World High school 〜CROSS〜 (火神零次)
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序章~新たな転入生と学園の抑止力~
日向ぼっこは良い文明


初めまして。息抜き作品に近いですが、多重クロスを書き始めました。

コメント、評価をつけて下さると励みとなります。
また、コラボや出してほしい作品の依頼などは随時承ります。できる範囲になりますが。


今日もいつもと変わらない。

雲ひとつない青空。

これは、日向ぼっこでもしたくなるなと思う少年に、多くの人が彼のところへとやってくる。

 

「ムラクモ、今日もそれか?」

「あ、爛に立花。それにリリーと明まで」

 

美少女に近い容姿をしている『宮坂爛(みやざからん)』。因みに男であり、女性から好意を持たれやすいが、本人は異性に興味はなく、意外と鈍感だったりする。

そして、ムラクモと呼ばれた茶髪の少年は『椎名(しいな)ムラクモ』。爛と同じく女性から好意を持たれやすい。が、彼には既に恋人ではないが、それぐらいに仲がいい女性がいる。友達以上恋人未満と言ったところだろうか。

 

「もー、爛もムラクモも早く日向ぼっこしようよー!」

 

そんな2人に呼びかけているのは黒髪の少女『葛城立花(かつらぎりっか)』。爛の幼馴染で、爛にゾッコン。因みにヤンデレ属性持ち。

 

「あぁ、今いくよ」

 

爛は立花の隣へと行き、2人して草原に横になる。丁度いい暖かさが2人を包み込む。

 

「ムラクモも、どうだ?」

 

余程、日差しがいいのか、爛は眠たそうな顔をして、ムラクモの方を向く。

 

「じゃあ、俺もしようかな」

 

言葉に甘えるように、ムラクモは爛から少し離れたところで横になる。

これには、少し理由があった。

 

「マスター、随分と眠たそうな顔をしていますね」

「それだったら、みんなで寝ちゃった方がいいと思う!」

 

横になっている爛に抱きつく2人は『リリー・アイアス』と『宮坂明(みやざかあかり)』は立花と同じように爛に好意を持っている。

 

「そりゃそうだろ。爛に張り付くように抱きついて、こんなに暖かいと爛だって……」

 

ムラクモは仕方の無いものだと言おうとして、4人の方を向く。

 

「「「「………」」」」

「って、もう寝てるし」

 

3人は爛を中心に立花が右側、リリーが左側、明は爛の上に乗って眠っていた。

爛も普通に眠ってしまったので、ムラクモは仕方なく起き上がり、4人を見守る。

心が和む平和な時間、ムラクモは少し微笑む。

 

「こんなに平和だといいんだけどな」

 

そんな彼の元に、爛たちが寝ている最中でもやってくる人物はいるのだ。

 

「お、こんなところにいたのか。ムラクモ」

 

夕焼け色をした朱のメッシュが入った逆三角のタトゥーを入れている少年『真田幸斗(さなだゆきと)』。

 

「幸斗、お前も日向ぼっこか?」

 

ムラクモは顔を上げ、幸斗の方を向きながら尋ねる。

 

「おう!丁度、こっちの方も食べたい気分だったからさ!」

 

そう言いながら、幸斗が出してきたのは、一本サティスファクションバーと呼ばれる棒付きアイス。幸斗が好んでいるアイスだった。

 

「特訓から帰ってきたところで、見かけたからさ」

 

一本サティスファクションバーを食べながら、空の方を向く幸斗。

 

「風がやっぱ気持ちいいぜ!」

「いい感じに晴れて風が吹いてるからな。特訓終わりには丁度いいんじゃないのか?」

 

立ち上がって、風を体全体で受け、感じ取っている幸斗を見て、ムラクモはやはり、平和だと感じで笑みをこぼす。

 

「重勝と涼花は?」

 

風間重勝(かざましげかつ)』と『佐野涼花(さのりょうか)』。

幸斗と3人でいることは少ないが、しれっと居たり居なかったりする神出鬼没の言葉が似合う2人でもある。

 

「それがよぉ、またどっか行きやがって。特訓とか言ってるから俺もついていこうとしたら止めろって言われたしよぉ……」

 

余程特訓がしたいのか、幸斗は項垂れて草原に座り込む。

 

「それだったら、爛とかショウとかとやればいいんじゃないのか?」

「あー……それもそうだなぁ」

 

ムラクモからの提案に、幸斗は考え込むのだが、すぐに顔を上げてムラクモの方を向く。

 

「決めた!ムラクモ、俺と模擬戦しようぜ!」

 

ニカッと笑顔を向けてくる幸斗を見て、ムラクモは少し笑ってしまう。

 

「な、何で笑うんだよ!」

「いやぁ、すまんすまん。最近、幸斗とは何もしてなかったからな。いいぜ、付き合うよ」

 

ムラクモは立ち上がると、幸斗もそれに続いて立ち上がる。

 

「よっしゃあ!訓練場に行くぞ!」

 

そう言いながら、訓練場の方に全力で走っていく幸斗だった。

 

「あれ、幸斗ってあんなにはっちゃけてたっけ?」

 

ムラクモは首を曲げてそう考えるも、まぁいいかと思い直し、訓練場の方に歩き出す。

 

「全く、ムラクモのやつ、あれ分かってて行ったな。俺が狸寝入りしてたの知ってたか」

 

爛は起き上がることは出来ないものの、狸寝入りしていたが、ムラクモは既に気づいていたため、放置されてしまった。

 

「むにゃむにゃ……爛……」

「マスター……」

「お兄……ちゃん」

 

ぐっすりと寝てしまっている3人を見て、爛は笑みを浮かべる。

 

(そう言えば、彼女の言葉を引用すると……)

 

ふと、思い出したかのように、爛は口にする。

 

「日向ぼっこは良い文明……か」




こんな感じでほのぼのと、時に戦いを入れたり、シリアスだったりと。

今回は、蒼空の魔導書さんの真田幸斗くんの登場でした。こういうのを書くのはちょっと難しかったです。

次回は…模擬戦。幸斗くんとムラクモのガチンコ勝負になりそうです。


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殲滅鬼(デストラクター)直死(ちょくし)魔眼(まがん)

「よし、早速やろうぜ!」

「ちょちょ!?まだこっちは来たばかりだぞ!?」

 

幸斗は既に準備を終えて今から始めようとワクワクしていた。それに対してムラクモは先程、着いたばかりであり、準備も何もしていない状態である。

 

「いいじゃんかよー。別に戦ってれば体は温まるだろ?」

「だぁかぁらぁ!お前が相手だとそんな暇は無いっての!」

 

幸斗は不貞腐れるが、反論をしているムラクモは嘘をつくことはしていない。

 

「まったく……」

 

ムラクモはため息をつきながらも準備を始め、体をほぐしていく。

 

「よし、いいぞ」

 

ムラクモは準備が終わると幸斗に呼びかける。

 

「よっしゃ!始めるぜぇ!」

 

幸斗は自分の武器、固有霊装(デバイス)を顕現する。

朱い刀身の太刀、名前を『鬼童丸』という。

 

「死が、俺の前に立つ…『妖刀村正(ようとうむらまさ)』」

 

刀の名前を言い、刀でありながら短刀ほどの長さをしている村正を握る。

 

「行くぜ!」

 

幸斗は足を突っかけ、一気に加速する。

空気の抵抗を物ともせず駆け抜ける。

 

(小手先の技が通用しない相手だ……。さぁ、どうでる?)

 

ムラクモは村正を構え、幸斗の行動に警戒する。

突っ込んでくるだけの幸斗だ。逆にどのような動きをするか分かったもんじゃない。

彼の持っている剣は、どういう訳か通常の『伐刀者(ブレイザー)』の霊装(デバイス)よりも脆くない。

それだけ、意志が強い霊装(デバイス)なのだろう。

 

「《剣圧閃光》ぉぉぉぉぉぉ!」

「いきなりかい!?」

 

幸斗の代名詞の一つとも言える技《剣圧閃光》。目の前で放とうとすることに、ムラクモは目を見開くものの、対処をする。

 

「チッ!死が、俺の前に立ってんじゃねぇよ!」

 

ムラクモは《剣圧閃光》に対して、刀を振るう。

振るわれた刀よりも強いはずの幸斗の剣は、あっさりと殺されてしまった。(・・・・・・・・・)

 

「んなぁ!?」

 

一瞬にして破られたことに驚愕の声を上げるものの、それでも戦うことをやめることが出来ないほど幸斗は、たった一刀で目の前の男に燃え上がっていた。

青く光る目に微かに見え隠れする、深紅の竜の紋章の目が、幸斗の死の線を知っているとも知らずに。

 

(目の前で剣圧が来れば基本的に俺の負けだ!距離を保ちつつ、幸斗の死の線をぶった斬る!)

 

幸斗の威力を目の前で感じたムラクモは、即座に策を張り巡らす。

幸斗の剣圧を受けず、尚且つ、自分が勝てる最善の策を。

 

「うおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

「っ!」

 

更に加速し、ムラクモが退くのを許さずに追撃をしようとする。

 

「おらぁぁぁぁぁ!」

 

全力で放ってくる剣圧を殺していき、幸斗から離れていくムラクモ。しかし、彼がそれを許すはずもなく、彼の攻撃は激化していく。

 

「ッ、そらぁ!」

「ぐぁっ!」

 

大振りの隙を逃させずに幸斗の腹部に蹴りを入れ、距離を強制的に離す。

充分な距離は取れた。

もう、目の方も慣れている。

 

「唯識……!」

 

幸斗の死の線を完全に可視化させる。

腹部と腕部、そして首。

この三本の線をその通りに切ればいい。

 

「いいぜ、今の《剣圧閃光》が斬られるなのが運命だって言うんなら────その運命を覆してやる!」

 

幸斗の内側の力の鎖が『壊れた』。

本当の全力を、両腕に込めて放つは幸斗の全力。

迎え撃つは、死を直視できる目。

 

「《龍殺剣(ドラゴンスレイヤー)》ァァァァァァァァァァァ!!!」

「直死………!!!」

 

迫り来る剣圧を斬り殺す。

圧力の抵抗も斬り殺し、ただひたすらに幸斗へと突き進んでいく。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

腕を振るいきってもなお、また剣圧を飛ばしてくる。

体力が続く限り振るいまくるほど鍛えている幸斗の体は、常人では考えられない体だ。

そして、それを無傷で突破していくムラクモも異質な存在でもある。

 

「ッ!」

 

ムラクモは剣圧を殺し、跳び上がる。ありえないほど高く、そして急降下してくる。

 

「最大火力ぅぅぅぅ!」

 

彼の内側が、さらに壊れた。

可能性の限界を超え、攻撃力であれば神をも殺す剣圧を彼は全力で放ってくる。

 

「《龍殺剣(ドラゴンスレイヤー)》ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

魂の叫びに届くその声は、ムラクモを、竜を、引き出してくれる引き金となった。

 

「らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ムラクモが、『竜』が、叫んだ。

その咆哮だけで、剣圧を全て薙ぎ払った。

 

「まだだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

『鬼』が、叫んだ。

竜を殺すべく、全力で剣を振るい続ける。

竜もまた、鬼を殺すために叫び続ける。

鬼と竜の名を背負うように二人は全力で殺そうとする。

 

「ぜいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

竜が全力で叫んだ。

剣圧は完全に薙ぎ払われ、幸斗の体も吹っ飛んでいく。

 

「ぐぅがぁ!」

 

その隙を逃さず、ムラクモが完全に距離を詰めた。

 

「はぁ!」

 

死の線を斬り、幸斗は殺される。

いや、実際に死の線を切っただけであり、ムラクモも殺そうとはしていない。

World High school 〜CROSS〜の訓練場は実物で戦おうが、実際に腕が切り落とされたりすることはない。

そのため、幸斗は殺されることはない。

 

「チックしょー!もうちょっとだったんだけどなぁ……」

 

幸斗は余程疲れたのか、大の字になって横になる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

ムラクモは息を荒くし、肩で息をしていた。

 

「今度また勝負な!って、ムラクモ…?」

 

幸斗はムラクモの方に向かって笑顔でまた勝負しようと言ったが、ムラクモは何も反応せず、荒く息をしているだけだった。

 

「ッ……」

「お、おい、ムラクモ!?」

 

ふらふらと体が動いて大丈夫かと思った瞬間に、ムラクモの体が倒れた。

幸斗は急いで駆け寄り、ムラクモを背負って医務室まで連れていった。



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ムラクモが倒れた理由

「……ぅ」

 

ムラクモは頭痛を感じながらも、目を覚まして起き上がる。

 

「ありゃ、そういや俺は倒れたんだっけ」

 

今いる場所が医務室であることに気づいたムラクモは、ベッドから降りようとする。

 

「あら、起きたの?」

「あ、紫」

 

医務室の扉が開き、中に入ってきたのは紫色の装いをしている女性『八雲紫(やくもゆかり)』。

 

「幸斗くんから聞いたわよ。『直死(ちょくし)魔眼(まがん)』を使ったそうね」

「そりゃ、幸斗の攻撃なんか殺さなきゃ、逆に殺られるし」

 

紫は鋭い目付きで怒っていることをムラクモに分かるように言うが、ムラクモは肩を竦めて弁解するだけだった。

 

「『歪曲(わいきょく)』は無理がある。圧力なんか一瞬で通り抜けるから当てられる自信が無い」

 

赤い目が紫の視線を釘付けにした。

底がないように感じさせる目の中心は、誘い込むように回っていた。

 

「まぁいい。ところで、紫はなんの用?何もないところに来るほど暇人なのか?」

「相変わらず言い方が酷いわね。お知らせに来たのよ」

 

元々、ムラクモは紫がなぜここに来ているのかが分かってはいなかった。だからこそ、尋ねた。

すると紫は持っていた扇子を口元へと持っていき、パチン、と閉じた。

 

「新しく、この学校に入る子達がいるの」

「はぁ、また新しく入るってか。んで、次はどんなやつが来るんだ?」

 

嬉しそうな笑みをしている紫を見て、ため息をつくしかなかったムラクモは、ため息をつきながらも知っておかないとなと感じ、誰が来るのか尋ねるのだった。

 

「ショウくんとエリシアちゃんよ」

「へぇ、爛の友人ねぇ。」

 

新しく来るのは、二人とも爛の友人だった。

以前から聞いていた名前の持ち主が、この学校に来るとなると楽しみで仕方ない。

 

「んじゃあ、これからはもっと楽しい生活になりそうだな。」

「そうね。もう少しで入学式。彼らも来ることだし、この学校はもっと楽しくなりそうね」

 

2人して笑みを浮かべていた。もう少しで始まる新たな生活と新しく入ってくる入学生。そしてその中にいるショウとエリシア。これからはワクワクが止まらない生活になりそうだと、胸の中は踊っていた。

 

「あと、一つ聞いていいかしら?」

「ん、何?」

 

紫が幸斗とムラクモの模擬戦の終わりからずっと心の中で引っかかり、ムラクモ本人に聞こうとしていたもの。

 

「貴方は何故、倒れたの?」

 

倒れることの無いムラクモが倒れて医務室に運ばれていたからだ。

力の使いすぎでもなんでもない。酷使した様子は見られないし、酷使したとしても、彼は平気なはずだ。だがなぜ、彼は倒れたのか。

 

「聞かなくてもいいんだけどさ。そんな大層な理由じゃないし」

 

ムラクモは肩を竦ませながら苦笑をする。

彼にとって聞かなくてもいいことは意外と大事なものだったりする。過去に彼は紫に相談して解決しなければならないことを、紫には何も伝えずに、勝手に一人で解決し、何も知らぬ顔をして来ていたからだ。

本来であれば、この時点でWorld High school 〜CROSS〜に居れることが可笑しいのだが、誰一人として彼に勝てる者はいないし、この学校が続く、抑止力ともなっているからだ。

そして、絶対にありえないようなことが起きていたため、紫は不安になっていたのだ。

 

「ただ単にさ。眠かったし、頭痛かった」

「──────────」

 

言葉を失った。

眠かったことと、頭が痛かった。ただそれだけの事だったのだ。眠かったから寝ただけのことだった。頭が痛いのを治したかったから寝たのかもしれない。

何か重要なことでも起きたのかと思った矢先にこれだった。

やはり、椎名ムラクモというイレギュラーな存在は妖怪の賢者をも振り回すことが出来るのか。

彼ならば可能だ。イレギュラーであり、自由人でもあるからこそだろう。

 

「んじゃあ、よく眠れたし、部屋に戻るとする」

 

気にもしていない顔をして、ムラクモは平然と帰っていった。

暫くあいだ、紫は呆けていたものの、「はぁ」とため息をついて、スキマの中へと戻っていった。

 

「アイツらが来るのか。本当に楽しみだなぁ───」

 

ムラクモは窓の外をの方を向いて、窓を開け放ち、空へと手を伸ばした。

 

「いつか、あの時みたく後悔することがないようにしないとな」

 

自分の胸に誓うようにそう言いながら、右手を握りこみ、自身の胸へと付けた。

暫く一人で目を瞑り、満足すると窓を閉め、自分の部屋へと戻っていく。

彼の顔には、笑顔ができていた。




スムーズに書くことが出来ました。
いやぁ、執筆が進むことはいいことだ!ということで頑張っていくのでよろしくお願いします


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最強の龍と氷の姫、学園の抑止力

「ここに爛たちが居るのか? 楽しみだなぁ! 久しぶりに会えるとなると、楽しみで仕方ないぜ!」

 

嬉しそうに跳ねながら、オレンジ色の髪の少年は、隣に並んでいる少女に尋ねている。

 

「まぁまぁ……落ち着いてくださいよ。『ショウ』さん。爛さんたちも居るみたいですよ。それに、あの噂の人も居るみたいですし……」

 

「ん? 噂の人って、誰だ? 『エリー』」

 

苦笑をする少女に対し、少女が言った『噂の人』という言葉に反応する少年は首をかしげる。

 

「ショウさんは話を聞いてなかったんですか? この学園が続けられる理由の中に、学園の抑止力が居るからですよ? 圧倒的な強さを持ち、どんな状況だろうと決して負けない。不敗の人が居る話ですよ」

 

「そんなヤツが居るのか!? ソイツに会ってみたいぜ! 戦ってみてぇなぁ!」

 

そんな話をしながらも、目的の場所である学園にたどり着いた二人は、その大きさに驚愕する。

 

「デケェ……」

 

「大きいですね……」

 

二人が学園に目が釘付けになっているなか、一人の声が二人の耳に届く。

 

「『天崎翔』と『エリシア・ヴェルモンド』だな?」

 

二人が声が発生した方を向くと、茶髪で黒服に身を包めた少年が居た。

 

「誰だ? お前」

 

翔と呼ばれた少年は、黒服の少年に尋ねる。

 

「俺か? 俺は、椎名ムラクモだ。お前たちが入ることになるこの学園の生徒。理事長に頼まれてな、理事長室まで案内させてもらう」

 

その少年はムラクモだった。

ムラクモは学園の理事長から天崎翔とエリシア・ヴェルモンドの案内をしろとのことを聞かされ、まぁ理事長のことならと、ムラクモは渋々、その事を了承し、現在に至る。

 

「ここが理事長室だ」

 

ムラクモは二人を理事長室の前まで連れていく。ノックをする前に、確認をとらないと行けないなと思いながら、ムラクモはノックと一緒に尋ねる。

 

「二人、客を連れてきたが、理事長。まさか、俺が用意した茶葉を勝手に一人で堪能なんてしているんじゃないだろうな?」

 

ムラクモのその声に、「ギクッ」という声が聞こえてきた。信じたくはなかったが、理事長の性格が故だ。そういうのは仕方がないのか。

一方、翔とエリシアに関しては全くもってなんのことだか分かってはない。当然だろう、理事長と生徒との間でこんなことが起きているなんてあり得ないのだから。

 

「え、えぇ。ナニモシテナイワヨ」

 

気のせいだろうか。棒読みのように聞こえる気もしながらも、エリシアは尋ねたい気持ちを抑えながら、ムラクモの指示があるまで待つ。

 

「結局、飲んでるじゃねぇか。嘘はいけないぞ? 嘘は」

 

ムラクモは呆れながらも、理事長室のドアを開ける。

中には誰がいるのだろうか。二人は思いながらも、理事長室の中に入っていく。

 

「は?」

 

「え?」

 

二人は素っ気ない声を出す。それを聞いてしまったムラクモは苦笑をせずにはいられなかった。

それもそうだろう。何せ、理事長が座る席に座っているのは、ムラクモよりも幼く見える少女なのだから。

 

「えっと、理事長……?」

 

目の前にいる赤い服を着た少女が本当に理事長なのだろうか。疑問に思いながらも、エリシアは声をかける。

 

「何で疑問系なのよ。ムラクモ、しっかり二人に説明をした?」

 

「以前、俺の用意した茶葉を勝手に扱って台無しにした理事長殿は俺のした行為に文句を言わないと、この案内の時に関してだけはそうすると言ってもらったが、俺の聞き間違いだっただろうか。説明をする気はない。とはっきりあのときに言ったぞ? 理事長、『遠坂凛(とおさかりん)』」

 

「うぐ……そういえば、前に言ってたわね……。っていうか、まだ根に持ってたの!?」

 

「そりゃそうだろ。俺が大事な客用とかに用意した大事な大事な茶葉をたった一日で台無しにされたら根に持つわ! 普通!」

 

一応、生徒よりも理事長の方が立場が上なのだが、ムラクモは平然と口答えをしていく。

そんな二人の関係に、翔とエリシアは唖然とするしかなかった。

 

「え~っと、コホン。二人とも長旅ご苦労様。そこのソファに座って」

 

言われるがままに二人は凛に座るよう促されたソファに座る。

ムラクモは立ったまま、二人に尋ねてくる。

 

「話が長くなるから紅茶を持ってくる。二人は何がいい? 取り合えず、色々と揃えてあるんだが、悩むようであれば今日の俺のおすすめを持ってくるぞ」

 

「あ、じゃあ俺は、よく紅茶とかわかんねぇから、それで頼むわ」

 

「私も、おすすめでお願いします」

 

「承知した。ではしばらく時間をいただく」

 

先程とは違う口調。コロコロと変わっていくムラクモに追い付いていけないが、二人はムラクモの今日のおすすめを選ぶと、ムラクモは頷き、部屋から出ていこうとする。

 

「ムラクモは、私は───」

 

「理事長殿にはカモミールティーをおすすめする。二人にはバレリアンティーを出すつもりだが?」

 

ムラクモは背を向けながらも、凛の言葉を遮り、話を進めていく。

 

「じゃあ、私はカモミールティーでお願いするわ」

 

「承知。では紅茶を持ってくるとしよう」

 

凛は少し笑みを浮かべて頷きながらムラクモに頼むと、同じようにムラクモも頷き、理事長室から出ていく。

 

「ごめんなさいね。話をそっちに回せなくて」

 

「いえ、此方こそ、手厚い歓迎で」

 

「質素なものだけどね。あれでも、ムラクモで最大限のできるものを貴女たちに渡すつもりよ」

 

全員で祝うわけでもなく、静かなものだが、小さなもので祝い、まずは馴染んでもらおうという凛の考えだ。

ムラクモが紅茶を持ってくるまで、時間があるため、できる限りの話をしていく。

 

「部屋の案内は全てムラクモに任せてあるわ。貴方たちの授業クラスは爛たちと同じところにしてあるから、知っている人がいるはずよ」

 

「ホントか!?」

 

「えぇ、エリシア、貴女には確か、ステラが妹に居たわね?」

 

「あ、はい。ステラちゃんは妹ですよ」

 

「ステラも居るわ。安心して」

 

凛からの説明を受け、爛たちが居ると発言した凛に、目をキラキラさせて、笑みを浮かべる翔と、エリシアは妹であるステラがこの学園にいることに、小さく笑みを浮かべる。

 

「もし、連れてきたい人がいれば教えてちょうだい。教えてくれれば、その人に連絡を送っておくから。来るか来ないかは、その人次第だと思うけどね」

 

凛は二人に紙を渡す。紙に書かれている内容は、生徒関係者をこの学園に入学させようというものだった。

二人がどういうものが書かれており、何を書かなければならないのかを確認しているときに、理事長室のドアをノックする音が聞こえる。

 

「いいわよ」

 

凛がそう言うと、ガチャリとドアが開けられる。そこに居たのは、紅茶を持ってきていたムラクモの姿だった。

 

「っと、持ってきたぞ」

 

ムラクモは翔とエリシアの前にあるテーブルに三つ、理事長の机に一つ、華奢なティーカップを置き、翔とエリシアの目の前にあるソファに座る。

 

「熱いから、気を付けろよな」

 

微かに笑みを浮かべたムラクモはティーカップを手に取り、紅茶を堪能する。

 

「あ、別に紅茶本来の楽しみ方をしなくてもいいぞ。俺はいつもこうしているだけだから、気にしなくていい」

 

ただ飲むだけではなく、大人な楽しみ方をしているムラクモを見た二人は、彼は一体何歳なのかと、思うほどの優雅な雰囲気をムラクモは纏っていた。

 

「この学園について大体把握してもらうために、俺が学園を案内する。何か、聞きたいことはあるか?」

 

ムラクモはティーカップを置き、二人に尋ねた。しかし、二人はまだ凛からの説明を少ししか受けていない。まだ分かっていないことは多く、聞きたいこともある。二人の表情を見て、察したムラクモは凛の方を向く。

 

「まだ、説明が終わってないみたいだな。さっさとやってくれ。面倒なことはやりたくないんだわ」

 

ティーカップを持ち、紅茶を堪能しだしているムラクモを見て、凛はため息をつく。

 

「はぁ、分かったわよ。すぐに終わらせるわ。あとは、自分で体験してもらうしかないわ。知り合いもいるから、助けには困らないでしょうし」

 

凛はムラクモに促され、聞くよりも見たりした方が早いんじゃないかと思いつつも、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。説明は終わっていないのだ。ムラクモのいっていることが正しい。それをわかっているからこそ、凛は何も言わない。

二人は、何とも言えない空気に割って入ることはできず、凛の説明を聞くのだった。



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風邪を引いた人たち

久しぶりです。
まぁ、特に報告をするということもなかったので、ちょっとした爛たちに起こった、日常で起きることを書いてみました。


 学園に翔とエリシアが来る日の朝、爛はとある災難にあっていた。

 爛の目の前には、息を荒くして、苦しそうにしている六花たちがベッドで横になっていた。基本、栄養管理をしっかりとしている爛の料理だが、怠っているわけでもないし、間食を挟んでいるわけでもなく、かといって体調を悪くするような日常を送っているわけでもなく、至って健康的な毎日なのだが、ここ最近、温度差が激しいのか。体調を崩す人が多くなってきていたらしい。もしかしたら、六花たちはその辺りに引っ掛かったのだろう。それで風邪を引いた。しかし、そう考える爛にとってみれば、何故このようになっているのか。目を疑うような光景なのだ。

 

「うぅ、爛……」

 

 先ずは六花。病弱でも何でもない彼女は温度差で体調を崩しているような様子を見せていた。一気に重なったのが今日なのだろう。

 

「マスター……すみません……」

 

 次にリリー。彼女は最近、外に出ることが多く、温度差に影響されやすい状態だった。しかし、特に体調を崩す様子を見せずに過ごしていたが、一気に体調を崩したか。

 

「お兄ちゃん……行かないで……」

 

 額に冷えピタを貼って苦しそうにしている明。六花と同じく体調を崩している様子を見せていた。リリーとは違い、家にいることが多かったので、急な温度の違いに体がやられたか。

 

「大丈夫だよ明。にぃにも居るし……」

 

 明を心配して隣に横になっている沙耶香。心配する様子を見せながらも、香、爛、明、沙耶香の中では、一番の病弱なのだが、妙に丈夫な方で、インフルエンザなどにはかからないのだ。しかし、今日は明と同じく体調を崩している。熱も出ていた。休ませてあげるのが良いだろう。沙耶香は四人の中の一番下の妹。

 後で、彼女にも温かいものと冷えピタを交換しよう。

 

「爛がいなくても、私が何とかするから……」

 

 そんなことを言いつつ咳き込む香。やはり彼女もやられていた。明や沙耶香と同じく部屋から出ていても、環境のいいところにいたため、温度差にやられていると考えた方がいい。香は四人の中で一番上の姉。しかし、爛に甘えているところを見ると、爛の方が上に見えてしまうが、年齢では香の方が上なのだ。

 

「とりあえず、これだけ風邪を引くとなると、俺のせいもあるのかな……」

 

 五人が一気に体調を崩すとなると、やはり自分の栄養管理が甘かったのか。そう考えて顔を俯かせる爛に、六花は首を横に振って、無理矢理体を起き上がらせて爛に言う。

 

「そんなことないよ。爛はしっかり考えて作ってるし……」

 

 続きを言おうとした六花は、咳き込んでしまい、爛は不安になって六花の隣に行き、背中を擦る。

 

「大丈夫、ありがとな。嬉しいよ、そう言ってくれるだけでも。でも、体には気を付けてな。栄養管理しているから栄養に関しては何とかなるけど、他は完全に自己管理になるからな」

 

「うん、次から気を付けるよ……」

 

 爛は笑みを浮かべて六花を安心させようとする。素直に頷いた六花は、無理矢理起き上がらせた体を横にする。

 

「さて、どうしようか。ネロたちは平気だけどな……風邪を引かれると困るしな……」

 

 朝起きて、六花たちは食べていない。そのことに気づいた爛はお粥でも作ろうかとキッチンに行こうとするのだが……

 

「ん?」

 

 服の端を掴み、行かせないようにしている明がいた。

 

「やだぁ……お兄ちゃん、一緒にいてよ……」

 

 目の端に涙をためている明を見て、これはいけないと爛はすぐに考える。

 

「分かった」

 

 頷いた爛は自分がいなくなるのが不安になるのだろうと考え、明が横になっているベッドに座る。

 

「お兄ちゃぁぁん……」

 

 爛にすり寄り、甘えようとしている明を見て、爛は首をかしげて尋ねる。

 

「何だ?」

 

 尋ねても何も答えない明だが、両手を広げて上目遣いで、

 

「ギュッて、して?」

 

 そんなことを言ってきた。

 それを聞いた爛は頬を赤くして驚く。

 

「ダメ?」

 

 追撃された。

 妹のことを思っている爛は、頼みを断りきれるわけはなく……

 

「……分かったよ」

 

 頷いた。

 明は爛の太股の上に座り、爛を抱き締める。爛も同じように抱き締め返す。

 

「……ズルい」

 

 ムスッとした表情で爛たちを見ている六花は、爛の背中に抱きつく。

 

「六花?」

 

「明ばっかズルい……」

 

 ぴったりとくっついた六花は、爛の腰に手を回す。

 

「六花、後でしてやるから、我慢してくれるか?」

 

 六花の頭を撫で、苦笑をしながらそう言うと、六花は渋々頷く。

 

「……分かったよ」

 

 抱きつくのをやめた六花は、ベッドに横になり、毛布に頭まで入れて眠ってしまった。

 

「あちゃあ……怒らせたかな……」

 

 しくじったと思った爛は苦虫を噛んだような顔になり、どうしようかと考える。

 

「…………………?」

 

 服を引っ張られる感覚が来た爛は、服を掴んでいる明に視線を向ける。

 すると、明は鋭い視線を爛に向けていた。

 

「……ごめん」

 

 そんな視線に勝つことができなかった爛は、六花の頭を撫でていた左手を明の頭にのせて、撫でていく。

 言いたいことが伝わったのか。明は嬉しそうな表情で頬擦りをする。

 

「……ゆっくり休んでくれよ」

 

 少しずつ体を揺らし、眠りやすくなるようにして、明の頭を撫で続ける。

 

「……うん」

 

 明は瞼を閉じて、爛の服を掴んで眠りにつく。

 

「…………………」

 

 優しい笑みを浮かべた爛は、明を暖かく見守る。自分の腕の中で眠っているか弱い子供を守るように。

 

「………ところで、香姉たちは眠ったのかな?」

 

 爛は笑みを浮かべたまま、香たちがいるはずのベッドの方に視線を向ける。そこには、横になっている香たちがいた。

 

「暑くて眠れないのは分かるけど、寝ないと治らないぞ。じゃないと、構ってやらないからな~」

 

 しっかりと休んでもらいたい爛は香たちに告げると、ビクッと震わせる動きを見せてきた。

 起きているんじゃないか。そう思った爛は口には出さずに、香たちを視線から外す。

 

「眠ったみたいだな」

 

 深い眠りにしっかりとついた明を見て、爛はベッドに横にさせようと動くのだが……

 

「ん?」

 

 不意に、服が引っ張られる感覚がした。よくよく見れば、明の右手が爛の服をつかんでいたのだ。

 そういえば、眠るときに掴んでたっけ。そんなことを思いつつ、先程の形へと戻り、爛は明の額にキスをする。

 

「愛しいな、お前は」

 

 正直な感想が口から溢れた。妹に抱いていた思いは、微かなところで響いていた。その言葉は誰にも聞こえず、また、爛にしか分からないほど、とても小さな声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター……シスコンですかね」

 

 部屋のドアから覗くように見ている玉藻の前が呟いた。

 玉藻の前(以降タマモ)、爛のサーヴァントであり、自称正妻。好きな服で着飾っており、コーディネートのセンスがある。

 

「そうですね。私たちなんか書いてくれる描写すら無いわけですし……」

 

 その下で同じように覗いている清姫が同じように呟く。

 清姫、タマモと同じく爛のサーヴァントである。嘘については凄く敏感で、爛でさえ嘘は許されていない。嘘をついた場合は焼き殺されるか、爛の場合だと別の意味で搾り取られることになる。

 

「いいなぁ……明さん」

 

 羨ましそうな目で見つめているのが、桜。

 敷波桜。爛の一歳年下の後輩。養子として招かれた桜は爛のことを先輩と呼んでいる。

 

 桜たちはドアの僅かな隙間から覗き、羨ましそうに明を見つめていた。

 

(はぁ……結局は、みんなにしてあげないとかな……)

 

 爛はそんな視線を感じ取っていたのか、溜め息をついた。



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二人の疑問

 凛の説明が終わったのを見たムラクモは、飲み終わったティーカップを置き、二人に話しかける。

 

「ん、じゃあ、学園の案内をしよう。とりあえず、凛の説明で何となくは分かったか?」

 

 二人に確かめるように顔を向け、尋ねる。

 二人は頷き、肯定をする。

 

「おう、何となくだけどな」

 

「はい、ショウさんと同じく」

 

 それを聞いたムラクモは笑みを浮かべた。純粋に、ここに住むようなものだから、知ってもらえるのはありがたいのだ。ムラクモにとって、この学園が自分の家のようなものだからだ。

 

「よし、それじゃ、行こうか。凛、後は任せた」

 

 ムラクモは立ち上がり、理事長室から出ていく。

 

「ムラクモについていくといいわ。私からは、これで終わり」

 

 凛は言い切って、まだ残っている紅茶に手をつける。

 

「………おいし」

 

 素直に紅茶の味に感想を口から溢した凛は、書類を取りだし、確認を始める。

 

「ムラクモさんについていきましょう。ショウさん」

 

「おう」

 

 翔とエリシアは理事長室を出ようと立ち上がり、凛に一礼してから、理事長室を出る。

 

「ん、行くことが多くなるところから回って説明していくぞ」

 

 ムラクモは一声だけかけて、すぐに歩き出す。二人は、返事すらまともにできずに、急いでムラクモの跡を追う。

 追い付いた時、翔がムラクモに尋ねてきた。

 

「なぁ、この世界はどうなってるんだ?」

 

「…………………」

 

 ムラクモは立ち止まり、二人の方を向く。その瞬間に、赤い眼光が二人の目に映った。それはまさに、ムラクモから見えたもの。表情は無機質なものとなり、翔を見つめている。

 

「この世界か……」

 

 ムラクモは呟くように小さな声で言った。

 ムラクモが答えるよりも前に、続けてエリシアが質問をぶつけてくる。

 

「この世界にある気配が、とても大きな物の上に私たちが居るような感じがするんです」

 

 それを聞いたムラクモは、エリシアに視線を向けた。その視線から感じ取ったのは『興味』だった。

 

「へぇ……俺が、それを答えられるとでも」

 

 ムラクモは自分から疑問を投げ掛けた。この世界の住人であるとはいえ、それを答えられるとでも思っているのかと。

 

「はい、貴方なら答えられる。いえ、答えられない訳がないはずです」

 

 エリシアはキッパリと断言した。翔を眼を剥いて、エリシアの方を向く。そこまで強気にいくエリシアを見たことがないのだろう。

 ムラクモは口角を上げ、笑みを作る。

 

「……二年ぐらい前か。そんなことを、言ってきた男が居たよ。しかも、中にあるものまで言い当てやがった。勘のいい男って訳じゃなかったが、ソイツとお前は違う。お前は勘のいい奴の方だな」

 

 明らかに気配が違う。今までの彼とは違うものだ。

 だが戦うという意思は見せていない。何か話すべきことがあるというような顔だ。それに気づいてもらって嬉しい。気づいてほしかったような、言葉に表しにくいものだ。

 

「けど、お前には答えられないな。アイツは、自分が傷つくことに心配なんてもんをしなかったからな。アイツとお前は違う。負荷に耐えきれない。勿論、翔、お前もな」

 

 指をさす。ムラクモの言葉からは警告のようなものを感じ取った。いや、ここから先には近づくなと言う忠告に近い。

 本能的にそう見えた。これ以上は踏み込めない。踏み込みきれない。少しでも歩みを進めようとしたら、何かを無くす。

 

「……分かりました」

 

「いい線行ってたぞ。まぁ、いつか話すときは来るんだ。その時まで待っててくれ」

 

 ムラクモは窓の外を見る。

 大きく栄えている学園の外には、建物が連立しており、どれも高い。街は賑わい、活気が溢れて、毎日が送られている。

 それを一望することができる学園だ。周りには、様々な世界があるといってもいい。いや、そう言い切らなければならない。

 

「……でもまぁ……」

 

 ムラクモは青い空の方を向き、そこから見える太陽の方へと手を伸ばす。

 

「お前たちも知りたいというのであれば、俺から言えることはヒントだけだ」

 

 手を下げ、二人の方へと顔を向ける。まだ疑問を浮かべている表情だ。それはすぐに察することができた。

 ただ、ムラクモの中では、二人に対する本能的な危機感を抱えている。それは一体なんだ。これから共にいることになる者に危機感を覚えなければならないのは。いや、それも気づいている。根本の原因も分かってくるだろう。危機感があるということは、それは多分、ムラクモの中にあるものが、あの二人に対して、何かを感じている。

 

(………どちらにも因縁を浅くとも持っているものがある。それは二人にとっての敵であり、仇みたいなもんだな)

 

 ムラクモは苦笑を浮かべた。この二人は中にあるものを考えると、付き合いづらい。

 まぁ、人間としては面白いし、問題はないだろう。

 

「さ、行くぞ。突っ立ってても何も起きない。さっさと終わらせようぜ」

 

 ムラクモは歩き出す。

 あぁ、いつか、この世界にも、平穏は訪れるのか。

 

(いや、こんなこと考えてもつまんねぇな。

 ……にしても、この体もアイツらからしたら完全に異常だな。爛が言ってたから間違いねぇな。どこまで可笑しくなって、狂って、壊れて、どうでもいいようになった体をどこまで隠し通せばいい? なぁ、答えてくれよ……神だか何だか知らねぇけど、知ってんだろ。俺を創りやがったクソ共)

 

 ムラクモの中を知らない二人は、その危険を知らずについていく。自分達の仇ともいってもいい存在と同類のものが、目の前にいるとも知らずに。

 

 そして、ムラクモはまた、罪の中で生きていく。



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爛との再会

「───────────」

 

 誰もいない学園にある一室で爛は本を読んでいた。

 そんな中、爛がいる部屋にノックする音が聞こえる。

 

「───あぁ、いいぞ」

 

 爛の声が聞こえたのか、部屋のドアが開かれる。

 そこに入ってきたのは、翔とエリシアだった。

 

「……久しぶりだな、二人とも」

 

「おう、久しぶり。あんまし、変わってねぇな」

 

「お久しぶりです、爛さん」

 

 久しぶりに再会をすることができた三人は、それそれの言葉を交わす。

 

「あまり変わってないようで何より」

 

「お前も変わってないみたいで安心したぜ。それよりも、ムラクモにここに来いって言われたんだが……何だ?」

 

 あぁ、その事か。と本を閉じながら爛は、二人に椅子に座ってもらうようにし、飲み物を二人に出す。

 

「まぁ、話は長くなるからゆっくりと、な」

 

 爛も椅子に座り、二人に切り出す。

 

「ところで、ここはどうだった。馴染めそうか?」

 

「あぁ、問題はないと思うぜ」

 

「はい、部屋も快適でした」

 

 二人の感想を聞いた爛は笑みを浮かべ、うんうんと頷いた。

 

「それは良かった。それと、ムラクモから聞いたんだが……ムラクモのことについて知りたいと?」

 

 満足そうな笑みを浮かべていた爛は、二人に尋ねてきた。その事は、二人も真剣な表情となり頷く。

 それを見た爛は、少し溜め息をつき、煙草を取り出す。

 

「まぁ、お前たちなら気付くだろうな。あいつのことにな」

 

 爛が返してきた答えは当然のものだった。爛も二人と同じようにムラクモに違和感を持った一人だ。

 

「だがまぁ、あいつのことは知ろうとはしない方がいい。これは、お前たちの命の安全を最優先するとだ」

 

「……どういうことだ?」

 

 爛が言い放ったことは、まだ二人には分からない。首を傾げながら、翔は爛に尋ねた。

 灰を灰皿に落とす。煙草を口に加え、二人にある書類を見せる。

 そこに書かれていたのはムラクモのことだった。

 

「……えっ!?」

 

「おいおい、冗談じゃねぇだろうな……」

 

 二人が見たのはムラクモの情報。書類に書かれているもの全て、ムラクモに関しては『不明』だった。

 

「生憎、全て不明だ。書かれている通りだ。嘘でもなんでもない。それ故に、ムラクモは一人で生きてきた。ここに来るまではな」

 

 ムラクモにこの世界での居場所は無かったんだ。そう言い放った。爛に、慈悲という感情はない。誰にも頼れない状況で生きてきたムラクモに、慈悲は存在していないと言っているかのように、爛はそれを気配で見せつけてきた。

 

「ただ、ムラクモの接し方はムラクモなりの優しさだ。自分のようにはなってほしくないんだろうな。だからこそ、あれだけのことを言ったりするからな……」

 

 爛は瞳を閉じて、ムラクモとの日常を思い浮かべる。自由奔放のようなムラクモは、今まで生きてきた人生をそのまま体現しているかのように見えた。

 周りに影響されることなく、自分らしさを出していき、認めさせる。それが自分なのだと。だがそれは、人を傷つけたりする可能性もある。ムラクモが人を傷つけるようなことではなかったのが、彼なりの優しさなのかもしれない。

 

「……だが、自分の秘密に知ろうとするものだけは、容赦しないみたいだ」

 

「知ろうとすれば殺すってか?」

 

「その通りだ。一人だけ、ムラクモについて知った。そいつは遺体かどうかすらわからないほどに、人じゃない形にまでになったそうだ」

 

「そんな……!」

 

 ムラクモは自分についての秘密が敏感らしい。知る必要のない者が知ろうとしたりすれば殺される。

 二人にとってみれば、あれだけ優しい雰囲気をしていたムラクモとは正反対のムラクモを、爛は知っていた。

 

「お前たちはムラクモには勝てない。だからこそ、知ることは諦めるんだな」

 

 二人の命を最優先に考えた結果がこれなのだ。爛の言っていることは間違いではないだろう。

 

「……分かったよ」

 

「あぁ、ムラクモは殺すことに関しては慈悲なんてないからな……」

 

 沈黙の雰囲気が流れている中、ドアが開く音が聞こえる。その音に反応した爛が、すぐにドアの方へと歩く。

 

「ちょ、ちょっと六花! 部屋で安静にしててくれって言っただろう?」

 

 六花が入ってきたようだ。爛が焦っているような話し方をしている。どうやら、六花は部屋で安静にしてなければならない状態だと、二人はすぐに気づく。

 二人の考えている通り、朝に六花は風邪を引いており、爛の部屋で安静にしていた。

 

「……分かったよ。ただ、無理に話さない方がいい。言いたいことは分かったから」

 

 ドアが閉められる。戻ってきた爛は六花を抱えていた。

 

「……あ、久しぶり。二人とも……」

 

 弱々しい声だ。顔が少し赤くなっている。

 

「お、おい! 大丈夫か?」

 

「風邪引いたんだよ……全く、体にはキツいから、部屋で休んでろって言ってたのに……」

 

「不安なんだよぉ……爛がいないと寂しいの……」

 

 翔が心配する表情を浮かべ、爛は諦めた表情をし、六花は不安な表情になり、爛にぴったりとくっつく。

 

「あはは……六花さんらしいですね……」

 

 苦笑を浮かべるしかないだろう。爛に構ってもらいたい六花は諦めきることが難しい。

 

「ま、まぁ、良いじゃねぇかな。六花だし、問題はねぇだろ?」

 

「……仕方ないか……」

 

「………………♡」

 

 爛の方が諦めると、六花は嬉しそうな表情で爛を抱き締める。

 

「……ほら、おいで?」

 

 一度六花を下ろし、椅子に座ると、六花に対して両手を広げ、微笑みながら誘う。

 六花はそのまま爛の両手の中に行き、爛の上に座る。

 

「……割りと、お前も六花を甘やかしてるよな……」

 

「まぁ、六花が悲しいときとかにやってあげてるからなぁ……」

 

 少しジト目をしながら爛を見つめ、チラチラと視線をエリシアに向ける。

 

「わ、私はしませんよ!?」

 

 六花みたくしてほしかったのか。赤面しながら否定する。

 それを聞いた翔は項垂れて溜め息をつく。

 

「そうかぁ……俺とエリシアは爛と六花みたくあれだけの仲じゃないのかぁ……」

 

 爛と六花の二人を羨ましそうに見ている翔を見てしまったエリシアは、少し申し訳なさそうな表情をし、翔に提案する。

 

「……もし、良ければ、二人っきりの時になら……良いですよ……?」

 

「ホントか!?」

 

「飛び付くの早いな……」

 

 エリシアの提案にすぐに飛び付いた翔を見て、爛は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「二人は、学園がどういうものかは分かったのか?」

 

「簡単な説明は、ムラクモさんからしてもらいましたが……」

 

「詳しく分からないとね……」

 

 尋ねてきたのは学園のことについて、素直に答えると、爛は苦笑をした。

 まぁ、面倒事は人に投げつけるムラクモだから、こうなることはわかっていたとはいえ、何とも言えないは確かである。

 

「……分かった、詳しく話そうか」

 

 爛はこの学園を構成している図を示している資料を二人に渡す。

 

「この学園は資料の通りだ。祭典とかもそこに書かれてある通りだ」

 

 資料には詳しく書かれており、とても分かりやすいものだった。

 

「あ~、爛。これって何すんだ?」

 

「ん……あぁ、それか」

 

 翔が指した資料の先には『学園大会』と書かれたものだった。

 

「学園内で行われる模擬戦の大会だ。訓練場、見ただろ?」

 

「確かに見たぜ。すげぇ広さだったな」

 

「そこを使って、誰が強いのか。それを競う大会だ。それで、基本は全員参加。やりたくない人がいるなら、不参加の意思を伝えれば、不参加となる」

 

 爛たちのいる学園は、かなりの規模であり、大会をひとつするには、十分な大きさなのだ。

 学園大会は、戦闘面で誰が強いのか。爛の説明の通りだ。

 

「爛さんは参加しているんですか?」

 

「俺は基本、ムラクモが参加するようであればやるが……あいつが参加しないようであればなにもしないさ。あいつとは、本当に全力で戦える相手だからな」

 

「そんなにつえぇのか? ムラクモ」

 

 爛は参加する意思については、ムラクモがどうするかのによって変わる。

 爛の言っていることが正しいのであれば、ムラクモは相当の手練れということになる。その事を翔が尋ねると、爛は小さく頷いた。

 

「あぁ、ムラクモがどれだけ強いのか。それは、言葉には表しづらいんだ」

 

「そんなにですか?」

 

「あぁ、学園大会になったら分かる。参加すれば、ムラクモと戦える可能性はあるだろうな」

 

 爛が人を言葉に表すことはするが、ムラクモについて、全く表すことができない。爛が唯一、全力で戦えるような相手なのだ。どれ程強いのか、想像もつかない。

 

「………………………」

 

「……ショウ、目をキラキラさせて、俺に向けるな。基本、ムラクモは気分で動いてるんだ。ムラクモに頼めば、戦えるかもしれないな」

 

 ワクワクしているのか、翔は爛に期待するような視線を向けるものの、爛はバッサリと切り捨てる。

 

「───もうこんな時間か、リリーたちが気になる。すまないが、話はまた今度だ。部屋に戻った方がいい」

 

 爛から終わりを切り出してきた。確かに長い時間話していた。

 

「分かった、ありがとな」

 

「ありがとうございました」

 

 二人は爛に礼を言うと、部屋から出ていく。部屋を出ていったのを見ると、爛は膝の上に座っている六花に視線を向ける。

 

「………あれま、眠っているのか」

 

「……………………………………」

 

 六花は話している最中に眠ってしまったようだ。爛の服を掴み、小さな寝息をたてて、静かに眠っている。

 

「……可愛い」

 

 素直な感想を口から溢した。爛は六花の顔を上げ、額にキスをする。

 六花の頭を撫で、抱えながら部屋から出ていく。

 

「………………………///」

 

 六花は密かに顔を赤くして、爛の胸に顔を埋めていた。



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第一章~平和を望む者~
ムラクモの日常 ~1~


あ、FGOで師匠狙いで引いたらカルナ来ました。ヤッター!カルナさん来てくれた!ランサーで星四以上が全然いないから嬉しい~!


 朝、太陽が登り、人が活動を始める時間。その時間よりも少しだけ早く、ムラクモは起きていた。

 

「今日も一日、面倒なことに巻き込まれたくないねぇ……」

 

 太陽の光さえ届かない。窓もの何もない牢獄のような部屋で、ムラクモは一人立っていた。

 

「……ここも変わらず……いつも通りだな」

 

 それでいい、何もないことが平和なのだ。それは誰でも願うことだろう。だが、このままではちっとも面白くない。

 味気のない生を送るつもりはない。少しは刺激のあるものを送っていきたいものだ。

 

「……今日はどちら様かな?」

 

 ムラクモが視線を向けた先に、一人の少女が立っていた。少女は牢獄のような部屋の中に入り、ムラクモに声をかける。

 

「フヘヘ、見つけるの早いですね。ムラクモさん」

 

「毎日会ってるじゃないか……『麻弥』」

 

 麻弥と呼んだ少女のことを、ムラクモは少し呆れた目で見詰めると、麻弥は少し照れたような表情をする。

 麻弥、フルネームは『大和麻弥(やまとまや)』。麻弥の入っている事務所の意向でアイドルのバンドに入り、ドラムを担当する。ムラクモとは麻弥が入学後すぐに知り合った仲である。

 

「朝だから良いけどさ。ほら、バンドの方もあるじゃないか」

 

 ムラクモの言う通り、麻弥はバンドに入っている。元より、事務所側の意向でアイドルのバンドを学園ですることになっていたのだ。

 それも態々、学園に入学し、生徒として活動をしながらバンドをすることになっていたのだ。

 

「いえ、朝は特に練習はないんです。機材のチェックはムラクモさんに会ってから済ませるので大丈夫です」

 

 ムラクモの隣に座り、笑みを浮かべる。それを見て、ムラクモは改めて実感することになる。

 やはり、今は平和であると。

 そう実感したムラクモは麻弥と同じように笑みを浮かべ、立ち上がる。

 

「さて、ここは太陽がない。こんな日差しの当たらないところにいるより、部屋の外に出た方が良いぜ」

 

「そうですね。では、行きましょうか」

 

 ムラクモは朝と夜にしか部屋に戻らない。それを知っている麻弥は、部屋を出るムラクモの後ろについていく。

 部屋を出ると、辺りが少し暗いことに気づく。耳をすませなくても分かることだが、雨が降っていた。

 

「麻弥……雨だってことを知ってて言ったな?」

 

 苦笑を浮かべたムラクモは、麻弥に尋ねると、「フヘヘ」という彼女独特な笑い声がした。

 

「はい、分かってましたよ?」

 

「そういうのは、俺だけの時にしか見せないよねぇ……ったく……太陽はなし、雨だけか」

 

 だがそれでも、ムラクモは部屋に戻ろうともしない。いつも通りの生活をする。

 

「それじゃあな。今日も一日、お前の周りが平和であることを思っとくよ」

 

「決まって言いますよね。ムラクモさん」

 

「何もないことが平和さ、それが好きなだけだよ。それに、面倒事は避けたいんでね」

 

 背を向けながら告げたムラクモは、廊下を歩きだす。いつも平和であることを望んでいるムラクモは変わっていない。少なくとも、自分が初めてムラクモを見たあの時から。

 

 昼頃、ムラクモは屋上にいた。雨に打たれながらも、屋上に居続けるのだ。

 そんなムラクモを心配し、屋上にやって来る少女がいる。

 

「ムラクモ、またそこにいるのか。風邪を引くぞ」

 

「俺に風邪はない。っていうか、昼頃に来るのが日課になっているな、怜」

 

「それも、昨日聞いた。ほぼ毎日のように聞いているのだが?」

 

 「すまんすまん」とムラクモは悪気無さそうに謝るものの、彼女はそれを許してしまう。ムラクモはそれをわかって言ったのだ。

 『神凪怜(かんなぎれい)』は学園の近くにある『神凪神社』の見習い巫女をしている。学業をしながらも、休日などになれば神社の手伝いをしに行っている。

 ムラクモとは基本、縁のない関係であるが、怜にはムラクモに恩があるのだ。

 

「まだ、あの時のことで恩返しをしようとしてんのか?」

 

「──────────」

 

 ムラクモの言ったことは図星だった。怜は顔を伏せ、小さく頷く。怜の顔は見えていないものの、頷いたことに気づいたムラクモは立ち上がり、怜に向き合う形に立つ。

 

「別にいんだよ、そういうの。俺にとって最高の恩返しは、平和に生きていることだけだからさ」

 

「ムラクモ………」

 

 怜は驚いた表情をし、顔をあげる。そこには、ムラクモが笑みを浮かべていた。

 

「悲しい顔なんてしてほしくない。お前は、笑顔の方が似合ってる」

 

「……そうか」

 

 ムラクモの素直な言葉だった。怜は、笑っていた方がいい。それは、ムラクモが感じていたことだった。

 

「……そうだな。私が少し思い込んでいたようだ」

 

「ま、よく思い込むのは怜らしいけどな」

 

「かといって、このまま穏便に済むとは思ってないだろうな」

 

「あちゃあ、やっぱダメ?」

 

「ダメだ」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 微笑んだ怜は頷く。このまま穏便に済ませようとしたのに気づいたのか、ジト目で見詰めると、悪戯っ子っぽい笑みを浮かべたムラクモが尋ねると、即断言した。

 屋上から中に入るムラクモの体は雨に打たれていたため、びしょびしょになっていた。

 

「もう……体を拭かないとだな」

 

「雨が降ってても屋上にいるの分かってるから、タオル持ってきてるだろ?」

 

「全く……自分でもタオルは持ってくるべきだぞ?」

 

 怜の顔には、自然と笑みが生まれていた。

 怜が持ってきていたタオルで、ムラクモは体を拭く。怜もそれを手伝う。

 

「昼食、持ってきたぞ」

 

「あぁ……いつもありがとな。別に、持ってこなくてもいんだぞ?」

 

「いや、いいんだ。もう日課になっているしな」

 

 怜が昼頃に来るのが日課になっていたのは、昼食を必要としないムラクモが心配なったことで、昼食を自分で作り、持ってくるようになっていたのだ。

 

「晴れていれば、屋上で食べられるのだが……」

 

「今日は、怜の部屋で食べるか?」

 

 晴れている場合であれば、怜の言う通りに屋上で食べている。雨の場合は二人の気分に合わせて場所を変えて食べている。

 ムラクモの提案に頷いた怜は立ち上がり、歩き出す。ムラクモはタオルをもって、怜の後ろについていく。

 

「今日は、ムラクモの好きな食べ物だぞ」

 

「そうなのか。こりゃ、端から見ると夫婦だな」

 

 怜の言ったことに反応したムラクモはふと、素直な感想を溢した。

 

「は、恥ずかしいことを言わないでくれないか……?」

 

 赤面しながら、怜は呟くように尋ねると、ムラクモは「そうだな、流石にやり過ぎた」と反省している様子を見せた。

 部屋に入ると、怜はムラクモの方へと振り向き、服を渡す。

 

「濡れたままじゃ他のものも濡れる。着替えてくれ」

 

「はいよ」

 

 ムラクモに服を渡し、急ぎ足で部屋のドアを開けて入ると、ムラクモは怜のいない一室で渡された服で着替えた。

 

「ん、着替えたぜ」

 

「あぁ、入っていいぞ」

 

 着替えたことを怜に告げると、部屋に入ってもいいということを言われ、ムラクモは言われた通りに部屋の中に入る。

 怜は食事ができるように準備をしていたようだ。ムラクモの好きな食べ物はおにぎりだった。

 

「そういえば、私の作るおにぎりが一番好きだと言っていたな」

 

「ん? あぁ、本当のことだぞ。俺は、怜の作るおにぎりが一番旨くて好きだ」

 

 怜の作ったおにぎりを頬張りながら、怜が思い出したことを言ったのに反応し、ムラクモも同じように思い出しながら話した。

 

「……良いのか? もっといいものは作れるのだが……」

 

「良いの良いの、こういう質素なのが俺には合ってるの」

 

 もっと豪華なものを食べさせてやりたいという思いが怜の中にはあるのだろう。しかし、ムラクモはそれを否定し、今のままでいいという。

 

「うん、ごちそうさん。旨かった」

 

「ありがとう。私にとって、その言葉が一番の誉め言葉だ」

 

「んなこと言わなくたっていい。それは一番、俺もお前も分かってることだから」

 

 昼食を食べ終えた二人は、会話を挟む。怜が盛るように話しているのを聞いたムラクモは分かりきったことは言わなくてもいい。怜もそれは知っていると解釈させるような言い方をした。

 だが、怜がそれを言うのには理由があるのだ。

 

「そうだな。でも、言わせてくれ。私は、その言葉で幸せを実感できているのだからな」

 

「そうか。余計なことを言ってしまったみてぇだな。悪い」

 

「謝らなくていい。私も、ムラクモの心遣いには感謝しているからな」

 

 二人はそれぞれ、お互いに思うことがあるのだろう。すれ違っているように感じる怜は、それをムラクモに言い出せずにいる。

 暫くして、ムラクモが欠伸をした。

 

「眠いのか?」

 

 それを見ていた怜の問いに、ムラクモは頷いた。

 

「どうやら、そうみたいだ。悪いが、寝かせてくれないか?」

 

「あぁ、いいぞ」

 

 ムラクモが尋ねると、怜はそれを快く受け入れた。

 すると、怜は自分のベッドの方へと行き、ポンポンと膝を軽く叩く。

 

「頭をのせて寝てもいいぞ?」

 

「それじゃ、お言葉に甘えますかね」

 

 怜がしようとしていたのは膝枕だった。ムラクモはそれに甘えて、頭を怜の膝の上にのせて眠る。

 怜はムラクモの頭を撫でながら、小さな声で呟く。

 

「ムラクモ……私は、一緒に居れるだけで幸せなんだ。この何気ない日常が一番なんだ……」

 

 ムラクモの耳には届かない、怜だけが知るムラクモに秘めた思い。

 恋する乙女のように、まだ怜には、思いを告げることは難しそうだ。




次回は爛の日常。

因みに、今回の話で登場したキャラクターがでてくるゲームは、この物語にどんどんと捩じ込んでいくつもりです。(基本、関係するのはムラクモ辺りですが)


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爛の日常 ~1~

はい、二日空けての投稿です。

爛が主人公の作品の続きはまだ執筆中なので気長にお待ちいただけるとありがたいです。

また、活動報告にて次回の話について、どのように書いていくかの方針等が書かれていますので、確認していただくと助かります。


 爛の朝は先ず、爛に抱きついている六花たちを引き剥がすことから始まる。彼女たちを起こさないように気を付けながら、するすると彼女たちの拘束から逃れる。

 今日は休日。爛たちも部屋でゆっくりすることができる時間だ。爛自身は、六花たちの相手で自分だけの時間をとることは難しいのだが。

 

「ふぅ、コーヒーで目を覚ますか」

 

 爛はいつも、朝になるとコーヒーを自分で入れる。本来ならばドリップ式など、本格的な道具を揃えているのだが、今日はインスタントのコーヒーで飲んでいる。

 朝、目を覚ますのに爛は基本、ブラックで飲んでいる。

 

「うん、朝はブラックだな」

 

 しっかりと目を覚ますことができた爛は、朝食を作る。眠っている六花たちは朝、爛に起こされるか、自分で起きるか、朝食の匂いに誘われて起きるかになる。

 今日も、彼女たちのなかで、自分で起きてきたのが居るようだ。

 

「にぃに……」

 

 起きてきたのは沙耶香。キッチンに立っている爛を、背中から抱きつく。

 

「おはよう、沙耶香。よく眠れたか?」

 

「……うん。おはよう、にぃに。今日のご飯は何?」

 

 笑顔を浮かべた爛は、沙耶香に尋ねると、頷きながらまだ眠たそうに目を擦り、今日は何が朝食なのだと尋ねてくる。

 

「サンドイッチだ。ほら、しっかりと目を覚まして、着替えてきてくれ」

 

「はぁ~い」

 

 沙耶香が尋ねてきたことに答えた爛は、抱きついている沙耶香の頭を撫でると、着替えるように言い、沙耶香は素直に返事をして、爛から離れる。

 

(沙耶香は素直だ。それは、俺としても嬉しいことだが……う~ん、なんとも言えんなぁ)

 

 妹が素直であることは兄として嬉しいことなのだが、爛の中では少し引っ掛かるところがあるようだ。

 着替えてきた沙耶香は爛に抱きつくことなく、椅子に座って待っていた。

 

「おはようございます。ますたぁ♡」

 

「おはよう、清姫。うん、着替えていたことには良しと言えるが、何かを待っているように側にいるのは何でかな?」

 

 清姫が起きてきた。ちゃんと着替えてきたことにはよろしいと言えるのだが、清姫が爛のとなりに立ち、何かを待っているように、爛に視線を向けていることに気づき、清姫に尋ねる。

 

「私は、ますたぁのお役に立ちたいのです。殿方が料理をし、妻がそれを待つことなど笑止! 本来であれば逆なのですよ?」

 

「つまり、俺が料理を待っている立場なのか?」

 

 清姫の思うことは爛にも分かっている。清姫が役に立てていないと感じているのだろう。それを、夫婦で例えられても困ると思いつつ、爛は清姫の言い分に答えると、彼女は強く頷いた。

 どうやら、彼女自身が納得いっていないように見える。だがこれは譲るつもりなど爛にはない。

 

「すまない。これは俺の日課になっているんだ。実家でも朝食は俺がやっていたしな。そこまで役に立ちたいなら、みんなを起こしてきてくれないか? もうすぐ出来上がるんだ」

 

「……分かりました。すぐに、皆さんを起こしてきますね」

 

 謝ることしかできない。訳を話せば彼女も納得するだろう。ちょっとショボンとしていた彼女に不覚にも可愛いと思ってしまった爛は、清姫から視線を逸らす。

 爛からのお願い事に少しだけ元気が湧いたのか、清姫は未だに眠っている六花たちを起こしに行った。

 

「皆さん、起きてください! ますたぁがお呼びですよ?」

 

 清姫は六花たちが眠っている部屋へと行き、声をかける。大抵は爛が呼んでいると言うと起きてくれる。

 今日も同じように彼女たちは起きる。

 

「……分かったよ~」

 

 六花が返事をした。他の皆も次々と起きた。

 まだ眠そうにして、ボーッとしている六花たちだが、そこに爛がやって来る。

 

「ほら、朝食はもうできたぞ。サンドイッチだ。皆で食べるぞ」

 

 また、寝てしまわないように六花たちを立ち上がらせようと抱き上げると、六花はそのまま、爛を抱き締めてしまう。

 

「六花? 今は我慢してくれ。後でしてあげるから……」

 

「じゃあ、あと十秒だけ……」

 

 爛の提案に対して何も答えずに、六花はあと十秒と言い、抱きついたままだった。

 このままじゃ言っても伝わらない。そう感じた爛はこのまま十秒待った。

 

「十秒経ったぞ……」 

 

「やぁだぁ~、もうちょっとだけ~……」

 

「ダメです! リッカ。マスターが困ってます……」

 

 下ろそうとする爛に対して、それを拒む六花。我儘すぎると思ったリリーは六花に怒った表情で近づく。

 

「……リリーだって、爛に抱き締められたいでしょ?」

 

「……………ッ///」

 

 図星だったのか、リリーは六花の言ったことに、反応して顔を赤くした。

 

「だから、後でしてあげるから、な?」

 

「……分かったよ……」

 

 爛の言ったことに渋々頷いた六花は、爛に下ろされて、着替えを始める。

 

「それじゃ、待ってるから」

 

 部屋のドアの前まで行き、待ってるとだけ言うと、ドアを開けて出ていく。

 六花たちは着替え終わった後から、爛のいる部屋に入っていく。

 

「……ん、食べようか」

 

 爛たちはサンドイッチに手を伸ばし、食べ始める。

 すると、六花は爛を突っつく。

 

「…………………?」

 

「あ~……………」

 

 口を開けて、何かを待つ仕草を見せる六花を見て、首を傾げる。

 何も分かっていない爛を見て、頬を膨らませる六花。

 

「も~、分からないの?」

 

「……はぁ~、何、サンドイッチを食べさせればいいの?」

 

 六花に言われて、やっと気づいたのか。ため息をつきながら尋ねると、六花は嬉しそうに頷いた。

 

「分かった分かった。ほら」

 

 サンドイッチを、六花に口元に持ってくる。六花は口を開けて、サンドイッチが来ると、パクリと食べた。

 

「ん~♡ 美味しい」

 

「それは、良かった……」

 

 満足した表情で感想を言う六花と、苦笑を浮かべてサンドイッチを食べている爛。

 すると、他の方から視線を感じ、そちらの方に目を向けると、リリーたちが物欲しそうに見ていた。

 

「……分かったよ」

 

 六花が羨ましいのか。自分もしてもらいたい思いがあるのだろう。それを察した爛は頷き、サンドイッチを手にし、一口サイズに手で分けていく。

 

「マスター……」

 

「はいはい……」

 

 リリーが爛を呼び、口を開けているので、苦笑を浮かべながらも、サンドイッチをリリーの口の中に入れる。一口サイズに分けたので全部入った。

 

「あ、リ、リリー……///」

 

 顔を赤くした爛が、視線を逸らしながらも、リリーに声をかける。

 

「ふぁい? どうしました?」

 

 中にサンドイッチがあるため、少し発音に難があるものの、聞き取ることができた。

 分かってるくせに。そう思いながらも、爛は口を開き、言った。

 

「………指………」

 

「ふぁい?」

 

 リリーの口に爛の指先が入ってしまっていた。分かっていながらもやったのだろう。一口サイズに分けたらダメだった。こうなることは爛は考えていなかった。

 分かっていながらも、爛の指先が入っているのを知らないふりをしていたのだ。

 

「リ、リリー……な、舐めないで……///」

 

「嫌ですぅ」

 

 指を抜こうとすると、リリーがガッチリと爛の腕をつかみ、離そうとしてくれない。

 指先を舐められ、すごく恥ずかしいと思いながら、爛は指を抜こうと必死になった。

 

「痛ッ!?」

 

 痛みが走った。どうやら、余りにも指を抜くことに意識していて、リリーが指を噛んだことに全く意識していなかった。

 軽い痛みが痺れるほどの痛みに感じた爛は、顔をしかめた。

 すると、リリーが驚き、爛の指を口から離す。

 

「だ、大丈夫ですか!? マスター!?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

 心配して、爛の指を確認するが、血も出ておらず、歯の痕がついていた程度だった。

 

「抜くことに必死になってたから、噛まれたことに全然気づかなかっただけだから……」

 

 リリーを安心させるために、平気なことを示すと、リリーは安堵した表情になった。

 

「良かったです。私がマスターに怪我をさせたりするとなると私、自分からい死ににいっちゃいます……」

 

「いや、それだけは勘弁してくれ……」

 

 さらっと恐ろしいことを言い出すリリーに、爛は少し冷や汗を流した。

 

「むぅ~……」

 

「あからさまに嫉妬しているな、総司」

 

「あ、いえ! そういうわけでは……」

 

 不機嫌な顔をしている少女は『沖田総司(おきたそうじ)』、清姫たちと同じく爛のサーヴァントである。

 心を許した相手には犬のようになつく彼女。爛に対しては特に心を許した存在だ。

 

「まぁ、俺ができる範囲でなら、何かしてやれるが?」

 

 機嫌を良くしてもらいたいために、爛は総司の望むことをしてあげようと声をかける。

 

「えっ、いいんですか……?」

 

 あれ、思ってたのと違う反応……。

 いつもなら飛び付くように反応を示すのだが、今回は少し引き気味だ。

 

「俺ができる範囲でなら、だぞ?」

 

 そのまま頷いたら、何か仕出かされると思った爛は、釘をさしながら頷いた。

 

「じゃ、じゃあ、このあと、お出掛けでもしませんか?」

 

「………あぁ、良いぞ」

 

 あれぇ? 思ってたのと違うぞ。

 内心で、疑問が消えていかない爛は少しだけ間を置いて頷いた。

 ツンツンと、横からつつかれ、そちらの方を向くと、口を開けた少女がいた。

 

「ほら、マスター」

 

 爛がマスターと呼び、一口サイズに分けられたサンドイッチを食べさせる。

 マスターと呼んだ少女は『曙聡美(あけぼのさとみ)』。爛がサーヴァントとしていたときに、マスターだった少女だ。今では、契約は切れているものの、二人とも覚えていたのか、爛はマスターと呼んでいる。

 聡美はサンドイッチを飲み込むと納得のいかない顔をする。

 

「あれ、もしかして、嫌いだった?」

 

「そうじゃないわよ、爛、いつまでマスターって呼ぶの?」

 

 納得のいかない顔をする理由は、爛がマスターと呼んでいるから。今は、契約もなにもしていないのに、未だにマスターと呼んでいる爛に納得がいかないのだろう。

 

「何度も言うけど、もうマスターって呼び慣れてるからだよ」

 

「マスター呼びは止めてほしいのよ。今じゃ、恋人同士だって言ってもいいほどじゃない」

 

 苦笑を浮かべた爛に対し、聡美は少し笑みを浮かべて、爛にすり寄る。

 

「ちょっと、マスター? そう言うとな……」

 

 爛が諦めた表情をしながら、六花たちに視線を向ける。彼女たちは、聡美の発言に納得のいかない顔をする。

 

「抗議するのはいいが、早くサンドイッチ食べ終えるぞ~」

 

 爛がパンパンと手を叩くと、六花たちは少し腑に落ちない顔をしながらも、サンドイッチを食べる。

 

「奏者、余にも奏者から欲しいのだ……」

 

「分かったよ、ネロ」

 

 爛がネロと呼んだ彼女は、『ネロ・クラウディウス』。

 ネロは爛に対して素直で、六花たちに構っていると、一番寂しそうにするほどだ。

 

「うむ、余はとても嬉しいぞ」

 

 笑みを浮かべたネロを見て、爛も釣られるように笑みを浮かべた。

 それは良かったと思いながら、それを言葉にはしない。ちょっとだけでもいいから、言葉の幸せを自分だけ感じても罰は当たらないだろう。

 

「六花さんたちばっかズルいです……」

 

 呟くように嫉妬するのは、宮坂家の養子の『敷波桜(しきなみさくら)』。爛のことを先輩と呼び、慕っている。無論、彼に恋をしており、一度スイッチが入ると、誰も止められない。

 

「先輩、私にも構ってください……寂しいです」

 

「はいはい、でも、サンドイッチで食べさせるっていうのはちょっと無理かなぁ」

 

 爛の背中に抱きつき、左肩に顔を出す。爛は桜の頭を撫でながらも、サンドイッチで満足させることはできないと告げた。

 どういうことかとサンドイッチがある皿を見ると、一つも残っていなかったからだ。

 これでは、確かに満足させることはできない。だが、続けて爛はこう言った。

 

「まぁ、別の方法でなら、満足させられるかもな」

 

 爛の言ったことがどういう方法なのか、思い付かなかった桜は、分からない表情をした。

 

「答えを言うとな。今日、二人っきりでどこかに行くか?」

 

 爛の提案に胸を高鳴らせた桜は、嬉しそうに頷いた。

何処にいこうかと爛が考えている最中に、桜から提案が来た。

 

「遊園地……何て言うのはどうですか?」

 

「あぁ、良いよ」

 

 桜の提案に頷いた爛は、桜の頭を撫でていた手を下ろす。

 

「片付けするから、後は自由にな~」

 

 爛は座っていた椅子から立ち上がり、皿を台所へと持っていく。

 すると、爛を後ろから抱き締めてくる女性がいた。

 

「ちょっと、香姉。今から皿を洗うのに、この状態じゃ……」

 

「何? 恥ずかしいの?」

 

「恥ずかしいに決まってるだろ……」

 

 爛を後ろから抱き締めたのは『宮坂香』。爛の姉でブラコンな彼女は、少し過保護な部分を持つ。爛を甘やかそうとしている。

 

「六花ちゃんとかばっかりズルいの……」

 

「ズルいって言われてもねぇ……香姉からは何も来てないからなにもしないよ。言ってくれなきゃ分からない」

 

 爛のいっていることは確かだ。香は自分の思いをしてほしいことを口に出さずにしていたのだ。

 爛は六花たちの相手をしながらも家事もしている人の気持ちに気づく余裕がない。

 

「うぅ……今度から言うね?」

 

「はいはい、分かりましたよ」

 

 できれば、相手は少ない方が楽なため、溜めててくれるとこちらも助かるのだが、それが引き金で香からファーストキスを奪われかけたことがあるため、そんなことは口が裂けても言えない。

 

「今度は、私と一緒に二人っきりで出掛けようね? 約束だから、破ったらダメだからね?」

 

「……分かったよ」

 

 強制に近いが、約束を取り付けた香は上機嫌で爛から離れる。

 姉とのデートはどうしようかと考えて始めてしまう爛だが、先ずは桜と出掛けるんだったと思い出した爛は、急いで片付けをした。

 

「桜が楽しめるようにしないとなぁ……」

 

 そんなことを呟く爛だった。



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八雲紫からの依頼

落第騎士の方を投稿してからとなりました。今のところ、交互に投稿していくかと思います。

あ、FGOにて夏イベントのジャンヌ(アーチャー)が出てきてくれました。BBに関してはろくでもないことをやると思ってますね。

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


「ねみぃ……」

 

 そんなことを呟きつつ、学園の廊下を歩くムラクモ。理事長からの呼び出しがかかり、理事長室に向かっている最中だ。

 

「失礼するぞ~」

 

 ガチャリとドアを開けると、理事長室に理事長である凛と爛、翔、そして怜が居た。

 

「あり? 俺だけだと思ってた」

 

 素直な感想をいうと、苦笑を浮かべた爛。凛が溜め息をついた。

 

「んで、何で怜がいるんだ」

 

 ムラクモが気になっていたのは、怜がいること。このメンバーで考えられることはあるのだが、できればそれがないようにしてもらいたいと思いながらも、話を聞くことにした。

 

「今回は、依頼を受けてもらうわ」

 

「はぁ、それは聞いたが」

 

「紫からの依頼よ」

 

 聞いていたことを切り出されたムラクモは、眠たそうな顔をしながら聞き流しているなか、ピタリとムラクモの動きが止まった。

 

「紫? 何で紫からだ」

 

「理由があるのよ。ムラクモ、『幻想郷』に行ったことあるわよね」

 

「あぁ、そりゃまぁ、見て回ったぞ」

 

 幻想郷、妖怪と人が共存して暮らしている世界。幻想郷はそう易々とは行けない。だが、行ける方法を持っている者はいる。

 幻想郷の話題を出されたとなると、考えられるものは一つ。それが思い当たったムラクモは、凛に尋ねる。

 

「まさか、幻想郷での異変か?」

 

「その通りよ。幻想郷で異変が起きたの」

 

 幻想郷での異変。妖怪が興味程度からなったりするものだ。

 だが、疑問に思うところがある。

 

「でもさ、博麗の巫女さんがいるじゃないか。あいつでも無理ってことなのか?」

 

 幻想郷には博麗の巫女という、異変解決の専門がいるのだ。なのに、自分達の方に来るというのは彼女が解決できないものなのか。

 

「えぇ、彼女は協力を求めているわ。紫曰く、ムラクモとかを連れていけば警戒はしないとのことよ」

 

「……ま、俺たちは依頼を専門に受けているからな……」

 

 凛の説明を受けて、爛は煙草に火をつけ、口に加える。

 それを見た凛が爛にジト目を向ける。

 

「ここは禁煙よ、爛」

 

「……以前にもここで吸った記憶があるんだが? 大体、六花たちの前では吸えないからな。気長に吸えるのはここだけなんだ。勘弁してくれ」

 

 壁に背を預けながら、煙草を吸う爛に悪気というものはないらしい。

 まぁ、六花たちが煙草にうるさいのは凛も知っているため、禁煙だのと注意はするものの、多少は受け入れている。

 

「はぁ……分かったわよ」

 

 諦めたのか、目線を逸らした。

 

「……続きを伝えるわ。暫くは博麗の巫女と共に、異変解決に力を注いでちょうだい」

 

「寝床はどうしたらいいんだ? 飯とかも必要だろ」

 

 凛の提示したことに、翔は別にある疑問を持った。

 翔の言う通り、当日に解決することはないはずだ。そうなってくると、宿が必要になってくる。

 

「その点に関しては、紫の方で手を打ってあるわ」

 

「何処だ?」

 

 紫の方で手を打ってあると言っても、決まった場所とは限らない。様々な手段を持つ彼女がどの場所にするかは分からないのだ。

 

「冥界よ」

 

「幽々子のところかぁ……」

 

 場所を尋ねたムラクモに返ってきた答えは、冥界という場所の名前だった。

 それを聞いたムラクモは項垂れながら、溜め息をついた。

 

「あら、知っているのね」

 

「当然だ、宿にそこを使わせてもらったんだよ。幽々子に気に入られちまってな」

 

 意外だったのだろう。ムラクモは冥界にまで顔を出していたことに。ムラクモは幽々子という人物の名前を出し、気に入られたということを言った。

 ここであれば、宿に困ることはないだろう。だが、ムラクモが次に言ったのは、意外なものだった。

 

「でもな、冥界は遠いんだぜ? 調査できる時間は短くなるぞ」

 

 ムラクモ曰く、冥界は遠く、異変が発生している場所からは遠くなるのではないかと言ってきた。

 ムラクモの言う通り、異変の場所から遠ければ遠いほど、調査ができる時間は必然的に少なくなる。

 

「そこも手を打ってあるそうよ」

 

「何でもかんでもお見通しって訳なんだな、紫さんは」

 

 準備が終わっているといっても過言ではないというほどに準備をしていた紫に、翔は流石だなと思った。

 

「……こっから行く方法は、扉か? 紫のスキマか?」

 

 ムラクモはこの学園から、幻想郷への行き方を凛に尋ねた。

 

「扉よ、案内の方はムラクモがよろしくね」

 

「はいはい。分かりましたよー」

 

 棒読みのように言ったムラクモは、怜の方へと視線を向ける。

 

「怜も来るのか……?」

 

「あぁ、私も行く」

 

 異変に付き合うのかとムラクモが怜に尋ねると、彼女は頷いた。

 

「………………………」

 

 ムラクモは顔をしかめた。しかし、彼女は決めると、止めることは難しい。ムラクモが知っている限りでは、自分で止めることはできなかった記憶がある。

 

「……俺から離れるなよ。多分、今までの依頼とは違うと思うからな」

 

 ムラクモは納得のいかない様子を見せつつも、彼から離れないという条件でついていくことができる。

 

「分かった。ムラクモは、依頼のことになると私をいかせようとはしないからな。ムラクモの言う通りに動くさ」

 

 怜は笑みを浮かべた。怜は以前、ムラクモが受けた依頼についていき、大怪我を負ったことがある。それ以降、ムラクモは責任感を持ってしまったのか、怜を自分の依頼には連れてかないようにしていたのだ。

 自分のせいで、怜が傷ついた。ムラクモはそう感じているのだ。

 

「……ならいい。もう、傷つけることはしたくないからな」

 

 安堵した表情を浮かべることもなく、顔をしかめたままのムラクモは溜め息をついた。

 

「怜のことになると、過保護になるよな」

 

「否定はしねーよ。寧ろ、肯定しなきゃいけねーよ。俺が言わなかったら、怜だって大怪我を負わなくてよかった。何しろ、俺が怜を気絶させてでも来させないようにすりゃいい。んなことをしなかったのは、俺の責任だ」

 

 自虐的な言葉が、ムラクモの口から出てくる。酷く、自分を責めている。怜は胸に痛みを感じた。自虐的(ネガティブ)になり、自分を責め続けるムラクモは見ていられない。だが、それを止めることができない。

 腕に痛みが走った。一度失ったことがある腕だった。怜は、右腕を失ったことがある。ムラクモはそれを、怜に義手などをつけるのではなく、自分の腕を引きちぎり、怜に移植した。ムラクモの右腕は怜の肉体に同化。以前の右腕の肉付き、感覚に戻したのだ。今では、怜の思い通りに動いてくれる。

 ムラクモは右腕を自分で再生。再生したての右腕は思うように動かなかったことを覚えている。初めて触るもののようにぎこちない動きをしていた。今では、その欠片はない。ムラクモの右腕として、再生した右腕は動いている。それは、怜の右腕もそうだ。

 彼なりの責任の取り方なのだろう。義手なんかよりも、感触などがしっかりと伝わるように、ムラクモは移植をしてくれた。怜は失ったものを、別の方法で取り戻したが、それでも失った痛みを覚え続けている。ムラクモも同じだ。自分で引きちぎった右腕を再生したとしても、未だに前の腕の感覚があるはずだ。それで痛みを感じている。

 

「幻肢痛をまだ感じるか?」

 

 爛から声をかけられた。痛みを感じた様子を見ていた爛は怜の肩に手を乗せ、心配した声音で尋ねてきた。

 怜は素直に頷いた。爛には嘘は通用しないのを知っている。

 幻肢痛と呼ばれるものは、失われた四肢の痛みを感じるもので、その原因ははっきりと判明していないらしい。爛曰く、脳内にある身体のマップが更新されていないことによって起きるというのが説明でよく用いられるらしい。これに関しては個人の脳で解決できるものだと言っていた。

 それを解決することはできていない。新しい右腕が思い通りに動いてくれるにも関わらず、まだ脳は旧い右腕を覚えている。まだ、自分の身体の一部にあるように。

 

「何とかするためには、先ずはこの腕が過去と関係なく自分の腕だと思わなければな。ムラクモに対しての罪の意識も消えないだろう。例え、幻肢痛が消えたとしても、罪の意識が消えなければ、また幻肢痛を感じる可能性がある」

 

 爛の言う通りだ。元はムラクモの右腕とはいえ、今は自分の腕だと思わなければならない。脳内の更新を済まさなければ、要らないときに限って痛みを感じるかもしれない。そうなれば、またムラクモの足を引っ張り、彼に罪の意識を積むような形になってしまう。

 怜は頷いた。ムラクモに心配をかけさせたくない思いがある。であれば、爛の言葉を受け止め、その様にできなくてはならない。

 だが、怜の心から罪の意識を消すためには、相当な時間がかかってしまうであろう可能性は、爛の方も重々承知だろう。どうにもできない話ではないことを分かっているからこそ、爛は幻肢痛を感じる度に言ってくる。それを鬱陶しいとは思ったことはない。何しろ、ムラクモのためなのだ。

 

「分かっているさ。でも、それが難しくてな」

 

「言いたいことは俺でもわかる。徐々に馴れればいいさ」

 

 爛は優しい。どんな状況でも、落ち着かせるように話してきてくれる。

 友に恵まれていると感じた怜は、笑みを浮かべた。幻肢痛は次第に引いていき、痛みは感じなくなった。だが、これでなくなったわけではない。また起きるかもしれないのだ。その事は気を付けなければならない。

 

「昼過ぎにまた呼ぶわ。それよりも前に準備は済ませてね」

 

 ムラクモは了解という返事を残して理事長室を出ていってしまう。重い雰囲気を残したままムラクモは出ていき、話しづらい空気が流れる。

 

「ま、ムラクモが怜のことになると過保護になるのは仕方ない。トラウマ並みだからな」

 

 爛が出ていくムラクモの姿を見ながら言った。確かにその通りだ。ムラクモは怜が傷つくことを極度に恐れている。爛からすると、あのムラクモが、だ。それほど、ムラクモは怜に許している部分が多いと感じている。それは、ムラクモはまだよく見えていない翔を除いた全員が知っていることだ。

 

「……なぁ、爛。準備って、どうすりゃいんだ?」

 

 申し訳なさそうに、翔が空気を割って爛に尋ねてきた。入学早々に依頼というのも異例だ。説明もなしに依頼もキツいだろう。その質問を待っていたかのように、爛が翔に視線を向ける。

 

「準備っていってもねぇ……ほら、暫くはあっちにいるだろ?」

 

 その言葉から始まった爛の説明は長かった。と言っても、どれも必要なもののため、聞き逃せないものばかりだった。必要最低限で分かりやすいように説明しても、準備の話だけに十分もかかることはないだろう。

 

「私も準備をしないとな」

 

 怜は爛が翔に説明をしている間に、理事長室から退室していた。

 凛はその様子を見て笑みを溢した。

 

「こういうのを見るのは、理事長室じゃ少ないから、楽しいと感じるわね♪」

 

 暫くすると、理事長室には凛だけが残った。

 誰一人としていないこの部屋に、凛だけが残り、書類に目を通し始める。

 いつもの通りの執務が始め、凛はある書類で手が止まった。

 

「…………………?」

 

 見たことがない。という表情を浮かべ、何がかかれているのか、丁寧に確認する。

 書類に記載されていたのは、この学園にいる男子生徒のことについてだった。名前が誰かは書かれていない。ただ、この学園にいる男としか記載されていない中で、最後の一文に、凛は驚愕する。

 

『学園に神の子が紛れ込んでいる』



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冥界・白玉楼の亡霊、西行寺幽々子

お待たせしました。中々書きづらかったので遅れてしまいました。

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 朝に凛が言った通りに昼過ぎに呼び出しを食らったムラクモたちは、理事長室に集まっていた。

 荷物を背負ってきたムラクモの右腰につけられているホルダーを見ると、そこには銃が籠められていた。

 爛は誰よりも多くの荷物を背負ってきていた。念のためと、医療道具を持ってきているのだ。

 怜は荷物を少しだけ余分に持ってきていた。何かあっても良いようにと、何を持っていくのかを真剣に考えて持ってきたそうだ。

 翔に関しては爛の説明通りに、必要な荷物をもってきていた。後は個人の自由となっており、翔は他にも持ってきているものがあった。

 全員が来たことを確認した凛は、もう一度依頼の確認をする。

 

「先ずは、冥界に行って、幽々子という人物に会うこと。それから、博麗神社に赴き、博麗の巫女とともに、異変の解決をすること。後は貴方たちに任せるわ」

 

 凛の話に全員が頷き、確認が終わった。その後は、ムラクモが扉へと案内する。

 大きな部屋へと入った四人は、ムラクモの案内で幻想郷にいく扉へと向かう。その道中で多くの扉が並んでいるのを見つける。

 どこかの部屋に繋がっているとは思えないほど、必要以上に扉が並んでいる。

 

「なぁ、これってどこに繋がってるんだ?」

 

 疑問に思うのは無理もない。この部屋には翔は来ているが、ムラクモは詳しく説明しきっていない。エリシアもどのようになっているかは分からないだろう。これがどこに繋がっているのか、全て知っているのは爛とムラクモだけになる。

 どのようになっているのか分からない翔はムラクモに尋ねた。

 

「様々な世界に繋がってる。時間軸も含めて、どのような世界に行くかも決められる」

 

 世界は木のように枝分かれを繰り返し、様々な世界ができていると爛は補足するように翔に伝えた。

 世界は様々な可能性を1から取っていき、その結果、どのようになっていくのかが決められている。枝分かれをしているとなると日本という国でさえ、数百、或いは数千、数億と可能性がある。過去、現在、未来を含めて、それらがどのように広がっていくかは分からないが、根底となるものが存在しているのは明らかだ。

 それこそ、日本が生まれなかったらという可能性もある。日本が生まれていたから、日本の軸が存在し、そのなかに可能性が多くあるのだ。

 そこで気になるのは、ここはどのような軸に沿っているのか。説明の通りなれば、自分達のいるこの世界も軸のなかに入っていることになる。

 その事を尋ねた翔は、ムラクモから意外な答えが返ってくる。

 

「この世界か? どの軸にも存在しない『上の空』のような世界だぜ。まぁ、こんな世界になっちまったのには理由があるけどよ」

 

 でなければ、魔法みたいなことはできないだろう? ムラクモが言いたいことはただひとつ、こんな世界だからこそ、好き勝手に可能性をとることができる。決められているルールから外れたようなものだと。

 翔には理解しがたいものだった。考えられないようなものばかりが飛び出してきて、信じられない話を聞いていたりすることがあった翔でさえ、こればかりは到底信じがたいものであると感じた。

 

「ま、馴れてくると、ここの方が過ごしやすいと思うけどな」

 

 ムラクモの取り付けて言ったことに疑問を浮かべ、どういうことか全く分からない様子を見せた翔。爛は何も言わず、怜も同じように分からない様子を見せていたため、答えてくれるのはムラクモぐらいだろう。最悪、爛もわかり得ないものかもしれない。

 

「よし、この扉が幻想郷に通じる扉だぜ」

 

 ムラクモが部屋の入り口からそれなりに進んだところに幻想郷に通じる扉があった。

 その扉を開けると、自然豊かな景色が目の前に映る。

 

「この扉を抜ければ、そこは幻想郷だ」

 

 ムラクモの言う通り、この扉は幻想郷にいくための扉だ。それ以下でも、それ以上でもなく、その役割(ロール)しか持たない。そのための扉でしかないのだ。扉に限らず、道具とはそういうものだ。

 

「んじゃ、行こうぜ」

 

 扉を抜けたムラクモに続いていくように、三人も扉を抜ける。

 抜けた先は抜ける前に見た自然の景色だ。振り返れば、扉はまだそこに存在していた。

 最後に入ってきた爛が扉を閉めると、そこにはなかったかのように扉は消えてなくなった。

 

「よし、先ずは冥界だな。幽々子のところに行くぞ」

 

 爛が促すように言うと、ムラクモが先に歩き出し、続くように怜が歩き出す。爛は一番後ろを歩くつもりなのか、翔が歩き出すまで待つ様子を見せた。

 それを見た翔は、怜の後ろに続き、爛が歩き出す。

 

「こっからだと、そんな歩かないだろ」

 

 ムラクモが周りを見ながら呟くように言った。冥界への行き方を知らない三人は、ムラクモの言葉には聞いていることしかできない。

 少しだけ先に進むと、開けた場所に出る。

 

「─────────────────」

 

 ムラクモが何かを呟いた。

 すると、視界が渦のように巻き込まれ、暗闇のなかに放り込まれる感覚に陥った。

 落ち着きを感じると、瞳を開けた翔は、周りが全く違う景色に驚愕する。ムラクモたちは既に、立ち上がって翔を待っていた。

 

「ほら、来い! 幽々子がいるところはもうすぐだぜ」

 

 翔はすぐに立ち上がり、走ってムラクモたちのところに向かう。

 石の階段が長く続き、とても高いところにある屋敷にムラクモの言う幽々子という人物が居る。

 

「あら、珍しいお客さんね」

 

 女性の声が聞こえる。ムラクモは聞き慣れた声のようで、笑みを浮かべた。何も言わないまま、ムラクモは階段を登り続ける。

 声に何も返さないのか。そう思っていた翔だったが、ここに来るよりも前に、ムラクモが幽々子に気に入られているという話をしていたのを思い出す。珍しい客というのは、ムラクモのことで、戻ってきたことから珍しいと言っていたのではないだろうか。

 階段を登り切ると、翔はとてつもない何かを感じ、警戒する。それを見ていたムラクモは苦笑を溢しながら言った。

 

「別に警戒しなくていい。何かしてくるわけでもねぇから安心しな」

 

 ムラクモが言ったことを信じた翔は警戒を解き、ムラクモの後ろを歩く。

 異様な空気に満ちているこの場所が冥界。既に入っていたものの、下に居たときよりも、階段を上がりきり、少し進んだところの方が異様な気配に囲まれているように感じる。

 

「むぅ、来ているのなら、返事の一つぐらいしても良いんじゃないかしら? ムラクモ」

 

 髪は淡い赤色、それよりも鮮やかなピンク色と例えたら良いのだろうか、青い着物を着こなし、お嬢様という雰囲気を漂わせている。

 

「別に返事をしなくてもお前なら誰が来たかっていうのは分かるだろう? 幽々子」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべたムラクモに困ったような表情をした幽々子という女性。

 まぁ、いいわ。と諦めたような様子をした彼女は四人を屋敷に上がらせ、初めてくる怜と翔に笑みを向けた。

 

西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)だ。冥界、白玉楼の管理人……といっても、領主というのが一番かもしれないな。あ、言っとくけど、亡霊だぜ」

 

 分からない二人のために幽々子の紹介をしたムラクモ。亡霊ということに驚く二人は、少し気になることをムラクモに尋ねる。

 

「……本当に、亡霊なんだな?」

 

「あぁ、亡霊だぜ」

 

 当然のことを何故尋ねるのか? そう考え始めたムラクモは、幽々子の容姿に注目をして探し始める。

 すると、今まで気にもしていなかったことだったからか、気づかなかったムラクモだが、とあること気づいた。

 

「あー、そういうことか」

 

 納得をしたムラクモは頷いたものの、何のことか分からない幽々子は首を傾げる。

 ムラクモは幽々子の足元に指を向けた。そこに視線を向けた幽々子は分かったのか、苦笑を浮かべた。

 

「霊だってのに、足があるからだろ?」

 

 ムラクモの言葉に二人は頷いた。確かに、霊のイメージと言えば足はないだろう。しかし、幽々子には足がしっかりと存在している。無論、触ることだって出来てしまう。その事に、二人はイメージと全く違うことに驚いていたのだ。

 

「常識に捕らわれちゃダメよ」

 

 再び笑みを浮かべた幽々子はムラクモの方へと視線を向け、ここに来たことの確認を取り始める。

 

「話は紫から聞いてるわ。異変解決に来るからここを使わせてくれってね。ムラクモが来るって言ってたから、嬉しかったわ」

 

 畳の上に座っているムラクモに近づきながら、嬉々とした様子で話し出す幽々子に対し、ムラクモは話を聞いているものの、欠伸をして眠そうにしていた。

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

 ムラクモが聞いているように感じてない幽々子はムラクモの顔を覗き込むようにして尋ねる。

 ムラクモは何も答えないまま、首だけ縦に動かして、聞いていると幽々子に返した。

 

「ここは使ってくれて構わないわ。ムラクモがいるなら、寧ろ使ってくれた方が良いもの」

 

 ムラクモがいるなら……? 何故ムラクモがいるならなのだろうか。幽々子に気に入られていると言っていたムラクモだが、どれほどまで気に入られているのか。少し気になるところでもある。

 

「はいはい、分かりましたよ~」

 

 適当な返事を返すムラクモにムスッとした表情をする幽々子。

 二人の間を割って入るように爛が話し出す。

 

「凛から追加連絡だ。「異変の調査は明日からでお願い」だそうだ」

 

 爛の手元には世界を越えて連絡をとれる電子機器があった。

 爛の言葉に返事をしたムラクモは立ち上がって荷物を取り、幽々子に尋ねた。

 

「部屋ってどうすりゃいい?」

 

「案内するわ。来て」

 

 はいよ、と返事をしたムラクモは幽々子の後ろについていくように歩き出す。

 三人も、急いで荷物を取り、二人の後ろについていく。

 案内をされた四人はそれぞれの部屋で過ごすのだが、ムラクモは少し、他の三人と違う部屋に入っていた。

 

「………………………………」

 

「ムラクモ?」

 

 部屋の中をを見ているムラクモに、どうしたものかと尋ねてくる幽々子。尋ねられたムラクモは溜め息をついて、幽々子に話す。

 

「ここって、幽々子が使ってる部屋だよな……」

 

 ムラクモの言葉に頷いた幽々子を見て、諦めた表情をするムラクモ。そこまで気に入られたかと思ったが、こんなことにまでなってしまうことなんて無いに等しい彼女がここまでするのは、本当に気に入ったからなのだろう。

 

「……嫌だったかしら」

 

 少し悲しげな声が小さく聞こえてきた。幽々子はムラクモに嫌になってほしくなかったのだろう。ここで嫌だと言ってしまったら傷つけることになる。これから世話になるというのに、初日からこれもどうかと思ったムラクモは、首を横に振った。

 

「別に。嫌だったら嫌だって言ってる」

 

 ムラクモは立ち上がり、部屋の襖を開け放つ。そして、白玉楼の庭に聳え立つようにある巨大な木を見ながら、幽々子に尋ねた。

 

「庭を見に行って良いか」

 

 幽々子から庭の見物を承諾してもらったムラクモは、すぐに庭の方へと歩き出す。そして、巨大な木の根の方へと歩き、ぐるりと回るようにして、とあるものを探した。

 そして、それはまだ存在していた。いや、存在していなければならないものだ。

 この巨大な木の根元には、人間の死体があった。

 

「……まだ、居るんだな……」

 

 慈しむように見つめた先には、とても見覚えのある人物の姿がムラクモの目に映っていた。

 服装は違くとも、ムラクモにはそれが誰かは分かっている。一度ここにきたときに、それを見つけ、誰なのかも分かった。そしてこれがどのような役割(ロール)を担っているのかも知った。これは、その確認だ。まだ役割(ロール)を全うしているのか。

 ムラクモの目には、巨大な木の根元で倒れている、少女の死体を見つめながら呟いた。

 

「よう、元気にしてたか」

 

 少女の名前は言わずに、ただ隣に座る。死体が故に、喋ることもなく、聞くこともなく、なにもしない。

 ただ、ムラクモは続けるようにその少女の名前を言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽々子────と。



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白玉楼での日常・初日

このままの調子でいければもう一話ぐらい今日の内にでも投稿できるかなぁ……

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 白玉楼に着いた初日。爛は幽々子に案内された部屋の中で荷物を広げていた。

 荷物の中には、衣服や本、医療道具があった。爛の首にはペンダントがかけてあり、本来なら右目を隠すためにつけている眼帯は外し、眼鏡をかけている。

 この眼鏡は爛の妹、沙耶香がプレゼントにくれたものだ。目の色を錯覚させるもので、眼鏡越しに見える爛の目の色は青みがかった黒色をしている。その色は元々、爛が黒と黄金の色をする前の、本当の爛の目なのだ。何の力も持っていない目だ。

 爛は荷物を簡単に分け、明日から始まる異変調査のための準備をした。医療道具をすぐにでも出せるようにポーチへとしまい、荷物入れの隣に置いておく。

 部屋の中で異変のためにやっておくことを終わらせ、身の回りに何かないのかと、部屋の中を見ていく。押入れには敷き布団と掛け布団。部屋を出て屋敷を見て回ろうと部屋の襖を開けると、目の前に庭があり、巨大な木を見た。

 

「……変わらんな、この木は」

 

 一度、爛は白玉楼を訪ねたことがある。ムラクモはそれ以前に来たことがあり、爛は以来の都合で幻想郷へ一人で行ったときに、紫のツテを使い、白玉楼に入った。

 入ったときに感じたのは妖気。背筋をゆっくりと舐め回すような感覚が襲い、寒気がしたのは苦い思い出みたいなものになっている。

 初めてこの庭を見たときは、あの巨大な木から感じるものに、爛は狂いそうになったことがある。あれほどの強大なものを感じたことはなかった爛は、理性が壊れそうになった。

 紫曰く、元々、爛の感知能力がずば抜けて高いことから、白玉楼に充満している妖気に強く反応したことで、それよりも強いものを持つあの巨大な木に、極度に反応をしたことで、強い衝撃を受け、理性にまで響いたと言っていた。

 それ以降、馴れてしまったのか。異常を来すこともなく、平然と生活をすることができていた。以前の環境からかけ離れた環境に適応する能力は高く、ムラクモと同レベルのものだ。

 

「まぁ、ムラクモに関してはなぁ……」

 

 そんなことを思い出していた爛は、ムラクモのことについて思い出していく。

 ほぼ謎に包まれているムラクモだが、化物と言ってもいい。これだけは言えることだ。

 環境の適応能力に関しては、自分の同じようなものなので言えないかもしれないが、適応能力は高く、同レベルと言われているものの、マイナス温度の世界に半袖短パンの時点で人じゃないのは分かるだろう。このとき、ムラクモの体温は極度に高く、その体温だけで巨大な氷を溶かすことは可能だ。無論、逆もしっかりとある。熱湯レベルのところに長袖長ズボン、コートやマフラー……と、冬の服装をさせてもムラクモは平気そうにしていた。このとき、ムラクモの体温は極度に低い。

 上げようと思えばキリがないほどだ。ムラクモはとにかく化物といってもいい。正直いって、学園の最高戦力でムラクモにぶつかったって返り討ちにされるのが決まっているようなものだ。

 爛は巨大な木を見つめ、今でも疑問に思っているものを呟いた。

 

「……封印されているのは何故だ……?」

 

 確かに、強大なものを感じ取っている爛からすれば、こういうようなものは利用されているのが普通だ。だが、これは利用されることもなく、逆に封印がされているのだ。

 強大な力過ぎるが故に、封印しておかないと不味いものはいくらでもある。だがこれは、どう考えていても放置していても問題のないもののはずだ。

 そして、それを封印しているのは誰だ。ここの主である西行寺幽々子でないということは確かだ。

 庭の近くを歩きながら、何故なのかと考えている爛は、巨大な木の隣にムラクモがいることに気づく。

 

「ムラクモ……か」

 

 爛は庭の中へと入り、ムラクモのところまで歩いていく。ムラクモに気づいた爛は、座ったまま爛に視線を向けた。

 

「爛か、どうした」

 

 爛がここに来ることはないと思っていたムラクモは、来たことが意外というような目を向けていた。爛は、ムラクモの近くにある石の上に座り、ムラクモに尋ねた。様々なことを知っているムラクモならば、この事について答えてくれるのだろうと。

 

「この木を封印しているのは誰だ?」

 

 直接、質問をした。この巨大な木を封印しているのは誰なのか。爛の考えていることは他の誰かが封印しているのかと、考えていたのだが、ムラクモが返してきた答えは、爛の想像を超えるものだった。

 

「幽々子だ」

 

 ムラクモの答えは、幽々子だった。彼女が、亡霊となっている今でもこの木を封印し続けているのか。そう思った爛だが、ムラクモのとなりに少女の死体があるということに気づく。

 

「その……亡骸は」

 

 そう、爛の言っている亡骸とは少女の死体のことだ。長い年月を通し、亡骸と化しているのは当然だろう。ただ、爛にはこれが少女の死体のように見えた。これが、何を意味するのか分からない。

 

「幽々子の亡骸だ。よく分かったな」

 

 ムラクモの言ったことに、爛は目を見開いた。驚きの表情を浮かべ、隣にあった亡骸を見つめる。確かに、感じるものは亡霊の幽々子と同じようなものだ。だが、この亡骸は何故、ここにあるのか。爛がムラクモに質問をするよりも先に、ムラクモが話し出した。

 

「この巨大な木は『西行妖(さいぎょうあやかし)』って言うんだけどさ。こいつは人間(ヒト)の精気を吸いまくった妖怪桜だ。もう桜が咲くことはない」

 

 西行妖は幽々子の父である『歌聖』を始め、生前の幽々子がここで死ぬまで様々な人の精気を吸いとった妖怪桜であり、その力は幻想郷の最高クラスの力を持つ紫でさえ手出しが出来ないほどの力なのだそうだ。

 ムラクモ曰く、生前の幽々子にも能力が備わっているらしく、それを疎んだ幽々子は命を断つ際に、西行妖を自分の亡骸で封印したそうなのだ。

 幽々子は生前にも紫との交流があったものの、亡霊になっている幽々子は生前の記憶を持たない。つまり、この亡骸が自分であることに気づいていない可能性があるとのことだ。知らないということはないらしく、西行妖が誰かの亡骸で封印されていることを知った幽々子は西行妖を満開にさせることで、封印に使われているものを復活させることはできないのかという興味本心で桜を咲かそうとしたことがあるらしい。それは、博霊の巫女や魔法使いに止められたそうだ。

 それ以降、この木には絶対に桜が咲くことはないとのことだ。ムラクモが考えたことになるのだが、西行妖が桜を咲かし、満開になったとはいえ、封印に使われているものは唯一人、生前の西行寺幽々子だ。復活するとはいえ、幽々子が亡くなってから千年も経ってからの出来事なのだそうだ。つまり、成功をしても、亡骸の状態では結局、幽々子は亡霊に戻るのではないのかという考えがあったそうだ。その事を知っていたのであれば、幽々子はそんなことはしないはずだと、ムラクモは考えたのだ。

 その話を聞いていた爛は良く分かったのか、幽々子の亡骸を見ながら言った。

 

「異変は興味本心で起きたりするものだから何とも言えんが、幽々子はこれが自分だと分からなかったのか」

 

 爛の言葉にムラクモは「だろうな」と返事をする。ムラクモは爛の言葉に続けるように話す。

 

「じゃなかったら、満開させて復活させようなんて考えねぇだろ」

 

 ムラクモの言葉に爛は頷いた。これがもし、肉付きがそのままだったりしたらまだ考えるが、損傷などを考えたりすると、そういうことはしないだろうと誰でも考えるはずだ。

 でも、それができたということは、この亡骸が自分であるということに気づかなかったからなのではないのだろうか。

 

「これ以上話していると幽々子に勘づかれないからな」

 

 ムラクモは立ち上がって、屋敷へと戻っていく。爛はもう一度、亡骸と西行妖を見て、苦笑を浮かべた。

 

「これが自分だって分かんなくても、俺はやる気は出ないかな……」

 

 爛はそんなことを残しつつ、屋敷へと戻る。

 

 翔は爛と同じように部屋に案内され、何をしようかと悩んでいた。

 

「んー、エリーが居ないからつまんねぇし……」

 

 翔は自分のところに大きなものが近づいてきていることに気づく。誰なのかと考えながらも、自分のいる部屋の前で立ち止まったものに尋ねる。

 

「誰だ?」

 

 その質問は、すぐに返ってきた。

 

「ムラクモだ。開けるぞ」

 

 翔が感じた大きなものはムラクモだった。その事に翔は自然と警戒していたのを解き、ムラクモは翔のいる部屋の中へと入っていく。

 

「で、何の用だ?」

 

 ムラクモは翔と面と向かって話したいのか。胡座で畳の上に座る。

 ムラクモの目は真剣だ。どんなものを話すのか。翔はそれが気になって仕方がなかった。翔はムラクモの顔が見れるように座った。

 話せるような形になったとムラクモが感じたのか、ムラクモは口を開いた。

 

「お前のところに来たのは『忠告』をするためだ」

 

 ムラクモがいったことのなかに、忠告というものがあり、それがどういうものなのか、翔には思い当たる節など全くないため、首を傾げるしかなかった。

 

「まぁ、お前には分からないな……わかんねぇのも仕方ねぇ」

 

 ムラクモは翔に指を向けた。ムラクモの指は翔の心臓の部分を的確に指した。そして、ムラクモは口を開く。翔に言わなければならない忠告を。

 

「気を付けろよ。お前には闇がある」

 

 一体どういうつもりなのか、口には出さないものの、翔には疑問が生まれてくるばかりだ。いや、何となく分かる部分もあるものの、他にもあるのかと考え始めた。

 

「まぁ、これだけじゃわかんねぇか。俺が指しているところは、心臓……これがヒントだ」

 

 そして……とムラクモは続ける。心臓が一体なにと関係があるのか。翔は考え始める。闇とはなにか、自分が思っているものと、ムラクモが考えていることは違うかもしれない。大体、ムラクモの考えていることは分からない。何を言うのかも分からない翔は、疑問しか生まれていない。

 

「お前の闇はまだ底の方だ。でもそれは、お前を蝕んでる。底の方で何とかしねぇと俺みてーになる。お前は光がある。光をくれるヤツがいる。お前には、闇を背負っていても、光であってほしいな」

 

 ムラクモはその事だけ言うと、部屋から出ていこうと襖の前まで歩く。ふと、何かを思い出したのか、ムラクモは振り返って翔に言った。

 

「もうひとつだけヒントをやるよ。お前を思ってくれているヤツがお前に光をくれる……安らぎもくれるはずだぜ」

 

 ムラクモはもうひとつだけヒントを翔に与えると、ムラクモは出ていってしまった。

 心臓、思ってくれている人。これらが一体、何のヒントで何のために翔に言っているのか。俺みたいなるなとはどういうことなのか。闇とは何だ。翔のなかで疑問は消えていかない。

 

「あいつはまだ、自分の闇をよく知らない……俺みたく蝕まれると、後悔することになっちまう」

 

 そういうのは、自分としても■■■としても、あってほしくないものだ。

 

 怜はムラクモを探して、屋敷を回っていた。庭が綺麗だと思いながらも、ムラクモを探している怜は、急ぎ足で歩いていた。

 ふと、翔がいる部屋から出てくるムラクモを見つける。何かを呟いているように見えるが、とにかく急いでムラクモのところに向かって、怜は歩いた。

 

「ムラクモ」

 

 聞き慣れた声がしたと思ったムラクモは声が聞こえた方に視線を向ける。そこには、怜が急ぎ足でこっち歩いてきているのが見えた。

 

「どうした。そんな急ぎ足で」

 

 ムラクモの質問に答えることなく、怜はムラクモの右手を握り、そのまま引っ張っていく。

 

「えっ、あ、おい」

 

「手伝ってほしいことがあるんだ」

 

 歩きながら怜は言った。手伝ってほしいこと、何だろうか。引っ張られながらも、ムラクモは考えた。

 怜の部屋につくと、二人は中へと入り、怜はムラクモの方を向く。

 

「手伝ってほしいことって一体……って怜」

 

 もう一度、尋ねようとしたムラクモを遮るように、怜がムラクモに抱きついてきた。

 

「……少し、こうさせてくれ……」

 

 怜は消えてしまいそうな声音で呟いた。その声を聞いていたムラクモは「はいはい」と返事をして、怜を優しく包むように抱き締める。

 

「……まぁ、安らぎが欲しかったってところか」

 

 ムラクモの言葉に怜は小さく頷いた。口に出せないところは怜らしいと感じながら、ムラクモは続けていった。

 

「俺は、言ってくれればいつでもやってやる。暇してるんだから、別にお前相手なら平気だ」

 

 ムラクモは落ち着けてくれるような言葉で怜に伝えた。怜は今まで、やってほしかったという目線を向けてくることがあった。だが、自分からは言い出しにくいのか、中々言うことはなかったのだ。

 その後、怜はムラクモから離れ、手伝ってほしいことというのを尋ねると、こうするための口実だったそうだ。



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異変調査・一日目:前編

結局、予定通りに投稿することができないのは癖になりつつありそうです。やはり不定期に投稿が一番か……

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 白玉楼で一日を過ごしたムラクモたちはその次の日に、異変調査を始める。先ずは、白玉楼に来る前に確認した通り、博麗の巫女に合流をし、そのあとに異変の原因を調べることになる。異変のことに関してはプロフェッショナルと言っても過言ではない博麗の巫女が協力を求めているとなると、敵は相当の手練れとも考えていいだろう。

 未だに眠そうな顔をしているムラクモは欠伸をする。ムラクモは前日に幽々子を長い時間構っていたのかとても疲れたような様子も見せていた。

 

「ぱぱっと終わらせて帰ろうぜ……って言っても、この依頼は無理があるか……」

 

 四人は博麗の巫女が待つ博霊神社に向かう。

 彼女の相手は面倒だったかなと思い出した爛は、苦笑を溢しながら、博麗神社の石の階段を上がっていく。

 異変が起きているということもあるからか、博麗神社全体に、異様な空気が流れている。とてもピリピリとした緊張感のあるものだ。一触即発、下手に動いてしまうと、博麗の巫女に攻撃されかねないような状態だ。

 

「おーい、霊夢~。俺だ、ムラクモだ」

 

 ムラクモは『霊夢(れいむ)』という名の人物を呼んだ。神社の中から、紅白を基調とした巫女服を着た少女が出てくる。

 誰が来たのかと確認をした彼女は警戒を解いた。ムラクモは博麗神社の鳥居を潜り、境内へと入っていく。

 

「ムラクモね、待ってたわ。後ろにいる人たちは、貴方と同じで協力してくれるのかしら」

 

 ムラクモのことを知っている少女は、紛れもなく博麗の巫女『博麗霊夢』。ここ幻想郷での実力は確かで、異変解決には持ってこいの能力を持っているという。

 ムラクモの後ろにいる三人に目を向けた霊夢は、驚愕する。霊夢が驚いている理由は、爛の存在だ。霊夢と爛は、とある事情で敵対している関係だったのだ。それは、この依頼に爛を指名した紫は勿論のこと、ムラクモも凛も知っている。

 

「してくれる。お前さんが少し不快に思うやつもいるけどな」

 

 ムラクモは騙すような言い方はしない。爛もわかっていることだ。これで、攻撃されても仕方がない。その時はその時で何とかするとムラクモは決めている。

 

「……分かったわ。ただし、この異変が解決したらすぐに立ち去って」

 

 少し霊夢の言葉に棘がある。それもそのはずだ。事情があるとはいえ、敵対していたものが協力するとなると、霊夢は不快に思うだろう。幻想郷に影響を与えかねない爛の存在は、霊夢にとっても脅威だ。

 少し人選に不信感を抱くものの、この手の依頼は全て紫に任せてあるのだ。文句を言うなら、紫に言うしかない。

 

「はいはい、お前さんがそういう理由は分かってるから」

 

 ムラクモはチラッと爛を見る。爛は小さく頷く。やはり、爛が理由で間違いなさそうだ。

 

「紫から、異変のことについては聞いてる?」

 

 霊夢からの質問に、ムラクモは首を横に振った。協力をして異変解決しろとしか言われていないムラクモたちは異変については全く聞かされていない。

 こういうような依頼をいくつも受けてきたムラクモと爛は馴れているものだが、怜と翔は厳しいだろう。

 

「紫から聞いてないのね……」

 

 溜め息をついた霊夢は、今回起きた異変について話す。

 人里から異変が起きたらしく、能力を持つ者たちを中心に居なくなるということが起きている。今のところ、居なくなっているのは人里に寄っている者たちだという。

 

「じゃ霊夢は何で居なくなってないんだ?」

 

 ムラクモの疑問はそれだ。異変解決で人里を寄っているはずの霊夢は何故、居なくなっていないのか。目の前にいるのかが気になるのだ。

 

「それが分からないのよ。もしかしたら、異変解決だと周知されているから、手出ししてないのかもしれない」

 

 その話を聞いていた爛が口を開く。

 

「あっちは俺たちが来ているということはしってるのか?」

 

 その言葉に霊夢は首を横に振った。

 その事は紫に頼まれているから、人気のないところで話していたそうだ。もしこれが誰からも聞かれていなければ、ムラクモたちがここに来ているということは知らないだろう。

 

「じゃあ、何とかなるじゃないか」

 

 爛が言ったことに霊夢はどのように異変解決だとバレないのかと考え始める。

 ムラクモは既に気づいたのか、何も言わないまま未だに重く感じている目蓋を擦る。

 

「あ、そういうことか」

 

 翔がそういうことかと、声にした。爛がいっていたことは簡単なものだった。

 

「確かに、そういうことね。なら、貴方たちに任せるわ」

 

 霊夢も爛の考えていることがわかったようだ。霊夢はムラクモたちに任せると言う。

 爛が考えていたことはこうだ。異変解決に来ていると悟られずに人里に入る。居なくなっているのであれば、何かしらされているはずだ。感知能力に優れているムラクモか爛が中心に動き、翔たちはその補助をする形で異変解決をする。

 

「居なくなってるのが誰か分かるか?」

 

 ムラクモが尋ねると、霊夢は誰かは分からないと言った。誰かはわからないとなると、他には居なくなっている者たちの特徴などが分かれば、まだ対策ができる。

 

「なんか、特徴とかねぇか? 必ずなんかしてるとかさ」

 

 翔が尋ねる。そんなのがあったのかと考え始める霊夢だが、その特徴が居なくなっている人物で一致しているのがあった。

 

「私が知ってる範囲になるけど、居なくなっているのは女性ね。後、戦うことのできる奴よ」

 

 話を聞いている限りでは、怜を餌にムラクモたちが尾行をするというのが一番だろう。しかし、そんなのをムラクモは許すはずがない。もうひとつ方法があるとすれば───

 

「じゃあ、爛で決まりだな」

 

 爛だ。爛であれば対処もできるし、問題はないだろう。溜め息をつきながらも、爛は頷いた。

 準備のために、爛は博麗神社の一室を借りていた。その間に、ムラクモは一足早く、人里に来ていた。

 

「見たところ、可笑しいところはねぇな」

 

 辺りを見回しながらも、特に可笑しなところは何一つない。

 いや、あるとするならばここではなく───

 

「あっちか……」

 

 人里から少し離れたところ。異質なものを感じたムラクモは、そこに向かって歩き出す。

 自分の中の異質なものが疼く。暴れたいという欲求が表れてくる。それを既に感じ取っているムラクモは、急いで人里の外に出ていく。それを、見ている人物がいた。

 

「あれも、標的か……」

 

 独りでに呟かれたその一言は誰にも聞こえない。ムラクモも聞くことはできない。その人物は、待っていたと言わんばかりにほくそ笑んだ。

 

「……あぁ、もう……」

 

 ムラクモ本人の欲求が異質なものが疼き出したことで、表へと表れようとしている。

 壊してやりたい。ここにいるのは、見下してきた奴等と同じ種族の奴等なんだ。恐れ、殺そうとして来た。

 

「……そんなの、わかってんだよ」

 

 ムラクモは怒りの表情を浮かべる。どうやら、何かしらあったことは確かだろう。

 

人間(ヒト)にこの体を弄くられて、挙げ句の果てには色々と埋め込まれて、実験させられたり……」

 

 本当に、本当に、人間という種族は興味深いし、憎悪を抱かずにはいられない。ても、それは自分の願いじゃない。自己満足な考えだ。溜め込んでいる憎悪だ。

 

人間(ヒト)を殺してやりたいほどさ……でもな」

 

 人間は殺せない。それは、あの時に約束したのは守らなければならないから。

 自分の手で殺してしまった……大切な人間からの約束だから。

 

「俺には、人間(ヒト)を殺す資格なんて無いんだよ」

 

 ムラクモは自分に語りかけるように言った。その一言には、計り知れないほどの何かを抱えているということが、ムラクモの真剣な声音で分かってくる。

 異質なものを感じ取り、その発生源となる場所についた。

 

「あ、痛ッ!」

 

 進もうとしたところで、壁にぶつかったかのように、ムラクモは何かにぶつかる。

 何なのかと思い、右手を前に出すと、それを拒むように見えない壁が存在しているのが分かる。

 

「……壁か……」

 

 後少しだというのに。残念な気持ちになったムラクモは他にも入る方法がないかと探し始める。

 そのムラクモに忍び寄るように来ている人物が、ムラクモに声をかける。

 

「……あんたも、不満を持ってるな」

 

「……誰だ、お前」



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異変調査・一日目:後編

お久しぶりです。この作品の九月の最初の更新は異変調査とかいうタイトルからしてシリアス感しかないというものでした。番外編とかでも、上げてみたいなぁ……
活動報告でお聞きしたいことがあるので、読んでいただけるとありがたいです。

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


「いいや、不満というより、復讐の念が強いか」

 

 ムラクモに声をかけてきたのは男。筋肉のつけられた正に男というに相応しい体をしていた。

 

「………誰、お前」

 

 何のためにここに来たのか。そして、男の言っている言葉に少し危機感を覚えたムラクモは、男が誰なのか。それをもう一度尋ねた。

 男は暫く黙りこみ、何か考えるような仕草を見せ、口を開いた。

 

「………オルフェウスだ」

 

 オルフェウス。そう答えた男は、ムラクモが阻まれた見えない壁を、容易く通っていった。

 

「……オルフェウス。お前さんは、何か目的でもあるのか?」

 

 オルフェウスが声をかけてきた際に、言っていたことにムラクモは、彼には何かがあると踏んだ。

 

「……あるさ」

 

 とても暗い声で呟いた彼を見たムラクモは、顔を伏せた。

 沈黙が流れる。異様なほどの静寂は、すぐに破られる。

 

「……………!」

 

 ムラクモが何かに気づき、振り向いた。木々の間を素早く動いている。まるで獲物を狙う獣のように。それが何なのか、その事に気づいたムラクモは、オルフェウスに向かって言った。

 

「ここを通してくれ。じゃないと、互いに危険な状態になる」

 

 この見えざる壁を悟られないように、ムラクモは壁に当たらないギリギリまでオルフェウスに近づいた。

 目の当たりにしているこの状況に、オルフェウスは警戒するものの、ムラクモが辺りを警戒していることを見ると、ムラクモが仕組んでいる罠という考えを捨て、見えざる壁の解除する。

 

「……来てくれ。こっちに逃げる」

 

 ムラクモはオルフェウスの指示に従い、見えざる壁を通過する。それを確認したオルフェウスはすぐに壁の解除を止める。

 

「はぁ……助かった」

 

 ムラクモは、感謝の言葉をオルフェウスに向けていった。だが、気になることがある。此方からオルフェウスの名を尋ねたというのに、彼方から誰だという質問が一切来ない。どういうことなのか分からない。

 

「……一応、名は教えておく。ムラクモだ」

 

 何かあって、そこで尋ねられても面倒なだけだ。そういうのは少ない方が一番良い。ムラクモは自分からオルフェウスに名前を教えた。

 何も言わないまま、ムラクモの名前を聞いていたオルフェウスは、ついてこいと言わんばかりの目線をムラクモに向け、歩いていった。その意図を汲み取ったムラクモは、オルフェウスの後ろを歩く。無論、何が起きるのか分からないため、ムラクモは警戒を解くわけにはいかない。

 

「ムラクモ、奴等は一体なんだ」

 

 オルフェウスには木々の間を素早く動くものが人間であるということに気づいていた。ムラクモはそれから逃げるようにして動いているのにも、何かしらの理由があるのだろう。

 

「助けてもらったもんだし……教えてやるよ」

 

 ムラクモは歩きながら、追いかけてくる者たちについて話した。

 簡単に話したムラクモに、オルフェウスは気になることを尋ねた。

 

「どうしてムラクモを狙う。何かあるのか?」

 

 その質問に、ムラクモは悲しむような表情をして、空を見上げた。空は快晴で、果てしなく広く、雲ひとつ無い。あの時の空が嘘のようだ。

 

「俺の力を狙って、だな。忍っていう奴等だ」

 

 社会の裏に潜み、常に姿を眩まして動く者たち。今は全くと言っていいほど、忍という概念そのものは、今を生きる者たちのなかでは、闇の中に無くなっている。

 

「忍か……今でもそういうのがあるのか?」

 

 ムラクモは首を縦にも横にも振ろうとはしない。ただ、ムラクモから感じるものは、肯定や否定をするものではなかった。

 

「何とも言えんなぁ。ただ、ここに迷い込んでくるから居るだろうけど、忍が居るって言う世界は少ないと思うぜ」

 

「世界……?」

 

「あーいや、こっちの話だ。俺がいなくなれば、忍に会うことも無いだろうよ」

 

 ムラクモは曖昧なことを言ってきた。想像もできないようなことを話しているが、オルフェウスは首を傾げることぐらいしかできない。

 

「目的ってのはなんだ。今最近、人間(ヒト)が居なくなってるやつとは関わりがあるのか?」

 

 ムラクモは真剣な表情でオルフェウスに尋ねる。しかし、彼は首を横に振った。どうやら、ムラクモたちの目的とは違うそうだ。

 

「……俺は、ある男に復讐したいだけだ。その機を待っているだけにすぎない」

 

 オルフェウスの声音には、震えが感じられる。余程の怨念があるのだろう。怒りに震えているのがよく分かる。同じように復讐に駆られていたことがあった。

 

「お前さんが誰に復讐をしようとしているのかは知らんが、努々気を付けることだな」

 

「分かってる。博麗の巫女を凌駕できる奴なんだ。冷静にしていなきゃ殺せない」

 

 オルフェウスの言っている人物に、ムラクモは思い当たる者がいた。博麗の巫女を凌駕できる……姿を晒しておいて、博麗の巫女に真正面から対決することができるのは、数えるほどしかない。

 それに、爛は敵対視していなかったが、霊夢が警戒をしていた。もしかすると、爛が以前に依頼できていたことて、オルフェウスには何らかの干渉をしていたのかもしれない。

 

「……であれば、俺はお前と居る理由はない。戻らせてもらう」

 

「見えない壁は、出るときは阻まれない。元より、来る者の対策としていただけだからな」

 

 ムラクモは元来た道へと戻り、オルフェウスは先へと進んでいく。

 ムラクモは感じていた異質な気配について考え始める。

 

(あの異質な気配は何処に消えた? 壁の中に入った時には、既に消えていた。何故だ、一体どうやって俺の感知から……いや、考えても仕方がないか。今は戻ろう)

 

 元来た道には忍に追われていた。警戒をしながら進み、戻るしかない。簡単に戻る方法はあるのだが、修正力が働く可能性がある。

 

「……はぁ、簡単に戻りてぇ……」

 

 溜め息をついたムラクモは、歩いている足を止めた。気配を感じる。此方を見ているのが分かる。

 

「……この気配は……?」

 

 似ている気配を見つける。感じたことのある気配に、ムラクモは頭を悩ました。しかし、特徴的な気配を微かに感じると、それが誰なのか。或いは誰かの血縁者の可能性があると考えた。

 

「この気配は……翔……?」

 

 しかし、翔は博麗神社の方に居る。此方への介入はしていないのに、何故このような気配を感じるのか。もしかすると、彼の血縁者か。

 

「………………ッ!!??」

 

 ムラクモは新たに感じた気配に驚愕の表情を浮かべた。居ることなどあり得ないはずの気配に加え、人が持つはずの無い力を持つ気配があると。

 

「まさか……これは……!?」

 

 驚かずにはいられないというのが正解だろうか。厄介な奴等につけられていることに、ムラクモは苦笑を浮かべた。

 出てこないというのであれば、此方から行くとしよう。それに、応じてくれるのであれば、爛たちに警戒を促すことができるかもしれない。

 

「出てこい。何処に居るかは分かっているんだ。出てこないなら、此方から行くぜ」

 

 敵対する意思を見せたムラクモは、刀を持っていた。逃げたとしても、すぐに追撃が出来るようにと、警戒をしながら、気配を感じた方へと歩いていく。近くに居るのは分かっている。それも、囲むようにして、此方が逃げられないようにしているのも分かる。だが、その包囲網はムラクモにとってみれば無いようなもの。力押しで問題ないはずだ。

 

「……………………………………」

 

 ムラクモは動きを待った。此方から動くしかないのか。そう思った瞬間、鳥たちが一斉に木々から飛び立った。森がざわめきを始めた。肌がピリピリとする。一触即発の状態に加え、此方は一人だが問題はない。

 

「チッ……出てこねぇなら……」

 

 刀の柄を握り、真っ直ぐ駆ける。木々のところまで辿り着くと、一気に刀を抜く。木々は真一文字に切れ、倒れていく。そこから、ムラクモを迎撃しようと、此方に迫る。

 

「ッ、拳か!」

 

 武器も何も持っていないということに気づくと、刀を鞘に納め、すぐに刀を腰に紐で繋ぐ。咄嗟の判断でそうしたが、拳は既に迫っている。紐で繋ぎながらも、ムラクモは脚でその拳を払う。

 しかし、休む暇は無い。拳を払ったものの、次の攻撃が待っている。他の気配が一気に此方へと来ている。

 

(やるしかないか……!)

 

 何かしらを溜めている。その事に気づいた者たちはすぐに退こうとするが、既に遅かった。

 

「オオオォォォォォォ!」

 

 ムラクモの雄叫びと共放電し、一定範囲に迸る。これを避けれた者は少ない。戦いの勘が働いているのだろう。

 

「くっ!」

 

 男が一人、女が八人。ムラクモはその中の四人から、異質なものを感じ取る。そして、驚いていたものが誰からなのか。それがよく分かった。

 

「忍……いや、抜忍と言った方がいいか?」

 

 ムラクモは情報でこの者たちが誰なのかは掴めている。しかし、今まで此方の方へと来ることはなかった。

 

「にしても、誰の差し金だ?」

 

 問題は誰の差し金で此方に来たのか。彼方にとっても此方に来るのはリスクが大きいはずだ。寧ろ、来ない方が良いのだ。

 

「抜忍のお前たちには頼まれないもののはずだが?」

 

 ムラクモの言う通り、抜忍に依頼など飛んでこない。しかも、ムラクモを追いかけていくには、抜忍では不可能。であれば、協力者がいると言ってもいい。

 

「話す必要はない……」

 

 男がそう切り捨てた。彼方は既に臨戦態勢。答えてくれないのであれば、その情報を無理矢理にでも奪い取るまで。

 

「そうか。なら───」

 

 踏み込もうとしたムラクモの動きが止まる。空を見上げ、視線を別の方へと向ける。

 

「残念……理由がなくなっちまったか。ホント、残念だよ」

 

 溜め息をつき、苦笑を浮かべた。臨戦態勢のまま、ムラクモを警戒しているが、戦う理由がなくなったムラクモが刀を手放したことに、驚愕の表情を浮かべる者がいた。

 

「まぁ……これは……」

 

 笑みを浮かべた。ただ、それはムラクモが爛たちに向けるような笑みではない。悪意のある笑みで、瞳は濁ったようになっていた。

 

「ホントのゲーム(・・・)で楽しませてもらおうか」

 

 ムラクモは一瞬にして消えた。追うこともできない。

その速さに、目で追うことすらできなかった。

 

「チッ、逃したか……」

 

「ゲームって言ってたけど……何なんだろう」

 

 ムラクモの言っていることが分からなかったのか、悩んでいるものの、次の手を打たなければならない。今ここで悩んでいても仕方がないのだ。ムラクモの言っていることに、警戒した方がいいだろう。

 

「……会えるかな……」

 

 ポツリと呟く。その声は誰にも届かず消えていくだけ。その思いが届くときが来るのも知らずに。



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白玉楼での日常・二日目

お久しぶりです。
FGOのイベントをひたすらに周回しているのですが未だに六箱。遅くなぁい!?
少しずつ執筆を続けてはいますので、首を長くして待っていただけると、此方としてはとても助かります。

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 異変調査から戻ってきたムラクモたちは、白玉楼にある温泉に入っていた。

 

「……………………………」

 

 ムラクモは何かを考えている仕草をしながらも、チラチラと翔を視界の中に入れていた。

 少し苦笑を浮かべ、ムラクモは翔に尋ねてきた。

 

「翔、お前には家族は居るのか?」

 

 翔は少し、ムラクモの質問に答えることに抵抗を感じた。まだ、ムラクモのことについては把握しきれていないことばかり。爛の時のように親同士が仲が良いからこそ、すぐに信じることができたのだが、ムラクモは違う。

 

「よし、じゃあ質問を変えよう」

 

 ムラクモが何も答えない翔に対して、質問を変えた。

 

「お前は、何を失った?」

 

 彼の質問に、翔はムラクモの方へと視線を向けた。此方のことを見透かすように見ていた。

 

「おい、ムラクモ……」

 

 爛はムラクモの質問に意図があることを察したのか、すぐに止めようとする。

 

「いや、いいんだ爛」

 

 それを翔が止めた。爛は少し驚くものの、翔の目が真剣なものになったことに気づき、立ち上がろうとしていた足を止め、何も言わぬまま座り込んだ。

 

「失ったものはある。どうなってんのか分かんないものだらけだ。取り戻せるものがあるのなら、取り戻したいっつう気持ちもある」

 

 その言葉を聞いたムラクモは、嬉しげに頷いた。何故そのように頷いたのか。分かるものではないが、ムラクモは翔の中に秘められているものを感じた。

 

「それでいい。お前の取り戻したいって気持ちは、誰よりも輝いてる。俺みたいなもんじゃない。だから───」

 

 それを忘れんな。

 そう言ったムラクモは、立ち上がって温泉からあがった。残った二人はムラクモを見ていることしかできなかった。

 

「ショウ────」

 

 翔の方へと視線を向けた。爛には、翔はまだムラクモを疑っているように見えていた。自分の頃のように誰とでもというわけにはいかないはずだ。爛の友人だから。という理由でそれなりの信頼はしていたのだろうが、今の質問で、翔はどう受け取ったのか。

 

「爛、俺はどうすればいい?」

 

 翔の声音は明らかに変わっていた。ムラクモの時とは違う。何かを濁らしたかのような声ではなく、何かと向き合ったときの、翔の声だ。

 

「どうだろうな。俺はムラクモを頼るが……」

 

 翔にそんなことはないだろうと、爛は考えてしまう。ムラクモと話しているときの翔の目は疑心暗鬼だった。今どの様に考えているのか。

 

「爛はそうするんだな……、俺は……」

 

 少し顔を俯かせた。爛は目を背けた。翔の姿が見ていられないのにも関わらず、自分には翔のその姿をすぐにでも変えることができない。ムラクモのように、何でもできるような存在ではない。親友だというのに、何もできない自分が鬱陶しい。

 

「まぁ、考えてみるぜ。お前がアイツを信用してるのは分かる。ムラクモなりの優しさってのも分かってきた」

 

 だからこそだ───

 翔の目にはありありと決意が浮かんでいた。再会したときとは違う目をしていた。あの時に見えていた迷いに近いものは消え、今では真っ直ぐ突き進んでいく翔の姿が爛には見えた。

 もう、心配する必要はないようだ。

 

「だから、爛は見ててくれ」

 

 そういうことを言われたら、返すことはただひとつじゃないか。翔の親友としての仕事だ。

 

「あぁ、お前がどういう道を選ぶのか。見守らせてもらうよ。それが、親友の俺の仕事だ」

 

 爛は、頷いた。

 

──────────────────────

 

 夜風に当たろうとムラクモが向かった先には、よく知る少女が居た。

 

「温泉からあがってきたんだろう? 外に居ては───」

 

「風邪は引かない。夜風に当たりたかったから来たってのに」

 

 ここに来るのが分かっていたかのようにムラクモに背を向けたまま、彼の名前を呼んだ。怜が居たのだ。

 石の上に座り、ムラクモは風を感じる。

 

「……怜」

 

「何だ?」

 

 普段では聞かないような声音を聞いた怜は、ムラクモの方へと視線を向ける。そして、彼が浮かべていた表情に驚いた。

 珍しく不安そうな声音で、心配をしているということがよくわかる顔をしていた。いつもは自由奔放な過ごし方をしているムラクモが、このようなことになるのは殆ど無い。

 トラウマとなっている事が起きてほしくないと思っているのだろうか。

 

「……無茶はしないでくれ」

 

 強がっている。それはすぐに分かった。怜から視線をそらし、本心を知られたくはないと思わせているが、強がっているのが分かっていることは、本心はすぐに見抜かれる。

 ムラクモにも可愛いところがあるのだと分かった怜は、微笑んだ。

 

「あぁ、分かってる」

 

 怜もそのような事は起こしたくないと思っている。ムラクモの悲痛な顔を見たくはないし、自己嫌悪に陥るところも見ていたくはない。

 

「私は戻っている。ムラクモも、遅くならない内に戻った方がいい」

 

「あぁ」

 

 怜は屋敷の方へと歩いていった。歩いている背中を見ることはなく、空を見上げた。夜は暗く、闇の中にある。星が光っているわけでもなく、ただ暗闇が広がっていた。暗闇でも違うものがあるのかと、少し考え始めるが、キリがないと思い、考えることを放棄した。

 

「ムラクモ」

 

 もう一人、ムラクモを呼ぶ声が聞こえる。確認するまでもない。

 ムラクモの好敵手(ライバル)であり親友。それでいて、ムラクモのことを誰よりも知っている。

 

「爛か。どうした」

 

 男だということがわからなければ、美少女と言ってもいい。そんな容姿の爛は、ムラクモの隣に座り、煙草を取り出した。

 

「ただ単に煙草を吸いに来たわけじゃねぇだろ? って……」

 

 爛は何も言わずに、煙草を一本、ムラクモに向けた。受け取ったムラクモは、ライターなどを使わずに、指先に魔力で火をつけ、煙草へと持っていく。

 煙草に火をつけると、指先の火を消し、吸い始める。

 

「話すことがあるんだろ? まぁ、自分のことじゃねぇだろうな。翔か」

 

 ムラクモが爛に尋ねると、頷いて肯定した。爛は翔と幼い頃から仲が良かったということは聞いている。しかし、翔以外には誰がいるのかと聞いても、それには答えなかった。深く追求することでもないと判断したものの、今では翔がこの学園に来ている。それに、関係のある爛と繋がりがあるのだ。知っていなければならないかと、ムラクモは考えている。

 

「あぁ、そうだ」

 

「……意外だな。今まで頑なに話さなかったってのに」

 

 素直に肯定したことに、ムラクモは意外だと言いつつ、少し嬉しく感じていた。

 

「翔は、妹二人、幼馴染み一人を探してる。俺もよく会っていた」

 

「……ふーん。で、探すのを手伝ってほしいと」

 

 ムラクモの言ったことに、爛は静かに頷いた。妹が二人と幼馴染み一人。言われても、三人の詳細を知らなければ手伝うどころの話ではない。

 

「あぁ、情報は提供させてもらうよ。直接知った方がいいだろう」

 

「おう。んじゃ、見させてもらうぜ」

 

 ムラクモは目を閉じて、爛の頭に触れる。爛の記憶から、翔の妹、幼馴染みのことだけを探り、抜き出していく。情報として手に入れる。人の記憶を見せることには少し抵抗があるものの、爛はムラクモを信じ、見せている。

 

「終わったぞ」

 

 ムラクモは目を開く。記憶として見たものが、今は知識としてムラクモの頭の中にある。

 

「……俺の方で会わせられるようにする」

 

「あぁ、助かる。翔の方にも伝えておく」

 

 伝えにいこうと爛が、立ち上がったその時に、ムラクモは付け足すように言った。

 

「できれば、翔にはついてくるなとだけ伝えてくれ」

 

「それは、ムラクモについていかせないようにすればいいのか?」

 

 ムラクモは頷いた。彼の言葉に、少し疑問を持つものの、爛はムラクモの指示に従うことにした。

 

「翔に来てもらうと困るからな」

 

 ふざけているというわけではないのがよく分かる。あれは、他人(ヒト)のためにと考えているムラクモの真剣な表情だ。邪魔をされては、本当に困ってしまうことなのだろう。

 ムラクモの底までは読みきれなくとも、大体のことは読むことができる。言いたいことが分かった爛は頷き、そのまま歩き出す。

 

「…………………………………」

 

 ムラクモが一人となったとき、彼はとあるものに目を通す。

 

「──────────────」

 

 ヒトには分かり得ないものを見つめながら、とても小さく呟いていた。

 

「ふぅ……いつになったら攻勢に出ることやら。やはり、優性因子を多く継いでいるからか」

 

 溜め息をついたムラクモは、吸っていた煙草を消し、屋敷に戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煙草の煙は空へと上がり、暗闇の夜を微かに白くする。だがそれは、いつか消えるもの。

 去り行く者の危惧しているものは、まだまだ先のこと。しかし、備えておかなければならないことも確か。

 抑止力たる者はそれとは別に、底に沈めているものを呼び起こすときかと、ただただ平穏を装いながら待ち続ける。



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異変調査・二日目:前編、その1

お久しぶりです。前編の更に分割するという……前編は、ムラクモ。後編は爛。という形にしていきたいと思います。

活動報告にて次回の話などの方針などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 異変調査、二日目。

 ムラクモは一人、森の中へと入っていった。

 爛たちは情報収集のために人里へと入り込む。

 二手に別れての行動を見ていた者たちがいた。

 

「まさか、共にいる者が居るとはな」

 

 男は意外だと思いながらも、その目線は爛と翔に向けられていた。表情には何も出ていないが、何処か懐かしげに見つめている。

 暫くして、呆れたような表情をした。

 

「ふん……あれが『変異優性因子』を持っているとは到底思えないがな」

 

 男はそう吐き捨てながら、森の奥へと消えていく。

 

──────────────────────

 

 森の中へと向かっていったムラクモは、目的としている者を探していた。とてつもなく異質な気配を感じ、翔と同じようなものを感じさせている少女を見つけるために、ムラクモは森の奥へ奥へと歩んでいく。

 

「………それにしても………」

 

 不可解な点が多くある。先日、尾行していた者たちはこの世界にいる者たちではない。時空間を行き来することが出来る技術は既にあるものの、易々とは技術を提供されるものではない。

 だとすれば……一体誰が手引きしている?

 嫌な予感を胸に抱えながら、何もない空間のところで足を止めるムラクモ。

 

「……彼のよりはとても分かりやすいな」

 

 手を伸ばした先に、見えない何かに当たる。異変調査中に出会ったオルフェウスの見えない壁と比べると、目の前にあるのはとても分かりやすいものだった。

 

「この類いはあれか」

 

 腰を落とし、左手を握り、拳を作る。手首、平、指、指先、そして全てを繋げる骨の一本一本に、神経をむき出しにするかのように左手に集中する。

 

「………………………………」

 

 力を一点に集中し、拳を突き出す。

 

「ハァ!」

 

 一瞬にして突き破り、何事も無かったかのようにその中に入っていく。

 突き破ったムラクモは、手応えの無さに呆れた。

 

「これが爛とかだったらすぐに見破ってんだろうな。結界だってのに、どんだけ脆いんだよ」

 

 ったく……と愚痴を溢しながら、歩いていくムラクモに、危険が迫っていた。

 

「にしても、これが忍の結界てわけなんで。別の意味で当たりを……」

 

 迫り来る危険に気づいていたムラクモは、右腰につけられているホルダーから銃を引き抜き、迫ってきている危険に銃口を向け、引き金を引く。

 

 ───カキン!

 

 弾かれた音が聞こえる。迫り来る危険という名の気配は、スピードに乗って此方に迫っている。

 次の手を打つムラクモは、何もないところから、人よりも大きいハンマーを手に取る。

 ムラクモは目を閉じ、気配が目の前に来た瞬間に───

 

「引いちまったかも知れねぇなぁ!!」

 

 逆袈裟斬りの要領でハンマーを振り上げ、迫ってきた気配を弾く。しかし、吹っ飛んだとは言いきれるものではなく、固いものに阻まれたのは、手に伝わってきた手応えですぐに分かった。

 

「……にしても」

 

 振り上げたハンマーを担ぎ、迫ってきた気配を確認するために、ムラクモは視線を向けた。弾いた際に、一瞬だけ見えたため、何となくではあったものの、誰なのかは分かっていた。

 だがそれは、ムラクモにとっては少々、意外だったのだ。

 目の前にいるのは、大剣を持ち、金髪の少女が、物凄い形相で此方を見つめているのを見ると、ムラクモは苦笑せずにはいられない。

 言葉にするのは、嘘でもない。ムラクモが感じたものだった。

 

「こんなにも可憐なのに、んな物騒なもん持ってんだな……」

 

「これが私のスタイルです」

 

 少女はキッパリと言い、仕掛けるために踏み込み、ムラクモのとの間合いを詰めるために駆けた。

 

「ッ!!??」

 

 否、駆けようとした。

 喉元に迫る剣気に、少女は足を止める。勘や培ってきた戦いの第六感というわけでもないだろう。

 

「その踏み込みは無謀すぎる」

 

 ムラクモの冷静な一言が、森の中に響く。誰よりも強く有らねばならないムラクモの言葉は的確だった。

 

「ったく……容赦しなくていいんだったら、その首が飛んでるぜ」

 

 呆れた表情をしたムラクモは、少女に向かって歩き始める。

 彼を行かせてはならないことは少女はよく分かっている。あれだけの剣気を向けられたのだ。戦いの場に居る者であれば、すぐに気づく。

 しかし、止められない。一瞬の出来事の筈なのに、思い出せば出すほど、鮮明に、その時だけを遅く感じる。

 少女はムラクモに、恐怖を根底に植え付けられた。

 冷や汗が額を流れ、息が荒くなる。

 そのような状態の少女の肩に、ムラクモは手を乗せた。

 

「ま、恐怖は克服するもんだ。まだまだ伸びることができる者を摘むことはしないさ」

 

 ムラクモはその一言だけを残して、少女の横を通った。

 完全に剣気を向けられなくなると、少女はぺたんと座り込んでしまった。

 ムラクモの剣気に呑まれ、自分が弱いということを見せつけられた。

 そして、考えたくもない展開が頭の中に浮かび上がる。

 もしあの男が、無闇矢鱈に力を振るうことになれば……ただでは済まないと。

 仲間に、知らせなければ。

 

──────────────────────

 

 気配を頼りに、ムラクモは歩みを進める。

 狙いに来た忍たちに、気になることはある。

 それもあるが、友の頼みもやらなければならない。

 調査を始める前、爛に頼まれたことがあった。

 

『できれば、傷つけることは止めてくれ』

 

 あいつが悲しむ、と釘を刺された。頼まれたからにはやるが、傷つけるな。というのは無理がないかと思うが、相手は少女たち。

 他でもないムラクモ自身、必要のない戦いは避けたい。

 洞窟の穴を前に、ムラクモは足を止める。

 探している少女たちは居るのか。

 居なかったら居なかったらで考えなければならないが、今はどうにかして傷つけないようにしないといけない。

 平和的解決ができるのであれば、それは大いに助かることだ。無駄な手間は省いておきたい。

 

「平和的解決をしたい。と、言いたいところだが───」

 

 目の前の洞窟の穴から男が出てきた。

 どうやら敵対視しているようだ。

 上手くいくわけはないかと、溜め息をついた。

 

「ここに何のようだ?」

 

 男が尋ねてきた。その視線は鋭い。此方の考えていることは分かっていると考えていいだろう。

 それであれば、此方も隠す必要などない。

 元より、簡単には終わらないだろうとは分かっていたのだから。

 

「三人の少女に用があってだ。できれば、攻撃も何もしたくない」

 

 一番いいのは、戦わないことだ。どちらも消耗をしない。平和的解決が一番だということはムラクモ自身も心得ている。

 無意味なことをしたがらないのは、ここから来ているといってもいい。

 

「『詠』はどうした」

 

 言葉が冷たく感じる。だが、言葉自体は冷たくはない。しかし、男がその言葉に含んでいる感情が、とても冷たい。だからこそ、言葉が冷たいと思うのだろう。

 はて、詠とは一体誰のことを指しているのか。思い当たるのは金髪の少女のことぐらいだ。どうやら、結界を壊したときに、いち早く此方に飛んできたのを知っているのか。

 

「あぁ、あの可憐で大剣を担いでいる金髪の少女のことか? それだったら適当にあしらっておいた。後は、傷はひとつもつけてはいない」

 

 敵だというのに、傷をつけないのは可笑しいだろう。しかし、ムラクモの言ったことに嘘など何もない。

 疑いの念を未だに持ちつつも、男はもうひとつの質問をぶつけてくる。

 

「どうしてここだと分かった?」

 

「……ちっぽけなものだな。気配を頼りにしていけば、すぐに分かる」

 

 男の質問に、ムラクモは呆れた表情をしながら、答えを返す。

 爛の記憶から勝手に見たものを思い出す。悟られないように記憶を覗くのは面倒だが、爛の記憶は役に立つ。その事はよく分かっている。それを探れば、すぐに分かることだった。目の前にいる男が、爛と関わりを持っていることを。

 

「お前が『光牙』だな?」

 

 光牙、そう呼ばれた男は眉をひそめた。

 何故、この男が名前を知っているのか。それは分からない。分からないが、あるとすれば……そんなことは考えたくもなかったが、あり得る話ではある。

 

「何故、お前が俺の名前を知っている」

 

 俺の名前。そう言った光牙は、質問と同時に、ムラクモの質問に肯定したということになる。

 独自の情報網から入手している情報が正しければ、光牙は『秘立蛇女子学園』と呼ばれる忍の育成校に入っており、わけあって抜忍となった。それからは『焔紅蓮竜隊』の一人となった。

 

「答えるまでもないだろう?」

 

 勿体ぶった言い方をしているが、光牙も既に分かっていた。余り考えたくもなかったことだが、間違いではないだろう。

 

「……爛か」

 

「ご名答」

 

 光牙が言った名前に、ムラクモは頷いた。

 彼が爛のことを知っているというのは、ムラクモも知っている。

 爛が繋がっているとは思ってもみなかった。確かに、爛の情報網の広さには舌を巻く程だ。

 それ故に、どのように繋がっているのかは分からなかった。

 だが、標的としているムラクモと爛が繋がっているのには、少し疑問があるものの、納得してしまう部分があるのも間違いではない。

 事前の情報を爛から受け取っているのだ。それも、詳しく書かれていた。その事に、爛に信頼を寄せているものの、敵になれば強大な敵になることは間違いなかった。

 機密情報でさえ抜き取ることができる爛に、情報戦では負けることは確実だろう。

 

「……やはり、あれは爛だったのか……」

 

 二手に別れていたその時に、見ていたのは間違いなく爛だった。

 なら、自分たちがここに来ているのも爛にバレているのではないのか。

 

「通してくれないか? ここで立ち往生をしていたくはないからな」

 

 光牙を置いて進もうと、足を前に出した瞬間、ムラクモの眉間に迫る一撃が放たれる。その一撃は、戦いに馴れている者でも反応ができず、そのまま貫かれるだろう。

 相手の油断をつき、致命傷となる一撃を与える。

 だがそれは、化物と例えた方が早いムラクモの前では───

 

「おっと」

 

「ッ!!??」

 

 防がれた? 

 いや違う。眉間に迫る一撃の光の矢は、これ以上にないほど完璧なタイミングだった。

 しかし、今、目の前で起きた現象を言葉にするのなら、光の矢は、

 

 消えていった。

 

 というのが一番正しいだろう。

 余りにも受け入れ難いものを見た光牙は、唖然とした。

 

「ん?」

 

 微かに聞こえてくる足音に、ムラクモが反応をする。耳を澄ましてみれば、三人ほどの足音が洞窟の方から聞こえてくる。

 その事実に、光牙は動揺を隠すことができない。中に居るのが誰なのか、それを知っているからこそ、来てほしくなかった。

 ムラクモと光牙のところに来たのは、ムラクモが探していた少女たちだった。



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異変調査・二日目:前編、その2

お久しぶりです。
ここまで遅いのは前にもありましたね。前は、一ヶ月に1話とかあった気がする……。
さて、今回は彼女たちの登場です。誰かって?読めばわかりますよ。

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


「探したぜ。できれば、身構えず話を聞いてもらいたいもんだが……そう易々とは、できないもんだねぇ……」

 

 光牙のところに来た少女たちを探していたムラクモは、話を聞いてもらいたいと言うものの、少女たちの警戒する体勢に、苦笑を浮かべた。

 

「当然のことでしょ。それに、何のためにここまで来たの?」

 

「ま、それもそうだわな。お前たちの目的は俺。俺の目的はお前たち。俺はお前たちを潰しに来たってわけじゃねぇしなぁ」

 

 目の前に目的としている者がいるのに、何を躊躇う必要があるのだろうか。

 踏み込もうとしている彼女たちの心の中には、何処かに引っ掛かっているものがあった。

 

「……どういうこと?」

 

 尋ねてみると、ムラクモは苦笑とは違い、微笑みを向ける。

 

「会わせたい奴が居るわけさ」

 

 ムラクモの意図を読むことができない四人は、警戒をすることしかできない。ただ、潰すわけではないということに、違和感を覚えた。

 

「前は───」

 

「あー、あの時はお前たちのことよく知らんかったからなぁ。気になったから調べたけど、何となくその力を持つことも頷ける」

 

 言葉を遮られ、独り言のように話し出すムラクモ。

 

「……なぁ、その力はどうやって得たんだ?」

 

 柔らかく、それでいて暖かい雰囲気を持っていたムラクモの言葉は、冷たい瞳と共に、殺気のある言葉へと変わった。

 息を呑む。

 後一歩踏み込めば、死地に入る形になる。

 柔らかく、暖かい雰囲気に惑わされ、危うく死にに行くところだった。

 ムラクモの問いには、誰も答えない。

 

「……言わねぇんなら、それでいいけどよ。素直に来てくれないかねぇ」

 

「誰も行くつもりなんか無い」

 

 信用ならないのは最もだ。それはムラクモも理解している。

 少女が言った、突き放す一言に、強い意思のようなものを感じた。

 即答で返された。このように返されるとは思っていたが、それ以上に強い意思を見せられたようなものだ。

 こうなった人間(ヒト)は、とても頑固だ。

 

「参ったなぁ、強制するつもりはねぇから別にいいんだけどさ。できれば、早めにしてほしいだろうし。それに、爛から傷をつけるなって、口酸っぱく言われてるから、さっさと終わらせないといけねぇんだよな」

 

「え……?」

 

 少女はある言葉を聞き、動揺を隠せなくなる。

 今、目の前にいる男は何と言った?

 嫌な予感が頭を過る。

 

「爛って言ったよね……」

 

 確認をとる。

 どうか間違いであってほしい。

 そう思いながらも、返されたものは彼女たちを裏切る結果となる。

 

「あぁ、言ったさ。爛ってな。宮坂爛のことを言ったさ」

 

「………ッ!!」

 

 間違いではなかった。

 確かに、ムラクモは宮坂爛の名前を口にした。

 傷をつけるなと言われたのは、爛がいたから?

 爛が言わなかったのであれば、自分たちは既に死んでいる可能性だってある。

 ここに立つことが出来ているのは、爛が傷をつけるなと釘を刺したからなのだと考えると、命を救われているのと同じだ。

 

「来てくれねぇかな? 俺だって、人間(ヒト)を傷つけることは好まねぇよ。人間(ヒト)を見守ってなきゃいけない存在が、人間(ヒト)を傷つける存在だなんて、嫌だぜ?」

 

 見守っていなければならない存在?

 ムラクモの言葉を聞く限りでは、人ではないような言い方だ。

 

「ってことでさ。会わせたい奴のためにも、爛のためにも、来てくんねぇかな」

 

 会わせたい人のためにも、傷をつけるなと釘を刺してくれている爛のためにも。傷つけるようなことをしないためにも。そこには、ムラクモの意思も含まれている。

 しかし、ムラクモの言っている会わせたい人が誰なのか。爛が関わっていることで、誰なのかは大体予想できるものの、それが本当なのか。

 

「それでも行きたくねぇって言うんだったら話は別。俺はその意思を尊重させてもらう。ま、後悔することになりそうだけどな」

 

 強制するつもりはない。その言葉は確かだった。会いに行くのも、会いに行かないのも、自由にしていいと。しかし、後悔することになるだろうとムラクモはそう言った。

 自分たちが狙っているというのに、どれだけ優しくするのか。いつどこから襲われるかも分からない。

 面倒な事はしたくないと言っているムラクモも、このようなことはしたくないだろう。

 一番好ましい状況は、目的としていた少女たちだけに会うことだろう。

 

「………………………………」

 

 少女たちは迷う。

 この言葉を信じて良いものなのか。

 

「………………………………」

 

 ムラクモは答えを待つ。

 どんな答えが返ってこようと、問題はない。

 

「……分かった。連れていって」

 

 褐色肌でクリームのような髪色の少女が口を開く。

 

「ダメだよ……! 『アイ』、相手がよく分かってない状態じゃ……!」

 

 ムラクモの方へと歩いてくるアイと呼ばれた少女に対し、ピンクの髪色をしている少女が、彼女を止める。

 しかし、彼女は止まることなく、ムラクモに近寄ると、振り向いて言った。

 

「私が確かめてくる。本当に爛さんから言われているなら、傷をつけることはないでしょ」

 

「でも……!」

 

 確かに、本当に爛から言われているのであれば、傷つけられるようなことは絶対にないだろう。

 万が一の状況でもない限り、そのようなことは許してくれないであろう。

 それは重々承知で、ムラクモはここに来ている。

 

「俺の言葉を信じてくれて助かる。『天崎愛』」

 

 ムラクモは、褐色肌の少女をフルネームで言った。愛は「勘違いしないで」とキツく言い返す。

 

「その言葉が本当かどうかを確かめるだけ。それが本当じゃなかったら」

 

「殺す。だろ?」

 

 ムラクモのことを睨みながら告げると、彼は苦笑を溢した。

 信用されていないなと痛感しながら、ムラクモはこの言葉が決定的なものへと変える言葉を放つ。

 

「会わせてやりたいのは、天崎翔だ」

 

 翔の名を言ったとき、四人は驚愕の表情を浮かべる。

 驚くことも無理はない。繋がりがないはずと思っていた者が、繋がりを持ち、それでいて翔の名を口にするということなどは絶対にないと、彼らは思っていた。

 

「どうする? 俺は三人来てくれると助かるんだ。平和にやろうぜ」

 

 愛と光牙を除き、二人はお互いに顔を見合わせる。

 

「……分かった」

 

「おう、助かる」

 

 渋々だが、此方の方に来てくれている二人に、ムラクモはある提案を持ち出してくる。

 

「要求はねぇのか」

 

「えっ……?」

 

 ムラクモが尋ねてきたことに、少女は鳩が豆鉄砲食らったかのように固まる。

 何のためにこんな危険に身を置いてまで来なければならないかと聞きたいほどだが、仕方ないと割り切りながら、ムラクモは続けて話す。

 

「交渉みてぇなもんじゃねぇか。どーせなら、そっちの要求を聞いてやるのが、ここに来た俺の仕事だ」

 

 要求を聞く。呑み込むというわけではないが、無理難題でなければ、問題はないだろう。

 

「……だったら、今後手出しは一切しないで」

 

「そいつは呑めねぇ要求だな。そっちから襲ってこられて、はい分かりましたで捕まったり殺されるわけにはいかねぇもんでね」

 

 でもまぁ、極力だが、手出しはしねぇよ。

 納得のいくようなものではないが、要求を呑んでもらうことができた。

 

「ん、じゃあな。爛と翔には言っとくぜ。お前らが居るってな。手出しはしねぇから、一度会うと良いぜ」

 

 ムラクモは光牙に向けて言い放ち、背を向けて歩いていく。

 三人はムラクモの後ろを歩き、光牙の視界から消えていく。

 

「…………………………ハァ」

 

 重いため息をついた光牙は、倒れ込むように地べたに座った。

 張り積めていた糸が一気に緩んだ。

 

「……関わっていたとはな……俺もまだまだか」

 

 爛がムラクモに関わっていたことを考えていなかった。浅はかな自分を思うと、まだまだ未熟なのだと感じる。

 

「……まぁ、再会してほしいと思う気持ちは同じだ」

 

 光牙は爛と翔を知っている。バラバラになってしまった翔たちが、再び出会うことを望んでいる。

 迷惑はかけたくはないが、いずれ知られてしまうのだ。早い内に、知らせておいた方がいいだろう。

 

──────────────────────

 

 ムラクモたちは、何も言わずに足を進める。

 沈黙が流れ、誰も口を開こうとはしない。

 それもそのはず。警戒をしている三人に対し、気軽に話しかけるわけにはいかない。

 それに、いつ不意打ちしてくるかもわからない状況で話す方が難しい。

 その空気を破りたかったムラクモは、気になることを尋ねる。

 

「……ここに来るのに、どうやって来た?」

 

 ムラクモの疑問。何故ここに、彼女たちが来たのか。技術は確立しているものの、それを容易に手にいれることはできない。無論、学園は例外であり、ムラクモと爛の伝を使って技術が使われている。

 だから、学園にいる大半の生徒たちは、他の世界に繋がっていることは知らない。

 これを知るのは、裏社会に多く関わりを持つムラクモと爛が知っていることだ。

 他の世界から舞い込んでくる依頼は、基本的に二人で交代でしているものの、協力する依頼が多数。一人でやることの方が少ない。

 

「技術は容易に手に入るものじゃない。例外じゃない限り、国が厳重にしているはずだぜ」

 

 裏社会では、他の世界へと行くことができる扉の話を聞くことはできる。それでも噂程度のものでしかなく、技術が確立されているのにも関わらず、余りにも危険すぎたことで、国が厳重に技術の保管をしているのだ。

 

「答えると思う?」

 

「ですよねー。元より、その技術は提供されるものじゃねぇ。だからこそ、何となく察しがつく」

 

 違法に技術を手にいれているか。それとも、その技術者が居たのか。可能性が高いとするならば、前者の方だろう。

 この事が公に出されたり、国に知られたりでもすれば、ただではすまない事態になりかねない。

 

「ッ………………………」

 

 ムラクモの後ろを歩く愛たちは、ムラクモの放つ威圧に踏み出せてはいなかった。

 信用をさせてから、それを打ち壊す。

 覚悟を決めるしかない。

 

「ッ!!」

 

 踏み出そうとした瞬間に、二人の少女が、無防備なムラクモの背中を狙う。

 突き出された拳には、力が宿り、人を倒すには充分すぎるほどの威力。

 距離的に防御も反撃も不可能。不意討ちに警戒をしていれば避けることは可能。だがそれは、踏み出した瞬間に避ける動作に入らなければ避けきれない。

 となると、この不意討ちは必ず当たる。

 もし、それが当たらないのであれば───

 

「ッ!?」

 

「甘いッ!」

 

 それはきっと、人ではないナニカ(化物)だろう。



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異変調査・二日目:前編、その3

今回は短めです。
全く書けなかった!(本音)
2000文字程度になってます。
短いし、これでいいのかと思う展開です。
早く落第騎士とこれの続きを書かなければ……

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


 不意討ちを防いだムラクモは、すぐに反撃に移る。

 爛から傷をつけるなと口酸っぱく言われているが、戦闘になれば話は別だ。自分の身を守るために戦うことだけは許してもらおう。

 

「ハァァァァァァ!」

 

 右手に顕れた細剣を握り、神速の攻撃を見舞う。

 しかし、少女たちには当たらない。

 何故なのか。それは少女たちが行った行動が原因ではなく───

 

「ッ…………わざと、外した……」

 

 ムラクモは、わざと神速の攻撃を外した。しかし、その攻撃回数は一回ではない。

 不意討ちをしていなかった愛は、その神速の攻撃が見えたのか、汗を流した。

 

「百十一回……!!??」

 

 百十一回、それはムラクモがわざと外した神速の攻撃の回数。それはわずか1秒で放った。

 最後の一撃は少女の目の前でピタリと止め、その技術は人とは言えないものの域を超している。

 

「はぁ……こんなことさせないでくれよ。『神崎琉綺』、『天崎唯』」

 

 細剣の切っ先を琉綺の目の前に突き付けたまま、溜め息をつきながらも、二人の名前を呼ぶ。

 

「刃は向けたくなかったんだけどよ。不意討ちしてくんだったら話は別だぜ?」

 

「ッ、速い………!」

 

 唯が苦虫を噛んだような表情となり、ムラクモの反応のスピード、あの神速の攻撃をわざとギリギリを狙って外すことができる制度。

 そんなのを相手に敵うのか。

 

「爛に傷をつけるなと口酸っぱく言われてるって言っただろ? 余計なことをさせんな。それとも、そうなるのが良いのか?」

 

 ムラクモの問いに、三人は身構えた。

 言葉の中にあった感情は、殺意。脅しでも何でもなかった。脅せばいいものを。何故、殺意をここで。疑問が頭を埋め尽くしている中で、ムラクモが殺意を放ったまま、話し出した。

 

「これは、脅しの道具じゃねぇ。殺す道具だ。それを勘違いすんじゃねぇぞ。

 人間(ヒト)を殺せるからこそ、人間(ヒト)はそれに怯える。脅しの道具だと勘違いを始める。命は簡単に奪えるもので、そこら辺の人間(ヒト)を虐殺することだって俺らは可能だ。

 けどよ、命を奪っても返ってくるもんはすくねぇ。ノーリスクノーリターンだ。そりゃあ、誰かが捕らわれて、捕らえた奴を殺したら、捕らわれた奴は帰ってくるかもしれない。リターンは何だ?

 平和な日常? 捕らわれた奴との生活?

 甘ったれるなよ。こんな世の中だから、こんな言葉は戯れ言になっちまう。結局は、裏を知って生きてくしかねぇんだよ」

 

 間違いはないかもしれない。しかし、裏を知ってしまっているムラクモは、そう言うしかできない。

 

「どうなってもいいなら、止めねぇよ。そうなったら、俺も止まらねぇ」

 

 細剣を投げ捨てたムラクモは構えた。

 戦うという意思を見せるのであれば、此方も戦うと言わんばかりに、闘気を表した。

 

「……………ッ」

 

「……なーんてな」

 

「えっ?」

 

 闘気が無くなり、笑みを向けられた。

 先程までにしていた表情からは、一歩でも動けば殺すような警戒をしていた。それに釣られるように警戒をしたが、結局はムラクモに踊らされる形になってしまった。

 思い通りにされているのは癪に障る。やり返したいのは三人とも同じ。しかし、それで戦意を見せられても困るのは確か。

 

「はぁ……結局、しないの」

 

「しないな。無理矢理にでも連れていくのはアリだが、爛に殺されかねないんでね。翔からもなんか言われるだろうし」

 

 呆気に取られていた愛は溜め息をつき、嫌味を言うように口を開いた。

 苦笑を浮かべたムラクモは、別人のように変わった。先程までとは違い、とても良い印象を与えるような雰囲気を漂わせている。

 本人の言葉からは嘘だとは見受けられない。警戒を怠ることはできないが、少しぐらいは緩めてもいいかと、愛は考えた。

 

「それじゃ、行くぜ」

 

 足を止めていたムラクモは、進もうとしていた道の方へと視線を向け、歩き始めた。

 三人はムラクモの変わりように振り回されたが、彼の言っていることが本当であるのなら、翔に会える。期待を密かに抱きながら、ムラクモの後ろを歩く。

 何処と無く、ムラクモの耳に届く三人の足音が軽く、嬉しそうに聞こえた。

 

(ったく……嬉しそうに歩いて。そんなもんを聞いちまったら、翔のところにちゃんと送らなきゃ行けねぇじゃねぇか。でもまぁ……悲しいよりは……いいか……)

 

 ムラクモの顔が緩み、笑みが浮かんだ。

 もし、また、人間(ヒト)を愛してもいいであれば───

 

人間(ヒト)人間(ヒト)を愛するように……(ヒト)人間(ヒト)を愛してしまっても構わねぇだろ? なぁ……『凪』)

 

 返事は聞こえない。だが、ムラクモは感じ取っていた。当人にしか聞こえないものが、ムラクモの耳には、正確に聞こえていた。

 

(まぁ、まだお前さんには……何一つしてやれなかった俺には、まだ愛することは出来ねぇのかもな)

 

 何を考えているんだと思いながら、ムラクモの笑みは苦笑に変わった。

 彼女たちを振り回して、罪悪感が無いわけではない。寧ろ、罪悪感が大きい。

 翔に会ってもらえれば問題はないのだろうけれども、爛が何て言うのだろうか。

 まぁ、別に問題は無いだろう。話せば分かってくれるはずだ。

 今は、翔たちと合流することを優先しよう。



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異変調査・二日目:後編

此方ではお久しぶりです。
中々、手をつけられない状態が続き、落第騎士の方とかも書いていたので、こんなにも遅れてしまいました。
やっぱり、毎日投稿できてる人は凄いなぁと思います。
後、二日目の後編はこれだけなんですよ。えぇ。まさかの一話に収まってしまったという……

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


「ムラクモの方は心配しなくていいか」

 

 爛はムラクモと別れ、人里の方へと向かっていく。

 人里に入るなり、足を止める。

 

「…………………?」

 

 何かに気づいたのか、爛は周りを見渡す。

 だが、その違和感は次第に薄れていく。何事もなかったかのように、爛が感じた違和感は溶け込むように消えていった。

 

「気のせいか……?」

 

 爛はもう一度周りを見渡すが、先程と何も変わらない。それどころか、先程よりも違和感を感じたという事実事態が薄れていくという不可解な現象に陥る。

 翔たちの方でも同じように感知しているといいが。そんな爛の不安を尻目に人里の現状を確認しに行く。

 無論、爛の感じた違和感は感知能力の高い翔や霊夢も同じように感じた。

 

「……なんだ? 今の」

「さぁ、何かしら? 彼は気づいているようだけど……」

 

 二人して顔を見合わせるがどちらも首を傾げるだけであり、爛は気づいていると分かった霊夢は彼が違和感に気づきながらも無視をしていたのを見た。

 彼が特別気にしているようなものでもないので、問題はないと自分勝手だが納得し、人里の調査に入っている爛を見守る。

 

(ムラクモ……)

 

 三人の不安や違和感を余所に、怜はたった一人で調査に向かったムラクモを心配していた。

 ムラクモがとても強いのは分かる。爛だって心配はしないだろう。しかし、何とも言いがたい不安が怜の胸の中には一杯になっていた。

 たった一人で危険な場所へと赴いてはいないだろうか。ちゃんと戻ってきてくれるのだろうか。必ず帰ってくると約束してくれたムラクモを疑うわけではない。だがしかし、怜はそれでも不安だった。その理由がなんなのかは怜にも分からない。理由もない不安が襲い、頭が回らない。

 

「行くわよ」

 

 霊夢の声でハッと我に返る。どうやら、固まっていた怜を待っていたらしく、二人は声だけかけて怜が反応をしたのを見ると、先に歩いていってしまった。

 

「す、すまない」

 

 自分の不甲斐なさ故に迷惑をかけてしまったかと考えてしまう。

 あの日から、自分は変わってしまったように思えてならない。しかし、ムラクモや爛はそれを否定する。お前はいつも通りだと言い聞かすように。本当に変わっていないのであれば、何故今まで通りにならないのか。謎が謎を呼ぶような繰り返しの疑問に怜は未だに答えを出せていないが、ムラクモや爛は既に答えが分かっているのだろう。

 

「ここが……人里の中……」

 

 爛は周りに注意を向けながら人里内を歩き回る。

 ここに居ると昔の日本を見てるような気分になると言った方がいいだろうか。現代の街並みを見てきた爛からすると、凄く古いと感じる。

 人間社会には表と裏が存在している。表向きは平和でも裏では密輸売買、兵器やら麻薬やらの闇取引、情報操作による陰謀。簡単に命が落ちてしまうようなものだが、ここ幻想郷では妖怪の悪戯だったりするもので人の命が簡単に落ちるようなものは少ない。それに博麗の巫女がいるのだ。妖怪退治がされることで悪戯や異変は解決される。しかし、今回の異変はどうにも可笑しい。異変や妖怪の存在には察知しやすい彼女が、ここまで何もできないのか。平和ボケするほどの人物ではないのを知っているからこそ、今回の異変には引っ掛かる部分がある。彼女も最悪の状況を考えているはずだ。それは多分、紫も同じはず。被害が拡大する前に応急処置に似たような形でムラクモや爛に依頼をする。それが過去に二回あった。ただしここまで情報の少ないものではなく、もっと別な依頼であり、博麗の巫女の簡単な支援をするというものだった。そのせいもあってか、爛は異変の手伝いをするはめになり、彼女から敵対視するような視線を受けなければならなくなっていた。

 情報があまりにも少なく過ぎるため、判断することもできない。そのためにもここに来ている。何とかして情報を手に入れたいところだ。

 

「さて……人里の端から端まで調べ尽くしますか」

 

 先ずは片っ端から歩き回って異質なところはないか自分の目で確認をする。被害の起きている場所の一部分を見るだけではなく、全てを見なければ判断できることができなくなると考えたからだ。

 歩いて歩いて歩きまくって、変なところはないか。気になるところはないか。そんなことを気にしながら爛は歩き回る。手間のかかることだが爛にはさっさと終わらせたいと思っているからだ。

 

「とはいっても……簡単には見つかるわけない……か」

 

 博麗の巫女が気づくことができないほどなのだ。これほどまでに簡単に見つかるわけではない。……彼女が深読みしすぎたりして見落としていたりしていなければだが。

 

「やっぱりない……ん?」

 

 歩き回って見た程度では怪しいところがない。と思っていたところで、爛はあるものに気づく。

 地面を這うように人里の地下を流れている微かな魔力。何かに遮断されているようで、地上から地下の魔力をしっかりと確認することができない。

 異常とも思えるこの状況に、霊夢たちは気づけていないのか。或いはこれが通常なのか。実際のところ、どうなっているかは分からない。ここに来ることはほとんどなかったのだ。

 

「っと、何に反応したんだ?」

 

 突然立ち止まった爛に翔は首を傾げる。それと同時に頭の中に電流が走る。

 

「っつ………!」

 

 微弱な流れ。電気信号にしてはおかしいほど大きすぎる。何処かからの攻撃かと身構える。

 警戒の色を濃くした霊夢を見て、翔も同じように構えながら警戒する。

 しかし、その行為も無駄に終わる。

 

『やっぱり、警戒しちゃうよなぁ』

 

 頭に響くように爛の声が聞こえる。言っていることから察することができた三人は警戒を解く。

 

「あんたが何も言わないでそんなことするからでしょ」

 

『辛辣だな。けど、何も言わなかった俺が悪いな』

 

 警戒をして損をしたわ。と霊夢は聞こえるように言うと、申し訳なさそうにすまないと爛は謝る。

 何か見つけることが出来たのかと期待をしながら爛からの言葉を待つ翔。

 

「何か分かった?」

 

『何事もなく聞くのか……まぁいいか。分かったことがなければこんなことしないよ。それに、聞きたいこともあるしな』

 

 頭に響くように爛の声が聞こえるなか、当然かのように会話する二人。話を聞いているだけの二人は爛が何に気づいたのか。彼女に何を聞きたいのかは分からない。しかし、爛には何かがあるというのは気づいている。

 

『人里に微弱な魔力の流れがある。何かに遮断されているようだったが霊夢はおかしいと感じなかったか?』

 

「私は特に何も……というか、遮断されているようってどういうこと!?」

 

『その反応を見た限り、霊夢は遮断されてるというのには気づけていないのか。なるほどな、これで分かった』

 

「爛、それは一体……?」

 

 怜は首を傾げて爛に尋ねる。

 爛は霊夢の反応を見て謎が解けたかのようなことを言った。爛のように人里の中には実際に自分の足で歩いていない。爛にしか分からない謎があったのだろう。

 

『博麗の巫女に対する対策はしていたということ。それも、霊夢が放っておくほどにしておくように遮断するものまで用意していた。でも、異界からの来訪者には想定をしていないはずだ。だから俺は気づくことができた』

 

「そうだとしたら、どうして博麗の巫女以外が消えていく?」

 

 疑問があるとしたらそこだ。人里に顔を見せる妖怪やら人間やら特定の特徴を持った者たちだけが居なくなるのか。

 そこに当てはまるはずの霊夢は何故居なくなっていないのか。その疑問に爛が答えた。

 

『……推測の域でしかないが、俺が考えた上での答えを出す』

 

 まだ確証に足るものが少ない。少ないヒントとはいえ、爛の答えがヒントになる可能性も捨てきれない。ここで爛の推測で出した答えを聞かないという手はないだろう。

 

『博麗の巫女に対策をしかなければならないというのは大きい意味かあるはずだ。霊夢だけ対策をして、他の奴を居なくするのは相当面倒な話になる。それだったらもっと良い方法があるはずだ』

 

「それはまぁ……確かに」

 

 爛の言っていることに否定することはできない。

 

『それでも霊夢だけ居なくならないのには理由があると思うぞ』

 

「えっ?」

 

「どういうことよ」

 

『それに関しては知らん』

 

「知らん……て、それでも大丈夫なのかよ」

 

『さあな、それもお相手さん次第ってところか』

 

 推測の域でしか話していないからか。確信となりそうなところは爛の口からは出てこない。

 

『情報が少ない。人里の地下を調べることが最優先だ。といっても、すぐに行動ができるわけでもない。ムラクモと合流すべきだ』

 

 爛からの提案が来る。今最も怪しいのが人里の地下。爛の話を聞いてもそこが怪しいのは誰でも分かる。それを確認しない限り、次のヒントが出てこない可能性もある。霊夢はあらゆることを想定しているのか、爛の提案に考え込んで答えを出さない。

 

『……してほしくないならしない』

 

「ちょっと待て爛、可能性があるんだろ? だったらやるべきじゃねぇのか?」

 

『なくはない。ただあまりにも低いんだ。無理にするべきものでもない』

 

「っ………」

 

 翔は爛に反論するものの、爛は反論できるものとはいえ、やる状況とは言いがたいものであると言った。翔は苦虫を噛んだような表情を浮かべた。

 

「それについては、ムラクモと合流してからでも良いかしら」

 

『構わない。今日はこのところで引き上げるとしよう』

 

「えぇ、そうしてちょうだい」

 

 今後の行動を決めるためにも、先ずは全員集まって情報を合わせ、ムラクモとも話し合っていかなければならないと判断した霊夢。それに賛同した爛は今日の調査を止めて引き上げることにした。

 怜と翔も同じように頷き、博麗神社に戻っていく。そして、ムラクモと会う時、翔は思いがけない再会を果たすことになる───



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琉綺たちを狙う者

お久しぶりです! いやぁ、バレンタインデー……でいいのかな? バレンタインには無縁の人ですから。リア充には爆発してほしいと思うのは言うまでもありませんが、爛くんたちは別ですね! 幸せになってほしいばかりです。まぁ、自分が早く書けばいいんですけどね。(個人的にはこいしから貰いたいですはい)

活動報告にて次回の話などが書かれていますので、気になる方は活動報告を確認ください。


「……ねぇ」

 

「ん?」

 

 森の中を歩くムラクモたち。

 特に警戒をすることもなく、前を歩くムラクモに声をかける。

 

「本当にショウに会えるの?」

 

「そこまで信用されてないかね……」

 

 疑いの視線をムラクモにぶつけながら尋ねると、彼は苦笑を浮かべてぼやいた。

 

「ま、んなことはいいか。……会えるとも」

 

「………………そう」

 

 間が空いて言ってきたので肩を竦める。

 

「─────────」

 

 ムラクモの足が止まる。

 右腰につけられているホルダーに籠められている銃を手に取る。警戒の色を明らかにしたムラクモを見た三人は、同じように周りを警戒する。

 

「!」

 

 何かを見つけたムラクモが、見つけた方向に銃口を向け、引き金を引いた。銃口から火を噴いて銃弾が発射され、木に着弾する。

 

「チッ」

 

 思うように行かなかったのか。舌打ちをしたムラクモは、銃を連射する。連射をしている最中、ムラクモは三人の耳に届くように大声で言った。

 

「先に行け! このまま真っ直ぐいけば目的地だ! 嬉しいことに、これはお前たちに関係のねぇもんで、俺だけに関係のあるもんだ! 俺が殿を務めてやっから、走ってこの森を抜けろ!」

 

「そんなこと言ったって……!」

 

「良いから行け! 死にたくねぇならな!」

 

 皮肉混じりに先に行くように言い放つ。ムラクモに指示され、真っ直ぐ森を抜けるように琉綺たちは走り出す。

 先に行った琉綺たちを追うように気配が動く。

 

「おっと」

 

 しかし、ムラクモはそれを許すことはなく、銃の引き金を引き、先に行かせようとはしない。

 

「こっから先は通行止めだ。出直してきな」

 

 琉綺たちを追いかけることが出来る最短のルートを潰すように立ち塞がる。

 ムラクモは動き回る気配の位置を常に感じ取っている。彼女たちの邪魔をするように動くのであれば、即刻、首を跳ねて殺すつもりだ。

 何故なら、ムラクモにとって、彼女たちは必要だからだ。何しろ、翔との関わりがある。彼が『アレ』を引き起こさないようにするためには、彼女たちが居なければ困るのだ。

 

「悪いが、彼女たちを易々と引き渡すわけにゃ行かねぇんだわ。どういう用途で彼女たちを使うのかは知ったこっちゃねぇが、内にあるものがどれだけのものなのかは知ってるんでね。お前さんの手に渡ると大変なんだわ。なぁ?」

 

 ムラクモは期待していた。琉綺たちを追うものが誰なのか分かっていたから。この異変と、そして『彼女』と関わっているのだから、期待せずにはいられない。

 今回はどんな選択をしてくれるのだろうかと、毎日が楽しみの連続だ。暇な時間があれば、誰かの選択を見る。何てことを前はしてたものだが、今はめっきりしなくなった。

 その楽しみを埋めて、更なるものを見せてくれる者たちが集まっているからだ。例え、一日中、暇だろうが次の日は楽しくなる。

 あいつらを見てると、此方も楽しくなるからな。

 だからこそ、お前にも期待をしているんだよ───

 

「オルフェウス」

 

 彼の前に立ち塞がる。

 彼はムラクモの前で立ち止まった。彼からしたら意外だろう。狙っていた彼女たちに関わっていたのだから。

 

「そこを退け」

 

 オルフェウスは威圧するように言った。急いでいるということを隠そうとしているように見える。オルフェウスにとって、外にいるのは何かしら理由があってだろう。急いでいるところを見る限り、長時間、外にいる理由は彼にはないはず。あるとすればそれは琉綺たちが狙いだ。

 ムラクモは首を横に振った。言葉は必要ないと思っている。退くつもりは毛頭ないというのを感じ取ったオルフェウスは体勢を低くした。

 走り抜けるつもりか。オルフェウスの速度は発射された銃弾をただの走りで避けられるほどの速さ。それを全力で出されたら、どれだけの速度が出るのかは見当がつかない。

 ともあれ、オルフェウスの手に琉綺たちが渡ることをムラクモは望まない。何しろ、翔にとって、琉綺たちにとってみても、やっと再会が出来るのだ。人の世ではこれを感動の再会とも言うらしい。彼らにその再会とやらをさせるのはムラクモが己に課したやるべきことだ。

 

「感動的な再会をするんだ。お前さん、このまま見届けるってぇことは出来ねぇか?」

 

 ムラクモは提案をしている。

 その意図に気づいたオルフェウスはムラクモの提案に頭を捻った。

 ───なるほど。こいつはそういうことを言っているのか。

 何を提案したのか。それはすぐにわかる。とはいえ、危険を少なくしたいのは両者だ。ムラクモは危険を少なくして感動の再会を果たしてもらいたい。オルフェウスは邪魔が来るよりも早く琉綺たちを捕まえること。どちらにせよ、ムラクモはオルフェウスが琉綺たちを狙う真意を知らない。

 ……いや、詳しく言えば、知らない振りをしていると言った方が正しい。

 今はもう確認することができなくなったもの。それを持っているのが琉綺たちだ。それはムラクモも分かっている。だからこそ、オルフェウスを行かせることはできない。

 ここでムラクモを走り抜き去れば、まだ琉綺たちには追い付ける。彼女たちが向かっている先は博麗神社だ。そこに行かせてはならない。彼にとって、博麗には思うところがあるからだろう。

 見届けるよりも、走り抜けた方が危険が少ない。そう判断したオルフェウスは───

 

「抜かせてもらう!」

 

 一気に駆け出した。

 土煙を起こして駆け抜けるオルフェウスをムラクモを行かせようとはしない。

 銃をオルフェウスに向け、引き金を引く。それを物ともせず、オルフェウスはムラクモを抜き去った。

 

「チッ、行かせねぇよ!」

 

 ムラクモも駆け抜ける。彼女たちを奴の手に渡らせてはいけない。

 銃弾をものともしない時点で人間じゃない。

 ───まぁ、人間(ヒト)でありながら、神にでも才能を貰ったのであれば話は変わるが。

 博麗神社まで距離がない。さっさと止めなければ、オルフェウスが目的を果たすことになる。それはムラクモが許さない。

 博麗神社に着くまでに止めるか。博麗神社に行き、他全員を白玉楼か爛の神領まで退かせるか。いや、神領の手はないな。白玉楼になるか。

 

 ───二者択一か。オルフェウスがどうでるかが鍵になりそうだが……どうする?

 

 一応、邪魔はしてみるものの、銃弾をものともしないのであれば、別の手を使う他ない。

 

「フッ───」

 

「ッ───!?」

 

 ムラクモが更に加速する。先には行かせまいとスピードを上げて邪魔をするつもりか。

 オルフェウスも負けじとスピードを上げる。

 

「ふぅ───」

 

 少し、息を吐いた。

 何故だろう。緊迫した状況だと言うのに、自分でも驚くぐらいに落ち着いてる。思考はクリーンで、すぐに最善策が導き出せる。視界も良好で、とても視野が広くなっている。

 この状態のまま、オルフェウスを何とかできるのが一番だろう。博麗神社までの距離はない。だったら、白玉楼まで退いてもらうのが一番だろう。

 

「フッ───!」

 

 なら、更に先に行って、白玉楼に行って貰わなくてはならない。それより前にオルフェウスに辿り着かれるのは危険だ。

 行動しろ。早く、駆け抜けろ。

 

「よっと───!」

 

 オルフェウスよりも前に出た。その瞬間に、ムラクモは拳を作り、地面に叩き付けた。

 地が動きだし、分厚く、幅広く、それでいて高い壁を作り上げる。少しでも時間稼ぎになれば良いが。一種の賭けのようなものだ。これが簡単に抜けられるようでは、別の方法を使うしかない。

 今の内に、離せるだけ距離を離しておくんだ。

 

「もうすぐ───」

 

 辿り着く。感動の再会とやらの邪魔をするのは気が引けるが、それよりも命が大事だ。

 誰も目の前で死なせるわけにはいかない。それは望まないし、嫌いだ。それだけは、お断りだ。

 

「居た───!」

 

 見つけた、博麗神社だ。

 琉綺たちは……居る。爛たちも既に合流している。手間が省けて何よりだ。

 森を一気に駆け抜ける。足場は安定していないが、それをものともしない体幹を備えているムラクモは、難なく走り抜けていく。

 琉綺たちが既に博麗神社に居るところを見る限り、安定していない足場を走り抜ける体幹は備えているようだ。それは何より。

 

 ───と、こんなことを考えている暇はないな。

 

 どうやら、作り上げた壁が破壊されたようだ。追いかけてきている気配がする。十分───とは言えないが、これぐらいであれば、問題はないだろう。

 

「よっ───!」

 

 茂みを跳躍で飛び越え、博麗神社の裏手に出た。早く表の方に行って、白玉楼に行くように伝えなければ。

 

「おっ、居るな……!」

 

「──────────」

 

 聞いてはいけないような声が、ムラクモの耳に届いた。その声の主は言うまでもない。それにしても、ここまで追い付くのに妙に早い。

 

「もう少しだけ、大人しくしててくれねぇかなぁ……」

 

「大人しくなんか出来るものか。もうすぐ念願の力を得られるんだ……! 誰にも邪魔させない!」

 

 ───こりゃ、説得しても無理だな。

 

 完全に獲物を狙う目をしてる。どう説得しても行動は変わらない。こうなったら、ゆっくりはしてられない。さっさとやって白玉楼に戻るだけだ。

 溜め息をついた。面倒事を増やさないでほしいものだ。

 

「ムラクモ!」

 

 爛がムラクモに気づく。気づいてくれたのが爛で助かる。用件だけさっさと伝えるとしよう。

 

「爛! 翔たちを連れて白玉楼に行け! 琉綺たちが狙われてる!」

 

 ムラクモの言っていることに嘘はない。その事にすぐに気づいた爛は、ムラクモがここまで声を張っていることに、危険はすぐに近づいてきているということを察したようだ。

 

「分かった!」

 

「───行かせるか!」

 

 爛が走り出したと同時に、ムラクモの視界にオルフェウスが映る。

 先程の会話を聞いていたのか。そこまで考えていなかった自分を殴ってやりたい。と、思いたいところだが、それはできない。

 

「やらせっかよ!」

 

 オルフェウスの目の前に一息で現れ、そのまま右足を降り下ろす。

 

「チィ───!」

 

 間一髪でムラクモが降り下ろした右足を防御する。思いっきり降り下ろしてきたからか、オルフェウスの周りの地面が陥没する。

 

「くっ、おぉぉぉぉ───!」

 

「ッ───」

 

 これ以上、潰されまいとムラクモの右足を弾く。真上に弾かれたのを利用して、後ろに距離を取る。

 

 ───やはり、コイツは……

 

 嫌な予感が頭に過る。考えたところで無駄だというのに、考えたくもないことばかりが頭に浮かぶ。

 

「邪魔をするなぁぁぁぁあ───!!」

 

 特攻か。いや、彼に限ってそんなことはしないはずだ。こんなところで死ぬなんてことはお断りのはずだ。深追いはしないはず。

 そんなことすらお構い無しに、感情の流されるまま、オルフェウスは拳を振るっていた。

 右ストレート。ムラクモの胸部を狙った、見え見えのパンチ。落ち着いて対処すれば、反撃をすることができる。

 ムラクモは左手で軌道をそらし、潜り込むようにして反撃をする。狙うはオルフェウスの腹部。

 

「ガッ───!?」

 

 その拳が突き刺さり、オルフェウスは腹部に強烈な衝撃貰ったと同時に吹き飛ばされ、後ろにあった木に背中をぶつける。

 

「──────────」

 

 ふぅと息を深く吐く。激情されたらされたで考えるが、今の内に自分も白玉楼に行くか。そんな考えが出てきたとき───

 

「行くぞ!」

 

「うおっ───」

 

 襟を後ろから掴まれ、引っ張られていく。そのまま、ムラクモの視界が暗転した。



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抱えるべきもの

「──クモ、─ラクモ、ムラクモ、起きて?」

 

 聞き覚えのある声が聞こえる。

 絶対に忘れないと思った───この声は、大切な人の声。

 ムラクモにとって───いや、『椎名ムラクモ』という名を持った、この異常な人物(・・・・・)にとって、とても大切な人。

 

「───また、ここか」

 

 目を覚ましたムラクモの第一声はそれだった。

 茜色に染まる空を見つめ、ムラクモは体を起こした。

 辺りは水しかなく、ムラクモがいるこの場所も、全てが水の世界だった。

 水の冷たい感触がムラクモの意識を覚醒させる。

 

「おはよう。また、寝てたの?」

 

「あぁ、寝てた」

 

「ムラクモって、いっつも寝てるよねー」

 

 笑みを向けてくるこの少女───彼女をムラクモは忘れることはしない。

 忘れることをできはしないのだから。

 

「……忘れないでね?」

 

 不安そうな表情で言ってくる彼女を、ムラクモは放っておけなかった。

 

「忘れねぇよ。……お前さんが忘れても、俺は忘れない」

 

 隣に座る少女の頭を撫でる。

 この感触もいつ振りだろうか。

 

「えへへ……やっぱり、ムラクモがしてくれると違うなぁ……」

 

「そうかい」

 

 少女がニヨニヨしてデレてきているのを感じる。

 しばらくして、ムラクモは立ち上がった。

 少女は立ち上がったムラクモを不思議な眼差しで見つめる。

 

「もういくの?」

 

 少女の問いに、ムラクモは頷いた。

 

「夢を見てるとはいっても、リアルの方じゃ寝てるわけじゃねぇからな。気を失って、ここに来た。もう、起きなくちゃいけねぇ」

 

 ムラクモの体から光が表れる。

 少女はムラクモがもう帰らなければならないことを察した。

 

「───また、会える?」

 

「あぁ、また、会えるぜ───」

 

 少女の言葉に返事をしたムラクモは、光に包まれて姿を消す。

 一人になった少女は、ポツリと呟いた。

 

「……ありがとう。ムラクモを変えてくれた人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ん、あぁ、ここか」

 

 目を開いたムラクモは安堵した。

 見覚えのある建物の一室。それを見ることができたことに安堵したのだ。

 

「起きたか……連れてきたときに気を失っていたものだから、参ったぞ」

 

「───爛」

 

 壁に寄りかかっていた爛は、ムラクモが目を覚ましたことを確認すると、引き戸を開ける。

 

「琉綺たちが呼んでいる。話がしたいそうだ。さっさと行くぞ」

 

「起きて早々の人間(ヒト)にそんなことを言うのぉ? 流石に参るぜ?」

 

「病み上がりでも何でもないだろう? お前が女だったら話は変わるが」

 

「男と女とで扱いが変わるのお前ぐらいだぜ?」

 

 「言ってろ」とぶっきらぼうな言い方をする爛だが、心配をしていることは間違いはないので、少し笑みをこぼすムラクモ。

 

「ん、じゃあ、待たせてるんならさっさと行くか」

 

 待っている少女たちを待たせるわけにはいかないと立ち上がり、先を歩く爛の隣を歩く。

 

「ところで……どうよ? 人里の方は」

 

「───何とも言えん。だが───」

 

 爛は少し間を置いた。

 ムラクモは悪い予感が当たりそうだと思いながら、爛の言葉を待つ。

 

「お前の言う『一番最悪な展開』に繋がりかねない。とだけ言っておこう」

 

「マジかよ……勘弁してほしいぜ。何となく予想がついてたけどよ」

 

 はぁ、とため息をつくムラクモを爛は少し悲しそうな眼差しで見ていた。

 

(ムラクモは『アレ』でありながら、人のために生きようとしている。俺と違って、悪となりながら正義を成そうとしている。だがムラクモが持つ正義は……)

 

 爛は自分とは違う『決意』を持っているムラクモに、憐れみを感じている。

 限定的なものではなく、ありとあらゆるものに該当するムラクモの言う正義は、誰もが呼ぶ『正義の味方(ヒーロー)』というものではない。

 

(ムラクモの掲げるものは、自己犠牲だ。ヒーローが取るべき行動と同じだ。だがそれでも人間はそれを正義だとは言わない)

 

 ムラクモが貫くものは、歪みきってしまった自分自身への罪であり、罰だ。

 ムラクモはそれでも───

 

「なぁ? どうしたんだ?」

 

「───────────────」

 

 ムラクモが声をかけたことにより、爛は我に返る。

 何でもないと答える爛だが、それでも引っ掛かるものある。

 聞いてみるしかないと思った矢先、不意にムラクモが言った。

 

「例え間違っても、俺はそうすると決めた。誰が何と言おうと、この道は変わんねぇぜ」

 

「そうか……それが聞けて安心した」

 

「それに───」

 

 ムラクモは絶対に変わることはないと、言葉と瞳で意志を表した。

 爛は変わらないことに安堵した。

 

「お前との決着、未だに終わってねぇからな。死ぬことはできねぇのよ」

 

「フッ───忘れていた。お前との戦いは、終わってなかったな」

 

「忘れてんじゃねぇよ。それに、俺が一点リードしてるってこと覚えてろよ」

 

「なに、すぐに追い付く。問題はない。お前の方こそ、追い抜かれるなよ」

 

 あんな不安は何処へやら。

 白い歯を見せるように笑うムラクモと、口角を少し上げ、笑みを浮かべている爛は、容姿は違うとは言え、兄弟のように見える。

 まるで、命を懸けてまで殺し合い(ケンカ)をしていた悪魔の兄弟のように。

 二人はそう思いながら、琉綺たちのところへと急ぐ。

 

「あのあと、気を失ってたみてぇでな。待たせて悪かった」

 

 琉綺たちが待つ庭についた二人。

 開口一番、ムラクモは待たせたことに謝罪をする。

 だが、琉綺たちはそれを咎めようとはしない。

 

「そんなことはないよ。それに───爛さんまで」

 

「話したいことが俺からもあるからな。先に、ムラクモの方を済ませておくといい」

 

 唯は爛まで来ていたことに驚く様子はないものの、安心したように見える。

 

「……ありがとう。私たちをショウと会わせてくれて」

 

「んなことねぇよ? ただ、もうちょっと説明できる余裕があればよかったんだけどよ。俺の方もあの時、ちと急いでてな。お前たちも、めんどくせぇ奴に目ぇつけられちまったから、しばらくの間は、ここにいることになるぜ」

 

 ムラクモの言っていることに、反論をすることはできない。

 白玉楼に来てから、爛に言われているからだ。

 

「……どうしても行きてぇなら、爛を連れてけ。爛の代わりは俺がするからよ」

 

「言い出しっぺはお前だから最後までしてくれよ~」

 

「割りと仕事は投げ出すときもあるから言われてんだろうけど……ありゃあ、自分から言ったヤツじゃねぇぞ?」

 

 自分ではなく、爛を選んだ理由はある。

 琉綺たちはムラクモより、爛の方が信頼している。

 それに、爛ならば頼れるところがある。

 諸々を考えると、爛の方が適任なのだ。

 

「ま、こんなところか。なぁ、爛」

 

「どうした」

 

「爛の話って、俺いらねぇよな」

 

「あぁ」

 

「ん、そんだけ」

 

 話が終わると、ムラクモは庭の外に出ていく。

 屋敷には戻らないようだ。

 琉綺たちに用事がある爛は、すぐに話をする。

 

「お前たちとまた会うことができてよかった。六花や明たちがまた会えることを楽しみにしている。できたら、会いに来てほしい」

 

「会いにって……どうやって?」

 

「学園に来てほしい───ということだ」

 

「えっ……!?」

 

 琉綺たちとは幼い頃の友人だ。

 それは、六花たちも同じ。

 再会をすることができた爛は、六花たちにも会ってもらいたいと、そのために、学園に来てほしいと言った。

 

「驚くのも無理はないな。お前たちはムラクモを狙っていた。そんなやつを易々と学園に置くとも考えられないと言うだろうが───」

 

「彼に問題はひとつもない……そう言いたいんですね」

 

 その通りだ。と愛が言ったことを肯定する爛。

 しかし、琉綺たちは学園に来ることを躊躇っているようにも見えた爛は考えられる一つの要因を口にする。

 

「───光牙たちのことか?」

 

「……はい」

 

 言いたいことは何となく分かる。

 急に居なくなってしまって良いのだろうかと悩んでいる。

 学園にいくにしても、せめて別れの挨拶ぐらいはした方がいいだろう。

 

「私は、ショウと居たい……」

 

「琉綺は学園に来るということでいいんだな?」

 

 爛が尋ねると、琉綺はゆっくりと頷いた。

 後は、唯と愛だ。

 翔と居たいのであれば、光牙たちから離れなければならない。

 光牙たちの方が気にかかるのであれば、学園にいくことを諦めることになる。

 

「まぁ、学園にいくことを決めるのであれば、せめて別れの挨拶ぐらいはしに行かないとな」

 

 別れの挨拶といっても一時、会えないだけだ。

 一生、会うことができなくなるわけではない。また会うことができるのだ。

 三人は翔を探すために光牙たちの側に身を置いていたに過ぎないはずだ。

 こうして、目的を果たすには、学園に来るしかない。という選択肢しか残されていない。

 なぜなら───

 

「エリシアも学園に居るぞ」

 

「────────────────」

 

 三人は唖然とする。

 それもそうか。と一人で納得している爛がいるが、エリシアは現在、翔とは離れて学園で過ごしている。

 別に連れてきてもよかったと思うが、翔が来させなかったのだろう。エリシアは一人で学園生活を送っている。

 いつかは依頼を受けることになるのだろうと爛は思うが、翔がどう言うか。

 

「今は、学園の方で生活をしている。エリシアとも会えるんじゃないのか?」

 

 爛は完全に三人を学園に来てもらうように勧誘している。だが、三人は翔やエリシアと再会したい気持ちがあるはずだ。

 決定的なものがあれば、学園に来てもらうことはできるのだろうが……その素材がない。

 寧ろ、翔やエリシアが学園に来ている。ということが決定的なものなのだ。

 

「……なら、私たちのお願いを聞いてくれますか?」

 

 唯が口を開く。

 三人からの願い。

 内容によっては応えられないものもあるだろう。

 

「俺ができる範囲なら」

 

 爛にもできることとできないことがある。

 

「光牙さんたちに会わせてください。そして───」

 

「光牙さんたちの目的のために手伝ってほしいの」

 

 三人の願い。

 光牙たちの目的はどうやら別にあるようだ。

 そのためにムラクモが必要なのか。それともムラクモが目的なのか。

 どちらにせよ、ムラクモは光牙たちの目的を知っているか。

 

「───ムラクモを狙っていた本当の理由みたいなものか」

 

 自分勝手に納得しているようなものだが、間違いではなさそうだ。

 三人の目は真剣だ。

 

「……分かった。場合によっては俺だけが協力することになりそうだが、それでもいいか?」

 

「爛だけでも心強いよ。ありがとう」

 

 それじゃあ、決まりだな。そういって、爛は屋敷に戻ろうとする。

 

「───と、そうだ」

 

 何かを思い出したようで、爛は立ち止まって顔だけ琉綺たちに向ける。

 何かを言おうとしているが、険しい表情となる。

 

「……いや、何でもない」

 

 結局、何も言わずに屋敷の中へと歩いていった。

 琉綺たちには爛の表情の意図が読めず、首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、いたいた」

 

 ムラクモは屋敷の外で座っている霊夢を見つける。

 ムラクモが来たことに気づいているだろうと思ったムラクモは、あえて何も言わずに霊夢の隣に座る。

 

「何となくわかるぜ。まぁ……いいんじゃねぇの?」

 

 霊夢の聞きたいことは何となく分かっていたムラクモは、答えを先に出していた。

 だが、ここから先は爛の言う『一番最悪な展開』になりかねない。

 

「……良いのね?」

 

「良いも何も、アンタ、妖怪退治のプロフェッショナルだろ? それとも、鬼巫女とも言われる霊夢が妖怪に情か? らしくないねぇ」

 

「アンタねぇ……」

 

 挑発されていると感じている霊夢だが、そこで流されないのが博麗の巫女。冷静に考えてみると、自分らしくないと、彼女自身も思えるのだ。

 

「……そうね、らしくなかったわ。妖怪退治に情はいらない。やるべきことをさっさとやるべきね」

 

「おう、それでこそ霊夢だぜ。んじゃ、明日から始めるとしますか」

 

 「えぇ」と頷く霊夢。

 立ち上がって屋敷の方へと足を向ける霊夢。

 霊夢が見えなくなったとき、ムラクモは呟いた。

 

自己犠牲(王道)正義の味方(ヒーロー)をするつもりはねぇ。俺は、全てを管理する。誰にも到達できない『アレ』を管理する」

 

 ムラクモが管理するものとは一体、何なのか。

 

 

 ───それを知るのはまだ遠い話───



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