幸運の子 (水上竜華)
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序章
プロローグ前編


初投稿です。

衝動的に書いた、反省はしていない。

本日中に連続投稿予定

批判はウエルカムですが、根拠のない批判はご勘弁を

プロローグ前編ではデンドロのデの字も出てきません

一先ず、主人公がニートになるまでの過程がプロローグです。

では、本編開始です


□2043年5月12日 都内マンション ???

 

 

 

「……これ、……夢じゃないんだよね?」

 

 

 そう、つぶやいた女性、“野崎花子”は茫然とした表情で自身の手の中にある物をじっと見つめていた。

 

 それは何の変哲もない通帳であったが、問題はそこに記されている金額である。

 

 

 

「……800億円、……本当に入ってる。」

 

 

 

 この大金が突然入って来たのは通帳の過去の記録と比べてみれば容易にわかることである。

 

 しかし、彼女にはこんな大金をくれる知り合いはいないし、働いている会社も一般的なちょっと仕事量が多いだけの中小企業であるため給料である訳がない。

 

 かと言って、法に触れることをしたわけでもなく、そんな度胸もあるはずもない。

 

 では、どのようにしてこの大金を手に入れたのか。……それは約5か月前に取った彼女の行動が引き寄せたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□2042年12月27日アメリカ某所 野崎花子

 

 

 

(私、何でこんなところにいるのだろう…)

 

 

 

 冬になり、凍えるように寒くなった外の空気に触れながら私はこんなことを考えていた。

私は今、会社の同僚に誘われて参加した2泊4日の社員旅行でアメリカに来ている。

 現地のバスで空港から目的地に移動した後すぐに自由時間となり、各々が仲のいいグループで旅行を思う存分楽しもうとしている最中である。

 

 正直、そこまで海外旅行自体に興味は無かったが自宅にいても自堕落な生活しかしないだろうし、偶にはいいだろうと思い参加したが、実際のところ…、

 

 

 

「…早く帰って、コタツに潜りたい」

 

 

 

 と、こんな有様である。

 

 もともと奥手な性格で、かつ必要がなければ人に話しかけなったため、社内で友好関係が築けている人間は片手で数えられるくらいなのだ。

 私を誘ってくれた同僚はそのうちの一人である。

 その数少ない希少な人間は大体、コミュニティーの中心にいるような人ばかりであり、もう他の人たちと一緒に街に繰り出している。

 

 

 …………私が一緒に回ると思っていたその同僚も同じように

 

 

 と、いうわけで現状の私は周りがキャッキャウフフと言っている中、外国に来てまで絶賛ボッチ中である。

 いや、本当に私、何でこの旅行参加してるんだっけ?

 て、いうか誘っておいて放置とはどういうことか、と同僚を小一時間ほど問いただしたいくらいだ。

 

 まぁ、そんな事はしないが。

 

 現実逃避もこれくらいにしておいて現状をどうにかせねば。

 どんなに帰りたくてもここは海外、日本国内のように気軽に往復できるような場所ではない。

 泣き言を言わずに、今のこの状況を最大限楽しまなければ損というもの、一先ずこのあたりを散策でもしてみましょうか。

 

 

「…………」

 

 

 べ、別に寂しくなんて、ないやい!!

 

 

 

 

 

 

 

                      ◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 いや~、危なかった。

 

 この年にもなってまさか、迷子になりかけるとは思いもよらなかった。

 運よく最初の通りまで戻れたからよかったけど、あのまま彷徨い続けてたら集合時間オーバーで他の人たちに迷惑をかける所だった。

 

 うん、ちょっと、海外なめてた。

 

 構造物の違いが分かりにくいし、よくわからん小道もあるし、一瞬初めて新宿ダンジョンに行ったときのあの絶望感にも似た思いが溢れかけたわ。

 

 

 ……あの時は危なかった、危うく入社試験に間に合わなくなるところだった。

 

 

 さて、残り時間も後一時間ほどになっている。

「……もうそんなに遠くまでいけないし食事はもう済ませたから、どこか近場の店で物色でもしながら時間をつぶしつつ集合場所へ戻ろうかな。」

 

 なんだかんだで、海外旅行を楽しんでいる私はメインストリートを歩きながら店をのぞき見し、そろそろ戻ろうかと考えてところで、ある店の姿が目に入った。

 

 

 

「あれは、…宝くじ?」

 

 

 

 そこは宝くじ売り場であった。

 

 日本で社畜生活を送る中、時々「これが当たればいいのになぁ」と、現実逃避気味に何枚か買っていた(玉砕の)経験があったので海外の宝くじがどのようなものか少し気になり、その売り場へいったん寄ることにした。

 一等は日本円にして500億円、二等は300億円と、かなり高額であり日本では考えられないような金額の宝くじを売っているらしい。

 

  まさしく次元が違うというやつだ。

 

  きっと当選した人間はウハウハになること間違いなしなのだろうが、それは一握りの人間だけが掴めるもの、まさしく夢と言われるようなものだ。

 

 そんなものに頼らず、地道に働いて金を稼ぎ日々を堅実に過ごすことが一番なのは私だって理解している。

 

  言ってしまえば、勝ち目がもとからないギャンブルをしているようなものだ。

 

  賢い人間はまず、こんなものには頼らないだろう。

 

 

 私の手の中にあるこんな紙切れには(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「…………」

 

 

 い、いや、違うしぃぃぃ、体が反射的に動いただけだしィィィ。

 

 こ、これはただのギャンブルみたいなもんだし、ちょぉぉぉっとMっ気が強いだけで(すが)ってるわけじゃないしィィィ。(※良い子はまねしてはいけません)

 

 

「………はぁ、誰に言い訳しているんだか」

 

 

  ま、まぁ、買ってしまったものは仕方がない。

  捨てるのも勿体ないし、このまま持っていこう。

  それにもう集合の時間が迫っている。

 

「戻るか……」  

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……後に私がこの社員旅行の思い出を思い返すたびに真っ先に頭に浮かぶモノが、自由行動中に売り場を見つけるたびに周りの視線も気にせず、淡々と宝くじを追加で購入していた自分の姿になってしまっているのはなぜなのだろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

                       ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

□2043年5月7日都内マンション 野崎花子

 

 

 

「……今日も、疲れた……」

 

 

 

 世でいうゴールデンウイーク明け三日目の深夜、終電で自宅に帰った社畜こと野崎花子でございます、はい。

 ちなみに、わが社にゴールデンなウイークはございません。

 年末の旅行が異例中の異例だったのです。

  少なくとも私が入社してから初めてのイベントだったのは確かですね、はい。

  最近、まともな休暇がとれんくらいには忙しい。

  上司の部長曰く、今が正念場らしい。

 

 

 ……その正念場が4年ほど続いているのはどういうことなのだろうか。

 

 

 

 まぁ、まだ帰れるだけ私は幸せな方だろう。

  世の中には会社で寝泊まりしている人間だっているのだ。

  そう、私は幸せ、私は幸せ、私はしあわせ、わたしハしあわセ、ワタ…氏は…シ粟…せ………

 

 

 

(はッ! いかん!! 一瞬、狂気を失っていた!!!)

 

 

 

  あっ、間違えた。

 

 

 

(正気を失っていた!!!!)

 

 

 

 ふぅ、あぶないあぶない。

 何とか精神のゲシュタルト崩壊だけは避けられたようだ。

 

 

 

 ……いや、なんか最早手遅れな気がするよ、私………

 

 凶もポストを確認して早く寝よう、明日も朝は早いし。

 

 なにか、違和感があるが気のせいだろう。

 

 さて、ポストの中には最近じっくり読む時間がない新聞紙といまだに来る宗教の勧誘のチラシ、それと最後に分厚い封筒が一通ですか、そうですか。

 新聞は新聞入れに、宗教の勧誘のチラシ(ゴミ)はゴミ箱に入れてから封筒を手で破って開けた。表にはどこかで見た覚えがあるマークが書いてあったが、時間がないので中身をサッサと見ることにした。

 そこには英語で書かれた小さな冊子と、金色の装飾が施された分厚い紙が折りたたまれた状態で二枚(・・)入っていた。

 一応、仕事に必要なスキルだったので簡単な英語なら私にもすぐに読めるので分厚い紙の方を先に見ることにした。

 

 

 

「?…………………、ッ!!」

 

 

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

 はッ! いかん!! 狂k(ry

 

 

 

 いやいやいや、さすがにこれはないでしょう。

 

 

 

 いやいやいやいや、こんなアメリカンドリームなこと私に起きるわけないない。

 

 

 

 

 これは、あれだ。

 

 

 

 幻覚だ、アメリカンな幻覚に決まっている。

 

 

 

「もう、限界だとでもいうの、私よッ!……」

 

 

 

 その紙のことを幻覚(?)だと判断した私は、明日の仕事のために、昔奮発して買ったソファーに寝転がり眠りにつくのであった。

 

  

 

 

 

 

 

 

 翌朝、テーブルに置いたままだったその紙の存在を改めて確認したところ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日と変わらず(・・・・・・・)二枚とも一等当選の通知を(・・・・・・・・・・・・)知らせるものだった(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……その後、当選のことが分かった日の翌日、溜まりに溜まった有休を使い、確認とその回収作業を始めるのであった。

 こうして、税関を通った分と親への振り込みの分を引いて手元に残ったのはなんと800億円である。

 

 

 

 そして、冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆

 

 

 

 

 

 

 

□2043年5月15日都内マンション 野崎花子 

 

 人はありえないことが一度に起こると放心するらしい。

 

 現状の私がそうである。

 

 いっそ夢と言った方が、現実味がある。

 

 なにせ、一等を二枚ですよ、二枚!!

 

 しかもアメリカンドリーム!!!

 

 こんなの天文学的確率じゃぁあないですか!!!!

 

 スゲェェェェーーーーー!!!!!

 

 

 

 

 と、喜んでいた時期もありました、ハイ。

 

 今はどちらかというと不安の方が強い。

 

 なぜなら来るのだ、奴らが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのお金、世界のために寄付しませんか!!」

 

「ねぇねぇ、私たち友達だよね、そうだよね!今お金貸してくんない」

 

『もしもし花子か、オレオレ。え、誰って、親友の俺のこと忘れたのかよ~。馬鹿な奴だなあ~』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、金の亡者どもが!!!

 

 お前ら全員知らん人じゃボケ!!最後のやつとかお前が馬鹿か!!!

 

 

 

 友達なんざ、生まれてこの方ほとんどいないわ!!!!!

 

 

 

 ふぅ、少し目から汁が垂れてきたが一旦落ち着こう。

 

 身内はどうにかなった。

 

 元々堅実な生き方を体現した両親だから特にたかりに来る気配すらない。

 

 むしろ私の心配をしてくれるくらいだ。

 

 本当にいい両親を私は持ったものだ。

 

 兄弟には親から私の中学時代の黒歴史を弱みに握られているのでジュースを奢るくらいが私の限界だ。

 

 すまんな、兄と弟よ。私は自分の身の方が可愛いのだよ。

 

 

 

 にしても情報化社会って怖いなぁ。

 

 

 

 私、受け取るまで誰にも言わずにいたのに次の日には玄関前にいたりするんだからねえ。

 

 一体どこから漏れたのやら、皆目見当もつかないのですがね。

 

 さて、話を変えて私の今後の身の振り方なのだが、大体もう決まっている。

 

 お金はある程度使ってしまおう。

 

 

 

 

 

私のニート生活のために!!

 

 




本日一話まで投稿予定


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プロローグ後編

本日1話まで連続投稿予定

この話の時点で主人公は若干人間不信になっていますので、言動が気に食わなくても少しは許してあげてください。

では、本編開始です


□2043年7月10日都内マンション 野崎花子

 

私はッ!!…………自由だぁぁぁぁぁぁああああアア!!!!!!!

 

「ッ!!……………」

 

目を閉じ、「ニヤニヤが止まらない顔を真顔にしようとするがやはりやめられない」といった顔のまま、天井に向けこぶしを突き出した姿の私がそこにいた。

恰好は、仕事のない日に部屋でゴロゴロするための部屋着である黒いTシャツに灰色のハーフパンツ。

髪は茶色の混じった黒い色で、ヘアースタイルはボブカット。

ここまでは前までのぐーたらスタイルの私、しかし、私は、社会の荒波から解放されることにより不健康な顔色から健康的な顔色を取り戻したのだッ!!

 

  

 

……まぁ、ここまで下らんことしかしていない私だが最終的に何が言いたいかと言うと仕事を辞めたのである。

 

 

膨大な金を手に入れた私のニート化計画の第一段階として、都内のマンション探しをしていた。

もちろん購入者として。

 

バリバリ不労所得(マンション)で生活する気満々したが、なにか?

 

明らかにヤバそうなヤツから一見大丈夫そうに見えてかなりガタが来ているものなどのハズレな物件や、契約書に書かれている内容にどんな抜け道があるかなども入念にチェックした上で選んだマンションを三つほど購入した。

 

ここまでで、第一段階は成功し第二段階へと移行する。

その内容は会社の仕事の引継ぎ作業である。

 

ここで一番大変だったのは、私の上司や同僚にお前がいないと困ると、かなりマジな勢いで迫られたことである。

何というか、威圧的にではなく、どちらかというと皆で寄ってたかって泣き落としに来たのです。

まぁ、一人減ったらそりゃあ仕事の量も増えるから辛くなるし必死に引き留めようとするのもわかります。

私も同じ立場なら足にしがみ付いて拝み倒すくらいはするだろう。

 

しかし、私も本気でやめる覚悟で申告したのだ。

 

今更、そこまで交流が深いわけでもない人たちの言葉で止まるわけにはいかないのだ。

そして、精神と肉体の耐久レースを走り切り、約1か月間半もの時間をかけて引き継ぎ作業を完了することができた。

こうして私は晴れて自由の身になったのだ。

最後のあたりは私の熱意にあてられたのか、それとも諦めがついたのか引き留めようとする人間はいなかったが、最後はみんな温かく私の新しい旅立ちを祝ってくれた。

 

これには不覚にも泣きそうになったが、騙されてはいけない。

彼らの中には私を狙っている奴(・・・・・・・・)が何人かいることくらい私はちゃんと分かっている。

特に部長と同僚の野郎が怪しい。

 

奴ら最近よく私の方を見てくるし、飯の誘いを頻繁にしに来るし、用もなく話しかけてくるし、怪しさ全快でしたよ、全く。

うん、ここまで分かりやすいといっそのこと清々しいというものです。

逆にうまい具合に心の中で区切りが付けるきっかけになりましたよ。

 

こうして計画の第二段階も終了し、残るは引っ越しのみだったが、それもすぐ完了した。

すでに管理人さんも雇ったし、ある程度の住民数は確保できている。

私の計画に抜かりなし、これでやっと悠々自適なニートライフを送れるというものです。

 

 

 

◇◆

 

 

 

□2043年7月13日都内マンション 野崎花子

 

しかし、自由を手にいれることができた私に一つだけ問題が起きた。

 

ぐうたらすることを目標にしていたため、全く趣味といったモノがなく時間がありすぎて何をすればいいか分からないのだ。

 

要はやることがない、暇である。

 

旅行とか食べ歩きなどのお金がかかる趣味は、これからはなるべく無駄遣いはしないという約束を両親としてしまったためできないし、裁縫や木工などは得意だけど趣味というほどでもない。

なら、ゲームでも試しに始めてみようかと考えたが、今までゲームなんて小学生時代に時代遅れだった“た〇ごっち”の育成くらいしかやったことがないし、過酷な社畜生活の中そんなもののために割ける時間もなかったので最新のゲームのことなんて全く分からないのだ。

一先ず、私はネットで情報を集めつつ自分好みのゲームを探すことにした。

 

 

いま一つ自分の中で、ピンッ!!と、来るゲームが見つからずに、淡々とネット巡回を進めていると、ここ数日で一気にスレが加速している近日発売予定のゲームに関する評価予想をしている掲示板を発見した。

そこに書かれている内容の大多数は、告知されたゲームのあまりにも荒唐無稽すぎる要素の数々に対する批判である。

そのゲームの名は、

 

「<Infinite Dendrogram>、か」

 

一体、何がそんなに叩かれているのか気になり、公式サイトの方を確認したところ、

 

(確かにこれは無理があるな、いろいろと……)

 

と、ゲームの分野に疎い私にもわかるくらい胡散臭い内容が書かれていた。

 

そこには<Infinite Dendrogram>の売りとなる以下の四つの要素が紹介されている。

一つ、五感を完璧に再現する。

二つ、単一サーバーで仮に億人単位でも全プレイヤーが同じ世界で遊戯可能。

三つ、現実視、3DCG、2Dアニメーションの中からどの視点で世界を視るかを選択できる。

四つ、ゲーム内では現実の三倍の速度で時が進む。

 

「こんなの実現できるわけがないじゃない」

 

現在、市場に出回っているVRゲームの大半は世間一般の認識として失敗作とされている。

フルダイブ型のVRMMOの不完全さは、かなり有名な話だ。

数年前、私がまだ社畜になる前の頃、第一のダイブ型VRMMOである〈NEXT WORLD〉が発表された。

多くの人間が心待ちにした夢のゲームが実現したのだ。

 

しかし、そこには待ち望んだ夢のゲームは存在しなかった。

創作物などで描かれ続けたVRMMOと異なりリアリティーに乏しく、五感は違和感に苛まれ、グラフィックも従来のゲーム機と大差なかった。

そして、プレイした人間の大多数が健康被害に遭うという決定的な欠陥が発見され、瞬く間に第一のダイブ型VRMMOである〈NEXT WORLD〉は閉鎖されることとなる。

私の従兄もプレイした人間の一人であり、その酷さをありありと私たちに聞かせてきたものだ。

そこからのVRMMO業界は停滞の一途を辿り、成功と言えるものができていないのが現実である。

 

それがこのゲーム、<Infinite Dendrogram>では実現できると宣言しているのだ。

常識的に考えてまずありえないし、信じる人間もほとんどいないだろう。

掲示板でも、「こんなのに引っかかる奴なんているのかよwww」、「どれだけの予算と技術を使えば実現できるのやら…」、「まぁ、一つでも実現できてたら好きな子に告白してきてやるよwww」と、いった感じで全く信用されていなかった。

 

おそらく、これを買う酔狂な人間など世界で0.01パーセントにも満たないだろう。

しかし、私はそんな酔狂な人間になろうと考え始めていた。

理由は単純で、アメリカンドリームを手に入れることができた私の運ならもしかしたら、夢のゲームを引き当てられるのではないかという楽観的な考えが頭に浮かんだからだ。

それに、失敗してもVRゲームにしては破格の安さである1万円で購入できるのだ。

これを逃したらVRゲームなんてやろうとも思わないだろうし、いい機会だろう。

 

……ギャンブルな思考になっているが、まぁ初めてやることなんて大概ギャンブルみたいなものだ。

 

「他に興味のあるモノもないし、明後日の発売日に買いに行こうかな。」

現在の時刻は22時半。

今日はこれで寝ることにして、明日は販売している場所の確認をしてから町を少し散策して過ごそう、そうしよう。

 

 

◇◆◆

 

 

二日後、私は<Infinite Dendrogram>を販売している近場のゲームショップで店員の物珍しいものを見る視線を受けながら無事に購入することに成功し、期待と不安を胸に抱きながら自宅へと向かうのであった。

 




次回、チュートリアル開始


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第一章 始まりの出会い
第一話 チュートリアルとウサギ様


ついにデンドロ始めます。

プロローグをまだ読んでいない方はそちらから先に読むことをお勧めします。

さあ、主人公のチュートリアルの担当になる管理AIは一体誰になるのか、楽しみですね!!(すっ呆け)

今回の話には独自解釈をした公式設定がありますので、気になるようだったらご指摘してもらえると幸いです。

では、本編を始めたいと思います。



□2043年7月15日都内マンション 野崎花子

 

 今日、購入したてのVRゲーム<Infinite Dendrogram>を開封した私は、前に一度だけ読んだことがあるVRゲーム物の小説に出てくるダイブ用の機械と似たそれを見て、ついにこの時が来たと考えていた。

 このゲームをプレイして何か異常な事態が起きてしまった場合を考えて、すでに都内にいる休暇中の兄に事情を話し午後5時頃にメールが送られてこなかった場合、駆けつけてほしいと言ってある。

 玄関の扉もチェーンを二個ともつけたし、カギも閉めた。

 窓も10階まで登ってくる不審者がいるか分からないが、鍵を閉めてロックもした。

 セ〇ムにも入ってるから何か起きてもなんとかなるだろう。

 安全対策も済ませたことだし、説明書も読み終え、心の準備もできた。

 現在の時刻午後2時ちょうど。

 

「よしッ!やろう」

 

 覚悟を決め、布団の枕元においたタコ足型のコンセントに電源を差し込み、装置を頭に付ける。

 そして、若干震える手で起動ボタンを私は押した。

 瞬間、私の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

                   ◇

 

 

 

 

 

 

 

(…………あれ、ここ、どこ?)

 

 気が付けば私は、轟轟と火の音を立てて燃えている暖炉が手前にある、クッションがフカフカのアームチェアーに座っていた。

 さっきまでいた和を感じさせるマンションの自室と違い、一昔前の西洋の洋館のリビングルームのような場所だった。

 目の前にはお菓子が山のように積みあがった籠を乗せたこれまた年季が入っているテーブルがあり、それを挟んで向かい側におそらく自分が今座っているものと同じアームチェアーがあり、その上に童話のアリスに出(・・・・・・・・)てくるウサギ(・・・・・・)のようなぬいぐるみ(・・・・・・・・・)を乗せているのが見えた。

 

 見ただけですごくモフモフしているのが分かるその毛並み、クリッととした小さな可愛らしい赤い目、そして、太々しい態度で足を組んだその姿。

 

 

 

 …………いやだ、このコ、超かわいい。

 

 

 

 

 ここに来てから状況確認に1秒、ウサギのぬいぐるみに関する評価を出すのに0.5秒。

 

 

 そして、ウサギのぬいぐるみを抱きしめるのに0.4秒……

 

 

 

「ぎゅむッ!!!」

「モフモフだぁ~」

 

 

 

 

 

 ログインから2秒とかからずにウサギのぬいぐるみこと、“管理AI十二号ラビット”を圧殺しかける私であった。

 

 

 

 

                  ◇◇

 

 

 

 

 

「君、本当に反省してるの?」

「まことに、申し訳ありませんでした」

 

 私は今、目の前にいるウサギ、管理AI十二号ラビットに正座をさせられている。

 あの後、数秒ほどモフモフを堪能していたのだが、ラビットの繰り出したと思われる目にも止まらぬ速さの拳が顔面にクリーンヒットし、私がひるんでいる間に私の腕の中から抜け出されてしまった。

そして、息を切らせながら怒りに満ちた形相でこちらをにらみつけ、その後私に対してグレーゾーンギリギリの罵詈雑言を浴びせたのち自分が何者か、そしてここで何をするのかを懇切(こんせつ)丁寧に教えてくれた

 怒ったときの雰囲気がヤバそうだったので反射的に正座をしてしまったが、その様子も今思い返してみるとやけに可愛らしく、これがギャップ萌え(多分違う)かと場違いなことを考えていた

 

 そして、そんなことを考えているのがばれたのか、訝しげにこちらを見てきたが

「はぁ、時間が勿体ないし、もういいか」と言い、それ以上私の醜態について何も言わなくなった

ついにゲームのチュートリアルが始める気になったらしい

 

 

 しかし、私はいつになったら正座を止めればいいのだろうか?

 完全にタイミング逃した感じがする。

 

 

「それじゃ、面倒事はサッサと進めてくよ。僕は忙しいからね。まずは描写設定だけど、現実視、3DCG、2Dアニメーションのどれにする?サンプル見せるからあんまり悩まないで、とっとと決めてよね」

 

 …………口は悪いけど面倒見良いな、このウサちゃん。

 まぁ、現実視の一択かな?

 他のだと感覚狂いそうだし。

 

「現実視でお願いします」

「はい。じゃあ次は、プレイヤーネームを何にするか言いなよ」

夜ト神(やとのかみ)寝子(ねこ)で」

 

 ラビットの質問に対してノータイムでそう答える。

 実はプレイヤーネームは昨日のうちに考えていたのです。

 

 暇だったので。

 

 名字の部分にはただカッコよさ追求しただけなので特に意味はなく、名前の方の由来は昔両親から実家で飼ってる猫と同じような体勢で私が寝ていたという話を聞いたのを思い出し、猫にかけた名前をつけてみたのだ。

我ながらセンスを感じさせるネーミングセンスだ。

 

「わかった。次、ここにあるパーツとスライダー使って自分のアバター作って。時間がかかりそうなら現実の姿をベースにできるから、そうするなら早くいってね」

 

 ラビットはそう言うと、私の目の前にデパートの洋服売り場にでも置いてありそうなマネキンとたくさんの画面が現れた。

 にしてもやる気がないわりに親切だな、このウサちゃん。

 ついつい、いい子いい子したくなってしまう。

 いかんいかん、早く作らねばラビットが不機嫌になる。

 

「それじゃあ、まず現実の私の姿を出してくれませんか?」

 

 とりあえず、一番早く作り終えられそうな選択肢を選ぶことにした。

 それに体の大きさとかが違うとある程度違和感とか残るだろうし、現実の姿をそのまま弄らずに登録とかしない限りは問題ないだろう。

 

 ラビットは大人しく言うことを聞いてくれたようで、黙ってマネキンを現実の私の姿に変えてくれた。

 そこから顔のパーツを少し弄り、髪の毛を桜色にし、髪の長さも胸元まで伸ばし、瞳の色は右目を金色、左目を赤色にして仕上げとした。

 

 制作時間は約5分ほどである。

 

 どこかのアニメのキャラクターを彷彿(ほうふつ)させるような姿になったが、ゲームをプレイするだからこれくらいの遊び心は許してほしい。

 

「これでお願いします」

「終わったのならさっさとこの中から初期装備と武器を選んでもらえないかな。僕は君みたいに暇人じゃないんだから」

 

 そう言って、どこから取り出したのかは分からないがカタログらしきものを私に放り投げた。

 いい加減ラビットの不遜な態度にも慣れてきた私はこれと言って反応を見せずに渡されたカタログから、髪を留める白いリボンに、動きやすい黒の短パンとインナー、走りやすそうなスニーカー、指の部分をくり抜いた革の手袋、裾が膝下を隠すか隠さないかくらいの長さである桃色の着物とそれを縛る白い帯、そして最後に武器として木製の弓を選んだ。

 

 弓を選んだ理由は、高校時代にアーチェリー部に入っていたこともあり、比較的扱いやすい武器だと思ったからである。

 

 装備を選んだ基準は特にない。

 

 自分のフィーリングに任せたらこうなっていたのだ。

 何はともあれ傲慢なウサギ様の言う通りに武器はともかく、装備選びは女性にしては早く済ませたのだ。

 少しは褒めてもらいたいものだ。

 

「決まりました」

「そう、はいどうぞー」

 

 棒読みでそう言うと、ウサギの手でどうやったかは分からないがラビットが指を鳴らすと私の装いが先ほどカタログで選んだものになり、背中には木製の弓矢が装備されていた。

 鏡がないから分からないが、今の自分の姿は中々様になっているのではないかと思う。

 

 若干、ファンタジーな演出に感動していたところ、ラビットからまたしてもどこから取り出したのか、腰に付けるタイプのカバンと何かが入っている袋を投げつけられた。

 

「それが君のアイテムボックスと初期財産5000リルだよ」

 

 どうやら袋の中身は硬貨だったたらしい。

 しかし、どれだけの価値がこの硬貨にあるか分からないため聞こうとするも、ラビットはその話は終わったとでも言わんばかりに次の説明へと移行していた。

 

「あと、君がちんたらと装備選びをしてる間に〈エンブリオ〉の移植は終わらせておいたから」

「えっ!?あ、あの、それってどこに?」

 

 いきなり自分の体に異物を移植された事実を知り、若干パニックになった私は反射的に質問をしてしまった。

 

「君の左手の手の甲にだよ。全く、自分で隠しておいて気付かないなんて手の焼けるプレイヤーだよ、君は」

 

 そういえば、装備で手袋を選んでいたから丁度移植された部分が見えなかったのだろう。

 手袋をめくってみると、確かに卵型の宝石が私の左手の甲についていた。

 これが〈エンブリオ〉というものか。

 

 しかし、これに気付けなかったのは果たして私のせいなのだろうか?

 同封されていた説明書には「プレイヤーにはチュートリアル中にプレイヤーのパーソナルを分析し最適化した形に進化していく〈エンブリオ〉を提供します」としか書かれていなかった。

 こんな説明では、〈エンブリオ〉がどんなものか私たちプレイヤーには知らされていないも同然なのだ。

 そこら辺の気配りがこのウサギ様には足らないのだろう。

 今後、彼がチュートリアルの担当になるプレイヤーは難儀なことになりそうだ。

 

 

 まあ、可愛いから私は許すが

 

 

 私がそんなことを考えながらボウっとしていると、待ちきれなくなったのかラビットは少しイライラした様子でチュートリアルを再開した。

 

「もう、気が済んだでしょ。次で最後の君の所属する国家選択だ。さっさと選んで冒険するなり、生産活動をするなり、ギャンブルに身を任せるなり好きにするといいよ」

 

 そう言うと同時に、またしてもその小さなモフモフな手で指を鳴らすとテーブルに置いてあった菓子の山が消え、代わりに古びたスクロール型の地図が広がった状態で現れた。

 その地図上の七か所から光の柱が立ち上り、その柱の中に街の様子を映し出していた。

 おそらく、この光の柱が立っている国が、私がスタート地点として選べる国家なのだろう。

 七つの光の周囲には、国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいる。

 

 白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み

 騎士の国『アルター王国』

 

 桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭

 刃の国『天地』

 

 幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間

 武仙の国『黄河帝国』

 

 無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市

 機械の国『ドライフ皇国』

 

 見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ

 商業都市郡『カルディナ』

 

 大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地

 海上国家『グランバロア』

 

 深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園

 妖精郷『レジェンダリア』

 

 

 ここに来て一番の難問が待ち構えていましたよ

 

 えぇぇ~、こんなの悩むに決まってるじゃないですか~

 

 どれも魅力的で迷うことこの上ないですってこれ

 

 しかし、時間かけるわけにはいかないのだ。

 我らがウサギ様ことラビットの機嫌が時間経過で悪くなっていることは、その様子を見るだけで一目瞭然。

 早く選ばなければ、……ありえないとは思うが勝手にどこの国家に所属するかを決められてしまうかもしれん。

 

 最悪の事態を避けるために私は雑念を消し去り国家選びに専念することにした。

 

 

 

 

                 ◇

 

 

 

 

 

 数分後、なんとか二択まで絞ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刃の国『天地』と妖精郷『レジェンダリア』の二択である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………今、どこからかは分からないが「お前マジかよ」みたいな視線を多数感じたのはきっと気のせいだろう。

 

 

 『天地』を残した理由は私の今の格好からわかるように、和風テイストなモノが好みなことが理由である。

 大〇ドラマは社畜生活の中でも録画したものを、時間を見つけてはよく見ていたくらい好きだし、学生時代は長期休暇中に家族ぐるみで聖地巡礼などもよくしたものだ。

 日本家屋も海外の建造物に比べて落ち着いた雰囲気が好きで、自宅のマンションにも畳を持ってきて雰囲気だけでも味わおうとするくらいは好きだ。

 そういう事もあって、拠点にするならここがいいなぁと、思ったわけだ。

 

 

 

 しかし、ゲーム的にファンタジー要素を求めてしまうと『レジェンダリア』も捨てきれない。

 なにせ街の映像を見て、ケモ耳族がいることを知ってしまったからだ。

 ん?

 他の種族に興味は無いのかって?

 

Answer:モフモフ以外に興味なし。

 

 私はモフモフが好きだ。

 実家で飼ってた猫と犬に「モフリン」と「モフモッフ」と名付けるくらいにはモフモフが好きだ。

 そんな私がこの国に行ったらどうなるか。

 

「ケモ耳!!モフらずにはいられない!!!!!」

 

 と、いう言葉をとある漫画で読んだことがある。(※間違い)

 おそらく、その言葉通りに道行くケモ耳を愛で始めるだろう。

 目についたケモ耳を一人残らずモフりたいと思う私を責めることができる人間が果たしてこの地球上にいるだろうか?

 いや、いるはずがない!!

 

 おっと、よだれが垂れてきた。

 

 ふむ、しかし悩むな。

 タイムリミット(ウサギ様の我慢の限界)も近づいているようだし、ここは後悔しないように初志貫徹、偽らざる私の本心をさらけ出すことにしようではないか。

 

 

 

 

 

「ラビットさん、決めました。この国にします。」

 

 

 




ラビットは案外いい子だと思ったので最初期のチュートリアルはある程度真面目にやっていたことにしました。

次の話からほぼ作者の妄想で出来たデンドロが始まります。

原作のキャラはほとんど出て来ないので予めご了承ください。

ちなみにこの主人公、この二つ国のうちのどちらかを選ぶかによって孵化する〈エンブリオ〉が変わります。


次回は設定の確認をする回です


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第二話 この世界の定義

お待たせしている読者がいるかは知りませんが、お待たせしました。第二話です
当分は月曜の18時に更新をデフォルトにしようと思います。

この話では公式設定の確認をする回です。

冒頭で作者の独自解釈も含んだ原作のネタバレが含まれています。

この回からは原作に出ていない地域の名称やスキル、ジョブ、そのルビが多数出てきますが、全部作者のねつ造です。

原作で情報が出たらなるべく合わせようと思います。
ほとんど、デンドロのパラレルワールドみたいなものだと思ってくれて構いません。



………原作に合わせて変えられない部分もありますので



今回新キャラがチラッと、だけ出てきます。

それでは本編をお楽しみください。


□??? 管理AI十二号ラビット

 

「はぁ、やっと一人終わったか」

 

 先程までラビットの目の前にいた、出てきた瞬間に自分の体をもてあそんだ女性プレイヤー夜ト神寝子を、彼女が選んだ国家の上空に投下し終えたラビットはため息をつきながらそう呟いた。

 

 次の瞬間、そのつぶらな瞳をまるで親の仇を見るような目へと変貌させ、言葉に呪詛でも込めるかのように自分以外に誰もいない空間でこう言い放った。

 

「あの女、絶対、今度会ったらPKしてやるッッ!!」

 

 もし怒りの感情に飲まれたウサギがいるなら、今のラビットのような顔をしているのだろう。どうやら、ファーストコンタクトの時に揉みくちゃにされたことを余程恨んでいるようだ。その眼には、揺るぎのない闘志が宿っていた。

 

 しかしながら、運営側であるラビットが特定のプレイヤーを害することは本来ならば不可能である。そんなことをすればユーザーに反感を買うこと間違いなしだろう。

 

 

 

 だが、このラビットに限って言えばその心配はない。

 

 

 

 ラビットの本来(まか)されている仕事は『時間』管理なのだが、<Infinite Dendrogram>のサービスが開始したことにより、自身のリソースに余裕ができたことから本人の希望もあり、『第六形態に到達した<エンブリオ>との戦闘』が彼の仕事として追加されている。

 つまり、彼は仕事一環としてプレイヤーの立場で<Infinite Dendrogram>の世界へ行き、圧倒的な力を持った“プレイヤー専門”のPK職というプレイヤーの超えるべき壁の一つとして存在することが許されているのだ。

 

 このような立場を得ているため、彼は本来運営側が侵してはいけない特定のプレイヤーへの干渉を彼はある程度まですることができ、先ほど彼が吐き捨てるように述べたセリフもあながち妄言ではないのだ。

 

 

 

 しかし、幸か不幸かそれが実現するのはかなり後の話になるだろう。

 

 

 

 なぜなら、彼らがこの<Infinite Dendrogram>の世界で出会うにはあまりにもお互いの(・・・・・・・・・)距離が遠過ぎた(・・・・・・・)からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□天地・将都安穏京(あんおんきょう)南門前 夜ト神寝子

 

 どうも、こんにちは。

 

 先程、チュートリアルを担当してくれたウサギ様にイキナリ超上空からの紐なしバンジーを敢行させられた、夜ト神寝子です。

 

 なんとか……、生きてます………。

 

「し、死ぬかと思ったぁ~」

 

 地上の様子が分かるくらいの距離まで落下し、「あぁ……、もっとあの毛並みをモフモフしたかったな……」と、思いながら目から殆どの生気が失われてきた頃になって、どういう原理かは分からないが徐々に減速していき怪我一つせずになんとか着陸することができた。

 

 しかし、あのままの速度で落ちていたらと思うとゾッとする。落下中に死を覚悟したプレイヤーは私だけではないだろう。その証拠に私の近くには顔を青くして震えながら四つん這いになっている人が何人かいた。

 

 もしかしなくても私以外のプレイヤーだろう。どうやら、あのウサギ様が個人的に意地悪でやったことではなく、そういう仕様だったらしい。

 

 

 

 ちょっと疑ってました、はい。

 

 

 

 一先ず、こんなところに突っ立ってないで街の中に入ろう。

 

 門の前にいる門番らしき人たちから異様なものを見る目でジロジロと見られはしたが特に問題なく入門することができた。

 あと、念のため門番の人の前を通り過ぎる直前でここがどこなのか聞いてみた。一瞬驚いた様子を見せたがしっかりと返事を返してくれた。

 

 どうやら天地で間違いないらしい。

 

 まぁ、門番の人がいかにもお侍ですと言わんばかりに、チョンまげや和装をしていたのでそうだろうとは思ってましたけどね。

 

 そして門の内側に入った瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………私は驚きのあまり言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の視線の先には、腰に刀を差したお侍さんの集団に胡麻を擦る商人らしき人の姿、三味線を弾きながらきれいな歌を歌う女の人とそれに聞き惚れる道行く人々、昼間から飲んだくれた浪人らしき男たちの喧嘩とそれをはやし立てるやじ馬たち、ベイゴマで遊ぶ着物姿の子供たちの楽しそうな姿など、如何にも和を思わせるような人々の生活の様子が広がっていたのである。

 

 それがどうしたのだという人がいるかもしれないが、この世界がゲームであることを前提にしてよく考えてみてほしい。

 

 

 いくらなんでも活気づき過ぎではないだろうか?

 

 

 私の想像ではもっと閑散とした灰色の世界が広がっているのだと想像していた。人々に感情があるように見えてよく見ると作り物じみて見える、そんな作られた(まが)い物の世界があると思っていたのだ。しかし、実際には様々な感情という名の色が絶え間なく変化している“現実に限りなく近い”世界が広がっていたのだ。

 

 彼らはNPCであり、プレイヤーにとってただのドットの塊に過ぎない、居てもいなくても関係ない存在のはずなのだが、私には彼らのことをそんな風に見ることができなかった。

 

 他人から「こいつは何をトチ狂ったことを言ってるんだ」、「そんなの複雑な行動パターンをさせることで、そう見せてるだけだ。」、「二次元と現実の区別もつかなくなったのか、可哀そうに」と、言われるかもしれない。でも、彼らの姿や言葉、そしてその表情一つ一つが作り物には見えないくらい自然体に見えるのだ。そんなことを考えてるうちに私の中で“本当にここはゲーム(・・・・・・・・・)の世界なのだろう(・・・・・・・・)か?(・・)”という馬鹿げた考えが出てきてしまったが、さすがにそれはないなとその考えを自分で否定した。

 

 まあ何はともあれ、ここは私の想像をはるかに超えた世界なのだということが分かったわけだ。

 深く考えるのは後にしよう。

 今すべきことは他にある。

 

「まずは、情報収集かな?」

 

 今の私はこの世界ではあまりにも無知すぎる存在だ。

 最初はタカがゲームと思っていたが、ここまでリアルだと何が地雷要素になるかが予測不可能だ。いつの間にかこの世界での、もしく天地独自のルールを破ってしまい、取返しのつかないことを仕出かしてしまう可能性だってある。今のうちに情報を集めておいて損はないはずだ。

 そうと決まれば、聞き込みから始めよう。

 

 

 

 

                  ◇◇

 

 

 

 

 

□天地・将都安穏京 夜ト神寝子

 情報収集を始めて2時間、今私は【弓武者(ボウ・サムライ)】ギルドのジョブクリスタルの前にいる。

 

 なぜ、そんなところにいるか。

 これを説明するために、まずこれまで手に入れた情報を整理する必要がある。

 

 一つ目は、この<Infinite Dendrogram>の世界ではプレイヤーのことを〈マスター〉、NPCのことをティアンと総称していることである。

 〈マスター〉とは『〈エンブリオ〉に選ばれし者』を示す名称であり、この世界の歴史上において時折その存在が確認されている。

 さらに、〈マスター〉には一つの共通点として、強大な力を持つ制約として頻繁に別の世界に(・・・・・・・・)その身を飛ばされて(・・・・・・・・・)しまう(・・・)らしい。

 

 これはプレイヤーでいうところのログインとログアウトのことである。

 

 この設定はティアンにこの世界がゲームであることを自覚させないようにしているという、運営側の背景設定の本気度が分かる要素の一つだ。

 まあ一応、アホみたいに長い公式設定の中にも書かれていたことなので確認みたいな感じではあったが無駄にはならないだろう。

 

 ちなみにこの設定をこの世界で教えてくれたのは道端で声をかけてきたティアンの歴史学者さんの松井文長(ふみなが)さんである。

 なんでも、〈マスター〉が出現したことを知り、一度会って話がしたいと思い南門を目指していたところ情報収集中の私を見つけ、これ幸いにと声を掛けてきたらしい。

 その時起きたことなのだが松井さんが「君、〈マスター〉だよね?ちょっと、一緒に話をしたいのだけどかまわないかい?それ相応のお礼もするけどどうかな?」と、私に聞いてきたところ次のインフォが私の目の前に表示された。

 

 

【クエスト【歴史学者・松井文長のお茶の誘い 難易度:二】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 これが二つ目に知った、クエストのランダム発生である。

 

 この後、当然誘いを受けて松井さんと一緒に近場の団子屋まで移動した。

 ヤバそうな雰囲気になったら、あまり使いたくはないが自害システムがあるから大丈夫だろうと踏んでの行動だった。

 最終的に無用な心配ではあったのだが。

 

 この現象について松井さんに聞いて分かったことなのだが、どうやらこれは〈マスター〉にのみアナウンスされるシステムらしく、ティアンには馴染みのないモノだったらしい。

 ティアンにとってのクエストとはジョブ専門ギルドで受注できるジョブクエストと冒険者ギルドで受注できるギルドクエスト、あとは特殊なジョブに付くときに必要な転職クエストの三つのことである。

 

 この時出てきたジョブというのが、私が今ギルドにいる理由である。

 

 この世界はジョブレベル制であるらしく、ジョブに付かない限りモンスターと戦い勝利しようと、特定の生産活動をしようと、レベルが上がることはないらしい。

 その種類は幅広い分野に対応しており、戦闘に関わる戦士職や魔法職、アイテムや武具を作ることに特化した生産職、商売をする上で便利なスキルを使うことができる商人系統、モンスターの改造や調査に特化した研究職など、一度に説明しきれないほどの数があるらしい。

 

 また、ジョブには下級職、上級職、超級職の三つの(くく)りがある。

 下級職と上級職にはレベル上限があり、前者はレベル50、後者はレベル100までが限界である。

 さらに、ジョブは複数選択することができ、下級職は六つ、上級職は二つまで取得が可能だ。

 超級職には最大レベルが存在せず実質無限にそのレベルを上げることができ取得数の制限も存在しないが、取得するのにある程度の才能と絶え間ない努力が必要になるため複数の超級職を持つ人間は極稀だという。

 上級職と超級職には転職条件があるため就くのが難しくなっており、そういうこともあって長年存在が確認されていないジョブも珍しくないもないのだとか。

 

 ちなみに、松井さんは下級職に【書記(セクレタリー)】、【書士(スクリブナー)】の二つと、上級職に【高位書記(ハイ・セクレタリー)】の一つを取得しており、合計三つのジョブについている。

 普段はそのスキルを利用し、写本師として生計を立てているらしい。

 

 当然ログインしたばかりの私は何のジョブにもついていないのでレベル0である。

 一先ず、ジョブに就かなくてはと思い、松井さんに弓に対応したジョブに付くためにはどこに行けばいいのかを聞いたところ【弓武者】ギルドを紹介してくれたわけである。

 松井さんとはそれからしばらく話を続けていたのだが、数分後に何か用事を思い出したのか慌ただしく荷物をまとめ、私に誘いを受けてくれたことへの感謝の言葉と共に「何かあったら僕のところに来るといい。力になれるかもしれないからね。」と言いつつ、私に住所の書いた紙を渡し、私の分のお茶と団子の代金も払い、そそくさと店を後にしていた。

 

 しばらくその場で呆けているとクエスト達成のアナウンスが流れ、先ほどのクエストが達成したことを確認した後、教えてもらったギルドの場所まで向かったというわけである。

 

 これは完全に余談だが、奢ってもらった団子はかなり好みだった。

 また今度個人的に行こう。

 

 そして、今まさにジョブに就くために私はジョブクリスタルの目の前にいる。

 ジョブクリスタルとは、その名の通り触れたものにジョブを授けることができるクリスタルである。

 クリスタルごとに対応しているジョブが違うため、転職するにはそれを保管しているジョブ専門ギルドまで行く必要があるのだ。

 

 私がこのジョブクリスタルを使って選択するジョブは、この天地において弓を使う者の大半が取得していると思われる下級職の一つの【弓武者(ボウ・サムライ)】である。

 このジョブはSTRとDEXの高いステータスを与えるとともに遠くのものを見ることが出来る《遠視》を保有している。

 レベルを上げることでスキルは追加されることもあるらしいので、どんなスキルを覚えるのか楽しみである。

 

 ジョブクリスタルに触れた私は数ある選択肢の中から【弓武者】を探し出し選択した。

 ステータス画面を確認するとちゃんとジョブとレベル、スキルやステータス値が更新されていたことを確認する。

 これで晴れて私も無職からおさらばである。

 

 ………まあ、リアルが無職なのは変わらないけどね

 

 そんなむなしいこと考えた後、ギルド内にいた人に武器屋と装備屋の場所を教えてもらい、そこで護身用のナイフと質のいい矢を三束ほど購入した。

 ちなみにお値段は合計で3820リルである。

 ナイフが地味に高かったが必要経費だと思えば気持ちも楽になるだろう。

 松井さんにお茶を奢ってもらったときに大体のお金の基準を聞いていたので、なんとか序盤でぼったくられずに済んだ。

 まあ、店員のおじさんは騙すどころかむしろ気前が良く、「初めてうちに来た〈マスター〉のお客さんだから」と、言いながらサービスとして私が購入したものよりやや質が低いものの私が初期装備として持っていた矢よりも強度の高い矢を二束おまけしてくれた。

 さすがに悪いので遠慮はしたのだが、「余りもんだから気にしなくていい」と言われ、かなり強引に渡されてしまった。

 

 若干お得な買い物ができて満足だったが、懐が寒くなっているのも確かだ。

 おかげさまで装備屋には冷やかしに行っただけになってしまった。

 今日の狩りである程度稼がねば近いうちに野宿をすることになってしまうだろう。

 その時が来たらログアウトすればいいだけなのだろうが、どのみち元手がなければ何もできなくなってしまうのも事実だ。

 

 よし、それじゃあ冒険者ギルドまで行って丁度いいクエストを探してから外に出るとしょう。

 

 頭の中で予定を決めた私は、当初抱いていた違和感など気にせず順調に冒険の準備を進めていくのであった。

 

 




主人公は修羅の国へと行きました。ハード修羅ルートは避けられません(無常)。

変態の国に行った場合ハードモフモフルートでした(主に理性を抑える意味で)。

主人公は典型的な「世界派」の〈マスター〉です。

ティアンの人たちと話していて「やっぱおかしいわ、このゲーム」とか、最初のうちは思っていたのですが、だんだん考えるのが面倒になってきてそういうものだと半ば自分に言い聞かせているうちにすっかりこの世界に溶け込んでます。

ちなみに主人公が想像してたNPCの反応はドラクエ風の定型文だけを話している感じです。NPCの門番さんとのやり取りの時点で違和感を覚えていた模様

首都の名前は原作の方で正式な名前が出たら直そうと思います。

次回は狩りの時間です(愉悦神父風)

追記:下級職の取得可能な数を修正


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第三話 夢の終わり

お待たせしました、狩りの時間です(愉悦顔)

今回戦闘描写がありますが、作者の力量的に微妙に思えるかもしれません。

今回の話でタグで隠してるチートの片鱗が明かされます(当社比)
タグはAnswerが出たら変更しようと思います。

あと、あとがきの方を変更しました。ネタバレにならない程度に書いていたのですがかなり適当になってしまっていたことに後々気が付きまして……。タイトルから察せるくらいの内容に書き換えました。

予定を早めて投稿したくなる今日この頃の作者であります。いずれ「ヒャッハァァァ!!もうガマンできねぇ!!連投ダゼェェエエエ!!」とかヤるかもです。

では、前書きもここまでにして本編をお楽しみください。




□将都安穏京 南門前 【弓武者】夜ト神寝子

 

 このあたりに生息しているレベルの低いモンスターの討伐クエストを冒険者ギルドで受注し近郊で出現するモンスターの詳細を調べた私は、このあたり周辺の地図と【ヒールポーション】を数本購入し、壁の外の世界に出る準備を万端にして門の前に立っている。なんだかんだで初期に渡された資金のほぼ全てを使い果たし、無一文になった私はこれから行う狩りで消費した分の資金を取り戻すことを心に決めていた。

 

 

 というか、もう後に引けなくなっとる。

 

 

 

 現在、<Infinite Dendrogram>内の時間はお昼をちょっと過ぎたくらいである。

 

 私がプレイを始めてから大体三時間ほど経っていたので先ほど慌ててログアウトしてきたのだが、驚くべきことに現実の時間では約一時間しか経過しておらず健康状態もこれと言って問題はなかった。運営が宣伝していたように、ゲーム内での時の流れを三倍にしているというのは本当だったらしい。そうと分かると時間が勿体ないので兄に無事を知らせるメールを送ったらすぐに再ログインした。

 

 

 

 再びログアウトした地点からスタートした私は、念のため武器や【ヒールポーション】が取り出しやすくなっているかを確認した後、ついに町から出発するのであった。

 

 

 

 

 

 

                      ◇

 

 

 

 

 

 

 南部にある街道に沿って歩き始めてから数十分後、モンスターとの戦闘を道中でこなしていきレベルが3になったところで目的地である〈兎野(うの)森林〉に到着した。

 

 この森では主にウサギ型のモンスターが群れを成して生息しており、奥に行けば行くほどレベルが高くなり森の中心部には亜竜クラスのモンスターが群れを作って多数生息している。何も知らずにどんどんモンスターを倒していき、調子に乗って森の奥にまで進んでいった身の程をわきまえなかった低レベルのティアンのパーティーが毎年それなりに森の餌食になっているらしい。

 

 

 ここまでの話を聞くと明らかに私のような初心者が来るような狩場ではないのだが、あくまで森の奥にまで行くと危険というわけで、大体の個体は自分の縄張りから出て行動することがほとんどないため、奥にいる個体が森の入り口付近に出現することはまず滅多にない。

 

 そのため、引き際さえわきまえれば初心者でもそれなりにいい狩り場なため、初心者も行ける狩り場として認知されてるのだ。この辺の詳細は冒険者ギルドにいたティアンの冒険者の人から教えてもらった。最近、この辺りのルーキーの冒険者の死亡率が例年に比べて高いらしく、熟練の冒険者がこれから貴重な戦力になるルーキーたちに注意喚起をするようにとギルドから言われているらしい。

 

 

 

 道中では、モフモフ好きの私が動物型のモンスターを倒すことができるのか若干不安に思っていたのだが、街道で初めて【パシラビット】を見たときには可愛いよりも先に怖いと本能的に感じ取り、倒すことに躊躇いはなかったため無用な心配であったと言える。他の人にも分かるようには簡単に言うと現実の街中で飢えた野生のライオンに遭遇したようなものである。さすがの私も確実に襲ってくることが分かっているモフモフ相手に気軽なことはできなかったようだ。

 

 

 

 早速、森に入り木陰に隠れながら慎重に歩みを進めていくと15メテル先にモンスターがいるのを《遠視》で確認した。名前は【パシラビット】という街道ですでに何回か遭遇し倒してきたモンスターだ。

 矢がいいおかげかもしれないがこれまでの戦闘では私の持つ粗末な弓の一射でも相手の胴体にさえ命中すれば、ほぼ一撃で倒せるくらいかなり弱いモンスターだ。今まで三匹までは何とか正面から相手ができたのだが、視認できる敵の数は二体でこちらに気付いた様子はない。

 

 

 

 いける、と確信した私は息を殺しながら木陰に隠れ二本の矢を背中の矢筒から取り出しそのうちの一本を自分が手にする弓の弦にかけた。そして、背中を無防備にさらしている方の【パシラビット】に向けて狙いを定めて第一射を放つ。勢いよく放たれた矢はまっすぐに飛んでいき、狙い通りに【パシラビット】の頸部に命中した。矢を受けた個体が倒れたことを確認するとすぐに、こちらに気付いたもう一匹に狙いを定め、向かってくるそれに対し第二射を放ち肩に命中させその進行を止めた後、矢筒から取り出した新たな矢で私の半径8メテルにいれる前にとどめを刺した。最初に射抜かれた方の【パシラビット】はすでに死んでしまったらしく光の粒子になって消えていた。

 

 増援も確認できないことからこの戦闘には勝利できたのだろう。警戒心を維持したままドロップアイテムを回収した後、一先ず森の中でも今までの戦法で問題ないことを確認し安堵した。

 

 

 

 私の戦闘スタイルは、基本的に自分から敵に近づくことはせずに矢で攻撃し、間に合わないと判断したときにのみナイフに切り替えるというものだ。今のところナイフを使ったのは街道で【リトルゴブリン】4体と戦った時に最後の一体に矢が命中し、私の足元に転がり込んだところにとどめを刺したときだけである。相手を襲う基準として、まず奇襲前提で3体まで同時に相手をすると決めていたので、そこまでピンチになるような場面が少なかったことも要因の一つだろう。

 

 当然、敵を見逃したことは惜しいとは思ったが、それも仕方ないことなのだ。

 

 なにせ矢とナイフを買ったせいでほとんどお金がなくなり初期装備で突入することを余儀なくされたことと、ENDがそこまで高くない【弓武者】であることも相成って、現在の私はほぼ初期値そのままの紙装甲なのだ。近接戦闘になれば死ぬ確率がとんでもなく跳ね上がるので、基本は狙撃がメインにして戦うことにしているのだ。

 それに相手を直接手にかける感覚が嫌にリアルで気持ち悪かったことも近接戦闘をしたくない理由の一つである。

 ここまで何とか今のスタイルでどうにかなっているので私はこの戦い方で狩りを継続することにした。本日の標的である【角兎(アルミラージ)】を探しつつ可能なら倒すことを方針として私は森の中を移動することにしたのであった。

 

 

 

 

 

 

                      ◇◇

 

 

 

 

 

 

 なんとか、クエストで依頼された討伐数まで【角兎】を倒すことができた私はドロップアイテムと使用した矢を回収した後、周囲を確認し息を整える。

 あの後も暗殺者さながらの隠形を続け、群れを作っていないモンスターであれば危なげなく倒せることができた。どうやら矢を買い替えたのは成功らしく大体のモンスターなら初撃の奇襲で倒すことができたし、仕留められなくてもそれなりに重い傷痍系状態異常にすることで戦闘を優位に進めることができたのも助かった。それに加えて途中でレベルアップしたときに新たに得た、遠距離射撃の命中率を上げるスキル、【飛燕落とし】を獲得できたことも大きいだろう。おかげでここまで私は相手の攻撃を受けることなく進むことが出来ている。

 

 今のレベルは10になり、必要な経験値が多くなっているのかしばらくレベルが上がっていない。現在のゲーム内時間は午後五時丁度で、狩りを初めて4時間ほど経ちあたりも暗くなってきている。もう少し狩りを続けたいが、ステータスが上がっているとはいえ夜になればモンスターの行動パターンも変わってくるし、完全に暗闇の中となると不安がある。

 

 

(今日はこれで街に戻ってクエストの報告をしてから夕食をとって、いったんログアウトしよう。)

 

 

 そう決めた私は森の出口を目指してなるべく音を立てないように注意しながらで移動していった。

 

 

 

 

 

 数分後、途中で何回か戦闘と隠行をこなしつつ進んでいくと森の外の光が視線の先に見えてきた。やっと、森から出られると思い安心し私は体から力を抜くと、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、左肩に(・・・)まるで何かに(・・・・・・)殴られたかの(・・・・・・)ような強烈な(・・・・・・)痛みが走る(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界に来てから初めて感じたその強烈な痛み(・・・・・)に悶絶してしまい、地面に仰向けに転がってしまう。HPは半分を大きく下回り、次の攻撃を受ければ即デスペナルティになることは明確であったが、その時の私にはそのことに意識を割けられなかった。

 

 

 

 

(痛い!痛い!いたい!イタい!イタイッ!!……)

 

 

 

 

                      ◆

 

 

 

 

 当然のことながら、プレイヤーには痛みになれていない人や、それに恐怖を感じる人がかなり多く存在する。そのことを見越した運営側によって、そんな人たちでも楽しくプレイできるようにこの<Infinite Dendrogram>では初期設定として痛覚の遮断が施されている。

 

 もちろん、今、痛みで悶え苦しんでいるプレイヤー、夜ト神寝子にも施されていた処置である。

 

 ではなぜ、彼女は痛覚設定をONにしてまったのか?

 

 一部の物好きなプレイヤーには体の感覚の微妙な違いが気になり、敢えてONにしているものもいる。

 

 

 

 

 しかし、彼女の場合は違う。

 

 

 

 

 寝子は痛覚設定がどの程度まで自分の感覚に影響を与えるかを知るために、松井さんに奢ってもらった食べ物を食べる際に一度痛覚設定をONにしたのだが、話をしてるうちに感覚が現実のそれと変わらなかったこともあり、そのままOFF(・・・・・・・)にするのを忘れて(・・・・・・・・)しまった状態(・・・・・・)で今まで過ごしていたのだ。

 しかも、幸か不幸か今に至るまで一度の被弾もしていなかった彼女にはそれに気付くことができなかったのである。

 実は、今まで彼女がモンスターの索敵を専用スキルなしで問題なくできていたのは本人の才能もあるが、痛覚の設定をONにしていたおかげで風の流れやモンスターが起こす微細な音など、痛覚を遮断している時には感じられないモノを肌で感じる事ができたためであった。

 

 しかし、今この場においてその感覚の鋭さが仇となり、彼女に常人では耐えられないほどの痛みを味合わせることになったのである。

 

 

 

 

 

 

 

                      ◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 痛覚設定のことを思い出すこともなく、ただただ『痛い』という思考に捕らわれていた私は、残っていた(わず)かな理性で先ほど攻撃を受けた時に視界の端に捉えた白い何かを確認するため顔を上げ、警戒のために攻撃を受けていない右手で腰に付けたナイフを抜く。

 そして、視線を後ろ側に移動させると、攻撃を仕掛けた敵が起き上がる様子が目に入る。

 

 

 そこには、先程まで私が狩っていたモンスターの一種、【角兎】が木でできた棍棒を手にした姿でいたのだ。

 

 

 体を起こし、私の姿を捉えたその眼には必ずお前を殺すという野性的な感情を込められており、私は一瞬痛みを忘れてこう思った。

 

 

 

(こ、殺されるッッ!!)

 

 

 

 これはゲームであり実際にプレイヤーが死ぬことはないのだが、この世界のことを「本当は実在する世界なのではないか」と、一度でも考えてしまったことがある私にとってこれはあまりにも生々しく受け入れがたいことだった。もう辛いという言葉さえ生ぬるいほどの痛みよりもこの世界での死への恐怖がギリギリのところで勝り、私はまた敵に立ち向かうことができた。

 

 

 

 なぜかは分からないが転んでいた相手の体勢が整う前に、私は左肩から伝わる痛みを耐えながら体を起き上がらせようとする。

 

 

 

 しかし、その願いはかなわず【角兎】の方が先には立ち上がり私が生まれたての小鹿のように震えながら膝を付けた状態で起き上がろうとしている姿を視界に入れながら、私との間の距離、約三メテルをただ何も言わずに一瞬で跳んで私へと襲い掛かる。

 そして、その棍棒を大きく振り上げおそらく私の頭部へと狙いを定めたそれが一気に迫りくるを見ながらもう回避することはかなわないと悟り、私は最後の賭けに(・・・・・・・・)出ることにした(・・・・・・・)

 

 もとからさほど離れていなかった距離はすぐに埋まり、【角兎】の姿はもう目と鼻の先にある。

 【角兎】はそのまま恐怖によって青ざめる私に向け、棍棒を振り下ろし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が持つナイフで喉を貫かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相手がこちらを目視する前にナイフを抜いていたこと、さらに丁度私の体で手元にあるナイフが相手から見えなくなっていることに気付き、ギリギリのタイミングで腕を振り上げることでカウンターを【角兎】に繰り出したのだ。

 

 

 偶然できた状況を利用した奇襲である。

 

 

 本来の私のステータスではSTRが高くてもAGIが足らずに迫りくる棍棒に反撃が間に合わずにやられていただろう。しかし、今の私は武器職人謹製の装備した者にAGI+50の補正を与える【速足のナイフ】を装備している。これにより、ステータスの差を詰めた私は【角兎】が避けられないタイミングでナイフを突き出すことができたのだ。これがもし私の下半身を狙った攻撃だったとしたら、反撃できずに下半身の痛みも合わさり戦うことを放棄していただろう。

 

 

 

 そして、ナイフに急所を貫かれ徐々に小刻みに震えながら動かなくなった【角兎】はそう長く時間をかけずに光の粒子になって消えていった。敵が消滅したことで緊張が解けた私に、途中から感じなくなっていた肩の痛みが再び襲いかかる。

 

 ステータス画面には傷痍系状態異常を知らせるアイコンが出ていた。息を荒くさせながら震える右腕で腰につけていたアイテムボックスから【ヒールポーション】を取り出し、ふたを開けて肩にかけた。するとHPが回復し、左肩の痛みも少しだけ引いた。しかし、どうやら手持ちの回復薬では完全に治すことはできなかったらしく、まだ状態異常が残っていた。

 

 先ほどより痛みはましになったため、まだ少し痛む肩の傷を我慢しながら私はただ安全な場所を目指して一心不乱に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 森から出た後の記憶はあまり残っておらず、ただ夢中で走り続けていたのか足に疲労感を感じる。気が付いたときには将都の南門が私の目の前にあった。

 

 安全な場所に辿りついたおかげか体から力が抜けていく。

 

 私は門番の人が駆けつけてくるの目にしたのを最後に、意識を手放した。

 

 

 

 

 




シリアス展開入りま~す()

余談なのですが、今作の天地ではあの森以外の初心者用の狩場は全域でランダムに亜竜クラス(上級戦士職並み)のモンスターが出るのでそこまで安全とは言えません。まあ、滅多なことがなければエンカウントしませんが()

エンブリオの登場はもうしばらくお待ち下さい。現在は主人公のパーソナルを解析してる段階ですのでご容赦を

あと、チートの正体がわかったら感想とかに書いてもらうと嬉しいです。
……作者のモチベーション的に

次回は…………


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第四話 心の在りか

ちょっと早めの不意討ち更新です。

第四話です。


本編に入る前にご報告する事があります。
既にお気づきの方もいらっしゃったかと思いますが、私の活動報告に書いたように拙作に重大な設定ミスがありました。
下級職のジョブ取得可能数を間違えていました。
1デンドロファンとして一生の不覚です。
この場を借りて改めて謝罪いたします。

お詫びと言っては何ですが今回は2日連続投稿です。
………決してヒャッハァァァーしたわけではありません。
ええ、もちろん投稿するのが我慢できなかった訳でもありませんとも()。



□??? 【弓武者】夜ト神寝子

 

 重い瞼を開けるとそこには知らない天井があった。

 

 なんでこんなところに、と思っていると自分が南門の前で気絶したことを思い出した。

 おそらくあの後、どこかの施設に運ばれてきたのだろう。今私は清潔感が漂う布団に寝かされ、あんなに痛んでいた肩の傷も完全に治っていることに気が付いた。それに服も戦闘で汚くなった初期装備ではなく清潔な感じがする着物に着せ変えられている。

 

 辺りを見渡すと私と同じような格好で眠っている人が何人かいるのが見えた。一昔前の日本の病室みたいなところだなと、考えているとふと自分があの状況下で生き残ることができたことに気が付き、街に向かうまで感じる余裕がなかった実感が今更ながら出てきて、自然に目から涙がこぼれ始めた。

 

 

「あ、れ?涙が、止まらな、い、……んッグ!………!!」

 

 

 せき溜めていたものが一気に解放されたためか、私は嗚咽(おえつ)を混じらせ本格的に泣き出した。急に泣き出した自分自身に戸惑いながらも、泣くことをやめることはできなかった。その声が聞こえた所為か、私のいる部屋に和風版の看護師さんのような白い着物をきた女性が入ってきた。私が泣いてる姿を視界に入れると静かに私の布団の横まで移動してきて、黙って私を抱擁し優しく背中を撫でてくれた。

 少し驚いて私は体を一度だけ大きく震わせたが、それでも涙が止まらず数分ほどその状態で私は泣き続けた。

 

 その後何とか気持ちが落ち着いてきたところで、大の大人が知らない人に抱きつきながら泣いていたことに気が付き、羞恥心で顔を赤くさせながら「も、もう大丈夫です」と言いながら抱擁を解いてもらった。視界が開けてからわかったのだが、周りにいた人たちも私の泣いている声で起きてしまったらしく、皆微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていた。

 

もう、穴があったら入りたいくらい恥ずかしくなり、さらに顔を赤くし俯いていると、私を抱擁してくださった看護師らしき人が微笑みながら話しかけてきた。

 

「お体はもう大丈夫ですか」

 

 どうやら、私が落ち着くまで待っていてくれたようだ。先程体の方に問題ないのは確認しているのですぐに無事を報告し、気になっていたことを聞くことにした。

 

「はい、おかげさまでもう何ともありません。それで、あの、質問なんですけど、ここはどこですか?」

「ここは、安穏京にある診療所の一つですよ。私はこの診療所の看護師の梅原といいます。先生があなたの目が覚めたらお呼びするようにとのことですので、別室に案内しますが、歩けますか?」

 

 起き上がってみたが特に体に異常はない。大丈夫なようだ。梅原さんに肯定の意志を示すために首を縦に振る。

 

「わかりました。でも、気分が悪くなったら遠慮なくいってくださいね。」

 

 そう言うと梅原さんは私の前を先導して先生という人のもとへ向かっていったのであった。

 

 

 

 

                     ◇

 

 

 

 

 その後、梅原さんに私のことを診察してくれた年配の男性、【医師(ドクター)】の足立先生のもとに案内された私は、初めに私が運ばれてきた時の状態についての話を聞かせてもらった。

 なんでも、私が倒れたときに駆けつけてくれた門番の人の話ではその時の私はかなり疲弊した様子で眠っており、体中すり傷だらけで左肩には腫れあがった痣ができていたらしい。伝承で知られる〈マスター〉と言えど、その辺の道端に捨て置くわけにもいかないので他のティアンと同じようにこうして診療所まで連れてきてもらったらしい。怪我自体は移動中に【巫女(シュライン・メイデン)】や【僧兵(モンク・ソルジャー)】などが使う治癒系の【陰陽術(オンミョウジュツ)】でほとんど治っていたのだが、精神的な疲労のせいか眠るように気絶したまま目覚めなかったのだという。【陰陽術】とは天地で独特な進化を遂げた魔法体系の一種である。

 

 体の状態は【医師】の持つ診察系のスキルで確認済みなので安心してほしいとのことだった。ちなみに、私は倒れた日から一晩眠っていただけだという。結構気になっていたことなので、二重の意味で助かった。もちろん、そこまで重症じゃなかったこととリアルの時間を心配してのことである。これが一日以上寝込んでいたらリアルの方で用事があった場合大変なことが起きていたかもしれないと思ったからだ。その辺の対策は施されていることを祈るばかりである。

 治療費は自分たちが直したわけではないのでお代はいらないとのことで、きれいになった私の初期装備を返してもらったあと、そのまま問題なく退院することができた。

 

 最後に足立先生と梅原さんから念を押すように、あまり無茶なことはしないようにと笑顔で言われたのだが、やけに威圧感があったため若干声を震えさせながら「は、はい!」と反射的に答えてしまったのが記憶によく残っている。この人たちは絶対怒らせちゃいけないタイプの人だと本気で感じた瞬間である。

 

 

 

 そして、今私は将都の冒険者ギルドにて昨日のクエストの報告と、換金アイテムとドロップアイテムの交換行った後にただあてもなく道を歩いていた。後から聞いた話だが私が受けたクエストは初心者ならパーティー単位で受けることが推奨されているものだったらしい。ソロの初心者にとってすこし敷居が高い難易度二のクエストであったことや昨日の狩りでの収穫もかなり多かったおかげか、7600リルまで稼ぐことができたので現在の私には懐に余裕がある。昨日の団子屋にまた行ってもいいのだが、とてもではないが今はそんな気分にはなれなかった。

 

 

 

 そうして歩いているうちに、昨日私が外に出るときに利用した南門が見えてきた。そこから先日の私のように門の前で唖然としていたり、興味深そうにあたりを見回している〈マスター〉たちの姿がいくつか見られたが、私はそれに対して特に何のリアクションもせずにその横を素通りして昨日私を運んでくれた門番の人たちにお礼を言いに行った。

 

 運よく昨日と同じ人が門番だったらしく、若干この世界の労働基準にブラックさを感じながら門の外にいるその人に話しかけるために内と外の境界線を踏み越える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、私の体は硬直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(足が前に、進まないッッッ!?)

 

 自分でもなぜかは分からないがこれ以上前に進ませることを体が拒んでいる。

 

 どんどん自分の心拍数が上がり、息も荒くなっていく。

 

 いつの間にかステータス画面に精神系状態異常【恐怖】が現れている。

 

 「誰かに攻撃でもされているのか」と思っていたのだが、後ろに引こうとするとあっさりと体が動き、門の内側に戻れた。

 

 荒い息も落ち着いていき、状態異常も治っている。

 

 まさか、と思い意を決しもう一度境界線を超えると、またしても先ほどと同じ状態になってしまった。

 

 そして足を戻すとまた先程と同じように元通りになる。

 

 この現象に心当たりがある私は顔を青くさせ、体から力が抜けてその場で座り込んでしまった。

 

(これって、まさか………)

 

 

 

 

 急性ストレス障害

 

 

 

 

 それが、私がフィールドに出ようとすると起こっていた現象の原因であるゲーム要素の関係ない、ただの精神病(・・・)である。

 

 急性ストレス障害とはPTSDの一種であり、命の安全が脅かされるような出来事によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や生活機能の障害を引き起こすストレス障害のことである。具体的な症状は、特定のものや行動を見たり、とったときに過去の記憶がフラッシュバックすることで、強い精神的苦痛を伴ったり、無意識に何かを避ける行動をとるなどである。今の私は【角兎】に殺されかけた恐怖によってモンスターがいるところ、つまり街の外に出られなくなっているのだ。

 

 そして、私は門番の人が私の異常に気付いて駆けつけてくるまで、あまりにも現実味のない状態に放心し続けていた。

 

 

 

 

 

                       ◇◇

 

 

 

 

 

□都内マンション 野崎花子

 

 あの後、いろんなことがいっぺんに起こり過ぎて混乱してしまった私は門から足早に離れて移動、もとい逃走したのちにログアウトした。まさかゲームを始めてこんなトラウマを植え付けられるとは思わなかった私は、現実に戻ってもしばらく動かずに寝転がりながらぼうっとしていた。しかし、グゥ~と自分の腹の音が鳴ったところで現在時刻が夜の9時だと気付き、夕食の準備をすることにした。

 

 夕食はミートソース・スパゲッティで、私がソースに使うのはトマト缶で作った自家製ソースで、もの自体は冷蔵庫に保存しているのでパスタを茹でるだけでそう時間はかからない代物だ。ミートソースを温めながら、パスタを一人前の量だけ取り出し、沸騰している鍋の湯の中へと入れる。

 

 料理の途中で出来た空いた時間で携帯にメールが届いているのかを見ると何通か届いていたのを確認した。兄からのメールが時間をおいて二通、従兄と弟、そして両親から一通ずつである。兄からのメールの内容は、一通目は私が無事を報告したメールの返信で、二通目が謝罪のメールだった。何についての謝罪かというと実家の家族に私が<Infinite Dendrogram>をプレイしていることがバレたらしい。

 

 どうやら、実家に遊びに来ていた従兄にメールで私が<Infinite Dendrogram>をプレイしていることを教えたらしく、その時従兄が目の前にいた私の両親にそのメールの内容を話したらしい。従兄に悪気はなくただ話の種として出したそうだが、これに対する両親の反応は劇的だった。基本的にVRゲームに関していい印象を持っていない両親にとって一人娘が他に誰もいない場所でやろうとしていたことと、すでにプレイしていることを知り怒り心頭だったらしい。私は両親にこのゲームのことがバレれば大変なことになるだろうと思い黙っていたのだが思わぬところから情報が漏れてしまった。私の無事は確認できていることを兄から聞いたらしいが、もっと自分の体を大事にしなさいという内容のメールが父から、このメールを見たら即座に電話しなさいという、なんとも言えない威圧感があるメールが母から一通ずつ届いていた。

 

 これ以上待たせたら確実にまずいと思い既に茹で上がっていたパスタを皿に移し替えてから、電話入れたところ父と母からの説教地獄がスタートした。

 

 

 

 パスタが完全に冷めるまでお説教を電話越しに食らった私は電話が終わったあとに、若干ナーバスになりながら冷めたパスタに温かいミートソースをかけてちびちびと夕食を食べるのであった。

 

 ちなみに、兄がそんなメールを従兄に送った理由は、私から送られてきたメールから健康状態も悪くなってないし、いつもゲームの類には興味を示さなかった妹の私がこれからまたプレイするという旨を伝えてきたので、割と面白いゲームだったのでは?と思ったらしく、ゲーム好きの従兄にメールを出したのだという。私の事情を知っていた兄もまさか従兄が実家にいるとは思っていなかったらしく、ひとまず悪気はなかったことだけ伝えたかったのだという。まぁ、遅かれ早かれバレていたと思うので兄と従兄のことは許すことにした。

 

 夕食を食べ終えてから他のメールを確認する。従兄からのメールはプレイしてみての生の感想が欲しいので直接電話で話をしてほしいというものと、勝手に話してごめんねという内容だった。この従兄は私たち兄弟に過去に発売されていたVRゲームのひどさを伝えた張本人である。今ではそれに懲りてVRモノのゲームは最初にネットの反応を見てから購入することを決めたらしく、宣伝文句が明らかに怪しさ満点の<Infinite Dendrogram>もまだプレイしていないということだ。話しても問題ないだろうと思い自分が死にかけたエピソードを避けながら電話越しに感想を述べた。それから聞きたい情報が聞けて満足したのか、「ちょっと出かけてくるから切るわ」と、言い残し電話を切られた。

 

 どうやら、買いに行ったらしい。深夜営業のところに行けば何とかなるのだろう。

 

 最後に確認した弟からのメールはご愁傷様と一言添えられただけのものだった。何に対して言っているかは流れ的に一目瞭然である。

 

 

 

 使った食器を洗った後、改めて私がゲーム内で死にかけた時のことを思い出していた。本当のことを言えば、あの出来事に関してはもう思い出したくない。現に一部始終を思い出そうとすると顔から生気が失っていくのが自分でも分かるほどの恐怖体験だったのだ。好き好んで思い出したいわけがない。

 

 だけど、何かわかれば現状を変えるきっかけになるかもしれないし、怖いからと言ってこれ以上自分の思考を放棄することは恐怖を増長させるだけで何も解決しないと思い考えることにしたのだ。ここが現実なおかげか、少し冷静になることができた。冷静でいられるうちに、あの時は事態が急すぎて考えられなかったことについて、振り返ることにした。

 

 まず、あの【角兎】がどこから攻撃してきたのか、またどうして転んでいたのか。

 

 私があの白い影を見たのは攻撃を受けてからだったが、実はその直前に私は何かが上から落ちてくる気配を感じ取っていた。そこで少し体を右にずらしながら上を見ようとしていたところに攻撃が直撃したのだ。おそらく、頭上から私の頭をかち割るために奇襲を仕掛けてきたのだろう。奇襲が失敗した後に、私の頭部へ迷いなく攻撃してきたし、今までこの狩り方で他のティアンのソロ冒険者でも狩っていたのかもしれない。

 しかし、私が体を少しずらしたがために狙いがそれて左にズレてしまい一撃で殺せなかったのだ。

 

 

 

 こう考えれば転んだことも説明がつく。

 

 

 

 私が致命傷を避けたことで動揺したのか着地に失敗してしまい、私がナイフを抜き取る時間を与えてしまったと、いったところだろうか。

 全て推測ではあるがそうとしか思えなくなっていた。

 

 もしこの通りであるなら、今回の件は私が頭上を警戒していなかったのが悪いのだが、そもそも【角兎】に木を登る習性があることを知らなかったことが大きいだろう。事前情報にはなかったので、木に登れるウサギなんてモノを想定して警戒するのは狩りの初心者には厳しい要求だ。これがデフォルトのモンスターだったのなら、あの森の入り口付近でできるあの討伐クエストの難易度が高くなっているのも納得できる。

 

 あんなのを四六時中警戒しなくちゃいけないだなんて一人じゃまず無理だ。交代でやらなくちゃまず長時間狩りなんてできないだろう。

 

(………意外と綱渡りな狩りをしてたんだな、私)

 

 と少しだけ、最後の最後になるまで強襲されなかった自分の幸運に感謝していた。森の入り口近くで襲われたから怪我をした状態で他のモンスターと戦うのを避けることができたわけだし、もう少し進んだ先だったらこうもうまくいかなかっただろう。……まあ、襲われないことがベストだったのだが

 

 こうして考えてみると意外と運の要素が強すぎる生還だったのがわかる。

 

 他にも疑問に思うことはあるのだが、やはりあの時のことを考えると精神的な負荷がかかるせいか、疲労がかなり溜まっている。今日はもう寝よう。

 

 

 

 こうして、私の怒涛の一日は終わりを告げたのであった。

 

 




予告通りに重たい展開にしてみました。

今作ではデンドロをプレイした人の中でもリアルすぎてトラウマになってしまったプレイヤーの一人をピックアップしてみました。実際にトラウマ持ちの人に対して不謹慎な内容かもとは思いましたが思い切って描写を書きました。もちろん、主人公にはプレイは続けさせますのでご安心ください()。

VRモノのゲームでトラウマを持つ人の描写ってあまり見かけなかったので書いてみましたが、書いてるうちに万人受けしないし盛り上がりに欠ける内容だなと思いましたね。これは皆さん書かないわけです。

作者は基本的にアホなので主人公のトラウマの乗り越え方はかなり雑です。ぶちゃっけエンブリオを出す前座的なエピソードなのであんまり細かいことは考えてません。

次回は主人公が自分なりに頑張り始める回です

あと蛇足ですが、主人公に傷を負わせた【角兎】は特異個体()です。普通の個体は木の上から脳天粉砕攻撃は仕掛けてきません。


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第五話 物語の始まり

ヒャッハァァァー!!連日投稿だぜぇぇぇ!!




…………ゴホン、今回は主人公が立ち直るために再始動する回です、ハイ。

全体的にかなり強引になっています。私の力量だとこれが一番スムーズに進む展開なのでマジでご勘弁を

完全に余談ですが、他のデンドロ作品を見ていると展開の早さが拙作とカメと兎くらいの差があり、始める前から分かっていたことですがこれからの拙作の投稿速度について頭を悩ませているこの頃の作者であります。

それでは本編スタートです。



□都内マンション 野崎花子

 

 私があの恐怖体験をしてからリアルの時間で二日程経っていた。あれから私は<Infinite Dendrogram>にログインしていない。ネット上が<Infinite Dendrogram>をプレイした人達の話によって騒然としている中、昨日、つまり私がログアウトした夜の翌日に運営から改めてゲームの内容の発表をしていた。無数にあるジョブのことや、まだ私は孵化させていない〈エンブリオ〉について、そして無限の可能性を皆様に提供すると述べていたのだ。

 

 

 

 その発表でもあった〈エンブリオ〉のことでとある掲示板に書かれていたことだがプレイを始めたプレイヤーのデ-タから大体<Infinite Dendrogram>の時間で早くても1時間、遅くても一日くらいで孵化することが今のところわかっているらしい。また、時間がかかるほど性能のいい〈エンブリオ〉が生まれる傾向も見えてきたという。分類もすでに管理AIや自身の〈エンブリオ〉に教えられたものを添付してくれた人がいて、どんなものがあるかの参考にすることができた。

 今確認されているのはこの五つの種類である

 

 

 

 プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ

 プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー

 プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ

 プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル

 プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー

 

 

 

 この中から自分の〈エンブリオ〉ができると言われてもあまり想像できない。でも、興味があるのは確かなのだがイマイチあのゲームをやる気が起きないのだ。原因はわかっている。あの狩りのことをまだ引きずっているのだ。

 

 

 別にあのゲームは戦闘要素だけが売りではないのだから、壁の内側で生産職でも商人でもなんでも自由にやればいいのだ。しかし、そうは言っても困ったことに私の中で中々決心がつかないのだ。楽しいこともあったけど、怖いことのインパクトが強すぎた。

 ある意味で自業自得な出来事であり、注意していけば今後は問題ないのかもしれないけど、違うことで自分が何をやらかすか分からないといった恐怖も出てきている。この二日間で思考がどんどんマイナスな方に傾いてきているのだ。

 

 今ではネガティブな考えしかできない私だが、このゲームを始める前の自分はいい意味であんなにも楽観的だったというのに……

 

 

 

………そういえば、結構ギャンブル好きだったな、私

 

 

 

 このゲームだってリスク覚悟で買ったのだ。

 

 

 

 そうだ、…………そう言えばだった。

 

 

 

(ゲーム内で起きたことが衝撃的過ぎて忘れてたけど、結構な大勝負に一応私、勝ってるんだよな。)

 

 

 

 宝くじは異常なほど当たったし、このゲームは本物だった。

 

 

 

 今更ゲームで失敗したくらいで何を臆病になっているのだろうか?世の中勝つこともあるが負けることもある。負けたらそれを次へとつなげる糧にすればいい。確かに今でもあの時のことを思い出したら震えが止まらなくなるし、気分も悪くなる。でも、そんなことを言ったら何も始まらない。

 

 最悪、街の中でできることをやって楽しめばいいのだ。あっちでも知り合いもできている。相手はNPCだけど私に優しくしてくれた人たちばかりだ。きっと、どうにかなるはずだ。

 

 よし、だんだんいい感じに思考を切り変えることができてきた。このまま躊躇わずに私らしく突っ切ってしまおう。

 

 勢いに任せたまま朝畳んだ布団を畳の上に再び敷くと、電源を入れた装置を頭に付けて寝転がり初めての時と違い、手を震えさせずに起動スイッチに触れた。

 

 こうして私は再びあの世界へと戻っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

                  ◇

 

 

 

 

 

 

 

□将都安穏京 【弓武者】夜ト神寝子

 

 前回の時に逃げ出してログアウトした場所に再びログインした私は辺りから視線を受けつつ、松井さんにもらった紙に書いてある住所まで一先ず行くことにした。流石にいきなり外に出ようとするのはやめた方がいいと判断した結果である。トラウマだってそんな簡単に治るモノじゃないし、下手蒸し返せば、自分が何をしでかすか分からない。ここは慎重に行こう。

 

 松井さんのところを選んだのは生産職でどんなことをしているかを知るためだ。それにいつでも来てもいいみたいなこと言ってたし、大丈夫かなぁ~と思った次第で。

 まあ、無理のない範囲で行動あるのみです。

 

 

 

 そんなことを考えているうちに着いたようです。表札に松井って書いてあるしここだろう。なんかやけに静かだけど在宅か確認しておこう。チャイムは残念ながらついていなかったので扉をたたいて家の主を呼ぶことにした。

 

 

「すみませ~ん!松井文長さんは、いらっしゃいますか~!〈マスター〉の夜ト神寝子という者なのですけど~!いたら返事してくださ~い!!」

 

 

 しばらくしてから家の中から慌ただしい足音がしたかと思いきや、横開きの玄関の戸口が開くと先日会った歴史学者の松井さんの姿が目に入った。驚いたで様子で私を視界に入れた後に辺りに誰かいないか確認しているのか、キョロキョロと挙動不審に周囲に視線を巡らせてからこっちにおいでと言うかのように私に手招きをする。

 怪しさが全快だったが、一先ず来てしまったからには入るしかないと思いそのまま中に入らせてもらった。

 

 それから無言のまま通された部屋の中には本と紙が乱雑に散らばっており、足の踏み場が全く見当たらない、とんでもない部屋だった。

 

 

「…………」

「あははは、ごめんね。人が来ることなんて滅多にないから片付いてなくてね。今、座るところ作るから待ってて」

 

 

 少し慌てた様子を見せた松井さんは小声でそう言うと荒れ果てた部屋の片づけを始めた。人が来ないにしてもこれはひどいと思ったが言葉に出さずそのまま、紙の山を作りながら私の座る所を確保している松井さんのことを待つことにした。

 

 しばらくすると人一人が座れるくらいのスペースができたところに私は座り本題に入る前にお詫びを先にすることにした。

 

 

「急にお邪魔してしまってすいません」

「いや、いいんだよ。一応ダメもとで場所は教えたけど本当に来てくれるとは思ってなかった僕が悪いんだから。それで、何か用かい?」

「あの、実はですね…………」

 

 

 正直自分勝手な理由で押しかけてきたこともあり、事情を全部話すことにした。一先ず自分があの後どうしていったかを話していき途中までは大丈夫だったのだが、いざあの狩りのことを話そうとするとその時の恐怖が甦ったのか、体が震え、頭もくらくらして気分が一気に悪くなった。しかし、何とか我慢して苦しい表情を見せながらも何とか話し切ることができた。そして、それから外に出られなくなってしまったこと、これからどうしようかと考えていた時に知り合いの生産職の人の仕事を見て回ろうと思いここにきたことを包み隠さず話した。

 

 

「………と、言うわけで職業のことについて教えてくださいませんか?」

 

 

 途中から神妙な顔をして話を聞いてくれた松井さんはその返事を返す。

 

 

「いいよ、と言っても今は本業の方は仕事ができないからジョブに依存しない副業の方になっちゃうけどいいかな?」

 

 

 ん?

 『ない』じゃなくて『できない』とは、いったいどういうことなのだろう?

 それに副業って?本業は写本師だから、副業は歴史家のことだろうか?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、松井さんは苦笑しながらその職業のことを教えてくれた。

 

 

 

「まあ、世間一般でいうところの小説家ってやつさ。」

 

 

 

 意外な職業の名前が出てきたので少し驚いてしまった。

 

 

「えぇ~!!すごいじゃないですか!!どんな作品を書かれてるんですか?」

「主に伝奇小説かな。過去にあった逸話とか知った後にさ、それをもとに自分の物語を想像して書くのが好きでね。ダメもとで投稿したら大当たりしちゃってさぁ~。はぁ…、一時期は浮かれてたなぁ………」

 

 

 どこか遠い目をしている松井さんにシンパシーを感じると同時に、気になっていることを聞いた。

 

 

「それで、本業ができないとはいったい?」

「あぁ、簡単な話だよ。……〆切が三日後なんだ、小説の。しかも、ほとんど書けてない修羅場ってやつ」

「え?」

 

 

それってかなりヤバいのではと思ったとき、玄関の方から扉を力強く叩く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生ぇぇぇぇええええ!!!!原稿はまだですかぁぁぁぁ!!!!!」

「これ以上はもう待てないって僕、言いましたよねぇぇぇぇ!!!!!!」

「とりあえず中に入れてくださいよぉぉぉぉぉぉおおおお!!!!!!」

「いるのは分かってるんですよぉぉぉぉぉおおお!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

………間違いなく担当編集の方である。

 

(こ、これは噂に聞く、〆切前に圧力を掛けに来る担当と居留守を使う作家との攻防というやつですか!?)

 

 と、馬鹿なことを考えてる私に対して一言もしゃべらないようにと滅茶苦茶身振り手振りで伝えようとする松井さん、もとい〆切り前の先生がそこにいた。ジト目で松井さん(先生)をみる私は、一先ず(担当さん)が去るのを一緒に待つことにした。

 

 30分後、音が止み、(担当さん)が去ったことを確認すると松井さんはため息を吐き出した。

 

 

「あれ、大丈夫だったんですか?中に入れなくて」

 

 

 リアルな担当編集とのやり取りなど知らない私は先生(松井さん)に聞いてみた。

 

 

「あの人を入れたが最後、完全にモノを仕上げるまで貫徹させられます。もうッ、あれだけは、嫌だぁッッ!!」

 

 

 顔を青くさせながら心からの叫びを小声で叫ぶという器用な芸当を見せてくれた松井さんだが、一体過去に何があったのやら……。

 

 

「でも、もう流石に書かないとまずいんじゃないんですか?本当に〆切近いんですよね?」

「うん……、そうだよ。」

 

 

 一瞬にして、哀愁を帯びたような雰囲気を醸し出す先生であったが続けてこう述べた。

 

 

「でも、君のおかげで何とかなりそうなんだ」

「えっと、それってどういう」

 

 

 いきなり私の話が出てきたので、どういうことか考えていると松井さんはその根拠を私に教えてくれた。

 

 

「実は、君のさっきの話を聞いてたら不謹慎かもしれないけど創作意欲が湧いてきちゃってさ、これならいけるって思ったんだ。それで、相談なんだけど書いてもいいかな?もちろん名前とかは伏せるから、そこら辺の心配はしなくていいよ」

 

 

 なんと、私の体験談から物語を作ろうというらしい。正確には話の流れが同じ感じにした先生の妄想ではあるのだが

 書かれること自体には少し抵抗感があるが人助けにもなるし、当初と目的が少し変わっているがわざわざ仕事を見せてくれと言ったのは私の方だ。ならば致し方ないと受け入れられるが、正直聞いてて面白い話じゃなかった気がするのだが………

 

 

「いいんでしょうか、私なんかの話で?」

「うん、少なくとも僕は一人の女の子が一生懸命頑張ってる姿をつまらないって言うほど落ちぶれちゃいないさ」

 

 

 そう、何でもないように言う松井さんの姿を見て、この人は本心でいっているんだなと思った。私はここがゲームの世界であることいいことに、自分の都合に皆を巻き込んで行動しようとしている独善的な女だ。そんな今の自分のことそう言ってくれる人に物語を書いてもらえるならむしろ本望だ。

 

 だけど………、

 

 

 

 

 

「いくつか条件があります。」

 

 

 

 

 

 ここで先ほどとは裏腹に私は以下の条件を松井さんに提示した。

 

 

 一つ、最後まで書ききること。

 

 二つ、〆切は守ること

 

 三つ、最高のものを書き上げること

 

 四つ、お金は払うので、できた本を私にも読ませてほしいということ

 

 

 

 

 こう言ってはなんだが一つ目と二つ目は作家が守るべき最低ラインである。しかし、この先生には念は押しておく必要がある。三つ目は伝わるかは分からないが、別に達成できるか出来ないかは関係なく、そのくらい頑張ってほしいという意味を込めて入れた。四つ目は普通に気になるので読みたいだけだ。

 

 

「あははは、少し難易度が高くなった気がするけど、………うん!!分かった!!その条件でいいよ。三つ目と四つ目はもともとそのつもりで書く気だったし。………最初の二つも善処します」

 

 

 一抹の不安は残るがよしとしょう。後は、松井さんが書き上げるのみだ。

 

 

「じゃあ、今日はここで失礼します」

「あれ?仕事の様子は見なくていいのかい?」

「まぁ、普段見れない生々しいものも見れましたし。それに、私がいたら集中できないんじゃないかって思って」

 

 

 題材にする人の前で作品を書くのは中々勇気がいることだと私は思う。それに、言葉にはしないが自分のことを目の前で書かれるなんて、恥ずかしくて私には耐えられない。

 

 

「僕は構わないけど?」

「私が構いますよ!!」

 

 

 条件反射で答えてしまった…………

 

 

 

 

 

                 ◇◇

 

 

 

 

 

 それからすぐに玄関まで松井さんに見送ってもらったのだが、松井さんに先導してもらい玄関の扉を開けてもらうと、そこには全く笑っていない雰囲気を放つ担当編集さんが闇のように黒い渦を目に宿し口角を上げて笑っているような様子で、松井さんのことを見つめていた。

 

 

 

 

………その後先生(松井さん)、に三日間の貫徹地獄を敢行されたことは言うまでもないだろう。

 

 




ほい、と言うことで松井さんが再登場です。

自称歴史学者の松井さんですが、小説家になってからはネタ集めに死に物狂いになっています。
主人公が受けたクエストの真の目的は彼のネタ集めに協力する事だったので難易度が二と、少し高めになってました。
原作ルークのクエストより難易度が圧倒的に低いのは報酬の問題もありますが、求める情報のハードルが低かったお陰でもあります。

このクエストが失敗するとしたら余程のコミュ障か人格破綻者、話が通じない相手だとアウトです。
主人公は一応社会に出て問題なく仕事ができるくらいにはコミュニケーションが取れるので問題ありませんでした。
まあ、他にも気に入られた理由はあるのですが………

ちなみに作者の担当編集さんのイメージは某ロードレース漫画のハエ食べて栄養補給してる人の初期の姿です。
基本的に性格はいい人なのですが〆切前になると先生方に精神攻撃を仕掛けながら催促をしてきます。
ジョブ構成は【隠密】系統と【鑑定士】系統、《聴覚強化》、《持久力強化》のスキルを持つジョブとなっております。当然のようにカンスト済みのティアンで基本的に居留守が通用しない担当さんです(この事はまだ松井さんに知らされていない)。今回も松井さんがいることは分かっていたので一度住宅への侵入を試みましたが、主人公との会話を建物越しに聞き、いい感じの雰囲気になっていたためより恐怖を上げるために待ち伏せに変更した模様



松井さんはプロットの段階だと再登場させる予定のないティアンだったのですが、主人公が他のティアンと絡むパターンと比べて意外と筆が乗ってしまい担当さんが生まれたこともあって半レギュラー入りしました。今後もお世話になる予定です。



主人公のトラウマ克服はかなり力押しです。神の啓示でも受けたのかっていうくらいの不自然さになりますが、神()がアホなのでご了承ください。



次回はお待ちかねのエンブリオ登場回&??????回です

来週も、見てね!!(アニメの提供風)


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第六話 孵化 前編



今週はなんとかヒャッハァァァせずに耐えますた

ワタチ、ガマンちた(作者幼児退行化)

第六話です

やっとこさ、ここまでたどり着きましたわい

今回は皆さんお待ちかね(であってほしい)のエンブリオ登場回でございます!!



一話に1評価もらえていたことに味をしめて、先週の連続投稿で一気に2つ評価いただこうと密かに企み、玉砕した作者でございまする………

欲深いものには評価が来ないと言う御天道様からのお達しなのでしょか?

多分、後からコメントを入れるように設定したのが悪かったのだろうけどね………

まあアホな作者の戯れ言は置いといて、初めに言ったように評価しなくてもいいので感想や質問を頂けると嬉しいです。
物語の進行上で問題ないモノについてはできる限りお答えします。

それでは本編をお楽しみください





 

□将都安穏京 夜ト神寝子

 

 この世の終わりを迎えたような表情をしていた松井さんはその襟首を担当さんに完全にホールドされ、引きずられながら家の中へと戻っていった。

 

 その光景を見てから、何事もなかったかのようにその場を後にした私は今まで会ってきた他のティアンの人たちに会いにいった。そこで松井さんの時と同様の流れでお仕事の話を聞いたり、見学させて頂いたり、仕事の体験をさせていただいた。

 

 武器屋のおじさんのところに行ったときには、あの時私が【角兎】を仕留めた時に使ったナイフのお礼も言っておいた。

 おじさんは堂々とした態度で「俺は俺の仕事をしたまでだ」と、言いながらニカッと笑ってくれた。

 初めて会ったときは怖そうな人だなと思っていたが、意外と気さくなおじさんであると改めて思った。しかしながら、冗談じゃなくて本当にあのナイフを買っていなかったら私は万が一にもあの時生き残ることはできなかっただろう。

 

 ちなみに、なぜステータスに+50も補正がある一見高価そうなナイフが1500リル前後で売られていたのかというと、それには理由がある。実はあのナイフ、切ることに使うにはあまりにも鋭さが足りないらしく、かといって力任せに振り回すとすぐ折れてしまうほどの強度であるためかなり使いづらいのだ。使いこなせるほどの実力者には補正値が低いこともあり買い手が中々出てこなかったため値下げをして売っていたらしい。

 

 私は「上昇したAGIで機動力を補いながら突きで急所を刺す」といった戦法で戦っていたし、そもそも懐まで相手が迫ってきたのも数えられるほどだったので問題はなかった。

 

 

 

 最悪逃げ足さえ上がればいいかなとか思って買ったわけだし。

 

 

 

 鍛冶の見学をさせてもらった後に、お礼として使うかは分からないが弓を新調しておいた。

 一応、外に出ることはまだ諦めてはいないので。

 

 

 

 そんなこんなでいろいろな所を回っていたのだが、一番良さそうだったのは装備屋の奥さんの就いていた【裁縫屋(ニードルワーカー)】あたりだろうか。

 

 試しに自前のドロップアイテムを材料にしてマフラーを作らせてもらったのだが、かなり筋がいいと褒められ、ついでに転職を進められるくらいには上出来だったらしい。

 実家で小さい頃に母から編み物を教えてもらったのが大きかったのだろう。

 その私が作った桜の花びらの柄が入った白いマフラーは記念にもらっていった。

 ステータスの補正がありアクセサリーとして首元に装備できるらしいのだが、夏場に着けるには暑そうなのでアイテムボックス送りになった。

 

 

 

 しかし、【裁縫屋】以外のジョブにも興味があるのでその場で即決とはいかなかった。

 さて、どうしたものかと、頭を悩ませながら大通りを歩いているのが今の私の現状だ。

 

 

 

『まだ、決まらないのデス?マスター』

「う~ん、どのジョブも面白そうだから目移りしちゃってさ。中々決まらないんだよね~」

『そうなのデスかぁ~』

「そうそ、う?…………ん?あれ、今誰がしゃべったの!?」

 

 

 

 唐突に頭の中に響くように聞こえた幼い子供のような声に驚いた私は辺りを見回し、私に話しかけてきた何か者かを探した。

 

 しかし、周りには挙動不審な行動をとっている私に対して奇異なモノを見るような視線を向ける通行人が何人かいるだけでそれらしき人物は見当たらなかった。

 

 昼間から幽霊にでも会ったかのように混乱している私に、再び頭に声が響いた。

 

 

『僕はおばけなんかじゃないのデスよ。マスター』

 

 

 その言葉とともに私の左手の甲、丁度まだ孵化していない私の〈エンブリオ〉がある部分から光が出たかと思うとすぐに光が収まり、一体何が起きたんだと思っていると目の前に先ほどまではいなかった子供の姿があった。

 

 紫色の生地で()られ、(ふち)を黒い布で覆った簡素な着物を着たおかっぱ頭の十歳になるかならないかくらいの小さな可愛らしい子供である。

 

 

 

(この子、誰だ?新手のエスパーなチャイルドか?)

 

 

 

 ある程度その正体について見当はついているものの現実を直視したくないがためにアホなことを考える私だったが、目の前にいる子供から無情な真実を叩きつけられるのであった。

 

 

 

「僕はあなたのパーソナルから生まれた〈エンブリオ〉“TYPE:メイデンwithキャッスル“のザシキワラシなのデス。これからよろしくお願いするのデス。マスター」

 

 

 

 その自己紹介を聞いた後、私は自分のパーソナルから幼女ができたことにショックを受け、その場に崩れ落ちるのであった。

 

 

 

 

 

             ◇

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、(私はロリコンじゃない、私はロリコンじゃない、………)と脳内で反芻(はんすう)し、何とか気持ちを持ち直した私は改めて自分のエンブリオと名乗る僕っ子幼女を連れて、近くにあった蕎麦屋まで行って食事でもしながら話をすることにした。

 

 

 ………こうして文字にしてみるとイケナイことをしているように見えるのは私だけだろうか?

 

 

 昼飯時で丁度いいと思ったのだけだ。

 

 

 私は決してロリコンではない!私は無罪だ!!

 

 

 

「………マスター、さすがに幼女やらロリやら連呼されたら、自分の外見の特徴を認めてる僕だって、傷つくのデスよ………」

 

 

 そう言いながら、私の脳内での叫びに反応する幼j、……ザシキワラシさんは今にも泣きそうな顔を見せる。

 いかん!流石に公衆の面前で泣かれるのはいろいろとヤバい。

 

 

「ああ!!ごめん、謝るから、泣くのはやめてぇぇぇぇぇ!!!」

「はい、了解なのデスぅ~」

 

 

 全力でザシキワラシさんをなだめようとした私だったが一瞬で笑顔になったザシキワラシさんの顔を見て、さっきまでの表情が演技だったのを知る。

 

 

 この子、外見の幼さに反して意外と愉快犯なのか?と考えていると、ふと頭に浮かんだ疑問を口にする。

 

 

「あれ、さっき私、声に出してた?」

「いえ、僕はマスターの〈エンブリオ〉なのである程度マスターの思考を覗くことができるのデスよ。先ほどはマスターが考えていたことを読み取っただけにすぎないのデス。僕の知識もマスターの記憶を参考にして構築されているのですからできて当然なのデス。あ、あと僕のことは呼び捨てで大丈夫なのデス」

 

 

 いきなり、パートナーから「私に隠し事はできないよ」と、言外に宣言をされた私は一人で戦慄していた。

 さっきまで本当に今にも泣きそうな顔を自然にできるほどの演技力を持つような子だ。

 どんな情報を隠し持っているか分からない。

 

 

 ま、まさか!私の過去の黒歴史までバレているのではと、あり得そうな可能性に身を震わせる。

 

 ちなみに、この時の私は今の自分の姿も十分黒歴史になりうるということに、気付いていない。

 

 

「さすがに何でも見れるわけじゃないのデスよ。特に他人に知られたくない過去の記憶とかだと読み取りにくいのデス。マスターの記憶にもガッチガチに保護されてる記憶があるのですが全然読めないのでデス」

「うん!!わかった!!!読まなくていいから違う話をしようじゃないか!!!!」

 

 

 なんとか秘密は守られていることを知った私は強引に話を変えようとする。

 

 

「まあ、僕は別に構わないのデスが」

 

 

 少しキョトンとする表情をみせるザシキワラシを見ながら、一先ず気になっていたカテゴリーについて話をすることにした。

 

 

「カテゴリーにキャッスルってあるんだけど、あなた、全く建物要素がないじゃない?それにメイデンって何?」

 

 

 キャッスルのエンブリオは基本的に居住などが可能な建物か工場みたいなものだと聞いていた。

 しかし、私の目の前にいるザシキワラシはそんな面影は全く見られず、ただの幼女にしか見えないのだ。

 

 

 まあ、ビ〇クリ・ド〇キリ・メカみたいな仕様だったら分からんが。

 

 

 そして、メイデンとは何か。

 これは掲示板では見たことがないカテゴリーだ。

 どんなものか全く予想できないので喜んでいいのか反応に困るのだ。

 

 

「そうですね、まず僕の今の姿のことなのですがこれはメイデンとしての姿なのデス。キャッスルとしての姿もあるので決してビ〇クリでド〇キリなメカな感じじゃないので安心してほしいのデス」

 

 

 どうやら、私は幼女が口からメカを出す光景は見なくて済むらしい。

 

 

 

 ………我ながらとんでもないことを考えたものだ。

 

 

 

「全くなのデス。それでメイデンというのは、言ってしまえばレアなカテゴリーの〈エンブリオ〉なので別に喜んでも問題ないのデス。他に特徴と言ったら、メイデンになったら自立して動ける人型の姿を手に入れられるくらいだと考えてくれれば大丈夫なのデス」

 

 

 なるほど、つまり私は建物にトランスフォームできるレアな幼女を手に入れたということか。

 

 

「言い方は気に入らないのですが、つまりはそういうことなのデス」

 

 

 まるで、「私は不機嫌です」と、でもいうように頬を膨らましながら肯定する。

 そんなザシキワラシの姿を見てから、話も一段落したし一先ずここで話を区切って一緒に昼食を取ることに決めた。

 

 

「何か食べたいものはあるかな。ていうか、〈エンブリオ〉ってご飯いるの?」

「便宜上生物なので食事は必要なのデス。僕はこの65リルのざるそばセットをお願いするのデス」

「うん、わかった」

 

 

 そうして、注文を終えたのち、店内が空いていたせいか、そう時間もかからずに私たちの前にざるそばセットと天ぷらそばが置かれ、各々食事を楽しむことにした。

この天ぷら上手いな。

蕎麦もいい感じに茹でられてるし、何より素材がいい。

また今度来たら、違うメニューも頼んでみよう。

 

 

 食べ終わったあとになって団体客でも来たのか、一気に店内が手狭になった。

 

 そろそろ移動しますか。

 

 そう考えていた時にザシキワラシから声を掛けられた。

 

「マスター、質問なのですが、この後の予定は特に決められてないのデスよね?」

 

 この子は私の記憶を見ることができるのになぜわざわざ私に聞くのか不思議に思ったが、特に決めてないと、答えたところ驚くべき提案がザシキワラシから返ってきた。

 

「それじゃあマスター!提案なのデス!フィールドに一緒に行くことを所望するのデス!!」

 

 

 

 

 

             ◇◇

 

 

 

 

 

 

 私たちは今、将都安穏京の西の草原へと出ることができる西門の前にいる。

 ことの発端は私の〈エンブリオ〉であるザシキワラシが蕎麦屋で私たちが昼食を食べ終えた後に何をしようかと考えていたときに、壁の外に出ようと言い出したことである。

 私がトラウマを持っているのを分かっているのならなぜそれをワザワザ掘り返そうとするのか、それは彼女のキャッスルとしての性能と形状に問題があるかららしい。

 

 まず、その大きさが大き過ぎて市街地などではとてもではないが展開できないらしい。

 そのため、フィールドの開けた草原などでその全貌を明かしたいのだという。

 二つ目の性能の問題とは戦闘スキルが試せないということである。

 他にも便利なスキルはあるのだが、せっかく発現したスキルなのだから一度だけでいいから使わせる機会が欲しいというのだ。

 本人は「選択権はマスターにあるので嫌なら嫌だと言ってもいいのデスよ」とは言っていたのだが、寂しそうな顔でそう言ってくるのですぐに返答することはできなかった。

 

 きっと、私のために生まれたスキルを一度も使われることもなく、埃でかぶったままにするのが嫌なのだろう。

 

 

 

 

 だけど、なんとなくこれらは彼女がこの提案をした真意ではないような気がした。

 

 

 

 

 まず、おそらく大きさが問題という話は嘘なのはわかった。

 初期でそこまでの規模の〈エンブリオ〉が生まれたという話は聞いたことがなかったからだ。

 それに、スキルが複数あるということはそれなりのリソースがそちらに回されているのは明らかである。

 それに、開けた場所だって内側で探せばどこかにあるのは確かだ。

 

 

 

 外に行く必要はない。

 

 

 

 この提案の真意はザシキワラシが私に外に出られるチャンスを作るということだと私は解釈した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え怖いものが来ても、僕がマスター()を守ってみせるさ

 

 

 

 

 

 そのために僕はマスター()から生まれたのだから

 

 

 

 

 

 だから、僕を信じて、また冒険に出かけよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言っているような気がしたのだ。口調は全然違う気がするけど。

 

 

 

 しかし、これはある意味私が待ち望んでいたもの展開なのかもしれない。

 

 

 

 おそらく、自分一人だと踏ん切りもつかなかっただろうし、いつまでも恐怖で出られなくなるかもしれない。

 

 

 

 ザシキワラシが生まれるまで、私が絶対に信頼できる誰かの協力が必要だった。

 

 

 

 そして、それは自分の中から生まれてきた。

 

 

 

 前の私にはなかった可能性が今、私の目の前にある。

 

 

 

 ここは分岐点、私が過去のトラウマを乗り越えられるかどうかの分かれ道。

 

 

 

 これで失敗したら最悪の場合、私はこの世界のことを完全に忘れ去ろうとするかもしれない。

 

 

 

 でも、ここで諦めたら無限の可能性を秘めたこの世界に戻ってきた意味がない。

 

 

 

 私は取り戻すんだ。

 

 

 

 一度は自由にこの世界を動き回り、堪能することができた自分自身を。

 

 

 

 それを邪魔するモノ(トラウマ)はいらない。

 

 

 

 私を(街の中)に閉じ込めるモノ(トラウマ)に挑む前に負けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 それが私だと思い出してここに戻ってきたのだから!

 

 

 

 

 

 そう心の中で自分を鼓舞すると私は決意を固めてザシキワラシの提案に乗ることにしたのだ。

 

 

 こうして私たちは西門の前に立ち、私の過去(トラウマ)に終止符を打つために外へと旅立とうとするのであった。

 

 

 

 





ラストの主人公は自分の恐怖心をごまかすために、心情的にジャ○プ主人公のように振る舞っています。
そうでもしないとビビって永遠に動き出さないので



と、いうわけで主人公のエンブリオはザシキワラシでございます

今回はタイトル回収回でもありました

実はですね、ザシキワラシの設定を作るのが意外と難しかったんですよね
能力と食癖自体はある程度決まっていたのですが、話し方とか性格を決めるのが難しかった
一人称を私にして敬語でしゃべらせたら主人公も基本的に同じ話し方をするためどっちがしゃっべているのか分からなくなるということがありまして、考えた末に出てきたのが「僕っ子ノデス口調幼女」という感じになりました



どうしてこうなった………



そしてコヤツの話し方が作者の中で定着していなかったため、ザシキワラシのセリフを書くたびに一人称と口調を直すという作業が追加され、執筆速度が低下するという事態に………

さて、作者の愚痴もここまでにして次回から本格的に主人公のトラウマ克服のためにキャラを動かしていきます。


エンブリオの能力も次回のお楽しみです


(注意!)作者の気分次第で水曜か、木曜日辺りに更新する可能性大!!


※補足事項
【速足のナイフ】の補正は刀身が完全に折れるくらいまで破損すると無くなります。しかも、攻撃力もそこまで上がらないのでそれなりのSTRが自身に要求されるため高い買い物にしては元が取りにくく、ルーキーには嫌煙される武器になっています。
ちなみにどれくらい脆いかというかと言うと【ティーウルフ】レベルの相手の攻撃を防御するのに十回以上使えば確実に折れます。




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第七話 孵化 後編




気がついたら投稿ボタンを押していた件について

週一投稿とはなんだったのだろうか………



今回は少しだけ増量ちゅう




 

□将都安穏京・西門前 【弓武者】夜ト神寝子

 

 私達は今、将都の西にある草原を目指すために、主に私が突破すべき第一の関門である西門の目の前にいる。

 

 私の右横にはさっき孵化した私の〈エンブリオ〉であるザシキワラシが私と手を繋ぎながら私が足を踏み出すタイミングを待ってくれている。

 

 隣にいる小さくとも頼りがいのある相棒の与えてくれたチャンスを無駄にしないように、私は決意を固め前に進むために足に力をいれる。

 

 あと十歩も歩けば外に出られる位置にいる私達は一歩ずつその歩みを進めていき、私はここに至るまでの記憶を振り返っていた。

 

 

 

 

 

一歩目……

 

 

 

 

 

私は最初、このゲームにそんなに期待してなかった

『夢のゲーム』なんて、信じていなかった……

 

 

 

 

 

二歩目……

 

 

 

 

 

でも、チュートリアルだけで分かるほどの繊細なリアルさを体感した

まさかと、心のどこかで感じてきていた

 

 

 

 

 

三歩目……

 

 

 

 

 

そして、チュートリアル後に空中に投げ出された時、死ぬほど怖かった

けど、視界に入る世界の広さにヒトトキの間、その瞳を輝かせた

 

 

 

 

 

四歩目……

 

 

 

 

 

街の中で想像の何倍も生き生きと生活している人々の営みを見た

善や悪、喜怒哀楽も、現実のそれと比べても遜色(そんしょく)のない生きた世界があった

 

 

 

 

 

五歩目……

 

 

 

 

 

果てしなく続く外の世界に、今まで感じたことのない未知の憧れを感じた

そんな世界を見て、感じて、歩いて、戦って、そして、心に傷を負った……

 

 

 

 

 

六歩目……

 

 

 

 

 

世界が変わってしまった。恐怖にとりつかれた。

そして耐えきれず、逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

七歩目……

 

 

 

 

 

だけど、またこの世界(・・・・)に戻ってきた。帰ってきた

己が失ったものを取り戻す可能性(・・・)を探すために

 

 

 

 

 

八歩目……

 

 

 

 

 

この世界で私のことを思ってくれる人達に出会えていたことに気付いた

そして、心強いパートナーに巡り合えた

 

 

 

 

 

九歩目……

 

 

 

 

 

そして今、私は、私に恐怖を刻み込んだ世界へと再び挑む

この手に感じる(ぬく)もりを信じてその一歩を踏み出すのだ!!

 

 

 

 

 

勇気を振り絞って踏み出した十歩目……

 

 

 

 

 

私は内側と外側の境界線を越える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし足を踏み出した瞬間、私の意思に反して体が硬直しその歩みが止まる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まだ、………まだダメなの)

 

 

 

 と、自身の心に根づくトラウマの強さに心が負けそうになり諦めかけたその時、私の右手に力が込められる

 

 

 

 

 

ザシキワラシだ

 

 

 

 

 

 最後まで私が諦めないことを信じて、ここまで一緒に付き合ってくれた私のパートナー

 

 

 

 まだ、出会ってからそう時間も経っていないおらず、お互いのことをまだ深く理解しあえていない私達だが、少なくとも彼女が私のことをこの世界で誰よりも思ってくれていることだけは、私には分かった。

 

 

 

 鼓動が速くなり、息も荒くなっている

 

 

 

 気分も最高に悪いし、眩暈(めまい)もしてきた

 

 

 

 だけど、そんなものは関係ない

 

 

 

 恐れは、私達の歩みを止める理由になりえないことを私は思い出したのだから!

 

 

 

 

 私は、私たちは超えて見せる!!一緒に、その壁を!!!

 

 

 

 

 そして、私は、硬直した体を動かすために全身に再び力を入れる

 

 

 

 

 だんだん全身に震えが生じさせながらもその足を持ち上げていく

 

 

 

 

 周りから集まる視線に気にも留めず、呼びかけられる声にも返事を返さずに、ただただ前を歩くことだけに全神経を集中させ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私は大きな一歩を踏み出すことに成功した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、まるで外に行くことを拒むように私の動きを止めていたあの体の硬直もなくなり、体が軽くなっている。

 それを確認すると、急に体から力が抜けて倒れそうになる。

 しかし、私の体は地面に衝突することなく途中で止まっている。

 

 

 ザシキワラシが横から支えてくれたのだ。

 

 

「マスター、急に倒れないで欲しいのデス。僕のSTRはそこまで高くないので当てにされては困るのデスよ」

「あはは、ごめん。急に力が抜けちゃってさ。頑張りすぎて、腰が抜けちゃったみたい」

「全く、世話の焼けるマスターなのデス」

 

 

 

 

 そう言いながら私の体を門番の人が駆けつけてくるまでザシキワラシは支え続けてくれるのだった。

 

 

 

 

                   ◇

 

 

 

 

 あの後しばらく体に力が入らなかった私は門の横まで運んでもらい、何とか歩けるくらいの体力を取り戻してから、名目上の本来の目的であるザシキワラシの能力の確認をするために草原を目指して歩き出していた。

 

 

「もう、外を歩いても大丈夫なのデスか?マスター」

「今のところ、大丈夫だよ。モンスターも遠くから見る分には問題なかったし」

 

 

 遠くで数体の【リトルゴブリン】を狩っているプレイヤーのパーティーの方を見ながらそう答える

 

 これなら弓での狩りは今でもできそうなのだが、現状は予想よりマシなもののかなり厳しいと言える。

 

 なぜかというと、今の私は前の時と違いフィールドにいるときの警戒心が段違いに上がっているせいか、自前の索敵能力が跳ね上がっており、これまで私たちの半径30メテル以内に入れる前にモンスターやプレイヤーのことを察知することができている。

 

 

 「別に悪いことはないのでは?」と思うかもしれないが、実はこれができるようになってから私は感知以外の他のこと、例えば目の前の敵に攻撃をするために集中することなどが、フィールドで出来なくなったのだ。

 

 

 私は弓を射る際に、目の前の敵に集中して狙いを定めないと命中率が下がるため、事前に周囲の状況を確認してから攻撃をしていた。

 しかし、今の私には攻撃をする最中に視野を狭めてしまうというのが許容できないため弓が使えないのだ。

 それは、あの時私が奇襲を受けて死にかけてしまったため、どんなに索敵を徹底してもどこかで敵を見落とすことなど十分にあり得ると常に考えてしまうからである。

 今の私達で戦うことが出来るのはザシキワラシただ一人なのだが、彼女もキャッスルの姿にならないとほとんど戦えないらしい。

 こうした理由で、接近戦すらできない私は敵を避けることに全力を費やすしかなくなったのだ。

 

 

 

 そして、なんとかモンスターと遭遇することなく将都の西に位置する〈西鷹草原〉に到着した。

 〈西鷹草原〉ではレベルの低いモンスターが主に生息しているため、初心者の狩り場として認知されている場所である。

 

 最近では〈マスター〉の大量出現によりモンスターの数が加速的に減ってきており、まだ何とかなってはいるものの一部のモンスターはその絶滅を危惧されるほどの減少速度である。

 

 この世界のモンスターは神に作られた設定を持つ神造ダンジョンのモンスター以外は基本的に自然にPOPすることはないため、この草原にいるモンスターの中から絶滅するモンスターが出てきてもあり得る話なのだ。

 

 今は一時期よりも減っているというだけで、それなりの数のモンスターはまだ存在しているので、ザシキワラシの性能の確認にはピッタリな場所だろう。

 

 一先ず、私たちは戦闘を避けてフィールドの中心に近い見晴らしのいい場所まで移動した。

 そこに到着するなり、立地に満足したのか「この辺りでいいデスかね」と言いながらザシキワラシは私の前に立つ。

 

 

「それではマスター、お待たせしたのデス。ついに、僕の真の姿を見せる時が来たのデス!では、とくとご覧あれ、なのデス!!」

 

 

 そういうや否や、ザシキワラシが眩しすぎない程の光を出した次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の目の前に一階建ての家が現れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外見は一昔前の日本にありそうな小さめな日本家屋であり、窓には格子が付いており、出入り口は天地では一般的なスライド式の戸口である。

 

 余りに予想外の代物が出てきたため、一瞬辺りの警戒を緩めてしまった。

そんな私の頭の中にザシキワラシの声が響いてきた。

 

『マスター、驚いてもらえたのデス?』

「う、うん、結構驚いてる」

『それは良かったのデス。ではマスター、外は危険ですので僕の中に入って下さいなのデス。この状態の僕の視界は全方位に対応されているので索敵はお任せなのデス』

 

 思惑通りに私が驚いたのが嬉しいのか、喜色を交えた声でザシキワラシがそう言うと同時に、私の前にある扉がひとりでに開いた

 

 

 

 若干ホラーである

 

 

 

 とりあえず周囲を警戒しつつ中に入ってみると、そこには玄関から入ってすぐのところに四畳半ほどのスペースにコタツが敷いてあり、左側に押入れ、奥に台所が一畳分しかない簡素な一人部屋があった

 

 個人的にかなり落ち着きやすい空間である

 

 中に入ると、開いていた扉がまたしてもひとりでに閉じた。

 

『ささ、マスター、安心して部屋にあがってコタツでくつろぐといいのデス。ここから先は僕がマスターを守り通してみせるのデス』

 

 かなり自信ありげな様子でそう言うので、ここはひとつ相棒のことを信頼して提案に乗ることにした。

 

 

 

 

 

 

               ◇◇

 

 

 

 

 

 

 簡潔に言おう。ここマジ天国。

 

 

 夏場とか関係なく、コタツが気持ちよく感じる温度で部屋が保たれているし、布の触り心地もいい。いつまでもぬくぬくできそうだ。

 台所の方も水道とコンロがMPを前払いすることで使えるらしい。

 ただ流石に食器などの小物はなかったため今は使い道が余りない。

 今度、お茶と煎餅でも買ってゴロゴロしたいものです。

 ここまでずっと警戒してた分の疲労が取れてきている気がする。

 今、自分がフィールドにいることを忘れさせるくらいにはとても快適な空間だった。

 

 

 

 

 

 

 

………のだが、

 

 

 

 

 

 

 

「これ、本当に大丈夫なの?本当にただの民家なんだけど」

 

 

 

 いくら信用しているとはいえこれは不安になる。

 

 

 戦える感じが全くしない。

 

 

 

『ふむ、モンスターが来たら説明しようと思っていたのデスけど、来る気配もないので先に能力の確認だけ済ませることにするのデス。マスター、ステータス画面に〈エンブリオ〉の詳細について書かれてる欄があると思われるのでそちらを確認してほしいのデス』

 

 

 

 実は、ステータス画面にあることは知っていたのだが、実物を見てからのお楽しみにしようという思いと、見てしまったら不安になってしまい心が揺らいでしまうのではと思ったため、今まで見ていなかったのだ。

 言われた通りにステータス画面を確認すると〈エンブリオ〉の欄があり、詳細を確認する。

 

 

 

 

 

 

 【凶運妖女 ザシキワラシ】

 TYPE:メイデンwithキャッスル

 到達形態:Ⅰ

 

 ステータス補正

 HP補正:G

 MP補正:D

 SP補正:G

 STR補正:G

 END補正:G

 DEX補正:G

 AGI補正:G

 LUC補正:C

 

 

 

 

 補正とはザシキワラシがいるだけで常に上がるステータス補正らしい。

 ザシキワラシのステータス補正はLUCの補正が一番高く、次点でMPが高いが、他が軒並み低い有様だ。

 これだと魔法職が一番シナジーしそうな補正だ。

 

 

 しかし、LUCなんて上げてどうするのだ?確かLUCは確率によって判定があるスキルの判定補正とか、ドロップアイテムのドロップ率をあげるくらいだったはずだ

 

 

 正直な話、このステータスをあげる旨味は他と比べると少ないように感じる。

 

 

 私にギャンブルでもやらせるつもりなのか、このエンブリオは

 

 

 そして下の方を見ていくと『保有スキル』という項目があった。

 

 

 

 

《温度最適化》:

周囲の環境に合わせて温度の調節を行う。冷風、温風、加湿、除湿も可能。

 パッシブスキル

 

 

 

 

《童のもてなし》Lv1:

キャッスル内のコタツに入っている者にHP,MP,SPのいずれか一つを継続回復する。

Lv1では1秒に1ドットずつ回復する。

 パッシブスキル

 

 

 

 

《童のお裾分け》:

HP,MP,SPの全てが上限値に達している時、MPまたはLUCをチャージし、アイテム化することができる。

アイテム化した、MP及びLUCの使用権はチャージをした者にのみ与えられる。

MPは10秒に1ドット、LUCは59に1ドットずつカウント。

貯蓄上限はスキルを使用した者の総合レベル×1059まで。

MPは飴玉、LUCはドロップに変換した状態で生成される。

口に含めることでMPは回復、LUCは加算され、ステータスの変動は使用してから1時間まで有効である。

 アクティブスキル

 

 

 

 

 

 

 ここまではかなり便利な能力に見える。

 正直ここに籠って生産活動するだけで生活できる気がする。

 そして、次のスキルが戦闘用のスキルらしい。

 

 

 

 

  

《去運不返球》:

〈マスター〉がザシキワラシの中にいる時発動可能。

MPを10消費することで接触したモノに固定ダメージ1を与え、LUCをマイナス9する遠距離攻撃を放つ。

スキルの速度は「自身のLUC×10」の数値をAGIに変換したものとする。

着弾した対象のLUCが、自身のLUCの10分の1以下になったとき、【飢餓】、【衰弱】、【脱力】、【食中毒】、【呪縛】のバッドステータスを与える。

有効時間五十分、デスペナルティ以外のログアウト時の時間はカウントされない。

効果は対象に着弾してからそれぞれ別個に発動。

 アクティブスキル

 

 

 

 

 なかなかすごいことになっている。

 このスキルを見てから分かったことだが、他の二つのスキルはこれを使う前提の補助のスキルだったようだ。

 

 威力こそないけど、その本質は相手を複数の状態異常に陥らせることに特化したスキルなのが分かる。

 どの状態異常が、どんな効果を持つのかは知らないが字面的にロクでもないことが起きそうだ。

 

『ちなみに、【飢餓】は空腹感を相手に与えるだけで、【衰弱】は相手のステータスを半減、【脱力】はその下位互換で相手のSTRを半減させるのデス。【食中毒】は嘔吐感と継続HPへのダメージを与えて、【呪縛】は相手の動きを拘束する状態異常なのデス』

 

 

 

 やはり、予想通りロクでもなかった………

 

 

 

 実際に使ってみないと分からないけど、きっとひどいことが起きるに違いない。

 

 

 

 ……にしても、完全に私エネルギータンク扱いだな、これ。

 

 

 

 そんな事を考えているとザシキワラシからモンスターの襲来を知らされる。

 相手のモンスターは【レッドボア】という草原にいるモンスターの中でもSTRがかなり高いモンスターで、その突撃をまともに食らえば上級戦士職の者でも痛手を負うほどの威力を持つモンスターとして有名である。

 

 しかし、突撃をしている間は直線上にしか移動できないため、ある程度の戦闘経験がある者には容易に躱すことが出来るため、然程(さほど)脅威となるモンスターではない。

 

 

 

 

 ……なのだが、今の私たちは移動して戦うことができないため、相性的に最悪の敵に思われた。

 

 

 

 

 言わば、城門と破城槌の戦いのようなものだ。

 

 

 

 

 しかも、ザシキワラシの耐久値は見た目相応であるらしく、一撃でも入れば大破する未来が待っているだろう。

 しかも相手の数は三体らしく、一体でも脅威なのに絶望的とも言える。

 

 

 

 

『安心してほしいのデス、マスター。僕が絶対にここまで近づけさせないのデス!!…………と言っておいてなんなのですが、マスター、よろしければ僕のスキルでチャージしたLUCを使ってもらってもよろしいのデス?』

 

 

 

 

 様子を見るためにコタツから出ていた私にそう言ったザシキワラシは、コタツの上に黄色い紙に包まれたドロップを出現させた。

 おそらく、確実にスキルの効果を発動しやすくするためだろう。

 拒否する必要もないので大人しく言うことを聞いてドロップを舐め始める。

 すると、急速にLUCのステータスが上がっているのを確認した。

 ここまで私がコタツの中に入っていた時間は約30分ほどであるため、大体+30くらいの補正が私のLUCにかかることになり、元々のLUCが22であったため〈エンブリオ〉による補正と含めて私の今のLUCは74になっている。

 

 つまり、今《去運不返球》が当たれば、敵のLUCが7以下になりさえすれば追加効果が発動するということだ。

 

 相手の方も突進の準備を済ませている様子でこちらに体を向けている。

 

そして、【レッドボア】達の突進が開始される、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前にこちらのスキルが発射される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お互いの距離は大体50メテルほどであるが、《去運不返球》は弾丸のような速さで瞬く間にその距離を埋めて【レッドボア】の一体に着弾する。

 

 着弾した瞬間、その【レッドボア】は急に力が抜けたように横に倒れる。

 体は痙攣し、口からは泡を吹かせながら苦しんでいるのが分かる。

 

 他の二体はその様子に驚き、突撃姿勢を解いてしまっていたところに追加で放たれた《去運不返球》の直撃を受けて仲間と同様の目に遭ってしまった。

 

 それから10分程で【レッドボア】は光のかけらになってドロップアイテムを残し、消えていった。

 共通スキルの《遠視》で一部始終を見ていた私は驚きのあまりこう呟いた。

 

 

 

 

「い、一撃で戦闘不能にしちゃったよ」

『まあ、相手のモンスターはSTRが高め、AGIが次に高い偏ったビルドなので、リソース的に妥当な結果かと思うのデス』

 

 

 

 

 それでもこれはすごい、と私は思う。私の出番が本格的に要らない。

 むしろコタツでジッとしてた方がいいくらいだ。

 なにせ今の戦闘で私のMPはほとんど空になっており、次のモンスターが来たらまず確実にやられるといった具合になっている。

 私はコタツに入って戦闘に関してはMPの回復に専念して、攻撃をザシキワラシ任せにした方が今は得策だ。

 

 やはり、ジョブの見直しが必要なようだ。

 

 戦闘を前提にするのなら魔法職がいいだろう。この戦闘スタイルなら今の私でも狩りができる。

 

 

 

 移動中が肝だが、そこは街に戻ってから考えよう。

 

 

 

 まだ問題点は多いけれど、だんだん光明が見えてきた気がする。

 

 

 

 こうして、私たちは先ほどと同様の手順で、近づいてきたモンスターたちを倒してからドロップアイテムを回収してから街に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………ちなみに帰りはまだ外が怖いので、いったんログアウトをしてから街の中にあるセーブポイントにログインすることで何とかした。

 

 

 

 







ついにエンブリオの概要を出せました。


主人公が望むモノを詰め込んだ結果こうなりました。


一見強そうな能力ですが、もちろんデメリットは存在します。
能力で気になることについては感想で書いていただけたら、今後の展開に支障がない範囲で答えていこうと思います。

にしても、ここまで長かったです。本当に

ここからが本作の本格的な始動なのですが、最終段階はプロットに書けているのに途中の章が完成していない体たらくです。(なお、一章の最後辺りを現在書き直している作者である)

そんな作者が気まぐれで投稿していきますので、今後も生暖かい目で見守ってくれると幸いです。(なお、そこまでストックに余裕はない)

原作で天地が出てくる前にはある程度書き終えたいな………

しかし、どんな現地人がいるのかも知りたいというジレンマがががが

次回はかなり時間が経過した後の主人公達デース

~追記~
ザシキワラシのスキルのテキストを一部変更しました(五月十四日)



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閑話 修羅の獣




今週三回目の更新

今回は閑話です

え、予告と違うって?

予告とは覆すためにあるのだよ(どや顔)

普段より短めです





 

 

 ■???

 

 私は生まれながらにして特別だった

 

 周りのモノとは比べ物にならない程の才能があった

 

 戦いにおいて天賦の才があった

 

 生まれながらにして武人としての心得も持ち合わせていた

 

 生まれてから三日もしないうちに私を産んだ両親の力を超えた

 

 両親はそんな私を誇りに思ってくれた

 

 生まれてから一週間後、群れの長を上回る力を手に入れ、群れのトップに君臨した

 

 しかし、その強さ故に群れているはずなのに常に孤独を強いられていた

 

 生まれてから二週間経ち、私は群れから離れて武者修行の旅に出た

 

 あの群れにいてはこれ以上強くなれないと思ったのと、今の私には何かが足りないように思い、それが何なのかを探すために旅に出た

 

 旅を続けて四日目、私は彼に出会えた

 

 彼は私と同じように自分に足りないモノを探すために群れから出ていった者だった

 

 私は彼と出会い、彼もまた私に出会うことで自分たちに足りないモノが何なのかを見つけることが出来た

 

 しかし、私たちが望んでいたものは似て非なるものだった

 

 私は絶対無二の好敵手を求めていた

 

 彼は自分を愛し、自分に愛されてくれる恋人を求めていた

 

 それぞれ違うものを探していた相反する私たちは結果的に互いの願いを体現することで探し物を見つけることが出来た

 

 そして、私達は出会って数時間でつがいになることが出来た

 

 それから私達は毎日のようにともに生活し、狩りをし、競い合い、そして愛し合った

 

 まるで夢のような時間だった

 

 

 

 こんな生活がいつまでも続いていけばいいと、私はそう思っていた

 

 

 

 私たちがつがいになってから約2週間目のある日、彼の方から今日は別々の場所で狩りをして競争しようと提案してきた

 

 これまでも何度かしてきた競争方法だったので私は特に異論もなく、その方法で競争を始めることにした

 

 私は草原の方へ、彼は同族が多い森の方へと移動していく

 

 私はいつものように、大きく成長した自身のたくましい足を用いた移動法と足技を駆使して、草原にいる獲物(ティアン)を次々に狩っていき、その死体から耳を剥いでいった。

 

 他の生き物を狩ると決まって原型を留めずに消えてしまうため、私達が離れた場所で競争をする時にはこの獲物(ティアン)を狙うことをルールにしているのだ 

 

 そして、強すぎる相手はスルーしつつ休憩を挟みながら狩りを続けた私は約束の時間である夕暮れ時になったので住処である穴倉へと戻っていった

 

 夜空の輝きが見えるようになり、星の瞬きを眺めながら穴倉の周りに集まる敵を駆除しつつ彼の帰りを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 しかし、彼はそれから幾日と経とうとも帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 彼がいなくなった日から私たちの縄張りの近くで、よく私たちが獲物にしていたイキモノ(ティアン)によく似た何かが出てくるようになった。

 

 "奴等"はそれぞれが別々に強力な力を持ち、それに加えて殺しても殺しても数日でまた出てくる化け物だった。

 

 

 

 私は分かってしまった。彼は奴等に殺されたのだと。

 

 

 

 彼は隠れることに特化した雄だった。彼の隠行は感覚の鋭い私ですら見つけられないほどだ。

 

 それに彼は自分よりも感知に長けた雄であり、自分の力量をわきまえて相手を襲う生粋の狩人だった。

 

 その異端な能力を生まれ持ったおかげで私たちは出会うことができたわけなのだが

 

 しかし、これまで私が遭遇してきた奴等の大半はその実力と放たれる空気が全く噛み合わないことが多かった。

 

 私は純粋な身体能力で圧倒してきたのでなんとかなったが、彼には私ほどの戦闘能力はない。

 

 彼の最大の長所は目の前にいても相手から認識されなくなるほどの隠密能力だ。

 

 身体能力は他の同族より上なくらいで私とただ殴りあうだけの勝負なら十中八九私が勝つだろう。

 

 そんな彼が私と渡り合えていたのはどんな状況下でも隠れることができたからだ。

 

 もしも、彼の長所である隠密能力を越える力を持った相手が奴等にいたのなら、彼の勝機は限りなくひくい。

 

 そして、彼は見誤ってしまったのだろう。相手の力を

 

 確信は、まだない。

 

 だが、彼は私をおいて何処かに行くような雄ではない。

 

 もし彼が他の雌といたら、その雌を殺してから彼を半殺しにするが、そうではないのだろう

 

 彼の愛はそんなに軽いものでは無かった

 

 

 

 

 やはり、彼は、死んだのだ………

 

 もう、ワタシは、カレには会えないのだ………

 

 

 

 

 彼との永遠の別れは私の中で確信になっていった。

 

 しかし、私は泣かなかった。

 

 この時、いや、今の私には悲しみの感情は無かった。

 

 

 

 

 

 私の中にある唯一の感情、それは怒りだ

 

 

 

 

 勝手に私をおいて先に逝ってしまった彼に対する怒り

 

 

 

 

 自分達が強者であることに驕っていたことへの怒り

 

 

 

 

 彼を殺した奴等への怒り

 

 

 

 

 自分から彼を奪ったこの世界への怒り

 

 

 

 

 そして何よりも、彼を守れなかった自分自身(・・・・)にとてつもない怒りを抱いた

 

 

 

 

 もう、二度とこんな思いをしたくない!!!

 

 

 

 

 もっと速くならなければ!

 

 

 

 

 大切な誰かの危機に間に合うように

 

 

 

 

 もっと誰よりも高く、鳥のように跳ばなくては!

 

 

 

 

 例え道が無くても駆けつけられるように

 

 

 

 

 もっと知恵を身に付けなければ!

 

 

 

 

 未知の現象に惑わされないために

 

 

 

 

 もっと卓越した技を磨かなくては!

 

 

 

 

 例えどんな敵が来ようとも対応できるように

 

 

 

 

 今の私に喜も、哀も、楽もいらない

 

 

 

 

 必要なのはただただこの胸に宿る地獄の炎さえも生温いと感じる怒りのみ

 

 

 

 この怒りを糧に私は今の私よりもさらに強くなる

 

 

 

 

 例え、この身が更なる異形へと変わろうとも構わない

 

 

 

 

 私はもう何も失いたくない!!

 

 

 

 

 

 

            ◆

 

 

 

 

 

 

 

 それからの私はただただひたすらに自分を鍛え抜いた。

 

 

 

 

 同族も、異種族も、獲物も、憎き敵である奴等もたくさん殺してきた。

 

 

 

 鋭い鋼の棒を一瞬で伸ばしてくる雄を真っ二つにした

 

 

 

 

 未知の力で木々を操っていた雌を迫りくる木々ごと踏み潰した

 

 

 

 永遠と追いかけてくる球を筒から放つ雄を球ごと粉砕した

 

 

 

 他にもたくさんの力を見て、学び、対応し、時に自分のものにしてきた。

 

 

 

 しかし、私は呆気なく地に伏してしまった

 

 

 

 

 奴等ですらない獲物(ティアン)に腹を深く切られてしまったのだ

 

 

 

 

 その相手も傷を負い、もうすでに事切れている

 

 

 

 

 見事な相手だった。実力の拮抗した素晴らしい戦いだった。

 

 

 

 

 だが、私はこんな終わりは望んでいない!!

 

 

 

 

 私はもっともっと強くならなければならないのだ!!

 

 

 

 

 こんな所で眠りに着くわけにはいかないのだ!!!

 

 

 

 

 まだだ!!まだ、全然足りない!!!

 

 

 

 

 こんなちっぽけな力ではまるで足りない!!!

 

 

 

 

 これでは私の怒りは収まらない!!

 

 

 

 

 もっと圧倒的で、絶望的なまでに強大な力が欲しい!!!

 

 

 

 存在自体が畏れと化す、そんな力が!!!!

 

 

 

 

 しかし、現実は無情だった

 

 

 

 

 私の腹の傷はいっこうに治らず、傷口から血がどんどん溢れ出ていた。

 

 

 

 

 段々、私の意識が、遠退いていく

 

 

 

 

 それでも、私の瞳に宿る怒りの炎は衰えなかった

 

 

 

 

 絶対に死ぬものかと、最後の悪あがきをしていると

 

 

 

 

 

 それは何処からともなく落ちてきた

 

 

 

 

 

 それは黒くて四角い形をした箱のようなものだった

 

 

 

 

 とても嫌な感じがしたが、それと同時に凄まじい力の波動を感じた

 

 

 

 このままではどのみち死が待つだけの此の身である

 

 

 

 

 このまま何もせずにノタレ死ぬか、食べて死ぬかの違いだ

 

 

 

 

 それにこうなる前から自分の心配などしていない。

 

 

 

 

 なにも問題ない。食べてしまおう

 

 

 

 

 そして、私は最後の力を振り絞りその黒い物体まで体を引きずりながら近づき、それを躊躇いなく飲み込んだ

 

 

 

 

 変化は劇的だった

 

 

 

 

 私には理解できない言語が私の脳裏を駆け巡り、しばらくして頭の中の言葉が聞こえなくなったとき

 

 

 

 

 

 私の姿は変貌していた

 

 

 

 

 

 先程まで自分の腹部にあった傷は跡形もなく消え去り、力が衰えるどころかとてつもない程の力をからだの中から感じる

 

 鍛え上げて膨らんでいた全身の筋肉は一気に引き締まり全体的に細身になったものの、ひ弱な感じは全くせず、むしろ強大な力を一身に圧縮したような雰囲気を全身から感じさせる細さを体現していた

 

 例外的に脚は腕と同様に長くなってはいたが、そこに秘めた力が桁違いに上がっており、その溢れだす力を象徴するかのように大きくなっていた

 

 全身を覆う白い毛皮は光沢を帯び、柔らかそうなイメージと異なりかなり硬質になっている

 

 感覚も鋭くなり、自身の種族が持つ独特な形をした長い耳に入る情報は前の倍以上になり、不思議なことにその情報量も問題なく処理できている

 

 

 

 

 

 全身から感じる此の全能感を覚える程の力、私以外が此の力を手に入れればその力の強大さに溺れ、慢心していただろう

 

 

 

 

 だが、足りぬ(・・ ・・・)

 

 

 

 

 此は私が望む絶望にはほど遠い

 

 

 

 

 私の途絶えることを知らない怒りを静めるには弱すぎる

 

 

 

 

 此だけでは足りぬ。もっと私に力を。

 

 

 

 

 更なる高みへ私は行かねば成らぬのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、この世に一匹の修羅は生まれ落ちた

 

 

 

 

 

 

 

 







コヤツは一章のラスボスです、ハイ(唐突のネタバレ)



前に感想でオープン修羅は書いていないと言っていたのに、それに矛盾するかのように修羅が出ると言ったのはそもそも今回出るのが人外だからです



ベースになったモンスターについてはまだ内緒です。
まあ、大体検討はついていると思いますが()



激情的な怒りが【■■■■■】を食べたことで、静かなる怒りに進化


UBM特有の慢心が序盤から消えているマスター絶対殺すウーマン(基本的に目についたモノも殺す)の誕生です


自分で書いておいてなんだけどトンでもねぇ修羅を書いてしまった………


ちなみに、今回ヤられてしまった(確定)雄の方ですが簡単に言うとどこぞの落○騎士が使う"抜き足"みたいのを使うことが出来ました


一体、誰にヤられたんでしょうかね?


………~♪(下手な口笛)


名前と能力の詳細は一章の終盤で判明させます


そして、たくさんの感想と評価、ありがとうございます!!


今後も皆様の期待に応えられるモノを書いていけるように頑張りたいと思います!!(なお不定期更新)


次回は普段通りに月曜日に第八話を更新しますデス(いや、マジで)



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第八話 実力と適正



第八話です


先週調子に乗って一辺に出しすぎたせいで段々ストックに余裕が無くなってきた作者である(自業自得)

全く関係ないけど、最近の原作のデンドロは重要な設定を出す回が多くてヤバイですな。



 

 

□将都安穏京 【式神術師(シキガミジュツシ)】夜ト神寝子

 

 こんにちは、あれから自由を謳歌(おうか)している夜ト神寝子です。

 

 あれからこちらの時間で三週間経ちました。

 

 御覧の通り転職しておりまする。三つ目のジョブです、ハイ

 

 

 

 え、他の二つはなんだって?

 

 

 

 まあ、簡単に言うと最初に取得した【弓武者】の方はDEXが上がってて生産活動するのに便利なんで、まだリセットしておりませぬ。

 

 

 

 新規で追加したのは万能性が高い東洋版の魔法職である【陰陽師】です、ハイ

 

 

 

 広範囲探知系のスキルがあったのが決め手でした。

 

 【陰陽術】のスキルの構成は数に限りはありますが基本的に自由で、私は遠距離攻撃に秀でた風属性と探知系のスキルを中心に取得しています。

 

 昨日、無事にカンストしたので【式神術師】に転職した次第であります。

 

 私のレベルアップの速さは周りの〈マスター〉のそれよりもかなり早い方なのだとか。

 実はあれから一週間たった時に、ある程度装備が整ったところで一つ先のフィールドまで移動したんです。

 すると、敵が強くなっているのは確実なのですがほとんど同じような手順で倒せたので、試しにその次のマップの境界線まで移動してみたのです。そこでも亜竜クラスのモンスターですら問題なく狩ることが出来ていたため、それからは街から二つ先の草原のフィールドで狩りを続けていると言うわけです。

 

 そのおかげか今の戦い方でも経験値の入り方がかなり良くなり、ハイペースでレベルを上げることが出来るようになったのです。

 さらに、私のエンブリオの特性から狩りをしていない時に【陰陽術】を封じ込めた【呪符】の製作をしていても問題がないため、狩り以外のクエストを同時進行で受けていることで経験値がより入りやすくなっていることから、周りの〈マスター〉よりも早くカンストすることが出来たのです。

 

 それで話を戻すと、私が就いた【式神術師】は西の大陸の方でいうところの【召喚師(サモナー)】だそうです。

 

 この情報は大陸の西側にある〈レジェンダリア〉にいる私の従兄から教えていただきました。

 最近、メールで<Infinite Dendrogram>関係の連絡をよくしています。しかし、最初の内は普通にゲームのジョブの話とかをしていたのですが、だんだん彼から送られてくるメールの内容がティアンのエルフの話しか出てこなくなり、聞いてもいないのに「【妖精女王(ティターニア)】様マジ最高」とか言ってくるようになってきて正直かなりウザいです。

 

 

 さて、余談がやけに多くなりましたが本筋に戻るとしましょう。

 

 このジョブを選んだ理由は、ドロップアイテムの回収をするためと周りからモンスターを引き寄せるための二つであります。

 まず、私たちの戦闘スタイル的に私が外に出られないのでドロップアイテムは基本的に帰りか狩場の移動の時に回収していたのですが、時々他のプレイヤーに持ち逃げされそうになったり、されたりしたので召喚モンスターに回収させようと考えたのです、……ザシキワラシが

 

 ちなみに持ち逃げしようとした輩には一人の例外もなく《去運不返球》の連続発射をお見舞いしているのですが、AGI特化のプレイヤーにはゴキブリのように逃げられたこともあります。

 

 

 「あの害虫ども、顔は覚えたのデスッ!!いずれ潰してやるのデスッ!!」と、ザシキワラシが以前言っていました。

 

 そしていつの間にか自分よりも速い相手を捕捉する技術を独学で身に付けたザシキワラシによって、今のところ味を占めて再犯を犯した者はすべて潰すことが出来ています。

 

 

 パートナーが非常に頼もしい限りです

 

 

 二つ目の理由も私たちが基本的に待ちの姿勢で戦うため、獲物が来るのにそれなりに時間が掛かることから、遠くにいるモンスターをおびき寄せるために召喚モンスターを使うのが結果的に最適だったからです。

 

 一度だけ、特定のモンスターを集めるアイテムを使ってみたのですが、効き目はいいもののニオイがかなり強烈だったため再び使うことはなく、地味に高い買い物だったので売らずに手元に残しています。

 

 

 【従魔師(テイマー)】でもいいかと思いましたけど、モンスターに反逆されるのが怖いのでやめた次第です、ハイ………

 

 

 

 現在レベルは1で絶賛レベル上げ中です。

 

 

 

 

 

「マスター?なぜ脳内でこれまでの記憶のダイジェストをしているのデス?」

「いや、何と無くやらなくちゃいけない気がしたもので」

 

 

 

 

 

 横で朝食のおにぎりを美味しそうに頬張るザシキワラシにそう答えたものの、特に理由はない。

 自分でも分からんが唐突にやらねばならん気がしたのだ。

 

 

 

 ふむ、謎だ

 

 

 

 まあ、そんなことは頭の片隅にでも置いといて、ひとまず朝食も食べたところだしアイテムボックス内の荷物と装備の確認をしてから出かけることとしましよう。

 

 まずアイテムの方は、スキルで作った飴とドロップがそれぞれ10個ほど入った袋に、【ヒールポーション】が10本、MPを500回復する【MP回復ポーション】が30本、【快癒万能霊薬】が1本、式神の媒体になる札が5枚、【陰陽術】が込められた【呪符】が30枚、緊急時のために一応持っている弓矢と前に持っていた物よりも補正がグレードアップしたナイフ、使わずに持て余しているモンスターを引き寄せる臭い袋がいくつか、暇つぶし用に松井さんからもらった本に裁縫道具、お茶菓子と緑茶、お昼ご飯の材料に調理器具、【呪符】を作るのに使う札50枚ほど………

 

 

 

 よし、アイテムは問題ないな。

 

 

 

 装備の方も流石に初心者装備から新調しています。自身の気配を薄くしたり濃くしたりできる《気配操作》:Lv2が付与された、袖が肩からカットされたフード付きの緑色の羽織に、MPを100増やす《MP増加》とスキルによるMP消費を5パーセント軽減できる《消費MP減少》がセットでついている巫女服みたいな色合いをした忍者装束を上下と足袋、AGIに補正がついた草履に、あとはLUCに補正がある開運系のアクセサリーを5種身に着けている。

 

 

 

 この装備を全部集めるために掛かった費用はおよそ4万リル程である。

 食費を節約して、無駄な買い物をせず、ギルドに納品する一個あたり750リルの呪符を毎日20枚前後作ることを目標にして狩りと同時進行でやったらどうにか早めの段階で手に入れることができました。

 貧乏生活が身に染みついたことと、ザシキワラシの食癖が「1食で100リル以内、1日の間食は50リル以内の予算で手に入れた食品しか食べられない」というおかげもあってか、未だに生活サイクルを変えずに生活していることもあり、かなりの金額を貯蓄できています。

 

 

 

 うん、装備の方も問題はないし、特に忘れ物もないようだ。

 

 

 

 それじゃあ、気を引き締めて行くとしますか。

 

 

 

 

 

           ◇

 

 

 

 

「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない。私は大丈夫、怖くなんかない。私はもう一人じゃない。だから大丈夫。モンスターなんて怖くない、怖くない………」

 

 まず、最初に門を出たら(はた)から見たらヤバそうな様子で《詠唱》をし、後の戦闘に支障をきたさない程度にMPを消費することで《魔法範囲指定拡大》を強化しつつ《生体探査陣》を発動させる。

 

 これで、進路上にいるモンスターと〈マスター〉の位置と数を把握して草原のフィールドまでに遭遇しないようにしているのだ。

 そして、私は【陰陽師】とは思えないほどの緊張感と隠行をもって全力の索敵を行いながら街道を進む。

 

 このとき、機動力と隠密行動に問題が少しあるザシキワラシは紋章の中に戻ってもらっている。

 

〈西鷹草原〉の方には奇襲を行うほどの物陰もないし、姿を消すタイプのモンスターもいないので、補正されたAGIを使って全力で走り抜けて一つ先のフィールドのレベル帯が比較的高い所まで進む。

 

 そんなこんなで目的地に到着した私たちはいつも通りにザシキワラシを展開した後に近づいてきたモンスターを狩りつつ、【陰陽師】ギルドと提携している【式神術師】ギルドで発注したクエスト分の【呪符】づくりに精を出すのであった。

 

 

 

 

             ◇◇

 

 

 

 

 

 それから七時間後、《バイオレンス・ファング・ボア》の群れの最後の一体に【陰陽術】の風属性中位遠距離攻撃スキルである《回風刃(かいふうじん)》を食らわせてとどめを刺した。

 現在の時間は午後の4時半、いつもよりは早いが今日の狩りはここで切り上げることにした。

 

 

 

「今日は大量だったね、ザシキワラシ」

『はい、式神もいい感じに活躍出来ているのでいつもより効率が良いのデス』

 

 

 

 予想以上に《式神召喚》で召喚したモンスターが活躍したおかげでいつもより2時間も早くクエストの目標討伐数に届くことが出来た。

 

 【式神術師】のレベルも15になって、従属キャパシティーも拡大されたし、もう少しランクの高いモンスターを購入しに行こう。

 

 もう少しレベル上げをしたら違う町まで遠出をするのもいいだろう。

 

 夢が膨らむというものだ。

 

 召喚した長い布のような妖怪のモンスター【一反木綿】にアイテムを回収させた私は街の門の前でした時とは違いMPの限界まで《詠唱》をした後に《生体探査陣》を発動し、周囲一帯にモンスターがいないことを確認してからザシキワラシから出て、徒歩で街まで帰るのであった。

 

 

 いつまでもログアウトとログインの連続で帰ってはトラウマ克服に進展がないので、レベルに余裕がある所ではこうして帰ることにしているのだ。

 

 

 その道中で妙なものを見かけてしまい、近くにあった木の物陰に隠れて様子を見た。

 

 どうやら、〈マスター〉三人のパーティーが50体以上の【ゴブリン】の群れに襲われているようだ。

 

 ゴブリンの群れには多くの【リトルゴブリン】以外に13体の【ゴブリンウォーリアー】、10体の【ゴブリンアーチャー】、そして、ひときわ図体がでかい【オーガリーダー】が一体いた。

 

 【オーガリーダー】は単体で亜竜クラスの戦闘力を持つモンスターにカテゴリーされているが、実際には群れを指揮する際には指揮系統のスキルにより配下の【鬼】を大幅に強化するため討伐難易度がさらに高めになっている。

 

 このマップでの適正レベルと大きく違う難易度から突然変異した個体か、他の場所から移動してきた個体なのだろうと私は考えた。

 

 それに立ち向かう〈マスター〉達なのだがよく見ると装備が初期装備のままで戦っているのを《遠視》スキルで確認した。

 

 

 おそらく、新規で始めたばかりのプレイヤーなのだろう。

 

 

 ここは初心者が簡単に踏破できるフィールドではないのだが、それを可能にしているのは彼らの〈エンブリオ〉のおかげなのがわかった。

 

 ナイフで戦っている眼鏡を付けた少年の〈マスター〉はそのナイフを危なげな様子を見せながらも確実に敵の急所にあてて一撃で倒している。

 おそらく急所を見抜くことに特化した〈エンブリオ〉を持っているのだろう。

 地味な戦い方だが、この三人の中で一番敵を倒すスピードが速い。

 

 

 

 もう一人のやけにビジュアルを重視したイケメンのような少年の〈マスター〉は片手に剣を持ちながら、もう片方の手に持っている酒瓶の中にある液体を相手にかけながら戦っている。

 

 どうやら、その液体には状態異常を発現させる効果があるらしく、かけられた敵は【酩酊】、【宿酔い】、【魅了】の状態異常のいずれかを発現させられている。

 

 相手が動けなくなったところを切りつけているのだが、火力が足りないせいか倒すのに時間がかかっている。

 しかも、【魅了】の状態異常をかけられた個体も同様に倒しているので、かなり効率の悪い戦い方だと言えるだろう。

 

 

 

 最後にそんな二人に挟まれた状態で守られている女の子らしき〈マスター〉は恐怖からか焦燥からかは分からないが目の前を見ながら顔を青くしている。

 その視線の先には鍛えられて引き締まった上半身を露わにして、下半身にしか防具を着けていない体長2.5メテル程の巨人が光り輝く棍棒を持ちながら、【オーガリーダー】と正面から戦っている光景があった。

 

 おそらくあの巨人が彼女の〈エンブリオ〉なのだろう。

 

 しかし、すでに巨人の体には無数の傷があり、相手の【オーガリーダー】は軽傷しか負っていない。

 

 

 

 どちらが優勢化は明らかだ。

 

 

 

 あの巨人が倒れた時点で彼女たちの全滅が確定するのは、ほぼ間違いないだろう。

 

 「別に知らない人達だし、助ける義理はない」と思ったその時、あの女の子の〈マスター〉が浮かべていた表情が私の脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 

 なぜか、彼女たちを放っておけない気がする

 

 

 

 

 多分、この世界で初めて殺されそうになったときの自分の姿と、今の彼女の姿を重ねてしまったからだろう。

 

 あの時の自分には助けてくれる誰かがいなかったから自力で何とかしたが、彼女にはそれを成すだけのモノがないのだろう。

 

 このまま私が何もしなければ、モンスターになぶり殺しに遭うのが落ちだ。

 

 

 

 なら、私がこの場を見捨てるわけにはいかない。

 

 

 

 なぜなら今の彼女たちを見捨てることは、過去の自分のことから背を向けることと同義の行為だと今、気が付いてしまったからだ。

 

 それにさっき、見捨てようと思っておいてなんなのだが、ここで彼らが死んでしまい、万が一にもその恐怖で前までの自分のようにトラウマを持ってしまってこのゲームをやめてしまうようなことになったら、まるで自分の所為みたいな気がして後味が悪すぎる。

 

 

 

 うん、やっぱり助けよう

 

 

 

「と言うわけでザシキワラシ、いける?」

『お安い御用なのデス、マスター!!』

 

 

 

 そう言ってザシキワラシは私の背後にキャッスルの状態で出現し、私が中に入った瞬間に《去運不返球》を空中に生成し、4連続で数十メテル先の【オーガリーダー】に打ち出した。

 

 突然の砲撃に対応できなかった【オーガリーダー】は4発ともまともに喰ったのだが、そのHPに受けたダメージは極わずかだ。

 突然、死角から放たれた攻撃に驚きはしたが、余りに脆弱な攻撃に嘲笑の笑みを浮かべ、追加で発射された《去運不返球》を完全に舐めているのか避けようともせずにその背中で受け

 

 

 

 

 

 唐突にその巨体を地面へと投げ出した。

 

 

 

 

 

 いきなり体から力が抜け、動こうにも体が動かしづらく、とどめに空腹感が襲ってきながら嘔吐感に見舞われるというカオスな状況に【オーガリーダー】はすっかり混乱してしまい、先ほどから相手にしていた巨人に対して完全に無防備な体をさらしていた。

 

 この決定的な瞬間を逃さなかった相手の巨人は無防備にさらされたその脳天めがけて強烈な一撃を浴びせ、先ほどまで苦戦していた【オーガリーダー】を倒すことに成功した。

 

 その周りでは他の【ゴブリン】たちも親玉の【オーガリーダー】と同じように、飛んでくる《去運不返球》を受けてその動きを止められているうちに二人の〈マスター〉と私が召喚した二体の【猫又】にやられていき、【ゴブリン】の群れは全滅したのであった

 

 

 

 

 

           ◇◇◆

 

 

 

 

 

『あのでかいやつ以外はそんなにLUCは高くなかったようなのデス。楽勝だったのデス』

「いや、逆に四発も耐えたアレのLUCが高すぎな気がするんだけど」

 

 私のLUCは今、様々な装備の補正を受けたことで300になっている。

 つまり、あの【オーガリーダー】は最低でも67以上のLUCをもつ野生のモンスターとしては結構なグッドラック野郎だったわけだ。

 それにあのタフさから見るに私だけじゃあ、火力不足でかなりの時間をかけなければ倒せなかっただろう。

 

 

 

 そんなことを考えているとザシキワラシから声を掛けられる。

 

 

 

『マスター、先程からあちらにいる方々がこちらの方を見てはいるのですがどうするのデス?』

 

 そういえば放置したままだった。こちらまで連れてくるか。

 

 こっちに来るように書いた紙を新たに召喚した【一反木綿】に手渡してあちらの人たちに手渡しに行ってもらった。

 

 うん、わざわざあっちまでこちらが向かうためにザシキワラシを出し入れするのもめんどくさいし、あっちの人が来る方が手っ取り早い。

 

 それに安全面的に見てもこちらの方が絶対にいい。

 

 人を助けて自分が死ぬような目に遭うような要素は徹底的に潰さねばならん。

 

 ここは我慢して来てもらおう。

 

 こうして、初めて私はザシキワラシの中に人を招くのであった。

 

 

 






というわけで現在の主人公の状態の説明と人助けをする回でした

拙作でのレベルアップのペースの基準は廃人ゲーマーの初期クマニーサンやフィガロのデータをもとに考えています

それを踏まえて主人公のレベルアップの速度が早いのは生産と狩りを同時進行で行っていたお陰なのですが、狩りで倒す相手の数が普通に狩りを行う場合と比べてそこまで多くないので、単純に倍速にはなりませんでした。
どちらかと言うと生産をメインにしてレベル上げをしています。



原作者様公認のキャッスルの機動力の無さ舐めたらアカンで



戦闘描写があっさりしているのは文字数の問題もありましたが、大体前回と似たような感じになるので面白味がなくカットしました。

今回の話で主人公が人助けをしたのは前述にある通りなのですが、一番大きいのは人を助ける余裕ができるほど強くなったからですね。
ザシキワラシを手に入れてすぐの主人公ではまず助けません。
自分の身を守れなければ意味がないと、本能的に思っているので

次回は他人の視点からスタートです


誤字報告やおかしなところの指摘も受け付けているので、何か気になることがあったら教えてもらえると助かります。


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第九話 三人と一人

第九話です

沢山のお気に入り登録ありがとうございます!!

第一章のエピローグを書き終えたら、週二投稿を考えている作者です

序盤は他人視点からスタート、後半から主人公視点となっています

………最近、天地スタートのデンドロ二次が増えてきましたね

きっと、原作の蒼白が始まれば、グランバロアスタートの作品も出てくるんだろうなぁ~



■【巫女】きのこ餅

 

 私は新人プレイヤーのきのこ餅

 

 友達に誘われてこの<Infinite Dendrogram>を始めた現役の女子高校生

 

 正直ゲームとかに興味がなくもっぱら本ばかりを読んでいる。

 

 今回私を誘ってくれた男友達に前からよくゲームを一緒にやろうとしつこく勧められるものだから、毎回最初だけソフトを借りてある程度一緒にやってから何がつまらないかを懇切丁寧に言ってからやめている。

 頭ごなしにつまらないと言っても逆効果なので毎回こうしているだが、本当につまらないから仕方がないのだ。

 このゲームだってすぐに飽きると思いながら、その友人曰く超がんばって手に入れたらしいそのゲームの装置を自宅の自室で着けてゲームを始めたのだが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はその世界観に終始圧倒されていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チュートリアルを担当してくれた管理AIのチャシャと話をした時も、友達との待ち合わせの場所である天地に投下された時も、NPCと話をした時も、ただ歩いている感触を感じている時でさえ、私はこの世界のリアルさに驚かされていた

 

 そして、街を一通り回った後私の〈エンブリオ〉が孵化したとき、この世界に来てよかったと、心の底から感じた

 

 

 

 

 私の〈エンブリオ〉であるTYPE:ガードナー【不屈巨神 ヘラクレス】は私の理想を体現した私だけの“英雄”だった。

 

 

 

 

 私は英雄が活躍する神話や伝承が書かれた本を読むのが好きだ。

 特に英雄が窮地に立たされたりする局面や、常人にとって乗り越えるのが困難な試練を己の全てを賭して乗り越えていく彼らの姿が大好きだ。

 ライトノベルも時々読むが、最近はあまりいい作品に巡り合わないので読んではいない。

 流れで手に入れてしまった力とか、元から特別な力があるというのはまだいいのだが、そこからなんの苦労せずに自分の欲しいものを手に入れていくただ作者の願望を書いた物語は嫌いだ

 

 困難な試練を自分なりの形で乗り越えていくからこそ、それに見合う対価が英雄と呼ばれるものには支払われるのだと私は思っている。

 

 その私が思い描いた理想の英雄のあり方をヘラクレスは体現してくれた。

 

 ヘラクレスには私へのステータスの補正は一切ないどころかMPとSP以外のステータスにマイナスの補正を掛け、その代わりに自身のステータスを上級戦士職並みのステータスにまで高めている。

 唯一のスキルである《宝具顕現》は自身のステータスに相手より下回っているものがある場合、そのステータスを2倍にし、そのステータスに対応する武具を一つ召喚し使いこなすスキルである。

 

 その対価として召喚中は私のMPとSPが継続して消費され、スキルの使用をやめた瞬間にヘラクレスに対して使用時間に比例した一定時間、強化したステータスが半減するという戦闘中に効果が切れればほぼ確実に負けるというリスキーなものになっている

 

 

 

 だがこれは私が望んだ力そのものだった

 

 

 

 あらゆる状況に対応できる力を手に入れる代わりにそれ相応の対価を払わなければならない

 

 これは私にとって当然のルールなのだから

 

 そして、力だけではなく礼節を忘れない気高い精神を持ち合わせるという完璧な英雄が私のためだけに存在しているのだ

 

 

 これを運命と思わずにいられるわけがない。

 

 

 そして、私たちは各々の〈エンブリオ〉の性能を試すために後から合流したクラスメイトと一緒に狩りに出掛けた

 

 そして最初のフィールドにいるモンスターはヘラクレスに全く手も足も出せずに敗れ去り、光のかけらへとなっていった

 

 その様子を見て、私は完全にうぬぼれてしまったのだ。

私のヘラクレス(英雄)は最強なのだと………

 

 

 

 だから私は柄にもなく心を弾ませながら、私たちのレベルに適正じゃないフィールドまで行こうと言ってしまったのだ

 

 

 

 私をゲームに誘った彼はそんな私を止めたのだが、もう一人のパーティーメンバーが私の意見に賛同してしまったため誰も私たちの歩みを止めることが出来なかった。

 

 

 

 そして、私が自分の英雄の最強を確信してから十数分後、私達は自分たちの未熟さに気付かされるのである

 

 

 

 

 圧倒的な絶望によって………

 

 

 

 

 

             ◆

 

 

 

 

 私たちがそれと出会ったのは、先程まで私たちがいた〈西鷹草原〉から一つ先にあるフィールドの草原の中央に近づいてきた時である。

 そこまで順調にモンスターを狩ることが出来ていた私たちの前に【ゴブリン】の集団が襲ってきたのだ。

 ここまでの道中で多くの【ゴブリン】を倒してきた私達には何ら問題はない相手のはずのだがその数が異常だった。

 

 

 

 50体以上の【ゴブリン】達がいることが目測で分かり、その中には【ゴブリンウォーリアー】や【ゴブリンアーチャー】もたくさん見える。

 

 

 

 これまで相手にしてきたものとは(まさ)しく量が違う。

 

 

 

 でも、私は信じていた。私のヘラクレス(英雄)なら目の前の敵を薙ぎ払ってくれると。

 

 

 

 

 しかし、それは圧倒的な強者の登場によって覆される。

 

 

 

 

 そう、あの【オーガリーダー】が現れたのだ。

 

 

 

 

 奴が現れるまでヘラクレスはその屈強な手足で敵を蹂躙していたのだが、ヘラクレスの周りの敵が減ったと思いきや【オーガリーダー】が目の前に立ちはだかり真っ向勝負を挑んできたのだ。

 

 そして、そのステータスの差によってヘラクレスはこれまで味わったことのない窮地に立たされ、切り札の《宝具顕現》を発動することになる。

 

 私が選んだステータスはSTR、そして召喚されたのは武骨な形をし、煌々とした光をともす巨大な棍棒である。

 そして、ヘラクレスはその棍棒を自在に操り【オーガリーダー】へと迫り、形勢は立て直されたかのように見えたが

 

 

 

 

 実際には何も変わらなかった

 

 

 

 

 

 元から全てのステータスがこちら側の方が劣っていたのだ、当然AGIもこの時のヘラクレスの方が劣っているため攻撃力が上がっていても全く当たるどころか掠りもせず、ただただ相手の攻撃を受けるだけの状況は変わらなかった。

 

 その様子を茫然と見つめることしかできない私は絶望に打ちひしがれていた。

 私は【巫女】のジョブについているが今回復系のスキルを使えば《宝具顕現》を維持する分のMPさえなくなってしまい、完全に打つ手がなくなることになる。

 私がやられれば同様にヘラクレスが消えてしまうため、他のパーティーメンバーの二人が何もできずにいる私を守りながら戦ってくれている。

 

 

 

 でも、やられるのも時間の問題だ。

 

 

 

 明らかに周りの【ゴブリン】の強さが今までに戦ってきたモノよりの強くなっているし、仲間の二人のダメージもかなり蓄積されている。回復アイテムももうすでに尽きていた。ヘラクレスが今の状態を維持できるのは後もって十五秒ほどだ。

 

 

 

 状況は絶望的でもうこれまでかと思われたその時だった。

 

 

 

 

 

 あの人が助けてくれたのは。

 

 

 

 

 

 私達から遠く離れた数十メテル先から拳くらいの大きさの黄色い光弾が4発、【オーガリーダー】の背中に直撃した。

 誰かが助けてくれたのかと私の中で新たな希望が生まれたのだが、それは【オーガリーダー】に大したダメージも与えることもできず一瞬気を逸らすくらいしかできなかった

 

 その一瞬でさえ決定的な隙にすらならず、ヘラクレスが攻撃を当てることもかなわなかった。

 

 もう本当におしまいだと、またしても絶望に飲み込まれそうになった私は、同じ方角から放たれた同じ光弾が【オーガリーダー】に直撃し、急に倒れた敵の総代将の姿を見て思考が停止した

 

 

 

 

 一体何が起きたのか。そんな疑問が頭の中に湧いてくる。

 

 

 

 

 そんな私とは違い、敵の見せた決定的な隙を見逃さなかったヘラクレスは《宝具顕現》の効果時間残り一秒でぎりぎり相手に会心の一撃を食らわせて倒していた

 

 そこからは正体不明の光弾が次々に【ゴブリン】たちへと放たれていき、同じ方向からやってきた尻尾を二つ持った大柄の猫のモンスターの二体が身動きの取れない【ゴブリン】たちに止めを刺していっている。

 そして、私のパーティーメンバーもそれに協力して全滅させることで、なんとかこの窮地を乗り越えることが出来たのであった。

 

 あの状況から助かったのは確実にあの光弾を放った人のおかげだ。

 

 お礼を言わなければと思い光弾が放たれた方向を見ると戦闘が始まるまではなかった二階建ての日本家屋(・・・・・・・・・)がある。

おそらくあそこから攻撃していたのだろう。

 相手が来る気配がしないし、どうしようかとドロップアイテムを集め終えたパーティーメンバーと一緒に考えていると(くだん)の民家の方から布のようなモンスターが、言伝が書かれた紙を持って飛んできた。

 

 どうやらこちらが向こうまで出向いて欲しいとのことらしい。

 とくに異議はなかったので大人しくその指示に従い、私たちは民家の方へ移動するのであった。

 

 

 

 

             ◇◆

 

 

 

 

□【式神術師】夜ト神寝子

 

 一先ず、彼らを呼んだ私は玄関まで出迎えに行きリビングまで案内した。

 ガードナーらしき巨人には紋章にいったん戻ってもらった。

 天井に頭ぶつけそうだし、入り口にそもそも入りきらない気がしたので仕方がないことなのだ。

 

 この三週間のうちに第三形態まで進化したザシキワラシは二階建ての日本家屋となり、もはや完全に家族単位で居住できるほどの大きさになっている。

 さらに、《童のもてなし》がLv.2に上がったことで回復量が秒間2ドットになり、コタツ以外でもリビングや客間で楽にして座る、または寝たりするだけでも回復することが出来るようになった。

 

 もう一つ追加でスキルが出来たのだが説明はまたの機会に取っておこう。

 

 

 

 そんな訳で着々と住居化が進んでいるザシキワラシの一階にあるリビングに彼らを案内し、コタツに入って待っているように伝えた私は奥のキッチンへと向かい茶菓子とお茶を準備することにしていた。

 初めてのお客さんだし、心身ともに疲れている彼らから話を聞くにしても落ち着いてからがいいだろうと考えての行動だ。

 都合のいいことにここら辺の敵ならザシキワラシと式神が余裕をもって倒せるレベルである。

 式神の活動限界時間が来たら、今は出さずに残している式神を召喚して対処すればいいし問題ないだろう。

 

 

 

 そんなこんなでお茶を入れ終えた私は、お茶とお菓子を置いたお盆をもってリビングへと向かう。

 障子はザシキワラシが自動で開けてくれるので両手がふさがっていても問題ないというハイテク仕様である。

 そして、障子を開けた先にはコタツで幸せそうにしている三人組の姿が目に入った。

 

 

「お待たせしました。お茶、入りましたよ」

「「「あ、ありがとうございます!」」」

「いえいえ、私の方こそ疲れているだろうに呼びつけてすいません。これはせめてものお礼みたいなものだから遠慮なく食べて大丈夫ですよ」

「「「いや、でも、その………」」」

 

 

 三人とも同じセリフを同時に言ったので少し可笑しくて吹きそうになりつつ、次の言葉を彼らが放つよりも先に真面目な雰囲気を出しつつ牽制する。

 

「別に私はあなた達にお礼を言ってほしくて助けたわけじゃないんです。ただあのままあなた達を放って置いたら後味が悪くなるから助けただけなんです。だから別に変に意識してお礼をしないと、とか考えてなくても大丈夫ですよ。」

 

 最後の方は笑みを交えて言ってみたが、やはりまだ納得できないのか彼らの顔の表情は険しいままだ。

 そんな中で何かに気が付いたのか、眼鏡の男の子から疑問が投げかけられる。

 

 

「あの、後味が悪いというのはどういうことなのでしょうか?」

「それはまあ、そのままの意味ですけど?」

 

 

 どうやら、明確な理由が知りたいらしいのでそのまま続けて話す。

 

 

「まあ、そうですね。簡潔に述べるなら、私はあなた達にこの世界を嫌いになってほしくないから、ですかね」

「嫌いに?」

「はい。でも、これだと抽象的すぎますね。分かりにくくてすみません」

 

 

 苦笑いをしつつ簡潔に言い過ぎたことを彼に謝った。

 

 あまり気は進まないし不幸自慢をしてるみたいで嫌だったけど、ちゃんとした理由を話すことにした。

 

 

 

「実はですね。私、この世界でトラウマが出来てしまったんですよ」

 

 

 

 突然私がそう言うと聞いていた三人がその言葉に驚いた反応を見せる。

 

 

 それに構わずに私は話を続ける。

 

 

 自分がこの世界に来た時のことから準備を済ませて張り切って狩りに出かけたこと、そして自分のドジでわざわざ作らなくていいトラウマを作ってしまったあの時のことを話して、いったん話を区切る。

 

 重い空気に耐え切れなくなったからではない。

 

 あの時のことを思い出して辛くなってきたからだ。

 

 やはりあの時のことを思い出すと怖くて震えが止まらなくなるし、少し息も苦しくなる。

 

 でも、前に松井さん達に話した時よりは楽になっている。

 

 少しずつ進歩はしているのだろう。

 

 そのことを再確認し、自分のお茶を飲んで落ち着いたところで話の続きを始めた。

 

 

 それからしばらくログインできなかったこと、もうやめてしまおうかとも考えたこと、でももう一度戻ってきてよかったと思ったこと、今ではこの世界で出会ってきた人との記憶が自分の中ではかけがえのないモノになっていることを話して私はこう締めくくった。

 

 

「だから、あなた達には私みたいになってほしくなくて助けたんです。この世界の悪いところばかり見てたあの時の私みたいに。確かに怖いこともあるけど、ここには素敵なこともたくさんあることを知ってほしかったから」

 

 

 さっきからかなりこの部屋の空気が重いのだが、まあしょうがない。

 もっと、掻い摘んで言えばよかったのだが自分のリハビリと初心の再確認をするのにも丁度良かったので全部話した。

 おかげさまでもう30分くらい時間が経っている。

 

 少し悪いことをしてしまったかな?と思っていたところに先程私に質問をした眼鏡の男の子から私に謝罪の言葉が返ってきた。

 

 

「すみません、辛いことを思い出させてしまって。実はもしかしたらあのモンスター達をけしかけたのが貴方なのかと勘ぐってしまって……、本当にすいません!!」

 

 

 すさまじい勢いで土下座をした彼を見て、なるほどと、思った。

 聞きようによればそうと取られても仕方がない。

 タイミング的にもかなりシビアな所で出てたからそこら辺を疑われたのかと、一人で納得していると眼鏡の彼が他のメンバーに責められている光景が目に入った。

 

 

「あんたそんなこと考えてたの!この人がそんなことする人だと思ってたの!!」

「全くだ。君がそんな冷たい人間だとは思ってなかったよ」

「いや、悪いとは思ったけどさ、だっておかしいと思うだろう?ドロップアイテム狙いだったら俺たちが全滅すれば独り占めできたのにそれが理由じゃないってことは、何か俺たちに後ろめたいことしたからとか、考えるだろ?」

「あんたのその発想が!!」

「まあまあ、もう私は気にしてませんからケンカしないでください。彼の考えもわかりますので仲間を思っての行動だと思って許してあげてください」

 

 

 止まりそうにない批判が眼鏡の彼に降りかかるのは気の毒だし、これ以上この空気は私が耐えられなかったので言い争いを中断させた。

 そしたらなぜか三人から尊敬の眼差しを送られてしまった。

 

 

 

 なぜだ?

 

 

 

「は、はい。分かりました。……そのごめん、ちょっと言い過ぎた」

「……僕も悪かった。自分も少しは考えていたことを差し置いて言葉に出した君のことを責めるだなんて論外だった。本当にすまない」

「いやいやいや、わかってくれればいいから頭を上げてくれって」

 

 

 よし、仲直りもできたようだしここは気を取り直して話を続けよう。

 

 

「じゃあ、話もひと段落ついたことだし今更だけど自己紹介をしましょう。私の名前は夜ト神寝子です。ジョブは【式神術師】に就いてます。よろしくね」

 

 

私がそう言うと眼鏡の彼から順番に自己紹介を始めた。

 

 

「はい、じゃあ俺から。俺の名前は黒桐シキって言います。ジョブは【忍者(ニンジャ)】に就いてます。先程は失礼しました。」

「じゃあ次は僕で。僕の名前は鳳凰院天摩。ジョブは【剣武者(ソード・サムライ)】に就いている。よろしくお願いします、ミス・夜ト神」

「さ、最後に私ですね。私の名前は、その……、き、きのこ餅って言います。ジョブは【巫女(シュライン・メイデン)】に就いてます。先程は助けていただきありがとうございます!!」

 

 

 こんな感じでやっと自己紹介を済ませた私たちは、先ほどの戦闘についての話をするのであった。

 





今回は姫様願望を持つJK視点スタートでした

新キャラ三人のうち二人は名前からお察しの通り、とある作品のフォロワーです

イケメソの方は名前だけ拝借してる感じですね

最後辺りが作者的に今一に感じるのですが、悲しいことにその作者が基本的にアホなのでこんな流れになりました

でも、MMO系のゲームだとMPKなんてモノもありますから中途半端にゲーム慣れしてると、少し疑ったりする可能性も無くは、ないですよね?

この三人の詳細は次回書きますのでそこまで辛抱していただけると嬉しいです

あと、次回は今週中に更新します

‐追記‐
シキ君のジョブを【斥候】から【忍者】に変更しました


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第十話 指導と交流



どもども、水上竜華です

今回の話は正直にいうと私もなぜこんな感じで書いたのかよく分からない謎な回です

今回は新キャラの説明回みたいな話ということで納得していただけると嬉しいです

途中で読むのがつらくなったら、最後の後書きの方で三人の説明が書かれているのでそこだけ読んでしまえば今後の展開的には問題ないです





 

□【式神術師】夜ト神寝子

 

 ふむ、なるほど。大体わかった。

 

 つまり、自分たちの〈エンブリオ〉の性能にかまけてどんどん先に進んでたら強敵にエンカウントして死にかけた、という感じか。

 自分も似たようなことを前にやってしまったので特に叱る気にもならないのだが、このゲームを始めた先輩として何について話をするか方針を決めた。

 

 

「まあ、最初の内は気が緩んで失敗するのが普通らしいので、むしろ早めの段階で自分達の限界を知れたことの方が収穫だと思いますよ。それよりも今は負けそうになったことより、どうして負けそうになったのかを考えた方が賢明ですね」

「えっと、俺たちの敗因ってただの実力不足だったんじゃあないんですか?」

「えぇ、当然それもありますが、戦い方次第でどうにかなったかもしれませんよ?遠目からあなた達の戦闘を観察してましたけど非効率な戦い方だと思いましたし、そこを改善すればもう少しは粘るなり出来たと思います」

 

 

 私がそう言うと三人とも意外そうな顔をした

 

 

 初心者で経験が浅いこともあるのだろうが、どうやら本当に気が付いていないらしい

 

 

 第三者から見ての意見だし一概に合っているとも言えないので参考までに彼らの戦闘スタイルについて聞いてみた。

 

「まずは、黒桐君ですけど道中はどんな戦い方をしてましたか?」

「えーと、敵に突撃してナイフで急所を一刺しして倒してました」

「それって、あなたの〈エンブリオ〉の能力に合わせて作ったスタイルだと考えてもよろしいですか?能力については別に嫌なら話さなくて大丈夫ですから」

 

 それから黒桐君はしばらく悩んだ後に、問題ないと判断したのか話してくれた。

 

 彼の〈エンブリオ〉は今彼が身に着けている眼鏡だそうで、その名は【戦神心眼 アテナ】と言うらしい。

 その能力はあらゆる生きとし生きるモノの急所となる部分を発見し、自身が急所に対して物理攻撃をしたときにのみダメージ補正を付与するという力で、急所になる部分には赤いマーカーが浮き出てくるらしく、これを利用して隠れている敵も事前に察知することが出来るのだという

 

 

「うん、あなたの場合本来は攻撃にのみ特化したタイプだから守勢に回ると厳しいし、なるべく遊撃に努めた方がいいのだろうけど、あの状況じゃあ仕方ない面もあったしむしろこの中じゃ一番うまいやり方だったから大きな反省点はないですね。このままのスタイルでも十分通用すると思いますよ」

「あ、ありがとうございます!!」

 

 

 褒められたのが嬉しいのか、笑みを浮かべながら頭を下げて彼はそういった

 実際にこれ以上言うことがないくらい完成してたスタイルだったので特に何かを言うまでもなく終わってしまった

 

 問題は他の二人である

 

 

「それで次は鳳凰院君に聞きたいのだけど、これまでずっとあんな感じで戦っていたんですか?」

「もちろんですとも、ミス夜ト神」

「あらかじめ言っておきますけど、あのやり方はやめた方がいいですよ」

「なんですと!!」

 

 

 本人は驚いているが、隣に座っている黒桐君は「やはりそうか」と、でも言いたげな顔をしていた

 あれが流石に間違っていることに薄々分かっていたのだろう

 

 

「まず、剣を振る技術ですがこれは修練あるのみなので一概には言えませんが、〈エンブリオ〉の使い方がまずアウトかと」

「使い方?僕は自分なりに考えて有効活用していると思うのですが?」

「確かに私が戦闘で見ている限りでは足止めに使うのはいいのですが、【魅了】の状態異常を発現した個体も倒すのは明らかに下策です」

「?」

 

 

 どうやら、本気で分からないらしい

 

 「この人、本当に大丈夫か?」と、思いながら説明する

 

 

「私が言いたいのは、わざわざ自分の手下にしたモンスターを有効活用せずに自分の手で殺すのは下策だと言っているんですよ。【魅了】は敵の動きを操れる強力な状態異常なんですからこれを有効活用しない手はありません。同士討ちさせるなり、自害させるなりした方が、効率がいいということです」

 

 

 そして、こういう使い方を前提とするのなら今のジョブの組み合わせも微妙である

 いっその事、支援特化にでもなった方が強いだろう

 

 

「念のために聞きますけど、鳳凰院君の〈エンブリオ〉の能力は中身の液体をかけて発動するタイプでいいんですよね?」

「いや、それは少しばかり違います、ミス夜ト神。僕の【ディオニュソス】は特定の状態異常が付与された酒を生成する能力を持っているんですよ。戦闘中は効果を薄めることでMP消費を抑えて使っていたのです」

 

 

 効果を薄めると、どの状態異常になるかは分からないランダム形式で状態異常を低確率で発生させられるらしく、長期戦のために使用していたらしい。

 次で、最後に聞きたかったことを聞くことにした。

 

 この質問が意外と重要になる。

 

 なにせ、彼自身がその特性の恐ろしさを理解していないのかもしれないからだ。

 

 

「最後に、その作られたお酒は時間経過で効果を失いますか?」

「少々お待ちを。………テキストにはそのようなことは書かれていないので多分失いませんね」

 

 

 うん、完全にアウト

 

 

 当の本人以外は全員気が付いたらしい。

 

 

「失礼ながら単刀直入に言います。完全にあなたは使い方を間違えている」

「な、なんですと!!」

「いいですか、あなたの〈エンブリオ〉はあらかじめお酒を作っておかないと脅威が半減するんですよ。しかも、相手にかけるときのモーションが大きすぎるから隙が出来やすくなる。それを改善するために外付けの入れ物が今のあなたには必要なんですよ。街に行けばかなり安い価格の瓶や容器が買えるのでそれに詰めてから戦闘に使った方が隙もできにくいし、遠くまで投げられる。それにアイテムの効果も発揮しやすくなるという寸法ですね」

「なるほど、そういうことですか!」

 

 

 本当に理解しているのか不安になる返答だが後は彼の仲間に任せよう

 言葉には出さないが彼は生産職に転職して、〈エンブリオ〉が作ったお酒を売ったいた方が稼げるタイプな気がするのだが、それは本人の意思に反することだと思うし私が言うことではない

 一先ず、彼の場合は前衛だと〈エンブリオ〉とシナジーさせるにはかなり難しいと思し、最後に一言助言を残しておこう

 

 

「これは先輩としてのアドバイスですけど、〈エンブリオ〉を使った戦いをするのであれば早めにスタイルを変えた方がいいですよ。私も発現して変えた口ですし」

 

 

 正直な話、私個人の感想だとマスターは〈エンブリオ〉無しだと、ただのティアンとそこまでスペックに大差はない

 だからこうして言葉にせずに、仮に戦闘職に就きたいのなら転職をした方がいいよ、と勧めているのである

 しばらくしてから鳳凰院君も考えるところがあったのか、私の方を向いてこう返してきた

 

 

「分かりました。ありがたい助言に感謝します。戦闘スタイルの方も考慮はしておきましょう。」

 

 

 なんとか、この件を通じて自分でモノを考えることを覚えてほしいものだ

 今後の彼がどのように成長するか今から楽しみだ

 

 

 

 そして、最後に残ったのはきのこ餅さんの戦い方についてだ

 

 

 

 彼女の場合、〈エンブリオ〉の性質が分かりやすい類のものだったのだが、さっきの話を聞いていて気になることがあったので先程の二人と同様に確認を済ませることにした

 

 

「始めにきのこ餅さん。あなたの〈エンブリオ〉のスキルなのですけど、選択するステータスはあなたと〈エンブリオ〉のどちらに選択権があるのですか?」

「………基本的に私ですけど」

 

 

 やはりそうだったか、と自分の考えが正しかったことを確認した私は彼女に警告を発する

 

 

「もう気が付いているかもしれませんが、今の戦い方を変えずにまた違う強敵とあなたの〈エンブリオ〉が戦えば、あなた達の勝機は薄いでしょう。なにせ、あなた達には準備が足りていませんから」

 

 

 その言葉を聞いて、きのこ餅さんは心当たりがあるようなそぶりを見せた

 どうやら分かっていることはあるようなのだが答えづらいらしい

 

 

 そんな彼女をすこし後押しすることにした

 

 

「ここまで聞いて、自分で何か分かったことがあったら遠慮なく言って下さい」

「はい。今思いつく限りだとヘラクレス、……私の〈エンブリオ〉との合図の確認が必要だと感じました。私が、彼が本当に強化を望んでいるステータスを選択できるのか、自信がないので」

 

 

 右手で自身の左手の紋章を撫でながら、そう答えた彼女は答えた

 おそらく、先の戦闘で自分が強化するステータスの選択に失敗したせいで自分の相棒を危険な目に合わせてしまったことを憂いているのだろう

 実際に戦っている人に聞いた方が確実に求めたものを選択できるはずだと考えたわけだ

 

 悪くはない考えだが、それで“最適”を選べるのかとは聞かれれば答えは否である

 

 そういうことで、一応他の方法も彼女に提案してみることにした

 

 

「それもいいかもしれませんが、もっと確実にスキルで弱点をカバーしたいのであれば《看破》を取得して相手のステータスを見れるようにするのがベストですかね。そうすれば、相談せずに優位に立てるようにステータスの選択もできますし。ただ、一部の高レベルモンスターには効かないこともあるので合図を考えるというのもありですね。」

 

 

 正直な話、無茶をすることが前提の話なので彼女のいうやり方のほうが賢いのだが補足として伝える分には問題ないだろう

 それに、このパーティーには【忍者】の黒桐君がいるので役割分担をどうにかすれば彼女がわざわざ《看破》があるジョブを取得する必要もなくなるだろう

 

 ジョブに関して言えばスキル的にMPやSPに補正があるモノさえ選べば問題ないし、発動中にどうするかは当人の判断によるものだから外野がとやかく言うことではない

 

 

「あとはヘラクレスのスキルが発動している時に、本来パーティーで回復役を担当しているきのこ餅さんの動きをどうするかを決めるくらいですかね。戦闘中にただ棒立ちになっているだけだと邪魔になりますし、回復役が抜ける穴は意外と大きいですから」

 

 

 実際に、この手のゲームにおいてパーティー単位で対戦をするときに回復役の人間が真っ先に狙われることからその重要度がよくわかる

 回復役がいることで通常よりも長い時間の戦闘が継続可能になるというメリットを消して短期決戦に挑むというのは悪くはないのだが、今回のように相手の数が多い状況下で使用すると相手側を殲滅するよりも先にこちら側がやられやすくなるリスクがかなり跳ね上がるのだ

 

 

 彼らが早々にピンチに陥ったのはこの辺の認識にも問題があったからのように思える

 

 

「まあ、そのことについて具体的に考えるのは自分たちでした方がいいでしょう。下手に意識させて柔軟に対応できなくしてもむしろ害ですし。最初に偉そうなことを言っておいて、特に具体的なことは何も言えなくてごめんなさいね。」

「いえ、滅相もないです。とても参考になる意見をありがとうございます。あとで二人と一緒にいろいろと考えてみようと思います」

 

 

 そう言って私に頭を下げたきのこ餅さんと他の二人に、最後のアドバイスをすることにした

 

 

「皆さんにはいろいろなことを言いましたけど、最終的に私が言いたかったことは物事を俯瞰的に見て、聞いて、考えて行動しましょう、ということです。どんなに準備を万全にしていたとしても予想外のことなんていつでも起きますから、その場で対応できない人間はその時点でアウトです。その状況をいかにして切り抜けるかを今までの経験から考え、どうすればいいかを導き出し、行動することが大切なんですよ。私もその考えを常に胸に抱きながら行動しています」

 

 

 「まあ、ちゃんと実行できていたとは胸を張っては言えませんが」と、苦笑を交えながらこう言うと、こう締めくくった

 

 

「だから、あなた達にもすべてに疑いを持てとまでは言いませんけど、せめて最低限自分の行動は自分でよく考えてから実行してください。後から振り返って後悔しないように」

 

 

 私の話を聞いて三人とも真面目な顔で反応を返してくれる

 しかしながら、私自身すこし後悔してることがあるとはいえ説教じみた話を彼らにしてしまった

 ゲームをしてまで大人から説教を受けるとか、彼らからしてみればとんだとばっちりを受けたようなものだ

 

 

 これでこの話は終わりにしよう

 

 

「さて!重苦しい話もここまでにして、何か違うことでもしましょう。そう言えば皆さん、これから時間は空いてますか?」

「まあ、これと言って用事はありませんけど」

「右に同じく」

「僕もノープロブレムですよ」

 

 

 全員問題がないようなので、そのまま私が今まで経験したことやリアルで起きている事柄などを話しの種に他愛のない雑談をして、ゲーム内時間で8時になった頃にお互いにフレンド登録をしてその場で解散した。

 

 

 

 

 

………もちろん彼等にはログアウトからのセーブポイントにログインで街に戻るようにしてもらった。私に移動しながらの護衛とか要求するのは無理ですんで

 

 





はい、タイトル通りの話でしたね

他にも色々な描写を考えていたのですが作者が納得できず、最終的に一番最初に書いたモノを採用しました

まあ、いい区切り目が見付からなかったのが一番の理由ですがね………

作者が無能ですみませぬ

完全に言い訳なのですが、主人公が他人のステータスをナチュナルに聞いているのはゲーム上のマナーをあまり理解していないためと、なっています

以下の内容が三人の詳細データです

・【忍者】黒桐 シキ:
主人公が助けた三人のプレイヤーの一人。かなりフラットな性格。面倒見がいい人情家。
天摩の数少ない友の一人。重度のゲームオタクであり、親友であるきのこ餅によくゲームを進めている。
本人以外にはバレているがきのこ餅には少なからず好意を抱いている。
プレイヤーネームからわかるが某型月のファン
隙を見逃さないというスタイルが〈エンブリオ〉に反映され、TYPE:アームズ【戦神心眼 アテナ】が発現
見た目は蛇の意匠が施された銀の眼鏡
能力は敵の急所の視覚化と急所へ物理攻撃がヒットしたとき急所の範囲に比例して(初期最大倍率×10)ダメージ補正を加える。有効範囲が視界に入ったものに限定されているため能力を応用して索敵にも使用可能なかなり便利な能力を持つ

ロールプレイの基になったキャラの能力と似た性能を持つエンブリオが偶然発現したため本人は大層喜んだそうな



・【巫女】きのこ餅:
主人公が助けた三人のプレイヤーの一人で唯一の女
読書家であり、好みのジャンルは英雄が活躍する神話などである。ライトノベルも少し読んでいる
リアルでも友人である黒桐に誘われてデンドロを始める。
もともとゲームに興味がなく、毎回進められたゲームもそこまで長続きしなかったので、デンドロもひとまず一回プレイしてやめればいいかと思っていた。そのため、プレイヤーネームもかなり適当につけてしまったが、かなりデンドロにハマってしまったため後に後悔することになる
姫様願望がありそのパーソナルが反映され、TYPE:ガードナー【不屈巨神 ヘラクレス】を得る
見た目は2.5メテル程の伸長を持つ筋肉隆々のナイスガイな巨人。人型のエンブリオとして持つ食癖はベジタリアンであること
能力は物理特化型のビルドであり、《宝具顕現》を使うことで武器を召喚しその使用権を得ると共にステータスの一部を強化することができる。〈マスター〉のMPとSP消費が続く限り継続可能。初期に召喚した棍棒の場合、戦士型上級職相当のモンスターと一時的に戦えるだけのSTRを手に入れることができた
現在のスキルで選択できるステータスはSTR、END、DEX、AGIのうち一つである
基本的に〈マスター〉の安全確保を第一に考えて行動する
その戦闘力の高さを〈マスター〉であるきのこ餅が過信してしまったことが後の主人公との邂逅につながる要素の一つとなる



・【剣武者】鳳凰院 天摩:
主人公が助けた三人のプレイヤーの一人。黒桐の中学時代からの友人でありゲーマー。重度のナルシストである。
リアルでイケメンであるが内面が残念であるため彼女はいない。
好きなジャンルはノベルゲーム。名前からわかるように某ノベルゲームの大ファン
だが、ロールプレイではないのでマッドなサイエンティストにはならない
自分の魅力に陶酔しているというパーソナルと馬鹿が反映された結果、TYPE:アームズ【酩酊酒壺 ディオニュソス】を孵化させる
見た目は葡萄の実とツタの彫刻が施された片手サイズの酒瓶。能力は酒類の生成能力と特殊効果の付与である
食用アルコールを水で割ったくらいレベルのアルコールならノーコストでいくらでも生成可能。生成速度は一分間に1リットル。MPを消費することで状態異常【酩酊】、【宿酔い】、【魅了】の状態異常を付与することができる
こいつの自意識過剰な一面も壊滅の危機にさらされた原因の一つである
現在、主人公のアドバイスを受けて転職も視野に入れて行動中



ちなみに三人のエンブリオのモチーフがオリンポス神話から取ったことに特に意味はありません

次回は日常回()です

来週もお楽しみに!!


‐追記‐
シキ君のジョブを【斥候】から【忍者】に変更しました


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第十一話 寝子とモフモフ



オッス!第十一話ダ、ヨーン!!

前回の話が意外にも好評で作者びっくりでした

そんで週末に更新してないのにいつの間にか日刊ランキング入りしててさらにビックリしました!!

これも拙作を読んでくれた読者の皆さんのおかげです
ありがとうございます!!

それと沢山の感想ありがとうございます!!

今回の話ですが寝子たちの日常の一部を紹介します

かなり強引なオリジナル設定が今回の話には含まれています

違和感があったら何かしら感想に書いてもらえると嬉しいです
大幅な改変はしませんが対応はします


輝け!我がオリ設定タグ(+α)!!


あと、活動報告にも書きましたが評価付与欄の設定をコメント必須から任意に変更しました。
ですが、なるべく何がよくて何がダメだったのかも書いてもらえると嬉しいです






 

 

□【式神術師】ギルド 【式神術師】夜ト神寝子

 

「依頼達成の確認が出来ましたので、こちらが今回の報酬となります」

「ありがとうございます」

 

 私は今【式神術師】ギルドにある受付で高位の【式神】、具体的には亜竜クラスの召喚モンスターを召喚するクエストに成功し、報酬としてその【式神】を呼ぶための媒体と8万リルを受け取っていた。

 

 なぜこれほどの報酬を召喚するだけでもらうことができるクエストがあるのか。その理由はモンスターの召喚の仕方にある。

 

 まず、【召喚師】や【式神術師】は自身のスキルを用いてモンスターを召喚することが出来る。その召喚の仕方はつぎの二通りである。

 

 一つはコストを払うだけでモンスターを召喚する方法である。この方法で召喚したモンスターは成長することはないが、倒されても召喚までのクーリングタイムさえ過ぎれば再び召喚することが出来るメリットを持っている。

 

 二つ目は召喚するモンスターに対応した媒体を用意しコストを払うことで召喚する方法である。こちらでは一つ目とは違い、召喚されたモンスターは得られた経験値から成長することができ、強力なモンスターへと育成することが出来る

 

 しかし、その召喚モンスターの媒体が破壊されるとその召喚モンスターを二度と召喚できなくなるというデメリットも同時に抱えているのだ。まあ、その代わりに媒体さえ破壊されなければ一つ目の方法と同様にして再召喚することが出来るのだが

 

 これらの要素の他にこの二つの方法には明確な違いがある。それが召喚されるモンスターに知能があるか否かだ。

 

 媒体なしの召喚モンスターにはこれがなく、媒体がある召喚モンスターにはこれがある。もちろん、前者にもある程度の意思は存在しているのだが、自分なりの価値観といった個人が本来持ち合わせている感情がまずない。そのため、召喚した主には従順な姿勢を示し特定の状態異常にでもならない限り、召喚主を裏切る行為をすることはほとんどない。

 

 しかし、後者は違う。媒体を持つ召喚モンスターにはテイムされたモンスターと同様に自分の意思で自分が思うように行動することが出来る。そのため、召喚主が気に食わない場合、召喚された瞬間に味方に対して攻撃を仕掛けるなんてことも普通にある。特に力を持った個体にはその傾向が多く、テイムモンスターと同じように自分のことを認めさせないと安心して使うことが出来ないため上位の個体が格下の召喚主を選ぶことはまずほとんどない

 

 さらに言うとテイムモンスターと違い寿命で力尽きることがないため主に先立たれる召喚モンスターはごまんといる

 しかし、長年の間使われてきたモンスター達は総じてレベルが高く、心を許してくれるハードルもだんだん高くなっていくため売りに出しても使えないどころか死の危険が付きまとっている一種の呪いのアイテム扱いになっているのだ

 そのため我の強い個体の媒体は商売として使うのも難しく、命の危険を冒してまでチャレンジする人間がおらず、使い手のいない多くの媒体が箪笥の肥やしになってしまったのだ。

 

 

 

 なまじ能力が高い個体が多いので捨てることもためらわれてしまい、如何したものかと考えたところで出来たのがギルドによるクエストの発行である

 

 

 

 ギルドを通じて過去に主を失った召喚モンスターのうち召喚主をえり好みするタイプのモンスターが入っている媒体を集め、召喚にチャレンジできるようにしたのだ

 さらに、チャレンジに成功した際に難易度に応じた賞金を用意することで【式神術師】系統のジョブに就く者に積極的に挑ませるようにしむけ、召喚モンスター達に新たな出会いの機会を与えたのだ

 

 ただ挑戦する際に挑戦者は失敗や成功に関わらずに一定の料金を支払う義務が発生する

 

 これはギルドがあらかじめ媒体の購入していることや、資金を出す関係で収支を合わせるためしなければならない仕方がない処置ではあるのだが、式神に加えて賞金も貰えることからつられてやってくる挑戦者も多いらしい。オプションでさらに課金することで不測の事態に対応できる職員を伴えるのも挑戦者を増やしている要因でもあるだろう

 

 成功率が低いため他の【式神術師】系のジョブクエストに比べて人気はないが、成功すれば強力なモンスターと賞金を手に入れられることから一日に5人前後で受けられている一種のギャンブル的な要素を含んでいるクエスト、それが、私が先ほどまで受けていた召喚クエストである

 

 

 

 モンスターに襲われる危険があるクエストではあるが、安全確保もできるためトラウマ克服のために進んで受けてみることにしたのだ。それに意外と召喚する前から媒体で呼び出せるモンスターと私の相性が何故かは知らないがなんとなく分かるので、今のところ確実に相いれないタイプだと感じた式神を召喚していない。そのおかげで危険な目にもあってはいないのだ

 

 

 ティアンの熟練の【式神術師】の人に聞いた話なのだが、時折【従魔師】でいうところの《審獣眼》のように成長に期待でき、自分と相性のいい召喚モンスターを見抜くことが出来る天然のスキルを持った人間が現れるらしく、私にもその才能があるらしい

 

 その証拠に今のところこのクエストを受けて召喚したモンスターはすべて手なづけている。私がこの手段で手に入れた召喚モンスターは【鎌鼬】に【覚】、そして先程手に入れた二体の【狛犬】の四体である。どのモンスターも亜竜クラスの中でも上位の力を持つモンスターでありかなりやんちゃなモンスター達だったが真正面から向き合ってモフモフしたらすぐに懐いてくれた。

 先程の二匹の【狛犬】を同時にモフモフするのには少し手を焼いたが何とかクリアすることができた

 

 

 

 しかし、その様子を見ていた立会人のギルド職員さんが恐ろしいものを見るような目で私を見ていたのはなぜなのだろうか?

 

 

 

 まあ、こんな感じで【式神術師】になってから一週間のうちに戦力を充実させている私であるが、今日は午後からギックリ腰になった装備屋のオジさんのところにお手伝いをしに行く約束があるので時間がかかる狩りにはいけないことから、これからどうしたものかと考えていた。

 午前中は暇つぶしと戦力増強もかねて召喚クエストを受けたのであるが、いつもなら最低でも40~50分ほどかけて複数の媒体にチャレンジしていたところを今日は10分もかからず終わってしまったため、現在かなり時間を持て余しているのである

 

 ちなみに一度のチャレンジでかかる費用は安全面を加味して最低でも5000リル程なのだが、現在の私の資産は今までの稼ぎと一週間前に倒した【オーガリーダー】の報奨金を手に入れたことで軽く300万リルを超えている。そのため、一日に十体単位でチャレンジしても他の稼ぎで相殺できることから、懐へのダメージはそんなに大きくはない。まあ、今のところは自重して二日に一回程度に抑えてはいるのだが。

 

 

 

 ふむ、今日は少し冒険してみよう。

 

 

 

 いつも私がチャレンジしていたのは亜竜クラスのモンスターが入った媒体だけなのだが、今日は純竜クラスのモンスターに挑戦してみることにしたのだ。現在の私のレベルは37になり従属キャパシティーも増えてきているし、ソロで活動しているためパーティーの枠を気にせずに使うこともできるのでお蔵入りになることはまずないからだ

 

 それに今までの傾向からモフモフしているタイプの召喚モンスターなら手なずけられる可能性が高いので、その方面で条件を縛れば達成できるかもしれないと思ったのも私が成功させる自信を持っている理由の一つだ

 先程の二体もこの基準で試してみて引き当てたのでかなり確率は高いと思う。もちろん、挑戦するのにかかる費用が最低1万リル以上ということでかなり高額なことになっているが成功すればリターンが大きいので問題ないだろう

 

 

「いや、その考え方はアウトなのです、マスター」

 

 

 そんなことを考えていたら、目を半眼にしてこちらを見ているザシキワラシからストップが掛かってしまった。

 

 

 

 

 むぅ……、ダメなん?今回だけのお試しってことで、十連で受けてちゃダメなん?

 

 

 

 

「ダメなのです!!これまで失敗してないからといってその思考は危険なのです。そもそも当てにしている性格の合うモンスターがいなかったらどうするのですか!先程もらった報酬を加えても完全に今日の稼ぎが大赤字になるが目に見えているのです!!」

「うげッ!」

 

 

 ザシキワラシに正面からド正論で論破されてしまい、私はうねりを上げて一歩後に後退ってしまった。

 

 この子が孵化してからというもの、私はギャンブルに近いことをしようとすると今回と同じように正論によって説き伏せられてしまい、基本的に贅沢なことが出来なくなってしまっているのだ。賭博は言うまでもなく、装備屋にあるガチャは一度目のチャレンジで外してしまったため、最低金額でしかお許しが出ていない。

 またこれが、ギャンブル好きな私がLUC補正の高い【賭博師】に就いていない最大の理由の一つでもある

 

 

 

 しかし、ダメと言われたら余計にやりたくなってきてしまったな

 

 

 

 よく分からない反骨精神に駆られた私はザシキワラシに切り札を切ることにした。その切り札とは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いーやーだぁ!!やりたいやりたい!!失敗したら一週間はこの手のクエストは受けないからおぉぉねぇぇがぁぁぁいぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と、言いながら私はその子供らしく細くて短い足に縋りつきながら駄々をこねた

 

 我ながら見苦しいまでの泣き落とし&駄々である

 

 若干引き気味に私を見つめるザシキワラシだったが進んで条件を提示したのが良かったのか、ため息をついたのちに私にこう言い放った

 

 

「はぁぁぁ、仕方のないマスターなのです。今回だけは許してあげるのです。ですが、失敗しようと成功しようと週に一回までのチャレンジしか今後は認めないのです。それでもいいのならお止めはしないのです」

 

 

 うぐッ!条件が厳しくなってしまった。しかし、今後も同じ要求をしても同じ返答になってしまうのもこれで確定してしまった。墓穴を掘ってしまった感じがするが、これはもう腹をくくるしかないようだ。

 

 

「うぅぅぅぅ~、仕方ない。その条件で、飲んであげしょう!!!!」

 

 

 断腸の思いでそれをハッキリと述べるとザシキワラシは呆れた様子でこちらを見てくるだけで特に何も言わなかった。どうやらOKが出たらしい。

 犠牲は大きかったがこれで心置きなくチャレンジできる。周りからの視線を集めていた私たちはそれを特に気にすることなく、再びギルド内の受付に向かっていった

 

 

 

 

 

 

                 ◇

 

 

 

 

 

 

 クエストを始めて十数分後、ギルド内にある召喚クエスト専用に戦闘を前提に用意された道場風のスペースに私はいた。既に五つの媒体に挑戦しているが良さそうな個体とはまだ出会えていない。一体だけ良さそうのもいたが何故かはわからないがロクでもないことが起きそうな気配がしたので悩んだ末に召喚するのには至らなかった。ちなみにそのモンスターの名前は【狗神】である。

 

 この時点で保険として警護の人を雇ったお金も含めて7万リルも消費しており、流れ的にザシキワラシの懸念が現実になりそうになっているため内心かなりビビッている。もう前金の5万リルも払い終えているので後にも引けず、隣で私の心を読んでいるためかどこか呆れ顔になっているザシキワラシの方を見ないように努めていた

 今はギルドの職員さんに新しく挑戦させてもらう媒体を五つ用意してもらっているので、元が取れることを祈りながら大人しく座して待っているところだ

 

 

「お待たせしました、夜ト神さん」

 

 

 そう言いながら入り口からギルドの女職員さんが両手で端を掴むように箱を持ちながらこちらへとやって来た。この職員さんとは最近よく召喚クエストを受けていることもあり、すっかり顔なじみになっている

 

 

「いえ、こちらこそいつも無理言ってすいません」

「お気になさらないでください。私達もお得意様相手に手も抜けませんので」

 

 

 実のところを言うと、私ほど頻繁に召喚クエストを受ける人間はそこまで多くはないらしく、職員さんから意訳ではあるが「貴方様のようなカモを逃がすわけにはいきませんので」みたいなことを前に言われたことがある。

 そういうことで私というカモを逃がさないために、余り実行する人間はいないが一度に複数体の召喚に試みることを許可してくれているのだ

 

 

 

(さて、そろそろチャレンジしてみるか)

 

 

 

 私は心の準備を済ませ、媒体の入った箱を女職員さんから受け取り中身を拝見させてもらった。中には召喚モンスターを呼び出す媒体として天地では最もオーソドックスなモノである厚紙や木片で作られた人型が、計5つ入っていた。人型には五芒星が書かれており、その中にそれぞれに「虎」、「狼」、「狐」と、いった文字が書かれている。

 

 そして箱が届けられていた時から薄々感じていたのだが、この人型達の一つからこれまで感じたことがないくらいのシンパシーにも似たよく分からない何かを感じ取っていた。これと同じような感覚を今の手持ちの四匹を手に入れた時に感じたことがあるが、これほど強烈な感覚は初めてだ

 

 

 

 そして、その厚紙で出来た「虎」と書かれた人型を迷わずに優しく取りあげると警護の人と女職員さん、ザシキワラシに視線を巡らせて後に召喚の準備を行う

 

 

 

 ジョブによるステータスと装備や〈エンブリオ〉の補正を受けた私のMPは約4000となり、初期値と比べてかなり大きくなったそれをすべて使い切るほどの勢いで人型へと注ぎ込んでいく。そして、途中で【MP回復ポーション】を服用してやっとぎりぎり召喚するのに必要な分のMPを注ぐことが出来た。若干MPの使い過ぎでふらふらするがそれを我慢しながら、これから召喚することを周りにいる面々に告げる

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、行きます!!《式神召喚》、【鵺】!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 スキルを発動し召喚するそのモンスターの名前を叫ぶように呼ぶ

 すると、私が持っていた人型が一瞬だけ光を放ち、それがすぐに収まると私の前に大きな体を持つ獣が現れた

 

 

 

 

 

 

 それは大きくて黒い鬣に覆われた虎のような顔に、橙色と黒色で縞々になっている毛皮で覆われたクマのように大きな胴体、そしてアナコンダのように大きな蛇の尾を複数持つ妖怪だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 その名も【鵺】

 

 

 

 

 

 

 

 

 明らかに強者の風格を持つその妖怪を視界に入れた途端、この場にいる人間はその雰囲気に飲まれてしまいその警戒心を最大にまで上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………この私を除いて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              ◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………【鵺】と相対して数分後

 

 

 

 

 

「よ~し、よしよしよし、ここがいいのかなぁ~?」

「Gurururu♪~」

 

 

 

 【鵺】は私にその身を許し、嬉しそうに滅茶苦茶モフモフされていた。

 この子は喉元を撫でられるのが好きなようで、先程から力加減を変えながら撫でていると気持ちよさそうな反応を返してくれた。私も少し硬質な毛皮だけど思う存分モフモフできて最高である。これこそが最強のwin-winな関係というやつなのかもしれない。

 

 私と【鵺】がここまでの関係に至るまでさほど時間はかからなかった。私が【鵺】に聞いて分かったことなのだが、この子が今までやって来た挑戦者を主人として認めてこなかった理由は自分のことをただの戦う道具として求めていたことが原因だったらしく、前の主人のように心の底から自分を可愛がってくれる主人しか認めたくなかったのだとか。

 

 

 

 要するに、ただの甘えん坊さんだったのだ。

 

 

 

 周りが恐ろしいものを見るような眼差しをこの子に送る中でなぜ私だけ自然体でいられたのかと言うと、この子の目がうちの実家で飼っている猫が私に構ってほしい時にする目によく似ていたからだ。本当にそれ以外に理由はなく半分くらい直観に任せた判断だったが、こうして絆を結べているのだから私の勘も捨てたもんじゃないと思えてくる。

 そして私は抱き着くのをやめて【鵺】の正面に向き直して、これから私に付き従ってくれることを認めてくれた【鵺】に改めて挨拶をした。

 

 

 

「これからよろしくね。【鵺】」

「GUAU!!」

 

 

 

 こうして、私は純竜クラスの召喚モンスターを手なずけることに成功したのであった。

 

 

 

                 ◇◇◇

 

 

 

 【鵺】を手に入れてからも週に一度、味をしめて召喚クエストを受けている私なのだが、その後のチャレンジの結果はまるで運を使い果たしたかのように数ヶ月くらい、成功しなくなるのであった。

 

 

 

 






例え変態の国に行かずともモフモフを求めるブレない主人公であります

ガチャを我慢してる分、今できる超スリリングな賭け事がこれしかないため、欲望がトラウマを上回り今回のような奇行に走りました

うちの作品の【鵺】さんですが、作者のイメージは喰霊に出てくるラングレンの尾が少ないバージョンですね

あと、召喚クエスト(捏造設定)以外にも召喚モンスターの媒体を取り扱っている店で何体か買っています。

ただ、それなりの性能を持つ個体を買うとなると懐が寂しくなるので、節約のためにもクエストを受けることをザシキワラシは許しています

ちなみに主人公が初めてガチャをしたときの戦績はランクFの【おにぎりセット】、ランクEの【掃除セット】、唯一のランクCであったのは【騎馬民族のお守り】です
この三つが後ろから順番に出てきました

次回は原作でも屈指のあのネタアイテムが登場します




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第十二話 転職と旅立ち



第十二話です

原作を読んだらまず書いてみたいと思ったエピソードをやっと出せるダス

あと、作者が失念していたのですが東方の【斥候】が【忍者】である可能性があるため、シキ君のジョブを【忍者】に変更しました

今回の話と関係ないけど、原作の方の展開がすんごくムネアツでたまんねーです(圧倒的な語彙力のなさ)



 

□【式神術師】夜ト神寝子

 

「う~ん、どうしようかな。次のジョブは」

 

そう言いながら私は将都の大通りを当てもなくさまよっていた。

 現在私が就いている【式神術師】のレベルは昨日受けてきたの討伐クエストの達成をもって、取得から僅か十日でレベル50になりカンストしたのだ。

 そして、次のジョブを選ぶことになるのだがこれを決めるのにかなり悩んでいる。

 

 数あるバフ特化のジョブの中でLUCを上げるスキルがある【祈禱師(キトウシ)】か、それとも陰陽師系統や式神術師系統の上級職である風属性特化の【風魔師(フウマシ)】や探知系スキル特化の【占星術師(アストロマンサー)】、正常進化の【高位式神術師(ハイ・シキガミジュツシ)】になるのか、はたまた毛色を変えて生産職でも追加しようかなど、割と選択肢が多いのだ。

 

 

 

 私的にはLUCを上げるために【賭博師(ギャンブラー)】に就きたいのだがジョブ的に魔法系のスキルが使えなくなるため、必然的にレベル上げはジョブクエストで賭け事をするしかない。

 しかし、うちの財務官であるザシキワラシ様から積極的にギャンブルをすることを禁止されている私にはこれをすることが出来ないというわけなのだ。

 

 

 

 というわけで【賭博師】以外で選ぶとして、個人的に一番必要に思えるのは従属キャパシティーとMPが上がりやすい【高位式神術師】なのだがなんとなくしっくりこないのだ

 そして、なかなか決定を下すことが出来ないので、気分転換のためにこうしてブラブラと散歩しているというわけだ

 そんな中なにかを思い出したのか、私の隣を歩いていたザシキワラシが声を上げた

 

 

「あ、そう言えばマスター。この間の狩りで【MP回復ポーション】が切れかけていたのではなかったのデス?」

「あー、そういえばそうだった。確か、あと十本もなかったね」

 

 

 アイテムボックスの中身を確認すると回復量が固定値である【MP回復ポーション】が八本だけ入っている。そろそろ固定値の回復アイテムだと物足りなくなってきたし、すこし高額の回復量を割合で決定するタイプのポーションも買うことにしよう。スキルで回復アイテムを作れると言ってもアレは緊急時の備えでもあるので頻繁に使うことが出来るアイテムではない。

 

 ひとまずここら辺で一番大きな薬屋を見つけた私たちはそこに入店することにした。

 その店の中に入ると薬草が持つ独特の香りが鼻腔を通り、壁際の棚に視線を向けると【ヒールポーション】や【薬効包帯】、【快癒万能薬】など雑貨屋に置いていないような回復アイテムが数多く置かれているのが見えた。

 

 そして店内を見渡していると見知った人物の後姿を見つけた

 あの隠し切れないほどの母性を放つ女性は私が出会ってきた人の中で彼女しかいない

 

 

「あれ、梅原さん?」

「あら、寝子さんにザシキワラシちゃん?こんな所で奇遇ね。何か買いにきたのかしら?」

 

 

 診療所の看護師である梅原さんだ

 

 

 私が【角兎】にやられた件でお世話になって以降も交流を続けているティアンの一人である

 

 

「はい、回復アイテムの補充にきました。そう言う梅原さんこそどうしてここに?」

「私は診療所で発注してた薬の受け取りにきたの。今は店員さんに持ってきてもらっている所ね」

 

 

 なるほど、確かに【看護師】である彼女が医療関係の施設にいても何ら不思議ではない

 

 

「そう言えばさっきまで何か悩んでいるような様子だったけど、何かあったの?」

 

 

 自分が悩んでいることにすぐさま気が付いた梅原さんの観察眼に驚愕した私だったが、誰かに意見をもらうのもいいかと思い素直に話すこととした

 一通り話を終えると梅原さんは首を縦に振りながら理解の色をしめしてくれた

 

 

「なるほど。確かに最初のうちはジョブ選びには悩むのよね。私もそうだったから寝子さんの気持ちはよく分かるわ。でも、それならいい解決策があるかもしれないわ」

「え、本当ですか!?」

 

 

 いきなり解決策が出てくるとは思わず、驚きの声を上げてしまった

 しかし、どうするのだろうか、と考えていると梅原さんは自分が持っていた肩掛け型のアイテムボックスの中に手を入れてあるアイテムを取り出した

 

 

 

「はい、【適職診断カタログ】~」

 

 

 

 そのアイテムを持った方の手を頭上に掲げるように取り出した梅原さんの姿を見て、私は何とも言えない空気に飲み込まれた

 

 

 ……なぜ、あのモフる毛並みが一本たりともない某ネコ型ロボットのような取り出し方をしたのか、貴女はあの青ダヌキのことを知っているのか、そもそもそれに意味はあるのか

 思考の海に沈んでしまった私に対して梅原さんはお茶目な笑みを返してくれた

 

 

「マスターの人にはこうすると受けがいいと患者さんから聞いたのよ」

 

 

 なるほど、戦犯は彼女ではなかったようだ

 

 

 

 

 

 ………マジで誰が広めたのか、メッチャ気になるな。これ

 

 

 

 

 

「は、はあ?」

「うふふ。さて、おふざけはここまでにしましょうか」

 

 

 やっと本題に入るようだ。なんでも【適職診断カタログ】というアイテムなのだが、与えられた質問に回答することによって現在の自分が就けるジョブの中から自分に適していると思われるジョブを提示する便利アイテムなのだそうだ

 

 なぜそんなアイテムを持ち歩いているのか尋ねると、件の青ダヌキ式取り出し術を梅原さんに教えた患者さんの話を聞いてから使う機会があるかもしれないと思い、昔手に入れたアイテムの中から掘り出したのだとか

 

 折角の勧めてもらっていることだし、梅原さんが薬の納品を確認している間に試しにやらせてもらうことにした

 いくつもの問いに答えていき、アイテムによって導き出されたジョブ、その名も……

 

 

 

 

 

「【妖魔師(ヨウマシ)】?」

「あ~、なるほどね~。確かにこれなら寝子さんにピッタリなジョブだわ」

 

 

 

 

 

 どうやら納品された薬を確認する作業が終わったらしく、梅田さんはいつの間にか私の背後に立ち、診断結果を覗き見ていた

 まだ短い付き合いとはいえ私のことをよく知っている梅原さんが納得するほどのジョブであるらしい

 どんなジョブなのか気になり、診断結果に書かれたそのジョブの詳細の欄に目を向けてみる

 

 

 どうやら【妖魔師】とは式神術師系統妖怪特化型上級職であり、種族が【妖怪】であるモンスターを召喚し使役することに特化しているジョブなのだとか

 

 

 

 梅原さんによると【妖魔師】を取得するには三つの条件があり、一つ目がオーソドックスに【式神術師】のレベルがカンストしていること、二つ目が亜竜クラス以上の【妖怪】の召喚モンスターを三体以上一定時間内に連続で召喚していること、そして最後の一つは召喚モンスターの種族を【妖怪】で統一した状態で5体以上の亜竜のボスモンスターを単独で倒すことだそうだ。

 

 一つ目の条件は言うまでもなくクリアしており、二つ目の条件も以前モフモフを全身で堪能するために【鎌鼬】、二匹の【狛犬】、【鵺】の四匹を同時に召喚したことがあったので既に達成している

 

 

 

 

 あれは、いいモノだった……

 

 

 

 

 ゴホン、そして最後の一つも【式神術師】になってからフィールドで狩りをしていた時に亜竜クラスのボスモンスターなんて十体以上は倒しているし、基本的に私がモフモフを追及したがために手持ちの召喚モンスターは全部【妖怪】で統一されているため問題なくクリアできている

 

 

「ちなみに具体的に何が出来るか知ってますか?」

「詳しいことは知らないけど、私の知り合いに【高位式神術師】の人がいるの。その人の話によると式神術師系統の上級職のスキルは大体似たような傾向にあるらしくて、その中でも特化型のジョブには特定の種族のモンスターに対してプラスの効果があるスキルを取得できるようになるらしいの」

 

 

 そのスキルの中には、召喚したモンスターのステータスを強化するものや、召喚するときに消費するMPの削減するもの、そして複数の媒体にMPを留めることが出来るものもあるのだとか

 そしてさらに、特化型の上級職にはパーティー枠を拡張する《軍団》と同系統のスキルを獲得できるらしい

 

 

 

 ………いや、メッチャ知ってるじゃないですか

 これで詳しくないとか【式神術師】ってどんだけ奥が深いんですか!!

 

 

 

 しかし、中々興味深い話が聞けたな

 

 

 召喚のコストを軽減できる上に複数体のモンスターを同時召喚することが出来るようになるのはかなり魅力的だ

 

 【妖怪】以外にモフモフしてるモンスターがいる種族は少ないらしいし、いっその事【妖怪】に特化するのも悪くないだろう

 

 

「決まりました。私、【妖魔師】になります」

「私もそれがいいと思うわ。じゃあ、将都からすこし離れることになるから遠出の準備をした方がいいわよ」

「え?」

 

 

 梅原さんによると【妖魔師】のジョブクリスタルはこの街にはなく、将都から北の【這龍(しゃりゅう)山道(さんどう)】を竜車で半日ほど進んだ場所にある小さい町の【式神術師】ギルド内にあるのだという

 

 当然のことながら一定のレベル以下のモンスターを遠ざける《魔除け》のスキルや防御結界が内蔵されている安全面が考慮された高級な馬車や竜車を私は所有しておらず、これまでも遠出はそこまでしたことはない

 

 最近では移動中の戦闘も【式神】にしてもらうことで可能になったとはいえ全力の戦闘を行うにはやはりザシキワラシを使う必要がある私では街に着くまで最低でも丸一日は掛かるだろう

 

 ザシキワラシがいるため道中の野宿は比較的楽だが、流石の私でもフィールドにいるとなるとのんびりと寝ることはできない

 

 私がソロで踏破するのは厳しいだろう

 

 となると、どこかの馬車に相乗りさせてもらって街まで行くのが最適解か

 

 しかし、商人関係の知り合いはそんなにいないし「これからどうしようかなぁ~」と呟くと梅原さんから声を掛けられる

 

 

「伝手がないなら、私が一緒に行きましょうか?」

「へ?」

 

 

 なんでもこれから私が向かう予定の街の病院で働いていた【看護師】さんが高齢で数人退職してしまい人手不足になってしまったため、医療関係のギルドに人材派遣の申請をしたのだという

 そして、梅原さんのいる診療所から何人かヘルプに行くことになり、その中に梅原さんも含まれているのだとか

 出発は明後日なのでそこまで待たずに済むとのことなので、時々手伝いをしているお礼に、と私を誘ってくれたのだ

 

 道中の安全は問題ないと、自信満々に言っていたので特に断る理由もなく他に都合が良さそうな知り合いも思いつかなかったので、図々しくもお世話になることにした

 

 

 

                 ◇

 

 

 

 あれから二日後、その間にいろいろとあったが何とかこの日を迎えることが出来た

 

 現在の私達は松井さんが書いた本を読みながら北門の近くで梅原さん達が乗ってくる馬車を待っている状態だ

 

 

 

 私が読んでいる本は「ココロの日記」という実際に龍の〈UBM〉に育てられたティアンの少女の半生を題材にした物語だ。長い年月を経て少女と龍の間に芽生える家族愛ももちろん見所なのだが、余り詳しく解明されていない実際の龍の生態について書かれており、歴史学や生物学的にも注目の作品になっているのだそうだ

 

 

 ザシキワラシが読んでいるのは「黒姫物語」という松井さんのデビュー作である。物語の内容は、とある名家の娘が病気により床に伏した自身の弟の代わりに影武者として表舞台に立ち、自分たちが治める領地のために奮闘するというもので、当時の女性に大人気だったらしく、最終的に劇場公演が行われるほどの人気が出てとんでもなく驚いたとは作者本人の談である

 

 おそらく、私が思うに人気の理由は主人公の女の子が正体を隠しているとはいえ、本当の男が顔負けのするくらいのイケメンっぷりを発揮しつつ、所々で見え隠れする乙女の姿がとても新鮮で当時の奥様方に受けたのだろう

 所謂、宝塚ファンの奥様をイメージすると分かりやすいだろうか

 

 ただ、デビュー作が意外にも女性受けが良かったせいなのか、松井さんの作品の主人公はそのほとんどが女性になってしまったらしい

 

 ちなみに「黒姫物語」のモデルになった姫をルーツに持つ領地はひと時の間、観光名所として人の往来が活発になりかなり儲けたのだとか

 

 

 割と自分好みの内容の本だったことと、ゲーム内の歴史についても学べることからこうして時間が空いている時にザシキワラシと共に松井さんの作品を読んでいるわけである

 

 

 そうこうしているうちに待ち合わせの時間となり、診療所がある方向の道から派遣に行く看護師さんを乗せた馬車が約束の時間通りにやってきた

 

 

 

 

 そして私はやって来た馬車の外見の異様さに完全に度肝を抜かされた

 

 

 

 

 

 

 

 車輪にはサスペンションが付いたゴム製のタイヤが付けられており、デコボコの道にも対応できるようになっていて、荷台は木製でありながらも頑丈そうなイメージがある黒塗りの木材で出来ており、周りにはうるさくないくらいに金箔で意匠が施されている

 

 

 

 

 

 

 

 ………なんだ、あのいかにも高級な雰囲気を醸し出している馬車は

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ私が待っていた馬車が、アレだと判断できたのか

 

 

 

 ………その理由はいたって単純明快で、業者台に梅原さんが乗っていたからだ

 

 

「寝子さーん、ザシキワラシちゃーん。お待たせ-」

「いや、何ですかこの高級車は」

「うふふ、やっぱり気になるわよ」

 

 

 悪戯が成功した子供のような笑みで笑う梅原さんは困惑している私に種明かしをしてくれた

 なんでもこの馬車は梅原さんの所有物で、【看護師】になる前にしていた仕事で手に入れたシロモノであるらしく、防御結界に、周辺にいるモンスターや人間を探知するマジックアイテムを完備しており、内部は異空間になっていて中には生活をするには快適な居間があり長旅にも使える優れモノなのだとか

 

 恐る恐る値段を聞いてみると「ニッコリ」と笑みを返されただけで詳しいことは何も答えてくれなかった……

 

 

 本当にこの人、前まで何してたんだ?

 

 

 とんでもない代物が目の前に現れたことに唖然としていると、ふと気が付いたことを聞いてみた

 

 

「あの~、護衛の人達が見当たらないのですが……」

「ん?護衛なんて雇ってないわよ。既に過剰戦力だし」

 

 

 ………はて、聞き違いだろうか。この馬車に乗車する予定の乗客は梅原さんを含めた看護師さんが四名に、私とザシキワラシの二人を合わせてたったの六名である

 私たちは道中では満足に戦えない可能性を考えると他の四名で事足りるとでもいうのか?

 

 

「いや、でも最近これから行く街の近くで〈UBM〉が出るって噂も聞きましたし、流石に厳しいのではないかと……」

 

 

 今まで出会ったことはないがこの世界では同一の個体がいない完全に世界中でただ一つのオンリーワンなボスモンスター、通称〈UBM〉というモンスターが存在する

 そんな存在が近隣に出てきているのにこんな少人数でかつ非戦闘職の面々で本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

「そんなこと言ったらどこに行っても危ないわよ?まあ、最悪の場合は逃げられるくらいの技量は皆持ってるから平気よ」

 

 

 真面目に彼女たちが本当に【看護師】なのか疑問になってきたが、その言葉に嘘はないようだ

 

 

 どの道、彼女たちを信じて進むしかないか、と腹を決めて馬車にお邪魔させてもらうのであった

 

 

 







やっと【適職診断カタログ】が出せました

これの正しい取り出し方は青ダヌキ式で決まりですな

修羅については、嘘はついてないよ(汗)

まだギリギリ、オープン修羅じゃないっすよ(自己申告)

あと、天地の馬車に使われてるサスペンションは大昔にドライビング・キャットなるマスターが大陸からやって来てブレイクスルーを既に起こしていたため、天地でも普及しているのだとか(捏造設定)


次回、キングクリムゾン!!



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第十三話 ひかれ合う運命の者達



まだエピローグまで書き終わってないけど、今週二本目、更新

今回の話を読む前に主人公の顔面偏差値は全国トップクラスとだけ言っておこう

あと、今更ですが作者はゆゆゆ好きです




 

□【妖魔師】夜ト神寝子

 

 昨日のうちに何とか目的地である〈青雲(せいうん)〉に着いた私は梅原さん達と別れた後に、【式神術師】ギルドへと向かった。街に向かう途中で梅原さん達から聴いたのだが実はこの街にある【式神術師】ギルドは天地に存在する【式神術師】ギルドの総本山にあたる施設なのだとかで、将都のモノよりもかなり大きな敷地にあった

 具体的に言うと、現実の京都にある世界遺産の寺院並みの広さだ

 

 なんでもギルドの創始者である【妖将軍(ファントム・ジェネラル)阿宮(あみや)青雲(せいうん)という人がこの街を作る際に大きく貢献したらしく、その功績をたたえる形として街の名前にその名前を付けたのだとか

 そして式神術師系統のジョブクリスタルが全て揃っていたこともあり、そのまま本部になったのだという

 

 

 早速中に入って受付でジョブクリスタルを使う許可を頂いてから、【妖魔師】のジョブクリスタルがある部屋まで案内された

 

 

 そして、そのまま無事に【妖魔師】になることが出来た

 

 

 

 

 ん?それよりも道中の話はどうしたのかって?

 

 

 

 

 ………そりゃあ、もちろんメチャクチャ快適な旅でしたとも

 

 だって、襲って来たモンスターたちが馬車に近づいてきた瞬間には数発の銃声と共に全滅してるし、隣にいた梅原さんが一瞬消えたように見えたと思ったら全滅してるし、上空に炎の球が複数出たと思ったら全滅したりしてるんですよ?

 

 

 もう、何が起きてるかわかりゃしませんがな

 

 なんか、もう、次元が違ったッス

 

 

 

 ちなみに【看護師】の皆さんがなぜ戦えるのか聞いてみたところ、サブジョブに【軍医】という医療系戦闘特化型上級職に就くことで医療系と戦闘系のジョブのスキルをいかんなく発揮することが出来るようにしているのだという

 レベルは聞かなかったが、おそらくカンストしているのだろう

 

 

 にしても、何であんなに強いのに街中の普通の診療所にいるのだろうか?

 

 

 

 

 不思議である

 

 

 

 

 まあ、要するに何が言いたいのかと言うと、道中に危険なんてなかったということだ

 

 

 

 そして、【妖魔師】になった私は冒険者ギルドにクエストを受けに行っていた。前にも話したが私の戦闘スタイルは待つ時間が長いため、その空いた時間で生産系のクエストも進めることで何とかここまで生計を立てている。すでに【式神術師】ギルドで呪符製作のクエストを受けてきたので次はここで討伐クエストを受注しに来たのだ

 

 そして、何やら騒がしくしている建物の中に入るとそこには一人の青年が大柄の体を持つ甲冑を着た戦士の足に縋りつきながら何かを懇願している様子が見えた

 

 

「なぜでござるか!先日まで一緒にいてもいいと言っていたではありませぬか!」

「うるさいはこの疫病神が!!俺たちを騙しやがって!!手前と一緒にいたら命がいくつあっても足りんわ!!」

「ぐはっ!!」

 

 

 甲冑を着た男が足に縋りつく青年にそう言い捨てると強引にその青年の腹を蹴り飛ばすことで引き離し、男の仲間と思われる風体の人たちと共に気が立った様子でギルドを去っていった。

 その場に残されたボロボロの戦闘用の着物を着ている青年は男達が去った方に体を起こしながら手を伸ばすも、そこには今ちょうどギルド内に入ってきた私達しかおらず完全に自分が男たちに置いて行かれていた

 しばらくして放心から戻って来た青年は、平均よりも整っているその顔に涙を浮かべ悔しそうな表情をしながら頭の後ろで一括りにされた長髪が大きく揺れる勢いで四つん這いになると、マイナスイオンが放たれているかのような空気をかもし出し周りから見て一発で分からくらい落ち込んだ様子を見せた

 

 

「また、またやってしまったでござる……。これで44回目……。やはり、もう拙者と共にいてくれる仲間などいるわけがないとでも言うのでござるかッ!!」

 

 

 青年が何やら小声でブツブツと言っているのを目の前で見ながら、私は突然起きた衝撃的な光景に面食らっていた。

 私以外のギルドで一部始終を見ていたらしい人間はマスター、ティアンに関わらず、その青年のことを同情の目で見るものの特に近づこうとするものはいなかった。

 

 

 

………………いや、本当に何したの、この人

 

 

 

 周りの様子から見ても厄介ごとのニオイがプンプンするし、普通ならここで青年のことを無視するのが正解なのだろう。

 

 しかし、なぜか放置するのは躊躇われた

 

 どこで見たのかはわからないが、似たような表情をしたモノを以前に見たことがある気がするのだ

 この放置することが出来ない独特の雰囲気を出す何かを私は見たことがあるはずなのに全く分からない

 ふむ、本当になんなのだろうか?最近似た感覚を味わった気がするのだが全然思い出すことが出来ない

 

 

 

 いかん。既視感の正体がわからない分、余計にほっとけなくなってしまった

 

 

 

 はぁ、何だかもう悩むのも面倒くさくなって来た。ここまで流れで来たようなものだし、ここは諦めて話しかけるとしよう。

 

心の中でそう決心した私は四つん這いになっている青年に目線を合わせるために膝を折り畳んで屈みながら、垂れてきた前髪を左手で抑えると正面から青年に話しかけた。

 

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 

 自分で聴いておいて何だが、大丈夫な所が見つからない青年の有様である。

心の中で私に若干disられている青年はまるでそこにいることに初めて気が付いた様子で俯いていた顔を上げて私に視線を向ける

 

 

 

 

 

 その瞬間、目の前の青年の時が止まった

 

 

 

 

 

 比喩でもなんでもなく唖然とした様子でこちらを見つめたまま動かなくなってしまった青年の姿を見て本当に大丈夫か心配になって来た私は、小首をかしげながらもう一度話しかけた。

 

 

「あのー、本当に大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんですか?」

「……!?」

 

 

 そうすると硬直した青年は驚いた様子で再起動したのだが、途端に表情を暗くし私に視線を合わせないように俯いたまま立ち上がる

 

 

「………御心配には及びませぬ。では、拙者はこれで失礼いたす」

 

 

 そう言い残した青年は私に一礼すると一目散に入口へと駆け出し、私が追い駆ける間もなく冒険者ギルドから出ていってしまった

 

 

 

 明らかに私を避けるような行動を取ったのが気になり彼の後をつけようとすると、後ろから誰かに声がかけられた

 

 

「アイツを追いかけるのは止めといた方がいいぜ、マスターの姉ちゃん。さもないと取り返しのつかねぇことが起きるぜ」

「それはどういう意味ですか?」

 

 

 急いでいるのに呼び止められた私は少しだけムッとした様子で、私に声をかけた主である見知らぬ山賊風のティアンの男にそう問いかけた

 

 

「どういう意味も何も言葉のままさぁ。あいつに関わった奴らは例外なくひどい目に合うってこった。なにせアイツぁ、あの『仲間殺しの不落丸』だからな」

「!?」

 

 

 

 

 

 『仲間殺しの不落丸』

 

 

 

 

 

 聞いたこともない名前だったが、その異様な通り名に驚愕を禁じえなかった。私の反応を見た男はそのまま言葉を続ける

 

 

「なんだ、姉ちゃん知らないのかい?『不落丸』って言ったらこの天地じゃ結構有名だぜ?もちろん、悪い意味でな」

 

 

 「まあ、マスターだから知らんのか」と男は呟くと、そのまま言葉を続ける

 

 

「親切ついでに教えてやるよ。噂によると、アイツとパーティーを組んだ奴らはマスターとティアンに関わらずその大半は何らかのトラブルに巻き込まれて死んじまうって話だ」

「トラブルに?」

 

 

 どうやら先程の青年、不落丸自身が仲間を殺したわけでは無く、あくまで事故によって狩りに同行したメンバーの大半が犠牲になっているのだという

 しかも、その中でも数少ない生き残りのメンバーは全員精神疾患を患わっているのだというのだ

 しかし、その話には疑問がある

 

 

「……でも、モンスターと戦えば死んでしまうことなんてたいして珍しいことではないと思いますけど?」

「ああ、確かに人間が戦っちまえば命を落とすことなんてザラにあるがな、奴の周りじゃ運が悪かったなんて言葉が出ねえくらいそれが起こるんだよ。なにせ、俺が知る限りでアイツと組んだ奴らはその日のうちに全員死んじまったからな」

「全員!?」

「ああ、全員だ。そん中にはマスターも含まれてるぜ」

 

 

 確かにそれは明らかに異常だ。いくら何でもトラブルと言うには事故が起き過ぎだ

 もはや、故意に殺したと思われても仕方がないだろう

 

 

「じゃあ、さっきの人たちは」

「ありゃぁ、数日前にアイツと狩りをして全滅したマスターの連中だ。もう三回くらい奴と組んでたらしいが流石に稼ぎが入らな過ぎてパーティーから追い出したんだとよ」

「そんなぁ……」

 

 

 でも、なんでマスターの人たちがティアンの人をパーティーに誘ってたんだろうか?

 先程から親切に色々と教えてくれる目の前のティアンの男が私がふとこぼした疑問にも律儀に反応してくれた

 

 

「何でもマスターの間だとアイツと一緒の狩りを成功させるととんでもない報酬があるとか噂になっているらしいぜ。ま、それが何かはティアンの俺らには分からんがな」

 

 

 なるほど、もしかしたらマスター専用のランダムクエストが起きているのだろう

 クエスト関連の掲示板でも見ればその辺のことも何かわかるのだろうけれど、私は基本的にデスペナルティになった人達が書き込んでいる死亡原因について書かれてるスレくらいしかのぞいてないからその辺の知識が不足しているのかもしれないな。

 そう言えば、最近はあまり掲示板は見てなかったしクエストに関連した情報を入手し損ねている可能性もあるな

 

 ふむ、今後は違う掲示板も注意して見るとしよう

 

 

「いろいろと教えてくれてありがとうございました」

「いや、礼はいいさ。"妖怪屋敷(モンスター・ハウス)"に恩が売れるチャンスなんてそうそうないからな」

 

 

 ん?ちょっと待て。何だその物騒そうな名前は……

 

 

「えーと、その"妖怪屋敷"というのは?」

「ん?そりゃあ、もちろん姉ちゃんの二つ名だろう。珍しい髪の色した子連れの女のマスターによくするとフィールドであった時に休憩所を提供してくれるって最近ここいらじゃ『不落丸』ほどじゃないが有名だぜ」

 

 

 ……まあ、確かに最近は知り合いをフィールドで見つけたらお招きしたりはしてたけど、将都から少し離れたところでも有名になっているとは思わなかった

 

 

 おそらく、名前の妖怪の部分は私が【妖怪】の式神を使っているのが原因だろう

 

 

 

 

 

 

 狩りの妨害をしにきた人たちを全員動けなくしてからちょっとお説教したことは関係ないはずだ

 アレは拷問ではない、ただ注意喚起をしただけだ……

 

 

 

 

 

 

 現実逃避をした後に私は改めて、ティアンの男の人にお礼を言ってその場を離れて男の忠告を無視するかのように不落丸さんの後を追った

 

 別にあのティアンの男の話を信じていないわけでは無い

 

 私は《真偽判定》を取得してないけど、あの男が嘘をついていないのは周りの人の様子を見てわかった

 

 きっと、あの話は全て真実なのだろう

 

 でも、真実だからこそ私は彼を放って置くことはできなかったのだ

 

 確かに不落丸さんはその一種の""呪い""の所為で多くの人達を殺してきた厄介者として他者から見られている

 

 

 

 

 

 だけど実際には彼も""被害者""の一人なのだ

 

 

 

 

 

 共に戦った仲間たちを何度も目の前で殺され、そしてその度に仲間を守れずに生き残ってしまった自分自身の無力感に苛まれているはずだ

 しかも、さっきの彼のつぶやきから察するに、少なくともそれを44回も体験しているのだ

 

 とてもではないが常人では耐えられないような苦行だ

 

 私ならその半分もこなす前に心が壊れてしまうだろう

 

 そんな苦行を彼は誰に命令されるでもなく自分の意志で進んで行い、それにも関わらずその心は壊れている様子は全く見えなかった

 

 それどころか、彼はどこまでも普通の人間だった

 

 彼の表情や声色、そして纏っている雰囲気にはそんな苦行を乗り越えてきた人間とは思えないほど人間らしいの感情が感じられたのだ

 

 感情を殺すこともせず、自分の心が壊れるのも押しとどめ、ただ人間であり続けることはとても大変なことだ

 

 それでも彼はやめなかった。他人に迷惑どころ害悪な人間だと思われようともそれを止めんかったのだ

 

 そんな彼を動かす原動力が何なのか。そして、私に何かできることが何かないのか

 

 それを確かめ、あわよくば自分の中に根付くトラウマに終止符を打つ何かを見つけるために私は彼のもとへと向かうのだ

 

 

「でも、マスター。不落丸さんが噂通りの人だとすると、このまま何もせずに探すのは見つけるのも見つけた後にも準備不足ではないのデス?」

 

 

 確かにこのまま突っ走ってよしんば出会えたとしても同行できるように説得するのも難しいだろうし、説得できた後のことを考えると今のままでは少しばかりまずいのかもしれない

 

 

 

(私自身がかなりの足手まといであることを自覚してる分、準備には人一倍、力を入れなきゃダメだよね)

 

 

 

 しかも、そう理解してる上で頼まれてもいない余計なお節介を焼きにいこうとしているのだ

 

 ここで妥協などをしていたらそれこそ相手に失礼に値する行為だ 

 

 

 

 これは彼のためであり、そして何よりも私のためにする独善的な行為なのだから

 

 

 

 そうして、私は万全の態勢で挑むために街を駆け巡るのであった 

 

 

 

 

 






今章のキーパーソン、不落丸の登場回でした

この話を書き直しまくった所為で全く話が進まなかったという裏話があります

主人公を動かす動機が弱く感じがしますが、ここで彼女を動かさないと不落丸が死んでしまうのでご容赦ください(確定事項)

主人公の二つ名はエンブリオが特徴的だったこともあり、かなり早い段階で付けられました

次回は他の人の視点から始まります


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第十四話 落とせない男




今回は不落丸のお話です

シリアス展開入ります



 

□【大刀武者】不落丸

 

 

 拙者の名は不落丸。人からは『仲間殺しの不落丸』と言われている

 

 なぜそんな名前が自分に付いているのか。それを説明するには拙者の経歴に触れなければならない

 

 まず、拙者は元々将都から離れた北玄院家が納めていた土地にある小さな村の出身で、ただの農民の出身だった。農家には余程の豪農でなければ姓は与えられないため極貧の我が家には姓はない

 

 こんな小さな村で一生を終えたくないと思い、一年前に十六歳の誕生日を迎えた日を境にして都に上京し一旗立てに来たのだ

 幸い剣の才能に幼いころから目覚めていたこともあり、村から一番近い街にあるジョブクリスタルで【剣武者】に就いてから中立地帯の将都に向かった

 

 

 

 しかし、ここで問題が起きた

 

 

 

 元より農民の出であった拙者は持ち合わせの金銭がかなり少なく、定期的に出ている将都行きの馬車に乗ることが出来ずにいたのだ

 

 もちろん、旅立ちの日のために今まで農民としての仕事と共に剣の訓練と小遣い稼ぎに励んでいたためそこそこの金は持っていたのだが、長年の夢が実現することに浮かれてしまったせいで、自身の装備一式をそろえるために長年の間に溜めてきた小遣いを使ってしまい、元からかなり高額な馬車代を払えなくなってしまったのだ

 

 挙句の果てに買った装備の大半が偽物であり、売っていた商人も姿を消している始末である

 野宿をしようにも雪が降るほどの寒さになったばかりの季節で、野宿などすれば確実に風邪を引くような有様だったので無人のあばら家すら見つかったため泣く泣く宿を取った

 

 

 手元に残ったのはあと1日分の宿代のリルと、唯一本物だったルーキーが持てる中でも最高の性能を持つ刀が一振りだけ。

 

 

 将都に自力で向かうには通過する場所にいるモンスターのレベルがかなり高くこのままの状態で行けば確実に死、あるのみである。

 あえなく金策に走ることになった拙者は、宿や飲食店の仕事の手伝いから、土木作業などの肉体労働、そして空いた時間を使って近隣のモンスターの討伐など、とにかくなんでもやった。

 さらに、商人系の仕事をする時にのみ【鑑定士】のジョブに変更し、クエストを受けることでレベル上げと《看破》や《鑑定眼》、《透視》のスキルを上げ、時間を有効活用していた

 偽物を掴まされたのが予想よりも悔しくてたまらなかったため、同じ目に合わないように取得したのだ。

 

 そんなこんなで元の村にいた時よりも倍の量の仕事をこなしていた拙者は徐々に街中では有名になっていき、仕事をはじめて3週間目には「働き丸」という微妙な愛称をつけられていた……

 

 

 

 

 本当に大変ではあったが、充実した日々を過ごせていたのは確かだ

 

 

 

 

 そしてそんな毎日を過ごしていたある日、拙者はいつものように一日のノルマを終えてジョブを【剣武者】に戻し、空いた時間で討伐クエストを受けにギルドに寄った時のことである。とある冒険者達から、自分で言うのも何ではあるがソロで最近活躍している拙者に声がかかったのだ

 前まで一緒に組んでいたメンバーが実家に呼び戻されてしまい、冒険者を続けられなくなったので代わりのメンバーを探していたのだとか

 

 元から周りの人間よりも才能に恵まれた拙者の実力は近隣に生息する低レベルのモンスター如きに後れを取らず、周りからは将来有望な戦士になることが期待されていたのだ

 そして、特に断る理由もなく得られる経験も濃くなることが予想されることから拙者はその誘いに乗り、いつもよりもレベルの高いところにそのパーティーと共に向かった

 その時の拙者は仲間と共に冒険をするという新鮮な体験ができることに心を弾ませ、期待に胸を膨らませながらその道中を歩いてた

 

 

 

 これから何が起こるのかも知らずに…………

 

 

 

 その後、拙者とそのパーティーは初めての共闘にしては十分な成果を上げていた

「もうこのまま一緒にパーティーになってくれないか」と言われるほど拙者の技量は低レベルながらも充分に戦力として認められるほどのものだったのだ

 そして、討伐クエストの目標討伐数までモンスターを討伐することを達成した拙者たちは意気揚々と街に最短で戻れるルートで街へと向かっていたのだが

 

 

 

 

 

 拙者以外のパーティーメンバーは生きて街の門をくぐることは叶わなかった

 

 

 

 

 

 一体何が起きたのか。それはいたって単純な理由である

 

 

 

 自分たちよりも強いモンスターに襲われたのだ

 

 

 

 その時、拙者達を襲ったモンスターの名前は【亜竜猛虎】

 

 下級職パーティー並みの戦闘力を持つ亜竜クラスのモンスターだ

 

 しかも、その中でも上位に位置するほどの実力を持った個体だったらしい

 

 パーティーメンバーの【陰陽師】の女は真っ先に踏みつぶされ、【弓狩人】は引き裂かれ、【鎧武者】はかみ砕かれ、【僧兵】はひき殺され、リーダーである【上忍】の男は決死の《火遁の術》で瀕死に追い込みながらも一歩及ばず自身の術で弱っているところを食い殺された

 

 仲間の犠牲によって瀕死に追い込まれた【亜竜猛虎】は最後に残された拙者との激闘の末にその命を散らした

 

 強敵を倒したその時の拙者には達成感はなく、ただただ、仲間が死んだという悲しみだけが心の中に残った

 

 

 

 

 

 しかし、ここからが本当の拙者にとっての悲劇、もとい""呪い""の始まりであった

 

 

 

 

 

 それから拙者は何度か他のパーティーとも行動を共にしたのだが、そのどれもが拙者を除くパーティーの全滅、または生存者がパーティーの半数以下という残酷な結末を迎えるようになった

 しかも、その生存者もほぼ全員が冒険者を引退するほどの怪我や精神的傷を負ってしまっていて、実際のところ全員が戦士としては死んでしまっている

 

 

 最初のうちは不運な人だと周囲の人間に言われていたが、似たようなことが連続で起きていくと皆の態度が徐々に変化していき、壊滅したパーティーの数が5を超えた時には自分に居場所はなくなった

 

 これ以上その街にいるのがつらくなり、合計レベルも100を超え実力もついてきたところで三か月間世話になったその街から逃げるように出ていった

 

 それから将都を目指して街を転々としていたのだが似たようなことが何度も起こり、壊滅させたパーティーが25を超えた辺りから誰が付けたのか「仲間殺しの不落丸」として名が各地に知れ渡っていた

 

 それから拙者は幾つもの出会いと別れを超えて目的地である将都に着いたものの誰にも相手にされずにただただ死んだように生きていた

 

 

 

 そんな時、絶望の淵に立たされた拙者の前にとある存在が現れたのだ

 

 

 

 そう、〈マスター〉である

 

 

 

 拙者は伝承で知られた不死の存在である〈マスター〉に希望を見い出したのだ

 

 最後の望みに全てを賭けて早速、件の〈マスター〉達に声を掛けていった

 

 しかし、淡い希望は一瞬で叩き潰された

 

 拙者と共に狩りに出た〈マスター〉はどんなレベル帯の狩場でも毎回〈イレギュラー〉が発生し、今までの仲間たちと同じように命を散らしていったのだ

 

 そして、先程の男たちが三日前に複数体の【亜竜豪馬】に強襲を受けて既に三回壊滅したパーティーであり、復活したところを迎えに行ったところ完全に相手にされなくなり、また一人になってしまったのだ

 

 

 再び拙者がどうしようもないほどの孤独に捕らわれそうになったそんな時

 

 

 

 

 

 

 

 ""拙者の前に桜色の彼女が現れた""

 

 

 

 

 

 

 

 彼女はその左右で違う色をした瞳で拙者を見つめ、季節の変わり目を告げる鳥のように澄んだ声で拙者に声を掛けてくれたのだ

 

 久しぶりに他人から自分に向けられたなんの不純物も含まれていない、ただ拙者のことを心配している表情を見た瞬間、拙者はこの約一年間感じてこなかった温かい思いをこの胸に感じた

 

 自分の""呪い""が明らかになったときから拙者はこの国に住むティアンはもちろんのこと、異界から来た〈マスター〉達にはそんな表情を向けられたことがなく、むしろ彼らにはまるで人ではないモノを見るのような目で見られてきた

 

 だが、彼女は拙者のことを知らなかったのか拙者に対してとても自然体で接してくれた

 

 その長い間触れられなかった人からの優しさは、ボロボロになった拙者の胸を癒していくようだった

 

 いつまでもこのやさしさに包まれたいという欲求に思考が支配されそうになったその時、拙者は正気に戻った

 

 

 

 

 自分が彼女と一緒にいることは不可能だ

 

 

 

 

 自分と一緒にいれば遅かれ早かれ""絶望""と遭遇することになる

 

 そんなことをして彼女を傷つけるわけにはいかない

 

 彼女の左手の甲を見ると「鞠をついている幼子」の紋章があり、それが彼女はマスターであると証明していた

 

 だけど、不死の存在だとかいうことは関係なく彼女を自分の""呪い""に巻き込みたくなかった

 

 拙者に降りかかる""呪い""は時間が経つにつれて強力になってきており、二週間前には今まで生き残って来た拙者ですらモンスターに完全に殺されかける寸前までになっている

 

 拙者と共に来たマスターの中にはこの世界に戻ってきていないものまで出てきている

 

 彼等、マスターにだって死に対する恐怖心はある。わざわざ危険な目に遭おうとする者もいるがもう拙者は誰かを目の前で消えていく様を見たくない

 

 これまでさんざん多くの人間を犠牲にしてきた人間が何を言っているのだと言われるかもしれないが、もう拙者の心は限界の寸前だった

 

 だから、拙者は何かが起こる前に彼女のそばからすぐに離れたのだ

 

 そして、追い駆けてくる気配がないこと確認した拙者は、決断した

 

 もう誰ともパーティーを組まないと。自分は一人で戦い抜いていくと

 

 

 

 そして、新たな決断を胸に装備の整備を済ませて、狩りに出ようとしたその時だった

 

 

 

 

 桜色の彼女が、再び拙者の前に現れたのだ……

 

 

 

 

 拙者を探して走りまわっていたのか彼女は荒くなっていた自分の息を整えながら、こう話しかけてきたのである

 

 

 

 

 ""私と一緒にパーティーを組んでくれませんか?""

 

 

 

 

 開口一番になんてことを言うのだろうかと拙者は思った

 

 

 

 

 もしかしたら、拙者と共に狩りをしてくれた他の〈マスター〉達のように自身が不死身の体であることをいいことに遊び半分で拙者の手助けをしようと思ったのかもしれない。

 現に彼らが拙者の誘いを受けたのは拙者のためでなく自分たちが楽しむためだったように見えた。

 

 誰一人として、拙者自身を見てくれる〈マスター〉はいなかった。

 

 きっと彼女も彼らと同じに決まっている。

 

 そんな自分勝手で都合のいい考えが脳裏に浮かんだが、その左右で異なる色をした彼女の綺麗な瞳から恐怖の感情が少し混じりながらも感じるその強い意思を受け、その考えを改めた

 

 

 どうやら彼女は本当に拙者の助けになろうとしているらしく、拙者は激しく動揺してしまった

 

 しかも、彼女は拙者のことを知った上で、誘っていると言うのだ

 

 意味が分からなかった。なぜ彼女はそこまでして自分に手を差し伸べてくれるのだろうか?

 

 訳が分からず頭の中であることないことが錯綜していると、目の前の彼女から言葉をかけられた

 

 

 

「今の不落丸さんの姿を見たら放って置けなくなったんです。まるで今にも消えそうな雰囲気だったので………」

 

 

 

 そんな拙者に彼女は言葉を続けていた

 

 

 

「確かに、他の〈マスター〉の人達は不落丸さんを置いていったのかもしれません。そんな不落丸さんが〈マスター〉の私のことを信じられないのは当然だと思います」

 

 

 

 違う、そうではない

 

 そう彼女に言おうと口を開こうとするも彼女から発せられた次の言葉を聞き、思わずその思いを声に出さずに押しとどめた

 

 

 

「それでも、私たちのことを信じてくれませんか?一人の人間として」

 

 

 

 その言葉を聞いたとき、拙者はかつて善意でパーティーを誘ってくれた者たちの面影を彼女に幻視した。

 

 彼らは皆、頼んでもいないのに要らないお節介を拙者にしてきた

 そして、拙者がその誘いを断ったにも関わらず密かに狩りについてきてしまい、拙者の“呪い”によってその命を落としてしまった

 その癖、全員最後の一言が他人の心配ばかりでとんだお人好し達だった。

 

 

 

 そんな彼らと似たような空気を、目の前にいる彼女から感じ取ってしまったのだ

 

 

 

 このまま強引にこの場を去っても彼女は拙者の後をついてくるのだろう。

 

 共に行動するかしないかの違いである

 

 ならば、ここで決断するしか拙者に残された道はないというわけだ。

 

 この一年で自分の“呪い”の恐ろしさを文字通り、身に染みて理解している拙者にとって死刑の宣告にも等しき決断だった

 

 おそらく、我が身に巣くう“呪い”は彼女にも例外なく発動するだろう

 

 しかし、この冒険でもし、万が一にも彼女が生き残りさえすれば拙者はきっと今の自分から何かを変えることが出来るかもしれない

 

 ここで希望を手に入れられるのか、それとも果てしない闇が待ち受けているのかは、まだ分からない

 

 だから、これを最後にしよう

 

 この冒険で彼女が一時的とはいえ、瀕死になることで異世界に飛ばされるようなことが起きれば、金輪際仲間を作ることは諦めよう

 

 ああ、自分は本当になんて卑怯者なのだろうか。こんなにも優しい方に本当に自分の身に起きたことの全てを話さずに協力を求めようというのだから

 

 

 そして拙者は両者の間にできた長い沈黙を破り、了承の意を彼女に示した

 

 

 

 

 

 

 







滅茶苦茶激動な人生を送っている不落丸

常人ならすぐに心が折れるであろう体験を最低でも44回も耐えきった、本作の修羅候補生であります

感想欄でも書きましたが彼にはうちの不幸担当を担ってもらいます

原作ではその概要がほとんど出ていない【死神】に近い性質を生まれながらにして持つ可哀そうな人です

次回、狂宴の始まり




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第十五話 狂宴の始まり




戦闘シーンって、難しいですね………


そして、書き溜めてたストックがもう………





 

□〈大貫平原〉【妖魔師】夜ト神寝子

 

 道行く街の人達に聞き込みをし、やっとの思いで不落丸さんを見つけた私たちはその胸の内に秘めた思いを偽らずにさらけ出すことで何とかパーティーを組んでもらうことを認めてもらえた

 

 そして彼がパーティーの加入を了承したと同時に私の目の前にとあるクエストが開始されたことを知らせるウィンドウが表示されたのである

 

 

 

 

【クエスト【試練を約束されし者__不落丸 難易度:八】が発生しました】

【クエスト詳細はクエスト画面をご確認ください】

 

 

 

 

 クエストの詳細には不落丸さんとの狩りしてから無事に生きて街に戻るのがこのクエストの内容だと書かれていた

 難易度:八のクエストはレベル500のカンストのティアンのパーティーでも全滅するほどの難易度のクエストだ

 これまで受けたこともない程の高難度クエスト。正直、全く生きて変えれる気が全くしない

 急激に実感が出てきた死への恐怖に、私は少しだけ竦みそうになった

 

 だが、先程自分たちを信じてくれと大見得を切ったのだ。ここで不安な顔を見せるわけにはいかない

 

 そう思い彼に悟られまいと必死に表情を取り繕った

 

 

 

 

 そして、あらかたの戦力の確認を街で終えた私たちは覚悟を決めて〈青雲〉の北側に位置する〈大貫平原〉へと移動した。最初のうちは私のレベル上げとお互いの連携の確認をするためにレベル帯の低いところで狩りをすることにしたのだ

 

 ただ、不落丸さんの経験上ではどのレベル帯でも危険性はあるとのことなので元から緩ませてはいないが、自分にとって低レベルの狩場でもより一層気を引き締めて挑む

 

 初心者の狩場よりもレベルが高いモンスターが出ると言っても、大体レベル十五くらいのモンスターしかいないのでレベルが百を超えている私にとってはかなりユルい狩場だ

 出てくるモンスターはそこら辺に時々生えている樹木に擬態した【化け木】や【ゴブリン】よりも巧みに武器を扱う【赤猿】、そして空中から攻撃してくる鳥類モンスターなど、初心者の狩場よりもバリエーションは確実に増えている

 

 そして、しばらく低レベル帯のフィールドを移動していると開けた場所に丁度いい具合に集まった15~6体の【赤猿】で構成された集団を見つけた。装備は木や石でできた棍棒と盾だけで、比較的強くはない部類の集団のようだ

 レベルが高い個体が多いとそれに比例して装備も良質なモノになることが多いため、鉄製の装備を持たないあの集団ならばゴブリンよりも強いくらいで問題はないだろう

 

 

 

 

 

 敵の脅威度もある程度計れたところで、不落丸さんに確認を終えた後に私たちは初めてのパーティー戦闘を始める

 

 私達はいつもの狩りと同じようにザシキワラシを展開し、【赤猿】たちへの先制攻撃を開始した

 

 先制攻撃の時点で5体以上の【赤猿】を行動不能にしてみせた私たちはそのまま追撃を加える

 

 あらかじめ召喚しておいた二体の【猫又】が、私たちの攻撃で動けなくなった【赤猿】たちが力尽きるまで攻撃を加え、まだ動いている個体には不落丸さんが対応する

 

 あくまでも戦闘での連携の確認が目的であるため私が一人で対応できる相手だとしても、敢えて攻撃しなかったのだ

 

 そうこうしている内にまだ行動可能な【赤猿】の目の前に瞬時に移動した不落丸さんは流れるような動きで腰に差した大刀を振り抜き、目の前にいた【赤猿】の横をすり抜けるように移動すると勢いをそのまま殺さずに一刀、二刀、と目にも止まらぬほどの速さで刀を振るい続けた

 そして、三秒とかからずに攻撃の手を止めたその時には不落丸さんの周囲にいた8体の【赤猿】は、胴から体を半分に切断されて光になり、その体を散らせていったのであった

 

 残りの【赤猿】は【猫又】達がザシキワラシの支援がない状態で倒していた

 

 【式神術師】になった時からの付き合いである【猫又】達のレベルは亜竜クラスとまではいかないが全員三十以上にはなっている

 この程度の相手なら私の支援がなくても問題ないくらいには強くなっているのだ

 

 それに【猫又】だけでなく媒体がある手持ちのモンスターは最低でも同じくらいの強さだし、このレベルのモンスターなら従属キャパシティーを使って、二、三体までなら今の私でも召喚が可能である

 

 最大戦力である亜竜クラス以上のモンスターはパーティー枠で召喚し、最低でも一体は常にそばに置いている

 召喚してから30分ほどで消えてしまうのだが、ザシキワラシのスキルでMPを回復させ、召喚モンスターのクリーングタイムを管理することで亜竜クラスのモンスターを継続して召喚できているというわけだ

 

 

 にしても、レベルをあらかじめ聞いていたから分かっていたのだが、予想以上に不落丸さんが強かった

 

 

 いくら低レベルのモンスターと言えどそれを流れるような刀捌きで一瞬にして倒しており、その剣技からステータス頼りじゃない、不落丸さんが幾つもの死地で培ってきた圧倒的なまでの技術力が垣間見ることができた

 

 しかし、こんなにも強い人でも仲間を守り切れなかったという事実がこれから私達に待ち受ける苦難を、より鮮明にしていった

 

 

『夜ト神殿。ドロップアイテムの回収が終わり申した』

「ありがとうございます。周辺の状況の確認を終えたら出ますので少し待ってください」

 

 

 あらかじめ不落丸さんから渡されていた遠くからでも仲間と念話で連絡が取れるマジックアイテム、【テレパシーカフス】で連絡を取り合うと同時に私は《生体探査陣》を広範囲に発動させ、近くにモンスターや人間がいないかを確認し、近くに他のモンスターの群れがいることを不落丸さんに伝えると、そこへ移動することになった

 

 いつものように一か所にとどまっていないのは今回の目的が戦闘をすることだからだ

 

 ザシキワラシの中にいられる時間が少なく、嫌がおうにも私が外にいる時間が多くなってしまうが、いつものように生産系のクエストでのレベル上げが出来ない今では生産活動をする時間よりもモンスターを狩る時間を増やさざるを得ないのだ

 

 私自身が持つトラウマの関係上、既にかなり精神的なストレスが溜まってきているが自分が生き残るためにも必要なことだと自分に言い聞かせながら、狩りを続けていくのであった

 

 

 

                   ◇

 

 

 

 

 そんなこんなで私の精神を削りながら順調に狩りを続けていると異変が起きた

 

 

 

 不落丸さんはまだ気が付いていないようなのだが、何かがこちらに近づいている気配を感じたのだ

 その気配の数は一つや二つでなく、かなりの数の敵意がこちらに向かってきているがわかった

 私がこの世界に来てから何度も感じてきた、この荒々しい空気

 

 

 

 間違いない、モンスター達の気配だ

 

 

 

 事前に打ち合わせをした通り、察知した異変について不落丸さんへと伝える

 一瞬不落丸さんは驚いた様子を見せたが、次の瞬間には表情を引き締めて応戦の準備をした後で、《生体探査陣》を使うように、と指示をもらった

 

 即座にザシキワラシを展開した私は言われた通りに、私が普段ザシキワラシの中から外の様子を知るために使っている《探査結界》とは別にスキルの発動の準備をする

 

 発動した《生体探査陣》で識別した相手の正体は【亜竜猛虎】の大群だった

 

 スキルの反応から、突出して強い個体はいないがその数が異常だった。その数、何とニ十匹以上

 今まで亜竜のモンスターはたくさん倒してきたが、同時にこれほどの数を相手にするのは流石に初めてである

 

 そこまで確認したところで、相手との距離がついに1キロメテルを切り、遠くからこちらに近づいてくるのを目視することが出来た

 

 このままの勢いで突っ込まれたらその距離もあっという間に詰められてしまうのだろうが、目視が可能になったということは私達の攻撃が届くということでもある

 

 馬鹿正直に突撃をくらう道理もないので、予め待ち伏せをしていたこちら側のアドバンテージを逃がすようなことはせずに、セオリー通りに遠距離攻撃を仕掛ける

 

 大群に対して攻撃する上で最も効率的な攻撃を繰り出すことができるザシキワラシが主に攻撃に専念し、相手を近づけさせないように防御、兼撃破の役割を不落丸さんと式神に担ってもらうことは既に狩りの最中に取り決めていたので、全員がそれぞれの役割を迷うことなく実行しているのだ

 

 現在、私のLUCはザシキワラシのスキルで生成したドロップを服用することで装備補正も含めて600オーバーになっている

 

 亜竜のLUCはこれまで戦ってきた経験から察するに、大体50前後だと考えられるので今の状態で《去運不返球》を喰らわせれば一撃でダウンできる確率はかなり高い

 

 音速に迫る勢いで放たれた光弾に反応できず、群れの先頭にいた数頭の【亜竜猛虎】は攻撃をもろに受けてしまい転がるように倒れていく

 後続の【亜竜猛虎】達は突然先頭の個体が倒れたことに驚き、足を止めたモノと倒れている仲間のことなど気にせずこちらの方へと突っ込んでくるモノの、二通りの反応を全体の半々の割合で見せた

 

 前者の大半はこちらへの突然を再開する前にザシキワラシの《去運不返球》の餌食になり、芋虫のように地面にのたうち回りながら苦しんでいる

 だが、後者がかなり厄介なことに持ち前の機動力の良さを活かしながら半数程が回避しながらこちらへと迫って来たのだ

 もともとAGIが高いモンスターであるおかげで群れの中でも高レベルの個体ならギリギリ躱せる速さなのだろう

 

 

 

 着実にこちらとの距離を縮めてくる猛獣の精鋭達がザシキワラシまであと500メテルを切ったところから、前衛にいる不落丸さん達がこの戦場において勝利の要と言える私を守るために動き出す

 

 私が予め召喚していた【妖怪】達は【妖魔師】の《妖怪強化》というスキルで10パーセント程ステータスが強化されているため、亜竜のモンスターでなくても二、三体で一体の【亜竜猛虎】に襲いかかれば何とか足止めくらいまでなら可能なため、少し負担が大きいが、頑張って足止めをしてもらっている

 不落丸さんと残りの亜竜の【妖怪】には一体ずつ相手をしてもらっており、純竜の【鵺】は私の最終防壁としてまだ温存中だ

 

 彼らが足止めをしている間に、私は戦場全体の流れを《生体探査陣》で確認しながら全体への指示をし、ザシキワラシの《去運不返球》を味方に当たらないように位置取りに注意させつつ、確実に相手に当てながらこちらの優位な状況へと持ち込んでいった

 

 直接敵の相手をする不落丸さんと【妖怪】達、相手を即座に無力化する攻撃を後方から放つザシキワラシ、そして周辺の警戒と戦場全体の様子を確認をしながら指示を出す私

 今は大丈夫だがこれらの要素が一つでも欠けてしまえば戦線は崩壊してしまうだろう

 

 こうして綱渡りのような状態で私たちの命を懸けた死闘を繰り広げるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      ◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

□【大刀武者】不落丸

 

 互いの手の内を明かし、緊急時の立ち回りを話し合いが終わった拙者たちは共に北に位置する〈大貫平原〉の街に近い場所で連携の確認を済ませた後に、フィールドの真ん中辺りに位置する場所まで移動した

 

 

 最初は彼女たちの戦闘スタイルに驚きはしたが後方支援に関して言えば彼女たちはかなり優秀だった

 拙者が完全にモンスターに包囲されないように召喚モンスターを送ったり、スキルで相手の動きを封じたりと、これまで出会ってきたマスターの中でも、いや、ティアンを含めてもかなり実力者だと拙者は評価を下した

 

 

 だが、彼女と同程度、もしくはそれ以上の実力者たちはこれまでにもいたが全員死んでしまっている

 

 

 最初からしてはいないが油断は禁物だ

 

 

 拙者の""呪い""は場所を選ばずにいついかなる時もこちらの意図とは関係なく襲ってくる

 

 

 これまでで一番襲われやすかった事例は「狩りを終えて街に戻るとき」である

 

 もうすでに五時間以上はフィールドにいるのだが、まだ危機的な状況と呼べるような場面にはなっていない

 

 途中で数十頭の【亜竜猛虎】に襲撃される事態はあったが、ザシキワラシ殿の能力で問題なく倒すことが出来た。しかし、あれで終わりにしてくれるのであればいいのだが、拙者に付きまとう""呪い""はそんなに甘くはない

 それに不可解なことに、先の戦闘で戦った【亜竜猛虎】達はいづれも何かから逃げてきたかのような焦りにも似た思いを感じ取れた

 

 あれほどの群れが恐れをなすほどの強大な何かがこの近くにいるのは間違いないだろう

 

 夜ト神殿のレベルも25になり、スキルも追加されている。周辺のモンスターもあらかた狩りつくしたし、そろそろ町の方に移動する頃合いだ

 

 

「夜ト神殿、そろそろ狩場を町の近くまで移動したいと思うのでござるが、よろしいですかな?」

『……はい、分かりました。今準備します』

 

 

 拙者は夜ト神殿に【テレパシーカフス】で連絡を取ったのち、夜ト神殿の準備が終わるまで周囲の警戒を続けた

 

 

 

 そしてそのすぐ後に、急に夜ト神殿から連絡が入った

 

 

『不落丸さん、気を付けてください!!何かが猛烈な勢いでこちらに近づいて来ています!!』

「!?。了解いたした!!」

 

 

 夜ト神殿の言うことに何の疑問を抱かずに信じ、拙者は周囲の情報をより詳細に集めるために集中力を高めた

 これまでの狩りで彼女は建物の中に籠っているのにも関わらず、外にいる拙者よりも早く敵の感知に成功している

 

 

 

 それもなんのスキルも使わずに、だ

 

 

 

 その彼女が持つ天性の索敵能力を目のあたりにした拙者は、彼女の警告にもはや何の疑いも持っていないのだ

 

 周囲はまばらに木があるだけでほとんど開けており地平線上には敵影はどこにも見えなかったが、しばらくしてようやく自分でも感じるほどの強大な何かがもうすぐそばにまで来ているのを感じ取った

 

 周囲にその姿はなく、音もなく、地面の揺れさえも感じない

 それにも関わらず、生存本能がここにいてはいけないと警鐘を鳴らしている

 

 

(どこだ!!どこら来る!?)

 

 

 

 心拍数と共に高まっていく焦りを抑えながら周囲に視線を巡らせている拙者は、その気配の居場所に気が付き視線を頭上の空へと向けた

 

 そしてついにその正体を見つけた拙者はすぐさまに夜ト神殿がいる方に振り返り、あらん限りの力を振り絞って叫んだ

 

 

「夜刀神殿ぉおお!!!!そこから離れるでござるうぅぅぅぅぅぅ!!!!!」

 

 

 しかし、そんな忠告は間に合わず無慈悲にも青空に浮かぶ白い雲を突き抜けてそれは落ちてきた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女がまだ中にいる、ザシキワラシ殿に向かって

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、それはザシキワラシ殿がいた場所に砲弾が着弾したかのような衝撃と共に着地した

 その崩壊を物語るほどの轟音が周囲に響き渡り、着地の衝撃で瓦礫と共に土埃が周囲に充満する

 

 そして次第に風によって土煙が晴れていくとそこには見たことのない異形が存在していた

 

 着地の際に折り畳まれたその強靭な二本足に、全身を覆う光り輝く白銀の毛皮。そしてある草食系のモンスターを思わせる長い耳。その瞳は途方もない怒りを感じさせる赤黒い色で塗りつぶされていた

 

 

 そのモンスターの頭上に浮かぶその名は………

 

 

 

 

 

「【空蹴兎 ピータン】………」

 

 

 

 

 

 

 彼らの真の絶望は、ここから始まる

 

 

 

 







ラストシーン執筆中のBGM>(Terra formars)~♪


ザシキワラシさんが半壊しました

まだ、完全にはぶっ壊れていません















次回予告………

やめて!【ピータン】の攻撃がもう一度ザシキワラシに当たったら、完全にザシキワラシが消滅しちゃう!

お願い、死なないでザシキワラシ!あんたが今大破したら、寝子と不落丸さんとの約束はどうなっちゃうの?ライフ(HP)はまだ残ってる。ここをしのげば不落丸さんの""呪い""に打ち勝てるんだから!

次回、ザシキワラシ死す。デ〇エル、ス〇ンバイ!



来週、投稿できっかな……



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第十六話 異邦の力



ちょいとばかし遅れました。すみませぬ

何とか書き終えたダス………
かなり急ピッチで書いたので、誤字や言い回しに違和感がある所がありましたら報告してもらえると嬉しいです





 

□〈大貫平原〉【空蹴兎 ピータン】

 

 数分前に自分よりも格下が相手だったとはいえ、かなり多くのモンスターを倒した者たちが比較的近くにいることに気が付いた

 そこで約5キロメテル程の距離を跳んで(・・・)きてみたのだが、一番危険な感じがしたモノに攻撃したとはいえ、まさか着地しただけで半壊するような軟弱なモノだったことに拍子抜けしてしまった

 然し、其れ以上にこんなモノに期待を抱いてしまった自分自身に煮え滾る様な怒りを感じていた

 此の様なモノに一瞬でも脅威を感じた自分自身が本当に馬鹿馬鹿しく思える

 

 だが、いかに相手が弱者であろうとも油断はしない

 

 其の一瞬の油断をついて二週間ほど前に格下のモノに自分は殺されかけたのだから

 

 心に宿る怒りの炎は常に燃え滾るように熱く保ちながらも、唯、其の激情に流されるのではなく冷静に物事を考え、行動する

 

 此れこそが真に最強へと至るモノに必要なことだと私は信じ、行動している

 

 今は此の場において最大の脅威と思われるモノを速やかに排除できたと考え、次の行動を取るとしよう

 

 私の異常なまでに発達した耳を用いて、周囲に存在するモノを把握する

 

 半壊したモノの中に一匹、周囲には鉄の刃を持つ獲物が一匹と獣が四匹。全て私よりも格下だ

 

 先ず、半壊したモノの中にいる何者かを殺した後に此方を見つめている獲物に間合いを詰めて蹴り殺し、他の格下の獣たちを蹂躙して終わり

 

 

 

 たった其れだけだ

 

 

 

 この辺りには此奴等以外に強者と思われる生命体の気配はまるで感じられない。これではまるで話にならん

 此の様な弱者など早々に片づけて、真なる強者を探すとしよう

 そうと決まれば直ぐに行動へと移す

 

 

 先ず、私は直ぐ傍にいる者を殺すために体を起こそうとする

 

 

 

 だがその時、運悪く(・・・)足元の瓦礫で足を滑らせ、体勢を崩してしまった

 

 

 

 転びはしなかったものの、普段なら絶対にしない己の恥ずべき失敗に自分自身により一層怒りを覚えた

 

 

 何だ、此の不甲斐ない有様は、と

 

 

 其の怒り発散すべく、目の前にいる攻撃対象に全身全霊の一撃を加えるために右足を浮かせたその時、其の相手が居る方から叫ぶ様な声が聞こえた

 

 

 

 

 

「《式神召喚》!!【鵺】ぇぇえええええッ!!!」

 

 

 

 

 

 其の言葉と共に現れた複数の蛇の尾を持つ獣の体当たりを正面から受けた私は、蹴りを入れるために右足を浮かしてしまったためもう片方の足で踏ん張る事も出来ず、20メテル程吹き飛ばされてしまった

 私の周囲にいる獣たちの一撃なら耐えられた筈だが、目の前に現れた此の獣は私に劣るとはいえ周囲にいる其れとは格が段違いだ

 己の邪魔をしたことへの怒り、そして先程感じた自分への怒りを纏めて目の前にいる獣にぶつける為に戦闘を再開する

 

 

 

 しかし、戦闘を続けていくうちに不可解なことに気が付く

 

 

 

 私の攻撃がまるで相手に当たらないのだ。相手の速さが特段速いわけでもないのにも関わらず、此方の攻撃が全く当たることがなく、逆に相手の攻撃は此方の痛いところによく当たるという異常な事態が起きている

 

 

 脳天を叩き潰すために放たれた一撃は直撃する直前で空を切り、相手の全身を粉砕するほどの威力を持った連撃はその多くが外れてしまい当たっても有効打にはならない力が抜けてしまった数撃のみ

 そして形勢を立て直すために放たれた足を薙ぎ払うようにして繰り出された強烈な一撃は、出すタイミングが遅れてしまい相手の不可視の攻撃によって吹き飛ばされてしまう始末

 

 

 何かが、おかしい

 

 

 私が攻撃をすることに失敗することなど1万回に一度あるかないかだ

 

 そんなミスが異常なほど起きている。先程までは問題なく動けていたのに、だ

 今だって体自体には何ら問題はない。だが、どのような動きをしようとしても何かしらの不調が起きてしまうののだ

 足を前に出そうとすれば何もないところで転びそうになり、蹴りを繰り出そうとすれば体幹がブレてしまい明後日の方向に蹴りを繰り出したり、それか力がまるで籠っていない蹴りを放ってしまったり、空中移動や攻撃、防御に用いている《風圧操作》を思い通りに使うことが出来なかったりと、普段では考え付かないようなミスを連発している

 

 

 

 

 まるで世界にでも呪われて(・・・・・・・・・)しまった(・・・・)様な気分だ

 

 

 

 

 私が此の様な不可解な状態になっている原因。考えられるのは最初に攻撃したあの構造物に何か仕掛けが施されていたということだろう

 其れが何なのかは分からないが、今の状況が不味いという事だけは良く判った

 

 

 

 だが、まだ勝機はある

 

 

 それすらも使えなかった時は、自分は其れ迄の存在だったと絶望すれば良いのだ

 今は未だ絶望する時ではない

 

 自分でも気が付か無い内に慢心していた自分自身に燃え狂うような怒りを抱きながらも表には出さず、ただ眼前で立ちはだかる獣とその横に並んだ獲物を見据え(なが)ら、静かにその時が来るのを待つのであった

 

 

 

 

 

 

                       ◇

 

 

 

 

 

 

 

□【妖魔師】夜ト神寝子

 

 

「ハァッ、ハァッ、んっく。はぁ」

『マスター。落ち着いて深呼吸をするのデス』

 

 

 ザシキワラシに声を投げかけられつつも、敵襲によって荒くなった息を整えた私はようやく今の状況を確認するだけの余裕が出来た

 混乱してから約一分ほどで落ち着きを取り戻したところで、今起きたことを振り返る

 

 空中から攻撃されることは今までにも何回か経験していたが、あれほどの勢いで襲撃されたのは初めてだ

 反射的に【鵺】を召喚することが出来たから何とかできたものの、かなり際どいタイミングだった

 

 あらかじめ狩りによるレベルアップで取得した《妖気定着》がなければ切り札を出す前にやられていただろう

 《妖気定着》は私のMPの上限値まで【式神】の媒体に込めたMPをとどめることが出来るスキルで、ようやく自前のMPが【鵺】を召喚するために必要な分まで上がったこともあり、習得した瞬間から常に出せるように準備をしていたのだ

 

 ただ即座に対応ができたと言っても、私がモンスターに対して常人よりも恐怖を抱いてしまうこと自体は変わらないため、遅れてやってきた死への恐怖に少し冷静さを欠いていたのである

 

 おかげさまでザシキワラシを含む皆にここまで戦闘をまかせっきりにしてしまった

 このまま寝ているわけにはいかない

 

 

「ありがとう、ザシキワラシ。で、今の状況はどんな感じ?」

『はい、現在は不落丸さんと【鵺】に襲撃してきた敵を抑えてもらっているのデス。僕と他の【式神】達は周辺の警戒とのその対処をしていて、僕の方はそれに加えて敵に牽制を何回か入れているのデス』

 

 

 それから、私が暫く使い物にならなかった間の戦況を掻い摘んで聞かせてもらったが、今のところ不自然なまでに相手がミスを連発してくれたおかげでかなりこちら側が優勢の状態を維持できているらしい

 周囲には他のモンスターや人間も見当たらないので、特に何者かに妨害されることもなく戦闘を続けることが出来ている

 

 

「………うん、大体分かった。それで、さっきのでどのくらい減らせたの(・・・・・・・・・・)?」

『スキルの発動が確認できたのは1451ダメージ中の957ダメージ分なのデス。他の部分は自壊した衝撃で連鎖的に壊れてしまったので発動できなかったのデス………』

「ううん。気にしなくても大丈夫だよ。それよりもまだ《去運》が出せる瓦が残っていたのが不幸中の幸いってところだね」

 

 

 《去運不返球》は分類的に生産系のスキルでザシキワラシの屋根に付いている瓦から生成されるため、すべての瓦が壊された時点でスキルが使えなくなってしまうのだ

 そして私たちの最大の攻撃手段であるこのスキルが使えるのかどうかで自分たちが生き残れるのか否か、決定づけられることも容易に考えられる

 予想外の奇襲を受けてなお、私とザシキワラシが完全にやられなかったことや、図らずも先手を打てたことも含めて考えるとかなり運のいい結果だったと言えるだろう

 

 

 よし、大体の状況把握はできた。

 

 

 思考の海に浸かるのもここまでにして、私は私がなすべきことをするとしよう

 

 

 

 

 

                  ◇◇

 

 

 

 

 

 

□【大刀武者】不落丸

 

 突如として現れたUBM、【空蹴兎 ピータン】との戦闘が始まってからそれなりに多くの時間が経過した

 

 【ピータン】の相手をする役目を担っている拙者は、相手の猛攻をしのぎつつ共に肩を並べて戦っている夜ト神殿が召喚した【鵺】が何かをするような気配を感じる

 

 拙者の左側も後方に位置する【鵺】の方を横目に見ると拙者と対峙している【ピータン】に対して、【陰陽師】が使う雷系統の【陰陽術】の中でも上位の攻撃力を持つ魔法スキルと同等の雷撃を放つために必要な動作をしている【鵺】の姿が見えた

 それに気が付いた【ピータン】は、この戦闘中に幾度となく己に放たれてきたそれを躱すために大地を蹴りつけて距離を取ろうとするが、運悪く(・・・)体のバランスが少しずれてしまったせいか、これから放たれる雷撃が通る直線上に自分から身を投げ出しまう

 そして、目論見と異なり距離が縮まってしまったため余計に与えられるダメージが増えてしまい、少し堪えた様子を見せる

 

 そこに拙者がすかさず追撃を加えるために、持っている大刀の刀身を後ろにした状態で射に構えるようにして駆け出す

 敵の体表が固すぎたがために、無防備な相手に対して自分のAGIの10パーセント×スキルレベル分のENDを減算する剣士系統スキルである《剣速徹し》を使ってなお、この手のうちにあるこれまで振り続けてきたミスリルレベルの強度を持つ大刀は既に刀身がボロボロになり使い物にならなくなっている

 現在の拙者のAGIは装備補正と既にカンストしている東方剣士系上級ジョブ、【小刀武者】のステータスがAGIが上がりやすくなっているおかげで約千二百程度

 《剣速徹し》のスキルレベルは4であるため〈UBM〉相手に目に見えるほどの効果があるとは思わなかったが予想以上に相手のENDが高かった

 他に所有している刀剣類では同じように十数回振るったところで折れてしまうだろう

 

 

 

 そこで拙者は""切り札""の一つを切ることを迅速に決断した

 

 

 

 拙者の右腕の上腕を覆い隠すように装着されている手の甲の部分に六角形の黒い模様が蜂の巣のように並んでいる木製の篭手に込められたスキル、《鬼蜜操作(きみつそうさ)》を発動する

 

 すると、篭手の六角形の模様の部分がスライドして開いたかと思えば、その開いた穴からキラキラと輝く蜂蜜のようなに粘度の高い液体が流れ出てそのまま地面に滴ることなく、まるで意思があるかのように拙者が持つ大刀の刀身へと移動していく

 そして、【鵺】の雷撃をモロに食らいふらつく【ピータン】との距離まであと数歩という所で【蜜】を完全に刀身を覆い切った

 光り輝く【蜜】で覆われたおかげか、本来のモノよりも鋭く、眩しい光を放つ刀身

 

 それをこれまでの戦いで傷ついた刀身が折れることなど考えるようなそぶりも見せずに、下段からの袈裟切りを放つ

 

 

 

 その胴体を狙った一撃は、咄嗟に躱そうとした【ピータン】の右腕を二腕から先を切り払い、完全に(・・・)切断した

 

 

 

 先程まで浅い切り傷しかつけられなかったことが嘘であったかのような切れ味に驚き、【ピータン】はその眼を見開く

 もともと【鍛冶師】系統の上級職によって作られたその刀は、まるで超級職の職人によって作られた名刀の様な切れ味を持つ刀へと変貌していた

 

 

 

 この刀の変貌のカラクリは拙者が右腕に装着している篭手にある

 

 

 

 この篭手の名は【鬼蜜篭手 ホウホウジュ】

 

 

 

 過去に拙者が超級職を含んだ総合レベルをカンストし終えたティアンの冒険者たちとパーティーを組んでいた時に突然上空から出現した(・・・・・・・・・・)伝説級の〈UBM〉、【生蜜鬼怪 ホウホウジュ】のUBM特典である

 【ホウホウジュ】は【化け木】の突然変異種と固まれば鋼鉄のように固くなる蜜を生産する【鋼蜂】が融合した〈UBM〉で、生きていた頃は自身が生産した【蜜】を主用武器にして戦っていた

 その【蜜】の強度は濃度を上げれば上げるほど固くなり、知りうる限りでは【ヒヒイロカネ】で出来た武器に傷を付けることが出来るレベルまで固くすることが出来る

 

 この能力に加えて、もう一つ存在する厄介な能力の所為でベテランの冒険者のパーティーは苦しめられ、死闘の末にリーダーの【抜刀神】が相打ちになる形で倒すことが出来た強力なUBMだった

 その能力の全てを引き継いだこの篭手にはその【蜜】を生成する《生蜜》とそれを操る《鬼蜜操作》、そして拙者たちを苦しめたもう一つのスキルが宿っている

 

 《生蜜》を発動するためにはMP消費しなければならないので常日頃にできた時間で【蜜】を生成し、篭手の中に収納する

 それを《鬼蜜操作》で操るのだが操作は全てマニュアル式であるため、【ホウホウジュ】が〈UBM〉だった時のように複雑な動きをさせることは人の身で実行するにはかなり困難な技術であった

 

 そこで、拙者は操作可能な最大濃度の【蜜】を武器に纏わせて強化する使い方を主流にして使用することにしたのだ

 

 どのような形状にさせるのかイメージする修行を毎日反復し、4カ月間続けた末に複数の形状にそうすることを可能とする技術を体得するに至った

 

 今ではヒヒイロカネ級の強度を持つ【蜜】を刃の表面に0.1ミリほどの厚さで展開し、正常な状態を正確に記憶しているため刃こぼれした部分もこれで修正することも可能である

 こうして努力の末に作られた現在拙者が振るっている大刀の装備補正は構成する素材の追加によって大幅に上がり、名刀クラスの刀へと昇華したのだ

 

 

 

 戦闘が始まってからずっと動きが完全に鈍っている【ピータン】を早急に倒さんとするために、流れるような連撃を繰り出す

 片腕を落とされてなお、その瞳の奥で燃え続けるその闘志に言もしれぬ恐怖を抱いたがそれで勢いが止めるようなことはせずにひたすら攻撃を続けた

 

 そして、こちらの連撃にたまらず距離を取った瞬間に拙者の斜め右側の前方で待機していた【鵺】が溜めに溜めていた衝撃波を【ピータン】に放ち、その白銀の毛皮を持つその身を宙に吹き飛ばす

 

 

 戦況は相手からの奇襲を受けたことを除けば、終始こちらが優勢だ

 

 

 いや、むしろ奇襲を仕掛けてくれた(・・・・・・・・・・)おかげで(・・・・)こちらが優勢になった、とも言えるだろう

 

 

 なにせ、先程拙者が《看破》で確認した【ピータン】のステータスはLUCがマイナス914(・・・・・・・)になっていたのだから

 

 

 

 この状況を作り出したのはザシキワラシ殿の《我称えぬ者に不幸あれ》というパッシブスキルだ

 

 

 

 その能力は「【ザシキワラシ】を攻撃したものにその攻撃によって減少した【ザシキワラシ】のHPの数値だけ、相手のLUCを減少させる」という、いついかなる時も攻撃を加えた相手にカウンターを食らわせることができるスキルである

 相手の攻撃を食らうことが前提のスキルであるため、本来なら弱点であるザシキワラシ殿の防御力が低さがこのスキルのおかげでむしろ強みになっている

 

 さらに言えばLUCを鍛える者自体が人とモンスターで共通して少ないこともあり、余程の物好きか普通ではない例外を除けば高確率で相手のLUCをマイナスにすることが出来るというわけだ

 

 

 

 そして肝心のLUCがマイナスになるとどうなるのか

 

 

 

 その答えは今現在拙者たちが繰り広げている戦闘の中で現れた

 

 

 

 【ピータン】の攻撃のほとんどは拙者たちに当たらず、拙者たちの攻撃は確実に【ピータン】が合わせづらいタイミングで相手が嫌がる場所に攻撃が通るという、この一年間数多のモンスターと戦ってきた拙者でも体験したことがない摩訶不思議な事象として

 

 

 

 どんなに足掻こうとも世界がその生存を許さない

 

 

 

 

 

 これがLUCがマイナスになった者の末路

 

 

 

 

 

 だが、ここまで徹底的に世界に拒絶されてもなお、敵は生き残っている

 

 それは一概に相手の5000を超える程のENDによって攻撃が効きずらいこともあるが、その最大の理由は異常なまでの生存欲求にあるだろう

 何かのために生き、それを果たすまで死ねないという狂気的なまでに膨れ上がった思いがヒシヒシと肌に伝わってくる

 以前どこかで似たような感覚を味わった気がするのだが、今はそれに気を取られている場合ではない

 

 

 相手は既に片腕を失い、全身には切り傷や殴打によるあざで満身創痍

 

 

 それなのに全く堪えた様子を見せもしない

 この手のタイプの敵に対して油断をすることは死を意味する

 

 それに【ピータン】には拙者の《看破》で暴くことが出来なかった""最後のスキル""もある

 

 

 

 敵が既に運命に見放された相手だとしても、拙者は決して油断はしない

 

 

 この身に真の勝利をつかむために

 

 

 彼女たちとまた街に戻るために

 

 

 拙者は全力で敵を倒す!

 

 

 

 

 たとえこの身を削ろうともッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






LUCがマイナスになった時の状態は作者の独自解釈です
ネタとしてはとある作品の能力者の能力を参考にしています


今更だけど不落丸が特典武具をもってる伏線みたいな描写が少なかったな……



来週も投稿できるようになるべく頑張るです(小並感)



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第十七話 死神の足音




お待たせして申し訳ございません
描写をどう書けばいいか悩んでいたら間に合いませんでした
多分来週も間に合わねぇと思います




□〈大貫平原〉【大刀武者】不落丸

 

 〈UBM〉、【空蹴兎 ピータン】との戦いが始まってから約三十分ほどの時間が経過した

 

 拙者が【鬼蜜篭手 ホウホウジュ】を使用し始めてから夜ト神殿が復帰したことも相成って、終始こちらの優勢が続いている

 

 相対している敵の姿は、白銀の毛皮は自身の体に刻み込まれた傷から流れ出た血と何度も体を地面に叩きつけられた時に付いた土でその色を濁らし、右腕は二の腕の先から完全に切断され、頭の上から伸びている左耳は既に召喚可能時間を過ぎてしまい、消えた【鵺】に食いちぎられた跡が残っており、それはもう見るも無残な有様だ

 

 そんな、傷がついていない箇所を探すことの方が難しいと思えるほどにボロボロになった体になってなお、【ピータン】の眼には宿る地獄の業火のように燃え上がる闘志はいまだに消えずに残っている

 

 敵の異常なまでに鍛え上げられてきたタフさに冷や汗を感じながら、拙者は【鑑定士】で取得した《看破》でピータンのステータスを確認する

 もともと約二十万という〈UBM〉の名に恥じない異常なまでに高いHPは残りの半分を切り、ザシキワラシ殿による《去運不返球》の直撃を何度か受けてしまい減算したLUCはついにマイナス1000以下になっていた

 さらにスキルで与えた【脱力】、【衰弱】、【飢餓】、【食中毒】といった状態異常に加え、これまで拙者たちがつけてきた傷のおかげで複数の傷痍系の状態異常の効果を受けていることも確認できた

 

 【出血】や【食中毒】の状態異常のおかげで敵のHPは加速度的に減っていき、もはや虫の息と言ってもいいような状態だ

 このままの調子で減り続ければ拙者たちが何もしなくても力尽きる

 そう、もはや勝利を確信してもいい状況であるはずなのに

 

 

 

 

 それなのになぜなのだろうか。まるで勝てる気がしない

 

 

 

 

 立っているだけでやっとの敵に対して緊張感を解くことが出来ず、ただただ敵が抱く飽くなき勝利への執念に戦慄してしまったのだ

 そして、その得たいの知れない恐怖を振り払うために早急に敵に止めを刺そうとも、一瞬だけ考えた

 ザシキワラシ殿のスキルで与えた【衰弱】の状態異常でステータスを半減させた今ならば、拙者の刀で敵の首を打ち取ることなど非常に容易いことだ

 

 

 だがそれを実行することはなかった。いや、実行できなかったのだ

 

 

 数々の死線を乗り越えてきた拙者には、夜ト神殿ほどではないが濃厚な死の予感を察知することが出来る嗅覚がある

 そして、それが頭に響くほどに警鐘を鳴らすのだ

 

 

 

ーーーそれだけはしてはいけない、と

 

 

 

 この嗅覚はこれまでに何度も拙者を窮地から救ってくれたことがあり、全幅の信頼を置いている

 故に、むやみに急所を突くような真似はこれまで避けてきたのだ

 

 拙者の目の前では、数分前に【鵺】が消えた時点で追加召喚されていた亜竜クラスのモンスターである二匹の【狛犬】が巧みな連携によって【ピータン】を翻弄している様子が見える

 あの様子なら拙者が介入ぜずとも、あと数分もしない内に【ピータン】のHPは四分の一以下になるだろう

 

 拙者が今すべきことは余計なことはせずに不足の事態に備えて警戒に勤めること。そして、何かが起きたときに万全の状態で対処できるように緊張感を緩めずに体を休めることだ

 

 休めるときに休むことは長期戦において重要なことである。これは今までの拙者が経験した数々の熾烈極まる戦いの中で得た教訓のひとつだ

 

 生物には往々にして体力というものがあり、人間が同格の力を持つモンスターに長期戦を挑んだ場合、先に疲労で動けなくなるのは大体が人間側である

 体の構造に大きな違いを持つ両者の間柄を考えれば当然の事であり、更に言えばモンスターには疲労を感じない種族も存在することも合いなって、人間達にとって長期戦とは非常に不利なモノである

 

 だからこそ、有史以来人間は生き残るために徒党を組んで化物達に挑み、その知恵を振り絞って戦い抜いてきたのだ

 

 たが、知恵を使うことは人間だけの専売特許では無い

 

 知能が高いモンスターには戦略を巡らせる者もいる

 そして、拙者達が今戦っている【ピータン】にはほとんど不発に終わっているが卓越した""技""を用いようとする素振りが見える

 そのことから恐らく【ピータン】はかなり高度な知能を持つ〈UBM〉であると導き出せる

 

 このようなモンスターが何の根拠もなく諦めずに戦い続けるとは考えにくい

 

 

 何を隠し持っているのかは知らないが、それがこの戦況を変えるだけの力を持つことは未だに衰えない敵のまさしく獣のように荒々しい闘志を見れば明らかである

 故に今は力を温存すべき時だ

 

 

 急いては事を仕損じる

 

 

 昔、天地に来たマスターによって広められた諺の1つであるそれを体現するかのように、終始優位な状況に慢心を抱かずただいずれ来るであろう死力を尽くすべき時に備え、待つのであった

 

 

 

               ◇

 

 

 

□【空蹴兎(くうしゅうと) ピータン】

 

 この戦いが始まってからとても長い時間が過ぎたように感じる

 実際には三十分程であるが、体感時間ではその倍以上に感じられる

 ここまで一方的な状況になったことがない【ピータン】にとって攻撃を受け続けるということは、まさしく未知の体験だった

 まだ自分のHPの高さとHP継続回復スキルの《自己再生》のおかげでしぶとく生き残っているが、スキルによる回復が追い付かない程の怪我を負ったその体はすでに満身創痍

 

 とても戦える体とは言えなかった

 

 もし、意志の弱いモンスターが同じ状況に遭えばその苦しさに耐えきれずに諦めてしまうかもしれない

 

 しかし、【ピータン】は違った

 

 彼女は最後まで全力を賭して戦い抜くことを胸に誓い、ここまで戦ってきた

 最愛の番がこの世から消えてもなお、戦うことを止めなかった彼女の中に""諦め""や""妥協""という言葉は存在しない

 故に彼女が自分から勝負を投げ出す様なことだけは死んでも絶対にすることはないのだ

 

 

 

 ーーーだが、神はそんな一匹のウサギの必死の思いを平然と踏みにじる

 

 

 

 唐突に、今までふらつきながらも懸命に動いてきた【ピータン】の動きが止まったのだ

 

 

 原因は単純明快。ただ不幸にも【心停止】になってしまった。それだけである

 

 何の病気にも罹っていない生命体の心臓が急に止まることは天文学的な確率ではあるが、存在する運命の一つである

 その運命を運悪く引き当ててしまった不幸なウサギのHPは急速に低下していく

 

 【心停止】の状態異常には対象のステータスの大幅な減少と急激なHPの減少を引き起こす効果がある

 先程まで半分まであったHPはこれまでに受けた状態異常の比にならないくらいの速度で減少していき、数秒も経たないうちに残りのHPが三割になっていた

 【ピータン】が全く動きが取れないことを知らない相手の方はその命を刈り取らんと容赦なく攻撃を続けてくる

 

 

 刹那の間、余りの苦しさによって【ピータン】の目の前に幻覚が浮かび上がる

 

 それはいつの日かの光景の数々。あの幸せの日々のモノだ

 誰よりも愛しいと思っていた彼と過ごしたあの日々の記憶をまるで走馬灯のように呼び起こす

 甘く、苛烈で、刺激的な毎日。そして、最後に待つのはとても冷たい孤独のみ

 その孤独に耐え切れなかった彼女は激情の怒りにその身を任し、空いてしまったその穴をごまかし続けた

 そして、気が付けば怒りそのものが彼女の全てになり、修羅道を突き進んでいた

 

 これまで自分が辿ってきた道のりを再確認した今の彼女、【ピータン】はその光景を見ても特に特別な何かを感じることはなかった

 既に怒り以外の感情を切り捨てたその身には、過去の記憶に一喜一憂するほどのココロはもう存在していなかったのだ

 

 

 ーーー己の過去など最早如何でもよい

 

 ーーーその様な事に気を回す余裕が有るのならば、目の前の敵を潰す事だけを考えろ

 

 ーーー私に必要な物はこの身を焦がす怒りだけなのだから

 

 

 自分の存在意義を改めて認識した【ピータン】は、その意思に呼応するかのようにその瞳に宿る赤黒い光をさらに輝かせる

 

 そして、幻覚から現実に戻ると自身の両側から挟み込み、圧迫するかのように壁状の結界を同時に張り出した二匹の【狛犬】達を視界の端に捉えた

 

 

 ーーー次の瞬間、【ピータン】は目映い光に包まれ、そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 ◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

□【大刀武者】不落丸

 

 

 

 今、拙者の目の前には何かの冗談だと思い込みたくなるほどの光景が広がっていた

 

 

 

 【ピータン】の相手をしていた二匹の【狛犬】のうちの一匹は地に伏し、もう一匹は首を骨ごと潰すかのように無傷の【ピータン】に握られ悶え苦しんでいるのだ

 

 

 【ピータン】の体にあった今まで拙者たちが付けてきたその怪我の全てが、まるでそんなものはなかったかのように、消え去っていたのである

 より正確に言えば今まで【ピータン】に付与してきたデバフや状態異常の全てが消え去っていたのだ

 

 状況が変化したのは本当に少し前のことだ

 先程急に動きが悪くなった【ピータン】に【狛犬】達が攻撃を仕掛けた瞬間、【ピータン】の体から白銀の光が辺り一帯に放出され、光が止んだと思えば全快の状態の【ピータン】が拙者たちの目の前にたたずんでいたのだ

 そして、【狛犬】達が展開していた【結界】をいとも簡単に破った【ピータン】は瞬く間に【狛犬】達を無力化したのである

 

 おそらく拙者の《看破》で読み取ることが出来なかったあの最後のスキルを使った結果なのだろう

 

 HPが全回復していないことを考えるとその能力の特性はあくまで「体の状態を戻す」ことであり、回復系の能力ではないと考えられる

 

 

 

 

 

 事実、数秒にも満たない時間の中で不落丸はその能力についてほとんど見破っていた

 

 

 

 

 

 そのスキルの名は《忌死廻醒》

 

 

 

 

 此こそが正真正銘、【ピータン】の切り札

 

 一日に数回しか使えない上に厳しい条件を満たさなければ発動しない自動発動型のパッシブスキル

 スキル自体に攻撃力は一切なく、むしろ相手によっては全く驚異にならないこともある

 

 だが、今の状況を変える上でこのスキル、《忌死廻醒》は最適の能力を秘めていた

 

 

 その概要は「自身のHPが四分の一以下になった時、もしくは即死の効果を持つ状態異常に罹った時に、自身のHPを除く全てのステータスを最高の状態に再構築する」というモノである

 

 

 

 何者にも砕くことのできない意志を支える、地獄の業火のように燃えたぎる怒りの焔

 その輝きは彼女が死するその時まで消えることはなく、死に近づくほどに輝きを増す命の焔

 

 その常人には理解することができない異常な心の在り方を体現するかのように発現したスキル

 

 

 命を削れば削るほどに最高の状態で戦いに挑むことができるこの力の前では、弱体化や状態異常などの一切の小細工は塵芥と化す

 

 だが、ステータス自体には変化はなく純粋に戦闘能力が高い相手には余り効果はない能力でもある

 いかに自身の状態を最高に仕上げたとしても勝てない相手には絶対に勝てない

 逆転の一手として使うには少しばかり物足りなさも感じてしまうだろう

 

 

 しかし、その問題点は【ピータン】にとって何ら関係なかった

 

 運悪く圧倒的な強者に出会い死んでしまったのなら、それは星の巡り合わせが致命的なまでに悪かった己自身の問題である

 「運も実力のうち」であることは、もう既にこの世から消え去った番の件で思い知っている

 だからこそ、「自分には運がなかったのだから、仕方がない」と、他人事のように諦めるようなことは【ピータン】にとって絶対にあり得てはいけないことなのだ

 

 戦うのであれば己の全てを賭けてでも敵の首を取りにいく。それが敵に対して最低限払うべき配慮であり、自分自身への戒めでもある

 

 そんなまさしく修羅の心を持つ獣である【ピータン】にとって《忌死廻醒》は己の誇りを貫くことを可能にする最高の力であった

 

 

 

 そして、《忌死廻醒》によって全快になった【ピータン】の蹂躙がこれから始まろうとしていた

 

 

 

 手始めに【ピータン】の細長い筋肉質な手に掴まれている【狛犬】の方から何かが折れるような嫌な音が一度響いた後、【狛犬】は光の塵になって消えていった

 その光景を目の当たりにした地に伏している【狛犬】は同胞の仇を討とうと決死の覚悟で攻撃を繰り出そうとするが、一瞬で振り落とされた大木のように太く逞しい【ピータン】の足によって頭部を踏みつぶされ、仲間の後を追うことになった

 

 

 少し前までしていたような無様な動きはその洗礼された一挙手一投足からは感じられず、まるで別の何かになってしまったかのようにも思える程その動きが変化していたのだ

 これこそが運命の鎖から解放された【空蹴兎 ピータン】の実力のほんの一部

 長年の月日を戦いに費やしてきた亜竜クラスのモンスターですら一蹴されてしまうほどの力

 

 

 

 これまでの切り合いの中で感じていたその実力の一端を目にした不落丸は、恐怖や高揚感、それとも別の何かの所為か自然と喉を鳴らしてしまう

 

 

 

 そのまだ見ぬ実力を秘めた獣の瞳には、まるで「今までの借りを返すぞ」と言わんばかりに激情の輝きを宿した光が煌々と灯るのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 







【ピータン】のステータスの詳細は次話のあとがきに乗っけますんで、今しばらくお待ちいただきたい
にしても、主人公が完全に空気になってるなぁ……



次回、ウサギの真の実力が明らかになる!


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第十八話 獣の力




誠に遅れて申し訳ない!!
リアルが忙しくて全然書けんかったんです(決してゆゆゆいに熱中してたからではない
今後も遅れると思いますが一章を書き終えるまではエタらないのでご心配なく





 

□〈大貫平原〉【妖魔師】夜ト神寝子

 

 

 優勢から一転。急激に動きが変わった【ピータン】に私は驚きを隠せなかった

 自身が窮地になってから発動するスキルを何かしら持っていると思ってはいたが、まさかデバフを全て無効化されるとは思ってもいなかったのだ

 

 ほぼ死に体の状態から完全に復活した【ピータン】の強さは生半可のモノではなく、私が召喚した亜竜クラスの【狛犬】達は一瞬にしてやられてしまった

 

 奴の相手をするためには不落丸さんだけでなく、私が召喚した亜竜クラスの式神達が複数体は必要不可欠

 直ぐに正気に戻った私は、【ピータン】との戦闘開始時に【鵺】を召喚した直後に再び《妖気定着》を使用して召喚可能な状態にしておいた【覚】に加えて、通常の《式神召喚》で【鎌鼬】を召喚する

 すると、私の目の前に黒色の毛皮を纏う2メテル大の猿の【妖怪】と、体長一メテルの鎌の尻尾を持つイタチの【妖怪】が現れた

 【鵺】はまだクーリングタイム中で再召喚はできないが、召喚ができるようになるまでそこまで時間はかからない

 クーリングタイムが終わるタイミングで召喚が出来るようにするため、MPの管理に集中する

 

 私が今、召喚した【覚】と【鎌鼬】はどちらも2500を超えるAGIを持ち、手持ちの亜竜クラスの【式神】の中でもかなり速い

 さらに【覚】は高度な知能で相手の攻撃を逆算して躱し、【鎌鼬】は相手から距離を取りつつ上級魔法職並みの風魔法を放つことで相手の間合いに入らずに戦える

 形こそ違えど両者ともにヒット&アウェイを得意としたビルドをお持つ【式神】だ

 

 先程やられてしまった【狛犬】達はLUC以外のステータスが軒並み1500以上であり、【陰陽師】系統の中でも結界を張ることに特化した【結界術師】の上級職クラスの【結界】を攻守ともに使いこなすかなりハイレベルのオールラウンダーなモンスターだった

 しかし、STR特化職である【壊屋】系統をカンストした熟練者が相手であっても一撃で破壊することが難しいレベルの【結界】を張ることが出来たあの【狛犬】達が、いとも簡単にやられてしまっている

 私の手持ちの中で【狛犬】と同等、もしくはそれ以上の防御力を持つ【式神】は現状では【鵺】しかいない

 

 

 他の【式神】では召喚してから数秒と持たずにやられてしまう可能性があるので、現状の最適解は回避盾として高速機動が可能な【覚】と【鎌鼬】を召喚したのだ

 

 

 2匹の【狛犬】が消えてから直ぐに【ピータン】との戦闘を再開した不落丸さんがまだ十数秒程たった今でも危険な状態になっていないことを考えれば、最低でも【鵺】が召喚可能になる数分後までの時間稼ぎにはなるはず

 

 

 私を近辺で守る役割には数分前に召喚しておいた【狛犬】には劣るが防御力に優れた【雪男】がいる

 【雪男】は【式神】を取り扱っている専門店で購入した【式神】である

 それにまだ新しく手に入れた壁を使用していない現状なら相手の攻撃にもある程度の対応は可能だ

 

 

 不安はまだ残っているが今できる最大の支援がこれだと信じ、【式神】達を激闘を繰り広げる戦場に送り出す

 

 

 戦場に辿り着いた二匹のうち、【鎌鼬】が不落丸さんが【ピータン】から少し離れた瞬間を見計らって中距離から《風の刃》を放つ

 《風の刃》は以前私が使用していた《回風刃》の下位互換の【陰陽術】である《風刃》と同程度の魔法スキルなのだが、発動してから発射するまでのタイムラグが非常に短いため牽制には打って付けのスキルなのだ

 風の魔法に特化した高レベルのモンスターである【鎌鼬】が放つその一撃は同種の【妖怪】の中でも上位の威力を秘めている

 

 【ピータン】の首元を狙い放たれたその一撃は音速で対象に急接近する

 

 その攻撃に対して【ピータン】は視線を目の前にいる不落丸さんに向けたまま耳を少し揺らしただけで、特に行動を取るそぶりを見せなかった

 

 

 

 そして、《風の刃》は【ピータン】に抵抗する時間を与えずに直撃すると思われるまさにその瞬間、まるで何かに打ち消された(・・・・・・・・・)かのように消え去ってしまった

 

 

 

 攻撃を放った【鎌鼬】は驚きのあまり、目を見開く。例え本気の一撃ではなかったとしても、防ぐのが困難な自身の高速の一撃を何のアクションも見せずに防がれたことに驚いたのだ

 そんな【鎌鼬】の横を抜き去った【覚】は不落丸さんの隣に並び立ち、【ピータン】と相対する

 

 【覚】は自身が持つ観察能力を駆使し戦闘の流れを読み、即興で不落丸さんに息を合わせる

 不落丸さんが僅かに後ろに下がれば逆に踏み込んで相手のペースを乱し、相手の攻撃を避けるときにはお互いに衝突しないように位置取りは常にチェック。それに加えて、【鎌鼬】の攻撃の射線上に入らないように周囲の状況把握。

 モンスターの中でもスキルに頼らずに演算能力が高いという珍しいタイプの【妖怪】である【覚】は確実に主人である私の思いをくみ取り、ベテランの戦士でも難しい戦況のコントロールと接近戦の両立を見事にこなしていた

 

 そして、【覚】の高度な知能による采配によって初めて共闘したとは思えないほどの連携を繰り広げていた二匹と一人は、二頭の亜竜をいとも容易く殲滅してみせた相手と一分以上も戦うことが出来ていた

 

 

 

 ―——しかしながら、状況の悪さだけは何も変わっていなかった

 

 

 

 戦うことが出来ているなどと調子のいいことを言ってはいたが実際のところ、相手のHPバーを全く減らすどころか徐々に回復することを許してしまっている

 

 デバフを受けていた時とは比べ物にならないほどに洗礼された体捌きに加えて【鎌鼬】の攻撃を防いだスキルの所為でこちらの攻撃の殆どが通用しなくなったのだ

 不落丸さんの《看破》でスキルの名前を完全に読み取ることはできなかったが、おそらく一瞬だけ空気の歪みの様なものが見えていたことから「空気を操る」タイプのスキルだと判断できる

 ここまでの戦闘から得られた情報から考えるに効果範囲は自身の半径一メテル圏内。その範囲内の空気を操作して壁のように展開したり、空気の塊にしてこちらの攻撃に合わせて勢いよくぶつけていたのだのだろう

 実際は違う能力なのかもしれないが「見えない鎧を纏って戦っている」という考え方で概ね間違いではないはずだ

 

 そのスキルに加えて不落丸さんが《看破》で見破った【ピータン】が持つ自己治癒能力系のスキル、《自己再生》によって少しずつではあるがHPを回復しており、今では3割半くらいまで回復している

 このままこちらが何もできずにいれば、あと10分もしないうちに半分まで回復してしまうだろう

 

 

 自身の方に形勢が傾きつつあることを知っていてか相手はこちらの奮闘に焦りを見せるような様子も見せず、淡々とこちらの攻撃に対処からの反撃といった動作をルーチンワークのように続けていた

 流石に攻撃や回避の仕方は変えていたが、積極的に攻撃を仕掛けることは全くない

 

 

 まるで自分の体の調子を確認している

 

 

 そんな不気味なまでに静かな雰囲気をこの場にいる全員が【ピータン】から感じ取っていた

 

 

 そして、最悪ではなくとも依然として悪い状況を改善できないまま時間は経過していくのであった

 

 

 

 

 

 

                      ◇

 

 

 

 

 

 

□【大刀武者】不落丸

 

 

 夜ト神殿が召喚した【式神】達が増援に来てくれてから約二分程の時が経った

 まともに喰らえば確実に即死してしまう程の一撃を何度も刀で受け流し、避け続けていた拙者は目の前に何度も迫りくる死の香りに精神を削られながらもその猛攻をしのぎ切ることが出来ていた

 おそらく、【式神】達が来ていなければこの時点で膝をついていただろう

 しかし、状態異常とデバフから解放された【ピータン】が未だに全力で来ていない時点でダメージを与えるどころか生き残るだけで精一杯なのが現状だ

 状況を変えようにも相手の本気の動きが分からない今では拙者の最後の""切り札""を切ることが出来ず、【鵺】もまだ召喚できない

 他の【式神】を戦闘にさせても速さが足りないため、動きに付いてこれずに自滅してしまう

 

 依然として変わらない状況に焦燥を抱きながらも拙者たちは終わりの見えない戦闘を続けていた

 

 

 そして一分も時間が経たずに、停滞していた盤面は一変する

 

 

 急に【ピータン】が自身の足元を目掛けて強烈な蹴りを繰り出したのだ

 

 

 その衝撃で大地は砂塵を巻き上げながら亀裂を生み、複数の岩盤は浮き上がる

 【ピータン】の近くにいた拙者と【覚】は急に足元が崩れてしまった影響で一瞬だけ体制を崩しそうになりながらも、その場から離れすぎないくらいの距離を後方へと跳び去りながら回避した

 

 砂煙によって視界が悪くなってしまった所為で見失った敵が襲い掛かってくることを警戒し、目の前に広がる砂煙を注意深く観察し続ける

 

 

 すると、斜め上の方から連続で大気が爆発した(・・・・)ような音がした

 

 

 その次の瞬間、上空から砂煙を亜音速で突き抜けてきた""白い影""が拙者の右側にいた【覚】の右上半身を吹き飛ばした

 右腕が右肩もろとも吹き飛んだ【覚】は苦痛のあまり、右腕があった場所を左手で抑えながら小さな呻き声を上げてしまう

 そして、再び大気の爆発音を連続で響かせながら【覚】の腕を奪った""白い影""は弾かれる様に直線的に亜音速で移動し続けると、苦しみ悶える【覚】の頭上から落下し血飛沫と共に小規模のクレーターを作り上げた

 落下地点にいた【覚】は自身の死角から上空に移動した""白い影""を視覚に捉えることが出来ずに潰されてしまい、数秒もしないうちに光の塵となり消え去ってしまった

 

 

 

 先程まで【覚】がいた場所。そこには【覚】を踏みつぶした張本人""白い影""、【空蹴兎 ピータン】がいた

 

 

 

 【ピータン】は直前までの高速移動が嘘だったかのように静かにこちらを見つめながらたたずむんでいた

 先程の高速起動を見た拙者は非常識的な光景を見てしまったかのように驚愕の視線を【ピータン】に注いでいた

 

 

 

 ——————明らかに速すぎる、と

 

 

 

 【ピータン】のステータスは既に拙者の《看破》で見破っている

 

 《看破》の得られた情報では突出して高いステータスは上から順番にHP、STR、END、MPと並んでいた

 他のステータスはLUCを除いて軒並み500前後である

 

 当然のことながらAGIが500台である【ピータン】に亜音速での移動を特別なスキルを使わないで自力ですることは絶対に不可能だ

 

 だが、【ピータン】のスキルでそれに該当するモノは見つけることができないのだ

 

 空気を操るスキルではあれほどの勢いを出すとなると【ピータン】が持つ約3000のMPを全て使わなければ数秒とはいえ足りないはずなのだが、先程の移動の前と後だとたったの100しか削れていないことから明らかにこれは違う

 《感覚強化》でも動きは変えられてもステータスは変えられないし、最後の状態異常とデバフの無効化のスキルにもまさかステータスを強化する能力があるとは思えない

 

 これが人間範疇生物であれば装備補正なども考えられるが【ピータン】の全身には白銀の毛皮があるだけで何もつけられているよな様子も見られない

 

 

 では、一体何がその高速移動を可能にしているだろうか?

 

 

 一つだけ、考えられる方法はある

 

 

 非常に頭のおかしい方法であるため咄嗟には思いつかなかったが、若干減っている【ピータン】のHPと移動時に発生した爆発音を考えるとそれが答えだと思えてきてしまった

 

 

 

 

 その方法とは、""STRを用いた破壊を伴う移動法""である

 

 

 

 

 STRとは力に関係するステータスで、何かを持ち上げたり、物理攻撃で相手にダメージを与える際に必要なステータスだ

 STRを用いた攻撃はSTRが高ければ高いほどその威力を強くすることが出来る

 そして、威力が高ければ高いほどそれによって副次的に生まれる衝撃も強くなるため、自身のSTRがENDよりも遥かに大きすぎると自分の体が傷つくことさえもある

 さらに言うと、例えENDが足りていたとしてもしっかりと踏ん張っていなければ自分の攻撃の反動で飛んで行ってしまう危険性もあるため、力の制御に失敗すると自分に害を与えることもある

 

 

 しかし、その反動を操ることが出来れば話は変わってくる

 

 

 敢えて強大なSTRの反動に身を任せて自分の体を飛ばすことで実際のAGI以上の速さで移動することが可能となるのだ

 

 

 だが、この方法には問題点がいくつかある

 

 まず、加速しているのは自身の「体」だけであり「意識」は自身のAGI以上にはなっていないこと

 いくら加速してもその速さに対応できなければ自由に移動することができずに何かと衝突して大ダメージを喰らってしまうだろう

 力の入れ方を少しだけ変えるだけで大きな変化を産んでしまうこの移動法では使いこなせるようになる前に体がまず持たないため、考えたとしても実践する者はかなり少ない

 

 二つ目は直線でしか動けないこと

 森林地帯や大きな岩壁がある場所なら自由に動き回れるが、それ以外の平地だとまず横への方向転換が出来ないため、相手にどう動くかが簡単にバレてしまうことから戦闘にはかなり使いずらいのだ

 

 そして、ある意味で最大の問題点が移動時に掛かる衝撃による痛みがあることだ

 たとえ移動法を使いこなせていても移動を始める時や方向転換をする時、そして最後に止まるときに掛かる衝撃はいくら頑張っても消すことは不可能

 それと同時にHPも少なからず削ることになるので、長期戦にはあまり向かないというデメリットもある

 

 わざわざ、頑張って習得した方法にこれらのような欠陥があるとなると使いたがる人間はこの時点で殆ど消え去る

 

 

 

 だが、【ピータン】にはこの方法を実行するだけのSTRとこれらのデメリットを解消する手段がある

 

 《感覚強化》を使えば鋭敏になった感覚器官から周囲の情報をかなりの精度で収集しそれをもとに方向転換する位置を決め、空気を操るスキルで十分な強度の壁を作ることで空中に即席の足場を生成し軌道を変え、移動の際に生じるダメージは《自己再生》で治すことが出来る

 痛みに関して言えば、どんなに痛みつけられても跪かなかったこのモンスターには反動による痛みなど問題ないだろう

 

 そして、最後に一番重要な【ピータン】のSTRは4万オーバー

 

 

 これだけ必要な要素が揃っていれば信じざるを得ない

 【ピータン】は確実にこの方法で移動している

 

 

 数秒のうちに【覚】を屠った【ピータン】の移動法の正体に気が付いた拙者は直ぐに戦闘スタイルを変更することを決定した

 未だに動かない【ピータン】から目を離さずに注意深く腰につけた懐に入れていた""あるアイテム""を刀を握っていない左手で掴もうとする

 

 しかし、拙者が何かをしようとしたことに気が付いた【ピータン】はそうはさせないとでもいうかの如く、大地を蹴り砕きながら突進を仕掛けてくる

 こちら側も【ピータン】を迎え撃たんとするために大刀に纏わせていた【蜜】を刀身の先端部分から離し自身の腕に近い部分に集中させる

 その間も【ピータン】はこちらに近づこうと猛烈な勢いで一直線に跳んでくるが、その直線上に遠くから光弾と風の刃が飛んできた

 

 ザシキワラシ殿の《去運不返球》と【鎌鼬】の《風の刃》だ

 

 つい先程、夜ト神殿に【テレパシースカフ】で時間稼ぎの方を頼んでもらったのだ

 

 進路上に障害物が出来たのをすぐ様に確認した【ピータン】は軌道を何度か変えつつ拙者の方へと迫りくる

 どこに方向転換するのかを計算しスキルを乱射するザシキワラシ殿達の健闘のおかげで""アイテム""を掴み取り、それを使用するのに必要な時間を約二秒も稼いでもらうことが出来た

 

 

 そして、もう目の前にまで迫って来た【ピータン】を視界に入れながらも体を守るように右手で大刀を構え、そのアイテム、""ジョブクリスタル""を砕いた

 

 

 

 

 







ラストシーンですが、別に不落丸さんですが超級職とか別に取ってないんでチェンジするのは普通のジョブです

以下ピータンの詳細

伝説級〈UBM〉
【空蹴兎 ピータン】
種族:魔獣
主な能力:風圧操作、忌死廻醒、自己再生、感覚強化
到達レベル:38
発生:デザイン型
製作者:ジャバウォック
備考:STR極振りの人外系修羅。強くなるために戦いを常に求めていたおかげか、■■■■■を食らってから索敵能力と戦闘継続能力が向上し、僅か数週間で逸話級から伝説級〈UBM〉に進化した
感想欄でチートだとか言われている《忌死廻醒》だが、コストとして次のレベルアップに必要な分のリソースを一定量使用しているので、強くなるために戦っている【ピータン】的にはあまり使いたくない能力である





ここからはマジで不定期になると思いますが気長に更新を待っていただくと嬉しいです



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第十九話 命の力




今週も、何とか書けた……
戦闘描写ってやっぱムズイっすね





 

 

□【大刀武者】不落丸

 

 無数の光弾と風の刃による雨あられを掻い潜り、目にも止まらなぬ速度で急接近する【ピータン】を正面から見据えながら拙者は左手で掴んだ""ジョブクリスタル""を握りつぶす

 そして拙者が""ジョブの変更""を終えてから一秒とかからずに【ピータン】は拙者の刀の間合いへと侵入し、先にやられてしまった【覚】と同様に拙者を物言わぬ肉塊へと変えるために強烈な蹴りを繰り出した

 

 直撃すれば即死。掠れば重傷は避けられないその一撃に対し、拙者は体を右にずらしつつその攻撃の軌道上に大刀の先端部分が来るように刃を立てた状態で置く

 

 ザシキワラシ殿と【鎌鼬】の攻撃が激しかったことが幸いしたのか、先程【覚】を屠った時よりも【ピータン】攻撃の照準は少しだけ甘くなっていた

 さらに拙者のニ、三倍の速さで動くその姿を何とか視界に捉え切れていたことから、相手の力を利用して待ちの姿勢で少しでもカウンターによるダメージを与えようとする算段を含んだ苦肉の策を講じたのである

 

 相手の体と接触するぎりぎりの位置取りを見極め、ついに生死を賭けた攻撃の交差が始まる

 高速で飛来してきた【ピータン】の足と拙者の大刀が接触

 このまま、圧倒的に力で劣っている拙者がただ何もせず攻撃の軌道上に大刀を置いただけでいれば刀を握っている右腕は刀と共に吹き飛んでしまう

 そうはさせまいと拙者は力が体の一部に重点的にかからないように右足を軸にし、その攻撃の衝撃を受け流すように体を回転させる

 

 力を入れるタイミングを少しでも間違えれば即座に体が吹き飛ぶような芸当を極限まで高まった緊張感の下で行う

 刀越しに感じるその衝撃に恐怖し体を強張らせず、かと言って力を抜き過ぎずに刀を操る

 今まで死線を潜り抜けて培ってきたその神業に等しい技術をいかんなく発揮した拙者は何とか攻撃を避けることに成功する

 

 しかし、拙者が持つ大刀は【蜜】で覆われていない刀身の部分が耐久値に限界が来てしまい、半分からポッキリと折れてしまう

 ここまで刀が折れることも含めて計算通りに事を運ばせることが出来た拙者は【ピータン】との交差時に感じた今も手に残る感触について考える

 

 【ピータン】の足と大刀が接触した瞬間に感じた刃と刃がぶつかったような感触

 恐らく、例の空気を操るスキルで足の周辺に風の刃を作ったのだろう

 ただ、【鎌鼬】が使う《風の刃》と似たようなモノに思えるが短時間だけ自身の周囲に展開している分、【ピータン】のモノの方が強度も鋭さも段違いに高い

 しかも、風の抵抗も少し緩和しているのか、速度が一瞬だけ上昇しているようだ

 もとから受ける気はなかったが、やはり回避を主体にして攻撃する方がいいだろう

 そう判断した拙者は《瞬間装備》でアイテムボックス内に入れていた小刀を左手に呼び出し、折れた大刀を【蜜】で補強することで小刀による二刀流のスタイルに切り替える

 

 

 一方、拙者を仕留めそこなった【ピータン】は弾丸さながらの速さのまま拙者から距離を取り、十数メテルほど距離を取り地面を崩壊させながら急停止する

 もう一度来るであろう猛攻に備え構えていた拙者であったが【ピータン】の様子がおかしいことに気が付き、次の瞬間自分の失態に気が付く

 

 

(———ッ!?いけない、夜ト神殿が!)

 

 

 今まで【ピータン】を夜ト神殿に近づけさせないように位置取りに気を付けていたのにも関わらず、拙者がその速さに警戒し過ぎた所為でこちらに注意を引き付けなければならないことを完全に忘れていたのだ

 

 今の拙者のAGIでは既に遠くに離れた【ピータン】に追いつき、その進行を止めることは実質不可能

 

 

 そのことを理解した上で彼女たちが【ピータン】による猛攻を持ちこたえることを信じ、拙者はその場から【ピータン】を追いかけるのであった

 

 

 

                        ◇

 

 

 

□【空蹴兎 ピータン】

 

 体の動きに不具合がないかを確認した私は""本来の戦い方""で相手側の獣を一匹仕留め、その横にいた獲物は無視し私を一時的に窮地に追いやった""敵""を先に始末することにした

 鉄の刃を持つ獲物は確かにかなりの使い手ではあるが私の速度に追いつくのでやっとであることを考えれば、ここであの獲物を仕留めるのに時間をかけることより先程から何かを企んでいる様子を見せている""敵""を叩き潰した方が速いと判断したのだ

 

 それにいくら《風圧操作》で風の壁を作ることで防げるといえど、私の全力疾走レベルの速度で飛来してくるあの得体の知れない光弾や、時折出てくる獣達の存在が鬱陶しく感じていたのも事実

 面倒な相手からのマークが無くなった今、先により面倒な相手を叩き潰しに行くことは戦略の基本

 故に私はいつでも潰せる前衛を無視し、容赦なく後方支援に徹する""敵""に対し攻撃を開始する

 

 

 最初の奇襲から接触を伴う物理攻撃、もしくは自身の能力を用いた攻撃をした場合、数分前の自分のように摩訶不思議な状態にさせられることは既に把握している

 既にその効果を無効化できることが判明している私の能力を同じように使えば、またあの様な状態になってもその後の戦闘の継続は可能であるためこのまま突撃することもという手もある

 しかし、《忌死廻醒》には使うたびに若干体が弱くなるという欠点がある以上、気安く使うことはできない

 あんなモノを使わずに勝てるに越したことはない

 

 

 だからこそ、普段ではあまり使わない手で""敵""に攻撃することにした

 

 

 五十メテル程離れたところにいる""敵""に目掛けて突撃を開始すると""敵""もそれを阻止せんと光弾による攻撃を再開する

 ""敵""からの距離が三十メテル付近の場所に着いた瞬間、私はその勢いのまま地面を蹴り砕く

 元々の大地を粉砕するほどの力に加え、移動時の勢いも合わさったことで私の蹴りは大地に亀裂を生み、巨大な岩盤を浮き上がらせた

 

 そして、私は自身が作り上げたその岩盤の一つの陰にその身を屈めるように隠し、""敵""から放たれた光弾から身を守る

 次の瞬間、私の目論見通り光弾は岩盤の壁を貫通することはなく壁にぶつかり消滅していく

 

 やはりあの光弾は直接触れれば奇妙な現象を引き起こす恐ろしい効果を秘めているが、攻撃力自体は大したことはない

 スキルを使った空気の壁や何かしらの障害物を間に挟み込めば完全に防ぎきることが出来る

 種さえわかれば、それ程脅威的な攻撃ではない

 

 

 厄介な光弾の対処法を一秒足らずで理解した所で、次の行動に移る

 

 

 光弾をやり過ごすために伏せ気味にしていた上体を少しだけ浮かし、盾にしていた岩盤の下の部分を勢いよく蹴り上げ、岩盤を大きな岩の塊として宙に浮かばせる。その岩の塊が地面から数センチメテル離れたその瞬間を見計らい私は""敵""がいる方向に目掛けてその岩の塊を押すようにして蹴り飛ばした

 

 さながら大砲のように打ち出された岩の塊は轟音を立てながら""敵""に向かって飛んでいく

 ""敵""が放った光弾の数々は飛来してくる岩の塊にぶつかり消滅していき、その大半は私のところまで届くことはなかった

 私が触れてはいけないのであれば、触れないように何かを投げつけて攻撃すればいい

 

 

 この方法こそ私が即席で考えた「相手からの攻撃を防ぎつつ、自身が触れずに済む攻撃」である

 

 

 見た目相応の防御力を持つ""敵""に直撃すれば今度こそ確実に屠ることができる程の勢いで飛んでいくその岩の塊は、元よりあまり離れていなかったその距離を瞬く間に詰めていく

 ""敵""の周辺にいた二足歩行の獣は私の速さに反応が追いつかず、その攻撃を受け止めることはできなかった

 他の獣達は遠くに離れていてとてもではないが主人を守ることは不可能

 完璧なタイミングで放たれたその一撃は成すすべもなく相手を粉砕するかのように思われた

 

 

 しかし、""敵""もこの事態を予想していたのかその岩の塊が目標に直撃する寸前、それは何かに衝突しその動きを急に止めてしまう

 恐らく、何かしらの防御系の能力か何かを用いて防いだのだろう

 大して驚くようなことではない

 

 

 

 

 

 事実、この時の【ピータン】の攻撃を防いだのは寝子の《式神召喚》によって召喚された【式神】の能力によるものだった

 寝子が取得している【妖魔師】には【式神術師】の時よりも媒介なしで召喚できるモンスターが数多く追加されており、その【式神】の中に【塗り壁】という透明な壁上の【妖怪】がいる

 【塗り壁】には召喚中に一度だけ自身の消滅と引き換えに攻撃を無効化する《通せんぼ》という能力があり、今回はその力を用いて【ピータン】による遠距離攻撃を防いで見せたのだ

 ちなみに、圧倒的な速度で迫る相手の攻撃に合わせて【塗り壁】を召喚してみせた張本人は、召喚したのがかなり際どいタイミングだったことから内心滅茶苦茶ビクビクしていたことなど【ピータン】の知る所ではない

 

 

 

 

 

 ある意味自身の読み通りの展開になったことを確認した私は""敵""から距離を保ちつつその周りを反時計回りに移動する

 

 そして、先程行った手順と同じように岩盤を浮かばせ、再び""敵""に向けて岩石を放つ

 しかし、またしても防がれてしまう

 

 

 だが、次の瞬間にはそのことを気にすることもなくまた同じ手順で攻撃を繰り出す。何度も、同じように

 

 

 いくらでも同じ手段で攻撃が防げるのであればそもそも前衛に私を引き付けさせる必要はないはず

 つまり、あの防御能力には限りがあると見て間違いない

 一度防がれたとしても二回、三回と数をこなしていけばいずれボロが出るはずだ

 

 今まで乗り越えてきた数々の戦いの経験から答えを導き出した私は、自身の判断に微塵の迷いも見せず淡々と攻撃を続ける

 

 それから数秒もしないうちに相手の限界が予想よりも早く来たらしく四回目の攻防の時点であの防御能力を使用せず、大量の土や炎の塊をこちらの攻撃に合わせて射出し相殺する手段を講じてきた

 

 七回目の攻防では私の速度の対応できていなかった二足歩行の獣が自身の目の前に巨大な氷の障壁を作り出し、ぎりぎり攻撃を防いでいたが次の私の攻撃で氷の障壁が完全に破壊されると共にその身を光の塵と化し消えていった

 

 そして十回目の攻防でついに相手の火力をこちらの攻撃が上回り、若干相手の体の一部を破壊することに成功する

 如何やら完全に防ぎきる手段が無くなったのだろう

 

 

 ここまで長いようで短かったが、漸く忌々しい小細工を弄して抗ってきた""敵""を葬り去ることが出来る

 

 

 待ちに待ったこの瞬間を逃がさず最後の蹴撃を浮かび上がらせた岩石に加え、撃ち放つ

 

 その速さはこれまで撃ち放ってきたモノと殆ど変わらず、その形状を保つことが出来る最大速度で宙を飛んでいく

 その攻撃を目の前にした""敵""は自身を葬らんと迫りくるその一撃に対し、先程までの炎や土と打って変わり風の刃や塊を連射してくる

 恐らく最後の悪足掻きなのだろう。先程よりも威力が低い上に弾幕の薄い風の攻撃では私の攻撃を完全に止める、もしくは破壊することなど不可能

 

 

 その抗いようのない現実は覆されることはなく、最後の風の刃がかき消されてもなお岩石の進行を止めることは叶わずほんの数コンマだけ破滅への到達を遅らせることしかできなかった

 

 

 そして、まさしく""敵""を打倒さんと放たれた凶弾は誰にも止められることもなく、目標に迫り———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————残り二メテルに差し迫った所で、何者かに両断されてしまった

 

 

 縦から半分になってしまった岩石は切断面からさらに衝撃が加わったかのようにあるべき軌道から大きく反れ、""敵""の横を通過したのち地面に轟音を立てて着弾する

 依然としてボロボロの状態でなおその存在感を主張している""敵""に対し、苛立ちを覚えながらも私の攻撃を妨害した仕立て人へと視線を向ける

 

 

 ボロボロになった藍色の着物に、両手に黄金の輝きを見せる短刀と鈍色の輝きを放つ刃を持つ小刀をそれぞれ一振りずつ携え、その右手には怪しく光る蜂の巣の様な篭手を身に着けており、そこから得体のしれない何かを感じた

 

 服の隙間や何物にも覆われていない端正な顔から見えるその肌の色はまるで長年の年月を過ごしてきた樹木のように茶色に染まり、白目は夜のように黒く、瞳は月光のように眩い金色の光を放っている

 

 首元でまとめられた腰にまで届くその長髪は老人のように白く、その命の儚さを示しているかのように力なく風に漂う

 

 そして、その外見の中でも一際その存在感を漂わせる額から伸びた二本の角

 

 

 それはまさしく""鬼""の角であり、アレの存在が何であるかを指し示していた

 

 

 しかし、その姿は身体的な特徴を抜きにして考えると私が先ほど後回しにした獲物の姿に酷似している

 

 だが、あの獲物に私の一撃をあのように捌くほどの力はなかったはず。一体、何が起きた

 

 

 

 そんな考えが一瞬だけ脳裏に浮かぶと同時に、その奇妙な""鬼""の瞳と私の視線が交わった

 

 その瞳にはこちらを害すという荒々しい感情が全く感じられず、夕凪の様な穏やかさまで感じる始末

 

 そんなふざけた存在が戦場に立っていると思うとよくは分からないが無性に腹が立ってきた

 

 

 

 正体の分からない苛立ちの所為かその""鬼""のことを見つめている内に、まるで近くにいるかのような存在感すら感じてきて———

 

 

 

 

 ッ!?

 

 

 

 いつの間にか本当に私のすぐ目の前にまで差し迫っていたその存在に気が付くも既に遅く、咄嗟に十字状に腕を構えるとその黄金の輝きを放つ短刀で逆袈裟切りをもろに食らってしまう

 

 ガードに用いた両腕は完全に切り落とされ、胴体にも浅くない怪我を負い傷口から大量の血を垂れ流す

 

 此方の状態なんてお構いなしに容赦なく振り落ろされる二刀目を避けるためになけなしの力を振り絞って全力で地を蹴りつけてその一刀を回避することを成功した

 しかし、不意打ちで喰らった一撃が効いた所為か私のHPは急激に低下し、ついに《忌死廻醒》の発動条件である

領域にまで至り、不本意ながらそれを発動

 体から一瞬だけ光を放つと元通りの体へと返り咲き、続く連撃に冷静に対処していく

 

 しかし、全快の状態になったにも関わらず相手の攻撃を捌くだけで精一杯という現実に直ぐに驚かされることになる

 

 明らかに急激に上昇したそのステータスは既に私のSTR以外のステータスを完全に上回っており、AGIに至っては完全に音速機動の領域に達していたのだ

 

 これ程までの力を持ちながらなぜ隠していたのか、なぜこのタイミングで使ったのかなど疑問は絶えず出てくるがそんなことに意識を割ける程の余裕を有していない私は、これ以上流れを持っていかれないよう戦いに集中するのであった

 

 

 

 

 

 

 

 







……上手い終わり方が書けん
もしかしたら後になって少しだけ書き換えるかも



次回、多分【ピータン】戦、終結(予定)



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第二十話 縁の終わり

 

□とある〈UBM〉の話

 

 これは〈マスター〉の大量出現が起きるよりも遥か昔、約数百年前のこと

 後に来る〈マスター〉達から修羅の国と呼ばれる天地の大地に、とあるモンスターが誕生した

 

 そのモンスターの名は【鬼樹】

 

 一般的に【化け木(トレント)】と呼ばれるエレメント系のモンスターの変異種である

 

 その習性は【化け木】と同様、普通の木に擬態して目の前に通り掛かった獲物に攻撃を仕掛けるというモノで、その習性がメジャーな所為か相手を確実に倒せるように同種のモンスターは基本的にSTRがかなり高い

 その正体を知らない低レベルの冒険者が毎年何十人も犠牲に遭うほど、非常に危険なモンスターだ

 【鬼樹】にはこのオーソドックスな【化け木】の習性に加えてもう一つ、特殊な習性がある

 

 それは「自身が襲った生物を僕にする」というモノだ

 

 【鬼樹】が生み出す樹液には、樹液を体内に取り込んだ生物の種族を【鬼】に変異させ、【鬼】特有のスキルを得ると共にそのステータスを大幅に上昇させる効果がある

 しかし、強力な力を得ると同時に理性の低下よって引き起こされる狂暴性の増長や、急激に変化した体の負荷による寿命の短縮、樹液に対して強い依存性を示すなど、かなり重度の副作用に苦しめられる事となる

 

 そして【鬼樹】はその現実に存在する覚せい剤を遥かに超えるレベルの依存性を利用し、自身に近づく生物を片っ端から樹液で徹底的に薬漬けにすることで樹液を生み出す己に忠実なる僕を量産していたのだ

 その勢力は時間が経つにつれて強大になり、元々草原に住んでいたモンスターの群れや周辺の村々をいともたやすく蹂躙していき、ついに一年も経たないうちにその特異性から逸話級〈UBM〉への進化を遂げる

 〈UBM〉に進化したことによりさらに凶悪な仕様になった樹液を用いて、より多くの生物を自身の僕にし更なる蹂躙を続けると思われた【鬼樹】だったモンスターの姿は、それからしばらくすると天地から姿を消していた

 

 海を越えて他の大陸に移動したのでも、誰かに討伐された訳でもなく、その存在自体が完全に消え去っていたのだ

 

 それから数百年もの間、そのモンスターは現れることもなく時は過ぎ去っていた

 

 そして〈マスター〉の大量出現が起きるより半年ほど前に、そのモンスターは長年の時を経てまたこの地に戻って来たのである

 その姿は数百年前と殆ど変わっていなかったが、凶悪性は〈UBM〉になったばかりの頃よりも格段に強化されていた

 何者かに連れ去られたそのモンスターは、連れ去られた場所で自身と同格のモンスターと無理やり融合させたり、体の仕組みを勝手に弄られたりと数多の改造を長年の間されていたのだ

 融合に使われたモンスターは【鋼蜜女王蜂】という鋼鉄に匹敵するほどの硬度を持った蜜を生産し、操作することが出来るレアモンスターだ

 

 そのモンスターとの融合や改造によって本体自身の戦闘力の向上に加え、樹液と蜜を混合することで僕を作るのに必要な手順の省略化が可能となったその力は優に伝説級の域に達していた

 このまま何物にも討伐されずに大量の僕を作り続け、ありとあらゆる生物を蹂躙していけば数カ月もかからずに古代伝説級の〈UBM〉になっていただろう

 

 しかし、そうなることはなかった

 

 なぜなら、運のないことに地上に投下された場所にそのモンスターを倒すことが出来る強者が集っていたからだ

 投下された直後に襲撃を受けたモンスターは己の強みである【蜜】を摂取した生物の洗脳を満足にすることが出来ず、その結果敵の接近を許し奇しくも敵との相打ちによってその命を散らすのだった

 そして、その魂は自身を倒した敵の中で唯一生き残った少年、不落丸の武具として残り彼が逆境を乗り越えるための力となった

 

 

 前述にあった【蜂】のモンスターが有していた【蜜】を生成し操る能力に加えて、もう一つ存在する""切り札""になりうる力

 

 

 その名も《修羅転身(ホウホウジュ)

 

 

 強力な鬼を作ることに秀でた〈UBM〉、【生蜜鬼怪 ホウホウジュ】の名を冠したそのスキルは、生成した【蜜】を消費することで使用者の種族を【鬼】に変更し、LUC以外のステータスを一定時間強化すると共に【鬼】特有のスキルをいくつか使用することが出来るという超強力な強化系のスキルだ

 

 その強力な力の代償として、使用者にはスキルの使用時間に比例した時間だけ複数の弱体化系の状態異常に苦しまされ、その命を削られることになる

 

 常軌を逸したその苦しみは気合いでどうにかなる次元を遥かに越えており、確実に戦闘不能になってしまうというかなり使い所が難しいスキルであるが故に不落丸は今までの戦闘でこのスキルを使うことはほとんどなかった

 

 しかし、絶体絶命の状況に瀕した彼女達の姿を捉えた瞬間。不落丸は今こそがその使い時だと判断したのだ

 

 

 

 もちろん命が削られていく恐怖や、スキルの効果が切れた後に果たして自分が生き残れるのかという懸念もあった

 だが、それ以上に自分が無力な所為で誰かが死んでいくところを見る恐怖の方が上回った

 

 

 ———例えこの身がどんなにボロクズのような有様になろうとも、後悔だけはしたくない

 

 

 その思いを胸に宿し、少年は仲間を守るために修羅(【鬼】)になる———

 

 

 

 

                         ◇

 

 

 

 

□【小刀武者】不落丸

 

 

(少し、まずいでござる)

 

 

 不落丸にとって正真正銘の切り札である《修羅転身》によって強化された身体能力で【ピータン】を切り刻みながら、不落丸は考える

 既にスキルを発動してから約20秒経過していたが、まだ【ピータン】を倒しきることが出来ていない

 こちらの動く速度は音速を超え、STRによってゴリ押しで亜音速の域に至っていた【ピータン】よりも機動力は完全にこちら側が優勢であり、スキルによる強化で一万を超えたSTRで繰り出される攻撃は【小刀武者】の奥義である、一定の長さ以下の刀を武器として用いた時のみ攻撃力を四割減少する代わりに攻撃判定を二倍にする《重ね斬り》でさらに強化され着実にダメージを積み重ねている

 相手のHPは既に一割半でこのペースでダメージを加えていけば確実に【ピータン】を屠ることが出来るだろう

 

 しかし、ここまでは相手の不意を突いた形で一方的に事を進められたが、LUKがマイナスになってなお長時間の戦闘をすることが出来た【ピータン】が相手となるとこの時点で残り一割までHPを削りたかったというのが本音である

 LUKがマイナスになったモノは普通なら度重なる不幸の所為で立つこともままならないはずだが【ピータン】は自身に起きた数々のトラブルに即座に対応し、最低限身体を三十分も動かすという偉業を成し遂げたのだ

 そんな埒外の適応力を持つ者が高々数倍の速さで動く相手に一方的にやられるだけで終わるはずがない

 その証拠と言わんばかりに拙者が不意打ちで切り落とした腕を元に戻してからの動きは押されてはいるものの、徐々にこちらの動きに対応しつつある

 必要最低限の動きで致命傷と成り得る攻撃を避けつつ、手数重視になったこちらの間合いから遠ざかるように少しずつ後退している

 途絶えることのない連撃で空中に逃げることは阻止しているが完全に防御に徹している【ピータン】の動きは時間が経つにつれて洗練され、あと数十秒もしないうちにダメージを与えることが厳しくなると考えられる

 

 そして、さらに悪いことにこちらの""切り札""には制限時間がある

 

 元よりMPが少ない前衛職に就いている拙者のMPは100を少し超えた程度で、毎日欠かさずに《生蜜》で【蜜】を量産しようとも活動に支障をきたさない程度で一日に作り出せる量はヒヒイロカネクラスの密度の【蜜】を10ml分作れるかどうかだ

 《修羅転身》を発動させるためにヒヒイロカネクラスの【蜜】を約1リットル消費すると一分間、その効果が持続させることができる

 現在、武器に【蜜】を纏わせなければ耐久値が直ぐに尽きてしまうこともあり、《修羅転身》に使える【蜜】の量は1リットルと少しだけということで効果時間は約一分間となっている

 

 この一分間が過ぎてしまえば拙者は体を動かすどころか声を出すこともままならないただのお荷物となり、そこからの戦闘に全く関与することが出来なくなる

 

 拙者がやられれば確実にパーティーは全滅する。だからこそ残りの四十秒以内に【ピータン】を倒さなければならないのだが、時間が経つにつれてそれはより困難になっていく

 おそらくこのままではダメージが削り切れない

 

 スキルの効果が切れるまで残り三十秒を切り、左手に持っていた黒い刀身の小刀に罅が入る

 この刀には低確率で斬りつけた相手に【麻痺】の状態異常を発生させるスキルが付与されており、少しでも相手の動きを鈍らせようと考えていたのだが効果が表れる前にお釈迦になってしまいそうだ

 右手に装備した【ホウホウジュ】から肩伝いに《鬼蜜操作》で【蜜】を破損した刀の表面に纏わせ、刀身に黄金の輝きを灯した

 

 このままでは後手に回る。そう考えた拙者は普段は絶対にしない戦い方に切り替える

 

 今まで相手のカウンターに警戒して一歩踏み込むことが出来なかった領域まで思い切って足を深く踏み込み、より一層攻撃を積極的に仕掛ける

 両手に持つ小刀で切りつけるだけでなく足で蹴りを加えたり、刃の斬り返しが間に合わなければ柄の部分で殴ったりと、今までの戦闘ではしてこなかった荒々しくも流れるような体術を組み合わせて攻撃の回転率を着実に上げていく

 今まで共に戦ってくれた仲間たちとの記憶から【拳士】や【忍者】、【力士】など、近接戦闘を専門にしたジョブに就いていた者達の戦い方を思い出しながら、その動きを自分なりに改良し剣術に取り入れていったのだ

 

 しかし、普段はしない動きをしているため隙も多く出てくる

 その隙を突かれて防戦一方で合ったの【ピータン】から何度かカウンターで体に何回か攻撃を喰らってしまう

 スキルで強化されたENDをも通り抜ける衝撃を受けながらも、攻撃の手は緩めない

 攻撃を受けるたびに傷つく体は《修羅転身》で得た【鬼】由来のスキルである《自己回復》で少しずつ癒し、蓄積されていく体の痛みにはひたすら耐え続ける

 

 通常のステータスで同じことをしたら元よりAGIが高めの拙者では相手の攻撃に耐うるENDがないために直ぐに死んでしまっていただろう

 夥しい量の血を流しながらも【鬼】の体は繰り出される相手の攻撃を耐えきり、ついにスキルの制限時間が残り五秒となった

 

 だいぶ無理をしたおかげか【ピータン】のHPは5000を切り、《自己再生》による回復量を考慮してもあとニ、三回攻撃を当てればゼロをになる所まで減らすことが出来た

 だが、こちらも同じような状況であり、ここまでは痛み分けの様なものだ

 

 ここから始まる五秒が真の勝者を決める五秒となる

 

 この時点でこちらの速さはほぼ完ぺきに見切られており、奇をてらった攻撃はもう通用しないと考えた方がいいだろう

 しかし、敢えてこのままの戦い方で突き進む

 

 

 ———残り四秒。足技を警戒させつつ、幾つものフェイントを絡めた刀による一撃が相手の体に刻み付ける

 

 

 ———残り三秒。こちらの攻撃が悉く躱されてしまい、逆にカウンター気味の攻撃を左肩を掠めてしまい、左肩が外れる

 

 

 ———残り二秒。繰り出された足による攻撃をギリギリのタイミングで躱し、こちらも先程のお返しとばかりに右手で持った得物で浅い傷を突き出された足に刻み付ける

 

 

 ———残り一秒。隙を見つけて倒すという次元を超えた局面だと感じ取った両者は、相手を確実に仕留めんとする全力の一撃を放つ。

 【ピータン】は真空の刃を纏った左足による全力の蹴り上げを。

 拙者は右手の刀を前に突き出すようにして持ちながら、【ピータン】が先程までしていたように自身の速さに加えて力を利用した移動法を用いた神速の突きを。

 

 

 

 そして、互いの命を懸けた最後の一撃は交差する

 

 

 

 ———残り0秒。丁度交差を終え、【ピータン】の背後で動きを止めた拙者にスキルの反動が容赦なく発動し、相手がどうなったか確認する前にその場に倒れ込んでしまう

 【麻痺】や【脱力】といった制限系状態異常に加えて、全身を燃やし尽くすような痛みに苛まれながらも勝利を確信するまで気力で意識を保ち続け、最後の力を振り絞りながら後ろを確認する

 

 

 そこには足から大きな傷跡を残しながらも未だに倒れず、拙者に止めを刺そうとしている【ピータン】の姿があった

 最後の一撃は【ピータン】に通ったものの完全にその命を削り取るには少しだけ、本当にあと少しだけ足りなかったのだ

 もう体を動かす力も残っていない拙者には何もできずに、ただ死を待つしかなかった

 

 死が目前に迫った所為か、走馬灯のようにかつて同じように死に目に遭った時のことを思い出した

 あの時も度重なる亜竜との戦いで最後に現れたウサギ型のモンスターに襲われて、最後まで生き残ってくれた最後の一人を守ることが出来ずにパーティーが壊滅してしまい、自分も相打ちという形で死にそうな状況になっていた。

 相手のモンスターにつけられた傷を最後の力を振り絞って【蜜】で強引に塞いでから拙者は気絶してしまい、後に近くを通り掛かったパーティーに助けてもらったのだ。

 今にして思えばあの時のモンスターと少し雰囲気が違うが、目の前にいる【ピータン】だったのかもしれない。

 

 拙者が倒れていた近くにドロップアイテムがなかったことからもその可能性は高いだろう

 

 この時、自分の中で悶々としていた何かが噛み合ったような感覚を覚えた

 

 戦いの最中にどこかで似たような存在と出会ったことがある様な感覚を抱いていたがまさか過去に仕留めそこなったモンスターだったとは、何とも奇妙な星の巡り合わせなのだろうか

 

 そんな風に拙者は最後の時を迎える人間にしては落ち着いた様子で、今の状況を俯瞰していた

 

 

 

 心残りはもう、ない。自分の全力でぶつかってあと一歩届かなかった……ただそれだけのこと。

 

 

 

 強いて願いを言うのであれば、拙者に自分の運命と向き合う最後の機会を与えてくれた彼女に直接礼を言いたかったことだろうか

 

 

 

 

 もう、意識が、はっきりしなくなって、きた

 

 

 

 

 霞んできた視界に【ピータン】を捉え続けながら死を待つ拙者の耳に、どこからか。獣の叫び声が聞こえた気がした

 

 

 

 

 つい先程、近くで聞いていたその獣の声が、平原に響き渡る

 

 

 

 次の瞬間、拙者の視界にとらえていた【ピータン】の姿が轟音と共に青白い光に包まれた

 

 その光が止むと、そこには膝を地につけた【ピータン】がいた

 

 

 そして、【ピータン】が光の塵へと変わってく光景を最後に拙者の意識は完全に途絶えた———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







……というわけで【ピータン】戦は終了です
本当に作者が無能なばっかりにここまで長くなってしまい、すいませんでした
今回の経験を次章から生かしていこうと思います


次回はエピローグです
ここまで読んで下さり、本当にありがとうございます!




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第二十一話 二人の始まり




お待たせしました。
第一章 エピローグです
あとがきに今後の方針を書きましたので読んでもらえると幸いです





 

□【小刀武者】不落丸

 

 瞼を閉じながらも、深く沈んでいた微睡みの中から少しだけ意識を浮かび上げる。

 直前の記憶が大分あやふやになっていたが時間が経つと共にその記憶は明確になっていき【ピータン】との戦いを思い出した瞬間、ぼやけていた意識は急速に回復し閉じていた目を慌てて開き、体を起こす

 目に入り込む眩しい光に少しだけ視界を奪われたが直ぐに回復し辺りを見回すと、病院の個室のような空間が広がった

 何度も運ばれたことのある施設であるためここが医療関係の施設であることが直ぐに分かったのだ

 六人くらいなら両側に並んで寝れそうな広さの部屋の中には自分以外の人間は見当たらず、障子越しに射し込む光の明るさと外から聞こえる町の音から今が昼過ぎ頃だと当たりをつける

 

 まだ体にダルさは残っているものの動けない程ではない。体を動かせると判断した拙者は外に出て誰かに事情を聴かねばと思い、恐らく怪我の処置で巻かれた包帯だらけの体で部屋に備え付けられた戸から廊下に出ようとする。

 疲労感で重い体に鞭を打ちながらなんとか戸の前に立ち開こうとすると、拙者が手をかける前にそれは静かに開けられた

 

 

「あれ、不落丸さん?」

 

 

 戸が開いた先に立っていたのはつい先日、拙者と共に【ピータン】と戦ってくれた〈マスター〉の夜ト神殿だった

 その姿は拙者が彼女と初めてあった時と変わらずに綺麗なままで、今まで身に着けていた緑色のフード付きの羽織ではなく胸元にウサギの刺繍がされた全体的に白く輝いた羽織に変わったくらいで特にその様子に異常は見られなかった

 彼女の元気な姿を見れたことで彼女はあの局面を生き残れたのだと安堵したが、〈マスター〉である夜ト神殿は死んでも三日たてば復活することができることを思い出し自分が何日眠り続けていたのか分からない以上本当はどうなったのか、正確にわからなくなってしまった

 そのことに思い至った瞬間、考えるよりも先に体は動きだし勢いよく両手で夜ト神殿の肩に掴みかかると口早に言葉を紡いでく

 

「夜ト神殿!あの後、拙者が倒れた後どうなったのでござるかッ!?【ピータン】はどうしたのでござる!?夜ト神殿はあの後無事に生きて帰ってこれたのでござるか!?」

「不落丸さん、肩、痛いです……」

 

 ハッと気が付くと拙者に力強く肩を握られた所為か痛そうな表情を浮かべる彼女の顔を見て冷静になり両手を彼女の肩から離す

 感情が昂っていた拙者は1000を超えるSTRの加減を忘れてしまいかなり強い力を発揮してしまったらしく、手を離した今でも彼女は痛そうに肩をさすっている

 

「も、申し訳ござらぬ」

「いえ、落ち着いてもらえたのなら何よりです」

 

 慌てて謝罪をするも彼女は問題はないと言わんばかりに、拙者に笑顔を見せてくれた

 

「こんなところで立ち話もなんですから、いったん部屋に戻りましょう」

 

 彼女はそう言って拙者の背を押しながら病室の中に入ると、拙者が寝かされていた布団の近くに部屋の隅にあった座布団を二人分用意し、自分の分の座布団に腰を落ち着けた

 彼女が進めるがままに拙者も座布団に腰を下ろしたはいいのだが、先程の失態から気まずい空気になってしまい対面に座る彼女と何も話すことが出来ずに数分が経過していた

 そろそろ覚悟を決めて話しかけようと思い始めたその時、彼女の方から声をかけられる

 

「先程の話の続きなんですけど……順を追って話してもいいですか?」

 

 どうやら彼女は先程の拙者の質問に答えてくれるらしい。彼女の話によると拙者が戦闘不能になると同時に【鵺】の召喚に必要なクーリングタイムが終了したらしく、既に召喚に必要なMPは媒体に込めていたので終了と同時に【鵺】を召喚し、遠くからでも正確かつ速さに優れた雷撃で拙者に止めを刺そうとしていた【ピータン】に止めを刺したと言うのだ。

 思い返してみれば、気を失う直前に聞こえた獣の声は【鵺】の声だったように思える。それに、あの時は疲労によって視界が霞んでいたためよく見えていなかったが【ピータン】を包み込んだ青白い光は雷撃の光だったのだろう。

 拙者との斬り合いで残りのHPがドット単位になっていた【ピータン】になら、これまで少しずつとは言えダメージを着実に与えることが出来ていた【鵺】の雷撃で倒すことが出来たというのも納得できる。

 

 そして、【ピータン】との長い死闘に終止符を打った夜ト神殿達は【気絶】していた拙者に応急処置を施した後に、街に帰ろうとしたのだがそこからが大変だったという

 まず、拙者が倒れてしまったこととザシキワラシ殿が半壊してしまったため、主戦力がほぼ戦闘不能になってしまい通常での戦闘が厳しくなってしまったのだ

 【ピータン】との戦闘で所有していた高火力の【陰陽術】が封じ込められていた【呪符】を全て使い切り、切り札の【妖怪】も召喚しつくしてしまった夜ト神殿では拙者をかばいながら戦闘をこなしつつ街まで帰るというのはかなり厳しいことだった

 彼女がモンスターに対して尋常でない恐怖心を持っていることは予め聞かされていたことであり、行動を共にしたことからそれが事実だと理解していた

 

 

 彼女の外界との壁の役割を果たしていたザシキワラシ殿がいない状況下でどうやって街までの帰り道をを生き残ったのか。

 その答えは彼女が大量にアイテムボックスに入れていた""とあるアイテム""のおかげであった

 

 

 そのアイテムの名は【臭い袋】。これは特定のモンスターを引き寄せることが出来るアイテムで、本来であれば敵を引き寄せたくない時に使うモノではない。しかし、彼女はこれを使うことで街まで戻ることが出来たのだという

 その使い方は次のとおりである。まず、遠くまでモノを運ぶことが出来る低級の【式神】に【臭い袋】を持たせてその【式神】の行動可能限界領域まで移動させる。そして、その【式神】に【臭い袋】を開けさせてモンスターを引き寄せ、【臭い袋】の至近距離にいたその【式神】を近くに寄せるわけにもいかないのでそのまま《帰還》で召喚時間を無視して消滅させる。

 そして、【臭い袋】につられたモンスター達から逃げ切るためにまだ召喚中の【鵺】に拙者を乗せて走り抜ける、といった行動を繰り返し行い、最低限の戦闘をするだけでなんとか街まで逃げ切ることが出来たのだ

 途中で何回か亜竜と遭遇したらしいのだが、純竜級の【鵺】には全く歯が立たずに倒すことが出来たのだとか

 

 街が見える頃には他のティアンやマスターの姿も多くみられるようになり、そこからは特に何もなく街に辿り着いたのだ。これは後で知ったことなのだが、あの日拙者たちが通って来た場所の周辺にやけに高レベルのモンスターが大量に集まっていてちょっとした騒ぎになっていたとかいないとか

 

 街に着いてから夜ト神殿は拙者を夜ト神殿の知り合いがいる病院に連れて行き、傷の処置を終えてからも意識が戻らなかった拙者の入院がそのまま決まり、ここ三日間ほど目を覚まさずにいたのだという

 

 拙者の意識が戻らない間も夜ト神殿は毎日拙者のもとを訪れてくれたらしく、バイトの編み物をしながら拙者が目覚めるのを待ってくれたと聞いた瞬間、もう拙者は自分の中から溢れる感情を抑えることが出来ずに顔を両手で覆い隠すように俯くと声を出しながら泣き始めてしまった

 

 

 「仲間と一緒に生還できる」という当たり前の出来事を体験したことがない拙者にとって、その当たり前の事を成し遂げることが出来たという事実がたまらなく嬉しくて、情緒が不安定になってしまったのだ

 話の途中でいきなり泣き出した拙者の様子に面食らっていたが、しばらくして夜ト神殿がこちらに近づく気配を感じると次の瞬間には温かいぬくもりが拙者を包み込んでいた

 突然のことに驚いてしまったがこの温もりが本物だと改めて分かると再び眼から涙があふれだし、恥も外聞も気にすることもなく拙者はよりいっそう大きな声で泣き出す

 子供のように泣き出す拙者を夜ト神殿は優しく抱きながら、背中に回した手で拙者の背をさすってくれた

 

 

 その状態が数分間続いた後に、気分が落ち着いてきた拙者は女性に抱かれながら泣いていたということを改めて思い返すと今まで感じていなかった羞恥心があふれ出し、顔を真っ赤に染め上げてしまう

 拙者が落ち着いたことに気が付いた夜ト神殿は空気を読んでくれたのか、何も言わずに体を放してくれた

 自分から離れてもなお、体に残る異性の体の感触に鼓動を速く走らせる拙者であったが、夜ト神殿はその様子を何か勘違いしたのか「あ~、私もこんな感じだったのかなぁ~」と、顔に笑みを浮かべつつ小声で何かを呟いていた

 

 それからまた拙者たちの間に沈黙が出来たがそう時間もかからずにまたしても夜ト神殿から声を掛けられる形で話が再開する

 しかし、その眼は若干宙を泳いでおり、何か言いにくそうな様子であった

 

「え~とですね、その、不落丸さん。【ピータン】の〈UBM〉特典のことなんですけど……」

 

 そう言えば【ピータン】の討伐前に拙者が気を失ってしまったため、討伐後に流れるアナウンスを聞き逃してしまったことに気が付いた

 〈UBM〉には自身を討伐した者の中からその戦闘において貢献度の一番高かった者にその名を冠する世界でたった一つだけの武具やアイテムを残すという特徴があった。

 俗にいうUBM特典には元となった〈UBM〉の能力が込められており非常に強力なアイテムとして所有者にその恩恵をもたらし、どんなことがあろうとその所有権を変更することが出来ないという、まさしく自分だけのオンリーワンの力と言っても過言ではない

 今回の戦闘に参加した人間は拙者と夜ト神殿だけであるので、二人のうちのどちらかがそれを手に入れることが出来るのだが、夜ト神殿の様子から次に続く言葉を予想しながらもその言葉の続きを聞いていた

 

「……どうやら私が引き当てちゃったみたいです」

 

 そう言いながら、自分が来ている羽織の袖を持ち上げる

 薄々感づいてはいたが、やはり今彼女が着ている白い羽織がそのUBM特典だったらしい

 ステータス画面を他人に見せられるように夜ト神殿が操作するとその特典の概要を拙者に見えるようにしてもらった

 

 

 

【舞兎羽織 ピータン】

伝説級武具(レジェンダリーアームズ)

死に絶えるその時まで戦いに生きた白銀の兎の概念を具現化した伝説級の羽織。

身につければ獣並みの感覚を手に入れることができ、魔力を込めれば現世に空を駆ける兎を呼び出すことが出来る。

※譲渡売却不可アイテム・装備レベル制限なし

 

・装備補正

防御力+50

 

・装備スキル

《感覚強化》

空蹴兎(ピータン)

 

 

 

 どうやら防具としての性能よりも索敵能力の向上や召喚媒体として彼女に適応したようだ。

 彼女としては最終局面で【ピータン】と命を懸けた一騎打ちをした拙者を差し置いて特典武具を手に入れてしまったことに引け目を感じているらしいのだが、拙者としては妥当な評価だと思った。

 序盤にザシキワラシ殿の能力で【ピータン】を弱体化するからこそ、【ピータン】のHPを半分以上減らせることが出来たわけであるし、彼女が召喚した【式神】の協力がなければもう既に何回か死んでいたかもしれないのだ

 拙者に出来たことと言えば、最後に【ピータン】との直接対決で四割程HPを削ったくらいで挙句の果てにそれで倒しきることが出来ず、最終的に【ピータン】に止めを刺したのも夜ト神殿の召喚した【鵺】だった

 

 拙者だけでは確実にHPを削り切る前に死んでいたということを考えれば、夜ト神殿にUBM特典が送られることは自明の理と言えるだろう

 そう言ってみたのだが、彼女は納得がいかないようで依然として申し訳ない様子でこちらに向き合っていた

 これは何を言っても完全に彼女を納得させることはできないだろうと思った拙者は、一つ提案をすることにした

 

「もう済んでしまったことは仕方ないと割り切った方がいいでござるよ。そんなに気になるのでござれば【ピータン】の討伐で出る報酬を少し多めにもらえれば拙者は構わないでござる」

 

 【ピータン】は割と最近、手配書に乗る様になった〈UBM〉で被害者の多さからかなりの金額が賞金として出ていたはずだ。そのうちの7割程もらえれば拙者としてはむしろ多いくらいなので、この辺で妥協してもらえると助かる。

 ところが拙者の目論見と異なり、彼女は受け取った賞金に関しては拙者に全額を渡そうと考えていたらしくそれでは自分がもらい過ぎていると反発したのだ

 彼女の謙虚さに呆れるにも似た感情を覚えたが、こちらとしては武器や消耗品の観点で考えると彼女と拙者ではそれほど大差がないのだからある程度受け取って欲しいというのが本音だ。【ピータン】の攻撃を防ぐのに使った【呪符】の質と量をもとに考えると、確実に100万リル以上は消費しているはずだ。今の彼女はザシキワラシ殿を体の修理に専念させている関係上、彼女の収入源だった【呪符】製作は当分の間することが出来ない。今だってわざわざ【裁縫屋】でもないのに編み物の仕事をして収入を得ようとしているのだ。彼女の貯金はかなり少ないとみて間違いない

 なので報酬を山分けにするのが最善だと考えているところを彼女の意思を尊重してこちらが多めに受け取ろうとしているのだ。彼女が全く手を付けないという選択肢は拙者は元より持ち合わせていない。

 

 

 中々折れてくれない彼女に拙者はあまり使いたくはなかったが最終手段として理屈でなく感情に訴えかけることにした

 

 

「……拙者は、一緒に街まで生きて帰ってくれた仲間が初めて出来て、本当に嬉しく思っているのでござる。そんな拙者にとっての恩人である夜ト神殿が拙者と行動を共にしたばかりに金欠で苦しむのは見ていて心が痛むのでござるよ……。だから拙者のためにも、ここまで拙者に付き合ってくれお礼として少しは受け取って欲しいのでござる」

 

 

 彼女の性格上、拙者が困っていることを理解すればこれで折れてくれるはずだ。

 しかし、彼女はこちらの想像と異なり疑問符を頭に浮かべながら少し怒ったような様子で拙者にこう言った。

 

 

「もしかして不落丸さん。私とここでお別れしようとか考えてないですよね?」

 

 

 この返答に拙者は困惑してしまった。あれほどの体験をしておいて、まだ拙者と行動を共にしたいと彼女が言うとは思ってもみなかったからだ。

 こちらの事情なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに彼女は言葉を続ける

 

 

「私だって覚悟を決めて行動したんです。ここで怖気づいて不落丸さんと別れるだなんて、そんな事私自身が絶対に許しませんよ。だから不落丸さん。覚悟しておいてください。私、絶対に貴方との約束を破るその時まで貴方の傍にいますから!」

 

 

 力強い覚悟が込められたその瞳に宿し拙者にそう宣言した彼女を見て、拙者は言葉に表せない思いが自分の中に芽生えると同時に胸のあたりにむず痒い何かを感じ始めた。

 この感覚が今は何なのかは分からない。でも、確かなことが一つだけあった

 

 

 

 それは、""拙者がもう一人ではなくなった""ということだ

 

 

 

 これからも彼女にはとても迷惑をかけていくだろう。

 だけど、どんなに苦しい思いをしても、彼女さえいてくれれば拙者は何度でも立ち上がれると今なら断言できる。

 

 未だに拙者を見つめ続ける夜ト神殿に拙者は右手を差し出しながら久しぶりに浮かべる自然な笑みを伴いながらこう告げる

 

 

「全く、頼もしい相棒が出来たでござるな……。こちらこそ、これからもよろしく頼むでござるよ。寝子殿(・・・)

 

 

 そして、彼女は迷わずに差し出されたその手を取り、力強く握り返した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———— 第一章~始まりの出会い~ ""完""

 

 

 

 

 

 

 

 







 ハイ、というわけで一先ず第一章まで完走することが出来ました。
 所々で悩むところもありましたが、ここまで書けたのは読者の皆さんの応援のおかげです!
 途中で色々とグダグダになってしまいましたが、ここまで拙作を読んで下さり本当にありがとうございました!


 そんで、当初の予定だとここで閑話いくつか挟んで二章に移ろうと思っていたのですが、今作で初めて戦闘描写を書いてから自分が戦闘シーンを書くのがすんごく下手だと自覚したことと、他の作品の日常?モノを書きたいなと思ったのでいったんデンドロから離れようと思います。
 多分、夏が明けるまでこっちで更新することはないと思いますが、エタったりはしないのでご安心ください。


 では、最後に改めてここまで読んで下さり本当にありがとうございました!!






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