げんだいフレンズ (井戸ノイア)
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1話

 けものフレンズ

 神秘の物質「サンドスター」の力によって動物たちがヒトの姿をした「アニマルガール」へ変身! そんな唄い文句と共に始まったアニメは、誰も予想していなかったほどに大ヒットを博した。

 一種の社会現象にまでなった「けものフレンズ」は様々な人に影響を及ぼした。

 

 そんな影響を及ぼされた科学者が一人。

 彼は、人が動物の超パワーを活用出来るようにすることを研究していた。本来ならば歴史の波に埋もれてしまうような名も無き科学者だ。

 しかし、彼は研究が進まないことへの疲れからたまたま深夜にテレビを付けた。

 そして、たまたま「けものフレンズ」が放送されていた。

 

 そうして、運命は変わり始めた。

 

 彼は「けものフレンズ」を一目見た時は「なんだこの幼稚なアニメは」と感じた。だが、不思議と目が離せない。気がつけばアニメの終わりまで見ていて、ちょっとした休憩のつもりが30分も無駄に過ごしてしまったと思った。

 研究に戻ってからも「けものフレンズ」が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 何故、これほどまでに気になるのか。研究にもなかなか手がつかなくなった彼は、それを確かめるべく公開されていた一話を視聴した。

 見終わった瞬間、次週のアニメの予約をした。どうしてかは分からなかった。だが、そうしなければと思った。

 研究を進めることもなくなり、狂ったように「けものフレンズ」を見返して、一週間が過ぎると最新話をループに加える。

 そんな行動が続き、いつの間にか最終話を迎えた。

 見終えた。

 彼の脳裏には天啓が舞い降りていた。

 

 

 ヒトが動物の力を活用するのではない。

 我々が動物になるべきなのだ、と。

 

 

 その瞬間から、彼の頭は天性の閃きを発揮し始めた。

 研究の参考資料は全12話の「けものフレンズ」

 これまでの常識など無かったかのように、彼はいくつもの壁を超え、突き破り、そこに至った。

 彼は研究成果を持って、小さな研究室を出る。

 やって来たのは、東京駅。

 小汚い格好の彼を訝しむような視線を受けながら彼はそれを地面に置いた。

 

「我々は今、ヒトを超越するのだ!!」

 

 彼は叫ぶと同時に、それの蓋を開け放った。

 中から現れたのは虹色に輝く、光の粒。

 それが周囲の人間の頭上を飛び交う。

 

 ある人は綺麗だと、足を止めた。

 小汚い男の行動を見ていた人は何かやばいものかと逃げようとした。

 ある人は何かのイベントかと、光の粒に向かっていく。

 

 そして、光の粒がヒトに触れた瞬間、それは形を大きく変化させた。

 見ていた人、逃げようとした人、近づいた人、全てのヒトが光の粒に触れ、身体が虹色に変化する。

 その中心で科学者は叫ぶ。「成功だ!」と。

 

 

 

 やがて、虹色の光へと姿を変えた人は本来の形を大きく変え、再びヒトのような姿へと戻っていく。

 しかし、それはもう人間では無い。

 ある虹色に包まれたシルエットには頭の天辺の大きな耳があった。大きな尻尾があった。翼のようなものが付いていた。

 凡そヒトのようなシルエットに人には無い特徴を得た者達。

 光が収まる。

 

 そこに居たのは無数の「フレンズ」

 まさしく、人外の力を得た「ヒト」の姿であった。



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2話

 それは突然の出来毎だった。

 駅を歩いていると、空から虹色に輝く光の粒が落ちてきたのだ。

 なんとなく、綺麗だなと思って足を止めて見ていた。

 ゆっくり落ちてくるそれを、受け止めようと手を差し出した。

 触れた瞬間、眼前が虹色に染まり、意識が朦朧とする。立っていられなくなり、片ひざを付いてしまう。

 虹色なんて明らかにやばい色に焦りが募るが、身体は動かない。

 まるで、身体を作り替えられているかのように全身が熱く、それなのに感覚が鈍くなっていく。

 やがて、熱の奔流が止まる。目を開けるともう視界は虹色では無かった。

 そこは慣れ親しんだ駅の中。しかし、その光景は非日常そのものであった。

 

 ヒトらしき者が大量に倒れている。

 それらは全て女性のような姿をしていて、それでいてヒトでは有り得ないような耳や尻尾を持っていた。

 

「なんだ、これ……」

 

 漏れ出た声に違和を感じた。まるで、女性のような落ち着いた声。

 直ぐ様目に入った腕には、着た覚えの全く無い白く長い手袋のようなものをしている。ペタリと座り込んでいる足にも同じ色の靴下のようなものが。その先には厚手のブーツ、目線を上に上げていけば、着た覚えどころか、これまでの人生で着たことも無い茶と白のチェック柄のスカート。そして、この冬の時期に寒さなど関係無いと言わんばかりのヘソ出しスタイルのシャツと、やっぱり寒いと言わんばかりにスカートと同じ柄の入ったコート。

 

 まるで理解が出来ない。

 現状から目を背け、辺りを見回してみれば皆が皆同じような反応をしていた。

 やがて、そんな皆の反応に遅れて反応したかのようにサイレンが鳴り響き、重装備をした警察が駆けてくるのが見えた。そして、理解が及ばず固まっている人たちを次々と回収していく。

 

「君、大丈夫か?」

「あ、はい」

「すまないが、今は緊急事態でね。応答が出来るなら、我々の後ろで避難することも出来るだろう」

 

 そう言って、盾持ちの人は歩を進めていく。

 何かを包囲しているようで、徐々に範囲を狭めながらあまりのことに固まってしまっている人を次々と後方へ渡していく。

 もう何がなんだか分からなくてジッと見ていたら、誰かを捕まえたようだ。

 どこかに「犯人を確保しました」と連絡したのが聞こえた。

 

 それからたくさんの人が来て、順に耳や尻尾のある人に話しかけていた。

 俺のところにも当然来た。

 

「あの、何が起こったの?」

「それがね、私たちも全く把握出来ていないのよ。一般人からいくつも大量の人が倒れているという通報があって、いつかのテロ事件の再発かと駆けつけてね。私も医者として出来ることがあるかもしれないと思って来たのだけれど、ここにいるのは皆、動物みたいな格好をした女の子ばかり。悪いところがあるわけでもなく、全ての人が自分はこんな姿じゃないって錯乱しているみたいで。何やらこの後、原因が判明次第説明をするために動物の姿をした女の子を一箇所に集めている最中みたい。というわけで、私も詳しいことは分からないから、あっちの護送車に素直に乗って貰えると助かるわ」

 

 その女性が指さした方向には確かに、動物の姿をした女の子が乗り込んでいるバスのような車があった。

 

「ありがとうございます。一先ず、向こうに行ってみます」

 

 お礼を言うと、女性はお大事にと返して他の人のところへ向かった。

 さて、事態が全くのみ込めていないが、それはどこも同じらしい。ならば、大した用事も無かったのだから、説明を聞きたい。

 俺は立ち上がって、護送車へと向かった。

 




ホッキョクオオカミ


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3話

 しばらくして車がいっぱいになると扉が閉まり、動き出す。

 周囲の人たちの反応は大きく分けて二つに分かれていた。

 一つは未だに呆然としている人たち。もう一つはまるで楽しいことであるかのように、近くの人と笑いながら話す人たち。

 こんな事態になってしまって何が楽しいのだろうか。それとも何か知っているのだろうか。

 俺はたまたま隣に座っていた、楽しそうな雰囲気を醸し出している人に話かけてみた。

 

「な、なぁ。なんだか楽しそうだけど何か知ってるのか?」

「おや、あなたはこの姿のことを知らないフレンズなのですか」

 

 そう言ってこちらに顔を向けたのは灰色の羽のようなものを持つ人だった。

 

「フレンズ……?」

「そうなのです。私はアフリカオオコノハズクのフレンズです。ハカセと呼んで欲しいのです」

「……ハカセ?」

「ハカセです。我々はかしこいので!」

 

 そう言ったハカセの顔は非常に満足げであった。その言葉を聞いた近くの楽しそうな人たちもおお、と感嘆の声を上げ、小さな拍手が起きる。

 

「あなたはきっとけものフレンズという作品を知らないのです。端的に言えば我々は皆その作品のキャラクターと同じ容姿になっているのです。我々はヒトの特徴を得た獣、フレンズになっているのです!」

 

 そうしてけものフレンズとやらの良さを語り始めたハカセ。語尾の『です。』が外れているところ、先ほどの話し方はキャラ作りということだろうか。

 しかし、フレンズか……。もしかして俺も何かの動物がモデルになった存在になっているのだろうか。

 

「ハカセ、俺がその、けものフレンズ? の何のキャラか教えてくれないか」

「……いいですよ。あなたは……ホッキョクオオカミのフレンズです!」

 

 ……言われてもピンと来なかった。

 

「アニメ未登場のキャラまで私は全キャラ網羅しているから答えられるのです。賢いので!」

 

 まあ、これ以上聞いても仕方ないだろう。思い入れのあるキャラになって今は熱冷めやらぬという状態だ。俺のような作品を全く知らない人間からすれば、ただただ不安なだけであるし、容姿が全く別になってしまうというのは自分という個性の喪失に等しい。

 説明が成されるにせよ何にせよ、早く元の姿に戻りたいものだ。

 

 ……戻れるよな?

 今更ながらに不安が募ってくる。大丈夫なはずだ。常識的に考えればあんな光の粒に触れた程度で姿が変わるなど有り得ないだろう。

 

 そうして、現状に現実味が帯びてきたところで車が停止する。

 降りるとそこはどこかの体育館のようだった。

 冬ということもあり、床はとても冷たい。なのに、その冷たさが心地よく感じる。ヘソ出しという服装なのに何故か冷気が気持いい。

 一方で大きな耳をしたフレンズ? などは寒そうに腕をこすり合わせている。

 ひんやりとした体育館に、非常に寒がるフレンズもいれば、むしろ暑いと言わんばかりに服をパタパタとしているフレンズもいて、反応は多種多様だ。

 

 次々と様々な姿かたちをしたフレンズが運ばれてくる。

 そうして手持ち無沙汰に待つこと小一時間。

 壇上に一人の男が現れた。

 

「えー、皆様非常に混乱されているかと思いますが、まずはご清聴ください。」



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4話

 それから話された内容は最初のほうはハカセの言っていたものと同じだった。

 また、この事態を引き起こしたのはたった一人の科学者であったらしい。現在は科学者の研究資料を解読している最中であるが、この姿から元に戻すことは直ぐには難しいかもしれないと言われた。

 なんでも、名だたる教授達が資料を読んでも一割も理解が出来ないらしい。

 

「ハッキリ言えば、君たちの身体はオーバーテクノロジーの産物そのものだ。安全のために、しばらくは家に戻れないということも覚悟しておいて欲しい。それと、君たちは元となった動物の特性を引き継いでいるため、その身体に合う環境というものがある。この後、環境毎の温度や湿気を設定した部屋に分かれて待機してもらう」

 

 そういえば、確かにこの体育館も密度が高まったためか、暖房が効いてきたのか、少し暑くなってきたように感じる。オオカミ、犬は汗が出ないんだったか。人と同じ感覚でいると危ないかもしれないな。

 その後、何人もの人がタブレット片手に誰がどんな動物なのかを告げながら部屋分けをしていった。俺は極寒のグループ、案内された部屋は冷凍室だった。様々な食品が保存されていて、明らかにこういった人を集める目的の部屋では無いことが分かる。壁にある温度計を見ると-20度と表示されていた。

 普通の人ならばこんな薄手の服装では非常に寒いはずだが、全く寒さを感じない。むしろ先ほどよりも心地よかった。

 そんな極寒の地に住まうフレンズは俺の他に三人いた。

 

「とりあえず、自己紹介しよう。俺はホッキョクオオカミのフレンズだ。元男で大学生」

「私はホッキョクウサギのフレンズだそうですー。元々女で歳はそのぉ……」

「次は私ですね。ホッキョクキツネです。私も女で大学生でした」

「最後は俺だな。ホッキョクグマで、元男のしがないサラリーマンだ。今更ながら元の性別や歳はいらなかったかもしれんな」

 

 全員がホッキョクシリーズだった。

 その後はけものフレンズを知っているかや(ホッキョクグマだけが知っていた)、俺の他は割ともこもこした服装だったためか寒くないか聞かれたり、(むしろホッキョクウサギのほうが寒がりであった)ホッキョクグマからけものフレンズのアニメについて聞いたり(結局よく分からなかった)して過ごした。

 

 親交が深まったあたりで、様々なことがあったからか疲労と眠気に襲われて、全員眠ることになった。寝るなら、どこか狭くて暗い場所がいいなと、探している途中で思考がオオカミっぽくなっているのかと思ったり。

 しかし、眠気には勝てず、食品の置かれている棚の端で丸くくるまって寝るのであった。




感想、評価ありがとうございます。
返信は苦手なのでしませんが、非常に励みになります。


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5話

 あの事件からひと月ほどが経った。

 未だに元の姿に戻る当ては無いようだが、ほとんどのフレンズ化した人々は元の生活へと戻ることが出来ていた。研究資料を世界中に公開し、現在は各国が解決にあたっているらしい。

 ほとんどの、と言うように一部のフレンズは元の生活に戻れないでいる。

 理由は様々だが、一番の原因は環境。

 その際たるものが俺たち、ホッキョク組だ。

 

「あー、ずっと部屋にいるだなんてなんだかニートになった気分だな」

 

 クマが愚痴を言う。致命的なことに、フレンズ化するとそれまでの常識はあっても、思考は動物寄りになるのか、名前という個の概念を覚えられなかった。故に、クマさん、ウサギさん、キツネなどと種の概念で相手を捉えている。

 

「でも、今の感覚だとこれが普通に思えてしまうので、怖いですよねぇ」

 

 ウサギさんはカタカタとパソコンを打っていた手を止めて言った。会社員だったウサギさんと、クマさんはここでも可能な限りは仕事をしていたいらしい。

 大学生組の俺とキツネはというと、暇を持て余していた。勉強もしたくないし、かといってこの冷凍室から出ても暑さですぐに参ってしまう。まだ、外気温は大丈夫だが、ほぼ全ての建物が足を踏み入れた瞬間アウトだ。

 

「あのう、もう少し温度下げても良いですか? もっと涼しいほうが好きなんですよ」

「キツネは何かと温度を下げようとするの止めよう」

 

 こんな感じで暇過ぎて室温をどんどん下げる毎日だ。今は-30度まで来ている。当然、食材の保存に向くような温度は通り過ぎているので、中身は撤廃され、俺たち四人用の部屋となっている。置いてあるソファーや絨毯は気温のせいでカッチコチ。全く柔らかくない。

 テレビとパソコンは隣の部屋に置いてあり、壁に開けられた穴から手だけを出して操作する形だ。極寒の地では電子機器もまともに動かせないらしい。

 当然食べられるものも制限されるのかと思えばそこは違った。例の科学者は俺たちに関することだけは積極的に協力をするようで、監視の元ジャパリまんなる、万能食を作り出したらしい。今は一日の終わりに意見を提出することで、好きな味のジャパリまんを出して貰える。これがまた美味しくて、毎日同じ味を食べたとしても飽きがトンと来ない。

 いちおう頼めば料理も出してくれるのだが、極寒のこの場所では熱いものなど一瞬で冷めてしまうし、元となった動物ごとに食べられないものなどもあってややこしい。故にジャパリまんには感謝している。

 

「けど、いい加減だらだらしてるだけじゃ駄目だ。何かしないと」

「勉強したくないです。働きたくないです。何もしたくないです」

 

 キツネはここに来て、サボり癖が爆発していた。一日のほとんどを寝たり、ゴロゴロして過ごしている。まぁ、俺も似たようなものだから、人のことは言えないのだが。

 

「だいたい、どこの建物にも入れないのにやれることも無いじゃないですか。もう少し暖かくなってくると、外に出ることも困難になりますよ」

「そうなんだけど。……よし、出られるうちに外に遊びに行こう」

 

 唐突の閃きから俺はキツネを引きずって外へ出かけることにした。部屋の出入りに関しては特に制限も無い。

 

「それじゃぁ、行ってくる」

「くれぐれも建物にだけは入らないようにしろよ。人の時の癖で入っちまうかもしれないからな」

「そうですよー、気をつけてくださいね。私たちはもう少し仕事があるので、楽しんで行ってらっしゃいですぅ」

「あー、クマもウサギも助けてくださいーーーー」

 

 ずるずる、嫌がるキツネを引きずった。




口調での書き分け難しい


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6話

ホッキョククマ(カチ、カチ……温情で仕事は貰っているが、とてもじゃないが、仕事しているなんて言えないタイピング速度だ……)

ホッキョクウサギ(カタカタカタ、なにかこうなる前よりも調子が良いんですよねぇ~)


 冷凍室を出るとやはりというか、外のほうが暖かい。

 まだ冬だから熱が篭るというほどではないが、夏は本当に一歩も出られなくなるだろう。

 

「ねぇ、やっぱり外は暑いですよ。戻りましょうよ」

「止めろよ、変な目で見られる」

 

 冬に外が暑いなどただの変人だ。

 と言っても発言よりも物珍しさで見られるような気もするが。大勢の人がフレンズになったとはいえ、せいぜい100人程度。その全員が東京に固まっているわけでもないため、好奇の目線に晒されることはあるかもしれない。

 しばらく歩くことでフレンズ用の施設の出口が見える。冷凍室を始めとして、熱帯の環境や、砂漠の環境などを再現している施設で、現在は20人程のフレンズが暮らしているらしい。生活するために必要なものや、お小遣いという形で自由に出来るお金を貰える変わりに、定期的に血液採取や運動能力テストなどを行っている。

 出入り口に立っている看守さんに散歩に行く旨を伝えて外に出る。攫われる危険なども多少はあるため、目的を伝えることは必須だ。

 

「ところで。キツネはそろそろ自分の足で歩け」

「えぇ、めんどくさいです。外に連れ出したのはオオカミなんですから、最後まで引きずってってください」

「キツネはそれでいいのか……」

 

 もはや引きずられることに抵抗もせずにずるずると地面を擦るキツネ。パソコンで自分たちの元となったキャラは調べたが、こんなに物ぐさな性格ではなかったはずなのだが。動物の習性を無意識にしていたり、キャラクターの口調に気づけば段々近づいていっているとはいえ、元の性格の影響は受けるということなのか。

 そういえば、自身の容姿という個性が変化してしまってもそんなに気にならないのは既に動物的思考に寄っているからかもしれない。どこまでフレンズの影響を受けるのかは全くもって謎である。

 

「それで、無理やり外に連れ出しておいてどこに行くつもりですか」

 

 引きずるのを止めて手を離したら地面にぐでんと伸びていたキツネはようやく立ち上がった。どうやら、諦めて付き合う気になったらしい。

 

「まだ、あまり決めてないな。だが、目的が一つある。せっかくだからけものフレンズのDVDを借りて皆で見よう」

「それって、店に入る必要がある気がするのですが」

「覚悟を決めて少しくらいなら大丈夫なはず……」

 

 俺たちはまだアニメ「けものフレンズ」を見ていない。誰もアニメに登場していないことは知っているのだが、何だかんだ見る機会が無くここまで来てしまった。例え登場はしなくても、単純に元となったアニメを知りたいという気持ちが強い。

 

「というわけでビデオショップに行こう」

 

 近場は、と持ってきた自分の携帯で調べようとする。電源ボタンを押して起動させるとパスワードが要求される。ここからが勝負だ。オオカミになったせいか文明の利器を扱おうとすると非常に集中しなければならない。簡潔に言えば不器用。

 テレビのリモコンを操作すれば何故か全く関係無いボタンを押してしまい、パソコンを触ればキーボードは全く打てない。携帯で数字を打つのにも一苦労だ。これでも最初よりはだいぶ早くなった。

 

「ふぅ……」

「何やってるのですか。ちょっと貸してください」

「あっ」

 

 と、横からキツネに携帯を取られた。そしてキツネは片手でポンポン画面を操作して、すぐにビデオショップの場所を調べ上げてしまった。

 

「本当にオオカミは不器用ですね」

「仕方ないだろ! 指が勝手に動くんだ!」

「吼えないでください。うるさいです」

 

 最近はこれでも少しは操作出来るようになってきたんだ。なお、字に関しては書くことを諦めた。ひらがなを書いたはずがピカソになっているのはどうしようもない。

 

「そんなに落ち込まないでください。ほら、行きますよ」

「くぅ~ん」

 

 

 

 

 そして歩くこと十数分。変な時間に出てきたからか、全く人に会うことなくビデオショップに到着した。

 自動ドアの横に立ってキツネと相談する。

 

「さて、来たわけだ。きっと店内は暖房がかかっている」

「うん。だからがんばってください」

「まぁ、誘ったのは俺だから頑張る。大丈夫そうだったら帰りにアイスも買って帰ろう」

 

 キツネは入口が見える位置で待っていてくれる。後は俺が覚悟を決めるだけだ。

 自動ドアの前に立つ。ドアが開いていくのがやけにゆっくりに感じる。次の瞬間、感じたのはとてつもない熱気。まるで突然熱湯に叩き落とされたかのような熱さが襲ってくる。

 まだ入ってもいないのに、息が苦しくなってくる。俺はたまらずドアの前から退避した。

 

「何してるんですか」

「いや、あれは無理だ。キツネも立ってみれば分かる」

「そんな大げさな……」

 

 そのすぐあと、キツネも撃沈されて戻ってきた。

 

 

 

「どうする」

「諦めるしかないんじゃないですか」

「クッ、ここまで来たのにあと少しが遠い……」

 

 ヒソヒソと店の前で相談をする。すると、俺たちの行動を訝しんだのか中から店員が外にやって来た。

 

「あの、どうなさいましたか?」

 

 キツネは扉に背を向けていたからか、気付かなかったようで耳をビクンと伸ばして驚いていた。ちょっと面白い。

 

「ああいや、DVDを借りようと思ったのだけれど熱くて店に入れなくて」

「ああ、もしかしてフレンズの方ですか? 初めて見ました。暑くて入れないというのはそれが理由でしょうか」

「元々北極に棲むような動物が元になっているから暑さには弱い」

 

 そう説明すると店員は少し考えてから、良ければ借りて来ましょうか? と返してきた。

 

「いいのか?」

「はい、そういう理由でしたら仕方ないですし、カードと借りたいDVDの題名を教えていただければ持ってきますよ」

「お願いすればいいんじゃないですか? どうしたって店に入れないのは事実ですし」

「そうだな……少し悪い気もするが、頼む」

 

 こうして、俺たちは無事にDVDを借りることが出来た。

 

「ありがとう」

「いえいえ、これくらいお安いご用です」

 

 用も済んだのでキツネと帰ろうとすると、店員が呼び止めてくる。何だろうかと聞けば、仕事には全く関係無いが良ければ耳を触らせて欲しいと頼まれた。

 耳、そういえばこんなものが付いているというのに今まで意識したことが無かったな。先ほどの驚いた時もキツネの耳がビクリとしていたし、案外俺も無意識の内に動かしているのかもしれない。

 俺はふにふにと柔らかい自分の耳を触りつつ、あまり乱暴にしないならと応えた。

 

「では失礼して……わぁ、もふもふです」

 

 ぽふ、と頭の上に手が置かれわしゃわしゃと撫でられる。意外と気持ちが良い。犬が撫でられる時はこんな気持ちなのだろうか。

 

「オオカミの顔はもうとろとろですね」

「わふぅ」

 

 ふさふさ

 

 このあと、キツネも撫でられてとろけたり、流石にコンビニに入るのは諦めて、トボトボと帰ったりして、北極組でけものフレンズの視聴をした。

 作りは荒いが面白かった。




アニメとかアプリの情報とか見ると、フレンズは意外と様々な地域で活動出来るようですが、本作品ではその動物に合った環境から離れた環境ほどに大ダメージを負うという設定になっています


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7話

 今日はキツネと二人きり。

 クマさんはあまりにキーボードが打てなくてイライラすると言って散歩に出掛け、ウサギさんはクマさんに付いていった。異性と部屋で二人きりの状況など、フレンズになる前ならばドキドキしたはずだが、今は何も感じない。今は同性のようなものであるし。

 

「キツネ、それ面白い?」

「楽しいです」

 

 キツネはというと、部屋に付いた霜を意味もなくカリカリとしていた。何が楽しいのか全く分からないが、やけに集中している。

 そんな時だった、扉の向こう側からコンコンとノックの音がする。

 

「誰だろ、クマさん達が帰ってきた?」

「それなら、ノックせずに入ってくると思いますけど」

 

 ハイハイと返事をして扉を開ける。そこにいたのは、赤みがかった金色の長い髪と、オレンジのコートを着たキツネのフレンズ、キタキツネだった。

 

「ここ、流石に寒いね……」

「あれ? ここにキタキツネっていなかった気がしますが」

 

 ホッキョクギツネが言うようにこの施設にはキタキツネのフレンズはいなかったはずだ。新しく入って来たのだろうか。

 

「今匿ってくれるところを探してるの……」

「匿う?」

 

 キタキツネは冷凍室に入ってくるとそう言った。寒そうにしているが、ギリギリ耐えられているらしい。ホッキョクギツネが下げていた温度を戻したほうがいいか。

 そうして、話を聞くと、キタキツネは新しくこの施設にやってきたわけではなく、元からこの施設にいたのだという。それもつい先日までは人間という形で。

 

「僕、けものフレンズが大好きだったんだ……。それでジャパリまんの味がどうしても気になって。あれ、フレンズ以外は食べちゃ駄目って言われてたから……」

 

 しかし、どうしても我慢出来なくなって食したところ、止まらなくなって二個、三個と食べてしまったらしい。そして、今朝目が覚めるとキタキツネになっていたそうだ。

 

「急にこんなことになっても行く宛てもなくて。見つかったら面倒なことになりそうだし、他のフレンズのところに行こうかなって」

「しかし、こんな極限環境みたいなところじゃなくても良かったのではないか」

「そう思ったんだけどね。いくつか回ってみたけど、北極組以外は、この身体には暑すぎるところしかなくて。今は冬だからある程度の暖かさが大丈夫なフレンズは皆家に帰ってるんだよー」

「まぁ、ここに置くのは構わない。だが、全員の許可が取れたらな」

「私も別に良いですよ」

「やったー。確かあとはホッキョクグマとホッキョクウサギだね」

 

 この後、帰ってきたクマさんとウサギさんも二つ返事で許可をした。

 しかし、ジャパリまんを食べた人間がフレンズになるか……。もし原因がジャパリまんであるならば、これは本当に食べ続けて良いものなのだろうか。少しだけ、普段自分が食べているものに恐怖心が沸いた。



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8話

「野生開放、ですか」

 

 ある日職員から告げられたテストは野生開放についてだった。アニメでは一部のフレンズが野生開放と叫んで一時的に強い力を得るという能力的なもの。

 今日はその野生開放を行う実験を行うらしい。

 

「と、言われてもどうすればいいのかさっぱり分からんぞ」

 

 外に連れ出された俺たち北極組。しかし、誰一人として野生開放についての詳細は分からない。

 

「ターゲットはあそこの鉄板。力を込めることで発動するという報告がいくつか上がっている」

「そんなこと言われてもぉ、分かんないですよ~」

 

 なお、この場にキタキツネはいない。寝床を作りたいやら何やら、理由を付けて毛布などを仕入れた結果、キタキツネは寒さを凌げたらしく上手く隠れていて未だに見つかっていない。まあ、代わりに職員が一人、突然消えたと小さな騒ぎにはなったが。今も捜索願が出されている。

 いづれは、キタキツネのこともどうにかしないといけないなどと考えているとクマさんが準備出来たらしく、雄叫びを上げて走り始めた。その手にはいつの間にか大きな、熊の手を模した武器を持っている。

 

「おおおおおおぉぉぉぉ」

 

 熊手を振り上げたクマさんは眼から輝く粒子を迸らせながら、分厚い鉄板に叩きつけた。刹那、ゴウと音がして豪風が巻き起こる。風に思わず目を閉じる。そして、再び開けた時には鉄板は大きく、熊の手型に凹んでいた。

 

「すごいな。どうやったんだ?」

「何だろうな。あれを敵だと思い込んで力を込めると、気付いたらこれを持っていたんだ。それで、叩き潰すという意志を込めて振るったらこうなったぞ」

 

 と熊手を掲げながらクマさんは言った。職員も眼が輝くのが野生開放の合図であると、成功を告げる。そして、クマさんに続こうと、ウサギさん、ホッキョクギツネが鉄板を殴ったり蹴ったりするが、軽く凹む程度でクマさんほどの威力は出なかった。もちろん、眼からは何も出ない。いや、ただの殴る蹴るで鉄板が凹むだけの力がある地点で十分すごいのだが。

 そして俺の番。アニメでは確か、タイリクオオカミが手を輝かせていたはずだ。つまり、オオカミである俺は手に力を溜めるというのが正しいはず。

 

 鉄板をクマさんのアドバイスに従って敵だと認識しよう。オオカミの天敵、って何だろうか。いや、実在の生物でなくてもいいはずだ。例えばあれはセルリアン。石は中心にある。そこを思いっきり殴れば倒せる。

 グッ、グッと手を開閉しながら真っ直ぐに睨みつける。段々と手が熱を帯びているかのような感覚になり、熱く、熱くなっていく。

 そして熱さが限界に達した瞬間、俺は地面を蹴って飛び上がった。

 数メートルの距離が一瞬で縮まる。

 高く振り上げた右腕を、捻った身体の回転の力も利用して一気に振り下ろす!

 

 ガッ

 

 と音が鳴り、遅れて手に凄まじい衝撃が伝わり、後方に飛ばされる。

 しかし、不思議と痛くない。

 空中で身体を丸め、くるりと一回転して地面に着地した。

 鉄板を見ればクマさんの時のように手の形に大きく抉れていた。成功のようだ。

 

「おお、すごいです」

「ですねぇ~」

 

 ウサギさんとホッキョクギツネが近寄ってきてアドバイスを聞いてくる。クマさんと同じように鉄板を敵に見立てたと言えば何で出来ないのだろうかと二人して悩んでいた。野生開放が出来るフレンズと出来ないフレンズで何か違いがあるのだろうか。

 いや、二人も練習すれば出来るようになるかもしれないし、職員も訓練して出来るようになったフレンズもいると言っていた。単純にコツを掴む早さが違うだけだろう。

 

「そういえば、クマはどこに行った?」

「ああ、クマでしたら先に戻ったみたいですよ~。何でもお腹が空いたとかぁ」

 

 ん、確かに、お腹が……すごく空いた!

 

「俺もお腹空いたから戻る」

「あ、私も戻るです」

「わたしも~」

 

 そうして実験は終わり、部屋に戻るとクマさんは大量のジャパリまんを持っていた。何でも同じようにお腹を空かして帰ってくるだろうと、俺たちの分も貰ってきてくれたらしい。

 野生開放は有り得ないほどの力を出せる代わりに、非常にお腹が減る技であることが分かった。もしかしたら、練習すればもっと消費を抑えられるかもしれないが。

 

 あと、ジャパリまんはやっぱり美味しかった。いくつ食べても飽きない。




お気に入り、感想、評価ありがとうございます。
初めて評価バーに色が付きました。


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9話

 近頃、フレンズを扱った特番を企画しているらしい。

 そして、俺のいる施設に白羽の矢が立った。

 

「どんな人が来るんですかね」

「怖い人じゃないといいなぁ」

 

 今日は俺たち北極組の番というわけだ。施設のフレンズ達を順に回っているらしく、ジャングル、砂漠と来て、次は北極だ。

 有名人の人も来ると聞いて少しだけワクワクする。

 そうやって、皆でワイワイと話していれば、ドアがコンコンとノックされる。来たようだ。

 

「うわ、寒い! 今日はよろしくお願いしますね」

 

 入ってきたのは見たことのある顔。人気司会者の中嶋さんだった。その後ろから何人もの人が次々と入ってくる。

 

「うむ、よろしくするぞ」

「よろしくねぇ~」

「よろしくです」

「……よろしく」

 

 そして、今日の流れを説明される。何でも一人ずつにいくつかのインタビューをしたあと、誰か一人を指名して様々な動きや普段の様子を撮影するらしい。

 それじゃ、ちょっとここは人には寒すぎるからこっちにね、とスタッフに誘導されてクマさんが部屋を後にする。隣の冷房程度の部屋で話を聞くようだ。普段、テレビやパソコンを置いてある部屋で、区切りが硝子張りのため向こう側が見える。

 和やかな雰囲気で話は進んでいるように見え、クマさん、ウサギさん、ホッキョクギツネと来て俺の番になった。

 

「それでは、改めてよろしくね」

「よろしく」

「早速だけど、これは皆にしている質問だ。君は普段ここではどのように過ごしている?」

「以前は、ゴロゴロして過ごしていた。特に何をする訳でも無く、与えられる食事に満足してだらだらと。それこそ、飼い犬のように」

「以前はというと、今は違うのかい?」

「今は……少し前に与えられる食事、ジャパリまんについてちょこっとだけ懐疑的になる事があった。それから、なるべく外で食事をするようにしている。幸い、この身体はそう多くの食事は求めない」

「ふうん、その懐疑的になる事については教えてくれない?」

 

 ……

 

 まだキタキツネは匿っている最中だ。流石に話すことは出来なかった。それでも、疑問点を口に出したのは本当にこのままで良いのか疑問だったから。これがもしテレビに載るなら、誰かが調べるかもしれないという淡い期待からだ。

 もちろん、俺も可能な範囲では調べている。だが、フレンズというのは非常に目立つ。隠れて何かを探すのには向かないのだ。

 それからいくつかの質問を繰り返し、質問の時間は終わった。スタッフは冬に冷房が効いた部屋は堪えたのか、手を震わせながら出て行き、暖かい部屋へ向かったようだ。

 

 しばらくすると、スタッフの一人が冷凍室へやって来て、ホッキョクグマで撮影するということを伝えた。

 俺じゃなくてちょっとホっとしたり、密着されるクマさんが少し可愛そうだったり。

 何にせよ、クマさん以外は撮影が終わり、自由時間となる。そろそろ、お昼時だし外に行こう。そうして、外に出かけると「おーい」という声と共に中嶋さんがやってきた。

 

「撮影はしなくていいのか?」

「フレンズの撮影に司会者はいらんからなぁ。それに今回は俺の我がままで君たちと話したいと思って付いてきたからね。外に行くんだろ? ついて行ってもいいかい?」

「好きにしろ」

 

 テクテクと歩く俺の横を中嶋さんは付いてくる。視線が気になるなぁ。

 

「何か?」

「いや、尻尾ってどうなってるのかなって」

「どうも何も無い。こうなった時から手足のように自然に動かせる」

 

 尻尾を右に左に振るとなるほどなぁ、と頷いている。尻尾を揺らす度に顔も動きに合わせて揺れるのが少し面白い。

 それからフレンズのことを質問されたり、逆に俺から質問したりしながら歩いた。普段使っている人があまり通らない道を使ったため、ほとんど人とすれ違うことも無く目的地にたどり着く。

 

「なるほどな。建物には入れないから屋台か」

「そう。ここはいつもやってる」

 

 数件の屋台が並んだ広場。俺の施設外での食事は大抵ここだ。常に何かしらの屋台は出ているし、何度も来たおかげで今では皆顔見知り。フレンズであることを驚かれたりもしない。

 

「焼き鳥二つ、一つはネギ抜き」

「あいよ、いつもありがとな」

 

 と、今日は焼き鳥を買った。いちおう、イヌ科なのでネギは抜き。二つ貰ったうちの一つを中嶋さんに手渡し、もう一つは俺が食べる。肉の焼ける香ばしさと、甘辛いタレのツヤが食欲を誘う。

 

「おう、わざわざありがとな」

「お昼食べたかったら、後は自分でよろしく。俺はこれで十分だから」

「ん? これだけで十分なのか?」

 

 そう、フレンズの胃が小さいのか、普通の食事を三食するならこれだけの量で足りてしまう。ジャパリまんだって、一日一つ食べればもう十分なくらいだ。

 そのことを話すと中嶋さんは考え込むように呻る。

 

「うーん、確かにそれだけの身体をたったそれだけの量で維持出来るっていうのはおかしいな……」

「気にするな。フレンズになったことだって十分おかしなことだ」

 

 

「うん、まあ、そろそろ俺は行くか。流石に戻らねぇと怒られちまう」

「俺も戻る」

 

 それから、撮影を終えてぐったりしたクマさんを発見したり、一日中隅っこで隠れていて動けなかったキタキツネの文句を聞いたりして、一日が終わる。

 翌日には別のフレンズ達の元に撮影班が移動して、そのまた翌日には撮影が終わったが、施設では一つだけ変化したことがあった。

 ちょくちょく中嶋さんが来るようになったことだ。

 

 そんな、ちょっぴりの変化もありながら、日々は続いていく。



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10話

前編


「本日、長野県にて、ツチノコが発見されました。体長は50cmほどで……」

 

 テレビを見ていたらそんなニュースが流れていた。最近、絶滅した動物が目撃されたなどのニュースが多かったのだが、捕獲されたのは初めてだ。そういえば、ここにはツチノコはいないな。もちろん、いない種のほうが多いが。

 そうして過ごしていると珍しくキタキツネが話しかけてくる。

 

「ねぇねぇ、ここでゴロゴロするのも飽きたし、外行こうよ」

「ばれるから無理」

「そんなこと言ったって、大した遊び道具も無いし、そろそろ身体を動かしたいよ」

 

 我がままを言うキタキツネ。そもそもキタキツネが見つかると面倒だからという理由で匿っていたはずなのだが。外に出るのだって、ここにいて家族が心配するのではないかと聞いて連れ出そうとしても、いつも家族とか興味無いと返されて行かなかったのに。

 

「ここに勤めていたけど、実家は近い?」

「うーん、そう遠くは無いよ」

「実家に一度顔を出すというなら、外に出ることを考える」

「えぇ」

 

 露骨に嫌そうな顔をするキタキツネ。そんな俺たちを見かねたのか、熊手で素振りをしていたクマさんが声をかけてきた。なお、クマさんは仕事を完全に諦めた模様。数日前、遂に音を上げて投げ出した。

 元々、数日で仕事場から解雇通知が来ていて、泣いていたところを見かねた職員がここの帳簿などをまとめることを頼んでいた。しかし、日が経つにつれて嫌々行うようになり、とうとう辞めてしまった。

 最近では素振りをしたり、逆立ちをしてみたりと、運動することに精を出している。

 

「運動したいなら組手でもするか? 最近、力の使い方も分かってきてな」

「あーあー、急に実家に顔を出したくなってきたな」

 

 見かねた訳では無かったか。クマさんに勝負をお願いされて死にかけた俺を見ていたからか、グイグイと俺の腕を引っ張って逃げ出そうとする。クマさん強いからなぁ。

 

「分かったから落ち着け」

 

 と、キタキツネが落ち着くまで数分。同じキツネ同士通じるものがあるようで、ホッキョクギツネが介抱をしている間に俺は偵察をしてきた。周囲に職員の影無し、入口には常に警備員が控えているが問題は無い。フレンズの身体能力ならば壁を乗り越えることだって可能だ。

 

「大丈夫そう?」

「大丈夫。出て来て」

 

 キタキツネが外に出てきて建物の裏へと回る。そして、数メートルはある壁をピョンとひとっ飛び。無事に見つからずに外に出ることが出来た。

 その後を追って俺も乗り越え、ホッキョクギツネも乗り越える。クマさんとウサギさんは俺たちがいないことに職員が気づかないように誤魔化す役として残ってもらった。

 

「無事に出れたー」

「良かったです」

「さて、キタキツネの実家に行こう」

「……本当に行くの?」

「当たり前だ」

 

 まだ若干嫌がっているキタキツネだが、案内を始める。別に俺たちが行く必要は無いが、放っておくと、逃げそうだしな。

 

「そういえば、二人とも実家に戻ったことあるの?」

「私たちは全員ありますよ」

「どんな反応された?」

 

 そう言われて思い出そうとする。ホッキョクギツネも思い出そうとして……二人同時に同じ結論に至った。

 

「「覚えてない(です)」」

「人に行かせようとして覚えてないの……」

 

 人だった頃の思い出はたくさんある。しかし、フレンズになってから記憶がそう長くは続かなくなった。何度も会っていたり、続けていたりすることは覚えているが、一度きりのことなどそうは覚えてはいない。そして、それをどうでも良いと思っている自分がいる。

 

「それでも、一度は会うべき。俺たちのためじゃなくて、家族のために」

「そうです。私たちはこんな姿になってしまったけれど家族はきっと心配しています」

「そうかもしれないけど……」

 

 まあ、俺も行った時は知らない親戚の葬儀に出ているような気分だったからな。面倒な気持ちはよく分かる。しかし、俺の姿を見て泣いたり、異常は無いか聞いてくる人を見るとやっぱり一度は行かなきゃと思うのだ。

 そうやって話して歩いていると、キタキツネがこっち、と言って駅に入っていく。

 

「ちょっと待ってください。電車を使うのですか?」

「うん? そうだけど」

「……無理」

 

 キタキツネは大丈夫かもしれない。

 だが、俺たちが暖房の効いた電車なんて乗れるか!



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11話

遅れてすみませんでした。


「えー、電車くらい我慢出来ないの? 数駅だよ?」

「よく考えてみろ。例え数分だとしても熱湯風呂に浸かり続けられるのか?」

 

 俺の言葉にホッキョクギツネも首を大きく縦に振って肯定した。しかも、大勢の人が乗る電車になんて乗ってみろ。俺たちはともかくキタキツネの存在がバレることに繋がるかもしれないのだ。

 まあ、外に出て実家に行こうとしている地点で危険も何も無いのだが、キタキツネはアニメにも出ているキャラとして人気だからな。俺たちアプリ版にしかいなかった者とは注目度が違うのだ。

 

「まあまあ、フレンズになって体力も増えているので歩いて行ける距離ですよ」

「歩くのぉ?」

 

 キタキツネは文句を言っているが、どうしようも無いのだ。熱湯(暖房)の中になど絶対に入れない。まあ、アニメとか見るとどんな地方でも行けているような気もするが、現実はそう上手くはいかないということだ。

 キタキツネが案内を、ホッキョクギツネが地図アプリを利用して先導する。あれ、これ俺いらなくね。携帯も扱えなければ、電車にも乗れない俺って。

 

 そうして、ちょっとした自己嫌悪に陥りながら人気の少ない道を選んで歩くこと十分ほど。キタキツネが何かを見つけたらしく、急に走り出した。

 

「新作のゲームだ! あれ欲しかったんだよね」

 

 と言って昔ながらといった様相をしたゲーム屋の中へと消えていった。

 

「なあ、キツネ。これ……」

「キタキツネに見事にやられましたね……」

 

 止める間も無く入っていったキタキツネ。まだ寒いこの頃、当然暖房がかかっているであろう店内には俺たちは入れなかった。

 こうして、暖房のかかっている部屋に入れない俺たちから逃げ切ることは簡単だ。キタキツネは嫌だ嫌だと言いつつも、一度は帰る必要性が分かっているのだろう。まあそれにしても、待つしかないのは手持ち無沙汰だ。

 

「そこのベンチで座って待ちましょうか」

「そうだな」

 

 そうしてホッキョクギツネと駄弁りながら待つこと数十分。ゲームを買ったのか袋を抱えて出てきた。そして、俺たちのほうを見ると気まずそうな顔をした。

 

「あっ……」

「キーターキーツーネー、絶対俺たちのこと忘れてただろ」

「ごめんなさい……。ゲームに夢中ですっかり忘れてた」

 

 耳がシュンと垂れている。珍しくしょんぼりした顔だ。

 

「まあ、待つのは良いんだけどな。一言でいいから声かけてから行って欲しかったな」

「そうですね。キタキツネがずっとゲームを欲しがっていたのは知っていましたし、大丈夫ですよ」

「……うん、ありがと」

 

 

 

 そんなこともありながらキタキツネとホッキョクギツネの案内の元、さらに十数分。一軒の民家が見えてきた。キタキツネの実家である。

 

「それじゃ、俺たちは向こうの公園で待ってるから」

「え……付いて来てくれないの?」

「これはキタキツネの問題ですから。私たちと行くよりも、きっと一人で行ったほうが良いですよ」

 

 そうやってキタキツネを説得すると、ようやく覚悟を決めたのか家に帰っていった。

 

「さて、俺たちも邪魔にならないように行きますかね」

「そうですね」

 

 公園にたどり着き、再びベンチに座る。しかし、お互いに会話は無い。きっとホッキョクギツネも俺と同じことを考えているのだろう。

 キタキツネの前では家族と会ったことを覚えていないと言った。だが、全てを忘れたわけではないのだ。会ったという記憶は確かにもう曖昧にしか覚えていない。けれど、あの時に感じた筆舌にし難い感覚はまだ覚えている。

 家族に会えて、安堵すると同時に暖かい気持ちになった。しかし、その暖かさはどこか、過去の自分を見て無理矢理そう思おうとしているようで。どこか、今は本当にそう思えているのか疑問に思ってしまう自分がいて。

 今でもその疑問は解けていない。けれど、これがフレンズになるってことだと感じた。俺は、もうヒトでは無いのだから。

 

 そうして待っているとキタキツネが帰ってくる。その顔は明るいが、どこか影があるようで。

 主観ではあるが、家族に会ったことにより、今の自分の状況を認識したようにも見えた。

 

「さて、帰るか」

「……うん」

 

 そのまま会話も無く、ゆっくりと歩いて帰る。

 

 

 

 ふと、俺の携帯に着信が入る。操作に四苦八苦しながら、なんとか出ると聞き覚えのある声がした。

「ようやく見つけたよ」




次回最終話予定です。
こんな小説をここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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最終話

けものフレンズへの持論が言いたかったのだ


 ガチャリ

 手に持った鍵を玄関で使えば、そんな音と共に扉が開く。

 

 時刻は深夜。

 目の前の家は一見、どこにでもあるような、普通の民家だ。

 しかし、その中身は違う。ここには、俺たちをフレンズに変えた科学者が住んでいるらしい。

 

 あの電話は中嶋さんからのものであった。

 以前、事件を起こした人間に会いたいというお願いをしてから、彼は施設に通いつめ、ここのことを聞き出してくれた。

 あれだけ多くの人間を巻き込んだのだから、刑務所にいるかと思った。何でもフレンズ化の原理は全てを発表しても、誰も理解出来ず、未だに全てのフレンズの命を握っているに等しい状態であるため、こんなところいるらしい。

 周囲には俺以外の人影は無い。深夜は皆、寝てしまうので抜け出すのも容易であった。

 

 

 廊下を進むと、明かりの灯った部屋が見えてくる。

 俺はドアノブを回して中に入った。

 

 中にいたのは白衣を着た痩せこけた一人の男だった。眼鏡をかけ、部屋には最低限の灯りだけが置かれ、ビーカーに向かって真剣に睨んでいる。

 その眼には生気があまり感じられない。

 俺が入ってきた音に気付いたのか、一瞬こちらを見て、目を見開かせて、それからまたビーカーに向き直った。

 

「いつかは来ると思っていたよ」

 

 男はこちらに視線を向けずに話し始める。

 

「それで、何かな? そんな姿にしたことに対して復讐でもしに来たのかね?」

「いや、そんなつもりは毛頭無い」

「いや、分かっているんだ。君たちは与えられた環境に文句を言わない。過ぎたことは仕方ないと前を向かって生きている。フレンズとは、そういうものだ」

「何が言いたいんだ?」

「君ももう分かるだろう。君たちは誰一人として現状をそのままに受け入れ、あらゆる事柄に見返りも求めない。それなのに人類は被害者である君たちにさえ、技術を求め、未知を求め、兵器を求め、窮屈な暮らしを強いている。人の欲望は留まるところを知らずに、醜い争いを続けるだろう。最初は、ただの憧れや、より良い人類のためにと研究をしていた。しかし、君たちを見ているうちに気付いてしまったのだ。どれだけ、人類が進歩しようとその醜さは変わらない。だったら……全ての人間が君たちのような存在になれば、それはそれは素晴らしい世界だとは思わないかね?」

 

 そう言い切ってこちらに視線を向けた男の眼は澱んでいた。ある種の狂気に飲まれているようで、それだけが、正しいことであると思い込もうとしているような。

 

「だが、誰も共感してくれない。こんなにも醜い世界を救済するためだというのに、誰も! なあ、私はどうしたら良いんだ? どうしたら私は、この世界を救済出来る?」

 

 本当はこんなに重たい話をするつもりじゃ無かったんだけどなぁ。俺の持っているじゃぱりマンへの疑いなどが解ければそれで良い、と思ったらこんな話になっている。まあ、これだけフレンズを求めているなら、変なものは入れてなさそうだけどさ。

 

「そうだなぁ……」

 

 気恥ずかしさから頭を掻き、俺は思っていることを告げた。

 

「なんていうかさ、人間を悪と断定してるみたいだけどさ。人間にだって良い人はたくさんいるんだよ。それを一緒くたにして、駄目なんて言うのは間違っていると思う。もちろん、悪い人もいれば良い人もいる。けど皆人間なんだから、良い所もあれば悪いところもあるのは当然なんだよ。皆、得意なことが違う。大事なのは、皆の良い所を認め合って行くことだと俺は思う。まあ、それが一番難しいことではあるんだけどさ」

「そうか……。そうだよなぁ。私もけものフレンズを見て、皆自分の良いところを活かして生きていることに感銘を受けたんだよなぁ。ああ、最初に見た時は楽しかったな」

「まだ、やり直せるさ。フレンズは誰一人として、貴方を恨んでなんかいないはずだ。俺も、嫌な勉学から開放されて、清々してるよ」

「ははは、やっぱり優しいな。ありがとう、こんな私の話に付き合ってくれて」

 

 それから少しだけ雑談して、フレンズ化の謎理論に驚いたり、じゃぱりマンの効能について知ったりして、夜は更けていった。

 そして、施設に戻ると、周囲がまだ暗い中、ホッキョクギツネだけは起きて俺を待っていた。

 

「ようやく帰って来ましたね。待ちくたびれましたよ」

「すまん、すまん。思ったより話が長引いたんだ」

「まあいいです……おや、後ろにいるのは?」

「ああ、紹介するよ。新しくここに来ることになった……」

 

「ギンギツネよ。よろしくお願いするわ」




ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
人生で初めての1万字オーバー小説の完結です。

こうやって書いていて、一つ心境の変化がございまして。
折角感想を頂いたのに、ネタなどが分からずに返すのが苦手ということで返信を怠っていたことを深く、反省致しました。
感想は小説の原動力であり、また最も感謝を告げなければいけないことに気付きました。数ヶ月前の感想への返信などは迷惑かと思いますので、ここでお名前を上げさせていただきます。

chisa様、変わり者様、ボルドーワイン様、一般読み手様、鯖鮭様、リヌ様、ひね様様、Nyarlan様

 本当にありがとうございました。
 そして全ての読んでくださった方々へ感謝の念を。


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