鉤爪と8秒 (Rei.O)
しおりを挟む

鉤爪と8秒

転がっていた戦闘描写訓練のブツが目に留まったので投げておく。


その時だ。

地下道が爆発。いや、爆発と紛うばかりの叫び声。

穴を塞いでいた鉄板がはじけ飛び、轟音とともにコンクリートが飛び散る。中から――怪物。

ワニとゴリラをかけあわせ、2で割るどころか巨大化させたような、怪物。

 

怪物が吼える。威嚇、いや狩猟の姿勢。

レーザー測距儀は距離約40ヤードを示す。反射的に大きさを計算。怪物の身長は10フィートほどあることになる。

ガービーの声――「逃げろ! デスクローだ!!」

経験が叫んだ。間に合わない。あの怪物は見るからに健脚そうな二足歩行。太い足回りはいかにも瞬発力がありそうで、しかも推定10フィートの巨躯だ。それに比べてパワー・アーマーの脚部サーボときたら、頑強で高トルクなのは認めるが、何をおいても速度が出ない。

 

選択肢はない。

VATS作動。システムが意識に干渉する。アンカレッジで己を助けてくれた、世界が減速する感覚。

最終防護射撃(FPF)を宣言。弾薬効率制御は自動カットオフ。バースト射撃モードが解除され、フルオート射撃が自動選択。

スピンアップ。照準は真ん中、腹部狙い。推定命中率62%。VATSはこの距離にあの目標サイズでも弾丸の6割しか命中しないと言ってきた。VATSが言うならそうなのだろう。優秀なシステムだ。

だが頭部よりはいい。当てづらいし、人間相手でさえ、頭蓋骨でそれて有効打にならないこともある。腹に6割なら、殺せるはずだ。

怪物、デスクローはまっすぐに突進。スピンアップの0.4秒で一気に数ヤードを詰める。ミニガン、定格544rpmに到達。射撃開始。

 

30ヤード。跳ねるように詰めてくる。速い。トリガーを引き足し、全力射撃を要求。ミニガンの間欠射撃制御が外れる。連射は毎秒54発へ。

20ヤード。過負荷を検知したパワー・アーマーが緊急アシストを作動。冷却系をバイパス、限界出力が自動発動。危険温度まで12秒。

12ヤード。怪物はそのままの勢いでダッキング、もがくように火線を抜ける。

6ヤード。力任せに追随する。フュージョン・コア過熱警告。

3ヤード。怪物が踏み込む。叫ぶ。

2ヤード。振りかぶる。

 

怪物の腕は空を切った。巨大な爪は胸部装甲をかすめて流れ、ボロボロの舗装を粉砕しながら轟音を立てる。

直後、ミニガンが自動停止。VATS、オフライン。装弾数500のドラムマガジンが空になっている。

戦闘終了。残弾ゼロ、胸部装甲中破、フュージョン・コア残量8%。

警告音が響く。非常冷却開始、復帰まで一分。パワーアシストが切れ、ミニガンを思わず取り落とす。

 

そして、今更になって恐怖がこみ上げてくる。

ミニガンの発射レートは通常射撃、つまり二分の一間欠射撃で毎分1600少々。秒間およそ27発、全力射撃なら当然その倍。撃つのは低反動な5mm弾だが数が数だし、貫通特性は意外に悪くないと聞いている。

レイダーを蹴散らすのに必要とした射撃時間は、通常射撃の7秒に届くまい。装弾数500に対し300強の残弾がその証拠だ。相手が暴徒以下とはいえ、たったこれだけで8人が血袋になっている。

パワー・アーマーは50口径にも優に耐える。簡易ながらNBC防護がなされ、直撃でないなら核爆発にも耐えうる。

レイダーが発射した弾のうち、命中弾は数十。弾丸で装甲が受けた被害はせいぜい塗料が剥がれたぐらいで、むしろ見た目は幾分か男前になったとさえ言えるだろう。

装甲されている上小さいため榴弾は効きづらい。攻撃ヘリとミニガンで撃ち合い、戦車が来たならミサイルを撃ち込み、ハッチをねじ切ってグレネードを投げ込む。歩兵相手など、下手をすればただの体当たりで死にかねない。パワー・アーマーとは、そういうものだ。

それが相打ち寸前で、やっと?

 

「無事か!?」

「うわっ、熱っ……オーバーヒートしてるじゃないか!」

アーマーが開く。引きずり出される。見上げた空に黒い顔が覆いかぶさる――ガービーだ。スタージェスも。

「しっかりしろ! 今スティムを……」

「大丈夫だ……奴は。怪物は、死んだか」

「怪物……デスクローか? ああ、死んでいる。あんたのおかげだ。まさかデスクローが現れるとは思ってもみなかった」

まるでアンカレッジだ。そう思って、気づく。

 

あのときは、殺せなくて戦友が死んだ。たった一両の改造重機(キメラタンク)に吹き飛ばされて、戦友が死んだ。

――今度は、殺せた。

力が戻る。無理をするな、少し休めというガービーに甘えて、座り込んだ。

そして思い出す。軍で学んだ唯一のこと。退役軍人会館で言おうとしていた、たったひとつの不変の真理。

「……戦争は決して変わらない(WAR NEVER CHANGES)

そうだ。戦争は変わらない。たとえ世界が変わっても。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。