魔法少女育成計画-dogma- (闇と帽子と何かの旅人)
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魔法少女育成計画
第一話『Prelude』


 ……ブウーーンーーーブウーーンンーーーー……。

 

 病室にマナーモードにしていた携帯のバイブ音が鳴り響く。

 おもむろに少女は携帯を手に取り、画面を付け確認する。

 どうやら最近プレイをしているソシャゲの告知みたいだ。

 

 開いてみると、唐突にマスコットキャラが喋りだす。

 

 【おめでとうございます。あなたは魔法少女に選ばれました】 

 

 ああ、この甘美な声……マスコットのファヴから再生される機械音に、小雪はゲームにはまっていたのだ。

 

 チャカポン……チャカポン……

 スマホの音が病室にこだまする。

 

 どうやら魔法少女に選ばれたと言うのはゲーム内の事ではなく。

 現実に起きている事だとファヴは説明を続ける。

 

 【君は魔法少女に選ばれたぽん】

 

 突如スマホの画面から飛び出すマスコットキャラクターに驚く素振りを見せる小雪。

 

 【そんなに驚かないでぽん!】

 

 一瞬スマホを落としそうになるが、強く握り締めていたおかげで、スマホこそ落としはしなかったものの、先ほどよりは小雪の気持ちは少し落ち着いていた。

 

 【いいから変身するぽん!!】

 

 マスコットキャラに促されるように変身を――

 

◇◇◇

 

 【ポン? 上手く変身できたぽん!】

 

 鳴り響く声に目を覚ますと、そこに私は居なかった。

 

 アルコールの匂いが鼻につく、ここは病室なのだろう。

 辺りを見渡すと見慣れない風景に着慣れない服。

 柔らかい絹のような素材で出来た白いその服は、まるでおとぎ話に出てくる少女のような格好であった。

 そこから伸びる細く華奢な腕や足も、服に劣らぬほど白く柔らかい。

 

 「何だこのウツクシサ」 

 【どうしたぽん? スノーホワイト】

 

 突然スノーホワイトと呼ばれる。ふと目の前を見る。そこには小さな人形が喋りかけていた。

 一瞬自分がおかしくなり夢でも見ているのかと思い、強く目をつぶりもう一度目を開く。

 しかしそこにまだソレは居た。

 

 【ぽん? そこに窓があるから自分の姿を見てみるといいぽん!】

 

 人形に促されるまま病室の窓を見ると、私が居た。

 見慣れない顔、触れると感触がある。

 

 【どうぽん? 魔法少女に変身した子はみんなそうぽん。見慣れない姿に驚いて当然ぽん! 君は魔法少女になったんだぽん!】

 

 現実が夢のようだった。私はどうやら魔法少女といふモノになってしまった。

 

 【あ、そうだぽん。さっそく魔法少女達のチャットに参加すると良いぽん】

 

 【スノーホワイトが魔法の国に入国しました】

 

 促され見慣れぬ機械を渡され、人形の言う通りに操作する。

 チャットルームに入ると、画面に見知らぬきらびやかな服を着た少女達が居た。

 

 【新しい魔法少女を紹介するぽん!】

 

 人形が開口一番に私を紹介する。スノーホワイト。

 何度か言われた名前【スノーホワイト】それが私の名前のようだ。

 

 「おぉ~。わたしは~ねむりんだよぉ。あめあげる~」

 

 ねむりんと名乗る少女に飴を渡されたので、私は口に含もうとしたが止められる。

 

 「あ~……あめって言うのはアイテムでね~人助けをするともらえるんだぁ」

 

 ねむりんからの贈り物に私は戸惑うが彼女は笑顔を見せる。 

 

 【ぽん! あめを集めておくと良いポン! 近々イベントも始まるから楽しみにしてて欲しいぽん】

 

 チャットルームの奥にはピアノが置かれていて奏者がいた。

 奏でられたピアノの音色はとても心地の良いものだった。きっと演奏する者の心が反映されているのだろう。

 

 「あの娘はね~くらむべり~って言うんだよ~」

 

 ねむりんはそう彼女を紹介する。くらむべり~という少女。

 遠めに見ても美しい魔法少女だった。異国優美な彼女にピアノはとてもよく合った存在だ。

 

 演奏に聞きほれながら、ねむりんと会話をする。

 

 「へ~……スノーホワイトちゃんは入院してるんだね~」

 「魔法少女になったせいか、身体も気分も軽くなったよ」

  

 重い話をしていたが、彼女は嫌味のまったく感じさせない人の良い笑顔を見せ、話に付き合ってくれていた。きっと育ちの良い娘なのだろうと私は思った。

 

 ふと音楽が鳴り止む。ピアノのほうに視線を向けると、奏者のクラムベリーがこちらに一瞥をした後に消えていった。

 

 「ログアウトしたんだねぇ~。私もそろそろ寝ようかなぁ」

 

 ねむりんはそう言うと、大あくびをしながらバイバイとつぶやき消えていった。

 

 静まり返ったチャットルームで一人たたずんでいると人形が話しかけてきた。

 

 【スノーホワイトはログアウトしないぽん?】

 

 きっと私がここを出たくなかったのは、まだこの夢の中に居たかったからであろう。

 

◇◇◇

 

 あくる日の朝。

 寝ずにただ己の存在を誇示し続けるように、スノーホワイトはそこにたたずむ。

 

 【おはようぽん? ずっと寝ずにいるのはさすがに身体にわるいぽん!】

 「人形を抱いて眠ってればよかったのかな?」

 【ぽん? だっこしてくれるのかぽん?】

 

 人形は実に愉快な反応を見せてくれる。昨日の夜から夜通し、この人形に魔法少女というモノについて教えてもらっていた。

 ここN市と呼ばれる街で魔法少女を【スカウト】している事。 

 魔法少女は魔法が使える事や、心や身体が強化され普通の人間よりは遥かに優れた存在になる事など。

  

 【スノーホワイトの魔法は困っている人の声が聞こえるぽん!】

 

 私は困惑していた。困った人の声が聞こえるのならそれは、自分の声が真っ先に聞こえてきそうだと思ったからである。

 

 【どうしたぽん?】

 「大丈夫だよ。あなたも困った事があったら私に言ってね」

 【スノーホワイトは優しいぽん! やっぱりファヴの目に狂いは無かったぽん!】

 

  話をしている内に、この人形からは可愛らしい姿をして愛嬌のある仕草や話し方をしてはいるものの、その裏側にとても深い暗闇を感じ……それはまるで私を映す鏡の様に思えた。

 

 【そういえばスノーホワイトは変身を解除して寝ないぽん? もしかしてさっきの説明わすれちゃったぽん?】

 「大丈夫……ただ、変身を解除したら、何も聞こえなくなってしまいそうで」

 

 それは本心だった。

 

 【それは大丈夫ぽん! 確かに解除すると魔法は使えなくなるけど、ファヴはいつでもいるぽん!】

 

 それは表情のわからない人形だったが、私には笑顔のあいくるしいモノに見えた。

 

 【ラ・ピュセルが魔法の国に入国しました】

 【ぽん! ラピュセルおはようぽん!】 

 

 突如部屋に現れた魔法少女は、騎士の様な格好をし、トカゲのような尻尾を持っていた。

 

 「ごめん昨日は来れなくて! その子が新しい子?」

 

 一瞬その魔法少女の私を見る目が驚きの表情になるが、すぐに柔和な笑顔になる。

 

 【そうだぽん! スノーホワイトっていうぽん! 教育係として面倒見てやって欲しいぽん!】

 「これからよろしくねスノーホワイト! 私はラピュセル!」

 

 ラピュセルと名乗る魔法少女は人懐っこい笑顔をこちらに向ける。

 純粋なその瞳は、きっとその少女が、まだ何も絶望を知らないからであろうと思った。

 

 よろしく。と、ただ挨拶を交わしただけの、ふと見つめ合う短い瞬間がまるで、私にとって十数年の眠りから醒めた、おとぎ話の姫の気持ちにさせるのであった。

  

 【ぽん! 今日の晩に重大発表があるから絶対に遅れないで来て欲しいぽん!】

 

 人形が感情の無い声で喋りだす。色の無い声だった。

 

 【ラピュセル、今日はちゃんと遅れないでぽん!】

 

 人形から念をおされるラピュセルを見て、私はただ微笑ましく思い。同時に、はからずも笑みがこぼれていた。

 

 その情景に私の心は困っていた。

 

 「スノーホワイト! 良かったら後でN市の一番高い鉄塔の上で会わない?」

 

 嬉々とした表情のラピュセルから誘いを受ける。

 無邪気に、まるで子供が公園に行きたいと母にねだるように。 

 

 私はかぶりを縦にふり、会う約束をした。

 

 「また後でね!」

 

 そう言ってラピュセルはログアウトしていた。

 

 画面から目を離し一呼吸おいて、病室を見渡す。

 魔法少女になる前の私は、きっとここから出られなかったであろうと思いにふけり。

 ふと、ベットの脇にスケッチブックが置いてあるのに気付いた。

 

 そこに描かれていたのは子供の描いた絵で、きっとその子が好きなものを描いて、しまっていた宝箱のようなものだと直感した。

 大切にされていたであろうスケッチブックのページをめくり、読みほどいていく。 

 沢山の絵が描かれていた。これは少女の家族だろうか。これは少女の友達だろうか。様々な絵に私は何かを懐かしむ、そんな気持ちにさらされた。

 

 大切なページを一つ一つめくる。それは記憶を紡ぐ映画(シアター)のようで、つい見入ってしまう。

 ふとページをめくる手が止まる。一際丁寧に描かれた愛らしい絵が、私の眼前に映し出されている。

 

 そこに描かれていたのは魔法少女の姿の私だった。

 

◇◇◇

 

 私はN市の鉄塔とはどこにあるのか人形に尋ねていた。

 

 【ぽん? N市の鉄塔ぽん? それなら、窓から見えるあそこだと思うぽん!】

 

 人形に促され窓の外を見る。外の景色が広がるそこに遠めに見ても大きいであろう、赤い鉄塔がそびえ立っていた。

 

 私は施錠されていた窓を開ける。その瞬間、外の空気が流れ込み病室に涼やかな空気が入りこむ。

 きっと鳥や雲のような存在は、いつもこの新鮮な空気に触れているのかしらん、などと子供のような無邪気な気持ちになり、私は窓から外へ飛び立った。

 

 



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第二話『Carnival』

 【クラムベリーが魔法の国に入国しました】

 

 「15人目の魔法少女は、どんな感じの方だったでしょうか?」

 

 誰もいなくなったチャットルームで、クラムベリーはファヴと会話をしている。

 

 【ぽん! スノーホワイトの事かぽん? とっても良い子ぽん!】

 

 ファヴのスノーホワイトへの評論に、少し落胆しつつもクラムベリーは、今晩発表されるというイベントのほうが気がかりだった。

 

 「今日の夜あるという発表というのは、どんなイベントの説明なのでしょうか?」

 【抜け駆けは駄目ぽん! 夜まで待ってて欲しいぽん!】

 「そうですね、わかりました」

 

 少々急かし過ぎてしまったかとクラムベリーは反省の態度をあらわしていたが、本心ではこれから始まる事が待ちきれなくなっていて、その事を想像し口元を歪ませながら笑っていた。

 

◇◇◇

 

 鉄塔に向かうスノーホワイト()は空を駆ける。そう、空を文字通り駆けていた(、、、、、、、、、、)

 まるで身体は羽毛の用に軽く。走る速度は人間離れ。一瞬自分が獣のなったのかと錯覚し、ふと手足を見る。

 

 「よかった……私は人間だ」

 

 鉄塔の頂上にはラピュセルが先に待っていた。

 

 「あ! よかった来てくれたんだね!」

 

 スノーホワイトの到着に顔をほころばせるラピュセル。

 私はその笑顔につられギコチナイ笑顔を見せる。

 

 実際にはじめて見る自分以外の魔法少女。

 私はたった今、生まれて初めて魔法少女と()り合いになったのだ。

 

 「小雪?」

 

 いぶかしむ様に私を見つめるラピュセル。その時私がどんな表情をしていたかは、私にもわからなかった。

 

 「颯太だよ! ほら一昨年まで同じ学校に通っていた岸辺颯太だよ」

 

 颯太と名乗るラピュセルはおもむろに変身をとき。本来の姿を見せた。

 そこには、いたいけな少年がたっていた。

 

 「小雪、わすれたなんて言わせねーからな」

 

 見覚えがある。病室で見たスケッチブックに描かれていた友達は彼だと。

 そう私の心が呼びかけている気がした。

 咄嗟に笑顔で少年の呼びかけに応じる。

 

 「小雪も変わってねえな~。昔描いてた絵のまんまの魔法少女になってるなんてな」

 「私もびっくりだよ。男の子でも魔法少女になれるんだね」

 「僕が一番驚いてるよ。その……完全に女になってるし……」

 

 少年は顔を少し赤らめながら、伏し目がちに話す。

 鉄塔の上で笑い声が響く。ふと近くの空を見渡すと海鳥がないている。

 ここは海が近いせいもあってか、景色が綺麗だ。

 

 「へぇ、中学に入ってからはサッカーをしてるんだ」

 「小雪は今どうしてるの?」

 

 少年からのその問いに、私は病室に居た事を思い出した。

 彼は純粋な笑顔でこちらを見ながら回答を待っているようだった。

 私は誠実に本当の事を打ち明けた。病院に入院していると。

 

 「小雪、病院抜け出して大丈夫なの?」

 

 少年は少し切なそうな顔をして眼前の少女を気遣っている。

 私は笑顔で大丈夫と、とびきりの笑顔を彼に見せていた。

 

 「そっか。魔法少女になって身体が強くなったのか!」

 

 少年の笑顔は少し無理をしている感じだったが、少女を気遣ってか、とびきりの笑顔をしていた。

 おもむろに立ち上がり颯太からラピュセルに変身する少年。

 そして騎士の様な振る舞いで、私の手をとる。

 

 「わが盟友スノーホワイト、あなたの剣になることを誓いましょう」

 

 そう述べ、少年は決意を秘めた表情で自らの思いを少女に告げていたのだった。

  

 その後ラピュセルと別れてから病室へ戻る途中、うっそうとし、朽ち果てた寺があった。

 静けさの中から、ふと少女の声が聞こえた。

 憧れているものになりたいという、他愛の無い子供らしい悩みだった。

 

 きっとこういう少女が魔法少女になるのだろうと、思いにふけりながら。

 病院へ駆け足で戻った。

 

 

◇◇◇

 

 

 病院に戻り布団を被っていると、食事係の看護婦が食事を部屋に置きに来ていた。

 魔法少女に変身したままだったので、私には看護婦の声が聞こえていたが、それは困った事に耳を貸す値打ちも無い言葉であったが、私の心は助けを欲していた。

 

 病室で飴を見つめながらふと思い返していた。人助けをすれば手に入る。先日のチャットルームでの言葉を思い返していた。

 

 私の能力はひょっとして人助けをする為に生まれてきたのかしらん、と独りごちていたら、魔法の端末が鳴る。

 

 【ぽん! 重大発表があるぽん! スノーホワイト! チャットルームへ急ぐぽん!】 

 

 ファヴに急かされ部屋に入る。

 

 【スノーホワイトが魔法の国に入国しました】

 【ファヴが魔法の国に入国しました】

 

 【みんな揃ったぽん!】

 

 チャットルームには私を含め魔法少女が全員揃っている。

 辺りを見渡すとラピュセルが、こちらに向かって手を振っていた。

 

 「ところで今日発表されるというイベントとは、どのような催しなのでしょうか?」

 

 ファヴに質問をするクラムベリー。

 ファヴが言うにはこういう事らしい。魔法少女を多くスカウトしすぎたので、間引きをすると。

 

 【というわけで魔法少女の数を減らすことにしたぽん】

 

 チャットルームがどよめく、これからどうなるのか心配する者。どうやったら魔法少女を続けられるのかファヴに説明を求める者。イヨイヨ怒り出す者。

 

 ファヴは場が荒れる事を想定していたのか。騒然とする室内でイベントの発表ぽん。と言い放ち、騒ぐ少女たちを黙らせた。

 

 【みんなもすでにしってると思うけどぽん。人助けをするとキャンディがもらえるぽん! それを一生懸命集めた優秀な魔法少女が、これからも魔法少女を続けられるぽん】

 

 イベントの発表があり魔法少女たちは話し合っていた。

 当の私は、ラピュセルの不満めいた言葉に相槌を打っていたのだが。

 そんな私達に、ねむりんが声をかけてきた。 

 

 ねむりんと呼ばれる魔法少女は、穏やかで今回の争いごとにも、あまり関心がない。

 というよりは最初から眼中に無いように思えた。

 

 「スノーホワイトちゃんは、最近魔法少女になったばかりだから大変だね~」

 

 ねむりんの言葉を反芻する。一番新人の私がこの事態を引き起こしたのではないか。

 そういう気持ちに駆り立てられ、私はファヴに質問をしていた。

 

 【ぽん? 今回のイベントはスノーホワイトが魔法少女になったから始まったかってぽん?】

 

 私は首肯(うなず)く。

 

 【スノーホワイト、そんなに気落ちしないでぽん。元々(、、)こうする予定だったぽん! だから気にしないでキャンディ集めに励むぽん!】 

 

 予定調和とも言いたげなファヴ。

 ファヴがそう言いきってしまったのだから、誰も反論も不満もぶつけられない。

 

 各々魔法少女達はグループに分かれて、会話をしていた

 ラピュセルは相変わらずの笑顔で私を不安にさせまいとしならがも、今後の方針について話しかけてくる。

 

 「スノーホワイトの担当地区と僕の担当地区は隣同士だろ? それにスノーホワイトの魔法を使えば人助けの効率も上がるんじゃないかな?」

 

 協力してキャンディを集めようとの事だった。確かに一人で出来る範囲は限られていて、この申し出はとてもありがたい。なにより彼が私の助けになりたいという声が聞こえたので、私は自分の心に従い、協力することにした。

 

 各々区切りがついたのか、チャットルームからは人が一人。また一人とログアウトしていった。

 

 「じゃあ僕も、そろそろ落ちるね」

 

 そう言ってラピュセルは手を振りながらログアウトしていった。

 

 部屋には私とねむりんとクラムベリーとファヴが残って居た。

 

 ねむりんはいつものように眠たげで儚そうな表情で、私の話を聞いている。

 私は魔法について話をしていた。 

 

 「私の魔法は、いろんな人の夢の中を自由に行ったり~来たり~。自由に過ごせる魔法だよ~」

 

 夢の中を行き来できると雄弁に語るねむりん。ふと彼女自身の夢は何だろうか。

 そう疑問に思いねむりんの声を聞こうとしたが、彼女は困ってないようだった。

 

 「そうだ~。あとで~夢の中で会おうよ~」

 

 そう言い放ち、ねむりんはおやすみと笑顔でチャットルームからログアウトしていった。

 

 はたして私が寝たとして、夢を見るかは別だったが。約束どおり夢を見るつもりで私はベットに横たわっていた。

 

 夢か現実かわからない世界。そもそもこの数日間の出来事こそ夢の中で、本当の私は魔法少女などでは無く、ベットで寝ている。ただの人間なのではないかと錯覚する。

 

 「スノーホワイトちゃん」

 

 柔らかな声が聞こえる。私は目を見開き、グルリグルリと目を廻転(かいてん)させる。

 そこは混凝土(コンクリート)で囲まれた、酷く狭い場所だった。

 

 

 

 

 

 



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第三話『Good morning』

 「ここがスノーホワイトちゃんの夢の中なんだね~」

 

 そう言いつつキョロキョロと辺りを見渡すねむりん、彼女はこんな所に居るべきでは無いと思い。私はねむりんに帰るよう促そうとするが。

 

 「すてきな場所だね~お話しよ~」

 

 私は全てどうでもよくなり彼女のそばへ赴いた。

 

 彼女と居る空間それはきっと、それこそどんな場所でもこんな風に幸せになれるのだろう。私は夢心地の世界で彼女と話をしていた。 

 

 「甘えん坊さんだね~よしよし」

 

 まるで嬰児(あかんぼ)のように私は彼女に甘える。

 

 「もしスノーホワイトちゃんが困ったら~いつでも私が助けてあげるね~」

 

 それはきっと、幸せな子供の夢のような時間だった。

 魔法少女という生物として生れ落ちた私が彼女という母に育てられる。

 

 「夢の中でも寝ちゃったね~なんだか~つられて~私も眠くなってきちゃった~」

 

 夢の中で見る彼女の夢はどんな夢なのかしらんと、そう思いながら私の意識はそこで途切れていた。

 

◇◇◇ 

 

 次に私が目を覚まして見た顔は、いつもと変わらない病室の薄汚れた壁の笑顔だった。

 私はそこから逃げ出すように街へ出かけていた。

 

 心の赴くまま人助けに固執し。街を彷徨っていると見知った人物が居た。そこには学校帰りの颯太の姿があった。

 

 「あ! 小雪、飴あつめてるの?」

 

 私は頷く。

 

 「それにしても小雪が元気そうでよかった!」 

 

 少年はこちらにはにかんでいたので、私も微笑み返す。

 少年は家に一旦帰ると言い、鉄塔で待ち合わせをしようと言い帰路へついていった。 

 

 私は鉄塔に足早に行き、彼を待つことにした。 

 

 「おまたせ、飴集め手伝うよ!」

 

 そう言いながら鉄塔に着いたラピュセルは私の隣に座り。凛とした表情でこちらを見ている。

 すこし風が冷たい。そう思いながらも、横に居るラピュセルを思う心はどこか暖かかった。

 街へ繰り出し人助けを繰り返す。落し物を探した。迷子を助けた。怪我で泣いていて動けない子供を親の元へ送った。

 

 本当に助けたいモノは何だろうか。ふと私は自問自答をしていた。

 横に居たラピュセルが喜々として私に話しかける。

 

 「スノーホワイト! 今日も大活躍だね」

 

 相槌をしながら声の聞こえるほうに向かう。

 更にラピュセルは楽しそうに話しかける。

 

 「やっぱりさ。小雪は魔法少女になるべくして、うまれてきたんだと思う」

 

 足が一瞬止まる。どうしたのと顔を覗かせるラピュセルを気にも留めず。私は声の鳴るほうへ進んでいた。

 子犬が居た。声の主はこの子だろうかと思いながら見ていると、子犬は傍らの亡骸に寄り添っていた。

 

 ラピュセルが悲しそうな声で語りかける。

 

 「この子のおかあさんかな。可哀想に、まだ小さいのに」

 

 助けを欲していても助けられない。たとえ魔法少女といえど、母の愛には勝てない。

 自分の無力さを目の前に痛感させられた気がして、私は呆然としながら立ち尽くす。

 

 「小雪、大丈夫?」

 

 ラピュセルが私を心配そうな表情で見つめていた。

 

 「きっと大丈夫だよ。この子は生きてるんだから」

 

 そう言いながら子犬を撫でるラピュセルの手に私も手を添える。

 子犬の声が聞こえなくなるまで寄り添っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 「すっかり朝になっちゃったね」

 

 ラピュセルの声に気付く、そのうちにふと周りを見渡すと朝焼けが見えた。

 

 「小雪も今日はお疲れ様。そろそろ帰ろっか。」

 

 どうやら少し眠っていたようだった、残念ながら夢は見れなかったようだったが。 

 ずっとに重ねていた手を離し、ラピュセルに手を振る。今日はありがとうと言い、別れた。

 

 私は魔法少女の体といふのは便利だと思っていた。たとえ心がすこぶる疲れても、体だけは元気なのだから。

 

 病院へと戻り私はベットに横たわる。私は昨日見た夢を。ねむりんにもう一度会いたいと思いながら、眠りについていた。

 

 「あれ~? もう朝なのに今からおやすみなの~?」

 

 夢の中でねむりんと出会う。

 タダソレダケで私は幸福だった。

 

 「頑張ってえらいね~。まとめサイトでも白い魔法少女が人気だよ~。あれってスノーホワイトちゃんの事だよね~」

 

 すこし照れくさい気持ちにさせられながら今日もねむりんと会話をする。

 甘えている私は彼女(ねむりん)には、どのように映っているのだろうか。

 子守唄が聞こえる。夢の中で眠れる事の幸せに、私は気付けなった。

 

 そうして私は夢と現とを繰り返す。明日の夜はイヨイヨ、魔法少女に失格者がでるであろう日に迫っていたが、私はねむりんの夢の中で夜を明かしていた。

 

 「スノーちゃん。明日の~お昼起きてる?」

 

 彼女の膝の上でうなずく。

 

 「よかったら~私のお家に遊びにおいでよ~」 

 

 突然の誘いに困惑していると、ねむりんが言葉を続けていた。

 

 「きっとね~明日の夜には、私は魔法少女を辞めることになると思うから~」

 

 私はただ黙ってうなずく。彼女はさらに言葉を紡ぎ続ける。

 

 「私が魔法少女をやめても、友達で居て欲しいな~と思って~」

 

 嬉しかった。感情ではそう思っているのに、なぜか困っていた。

 けれども。ずっと友達でいようねと、私は指きりをし彼女と約束した。

 

◇◇◇ 

 

 昼頃に目が覚め私はねむりんの住む家に向かっていた

 大きなマンションが見えて来る、マンションのオウトロックという物になれていなかった私は少し戸惑うが、言われた番号を押し、待っていると。ねむりんの声がし導かれる。

 

 三条という表札。どうやらここがねむりんの家らしい。

 扉が開き中から少女が顔を覗かせる。

 

 「ようこそ~。ここ私の所有してるマンションだからすこしぐらい騒いでも、平気だよ~」 

 

 いつもの眠たそうな少女が出迎えてくれていた。

 部屋に入るとお菓子がたくさん置いてあり、どれでもどうぞ~、という優しい声に少し遠慮がちにいただく。 

 

 「忙しいのに遊びに来てくれてありがと~」

 

 私は心のそこから笑顔ではにかむ。

 

 「今日は家に誰もいないから~たくさんお話できるね~」 

 

 どうやら家族は皆出かけていてねむりん一人のようだった。

 話といえど。いつも夢の中で話しているよね、などと笑いながらいつもと変わらず談笑していた。

 

 「それでね~夢の中以外でもキャンディあつめろ~ってファヴったら怒るんだよ~」

 

 ファヴが怒る事なんてあるのかと少々驚きながらもねむりんとの会話に花を咲かせていた。

 夕方になり。帰り支度をし、玄関に向かい別れの挨拶をし帰ろうとすると、彼女に呼び止められる。

 

 「これおみやげ~友達のしるしだよ~また会おうね~」

 

 手を握られ柔らかな感触と硬い感触が伝わる、開いてみるとそこには飴があった。

 

 私はそれを心のそこから感謝をして受け取り。またねと再開を約束する指きりをし。手を振りながら彼女と別れた。

 

 

◇◇◇

 

 

 【スノーホワイトが魔法の国に入国しました】

 

 その夜最初の魔法少女が脱落する。

 

 【今週一番キャンディが少なかった子は】

 

 とくにドラムロールが鳴り響くわけでもなく、ただファヴが淡々と進めていた。

 

 【ねむりんぽん! 残念ながらねむりんとはここでお別れぽん】

 

 指名されたねむりんは恥ずかしそうに笑っていた。

 

 「じゃあね~みんな~」

 

 笑顔で手を振りながら、部屋から消えていくねむりん。

 ねむりんのアバターが消えてなくなってしまうその直前に、私のほうを向きまたね(、、、)とつぶやいたように見えたので、それにつられ私も頷く。

 

 消えて行ったねむりんを、見送り終えた私が次に聞いたのは。

 いつものファヴの声だった。

 

 【ちなみに今週1位の優秀な魔法少女はスノーホワイトぽん! みんなもスノーホワイト目指してがんばるぽん】

 

 そう名指しされる。周囲からは拍手が巻き起こるが、そこにはちっとも喜べずにいる私がいた。

 

 イベントの発表も終わり、みなログアウトをしていく。私は眠る事もなく、ただ呆然とチャットルームに残っていた。

 

 「ファヴ、お聞きしたいことがあるのですが」

 

 クラムベリーがファヴに質問をしているのを私は横目に見ている。

 キョロキョロと見渡す、部屋には私とクラムベリーとファヴだけが残っていた。

 

 【ぽん?】

 

 ファヴはきょとんとした顔で質問に驚く。しかしその顔は眉一つ動かぬ無表情だったのを私は覚えている。

 魔法少女の資格を剥奪された魔法少女は、どうなるのかというクラムベリーの問いに。ファヴは口元を歪ませながら答える。

 

 【資格を奪われた魔法少女は死んじゃうぽん】

 

 更にクラムベリーは質問を続ける。それは魔法少女としての死という意味かと。

 

 【普通に死んじゃうぽん、だから脱落しないように頑張って生き延びてぽん】

 「そうですか」

 

 衝撃的な内容にも関わらずクラムベリーは終始淡々とした表情だったのを私は覚えている。

 ただ不思議な事に、私もその事実に驚く事も恐怖する事もなかったのが一番の驚きだった



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第四話『Candy』

 あくる日。私はラピュセルに呼び出され、いつもの場所で落ち合っていた。

 私がつく前には少し不安げな顔をしていたが、私が鉄塔に到着するとそれを見せまいと気丈に笑顔を作っていた。

 

 「大丈夫だよスノーホワイト!」

 

 昨日のクラムベリーとファヴのチャットログを見たのであろう。

 ラピュセルが言い放つ。それはまるで自分自身の不安を払拭させようと、わざと大声で元気付けているような、そんな優しい声だった。

 

 私は新聞をラピュセルに渡し、ある記事を指した。

 

 「三条合歓……これがねむりん?」

 

 私は頷き伝える。彼女が本当に亡くなってしまった事。

 記事を見るラピュセルは悲しそうな顔をしていたが、私に弱気な表情を見せまいと、凛とした顔つきで戦おう、そう一言だけつぶやいた。

 

 「スノーホワイトの魔法の端末貸してくれない?」

 

 ラピュセルに突然言われたので少し疑問に思いながらも渡す。

 こうかな、ひとりごちながら端末と格闘しているラピュセルを見て私は、ほんのすこし救われた気がした。そうこうしている内にポコンと機械が鳴る。

 

 「ほら、これ見てみて」

 

 再び私の手に戻った端末に表示されたキャンディの数が減っていた。

 どういう事なのかラピュセルに説明を求めると、どうやら昨日の夜ねむりんが消えたあと、アップデートという名の機能追加があったらしい。

 

 「端末同士でキャンディの送受信が出来るようになったみたいだよ」

 

 その言葉を聞いて私はねむりんの事を思い浮かべていた。

 私は彼女からキャンディ(助け)を貰ってばかりいたのだと。

 そしてもう彼女に返す事も出来ないのかと、私は昨日貰った飴を強く握り締めていた。

 

 「スノーホワイトはねむりんと仲が良かったもんね……」

 

 悲しそうな表情を堪えながらラピュセルは端末でまた操作をしている。

 握り締めていた手を見ると、赤くなっていたが直ぐに元の色に戻る。しかし私の心はもう元に戻らないのだろうと思っていると……

 元に戻したよ、とそう言いながらキャンディの数だけは元通りになっていた。

 

 「スノーホワイトの事は私が守ります。たとえこの命に代えてでも」

 

 ラピュセルの心の声を聞く。酷く恐れていた。本当はそんな強がりをいう余裕さえない。そんな声が聞こえる。しかし私を命に代えても守りたいといったその言葉は本心のようだった。

 

 暗くなってきて今日はもう帰ろうといい、ラピュセルと別れたあと、私は三条合歓の通夜会場の前に居た。

 そこにねむりんの声はせず、彼女の家族の悲痛な声だけが私に届いていた。

 私は会場の前でただ呆然としていたが、買ってきていた彼女の大好きだった飴を置いて立ち去った。

 

 私はねむりんの居ない夢を見る事を恐れ、ただ気を紛らわせるために、自分の心が泣いているのにも耳を貸さず。無我夢中で人を助けていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 チャットルームを見ると、ラピュセルがいつもの場所でと、また約束を交わしていた。

 ふと彼女とした約束を思い出す。もう果たされる事はない指きり。

 そんな事を思いながら、ラピュセルとの約束はどうか果たせるようにと思い。私は鉄塔の上で待っていた。

 

 ふと耳を澄ます。声が聞こえる。スノーホワイトと呼ぶ声だったが、聞いたことのない声だった。

 声は更に聞こえてくる。作戦が上手くいくか不安な者。キャンディを奪えれば不安から解放されるという、不安を持つ似たような声をする者達。

 そして、この作戦は完璧だと自負しながらも、まだ見ぬ敵に不安に駆られている者。

 最後に、いつかどこかで聞いた。憧れの人物に対して不安を覚えるものが、私の目の前に居た。

 

 

◇◇◇

 

 ルーラはほくそ笑む。始まる前のこの勝負に勝ったと言わんばかりの笑顔だった。

 スノーホワイトとラピュセルの待ち合わせ場所は把握していたし、部下たちのやるべき事も、すべて手はず通り事が進んでいるように思えた。

 

 ただスノーホワイトと対峙するまでは。

 

 ルーラは鉄塔の上に居るスノーホワイトを見つけ、近付く。ルーラの魔法は相手との距離が5メートル以内でなければ使えなかったからだ。

 先行させたスイムスイムが建物に潜り隠れながら泳ぐ。彼女の魔法はどんな物も水のように潜れ泳いだり隠れれる能力だ。

 

 こちらには気付いていないのか? そう疑問に思うが、鉄塔を歩く足音は忍ばせてるとはいえコンコンと鳴り響く。

 気付かないはずが無い。だがルーラは怯むことなくリーダーとして率先して相手の魔法少女と対峙する決心をして、スノーホワイトに近付く。

 

 ふと見ると、スノーホワイトが振り向き笑顔でこちらを見ている。

 まずいと思いながらも、5メートルの距離に近付きルーラは魔法を行使しようとする。

 逃げるにしてももう遅い。たとえ攻撃しようとしてもスイムスイムが肉壁になってスノーホワイトの攻撃からルーラを守る。いずれにしても私達の勝利は決まったと、彼女はほくそ笑む。

 

 「ルーラの名の下に命ずるスノーホワイトよ……!?」

 

 しかしスノーホワイトはルーラの予想だにしない行動にでる。

 突如、魔法の端末を投げ捨てたのだ。

 

 「スイムスイム! 端末落としたら承知しないわよ!」

 

 慌ててスイムスイムに命令をする。しかしその隙にスノーホワイトに眼と鼻の距離につめられ魔法の杖を握り締められてしまう。

 

 「離しなさい!」

 

 魔法でもなんでもない、ただの言葉に意味は無く。ルーラはスノーホワイトに押し倒される。

 

 「飴が欲しいのなら差し上げます。ほら、これ美味しいんですよ。ねむりんが好きだった飴」

 

 スノーホワイトに気付かれていた。作戦の内容。ルーラの魔法にも。

 押し倒された彼女は、大量の飴を無理やり口の中にねじ込まれ喉を詰まらせそうになる。

 

 吐き出そうともがくが、どんなに抵抗しようとも、その行為は無意味だった。スノーホワイトが飴をしきりに、ルーラの口につめていく。子供が宝物を袋に詰め込むように。

 恐怖に押し殺されそうになる。魔法がどうより相手が悪過ぎる。逃げようにも、マウントをとられ手も足も出ない。助けを呼ぼうにも、口の中は飴でいっぱいで満足に言葉も発せ無い。

 唯一の救いとすれば部下にこんな無様な姿を見られずに済んだ事か。

 

 「美味しいですよね、あめ。欲しがるのわかりますよ。だって命の味がするでしょう?」

 

 ルーラは眼前の魔法少女が何を言っているのか分からなかった。ただ自分とは根本から違う存在のように思え、恐怖に打ちひしがれる。

 その堪えられない感情からか、ルーラは声にならない声で助けを呼ぶ。

 

 「ふぁふけなひゃいよ! ふぉびぐすふぉも!」

 

 その声は仲間には届かなかった。ただ目の前のスノーホワイトには届いていたようで、まるで子供のような笑顔で頷いていた。

 

◇◇◇

 

 颯太は激怒した。

 天使のような魔法少女に妨害されながらも走りながら鉄塔に向かう。

 

 途中足元の何かに足をぶつけてしまった、犬のような姿が転がる。魔法少女だろう、ぶつかった相手は気絶しているようだった。颯太は動かなくなった敵を気にも留めず、ただ小雪の元へ向かう。

 

 天使の一人を剣で叩きつける。空中を自由に飛びまわれるようで、簡単に避けられてしまうが、それも彼には計算のうちだった。

 サッカーで鍛えられた洞察力、そして瞬時の判断力は魔法少女になっても生かされていたのだった。

 避けた天使が回避するスペースを覆うように剣を巨大化させそのまま押しつぶす。

 

 押しつぶしたはずの天使は消えていた。

 残りは一人。辺りを見渡すがそこに人影は無く。

 しずかに鳥が飛び立っていくのを颯太は見上げる。

 

 「変身していたのか!」

 

 颯太は初めての一対多の戦いで善戦をするも、とどめをさせず逃げられてしまう。

 

 ふと小雪との待ち合わせが脳裏に浮かぶ。

 小雪が危ない!

 

 巨大化させた剣で天使たちを打ち落とすべく、巨大な剣をはらうが鉄塔に直撃させ、激しく揺らしてしまう。

 

 「しまった!」

 

 もし小雪が落ちてきたらどうしよう。その不安は的中しスノーホワイトが空から舞い落ちてきた。

 何とか小雪だけは無事でいてくれ。自分を省みず空から落ちてくるスノーホワイトを受け止める

 

 「無事か! スノーホワイト」

 

 その問いに少女は無邪気な、まるで赤ん坊のような笑みで答えた。



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第五話『Present』

 ルーラは激しく揺れる鉄塔から放り出される。 

 身一つで投げ出されたが不思議と恐怖を感じてはいなかった。

 先ほどまでの味わった事の無い恐怖から解放され、むしろ安堵していた。

 それにスノーホワイトとの戦いには負けたが、結果的にキャンディを奪取するという、当初の目的は達成できたのだ。

 

 「落としたら承知しないわよ!」

 

 ミナエルユナエルはルーラに駆けつけ空中で彼女の身体を支える。  

 鉄塔から落とされたルーラは仲間に支えられながら鉄塔から離脱し、拠点を構えている廃寺にたどりつく。

 拠点にたどりつくや否や戦利品の分配を始める5人。

 

 スノーホワイトの端末から奪ったキャンディは、スイムスイムの端末に移動していた。

 今回の戦利品は2000個のキャンディ。これの数字は、寺にいる五人の中で一番キャンディを所持していたルーラのキャンディ数の倍だった。

 

 さっそく五等分にして分けようという仲間の言葉をルーラはさえぎる。

 

 「あなた達と何で平等に分けなければならないの? 今回の働きに応じて分けるわよ」

 

 ルーラは取り分の半分は自分の物だと主張する。

 そして残ったキャンディのもう半分を働きの良かったスイムスイムに渡し、後の雀の涙ほどの残ったキャンディを、ラピュセル足止めに失敗した三人の魔法少女たちに分配した。

 

 「失敗した部下に施しを与えているのよ。文句は無いわよね?」

 

 そう言い放ち自分の部下たちを睨みつけるルーラ。

 それに逆らえる者はその場には居なかった。

 

 (……ヒスババア)

 

 心の中でミナエルユナエルの二人はつぶやいた。

 ここに心の声が聞こえる魔法少女が居なかったのがルーラにとってせめてもの救いだった。

 

◇◇◇

 

 ラピュセルはひたすらスノーホワイトに謝っていた。

 キャンディを奪われてしまった自責の念に、ラピュセルは駆り立てられていた。

 悲しみや怒りを見せているラピュセルを横目に、当のスノーホワイト本人は笑顔だった。

 

 「なんで……襲われて飴を奪われたのに、スノーホワイトは笑ってられるの?」

 

 ラピュセルはスノーホワイトに疑問をぶつけ、尋ねていた。

 

 「飴が欲しいって、困っていたから」

 

 鉄塔の下に投げ捨てられていた端末を覗き込み、相変わらずの笑顔で彼女は答える。

 

 スノーホワイトから返って来た言葉に、ラピュセルは更に困惑していた。

 もしかすると、先ほど落下する時に頭でも打ったのかと心配するが、スノーホワイトは大丈夫だよと言い放ち笑っていた。

 

 目の前に居るはずのスノーホワイトを何処か遠くに感じる。

 それでも、ラピュセルはスノーホワイトを守ると心に誓ったのだった。

 これ以上大切な人が遠くに行ってしまわないように。

 

◇◇◇

 

 廃寺に拠点を置く魔法少女達。ルーラを除く、ミナエルとユナエル。たま。スイムスイムの四人はスノーホワイトから奪ったキャンディを確認していた。

 

 【3万5000個】 

 

 スイムスイムの作戦は成功していた。

 あとはコレをルーラ。スノーホワイト。ラピュセルの三人を除く残りの魔法少女に分配するだけだ。

 ミナエルユナエル達は、これを配っちゃうわけ? もったいなくない? など不満を言っていたがスイムスイムは気にせずに端末を操作する。 

 たまはこの割り算がよくわかっていないようだった。

 これから魔法少女が引き算されていくのも、多分たまはわかってないのかも知れない。

 

 仲間にキャンディを配り終える。次は他の魔法少女達だ。

 寺を飛び出し、残りの魔法少女を探すのにはファヴの力を借りる。

 ファヴはこういう時に役に立つ。他の魔法少女との仲介役。

 ファヴを通して連絡をしていれば多少訝しまれるだろうが、話し合いの場すら設けてもらえないという、最悪の事態は避けれるはずだ。

 

 手始めにシスターナナとウィンタープリズンの所に行き、キャンディを渡す。

 シスターナナは感謝し喜ぶ。シスターナナの傍らに控えていたウィンタープリズンは、スイムスイムを警戒しているようだったが、こちらに争いの意志が無い事をファヴを通じて事前に通達していたので、不要な諍いは起こらなかった。

 

 その後も魔法少女達にキャンディを渡す。

 やはりファヴを使っての交渉はスムーズに事が運ぶ。

 スイムスイムはそう思いながら残るトップスピードとリップルの二人にキャンディを渡しに向かう。

 スイムスイムはトップスピード達と落ち合う約束をしていたのだが、トップスピードは一人でやって来た。

 

 「リップルは?」

 

 なぜ居ないのかという短い質問にトップスピードは沢山の返事をする。

 

 「あいつとはこれから落ち合う予定だから、俺の箒に乗ってけよ! ところで今日も、お前一人なのか?」

 

 以前にもスイムスイムはトップスピードと関わり合いがあった。

 その時はルーラとの約束を遅刻しそうだったので、トップスピードの箒に乗せて貰った事があったなと、スイムスイムは思い出していた。

 

 「今日はキャンディを渡しに来ただけ。ルーラは居ない」

  

 聞かれた事に説明をするスイムスイムにトップスピードは構わず喋りかける。 

 

 「なんだお前今日はパシリか! ルーラのやりそうな事だなー」

 

 そう言いつつトップスピードはパシリではなく、おつかいの方が近いかなどと思いながら談笑していたが、スイムスイムは気にも留めず箒に乗り、リップルの居る場所まで案内をしてもらっていた。

 

 ふとスイムスイムが口を開く。

 

 「赤ちゃん元気?」

 

 トップスピードは以前にスイムスイムに話したことがあった。

 自分のおなかに赤ちゃんが居る事を。そのことを覚えていたのかと、感心しながらトップスピードは答える。

 

 「そりゃもちろん元気に決まってるだろ! なんてったって俺の子だぜ!」

 

 よくわからない自信だったが、トップスピードは言い切る。

 そうこうしている内にリップルとの合流場所にたどり着く二人。

 

 「……チッ」

 

 開口一番に舌打ちをするリップルを気にも留めずに、これからキャンディを渡すと説明するスイムスイム。

 

 「なんでまたキャンディなんか渡しに来たんだ? ルーラも変な事考えるんだな」

 

 トップスピードが疑問に思いながらも端末を差し向ける。

 渡し終えるとサンキューとお礼の言葉が返ってきたが、気にせずリップルの端末にも同じ個数のキャンディを渡す。

 

 「んな怖い顔すんなってリップル! 俺らには良い事尽くしなんだからよ」

 

 トップスピードは場を和ませようとしているのか、作業中も話しかけていた。

 全ての作業を終え、帰ろうとするスイムスイムに声をかけるトップスピード。

 

 「帰りも送ってってやろうか?」

 

 首を横に振りそのまま帰ろうとするスイムスイムに、ルーラによろしくなと言うトップスピードの声が遠くに聞こえていた。

 

◇◇◇

 

 すべての魔法少女の端末にキャンディを渡し終え、帰路についていたスイムスイムの目の前にスノーホワイトが現れた。

 

 「私の手助けは要らなかったみたいですね。みんなに飴を渡す事、きちんと出来て良かった」 

 

 突然話しかけるスノーホワイト。まるで今までの行動を見てきたかのような言動に、警戒しながら対峙するスイムスイム。

 

 「この前、困っていたみたいだから」

 

 スノーホワイトは笑顔のまま話し続けている。

 スイムスイムはおかしな事を言うスノーホワイトを睨みつけながら尋ねる。

 

 「何が言いたいの?」

 

 その問いにスノーホワイトは笑顔で答える。【助けたい】と。

 

 自分を襲った相手を助ける? スイムスイムは理解できなった。

 ただ眼前の少女が無邪気な笑顔をこちらに向けていた。

 それは例えるなら母親が赤子に向けるような、もしくは赤子が母親に向けるような……

 そんな敵意も悪意も無い。ただ純粋な笑顔は、スイムスイムにとって理解できるものではなく、足早に立ち去ろうとするスイムスイム。

  

 「ルーラによろしくと伝えてくださいね」

 

 スノーホワイトのそんな声が届く。先ほどのトップスピードと同じような言葉なのに、スイムスイムには、まったく違う別の言葉に聞こえていた。  

 

 



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第六話『The same』

 スノーホワイトはファヴを聞きたいことがあると言って呼び出していた。

 

 【どうしたぽん? 質問って】

 「今、飴を一番持ってない人の所持数を教えてくれないかな?」

 

 ファヴはスノーホワイトの質問に一瞬戸惑うが、快く答える。

 

 【ぽん? 最下位の魔法少女のキャンディ所持数ぐらいなら教えてあげても良いぽん】

 

 それを聞き、笑顔を見せるスノーホワイトにファヴもつられ笑っている。

 

 【他にも聞きたいことがあればファヴになんでも言ってぽん】

 「じゃあルールのこの部分についてなんだけど」

 

 スノーホワイトはルールの最も重要な部分について自分の解釈をファヴに説明し、合っているか尋ねていた。

 

 【現行のルールはそんな感じで間違ってはないぽん】

 

 自分の解釈は間違っていないと聞き、安堵の笑顔を見せるスノーホワイト。

 ファヴはそんなスノーホワイトを見ながらほくそ笑む。

 

 【えこひいきは本当はだめぽん。けどスノーホワイトには頑張って欲しいぽん】

 

 一匹と一人の笑い声が病室に、こだましていた。

 

◇◇◇

 

 ルーラは廃寺に集まる部下たちを見ていた。

 ミナエルユナエルは自分達が投稿した動画を見ながら騒いでいる。まったく馬鹿らしい。

 たまは宿題をやっているようだったが正解より間違いの方が多く、指摘してやっても怯えながら、謝りながら、また間違えると言う事を繰り返す。

 スイムスイムだけは何もせずルーラの眼前に正座していた。

 

 頭の悪い奴らの行動は理解できない。そう思っているルーラの魔法の端末が突如鳴る。

 知らない番号からの電話だった。不審に思うが、ファヴが誰かに連絡先を教えたのだろうと思いながら電話に出る。聞き覚えのある声で挨拶をされる。電話の声の主はスノーホワイトだった。

 

 「何の用? つまらない用件だったら切るわよ」

 

 そう言い放つルーラ。

 

 『スイムスイムさんが困っているようなので、気にかけてあげてください』

 

 予想だにしないスノーホワイトの用件を聞き困惑する。

 

 「スイムスイム! 何か困り事抱えてるのなら言いなさい!」

 

 スイムスイムに尋ねるルーラの声を聞き、周りの部下たちも何事かとルーラとスイムスイムのほうに視線を集める。

 

 ミナエルユナエル達は、心の中でまたババアがヒスってるよと、うんざりしながら見ていた。

 たまは突然の大声でびっくりして今にも泣きそうな表情(かお)だった。

 

 厄介事を抱えているのなら早く解決した方がいい。

 それがあのスノーホワイトに知られているような事なら尚更だ。

 ルーラはそう判断しスイムスイムに尋ねたのだったが。

 

 「困ってない」

 

 スイムスイムからの返事は思っていたものと違い。

 ルーラにとっては芳しいものではなく、怒りがこみ上げてきたが。

 スイムスイムに怒鳴っても仕方が無いと判断し、怒りの矛先をスノーホワイトに向ける。

 

 「何も困ってないって言ってるけど? まったく私に面倒ごとを押し付けないで欲しいわ。それとも嫌がらせなの? あなたと話してると馬鹿がうつりそうだから切るわよ」

 

 そう語気を強めながら言い放ち、こちらから通話を切ろうとしたが、スノーホワイトはそれなら良かった。ルーラさんも困った事があれば言ってくださいね。とだけ言い残し、スノーホワイトに先に通話を切られてしまう。

 

 気付けば手が震えていた。

 ルーラはそれが怒りで震えてるのではなく、恐怖で震えているのだと悟った。

 

◇◇◇

 

 脱落者が発表される日の朝。

  

 あの一件以来スイムスイムは食事も喉を通らず。学校も休み。毎日気が気では無かった。

 スノーホワイトに全てを見透かされ、あまつさえ心配をされる。

 ルーラの為、自分の為、自分がルーラのようなお姫様になる為、あこがれと理想を実現させる為。

 これでいいと自分自身を騙そうとする。表情には出さないが今にも泣きそうだった。 

 自分が助けを求めたら、その声はどこに行くのだろう。

 一瞬スノーホワイトの笑顔が過ぎる。スイムスイムは声を押し殺し、ルーラの居る廃寺へと向かった。

 

◇◇◇ 

 

 ルーラはスノーホワイトから再び届いた連絡に戸惑っていた。

 内容はこうだ。

 

 『もしルーラさんの所持している飴が【3000個】より少なかったら今日、鉄塔でお会いしませんか? 助けになれるはずです』

 

 意味も脈略もわからないが、何かを見透かしているような。

 事実ルーラの所持していたキャンディは3000個を下回っていた。

 廃寺の中は相変わらずだった。

 

 ふと、いつもと変わらず正座をしているスイムスイムを見ると、すこし震えていたように見えた。

 

 「スイムスイム! 体調悪いのなら楽な姿勢にしなさい! 見ていて鬱陶しいわ」

  

 そう言い放ち、他の者にも各自夜まで自由行動と言い渡す。

 スノーホワイトの言った言葉が気になり、ルーラは鉄塔へ向かっていった。

 仮に罠だとしたら、こんな訳のわからない誘いはしないはずだ。

 

 魂胆がわからない以上、鉄塔に向かうのは危険だと頭では理解していた。

 ルーラは魔法少女ではなく魔法を解除し人間の木王早苗として、一人鉄塔へと向かっていた。

 仮にスノーホワイトとラピュセルが待ち構えていたとしても、何食わぬ顔で帰れば済む事だ。

 なにより部下たちを連れて行き。何の成果もあげられず、ただスノーホワイトと会話して終わりなどと言う事態になれば、リーダーとしての自分の立場が危うくなる。

 

 危険とプライドを天秤に掛けながら鉄塔へと足早に向かう。

 鉄塔の下にスノーホワイトは居た。周りを見ながら歩く。鉄塔の上にも周りにもラピュセルは居ない。

 ルーラの姿になってから話し合いに向かおうと思い、スノーホワイトを無視し歩き続ける。

 

 スノーホワイトとすれ違うが今のルーラは人間の姿。不自然な行動をしなければ特に目に留まるような事は無いと確信し、そのまま過ぎ去ろうとする。

 

 「ルーラさんですよね。来てくださって、ありがとうございます」

 

 ルーラが振り向くと笑顔のスノーホワイトがこちらを見つめ手を振っていた。

 

 どうしてばれたのか、逃げようか、変身して戦おうか、などと逡巡していると、ルーラはスノーホワイトに飴を手渡されていた。

 

 「お近づきのしるしです」

 

 恐怖からか、ルーラはただスノーホワイトについて行く事にした。

 

◇◇◇

 

 スノーホワイトはルーラと鉄塔の上に行き、冷たい床に座る。 

 

 「はるばる来てあげたのよ。つまらない事だったら承知しないから」

 

 ルーラの声が少し震えていた。

 早く安心させてあげよう。そう思い、スノーホワイトは笑顔でルーラに端末を見せる。

 そこには3000個のキャンディが表示されていた。

 スノーホワイトはラピュセルに余分な飴を押し付けて、わざとその個数にしていたのだ。

 

 「この前奪った時より多くなってるじゃない」

 

 しかし驚きと同時にルーラは疑問を口にしていた。

 

 「どうして私が困るの?」

 

 スノーホワイトは説明をする。この前奪われた飴の数は【37000】個で、スイムスイムが色々な魔法少女に飴を配っていた事。

 現時点で飴の数が一番少ないのは【ルーラ】だという事。

 このままでは今日の夜にルーラはこの世から居なくなってしまう事。

 

 「そんな話信じられるわけ無いでしょ! 大体なんで私のキャンディが一番少ないのよ! おかしいでしょ! あの中で私が一番多く……」

 

 そう言いかけてルーラは口ごもる。 

 先ほどスノーホワイトが口にしていた、スイムスイムがキャンディ配っていたいう文言を思い出す。

 表情が青ざめるルーラをスノーホワイトは笑顔で大丈夫とささやきながら見つめる。

 

 「あの阿呆ども……私をはめようとしたのか!」

 

 怒りがこみ上げ眉間にシワをよせ、ルーラは顳顬(こめかみ)を震わせながらスノーホワイトのほうへ振り返る。

 だが振り向きざまに口の中に飴を入れられる。ルーラは以前の屈辱を思い出し、今度は頬を膨らませながらスノーホワイトを睨みつける。

 

 「今拠点に戻って問いただすのは危険だと思いますよ」

 

 スノーホワイトはまるで赤子をあやすかのような口調でルーラを説得する。

 

 「じゃあどうしろっていうのよ……」

 

 目の前のスノーホワイトからキャンディを奪うかと考えるも、以前の敗北を思い出し二の足を踏む。

 

 「端末を貸していただけますか」

 

 スノーホワイトはそう言いながら、ルーラが了承する間もなく端末を手に取り何か操作をする。

 

 「ちょっと何を! ってキャンディが増えてる?」

 

 ルーラは目をパチクリとさせ、戸惑っている。

 スノーホワイトはルーラの頭を撫でながら、スノーホワイト自身の端末をルーラに見せ話す。

 

 「これでもう大丈夫だから、安心して寝れるね」

 

 突然頭を撫でられ、底知れぬ恐怖に身震いし戸惑いながら、スノーホワイトの端末に視線を移す。

 そこには先ほどの自分の端末と同じ個数のキャンディが表示されていた。



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第七話『Promise』

 【みんなお待ちかねの、今週一番キャンディの少なかった魔法少女を発表するぽん。なんと今週は最下位の魔法少女が二人もいたぽん】

 

 【脱落者は一週間に一人とファヴもルールで言っていたから、これにはびっくりしたぽん。というわけで現行ルールでは今週の脱落者は無しぽん】

 

 【しかしこれでは円滑にイベントが進まないと判断してぽん。協議によりルールの改定が決まりましたぽん。来週からは最下位が二人以上居た場合でも最下位全員が脱落する事に決定したぽん! みんなでキャンディを同じにするとかいうずるはだめぽん】

 

 【それと今週一番キャンディが多かった魔法少女は本人の希望により秘密ぽん。なにとぞご了承くださいぽん】

 

◇◇◇

 

 鉄塔の夜風は冷たかった。心はどうだろうか。

 ルーラの心は安堵していた。無理もない、スノーホワイトのおかげで命拾いしたのだ。

 たが感謝など到底できるものでは無かった。スノーホワイトという魔法少女が、より理解できない存在になったからだ。

 

 ルーラは魔法で横に居るスノーホワイトに問う。

 

 「なぜ私を助けたスノーホワイト。真意を教えなさい!」

 

 ルーラの魔法に抵抗する事も無く、ただ素直に従うスノーホワイトは笑いながら返事をする。

  

 「困っていたから、助けた」

 

 理解できなかった。困っているからと言って自分を襲った敵を助けられるものか。

 ルーラは再度魔法を使い本心を言えと、スノーホワイトに再び問う。

 

 「困っていたから、助けた」

 

 同じ言葉。同じ表情だった。思わずルーラはたじろぐ。姿勢が崩れた事により魔法の効果から解放されたにも関わらずスノーホワイトは相変わらず同じ表情だった。

 

 「そんなに驚かないでください……そんなに震えてはいけない。サアサア、これからどうするんですか? 廃寺には帰れませんよね」

 

 スノーホワイトに問われ、ルーラは言葉に詰まる。

 ルーラは朱子織のマントをスノーホワイトに突如掴まれる。

 

 「ルーラさん気を落ちつけて、サアサア」

 

 ルーラは無理矢理手をつながれ歩かされる。スノーホワイトを見ながら諦めまじりにつぶやく。

 

 「なんなのかしらこいつ……」

 

 ルーラはホーッと深いため息を一つした。

 無理矢理とはいえ、スノーホワイトの手を拒めたはずだ。

 だが……ルーラがそれをしなかったのは、この手が命綱のように思えたからかもしれない。

 

 「病院? あなたここに住んでるの?」

 

 戸惑いながら聞くルーラにスノーホワイトは笑いながら頷き、ルーラを病室へと案内する。

 ルーラは部屋の窓から室内に入る。その窓のは頑丈に施錠されていた痕跡があったが今はそれも無く、ただ魔法少女達が出入りするのを拒まず見守っているようだった。

 

 「嫌な臭い」

 

 薄暗い病室には、鼻腔を穿つようなアルコール臭が漂っていた。

 ルーラは室内を見渡す。ベットと洋服箪笥(たんす)だろうか。ただ自然に置かれているそれらは、良く使われているのか、少々痛んでいた。

  

 辺りを見渡しているルーラを尻目にスノーホワイトはベットに横になっていた。

 

 「休まれないんですか?」

 

 ベットからスノーホワイトルーラに問いかけていた。

 質問には答えず、ルーラはベットに腰掛ける。

 

 「あなた何処か悪いの?」

 

 ルーラは珍しく気を遣うかのようにスノーホワイトに尋ねるが、スノーホワイトは枕に横になったまま笑顔で眠っていた。

 

 「寝ている……のんきなものね。それとも余程の馬鹿なのかしら」

 

 ルーラは呟きながら立とうとするがマントの裾を掴まれていて立てない。

 ゆりかごの中の赤子が母親の衣服を引っ張るかのよう、服をつかみながらスノーホワイトは眠っていた。

 ルーラは忌々しくも思いながらも、その寝顔を見て立ち上がるのを諦める。

 

 

◇◇◇

 

 

 ここは夢の中だろうか、スノーホワイトは辺りを見渡す

 混凝土(コンクリート)壁を凝視しながら、ふとねむりんの顔を思い浮かべる。

 自分以外誰もいないはずの部屋をグルリと見渡すスノーホワイト。

 姿は見えないがねむりんが居る気がする。声が聞こえる気がする。

 

 「……ねむりん……どこに……」

 

 スノーホワイトはそう呟きながら壁に耳を当てる。

 隣の部屋から物音がする。

 ねむりんが居る。

 スノーホワイトはそう直感する。

 

 今の今までスノーホワイトが想像し得なかった。己と壁一重(ひとえ)を隔てた場所にねむりんは居る。

 

 しかしスノーホワイトの問いかけは虚空へと吸い込まれ、言葉にならない嘆きと悲鳴だけが部屋に響く。ふとあの日交わしたねむりんとの約束を思い出し、飴を探すが何処にも見当たらない。

 全身の力が抜けスノーホワイトは冷たい床に崩れるように座り込む。

 スノーホワイトにとってねむりんの存在とは計り知れないものであり、同時に心の拠り所(胎内)であった。困った声が聞こえる。スノーホワイトの中でこだまするその悲鳴は誰にも聞かれる事は無く気付かれる事も無かった。それはまるで産まれる事のできなかった子供の叫び声。

 

 寝ても醒めても会いたい。母親を求めるようにスノーホワイトは這いずり出す。

 

 「ねむりん……助けて」

 

 心の中の声は絶えなかった。スノーホワイトは息も切れ切れに絶えず、ねむりんを呼ぶ。

 

 …………

 

 喉が枯れそうになりながら叫び続ける。

 

 …………

 

 どれくらい、そうしていただろう。

 (スノーホワイト)の心の声は届かなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 目覚めるスノーホワイト。窓からは朝日がホンノリ差し込んでいた。ベットの傍らに眠る前と変わらずルーラが座っている。ルーラはなにやら考え事をしているようだ。

 

 スノーホワイトはゆっくりと身を起こし、ルーラの方をぽんぽんと叩く。

 ルーラは一瞬ギョッとするが、すぐいつも通りの不遜な表情でスノーホワイトを見つめ返す。

 

 「おはようございますルーラさん」

 

 スノーホワイトは挨拶をするが、ルーラは不機嫌そうな顔で答える。

 

 「悠長な……」

 

 ルーラはスノーホワイトに説明をする。自分たちの状況。今後どうするかなど、スノーホワイトはただそれを黙って聞いていた。

 

 「聞いてるの? とにかく私達はキャンディを稼がないと来週には、また同じように脱落の危険に晒されるのよ。それに今回やった手だってもう封じられてる」

 

 スノーホワイトは飴を集めましょうと、タダ一言返事をする。

 ルーラはそんな様子のスノーホワイトに提案をしようとするが、同じ事を先に言われてしまう。

 

 「ルーラさん私と手を組みましょう」

 

 自分の言おうとしていた事を言われルーラは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 スノーホワイトはそんなルーラにただ一言。

 

 「困った時はお互い様です」

 

 そういいながら、またもルーラの手をひっぱりスノーホワイトは街へと繰り出していた。

 

 

◇◇◇

 

 

 【今週の脱落者は無しぽん】

 

 廃寺にファヴの声がこだまする。 

 スイムスイムは呆然としていた。ミナエルユナエルの二人はヒスババアの悔しがる顔が見れなかったと嘆く。

 

 たまはそもそも何が起こったのか全くわかっていないようだ。

 ミナエルユナエルはどうしようと話し合ってるが、ただの愚痴のこぼし合いで進展があまり見受けられない。  

 

 「作戦は失敗やね」「お姉ちゃんマジブルー」「ヒスババアさらにキレて復讐にくるんじゃね?」「マジヤバイ」「これからどうすんのスイムスイム」「どうすんの?」

 

 呼びかけられるが、スイムスイムは上の空だった。

 苦しみながらルーラを倒し、ルーラに自分が成り代わり、このチームのリーダーとして自分がルーラになるという計画は脆くも破綻してしまったのだ。

 思えば脱落者発表の時に、ルーラは廃寺に居なかった。昼間自由行動を言い渡した後それきりルーラは来なかった。誰がルーラを助けたのだろう。

 スイムスイムはルーラを助けたであろう人物に思い当たり、その名を口にしていた。

 

 「スノーホワイト」

 

 それが次の標的。そういうスイムスイムの声を聞き、ミナエルユナエルの二人は了解とも取れる返事をしていた。

 

 「人気投票で負けた雪辱やね」「お姉ちゃんまじチャレンジャー」

 

 ミナエルユナエルの二人は、以前まとめサイトでN市内の魔法少女人気投票で二位になった事を思い出して雪辱だと張り切っている。その時の一位はスノーホワイトだったのだから尚更だ。燃え上がる二人を尻目にたまは困惑している。

 

 次に狙う相手を決め廃寺は静かに賑わう。

 

 スイムスイムはどこか、すくわれたような気持ちになっていた。

 それは気のせいでもなく事実だった。



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第八話『Burial』

 病院で眠り目が覚めてからのスノーホワイトは、朝から街中を感情を殺すように動き回り、ルーラも置いて行かれないようにスノーホワイトに付いて行く。

 二人は街中の困っている声を助けていく。

 

 「ほんとにあなたの能力って便利よね、まるで助ける為だけに生まれたような魔法ね」

 

 皮肉まじりにルーラは呟きながらも、自身の魔法でスノーホワイトが見つけ出した困っている人の問題を解決していく。

 喧嘩だろうか、双方にルーラが命令をして場をおさめる。

 その様子を見ていた笑顔のスノーホワイトがルーラの隣で呟く。

 

 「私の能力は声を聞くだけですよ。さっきの問題も私だけだと解決が難しかったと思いますから」

 

 謙遜だろうか、ルーラにはスノーホワイトのその言葉が少し癪に障ったが、口には出さず次の場所を教えろと急かす。

 スノーホワイトに連れられ向かった場所では車同士の接触事故が起きていた。

 幸いけが人も居なかったのでルーラはその場をおさめて解決していると、スノーホワイトが見当たらない。

 辺りを見渡していると路地の間にスノーホワイトは座り込んでいた。

 

 「ちょっと! 急に居なくなって何してるの?」

 

 ルーラがそう言いながらスノーホワイトに詰め寄るのだが、スノーホワイトはこちらに見向きもせずうつむいている。

 

 「ルーラさんは先ほど、私の魔法は助ける為の魔法と言いましたが、魔法が役に立たない事もあります……」

 

 スノーホワイトが見ている地面へとルーラも視線を落とす。

 動物の亡骸だろうか? 何の動物かも見ただけではわからないほど無残な姿だった。

 先ほどの事故はこの動物が原因だったのかとルーラは思いつつ。

 

 「スノーホワイト、動物の死体なんか見ててどうするつもり?」

 

 ルーラは呆れながらスノーホワイトに疑問をぶつけていた。スノーホワイトの返事は悲しげで、今にも消えてしまいそうなか細い声だった。

 

 「まだ……この子達の声が聞こえるんです。この声に私は応えたいけど……どうしようもなくて……」

 

 この子()? ルーラは疑問に思いながら動物の方に目をやる。

 よく見るとお腹の辺りに子供だろうか、幾つかの塊りがあった。

 しかしどちらも瀕死で手の施しようが無い。

 ルーラは自分には聞こえない息も絶え絶えな動物の声を聞いているスノーホワイトをおぞましいと思いながらも哀れに思った。

 もし自分が同じ魔法を持っていたとしたら、きっと耐え切れなくなるだろうと想像が容易かったからだ。

 

 スノーホワイトはどうしようもなく、動物の前にただ佇んでいる。

 ルーラはそんなスノーホワイトに吐き捨てるように言葉を投げかける。

 

 「あんたの気が済むまで勝手にすれば?」

 

 ルーラは付き合ってられないと言いながら、スノーホワイトを放置してその場から離れていく。

 一人残されたスノーホワイトはただじっと、その声が聞こえなくなるまで声を聞き続けていた。

 数時間経ち正午頃だろうか、ルーラが戻ってきていた。

 

 「やっぱりまだ居たのね……」

  

 呆れつつもルーラがスノーホワイトの横に座り話しかける。

 

 「こんな場所でひとり野垂れ死ぬのも可哀想でしょう、ほら! どこかに埋めるわよ」

 

 スノーホワイトはルーラの行動に謝意を示し、亡骸を持ち上げようとしたがルーラに止められる。

 

 「これ使いなさいよ」

 

 ハンカチだろうか綺麗な布を手渡されスノーホワイトは驚く。

 スノーホワイトはルーラにお礼を言い動物を布で包む。

 

 「病院の広場に埋めましょう。あそこなら綺麗な景色が見渡せますから……」

 

 ルーラはそうね、と了承をし病院へとスノーホワイトと向かうが、道中あることを思いつく。

 

 「穴を掘るならあいつが使えそうね……」

 

 

◇◇◇

 

 

 「あのう……ルーラさん……用ってなんでしょうか?」

 

 突如ルーラに病院の広場に呼び出され、おどおどしている魔法少女がスノーホワイトとルーラの目の前に居た。

 

 「たま! あんた穴掘るの得意でしょ? 手伝いなさい」

 

 ルーラは特に魔法も使用していないが、その言葉を聞いたたまはまるで魔法にかかったように頷いてその場で魔法を使おうとしている。

 

 「たま待ちなさい! 掘る場所はそこじゃない!」

 

 ルーラの怒号に萎縮したたまは涙目になりなっていた。

 そんな二人の様子にスノーホワイトは笑顔で仲が良いんですねと言い放ち、またもルーラが怒鳴り声を上げ、たまはスノーホワイトの背中に隠れてしまった。

 

 「ルーラさんが怒るから、たまさんの困った声がさっきから鳴り止みません」 

 

 スノーホワイトがルーラにそう呟くと、不満そうにしつつもルーラは怒るのを止める。

 

 「それでどこを……掘ればいいのかな?」

 

 おどおどしながらたまは掘る場所を尋ねる。

 スノーホワイトはルーラとは対照的な優しい笑顔でゆびを指しながら説明する。

 

 「ここなら日当たりも良くて、景色も良いと思うんです」

 

 スノーホワイトは辺りを見渡せる広場の少し高いところにたまを連れて行き、ここで魔法を使うようにお願いをする。

 たまが魔法を使うと地面に一メートルほどの穴が出来ていた。

 スノーホワイトは持っていたハンカチに包まれた動物の亡骸を埋める。

 

 「たま。用事も済んだし、もう帰って良いわよ。あと……あいつらに伝えておきなさい。二度と馬鹿な真似するんじゃないってね」

 

 ルーラにそう言われ、たまはビクビクしながら帰ろうとしていたが、スノーホワイトに呼び止められる。

 

 「たまさん、待ってください。これ差し上げます」

 

 スノーホワイトはたまに飴を手渡していた。

 

 「もらっていいの? ありがとう!」

 

 たまはまるで動物のように喜びながら飴を受け取り帰っていった。

 

 「ルーラさんもありがとうございます」

 

 そう言いながらルーラにも飴を渡すスノーホワイト。

 ルーラは報酬がたまと一緒というのが少し気に入らなかったが、飴を受け取る。

 これで少しはこの少女の気が紛れるだろうか、ルーラはスノーホワイトを見ながら思いに耽る。

 自分も部下の声をもう少し聞いていればあんな失敗は起きなかったのだろうか。

 ルーラはそんな風に思いそうになったが、やっぱり騙したあいつらが悪いのよ、と心の中で一人ごちていた。

 

 その後動物を埋め終わり、ルーラは街に再び駆け出すスノーホワイトを見て、朝よりも元気な表情になっている事に気付き、つられて笑い街へと繰り出していた。

 ルーラとスノーホワイトは人助けを繰り返しながら街を彷徨っていた。

 時刻は夕方になっていて目の前には学生達の帰りだろうか、その中の一人にスノーホワイトが声をかけると、その少年は驚きながらスノーホワイトと話を始める。

 

 「何でスノーホワイトがルーラと居るの?」    

 

 突然話を振られルーラは不機嫌な顔をしながら会話に混ざる。

 

 「この子だれよ? スノーホワイトあんたの知り合い?」

 

 ルーラの疑問にスノーホワイトは答える。この子がラピュセルだよと。

 

 「はあ? 嘘でしょ? ラピュセルあんた男だったの?」

 

 ルーラに睨まれラピュセルもとい岸辺颯太は辟易しながら答える。

 

 「そうだよ……男が魔法少女してたらいけないの?」

 

 ルーラは値踏みするような眼で颯太を見ている。

 まさかあの時ピーキーエンジェルズとたまの三人を退けた魔法少女がこんな少年だったとは。

 ルーラは可笑しくなり笑うのを堪えながら考える。

 あの馬鹿達がこれを知ったらどんな反応をするだろうかなどと考えていたが、もしかしたら知らないだけで、あの馬鹿達の中にもこういう輩がいるのかもと思い考えるだけにとどまりながら、スノーホワイトに疑問を投げかける。 

 

 「なぜラピュセルと私を引き合わせたの? 別に会わせるのなら連絡して変身させてから呼び出せばいいじゃない」 

 

 ルーラの疑問は至極当たり前の事だった。ルーラ自身常々魔法少女は正体を秘密にし、もし正体がばれた場合はその相手を生かしておくなと言っていたからだ。

 もっともルーラ自身もスノーホワイトには正体は知られているが。

 颯太もルーラの言葉に同調しながら不満を言う。

  

 「そうだよ! スノーホワイトも何で今話しかけてきたの? 連絡くれればすぐに駆けつけるのに」

 

 岸辺颯太は少し顔を赤らめながら話している。スノーホワイトはごめんねと言いながら飴を渡している。

 そんな微笑ましい光景をルーラはイライラしながら見ていた。というより見せ付けられていた。

 見せ付けられた光景によって生じた鬱憤をぶつける様にルーラは颯太に少し意地悪な質問をする。

 

 「あんたスノーホワイトのこと好きなの?」

 

 からかい混じりのルーラの問いかけに、びっくりしたような顔で颯太は慌てふためく。

 

 「僕はただスノーホワイトを守る騎士として……やっぱりこの姿じゃ駄目だ!」 

 

 ちょっと待っててと言い放ち颯太は茂みに隠れ、そしてラピュセルに変身し戻ってきた。

 

 「私ラピュセルは、スノーホワイトを守る騎士として戦っているだけだ!」

 

 ラピュセルは先ほどまでと違い威勢よくルーラとスノーホワイトに自身の思いを堂々と宣言をする。

 スノーホワイトは微笑みながら頷く。ルーラは若いわね……と呟き冷めた目で見ている。

 スノーホワイトはラピュセルにこれからルーラも含めて3人で困っている人を助けに行かないかと提案する。

 ラピュセルはルーラの事を訝しみながらもスノーホワイトの望みならと承諾する。

 だが一応と、ルーラに釘を刺すようにラピュセルは注意をする。

 

 「ルーラ、もしスノーホワイトに変な事をしたらすぐに叩き切るからな」

 

 宣戦布告ともとれるようなその言葉を聞きながらルーラは女王のような笑みでラピュセルに言葉を返す。

 

 「言われなくてもわかってるわよ。というかラピュセル、あんたもスノーホワイトに変な気起こさないようにね?」

 

 痛い所をつかれたのかラピュセルは一瞬言いよどみ、それは関係ないと怒りながらルーラと口げんかを始める。

 そんな二人の言い合いを聞いてスノーホワイトは心地良さそうに街へと3人一緒に繰り出していくのだった。 

 



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第九話『Knight』

 クラムベリーは部屋の中でファヴと会話を交わす。

 今週の犠牲者が0だった事。何者達かが意図的に最下位の魔法少女をを二人作った事。

 そしてその何者達はすぐにわかった。

 ファヴによるとスノーホワイトとルーラの二人がキャンディを同じ数にしていたという。

 クラムベリーはこういった事態は想定していた。

 しかし一度敵対していたスノーホワイトとルーラが、結託するというのが腑に落ちなかった。

 

 【ぽん? どうしたぽんクラムベリー?】

 

 ファヴはいつものように感情の無い声でクラムベリーに話しかけている。

 

 「少し気になる事がありまして、なぜスノーホワイトとルーラなのかと思い」

 

 クラムベリーは率直にファヴに問うていた。問いに対してファヴは相変わらずの声で答える。

 

 【仲直りしたんじゃないかぽん? 友情要素は正しい魔法少女に必要かもしれないぽん】

 

 ファヴの答えに歪な笑顔を見せるクラムベリー。

 

 「正しい魔法少女ですか……」

 

 部屋には音も無い。

 ただ端末から浮き出るファヴの無機質な微笑みだけがクラムベリーの顔を照らす。 

 

 

 ◇◇◇

 

 あくる日もスノーホワイトとルーラとラピュセルの三人は街で人助けをしている。

 三人は自分達の得意な形で各々作業を分担していた。スノーホワイトは困っている人を探し。

 ルーラは争いの仲裁や困っている人にアイディアを授けていた。

 ラピュセルは騎士は体を張るのが仕事と言わんばかりに遅刻しそうな人を連れて走ったり、重い物を持ち上げていて、魔法は使わずに問題に対処をしている。

 時折ラピュセルはルーラに対し自分の方がスノーホワイトの役に立ってると張り合い。

 ルーラはルーラで、そんなラピュセルをからかいながら楽しんでるようにも見える。

 スノーホワイトはそんな二人の様子を微笑ましく見守りながら、時折飴を手渡している。

 人助けも一段落し三人は因縁のある件の鉄塔の上に集まり、会話を交わしていた。

 

 「これだけ沢山のキャンディを集めたら今週は安心かな」

 

 ラピュセルが端末を確認しながら呟く。

 だがルーラはその言葉には賛同せず問題を提起する。

 

 「忘れたの? キャンディを奪いに来る輩が来るかもしれないのよ?」

 

 どの口で言っているのだろうとラピュセルは喉から出かけていたが口にはせず黙っている。

 ルーラの投げかけた問いにスノーホワイトは迷いもせず答える。

 

 「飴が欲しくて困っているのなら、その人も助ければいいんですよ」

 

 スノーホワイトの言葉に二人は呆れつつも、しょうがないという感じであった。

 

 「どんな事があってもスノーホワイトの事は私が守るから、今度こそ絶対に」

 

 ラピュセルは前回の事をいまだ悔やんでいるのだろう言葉を発するその口に力みを感じさせる。

 二人の微笑ましい光景を見ながらルーラは別の事態を危惧していた。

 他の魔法少女がキャンディを奪いに来るだけならまだ良い。

 問題は殺しに来た場合だ。ラピュセルはともかく、ルーラやスノーホワイトは戦闘能力のあまり無い比較的打たれ弱い魔法少女だ。

 もしこのままキャンディ争奪に生き残る事ができたとして、殺し合いではそうはいかない。

 ルーラの不安を読み取ったのかスノーホワイトはルーラに声をかける。

 

 「大丈夫ですよ、戦いを起こせなくすればいいんですから」

 

 スノーホワイトは軽々と言ってのけるが、ルーラにとっては意図がわからず困惑する。

 それでも笑顔を絶やさずスノーホワイトはルーラを見ている。

 きっと不安を解消しようとしているつもりなのだろうとルーラは思うことにした。

 

 「まあ……今は3人で行動するのが一番の防衛策ね、数が多ければそれだけ相手も手を出しづらいだろうから。後は先に潰す事も考えないといけないのだけど、スノーホワイトはそういうのはやる気がないんでしょ?」 

 

 呆れた顔をしながらもルーラはスノーホワイトの意見を尊重する。

 

 「まったくお人好しね……三人で対処できない敵が現れたら逃げる事優先よ! 生きてればキャンディの数では私達が勝ってるのだから」

 

 敵が現れたときの方針を決めて二人に説明をするルーラ。

 協力と言う対等な関係であるものの作戦の立案などをするのがやはり性に合うらしい。

 ただルーラは逃げろとは言ったものの、その通り上手くいく保証も無く、ただの願望に近い。

 そしてルーラが気がかりにしているのは3人の中で戦力の大半を占めているラピュセルがスノーホワイトを守る事に必死になっているところだった。

 敵と相対した時に無理しなければよいのだが。

 もちろんその原因を作ったルーラにとってこの問題は少々頭の痛いところではあるのだが。

 

 「ルーラさんもお人好しですね」

 

 場が静まる。ラピュセルは困惑してルーラがお人好しという言葉を疑問に思っている顔だ。

 スノーホワイトの一言に背筋を凍らせるルーラ。常に心を読まれている。

 相対して分かった事だが、敵でも恐ろしいが例え味方でも油断の出来ない相手。

 ルーラはラピュセルの方に視線を移し話しかける。

 

 「ラピュセル、あんたも心の中覗かれても良いよう利口な事を考えておくことね」

 

 照れ隠しだろうか。年長者からのアドバイスのように言い放ち切り抜けようとするルーラ。

 それに対してスノーホワイトは笑顔で、ラピュセルは一生懸命心の中を読まれないように頑張ってるんですよと言い放つ。

 

 「ラピュセル……あんたも大変ね」

 

 女王(ルーラ)は気苦労の耐えないであろう騎士(ラピュセル)を哀れむが、(スノーホワイト)は無垢なる笑顔で二人を見つめていた。

 日も暮れラピュセルはそろそろ帰らないとと言い、明日はスノーホワイトの入院している病院で落ち合うことを約束して帰宅の途につく。

 

 「ラピュセル約束だからね!」

 

 スノーホワイトの口からは明日も会うことへの約束だろうか。

 大げさだとは思いつつもラピュセルは騎士としてその約束に応える。

 キット守る……そう心に誓い、鉄塔の下に降り立つ。

 ラピュセルはスノーホワイトとルーラに向かい手を振り帰路へつく。

 ルーラとスノーホワイトは手を振り返す。

 

 「……キット守るか……」

 スノーホワイトはラピュセルの声を聞き届けひとりごちながら、ルーラと一緒にたまり場になっている病院への帰路についていた。 

 

 

◇◇◇

 

 

 一人帰宅すると言ったラピュセルは今だ鉄塔の近くで佇んでいた。

 

 「そろそろ姿を現したらどうだ?」 

 

 周囲に声を発しラピュセルは近くに居る何者かに話しかける。

 すると何者かは先に声をかけられた事に喜びを隠さず嬉々として言葉を返していた。

 

 「お気づきでしたか、さすがですね。それでこそ見込み甲斐があるというものです」

 

 突如現れ意図のわからない発言をする魔法少女に対しラピュセルは落ち着き払っている。

 キャンディ狙いだろうか、それとも命を狙ってきたのだろうか。

 ラピュセルは相手をじっくり捉え鞘から剣を取り出し名乗りを上げる。

 

 「我が名はラピュセル! スノーホワイトの守る騎士だ!」

 

 名乗りをうけ、それを戦いの承諾と判断しクラムベリーも名乗りを上げる。

 

 「私は森の音楽家クラムベリー、あなたと戦うのを心待ちにしていました」

 

 ラピュセルは殺気を感じ咄嗟に剣で身を隠す。鈍い衝撃が剣を通して手に伝わってくる。

 挨拶代わりの何かを防いだラピュセルにクラムベリーは喜びを隠せなかった。

 

 「素晴らしい! 魔法少女三人を相手に一人で勝ったと言うのは本当のようですね」

 

 ラピュセルは得体の知れない相手だと直感する。

 スノーホワイトをここから遠ざけて正解だったと確信しながら剣を構えクラムベリーを睨む。

 見たところクラムベリーとは距離が開いている、先ほどの衝撃は魔法だろうか。

 もしラピュセルがただの騎士なら間合いをとるのは余りにも不利な状況だが。

 ラピュセルは違う魔法少女だ、己の武器を巨大化させ相手に近付かなくとも渡り合える。

 剣を巨大化させ一気にクラムベリーへなぎ払う。

 しかしクラムベリーはラピュセル渾身の一撃を避け懐に入り込む。

 ラピュセルは落ち着いて剣の大きさを戻し切っ先をクラムベリーへ向ける。

 

 「なるほどそれがあなたの戦い方ですか、剣を自由自在の大きさに変えるというのは中々戦いに向いた能力ですね」

 

 しかし、と付け加えクラムベリーはラピュセルの戦い方を指摘する。

 

 「先ほどから躊躇っていらっしゃる、相手を殺すことに」

 

 ラピュセルにとってもクラムベリー指摘はわかりきっている事だった。

 自分は騎士だ、そう言い聞かせ姫を守る為には手を汚す事を覚悟しなければならない。

 だがいくら魔法少女になり精神面で強くなったと言えど岸辺颯太(ラピュセル)は普通の中学生だ。

 いや普通よりも優しい、何よりも姫河小雪(スノーホワイト)を守りたいと考える心優しき少年だ。

 何があってもスノーホワイトを悲しませるわけにはいかない。

 どんな事をしてもスノーホワイトを守らなければいけない。

 騎士としてというより幼馴染として、そんな事は頭では理解しているが体が動かない。

 クラムベリーは研ぎ澄まされた体術でラピュセルを防戦一方に追い詰める。 

 

 「なるほど、あなたは人を殺したことが無いのですねラピュセル。しかしそんな生ぬるい考えではこの試験は生き残れませんよ? それこそスノーホワイトを殺してでも生き残る覚悟でないと」

  

 クラムベリーはラピュセルへ語りかける。試験を通して魔法少女は成長していく。

 今は躊躇っているかもしれないが成長する事でクラムベリーの期待する強敵になってくれるかもしれない、そう考えての助言のつもりだろうか。

 ラピュセルにとってもクラムベリーを放置しておくわけにはいかない状況になった。

 もしここで退けばクラムベリーはスノーホワイトを殺しにいくだろう。

 そう直感した。もはや騎士(ラピュセル)に退路は無い。

 

 「クラムベリー! 貴様はここで私が討つ」

 

 決意の表しなのか鞘を空高く放り投げ、クラムベリーに切りかかる。

 クラムベリーは笑みを浮かべながら距離を取り目に見えない音速の衝撃波(ソニックブーム)をラピュセルに放つ。

 だがラピュセルも剣を変化させ自身を囲み、その衝撃波から身を守る。

 見えない攻撃だが相手の動き(モーション)はある。

 サッカーで鍛えられた洞察力で相手の動きを読み応戦していく。

 防戦だけでは無く。

 ラピュセル自身覆っていた剣を巨大にさせ相手を押しつぶすような攻撃も行う。

 そんなラピュセルの攻撃もクラムベリーは簡単に躱していく。

 

 「その剣は厄介ですね……ではこれならどうでしょうか」

 

 クラムベリーは飄々とかわしながら反撃にうつり、剣を構えた手を狙った攻撃を繰り出す。

 ラピュセルは躱す事も出来たが、あえて剣を弾かせた。

 剣を失ったと思わせ、自分に視線を集める為に。

 剣が地面に落ち金属音がこだまする、クラムベリーは無防備になったラピュセルを仕留めようと衝撃波を出そうとするがその攻撃はラピュセルに届かない。

 先ほど空高く放り投げた鞘を巨大化させクラムベリーを鞘の中に閉じ込める。

 

 「クラムベリー! 勝負は私の勝ちだ!」

 

 ラピュセルは勝利を声高に宣言する。

 しかし閉じ込められた鞘の中でクラムベリーは笑う。

 

 「まさか鞘も巨大化するとは、しかし鞘の中に閉じ込めたのは失敗ですね、鞘で押し潰せば本当にあなたの勝ちだったのに」

 

 鞘の中のクラムベリーの表情は見えないがそれでもラピュセルの優位に変わりは無い。

 しかしクラムベリーは並大抵の魔法少女ではなかった。

 鈍い音と共に鞘の下の地面が抉れる、ラピュセルは地面から出てくるであろうクラムベリーへ剣を突きつけようとするが。

 

 「ラピュセル!」 

 

 突如後方からスノーホワイトの声が聞こえラピュセルは振り向く。 

 その直後ラピュセルの体は鉄塔へと吹き飛ばされ叩きつけられる。

 吹き飛ばされながらラピュセルはスノーホワイトの事だけを考えていた。

 

 「小雪……守れなくてごめん……」

 

 交わした約束に対しての謝罪だろうか、懺悔ともとれる声は消えそうなほど小さい。

 鞘の下から這い上がり埃をはたき落としながらクラムベリーはとラピュセルへ近付く。

 

 「少々汚い手ですがこれもまた一興、やはりあなたにとってスノーホワイトが弱点のようですね」

 

 スノーホワイトの声を作りだしてラピュセルの注意を引く、純粋に戦いを楽しむクラムベリーだったが凌ぎを削りあい後一歩のところで勝利する、そういった駆け引きが一番の楽しみでもあった。

 鉄塔に叩きつけられたラピュセルは気を失い変身が解け岸辺颯太(元の姿)に戻っていた。

 

 「男の魔法少女ですか、これは珍しい」 

 

 それは多くの魔法少女を見てきたクラムベリーにとっても驚くような珍しい光景だった。 

 

 「尚更残念ですね。スノーホワイトという枷があるから、あなたは綺麗な騎士であろうとしたのでしょうね」

 

 クラムベリーはラピュセルの強さを認めながら同時にその弱さを惜しむ。

 そして何かを思いつき歪な笑みを浮かべる。

 

 魔法少女になりきれていないから。そう結論しラピュセル(岸辺颯太)の大切な物を壊す事を思いつく。それはクラムベリーにとっては復讐心に駆られた魔法少女と戦ってみたいという純粋な気持ちでもあった。

 踵を振り上げラピュセル(岸辺颯太)の下腹部に振り下ろす。

 何かを踏み潰すような音が辺りに響く。

 それは音楽家が奏でた騎士の尊厳(プライド)を踏み潰す音だった。 

 

 愉悦に浸り、満面の笑みで岸辺颯太を見下ろすクラムベリーに声と足音が届く。

 

 「クラムベリーさん」

 

 クラムベリーは足音が聞こえ後方へと視線を向ける。 

 かなり距離の離れた後方にスノーホワイトが居た。

 クラムベリーは音を操る魔法少女だ、その音が聞こえる範囲は常人(普通の魔法少女)の域を越えている。 

 だがスノーホワイトもどうやらその普通の領域から外れているようだった。

 

 「まさか本当に来ていたとは」

 

 近付いてくるスノーホワイトに少し驚きながらも向け衝撃波を放つ。

 並大抵の魔法少女なら自分の首と体が離れてから気付くぐらいの速度だ。

  

 突然スノーホワイトはよろけ体勢を崩す。首に向けて放つ音速の刃は空を切る。

 偶然だろうか、続けてよろけた相手に向かってまたも音速の斬撃を放つがスノーホワイトは地面に落とした飴を拾っていてまたも避けられる。

 偶然にしては可笑しい、クラムベリーは新たな強敵の出現に狂喜していた。

 

 「はじめましてスノーホワイト、私は森の音楽家クラムベリー。こうしてお会いするのは初めてですね」

 

 クラムベリーは新たなる敵に名乗りを上げる。

 スノーホワイトはただ笑顔ではいと答え、お近づきのしるしに飴をどうぞとクラムベリーに手渡す。

 

 命知らずなのかはたまた、攻撃しない事がわかっていたのか。

 スノーホワイトは無防備にクラムベリーに近付き話をする。

 

 「クラムベリーさん今日は退いてくれないでしょうか?」

 

 突然の停戦の申し出だった、クラムベリーは最初は拒否するつもりだったが乱入者が現れる。

 クラムベリーは耳を澄ませる、物陰から心臓の音が聞こえる。

 物陰に隠れた何者かがこちらを見ている、隙をうかがっているのだろうか。

 

 「ルーラさんコソコソしないで、サアサア一緒に話し合いをしましょう」

 

 スノーホワイトが隠れていたルーラに話しかける。

 クラムベリーは逡巡する、ルーラのほうに攻撃をすればスノーホワイトに隙を見せることになる。

 しかしその逆も然り。そんな風に考えていると遠くの方から救急車の音が聞こえる。

 なるほどと呟き、勝負に水を差されるのはこちらとしても本望ではない。

 クラムベリーはスノーホワイトの提案を受け退く事を決めた。

 

 「邪魔が入りそうなので今日の所は帰ることにします、また後日お会いしましょう」

 

 足早に退いていくクラムベリーに手を振るスノーホワイト。

 そんな様子を見て気が気じゃないとルーラは物陰から出てきていた。

 

 「あんた何でそんなに余裕なのよ! もう少しで殺されるところだったのよ!」

 

 ルーラの心配は当然だった、直前までラピュセルと死闘を繰り広げていたその辺り一帯は悲惨な状況であり、なおかつ当のラピュセルも重症を負って倒れている。

 

 「救急車呼んでおいたから、あとはこの馬鹿がくたばらなければいいのだけど……」

 

 ルーラは意識を失ったラピュセルに近付くがその惨状を見て絶句する。

 下腹部から大量の血を流している、助かるかどうかも心配どころではあったがなにより、抉られた場所に驚き青ざめそうになる。

 ルーラには分かり得ない痛みだろうが想像はつく。

 例え生きながらえたとしてもこの少年は死んでしまう、そう直感した。

 スノーホワイトは衣服に血がつくのを厭わずラピュセルに寄り添い抱きしめていた。

 誰も何も言わない静けさ、救急車の音だけがこだまする。

 スノーホワイトはどんな声を聞いているのだろうか。

 ルーラはただ二人を心配していた。



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第十話『Hospital』

 慌しい病院の声、引っ切り無しの叫び声。スノーホワイトは自分の病室でルーラと二人佇んでいた。重い雰囲気の病室の沈黙に耐え切れなくなったのかルーラが口を開く。

 

 「ラピュセルがあんな事になったのはあんたのせいじゃないでしょ?」

 

 ルーラはスノーホワイトに責任は無いと言い放つ。それは正しい。事実だけを並べればラピュセルは単独行動をし、襲撃者に敗北した。ラピュセルが負けるほどの魔法少女だ、たとえその場にルーラやスノーホワイトが居たとしても倒された魔法少女の人数が増えていただけかもしれない。

 

 スノーホワイトは最善を尽くしたと、ルーラは思っていた。

 あの後帰り路についていた二人だったが、ラピュセルが戦いを始め、そして困ったという声が漏れている事にスノーホワイトが気付き、塔まで戻ろうとした。

 そこをルーラは引き止めてしまったのだ、心の中で。

 ラピュセルほどの強い魔法少女が苦戦する相手に正面から行けば返り討ちに遭うと思ったゆえの行動だった。直前にラピュセルがスノーホワイトを逃したその行動を無駄にしないようにと。

 

 それでもルーラに心配しないで大丈夫と笑顔で語りかけ、塔まで進むスノーホワイトをルーラは呆然と見ているしかできなかったのだった。

 

 もしもあの時、引き止めなければ間に合ったかもしれない。ルーラは自分にも失敗の責はあると感じ、スノーホワイトと向き合う。

 しかしスノーホワイトはルーラを責める事も無く、ただ微笑み返す無機質な人形のような笑顔。

 以前のルーラが同じ立場なら人の失敗を叱責し、我も忘れ怒鳴っていただろう。慰めようとしているのかルーラはいつになく優しげな口調だった。スノーホワイトはただ黙って飴を握り締め笑っていた。

 

 耳を塞ごうとしても声が聞こえる、岸辺颯太(ラピュセル)の母親の泣き叫ぶ声だった。息子の惨状を聞き滂沱(ぼうだ)の如く涙を流し泣いている。スノーホワイトの病室は隔離されていて、同じ病院の中とはいえ岸辺颯太(ラピュセル)のいる病室とは距離がある。

 だが母親の子を思う気持ちはスノーホワイトにとっては恐怖と戦慄に値し、我知らず息苦しくなる胸を押さえながら、ただ無心に祈る。

 

 ルーラはスノーホワイトの事も気がかりだったが、一旦病室から抜け。ラピュセルの容態を確認しに行く。医者が言うには手術は無事成功し命は取り止めたものの、意識が戻るかの保障できないとの事だった。

 

 病室へ戻り、この事をスノーホワイトに伝えようかルーラは迷う。

 だが迷っている声を聞いたスノーホワイトは、莞爾(にっこり)とまるで感情を殺したかのような作り笑いをして、ルーラに大丈夫ですよと一言口にする。

 

 ルーラにはスノーホワイトのように困った声は聞こえない。だが目の前のその悲痛な声にならない叫びはルーラにも届いていた。ルーラはただ黙ってスノーホワイトを抱きしめる。

 泣き叫ぶ赤子を抱擁する母親のように。

 

 

◇◇◇

 

 クラムベリーは戦いを終え次なる戦いが待ち遠しいとファヴに漏らす。

 

 【クラムベリーは本当に戦うのが好きぽん、ファヴは色々後始末で大変だったぽん! 少しは労って欲しいぽん】

 

 クラムベリーがラピュセルと死闘を繰り広げた鉄塔付近の被害の補修や世間への情報操作などはすべて、魔法の国もといファヴが執り行っていた。 

 

 「それが貴方の仕事です。私はただ、この試験をうまく乗り切ることしか考えてませんよ」

 

 ファヴは呆れてため息をつく。だがファヴにとっても、この先起こるであろうスノーホワイトとクラムベリーの戦いが楽しみだという気持ちもあった。

 

 「そういえば最近二人きりで居る時もマスターと呼んでくれませんね?」

 

 【ぽん? そうだったかぽん? ファヴは最近忙しかったからちょっと疲れてただけかもしれないぽん! (ファヴはいつもマスター(、、、、)の活躍を祈ってるぽん!)】

 

 無機質な表情で笑みを浮かべるファヴだったが、その声はクラムベリーには届いてはいなかった。

 

◇◇◇

 

 

 ルーラに抱きしめられていたスノーホワイトはスヤスヤと(ねむ)っているのであった。そんなスノーホワイトを見ながらルーラは驚きを繰り返している。

 先ほどまであれだけ悲しい笑みを浮かべていた人間と、どうしても思えないその眠りようの平和さ、無邪気さ……

 魔法少女の姿は人を魅了する美しいものになるとファヴから聞かされていたが、それらを凌駕するような。ほんのりと紅をさした頬、艶やかな髪、散りばめられた花の装飾に囲まれたスノーホワイトは、まるで物語にでてくるお姫様ではあるまいかと思われるくらい清らかな寝姿であった。

 たった今まで赤ん坊のように無邪気な姿で寝ていたスノーホワイトだったが段々と年頃の少女のような表情をみせたと思いきや、今度は母親のような慈しみを持った笑顔に変わる。

 そんなスノーホワイトの心の情景にルーラは呼吸(いき)をもわすれる……

 そして瞬きもせず見惚れていると、先ほどまで笑っていた目が今度はわなわなと泣きじゃくる赤子のような目に移ろい、やがて涙が流れ、その雫は頬を伝い滴り落ち、その先にある小さな唇へとたどり着く。

 涙で少し湿った唇が(かす)かに震えながら動き出し、赤子のような声にならない声で助けを呼ぶ。

 

 「ねむりん……ねむりん……わたしでは……たすけることが出来ませんでした……と……ゆるしてくだ……ゆる……ねむ……たすけ……どうか……ね……」

 

 スノーホワイトの声は震える唇を見てようやく分かるほどのか細く消えそうな泣き声だった。

 ルーラは思わずスノーホワイトを抱きしめる腕に力がこもってしまう。大切なものほど力強く握り締めてしまうのが人の心理だろうか。だが同時に壊れてしまわないかと心配になりスノーホワイトの表情を見守る。

 夜が明けて行くように、スノーホワイトは元のあどけない嬰児(あかんぼう)のような表情に戻っていく。その表情は、まるで母親を困らせないため、泣く事を我慢した赤子のように。

 どうか今だけは、その安らかなる眠りを享受して、今この時だけでも健やかに過ごして欲しいと、ルーラは思いスノーホワイトの頬撫でる。優しく、壊れてしまわないように。

 

 ルーラが夜が明けたのに気付いたのは何時だっただろうか。だが、スノーホワイトの心は、まだ月も隠れてしまうような夜を写す水面(みなも)の奥の底ように暗い。

 それはまるで母親の胎内に居る赤子と同じ気持ちなのかもしれない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 朝の陽射しが窓から所狭しと入り込む。

 目を覚ましたスノーホワイトは傍らで眠っているルーラの頭を撫でる。ルーラは寝言でスノーホワイトへの愚痴をこぼしていた。起こしては悪いと思い、心の中でおはようと呟く。

 

 スノーホワイトは目覚めぬ幼馴染の心配をしている心が泣いているのを感じ、自分の胸もそっと撫でる。眠っている間に見た夢の情景に、ねむりんは現れなかった。

 スノーホワイトは側で眠るルーラに目を向ける。いつもは凛とし気高さの象徴のような彼女だったが、今は眠りに付いたお姫様のようだった。

 つられてもう一眠りしようかと迷っている、そんなうとうとする眠気を吹き飛ばしたのは隣室からの(まばゆ)い叫び声だった。 

 

 「音楽家はどこだ!」

 

 となりの病室に入院している茜という少女の声だった。

 彼女の声は病室の防音機能によって部屋の外に居る者には聞こえないが。唯一スノーホワイトはその声を聞き、時折落ち着かせるために飴を手渡したりしていた。

 ルーラを起こさないように立ち上がり窓伝いに隣の病室へ顔を覗かせる。

 

 茜は音楽家か? と窓の外から覗くスノーホワイトに近付くが、スノーホワイトだと分かると興味を失ったように戻ろうとする。

 そんな茜に飴を手渡そうと茜の病室に入り飴を渡す。スノーホワイトは茜の声に耳を傾ける。不破茜がこの病院へ転院してこなければ彼女(アカネ)の悲痛な叫びはきっと誰にも届かなかっただろう。

 

 「飴より音楽家をよこせ!」

  

 そうは言いつつも、スノーホワイトから飴を受け取り口に含む茜。スノーホワイトは昨日クラムベリーと対峙した時に様々な事を聞いた、というより感じ取った。魔法の国の試験の事を。

 

 「アカネさんはクラムベリーさんとお知り合いなんですね」

 

 スノーホワイトの言葉に茜は眉を(ひそ)め疑惑の眼差しを向ける。

 

 「お前も音楽家か?(クラムベリーと知り合いなのか?)」

 

 スノーホワイトはアカネの問いに頷く。

 その一部始終を覗いていたルーラが、窓の外から困惑した顔でスノーホワイトを見ていた。

 

 「ルーラさんおはようございます。起こしちゃいましたか」

 

 ルーラの困り顔に気付いてスノーホワイトは、挨拶ついでにルーラの手を引っ張り茜の病室に連れこみ、茜にルーラを紹介し始める。

 

 「音楽家か!(お前も魔法少女の試験に参加させられているのか)」

 

 突然の茜の怒鳴り声にルーラは驚きスノーホワイトの背に隠れ、どういう状況なのか説明を乞う。スノーホワイトはアカネの言葉に頷きながらルーラに説明を加える。

 

 「この方は茜さんと言って、私達よりも先に魔法少女になったみたいですよ」

 

 先に? その言葉をルーラは不思議がる。ルーラ自身このN市では古参の魔法少女だったからだ。だが続いて紡がれるスノーホワイトの説明で、その疑問もすぐに払拭される。

 N市内とは別の場所でクラムベリーによって選ばれた魔法少女と付け加える。

 ルーラは流れ込む情報の整理に苦戦していた。

 

 「つまり私達が争っているゲームが別の場所でも開催されていて、こいつはその戦いの生き残りで私達よりも先輩の魔法少女ということかしら」

 

 ルーラはスノーホワイトから伝えられた情報を反芻し茜と呼ばれる少女を見つめる。

 

 「またやらされているのか(転院した精神病棟がある地域がまさか他の試験会場だったとは)」

 

 アカネは据わった目でスノーホワイトとルーラを見つめる。それは同類を見つけ哀れむ目だった。スノーホワイトは相変わらずの微笑みを浮かべている。そうそうと付け加えながらスノーホワイトは茜に話しかける。

  

 「今度クラムベリーさんと会うことになったんですよ、よかったら茜さんも一緒にどうですか?」 

 

 スノーホワイトの誘いに茜は目を見開かせ、まるで動物が獲物を見つけたように瞳孔を開く。

 

 「……(音楽家はどこだ)」

 

 スノーホワイトは、まだ会う場所は決めていないがファヴを通して連絡を入れると説明する。ルーラはそんな様子をみて、この子を連れて行くのと首を傾げながらスノーホワイトに尋ねた。

 スノーホワイトは笑顔で、ただ一言。

 

 「茜さんが困っているから助けないと」

 

 ルーラの質問に、そう言いながらスノーホワイトは微笑む。

 それはルーラが見たスノーホワイトと出会った時と同じ笑顔だった。

 

 「茜さん検診の時間みたいですよ」

 

 スノーホワイトは茜の病室に医者が来るというのを告げる。

 

 「あれは嫌だ。あれは……よくない」

 

 医者嫌いなのだろうか子供のように駄々をこね始める茜を見てルーラは頭が痛くなっていた。

 

 「馬鹿をみていると頭が痛くなる」 

 

 スノーホワイトはそんなルーラに、ルーラさんも一緒に入院しますか? と冗談に聞こえないような冗談を飛ばしていた。

 

 

◇◇◇

 

 【ぽん? スノーホワイト、病院で友達はできたかぽん?】

 

 スノーホワイトは一人病室で端末を開き、ファヴと親しげに会話をする

 

 【最近はどうもファヴとお話してくれる魔法少女が居なくて寂しかったぽん】

 

 ファヴは近況をスノーホワイトに愚痴る。

 

 【よくよく考えてみたらファヴは働き者なのに全然誰も労ってくれないぽん、端末開けば罵詈雑言でファヴは参っちゃったぽん】

 

 スノーホワイトはファヴに尋ねる電子妖精には病院は無いのかと。

 

 【魔法の国で端末のメンテナンスはできるぽん、あとは機械に強い魔法少女が色々やってくれたりするぽん】

 

 続けてファヴはスノーホワイトに感謝の意を示す。

 

 【スノーホワイトは優しいぽん。ファヴの体のことに気を遣ってくれるなんてうれしいぽん】

 

 ファヴはスノーホワイトの魔法を理解している。だからこそ本心で話していた。

 

 【ビジネスライクな付き合いはもう疲れたぽん、やっぱり友達と一緒に居るのがファヴにとって一番の癒しの時間ぽん】

 

 ファヴとスノーホワイトは同じ笑顔で笑っていた。二人以外誰も居ない病室の片隅で笑い声がこだまする。

 

 スノーホワイトはお願いがあるのと、ファヴに頼み事をする。

 スノーホワイトの提案にファヴは喜び、友達の願いなら叶えるのはあたりまえと。

 

 【はいぽん】

 

 偽りのない両者の関係は酷く歪に正しかった。



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第十一話『FAiry』

 ルーラは過去に自分を裏切った部下達と連絡を取り合っていた。

 スイムスイム。ミナエル。ユナエル。たま。

 ルーラにとっては恩を仇で返されたような因縁深い者達でもある。

 

 単身ルーラは廃寺に乗り込む、寺の中では相変わらずたまが勉強をしている横でミナエルユナエルの二人が騒ぎながら遊んでおり、スイムスイムだけが廃寺にやってきたルーラに気付き出迎えにくる。

 

 「ルーラ……生きてた」

  

 スイムスイムの開口一番のセリフは得体の知れないものだった。

 

 「おかげさまで生きてるわよ、あんたたちも息災ね」

 

 息災という言葉がよくわからないといった感じでスイムスイムはルーラに聞き返す。

 たまもビクビクしながらよくわかっていないようだった。

 

 「ようするにあんた達も元気にやってるわね、っていいたかったのよ!」

 

 語気を強めるルーラにミナエルユナエルの二人は言葉を挟む。

 

 「またババアがヒスった!」「ヒスった!」

 

 ルーラはあからさまな挑発を無視しスイムスイムと向き合う。

 ルーラの先ほどの説明に合点がいったのかスイムスイムはルーラと言葉を交わす。

 

 「元気にしてる」

 

 スイムスイムがルーラに放った一言が沈黙を誘い寺の中で反響する。

 寺の重い空気が側で睨みつけている像のように、ずっしりとのしかかって来そうな、そんな沈黙を破ったのは意外にもたまだった。

 

 「ルーラさん……この前はどうも……」

 

 ルーラはたまの方へ視線をむける。たまは怯えながらルーラと視線を交わす。ルーラは微笑みながらたまにお礼を言う。

 

 「たま。この前は助かったわ」

 

 この不可思議な行動に。たまはもとより。ミナエルユナエルは空中でひっくり返りながら驚いていた。

 

 「ババアがお礼言ってる!」「明日は大雨やね」

 

 お礼を言うだけでこんな反応をされるとは。

 苦笑いをしながらルーラは以前の自分を省みていた。

 きっとスノーホワイトが居なければこんな事に気付く事も無く死んでいただろう。

 

 雰囲気の変わったルーラにスイムスイムは質問責めのようにルーラに尋ねていた。

 なぜルーラがここに来たのか、ルーラは今は何をしてるのか。

 そしてスノーホワイトは息災かと。

 

 ルーラは問いに対してきちんと答える。今度は対等な者として。

 今はスノーホワイトと共に居て、ここに来たのは協力を要請しにきたと伝える。もちろん今度は対等な立場だとも。

 様子のおかしなルーラにスイムスイムは怪訝な表情をしながらミナエルとユナエルに視線を向ける。

 

 「変身してない、ルーラは本物」

 

 淡々とした口調で確認をする。ミナエルとユナエルがいたずらでルーラに変身し自分をからかっているのではないかと思ったからだ。疑惑の目を向けられたミナエルユナエルは抗議をしていた。

 

 「「誰が好き好んでババアに変身するか!」」

 

 二人は息をそろえて言い放つ。もっとも人物に変身できるのは妹のユナエルの方だけなのだが。

 

 スイムスイムは二人の抗議を無視しながらルーラについて語り始める。

 ルーラはお姫様。ルーラは偉い。ルーラのいう事は絶対。

 そんなルーラに憧れていた。そんなルーラになりたかった。

 スイムスイムは感情を吐露するように言葉と思いを紡ぐ。

 

 「相変わらずあんたは変に物覚えが良いわね」

 

 だがそんなスイムスイムの言葉を遮りながらルーラは訂正する。

 

 「結局、そのルーラはあんた達に裏切られたじゃない。所詮その程度だったってことよ、それに私はお姫様って柄じゃないわ」

 

 ルーラはばっさりと今までの自分を否定する。

 

 「確かにババアだもんねー」「どっちかって言うと女王様?」

 

 ミナエルユナエルは相変わらずはしゃいでいる。

 

 「そうね女王様っていうのはいいわね。姫を教育する、今はそんな気分よ」

 

 ミナエルユナエルはルーラに肯定的に捉えられ困惑していた。

 

 「うげえ、ババアに賛同された」「お姉ちゃんマジブルー」

 

 ルーラの言葉はスイムスイムにはよくわからなかった。

 だが一つだけ分かった事がある。

 自分が憧れたルーラは変わってしまったのだと。 

 

 ルーラは付け加える、対等な立場なら女王も、お姫様も沢山居ていいのだと。

 

 「だって沢山あるでしょ? お姫様の物語」 

 

 スイムスイムの心は揺れている。

 ルーラを変えてしまったのはスノーホワイトだろうか。

 ルーラをもってして姫と称されるスノーホワイトにスイムスイムは一度救われていた。

 だとしたら変わったのはルーラだけでは無いのかもしれない。

 

 「ルーラ、スノーホワイトに会わせて」

 

 ルーラはスイムスイムに条件を出して会わせてやると約束する。

 おとぎ話のように甘い夢を見るのは子供だけの特権だろうか。

 

 

◇◇◇

 

 

 スノーホワイトはファヴを通じ脱落者が発表される日にクラムベリーとの約束を取り付ける。

 ルーラは何やらここ数日忙しそうにしており、スノーホワイトには心配しないでといい残し、ルーラはどこかへ出かけていった。

 

 スノーホワイトとクラムベリーはその日の夜に落ち合う約束をしていた。

 N市内では二番目に標高の高い船賀山にある山小屋で。

 隣の病室の茜にその類を伝え病院を抜け二人は山小屋へ向かう。

 

 月夜に照らされた小屋の前に到着する。道中獣道や崖崩れのあとがあり、常人にはたどり着くのは難しいような道を通ってきたアカネとスノーホワイト。

 アカネは音楽家に会えるという事でいつに無く目が据わっていた。

 

 夜の山は冷える、それは体の冷えなのか、はたまた心が冷め切ってしまったのか。

 それを知りうる者はここには居ない。

 山小屋に入ると人影が3つ。スノーホワイトは声を聞いていたので誰が居るかは分かっていた。

 小屋に居たのはミナエル、ユナエル、たまの三人だった。

 

 「ほんとに来たねスノーホワイト」「お姉ちゃんの読みどおりやね」

 

 二人の天使は予定通りと語りながら嬉々としていた。

 たまはスノーホワイトを見て安堵しているようだったが、スノーホワイトの横に居るアカネを見て萎縮する。

 

 「音楽家はどこだ?(お前達は誰だ?)」

 

 一人、今にも斬りかかりそうな雰囲気のアカネにスノーホワイトは飴を渡し説明する。

 ルーラさんのお友達です、と言いながら更に付け加えるように呟く。

  

 「ルーラさんが困っていたのはこれだったんですね」

 

 スノーホワイトは合点がいったような表情をしてから、すぐにいつもの笑みを浮かべる。

 アカネは小屋にクラムベリーが居ないのが分かるといつものように叫びながら走っていく。

 その様子を小屋に残された4人の魔法少女は見送る事しかできなかった。

 突然の事で困惑していたがミナエルユナエルはいつものように悪たれをつく。

 

 「あれどうしよう」「別にいいんじゃない? 引き止めろって言われてるのスノーホワイトだけだし」「だよね」「さ、スノーホワイト! 今日こそ人気投票の雪辱を果たすからね!」

 

 賑やかなミナエルユナエルはスノーホワイトに啖呵を切り宣戦布告をする。

 だが当のスノーホワイトは人気投票というのは何かと分からず問い返す。

 ミナエルユナエルは端末を取り出しスノーホワイトに説明をしていた。

 

 「まとめサイトっていうのがあって、これが私とユナエルの記事!」「見てみて、これお姉ちゃんと私の動画」

 

 ミナエルはまとめサイトにのっているピーキーエンジェルズの記事を見せ。

 ユナエルは動画サイトにアップロードされたピーキーエンジェルズの動画を見せる。

 それぞれ見せられた物をみてスノーホワイトはお二人共すごいですと、賞賛する。

 

 「話のわかる奴やね」「スノーちゃんマジスマート」「そうそうこの動画撮ったの。たまなんだよ」

 

 盛り上がりの輪から遠い場所に居た、たまは突如話を振られ当惑する。

 

 「私はただ……動画を撮っただけで……」

 

 謙遜するなとミナエルとユナエルがたまの頭を撫でる。

 スノーホワイト達は楽しそうに会話をする。

 ミナエルユナエルはたまにビデオカメラを持たせて意気揚々としていた。 

 

 そんな三人を慈しみを持った笑顔で見つめるスノーホワイトだったが、先ほどからしている外の声が気になり扉を開けようと立ち上がる。

 外に出ようとするスノーホワイトの目の前にたまが慌てながら立ちふさがる。

 たまはスノーホワイトにお願いをする。

 ルーラが戻ってくるまで私達と、この小屋に居てくださいと。 

 スノーホワイトは瞳を潤ませ今にも泣き出しそうなたまの声を聞き、手を差し伸べるのだった。

 

 

◇◇◇

 

  

 ルーラとスイムスイムは小屋から少し離れた場所でクラムベリーを襲う予定だった。

 スイムスイムにはスノーホワイトを餌に協力を仰いでいた。

 闇夜に潜み不意打ちでルーラの魔法でけりをつける。

 もちろん鉄塔の付近でのラピュセルとの戦闘を鑑みるに、クラムベリーにはこんな安易な作戦が通用する相手では無い事は百も承知だった。

 

 ルーラはスノーホワイトが気がかりだった。

 クラムベリーとスノーホワイトを引き合わせてはならない。

 スノーホワイトは戦う気が無く、クラムベリーは話し合う気など無いからだ。

 

 だがそんな計画は突然大声を叫びながら走ってきたアカネによって脆くも崩れ去る。

 

 「お前は病院の」

 

 アカネにとって知った顔のルーラに声をかけただけだったが。

 ルーラにとっては大事な作戦の場に現れた野生動物のような対処に困る人物だった。

 スイムスイムは突然現れたアカネを見ながら誰と疑問に思い、ルーラの答えを待っているようだった。

 

 「音楽家はそこか」

 

 アカネは周囲を見渡し突如刀を振り下ろし斬りつける。

 辺りの木々はゆっくりと、まるで斬られた事に気付かない。

 通行人に道をあける雑踏の人々の如く、アカネとクラムベリーとの間の視界が広がる。

 その開けた先に音楽家は佇んでいた。

 

 「こんばんは、皆様おそろいで。スノーホワイトはどこでしょうか?」

 

 クラムベリーはスノーホワイトがその場に居ない事を不思議に思いながらも対峙する。

 スイムスイムとルーラを睥睨しながらも、クラムベリーにとって予想外の人物だったアカネに驚きはしなかったものの興味深そうにしている。

 

 ルーラは焦っている。クラムベリーの場所は魔法の届く距離よりも遠く、視界も開けてしまい、奇襲も失敗した。

 スイムスイムはルーラにどうするのかと指示を仰いでいたが、ルーラにとってこの状況はとにかく頭の痛い状況であった。

 

 頭痛の種であるアカネは闇雲にクラムベリーと斬り合いをしている。

 クラムベリーは音速の刃でアカネに向かい衝撃波を飛ばす。

 アカネはその衝撃波を刀で受けきり反撃に移るが。

 クラムベリーもアカネの魔法を知っていたので木を盾にしたり、衝撃波で視界を悪くし応戦する。

 アカネの魔法は視界に捉えたものに向かって刀を振り下ろし斬撃を飛ばす。

 クラムベリーは確かそんな感じだったかと思い出しながら笑う。

 傍目には二人は討ちあいを楽しんでいるようだった。

 

 「試験の時よりもいい動きになっていますね、相手を殺すためだけに刀を振るうのはきもちがいいでしょう」

 

 ルーラはアカネに挑発まじりに話しかける。

 だがアカネはそんな言葉に耳を貸さずただ音楽家に刀を振るう。

 ルーラやスイムスイムはアカネよりも後方におり、戦いの様子を見ながらクラムベリーの隙をうかがっていた。

  

 スイムスイムはルーラに自分を盾にして近付かないのかと尋ねる。そんなスイムスイムの提案をルーラは一蹴する。

 

 「いい? この作戦は誰かが死んだら元も子もないのよ! 前に説明したでしょ!」

 

 ルーラは怒っている。その怒りは以前なら馬鹿な部下への叱責だっただろうが、今は違う。

 協力してくれている魔法少女の身を案じていた。

 ただ、アレ(アカネ)はよくわからないけど。とルーラは付け加えていた。

 

 ルーラにとっての想定外の事態は更に増えることになる。

 

 突如アカネとクラムベリーの間にスノーホワイトが舞い降りたのだ。

 比喩や幻想的な言い回しなどで無く本当に舞い降りたスノーホワイトはクラムベリーに会釈をする。

 

 ルーラは空を見上げる。

 ミナエルとユナエルの二人がスノーホワイトを送り届けていた事が分かった。

 相変わらず作戦の一つもこなせないのかと憤りそうになるが、背後の気配に気付きルーラは視線をうつす。

 そこにはたまが立っていた、しかもビデオカメラを回している。 

 ルーラはもう笑うしかなかった。スノーホワイトを守ろうと立案した作戦だったが、当のスノーホワイトが一番危険な場所に突然現れたのだ。

 ルーラは意を決する。たまに声を掛ける、同じくピーキーエンジェルズにも。

 ミナエルとユナエルはどうせルーラがまた怒り出すのではないかと思い怪訝な顔をしていたが、話を聞き面白そうだと案外素直に乗ってくれた。 

 

  

 ◇◇◇

 

 「皆でPV撮影?」「それまじやばくない?」「人気1位と2位の魔法少女の合作とか」「世界も狙える大作やね」 

 

 話しの中でスノーホワイトの発案を聞きミナエルユナエルの二人は楽しそうに賛同している。

 たまはここに居ないと怒られるよと心配していたが、スノーホワイトに諭される。

 

 「たまさんはルーラさんの事が心配なんですね」

 

 たまは心臓が飛び出るかと思った。

 ルーラは怖い人だった、以前も作戦を失敗し怒鳴られた。だが見捨てられはしなかった。

 見捨てられる前にルーラをたま達は見限ったからだ。

 先日廃寺に現れたルーラはそれでも許すと言い、今回の作戦の協力をしてくれと頭を下げたのだった。 

 スノーホワイトがクラムベリーに狙われている。だから守る為に力を貸して欲しいと。 

 人の為にルーラが働くとはたまは予想できなかった。

 たまの頭は鈍く、いつも誰かに怒られていた。

 たまにとって頭を下げる経験は多かったかもしれなかったが、下げられた経験は無かった。

 

 それまでとうって変わって優しげな表情をするルーラの事がたまは心配でならなかった。

 それは最後に会った時、ルーラの目がたまの亡くなる前の祖母と同じ目をしていたからだ。

 スノーホワイトの言葉にたまは涙を浮かばせながら、ルーラが心配だ、助けてあげて欲しいと。声にならない声がスノーホワイトに届く。

 

 ◇◇◇

 

 天の使い(ミナエルユナエル)がスノーホワイトを天から遣わし戦いを諌める。

 舞い降りたスノーホワイトにクラムベリーは待ってましたと会釈をする。

 アカネはスノーホワイトが突然現れたので邪魔そうに見ていたがスノーホワイトから飴を貰い、とりあえず口に含んでいた。

 

 「クラムベリーさん。またお会いできましたね、お近づきのしるしです。どうぞ」

 

 そう言いながらクラムベリーに飴を渡そうとするスノーホワイト。

 クラムベリーは受け取る仕草をしながらスノーホワイトへ不意打ちをする。

 しかし寸前何故か何も無い場所でスノーホワイトはよろけ、飴を落としそうになり体制を変えていた。

 クラムベリーの拳は先ほどまでスノーホワイトの顔があった場所の空を掴んでいた。

 続けざまにしゃがんでいて無防備なスノーホワイトに拳を振り下ろそうとするが、アカネがクラムベリーに刀を振り下ろす構えに入っていた為、クラムベリーは咄嗟に地面を衝撃で吹き飛ばしアカネとの間の視界を遮る。

 

 「音楽家!(スノーホワイト無事か?)」

 

 アカネの心配する声にスノーホワイトは悲しげな表情で飴が落ちちゃいましたと嘆いていた。 

 クラムベリーはあたりを見渡す、眼前にスノーホワイト。その奥にアカネ。

 距離は離れているがルーラと天使の姿をした魔法少女が一人。

 そして地中からは3人の心臓の鼓動が聞こえる。7人の魔法少女を相手にクラムベリーは笑みを浮かべる余裕さえあった。

 

 しかしクラムベリーはスノーホワイトの行動を訝しむ。なぜ戦わない。

スノーホワイトはクラムベリーの攻撃を全て予測し行動している、それほどまでの強さがありながらなぜ。

 

 クラムベリーが疑問を口にしようとした、その矢先スノーホワイトが答えていた。

 

 「クラムベリーさんと仲良くなりたくて」

 

 スノーホワイトのその一言にクラムベリーは苦笑する。

 いつぞやファヴが説明していたスノーホワイトの能力は困った声が聞こえる。だったが、これは困ったように声が聞こえるではないのか、あとで文句を言ってやろうかと思っていると。

 

 【ぽん? クラムベリーは間違ってるぽん、ファヴは嘘は言ってないぽん!】

 

 突如ファヴがクラムベリーに喋りかける。スノーホワイトの端末からファヴが出てきていた。

 突然響くファヴの無機質な声にクラムベリーは一瞬怯む。

 直後地中からスイムスイムが現れクラムベリーの足を掴むが、その程度の奇襲ではクラムベリーは驚かない。

 衝撃波を地面に向ける、結果スイムスイムの体は吹き飛ばされ近くの木に激突する。

 あまりにも相手と近過ぎたせいか致命傷を負わすには少し威力が足りなかったかとクラムベリーは少し残念そうな顔をしながら。

 自身もその衝撃を利用し間合いを取る。しかし背後から予期せぬ声を聞く。

 ルーラの(魔法)だった。

 身動きの出来ない体で視線を移す。奥のほうにルーラはまだ居た、しかし自身の背後にもルーラは居た。たまの魔法で地中から地上へのぼりルーラは魔法を掛けていたのだった。

 ルーラは近くで倒れているスイムスイムを心配しながら姿勢を維持する。

 

 「なるほど、あちらのルーラは偽者ですか。私としたことが視覚に頼りすぎましたね」

 

 ルーラ魔法により身動きが取れなくなったクラムベリーは内心狂喜していた。

 ここからどんな逆転劇をしようか、この状況でスノーホワイトはどう動くのか。

 クラムベリーの紛れもない喜びの声にスノーホワイトはただ一言。

 

 「クラムベリーさんが楽しそうでよかった」 

 

 意図は分からない、スノーホワイトと端末から浮き出るファヴは同じ表情をしている。

 

 【ここで毎週好例の脱落者発表ぽん!】

 

 ファヴの空気の読めない声に、その場の魔法少女全員が視線を集める。

 ただ一人スノーホワイトは笑顔で佇んでいた。

 

 【今週の脱落者はクラムベリーぽん】

 

 無慈悲な声は静まりかえった山の中を更なる静粛に近づける。

 

 【いやー残念ぽん。長い付き合いのクラムベリーにはもう少し頑張って欲しいと思ってたぽん】

 

 深い静けさの中ファヴだけは相変わらず感情の見えない声で話している。

 クラムベリーはファヴが何を言っているのか良く分からなかった。

 他の参加者と違い試験の管理者であるクラムベリーは殺し合いに参加はしていたものの、自身をキャンディ争奪の戦いからは除外していた。

 

 【気付いていないぽん? クラムベリーは管理者の権限を剥奪されているぽん】

 

 まるでファヴはクラムベリーの言いたい事を見透かすように言葉を吐きつける。

 嵌められた。クラムベリーはそう直感する。

 誰に? ファヴに? スノーホワイトに? 魔法の国に?

 クラムベリーはスノーホワイトとファヴを鬼気迫る目で見つめる。

 強敵と戦い破れ死ぬのならとのかく、このような謀殺はクラムベリーにとって到底認められる幕引きではない。

 ファヴの目的とクラムベリーの目的は一見合致しているように思えたが、その目的は違い、結局の所クラムベリーはファヴに利用されているに過ぎなかった。

 

 【すぐに死ぬわけじゃないぽん……頭を冷やしてろ】

 

 ファヴは冷酷に言い放つ、その表情はいつもと変わらず無機質だ。

 スノーホワイトはクラムベリーとファヴを交互に見て耳を傾けている。

 ルーラは魔法を維持するための姿勢に疲れを見せていたが、作戦が上手く言った事に安堵している。

 遠方でミナエルユナエルはたまと撮影しながらはしゃいでいた。 

 

 「魔法少女スクープやね」「動画サイトでNo1のアクセス数やね」

 

 たまはカメラを回しながら、おどおどしている。手ブレが酷い事だろう。

 アカネは音楽家もあっけないと呟き、刀を鞘にしまっていた。

 スイムスイムは一人攻撃を喰らい木にぶつかって気を失ってはいたが命に別状は無いようだ。 

 

 「スノーホワイト、貴女が何者なのかよく分からないのですが、教えてはいただけないでしょうか」

 

 クラムベリーはスノーホワイトに尋ねる。

 なぜ直接戦わないのか、なぜファヴを懐柔したのか、なぜずっと笑っているのか。

 

 「私が戦うと困るって言ってたから、そしてファヴと私はただの友達ですよ」 

 

 答えとしてはクラムベリーの満足のいく物ではなかったが、スノーホワイトという魔法少女を理解するには十分な内容だった。

 そう、理解できないという答えだけがクラムベリーの中に存在していた。

 身動きの出来ないクラムベリーに飴を渡してスノーホワイトは嬉しそうにしている。

 

 「スノーホワイト、ファヴと付き合いの長い私からひとつ忠告です」

 

 老婆心ながらと付け加え、クラムベリーはスノーホワイトへ忠告する。ファヴは危険だと。

 スノーホワイトは、クラムベリーの心からの忠告に謝意を示す。

 そんな中、クラムベリーの言葉にファヴは変わらぬ無機質で残酷な笑顔で答える。

 

 【ぽん? ファヴはスノーホワイトを騙したりできない(、、、、)し、しないぽん】 

 

 スノーホワイトはファヴの頭を撫でている。

 ああそうだったか、クラムベリーは合点がいった。

 この二人(ファヴとスノーホワイト)は正しい関係なのだと。

 自分とファヴの関係を思い出しながらクラムベリーは走馬灯のように思いを馳せていた。

 

 木々のざわめきが聞こえる。ふとスノーホワイトは振り向く。

 先ほどスイムスイムがぶつかった木が倒れようとしていた。

 スイムスイムは変身が解けており、生身の状態で木をまともに喰らえば無事ではないだろう。

 そしてその様子を見ていたルーラの心の声がスノーホワイトには聞こえていた。

 

 「いけない」

 

 スノーホワイトが制止するのを聞かずにルーラは駆け出していた。

 ルーラの体は勝手に動いていた。

 ルーラ自身魔法を止めてしまえばクラムベリーが動く事は理解できていた。

 しかしスイムスイムを見殺しにすることは出来ない。

 位置的に間に合う魔法少女はルーラしか居なかった。

 

 魔法の解けた瞬間クラムベリーは辺りへ衝撃波をくりだす。

 たまは穴の中に落ちたが無事でミナエルユナエルも一緒に穴に潜っていた。

 

 「台風中継より悲惨やね」「こんな時も冷静なお姉ちゃんマジリスペクト」

 

 いつも通りふざけあっているミナエルユナエルを見てたまは、ほっとしていた。

 アカネに庇われスノーホワイトは無事だった。

 身を挺して庇ってくれたアカネに感謝をしながら、スノーホワイトはルーラの方へ視線を向ける。

   

 ルーラは考える前に体が動くなんて馬鹿のすることだと自嘲していた。

 変身が解け小学校低学年ぐらいの少女を庇いながらルーラは自分の馬鹿さ加減に呆れて笑っていた。

 クラムベリーの一撃からスイムスイムを身を挺す形で守ったのはいいものの、まともに喰らってしまったのだった。

 ルーラはスイムスイム(坂凪綾名)を見て、そうかと納得していた。

 スイムスイムが難しくない漢字がわからないと言った事やローマ字が読めなかった事。

 物覚えが良いのにもかかわらず普通なら知っている事を全然知らなかったこと。

 まるで走馬灯のように昔の事を思い出す。

 子供なら仕方が無いか。そう思いルーラはスイムスイム(坂凪綾名)の頭をなでる。

 

 スイムスイムが目を覚ます、ルーラは無事を確認し安堵し、いつものように悪たれをつく。

 

 

 「馬鹿……目覚めるのが遅いのよ、お姫様じゃないんだから……」

 

 

 スイムスイムに重なるようにルーラ倒れていた。

 クラムベリーが最後に放った魔法の轟音にスイムスイム(坂凪綾名)は目を開く。

 彼女は自身が気を失い変身が解けているのにまず驚き。

 そしてその姿をルーラに見られた事に再び驚く。

 ルーラの教えは絶対だ、姿を見たものを生かしてはおけない。

 だがその教えに行動を移そうとした矢先目の前のルーラがルーラではなくなっていた。 

 

 「ルーラ?」

 

 ルーラの変身がとけ見知らぬ女性(木王早苗)になっていた。

 寄りかかってくる体からは血が出ていて坂凪綾名(スイムスイム)は悲鳴をあげそうになる。

 

 

 スノーホワイトは駆けつけスイムスイムに大丈夫だからと諭す。

 たまやミナエルユナエルも駆けつけ息を詰まらせる。 

 

 魔法の力を失ったクラムベリーは満足げな表情で倒れていた。

 

 

◇◇◇

 

 

 病室は賑やかだった、スイムスイムとたまが一緒に勉強している。

 時折たまはスイムスイムに間違いを指摘されるが楽しそうだった。

 ミナエルユナエルは病室のテレビにゲーム機を繋げ遊んでいた。

 

 「私の勝ちやね」「お姉ちゃんワンモアチャンス」

 

 木王早苗(ルーラ)はため息をつく。

 そして自分の病室をたまり場にしている馬鹿達を微笑ましく見ていた。

 そして理解する、あの戦いは終わったのだと。

 

 あの後の顛末をルーラはスイムスイムから聞いた。

 

 スノーホワイトはミナエルユナエルにルーラを運ばせて病院へ連絡したのだと。

 ファヴ曰くこの病院には魔法の国の息がかかっており、魔法少女専門の医者も居るのだそうだ。

 九死に一生を得たルーラだったが不満は沢山あった。

 

 この魔法少女選抜試験はクラムベリーが暴走して引き起こしたものだという。

 事前にファヴとスノーホワイトは魔法の国と連絡を取り、あの戦いのあった夜の日付の変わりをもって試験を終わらしている。そしてクラムベリーは魔法少女としての資格を剥奪されていた。

 

 「まったく、魔法の国も仕事が遅いのよ! さっさと試験を終わらせていればこんな怪我しなくて済んだのに!」

 

 病室に木王早苗(ルーラ)の叫びが響き渡る。

 

 「ババア傷口開くぞ」「お薬の時間やね」

 

 ミナエルユナエルは楽しそうに笑いあっている。

 ルーラは怒る気も無くし不満そうに窓の外を見つめる。

 

 スノーホワイトとファヴはクラムベリーを魔法の国に引き渡し、魔法の国に正式に魔法少女として認められたのだという。

 生き残った魔法少女達はみなスノーホワイトの同期として魔法少女になったが、魔法の国とはあまり縁が無いようだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 岸辺颯太は夢を見ていた、それは魔法少女になった夢だった。

 その夢の中で大切な幼馴染を守る為に彼は戦った。

 しかし敵を倒す事ができず敗れてしまった。

 醒める事の無い夢、大切なものを守れない悲しい夢。

 そんな夢を眺めるだけのつまらない夢。 

 

 ふと声が聞こえる。振り向くとそこには眠たげな魔法少女が居た。

 

 「夢を見るのはいいことだよね~」

 

 岸辺颯太は間の抜けた魔法少女の声に戸惑う。

 

 「騎士の魔法少女かぁ。かっこよくて可愛いねぇ」

 

 眠たげな魔法少女の賞賛に岸辺颯太は照れる。

 

 「でも、お姫様を守る為に散っちゃうなんて悲しいなぁ」

 

 そうだ! といい、眠たげな魔法少女は少年に語りかける。

 

 「君がお姫様になるのはどうかなぁ?」

 

 少年は困惑した、そんな趣味はない、そう言いたかったが、なぜか断言できなかった。

 

 「冗談だって~、でも君が命を張ってスノーちゃんを守る必要はないよぉ。そんな事をその子(スノーホワイト)は望んでいないからね。君がその子(スノーホワイト)を大切なようにその子(スノーホワイト)も君が大切なんだよ」

 

 眠たげな少女の言葉は岸辺颯太の心に深く刻まれる。

 さあそろそろ目覚めようか。眠たげな少女に手を引かれる。

 

 「待って! 名前を教えて!」 

 

 そう問いかける少年に笑いながら眠たげな魔法少女は答える。

 覚えておいてね、ともったいぶりながら。

 君を助けた魔法少女は。

 

 「スノーホワイト」

 

 目を覚ました岸辺颯太は久しぶりに見る窓から差し込む太陽の光に目がくらんでいた。

 無邪気な子供のように岸辺颯太は傍らで眠っていたスノーホワイトの手を握り返す。

 

 

◇◇◇

 

 

 スノーホワイトは病室で眠っている、夢の中で事の顛末をねむりんに話していた。

 

 「ねむりん、終わったよ」

  

 夢の中でスノーホワイトは独り話をしている、唇を震えさせながら。

 ねむりんを助けれなった事。(心が泣き喚く)

 ラピュセルが怪我をして今も眠っている事。(泣き叫ぶ声は誰も聞こえない)

 ルーラが入院してしまった事。(胸は苦しくなる一方だ)

 スノーホワイトは悲しいお話ばかりでごめんねと付け加える。

 

 スノーホワイトの目は湿っていた。泣いていたのだろうか?

 目をこするように手を動かす、暖かい感触にぶつかり、振り向く。

 

 「……アッ……ねむりん……」

 

 ねむりんは優しき慈母のように微笑み、スノーホワイトを抱きしめていた。




【次回予告】
 魔法の国に所属したスノーホワイトは空を駆け巡る!
 しかし乗ってきた飛行機(尾翼に無賃乗車)はハイジャック犯に占拠されていた!?
 助けようにも窓を開けたら墜落してしまう!どうするスノーホワイト。


次章【魔法少女育成計画jihad】お楽しみにぽん。


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魔法少女育成計画jihad
第十二話『異国』


 学校は楽しかった。学ぶ喜びを知らない彼女達にとっては何もかも新しく新鮮だった。

 彼女達の教えでは女性は勉強するべきではないという古い教えもあったが、きっとそれは間違いだったのだろう。少女達は同じ学びの宿で互いに学びあう。時には喧嘩もあったが、学校での時間は紛れも無く幸せだと自負できる瞬間だった。

 

 だが幸せの時間は長くは続かない。教育は罪だという教えに忠実な者達によって学び舎から無理矢理連れ出され、行く当てもない旅に連れ出されるも友達と励ましあって過ごしてきた日々は彼女達の辛うじて生きていた(、、、、、)時間だった。

 連れ去られた先で好きでもない男と結婚させられ望まぬ子供が生まれたが、それでも生まれてきてくれた子供は可愛かった。

 

 短かく、けして幸福だと思う人は多くないその人生を振り返りながら、少女はその手に抱える。背中に背負っていた我子が母を止めようと泣き始める。

 

 「大丈夫だよ、ママはずっと一緒だから」

 

 彼女の唇はわなわなと震えている。それでも精一杯声を振り絞り、わが子へ優しく声を掛ける。殉教者になれば自分達は救われるのだろうか。そう独りごちて、彼女は旅立った。

 

 

◇◇◇

 

 

 魔法少女の国【Magical Girl State】通称MGS

 その歴史は浅く、S国にあったとされる過激派組織をある魔法少女が乗っ取ったとも言われ、

魔法の国から離脱し魔法の国に対して反政府的な魔法少女が現地で魔法少女を集め建国したとも。

 組織のトップや幹部が魔法少女であることだけが知られている。

 

 当初魔法の国は事態を重く受け止めておらず、交渉に何名かの魔法少女を派遣したのだったが、その全員がMGSの人質になってしまい魔法の国は手をこまねく。

 人質の解放の為に要求を聞くべきだともテロリストの要求など突っぱねろとも。魔法の国が対応に困っているとMGSはある映像を動画サイトに公開した。 

 

 一瞬陽気にも聞こえるBGMが鳴り始め人質の魔法少女とテロリストの魔法少女が映し出される。人質の側に居たテロリストの魔法少女が言葉を呟く。

 

 【神の名の下、処刑する】

 

 人質になっていた魔法少女は怯えている。

 動画の最初のうち、処刑を任されている魔法少女は刃物を手に持ち感情の無い目でカメラに目線を向けていたが、神への祈りが終わると同時にテロリストは魔法少女を見据えていた。

 

 無慈悲に見つめながらつめより、テロリストの少女が刃物をじりじりと人質に突きつけ引いていく。人質の魔法少女の首元から赤いしずくが溢れ出る。

 魔法少女は首を切られても少しの間は生きていたようだったが、時がたつにつれ次第に瞳から光が失われていく。

 

 息絶えた魔法少女の変身が解けるが、構わずテロリストの少女は首を切り続け、胴から離れた首はまるで神への供物のように捧げられ、テロリストはただ神へ祈る。 

 真っ黒な画面に切り替わり魔法の国への宣戦布告とも取れる文章が表示されていた。

 

 MGSの所業を目の当たりにした魔法の国の上層部は問題解決を急がせる。

 S国の軍と協力しテロリスト鎮圧に力を注ぐが、思いのほか効果は得られず政府軍も政府軍で、反政府軍との戦いとテロリストとの3つ巴の戦いに苦戦していた。 

 

 泥沼の混迷を極める戦いに終止符を打つために、魔法の国はMGSを内部から崩壊させるべくスパイをもぐりこませる事にした。

 

 その候補として白羽の矢が立ったのがスノーホワイトだった。

 

 

◇◇◇

 

 

 【ぽん! 魔法の国は人使いが荒いぽん! いきなりスノーホワイトの初仕事がやってきたと思えばいきなり海外ぽん!】

 

 ファヴは憤る。

 魔法の国は常に人材が不足しており、ファヴは長年魔法少女のスカウトをこなしていた実績から魔法の国から一定の信頼を得ていたが、今回のクラムベリーの事件で報告義務を怠った事や、事件を未然に防げなかった事などの責任を追求され窮地に陥る。

 だが同時にスノーホワイトという逸材を見つけた事への功績も認められ、ある種法規的な措置をもってファヴはマスコットとしての仕事を引き続きこなしていたのだったが、やはり魔法の国にしてみれば危険なマスコットであることに変わりはなく、初仕事がいきなり海外の紛争地域というありさまだった。

 

 スノーホワイトは困っている人がいるのならと海外での危険な仕事を了承し飛行機に乗っていた(、、、、、)。遥か上空でただの魔法少女なら吹き飛ばされるか凍えてしまいそうな場所だったが、管理者用魔法の端末の力を借りて飛行機の尾翼に座り平然とファヴと会話を交わしている。

 

 「本当に魔法の国の人が困ってたから」

 【スノーホワイトってば甘いぽん、でもそれがスノーホワイトのいい所だぽん】

 

 ファヴは電子で造った飴を舐めながらスノーホワイトと一緒に飛行機が目的地に到着するのを待っていたのだが、当のスノーホワイトは機内の声に気付き立ち上がり飛行機の窓を覗いて中の様子をうかがっていた。

 

 【スノーホワイト急にどうしたぽん?】

 「飛行機の中で沢山の悲しい声が聞こえたから」

 【もしかしてこの飛行機ハイジャックされてるぽん?】

 

 ファヴは覆面をし銃を持ったハイジャック犯の様な人物を見つけスノーホワイトに注意を促す。

 話し合いで解決できないかとスノーホワイトはファヴに相談するが、ファヴは黙って左右に身体を動かしているだけだ。

 二人はどうか墜落しないよう願いながら雲行きを眺め尾翼に座り飴を口に放り込む。放り込んだ飴が溶けきりそうになったその頃合に飛行機は空港に着陸する。

 

 【ぽん? 近くに魔法少女がいるぽん】

 

 ファヴが自身のレーダーにかかった魔法少女の存在を口にした刹那、見慣れぬ魔法少女が現れハイジャック犯に要求を突きつけたのである。

 魔法少女は黒衣を纏い表情は窺えないがその声色は甘美で透き通った聞き心地の良いものであった。

 

 「飛行機のハッチを開けて大人しく出てこい」

 

 するとハイジャック犯達は何の要求もせず、ただ魔法少女に従うように降りはじめ、降りて来たハイジャック犯に魔法少女は大人しくするように言い放ち、その足で飛行機の中に乗り込む。魔法少女の声が機内に広がり中に居た人々を安心させ何事も無かったかのように彼女は降りて来る。

 

 ハイジャック犯達は魔法少女を待っているかのように隊列を組み微動だにせず機外で佇む。

 魔法少女はハイジャック犯達を厳しく叱るように声を荒げて諭そうとしている。ところがハイジャック犯の一人が魔法少女に詰め寄り掴みかかろうとしたのだ。しかし魔法少女は掴みかかってきたハイジャック犯を一蹴し逆に組み伏せた。

 

 組伏された犯人から湯気のようなものが発生し苦しみ始める。

 周りのハイジャック犯達はまるで懇願するように止めてくれと魔法少女にすがりながら許しを乞う。魔法少女は組み伏した相手を解放し次は無いぞと警告した後、飛行機に目を配らせる。

 

 事の次第を見守っていたスノーホワイト達は一人でハイジャック犯を制圧した魔法少女と目が合ってしまう。スノーホワイトは微笑みながら手を振り魔法少女に駆け寄っていく。ファヴの制止する機械的な声が響いた。

 スノーホワイトは見知らぬ魔法少女に挨拶をするが、相手は訝しむ様な顔つきで身構える。ファヴが通訳を買って出て間に立ち話をすすめ敵意がない事を伝える。

 

 「お前見慣れない魔法少女だな、MGSの者か?」 

 

 ファヴを通して黒衣の魔法少女から質問をされスノーホワイトは身振り手振り(ジェスチャー)で否定しながらMGSにはどうすれば行けるのか尋ねるが黒衣の魔法少女は薄汚れ改造された日本車に乗り込みただ一言付いて来いと言い放つ。

 ファヴがどうするべきか考えようとしているとスノーホワイトはそそくさと車に同乗し、運転席にいる魔法少女によろしくお願いしますと言い顔をほころばせる。

 

 「お嬢ちゃん命知らずだな、気に入ったぜ」

 

 運転席に座する魔法少女はまるで映画に出てくるようなハンドル捌きで車を鮮やかに運転し荒路を飛ばして行く。

 ハンドルを握る魔法少女はまるで観光案内のように昔はここは綺麗な場所だったとか、ここには学校があった等スノーホワイトに自身の思い出話を語り始める。そしてその思い出の風景がMGSによって破壊されたことや政府軍は見て見ぬふりをして見捨てた事も。

 ハンドルを握ると口数が増えるのだろうか運転中の魔法少女は饒舌でスノーホワイトに対し子供におどけた話をする大人のように振舞う。

 後部座席に座ったスノーホワイトは話を聞きながら激しく揺れる車の中をまるでゆりかごの様に感じ嬉々としながら瞳を輝かせ、ファヴにも同じ景色を見せようと端末を手に取り楽しみながら束の間の愉快な時間を楽しむ。ファヴは表情こそ無機質であったが旅をどこか楽しんでいる様子で車内は埃っぽい空気に似合わないみずみずしい笑顔と笑い声で包まれていた。 

 

 「肝が据わってるな。俺はハードボイルドって言うんだ、お嬢ちゃん名前は何ていうんだ?」

 【スノーホワイトだぽん!】

 

 名前を聞かれたのはスノーホワイトだったがファヴが間に立ち説明を始めていた。ついでにファヴ自身の事も説明し表情は機械的だがスノーホワイトの相棒だという事を誇らしげな顔で話ている。

 可愛らしい相棒だなとハードボイルドは顔をほころばせながらファヴの頭を撫でる、なでられたファヴは前見て運転しろとぶっきらぼうな返事をしていたがスノーホワイトにはそれがファヴなりの照れ隠しなのだと分かり、ハードボイルドと同じようにスノーホワイトもファヴを撫でる。ファヴは呆れつつもスノーホワイトのなでかたの方が優しいと感想を述べる。その事が面白かったのかハードボイルドは運転が疎かになりそうなほど笑いつられて車内は賑やかになる。

 

 「スノーホワイトいい名前だな! そうか白い雪か、しばらく見てねえなあ……」

 

 ハードボイルドは遠い場所を見つめるように窓の外を見つめ一人ごちた。

 

 

 

 

 朽ちかけ忘れ去られたような建物が狭くひしめき合った場所にたどり着き、運転席に座っている魔法少女ハードボイルドが車から降りスノーホワイトの座る後部座席のドアを開け目的地に着いた事を告げる。

 

 「ここが俺達の基地(アジト)だ歓迎するぜお嬢ちゃん。とりあえず中でゆっくり話そうや」

 

 愛嬌のある声でスノーホワイトをアジトへ案内しはじめる。ファヴは警戒しているようだったがスノーホワイトは先導のハードボイルドに悪意が無い事を知っているので(、、、、、、、)散歩でも楽しむかのように辺りの見慣れぬ風景を子供のようにキョロキョロと首を動かしながら見ている。

 

 建物の中に入ると外の朽ちかけた印象そのままに冷たい混凝土(コンクリート)がむき出しで、その床に座った数人の屈強な男達がスノーホワイト達を鋭い眼光で見つめる。やれやれと言った感じでハードボイルドが男達に説明を始める。

 

 「安心しろこいつはMGSの者じゃない、俺が保護した魔法少女だ」

 

 魔法少女という言葉に屈強な男達がたじろいでいた、その様子は大人の男であるはずの眼前の男達がまるで子供のように怯えている。

 

 「ここに居る奴らはMGSの魔法少女に仲間を殺されているから魔法少女という存在自体が恐怖であり憎い存在なんだよ……って辛気臭くなっちまうからこの話はやめだ」

 

 ハードボイルドは部屋へ案内しリーダーを連れてきて会わせるから待っていろと言い残し部屋を立ち去る。

 

 しばらくすると精悍な顔つきの男性が部屋に入ってき自分がこの組織のリーダーだと自己紹介をするがスノーホワイトには彼の別の声が聞こえており、つい口を滑らしてしまう。

 

 「おかえりなさいハードボイルドさん」

 

 スノーホワイトの言葉を聞き誤魔化そうとするが表情を変えず笑顔のままのスノーホワイトに根負けし意を決したように照れくさそうに。

 

 「俺の正体に気付いたのはお嬢ちゃんが初めてだよ」

 

 そう言いながら魔法少女(ハードボイルド)に変身する。

 

 「男の魔法少女は滅多に居ないらしいな」

 

 スノーホワイトはハードボイルドの言葉を肯定しながら自分の友達にも男の子で魔法少女している者がいると話す。ハードボイルドは自分以外にも居るのかと少し驚きつつも笑う。 

 

 「改めましてだな俺はハードボイルド。能力は触れた相手を茹で上がらせちまう力だ。お嬢ちゃんも空港で見ただろ? そしてこの組織のリーダーで魔法少女だ」

 

 手を差し出し握手を求めるハードボイルドの手をスノーホワイトは笑顔で握り返す。

 

 「やっぱりお嬢ちゃん肝が据わってるぜ、躊躇いも無く俺と握手するなんてよ」

 

 ハードボイルドは口調とは裏腹に嬉しそうな笑顔を見せ、そして次に真剣な面持ちに変わる。

 

 「悪いことは言わねえ、お嬢ちゃんは部外者だろ今すぐこっから手を引いた方がいいぜ」





 向こうでは女性は男性と握手しない教えになっていますがハードボイルドはわざと握手をして相手がこちらの文化圏の人間ではない事を確かめています


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第十三話『旅路』

 ハードボイルドは警告する。

 表情こそ布で覆われていて見えないが、唯一隙間から覗き見れる瞳は、人を射殺せるほどの鋭さを持ち合わせ――警告が冗談ではない事が伺える。 

 だが表情とは裏腹に、部外者であるスノーホワイトを、この国の内戦に巻き込みたくはない。

 そんなハードボイルドの優しい心が、スノーホワイトには、ひしひしと伝わってきていた。

 

 「力になりたいんです」

 

 スノーホワイトは素直な気持ちを伝える。

 警告しても意志が変わらない様子を見たハードボイルドは、頭を抱えながらも笑い始める。

 

 ――敵わねえな。

 

 小さく、そう呟きながら。

 

 「嬢ちゃん。気持ちはわかったが、助けるって言っても、具体的な作戦とかはあるのか?」

 

 ハードボイルドの言葉に、スノーホワイトは困り顔をしている。少しの間、静寂が続く。

 その静けさを打ち消したのはファヴの声だった。

 

 【ぽん! スノーホワイト、電話だぽん】

 

 電話の主は吉岡だとファヴは付け加える。

 吉岡は魔法の国の人物で、今回のS国行きの仕事を依頼してきた張本人でもあり、直接現地に赴いてはいないが、サポート役を買って出ている。

 だが吉岡とスノーホワイトは、何度か電話越しの会話をした事はあるが、直接(、、)会った事はない。ファヴは吉岡という人物の胡散臭さを感じて、スノーホワイトに注意するように言ってはみたものの、あまり気に留めていないようである。

 

 ファヴが吉岡を訝しむ理由。

 それはクラムベリーの試験が終わった直後、魔法の国に呼ばれた時の事である。

 会議室には各部門の管理職が連なり、事件の取調べと、魔法少女の面接も兼ねての威圧的な面談。ファヴとしてはクラムベリーと行っていた事に関しては、なんら弁解する気も無く、自身が処罰(初期化)されようとも、スノーホワイトが魔法少女の資格を剥奪されないように庇うつもりであった。

 調査に来ていた各部門の管理職達は、ファヴの思惑通り事件の責任は、ファヴやクラムベリーにあるとの見解で、スノーホワイトは事件の被害者として扱われていた。

 ファヴとしては例え自分が初期化()されても、新しい自分(正しい電子妖精)なら、またスノーホワイトと仲良くやっていけるだろうと踏んでおり――罰を受けいれた咎人が如く、断頭台に立たされた気持ちでスノーホワイトを見つめていた。

 

 それがいけなかった。

 

 スノーホワイトはファヴの心に残る気持ちを聞いてしまう。

 そんな気持ちで自分を助けようとする友達(ファヴ)を、スノーホワイトは見捨てることなどできない。スノーホワイトはファヴと共に、魔法少女として仕事がしたいと具申する。

 

 しかし、新人の魔法少女の意見など一蹴される。逆に管理職の人間が、スノーホワイトの魔法に疑問をぶつける。

 困った声が聞こえる。これはどういう魔法なのかと、嘲笑のようにも取れる質問が飛び、各部門の者達も同調する形でスノーホワイトへ視線を向ける。

 

 その場に居た魔法の国の者達は、スノーホワイトの魔法を見誤っていた。

 

 大方ファヴが御し易い魔法少女を見繕い、クラムベリーから乗り換えたのだと。

 スノーホワイトはそうですね、と一呼吸置いた後、管理職である魔法少女で外交部門の二人組みに話しかける。

 

 「そちらの上司の方が困っていらっしゃるようなので、あまり困らせないであげてください」

 

 一瞬、場が静まり返る。話しかけられた外交部門の二人以外、他部門の管理職達は、何が起こったのかさえ理解できない。ただ外交部門の二人は身に覚えがあるようで、声が大きくなる。

 

 初対面のはずのスノーホワイトに、外交部門の二人は関係を見破られた。

 弱みを握る者(部下)握られる者(上司)

 

 その後もスノーホワイトは、各部門の魔法少女達の困った(、、、)声を聞き、解決方法を提案する。

 最初はスノーホワイトの力があれば、派閥争いに優位に立てるといった、希望的な考えを持っていた魔法少女も居たが、矛先が自分達に向くと、その声も静まり返り、会議は終りを迎えた。

 結局その場に居た全員が、スノーホワイトに困った声(弱み)を聞かれてしまい、誰一人スノーホワイトに逆らえなくなったのである。

 

 ファヴの決死の覚悟は、守ろうとしたスノーホワイトに、ファヴ自身が守られることにより徒労に終わる。

 

 そして会議で魔法の国の各部門は、スノーホワイトの危険さを理解し、どの部門もスノーホワイトが所属する事に難色を示す。

 そんな折、所属がそのまま保留となったスノーホワイトに、救いの手を差し伸べたのが吉岡だった。会議室を出た直後、突然魔法の端末に連絡が入り、あなたの力が必要ですと、一方的な協力要請。タイミングが良過ぎるのもそうだったが、吉岡は話し合いの時も直接対面する事無く、全て魔法の端末での通信によるもので済ませていた。

 スノーホワイトの魔法を、理解しすぎているとファヴは直感し、あまりスノーホワイトと関わらせたくないと思っていたのである。

 

 『スノーホワイトさん。仕事は順調そうでしょうか?』

 

 吉岡のビジネスライクな会話に、スノーホワイトはこたえる。

 

 「無事たどり着きました。これから魔法少女の国に向かうところです」

 

 二人のやり取りをハードボイルドが覗き込み尋ねる。

 

 「嬢ちゃん誰と話してるんだ?」

 

 魔法の端末は電話のようにも使え、国を越えての通話も問題無い。

 ファヴは説明口調でハードボイルドに言いながら、今スノーホワイトは仕事の話で忙しいぽんと、落ち着きが無い。

 

 「へぇ、便利なもんだな、魔法の端末ってのも」

 

 ハードボイルドは、はじめて見るかのように、まじまじとスノーホワイトの手に持っている端末を見遣る。

  

 【ぽん? ハードボイルドは端末もってないぽん?】

 

 持っているには持っているがと言いながら、出された端末は愛らしいぬいぐるみの様な魔法の端末で、ハードボイルドはぬいぐるみに、ごめんよと呟きながら、ぬいぐるみの腹を開くように端末の画面を取り出しファヴに見せる。

 

 「こんなもんでよ、なんだかぬいぐるみが可哀想なんで、あんまり端末は使ってないってわけだ」

 

 愛らしいぬいぐるみの腹を抉るのは気が引けるという、口調に似つかわしくないセリフにファヴは内心呆れていたが、その心の温かさが魔法少女に選ばれた理由でもあるのだろうと臆度し、同時に奇怪な魔法の端末を用意した、まだ見ぬ人物の所業に悪寒が走る。

 

 スノーホワイトは吉岡と話しつつ、横目でファヴとハードボイルドの二人の掛け合いを、甘美なる一時のように愛おしく感じ取っていた。

 電話口では吉岡に現在の状況を話し、ハードボイルドという魔法少女と行動を共にしている事などを伝えると、吉岡はハードボイルドと話がしたいと言う。

 ファヴは通訳を買ってでて、ハードボイルドの辺りを(ぐるり)としている。

 スノーホワイトはハードボイルドに端末を手渡し電話を代わリ、ハードボイルドは電話の向こう側の人物に警戒しながら対応を始めるが。

 

 『はじめまして、ハードボイルドさん』

 

 吉岡はスノーホワイトと話していた時とはうって変わって、ハードボイルドに合わせ言語を変えて話す。

 

 「よぉ、魔法の国のお偉いさんが俺に何の用だ?」

 『先ほどスノーホワイトからあなたの話を聞きました、信頼できる方だと』

 

 吉岡からの言葉を聞いて、スノーホワイトの方へ頭を振り睨み付けるも、スノーホワイトは首を傾げ、笑顔でハードボイルドを見つめているだけである。

 ファヴがハードボイルドの横で聞き耳でも立ててるかのように浮いていたが、通訳の必要は無さそうだと判断し、所在なくスノーホワイトに寄り添う。

 

 「なるほどね、嬢ちゃんの魔法で俺が魔法の国の御眼鏡にかなったてわけか」

 『こちらも人手が足りませんので、協力関係を築ければと思いまして』

 「魔法の国と協力ねえ……あんたらの良い様に扱われて、用が済んだらポイってか」

 『何か魔法の国について誤解をしていらっしゃるようですね、では言い方を変えましょう。スノーホワイト(、、、、、、)に力を貸していただけないでしょうか』

 

 吉岡のスノーホワイトへの執着のようなものが垣間見れる頼みは、ハードボイルドのツボにはまったようで、ハードボイルドは豪快に笑いながら依頼を快諾。

 

 「あんたの魂胆はわかったぜ。俺としても嬢ちゃんは死なせるには惜しいからな」

 『話の分かる方で助かります。ではスノーホワイトには私から伝えておきますので』

 

 話し合いはどうやら良い方向に進んだ様子。ハードボイルドは意気揚々としながらスノーホワイトへ端末を返す。

 再び通話に出たスノーホワイトに吉岡は、ハードボイルドに付いて行き、手伝うよう指示を出す。

 表情や感情は電話越しなので伺えないが、吉岡は平素変わらぬ口調で話をしており、二人の通話は吉岡の、それではお気をつけて、と言う無機質な会話で締めくくられた。

 

 【これからどうするぽん?】

 

 通話が終わった直後発せられたファヴの疑問に、ハードボイルドはそうだなと考えを巡らせながら答える。

 

 「古い知り合いに会いに行こうと思ってな、嬢ちゃん達も付いて来い」

 

 アジトを後にするスノーホワイト達、アジトの内部にいた他の反政府メンバーは相変わらず怪訝そうな表情をしており、不満や絶望といった、声にならない声をあげていて、そんな様子のメンバーに、ハードボイルドはやれやれといった感じで声をかける。

 

 「おめえら揃いも揃って魔法少女より少女だな、下見てるんだったら落とした玉でも拾っとけ」

 

 活を入れるようにハードボイルドは声を荒げ、メンバー達は突如声を荒げた魔法少女の声に驚いていたが、彼らにとって、どこか親しみの持てるハードボイルドの言葉は、魔法少女への恐怖を和らげる。

 先ほどまで、生気を感じさせないほど疲れきった反政府メンバー達が立ち上がり、ハードボイルドへ言葉を投げ返す。

 

 ――お気をつけて。

 

 精悍な顔つきをした戦士達が仲間を見送る。

 戦士の言葉を背に二人の魔法少女はアジトを後にし、来た時のように、改造車へと乗り込み、魔法少女二人と一匹の電子妖精がS国首都へ乗り付ける。

 スノーホワイトは車を降り、街の中へと繰り出そうとするが、ハードボイルドに制止され、布を渡される。 

 

 「嬢ちゃん、その服だと目立つからコイツを被ってな」

 

 ありがとうございます、とお礼をいい慣れない手付きで布を被る。

 途中ハードボイルドが手伝っていると。

 

 【ハードボイルドは世話焼きさんぽん】

 

 ファヴが表情こそ変わらないが、笑いながらハードボイルドにちょっかいをかける。

 

 「世話焼きで悪かったな。世話の焼けるガキを見てるとほっとけねえタチなんだよ」

 

 賑やかな一行はその足で、首都にある政府役人の執務室へと飛んでゆく。

 二人は軽やかに高層階の建物のベランダにたどり着き、ハードボイルドが建物のベランダから部屋の中へと飛び込む。

 

 「邪魔するぜ」

 

 ノック代わりの挨拶とでも言わんばかりの速さで役人の横へ辿り付く。

 部屋の中には一人の役人がデスクに座り本を読んでいたが、デスクから見て真正面のベランダにいるスノーホワイトや、真横に居るハードボイルドに気付くや否や、驚きの表情を隠せないでいた。

 

 「賊か!? 何が目的だ?」

 

 そう慌てなさんな、ハードボイルドは敵対する意志は無いと説明しながら、親しみを込めて話しかけた。

 

 「せっかく古い友人が遊びに来てやったってのに、少しは喜べよ」

 

 役人はハードボイルドを凝視するも、知らぬ存ぜぬといった様子で。

 

 「お前達の事など知らぬ。人違いではないのか?」

 

 中々要領を得ない会話が続き、ハードボイルドは少々苛立ち気味に言葉をまくし立てる。

 

 「ハマーの町でケツを撃たれたお前さんを介抱してやったのを、覚えてねえとは言わせねえぞ」

 「それはお前が後ろから撃ってきたんだろうが! って……まさかお前」

 「今は魔法少女やってるんで、そこよろしく」

 

 ウィンクを決め、旧友と熱いハグを交わすハードボイルド。

 役人は旧友が見知らぬ姿で、訪問して来た事への違和感もさることながら、魔法少女として現れたことに最早驚くのを諦めたようである。

 

 「お前……何故魔法少女に?」

 「人形拾ったらなっちまったよ。それよりお前、魔法の国の魔法少女をMGS(魔法少女の国)に売ってるだろ」

 「それを聞いてどうする気だ? 強請りなぞせんでも、金がほしいなら援助してやる」

 「いや、そんな事を頼みに来たんじゃない」

 

 どういう事だと疑問に思う役人をよそに、ハードボイルドは意を決し、ある頼み事をする。

 

 「俺をMGSに売れ」

 

 役人は目を丸くし、口を開けたままハードボイルドを見つめる。

 

 「お前……死ぬ気か?」 

 

 ハードボイルドはそんな旧友の心配をよそに、軽口を叩くかのように自らの意思を伝える。

 

 「命より大事な用事があるんだよ」

 

 役人は口を震わしただ一言、わかったと言い、MGSとの連絡を始める。

 連絡が終わった役人は椅子から立ち上がり、ベランダにいるスノーホワイトにも聞こえるような大きな声で連絡が上手くいった事を伝え。 

 

 「魔法の国の魔法少女を捕らえたから、MGSの仲間に入れて欲しいと伝えた、後はお前達が好きにしろ」

 

 明日の正午に約束を取り付けた、と付け加えながら。

 用件を伝えた役人は椅子にふんぞり返りながら、ハードボイルドにこれは貸しだぞと言い、貸しは必ず返せよと旧友に別れの言葉を伝える。

 

 恥ずかしさがあるのかハードボイルドは、そそくさと先ほど入った窓の方へ踵を返す。

 

 ――ありがとよ。

 

 ポツリと呟いた口元は誰にも見えないが、スノーホワイトには聞こえていた。

 ハードボイルドは、さてと。と言い、背伸びをしながらスノーホワイトの手を握る。

 

 「嬢ちゃん、これから魔法少女の国へ旅行と洒落込もうか」

 

 もちろん片道切符だけどなと、ニヒルな口調でおどけながら。



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第十四話『生路』

 スノーホワイトは車の中でスヤスヤと、吐息をたてて眠っている。

 その様子を、運転中のハードボイルドは時折確認し、揺れの少ない走路を選び走っていた。

 ファヴは運転のサポート(道案内)をしながら、(ハードボイルド)と会話を弾ませている。

 

 【今日の運転は荒くないぽん】

 「そりゃ、嬢ちゃんが寝てるからな」

 【ゆっくり走って、約束の時間に間に合うのかぽん?】

 「そこはお前のナビが良いからな、この分だと三度目のお祈りの時間には着くかもな」

 【それって昼過ぎってことぽん? もっと急いでぽん!】

 

 ファヴが運転を急かしていると、スノーホワイトは目を覚まし、ファヴとハードボイルド達の喧騒に飛び込んでゆく。

 

 「嬢ちゃん。目覚めはすっきりかい?」

 「おはようございます、おかげさまで。ハードボイルドさんも運転お疲れ様です」

 

 労いの言葉をかけスノーホワイトは、ハードボイルドに飴を手渡す。受け取ったハードボイルドは、ハンドル片手に飴を口の中に入れ、機嫌良く話を続ける。

 

 「妖精も、嬢ちゃんぐらい気が利けばいいのにな」

 【ぽん? 飴が欲しかったのかぽん?】

 

 そうじゃねえよと苦笑し、飴を噛み砕く。

 

 「嬢ちゃんも起きたことだし、そろそろ飛ばしていくぜ」

 

 先ほどまでと違い車の揺れが激しくなるが、スノーホワイトは変わらずの様子で、遊園地の遊具に乗ってるかの如く愉しくわらう。

 魔法少女の国、通称MGS。どのような組織か、実態は空を掴むようで要領を得ない。

 わかっているのはメンバーが皆、魔法少女であることだけ。

 MGSのアジトの前に到着し、これから向かおうという場面で、車の中でファヴが、その国の説明を今一度していた。

 

 「つまりだ、俺達は今からそこに入国しにいくってわけだ」

 

 もちろん入国審査は厳しいし、パスできなければ首だけが勝手に入国しちまうかもな。そしたらこの妖精(ファヴ)とお揃いだと、豪気に笑う。

 ファヴは冗談じゃないぽん、と憤りを見せるが、相手にするのも疲れると判断し、話題を戻す。

 

 【どんな風に潜入するぽん?】 

 「そうだな、嬢ちゃんを手土産に俺がMGSに入るわ」

 【ぽん? スノーホワイトを売るのかぽん!?】

 「なあに心配いらねえ、それに嬢ちゃんは、この作戦で行くのに不満は無いみたいだぜ」

 

 ファヴはまさかといった様子で、スノーホワイトの方を覗き見る。

 

 「はい、それで問題ありませんよ」

 「よしじゃあ、決まりだな! 行くぞ」  

 

 何とも軽い。重要な事がぽんぽんと進んでいく様子に、ファヴは少し置いてけぼりを食らいそうになる。スノーホワイトが、大丈夫だよと囁きながらファヴを撫でる。

 そうすると、不安が一蹴され、晴れやかな気持ちになったファヴは――

 

 【覚悟を決めていくぽん!】

 

 ファヴは一番乗り気でアジトに向かいながら、今度は建物の説明を始める。

 建物は荘厳。硬い質感の石造建築物は、S国の文化遺産にも登録されているほどの歴史を持つ。

 

 【結界の類の魔法もないぽん】

 

 観光に来たのかと、錯覚しそうになるほどの、饒舌な案内から一転。建物に罠が仕掛けられて無い事を報告する。

 アジトの入り口にたどり着くと、そこには魔法少女が佇んでおり、スノーホワイト達に一瞥をしていた。

 

 「はじめまして、魔法少女の国へようこそ。入国希望の方は?」

 

 MGSの魔法少女が出迎える。物腰の柔らかい口調。だが、それとは真逆の、ツギハギの手術跡。第一印象はそれに眼を奪われるが――それが終わると、次に押し寄せるのは違和感。看護服に身を包んではいるが、纏った服はボロボロで、栗毛色のボサボサの髪や目のクマも相まって、不健康さを醸し出している。

 

 「俺が入国希望のハードボイルドだ、よろしくな」

 「よろしくどうも、ではこちらへ」

 

 顔色の悪い魔法少女は、スノーホワイトをじっと見つめた後、特に拘束もせず、ただ案内を始める。行動に訝しさを感じたハードボイルドは、疑問をぶつけた。

 

 「えらく無用心なんだな」

 「私はただ客人を、お待ちして連れて行く、ただそれだけですから」

 

 ハードボイルドは仕事熱心な事だと笑いに伏す。

 

 「それにしても約束の時間より1時間も早く来ちまったが大丈夫か?」

 

 ハードボイルドは、約束の時間より早く到着し、相手の様子を見るつもりだった。一時間前に現れたのにもかかわらず、案内係の魔法少女は、表情一つ変えない。ハードボイルドは、まるで機械か何かが案内してるのかと、勘違いしてしまいそうになっていた。

 

 ――これならあの妖精のほうが人間味があるぜ。

 

 そう呟きそうになるのを堪えながら、相手の返答を待つ。

 

 「私は予定より早く行動するのが好きなので、ここで待っていただけですよ。お気になさらずに。それより、そちらの方……」

 

 案内役の魔法少女は、スノーホワイトへ視線を移し、なにやら口ごもる。

 その様子に気付いたスノーホワイトは笑顔で、これからお世話になります、と朗らかな声色で話した後、ファヴが通訳をし場を和ます。

 

 「肝が据わってるだろ、この嬢ちゃん」

 「……肝がというより、これから起こる事が分かってないのでは?」

 「そりゃあねえな、こいつは魔法の国の魔法少女だぜ。まあ害は無さそうだけどな」

 

 それよりも、とハードボイルドは話題を変えるように、MGSのリーダーについて質問をはじめる。

 

 「それで、ここのリーダーってのはどんな奴なんだ?」

 「お会いになれば分かるかと」

 

 淡々とした事務的な案内で、広間の前にたどり着くスノーホワイト達。

 広間の中では、なにやら大きな声が響いており、ハードボイルドは慎重に中の様子を伺う。

 

 「今居られるのは、お二人の前に来られたお客様ですね。気にせず中に入りましょう」 

 

 特段気にする様子も無く、案内役の魔法少女は歩みを進める。

 険悪なムードの中をハードボイルドは、警戒を強めスノーホワイトの手を握り、慎重に歩を進める。

 前方から聞こえた激しい怒鳴り声はどうやら、先ほど案内役が口にした客人(、、)と呼ばれる魔法少女二人に向かって、最奥に居るローブの魔法少女が放っている模様だ。

  

 「弁解があるのなら言ってみろ、それとも怖くて声も出せないか?」

 

 表情こそローブを纏っていて見えないが、ローブの魔法少女の声色は相手を威圧するように発せられ、座っている二人組みの魔法少女に問いかけていた。

 

 「私達はスパイではありません!」

 

 意を決したように座っていた魔法少女の一人が立ち上がり弁明をする。

 だがローブの魔法少女の後ろから、ひょいと出てきた小さな白黒の魔法少女が言葉を告げる。

 

 「うそつき」

 

 立ち上がって弁明をしていた魔法少女の全身が光り始め、恐怖に怯えた魔法少女はその場から崩れ落ち、命乞いを始める。

 その様子に、二人組みのもう一人が口を開く。

 

 「こいつはスパイなんかじゃない! 私達は魔法の国とは関係ないから、解放しろ!」

 

 特段縛られた様子でも無い魔法少女は、解放しろと声をあげる、その怯えるように発せられた声は無慈悲な声で遮られる。

 

 「こっちもうそつき」

 

 嘘をついたと言われた、もう一人の魔法少女も全身が光り始める。

 

 「違う! 嘘じゃない! 頼む、本当なんだ信じてくれ、こいつだけは……」

 

 震えて声も出せない魔法少女と違い、無謀にも弁明を重ねる。

 その言葉を嘘だと見抜かれても、尚続ける。

 弁明をする少女の全身は輝きを増し、最期は消え去り、そこには砂が舞い落ちる。

 

 取り残された、先に光り始めた魔法少女は、輝き消え失せてしまった仲間の立っていた場所に縋りつき、その場に残った砂を拾い集めようとする。

 

 ――集めども、集めども、砂は掌から零れてゆく。

 

 声にならない悲鳴を上げ、涙だけが止め処なくあふれ出す。

 そして、輝きを増した少女もやがて砂に変わり果てる。

 

 ――先客の魔法少女達は二人共砂に変わり、散っていった。

 

 一部始終を見ていたハードボイルドだったが、魔法少女達に臆する事無く。

 

 「マジックショーにしては過激すぎだな。子供には見せられねえ」 

 

 と、淡々とした口調で、しかし命を懸けた戦場だと認識し、近付いてゆく。

 その気迫に白黒の魔法少女は、ローブを纏う魔法少女の後ろへ隠れる。

 間を慌てて取り持つ案内役の魔法少女。

 

 「こちら正午に会う約束をしていた魔法少女達です、少々早いですが、お連れしました」

 

 紹介されたハードボイルドはよろしくな、と挨拶をした後、質問を口にする。

 

 「それでどいつがここ(MGS)のリーダーなんだ?」

 

 ローブの魔法少女が質問を肯定するかのように、ハードボイルドと対峙し、問い返す。

 

 「お前か、この国に入りたいという魔法少女は」

 「ああ、手土産も持ってきたぜ」

 

 そう言いながらスノーホワイトの方へ顎を(しゃく)る。

 

 「あいつ(、、、)が魔法の国の魔法少女か、こっちへ来い」

 

 ローブの魔法少女はスノーホワイトを呼びつけ、スノーホワイトも応じ、ローブの魔法少女の方へ歩いてゆく。

 ファヴが警戒しながらスノーホワイトを紹介し、スノーホワイトはにこやかに、笑いかける。

 

 「先ほどの光景を見ていて動じないのか、他の魔法の国の魔法少女はもう少し人間味があったぞ」

 

 スノーホワイトの様子を見て、ローブの魔法少女も警戒を崩さない。

 ローブの魔法少女はそのままスノーホワイトへ質問を始める。

 

 先ほどと同じように。

 

 「スノーホワイト、お前は何の用があってここに来た?」

 

 スノーホワイトは淀みなく答える。

 

 ――皆さんの力になりたくて。

 

 ローブの魔法少女は、己にしがみ付いている白黒の魔法少女に問うが、返って来た言葉は予想外だったようで――

 

 「うそついてないよ」

 

 白黒の魔法少女は覗き込むようにスノーホワイトを見つめ、ファヴが慌ててスノーホワイトを止めようとしたが、スノーホワイトもローブの魔法少女に近付く。隠れている白黒の魔法少女を同じような体勢で覗き込み、笑顔で挨拶を始める。

 

 「こんにちは、あなたのお名前を教えてもらえませんか?」

 

 白黒の魔法少女は目線を同じにし、話しかけてくるスノーホワイトに興味を持ったのか、ローブの魔法少女に隠れるのを止め、スノーホワイトの前に姿を現す。

 

 白黒の魔法少女はとても小柄で、1mほどの身長に、闇を連想させるような漆黒の髪に、白磁のように真っ白な肌。吸い込んでしまうかのように、全てを見据えている瞳は色素が無く、血の赤さだけが際立ち、非常におどろおどろしい。

 真っ白いワンピースに、真っ黒なボタンが縫い付けられたシンプルな服を身に纏い、足元は左右で白と黒の色違いのタイツに包まれており、足先にリボンのあしらわれた靴、白いリボンの方は黒い靴で、黒いリボンの方は白い靴と、色が目まぐるしい自己主張を発している。

 

 

 「わたしはリアリィ、スノーおねえちゃんはどこからきたの? どうしてここにいるの? そのとんでるいきものはなあに?」

 

 リアリィと名乗る白黒の魔法少女は、目を輝かせながらスノーホワイトに質問責めをする。

 沢山の質問にたぢろぎながら、返事をするスノーホワイトとファヴ。

 

 リアリィは返事の一つ一つに大はしゃぎし、更なる質問を止め処なく繰り返す。

 その大量の質問に、スノーホワイトは笑顔で丁寧に答えてゆく。

 

 【質問が多すぎるぽん、通訳するファヴの身にもなって欲しいぽん】

 

 どこか人間味のあるファヴの愚痴に、スノーホワイトは苦笑しつつ、困っているようなので助け舟を出す。

 

 「リアリィさん、お近づきのしるしに飴をどうぞ」

 

 そう言われ差し出された飴を受け取って包みを剥がし、リアリィはまるで宝石を見るかのように飴を覗き込む。

 

 「きれい! これはなに?」

 「食べ物ですよ、口の中に入れて溶かすものです」

 「こんなにきれいなたべものがあるんだ!」

 

 はじめて目にした食べ物を口に運び、更に表情は愉しく綻ぶ。

 おいしさとたのしさを混ぜ合わせた声は、飴を含んだ口から発せられる。

 

 「スノーおねえちゃん、あめおいしい! もっとちょうだい!」

 

 元気に飴を催促するリアリィ、その様子にスノーホワイトは笑顔で飴を手渡す。

 手渡されたリアリィは、その足で飴をローブの魔法少女に渡そうとする。

 

 「ジェーンおねえちゃんにも! あめおいしいよ!」

 

 ジェーンと呼ばれたローブの魔法少女は一度遠慮したが、リアリィの根に負けたのか素直に受け取り、顔を覆いかぶさっているローブを捲り上げ、口の中に飴を放り込む。

 飴を受け取り食べた様子を見ながら、リアリィは感想をまだか、まだか、と瞳で訴えかける。

 

 「確かにおいしいな、リアリィ」

 

 ジェーンは破顔の表情でリアリィを見つめ、その様子をスノーホワイトはもとより、ハードボイルドも優しい眼差しを向けていた。 

 

 「飴でご機嫌か、可愛い所もあるじゃねえか」

 

 ハードボイルドの言葉に、ジェーンは少しむっとした表情(かおつき)に戻る。

 

 「別にそこまで、ご機嫌なわけじゃない! ただ、リアリィが笑ったから、私も嬉しくなっただけだ」

 

 リアリィの前だからか、素直な感情を露にするジェーン。

 

 「嬢ちゃんたちは、笑った顔の方が可愛いぜ」

 「そういうお前こそ、笑った顔はさぞかし可愛いんだろうな。その布を取って見せろ」 

 

 ジェーンは突然ハードボイルドに掴みかかろうとするが、子供をあしらう様に避けられる。面白がったハードボイルドは腹を抱え笑う。

 

 「何が可笑しい!」

 「いや、お前さんさっきまで、泣きそうなほど悲しい顔をしてただろ? 嘘でもいい、笑ってれば心は少し楽になるからな」

 

 嘘という言葉にリアリィが聞き返す。

 

 「わらうのにも、うそはあるの?」

 【愛想笑いっていうのがあるぽん。そんな事する位だったら、普段からファヴみたいに愛くるしい顔になればいいぽん】

 「へんなのー。でもおねーちゃんたちは、ほんとうにわらってるね」

 「そりゃあな、嘘ついたら嬢ちゃんに痛い目合わされちまうからな!」

 

  リアリィの魔法を知っても、恐れる事もなく対峙している魔法少女に、ジェーンは少し驚き、同時に淀んでいた気分が晴れやかになる。

 

 「リアリィとにてるね、ファヴのいろー」

 

 リアリィはファヴを見て、自分の格好と同じ色合いなのを気に入った様子で、スノーホワイトの周りをちょこまかと目まぐるしく動いている。

 

 「ファヴ、スノーおねえちゃん。いっしょにリアリィのへやであそぼー」 

 

 リアリィはそう言いながら、スノーホワイトの手を引っ張り自分の部屋に連れて行こうとする。

 スノーホワイトは少し困ったような笑顔で、ハードボイルドを見るが、遊んできなと一言伝え、まるで子供を見送るかのような、優しい眼差しでスノーホワイト達に視線を向ける。

 

 「あんたんとこのお姫様は、どうやら手土産(スノーホワイト)を気に入ってくれたみたいだな」

 「スノーホワイト……不思議な奴だ、リアリィに対してあんなに自然に接するなんて」

 「そうだな、嬢ちゃんは困ってるお前達を、本気で助けたいと思っている、本当に不思議な奴だよ」

 「ハードボイルドお前はどうなんだ、この国に来た目的はなんだ?」

 

 ジェーンはハードボイルドに問いかける。ハードボイルドはいつも通りの口調ではおどけつつ。

 

 ――大統領にでもなろうかと。

 

 ジェーンは呆れを通り越して失笑する。

 

 「お前のバカさ加減なら、なれるかもしれないな」

 「そりゃどうも、それより歓迎パーティは開いてくれるんだろうな? 何なら俺の車で、買出し手伝ってやるぜ」

 

 まったく、と口から漏らしながら、信用できん、とジェーンは呆れ、ハードボイルドの監視も含めて買出しに同行すると告げる。

 

 「ハードボイルド、ご自慢の車とやらに案内しろ」

 「お姫様を乗せるような車じゃないが、それでもよければ」

 

 車に乗り込み街へと繰り出す二人。車の中でジェーンは、窓を開け遠ざかる魔法少女の国のアジトを見ている。

 

 「なんだ? もうホームシックか?」

 「家なんかとっくに捨てたよ……」

 「家族はいないのか?」

 「私が生まれたときに母さんは死んだ、父さんは……」

 「仲が悪いのか!」

 

 ハードボイルドは笑いながら、ジェーンの話を途中で遮ったので、ジェーンは苛立ちながらも愚痴をこぼす。

 

 「仲はどうなんだろうな……頑固で真面目な人だったから、喧嘩ばかりだったよ」

 「喧嘩するのは仲の良い証拠だろ、というわけで俺とも仲良しだな」

 「あのなぁ。父さんの事は嫌いじゃないが、お前の事は嫌いだ。その舐めた態度が気に食わない」

 

 ジェーンは運転しているハードボイルドの方に顔を向け問い返す。

 

 「そういうお前こそどうなんだ? あまり親に好かれるような奴には見えないぞ」

 「俺も親は居ねえよ。このご時勢だ、居る方が珍しいんじゃねえか?」

 「そうか……お前も色々大変なんだな。魔法少女の国に来たからには、食い物には困らせないから安心しろ」 

 「そりゃあ太っ腹で。まあこの姿(魔法少女)なら、いくら食べても腹は出ないがな」

 

 ハードボイルドは自分の腹を叩きながら笑う。ジェーンは蔑むような視線を向け、再び窓の外に顔を向けようとするが。

 

 「そういや、お前は好きな食べ物とかあんのか?」

 

 ジェーンは好物を聞かれ、お菓子を思い出し、一つだけ答える。

 

 「そうか、俺の大切な奴もそいつが大好物でな」

 

 ジェーンの答えに、ハードボイルド懐かしみながら返事をするが、その目は寂しげで、先ほどまでの笑い声は鳴りを潜め、車の駆動音が車内に響き渡る。

 

 「そいつは死んだのか?」

 「生きてるのか死んでるのかも分からねえ」

 「同じ好物を持つ者同士だ、生きているといいな」

 「気を遣わなくたっていいぜ、あと俺もそれ大好物なんだわ」

 「お前はもう二度と食べるな」

 

 再び車内にはハードボイルドの笑い声が木霊し、砂漠を車は駆け抜ける。

 

 

◇◇◇

 

 

 部屋につれられたスノーホワイトは、リアリィと一緒にファヴを観察していた。

 

 「ファヴくるくるまわってー」

 【ぽん? まわるのかぽん】

 

 リアリィに言われた通りファヴは回転を始める。

 鱗粉のような物をキラキラとはためかせるファヴに、リアリィもまた目をキラキラと輝かせる。

 

 「ファヴはお利口ですね」

 「リアリィもファヴといっしょにいたいなー!」

 

 リアリィのおねだりにスノーホワイトは少し困りファヴに相談すると、意外にもファヴは快諾。

 魔法の端末を出してとリアリィに言い、リアリィはポケットにしまっていた人形の形をした魔法の端末をファヴに見せる。

 

 「これでいいのー?」

 【それでいいぽん】

 

 スノーホワイトの持っている管理者用の端末から、リアリィの端末にファヴがデータを転送する。一度スノーホワイトの端末からの立体映像が消え、リアリィの端末からファヴの姿が映し出された。

 

 【これでいつでもファヴと会えるぽん!】

 「良かったですねリアリィさん、ファヴもありがとう」

 「わーい! でもスノーおねえちゃんのところのファヴはどうなったの?」

 

 ファヴは今一度リアリィの端末から姿を消しスノーホワイトの端末から出てくる。

 

 「あー! リアリィのところからいなくなっちゃった……」

 

 悲しそうな表情をするリアリィを目の当たりにし、スノーホワイトとファヴは顔を見合わせる。

 スノーホワイトの意思がファヴに伝わったのか、今度は二つの端末から同時に出現。

 

 「リアリィさん、リアリィさん、ミテミテ」

 「あ! ファヴがいる!」

 

 ファヴがやれやれと、ため息をつきながら愚痴をこぼす。

 

 【まったくファヴ使いが荒いぽん!】 

 

 二台の端末から発せられるファヴの声は、いつもより少し愉しそうな(キモチ)に。

 

 スノーホワイトとリアリィが穏やかな時間を享受していると、部屋の外から笑い声が響く。

 声の主は楽しそうにしていらしたのでつい、と断りを入れながら部屋へ入り、良かったと笑顔をスノーホワイト達に向ける。

 

 ――さきほどはどうも。スノーホワイトは声の人物に微笑み返す。

 

 スノーホワイトの視線を追い、リアリィも部屋に入って来た、看護服の魔法少女へ声をかける。

 

 「あ! メディカおねえちゃん!」

 「盗み聞きしてました」

 「あー、いけないんだー! でもしょうじきなのはいいこと!」

 「リアリィはスノーホワイトさんと仲良くなったんですね」

 「うん! スノーおねえちゃんと、ファヴと、ともだちになったよ!」

 

 リアリィはスノーホワイトの手を握りながら、スノーホワイトは愉しそうな、その手を、はにかみながら握り返す。ファヴも繋いだ手の上に乗って、跳ねながら、ぽんぽん、と口ずさむ。

 

 ――まるで仲良し姉妹のようですね。メディカは慈しむように見守る。

 

 「メディカおねえちゃんもあそぼー!」

 

 誘われたメディカも混ざり、楽しい時間は過ぎ去ってゆく。

 遊びつかれたリアリィが、スノーホワイトの膝の上で眠り、吐息をたてていた。

 

 「スノーホワイトさん、リアリィに懐かれちゃいましたね」

 

 あいくるしい姿はとても愛おしいと、スノーホワイトは述べ、母のような表情で、リアリィの頭をなでるスノーホワイト。

 

 「ところでスノーホワイトさんは、日本から来られたのですよね」

 

 メディカは突如日本語で、スノーホワイトに語りかける。

 

 【ぽんっ!?】

 「慌てないでファヴ」

 

 ファヴは日本語を話すメディカに驚くが、対照的にスノーホワイトは驚きもせず、ただうなずく。日本から離れた遠い国で、同じ国の人に出会えるのは嬉しいと、メディカはスノーホワイトを抱きしめる。

 

 「びっくりさせてごめんなさい、でも本当に嬉しくて」

 

 スノーホワイトはメディカの頭も、リアリィと同じように撫でる。

 ファヴは状況を整理し、落ち着くと、疑問を思い浮かべたようで、首を傾げる。

 

 【びっくりしたぽん! でも、メディカはどうしてこの国にきたぽん?】

 

 ファヴの問いにメディカは、抱きしめたスノーホワイトから離れ、スノーホワイトの瞳を見つめ語り始める。

 

 「私は元々NPO団体に所属する看護師として、この国に来ました」

 

 でも、と言いながらメディカは突如立ち上がり、クルンと一回転し。 

 

 「何故か魔法少女になっちゃいました」

 

 そう言ったかと思うと、往来の魔法少女のようなポーズを取り、照れた笑顔をスノーホワイトへ向ける。

 

 【さっき玄関で案内してくれた時と、今のメディカは別人みたいぽん】

 「冷たい態度を取ってしまってごめんなさい。最近はお客さんが来ても、あまり良い事が無かったから」

 

 メディカは辛そうな表情を抑えている様子だったが、その様子にスノーホワイトはメディカの手を握りしめる。

 

 「これは?」

 「飴です、トテモ美味しくて、気分が良くなりますよ」

 「ふふふ、何だか大阪のおばちゃんみたいですね、飴で元気を出せなんて」

 

 メディカは飴を握り締めながら失笑を始める、楽しそうな笑い声が部屋に響き、眠っていたリアリィが起きてしまう。

 

 「メディカおねえちゃん? なにかあったの?」

 「飴を貰って思わず笑ってしまったの。起こしてごめんね」

 「あめおいしいよね!」

 

 リアリィは再び飴を催促するような瞳でスノーホワイトを見つめる。

 しかしメディカがリアリィに優しい口調で釘を刺す。

 

 「リアリィ、駄目ですよ。そろそろ晩御飯の時間ですから」

 「えー、あめたべたかったのに」

 

 しょんぼりとうな垂れるリアリィにスノーホワイトは提案する。

 

 「晩御飯の後でみなさんと一緒に食べるのはどうでしょう」

 

 リアリィはスノーホワイトの提案には素直に頷き、今度は晩御飯が待ちきれないと、元気に立ち上がった。

 建物の外から車のエンジン音が近付いてき停止する、その音につられリアリィが駆け出して行ったので、慌ててスノーホワイトも一緒に出迎えにゆく。

 

 「嬢ちゃんたち出迎えご苦労だったな!」

 「おいしいものたくさんある?」

 「リアリィ、沢山あるから慌てなくて良いからな」

 

 ジェーンはしゃがみ、リアリィと目線を合わせ頭を撫でる。

 

 「今から料理だからな、慌てたってまだ食事は出来ないぜ。嬢ちゃんたちは待ってな。買出しついでに料理も作ってやるよ」 

 

 ――楽しみにしながら待ってます。

 スノーホワイトはリアリィの手を握り広間へ足取り軽やかに向かう。

 

 「子供同士ってのは仲良くなるのが早いもんだ。機嫌損ねないようにうまい飯作ってやるか」

 「ああ、まかせた」

 「何言ってんだジェーン、お前も一緒に作るんだぞ」

 

 ハードボイルドはスノーホワイトとリアリィを見ながら優しげな口調で話す。

 そのままの口調で諭しながら調理場へ抵抗するジェーンを連れて料理に取り掛かる。

 率先して料理を始めるだけはあり、ハードボイルドの手際は目を見張るものだった

 

 「料理、上手いんだな。大口を叩くだけある」

 

 ジェーンは綺麗に包丁を使うハードボイルドを感心しながら見つめる。

 

 「一人が長かったからな、自然と身に付いちまった。というかお前さん、その包丁裁きは芸術家にでもなりたいのか?」

 

 ハードボイルドに指摘され、顔を赤くするジェーン。

 

 「仕方ないだろ! 料理なんてほとんどした事が無いんだから」

 

 ったく、しょうがねえ。そう口にしながらも、ハードボイルドはその手をとって、包丁の使い方をジェーンに教える。

 

 「こ、こうか?」

 「そうそう、そのまま手の隙間に包丁を入れるんだ」

 「流石にそれはおかしいのは私だって分かるぞ、リアリィつれてこようか?」

 「おいおいやめてくれよ、そんな事したら晩飯が砂焼きになっちまうぜ」

 「真面目にしろ」

 「じゃあお湯でも沸かすか」

 

 そう言い、ハードボイルドは水を張った鍋に手を当てる。

 すると瞬く間に鍋から湯気がのぼり始めた。

 

 「魔法も便利なもんだろ」

 

 魔法を生活に使う。ジェーンにとってはあまり考えもしなかった事だったので、その光景に少したじろぐが、そのぐらい私だってと息巻く。

 言葉通り、ハードボイルドの魔法を見て何か思いついたのか、ジェーンは包丁を置いて集中し始める。

 すると置いてあった食物が、無数の見えない刃で切り刻まれてゆく。

 切れ味のいい魔法にハードボイルドは感心するが、次の瞬間置いていた包丁に見えない刃が当たり、ハードボイルドのすぐ側を飛んでゆく。

 

 「それで(、、、)料理してたら、家から追い出されそうだな」

 「練習すれば上手くなる」

 「練習し過ぎて、家壊すなよ」

 

 料理を終え、アジトのメンバー達に料理の皿を配ってゆく。

 一緒にリアリィも手伝いを始め、意気揚々と料理を配る。

 

 「スノーおねえちゃんいっしょにたべよー!」

 

 リアリィは自分の料理とスノーホワイトの料理を、布を引いた床に配置しながら、楽しげにスノーホワイトの隣に座り顔を綻ばす。

 

 「たべるときはね、かみさまにあいさつするんだー!」

 「嬢ちゃんは、嬢ちゃんの国のやり方で良いぞ」

 「では、お言葉に甘えて。いただきます」

 

 各々が食べ物に感謝の言葉を捧げる。

 料理の作者であるハードボイルドは率先して料理を口に運ぶ。

 自身の料理に舌鼓を打ちながら、リアリィに話しかけていた。

 

 「どうだ俺の作った料理は、食べやすいだろ」

 「うん、のみやすい!」

 「えらいなリアリィ、でも食べる時はきちんと噛むんだぞ」

 

 ジェーンの小言にハードボイルドは、少し呆れながら小言を返す。

 

 「お前の包丁捌きのせいで、噛むほど野菜の形が残ってないぞ」

 

 ジェーンは少しムッと口を膨らまし不機嫌そうになるが、リアリィのおいしいという言葉と笑顔が返って来たので、つられて皆笑顔になる。

 

 和気藹々とした食事にスノーホワイトも満足気。

 ハードボイルドは食事中もいつもの調子で、先ほどのジェーンとの買出しの時に、起こった出来事を話し始めていた。

 

 「それでよ、買出しに行ってた時なんだが、こいつ、村の子供に先生って呼ばれてるんだぜ」

 「おい、それは秘密にしろって言っただろ」

 「いいじゃねえか、別に悪口でも何でもねえ、お前のいい所話してるんだからよ」

 

 気の良い話を食事中にするのはこの国の文化のようで、ハードボイルドの軽やかな語りは食事に追加された華の役割を遺憾なく発揮している。

 

 「さっきも言ったように、暇な時に村の子供に勉強を教えてるだけだ」

 

 ジェーンは褒められるのにあまり慣れておらず、少し照れている様子で内容を肯定しつつも、身に余る評価だと辟易している。

 

 「お前さんもこの前まで、学生だったんだろ? それなのに偉いな」

 「偉いか……父の反対を押し切って無理に学校へ通ったのは良いが、結局大して学ぶ事もできず、そして仲間達と魔法少女の国を作ったものの」

 

 ジェーンは悔いているような口調で自分達の状況を口にする。

 

 「上手くいかない事を若いうちに学べたんだ、必ず糧になる。国を作った経験なんて、ほとんどの奴は真似すらできないぜ」

 

 だがよ。とハードボイルドは、ふと思った疑問を口にする。

 

 「魔法少女の()って言うには、人が少なすぎる気がするぜ。学校の奴等が集まってるならもうちょっと多いんじゃねえか?」

 

 ハードボイルドの疑問にジェーンは、食器を持つ手を震わせながら答える。

 

 「ここ(魔法少女の国)は帰る場所の無い奴等の、寄る辺なんだ、魔法少女になれなかったみんなは……」

 

 ――生き残り、魔法少女になった者達に、帰るべき場所なんて無いと。

 

 か細い声で言い終えると、震わせていた手の力が抜け、コトン。と、木製のスプーンが床に落ちる。

 そして、悲しそうな顔で天井を見上げるジェーンに皆、声を掛けようか迷っている中、リアリィは口を開き――

 

 「たべるときは、たのしいじかんにしないと、いけないんだよ!」

 

 可愛くも、食事の時間を大切にしろと諭す。

 

 愛らしい正論に背中を押されたのか、ハードボイルドはジェーンに嫌な思いさせたことを謝るが、ハードボイルドの謝意を気にも留めずジェーンは少し虚ろな表情で。

 

 ――なあ、私の事嫌いになったか?

 

 周囲の者はジェーンの質問の意図がわからず、困惑していたが、リアリィだけは首を横に振り。

 

 「ううん、リアリィはジェーンおねえちゃんのことだいすきだよ!」

 

 よどみの無い言葉。屈託の無い笑顔で、ジェーンに向き合う。

 その答えにジェーンは少し口元を綻ばせる。

 

 「そうか……わたしも大好きだよ、リアリィ」

 

 よかったですねと、スノーホワイトがリアリィの頭を撫でる。

 

 「あとスノーおねえちゃんもだいすき! それからそれから」

 

 リアリィはひとりひとり、アジトにいる魔法少女たちの名前を呼び、大好きだと伝えて回る。

 絆された空気の中、MGSのメンバーからジェーンに感謝の言葉が沸き起こる。

 

 ――リーダーがいなければとっくに野たれ死んでいた、茫然自失の自分達を救ってくれたのは紛れも無くリーダーだ。魔法少女という得体の知れないモノになっても、人間らしさを失わなかったのはリーダーのおかげだと。

 

 ジェーンは恥ずかしそうにしながら、変な空気にしてしまったと皆に謝った後、夜風に当たってくると言い残し、いつの間にか姿を消す。

 賑やかだった晩餐は終わりを迎え、各々散らばり始める。

 リアリィとスノーホワイトは、食事の後始末を仲良く楽しそうにおこなっており、ハードボイルドはカードゲームを取り出し、MGSのメンバーたちと残ったパンを賭けて勝負をして、賭け事も意外と楽しいだろと、良く無い吹聴しながら楽しそうに遊んでいた。

 

 片づけを終えても戻ってこないジェーンの事が、リアリィは気になるようで、探しに行くと言い出し、リアリィとハードボイルドとスノーホワイトの三人で、アジトの周りを探し始める。

 

 「夜風は身に染みるねぇ」

 「さむいのー?」

 

 いやいや、これはな。と、しゃがみこみ視線を合わせながらリアリィに説明を始めるハードボイルド。

 二人を優しく見守っているスノーホワイトの端末に連絡が入る。

 

 「アッ、吉岡さん」

 『スノーホワイト無事でなによりです、そちらは順調でしょうか?』

 「今は魔法少女の国の皆様に、良くしてもらっています」

 『なるほど、実は魔法の国(こちら)の方でも動きがあったので、それを伝えようかと』

 

 吉岡の説明は簡潔だった、魔法の国が、MGSに平和的な解決を前提とした交渉を、明日にも始めたいと言うのだ。

 そして和平への足がかりとして会談を、と。

 

 【唐突過ぎるぽん、魔法の国はMGSを無くす方針だったんじゃないのかぽん?】

 『そうですね、ですが魔法の国も、一枚岩ではないのです』

 【それに、急かすには何か理由があるぽん?】

 『MGSに対して少々、外交部門が腹に据えかねていまして』

 【どうして外交部門がぽん?】

 『いつぞやの投稿動画で首を切られた魔法少女が、外交部門の者だったというわけです』

 

 ファヴの疑問に淡々と答える吉岡。

 

 『この件で魔王パム(、、、、)が動くと、先ほど魔法の国内部で決まりました』

 

 ――魔王パム。

 

 その名前を聞いて知らぬ者が居ないほど、魔法の国では有名な魔法少女である。 

 ファヴはその名を聞き、身震いをしながら自身の覚えている記憶を引き出す。

 

 魔王塾なる戦いの場を設け、選び抜かれた武闘派(ツワモノ)の魔法少女達が集い、魔王パムに指一本でも触れれば合格という、極めてシンプル(簡単そう)な催しを度々開いているにもかかわらず、誰も合格が出来なかったという。

 

 いや、正確には一人だけ合格者が居たと思い返す。

 音楽家(クラムベリー)だ。

 

 あれは確かファヴ自身も協力して、隙を突いての合格だったかと、古い思い出を手繰り寄せる。

 しかしそれは、あのクラムベリー(、、、、、、、、)をもってしても、あの手この手を駆使して触れる事が精一杯だったという事。

 

 他にも大小様々な噂話が尾ひれを付けて飛び交っているが、スノーホワイトに関わらせたくない魔法少女である事に違いなかった。 

 

 『ただ他の部署では、外交部門の独断に近い形を認めるのは遺憾だという声があり、それでこちらは、こちらで和平交渉をという流れに』

 

 表情こそ変わらないが、心の中が青ざめてゆくファヴ。

 通話口での吉岡の言葉も耳に入らないほどだ。

 そんな様子のファヴにスノーホワイトは、助け舟をだすよう話を続ける。

 

 「MGSの方々も争いは望んでないので、会談を設けるのは私も賛成です」 

 

 スノーホワイトは明日の会談に意欲を見せるが、吉岡はスノーホワイトに、別の用件を済まして欲しいと伝える。

 

 『スノーホワイトには会談自体ではなく、会談をスムーズにする為の下準備をお願いしたいのですが』

 

 吉岡の言う下準備とは至極簡単な事だった。

 

 「リアリィさんをですか?」

 

 その内容にスノーホワイトは思わず聞き返す。

 機械越しの通話で相手の本心がわからない以上慎重にしろと、先日の電話の後ファヴから注意されていたからだ。

 

 『ええ、彼女の魔法は会談という場には不向きです。殊更、和平交渉という場では』

 【同時にスノーホワイトも会談から遠ざけるつもりかぽん?】

 

 ファヴが会話に混ざり、吉岡へ質問をぶつけた。

 

 『ファヴ。(スノーホワイト)の事が心配ですか? ですがこれはスノーホワイトの為でもあるのです。どうかご理解を』

 

 まぁまぁと、スノーホワイトは両者を宥めるように間に割って入り、ファヴの考えを尊重しつつも心配は要らないと笑い、吉岡の提案を承諾する。

 スノーホワイトがそういうのならと、ファヴもそれ以上は不満事を口には出さなかったが。

 

 ――本当に魔法の国(、、、、、、、)の判断なのかぽん?

 

 ファヴの心の声は、心配事ばかりが木霊していた。

 

 「吉岡さん。下準備の件は任せてください」

 『頼もしい返事でこちらも助かります、幸運を祈ってますよ』

 

 ドウモ。と伝え、スノーホワイトが通話を切ろうとした時、背後から声をかけられる。

 

 「嬢ちゃん、また魔法の国の奴と連絡か?」

 「はい。これからの予定を、吉岡さんと話していた所です」

 

 切ろうとしていた端末の通話口から吉岡の声が響く。

 

 『ハードボイルドさん、明日魔法の国とMGSの会談が開かれる流れになりました、引き続き力を貸してくださると助かります』

 

 ――会談ねぇ。

 

 と、ハードボイルドは一瞬、怪訝な表情になっていたが、スノーホワイトの眼を見て、賛成と言う、ただし俺も会談には同席させろと、一言付け加えて。

 用件を伝えた後ハードボイルドは、表情を誤魔化すように夜空を見上げる。

 

 「ジェーンには俺から伝えてくるわ。それより、リアリィの嬢ちゃんが遊びたがっていたぜ、行ってやりな」

 

 促され、スノーホワイトがアジトの方へ視線を送ると、そこでリアリィとメディカが手を振っていた。

 

 「わかりました。ジェーンさんへの説明、お願いしますね」

 

 ハードボイルドへ笑顔を向けた後、スノーホワイトはリアリィ達の方へ向かう。

 だがファヴは踵を返すかのようにふよふよと、ハードボイルドの方へ舞い戻ってくる。

 

 【ハードボイルド】

 「なんだ? 早く行ってやりな、リアリィの嬢ちゃんはお前にも懐いてんだからよ」

 【魔法の国の動向が怪しいから、気をつけたほうがいい】

 「んな事伝えに戻ってきたのかよ、分かってるって。あとお前は語尾にぽんって付けたほうがいいぞ」

 【折角忠告してあげてるのに、その態度はなんだぽん!】

 

 へいへいと呟き、ハードボイルドは微笑しながらファヴに手を振る。

 

 「ファヴもこっちきてあそぼーよー!」

 

 アジトの前からファヴに聞こえるように叫んだリアリィの大きな声がしたので、ファヴは再びスノーホワイトの方へ漂ってゆく。

 

 「お前もスノーホワイトの嬢ちゃんをちゃんと守ってやれよ」

 

 リアリィの生気に満ち、はつらつで大きい声とは対照的に、優しさが染み込んだ、柔らかな小声でハードボイルドはそっとファヴに言葉を投げかける。

 

 ――言われなくても。

 

 と、少々憤ったカオを(ぷんぷん)しながら、ファヴがスノーホワイト達の下へ戻ると、スノーホワイトはファヴに優しく手を差し伸べ撫で始める。

 その行動を見たリアリィも真似するように、一緒になって手をファヴの上にかざし始めた。ファヴは立体映像なので直接触れるわけではないのだが、それでもファヴの曇った心は晴れやかになり、いつもの様子でポンポンと跳ね回る。

 

 二人と一匹の様子にメディカは口元を緩めながら呟く。

 

 「スノーホワイトさんは、雨夜の星を見渡せるような素敵な方ですね」

 

 メディカはこうも続ける、そこにあるはずなのに誰にも見えない、曇り空の星々を見渡せる事の出来るスノーホワイトは、曇りをも照らす光のような存在だと。

 そういう例えもあるのかとファヴは驚きつつも、メディカの言葉を肯定するかのように頷くが、当のスノーホワイトはあまり嬉しそうではなく、嬉しいお言葉で恐縮ですがと、前置きしながら。

 

 ――例え見えない星を見渡せても、手が届かなければ意味がないと。

 

 そう言い放ったスノーホワイトの脳裏には飴と笑顔が似合う少女(ねむりん)が浮かぶ。

 

 スノーホワイト達の難しい言葉が分からないリアリィは、きょとんとした顔をしていたが、突如莞爾(にっこり)と笑みを浮かべ、スノーホワイトにしゃがんでとお願いをする。

 言われるがまま、しゃがんだスノーホワイトの頭にリアリィの手が届く。

 

 「もし、とどかなくても、おねがいすればとどくよ!」

 

 どこか誇らしげに、しかしトテモ心強い笑顔にスノーホワイトはスクワレル。

 

 

 

 ハードボイルドは遠目にスノーホワイト達を眺め、口元を綻ばせながら、誰も居ないはずの場所で突如声をあげる。

 

 「ジェーンそこにいるんだろ?」

 

 ハードボイルドの背側にある岩陰から月夜に照らされた影が揺れ動き、ジェーンはなぜわかったと、不満げな顔をしながら姿を現す。

 

 「目瞑っててもわかるぜ、リアリィの嬢ちゃんがよく見えるところに居ると思ったからな」

 

 ジェーンは少しいたずらっぽい口調で。

 

 「お前も意外と良く周りを見ているんだな。目が飾りじゃなくてよかったよ」

 

 そりゃどうもと、ハードボイルドはおどけながら。

 

 「明日和平の会談だってよ、魔法の国との」

 「和平? 今更どういう風の吹き回しだ?」

 「奴さん達も、お前等をこのままにする訳にはいかないんだろ」

 「魔法の国の使者と名乗る奴なら来た事があったな、確か最初は」

 

 ジェーンは以前の出来事を話し続ける。

 最初は友好的な態度を取り、あたかも味方であるかのように振舞っていたが、MGSのメンバーへの処遇に関して質問をした所、ある者は口を堅く閉ざしたり、またある者は軽い口が器用に動いていたと。

 

 「不用意な言葉を口にした奴は、リアリィの魔法で砂になったがな。口が堅い奴はワタシがこの手で……」

 

 そう言い淀み俯くが、すぐに顔を上げて暗い笑みを浮かべるジェーン。

 

 「リーダーってのは大変だな」

 

 ハードボイルドから返って来た言葉は、ジェーンの予想していたものと違い、気遣うような言葉だった。

 

 「私が……恐ろしくは無いのか?」

 「逆に聞くけどよ、俺が怖がりに見えるか?」

 「馬鹿にしか見えないな」

 

 ハハッと一笑しジェーンの瞳を見据えるハードボイルド。

 

 「ちげえねぇ」

 

 やれやれといった(あきれた)顔でハードボイルドを見つめ返す。

 

 「なあ、お前達を信じても良いのか?」

 

 ジェーンの質問に対して返事はなく、静寂が押し寄せる。

 

 「お前の事だから信じろと、軽い口調で言うものと思ったんだがな」

 

 長い沈黙の時間に耐え切れなくなったジェーンが先に口を開く。

 その様子にハードボイルドは交渉事には向いてねえなと言いつつ。

 

 「俺は俺の好きなようにやるだけ、サプライズがあったほうが楽しいものさ」

 

 ハードボイルドはいつもと違う口調で言葉を紡ぎだし、手を振りながらアジトへと戻っていく。その後ろ姿をジェーンは不思議そうな顔で見つめ、ひとりごちる。

 

 「答えになってないだろ、馬鹿」

 

 深い夜の静寂に言葉は掻き消されていった。




 魔法少女図鑑

・ハードボイルド 触れるものを熱くさせちゃうよ!

 いつも飄々とした、変身前が男性の珍しいタイプの魔法少女。 
 ある目的がありMGSへと潜入する。

・ジェーン 見えない刃で切り裂いちゃうよ!

 MGSのリーダーで、面倒見が良く不器用な面があるが、心の優しい少女。 
 行き場の無いMGSの仲間達を憂いている。

・リアリィ うそつきはゆるさないよ!

 トテモ小さい魔法少女。彼女の前でウソをつくと、体が光り輝きやがて砕け散る。
 但し魔法が掛かっても砕け散る前に、術者が死んでしまえばその限りではない。


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第十五話『離想』

 夜が朝に近付きつつある深夜にリアリィは目を覚まし、リアリィの隣で微笑んでいるスノーホワイトを連れ、二人は調理場にある貯水タンクへと歩き出す。

 

 「あれー? だれかいるよー」

 

 深夜の調理場に居る人影にリアリィは駆け寄り、ソレについていくようにスノーホワイトも足早に調理場へ辿り付く。

 

 「お、嬢ちゃんたちも喉が渇いたのか? コレ飲んで寝ろよ」

 

 そう言いながら、水の入った容器をスノーホワイト達に渡すハードボイルドは、少しばつの悪そうな様子で、スノーホワイトに助けを求める心の声を発する。

 

 「リアリィさん、ワタシの水を持って先に部屋に戻ってもらえますか」

 

 リアリィはスノーホワイトからのお願いに一人で戻るのは寂しいと、少し渋る感じだったが、それを察したスノーホワイトがファヴと一緒にと、付け加えた途端に快諾し、元気よくリアリィの端末から現れたファヴと一緒に部屋に戻ってゆく。

 

 「助かったぜ嬢ちゃん、リアリィの嬢ちゃん相手だと上手く誤魔化せなくてな! まあそれを言うのなら、スノーホワイトの嬢ちゃんにも隠し事はできねえな」

 

 明日の会談の準備かと、スノーホワイトは尋ねる。

 

 「まあな、客人が来るんだ、ちゃんともてなし(、、、、)しないとな」

  

 含みのある言葉だったが、スノーホワイトにはすべて筒抜けで――

 

 「ハードボイルドさん」

 

 スノーホワイトが心配の言葉を口に出そうとした時、ハードボイルドは人差し指を自らの口元へ近付け、スノーホワイトに分かるように、大丈夫だと。心配は要らないと。そして感謝の気持ちを伝える。

 

 束の間の静寂。それを破ったのはファヴのぽん(、、)という咳払いだった。

 

 【スノーホワイト。リアリィが待ってるぽん】

 

 ファヴに促されスノーホワイトは足早に部屋へと戻る。再び一人になるハードボイルド。

 

 「もどかしいもんだな……終着(ゴール)に近付くってのは」

 

 

 ◇

 

 

 明くる朝、会談の少し前にスノーホワイトとリアリィは予定通り、町へ一緒に買い物に行く事になった。

 町とアジトを行き来するのに車を使うので、ハードボイルドは自分以外で運転の出来る者を探すのだが、MGSの魔法少女達は皆運転など出来ないし、スノーホワイトも無論、無免許で運転など不可能だったので、ファヴにどうしようかと相談していると、ファヴは頼もしく任せて欲しいと発言するのだったが――

 

 【この車、自動運転機能も付いてないのかぽん?】

 

 ファヴの辛辣な言葉に、車の持ち主であるハードボイルドは少し不機嫌そうに悪たれをつく。

 

 「当て付けみたいに言ってるが、昨日お前も乗ってただろ! 妖精はナビでもしてれば良いんだよ」

 

 仲良く楽しげに張り合う、ファヴとハードボイルドの間を割るように、おずおずと一人の魔法少女が手を上げる。

 

 「日本車なら運転できると思います」

 

 全身を布で覆っていて、ファヴとハードボイルドは二人して一瞬誰かと訝しむが、声の主がメディカだと気づき、合点がいったようだ。

 

 【そういえばメディカは、元々ボランティアの人だったぽん】

 

 町へ出る準備をして遅れたと言いながらも、メディカは車の運転ぐらいなら、どうという事はないと胸を張る。

 そしてスノーホワイトとリアリィに布を渡し、一緒に運転席に乗り込む。

 

 めでたく運転手も決まり、いよいよ出発と息巻くリアリィ。

 

 「おねえちゃんたちに、おみやげかってくるね!」

 

 リアリィの言葉は違法改造された車の騒音に負けないぐらい元気があった。

 

 

 ◇

 

 

 スノーホワイト達が町へ行った後、アジトの中で会談に臨んでいたジェーンは、緊張した面持ちという様子で、気を紛らわすかのようにハードボイルドに話しかける。

 

 「それで、いつ頃魔法の国の使者がやってくるんだ?」

 

 ハードボイルドの方は緊張など何処吹く風かのように、他のMGSのメンバーと会談が終わったらどこかに行くかと、遊ぶ約束をしている。

 無視されたと思ったジェーンが、ハードボイルドに怒鳴るように返事を促すと、ハードボイルドは頭のヒジャブを掻きながらジェーンの方へと振り向き、いたって落ち着き払っている様子で。

 

 ――そろそろ着くんじゃねえか? それよりも。

 

 「そんなに緊張すんなよ。会談なんてもんはドシっと構えてりゃいいんだ。そしたら楽しめるぜ?」

 

 緊張をしているジェーンを気遣うようであり。国と国の会談という重要な局面を、さも楽しい事であるかのように語る。

 

 「お前の考え方が気楽そうで羨ましいよ」

 

 少し緊張の糸が解れたのか、はたまたハードボイルドに呆れてしまったのか、ジェーンは笑い出す。

 

 ――リーダー! 政府軍のヘリです!

 

 「軍用ヘリだと?」

 

 アジトの外の様子をうかがっていたMGSのメンバーからの報告に、ハードボイルドが先ほどとはうって変わって、警戒した様子で問い返す。

 ジェーンはハードボイルドにお前こそ落ち着けと言い、先日も軍用ヘリがここへ来た事を告げる。そして簡単に追い払えたという事実も添えて。

 

 「また来た所で追い払えばいい、あいつら(政府軍)の機銃など魔法少女の我々には効かないからな」

 

 会談の妨害をされてたまるかという気持ちと、通常の兵器では魔法少女に傷を付けることは困難であり、幾度かの襲撃を退けている自信があるのか、勢いが増し、士気は皆高い。

 更にジェーンが号令をかけ、MGSの魔法少女達は臨戦態勢に入る。

 

 「えらくタイミングの良い(悪い)襲撃だな……」

 

 ハードボイルドは会談の日にやって来た、政府軍という来訪者に危機感を覚え、急いでメンバー達を制止しようとするのだが、士気の上がった少女達の声に掻き消されてしまう。

 軍用ヘリからの機銃掃射がアジトの外で待ち構えていたMGSのメンバーへ降り注ぐ、気にも留めず魔法少女達は魔法で反撃にでようとし始めたのだが。

 

 ――様子が違った。

 

 無慈悲なる旋律を奏でるかのように、銃の掃射音と(魔法少女)の砕ける音が交叉する。

 

 一瞬の出来事であり、機銃による銃弾の雨に晒された少女達は何が起こったのかを気付かぬまま息絶える。

 その光景を目の当たりにしたジェーンは怒り、アジトから打って出て仲間の敵を取ろうといわんばかりだったが、ジェーンの目の前にハードボイルドが立ち塞がる。

 

 「どけっ! 仲間がやられたんだ、あいつらを叩き落さなければ気がすまない!」

 「落ち着け! 今の状況が分かってんのか? 恐らくあれは、普通の軍用ヘリじゃねえ、あんなのに立ち向かっても的になるだけだ」

 

 最早アジトには、ジェーンとハードボイルドしか残っておらず、外に出ていたMGSのメンバーは皆魔法少女の変身が解けて(死んでいるか意識を失って)いる。

 

 ――あいつら建物には攻撃してこないのか?

 

 ハードボイルドは疑問を口に出す、殲滅を目的にした作戦ならば、建物ごと破壊すれば良いはずだ。

 

 「ちょうど良い。篭城して予定通り使者と会談といこうじゃねえか」

 

 隣で憎しみに駆られているジェーンを宥めるように言葉を紡ぐ。ハードボイルド自身、そう言ったものの、頼みの綱である歴史的建造物(アジト)も先ほどの攻撃の影響か、致命的な破損をし、倒壊するのも時間の問題であった。

 

 「ひとまずは大丈夫か……この広間で今後の身の振り方考えねえとな」

 「どうして私を止めた!」 

 

 ジェーンは当て所も無い感情をぶつけるかのようにハードボイルドへ怒鳴る。

 

 「なんだ? 死にたかったのか?」

 「違う! このままじゃ、あいつらが……」

 

 ――あいつら(、、、、)が報われない。

 

 ジェーンの言い放った言葉には、ハードボイルドが知らない、魔法少女になれなかった仲間を思う気持ちが滲み込む。

 再び入り口の方へ向かおうとするジェーンを、必死の形相で引き止めようとするハードボイルド。

 

 「ジェーン。お前が何を考えてるのかは知らねえし聞く気もねえ。だが、こんな! こんな命を捨てるような、馬鹿な真似をさすわけにはいかねえんだよ!」 

 

 先ほどからのハードボイルドの自重を促す(妨害)行動に、ジェーンは沸いて出た疑念を突きつけた。

 

 「なあハードボイルド。この状況(、、)は、お前が仕組んだのか?」

 

 そんな事はしていないと、ハードボイルドは反論しようとするが――

 

 「私を捕まえれば政府(S国)から多額の報酬が出るからな」

 

 ジェーンは、自身が指名手配されている事実を鑑みる。魔法少女の指名手配犯は基本、生け捕りでないといけない。それは魔法少女という特性ゆえ、死んでしまうと本人確認が不可能なためである。

 

 切り捨てるように呟き、どけと、一言だけ口にし魔法を放つ。

 切れ味の鋭い何かがハードボイルドの顔を掠め、僅かに当たった頬から赤い雫が滴り落ちる。

 

 「邪魔をすると言うのなら、お前ごと消し飛ばすまでだ」

 

 対峙するジェーンの瞳は冷徹で、いつかの動画で垣間見た、魔法少女の首を切り裂いた時の少女(ジハーディ・ジェーン)の眼光そのものであった。

 望まぬ戦いにハードボイルドは防戦一方の展開で、殺意のこもった見えない刃を受けるハードボイルドは、致命傷を避けるのが精一杯であり、次第に劣勢に追い込まれてゆく。

 元よりハードボイルド自身、敵に触れて攻撃する魔法のため、近付かなくとも相手に致命傷を負わせる事のできる、ジェーンの魔法との相性は最悪で、戦闘中にもかかわらず、最初から勝ち目など無いなと苦笑する。

 

 ハードボイルドは一か八か調理場へと逃げ込む。

 

 「どうした? さっきまでの威勢はどこへいった!」

 

 尻尾を巻いて逃げ出したハードボイルドを挑発するジェーン。

 

 「おいおい、ちったぁ手加減してくれって。俺の能力じゃあ、お湯を沸かすのが精一杯だぜ?」

 

 挑発に対する返事は、いささか弱い言葉だったが。次の瞬間ハードボイルド放った言葉どおりの魔法が炸裂する。

 

 「湯気だと……?」

 

 大量の水を一気に加熱した水蒸気が調理場から伝わってホールを満たす。

 

 「視界を奪った所で、貴様は近付かなければ何も出来ないだろう。それにお前に逃げ場など無い」

 

 言い放つとジェーンは狙いも定めず四方に不可視の刃を手当たり次第放つ。

 

 「確かにその通りだな」 

 

 ただでさえガタのきている建物にジェーンの魔法が追い討ちをかけていて、斬撃が近くの石柱を砕き、その破片がハードボイルドに腕に当たり、その場所からは血が滲み始めた。

 

 「そういう事か」

 

 ハードボイルドは、突然何かに納得したようで、同時に最悪の状況だとため息混じりに悪たれをつく。

 

 「どうやら俺の魔法じゃ、お前さんの血が上った頭は冷やせねえみたいだわ」

 

 愚痴を言い放つと、今度は意を決したかのように、暴れるジェーンの目の前に姿を現す。

 蒸気の霧の中に現れたハードボイルドだったが、ジェーンはその異常(、、)な光景に少々驚く。

 突如、四方から現れるハードボイルド。ジェーンは一人ずつ刃を飛ばし蹴散らすがまたすぐに復活する。

 

 消えては現れる幻影相手では、流石のジェーンも疲労が蓄積されて、攻撃の頻度が落ちてゆく。

 

 頃合かとハードボイルドは霧の中から現れようとしたが、首元の近くを見えない刃が蒸気ごと切り裂く。

 ジェーンの攻撃の頻度が落ちたのは、疲労のせいでもあるが、集中し相手の出方を窺っている為であった。

 

 外したかと、冷静に分析をしながらジェーンは次に現れるであろう場所を探る。 

 蒸気も徐々に晴れており、徐々に視界が開けてくる。

 広場の出入り口の状況を見て、ハードボイルドは愕然とした。

 

 ――ここらで潮時かね。

 

 そう諦めるように呟き、霧の中から現れる。

 ジェーンの姿をしたハードボイルドが(、、、、、、、、、、、、、、、、、)

 

 ジェーンは一瞬驚き、放った刃を大きく外し、代わりにハードボイルドに文句をぶつける。

 

 「私に化けて出てくるとは、そうとう悪趣味な奴だな」

 「そうか? モデルが良いから結構様になってるだろ」

 「だとしても、私を動揺させるのならリアリィにでも化けるんだったな」

 

 先ほど大きく外れた刃が、ブーメランのように舞い戻り、ハードボイルドの腹部に命中する。

 

 ――減らず口を叩くからだ。

 

 「ハハッ、ちげえねえな、殺し合いをしてる最中なのにな。口が滑っちまった」

 

 ハードボイルドは、その場にそぐわない笑みを零しながら、血を吐き出す。

 

 こっからは冗談抜きと行こうぜ――

 

 蒸気は消え、騙まし討ちの手段も無くなった――絶対的不利。

 それなのに、ハードボイルドは、いつにも増してふてぶてしい態度をとる。

 致命傷を負ったはずのハードボイルドは歩みを止める事無く、ジェーンへと近付いてゆく。

 

 信念。気迫。先ほどの蒸気と違う、何か見えないものを纏って。

  

 止めを刺そうと目に見えぬ刃を投げつけるが、どれも息の根を止めるには至らず、ジェーンの目と鼻の先までハードボイルドは辿り付く。

 

 ジェーンは驚愕する。なぜこんな満身創痍の体で動けるのか? 疑問に思った一瞬、張詰めていた緊張が解けてしまい、限界のきていた足元がぐらつき、体勢を崩してしまう。

 

 ジェーンの頬にハードボイルドの手が触れる。

 

 ――しまった。

 

 一瞬の油断。

 後悔するには遅かった、ハードボイルドの魔法は一瞬で水分を蒸発させる魔法。

 触れられてしまえば逃れるすべは無い。

 

 覚悟するジェーンだったが、ほほに触れる手は想像とは違い優しい温かさで――

 

 ハードボイルドは微笑みながら、ジェーンに頬を撫で、覆いかぶさるように倒れる。

 

 結局最後まで理解できなかった。

 ジェーンはその行動の正体を探ろうと、ハードボイルドの亡骸を押しのけ、どんな間抜け面をしているのだろうかと確認しようとする。

 

 お前の(ツラ)を――

  

 たった今葬り去った相手に告げるかの如く、物言わぬ亡骸に言葉を投げかけようとするのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お……とうさん?」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 スノーホワイト達は町で買い物を楽しむ。

 

 「くだものたくさん!」

 「お嬢ちゃんかわいいから一つおまけだよ」

 「ありがとー!」

 「リアリィさんは果物が好きなんですね」

 

 当たり前のような会話。

 少し前までのこの町ではそれも難しいものだったと、町の人々は話していた。

 MGSという組織は、この地域で猛威を振るっていたテロ組織の後釜のように報道されていたが、それは少し事実と乖離していた。

 実際には当該地域の治安の向上。食料や教育なども以前と比べて、町全体に行き届いており、MGS主導のもと、笑顔のあふれる町へと生まれ変わろうとしていたのだった。

 

 束の間の休息。平和。安寧。

 どれもこの会談が終われば、永いものになると信じて。

 

 スノーホワイト達の上空からプロペラの回る音が降り注ぎ、それに気付いたリアリィはヘリコプターを指差す。

 微笑ましい光景だったのだが、スノーホワイトはヘリから聞こえる声に耳を傾けてしまう。

 戦闘用ヘリの乗組員が発する声は、MGSの殲滅を雄弁に物語っていた。 

 

 ――急いでアジトへ戻って欲しい。

 

 スノーホワイトはメディカに、今すぐ帰路につくよう伝える。

 その言葉を吐き出す口は震えていて、切迫した状況であることは、誰の目にみても明らかであり。

 

 「スノーホワイトさん! 何があったのですか?」

 

 メディカもまた、スノーホワイトの唐突の行動に異変を感じていたようで、リアリィを抱え車へと急いで駆け始めた。

 リアリィも急変した様子のスノーホワイトを見つめ、心配そうに声をかける。

 

 「スノーおねえちゃん。だいじょうぶ?」

 

 スノーホワイトは健気なリアリィの問いに。

 

 私よりも――

 

 「ジェーンさんたちが心配です」 

 

 言葉と共に風を切るように走り抜け、車へと乗り込み、スノーホワイトは説明を始める。

 あの軍用ヘリはアジトへと向かっていると、そして戦場にするつもりだと。

 運転席に座るメディカは驚きを隠せない。

 にわかには信じられない話だったが、スノーホワイトの切実な頼みに疑問という考えは、容易に払拭される。

 

 「飛ばしますから、きちんと捕まっていてくださいね」 

 

 メディカは、前方を飛ぶヘリコプターに縋るように全速力で車を走らせるが、悪路に加え、ヘリと車では速度差があり、徐々に離されていってしまう。

 通常、ヘリコプターは上空を200kmの速度で進むのだが、こと軍用ヘリとなるとその速度は300kmをゆうに越える。

 このままでは間に合わなくなる。メディカは焦りを見せ、何か方法はないかと考えているとファヴが助け舟を出す。

 

 この車はとても古いが、ニトロ(加速装置)が積んであると。

 

 【そこのボタンを押すといいぽん】 

 

 メディカは意を決したように、ニトロ噴射のスイッチを押すと、怒号のような噴射音が車体後方から車内に反響する。

 車内には急加速のGが掛かり、後部座席に座っている、スノーホワイトとリアリィは身を寄せ合うように耐えていた。

 限定的な加速だけでは、ヘリから置いてけぼりを食らうのは回避できたが、結果的に後塵を拝してしまう。

 

 【まずいぽん】

 

 アジトに到着しようかという場面でファヴは、異変を感じ取っていた。

 

 【アジトの周囲に結界がはられているぽん】

 

 結界(、、)

 魔法の国で研究されているソレ(、、)は、一定の範囲内に魔法少女を閉じ込めるものや、人数を制限するもの、多種多様なものが存在する。

 

 【これは肉体的に作用する結界ぽん】

 

 ファヴの説明では、肉体を通常の人間と変わらない脆いものにしてしまうという。

 結界を用意し、作戦に投入するような勢力が、今回の一件に関わっている事が分かった今、ファヴはスノーホワイトに魔法の国へ連絡するよう提案するが。

 

 ファヴの提案を首を横に振り、ただ一言告げる。 

 あのヘリは魔法の国(、、、、)の要請で出動していると。

 

 不穏な空気の中、車はアジトのすぐ側へ到着する。

 車の外に見えるアジトからは煙がたちこめており、周辺には凄惨な現場が取り残されていた。

 依然アジト上空では数機のヘリが不気味な旋回を続けており、いつ攻撃を再開するかも分からず。

 

 ――手が出せない。

 

 そう、頭の中ではわかっていたはずの、メディカだったが、血を流し瓦礫に挟まれて倒れている少女を目の当たりにし、考えるよりも先に車外へと飛び出し駆け寄る。

 スノーホワイトは上空のヘリから視認され、このままでは攻撃される危険がある事を告げ、ファヴに対処して欲しいと頼み込む。

 

 【しょうがないぽん】

 

 ファヴはスノーホワイトに頼りにされて、面映がりながらも善処すると快諾するが、心の中で、策を立てるには時間が少ないとぼやく。

 

 「ファヴ。あのヘリには自動操縦機能(、、、、、、)がついてますよ」

 【それは朗報だぽん】

 

 スノーホワイトによる助言に、ファヴは黒い笑顔を見せ、持てる力を使いヘリを掌握(クラッキング)する。

 ファヴは、これでしばらくは攻撃されることは無いと言い、今のうちに救出に行けと促す。

 

 ――ありがとうファヴ。

 

 【そんな事は言わなくてもわかってるぽん、いいから口より手を動かすぽん】

 

 スノーホワイトのお礼の言葉を気恥ずかしそうに誤魔化す。

 一人と一匹(スノーホワイトとファヴ)は、メディカから少し遅れ崩壊しかけたアジト入口へ到着し、メディカと合流を果たす。

 瓦礫の中から出ている上半身に寄り添い、手を握ったメディカは必死に呼びかける。

 重症のようだったが、メディカの声掛けに意識を取り戻す。

 

 「動いてはいけません。喋らなくてもスノーホワイトがあなたの意思を汲んでくれます」

 

 痛みで朦朧とする少女にメディカはなにやら呟く。

 

 「いたいのいたいのとんでいけ」  

 

 すると瓦礫に埋まっている少女が優しい光に包まれてゆく。

 メディカの魔法。それは痛みを飛ばす魔法。

 

 誰かの痛みを他の誰かに飛ばすことの出来る、一種の呪いの様なものだとメディカ自身は自嘲する。

 

 「痛く……無い」

 

 だが根本的な治療ではなく、痛みだけを飛ばしてしまう魔法では、重傷を負った少女の傷が癒えるわけではなかった。

 ファヴは周辺に医療設備は無いのかとメディカに問うのだが。

 返事は芳しいものではなく、それでもいいと呟き、出来る限りの事をすると決心した表情は固かった。

 

 そしてメディカこの場に留まると告げ、スノーホワイト達にジェーンたちの事を託す。

 

 

 ――この子を一人で逝かせるわけにはいかない。

 

 

 心は弱音を隠しきれて(、、、、、)おらず、スノーホワイトが心配そうに尾を引かれ立ち止まりそうになるが。

 

 ――待ってますからと、メディカは心で伝える。

 

 受け取った思いに後押され、スノーホワイトは振り返らずアジト内部へと歩みを進めてゆく。

 

 アジト内部はハードボイルドの魔法で、中東らしからぬ湿った空気になっており、不快な汗のように肌に水滴が吸い付く。

 うっそうとした空気の中ハードボイルドが危険な状況だとスノーホワイトはファヴとリアリィに告げ、スノーホワイト達に焦る気持ちが蔓延る。

 

 【いったい何が起こってるぽん】

 

 状況を説明するようファヴはスノーホワイトへ尋ねる。

 スノーホワイトは戦闘が起こっていると、そしてその戦いの趨勢は決したとも。

 止めなければと、まだ間に合うと心に言い聞かせながらスノーホワイトは歩みを止めない。

 だが無情にもたどり着いた広間への入り口は瓦礫で塞がり、僅かな隙間しかない。

 

 「スノーおねえちゃん。わたしならはいれるよ」

 

 リアリィは自分が助けに行くと自ら志願し、隙間へと入ってゆく。

 スノーホワイトは直前に起きた出来事(ハードボイルドの死)に気を取られ、リアリィを止めることが出来なかった。

 

 「別の道を探します。ファヴも手伝ってもらえますか」  

 

 迷いを断つように意気込みファヴにお願いしようとするが――

 

 【スノーホワイト! あぶないぽん!】

 

 イシの砕ける音が無慈悲に轟く。

 

 

 ◇

 

 

 「なぜこんなことを……」

 

 ジェーンは父親(ハードボイルド)の亡骸に縋りながら嗚咽を漏らす。

 

 ハードボイルドの行動には確かに不自然な点が多かった。思い返すようにジェーンは父親との思い出に浸る。

 

 「馬鹿な事を……」

 

 決して仲が良かったわけではない。

 反抗期特有の反発心から、飛び出すように学校へ通うようになってからは、家でもほとんど話さなくなっていたし、父親自身も、あまり家に帰らなくなっていたからだ。

 

 学校から拉致され、誰も助けてくれない世の中に半ば諦めをつけ、魔法少女の国を作ってからも、ジェーンは助けなど要らないかのように振舞っていたが。

 

 「助けて……もらわれなくてごめんなさい……」

 

 命を掛けて、父が助けに来てくれていたのに、その手を払ってしまった。

 ジェーンは己の愚かな行動を悔やむ。

 

 「ジェーンおねえちゃんないてるの?」

 

 ジェーンは聞き覚えのある声に我に返り顔を上げると、リアリィが首を傾げながら側に寄り添い、不思議そうに見つめている。

 

 「リアリィ。町へ行ったんじゃないのか?」

 「スノーおねえちゃんがね、ジェーンおねえちゃんたちがあぶないっていうから、いっしょにたすけにきたの!」

 

 誇らしげにジェーンに微笑むリアリィの笑顔は、後ろめたい気持ちのジェーンの心に突き刺さる。

 

 「私はな、お前に助けられるような価値のある人間じゃないんだ」

 

 きょとんと、するリアリィにジェーンは先ほどまでの自分を重ね合わせるように――

 

 「そうか、わからないよな……」

 

 言葉をこぼしながら、リアリィの頭を撫で抱きしめる。

 

 「ねぇ、そこのおじさんはだれ? どうしてねているの?」

 「あいつはハードボイルドだよ」

 

 ――きっとつかれてしまったんだろう。

 

 ジェーンが言い終わる直前に、言葉を遮るかの如く、建物が軋み始め、瓦礫がジェーン達の付近に落下する。

 ファヴがリアリィの端末から登場し、警鐘をならす。

 

 【建物が限界を越えたぽん、倒壊寸前ぽん】

 

 ファヴがけたたましく、ジェーンとリアリィの周囲を羽ばたく。

 

 「リアリィ、早くアジトの外へ出るんだ」

 「おねえちゃんもいっしょにいこ」 

 

 出入り口の方へ視線を移すが、頼みの通路への道は、リアリィがやっと通れるほどの隙間しかなく、ジェーンは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 

 「お前がここに来た道は私には使えない、リアリィお前一人で戻れ」

 「おねえちゃんといっしょじゃなきゃやだ!」

 

 愚図つくリアリィを嗜めようと、肩に手を当て眼を見据えようとする。

 

 【二人共危ないぽん!】

 

 二人を目掛け瓦礫が落下するが、ファヴの声で気付き、ジェーンは咄嗟にリアリィを庇う。

 

 【大丈夫かぽん!?】

 

 落下の影響で土煙が上がり、ファヴが二人の安否を気遣う。

 

 「かすっただけだ。それより、私の代わり(、、、、、)にリアリィの事を頼めるか?」

 【スノーホワイトが悲しむぽん】

 「だろうな、あいつは甘い人間だ。だからこそリアリィの事を頼める」

 【……わかったぽん】

 

 ジェーンは先ほどの瓦礫で足を挟まれた様子で痛みからか、表情を険しくする。

 リアリィは突然の事が続き驚きのあまり目を丸くする。

 

 「分かっただろリアリィ。この場に長居すれば危険だ。私を置いて先に行け」

 「でも……おねえちゃんが!」

 

 ジェーンの説得に応じないリアリィに、ファヴからもアジトから出るようお願いするが、リアリィは出入り口の方へ端末を投げ捨ててしまう。

 

 「ファヴはさきにいってて!」 

 

 リアリィは涙ぐみながら身動きの取れなくなったジェーンをひっぱるように連れて行こうとする。魔法少女とはいえ結界のせいで身体能力の低下したリアリィの力ではビクともせず。

 

 「頼むリアリィ」

 

 ジェーンは後生だからとリアリィに言う事を聞くように懇願するが。

 

 「たすけるってやくそくしたもん!」

 

 先ほどよりも大きく建物が揺れる。最早倒壊するのも時間の問題。

 リアリィは何が何でも助けるといった様子で、ジェーンは半ば諦めるかのように、意を決し口を動かす。

 

 「私はな、リアリィ。お前の事がずっと嫌いだったんだ」

 

 ジェーンを引っ張っていたリアリィの手がだらりと下がる。

 

 「おねえちゃん? どうしてうそつくの……」

 

 ジェーンは、やはりそうかと、苦笑しながら。

 

 「一瞬で見破るとは、やっぱりすごいなリアリィは、私も……頑張って嘘をついたんだがな」 

 

 ジェーンの体が光ってゆく、リアリィの魔法が発動した証拠だ。

 

 「もうじき私は居なくなる。だからリアリィ、私を置いてさっさとこの場から立ち去るんだ!」

 

 ジェーンはわが子を谷底に落とすライオンのように、リアリィに無情なる現実を突きつける。

 

 「おねえちゃん……なんで?」

 

 疑問には答えずジェーンは、たった一言。

 

 ――さよならだ。

 

 そう告げ、覚悟を決めた。

 何かを守る為に生きる。この不器用な性格は、きっと父譲りなのだろうと笑いながら。

 

 「おねえちゃん、きいて」 

  

 リアリィの口から飛びでた言葉は、ジェーンの予想外のもので―― 

 

 「ジェーンおねえちゃんなんてだいきらい!」   「だいすきだよ」

 

 初めて耳にしたリアリィからの嫌いという言葉。

 

 「おねえちゃんのかおなんてみたくない!」   「ずっといっしょにいたいよ」

 

 「リアリィ! 何でお前ウソなんか!」

 

 ジェーンとリアリィの関係を知っているものならば、誰が聞いても分かるウソ。

 可愛らしく愛おしい、ウソを重ねる。沢山のウソを。リアリィの体はウソを重ねるたびに輝きを増していき――

 

 「おねえちゃんなんて! おねえちゃんなんて! いなく……」

 

  リアリィはジェーンに精一杯の笑顔(作り笑い)を向け言葉を託す。

 

 「いなくならないで……」  「いなくならないで」

 

 リアリィの笑顔は太陽のように眩しく、光り輝き、そして――

 

 塵へと変わっていった。(、、、、、、、、、、)



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第十六話『忘郷』

 私の見ていた世界は小さな世界だったのだと気付かされる。

 

 父の反対を押し切り、学校に通うようになった私は、同じ学び舎で共に教育を受ける仲間と出会い、感銘を受ける。

 

 「となりの席だね」

 

 幼馴染の顔がそこにはあった、父同士が政治家で幼い頃から仲が良かった少女は、かけがえの無い親友で、席が隣同士になり私はとても上機嫌だった。

 

 「おまえなぁ、学校でそんなにベタベタするなよ、恥ずかしい」

 

 いつも頼りきりになってしまうので少し煙たがられてしまうが、それは一種の恥ずかしさの現われで、本心はとても優しい。長い付き合いなのでよく分かる。

 幼馴染の彼女はとても優れていて、リーダーシップのあるクラスの中心人物になっていた。

 私は自分の事のように彼女の活躍を嬉しく思う。

 女学校はこんなにも賑やかで素晴らしい場所だと、父に伝えたい。

 私は確信する。学校に通うことは間違いではなかったのだと。

 

 学校の楽しい日々がいつまでも続くと思っていた。

 

 しかし甘い現実は打ち砕かれる。

 学校をテロリストが襲撃したのだ。

 警備員が居るのになぜと、疑問に思うが、その疑問を解決する材料を、連れ去られる途中に目の当たりにする。

 テロリストと学校の警備員が共謀していたのだ。

 国の指令で警備に当たっている人間と、テロリストが共謀しているという事実は、この国の深い闇を垣間見、私を深い絶望へと叩き落したのだった。

 

 仲間達はみなテロリストの命令に従う他なく、逆らえば、見せしめに酷い拷問を受け、そのまま置き去りに(、、、、、)されてゆく。

 

 絶望の淵に立たされた私達だったが、幼馴染の彼女だけは気丈に振る舞い、周囲を元気付けてゆく。

 私の憧れの太陽は、陰る事無く輝き続けていたのだ。

 

 アジトを転々とし、一年を過ぎそうになった頃。

 

 人形が空から降ってきた。

 奇怪な現象だったが、神様からの贈り物だろうかと私の仲間達は久方ぶりに子供らしい笑顔を見せる。

 私も拾い、昔から世話になりっぱなしの、幼馴染の彼女に手渡す。

 彼女は微笑む。気を張詰めていて、ずっと笑顔の無かったが、彼女の笑みは、やはり私の太陽だ。

 実は子供が産まれたのだと、彼女はこっそりと私に耳打ちする、妊娠した事を隠し通し、無事に生んだのだ。

 

 その執念に私は驚きつつも、新しい生命の誕生を祝福した。

 

 「せっかくだからもう一つ人形を拾ってくるね、その子の分もあった方がいいとおもって!」

 

 呆れる友の顔は久しぶりに幸せというモノを私に思い出させてくれた。

 だが、産まれたばかりの赤子を守りきれる力など私達にはなく、彼女は産まれたばかりの子供と一緒に、殉教の命令を受けてしまう。

 断っても、どのみち殺される事が分かっていた彼女は、子供と一緒に天国にいってくるわと、笑いながら赤子と爆弾を抱え旅立つ。

 人形を手渡す事も、その背中を止める事も出来ず。ただただ見送る事しか出来なかった。

 

 人形を握り締めて願う、どうか彼女達が幸せになれますようにと。

 

 突如私を光が包み込む。

 光が収まり自分自身を見ると、違和感があった。

 見覚えの無い服を着ているのもそうだったが体の調子がおかしい。

 あふれる元気に、高みへと引っ張っていく気力。いままでの自分とは違う別の何かに生まれ変わったかのような感覚。

 すぐにそれは錯覚ではない事がわかる。

 

 「お前だれだ! 何モンだ!?」 

 

 テロリストが驚いた表情をこちらに向ける。

 

 「赤ん坊を連れた少女は何処へ向かった?」

 

 私はテロリストに問いただす。

 

 「あいつならチンケな量の爆弾かついで、今頃ガキと一緒に死にかけてんじゃねえか? それよりも」

 

 彼女の殉教そのものを馬鹿にした後、テロリストは下品な笑みを浮かべ、舐るように私を見つめる。

 

 ――見かけねえ女だな。高く売れそうだ。俺にもまわして下さいよ。

 

 下衆共が群がり耳障りな言葉を発する。

 こんな奴らに今まで好き勝手にされていたのかと無性に腹が立ち、その時私は、直感で相手に見えない刃を向けていた。

 

 「ひぃいい、バケモンだぁああ」

  

 手足の捥がれたテロリストの方が余程醜い化物のように思えたが、そう仕向けてしまったのは私なのでそこには目を瞑りつつ――

 

 「赤子を抱いた少女をどこへ向かわせた」

 

 怯えるテロリストに答えろと恫喝する。

 

 「あいつなら外国人の医師団の居る場所にいったはずだ! たすけてくれよ、俺はあの子供の父親かもしれないんだぞ!」

 

 虫唾が走る。こんな奴があの子の父親だと?

 

 「そうだなお前の処遇は子供に聞いてみるよ」

  

 血まみれで喚く男を放置し、私は急いで幼馴染の元へ駆け出す。

 

 「間に合ってくれ! お前が居ないと私は……」

 

 魔法のように足は軽く、羽が生えたかのように飛べる。

 テロリストのアジトから医師団の場所を全速力で駆けてゆく。

 

 「待って! はやまらないで!」

 

 私の声に彼女は――

 

 一瞬の出来事で私はタダタダ、呆然としていた。

 

 起爆装置を押した彼女は光り輝いて吹き飛んだ。

 急いで彼女の元へゆくが、異様な光景が広がっていた。

 白黒の小さな女の子が泣きながら彼女に縋り付いているのだ。

 

 なぜ起爆したのか、彼女にも分からないようすで、虫の息の彼女は必死に赤ん坊の所在を尋ねてくる。

 

 「私の赤ちゃんはどこ?」

 

 尋ねられた問いで我に返った私は、彼女の手を握りながら―― 

 

 「赤ちゃんは……大丈夫だよ、生きてる」

 

 見渡しても赤子は居なかったが、私はなぜだか、直感でそう答えていた。

 だが彼女はその問いになぜか嬉しそうな顔一つせず。

 産まなければよかったと、振り絞るような声で呟き、それきり喋らなくなる。

 騒ぎを聞きつけ駆けつけた看護婦の人に、彼女は助かるのかと問うが、黙って首を振るだけだった。 

 

 私は親友を救えなかったのだ。その事実が重く圧し掛かる。

 なぜだ?

 自問自答をしても答えなど見つかるはずも無い。

 

 白黒の少女が私に話しかけてくる。

 

 「おかあさん(、、、、、)うごかない」

 

 私は耳を疑った。少女は親友の亡骸を指差し、おかあさんと言ったのだ。

 

 「まさか、お前が……」

 「ねえ、わたしうまれなければよかったの?」

 「そんな事は……」

 

 否定する材料などなかった。目の前でそう言い残し事切れたのだから。

 どうしてそんな事いったのだろう。

 

 「あなたのお母さんはね、嘘をついたから居なくなったの」

 

 私はそう説明するしか思いつかなかった。

 

 「うそ?」

 

 目をぱちくりとし、よくわかっていない、そんな様子の幼子に、私は産まれて来てくれてありがとうと伝える。

 そして彼女(親友)の子供が、生きていてくれた事に感謝し、私は溢れる涙を止められず、白黒の少女を抱きしめて、泣く事しか出来なかった。

  

 慌しく看護婦の女性が声を掛けてくる。

 

 「あなたたちも、ひょっとして人形をもっている?」

 

 人形? と私は聞き返す。

 すると看護婦の女性がいきなり変身し、さきほどまでと違う別人になっていたのだ。

 

 驚くが私も、その事象に心当たりがあった。

 看護婦の女性と話をまとめた結果。

 数日前から人形が、この地域周辺で見つかった様子で、ソレ(人形)に触れた瞬間看護婦の女性は、今のツギハギだらけの女性の姿になってしまったのだと。

 

 「私もその人形に触れてこの姿になった」

 「これわたしのにんぎょう」

 

 合点がいった。白黒の少女も人形に触ったと言っていたのだ。

 人形によって得られた超人的な力を、ひょっとしたら他の仲間達もこの力を手に入れてるかもしれない。

 私は白黒の少女を連れてアジトへと戻ることにしたのだった。 

 

 アジトに戻るとそこは凄惨という状況で、誰も彼もが恐怖に怯えていた。

 

 「みんなどうしたんだ!」

 

 私は光景に驚きつつも、自分と同じように姿の変わった仲間であろう少女に声をかける。

 が、岩のような物を投げつけられる。

 

 「危ないだろ! 何投げてるんだ?」

 「わかんないよ、あの人(、、、)が今から殺し合いをしろって、しないと……」

 

 その少女は足元に転がっているクラスメイトだったモノに目線を移す。

 

 「あいつがそう命令したのか?」 

 

 広間で刃物のような物持った少女が、にこやかにこちらの覗き込んでいる。

 

 「まだ魔法少女がいたんだね! 僕お手製の人形は気に入ってくれたかな? やはり紛争地域は適合者が多くて良いね、試験のやり甲斐がある」

 

 魔法少女と言った、恐らく変身した少女の事を指しているのだろう。

 お手製の人形という事は、あの少女が作った何かしらの装置だろうか?

 そして試験とも、これはこの凄惨な殺し合いをさしているのか?

 

 思いついた疑問を少女に問いただすと、巨大な刃物を持った少女は笑みとともに、自身の目的を饒舌に語り始める。

 

 「魔法の国は人手が足りないんだ、だからスカウトをしに来たんだ。でも今までの試験のような非効率な事はしない。それに君達も可愛い服着れて楽しいでしょ? 僕もこの国の出身だけど、女の子は皆同じような格好で、こんなんじゃ個性が死んじゃうよ!」

 

 言っている事は訳の解らない事ばかりだったが、彼女がこの殺戮の首謀者という事だけは解った。

 

 「魔法少女に適合できなかった奴はどうなったんだ?」

 

 疑問を口にし、問いただすと――

 

 「いらないから殺したよ?」

 

 彼女はまるで当たり前のように殺した(、、、)と言う。

 私は怒りに任せ、見えない刃を投げつけるが。

 

 「危ない子だねー。じゃあこれでガードしよっと」

 

 彼女はまるで盾に使うかのように手近にあった死体を掴み身を守る。

 

 「きさま!」

 「君が悪いんだよ? あーあ可愛かったのに原型なくなっちゃったよ。縫い付けたらまた使えるかな?」

 

 巨大な刃物を持った少女は、まるでおもちゃが壊れた子供のように振舞う。

 

 「でもさあんまり試験官に反抗的な態度はよく無いと思うよー」

 

 ぞくりとした寒気で、背筋が凍る。

 避けなければと、直感的に身体はしゃがみこみ白黒の少女を抱き寄せる。

 次の瞬間。先ほど岩を投げていた少女の首からは夥しい量の鮮血があふれ、ちぎれて転がった首が、こちらへ助けを求めるような、見覚えのある顔に変わる。

 

 「あーよけられちゃった」

 

 怒りや恐怖様々な感情が行き場を無くして自分の中を駆け巡る。

 

 「試験再開しよっか! 大丈夫ちゃんと試験に勝ち残ったらみんな生きて帰れるよ」

 

 笑顔で刃物を携え、そう語る少女はまるで死神のように思えたが。

 

 「そのひとうそついてる」

 

 そんな様子に物怖じせず、白黒の少女が刃物の少女を指差し、そう呟く。

 すると刃物の少女は突然光り始める。

 

 「なんだコレは? 何の魔法を使った?」

 

 首をかしげよくわからないといった白黒の少女。

 

 「まあいい、やっかいな魔法なら発動する前に大元を殺せば済むだけ」

 

 刃物を携え、こちらに向かってくる少女。

 私は白黒の少女を守らなければという一心で殺し合いの場に立つ。

 初めての戦いだったが、必死で魔法を使い、相手の刃物を弾くことで、自分の身と白黒の少女の身を守る事には成功する。

 

 焦りを見せ始めた刃物の少女が突如話しを持ちかけてくる。

 

 「その白黒の魔法少女を渡せば、お前の命だけは助けてやるぞ」

 「そのひとうそつき」 

 

 白黒の少女は一蹴する。もちろん私としても、自分が死んでも白黒の少女(親友の忘れ形見)だけは守りきるつもりだった。

 

 次の瞬間刃物の少女が輝きを増す。

 そして瞬く間に塵へと変貌を遂げる。

 

 「勝ったのか?」

 

 呆然としていると周囲に生き残った少女達が集まってくる。

 

 「たすけてくれてありがとう」

 

 みな思い思いの感謝の言葉を口にする。

 集まった人数は思いのほか少なく。

 100人以上居た私の学友は10人にも満たない数へ減っていた。

 

 私は全ての経緯を残った仲間達に説明した。

 

 「あの子は私達が育てましょう」

 「そうだよ、あの人が命がけで産んだ命なんだから」

 

 名前が無いと不便だと皆が言い始める。

 

 「そうだわ! あなたが名前を付けてあげると良いわ」

 

 仲間の誰かが私を指差し名付け親になれとせがむ。

 

 この子の名前はそうだな。

 

 ウソを見抜き、本当の事を見つけ出す。

 

 「この子の名前は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は母親(親友)のようになれただろうか?

 走馬灯のように、いままでの思いがこみ上げてくる。

 

 「リアリィ……」

 

 自ら死を選んだ幼子。

 

 仲間を助けられず、親友を死なせ、父を殺してしまい、娘のような愛しい者を見殺しにしてしまった。

 

 心が軋む音がする。

 

 コワレテハイケナイ。

 

 せっかくリアリィが助けてくれた命。

 そう反芻するように思えば思うほど、ひび割れた心はコワレテ

 

 

リアリィリアリィリアリィ

 

 こだまする。

 

リアリィを死なせてしまったのはお前のせいだと

 

 心が語りかける。

 

 どうしても。

 

許せない

 

 このままでは壊れた心に殺されてしまう。

 私は殺される前に心を砕いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 リアリィと別行動を取る事になったスノーホワイトは。

 

 ――スノーホワイト無茶ぽん!

 

 ファヴの制止を聞かず、広場に入れる隙間を探し、アジトの中を彷徨う。

 今こうしている間にも刻々と。

 

 イケナイ。

 

 イケナイ。

 

 このままではイケナイ。

 

 【スノーホワイト危ないぽん!】

 

 ファヴは瓦礫が降ってくるのを注意し、スノーホワイトもそのおかげで、大事には至らない。

 

 「ジェーンさん達が閉じ込められているんです。ここで私が――」

 

 言葉を遮るように、瓦礫は無情にもスノーホワイトの行く手を阻む。

 意思を持たず降り注ぐ石の塊には、スノーホワイトの魔法の効力も無く、救出作業は困難を極める。

 

 【ファヴはスノーホワイトに、これ以上危険な目にあってほしくないぽん】

 

 スノーホワイトのおかれている現状を危惧する。

 

 【今回の件、魔法の国はスノーホワイトの口封じに動いてる可能性があるぽん】

 

 上層部が能力を畏れ、掃討作戦にかこつけて、この場で抹殺しにきたのではないかと。

 ファヴの心配にスノーホワイトは。

 

 「ここから、みんなで脱出しましょう。私達(魔法の国)の話はそれからです」

 

 ファヴに落ちてくる瓦礫へ注意を払っていて欲しいと頼みこみ、壁に手を当て黙り込むスノーホワイト。

 

 【どうしたぽん?】

 

 ――タッタ一枚の壁。どうする事もできないと、無心に壁を叩く。

 

 叩くその手から血を滲ませながら。

 

 ――タッタ一つ、タッタ一つでよいのです。この壁を乗り越えられたのならと。

 

 スノーホワイトの心中には無力さばかりが、こみ上げてくる。 

 

 【スノーホワイト!】

 

 ファヴの声に驚き、壁を叩く手を止める。

 心配するファヴに向き合い、瞳を見つめ、スノーホワイトは寂しげに呟く。

 

 「なかなか……届きませんね」

 【あの日(、、、)ファヴに差し伸べてくれたように、スノーホワイトの手は届いてるぽん】

 

 彼女達は今、スノーホワイトの手を握り返せないだけだと。

 

 【諦めないで欲しいぽん】  

 

 ファヴはリアリィの端末から聞き取れる情報を全て話す。

 ファヴがリアリィに脱出を優先するように、促して居る所だと。

 

 しかしその情報とは裏腹に、ジェーンの心の声とリアリィの心の声は――

 

 【ぽん!?】

 

 ファヴが一瞬たじろぐ。端末を投げられたのだと説明するが――

 

 「ジェーンさんとリアリィさんの声がキコエル」

 

 魔法が発動し、もう時間がない。

 揺れる思いに呼応するかのように建物の揺れが酷くなる。

 大きな揺れにより、スノーホワイトが通れるほどの広間への隙間ができた。

 

 【スノーホワイト! 二人ともまだ無事ぽん! 今なら救出に――】

 

 ファヴがそう言いながら隙間に飛び込み、スノーホワイトの方を振り返ると。

 

 【スノーホワイト……泣いてるぽん?】 

 

 スノーホワイトの視線を追いかけると――ジェーンがタッタ一人。

 

 意識を失うように、地べたへと倒れたジェーンを見て、スノーホワイトは急いで駆け寄り、少し緩んだ瓦礫からジェーンを引きずり出す。

 

 「ジェーンさんしっかりしてください」

 【しっかりするぽん! 早く脱出しないと危ないぽん!】

 

 二人の呼びかけにジェーンは目を覚ますが――

 

 「おねえちゃんたち、だあれ?」

 

 酷く幼い口調で、ジェーンは返事をする。

 

 「おねえちゃんどうしてないてるの?」 

 

 スノーホワイトは、ただ幼子(ジェーン)を抱きしめる。

 スノーホワイト達の後を追ってきたメディカが慌てながら駆け寄る。

 足の痛みでぐずるジェーンにメディカが魔法を使う。 

 

 「スノーホワイトさん! 揺れが少し収まりました。今なら脱出できます」 

 

 駆けつてきたメディカと共に、ジェーンに肩を貸しながら、辛くもアジトの外へと脱出する。

 

 アジトの前では、魔法の国の魔法少女達が待機しており、ファヴは警戒する。

 だが、ファヴの予想に反し、魔法少女達はジェーンの身柄を確保した、スノーホワイトを労う言葉をかけていた。

 

 

 ◇

 

 

 数日後。

 S国では宮廷晩餐会が開かれ、パーティー会場の中では白い魔法少女が佇んでいた。

 

 単身で、テロリストを壊滅させた、功労者であるスノーホワイトが魔法の国の代表として呼ばれていたのだ。

 パーティー会場では皆祝賀ムード一辺倒だったのだが、スノーホワイトに、一人憂いを帯びた心が――声が聞こえてくる。

 

 ハードボイルドと共に会った大臣の声だった。

 

 「お嬢さん、随分とご活躍なされたようで」

 

 なれない外国のパーティーは退屈でしょうと、スノーホワイトに微笑みを向けながら声をかける。

 

 「あいつ(ハードボイルド)は……この国の今を見て、どう思うんでしょうかね」

 

 愚痴のように話す言葉には、旧友のおかげで救われた国を憂う気持ちで溢れる。

 

 「スノーホワイトさん。聞いたよ、あいつ自分の娘を救う為にMGSへ向かったんだろ?」

 

 大臣は続ける。

 

 「私は守れなかった、娘も、あいつも、国さえも」

 

 政治家どころか――同じ父親としても私は失格だと。

 大臣は悔やむ心を震わせながらスノーホワイトへ感情を吐露する。

 そんな大臣にスノーホワイトは一言。

 

 「ハードボイルドさんは、あなたに感謝してましたよ」

 

 ファヴを介し、大臣へのハードボイルドの言葉を伝え終わると、大臣は泣いているのか笑っているのか複雑な表情で、スノーホワイトへ――

 

 「ありがとう、お嬢さん」

 

 先ほどまでの曇った心は幾許か晴れた様子で、感謝の言葉を述べていた。 

 

 

 

 わが国を救ってくれてありがとうと、大統領から祝福される。

 報道陣の囲む中、パーティー最大の見せ場でもある祝辞の場にスノーホワイトは立っていた。

 

 「わが国としても此度のテロ組織壊滅は本当に助かったよ」

 

 改めて礼を言うように、大統領はスノーホワイトへ感謝の言葉を告げる。

 取材陣へのパフォーマンスも兼ねた、演劇の一場面かのような振る舞い。

 それに応えるように、スノーホワイトは困った事があればまた助けに来ますと、彼らへ言葉をなげかける。

 会場は沸きあがり、盛り上がるのだが、スノーホワイトは困りごと一つ一つに解決策を提案してしまう。

 それは大統領らが隠している困りごとで、本来なら、人に知れ渡る事自体が大問題。

 ファヴを介して伝えられる言葉に。

 

 「ははは、とてもユニークな少女だ」

 

 ――そんな事が起こった時は是非とも君に助けてもらうよ。

 

 大統領は冗談だという風に一蹴し、問題をかわすのだったが、ハードボイルドと旧知の大臣は憑き物が落ちた様子で、スノーホワイトの横に立ち、大統領に向かい合う。

 

 「大統領。そろそろ幕引きの時間ではないでしょうか」 

 「貴様、何のつもりだ」

 

 困惑する大統領を横目に、報道陣へ今回のMGS事件の発端となった、テロリストによる学校襲撃事件に政府が加担していた事を暴露する。

 

 そして自身はそれを止められなかったという責任から大臣の職を辞すると。

 

 加速する言葉の刃は、S国の腐った患部を抉る様に突き刺さる。

 混乱する会場内からスノーホワイトは、ファヴに誘導されながら脱出し、そのまま帰国の途に着く。

 

 スノーホワイトは日本行きの飛行機の尾翼に乗り込み、離れゆく国を思う。

 僅かに過ごした、この国に春が訪れる事を願いながら――

 

 

◇◇◇

 

 

 中東で起こった一連の出来事。

 

 魔法の国の魔法少女が、S国のテロリストに拉致されていた少女達を巻き込み、引き起こした新たなテロル。

 

 なぜこのような行為に及んだのか、事件の首謀者である魔法少女は、自らが巻き込んだ少女達の一人に殺されてしまい、結局真実が明らかになる事は無かった。

 

 S国自体も大臣の暴露した秘密の暴発により政権は崩壊し、民主化運動が巻き起こる。

 結果として誰一人として事件の真相を知るものは居なくなってしまった。 

 

 その結果を生み出したスノーホワイトは、やはり期待以上のすばらしい人材だと。

 

 占い師のような魔法少女が笑みを浮かべる。

 水晶玉越しに映る、魔法少女の微笑んだ口元は、歪んでいた。




【次回予告】

 スノーホワイトが中東で活躍していた頃、N市へ、あの魔法少女がやって来た!
 ファミリーが白い魔法少女に助けられたと聞き、お礼をしなければと思い立った魔法少女は誰にも止められない!


次章【チェルナー・マウスの大冒険】お楽しみにぽん。


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チェルナーマウスの大冒険『一歩目』

 チェルナーは走る。どこまでも。

 ある日、チェルナーの耳に話が飛び込んできます。 

 N市に住んでいるファミリーの一人が、白い魔法少女に助けられたんだって。

 

 チェルナーはファミリーの(リーダー)であり、子が助けられたと聞いては黙っていられない!

 白い魔法少女の下へ、お礼を言いに旅立ちました。

 だけれど大変! 肝心の白い魔法少女の名前を聞くのを忘れてしまったのです!

 

 それでもチェルナーは持ち前の明るさと元気で、N市にたどり着きました。

 さあ! いよいよ、白い魔法少女探しかと思われたのだけど。

 

 「いい匂いがする! おなかすいたから、ごはんにしよう!」 

 

 あれ、どうしたのチェルナー。白い魔法少女を探すんじゃなかったの?

 風のように走りだし匂いの場所へとやってきたチェルナー。

 そこは公園で、どうやらみんなに無料で、食べ物を配っているみたい!

 

 「たくさんありますからねー並んで待ってくださいね」

 

 テントのような場所で、笑顔で鍋をかき混ぜている、シスターのような魔法少女と、その隣には、黙々と皿に料理を盛り付ける魔法少女がいました。

 ふたりの魔法少女は並んで仲睦まじそうに、炊き出しに来た人々へ食べ物を施しているよ。

 チェルナーは行列を飛び越え、料理のもとへ、ひとっとび!

 

 「おいしそうな料理チェルナーにもちょうだい!」

 

 行列を追い抜いてバタバタと現れた小さな魔法少女に、シスター服の魔法少女はびっくりしてしまいますが、隣の魔法少女はいたって冷静で。

 

 「ちゃんと並ばないとやらないぞ」

 

 凛とした声でチェルナーを咎めます。

 

 「おなかすいてるの! チェルナーにもちょうだい!」

 

 周囲の人もチェルナーのわがままに困った顔をしてしまいます。

 冷静な魔法少女が順を追って説明するのですが、チェルナーにはそんなむずかしい事はわかりません。

 

 「チェルナーにくれないの? おこるよ!」

 

 どんどんほほ膨らまし、今にも怒ってしまいそう。怒ったチェルナーは誰にも止められない!

 このままじゃ大変!

 中々進まない行列を不審に思ったのか、最後尾の方に居た少女が駆け寄ってきます。

 

 「何やってんの?」

 

 砕けた口調の少女は中学生ぐらいでしょうか?

 事情を説明する魔法少女の二人に、中学生ぐらいの少女が名案があると耳打ちします。

 

 「ごにょごにょ」

 

 その光景に当のチェルナーはぽかんと顔を呆けていて。

 相談事が終わったのか冷静な魔法少女は、お皿にすこしだけ盛り付けはじめ――

 

 「おかわりに来るの待ってるから」

 

 ぶっきらぼうにそう告げチェルナーにお皿を手渡します。

 チェルナーは貰った食べ物をすぐさま口に運ぼうとするのですが、中学生ぐらいの少女に最後尾まで連れて行かれてしました。

 

 「ここらで見かけない顔だけど、魔法少女だよな。何しにここ(N市)に来たの?」

 

 チェルナーは先ほど貰った食べ物をもぐもぐと口に含みながら少女の質問に答えます。

 

 「ん、チェルナー魔法少女を探してたんだった!」 

 

 やっと目的を思い出せたねチェルナー。

 

 「ここらへんにいる白い魔法少女をおしえて!」

 「白い魔法少女? たぶんそれだったら今は」

 

 少女は病院への地図をチェルナーに描いてあげます。

 とっても親切な人だね。

 

 「ここにいけばいいんだね! わかった!」 

 

 チェルナーは食べ終わったお皿に小さなひまわりの種を乗せて少女に渡します。

 そして――すたこらさっさと走っていきました。

 

 「これ……ひょっとしてお礼?」

 

 残された少女は困った顔をしてしまいましたが、後ろからやって来た、顔見知りのホームレスと貰ったひまわりの種で、会話に花を咲かせます。

 

 「どうした、ひまわりの種なんて持って? ビールに合うぞ、飲むか?」

 「まだ未成年だぞ」

 「じゃあ、おっちゃんにくれよー」

 「やらない、これは私が貰った物だ」

 

 そういって少女はひまわりの種を口に頬張ります。

 お味の程は?

 

 「なかなかいけるな、行列待ちにちょうど良い」

 

 よかったねチェルナー! ひまわりの種喜ばれたよ!

 

 走って行ったチェルナーは今頃どうしてるのかな? 

 あっ! チェルナーもどうやら病院に着いたみたい!

 あれ? でも白い服をした人が一杯いて、どの人が白い魔法少女か分からなくなっちゃった!

 病院の待合室をちょろちょろと探していると、人にぶつかりそうになっちゃう!

 よそ見しちゃあぶないよ、チェルナー。

 

 「お前ひょっとして魔法少女か?」

 

 チェルナー! 誰かが声をかけてきたよ!

 

 「見かけない顔だなお前?」

 

 声をかけてきた人は、お腹が膨らんでるよ。たべすぎで病院へきたのかな?

 

 「チェルナーは白い魔法少女を探してるんだー」

 「白い魔法少女? たぶんアイツだよな」

 「知ってるのか?」

 「おう! 多分アッチの病棟の……」

 

 一生懸命お姉さんが説明してくれますが、チェルナーには難しかったみたい!

 ちょっと困ってしまった、お姉さんは頭をかきながらも、俺に付いて来いと言わんばかりの笑顔をチェルナーへ向けました。

 

 「せっかく病院へ来たんだし、俺も見舞いがてら行ってみるか」

 

 優しいお姉さんが病室まで案内してくれることになったよ!

 よかったねチェルナー!

 道すがらチェルナーはお姉さんとお話をします。

 

 「お前のおなか大きいな」

 「赤ちゃんが産まれるんだよ、今日もその検査でココに来てたんだ」

 

 お姉さんのおなかは食べ過ぎじゃなくて、赤ちゃんだったみたい!

 

 「子供が生まれるのか! ファミリーは大事だな! おまえもファミリーのリーダーになるのなら頑張れ!」 

 「お、おう。お前の所にもリーダーが居るのか?」

 「チェルナーがファミリーのリーダーだからな!」 

 

 チェルナーは胸を張りながら、誇らしそうに自慢します。そしてこの病院にもファミリーが居ると告げて。

 

 「病院に居るって、そっちへ見舞いに行かなくていいのか?」

 

 心配そうな顔をするお姉さん。

 チェルナーは不安を一蹴するほどの元気な声でお返事をします!

 

 「怪我してたファミリーは、白い魔法少女に助けられたんだ。だからファミリーは大丈夫だ! それにここにいるからな!」

 

 チェルナーは指差しながらネズミのファミリーをお姉さんに見せます。

 

 「ファミリーってネズミかよ!」

 

 お姉さんはチェルナーに紹介されたファミリーに、ちょっとびっくりしてたけど、笑ってくれました!

 仲良く一緒に歩いている内に、ついに目的の病室の前へたどり着きます。

 お姉さんは白い魔法少女なら、ここに居ると思うと言って、立ち去っていきました。

 

 「案内してくれてありがとね!」

 

 お礼ちゃんと言えたね! 偉いよチェルナー!

 元気に病室の中へと、飛び込んでいくチェルナーでしたが。

 

 「ったく、何で私があんた達のゲームに付き合わなけりゃなんないのよ!」

 「ババアの」「リハビリ」

 「うっさいわね! あんた達だって、そんなに歳変わんないでしょ!」 

 「またヒスったな」「更年期かな」

 

 「たま、そこ違う」

 「え? ごめんなさい!」

 「大丈夫。私も前は、わからなかったから」

 

 病室の中に沢山の人がいたので、思わずキョロキョロしてしまいます。

 どうやら部屋では遊んでいる人たちと、勉強してる人たちがいるみたい!

 でも魔法少女は居ないみたいだよ?

 

 「チェルナーおなかすいた! 食べ物ないか?」

 「あんた誰よ?」

 「敵襲か!」「姉ちゃんマジエマージェンシー」

 

 あっ、チェルナーの悪い癖が出ちゃった!

 おなかが、また減っちゃったのかな?

 チェルナーの突然の登場で、遊んでいた大人の女性三人は、びっくりしてしまっているけど、勉強をしていた女の子二人は、そこまで驚いてはいなくて。

 

 「お菓子ならこれ」

 「あ、たまのおやつ……」

 

 一番小さくて落ち着いてる子が、チェルナーにお菓子をくれたよ!

 お菓子もらえてよかったねチェルナー!

 

 「おいしいな! チェルナーにお菓子くれてありがとな」

 「あんた何しにココに来たの?」

 

 お菓子を食べてるチェルナーに、ベッドの上で横になってる、一番偉そうに振舞っている女性が話しかけました。

 

 「そうだった! チェルナーは白い魔法少女を探してるんだー」

 

 チェルナーの発した、白い魔法少女という言葉を聞いた瞬間。部屋に居る5人の様子が変わります。

 

 「あんたスノーホワイトの知り合い?」

 「スノーホワイトっていうのか。チェルナーはスノーホワイトに、お礼を言いに来た!」

 

 そう言ってチェルナーは、病室内をキョロキョロと見渡すけど、どこにも白い魔法少女が見当たりません! 

 どこにいるのだろうと、部屋をぐるりと見渡し、後ろを向いたチェルナーの前に、知らない魔法少女が現れました。

 

 「スノーホワイトはどこだ!」

 「げ、アカネ。あんた病室で安静じゃなかったっけ」

 

 突然現れた魔法少女について、部屋にいるそっくりな二人の女性が、楽しそうに説明を始めます。

 

 「アカネ元気そうになったじゃん」「ていうか前から元気有り余ってたじゃん」

 「確かスノーホワイトのおかげで」「隔離治療から解放治療になったんじゃなかったっけ?」

 「前よりましになったけど」「スノーホワイトに今度は執着し始めたし」

 「「まじクレイジーだよね」」

 

 悪口にも似た説明だったけど、当のアカネには、ひゅーひゅーと何処吹く風。

 

 「そうか」

 「いや、そうかじゃないでしょ! この前も言ったわよね? スノーホワイトは海外に出張中だって」

 「そうか」

 「スノーホワイトいないの?」

 

 アカネと呼ばれた魔法少女は、そうかと言いながら、どこかに通り過ぎて行きます。

 ちょっと怖い人だったね。

 それよりも、チェルナーピンチだよ! 肝心のスノーホワイトが仕事で海外へ行ってて居ないみたい!

 

 「そういえばチェルナーだっけ? あんたスノーホワイトに礼って何かあったわけ?」

 「チェルナーのファミリーが助けられたから礼に来たんだ」

 

 そういいながらチェルナーはごそごそと、ふところから何かをとりだします。

 

 「病室に何連れて来てんのよ!」

 「助けられたチェルナーのファミリーだ」

 

 お姉さんに怒られちゃった。でもチェルナーはそんな事気にしません!

 

 「ハハッ」「お姉ちゃんまずいって!」

 「たま、よそ見しない。勉強」

 「ごめん、ねずみさん可愛いからつい」

 

 みんなチェルナーの一挙手一投足に興味津々だね!

 怒ってたお姉さんは呆れちゃったみたいだけど。

 

 「まったく、相変わらず変なのに好かれるわねアイツ……でも今、スノーホワイトは居ないわよ」

 

 せっかくお礼を言いに来たのにと、チェルナーは少し残念そうにしながら、しょげてしまいます。

 リーダーとして筋を通さなければいけないのに、チェルナーは考えるのが苦手なので、とりあえず大きなひまわりの種を齧ります。

 

 「よう! 変な奴筆頭!」

 

 威勢よく病室へ挨拶がてらの軽口を投げ、ほうきに乗った魔法少女が現れます。

 病室の窓ガラスを叩くので怒り顔の女性が仕方なく窓を開けました。

 開いた窓からそのまま飛び移るように、づかづかと室内へ入っていきます。

 

 「いきなりのご挨拶ね、トップスピード。何の用?」

 「お見舞いに来てやったぜ。っていうか全員人間の姿なんだな、そっちのネズミ連れてる動物の格好したのもルーラの仲間になったのか?」

 

 ほうきを持った魔法少女の言う通り、部屋の中にはチェルナーと、ほうきを持った少女以外は、魔法少女らしき格好の少女はいません。

 

 「誰も来てくれなんて、頼んでないわよ! それにそいつは仲間でも何でもなく、ただの客よ!」

 「客ねぇ。お、ゲームしてんのか? 俺も混ぜろよ!」

 

 突然現れた魔女のような魔法少女トップスピード。

 トップスピードは病室に居る全員に軽い挨拶をした後ゲームに参加します。

 

 「そこのネズミ連れたの! 一緒に遊ぼうぜ!」

 

 チェルナーも呼ばれてるよ!

 ほうきを持ってる魔法少女の一声で、病室内の空気はとても愉快な空気に変わります。

 踊っちゃいそう!

 

 「これどうやるのー?」

 

 初めてする遊びにチェルナーは興味津々!

 勉強中の少女たちも集中できなかったのか、一緒に遊び始めます。

 一番小さな女の子(スイムスイム)もトップスピードと遊ぶのは楽しそう!

 

 「ようスイムスイム! 怒りんぼのおばさんに怒鳴られたらいつでも相談に乗るぞ」

 「大丈夫。それより赤ちゃん元気?」

 「おう! 今日の検診でも、腹の中で大暴れだったからな。我が子ながら末恐ろしいぜ」

 「えっ? あんた子供いたの?」

 「あ、ルーラには言ってなかったっけ」

 

 遊びながらの会話は弾みます。みんな楽しそうだね!

 

 「それにしても、ルーラは何でまだ入院してるんだ?」

 「別に好きで入院してるんじゃないわよ」

 

 怒ってばかりのお姉さんは、入院してるから機嫌が悪いのかな?

 早く元気になれると良いね。

 

 「あれか、サボりか。結構やるじゃん」

 「あんたと一緒にすんな! この病院が魔法の国の関連施設で、それの調査をやってんのよ」

 

 どうやら怒ってるお姉さんは入院しながら、魔法の国の仕事をしているみたい。

 すごい頑張り屋さんなんだね。

 トップスピードは何か感心したような顔をした後すぐさま、いたずらをする子供のような表情になり。

 

 「甘いなルーラ。隙あり!」

 

 意表を突き、ゲーム内でルーラを圧倒します。

 でも横で見ていた一番小さな女の子は、表情変えずにトップスピードに注意してるよ。

 

 「トップスピード卑怯」 

 

 当のトップスピードは、ケロりとした悪びれない笑みで――

 

 「いいんだよ遊びなんだから」

 

 清々しい態度のトップスピードに双子の女性が賛辞を惜しげもなく送ります。

 

 「騙まし討ちとか」「まじクール」

 

 お話をしながらゲームでも大暴れするトップスピード。

 一気に病室内のみんなとも打ち解けていきます。

 一方ルーラと呼ばれる女性は、双子の言葉に怒り出し大変!

 その様子に、おろおろする中学生ぐらいの少女のおやつを、チェルナーはいただいていました。

 

 「このおかし美味しい! もっとちょうだい!」

 「たまのお菓子……」

 「おー、ちび共お菓子が欲しいのか」

 

 トップスピードは突如お菓子を取り出し見せつけます。

 

 「優勝商品だ」

 

 提示された商品に病室内は大盛り上がり。

 チェルナーは慣れないコントローラーを握り、たたかいに挑みます!

 戦いの舞台はレースゲーム。

 

 「あんた達なんて魔法使ったら一発なんだから!」

 

 その言葉に、トップスピードが冷めた表情でルーラへ注意しています。

 

 「魔法使ったら、即失格な」

 

 

 どうやら魔法は使っちゃダメみたい!

 チェルナー我慢できる?

 

 「むむむ、チェルナー曲がれなかった!」

 「そこ飛べば良い」

 「俺がぶっちぎり!」

 「どいつもこいつも私をコケにしやがって!」

 

 皆で仲良くゲーム大会!

 でも結果はトップスピードに敵う者がおらず。優勝商品はお預け、チェルナー残念だったね。

 

 「走りはゲームでも俺が一番だな! 優勝したから商品も俺が好きに使うぜ」

 

 トップスピードが独り占めするのかと、おもわれましたが。

 

 「よし、このお菓子は皆で食べようぜ!」

 「あんた割とまともな事言うのね」

 「たま、泣いてる」

 「ババアのヒスで」「可哀想」

 

 何はともあれお菓子が食べれてよかったね!

 

 ◇

 

 「スノーホワイトはいつ戻ってくるの?」

 

 お菓子を食べながら、チェルナーマウスは再びスノーホワイトの行方を尋ね始めました。

 怒ってばかりのお姉さん(ルーラ)がしぶしぶ説明を始めるのですが、チェルナーマウスには話が難しいのか、ひまわりの種を齧っている始末。

 

 「スノーホワイトは不穏分子の調査で海外に行ってるから、もうしばらくかかるんじゃないかしら」

 「不穏分子? って何だ?」

 

 笑いながら聞いていたトップスピードも少し気になったようで、疑問を投げかけます。

 度重なる質問にルーラは呆れた顔でため息をついた後に、難しい話だと付け加え語る。

 

 「MGS(魔法少女の国)って名乗る、組織の調査って事になってるけど、実際の所は魔法の国の反逆者の後始末って所ね」

 「やけに詳しいなルーラ」

 「私の所属する人事部の方でも話題になって、それにスノーホワイトにまわってくる仕事なんて気になるでしょ」

 

 スノーホワイトの話をしているルーラはどこか優しそうな表情をしていました。

 それにしてもルーラと、トップスピードが話を遮る。

 

 「前に会った時より丸くなったよな。っても体型の話じゃないぜ、なんかこう馬鹿になったっていうか」

 「あんた喧嘩売ってんの?」 

 

 ルーラの表情が一変。眉間に皺を寄せてトップスピードへ不満そうな顔を向けています。ですがルーラに追い討ちをかけるかのように、双子が悪態をこれでもかと飛んできて。

 

 「ババアの皺を増やすぐらい怒らせるなんて、トップスピードも口が悪いんやね」「お姉ちゃんのマウスほどじゃないんやで」

 

 双子は息を吐くように毒づきにショックを受けたのでしょうか、ルーラの表情が曇っていきます。

 

 「チェルナー、あんたってもしかしてチェルナー・マウス?」

 「チェルナーはチェルナーだよ!」

 

 魔法の国では、そう呼ばれてたかもとしれないと付け加えるチェルナー。

 要領を得ない答えでしたが、ルーラには、その答えが頭にこびり付いていた、謎を氷解させうるには十分だった様子。

 

 「ねえ、トップスピード」

 「なんだよ? 改まってこっちみて、表情固いぞ」

 「チェルナーやアカネ、あと私達が魔法の国でなんて呼ばれてるか知ってる?」

 「なんて呼ばれてんだ?」

 「クラムベリーの子供達」

 

 ルーラの発したクラムベリーという名前にチェルナーマウスのひまわり色の脳細胞に衝撃が走り、耳をふさぐように丸くなり怯えている様子。

 元気いっぱいだったチェルナーマウスの表情が曇ったように、病室の雰囲気は変わりはじめ――

 

 「俺は話しでしか聞いてないけどさ、かなり暴れまくってたんだろ? それの子供とか普通に嫌だな」

 「それにはトップスピードと同感だわ」「ノーセンキューだわ」

 「私達と言ったけど、そこにスノーホワイトは入ってないのよね」

 「なんだ、スノーホワイトだけ特別か? ちなみに、なんて呼ばれてんだ?」 

 

 何か二つ名でもあるのかとトップスピードは聞き返すのでしたが、ルーラは口にするのも憚りたいといった表情で、首を横に振るだけ。

 チェルナーは、その話がなぜだか気になる様子。

 ふさいでいた耳をぴょこんとたてて、ルーラの方へ頭を傾けています。

 怯えていた魔法少女が、話を聞きたい素振りを見せたので、ルーラもしぶしぶ語り始める。

 

 スノーホワイトはクラムベリーの所業を明るみした事や、試験での事情聴取の場において、魔法を行使した際の問題で忌み嫌われ、魔法の国でこう呼ばれてると。

 

 ――音楽家の忌み子。

 

 「今はスノーホワイトが悪目立ちしてるから、私達の方には注意がいってないようだけど、魔法の国の上層部から目を付けられるのも時間の問題よ」

 「俺達が、あの試験を突破したからか?」

 「それもあるけれど、ここだけの話、スノーホワイト。あの子は上層部に命を狙われてるのよ」

 

 チェルナーは驚いた様子で、恩人のスノーホワイトの命が狙われているという、恐ろしい話を聞いてしまいヒマワリの種を落としてしまう。

 

 「スノーホワイトはだいじょうぶなのか?」

 

 チェルナーが珍しく難しい会話に参加するので、つられるように、たま達子供組みも心配そうな表情でルーラを見つめています。

 

 「たまたちも危ないの?」

 「そうならないように、何とかしてる所よ」

 「ルーラ頑張って……」

 「たまにも何かできる事があったら言ってね」

 

 小中学生(スイムスイムとたま)に励まされ、頭を抱えるルーラ。

 考え事を始め、黙りこくるルーラの魔法の端末から、静寂を裂く着信音が流れはじめます。

 

 「こんな時にだれ――」

 

 端末に表示された名前を見るや否やルーラは電話をかけてきた相手に怒鳴るように言葉をかけるのでした。

 

 「スノーホワイト! あんた中東に入ったきり連絡無かったじゃない! 今何してるの? 無事なの?」

 

 罵声を浴びせるような勢いで紡がれている言葉でしたが、その言葉の端々には心配する気持ちが隠しきれていないようで――

 

 「あれは、ルーラ喜んでるな」

 「ババア、デレてるな」「そのジャンルはきついわ」

 「うっさいわね! 電話の邪魔するんじゃないわよ!」

 

 取り乱しているルーラを部屋に居る人たちが微笑ましく見守っています。

 

 『ルーラさん、連絡が遅くなってすみません』

 

 ご心配くださりありがとうございますと、スノーホワイトはルーラに感謝を伝えます。

 

 「別に心配で言ったわけじゃない! 大概にしろ! それよりいつ戻ってくるの?」

 

 通話越しなので、スノーホワイトは心を聴いているわけでも無いのに、ぶっきらぼうなルーラの問いに返す言葉はとても穏やかで。

 仕事に一段落がついたのだけど、これから祝賀会に参加するのでまだかかりそうだと。

 ルーラとスノーホワイトの通話は、疎遠になっていた母子が無事を確かめ合い安堵する一幕のよう。

 不思議な関係のルーラとスノーホワイトを垣間見て、チェルナーマウスも全国に居るファミリーの事をぼんやりと思い浮かべて居ました。

 

 『――ところでルーラさんは』

 

 人事部に在籍していますよねと、先ほどまでとは違いスノーホワイトの話の雰囲気が変わる。

 

 「ええ、そうだけど。急にどうしたの?」

 

 疑問に思いながらもルーラは肯定し、なぜそんな事を尋ねたのかと理由を問い返す。

 スノーホワイトの返事はいたって簡潔でありながら、心のこもった言葉――

 

 『助けたい人が居ます』

 

 しかしその人は自身の手の届かない所に、連れて行かれてしまうだろうという事態で、ルーラの助けが欲しいと。

 電話越しで表情は分からない。けれどもルーラにとっては懐かしい言葉。

 スノーホワイトと敵対していた時に、構わず救いの手を差し伸べてきたあの日のように。

 誰にでも手を差し伸べる、分別の付かない子供のようなスノーホワイトが、自分を頼ってきてくれた事にルーラは嬉しさがこみ上げる。

 

 「あんたは厄介事ばかり持ってくるわね。ファヴにかわってくれる?」

 

 ルーラがファヴと話がしたいと言うと、すぐさま愛想の塊のような声が端末から響いてきます。

 

 【呼んだかぽん? ルーラ久しぶりぽん】

 「挨拶はいいから、そっちで起きた事を順序良く説明してくれないかしら?」

 

 ファヴから語られる異国の情報は、規制のかかったモノではなく、ありのままのカタチで伝えられる。

 和平会談を狙ってS国の軍が動いた事、S国の軍用ヘリに魔法の国製の結界が搭載されていた事、交渉に来ていた魔法の国の者達が到着するや否やヘリが立ち去った事。

 ファヴは憶測だけど、と付け加えながらも。

 魔法の国内部でS国の情報を共有していなかった(部門同士の対立の)可能性があると指摘する。

 

 ファヴから提供される様々な情報という名のピースを、ルーラは人事部で入手していたモノとをつなぎ合わせてゆく。

 ルーラの脳裏には一番考えたくなかった最悪の展開がよぎる。

 

 ――既に魔法の国はスノーホワイトを消す為に動き出していたのだと。

 

 結界まで持ち出しているとなれば、逃げ道を封じられる恐れもあり、遠い海外に居るスノーホワイトを、このままでは救う手が無いと考え、ルーラはファヴに至急帰国するように伝える。

 

 「スノーホワイトを連れて、さっさと帰ってきなさい」

 【それは無理そうぽん】

 「あんただって、その国に長居するのが危険ってわかってるでしょ?」 

 【これからスノーホワイトは宮中晩餐会ぽん】

 「そんなもの断ってきなさいよ!」

 【心配はわかるぽん、もう手は打ってあるから安心するぽん】

 

 ルーラの心配を他所に、ファヴは晩餐会に出席する魔法少女は、スノーホワイトだけだと淡々とした口調で説明する。

 

 【どういうこと? とか言いそうだから先に説明してあげると、今回のテロリスト壊滅の功労者であるスノーホワイトは今やS国では英雄扱いぽん。少しぐらいわがまま言っても許されるぽん】

 

 魔法の国代表としてタッタ一人(、、、、、)出席すると。

 

 【ルーラには帰国までに、魔法の国の内側を調べて欲しいぽん】

 

 ファヴは続ける。こちら(S国)で知り合った魔法少女をその病院へ推薦したい、患者と看護師の二人。

 

 【もちろん一筋縄じゃいかないのはわかってるぽん。けれどもルーラの魔法なら可能ぽん】

 

 今やルーラは、同期一番の出世頭だとファヴは太鼓判を押す。

 気味の悪い世辞は要らないと、ルーラは辟易しながら話題を変えてゆく。

 

 「今クラムベリーの子供の一人がこっち(病院)に来てるのよ」

 

 ――チェルナー・マウス。

 そう名乗った少女がスノーホワイトにお礼を言いに病室へ来ていると告げる。

 電話の向こうでスノーホワイトとファヴが、何やら会話を始め、ファヴにかわって再びスノーホワイトが電話に出る。

 帰国次第チェルナーに会いに行くので、待っていてもらえるように頼んでおいて欲しいと。

 

 「チェルナー、あんた時間はあるのかしら?」

 「チェルナーは食べ物を探して忙しいんだー!」

  

 チェルナーの顔を見て話していたルーラは、病室に居るトップスピードの方へ急に顔を向け、お菓子を沢山買って来て欲しいと頼み込み頭を下げる。

 いつもの命令口調ではなく、普通に頼みごとをしてきたルーラに少々面食らってしまいますが、すぐさまケタケタと少し下品な笑い方をしながら。

 

 「はいはい、女王様は子守りで大変だな」

 

 晩御飯の材料のついでで良いならと言い放ち、箒に跨って颯爽と病室の窓から飛び去っていきました。

 

 

 なんだか難しい話だったけど、チェルナーわかったかな?

 

 「たま、ひまわりの種の乗ったお菓子おいしいなー!」

 

 嬉しそうに頷くたま、皆で食べるお菓子が美味しいのはわかったみたいだね!

 



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