零〜twin〜 (鳳菊之助)
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登場人物設定資料集【随時更新】 
〜第壱夜


登場人物が増えてきたので分かりやすくまとめました。


ネタバレ多少含みますのでこれから本編を閲覧予定の方はご注意下さい。


 

 

 

 

 

 

【オリジナルキャラ】

 

 

・イナミ(瀬戸立一浪(セトタチイナミ)

都内の大学に通う大学二年生。

オカルト研究部に所属している。

オカルト研究部の部長であるサイトに呪いのゲームを渡され、起動してしまったことで氷室邸の夢に囚われ縄の呪いを受けてしまう。

霊感はあるものの、ある程度ありえないものの気配を知覚出来る程度。

2歳下の妹がいる。

コーヒーは甘いミルクコーヒーが好み。

白い着物の少女の霊の力でスマートフォンに霊を撃退出来る射影機の力が宿った。

 

・サイト(河原賽斗(カワハラサイト)

イナミの所属するオカルト研究部の部長。大学三年生。

気さくで人懐っこく男女問わず人気がある人物だが、重度のオカルトマニアであるがためか恋人はいない様子。

オカルト以外にもいろいろな分野の専門的知識を持った博識者でイナミを全面的にサポートする。

 

蜘蛛手(クモデ)(?)

インターネットの深層部、ダークウェブにて世には出回らない都市伝説の情報を売買する闇の商人。

サイトと取引をし、縄女や氷室邸に関する情報を提供した。

 

 

冬彦(フユヒコ)(?)

イナミが氷室邸の夢の中で出会い、そして取り憑いてしまった浮遊霊。

記憶を失っている。

彼の所持品らしい印籠には彼の名前が刻まれていた。

 

 

・磨澄(槙村磨澄(マキムラマスミ)

呪いのゲームをプレイしたことでイナミ同様氷室邸に囚われた後、五肢を引き裂かれて殺されてしまう。

恋人がいる。

 

 

 

【原作の登場人物】

 

・キリエ(?)

縄女の都市伝説の元となった女性。

彼女に出会った人間は首と両手足を引き裂く縄の呪いをかけられ殺されてしまう。

白い着物に長い髪。両手両足に血のこびりついた縄を巻いている。

氷室邸と氷室邸にかつて住んでいた氷室一族と深い関わりがある。

 

 

・真冬(雛咲真冬(ヒナサキマフユ)

大学生として通学しながら恩人である高峰の助手として仕事も請け負っている。

早くに両親を失い天涯孤独の自分達を救ってくれた高峰に深い恩を感じており

、氷室邸で行方不明になった高峰一行らを追って氷室邸にやってきたが自らも行方不明になってしまった。

唯一の肉親である妹の深紅のことを大切に思っている。

 

 

・深紅(雛咲深紅(ヒナサキミク)

行方不明になってしまった兄の真冬を追って氷室邸にやってきた少女。

真冬のことを唯一の肉親として誰よりも大切に想っている。

強い霊感を持っており、そのせいで周りと上手く付き合えなかった。

氷室邸で真冬を探す最中イナミと出会い行動を共にする。

持ち前の霊感で母の形見である射影機を手足のように使いこなす。

 

 

 

 

・準星(高峰準星(タカミネジュンセイ)

ミステリー作家。

身寄りのなかった雛咲兄妹に住まいを提供し、真冬に自らの助手として仕事を与えている。

次回作の取材のため氷室邸に訪れたが、キリエに殺され怨霊になる。

イナミ達に黒い手帳と鏡の欠片を託す。

 

 

・巴(平坂巴(ヒラサカトモエ)

高峰の助手。高峰に付き添う形で氷室邸にやって来た。

キリエに殺害され怨霊となる。

 

・白い着物の少女(?)

氷室邸に住み着く少女の霊。

イナミのスマートフォンに怨霊を撃退する射影機の能力を与えた。

 

 

【作中に出てきた用語解説】

 

縄女(ナワオンナ)=キリエ

有名な都市伝説として知られている。

縄女に出会った者は首と両手足に縄をかけられ引き裂かれて殺されてしまうという。

 

氷室一族(ヒムロイチゾク)

かつて地方の神事の全てを任せられ広大な土地を治めていた一族。

ふもとの村では人知れず残虐な儀式を行なっていたという噂があったが実の所は不明。

ある夜を境に一族全員が謎の集団失踪を遂げた。

 

氷室邸(ヒムロテイ)

氷室一族が住んでいたとされる屋敷。

氷室一族以外の者の出入りを厳しく制限していた。

現在は廃墟となっていて、かつて繁栄していた頃の氷室邸は見る影もない。

 

・呪いのゲーム

一見普通のゲームソフトと見分けがつかないが強力な呪いが込められており、ゲームを起動した者を氷室邸の悪夢へと誘う。

 

射影機(シャエイキ)

霊の居場所を光や振動で伝えたりありえないものを写すほか、怨霊を封印する力が宿った特殊なカメラ。

深紅は亡き母から譲り受けた。

イナミは屋敷で出会った少女から射影機の機能を自前のスマートフォンに与えられた。

 

CORE(コア) SHOT(ショット)→射影機で霊の中心を撮影する(中ダメージ)

 

ZERO(ゼロ) SHOT(ショット)→射影機で霊を捉え続けて霊力ゲージを最大まで溜めた上でシャッターチャンス(霊が一番無防備な瞬間)に撮影する(大ダメージ)

 

 

 



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前夜【縄女の噂】
その①零への誘い


イナミ「ホラーゲームですか...?」

 

とある曰く付きのゲームをプレイして欲しい。

それが都内某大学のオカルト研究部長から開口一番に言われた一言だった。

 

サイト「そうそう、イナミ君ゲーム得意でしょ?」

 

爽やかな笑顔をたたえた部長には言葉では言い表しがたい迫力があった。

部長は気さくで人当たりも良く男女問わず人気が高い。その割に浮いた話を耳にしないのは、本人が重度のオカルトオタクであるためだろうか。

 

イナミ「どちらかと言えば俺はSTG(シューティングゲームの略称)専門なんですがねぇ...それにただゲームをやるだけでいいなら他のオカ研メンバーに任せておけば」

 

オカルト研究会のメンバーは俺を含めて4人。このままでは存続も危うい状態である。俺が入部する少し前まではもう一人部員がいたらしいが。

 

サイト「いつもならそうなんだけどね、今回はちょっと当たりっぽいんだ。君は知ってるかい?縄女の噂」

 

縄女とは近年インターネット上でまことしやかに囁かれている怨霊のことだ。俗的な言い回しをするなら都市伝説と呼ばれるものだろうか。

 

内容はうる覚えだが確か縄女と出会ってしまった人間は首、両手、両足に縄をかけられ、最期にはバラバラに引き千切られ絶命してしまうというものだったと思う。

 

イナミ「縄女は知ってますが、それとゲームをプレイすることに何の関係があるんですか?」

 

サイト「その説明をする前にこれを見てくれるかい?これが件のゲームソフトだよ」

 

そう言うと部長は白いトートバックの中から透明なCDケースに入れられたゲームソフトを取り出した。

 

イナミ「これが呪いの...ゲーム」

 

サイト「そう、といっても一見普通のゲームソフトにしか見えないだろうから順を追って話すね」

 

部長が言った内容を要約するとこうなる。

 

このゲームを部長に送ってきたのは先日自宅のアパートで五肢を引き裂かれたまま遺体として発見された槙村磨澄(マキムラマスミ)の恋人を名乗る同大学の女学生からだそうだ。

 

槙村さんはこのゲームをプレイしてから毎晩のように不気味な屋敷で縄女に追いかけ回される夢を見ていたという。それから日を重ねるごとに縄女の呪いの証である縄の跡がよりはっきりと現実世界でも現れるようになり最後にはご覧の有様というわけだ。

 

この事件はどこのテレビ局や新聞社でも連日取り上げられていたから俺でも知っている。

 

殺害現場のあまりの凄惨さから警察は痴情のもつれによる怨恨の線が濃厚とし、今もなお被害者の恋人に疑いの目が向けられ、頻繁に取り調べも行われているそうだ。当然「縄女が恋人を殺した」と言っても信じて貰えるわけもなく、彼女は藁にもすがるような思いで同じゼミ生だった部長にこのゲームソフトを託したのだという。

 

イナミ「事情はだいたい分かりましたが、知人からの依頼ならば尚更部長が引き受けるべきでは?」

 

サイト「イナミ君霊能力あるんでしょ?羨ましいなぁ僕は生まれてこの方幽霊にお目にかかったこともないよ」

 

人懐っこい少年のような笑みで相手の警戒心を解き、懐に滑り込む。部長の常套手段だ。

 

イナミ「俺は普通の人より霊感があるだけですから。それに霊関係の話題は軽い気持ちで関わるとろくなことになりませんって」

 

霊感に関してもせいぜいぼんやりといるなぁ、ついてきてるなぁと感じる程度だ。それを霊能力だなんてとんでもない。

 

サイト「普通の人間には分からない感じられない不可思議な現象を調査するんだ。餅は餅屋...僕よりイナミ君の方が適任だよ」

 

サイト「僕はもう少し縄女のことや、呪いのゲームソフトについて調べてみるから、それじゃまた明日!」

 

イナミ「あっ、ちょっと!行ってしまった...」

 

やれやれ、どうしたものか。

そうして俺は今日何度目かの溜め息を吐きながら一人きりの部室でそう呟いた。

 

梅雨の訪れを予感させるような湿り気の強いある日の出来事である。

 

 

 



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その②深淵から覗く眼

厄介な依頼を引き受けてしまった。

俺は帰宅後もなお今日一日を振り返り何度も同じ結論に至り、そして反芻した。

 

イナミ「呪いのゲーム...クリア出来なければ死ぬゲーム?」

 

 

それはゲームとは言えないのではないか?

現実(リアル)仮想(デジタル)の定義を根源から覆しかねない異様な産物を未だに受け入れることが出来ずにいた。

 

イナミ「ともかく考えても仕方ない」

 

 

俺は意を決してリュックサックに無造作にしまい込まれていたCDケースを取り出した。

 

 

一見するとただのゲームソフトにしか見えない、ただディスク本体を指でなぞると良く分かる。

これが普通のゲームではないと。

 

 

なけなしの霊感が一丁前に警告のサインを発していた。指で触れる度に電撃のような刺激が指先から背中を貫通する。背中は既に冷や汗でじんわりと濡れていた。

 

イナミ「...」

ふとディスクの中央の穴が目に止まる。穴が空いているのはディスクの構造上当たり前のこと。しかしオレの双眸はそれ以外の景色を視界に収めることを拒否し続けた。

 

あの穴の奥はきっと覗き穴...覗く?何を?

 

既に自分が正気を失っていることに気づかぬまま、ひたすらに穴を見つめ続けた。しかしその時は突然として訪れた。

 

イナミ「!?」

 

穴の奥の深淵に潜む何者かと目が合った。

 

突如俺の心臓は痛みを感じるほどに強く跳ね上がる。まさか、本当に縄女!?

 

声を発することは出来なかった。首に生暖かく細長い何かが巻きついているような気配を感じる。 

 

声帯は既に支配権を取り上げられていたのだ。やがて疑惑が確信に変わった。そして身体全体に浸透していた震えは一時的なピークを過ぎると収まっていった。

 

 

そこからの自分の行動は実に機械的だった。

 

 

おもむろに立ち上がり、そのままゲーム機が接続されているやや年季の入った小型テレビの前へと歩を進めた。

 

 

違う...俺じゃない...俺じゃないんだ...

 

 

ゲーム機の電源をスイッチをOFFからONへ切り替える。電源ランプが付いたことを確認するとやがて指先はディスクを収める部分の開閉ボタンへと。

 

 

待てやめろ...入れてはダメだ...止まれ...止まれ...

 

 

既に自分の体は自分の管理下には無いことは明らかだった。縄を括りつけられ滑稽な踊りを続けるだけのマリオネットがそこにいた。

 

体が勝手に...誰かこの手を止めてくれ...

 

心の中で何度も叫び続けた慟哭をかき消すようにゲーム機のモーター音が閉め切った自室に鳴り響く。既にゲームソフトはゲーム機の腹の中に収められていた。

 

ハッと我に返った俺はまるで口にした食物を咀嚼するかのようなゲーム機の読み込み音を耳にすると全てが手遅れになってしまったことに気づく。

 

待てよ、ゲーム機の電源さえ切ることが出来れば。

 

電源スイッチをONからOFFにする、コード類を引っこ抜く、テレビの主電源を切る、ゲーム機を破壊する、ブレーカーそのものを落とすetc...

 

考えついたありったけの妨害手段を試そうとしたが、いずれも叶わなかった。

 

 

妨害を試みようとした瞬間何か強い力で引っ張られるような感覚に襲われ、未遂に終わる。どれを実行しようとしたところでこれの繰り返しだ。ディスクを取り出す事はおろかゲーム機の動作に関わるあらゆる手段を封じられた。

 

もう後戻りは出来ない。クリアしなければ私もあの男性のように殺されるのだ。

今の自分には呆然とテレビ画面を見ることしか出来なかった。

 

異変はまだ終わらない。無事ゲームソフトを読み込んだはずなのにタイトル画面は現れないまま画面は暗黒を映し続けていた。

 

読み込みは失敗したのか...?と安堵の溜息を漏らしかけたのと同時に亡くなった男性の恋人が語っていたという証言が頭をよぎった。

 

 

被害者の男性はこのゲームをプレイしてから毎晩のように不気味な屋敷で縄女に追いかけ回される夢を見ていた。

 

毎晩のように

 

不気味な屋敷で

 

縄女に

 

イナミ「夢の中で追いかけ回される...?」

 

俺は口に出すことで改めてその証言を咀嚼した。

 

そうだ、確かにそう言っていた。

 

つまり縄女が現れるのは現実でもゲームの中でもなく。

 

イナミ「夢の中...?」

 

部屋に立て掛けられた時計を見ると時刻はまだ二十時前。

まだ寝るには早すぎる。

俺はインターネットのありとあらゆるサイトを検索して縄女のことを調べようと決心した。

 

ふとテレビ画面を視線を戻すと、やはり画面は真っ暗なまま。

ゲームとテレビを繋ぐコードが縄のようにも見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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その③蜘蛛の意図 

あれから二時間余、俺は縄女のことを調べ続けた。

 

『縄女は臭いに敏感でポマードが有効』

それは口裂け女のことではないのか?

 

『縄女の噂を聞いた人の所に三日以内に現れるという。呪文を言わないと五肢に縄をかけられ裂き殺される』

後半は俺が聞いた話と一致するが、前半はいかにも怪談らしい胡散臭さが否めない。

 

『縄女はこの世に強い未練と怨念を残し首吊り自殺した女性の霊である』

確かにあり得る話だがどんな未練を残した人物なのか。こちらも記述が抽象的過ぎて参考にならない。

 

駄目だ...縄女に関する有力な手がかりは掴めない。俺はパソコンのキーボードを叩くのをやめて砂糖多めのインスタントコーヒーを啜る。

ひとまず調べた内容をまとめてみよう。

 

結論から言えばネットで囁かれている縄女の噂の中で有力な手がかりはなかった。そもそも実際に本物の縄女を目撃した人間はいなかったのだ。

有力な手がかりがないということは考えられる理由は三つある。

 

一つ目はそもそも縄女が出鱈目な作り話であるという場合だ。

誰かが有名な都市伝説に似せて作り上げた架空の存在という顛末ならば一応の説明がつく。だがあんな体験をした以上、今更作り話と割り切ることは出来ない。

夢であって欲しい...一種の催眠状態になってあんな理解不能な体験をしてしまったのだと。

 

二つ目は本物の縄女を目撃した人物は既にこの世にはいないということ。死人に口無し、真相は闇に葬られてしまったのならこれも十分に有り得る話だ。

 

三つ目は何らかの事情があって目撃者が縄女に関する情報を開示することを拒んでいるという場合だ。ではその理由は?思い出したくない程怖い体験をしたということだろうか。

 

いずれにしても現時点では何も分からない。

 

 

時計を見ると既に23時を回ろうとしていた。

 

既に瞼にはぼんやりとした眠気が広がっていた。

食べたくなくても腹は減るし、寝たくなくても眠くなる。

生物である以上生理現象には逆らえないのだ。

 

静寂に包まれていた暗夜が破られたのは意識が自室のベッドに向いたのとほぼ同じタイミングだった。

 

突如ベッドシーツの上に無造作に置かれていたスマートフォンが鳴り出した。着信?こんな遅くに一体誰が?

 

俺は重い腰を上げベッドまで歩きスマートフォンを手に取った。

 

河原賽斗(カワハラサイト)

 

部長からだ。画面には部長の名前と電話番号が表示されている。

俺は訝しみながらも電話に出ることにした。

 

イナミ「もしもし?」

 

サイト『夜分遅くに失礼する。ともあれまだ起きていたようで安心したよ。今電話大丈夫かい?要件はもちろん縄女の件さ』

 

俺は家に帰宅してから起きたことの全てを話した。そう、ゲームソフトを手に取り起動するまでに起きたことも含めてだ。

 

サイト『ふむふむ...状況からして君が突発的な強迫観念に襲われ不合理な行動を取ったとも考えられなくもないが、どうやら今回は違うようだ』

 

イナミ「というと?」

 

サイト『実は僕も帰宅後はずっと縄女に関する情報をずっと集めていたんだ。そして興味深いネタを掴んだ』

 

サイト『みんな君のように一種の催眠状態に陥ったまま呪いのゲームを起動してしまったそうだ。中にはなにかに体を引っ張られていると感じた人間もいたし、縄女らしき人物をこの目で見たという人間もいた。つまり君の証言にピタリと一致する』

 

イナミ「なっ!」

 

この場合のみんなとはこれまでに呪いのゲームをプレイした人間を指すのだろう。みんなついさっき俺が経験した出来事を体験していた。

しかし俺が本当に驚いたのはそれだけではなかった。

 

イナミ「部長...その情報はどこで掴んだんですか?」

 

俺は今の今まで脇目を振らず縄女のことを調べ続けたのだ。マニアックなオカルト掲示板から誰かのつぶやきに至るまで。

 

サイト『まぁ普通に調べても尾鰭のついた都市伝説に行き当たるのが関の山だろうね。今回僕が情報を手に入れたのはダークウェブの中でだよ』

 

ダークウェブ...あまりインターネットに詳しいわけではないが以前何かのテレビ番組で聞いたことがある。

普段我々が日常的に利用している検索エンジンで検索出来る範囲をサーフェスウェブというらしいがそれはあくまで氷山の一角に過ぎず、その下にはディープウェブというネット空間が広がっている。そしてその最下層にあるのがダークウェブだ。

そこでのアクセスは匿名化されていて個人を特定するのは非常に困難であるため、本来なら処罰の対象となるような武器、麻薬、臓器などの非合法的な商品が人知れず取引されているという。

しかしそれと縄女の関係性がどうにも見えない。

 

サイト『別に有形の商品だけが取引されているわけじゃないよ、情報だって立派な商品さ。でもまさか縄女に関する情報がここで売られているとは思わなかったけどね』

 

縄女のような一介の都市伝説に関する情報がそんな人目を憚られるような闇の市場で売られていたという事実に再び驚いた。そして一つの仮説を立てることにした。

 

イナミ「真実が公になると困る都市伝説がある....?」

 

サイト『あるいは困る人間がいるとも解釈できるね。それが個人的なものなのか組織的なものかはまだわからないが。話を戻すけどいいかい?』

 

俺が呆気にとられながらも生返事で返したのを確認すると部長はまた言葉を紡ぎ出す。

 

サイト『縄女の情報を売っていたのは蜘蛛手(クモデ)と名乗る人物だった。蜘蛛手とは恐らくダークウェブを多方面に分かれる蜘蛛の足に例えたハンドルネームだろう。そいつはあらゆる都市伝説にまつわる重要な情報や証拠の切り売りを専門としていた売人だった。僕も思わず目を疑ったよ。縄女の他にも【地図から消えた村】...【眠りの家】...コアなオカルトマニアの間でも有り得ないとされてきた都市伝説を裏付ける証拠と情報が並べられていたんだからねぇ...!まるでたまたま立ち寄った古本屋でNASAの機密文書を見つけたような気分だよ...!ハァハァ...』

 

 

荒くなった部長の息が受話器から耳まで吹きつけられてきたような気分になり俺は身震いした。そんな俺の心情を察したのか部長は『失礼』と一言詫びたのち話を再開した。

 

サイト『僕はすぐさま蜘蛛手とコンタクトを取り、縄女に関する資料をいくつか購入した。詳細な資料は明日中には用意してくれるそうだ』

 

イナミ「ダークウェブの住人との売買...大丈夫なんですか?」

縄女とダークウェブとの結び付きは未だ希薄だが、それでも危険なことに変わりはないのだ。

 

サイト『あしが付かぬよう細心の注意を払ったよ。失ったものは大きかったがそれでもこれからイナミ君が経験するであろうものに比べれば微々たるものだ。まさか君だけにリスクを強いるとでも?』

 

いつもいつもやることはめちゃくちゃだが、それでも心の底から憎むことは出来ない。部長は本当に不思議な人だ。

 

サイト『とりあえず取引成立の前報酬として蜘蛛手から縄女に関する基本的なデータを貰ったから簡単に伝えるね』

 

部長が言った内容をまとめるとこうだ。

 

縄女の生前の名前はキリエという女性らしい。

殺された男性の言っていた不気味な屋敷の名前は氷室邸(ヒムロテイ)といって、かつて広大な土地を有していた一族のお屋敷だった。しかし今は人一人住んでいない廃墟と化しており、そこに入った人間は次々に行方不明になっているそうだ。どうやらキリエもここの関係者のようだが...

 

サイト『今のところ僕が持っている情報はこれだけだ』

 

イナミ「とても参考になりました。わざわざありがとうございます」

 

サイト『後は伝聞通りなら君はこれから夢の中で氷室邸に行き、そこでキリエと出会うはず...自分でも何を言ってるかよくわからないが、まだ夢という分野は科学で解明されていない事柄も多い...それと最後に』

 

サイト『こんな危険なことに巻き込んでしまった本当に申し訳ない。あの時君の言った通りこれは軽い気持ちで関わってはいけないものだったんだ...まさかここまで危険なものだったとは...』

 

イナミ「はぁ、今更何言ってるんですか。自分の非を認めるなんて部長らしくもない」

 

サイト『し、しかし...』

 

イナミ「ならば見返りとして一つ頼みを聞いてもらってもいいですか?」

 

サイト『な、なんでも聞こう...』

 

イナミ「縄女に殺された槙村磨澄の恋人に改めて話を伺いたいのですが約束を取り付けて頂きたい。恋人を亡くされたばかりの人に対してあまりに無神経なお願いだと言うことは分かってます。しかし...」

 

俺だって殺されるかもしれない。手段を選んでなどいられないのだ。

 

サイト『分かった。そっちは僕の方でなんとかしておく。明日はちょうど講義で一緒になるからはずだからな』

 

イナミ「ありがとうございます。それとこれに懲りたらもう厄介事ばっかり拾ってくるのはほどほどにしてくださいよ、それじゃ」

 

サイト『あぁ!待ちたま...』

部長が言い終わるのを待たずに俺は電話を切った。

あんなしおらしい部長は初めて見たかもしれない。

 

スマートフォンをポケットに入れ、部屋の電気を消した。耳を澄ますと今もなおゲーム機は止まることのないサイレンのように鳴っているのが分かる。

インスタントコーヒーの効き目が現れ始めたのか、布団に入ると心地良い眠気に誘われそのまま眠りについた。

 

外では更に深い眠りを促すように風で木の葉が静かに揺れていた。

 

 

長い長い夜が始まる。



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第壱夜【裂き縄】
その①逢魔ヶ淵より


こっち...こっちだよ...

 

真っ白な空間の中誰かの声がする。まだあどけない、色を知らぬ無垢な少女の声。

どうやら俺は彼女に導かれているようだ。

 

次に感覚を取り戻したのは触覚だった。

 

どうやら手を握られているようだ。とても小さいが確かな体温を感じた。

相変わらず視界は真っ白だが俺はこの声とぬくもりの主を信じて進むことした。彼女を信じることに何ら抵抗はなかった。

 

しばらくして呼吸ができることに気がついた。

 

鼻から息を吸ってみる。やや湿気を含んだにおいが鼻腔を突いた。

まるでパズルを組み上がっていくように少しずつ、少しずつ感覚が戻り始める。しかしこのままではぼやけてしまう。俺を塞ぐピースが足りない。

 

次は口から大きく息を吸ってみた。吐き終わるころには全身の感覚が復活し始めていることに気づく。胸の鼓動がより俺の意識を鮮明にした。

 

俺は味覚の存在を確かめようと舌を出して指で軽く触れてみた。汗が混じっていたのかほんのり塩の味がする。

 

クスクス...クス

 

少女はそんな俺の仕草が可笑しかったのか無邪気に笑い始めた。やさしく波打つ海の水面を彷彿させるような穏やかで上品な笑い方だった。

 

やがて真っ白だった空間(キャンパス)に色が塗られていく。しかし出来上がった風景の中に先刻まで俺の手を引いていた少女の姿を認めることはできなかった。

ほのかに手に残った体温のみを残して彼女は消えた。

 

 

 

ふと自分の居場所を確認しようと思い足元を一瞥した。

 

俺は湖の上に浮かぶ小舟の上にポツンと一人佇んでいた。辺りを見渡しても霧が濃すぎて何も見えない。ひとまず俺はすぐそばに桟橋を見つけるとそこに小舟を寄せた。

 

イナミ「ここが...氷室邸」

 

先程の穏やかな空間から一転、辺りは重苦しい静寂に包まれる。

 

この静寂ですらも意思を持ち、今も自分の喉元に刃物を突きつけていると錯覚してしまう程に誰も寄せ付けない攻撃的な雰囲気を纏っていた。

 

桟橋を形成する木材は既にほとんど腐っており、踏みしめる度にギィ...ギィと音を立てて揺れた。

 

それにしても暗い...灯篭の灯りが点々と灯っているがそれでもライトが無いととてもじゃないが歩けない暗さだ。足を踏み外さないよう慎重に桟橋を渡り、ようやく陸へたどり着いた。

 

コツっと何かがつま先に当たってコロコロと転がった。

 

少しもたついたがどうにか蹴り上げたものを手で探り当てることに成功する。

 

懐中電灯だ!助かった!

 

それにまだ熱を持っているのか暖かいぞ。氷室邸は人の寄り付かぬ廃墟と聞いていたが、もしかしたら人間もいるのかもしれない。

 

懐中電灯のスイッチを入れて明かりをつけた。

 

やや心もとないが、さっきより視界は良い。

 

懐中電灯で前を照らすとまるで湖からやってきた者を導くように縦並びに設置されている何基かの石灯籠が見えた。注意深く見ているとどうやら一基だけ灯りがついてないようだ。

 

灯りのついてない石灯籠の下に懐中電灯の明かりに反射して何か光る物が落ちている。

 

オレは膝を曲げてその物体に顔を近づけた。

 

イナミ「これは確か...印籠?」

 

誰かの落し物だろうか。いまどき印籠を持ち歩く人間がいるとは珍しいと思い、手を触れた瞬間異変は起きた。

 

イナミ「うっ!?」

 

突如頭に弾けるような痛みが走り、その場に倒れ込んだ。

 

痛みが止まず、意識がどんどん溶けていく。俺は痛みを必死にこらえるように瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

瞼を閉じると何かの映像が頭の中に入ってくる。

 

『これ..あなたが?』

 

『はい、どうか..し.......て』

 

『こ........よ』

 

ノイズが混じってて上手く聞き取れない。映像も乱れててとても見れたものではなかった。

程無くしてビデオのチャプター再生のように場面が切り替わった。

 

『お...え、お前さえ...れば!』

 

『待って、私は..か......だ』

 

『悪..うな...氷室....だ』

 

ノイズと砂嵐で内容はほとんど分からない。

ただ肉を切り刻む音と飛び散る鮮血が壊れたラジカセのように何度も、何度も頭の中で木霊した。

 

 

頭の痛みが治まり、徐々に目を開いて辺りを見回した。

あまりの痛みに手に取った印籠を握りしめていたらしい。

 

見上げると主張の激しい月の光とそれに照らされた石灯籠の存在を確認した。

今の映像はなんだったんだろう。

俺以外の誰かの記憶...走馬灯のようにも思えた。

 

 

(ここは...どこだ?私は確か...)

 

誰かの声がする。

耳からの情報ではない。頭の中に響くような声。

俺はその何者かが次に言葉を紡ぐ時を待った。

声の主の言葉を一字一句とも聞き逃さないようにためである。

 

(そうだ..,私はここで...)

 

やはり出所は俺の頭の中...声からして男性のようだが。

 

イナミ「さっきからなんなんだ一体」

 

(誰かの声がする...)

 

俺が声を発したことで彼も俺の存在に気付いた...?

もしかしたらと思い俺は頭の中に居座る人物にコンタクトを取ってみようと試みた。

 

イナミ「お前は」

 

(きみは)

 

 

誰だ?

 




どこまでの過激描写なら許されるのでしょうか。
一作目の零は色々とエグい死に方をした幽霊が多すぎるから言葉選びに苦労します(苦笑)
今後展開次第ではR18指定にするのも視野に入れるのもありかもしれない。


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その②1+99

イナミ「俺の名前はイナミ。お前の名前は?」

 

 

(私か...私の名前は...すまない...)

 

男は名前を名乗らず、申し訳なさそうに詫びた。

俺はすまないの後に続く言葉を想像した。

 

『言えないんだ』...この場合、素性を隠さなければならない理由がある?

『分からないんだ』...自分の名前を分からないわけがないからこの場合、記憶喪失に陥っている可能性がある?

 

(分からないんだ..気付いたらここにいて....)

 

俺は少し考えた末、質問を変えてみることにした。

 

イナミ「一番最後に覚えている記憶は?」

 

(あぁそれなら...確かちょうどここで誰かに襲われて...その時に大事なものを失くしてしまって...探していたんだ...それから先は分からない)

 

ここというのは石灯籠のあるこの辺一体を指すのだろう。

もしや?と思い今も右手に握っていた印籠に視線を移した。

 

(....それだ!)

 

イナミ「!?」

先程までしおらしかった男が俺が印籠に目を向けると同時叫び声を上げた。

 

(どこでそれを?いやそんなことはこの際どうだっていい...見つけてくれてありがとう!)

 

どうやらこの印籠はこの男のものらしい。そして俺はたった今浮かんだばかりの懸念を払拭するため続けて質問した。

 

イナミ「今自分の後ろに何があるか見えるか?」

 

(私の後ろ?...むっ...ふん...ダメだ体が動かない...)

男の反応を見届けた後、俺は後ろを振り返った。

 

(...む?...あっ!動いた!どうやら古びた水車があるようだ)

やはり...でもまさかそんな馬鹿なことが。

 

イナミ「実は今俺もお前と同じ景色を見ている。正直俺自身まだ信じられないが、今俺たち二人は同じ視界を共有しているようだ。もっと平たく言えば、俺の体の中にお前がいる状態だ」

 

(まさか!そんな馬鹿なことが!)

 

イナミ「そんな馬鹿なことが起きてんだ」

 

俺は右手で握っていた印籠を目の前に持ってきた。

 

イナミ「時代劇風に言うならこの印籠が目に入らぬか!ってやつだな」

 

(むぅ...一体なんでこんなことに)

 

 

それにしてもだいぶ汚れて傷んでいるな。随分長い間放置されていたようで所々泥や蜘蛛の巣がこびりついていた。

 

俺は最初自分がやってきた湖まで歩き、湖の水で印籠を軽くすすいだ。

 

イナミ「まだ汚れが取りきれないが、さっきよりマシになったな」

こうしてよく見てみると元はかなり高価なものだったことがわかる。昔の偉い大名や侍が身につけていたようなものと言えば分かるだろうか。今でも骨董屋に持っていけば良い値で売れるかもしれない。

 

ん?側面に何か彫ってある。もっと詳しく見るため、懐中電灯で照らしてみることにした。

 

イナミ「(フユ)...(ヒコ)...?」

確かにそう書いてある。これがこの持ち主の名前だとすると。

 

イナミ「冬彦っていう名前らしいぞお前」

 

(冬彦?...私の名前は冬彦というのか...)

 

イナミ「あぁ、とりあえずよろしく?冬彦」

 

冬彦(よろしく?...よろしく頼むイナミ)

 

こうして奇妙な二人は奇妙な邂逅を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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その③射影機と謎の少女

イナミ「とにかく移動するぞ、ここにずっと居てもしょうがないからな」

 

冬彦(うむ...それがよかろう...)

 

一定のリズムを刻みながら回転する水車の音を除けばここはやけに静かだった。

 

ジッとしてると押しつぶされてしまいそうな静寂に抗うべく俺達は歩を進めた。

 

普通の道を淡々とに歩いてるだけでもまるで常に綱渡りをさせられているかのような独特の緊張感があった。

 

氷室邸...やはりここは異常だ...

 

 

 

 

『カエリタイ...ココカラ...』

 

突如どこからか声が聞こえてきた。不審に思いながらも歩くのをやめて振り返ったが誰もいない。

 

 

 

イナミ「冬彦、お前今なんか喋ったか?」

 

冬彦(いや...私はなにも喋ってなどいないぞ)

 

イナミ「じゃあ今喋ったのは?」

 

冬彦(...分からんが先程から何者かの気配を感じる)

 

 

イナミ「言われてみればさっきから妙にピリピリとした悪寒がし.....え?」

 

俺が再び視線を前に戻すとそこにいたのはボサボサ髪の謎の男だった。

 

男の身体中から腐った肉のような異臭がたち込め、爪はまるで肉食動物のように伸び切っていた。

 

男は俯いているため顔を見ることは出来なかったが、自分の雀の涙程の霊感が絶えずアラートを発信し続けた。

 

 

この男はこの世の者ではないと。

 

『タスケテ...タスケテ...タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ』

 

男は小さい声で同じ言葉を永延と繰り返しているようだったが、今の俺は理解なんて出来るような精神状態にはなかった。叫び声を上げることすらも忘れていた。

 

『ココカラダシテクレェェェ』

 

イナミ「な、なんだ!?ぐっ...あが...ぁぁぁ」

 

冬彦(イナミ!)

 

男は掴みかかってきた。とっさの出来事に反応出来ず、俺の首は男の両手に収められる。

 

その感覚は一言で言えば異常だった。

掴まれているはずの首には強い圧迫感と氷のように冷たい感覚だけがあり、男の手の感触が感じられない。それは男に実体がないことを如実に示していた。

 

体温を失った両手にみるみる気力を吸いとられているような悪寒に襲われ、ハッとなった俺はもがきながら振りほどき、来た道を逆走した。

 

 

 

冬彦(大丈夫か!?)

 

イナミ「ハァ...ハァ...今のはなんだ...」

 

大した距離を走ったわけでもないのに、息が弾むのを抑えられない。

 

目の前は深い霧に包まれた湖...もう逃げ場はない。

 

後ろからゆっくりと男が迫ってくる...

 

万策尽きたと諦めかけたその時。

 

男とは違う何者かの気配を感じ、俺はその気配のする方へ顔を向けた。

 

 

 

そこにいたのは日本人形を彷彿とさせるような白い着物姿の少女。少女はこちらの様子を伺うようにただまっすぐと見つめていた。

 

なぜこんなところに女の子が...?

 

少女はこちらの感情を感じ取ったのか、静かに指を俺のズボンのポケットに向けた。

 

見るとズボンのポケットが膨らんでいた。なんで今の今まで気づかなかったんだろう。

 

イナミ「これは...俺のスマートフォンだ」

 

ポケットの中身を取り出すと、何故か入っていたのは俺のスマートフォン。

 

戸惑う俺をよそに少女はスマートフォンの上に手を置いた。

 

刹那、少女の手から眩いほどの青白い光が集束しスマートフォンの中に吸収されていく!

 

イナミ「これは...」

 

しゃえいき...

 

終始沈黙に徹していた少女が静かにそう呟いた後、スマートフォンに置かれていた手を後ろから迫っている霊へと向けた。

 

イナミ「...射影機?」

 

 

 

射影機...射影...スマートフォンを使って出来ること...

 

イナミ「これを使ってあいつを撮れってこと?」

 

既に少女の姿は消えていた。彼女がいたことを証明出来るのは今も煌々と青白く光り続ける俺のスマートフォンのみ。彼女もまたあの男と同じありえないものだったのだ。

 

冬彦(奴が近づいてきたぞ!)

 

もう逃げ場がないってことをあいつも理解しているようだ。

 

腹括るしかなさそうだな。

 

俺は意を決してスマートフォンを正面に構えた。

 

ディスプレイには中央部に被写体を収めるためのサークルが、上部には赤色に輝くランプが、下部にはなにかの数値を示すゲージのようなものが表示されていた。

 

俺の手が震えているのかと錯覚していたがどうやら端末本体がかすかに振動しているようだ。これも射影機とやらの機能だろうか。

 

少なくともこのカメラが俺の知っているものとは大きく構造が違うことは明らかだった。

 

 

イナミ「今だ!」

 

 

 

CORE SHOT !

 

『ギャァァァァァァ!』

 

シャッターを切ると男が苦声を上げた。

冬彦(!?効いている!効いているぞ!)

 

ディスプレイに表示されていたゲージは霊を捉え続けた時間に比例して上昇していた。

目標となる霊をサークルに捉え続ければそれだけ強い威力で攻撃出来るのかもしれない。

 

イナミ「これじゃあまるで...」

 

シューティングゲームみたいだなと言いかけた所で俺は口をつぐんだ。突如男が姿を消したからである。

 

俺は一度も男をサークルから外していない。

 

それと同時にスマートフォンの小刻みな揺れが治まり、ディスプレイに表示されていたランプも消えていた。

 

撃退できたのか?確かに手ごたえを感じたが。

 

冬彦(この気配...後ろだ!)

 

イナミ「!?」

 

振り向くと既に男は俺の目と鼻の先まで近づいており、俺の首めがけて両手を伸ばしていた。かなりシビアなタイミングだったが間一髪攻撃を避けることに成功する。

 

危なかった...冬彦の呼びかけがなかったらまた奴に捕まっていた。

それにしても冬彦のやつ...霊感が俺なんかとは比べ物にならない鋭いようだ。

 

俺は男から距離をとりスマートフォンを構える。そしてサークルに男を捉えると再びスマートフォンが揺れ始めた。同時にディスプレイのランプも爛々とした輝きを取り戻していた。

 

なるほど...つまりこの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を果たしていたのか。

 

だんだん射影機の使い方が分かってきたぞ。

 

端末の揺れとランプの反応がある方向にいる霊を真ん中のサークルに捉え続けることで力を蓄え、ギリギリまで目標を引きつけた上で

 

 

シャッターを....切る!

 

 

ZERO SHOT!

 

さっきよりも手ごたえのある一撃を男に与えることができた。

 

その証拠に男はついに形を保てなくなり、青白い光の粒となって霧散した。

 

 

『アノ...オンナノ...セイ...ミンナ』

 

 

 

 

先程まで男がいた周辺に何か手帳のものが落ちている。

 

 

これは...パスケースか。

 

 

中には免許証やSuicaなどのカード類などが入っていた。

 

 

槙村磨澄(マキムラマスミ)

免許証に記された名前に俺は見覚えがあった。

 

確かこの人は、部長の話にあった2週間前に自宅アパートで五肢を引き裂かれた状態で発見された男性だ。まさかこんな形で合間見えることになるなんて...

改めて自分の撃退した相手がこの世のものではない霊だと知り、戦慄する。

キリエに捕まってしまえば俺もあんな風になってしまうのか。

 

 

冬彦(どうにか撃退は出来たようだな)

 

イナミ「なんとか、な。とにかく一旦ここを離れるぞ」

 

どの道この屋敷のどこにも安全な場所なんてないんだ。

ここでジッとして後手後手に回るくらいなら、この屋敷内を探索してキリエや氷室邸の情報を集めることで攻略の糸口を見つける方がずっと良い。

 

進めど地獄...退けども地獄...ならばせめて自分の送られる地獄くらい自分で決める。それは俺のささやかな抵抗でもあった。

 

 

 

 

深紅「あなたは...だれ?」

 

声のする方へ顔を向けるとそこにいたのは長い黒髪をややアンティークなデザインの髪留めで束ねた少女。

 

 

おおよそ地獄のようなこの場所には似つかわしくないその風貌から荒れ果てた土地に咲き続ける小さくて儚い一輪の花のような印象を受けた。

 

 

これが俺と雛咲深紅(ヒナサキミク)との出会いである。

 

 

 

 

 




もし自分のスマホに射影機の機能が付いたら。
実は本作はそんな私の拗らせた妄想から着想を得ました(笑)

出来ることならイナミ君には本物の射影機を持たせてあげたかったけど、設定上いささか無理がありますしね...


ゲーム用語の解説

CORE SHOT→霊の中心を撮影する(中ダメージ)

ZERO SHOT→霊を捉え続けて霊力ゲージを最大まで溜めた上でシャッターチャンス(霊が一番無防備な瞬間)に撮影する(大ダメージ)



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その④兄を探す少女、雛咲深紅

これは驚いた。まさか本当にこの屋敷に生きている人間に会えるとは。

 

イナミ「俺は瀬戸立一浪(セトタチイナミ)、気安くイナミとでも呼んでくれ。君は?」

    

深紅「私は雛咲深紅(ヒナサキミク)です」

 

しばし二人の間に気まずい沈黙が生まれた。

 

おそらく...お互いに聞きたいことは同じはずだ。俺は彼女が口を開く前に質問をした。

 

イナミ「深紅、君はどうしてこの屋敷に?やはり君も呪いのゲームのせいでここにやって来たのか?」

 

深紅「ゲーム?ごめんなさい、あなたが何を言ってるのか分からないわ。私は二週間前にここで行方不明になってしまった兄さんを探しに来たんです」

 

彼女の言っていたことをまとめるとこうだ。

 

二週間前彼女の唯一の肉親である兄、雛咲真冬(ヒナサキマフユ)さんは自分の恩人であるミステリー小説家の高峰準星(タカミネジュンセイ)氏が氷室邸で行方不明になったことを知り、この屋敷にやって来たのだと言う。

 

やがてその真冬さんも行方不明になり、彼女は一人でこの屋敷まで探しに来たのということらしい。

 

こんな薄気味悪い屋敷に単身乗り込むなんて...おとなしそうに見えるだけで意外と肝の座った娘なのかもしれない。

 

深紅「あの...イナミさんはどうしてここに来たんですか?」

 

イナミ「...」

少し悩んだ末、別の世界からやってきたことを打ち明けた。ただしここが俺の見ている夢の世界であるということを話しても余計に彼女を混乱させてしまうだけだと思い、そこだけは伏せておくことにした。

 

深紅「...こことは違う世界からやってきた?」

 

なるべくやんわりとこちらの事情を伝えてみたが、まぁそういう反応になるのは仕方ないな。

 

イナミ「あぁ、まるでこの屋敷の怨霊に呼び寄せられるようにな」

 

深紅「....」

 

イナミ「もし君が良ければで構わないんだが、一緒に行動しないか?」

 

深紅「一緒に...ですか?」

 

イナミ「俺は元の世界に帰りたい。そして君は行方不明になってしまったお兄さんを連れ戻したい。そのためには氷室邸の秘密をもっと調べる必要がある」

 

深紅「確かにそうですね。この屋敷が怨霊の巣窟となっているのにもきっと何か理由があるのかもしれません。えっとその...よろしくお願いします...」

 

イナミ「ありがとう深紅。こちらこそよろしくな」

 

 

深紅は挨拶をそこそこにこの周辺に存在する石燈籠の中で灯りの付いていない桟橋付近の石燈籠にライターで火をつけた。

 

すると石燈籠の上部が回転し、内部が露わとなった。

内部に入っていたのは何かの文字が刻まれた石。深紅はその石を手に取ると

 

深紅「それでは...行きましょうか」

 

と言い、二人でその場を後にした。

 




深紅ってゲームでもお兄さん以外の男性と話してるところ見たことないから書いててコレジャナイ感じがすごい。

まだ深紅が主人公を信用しきれていない感じだけでも伝わっていれば幸いです。


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その⑤縄の呪い

【逢魔が淵】→【階段廊下】


深紅と歩き続けてから数分が経ち、いよいよ俺達は屋敷の内部へやってきた。

当然明かりなど付いておらず、俺達は懐中電灯の光を頼りに階段のある長い廊下の中を進んでいく。

 

先程深紅が言っていた通り、ここは怨霊の巣窟と化しているようだった。何者かの舐め回すような視線を屋敷のいたるところから感じている。

 

冬彦(なんて数の浮遊霊だ..)

俺は青白いモヤのようなものを視界の隅に捉える程度だったが冬彦にはその全てが見えているらしい。そしておそらくだが深紅にも。

 

冬彦「深紅、やはり君にはこの屋敷の霊達が見えているのか?」

 

深紅「はい...霊の姿はもちろんその霊が抱いている感情も頭の中に流れ込んできます...激しい憎悪...生前の未練...生ある者への嫉妬...」

 

イナミ「そんなものまで...俺なんかの霊感とは比べ物にならないな」

 

深紅「ご、ごめんなさい...気持ち悪いですよね...今の話は忘れてください」

 

イナミ「そうでもないよ」

 

深紅「...え?」

 

イナミ「俺の妹と君はとてもよく似ていたから」

 

深紅「....」

ずっと俯いてた彼女が驚いたように俺の顔を覗き込んだ。

 

イナミ「霊が見える以外にも、遠くの景色が見えたり、その人の身に起こることを予言したり、手を使わずに物を動かしたり、まぁ世間一般に言う超能力者みたいな感じかな」

 

イナミ「妹はその体質のせいで周りから気味悪がられてな。それでも根が優しかったから善意で不幸な目に遭うかもしれないクラスメイトに予言の内容を伝えたりもしてた。だが結局一人も友達は出来なかった。誰もあいつを仲間と認めなかったからだ」

 

良い意味でも悪い意味でも妹は優し過ぎた。

おおよそ善の心しか持たなかった妹にはコンプレックス、嫉妬、悪意に満ちた世の中に居場所が存在しなかったのだ。

 

深紅「そんな...それじゃあ私と兄さんと...同じ...」

人間は理解出来ないものに対して不安や嫌悪感を抱きやすい。

しかしそれは人間に限らず生物に生まれつき備わっている防衛本能でもある。

 

 

『いーちゃん...あたし...いきてちゃいけないの...』

脳裏に蘇る妹の悲痛な表情、声、思い。

胸を揺さぶる残響をかき消すように俺は再び言葉を紡いだ。

 

イナミ「俺は何があってもあいつの味方でいようと思った。兄としてとか家族だからとかそういう責任感からじゃなくて、あいつが省かれる理由を理解は出来ても納得がいかなかったからだ。それからは友達よりも妹といる時間を選んだ。でも....」

 

深紅「イナミさん?」

 

『...センセ...イ...ニゲテ...コノヤシキハ...』

耳にまではっきりと届いた。

今のは女性の声だ。

 

イナミ「!?」

 

深紅「これは!?」

今までの浮遊霊とは違うありえないものの気配。

俺はポケットの中で小刻みに揺れていたスマートフォンを取り出し気配を探った。

 

 

ミシ...ヒタ...ミシ...ヒタ...

 

 

冬彦(上に何かいる...)

 

冬彦の言う通りだ。ありえないものの気配は上から徐々に近づいて来ている。

 

 

ミシ...ヒタ...ミシ...ヒタ...ミシ...

 

 

この音は...階段を降りている?

すぐ側にある階段に目をやると赤いカーディガンを着た女性の姿がチラリと見えた。

 

イナミ「!?とにかくここを離れるぞ!」

 

深紅「は、はい!」

 

ここで鉢合わせになるのは危険だ。

俺達は後ろを振り返らないようにしながら長い廊下を走り、つきあたりに古びた扉を見つけると勢い良く扉をこじ開けた。

 

 

 

 

 

 

『ワタシニモ...ナワノアトガ.... 』

 

イナミ「うっ!?」

 

深紅「きゃあ!」

 

 

俺達はたじろいだ。

なぜなら扉を開けると階段にいたはずの女性が目の前に移動していたからだ。

 

女性の双眸は既には生気を失い、顔の半分はまるで硫酸でも被ったかのようにとろけていた。

 

『クルシイ...クルシイ...ナワノ....ノロイ..』

 

女性は首に手を当てては蹲りながら悶え苦しんでいた。俺には彼女が死の直前に受けた苦痛を今もなお何度も繰り返しているようにも見えた。

 

深紅「イナミさん、その霊から離れてください!」

 

深紅は小脇に抱えていたカメラを女性に向けて構えるとシャッターを切った。

 

ZERO SHOT!

 

独特のシャッター音の後、辺りは眩いの光に包まれる。

 

『キリ....エ...』

 

女性は深紅のカメラから放たれた光によって自身の霊力を吸い取られ、やがてカメラの中に吸い込まれるように消えていった。

 

 

霊に対して攻撃を加え、かつその霊を封印することの出来るカメラ。

まさか深紅の持っているそのカメラも

 

 

射影機?

 




ホラー作品は演出や展開を間違えると一気にギャグ化する...

なんとも言葉選びや展開に難儀しますね...

仕事が忙しくなりそうなので次回の更新はさらに遅れるかもです。


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その⑥出口亡き迷い家

【いけすの間】


イナミ「深紅、まさかそのカメラは射影機か?」

 

深紅「はい...この射影機は亡くなった母の形見なんです。イナミさんはどうして射影機の存在を知っているんですか?」

 

 

イナミ「俺のスマートフォンには射影機の機能が付いているんだ」

 

深紅「スマートフォン?」

 

イナミ「携帯電話と言った方が分かりやすいか」

 

深紅「それが...携帯電話?私の知っている携帯電話は肩から掛けるものでもっと大きかったような」

 

肩から掛けるタイプの携帯電話?ショルダーフォンのことか?

ショルダーフォンが主流だったのなんて、少なくとも今から30年は昔の話だぞ。

 

深紅の発言に訝しさを感じたオレは疑問を解消すべく深紅に対しある質問を投げかけた。

 

イナミ「深紅、今西暦何年だ?」

 

深紅「ええと...1986年です」

 

思った通り俺のいた時代よりも30年前くらい前みたいだな。

スマートフォンどころか携帯電話すらまともに使えなかった時代か。

 

俺は改めてスマートフォンを操作した。

当然のことだがインターネットは繋がらないようだ。

現在スマートフォンで使用可能なのは射影機とオフラインでも使えるようなアプリに限られていた。

 

イナミ「そうか、ありがとう。まぁ...ともかくこの小さい機械が俺の射影機なんだ」

 

あの白い着物を着た少女が俺のスマートフォンに怨霊を撃退する射影機の力を与えた。

 

あの時の出来事はそう考えるべきだろうか。

 

ひとまずこれまでの状況を整理してみよう。

 

出会った人間の五肢に縄をかけバラバラ引き裂くとされる縄女...またの名をキリエ。

 

そのキリエにまつわるゲームソフトを起動したことで、俺はこの氷室邸に迷い込んでしまった。

 

俺の前に迷い込んだ槙村さんはゲームソフトを起動した直後からこの屋敷の夢を見るようになったという。

 

ということはこれはやはり夢。少なくとも俺のいた世界とは良く似た異世界と考えた方が合点がいく。

 

槙村さんはこの夢を見る度にキリエの呪いの証である縄の跡が鮮明になって、キリエに殺害された。

 

夢を見る度に...裏を返せば夢から覚める瞬間があるということ。

条件を満たしさえすれば一時的に元の世界に戻れるということではないか。

 

夢の世界で氷室邸を探索し知り得た情報と、現実の世界で蜘蛛手から与えられる情報とを統合し、キリエの呪いを解く。

きっと今この場にスマートフォンがあるのも出鱈目に見えてなにか意味があるはずだ。

 

そしてこの屋敷に巣食うありえない者達が起こす不可解な怪奇現象。

 

とりあえず今は呪いの根源と思われるキリエに関する情報を集めないと。

 

 

深紅「イナミさん、あれを」

 

イナミ「なんだあの扉は...」

 

水の引かれた生簀が点在する部屋の奥に進んでいくと、奇妙な装飾のついた扉のようなものがあった。

 

 

イナミ「ダメだビクともしない...この装飾が何かの仕掛けになっているようだが」

 

何かを嵌める窪みのようなものが扉の装飾に付いている。

 

扉を開けるにはそれが必要ってことか。

 

深紅「そうだもしかしたら...!」

 

深紅が上着のポケットから取り出したのは俺達が初めて出会ったあの湖で深紅が灯篭から取り出した石だ。

 

イナミ「それは確か...あの時の」

 

ちょうど窪みにピッタリとハマるくらいの大きさだ。

深紅は石を扉の窪みに合わせてゆっくりとはめ込んだ。

 

すると何かが外れる音がして、扉が開いた。

 

深紅「これで先に進めますね」

 

さっきの灯篭の仕掛けといい、この扉といい、やけに手が込んでいるな。

この屋敷の当主の趣味だろうか。

 

イナミ「ところでどうしてさっき君はこの石の隠し場所が灯篭だと分かったんだ?」

 

深紅「この射影機のおかげです」

 

深紅が言うには射影機が明かりの灯っていない灯篭に明かりを灯すように導いたということらしい。

 

深紅の射影機にはそんな機能があるのか。

もしかしたら使いこなせていないだけで俺のスマートフォンにもそんな機能があるのかもしれない。

 

冬彦「この先から瘴気が濃くなっているようだ...」

 

冬彦や深紅のようなずば抜けた霊感は俺にはないがなんとなく分かる。

 

キリエはこの扉の奥にいる。

 

 

それは危険であると同時に俺たちの求める手がかりがあるということ。

 

イナミ「先を急ごう」

深紅「はい」

 

死を象った一枚絵が完成しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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その⑦遺された手がかり

【いけすの間】→【鳴神神社】


いけすの間から少し歩き、俺達は赤い鳥居のある神社の前まで来ていた。

 

神社を囲むように生えた雑木林が重く薄暗い氷室邸の雰囲気をより強めている、

 

玉砂利の敷かれた参道をザクザクと歩いていく。

 

突如雷が落ち、辺りは眩い光と轟音に包まれる。

 

深紅「きゃあ!」

 

深紅は突然の雷に驚き、反射的に隣を歩いていた俺の腕にしがみついた。

 

女の子特有の柔らかさと匂いに俺はやや胸を高鳴らせる。

 

深紅「ご、ごめんなさい!」

 

真っ白な深紅の肌にほんのりと赤みがさした。

恥ずかしさと申し訳なさがその表情から伺うことができた。

 

イナミ「い、いやあ、俺は平気だよ」

 

歳の割に落ち着いた子だと思っていたが、そんな顔もするのか。

 

深紅「雷は昔から苦手なんです...母が死んだ時のことを思い出してしまうから」

 

イナミ「深紅のお母さん?」

 

深紅「はい...私の母はこの射影機を手にしてからみるみるおかしくなって最期には...」

 

首を吊って自殺した。

 

そして遺体を最初に発見したのが深紅だった。ちょうどこんな雷のよく落ちる日の出来事だったという。

 

深紅「忘れたくても忘れられない日。既に父も他界していて身寄りのなかった私達兄妹は高峰先生の援助を受けながら互いに手を取り合って生きてきたんです」

 

たった一人の家族のためにか。

だからこそこんな危険な屋敷まで探しに来たんだな。

 

イナミ「大丈夫、必ず見つかるさ」

 

深紅「ありがとうございます...」

 

参道を歩きやがて神社の本殿までたどり着いた。

 

扉には文字が刻まれている。

 

縄ノ巫女

裂縄ノ...儀...選バ...歳

ところどころ文字が掠れている

 

イナミ「この扉にも特殊な鍵が施されているようだが...」

 

冬彦〔空いているようだぞ〕

 

イナミ「俺達が来る少し前に誰かがここを訪れたってことか」

 

 

俺は深紅に目配せをし、意を決して本殿の扉を開けた。

 

 

中には古びた台に怪しげな木人形の乗せらせた祭壇があり、ろうそくの炎が内部を薄暗く照らしている。

足元に水たまりがあるのか歩くたびピチャピチャとした足音がする。

 

何気なく足音を懐中電灯で照らすと

 

イナミ「うっ...」

 

そこには大きな血だまりがあった。

俺は喉まで出かかった胃液を飲み込み、周辺を観察してみる。

 

血はまだ乾いておらず、特有の刺激臭が立ち込めていた。

どうやらまだ新しいものらしい。

 

イナミ「この屋敷に入った犠牲者のものなのか、あまりにも酷すぎる...深紅?」

 

深紅は微かに震えながら目の前のただ一点を見つめていた。

 

彼女の視線を辿って見ると見知らぬ人間がいた。

 

背格好からして男性だろうか。白いジャケットを着てどこか儚げな雰囲気のある美青年。

 

深紅「兄さん...!」

 

深紅は目の前にいる男性にゆっくりと近づいていく。

 

 

冬彦(なんだ...あの青年を見ていると

 

 

 

なぜこんなにも涙が溢れてくるんだ)

 

 

深紅「兄さん...私が分からないの?」

 

深紅が呼ぶ声を気にも止めず、青年は何かを必死に探していた。

 

深紅が兄に触れようと手を伸ばしたところで兄は光の粒となって消えた。

 

今のは幻?

 

深紅「兄さん!...どうして」

 

イナミ「深紅...」

 

今のが深紅のお兄さん。

 

深紅の大切な家族であり唯一の理解者。

 

 

冬彦〔喜んでくれるかな...あの人に...〕

 

イナミ〔冬彦?〕

 

冬彦〔ん?私は何を...〕

 

イナミ〔それはこっちのセリフだ。いきなり変なこと言い出したと思ったら。なんで泣いてるんだよ?〕

冬彦〔私にもよく分からない。気持ちの整理がつかないのだ。あの青年を見た途端いろいろな感情が溢れ出て〕

 

 

 

突如ガタガタと携帯が揺れ出した。

 

怨霊が近くにいる。

 

冬彦〔いたるところ所に同じような気配がする〕

 

深紅「今までの怨霊とは違う...複数の霊が混ざり合ったような」

 

なんとなくだが俺にも分かる。この感じは明らかに今までの怨霊とは違う。

 

やがてあちこちに散らばってた気配が一つに集約していく。

 

深紅「あ、あなたは...」

 

おびただしい数の怨霊を体内に取り込んだ初老の男性。

その男性の後ろには青白い怨霊の手が揺らめきながら何本も生え出ていた。

 

 

深紅「高峰先生!」



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その⑧高峰準星と縄女

イナミ「なんだこれは」

 

 

深紅「暗くて何も見えない...」

 

 

この怨霊の能力なのか、辺り一面の瘴気が濃くなり視界が遮られた。

 

 

スマートフォンで気配を探るも、動きが素早く捉えることが出来ない。

 

 

冬彦(上だ!上から狙っているぞ!)

 

 

深紅「イナミさん!」

 

 

怨霊はオレの首を掴み、絞め上げた。

さらに無数の怨霊の手が身体に巻きついてきた。

恐ろしい程冷たい手はオレの身体から体温を、生命力を奪おうとする。

 

 

イナミ「ぐっ...」

 

 

何て力だ。首が絞まって息ができない。

視界がボヤけて...

 

 

『アトヨ...マイ...ドコダ...ド...ニア....』

 

 

殺される。

 

 

このままでは。

 

 

深紅「イナミさん!眼を閉じてください!」

 

深紅の指示に従い、素早く眼を閉じる。

 

オレの首を絞めている間、本体が無防備だったのだろう。

深紅の射影機が的確に被写体を中心に捉え、シャッターを切った。

 

ZERO SHOT!

 

『ギャァァァァァ!』

 

深紅の不意打ちが効いたのか、幽霊はたまらず首を絞めていた両手を離した。

そして支えを失ったオレはそのまま地面に叩きつけられた。

 

 

イナミ「ウッ...ゲホッゲホッ...」

 

 

朦朧とする意識の中、オレは気を振り絞り、スマートフォンを手に取った。

 

 

 

イナミ「ハァハァ...冬彦!奴の位置と状況を!」

 

 

今が絶好のチャンスなんだ。

怨霊が体制を立て直す前に勝負を決める。

 

 

冬彦(怨霊は頭を抱えて苦しんでいる...その位置だそのままシャッターを切れ!)

 

 

ZERO SHOT!

 

 

『ゴシ...キョウ...キリエ...シズメ...ニハ...ソレシカ...』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャッターを切り、力を失った怨霊は深紅の射影機の中へ封印された。

辺り一面の瘴気は収まり、再び静寂を取り戻す。

 

 

深紅「イナミさん大丈夫ですか!」

 

 

イナミ「平気だ...ハァハァ...とはいえさすがに今のは危なかったよ。ありがとう深紅」

 

 

深紅「い...いえ...」

 

 

弾む息を整え、幽霊がいたところを懐中電灯で照らすと、そこには黒い手帳と何かの破片のようなものが落ちていた。

 

 

この手帳は高峰準星のものだろうか。

 

後半になればなるほど字が乱雑になっており、最後のページは何かが貼り付いているのか開くことが出来なかった。

 

 

 

わかったことは。

 

平坂という女の助手と二人で次回作の小説執筆の取材のためこの氷室邸を訪れたこと。

 

屋敷の散策中にキリエに遭遇し、目の前で助手が死んだこと。

 

 

そして自らも縄の呪いにかかり、この場所でキリエに殺されたことだ。

 

 

察するに、先程オレ達の前に現れた赤いカーディガンを着た女性の怨霊がその平坂さんだったのだろう。

 

 

深紅「これ、鏡の破片...みたいですね」

 

深紅は破片を手に取りそういった。

 

イナミ「普通の鏡とは違うっぽいな。神社の神棚に置いてあるやつに近い」

 

高級で神聖なもの。

現時点では分かるのはそれだけだ。

 

 

 

何か他に手がかりはないものか。

辺りを探索していると、大きな鏡が目についた。

全体的に老朽化しており、淵の木造部分は腐り始めている。

 

 

イナミ「ッッ!」

 

この感覚は...初めてオレが呪いのゲームを起動したときに起きた現象と同じだ。

何者かと目が合ったような感覚。

金縛りにあったように身体が動かない。

 

 

そうか、あの時の感覚はこいつのせいだったのか。

 

 

深紅「どうしたんですかイナミさん!...キャァァァ!」

 

 

オレに次いで異変に気付いた深紅も悲鳴を上げた。

 

 

今までにないくらい激しくスマートフォンが振動しているのがポケット越しにも伝わってくる。

 

 

その鏡が写したのはオレと深紅の姿だけではなかった。

 

 

本来いるはずのないあり得ないものの姿を写してしまったのである。

 

 

 

 

 

白い着物を着た長い髪の女性。

その眼は酷く充血しており、この世への殺意と憎しみが伺えた。

そして細い手足には不釣り合いな血の付いた太い縄が巻きつけられていた。

 

 

 

 

とうとう出会ってしまった。

縄女(キリエ)に。

 

もう誰も助からない。

 



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その⑨縄女との邂逅

鏡に写っていたキリエはオレと深紅の間から顔を覗かせていたが、深紅が振り向いてもそこにキリエの姿はなかった。

 

 

キリエの存在は目の前の鏡の中にしか確認できなかったが、確かにキリエは鏡の中に存在していた。

 

 

キリエはゆっくりと一歩ずつ、踏みしめるようにこちらに近づいてくる。

 

 

キリエが歩を進める度、鏡にピシッ...ピシッと亀裂が入りこんでいく。

 

 

深紅は震えながら射影機を構え、シャッターを切った。

 

 

深紅「射影機が...効かない!?どうして...」

 

 

深紅が何度シャッターを切ってもキリエには全く手応えがなかった。

 

   

今まで出会ってきた怨霊とは格が違うのか。

 

 

とてもじゃないが射影機の除霊能力では太刀打ちできないようだった。

 

 

深紅「イナミさん!早くここから逃げましょう!」

 

 

深紅の言う通り、早くここから逃げるべきだ。

 

 

射影機での撃退が不可能である以上、もう今のオレ達には対抗手段はない。

 

イナミ「あ...あぁ...」

 

しかしそんなオレの意志に反して、身体はピクリとも動かない。

 

 

オレの身体はキリエの放つ殺気に当てられており、完全に弛緩してしまっていた。

  

 

人間は未知の恐怖に遭遇した時、自己の防衛のため思考や行動を止めてしまうのだと何かの本で読んだことがある。

 

 

今まさに自分に起きている状況そのものではないか。

 

 

キリエが正面に手を持ってくると。

 

 

その動きに合わせてオレの手も意志に関係なく正面に手を突き出した。

 

 

イナミ「!?」

 

 

まるでキリエの操り人形にでもなったかのような...とても信じ難い光景だった。

 

 

深紅「しっかりして下さい!早くここから逃げないとキリエが!もうそこまで!」

 

  

深紅はオレの腕を強引に掴むと、神社の入口まで走って行った。

 

 

キリエは鏡をすり抜け、オレ達を捕まえようと歩を速めた。

 

 

こちらに向かってくるキリエの姿を見て改めてオレはこの女の異常性に気がついた。

 

 

 

あえて言葉で表すのなら。

 

 

人の形をした化け物。

 

 

その表現は我ながら的確だったと思う。

 

 

何故ならコイツは人の動きをしていなかったから。

 

 

人間に本来備わっているはずの骨や関節がないかように。

 

 

右にうねうね、左にうねうねと。

 

 

蠟燭の炎のように揺らめきながらこちらに向かってきたのだ。

 

 

深紅「開かない...どうして?....誰か!誰かいませんか!」

 

 

深紅が声を荒げながら扉をドンドンと叩く。

  

 

深紅の両手は既に血が滲んでおり、痛々しいくらい赤く腫れていたが、どんなに叩いても扉が開くことはなかった。

 

 

建物全体に見えない力が働いているのかように思えた。

 

 

唯一の出口が塞がれてしまった。

 

 

キリエは既に目の前にまで迫っていた。

 

 

後ろは壁...もう逃げられない。

 

 

深紅「いや...嫌ァァァァ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キリエはオレと深紅の手首を掴み上げると真っ青な唇を僅かに振るわせた。

 

 

 

 

 

 

アナタタチニモ

 

 

 

 

 

 

 

オナジクルシミヲ

 

 

 

 

 



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前夜その②【縄の痕〜前編】
その①終わらない悪夢


何かに身体を縛られている違和感と共にオレは目覚めた。

 

 

辺りは薄暗く、蝋燭の炎が頼りなく周囲を照らしていた。

 

 

目が慣れるまで少し時間がかかりそうだ。

 

 

ここはどこなんだ。

 

 

見たことのない場所のようだが、何故オレはここにいる。

 

 

ぼんやりとした意識の中でゆっくりと記憶を辿っていった。

 

 

確かオレは呪いのゲームを起動したことで氷室邸にやって来て。

 

 

そこで記憶を失った幽霊の冬彦と兄を探す少女の深紅と出会った。

 

 

そして氷室邸を探索中に呪いの元凶である縄女ーキリエに捕まったんだ。

 

 

それから...何があった?

 

 

ダメだ思い出せない。

 

 

そこから先の記憶が完全に抜け落ちてしまっていた。

 

 

しかしどうやら元の世界に戻って来たわけではなさそうだな。

 

 

少しずつ目が暗闇に慣れて辺りの状況が明らかになる。

 

 

オレの首と両手両足には縄がかけられていて、完全に身動きが取れない状況にされており、血のこびり付いた祭壇に仰向けで寝かされていた。

 

 

オレを縛る縄は特殊な形の石柱に巻きつけられていた。この石柱には何かのカラクリが仕掛けられているのだろうか。

 

 

「神官達よ、位置につけ」

 

 

人がいる...それも一人じゃない。

 

 

目を凝らせば凝らすほど、感覚が研ぎ澄まされていった。

 

 

オレの両手両足を縛る縄の先の石柱にはそれぞれ白装束を纏った四人の男達が立っておりオレを哀れ気な目で見つめていた。

 

 

そしてオレの首の縄の先の石柱には家紋の入った白装束に般若のお面を付けた男がオレを見下ろすように佇んでいた。

 

 

見たところこのお面を付けた男が他の四人の男達を仕切っているようだ。

 

 

 

 

 

「これより裂き縄の儀式を執り行う」

 

 

裂き縄?儀式?何のことだ。

 

 

さっさとこの縄を解け!

 

 

声が出ない...

 

 

まるで声帯が取り上げてしまったように。

 

 

神官と呼ばれた四人の男達は般若のお面の男の指示に従い、石柱に取り付けられた鉄製の車輪を回し始めた。

 

 

車輪を回すたびにオレに括り付けられた縄が石柱に巻かれていき、みるみる身体が張り詰めていく。

 

嘘だろ...

 

そんなことをしたらオレの身体が...

 

 

「悪く思うな...これも氷室一族の使命なのだ」

 

 

やめろ...やめろよ!おい!

 

 

オレの身体は既に限界まで張り詰めており、括られた縄には血が滲み始めていた。

 

 

首に巻かれた縄もさらに強い力で絞められ、喉笛を押し潰していた。

 

 

血が気道に詰まりいよいよ呼吸すら出来なくなる。

 

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

届かぬ残響、悲鳴、慟哭。

 

 

肉と骨が裂かれ、今まで感じたことのないような苦痛を全身に受けたオレの意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーテンの隙間から朝日がベッドに差し込み、穏やかな陽だまりを作っていた。

 

夏の陽気を含んだ日差しがゆっくりとオレの意識を覚醒させていく。

 

 

イナミ「生きてる...のか?」

 

 

オレは重たい体を引きずるように洗面台まで歩き、冷水で顔を洗った後、タオルで顔を拭いながら今までの出来事を反芻する。

 

 

ひとまず元の世界に帰ってきたんだな。

 

 

しかしあれは全部夢だったのだろうか。

 

 

呪いのゲームを起動し氷室邸に迷い込んだことも。

 

 

あの身体が引き裂かれた痛みも。

 

 

 

イナミ「うっ...ああああ」

 

 

突如両手首が縛られているような強い圧迫感が襲った。

 

 

慌てて手首を確かめるもそこには何もない。

 

 

しかし何かが食い込んでいる。

 

 

なにが起こっているんだ。

 

 

洗面台の鏡に目を向けるとそこには血のついた縄がオレの手首にしっかりと巻かれていた。

 

 

イナミ「つっ...な...なんだよこれ...」

 

 

その後巻きつけられた縄は消え、両手首には縄で絞められた痕のみが残り、戦慄した。

 

 

これは一体...なんなんだ。

 

 

オレはキリエに殺されたであろう怨霊達の言葉を思い出していた。

 

 

『アノ...オンナノ...セイ...ミンナ』

 

 

『ワタシニモ...ナワノアトガ.... 』

 

 

『クルシイ...クルシイ...ナワノ....ノロイ..』

 

 

そうか、これが氷室邸で出会った怨霊達が言っていた縄の呪い。

 

 

オレも彼ら同様キリエに呪われてしまったんだ。

 

 

このままではオレもキリエに殺されてしまう。

 

 

槙村さんのように首と手足をバラバラに引きちぎられて。

 

 

助かるためには呪いを解く手がかりを見つけなければならない。

 

 

それは言い換えれば再びあの屋敷に行かなければならないということを意味していた。

 

 

冬彦(目が覚めたようだな)

 

 

イナミ「ふっ、冬彦!?」

 

 

不意に頭に響く声。

 

 

あの氷室邸で出会い、どういうわけかオレの体に取り憑いてしまった冬彦という男の声だった。

 

 

イナミ「どうしてお前がここにいるんだ!」

 

 

冬彦(分からない...あの怨霊に襲われてから私も意識を失ったんだ。そして気がついたらここに)

 

 

屋敷で出会ったはずの冬彦がここにいる。

 

 

それはあの夜の出来事が夢などではないことを如実に表していた。

 

 

冬彦(そういえば君は外の世界から来たと言っていたな。つまりここが君の世界なんだな?)

 

 

イナミ「あぁそうだ...ん?」

 

 

不意にズボンが振動するのを感じた。

 

 

どうやらオレのスマートフォンが鳴っているようだ。

 

 

誰かからの着信だろうか。

 

 

河原賽斗(カワハラサイト)

 

 

部長からの電話だ、すぐに通話ボタンを押した。

 

 

イナミ「もしもし」

 

 

サイト「イナミ君!無事か!」

 

 

イナミ「ええ...何とか生きてますよ」

 

 

サイト「良かった...心配したんだぞ」

 

 

イナミ「結構死にかけましたけどね」

 

 

サイト「ということはあったのか...縄女(キリエ)に」

 

 

イナミ「縄女(キリエ)の噂は本物です。自分も呪われてしまいました」

 

 

サイト「なんてことだ...もうあまり猶予もないということか。今から部室に来れるかい?」

 

 

イナミ「何かあったんですか?」

 

 

サイト「蜘蛛手(クモデ)から氷室邸とキリエに関する情報を入手したんだ」

 

 

蜘蛛手(クモデ)とはダークウェブで都市伝説に関する情報を取り扱っている闇の商人だ。

 

 

部長は昨晩蜘蛛手から縄女に関する情報を買ったらしく、その話をしているのだろう。

 

サイト「イナミ君はひょっとしてもう大学に向かっているのかい?」

 

 

イナミ「いや、まだ自宅ですね。支度したらすぐ行きます」

 

 

サイト「………そうか分かった。気をつけて」

 

電話を切るとスマートフォンのディスプレイにバッテリー残量が少なくなっていると警告の表示が現れた。

 

 

バッテリー残量があと20%か、随分少ないな。

 

 

そういえば昨日はズボンに入れたまま充電しなかったんだっけか。

 

 

氷室邸でも休みなく使ってたからそのせいもあるだろう。

 

 

イナミ「最後まで持つか不安だ......!?」

 

 

ちょっと待ておかしいぞ。

 

 

そもそもなんでオレは氷室邸(ゆめのなか)でスマートフォンを持っていたんだ。

 

 

あの屋敷での出来事が全て夢だったからということにしても都合が良過ぎてかえって言いようのない違和感だけが残ってしまう。

 

 

ささいなことに見えるが無視してはいけないなにかがあるような気がしてならない。

 

 

思い出せ。

 

 

確か初めて怨霊を撃退した時、オレが寝る前に入れたズボンのポケットと同じ場所からスマートフォンが出てきたんだよな。

 

 

あの時は必死だったから深くは考えなかったが、あの場にスマートフォンがあったのはもしかすると。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうは考えられないだろうか。

 

 

もしこの仮説が真実なら、逆説もまた真実になり得るんじゃないか?

 

 

ハッとした矢先、オレは自分の部屋へ急いだ。新たに生まれた仮説を立証するためにだ。

 

 

冬彦(一体どうしたんだイナミ、急に血相を変えて)

 

 

イナミ「お前がここにいたからこそ分かったことがあるんだよ」

 

 

もしスマートフォンに起きた現象の反対も可能だとしたら。

 

 

一刻して自室のテレビの前へ辿りついた。

 

 

そこにあったのは、オレが不用意に呪いのゲームを起動してしまったがために電源を消すことが出来なくなったテレビとゲーム機......だけではなかったのだ。

 

 

やはりそういうことなんだな。

 

 

懐中電灯、冬彦の印籠、高峰準星が残した黒い手帳、槙村磨澄のパスケース、そして鏡の欠片。

 

 

あの屋敷で手に入れたものがテレビの前に乱雑に置かれていた。

 

 

どういう理屈か知らないが、氷室邸とここはやっぱり繋がっているんだ。

 

 

いや正確にはオレが呪いのゲームを起動したことで繋げてしまったのだろう。

 

 

ひとまず状況を整理しよう。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それとは逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。

 

 

まだ縄の呪いを解くには手がかりが足りない現状だ。

 

 

しかしそれを差し引いてもこの事実は縄の呪いを解く上で重要なヒントになるはず。

 

 

ゲーム機は依然として起動したまま、悪夢はまだ終わってない。

 

 

まだ足掻くだけの時間は十分ある。

 

 

オレは家を飛び出し、部長が待つ部室へ急いだ。

 




深刻な文書力低下


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その②点と線

【自宅】→【オカルト研究部室】


サイト「ごめんね。わざわざ来て貰っちゃって。ちょうどコーヒーが出来たんだ。イナミ君は砂糖入れるよね?」

 

イナミ「ていうかオレ甘くないと飲めませんね」

 

だよね、といい部長はスティックシュガーの袋を破り、既にマグカップに注がれているコーヒーに流し込んだ。

 

サーと砂糖を流し込む音が心地良く耳をなぞる。

 

サイト「それにしても縄女の噂が本当だったとはねぇ。ほいコーヒー」

 

イナミ「ありがとうございます。自分もにわかに信じられませんがこんなものが出てしまったらもう信じるしかないです」

 

両手首についた縄の跡をさすりながらオレは呟いた。

 

サイト「かなり鬱血して痣が出来てるね...今も手首は痛むのかい?」

 

イナミ「痛みは引きました。でも不思議なんですよね。縄が手首に巻きついている感触があるのに、実際に触ってみると何もない。そんな感覚がずっと取れなくて」

 

サイト「ふむ」

 

部長はマグカップに口をつけコーヒーを啜ると、少し間をおいてから再び語り出した。

 

サイト「悪夢と痣、この2点に類似する都市伝説がある。【眠りの家】という都市伝説さ。実は縄女に関する関連資料として眠りの家のファイルも蜘蛛手からもらってるんだ」

 

イナミ「眠りの家っていうと確か死者に会うことが出来るっていう夢の話ですよね?」

 

会いたい故人の写真などを枕元において寝ると、大きな屋敷の中でその故人と会えるみたいな話?だったと思う。

 

サイト「そう。しかしこの都市伝説にもどうやら続きがあったようでね。眠りの家の夢を見た人間はその後毎晩のように同じ夢を見続け、目覚める度に身体に刺青のような痣が刻まれていく幻を見るようになる。そして痣が全身に回った時、この世から消えてしまうという結末さ」

 

イナミ「消える?この世から?」

 

サイト「文字通り存在そのものが物理的に消えるんだ。異世界である眠りの家の住人として未来永劫囚われ続けるのさ。まぁこの際消える=死ぬと言い換えてもいいね」

 

部長の話を聞いて自分の置かれている状況と比較した。

 

今のオレの状況と非常に似通っている。

 

イナミ「似てますね。同じ夢を見続けるのははもちろん、呪いが日に日に進行していくというところまでそっくりだ」

 

サイト「これら二つの都市伝説は一見同じ話のように見えるが、明確に違う点が二つある」

 

サイト「一つ目は悪夢に囚われるきっかけさ。眠りの家の悪夢は故人に対する強い思いがきっかけとなる。対して今回は呪いのゲームを起動したことが原因だ。そもそも呪いを伝播する媒体そのものが違う」

 

言われてみるとそうだ。

 

一緒くたにしていたが、スタート地点で明確な差があるんだ。

 

サイト「二つ目はこちらの方が呪いの元凶が明確なことだ。おさらいだけど君に呪いのゲームを起動させ、縄の呪いをかけたのは?」

 

イナミ「そうか、キリエ...!」

 

サイト「ピンポーン♪」

 

イナミ「確かにここまで具体的だと何をすべきかはっきりと分かる」

 

今となっては当たり前のことだが言語化することで再確認出来た。

 

キリエが呪いの元凶であり、どういうわけか彼女はあの氷室邸に縛られている。

 

キリエと氷室家が繋がっていることは明白だ。

 

サイト「キリエと氷室家について徹底的に調べ上げよう。言うまでもなくキリエと氷室家は繋がっているはずだ...密接にね」

 

イナミ「氷室家の謎を解き明かせば自然とキリエの正体や縄の呪いの解き方がわかるってことですね!」

 

サイト「そうと分かれば善は急げさ。とりあえずこれを見てくれ」

 

部長はカバンの中から5枚綴りになっているA4サイズのコピー用紙を取り出した。

 

イナミ「これは何ですか?」

 

一枚目の用紙には【氷室家について】と題名が書かれていた。

 

サイト「蜘蛛手から手に入れた氷室家に関するファイルを印刷したものだよ。ほら、昨晩イナミ君に電話で話したやつ」

 

イナミ「あぁそういえば言ってましたね」

 

サイト「氷室の一族は古くから広大な土地を治め、その土地の神事の一切を取り仕切っていた由緒ある家系でね。しかしその裏でカルト的で残虐な儀式を行っているというような黒い噂があったり、屋敷の周囲は深い山岳地帯になっているためか行方不明になる人間も後を立たなくて、氷室家以外の人間の出入りは禁止されていたらしい。地元の村の住民もあの屋敷には近づかなかったそうだよ」

 

氷室邸にはいたるところに鍵やカラクリが仕掛けられていた。

 

まるで外部からの侵入を拒み、何かの秘密を守ろうとしているかのように。

 

サイト「しかし、ある晩を境に氷室の一族は忽然と姿を消し、氷室邸は無人の廃墟と化したのだという」

 

イナミ「氷室家以外の立ち入りが極端に制限されていたのならキリエは氷室家の人間と考えるのが自然ですかね」

 

サイト「現時点ではその線が一番濃厚だろうね。とりあえずこの資料は君にあげるよ」

 

イナミ「ありがとうございます」

 

サイト「ひとまず蜘蛛手から買った情報はそんな所かな。後は用意が出来次第他のファイルも転送してくれるそうだ。君の方はどうだい、氷室邸でキリエにも会ったんだろう?どんな奴だったんだ?」

 

イナミ「そうですね...白い着物を着た長い髪の女性です。手足には血のこびりついた太い縄を巻いていて、なんていうかこう...一目で『コイツはヤバい』って分かるような奴でした」

 

イナミ「白い着物に長い髪...縄女の特徴は世に出回っている噂通りだね」

 

イナミ「キリエを一目見ただけで体の自由が効かなくなってしまったんです...まるで見えない縄で身体を縛られたみたいに」

 

サイト「よくそんな状態でキリエから逃げられたね」

 

イナミ「いや、逃げられませんでした。オレと氷室邸で出会った深紅っていう女の子がキリエに捕まったところで夢から覚めたんです」

 

サイト「なるほど...そういうことか」

 

部長は指を顎につけて何かを考え込んでいるようだ。

 

その表情はほんのりと笑みを浮かべているようにも見えた。

 

イナミ「部長?」

 

サイト「......ん?あーごめんごめん。他に何か手かがりはあるかい?」

 

手かがりか。信じてもらえるかは分からないが。

 

イナミ「部長これを」

 

オレは氷室邸で手に入れた印籠、手帳、パスケース、鏡の破片をテーブルに並べた。

 

サイト「なんだいこれは?」

 

イナミ「全部氷室邸でオレが手に入れたものです」

 

サイト「何だって!?氷室邸は夢の中の世界ではないのか!」

 

イナミ「オレが呪いのゲームを起動したことでオレ達のいる世界とあの世界は今繋がっている状態にあります。だからこの世界のものを向こうの世界に持っていくことも、向こうの世界のものをこちらの世界に持ち込むことも出来るみたいなんです」

 

サイト「信じられない...そんな非科学的なことが」

 

イナミ「朝起きたら呪いのゲームを収めたゲーム機の近くに転がっていました」

 

サイト「ではこの印籠もその氷室邸で手に入れたものの一つというわけか...どれどれ」

 

部長はおもむろに冬彦の印籠を手に取ると、じっくりと観察し始めた。

 

オレはそんな部長の様子をよそに、コーヒーを口に含んだ。

 

甘さは絶妙だ。

 

サイト「見たところ...江戸時代中期に多く出回っていたものだね。中は汚れやシミ一つないし、ほとんど使われないまま捨てられたんじゃないかな」

 

サイト「黒漆地の素材をベースにしている。それに表面の蒔絵は雪花文様(セッカモンヨウ)といって雪の結晶を華に見立てた模様のことなんだけど、これは知る人ぞ知る蒔絵師の【原羊遊斎】(ハラヨウユウサイ)の手によって作られた歴史的にとても稀少価値の高い代物なんだ。側面に彫られている『冬彦』というのは多分この印籠の持ち主だった人の名前だろうね」

 

イナミ「部長ってそんな鑑定士みたいなことも出来るんですね...驚きました」

 

本当に何者なんだこの人は。

 

サイト「んー、僕のおじいちゃんが骨董屋をやっててね。こういう昔の工芸品に触れる機会も多かったんだよ。今思えば僕がオカルトの分野に興味を持ったのもおじいちゃんの影響だったのかもしれないね」

 

部長の意外な一面に驚きつつ、オレは冬彦の人物像を想像してみる。

 

印籠は印鑑入れや薬入れとしての用途で使われているのは有名だが、こと江戸時代においては武士の身につけるファッションアイテムとしての人気が強かった。

 

当然身分の高い武士は高級な印籠を身につけたがる。流行物は違えど人間としての本質的な部分は現代と何も変わらない。

 

とりあえずこれで冬彦は江戸時代のかなり裕福な武家の生まれであることが推測できるわけか。

 

今は記憶を失っているようだが、あの屋敷内に印籠が落ちていた以上、冬彦自身も氷室家に関係する人物に違いない。

 

冬彦の記憶が戻れば氷室家の核心にグッと近づける。そんな気がする。

 

 

 

 

サイト「次はこれか。何やら...普通の手帳のようだけど」

 

イナミ「これはキリエの犠牲者の一人である高峰準星というミステリー作家が遺したメモです」

 

サイト「高峰準星...聞いたこともない作家だ」

 

イナミ「彼は向こうの世界の住人ですから知らなくて当然ですよ。きっと高峰さんはキリエに殺害される直前まで縄の呪いを解く方法を模索していたんだと思います。そして最期の希望としてオレ達にこの手帳と鏡の欠片を託したんだ」

 

何か意味があるはずなんだ。

 

この鏡の欠片にだって。

 

オレは意を決して手帳を開いた。




書き溜めたプロット全部吐き出しちゃいました。

リアル多忙につき、次回の投稿遅れるかもです。



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氷室邸怪奇譚〜高峰一行の最期
黒い手帳の断片その①


ゲーム本編ではあまり描かれなかったミステリー作家高峰準星とその助手の平坂巴の話になります。

テンポが悪くなると思って没にする予定でしたが、投稿します。

※一部設定変更あります。


【1986年09月09日11時00分】

 

 

準星「次回作は日本のとある地方に伝わる儀式を題材にする」

 

巴「儀式...ですか?」

  

高峰先生は第一作目である【刻命(コクメイ)(ヤカタ)】のベストセラー以来、なかなかヒット作に恵まれず、苦戦を強いられていた。

 

先生の助手である平坂巴(わたし)も次回作はなんとしても成功させなければならないというプレッシャーをひしひしと感じていた。

 

高峰「史実上実在したという氷室一族とその氷室一族が密かに行っていたとされる儀式をモデルにしたホラー小説にしようと思っていてね」

 

巴「刻命の館とは違って舞台が日本になるわけですね」

 

今までの先生の作品は中世ヨーロッパを舞台にした歴史ミステリー小説がほとんどだった。

 

しかし日本が舞台ならば歴史的な知識に乏しいライト層の読者も新たに獲得できるかもしれない。

 

それにノストラダムスの大予言の煽りを受けてか世間は空前のオカルトブームだ。

 

売れる。間違いなく。

 

しかしそんな気持ちとは裏腹に私の胸中には不安が渦巻いていた。

 

準星「かつてその地方の神事の全てを任せられ繁栄を極めていた氷室一族だが、ある晩を境に忽然と消息を絶った。氷室一族は家臣等を含めて総勢70名以上いたとされ、歴史上稀に見る規模の集団失踪事件として今も語り継がれている」

 

巴「失踪の原因は分からないのですか?例えば大きな自然災害に見舞われたとか一族総出で国外逃亡したとか」

   

準星「真相は未だ解明されていないままだ。何せ氷室一族に関する文献自体が極端に少ないからね」

 

そんな大規模な失踪事件なのに詳細が一切分からないなんて不気味なことこの上ないわね。

 

準星「実は氷室邸ではその後も失踪事件が起きている。後住者として宗方(ムナカタ)夫妻がこの氷室邸に移り住んで来たが、こちらも幼い娘一人を遺してみんな行方不明になってしまったんだ。これが当時の新聞記事だ」

 

先生は自身のネタ帳を開くとそこには新聞記事の切り抜きが貼られていた。

 

新聞紙自体も経年劣化が進んでおり、かなり黄ばんでいる。

 

日付を見るかぎり今から60年以上前の記事のようね。

 

巴「随分古い新聞記事ですね...」

 

民俗学者の宗方良蔵(ムナカタリョウゾウ)と妻の宗方八重(ムナカタヤエ)の他、村の子ども数名が行方不明になるという事件が発生。

 

唯一の生存者である宗方夫妻の一人娘、宗方美琴(ムナカタミコト)ちゃんはふもとの神社の境内で震えていたところを神主の男性に発見された。

 

しかし美琴ちゃんには事件前後の記憶が一切なく、唯一手かがりになりそうな物といえば彼女が大事そうに抱えていた風変わりなカメラのみ。

 

宗方夫妻の住まいは深い山々に囲まれており捜索は難航。さらに追い討ちをかけるように4名の捜索隊員までもが行方不明になってしまい、結局捜索は中断を余儀無くされた。なお、美琴ちゃんは遠い親戚の家に引き取られることになった。

 

内容を要約するとこうだ。

 

準星「氷室一族の黒い噂に加えて、そんな不可解な失踪事件が立て続けに起きたものだから誰も氷室邸には住みたがらず数十年の間、人を寄せ付けぬ廃墟となっているらしい」

 

コンコン

 

不意に部屋のドアをノックする音が聞こえ、私と先生は振り返った。

 

真冬「真冬です。失礼致します」

 

準星「おぉ!帰ったか!どうだ、収穫はあったかね?」

 

雛咲真冬(ヒナサキマフユ)君。

 

大学に通いながらも、私と同じように高峰先生の助手をしている青年だ。

 

真冬君自体は先生のことを恩人と呼び慕っていた。

 

既に両親を亡くしていて身寄りの無かった真冬君と妹の深紅(ミク)ちゃんに高峰先生が住まいを提供し、こうして真冬君に自分の助手として仕事を与えている。

 

そのおかげもあって兄妹共々しっかり学校に通いながら不自由無く暮らしていけているのだとか。

 

真冬「ふもとの村の住人に話を聞いてみても、氷室一族や儀式に関することに対しては頑なに口を閉ざしたままでした。ただみんな口を揃えて()()()()()()()()()()()()()()と」

 

真冬君は一足早くふもとの村に赴き、村民に取材に行っていた。

 

準星「ふむ...あの辺りは元々閉鎖的な地方ではあるからなぁ。他には何かわかったことはあるか?」

 

真冬「村では1()2()()1()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という風習が今も残っているそうです」

 

準星「12月13日か...それが氷室家で行われたという儀式と関係がありそうだな」

 

準星「こうなれば仕方がない。直接氷室の屋敷に赴き、取材に行く」

 

巴「...」

 

さっきからこの胸騒ぎは一体何?

 

すごく...嫌な予感がするわ。

 

これから何か恐ろしいことが起こるような。

 

真冬「高峰先生、もう行かれるんですか?」

 

準星「あぁ、今夜には出発するつもりだが...どうした?」

 

真冬「実は...深紅が高熱を出したみたいで、今から学校へ迎えに行かなきゃならないんです」

 

準星「それは大変だ!早く行ってあげなさい!」

 

真冬「申し訳ありません高峰先生...本来なら僕も行かなければならないのに」

 

準星「深紅ちゃんは君にとってたった一人の大切な家族なんだろう?」

 

真冬「はい...!本当にありがとうございます高峰先生!」

 

準星「後のことは私と平坂くんに任せて君は深紅ちゃんの側に付いていてあげるんだ。平坂くん、至急電車と宿の手配を頼む」

 

巴「...」

 

準星「平坂くん?」

 

巴「い、いえ、何でもありません!すぐ手配します!」

 

こうして気持ちの整理がつかぬまま、私達は氷室邸に行くことが決まってしまった。

 

この時何故自分の直感を信じなかったのか。

 

何故高峰先生を止めなかったのか。

 

後になって何度も、何度も後悔することになる。



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黒い手帳の断片その②

【氷室邸玄関】→【縄の廊下】



【1986年9月10日15時40分】

 

ふもとの村の民宿を出発してからおよそ7時間。深い山々を超え、私達は氷室邸にたどり着いた。

 

屋敷の場所は地図にも乗っておらず、村の住民に聞き込みを繰り返しようやく場所を突き止めることが出来た。

 

枯れ葉で覆われた山道を進み、屋敷の正面の門まで歩く。

 

門の前には松の木が植えられていた。

 

数十年人が住んでおらず、手入れがされていないにも関わらず見事な枝振りの名木である。

 

いつから植えられているのかはわからないが少なくとも1000年以上前から立っていたかのように根強くそびえ立っていた。

 

いわゆる御神木と言うものなのか太い幹には縄が結ばれていた。

 

巴「立派な松の木ですね」

 

準星「あぁ」

 

9月でありながらも一足早く秋が到来しており日が傾き始めている。

 

急がなければあっという間に夜になってしまいそうだ。

 

巴「大きな屋敷...」

 

準星「地方で一番の大地主のお屋敷だったからね。この辺りの山もみんな氷室一族の所有地だったそうだよ」

 

さしずめ時代劇に登場する武家屋敷ってところかしら。

 

かつて栄えていたというのがうなずけるくらい立派なお屋敷だわ。

 

今はそんな面影を残すだけの廃墟になっているようだけど。

 

玄関の扉には縄が結ばれている。

 

どうやら縄は外側からかけられるような作りになっているようだ。

 

しかし妙ね、これでは外から縄を解いて簡単に入れてしまうわ。

 

普通外から入れないよう内側から結ぶものだ。でなければ戸締りをしたことにならない。

 

となるとこの縄はそういう目的で施されたわけではないものということになる。

 

まるで屋敷の住人が外に出れないように作ったようにも見えるわ。

 

巴「縄で縛ってますね。風かなんかで勝手に扉が開かないように施されたものなんでしょうか」

 

準星「ふむ...それも何重にもきつく結ばれているようだ」

 

手間取ったもののどうにか縄を解き扉を開けることが出来た。

 

準星「中は随分と暗いな...ここからは懐中電灯の光を頼りに探索を続けよう」

 

巴「わかりました」

 

お互いに懐中電灯を手に持ち、いよいよ私達は氷室邸の内部へと足を踏み入れた。

 

ここが...氷室邸。

 

謎の失踪事件が次々と起きた曰く付きの場所。

 

最近心霊スポットに芸能人が探訪するテレビ番組が流行っているけれど、まさかこんな予期せぬ形で私もそれを経験することになるとは思わなかったわね。

 

何処からか生温い風が吹いている。

 

風の吹いている方角に光を当てると正面に大穴が開いていた。

 

近づいてよく見てみると梁が玄関の床に深々と突き刺さり、床に穴を開けているようだ。

 

天井が老朽化したことで梁が落ちてきたのね。

 

風の音に混じって誰かの呻き声のようなものが聞こえてくる...気のせいだろうか。

 

気になって懐中電灯で照らしてみるも底の見えぬ闇がどこまでも広がっているのみ。

 

どうやら大穴はそのまま屋敷の床下に繋がっているようだ。

 

準星「所々老朽化している所はあれど、思ったより内部は完全な形で残っているようだな」

 

巴「ええ...」

 

若干の埃っぽさはあるものの、屋敷自体がかなり丈夫な作りになっているのだろう。

 

改築さえ出来れば普通に住むことも出来るかもしれない。

 

準星「どうしたんだ平坂君。随分と顔色が悪いようだが」

 

巴「なんだが体が寒いんです」

 

先程から剥き出しの神経に直接電流を流されているかのようなゾクゾクとした寒気を背中に感じていた。

 

準星「無理もない。ここは山中だから地表と比べ体感温度も低くなっているんだろう」

 

本当に気温だけの問題だろうか。

 

この屋敷に入ってからずっと誰かの視線を感じている。

 

それも一つじゃない。屋敷の至る所にその視線が点在していた。

 

もしかしたら慣れない空間に身を置いているから神経が過敏になっているのかもしれない。少し落ち着こう。

 

準星「今がだいたい16時前だから1時間程探索したら引き上げよう。君の体調のこともあるし、もうすぐ日が暮れてしまうだろうからな」

 

巴「申し訳ありません...私のせいで」

 

準星「いや気にするな。とりあえず先を急ごう」

 

広い玄関の先に一箇所だけ扉があって開けてみると廊下に繋がっていた。

 

扉を閉めギシギシと軋む廊下をゆっくりと進んでいく。

 

巴「なんなの...この廊下は」

 

ただの廊下ではない。あまりにも不気味で異様な光景が広がっていた。

 

何本もの縄が天井から吊るされている。

 

それも左右に規則正しく同じ間隔で並べられていた。

 

この縄は一体どういう目的で吊るされたものなのかしら。

 

巴「気味が悪い...そもそもなんでこの屋敷には至るところに縄があるんでしょうか?」

 

門前の御神木に巻かれた縄はまだ分かるにしても、施錠の為に用いられていた玄関の縄は何も錠前を施せばいい話だし、この廊下にぶら下がっている縄に関してはそもそも意味が分からない。

 

この縄に対する異様な執着はなんなのだろうか。

 

準星「おそらく..注連縄(しめなわ)ようなものだろう」

 

巴「注連縄?」

 

それってお正月に玄関口に結ぶ縄のことよね。

 

準星「現代ではお正月に玄関口に注連縄で作られた注連飾り(しめかざ)を施す風習が残っているが、元々注連縄は神様を迎え入れるための目印としての役割があると信じられてきたんだ。今だと注連縄は12月25日以降...つまりクリスマス明けに施す家庭が多いが、一昔前だと正月事初めに注連飾りを施すのが一般的だった」

 

巴「正月事初め?」

 

準星「正月事初めは日付で言うところの1()2()()1()3()()にあたる」

 

巴「そ、それって!」

 

真冬『村では1()2()()1()3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という風習が今も残っているそうです』

 

そうだわ、真冬君がふもとの村の住民に取材した内容の中にそんな情報があった!

 

準星「あぁ。ちょうど私も真冬が言っていたことを思い出していたよ。そして抱いていた疑問が確信に変わった...氷室一族が行っていた儀式はその12月13日に行われていたんだ」

 

巴「どうしてそう思うんですか?」

 

準星「ふもとの村の住民の言っていた日が12月13日。注連縄を結ぶ正月事初めも12月13日...この一致が偶然とは思うかい?それにこの廊下の縄は寸分違わず左右対称に吊るされている。まるで道のようにね..注連縄本来の意味から推理するにこの廊下は迎え入れた神様を氷室一族が禁断の儀式を行っていた斎場まで導くための通り道になっていると考えられるわけだ。」

 

通り道か。

 

確かにその考えは無かった。

 

準星「それと屋敷の門前に松の木が植えられていたのは覚えているかな?」

 

巴「ええ。あの大きくて立派な松の木ですよね?」

 

準星「そうだ...それを踏まえると、正月を迎える上でもう一つ大事なものがあるだろう」

 

お正月を迎える上で大事なもの?

 

先生の話の流れからしてこれは松の木とお正月の関連性から推理するのが良さそうね。

 

松の木が植えられたのは氷室邸の門前だった。

 

門前に植えられた松。

 

そうか、なるほど!

 

あの場所に松の木が植えてあったのはそういう意味だったのね!

 

巴「門松(かどまつ)ですね」

 

準星「その通りだ。門松にも注連縄同様神様を家に招く目印になると信じられている。もしあの松の木が門松の役割を示しているのなら、門前の松の木が屋敷に神様を招き入れ、この注連縄の吊るされた廊下を通り道として斎場まで神様を導く...氷室邸の玄関はそういう作りになっているのだろう。神道における儀式とは神様立ち会いの元執り行われるのが通例だからな」

 

巴「確かに...そう言われるとグッと真実味を増してきましたね」

 

先生の推理...概ね辻褄が合う。

 

屋敷の門前からこの廊下までの道筋は緩やかにカーブを描いていた。

 

まるで神社の参道を歩いているような感じ...といえば伝わるだろうか。

 

天井から吊された縄はまるでついさっき誰かが通ったかのように揺れていた。

 

どこかから隙間風でも吹いているのかしら。

 

準星「しかしまだ腐に落ちない点が二つある。一つ目は何故この日を選んだのかだ。年月によってバラ付きがあるものの、12月13日は鬼宿日(きしゅくにち)とも言われていて縁起の良い日になることが多い。名前に鬼という字が入っているからイメージが湧きにくいかもしれないが、禍い(わざわ)をもたらす鬼が宿にいて外を出歩かないから良い結果を生みやすいと信じられている。しかし婚礼などの儀式事に関しては逆で鬼宿日に行うとかえって禍いを招くとされているんだ」

 

巴「つまり氷室一族は禍いが生じてしまう縁起の良くない日に儀式を行っていたというわけですか?」

 

準星「矛盾するだろう?神事を任されていた氷室一族がそのことを知らない筈はない。つまりこの日を選んだのにも何か意味があるはずなんだ。しかし残念ながら現時点で分かるのはここまでだな」

 

あえて厄日に儀式を行う、確かに先生の言う通り矛盾しているわ。

 

これでは極端な話、失敗するために儀式を行うようなものだ。

 

準星「二つ目はこの注連縄の素材だよ。普通注連縄は稲藁(いなわら)を素材に作られるから凄くザラザラとしているのが特徴なんだが、この廊下にぶら下がっている縄はどれもまるで絹糸を編んで作ったかのようにスベスべなんだ。それにこの縄の色...なんの素材を使っているのかわからないがやけに黒いのも気にかかる」

 

私は恐る恐るぶら下がっている縄に手を触れた。

 

懐中電灯で照らすだけだとわかりづらいが確かに縄がスベスべとしている上に光沢を帯びている。

 

表面に油でも塗っているのだろうか。

 

なんとなくずっと触っていたくなくて手を離した。

 

準星「とにかくだ。もし我々の読み通りこの廊下が通り道になってるならこの先に斎場があるはずだ。日が暮れるまでもう時間がないからひとまず進めるところまで進んでみよう」

 

懐中電灯の光で足元を照らしながら再び私達は少しずつ廊下を進んでいった。

 

やがて突き当たりに懐中電灯の光を反射する。

 

そこにいたのは懐中電灯を持った私と高峰先生の姿だった。

 

巴「これは...鏡でしょうか?」

 

準星「かなり大きいな。2mはあるんじゃないか」

 

指で鏡をなぞると指いっぱいに埃が付着した。

 

かなり埃を被っているわね。宗方夫妻がここに住んでいたのは60年以上前のことだし当然と言えば当然ね。

 

準星「行き止まりか...妙だな。仕方ない、違う道を探そう」

 

異変が起きたのは次の瞬間だった。

 

巴「えっ?」

 

突如として鏡に映った私の姿が姿を変え、少女の姿に変わった。

 

白い着物を着た少女...目の錯覚かと思ったが違う。

 

確かに少女は鏡の中に存在していた。

 

巴「あなたは...誰?」

 

普通の子じゃない。

 

こんな有り得ないことが目の前で起きているにも関わらず、自分でも驚くくらい冷静だった。

 

不思議とこの少女からは怖い印象を感じない。

 

少女は私の言葉を理解しているのかただジッと私のことを見つめていた。

 

準星「平坂君?」

 

微かに唇が動いている。

 

この少女は私に何かを伝えようとしているんだわ。

 

は..し..と

 

巴「な...なに?」

 

お...わ...し..て

 

駄目だわ。声が小さくて聞き取れない。

 

巴「なにを伝えたいの...?」

 

私がそう言うと少女は悲しい顔をしながら光の粒となって消え、再び鏡は元通り懐中電灯を持った私の姿を映し出した。

 

巴「待って!」

 

準星「どうしたんだ平坂君...急に鏡に話しかけたりして」

 

巴「今その鏡に白い着物を着た女の子が映っていたんです」

 

準星「女の子?私にはそんなもの見えなかったぞ」

 

高峰先生にはあの女の子が見えなかった?

 

私にだけ見えていたの?じゃああれはやっぱり幽霊?

 

今まで視界の端にあのようなあり得ないものを捉えたことは何度もあったがあんなにはっきりと姿を見たのは初めてだ。

 

あの子も行方不明になった人間の一人かしら。

 

準星「平坂君!か...鏡を!鏡を見たまえ!」

 

巴「なっ!どうして!?...私達の姿が」

 

私と高峰先生の姿がいつの間にか鏡から消えている。

 

一体何が起きているの...

 

目の前で起こり続ける不可解な出来事を頭で理解する猶予もなかった。

 

刹那、天井にぶら下がっていた縄が私達の体に巻きつき強く締め上げる。

 

その衝撃でお互いに懐中電灯を地面に落とし、光が私達の足元を照らす。

 

巴「きゃあ!」

 

準星「ぐっ...なんだこれは」

 

鏡の奥からヒタ...ヒタとこちらに向かって誰かが歩いてくる。

 

その度に目の前の大鏡に亀裂が入っていった。

 

やがて足元、下半身、上半身、そして顔と徐々に懐中電灯に照らされ姿が明らかになる。

 

現れたのは白い着物に長い髪をした女。

 

私は縄に縛られた体を捻り、なんとか後ろに振り向くも誰もいない。

 

誠に信じられない話だがこの女は鏡の中にのみ存在している。

 

さっきの出会った女の子と格好は似ているがそれ以外はまるで違う。

 

首と両手両足に太い縄を巻いていて、着物と縄には血がこびり付いていた。

 

そして何よりこちらを睨む女の眼は赤黒く充血しており明らかな殺意をこちらに向けて続けていた。

 

準星「な、なんだこいつは!」

 

高峰先生にもあの女が見えているのね。

 

やがて女は鏡を突き抜けようとしていた。

 

嘘でしょ。

 

一体なんなのこの女。

  

あの女に捕まってはダメだ。絶対にダメだ。

 

私の少しばかりの霊感かそう告げていた。

 

しかし縄は私達の体をがっしりと締め上げて離す気配もない。

 

巴「は、離して!こんな縄!.....ひっ!」

 

近づいてくる幽霊女を前に私はある事実に気づいた。

 

私達の体に巻きついているのはただの縄ではない。

 

これは人間の髪....それも女性の髪の毛だ。

 

髪の毛を縄状に束ね天井から何本も吊るしていたのだ。

 

髪の毛はまるで一本一本が意志を持っているかのように私達の身体に絡まり締め上げねじ曲がる。

 

首にも無数の髪が絡みつき呼吸が出来なくなる。

 

巴「あ...ぐ...」

 

準星「くっ...」

 

身体が想像を絶する痛みと苦しみに晒される。

 

やがて白い着物の女が目の前まで近づいたところで私は意識を失った。

 

 



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黒い手帳の断片その③

【縄の廊下→氷室邸玄関】


【1986年9月12日19時00分】

 

準星「うっ...ここは...」

 

鉛のように体が重く、脳内を掻き混ぜるような頭痛に顔をしかめながら私は目を覚ました。

 

どうやら私は気を失っていたようだ。

 

先程まで行動を共にしていた平坂君がいなくなっている。

 

私一人だけ廊下にうつ伏せで倒れていた。

 

彼女は一体どこに...もう脱出したのだろうか。それとも私と同じく屋敷内を彷徨っているのだろうか。

 

平坂君はこの屋敷に入った時からどこか様子がおかしかった。

 

まるで私には見聞き出来ぬものの存在を感じ取っていたような...あれがいわゆる霊感というものなんだろうな。

 

彼女も無事でいてくれれば良いが...

 

 

腕時計の時刻表示を見ると1986年の9月12日の19時を回っていた。確かこの屋敷に来たのは2日前の夕方だったはず。

 

にわかに信じられない話だが、屋敷を訪れてから丸2日経ったことになる。

 

まるで狐に化かされたような気分だ。

 

私はゆっくりと体を起こし、目の前の鏡を見据えた。

 

白い着物を着た女性と邂逅した例の鏡だが近づいてみると不自然なことに気付いたのだ。

 

準星「鏡に入っていた亀裂が...消えている?」

 

あの女性が鏡を抜け出した時に入った亀裂はまるで最初からついていなかったかの如く消えていた。

 

確かに女性が鏡を擦り抜ける際に大きな亀裂が入ったはず。どういうことなんだ。

 

あの一連の出来事が全部夢だとでもいうのか。そんな馬鹿な。

 

準星「これは一体...ぐっ」

 

不意に両手首に違和感と痛みを感じた私は腕の裾をめくり、懐中電灯で手首を照らした。

 

手首が青黒く変色し見えない何かが手首に食いこんでいる。

 

どうなっているんだ...何なんだこの縄の痕のような模様は。

 

何気無く目の前の鏡に視線を移すと血のこびりついた縄が私の手首に巻きついていた。

 

準星「なっ!?」

 

自分の身に起こっている信じ難い真実に私は思わず声を上げた。

 

見間違いでは無い。肉眼では何も見えなかったが鏡の中の私の手首にははっきりと縄が巻きついている。それにこの縄はどう見ても。

 

準星「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだ」

 

ダメだ解けない。

 

どんなに手首を掻き毟っても縄を掴もうと握った手は空を切った。

 

触れられざるこの縄を解く術はない。やがてそれが徒労と知ると私は状況を整理しようと思考を巡らせる。

状況からいって我々が気を失っている間にあの女性に施されたものと考えるべきだろうか。

 

鏡の中から現れ、実体の無い縄を私に掛けた。

 

どれもこれも人に為せる技ではない。

 

白い着物に長い髪。そして五肢を縛る血のこびりついた縄。

 

私にはあの女性の正体に心当たりがあった。

 

それはこの地方に古くから伝わる伝承であり、氷室一族について我々が知ることが出来る数少ない手がかりの一つ。

 

()()()()

 

縄の巫女は氷室一族の行っていた儀式において生贄とされていたという女性とされており、その姿は一定して血の付いた縄を巻いた白い着物に長い髪の女性の姿で描かれる。

 

私が氷室一族のことを小説の題材にしようと決めたのは麓の村で起きた変死事件と縄の巫女の伝承に奇妙な因果関係を見出したからに他ならない。

 

私が以下の事件を知ったのは3年前、ちょうど刻命の館の執筆をしていた時期である。いつもお世話になっている出版社に生原稿を届けた時にたまたま見つけた新聞記事がきっかけだった。

 

【鳴神村連続バラバラ殺人事件】

『太平洋戦争が激化していた1940年代初頭、集団疎開の受け入れ地域に指定されていた鳴神村で相次いで変死事件が起きた。

被害者の遺体はどれも無残な程にまで八つ裂きにされていて、現場は返り血と飛び散った肉片で凄惨な状態になっていたという。

 

警察は以下の二つの証拠を元に自殺ではなく他殺と認定した。

 

一つ目は白い着物に身を包み五肢に注連縄を巻いた奇妙な女を見たという目撃情報が関係者から多く寄せられたこと。

被害者も死亡する前に女性を見たと証言しており、警察は一連の事件は同一犯の可能性が高いと判断した。またバラバラになった被害者の遺体には裂傷が多く見受けられたことと稲藁の繊維が付着していたことから女性が体に巻いていた注連縄が凶器に用いられたと推測出来たからである。

 

二つ目は八つ裂きにされた遺体から縄の絞痕と何人もの人間の手形が付いていたこと。

人間の体を縄で縛り上げて断裂するのは刃物で切断する以上に手間のかかる作業になる。

人の体を八つ裂きにする場合、それを可能にするだけの動力源が必要だ。

例えば実際にあった処刑法の一つとして、かつて日本でも縄で縛った両手足を馬などの家畜に括りつけ異なる方向に走らせることで身体を引き裂き死に至らしめる【八つ裂きの刑】という処刑法が存在した。

無論その処刑法を用いて自殺を行うのはかなり無理があるしそもそも八つ裂きなんて至上の苦痛を伴う方法で自殺をするわけがないのだ。

 

事件当時、指紋鑑定や警察犬を使っての大規模な捜査が行われたが遺体の手形からは一切指紋は検出出来ず、凶器に使われたであろう縄も見つかっていない。

犯人と思しき白い着物の女性の行方に関しても、これまた奇妙なことに警察犬に匂いを辿らせると決まって殺害現場付近のガラス窓や鏡の前で警察犬が立ち止まってしまったのだという。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()警察犬の挙動に警察も頭を悩ませ、結局事件は未解決のまま捜査は打ち切られることになる。

 

変死事件の真相を突き止めるため鳴神村の村史を調べてみたところ、かつて鳴神村周辺の地方を支配していた氷室一族と縄の巫女の伝承に辿り着いた。

 

氷室一族は表向きは地方の神事を執り行う大地主の家系。

しかし裏では人知れず人柱を立てた残虐な儀式を行なっていたらしい。

そして縄の巫女とはその儀式に於いて人柱の役割を果たしあらゆる厄災を封じてきた存在としてこの地方で言い伝えられている伝承である。

伝承における縄の巫女の姿は体に縄を巻きつけ白い着物を着た女性で描かれている。

それは今回の変死事件で多くの目撃情報が寄せられた女性の姿と概ね一致する。

 

これは果たして偶然なのだろうか。

 

氷室一族が江戸時代の半ば頃に突如失踪してからというもの、宗方夫妻らの失踪事件、そして今回の変死事件と立て続けに不可解な事件が続いているのに何故か決定的証拠が出てこない。調べれば調べるほど謎が深まっていく。

しかし絶対なにかがある。氷室の一族とこの変死事件は決して無関係ではないはずだ。

最後に縄の巫女にまつわる童歌を載せておこうと思う。亡くなった被害者の遺族の為にも一早く事件が解決することを願うばかりだ。

 

七つ数えりゃ鬼遊び。十数えりゃ縄の巫女。

ちゃっこいあねっこもめんこくなるだ。

岩戸だけは開けちゃなんね。

みったぐねえと岩戸の鬼さんや。

まったをぶっちゃぎにやってくるっちゃ。

んだからオラの言うことさ聞いてけろ。

 

 

光栄出版社 緒方浩司(オガタコウジ)

 

 

というのが記事の大まかな内容になるわけだが、現場の状況など当事者しか知り得ない情報も詳細に書かれていて40年以上前の事件にも関わらず良く調べていると感じた。

 

なおこの記事を書いた犯罪ジャーナリストの緒方浩司氏はこの記事を最後に出版社を退社している。私も直接的な面識は無いが正義感が強く彼の書いた記事から捜査が進展し解決した事件もあり、若いながらも優秀なジャーナリストだったそうだ。

 

編集長が言うには一身上の都合といい一方的に辞表を提出し退社したのだという。

以前住んでいたアパートも引っ越したらしく連絡も取れなくなり、どこで何をしているのかも分からなくなっているとか。

 

 

【仮題 零〜zero〜】

ある宗教団体が行っていた残虐な儀式に感化された男が連続殺人鬼(シリアルキラー)として若い女性を狙って次々と猟奇殺人を行っていった。やがて殺人だけでは満足出来なくなった男の行動は吸血、食人、異常性行為へとエスカレートしていき徐々に人としての境界を失っていった男の姿は世にも恐ろしい鬼の姿へと変貌する。

 

 

 

これは氷室一族を題材とした次回作のプロットの一部だ。本来であれば上述のようなサスペンスホラー作品を執筆する予定だった。

しかし一連の事件が縄の巫女の仕業だとしたらもうそんなことも言っていられない。

 

変死事件の被害者と同じ絞痕...それが暗示する私の未来もまた...死だ。

 

認めたくはないが呪いは実在したのだ。

 

あの時私と同じく縄の巫女に捕まった平坂君もおそらく縄の巫女の呪いにかかったに違いない。

 

平坂君と一刻も早く合流しなければならない。次に縄の巫女と出会った時が我々の最期だ。

 

念のため我々が入ってきた玄関まで戻ってみたが扉は固く閉ざされていた。

 

どうやら外側に施されていた縄がしっかりと扉に結ばれているようでこちらから押してもビクともしない。

 

誰かが外から縄を結んだのか?だとしたら一体誰がこんな真似を。

 

考えても仕方がない。別の出口を探そう。

 

そういえば天井の梁が落下して大穴を開けた箇所があったな。

 

私は大穴の場所まで歩き周辺を懐中電灯の光を照らした。

 

やはり微かに風が通っているようだ。もしかしたら大穴は軒下から外に繋がっているのかもしれない。

 

しかし穴の直径はおよそ45cm前後。子どもや小柄な女性くらいであればギリギリ通れるくらいの大きさだが大人の私が通るにはさすがに狭過ぎる。ここからの脱出は不可能だろう。

 

準星「退路を絶たれたか...とにかく先に進むしか無さそうだな」

 

もはや我々に逃げ道は無い。

 

縄の巫女に出会わない様祈りながら私は屋敷の奥まで進んでいった。

 

 




外出自粛にかこつけて久々に初代零プレイしました。

怖すぎだしムズ過ぎですね...深紅ちゃんのミニスカだけが癒しでした。


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黒い手帳の断片その④

【氷室邸玄関→氷室邸二階 上座敷】






いくつかの部屋を抜け屋敷のニ階に通じる階段を見つけた私はそのまま階段を昇った。ギシギシと不安気な音を立てる階段は一部崩壊しており、足を踏み外さぬ様に懐中電灯で注意深く足元を照らしながら進んでいった。

 

階段を昇り切ると、今度は長い回廊になっていた。

やや小走りで回廊を進んでいると小さな扉を見つけ、足を止める。

ここはまだ探索していない部屋だ。

そう思い私は腐りかけた木製の引き戸に手を掛けた。

 

辺りを見渡すとそこは様々な書物が納められた書斎室のような部屋。

 

およそ八畳半程の広さの部屋に何個かの本棚が置かれ古そうな書物が所狭しとしまってある。

部屋の中央には埃っぽい机があり、何枚かの草稿(ソウコウ)と万年筆が置かれている。

 

草稿はまだ書きかけのようだな。

 

この屋敷の住人の書いたものだろうか。

 

『親友デアル立花樹月(タチバナイツキ)ノ頼ミモ有リ、黒澤八重(クロサワヤエ)黒澤紗重(クロサワサエ)ノ逃亡ヲ手引キス。妹ノ紗重ガ途中デ逃ゲ遅レタ為、八重ト一緒ニ皆神村(ミナカミムラ)へ戻ルモ村ノ入口ノミヲ残シテ皆神村ハ姿ヲ消シテイタ。皆神村ノ一件以来八重ハ記憶ヲ失イ体ハ病弱ニ成リ、床ニ伏セル事ガ増エタ。私ガ行ッタ事ハ間違ッテイタノダロウカ。八重ヨ、紗重ヲ救エ無カッタノハ全テ私ノ責任ダ。ダカラ出会ッタ時ノ様ニモウ一度笑ッテオクレ』 

 

黒澤八重?

 

何処かで聞いたような名だ。

いや、待てよ。

 

心当たりがあった私は自身の黒い手帳に貼ってある古い新聞記事を見た。

 

八重というのは氷室一族失踪後、新たに氷室邸に移住してきた民俗学者の宗方良蔵(ムナカタリョウゾウ)の妻の名前だ。

 

しかし気になるのは八重の姓が宗方ではなく黒澤になっていること。

 

宗方と名乗る前の旧姓が黒澤...ということなのか。

 

 

(ヤガ)テ私ト八重ハ夫婦ニナリ、一児ノ娘ヲ儲ケル。娘ノ名前ハ美琴(ミコト)ト名付ケタ。美琴ガ七歳ニ成ッタ年ニ大地震ニ見舞ワレ自宅ト仕事場ガ倒壊シタ為、其ノ後ハ神奈川ヲ離レ鳴神村ニ有ル氷室一族ノ屋敷ニ移住シタ。氷室一族及ビ氷室ノ屋敷ニハ昔カラ曰クガ多ク、村民ノ反対モ多カッタガ此ノ辺リハ空気モ良イ為八重ノ身体ニモ悪ク無イ筈ダ。八重自身ハ此ノ屋敷ヲ気味悪ガッテイルガ此処ナラバ私モ仕事ヲ行イナガラ八重ノ側ニ付イテイラレル。美琴モ早速村ノ子供達ト仲良ク為ッタト(ハシャ)イデイル様ダ』

 

確か美琴と言うのは宗方良蔵と八重の間に生まれた娘の名前だったかな。

 

筆者の視点から推理するにこれは良蔵が書いた草稿とみて間違い無いだろう。

 

内容をひとまず整理しよう。

 

八重は元々住んでいた皆神村という村で何かがあって良蔵と共に村を出た。

しかし一緒に逃げていた妹の紗重が村から逃げ遅れてしまい、村共々消息を絶ってしまった。

村全体が無くなるような大きな自然災害に遭って宗方らは命辛々逃げ出してしてきたのだろうか。

 

しかしそうだとすると一つだけ疑問が残る。

 

この場合、逃亡を手引きしたという一文の説明が出来ないのだ。

 

自然災害に遭ったのならば文法上、『逃亡』ではなく『避難』が正しい。

 

本来逃亡とは義務や束縛から逃げ出すという意味で使われる言葉だからだ。

 

細かい話ではあるが、仮に逃亡というニュアンスで捉えるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という解釈の方が至極自然ではないだろうか?

 

駆け落ちか?いや......さすがにこれだけの情報では詳細までは分からない。

 

もしかしたら真実はもっと悲劇的で残酷な結末だったのかもしれない。

 

 

宗方夫妻が氷室邸に移住した正確な日時は不明だが確か1920代の半ば程だったと記憶している。

 

その点を照らし合わせると草稿にある大地震というのはおそらく1923年に首都圏を襲った関東大震災のことを指すのだろう。

関東大震災で一際被害を受けたのは東京と神奈川だった。

震災によって神奈川にあった自宅が震災に見舞われ住めなくなり、住まいを求めて辺境のこの村を訪れたと考えれば概ね合点がいく。

 

とはいえ住人が全員謎の失踪を遂げた氷室邸は現代風に言い換えれば事故物件のようなもの。

そんな曰く付き場所にわざわざ移住を決めたのは良蔵自身も氷室一族の謎を解き明かしたかったからと言う理由もあるのだろう。

 

氷室一族に関しては存在していたことが史実として分かっているだけであって詳細が一切解き明かされていないのだ。

もしその全てを解き明かすことが出来たならそれこそ日本の歴史を塗り替えてしまうような大発見になる。

 

何より民俗学的見地から見てもこれ程恵まれた題材は他にないだろうからな。

 

『氷室邸ニ住ンデカラ研究ハ予想以上ノ成果ヲ上ゲテイル。此ノ村デモ皆神村同様常世(トコヨ)ノ国ヤ根ノ国ニ代表サレル異世界信仰ガ今モ根強ク残ッテイル様ダ。特ニ其ノ傾向ガ顕著ナノハ此ノ地方ニ伝承デアル縄ノ巫女ヲ人柱トシテ行ワレル()(ナワ)ノ儀式ダロウ。裂キ縄トハ縄ノ巫女トシテ選バレタ女子ノ首ト手足ノ五箇所に縄ヲ括リ体ヲ引キ裂ク事デ作ラレル縄ノ事デ、汚レ無キ巫女ノ血ノ滴ル縄ニハ黄泉ノ厄災ヲ封ジ込メル力ガ宿ルトサレテイルガ其ノ様ナ残虐ナ儀式ガ行ワレテイタトハ(ニワカ)ニ信ジ難イ』

 

これは縄の巫女と儀式に関する記述か。

 

この草稿に綴られている裂き縄とは縄の巫女の五肢に縄を掛けて引き裂くことで作られる返り血のこびりついた縄のことだと書かれている。

 

血のこびりついた縄...それはまさしく今私の体を縛っている縄の特徴そのものではないか。

 

さらに付け加えるなら、裂き縄の儀式で生贄となった縄の巫女の辿った末路と麓の村で起きた変死事件の被害者の死亡状況も全て一致している。

 

準星「この触れられざる縄が縄の巫女の呪いの証なのだとしたら彼女の目的は一体......!?」

 

ふと脳内によぎった懸念に私は戦慄した。

 

しかしもはや一度生まれた懸念を消すことは出来ない。

 

これから自分に身に起きるかもしれない身の毛がよだつ程に恐ろしい懸念を。

 

 

 

 

 

 

 

彼女がしきりに縄を用いての殺害に拘るのは、裏を返せば。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは考えられないだろうか。

 

縄の巫女は裂き縄の儀式によって全身を引き裂かれ激しい苦痛の中死んでいった。

 

生きたまま体を引き裂かれるのだ。その痛みは我々の想像を絶する苦痛だったに違いない。

 

そんな苦痛を出会った人間に無差別に与えているのならその胸中にあった恨みや無念の思いとは一体どれほどの......

 

 

 

ギャアアアアアア!

 

準星「っ!?」

 

悲鳴だ。

 

今の声は...間違いない。

 

平坂くんだ。

 

下の階から聞こえてきたぞ。

 

まさか既に縄の巫女に...

 

私のせいだ。

 

私が氷室邸に行くなどと言わなければこんなことには...

 

無事でいてくれ平坂くん。

 

私は悲鳴のした方向へ脇目も振らず駆け出した。



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黒い手帳の断片その⑤

【氷室邸二階 上座敷→階段廊下】


私は階段を見つけるとすぐさま駆け降り懐中電灯で周囲を照らしながら懸命に平坂君の姿を探した。

 

 

準星「どこだ平坂君!いるなら返事をしてくれ!」

 

 

声のした方向からしてこの周辺に彼女がいるのは間違いない。

 

 

彼女の悲鳴を聞いて急いで駆け下りて来たのだ。まだそんなに時間は経っていない。

 

 

焦らずにもっと注意深く辺りを探そう。

 

 

私は足元。左右。そして正面と順番に懐中電灯を傾けていき彼女の姿を探した。

 

 

準星「ッ!?これは!」

 

 

不意に目の前に明かりが灯った。

 

 

平坂君かと思い近づくもその明かりは平坂君のものではなく私の懐中電灯から発せられた光が正面の大鏡に反射しただけだった。

 

 

驚かせてくれるものだ...

 

 

しかしまたもや...鏡だ。

 

 

この屋敷の探索を初めてから注連縄と同じくらいの頻度で見かけている。

 

 

大小を問わないのであればどの部屋にも必ず一つ、鏡が置かれていると言っても過言ではないだろう。

 

 

正直言って気味が悪い。

 

 

目の前の鏡の大きさは縄が無数にぶら下がっていた廊下に取り付けられていたものと同じくらいのサイズの大鏡だった。

 

 

準星「また鏡か...一体鏡にはどういう意味があるのだろうか」

 

 

鏡は古来から占いなどの魔術的な用途に用いられることの多い代物だったが故に、鏡にまつわる都市伝説は後を絶たない。

 

 

一説では我々があの世と呼んでいる死後の世界が鏡に写っている向こう側の世界であると考えられている。

 

 

有名な都市伝説でいえば合わせ鏡の七不思議や紫鏡などがそれに該当する。

 

 

このような鏡にまつわる都市伝説が生まれた背景には鏡の中に写る自分の姿に対し人が誰しも少なからず抱いている本能的な嫌悪感や警戒心が一つの理由としてあるのかもしれないな。

 

 

他に鏡に関する逸話として有名なのは鏡そのものが神として祀られていることだろうか。

 

 

神社に納められている御神体が鏡なのはそこに起因すると言われている。

 

 

元来、鏡という言葉の由来として(かがみ)から()を取り除くと(かみ)になるということが転じて、鏡=神という意味合いになっていると聞いたことがある。

 

 

氷室邸の至る所に鏡が置かれているのは裏を返せば注連縄と同様、氷室一族の儀式において鏡が重要な役割を担っているということに他ならない。

 

 

しかしそれがどのような役割なのかは...残念ながらまだ分からない。

 

 

手がかりになりそうなのは以前氷室邸に住み氷室一族の儀式について研究をしていた民俗学者、宗方良蔵の遺した草稿だ。

 

 

まだ私は宗方良蔵が氷室邸に移り住んで来た経緯と裂き縄の儀式についての部分しか読み進められていない。

 

 

あの草稿にはその後も続きがあった。

 

 

もしやまだ読み解いていない宗方良蔵の草稿に縄の呪いを打ち消し、生き残るためのヒントがあるのでは.....

 

 

 

巴「うぅ......」

 

 

 

準星「!?平坂君!無事か!」

 

 

背後からうめき声が聞こえたため、振り向くと、鏡の置かれていた場所から少し離れた階段下の小さな区画に平坂君はうつ伏せに倒れていた。

 

 

私はすぐに彼女の元へ駆け寄り脈を取る。

 

 

巴「高峰...先生?」

 

 

良かった...どうやらまだ息はあるようだ。

 

 

準星「遅れてすまない...しかし無事で良かった」

 

 

思った通り平坂君の手首にも私と同様の縄の痕があった。

 

 

それは即ち彼女も私と同じ縄の呪いにかかってしまったということに他ならない。

 

 

準星「やはり平坂君もあの時縄の巫女に.......ううっ!?」

 

 

何だ...

 

 

また急に手首に疼きが....しかも以前より更に内側に食い込んでいる。

 

 

それに異変はそれだけでは終わらなかった。

 

 

巴「どうかされたんですか先生?先生!」

 

 

私は痛みに耐えきれずその場に倒れ伏した。

 

 

今度は縄の痕と疼きが手首だけではなく足首にまで回っているのだ。

 

 

今までとは痛みを感じる箇所も痛みそのものの強さも全然違う。

 

 

まさか...呪いが進行しているのか!?

 

 

縄の巫女は裂き縄の儀式に則り、我々の五肢に触れられざる縄を掛けて裂き殺す。

 

 

自分の受けた苦しみと同じ苦しみを与えるために。

 

 

最初に両手首、次に両足首。

 

 

縄の呪いが裂き縄の儀式を再現しているとすれば次に縄が掛けられるのは...ここだ。

 

 

私は自分の首をそっと撫でる。

 

 

私の首に縄が掛かった時、裂き縄の儀式...呪いが完成する。

 

 

もう私には時間がないということか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピシッ...

 

 

突如目の前の大鏡に亀裂が入る。

 

 

初めて我々が縄の巫女と邂逅した時と同じように。

 

 

準星「!?鏡にまた亀裂が!?」

 

 

巴「まさかまたキリエが...嫌よ...嫌嫌嫌嫌嫌嫌!もうたくさんよこんな屋敷...!」

 

 

 

平坂君の精神はもう限界を迎えている。

 

 

霊感の強い平坂君が私と離れていた二日間に一体どんな怖い思いをしたのか。

 

 

私には想像を絶する。

 

 

平坂君にも私にももはや一刻の猶予もない。

 

 

ピシッ。

 

 

鏡に亀裂が入るのは縄の巫女が現れる前兆だ。

 

 

もう既に彼女は近くにいるのだ。

 

 

とにかくこのままここに留まるのは危険過ぎる!

 

 

ピシッ...ピシッ...

 

 

準星「ひとまずここを離れよう!鏡の近くにいるのは危険だ!立てるか平坂君?」

 

 

この仮説には根拠があった。

 

 

縄の巫女は必ず鏡の中から現れる。

 

 

我々が初めて縄の巫女と出会った時も彼女はまるで鏡の中から這い出るようにして現れた。

 

 

過去に鳴神村周辺で起きた変死事件の事件現場にも決まって遺体の側には...

 

 

そう、鏡があったのだ。

 

 

もしあの一連の変死事件と我々が見舞われている怪奇現象が全て縄の巫女によるものだとしたら対策は一つ。

 

 

鏡から離れることだ。

 

 

縄の巫女は鏡が無い所では我々に干渉出来ない。

 

 

巴「でもどこに逃げれば...屋敷の中はそこらじゅう鏡だらけで逃げ場がありませんよ...!」

 

 

「屋敷の中はな...だから鏡の無い屋外に逃げるんだ!そこなら彼女は我々に手を出せないはずだ!この扉の先の中庭を抜けた先に大きな湖がある!ひとまずそこへ避難しよう!」

 

 

巴「っ!分かりました!」

 




お久しぶりです。

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