1.スライムの衝撃~友の声~ (清水一二)
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「あっ!」

突然、キングスライムの頬が破れ、ダニエルが地面に放り出された。ぷるんっとしたゼリー状の小さな体が草地を跳ねて、そのたびにダニエルの額や頬に傷がつく。

本来なら、八匹のスライムが合体し、キングスライムに変身できるのだが、なぜかダニエルが抜けても合体は解けなかった。

キングスライムは驚愕のあまり、いまいち状況が呑み込めていないようだった。呆然と一点を見つめ、硬直している。

そんなキングスライムにはかまわず、ダニエルは破れた頬に頭から突っ込んでいった。しかし、何度挑戦しても巨体と融合せず、頬から弾かれてしまう。ダニエルの涙が、泣きボクロを伝い、頬を流れ落ちた。

ダニエルはスライムではとても珍しく、ホクロをもっていた。左目の下にある泣きボクロを、彼は愛し、自慢に思っていた。これまで、ホクロをもつスライムには出会ったことがなかった。

キングスライムの顔面にも、変化は起きていた。

ダニエルが、キングスライムから飛び出たことで、巨体からホクロが消滅したのだ。自らの存在を強く放っていたものがなくなると、顔面が平凡なまでにのっぺりとして見えた。

しかし、キングスライムの頭にはピンク色のリボンが飾られていた。仲間のスライムに、リボンを愛用するレベッカがいるからだ。

破れた頬からレベッカが、心配そうに頭を出した。

「大丈夫?」

ダニエルは途方に暮れた。何を言えばよいのかわからず、ましてやレベッカを安心させる言葉など、持ち合わせていなかった。

レベッカがしずしずと頭を引っ込める。と、キングスライムの瞳に光が戻った。巨体の口をかりて仲間のひとりが声を出した。

「飲み込むから、飛び込んでみろよ」

キングスライムの口が大きく開く。

「そこに? 噛み砕かないか心配だよ」

「ボクたちを信じろって」

恐怖で震える体に力を込め、ダニエルは勇気を奮い起こした。そうして、ぽっかりと開いた口の中に飛び込んだ。長い舌の上に載ると、次の瞬間には飲み込まれていた。たちまち巨体の左目の下に、泣きボクロが浮き出てくる。

しかしすぐに、破れた頬からレベッカが放り出され、あとを追うようにして、次々と仲間が飛び出していった。キングスライムからリボンが消え、最後には泣きボクロも無くなった。

合体が解かれ、バラバラに分解された八匹のスライムはひどく困惑した。

「なんだろ、これ」

「こんなの初めてだ」

「なんか変じゃない? 合体の調子が悪いのかな」

「ごめん、僕のせいだ」

ダニエルは哀しげにうつむいた。

「もう一度合体しましょ!」

レベッカの提案に賛同した仲間が、一匹ずつ跳び上がり、小さな空色が段状に積み重なっていく。下の段に四匹、上の段に三匹、頂点に一匹の形だ。

普段はレベッカが頂点を務めるのだが、今回はダニエルに譲ってくれるらしい。二段目から、彼女はダニエルに熱い視線を送っていた。

ダニエルも彼女を見上げ、二匹は静かに向き合った。レベッカが頬を橙色に染め、誘うような眼差しでダニエルを窺う。

濃厚な恋の熱風が、二匹の間に漂った。ダニエルが照れたように微笑むと、頬ばかりかレベッカの全身が橙色に変わった。

「わたし、どうして」

「僕もだ」

ダニエルは、橙色に変化した自らの体を驚愕の眼差しで見下ろした。

「こんなの初めてだわ。いままで聞いたこともない」

「つまり、これは……僕たち、想いはひとつということ?」

「ええ……理由はわからないけど、わたしたち、恋をして橙色になったんだわ」

「スライムベスとは違う、恋の色だ。だけど……」

ダニエルは不安そうに仲間を見回した。変色しても、仲間だと思ってくれるのか自信がなかった。

 

 



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仲間たちは言葉を失い、二匹を見守っていたが、やがて一匹が口を開いた。

 

「こいよ。合体するんだろ」

「受け入れてくれるのか?」

「当たり前だろ」

 

ダニエルがうれしそうに跳び上がり、二段の頂点に着地した。合体に成功した瞬間、キングスライムの体が橙色に変化した。

 

途端に、巨体の大きな目がまん丸に見開かれた。仲間のうちの一匹が叫ぶ。

 

「なんだこれ!? どういうことだよ!」

 

そのとき、茂みが思わせぶりにさざめき、キングスライムベスに緊張が走った。巨体を強張らせ、身構える。

 

草を掻き分け、馴染みのある巨体が現れた。勇猛そうな堂々たる体躯、ぷりんっとしたやわらかそうな空色。キングスライムだ。

 

その顔に木の影が落ち、色濃く濁って、ひどく異質に見えた。凶悪な生物そのものだ。

 

獲物を狙う鋭利な視線が、キングスライムベスの心の臓を射抜いた。

 

「ご、誤解だ! ボクたちはキングスラ――」

 

キングスライムが跳び上がった。

 

本来なら味方なのだ。その攻撃に、キングスライムベスは敵対するわけにもいかず、まごついた。眼前に、巨体の底が迫ってくる。息つく暇もなく、キングスライムベスは顔を蹴られた。その衝撃でふっ飛ばされ、木の幹に背中がぶち当たる。

 

攻撃の隙を与えないためか、キングスライムが素早く飛び上がった。重力にまかせ、見るからに重量のある巨体の底がキングスライムベス目がけ、落ちてくる。

 

空気を切り裂く鈍い音がキングスライムベスの心臓を凍りつかせた。キングスライムベスは激痛を堪えながら、慌てて分散した。あっという間に、空色の小さなスライム集団が現れた。

 

それでもキングスライムの速度は緩まず、巨体の底がスライムたちの真上に迫り、いまにも押しつぶさんとしていた。

 

「避けて!!」

 

その声を受け取る前に、スライムたちは弾けるようにして散らばっていく。キングスライムの巨大な底辺が、幹に激突した後、くるりと宙返りし、華麗に着地した。

 

「ごめん。まさかスライムだとは思わなくて」

 

スライムたちは安堵の吐息を漏らしながら、キングスライムのもとに集まっていった。

 

「仕方ないよ、ボクたち橙色だったから。それもこれも」

 

小さなスライムたちの大きな目玉が、二匹の変わり者を睨みつけた。橙色をしたスライム――ダニエルとレベッカだ。

 

ダニエルが申し訳なさそうにうつむいた。

 

「ごめん。でも僕たち、悪気があったわけじゃ――」

「全部おまえたちのせいだ!」

「出ていけ!」

「二度と顔を見せるな!」

 

口々に罵られ、二匹は声を吞み込んだ。仲間たちを傷だらけにしたのは自分たちなのだから、責められても仕方がなかった。

 

二匹は泣きそうな想いを引きずるようにして、仲間たちに背を向けた。重たい足取りで、茂みの中に入っていく。振り返ると、キングスライムが仲間たちに頭を下げていた。

 

その光景に、ダニエルの胸は引き裂かれんばかりに痛んだ。

 

「ごめん……あやまるのは僕たちのほうだ」

「みんなは許してくれないわ。でもわたしは、あなたと恋に落ちたこと、後悔なんてしてない」

「僕もだ……」

 

そう答えたものの、ダニエルの全身からはとめどなく哀愁が漏れていく。未練を断ち切れないまま、前を向いた。

 



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方向もわからず、行く当てもなかったが、二匹はひたすらに歩くしかなかった。

 

乱立する木々を避け、草を掻き分ける。茂みの奥に何者かが待ち受けているかもしれないという恐怖で、ダニエルの心は満たされていく。神経を研ぎ澄ませ、自分たちとは異なる存在の気配を探る。背の高い茂みや木々で二匹の姿が容易く見つからないのは良いが、敵もまた同じ条件だ。気を緩めていると、思いがけずベスと遭遇した経験が何度もあった。だからこそ張りつめた警戒の糸をぴんと張っていなくてはならないのだ。

 

ほかのモンスターに出会うとしても、スライムかスライムベスのどちらかだ。この森には、二種類のスライムだけが生息していた。

 

「うふふ」

 

重い空気に似つかわしくない桃色の吐息に、ダニエルは驚いて隣を窺った。ダニエルの身を焼き焦がす気ではないかというほどのレベッカの熱視線とぶつかる。艶めかしそうに舐める唇が、微かな木漏れ日を受けて色っぽく潤う。

 

まさか気が触れたのか、とダニエルは心配になった。仲間に追いやられ、頼るツテもないのだから、ムリもなかった。慰めの言葉をかけようと口を開くと、レベッカが先に話しだした。

 

「これからはずっと、わたしたちだけね。うれしい!」

 

寄り添うように、体を密着させてくる。

 

「え? けど、周りは敵だらけだ。スライムさえ、僕たちをベスと間違えて襲撃してくる。さっきのことを考えればね。みんなと一緒だったら、すぐに誤解が解けるはずだけど。ベスがキングスライムになれるわけがないから。僕たちが加わると橙色になってしまうけど、もともとスライムとベスは合体できないわけだし……みんなを責めてるわけじゃないよ。当然の判断だと思う」

 

「みんなのことはもういいでしょ。わたしだって追い出されて悲しい。でも、この先ふたりが一緒なら大丈夫よ。そんなことより、やっとわたしたちだけになれたんだから……ね?」

 

甘ったるい声音で囁いて、ゆっくりと目を閉じた。レベッカの不審な行動に、ダニエルは不思議そうに頭頂部の先端を傾けた。微風が青葉を揺らし音を立てさせながら、木々の間を抜けてゆく。

 

「あっ、そうか! 気づかなくてごめん、眩暈がしたんだね。少し休もうか。そういえば、歩きどうしだったね」

 

「うーっ!」

 

レベッカが、これでもかというほどに唇を強く突き出す。

 

「ん?」

 

ダニエルは、尖った唇に顔を近づけた。両目を見開いたり、悩ましげに細めたりして、じっと観察する。

 

「大丈夫、ケガはしてないよ。よかったね!」

 

「ちがーーう!! そうじゃないでしょ。もうメスのわたしに言わせないでったら。目を閉じて、口をうーってしたら、あれしかないじゃない」

 

「静かに!」

 

自然のものではない異質な音を感じ取り、ダニエルは茂みの陰に身を隠した。ただならぬ雰囲気に、レベッカも仕方なく彼に倣い、隣に並ぶ。

 

前方で、橙色が蠢いていた。ベスだ。緑色の植物が多く生息する世界で、鮮やかな暖色はひどく目立つ。自分たちもそうなのかと、ダニエルは思わず体を見下ろした。

 

傍らの草木と比べてみて、確かにその通りだと納得した。レベッカと恋に落ちて生まれた美しい橙色。体が触れ合う距離にいるレベッカを、そっと盗み見る。守るべき愛しい存在だ。

 

ちょうどスライムベスの姉妹が二匹、ダニエルとレベッカの前を通り過ぎるところだった。ダニエルは見つかるまいと息を呑む。

 

姉のほうが、ぴたりと立ち止まり、ダニエルとレベッカが潜む茂みに鋭い視線を向けた。生い茂る緑を透かすようにして目を細める。どうやら微弱な気配を感じ取ったようだ。

 

並んで歩いていた姉が消えたことに気づいて、妹のサマンサが振り返った。

 

「エラ姉?」

 

「そこにいるのは誰です? 出てきなさい!」

 

エラ姉の怒声に、ダニエルはごくりと唾を飲み込んだ。

 

 



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大人しく出ていく必要はまったくなかった。しかし、このまま隠れていても先は見えていた。存在が知られている以上、姉妹に接近されたら容易く見つかってしまうだろう。そうなれば、戦闘になるかもしれなかった。

 

束の間、ダニエルはどうしようかと思考を巡らせたが、すぐにあきらめた。足掻きようがないからだ。

 

レベッカが不安そうに唇を歪ませた。彼女を励まそうと、ダニエルは体を密着させた。ぷるんっとした、やわらかな感触が伝わって、ダニエルの胸に熱い想いがたぎった。

 

「大丈夫、僕が守るから」

「一緒に戦うわ」

「危なくなったら僕の後ろに下がるんだよ」

「わかった」

 

ダニエルとレベッカは覚悟を決めると、茂みから飛び出した。エラ姉と一定の距離をおき、ひたと敵を見据える。

 

「あら、ベスだったんですね」

 

安堵の息を漏らして、エラ姉は警戒を解いた。

 

「どうして隠れてたんだ?」

 

サマンサの問いかけに、ダニエルはどう答えるべきか迷った。姉妹が自分たちをベスだと思い込んでいるのなら、あえて戦うことはない。話を合わせておいたほうが賢明だ。そう結論づけた矢先に、レベッカが口を開いた。

 

「もう邪魔しないでよね。わたしたち、いいところだったのに」

 

そう拗ねてみせると、サマンサが不思議そうに首を傾げた。

 

「いいところってなんだ?」

「あっ、ほら、いろいろと事情があるんですよ。あまり詮索しないの、失礼でしょう」

「そうなのか? じゃあいいや」

 

エラ姉が、ダニエルとレベッカにぎこちなく微笑む。

 

「私たちと行動しません?」

「誰が薄汚いベスなんかと。僕たちはスライムだ!」

 

しまった、とダニエルは思った。つい本音が出てしまっていた。仲間だと思われることが、どうしても我慢ならなかったのだ。

 

姉妹は一瞬目を丸くしたが、すぐに楽しそうに笑いだした。

 

「なに言ってんだ、その色で」

「わたしたちは恋をして橙色に染まったの!」

「僕たちの色は、薄汚いおまえたちとは違うんだ!」

 

ふたりの魂の訴えに、茂みが不穏に揺れた。

 

姉妹は深刻そうに顔を見合わせた。

 

「かわいそうに。よほど怖い目にあったんですね。それでおかしくなったのかもしれない」

「そうだ、スライムに何かされたんだ」

 

サマンサは恐怖のあまり、小さな体を震わせた。

 

「橙色は下等の証じゃないんですよ。私たちはこの色がすきなんです。スライムからはどう見えるのか、わからないけれど……。あなたたちは美しい色をもつベスなんです。スライムは私たちを下等扱いするけれど、私たちは彼らの空色も美しいと思います」

「違う! 僕たちはスライムなんだ!!」

「ダニエルは嘘なんてつかないんだから!」

「そっか、わかったぞ! あいつらに、自分たちはスライムなんだって洗脳されたんだな。大変だエラ姉、ベス同士で仲間割れさせる気だよ!」

「どうして、こんなにひどいことをするんでしょう」

 

エラ姉は悲しそうに目を伏せて、無理やりといった様子で言葉を絞り出した。

 

「もう陽が暮れるわ、今夜は一緒にいましょう。仲間が増えると心強いですから」

 

森の夜は早い。うっすらと空に赤みが差し、薄い雲がゆっくりと流れていく。辺りは刻々と夜の気配を漂わせつつあった。

 

ダニエルは歯噛みしたが、怒りを吞み込んだ。エラ姉が正しいと判断したからだ。姉妹といれば、少なくともベスに襲われる心配はないだろう。しかし出くわした相手がスライムなら、ダニエルとレベッカは敵だとみなされてしまう。そうなれば、数が多いにこしたことはなかった。

 

「仕方がない。今夜だけ特別だ。ほんとはイヤなんだからな」

「助かります」

「やったー!!」

 



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5と6話

スライムに見つかりづらい場所を求めて、四匹は茂みの奥に入っていった。昼夜問わず、橙色は目立つ。ダニエルはこれからの自分の色とのつきあい方に頭を悩ませた。

 

道なき道を、サマンサが落ち着きなく右に左にそれてゆく。木の後ろを覗き込み、雑草に目を凝らし、空を仰いだ。雲間からのぞく茜色の空に、感嘆の声を上げた。

 

「あの子、いつもああなんです。目が離せなくて困っちゃいます」

 

エラ姉が、ダニエルとレベッカを振り返って、苦笑した。

 

「あった!」

 

サマンサはレベッカに駆け寄って、一輪の花を差し出した。きれいな青い花弁に目を奪われているようで、レベッカはうっとりとして頭頂部の先端で受け取った。

 

「わたしに?」

「そーだよ。ピンクのリボンに似合うだろ?」

「ありがとう」

 

レベッカは、なんとか青い花をリボンに挿そうとしたが、うまくいかない。目視できないせいで、か弱く、細い茎が不安そうに揺れ動く。

 

苦戦するレベッカを見かねて、サマンサが頭頂部の先端を自在に湾曲させた。リボンと青い花の間で、ふたつの先端が縦横に乱れる。

 

そうしてようやく、リボンの上に青い花が咲いた。

 

「やっぱりなー、似合うと思ったんだー」

 

満足したように頷くと、サマンサはまた先頭に駆けていった。

 

「騒がしくてごめんなさいね」

「別に……」とレベッカ。

「リボンはかわいいし、あなたのホクロも素敵ですね」

「僕のチャームポイントだ」

 

エラ姉は微笑んで、再びサマンサの忙しない行動を見守りはじめた。

 

レベッカは上目遣いにダニエルのホクロを見つめた。

 

「ごめんね、もらっちゃって」

「かわいいよ」

 

それからしばらくの間、レベッカのリズミカルな鼻歌が止まらなかった。たびたびダニエルのホクロを見つめては「うふふ」と微笑んだ。レベッカの世界には、ダニエルしか存在していないようだったが、ダニエルは姉妹を警戒して意識を張りつめていた。先を行く姉妹と、周囲の茂みに目を光らせる。

 

できるだけ木が密集し、茂みが多い場所を寝床に選んだ。草木に圧迫され、少し息苦しくもあるが、身の安全のためには我慢も必要だ。

 

夜が更け、姉妹は大木の根元で、早々に寝静まっていた。姉妹と少し離れた木の下で、ダニエルとレベッカは寄り添い、密やかに言葉を交わしていた。彼女が寝ぼけた目つきで、大きなあくびをひとつ。

 

「キミは眠って。僕が見張るから。ベスは信用できない」

「襲ってくるってこと?」

「大丈夫、そうなったら僕が守るよ」

「ダニエルが起きてるなら、わたしも。お話しましょ」

 

その口調には覇気がなく、頭頂部の先端がこくりこくりと舟をこいでいる。

 

「おやすみ、レベッカ」

「でも……」

 

それきりレベッカが言葉を紡ぐことはなかった。可愛らしい、微かな寝息を聞きながら、ダニエルは考える。

 

僕たちには味方がいない。いまやスライムは敵だ。ほかのモンスターも人間も襲ってくる。信頼できるのはレベッカだけだ……これからどうやって生きていけばいいんだろう。

 

レベッカのあどけない寝顔が、ダニエルの胸をたまらなく搔き乱した。

 

「レベッカだけは守らないと」

 

一方で、自分と恋をして橙色に染まった彼女に、幸福を感じた。無垢な彼女を見つめているうちに、自然とにやけてしまっていた。

 

「あら、まだ起きてたの?」

 

闇の中、突然声をかけられて、ダニエルは驚きに震えた。知らぬ間に、エラ姉が近づいてきていたのだ。彼女の、眠そうに細められた双眸がおぼろに光り、闇夜に浮かびあがる。

 

「見張りだ」

「交代しますわ。悪いもの」

「おまえたちから身を守るために起きてるんだ」

「私たち?」

 

エラ姉は悲しそうに目を伏せた。

 

「私たちは味方です。信じて」

「うるさい! それ以上、言ったら許さないからな!」

「わかりました。だから、そんなに怒らないで。……おやすみなさい」

 

エラ姉は気落ちした足取りで、サマンサが寝入る木の根元に帰っていった。エラ姉の後ろ姿が闇に呑み込まれ、ダニエルの視界から消えると、ダニエルは安堵の吐息を漏らした。

 

どうにかして、もう一度仲間に会えないだろうか。何度謝っても構わない、許しをもらいたいのだ。しかし、とダニエルは思う。また仲間として受け入れてくれるだろうか。拒絶されるのではと恐怖で胸が苦しくなる。

 

昼間は仲間のもとから去ってしまったが、次に会うときには互いが冷静に向き合い、話をしたいものだ。

 

「仲間たちから、また拒絶されたら、僕たちは本当に死ぬ覚悟が必要になるかもしれない。この厳しい世界で、長く生きられるとは思えない」

 

狭く切り取られた夜空に、眩く光る星々が昨夜と変わらぬ位置で瞬いていた。ダニエルはしばらくの間、羨望の眼差しで眺めていたが、やがてため息と共に顔をうつむけた。



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7話

太陽が中天に差しかかるころ、四匹はようやく寝床を離れ、いまゆったりとした空間に出たところだ。ダニエルが熟睡していたのだ。レベッカが明け方に目を覚まし、交代を申し出たので、彼女に見張りを任せることにして、ダニエルは睡眠をとることにしたのだった。

 

先頭を行く姉妹は騒がしく、後ろをついていくダニエルとレベッカは無口だ。

 

「ベスっていつもああなの? 警戒心なさすぎじゃない?」

「友だちになったことがないからわからないけど、これはひどいね」

「あ、いまエラ姉のほう見たでしょ。サマンサでもいいのに、彼女を選んだ」

「ちょうど大きな声を出したから目が動いただけだよ」

「わたしを見て」

「見てるよ」

「ほんとに?」

「心配しなくていいよ」

「じゃあ、いますぐ姉妹とはさよならしちゃお。早くわたしたちだけに――」

「それはやめたほうがいい」

「なんでよー、どうせあの姉妹とは昨晩だけの予定だったじゃない」

「これも生きる術だよ。いま別行動をとるのは得策じゃないと思う」

「もー……いつになったら、わたしたちだけに――」

 

姉妹の尋常ならざる悲鳴に、ダニエルとレベッカの身が竦んだ。

 

眼前で、重たげな地響きと土埃が立ち上り、ダニエルたちは激しく咳き込んだ。土埃に涙を溜めながらも、うっすらと目を細め前方を見遣る。土埃の奥に、堂々たるキングスライムの影が見えた。

 

ダニエルは、すぐにそれがかつての仲間だとわかった。側頭部に黄色のリボンが、額にホクロがあったからだ。これほど特徴的なキングスライムの容姿を好むのは、かつての仲間しか存在しなかった。

 

少なくとも、ダニエルとレベッカは一般的なキングスライムにしか、これまでに会ったことがなかった。

 

ダニエルとレベッカが、姉妹の前に踊り出た。決して姉妹を庇うわけじゃなく、キングスライムと話がしたかったからだ。

 

「なんだ、そのホクロは!?」

「なによ、そのリボン!?」

 

二匹の言葉を聞き流し、キングスライムは、下卑た視線でダニエルとレベッカを見下ろした。

 

「ベスと一緒か。お似合いだな」

「答えろよ!」

「関係ないだろ!」

 

ダニエルは歯噛みした。自分以外にホクロをもつスライムが存在していたとは思わなかったのだ。だが、自分のホクロが一番かっこいいと自負していた。他の誰にも劣るわけがなかった。

 

かつての仲間は、ダニエルとレベッカの代わりを早くも引き入れていた。このままでは、自分たちの生き抜く術が失われてしまう。いつまでもベスと行動を共にするわけにもいかなかった。

 

今度会ったら、また仲間に戻してもらおうと思っていた。何度も謝って、許しをもらおうと思っていた。それしか生きる道は残されていないのだから。

 

キングスライムのあちこちに残る傷痕が生々しく、痛ましかった。

 

「ごめん、ほんとに。何度謝っても足りないくらいだ。けど、もう一度仲間にしてくれないか。許してほしいんだ」

「はあ? ボクたちがどんな目にあったと思ってるんだよ!」

「でも仲間じゃないか、同じスライムだろ。一度は受け入れてくれた。また他のキングスライムと遭ったら、攻撃される前に分散すればいい。そうすればすぐに誤解は解ける」

「もう遅い! 気づいたんだよね、おまえたちが薄汚い橙色だってことに。ベスと同じ汚れた色しやがって」

 



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8話

「もう遅い! 気づいたんだよね、おまえたちが薄汚い橙色だってことに。ベスと同じ汚れた色しやがって。おまえたちはもう仲間じゃない。ベスとして生きろよ」

 

ダニエルはショックで言葉を返せなかった。簡単に許してもらえないことはわかっていた。しかし、ベスと同等とまで言われるとは想像していなかった。それでも、レベッカと生き抜くために、ここで引くわけにはいかない。

 

ダニエルとレベッカの背中に身を隠しながら、エラ姉が叫ぶ。

 

「何言って――」

「他のスライムじゃダメなんだよ! 僕たちをスライムだと信じてくれない」

「だから何だよ? 自業自得だろ」

「待ってください、さっきから何を言ってるんですか?」

「わかったぞ、こいつらだな。こいつらに酷いことされたんだろ!」

 

姉妹の言葉に、キングスライムがせせら笑う。

 

腹の底から響く重低音が冷酷に尖り、ダニエルの心を刺し貫く。しかし、負けるものかとダニエルは強く歯を噛みしめた。

 

「いまから殺してやるよ。楽に死なせてやるから感謝しろよな」

 

キングスライムが口もとに浮かべたおぞましい笑みに、ダニエルは震え上がった。もう何を言ってもムダなんだとようやく理解できた。しかしながら、レベッカと共に生きる願いは容易に諦められることではなかった。

 

「勝負させてくれ!」

「勝負?」

「そのホクロ野郎とだ。もし僕が勝ったら、仲間に戻してほしい」

 

なんとしても仲間だと認めてもらわなければ、孤立してしまう。二匹だけで生きていけるほど、甘い世界ではない。

 

「おもしろそうじゃん! ただ殺すだけじゃ確かにつまらないな。その勝負のった!」

 

その瞬間、レベッカの恋心が、悲しく重たい衝撃によって打ちのめされた。

 

「わたしたちだけになる夢が……」

 

レベッカの沈んだつぶやきをよそに、キングスライムが分散した。八匹の中にひどく目を引くスライムがいた。額にホクロのあるパパズと、頭に黄色いリボンをつけたママズだ。

 

ダニエルはパパズを観察し、やはり自分のホクロに勝るものはないと確信した。レベッカはママズの黄色いリボンに目を止めて、わたしのリボンのほうが最高だと心底思った。

 

「なのになんで!!」

 

ダニエルとレベッカは同時に叫んだ。

 

「あいつを!」

「あの子を!」

 

額にホクロをもつパパズと泣きボクロのダニエル、頭に黄色いリボンをつけたママズとピンクリボンのレベッカがそれぞれ対峙した。

 

短いようで長い、沈黙の威嚇が続く中、ふいにママズが重苦しく鋭敏な空気を引き裂いた。レベッカのピンク色のリボンを、鼻で笑ったのだ。

 

「あんたのリボン、だっさ!」

「リリーをバカにしないでよ! このリボンを笑う奴は許さない、誰であってもね! 必ずあんたに、このリボンが一番だって言わせてやる!」

「やってみれば? ムリだと思うけど?」

 

再び鼻で笑うママズに反論するべく口を開くと、レベッカの背後から別の声が飛んできた。

 

「目を覚まして。あなたたちはベスよ!」

 

エラ姉の必死な叫びに、ダニエルとレベッカは反射的に振り返った。

 

「僕たちはスライムだ!」

「危ない!」

 

エラ姉とサマンサが体の底を跳ね上げ、石を中空に浮かせた。次いで、勢いよく蹴り飛ばす。猛烈な速度で風を切り、ダニエルとレベッカの脇を石が飛んでいく。隙を見て、飛び掛かろうとした二匹のスライムが、ダニエルとレベッカの間近で悲鳴を上げた。姉妹の蹴り飛ばした石が、それぞれの体に命中したのだ。

 

パパズの側頭部が、ママズの頬が赤く腫れあがり、二匹は痛みに呻いた。攻撃の動作が途切れてしまい、四つの鋭く光る目が悔しそうに姉妹を捉えた。

 

意表をついたベス姉妹の行動に、ダニエルは一瞬声が出なくなったが、すぐに調子を取り戻した。

 

「なんで……」

「仲間が助け合うのは当然のことです。あななたちも、私たちを庇って前に出てきてくれたでしょう?」

「違う、僕たちは――」

「油断しないでください! もう私たちの不意の攻撃は通用しないかもしれません」

 

不本意な誤解を口惜しく思いながら、ダニエルは正面に向き直った。

 

今度はダニエルとレベッカから攻撃を仕掛けた。同時に土を蹴る。と、敵も真っ向から立ち向かってきた。

 

互いに体を衝突させ、まわし蹴りをくらわせる。四匹とも一歩も譲らず、激しい攻撃を繰り出し続けた。

 

どのくらい経っただろう。

 

ダニエルの内側に、自分でも理解できない疑問が生まれた。

何かがおかしい。ダニエルはパパズに違和感を抱いた。その正体を探るべく、パパズの動きに用心しながら注意深く観察した。

 

ホクロだ。ホクロの位置がずれている。額にあるはずのホクロが眉間に下りているのだ。

 



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9と10話

衝撃の光景に、ダニエルの思考は停止し、攻撃の動作が鈍った。その隙を逃さず、ダニエルの頬を、パパズが思いっきり殴りつけた。ダニエルはぐらりとよろけつつ、後ずさる。

 

「こいつのは偽ホクロだ!」

 

パパズの背後で、かつての仲間がふてぶてしく片方の口角を吊り上げた。

 

「いいんだよ、ホクロ担当でさえあれば」

「じゃあ、僕じゃなくてもよかったってこと?」

「当然だろ。しかも橙色じゃな。ボクたちがどんな目に遭ったと思ってるんだよ!」

 

誰でも、よかった……どす黒い呪いの言葉が頭の中で渦を巻く。

 

そうして、自分は必要とされていなかったんだと、ようやく心にすとんと落ちてきた。

 

パパズの渾身の突進を避け、ダニエルは素早く自らの肉体を使って殴りつける。相手との攻防に向き合いながら、ダニエルはさっきの一件のことを考えていた。

 

橙色になる前の自分さえ、ろくに認めてもらえていなかった。自分だけが、彼らを友だちだと思っていた。だから、甘えや頼ることも許されるのだと。はじめから友だちでも、仲間でも何でもなかったのだ。

 

こんなヤツらの仲間になんか戻りたくない。となれば、この先どうしたらいいというのか。ベスとして生きていくしかないんだろうか。

 

「あなたのホクロは素敵です。偽物になんて負けないで!」

 

エラ姉の叫び声が、ダニエルの耳に抵抗なく入ってきた。

 

はじめて会ったときから姉妹は公平で、スライムの空色がすきだと言っていた。彼女たちはただスライムの醜い仕打ちに怯えているだけだ。色が何なのか、もはやダニエルにはわからなくなってきていた。

 

ダニエルとパパズは荒れた息を吐き出しながら、一旦距離を取った。

 

「こんなもの!」

 

パパズが顔を左右に揺らし、眉間からホクロを振るい落とした。そうして、地面に落ちたホクロを憎々しげに踏みつけた。

 

「ホクロをそんなふうに扱うな! たとえつけボクロでも愛してやってよ!」

 

ダニエルは悔し涙を流した。

 

「こんなんで泣くのかよ。おまえ、バカじゃねえの?」

 

パパズの下卑た笑い声も、見下した視線も、もはやダニエルの意識の外にあった。踏みにじられた偽物のホクロだけが、ダニエルの心を捉えていた。距離があり、はっきりとホクロの状態は知れなかった。しかし、無残な死に様は容易に想像できた。頭に浮かんだあまりにも痛ましい姿に、やりきれない思いがダニエルの心を満たした。

 

呆然としたダニエルの顔を、パパズが全身を使って殴りつけてきた。間髪入れず、何度もダニエルの体を蹴り上げる。ダニエルの体は中空に浮き上がり、猛烈な速度で地面に叩きつけられた。

 

「ダニエルー!!」

 

レベッカの悲鳴は、ダニエルの耳に届いていなかった。ダニエルは悲しみに囚われ、偽物のホクロを救えなかった自分を許せずにいた。肉体に打ち込まれる痛みは自分への罰だと、すべてを受け入れる気でいた。

 

とどめとばかりに、パパズが跳び上がったとき、何かがダニエルの前に立ちはだかった。

 

「もう十分でしょう!」

 

パパズの体の底で、エラ姉が押しつぶされたかと思うと、次の瞬間には中空に浮き上がり、勢いよくふっ飛ばされていた。パパズが思いっきり蹴り飛ばしたのだ。

 

木の幹に背中を打ちつけ、横たわるエラ姉に、サマンサが泣きながら駆け寄った。

 

ダニエルの瞳に生気が戻った。驚愕に目を見開き、いましがた眼前で起きたことが理解できないでいた。

 

なぜ体を張ってまで助けてくれるんだ。運が悪ければ死んでいたかもしれないのに。

 

地面に這いつくばって顔を上げると、パパズの背後で、かつての仲間たちがそろって残虐な笑みを浮かべていた。

 

「そんなやつに負けたら許さないぞ!」

 

サマンサの悲痛な叫びに、ダニエルの胸が震え立つ。

 

決めた。

 

ベスとして生きていこう。

 



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つづく。

もう色なんか関係ない。そもそも、そんなもので軽蔑することが間違いだった。しかし、とダニエルは思う。レベッカは賛成してくれるだろうか。

 

ちらりとレベッカに視線を向けた。

 

レベッカは、地面に横たわるママズの腹部に馬乗りになっていた。頭頂部の先端を鞭のようにしならせ、ママズから黄色いリボンを弾き飛ばした。

 

「わたしのリボンが一番って言え!」

「あ、あんた、の……」

「ああん? 聞こえないんだよ!!」

 

腹の上で、何度も飛び跳ねる。そのたびに、ママズが苦しそうな呻き声を上げた。

 

「あんたの、リボン、が、いちばん……だ」

「でしょうね! だってこれはリリーの形見だか――」

 

熱い視線を感じて、レベッカは顔を上げた。横を向くと、そこにはダニエルの真剣な眼差しがあった。ダニエルのことは、ほとんど記憶していた。戦闘に余裕があるときは、ちらりと彼の様子を確かめていたからだ。

 

もしものときは、ダニエルに加勢しようと思っていた。オスのプライドを傷つけるかもしれないが、レベッカには彼の命のほうが大事だった。そのため、ダニエルの深刻そうな視線の意味がすぐに理解できた。

 

憎悪に燃えた目をかつての仲間にくれ、それからすぐにダニエルにうなずいた。

 

どうやら心は同じらしい、とダニエルは思った。

地面に這いつくばったままのダニエルから、パパズが助走をつけるべく後ずさる。上向くダニエルの顔面を、とどめとばかりに蹴り上げるつもりだろう。

 

急速に迫りくるパパズの体を、ダニエルは地面を転がって避けた。標的が消えた地面に向かい、パパズが蹴りを放つ。ダニエルが、パパズの背後に回り、全力で体当たりした。

 

体勢を崩したパパズは顔面を地面に打ちつけ、悲鳴を上げた。すかさずダニエルが、倒れたパパズの横っ腹を蹴り飛ばす。

 

パパズが後方にふっ飛ばされて、近くにいたかつての仲間たちが駆け寄った。

 

「何やってんだよ、おまえ! ……このまま負けるわけにはいかない」

 

全員が顔を見合わせ、次々に地面を蹴り、幾つもの小さな体が段状に積み上がっていく。合体する気だ。

 

させるものか! おまえたちの嫌いな橙色にしてやる!

 

全身で思いを迸らせ、ダニエルは、なんとか立ち上がろうとするパパズを押しのけた。レベッカは、ママズから飛び下りた。二匹は彼らのもとへ疾走した。作り上げられた段が崩される前に二匹は飛び上がり、かつての段の定位置に体をぴたりと乗せると、たちまち巨体のキングスライムに変化した。いや、キングスライムベスだ。

かつての仲間たちが自らの橙色の体に動揺し硬直した気配を、二匹は巨体の体内で感じていた。事態を呑み込めずにいるキングスライムベスの口をかりて、ダニエルが話し出す。

 

「僕は、君たち姉妹みたいに善良ではいられない。こいつらが心底憎いんだ」

 

サマンサが信じられないものを見たかのように目を見張る。

 

「なんでだよ! ベスはスライムとは合体できないはずじゃないか!」

「あなたたち、本当にスライムだったんですね。信じた私がバカでした」

 

かつての仲間たちが分散しようと、内側から圧力をかける。バラバラに崩れないようダニエルとレベッカは懸命に踏ん張り続ける。

 

「僕たちは仲間だろ?」

 

エラ姉の憤怒に満ち溢れた目つきに、ダニエルの問いかけは虚しく中空を漂い、あっという間に霧散した。仲間という思考が、はじめから存在していなかったかのような冷淡な空気に、ダニエルとレベッカの心は急速に冷やされていった。

 

「洗脳されてたわけじゃ、なかったんですね。本気で私たちを蔑んでいたなんて。あなたたちの心は醜い」

 

エラ姉の鋭利な言葉が、ダニエルとレベッカを容赦なく突き刺した。

 

途端に、堪えきれなくなった、はちきれんばかりの肉体が崩れた。無理やりに分散したため、スライムたちは四方に弾き飛ばされた。地面に叩きつけられた痛みよりも怒りのほうが勝っているようで、すぐに起き上がって口々にダニエルとレベッカを責め立てた。

 

「ふざっけるな!」

「よくも汚れた色にしやがったな!」

「どういうつもりだよ!」

「そんなにボクたちが憎いのか!」

「おまえらだけは、ボクたちが息の根を止めてやる!」

 

スライムが再び段を作りはじめ、まずいと思ったダニエルとレベッカも即座に加わろうとした。しかし、姉妹たちから受けた精神的な打撃から肉体の反射が遅れてしまった。パパズとママズに出し抜かれ、必死に駆け寄った二匹は突き飛ばされた。

 

瞬時に変化したキングスライムが、姉妹に突進していく。

 

「まずは薄汚い橙色からだ!!」

「まずは薄汚い橙色からだ!! ダニエルたちは後で散々いたぶりながら殺してやるよ」

 

怯えてぴたりと身を寄せ合い、姉妹は震えあがっていた。姉妹めがけて、キングスライムが飛び上がり、体の底で踏みつぶそうとした。

 

「やめろー!!」

 

ダニエルとレベッカが土を蹴る。巨体に向かって跳躍し、落ちてくる尻の穴に鋭く尖った頭頂部の先端を突き刺した。奇怪な声を上げ、キングスライムは力なく落下していく。

 

ダニエルとレベッカが巨体から離れ地面に下り立つと、凄まじい土煙が立ち上り、辺りを覆った。それが次第に静まり、視界が晴れたとき、ダニエルとレベッカは驚愕に打ち震えた。

 

散らばるスライムたちに混じって、姉妹が倒れていたのだ。キングスライムが、地面との衝突と、尻の激痛で分散したのはわかるが、姉妹の身に起きた顛末は謎だった。

 

風圧や衝撃に巻き込まれたのかもしれない、とダニエルは思った。

 

「そんな……助けたかったのに」

「死んでしまったの?」

 

レベッカの問いかけに、ダニエルは弱々しく首を横に振った。

 

「わからない。僕はちゃんと謝りたかった、傷つけたことを」

「わたしもよ……」

 

二匹は落胆し、悲しみに暮れた。姉妹のそばから離れることができず、荒れる悔恨の波に心を委ねた。

 

「あんたたち、派手にやりあったのね!」

 

突然の声に振り返ると、ダニエルとレベッカの後ろに人間の女が立っていた。腰に手を当て、愉快そうに笑む彼女に、二匹は身の危険を感じた。しかし、身が竦み逃げ去ることができない。

 

「へえ、ベスじゃないんだ」

 



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