葵を放置すれば僕は財前葵から解放されるのではないか?

 

……いや、何を考えているんだ。僕は。しかし、そうは言ってもこの財前葵の魅力のくすみが必ずしも財前葵にとってマイナスなものかどうか僕にはわからないのだ。

 

 

「もう大丈夫。さぁ。学校に行こうか。」

「大丈夫ならいいけど…」

 

 

そうして僕が財前葵のくすみをどうにかする、しないで悩んでいる内に例のイケメンストーカーが現れた。

 

そうだ。彼も財前葵の魅力に取り憑かれていたならばこのくすみがわかるはずだ。

 

 

「おはよぉー。えっと……確か」

「藤木君。だったわねおはよう」

「あぁ…おはよう」

 

 

今、イケメンストーカーも何か違和感を感じたようだった。やはり財前葵が何らかの変化をしているというのは明らかだ。

 

よし。彼の意見も聞いてみることにしよう。

 

 

「ねぇ君。……少し話がある。いいかな?」

「……まぁ、構わないが」

「という訳なので、ごめんね。あおさん」

「私はいいけど…」

 

 

じゃ後でね

 

 

 

「良かったのか?」

「良くないよ。僕のあおさんとの二人きりの時間を邪魔されたんだから」

「……話があると言ったのはお前だろう」

 

 

わかってる。わかってるがイライラするのは止められない。

 

 

「僕も君との会話を楽しみたい訳じゃない。だから単刀直入に言うけど、彼女……財前葵の雰囲気について、どう思う?」

「雰囲気……?何の話だ?」

「惚けないで。彼女の雰囲気が昨日と違うのは君も気がついているだろう?」

 

 

先程このイケメンストーカーも違和感を感じていたのは隠しきれない事実だ。

 

 

「確かに、俺も彼女に違和感を感じた」

「……それで、どう「黙れ」すれば……」

 

 

……黙れ?黙れだと?イケメンストーカーはこのくすみをどうにかするつもりは無いと言うことか。

 

 

「君がそのつもりなら、わかったよ。一先ずは僕も様子を見る」

 

 

さて、話が決まればもうこのイケメンストーカー……ストーカーが消えてただのイケメンになるのか。

 

まぁいい。財前葵も居ないここでこれ以上こいつと話すのは既に僕にとって苦痛だ。

 

思ったより早く話が終わった。財前葵に追いつかねば。そう思って僕は走り出した。ただのイケメンが何か声をかけていた気がするが、聞こえないフリをして走り続けた。

 

 

一応、財前葵には追いついたのだが、彼女のくすんだ魅力を改めて見て、どうしようもないようなやりきれない気分になった。

 

なのであまり会話を楽しむこともできず、そのまま授業に入った。

 

そして財前葵をどうするか思い悩んでいると、

 

 

「すみません。気分が悪いので保健室に行ってよろしいでしょうか?」

 

 

何?僕は財前葵の体調くらいは見ればわかるが、気分が悪いようにはとても見えない。

 

一体どういうつもりだ……?

 

気分が悪いようには見えないが、財前葵の状態がおかしいのは事実なのだ。

 

もしかすると、何か関連性があるのかもしれない。

 

見に行くか?いやしかし、このまま放っておけば僕は解放………面倒臭い。

 

授業もサボれるのだ。考えるまでもないだろう。

 

 

「すみません。僕も体調が悪いので保険室に行ってきます」

 

 

さて、財前葵は何処に行ったのか。

 

先程財前葵が出て行く時の足音を聞く限り、少なくとも保健室には向かっていないだろう。

 

……こっちか?

 

 

 

 

 

見つけた、財前葵。寝ている…のか?こんな所で?屋上で授業中に寝ているだなんて財前葵は実は不良生徒だったのか。

 

……まぁ、冷静に考えてそんな訳無いだろう。

 

どうやらリンクヴレインズにアクセスしているようだ。

 

 

 

身体が…身体が無防備で……

 

よし。取り敢えず屋上への扉を塞ごう。そうしよう。

 

流石に授業中の屋上なんて誰も来ないとは思うが、本当に不良が来るかもしれない。

 

 

 

財前葵…寝顔かわいぃ……

 

ずっと眺めていたい。けれどアレだ。どれだ。えっと…そうだ。財前葵はインターネット上で会話をしたと言っていた。

 

この様子だとインターネット上と言うのはリンクヴレインズの中かもしれない。きっとそうだ。

 

何故リンクヴレインズをやっていたかを僕に隠していたのか。なんて野暮なことは言わない。

 

僕だってデッキを財前葵に見せてみたり、自分のアカウントを連想させる言葉を言ってみたりはしたが、ハッキリと自分のアカウントを教えた訳では無いのだ。

 

財前葵はそもそもリンクヴレインズをやってないって言ってたけど……。

 

よし。うん。財前葵の魅力をくすませた原因解明のため、僕も行こう。リンクヴレインズに。

 

 

 

ちょっと抱き締めるくらいなら……

 

 

 

「イントゥ・ザ・ ヴレインズ!」

 

 

 

 

 

……さて、彼女は何処かな?

 

今更だけど、身体はアバターなのだ。財前葵を見つける事ができるのだろうか。

 

いや、必ず見つけるのだ。

 

僕だってこのままくすんだ財前葵を見ていたくはない。

 

手がかりはある筈だ。わざわざ授業中に抜け出したのだから何かリンクヴレインズのニュースでも見て飛び出していった可能性がある。

 

……今丁度あるのはブルーエンジェルVSプレイメーカー?

 

僕だって一応はカリスマデュエリストとして活動していたので、戦う可能性のあったブルーエンジェルのことはよく調べていた。

 

ブルーエンジェルは僕なんかとは比べ物にならない程の人気カリスマデュエリストだ。

 

デュエル一本でカリスマデュエリストになった僕とは違い、ブルーエンジェルは最早完全にアイドルといった具合で、それ故の大人気。という訳だ。

 

アイドルだからと言って侮ってはいけない。そもそも戦えないただのアイドルがカリスマデュエリストになれるはずが無いのだ。

 

正直その実力は僕の遥か上をいくだろう。

 

対して、プレイメーカーは正義の味方だ。

 

なんか最近現れた……ハノイの騎士?とか言う連中を倒すヒーローなんだとか。

 

ポっと出の癖に僕なんかよりよっぽど簡単に効率的に人気を集めてる。

 

まぁ、人気とか今はもう気にしていないが。

 

以前はカリスマデュエリストとして名乗る為に少しはそういう面も気にしたものだ。

 

話が逸れた。

 

そんな二人の戦いなら生で見たいと考えても不思議では無いだろう。時間的にも丁度財前葵が教室から出た直後に二人が現れたみたいだし。

 

……いや、直後?

 

 

漸く見つけた。ブルーエンジェルとプレイメーカーのスピードデュエル。

 

スピードデュエルとはデータストームの波に乗って行うデュエルで、メインモンスターゾーンが少なかったり、マスタールールでもデュエルよりも比較的簡単と言える。

 

 

ブルーエンジェルを一目見た時あぁ財前葵だと納得したが、どうやら僕は盛大に遅刻してしまったらしい。

 

彼女は黒いもやのようなもの……あのくすみの正体であろうものに包まれて、普段決して見せないような凶悪な表情をしている。

 

何がどうなってブルーエンジェルが……財前葵がこんな状態になってしまったのかはわからないけれど、このままにはしておけない。

 

はぁ。とはいえ、僕に取れる解決策では上手くいったとしても財前晃から怒られてしまうのだろうか。

 

まぁ、仕方がない。

 

 

「いくよ。召喚。ライオ、ホーク。君達は近くのカメラを全て破壊するんだ。一つ残らずだ。君達だとできるだけバレないようにやってくれ。僕はあのデュエルを辞めさせる」

 

 

間に合うかはわからないけれど、あれ以上くすんだ財前葵を僕は見たくない。

 

それに、ブルーエンジェルのあの状態はどう見ても異常としか言いようがない。ならばあのデュエルは早く終わらせる必要がある。

 

彼女らがやっているのはスピードデュエルだ。手っ取り早く辞めさせるには進行方向の道を塞げばいい。

 

その為に……

 

「現れろ!!鎖龍蛇-スカルデット!!近くの建物を全て破壊しろ!!!」

 

 

『 グァァァァァアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 

スカルデットが吐いた白いブレスで、近くの建物が殆ど崩壊した。正に地獄絵図だ。

 

……これで、誰も怪我をしていなければいいのだが。

 

まぁしかし、これで布石は打った。これ以上スピードデュエルを続けることはできないだろう。

 

これで……

 

 

「終わらせてやる!エンコード・トーカーでホーリーエンジェルを攻撃!」

 

 

あ。

 

 

「ファイナルエンコード!!」

 

 

間に合わなかった……か。

 

 

 

プレイメーカーとのデュエルで気を失ったのか、そのまま森に落ちていくブルーエンジェルを拾ったは良いものの、一体どうすればいいものか……

 

 

『おい。居たぞ!アレだ!』

「わかっている!!」

 

 

あれは……プレイメーカー?

 

 

「お前は一体……」

『……どうやらこいつはフェアリー。リンクヴレインズのカリスマデュエリストの一人だ』

 

 

……プレイメーカーのAIは実に特徴的だな。普通AIは敬語だろうに。

 

 

「そのAIの言う通り。僕はフェアリー。だが、僕のことはどうでもいい。彼女。ブルーエンジェルが目を覚まさないんだ」

「あぁ。それは恐らくハノイの騎士のプログラムだ」

「……プログラム?治せるの?」

『あぁ。ハノイのプログラムは俺が食う! 』

 

 

そう言ってプレイメーカーのAIは巨大化してその大きな口をブルーエンジェルに……待て待て!

 

 

「君……彼女に何をする気だ……」

「お前が俺を信じるに値する理由が三つある」

「三つ?」

 

 

突然何を言い出すんだ。こいつは。

 

 

「俺は彼女があの状態になった訳を知ってる。一つ、それはハノイの騎士のプログラムだ」

「二つ、俺は今からそのプログラムを吸収する」

 

 

……ハノイ騎士のプログラム?確かにそれならばプレイメーカーが事情を知っているのも理解はできる。

 

 

「三つ、このまま何もしなければ、事態は何も解決しない」

「……わかったよ。やってくれ」

『なんだやっとか?それじゃ「急げ」……はいよ』

 

 

そう言って巨大AIが口を開けると、ブルーエンジェルの中のあのもやのようなものが吸われていった。

 

そうしてやがて全て吸い終わったのか、ブルーエンジェルからくすみは消えていた。

 

……しかし、まだどこか違和感を感じる。

 

「起きて。起きてくれブルーエンジェル」

「ダメだ。反応が無い」

『おいプレイメーカー。まずいぞ』

 

 

……不味い?あぁ。セキュリティが来ているのか。

 

 

「ブルーエンジェルのアバターはお前に任せる!」

「えっ!ちょっと!!」

 

 

 

 

 

……戻って来たか。

 

一応リンクヴレインズのセキュリティーってつまり財前晃がトップだろうからブルーエンジェルのアバターはそのまま預けて来た。

 

財前葵は……起きてないよな。

 

一体、どうすればいいのだろう。

 

取り敢えず救急車は呼んだが、あぁ。後は例のお兄さま、財前晃にも連絡をしなければ。

 

財前葵はスマートフォンを何処に持っているのか。

 

身体をまさぐるのは流石に……

 

 

ダン!ダン!ダン!ダン!

ダン!ダン!ダン!ダン!

 

 

……そういえば、屋上への扉は封鎖しておいたのだった。

 

 

 



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4.

随分とスタイリッシュなノックをする人は一体誰か思い、出迎えるとなんと例のイケメンストーカーであった。

 

どうやら、僕が先にここに居ることに驚いている様子であったが、まぁ僕はそもそも随分前からここでリンクヴレインズにアクセスしていた訳なのだから仕方がない。

 

話を聞くと、どうやらイケメンストーカーの目的も財前葵とのことなので、彼には取り敢えず保健室から担架やら財前葵のスカートを守る布やらその他色々と持って来て貰った。

 

僕はその間、財前葵の携帯で財前晃に連絡をしておいた。

 

向かう予定の病院を伝えると、どうやら直ぐに向かうとのことだ。

 

残業が多くて中々財前葵と話す機会が無いなんて言っていた割には仕事を途中で放り出して飛んでくるようだ。

 

 

 

 

 

現在僕はイケメンストーカーと共に同伴して救急車でこの辺りで一番大きい病院へと移動中だ。

 

 

「さっきハノイのウイルスがどうとか言ってたけれど、ちゃんと治るの?一応ウイルスは吸い取ったんでしょ?」

「……何を言っている?」

「何を言っているって……財前葵、あおさんのことだけど」

 

 

……あぁ。成程。どうやらイケメンストーカーはまだ自分の正体がバレてないものだと考えているらしい。

 

まぁ、僕も確信したのは今の彼の一瞬の警戒したような反応からだが。

 

 

「そうだなぁ。君風に言うと、君の正体に気がついた理由は三つある」

「三つだと?」

「一つ、君はあおさんの体調が悪いものだと知っていた。……僕のクラスで聞いたのなら、先ずは保健室に行くはずだよね?」

「二つ、今は授業中なのにも関わらず僕らの所に来た。プレイメーカーとしてデュエルしててずっとサボってたんでしょ」

「三つ、君のダミーデッキはお粗末過ぎる。あれじゃダミーだってすぐわかるよ」

 

 

そう言うと、彼は一瞬考えるような素振りを見せて言った。

 

 

「……他の人間には」

「言わないよ。代わりに君も彼女のこと、誰にも言わないでね?」

「わかっている」

 

 

別に僕はイケメンストーカーのことなんて心底どうでもいい。

 

なのでわざわざ言いふらして困らせようだなんて思わない。

 

……とはいえ、財前葵の現状について彼は色々と知っていそうだ。

 

 

「後で、君達には話がある」

「……あぁ」

 

 

 

 

 

病院に着くと、そこには既にお兄さまこと、財前晃が到着していた。

 

どうやら本当に連絡があって直ぐに飛んできたようだ。

 

財前葵は財前晃にはあまり信用されていないと言っていたが、どうやらそれでも十分愛されているようだ。

 

 

「葵!しっかりしろ葵!」

「離れてください。今から検査室に行きます!」

「 私はこの子の兄だ!」

「検査室には誰も入れません!」

 

 

あそこまで冷静さを失っている所を見るに、やはり妹思いも良い兄なのだろう。

 

……しかし、ウイルスに巻き込まれたと言っていたが、それでアバターのみならず現実の肉体にまでここまで作用するものなのか?

 

そちらの方面は僕は全く知識が無いが、どうにも明日になれば目が覚めるだとか、そんな簡単な様子には見えない。

 

 

「……君が知らせてくれたのか?」

「いえ、俺は通りすがりに少し手伝っただけです。発見したのも、貴方や救急車を呼んだのもそちらの彼です」

 

 

イケメンストーカーがそう言うと、財前晃がこちらを向いた。

 

……こういった、友人の家族との会話では少々言葉が詰まる。

何とも言えない羞恥心が僕を襲う。

 

 

「財前晃さんですね。貴方のことはよく葵さんから聞いてますよ」

「葵が?もしかして……君が水川君か?」

 

 

おや。どうやら財前葵は僕のことを財前晃にも話しているようだ。

 

ちなみに、僕は家族に友人のことは一切話さない。

 

というか一人暮らしで電話もしないので、ここ最近は話してすらない。

 

 

「はい。水川水渚です。葵さんにはいつもお世話になっています」

「そうか、君が。ありがとう。礼を言う。こんな時に言ってはなんだが何時も葵と仲良くしてくれてありがとう」

「はい。今後も仲良くさせて頂くつもりです」

「……そうか」

 

客観的に見て、今回の事件でブルーエンジェルをあの状態にしたのはプレイメーカー。若しくはその近くで意味不明な破壊活動を行ったフェアリーこと僕だ。

 

まぁ、近くのカメラは破壊しているので民間の人間は僕が犯人だとは知らないはずだが、実際にあの場に居た人間もいるかもしれない。

 

そんな疑いしかない二人が最初にブルーエンジェルを見つけただなんてそれこそ疑わしいことこの上ない。

 

特に、イケメンストーカー財前葵に近づいたのは昨日の話だ。

 

僕は彼が同志だと理解しているからいいが、そもそもプレイメーカーとして独立させて見るとやはり彼は怪しい。

 

少々気が動転していてウイルスの吸収とやらをプレイメーカーに任せたが、それも危険で結果的には確かにあのくすみは消えていたがそれでも客観視すると僕の判断が間違っていたであろうことは疑いようのない事実だ。

 

 

「私はここで検査が終わるまで待っているが……君は、既に話したかもしれないが葵が見つかった時のことを教えてくれないか?君の口から聞きたいんだ」

「はい。わかりました。僕も取り敢えず葵さんの状態を聞くまではここに残ろうと思っていましたし……いいですか?」

「それは…いや、構わない。だがそっちの君は…」

「では、俺はここで失礼します」

 

 

そう言って最後に財前晃から名を聞かれて答えると、本当にイケメンストーカーは帰っていった。

 

意外だ。彼だって財前葵の魅力に取り憑かれているのだから、ここに残りたがるものだと思ったが。

 

まさか本当にあのくすみによって財前葵を見捨てたという事はあるまい。

 

彼の屋上にやって来た時のあの表情は財前葵を助けようとする意志を感じた。

 

あれは財前葵を見捨てて出せるものではあるまい。

 

まぁ、後で僕と話をするのだから財前葵の状態はその時知ることができるのだし、彼は彼で動こうとしているのだろう。

 

 

 

「妹の容態は!?」

「依然、昏睡状態のままです」

「何故こんなことに!!」

「身体的外傷はありません。問題は脳だと思われますが……」

 

 

脳?それは思いのほかダメージが大きそうだ。

 

あのもやの影響だとは思うが…

 

……む?あのもやのようなものの気配がする…

 

あの女医からか?勘違いではないと思うが。

 

 

「最新の医療機器でも原因は見つけられませんでした」

「いつ目覚めるのかは残念ながら我々にもわかりません」

「そんな……葵…」

「……あの、僕は今の彼女の状態に心当たりがあるという知人がいます。今からその人の所に行ってみます。何かわかれば、晃さんにも連絡しましょうか?」

「……あぁ。そうだな。頼むよ。今後役に立つかもしれないし、連絡先を交換しようか」

 

 

 

 

 

「それで、話してくれるんだよね。彼女に何があったのか」

「あぁ。彼女はハノイのカードを持っていた。おそらくはそれに汚染された」

 

 

……汚染された?それで脳に影響が出たのか。

 

 

「彼女はどうなるの?」

「……わからない」

「わからない?ふざけてるのか?」

「現状、彼女の状態もよくわからなければどうとも言えない。唯一言えるのはハノイの騎士によるものだということだけだ。」

 

 

ハノイの騎士か……プレイメーカーはハノイの騎士をひたすらに倒していると聞くし、今回もその一部なのだろう。

 

ハノイの騎士と彼には何か因縁があるのだろう。

 

 

「彼女の状態は僕が聞いてきた。……だけど君は僕と仲良く協力する気はないんだろう?」

「…そんな訳では」

「じゃあ隠さないでよ。あのAIだって普通じゃないんだろう?なんでブルーエンジェルが狙われたんだ?今現在、君と僕は目的を同じとする同志なんだ。全部話せとは言わないけど、露骨に隠し事されちゃ僕からも彼女の事は言えない。わかるだろう?」

「…それは」

 

 

……むう。まどろっこしいなぁ。

 

 

「まぁ、君の言いたいこともわかるよ。今回の事件の話をすると君の事情にも触れるんだろう。だけど協力はして貰う。……君がプレイメーカーだって言いふらされてもいいなら構わないけど?」

「脅迫か?」

「そうだよ。僕としては彼女が助かれば君がどんな目にあってもいいんだからね」

 

 

……もしもこれでプレイメーカーなのだとバレても問題ないなんて言われたら、一応脅したのだからこれ以上の一切の協力は得られないだろう。

 

……えっどうしよう。

 

 

「……わかった。話そう」

「それは良かった。断られたらどうしようかと思っていたよ」

 

 

いや本当にどうしようかと思った。あんな思わせぶりなことを言っておいて晃さんにも何も言えなくなるし。

 

 

「あれは少し特殊なAIなんだ」

 

 

特殊なAI?

 

 

「奴ら、ハノイの騎士はこのAIを狙っている。おそらくブルーエンジェルは俺をおびき寄せる為の餌に使われたんだろう。何故彼女が選ばれたのかは俺も本当にわからない。彼女が俺と戦いがっていたことと、俺を倒しうる実力があったことが予想されるが……」

「……成程」

 

 

ハッカー集団ハノイの騎士が狙っているのだから、なんだか色々と高性能なのだろうか。

 

特殊なAIで最初に思いつくのは映画なんかでよくある何番煎じかもわからないような、AIに意思が宿り、人間を支配するというものだが、まぁそんな簡単は話ではないのだろう。

 

まぁ、特殊なAIとしか言わないのだから、きっとこの事件には関係の無いことなのだろう。

 

「わかった。取り敢えずそれ以上は聞かないよ。今回の事件に関係するのはその辺までだろう?」

「あぁ。感謝する。それで、彼女の状態はどうだった?あまり、状態は良くなさそうだが……」

「うん。彼女は今、昏睡状態で何時目を覚ますかもわからないらしい。身体的外傷はないらしい。原因は不明だ」

 

 

『それじゃあきっとウイルスだな』

 

 

……ん?今の声は

 

 

「君は……さっき言っていた特殊なAIか」

『あぁ。名前はアイって言うんだ』

 

 

アイ。AIに名前を付けるのは別に珍しいことではないけれど、まぁ特殊なAIならば名前くらいつけたくなるのも当然か。

 

 

「まぁ、君の事はもういい。それで、君は原因がわかるのか?」

『……あれは電脳ウイルス。脳に侵入し人間をコントロールする』

「そんなものがあるわけが」

「へぇ。そんなのあるんだ。それで?どうやって治すの?」

 

 

イケメンストーカーはこれ以上知らないようなので、口を出さないで欲しい。

 

 

『お前驚かないね〜プレイメーカー様なんてまだ信じてすらなさそうだよ?ま、現実として起こってるんだから信じるしかないだろうけどさ』

「例えそれが嘘だったとしても僕には判断する術はない。なら信じるよ。それで?どうやって治すんだ」

『う〜んそうだなぁ〜。除去プログラムがあれば治せるかも。でもあったとしても持ってるのはハノイの騎士だ。簡単に手に入るとは思えないな』

 

 

つまりハノイの騎士とやらを捕まえるしかないのか。

 

……どの道、財前葵に危害を加えた時点でハノイの騎士には何か手を打たなければいけないと考えていた所だ。

 

 

「成程……わかった。ありがとう。アイ君。フジキクンも、さっきは脅しちゃったりしてごめんね。」

「いや、問題ない。お前にも余裕が無いことは理解している」

 

 

……さっきは言葉を遮ってしまったが、こうして脅してまで話を聞き出した僕と平然と接してくれている所を見ると、 近年稀に無い好青年のようだ。いい人だ。

 

 

「さっきも言ったけれど、君にも色々と事情があるんだよね?今それを追求することはしないけど、この事件が無事に終わったら、今度は僕がその君の事情とやらにも協力するよ」

 

 

財前葵に害を与えたハノイの騎士を僕は許す訳にはいかない。ならば僕もハノイの騎士を狙っている彼に乗らせて貰おう。

 

彼のことだから、そんな事を言っても断るだろうと思って、彼の返事は聞かずに僕はその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

ぷるるるる。ぷるるるる。がちゃ。

 

 

《もしもし。水川君か?》

「はい。そうですよ。こんにちは。晃さん」

 

 

イケメンストーカー……とはあのいい人っぷりを魅せられてはもう呼び辛いな。

 

彼と別れてから、早速僕は聞いた内容を彼のことを隠しつつ財前晃に伝えるべく、電話をかけていた。

 

 

《それで、連絡をくれたということは何かわかったのか?》

「はい。どうやら彼女は電脳ウイルスに汚染されたようです。」

《電脳ウイルスだと?そんなものがある訳が……それに、建物の崩壊によるダメージでは……》

 

 

やはり、電脳ウイルスというものは信じられないようなものなのか。

 

素人の僕にとってはあそこまでリアリティなVR空間なんてものも十分に信じられないものであったし、はじめは受け入れられないものなのだろう。

 

というか、僕の壊した建物のせいになりかけてるのか。

 

 

「信じられないかもしれませんが、現実として起こっている以上はどうにか受け入れてください」

《 ……わかった。取り敢えずそれは信じよう。だが誰がそんなことを…やはり……》

 

 

やはりプレイメーカーが疑われているのだろうか。まぁ疑うだろうな。

 

 

「犯人はおそらくはハノイの騎士によるものだと思われます。電脳ウイルスの解除コードも、同様に」

《ハノイの騎士?葵がハノイの騎士と接触したとでも言うのか?》

「いえ、それは断言できませんが、その電脳ウイルスはハノイの騎士のカードに仕込まれていました。デッキにカードを仕込む程度であれば、上手くやれば接触しなくても可能です」

《…君は事情をかなり把握しているようだ。しかし、こうは考えられないだろうか。葵はプレイメーカーの罠に嵌ったのだと》

 

 

……予想以上にプレイメーカーへの疑いが強いな。これ以上は僕でも擁護しようがない。

 

 

「確かに、その可能性は否定できません。」

《ならば》

「これは僕の感覚に寄るものなので、証明しろと言われてもできるものではありませんが」

《ふむ。話してみてくれ》

 

 

これはあまり言いたくはなかったが…仕方がない。

 

 

「僕は事件前夜、葵さんと肩を並べて下校しました。」

《……それは事件と関係しているのか?》

「はい。僕は今朝、葵さんと肩を並べて登校しました。僕が彼女に違和感を覚えたのはその時です」

《違和感?》

 

 

仕方無い…のだ……

 

 

「はい。感覚的な話ですが、彼女の光というか……えと、彼女のなんとも言えない魅力のようなものがくすんで見えました………」

《君は……何を言っているんだ?》

 

 

ぐう。そんな反応をされるのは知ってたよ……

 

「そのくすみが今では殆ど消えました。それは彼女がリンクヴレインズにアクセスしていた後で消えたんです。おそらくプレイメーカーが消したものだと思われます。」

《……悪いが、にわかには信じ難い話だ。それに気になったのだが、君は何故そこまで色々と知っているんだ?葵の正体についてもやはり知っている口振りだったが……》

 

 

不味い。いやこれは不味い。なんだか少し疑われている。どうにかして誤魔化さなければ。

 

それに、僕は財前葵の正体について知っていると財前葵にもしもバレでもしたら、財前葵が一体どんな反応をするかわかったものではない。

 

何しろあれだけ普段は大人しいのに、リンクヴレインズでは皆の人気アイドルなのだ。

 

それも凄くあざとい。彼女は絶対に自分が可愛いとよく理解してブルーエンジェルを演じている。

 

……いやもしかしたらあちらが素なのかもしれないが。

 

いやそれはこの際いい。

 

ブルーエンジェルは財前葵が現実で人気が集まらない理由を的確に突いているのだ。

 

そもそもあれだけ暗くて大人しくなければ、絶対に容姿だけでも人気が出たに違いがないのだ。

 

そして、ちょっとびっくりするくらいには盛った胸。

 

正直盛り過ぎだと思う。それ以外のパーツが殆ど財前葵そのままだからこそ、余計に違和感を感じる。

 

女の子の気持ちは僕にはわからないが、あれだけ盛ったということは相当コンプレックスであったと考えられる。

 

と、ここまでのことを一ヶ月とはいえ一緒に過ごして来た僕に知られるのは思春期の女の子である財前葵にどれだけの精神的ダメージを与えるか……

 

いや、そんなことよりどうやって誤魔化せば……思いつかない。

 

 

「え、とね」

《あ、あぁ》

「その点については……事情は信頼のできる人から聞いた……です」

《そ、そうなのか》

「はい……えっと、僕の感覚の話を除けば頑張って調べればわかることだと思うから……えと、あおさんの正体に関しては僕は知らない、かな?……そういうことにしてください」

《……そうか…わかった。ではまた続報があれば頼む》

「はい……」

 

 

……結構黙っていたけれど、大人の対応のできる人で助かった。

 

これでは、僕の話はあまり信じては貰えないかもしれないが、前半部分だけでも一応理解してくれればまぁ彼が自分で調べて理解してくれるだろう。

 

 

やはり、友人の家族と話すのは苦手だ……

しかし、色々と羞恥心を煽られる会話だった。

 

くう。ハノイの騎士絶対許さん。





~本編ではやらないであろうが書いてみたくなったフジキクン視点2~

財前葵は学校のどこかにいるはずだ。

一つ、今日は登校していた。

二つ、ブルーエンジェルであることを隠している。

三つ、授業中に現れたということは人目のつかないどこかにいる…

その条件が当てはまる、屋上にやってくると、その扉は固く閉ざされていて、一瞬ハズレか?と考えたが、良く見ると、その扉は前に塞ぐように物が置いてあるだけで鍵が閉まっているという訳では無さそうだ。

財前葵の身体は線が細くて、とてもこれだけの物を運ぶのは苦労するだろう。

ならば、男子生徒が居ると言うことには他ならない。

だが、男子生徒が一人でサボっているというだけでここまで面倒なことをするだろうか。

……もしも、財前葵がここに居たとしたら、リンクヴレインズにアクセスしている間その身体は無防備だ。

それを狙った男子生徒に寄るものだという可能性が考えられる。

そう思った俺は、無理やりにでも扉を開けることにした。

ドン!ドン!ドン!ドン!
ドン!ドン!ドン!ドン!

扉を叩いただけではまるで扉が開きそうにないので、扉に向かって体当たりを仕掛けようとして、助走を付けるため、少し後ろに下がると、コツ、コツ、コツと扉の向こうからこちらに近づく足音が聞こえてきた。

そうして扉の前に置かれていた物を少し片付ける音がした後、その扉がゆっくりと開いた。


「あれ?藤木君じゃないか。どうしたんだい?こんな所で?サボりかい?」
「水川か……財前葵はここにいるか?」
「うん?居るよ。今この荷物を退かしていたからそこに寝かせているけれど」


やはり、財前葵の目は未だ覚めていないのか。


「彼女をこのままの状態で放っておくと危険だ。今すぐ救急車を呼ぶ。準備をするぞ」
「あぁ。救急車なら既に呼んであるよ。準備はまだだけど……丁度いいや。目的が同じなら、藤木君。君は保健室まで行って、担架と大きめの布と、あと水と体温計と……あぁもう面倒臭いや。必要だと思った物全部持ってきてよ。彼女の目が覚めない理由が不明なんだ。できるだけ色々と試したい」


……どうやら、水川も財前葵を助けに来たようだ。

扉の前が封鎖されていたことと、財前葵の身に危機が訪れたことを知り、最短でここまで来た俺よりも早くここに居て、それもあれだけ物を扉の前に運んだ時間を考えるに、とても異常を知ってからでは間に合わない筈……

あぁ。ストーカーだから財前葵がリンクヴレインズにアクセスする為にここに来る時に着いてきただけか。

……その後、扉を封鎖したのは怪しいが、まぁ財前葵の衣服に乱れは無かったし、今の水川の行動を見るに奴もリンクヴレインズにアクセスでの様子を見ていたのだろう。

つまり、水川はブルーエンジェルが財前葵であることを知っていた。

いや寧ろ、財前葵では無くブルーエンジェルのストーカーだと聞くと、妙に納得がいく。

確かにあの人気だと、ストーカーが現れても何もおかしくはない。

つまりこういうことだ。

水川はブルーエンジェルのファンの一人だった。ある日水川は我慢が効かなくなり、とうとうブルーエンジェルのリアルまで暴いたということだ。

もしかしたらこの高校に進学したのも、財前葵がこの高校に進学するということを突き止めたのかもしれない。

言いたくはないが、よくある話だと言えるだろう。

……昨日の懸念は正しかったということか。



しかし、俺の水川に対するこの少しハッキング能力を持っただけのアイドルオタクだという認識は良い意味で裏切られることとなった。


「さっきハノイのウイルスがどうとか言ってたけれど、ちゃんと治るの?一応ウイルスは吸い取ったんでしょ?」
「……何を言っている?」


俺は水川にそんなことは一言も言っていない。

確かに先程状況の説明の為カリスマデュエリスト、フェアリーには話したが……

……まさかこいつがフェアリーなのか?

いやしかし、それだとしても何故俺の正体がバレている?こいつの持っているハッキング能力はそれ程のものなのか?


「何を言っているって……財前葵のことだけど」


やはり、水川は俺の正体について確信しているようだ。

一体何故バレたのか。

場合によっては対策が必要だろう。


「そうだなぁ。君風に言うと、君の正体に気がついた理由は三つある」
「三つだと?」
「一つ、君は財前葵の体調が悪いものだと知っていた。……僕のクラスで聞いたのなら、先ずは保健室に行くはずだよね?」


確かに、それはブルーエンジェルの状態が大変なことを知っている証拠だった。

だが、それだけならばブルーエンジェルの正体を知っていればおかしくはない筈だ。


「二つ、今は授業中なのにも関わらず僕らの所に来た。プレイメーカーとしてデュエルしててずっとサボってたんでしょ」


……確かに、それは不自然かもしれないが、授業中に中継を見ていれば、ここに来てもおかしくはないし、まだプレイメーカーなのだと疑う決定的な証拠がない。


「三つ、君のダミーデッキはお粗末過ぎる。あれじゃダミーだってすぐわかるよ」


……お粗末。確かにデュエルにあまり興味が無いフリをする為に適当なデッキ構成にしたが、それを見た時からカリスマデュエリストの誰かだと察していた訳か。

そうして、ブルーエンジェルの正体を知っていて直ぐにここに現れた。

これだけではプレイメーカーと断定するには弱い気もするが……今の俺の反応を見て確信したのか。

やられた。何処かで水川はただの変質者だと侮っていた。

それに、まさかこいつがカリスマデュエリストのフェアリーだとは思ってもみなかった。

いや、妙にブルーエンジェルを気遣っていたし、そう言われれば納得はできるが。


「……他の人間には」
「言わないよ。代わりに君も彼女のこと、誰にも言わないでね?」
「わかっている」


俺もわざわざブルーエンジェルの正体について言いふらす気は無い。

……水川としてはそれが広まればライバルが増えることにも繋がる。

だからわざわざこうして脅してきているのだろう。


「後で、君達には話がある」
「……あぁ」


あの時、フェアリーには散々こちらの事情に関する情報を流してしまった……

これは何をしてでも聞き出すつもりなのだろうな……

そう思うと、少し憂鬱になったが、おそらくはカリスマデュエリストの水川が味方に着くことになるかもしれないとポジティブに考えることにした。





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5.

水川水渚。葵の友人であるらしいこの人物について聞かされたのは、学校が始まって一週間程経った頃だった。

 

つい心配になって、以前から葵に友人はできたのか?とふと聞いてしまうことがあった。

 

高校一年生という思春期の妹である葵に友人関係を探るような発言をするのはあまり良くはないとはわかっていたのだが、葵から学校での友人の話をしてこないので、つい聞いてしまうのだ。

 

私達の両親は葵がまだ幼い頃に事故で死んだ。

 

以来私は葵にだけ苦労はかけまいとがむしゃらに頑張ってきた。

 

葵には普通の高校生として楽しく過ごして貰いたい。

 

それ故に友人ができていないのではないかとつい考えてしまう。

 

葵の魅力をしっかりと見てくれさえすれば友人くらい葵ならば簡単に作れるだろうが、葵は大人しくて自己主張が激しいタイプでも無いので、友人ができにくいのではないかと不安だったのだ。

 

だからこそ、葵から友人の話が出た頃は大層喜んで、その後数日感は良い気分で仕事にも望むことができた。

 

 

 

 

 

だが、それも長くは続かなかった。

 

葵から水川水渚という友人の事を聞いて2週間程経った頃だろうか。

 

葵の表情に陰りが生まれた。

 

どうやら葵のリンクヴレインズでのブルーエンジェルとしての活動中も普段の元気が出ずに、活動回数が減少しているようだった。

 

そちらに関してはこのまま少しずつ穏やかに回数が減って気がつけば引退。のようになってくれればいいと思ったのだが、それが葵の悩みによるものなのだとしたら喜んではいられない。

 

思春期の妹の悩みに兄が口を出してもいいものではないことは承知しているが、だからといって今の葵の状態を見過ごす等という選択は私には取れなかった。

 

その日は普段と比べ比較的早くに退社し、葵と食卓を囲むことができた。

 

そうして正面から向かい合ってみると、以前よりも暗い表情をしているのはあまり葵と接することのできていない私から見ても一目瞭然だ。

 

「葵。最近何か悩みでもあるのか?」

 

 

タブーだと知りながらも、意を決して私は聞いた。

 

 

「……わかりますか?」

「あぁ。以前に比べ暗い表情をしている。私に相談できることならば相談してみてくれないか?」

 

 

……どうやら、聞いた時点で爆発する。という程ではなさそうだ。

 

 

「それが……前にも話した友人の水川君が以前の半分程しか話しかけて来なくなって……私、何か気に障ることでも言ってしまったのでしょうか…?」

 

 

どうやら、人間関係についての悩みのようだ。

 

確か、水川君と言うのは一言で言うと変わりもので、普段は一人で本を読んでいるような大人しい子なのだが、葵と話す時、もしくはタイミングは掴めないが、偶に機嫌良くニコニコと話すテンションの緩急の差が激しいらしい。

 

後、こんなにアクアな名前なのに週に1回動物園に行くらしい。なんでも魚類はそんなに好きじゃないのだとか。

 

だがイルカは好きらしい。

 

……君?

 

 

「…半分?つまり今でも話しかけて来ているのか?」

「はいお兄さま。彼は今でも休み時間

半分は話しかけて来ています」

 

 

彼。つまり男だったのか。なんてことだ。ミズナという名前を聞いて完全に同性の友人だと思っていた。

 

……というか、今現在は以前の半分葵の所に話しかけに来ていて、休み時間の半分。

 

つまり、

 

 

「つまり以前は全ての休み時間に葵と話に来ていた訳か」

「はい。そうですお兄さま」

 

 

なんという事だ。

 

半分になった今でさえ最早好意をこれでもかと葵にぶつけていると予想できるのに、以前はその倍。

 

葵のことだからまだ学校が始まって1ヶ月も経っていないこの段階で交際をしているなんてことは無いだろうが、この様子では時間の問題なのでは無いだろうか。

 

 

「それは流石に多すぎるだろう。彼もそう思って頻度を落としたのではないのか?」

「そうでしょうかお兄さま…もしそうならば良いのですが……」

 

 

何故……葵はそこまで不安になっているんだ。

 

寧ろ毎回休み時間の度に葵の元に来ていた水川君が半分まで回数を落としたのは自分の行動の異常性に気がついたからではないのか。

 

いや、とは言え休み時間の半分も十分に多いとは思うが、以前の半分と聞くと自然と少なく感じてくる。

 

 

「以前と比べてお前と話す態度が変わった訳ではないんだろう?きっとそうさ」

「お兄さまがそう言うなら……そう信じる事にします」

 

 

……一応納得はしたようだが、未だ釈然としない様子だ。何故だ。

 

そもそもこの様子では水川君の好意さえも気がついていないようだ。

 

行動で示しすぎて言葉に表さない水川君もどうかとは思うが、流石に何時も物静かで大人しいのに自分の所に頻繁に来て自分と話している間は笑顔を見せる。

 

……何故だ。どう考えても葵に好意を抱いているぞ。

 

何故それがわからない……

 

 

 

 

 

結果として、水川君の葵の元に訪れる頻度はまた少しずつ元に戻り始めているらしい。

 

大方、自制して葵の元を訪れる頻度を落としていたのにも関わらず、葵の態度は何も変わらない所か暗くなっているのを察したか、若しくは単に我慢が効かなくなったのだろう。その両方かもしれない。

 

今では水川君は以前の7,8割程の頻度で葵の元を訪れているらしい。

 

水川君が葵に対して好意を抱いているのは誰の目から見ても明白なので、また探りをいれないといけない。

 

……葵はわかっていなかったが。

 

ちなみに、葵はあれから水川君のことを良く話すので、こうして落ち着いて探りをいれることができる訳だ。

 

《こんばんは。今日水川君がデュエル部に入部してきたわ。》

「何?最近会話の頻度が戻ってきていたとは聞いていたが、デュエル部にまで入部したのか」

《はいお兄さま》

 

 

何時かやるとは思っていたがついにやったか。

 

以前水川君の葵の所への訪問頻度が落ちた時にデュエル部への入部を断ったと聞いていたので、また我慢できなくなってデュエル部にも入りたがるものだと思っていたが、かなり早いな。

 

やはり断って直ぐとは言え既に部活内の役割が決まっている途中から入部するのは面倒な所がある。

 

それを考えるにまぁ納得と言った所か。

 

 

「お前の友人だから、言いたくはないがお前は危険だ。誰に狙われるかもわからない。その水川君にも気をつけておくんだ」

《……はいお兄さま》

 

 

……あまり直接、水川君はお前の事が好きだから少し距離をおいた方がいい。だなんて言うのは流石にいくらなんでも憚られた。

 

ので、少しぼかして伝えたがまぁ伝わっていることだろう。

 

 

「私はお前のためを思って言ってるんだ。わかってくれるね?」

《わかっていますお兄さま》

 

 

……あまりそう言い切られるとやはり疑ってしまう。

 

というか葵は取り敢えず頷いてお兄さま。と連呼しておけば良いと思っている節がある気がする。

 

 

「それだけ近い距離に居ればお前がブルーエンジェルであることは気づかれるかもしれない。私の立場も考えてくれ」

《はいお兄さま》

 

 

本当にわかっているのか…

 

 

 

「何が起きた!」

 

 

葵がブルーエンジェルとしてプレイメーカーにデュエルを挑んだ。そこまでは良かったのだ。

 

いや、良くは無いが今の状況と比べれば遥かに良いと言えるだろう。

 

ブルーエンジェルがプレイメーカーを追い詰め、あと一歩という所でプレイメーカーに逆転の一手を打たれてしまった。

 

そこでブルーエンジェルは残された最後の1枚の手札を使ったのだが、それが問題だった。

 

そのカードを使った瞬間、明らかに異常な黒いもやのようなものがブルーエンジェルを包んで、ブルーエンジェルを苦しめているのだ。

 

 

そして、今では普段絶対に浮かべないような凶悪な表情でデュエルをしている。

 

「このデュエルを中止させろ。回線を切れ。急げ!」

「ま、待ってください!カメラが次々に謎のモンスターに破壊されていきます!」

「何!?ハノイの騎士か!?」

「わかりませんが、おそらくは!」

 

 

なんという事だ。葵の異常事態に加えて、ハノイの騎士だと……

 

 

「カメラ破壊率80%…90%…近隣のカメラ、全て破壊されました……」

「全てだと?緊急用のカメラもか!?」

「はい…緊急用のカメラ含め、近隣のカメラは全て破壊されました…離れた所にあるカメラを呼び寄せても手遅れかと……」

「いいからやれ!」

「は、はい!」

「回線はまだか!責任は私が取る。急げ!

「駄目です!システムエラーです!」

 

 

なんだと…く……これもハノイの騎士の仕業か?

 

葵のあの異常、モンスターによるカメラ破壊、そしてシステムエラー。これら全てが偶然起こったとはとても思えない。

 

 

 

離れたカメラを呼び寄せた時、その場所は以前のリンクヴレインズでは無かった。

 

建物は何処も彼処も破壊され、煙をあげている。

 

先程葵とプレイメーカーがスピードデュエルをしていた少し先、本来ならばこの方向に進むであろう方向は特に酷い有様だった。

 

ブルーエンジェルとプレイメーカーを同時に始末しようという考えが見え透いたような破壊のされ方をしている。

 

正に地獄絵図としか言いようが無い。

 

この状態でとても両名が無事とは思えない。…つまりこれはハノイの騎士の仕業か……

 

 

一先ず、葵の無事を確かめようと葵の学校に向かおうとしている時、葵の携帯電話から電話がかかってきた。

 

葵…無事だったのか……

 

大方あの建物が落ちてくる

 

一息ついて、安堵の気持ちで通話ボタンを押した。

 

 

「もしもし。葵か?今どうしている?」

《すみません。僕は葵さんでは無く、葵の友人です。財前晃さんですよね?》

 

 

葵の友人?水川君か?

 

「あぁ。私が財前晃だが……葵はどうした?何故君が葵の携帯電話を持っている?」

《落ち着いて聞いてください。葵さんは意識不明の昏睡状態だと思われます。既に救急車には連絡してあります。搬送予定の病院は……》

 

 

意識不明の……昏睡状態。

 

では、では葵はやはりあの建物の下敷きに……

 

 

《僕も救急車には同伴します。詳しい話はまた後で》

 

……葵。

 

 

 

「葵!しっかりしろ葵!」

「離れてください。今から検査室に行きます!」

「 私はこの子の兄だ!」

「検査室には誰も入れません!」

 

 

……こんな時には己の無力さを噛み締める。

 

普段から葵の為と言っておきながら、こんな時には一体何ができるというのだ。

 

後ろを振り向くと、私なんかよりもよっぽど冷静に現在の状況を咀嚼している2人の男子高校生がいた。

 

 

……2人?

 

葵からは水川君以外の友人の話は聞いていないのだが。

 

取り敢えず、前に立っている方の彼に声をかけてみるとしよう。

 

 

「……君が知らせてくれたのか?」

「いえ、俺は通りすがりに少し手伝っただけです。発見したのも、貴方や救急車を呼んだのもそちらの彼です」

 

 

彼が紹介した方を向くと、優しそうな雰囲気を醸し出した何処と無くふわふわしていそうな男が居た。

 

 

「財前晃さんですね。貴方のことはよく葵さんから聞いてますよ」

「葵が?もしかして……君が水川君か?」

「はい。水川水渚です。葵さんにはいつもお世話になっています」

「そうか、君が。ありがとう。礼を言う。こんな時に言ってはなんだが何時も葵と仲良くしてくれてありがとう」

 

 

……葵が言っていた容姿にも一致している。

 

確かに彼が水川君なのだろう。

 

顔に心配していると大きく書かれているように、なんと言うべきか、不安げなオーラのようなものを感じる。

 

 

「はい。今後も仲良くさせて頂くつもりです」

「……そうか」

 

 

つまり、葵が治る。若しくは治らなくても治すというわけか。

 

実際の所は別として、それだけの意志があるということだ。

 

伊達に葵の元へ通っていた訳ではないようだ。

 

 

「私はここで検査が終わるまで待っているが……君は、既に話したかもしれないが葵が見つかった時のことを教えてくれないか?君の口から聞きたいんだ」

「はい。わかりました。僕も取り敢えず葵さんの状態を聞くまではここに残ろうと思っていましたし……いいですか?」

「それは…いや、構わない。だがそっちの君は…」

 

 

本来であれば葵の状態はプレイベートなことであるし、友人であってもおいそれとそう簡単に公開するものではないが、葵のたった一人の……かどうかはまだわからないが、一番の友人であることは確かだろう。

 

兄として無碍にはしたくない。

 

 

「では、俺はここで失礼します」

「待ってくれ。君の名前は?」

 

 

……通りすがりとは言え、葵を助けるのを手伝ってくれたのだから、名前くらいは聞いておかねばなるまい。

 

 

「藤木……藤木遊作です」

 

 

藤木遊作……やはり、葵から聞いたことはない名前だな。

 

 

 

検査が終わり、漸く葵の状態を知ることができる。

 

もしもあの建物の下敷きになっているのだとしたら、相当なダメージだろう。

 

「妹の容態は!?」

「依然、昏睡状態のままです」

「何故こんなことに!」

「身体的外傷はありません。問題は脳だと思われますが……」

 

 

くっやはりあの建物に押し潰されて……

 

 

「最新の医療機器でも原因は見つけられませんでした」

 

 

……何?最新の医療機器ならば、リンクヴレインズでのダメージだと言うことは見つけられる筈ではないのか。

 

別の原因によるダメージという線も生まれたな。

 

しかし、一体何故ここまでのダメージが……

 

 

「いつ目覚めるのかは残念ながら我々にもわかりません」

「そんな……葵…」

「……あの、僕は今の彼女の状態に心当たりがあるという知人がいます。今からその人の所に行ってみます。何かわかれば、晃さんにも連絡しましょうか?」

 

水川君……彼もおそらく必死なのだろう。

 

最新の医療機器でも原因は見つけられなかったのだ。

 

彼に見つけられる筈がない。

 

 

「……あぁ。そうだな。頼むよ。今後役に立つかもしれないし、連絡先を交換しようか」

 

 

……だが、そんな彼の想いを切り捨てる訳にもいかない。

 

こちらも、葵の状態が進展したら、彼に優先的に連絡することにしよう。

 

 

 

あれから、リンクヴレインズの壊れた建物の中を捜索したが、ブルーエンジェルのアバターもプレイメーカーのアバターも出てはこなかった。

 

……いくら建物に踏み潰されたとは言っても、塵一つ出てこないというのはおかしい。

 

そんな状況を作り出すには二人の持ち物が全て綺麗にアバターが消滅する程ダメージを受ける必要がある。

 

もし本当にそんなことが起きたとしたらそれは正しく奇跡だ。

 

ありえる訳がない。

 

ならば二人は何故助かったのか。

 

ギリギリの所で回避した?ならばブルーエンジェルだけがダメージを受けていたとしてもおかしくはない。

 

だが、プレイメーカーだけが回避、ブルーエンジェルのアバター完全消滅、加えて葵の原因不明の昏睡状態。

 

やはり、まだ現実的な話ではないな。

 

……いや、もしも、もしも全てプレイメーカーが仕組んだ罠だとしたら?

 

プレイメーカーがあの建物を回避するのは容易だろうし、ブルーエンジェルのアバターも後でじっくりと処分したのだとしたら。

 

その方法によっては原因不明の謎も明らかになるのでは?

 

 

Prrrr……Prrrr……

 

 

そう、結論付けた所で、電話がかかってきた。

 

……この番号はどうやらたった数時間前に連絡先を交換したばかりの水川君だった。

 

 

《もしもし。水川君か?》

「はい。そうですよ。こんにちは。晃さん」

 

 

まさか、本当に原因がわかったわけでは無いだろうし、葵の状態の進展でも聞きにかけてきたのだろう。

 

 

「それで、連絡をくれたということは何かわかったのか?」

 

 

だが、一応彼が原因をこちらに提供すると言ったのだし、少し意地悪かもしれないが、何かわかったのかと尋ねてみる。

 

 

《はい。どうやら彼女は電脳ウイルスに汚染されたようです。》

 

 

何?本当にわかったのか?

 

しかし、電脳ウイルスだと?電脳ウイルスとは、システムを通じて脳に侵入し人間をコントロールするという未知のウイルスだ。

 

とはいえ、そんなものはただの都市伝説のようなもので、未だ実用化はしていない筈だ。

 

 

「電脳ウイルスだと?そんなものがある訳が……それに、建物の崩壊によるダメージでは……」

《信じられないかもしれませんが、現実として起こっている以上はどうにか受け入れてください》

「……わかった。取り敢えずそれは信じよう。だが誰がそんなことを…やはり……」

 

 

電脳ウイルスによるダメージならば、確かに未知のものであるし、原因不明の昏睡状態というのも説明できる。

 

一応筋は通っているようであるし、話を聞いてみよう。

 

《犯人はおそらくはハノイの騎士によるものだと思われます。電脳ウイルスの除去プログラムも、同様に》

 

 

……やはりか。

 

あの大量の建物やカメラの破壊。それにシステムエラー。

 

あれらはハノイの騎士でも無い限りそう簡単に引き起こせるものではない。

 

電脳ウイルスを作成できる技術力まで求めたら、半分がハノイの騎士だと言うのは納得できる話だ。

 

ならば、ブルーエンジェルのウイルスもハノイの騎士に寄るものだと考えるのが自然だろう。

 

だが、空っぽな理論では信じる訳にはいかない。

 

 

「ハノイの騎士?葵がハノイの騎士と接触したとでも言うのか?」

《いえ、それは断言できませんが、その電脳ウイルスはハノイの騎士のカードに仕込まれていました。デッキにカードを仕込む程度であれば、上手くやれば接触しなくても可能です》

 

 

成程。つまり、彼はこう言いたいのだ。

 

ハノイの騎士は何らかの目的でブルーエンジェルを狙った。

 

その為にブルーエンジェルのデッキに電脳ウイルスが仕込まれたハノイの騎士のカードを仕込んだ。

 

そうしてプレイメーカーと戦わせて、ブルーエンジェルが電脳ウイルスが仕込まれたカードを使用してプレイメーカーが困惑してる所で、建物を破壊して更にブルーエンジェルだけでは無くプレイメーカーにもダメージを与えた。

 

カメラを破壊したのはおそらく捜査を撹乱させるためだろう。

 

ハノイの騎士にとっては未だ電脳ウイルスはこちらにバレたくはない手だったから。

 

彼のまるで虫食い状態のような理論を実際の事実を加味して考えるとそんな所だろう。

 

葵が狙われた理由はプレイメーカーと戦いたがっていたからか?

 

 

……しかし疑問だ。

 

 

「…君は事情をかなり把握しているようだ。しかし、こうは考えられないだろうか。葵はプレイメーカーの罠に嵌ったのだと」

 

《確かに、その可能性は否定できません》

「ならば」

 

 

彼も確信を持っている訳ではないのか?

 

 

《これは僕の感覚に寄るものなので、証明しろと言われてもできるものではありませんが》

「ふむ。話してみてくれ」

 

 

……いや違う。彼の理論が虫食い状態なのではない。

 

私の虫食い状態の理論の答えとなる情報を彼は提供しているのだ。

 

こちらが調べられなかったことを平気で?この短時間でだと?

 

その為には相当な情報網に、更には……

 

 

《僕は事件前夜、葵さんと肩を並べて下校しました》

《……それは事件と関係しているのか?》

 

 

中々葵と一緒に過ごせる時間を作れない私への当てつけか?

 

それとも、それだけ葵と自分が仲がいいのだというアピールか?

 

どちらにせよ事件に関係があるとは思えないが……

 

 

《はい。僕は今朝、葵さんと肩を並べて登校しました。僕が彼女に違和感を覚えたのはその時です》

《違和感?》

 

 

また自慢か。まさか違和感と言うのは葵が昨日会った時よりも可愛い……とかではないだろうな。

 

 

《はい。感覚的な話ですが、彼女の光というか……えと、彼女のなんとも言えない魅力のようなものがくすんで見えました………》

「君は……何を言っているんだ?」

 

 

逆だったか。

 

本当に何を言っているんだ。

 

 

《そのくすみが今では殆ど消えました。それは彼女がリンクヴレインズにアクセスしていた後で消えたんです。おそらくプレイメーカーが消したものだと思われます》

 

 

……結局何を言っているのかさっぱりわからないが、彼の主張を並べると、事件前夜まで感じられなかった違和感が事件当日に感じるようになり、それは葵がリンクヴレインズにアクセスしている間に消えたのだと言うことだ。

 

 

……その違和感を消したのはプレイメーカー?それら全てが事実だったとしても結局何が言いたいのか全くわからない。

 

 

「……悪いが、にわかには信じ難い話だ。それに気になったのだが、君は何故そこまで色々と知っているんだ?葵の正体についてもやはり知っている口振りだったが……」

《…………》

 

 

何故、黙った。

 

これまでも葵がリンクヴレインズにアクセスしている時だのハノイのカードに電脳ウイルスを仕込まれただのとそれらしい口振りはしていただろうに。

 

「……」

《え、とね》

「あ、あぁ」

 

 

漸く口を開いたか。

 

 

《その点については……事情は信頼のできる人から聞いた……です》

「そ、そうなのか」

 

 

とても人から聞いた情報を流しているだけには聞こえなかったが……

 

まぁ、そういう事にしておけということなのだろう。

 

 

《はい……えっと、僕の感覚の話を除けば頑張って調べればわかることだと思うから……えと、あおさんの正体に関しては僕は知らない、かな?……そういうことにしてください》

《……そうか…わかった。ではまた続報があれば頼む》

「はい……」

 

 

……結局、何だったんだ。

 

葵の言っていた、水川水渚は変わっているというのは確かなことだったようだな。

 

前半部分の電脳ウイルスによって汚染されたという部分と、それがハノイによるものだと言うのは納得できた。

 

後半部分については……まぁ、彼はプレイメーカーが犯人ではないと思っている。という認識程度で終わらせた方が良いだろうな。

 

正直何を言っているかさっぱりわからなかった。

 

だが、彼は有用な情報を届けてくれた。

 

先ずはゴーストガールに頼んでハノイの騎士を捕らえよう。

 




これ書いていて思ったんですけど、主人公君のお兄さまへの報告、ちょっと有り得ないくらい伝わっていませんね。

皆さんも報告は正確に、自分の持っている前提が相手も持っているとは限りませんし、相手の持っている前提を自分が持っているとも限りません。

5w1hを心掛け、よくわからない勘違いの無いようにしましょう。

特に、電話では会って話すよりもよっぽど相手の心情を読むことが難しいので、勘違いが加速しますよ。

重要な話は、実際に会って話すようにしましょう。


以上、まるで教科書のようなまるで有り難く無い私からの注意でした。


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6.

ハノイの騎士の目的はプレイメーカーの持つAI、アイだ。

 

ならばハノイを誘き寄せるにはプレイメーカーを装うのが最もベターな選択肢と言える。

 

以前、空前のプレイメーカー人気によりプレイメーカーを装った偽アバターが多数流出した。

 

完成度の高いプレイメーカーのアバターを入手するのは比較的容易であると言えるだろう。

 

いざとなれば本物のプレイメーカーが味方に着いているのだから、成功確率は高い。

 

彼のアバターからデータを取ってもいいし、彼本人に動いて貰っても良いだから。

 

しかし、ハノイの騎士はプレイメーカーを誘き寄せる為にブルーエンジェルに電脳ウイルスを仕込んだのだ。

 

つまり、わざわざこちらから手を打たなくてもハノイの騎士はプレイメーカーを狙って現れる可能性が高いという事だ。

 

彼らの作戦ではおそらくプレイメーカーと戦いたがっているブルーエンジェルに電脳ウイルスを感染させ、プレイメーカーにそれを見せつけて正義感を煽った上で、その電脳ウイルスの除去プログラムと引き換えに、あの特殊なAIを奪うつもりなのだろう。

 

取り引き条件に含まれるのならば、プレイメーカーを装い、ハノイの騎士をおびき寄せればそのハノイの騎士は除去プログラムも持っているということになるだろう。

 

つまり、ハノイを誘き出すのはあちらとしても好都合なのではないか?

 

元々現れる予定があったのだから、こちらがプレイメーカーを装ってハノイの騎士を誘き寄せようとしてもそれ自体がハノイの騎士の掌の上だという可能性がある。

例えそうでなくても、ハノイの騎士の用意は全て問題無く完了していると考えるのが自然だろう。

 

当然、これらは憶測に過ぎないが、あながち間違ってはいない筈だ。

 

 

……僕が何もしなくても、葵は助かる?

 

いや、駄目だ。だからと言って何もしなくてもいいと言うことにはならない筈だ。

 

それに、もしもこれらの憶測が正しかったとしても、何らかの手違いにより葵が助からないことだってある筈なのだ。

 

僕は僕でプレイメーカーとは別のプランで動かなければならないだろう。

 

そうなると、やはり先程僕がプレイメーカーから離れるという判断をしたのは正しかったようだ。

 

あの時は咄嗟に駆け出してしまった所があるのは否定できないが、僕は一人で考える方が向いている。

 

……まぁ、皆で考えるなんて経験はもう忘れてしまったが。

 

まぁ、それはいい。

 

取り敢えず、明日までに何らかの痕跡を見つけられれば良し。駄目ならば大人しくプレイメーカーの所に行って力を借りることとしよう。

 

 

 

 

 

……取り敢えず、情報があったプレイメーカーがハノイの騎士を倒した所を回ってみたが…時間が経っているのもあり、どうにも全く少しも痕跡は見当たらなかった。

 

どうやらアクセスが集中している場所を集中して現れているらしいということはわかったが。まぁ当然の話だ。

 

というか、それくらいは僕の普段いるリンクヴレインズの端にある森にハノイの騎士が現れたことが無いことからも明白である。

 

結果、何の成果も得られませんでした。という事か……

 

 

 

 

 

リンクヴレインズから戻ってきた時、既に空は暗くなっていた。

 

悲しいので、もうすぐ病院にも入れなくなることだし、病院に行って財前葵を見て癒されることにした。

 

現実逃避である。

 

だが、そんな僕を誰が非難できるだろうか。僕にはプレイメーカーのようなハッキング能力は持ち合わせていないのである。

 

要は手詰まりだ。僕のような軽犯罪が得意だというくらいしか取り柄のない人間では、これ以上の捜索は不可能と言うことだ。

 

こういった悩みは思い詰めずに、ふとリラックスした時に天啓が訪れると聞く。

 

それ故に財前葵の顔を見に来た訳だ。

 

財前晃から面会の許可も貰っているので、自由にとは言わないが面会は可能なのである。

 

 

おや?彼処に見えるのは……

 

 

「こんばんは。お仕事お疲れ様です」

「あぁ。こんはんは。おや?君は……」

「先程財前葵さんとの面会でお会いしましたね。僕は水川水渚。彼女の友人です」

「そうか。すまない……未だ昏睡状態の原因は不明なんだ」

 

 

あの時、財前葵の容態について話していた医師だ。……医師の立場からなら、何かヒントが得られるかもしれない。

 

「あの。電脳ウイルスの除去方法。なんてわかりませんよね?」

「電脳ウイルス?あれはまだ未知の世界だよ。まさか彼女の昏睡状態が電脳ウイルスに寄るものだとでも?」

「いえ……少し気になっただけなので」

 

 

やはり、そう簡単にはいかないか……

 

そう言えば、この人の隣に居た女医から財前葵から感じられたものと同じ気配を感じたのだった。

 

あの時は財前葵の側に居たものだから感染したのかと気にも留めていなかったが、今改めて考えてみると、それならばこの医師の人にも、それこそ殆ど行動を共にしていた僕に感染していなかったというのは奇妙な話だ。

 

それに同性や、同族にのみ感染する強力なウイルスというのは以前何処かで聞いたことがある気がする。

 

……アレは既に根絶宣言がされたものだったような気もするが。

 

まぁそれはいい。良く考えてみると、あの女医以外にもクラスメイトや、看護師だって財前葵には近づいている筈だ。

 

ではあれは一体どういうことなのか。

 

 

「そう言えば、あの時貴方の隣に居た女医さんは一言も話しませんでしたね。普段からああしているのですか?」

「あぁ。彼女は今回、普段私の所を担当している人が体調不良で欠席して急遽担当が入れ替わって私の担当になったからね……おっと。私が今のことを言ったのは内緒にしてくれよ?こういった事には色々と厳しいんだ」

「ふふ。はい。わかりました」

 

 

……思わぬ所で痕跡を見つけたかもしれない。

 

 

 

 

 

「あ、あの!」

「何かしら?あら?アナタは……」

「え、えと、水川です!そ、そ、その、気晴らしに歩いていたら貴方を見つけてっ!」

「……そう。私に何か用かしら?」

「…あの、えと、その……」

「……私の家はこのマンションだから、中で話をしましょうか?貴方も紅茶でも飲めば、少しは落ち着くでしょうし」

「あ、ありあとう……ありがとうございますっ!!」

 

 

……結構簡単に騙されたな。

 

僕はあの医師と話した後に、財前葵から感じたものと同じ気配を感じた女医から話を聞くため、病院から出る滝響子を待ち伏せし、更にはストーキングして女医の家の辺りであたかも偶然出会って緊張している高校生を装い、女医と接触した。

 

これで気配は気のせい。急遽財前葵の担当となったのも偶然だとすれば、何の罪も無い人間を相手に待ち伏せにストーキングをした上に騙して家に入り込んでいるのだから女医には悪いとは思うが、まぁ多少の犠牲は仕方が無い。

 

 

「ここが私の部屋よ。さ、入って。何を飲む?」

「あ、ありがとうございます……ぇと、飲み物はミルクを下さい……僕、紅茶もコーヒーも飲めないので……」

「あらそう?じゃあ用意してくるわね」

 

 

……しかし、本当に不用意に僕を家に入れたものだ。

 

僕が犯罪者なら、彼女はどんな目にあっているかもわからない。

 

いや、まあ僕も一応犯罪者だが。

 

 

「ハイ。牛乳よ。取り敢えずそれを飲んで落ち着きなさい?」

「あ、ありがとうございます……」

 

 

ゴクゴクゴク。ふぅ。美味しい。

 

 

「こっちのお菓子も食べる?口に合うかはわからないけど」

「わぁ。いただきます!」

 

 

もぐもぐ。ゴクゴク。

 

……美味しい。

 

この女医、中々良い趣味をしている。

 

 

「少しは落ち着いたかしら?」

「はい……本当、ごめんなさい。いきなり押しかけて来た上に、お菓子までご馳走になっちゃって……」

「良いのよ。財前葵さんのことが不安でじっとしていられずに歩いていた所で私を見つけたんでしょう?何か話を聞きたくなるのも当然よ」

 

 

……それだけで見ず知らず、とまでは言わないまでも話した事すらない男を家に上げるのだから相当なお人好しなのだろう。 お菓子もくれたし。

 

 

「家に上げて貰ってこんなこと言うのはアレですけど……えと、貴方は……」

「滝よ。滝響子」

「滝さんは警戒心が薄すぎます!僕が貴方を狙った悪い男だったらどうするつもりだったんですか!」

「……優しいのね。わざわざ心配してくれるなんて。でも大丈夫よ。」

「……なんでですか?」

 

 

僕が非力に見えたとでも言いたいのか。

 

確かに僕の体重は50kgも無いし、身長だって財前葵と同じくらいだけど……だからと言って武器を隠し持っていることがあるかみしれない。

 

 

「貴方は平静を装っていたかもしれないけど、面会の時相当動揺していたわよ?どれだけ財前葵さんのことを大切に思っているのか伝わってきたわ」

「それは……」

「そんな貴方が、私に乱暴しては来ないと思っただけよ?そんなことをしたら彼女を裏切ることにも繋がるもの。まぁ、もしもそれで襲われたら私の観察眼が悪かったという事で、大人しく諦めるわ」

「そうですか……」

 

 

じゃあ。

 

 

「諦めてくれるんですね。良かったです」

 

 

そう言って僕は折り畳み式のナイフを彼女の首に突きつけた。

 

 

「あ、貴方……」

「何も喋らず、ゆっくりと両手を頭の上に上げてください。ここで貴方に伝えておきたいことが3つあります。」

 

 

彼女は言われた通りにゆっくりと手を挙げた。

 

ここでプレイメーカーの言い回しを使わせて貰ったのは、彼女がもしもハノイの騎士、若しくはその関係者ならば、このプレイメーカーの口調に何か反応を示すと思ったからだ。

 

実際に、彼女はぴくりと反応を示したが、良く考えればナイフを首に突きつけられているのだから、その状態でのマトモな反応というは元より僕にもわからない。

 

まぁ、彼のこの言い回しは格好良いのでこのまま使わせて貰おう。

 

 

「一つ、僕はこのナイフを何千、何万と振るってきました。少しでも抵抗しようとすれば、僕は貴方を直ぐにでも殺せます」

 

 

当然、嘘だ。

 

このナイフはさっき医師と話した後にホームセンターで買ってきたものだ。

 

この位置からなら本当に直ぐに殺すこともできるかもしれないが、この短時間で何千何万と振るえる訳がない。

 

一応持ち手の部分に滑り止めとして同じくホームセンター内に売っていた、テニスのラケット用の滑り止めテープを巻いてさっき少し練習しているので、何千何万と振るっていると言われても、テープならば張り替えは可能だし、新品同様よりは信憑性が増すことだろう。

 

ちなみに、折り畳み式ナイフは税込み1782円で、テニスラケット用の滑り止めテープは税込み670円でああった。

 

「二つ、大人しく次の質問に答えたら、僕は君を害するつもりはありません。但し、少しでも嘘だとわかれば、即座に君を殺します」

「質問、いいかしら?」

「なんですか?」

「本当に質問に答えたら見逃してくれるの?」

「貴方の言葉に嘘が無ければ当然 、命は狙いません 。不安なら2度と貴方を狙わないと約束しましょう」

 

 

僕も良くここまで演技ができるものだ。

この前体育の時間で、少しサボって蝶々を捕まえようとして、僅かに見える掌の内側に蝶々の粉がついてしまっただけでトラウマになって蝶々を触れなくなったこの僕だぞ。

 

そう簡単に人間なんて殺せる筈が無い。

 

 

「三つ、質問です。ハノイの騎士について、知っていることを全て話してください」

「……そう。始めから私を疑っていたのね」

 

 

と、言うことはこの人は本当にハノイの騎士なのか。

 

正直、ダメで元々。藁にも縋る思いであったが、それが結果的には良い方向へと傾いたようだ。

 

 

「余計なことは話さないでくだだい。貴方に許されているのは僕の質問に対しての回答だけです」

「……ハノイの騎士は1000人を超える大規模ハッカー集団よ。」

「続けてください」

「リーダーはリボルバー……そしてその補佐官としてスペクター、そして三騎士と呼ばれる3人の幹部がいるわ」

「……では、ここ最近の動向について聞かせてください」

 

 

メンバー構成等については聞いていない。

 

プレイメーカーに話したらこんな情報でも喜ぶのかもしれないが、今知りたいのはそんな事ではない。

 

 

「ここ最近はAIプログラム、イグニスを持つプレイメーカーを狙っていると聞いているわ」

「……最近ではプレイメーカーを狙ってどんな行動を起こしましたか?」

「私にはハノイの騎士の全ての行動を知っている程の権限はないわ」

「……では率直に聞きます」

 

 

このまま問答をしていても埒が明かない。

 

 

「電脳ウイルスの除去プログラムは誰が持っていますか?」

「……それは」

「嘘はつかないでください。この質問に関しては、確実な回答が得られるまで何度でも続けます。例え貴方が本当に知らないとしても、それでも貴方には真実を語ってもらいます」

 

 

正直、今までの質問はどうでもいい。

 

プレイメーカーに少しでもお土産を持って帰ろうと思ったが、このままでは僕の我慢の限界だ。

 

……ずっと、彼女の首元の位置でナイフを固定している腕が疲れてきたのだ。

 

もしも、うっかり手が滑って本当に殺してしまってからでは遅いのだ。

 

なので、電脳ウイルスの除去プログラムについてだけは語ってもらう。

 

 

「それは、今ハノイの騎士の本部にあるわ」

「その場所は何処ですか?」

「……言えないわ。」

「殺しますよ?」

「例え殺されても、彼らを売ることは私にはできないわ」

 

 

……ここで殺してしまえば、電脳ウイルスの除去プログラムは手に入らない。

 

どうしてでも、この機会を逃す訳にはいかないのだ。

 

 

「では、 この時計を腕に付けてください」

「時計……?付けたわ」

「それは爆弾です。これ以降、無理に外そうとする。若しくは僕の意思によって爆破します」

「なっ!!」

 

 

まぁ、勿論これも嘘だ。

 

その正体は、同じくホームセンターで購入したただの腕時計(税込み3998円)である。

 

爆弾(笑)の子供騙しだが、まぁ今現在が大分緊迫した雰囲気なので騙されてくれることだろう。

 

一応、それらしさを出すために無駄に重いのを購入した。

 

それら全て合わせて、6450円だ。ついでに病院からここまで女医を追跡するのにタクシーを使った。

 

高校1年生の僕には中々に痛い出費である。

 

ナイフとそれに合わせてテープくらいなら何かに使えるかもしれないが、時計は既に彼女にプレゼントしてしまった。

 

 

「明日の指定の時刻に、電脳ウイルスの除去プログラムを僕に受け渡してください。場所、時間は追って連絡します。これが僕のメールアドレスです」

「私の立場で自由に除去プログラムを持ち出せるかどうか……」

「無理でもやってください。できなければ…わかっていますね?」

「………わかったわ」

 

 

……よし。取り敢えずは上手く進んだか。

 

これで一応、僕の責務は果たしたか。

 

ハノイの騎士にダメージを与える為に、僕としては本部の位置を把握しておきたい所だったが、まぁ今回は財前葵が最優先だ。

 

 

「今あったことは誰にも話さないでください。その時計にはマイクも仕込まれているので、下手なことはしないように」

「わかったわ。私は貴方と会ったことは誰にも話さない。明日、本部に行って電脳ウイルスを受け取って、それから貴方に渡すことになるから、少し時間は遅くなるかもしれないけれど……」

「できる限り急いでください。それと、怪しまれないよう、朝の5時までは家を出ないでください。もう、僕から言うことは何もありません。では、また明日会いましょう」

「えぇ。また明日」

 

 

そう言って、僕は少しずつ彼女の方向を見ながら後退して、後ろ手に玄関の扉を開けて出ていった。

 

うう。あぁ。財前葵の為と思って我慢していたが、ナイフを持っていた方の腕が痛い……

 

僕は運動とは無縁の生活を送っていたのに…ナイフを同じ姿勢で構えることがこれ程辛いことだとは思っていなかった。

 

明日は筋肉痛だな……




~本編ではやらないであろうが書いてみたくなったフジキクン視点3~

おかしい。

水川と共に病院までやってきたが、そこには水川が連絡したのだと言う財前葵の兄、財前晃が居た。

元々財前葵に俺が近づいたのは財前葵を経由して財前晃に近付いて俺の失われた記憶や草薙さんの弟の情報を得る為だった。

財前葵が意識不明の今、その目的を達成するのは一先ず先延ばしにしようと考えていたのだが、水川と財前晃の会話を聞くに、なんと財前葵は水川のことを友人として兄である財前晃に話しているらしい。

それだけで十分驚きの内容なのだが、財前晃が検査の結果が出るまで水川を置いておくと言ったことには更に驚いた。

それだけ、信頼のされる話し方を財前葵はしているわけだ。

何度も確認するようだが、水川は財前葵のストーカーである。

だが、財前葵が水川の事を友人だと話しているというのは水川がストーカーだという事実と矛盾している。

いや、もしも本当に財前葵の友人ならば、ストーキングなんてせずに普通に話しかければ良いだけだ。

もしや、あの時水川は財前葵のストーカーでは無く、財前葵のストーキングをしていた俺の監視をしていたのか?

だとするとやはり俺は相当水川から警戒されているのか?

……どちらにせよ、今は財前葵か。


「ブルーエンジェルに何が起きた?」
『彼女はハノイのカードを持っていた。それに汚染されたんだろ』
「 彼女はどうなる?』
『さぁ…それは俺にもわからんね』


コイツ……まだ事の重大性を理解していないようだ。


「真面目に答えろ。財前葵がこのままだと、お前だって無事では済まないとわかっているのか?」
『え?なんでさ』
「……ブルーエンジェルとのデュエルの終盤。周りの建物が纏めて破壊されていただろう」
『あぁ〜あったね〜ありゃ相当クレイジーだよ。……成程?アレやった犯人が水川か』


おそらくはブルーエンジェルの状態が危険なことを察してデュエルを中断させようとしたのだろうが……

普通は先ずデュエルをしている俺達の所に来て説得を試みる所だろう。


『目的の為ならば手段は選ばない。ストーカーには多いタイプだな』
「あいつの恨みを買えば何をされるかわからない。慎重にいくぞ」



「それで、話してくれるんだよね。彼女に何があったのか」
「あぁ。彼女はハノイのカードを持っていた。おそらくはそれに汚染された」


取り敢えずここはアイの説明をそのまま語っておこう。



「彼女はどうなるの?」
「……わからない」
「わからない?ふざけてるのか?」


一瞬で先程までの普段の様子から人を既に人を何人も殺したことのありそうなオーラへと変貌を遂げた。

……やはり水川を敵に回すのは危険だ。


「現状、彼女の状態もよくわからなければどうとも言えない。唯一言えるのはハノイの騎士によるものだということだけだ。」


水川はあの場に残ったのだから、彼女の状態も見てきた筈だが……


「彼女の状態は僕が聞いてきた。……だけど君は僕と仲良く協力する気はないんだろう?」
「…そんな訳では」
「じゃあ隠さないでよ。あのAIだって普通じゃないんだろう?なんでブルーエンジェルが狙われたんだ?今現在、君と僕は目的を同じとする同志なんだ。全部話せとは言わないけど、露骨に隠し事されちゃ僕からも彼女の事は言えない。わかるだろう?」
「…それは」


確かに、フェアリーの目の前でアイがハノイのプログラムを吸収したことは見るからに怪しかったかもしれない。

……しかし、アイのことを話すとなるとブルーエンジェルが狙われた理由、つまりこのアイを狙ってハノイの騎士はブルーエンジェルを餌にしたのだろう。という推測はしてしまうだろうし、そうなれば俺が逆恨みされる可能性がある。


「まぁ、君の言いたいこともわかるよ。今回の事件の話をすると君の事情にも触れるんだろう。だけど協力はして貰う。……君がプレイメーカーだって言いふらされてもいいなら構わないけど?」
「脅迫か?」
「そうだよ。僕としては彼女が助かれば君がどんな目にあってもいいんだからね」


どんな目にあっても。その言葉はつまり言わないなら言いふらすだけで終わると思うなよ?ということだろう。

……これは話さざるを得ないか。


「……わかった。話そう」
「それは良かった。断られたらどうしようかと思っていたよ」


白々しい嘘を平然と言い放つ。


「あれは少し特殊なAIなんだ」



「成程……わかった。ありがとう。アイ君。フジキクンも、さっきは脅しちゃったりしてごめんね。」


大体のことは無事平穏に語り終わった。

アイのことを知られてしまったが、水川が大切なものはあくまで財前葵だろう。


「いや、問題ない。お前にも余裕が無いことは理解している」


必要な情報を手に入れた喜びからか、水川は先程の邪悪なオーラは引っ込み、ニコニコと微笑んでいる。


「さっきも言ったけれど、君にも色々と事情があるんだよね?今それを追求することはしないけど、この事件が無事に終わったら、今度は僕がその君の事情とやらにも協力するよ」


協力?確かに水川は味方に居れば……いや、独断で場を引っ掻き回しそうだし、一応水川も一般人なので断りの言葉を言おうとすると、まるでそれがわかっていたかのように水川の背中はもう遠くにあった。


『ご愁傷様だな』
「黙れ」


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7.

取り敢えず、あの女医。

 

家の表札を見るに苗字は滝と言ったか。

 

あの人が時計が玩具だと気が付く可能性もあるので、取り敢えず家の外に出るまでに道で待機しておく。

 

他の住人に見られて不審に思われた為、

 

 

「ぼ、僕、反省しろって言われて追い出されたんです……え、えと構わないでください……」

 

 

と言って誤魔化しておいた。

 

女医を騙した時にも思ったことだが、僕の童顔もこうして演技をする分には役に立つようだ。

 

ちなみにマンションの廊下は凄く寒かった。

 

高校の制服しか身に纏っていない僕にはかなりのダメージを与えた。

 

だが、そうして僕が震えていると、先程僕が誤魔化した住人が毛布と暖かい飲み物とお菓子を持ってきてくれた。

 

怒られて追い出されている(という設定)の僕を甘やかしてもいいのかと思ったが、実際に困っていたのでありがたく受け取っておいた。

 

 

 

 

 

……5時だ。

 

結局、女医は逃げ出しはしなかった。

 

女医がハノイの騎士の本部に向かうとすれば、ここからである。

 

勿論、ハノイの騎士の本部へはタクシーで追跡して居場所を特定するつもりだ。

 

昨日の出費とあわせて本当に痛い出費だが、仕方あるまい。

 

既に昨晩女医と連絡をとって受け渡し場所と時間は決めておいた。

 

どうやら、リンクヴレインズ内で受け渡しをするようだ。

 

なんでも、除去プログラムのデータカードを直接現実で受け渡すよりもリンクヴレインズ内で僕に渡す方が確実なのだとか。

 

まぁ、僕には専門的なことはわからないので、取り敢えずしてがっておいた。

 

まさか自分の命がかかっているのだから危険な真似はしないことだろう。

 

 

 

8時。まだ女医は家を出てこない。

 

間に合う間に合わないは別として、わざわざ本部に行かずに時間を無駄にするだろうか。

 

……このことから導き出すに、本部とは電脳空間にあると考えてまず間違いないだろう。

確かにそちらだとどんな距離でも容易に姿を隠して会うことが出来る。

 

昨日の女医の移動に時間がかかるような発言は嘘という事になるが……まぁ、仕方が無い。

 

多少嘘が含まれていても、それは問題ではない。

 

本部の位置は知ることができたら僥倖であったが、まぁ優先すべきは除去プログラムだ。

 

ハノイの騎士を狙うことは今でなくてもできる。

 

もうここに居てもできることは無さそうだし、僕も取り引きの用意に取り掛かるとしよう。

 

 

 

取り引き時刻ピッタリ。指定のリンクヴレインズの人気の無い森エリア。

 

普段の僕の居る森とは違うエリアだが、それでも僕のホームグラウンドだ。

 

 

「それにしてもまさか、貴方があのフェアリーだったなんてね」

「無駄口を叩かないでください。除去プログラムは用意できたんでしょうね」

「えぇ。ここにあるわ。……所で、爆弾は勿論ここで解除してくれるのよね?」

「はい。除去プログラムを受け取り次第、解除しますよ。ですが、もしも偽のプログラムだった。なんてことがあれば、今度こそ貴方を殺します。」

 

 

もう一度、脅しをかけておく。

 

もしも本当に偽のプログラムだったとしても、僕には判別できないからだ。

 

 

「本物よ。信じて頂戴?……じゃ、ここに除去プログラムを置くから、私が3歩離れたら爆弾を解除して」

「貴方が決めないでください。しかしまぁ、今回はそれでいいでしょう。」

 

 

そう言って、彼女は除去プログラムと思えるデータを置いて3歩下がった。

 

……これが除去プログラムか。本物だといいんだが。

 

 

「では、爆弾を解除します。……解除できました。もうどう外しても爆発することはありませんし、僕の意思でも不可能です」

「そう。良かったわ」

 

 

まぁ、元からどう外しても僕が一体どう念じたとしても爆発なんてしなかった訳だが。

 

これで取り引き成立か。ログアウトするか……

 

 

「あぁ。待って頂戴?一言だけ言わせて欲しいの」

「……なんですか?30文字以内なら聞いてあげましょう」

 

 

僕は今すぐ財前葵の所にこの除去プログラムを持っていかなければいけないのだ。

 

……いや、先に財前晃やプレイメーカーへの連絡が先か。

 

 

「貴方は危険過ぎるわ。このまま返す訳にはいかない」

 

 

よし。ひらがな句読点付きで丁度30文字だな。

 

……返す訳にはいかない?

 

その発言にはてなを浮かべると、僕の腕に小さなモモンガが抱き着いてきた。

 

?何この子。あれログアウトできない。

 

 

「困惑しているよね。教えてあげましょう。その子が触れている間はログアウトできないわ」

「えっ。この子……力、強いですね……」

 

 

「無駄よ。その子は私達のスピードデュエルが終わらない限り消えない」

 

なん…だと……道理であまりにも上手くいっていると思った。

 

あちらとしてはこのデュエルが本命で、取り引きは元より何事も無く終わらせるつもりだったということか。

 

というか僕スピードデュエルというものをやったことないのだけれど、モンスターに乗ってもいいだろうか。

 

 

「このデュエルで貴方が負ければ、貴方は……まぁ簡潔に言って死ぬわ」

 

 

えっ……ざしゅ

 

 

「な、何をやっているの?」

「痛ったああぁ……うう。流石にリンクヴレインズでこれは痛いよ……」

 

あのモモンガ君が触れている間はログアウトできないとのことなので腕を切り落としたのだが、いくらアバターと言えどそんなことをすれば中々の激痛が襲ってくるようだ。

 

……あ。

 

 

「またくっついた……」

「そりゃその子が死んだ訳じゃないんだからまたくっつくわよ?」

 

 

え?これ逃げられない?

返す訳にはいかないとか言っていたけれど僕殺されるの?まぁ確かにデュエルして負けたら死ぬって古くの時代から良くこのルールで戦っていたらしいけれど。

 

 

「僕、そこまで敵意を向けられることしましたか?殺すなんてやり過ぎじゃないんですかね」

「貴方散々私に向かって殺す殺す言っておいて勝手な言い草ね」

 

 

あー。僕としては完全に脅しのつもりだったけれど、あちらとしては今の僕の状況とあまり大差無かった訳か。

 

 

「所で、落ち着いているのね。もっと騒ぐかと思っていたわ」

「まぁ、僕には奥の手もあるのでね」

 

 

無いけど。

 

まぁ、今回賭けられているのは僕の命だけで、必死に動いておいて何だが財前葵の除去プログラムについてはプレイメーカーと財前晃が何とかしてくれるだろう。

 

というか、僕はこれでもカリスマデュエリストの一人だし、ハノイの騎士の下っ端なんかにそう簡単に負けはしない。

 

 

「ちなみに、僕が貴方に勝ったら何が貰えるんですか?別にもう貴方の命なんて要らないのですが」

「……あんなに私を殺すって言っていたのに?」

「別に僕は貴方に恨みなんてありませんし。貴方が死んでもそこまで嬉しくもありません」

 

 

今回は上手く除去プログラムを用意できたようだが、実際僕程度にここまでの警戒をする下っ端が死んだ所で……という話だ。

 

ハノイの騎士全員を巻き込んで死んでくれるのならまだしも、そんな程度で喜んでいられない。

 

 

「じゃあもしも僕が勝ったら僕に一軒家を買ってください。庭、家具付きでペットも飼えそうな豪華な奴お願いします」

「い、一軒家?」

「僕一人暮しで結構小さい家に住んでるんですよ。だから大きい家が欲しいなと思っていたんです」

 

 

医者は給料がいいらしいし、あんな高層マンションに住んでいるのだから女医自身もお金を持っているだろう。

 

お金が無くて買えなかった高性能家事ロボットとかも欲しい。

 

家具扱いにできるだろうか。

 

 

「……わかったわ。ではデュエルを始めましょうか」

「はい。洋風でお願いします!」

 

「 「スピードデュエル!!」 」

 

 

どうやら、先行は僕のようだ。

 

一応皆とは結構会っているが、一緒にデュエルをするのは久しぶりなので、相当やる気なのがカードからひしひしと伝わってくる。

 

 

「では僕は精霊獣カンナホークを召喚しますね」

 

《精霊獣 カンナホーク》

星4 風属性 雷族

攻1400 守 600

 

 

黄色い鷲のような姿をしたカンナホークがフィールドに舞い降りた。

 

このカードは僕のデッキの切り込み隊長的存在だ。

 

普段はもふもふ要因の一匹として活動している。まぁそれは僕のデッキの精霊獣全てだが。

 

というか、当然なのだが片手でデュエルやりにくいな。

 

 

「それが……未だ無敗記録を叩き出しているフェアリーのデッキのモンスター」

 

 

全勝?あぁ。確かにまだリンクヴレインズで負けは無かったような気もする。

 

あの時は財前葵に僕はカリスマデュエリストなんだよと自慢する為結構頑張っていたからな……まぁ、無敗なのはブルーエンジェルとかGo鬼塚辺りの強力なデュエリストとのデュエルを避けて来たからだが。

 

 

「精霊獣カンナホークの効果。デッキのカードを1枚除外します。カードを2枚伏せて、ターン終了です」

 

 

……さて、女医のデッキは一体どんなデッキだろうか。

 

医者だし、ライフ回復デッキだろうか?

 

 

「貴方、何もわかってないのね。」

「一体何のことですか?」

「貴方のデッキは今や有名になり過ぎている。その対処を私ができないとでも思ってた?」

 

 

うん?確かにカリスマデュエリストになるならデッキの内容がいくらでも広まってしまうが、僕はそれを恐れてエース級のモンスターは一種類しか使っていなかったのだが、気がついてないのだろうか。

 

というか、言ってはなんだが僕はそこまで有名人では無い筈。

 

 

「いくわよ。私のターン。ドロー!」

 

 

……一瞬、今女医が電脳ウイルスに犯されたブルーエンジェルを感じさせる物凄く凶悪そうな表情をした。

 

 

「私はダークマミーゾンデを召喚!」

 

《ダークマミーゾンデ》

星1 闇属性 アンデット族

攻700 守0

 

 

攻撃力700?僕のカンナホークの半分の攻撃力しかない包帯をぐーるぐると巻いた子供のようなモンスターが現れた。

 

……読めたぞ。彼女は女医デュエリスト。

 

彼女のデッキは傷ついたモンスターを治癒して強化するデッキ……

 

あの怪我をした子供の怪我を治療して強化していくつもりなのだろう。

 

そうはさせない。そのモンスターは破壊させて貰おう。

 

 

「僕はそのモンスターに対し、罠カード霊獣の連契を発動します。僕の場にはホークがいるのでその効果でダークマミーゾンデを破壊します」

「なんですって!?」

 

 

あの驚き具合、やはりあのモンスターがキーモンスターだったと見て間違いないだろう。

 

 

「なら、私は魔法カード、死者への手向けを発動するわ!手札のダークマミーゾンデを捨てて、貴方の精霊獣カンナホークを破壊する!」

 

 

今度は全員包帯の大怪我の人が、僕のカンナホークにも包帯を巻いてきた。

 

あ。どうも。ありがとうございます。気を使って頂いて……でもその子別に怪我してないし包帯の巻きすぎで飛べなくなって破壊されてしまった……

 

だ、だが奴は精霊獣四天王の中でも最強……

 

正直まだやられないで欲しかった。

 

 

「私のダークマミーゾンデを破壊して良い気になっているんでしょうけど、そんな貴方にわからせてあげるわ!現実は甘くないってことを。スキル発動!フォビドゥン・サージカル・オペレーション!」

 

 

……出た。

 

スピードデュエルの経験が無い僕からすると初めて相対するスキルだ。

 

「自分の墓地にいるレベル2以下の同名モンスター2体を除外し、そのモンスターと同じレベルの同名モンスター2体をデッキから特殊召喚する!」

 

 

条件はあるけど2体もモンスターを展開できるなんて……

 

僕も一応デュエリストとしてスピードデュエル用にスキルは設定してあるけれど、そこまで強力なものでは無い。

 

「 現れなさい。2体のダークマミー・シリンジ!」

 

《ダークマミーシリンジ》

星1 闇属性 アンデット族

攻0 守500

《ダークマミーシリンジ》

星1 闇属性 アンデット族

攻0 守500

 

 

こ、これは……先程よりも怪我が少ない子供…かなり元気そうだ。

 

やはり女医のデッキは怪我治療デッキ……

 

しかし、モンスターが2体。

 

それも、同名モンスターなので種族や属性も同じだ。

 

……このままじゃ来るか。リンクモンスターが。

 

 

「ならここで、スキル発動!スピリチュアル・ソウル・スワップ!!自分、または相手のモンスターをエンドフェイズまでゲームから除外する!」

「何……やるわね!」

 

 

とは言え、このスキルの発動ターンは相手にダメージを与えることはできないのだが。まぁ今この状況では関係ない。

 

 

「でも、まだまだこれからよ。更に、私はダークマミーモンスター1体をリリースして手札から魔法カード死者縫合を発動。自分フィールドにダークマミートークン3体を特殊召喚する!」

 

《ダークマミートークン》

星1 闇属性 アンデット族

攻0 守0

《ダークマミートークン》

星1 闇属性 アンデット族

攻0 守0

《ダークマミートークン》

星1 闇属性 アンデット族

攻0 守0

 

 

モンスターが3体…止められなかったか、リンク召喚……

 

 

「現れよ!我らの未来回路!」

「召喚条件はダークマミーモンスター3体。私はダークマミートークン3体をリンクマーカーにセット」

 

 

リンク3のモンスターか……この人本当に下っ端か?1ターン目からここまでの展開を見せるとは……

 

こんなハノイの騎士を雑草のように薙ぎ払っているプレイメーカーの実力が伺える。

 

そこまで強いのなら人気が出るのも頷ける話だ。

 

 

「リンク召喚!現れろリンク3!ダークマミー・サージカルクーパー!」

 

《ダークマミー・サージカル・クーパー》

LINK 3 闇属性 アンデット族

攻2400

リンクマーカー︰上、右、左下

 

……包帯を巻いてはいるが、怪我が少ない女性型モンスターか。

 

手が刃物になっているのは治療の証なのだろうか。

 

 

「このモンスターの攻撃力はリンク先のモンスター1体につき600アップする。今、場にいるのはダークマミーシリンジが一体。つまり攻撃力を600アップ!」

 

《ダークマミー・サージカル・クーパー》

攻2400 → 攻3000

 

 

「リバースカードを1枚伏せて、バトル!ダークマミー・サージカル・クーパーでダイレクトアタック!」

 

 

水川水渚LP︰4000 → 1000

 

 

うわあ!?っと……流石に3000もダメージを受けるとモンスターに乗っていても大分衝撃があるようだ。

 

 

「エンドフェイズに、貴方のスキルで除外されていたダークマミーシリンジがフィールドに帰還するわ」

 

もう残りライフポイントも1000か……女医のライフポイントはまだ4000。手札は0で伏せカードが1枚か。

 

……もう終わりだな。

 




そう言えばあらすじとかタグ全然書いてないけどもっと書いた方がいいのかな。

誰か良いのあったら書いてみてくれませんか(丸投げ)


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8.

水川水渚LP︰1000

 

 

伏せカード1枚

 

手札1枚

 

 

女医LP︰4000

 

 

《ダークマミー・サージカル・クーパー》

攻︰3000

 

《ダークマミーシリンジ》

守︰500

 

伏せカード1枚

 

手札0枚

 

 

僕の伏せているカードはコズミックサイクロン。ライフポイントを1000払うことで魔法、罠カードを1枚をゲームから除外できる。

 

本来ならこのエンドフェイズに発動して伏せたカードを除外するつもりだったのだが、予想以上にライフポイントが削られてしまったのでコズミックサイクロンのコストすら払えない。

 

だけど、大丈夫だ。僕の手札には精霊獣ペトルフィンが居る。

 

今正に僕がサーフボードの代わりに乗っているイルカモンスターなのだが、このモンスターは手札の霊獣カードを除外することで相手のモンスターを手札に戻す効果を持っている。

 

女医の場にいるダークマミーサージカルクーパーはリンクモンスターなので手札には戻らずエクストラデッキに戻る。

 

そうすれば女医の場は攻撃力0のモンスターだけになるという寸法だ。

 

つまり、このデュエル。僕の勝ちだ。

 

 

「僕のターン。カードドロー」

「この瞬間、罠カード、発動!死のデッキ破壊ウイルス!攻撃力1000以下のモンスター1体をリリース!」

 

え?

 

 

「貴方の手札を確認して攻撃力1500以上のモンスターを全て破壊するわ」

 

 

ペトルフィンの攻撃力は0だけど、僕の引いたカードは……不味い。

 

 

「攻撃力1500以上は……今引いたカード、精霊獣アペライオを破壊するわ。」

 

これでは僕のプランが破壊されてしまった……不味い。非常に。

 

 

「そのペトルフィンで私のダークマミーサージカルクーパーを手札に戻すつもりだったってわけね。でもそれも無駄」

「……中々やるじゃないか」

「でも安心して?代わりに、貴方はデッキから攻撃力1500以上のモンスターをのカードを3枚まで選んで破壊できる。更に次のターンのエンドフェイズまで貴方はダメージを受けないわ。……でも、その手札で一体何ができるのかしらね」

「……本当にデッキの攻撃力1500以上のモンスターを破壊していいんですか?」

「えぇ。どうぞ?」

 

 

……その瞬間、僕のデッキの3枚のモンスターが破壊された。

 

 

「ぎゃぁおおぉぉぉおおお!!」

 

そして、次の瞬間、一匹のライオンと、そのライオンに乗った少女が現れた。

 

 

《聖霊獣騎 アペライオ》

星6 風属性 炎族

攻2600 守400

 

 

「何!?このモンスターは!?」

 

 

女医が驚くのも理解できる。

 

まさか、突然にこんな大型モンスターが現れるとは思っていなかったのだろう。

……前僕のドラゴンが建物を破壊していた所を見ていた為か、道沿いの建物をひたすら破壊している。

 

 

僕だって、意図してこんなことをした訳じゃない。

 

死のデッキ破壊ウイルスで破壊したカードが問題だったのだ。

 

 

《精霊獣使いウィンダ》

星4 風属性 サイキック族

攻1600 守1800

 

自分は「精霊獣使い ウィンダ」を1ターンに1度しか特殊召喚できない。

(1):このカードが相手によって破壊された場合に発動できる。

デッキまたはエクストラデッキから「霊獣」モンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚する。

 

このカードが先程破壊されて、さっきの僕のエースモンスターが現れてしまったのだ。

 

とはいえ、先程までならアペライオが居ても彼女のダークマミーサージカルクーパーの攻撃力は3000だったので400ポイント程攻撃力が届かなかった。

 

だが、今は彼女自身がウイルスカードのコストにダークマミーシリンジをリリースしてしまった為、攻撃力はダウンしている。

 

 

《ダークマミー・サージカル・クーパー》

攻3000 → 攻2400

 

 

こればらばアペライオで倒すこともできると言うものだ。

 

 

「バトルを行います。ライオでダークマミーサージカルクーパーを攻撃」

「くうっ!」

 

女医LP︰4000 → 3800

 

 

これで彼女の場にはカードが無し。手札も無しだ。

 

スキルも既に使ってしまったし、もう手は残されて居ないだろう。

 

今度こそ、僕の勝ちだ。

 

 

「……無敗記録を叩き出したフェアリーの実力は伊達ではないということね。まさか私が貴方の掌の上で踊らされていたなんて」

 

 

ただ自分のカードの効果で自爆しただけなのに、なんで僕を持ち上げるようなことを彼女は言っているのだろうか。

 

自分のミスでここまでもピンチに陥っている状況がプライドを刺激するとか、そんな所か。

 

まぁ、デュエルにおいて相手の精神へ攻撃して相手のドローを弱体化させるのはデュエルの基本中の基本だ。

 

まぁ、煽っておこう。

 

 

「失礼ながら大爆笑ですね。この程度の腕で僕に勝てるつもりだったとは」

「っ!……でも、私は最後まで諦めない!私のターン!ドロー!!…………」

 

 

?一体何を引いたというのだ。

 

 

「来たわ」

 

 

何?いや、ハッタリだろう。まさかこの状況を打開できる策があるとは思えない。

 

 

「私はジャイアントウイルスを召喚!」

 

 

《ジャイアントウイルス》

星2 闇属性 悪魔族

攻1000 守100

 

 

「そ、そのカードは!」

「ふふ。貴方もこのカードは知っているようね」

 

 

……あのモンスターは戦闘で破壊された時、相手、つまり僕に500のダメージを与え、更にデッキからジャイアントウイルスを特殊召喚する。

 

つまり、あのモンスターを2回破壊すると僕は負けてしまうということだ。

 

 

「けど、このターン僕は貴方の死のデッキ破壊ウイルスの効果でダメージは受けませんよ?」

「えぇ。でも、貴方だって私のジャイアントウイルスを攻撃できないわ。そして次の私のターンに終わりよ」

「……だとすると、次のターンの僕のドローにかかっている訳ですか」

「そういうことよ。」

 

 

だが、次のターンにはあのカードがやってくる。

 

それでも一応、演出はしておくか。

 

特に意味は無いが。

 

 

「さぁ、カードを引きなさい!」

「……僕のこのドローで全てが決まる。このターンで貴方に勝利します!」

「へぇ。やってみなさい?」

「僕のターン。カードドロー!」

 

 

僕はできるだけ、過剰演出で全身を使ってカードを引いた。

 

まぁ、片手しかないのであまり派手な動きはできないが。

 

 

「……引いたカードは罠カード、拮抗勝負です」

「勝負ありね」

 

 

僕の勝利という形で、だが。

 

 

「この時、最初のターンに、ホークの効果で除外ゾーンに送られたカードが僕の元に来ます」

「……あの時のカード?」

「そうです。そして僕は、精霊獣ペトルフィンを召喚」

 

 

《精霊獣ペトルフィン》

星4 風属性 水族

攻0 守2000

 

 

「そんな攻撃力0のモンスターで何ができるっていうの?」

「この子は何もしませんよ。バトルを行います。ライオでジャイアントウイルスを攻撃!」

「正気なの!?そんなことしたって!」

 

女医LP:3800 → 2200

 

 

女医はこのダメージに結構ぐらついている。

 

 

「ジャイアントウイルスの効果発動!貴方に500ダメージを与えて、ジャイアントウイルスを2体特殊召喚!」

 

水川水渚LP︰1000 → 500

 

《ジャイアントウイルス》

星2 闇属性 悪魔族

攻1000 守100

《ジャイアントウイルス》

星2 闇属性 悪魔族

攻1000 守100

 

 

「僕はここで、ホークから送られたカード、霊獣の相絆を発動!場の2体の霊獣モンスターを除外して、エクストラデッキから霊獣モンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する!」

「……でも!アペライオを出した所で戦闘ダメージは1600!私のライフは600残るわ!フフッ。自滅するつもり?」

「いつ、僕がアペライオを召喚するなんて言いましたか?」

「なん…ですって!?」

 

 

……しかし、ハノイの騎士の下っ端如きに切り札を使うことになるとは思っていなかった。もっと楽に勝てると思っていたのに。

 

 

「現れて。聖霊獣騎ガイアペライオ」

 

 

《聖霊獣騎ガイアペライオ》

星10 光属性 サイキック族

攻3200 守2100

 

 

先程のエース、聖霊獣騎アペライオよりも更に一回り大きくなったライオンと、そのライオンに乗った先程と同じ少女がドスン。と現れた。

 

このモンスターが僕のエースモンスターである。

 

まだリンクヴレインズでは使用していなかったので知らなかったのだろう。

 

他にも、先程の精霊獣使いウィンダ等、強力なカードはこれまで隠し通してきた。

 

だが、ハノイの騎士の下っ端でここまでカードを使わされている所を見るに、ハノイの騎士のレベルが如何に高いか良くわかる。

 

 

 

「ガイアペライオの攻撃力は3200。貴方のモンスターの攻撃力は1000。つまりダメージは」

「2200……そして、私のライフポイントも同じく2200……」

「その通り。ジャイアントウイルスを破壊はできませんが、貴方は倒せます」

「そんな……私が……」

「バトル。ガイアライオでジャイアントウイルスを攻撃!」

 

女医LP︰2200 → 0

 

 

 

「流石、常勝無敗のフェアリー様ね。私なんかじゃ歯が立たなかったわ」

「ふふ。僕のライフポイントを500まで追い詰めておいて言うセリフじゃないですよ?」

 

 

実際、この実力で下っ端なのだとすると、昨日言っていた三騎士と呼ばれる幹部だとどれ程の強さだと言うのか。

 

 

「まぁそんなことはどうでもいいです。マイホームの件。よろしくお願いしますね?では」

 

 

デュエルが終わって考えてみると、僕は財前葵に一秒でも早く電脳ウイルスの除去プログラムを届けなければならないのだ。こんな所で女医と遊んでいられない。

 

 

 

 

 

女医を倒し漸く現実に戻ることができたので、財前晃に連絡をしようと携帯を取り出すと、タイミングの良いことにあちらから電話がかかってきた。

 

 

《あぁ。やっと繋がったか!水川君!!》

「はい?少しリンクヴレインズに……何かあったんですか?」

《聞いてくれ。葵の意識が戻ったんだ!!》

「本当ですか!?」

 

 

……あおさんっ!!

 

プレイメーカーがやってくれたということだろうか。もしそうだとしたら本当に彼の事情とやらに付き合ってあげねば。

 

僕も少しは効率的に目標を達成していたつもりだったが、それでもプレイメーカーの方が早かったか……

 

 

《今はまだ病院だ。だが直ぐに退院できるだろうとのことだ。君も来るだろう?》

「……いいんですか?」

《あぁ。君ならば葵も嫌とは言わないだろう。是非来てくれ》

 

 

 

 

 

「あおさん……」

「水川君……」

 

 

どうやら本当に目が覚めたようだ。

 

あの違和感も消えて、元の財前葵の魅力が戻ってきている。

 

 

「昏睡状態だったって聞いてたけど……目が覚めて良かった」

「心配掛けてゴメンね。あと、ありがとう。水川君が病院まで連れてきてくれたんでしょ?」

 

 

本当はそれに加えて財前葵のウイルスも除去しようと考えていた訳だけれど……もしもそこまでできていれば物語の王子様のようだったのだが。

 

 

「でも、数日は外出もするなって言われちゃった。学校も休まなくちゃいけないから、水川君にもまた会えなくなっちゃうわね」

「……そっか。外出できないってことはあおさんずっと家に居るんだ」

 

 

数日。昨日も朝しか話してないにも関わらず数日。

 

今日だってあまりここにも居られないだろうに。

 

 

数日。

 

ヤダな……

 

 

「じゃあさ、あおさんの家に遊びに行ってもいいかな?」

「っ!お兄さまに確認してみるわ!」

 

 

そう言って、財前葵は携帯電話を取り出し財前晃に連絡を取り出した。

 

……待機。

 

 

 

「……!はいお兄さま……わかっています。お兄さま。」

 

 

どうやら話が終わったようだ。

 

 

「なんだって?」

「構わない。って!」

 

 

 

 

 

僕は財前葵との二人きりの談笑の一時を楽しんだ後、辺りも暗くなって来たようなので一度病院を離れて除去プログラムを手に入れてくれたのであろうプレイメーカーに取り敢えず感謝の言葉を告げようと連絡をしてみた。

 

 

「それで、フジキクン?君なんだよね?あおさんの電脳ウイルスの除去プログラムを入手したのは」

《情報が早いな。あぁ。その通りだ》

「先ずは感謝していくよ。ありがとう。お礼と言ってはなんだけど昨日も言った通り、君達の事情とやらに付き合わせて貰うよ」

《……いや、その事なんだが、やはりお前を巻き込む訳にはいかない。それに、俺は俺の為にハノイの騎士と戦っただけだ。礼は要らない》

 

 

フジキクンはイイ人だし、断ってくるであろうということは予測していた。

 

だからと言ってそこまで簡単に否定されるとこちらとしても困る。

 

財前葵を助けた礼なのだから要らない等と言われてしまっては困るのだ。

 

 

「ハノイの騎士は1000人を超えるハッカー集団。リボルバーをリーダーに起き、その補佐官としてスペクター、更に三騎士と呼ばれる3人の幹部で構成されている」

《何!?その情報を何処で!?》

「僕も中々やるだろう?手伝わせる気になったかい?」

《……お前を巻き込む訳にはいかない》

「君も強情だね」

 

 

だが、取り敢えず恩を返さないと僕の気が済まない。

 

こういった恩返しはしておかねばならないと、誰かが言っていた気がする。

 

 

「後は……そう珍しくも無いけれど、ハノイの騎士の本部はVR空間の中にある。彼らの目的は君の持つそのAI、イグニス。それくらいの情報かなぁ。僕が持ってきたのは」

《そうか。礼はその情報で十分だ。感謝する》

「こんなに情報持ってきたんだよ?僕を使おうとは思わないの?」

《今回は巻き込んでしまったが、本来これはお前には関係の無いことだ》

 

 

……むむ。全く僕に手伝わせようとはしてくれないようだ。

 

ならば、奥の手を使うまでだ。

 

 

「そう言えば、ハノイの騎士って強いんだねぇ」

《何?お前戦ったのか?》

「うん。電脳ウイルスの除去プログラムを入手しようと思ってね」

《無茶な事はやめろ。……だが、今こうして無事ということは》

 

 

流石プレイメーカー。察しがいい。

 

僕は口足らずな所があるって言われることだし、こうやって少ないワードから察してくれるのは有難いことだ。

 

 

「うん。デュエルには勝ったよ。さっきの情報もそのハノイの騎士から手に入れた。除去プログラムは一足遅かったみたいだけど。ね」

《腐ってもお前はカリスマデュエリストという訳か》

「そういうこと。ただ、お前は危険すぎるーって言われちゃったし、目をつけられちゃったかも」

《……早い話がハノイの騎士に目をつけられたから守ってくれ。という訳か?》

「そうそう。僕も恩を返せて一石二鳥」

《……返答はまた後日。でいいか?》

「構わないよ。良い返事を期待してる」

 

 

ふぅ。これで漸く一件落着。と言った所か。

 

昨日は結局眠らなかった訳だし、今日は早めに寝るとしよう。

 

 



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9.

僕、水川水渚の朝は早い。

 

……このくだりは前にもやった気がする。まぁいいか。

 

最低限の身だしなみを整え、朝ご飯……は面倒臭いので、食べずにリンクヴレインズにアクセスする。

 

昨日は久しぶりにデュエルをして皆にも頑張って貰ったので沢山もふもふしよう。

 

 

 

 

 

皆が制服を身に纏い、まだ朝起きたばかりなのか目を擦りながらこれからまた1日学校で過ごすのだと憂鬱に感じながら登校していく中、そんな哀れな学生達を尻目に、僕は財前葵の自宅へと向かった。

 

……さて。ナビに寄るとここなのだが……大きいな。大きい。

 

流石はSOLテクノロジーの部長さんと言った所か。

 

こういった大きいお家は掃除が大変だと良く聞くが、実際の所こういった家庭は家事は全部家事ロボットがやってくれるので、財前葵のような学生はただのんびりしているだけでいいのだ。羨ましい。

 

 

……現実逃避は辞めよう。

 

緊張する。友人の家のインターホンを押すのは凄く緊張する。

 

だが、財前葵に両親は居ない筈だ。居るのは兄の財前晃のみ。その財前晃も既に仕事に行っているだろう時刻だ。

 

よって、インターホンを押したとしても出てくるのは財前葵。ならばインターホンレベルも格段に落ちるというものだろう。

 

しかし、しかしだ。

 

それにしても少しこう、恥ずかしさが残る。

 

何せ、普段は気安く話している財前葵に、僕は葵さんの友人の水川という者なのですが、葵さんはご在宅でしょうか?等と聞くことになるのだ。

 

それに応える財前葵の方もこちら側の丁寧な言葉使いに釣られて、あ…私です……と、ぎこちなく敬語で返してしまうことだろう。

 

もしもこれが俗に言うぱーりーぴーぽーというような人物であったのならば、お?私だよ。私、葵。というか水川君何時もそんな堅い敬語使ってたっけ。ウケる(笑)と、素早く流されて笑われて終わるのだろうが……

 

どちらも良いとは言えない気がする。あぁ。インターホンとはどうしてこうも難易度が高いのか。

 

 

『オハヨウゴザイマス。アオイ、チャンノ ゴユウジンノカタ デスカ?』

 

 

僕がインターホンを押さずに唸っていると、何処からか家事ロボットと思わしきロボットがやってきて、話しかけてきた。

 

……正直助かった。これでインターホンを押さなくても良い。

 

 

「うん、そうだよ。水川水渚が来た。って葵さんに伝えてくれないかな?」

『リョウカイ シマシタ』

 

 

そうして暫く待っていると、ドタドタと音が……聞こえてこないようだ。

 

やはり良い家の壁はそう簡単に室内の音を外に出さないのだろうか。

 

まぁ、ドタドタとは聞こえてこなかったが、普通に扉

を開けて財前葵はやってきた。

 

……私服だ。薄着だ。かゎぃ………うん。よし。大丈夫。

 

取り敢えず後でそれとなく写真を取っておこう。

 

 

「やぁ。あおさん。おはよ」

「えぇ。おはよう……学校、休んだのね」

「うん?あおさんが学校に来ない間は僕も学校は休むよ?昨日言わなかったっけ」

 

 

僕は財前葵が居なければクラスにたったの独りたりとも話す相手が居ないので、財前葵が学校を休むと言うならば僕も休まねば、ぼっち確定である。

 

まぁ、フジキクンの所に行ってみてもいいのだが、彼もプレイメーカーであるという事実を隠しているだろうし、彼の事情とやらに関する話もできない。

 

色々と縛られることになるのでやはりフジキクンとは学校の外で話したい所だ。

 

 

「聞いてないけど……取り敢えず中に入って」

 

 

 

「そこのソファーに座って。飲み物は……牛乳でいい?」

「うん。ありがと」

 

 

広い。

 

普通の一人暮らし用のアパートで住んでいる僕の家とは比べ物にならない広さだ。

 

牛乳を財前葵の分と合わせて2杯とお菓子を持ってくると、僕の隣に腰掛けた。

 

……もう少し近寄ってみようか。

 

そんな風に考えていると、彼女の方から切り出してきた。

 

 

「それでさっきの話だけど……水川君まで私に付き合って学校休まなくてもいいのよ?」

「うーん。あおさんに付き合って、っていうのも勿論あるけど、本当はただを学校サボりたいってだけだったり……」

 

 

これは本当のことだ。

まだ一ヶ月と少ししか行っていない学校もなんだか退屈でつまらないし、正直もう飽き飽きしていた。

 

唯一財前葵は学校の楽しみだが、それも無いとなれば学校に行きたくもなくなるというものだ。

 

 

「えっそうなの?」

「そうだよ?それに、様子見って言ったってあおさんだってサボってるようなものだしね。ズルい。僕も休む」

「……そっか。じゃあ2人でサボろうか」

「うんうん。そうしようそうしよう」

 

 

無事上手く纏まって良かった。

 

これで、明日は水川君は学校に行くのよ?なんて風に言われてしまっていたら僕はどうやって学校生活を過ごしたものかと頭を悩ませる所だった。

 

 

「そういえば、昨日聞きそびれていたんだけど」

「うん?何かな」

 

 

……昨日は数分に一度僕があおさん無事治って良かった!どこも痛くない?という内容を口にしていた為、聞く暇が無かったのだろう。

 

 

「私を学校から運んでくれたのは水川君だって聞いたわ。ありがとう」

「あー。晃さんが言っていたんだね」

 

 

とは言え、フジキクンも後から来ていたし、僕がやらなければ彼がやっていたことだろう。

 

 

「お礼は要らないよ?ほら。アレだよアレ。人として当然のことをしたまでですよ。ってね」

 

 

本来ならば電脳ウイルスの除去プログラムを届けられなくてごめんなさい。と言いたい所だ。

 

 

「……でも、どうして私の場所がわかったの?」

「ぇ?」

「誰にも気づかれずに屋上に行ったつもりだったわ」

 

 

……ストーキングしてました。

 

なんて言っても今回ばかりは問題無さそうだ。

 

 

「足音だよ。保健室に向かっているようには聞こえなかったからさ」

「……じゃあなんで救急車を呼んだの?私がどうして意識が無かったか。水川君ならわかっていた筈よね」

「なんでって……」

 

 

……あ。成程。確かに寝ている財前葵を見ただけで即救急車とは普通ならないだろう。

 

リンクヴレインズにアクセスした事の無い人ならばもしかしたらそんなこともあるのかもしれないが、僕はリンクヴレインズに頻繁にアクセスしている。

 

ならば、僕がブルーエンジェルのデュエルを見た。という説が浮上する訳か。

 

もし僕が財前葵=ブルーエンジェルだということを知っているならば、財前葵の様子がおかしいことを中継で見て、その後カメラまで壊れたのだから何か事件に巻き込まれたのだろうと思っても不思議は無い。

 

 

「……その顔、やっぱりそうなのね」

 

 

 

 

 

「しかし、あおさんは正体がバレたらもっと狼狽えるかと思ってたよ」

 

 

結局、誤魔化そうとはしたのだが、既に確信していた財前葵に僕が正体に気がついていることはバレてしまった。

 

 

「リンクヴレインズで違う性格を演じるのはよくある話でしょ?私だってリアルバレとかしたくないし」

 

 

まぁ、実際ブルーエンジェル程の人気にもなるとリアルを特定して実際に会おうとするような変質者が居たとしても不思議ではない。

 

今の所財前葵をストーキングしているような人は僕とフジキクンを除けば居ないようなので財前葵の演技は上手くいっているということだろう。

 

 

「確かによく聞くかも。僕はあんまりリンクヴレインズでキャラ作るとかやってないけどね。あおさんみたいに人気じゃないし」

「フェアリー……よね?」

「あ。やっぱり気がついてた?」

 

 

まぁデッキを財前葵に見せたこともあるし、財前葵には隠していたという訳では無いので決して驚く程のことでも無い。

 

 

「水川君隠さないでデッキも見せてくれたし、デュエル中だって口調変わらないんだもん。気づかなきゃおかしいくらいだわ。今カリスマデュエリストランキング21位だっけ?」

「あ。そうなんだ。最近チェックして無いから知らなかったな」

 

 

……そうか。21位なのか。

 

以前カリスマデュエリストランキング第1位だったGo鬼塚の人気が低迷しているらしいから、やはりトップ辺りにブルーエンジェルこと財前葵は位置しているのだろうから、目の前の財前葵に追いつくにはやはりまだまだなのだと実感する。

 

 

「と言っても、僕も昨日ハノイの騎士とデュエルしたんだけど、凄い苦戦してさ。やっぱりプレイメーカーは凄いやって思ったよ」

「……ハノイの騎士とデュエルした?昨日って……水川君、私が寝ている間に何してたの?」

 

 

おっと。また失言してしまった。もっと気を張らないと……

 

しかし、昨日は……財前晃と会ってプレイメーカー脅して女医をストーキングした後に騙して家の中まで入って脅して……って、これは一昨日か。

 

 

「……昨日はハノイの騎士とデュエルしただけかな。それが終わったら直ぐにあおさんの所行ったし」

 

 

その後プレイメーカーと交渉とかもしたけれど、それはきっと言ってはいけないことだろうし、その後は普段通りの日常を過ごしただけである。

 

 

「えっと……どうしてハノイの騎士とデュエルすることになったの?」

「それは……」

 

 

……凄く言い難い。

 

財前葵の侵されていた電脳ウイルスの除去プログラムを入手する為だなんて、何を失敗した奴が点数稼ぎをしているのだと思われるに決まっている。

 

違うんだ。成功はしたけれど一歩プレイメーカーの方が早かったんだ。

 

なんて言い訳は見苦しいにも程があるし、そもそもそんな事を僕の口から言うこと自体が少々恥ずかしい。

 

僕の行動だけ見れば、まるでそこらに転がっているラブコメディの主人公のようではないか。

 

僕はそのような甘ったるい考えで動いていた訳では無い。

 

 

「どうしてと言われても、ただデュエルを挑まれたから受けただけだよ。逃げられそうでも無かったし、彼らが何で僕にデュエルを挑んだかはわからないけどね」

「そっか。そうよね」

「そうなんだよ。突然デュエルを挑んで来て、ハノイの騎士にも困ったものだよ」

 

 

取り敢えずこれで誤魔化せただろうか。

 

 

「それよりも、あおさんはどうしてわざわざ自分の正体に気がついているかなんて確かめちゃったのさ。何も言わなければ気がついていないフリしようと思ってたのに」

「変な勘違いされて引かれたりしたら嫌だもの。あんな格好して……痛い奴だと思ったりとか」

 

 

そりゃ、普段大人しいのにリンクヴレインズであんなアイドルになっていたら色々と考えてしまう所はあるが。

 

しかし、僕もカリスマデュエリストとして上位を目指した身だ。

 

結局、所謂魅せのデュエルでは無くただ勝ち進むことでカリスマデュエリストを目指したが、魅せのデュエルを行う場合のことも少しは考えていた。

 

 

「あおさんみたいな子がカリスマデュエリストランキングで上位を目指すなら、あんな風にアイドルになるのは効率的な手法だからね。別に勘違いしたりしないよ」

「そう……ならいいの」

 

 

とは言え、財前葵は結構ノリノリでブルーエンジェルを演じているように見えるのでアレはアレで……なんて思っているのではないかと僕は考えているのだが、まぁ財前葵の為にもそれは黙っておこう。

 

無駄に胸を盛っているのも人気を出す為には仕方がない事なのだ。そんな野暮なことを僕は言ったりしない。

 

 

「流石の僕も気がついた時はちょっと驚いたけどね?まさかあおさんがあのブルーエンジェルだったとは。僕にリンクヴレインズをやってないだなんて言う筈だよ」

「それは……ごめんなさい。もし勘違いされたらって思うと怖かったから……」

「大丈夫だよ。僕だってハッキリとはアバター教えて無かったし」

 

 

……しかしお互いのアバターが知られているということならば、遂にできるのではないだろうか。

 

これまで、僕のリンクヴレインズでのカリスマデュエリストとなる為の努力は無駄になっていたのだ。

 

 

「ねぇ」

「何?」

 

 

それが漸く実る時が来た。

 

 

「デュエルしようよ」







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10.

「デュエルしようよ」

 

 

……財前葵はブルーエンジェル。格上だということは理解しているが、まぁ今回は勝ち負けでは無い。

 

たた単純に財前葵とデュエルがしたいのだ。

 

 

「……いいわよ。でも、やるからには負けないわ」

「それじゃ、折角一緒に居るんだしテーブルデュエルにしようか」

「そうね」

 

 

ブルーエンジェルは大人気カリスマデュエリストだ。リンクヴレインズでデュエルするとなれば、中継も流れて観客も集まって大変なことになるだろう。

 

僕は今、財前葵と2人きりでのんびりとデュエルがしたいのだ。

 

財前葵も同じ気持ちかどうかはわからないが、まぁ了承してくれたのだから同じ気持ちなのだと信じよう。

 

という訳で、ソファーだと向かい側に椅子が置いてないので食卓に移動してデュエルをすることにした。

 

……どうでもいいが、部屋の面積と比べてかなり食卓が小さい気がする。

 

まぁ財前葵と財前晃の2人だけならば丁度いいのかもしれないが。

 

 

「それじゃ始めようか」

「えぇ」

 

 

「「デュエル」」

 

 

 

……おっと。テーブルデュエルだから手札を用意したりは自分でやらねばならないのだ。

 

どうやら財前葵も忘れていたようで、取り敢えずじゃんけんをする。

 

……勝ったか。では先行を貰うとする。

 

 

「じゃあ今度こそ」

 

 

「「デュエル」」

 

 

……む。今回も霊獣使いのカードは無いか。

 

僕は精霊獣のモンスター達が特に好きで、何時も精霊獣とばかり遊んでいるから拗ねているのか普段はあまり霊獣使いは手札に来てはくれないのだ。

 

僕のデッキには精霊獣モンスターと、霊獣使いモンスターが居て初めてエースモンスターを呼ぶことができるのだが、その片方は何時も手札に来てはくれない。

 

だからカンナホークのデッキから霊獣を手札に加える効果で無理矢理霊獣使いを手札に持ってきたり、この前の女医とのデュエルの時のように霊獣の相絆を持ってきてエースモンスターを出すようにしている訳だ。

 

 

「先ず、僕は精霊獣ラムペンタを召喚するよ」

 

《精霊獣ラムペンタ》

星4 風属性 獣族

攻1600 守 400

 

 

「……知ってはいたけれど、結構可愛いモンスターを使うわね」

「立体化したらもっと可愛いよ?」

 

 

……ここでラブコメディならば、でもあおさんの方がもっと可愛いよ。なんて風に言ったりするのだろうな。

 

僕はラブコメディの世界に生きている訳では無いし、ラムペンタと財前葵では可愛いのベクトルが違うので比べる対象としては間違ってる。

 

財前葵もそんな言葉を言われたくは無いだろうし。

 

なので僕はそんな台詞は言わない。

 

 

「今度、水川君のリンクヴレインズでのデュエルを見に行こうかしら」

「お?来る?期待してるよ。ペンタの効果。エクストラデッキから1枚カードを除外して対応した霊獣をデッキから墓地に送る。カードを1枚伏せてターン終了だよ」

「私のターン。ドロー」

 

 

……もしかしたら、財前葵はデュエルをするとテンションが上がってブルーエンジェルのようになってしまうのかとも少しばかり思っていたのだが、どうやらそういう訳ではなさそうだ。

 

 

「私はフィールド魔法、トリックスターライトステージを発動。その効果でデッキからトリックスターモンスターを手札に加える。リリーベルを手札に」

「おっ。調子いいね。いきなりサーチ魔法か」

 

 

僕のデッキだとあんなに簡単にモンスターをデッキから回収することなんてできないので、少し羨ましい。

 

 

「ドロー以外で手札に加わったトリックスターリリーベルは特殊召喚できる」

 

《トリックスター・リリーベル》

星2 光属性 天使族

攻800 守2000

 

 

僕のデッキだとあんなに簡単に……ぐう。

 

 

「トリックスターライトステージの効果を発動するわ。伏せカードを1枚選んで、そのカードはエンドフェイズまで発動できず、エンドフェイズに発動するか、墓地に送らなければならない。水川君のそのセットカードを選択するわ」

「じゃあ大人しくエンドフェイズまで待機かな」

 

 

どうせ、今発動できるカードではないし、問題無いだろう。

 

 

「私は更に手札からトリックスターヒヨスを通常召喚するわ」

 

《トリックスター・ヒヨス》

星1 光属性 天使族

攻 100 守 0

 

 

「モンスターが2体……夢と希望のサーキットかな?」

「……流石にそれはブルーエンジェルじゃない時は言わないわ。リンク召喚。リンク2トリックスターホーリーエンジェル」

 

《トリックスター・ホーリーエンジェル》

LINK2 光属性 天使族

攻2000

リンクマーカー︰左下、右下

 

 

「夢と希望のサーキット……言ってくれないの?」

「言って欲しかったの?」

「……言わないのならまぁ……いいんだけどね」

 

 

財前葵の姿であんなにもキャピキャピした声を聞けたならそれはもうファンが悶絶するレベルで可愛い筈だ。

 

 

……僕は違う。僕は財前葵のファンなのであってブルーエンジェルのファンであるという訳では無いのだからそんな声を聞いた所で悶絶したりはしない。

 

絶対にだ。

 

 

「えっと、じゃあ続けるわね?トリックスター・ヒヨスの効果。リンク素材となった時、自身を墓地から特殊召喚できる」

 

《トリックスター・ヒヨス》

星1 光属性 天使族

攻 100 守 0

 

「トリックスターホーリーエンジェルの効果。リンク先にモンスターが召喚、特殊召喚される度に相手に200ダメージを与える」

 

 

最初のターンからリンク召喚をした上にまだ展開するのか。

 

流石はブルーエンジェルだ。

 

 

……さて、200ダメージか。

 

 

「電卓とか持ってないな……携帯出すからちょっと待っててくれる?」

「あ。うん」

 

 

携帯電話を取り出し、テーブルデュエル用の2人分のライフポイントを表示できるアプリを起動する。

 

リンクヴレインズが大流行しているとはいえ、やはり手軽にプレイできるテーブルデュエルは今なお行われているので、沢山のこういったデュエルをサポートするアプリが存在するのだ。

 

 

「さて、用意できたよ。再開しようか」

 

 

水川水渚LP︰4000 → 3800

 

 

「……入力したばかりで悪いけど、トリックスターライトステージの効果でトリックスターモンスターが戦闘、効果でダメージを与えた時、相手に200ポイントのダメージを与えるわ」

 

 

水川水渚LP3800 → 3600

 

 

「更に相手が効果ダメージを受けた時、トリックスターナルキッスは特殊召喚できるわ」

 

《トリックスター・ナルキッス》

星4 光属性 天使族

攻1000 守1800

 

 

モンスターが3体に……何て展開力なんだ。

 

通常召喚権を行使して終わりの僕とは雲泥の差だ。

 

 

「このモンスターはとっておきの切り札だからまだリンクヴレインズじゃ使って無いんだけど……」

「へぇ、とっておき?それは見てみたいな。僕なら誰にも言わないよ?」

「うん。わかってる。だから出すわ、このカードを」

 

 

……嬉しい。

 

何が嬉しいのかと言うと、財前葵僕の事をある程度信頼してくれているのが嬉しい。

 

一応家に上げてくれた訳だけど、家事ロボットには対強盗用に戦闘能力を持っている場合がある。

 

だから、例え財前葵や財前晃が僕を信頼していなくても僕を家に上げることは有り得ない話では無いのだ。

 

だが、ここまで隠してきたとっておきのカードを僕に見せてくれるということは、よほど僕のことを信じてくれているということになる。

 

ブルーエンジェルのような人気カリスマデュエリストの切り札なんて一度見せれば一瞬でネットに広まって、次に使用しようとした時には既に対処法が広まっているなんて事も起こりうるのだ。

 

昨日切り札の1枚、精霊獣アペライオの進化した姿をハノイの騎士相手に見せてしまったとは言え、それでもリンクヴレインズではこれまで一度も使用して来なかった程だ。

 

さほど人気の無い僕でさえそれ程の気を使っているのだからブルーエンジェルともなれば尚更だろう。

 

だからそれを僕に使ってくれるということは信頼の証となるのだ。

 

 

「えっと、水川君?」

「あぁごめんね。とっておき、お願いするよ?」

「……」

「あおさん?」

 

 

どうしたのだろうか。まさか、やはり僕は信頼できないので使うのを辞める。と言うことだろうか。

 

……一度喜んだ分、もしもそういうことであれば僕への精神的ダメージは倍増だ。

 

今日は帰ったら不貞寝をしなければならないかもしれない。

 

 

「で」

「で?」

「で、出てきて!夢と希望のサーキット!!」

「あ、あおさん!?」

 

 

か、可愛い!可愛いよあおさん!!

 

「 アローヘッド確認。召喚条件はトリックスターモンスター2体以上。私はナルキッス、ヒヨス、そしてリンク2のホーリーエンジェルをリンクマーカーにセット!サーキットコンバイン!現れて。リンク4トリックスターベラマドンナ!!」

 

 

……可愛い。もう可愛いよ。可愛い。

 

不味い。可愛いしか言えない。可愛い。

 

普段ブルーエンジェルで言っている時にはここまで可愛いとは思わない。

 

それをまさかあのあおさんがこんなにテンションを上げて言っているという辺りにもう本当に可愛さしか感じない。可愛い。

 

そのちょっと無理して言っちゃってる感じがもう堪らなく可愛い。可愛い。

 

あおさんの容姿は確かに可愛いけれど、あおさんの容姿にここまでときめいたのは初めてだ。可愛い。

 

僕がこれまであおさんに惹かれていたのはその抗い難い謎の魅力の部分であって、容姿については確かに可愛い部類ではあるだろうが、それでもここまで惹かれることは無かった。可愛い。

 

だが、今僕あおさんの容姿にも惹かれている。可愛い。

 

 

「……水川君。黙ってないで何か言ってよ」

 

 

可愛い。いや駄目。ちょっと待って。

 

今本当に可愛いしか言えないから待って可愛い。

 

 

「さっき水川君が言って欲しそうにしてたから言ったのに……」

「可愛い」

「えっ?」

 

 

可愛い。違う。

 

確かにあおさんは可愛いけれど、今はそうじゃない!取り敢えず深呼吸をしよう!

 

 

 

……ふぅ。

 

 

「……大丈夫。別に引いたりはしてないから」

「さっき水川君」

「デュエルを中断しちゃってごめんね。さっきも電卓出し忘れてて中断しちゃったし。もう大丈夫。続けて?」

 

 

財前葵は可愛かったけれど、気にするな。

 

財前葵が可愛いのは今に始まった事ではない。

 

録音していなかったのは悔やまれるな……いや、この状況でこそ、あの可愛さだ。録音してもどうせ伝わらないだろう。

 

 

「……じゃあ、再開するわ。というか、私一応とっておきの切り札召喚したんだけど……」

 

《トリックスター・ベラマドンナ》

LINK4 光属性 天使族

攻2800

リンクマーカー:上、右、左下、下

 

 

……そういえば。

 

リンク4。相当に使用者が限られている最上級モンスターだ。

 

どれくらい使用者が限られているのかと言うと、一般的に強力なデュエリストとされているデュエリストでさえも持っているか怪しいレベルだ。

 

リンク4を扱えるというのは一種のステータスのようなものという訳だ。

 

まぁ、稀にそれ程の実力を持っていないにも関わらず何故か持っているデュエリストも一応居るには居る。

 

例えば僕とか。

 

だが、ブルーエンジェル程の実力のデュエリストならば持っていても不思議はない。

 

 

「リンク4か。凄いね。流石はブルーエンジェルだ」

「取って付けたように褒めるわね。まぁいいわ。ベラマドンナの効果発動。墓地のトリックスターモンスターの種類×200ポイントのダメージを与えるわ」

 

 

水川水渚LP︰3600 → 3000

 

 

「更に、トリックスターライトステージの効果で追加で200、ダメージを与えるわ」

 

 

水川水渚LP︰3000 → 2800

 

まだバトルフェイズに入ってもいないのに、もうライフポイント3000を切ったか。

 

やはりこうして戦っていると財前葵は格上なのだということをひしひしと感じる。

 

僕のライフポイントとベラマドンナの攻撃力は同じ。まだ伏せてあるカードは発動できないか。

 

「バトルよ。トリックスターベラマドンナで精霊獣ラムペンタを攻撃するわ」

「む……」

 

 

水川水渚LP︰2800 → 1600

 

 

「更に、トリックスターライトステージの効果で200ダメージを与えるわ」

 

 

水川水渚LP︰1600 → 1400

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド。ライトステージの効果でその伏せカードを墓地に送るか発動しなければいけない」

「じゃあ、ここでその罠カード、イタチの大暴発を発動。僕のライフポイントを相手フィールドのモンスターの総攻撃力が上回っている場合、僕のライフポイント以下の数値になるように相手は自分フィールドのモンスターを選んでデッキに戻さなければならない!」

「けど、ベラマドンナはリンク先にモンスターが居ない時、他のカードが発動した効果を受けないわ」

 

 

……流石はリンク4のモンスター。

 

僕がリンク先に召喚すれば消えるとはいえ、物凄い耐性を持っていたようだ。

 

 

「でも残念だったね。イタチの大暴発は君自身がモンスターに対してデッキに戻すことを強制する効果だ。カードの効果は受けなくても、君自身の命令には従わなければならない」

「そんな!?」

 

 

……危ない。そんな強力な耐性を持っているだなんて。

 

だが、僕のデッキにはそんな高耐性モンスターを一掃できる罠カードが何枚か入れられている。

 

こういったカードもそれだけの耐性を持ったモンスターを扱う相手とデュエルしない限り使用して来なかったので、財前葵は知らなかっただろう。

 

……以前デッキは見せたが、基本的に見せたのはモンスターカードだった。

 

デッキ紹介でメインのモンスターカードを見せると言うのが自然だし好まれるだろうと思ってそうした訳だが、それが功を成した訳だ。

 

 

「やるわね……まさかこんなにあっさりとベラマドンナを処理されるとは思っていなかったわ」

「これでも僕はカリスマデュエリスト。そう簡単に敗れる訳にはいかないからね」

 

 

と言っても僕のライフポイントはもうたったの1400ポイントしか残されていない。

 

手札は3枚あるけれど、攻撃力の高いモンスターカードは1枚足りとも無い。

 

財前葵はリンク4のモンスターを召喚したにも関わらず、手札はまだ僕と同じ3枚ある。

 

このままでは次の財前葵のターンにやられてしまうだろう。

 

 

「それじゃ、僕のターンだ。魅せてあげるよあおさん。僕の本当の実力って奴をね」




私の想像していたデュエル展開と違う。

私の想像では圧倒的な耐性を持つベラマドンナに主人公君がいいようにやられる筈だったんです。

では何故こんなことになってしまったのかと言いますと、私はデュエルの話を書く時、初手を最初に決めて、そこから無心で彼らにデュエルをさせてその結果をそのまま書くわけですね。あまりに話が長くなりそうだったり、わかりにくい(タイミング逃すとか特殊裁定とか)所があるとまた別ですが。

それで、アニメの各キャラのデッキの動きなんて知らないのでアニメでの初期手札とか動きをパクッたりするんです。

なので財前葵の方はアニメパクるからいいとして、問題は主人公君です。

主人公君のデッキは霊獣のカードパワーを補う為、それと聖霊獣騎になるとエクストラデッキに一旦逃げる事もできる為、全体除去が多く入れられているのですが、アニメ的にミラーフォースはなんだか入れちゃいけない雰囲気だし、激流葬は抵抗あるしで何を入れたものかと思った結果、Google先生に頼って面白い罠カードで検索したらイタチの大暴発が出てきたんです。

発動条件も小説として使い易いし、こりゃあいいやと思いデッキに投入した訳なのですが、実際に手札を揃えてデュエルを進めてみるとあら不思議。

イタチの大暴発ならベラマドンナを処理できるではありませんか。

もうそこまで書いてしまったし、イタチの大暴発はリアルでも偶に使う割と好きなカードだったので(あと個人的に戻るというのが嫌いなので)今更どうにもできないなとそのまま続行してしまった結果、なんだか拮抗勝負な状況になってしまった訳です。

正直、女医とのデュエルでももっと苦戦させる予定でしたが、無心でデュエルを進めていくと今使えるウイルスは死だけか。となって結果的になんかヌルゲー感が出てしまった訳です。



まぁ、長々と何を言っているんだと感じられると思うので、一言で纏めますと。


「あれ?主人公君なんでちょっと強いみたいな感じになってるの?」


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11.

水川水渚LP︰1400

 

 

無し

 

手札3枚

 

 

財前葵LP︰4000

 

 

トリックスター・ライトステージ 、伏せカード1枚

 

手札2枚

 

 

「僕のターン。カードドロー」

 

 

引いたカードは……うん。

 

この状況を打開することができるカードでも無ければ、今使えるカードですらない。

 

だが、上手く使えば大逆転の可能性を秘めたカードだ。

 

しかし、トリックスターライトステージがある限り、タイミングの難しい罠カードであるこのカードは使用できない。

 

 

「僕は魔法カード一時休戦を発動。お互いにカードを1枚引いて、次のあおさんのターン終了時までお互いにダメージは受けないよ」

「……私の場にはモンスターが一体も居ないのに。攻めて来ないの?私に水川君の実力を魅せてくれるんじゃなかったの?」

「ハハハ。大丈夫。心配しなくても魅せてあげるよ」

 

 

このドローで良いカードが引けたらね。

 

 

「カードドロー」

「私も。ドロー」

 

 

……来たか。

 

 

「僕は霊獣の誓還を発動!今引いたカード、精霊獣アペライオをゲームから除外して墓地、または除外ゾーンの霊獣モンスター一体を特殊召喚する!」

「蘇生対象はさっき破壊したラムペンタ?……確かもう1枚あったわね」

 

 

流石はブルーエンジェル。あの一見して意味の無さげな行為もしっかりと記憶していたか。

 

 

「そう。最初のターンにペンタの効果で墓地に送っていたカード、精霊獣使いウィンダを特殊召喚するよ」

 

《精霊獣使いウィンダ》

星4 風属性 サイキック族

攻1600 守1800

 

 

「更に、僕は手札から精霊獣ペトルフィンを召喚。これでモンスターが2体だ」

「リンク召喚……じゃなかったわよね。水川君は」

「そう。このカードは精霊獣と霊獣使いをゲームから除外することで、特殊召喚できる。来てくれ!僕のエースモンスターの一体。聖霊獣騎カンナホーク!」

 

《聖霊獣騎カンナホーク》

星6 風属性 雷族

攻1400 守1600

 

 

「……エースモンスターでも、テーブルデュエルだと迫力が無いわね。やっぱり今度水川君のデュエル見にいくわ。なんならあっちでデュエルする?」

 

 

何て事を言うんだ。

 

そんな、リンクヴレインズでのデュエルという事はブルーエンジェルとのデュエルという事だ。

 

つまり、あのキャピキャピとしたあざと可愛いと話題のブルーエンジェルで僕とデュエルするという事だ。

 

一体どれ程の衝撃が来るかはわからないが、ただでは済まないだろう。

 

 

「あっちでデュエル……ぇと、考えておこうか。それはそうと、ホークの効果を発動。ペンタの効果で除外したカードと、フィンを墓地に送ってデッキから霊獣カードを手札に」

「今加えたカード、見せてくれる?……霊獣の連契、か」

 

 

……何だかシュールだ。

 

普段はデュエルディスクが相手の情報を教えてくれるが、テーブルデュエルだとそんなことは無い。

 

知らないテキスト、加えたカードを見たい時等は、こういったシュールな空間が生まれる。

 

流石に一つ一つ確認することはしないが、やはりテーブルデュエルだとこういう辺りで盛り上がりに欠ける。

 

今のようにのんびりと友人とデュエルをしている時ならまだいいが、命を削り合っている最中にこんな風にテキストを確認してはいられない。そう思うと、最初にデュエルディスクを開発した人は偉大だ。

 

 

「ありがとう」

「いえいえ。しかし仕方が無いとは言え戦略バレちゃったな。僕はそのまま残りの手札2枚を伏せてターン終了」

 

 

だが、テーブルだからこそできる戦略というものもある。

 

財前葵から返されたこの霊獣の連契を含めた2枚の伏せカード。シャッフルでもしない限り、どちらに霊獣の連契を伏せたか等は直ぐにわかる。

 

 

「私のターンね。ドロー」

 

 

水川水渚LP︰1400

 

 

《聖霊獣騎カンナホーク》

 

伏せカード2枚

 

手札0枚

 

 

財前葵LP︰4000

 

 

トリックスター・ライトステージ 、伏せカード1枚

 

手札4枚

 

 

「先ずはトリックスターライトステージの効果で水川君の伏せカードを1枚エンドフェイズまで使用不能に。私から見て右のカードを選択するわ」

「おっと。このカードはさっき加えた霊獣の連契だ。……残していても仕方無いかもね。何かに使われたら嫌だし、発動しておくよ。意味は無いけどね」

 

 

一種の賭けに近かったが、見るからに危険なこちらの霊獣の連契を無事に選んでくれて、取り敢えず賭けに勝った僕は一息付く。

 

これで先程のドローカードが使えると言う物だ。

 

……まぁこれで漸くトリックスターライトステージに邪魔されないというスタートラインに立ったというだけでまだ使えるという訳では無いが。

 

だが、僕のダメージは0。しかし、エースモンスターの一体が場に居るのだ。

 

財前葵は狙い通りの動きをしてくれる筈だ。

 

 

「私はトリックスターシャクナージュを召喚。更にその効果で手札のトリックスターカードを墓地に捨てて、墓地のリンクモンスター……トリックスターホーリーエンジェルを特殊召喚するわ」

 

 

《トリックスター・シャクナージュ》

星4 光属性 天使族

攻1400 守1900

《トリックスター・ホーリーエンジェル》

LINK2 光属性 天使族

攻2000

リンクマーカー︰左下、右下

 

 

……相変わらずの展開力。直ぐに2体のモンスターが現れたか。

 

 

「今墓地に送られたトリックスターマンドレイクは効果で墓地から特殊召喚されるわ」

 

 

《トリックスター・マンドレイク》

星2 光属性 天使族

攻0 守1000

 

 

……モンスターが3体。合計リンクは4。

 

放っておけば先程のリンク4、トリックスターベラマドンナが現れるだろう。

 

つまり、発動タイミングはここだ!

 

 

「僕はここで、ホークの効果を発動するよ。このカードをエクストラデッキに戻して、除外ゾーンから精霊獣と霊獣使いのモンスターを2体特殊召喚する」

「このタイミングで?」

「うん。取り敢えずコストでエクストラデッキに戻るよ。何か発動するカードはある?」

「……無いけど」

 

ライトステージ以外に妨害カード無し。

 

これなら何とか発動できそうだ。

 

 

「じゃあ、ホークの効果解決前に伏せカードをオープン。裁きの天秤。相手フィールドの合計枚数が僕のフィールド、手札の合計枚数が多い時発動できる」

「アドバンテージで圧倒的に劣っている時にのみ使えるカード……」

 

 

財前葵の言う通り、こういったアドバンテージで劣っている時のみに発動できるカード等は発動条件が厳しい代わりに、その効果は絶大だ。

 

僕の霊獣モンスターは一時的に場を離れることができるので、こういったカードとの相性は良い。

 

「そういうこと。ホークは今は居ないから、今僕の場に居るのはこの裁きの天秤のみ。手札は0だから、合計枚数は1。あおさんは3体のモンスターに、フィールド魔法、更にさっき伏せたカードと合わせて5枚。裁きの天秤の効果は僕の手札、フィールドの合計と相手プレイヤーの場の合計の差分カードをドローするんだ」

「それじゃあ、4枚もドロー!?」

 

 

……手札の数だけ可能性がある。

 

僕のデッキには財前葵のトリックスター程の展開力は無いけれど、手札があればその差もひっくり返すことができる。

 

 

それがデュエルモンスターズだ。

 

 

「僕は4枚……カードドロー!そしてホークの効果で精霊獣使いウィンダと精霊獣アペライオを特殊召喚!!」

 

 

 

《精霊獣使いウィンダ》

星4 風属性 サイキック族

攻1600 守1800

《精霊獣アペライオ》

星4 風属性 炎族

攻1800 守 200

 

 

「さて、いくら攻めて来て貰っても構わないけど、忘れてないよね?僕がさっきのターンに発動した一時休戦の効果でこのターン、僕はダメージを受けない。さっき発動しなかったってことは、あおさんの伏せカードは妨害系のカードじゃないよね?」

「確かに……このカードは防御系の罠カード」

 

 

やはりか。

 

モンスターが3体も居るこの場ならさっきのリンク4のトリックスターベラマドンナが出てくるかもしれないが、あのモンスターには戦闘破壊の耐性は付いていなかった筈だ。

 

そのベラマドンナを守る為に防御系のカードを伏せていたというのも頷ける。

 

 

「ふふふ。次の僕のターンで5枚に増えた手札でこの状況を逆転してあげるよ」

「……水川君」

「ん?何かな?」

「楽しそうな所、ごめんなさい」

「えっ」

 

 

何だ?何か僕を倒す方法でもあるというのか。

 

だが、僕はこのターンダメージを受けないし、そんなことはどうやっても不可能な筈だ。

 

 

「私はカードを1枚伏せて、最後に残った手札、トリックスターマンジュシカの効果を発動するわ。場のトリックスターモンスターを手札に戻して、このカードを特殊召喚。私はトリックスターシャクナージュを戻すわ」

 

 

《トリックスター・マンジュシカ》

星3 光属性 天使族

攻1600 守1200

 

 

「それで?そのカードでどうやって僕を倒すって言うんだい?」

「……私はこれで、ターンエンド」

 

 

水川水渚LP︰1400

 

 

《精霊獣使いウィンダ》

守1800

《精霊獣アペライオ》

守200

 

手札4枚

 

 

財前葵LP︰4000

 

 

《トリックスター・ホーリーエンジェル》

攻2000

《トリックスター・マンドレイク》

守1000

《トリックスター・マンジュシカ》

守1200

 

トリックスター・ライトステージ 、伏せカード2枚

 

手札0枚

 

 

「僕のターン。ドローカード」

 

 

……さて、何か逆転できそうなカードはあるだろうか。

 

ブラックホール

ハーピィの羽根帚

死者蘇生

精霊獣カンナホーク

霊獣の相絆

 

なんとブラックホールとハーピィの羽根帚が。

 

これなら逆転できそうだ。

 

 

「トリックスターマンジュシカの効果発動。相手の手札にカードが加わる度に、200ダメージを与えるわ」

 

 

水川水渚LP︰1400 → 1200

 

 

「更に、トリックスターライトステージの効果で200ダメージ」

 

 

水川水渚LP︰1200 → 1000

 

 

「これで終わり?じゃあ」

「更に、トリックスターリンカーネーションを発動。水川君は手札を全て除外して、その枚数分カードをドローして」

「へぇ。僕の手札をリセットか。でも5枚の手札は変わらないよ」

「……トリックスターマンジュシカの効果で手札に加わった枚数×200、つまり1000ダメージを与える」

「なっ!」

 

 

ま、不味い!このままでは負ける!何かカードを発動して手札を減らさなければ!

 

 

「僕は霊獣の相絆を発動!場に残った2体の霊獣モンスターを除外して、来てくれ!ホーク!」

 

 

《聖霊獣騎カンナホーク》

星6 風属性 雷族

攻1400 守1600

 

 

他には……もう…発動できるカードが無い……

 

 

「残った4枚の手札を全て除外して4枚、カードドロー」

「トリックスターマンジュシカの効果で4枚×200、800ダメージ」

 

 

水川水渚LP︰1000 → 200

 

 

「更に、トリックスターライトステージの効果でトリックスターがダメージを与えた時、200ダメージを与える!」

 

 

水川水渚LP︰200 → 0

 

 

……ま、負けた。この僕が。

僕は決して自分のことを強い部類ではないということは理解していたけれど、それでも戦ったことは無いだけで心の何処かではGo鬼塚やブルーエンジェルのような有名カリスマデュエリストにも勝てると思っていた。

 

それがこのザマだ。蓋を開けてみたらライフポイントを1ポイント足りとも削ることができずに負けてしまった。

 

 

……この程度じゃ、全然足りないという事か。

 

 

「完敗だよ。あおさん。」

「……さっきの5枚の中で、あと1枚でも速攻魔法カードがあれば、勝負はわからなかったわ。私にはもう手がなかったから。正直水川君がこんなに強いなんて思ってなかった」

「そう?でも僕の強さを魅せてあげるって言ったのに、あんまり魅せてあげられなかった気がするなぁ」

 

 

このデュエルで財前葵、カリスマデュエリストブルーエンジェルの実力はわかった。Go鬼塚やプレイメーカーの実力もこれくらいはあると見ていいだろう。

 

……プレイメーカーの手伝いか。僕の実力を上げるには丁度いいかもしれない。

 

 

「……でも、水川君切り札出してないわよね」

「切り札って?」

「前に見せてくれたガイアペライオ。あと、リンク4のモンスターも持っていたわよね」

 

 

それらは出してないのではなく、出せなかったのだ。

 

……展開補助のカード入れた方が良いのだろうか。

 

 

「次、デュエルする時には見せてあげるよ」

「本当?約束ね」

 

 

そんな安易な約束をしてしまったことを後悔することになるなんて、僕はこの時はまだ考えても居なかった。

 

 

未来に考えるかどうかは知らないけど。

 

取り敢えず財前葵の私服はカメラに収めなければ。初デュエル記念なんて風に言えば撮ってくれるだろうか。

 

 

「それじゃ今回のデュエルの反省会でもしてみる?僕達一応デュエル部だし」

「そうね。水川君ならデッキを見せても大丈夫だし」

「お?じゃあデッキ構築相談会も始めちゃいますか」

 

 

 

 

「プレイメーカー」

《水川か?どうしたんだ?水川のこちらへの協力についての返答ならこちらから連絡すると言ってあった筈だが》

「事情が変わったんだ。僕はもっと強くなりたい。昨日までは君への礼のつもりで協力すると言っていたけれど、今度は僕の為にも君と共に戦いたい」

 

 

財前葵、ブルーエンジェルは格上である。それはわかっていたことだが、それで実際に負けてしまっては目も当てられない。

 

昨日僕はハノイの騎士に目をつけられた等と、プレイメーカーに協力する為の口実の為にそんな事を言った訳だが、実際にその可能性はあるのだ。

 

ブルーエンジェルに負けたという事実は僕の身の危険をハッキリと伝えてくれた。

 

突然殺されるのならば諦める他無いだろうが、殺されるとわかっていて抵抗しない程僕は愚かでは無いつもりだ。

 

 

《……わかった。そこまで言うならお前の協力を認めよう。だが、お前がこちらに協力するのならば3つの条件を飲んでもらう》

「何かな?」

《一つ、こちらの情報を誰にも与えず、こちらを害さないこと。例え財前葵にでも情報を渡してはいけない》

「わかった。誰にも言わない」

 

 

元々財前葵を巻き込む気などさらさらない。

 

と言うか、普通そこは家族にも、と言う所なのではないだろうか。

 

まぁ家族よりも財前葵の方がよっぽど交流しているが。

 

他に僕に交友関係の深い人間等居ない。

 

 

《二つ、協力と言うからにはこちらの指示に従って貰う》

「当然だよ」

《三つ、絶対に死ぬな。例え何があろうと生きて返ってこい》

「それこそ当然だよ。僕は死にに行く気なんてないよ」

 

 

……やはり、プレイメーカーは、藤木君は優しい。

 

 

《……わかった。では後の事については追って連絡する》

「うん。またね」

 

 

……超えよう。

 

プレイメーカーを。ハノイの騎士を。ブルーエンジェルを。



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12.

「ここだ」

「……ホットドッグ屋?何度か食べた事はあるけど、結構美味しかったな。先にご飯を食べるってこと?」

 

 

今日は具体的に話をすると言うから財前葵の自宅を早めに出てきてここまで来たのだから、そこまでして夕食を食べるというのは少しむっとくる。

 

 

「いや、用があるのはこの中だ。来い」

 

 

 

「来たか、遊作。……それと、そっちの君が例の水川君か」

「初めまして。水川水渚です」

 

 

……この人は一体誰なのだろうか。一見するとただの優しそうなお兄さんだが、この人もプレイメーカーの協力者なのだろうか。

 

ぐるりと周りを見渡すが、明らかにホットドック屋には要らないであろうハイテクノロジーな機材の数々。

 

なんだかそれっぽくて格好いい。映画のようだ。

l

 

「あぁ、あまり堅苦しくしなくていいよ。遊作を相手する時と同じでいい」

「そう?じゃあそうさせてもらうけど……」

「紹介する。この人は草薙さん。一言で言うと、俺と同じ目的を持った人だ」

「草薙翔一だ。遊作から話は聞いてる。俺達に協力してくれるんだってな?」

 

 

……藤木君は一体僕をどんな風に紹介したのだろうか。あまり変な風に言っていなければいいけれど、藤木君からの印象もわかるし是非とも知っておきたい所だ。

 

 

「うん。言えない事情も言いたくない事情も言わなくていい。僕については便利に使える駒の一つとでも考えてくれて構わない」

「ハハ。変に扱う気は無いから安心しろ。貴重な遊作の同世代の友達だろ?」

「草薙さん」

「ち、違うよ!趣味は合うけど僕とゆー君はまだそんな関係じゃない!」

 

 

大体、僕が藤木君にしたことなんて突然の呼び出しからの会合に一緒に財前葵の救助、そして脅しだ。

 

あれ?一緒に財前葵助けたのは結構ポイント高いかもしれない。他の実績に比べてそれだけは露骨にプラスイメージである。

 

脅しについては……本気じゃないことはわかって貰えているとは思うが、こんな関係で友人だなんてとても言えない。

 

 

「趣味が合う……?ゆー君……?」

「十分仲が良さそうに見えるが?」

 

 

不味い。墓穴を掘った。

 

個人的に今の藤木君のことをそのまま呼ぶのは少し恥ずかしいので、つい財前葵と同じく愛称で呼んでしまったのだがタイミングが悪かった。

 

別に友人だと思われるのが嫌な訳では無い。

 

だが、今肯定してしまえば「勝手に友人扱いしてくる奴」として認識されてしまうに違いない。

 

それは僕の望む所では無いのだ。

 

 

「そ、そんなことより、今はもっと他に話すべきことがあるんじゃないかな!」

「個人的には遊作の交友関係については少し興味があるんだが……」

「……気にしないでくれ。じゃあ先ず水川には少々詳しい自己紹介をして貰いたい。お前が何を目的に動いているのか、俺としても把握しておきたいからな」

「あぁ、まだ出会ってから日が浅いしね。いいよ。話すよ。……あれは、僕が入学して間もない時のことだった」

 

 

 

 

 

さて、取り敢えず校舎も一通り見て回れたか。

 

僕は基本的に新天地に来たら、取り敢えず辺りを回ってみる事にしているのだ。

 

その理由としては、間違っても迷ったりはしたくないという気持ちと、単純に見慣れない光景を楽しみたいからという気持ちからだ。

 

この学校はそこそこに面積が広いので探索は苦労したが、お陰で人気の無さそうな良いサボりポイントも見つけることができたので満足の行く結果だ。

 

一応、高校生活で真面目に授業を受けるつもりではあるが、心の中ではわかっているのだ。

 

どうせ後から面倒臭くなって教師の話をマトモに聞かなくなるということは。

 

もしもそれで教師の話を聞き流して休校日の情報なんかを聞き逃したりでもしたら本当に目も当てられない。

 

そんな僕のサボりの対策として最も手っ取り早いのはやはり真面目に聞いている人に聞く、ということだろう。

 

高校生活で人間と仲良くする気なんて全く無い僕だが、それでは苦労することはよくわかっているのだ。ペアや班を作れと突然に言われて困惑することになるであろうと言うことは容易に想像できる。

 

だから、最低でも一人は大人しい目で真面目そうな人物とオトモダチになっておくべきだろう。

 

できれば、友人が居なさそうな相手が好ましい。そんな相手だけに話しかけていれば相手の方から懐いて情報を持ってきてくれたりもする。

 

ちなみに、サボらないように真面目に頑張るという選択肢は無い。一応、今はそうする気ではあるが、人間というのは何を考えるかわかったものでは無いので1ヶ月後にどんな考え方をしているかなんてわかったものでは無い。

 

 

 

 

さて、時は昼休み。

 

ここまでの時間で先程の条件に当てはまっている人を絞り出すことができた。

 

その最有力候補が入学したてで皆浮き足立っているこの状況で誰とも話さず、一人でただ佇んでいる彼女だ。

 

異性なのがペアや班を組む時同性限定で一緒に組むことができない時があるのでそこがバットポイントだが、どうやら艶のある綺麗な良い髪をしているようだし、彼女にしよう。

 

 

「ねぇ。君」

「……何?」

「名前、聞いてもいいかな?」

「……財前葵」

「ザイゼンアオイサンか。僕は水川。水川水渚だよ。君は何処から来たの?」

「貴方には関係ないでしょ」

 

 

突き放すような強い口調だが、まぁ仕方が無い。

 

先程の条件の中の独りで居る人間というのはそんなことになっている理由というものがあるのだ。

 

例えば緊張している。単純に人と話す時はこんな口調になってしまう。同世代の人間との会話に慣れていない。独りが好き、若しくは関われない理由がある。

 

大体こんな所か。

 

最後の理由の場合だと、もしかしたら徹底的に僕を拒絶して場合によっては諦める他無いかもしれないが、他の理由ならば一人で居るのは周りの話しかけてくる人間が“友人を求めている”場合だということが殆どだ。

 

その場合、気が合う人間だとか、一緒に居て楽しいだとか落ち着くだとか。

 

まぁその辺りはよくわからないが、そんな友人を求めて話しかけている為、こんな風に突き放すような口調をしていると、周りの人間達はただの挨拶でもしただけのように一斉に離れていく訳だ。

 

だが、この場合別に関わりたくないという意識がある訳では無いので、こちらの対応によってオトモダチになることは可能だ。

 

 

「……」

「ね。何処から来たの?」

「……地元。徒歩でここまで通える距離よ」

「へぇ。そうなんだ。僕も大体そんな所かな」

「貴方ってぶぶ漬け好き?」

「うーん。もっと甘い方が好きだなぁ」

 

 

……結構直球で来るな。

そっけない態度は別におかしくはないがここまで直球だと独りが好きなんてこと有り得てくる。

 

 

 

 

 

結果的に彼女、ザイゼンアオイは独りが好き、関われない理由がある。という訳では無いようであった。

 

ある時、ザイゼンアオイが語っていたが、どうやらザイゼンアオイの兄が大企業SOLテクノロジーの部長らしく、彼女と仲良くなればSOLテクノロジーに就職できるのではないか。や、SOLテクノロジーの商品を融通してくれるのではないか。何て言う理由で近づいてくる人間が多いようで、若干の人間不信に陥っているようだった。

 

僕の中学の人間に似たようなことをしている人が居たので少しは僕にもわかる。

 

兄弟がコンビニで働いていて、賞味期限切れの食品やその他の処分品を持ち帰ってくるなんて言ってそれを学校に持ってきている人が居た。

 

また持ってくてくれ。今度はアレが欲しい。

 

自分の職場というのならばまだしも、兄弟や家族の話で事情も知らないと言うのに人々は無遠慮にそんなことを頼まれていくのだ。

 

それを誰もが気軽に利用するコンビニから大企業SOLテクノロジーに代わり、賞味期限切れの食品ならばまだしも就職や商品の融通。

 

非常に面倒臭そうだ。そんな人間が多ければあんな突き放すような話し方をしたことも頷ける。

 

 

まぁそれはいい。

 

元よりそうではないかと悟ってはいたが、実際にザイゼンアオイが交流することを嫌うことはないことを知った僕はひたすらに彼女に話しかけ続けた。

 

当初の予定ではそれ程までに関わるつもりは無かったが、それでも僕の足は自然とザイゼンアオイに向かっていった。

 

その理由を推測すると、恐らくは近年稀に見る程、退屈だからだ。

 

何のことは無い。高校生活も中学生活と大して変わらなかったと言うだけだ。

 

ザイゼンアオイと居る時間はつまらない物では無かったし、最近は気になっている本も夢中になっているような趣味も無かった僕にとってザイゼンアオイと一緒に居るのは僕のつまらない高校生活からの逃避となっていたのだ。

 

だがあくまでもこの時、僕のザイゼンアオイへの印象は、ただ僕の退屈を紛らわせてくれるクラスメイトAというAIに向けるような感情に過ぎなかった。

 

当然僕は彼女に対して欠片ばかりの好意も持ってはいなかった訳だが、そんな僕の感情は特に変わった事も無い平凡な1日に、変わり果てることとなった。

 

 

 

 

 

……退屈だ。

 

高校に上がっても、別に面白い授業内容をしている訳でも無い。

 

一般的に高校生が楽しむようなことはある程度行ったつもりだ。

 

友人との語らいなんかもザイゼンアオイでこなしているし、異性との青春なんてものも同じくザイゼンアオイでこなせている筈だ。

 

若者が夢中になっているリンクブレインズでデュエルもしたし、その他の趣味もやってみた。

 

部活動も体験入部だが加入してみたし、勉強だって大体の授業の予習はした。

 

だが、退屈だ。どれも僕が楽しむ努力をすれば一時的に楽しませてくれることはできる。

 

だが、そこまでだ。よく物語に出てくるような我を忘れる程の熱中はそこにはなかった。

 

 

……隕石でも落ちてこないだろうか。

 

 

 

「気分が悪いので、保健室に行ってもよろしいでしょうか」

 

 

ザイゼンアオイが唐突に言い出した。

 

この発言は僕にとって好都合だ。

 

この授業を聞いているよりがザイゼンアオイと話している方がまだマシというものだろう。

 

未だ学校が始まって間もない故の言い訳も使えることだし、僕は彼女に便乗することにした。

 

 

「……ザイゼンサンは保健室に行ったことが無いようなので迷うかもしれません。直ぐに帰ってくるので僕が保健室に送り届けて来ますね。何かできるかもしれませんし」

 

 

 

 

 

「私が迷うかもって……流石に迷わないわよ。いざとなれば案内でも見ればいいし」

「まぁいいじゃないか。僕ちょっとあの授業飽きてきちゃってさ」

「……一人でゆっくり休みたかった」

「邪魔はしない……いや、お喋りしたいしちょっと邪魔するかも。許して?」

 

 

まぁ、許してくれなくても一緒に居るのだが。

 

ザイゼンアオイ。今日も僕の暇潰しに付き合ってくれ。

 

 

 

 

「あれ?保健室誰も居ないね。まぁいいか。そこのソファーでお喋りでもしてようか」

「悪いけど、私は休みたいの。そっちのベッドで寝ているから、水川君はここでサボりたければ居てもいいけど」

 

 

そう言うとザイゼンアオイはそそくさとベッドに入ってそのまま完全に睡眠の体制を取った。

 

ノンレムだ。ノンレムする気だ。

 

一応保健室で男女2人きりという頭の中がお花畑のある意味健全な高校生ならば変なことでも考えそうなシチュエーションなのだが、ザイゼンアオイには危機感が足りないのではないだろうか。

 

 

「本当に寝ちゃうの?僕、退屈なんだけど」

 

 

……返事が無い。これは本当に僕を無視してノンレムするつもりのようだ。

 

若しくは、既に寝ているのか?だとすれば早すぎるし、そんなに早く自分の意思で眠ることができるのならば少し羨ましい。

 

 

「ザイゼンサン?……本当に寝ちゃったの?」

 

 

全く動かない。本当に寝たというのか。

 

……こんな無防備で。

 

僕の頭の中はお花畑では無く風に揺らめき綺麗な音を奏でる森林のつもりなのだが、そんな僕でも無防備に身体を晒しているザイゼンアオイを見ていると、ついこのしなやかな髪やぺったんこな身体に触れてみたいと考えてしまう。

 

でももしそんなことをしたなんてことがバレては相当に怒られてしまうだろう。

 

最悪、学校側に伝わって退学だ。

 

そこまでの危険を背負ってでもザイゼンアオイにセクハラをするというのか?この僕が?有り得ない。

 

 

……でも我慢はできないので触れはしないが近寄らせて貰おう。

 

 

 

「水川君……何してるの?」

「……あれ。起きちゃった?」

 

 

僕は我慢した。ザイゼンアオイの身体には指一本足りとも触れてはいない。

 

なのでセーフな筈だ。

 

 

「添い寝……えっと、どうして?普通ここでの選択肢は私の身体を触るか我慢するかで添い寝するなんて選択肢は無いと思うんだけど」

「………」

「水川君。私の目を見て。」

「……う」

 

 

ザイゼンアオイの目……これまでマトモにザイゼンアオイを見たことは無かったが、こうして正面からザイゼンアオイだけを視界に入れてザイゼンアオイだけを感じていると、なんと言うか、こう言いようのない感覚が僕を襲ってくる。

 

 

「本当の事を言って」

「……身体は触っちゃいけないだろうと思って、でも何もしないっていうのは嫌だったから」

「………まぁ、確かに触りはしなかった訳だし今回は不問にしてあげるわ」

 

 

危なかった。まさか僕があそこまでに財前葵の身体を触れたいという欲求が高まるとは思っていなかった。

 

確かに無防備ではあったが、だからと言ってあそこまで引き込まれるとは予想外だった。

 

 

「……不問にしてあげる。って言ってるからって、何時までも添い寝していていいって訳じゃないんだけど」

「ご、ごめんねあおさん。後5分だけ許してくれないかな……」

「あ、あおさん?何それ」

「お願い。気にしないで……後、僕がここで添い寝してることも気にしないで……」

 

それからというもの、僕の中は財前葵で満たされて、退屈な高校生活とは離れることができた代わりに学校での思考の幅が極端に狭まってしまったのである。

 

 

 

 

 

「……という訳だよ」

「悪い。自己紹介をしてくれると思っていたんだが……どういう訳だ?遊作?」

「俺にも全く理解できない」

 

 

あ、あれ?僕の渾身の回想シーンが空振りしている。

 

 

「えっと……そんなことがあってあおさん……財前葵ね。彼女の魅力に抗えなくなったから、彼女の為に動いているよってことなんだけど」

「長い。始めからそれだけ言え……」

「だってゆー君が詳しくって言うから……」

 

 

というか目的とか聞かれても別に僕は感覚で動くタイプなので目的とか特に無いのでどうしようもないのだ。

 

ならば今は財前葵の為に動いていると説明する他ない。

 

……というか、同士である藤木君だからこそ良かったものの、凄く恥ずかしかったのだが、藤木君少し冷たくないだろうか。

 

 

「ええっと……水川君はフェアリーだよな?以前リンクヴレインズで建物を破壊したのは何でだったんだ?」

「建物?あおさんが電脳ウイルスに犯された日だよね?あれ以上デュエルさせたら不味そうだし、単にデュエルを中止させようと思って道を塞いだだけだけど。まぁゆー君がデュエルで勝つ方が早かったけど」

「それじゃ、カメラを破壊して回ってたのは……」

「そりゃ、あおさんだってあんな酷い事故シーンをあれ以上世界に放送されるのは嫌でしょ」

 

 

一応建物を破壊した犯人がバレないようにという意図もあったが、まぁそれはいいだろう。

 

 

「……しかし、さっきの話を聞くに、水川は財前葵の正体を知らずに近づいたのか?」

「ブルーエンジェルについて知ったのはあおさんが電脳ウイルスに犯された日だからねぇ。それ以前はリンクヴレインズをやってるってことも聞いてなかったよ

 

 

しかし、藤木君はどうやら僕がブルーエンジェルの正体に気がついていたものだと考えていたらしいし、なにかなにか思い違いをしている気がする。

 

 

「もしかしてゆー君があおさんに近づいたのは彼女がブルーエンジェルの正体だって知っていたからなの?」

「……あぁ。そうだ」

 

 

成程。それで僕も同じなんだろうと考えた訳だ。

 

だが僕はこんな機械を操る技術なんて持い。

 

日常生活を送る上で問題無い程度にはコンピューターも触ることができるけれど、こんな画面がいくつもあるよくわからないのは無理だ。

 

 

「ねぇゆー君。勘違いしてない?僕ハッカーとかじゃないよ?わかってる?」

「……遊作。話が違うんだが」

「…………やっぱり帰るか?」

「嫌だよ!」








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13.




「所でゆー君。ブルーエンジェルの正体突き止めたって。ハッキングだよね?それ、犯罪だよね」

「……あぁ」

 

 

まぁ僕だって女医のこともあり結構犯罪を犯しているので全くそれについて責めることはできないのだが。

 

 

「まぁ、それについては良いんだけど、一つ聞いていい?」

「なんだ?」

「……ブルーエンジェルの正体。そんなに簡単に突き止められるものなの?」

 

 

財前葵自体は特に気にしていないように言っていたが、とはいえ不特定多数に正体が知られてしまうのはよろしくはないだろう。

 

藤木君は良いファンだったから良かったものの、悪いファンがブルーエンジェルの正体を突き止めたりでもしたら大変だ。

 

 

「突き止めたのは俺だが……まぁ、面倒ではあるが腕の良いハッカーなら突き止められるレベルだな。 心配ならプロテクトでも掛けておいてやろうか?」

「良いんですか!?えと、クサナギサン!」

 

 

そんなこともできるのか。

 

まだ正式に協力者とは言えなさそうな僕に対してそんなことまでしてくれるなんて。恐らくは僕がハッカーだと思っていたがそうでは無いとわかって申し出てくれたのだろう。

 

藤木君の協力者……いや、仲間と呼んでも良いだろう。

 

良い人の周りには良い人が。ということか。

 

ハッカーなんていう犯罪者だが、そんな技術を持っていても悪いことには使っていないようだし、犯罪者ではあっても悪人ではないようだ。

 

 

「あぁ。ハッカーってのはどうやら本当に勘違いだったようだが、カリスマデュエリストってのは間違いじゃないんだろう?協力してくれるなら遊作の助けになるよ。それくらいはやってやるよ」

「……ありがとうございます」

 

 

これでこれ以上犯罪者が財前葵に近づくことも無くなった訳だ。

 

しかし、クサナギサンのハッキング技術は恐ろしいな。

 

個人情報を面倒だと言いつつも簡単に暴き、そのプロテクトまで容易に行う。

 

……僕はそちらの方面についての知識は無いのでハッカーとして能力が高いのかどうかはよくわからないが、これが簡単な技術ならば財前葵があれ程平和に暮らせては居なかっただろう。

 

つくづく思う。この技術が悪用されなくて良かったと。

 

ハッキングは犯罪だし、そもそも悪用された結果ハノイの騎士が生まれているのだが、まぁ考えないことにしよう。

 

 

「じゃあ次はこっちの番か。どこまで話したんだ?遊作」

「……まだ殆ど何も話していない」

「あっ。ハノイの騎士を狙っている目的だとか、その他背景についても話さなくてもいいよ。そこまでの信頼はできてないだろうし、僕としても正直に言っちゃえば君達の目的について興味は無いからね。僕はただゆー君に恩を返してついでに実力も上げちゃおうってだけだから」

 

 

話してくれると言うならば確かに協力する上で動きやすくはなるだろうが、深く関わり過ぎるつもりも無い。

 

彼らはおそらくイイヒトなのだろうが、だからこそ彼らの背負っている物を僕も背負うつもりは無い。

 

 

「まぁ、話さなくてもいいって言うなら気楽でいいが……本当にいいのか?」

「構わないよ。ただ、関係無いならアイ君のこととかは聞きたいかな。特殊なAIって……どう特殊なの?」

「あいつか……遊作。そういえば今日はどうしたんだ?」

「煩いから置いてきた」

 

 

……煩いのか。確かに制御しきれていない部分はありそうではあったが、僕のように機能を停止すればいいものを。

 

わざわざデュエルディスクごと置いてこないといけないとは。確かに特殊なAIのようだ。

 

 

「あのAIは───」

 

 

 

 

 

その後の彼らとの対話はまぁ、特筆するべき物でも無いだろう。

どうやら藤木君が言うにはあのAI、イグニスと言うらしいが、あれは実は意思あるAIらしい。

 

なんだかこれは重要な事らしく、SOLテクノロジーもハノイの騎士もこのイグニスを狙っていて、だからこそハノイの騎士を狙っている藤木君がイグニスを捕まえたとの事だが、僕としては寧ろ今までのAIも高級な物であれば意思くらいはあるものだと思っていたので、意思あるAIというものがそれ程重要な物だとはあまり思えなかった。

 

AIが意思を持ち人類を支配する。

 

なんて映画はいくつでもあるだろうが、そういった映画というのは所詮有りもしないIFにより倫理的、社会的に悪いことを民衆から取り除く目的であることがよくあるので大して気にもしていなかった。

 

 

それに、もしもそんな映画が実現したらそれはそれで面白い。

 

その他彼らの事情については語られることは無かったし、取り敢えず僕の活動についても次回以降となったので取り上げることが無くなってしまったのだ。

 

それに、彼らとの出来事よりも僕にとっては唐突にかかってきた電話の方が面倒で厄介な物だったのだ。

 

……どうやら、ハノイの騎士の下っ端とのデュエルで僕が命を対価とした条件。

 

僕に一軒家を。という物が叶えられたらしいのだ。

 

ハノイの騎士程の藤木君やクサナギサンとは比べ物にならないような犯罪者ならまさか本当に約束なんて守ってはこないだろうと踏んでいたのだが、どうやら律儀にもあの約束を守ったようなのだ。僕なら絶対に守らないのに。

 

それで、僕名義でお家との諸々の契約をしようとしたらしいのだが、そこで大落とし穴 。

 

未成年である僕一人ではそんな契約はできないのだ。

 

当然、遠くに住む僕の家族達に連絡が行き、それについて散々質問責めにあった。

 

流石はハノイの騎士と言うべきか、父が言うには何処からか降って湧いたようなお家で詳細が全く不明らしい。

 

まさか命を賭けたデュエルをしてその代価で手に入れたとはとても言えないので、曖昧なことしか話すことができなかったのだ。

 

そもそも、僕は家族らに僕がリンクヴレインズでカリスマデュエリストをやっていることなんて話していない。

 

結果として上手く話が纏まりはしたが、そんないざこざと引越しのせいで数日を無駄にしてしまった。

 

財前葵の所にも藤木君の所にも行くことができなかったのだ。

 

念願の一軒家が手に入ったのだから良しとはするが、折角財前葵と1日一緒に居られる数少ない時間を失ってしまった。

 

ただでさえ藤木君の所に行くこともあって財前葵の家に行く時間が減っていると言うのに。

 

「お兄さまから聞いてはいたけど、大変だったわね。突然引越しだなんて」

「あおさんの家や学校とも近くなったし便利だよ。お家も結構広いし。あおさんも今度来てみるといいよ」

「そうね……そういえば、毎回こうしてお兄さまを経由してたらお兄さまにも悪いわね」

 

 

……今更な話だが、僕は財前葵の連絡先を知らなかった。

 

なので、代わりに財前晃に数日は家まで行けない旨を伝えたのだが、毎回これでは流石に不便だ。

 

だが連絡先と言う物は何だか聞きにくかったので彼女の方から言い出してくれたのは有り難い。

 

「それじゃあ連絡先交換しようか……ハイ、携帯。登録お願いね」

「あ……うん」

 

 

流石は財前葵。現在人の手つきだ。

 

僕と同じでそれ程連絡を取る相手も居ないだろうに、携帯を操るその手つきは正に現代人と言えるだろう。

 

「はい。登録できたわ」

「ありがと」

 

 

これで遂に僕の携帯に連絡を取れる友人が……

 

まぁ別に欲しかった訳では無いし藤木君やクサナギサンの方が先ではあったが。

 

というか友人を拒否していたのは僕の方なのだからそれで喜ぶ訳は無いが、財前葵のものとなれば話は別だろう。

 

……お試しメールでも打ってみようか。

 

 

~お試しメール~

 

届いてる?水川水渚だよ。

 

そういえばつい先日家族と会ったから思い出したけど、僕のこの名前って親が水が好きだったんだよね。川とか湖とか海とか関わらず。、それでこんな名前になっちゃったの。

 

それでデッキも水属性のを渡されてさ。

 

別にその他の生き方をすることを止められた訳じゃ無いから別に構わないんだけどね。

 

 

……送信っと。

 

 

 

「……そうだったんだ」

「お。ちゃんと送信できたみたいだね」

 

 

僕の家族はその辺だけ見ればよくドラマなんかに出てくるような子供に理想を押し付けるタイプそのものだが、押し付けている訳では無く、好きに生きればいいと常に言われて来たのでそこだけが違う所だ。

 

 

《財前葵よ。ご家族と会ってきたのよね?水川君から他人の事を聞いたのは初めてだわ。元気そうだった?》

 

 

「……ここからは普通に話そうか」

「……そうね」

 

 

 

 

 

そうしていつも通りの談笑をしていると、クサナギサンから電話がかかってきた。

 

 

「あ……ちょっと待ってね。電話だ」

「えぇ」

 

 

 

《やぁ水川君。俺だ》

「クサナギサン。どうかしたんですか?」

《直ぐに出てこられるか?今回できることは無いかもしれないから無理にとは言わないが、できれば様子だけでも見ておいて欲しいんだが》

 

 

……僕は彼らの仕事風景をまだ一度も見ていない。

 

なので確かに一度見ておくことは重要なのだろう。

 

……なのだが、今は財前葵と一緒に……

 

 

「……わかりました。直ぐに向かいます」

《突然に悪いな。頼む》

 

 

 

「……少し用事ができちゃった。少し何時もより早いけど、今日は帰るね」

「水川君が……用事?」

「僕そんなに暇人に見えるかな」

 

 

少なくとも最近は凄く忙しい。

 

藤木君と会ってからというものトラブル続きだ。それに、最近僕がお家の事で忙しかったのも藤木君のせいだ。

 

藤木君のせいでブルーエンジェルが電脳ウイルスに犯されてその除去プログラムを入手する為のデュエルであの家を入手したのだから。

 

彼はプレイメーカーからトラブルメーカーに改名した方が良いのではないだろうか。

 

「……学校休んでる私の所に毎日来てたんだからそう思っても無理はないと思うわ」

「まぁ趣味とかは確かに無いけど……っと。これでまた話してたら終わらないか。それじゃ帰るよ」

 

 

そろそろ帰ろうかなと言ってから出た話題で数時間話していたということが過去にあった。

 

クサナギサンは直ぐにと言っていたし、何か重要な案件なのだろう。

 

 

「えぇ。明日も同じ時間?」

「そのつもりだよ……じゃ、またね」

 

 

 

 

 

「おぉ来たか水川君。これを見てくれ」

「……えっと、ゴーストガールから?誰?というかこれ肝心の本文が何も読めない……」

「ゴーストガールはネットワーク世界を股にかける電脳トレジャーハンターだ」

 

 

電脳トレジャーハンター……なるほど、情報屋か。

 

わざわざトレジャーハンターなんて風に格好付けずにそれならそう言ってくれればいいものを。

 

「草薙さん。あんたゴーストガールと知り合いだったのか?」

「いや。遊作とリボルバーのデュエルの時誘導したことがある。その時使ったソースコードに手を加えてプログラムを生成し俺が気づくように仕向けたようだ」

 

 

……一体何を言っているのかさっぱりわからない。

 

というか、リボルバー?確かリボルバーとはハノイの騎士のリーダーでは無かっただろうか。

 

既にデュエルをしていたのか。それに、今ここに居るという事は勝利してきたということだろう。

 

流石はプレイメーカー。と言った所か。

 

 

「えっと…結局これには何て書いてあるの?」

「あぁ。プレイメーカーに対して自分とデュエルしろという要求だ。自分が勝ったらプレイメーカーのAIをもらうと…」

『え~っ!?冗談じゃない!ねぇプレイメーカー様…そんな危険なマネしないよね?』

 

 

……相変わらずテンションの高いAIだ。

 

あれから僕も何度かここに来ているのでこのAIとも自己紹介する機会があったが、意思があると言う言葉通り、相当にテンションが高くて確かに人間らしいAIだ。

 

 

「受ける。ここには交換条件が示されている。SOLテクノロジー社のデータバンクへの抜け穴を教えると」

「……ゆー君もこれ読めるんだ」

「あぁ。当然だ」

 

 

当然なのか。

 

藤木君もやはり相当高い技術を持っているようだ。

 

AIであるアイもそういった技術は持っていそうだし、やはりネットワーク系の技術は必須なのだろうか。

 

 

『……どうでもいいけど、やっぱりプレイメーカー様はゆー君って感じじゃなくねぇ?』

「ゆー君はゆー君だよ?」

 

 

それに他の呼び方をしようとしても僕が考えればこんな風なニックネームとなるに決まっている。

 

 

「まぁ案外似合ってるかもしれないな。俺もそうやって呼んだ方がいいか?ゆー君?」

「……勘弁してくれ。それより、ゴーストガールへ返信してくれ。そのデュエルを受けると」

「あ。やっぱり受けるんだ。怪しくない?」

 

 

どうやらプレイメーカーはブルーエンジェルのみならず、Go鬼塚ともデュエルしているし挑まれれば割とデュエルは受けているのだろうとは思っていたが、情報屋なんていう明らかに罠が張ってありそうな怪しい人間からの挑戦も受けるとは。

 

まぁ藤木君もハッカーだし、ハッカーと情報屋ではどちらが怪しいかと聞かれればどちらも怪しいと言う他無いが。

 

 

「そうだな。また罠が仕掛けられているかもしれない」

「折角だし、僕が行ってこようか?へっへっへ、お前なんかがプレイメーカー様とデュエルするなんて3世紀早いぜ。って言ってさ」

『お?いいんじゃないか?水川の実力を計るには丁度良いし』

 

 

僕としてもそういった前哨戦の役割ならば命の危険も少ないだろうし、強い相手と敗北の許されたデュエルをすることができて良い経験値になる。

 

それに、プレイメーカーとしても残機1。という状態でのでデュエルなのだから悪くは無いだろう。

 

 

「悪くは無い案かもしれないな。だが今回は辞めた方がいい」

「……そうだな。変に機嫌を損ねて約束を破られでもしたら困る」

 

 

むう。そう言われては引き下がらざるを得ない。

 

だが、悪くは無いと言って貰えたことだし、これから役に立てるかもしれない。

 

 

「でも、本当に行くの?怪しさまっくすだよ」

「あぁ。十分承知の上だ。しかし一つ、そのメールからは自らのデメリットをも省みない、ゴーストガールの強い意思を感じる二つ、SOLテクノロジー社のデータバンクにはハノイの秘密情報も含まれているだろう。三つ、俺は必ず事件の真相を突き止める」

 

 

事件?僕に話していない部分か。

 

ならば深く聞かない方がいいだろうな。

 

……しかし、こうやって罠も全て踏み越えて行くからあんなにもトラブルメーカーなのだろうな。

 

 



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