双星の雫 (千両花火)
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第一部 The distorted world
Act.0 「運命が歩き出す」


<運命>

未来に対する予測であり、過去に対する結果である。


 かつて、人類には幾度となく技術革命が起きた。

 

 車輪、火薬、鉄、繊維。それらの登場は、やがて人間社会に変化をもたらし、その恩恵を最大限に受けようとするかの如く、生活が変遷していく。

 

 そして現在も、幾度目かによる世界の変革を迎えていた。

 

 それをもたらしたものが、インフィニットストラトス(Infinite Stratos)。無限の成層圏と名付けられたそれは、宇宙での活動を視野に入れたパワードスーツであり、その圧倒的な性能は世界を驚愕させた。

 しかし、その兵器には致命的な欠陥があった。

 

 女性にのみ、扱える兵器。

 

 そのために起きた世界的な軍事的バランスの変化は歪んだ女性優位の土壌となり、女性への優遇と男性の軽視が生まれた。しかし、その力に魅せられた各国はそんな歪みを無視するように突き進む。

 問題は次々と生まれ、世界の変化は徐々に、しかし、確実に堕落へと向かう。

 

 ある者はISに職を奪われ、酒に溺れた。

 

 ある者はISによって下克上を果たし、傲慢の味をしめた。

 

 ある少女はISのために生まれ、ISのために生きた。

 

 ある少女はISによって家族を壊され、そのISに縋って生きた。

 

 そんな、多くの恩恵の影で多くの不幸を生み出した発明。それを作り出した者は尊敬、そして憎しみの対象となった。

 

 それが、IS開発者、篠ノ之束。

 

 彼女は世界にISの命であるISコアを467個を世界にバラまき、雲隠れをした。

 

 ある者は言う。彼女は逃げたのだ、と。

 

 またある者は言う。彼女はどこかの国に捕まったのだ、と。

 

 そしてまたある者は言う。彼女は裏から世界を征服するのではないか、と。

 

 誰もが真実を知らないままに、それでもそれが事実として世界が変わっていく。

 

 

 

 

 

 

「くだらんな…………相も変わらず、バカしかいないとみえる」

 

 そんな呟きを発したのは、イギリスに本社を置く、世界有数の企業であるカレイドマテリアル社のトップに立つ女性だった。名をイリーナ・ルージュ。今年で28になるという若さで社長という地位についた彼女であるが、本人の気性も言葉遣いも、その地位にふさわしくないとその本人が自覚しているほどに悪い。

 それを証明するかのように、苦い表情をした側近を他所にまるでマフィアのボスのように異様な威圧感を出しながら悪態をつきまくる。

 

「それともあれか、小娘ひとり捕まえることもできずに陰口をたたくくらいのガキでもなれるのが今の各国のトップなのか?」

「社長、自重してください」

「おいおい、私は世辞も言わないが嘘も言わないぞ。バカが動かしている世界、それが今だよ。おそらく歴史書にこの時代の政治家はバカしかいなかった、と書かれるんじゃないか? お前もそう思うだろう? ……束?」

 

 イリーナが視線を向けた先には、社長室のソファーでくつろぐひとりの女性がいる。白衣を纏い、なぜかウサギの耳を模したカチューシャをつけている。端正な顔立ちに、モデル顔負けのメリハリのある肢体。そんな全身をフリルのついたドレスで覆い、棒付きキャンディーを咥えながら髪の毛を手持ち無沙汰というように弄っている。おおよそこの場にそぐわない、まるでメルヘンの世界から飛び出してきたかのような格好だった。

 その人物こそ、世界の変革者と言われるインフィニット・ストラトスの開発者、――篠ノ之束本人であった。

 偉人とも狂人とも言われる束であるが、まるで子供が面白くない話を我慢してきいているかのような態度でぶっきらぼうにイリーナを見返して返答する。

 

「んー、どうでもいいし。とりあえず私をかくまってるイリーナちゃんが言うセリフじゃないと思うけど?」

「おまえにはやってもらわなきゃならないことが多いからな。それまではしっかり首輪付きで飼ってやるよ。文句は言うな、感謝はしろ」

「ま、三食出て研究環境も最高待遇だから私としては文句ないけどー……で、今日はなんで呼び出されたの?」

「いいニュースと悪いニュースがあるんだが、どちらから聞きたい?」

「どっちでもいいよ。そんなの大差ないでしょ?」

 

 まるで決め付けるように言う束に、イリーナもそうだな、と返す。

 

「まだ表立って発表はされていないが、男性適合者が見つかったそうだ。おまえの言っていた、彼だ」

「……! そ、そう。いっくんが……」

「おまえにとっては悪いことでも、こちらにとってはまさに僥倖だ。まぁ、おまえは複雑だろうがな」

「そう、だね。で、もういっこのニュースは?」

「治療転用の目処がついた。これであいつが完治する可能性が出た」

 

 その言葉を受け、束が立ち上がる。おそらく、彼女を知る者が見れば、「誰だお前」と言うくらい、束の顔はおかしかった。いや、おかしいわけじゃない。彼女は精一杯の嬉しさと安堵を表情に出している、ただそれだけなのだから。

 

「既存の機器でナノマシンのスタンピードを制御できたの?」

「おまえの作ったあのシステムはISありきだったからな。それをIS無しに落とし込むのは苦労しているが、数年先には本格的な医療転用も可能だろう」

「そっ、か……」

「まぁ、おまえは機械工学が専門だからな。医療分野はまだまだ発展途上……とはいえ、外部に漏らせるものでもないから、どうしても時間はかかる。それまでにあいつにもしものことがあればアウトだがな」

「大丈夫だよ、あの子はあれで奇跡が得意だから。幸せを諦めるような根性はしていないもの」

「実体験があると、説得力のある台詞だ」

「あの子は強いから」

「さすがはお前の弟子、か?」

「弟子じゃないよ。仲間で、同志で、友だち、だよ」

 

 束にそこまで言わせる人間がいる。それだけで篠ノ之束という人間を知る者たちが聞けば驚愕するだろう。身内以外にここまで束が心を砕いている存在がいることが信じられないだろう。

 

「まだ時間はかかる、が……そろそろ動くとしよう。ちょうどよく、入学時期だしな」

 

 イリーナはIS学園と書かれたパンフレットを手に取り、フン、と一度嘲笑を浮かべてから放り投げた。この時代に在るべくして作られた場所。IS操縦者の育成という表向きの理由と、独占が不可能という技術の向上を目的とした搾取の場。そこに通う生徒たちは夢を馳せ、そんな生徒を送り出す国は甘い汁を啜ろうとする。

 そして、今のイリーナにとって、その在り方は邪魔でしかない、無粋な場所。それでも、利用価値があるからこそ、イリーナも存分に利用する。イリーナの望むように、目的を叶えるために。

 

「さぁ束、そろそろ竹林の賢者から脱却してもらうぞ。世界は動く、私たちが動かす。おまえがかつてそうしたように、お前の手で再びそれをなせ」

「……ふふーん、この束さんにそんなオーダーを出したイリーナちゃんは愉快なバカを眺めたいだけなんでしょ? まぁいいよ、私も待つだけの現状には飽きていたことだし、盛大に世界を揺るがしてあげるよ。本気になった束さんに不可能はないんだからね!」

「さしあたっては、あの二人に予定通りに動いてもらおう。なに、あいつらなら囮としても本命としても十二分に果たしてくれるだろうよ」

 

 イリーナは人の悪い笑みを浮かべ、ながら側近に命じた。

 

「アイズ・ファミリアとセシリア・オルコットを呼べ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「それでは今回はここまでといたしましょう」

 

 艶やかな金髪を惜しげもなく晒し、容姿も言葉も秀麗な少女は周囲に倒れる面々にそう声をかける。死屍累々となった光景はいつものことであり、そこからゾンビのように何人かが立ち上がる。

 男女比は半々といったところで、全員の目にはその少女に対する敬意と畏怖の念が見え隠れしている。

 

 しかし、今この光景に何も知らない人間が見たら驚き、声をあげるだろう。

 

 全員の共通点、それは、男女ともにISを装備していることであった。

 

 ISを使えるのは女だけ。そんな世界の常識はこの場には存在していなかった。男も女も、平等にISを扱い、努力し、切磋琢磨する。それは、本来のISがもたらす変革の光景であった。

 そんな中で最強として君臨するその少女は、蒼の装甲に身を包み、その手に持ったライフルを掲げて笑みを浮かべている。

 

「しかし、さすが束さん。いい仕事をしてくれます。……スターライトMkⅣ……じつに馴染みます」

 

 少女は試験運用を終えたIS専用レーザーライフル、スターライトMkⅣの出来に満足して微笑んでいる。自身の新たな愛銃に満足すると、装備していたISを解除する。競泳水着のようなインナースーツが、少女のメリハリのついた肢体のラインを美しく投影している。汗で頬に張り付いた髪を払いながら、ふぅっと息を吐く。

 美と強さを兼ね揃えた、まさにヴァルキリーと称するにふさわしい少女だった。

 彼女こそ、カレイドマテリアル社が誇る欧州最強とされる操縦者、―――名を、セシリア・オルコット。オルコット家の現当主であり、次代を担う存在として注目を集めている少女だった。その鮮烈な活躍から、イギリスの星とも呼ばれる

 

 そして、そんなセシリアに近づくもう一人の“星”がいた。

 東洋系を思わせる少しくせのある黒髪を肩ほどまで伸ばし、無邪気で子供っぽい笑みを浮かべている。まるで子犬が飼い主に寄り添うようにトテトテという擬音が似合う走り方でセシリアへと近づいていった。

 

「お疲れセシィ。社長と束さんから招集だよ」

「あら、そうですの?」

「なんか動くみたい。ボクたちにも出番がくるかな?」

 

 表舞台に出なかった、しかし、その実力はセシリアに並ぶとされる、もうひとりの操縦者。カレイドマテリアル社の、もうひとつの切り札。

 

「楽しみだなぁ。早く、空……飛びたいな。青くて、広くて、どこまでも続く空……束さんが目指した宇宙へと続く道……ああ、早く、飛びたいなぁ」

 

 本来はいなくなるはずだった少女……アイズ・ファミリアは、表舞台へと上がる。まるで、それが運命のように。




この物語の束さんはラスボス系ではありません。


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Chapter 1 IS学園編
Act.1 「夢の胎動」


 その日、ボク、………アイズ・ファミリアは恋をした。

 そのときは、ただ漠然と、しかし、確かな心の激動に揺れるだけだったが、あとになって思えば恋というものが一番言葉にするならふさわしいと思った。

 

 まだ手足も伸びていない幼いとき、ボクは自分の名前すら持たずに、路地裏でその日を生き抜くことだけを考えるような生活を送っていた。

 当時は考える余裕もなかったが、いわゆる捨て子、ストリートチルドレン、そんな子供だった。ただ、その日を、明日を、生きていくことしか考えない日々。それがボクの世界だった。

 

 誰もボクを見ない、見ようとしない。そのへんに転がる石ころと同じ存在、それがボクだった。

 

 それが当たり前だと思っていたし、ボク自身、なにも知らなかったから疑問も覚えなかった。

 

 でも、そう。

 

 

 ただ………ボクは、ボクを見てくれる誰かに会いたかった。

 

 

 ボクを見て。

 

 ボクの声を聞いて。

 

 ボクの、ボクを、ボクは……。

 

 ボクは、ひとりは嫌だ。

 

 だから、あなたに精一杯の感謝をしたい。

 

 ボクを、ボクにしてくれた。そんなあなたが、ボクは―――。

 

 

 

 

 

 

「――――――アイズ。あなたの名前は、アイズです」

 

 

 

 

 

 ボクは、アイズ。

 

 

 それが、ボクの名前。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「んぅ………」

 

 茫洋としながらアイズの意識が浮上する。

 

 太陽の匂いがたっぷりする布団と、とても柔らかい枕に顔を埋めていることを認識する。だけど、寝る前にあったはずの手のぬくもりがない。途端に不安になり、暗闇の中で手探りでぬくもりを探そうとする。

 

「セシィ……?」

 

 隣にいるはずの存在を呼ぶ。返事はすぐに返ってきた。

 

「ん、……どうしました? また、怖い夢でも見ましたの?」

「セシィ……」

 

 手を伸ばすと、セシリアがしっかりと震えるアイズの手を握り、安心させるように小さな体を抱き寄せる。アイズはただセシリアに抱きしめられながら、その存在を確かめていた。肌を触れ合わせることが、一番その存在を認識できる。

 それは、アイズならなおさらに。

 

「アイズは怖がりですわね。心配しなくても、私はずっと側にいますのに」

「うん……わかってる。わかってるけど」

 

 セシリアはまるで母親のようにアイズを包む。アイズには、見えなくてもそれがわかる。とはいえ【母親】という存在がわからないアイズにとってそれは想像でしかない。それでもきっとこんな風に暖かくて、気持ちのいいものなのだろうと思っていた。

 以前に一度セシリアにそう言ったら、本人は複雑そうに笑っていた。セシリアも、アイズと同じように両親がいない。

 アイズの場合ははじめからいなかったが、セシリアは数年前に両親を事故で亡くしている。そのときのセシリアの悲しみはアイズもよく覚えている。それでも、セシリアは涙を流さずに、ひとりで実家の立て直しを行った。凋落寸前だった家を、以前よりももっと大きくした。それを、まだ年端もいかない少女が為したのだ。

 

「明日からは、しばらくこの家ともお別れなんだね」

「不安ですか?」

「セシィがいるから、大丈夫だよ」

 

 そう言うと、セシリアが笑う気配が伝わってきた。そのままアイズの頬に柔らかい唇の感触。アイズを安心させてくれる、セシリアの魔法だった。

 

「また明日から、一緒にがんばりましょう」

「うん……」

 

 明日、アイズとセシリアは日本へと向かう。IS学園へ入学するためだ。

 本当なら、それは意味はあるが絶対に必要なことではなかった。ここを離れるデメリットも大きい。しかし、ほかならぬ敬愛する束から後押しされ、入学を決めた。裏の理由としてもっとドロドロしたものがあるが、そのほとんどをセシリアが引き受けている。アイズは、純粋に同年代の人と一緒の学生生活を楽しんでこいと言われている。

 しかし、アイズも自分が表舞台に出る意味をわかっている。それは、自身の特殊性を明らかにすることだ。この身に宿る呪いのような力も、託されている力も、すべて。

 それすらも、未来のための布石にしなくてはいけない。ほかならない、アイズの夢のために。

 

「がんばろうね、セシィ」

 

 だから、アイズは迷わない。

 

 いや、迷っても、止まることはない。

 

 決して。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌朝、アイズはセシリアに手を引かれながらお世話になっている企業の研究所へと向かった。イギリスに本社を置く【カレイドマテリアル社】。アイズとセシリアはそこのIS研究部門のテストパイロット兼助手として登録されている。

 携わっていることは、主にISに関する基礎理論と、そこから生み出せる派生技術の研究。そして、生み出された新技術、新武装の実証試験といったテストパイロットとしての役割を担っている。

 実際、セシリアはIS乗りとしてはすでにイギリス、いや、ヨーロッパ最強と呼び声が高い。現役の代表クラスの実力者ですら操縦不可能と言われた化け物スペックの専用機『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を完璧に乗りこなす唯一の女性だ。

 もともと試験機の意味合いが強かったブルーティアーズだが、セシリアの反応速度に機体がついていかないという事態に陥っていた。

 そこでとある天才をはじめとした社の研究者たちが機体を買取り、作り上げたのが現在の【type-Ⅲ】である。実質、次世代機すら凌駕するとまでいわれるその機体はセシリアしか扱えない完全なワンオフ機となっている。訓練を受けた操縦者が乗っても処理が追いつかずにまともに装備を扱うことすらできないほどのハイスペック機。特に代名詞である独立誘導兵器の複数同時展開と並列思考操作を合わせたオールレンジ攻撃は単機でありながら部隊規模の制圧力を持つ。はっきり言って小国ならセシリアだけで落とせる。

 そこまでの魔改造をしてしまった元凶が、今目の前にいる女性であった。

 

「やぁやぁやぁ! よくきたね、アイちゃん、セッシー! 今日も仲がいいね! まるで束さんとちーちゃんのように!」

 

 ペロペロキャンディーを舐めながらやってきたのは、童顔にうさぎ耳のついたカチューシャをつけ、服のあちこちにカボチャを模したバッジをつけた、どこかつかみどころのない女性。

 彼女の胸についている社員証に書かれている名前はトリック・トリート。ちなみに先週の社員証では名前はメリー・クリスマスだった。気分で身分証を改竄する人などこの人しかいないだろう。はじめは上から文句を言われていたが、もう特例で複数名義を許可されている。この人相手に文句を言うだけ無駄だと悟ったらしい。

 

「はい、束さんはいつも通りですね」

 

 篠ノ之束。

 現在行方不明とされ、世界から追われるインフィニットストラトスの開発者だ。世間じゃ変人だの狂人だのと言われている束であるが、アイズにとっては面白くて優しいお姉さんだ。

 

「ダメだよアイちゃん、今はハロウィン博士というナイスな偽名で呼びたまえ」

「はい、束さん!」

「おーい、この子相変わらず天然だよ~、そこが可愛い! でもたすけてセッシー! この子の可愛さに束さんのハートはキュンキュン症候群だよ!」

「束さ……いえ、ハロウィン博士、あなたが言えたセリフじゃないと思うのですが。それと先週はサンタ服着てクリスマス博士と呼べと言ってませんでしたか」

 

 束はいつも楽しそうに笑いかけてくる。アイズはそんな束が好きだった。

 アイズには束のその笑みが、見えなくても、とても尊い価値があると知っている。アイズにとって、束はセシリアと同じくらい大切な人だった。束に会えなかったら、アイズは今でも暗闇の中にいただろう。

 

「あ、そういえば今日から日本だっけ?」

「ええ、午後の便にはもう発ちますわ」

「そっか、寂しくなるね~、………ほんとにいいの?」

「確かにイリーナさんや束さんの頼みでもあるけど、ボクたちはボクたちの意思で行くんです。ね、セシィ」

「勿論です。私たちと束さんは、同じ目的を持つ仲間です。気にする必要などありませんわ」

 

 上品に、そして優雅に笑みを浮かべているであろうセシリアの姿を直感で理解してアイズもつられるように笑う。

 

「………なら、精一杯やっちゃって! 私の可愛いティアーズたちで、他の機体をコテンパンにしてやって! 大丈夫、私が魔改造したティアーズはもう第五世代といっていいくらいのスペックだから!」

「いや、それ冗談じゃないから笑えないですよ。だから私たち以外は乗れなくて、本当に完全な専用機になりましたし。でも、ご期待に添えられるよう、努力いたしますわ」

「大丈夫だよ、ボクとセシィなら、無敵だからね!」

「まぁ二人なら負けることはないだろうね~。いいデータが送られてくることを待っているよ。今も次回の改造の起案を提出したところでね、次はホーミングレーザーでもつけてみようと思っているから楽しみにしてててね! あ、それともドリルがいいかな? いいよね、ドリル! そのセッシーの髪型みたいな!」

「人の髪を兵器みたいに言わないでくださいますか」

「束さん、ロケットパンチはないんですか?」

「ん? アイちゃんの専用機についてるけど?」

「え、そんなのホントにあったの!?」

 

 仕様書にもなかったはずだが、どうも束が趣味で搭載した隠し機能らしい。こういう遊びを本気でやるから束は油断できない。束は面白そう、という理由だけいろいろしてしまう。何度注意されても直さないし、むしろそこから技術革新レベルのものを作ってしまうからタチが悪い。

 

「今度乗ったら試してみよう。冗談で言ったんだけど、楽しみだなぁ、ロケットパンチ。あれ、どうしたのセシィ?」

「いえ、アイズのその純粋さが羨ましいですわ……いつまでもそのままでいてください」

「……?」

 

 セシリアは首を傾けるアイズの愛らしさにニヤけそうになる表情筋を必死に自制する。小柄で童顔、書類上は同い年だが、特殊な事情でおそらく実年齢はセシリアよりも下であろう親友。セシリアにとってアイズは友であり妹でもある。

 そんなアイズの愛らしい姿を見ることはセシリアの趣味であり癒しであった。

 

「さて、あまり出発まで時間もないでしょ? 本題に入ろうか」

 

 束のその言葉に、二人が姿勢を正す。先程までの緩い空気は一瞬で張り詰めたものへと変わる。

 アイズもセシリアもここのテストパイロットだ。公私の切り替えはしっかりしていた。

 

「さて、二人に行ってもらうIS学園……。IS操縦者の教育機関だけど、二人には今更そんな必要はないけどね。学生レベルなんてとっくに超越しているし。というか、全盛期のちーちゃん相手でも二人でならたぶん、勝てる」

「それも束さんのおかげだけどね」

「感謝したまえ。そしてこれからは束様と呼びたまえ」

「はい、束さん!」

「セッシー、この子天然だよ~!」

「二回目ですが、あなたが言えたことではないですよ」

 

 IS開発者からの最強と呼ばれたIS乗りに勝てるとのお墨付きだ。二対一なら、という条件付きだとしても嬉しい最上級の評価だろう。そして一対一でも勝てないとは言っていない。その潜在能力は推して図るべしだ。

 

「二人の役目は、協力者、賛同者を作ること。IS学園に集まるのはなにかしらの後ろ盾を持つエリートばかり。パイプを作っておくにこしたことはないし、将来、権力がなければ遠回りになってしまうからね。私だと、そういったものは作れないから」

 

 アイズの夢、そしてセシリアの目的のためには、多くの同志が必要だ。夢に賛同してくれる人、利益を見込んで投資してくれる人、同じ目的を持っている人、そんな人と繋がりがもてるチャンスだ。

 権力は欲しい。お金も欲しい。それは、必要なものだ。手段として、必要なのだ。

 束の場合、そのネームバリューがあればお金の投資者くらい楽に見つかるが、それはダメだ。束が表に出ることは絶対にできない。

 

「そして“プロジェクト”実行のための布石。まぁ、こっちはイリーナちゃんがやってくれるから、焦らずに楽しんでくればいいよ。二人とも、マトモな学生生活は初めてでしょ?」

 

 セシリアは高度な教育を受けて育ったが、学校といった類の場所で過ごした経験は少ない。家を守るためにそれどころではなかった、というのが本音だった。

 

「………あとは、その」

「わかっています。それとなくですけど、気にかけますから」

「お友達になります!」

「うん、ありがとう」

 

 束が願ったのはIS学園に通うことになる妹と、そして大事な友である織斑千冬の弟を気にかけてやって欲しいということだった。今はいろいろな事情から会うことすらできない束は、自分の代わりに元気でやっているか見てきて欲しかった。

 もちろん、束の存在を言うわけにはいかないため、ボロを出さないようにするためにある程度の距離を置くことになるだろう。しかし、普通に学友として付き合う分には問題ない。アイズもセシリアも束の身内には興味があるし、仲良くしたいと思っている。

 

 特にアイズは束からもらった恩を―――こんなことで返せるとは思っていないが―――返したいと思っている。束が喜ぶならなんだってやってあげたい。そんな思いもあった。

 

「それでは、セシリア・オルコット。ならびに……」

「アイズ・ファミリア。……夢のため、みんなのため、IS学園へ行ってまいります」

「いってらっしゃ~い。二人の活躍はハッキングして見守っているからね! 毎日授業参観だよ! ひゃっほい!」

 

 こうして、相変わらずの高いテンションの束に見送られ、二人は故郷の国を飛び出して束の故郷である日本のIS学園へと向かう。

 

 あとになって思えば、これが始まりだったのだろう。

 

 アイズにとって、セシリアにとって、束にとって、―――ここから、すべてが動き出したのだから。

 

 




このセシリアはスーパー化しております。機体も魔改造されています。


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Act.2 「イギリスの双子星」

 イギリスには稀代の少女がいる。

 

 その名を、セシリア・オルコット。若干16歳にして、没落寸前の家を復興、カレイド・マテリアル社に招かれ、特務につく。IS適正は最高クラス。誰にも操れないとされたハイスペック機『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を駆る。

 すでに世界レベルでみても、文句なしの上位ランカー。いずれは、彼女の時代が来ることを予見させるほどの華々しい経歴、そして女尊男婢が蔓延する情勢で、差別することなく、誰にでも礼を持って接する本物の貴族の娘。そんなセシリアについた異名が『イギリスの星』。輝き、照らす夜空の星のように光を放つ、稀代の少女。

 しかし、そんな少女の傍らにはいつも、もうひとりの少女がいた。

 

 彼女たちに近しい者たちは、その少女を知っている。その抱える事情ゆえ、決して表には出ないが、それでもその実力はセシリアに並ぶほどの天賦の才を持つ少女。

 

 ゆえに、一部の人間からはこう呼ばれている。

 

 『双子星』と。

 

 

 

 ***

 

 

 

 『IS(アイエス)』。正式名称『インフィニット・ストラトス』。

 宇宙空間での活動を想定して開発されたマルチフォーム・スーツであるが、現実として宇宙進出は一向に進まず、結果としてスペックを持て余したこの発明はやがて『兵器』へと変わり、各国の思惑により現在は『スポーツ』として落ち着いている。

 しかし、軍事力が大きくこのISに依存している。原則として、女性にしか扱えないこの兵器の台頭は、やがて女尊男婢の風潮すら産み出し、世界に少なくない混乱をもたらした。

 あまりのスペックに目を奪われがちだが、ISは与えたものより、奪ってしまったものが大きい。ゆえに、世界はこれを受け入れたことにより、同時に火種を抱えてしまった。

 

 彼女―――アイズ・ファミリアもまた奪われし者であり、しかし、ISによって可能性を見出した者でもある。

 

 

 

「セシィ」

「どうしました?」

「まだつかないの? 今どのへん?」

「そうですね、私も日本ははじめてですので、なんとも言えないけど………あ、もうじきみたいですよ」

 

 セシリアは電光掲示板に表示された情報を見てそう伝える。アイズはそれを聞いてようやくこの退屈な時間が終わると安堵した。

 飛行機にしても、電車にしても、こうして乗り物に乗って待つ時間というのがアイズには苦痛だった。なにもできない、なにもすることがない、そんな時間でしかないのだ。だからセシリアがアイズの退屈を紛らすために、話をしたり、アイズの手のひらを指でなぞったりしてくれているが、自発的になにもできないというのはやはり苦痛だ。

 

「それにしても世界の情勢は教えてもらったけど、日本もとんだ貧乏くじを引かされたもんだよね」

「そうですね、IS学園があるというのは名誉と同時に厄介事を抱えるに等しいですから」

 

 どこにも属さない中立。そうは謳っているが、各国の未来のホープが集まる場所に各国の思惑が絡まないかと聞かれればおそらくノーだろう。むしろ、そんな場所だからこそ、様々な思惑が水面下で繰り広げられていることだろ。

 セシリアはその手の謀略に幾度となく晒されてきているため、IS学園の情勢にやや危機感をい出していた。この学園は、政治的にも、謀略的にも、格好の的となる場所なのだ。それは束やイリーナからも再三にわたって注意されていることでもある。

 やがてモノレールが止まり、アイズはセシリアに手を握られてホームへと降りる。そうしてセシリアに先導されながら、アイズは荷物を抱えなおす。はじめて訪れる場所はこうして先導してもらはないとやはり歩くことも難しい。

 しばらくはこうしてセシリアと手をつないでの散策がメインとなるだろう。でなければひとりで出歩くこともできないのだから。

 

「そういえば」

「どうしました?」

「博士の言ってた、人……イチカくん、だっけ?」

 

 アイズがふと、最近のニュースで表向き一人目の男性適合者として話題になっているまだ見ぬ少年のことを口に出す。そしてその人物は束の知り合いだ。アイズもどんな人なのか気になる。束に聞いても要領を得ない紹介しかされないため、アイズの中ではどうにも人物像が定まっていなかった。

 

「名を、織斑一夏さん。たまたま触れたISがそのまま起動、大騒ぎになったみたいですね。そして政府の保護という名目のもと、IS学園へと入学するとか」

「でもそれって拒否権ないよね」

「ですわね、しかし、私たちにとっては僥倖です」

「うん、女性しか使えないなんて欠点が一番のネックだからね。それが解消されるなら喜ばしいことだよ。………まぁ、世界はそうじゃないだろうけど」

「男性でも恩恵を受けることができる。それがわかっただけでもいいでしょう。まぁ、博士がいるから、それ自体は可能なんですけど」

「ん、まぁ、難しいもんね。今更男性にも扱えますーって言うのも。絶対反発がくるし」

 

 ISに男性を適合されることはそれほど難しくない。ほかならぬ、発明者篠ノ之束の言葉だ。とはいえ、コアひとつひとつに調整をかけねばならないため、現状ですべてのISを適合されるのは現実的ではないらしい。

 

「まぁ、うちじゃとっくに、なんだけどね」

 

 そう、カレイドマテリアル社ではとっくに男性適合が可能なISを作り出している。ほかならぬ束がいるのだからそれはさして問題はなかった。問題があるとすれば、そのISはすべて世界にないはずの機体、ということだ。つまり、世界に広がった467個のコアに該当しない、まったく新しい規格となるコアだ。無論、それがどれだけ世界を揺るがすものなのかは言うまでもない。そんなものが大量に、秘密裏に一企業によって生産されているなどと知られたら、戦争が起きてもおかしくないほどの激震となるだろう。

 いずれ、そうするつもりとはいえ、今はまだそれを知られるわけには行かない。

 

「結果論ですが、そのための彼なんでしょう」

「さながら、織斑一夏くんは先駆者?」

 

 少しづつ世界に浸透させるためにも、織斑一夏という存在はカレイドマテリアル社にとって僥倖以外のなにものでもない。機を見てこの秘蔵のコアも世に明かしていく算段となっている。

 束がいるために様々な裏事情を聞き及んでいる二人にとって世間の喧騒もどこか冷めたように見えていた。それは、さながら出来レースに一喜一憂する観客を眺めている気分だ。

 

「つきましたよ、アイズ」

「ん」

 

 セシリアは目の前に聳える学園を見上げ、アイズはただ、セシリアの手だけを握っている。二人揃って歩き出し、その門をくぐる。しかし、少し歩くと二人がまったく同じタイミングで足を止めた。

 

「セシィ」

「わかってますわ」

 

 セシリアが一度小さくため息をつきながら振り返る。一見すればなにもない庭園が広がっているが、セシリアの視線はただ一点に向けられている。

 

「なにか御用でしょうか?」

 

 セシリアの言葉を受け、一人の少女がその姿を現した。青い髪と、人の良さそうな、でもどこか作り物の色が混ざった表情、なぜか『見事!』と書かれた扇子を取り出し、口元を隠している。

 

「いやいや、お見事。まさか門をくぐって数秒で気づかれるとは、お姉さんびっくりよ」

 

 人をバカにしたような、でもそれでいて褒めているような、そんな不思議な声だ。セシリアは経験上、この手の人間は総じてやりづらく、底が見えないことを知っている。この人物もそういった類の人間だろう。

 

「さすが名だたるイギリスの星。前評判に嘘はないようね。想像していた以上ね」

「あらあら、私も来て早々にストーキングされるとは思いもしませんでしたわ。まぁ、この手の方々の対処は慣れていますが。…………それで、御用はなんですか、更織楯無さん」

「………驚いたよ。私のことも知っていたようね」

「私たちの所属はご存知でしょう? 入学決定と同時に、重要人物の情報はあらかた頭に入れています」

 

 その中でもこの更織楯無という存在は最重要とされていた。セシリアはカレイドマテリアル社から与えられた情報を暗唱するように述べていく。ちなみに束からは身内以外の情報は一切もらっていない。どうも身内以外の人物への興味が希薄らしい。

 

「更織楯無。IS学園の生徒でありながら自由国籍権を持ち、ロシア代表を務める。在学生で唯一の現役の代表者ですね。戦闘能力はIS搭乗時、非搭乗時を問わず高く、自他共に認められる学園最強だとか」

「本当によく調べているわね、感心しちゃうくらい」

「…………そして暗部に対するカウンター。対暗部用暗部「更識家」の17代目。楯無というのは襲名らしいですね。ああ、本名まではプライベートですから知りませんのでご安心を」

「…………」

 

 楯無の目が鋭くなる。セシリアは変わらずに微笑を浮かべてそんな楯無の視線を受け止めている。

 

「なるほど、噂は所詮噂だったみたいね。アナタはどうも、噂以上の人のようだわ。なんだか負けた気分よ」

「ご謙遜を。私の知識など、所詮は与えられたもの。諜報活動まで単独で行える貴女には恐れ入るばかりですわ」

「謙虚ねぇ。でもそちらの子にも驚いたわ。だって、しっかり私に気づいていたんですもの。失礼だけど―――」

 

 

 

 

 

「貴女は、目が見えていないでしょう?」

 

 

 

 

 その言葉を受けても、アイズは怒りもしなければ落ち込むこともしなかった。ただ淡々とそれを認め、むしろどこかそのことに納得しているように楯無に応える。

 

「はい、ボクの視力はほとんどありません。かろうじて、輪郭がぼんやりとわかるくらいです」

 

 アイズは自身の目に巻かれた布をわずかにずらし、その奥に閉じられていた目を開ける。中から出てきたのは、やや白濁した瞳だった。

 

「でも、その分気配には敏感です。まぁ、あなたの場合は気づけたのは、“そこだけまったく気配がなかった”からですけど。さすがは名だたる日本のニンジャですね」

「……あら、では次はもっと隠行をしないといけないわね。まぁ、忍者ってわけじゃないけど」

「ストーキングは勘弁してください」

 

 アイズは目に布を巻き直しながら苦笑する。たしかに視力がほぼゼロの自分はその時点で他者よりも大きな遅れを取るだろう。相手の姿も見えず、風景を楽しむこともできず、セシリアの手がなければはじめていく場所では身動きすらできない。

 

 

「それでも、あなたはイギリスでは双子星と言われる、セシリアさんと同等の操縦者でもある」

「………おかしいな、あまり知られていないはずなんだけど」

「ふふ、こちらの情報網も伊達ではない、ということね」

 

 今度は『してやったり!』と書かれた扇子を見せてくる楯無。芸の細かさはセシリアにとっては少しおかしかった。アイズが見ていれば、きっと笑っていただろう。

 

「それで、本題はなんなんですか?」

「そうねぇ、挨拶もあるのだけど、………ちょっと興味があってね」

「興味?」

「そう…………私と、模擬戦してくれないかしら?」

「いいですよー」

「軽いね……!? てっきり断られると思ってたわ」

「ずっとじっとしっぱなしで、ちょっと体動かしたくて、それに、楯無センパイが相手してくれるなら、こっちもやりがいがあるし。いいよね、セシィ?」

「仕方ありませんね。ただし、あまりはしゃぎすぎないように」

「大丈夫だって」

 

 どこかウキウキとしたアイズと、それを見守るセシリアは本当に仲がいいことがよくわかり、楯無はそんな二人にどこか羨望のような感情を抱いていた。

 

 

 ***

 

 

 アイズ・ファミリア。

 

 イギリスの新星、セシリア・オルコットと並ぶIS操縦者。楯無が入手できた情報はたったそれだけだった。アイズはセシリアと違い、表舞台には決して立たずに、あの世界有数の企業カレイドマテリアル社が抱えるテストパイロットにして、その実力は軍のIS乗りすら凌駕するという。

 それがただの噂なのか、楯無にはわからなかった。しかし、今日やってきた二人を見ていたとき、それは真実だと体感した。

 目が見えない、というのはすぐにわかった。ああも視界を完全に覆い、セシリアに手を引かれて歩く様子を見れば一目瞭然だ。普通なら入学試験を受けることすら危ういというのに、彼女は事実としてこの学園に入学した。カレイドマテリアル社という後ろ盾があるとしても、よほどの実力がなければ入学などできまい。実際、彼女は試験の模擬戦においてわずか1分で相手を撃墜している。

 

 搭乗機はセシリアの専用機「ブルーティアーズtype-Ⅲ」と対となる同型姉妹機『レッドティアーズtype-Ⅲ』。対をなすというだけあり、近接格闘特化機体らしい。数々の試験装備の実証を行っており、改修に改修を重ね生まれたのが現在の彼女たちの専用機。そのスペックは次世代機すら凌ぐと噂される。

 

 それがどこまで本当なのか、実力は如何程のものなのか。

 

 楯無は、それが知りたかった。

 

 そして、自らの特権で確保した演習場。誰にも見られないように細工をしており、ここでの楯無とアイズの模擬戦は観戦していたセシリアのみが知ることとなる。

 

 結果を言えば。

 

 戦闘時間、32分3秒にてドロー。

 

「うわちゃ、やっぱ強いや楯無センパイ」

「あはは、それはこっちのセリフよ? まさかここまで私が追い込まれるなんて思わなかったわ」

「でもとてもいい勉強になりました。また、そうですね、今度は公式戦で戦いたいです」

「ふふ、この学園なら、いずれ戦えることもあるかもしれないわ。それまで精進しておくことね」

「そうします。今日はありがとうございました。楯無センパイ。あなたと出会えたことに、感射を」

 

 そうお辞儀をしたアイズはセシリアの隣へ降り立つと、ISを解除して来たときのようにセシリアに手を引かれて演習場を去っていった。楯無はそれを笑顔で見送っていたが、やがて視界から二人が消えたことを確認すると、表情を一変させた。

 

「本当に………ここまで追い込まれるなんて」

 

 もうその顔に余裕はない。楯無は身をもってアイズの力を思い知った。確かに自分も切り札をはじめとした各装備は使わなかったし、使う気もなかった。だが、それはアイズも同じだろう。そして、機体自体も大きく制限していたこともわかっている。推測だが、推進力も大分抑えていたし、イグニッションブーストも使わなかったことから、機動自体も軽く流している程度だったはずだ。

 なら、いったいなにが脅威だったのか。それは、アイズの未来予知とすら言えるほどの状況対応力だ。背後からの攻撃すら即座に察知する感応性、こちらの予備動作から既に対処行動を起こす判断の速さ。それは決してISのハイパーセンサーありきのものではない。むしろ、彼女のもつ、第六感ともいうべき危機察知能力。それが厄介極まりなかった。

 

「目が見えないからこそ、持った力か…………あながち、嘘ではないようね」

 

 しかし、セシリアにしても、アイズにしても、この学園へと入学する理由は薄い。すでに最高峰の企業の後ろ盾を得ており、IS操縦技術も文句なし。楯無から見ても世界レベルでも上位に食い込む実力だろう。

 技術を学ぶわけでもない、後ろ盾を作る、というのはあるかもしれないが、意味は薄い。ならば、いったいあの二人はなにを求めて日本へとやってきたのか。

 

「まぁでも、悪いことではないにしても………お姉さん、気になるな」

 

 それに、姉妹のように、いや、実の姉妹でもあれほど信頼し合っていることはないだろうというほどの愛情を持った二人を知れば、自分にとっても意味のあることになりそうだと、疎遠になってしまった妹を思い浮かべながらほのかな期待を抱く。

 

「退屈はしなさそうね。今年の入学生は、本当に規格外ばかりだわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「ずいぶんと楽しんでましたね」

「そうだね、ちょっとわくわくしてた」

 

 最近ではラボの演習場では主にセシリアを相手にすることばかりなので、楯無という未知の強敵と戦えることはいい刺激だった。機体スペックにはかなりのリミッターをかけていたが、それでも満足のいく戦いができた。もし次があるなら、互いに全力でやってみたいと思える相手だった。

 

「やっぱり学園最強ってすごいなぁ、楯無センパイ」

「その割には、負けるとは思ってないでしょう?」

「まぁね、セシィ以外に負けるつもりなんてないもの」

 

 今はまた目を隠しているためわかりにくいが、アイズのその表情には戦意が滾っていた。もっとも、それはまるで普段遊べない子供が、たまに思いっきり遊べる機会を待つような、そんな微笑ましいと思えるようなものであった。

 実際、アイズにとってIS戦だけが、束縛から開放される唯一の時だ。ハイパーセンサーという恩恵があるおかげでアイズはISを纏うときだけ、周囲のものを認識できるようになる。そこで、普段から培ってきた第六感とでもいうべき危機察知能力。それらが合わさることで、IS搭乗時のアイズは人間レーダーというべき感知能力を得ることができる。

 それはセシリアをして「完全にレーダー外の遠距離からの狙撃にすら反応するデタラメな能力」であり、楯無の攻撃を完封した理由である。

 

「少し、楽しみになってきたね、セシィ」

「ええ、そうですわね。さぁ、寮へと向かいましょう」

「セシィ、ほんとにあのベッドもってきたの?」

「もちろんです。普段使っているベッド、アイズもお気に入りでしょう?」

「あのおっきなやつでしょ? よく許可がでたね?」

「だって、アイズはあれじゃないと、寝付けないでしょう?」

「というか、セシィがいなきゃボクは寝れないから」

 

 甘えたようにアイズはセシリアの腕に絡みつく。それを嫌がりもせずにセシリアはアイズの頭をやさしく撫でていた。

 

「あ、あの~」

「あら、これは失礼を」

 

 どうみてもいちゃついているようにしか見えない二人に声をかけるのも躊躇っていたようであるが、おそらくはここの職員であろう女性がおずおずと声をかけてきた。

 

「あら、山田先生ではありませんか」

「オルコットさんにファミリアさん、お久しぶりです。試験のとき以来ですね」

 

 現れたのはメガネをかけ、小さな体に大きなメロンを装備した女性、ここの教員でもある山田真耶だ。元日本の代表候補生だったそうで、二人の試験官をしたのも彼女である。ちなみにセシリアもアイズも模擬戦で彼女に勝利して合格を勝ち取っている。

 

「今日からお世話になります」

「よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ。希望通りに、二人は同室です。入寮の手続きが終わったら、始業までは自由です。あと一週間ほどですので、部屋の整理や、周辺への外出も可能です。申請をすれば、一部の施設の使用もできますよ」

「セシィ、じゃあデート行こう、デート」

「もう、まずは部屋の整理が先ですわよ?」

「はーい」

 

 本当に仲がいい。恋人のようでもあり、姉妹のようでもある。二人は互いに信頼しきっているということが真耶の目からみてもよくわかる。…………まぁ、やっぱりちょっとあっちの色が見えてしまうのは仕方ないことだろう。

 

 アイズとセシリアは始業まで日本観光を楽しみ、部屋には木彫り熊など日本のアンティークで埋められることとなった。




それにしてもセシリアがちょろくない話って少ないよね。よし、なら自分が書こう。そんな理由から書き始めました。
………ヒロインではセシリアがダントツで好きなんですけどね。


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Act.3 「セシリアの決意」

 まったく、アイズはいつまでたっても甘えん坊です。私と一緒でなければ眠れないなど、将来が少し不安になります。

 とはいえ、そんなアイズを可愛く思っている私もそんなことは言えたものではないでしょうけど……。

 

 アイズと私は常に一緒。私はアイズの目でもある。かつて、私を大好きと言ってくれ、そして、その身を呈して私を救ってくれた、私の恩人であり、最愛の親友。

 両親に先立たれ、家も潰される寸前という逃げ出したくなる状況の私のためにずっと尽くしてくれた、私の自慢の友。それがアイズ。

 

 アイズとの出会いは、まだ両親が健在であったときに出かけた先だった。たまたま具合が悪そうなアイズを見つけ、大丈夫かと声をかけたのがはじまり。そういえば、そのときはアイズは名前すら持っていなかった。一日を生きるために、死にそうになる子供。そんな現実を見て、知り、理解したときの私の衝撃は凄まじいものがありました。

 なにかとアイズを気にかけ、時間を見つけては家を抜け出し、アイズと遊ぶ日々。それは私の幼い頃の思い出の中で、一番多い記憶です。

 アイズ・ファミリアという名前をつけたのもそのころです。アイズは私が、ファミリアは本人が考えました。

 

 彼女の瞳はとても綺麗な琥珀色で、その目が印象的だったためEYES(瞳)と名付けました。そのときのアイズの喜びようは今でも覚えています。そして家名にファミリア、とつけたアイズの心境は、察して余りあるものです。

 きっと、姉妹とはこういうものなのでしょう。私はどこか妹ができたみたいで嬉しかったし、アイズも私をセシィと呼び、慕ってくれています。打算もなにもなく、ただ好きだから、という理由で側にいてくれる、そんなアイズに救われたことは少なくありません。

 

 そして、私がアイズの目を奪った。

 

 アイズは、それを気にしていないと言っているけど、私にはわかる。アイズは、ずっと見たがっていた。空を、花を、風景を、そして、私を。

 それがわかるから、アイズには申し訳ない気持ちでいっぱいになる。アイズがもう二度と視力が戻る見込みがないと言われたとき、本人ではなく私のほうがショックを受けてしまった。むしろ、泣き喚く私を、恨んでも当然のアイズ本人が慰めてくれた。あのときほど情けないときはなかった。

 だから、そんな情けない私は、…………世界最強になるという決意をした。

 

 そう、それが、アイズに報いるための、“手段”。

 

 アイズと共に目指す夢の近道。

 

 そのために、私とアイズはインフィニットストラトスという存在を利用する。

 

 女尊男婢を生み出したこの発明、今度は、それを使って、…………を、救う。

 

 私たちに負を与えたIS。しかし、私たちはそのISを使って、多くのものを救ってみせよう。

 

 だから、手始めにこのIS学園で。

 

 私とアイズで、最強の座をいただくといたしましょう。 

 

 なので………首を洗って待っていてくださいね。楯無生徒会長殿……。

 

 私は、アイズほど容赦はしませんから。

 

 

 ***

 

 

 始業式も終わり、長ったらしい挨拶を聴き終えた私たちはこれからの学び舎となる校舎、その一室である一組の教室へとやってきました。設備も学校としては最上級だろう、カレイドマテリアル社の本社並の設備に、よくもまぁここまでお金をかけたものだと、半ば呆れながらも自身の席で教師を待っています。

 時間を持て余したので、隣に座るアイズの手のひらに指を這わせる。

 目の見えないアイズへのコミュニケーション手段のひとつであり、ただのじゃれあいでもある。くすぐったそうに、それでも嬉しそうに時折指を絡めてくるアイズの口元は笑みを浮かべている。まったく可愛らしいですね。

 

 そんな風にアイズとじゃれながらあらためて教室内を見渡してみると、当然のことながら女生徒の多さが目についてしまいます。まぁ、操縦者は女性しかいなかったのだから当然でしょう。

 しかし、そんな中で注目を集めている存在がいる。彼が、織斑一夏さん、ですか。

 可哀想に、ここまで異性に囲まれるというのはさぞや居心地が悪いでしょう。まるで、動物園にいるパンダのようですわ。

 実際に目で見るとわかりますが、やはり似ていますわね。世界最強の女、ブリュンヒルデの織斑千冬。この学園の教員であり、彼の姉。そして世界に名を轟かす、IS操縦者の最高峰の人物。

 映像資料で見ましたが、たしかに恐ろしいまでの戦闘力、刀のみで世界を獲ったその実力は、きっと今の私では勝つことは難しいでしょう。しかし、数年もあれば追いつける目処はすでに立っていますし、仮に戦ったとしても、今でもアイズと二人ならばまず間違いなく勝利できるでしょう。

 とはいえ、そうそう戦う機会などありませんし、最強の証明がしたいわけでもありません。最強であることは、ただ単に都合がいいから、それ以上の理由のない私にとって、IS戦はそれほどこだわるものではありません。まぁ、それでもプライドが少なからずあるので、負けるつもりなど毛頭ありませんが。

 

 おや、来たようですね。担任は山田先生……、いえ、副担任と言っていますね、では担任は誰でしょうか。

 

 そうしているとお約束の自己紹介がはじまった。これだけ多種多様の多国籍の人間が集まったクラスというのもこの学園の特色のひとつでしょう。しかし、皆さん日本語がお上手ですね、たしかに日本人が多いとはいえ、私やアイズをはじめ、おおくの異国の人間がいるにもかかわらず、多国の会合において共通語として使われることの多い英語ではなく、日本語をこれほど習得されているのは皆さん流石のエリートといったところでしょうか。まぁ、この学園が日本に建っている以上、日本語の学習も必須のようなものなのでしょう。

 私とアイズも、カレイドマテリアル社で習いましたし、研究者には日本人の方もいらっしゃいました。おかげで発音に至るまで完璧と太鼓判を押されています。ことわざなどの慣用表現はこれから覚えていけばいいでしょうし。

 おっと、アイズの番ですか。さて、なんて言うのでしょう。

 

 

「はじめましてアイズ・ファミリアです。イギリスからきました。カレイドマテリアル社に所属しています。すぐにわかることなのでこの機会に言いますが、ボクは目が見えません。なので、皆さんには少なくないご迷惑をおかけすると思いますが、これからのここでの生活を楽しみたいと思います」

 

 

 あら、思っていたより普通ですね、この子のことだからもっと変なことを言うかと思いましたが。

 

 

「ボクの目的はこの学園最強になることです。これからよろしくお願いします」

 

 …………最後の最後で言っちゃいましたね。楯無さんと戦って意欲が湧いたのでしょうか。

 おや、織斑さんの番ですね。あらあら、やはり緊張なさっているようですね。仕方ありませんけど、同情してしまいますね。………む。

 

「…………」

 

 すっと視線だけ後ろに向けると、そこにはたった今教室に入ってきたと思しき女性がいました。黒髪に黒いスーツ、ナイフのように鋭い視線と雰囲気、……なるほど、写真で見るより迫力があるじゃないですか、ブリュンヒルデの織斑千冬さん。そのような自然体でまったく気配を悟らせないとは、悪趣味な気もしますが、クラスは自己紹介の真っ最中、それを考慮して入ってきたのでしょう。もちろん横にいるアイズも気づいている。アイズは気配察知は私よりも上、きっと私よりも、おそらく教室に入る前から気づいていたのでしょう。

 彼女は織斑さん………二人とも織斑ですね、一夏さんでいいでしょう。彼に強烈な一撃を加えていた。これが日本の熱血指導というものでしょうか?

 

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ない者には出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠一五才を一六才までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。………いいな?」

 

 

 これはまたなんとも。

 周囲の生徒たちは歓声を上げているが、なかなかな人物ではありませんか。反感は覚えませんが、ちょっと悪戯心で反抗してみたくなりますね。アイズはこういった方を困らせることが無自覚に得意ですし、たしかにここでの生活は退屈しそうにありませんね。

 

 その後もコントのような光景が続き、私の番となりました。さて、私の決意表明をしておくといたしましょう。

 

「はじめまして。イギリス代表候補生を務めております、セシリア・オルコットと申します。アイズ・ファミリアとは旧知の仲で、彼女と共にカレイドマテリアル社に所属させていただいております。なので、彼女がなにか問題を起こした際は私までお願いいたします」

「セシィ、それってどういう意味?」

「あなたは、もう少し自身の天然を自覚するべきです。………まぁ、こんな子ではありますが、皆さんもよくしてやってください」

 

 なんだかアイズの保護者みたいなことを言ってしまいましたが、まぁそれも間違いではないのでよしとしましょう。

 

「そして私の目的、それはこの学園で最強となることです。このクラスの誰よりも、生徒会長よりも、そして、そこにおられるブリュンヒルデよりも」

 

 おや、織斑先生が少し眉を動かしましたね。自身が引き合いに出されるとは思っていなかったようですね。

 

「私こそが最強であると、いずれ、皆さんに示しましょう」

 

 力の誇示など趣味ではありませんが、それが、私の決意。この学園にきた理由、そのひとつなのだから。




この物語の最強はセッシーですが、原作キャラも軒並み強化されています。


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Act.4 「戦いに向けて」

 休み時間を経て、授業が開始される。内容としてはISの基礎。それはテストパイロットを務めるセシリアやアイズにとっては今更、という感じが拭えない内容だ。しかし、いい復習になるとしてセシリアはじっと教本に書かれた文字を追い、アイズは山田真耶先生の言葉に耳を傾けている。

 真耶の説明は丁寧でわかりやすい。目の見えないアイズにとって真耶の言葉こそが教本だった。それを真耶もわかっているのだろう、アイズは見えないが、ときどきアイズのほうを見ながら説明のやり方を調節している。

 セシリアもそれとなくアイズをフォローしているので、授業自体は問題なく進んでいた。だが、セシリアは気づいていた。一人、まったくわかっていなさそうに、困った風に教本を睨みつける男子を。言うまでもなく、織斑一夏である。彼の場合、この学園への入学すら不足の自体、おそらく知識が圧倒的に不足しているのだろう。それは仕方ないと思う。この学園に入学するために必要な知識量は、参考書にするなら電話帳くらいのボリュームになるだろう。それを発見から数ヶ月、入学が決まってからはもっと短いだろう期間で覚えることはなかなかに厳しい。

 

 次の休み時間ではポニーテールのクラスメイトに誘われ、どこかへ行ってしまった。知り合いみたいだが、その女の子………篠ノ之箒は、もちろんセシリアの重要人物リストに入っている。篠ノ之束博士の実妹。そして、織斑家と交流があったことも聞いている。

 

(…………なるほど、偶然というには少々ためらわれますね)

 

 カレイドマテリアル社の諜報部門からも同じ推測が上がっていたことをセシリアは思い出す。偶然かもしれないが、唯一とされる男性操縦者が、開発者と顔見知り。偶然、というには出来すぎなことだと疑念を持つほうが正しいだろう。

 とはいえ、セシリアがそれはどちらもただしいと知っている。一夏の現状は必然であり、偶然でもある。たしかに一夏にIS適正があるのは必然だが、それが世に知られてしまったのは偶然なのだ。こればかりは深く関わっている束本人も予想外の出来事だったと言っている。むしろ、束はそのことでかなり落ち込んでいたりする。

 

(束さんも、難儀ですね、本当に………)

 

 束は一夏に特別な贈り物をしたかっただけ。それなのに、それが今、一夏の現状を追い込んでいる。束の心中を察すると、セシリアは苦い顔になることを抑えられなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ああ、そういえば再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

 突然思い出したように言い、教室を見渡す織斑先生にクラス全体がわずかにざわめいた。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席、まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。一部を除き、今の時点で大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりでいろ」

 

 一部を除き、という言葉で目線を向けたのはセシリアとアイズだ。既に織斑千冬は、この二人の実力に気づいている。その千冬の視線に、セシリアは小さく微笑み、アイズはにへら、と間の抜けた笑みを作る。

 

「自他推薦問わん。誰かいないか」

「はいっ! 織斑くんを推薦します!」

「いい!?」

 

 やはりか。

 セシリアもアイズもそうなるだろうと思っていた。世界初の男性操縦者、客寄せパンダとは言わないが、注目度という点だけなら国家代表よりも知名度は上だろう。それだけインパクトのある事件だったのだから。

 

「セシィ、どうするの?」

「ふむ………」

 

 アイズに問われ、セシリアは少し考えて挙手をした。

 

「はい、立候補したいと思います。ですが……」

「なんだ?」

「同時に、織斑一夏さんを推薦いたします」

 

 その発言に教室がざわめき、セシリアへと注目が集まる。一夏も目を丸くしてセシリアを見つめている。

 

「ふむ、代表となるのは一人だけということを知らない、というわけではなさそうだな」

「はい。基本的に、不安要素はあれど、一夏さんが代表となることに反対ではありません。しかし、私を含め、彼の実力を皆さんは知る機会すらまだありません。私はこれでも代表候補生を務めておりますが、彼の場合はそのような尺度となる肩書きもありません。故に、私は彼との模擬戦を提案いたします」

「模擬戦?」

「そうです。私と彼が戦い、勝敗を問わずにその模擬戦を見て、クラス投票で決めることを提案いたします」

 

 教室のあちこちから「なるほど」「それがいい」という肯定的な声が聞こえてくる。

 

「もちろん、一夏さんと先生、そして皆さんが納得してくれるのなら、という話ですが」

「ふむ、それもいいだろう。織斑、お前はどうだ?」

「そこまでお膳立てされちゃ、嫌とは言えないな。その話、受けるぜ」

 

 セシリアの思い通りに事が進む。この方法ならどんな結果であれ、文句は出ないだろう。確かにセシリア本人も代表になったほうが多くの人と戦える機会を得ることができるわけだが、強行に我を通そうとは思っていなかった。むしろ、セシリアも一夏には興味があったため、クラスメイトもそうだが、なにより自分自身が織斑一夏という存在を見極めたかった。それゆえの提案だった。

 

「そうだな、時期を考えても、………一週間だな。一週間後に織斑とオルコットの模擬戦を行う。その翌日にもう一度クラスの意見を聞き、代表を決めることとしよう」

 

 

 

 ***

 

 

 

「思い切ったことしたね、セシィ」

「そうでもありませんわ。これが一番、納得のいくやり方ですし」

「まぁ、ボクも代表には興味あるけど、普段の仕事もあるなら不適格だしね」

 

 アイズは目のことがあるので、代表になっても迷惑をかけるだけだとしてはじめからなる気はなかった。セシリアがなれば、とりあえず代表戦の優勝は間違いないだろうが、一夏という存在は確かに強烈だ。

 セシリアは一夏に挨拶をしてくるといい、席を立つ。アイズは二人の会話に耳をすませた。

 

「突然の申し出、申し訳ありません」

「いや、むしろ助かった。俺も困ってたから、あれが一番いいやり方だと思うしな」

「一夏さんは、まだあまりISに触れておりませんのよね?」

「ああ、でもさっき千冬姉……織斑先生から聞いたんだが、どうも専用機が送られてくるらしい」

 

 なんと。

 アイズは身を起こして驚く。送られてくる、ということは、おそらくは政府が用意したということだ。確かに男性操縦者の希少性を考えればデータ取りのために専用機が送られることもわからなくはないが、IS搭乗時間もまだまだ少ない彼の専用機などどうやって用意するというのか。アイズにしても、セシリアにしても、現在の専用機の形になるまでかなりの時間データ収集に努めていた。そうして、フィッティングを繰り返して現在の機体となったのだ。

 

「専用機………ずいぶん早いですね」

 

 セシリアも驚いたように聞き返している。しかし一夏本人はよくわかっていないらしく、どこか気楽そうに話している。

 

「そうだよなぁ。まぁ、織斑先生がいうには、一刻もはやくデータが欲しいんだろうってことらしいけど」

「それは、まぁ、そうでしょうが」

 

 セシリアの言葉はどこかぎこちない。アイズと同じ懸念を抱いているのだろう。

 

「では、模擬戦には間に合うので?」

「どうもギリギリらしい。だからそれまでは訓練機で練習だな」

「なるほど……とにかく実際に触れて動かすことが一番でしょう。敵同士ではありますが、なにかしら力添えができることがあればご協力いたしますわ」

「いや、ここまで気を遣ってくれたんだ。あとは自分でなんとかしてみせるさ」

「よい心がけです。それでは、一週間後を楽しみにしております」

 

 セシリアは誰が見ても優雅と言える見事な一礼をして去っていく。残された一夏は気合を入れ、早速訓練機の使用申請へと向かうのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「怪しいね」

「ええ」

 

 もうじき深夜にもなろうかという時間、二人は昼間に聞いた専用機について意見交換をしていた。時期的にみても、相当前から開発が開始されていなければ間に合うはずもない。

 

「どっから用意したんだろうね」

「それ以前に、なぜ用意できたか、ですね」

 

 開発のためのデータ取り、搭乗者に合わせた最適化、それらの繰り返しによるバグの洗い出しと調整、そして機体そのもの……ハード面の作成とOSといったソフト面の開発。これらを考えれば、急造品であっても、相当の時間がかかる。しかも、一夏の場合はIS搭乗時間すら雀の涙ほどしかない。これではどんな機体が最適なのか、その方向性すら決めることは難しい、いや、不可能だ。

 

「機体の完成だけなら、まぁできなくもないでしょう。あらかじめ、ある程度出来上がっていた素体があれば、ですが」

「それって開発中の機体を一夏くん用に仕様変更したってこと?」

「そこまではいいませんが、期間を考えれば、パーツだけでもある程度まで揃っていればできるでしょう。特に加速、旋回、停止といった機動系のプログラムはどんな機体もある程度は共通していますし」

「確かに、そこから機体に合わせていじっていくしね。でも、そう簡単にいくかなぁ」

「人員を確保できれば可能でしょうけど………どうも作為的なものを感じますね」

 

 セシリアは熟考するように口を閉じ、物憂げな顔をする。もしアイズの目が見えていればその横顔に見惚れていることだろう。

 対するセシリアはにへら、とした間抜け顔のアイズを他所に、もしかしたら束が絡んでいるのではないか、と考えていた。束は過保護だ。一夏のために専用機を用意するように手を回すことくらいやってのけそうだ。

 

「…………………まぁ、今考えても憶測でしかありませんね。そろそろ寝ましょう。アイズ」

「ひゃっほー、セシィの抱き枕キター!」

「そんな言葉、どこで覚えてきましたの?」

「ん? のほほんさんだけど? 本名は………なんだっけ?」

 




油断も慢心もない魔改造セシリア。あれ、一夏くん勝てるの?


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Act.5 「ブルーティアーズtype-Ⅲ」

 セシリアと一夏の模擬戦当日。このために借りたアリーナでは1組の生徒が観客席で今か今かと開始を待っていた。他にもちらほらと生徒たちの姿も見える。

 アイズは入学してできた一人目の友達であるのほほんさんと一緒にお菓子を食べながらわいわいと雑談を楽しんでいた。ときどきのほほんさんにお菓子を食べさせて貰っているので、手のかかる子供みたいだ。

 

「あーちゃんはどっちが勝つと思う~?」

「んー、勝敗だけ見れば間違いなくセシィだけど……一夏くんがどれだけやれるかだねぇ」

 

 セシリアの敗北はまずありえない。一夏と比べても実力ははるかに上、経験量も段違い、そしてセシリアが駆る専用機ブルーティアーズtype-Ⅲは篠ノ之束が改修した化け物スペック機。そしてセシリア自身にも油断や慢心はない。どんな相手でも手加減はしても容赦はしない。それがセシリア・オルコットの戦い方だ。

 

「のほほんさん、実況をお願いね」

「任せて~、あ、セッシーが出てきた」

 

 目の見えないアイズが戦闘状況の説明を頼むと、ちょうどセシリアがISを纏い、アリーナへと姿を現した。

 名前の通りに、青を基調とした色合い。各部に纏う装甲は動きを阻害しないようにフィットしており、背中には巨大な三対の翼とブースター。それらの各部に装着されている、羽のような形のユニット。手に携えるは、長大な狙撃銃。

 

「お~、セッシーかっこいいね」

「セシィはいつもかっこいいよ」

 

 そして反対側のピットから白いISをまとった一夏が飛び出してくる。その動きはやはりまだぎこちない。

 

「おりむーは真っ白なISだね。装備まではまだわからないけど」

「ふーん」

 

 アイズとしてはのちのち特殊な手段で戦闘映像を見るつもりではいるが、やはり生で見られないというのは少し寂しいものだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「来ましたか」

 

 セシリアはぎこちなくやってくる一夏を見下ろす。見たところ、あの白い専用機は機動力重視のようだ。で、あれば接近戦特化か? と推測するが、過度の思い込みは害となるために様子見を続ける。

 

「またせて悪いな」

「お気になさらずに。間に合ってよかったですね」

「まぁ、ついさっき届いたんだけどな」

「……フィッティングは終わりましたの?」

「いや、やりながら行え、だそうだよ」

 

 本当に土壇場で間に合ったということらしい。そうだとしたら、ファーストシフトすら行っていないことになる。

 

「では、まずは軽く流しましょう」

「え、うわっ!?」

 

 抜打ちのように構えと同時に発射されたレーザーが一夏のすぐ脇を通り過ぎる。もともと直撃コースではなかったにしろ、一夏にしてみれば驚いた、というレベルではない。

 

「余所見している余裕はないですよ?」

「くっ!?」

 

 次々と放たれるセシリアのレーザーに一夏は必死に動いて直撃を避けていく。もっとも、それがセシリアの狙い通り。機体のフィッティングを促すためにも、少々派手に動いてもらっているだけだ。

 

「なかなか高度を取りませんね。地上にいるばかりでは回避コースをなくすだけですよ?」

「簡単に言ってくれる!」

 

 そう言いながらも一夏は機体を飛行させ、空中での縦横無尽な機動へと移っていく。これだけでも大したものだ。セシリアは顔には出さないが、一夏に賞賛を送っていた。

 

「武器は………これだけかっ!?」

 

 一夏は一本のブレードを展開する。その言葉から、おそらく搭載している武装はこのブレード一本だけのようだ。

 

「ブレードのみ……本当に近接特化機ですか」

「うおおおおおっ!!」

 

 咆哮を上げ、一夏がセシリアへと迫る。セシリアは後退、引き撃ちで一夏を牽制するも、一夏はその牽制をくぐり抜け、セシリアへと突撃する。

 

「踏み込む度胸も合格です」

「くらえっ!」

 

 ようやく間合いに入ったセシリアに近接ブレード、雪片弐型を振り下ろす。しかし、それが金属音とともに受け止められる。

 

「なに!?」

「射撃型とはいえ、近接用装備くらいありますよ?」

 

 セシリアの手には近接ショートブレード「インターセプター」が握られていた。それを軽くひねるようにして受け止めた一夏の攻撃をいなし、再び距離を取る。

 

「ではテンポを上げましょう」

 

 手に持った狙撃銃「スターライトMkⅣ」を構え、先ほどより威力を抑え、連射性能を高めて一夏へと放つ。射撃のテンポが早まり、一夏の回避をかすめるようになる。

 

「くそっ!」

「さぁ、気合を入れて避けないと終わってしまいますよ?」

「あんたいじめるの好きだろ!?」

 

 そんな会話を聞いていた観客席では、……。

 

「そうなの? あーちゃん」

「セシィはたしかにいじめっ子かも。気に入る人ほどいじめたくなるタイプ」

「うわぁ」

 

 ハイパーセンサーでその会話を耳にしたセシリアはあとでアイズにお仕置きをしようと思いながら、一夏への攻撃をさらに激化させていく。

 

「そろそろ当てていきますよ?」

 

 セシリアは牽制を止め、本気で狙いをつける。動き回る一夏の行動を予測し、わずかに先の未来を読むように一発。

 

「なに!?」

 

 一夏にしてみれば回避した先にレーザーが待っていた、としかいいようのない直撃だった。威力を落としているので大したダメージはないが、明らかに余裕をもって当てられたことに動揺が生まれる。さきほどまでなんとか避けられている、という認識は間違っていたとわかってしまったのだ。

 

「スターライトMkⅣ、モードチェンジ」

 

 セシリアの言葉とともに、手にしたスターライトMkⅣの銃身が伸び、一部外装が展開される。そしてセシリアの頭部がバイザーで覆われる。ハイパーセンサーがあるISに視覚情報を補佐するバイザーの必要性は高くない。しかし、それでもセシリアにとってそれは狙い撃つための儀式であった。精神統一をするように、意識がただ一点、織斑一夏へと集中する。バイザー越しに見える一夏に狙いを定める。

 対空したままその場に止まり、ブースターは耐ショックへと備える。

 

「Right on target」

 

 銃身にエネルギーが集中する。IS兵器のトリガーは引く必要はない、撃つと思えば、それで済む。しかし、セシリアは狙撃するときはあえて指先による射撃にこだわった。

 

「Trigger」

 

 極光が走る。一夏が反応したとき、それは既に回避不可能であった。

 

「ぐうう!?」

 

 一夏が爆炎に包まれる。完璧な狙撃が一夏を撃ち抜いた。

 狙撃したスターライトMkⅣは展開した外装から排熱を行い、白い蒸気を排出する。強制冷却が終了し、再び発射形態へ。

 セシリアは冷静に爆炎を見据える。先ほどの狙撃はセシリアの中でも十指に入るほどの会心だった。にもかかわらず、仕留めたという確信が得られない。もっとも、直撃してもシールドエネルギーがゼロにならないよう威力は抑えたのだが、それにしてはおかしい。

 

「………いいタイミングでしたね、一夏さん」

「……ああ、待たせたな」

 

 爆炎の中から現れたのは纏うIS装甲が変化した一夏だった。無事にファーストシフトを終えたようだ。

 

「ファーストシフトにより、ダメージも回復、ですか。ではそろそろ始めましょう」

「……本当に準備運動なんだな。でも、ここからはさっきのようにはいかないぜ!」

 

 仕切り直しとばかりにブレードを構え、突撃する一夏に対し、セシリアは微笑み、そして迎え撃つ。

 

「セシリア・オルコット。ブルーティアーズtype-Ⅲ、参ります」

「織斑一夏、白式、行くぜっ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「思い通りに動くっ! これなら!」

 

 先ほどよりも鋭い動きでセシリアに迫る一夏の駆る白式に、それでもセシリアは揺るがない。

 

「コール、ミーティア」

 

 スターライトMkⅣが粒子変換され、代わりに両手に二丁のハンドガンが現れる。エネルギーを圧縮させて放つ、速射性に優れた近接用の銃である。それらがまるでマシンガンのように次々と弾丸を吐き出していく。被弾してダメージを受けながらも、一夏は接近してブレードを横薙ぎに振るう。今度はハンドガンを両手に持ったままだ。先ほどのようにインターセプターでの防御をするには間に合わない。今度こそもらった、と思ったとき、その確信はまたしても裏切られた。

 セシリアがバック転でもするように背面へと倒れ、その結果、薙いだ一閃はセシリアの上を素通りする。そのまま一回転しながらも、セシリアは両手のハンドガンから一夏に向け銃弾を放つ。至近距離で回避できない一夏はブレードを盾にしながら慌てて距離を取る。

 

「くそっ!?」

「まだまだですね」

 

 どんな距離でも戦えるガンナー。それがセシリア・オルコットだ。たとえ接近してもその技量で攻撃を捌き、あまつさえ反撃までしてしまう。とはいえ、スナイパー相手に遠距離戦を挑むことはナンセンスだ。だから一夏も不利を知りつつも接近戦を挑むしかない。

 

「もっとも、もうそうそう距離を詰めさせはしませんが」

 

 セシリアは背中のユニットから四機の独立誘導兵器ブルーティアーズをパージ、一夏を包囲しようと高速で展開していく。

 

「これは!?」

「ビット、といえばわかりますか? 行きなさい、私の可愛い僕たち」

 

 ビットからレーザーが次々に発射される。全方位のオールレンジ攻撃。ブルーティアーズの代名詞である特殊兵装。素人同然の一夏では動きを見切るなど不可能、ただただ動き回って的にならないようにするだけだ。

 しかし、そうはさせないのがセシリアだ。

 一機は愚直に一夏の機動をトレースするように追い詰め、一機は上空から一夏の進む前方へとレーザーを打ち込み、一機は常に一夏の視界で動くことで牽制をし、最後の一機は一夏の逃げ道を塞ぐように妨害を仕掛けている。

 さらに一夏は見た。セシリアが先ほどと同様に狙撃体勢を取り、こちらに狙いを定めている姿を――。

 

「くそっ! 近づけねぇ!」

 

 バイザーで隠れたセシリアの目が、こちらに向いているとわかる。まるで見透かされているかのような視線に、一夏はどうすることもできずにただただ動き回るしかない。

 

「ん、そういえばあいつ……」

 

 ビットを展開してからまったく動かないセシリアに、一夏はひとつの仮説を立てる。もしや、このビットを操るときは、セシリアはまともに動けないのではないか、と。

 素人でもこのビットを操ることがどれだけレベルが高いことなのかはわかる。ISとはいえ、操縦は当然、操縦者の力量次第。いくつもの使役を同時に操り、自身も戦闘することは、さながら両手で同時に何個もの違う文章を書き列ねるに等しい、とどこかで読んだ漫画に書いてあったことを思い出す。

 

「そうか、だから動かずに狙撃を……!」

 

 光明が見えた、とばかりに一夏に戦意が戻る。もしそうなら、セシリアは回避ができない。このビットをくぐり抜け、セシリアの狙撃さえしのげば、あとは無防備の本体に一撃入れられる。

 一夏はさきほどから使う機を見いだせなかった武器………この唯一の武装である雪片弐型の能力、零落白夜の発動を決意する。白式からもたらされた情報通りなら、対象のエネルギーを無効化させるこれさえ決まればシールドエネルギーに直接大打撃を与えられる。どうせ何度もチャンスはない、ならば一撃にすべてを賭ける。

 

「うおおおおおおお!!」

「覚悟を決めましたか、よい目です」

 

 一夏はダメージを受けながらもビット一機を破壊する。これにより道が拓ける。弾幕を掻い潜るだけでダメージが増え、さらに零落白夜は一撃必殺の威力ではあるが、同時に自身のエネルギーも消費するという諸刃の剣。これで決めなければ敗北は必至だ。

 

「ここだぁああー!!」

 

 渾身の力を込め、一夏が零落白夜を叩きつける。セシリアは動かない。

 

「見事です。ここまでやるとは、想像以上でした。だから、私はあなたにこの言葉を贈りましょう」

 

 そして次の瞬間。

 

「上を、知りなさい」

 

 一夏が認識する間もなく、白式の装甲が幾重ものレーザーに撃ち貫かれた。

 

「がっ!? なっ……!?」

 

 零落白夜の刃が解除される。エネルギーエンプティ。目の前にはうっすらと微笑むセシリア。そして、いつのまにか、目の前に向けられているスターライトMkⅣの銃口。そして周囲を囲むビット。いったいいつ撃たれたのか、それすらもわからない早撃ちだった。

 

 ただひとつわかることは……。

 

「負けた、のか……」

「ええ、今回は私の勝利です」

 

 勝者、セシリア・オルコット。

 

 この先、一夏の目標となって君臨し続ける、もっとも遠い強敵とのはじまりの戦いであった。




初回の投稿はとりあえずここまで。また少しづつ投稿していきます。


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Act.6 「対の雫」

 セシリアと一夏の模擬戦はセシリアの勝利で終わったが、結果としてクラス代表となったのは一夏であった。理由は当初の予定の投票ではなく、セシリアが辞退したためである。

 その理由としてセシリアは、「一夏さんの才覚は十分です。彼ならクラス代表を立派に務めてくれるでしょう。私はサポートに回りたいと思います。ああ、ちゃんと一夏さんのスキルアップには“全面的に”協力いたします。そうですね、代表戦までに、今の3倍は強くしますので」という言葉を素晴らしい笑顔と共に言っていた。

 そして、その後は宣言通り、一夏にスパルタ式の訓練を受けさせた。アイズ曰く、「よほど気に入ったんだね、じゃなきゃ面倒なんてみないよ」らしい。

 それは純粋に一夏の才能と、努力を評価してのことだ。セシリアは根性論をバカにしない。どんな才覚があろうと、努力しない人間を嫌う傾向が強いが、反面、ひたむきに努力できる人間は好ましいと思っている。それだけ人に求めるところが高いということでもあるが、一夏はそんなセシリアの期待に応えられたのだ。

 邪な理由ではなく、純粋に自身を評価してくれたことに一夏もそれ以上に真摯に訓練を受け続けた。アイズとセシリアの見立てでは、半年もすればもしかしたら準国家代表クラスに食い込めるかもしれない、という破格の評価をしていた。そのような経緯で鍛えることにしたセシリアは今日も笑顔でライフルを発射する。

 

「さぁ、動かないとまた蜂の巣にしますよ?」

「そう何度もされてたまるかよ!」

 

 セシリアとの訓練で文字通り蜂の巣にされたことなど、もはや数えることも放棄している。模擬戦は本当に手加減していたとわかるほど、セシリアの技量は凄まじいものであった。

 

「では今日からは6機に増やしましょう」

「6機!? ビットって4機じゃなかったのか!?」

「誰もそんなこと言ってませんが?」

「………まさか、まだ増えたりは」

「安心してください。慣れてくれば、10機まで増やせますよ?」

「10機もビットあるのかよ!?」

「ふふ、いったいあと何日ですべて使わせてくれるでしょうか?」

「すごい期待のかけかただな!? ぐおっ!?」

「回避中にそんなリアクションするからですわ。一夏さんはコメディアン志望ですか?」

 

 そんな会話をしながらも一夏は模擬戦よりも遥かに怖いビットを避け続ける。セシリアはそんな逃げ回る一夏を楽しそうに見ながら時折スターライトMkⅣで狙い撃ちする。

 

「ホントにセシィっていじめるの好きだなぁ」

「そうだねぇ~。あーちゃん、はい、あーん」

「あーん」

 

 アイズは観客席で仲良くなったのほほんさんとまったりと見学していた。アイズの場合は“聞学”というべきだが、音や気配でだいたいの状況はわかるアイズはのほほんさんからポテトチップスを食べさせてもらいながら訓練の様子を伺っていた。

 セシリアは気に入った相手ほど、鍛えようとするところがある。それはISでも事業でも同じで、見込みがある人物を見つけるとあえて壁となり、成長するように試練を与えようとする。まさに愛の鞭である。

 

「さて、それじゃあボクもちょっと参加しようかな」

「あーちゃんも?」

「だってセシィ、一夏くんばっかに構ってるんだもん。妬けちゃうなぁ」

 

 アイズはそう笑って、立ち上がる。その耳には、セシリアと色違いのお揃いのイヤーカフスがあった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて、次は…………あらあら」

 

 一夏を鍛えることに楽しんでいたセシリアは背後に感じる気配に苦笑しながら振り返る。

 

「妬けてしまいましたか、アイズ?」

 

 そこにいたのはセシリアのブリーティアーズと同型機、違いはその配色。セシリアのティアーズが海のような青なら、このティアーズは炎のような真紅だ。シャープな形状であり、セシリアと同じく各部には特殊武装らしきユニットが装備されている。そしてその目は、バイザーで覆われ、アイズの口元だけが薄く笑っていた。

 

「そうだよセシィ、今度はボクに構ってよ」

「毎日毎晩可愛がっているじゃありませんか。あ、一夏さん、別に百合ではありませんから誤解なきよう」

「百合ってなに? 日本の慣用句か隠語?」

「アイズは知らなくていいんです。そのままでいいんですよ」

 

 セシリアは微笑ましいものを見るように、暖かい視線でアイズを見ている。アイズはそんなセシリアに首をかしげながらもつられて笑っている。

 恋人よりも仲が良い二人に一夏はどんな顔をしていいかわからないように視線を迷わせている。そんな一夏とアイズを見比べたセシリアは、名案だとばかりに手を叩く。

 

「そうですわ。アイズには一夏さんと戦っていただきましょう」

「ほえ?」

「え?」

「アイズは近接特化ですし、同じ近接型のほうが学ぶことも多いでしょう」

 

 うんうん、と頷きながらセシリアは下がって観戦の構えを取る。残された二人はしばし呆気にとられていたが、やがて真正面から向き合い、構える。

 

「まぁ、一夏くんとはやってみたかったし、いいよ。どこまでやれるか、実際知りたかったし」

「ああ、こちらも異議はない。でも、アイズってどれくらい強いんだ?」

「んー? セシィと同じくらいと思ってくれていいよ。まぁ、セシィは射撃特化、ボクは近接特化だけど」

 

 そう言うアイズの表情は変わらず目を覆うバイザーでよくわからなかったが、口元が笑っていることから見ても楽しそうだ、と一夏は思った。

 

「なぁ、こんなこというのは失礼かとは思うんだが………」

「ボクの目のこと?」

「ああ……見えなくて大丈夫なのか?」

 

 アイズは盲目。それは一夏も知っている。初日にはっきり言っていたからそれも当然だ。だからこそ、ISの操縦ができるのかという疑問を持つのも当然だった。

 

「心配しないでいいよ。ハイパーセンサーってすごいよね」

「ああ、……?」

 

 ハイパーセンサー。ISに備わる標準装備にして、高い恩恵を受けることのできる機能だ。レーダーと感覚を一体化するかのような、広大な視野と鋭敏な感覚を持つことができるが、それははたして盲目の視力を補えるものだっただろうか。一夏は、なんとなくだが、アイズが答えをはぐらかしているように感じた。

 

「さ、おしゃべりはここまで。いくよ、ルーキーくん」

「そうだな、セシリアと互角、か。……思い切りやらせてもらうぜ!」

 

 一夏は自身の唯一の武装、雪片弐型を構え、油断なくアイズを見据えている。アイズはそんな一夏を本当に見えているかのようにクスリと笑うと、両手にブレードを展開する。

 

 アイズの機体「レッドティアーズtype-Ⅲ」はセシリアの「ブルーティアーズtype-Ⅲ」と同タイプでありながら、近接に特化させた機体。色の違いこそあるが、シャープなデザインのそれはたしかに似ており、一夏も背中のユニットはビット兵器かと警戒している。

 しかし、そんなことはお構いなしにアイズは手にしたブレード……「ハイペリオン」と「イアペトス」を構える。右手の「ハイペリオン」は無骨でありながらシャープな剣で、まるで一つの岩から削り取ったかのように継ぎ目のない、それ自体で完成されているような大剣だ。そして左手の「イアペトス」は小太刀を思わせるような取り回しを重視したような剣で、それを逆手に構えている。

 まるで対極のような二本のブレードに、一夏も緊張を強めている。

 

「じゃ、いくよ?」

 

 そんな、まるで散歩にいこうと言うような気軽さで言ったアイズは、……。

 

「え?」

 

 次の瞬間には、一夏の真横にいた。

 

「なっ!?」

 

 遠心力で振り回すように巨大なブレードが横薙ぎに振るわれる。回避は無理と判断し、咄嗟に雪片弐型を盾にする。

 ガゴォン!という接触音とともに、吹き飛ばされる一夏。なんとか体勢を整えたときには、すでにアイズは振りかぶって一夏の真上にいた。またも咄嗟に反応できた一夏は、瞬時加速を無意識で使用、その場を離脱した。

 

「おおっ、瞬時加速! 一夏くん、やるぅ!」

「ぐっ、全然動きが見えない……! ほんとにセシリアと同型機なのか!?」

 

 自分が火事場のバカ力とはいえ、イグニッションブーストでの反射回避を行ったとことなどわからないまでも、観戦していたセシリアからすればその一夏の成長速度は異常とすら思えた。どうやら一夏は窮地に陥るとその力を発揮する主人公のようなタイプらしい。セシリアは今後はもっと一夏を追い詰めようと思い、楽しげに訓練メニューを考えていた。

 

「ボクは速いわけじゃないよ。二回目は普通のブースト使った追撃だし。あ、いや、まぁ、やっぱ速いかも。でも、ボクの得意技はそういうのじゃない」

「なに?」

「別にバレても問題ないから言うけど、ボクは隙を突くのが得意なだけ」

「隙? でも今は……」

「したでしょ? …………まばたき」

「っ!?」

 

 まばたき。それは人である以上、必ず行う行為だ。目の乾きは悪影響を及ぼすため、それは必然的な行為だ。しかし、瞬く間に、という慣用表現があるように、その時間はまさに一瞬といえる。

 おおよそではあるが、人間の瞬きの時間は一回につき0.2秒前後。それほどのわずかな時間に、一夏のハイパーセンサーで強化された視界から消え失せたというのか。

 

「まぁ、他にも種はあるけど……それより続きを楽しもう、よっ!」

「ちぃっ!」

 

 そして再び一夏に向かいブレードを振るうアイズ。それは、まるで買ってもらったおもちゃを振り回す子供みたいな無邪気さで、間違いなくIS操縦者のトップクラスともいえる剣戟を放つ。そのギャップが、一夏には悪夢のように思えた。

 

「セッシー、セッシー。あれって逆放物瞬時加速でしょ?」

「おや、わかりましたか?」

「まぁ、遠目で見てたからね。それでもあんな速いのは初めて見たけど」

 

 名前通りにのほほんとしているが、意外と鋭い人だ、とセシリアは内心でのほほんさんの実力を上向修正した。

 一瞬で一夏の間合いに飛び込んだ先ほどのアクション。アイズが行ったタイミングは本人が言ったとおり。一夏がまばたきした瞬間だ。そしてもうひとつの種というのが、その機動だ。

 沈んで、浮かぶ。逆放物線を描くように、それを瞬時加速を用いて行った。それだけだ。しかし、通常、直線加速で使う瞬時加速を、“曲線軌道で行う”ことがどれだけ常識はずれなのか、それは素人よりベテランのほうが理解できるだろう。寸分の狂いもなく、ブースト出力と方向を調整できなければ、すぐに壁や地面に激突してもおかしくない。ベクトルをブースト中に滑らかに変化させていかなくてはならないため、等速角度変化、そして遠心力等、慣性も計算にいれた調整が必要となるため、機動自体は一瞬でも、その一瞬で間違いが許されない微細調整が必須となる技術。

 そして、これは高等技術ながら、確立されている機動でもある。しかし、それは上方への機動であって、下方への機動は難易度が跳ね上がるため変則とされている。

 しかし、その分効果は絶大だ。なぜなら、人は横の動きには強いが、縦の動きに弱い。これはハイパーセンサーの恩恵を受けても、人間はそういう風にできているからだ。そして、ISという空中からの機動ができるものと違い、普段人間は地に足をつけているため、下方へ動くという予測はしにくい。

 高等移動技術、視野の欠点、無意識下の制限。これらすべてを利用したのが、アイズの「消える機動」の種だ。

 

 もっとも、セシリアのようにトップレベルクラスとなるとこんなものはせいぜい牽制の一手にしかなりえないものだが、一夏のように経験の浅い操縦者なら初見殺しといえる技術ではある。

 

 

「少し加減したとはいえ、反応するとは素晴らしいです、一夏さん。これは是非もっともっと鍛えてあげなくてはいけませんね、くすくす……」

「なんだかんだいって、二人揃っていじめっ子だよね~」

 

 

 のほほんさんのコメントが一番的確であった。彼女が再びアリーナへと視線を向けたとき、ちょうど一夏の白式が吹き飛ばされていた。

 

「……ぶっちゃけさ、あーちゃんって本気ならどれくらいの強さなの?」

「私との戦績はほぼ互角……そして私は欧州最強であると自負しております。これでいいですか?」

「わーお………でもさ、それじゃもう代表になってもいいよね? なんで候補生止まりなの?」

「そこはいろいろと事情があるんです。それに代表になると余計な義務まであるので面倒なんですよ」

「そういうもの?」

「私にとっては、ですね」

「じゃあなんでわざわざIS学園に?」

「アイズと青春を謳歌してみたかったんですよ」

 

 冗談なのか本気なのか、それ以上はなにも言わず、セシリアは誰もが見惚れるような笑みを浮かべるのみだった。




一夏の強化もはじまります。原作主人公も魔改造とまではいかなくともかなりのレベルアップをはたす予定です。


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Act.7 「見えども見えず」

 

 アイズ・ファミリアの一日は朝、セシリアに抱きしめられることから始まる。

 視力はほとんどないが、光の明暗はかろうじてわかるアイズは日光をわずかに感じながら手探りでセシリアを探す。そしてセシリアの胸に顔を埋め、そうしているとセシリアも起きて同じように抱擁をする。それが朝のおはようのあいさつである。

 知らない人間からみればその手の方向にしか見えないものも、この二人にとっては幼いころからの習慣である。目の見えないアイズにとって、こうした直接的なスキンシップは重要な意味を持つ。この学園に入学してから、このように熱い抱擁をスキンシップとしてしてくれる人物はセシリアを除けばのほほんさんだけである。

 

 その後、セシリアと一緒にシャワーを浴び、着替えをして朝食のために食堂へと向かう。セシリアに手を引かれ、目に隠布を巻いたアイズの姿はすでに寮内ではよく見られる光景である。知り合った人物からはおはようと声をかけられ、二人も同様に返していく。

 そしてよくつるむようになったのほほんさんを交え、簡単に朝食を済ませると早々に授業の支度をして教室へと向かう。

 

「おはよう一夏くん」

「おはようございます、一夏さん」

「おう、おはよ。……アイズはよく俺がいるってわかるな」

 

 アイズの盲目に関することを言うことは一夏も当初は憚られていたが、アイズ本人が気にしていないこと、またそれゆえに得たものもある、という発言を受け、純粋な疑問は口にすることにしている。アイズも気にした素振りも見せずにそれに笑って答える。

 

「もう一夏くんの気配は覚えたからね」

「気配?」

「ん、まぁ、その人の雰囲気とか、匂いとか、音とか、そんなの」

 

 その人の歩く音、発している気配や匂い。そうした視覚以外の感覚はアイズは常人よりも遥かに鋭敏だ。加えて洞察力も高いため、初見の人間や場所には一人ではなにもできないが、慣れれば常人以上の識別ができる。

 

「セシィの匂いならたとえこの学園のどこに隠れても追えるよ!」

「失礼とは思うが………犬みたいだな」

 

 アイズの横で頭を抱えるセシリアに少し同情する一夏であった。

 

 

 ***

 

 

「あの人は関係ないッ!!」

 

 それは授業中に発せられた怒号だった。アイズもセシリアもその人物に意識を向ける。長いポニーテールに、どこか硬い雰囲気を持っていた少女……二人にとって恩人である篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒は、そう言い切り、自身への追求を切って捨てた。

 きっかけは些細なもので、篠ノ之、という珍しい姓名からISの生みの親、篠ノ之束との関係を問われた箒が言った言葉だ。

 その言葉を聞き、セシリアは少し眉をひそめてしまう。

 その様子から察するに、姉と妹の仲がよくないことは全員が察しただろうが、セシリアには、それが一方通行であることがわかるだけにもどかしい思いだった。

 束と直に話していたセシリアには、束がどれだけ妹の箒を心配していたか知っている。自身の発明のせいで辛い立場に追いやってしまったことは、束にとっては自殺するくらいの愚行だった。今でも束はずっと後悔し続けている。

 しかし、それを伝える術はセシリアにはないし、言ったところで虚言ととられてしまうだろう。それに、箒の逆恨みと責めることも間違いだ。事実、束の行いが箒を追い詰めたことは変わらないのだから。それが、第三者によって歪められた結果だったとしても。

 

 

 

「関係なくないよ」

 

 

 

 そのとき、一人の声が静まり返った教室に響いた。声を発したのは、アイズだった。

 

「妹を心配しないお姉さんなんていない。だから、関係ないなんて言ったら可哀想だよ」

「………なにがわかるというんだ」

 

 気が立っているのだろう、箒が睨みながら反論してきた。アイズは目隠しされたまま、まるで視線を合わせるように正確に箒のほうへ向き直る。

 

「だって、ボクは………」

「アイズ、そこまでです」

 

 束を知っているから、束の気持ちを知っているから。そう続けようとしたアイズをセシリアが止める。自分たちと束の関係はまだ知られるわけにはいかない。アイズの気持ちもわかるが、それは許容できない。

 

「セシィ」

「アイズ、引きなさい」

「……………」

「アイズ」

 

 もう一度、今度は語気を強めて言う。

 セシリアの言葉に渋々ながらその場を引く。セシリアはアイズの代わりに「お騒がせして申し訳ありません」と謝罪する。

 

「篠ノ之さんもすみません、この子はちょっとワケありですので、過敏に反応してしまうのです。ご容赦願います」

「……いや、いい。私も悪かった」

 

 箒もバツが悪くなったように謝罪して席に着く。一応の決着を見せ、授業が再開されるも、箒の表情は優れない。それにアイズもなにやら落ち込んでいるようで、セシリアに頭を撫でられて慰められている。

 箒には、アイズがあそこまで言う理由がわからない。アイズ・ファミリアという人間を知らないのだから当然だが、少なくとも今まで箒にあのように言った人物はいなかった。

 ワケあり、とセシリアは言った。それがいったいどういうものなのか、箒は興味を抱いた。

 

 

 ***

 

 

「頭は冷えましたか?」

「うん、ごめん」

 

 休み時間になり、周囲に聞かれないように二人は会話していた。内容はもちろん、先ほどの発言についてだ。

 

「今、あの人と私たちの関係を知られるとまずいことになりかねません。わかっているでしょう?」

「うん……」

「なのに、なぜ?」

 

 セシリアは責めるつもりはない。ただ純粋にそう聞いた。半ば、答えが予想できるにも関わらずに。

 

「ボクは、あの人が好きだから」

「だから、たとえ勘違いでも、関係ないなんて言われることが嫌だった?」

 

 コクリと頷くアイズに、セシリアはただ黙って仕方の無い子だ、というように微笑むだけ。アイズにとって篠ノ之束という人物は恩人という言葉だけでは収まらない。束はアイズにとって姉であり、母であるような人だ。アイズは精一杯の親しみと愛情を束に向けている。

 だからこそ、悪意がない、むしろ悲しいすれ違いからの言葉だとしても、あの箒の発言を流すことができなかった。つまりは、ただそれだけのこと。

 

「ごめんね、セシィ」

「気にすることなどないですよ。そんなアイズが好きですから。そして、そんなアイズを支えるのが私の役目です」

「……ありがとう、セシィ。大好き」

「私もですよ」

 

 そしていつものようにスキンシップをはじめる二人。見慣れた光景であるため、すっかりクラスでも受け入れられている。最近は、そこにのほほんさんが「私も混ぜて~」とくっついてくるパターンが増えたことがあるが、半分名物と化している光景であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そんな感じで一夏くんはセシィに気に入られちゃって、今もアリーナでいじめられてますよ」

「そうなの………ところでアイズちゃん、ひとつ疑問があるのだけど?」

「なんですか?」

「どうして当然のようにここにいるのかしら?」

 

 ここ、とは生徒会室。そしてその質問を投げかけたのは、この部屋の主、更織楯無である。

 

「ボクは邪魔ですか、楯無センパイ?」

「そんなことはないけど、相変わらず私の度肝を抜いてくれるわね。まぁ、面白いからいいけど」

「はい、ボクも面白い楯無センパイのこと好きですよ」

「ありがとう。………なんかバカにされてる気がしなくもないけど、おそらくはそんな気はないんでしょうね」

 

 現在、生徒会室にはアイズと楯無しかいない。セシリアは一夏の特訓につきあっているし、その次に付き合いが長く、ここまで案内してくれたのほほんさんもお菓子を買いにいっている。楯無のそばには普段のほほんさんの姉妹がいるらしいが、所用で席を外しているらしい。

 ゆえに、二人は目こそ合わせられないが、面と向かい座っている。

 

「さて、あなたとおしゃべりしても楽しそうだけど、なにか用があるのでしょう?」

「センパイと雑談するのも、ボクにとっては有意義なんですけどね。……ああ、そういえば、また今度戦いませんか? センパイ、強いからボクも楽しいんです」

「それは光栄ね。……さて、あまり時間をかけると誰か戻ってくるけど?」

「仕方ないですね、…………更織家頭首、更織楯無さん、カレイドマテリアル社の名代としてお伝えすることがあります」

 

 雰囲気が真剣なものに変わり、楯無も見えない相手にも関わらず、いつものように余裕を持ったポーズを決める。そうすることで心にゆとりを持たせる楯無のスタイルだ。しかし、アイズの言葉はそんな楯無をもってしても、驚愕せざるをえないものだった。

 

「カレイドマテリアル社はISにおける男性適合方法を確立しました」

「なっ!?」

「既に、それらを現存するISへある特殊なプログラムをインストールすることで、実現することが実証されています」

「…………」

 

 楯無はその情報の真偽よりも、それが真実だった場合に危機感を覚えた。確かに、楯無とて、今の女尊男婢の風潮には嫌気がさしているし、男性適合に関して反対する個人的な理由はない。

 しかし、それは危険なのだ。女尊が主流となった現状で、その根本を覆したらどうなるか。男性の復権による過度の女性軽視に走る危険性、男性から女性への報復、各国各組織の権力争いの激化。簡単に思いつくだけでも世界レベルでシャレにならない事態になることは目に見えている。

 楯無は知らずに冷や汗を流していた。

 

「それを公表するの?」

「その気があるなら、しています。楯無センパイもわかるでしょう? そんなことを、なにも対策せずにすれば、どうなるか」

「世界は混乱するわ。それこそ、かつてIS登場のときの激動が、そのまま反動となってね」

「そのとおりです。だから、今のところ、これを公表するつもりはありません」

「なら、いずれはする、ということね?」

「はい。その理由は………」

「織斑一夏くん、でしょ」

「そのとおりです」

 

 世界初の男性適合者、織斑一夏。その存在価値は、世界を揺るがすほどのものだと本人はわかっていないが、裏事情を知る楯無やアイズから見れば、それは恐ろしいほどのものだ。

 しかし、賽は投げられたのだ。各国は表立ってはいないが、他にも男性適合者がいないか洗い出しているし、いずれは男女間の小競り合いは激しくなっていくだろう。

 

「だから、機を見て発表するつもりです。ダメージは、可能な限り少なくします」

「………なぜ、それを私に?」

「………楯無センパイは、なぜISが女性しか扱えないかご存知ですか?」

 

 質問に質問で返されることは好きではないが、その問いかけは答えと至る導きのようだと感じた楯無は自身の考えを述べていく。

 

「詳しい技術的な話はお手上げ。完全にブラックボックスになっていることだからね。でもまぁ、わかることといえば………それはソフトではなくハードの問題、ということね」

 

 操縦者をソフトとするなら、機体はハード。ソフトに問題、つまり男性であることが問題なのではなく、ハードであるIS本体、さらにいえばその心臓部たるコアに問題があるから。

 

「そもそも、男だから、女だからという理由で制限されるものなんてないわ。それが人為的にそうなるように作られていれば別だけど」

「そのとおりです。本来、ISに操縦者を選別するような制限はありませんでした」

「誰かが、意図的にそうプログラムしたってことね」

「そうです。あとは話は簡単です。そのプログラムを解除すればそれで済みます」

 

 楯無はふう、と息を吐く。いつかは表面化するだろう問題とは思っていたが、実際にそんなときがくると嫌な疲労が溜まっていくように思える。きっと懸念することが多いためであろう。

 

「ここからが問題なんです。今、男性への適合が発表されたら困る人たちがいるんです」

「……たしかにそんな人は多いでしょう。でも、その言い方は誰かは特定しているようね」

「ボクたちも実態はつかめていません。ですから、お願いしたいんです」

「なるほど」

 

 楯無は腕を組み、なにかを考えるように目を瞑る。

 

「………敵対勢力がいるのね? それも、武力を伴った。あなたたちは、そこと敵対している、と」

「………」

 

 その楯無の問に、アイズは微笑んで返す。察しのよさに嬉しがっているようだ。

 

「この場で、あなたの話すべてを鵜呑みにはできないわ」

「はい。ですので、これで今日は失礼します。また、後日伺います」

「……あら、もう帰るの?」

「昼間、ちょっとやらかしまして、セシィからも言うことは気をつけろ、と言われてるんです。楯無センパイにはついつい言いたくなるから、その前に退散することにします。…………それじゃあよろしくお願いします、ね?」

 

 アイズは立ち上がり、ぺこりと一礼してから扉へと向かう。ぶつからないかと心配した楯無だが、扉の前で止まり、手探りで扉を開けて出て行った。一度行ったことのある場所なら見えなくてもわかる、というのは本当のようだ、と素直に感心しながら楯無はもう一度深く息を吐いた。

 

「したたかね、あの子も。これじゃあ私が裏を取らないわけにはいかないわね」

 

 それも狙いのひとつなのだろう。

 まだ隠している情報はありそうだが、楯無が動くには十分な情報を置いていった。更織の力を遣って、敵対しているらしい組織の情報を間接的に得ようというのだろう。こちらが話すとは限らないにしても、その組織に対する牽制にはなる。あわよくば情報が得られ、得られなくとも意味はある。損をしない一手だ。考えたのはおそらく別の人間だろうが、それでもメッセンジャーにするくらいだ。アイズも中核を担う存在なのだろう。

 

 カレイドマテリアル社。この企業の情報は更織の力をもってしてもなかなか得ることができない。それほど民間企業としては情報管理と統制が突出して高い。

 そんな企業を怪しむ者、警戒する者は多いが、たしかにそれだけのものを秘めた組織のようだ。いったいバックに誰がついているのか……それはまだ確証がない想像だが、楯無の勘はすでにひとつの答えを出している。

 

 異常なまでの秘密主義、解析不能とされたISコアに男性を適合させる技術力、そしてセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアという規格外の操縦者を擁し、さらに次世代機以上とすら言われるティアーズ二機の開発。

 それらすべてを行うには不可欠であろう人物。それは………。

 

「おそらく、いるわね………ISの生みの親、篠ノ之束が」

 

 そして、それすらも推測に過ぎない程度にしか悟らせない。こちらを動かす餌としては十分。さきほどの会話も、すべて予定通りなのだろう。

 

「私を使おうなんて、大した子だね、本当に……」

 

 でも、いいだろう。メリットはお互いにある。利用され、利用してやろう。楯無はそう割り切ることにした。

 

「本当に底が見えない子だね。これから、忙しくなりそうだわ」

 

 それでも、どこか楽しい。そう感じることはおかしいのだろうか。楯無はそう思い、自嘲するようにくすりと笑った。




主人公の恐ろしいところは戦闘能力よりもチートな人物を味方に引き入れることこそが脅威。
というか、束さんと楯無会長が味方になったら大抵なんとかなりそう。


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Act.8 「虎、大陸より来たる」

 学園に入学してからようやく慣れ始め、クラス代表戦も近づいてクラスの雰囲気も明るい。みんなが思い思いに学園生活を満喫しているようだ。

 アイズとセシリアは常に一緒で、そこに一夏やのほほんさん、それに箒といった面々がよく連むようになっていた。箒はまだ少々ぎこちないが、時折アイズに視線を向けることが多いため、興味を持っているようだ。

 そして、一夏はセシリアとアイズのイジメ、もとい訓練のおかげでIS操縦に関してはかなりの成長を見せていた。遠距離戦を得意とするセシリアと近距離戦特化のアイズ。この二人が仮想敵としているため、一夏の経験値は短期間に跳ね上がる結果となっている。少なくとも、クラスでも余裕で五指に入る、もしかしたら学年でも上位に入るだろうというくらいに実力を上げていた。

 

「代表戦の目標は優勝ですね、それ以外は認めません」

「お~、一夏くん、優勝できなかったらきっとセシィに蜂の巣にされちゃうよ?」

「いや、毎日されてるけど……ついでに微塵切りにもされてるけどな」

 

 そのおかげで実力が伸ばせたのだから文句は言わないが、一夏としてもちょっと複雑だ。見た目麗しいセシリアはその笑顔のまま銃口を向け、躊躇いなく撃ってくるし、目を隠していても小さく可愛らしいアイズが無邪気に笑いながら剣を振り上げてくる姿は時折夢に見るほどだ。

 

「そういえば……」

「どうしたの、セシィ」

「さきほど噂話を聞いたのですが……二組に転校生が来るそうですわ」

「転校生? ……ああ、そういえば食堂でそんなこと話してる人いたね」

 

 とはいえ、まだ四月。学園生活が始まってまだ一月ほどだ。そんな時期に転校生とは。ある程度の情報はセシリアとアイズは教えられているのだが、まったく情報がないことから急遽決定したのだろう。カレイドマテリアル社には緊急時を除き、定期連絡しかしていないため、もしかしたら次の連絡でそのあたりの情報がくるのかもしれない。

 その話に興味を引かれたのか、次第にクラスメートたちもあつまってくる。

 

「あ、私も聞いたよ。たしか中国からだって」

「たしかに興味あるけど、今はやっぱりクラス代表戦よ! なんといっても優勝クラスはデザート半年食べ放題だからね!」

「クラス一丸となって織斑くんを応援するからね!」

「お、おう。ありがとう……」

 

 デザートにそこまで目の色を変えなくてもいいのに、とは一夏は言えない。彼女たちの目はそれくらいマジだった。

 

「でも専用機持ってるのってうちと四組の代表だけだからね、それ以外は楽勝だよ!」

 

 

 

 

 

「その情報、古いよ」

 

 

 

 

 

 声が響いた。やや威圧感を伴ったその声に、全員が振り返る。ただひとり、アイズだけは声がかけられる前に振り向いていたが。

 

「二組も専用機持ちが代表になったからね。そう簡単にはいかないってわけよ」

 

 身長は低く、アイズと同じくらい。茶色めの長い髪をツーテールにまとめており、制服は改造しているのか、スカートの丈は短く肩の部分が露出している。

 小さくも獰猛な肉食獣のようなぎらついた目をしたその少女は、ビシッと一夏に指を突きたる。

 

「中国代表候補生、凰鈴音。二組のクラス代表として一組代表に宣戦布告に来たわ」

 

 そしてにやり、と犬歯を覗かせながら笑う。まるで虎を思わせる獰猛な笑みだった。

 

「鈴……おまえ鈴か!」

「そうよ、久しぶりね、一夏。それに………あなたにも会いたかったわ、セシリア」

「あなたでしたか、鈴さん。縁がありますね」

 

 その少女、鈴は一夏とセシリアに向かって、花のような笑顔を見せた。と、同時にアイズがその鈴の背後に意識を向け、その瞬間鈴も同様になにかを察知して振り向きざまに両手を振り上げた。

 

「は!」

 

 バシン!

 

 鈴の頭ギリギリでまるで白羽取りのように振り下ろされた出席簿を止めた鈴。それを見てパチパチと拍手を送るセシリアと、音でそれを察したアイズも手を叩く。

 そして出席簿を振り下ろした張本人、織斑千冬は頬をヒクつかせながら鈴を見下ろしている。

 

「あ、千冬ちゃんだ」

「ここでは先生と呼べ。お前はさっさとクラスに戻れ。もうHRの時間だぞ」

「は~い。それじゃ、またあとでね、一夏、セシリア」

 

 あの織斑千冬相手に千冬ちゃんと呼ぶ蛮行にクラスの面々が驚く中、一夏は相変わらずだと旧友の後ろ姿を見送った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それにしても久しぶりだなぁ、おまえが転校生とは驚いたぜ」

「こっちのセリフよ。あんたが男性適合者だーってニュースみたときはラーメン吹いたわよ」

 

 昼休みの時間となると同時にやってきた鈴に誘われ、食堂で再会を喜びながら食事を取る。一夏と鈴は中学時代のクラスメートであるそうで、アイズは興味深そうに話を聞いていた。そしてアイズも知らなかったが、セシリアとも親交があったという。

 

「半年ちょっとくらい前でしょうか。一度交流試合のようなものをしたことがあるんですよ」

「そうなんだ?」

「アイズは本社で留守番でしたからね、知らなくても無理はないでしょう」

「あ、思い出した。セシィが言ってたなかなか強い人に会えたって鈴ちゃんのことなんだ」

 

 一週間ほどセシリアが代表候補生としての仕事で他国に遠征に行ったときがあり、帰ってきたセシリアが楽しそうに言っていたことを思い出す。人材マニアというべき癖があるセシリアに見込まれる人物だからよほどすごいんだと思ったものだった。しかし、一週間もセシリアと会えないことに禁断症状が出てしまい、束に甘えまくっていたアイズは半ば聞き流す程度だったので今の今まで忘れていた。

 

 それがこの目の前にいる、見た目猫科の小動物、雰囲気は肉食獣、野生味溢れる少女、凰鈴音。アイズは見えずとも、その声や雰囲気からなぜか小さな虎のイメージを浮かべていた。

 

「俺は鈴とセシリアが知り合いってほうが驚いたけどな」

「まぁ、あれよ。国の決めた交流戦っていうの? 候補生はたまーにそんなこともしてるのよ」

「で、結果はどうだったんだ?」

 

 一夏がそう言うと鈴は悔しそうに顔を歪めてセシリアをジト目で睨む。それだけでもう結果はわかる。

 

「あたしの負けよ、負け。完敗よ」

「あら、それは謙遜ですか? 私も半分以上の武装を潰されたのに」

「結局ほとんど本体に当てられなかったんだから完敗以外なにものでもないわ。でも、あのときとは違うわよ、セシリア。あたしはこの半年、あんたに勝つことだけを目標にしてきたんだから」

「そのような評価をしていただき、感謝の念が絶えませんわ」

 

 野生味溢れる威嚇をする鈴と、それを優雅に受け流すセシリア。二人の間に火花が散るようだが、同時にそれはよきライバルといった感じで、居心地の悪さはない。

 

「それに一夏、あんたにも負けないわよ。まさかセシリアじゃなくてあんたが代表ってのは驚いたけど、あたしもISに乗ったばかりの素人に負けるつもりはないわ」

「へっ、上等だよ。俺だってむざむざやられはしねぇよ」

「ま、セシリアが鍛えてんなら楽しめそうじゃない。………で、あんたがアイズね?」

 

 と、そこであえて口を挟まずに空気に徹していたアイズが顔をあげる。目隠ししていても、まるで見えているんじゃないかというくらい、その仕草は自然と鈴にほうに意識を向けた。

 

「セシリアから聞いてるわ。あたしも近接型だけど、あんたのほうが上だって」

「……セシィ、ボクのことなんて言ったのさ」

「“あなたは強いですが、私はあなた以上に接近戦で強い人を知っています”……だったかしら?」

「なにその漫画みたいなセリフ」

 

 自分を褒めてくれるのは嬉しいがちょっと気恥ずかしい。アイズは照れるようにもじもじとし出し、セシリアが頭を撫でてなだめている。いつもの光景である。

 

「………なにこのお持ち帰りしたい小動物」

 

 初見である鈴はそんなアイズとセシリアの様子にどこか胸にくるものがあったようで、少し熱っぽい視線を向けている。

 

「アイズは撫でられたり抱きしめられたりするととても喜びますよ」

「あ、そう? じゃあたしも」

「わきゃ? むぎゅう」

 

 その後は鈴にもみくちゃにされながらも、アイズも嬉しくて精一杯鈴とのスキンシップを楽しんだ。こうして転校生との邂逅はアイズに新たな友人を得るものとなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「それで、なんでこんなことに?」

 

 現在、アイズはアリーナの一角で鈴と対峙していた。ほかの面々はここにはいない。放課後、アリーナ使用時間終了の三十分前にここにくるように、と鈴に言われたのだ。アリーナへの道はもう覚えたのでセシリアなしでも大丈夫だったが、その後現れた鈴に誘われるままに、現状としてISを纏って戦闘態勢へと移行している。

 

「まぁ、あれよ。セシリアの言葉を疑うわけじゃないけど、あんたの実力に興味があるってわけ」

「ボクとしては構わないけど…………う、うん、本当にダメな理由がないな。うん、いいよ」

「話が早くて助かるわ。……本当にセシリアのISと似てるわね。装備は別物っぽいけど」

「同型機だからね。まぁ、チューンでかなりの差異があるけど」

「あと、あんたはIS纏うと………見えるの?」

 

 少しためらいがちに鈴が質問してくる。アイズは苦笑して用意していた答えを出す。

 

「ハイパーセンサーってすごいよね」

 

 一夏のときと同じ回答をする。それにそれも嘘ではない。

 

「ふーん、まぁいいけど」

「それじゃ時間もないし、やろっか」

 

 鈴のISは「甲龍」。巨大な青龍刀「双天月牙」を両手に持ち、見るからにインファイトを想定した機体だ。おそらく他にも武装はあるだろうが、主武装はあの近接武装。牽制や隠し武器に中・遠距離武装もありそうだ。

 アイズも主武装である二本のブレード、「ハイペリオン」「イアペトス」を展開。

 

「攻撃用の大剣と防御用の小太刀ってとこかしら?」

 

 鈴は警戒しつつも、同じ近接型でも、自身のようなパワーファイターではなくテクニカルなタイプだと推測する。それに、かつて煮え湯を飲まされたセシリアのブルーティアーズと同じ形状のユニットが背中にある。あれも同じビットか、と疑念を抱く。

 

「まぁ、やればわかる……ってね!」

 

 鈴がブーストをかけ、真正面から突撃。その勢いを殺すことなく片方の青龍刀を振り下ろす。それをアイズは逆手に持つブレード「イアペトス」でベクトルを変えるように受け流す。しかしそれを予想したいた鈴はもうひとつの青龍刀を今度は横薙ぎに振るう。それをアイズも「ハイペリオン」を盾にし、さらに「イアペトス」を重ねることで完全に受けきった。

 

「ふーん」

 

 しかし、鈴はそんな納得したような表情を見せ、一度距離を取る。そのまま攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっとアイズを見つめている。

 

「……なるほど」

「どうしたの?」

「たしかに、あんたに接近戦で倒すのは骨が折れるわ」

 

 鈴は静かにそう結論付ける。一撃目の小太刀による捌きも、二撃目の大剣による防御も実に見事だった。鈴がそれを崩すことは相当に難儀するだろう。

 それに、実は今の二撃目はちょっと細工をした。

 発勁、鎧通し、などと呼ばれる浸透系を叩き込んだのだ。無論、これも簡単にできるものでなく、セシリアに負けて以来、必死に習得した武器による徹甲効果を生み出す鈴の切り札といっていい技術だ。

 ちなみこの技術、ISを纏って行うため、そんなノウハウなどあるはずもなく、鈴ただひとりが習得している技術である。

 

 しかし、アイズはそれを受けきった。大剣を通してくるダメージに気づいたのだろう。即座にもう片方の小太刀を添えることによって大剣を貫通する衝撃に逃がしたのだ。右手を麻痺させるくらいはできるだろうと思っていた鈴の攻撃は両手に分散されて半分以下の効力しか与えられていない。

 

「まぁ、驚いたのはホントだよ? たしか発勁っていう技術だよね。それが中国何千年の歴史ってやつ?」

「ちょっとした応用よ」

「じゃあ遠当てもあるのかな?」

「あっさりあたしの切り札その2を当てるんじゃないわ、よっ!」

 

 鈴は二本の青龍刀「双天月牙」を連結させ、それをブーメランとして投擲する。それを上空へ回避したアイズは、即座に感じた嫌な気配に向けて「ハイペリオン」をかざす。それが功を奏し、直撃を受けずになにかしらの遠距離攻撃の防御を成功させる。

 

「今の、衝撃砲?」

「正解よ。見えない砲身と見えない弾……意表を突くって点じゃ、遠当てよりも上等な代物よ」

「獲物を待たずに、遠距離攻撃、か。たしかにね。もう完成してたんだ」

「セシリアとやったときは、一発限りのまだ試作だったけどね。今はこのとおり、連射も可能よ!」

 

 やばい、と察したアイズは真下へのパワーダイブを敢行。すぐそばを連続でなにかが通り過ぎる感じに肝を冷やすが、それは連続してくるのでアイズはランダムな機動でそれらを避ける。

 

「うまく躱すわね」

「もともと目が見えないからね、見えない砲弾なんて、ボクにとってはあまりディスアドバンテージはないよ」

「なるほどね」

「ところで、セシィや一夏くんと戦う前にそんな手の内見せていいの?」

「構わないわよ。それで負けるならあたしはそこまでの女ってことよ。それより今はあんたとの勝負を楽しみたい」

「男前だねぇ。じゃあボクももうちょっと手の内見せちゃおっかな」

 

 アイズは「レッドティアーズtype-Ⅲ」を急停止させると、今度はジグザグの高速機動へシフトする、強引に進行方向を変える力技の機動。急加速と急停止の繰り返し、質の違う高速移動に鈴は顔を顰める。

 目が慣れないまではあの機動を狙ってもまず当たらない。ならば接近戦しかない。

 

 ………と、鈴が思っていると予想したアイズを、鈴が上回る。

 

「え?」

 

 鈴は回収した双天月牙を、再びブーメランとして投擲した。今度は分離させ、二つの質量がアイズへと迫る。まさかこちらに接近されているにもかかわらず近距離武装をこうもあっさり捨てるとは! アイズは意表を突かれながらも、ひとつを回避し、ひとつをブレードで弾く、が。

 

「もらったわ」

 

 意外な攻撃方法に意識を取られた。目の前には拳を握り締める鈴。そして最大のアラートをアイズの直感が響かせる。

 さきほどは武器による浸透効果という規格外なことを行った鈴が、直接打撃で同じことができないわけがない。先ほどは武器越しであったために時間差で威力を殺せたが、直接であれをされれば対処は間に合わない。

 

 回避、間に合わない。

 

 防御、無意味。

 

 ならば。

 

「……“ティテュス”!」

 

 迎撃を優先した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あんた、あれはないんじゃないの……いてて」

「こっちのセリフだけど………絶対防御すら貫通させるって、下手したら禁止になるよ」

 

 鈴の貫による拳と、アイズの切り札による衝突は互いに絶大なダメージを与え、はじかれるように吹き飛んだ。ダメージは甚大、これ以上の戦闘は無意味として、二人そろって模擬戦の終了を受け入れた。

 

「最後のあれはなによ?」

「なにって、ボクの武器は基本剣しかないけど?」

「だからっていきなり足からブレードが展開されるとかないわ」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲの第三の剣「ティテュス」。それは両足に展開されるブレードだ。アイズは鈴の一撃を喰らいつつも、それによってがら空きになった胴体に足のブレードで切りつけたのだ。

 

「隠し武器としてはなかなかでしょ?」

「まぁね。実際直撃くらったわけだし。それにしてもやっぱ強いわねぇ……セシリアの言ったとおり」

「鈴ちゃんこそ、セシィの言ってたとおり、強い」

 

 裏表のない純粋なアイズの評価に鈴も嬉しそうに微笑む。

 

「今日はありがとう。付き合ってくれて」

「こちらこそ……ボクは一組だから一夏くんの応援するけど、鈴ちゃんのことも応援してるよ」

「ありがと」

 

 いい笑顔で立ち上がった鈴は、座り込むアイズの手を取って立ち上がらせる。アイズも嬉しそうに鈴の手を握り返した。

 

「あんたはハグされると嬉しいんだっけ? じゃあこんなのどう?」

「うわっ、鈴ちゃんすごい!」

 

 それは所謂「たかいたかい」であった。背格好がほぼ同じ二人でするにはやや不格好だったが、細身の割に力のある鈴に抱き上げられ、アイズは子供みたいに嬉しそうに歓声を上げた。




鈴はすでにパワーアップ済み。そしてアイズに新しいハグ仲間が出来ました。鈴は気性は激しくも原作よりも落ち着いており、一夏に対しても想い人でなく対等な悪友、という感じです。


そして気づいた方もいるかもしれませんが、アイズの使う武装名はすべて土星の衛星名から拝借しています。


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Act.9 「平穏な日々の裏で」

「楯無セ~ンパイッ♪ あーそびーましょ~?」

 

 と、陽気な声を上げながら生徒会室にやってきたアイズ・ファミリアに楯無は唖然としながら固まった。ここまで度肝を抜かれた不意打ちを受けたのはいつ以来だろうか、いつも自分はする側だからよく思い出せない、なんてどうでもいい思考をしているうちにアイズはとことこと歩いてソファーに座る。

 この子は本当に目が見えていないのだろうか、と思うくらい自然な動きだった。一度来たことのある場所は把握できると行っていたが、ここまでくると超能力の類ではなかろうか。楯無はけっこう真面目にそう思っていた。

 

「あ、今日はもうひとりいるんですね」

「……アイズちゃん、実は見えてるんでしょ?」

「見えてないですよ。気配でわかるんです」

 

 楯無の横で控えていた人物、布仏虚は少し驚いたように目をパチクリとさせた。それはアイズに対してでもあり、アイズに振り回される楯無を目の当たりにしたことでもあった。

 

「えと、はじめまして。アイズ・ファミリアです。楯無センパイのお目付け役の人かなにかですか?」

「はい、そのとおりです。ご慧眼、恐れ入ります。布仏虚と申します」

「ちょっとー? なに、私ってそう思われてるの?」

「事実ですので」

 

 ふてくされる楯無の姿がわかるのか、アイズもくすくす笑っている。

 そうしているうちに虚に出された紅茶を、やや手間取りながら手にとって一口飲むと感嘆の声をあげる。

 

「美味しい。セシィと同じくらい美味しい紅茶なんて初めて」

「あら、そうなの? 私はこれが世界一だと思ってたんだけど」

「セシィは本場出身だから、こういうの得意ですよ。ある人なんか、……セッシーの紅茶はもう世界遺産にしてもいいよね、新名産オルコッティーだよ、ひゃっほい! ……って絶賛するくらいですし」

「ず、ずいぶんエキセントリックな人ね」

「あはは、ボクもそう思います」

「それで、今日はどうしたの?」

 

 無垢で純粋そうなアイズではあるが、楯無にとって重要な要注意人物であることは変わりない。アイズのペースに呑まれないように、しかしアイズにはあまり意味はないが表情を悟らせまいとするいつもの癖で扇子を取り出し、口元を隠す。

 

「うーん、それがですね、ちょっと聞きたいことがあったんですよ」

「うん、なにかな?」

「センパイは、一夏くんの専用機は知ってますか?」

「……? そりゃあ、ね。あの近接特化機でしょ?」

「あれってどこが作ったんです?」

「……まぁ、調べればすぐわかるだろうけど……虚?」

 

 楯無が横に立つ虚に求めると、虚はなにかの用紙をぱらぱらとめくり、やがてその情報を読み上げる。

 

「専用機白式。制作は倉持技研ですね」

「ふーん、……」

「アイズちゃん、なに企んでるの?」

「いや、ちょっと気になることがあって……あの専用機、なんで用意できたんですかね?」

「……………」

 

 楯無にもアイズが言わんとすることが理解できたのだろう。少し表情を固くして腕を組んだ。見えない、とわかっているからか、知らずにアイズの前ではポーカーフェイスであることをやめていた。そんな楯無を見ながらも、虚が説明を続ける。

 

「……もともと、あの技研で作られていた機体らしいです。織斑一夏さんの出現により、一時凍結されていた機体を、彼専用機に仕上げた、とされていますが」

「でも、一夏くんが制作に協力したわけじゃないんですよね?」

「はい、彼が専用機に触れたのも、オルコットさんとの模擬戦が初だったようです」

「じゃあ、誰が一夏くんのデータを用意したんですか?」

 

 そのアイズの言葉を機に、部屋に沈黙が降りる。やや緊張の強まった空気のまま、一分ほどが経過する。

 

「…………つまり、アイズちゃんはこう言いたいの? 一夏くんの専用機を用意できたのは、誰かがそう根回ししたからだ、と?」

「………」

「早計じゃないかしら? あなたの懸念はわかるけど、決め付けるには弱いわよ」

「ですよね」

 

 あっさりと引いたアイズを見る限り、本人もそれほど重要視はしていなかったのだろう。ただ気になるから懸念を潰したかったのだろうと楯無は思った。しかし、同時になぜそこまで気にするのか、そのほうが楯無にとっては気になった。

 

「テストパイロットなんてやってると、どうにもそういう裏事情が気になっちゃって」

 

 愛想笑いでもするように、わざとらしく笑うアイズ。こういう笑顔は心底似合わないな、と感じる楯無はいつもの調子を取り戻したかのようににやりといやらしい笑みを浮かべる。

 

「アイズちゃんは心配性ねぇ」

「んー、よく言われます。なんか心配事があると不安になっちゃって……」

「まぁ、そういうときはこのお姉さんに頼りなさい。アイズちゃんって子供っぽいし、お姉さん、甘やかしちゃうぞ?」

「え、いいんですか?」

「もちろん、もちろん。特別に楯無お姉さんと呼んでもいいわよ?」

 

 楯無のいつもの悪乗りに虚がため息をつくが、二人はまだアイズの本当の恐ろしさを知らなかった。セシリア曰く、「天然の甘え上手」「年上キラー」と言われるアイズにこんなことを言えばどうなるか、楯無は身をもって思い知ることになる。

 

 アイズはわずかにぽーっと呆けたかと思えば、今度は満面の笑みを見せて、精一杯の甘えた声でそれを言った。言ってしまった。

 

 

 

 

「……うんっ! たてなしおねえちゃんっ」

 

 

 

 

「ぶほっ……!?」

 

 瞳こそ隠れていたが、本当に嬉しそうに笑っているとわかる声、可愛らしい仕草、それらすべてが楯無のハートに直撃した。心の絶対防御をたやすく貫通するそれは、まさにアイズが持つ単一仕様能力である。ちなみにこのアイズの前にセシリアはもちろん、束さえも撃墜している。まさに可愛がりたい妹系、守ってあげたくなる小動物系、抱きしめたくなるマスコット系、そんな要素を圧縮して放ったそれは見事に楯無を撃墜した。

 楯無がかーっと頬を朱に染める。よかった、アイズが見えなくてよかった、と無礼だと知りながらもそう思った。しかし、この胸の高鳴りはまったく収まる気配がない。

 

「これからは、たてなしおねえちゃんって呼びますね!」

「え、えと、あの、…………」

「……だめ、なの?」

「い、いいよ! いくらでも呼んでいいからね! ………で、でも普段はセンパイにしておいてね?」

 

 じゃないとどうにかなりそうだ。楯無は胸を押さえながら必死にそう伝える。

 

「はい、わかりました! じゃあ、また会いたくなったら来ますね!」

 

 花のような笑みとともに本当に嬉しそうにしているアイズに、もはや何も言えなくなる。虚も少しドキドキしながら、ここまで翻弄される主人が珍しいのか、面白そうに慌てふためく楯無を見つめていた。

 

 

***

 

 

 

「なんかやりこめられた気がする………さすが、たてなしおねえ………センパイ。油断できないなぁ」

 

 それがアイズ自身の持つ特異な魅力のせいだと露にも思わず、見当違いなことを言うアイズ。その呟きを聞いたセシリアはそれだけでなにがあったのか、大体を察してしまう。

 

(大方、生徒会長もアイズにやられたんでしょうね………ご愁傷様です)

 

 あの“おねだりアイズ”の魅力に敵うものなどいない、とけっこう本気で思っているセシリアは苦笑しながらアイズの頭を撫でている。こうしていること事態、セシリアもどっぷりはまっている証拠だと自己分析をしながらもやめるつもりもなかった。

 

「さて、そろそろ定期連絡の時間ですね」

 

 セシリアは荷物の中からノートPCを取り出して起動させる。見た目はただの市販のノートPCだが、中身は束謹製の化け物スペックPCである。セキュリティロックが尋常じゃなく、アイズとセシリアしか起動させることができず、音波ソナーを搭載し、周囲五メートル以内に動体があれば即座に警告を発し、三メートルに侵入されたら即座にシャットダウン、警告を無視して登録コード以外の操作をした場合、物理的にPCが破壊される。所謂自爆である。

 

『パスワードを言ってね! 5秒以内に言わないと恥ずかしい秘密を言っちゃうゾ!』

 

 どこかのウサギの声が響き、画面にウインドウが現れる。ちなみに音声認識であり、セシリアかアイズでなければロックの解除が不可能である。

 

「せくしーでらぶりーなうさぎさん、だいすき」

 

 棒読みでセシリアが言う。こうした電子関係では無敵とはいえ、やはり束の作るものは常軌を逸している、と本気で思うセシリアだった。

 

『感情が足りないよ! 感情を込めてもういっかい言ってね!』

 

 イラッ

 

 けっこう本気でイラッときたのはいつ以来だろうか。セシリアは額に青筋を浮かべながら頬を引きつらせた。そんなセシリアに対し、こういうノリに楽しくのるのがアイズである。

 

「セクシーでラブリーなウサギさん、大好きー!」

 

『ウサギさん嬉しくて昇天だよ! ひゃっほい! …………回線の接続を確認。コネクト』

 

 液晶画面が一瞬黒くなったかと思うと、一点してお花畑やお菓子の家などのファンシーな背景画面が現れる。そして中央にウインドウが表示され、そこにキャンディーを咥えた束の姿が映る。

 

『やぁやぁ、待ってたよ! ………って、どうしたのセッシー。なんか睨まれるようなことしたっけ?』

「いえ、お気になさらず…………ウサギ自重しろ」

『演出不足だったかな? 次回からもうちょっと手の込んだパスワード入力にしておくね!』

「むしろ手が込みすぎです。というか、監視でもしてたんじゃないですか?」

 

 効率的な行動を心がけているセシリアにとって、束のようにエキセントリックな無駄に洗練された無駄のない無駄な行為というものに対しての理解がまだおいつかない。

 

「束さん、いくつか聞きたいことがあるのですが」

『なんだい? 束さんがなんでも答えてあげよう!』

「一夏さんの専用機、あれは誰が用意したんですか?」

 

 セシリアの質問に束は一気に機嫌が悪くなったように顔を顰める。そして忌々しそうに口を開く。

 

『あれね………あれは倉持技研が作ったのは知ってる?』

「はい、それは聞きました」

『あそこはちーちゃんの機体を保管していた、んだけど……』

「織斑先生の? 確か、暮桜、でしたか。先生がブリュンヒルデとなったときに使っていた機体ですね」

『いっくんの白式は、ベースが暮桜なの。もともと暮桜を強化しようとしてたみたいだけど、頓挫しててね。まぁ、私の作ったあれをどうにかできると思うほうがバカなんだけどー。……まぁ、それをいっくんの専用機に“ダウングレード”して作ったのが、あの機体』

「………そういうことでしたか」

 

 セシリアが合点がいった、というように頷いた。確かにどこかで見た機体、どこかで見た武装だとは思っていたが、まさか暮桜の改造機体だったとは。

 道理でこの短期間に用意できたわけだ。もとの使用者の血縁者ならある程度は適正も合致すると踏んだのか、ただ単に仕様を千冬専用から一夏専用に変更しただけだったらしい。

 だから武装も零落白夜を有するブレードの一振りというわけだ。

 しかし、それでも機動性などの基本能力は十分に高性能機だ。そのスペックをして、ダウングレード版とは、オリジナルの暮桜がどれだけ化け物スペックだったのか考えるだけでも恐ろしい。

 

『いっくんがあの機体を高水準で使えるのは、ちーちゃん専用機だから、ってだけ。ちーちゃん専用にカスタマイズしてあるから、それに近しい血縁者のいっくんが二番目に高く適合するのは、むしろ当然』

「……束さん、それじゃあ本当の意味で一夏さんの専用機がある、ということですか?」

『あるよ。こんな世界になっちゃったから渡せないけど、いっくん専用のコアは用意してあった。もしそのコアで専用機を作れば、スペックだけでも今の倍くらいは楽々いくね』

 

 本当に恐ろしい人だ。世界中が篠ノ之束を手に入れようと躍起になっている理由がわかるというものだ。

 と、そこで今まで黙って聞いていたアイズが口を開いた。

 

「束さん、それじゃああの白式ってのは、暮桜を初期化したものってことですよね?」

『うん、簡単にいうとそうなるね』

「その暮桜、誰が所有権を持ってたんですか?」

『私』

 

 沈黙が降りる。つまり、倉持技研、ひいては、そこに暮桜を預けた日本政府も含め、束から機体を奪い、勝手に初期化して改造したということになる。あまりの厚顔無恥な行為にセシリアもアイズも不愉快そうに顔を歪めた。

 

『私が雲隠れするとき、さすがにあの機体を持って逃げるほど余裕なくてね……そのとき、家捜しでもされて回収されたんだろうね……さすがの束さんも怒りを通り越して呆れたよ。保管しておくのならまだしも、研究材料にして、出来もしないのに手を出して、解析不能だからって頓挫して、いっくんが現れたら適合するだろうなんて理由で、意味のない初期化をした挙句に形だけ変えて自分たちが作った機体ですっていっくんにあげたんだよ? こういうの、恥知らずっていうのかな?』

 

 束も笑顔のままであるが、機嫌が悪そうだ。当然だろう、と二人は思う。束にしてみれば暮桜は千冬にプレゼントした大事なものでもあるのだ。それを勝手に弄られればいい気持ちはしないだろう。

 

「織斑先生は……」

『薄々気づいてはいるんじゃない。もともとちーちゃんの機体だし、でも確証ないからちーちゃんはなにも言わないと思うけど』

 

 やりきれない話だ。アイズはどこまでいっても束の好意は裏目にしかでないことに、運命の神がいるなら殴りたくなった。

 

『ん、そろそろ時間だね。これ以上の暗号通信も危ないから、また来週~』

「はい、いろいろ情報ありがとうございます」

『大丈夫だと思うけど、気をつけてね、なんか学園の周り、ちょっと妙な動きがあるから。またなにかわかったら連絡するね、それじゃあ、アイちゃん』

「はい」

『心配してくれてありがとう。でも、気にされちゃうと束さんも困っちゃうゾ?』

「束さん……」

『それじゃあまたね! 束さんは夜空の星のように常に二人を見守ってるぞい!』

 

 てへぺろ、という擬音が聞こえてくるようなポーズをとって画面が消える。特殊回線が切れたことで、再びPCは擬態用の通常画面へと戻る。

 セシリアはそのノートPCをたたむと、心配そうにアイズに目を向ける。

 

「…………」

 

 案の定、アイズは落ち込んだように俯いている。束のことを心配しているのだろう。束は以前、二人の前で普段の姿からは想像できないほどに落ち込んだ姿を見せていた。思えば、あのときが二人と束がはじめて面と向かい会話したときだった。それから今までずっと浅くない縁が続いているが、そんな姿を知っている二人からすれば束が報われない話というのはいい気分がしない。

 

「ちょっと、風にあたってくる……」

 

 アイズはふらふらと部屋を出て行く。セシリアもついていくべきかと思ったが、やめた。アイズは甘え上手だが、その反面、セシリアにも見せたくない弱気な姿をしてしまうというときが希にある。おそらく今がそうだろう。

 まぁ寮内ならある程度目が見えなくても既に把握しているから大丈夫だろうが、少しして戻らなければ様子を見に行ったほうがいいだろう。セシリアもやや重い気分の中、出て行くアイズの背中を見送った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 寮内をふらふらと歩きながらアイズは思う。

 

 なんで、束は報われないのだろう。あんな優しい人が、どうして辛い思いばかりするのだろう。

 

 しかし、それはセシリアも、自分もそうだ。願いが報われたことは多くなく、あったとしても、それは多大な犠牲を出して得たものばかり。アイズはセシリアや束がいるから不幸だとは思っていないが、客観的に見て自分も大概不幸な生い立ちをしていると思っている。何度か自分の人生を呪ったこともある。

 そんな自分を支えてくれたのがセシリアであり、束であり、イリーナをはじめとしたカレイドマテリアル社の人たちだ。だからアイズは無意識のうちにでも、自身よりもそんな自分を救ってくれた人たちの幸せを願っている。

 アイズの幸せとは、アイズひとりだけでは絶対に実現しないのだ。

 

 アイズは自分を支えてくれた人すべてに感射し、その人たちの幸せをもって自身の幸福に還元できる。やや狂った感性が見え隠れするその幸福は、まだまだ遠い。

 今はまだ、ただそれを求めるように頑張るしかないのだ。一度落ち込めばまたすぐに立ち直ってがんばれる。それもアイズの美点だった。

 

「よし、またがんばろう。そのためにここにいるんだから…………うきゅっ!?」

 

 決意を新たにしたところで、正面からなにかにぶつかって間抜けな悲鳴をあげる。それは人だった。いつもは気配に敏感なのに、テンションが下がり考え事をしていたせいでまったく反応できなかった。ちょうど曲がり角の出会い頭にぶつかったため、相手も反応できなかったのだろう。

 

「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「こちらこそ……ごめんなさい」

 

 アイズは気を取り直して気配のする方へと謝罪する。

 

「……! あなた、目が……」

「あ、うん。でも大丈夫、………痛っ!」

 

 立ち上がろうとしたとき、足に鈍い痛みが走った。挫いてしまったのか、右足首がかなり痛い。

 

「怪我をしたの?」

「ちょっとくじいたみたいで……」

「つかまって」

 

 アイズを支えるようにその人が立ち上がらせてくれる。アイズはその人から感じるものに、なにかしらの既視感を覚えた。

 

「一度私の部屋に。すぐそこだから、簡単な治療だけでもさせて」

「で、でも悪いよ」

「ぶつかったのは、私の不注意だから」

 

 目の見えないアイズに気遣ったのだろうが、アイズとしては不注意は自分のほうなので逆に申し訳なくなった。しかし、足の痛みは変わらないために素直にその好意に甘えることにした。

 

「ありがとう。ボクはアイズ・ファミリア。あなたは?」

 

「………簪。更織、簪」 




とうとう更織姉妹攻略編が……始まらねぇよ。

意図してなかったけどいつのまにか主人公が同性キラーになりつつある(汗)



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Act.10 「それぞれの理由」

 簪の部屋にやってきたアイズは、ベッドに座らされた。

 靴と靴下を脱がされ、やや腫れた足の治療をされながらアイズは簪を観察するかのように彼女の気配に感覚を傾けていた。

 少し希薄な感じはするけど、それはけっしてネガティブなものじゃない。少し自信がない、というような感じだ。でもこうして怪我の手当もしてくれることから、すごく優しい人なのだろうと考える。

 

 それがかなりのいい線をいっている分析だとは、アイズはこのときは知りもしないが、やはりここまでの観察ができることはアイズの特殊能力といって差し支えないレベルであった。

 

「わざわざありがとう、簪ちゃん」

「……かまわない」

「簪ちゃんって、もしかして楯無センパイのご家族?」

「っ………妹」

「そっかそっか、なるほど」

 

 事前情報で楯無には妹がいることを聞いていたアイズはそれが簪だと知って納得したように頷く。

 しかし、対する簪の表情は暗い。完璧である姉と平凡な妹の自分、それが簪のコンプレックスであり、無意識にでも比較されることに嫌悪を抱いていた。決して姉は嫌いではない、でもそれ以上に姉といると自分の無力さが浮き彫りになるようでいたたまれない気持ちになってしまう。

 このアイズも、そうなのか。自分を姉の、更織楯無の妹と見るだけなのか。そんな疑念を抱くも、アイズの発言はその予想の斜め上をいくものだった。

 

「いいなぁ、楯無センパイ。簪ちゃんみたいな妹がいて、羨ましいな」

「え?」

「うん? だから、簪ちゃんのお姉さんなんていいなーって」

 

 楯無が姉だから羨ましい。それは今まで山ほど聞いた言葉だ。だが、簪が妹で楯無が羨ましい。そんなことを言われたのははじめてだった。

 

「な、なんで?」

「だって、ボクのこと助けて気遣ってくれて、とっても優しい……。ボクが見えないから、ここに来るまでもずっとボクの周辺をきにしてくれていたでしょ?」

 

 足をくじいたアイズを抱え、さらに周囲が見えないアイズの代わりにずっと気を配ってくれていた。たしかにそうだ。でも、それがわかるものなのか。

 

「ボク、気配には敏感なんだ。簪ちゃんが気にかけてくれてたことはちゃんとわかった」

「でも……」

「ありがとう、簪ちゃん。あなたに会えて嬉しいよ」

 

 簪はここまで屈託のない笑みと純粋な好意の言葉を向けられたことに困惑してしまう。目が見えないとわかっていても、アイズから顔を背けてしまう。しかし、その人の纏う気配や空気から察してしまうアイズは、そんな簪がどこか微笑ましく思えた。

 

「でも簪ちゃん、楯無センパイとは仲悪いの?」

「ど、どうして?」

「んー、なんか、センパイの話をしたとき、ちょっと嫌な空気出してたから」

 

 このあたりになるともうアイズにしかわからない感覚だった。さながら、第六感とでもいうのか、そうした説明できない、でも確信に近いものを抱かせる感性だ。

 

「アイズは不思議。まるで見透かされているみたいなのに不快な気分にならない」

「んー、見えない分、変な力に目覚めたかな?」

「なにそれ」

 

 おかしそうに簪が笑う。その笑みに先ほどまでの硬さはなかった。それから少し雑談をしていたが、アイズがふと思い出したことを尋ねた。

 

「簪ちゃんって四組なんだ。もしかして四組の専用機持ちって簪ちゃんのこと?」

「一応、ね」

「一応って?」

「私の専用機、未完成だから今作成途中なんだ」

「未完成で作成中?」

「うん、それで毎日調整の繰り返し」

「簪ちゃんがやってるの?」

 

 それも変な話だ。普通、専用機は操縦者のバックアップを務める企業が作成するはずだ。もちろん本人の協力も必要不可欠だが、普通は自分が乗る機体を自分だけで作ることはない。アイズのレッドティアーズtype-Ⅲだって、束をはじめとしたカレイドマテリアル社の科学者たちがその技術を結集して作ってくれたのだ。整備くらいはできるが、作成しろと言われても無理だ。

 まぁ、そもそも二機のティアーズはもはや束以外にどうしようもないくらいの、オーパーツといっていいほどの超技術の塊になっている。以前束が言っていたが、ティアーズ一機を作るのに通常の専用機10機分の予算と時間が必要らしい。

 

「でも、どうしてそんなことに? どこが作ってたの?」

「倉持技研で作られていたんだけど、その、ちょっと事情があって、作成が凍結されたの」

「凍結?」

 

 しかも、また倉持技研か。アイズの中で倉持技研の好感度がどんどん下がっていく。大方、表向き世界初の男性適合者である一夏の登場で白式の開発のために簪の機体作成を放棄したのだろうが、いくらなんでも簡単に仕事を破棄するなど信じられない。

 技術屋として高いプライドを持つ多くのカレイドマテリアル社の人間を知っているだけに、こうもあっさり自分の仕事を投げ出すことに不愉快と思ってしまう。あの束さえ、一度受けた仕事は完璧にやり通す。気分でおかしなアレンジをすることはあっても、仕事で手抜きや破棄など絶対にしない。

 

「簪ちゃんだけでできるの?」

「うん、できる……と、思う」

「完成度は?」

「だいたい、6割といったところ」

 

 聞けば、フレーム自体はある程度完成系に近いらしい。足りないのは、プログラム系の大半だそうだ。それに専用機だけあり、汎用機にはない特殊兵装を稼働させるために複雑なプログラムが必要となる。それらをすべてひとりでやろうというのか。無理だ、とも思う。それでも。

 アイズが思ったことは、無謀さに対する呆れではなく、…………敬意だった。

 

「やっぱり簪ちゃんはすごい」

「どうして?」

「普通、誰かに手伝ってもらったりするよ。ボクでも、たぶんそうだと思う。でも、簪ちゃんは違う。………ううん、きっと、ひとりでできるとかじゃなくて、ひとりの力でやり遂げたいって強く思っているからなんじゃないかな?」

「…………」

 

 簪は答えない。しかし、もしアイズに視力があれば一目瞭然だろう。その表情は、それを肯定していた。

 

「ボクはね、こんなだから、誰かに支えてもらわないとなにもできない。セシィがいなきゃ、気ままに散歩することすら難しい」

 

 いつも自分の手を引いてくれるセシリアの手に、何度感謝したか、アイズももうわからない。でも、今でも毎日祈りを捧げる教徒のように、常に感謝の気持ちを抱いて接している。

 

「そんなボクでも、意地がある。ボクは、セシィの横に立てるくらいに強くなりたかった。セシィに精一杯の感謝と、それと同じくらい、セシィに頼られたいと思っている」

 

 だから、と言葉を紡ぐ。

 

「ボクは、ボクの力で、いつかボクを支えてくれたすべての人にこの恩を返したい。ボクだけができることが、きっとあるんだって信じてる」

 

 簪は言いようのない、なにかに心臓を掴まれたような気がした。アイズの言葉が、まるで自分でも気づかなかった心を代弁しているかのようで。

 

「だから、簪ちゃんがそうやって自分を信じて頑張ることは、ボクも励まされるんだよ」

 

 そのアイズの言葉に簪はなにも言えない。ただ呆然と、信じられないように目を見張っている。どこかショックを受けたような雰囲気を感じとったアイズは、初対面で馴れ馴れしく言い過ぎたかと反省しながら立ち上がる。足の痛みはまだあるが、もう歩くには大丈夫だ。寮は階層ごとの間取りは一緒なので、部屋に戻るルートも頭の中にある。アイズはここらで失礼することにした。

 

「偉そうに言ってごめんなさい。治療、ありがとう。ボクはそろそろ戻るね」

 

 手探りでドアを開けると、一度振り返って頭を下げてもう一度礼を言う。

 

「簪ちゃん、今日はありがとう。じゃあまたね」

「………うん」

 

 アイズが去り、しまったドアを見つめながら簪は穏やかでない胸中になぜか泣きたくなった。

 

「………わ、私は、……」

 

 そんな立派な人間じゃない。簪は気がつけばそう口にしていた。

 

「私は、ただお姉ちゃんみたいに、……なんでもできるあの人に追いつきたくて……でも、結局私はあの人に追いつくことなんて……」

 

 専用機の開発だって、既に限界が見えていた。一人だけではどうしても完成はできない。そんな限界を見て見ぬふりをしながら意地になっているだけ。簪の冷静な部分がそれを認めていた。

 かつて姉は自身の専用機を自ら組み上げた。でも、自分にはできない。それを認めることが怖くて、なにもできずにただ立ち止まっているだけ。

 

「………わたし、は……ただ、………」

 

 そんな自分でも、アイズ・ファミリアには希望のひとつとなる。その言葉が、いつまでも頭の中でリフレインしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ただいま、セシィ………あれ、この気配は鈴ちゃん?」

 

 部屋に戻ったアイズは慣れ親しんだセシリアの気配の他に、つい最近覚えた気配を感じ取ってその人物を特定する。

 

「ほんとにその感覚はすごいわね。なにか一芸でもできるんじゃない?」

 

 遊びにでもきていたのだろうか。鈴が感心したように小さく拍手を送ってくる。

 

「アイズ、足どうしました?」

 

 セシリアがめざとくアイズの足に治療の痕跡があることを見つける。歩き方も少々ぎこちないこともすぐにわかっただろう。

 

「ちょっとくじいちゃって。友達に治療してもらったの」

「もう、アイズは確かに気配察知は超能力レベルですけど、無理はしないようにといつも言っているでしょう?」

「うぅ、ごめんなさいセシィ」

「どれどれ、ちょっと見せてみなさいよ」

 

 ベッドにアイズを座らせて処置されたばかりの足に手を添える鈴。そしてゆっくりと患部をなぞり、次第になにかを送るように掌を押しやった。

 

「あ、あれ? 痛みが……」

「いろいろ言い方はあるけど、気功とか集気法とかいうやつよ。活性化させて治癒力を高められる」

「すごいですね、本当にここまでのことができるとは」

 

 鈴の技術にアイズもセシリアも舌を巻く。IS装備したまま発勁をするくらいだからこのくらい当然なのかもしれないが、こうした気に関しては詳しくない二人は鈴のこれはまさに魔法のように見えた。

 

「はい、終わり。あとは安静にしてれば明日には治るでしょ」

「鈴ちゃんありがと、気を遣ってくれて」

「お互い殴り、斬り合った仲じゃない。水臭いわよ」

 

 えらく物騒な友情もあったものだとセシリアは思ったが、自分とアイズの絆もまともとはいえない馴れ初めだったために口には出さなかった。

 

「それで、鈴ちゃんは今日はどうしたの?」

「うん、まぁ一夏のことでね」

「一夏くん?」

 

 そういえば幼馴染とか言っていたことを思い出す。

 

「あいつって強いの?」

「まだまだ未熟です。ですが、素養は十分です。油断すれば食われかねない程度には実力をつけています」

「鈴ちゃんのほうが強いけど、一夏くんって成長速度が早いから、下手したら足元すくわれるかもよ?」

 

 二人の評価に鈴は嬉しそうに笑う。せっかくの再会戦だ。どうせなら強くなければ面白くない。

 それにこの二人が鍛えているのなら、間違いなく強くなる。経験量は足りずとも、聞けばセンスは高いらしい。鈴は一夏との戦いに胸を躍らせていた。

 

「あとさ、箒いるじゃない」

「彼女がどうしました?」

「なんかやたら睨んでくるんだけど、もしかしてあの子、一夏にお熱?」

 

 セシリアとアイズは苦笑して「多分」とだけ返す。傍からみても箒が一夏に好意を寄せているのはわかりやすい。本人は気づいていないようだが、今でもたまに二人は箒から嫉妬染みた視線を受ける。

 もちろんセシリアもアイズも、一夏相手に恋愛感情などない。しかし、そうはいっても仲がいいことも確かなので嫉妬の対象になるのも仕方ないだろう。もともと硬い性格のためか、未だに箒は少々ぶっきらぼうな態度をとられる。

 

「一夏も変わらないわねぇ、蘭といい、箒といい、よくもまぁ無自覚に女の子落としちゃうわねぇ」

「鈴ちゃんは違うの?」

「あたしは、悪友っていうのが一番しっくりくるわね。昔は一夏とあたしと、あと弾ってやつと三人でいろいろバカやってたのよ」

 

 鈴が面白おかしく過去の武勇伝を話し、アイズはケラケラと笑いながら、セシリアもくすくすと微笑みながら盛り上がった。

 

「で、あたしがボスで二人が取り巻きみたいなものね。気分はマフィアの女頭領って感じではっちゃけてたもんよ」

「うわ、鈴ちゃんかっこいい」

「実際、あたしが一番強かったしねぇ。ミニマムタイガーって不本意な異名がついたけど………あ、もういい時間ね。そろそろ戻るわ」

 

 時計を見ればもう消灯時間間際だった。これ以上は規則にひっかかる。鈴は名残惜しそうにしながらも退散することにした。

 

「楽しかったわ。こんなふうに駄弁るのってけっこう飢えてたのよ」

「そうなの?」

「いろいろ期待をかけられてたのは嬉しいけど、おかげで生活も半分は監視付きみたいなものよ。買い食いするだけでも大変だったわ。ったく、あたしは庶民派だってのに」

「候補生ともなれば、素行も重要視されますからね……」

「まぁ、あたしの場合は代表になりたかったわけじゃないんだけどね」

「じゃあ、なぜ?」

 

 それは何気なく聞いたことだった。しかし、鈴は少し苦笑してから懐かしむように口を開く。

 

「あたしの両親、離婚してね、それで中国に帰らなきゃならなくなったの。でも………あたしさ、一夏と弾とバカやってたときが一番楽しかったのよ。ぎくしゃくする家にも、やたら期待ばっかかけてくる周りにも正直うんざりしてた。だから、また日本で一緒にバカしたかった。候補生になれば、貧乏なあたしでもIS学園にも入学できる。入学できれば日本に戻れる。日本に戻れば、また、って……ただ、それだけなのよ」

 

 どこか自嘲するような鈴は、恥ずかしい話をしてしまったとでもいうように照れた表情を見せていた。

 

「だから、あたしはたとえ箒とか一夏と付き合っても構わない。今のあたしは、ただあいつと戦えることが楽しみ、それだけなのよ」

「なら、楽しみにしていてください」

「ん?」

「一夏さんは私とアイズが手塩にかけて鍛えました。鈴さんを飽きさせることは決してないでしょう」

 

 セシリアの言葉に、鈴はただただ満面の笑みを浮かべたのだった。




あれ、いったいいつの間に簪攻略編になったんだっけ?、な話。次回からは戦闘パートに入ります。

そろそろまたレッドティアーズの面白びっくり隠し武装が解禁しそうです。


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Act.11 「戦いの時」

 かくして、クラス対抗戦のときはやってきた。一組代表の一夏の対戦相手は、何の因果か、二組代表凰鈴音。一夏にとっても鈴にとっても、この一戦は決勝以上の意味を持つものであった。

 一夏もピットで準備を整えながら、静かに目を閉じてコンセントレーションを続けている。その気迫は見送りにきた箒も声をかけ辛いほどだった。やがてアナウンスが響き、一夏が目を開けて身体を屈伸させる。まるで一流のアスリートのような雰囲気を醸し出す一夏に、千冬も少しだけ感心したような視線を向けていた。

 

「大丈夫なのか、一夏」

「ああ、やれることは全部やった。あとはそれをあいつにぶつけるだけだ」

 

 一夏は実力も経験も、自分が鈴に勝っているとは思っていない。重要なのは、現状をしっかり把握すること。セシリアやアイズにみっちり鍛えられた一夏は、これまでのシゴキ……ではなく訓練を思い出しながら鈴との戦いに向けて思考をシフトする。

 

「……よし、行くぜ!」

 

 白式を纏い、アリーナへと飛び立つ。観客席で見ているだろう、セシリアとアイズのためにも、応援してくれる箒やクラスメートたちのため、そしてなにより再会した鈴のためにも、一夏は全力で戦う決意を胸に戦場へと飛び立った。

 

 

 ***

 

 

 観客席ではそれぞれのクラスの生徒たちが声援を送っていた。一組もそうだが、二組の生徒たちも代表である二人に精一杯の声を送っている。鈴も一夏も、クラス全員の総意の上で代表となったとよくわかる光景だった。

 セシリアとアイズはクラスの面々とは別に、最後列からアリーナを見下ろしていた。アイズはいつものようにセシリアの手を握って、会場の空気を感じている。

 

「どうなるかなぁ、ボクが鈴ちゃんと戦った率直な感想だと、九割方、鈴ちゃんが勝つけど」

「同意ですね、過去に戦ったときの鈴さんでさえ、今の一夏さんよりも実力は上でしょう。あれから実力もかなり伸ばしたようですし、一夏さんの勝率は高く見ても一割に満たないでしょうね」

 

 二人の分析は辛辣だったが、それは正しい。テストパイロットを務める二人はこうした戦力分析に私情はいっさい挟まない。しかし、応援していることも事実、一夏が鈴に勝つにはどうすればいいかを考え、できるかぎりのことを一夏に伝えてある。

 

「さて、どっちが勝つかなー……それにしても鈴ちゃんも気合入ってるなぁ」

 

 一夏とほぼ同じタイミングで姿を現した鈴の気迫もアイズの感覚をひしひしと刺激してくる。清々しく心地よい気合だ。

 そして鈴の技術の高さを身をもって知っているアイズとしては、この戦いの鍵は突き詰めればある一点に思えた。

 

 一夏が一度でも鈴に攻撃を当てられるのなら、勝てる可能性が出る。

 

 一夏の最大火力にして最大の武器、零落白夜。相手のシールドエネルギーに直接大打撃を与えるそれは、たとえ劣勢であっても一度の攻撃で逆転が可能という代物だ。こういう武器は怖い。どんな実力差があっても覆される手段を有している相手と戦うのはプレッシャーが常につきまとう。

 鈴とて、一夏のISの情報は得ているだろう。ならば敗北の可能性を完全に潰すためには一度も一夏の攻撃を受けずに完封することが必要となる。

 それでも鈴の勝率のほうが高いのは揺るがない。

 

 しかし、一夏にはこの短期間でできる限りのことを伝えてある。仮想敵としてセシリアとアイズという二強と密度の高い戦闘を繰り返してきた。遠近で最強格の二人はこれ以上ない相手となった。

 経験の量は圧倒的に足りない、しかし、経験の質は可能な限り高いものとなったはずだ。あとは、それをどれだけ活かせるか。それが一夏に求められるもの。

 

「わくわくするね」

「ええ。さぁ、一夏さん、見せてください。あなたの実力……」

 

 

 

 ***

 

 

 

「懐かしいわねぇ、一夏」

「そうだな」

 

 アリーナの中央で対峙する二人は昔話をするように楽しそうに笑い合っていた。

 

「あんたとは何度か喧嘩もしたわねぇ。あたしの五勝二敗で勝ち越しだったかしら」

「おい、あと二回は負けてるだろ」

「細かいこと気にしてんじゃないわよ。でもまぁ、IS戦でははじめて。久しぶりの再会のお祝いとしては上等じゃない?」

 

 過去でも、鈴は武術を嗜んでおり、男性と女性の体格差や筋力さをもってしても覆せない実力があった。一夏は女の鈴相手に本気で殴ったことなどないが、本気でやっても鈴には勝てなかったかもしれないと今でも思っている。

 しかし、今回はIS戦だ。身体能力も重要な要素だが、それだけで勝てるわけではない。目の見えないアイズがあそこまでの実力を身につけていることが証だろう。

 

「ま、今回はおもいっきりやれるでしょう? あたしは代表候補生、あんたはルーキー。あんたは挑戦者なのよ。……遊んであげるわ。かかってきなさい」

 

 鈴は主武装の「双天牙月」を両手に構える。一夏も即座に雪片弐型を握り締めた。

 

「セシリアとアイズに鍛えられたんでしょ? みせてみなさい、あんたの実力」

「見せてやるさ、だから………一撃で終わるなよ、鈴っ!!」

「こちらのセリフよ一夏ァァーッ!!」

 

 試合開始のブザーと共に両者が動く。正面切っての激突かと思われたが、一夏は違う行動を選択した。

 一夏が初手に選んだ行動は、ブーストによる下降だった。鈴の視界から一瞬、一夏の姿が消える。しかしすぐさま下方へ動いたと判断して目を向けると、そこにはまっすぐこちらに突っ込んでくる一夏の姿があった。

 

「地面使って三角飛びとは、面白いことするじゃない!」

 

 人にはできない、ISだからこそできる機動。地面を壁に見立て、力技で地面で跳ねて死角となる下方から接近する。相手の死角を付いて接近する機動。おそらくアイズの機動を模倣したのだろうと予測をつける。だが、こんな小手先の機動に騙される鈴ではない。

 即座に振りかぶり、両手にもった二本の青龍刀を叩きつけるように振り下ろした。しかし、一夏もその迎撃は予想していたのだろう。無理やり機動を変えて攻撃範囲をかすめるように回避し、すれ違いざまにブレードを添えるように突き出す。スピードの乗った機動がそのまま攻撃力に転換され、突き出したブレードが鈴の左腕の装甲とぶつかり火花を上げた。

 予想以上の一夏の動きに鈴が顔をしかめながらも感心する。

 

「技術で足りない分はISのスペックで強引に補う、ね。それもセシリアの教え?」

「使えるものはなんでも使う。ISの性能はその最たるもの、だそうだぜ」

「正論ね、でもそれを使いこなせるかどうかが、一流と二流の違いってわけよ!」

 

 鈴は一夏には到底真似のできないような動きで翻弄する。それはまるで独楽のようだった。回転、とにかく回転。両手に持つ青龍刀は遠心力により破壊力が増し、まるで暴風のように一夏に襲いかかる。止まらない竜巻と化した鈴に下手な攻撃ははじかれるだけに終わるだろう。攻撃力の上乗せ、そして防御もかねる動きに一夏はただただ距離を取るしかない。

 しかし、諦めの色は一切ない。焦ることなく様々な角度から攻撃を仕掛け、弾かれながらも隙を探していく。

 

 二人の戦いは激しい動きとは裏腹に、冷静な読み合いへとシフトしていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「やりますね、隙が出やすい大型武器の弱点を無くして、さらに威力を底上げしていますね」

「ほうほう……やっぱあのときも全力じゃなかったかぁ」

「しかし、一夏さんもよく食らいつていますね。今のところ、致命的なダメージも受けてませんし、ちゃんと冷静に相手を観察しています」

 

 一夏を鍛えたセシリアとしても、あそこまで鈴に対抗してみせる一夏には及第点以上の評価を与えていた。鈴の実力は接近戦ならアイズと張り合うほどだ。その土俵で戦う様は見事だ。

 

「でも鈴ちゃん、まだ衝撃砲も使ってないでしょ?」

「ええ、余裕があるのは鈴さんですね………おや、衝撃砲解禁ですか」

 

 一夏がふっとばされる様子を冷静に見守るセシリア。さすがに不可視の衝撃砲を初見で見切るのは難しいだろう。

 まぁ、気配だけでなんとかしてしまう規格外が隣にいるのだが、アイズはいろいろと特殊すぎるのでやはり一夏の真価が問われるのはここだろうと、どうやって対処するのか楽しみに観戦を続けるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「衝撃砲を見切り始めてる……?」

 

 白式を狙う衝撃砲の命中率が目に見えて落ちていることに鈴は意外そうに呟く。たしかにアイズにもセシリアにもあっさり対処されてしまった武装だが、それでも牽制武器としては一流だし、素人相手ならこれだけで完封できるものだ。

 一夏は圧倒的に経験が足りない。だから衝撃砲を攻略する技術はまだないと思っていた。

 

「セシリアがなにか仕込んだ? ………一夏、なにをしたの?」

「大したことはしてない、見えない弾丸の攻略法を聞いて実践してるだけだ」

「攻略法、ね」

 

 鈴とて、この見えない衝撃砲の弱点などわかっている。自分の武器は最強だ、なんて思う操縦者は二流、いや三流だ。利点と欠点を正しく理解してこそ一流。だから鈴も一流であるべく、自己分析を欠かしたことはない。

 空間圧縮を利用して不可視の砲弾を放つ衝撃砲の弱点。まずひとつ。発射にはタイムラグが生まれること。なのでセシリアみたいな早撃ちをするには向かない。

 そして、これがおそらく一夏が聞いたという攻略法、それは……。

 

「あたしの目ね」

 

 見えない砲弾の照準をつけるものは、鈴の視線だ。着弾地点を強くイメージすることで照準し、発射させる。つまり、……。

 

「鈴、おまえの視線の先が着弾ポイントなんだろう!?」

「お見事」

 

 言うのは簡単だが、視線でそれを見切るのは並大抵のことじゃない。セシリアは技術で、アイズは感覚で為してしまうが、一夏はその類まれな戦闘センスで為している。鈴はその潜在能力の高さに強い関心を覚えた。このままなら、一夏は二人の言うとおり確実に化けるだろう。

 鈴は一夏の戦闘センスに、胸の高鳴りが止まらなかった。わくわくする、楽しい。もっと楽しく戦いたい。そう思いながら、鈴は全力を出す決意をする。

 

「だけど、それだけじゃあたしは倒せないわ!」

 

 鈴が動く、衝撃砲は狙いをつけずに、適当にバラまくように発射しながら接近する。命中率を捨てて牽制のみに狙いを変えたのだ。これにより一夏は見切ることなど無意味となり、ただただ自身の勘を信じてランダム回避を繰り返す。

 

「あははははは一夏ぁぁ! あんた強くなったわねぇ!」

「昔に戻ってるな鈴! テンション上がると高笑いする癖治ってないのかよ!」

「あたしはあんたとこうやってじゃれあいたかったのよ! 弾がいないのは残念だけど、ここまで楽しませてくれるなんて最高ね! さぁもっと楽しみましょうか、一夏ぁ!」

「弾はいつも止める側だったけどな! そしてお前はいつも助長する側だ!」

「じゃあ今は思う存分遊べるってわけね! くらいなァァァァーーッ!!」

 

 激しい剣戟を繰り返す鈴と一夏、その戦いは次第に技術も駆け引きもない、じゃれあいのような泥試合へとシフトしていく。斬られる前に斬れ、防御など知らん、隙がなければ殴って作れ、そんなまるで闘犬がぶつかり合うような試合に観客たちも息を呑む。見ているだけで力が入る肉弾戦。

 おおよそ、セシリアにもアイズにもできない戦い方。見守るセシリアも苦笑しながら二人の決闘を見つめている。

 

「あーあ、見えなくてもわかるよ。あれはもう完全に振り切れちゃってるね」

「そうですね、まぁ殴り合いも戦術のひとつではありますが」

「でもいいんじゃない? なんか、二人とも楽しそう」

 

 アイズの感覚が伝えてくる。アリーナの中央から感じる二人の熱意、気迫、笑い声、それらすべてが戦う二人の感情を告げている。

 

 

 “愉しい”、と。

 

 

 それを感じ取っているアイズも、うずうずとしてしまう。楽しそうに遊んでいる姿を見て、混ざりたいと思うような、そんな子供みたいな衝動を与えてくる一夏と鈴に、どこか羨ましい気持ちを抱く。

 

 昔………今はあまり思い出すことも少なくなったほどの、まだ小さいとき。セシリアと一緒に、泥だらけになるまで駆け回った記憶が励起される。それは、もしかしたらアイズの人生で一番無邪気に楽しんでいたときの記憶かもしれない。

 

 生まれを恨み、生きていることを憎み、死ななかったことを妬んだ過去の自分の手を握り、すくい上げてくれたあの手をアイズは今も忘れない。その手につれられ、今のあの二人のようにただただ愉しんだ日々。

 それを思い出したアイズは、少し感傷的な気分になった。無意識のうちに、セシリアの手をぎゅっと強く握り締める。そうして、いつものように力強く握り返してくれるこの手に感謝する。

 

 いつもこの手が側にある。それがアイズを支える最たるもの。

 

 この手の価値を、知っている。そして、同時に儚さも知っている。

 

 この手を無くしかけたことのあるアイズは、今このときに一層の感謝を捧げ――――――。

 

 

 

 

 

 

 「――――ッ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 アイズの第六感ともいうべき感覚が、跳ねるように覚醒した。過去に感じたことのある、ヘドロのような粘着質なこの感じ。悪意や敵意、そんな人を害することのできる黒い念を込めたようななにかが向けられている。そんな嫌なもの。

 

 確かじゃない。でも、ずっと以前に感じたことのあるもの。アイズにとって二度目の悪夢を見せたものと、同じ感じのもの。それが、近くに来ている――――?

 この不安が入り混じった違和感は消えることがなかった。

 アイズは探るように自身の感覚を研ぎ澄ませる。なにかおかしい。アイズの形容しがたいこの感覚が未だに告げている。

 なにか、悪意のこもったなにかに、見られている。首の裏がひりひりとするように、言い知れない危機感がじわじわとアイズの感覚を侵していく。

 でも、気のせいと思えば思える程度の些細なもの。しかし、アイズはこの感覚を無視できない。

 

「セシィ、……嫌な感じがする。うまくいえないけど、よくないものが近くにいるみたいな」

 

 セシリアはアイズのその他人には決して理解できない感覚をバカにしない。むしろ、その感覚は無視すれば手痛いことになる危険が高い。セシリアは限定的にISを起動、ハイパーセンサーを最大にして周囲を索敵するも、一夏と鈴以外のIS反応はないし、爆発物のような危険物もいまのところ察知できない。この会場内は、一見すれば特に怪しいものはない。

 

 そんな神経を張り詰めていたとき、それが鳴った。

 

 ピリリリ、とアイズの懐の携帯電話が鳴った。見た目はただの携帯電話でも、これも中身は別物、外装だけ擬態しているが中身は束が魔改造した「ISで殴っても壊れないよ!」(カレイドマテリアル社正式登録商品名である)という名称の通信機である。ちなみに来年発売予定であるため、ある意味で機密品だったりする。

 そして、これが鳴るということは、カレイドマテリアル社からの緊急連絡である。

 

 アイズはすぐさま指の感触を頼りに通話ボタンを押す。

 

 

『エマージェンシーだよアイちゃん!』

 

 相手は束だった。アイズの聴力にはイリーナの声も感知していた。どうやら束やイリーナといった面々が一緒にいるらしい。電話越しに聞こえる音からは他にも多くの人間が慌ただしく動いている様が感じ取れる。

 見ればセシリアの同じ緊急連絡用の通信機にも連絡が入っている。セシリアの会話相手はイリーナのようだ。

 

「束さん、なにがあったんですか?」

『そっちに未確認機が向かってる』

「未確認機? ISなんですか?」

 

 嫌な感じはそのせいだろうか、しかし、未確認機といってもIS学園は不可侵の領域といっても過言じゃない施設だ。シールドバリアーをはじめ、防衛設備も段違い。そんな場所を襲撃しようとでもいうのか、それともただ単に偵察なのか。

 

 セシリアも難しい顔をしてイリーナからの情報を吟味している。

 

「防衛隊が壊滅?」

『そうらしい。まぁ、もともと牽制の意味合いしかない防衛隊だ。それは大したことじゃない。ISには違いないだろうが、おそらく性能はそこまで高くはないだろう。問題なのは………数だ』

「数?」

『同型と思しき未確認ISを全部で12機確認した。ステルス処理されているせいで確認が遅れた』

「っ……!? 三個小隊規模……!」

 

 冗談じゃない。それはもう軍が襲ってきたようなものだ。いったいどこのバカがしかけてきたというのだ。防衛隊を殲滅したということは、穏便な理由ではあるまい、マシな理由でも威力偵察、最悪はこの学園の破壊か。

 

『あと数分で接敵する。未確認機はおそらく、以前のあの忌々しい“アレ”だろう。こちらからのオーダーは………わかってるな?』

 

 イリーナからの、まるで恫喝するような声の確認にセシリアは即座に頷く。

 

「もちろんです。まずは確認を、そして」

 

 隣では既にレッドティアーズtype-Ⅲを展開したアイズが空を見上げている。セシリアも即座にISの展開準備をする。

 

「……すべて破壊します」

 

 通信機を仕舞い、ブルーティアーズtype-Ⅲを展開する。

 ISに備えてある通信機能により、千冬に即座に連絡する。緊急性を理解してもらうため、あえて千冬のいる管制室の一部をハッキングして通信する。

 その間にアイズが周囲の生徒たちに避難するように言っている。

 

「こちらセシリア・オルコット。織斑先生、応答願います」

 

『………なんの真似だ、オルコット。回線を奪ってまで……』

 

「緊急につきご容赦願います。こちらに未確認IS十二機が接近中です。即座に試合の中止、生徒たちの避難を要請します」

 

『なんだと?』

 

「あと一分もしないうちに接敵します。接敵と同時に私とアイズで防衛行動に移りますので、なるべく早く避難を済ませてください。避難完了と同時に敵機を殲滅します。………ああ、私の言葉が嘘でない証拠が来たようです、それではよろしくお願いいたします」

 

 通信をカットするとすぐに機体を飛行させ、空中で姿勢制御、スターライトMkⅣを狙撃形態で構える。その隣で、アイズが叫んだ。

 

 

 

「………セシィ、来た! 上方から二機!」

 

 

 

 次の瞬間、会場に張られたシールドが大出力のビームによって破壊された。




次回はついにティアーズ二機の本領発揮。徐々に敵勢力との戦闘も行われていきます。


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Act.12 「敵意の眼差し」

 それは突如として現れた。アリーナの遮断エネルギーフィールドを突き破ってきた攻撃はビーム兵器によるもの。

 ビームはエネルギーをバカ食いするため、いくらISといえどすぐにエネルギーが尽きてしまうという、実現はできるが現実的ではない兵装だ。しかし、その威力はもはや既存のIS兵器を過去の遺物にしてしまうほどの威力を持つ。それはいまだISの装備としては規格外な代物だった。

 

「なに!?」

「一夏、下がりなさい!」

 

 会場のど真ん中に大穴を開ける砲撃。もし直撃ならば絶対防御があったとしても死ぬのではないかというほどの威力。競技用と表向き謳っているISにあるまじき、完全に兵器としての兵装。

 そしてその攻撃によって開けられたフィールド上空から二機の正体不明のISが降りてくる。全身を黒い装甲で包み、人型はしているがそれは機械という印象を強く与えるものだった。その二機はさきほどのビームを放ったと思われる巨大な砲身を一夏と鈴に向けている。

 

「やばい!」

 

 一機が牽制のつもりなのか、ミサイルを発射、突然の襲撃に二人の反応が鈍い。ギリギリで回避運動をしたために直撃こそしなかったが、二人は爆風の衝撃で吹き飛ばされ体勢を崩してしまう。そしてなおも二機が、ビーム砲で二人に狙いを定めていた。その銃口からは禍々しい光が漏れ始めていた。

 このままでは直撃、…………死、というイメージが一夏の脳裏に走る。

 

 だが、そのイメージが現実になることはなかった。

 

 

 

 

 

「Trigger」

 

 

 

 

 

 まるで流星のように光の線が走る。その極光の矢は発射直前の二機のビーム砲を正確に撃ち抜いた。放たれることのないエネルギーが暴発、自らの武器のエネルギーによって装甲がひしゃげ、スパークを起こして動作不良のように各部間接から煙が上がった。

 発射直前のビーム砲をたった一射で二枚抜きする狙撃。こんな神業のようなことができる人物は、一夏は一人しか知らない。

 

「セシリアか!?」

 

 一夏が目を向けると、そこには射撃体勢のまま狙いをつけるブルーティアーズtype-Ⅲの姿があった。そして今度は素早く二発のレーザーを発射。動きの鈍った敵機の頭部を射抜く。完璧なヘッドショットに、敵機が黒煙を上げて墜落する。一機は爆発し、一機は四肢がバラけて動かなくなった。

 

「なっ……セシリア、あれじゃあ操縦者が……!」

「ご安心を。あれは無人機です。人など乗っていません」

「なに?」

 

 一夏が墜落した機体を見る。確かに、爆発四散したそれは、機械であった。少なくとも、人間がいるようにはまったくみえない。

 

「どういうことよセシリア、あんたあれ知ってんの? 無人機があるなんて初耳なんだけど?」

「以前、ちょっとドンパチやらかしたことがあるだけですよ……それより、来ますよ」

 

 二機目を牽制しながらセシリアが上空から近づく複数の機影を確認する。報告通りの数が向かってくる。観客席とを隔てる遮断シールドは一度は解除されたものの、再展開されている。しかもどうやら外部アクセスによってロックされたようだ。敵機の侵入と同時にシールド内部に突入して正解だった。でなければ今頃二機のビーム砲で最悪な事態になっていたことさえ考えられる。

 問題は残りのやってくる十機だが、アイズが先行して迎撃している。早くこの遮断シールドを突破して援護に向かうべきだろう。本当ならセシリアもアイズとともに迎撃したかったのだが、戦闘でエネルギーが尽きかけている二人を放置することもできなかったためにセシリアがフォローへと回った。本当なら限定空間ならアイズのほうが適任なのだが、敵機がビーム砲を発射しようとしていたために素早く無力化するためにセシリアが狙撃での撃破を狙ったのだ。

 しかし、こうしてフィールド内に閉じ込められるというのは想定内ではあるが、まずい事態だ。おそらくは本来は突入と同時にロックをかけ、中にいる二人を確実に仕留める算段だったのだろう。ターゲットは一夏か鈴か、もしくは専用機が狙いだったのか。拿捕か破壊か、そのあたりの推測はいくらでもできる。今はまずやることをやらねば、とセシリアは思考を切り替える。

 

「織斑先生、すぐに遮断シールドの解除を。アイズの援護に向かいます」

『すでにやっている。だがまだ時間がかかる、避難誘導が終了次第、こちらからも増援を出す』

「やめておいたほうがいいでしょう。あの武装は既存のISを破壊しうる威力です。絶対防御を過信する人間が出れば……最悪、死人が出ますよ」

 

 千冬が苦い顔をしながらも、そのセシリアの意見を否定できずにいる。アリーナの遮断シールドを破壊するビーム砲を装備している時点で危険度は遥かに高い。それが十二機同時に襲来するなど、怪我人が皆無となるほうがおかしい。

 

「私とアイズで残りの十機を破壊します」

『おまえたちならできる、と?』

「私とアイズは、“アレ”と交戦経験があります。今はアイズが上空で抑えていますが、急がねばあの威力のビームが雨となって降るかもしれませんよ」

 

 冗談にもならない軽口を叩くセシリアに一夏も鈴も冷や汗を流す。

 

「アイズは強いですが、それでも一人なのです。防衛戦はどうしても少数が不利になります。アイズだけでは厳しいです」

 

 確かにアイズは強い。おそらく十機相手でも負けることはない。しかし、その十機から学園を守るとなれば敗北する可能性のほうが高い。それにアイズの駆るレッドティアーズtype-Ⅲは近接特化機だ。対多数戦は本来セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲのほうが得意とするところだ。だからこそ、セシリアは決意する。

 

「最悪の場合、こちらで遮断シールドを破壊します。許可は申し訳ありませんが、事後承諾という形でお願いします」

「おい、なにをするつもりなんだ?」

「遮断シールドを破壊って、そんな威力の武器がそうそう………」

「はい、なので……これは見せたくなかったんですけど、ね」

 

 セシリアは下降してアリーナの地面に足を付ける。スターライトMkⅣを収納、その後なにかのパスコードを入力する。

 

「解除コードSGEJ23UG………コール、戦略級超長距離狙撃兵装“プロミネンス”……展開」

 

 セシリアの周囲の空間が歪む。それは武装展開による空間変動のためだが、その大きさが常識はずれであった。

 まず現れたのは巨大なステークだ。それが展開されると同時に二本のステークが地面へと突き刺さる。次に展開されたのは二個の円柱状のもの、その外装が展開され、内蔵されていた何重にもなったフィンが凄まじい勢いで回転を始めた。

 そして砲身が現れる。四角の長い筒のような砲身が伸び、そこからさらに円柱状の細長い発射口が現れる。最後にそれらを覆うような巨大な装甲と反動制御のためと思しき巨大なブースターが出現した。全長にして、それはおよそ10メートルはあろうかという巨体。セシリア自身がひとつの銃になったかのような姿に、傍で見ていた一夏と鈴が唖然とする。

 

 そしてその中心に位置したセシリアはその異常な大きさのもはや砲台というべきもののトリガーに手をかける。狙撃用のバイザーが頭部を多い、背部の円柱状に重ねられたフィンが光を発しながらさらに回転を増していく。本来は重要拠点を超長距離のレーダー外から狙い撃つための戦略兵器を、至近距離といってもいいこの距離で放つつもりだ。

 セシリアは仰向けに倒れるように身体を倒し、銃口を上空へと向ける。

 

「お二人とも、危ないので下がっていてください」

 

 二人が慌ててその場を離れる。それを確認したセシリアが照準に集中する。

 

 

「Right on target」

 

 

 それは呪いのように紡がれる。狙いはもうついている。回線を通じ、アイズに狙撃タイミングとコースを伝える。

 はじめから遮断シールドが解除されるまで待つつもりもないセシリアは千冬の制止の声を聞き流しながらトリガーに指をかけた。

 

 

 

「Trigger」

 

 

 

 あっさり引かれた引き金と裏腹に、光の奔流というべきエネルギーが放たれた。まるで光の塔が天に向かって伸びるように極光が空へ走る。同時に反動制御のためのブースターが激しい衝撃を周囲に撒き散らす。

 光の奔流は一瞬でアリーナの遮断シールドに接触し、まるで融解させるようにそのシールドを突き破り、そして上空でアイズと戦闘中の未確認機四機を巻き込んで天へと消えていく。

 

 役目を終えたバケモノライフルは膨大な蒸気を排出させ強制冷却を実行。セシリアはそれを待つことなく、すぐさまパージ、そのライフルのような過剰威力のなにかを捨て、即座に浮遊、最高速で飛翔する。

 

 残された一夏と鈴は、そんなセシリアを呆然と見送っていたが、すぐに我に返るとセシリアを追っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 セシリアが遮断シールドを破壊する一分ほど前に遡る。

 

 先行して襲撃してきた二機の相手をセシリアに任せ、アイズは上空へ飛翔して後続の十機の未確認機を確認する。黒い外装と、無機質な目の赤い光。装備や細部は違うが、アイズは過去、間違いなくあれと対峙している。

 

 そう、アイズ・ファミリアはあれを知っている。あの機体がなにをしたのか、知っている。

 

「あのときの……無人機」

 

 それはかつて、カレイドマテリアル社の施設に襲撃をかけた機体と同型機。

 アイズはふつふつと頭に血が昇ってくるような感覚を覚えた。それほどまでにあの機体に敵意を持っていた。

 

 なぜなら。

 

「セシィの敵……」

 

 かつて、セシリアを殺しかけた機体。

 

「束さんの敵……」

 

 かつて、束の夢を殺した機体。

 

「ボクの敵……」

 

 かつて、この両目から光を奪った機体。

 

「みんなの、敵!」

 

 ならばすべて破壊する。

 

 あれは、存在してはいけないものなんだ――――。

 

 アイズは思考を戦闘レベルからさらに高い殲滅レベルへとシフトさせる。考えることはただひとつ。敵機の確実なる撃破、迅速な撃破、容赦のない撃破。

 近接武装を三つ、「ハイペリオン」「イアペトス」、そして脚部ブレード「ティテュス」を展開、そしてさらなる武装を開放する。

 

「……行け、レッドティアーズ!」

 

 背部ユニットから二機のビットを射出。セシリアのように最大十機のビット操作なんてアイズにはできない。アイズはビット操作の最大数は二機。その二機を自分の左右に配置する。そのビットはレーザーを放つでもなく、ただただレッドティアーズtype-Ⅲの周囲を浮かぶように漂っているだけだ。

 

 だが、それだけでいい。それがアイズの持つビットの使い方なのだから。

 

「まず一機」

 

 左手に持つブレード「イアペトス」を投擲。攻撃体勢にあった一機の頭部に突き刺さる。無人機だとわかっているからなのか、恨みがある相手だからなのか、アイズの攻撃には一切の躊躇も容赦もない。

 そしてブースト、頭部に突き刺さったイアペトスの柄を握ると、そのまま解体するように一閃。敵機の頭部が綺麗に二分割になる。そして止めに「ハイペリオン」で胴体を同じく真っ二つにする。

 

 そして同時に遠隔操作していたビットが再び背部ユニットへと帰還してくる。アイズの背後から近づいてきた、敵機二体をバラバラにして―――。

 それはまるで、気がついたらバラバラになっていた、というしかない現象だった。それを為したと思われるビットは、なにごともなかったかのように背部ユニットへ再接続された。

 

「これで三機」

 

 しかし、そのときにはすでに敵機による包囲網が完成されつつあった。さすがのアイズも四方八方からあの威力のビームに狙われるとかなり厳しい。しかし、アイズに焦りはなかった。

 

 なぜなら―――。

 

『アイズ、二秒後にそこから上方へ緊急離脱を』

「うん」

 

 いつだって、頼れる相棒がいるのだから。

 

 言われたとおりに二秒を数え、イグニッションブーストで上方へと脱出。それを追いかけようとする敵機の集団が光の奔流に飲み込まれた。

 この馬鹿げた威力のビームは間違いない、束が作ったオーパーツとしかいえない戦略級超長距離狙撃砲「プロミネンス」だ。通常ISでは使用不可能なほどの大出力のビーム砲。一発撃てばその「プロミネンス」の機能の五割が使い物にならなくなる完全な使い捨ての兵器だ。

 それが放った無人機の装備すら足元にも及ばないビームが四機の敵機を消滅させる。あっという間に残り三機となった無人機は、やはり機械でしかないようにただ同じように攻撃を仕掛けてくる。

 

「………おまえたちは嫌い」

 

 アイズがさらに一機を切り捨てるときには、既に援護にやってきたセシリアが一機をスターライトMkⅣの狙撃で射抜き、最後の一機も一夏と鈴の連携攻撃の前に機能を停止させた。

 

 呆気ないほどに殲滅された無人機の群れの大半は消滅、爆散し、何機かが残骸となって残っているだけであった。

 

「これで終わったのか?」

「みたい、ね。やれやれ、とんだ横槍が入ったわ。………ていうか、そこのあんたら、いったいどんなゲテモノ装備もってんのよ」

 

 緊張から開放された二人が安堵して声をかけてくるが、セシリアは未だ残心をしており、周囲の警戒を怠らない。過去に一度、戦闘経験があることもあり、完全に無力化がなされるまで気を抜くつもりなどない。こうしたところも実戦経験のなせることだろう。

 

 そして、それはアイズも同じだった。

 

「…………嫌な感じが消えない? ………誰がボクたちを見ているの?」

 

 無人機はたしかに脅威であったが、所詮は機械だ。アイズが感じている敵意のある意識など持っているわけじゃない。実際、破壊した今でもその感じは消えていない。

 でも、今ならわかる。誰かが、自分たちを見ている、と。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 IS学園の遥か上空で一機のISが滞空していた。全身を包むのは純白の装甲。真珠のように艶のある光沢を持つ装甲と背部の羽のようなユニットはまるで天使を象った芸術品のようにも見える。それを纏うのは、小柄な女性、まだ少女といっていい年かもしれない。細い体躯は、それだけで折れそうだが、力強さが垣間見える瞳は、遥か下にいる自らが放った無人機を殲滅した四人に向けられていた。

 

「…………」

 

 彼女の顔は完全に頭部装甲で覆われているために表情を読み取ることもできない。しかし、唯一露出している口元は、無感情にぴくりとも動かない。

 しかし、それに反してISはその背部ユニットが展開し、文字通りのウイングとなるとその場から落ちるように動き出し、徐々に真下へと加速を始める。

 

 その先にいるのは、四人。しかし、彼女が見ている人物はただ一人だけ。彼女の手に持つは細身の長剣。その剣の切っ先はただ一人……アイズ・ファミリアだけに向けられていた。




次回、最後の謎の人物との戦闘をもって第一章は終了となります。その後は男装女子と黒兎がやってくる第二章へと入ります。

第二章ではアイズの過去と主人公たちと敵対する存在が明かされていきます。


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Act.13 「邂逅したもの」

 それはさながら風のようだった。

 

 アイズはほんのわずかに感じていた視線が、次第に強く、近くなっていることに周囲の警戒を強めていた。アイズの持つ察知力は目に頼らないにもかかわらずにハイパーセンサーに勝るほどの力を持つ。故に、アイズは己の感じたどんな些細なものにも気を配っている。

 だから、ふっと顔を撫でるように吹いた風にも、意識を傾けた。

 

 それが敵の奇襲だと気付いたとき、すでに目の前にブレードが迫っていた。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に「ハイペリオン」を盾にして真っ向から防ぐ。受け流す余裕もないほどに間一髪だった。周囲ではセシリアを含めた全員が驚愕の表情を浮かべている。四人すべての警戒をくぐり抜けての奇襲。ハイパーセンサーをごまかすステルス性は機体特有のものかもしれないが、それを活かす技術は操縦者のものだろう。人の死角である真上から、ほぼ自由落下での接近を許したアイズは意表を突かれながらもなんとか防御が間に合った。

 

「……ぐ」

 

 驚いたせいでやや体勢が不利だが、なんとか力で拮抗しているため、アイズは落ち着くように間近から相手を観察する。

 

 白い装甲に天使のような形状のIS。顔は隠しているために見えないが、体つきからいっておそらくまだ若い少女。もしかしたらアイズより年下かもしれない。そんな少し意外な姿にアイズが冷静さを取り戻す。

 

「あなたは、誰?」

「……………」

 

 その少女は応えない。しかし返事とばかりに力を込め、ブレードを振るって距離を取る。その瞬間にセシリアの射撃が放たれたが、そのレーザーは少女の持つブレードに弾かれる。レーザーを弾く特殊な処理をされているのだろう、その細いブレードには傷らしいものもついていない。セシリアはわずかに眉をしかめるも、なおもスターライトMkⅣの銃口を油断なく少女へと向けている。

 しかし、そのとき全員のハイパーセンサーが新たな機影を察知してアラートを鳴らした。

 

 先ほどと同型の無人機と思しきISがさらに六機が接近中。目視で見える距離まであとわずか。このタイミングでの襲撃、おそらく目の前の白い少女も無関係ではないだろう。もしかしたら指揮官機なのかもしれない。

 未知数のこの白いISがいる状態で無人機との乱戦は避けたい。ならばやることはひとつ、自分がこの正体不明の白いISの足止めをするしかない。アイズはそう決断してセシリアへと声をかける。

 

「セシィ、一夏くんと鈴ちゃんを連れて迎撃に行って」

「アイズ……」

「ボクの装備じゃ、対多数の防衛は向かない。それにまだ増援がいないとも限らない」

「でもアイズ! あんた一人じゃ……」

 

 鈴が心配そうに声をあげるが、アイズは譲らない。

 

「タイマンでの足止めなら、一番強いのはボクだよ。それに………この子も、ボクがご所望みたい」

 

 それを肯定するように、白い少女がブレードを向けてくる。それはさながら中世の騎士の決闘の儀式のようであった。アイズも同じようにしてそれに応える。

 それを見たセシリアは一度ため息をついてから一夏と鈴に振り返る。

 

「………行きましょう、一夏さん、鈴さん」

「セシリア、いいのか?」

「アイズの言うことはもっともです。あの数を私たちで迎撃しなければ学園にまで被害が出るのは間違いありません。お二人はエネルギーが少ないでしょうから、下がっても構いませんが」

「はっ、あんたたちだけにやらせるわけないでしょうが、まだいけるわ。そうよね、一夏!」

「当然だぜ。こんなときに戦えずに、なにがIS乗りだ」

 

 いくらでも戦ってやる、という気合を見せる二人を見てセシリアが微笑みながら頷く。そして一度だけアイズに振り返る。アイズは背を向けたまま振り向かない。しかし、セシリアの視線には気づいているのだろう。その姿勢のまま小さく頷いてみせた。

 そしてセシリアたち三人で敵増援の迎撃に向かう。セシリアはスターライトMkⅣを狙撃形態に構え、スコープ越しに狙いを定めながら二人を背後から追走するように飛翔する。

 

「ではいきましょう。私が後ろから狙撃とビットで援護します。お二人は思う存分に目の前の敵だけに集中してください」

「頼もしいわね。後ろは任せたわよ」

「セシリアの援護があるなら心強い。頼むぞ!」

「接敵までになるべく数を減らします。そのまま接近を」

 

 ブルーティアーズtype-Ⅲからビットがパージされる。その数は六機。二機が先行してレーザーによる牽制を行い、残りのビットは一夏と鈴にそれぞれ二機づつが追従して援護射撃を行う。近接型の白式と甲龍にはこのビットによる援護を受け、強力な遠距離武装を持つ敵機に接近戦を仕掛けていく。そしてレンジに入る直前、一機がセシリアの狙撃に貫かれて撃墜され、その隙を逃さず二人が仕掛けた。

 

「うおおっ!!」

 

 一夏は左右から的確に敵機の動きを阻害するように発射されるレーザーの援護を受けてブーストをかける。セシリアが操っているであろうビットは正確に敵の動きを制限しているため、近接武装しかない一夏でも擬似的に射撃から斬撃につなげるクイックストライクを実現していた。

 

「やっぱり射撃の援護があるとぜんぜん違うな………もらったぜ!」

 

 一夏は零落白夜を瞬間的に発動し、無人機を切り捨てる。エネルギーを節約するため、零落白夜を斬る瞬間だけ発動させる、という高等技をまたも自覚なしに使用した。本人としては残り少ないエネルギーを無駄にできないから思いつきでの工夫であったが、一夏のセンスの底知れなさにセシリアも鈴も畏怖のような感情を覚えた。

 

「本当に強くなったわねぇ、一夏……そんなあいつとのせっかくの楽しみを邪魔してくれて! すっこんでなさい!」

 

 鈴の突撃に、無人機から多数のミサイルが発射される。その数はおよそ二十発。鈴だけならこの数を相手に正面突破など不可能だが、今は違う。

 鈴に追走していたビットが前面へと躍り出ると、そこからレーザーを発射する。しかも、単発高威力のものではなく、低威力の速射だ。それはさながらレーザーのマシンガン。まさに掃討というべき速度で向かい来るミサイルを次々に撃ち落としていく。

 

「セシリアのやつ……まだこんなのを隠してたのね」

 

 状況対応によって使い分けられるレーザーを持つビットを複数遠隔操作。おそらく、世界すべてをみてもその領域においてセシリアを上回る操縦者はいないだろう。それがたとえあのブリュンヒルデでも、だ。

 もちろんそれだけで強さは決まらないが、強者の側にいることには違いない。

 

「底が知れないやつばっかりじゃない。だからこそ、面白いっ!」

 

 撃ち落としたミサイルの爆煙を抜けた先にいた無人機に衝撃砲を発射、破壊はできずに体勢を崩すだけで終わったが、それでいい。本命は二の手だ。

 鈴の切り札、発勁打撃を胴体部にブチ込む。外部装甲は堅牢でも、機械である以上、中身は精密機械だ。そこへ貫通してきた衝撃に一瞬で破壊される。

 さらにそのタイミングで鈴の側面から仕掛けてきた敵機は、後方から放たれたレーザーに貫かれ、爆散した。

 

「さすが、完璧な援護ね。帰ったらジュースくらい奢らないといけないわね」

 

 背中を任せられる、というのはこういうことだろうな、と鈴は思う。攻撃後の隙を潰し、奇襲・強襲の阻止、さらに状況から驚異度の高い敵機に向けての牽制、そしてあわよくば撃破する。自分は目の前の敵にだけ集中すればいいという状況を作り出してくれる。

 サポートというと舐めているやつが多いが、それは戦闘時に他者に気を配る余裕を持っていなければできない。そしてその余裕を持つ者はそうはいない。鈴でさえ、その域にまでいっていない。こういうところで確実に仕事ができるのがセシリアやアイズといった人間との差なのだろう。

 そんなことを思いながらも、鈴はもう一機の無人機を衝撃砲でダルマにしてから同じように発勁打撃で破壊した。人間相手でも防御をすり抜けてダメージを与えられるが、相手が機械だと面白いくらいに有効だ。精密機械ほどこういう攻撃には弱い。

 これで増援は片付いたはずだ。

 

「さて、もうひとりの規格外はどうしたかしら?」

 

 鈴が目を向けると、白い機体と赤い機体が絶えず激しい攻防を繰り広げている光景がそこにあった。白い軌跡と赤い軌跡が離れてはぶつかっている。離脱と強襲を繰り返す二機の戦いは未だ終わる気配を見せない。

 そんな互角に見える攻防を、集中しなければ残像しか目に映らないほどの高速機動で行われる戦闘。鈴が見る限り瞬間速度と旋回能力はほぼ同等。互いに決定打と成りうるものがない状態。

 基本能力で互角ならば、勝敗を決めるものはどれだけ相手の意表を突くことができるか。思考を裏を取れるか。そこにあると鈴は考える。どれだけ奇策を練ろうが最後にものを言うのは基礎だ。しかし、その基礎が同じとき、勝敗を左右するものはそういった小手先の技術になることも多い。

 

 もし、鈴なら武装を囮にして発勁打撃を狙う。相手の知らない武器、技術というのはそれだけで奇策となりうる武器になるのだから。

 

 ふと見ればセシリアが狙撃を狙っていた。さすがにあんな近距離でのインファイト中の敵機をフレンドリーファイアせずに狙い撃つのは厳しいだろう。

 それに、鈴にはセシリアも狙い撃つつもりはあまりないように思えた。あくまで万が一に備えて、といった感じだ。

 たしかに、アイズとあの正体不明のISはまるで楽しくダンスを踊っているかのように、綺麗な剣舞だ。横槍を入れることがためらわれるほどに、そう思えたのだ。そんなこと思っている場合じゃない、とわかっているが、それでももっと見ていないと思うほど、二人の戦いは美しいものだった。

 

 そんなときだった。

 

 アイズが、二機のビットを射出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 幾度も剣を交えたアイズは確信する。相対する白いISを纏う少女は技量、およびにIS性能がほぼ自身と互角である。相手の武装は突きを主体とする細剣と、盾と兼用させている円形のチャクラム。背部ウィングユニットは文字通り翼の形状をしており、なにかしらの機能、もしくは武装である可能性が高い。

 既に両手両足にブレードを展開して猛攻を仕掛けているのに、ことごとくそれらを凌がれる。手数は勝っていても、相手の反応速度が信じられないほどに高い。まるで未来予知でもしているのではないかと思うほどだ。細剣の突きは的確にアイズの攻撃動作を潰してくるし、距離が離れればワイヤー付きのチャクラムをまるでヨーヨーでも操るように投擲してくる。どの距離でも、こちらの攻撃の初動をうまく潰してくる。

 

 だから、アイズは正攻法から搦手へとシフトする。

 

 背部ユニットから二機のビット「レッドティアーズ」をパージ。それらを敵機の白いISに向けて突撃させる。セシリアの持つビット「ブルーティアーズ」は独立稼働によるビットのレーザー射撃によるオールレンジ攻撃を得意とするビットだが、アイズのそれはまったく違う。

 「レッドティアーズ」はレーザーによる攻撃手段を持たず、代わりにそれ自体がブレードと化している、いわば近接仕様ビットだ。徹甲効果が高く、激突するだけで敵機に風穴を空けるほどの貫通力を有し、それはさながらどこまでも追いかけていく銃弾である。

 そんなビットが白いISに向かって加速する。さきほどの無人機戦を見ていたのだろう、その危険性を理解しているようだ。これによりバラバラにされた無人機の二の舞にならないようにビットを回避して、―――――。

 

 

 

 

 直後、装甲の一部が切り飛ばされた。

 

 

 

 

『………っ!?』

 

 操縦者の動揺が伝わってくる。それはそうだろう。完全に回避したはずが、事実としてダメージを負ってしまった。いったいなにをされたかわからないだろう。その動揺から立ち直る間を与えずに二機目を突撃させ、さらに一機目を大きく迂回させながら背後から強襲を仕掛ける。

 

 

 これで、詰み――――。

 

 

 そう、半ば勝利を確信しかけたアイズだが、白いISの行動はそのチェックをすり抜けた。

 真上への、瞬間加速により即時離脱。それも近接武装の回避にあるまじき長距離の離脱を敢行した。

 

 

 ――――読まれた!?

 

 

 真上への離脱は、アイズの仕掛けた攻撃の唯一の回避コース。しかし、通常なら真正面から来るビットと、左後方から襲い来るビットの回避に右方向への回避を選ぶはずだ。アイズはそう誘導したのだから。

 しかし、上空へと逃げられたことでレッドティアーズに搭載されているもう一つの武装は敵機に掠ることなく無駄に終わる。

 

「隠し武器を見切ったの……?」

 

 アイズの切り札としている隠し武器「パンドラ」。その正体はビットとレッドティアーズtype-Ⅲを繋ぐワイヤーブレード。背部ユニットからビットに繋がれたそれは絶対的な切断力を有する鋼線で、目視による確認は困難を極めるほどの薄さと細さを持つ。それに絡まれれば、即座に微塵切りにされる恐ろしい武装だ。IS相手ならどんな装甲も触れるだけで削り取り、ひとたび捕まればシールドエネルギーが尽きるまでダメージを与え続けることも可能な極悪兵器だ。

 その反面、下手をすれば自身にも多大なダメージを負うリスクを持つ。アイズもこの装備を扱うにあたり、何度も訓練で自滅している。しかし、使いこなせればこれほど有効な暗器もないだろう。

 本来はこの鋼線を飛ばす使い方をするものだが、ビット兵器と併用することで恐ろしい効果を生み出す。貫通力を有するビットを回避しても、即座に高い切断力を有するワイヤーが襲いかかってくる。ただでさえ赤という目立つ配色をされ、弾丸のように突っ込んでくるビットに目を奪われてしまうのに、そこに隠れるよう存在する見えない仕込ワイヤーは脅威としか言い様がない。

 

「………」

『………』

 

 バイザー越しに見つめ合う。互いに言葉はない。目が合っているわけではないのに、なにかを確認し合うようにしばらくそのまま動かない。

 やがて白いISの少女が身を翻して離脱していく。遥か上空の雲の中に入ったあたりで、反応がロストした。

 

 紛れもない強敵、でも不思議な違和感がアイズを悩ませる。あの白いISで戦っていた少女……彼女は紛れもなく自分に敵意を持っていた。でも、アイズはその少女から確かにもうひとつの感情を感じ取っていた。それは、いうなれば親愛に近いものだった。敵意を抱きながらも遊びたい、というような、ごちゃまぜになった……まるで善悪を同じに考えてしまうような、そんな無垢なもの独特な危険性を現したような、そんな奇妙な感覚。

 

「………あなたは、誰なの?」

 

 アイズの呟きは誰にも聞こえることなく消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 無人機のよる乱入事件により、クラス対抗戦は中止。

 この事件は小さくない波紋を呼び、それは次第に世界へと広がっていく。今まで製造不可能とすらされていたISの無人機。そんな存在が複数で襲撃をかけるという、明らかに何者か、大きな組織がバックにいるだろう事件。こんな無人機が広がれば大問題に発展し、さらに携帯していた大出力のビーム兵器など、その技術力は危険であると同時になにをしても欲しい技術でもある。ISに軍事力を預けている世界ならば、それは当然だった。水面下で各国の策謀が蜘蛛の巣のように互いに絡まり、広がっていく。

 

 しかし、無人機と同時に現れた白いISとその操縦者は、なぜかその存在を抹消されていた。そんなISなどはじめからいなかった、とでもいうように、何者かが意図的にその存在を隠した。IS学園でも緘口令が敷かれ、実際に見たアイズたち以外の生徒はその存在を知ることもなかった。

 

 各国やIS委員会の思惑が絡んでいく中、事件の起きたIS学園ではその喧騒の中心でありながら、不気味な静寂に包まれていた。




朝は5時起き、夜は11時帰りの毎日が続いてました。ようやく落ち着いてきたので執筆時間も確保できそう。

物語はこれにて一区切りです。謎の敵キャラはまた近いうちに登場予定です。



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Chapter 2 タッグトーナメント編
Act.14 「這いよる火種」


「これでよし、と」

 

 事件後、セシリアはとあるものを特殊な包装を施し、それを国際便で郵送の手続きをとった。一見すれば、故郷の知人に土産でも送るように見えるそれは、しかしそうではなかった。

 その荷物は、正規便での輸送はされない。不正規の裏ルートからイギリスへと向かうことになる。いくつものダミールートを介して届く先は、カレイドマテリアル社だ。情報伝達の通信手段から物理的な輸送手段まで、いくつもの手段を有している。これはそのうちのひとつだ。

 

「密輸も手馴れているのね」

「あら、生徒会長殿」

 

 そこへ現れた楯無に驚く素振りも見せずにセシリアがお辞儀をする。楯無はそんなセシリアの挙動に少し不愉快になりながらも追求を行う。

 

「なにを送ったの?」

「日本の地酒ですよ。日本人の知り合いに送るよう頼まれましてね」

「………送ったのは、あの無人機の残骸ね?」

「ええ、そのとおりです。でも、お酒も本当に同梱してますけど」

 

 あの無人機の残骸はすべて回収したはずだが、いくらかを確保していたらしい。しかし、それは見逃すことができない行為だ。楯無は表面上は笑いながらも目を鋭くさせてセシリアを睨む。

 

「………あなたは、いえ、あなたたちは、いったいなにと敵対しているの?」

「ああ、アイズが少し話したんですね。まったく、あの子は好きな人にはサービスしすぎですね。よっぽど気に入られましたね、楯無会長。ちょっと妬いてしまいますよ?」

「それは嬉しいわね。……ま、あの子のあれは天然でしょうけど」

「アイズに裏も表もありませんよ。あの子は常に正直に、すべてをこなすだけです。アイズにとって、日常すべてが同じなのです。それが綺麗であれ、ドロドロしたものでも、同じ、かけがえのないものだと思っている。裏稼業でギャップが生まれる私やあなたとは違います」

 

 表の顔と裏の顔。それは誰もが少なからず持っているものだろう。楯無はその境遇ゆえに、それが顕著に分かれてしまっている。表では人の良い生徒会長、裏では冷酷になれる暗部。そんな二重生活のような日々を送る楯無は、時折どちらが自分の本当の姿なのかわからなくなるときがあった。

 それはセシリアも同じだ。かつて両親が亡くなったとき、家の存続のために謀略から守り通してきたセシリアはいつのまにか自身を強く律するようになったが、アイズとともにいるときだけはなんにも縛られないただのセシリアでいられた。アイズのいないところでは、オルコット家の財産を狙う輩を無慈悲に社会的に抹殺したことも少なくない。救いを求めてくる声も、自業自得だと聞く耳さえ持たずに蹴落としたこともあった。

 

「私たちはそういう存在ですが、アイズは本当の意味で純粋です。無垢、といっていいでしょう。自分の感情にどこまでも正直、妥協や打算といった言葉とは無縁です」

「………」

「でも、私は違います。私はあの子のためなら、いくらでも嘘を重ねましょう。ゆえに、今ここで私があなたに言うことはひとつです」

 

 セシリアは綺麗にお辞儀をすると、花のような笑顔で言った。

 

「一昨日来てください」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。日本に来たばかりでまだ不慣れなことも多いかと思いますが、皆さん宜しくお願いします」

 

 そう壇上で挨拶をするのは、今朝方転校生だと紹介された二人のうちの一人。金髪に、もはや特注の男性用の制服を身にまとった、まさに絵に描いた貴公子という風貌をした生徒。

 クラスが数秒静寂に包まれ、そして爆発する。二人目の男性操縦者、という存在の登場にクラスの一部を除く全員が怒号のような歓声を上げた。

 

 そしてその一部の例外である一人、セシリア・オルコットは難しい顔をして壇上のシャルルと名乗った「少年」を見据えている。転校生が来るというのはカレイドマテリアル社からの最近もたらされた情報であったが、二人のうち一人しか情報がないと連絡を受けている。それだけでなにかあると言っているようなものだが、どうやらかなり念入りに情報操作をされたらしい。それがこの「少年」である。

 

 デュノア、ということはフランスのIS関連企業のデュノア社の関係者かもしれない。しかし、もしそうだとしてもあの会社の経営者の血筋にシャルルという少年がいたという記憶はない。シャルロット、という社長の娘ならいるはずだ。顔は知らないが、以前カレイドマテリアル社で読んだIS関連の企業情報の報告書に書いてあった。他社の弱みを握ることも重要な謀略だというイリーナの言葉通り、上級社員しか閲覧できない資料室にはその手のドロドロした情報がたくさんある。

 一応頭にいれておけ、とイリーナに言われて一通り目を通したセシリアはデュノア社関連の報告書で書いてあることを記憶から引っ張り出す。

 

 正式には令嬢ではなく、愛人の娘という存在だが、シャルロット・デュノアという存在がいることは確認済みだ。シャルル・デュノアとシャルロット・デュノア。下手なコメディーでも見ている気分になるこれは、ただの偶然なのか。

 

「ねぇ、セシィ」

「どうしました?」

「みんな男とか言ってるけど、なんの冗談? そんなに中性的な女の子がきたの?」

「いえ、男性適合者、だそうですよ。確かに顔は中性的ですけど」

「男? …………でも転校生って二人共女の子だよ?」

 

 そうはっきりと断言するアイズに、セシリアは再度シャルルを観察する。

 

 顔つき、中性的。

 

 体つき、胸のふくらみこそないが、体幹は女性寄りのものだ。

 

 仕草、どこか矯正している感じがする。

 

「アイズ、どうしてそう言い切れるのです?」

「匂いと気配で、わかる」

 

 まるで犬だが、アイズのその感覚判断は凄まじいものがある。それを知っているセシリアはシャルルを女性という前提で考えてみる。

 

 いったいなぜ男と偽って入学するのか、その理由はなんなのか。

 男性適合者と名乗ることは、それだけ注目を集めてしまう。女性だとばれるのは時間の問題だろう。ならば、その前になにか狙いがあるのか。この学園でなにか目的があるのだとしても、女性だとしたほうが目立たないし、動きやすい。もしセシリアが、たとえばこの学園に存在する機密情報を入手して来い、と言われたとしても男装して入学するという選択肢ははじめからありえない。メリットなどひとつもなく、デメリットしか存在しないのだから。

 男性であるとした場合、女性では不可能な行動といえば………。

 

「…………ああ、なるほど」

 

 セシリアは視線をずらしてとある人物を見つめる。織斑一夏。表向き、世界初の男性適合者となっている存在。彼との接点を作るにはちょうどいいかもしれない。

 女性だらけの学園内ではハニートラップをしかけるよりは、同性というほうが近づきやすいだろう。しかし、一夏に近づいてどうするというのか。まさか暗殺するというアサシンでもあるまい。擬態という線もあるかもしれないが、シャルルの挙動はそんな訓練を受けているようには見えない。

 

 ちなみにセシリアは暗殺者に狙われたことが、少なくとも三回ある。ISでの襲撃を受けたことすらある。おおよそ、思春期の乙女にあるまじき経歴だった。

 

「シャルルさん、質問があるんだけどー?」

 

 セシリアが思考している横からアイズが元気良く手を挙げて声を張り上げる。ある意味、のほほんさんと並んでクラスの癒し系マスコットとしての地位を確立しているアイズの意外な行動にクラスが注目する。

 

「え、えと、なにかな?」

「シャルルさんって女の子だよね? なんで男として入学を?」

 

 セシリアはがつんと机に頭をぶつけてしまう。

 わかっていた、わかってはいたのだ。アイズは純粋で無垢だけど、いや、だからこそ、こんなことも言ってしまうのだ、と。

 壇上ではシャルルが表面上は平静を保っているが、表情を変えないようにしている時点でバレバレだ。セシリアにはシャルルの動揺が手に取るようにわかった。

 

「……僕は男ですけど?」

「んー?」

「あの、なにか?」

「……アイズ、失礼ですよ」

「そうだね、ごめんなさい。こんな可愛い声なのに男なはずがないって思っちゃったから」

 

 クラス中があははは、と笑いに包まれる。しかし、セシリアとシャルルは引きつった笑みを浮かべており、もうひとりの転校生と織斑千冬は無表情に鉄仮面を貫いていた。

 

「皆さん静かにしてください! まだ自己紹介は終わってませんよ!」

 

 副担任の真耶が声を張り上げる。心労が多そうでご苦労さまです、とセシリアが心中だけで労う。そこでクラスの皆がもう一人の転校生に目を向ける。銀髪の黒眼帯をしている背の低い少女。しかし、身にまとう空気は軍人のそれである。

 こちらの人物の情報はちゃんと入手している。

 

 ドイツの代表候補生にして、ドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長。名を、ラウラ・ボーデヴィッヒ。まさに正真正銘の軍人だ。この若さで隊長になっているのは本人の実力もあるのだろうが、ISによる影響が大きいかもしれない。追加情報で彼女についてまた詳しい情報を得られるだろうから、今のところ知っておくべきことはそれくらいだろう。転校してきた理由は知らないが、彼女の都合というよりは軍、ないし国の都合だろう。でなければそう軍の一部隊を預かる隊長が学生をするためにわざわざ入学をすることもあるまい。

 セシリアは謀略の匂いを感じさせる二人の登場に、表面上はすまし顔でも内心ではため息ばかりついていた。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

「ここではそう呼ぶな。私はもう教官ではないし、ここでのお前は一般生徒だ。織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 わかっていないだろうな、と誰もが思う。ラウラは自分の名前だけ言って沈黙してしまったからだ。しかもあの挨拶は友好的とは程遠い。学生における自己紹介の意義は友好を表すものだ。ラウラのものはむしろ拒絶の意味合いが強い。

 そんなラウラは今度はいきなり表情を変えた。

 

「貴様が……!」

 

 なにやら妙な威圧感とともに敵意ある言葉を発し始めた。ぼんやり成り行きを見守っていたセシリアはラウラが向かった先にいた人物と、ラウラが腕を振り上げた姿を見て咄嗟にソレを投げてしまう。

 

「ッ!?」

 

 ラウラはそれに気づき、後ろへと飛び退く。その飛び退いた場所にカツン、と何かが突き刺さった。それは女性との必需品といえる櫛だった。カレイドマテリアル社製非売品『ISのブレードも受け止められるすんごい櫛だよ!』である。誰が作ったかは言うまでもあるまい。セシリアが護身用暗器として持っていたものだ。

 

「貴様……なんの真似だ?」

「あら失礼。友が理不尽に暴力にさらされようとしておりましたので、ついつい手が滑ってしまいましたわ」

 

 そういい笑顔で言い放つセシリアに対し、ラウラは警戒した様子でナイフを取り出した。それを見てもセシリアは動じない。いまさらナイフなんて、セシリアにとっては脅しにもならない。一夏はぶたれそうだったと理解したのか、不思議そうに、しかし疑念を多く含んだ目でラウラを見返している。

 

「それより、初対面でいきなり平手打ちをすることがドイツ式の挨拶ですか? それともご自慢の部隊シュヴァルツェ・ハーゼのブームかなにかですか、黒兎さん?」

「貴様……!」

「今度はナイフで挨拶ですか? ……弁えなさい。ここは学び舎です」

 

 挑発したセシリアも人のことは言えないはずだが、お嬢様オーラを醸し出すセシリアが言うと不思議な説得力がある。

 

「やめろラウラ。それにナイフは規則違反だ。それは預かっておく」

 

 千冬の制止でラウラが引き下がる。どうやら彼女のいうことだけは素直に聞くようだ。ナイフもあっさりと手渡していた。その後もラウラは一夏に敵意の視線と言葉を投げかけて席へと向かう。険悪になりかけた教室の空気を変えるように千冬が手を叩く。

 

「次はISの模擬戦闘の為、速やかに校庭に集合する様に。遅れた者は校庭を十周だ。それでは解散!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「セシィ、珍しく突っかかったね?」

「そうですね、どうもあの手の人には、ね」

 

 一日が終わり、いつものように二人は部屋で今日の出来事を確認し合っていた。しかし、話題はなんといっても二人の転校生だろう。

 

「明日には本社からの連絡であの二人の詳細もわかるでしょう。まぁ、既にわかったことは…………」

 

 セシリアは妙な疲れを感じながら結論を言う。

 

「シャルル・デュノアは女性ですね」

「だよね、やっぱりそうだよね!」

 

 ボクの言ったとおりでしょ、と得意気に言うアイズの頭を撫でながらセシリアも頷く。一日観察してみたが、間違いなくシャルルは女性だ。仕草や咄嗟の反応は女性のそれだ。

 シャルルはデュノア社経営者の関係者とその本人が言っていたので、おそらくは正体はシャルロット・デュノア。確証はないが十中八九間違いないだろう。

 だとすればお粗末なことこの上ないが、あのシャルルが囮で違う工作員が入り込んでいる、とも考えられる。しばらくは静観だろう。

 

「ラウラちゃんも気難しそうな子だね」

「そうですね、こちらも裏事情がありそうですが……」

 

 こちらも一日観察していたが、よくもまぁこれだけの問題行動を起こせると感心したものだ。人付き合い、というものをまったく理解していないだろう数々の行動にこいつはいったいなにがしたいのか、なにをしに来たのか本気で思った。一夏になにやら思うところがあるようだが、まさかそれだけではあるまい。

 

 それにしてもいくら軍人だからといってナイフを持ち歩いているとは、軍で一般教養は学ばなかったのだろうか。いや、案外その可能性が高いという現実に疲れてしまいそうだ。

 そしてもちろんラウラと同様に凶器に成りうる櫛を没収されたセシリアが言えたことではない。

 

「んー、こういう謀略っぽいイベントはセシィ向けだしね。ボクはちょっと遊びにいってくるよ」

「確かに謀略には慣れてますが、あまりそう言われたくないですね。……それでどちらへ?」

「ん、簪ちゃんとこ」

 

 アイズは楽しそうにそう告げて部屋を出て行く。簪という名前は最近アイズがよく言う名前だ。どうやら先の出会い以来、仲良く交流を続けているらしい。今までも何度か遊びにいっている。アイズがこの学園でたくさん友達を作っていることにセシリアは嬉しさと一抹の寂しさを感じるのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「かーんざーしちゃーん、あーそーぼー?」

 

 親しくなった人間にはとことん素で接するアイズが持ち前の緩めのロリータボイスを遺憾なく発揮しながら簪の部屋の扉をノックする。こういうときのアイズはあの楯無すら無自覚に手玉に取ってしまうほどである。

 そして少しして部屋から物音がして、扉が開く。

 

「……いらっしゃい、アイズ」

「………?」

「入って、お茶とお菓子を出すね」

 

 招かれたアイズがここに遊びにきたときの定位置であるベッドへと腰をかける。簪はお茶とお菓子の用意をするためにキッチンへと向かう。アイズはその間、ただ無言でじっと簪の気配を感じていた。そんなアイズは、少し躊躇いがちに戻ってきた簪に声をかけた。

 

「あの、簪ちゃん」

「なに?」

「………泣いてたの? なにかいやなことでもあったの?」

 

 目の見えないアイズは、確信をもってそう言った。

 

「…………アイズは、本当に不思議ね。そんなこともわかるなんて」

 

 簪は自嘲するような笑みを浮かべて、それを肯定した。もはや隠す素振りも見せずに、簪は目に溜まった涙を拭う。そんな簪を、アイズは気配を頼りに近づいてぎゅっと抱きしめる。アイズと簪は身長差があるため、妹が姉に抱きついているようにも見える。

 

「……アイズ?」

「……辛い時は、こうすればほんの少しでも楽になる。ボクも、よくそうされてたから。だから、今度はボクがそうしてあげたい」

「………」

「こんなボクができるのは、ひとつだけ………ボクは、簪ちゃんの味方だよ」

 

 その言葉は、簪の張り詰めていた緊張の糸を切るには、十分な一言だった。




簪攻略編の第二部が始まるよ! ……だからそういう話じゃない。

でも簪の出番はここから激増します。


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Act.15 「夢の魔法」

 すすり泣く簪の頭を優しく撫でながら、アイズは妙な既視感を覚えていた。

 その正体はすぐにわかった。これは自分だ。自分とセシリアだ。いつもこんな風にセシリアに頭を撫でられていたアイズは、撫でる側になったことで妙なくすぐったさを感じていた。ほんの少し、セシリアに近づけた気がしたから。

 そうして、弱々しいこの少女のように、自分もこんな触れば壊れそうな感じだったのだろうか、と意味のないことをぼんやりと考える。しかし、すぐにその思考はシャットアウトされる。

 

 今のアイズにとって重要なのは、簪ただひとりなのだから。

 

 しばらくすると簪がもう大丈夫だと言ってハンカチで目元を拭った。アイズは本当に落ち着いたか簪の気配を探って、確かに落ち着いたようだと判断すると簪の隣に腰をかける。

 そして、セシリアがアイズにそうしてくれるように、簪の手を取り掌に指を這わせる。それは傍にいるというサインだった。そんな意図をなんとなく察したのか、簪も指を絡めてアイズの手の暖かさを確かめている。普通なら過剰なスキンシップでも、視力に頼れないアイズにとってはそれは重要な手段で、誰かに縋りたい今の簪にとっても非常に適切な距離感を与える行為だった。

 

「なにがあったの、簪ちゃん? なにか嫌なこと言われたの?」

「ううん、そうじゃないの。………私は、謝りたかったの」

「謝る? 誰に?」

「………あなたに」

「ボク……?」

 

 それは意外な告白だった。アイズは、簪が自分に謝罪するようなことがあるなどまったく思っていないし、いったいなんのことを言っているのかさえわからない。

 しかし、簪の気配からそれは本当に思いつめているようだと感じ、アイズは不安を強くした。

 

「私は、………結局、ひとりじゃ無理だった。自分の限界が、わかっちゃった、から……」

「…………」

「私じゃ、アイズの希望になれない。私は、アイズを励ますこともできない」

 

 その言葉で、アイズは理解した。

 そう、確かに言った。簪がひとりで頑張ろうとする姿に、自分は勇気づけられる、と。それは本音だった。今でも簪には尊敬の念を持っている。

 でも、その言葉が簪を追い詰める一因になっていたということにアイズはショックを受けた。そんなつもりで言ったわけじゃない、でも、事実としてそれは簪の重荷になっていた。それがアイズには耐え難いことだった。

 

「ボクは、……ボクが、簪ちゃんを追い詰めたの?」

 

 ここで「そうだ」と言われたらきっと立ち直れない。それでも聞かずにはいられなかった。

 

「違う……私が、勝手にアイズのために頑張りたいって思っただけ……アイズは悪くない」

 

 それから簪はゆっくりと心中を吐露し始めた。

 あのアイズの発言を受け、簪の中で小さな変化があった。

 今までただ姉に追いつきたい、自身が平凡じゃないと証明したい、そんな簪自身が利己的と思っていた理由でがんばっても、なにもできないのではないかと思った。限界を感じていたこともあり、ほかの理由が欲しかった。

 だから、簪はアイズに縋った。

 自分を羨ましいと言ってくれた人、尊敬できると思ってくれた人、そんな人に、こんな自分でも希望を与えられるなら、それはきっと簪にとっても素晴らしいことだと。

 

 でも、現実は優しくはなかった。自身の専用機をたったひとりで作り上げることが、どれだけ困難なことか、やればやるほどそれは簪を追い詰めていった。前向きに頑張れる理由ができても、今度はその理由を裏切ってしまうのではないかという恐怖が次第に大きくなっていった。

 

 そんなとき、クラス対抗戦でのあの事件が起きた。簪もちょうど見学のために会場を訪れていた。そこで見たものは、ビーム兵器という強力な武器を携え、集団で襲いかかる機体を鎧袖一触にする四人の姿。遠目でよくわからなかったが、アイズであろう赤い軌跡を目で追っていた簪は、アイズの凄さを改めて知りつつ、そんな人がかけてくれた期待に応えられない自分を嫌悪してしまった。

 もともと内向的な性格の簪は、一度ドツボにはまってしまえばそれは泥沼のように自分自身を追い詰めてしまった。自分だけでない、アイズを気にかけているからこそ、それは深く沈むように簪の意気を落としていった。

 

 そうして途切れ途切れになりながらもすべて話した簪は、まるで怒られるのを待つ子供みたいにビクビクと怯えるように黙り込んでしまった。

 しかし、それはアイズとて他人事ではなかった。まさか自分の言ったことが、そこまで簪を追い詰めていたとは露ほども思わなかったアイズにとってまさに青天の霹靂だった。

 

 

 違う、そうじゃない。

 

 本当に言いたかったことは、伝えたかったことは―――。

 

 

「………簪ちゃん」

「アイズ?」

「ボクも同じなんだよ、簪ちゃん。ボクも、ひとりじゃできることなんてたかがしれてることなんだよ」

 

 たしかに、今のアイズには自信がある。いままで積み上げてきたものを誇りとして大切に思っている。しかし、そこに至るまでの道程は、決してひとりの力だけで歩いたものではなかった。

 

 ISの操縦はセシリアをはじめとした多くの人に教わった。目の見えないハンデは思いのほか大きかったため、それを克服することにどれだけ努力を重ねたか、そしてどれほどの努力が実らなかったか……。

 

 自身の駆る機体『レッドティアーズtype-Ⅲ』は束が本当の意味でアイズ専用となるように開発してくれた機体。束は寝る間も惜しんでこれをアイズに渡してくれた。それを使いこなせるようになるまで、また多くの時間を必要とした。

 

 身分なんてないアイズに社会的な地位と保証を与えてくれたのはイリーナだ。先行投資だ、と言いながら莫大な資金をアイズに使った。その額を知ったとき、アイズは目を回して気絶した。

 

 

 この学園に来てからも、多くの人にアイズは支えられている。それは常に思っているし、感謝することを忘れたことはない。自分の力で恩を返したいと偉そうなことを言ったにも関わらず、アイズは支えられなければ生きていけない。いったいなにをすれば恩を返せるのか、それはアイズにもまだわからない。

 むしろ、それをずっと考えている。探している。

 

「ねぇ簪ちゃん、ボクは、いったいなにを返せると思う?」

 

 簪は応えられない。それは、形は違えど、簪の答えの出ない悩みとよく似ていた。

 

―――――自分にはいったいなにができるのか。

 

 アイズも簪も、突き詰めればそこに集約されていた。それは誰もが抱くものだろう。しかし、この二人に限って言えば、それはアイデンティティに直結するほどの心の奥深くに根付いた命題だった。

 

「ボクはね、この問を一度セシィに聞いたことがあるの」

「……セシリアさんは、なんて?」

「―――答えなんてないほうがいい。それがセシィの答えだった」

 

 そのときはアイズも驚いたものだ。それはアイズにとって悩み続けろ、と言っているようなものだからだ。しかし、そのあとに続いたセシリアの言葉は、アイズにとって忘れられないものだった。

 

 

 

 

―――だって、目標が決まってしまったら、そこで止まってしまうでしょう?

 

 

―――アイズ、特にあなたは目のことがあるから、自分に限界があると思っている。だからできる範囲での目標を欲しがっている。

 

 

―――それは悪いことではないでしょう。ですが、それを為したとき、あなたはどうするのですか?

 

 

―――きっと、止まってしまうでしょう。そうなったら、きっとアイズは耐えられない。あなたは、妥協に耐えられない。

 

 

―――だから、夢を持つことです。あなたが、自慢したいくらいに、心の底から見たい景色を思い浮かべてください。それが、あなたの夢。

 

 

―――みんなと一緒に見たい景色があるなら、あなたはみんなと一緒になってがんばれるでしょう。そうなれば………。

 

 

―――あなたは、もう………どんなときでも、ひとりではないんですよ。

 

 

 

 

 その言葉をアイズは生涯忘れないだろう。セシリアがくれた、心の寂しさを無くす言葉。

 アイズは、自分の力でなにかを返したいという思いを捨てたわけじゃない。それは感謝の思いと同義だから。だからずっとこれからも考え、悩むだろう。

 

 でも、アイズは同時に夢を持とうと思った。みんなで見たい、そんな夢を。

 

 そして、そんな夢はあった。セシリアと、束と、イリーナと、みんなと一緒になって見る夢が、あった。

 

 それは今の世界では、実現するにはとても難しいものだ。でも、それを目指したい、実現させたい、それは不可能なんかじゃない。そう思える夢が、確かにあったのだ。

 

 こんな自分でも、一緒になって目指したいと思える夢。それがこの身を、心を支えるもの。

 

 それ以来、アイズは不安になることが少なくなった。ひとりで頑張ろうとすることも、その夢につながっている。そう思えるようになった。

 だからアイズは、ひとりでいてもひとりじゃない。そう思えるようになった。それはまさしく“魔法”だった。

 

 そんな“魔法”を、簪も知って欲しい。アイズが救われたように、簪も今の無力感から救われて欲しい。

 

 こんな考えは傲慢だろうか。ふとそんなことを思う。でも、アイズはいつも自分の思いのままに行動する。それが正しいとか、正しくないかとか、そんなことよりもアイズがそうしたいと思ったから、そうするべきだと感じたから、そうするのだ。

 

 

「簪ちゃん、ボクの目を見て――」

 

 アイズが唐突にいつもしている目隠布を取り去る。

 なにも覆うもののないアイズの素顔は、年齢よりも幾分か幼く見える。いつも閉じられている瞼がゆっくりと開かれ、中からずっと閉ざされていた瞳が顕になる。

 

 初めて見たアイズの瞳に簪は息を呑む。この瞳を見た人間は、おそらく多くはないだろう。焦点の合っていない白濁した瞳。可愛らしい顔立ちにあって、違和感を発する瞳だった。

 アイズはそのまま顔を近づけ、ほとんど密着するような距離で簪と目を合わせた。簪は、眼鏡でしか隔たれていないその瞳に釘付けになる。

 

「………ここまで近づいて、ようやく簪ちゃんの目が、うっすら、ぼんやりとだけ見える。こうしなきゃ目を合わせられない。でも、薄暗く見えるから、本当にぼんやりとしかわからない」

「…………」

「こんな目だから、ボクは怖かった。ボクの傍に誰がいるんだろう、ボクはひとりなんじゃないだろうか。そんな不安はずっとあった」

「アイズ……」

 

 簪は無意識に握っていたアイズの手を強く握り締める。

 

「でも、こんなボクでも、ひとりなんかじゃないって信じられる夢がある。夢をみんなで見たい。その夢がある限り、ボクはがんばれるんだよ」

「…………わた、しも……」

「ん?」

「私にも、……そんな夢があれば、………アイズみたいになれる? 私は、アイズの強さが欲しい……」

「簪ちゃんは、ボクにはなれないよ。簪ちゃんもボクも、自分にしかなれない。だからこそ、……」

 

 そう、だからこそ。

 

「一緒に見ることができる夢が、きっとあるよ」

 

 それが、アイズがたどり着いた、答えに至るための、答え――。

 

「簪ちゃん」

「なに?」

「簪ちゃんの専用機の作成、ボクにも手伝わせて欲しい。………ボクは、簪ちゃんと一緒に、空を飛びたい。ボクは、一緒に同じ光景を見てみたいよ、簪ちゃん」

 

 

 

 ***

 

 

 

「思うんだけどさ、アイズって同性からモテるでしょ?」

「それがアイズですから……所属している会社にはアイズ愛好会なる組織まで存在してますし」

「どうせあんたが会長なんでしょ?」

「いえ、会長は頭のいいバカなウサギさんです」

「なにそれ?」

 

 アイズがなにやら簪とまた随分と友好を強めてきたらしい日の翌日。セシリアはアイズと別行動で、現在は鈴とともにアリーナで定期的に行っている模擬戦と機体調整を行っていた。いつもならアイズや一夏といった面々もいるのだが、今日はこの二人だけだ。一夏は知らないが、シャルルとなにか話があるらしい。同室になったと言っていたし、なにかしら話でもしているのかもしれない。

 

 アイズは今頃簪と一緒に整備室だろう。

 昨日の夜、なにやら嬉しそうに帰ってきたアイズが言うには、簪の専用機を一緒に作り上げることになったという。そこに至るまでいったいなにがあったのかは詳しくは聞かなかったが、アイズがやたらと簪に入れ込んでいる姿を見てセシリアにはなんとなく事情がわかった。どうせまた同性を落としてきたのだろう。異性より同性にモテるのは、ずっと一緒にいたセシリアにはよくわかっていた。

 

 

「アイズは気に入った人にはとことん好意的になりますからね。好きだから助けたい、好きだから力になりたい。ただ、それだけなのでしょう」

「あの子の場合に、それについてくる打算的な結果も、ただのついで、ってことね。どうすればそこまで純粋に成長できるのか知りたいわね」

「…………知らない方がよいでしょう。アイズの純粋さは私も好きですが、………それがすべて尊く正しいとは思っていません。あの子のあり方は好ましくも苦しいものですから」

 

 アイズのあり方は確かに羨むものかもしれないが、だから苦しんでいる、という側面もある。白と黒がまざりあっている世の中で、白いままでいることがどれだけ奇異で異常なのか。それは、きっと幸せとはほど遠いあり方だろう。

 

「まぁ、そういうのがあの子なんです」

「みんなして、難儀なもん背負ってるわねぇ」

 

 鈴は苦笑してセシリアを労うように肩をポンと叩いてやる。鈴はなにかとこうした事情を察してくれることが多々あるためにセシリアも鈴の気遣いはありがたかった。猪突猛進に見えて、なかなか気を配れる鈴にはセシリアも助けられている。

 

「そういえばそろそろ学年別トーナメントがあるじゃない」

「ああ、そういえばそうですね。今回はたしかツーマンセルのタッグ戦でしたか」

 

 先のクラス対抗戦のときの無人機襲撃事件を受けて急遽決まったことだ。おかげで学園内で良くも悪くも一番ホットな話題である。

 

「あんたも出るんでしょ? やっぱりアイズと組むの?」

「いえ、それはなるべく禁止だ、とやんわりと織斑先生に言われてますから。『おまえたちが組めば優勝が決まってしまう』だそうです」

「ま、悔しいけどそうでしょうね。遠近で相性も抜群のあんたらが組んだらはっきり言って勝てるやつなんかいないわ。千冬ちゃんも英断ね」

 

 前衛のアイズと後衛のセシリア。この二人のタッグに対抗できる存在は更織楯無ぐらいだろう。楯無級がもうひとりいればわからないが、そんな強者はそうそういない。しかも長い間パートナーだった二人には連携に隙もない。付け焼刃のタッグでは瞬殺されるのがオチである。

 

「そういえば気になっていたんですが、なぜ織斑先生は“千冬ちゃん”なのですか?」

「ん? ああ、昔よく一夏の家にも遊びに行ってたからね。そのときはまだもうちょっと柔らかい雰囲気で、一緒に遊んでくれたりもしたのよ?」

「へぇ、あの織斑先生が……」

「あたしにとっては、ブリュンヒルデというより、近所の優しいお姉さん、ってイメージのほうが強いわね。だから千冬ちゃん、って呼んでたのよ。今でもプライベートじゃ、普通にそう呼んでるしね」

「是非ともそのあたりの話を聞いてみたいですね。あの織斑先生の、そういう話は興味がありますね」

「そう? じゃあ今度アイズも交えて女子会でも………っ!?」

 

 瞬間、なにかが飛来する気配を察した二人は瞬時に警戒態勢へ移行する。それが砲撃だと理解する前に反射的にその場から離脱する。二人の中心に着弾した砲撃が地面を抉りとるように爆発する。

 

「直撃コースではなかったとはいえ、いきなりぶっぱなしてくるとは………誰よあんた」

 

 砲撃を放った人物を睨みつける鈴と違い、セシリアはとうとう厄介事が絡んできたと半ば諦めながらため息をついた。初日の教室の出来事から、いつかはこうなるだろうとは思っていた。

 乱入者の名は、ラウラ・ボーデヴィッヒ。ラウラは自らの専用機シュヴァルツェア・レーゲンを纏い、見下すように笑いながら二人に近づいてきた。

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルーティアーズ』か………イギリスのほうはデータと違うようだが……ふん、データで見た時の方がまだ強そうだったな」

「あなたは声のかけ方も知らないようですね、ラウラ・ボーデヴィッヒ。それとも時代遅れな果たし状のつもりですか?」

「ああ、こいつがドイツの………なに、こんなのが代表候補生やってんの? あたしよりアウトローなんじゃないの?」

「衝撃砲にBT兵器、そんな実験機を積んだ欠陥品に乗った程度でその地位にいる貴様らが同じ第三世代機乗りとは恥ずかしい限りだ」

「あァ?」

 

 鈴の目つきが変わる。それは不良が集まる路地裏でよく見かけるような目であった。挑発は買う、喧嘩も買う。そう鈴の目が言っていた。

 

「鈴さん、そんな簡単に挑発に乗って………こんな礼儀知らずの相手をしても時間の無駄でしょう?」

「なら下がってなさい、セシリア。あたしはこの手のバカには地面とキスさせてやらないと気がすまないのよ」

 

 どこまでも好戦的な鈴にセシリアもやれやれと首を振る。ともかく、自分がこんな茶番に付き合う理由はない。負けるとは思わないが、仮にも代表候補生。国の責任の一旦を背負っている立場だ。私闘で厄介事を招くことは避けたい。セシリアはラウラの挑発を適当に流しながら観戦でもしようかと思っていた、が………。

 

「ここまで言われてなにもしない腰抜けとはな。所詮、目の見えない役たたずのお守りしかできない低能だったか」

 

 ラウラが盛大に地雷を踏み抜いた。




一夏くんは原作通りにシャルさんとラブコメ中です。

次回は「スーパーセシリア対普通の黒兎」、「簪といちゃつくアイズ」の二本立てだよ!


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Act.16 「絡みゆく想い」

 簪と一緒に整備室に篭ったアイズは、まず現在の簪の専用機『打鉄弐式』の現状を知ることから始めた。目の見えないアイズは特殊な手段で認識しなければならないため、『レッドティアーズtype-Ⅲ』を展開し、機体へデータを転送してもらうことにした。そこでデータを確認していたアイズに、簪が疑問を声を上げた。

 

「その、機体は……」

「察しの通り。目の見えないボクが、擬似的に視力を得ることができる調整がされてる。『AHS』っていう特殊なシステムなんだ」

 

 束がアイズ専用として搭載したシステム『Artificial Hyper Sensor』。擬似超感覚と名付けられたそれは、五感を補強するのではなく、五感を代替することを目的としたハイパーセンサーの派生型だ。まだまだ発展途中であるが、それはアイズにとって希望となる技術であるし、これが医療転用されれば多くの人に希望を与えられるだろう。未だ、この『AHS』に適用できる条件があるため、アイズしかこのシステムの恩恵を受けることができないが、カレイドマテリアル社では日夜これらの研究が進められている。その研究の貴重な実験体が、アイズであった。

 

「そんな技術があったの」

「まだ世にはでないよ、問題も多いから。その問題をなくすためのデータ取りも、ボクの役目」

 

 そう言いながらアイズは簪の機体のチェックを進める。テストパイロットをしていたアイズは、専門家には敵わないまでも、知識としてかなりのものを蓄えている。

 まずはじめの、開発途中で投げ出された時点での機体データと、今現在、簪が作り上げた機体データを見比べる。

 

「やっぱり簪ちゃんはすごいよ。よくここまで……」

 

 虫食い状態だったプログラムも、ある程度の基本的な動作はこなせるくらいまで汲み上げられている。これだけでも、簪がいかに優秀かわかるというものだ。束の下でこうしたプログラム関連の技術を教わっていたアイズは簪の能力の高さが本物だとすぐにわかった。これほどのものを独力でやってのけるとは、あの束も興味を持つかもしれない。

 

「あとはマルチロックオンシステム、それに兵装運用のためのシステム周り、あとはフレーム類が少々、か」

「でも、今のままじゃ互いにメモリを食い合って正常な動作が厳しくなる……」

「リソースが決まってるから、複数同時が必須なのに、個別作動しかできない、か。たしかにこれはまずいね」

 

 簪もアイズの知識には舌を巻く思いだった。普段はほわわんとした雰囲気のアイズであるが、今はまるでベテランの研究者のようにプログラムを精査しながら思考に没頭している。

 

「アイズはどこで覚えたの?」

「ん? ああ……ボクにいろいろなことを教えてくれた人がいるんだ。その人はボクの知る限り、人類最高の頭脳の持ち主だよ」

「あの、篠ノ之博士よりも?」

「あー、うん。少なくともその博士と同じではあるかな。うん」

 

 まさにその人です、というのは流石に言えない。簪に隠し事はしたくないが、自分だけの問題ではないために束の存在は漏らせない。以前にも口に仕掛けてセシリアに説教されたこともあるのでアイズはあまり下手なことは言わないようにと気をつけている。

 

「でもアイズはすごい。テストパイロットって、そう簡単になれるものじゃないもの」

「あはは、まぁ、セシィはともかく、ボクがテストしてるのはちょっとベクトルが違うんだけどね」

「どういうこと?」

「さっきも言ったけど、ボクが主にテストしてるのは『AHS』関連なんだ。光を失った人が再び光を得るための技術、……なんだけど、まだ問題も多い。………ボクの目には、安全性が確立されてないナノマシンが入ってる」

「え?」

「そのナノマシンが、IS起動とともに活性化されて、ハイパーセンサーと同調して視覚を回復させる。ハイパーセンサーで得た視覚情報を、機能しなくなった視神経を補っているナノマシンに送って、それでようやく認識できるんだ。…………ちなみに、起動中はこんな変化がある」

 

 アイズがバイザーを解除して、素顔を晒して簪を“見た”。

 その瞳は昨夜の白濁したものではなく、透明感のある黄褐色をしたものへ変化していた。それは琥珀を思わせる、温かみのある優しい瞳だった。

 

「綺麗……」

 

 簪は知らずにそう呟いていた。そう言われたアイズも、くすぐったそうに頬を緩ませた。

 

「ありがとう。……でも、以前はナノマシンが適合しきれなくて、スタンピードを起こしちゃったり、ね。だからそうしたリスクを常に負ってるんだよ。ああ、リアルに血の涙を流したこともあったっけなぁ」

「そんな………それじゃまるで………!」

 

 人体実験ではないか。そう言いかけた簪の言葉をアイズが制する。

 

「違うよ。これはボクが望んだこと。それに………ナノマシンについては、これとは違う理由で、仕込まれたものだから。このナノマシンは、本来医療用じゃないんだよ」

 

 医療用ナノマシンならば、スタンを起こすような危険性など孕んではいけない。なのに、アイズのもつそれは違う。なぜなら、このナノマシンは、本来は医療ではなく、まったく別の思惑でアイズに埋め込まれたものだから。

 それを医療転用させた束には本当に頭が上がらない。これを利用してカレイドマテリアル社では、ゆくゆくはアイズのデータから、はじめから完全な医療用の移植ナノマシンを開発し、『AHS』による治療を可能とすることを目的とした研究が進められている。

 

「それにね、ボクは後悔なんてしてないもの。だって、おかげで今、簪ちゃんの顔を見られたんだから」

 

 屈託のない、純粋な笑みを浮かべるアイズ。今度ははっきりと瞳を合わせて行われたそれは、簪の頬を赤くするには十分すぎたものだった。

 

「バ、バカ……」

「えへへ、照れる簪ちゃん、かわいい」

 

 傍から見れば仲のいい友達を通り越してもはや付き合い始めた恋人がいちゃついているようにしか見えない光景だ。そもそもアイズは恋愛方面には未だ疎く、恋愛だろうが友情だろうが親愛だろうが、すべてを『愛』に集約される。だから好きな人には、どこまでも好意をもって接する。

 そんなストレートな好意に慣れていない簪は羞恥に悶えながらも、決して拒否はしない。ISを起動させなければならないが、こうした簪の姿を見ることができて、アイズはご満悦だ。

 

「さぁ、がんばってこの子を仕上げよう。この子もきっと、簪ちゃんと一緒に空を飛びたがっているよ」

「……うん」

 

 どこまでも暖かなアイズの言葉に、簪は心が穏やかになっていくのを、確かに感じていた。アイズと一緒にいると感じられる、この穏やかな時間が簪は好きだった。

 しかし、その時間は突如として現れた乱入者によって断たれてしまう。

 

 

「や、やっと見つけた~! あれ、かんちゃん?」

 

 

 整備室へと入ってきたのは、アイズと並ぶ一組の癒し系マスコット。通称のほほんさんであった。彼女は中にいたアイズ、そして簪を見て意外そうな声をあげた。

 

「二人って知り合いだったんだ?」

「本音、どうしたの?」

「本音ってのほほんさんの名前? そういえばボク、本名って聞いてなかったっけ……」

「布仏本音だよ、アイズ。私とは幼馴染みたいなものなんだけど」

「おお、意外な事実!」

 

 のほほんさん改め、本音はいつもの笑みを浮かべて二人に近づく。彼女が混ざっただけで場の空気がさらに緩やかに和むものへと変化した錯覚さえ覚えてしまう。

 

「かんちゃんが楽しそうにしてるのも珍しいね~。最近はずっと難しい顔してたのに~、あーちゃんのおかげ?」

「ほ、本音!」

「うんうん、でもそうやって笑ってたほうがいいよ~、かんちゃん。あーちゃんもそう思うよね~?」

「そうだね、簪ちゃん可愛いから、笑顔が似合うもの。もっと、ボクに簪ちゃんの笑顔見せてほしいなぁ」

「う、うう………」

 

 二人の褒め殺しに簪もたじたじである。もう首まで真っ赤だ。この癒し系マスコット二人が組んだとき、その愛らしさに骨抜きにされた人間は数知れない。

 しかも、さらにタチが悪いのは、この二人は狙っているわけじゃなく、ただの天然だということだ。無邪気な子供の笑顔のように、ただまっすぐに好意を向けられるということは、その人に言葉にならない暖かいなにかを胸の内に芽生えさせるという。

 

「そ、それより! 本音はなにか言いにきたんじゃなかったの?」

「ん?」

 

 アイズと並んでニコニコしていた本音が「うーん」と考える。たしかにここに来た当初、なにかを伝えに来たようだった。本音はしばらく考えていたが、やがて思い出した! と言わんばかりに手を叩いた。

 

「そうだった~! 大変なんだった~! 喧嘩だよ喧嘩! それも大乱闘!」

「喧嘩?」

「専用機持ち三人の大喧嘩なんだよ~!」

 

 その三人、というのが簡単に想像できてしまうアイズは冷や汗を流す。いや、しかし、まさか。そんな言葉が頭に響くが、アイズはとにかく確認しようとその三人とは誰なのかを問いただす。

 

 まず喧嘩の原因となったらしいドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の学園内の生活態度を見ていればそれはまだわかる。

 

 次に中国代表候補生凰鈴音。鈴の激しい気性や、挑発は喜んで買うといった性格を知っているため、これもまだわかる。

 

 そしてイギリス代表候補生セシリア・オルコット。………それを聞いてアイズは目を回すかと思った。セシリアが乱闘に加担するとは信じられない。いつもノブレス・オブリージュを忘れないあのセシリアが、私闘なんてするはずがない、と……アイズはまるで、ウチの子にかぎって、というような子供の不祥事を知らされた保護者みたいな反応をしてしまう。

 

「ボーデヴィッヒさんって、たしかドイツ軍の部隊長なんでしょ? そんな人と乱闘なんて……!」

 

 軍人と戦うこと自体が無謀なんじゃないかという簪の心配は、正しい。しかし、今回において心配するべきことはそこではない。

 もし、理由はわからないが、セシリアが本当にキレているのだとしたら……。

 

「こ、殺されちゃう………」

「早くセシリアさんたちを助けにいかないと……!」

「違う! セシィを止めないとラウラちゃんが殺されちゃう!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 時は少々遡る。

 

 ラウラが言い放った言葉は、セシリアの耳から脳に達した瞬間、セシリアの理性を奪うものだった。しかし、わずかに残された、ほんのわずかな自制心をかき集めてセシリアは口を開く。

 

「………聞き間違いかしら。今、なんと言いました?」

「二度も言わねばわからんか。目の見えない役たたずしかお守りのできない低能だと言ったのだ」

 

 ご丁寧に同じ言葉を繰り返す目の前の黒兎に対し、セシリアは思考を回す。ここで暴れては、代表候補生としての素行、所属するカレイドマテリアル社への不利益など、数多くの問題が起きる可能性がある。

 そして、アイズを理由に暴れるなど、アイズに申し訳のないことだ。だからここは我慢するべきなのだ。

 

 そんな思考をどこか遠くに感じながら、セシリアはスターライトMkⅣを構えた。その銃口はラウラへと向けられている。

 

「撤回しなさい」

「ふん……」

「今の言葉を撤回しろと言っている」

「なぜそこまで気にかけるかわからんな。まぁいい。いずれあいつも取るに足らないやつだとすぐに証明してやるさ」

「………それは今のようにアイズを襲う、ということですか?」

「だったらどうした?」

 

 セシリアは、今まで考えていた自制を彼方へと捨て去った。残っていたわずかな自制心は木っ端微塵に砕け散った。

 

 代表候補生として非行である。それがどうした。カレイドマテリアル社に迷惑をかける。それがどうした。アイズに迷惑をかける。これだけは避けたいが………そのアイズに危害を加えようというのなら。

 

 その前に、この黒兎を駆逐しなくてはならない。

 

 アイズに仇なすものはすべて――――この、セシリア・オルコットの弾丸によって貫かれるのだから。

 

「なら、ここであなたを駆除しないといけませんね」

「ふん、できるものなら………ぐがっ!?」

 

 突如として、ラウラが側面から放たれたレーザーに直撃して吹き飛んだ。ラウラが信じられないものでも見るかのように首を向けるが、そこにはなにもない。ただ虚空から攻撃されたとしか思えない、ナニカによる攻撃だった。

 

「貴様……! なにをした!?」

 

 セシリアはラウラの言葉を無視してスターライトMkⅣの引き金を引く。それは正確にラウラの頭を狙っていた。ラウラは緊急回避をしつつその射撃を避けていくが、しかし突如として背後からまたも見えないなにかに撃たれてしまう。

 

「ぐうっ!?」

「あらあら、どうしました? 実験兵器なんて取るに足らないのではなくて?」

「BT兵器だと……!?」

 

 たしかに、オールレンジによる攻撃ができる兵器はBT兵器しかないだろう。しかし、ラウラのハイパーセンサーにはそのような反応は一切なく、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』の背部ユニットには八つのビットが装着されたままだ。もしあれ以外にビットを搭載していたとしても、それがパージされた様子などまったくなかった。これではまるで……。

 

「ステルス機だというのか!?」

 

 それは正しい。セシリアの持つビットの中でも二機だけに搭載された光学迷彩とステルス機能を有する特殊ビット。不可視のビットから放たれる予測不可能な奇襲は、アイズのような超感覚がなければ回避することも難しい鬼畜兵器。

 そして、セシリアの持つBT兵器は、それぞれ異なる特殊な追加装備をされており、レーザーによるオールレンジ攻撃など、基礎中の基礎でしかない。合計十機のビットは、それぞれ二機づつに特殊機能を付加させているため、このステルスビットの他に四種の特殊運用が可能である。

 

「小細工を! だがそんなレーザーだけで私を倒そうなどと!」

「あんた、あたしを忘れてない?」

「っ!?」

 

 ラウラの頭上から鈴が強襲する。両手に持つ「双天牙月」を真上から振り下ろす。レーザーとは違う、圧倒的な物理的な衝撃が頭上から襲う。それをかすめながらもなんとか直撃を避けるが、その隙をついてまたも見えないビットから放たれたレーザーを受けてしまう。

 

「あたしにとってもアイズは大事な友達なのよ。………悪いけど、一方的に潰させてもらうわ」

 

 鈴はあえて空中機動を取らず、地上戦を選択。地を這うように回避運動をするラウラに向け跳躍。それはISのスペックを使った、ただのジャンプ。高く跳んでも、すぐに重力に従って落下する。もともと武道家である鈴にとって、人間には実現不可能な空中機動よりもこうした人間の延長のような動きのほうが鈴にとっては馴染み深いものだ。空中でブースターを使わず、身体能力だけで姿勢制御を行い、武器を上段に構えて再度上空から強襲を仕掛けた。

 

「舐めるな!」

 

 鈴の持つ双天牙月がラウラに接触する直前、その動きがピタリと留まる。それはあたかも時間が止まったかのようであった。鈴が空中に縫い止められたかのように静止してしまった。

 

「っ!?」

 

 さすがの鈴もこれには驚く。あそこまで勢いを乗せた一撃が、こうもあっさり止められるとは思っていなかった。

 目の前では左肩に装備されていたレールガンを向けてくるラウラの姿がある。しかし、鈴は心配などしていなかった。

 

「くらえっ!」

「それはあんたよ、この阿呆」

「なに………!?」

 

 ラウラのレールガンが即座に撃ち抜かれる。暴発するレールガンをパージして、その場から離脱すると同時に鈴にも自由が戻る。

 そんな鈴が後ろを振り返ると、思ったとおり狙撃態勢をとっているセシリアがいた。かつての無人機襲撃事件のときにわかったことだが、セシリアの援護射撃は信頼に値するものだ。自身が止められても、セシリアが必ずその隙を突く。一度組んだからこそわかる鈴は、セシリアの援護に一切の疑いを抱いてはいなかった。

 

「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーですか。たしかに有効な武器ではありますが、それは一対一のときでしか使えませんよ」

 

 対象の動きを封じる慣性停止結界。しかし、それは対象をひとつしか取れず、しかも発動中はラウラ自身も動きが制限されるため、今のように複数を相手取る場合はむしろ隙を晒す武装でしかない。

 

「しかも、物理的なものでしか止めることは不可能。ビットとレーザーを持つ私には、カモでしかないですね」

 

 セシリアはさらにビットを六機パージする。不可視のビットと合わせて合計八機のビットがラウラを囲み、レーザーを打ち込んでいく。

 ビットをひとつ止めても意味はなく、レーザーを止めることなどできない。しかもそんな真似をすれば機動が制限され、その瞬間にレーザーで蜂の巣にされるだろう。

 そして、そんなビットの包囲網の隙間から鈴が近接戦を仕掛けてくる。この鈴も停止結界で止めるわけにもいかない。そんなことをすればその瞬間にやはり蜂の巣だ。

 ならばセシリアを先に堕とすしかないが、レールガンは既に破壊され、隙をつくように仕掛けた六機のワイヤーブレードを射出するが、それらは悉くがセシリアに撃ち落とされる。

 

 なにもできずに、ただただ回避するしかないラウラは焦りと悔しさからやや機動がおざなりになってしまう。それを見逃す二人ではなかった。

 

「ちったぁ頭冷やせ」

 

 懐に入り込んだ鈴が掌打を放つ。ラウラはこれを防御するが、それが間違いだったと悟る。

 

「ぐっ!?」

 

 防御したにも関わらずに、ダメージがラウラへと浸透した。初めて味合う発勁打撃にラウラが驚愕するも、防御した両腕は既に痺れて動きに支障が出てしまっている。

 その後もしばらくセシリアの弾幕と狙撃、鈴の強襲に晒され、徐々に追い詰められていくラウラ。この二人の連携の前に、突破口が終ぞ見つからなかった。

 

「ウサギを嬲っても楽しくありませんでしたね。……もう、終わりにしましょう」

 

 セシリアが動きの鈍ったラウラに狙いを定める。既にチャージも狙いを完璧。ラウラの命運は今まさにセシリアの指先ひとつに握られていた。

 既にセシリアには、ラウラを撃つことにためらいなどない。セシリアのもつ冷たい部分が引き金を引けと命じてくる。アイズを愚弄し、仇なすとまで言った存在を許すな、と。

 

 そんな彼女を止められる存在がいるとすれば―――。

 

 

 

 

 

 

 

「やめてっ、セシィーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 突如として聞こえたその声が、セシリアを止める。

 その声はセシリアの冷たくも沸騰した意識を瞬時に平静へと巻き戻す。そして反射するように即座に振り返る。

 

 そこで見えたものは、簪と本音に手を引かれながらやってきたアイズの姿だった。二人に先導してもらい、慌ててきたのだろう。アイズはいつもしている目隠布はしておらず、瞳を閉じた素顔を晒したままセシリアへと向き直る。

 

「ダメだよセシィ、もうやめて」

「アイズ……」

「ボクが理由、なんでしょう? セシィがそこまで怒るって……」

 

 アイズとて、セシリアのことはよくわかっている。ここまで見境なしの暴力に走るほどセシリアが我を忘れて怒る理由には検討がついていた。

 

「でも、もういいよ。ボクは、セシィのそんな怒った姿、…………“見たくないよ”」

「っ…………」

 

 そのアイズの言葉で完全にセシリアから戦意が消える。そして羞恥を感じているように顔を伏せ、ISを解除してアイズへと近づく。

 アイズとセシリア、二人だけにしかわからないなにかがあるように思えて、簪と本音はその場から数歩だけ下がる。

 

 やがて、アイズの目の前までやってきたセシリアがアイズをゆっくりと抱きしめた。アイズも、いっぱいにセシリアを感じながら、両手をセシリアの背に回す。しばし、そうして無言でなにかを確認し合った二人はゆっくりと身を離す。

 

「ありがとうセシィ。ボクのために、怒ってくれて」

「………ごめんなさい」

 

 いったいいかなるやりとりが、今の無言の抱擁に秘められていたのか、それを知る者はいない。だけど、それはこの二人にとってなにか神聖なもののようでもあった。

 

 いつのまにかISを装備したままではあるが鈴も傍にやってきており、ラウラは歯ぎしりをしながらそんなアイズたちを睨みつけていた。そんなラウラの視線を敏感に感じ取ったアイズが一歩前に出る。そして、誰も予想していない行動に出た。

 

「ごめんなさい、ラウラちゃん」

 

 謝罪したのだ。頭を下げて。しかし、それで終わらなかった。

 

「でも、ラウラちゃんも反省して欲しい。喧嘩になるまで人を怒らせるのは………それは、悲しいことだから」

 

 ラウラはなにも言えない。こんな状況で言えることなど、軍人として育ったラウラには考えつくことではなかった。そんなラウラの様子を雰囲気だけで察しながら、アイズは心に秘めた思いを言った。

 

「ISは、憎みあって、争うためにあるんじゃない。………ISは、みんなで同じ夢を見るためにあるんだから」

 

 なにかを噛み締めるように言ったアイズのその言葉に、聞いていた簪は、昨夜のことを思い出していた。

 みんなで見たいと思える夢。みんなとつながっている夢、それがあるから、アイズはひとりじゃない。そう言っていたアイズの夢とは、なんなのだろう。その答えが、今の言葉の中にある気がした。

 

 

 ―――知りたい。もっとアイズを知りたい。

 

 

 自分も、アイズと同じ景色を見てみたい。簪の中で、アイズ・ファミリアという少女が大きくなっていることを自覚した。

 

 

 ―――ああ、そうか。私は、…………。

 

 

 憧れや親しみ。そんな暖かな陽の感情が溢れる。この気持ちを集約したとき、簪の想いははっきりと形になる。

 

 

 

 

 ―――私は、アイズが好きなんだ。

 

 

 

 このとき更織簪は、その想いをはっきりと認めたのだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 その後、駆けつけてきた千冬によって強制的にその場を収められた。ラウラは最後まで睨んだままだったが、ここまでの実力を見せつければそうそうもう絡んではこないだろう。

 ラウラが去っていくときまでずっと警戒を続けていた鈴もようやくISを解除する。その後は全員でセシリアとアイズの部屋へと向かい、先の乱闘の反省会となった。

 

 あの場は温情ではっきりとした処分なしだったが、二度目はおそらくないだろう。冷静になり、それがわかっているセシリアは、いくらアイズのことをいわれたとはいえ、自身が簡単に暴力による憂さ晴らしにも等しい行為に走ってしまったことを猛省。自主的に日本式の反省の姿勢……正座をしながら自身の短慮を恥じていた。

 そしてセシリアほど反省はしていなくても、自分も同じように馬鹿をしたと思った鈴もセシリアの横で同じように正座をしており、仲間はずれは嫌だとばかりにアイズも正座をする。ともなれば、ノリのいい本音も正座をし始め、最後に簪もこの場の妙な一体感に逆らえずに結局は正座を行った。

 

 日本人で家柄の都合上、よく正座をする機会のあった簪と本音、そして昔から馬鹿をやってよくこうして反省させられていた鈴は涼しい顔をしていたが、生粋のイギリス人であるセシリアと、正座初体験のアイズは次第に顔色を悪くしていった。

 

「セシリアさん、大丈夫? あまり無理はしないほうが……」

「い、いえ。これも自身に課した罰です。これくらい、紳士淑女の国の出身である私が屈するわけには……」

「あ、足が痺れて……うぅ、日本人ってほんとにこれ平気なの……!?」

 

 アイズはもう泣きそうだった。そんな姿も可愛らしい、と本音や鈴はあからさまに生暖かい視線を向けている。

 そんなとき、新たにこの部屋を訪れる人物が現れた。ノックのあとにかけられた声は、一夏のものであった。

 

 

『セシリア、アイズ、いるか? 少し相談があるんだが……』

 

 

 扉越しにかけられた声に全員が顔を合わせる。一夏が相談事とは、珍しい。IS操縦ではよくあるが、こうしたプライベートで相談事をもってくるのははじめてだ。しかもなにやら声が深刻そうであるし、アイズにはその一夏の傍にもうひとりの気配があることも察していた。

 そしてセシリアが扉の外の一夏へ「どうぞ」と声をかける。

 

 扉が開かれ、入ってきた一夏が驚いた顔をする。それはセシリアとアイズの他に、三人もの客がいたこと、そして全員が正座をしているという奇妙な光景を見たからであった。

 

「えっと………なにかあったのか?」

「お気になさらず……それで、どうしました? まぁ、おおよその予想はつきますが………ねぇ、シャルルさん?」

 

 一夏の後ろからついてきた人物………シャルル・デュノアは不安の混じった表情をしながら、そこにいる全員へと頭を下げた。




セシリアのBT兵器もやっぱりチートだった回。

セシリアを止めるアイズがヒロインすぎる。やっぱりアイズがヒロインだな、うん。

そして簪攻略完了。とはいえ、この簪の好きは恋と友情の中間らへんなのでどうなるかは今後次第です。


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Act.17 「戦いの予兆」

 やってきた一夏とシャルルを含め、一部屋に総勢七名の人間がいるというのはやはりいささか窮屈であった。そのため、小柄な鈴とアイズは部屋の隅に移動し、鈴はアイズを後ろから抱きしめるような形でくつろいでいる。そんな鈴を少し羨ましそうにしながら簪と本音がベッドの上に座っていて、神妙な面持ちで座る一夏とシャルルの前に代表としてセシリアがいる。

 本当ならセシリアとアイズを残して退室しようとしたのだが、一夏とシャルルがみんなにも聞いて欲しいということでその場にいる全員が二人の話に耳を傾けることとなった。

 

「その、僕は、実は女なんです……」

 

 そう告白した彼、いや彼女はうつむいてみんなの反応を待つが、驚きの声は上がらない。セシリアとアイズは「そうだろうな」と頷いているし、本音も「あ~、やっぱり~?」と納得している。面識がそれほどなかった鈴と簪も「そうなんだ」程度の反応で終わる。

 

「で、それが一夏さんにバレた、と。お風呂でも覗きましたか、一夏さん?」

「うっ! い、いやあれは不可抗力だ!」

 

 どうやら本当にそんなことがあったらしい。いかに男装していても裸を見られればごまかしなどできないだろう。

 

「おりむー……それはないよ」

「引くわ~、一夏、あんたマジで引くわ」

「これは責任を取らないとね」

「しばらくアイズに近づかないでくださいますか?」

 

 ジト目で睨む簪以外が辛辣な言葉を投げる。目が笑っているので冗談だとわかるのだが、一夏の焦りは収まらない。少々拗ねたように口を尖らせながら説明を続ける。

 

「それで、そのあとシャルから事情を聞いてな……」

 

 そうして聞いたという彼女の事情を話そうとする一夏をセシリアが止める。

 

「それでしたらだいたいわかっていますよ」

「え?」

「世界初とされる男性適合者の一夏さん専用機のデータが目的でしょう? そしてあわよくば、他の機体も、といったところですか」

「………その通りだよ。僕が命じられたのは、一夏の専用機のデータ、そして可能な限り他のISのデータを取ること……」

「それを命じたのは誰ですか?」

「………僕の父親だよ。デュノア社の社長、といったほうがわかりやすいかな」

 

 その後もさまざまな事情を語ってくれた。

 愛人の娘であり、現在の本妻から拒絶され叩かれたこと。父親として接したこともなく、ただ上司と部下の関係でしかないこと。すでに実の母は他界し、他に頼る人も場所もないこと。

 バレれば本国に戻されてよくて牢屋だろうと半ば諦めるように笑いながら話していた。

 

 実際に諦めているのだろう。本人は来るべき時が来た、という様子で神妙にしている。セシリアはそこで口を挟む。

 

「事情はわかりました。まずは……そうですね、あなたの本名は?」

「あ、シャルロット、です。シャルロット・デュノア」

「やはりそうですか。ではシャルロットさん。なぜ、この話を私たちに?」

「………一夏の提案、というのが大きいけど……僕自身もどうしたらいいかわからなくて、誰かに聞いて欲しかった、っていう気持ちもあって……でも、まずは騙していたことを謝りたい、です。ごめんなさい」

 

 シャルロットはうまく整理できていないように心中を吐露していた。セシリアは黙ってそれらを聞き、一同を軽く見渡した。

 一夏はシャルロットを心配そうに気遣っており、本音や簪も彼女の境遇に同情しているように眉を落としている。鈴はやや不機嫌そうな顔をしている。シャルロットよりも、彼女の境遇を作った親に怒りを感じているようだ。そしてそんな鈴に頭を撫でられながら抱きしめられているアイズは、ただじっとシャルロットの気配を感じ取っているようだった。

 セシリアは改めて彼女に向き直ると彼女の真意を問いただそうと口を開く。

 

「シャルロットさん、あなたはどうしたいのですか? たしかに、少なくとも現状維持にする手段はいくらでもあります。しかし、あくまで維持です。好転はしません。もって、あと三年。それ以上はあなたは本国へ送還されるでしょう。そうなったら、もはや私たちにできることはありません」

「三年なら維持できるのか?」

「この学園にいる、ということを利用するんだと思う。この学園はどこにも属さない中立だから」

「ま、抜け道はいくらでもありそうだけど」

 

 先延ばしにしても三年。その三年の間に事態が好転するかは誰にも保証できないし、その期限がいつ終わってもおかしくはない。難しい状況にシャルロットは諦めの色を強くしていく。

 

「やはり根本をどうにかしなければ、どうにもなりませんね」

「根本ってなんだ?」

「そうですね。やはりシャルロットさんの立場、でしょうね。つまり、言い方は悪いですが今の彼女はデュノア社、さらに言えば父親である社長の所有物と同じ扱いです。彼に親権がある限り、シャルロットさんの境遇は変わらないでしょう」

「親権って、こんな扱いをしているのにか?」

「確かに今の扱いを訴えて裁判で親権放棄にもっていくということもできなくはないでしょうが、現実的ではないでしょう」

 

 裁判をするにしても、時間も金もかかる。シャルロット個人で起こすにはそれこそそれだけでもいくつもの条件をクリアする必要があるし、たとえ裁判を起こせても負けるリスクのほうが大きい。この案は考えるだけ無駄だろう。

 

「なら、現実的な方法は限られますね。一番手っ取り早いのは……二択、ですかね」

「二択?」

「まず一つ目、……逃亡ですね。身をくらまし、行方不明として隠れて生き続けること」

「そんな無茶な!」

「そう、無茶です。社会的な立場は無に等しくなりますし、身を隠せても日の光を避ける生き方しかできなくなります。自由とは程遠いでしょう」

「じゃあ、もう一つの案は?」

「シャルロットさんの身を保証する後ろ盾を得ることです。そうすればあらかたの問題はクリアできます。親権もまた悪い言い方をすれば金を積んだり、裏事情で脅せばどうにかなりますし」

 

 お嬢様の口からでた過激な意見にシャルロットはびっくりした顔をしている。一夏や鈴は慣れてきたのでそうでもないが、セシリアはけっこう過激な考えをすることが多い。それでも見た目麗しく言うものだからそのギャップが凄まじい。いい笑顔のときほどセシリアはぶっとんでいる。

 

「無理だよ。僕には、そんな後ろ盾になってくれる人なんて……」

「人、ではダメでしょう。ある程度大きな組織、世界的に知名度があればなおいいですね。個人の力では限界がありますし」

 

 それに個人なら暗殺でも誘拐でもしてしまえばいいだけだ、という意見はさすがに口には出さなかったが、セシリアはそこまで考えていた。そこまでされかけたことのあるセシリアには、その危険性を無視できない。

 

「そんなの、なおさら無理だよ……僕はそんなパイプなんて……」

「まぁ、アテがなくはないんですけど、ね」

「そうなのか!?」

「私とアイズが、どこに所属しているか忘れてませんか? 私たちは、カレイドマテリアル社の専属テストパイロットでもあります。それなりに強い繋がりを持っていますよ」

 

 一夏とシャルロットがハッとなってセシリアとアイズを見る。

 カレイドマテリアル社。IS関連事業に参入したのは近年のことだが、知名度でいえばデュノア社を遥かに上回る大企業だ。

 家庭用品からISまで、ありとあらゆるものを生み出すクリエイター。どんなものでも作る会社。それがカレイドマテリアル社のイメージであり、ポリシーだ。その傘下にある子会社まで含めれば、規模はまさに全世界に広がる超巨大複合会社。その本社のあるイギリスはもちろん、ヨーロッパでは知らない者はいない企業。

 しかも近年になって扱いはじめたIS関連も、精密パーツからオーダーメイドの武装まで、その質の高さはこの業界でも注目の的となっている。その最新鋭の技術の結晶といえるIS関連技術をさらに日用品や医療関係に派生・転用させることに関しては他の追随を許さない。

 

 中でもその功績が大きいものが量子コンピュータによる超長距離、高速、大容量の通信技術である。これは従来のコンピュータを遥かに超え、しかも原理的に盗聴不可能である量子通信を可能とした。特にこの秘匿性は凄まじく、現在の通信技術では解決不可能な通信の安全性、信頼性の問題をすべて解決してしまった。しかも大容量、超高速な上に空間伝達のために例え地上から月の間でも安全で高速に大容量の通信を可能とする、まさに革命といえる技術を生み出した。

 

 そしてこの技術の雛形は束の作り上げたIS間に存在するISコアネットワークである。もともと宇宙での活動を視野にいれていたために、必然的に量子通信を実装していた。しかし、これはコアの相互通信のみという制限があった。

 もともとはISコア間だけにしか適用されていなかったもので、それを元に統括する量子コンピュータを介することでISがなくても使用可能な域に落とし込んだのがカレイドマテリアル社の技術者たちであった。

 

 宇宙空間での相互通信を目的としたコアネットワークは、その活動域の特性上、量子通信が最適であった。理論上は高速化に限度がなく、宇宙まで視野にいれた遠距離通信に適しているためである。

 しかし、オーパーツ級の技術結晶であるコアを解析できずに遅々として研究が進まなかった分野でもある。そのため、カレイドマテリアル社はISコアの解析すらしてしまったのではないか、という疑念も持たれている。これについてはイリーナは「時間と努力があれば誰でもできる」と挑発のようなコメントを残している。

 

 さすがに量子通信機なんて代物は価格もとんでもない額であるため、今はまだ国連を通して軍や政府の一部に卸しているだけであるが、いずれは一般家庭のコンピュータにも実装できるようにしてみせると豪語している。

 ちなみにIS委員会ではなく国連である理由は、雛形がISコアのものとはいえ、ISに限定された技術ではないためである。しかし、未だにIS委員会はこの量子通信技術の裁量権を得ようとちょっかいをかけている。

 

 これだけでも莫大な利潤を得ているため、その傘下に収まりたいという企業も多い。もしそんな企業が、一個人であるシャルロットの後ろ盾となるならば、いかに親権を盾にデュノア社が訴えてきてもあっさり跳ね返すことが可能だ。もっとも、そんなことになれば黙認するしかないだろう。この世界において金を持ち、影響力の大きい企業を敵に回すことの愚かしさはよくわかっているはずである。

 

「それじゃあ……!」

「もちろん、そう簡単にはいかないでしょう。私たちはあくまでも所属しているだけ。社長の許可が下りなければ私たちにできることはありません。まぁ、アポイントメントは確実に取れますが」

「イリーナさんは優しいけど厳しいから、うーん、気に入れられば十分可能性はあるけど………ボクやセシィも、ただ温情で養ってもらってるわけじゃないし」

 

 セシリアもアイズも確かにプライベートではイリーナとの仲は良好だが、ビジネスではきっかりとギブアンドテイクの関係を結んでいる。ゆえに、なんの見返りもなく保護してくれと頼んでもおそらくは無駄だろう。シャルロット自身がちゃんと価値を売り込まなければイリーナは見向きもしないはずだ。

 

「なんか冷たくないか?」

「社会とはそういうものですよ。誰もが努力してお金を稼いでいるのです。他人からの温情で生活するような人間は社会人にはなれません。それとも、おんぶにだっこされて生きることをお望みですか?」

「そうじゃないが……」

「まぁ、渡りだけならつけてさしあげましょう。そのあと媚を売るかどうかはお好きなように」

「セシリア!」

 

 あまりの言葉に一夏が言い過ぎだと言うが、アイズも鈴も簪も本音も、そしてシャルロットもなにも言わない。そうした面があることを全員が知っているのだ。

 セシリアは微笑を浮かべたまま、一夏の意見を流す。

 

「ああ、そういえば………話は変わりますが、テストパイロットが不足しているんですよ」

「え?」

「どなたか、腕のいい操縦者を探しているんですが………誰かいませんか、シャルロットさん?」

 

 そのセシリアの言葉にシャルロットが呆気にとられるが、その意図を察したのか、別種の驚きの顔を見せる。周囲の面々も笑顔を浮かべている。

 

「僕に、そのパイロットを………?」

「私は不足していると言っただけです。それを聞いてどうするかは、あなた次第です」

 

 あくまでシャルロットの自主性に委ねるセシリア。セシリアはいつもこうだ。困っている人がいたら助けようとするくせに、その人が本当に助けを求めなければなにもしないのだ。手を差し伸べても、その手を掴むか、はねのけるかはいつもその人に任せる。好意の押し売りはせず、しかし意思を持つ者には最大限の助力をする。それがセシリアの持つ気位の高さだった。

 

「しかし、よく考えることです。カレイドマテリアル社に所属するということは、デュノア社から消えるということです。どんな人物であれ、父親との接点を社会的に抹殺することになります。当然、後戻りはできません。そしてそうなれば、代表候補生という立場すら辞退せざるを得ない状況に追い込まれることも考えられます」

 

 今持っているものを捨てることになる。そう告げるセシリアに対し、シャルロットはうつむいてなにかを考えている。これまでの思い出でも思い返しているのだろうか。しばらくそうしていたが、やがて決意の込められた目をセシリアへと向けた。

 そのまま手を床に付き、頭を下げる。

 

「セシリアさん、アイズさん。よろしくお願いします」

 

 シャルロットの覚悟を感じ取ったセシリアは微笑んでそれを受け入れた。

 

 しかし、シャルロットの試練は、ここから始まる。

 

「ではテストといたしましょう?」

「テスト?」

「そうです。本当にテストパイロットが務まるのかどうか試験いたします」

「………もし、ダメだったら?」

「そのときは私にできることはもはやありません」

 

 一転して突き放すような言葉を言うセシリアに一夏は唖然とするが、しかし当然のことだ。シャルロットの実力がなければこんなやり方はできるはずもない。その確認のためにもそうしたことは必要だった。

 

「内容は………そうですね、やはり模擬戦といたしましょう。対戦相手は、私とアイズを同時に相手取ってもらいます」

「二人がかりで!? そんな無茶な!」

 

 一夏が抗議の声をあげる。セシリアとアイズといえば、一組のみならず、学年、もしかしたらこの学園内でも上位五指に入る実力者だ。それにセシリアはどんな距離でも戦えるとはいえ、複数のビットによる攪乱と遠距離から正確無比な狙撃を行う射撃タイプ。アイズは近接戦に特化し、相手の機敏を悟り隙を突くという超能力も真っ青な才を持つ近接タイプ。相性も抜群によく、この二人が組んで負ける姿を一夏も鈴も想像できない。

 

「もちろん一対二とは言いません。相方を選んでいただいて結構です。………一夏さん、いかがです?」

「っ! ……俺がシャルと組んで、戦えっていうのか?」

「シャルロットさんを助けたいのでしょう? ならば、ここで戦うのが男ではなくて?」

「…………わかった。俺がシャルと組んで戦う」

「一夏……」

 

 想定通りの行動に出た一夏に満足しながらセシリアは立ち上がる。

 あとはこの二人次第だ。自由になりたいという意思、それを助けたいという意思。その強さを見てみたい。努力なき願いなどただの我侭でしかない。

 シャルロットが本当に自由になりたいというのならば、一夏がそんなシャルロットを救いたいというのならば、自分は喜んで壁となろう。それも、とびきり大きな。

 

「模擬戦は一週間後です。アリーナの手配はこちらでしておきます」

「わかった」

「よろしくお願いします」

「ふふ、いつかの戦いを思い出しますね。あれからどれくらい成長したか、楽しみにしておきますよ、一夏さん。それに……」

 

 セシリアはシャルロットをもう一度見据える。先のような怯えたような、不安に沈んだ顔はもうしていない。そこには決意を胸に闘志を燃やす少女がいた。

 

「…………」

「…………」

 

 互いに無言で見つめ合うセシリアとシャルロット。シャルロットからは徐々に敵意が混ざり始めている。それでいい、とセシリアは思う。それでこそ、戦う意味もあるだろう。

 

 かくして、タッグトーナメントを待たずしてシャルロット・一夏ペア対セシリア・アイズペアによる戦いが決定した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 一夏とシャルロットが退室し、再び五人になったところで今まで珍しく黙っていた鈴が口を開く。

 

「あんた、けっこう詐欺とか得意かもね」

「あら、いきなりなんです?」

「誘導してたじゃん。あれじゃあ死に物狂いで勝ちに来るわよ、あの二人。でも、合格条件は言ってないじゃない。どうせ勝敗は関係ないんでしょ?」

 

 セシリアはテストとして戦うとは言ったが、勝てば合格などと一言も言っていない。それに一夏やシャルロットが気づいているかはわからないが、どうせなら勝ちに来て欲しいとセシリアはあえて合格条件を勝利だと誤解するように誘導した。

 

「私はがんばってる人を見るのが好きなんですよ。たまに悪趣味と言われますけど、そういう人は見ていて美しいじゃないですか」

「もう、セシィったらボクをほっぽいて話を進めちゃうんだから。でもセシィと組んで試合なんて久しぶりだなぁ……わくわくするね!」

 

 呆れたようにしながら感心する鈴と無邪気にはしゃぐアイズ。そして完全に観客となっていた簪と本音も素直じゃないセシリアの好意に苦笑いしている。

 

「それにタッグトーナメントのいい予行練習になるでしょう。まぁ、本番はアイズとは組めませんけど」

「うーん、残念。じゃあ………簪ちゃん、ボクと組まない?」

「えっ?」

 

 唐突に誘われて簪がびっくりして聞き返す。

 

「わ、私と?」

「嫌かな?」

「い、嫌じゃないよ! で、でもいいの? それに私の機体は……」

「本番まで時間があるし、それまでになんとか仕上げよう。もちろん、ボクは全力で手伝うよ!」

 

 やる気を見せるアイズに簪も徐々にその気になってくる。アイズと一緒に戦いたい。そのためにも、絶対に自身の専用機を仕上げると心に誓うのであった。

 

 そして、こちらでも強力なペアが決まっていた。

 

「セシリア、本番はあたしと組まない?」

「構いませんよ。鈴さんなら文句などあるはずもありません」

「決定ね。敵として戦うのも魅力的だけど、今回はアイズと戦うことにするわ。あの眼鏡の子もなかなか強そうだし、これは楽しくなってきたわね」

 

 獰猛な笑みを浮かべる鈴と、いつものように絵画のような美しい笑みを浮かべるセシリア。対象的でありながら、どこか似通った二人のペアもここに決定した。

 

「お~、どっちもすっごいタッグだね! これはおりむー達との戦いも、トーナメント本番も、楽しみになってきたね~」

 

 そしてこの本音が言うように、公式・非公式問わず、これまでにない好カードによる激戦が繰り広げられることになる。

 

 戦いの時は、すぐそこまで迫っていた。




今回は影の薄かったアイズはずっと鈴に愛でられていました。そしてずっと簪が羨ましがっていました。

これからしばらくはタッグ戦となります。






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Act.18 「牙を剥く雫」

 一夏とシャルロットとの戦いを明日に控えたアイズだが、特に変わったことはせずにいつものようにセシリアや鈴と模擬戦と機体調整を行っていた。そしてそれ以外の時間は簪と二人で整備室で作業をする毎日を送っている。夜遅くまで簪の部屋で一緒に機体の情報整理や機体性能を活かす戦術や連携の確認を行っていたため、最近は簪の部屋に泊まることもよくあった。

 簪は二人部屋を一人で使っているらしく、アイズが泊まる分には特に問題もなかった。もっとも、本来は寮の規則で禁止されていることだが、トーナメント前で出場選手がよく相談をしているためにこの時期は多少は黙認されているらしい。問題を起こさなければ多目に見るということらしい。

 

「簪ちゃんの機体は全距離対応型って感じか。とはいえ、中距離メインだからやっぱりボクが前衛での攪乱で、簪ちゃんが後衛からの射撃がオーソドックスかな」

「アイズの機体は射撃武器がないんだね……本当に近接特化なんだ」

「ん、ボクって射撃苦手なんだ。普段の鍛錬でも見えないから銃の練習なんてできなくて」

「IS操縦以外にはどんなことをしてたの?」

「ひたすら剣を降ってたよ。目が見えなくても、剣さえ握れれば振るうことはできたからね。だからISもひたすら剣を使えるようにしてってお願いして作ってもらったの」

 

 その結果があの「レッドティアーズtype-Ⅲ」であった。大型実体剣の「ハイペリオン」、小型近接刀「イアペトス」、脚部展開刃「ティテュス」を装備し、ティアーズの代名詞であるビットも二機のみであるが、近接仕様にアレンジしてある。そして各部に仕込んだ隠し武器の数々は予測不可能。正統派の近接仕様にみせかけた邪道。そんな機体だ。

 

「コンセプトは『面白ドッキリ武器満載のビックリ箱』らしいから、ボクの機体」

「よくそんなコンセプトで作られたね……」

「まぁ、作った人がそういうの好きだから。それにボクもけっこう好きだし」

 

 セシリアはアイズが持たないものをもっている欠けた半身みたいな存在だが、束は逆にこうした無邪気で楽しむ遊び心がアイズとよく似ている。そのため、アイズと一番趣味嗜好が合うのは束だ。だから束とはよくいろいろなことを一緒になって遊んだものだ。そして調子に乗りすぎてセシリアやイリーナから怒られたりしたものだが、それも今となってはいい思い出だった。

 

「でも、相手の意表を突くというのはそれだけで武器になる」

「まぁボクはけっこう初見殺しの手を持ってるからね。奇襲はボクの得意分野だし」

「アイズは、本当に意外性がすごい。ISも、本人も」

「あれ、本人もってどういうこと? ボクってそんな突拍子もない子だっけ?」

「アイズは自分のことをもっと自覚するべき」

「むぅ………セシィにもたまに言われるんだよなぁ。ボクはこれでも常に一生懸命に生きてるんだよ?」

「うん。わかってる。わかってるよ、アイズ」

 

 簪はちょっとだけ怒ったように胸を張って威嚇する姿を見せる微笑ましいアイズの頭を優しく撫でる。そうすると次第にアイズの表情が弛緩してやがて猫みたいな気持ちよさそうな表情に変わり、最終的にはもっと触れていたいというように簪の手に這わされている。その姿はまさに飼い主に構って欲しい猫そのものだ。そんなアイズの愛らしさにますます頬を緩ませる簪。

 簪はこのアイズの姿を「猫アイズ」と呼称して脳内フォルダへと保存した。

 

「そういえば、明日だっけ……あの二人との模擬戦」

「そういえば、そうだったね」

「セシリアさんと訓練はしなくていいの?」

 

 ここ最近はずっとアイズと一緒にいた簪はそれが心配だった。大事な模擬戦前の打ち合わせや確認はしなくていいのだろうか、と簪のほうが不安になっていた。

 

「ん、大丈夫。ボクとセシィはずっと一緒だったから、息を合わせることなんて、それこそ呼吸するくらい簡単なことだよ」

「そうなんだ………いつから二人は一緒に?」

 

 心で通じ合っているような二人の姿を見ていた簪は少し質問をしてみようと思った。アイズの目のことがあるから、よくないことでもあったのかもしれないと思っていたが、それでもアイズの昔話は気になる。

 そんな簪の心の機敏をなんとなく察したアイズは苦笑して口を開く。

 

「ボクとセシィがはじめて会ったのは、……もう五年以上も前になるかな。ボクは路上生活してたんだけど、そこに声をかけてくれたのがセシィなんだ」

 

 今にして思えば、そのときのアイズは今みたいに前向きではなく、常に下を向いて生きていた。いや、生きることをやめたがっていた。それくらい苦しいときだった。 

 

「そのときは名前すらなくて………そもそも、名前っていうこと自体がよくわかってなかった」

「………ご両親とか、は?」

「さぁ? ………意味ないし」

「え?」

 

 簪は驚いた。アイズの言葉の意味じゃない、その言葉を口にしたアイズの雰囲気がガラッと変わってしまったことに驚いた。穏やかなものから一転、まるで興味がないと言わんばかりの無関心な声に、そんな風に誰かのことを断じるアイズが少し怖かった。

 

「ボクには、両親なんてどうでもいいんだよ」

 

 簪は、いつか聞いた言葉を思い出す。

 

 『好意の反対は無関心』。

 

 アイズは、親にまったく好意を抱いていない。少なくとも、肉親には差異はあれど親愛の念を抱くものだ。簪とて、姉の楯無には複雑な感情を持っているが、しかしそれでも嫌ってはいない。むしろ尊敬しているからこそのコンプレックスを抱いているが、アイズのような無関心になることなど考えられない。

 

「………つまらないこと言っちゃった。さ、作業を続けよう?」

 

 どこかごまかすように言うアイズに、簪の疑念は深まるばかりだった。いったい、なぜアイズはこうも自分の身内に無関心なのか。それを聞く勇気のない簪は、ただただアイズを心配そうに見つめるしかなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「心配かけちゃったなぁ」

 

 簪と別れて部屋へと戻る道すがら、アイズは反省するように呟いた。さすがに親なんてどうでもいい、なんて発言は不謹慎だったと自身の発言を恥じていた。

 それが、たとえ紛れもない本音だったとしても、だ。

 

 簪はずっと心配そうにアイズを気にかけていた。そんな心遣いに涙が出そうになる。でも、アイズには本当に自分を生んだ存在に未練もなかった。アイズにとって身内と呼べるのはセシリアや束、イリーナをはじめとしたカレイドマテリアル社だけだ。それがアイズにとっての家だった。もっとも、それは今までずっと表に出ることのなかった境遇の弊害かもしれないが、それでもアイズには、自身の出生に関してそれほど重要視はしていなかった。

 

 それはきっといけないことだろう、とはアイズも思っていた。

 

「ん?」

 

 ふと、目の前に感じた気配にアイズは足を止める。この気配は覚えがある。アイズは即座に判断してその目の前にいるであろう人物に声をかけた。

 

「こんにちは、箒ちゃん」

「………おまえは本当に見えていないのか?」

「よく言われるよ」

 

 部活帰りなのか、竹刀を入れた袋を持った箒が呆れと感心を半々にしたように言った。

 思えば、箒とアイズが二人きりで会話するというのは初めてであった。クラスメートとはいえ、なんとなく接点のなかった二人だ。箒にとってアイズ・ファミリアという存在は、なにか不思議なものとして映っていたし、アイズにとっても篠ノ之箒は特別といえる存在だ。

 アイズが慕っている束の実妹。それだけでアイズにとっては箒のことは気になる存在だ。しかし、現状として貶められ、逃亡を余儀なくされた束と、その事情を知らずに姉のせいで苦しめられてきたと思っている箒。この二人の姉妹関係はアイズにとってもなんとかしたいと思っているものだったが、アイズはなにもできない。

 

「箒ちゃんは剣道部、だっけ? すごく強いって聞いたよ」

「ああ。おまえは部活はしないのか?」

「んー、ほら、ボクってこんなだから」

 

 そう言いつつ、目隠布を指でなぞる。

 

「だが、ISであれほど強いではないか。特に剣の腕は私より上なのではないか?」

「まぁ、剣しか振ってなかったから。強くなるには、それしかなかった」

 

 セシリアと並ぶほど強くなりたいと思い、アイズが選んだものは剣だった。銃は狙いすらつけられず、徒手空拳は小柄で非力な身では限界もある。だから同じような体格の鈴の技量には本当に感服して尊敬している。アイズは結局剣という武器でしか強くなる可能性を見いだせなかった。しかし、それでも剣術とは程遠い。ただ一念をもって振るうことしかアイズにはできない。IS「レッドティアーズtype-Ⅲ」も正統派近接機体とみせかけているが、実はトリッキーなタイプだ。真正面からの正攻法では鈴には勝てないし、遠距離武装はアイズにとって扱うことも難しい。攪乱と奇襲、小手先の技術を死に物狂いで得たのが今のアイズだ。

 

「………なぜ、そこまでして強くなろうとする?」

「セシィと一緒にいたいから。はじめの理由はそうだった。箒ちゃんはどうなの?」

「私か…………私は大層な理由などないさ。確かにはじめはただ愉しいから、というありきたりなものだったかもしれないが………今は、ただのストレス発散だ」

 

 そう言い切った箒の顔は自嘲しているように笑っている。その顔こそ見えなくても、アイズにはそんな箒の様子がわかっていた。

 

「箒ちゃん」

「………?」

「恨んでるの? ………ISを作ったお姉さんのこと」

 

 それは失言にも等しい質問だった。かつてのように感情的ではなく、それを理解してアイズは口にした。

 

「…………それを聞いてどうする?」

「ボクはね、思うんだ。きっと、お姉さんは箒ちゃんを心配してるんじゃないかって。だってそうでしょう? 自分が作ったものが、妹の境遇を変えてしまった。泣くくらい辛いことなんじゃないかな?」

「……………」

 

 それは今まで箒が考えたことのない考えだった。

 箒は、しかしまだそれを認めようと思えるほどの余裕はなかった。だからまだアイズのその言葉を受け入れることはできずに、今はただごまかすようなことを口にするしかなかった。

 

「………恨んでなどいないさ。ただ、好きではないだけだ」

「………そう」

 

 アイズは悲しそうに眉を落とす。束も可哀想だが、箒も可哀想だ。そう思っても、これ以上なにか言えることはない。

 

「だから、あまりISに乗る気もないの?」

「……そうだな」

 

 箒は授業以外でISに乗ろうとはしないし、授業中でも最低限のことしかしない。むしろ嫌なことを我慢しているようにまったく乗り気ではない。

 そんなにも姉の作ったものが嫌なのか。

 

「逆に聞こう。おまえにとって、ISとはなんなのだ?」

 

 箒がアイズに問う。箒にとっては複雑な感情をい出してしまうものでも、アイズにとっては違うはずだ。それが箒は知りたかった。自分を苦しめた姉の作ったものは、他の人間にとってはなんなのか。

 

「ボクにとってISは………この目を奪ったもの」

「なに?」

「ボクの目は、ISに奪われたんだよ」

 

 そっと目隠布越しに目をなぞる。

 言い過ぎだ。頭ではわかっていても、アイズは箒の問に嘘偽りなく答えようと思った。

 

「なのに、なぜ未だにそんなものに乗っているのだ?」

「それだけじゃないから。ボクはね、ISに奪われ、ISに救われたんだよ。それに………ISは、ボクの夢を叶えるものだから。だから、そうだね……いうなれば、ボクにとってISは、夢のあるべき姿なんだよ、箒ちゃん」

 

 ISを嫌う箒と、ISに夢を抱くアイズ。この二人の違いはなんなのか。同じ篠ノ之束という存在と関わりを持ちながらもこうも対になるようになってしまった二人は、真逆ながらもどこか理解できるようななにかを感じることができた。

 

「夢……?」

「そう、ボクの夢。箒ちゃんはないの?」

「そうだな、昔はあったかもしれないな……」

「一夏くんのお嫁さんじゃないの?」

「なっ! なぜそうなるッ!?」

 

 一転して顔を赤くして叫ぶ箒。乙女な反応をする箒に、アイズも笑ってしまう。クールでやさぐれているように見えても、根は乙女な箒が可愛らしいと思えた。

 

「だって好きなんでしょ? ずっと一夏くんのこと気にしてるし、鈴ちゃんにも嫉妬してたりしたじゃん?」

「ち、違っ……!」

「大丈夫だよ箒ちゃん。ボクは箒ちゃんの恋をとっても応援しているよ?」

「う………お、おまえは本当によくわからないやつだ……」

 

 ペースを乱されて慌ててしまっている箒は、そのアイズの純朴な笑みに抗えない。もともとそれほど社交的でない箒は、こうしたコミュニケーションは得意ではないため、どうしたらいいかわからずただアイズの笑みの前に沈黙するしかなかった。

 

「そ、それより! 一夏とまた戦うと聞いたぞ」

 

 ごまかすように話題を変える箒だが、アイズもその話題については渦中の身であった。

 

「ああ、ボクとセシィと、一夏くんとシャルロ……シャルルくんのタッグ戦ね。ほら、タッグトーナメントの予行練習だよ」

「それにしては、やたら一夏の気合が入っていたぞ」

「本気になってこそ、愉しいじゃない?」

「そういうものか……」

「箒ちゃんは出ないの? せっかくのトーナメントなのに」

「私は、ISに乗るつもりはない」

「……そっか」

 

 そう言い切る箒に、アイズは何も言わない。アイズにとって夢を為すものでも、箒にとってはそうでない。それを認めないような考えはアイズにはない。人はそれぞれ違うことくらいわかっている。それをどうこういうつもりはない。

 でも、いつかは同じ夢をもってつながるときがくるかもしれない。今はただそうなったらいいと願うだけだ。

 

「では、私はもう行くぞ」

「あ、うん。またね、箒ちゃん。今度一緒にごはん食べようね」

 

 最後に去り際にクスリと笑って箒は去っていった。箒の凛とした気配が遠ざかるのを感じながら、アイズもセシリアの待つ部屋へと戻る。

 明日の戦い、セシリアははりきっているし、一夏とシャルロットの二人も気合十分で臨むようだ。なら、自分も精一杯にやろう。どんなときでも、やるべきことを一生懸命にやる。

 

 アイズ・ファミリアはいつだって、そうしてきたのだから。

 

「箒ちゃん、いつか一緒に飛べるといいな……」

 

 そう呟くアイズはどこか寂しそうに小さく笑った。

 

 ……。

 

「部屋の前でなにを黄昏ているのですか、アイズ」

「あ、セシィ」

 

 いつの間にか自室の前までやってきていたようだ。セシリアが部屋のドアを開けて顔を出していた。

 

「明日は二人と模擬戦ですよ、大丈夫ですか?」

「大丈夫、問題ないよ。明日にむけて今日は早くシャワー浴びて寝よっか。セシィ、一緒に入ろ」

「まったく甘えん坊ですね、アイズ。さ、髪を洗ってあげますよ」

「わーい!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さて、用意はいいですか?」

 

 ブルーティアーズtype-Ⅲを纏ったセシリアが対峙する二人に確認をする。

 模擬戦当日、アリーナの一角で四人が相対していた。さすがにアリーナすべてを貸し切ることはできなかったが、それでも一夏・シャルロット対セシリア・アイズのタッグ戦をすると聞いてアリーナを使用していた全員が観戦をしたいと言ってアリーナすべてを使って行うことになった。この四人の戦いとあれば、その注目度は高い。観客席では話を聞いて駆けつけてきた多くの生徒がおり、その中には鈴や簪、本音といった顔も見える。

 

「どっちが勝つのかな~」

「間違いなく、セシリアたちよ」

「そうだね、温情でもかけない限り、あの二人が負ける要素はない……」

「問題はその二人相手にどこまでやれるかってことよ。私でも五分持つ自信はないけど、ね」

 

 もし一対一ならそれなりにいい勝負をする自信は鈴にはある。しかし、あの二人同時に戦うとなると、自身の負ける姿しか想像できない。

 何度か模擬戦でそうした経験があるからこそ、わかる。セシリアとアイズは、協力することでその力を何倍にも増してしまう。以心伝心の二人の連携に隙はなく、互いの弱点を補うばかりか、互いの長所を有効に発揮するための状況すら作り出してしまう。この連携を崩す手を、鈴は今でも思いつかない。

 簪もトーナメントではアイズと組むことになっている。アイズのパートナーとなるべく、セシリアの動きを見本とするように、わずかな動きも見逃さないように凝視している。

 

 そしてそんな二人と対峙している一夏とシャルロットは戦意を高揚させて二人を睨んでいる。どうやらセシリアの狙い通りに本気で勝ちにきているようだ。観客のほとんどがこの戦いの意味を知らないが、この二人にとってはまさに自由を得るかどうかの分岐点。二人にとってセシリアとアイズはまさに壁にも等しい存在として映っているだろう。

 

「勝たせてもらうぜ、セシリア。アイズ……!」

「ふふ……」

 

 一夏の勝利宣言にセシリアはただ薄く笑う。しかし、その手にもつスナイパーライフルは一夏たちを貫かんと狙いをつけている。

 

「僕は負けない………僕は、自由になるんだ………!」

「ボクはさながら、ラスボス? よし、……この大魔王アイズが相手だよ! ボクを倒せたら自由をくれてあげちゃうよ!」

 

 アイズはいつものようにマイペースに屈託のない笑みを浮かべながらも、手に「ハイペリオン」と「イアペトス」を構えた。

 

 そして四人は動かないまま戦意をどんどん膨らませていく。いつ破裂するかもわからない緊張感がアリーナ全体を満たしていく。見ているだけの観客もその空気に感化されて固唾を飲んで見守っている。

 はじめ、の合図などない。誰がなにを先に仕掛けるか。それも戦闘における駆け引きのひとつだ。

 

 嫌な汗が一夏の頬を伝い始めた、そのときだった。

 

「じゃ、ボクからいこっかな」

 

 そんなアイズの能天気な言葉とともに、アイズがブーストをかけて一夏とシャルロットへと襲いかかる。主武装「ハイペリオン」を上段から振り下ろし、アリーナの地面を抉る。直前で回避した二人を目掛け、今度はセシリアのレーザーが襲いかかる。ただの牽制だとわかるのに、すべてが直撃コース。相も変わらずにデタラメな技量だ。そんなセシリアの射撃を必死に躱していると今度は再びアイズが強襲を仕掛けてくる。

 一夏が反撃するが、それは「イアペトス」に捌かれて「ハイペリオン」のカウンターをくらう。それをシャルロットの援護でなんとか直撃を避けるも、そのシャルロットはセシリアの射撃によってそれ以上の一夏への援護を中断せざるを得なくなる。

 

 射撃と斬撃。その二つが交互に襲い来る。歯車がかち合うようにけっして互いの邪魔はせず、むしろ効果的に相方の攻撃に繋げている。

 アイズに近接戦を仕掛けても即座に捌かれてカウンターをもらい、セシリアの射撃は隙を見せれば容赦なくヘッドショットを狙ってくる。どちらにも細心の注意を払いながら突破口を見出そうとする一夏とシャルロット。しかし、そうはさせないのがセシリアとアイズだ。開始してからずっと二人に仕事をさせず、一方的に動きを封殺して追い詰めていく。

 一夏はわかっていたが、二人とはじめて戦うシャルロットは二人の持つめちゃくちゃとも思える技量と、その連携の隙の無さに冷や汗が止まらない。一人でさえ実力が劣るというのに、ふたり同時に相手をすることがどれだけ無謀なことなのか再認識させられる。

 

「でもっ! だとしても……! 僕は負けられないんだっ!」

 

 シャルロットが覚悟を決めてアイズにマシンガンを放ち、一夏が追撃に入る。まさに綱渡りの攻防の始まり。

 そしてシャルロットにとって、かつてない決意をして臨む運命の分岐点となる戦い………そんなシャルロットの覚悟を食い尽くすかのように、青と赤の雫はその牙を剥くのだった―――。




この物語ではストーリー上まだまだ空気な箒さんが久々に登場。束さんがラスボスじゃないので専用機すらない箒さんですが、のちのちに束と絡む予定です。

そしてシャルロットにとって運命の一戦が開始。アイズとセシリアは手加減はしても容赦はまったくしません。

次回の主人公はシャルロット。そして彼女の魔改造もここからはじまる、かも?


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Act.19 「運命は変わる」

 決して裕福ではなかったが、それでもシャルロットは幸せだと確かに感じていた。フランスの片田舎で大好きな母との暮らしは大変なことも多かったが、それでも毎日を精一杯に生きていた。

 世間の喧騒からはやや離れたそこではシャルロットはただの少女であり、そんな彼女を見守る母と、近所に暮らす村の仲間たち。そんな小さな幸せに囲まれているだけで十分だった。

 

 それが一変したのは、母の死―――二年前に急死した母の葬儀の後、少ししてやってきたのがデュノア社の関係者だった。

 はじめはなんのことかわからなかったシャルロットだったが、つまりは自分の父親がいたらしいということだけを理解して、ただ単純に会いたいと思ってデュノア社へと赴いた。

 

 シャルロットを待っていたものは、ただ所有物のように命令を下す父親らしい男と、自身を殴ってきたその妻らしい女。

 いつのまにかデュノア社の所属とされ、自由などない日々の始まり。たまたまIS適正が高かったためにIS訓練と勉強の日々。

 そして気がつけば二年もそんな生活をしていたシャルロットは、いつの間にか多くのものを諦めていた。

 

 自分の人生を妥協した。自分の青春を妥協した。自分の運命を妥協した。

 

 すべてを仕方の無いことだと思うことでしか彼女は耐えられなかった。

 

 そして会社の経営が傾き、世界初の男性適合者である織斑一夏の出現。これを機にシャルロットに下された命令は、「織斑一夏の専用機のデータを盗む」こと。完全に犯罪であった。

 もうどうでもいいと諦めていたシャルロットは、男装をしてIS学園へと入った。そこにいたのは、自身とは違い、目を輝かせ、多くの夢を語る同年代の少女たち。

 

 なぜ、ここに自分がいないのだろう。こんなに近いのに、なぜ仲間に入れないのだろう。

 

 そんな憂鬱になることを思いながら過ごしていたとき、一夏に正体がバレてしまう。ちょうどいいと思った。男と偽って入学したとあれば、デュノア社も、フランス政府も黙っていまい。もちろん、シャルロット自身も罪に問われるだろう。でも、もうどうでもよかった。

 自分を偽っていることに疲れきっていたシャルロットは簡単に諦めた。

 

 それを救ってくれたのが、一夏だった。

 

「本当にそれでいいのか? そんな風に諦めて満足なのかよ!」

 

 満足などするはずがない、できるはずもない。でも、どうしろというのか。

 

「俺にも、どうしたらいいかわからない……でも、頼れるやつならここにはたくさんいる。一人で悩むことなんてないんだ」

 

 そう真摯に訴えてくる一夏に推されて向かった先は、セシリア・オルコットとアイズ・ファミリアという二人の存在だった。

 アイズ・ファミリアはわからないが、セシリア・オルコットという存在はシャルロットは何度も耳にしていた。

 カレイドマテリアル社が誇る天才。名家オルコット家の令嬢であり、同い年でありながら既にIS操縦者としての実力は欧州最強とすら言われる、まるで自分とは真逆の輝かしい人生を送っている少女。

 本当に、彼女がこんな自分を助けてくれるのだろうか。そんな疑念を抱きつつも、言葉を交わしたシャルロットは、そのセシリアの高潔なあり方に感銘を受けた。

 

 そして既にある程度の事情を察している洞察力もさることながら、厳しくもしっかり救済の道を示してくれたことに驚いた。

 

 カレイドマテリアル社所属になること。それがセシリアの示す方法。もともとデュノア社に未練はない。あるとするなら、母から受け継いだデュノアという名前を捨てることに抵抗があった。

 しかし、その名前は既にシャルロットにとって呪いと同義だった。母の最後の言葉は「幸せになりなさい」。それを為すために、シャルロットが選んだ道は、セシリアの提案を受け入れることだった。

 

 確かに、デュノアという名前はこだわりがあるが、それでも………シャルロットは、自分が幸せになる道を選びたかった。母も、きっと許してくれる。そう思った。

 

 しかし、そこでセシリアが出した条件は、この学園でも屈指の実力者であるセシリア、アイズと同時に戦うこと。この戦いでシャルロットの運命を決めるという。

 シャルロットは、久しく感じなかった恐怖に震えた。諦めていた今までとは違う、本当の意味で現状から脱却できるかどうかの瀬戸際なのだ。

 二人を倒さなければ、自分は一生デュノア社に縛られたままだろう。下手をすれば、もう日の光を浴びることすらできなくなるかもしれない犯罪に加担しかけているのだ。獄中生活すらありえる。

 

 それがたまらなく嫌だった。そう、ほんの小さな希望が見えたとき、シャルロットは今まで封じ込めていた心を顕にした。

 

 救いの道を示してくれたセシリアが、その道の前に立ちはだかる壁なのだ。シャルロットは感謝の念が敵意の念に変わっていくことを自覚した。

 

 そうだとも、まだやりたいことだってある。やってないこともたくさんある。

 

 こんなところで、自分の人生を諦めたくない。

 

 だから、―――――目の前に立ちふさがる恩人を、倒さなければならない。こんな自分の話を聞いてくれて、手をさし伸ばしてくれた人を、倒さなくちゃならない。

 それがセシリアの出した条件。超えなければならない壁。

 

 シャルロットは、自身のすべてを賭けて戦いに臨んだ。

 

 母の死から、諦めることで耐えてきた少女は、このときから再び抗い始めたのだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「堕ちろおおっ!」

「甘いよ! わたあめみたいに!」

 

 シャルロットの放つ弾幕を信じられない機動で回避するアイズに、負けじとさらに弾丸をバラまく。サブマシンガン二丁の弾幕を完全回避という無茶苦茶な技量を持つ目の前の赤い存在に畏怖の念を覚えながらも、それでもシャルロットはアイズを落とそうとショットガンに切り替えて連射する。

 さすがに至近距離でショットガンは回避しきれないと思ったのか、アイズが離脱する。逃がさないように武器を切り替えて追撃をしようとする。

 

 しかし。

 

 

「Trigger」

 

 

 迫り来る極光を辛くも回避する。

 またしてもセシリアの狙撃に阻まれた。ここぞというときにいつもいつもその行動を潰される。一夏がセシリアに挑んでいるが、距離を詰めることすらできずに射撃にさらされている。そしてセシリアは一夏の相手だけでなく、アイズの援護を行う余裕すらある。優位性は一目瞭然だ。

 やはり一対一で戦おうとしてもダメだ。かといって二対二の形になればセシリアとアイズの連携の前に抗う術はない。

 

 だから、シャルロットと一夏が勝つ方法はひとつ。

 

 二体一で、戦うこと。これしかなかった。そのための案は、持ってきた。

 

「シャル!」

「わかった!」

 

 シャルロットが新たな武器を構える。シャルロットの機体ラファールリヴァイヴカスタムⅡは数多くの武装を搭載し、それらを高速切替ができることが強みだ。その中から、この一戦のために急遽用意した武装を選択して放つ。

 

「っ! 煙幕……!?」

 

 しかもただの煙幕ではない。チャフを混ぜ込んだ電磁ジャミングスモークを発生させ、ハイパーセンサーの視覚もを一時的に無効化するスモークチャフ弾だ。チャフを有効化するには対象の攻性レーダー波の周波数を解析しなければならないが、その解析はすでに済んだ。セシリアがバンバン撃ってくるおかげでサイティングにおける周波数の解析はすぐに終わった。それがなくても目視で当てられそうなのでスモークも発生させた。

 これによりセシリアの射撃を一時的にだが、止められる。さすがのセシリアもレーダーを攪乱した上で見えない的を撃つことはできない、と踏んでの賭けだ。

 この隙にアイズを二人がかりで倒す。起死回生の突破口はここしかない。

 

 一夏とシャルロット、二人がかりでアイズへと襲いかかる。

 

「なるほど、そうきたか!」

 

 嬉しそうにアイズが叫ぶ。目は変わらずにバイザーで隠れているが、嬉々とした様子を見せるアイズに構わずに二人はありったけの攻撃を放つ。シャルロットが弾幕を張り、一夏が零落白夜を発動させて突っ込んでくる。アイズはそれを真っ向から対抗する。

 脚部展開刃「ティテュス」を展開、四刀を構えて二人を迎え撃つ。シャルロットの弾幕はたしかに厄介だが、一夏は近接武装のみ。近接格闘でアイズとまともにやりあえるのは鈴くらいだ。アイズにしても、ここで一夏を堕とせば勝負は決まったも同然。

 

「くらえぇ、アイズゥゥ!!」

「やぁっ!」

 

 一夏とアイズが激突する。零落白夜のエネルギーブレードを実体剣であるはずの「ハイペリオン」が受け止める。当然の如く、こうしたエネルギー兵器に対抗できるコーティングがされている「ハイペリオン」は難なくその必殺の一撃を止める。しかし、零落白夜が発動しているために余波でアイズと一夏のシールドエネルギーが徐々に削られている。まさか、自爆まがいの道連れをするつもりか、と思ったとき、アイズの感覚がそれを捉えた。

 

 真上――――!?

 

 ハッとなってそれを気付いたときはすでに遅かった。一夏の背後から飛びかかってきたシャルロットが手に巨大なパイルを持って既に攻撃態勢をとっていた。

 

 ――――パイルバンカー!

 

 やられた、とアイズは思った。

 

 一撃必殺の威力を持つ零落白夜を囮にして、シャルロットの近接武装が本命とは―――!

 

 アイズの超能力といえる危機察知の感覚も一夏の零落白夜のプレッシャーを隠れ蓑にして見事に強襲を成功させた。もしセシリアの射撃が通る状況ならここで狙撃されて終わるだろうが、今はスモークチャフで射線が通っていない。しかも零落白夜を受け止めているために回避しようとした瞬間に零落白夜によってシールドエネルギーをごっそりもっていかれてしまう。

 

 

「もらったよ!」

 

 シャルロットの切り札「灰色の鱗殻」。楯殺しと呼ばれる絶大な貫通力を持つ武装。

 アイズは零落白夜のダメージをもらうことを承知でハイペリオンを盾にするしかなかった。そして、そのパイルが激突。まるで交通事故にでもあったように轟音を纏わせてアイズが吹き飛んだ。半分ほどは衝撃を逃がしたが、今のは効いた。シールドエネルギーも半分を切った。さらに悪いことに主武装である「ハイペリオン」と「イアペトス」を今の衝撃で手放してしまった。

 おそらく至近にいた一夏のシールドエネルギーもごっそり減ったはずだが、それでもいい仕事をした。体勢を整えたときには二人の追撃が間近に迫っていた。

 

「これで終わりだ!」

「いけぇっ!」

 

 零落白夜を発動させて突っ込んでくる一夏と、もう一撃「灰色の鱗殻」をぶつけようと迫るシャルロット。両手の武器を失い、脚部ブレードだけで二人の攻撃を受けきるのは難しい。

 

「お見事……!」

 

 だがそんな状況でも、アイズは二人を賞賛した。即席ながら、よくデザインされたコンビネーションだ。正直、ここまで追い込まれるとは思っていなかった。

 

 ―――――――だが。

 

「まだ甘いよ。チョコみたいに!」

 

 アイズは両手を二人へと向ける。拳を握り締めた状態で左右の腕をそれぞれ真正面からロックする。

 一夏とシャルロットもアイズがなにをするつもりなのかわからない。しかし、両手の武器は失った今しかチャンスはない。二人は構わずに突撃して――――。

 

「なっ!? がはっ!?」

「え? うわぁっ!?」

 

 飛んできた拳に吹き飛ばされた。予想だにしない攻撃に防御すらできずに弾かれる。

 

「ロ、ロケットパンチだと!?」

 

 一夏が驚愕の叫びをあげる。

 

 まさかそんな武器があったとは――! 

 

 予想外の攻撃を受けて動揺を強くする。アイズはそんな一夏の様子を見て苦笑している。

 

「うん、使ったのははじめてだけどね。でも意外と使えるね、これ」

 

 束が冗談のように言っていた隠し武装のロケットパンチ。正式名称は腕部突撃機構「ティターン」。腕部装甲をそのまま発射するという冗談みたいな機構だが、アイズにとってその有用性は高かった。ワイヤーで繋がれた腕部はそのまま巻き取られるように戻り、再びアイズの両手に装備される。その戻ってきた手には、さきほど弾かれた「ハイペリオン」と「イアペトス」が握られていた。

 

「あんな方法で武器を回収するなんて……!」

 

 めちゃくちゃだ。そんな文句を言いたかったが、そんな暇はもうすでに存在していない。

 

「そろそろ私にも構ってもらいましょうか」

 

 いつの間にか上空へと移動していたセシリアがレーザーを雨のように降らせていた。ビットを使い、レーザーライフルと合わせて合計七つの砲門から放たれるレーザーに体勢の崩れた二人は回避しきれずにもらってしまう。

 セシリアも復帰された今、一夏とシャルロットにすでに勝利の可能性はもはや存在していなかった。ほどなくしてダメージの大きかった一夏がセシリアの狙撃によって堕とされた。

 最後に残った満身創痍のシャルロットは、唇を噛み締めながらも、諦めずにアイズへと向かう。

 

「まだ、まだだよ! ボクは、まだ……っ!」

 

 諦めるわけにはいかない。シャルロットは決死の覚悟でアイズにマシンガンを放つ。シャルロットは気づく余裕はなかったが、既にセシリアは構えを解いており、実質アイズとの一騎打ちとなっていた。

 シャルロットは目の前で待ち受けるアイズに向かって「灰色の鱗殻」を起動させる。もはや深刻なダメージを受け、一撃で堕とす以外に道はなかった。

 

「僕は、負けられないんだっ!!」

 

 自分を奮起させるように叫ぶシャルロットに、アイズも応える。

 

「覚悟、見させてもらったよ……でも!」

 

 ここで手加減などできるはずもない。それはシャルロットにとっての侮辱だ。だからアイズも本気で迎え撃った。放たれるパイルバンカーを掻い潜り、振るった「ハイペリオン」がシャルロットを薙いだ。人形みたいに力なくガクリと力尽きるシャルロットがアリーナに倒れる。

 かろうじて意識が残ったシャルロットは、なおも立ち上がろうとするが、すでにシールドエネルギーはエンプティ。完全に負けたと理解したとき、それまでの激情は急速に冷やされていった。

 

「負け、ちゃった……の……?」

「………」

「僕は、結局…………なにも………」

「そんなことはないよ、シャルロットちゃん。たしかに、あなたの思いは届いたよ」

 

 シャルロットは薄れる意識の中、アイズを見た。アイズの頭部を覆うバイザーにはわずかに罅が入り、割れた隙間からアイズの琥珀色に染まった瞳が見える。その瞳はなぜか淡く光っていた。その不思議な瞳の輝きは、シャルロットの脳裏に強く刻まれる。

 

「次に目が覚めたとき、きっとあなたの運命は変わっているよ。だから………安心しておやすみ、シャルロットちゃん」

 

 子守唄のように紡がれた言葉を聞いた後、シャルロットの意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、ううん……」

 

 目が覚めたとき、シャルロットが目にしたのはつい先ほどまで戦っていた人物、アイズ・ファミリアとセシリア・オルコットだった。なぜ二人がいるのだろう、とぼんやりと思っていたとき、それまでのことを思い出す。

 

「ぼ、僕は……!」

 

 そう、負けた。すべてを賭けて臨んだ戦いに、完敗したのだ。シャルロットは絶望したような顔を浮かべてしまう。いや、実際にそれに近い心境なのだろう。

 

「シャル……」

 

 いつの間にか一夏がそばへとやってきていた。一夏は申し訳なさそうにしながらシャルロットを気遣う。

 

「すまない、シャル……おまえを勝たせられなかった」

「そ、そんなことないよ一夏……僕にここまでしてくれたのは一夏だけだもの……」

 

 そう、シャルロットは一夏を責める気はまったくなかった。ここまで真摯に自分の味方になってくれた人はいままでいなかった。そんな一夏を責めるなんて、できるわけもない。

 これは、今まで諦めてきた結果なのだ。

 

「さて、シャルロットさん」

 

 セシリアが発した言葉にシャルロットが緊張して身を固くする。いったいなにを言われるのか、悪い想像しかできないシャルロットは顔色を青くして死刑宣告でも待つような面持ちでセシリアの言葉を待った。

 そんなシャルロットの様子に苦笑しつつ、セシリアは微笑を浮かべて告げた。

 

「まぁ、まどろっこしいのは趣味ではないので結果だけお伝えします。先ほど、カレイドマテリアル社の社長であるイリーナ・ルージュから了承の意を伝えられました。おめでとうございます」

「え?」

「今後、あなたの身はカレイドマテリアル社が保証いたします。近いうちに親権・機体もろともあなたの身を正式に譲渡されますので、そのつもりで」

「え? え?」

「これからは同僚ですね。よろしくお願いしますね、シャルロットさん」

 

 セシリアの言葉が理解できないようにシャルロットが挙動不審にきょろきょろと周囲を見回している。

 

 一夏は嬉しそうにシャルロットに笑いかけ、アイズも無邪気に笑っている。そしてそれを告げたセシリアも、初めて見る社交用ではない、暖かい笑みをシャルロットへ向けている。

 

 徐々に状況を理解したシャルロットは、知らずに涙を浮かべながら何度も確認をする。

 

「本当、に?」

「はい」

「でも、僕は負けて……」

「勝ち負けが基準と言った覚えはありませんよ。事実、予想以上にあなたは強かったです」

「僕は、自由になれるの?」

「まぁ、たくさんのお仕事はありますけど……ウチの会社は、福利厚生はしっかりしてますよ?」

「今まで、みんなを騙して……」

「それは今頃イリーナさんがデュノア社とフランス政府に裏取引でなかったことにしてもらっているころでしょう。まぁ、もう男装する意味はなくなりましたけどね。女子用の制服を申請しておいたほうがいいですよ?」

「そんな、夢みたいなことが……」

「現実です。ほっぺたでもつねりましょうか?」

 

 セシリアの出来の悪い冗談がシャルロットの緊張を徐々に解していく。シャルロットは両手で顔を覆いながら、なんとかその言葉を口にする。

 

「………あ、ありがとう、……ありがとうございます……!」

「どういたしまして。まぁ、私は橋渡しをしただけですけどね」

 

 ようやく実感が湧いたのか、シャルロットは先ほどとは違う感動の涙を流す。

 シャルロットは自ら家族の縁を切り、新たな縁を結ぶことを決意し、それを成し遂げた。幸運と努力が重なったその一戦は、彼女の運命を確かに変えたのだった。

 

「ひゃっほー! これでシャルロットちゃんもボクたちの同僚だね! ようこそー!」

 

 無邪気に喜ぶアイズとは対称的に、静かに佇むセシリアはあの模擬戦終了直後のイリーナとの会話を思い出していた。

 

 

 

***

 

 

 

 シャルロットとアイズの一騎打ちの様子を眺めていたセシリアは、決着がついたことを確認しながら特別に内蔵されている秘匿回線を通じてある人物と通信を行っていた。量子通信を利用した盗聴不可能の暗号通信だ。

 相手はイリーナ・ルージュ。画面越しの彼女は愉快そうに笑っていた。

 

「どうですかイリーナさん。技術も根性も十分あるいい人材だと思いますが」

『デュノア社の隠し子を雇わないかと聞いたときは何を言っているのかと思ったが………おまえがいうだけあっていい素材だ。たしかに多少のことはしても手に入れて損はないだろう』

「では、スカウトをしても?」

『構わんぞ』

 

 ブルーティアーズtype-Ⅲを通して観戦していたイリーナが頷く。シャルロットはカレイドマテリアル社のトップに認められたのだ。

 

『デュノアの馬鹿にはこちらから交渉しておこう。なぁに、脅迫のネタはたくさんあるからな、あそこは。金を多少積めばすぐイエスというだろうさ』

「恐ろしい人ですね、イリーナさんは……それで、親権放棄までもっていけますか?」

『まかせておけ。あの小娘の親権は私が継いでやるよ』

「イリーナさん自ら、ですか?」

 

 それはセシリアをしてもすこし意外だった。自分の娘にする、というまで気に入ったのだろうか。

 

『べつに母親面する気はないさ。やるのなら徹底的に、だ。どんな馬鹿でも、“私の娘”に手を出す馬鹿は少なくとも、この業界にはいないからな』

 

 シャルロットの身を保証するためだけに母親となる。愛に欠けるが、シャルロットの安全をもっとも高くする方法というのは間違っていない。イリーナの優しさは相変わらず苛烈だ。

 

『それにな……今、デュノアではきな臭い動きがある。ある意味、あの小娘は運が良かったかもしれんな』

「どういうことです?」

『デュノア社が現在、経営難なのは知っているだろう? だからこそ、あの小娘を利用しようとしたんだろうが……それだけではない。デュノア社をどこも援助しようとしない中、支援を行おうという組織が出たらしい』

「………」

 

 セシリアは嫌なものを感じ取って顔をしかめる。

 

『こちらの諜報部が調査しているが、なかなか正体がつかめん。しかし、正体がつかめないというのはそれだけで情報足りうる』

「なるほど……」

 

 カレイドマテリアル社の諜報でも情報がつかめない存在など、世界でも多くはない。それだけでデュノア社と接触したものの正体を絞る要素になる。

 そして、それは今なお敵対しながらも全容が知れないある組織と同じであった。

 

『もしそうなら、この段階であの小娘を離れさせることは間違いではない。まぁ、私たちがかくまうことで厄介事に巻き込むことになる可能性もでかいが……』

「傀儡になるよりはまし、というわけですか。たしかにいいタイミングだったかもしれません」

『そのあたりはまた知らせる。いくら量子通信でもこれ以上はまずい』

「はい」

『シャルロット、といったか。あいつには、私を恨んでも構わんがデュノアは潰すと言っておけ。ではな』

 

 なんとも不器用な人だ、とセシリアは苦笑する。そして通信を切断して何事もなかったかのように気絶した二人を保健室へと連れて行く。

 なにはともあれ、これでシャルロットが納得すれば、彼女は同僚となるわけだ。この模擬戦でもシャルロットの力や一夏の成長を見れたセシリアはひとまずは満足することにした。

 

 

 しかし、とりまく不穏の影が晴れる様子は、未だ見えてはなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふーん、それであの子は就職先を見つけたってことね。カレイドマテリアル社に就職とは、先が明るいわね」

 

 くすくす笑いながら鈴が言う。シャルロットの事情を知っている鈴や簪にも報告したアイズは楽しそうに笑っている。

 

「でも大丈夫? そう簡単にいくことじゃないと思うけど」

「大丈夫だよ、イリーナさんがやるといえば必ずやるから」

「あんたもどエライ人とパイプ持ってるわねぇ。私も就職に困ったらそこに就活しようかしらねぇ」

「鈴ちゃんならよろこんで歓迎するよ! あ、簪ちゃんも将来はどう?」

「う、うん! 考えておくね……!」

 

 冗談っぽく言う鈴と、ちょっと本気にしていそうな簪。そう簡単な話ではないが、こうした将来のビジョンを楽しく語ることはいいことだろう。

 

「でもこのぶんじゃ、あの子も一夏にホの字かしらね」

「うーん、どうだろ。箒ちゃんみたいにわかりやすくはないけど、けっこうな恩を感じてたっぽいなぁ」

 

 身体を張ってシャルロットの助けになった一夏は彼女にとってはヒーローのように映っているかもしれない。そう思えば鈴の言うことも十分に有り得る。そういえばタッグトーナメントも一緒に出るようだし、案外そうかもしれない。

 

「まぁいいけどね。見てる分には愉しいし。アイズはそういう人いないわけ?」

「ボク? うーん、大好きな人はたくさんいるけど、恋っていうのはまだよくわからないなぁ。簪ちゃんは?」

「わ、私もよくわからない……でもアイズがいるからいい」

「あんたどういう意味よそれ」

 

 そんなガールズトークをしている三人に向かってトテトテと走ってくる女子が一人。布仏本音であった。本音はいつものようにゆるーい感じでやってくると、やや興奮したように三人にそれを教えた。

 

「みんなみんな! トーナメントの対戦表が出たよ!」

「お、そういえば告示の日だったわね。それで?」

「ほらこれ!」

 

 本音がコピー紙を三人に見せる。どうやら対戦表の写しのようだ。アイズはさすがに見ることができないため、鈴と簪がそのトーナメント表に視線を這わす。

 

「これは……」

「ほほう……」

 

 やや驚いたような簪と、面白そうに笑う鈴の声にアイズが「なになに~」と緩い疑問の声をあげた。簪が緊張した面持ちでそれを読み上げた。

 

「一回戦第二試合。セシリア・オルコット、凰鈴音ペア対アイズ・ファミリア、更織簪ペア」




シャルロットさんが一足早く仲間になりました。原作とかなり違いますが、シャルロットさんの魔改造フラグも同時に立ちました。ラファールも束さんに魔改造されるのか……?

そして次回からタッグトーナメントが始まります。ラウラ戦の前に初となるセシリア対アイズの一戦が始まりです。原作ではトーナメントでは目立たない面々が激突です。


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Act.20 「惹き合う強者たち」

 IS学園の一大イベントである学年別トーナメントの開催。今年は特例として二人一組のタッグ戦という特別ルールで行われるが、そのトーナメントの注目度は変わらずに高い。

 三年生にはスカウトが、二年生には一年間の成果を確認する為に企業や国の関係者が多く集まっている。この日ばかりは観客席も空きが無いほど混雑しており、その注目度の高さが知れるものであった。

 そして、二年、三年の前座という意味合いのある一年生の部だが、今年は少々違った。各国の代表候補生が集まり、世界初の男性適合者までいる今年の一年の部は話題性も多くあった。

 その中でも特に高いのはやはり織斑一夏、シャルロット・ルージュペア。そしてイギリスと中国の代表候補生が組むセシリア・オルコット、凰鈴音ペアであった。一夏の場合、その話題性は今更言うまでもなく、セシリアと鈴も次代を担う存在として名高い操縦者である。アイズや簪はあまり表に出なかったためにほぼ無名の選手という見方がほとんどであった。

 しかし、IS学園の生徒、特に一年生の間ではアイズの実力は広く知れ渡っているために、やはり注目の選手であった。

 

 喧騒で包まれる観客席とは違い、選手達はそれぞれの控え室で最終調整を行っていた。既にセシリアと別れたアイズも、簪と共に機体のチェックを行っている。

 簪の機体は一部はまだ未完成だが、戦闘行動をするには十分な域までには組みあがっている。簪とアイズが二人で作り上げた機体。簪はこの機体に対する思い入れはすさまじいものがあり、この機体でアイズと戦い抜くことを決意している。

 

「………もう名前が変わったんだね、シャルロットさん」

「イリーナさんは仕事早いから。まさか三日後には改名されるとはボクも思わなかったよ。絶対灰色な手段使ったよ……」

 

 三日前、シャルロットが女子生徒用の制服を来て再び転入してくるという騒動があった。そのとき、彼女は自己紹介でこう言った。

 

―――今まで、お騒がせしました。僕の名前は、シャルロット・ルージュです。

 

 それはもう大騒ぎだった。デュノア社の子息かと思いきや、カレイドマテリアル社ご令嬢へとクラスチェンジしているのだ。その経緯については流石にごまかしていたが、それでもシャルロットはどこか吹っ切れたような顔をしていたらしい。それがその場で見えなかったアイズはちょっと残念だった。

 その後にシャルロットに話を聞いてみたところ、イリーナとはもう何度か話したらしく、意外と気が合ったようで、すんなりと縁組の話がまとまったということだ。個別にイリーナにも聞いたところ、どうも本気で気に入ったらしく、しっかりと社のご令嬢として教育する気になったらしい。イリーナには後継者がいなかったから、本格的に後継を作るのかもしれない。

 だからこそこんなスピードでシャルロットの身を奪ったのだろう。普通なら、時間がかかって然るべき案件だが、蛇の道は蛇、この手の世界の渡り方は正道、裏道、回り道すべてを知っているイリーナからすれば朝飯前だったのだろう。

 このシャルロットの転身はまさに夢のようなものだった。もしシャルロットが将来カレイドマテリアル社を継ぐことになれば、アイズの上司になるのであろうか。どこか不思議な未来予想図にアイズも苦笑するしかなかった。

 

「それに、ボーデヴィッヒさんも……」

「そうだね、まさか箒ちゃんと組むとは、びっくりだなぁ」

 

 特にアイズは箒がどれだけISに無関心なのか本人から聞いているだけに出場していること自体に驚いた。ちょろっと聞いたところ、ラウラと相方になる人物がいないために仕方なく組むことになったらしい。その際、二人の間で「なにもしない」という条件で一致したとか。ラウラはラウラで邪魔をしてほしくない、箒は箒でそもそもなにもする気がない。そんな利害の一致だという。

 タッグ、と呼ぶことに疑問があるチームだった。

 

 そしてそんな二人は一回戦第三試合で一夏とシャルロットと戦うことになる。抽選の結果とはいえ、一回戦から目玉となる試合が揃ったものだ。

 

「まぁ、今はとにかく、セシィと鈴ちゃんに勝たないと、ね。正直、最強の敵だと思う」

「遠距離のセシリアさんに、中・近距離の鈴さん。相性もいい……」

「それによく一緒に模擬戦してたから、連携の練度も高いし、……あの二人、けっこう性格も合ってるんだよね」

 

 冷静に見えてけっこう感情的なところがあるセシリアに、感情的に見えて冷静さを失わない鈴。いい按配で似通っている二人だ。熱くなるとき、冷静になるときをしっかりわかっている。そういう人ほど、怖い。

 

「それに、もうボクの隠し武器も鈴ちゃんにバレてるからね。まだ見せてないのはあるけど……」

「セシリアさんは、当然それも全部知っている?」

「そ。ボクもセシィの手の内を知っているようにセシィもボクの手の内を全部知ってる。武装としての奇襲はおそらく通用しない。奇策を練るなら、運用方法でなんとかしないと」

「でも、私の機体は、知らない」

「つい最近までデータすらなかったからね。簪ちゃんの機体データはまったくないはず……それが強みだね。だから一回戦であの二人と戦えるのはむしろ好都合だったかも」

 

 さすがのセシリアもつい先日に完成した機体の情報など持ってはいまい。試験運用は十分とはいえないが、可能な限りバグは取り除いた。ほぼ100%に近い仕上がりとなっているはずだ。

 とはいえ、さすがに急ピッチで作業をしたために一部の武装が間に合わなかったため、カレイドマテリアル社製の武装をいくつか積んである。機動プログラムは束から教わっていたアイズがいたために申し分ないが、そうしたソフトの反面、ハードの面ではやや不安要素が残る。それを既存の武装で補っているため、やはり簪の機体も切り札を除き、武装を要とすることはできなくなり、運用方法の構築が必要となる。

 

「間違いなく、セシィの援護を受けた鈴ちゃんが突っ込んでくる。鈴ちゃんの発勁打撃は防御を無効化するから、必ず回避や受け流す必要がある。それに不可視の衝撃砲っていう牽制武器もあるから、インファイターとしてはこの学園でも間違いなく上位に食い込むはず。……それに、まだ切り札を持ってる気がする」

 

 好戦的なのにどこか冷静さを失わない理性のある肉食獣、鈴からはそんな印象を受ける。そういう人物はなにかしら切り札を隠していることが多い。

 それはセシリアも同じだ。アイズにとって一番知っている相手だが、それでもセシリアはアイズの知らない切り札を隠している気がしてならない。

 アイズが、そうであるように。

 

「セシリアさんは、きっと学園でも最強といっていい実力……」

「楯無センパイの本気はわからないけど……セシィが負けるとは思えないしなぁ」

 

 典型的な遠距離射撃型であるにも関わらず、接近戦すらこなすオールラウンダー。ほとんどの人間はそもそも近づくことすらできずに撃ち落とされる。一夏戦では一夏の力を見るために近接武装も使っていたが、完封することも簡単だったはずだ。

 レーザーによる狙撃は百発百中であり、最大十機を同時展開できるビットによるオールレンジ攻撃は対多数戦でも有効な武装だ。そしてビットには特殊装備を付加させているため、多彩な戦術運用が可能。

 弱点はやはり接近戦だが、そのためにはビットすべてを掻い潜っていかなければならない。しかも接近すればするほどセシリアの狙撃の命中率が上がり、回避も難しくなる。

 

「ヒットアンドアウェイしかない。可能な限り、一撃の威力をあげる」

「そのために、前衛の鈴ちゃんを倒さないと。まずボクが鈴ちゃんとやりあうから、簪ちゃんはセシィの援護射撃を妨害して」

「任せて」

「……とはいえ、鈴ちゃんはそう簡単に倒せる相手じゃないし、なによりボク達がそう考えてることも、あっちもわかってると思ったほうがいい」

 

 よく知る者同士が戦うというのは腹の探り合いだ。傾向がわかっているからこそ対策がわかる。対策を取られるとわかっているからこそ、奇策を用いる。奇策を用いる可能性を捨てられないからこそ、常に奥の手を用意しておく必要がある。

 アイズにしてみれば初見の相手と戦うほうがまだやりやすかった。セシリアのハイスペックさを知っている分、まともに戦っても強いのに策を練られるとどんな手でくるか予想がしにくい。本社では研究部所属の非公開IS実験部隊を率いていたために部隊運用のノウハウも心得ている。鈴をどうやって運用してくるかによって対策が変わる。基本的に先の予想を大きく外れることはないだろうが、それでも油断はできない。

 

「最終的には出たとこ勝負、かな」

「大丈夫……アイズは私が守る」

 

 アイズの小柄な身体を後ろから簪が抱きしめる。既に二人にとっては日常となるスキンシップだった。アイズも簪を信頼しきっているようにその小柄な身体を預けている。

 

「ん、じゃあボクは簪ちゃんを守るよ」

「うん」

「がんばろう、簪ちゃん」

「うん!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 良くも悪くも学生レベルの一回戦第一試合が終わり、続く第二試合の開始時間となる。

 観客は次なる試合に胸を躍らせ、静かにその時を待っていた。おそらく一年では五指に入る四人の激突。事実上の決勝戦とまで言われるその試合がついに開始される。

 

『大変お待たせいたしました。続いて第二回戦を開始いたします』

 

 場内アナウンスが響き、観客が歓声をあげる。このトーナメントを見に来ていた各国の高官や企業の幹部たちも、その試合を注視して見守っている。

 

『第一ピットより、ブルーティアーズtype-Ⅲ搭乗セシリア・オルコット、甲龍搭乗凰鈴音ペア』

 

 すべてを撃ち貫く雫とすべてを打ち砕く龍が解き放たれるようにアリーナへと姿を現す。互いに並ぶようにアリーナ中央へと着地し、それぞれの主武装を構えて相手を待つ。

 二人の登場に会場のボルテージはますます高まっていく。実力もさることながら二人の人気の高さも見て取れる。

 

『第二ピットより、レッドティアーズtype-Ⅲ搭乗アイズ・ファミリア、打鉄弐式搭乗更織簪ペア』

 

 もうひとつの赤い雫と、新生の機体が現れる。

 アイズと簪はセシリアと鈴と相対するようにアリーナの中央へと着地する。

 

「セシィ、こうして“本気”で戦うのはいつ以来だっけ?」

「一年ほど前に、私がアイズのプリンを間違って食べてしまった時の喧嘩以来じゃないですか?」

「ああ、そんなとこともあったっけ」

「あのときのアイズは怖かったですよ? 微塵切りにされましたものね」

「セシィだってボクを蜂の巣にしたじゃん。お互い様だよ」

 

 懐かしい昔話をする二人でも、バイザーに隠れた目は戦意に溢れている。一方のパートナーたちも開戦前の火花を散らす。

 

「それがあんたの機体?」

「そう、……アイズと一緒に作った、私の宝物」

「ふぅん……面白そうね。あんた、自己主張少ないけど実はかなり強いでしょ?」

「どうかな……あなたと戦えるくらいには、強いんじゃないかな?」

 

 好戦的な鈴に簪も挑発を込めて返す。

 四人の視線が交錯して高揚した戦意が溢れる。そして、それを解き放つ時がついにくる。四人が一斉に戦闘態勢へとシフトしたとき、開戦を告げるアナウンスが流れる。

 

 

『一回戦第二試合………開始!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 開始直後、両チームが共に同じ動きでフォーメーションを構築する。セシリアと簪は全速で後方へと離脱し、鈴とアイズが全速でそれを追うように突撃する。両者ともにあわよくば開始直後の強襲で後方支援を倒す算段であっただろうその行動は鈴とアイズの一騎打ちを生み出した。

 アイズと鈴はまったく同じタイミングで武器を投擲。「ハイペリオン」と「双天牙月」、二つの大型武器が激突し、一瞬の後に弾かれ、持ち主の手に戻る。互いに出鼻を挫こうとした武器の投擲は不発に終わり、真正面からの激突へつながっていく。

 

「せぇい!」

「やぁっ!」

 

 一瞬の交錯で火花が舞う。

 アイズは鈴の一撃を受け流して捌く。間違っても受け止めてはいけない。そうなれば発勁を叩き込まれて腕が使い物にならなくなる。

 

「相変わらず巧く捌くわね!」

 

 鈴は楽しそうに獰猛な笑みを見せて連撃を仕掛ける。両手に持つ武器だけでなく、蹴撃も含めてくる。蹴りでも発勁打撃ができる可能性を捨てきれないアイズは鈴の脚にも注意を払って慎重にひとつひとつを捌いていく。

 だが、アイズの表情は苦く、鈴は笑っている。

 

 ―――まずい、これは完全にやられた。

 

「ボクの足止めを……!」

「さすがのあんたも、この状況で相方の援護なんてできないでしょう?」

 

 鈴は発勁打撃を決して隙を見せないように放ち続ける。大技を狙わずにただアイズの行動を制限するようことに専念している。いかに受け流しているとはいえ、徐々に発勁のダメージは積もっていく。それがまるで毒のようにじわじわとアイズの体力を削る。

 

「アイズ!」

 

 状況としてはアイズと簪の狙いどおりだが、アイズが鈴に封殺されるとなると話は別だ。鈴はアイズの足止めに専念しており、そんな鈴を倒すのはアイズでも骨が折れる。決定的な隙を見せない限りすぐに倒すのは無理だ。それどころか時間が経てば経つほどアイズが不利になる。

 そして、もともとセシリアを足止めするはずだった簪は、セシリアとの真っ向からの一騎打ちを強いられることになる。アイズがあの状況ではセシリアを足止めするだけでは好転しない。簪は意を決してセシリアへと挑む。

 

「私が倒す……!」

「面白い。あなたがアイズのパートナー足りうるか、試してあげましょう」

 

 簪は腰の両脇から武装を展開する。抱え込むように左右の二つの大型の砲身を手に取り、狙いをつけてトリガーを引く。

 放電しているようなプラズマを纏わせた弾丸が凄まじい速さで発射される。それは空間にオレンジ色の線の軌跡を残して突き進み、一瞬ののちにセシリアをかすめてアリーナの遮断シールドに接触して弾かれた。

 

「レールガン……! しかもそれは……」

「そう、……電磁投射砲『フォーマルハウト』、さすがカレイドマテリアル社製、いい武装」

「なるほど、機体はともかく、専用武器は間に合わなかったようですね。それで代替武器がそれですか」

「手に入れるのにけっこう苦労した」

 

 レールガンの弾速はさすがのセシリアをしても読み違えば直撃も有り得る。いい武器ではあるが、それだけでセシリアを倒せるとは思っていない。

 あっさりと二発目を回避したセシリアが銃口を簪へと向ける。

 

「Trigger」

 

 反撃をしてくるセシリアに簪はさらなる武装を展開して攻撃を加える。一撃の威力は高いが、命中率は高くないレールガンは抑えて使用し、背中に装備した連射型荷電粒子砲『春雷』を起動。もともと搭載を予定されていた中で唯一間に合ったこの『春雷』による牽制射撃を加え、レールガンでセシリアを狙う。

 もちろん、そうやすやすと当たるセシリアではない。六機のビットをパージして簪を囲む。オールレンジによるレーザーを縦横無尽な機動で回避する簪は体勢を崩しながらもセシリアへの攻撃を緩めない。回避するだけならまだしも、反撃までしてくる簪の動きにセシリアは既視感を覚える。

 

「その動き……アイズに習いましたか」

「あなたの射撃の癖と一緒に、ね……!」

 

 機動力が高い打鉄弐式に加え、さらにアイズのレッドティアーズtype-Ⅲの機動データも使っていることで機動に関してはほぼ完璧な仕上がりを見せている。そしてセシリアの射撃の癖、ビット使用時は相手の回避経路を無くしてから最後には狙撃で仕留めようとすることなど、細かく教わっていた簪はなんとかセシリアの土俵である射撃戦での接戦を演じている。

 アイズの過去のセシリアとの対戦データから、ビットの回避機動も十分な情報を得ている。

 

「それでも、甘い」

「っ!」

 

 セシリアが本格的な狙撃体勢へとシフトする。さらに二機のビットをパージして八機のビットによる包囲網を作る。八機のビットはすべてがレーザーを掃射モードで発射し、簪を囲むように弾幕の檻を作り上げる。

 そこへ走る極光。

 威力を高められたレーザーが簪へと迫る。回避ルートは上下左右すべてを潰されている。迷う暇もなくレーザーが簪に直撃、―――。

 

 

「っ……“ERF”、起動っ!」

 

 

 ――――するはずだった。

 

 簪に直撃する直前、そのレーザーが壁に衝突したように受け止められ、拡散して消滅してしまう。これにはさすがのセシリアも驚愕する。

 いつのまにか打鉄弐式の背部に大きなジェネレーターと思しきものが装備されており、そこから光る粒子のようなものを放出していた。

 

「ERF!? そんなものまで用意してましたかっ……!」

「あなたと戦うんだから、当然」

「よくそんな試作品まで……」

 

 簪の機体に積まれた防御用兵器「Electromagnetic Repulsion Field」、通称ERF。電磁反発領域と呼称される防御フィールドの発生装置であり、レーザーの減退を促進させて無効化させる。強力なレーザーといえど、大気中での減退は避けられない。その減退をさせる力場を発生させて防ぐというまさに対セシリアのために用意した武装だ。

 しかし、これは試作品であり、まだまだ運用には問題がある。今回、セシリアには内緒に束にお願いしてデータ取りの条件付きで送ってもらった試作機だが、十分に役目は果たせたようだ。これがなければおそらく今の一撃でやられていた。

 簪はホッと一息つくが、本当の意味での試練はここからだ。

 

「しかし、それはまだ稼働時間が五分程度しかなかったはずでは?」

「………」

「それに、そんなキャパシティを食う使い捨ての兵器に頼れるわけはないのでしょう?」

 

 簪は表情を変えないまでも、内心で舌打ちをする。

 確かに初めてこの武装を聞いたときは反則的な技術力に驚いたが、問題点も多かった。まず拡張領域のキャパシティを多く取ってしまうこと。そして試作機ゆえ、活動時間が五分しか持たないこと。しかも一度起動させ、停止すればもう再起動はできない。つまり、あと五分はレーザーに対して堅牢な防壁を得られるが、それ以降はただのお荷物となってしまう。

 

「さらに言えば、それはあなた自身にも影響を及ぼします。その荷電粒子砲やレールガンすら、威力を妨害してしまう。いえ、試作であれば、あなた自身の機体にも悪影響を及ぼすのでは?」

 

 そう、それが最も問題となるデメリット。まず荷電粒子砲やレールガンといった装備は威力や命中率などの信頼性が落ちるために使用はできない。下手に使うと不具合が出る危険性すらある。

 しかも機体の機動にも影響が出る。本来ならそうした影響を受けないように特殊コーティングを機体に施すのだが、必要最低限しか処理できていないので、機動に若干であるが遅れが出る。

 ならばすぐにでも緊急停止してパージしてしまえばいいのだが、それは同時にセシリア相手にレーザーを防ぐ手段を捨てることになる。

 

「なにも問題はない……ようは、あと五分であなたを倒せばいいだけのこと」

「ERFとはいえ、あくまで減退を急促進させるもの………高威力のものは、防ぎきれませんよ?」

「そんな暇は、与えない!」

 

 簪は武装を変更。右手には訓練機でも使われるオーソドックスとも言える普通の近接ブレード。左手には実弾装備のマシンガン。これまでの武装とは違い、平凡とすらいえる一般的な装備。ERFを搭載したためにこれ以上の武装は積めなかった。しかし、武器としては申し分ない。

 

「あなたは、ここで倒す……!」

「くす……」

 

 制限時間は五分。それを過ぎればこの防御は無意味となり、あの幾条ものレーザーによって貫かれるだろう。

 二体一になれば、アイズも勝目がなくなる。鈴との膠着状態に陥ったアイズを助けるには、簪がセシリアを倒さなくてはならない。

 

 その簪に与えられた時間が、五分。

 

「私が、アイズを守るんだ……!」

「ならば私を倒してその資格があることを示してください。……来なさい、更織簪!」

 

 二対二のタッグ戦は、互いに一対一の戦闘へとなっていた。アイズと鈴は未だに格闘戦による膠着状態のまま、そして簪とセシリアによる一騎打ちがはじまる。

 

 更織簪とセシリア・オルコット。

 

 アイズ・ファミリアのパートナーにならんとする二人の意地のぶつかり合いが始まった。




アイズ対セシリアと思いきや簪対セシリアが始まりました。互いにアイズ大好き同士の戦い、なんかアイズを賭けて戦うみたいな感じに(汗)

次回の主役はなにかとアイズとフラグを立てまくっている簪さんです。それではまた次回!


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Act.21 「簪の戦い」

 更織簪。

 対暗部のカウンターとして代々続く家系に生まれ、頭首となった姉の実妹である簪は昔から比較をされる対象であった。

 なんでもできる姉、自分より優れた姉。それを否定したくて、闇雲に努力をした。しかし、簪の努力を姉は才能だけで超えていく。天才、とはこういう人のことを言うのだろう、と半ば諦めるようになったのはいつの頃だったか。

 それでも今なお、姉に劣ることを認められない。認めてしまえば、そのとき自分の揺らいでいる価値すらなくなりそうで―――。

 

 いや、きっと違う。

 

 認められないんじゃない。簪は例え姉になにをしても劣るのだとしても、それでも誰かに認めて欲しかった。

 自分では自分を認められない。ずっと先を走る姉を知っているから、認められない。

 

 いつか姉が言っていた。「簪ちゃんはなにもしなくていい」と。

 

 それが簪を心配して言ってくれた言葉だということもわかっている。危険なことは全て引き受けようとする姉の気遣いもわからないほど幼稚ではない。

 

 しかし、それでも。

 

 簪は、その言葉に打ちのめされたのだ。

 

 姉と並びたい、なのに姉はその必要はないという。姉を避け始めたのはその頃だった。

 

 悔しい。何度も味わった苦い思い。しかし、そのときほどそう思ったことはなかった。姉の優しさを受け入れられなくなった。

 子供みたいに拗ねていると言われても言い返せない陳腐な反発だった。

 

 

 

 ―――私は、どうして。

 

 

 

 しかし、一番悔しく情けないのは、なにも言えない無力な自分だった。姉の隣に立てない。姉のようにできない。姉にはなれない。

 

 

 ―――どうして、こんなにも弱いんだ……!

 

 

 あまりにも遠く、追いつけない背中から逃げたくなったことなど一度や二度ではない。それでも簪は今、姉を避けてもなお、絶望してもなお、泣いてもなお、―――目の前に映る姉の幻影から逃げない。この絶望に変わった目標に挑み、抗い続けることが、簪に残された最後の自己同一性なのだから。

 

 そう、思っていた。

 

 アイズ・ファミリアに出会うまでは―――。

 

 

 

『簪ちゃんは簪ちゃんにしかなれない。でも、だからこそ、一緒に見れる夢がきっとあるよ』

 

 

 

 それが簪にとってどれだけ救いになったか、アイズは気づいていないだろう。簪を慰めたり宥めたりする気すらなかったはずだ。

 アイズの本心から漏れた言葉は、簪の荒んだ心に大きな衝撃を与えた。そして気がつけば、簪はその言葉を胸に生きていた。

 

 アイズの見ている世界が見たい。

 

 そうすれば、自分の見ている世界も、変わるかもしれない。

 

 なにより、……。

 

 アイズと一緒に夢が見たい。

 

 アイズと一緒に、この世界に夢を見たい。

 

 苦しむほどに辛いものじゃない、思うだけでときめくような、そんな夢が、欲しい―――!

 

 そんな想いをくれたアイズが大好きだ。

 

 だから、―――――。

 

 

「私が、アイズを守る」

 

 

 ―――更織簪は、好きな人のために、強くなるのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「そこっ……!」

「甘い……!」

 

 武装のほとんどが依存するレーザーに著しい制限をかけられながらも、セシリアの優位は崩れなかった。確かに簪も代表候補生にふさわしい高い技量を持っている。しかし、セシリアの経験とセンスはそれを悉く上回る。

 ただ狙いをつけてトリガーを引くまでの時間はもはや刹那しかない。簪からしてみれば銃口を向けられたと思ったときには既に目の前にレーザーが迫っていると感じているはずだ。それだけでなく、機動の先を読んで放たれる狙撃の命中率は脅威としかいいようのないものだ。

 

 簪はほとんど直感でセシリアのレーザーを回避する。いかにERFによる防御があるとしても、レーザーを受ければ足が止まる。それは制限時間のある簪にとってはマイナスにしかならない。このレーザー減退フィールドはあくまで緊急用だ。回避するに越したことはない。

 しかし、その回避が問題だ。レーザーを無効化されたにも関わらずにセシリアはさきほどと同じように執拗にレーザーをあてにきている。もともとこの防御フィールドはカレイドマテリアル社のもの。ならばそこに所属するセシリアは簪よりもこの武装の弱点を知っているのだろう。

 確かにレーザーを受け止めることができるが、その分だけエネルギーを使うために稼働時間が短くなる。五分というのはあくまで展開持続時間であるため、何度もレーザーを受ければその時間はみるみる減っていく。セシリアはそれすら知っているはずだ。でなければさきほどまでの狙撃狙いではなく、弾幕を展開してとにかく当てにくる戦術へと移行した意味がない。

 回避に専念して五分を凌ぐよりも、攻勢に出て簪の制限時間を削りにきたのだ。攻撃は最大の防御、なんて生易しいものじゃない。防御する必要などないというような激しい攻撃だ。

 

 それでも簪とて、ただやられるわけにはいかない。手にした武装はブレードとマシンガン。ERFの影響を受けない装備は現状ではこれしかないが、それでも近接と射撃兵器があるのだ。いくらでもやりようはある。セシリアやアイズのティアーズのようにどちらかに特化したものではなく、汎用性に優れていることが打鉄弐式の特徴でもある。

 射撃による牽制を繰り返し、距離を詰めてブレードを振るう。そんな教科書通りのことしかしていないが、それでも今なら多少強引でも通用する最適な手段だ。

 機を見て、レーザーを受ける覚悟で瞬間加速を用いて強襲をかける。簪が実戦で瞬間加速の使用に成功したのは初めてだったが、もちろん本人はそんなものを意識する余裕はない。

 

「ぐっ……!」

 

 真正面からレーザーの直撃。ERFによって減退、拡散させる。しかしフィールド維持の時間は早くも残り二分にまで削られる。

 しかし、これでセシリアを射程に収める――!

 

「やぁぁっ!」

 

 ブレードを突き出すように構えて突撃する。数少ないチャンスを活かすために、当たれば大きなダメージが期待できる突きでセシリアを狙う。威力をさらに乗せるために全速でもって突撃する。

 

「くすっ」

 

 しかし、セシリアは笑う。そんなセシリアにあとわずかで届くというところで、まるで彼女との間を隔てるように簪の目の前に光の網が現れた。

 

「っ!?」

 

 いったいなんだ、新兵器か……いや、違う。簪はその正体に思い当たる。

 それはビットによるレーザーだ。わずか一秒も持たない瞬間的にしか形成されないレーザーネット。ビットそれぞれから発射されたレーザーが編みこまれるようにネット状に交錯している。ほんの一瞬でも簪がブレーキをかければただ無意味に霧散する曲芸でしかないそれを、簪は回避するわけにはいかなかった。

 このレーザーの網を突破しなければセシリアに逃げられる。いや、既にこんな神業のようなものを見せられたときに誘い込まれたと理解はしたが、これさえ突破すればセシリアに一撃入れられる。さらにスピードも出ていたことから、もう止まることもできない。簪はその罠に真っ向から突っ込んだ。

 

「うぐっ……!」

 

 それは合計八つのレーザーを受けたに等しい。ベクトルが向いていなかったために直撃よりダメージは少ないが、それが八つ同時となればダメージは深刻だ。ERFがなければシールドエネルギーを間違いなくゼロにしている。そしてそのERFも、既に展開持続時間をがっつり削られた。この瞬間だけで展開時間は残り二秒にまで削られる。結局、五分どころか三分も持たずにERFを無効化された。

 

―――しかし、耐えた。そして捉えた。

 

「この距離、もらった……っ! ……とったよ!!」

 

 簪のブレードがセシリアに突き刺さる。左腹部の装甲にブレードが食い込む。この学園において、はじめてセシリアに直撃を与えたのだ。威力は多少殺されたが、それでも十分な勢いを乗せられた。いくらセシリアといえど、かなりのダメージを受けたことは間違いない。

 簪は知らずに頬を緩めていた。

 

「こちらもとりました」

「え?」

 

 カコン、と簪の頭部になにかが当てられた。

 簪の視界には、苦悶の表情をにじませながらも、口は笑ったセシリアが右手を突き出している姿が見えた。

 

 右手、なにを、持って――? 

 

 答えは、ひとつしかない。スターライトMkⅣの銃口をゼロ距離で押し当てている。まずい、と思った瞬間、簪の耳は確かに捉えた。

 

 セシリアが、トリガーを引く音が―――聞こえた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 危なかった。

 それがセシリアの正直な気持ちだった。セシリアの予測では、あのレーザーネットトラップで簪を倒しているはずだった。

 しかし、ERFを削りきれずに耐えられた。ほんのわずかにレーザートラップにはめるタイミングがズレた。簪があの一瞬で、迷わずに踏み込んできたためだ。

 あの場面で迷わないその度胸は大したものだ。簪の不退転の覚悟を確かに感じた。

 

 そのために近接ブレードの一撃をまともに受けてしまった。レーザーネットで勢いを殺せたから耐えられたが、あの勢いのまま受けていれば反撃することもできずに吹き飛ばされていただろう。

 ダメージを流して離脱することはできたが、簪の覚悟のある一撃を受け、セシリアもその覚悟で反撃を決意した。

 その場に踏みとどまって耐えることはダメージをまともに受けることになるが、そうして簪の覚悟を真正面から打ち破りたかった。

 

 ゼロ距離からの射撃を受けた簪は、直撃した頭をがくんと揺らしながら転落していく。

 

 落ちていく簪を見下ろしながら、簪の覚悟を確かに認めた。アイズのパートナーとなり、アイズを守ろうという意思は、虚勢ではなかった。それは確かに強い力となってセシリアに迫ったのだ。

 

「認めましょう………更織簪さん、あなたは、強い」

 

 

 

 

 

 

 

「その証明は、あなたに勝つことで示してみせる…………!」

 

 

 ハッとなって簪を見た。

 簪は意識がやや混濁しているように目の焦点が合っていなかったが、それでもセシリアに向けて笑ってみせた。

 

 まだ、倒せていない――っ!?

 

 簪は驚愕するセシリアの顔を満足そうに見て、最後の切り札を発動させる。八門のミサイルポッドが六機展開される。

 

「誘導ミサイル……!?」

「本当はマルチロックオン式だけど未完成………単一ロックオン式だけど、………四十八発、すべて捉えた……!」

「っ! ERFは、ロックオンまでの時間稼ぎ……!!」

 

 やられた。制限時間があったのはセシリアのほうだったのだ。四十八発すべての独立誘導ミサイルがロックをする時間を与えてしまった。

 セシリアが慌てて距離を取ろうと動き出したそのとき、簪はうっすらと笑ってそのミサイルを全弾発射した。

 

「フルバースト」

 

 

 

 ***

 

 

 

 迫るミサイルに対し、セシリアは即座にパージしていたビットのレーザー掃射による迎撃行動に移る。しかし、距離が近すぎた。全弾撃ち落とすには引き撃ちするための距離が足りない。

 これが簪の本当の狙い。

 ERFによる安全時間を作り、切り札の誘導ミサイルすべてがセシリアをロックする時間を稼ぐ。ずっと攻めるようにしていたのも、セシリアに疑念を抱かせないため。

 ERFの効果時間があるにも関わらずに時間稼ぎをするようでは、なにかがあるとセシリアは気づく。完全に不意打ちでこのミサイルを使うために、あえてERFの限界時間を削ってまであのような無茶な突撃までやったのだ。

 ミサイルを使うまでに落とされるリスクのほうが高かったはずだ。それでも簪はやってのけた。

 

 だからこそ、セシリアはここまで追い詰めれている。

 

 しかも先のブレードのダメージが軽くない。このままいけば、直撃を受けるまでに、ミサイルを五発程度撃ち漏らす。すべて撃ち落とせないと判断したセシリアは、簪の実力に敬意と畏怖の念を抱きながら、背部ユニットに残されていた最後の二機のビットをパージする。

 

「いきなさい」

 

 その二機のビットはレーザーを発射するのではなく、セシリアから大きく距離を取る。迎撃行動を取らず、ただ射出しただけに見えるビットに簪も観客たちもいったいなんのつもりかと疑念を抱く。

 そして、それはすぐに起きた。

 

「え?」

 

 突如として、誘導ミサイルが目標を見失う。残ったミサイルはふらふらと揺れながらアリーナの地面や遮断シールドにぶつかって爆発する。セシリアは自身のほうへ向かうミサイルのみを余裕を持って対処する。

 

 いったいなにが起きたのか、なぜロックオンが外れたのか――?

 

 いきなりのことに困惑する簪に向けてセシリアがレーザーを放つ。切り札が不発に終わり、しかもまだゼロ距離射撃のダメージが残る簪は呆然と迫るレーザーを見つめている。

 

 茫洋とした意識の中、簪はただひとつだけ理解した。

 

 

―――――ああ、私は、負け――。

 

 

 

 「まだ負けてない、簪ちゃん!」

 

 

 

 負けを認めようとする思考を断ち切るような自身を呼ぶ声に我に返る。

 そして真横から体当たりをするようにぶつかってきた赤い機体……アイズのレッドティアーズtype-Ⅲによって、レーザーの回避に成功する。

 そのまま不格好に二機で転がるようにアリーナに着地する。簪もようやく正常な思考ができるようになり、わずかに頭を振って自身を救ってくれたアイズに向き直る。

 

「アイズ……」

「まだ、まだだよ簪ちゃん。ボクたちは、負けてない」

 

 そう力強く言葉にするアイズに、簪にも戦意が戻る。

 アイズの言う通り、まだ負けたわけじゃない。まだ、終わっていない。

 これはタッグ戦だ。たとえ自分がセシリアを倒せなかったとしても、アイズがいる限り力尽きるまで共に戦うのだと決めたではないか。簪の胸に決意が戻ると、再びレールガン『フォーマルハウト』と荷電粒子砲『春雷』を起動して構える。

 

 見れば、やや離れた距離にいるセシリアと鈴も並ぶようにしてアイズ、簪と対峙していた。

 

「悪いわね、抜かれたわ」

「いえ、問題ありません」

「その代わりアイズの左手は潰したわ。しばらくは麻痺して武器も握れないはずよ」

「上出来です。こちらも肝を冷やしましたが、切り札を使わせました」

「それじゃ、仕上げといきましょうか。………こちらも全力であの二人を潰すわよ。いいわね?」

「わかっていますよ。………あの二人は、間違いなく強者です。全能を持って、倒します」

 

 未だ余裕があるセシリアと鈴に対し、ダメージを受けた上に武装の大半を使い切った簪と鈴の発勁で左手を麻痺させられたアイズ。かなり悪い状況の中でも、それでもアイズと簪は諦めなかった。

 

「簪ちゃん、まだいけるよね?」

「もちろん」

「でも………やっぱり強いなぁ、二人とも」

「うん……」

「でも、ボクたちだって決して負けてない!」

「うん!」

 

 不利でも、未だ衰えぬ意思を顕にして二人が迎え撃つ。アイズと簪の意思とは裏腹に、それは誰が見ても結果の見えた戦いだった。

 

 その十五分後、ビット五機を破壊し、さらにセシリアと鈴のシールドエネルギーの七割を削るという脅威の粘りを見せたアイズと簪は、全力で抗い、一回戦で敗退した。

 

 最後に狙撃でアイズと簪を同時に落としたセシリアが呟く。

 

「………見事です、簪さん。認めましょう、あなたは、アイズのパートナーにふさわしい方です」

 

 そのセシリアの視線の先には、アイズを庇うようにして気絶している簪の姿があった。最後の最後で、アイズにトドメを刺そうと放ったレーザーは、アイズを抱くようにしてかばった簪ごとアイズを貫いた。

 

――――アイズを守る。

 

 最後までその意思を貫いた簪に、セシリアは敬意を込めて礼をするのだった。




完全な簪回でした。
結局アイズvsセシリアはまたの機会に持ち越し。アイズがあまり目立ってませんがこのあとで活躍します。

そしてセシリアに簪が認められました。よかったね、これで交際ができるよ!(違う)


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Act.22 「過去の欠片」

 アイズが気絶から目覚めたとき、視界に入ってきたのは心配そうにこちらを覗き込んでいる簪とセシリアだった。二人の顔を見たとき、試合に負けたことを思い出して小さくため息をつく。

 

「負けちゃった、か」

 

 そう、負けた。結局は一人も倒せずに負けたのだ。完敗だろう。

 簪の危機を救うために左手を犠牲にして救援に向かったが、その時点でおそらく絶対的な優位はすでに得られないほどのハンデを負った。

 鈴を相手にすればアイズは八割以上の率で倒すことはできると思っているが、あのように時間稼ぎをされればいかにアイズとて難儀する。その隙にセシリアがダメージを受けつつも簪を封殺。最後には鈴のヒットアンドアウェイにセシリアのオールレンジレーザーにじわじわと削られ、トドメに簪もろともに狙撃で落とされた。

 タッグ戦として、すべてにおいて上をいかれた。ここの戦力が拮抗していただけに、それがすべてを決してしまった。

 

「大丈夫ですか、アイズ?」

「うん、大丈夫……ていうか、トドメさしたセシィに言われるのは複雑なんだけど」

「アイズだからこそ、手加減も容赦もしませんから」

 

 花が咲くような笑顔のまま怖いことを言うセシリア。いつものことなのでアイズもその笑みに笑って返す。

 

「アイズ……」

 

 そんなセシリアと対称的に、落ち込んだように俯いているのが簪だった。簪の表情は暗い。そんな簪の顔を見ることが、アイズには悲しかった。

 

「ごめんなさい………私、アイズを守れなかっ……」

「それは違うよ、簪ちゃん」

 

 ぺた、と簪の頬にアイズの小さな掌が当てられる。簪は触れば壊れるんじゃないかというように、繊細にその手に自身のそれを重ねる。

 

「簪ちゃんがいたから、二人をあそこまで追い詰めたんだよ。セシィたちだって、余裕じゃなかったでしょ?」

 

 アイズがそう聞けば、セシリアも鈴も苦笑してそれを肯定した。

 

「そうですね、あそこまで粘られたのは、ちょっと怖かったですよ?」

「あそこまで追い詰めて十五分耐えられたのはショックだったわ」

 

 この二人にしても、手負いの二人にああまで粘られたことは想定外だった。あと少し、なにかが違っていれば勝者と敗者は違っていたかもしれない。それほどまでにアイズと簪の抗戦は凄まじかった。

 

「そういえば、あのときなにをしたの?」

「ああ、ミサイルのロックを外したことですか? 私のビットの特殊内蔵兵器のひとつですよ」

 

 二つ目の特殊ビット。それが今回、簪のミサイルを不発にさせたジャミングビットの能力であった。姿を消すステルスビットとは逆に、相手のセンサーにありもしない幻影を映したり、誤作動を起こさせるような対象の電子機能を攪乱するビットだ。

 本機であるセシリアと、二機のビットの三点にて囲んだ領域がその効果範囲となり、あのときセシリアがビットを飛ばしたのも、ジャミング範囲を広げてミサイルのロックオンシステムに誤作動を起こさせるためだ。

 

「ビットの特殊運用は私の切り札です。まさか使わざるを得ないところまで追い詰められるとは思ってませんでしたけど」

 

 セシリアとしても、ここで切り札のひとつを明かすつもりはまったくなかったが、それを使わねば簪を倒せなかった。

 

「簪さん、あなたは強い。……アイズのこと、これからもよくしてやってくださいね」

「セシリア、さん……」

 

 笑みを浮かべて手を差し出すセシリアに、簪はやや驚いたように目を見開いていたが、自身を認めてくれたのだと理解すると目に涙を浮かべながら嬉しそうにその手を取った。それを見ていたアイズも、嬉しそうにセシリアと簪の握手を見守っている。

 

「よかったじゃない、これでアイズと交際できるわね?」

「こ、ここここ交際っ……!?」

 

 ニヤニヤした鈴がそんなことを言い、簪が顔を真っ赤にしてうろたえる。アイズはよくわかってなさそうにそんな簪の姿を見て首をひねっている。

 

「なによ、あんたアイズが大好きなんでしょ?」

「そ、そそれは……!」

「アイズも簪が好きなんでしょ?」

「ん? そりゃ簪ちゃんは大好きだよ?」

「ほら、両思いじゃない。なにか問題ある?」

「大アリです。……簪さん、交際をしたいならまずは私を通してからにしてもらいましょうか」

「おお、怖い保護者がいたわね。あひゃひゃひゃ!」

 

 下品な笑い方をする鈴に、冗談だか本気だかわからないセシリア。簪はうろたえるばかりで、アイズはやはりわかっていないようだが、みんなが楽しそうでケラケラと笑う。

 アイズはこんなみんなで笑い合えることがたまらなく好きだ。そして、そんな光景を見ることが、こんなにも幸せで―――。

 

 ―――――。

 

 ―――――?

 

 なにかおかしい。

 アイズはふとそれに気づく。いったい今のなにが変なのか、すぐにわからない。こんな幸せな光景を見れたことに喜んでも、おかしいと思えるようなものはなかった。

 

「そういえば」

 

 アイズがそういった思考に陥り始めたとき、セシリアが少し不思議そうに声をかける。

 

「見えているようですけど……AHSを作動させているのですか、アイズ?」

「え?」

 

 そう、見えている。見えていた。おかしいのは見えていたものじゃない、見えていたこと自体がおかしいのだ。

 戦闘から気絶してこの保健室に連れてこられたから、見えていることに疑問を抱かなかった。

 そうだ、見えていることはおかしい。アイズはISのバックアップを受けなければ視神経は死んだままだ。AHSだけを起動させれば短時間であるが日常生活でも見ることはできるが、アイズは極力これを使おうとはしなかった。

 間違って起動したままなのかとも思ったが、ISは完全に待機状態になっており、AHSも作動はしていない。

 

「え……え?」

「アイズ?」

「どうして……ボクの目、なんで……?」

 

 アイズが困惑した声をあげる。視力が回復するなど、ありえない。

 なぜなら、アイズの目の視神経は完全に死んでいるのだ。目に埋め込まれたナノマシンを介さない限り、擬似的に視力が戻ることはありえない。そしてそのナノマシンを制御しているISは待機状態のままである。では、いったいなぜナノマシンが起動しているのか。

 

「っ……」

 

 目が突然疼く。いや、疼くなんてものじゃない。それはまるで……。

 

 かつての、悪夢のような痛みが襲う前兆のようで―――。

 

「がっ、ああああっ!! うぁ、ああああああああああぁっ!!」

 

 アイズが目を抑えて悲鳴をあげる。これに驚いたのはセシリアたちだ。突然苦しみ、暴れだしたアイズを慌てて押さえつける。

 

「ちょ、アイズ!? どうしたの!?」

「まさかこれは……! 鈴さん、アイズを抑えていて!」

「アイズ、アイズ……!」

 

 泣きそうな声で簪が呼びかけるが、アイズに応える余裕はなかった。まるで目の中でなにかが暴れるような痛みに、ただただ悲鳴をあげるしかなかった。そして閉じられた目からは、ぽたぽたと赤い液体が溢れ出る。文字通りの血の涙を流すアイズに、簪の顔が真っ青になる。

 それは、いつだったかアイズ本人から聞いたことを思い出させた。

 

「ナノマシン、スタンピード……!?」

 

 本来まったくの別の思惑で埋め込まれたというアイズの目にあるナノマシン。それが暴走状態となることでアイズを傷つけてしまうスタンピードが起きる。

 それを思い出した簪は、今のアイズがまさにその状態なのではないかと思い至る。

 

「セシリアさん……!」

「アイズ、すぐにISを起動させなさい!」

 

 簪の助けを求める声を遮るようにセシリアが叫ぶ。

 レッドティアーズtype-Ⅲには、ナノマシン制御の機能が備わっている。暴走状態のナノマシンを制御して沈静化させるにはそれしかない。アイズはそのセシリアの声をなんとか聞いたのか、必死になってレッドティアーズtype-Ⅲを起動させる。即座にISを纏い、AHSが暴走状態のナノマシンの制御のためのプログラムを作動させる。

 

「う、うう……!」

 

 完全でなくとも沈静化はできたのか、アイズの声も力はないが、しっかりとしたものになってくる。未だに目は痛みが走っているが、我慢できないほどではない。動けるようになった今のうちに、こうなった原因を排除しなければISを解除することもできない。

 

「アイズ、大丈夫なの……!?」

「う、うん、大丈夫だよ、簪ちゃん。今は痛みも少しはよくなったから……」

「でもいったいなにが起きたのよ……? よくわかんないけど、なにか起きてるんでしょう?」

 

 そう、いったいなにが起きているのか、それが問題だ。

 原因はアイズの目のナノマシンがAHSを介さないで作動してしまったことだ。AHSの制御下でないと、たちまちナノマシンは暴走状態へとシフトしてしまう。では、AHS以外で、その制御下にある休眠状態のナノマシンを作動させることができるものはいったいなんなのか、ということになる。

 ナノマシンとAHSについて理解が浅い簪と鈴は見当もつかず、アイズ本人もまるでわからない。

 

「まさか……」

 

 その中でただひとり、セシリアだけは違った。セシリアは今まで消してあったモニターのスイッチを入れる。いったいなにがしたいのかわからない面々はそのモニターに映されたものに唖然とした。

 

「な、なにあれ?」

 

 それは続いて行われている第三試合、一夏とシャル、ラウラと箒の試合中継であった。

 

 しかし、映された映像には、黒いナニカがまるで暴走でもしているかのように暴れている。そのナニカと必死に戦っている一夏とシャルロット、そして箒の三人がいる。いったいなにが起きているのか、わけがわからない。しかし、あの正体不明の黒いISの正体はすぐに思い当たる。

 

「まさか、ラウラちゃん……?」

 

 映像では鮮明にわからないが、その黒いISの頭部の半分が露出しており、中から人の顔が見える。流れる銀髪と、そして眼帯に隠れていたであろう、金色に光る瞳。これらの情報からそれがラウラであろうと思い至る。

 だが、アイズにとって問題なのは、そのラウラの目だ。金色の瞳、それは、まるでアイズの目と同じようで―――。

 否、あれは間違いない。

 

「………セシィ。そういえば本社からラウラちゃんの情報が来てたよね? なんてあったの?」

「………」

「セシィ!」

 

 苦い表情をしたセシリアをアイズが問い詰める。アイズは、表情が見えていなくてもセシリアの精神状態は纏う空気だけでわかってしまう。

 言いづらい事実を、知ってしまったとき。今のセシリアからはそんな苦悩を感じ取れていた。やがてセシリアは個人のプライベートではあるが、状況説明が必要だと判断して話し出す。

 

「………ドイツ軍、シュヴァルツェ・ハーゼ所属。そして遺伝子強化の試験体として生み出された試験管ベビー」

「……っ!」

「そしてIS適正向上のためにある処置をされ、その影響で左目が変質。以降、能力を制御できずに何度か暴走経験もあり」

「なによ、その処置って」

 

 重苦しい過去に聞いていた鈴の声も固い。空気が重くなる中、セシリアの言葉が続いていく。

 

「その処置とは、ヴォーダン・オージェと呼ばれる、直接生体の反射速度や脳への伝達速度の向上などを目的とした擬似的なハイパーセンサーの移植です。これにより高速下での戦闘での反射や、本来得られないほどの広い視野を得ることができるとされています」

「それって……まるで、アイズの……!」

 

 それはまるで、簪がアイズから聞いたAHSのようだ。

 ハイパーセンサーに同調した目に埋め込まれたナノマシンを介することで、視神経の代替の役目を果たし、脳へと情報を伝達させるアイズの機体に積まれたAHSシステム。

 ヴォーダン・オージェは、AHSによく似ている。

 

「当然だよ………だって、もともとボクの目は、それだから」

「え?」

 

 アイズが立ち上がる。まだ目が痛むのか、辛そうに目を押さえながらも保健室から出ていこうとする。

 

「待ちなさい、アイズ。どこへ行くのです?」

「決まってるでしょう? ラウラちゃんを、止めにいくんだよ」

「危険すぎます。わかっているでしょう? アイズの目が暴走したのは、十中八九、あのヴォーダン・オージェの暴走に共鳴したためです。今はAHSで制御はしていても、接触すればどうなるかわからないんですよ?」

「そんなことはわかってるよ。でも、………それは、ラウラちゃんを見捨てる理由にならないでしょ?」

「しかも、あれはおそらくVTシステムです。ヴォーダン・オージェとVTシステムが同時に起動しているアレを、手負いのあなたがどうにかできるのですか?」

 

 VTシステム(Valkyrie Trace System)。過去のモンド・グロッソの戦闘データからそれを再現するシステム。つまり、あれはかつての織斑千冬の再現でもある。それだけでなく、世界有数の実力者達の総体ともいえる代物だ。データで再現しているだけとはいえ、その脅威度は決して小さくはない。

 国家や組織での開発が禁じられているはずのこのシステムがなぜラウラが使っているのかはわからないが、非常事態であることは確かだろう。

 VTシステムを使うためなのか、はたまたヴォーダン・オージェがあるためなのかはわからないが、この二つが合わさることにより恐ろしい戦闘能力を発揮してしまう。ただの戦闘データに、ヴォーダン・オージェの状況把握能力と反射速度が加わることで過去の戦闘データから常に最速最適な行動を選択・実行できる。しかし、それは操縦者のことをなにも考えていない、ただの無機質な「力」に成り下がるものだ。

 アイズは、それが許せない。

 

「セシィ………ボクは、ラウラちゃんにあんなことをしてもらいたくない。ボクは、あんなもののために生きていたわけじゃない」

「………」

「それに、………あのままじゃ、ラウラちゃんはボクの二の舞になる。目を、失うことになる」

 

 そんな二人の話を聞いていた簪はいったいどんな顔をしていいかわからないというように表情をコロコロ変えている。しかし、どの顔もそれは辛く、悲しいものだった。

 アイズとセシリアの会話は、半分もわからないが、それでもアイズの過去に、なにか悲しい出来事があったのだということはわかる。そして、アイズが光を失った原因が、今モニターのむこうで暴れているあの変異したラウラと同じであることも。

 

「ボクは行く。ラウラちゃんは、ボクと同じになっちゃいけないんだ」

「………」

 

 セシリアは無言でじっとアイズを見つめている。一見すればポーカーフェイスでも、それはなにかに悩んでいるようでもあった。

 おそらく、アイズを行かせていいか迷っているのだろう。

 しかし、そんな状況を変える声は以外なところから出た。

 

「行かせてあげなさいよ」

 

 鈴がセシリアの肩を優しく叩きながら言った。

 

「たぶん、この中で一番よくわかってないのはあたしだろうけどさ、でも、やらなきゃいけないと思っていることをやらないと、一生後悔するわよ。たしかにマジもんのVTシステムなら千冬ちゃんとやりあうようなもんなんだろうけどさ、ここにはこの一年でも五指に入る実力者が四人もいるのよ?」

 

 そうして鈴は全員を見渡し、ニカッと活発な笑みを見せる。

 

「アイズが無茶すんなら、私たちがそれを助けてやればいいじゃない。確かに全員ダメージが大きいけど、それでもあそこでがんばってる一夏たちも含めれば七人もいる。ヴァルキリーってのはこれだけいて倒せないほど遠い存在じゃあないつもりよ」

「………そう、だね。私は、アイズを守るって誓ったんだ。アイズがあの人を助けたいっていうなら、私はそんなアイズを助ける。負けたけど、それでも今はアイズのパートナーなんだから」

「鈴ちゃん……簪ちゃん……」

「でも、あとで詳しい話は聞かせてもらうわよ? それでいいわね、セシリア?」

「………皆さん、本当にバカ正直ですね。私も、含めて」

 

 セシリアは苦笑して「負けました」と呟く。アイズをしっかりと見て、そして誓う。

 

「いつだって、私はアイズの味方です。後ろはまかせてください。だからアイズ………あなたは、あなたの戦いをしてください」

「セシィ………ごめんなさい。……ううん、ありがとう」

 

 いつもセシリアは自分を助けてくれる。我侭を言って申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に嬉しさがあった。

 

「決まりね。一夏たちももうあんまり持ちそうにないわ」

「急ごう。機体ダメージはリカバリーしきれてないけど、戦闘は十分できるくらいにはなってる」

 

 四人とも機体ダメージは撤退するレベルだ。武装も使用不可のものも多々ある。しかし、それでも戦うと決めた四人は、迷いなく戦場へと向かう。

 

「タッグから一転、今度はチーム結成ね。これまた負ける姿が想像できないチームね」

 

 ついさきほどまで競い合っていた四人。今度は、その四人が共通の目的で戦いへ赴いていく。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 戦闘中、突然変異したラウラに一夏たちは追い詰められていた。実質二体一での戦い。シャルロットの協力もあり、ラウラを追い詰めたが、そのときラウラのISが突然変異を起こした。

 一夏はいったいなにが起きたのかわからない。しかし、あの姿は思い当たるどころか、ずっと見てきた姉のものだ。それを見た瞬間、一夏は怒りを覚えた。

 あんなニセモノが、姉を真似ることが許せない。そんなものに頼るラウラが許せない。怒りに任せて戦う一夏だったが、次第になにか、声にならない声が聞こえてくるような気がした。

 

 

 

 

――――けて。

 

 

 

 それはラウラの声だった。

 ラウラの抱く思いが、まるでテレパシーのように伝わってくる。それがなぜ聞こえるのか、そんなものはわからなくても、確かにラウラの心の声だと直感する。

 

 

 

――――私は、強くあることだけが存在意義。

 

 

 

――――それが私の生まれた理由。

 

 

――――しかし、私は未熟だった。失敗作の烙印を押され、私は生きる意味も失った。

 

 

――――そんなときに、私を助けてくれたのが教官だった。教官が、私をもう一度「私」にしてくれた。

 

 

 一夏は抱いていた疑問がようやくわかった。あそこまで姉にこだわっていた理由は、これだったのだろう。

 

 

――――だから、許せなかった。そんな教官の栄光に泥を塗った、織斑一夏が。

 

 

 そう、だからラウラは自身に怒りをぶつけてきたのだ。そして一夏にとって、思い当たることがある。姉が出場した第二回モンド・グロッソの決勝直前に、一夏は誘拐された。姉は決勝を放棄してまで救いにきてくれた。感謝の念と、自責の念を一夏は抱いたが、事実として、姉は自身のために栄光を捨てたのだ。

 一夏が強くなりたいと思った原点はここだった。

 

 

――――しかし、教官はそんな織斑一夏を許している。いや、恨んですらいなかった。

 

 

――――家族だから? 私にはわからない。栄光を捨てるほどの、力を捨てるほどの重要ななにかが織斑一夏にあるのだろうか。わからない。私はそれが知りたい。

 

 

――――力より大切なものとは、なんだ? それが、弱さを強さに変えるというのか?

 

 

――――では、そんなものがない私は、………負けたら、なにが残る?

 

 

――――なにもない。私は、織斑一夏に負ければ、なにも残らない。

 

 

――――負けられない。教官や織斑一夏が持っているという「なにか」がない私は、負けるわけにはいかない。負けたくない……、負けたくない!

 

 

――――だが、これは、違う。私は、力こそがすべて。でも、私が私でなくなる力なんて、……。

 

 

――――嫌だ、私が消える。私は、私でいたい。

 

 

――――だから、……………たすけて――――。

 

 

 

「くそったれ……!」

 

 ラウラの心が伝わってくる。それが一夏の心に良くも悪くも影響を及ぼしていた。

 嫌な奴だと思っていたが、ただなにも知らないだけじゃないか。友情も、親愛も、そんな当たり前の感情すらわからないやつを見捨てられるのか? そんなこと、できるわけがない。

 ラウラを救う。そのために姉を模倣するあのふざけたものを叩き斬る。

 

 しかし、あの変異したラウラの強さは常軌を逸していた。

 圧倒的なスピード、絶対的な攻撃力。そしてなによりも反射速度と感知能力が尋常じゃない。シャルロットと、はじめはまったく戦う気すら出さなかった箒の援護を受けてもたった一撃入れることができない。全身を覆われながらも、唯一露出したままになっている金色のラウラの瞳が無機質に光る。だが、一夏にはあの目が泣いているようにしか見えなかった。

 

 助けたい。しかし、どうする?

 

 シャルロットもそろそろ限界だし、箒はもともとISに積極的じゃないぶん、操縦技術は低い。箒もそれがわかっているから距離をとっての最低限の援護しかしておらず、足でまといになるようなことはなかったが、これでは決定打にかける。零落白夜を当てるには、一夏と変異したラウラのスペックが違いすぎた。

 

 せめて、簪のような切り札となるような武装があれば。

 

 せめて、鈴のような防御を無意味とする技術があれば。

 

 せめて、セシリアのようなビットの援護があれば。

 

 せめて、アイズのような超能力のような直感があれば。

 

 そんな足りないものを欲するようなことを考えてしまったのがいけなかったのか、隙をつかれて接近された一夏は、目の前で攻撃動作に入っているラウラを見てしまったと思い離脱しようとする。しかし、間に合わない。シャルロットと箒が援護に入ろうとするが、これも間に合わない。

 万事休すか、と思ったそのとき、一夏にとって馴染みのある光の矢がラウラの攻撃を弾いた。

 

「これは……!」

 

 一夏が振り返る。

 そこにいたのは予想通り、いつものように微笑みながらレーザーライフルを構えるセシリア・オルコットの姿があった。

 

「油断大敵ですよ、一夏さん」

「セシリア……それにみんなも」

 

 そこにいたのはセシリアだけじゃなかった。鈴が、簪が、そしてアイズが、それぞれが武器を構えた臨戦態勢でそこにいた。この場にいる誰よりも強い四人の登場に、シャルロットや箒も安堵の表情を浮かべていた。

 

「さて、うまいことアリーナに侵入したけど………」

「あまり時間はかけられない。私たちの機体も、長時間の戦闘に耐えられない」

「もともとそんなつもりはありません。迅速にやりましょう。………アイズ」

 

 セシリアに呼ばれ、アイズが目線だけ振り返る。その目は、変異したラウラと同じ輝きをしている。

 

「………救ってきてください。あなたが、救いたい彼女を」

「うん」

 

 アイズが一歩前へとでる。ゆっくりと機体を浮上させながら、バイザーを外して変異したラウラを見る。

 

「ラウラちゃん………」

 

 自身と同じ瞳。しかし、その瞳には決定的な違いがある。アイズの優しさと穏やかさが宿った暖かい目と違い、ラウラのそれはただただ無機質で冷たい印象を与えるだけであった。

 その冷たさがアイズには悲しかった。

 

 だから―――アイズは手を差し伸べる。

 

「お話しよう、ラウラちゃん。ボクに教えて、あなたのこと。そして…………ボクを、見て。ボクを、知って。…………ボクは、あなたなんだよ」




とうとうアイズの過去が見え始めました。
この物語ではヴォーダン・オージェに独自の設定が追加されています。

次回の主役はラウラとアイズ。実はすごい関係があった二人がメインとなります。今回はアイズsideだったのでラウラsideのタッグ戦からはじまります。

それではまた次回。


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Act.23 「金の瞳は交わり、溶ける」

 戦うために生まれた存在。それがラウラ・ボーデヴィッヒという存在だ。

 

 ラウラの最古の記憶は、鉄のゆりかごの中で聞いた、誰かが話している声だった。朧げな記憶の中で思い出すそれは、しかし愛情のあるものではなかった。

 戦うために強化され生み出された試験管ベビー。己の認識が広がるまではそれが普通であると思っていたし、他者とは争い、蹴落とす存在。それがラウラの学んだ生き方だった。

 

 ラウラは優秀だった。ありとあらゆる武器を習熟し、あらゆる戦略・戦術に通じ、どんな訓練でも常にトップの成績をたたき出してきた。最強であること、それがラウラにとっての存在意義。

 

 しかし、それはある転機をきっかけとして崩れ去ってしまう。

 

 インフィニット・ストラトス。兵器としてすべてを超越し、君臨したそれを操り、どんな争いにも勝利することがラウラに求められたもの。

 そしてISとの適合性向上のために行われた事が、ヴォーダン・オージェの移植であった。理論上は不適合などは起こさないとされていたが、ラウラは適合しなかった。その影響から、左目は金色に変色してしまう。ヴォ―ダン・オージェからもたらされる膨大な情報を処理できず、振り回されるしかなかったラウラはたちまち落ちこぼれへと転落してしまう。つい先日まで褒めちぎっていた軍からも、出来損ないの烙印を押される始末だった。

 

 ラウラはこのときすでに追い詰められていた。自分には力しかない。最強であるしかないのに、すでにそれは叶わなくなってしまった。そう思い、自殺しようと思ったことすらある。精神崩壊の限界まで追い詰められていたラウラが出会った人が、織斑千冬であった。

 彼女の訓練により、ラウラはヴォ―ダン・オージェに頼らずに戦う術を身につける。出来損ないの証とされる金色の左目を眼帯で封印し、兵士として大きなハンデをあえて背負いつつもかつて自分の後ろにいた者たちを再び蹴落として舞台最強の座を勝ち取る。

 

 千冬を尊敬し、慕うことは当然であっただろう。もはや崇拝とすらいえる域にまで高められた思いは、ラウラがはじめて他者に抱いた感情だったかもしれない。ゆえに、千冬はラウラにとって絶対不変の最強の象徴として君臨することになる。

 

 よくも悪くも、千冬は強すぎた。だから、千冬が教えることはそのすべてが力によるものだと理解してしまう。

 

 親兄弟という概念すらわからないラウラは、千冬の名を傷つけた者がたとえ千冬の弟でも許せなかった。

 もし、織斑一夏がいなければ、千冬は名実共に世界最強となっていたはずだ。一夏が下手をしなければ、一夏さえいなければ。

 そんな病的な考えを当然と思うほど、ラウラの情操は成熟していなかった。

 

 一夏を認めない。一夏を認める者も認めない。自身より強いものは千冬だけ。だからセシリアやアイズも認めない。

 だから所詮は取るに足らない存在だと証明する。それがラウラの問題行動の根底だった。

 

 しかし、そんなラウラを差し置いて、セシリアと鈴は強かった。二対一だったとはいえ、完全に封殺されたあの戦いはラウラにとって屈辱でしかなかった。

 なぜ、あんなにも強いのか。鈴も強いが、それでもやはりセシリアの強さは別格だった。

 

 自分の知らない強さがあるのか。自分と違う強さが、存在するのか。

 

 ラウラは悩む。それはいったいなんなのか。

 

 ラウラは知らずに、他者が持つ力を見極めようとしていた。まずは、織斑一夏。倒すべき存在、否定すべき存在であることに変わりはない。だが、一夏も持っているのだろうか。

 

 ラウラの知らない強さを持つ存在は、いったいどんな存在なのか。

 

 

 

 

「本当になにもしないが、いいんだな」

「くどい」

 

 試合前に、ただタッグ戦に出るためだけに組んだ篠ノ之箒との会話を思い出す。

 

「おまえは一夏を敵視しているようだが……」

「だったらなんだ?」

「言っただろう。なにもしない。私はISに関わるつもりはない」

「ふん、腰抜けが。ならばなぜここにいるのだ?」

「………」

「なにも言えないか。不甲斐ないやつだ」

「不甲斐ないついでに、ひとつだけおまえに忠告しておく」

「忠告だと?」

「一夏を舐めないことだ。あいつは確かに素人みたいなものかもしれないが………あいつの周りは、強いやつばかりだ。そうしたやつらが、一夏に力を貸している」

 

 箒が言っている意味が、ラウラにはわからない。自身の力だけを信じるラウラは、わからない。

 

「セシリアやアイズ、それに凰……そいつらといることで、一夏は見違えるほどの成長をしている。おまえは敵対するだけだが、あいつは友好関係を作っている」

「……それがなんだというんだ」

「私も人付き合いは苦手だからとやかく言えないが………そういうやつは、強い」

 

 自嘲するように呟いていた箒の姿は、なぜか印象深いものだった。ラウラは一笑して捨てたが、その箒の言葉を忘れることはできなかった。

 

 一人ではないやつが、強いというのか。

 

 ラウラはそんな疑問を燻らせながら、一夏・シャルロットとの戦いに臨んだ。

 

 はじめは優勢に戦っていたが、シャルロットの援護を受けた一夏はしぶとかった。完全に実力は圧倒しているのに、それでも倒しきれない。

 

 なぜ、とラウラは叫ぶ。尊敬する千冬のお荷物でしかないはずの一夏が、なぜこうも戦えるのか。

 

 一夏は言う。

 

「俺だけじゃダメだった。シャルがこうして助けてくれる。セシリアやアイズ、鈴から多くのことを教わった。そしてなにより、俺は千冬姉の弟だ。今は弱くても、その名に恥じないくらいに強くなってみせる! 千冬姉が、みんながいるから俺は強くなれるんだ!」

 

 ひとりぼっちの強さを持った自分とは違う。千冬を尊敬していても、ラウラが目指したのはあくまでラウラだけの強さだ。誰かと得る強さなど、ラウラは知らない。

 その未知の強さは、ラウラを次第に追い詰めていた。

 

 認めない、認めたくない。この強さを認めたら、自分はいったい今までなにを得てきたというのだ。絶望の淵から這い上がってまで得た強さが、仲良しこよしに負けるというのか。

 

 ラウラは恐怖した。

 

 一夏に、ではない。今までの自分が信じてきた、自己を自己たらしめるものが否定されるようで怖かった。

 

 怖い。それはたまらなく怖い。戦うために強くあれと言われ生まれてきたラウラにとってそれは原初の恐怖といってもよかった。

 

 一夏の言う強さは、ラウラはわからない。

 

 だからラウラは、ラウラの信じる強さを求めた。その、はずだった。

 

 しかし―――――。

 

 

 

『Valkyrie Trace System stand by......complete. start up』

 

 

 

その力は、ラウラが求めたものでも、ラウラが知りたいと思ったものでもなかった。ただただ、なんの思いも通わない無機質な暴力となって、ラウラを蝕んだ。

 

 ラウラすら知らなかった機体に積まれたそのシステムは、ラウラの心をトリガーとして発動する。しかし、それはラウラの心を裏切る力でしかなかった。

 

 自由が奪われ、自身がまったく違うなにかに変異していく様を感じ取ったラウラは、それがまるで自己がなにかに上書きされていくような錯覚を覚えた。悔しさすら感じなくなるように心が冷たく、無機質へとなっていく。それをまざまざと感じ取り、恐怖し、そしてラウラのもう一つの封印されていたそれが発動した。

 

 ラウラの左目の眼帯が落ちる。その下にあった金色の瞳が淡く輝き出し、もはや苦痛すら遠く感じるようになった頭に、膨大な情報量と最適な対処方法が流れ込んでくる。

 ヴォ―ダン・オージェ。

 不適合とされたはずのソレは、使用者を無視して真価を発揮する。

 

 目の前にいる白い機体。オリムライチカの機体。それが敵。

 

 そのデータから最適な対処方法を選別。完全勝利のプロセスの構築が完了。殲滅行動に移行する。

 

 そこには憎しみも葛藤もない。ただ機械のように実行するだけ。

 

 ラウラはまるで幽霊にでもなってしまったかのように、そんな自分の行動を見ていた。これはなんだ、自分はいったいなにをやっている。そんな疑問を抱きつつも、自分はただ戦うだけ。

 これが求めた力だというのか。自分が、自分でなくなるこんなものが、欲しかったものだというのか。

 

 違う。

 

 こんなものでは、「私」にはなれない。

 

 ラウラは諦めはじめていた。結局自分は強くなどなっていなかった。信じた強さの終着点は、こんなものだった。

 

 いつか、千冬が言っていた言葉が思い出される。強さとはなにか、と聞いたときの答え―――。

 

 

 

『ひとりひとり違うものだろう。私の信じる強さと、おまえの信じる強さは違う。しかし、それはきっと自分の幸せのためのものだろう。………ん? 私の場合か? そうだな、私は、家族を守れるような強さであって欲しい……そんなところだ』

 

 

 

 今なら、その千冬の言葉の意味がわずかでもわかる気がした。

 ただ闇雲に力を欲しただけじゃない。なにがしたいのか、なんのための強さなのか。その答えを持たないラウラは、千冬の言うように自分を幸せにするような強さはもてなかった。

 ラウラの強さは、自分の幸せのためじゃない。ただただ自分の価値を証明するため、他者を蹴落とし、優れていると証明するため。 

 戦うことだけを目的に生み出された自分には、それしかなかった。幸せといえるものがあるとすれば、それは戦いに勝つこと。ずっとそうだと思っていた。

 

 だが、ラウラの存在は、存在を確固なものにするために求めたはずの力によって消されようとしていた。

 

 

 ――――嫌だ。

 

 

 ――――私は、私でいたい。

 

 

 ――――だから、誰か。

 

 

 ――――私を、たすけて。

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃん、ボクを見て」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 既に観客たちの避難が終わっていることを確認する。目の前のラウラだけに集中できる状況なのは好都合だ。

 

「セシィ、指揮をお願い」

「では、私が指示を出させていただきます。よろしいですね?」

 

 セシリアの言葉に全員が頷く。常に複数のビットを同時操作し、全体を俯瞰することに長けているセシリアは指揮官として最も優秀な人物だ。カレイドマテリアル社の研究部門でも非公式の部隊を率いていたために経験も豊富だった。

 

「一夏さんとシャルロットさん、箒さんは一度下がってください。アイズ、鈴さんが前衛を。簪さんは二人のフォローを。私は後方から援護と指揮を行います」

「待ってくれセシリア! 俺はまだ……!」

「一夏さん。今は下がってください。どのみち、体勢を整える必要があります」

「………わかった。ここは頼む」

 

 フォーメーションが組まれる。アイズと鈴のツートップに、簪がその後ろから牽制を行い、最後列からセシリアが狙撃を狙う。もっとも単純にして効果的な布陣。

 

「まずはあれの動きを止めます。とはいえ、全員がシールドエネルギーが半分以下……時間はかけられません。鈴さん、発勁で気絶を狙えますか?」

「当てられれば、ね」

「では鈴さんはそれを狙ってください。アイズは動きの制限を。簪さんは二人の強襲の援護をお願いします」

「わかった」

 

 開戦の狼煙とばかりに簪が『春雷』と『フォーマルハウト』を発射する。即座に対応してくるVTシステムに乗っ取られたラウラに、鈴とアイズが挟撃するように動く。

 

「せぇい!」

 

 まずは鈴が突撃。『双天牙月』を振り回すが、ラウラの露出した左目がぎょろりと動き、鈴の動きを捉えるとその攻撃をあっさり回避して反撃として鈴を蹴り飛ばす。即座に波状攻撃を仕掛けるアイズが背後に迫る。しかし、それすらも対応するラウラはアイズも同じように弾き返してしまう。

 追撃は簪とセシリアの援護射撃によって不発に終わるが、近接タイプの二強であるアイズと鈴をあしらう戦闘力に、否応なく緊張が高められる。

 

「ちょっと、あの反射速度は反則でしょう?」

 

 鈴の文句ももっともだ。彼女のイメージではあのタイミングで反撃を喰らうことなど、はじめての経験であった。人間には到達不可能と思える域での反射を可能とするVTシステムに改めて戦慄する。

 

「反射速度は、VTシステムの恩恵じゃないよ。あれがヴォ―ダン・オージェの力……」

「あの目ね。死角はあるの?」

「あるにはあるけど、視野もものすごく広くなるから、高速機動中は死角もないと思ったほうがいい」

「厄介ね……アイズ、あんた同じ目とか言ってたけど、同じことできるの?」

「目を犠牲にするリスクを覚悟すれば、ね」

「じゃあやめときなさい。………仕方ない。あたしが盾になるから、あんたは攻撃に専念しなさい」

 

 鈴は一対一では反応速度の差で遅れを取ると判断して、アイズの攻撃を当てるための援護に回ることを決意する。とはいえ、セシリアのような才能はない鈴ができることは、身体をはって敵の攻撃を止めることだけだ。

 

「鈴ちゃん……」

「あんたは避けるのは得意でも紙装甲でしょ。あたしが適任よ」

「……おねがい、鈴ちゃん」

「まかされたわ」

 

 不敵に笑う鈴は再びラウラへと強襲をかける。その背後にアイズが続き、二人は簪とセシリアの援護を受けながらラウラをレンジ内に捉える。

 

「ここまではよし、次!」

 

 鈴はわざとなんの工夫も凝らさない真正面からの攻撃を放つ。当然のようにカウンターを受けるが、それこそが鈴の狙い。カウンターで受けたラウラの右腕を掴み、動きを拘束する。

 

「今よアイズ!」

「わかった!」

 

 今なら回避は不可能。渾身の力を込めて「ハイペリオン」をラウラへと振り下ろす。またもラウラの左目がぎょろりとアイズを見据えるが、構わない。

 しかし、変化が起きる。

 ラウラを覆っていた黒い装甲がまるでアメーバのようにぐにゃりと動き、手に集約されたそれがひとつの物体を作り出した。

 

「っ!?」

 

 結果、金属音を響かせて「ハイペリオン」が受け止められる。受け止めたソレは、黒いという違いこそあれ、「ハイペリオン」そのものであった。

 

「コピーされた!?」

 

 予想外の出来事にアイズが隙を作ってしまう。そこを突かれ、鈴もろともコピーハイペリオンの薙ぎ払いで再び吹き飛ばされてしまう。

 

「うぅっ!」

「くそっ、あんなこともできるわけ!?」

 

 あれもおそらくはVTシステムとヴォ―ダン・オージェが組み合わさってできた芸当だろう。VTシステムはあくまでデータを再現するもの、そしてヴォ―ダン・オージェはありとあらゆる情報を獲得して高速処理を行うもの。

 推測でしかないが、ヴォーダン・オージェで得た「ハイペリオン」の情報をもとにVTシステムを使って再現したのだ。過去のヴァルキリークラスの人間のデータを再現するだけのシステムに介入していることから、かなり深くつながっているようだ。

 

 しかし、これはまずい。今までは武装までは再現していなかったが、このような芸当ができるなら下手に武装を晒すことも敵に武器を与えかねない。そうでなくとも、過去のヴァルキリーの使用武装すら再現されれば、その戦術の幅は恐ろしいものになる。

 

 そう思っている間にも、今度は簪の持つ『フォーマルハウト』をコピーして連射してくる。あわてて回避行動に移るが、装填数以上の弾を連射するラウラにさらに戦慄する。

 

「弾数すら無制限なの!?」

「反則もいいところよ!」

 

 そして目の前に現れたものを見てぎょっとする。見慣れた形状だった。なぜなら、それはセシリアがよく使っているものと同じだったから。

 

「ビット!?」

「まずい!」

 

 本物よりも精度は落ちているが、数機のビットがアイズと鈴を囲み、レーザーを発射してくる。さすがにBT兵器のレーザー照射をコピーするのは無理があるのか、ビットはレーザーを数発打つと形を維持できずにその機能を喪失してしまう。しかし、ラウラはコピービットを次々に生み出して射出してくる。

 だがそれ以上の暴挙をセシリアが許さない。ビットを展開し、出来の悪いコピービットをすべて撃ち落とす。しかし、ラウラは次々にこちらの武装をコピーして使用してくる。

 

 想像していた以上に凶悪な組み合わせだった。ヴォ―ダン・オージェによる解析と反射速度、その速度にまかせたVTシステムに記録されたデータの最適選択と実行。そして現在進行形で得ているデータを元に、VTシステムを介して武装をコピーする能力。相乗効果を生み出すこの組み合わせはまさに最悪といっていいものであった。数の利が意味をなさないほどにスペックが違う。ただでさえアイズ達は戦闘後のためにエネルギーが少ない。このままでは不利になるのは数で優っているアイズたちであった。全員が焦燥を募らせ始めていた。

 

 そして、それ以上にアイズは焦っていた。

 

「このままじゃ……早く止めないと……!」

「……? どうしたのよアイズ。確かに短期決戦が望ましいけど、あのスペックを相手取るには焦らず慎重になるところでしょう?」

「違う、時間がないのはボクたちじゃない。ラウラちゃんのほうだよ」

「……どういうこと?」

 

 アイズにはわかる。同じ目……本当の意味で、真のヴォ―ダン・オージェを持つアイズは、ラウラがどれだけ危険な状態なのかわかっていた。

 アイズは確かにヴォ―ダン・オージェを持っている。しかし、少なくともここ数年はその力を発揮させたことはない。

 なぜなら………ヴォ―ダン・オージェの真価が発揮されたとき、それは使用者の知覚や脳を破壊するものだからだ。

 たしかにヴォ―ダン・オージェは強力無比な力だ。こと戦闘において、その力が十全に発揮されれば、同じものを相手取らなければ、ほぼ確実に相手を上回る。

 しかし、そのために得られる情報をすべて視覚を通して獲得し、脳によって高速処理するためにその神経に絶大な負荷をかけてしまう。いくらかバックアップはされるが、結局はその使用者の五感を使う以上、そのリスクは避けられない。だから、アイズはこの目を使わない。

 かつて、この力を使ったとき過剰負荷のために両目の視神経を失ったアイズは、その危険性を誰よりも理解していた。

 

 ラウラはずっとその力を使用している。このまま時間が過ぎれば、ラウラの目、もしくは脳に深刻なダメージを与えてしまうだろう。その前になんとしても止めなくてはいけない。しかし、今のラウラは強い。簡単には止められない。

 

 ならばどうする……?

 

「……………」

 

 手段は、ある。少なくとも、拮抗するだけのものが。

 

 これは、こんなときに使うためにあるのではないのか。

 

「……………」

 

 アイズは、AHSの一部機能を解除する。抑制されていたナノマシンの活性度が上がる。ラウラのヴォ―ダン・オージェの共鳴効果ですぐにアイズの目のナノマシンも呼応するかのようにその機能を発揮する。アイズの琥珀色の目が次第にその色を濃くしていく。瞳孔が震え、視野が急速に広がっていく。

 

「っ!? アイズ、やめなさい!」

 

 アイズがしようとしていることを察したセシリアが叫ぶが、遅かった。すでにアイズは準備を整えていた。

 

「ヴォ―ダン・オージェ・プロト……発動」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「な、なに、あれ?」

 

 簪の呟きに誰も答えない。否、答えられない。簪も、鈴も、後方にいた一夏たちも、その常軌を逸した戦いに目が釘付けになっていた。

 黒い装甲に覆われたラウラと、一見すれば変化のないアイズが戦っている。しかし、その戦いは奇妙だった。

 一切の被弾をしない、まるで互いが相手の攻撃を未来予知でもしているかのように相手が攻撃動作をはじめたかと思えば、すでに回避行動を行っている。予定調和のような舞でも踊っているかのように、それでいて針の穴を通すかのような繊細な機動で何度も交錯しながらも、それでも互いに触れることすらできない。防御すらしない。その意味もない。ただただ、相手の動きすべてを互いが見切っている。

 

「………」

 

 ただひとり、セシリアだけが苦い表情でその戦いを見つめている。そんなセシリアに、我に返った簪が叫ぶ。

 

「セシリアさん、援護を!」

「無駄です」

「な、なんで?」

「あの状態になったアイズに、外からの横槍はかえって邪魔になります」

 

 おそらく全神経をラウラへと向けているアイズを援護しようにも、かえってアイズにとっての不意打ちになりかねない。それにラウラにも直撃するとは思えない。

 極限まで高められた反応速度を見せる二人に、もはやできることはなにもない。

 

「アイズ………」

 

 ただ、今はアイズの無事を祈るしかない。セシリアは過去と変わらない無力感に強く唇を噛むのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズの視界にはすでにラウラしか映っていない。ラウラが動くごとに膨大な情報が頭に流れ込み、その中で確率の高い対処を実行していく。極限の集中状態にあるアイズにはその時間はややゆっくりに感じていたが、実際では一秒でいくつもの並列思考によるシュミレーションを繰り広げている。

 見える光景は色褪せており、ラウラ以外のものはすでに形としても認識されない。限界まで不要な情報を破棄しているためだ。それでも脳の処理速度を超える膨大な情報が絶えずアイズを襲うが、それはAHSでのバックアップでごまかしている。束がアイズのためだけに作り上げた機体。この機体でなければアイズはとっくに脳が耐えられなかっただろう。

 

 何度目かになる、二人の視線が交錯する。ガラス玉みたいな無機質なラウラの瞳と、ラウラを気遣い救いたいと願う暖かいアイズの瞳。同じでありながら対称的な二人の視線は、離れ、そしてまた交錯する。

 常に最速最適を選び取る二人の戦いは激しさをますばかりで終わりが見えない。このままではだめだと思ったアイズは、ラウラより優っている点を突く。

 

 ラウラより優っているもの。それはアイズ本人の意思が通っていること。

 

 ただ最適な行動を選ぶことしかしないラウラのものとは違う。

 

「無駄のない、最適な行動をする。………そんな冷たい力なんて、欠点でしかないんだよ!」

 

 そう、いかに最適な行動を最速で選べるといえど、逆にいえば最適な行動をタイムラグなしですぐに実行するしかないということだ。同じ領域に立っている今のアイズにとって、それは「動きを読んでください」と言っているようなものだった。

 

 だからアイズは、………最適じゃない、感情的な行動を起こした。

 

「っ!?」

 

 ラウラの無機質な瞳が驚愕に揺れる。

 ラウラの予測と違う、まったく意味のない、無駄な動き。無駄な行動。アイズがそれを実行したことで、結果的にそれはラウラの予測を超える動きとなる。意味のあるものしか選択できない今のラウラは、アイズの行動が予見できるはずもなかった。

 

 そう、まさか、ただ抱きついてくるなんて、予想できるわけもなかった。

 

「ラウラちゃん」

 

 反撃を食らい、ダメージを受けながらもアイズはラウラにしがみつく。真正面の至近距離からラウラと見つめ合う。金色の瞳が、まるで鏡写しのように揃う。

 

「ラウラちゃん、ボクを見て」

 

 二人の視線が重なる。アイズは、ラウラの瞳の奥で揺れるラウラの心を見た。

 

「ボクは、…………あなたと同じ存在だよ」

 

 

 そして、それは起こった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ISコアネットワークを通じた現象なのか、はたまたヴォ―ダン・オージェの共鳴なのか。アイズとラウラの意識は、刹那に満たない時間で溶け合うように触れ合っていた。

 

 二人はアリーナで密接して静止した状態でありながら、その心は同じ場所へと落とされる。まるで深海へと沈むような感覚の後に、アイズとラウラはどこか不思議な場所へとやってきていた。

 上も下もない。光源がないのに互いの姿ははっきり見える。弱々しく漂うように脱力していたラウラに、アイズが手を伸ばす。ラウラは、半ば無意識にその手を縋るように求めた。

 

「ラウラちゃん」

「おまえ、は……」

「アイズだよ。アイズ・ファミリア……でも、ボクの最初の名前は………」

 

 アイズは一度、口を閉じる。言いたくないことを言わなきゃいけないというような、覚悟をもった瞳でラウラへと告げた。

 

「ボクの最初の名前は、……ヴォーダン・オージェの被検体、そのナンバー13。名前、なんていえるものじゃないけど」

「な、に……?」

「ボクはね、人間に適合するヴォ―ダン・オージェを開発、移植するための技術開発で使われた実験体なんだよ、ラウラちゃん」




この作品ではヴォ―ダン・オージェそのものが魔改造されています。
その結果、VTラウラまでも大幅強化に。

そしてついにアイズの過去が明かされ始めました。詳しい内容はまた次回に。このあたりから独自設定が出ますので注意。

次回はアイズのラウラ攻略編………じゃなかった。ラウラ救出の話となります。それではまた次回に。



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Act.24 「あなたがあなたであるために」

「ヴォ―ダン・オージェの実験体、だと……?」

 

 ラウラはまるで宇宙で漂っているかのような不思議な空間にいることを忘れてしまうほどにその告白にショックを受けた。

 たしかにどんな技術であれ、その開発にはそのような過程があって然るべきだが、ラウラはヴォ―ダン・オージェは不適合を起こさない画期的な移植強化法と説明を受けていた。しかし、事実としてラウラの左目は不適合を起こし、今のような金色へと変色した。その時点でその説明も信用できないものだとは思ったが、それ以前にどんな事情で作られたかという背景など考えもしなかった。

 

「ああ、それも間違い。ラウラちゃんのその左目は適合してるよ。本当に適合したヴォ―ダン・オージェは、その証として瞳が金色に変色するんだよ。ボクみたいに、ね」

「そ、そうなのか? だったら、なぜ私は………」

「でも、ヴォ―ダン・オージェが完全に機能した場合、人には耐えられない負荷を与えてしまう。だから人間が使うには、“不適合こそが適合している”という欠陥技術なんだよ、これは」

 

 十全なヴォ―ダン・オージェはスペックが高すぎて人間が扱えるものではない。だから人間に扱える域にまで機能を落としたものが、適合していると判断される。だから、ラウラ以外で移植された人間は、本当の意味では適合率はかなり低いということになる。

 ラウラが片目のみとはいえ、十全なヴォ―ダン・オージェを宿したのは彼女自身の資質が高かったため、という理由でしかない。

 

「ボクはずっとヴォ―ダン・オージェを、人間の域に落とし込む実験をさせられていた。ボクの目にあるものは、人間に移植して生きていられる限界の性能のもの………つまり、理論上、ボクの目は死なないギリギリ限界のものになる。ラウラちゃんのものは、もっと調整がされているはずだから、ボクよりリスクは低いはずだよ」

「………」

「ああ、別にドイツ軍にされたわけじゃないよ?」

 

 自分も実験体扱いだったのか、と思いかけていたラウラが顔をあげる。ならば、アイズはいったいどこでそんな扱いを受けていたのだ。ラウラのそんな疑問を察したアイズは苦笑して言葉を続ける。

 

「ボクも、いったいどこの誰がそんなことをしていたかはわからない。わかってるのは、ドイツがそこからヴォ―ダン・オージェの技術を買ったってこと」

「買った、だと……? それは軍の技術部が開発したと……」

「それは嘘だね。考えてもみてよ、軍の技術が開発したっていうなら、どうしてラウラちゃんのその左目が真に適合しているって知らないの? ボクがそうであるように、バックアップすればちゃんと制御することも可能なんだよ?」

 

 ラウラはハッとなってアイズを見る。自身が落ちこぼれの烙印を押された忌まわしい記憶の象徴というべき金色の瞳。その同じ瞳が、優しい光を宿してラウラの姿を写していた。

 

「軍はきっと知らなかったんだね。いや、そもそも売った組織が教えなかった、が正解かな。………これはボクの想像だけど、軍はその売った組織にヴォ―ダン・オージェの実動データを送るっていう取引をしてるんじゃないかな?」

「………ま、まさか」

「心当たり、あるみたいだね」

 

 そう、ラウラが所属する部隊の隊員は全員ヴォ―ダン・オージェの移植がされており、定期的にそのデータを軍に提出することを義務付けられている。それは当然のことだと思っていたが、軍が不適合だとして無能の烙印を押し付けたラウラにも執拗にデータの提出を迫っていたことは疑問だった。

 事実として、制御しきれない左目を眼帯で封印したラウラにも、定期的に暴走しかしない左目のデータをとっていた。にもかかわらず、なにも改善方法を提示もしない。データを取るだけで調整や治療行為はいっさい行われなかった。

 

「そ、それではおまえはどうして……」

「………ボクもラウラちゃんと同じ。扱いきれない目なんて役に立たないって、捨てられたんだよ」

「そ、そんな!?」

「適合率が高くても、扱えないものに意味はないってね……最後ヴォ―ダン・オージェを活性化させるためのナノマシンまで埋め込まれて、実験データを取ったら廃棄される、はずだったんだけど」

「に、逃げたのか?」

「そ。殺処分される直前に隙を見て排気口から真冬の海に身投げして、ね。あのときは冗談抜きで何度死ぬかと思ったか……」

 

 まるで雑談でもするように言うアイズだが、その内容は恐ろしいとしかいえない。ラウラは自分たちに使われた技術の裏で、アイズのような存在がいたことに言いようのない恐怖を覚えた。

 

「なぜ、生き残れたんだ?」

「………皮肉にも、この目のおかげだった。逃げ出せたのも、夜の海を死なずに陸まで渡ったことも、その後に組織に見つからずに隠れて生きていたのも……」

 

 警備の隙をつけたのも、逃走経路を判断できたのも、海流を計算して岸に流れ着けたのも、すべてヴォ―ダン・オージェからもたらされる情報のおかげであった。あのときは生きるために必死だったため、火事場のバカ力といえる状態になっていたために過剰負荷による激痛を無視してこの目の情報処理を駆使してなんとかそこから逃げることに成功した。死ななかったことが不思議なくらいの逃走劇であった。

 

 これがアイズが九死に一生を得た最初の出来事。

 

「でも、そのあとが大変だった。目は見たものすべて過剰に情報化して、そのたびに頭が割れるように痛くなって………日常生活を送るだけでも死にそうだった。まぁ、なんの後ろ盾もないボクは、路上で廃棄された食べ物漁るくらいしかなかったんだけど……」

 

 路上生活というのは殺人や人攫いといった危険も多かったが、そうした危険はすべて激痛を代償としたヴォ―ダン・オージェによって回避していた。この頃からアイズは目には頼らずに、人の悪意や敵意といったものに敏感になっていく。わずかでも嫌な予感がすれば、ヴォ―ダン・オージェによって危険がなくなったと判断できる場所まで逃げる。その繰り返しだった。

 やがて、ヴォ―ダン・オージェの活性がある程度収まり、小康状態へとなってもアイズが危険を感じればすぐさま最高適合率で発動するという暴走っぷりは健在。当然そのときの負荷による激痛も最高クラス。アイズにとって危機に遭遇するということは、それだけで自身の身を蝕んでしまう。生きるために命を削る力に頼らざるを得ないというジレンマを抱えた生活は八ヶ月にも及んだ。

 

「何度か血の涙も流して、それを見た子供に泣かれたこともあったなぁ。まぁ、そのときはボクも子供だったけどさ」

 

 ケラケラと笑うアイズがラウラには信じられない。

 アイズの言葉を通して、当時のアイズの記憶がアイズの心と一緒にラウラへと流れ込む。ブツ切りにされたような映像が絶え間なく見えるが、それは楽しさなど欠片もない、ただただ悲惨で凄惨としか言えない過去の事実。

 目の前の笑うアイズとは裏腹に、過去のアイズは笑顔などまったく見せていない。そして生きることに絶望し、運命を呪い、未来に希望なんて抱かない、そんな子供だったことが信じられない。

 今のアイズは優しさで溢れ、愛くるしく、笑顔で夢を語る。昔のアイズとはまるで別人だった。

 

 幸せそうに親と歩く子供を見ては妬み、自身をゴミのように見る大人を恨み、自分をこんな目に合わせたすべてを憎んでいた。完全にベクトルが逆転している姿に、過去の記憶とわかっていてもラウラは本当に同一人物かと疑った。

 

「…………ボクの過去、見苦しいでしょう?」

 

 アイズが苦笑して言う。それはアイズ自身も今と過去のギャップに驚いているようでもあった。

 

「ボクが生きていたのは、ただひとつの理由だけだった。………“自分の存在に意味が欲しい。それが見つかるまで、まだ死ねない”……ボクは、それだけだった。死にたいほど苦しくても、ボクは自分が無価値に死にたくなかった」

 

 アイズはラウラと違い、試験管で生まれたわけではない。ちゃんと母の胎内で育ち、生まれた普通の少女だった。

 しかし、アイズの記憶に両親の姿はわずかな影ほどしか覚えがない。そしてその最後の記憶は、アイズの身と引換に大金をもらっている光景だった。当時はわからなかったが、今ではそれがよくわかる。

 自分は売られたのだ、と。

 

「名前すら、つけてもらえなかった。あったかもしれないけど、ボクの記憶に名前で呼ばれたことはなかった」

「…………」

 

 ラウラは自身の境遇と無意味と思いながら比較してしまう。

 ごく普通の親がいて、その人たちから名前で読んでもらうという、そんな平凡な幸せが一般的というのは知っていた。戦うためだけに試験管で生まれた自分には到底得られないものだと思っていたし、それが少し羨ましいと感じたこともある。

 だが、アイズはラウラが思うそんな平凡で幸せな生き方ができるはずの生まれでありながら、名前すら貰えず、人権なんて存在しない境遇へと落とされた。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒという名前を与えられ、戦うという目的も与えられ、生きていく分には不自由のない衣食住が与えられてきた。それは、アイズと比べてどうだ?

 幸せ、と言えなくても、不幸だとは言えない。

 

 そして、そんなアイズのような存在の犠牲の上に、ラウラは立っているという事実がラウラにとって受け入れがたい事実だった。

 

「なぜ、だ」

「うん?」

「なぜ、おまえは笑っていられる? なぜそこまでのことをされながら、おまえは笑っているんだ!?」

 

 ラウラが叫ぶ。それが理解できない。アイズの過去では確かに、アイズ本人は狂うほどの激しい憎悪と諦めがあった。アイズの心と溶け合っている今のラウラはそれが理解できる。

 

「なのに今のおまえは笑って、夢を語って、暖かい気持ちで溢れている。おかしい、おまえは狂ってる! なぜそれほどの憎しみを忘れられる! なぜ、希望なんて持てる!?」

「……………それは少し違う、かな。ボクは憎しみをなくしたわけじゃない。ただ、どうでもよくなったんだよ」

「どう、でも?」

「ボクは、今でもボクを苦しめたものが大嫌いだよ。でも、だからそんなもののために、ボクがボクであることを賭けてまでこだわりたくない。そんなことにあげるほどためにボクの人生はあるわけじゃない。ボクは、大嫌いなもののためじゃなくて、大好きなもののためにこの命を使うって決めたんだよ」

 

 だから憎しみはあっても復讐はしない。そんなことにこだわることすらする価値がない。自分の過去なんて、苦しみしかなかった。だからそんな苦しみにこだわることなんてしない。

 

「もちろん、そんな過去があった上で、今のボクがいることはわかってる。でも、ボクは………過去じゃなくて、未来のために生きたい。ボクの過去に、価値なんて見いだせなかった。だから、ボクはボクの意味が欲しいから、そうなるような未来のために生きたい……!」

 

 当然、自然にそう考えるようになったわけではなかった。あるきっかけがなければ、アイズは復讐に生きたかもしれないし、すでに死んでいたかもしれない。

 でも、そうならなかった。そうしてくれた存在がいた。

 

 これまでの凄惨で冷たい過去とは違う、暖かいアイズの記憶がラウラに流れ込む。

 

 アイズの記憶が見せるのは、ひとりの少女の姿。肩まで伸ばされたよく手入れをされた金糸のような髪に、よく教育されているとわかるほど仕草が毅然とした少女だった。

 

 セシリア・オルコット。それがその少女の名前。

 

 アイズが疎ましいと思っていた目を見て、綺麗だと言ってくれた人。

 

 アイズと一緒にいることが楽しいと言ってくれた人。

 

 アイズが好きだと言ってくれた人。

 

 それは、アイズが生まれて初めて与えられた愛だった。はじめて感じる暖かさに戸惑いながら、アイズは次第にセシリアとの交流が生きる目的となっていた。

 上流階級でありながら、いつも泥まみれのアイズと一緒にいてくれて、優しく微笑みかけてくれるセシリアのことを好きになるまでそう時間はかからなかった。

 

「セシィは、ボクに心をくれたんだよ」

「心………」

「あったかい、そんな心。もっとそんな心を感じたい、欲しい。ボクはそう思った。そして気がつけば、憎しみとかどうでもよくなっていた。ただ、セシィと一緒にいたかった」

 

 そしてこのとき、セシリアから「アイズ」という名前をもらう。アイズにとって苦しみの象徴でもあるこの目が綺麗という理由でつけられた名前。

 それは自分の忌まわしい過去を、希望に塗り替えられた瞬間でもあった。

 

「ボクは、アイズ・ファミリア。アイズになったときが、ボクがボクになったとき。ボクが、ボクである名前をもらった」

「…………」

「ラウラちゃん。あなたは、自分が自分である証が欲しいんでしょう?」

「っ!?」

「わかるよ。ボクも、そうだった。どんなによく見える目があっても、自分だけは見えなかった」

 

 ラウラは、アイズが自身の心を代弁しているかのように感じられた。そう、ラウラは自分が何者なのか、その答えが欲しい。

 

「でもね、ラウラちゃん。その答えは、ひとりじゃ絶対にわからない」

「ひとりじゃ、わからない………?」

「だから、誰かに認めてもらいたいと思うんだよ。そして、ボクにはセシィがいた。ラウラちゃんには、そんな人はいる?」

 

 ラウラが思い浮かんだのは千冬だった。しかし、千冬に憧れはしたが、しかしラウラは千冬になりたいと思ってしまった。千冬のように強くなりたい、と。それは、ラウラがラウラであるため、というには少しズレていた。結局ラウラは千冬になれず、力を真似た出来の悪いVTシステムなんてものに支配される始末だ。

 

「わ、私には、そんな人は………」

「それはそう思い込んでいるだけだよ。もっと話をしよう。もっと遊ぼう。ラウラちゃんが思っている以上に、みんなはラウラちゃんを見ているよ。ボクも、あなたを見ている。あなたを、知っている」

「おまえ、も」

「そうやって、みんな少しづつ前に進んでいくんだよ。だから、ひとりじゃないって、それに気づかなきゃいけないんだ」

「だが、私は望まれて生まれてきたわけじゃなかった。私は、ただ兵器として作られただけの命なんだ。そんな私が………」

「それは違うよ、ラウラちゃん」

「なぜだ! おまえこそ、私を恨んでもおかしくないのだぞ!? 私みたいな兵器に使われるこんな目のために人生を潰されて、そんな私はこんな無様を晒す有様だ!」

 

 ラウラはアイズに恨まれたかったのかもしれない。

 そうすることでアイズが犠牲になったこの目を持った自分の不甲斐なさを責めて欲しかった。自分に宿った“力”のために、犠牲になった人たちがいる。知らずにそんな人たちの命を、人生を背負ったにも関わらずに、ろくな制御もできず、自棄になってまったく違う紛い物の力に頼るという有様だ。

 ラウラはアイズの半生を垣間見たことで、自分のこれまでの行いを恥じていた。意図していなかった、知るはずのないことだったとしても、何人もの犠牲の上に生きている自分の境遇、そしてそんな自分の半生を、ただ戦うだけの価値しかないと思っていたことがラウラに罪悪感を与えていた。

 

「………ラウラちゃん」

「………」

「ボクは、嬉しい」

「え?」

「ボクは、あなたに会えて、嬉しい。ボクと同じ目を持っていて、ボクの苦しみや憎しみも理解してくれて嬉しい。だから、ボクも………」

 

 アイズは金色の瞳を潤わせながら、ラウラに手を差し伸べる。

 

「ボクも、あなたのことが知りたい。ラウラちゃんも、ボクに、ボクである証をくれたんだから。だから、ボクはあなたが好きだよ、ラウラちゃん」

「っ………!」

「たとえ、ラウラちゃんがボクの犠牲の上にいたとしても、………それを恨むなんてありえない。だって、それは、ラウラちゃん。あなたが、ボクが無価値じゃなかったっていう、証になるんだから」

 

 ラウラにとって驚くべきことに、その言葉はアイズの本心だった。今なら、嘘でも冗談でもないことが理解できる。その言葉は、アイズが心の底から思っていることで。

 そして、アイズがラウラに対し、純粋に好意を持っていることも、ラウラは感じ取っていた。

 

「だから」

 

 そのアイズが、言葉を紡ぐ。それは言葉にせずとも、ラウラにはアイズの気持ちがわかっていた。真摯なその感情が、溶け合った心がそれを伝えてくる。

 

 でも、ラウラはその言葉を待った。アイズの口から、アイズの声で、それを聞きたかった。

 

 そしてもちろん、アイズにもラウラのそんな心が伝わってくる。だからアイズも、精一杯の気持ちを込めて、ありったけの心を込めて、言葉を紡いだ。

 

「ボクは、あなたが好きだよ」

 

 ボクがボクであるために。あなたがあなたであるために。

 

 それが、アイズの愛のカタチなのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「止まった?」

 

 アイズとラウラが取っ組みあったかと思えば、そのまま静止してしまった。その体勢のまま一分ほど経ったとき、警戒していた面々が拍子抜けするくらいあっさりと暴走したラウラから戦意が消え、そのままアリーナの地面へと降り立った。

 

 アイズの両目は、次第に金色の輝きが薄れ、そのまま光を失った白濁したものへと戻ってしまう。そのままISも解除され、脱力したアイズが前のめりに倒れてしまう。

 慌ててセシリアや簪がアイズのもとへと向かうが、その前にアイズを黒い装甲の腕が支えた。

 

 ラウラであった。

 

 ラウラは、全身を覆い尽くしていた黒い装甲が徐々に解除されていく中、正気を取り戻したかのように目に光を宿してアイズを見つめていた。

 そして暴走したVTシステムとISそのものが完全に解除され、ラウラはその手だけでアイズを支える。

 

 見た目通り、小柄で軽いアイズの身体。しかし、ラウラにはそのアイズの重さが、とても重いものに感じられた。

 そんなラウラも限界だったのか、やがてアイズと抱き合うようなカ形で倒れてしまう。VTシステムの暴走によってラウラの体力もかなり消耗されていた。

 加えて、アイズもラウラもヴォ―ダン・オージェの使用が目と脳に多大な負荷を与えていた。気絶してしまうことは、むしろ当たり前だった。それくらいで済んで幸運だった、と思うべきだろう。

 

 二人はすぐさま保健室に運ばれた。幸い、精密検査では後遺症など深刻な症状は出ていない。そのことにセシリア達は一様に安堵した。

 さすがに暴走したラウラはアイズとは別室に隔離されたが、ISを取り上げられた以上、あのような危険な状態になることはないだろう。そもそも、ラウラの専用機はすでに修復することも困難なほど破壊されていた。コアが唯一無事だったことだけが救いだろう。

 

 しかし、トーナメント本戦でVTシステムによる暴走なんて起こしてしまったラウラと、ドイツ軍は十分に問題行為といえる。これらの後始末は決して簡単ではないだろう。ラウラの退学や処分すら有り得るし、国際問題に発展すればもはやどうなるかはわからない。

 

 

「………これで終わり、とはならないでしょうね」

 

 眠り続けるアイズを看病しながらセシリアは呟く。

 事態は収まったかに見えるが、なにも解決していない。結局ラウラの暴走を止めたのはアイズで、そのとき使ったヴォ―ダン・オージェの代償として疲弊したアイズは今も眠り続けている。

 もうひとり、ラウラも眠り続けているが、ラウラの寝顔はどこか穏やかなものに感じられた。セシリアたちは、あのときアイズとラウラになにが起きたのかわからない。

 しかし、なんとなく察することはできる。

 

 アイズは、きっとラウラの心に触れたのだろう。それがどうやって、どうして、という疑問は関係ない。アイズという人間は、人と本音で接する。そうして、気づけば相手も本音を晒してしまう。どんなときでも、誰でも心のままに触れ合わせてしまう。

 アイズ本人は気づいていないかもしれないが、アイズにはそんな不思議な力がある。

 

 あの穏やかなラウラの顔を見れば、わかる。アイズは、きっとラウラの心を救った。そのために、リスクの大きいあの目まで使って………。

 

 ここまで聞けば美談にも思えるが、そううまくいかないのが人生だ。

 

 アイズのその優しさは、裏切られたほうが多いのだから。人に、状況に、運命に。そうして報われないことが常になっているのが、アイズであり束であった。そんな二人を見てきたセシリアには、どこか今回の事件もこれで終わるはずがないという確信めいた思いを抱いていた。

 

 アイズにとって因縁の深い、ヴォ―ダン・オージェを継いだラウラ。おそらく、この二人に平穏が訪れることはないだろう。金の瞳は、ただそれだけで呪いのようにその人の運命を歪めてしまう。それを持つこと自体が、多くの波乱を呼び寄せてしまう。

 二人の持つあの目は、そういう代物なのだ。

 

 だから、せめてアイズが救いたいと願った少女の心は救われてほしい。

 

「でも………嫌な予感がしますね」

 

 そんなセシリアの予感は見事に的中する。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ラウラの暴走事件から一週間後。

 教室でアイズは力なく机に突っ伏しながらうーうーと唸っていた。まるで悪夢に魘されているように苦しんでいるが、隣に座るセシリアはそんなアイズをジト目で見つめている。

 

「うぅ………セシィの説教コワイ……」

「あなたが無茶をするからです。反省してください。わかっているのですか、アイズ?」

「うぅ、ごめんなさい」

 

 目覚めたアイズを待っていたのは般若のような形相をしたセシリアによるお説教だった。セシリアが怒っている理由は言うまでもない。危険すぎるアイズのプロトタイプのヴォ―ダン・オージェを使ったことが原因だった。

 軽く三時間は正座のまま説教をされ、半泣きで耐えたアイズをさらに待っていたのは鈴をはじめとした友たちのお小言であった。「無茶をするな」「心配した」「おねがいだから自分を大事にしてくれ」というありがたい言葉を散々言われ、最後に簪に泣かれたことがトドメとなった。あの簪がわんわんと泣きながら「アイズが死んだら私も死ぬ(意訳)」と言ってすがりつかれたときはさすがのアイズも呆然としたものだ。

 自分がどれだけみんなに愛されているのかわかって嬉しい。どれだけ心配をかけたのかわかって申し訳ない。そんな感情がアイズを満たしていた。

 これ以上は心配をかけられないとして、アイズは火急のとき以外はヴォ―ダン・オージェをもう二度と使わないと約束した。というか約束させられた。

 

 それ自体アイズはこだわりはない。今のアイズにとっての心配事はラウラであった。

 

 あの暴走事件以降、アイズはラウラと会っていない。自身もずっと眠っていたし、ラウラも衰弱していたこともあるのだが、それ以上にラウラにはなにかしらの面倒事があったらしいという話は聞いた。セシリアに聞いてもはぐらかされ、すぐにわかるとしか言われなかった。

 事情が事情だけに心配だった。もしかしたら学園を退学なんてことも有り得ると考えていただけにアイズの心配は大きかった。

 

「大丈夫ですよ、アイズ。ほら、きましたよ」

「お?」

 

 アイズは見えないが、しかし気配と匂いでラウラが教室に入ってきたことを察知する。どうやら千冬と一緒に教室にきたようで、二人は壇上で立ち止まった。

 

「さて、おまえたちも知っている通り、トーナメントにおいてISに積まれたシステムによる暴走が起きた。その本人であるラウラ・ボーデヴィッヒに処分が下った。……ラウラ」

「はい」

 

 ラウラが一歩前に出る。いつかの転校初日を思わせる光景であるが、クラス全員が感じていたことがあった。

 ラウラの表情が、雰囲気が違うのだ。一夏に当たっていたときのようではなく、穏やかでわずかに笑みすら浮かべている彼女は、はじめに深々と頭を下げた。

 

「まずは謝罪を。今まで、数多くのご迷惑をおかけしたこと、申し訳ありませんでした」

 

 その言葉に全員が驚く。ラウラが、こんな殊勝なことを言うとは信じられないといった面持ちでその言葉を聞いていた。

 

「そして、今回の暴走事件を起こしてしまった責任を取り…………私は、ISを国に返却し、軍を除隊いたしました」

「なっ………!?」

「もし、皆さんの許しが得られるのであれば………ただのラウラとして、このクラスの一員としてありたいと思っています」

 

 しばし静寂がクラスを包むが、頭を下げたままのラウラの姿にそれが本音だと全員が察する。やがて、セシリアがぱちぱちと拍手をする。そしてそれはひとり、またひとりと伝わり、クラス全員がラウラを拍手で迎えることになる。

 ただひとり、アイズを除いて。

 

 そしてラウラが、そんなアイズへと近づく。それを気配で察したアイズは、泣きそうな顔でラウラへと向き直る。

 

「ラ、ラウラちゃん………」

「なぜ、そんな泣きそうなんですか?」

 

 以前と違い、敬語で接してくるラウラ。しかしアイズはそんな違いすら認識する余裕はなかった。

 

「軍を辞めたって……どうして……」

「………」

「アイズ、ドイツ軍はVTシステムを搭載していた責任を彼女ひとりに負わせたのです。除隊処分は、その結果です」

 

 セシリアから聞かされた事情に息を呑む。まさか、そんなことになっているとは思いもしなかった。VTシステムという違法なものを搭載し、ラウラを苦しめたのに、その責任を負わせて捨てたというのか。あまりにもひどい仕打ちにアイズのほうがショックを受けていた。

 

 しかし、事件が明らかになった翌日にはドイツ軍はVTシステム搭載の責任をラウラが独断で行ったとしてラウラを除隊処分とすることを発表していたのだ。それは明らかにトカゲの尻尾切りであった。ラウラひとりを犠牲に保身を図ったのだ。

 ラウラは自身を生み出したものに尽くしてきたにも関わらず、それに捨てられる結果となった。それはラウラが目覚める、わずか二時間前の出来事であった。目を覚ましたとき、ラウラは自身を取り巻く状況が一変していたのだ。

 

「そんな、ひどい……」

「いいんだ。あのシステムに頼ってしまったことは、紛れもない私の責任なのだから」

「で、でもっ!」

「確かに喪失感も大きい。信じられないという思いもある。でも、私はそれを受け入れたのです。幸い、私の部隊には優秀は副官がいます。彼女にならあとのことを託せる」

 

 ラウラの副官であったクラリッサも当然今回のラウラへの処分は不満であった。そして部隊でなくラウラ個人だけを処罰したことも納得できることじゃなかった。だが、IS部隊をそうやすやすと手放すわけにはいかない軍は、ISを没収し、隊長であるラウラのみを捨てたのだ。

 ラウラの目の価値を知らない軍は、潜在能力は高いが扱いきれないラウラよりも汎用に使える部隊だけを軍規で不満を押さえつけて残した。

 クラリッサからは「隊長が戻るまで部隊を預かります」という言葉をもらっていた。その可能性は少ないだろうが、彼女はそのつもりでラウラのいなくなった部隊を守るだろう。ラウラは、自分をこんな風に慕ってくれる部下たちのためにも、このままただ終わるわけにはいかなかった。そのためにも、ラウラはまず自分自身をしっかり知ろうと思った。

 

「それに………私は知りたいんです。私は、今まで戦うことだけしかなかった。そんな私が、いったいなにができるのか、なにがしたいのか。それを、見つけたいのです」

「ラウラちゃん………」

「だから、………その、……わ、私は、これからも姉様の傍にいたいのです」

「ね、ねえさま?」

 

 いきなり妙な言い方で呼ばれたことにアイズが困惑する。ラウラは顔を赤らめながらもじもじとしながらそんなアイズを見つめている。

 

「ダ、ダメでしょうか? 私は、姉様がいたからここにいます。それに、これからお世話になるのですから」

「え、どういうこと? ………セシィ?」

「ああ、言い忘れていましたが、ラウラさんの身は、カレイドマテリアル社が身請けすることで話が纏まっているんですよ。イリーナさんも優秀な人材が手に入って嬉しそうでしたよ?」

「わざと言わなかったでしょセシィー!? ちょ、いつのまにそんな話が!?」

「あなたがぐっすり寝ているうちから話は進んでましたよ」

「うぐ………ってことは、ラウラちゃんもボクたちと同じ……?」

「はい! カレイドマテリアル社研究部門のテストパイロットとして尽力させていただきます! よろしくお願いします!」

 

 ビシッと敬礼のポーズを取るラウラ。既に軍属でなくなったというが、そうした仕草は癖になっているのだろう。

 

「………いいの? ラウラちゃん、それで後悔しない?」

「姉様、私も見てみたくなったのです。………姉様のように、私が私であるための、そんな夢を見たいのです」

「……そっ、か。うん、わかったよラウラちゃん。一緒に、そんな夢を見れるようにがんばろう」

「はい、姉様」

「あー、でも姉様っていうのは……ちょっと恥ずかしいなぁ」

「や、やはりダメでしょうか……?」

 

 不安そうに落ち込んだような仕草を見せるラウラ。はじめは狂犬みたいだったのに、今のラウラはまるで従順な子犬みたいだった。

 

「ううん、いいよ。おいで、ラウラちゃん」

「姉様……!」

 

 立ち上がり、腕を広げたアイズにラウラが抱きつく。互いにぎゅっと力強く抱擁を交わすそれは、クラスメートが見つめる教室のど真ん中で行われたことであった。

 小柄な少女二人が、熱く抱き合う光景にそれを見ていた大半が顔を真っ赤にしてしまう。しかも、方や目隠し、方や眼帯をしているという、どこか背徳染みた光景に、一部の女子は興奮して鼻血すら出しそうになっていた。

 

「姉様、大好きです」

「ボクもだよ、ラウラちゃ、んん!?」

 

 アイズはなにをされたのかわからない。ただ、口に柔らかい感触があることだけがわかる。もしここでアイズが見えていれば、目の前にはドアップになって自身の唇を押し当てるラウラが見えたことだろう。クラスの何人かがあまりの背徳的で百合な光景を見て倒れる中、ゆっくりとラウラが唇を離す。

 アイズはまだあたふたと混乱していた。

 

「え? え? 今ボクなにされたの?」

「な、なにかおかしかったですか? クラリッサから最高級の愛情表現だと聞いたのですが……」

 

 すでに教室は嵐のように大騒ぎであった。

 しかし、百合色に侵食される教室でどす黒いオーラを纏わせた者が立ち上がった。その瘴気というべきオーラはその場にいた人間を悉く圧倒していた。

 

「わ、私の、私のアイズにいったいなにをしてやがりますかこの駄ウサギがぁぁぁぁ――っ!!?」

 

 大魔王よりコワイ淑女の咆哮が響き渡った。その目は完全に殺る気であった。

 

「わー!? セシリアさんがキレたー!?」

「ちょ、やばいって! その顔放送禁止レベルだって!」

「ちょ、みんな! セシリアさんを止めるのよ!」

「離しなさい! そこの駄ウサギと、妙なことを教え込んだクラリッサとかいう俗物を駆逐してさしあげます!」

 

 さらなる喧騒に包まれる一組。それは、千冬ですら沈静化させることが困難なほどの混沌の坩堝であった。




ラウラ攻略完了。やったね、妹ができたよ!

イリーナや束の介入もあったラウラの除隊の裏事情は臨海学校編の前に幕間でまた補完する予定です。ともあれ、これで黒兎さんも味方陣営に。アイズと二人で金眼目隠しシスターズの誕生です。専用機を失ったので束製の魔改造機ゲットします。

それにしてもアイズはどんどんヒロインを落とすな、おい。


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Act.24.5 「暴虐の魔女 」

 イギリスには魔女がいる。

 

 それは、財界や政界など多くの業界で知られるあるひとりの女を示している。

 

 曰く、血も涙もない女。

 

 曰く、敵に回してはいけない女。

 

 生ける伝説とも言われる彼女の名は、イリーナ・ルージュ。イギリス最大の、そして世界でも最大規模を誇る巨大企業カレイドマテリアル社のトップである妙齢の美女。彼女の名前は泣く子も黙るとすら言われ、一部ではもはや人間扱いすらされていない。

 

 そんな彼女に付けられた異名は数あれど、的確に現す呼び名はただひとつ。

 

 『暴虐の魔女』

 

 逆らうものをすべてひれ伏させる、暴君である。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「そ、そんな条件がのめるわけが………!」

 

 そう苦渋の表情を浮かべて呻くのはデュノア社の社長であるアルベール・デュノアである。彼は目の前に悠然と座っている女を睨むが、その女はそんなアルベールをつまらなそうに見返すだけだった。

 その女、イリーナ・ルージュは足を組み、見下すように冷徹な目をするという到底企業同士の会談における対応とは思えない姿勢をしている。

 その背後にいる秘書であるイーリス・メイはいつものことながら、傍若無人な社長の態度に冷や汗をかいていた。

 

「おいおい、わざわざ私が来てんだ。無意味なことは時間の無駄だからさっさとしてもらおうか」

「無意味、だと?」

「おまえに選択の余地があるとでも思ってるのか? おまえは条件をのむしかないんだよ」

「ぐ………!」

「わかりやすくもう一度言ってやろう。………私は交渉に来たんじゃない。命令してるんだよ」

 

 イリーナはめんどくさいと言わんばかりにアルベールに告げる。

 セシリアからシャルロットのスカウトを受諾したイリーナは自ら敵地ともいえるデュノア社へと乗り込んだ。社長でありながら、秘書ひとりしか連れずにやってきたイリーナに驚きながらも、デュノア社は面会を受け入れざるを得なかった。それほどまでに、このイリーナ・ルージュという女の影響は大きい。

 そして面会したイリーナが告げたのは一方的な要求であった。それはまさに命令といってよかった。

 

 まず、アルベールの娘であるシャルロットの親権を含めた引渡しとシャルロットのフランス代表候補生資格の破棄。

 同時にシャルロットの専用機であるラファールリヴァイブカスタムⅡの買取り。

 これまでのシャルロットの不当待遇の賠償として今後三年間、つまりIS学園に在学中の学費をすべて支払うこと。

 さらに今後、シャルロット、及びカレイドマテリアル社に対する諜報活動、および非公式な接触を禁じること。そして現在カレイドマテリアル社が極秘に捕えたデュノア社の産業スパイを買い取ること。

 

「なにが気に入らない? シャルロットとかいう小娘はどうせおまえも持て余していたのだろう? 男装させIS学園に放り込むなど、明らかに使い捨ての駒にするものだ。捨てるくらいなら私がもらってやると言っている。……そして専用機と代表候補生の破棄、これを含めて相場の三倍の金を出すと言っている。そしてひとりの学費くらい、企業としては大した額ではあるまい?」

「………」

「それとももっと派手にしたほうがいいか? デュノア社が、男性と偽らせた娘に盗人の真似事をさせていたと、いったいどれくらいの人間を敵に回すかね?」

「そんな証拠は……!」

「だからそういう議論は無駄だ。証拠がご所望ならすぐにでもIS委員会とフランス政府に送ってやるぞ」

 

 それがはったりでないことは、イリーナの顔を見ればわかる。イリーナとしてはどちらでも構わないのだ。手っ取り早くするためにこうして内々の話にしているだけで、出るとこに出ても結果は変わらない。

 

「……産業スパイなど、知らんぞ」

「そうか。それはそれで構わんさ。どうせそいつらが流していた情報はすべてデコイだからな。うちの馬鹿だが優秀な技術者か暇つぶしにつくったウィルスはどうだった?」

 

 アルベールの顔は隠そうとしているが素人がみてもはっきりと歪んでいた。

 カレイドマテリアル社から得た情報を解析しようとした途端、ウィルスが流れ込み社の機密情報を破壊したのは彼にとって屈辱的な失態であった。

 ちなみにそのウィルス入りの偽情報をもってきたスパイはすでに処分済みである。

 本当なら、ここで目の前の笑う魔女にそれを言及して罵倒してやりたいが、そうすれば自らスパイ活動をしていたと認めることになる。それがわかっているからなにも言えない。

 それに対し、イリーナはどちらになっても優位であることは変わらないために面白そうに百面相をするアルベールを見てクスクスと笑っていた。

 

「まぁ、あとは気長に証拠を一緒に司法の場で裁いてもらうとするさ。さて、長引けばこの会社の企業イメージはどうなるかな? どちらが損をするか、天秤にかけることもできないか?」

「ぐ、ぐぅ……!」

 

 産業スパイが表に出て裁判になった事例は今までもある。そのときの加害側の企業に対する世間のイメージは当然の如くマイナスとなる。そして刑事訴訟となればよくて司法取引、民事損害賠償訴訟も起こされれば大金を失う可能性が高い。

 

「あんな小娘を使うくらいだ。よほど追い詰められていると見える。まぁ、それはおまえの能力ゆえだ。それ自体はどうでもいい。だからといってウチの情報を盗もうなど、よくまぁ、身の程知らずなことをしようと思ったものだ。ウチがいったいなんの分野を専門としているのか、知らぬわけではあるまい?」

 

 そう、カレイドマテリアル社は量子通信をはじめとした通信技術、そこから派生する防諜技術において他の追随を許さない企業だ。ゆえに、その技術はほぼ独占状態であり、その技術を得ようとする企業がいろいろなアプローチをかけてくる。

 

「私は善人ではないが、そう悪人でもないつもりだ。きっちりと義理と道理を通してウチの傘下に入りたいという企業は等しく受け入れているつもりだしな。だがな、おまえのとこのように無駄にプライドが高く、裏からこそこそ犯罪まがいのことでウチの利益のおこぼれをもらおうなんて下衆な根性は気に入らん。……………分け前が欲しけりゃ、頭のひとつでも下げてみろ、青二才」

 

 もはやマフィアのボスみたいな貫禄を見せるイリーナにアルベールの額に青筋が浮かぶ。年下の、アルベールから見れば小娘といっていい年齢の女にここまで言われること自体が許せないのだろう。アルベールは背後に控えていた護衛に手を挙げて合図を送る。

 それを受けた護衛たちが懐に手を入れ――――。

 

「がっ!?」

「うっ!」

 

 ガチャン、と拳銃が床に落ちる。彼らの手には、細長い銀色のものが突き刺さっていた。一見すればそれは食事に使われるようなナイフのように見える。殺傷力はそれほど高くないはずのそれがあっさりと人の皮膚を貫通し、骨の隙間を正確に射抜いている。

 そんな神業といえる投擲術を見せたのは、イリーナの背後にいた秘書のイーリスであった。彼女は困ったような顔をしながらも、片手に同じナイフを三本持って投擲の構えを見せていた。

 

「あの、すみませんが動かないでくれますか? でないと、ちょっと困ります」

 

 そう弱気に言う彼女目掛け、学習しないひとりが銃を取り出す。……が、それは一秒後には投擲されたイーリスのナイフによって弾き飛ばされる。

 

「あの、困るって言ったんですけど……理解してもらえませんでしたか? 私、お願いしてるわけじゃないんで、従ってくれないと困るんですけど」

 

 イリーナと違い、あくまで低姿勢を崩さないが、手に持ったナイフは雄弁に語っている。「動くな、殺すぞ」と。

 

「くくくっ、ちょっと挑発しただけでこれか。おまえは謀略には向かないな。素直に商売だけやっていればよかったんだ。おまえ、社長やめろ。そのほうがここの社員の給料はよくなるだろうよ」

「貴様……!」

「わからねぇか? おまえが踏み入れてんのは、ドロドロに溶けた魔女の釜の中なんだよ。弱みを見せたら食われる。お前は肉食獣の足元でタップダンス踊ってる間抜けなんだよ、この阿呆」

 

 非合法の手段を使った時点で、やりかえされても文句は言えない。でなければ自分の首を絞めることにしかならないからだ。まっとうな企業がすることではないが、一部の企業はこうした陰謀と裏切りの渦巻く混沌とした場での駆け引きを常としている。そこで絶対的な強者として君臨するのがイリーナであった。多くの敵を持ち、同時に多くの味方を持つ。そして謀略が渦巻く先の見えない深海のような中を悠然と泳ぐ魔女、それがイリーナ・ルージュの恐ろしさである。

 

「で、どうする?」

「………わかった、条件を飲もう」

「結構。娘の件は三日中にすべて済ませろ。スパイの皆さんは入金が確認できたと同時に観光バスで送り届けてやるよ」

「魔女が……!」

「ん、なにか言ったか、小悪党?」

「っ………」

「今回は“見逃してやる”ということをよく覚えておけよ? 悪党になってから出直してこい」

 

 最後まで唯我独尊の姿勢を崩さずにイリーナは退室していった。イーリスが最後にペコリとお辞儀をして退室すると、アルベールをはじめ、デュノア社の面々は滝のような汗を流す。

 時折見せる、まるで毒蛇に睨まれたかのようなプレッシャーがアルベールたちの身体と思考を麻痺させていた。魔女、と聞いていたが、まさしくあれは人間ではない。人間の形をしたナニカだと本気で思わせるようなイリーナに、心の底からの畏怖を覚えた。

 誇張かと思っていたが、とんでもない。まさにあれこそ暴君といえるだろう。

 

 歯向かうものすべてを食らう暴虐の魔女。

 

 その二つ名に、嘘も誇張もなかった。

 

 

 

 そんな戦慄しているデュノア社の面々のことなど既に記憶の隅にやりながらイリーナはイーリスと町外れにある小さなカフェでコーヒーブレイクと洒落こんでいた。

 イリーナが贔屓にしている店らしく、珍しく上機嫌なイリーナの奢りとしてイーリスも美味しく頂いていた。

 

「美味しいですね、社長」

「だろう、この店は穴場でな。たまにここのコーヒーが飲みたくなるんだよ。だから今回はついでの用事があったからちょうどよかったな」

「確かに美味しいですけど…………でも、こっちがついでですよね? デュノア社のほうがついで、じゃなくて」

「…………。決まってるだろう」

「で、……ですよね?」

 

 あはははは、と笑う二人だが、その笑顔は完全に別種のものであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「社長、時間ですよ」

 

 デュノア社に交渉という名の命令をした二日後、イーリスが通信機を準備しながらやってきた。イリーナはめんどくさそうにイーリスを見返している。

 

「あ? なんかあったか?」

「社長、娘になるシャルロットさんと会談するって言ったじゃないですか」

「シャルロット? ……………ああ」

「今完全に忘れてましたよね? 名前すら覚えてないってどうかと思いますけど」

「忘れていたわけじゃない。思い出す優先度が低かっただけだ」

「そんなことだから暴君とか外道とか言われるんですよ、社長」

 

 呆れたようにしながら特別性の通信機を起動させ、イリーナの前へと設置する。イリーナが無造作にスイッチを押すと、十秒ほどでセキュリティロックの解除がなされ、さらに十秒ほどかけて暗号化された通信が結ばれる。

 画面に現れたのは、金髪で中性的な顔立ちをした少女。件の当事者であるシャルロットであった。

 

『あ、あのっ! は、はじめまして! シャルロット・デュノアです!』

「イリーナ・ルージュだ。話は聞いていると思うが、おまえの母親役になってやる女だ。覚えても忘れてもどっちでもいいぞ」

『え、え?』

「母親ヅラする気はないってことだ。だから妙にかしこまる必要はない」

『え、えっと……』

「あの二人が認めるくらいだ。おまえの働きには期待している」

『…………イリーナさん!』

「なんだ?」

 

 一方的に話すイリーナにシャルロットがたまらず声をあげる。イリーナは表情を変えずにそんなシャルロットを観察していた。

 

『………ボクは、いままで幸せを諦めていました』

「………」

『でも、これからボクは幸せになると決めたんです。そのための機会をくれたことには本当に感射しています』

「で?」

『だから、ボクの親になってくれる、というイリーナさんには感謝の念が絶えません。ですから…………ボクは、あなたにも幸せになって欲しいんです』

 

 ピクリ、とイリーナの眉が動く。話を聞いていたイーリスはビクッとイリーナの雰囲気が変わったことを感じ取って身体を震わせていた。

 

『ボクとあなたは他人です。でも、家族になるんです。ボクは、“母”の幸せを願わないほど親不孝ではないつもりです』

「それ以上は口を閉じろ小娘」

『閉じません。ボクは、あなたの娘です』

「ほう、会ったばかりの私を母と呼ぶか。ずいぶん尻軽な娘だな、そうやって男にも尻尾ふってんのか?」

「しゃ、社長! 顔と言葉に気をつけてください、泣かせる気ですか………!?」

 

 とても十代半の少女に言うセリフではない。しかもマフィアのお手本のような顔までしている。女の子一人くらい簡単に泣かせることができそうなほどの悪人面であった。

 しかし、シャルロットはそんなイリーナに少々ビビリながらも、それでも毅然とした態度を崩さなかった。

 

『……セシリアさんたちが言ったとおりですね』

「なに?」

『イリーナさんの優しさは勘違いされたがってるくらい、って言ってました。暴言を吐くときは相手が気に入らないときか、気遣っているときのどちらかだって。今のは後者みたいですね』

 

 シャルロットはくすっと微笑を浮かべている。やたら絵になるその少女の笑顔は、しかしイリーナにとっては気に食わないものであった。しかし――――。

 

『あなたを母と思う必要はない、………それはつまり、ボクの死んだ母さんのことを考えてくれているんですね?』

 

 そのシャルロットの言葉にイリーナが固まった。それは一見すればなんの表情も変わっていなかったが、わずかに動揺しているように肩が震えていた。

 

『ボクの母さんを忘れる必要はない、だから私を母と呼ぶ必要がない。そういうことじゃ、ないんですか?』

「…………」

『ありがとうございます。母にまで気を遣っていただき、嬉しいです。でも………ボクは、あなたを他人としたいとは思いません。ボクは、あなたの娘としてありたいと思っています。だから、ボクは、あなたの幸せも願うんです………だって』

 

 シャルロットが真剣味を増した目で、その言葉を告げる。それは、シャルロットの覚悟の証でもあった。

 

『ボクは、幸せになるんです。だから、“母さん”には、幸せに、いつまでも笑ってもらいたいんです』

 

 イーリスが恐る恐るといった様子でイリーナを見る。イリーナは無表情だが、その目はもうキレる寸前のように鋭い。

 しばらくの間静寂が続いたが、やがてクスクスと小さな笑い声が響く。それはイリーナのものであった。

 

「…………くくっ、あっはははははは! ま、まさかおまえみたいな小娘にそこまで言われるとは思わなかったぞ! くく、くはははっ! くきゃはははっ!」

 

 狂ったように笑うイリーナにイーリスはドン引きしており、シャルロットは画面越しに苦笑して見守っている。

 

「あー、お腹いたい………こんなに笑ったのは久しぶりだ。……シャルロット、だったな。おまえの言い分はわかった。だがな、私がお前をとったのは、会社利益のためだ。そこに愛なんてものはない。おまえは優秀な人材だ。デュノア社と事を構えてでも欲しい、というほどな。私の評価はそれだけだ」

『ありがとうございます』

「ふん、礼はいらん。つまらん横槍を入れられるのが嫌だから娘とした。それでも、おまえは私を母とするか?」

『…………』

 

 シャルロットはなにを言わず、ただじっとイリーナを見つめている。そんなシャルロットを感心したように見返したイリーナは、小さく笑って両手をあげた。それは、いわゆる降参、のポーズだった。

 

「………私の負けだよ、シャルロット。はっきり言って、おまえを娘とした理由は母としては最低な理由だが………これからは、おまえの母であろうとしてやろう」

 

 あくまで傲慢な言い方をやめないイリーナに、イーリスはため息をつくが、彼女の内心がわかるのか、その顔は少し嬉しそうだった。

 

「今度会ったときは、うまいものでも食べにいくか。おまえのことは何も知らないからな。いろいろ話をきかせてくれないか」

『はい、………母さん』

「その呼び方は、お互いに愛が備わってからでいい。ではな、シャルロット。おまえは私が手塩にかけて、立派な魔女にしてやるよ」

 

 通信が終わり、やたら上機嫌になったイリーナは秘蔵のはずのワインを開けて勝手に一人で飲み始めてしまう。あと五分で勤務時間が終わるとはいえ、いきなり酒盛りを始めたイリーナにイーリスが苦言を呈する。

 

「社長、まだ勤務時間なんですけど」

「かたいことを言うな。おまえも飲め。これは命令だ」

 

 ため息をつきながらもグラスに注がれたワインをこくりとのむ。イリーナ秘蔵の品だけあって、イーリスがはじめて飲むほどの美味だった。

 

「いい子ですね、シャルロットさん」

「そうだな」

「でも社長がデレるなんて、そんな面もあったんですね。ただの傍若無人で唯我独尊で暴君なだけじゃなかったんですね。私、感動しました」

「……あァ?」

「すいません、調子乗りました」

 

 頭を下げるイーリスを小突き、社長室の中央にある大きな机の前に座る。その引き出しの中からフォトフレームを取り出した。大切に保管されているそのフレームには、一枚の写真が収められていた。

 

「………娘、ね」

 

 イリーナはそれをじっと見つめ、イーリスにも聞こえないほど小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「束、新型の機体がいくつかあったな? それを一機用意して欲しい。あとリヴァイブの改造も考えておけ」

「ん? 誰に渡すの?」

 

 突然己の研究室へとやってきたイリーナとイーリスに束がキャンディーを舐めながら聞き返す。ちなみにそうしている間も束の手はキーボードを叩いており、目は画面から離さない。凄まじい速さで行われるタイピングの音をBGMにしながら二人は会話を繰り広げている。

 

「アイズと同じ目をもったやつを手に入れた」

「ヴォ―ダン・オージェを? あれって確かあいつらがドイツ軍に売ったものなんじゃなかったっけ~?」

「そのドイツ軍のIS部隊の隊長だったやつがいてな。ドイツが馬鹿をしたおかげで身柄を手に入れたというわけだ」

 

 これもセシリアからの進言によるものだ。VTシステムを搭載したドイツの代表候補生が暴走を起こしたという。もはや揉み消せないレベルの事件となった今、おそらくその当事者であるラウラは確実に処罰される。それをなんとかして身柄を確保して欲しいというのがセシリアの要求だった。

 いくらなんでもシャルロットのときといい、イリーナを便利に使いすぎだと拒否しようとしたが、セシリアは頭を下げてイリーナに訴えかけた。

 多くの言葉を語ったが、セシリアが言うことは集約すればこれで済む。「アイズが助けたいと願った子を、助けて欲しい」と。つまり、セシリアはアイズのためにラウラを助けて欲しいと言った。ラウラのことなど無視も同然であり、ただただアイズのことしか考えていない。

 その厚顔でありながらも、純粋な願いにイリーナが折れた。ラウラ自身の実力は候補生だけあって高いし、確かに得ておいて損はない。それに個人的にもイリーナはドイツを嫌っていた。それはかつて非公式であるが、ISを使って抗争までしたからということもあるし、今でも執拗に社にちょっかいをかけてくるためでもある。ここらで一度やり返しておくのも悪くはない。

 最終的にドイツがラウラの処罰を決定する前に取引を持ちかけた。

 イリーナの要求は、ラウラの身柄の引渡し。そのために支払った金額は、大隊規模の軍隊の装備を丸ごと買い取れるほどの大金であった。その裏取引があったため、本来は本国に呼び戻した上で軍法会議にかけられるはずであったラウラは、専用機の没収と除隊のみとなった。

 取引自体はすぐに済んだ。VTシステムを搭載したことが本部の指示である証拠を示した上で金を積めばすぐに終わった。すんなりいきすぎてつまらないと思ったほど、金を前にあっさりと要求を飲んだのだ。

 

「貴重な人材を無駄に浪費するしか能のないクズどもが。いい人材は揃えているくせに、それを使う人間は無能ばかりときた。まぁ、そのおかげで金さえ積めば首を縦に振るという、これ以上なく扱いやすいわけでもあるんだがなぁ」

「イリーナちゃん、言い方が悪党だよ? で、どんな馬鹿をしたの?」

「VTシステム」

 

 ピタ、と束の指が止まる。振り返って訝しげな目でイリーナを見返した。表情も見るからに不機嫌、というものになっている。

 

「あんな不細工な代物、使ってたの? ねぇ、ドイツ潰していい?」

「まだ時期ではない」

「あ、潰すこと自体はいいんだ?」

「あれは私も気に入らないからな」

 

 息を吐くように物騒なことを話す二人に随伴したイーリスは冷や汗を流していた。頼むから公式の場でこんな発言はしないでくれ、と祈りながらもただただ口を挟まずに控えている。

 

「でもウチに引き込んで大丈夫なの? つい最近、フランスの候補生も攫ってきたばっかじゃん。今度はドイツ? なんか企んでるって確実に疑われるよ?」

「証拠など残さん。それに企業が優秀な人材をスカウトするなど当然だ。いくらでもごまかせる」

「まぁ、今更か。私がここにいる時点で、この会社はやばいからね。今更そんな黒いことがひとつやふたつ増えたって変わらないもんね。イリーナちゃんマジ暴君!」

「感謝して欲しいわけではないが、おまえが言うな、束」

 

 カレイドマテリアル社にとってこの篠ノ之束という存在は切り札であり、弱点だ。いつかはバレることでも、時期がまずければ潰されることも有り得るほどの諸刃の剣である。まさにジョーカーだ。

 

「アイズも目を使ったらしい。幸い大事にはならなかったがな、AHSのおかげだそうだ。アイズが感謝していたぞ」

「アイちゃんめ、あの目は使うなって言ってたのに………その、ドイツの子も同じ目を持ってるんだっけ? じゃあその子にあげる機体にもAHSを組み込んどかなきゃねぇ~」

 

 束がリズムゲームでもするように軽快にキーボードを押していくと、スクリーンにひとつの設計図が表示される。そこには『Fifth generation type』とあった。

 

「この子なら、AHSを組み込んで仕上げれば……くふふ、なかなか楽しくなってきた。あとでその子の詳細データちょ-だい。早めに仕上げておくよ」

「渡すのは夏に一度戻ってきてからだな。呼び戻すこともできるが、あくまで今のあいつらは学生だからな」

「ふーん、まだ遠いねぇ~。でも学生とか、私なんてあんまり楽しんだ記憶もなかったからなぁ。青春の面白イベントがたくさんなんでしょ?」

「そういえば臨海学校に行く、とか言ってたな。私もこの手の学校行事はあまり縁がなかったが」

「お互い寂しい青春だねぇ、イリーナちゃん。……でも、そっか。臨海学校か。ふーん」

 

 なにか悪巧みでもしているように束が笑う。束は天才だが、性格は悪戯好きの悪ガキみたいなものなので、イリーナとしてはめんどくさい人物でもあった。これで一応常識はわきまえているため、突拍子もないことをすることはあまりないが、ときどき変なことに情熱を傾けるので、抑えるのも大変なのだ。

 そして束は名案を閃いた、というようにポン、と手を叩く。

 

「イリーナちゃん、ちょっと休暇取っていい? 具体的には、アイちゃんたちが臨海学校行くときに合わせて同じ宿泊場所に旅行にいきたいんだけど」

「寝言は寝て言え。おまえは自分の立場がわかってるのか?」

「そう言うと思ったけど、束さんはちゃんと変装してバレないように行くから大丈夫です」

「変装?」

「着ぐるみなら誰だかわからないでしょ? ほらこれ! 束さんの傑作だよ!」

 

 束が示した壁際に、やたら精巧な人間大のウサギがいた。室内のインテリアかと思ったが、着ぐるみらしい。よくよく注視すれば、それは手作り感が溢れる部分が多々見受けられる。

 

「………おまえはなぜそうしたことには馬鹿なんだ?」

「なんでぇ!?」

「わかった、わかったからアレは使うな。変装道具はこっちで用意してやる。ただし、護衛にイーリスをつける。イーリスの指示には従え。それが条件だ」

「あいあい、了解~。さっすがイリーナちゃん! 話がわかるねぇ!」

「イーリス、わかってるな?」

「あ、はい。善処します……」

 

 たまにこうして息抜きをさせないとまた妙なことをしてしまうと危惧したイリーナが束に外出許可を出す。極力軟禁状態にしておくのがベストだが、束の功績を考えれば、無視するわけにもいかない。護衛に関してはイーリス一人がいれば大丈夫だろう。あとは束がハメを外しすぎなければ問題はないだろう。

 付き合わされることになったイーリスは疲れた顔をしていたが、二人は完全に無視している。

 

「束、くれぐれも……」

「わかってる。みんなに迷惑はかけないよ」

「信じるぞ、その言葉」

「束さんにおまかせ! ついでにアイちゃんとセッシーのティアーズの調子も見てくるよ。メンテナンスフリーとはいえ、さすがにそろそろ私の調整があったほうがいいだろうしね。いくらか試作の武器も持ってくよ? どうせアイちゃんのことだから、きっと波乱に満ちた生活送ってるだろうしね」

「おまえはアイズに対しては過保護だな。………まぁ、わからんでもないが」

 

 アイズも束を慕っており、二人は姉妹や師弟のような関係を結んでいる。束としては、可愛い妹分であり、弟子でもあるアイズのことが心配なのだろう。エキセントリックな表現しかできないが、束は身内にどれだけ愛情を注いでいるかはわかっているイリーナは、はしゃぐ束を苦笑して見つめていた。

 

「待っててねアイちゃん、今束さんがプレゼント持って会いにいっくぞい! ひゃっほい!」




ほとんどオリキャラしか出てない話でした。セッシーやアイズが強いのもこうした面々のバックアップがあるからこそ、です。

イリーナさん……暴君。暴言でデレる人。
イーリスさん……良心であり苦労人。実は生身での戦闘なら最強の人。
束さん……おなじみのラスボス系チート。でもうちの束さんはエキセントリックな常識人です。

次回から臨海学校です。そして謎の敵も再び襲来して大規模戦闘となる福音戦へと移っていきます。

それではまた次回!


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Chapter 3 『銀の福音』奪還作戦編
Act.25 「平穏と再会の海」


「海だー!」

 

 トンネルを抜けるとそこは海。青く、どこまでも広がる大海がバスから見える景色一面に広がっている。IS学園一年生は今日から三日間、臨海学校が行われる。朝早くから楽しみにしていた生徒たちがわいわいと騒ぎながらバスに揺られ、目的地でもある海が見えたとき、盛大に歓声が上がる。

 

「海はどこにいっても雄大ですねぇ」

「姉様、起きてください。もうすぐ到着します」

 

 窓から見える景色を眺めるセシリアの肩に頭をのせて眠っていたアイズに、逆隣に座っていたラウラが声をかける。アイズはこうした乗り物移動のときは景色を楽しめないために、はじめはラウラやセシリアと談笑していたのだが、眠気に負けてぐっすりと熟睡していた。

 

「ううん……ほんとだ、海の匂い……」

「おはようございます姉様。おしぼりをどうぞ」

「ん、ありがとラウラちゃん」

 

 眠気を拭うようにもらったおしぼりで顔を拭くアイズ。甲斐甲斐しく世話を焼く妹となったラウラが嬉しそうにアイズのそんな様子を見ている。あの一件以来、すっかりアイズに懐いたラウラは今ではクラス公認の目隠し姉妹として知られるようになった。むしろ最近のラウラはアイズと一緒にいるときには、元気良く振られている尻尾を幻視できるほどアイズにべったりだった。不良ウサギから忠犬にジョブチェンジしたようだ。

 ついこの間も仲良く水着を買いに行ったくらいだ。セシリアも同行するべきかと思ったが、せっかく妹ができてなんだかんだいって浮かれているアイズを見て二人で行かせることにした。

 そのあと簪がアイズを誘いにきたが、もうラウラに先を越されたと知るや否や、すぐに追いかけていった。相変わらず同性には異様にモテるアイズにセシリアは苦笑するしかなかった。あとでアイズが帰ってきたときに聞けば無事に簪も合流できたらしい。そのときに一夏とシャルロットが仲良くデートしていたという土産話も聞いた。一夏も相変わらずのようだ。

 

「ほらアイズ、まだ眠そうですよ」

「んー」

「まったく、はしゃいで眠れなかったなんて小学生じゃあるまいし」

「だってこういうみんなで旅行ってはじめてだもん」

 

 よほど浮かれているのか、このアイズはいつもより幼く見える。普段から小柄でロリータボイスなので年齢より幼く見られることが多いアイズだが、やはりはじめて友達との遠出にウキウキしているのだろう。最近はいろいろあったので、こうした気兼ねなく楽しめる旅行は本当に楽しみだったのだろう。

 

「ボク、行楽でいく海もはじめて。死にそうになって泳いだことはあるけど」

「姉様……」

 

 あの事件でアイズの過去を垣間見たラウラが辛そうな顔をする。ラウラにとって決して忘れることができないアイズの過去は思い出しただけでいたたまれない気持ちにさせてしまう。

 そんなラウラの気配の変化を察したアイズが、自身の失言を悟る。すぐにそれを忘れさせるようにラウラに笑いかけた。

 

「ラウラちゃん、いっぱい楽しい思い出を作ろうね」

「は、はい、姉様!」

 

 妹分ができたからか、最近のアイズはやたらお姉さんぶることがある。そうしたちょっと背伸びをしている姿がまた可愛いと評判だったりする。この学園でも「アイズ愛好会IS学園支部」が設立されるのはそう遠くないかもしれない。

 

 

 

 ***

 

 

 

 宿泊場所である旅館に荷物を置いた生徒たちはすぐさま水着に着替えて海へと向かう。一日目は自由時間ということで、ほぼ全ての生徒が海水浴へと向かった。

 セシリアもあまり泳ぐ気はないが、せっかくなので自身のパーソナルカラーでもある青い水着に着替えてビーチパラソルの下で優雅にカクテルジュースを飲んでいる。いかにもお嬢様というそれは、セシリアに似合いすぎる光景であった。

 パーカーを羽織っているが、見ればすぐにわかるほどのモデルのような完璧な肢体は同性から羨望の眼差しを集めてしまう。

 そんなセシリアの隣では鈴がいて楽しく雑談しているようだが、彼女の体型はセシリアと比べるといろいろと残念なので周囲の人間から意図せずともため息が漏れる。そんなやつらには鈴が「ガルルル」と威嚇するように唸っていた。とはいえ、鍛え抜かれてスレンダーな身体は十分に魅力的といえるのだが、比べる相手が悪かった。

 

「ちくしょー、あたしだってなぁ、筋肉ばっかつけたかったわけじゃないんだよ!」

「鈴さん、鍛えることはいいことじゃありませんか」

「だまれこのもぎたてメロンめ! 女はなぁ、胸じゃないんだよ!」

「同感ですから私を睨むのはやめてほしいのですけど」

 

 少し離れたところではシャルロットと箒という、これまたクラスで上位に入るスタイルを誇る二人を連れた一夏が海へと入っていく様子が見えた。ああいうのをリア充、というのだろうかとセシリアは最近覚えた言葉を思い浮かべていた。

 

「さぁ姉様、こちらです」

「足元気をつけてね、アイズ」

 

 そうしていると、今度はラウラと簪に手を引かれてアイズがやってくる。美少女二人に甲斐甲斐しく世話をされながらやってくるアイズもリア充かもしれない、と割とどうでもいいことを思い浮かべながらセシリア達が三人を迎えた。

 アイズはラウラとおそろいのフリルがたくさんついた可愛らしい水着を着ており、アイズが黒、ラウラが白という色違いのものだ。簪は少しおとなしめのワンピースタイプのものだが、シンプルなそれは簪によく似合っている。

 鈴と体格はほぼ一緒なアイズが意外にも出るところは出ている姿を見てまたも鈴が歯ぎしりをする。が、隣のラウラを見て一転してドヤ顔を浮かべている。調子のいい女である。

 

 流石に海水浴にまで目隠しは無粋と思ったのか、アイズは目隠布を取り去って素顔を晒している。目は閉じられているが、こうしてみるとごくごく普通の少女のようだ。

 

「可愛い水着ですね、アイズ。ラウラさんが選んだのですか?」

「いえ、選んだのは簪です」

 

 ラウラが律儀に答える。このラウラ、アイズの長年のパートナーということでセシリアにも敬意を持って接するようになっていた。初対面や喧嘩のときとのギャップが凄まじく、まだちょっとラウラの敬語に慣れないセシリアだった。

 そんなセシリアに簪が困った顔を浮かべて言う。

 

「………危なかった」

「なにがです?」

「ラウラ、はじめはスクール水着を買おうとしてた」

 

 簪の暴露にセシリアと鈴もジト目でラウラを見る。確かに似合うだろう。ラウラもアイズも、下手をすれば小学生といって通りそうなくらいにロリ属性持ちだ。だからといってそれはない。簪のフォローに拍手したいくらいであった。

 

「う……クラリッサが水着ならこれだと……」

 

 またてめぇかクラリッサ。いつかゆっくりお話をしなければなるまい。……セシリアは顔も知らぬ相手にそんなことを考えながら、ラウラの世間知らずを徐々に矯正していかなくては、と決心する。このままではアイズにまで被害が及びそうだ。

 そんな中、よくわかっていないアイズだけが首をひねっていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「やぁっ!」

 

 振り下ろした木刀が見事にスイカに命中し、綺麗に真っ二つとなる。スイカに向かうまで最短距離で一直線、間合いにぴったりの距離での停止、そして正確な角度での振り下ろし。スイカ割りはこうするんだ、というような見事な実演であった。

 

「てかさ、アイズってもともと目が見えなくて気配察知が超能力級で、おまけに剣の扱いも慣れてるんだからスイカ割りなんてむしろ得意分野なんじゃないの?」

 

 一人目のアイズであっさり終わったスイカ割りを見た鈴の感想である。たしかにアイズにとって普段の生活の延長でしかないだろう。それでもはしゃいでいるアイズを見るとやってよかったと誰もが思う。

 ラウラは「流石です姉様!」と絶賛しているし、簪も「アイズすごい!」と褒め称えている。

 

 このまま終わるのはつまらない、としてセシリアがフォークを投擲してスイカに突き刺すという曲芸を披露。負けじと鈴も発勁でスイカを爆砕するという無駄な技量を見せつけ、食べる前にスイカを木っ端微塵にしてしまう。

 そんなバカ騒ぎでも、アイズにとっては初めてとなる体験だった。ずっと笑顔で、楽しくはしゃぐアイズに、それを見ていたセシリアも嬉しそうに微笑んでいる。

 こんな風に無邪気に笑うアイズを見るのは久しぶりだ。やはり同年代の友をたくさん作ったことが大きいだろう。

 

「よーし、つぎは水泳に挑戦だー!」

 

 元気良く海へと向かうアイズは本当に微笑ましい。セシリアは自分がなんだかアイズの母みたいなことを考えていることに少し自嘲してしまう。アイズは自分が守らなきゃ、と幼い頃の決意が今も続いているからだろうか、と冷静に分析するが、最後にはアイズが笑っているんだからなんでもいい、といつもの結論に達する。

 学園生活なんて、はじめは大丈夫かと心配していたが、アイズにとってはしっかりプラスになったようだ。もちろん、セシリア自身も得たものはたくさんある。もしかしたら、この入学はイリーナの気遣いだったのかもしれないな、と思う。仏頂面をするイリーナが簡単に想像できてクスクスと笑ってしまう。

 

 今だって、アイズがあんなふうに海ではしゃいで―――――。

 

 

 

 

「あぶぶべごばぁっ!!?」

 

 

 

「……って、なに溺れていますのー!?」

「姉様っ!?」

「アイズ!!」

 

 漫画みたいな溺れ方をしているアイズを見た瞬間にセシリアが走り出す。同時にラウラと簪も既にスタートダッシュを切っていた。まるで競争するかのように三人は海へと飛び込み、アイズに向かって一直線に泳いでいく。

 ほとんど同時にアイズの手足を掴んで海中から引きずり上げるとそのまま三人で岸へと連れて行く。引き上げられたアイズがゴホゴホと咳き込みながら海水を吐き出す。どうやら冗談でもなく完全に溺れていたらしい。

 慌てふためく三人をどかして鈴が適切な処置を施し、なんとか落ち着いたアイズに全員がほっと安堵した。

 

「けほけほっ、し、死ぬかと思った……」

「アイズ、てっきり私は泳げるものだと……」

 

 こういうのもなんだが、過去に荒波の海の中を泳いで逃げたという逸話からてっきり泳ぎはできると思い込んでいた。

 

「うーん、ボクもびっくり………こんなに難しかったっけ?」

 

 どうやら過去のあれは火事場のバカ力だったようだ。それともヴォ―ダン・オージェが海を泳ぎ切る適切な対処情報まで与えていたのだろうか。

 

「とにかく、見えない状態で一人で海に入るのは危険すぎます。これからは誰かしらが一緒につくようにしませんと」

「その前にまず泳ぎ方からでしょ」

「アイズ、私が教えるからね」

「姉様、私も手伝います」

 

 そうして今度はやや浅い場所で簪に手を握られてバタ足の練習を始めるアイズ。ラウラは横からアイズに適切なやり方を教えている。あれではどちらが姉と妹かわからないが、ラウラも簪も嬉しそうなのは確かだ。

 

「まったく……でも、あれならまぁ大丈夫ですかね」

「アイズもあれでなかなかの天然だしねぇ、ああやってあの二人がくっついていたほうが、心配事はなくなるんじゃない?」

「鈴さん、あなたは読心術でもあるのですか?」

「あんたのアイズに対する過保護っぷりは理解してるつもりよ」

 

 いつの間にか隣に座っていた鈴にジト目を向ける。この鈴という存在はセシリアが一番親しくしている友人だが、どうにもつかみどころがない。未だに鈴の本性というべきものが見えない。

 わかることは、凰鈴音という人物は激しい気性でありながら、他者への気遣いを忘れない。そしてそれはいつも核心を突くということだ。

 

「本来ならあの二人みたいにつきっきりで世話したいんじゃない?」

「そうですね、否定はしませんよ」

「でも、あんたっていっつもアイズにはどこか一歩下がってるからね。まぁ、相部屋じゃどんだけイチャついてるかは知らないけど、こういうときのあんたってアイズを見守るのが常じゃない」

「よく見てますね。あとイチャついてなんていませんよ」

 

 相部屋でやっていることは一緒に風呂に入ったり一緒に寝たりするくらいだ。別に普通だ、とセシリアは言い切る。おはようとおやすみのキスもするがそれも普通だ。

 

「それってさ、アイズに友達作らせたかったんでしょ? 普通なら、あたりまえみたいなことを、あの子にあげたがっているみたいに見えるけど」

「………」

「なんか、まるでお母さんよ? そういうアンタ」

「………同年代なんですけど、ね。私はただ……」

 

 鈴の指摘にセシリアは苦笑するしかない。それは言われなくても、自覚していたことだ。セシリアの願いは、昔から変わっていない。

 

 願っているのは、たったひとつだけだ。

 

「私は、アイズにたくさん幸せになって欲しいだけですよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 生粋のイギリス人であるセシリアと、もともと国籍不明でもイギリス育ちのアイズは夕食で箸を使った食事に初挑戦をして、四苦八苦しながらなんとか完食。他の人の倍以上の時間がかかった上に正座をして足が痺れるという最悪なコンボを食らい、ふたり揃って悶絶していた。

 普段は完璧なセシリアのこういう姿は珍しいのか、何人かが写メに撮っていたりするが、アイズはまたもラウラと簪の介抱を受けていた。なんだこの差は、とちょっと恨めしく思うセシリアであった。

 その後は少し疲れた様子でみんなと温泉に向かう。これも初体験のアイズはわくわくしながらはしゃいでいた。

 温泉ではラウラや簪と仲良く洗いっこをしていたが、ちゃんとアイズがセシリアの背中も流してくれたのでセシリアは上機嫌だった。そんな面々の身体を見てはまたも鈴が歯ぎしりしながら睨んでいたのは、もう全員がスルーしていた。

 そして温泉から上がると簪に浴衣を着付けてもらい、ほかほかしながら部屋へと戻る。途中で卓球台があったので、明日は風呂に入る前にやってみようとまたひとつ楽しい思い出作りの予定ができる。さすがにアイズは無理じゃないか、という懸念もあったが、アイズは気配察知だけでテニスのラリーができるので本人も乗り気だった。

 

 そんな風にはしゃいでいるアイズを微笑ましく思いながらセシリアがふと何気なく視線をずらす。ちょうど玄関ホールを横切るルートで、今しがたやってきたと思しき旅行客の姿を視認して――――。

 

 

 

 

 大きなカボチャ型のカバンを背負い、髪を赤く染めた束と目があった。

 

 

 

 

「ぶふぅっ!!?」

「ちょ、なによセシリア!?」

「セシィ、どうしたの?」

 

 いきなりのことについ吹き出してしまったが、これはまずい。束の存在を知られるわけにはいかない。なんとかうまい言い訳を考えながらチラリと束を見ると、ドヤ顔で小さく手を振っていた。ムカつく、あのムカつくドヤ顔は間違いなく束だ。いったいなにをやってんだあのウサギ、と内心で盛大に罵声を浴びせておく。

 

「な、なんでもないですよ。ちょっと思い出し笑いですから………おほほ」

「……? ん、あれ、この気配って、たば……むぐっ」

 

 束の気配を察知したらしいアイズを慌てて抑える。アイズはじっと束の方へと意識を向けている。アイズも完全に気付いたようだ。

 

「あ、ボクちょっと用事を思い出した。みんな、先に部屋に戻ってて」

「アイズ、私と一緒に行くという約束でしょう? すみません皆さん、ちょっと外しますね。社のほうに定期連絡がありますので」

 

 セシリアが三流以下の言い訳をするアイズのフォローを入れて、二人そろってその場を離れる。少々不審に思われたが、なんとかなったようだ。そのときはもう束の姿はなかったが、携帯電話に宿泊部屋の番号らしい四桁の数字だけがメールで送られていた。

 その部屋番号を探し、一番奥の部屋までたどり着く。部屋の前にはハロウィンのように顔型にくり抜かれた小さなカボチャがおいてあった。この部屋に間違いないようだ。

 

 コンコン、とノックをして扉を開け、すぐに部屋に入り扉を閉める。あまりこうした場面を見られたくないためであったが、これではまるで逢引のようであった。

 中は灯りが消えたままで、窓から入る月明かりが部屋にいた束の姿を照らしていた。その束の気配を感じ取ったアイズが、まっすぐに束に向かう。

 

「束さんっ!」

「アイちゃーん!!」

 

 アイズと束が同時に駆け出し、部屋のど真ん中で今時もう見ないような感動の再会シーンを演じる二人にセシリアが苦笑する。どこかわざとらしいのに、少し感動してしまうのはあの二人だからだろうか。

 

「感動的ですねぇ」

「っ!? イ、イーリスさんもいらしてたんですか……!? 気配消して背後に立たないで欲しいのですけど」

「ふふ、まだまだですね」

 

 いつの間にか部屋にいたイーリスにセシリアが吃驚するも、束のお目付け役なのだろうと納得する。

 しかし、カレイドマテリアル社の抱える世界最高の科学者と世界最高の護衛を寄越すとは、なにか重大なことでもあるのだろうか、とセシリアが緊張する。そんなセシリアの様子を見て察したイーリスが苦笑して真実を告げた。

 

「束博士が、久しぶりに会いたくなったそうで………私はその護衛で、抑え役です」

「え、それだけですか?」

「一応、新しい装備も持ってきましたけど、目的はあのとおりです」

 

 月明かりに照らされた部屋の中で抱擁を交わす二人。そんな幸せそうな二人を見れば、セシリアも苦笑して見守るしかない。

 むしろ、ただ再会するためだけにここまでやってくる束の純真さは、セシリアには少し羨ましく思えるほどであった。

 

「会いたかったよアイちゃん、目を使ったんだって? 大丈夫?」

「束さんが作ってくれたこの子があるからボクは平気だよ、束さん」

「もう、無理しちゃダメだぞ? 束さん、心配してここまで来ちゃったよ」

「ありがとう、束さん!」

「…………あの、そろそろいいですか?」

 

 ほっとくといつまでも寸劇を見せられそうだったので控えめに声をかける。本人たちが大真面目にやっているのはわかっているのだが、エキセントリックと天然のコラボは思いのほか相性が良すぎるのである。

 

「おお、セッシーも元気だったかい?」

「はい。おかげさまで。そちらはどうです?」

「イリーナちゃんが暴君無双してたけど、まぁいつもどおり?」

 

 セシリアがイーリスを見れば、とても困った顔をしていた。気苦労の絶えないであろうイーリスになにか差し入れをしようと思うセシリアであった。

 

「はい、お土産。大事に使ってね!」

 

 そう言いながら束はセシリアに端末を投げ渡す。ISへの追加機能をインストールするためのデータのようだ。そのデータを表示してスクロールさせて中身を確認していくと、セシリアの顔が徐々に青ざめていく。

 

「束さん……なんですかこの武装は?」

「束さんの新作だよ! セッシーのために用意したんだけど、気に入らなかった?」

「こんな大口径のレールガン、ISに使えば木っ端微塵です! あとなんですかこれ! 歪曲誘導プラズマ砲? こんなもの世に出たら兵器革命どころじゃないですよ!?」

 

 あまりにも高性能すぎる武装にセシリアの平常心が瞬時に削られる。世界最高峰のレールガンと言われる『フォーマルハウト』が可愛く見えるほどの大型レールガンに、障害物に隠れた対象や死角を狙い撃てる“曲げる”ことを前提とした変則ビーム兵器。以前簪が使った電磁反発領域場発生システム“MRF”を攻性に転用させて作ったものらしいが、いくらなんでもこんなオーパーツ兵器をあっさり作る束の恐ろしさを改めて実感する。

 

「あくまで試作だよ、試作。使いすぎるとオーバーヒートするから気をつけてね」

「いったいどんな場面で使えというのですか、こんなバケモノ武装」

「んー、ほら、中ボスとか」

「なんですか中ボスって」

「つぎに出てきた敵でいいんじゃない?」

「そんないい加減な……とにかく、これは必要とするまで封印します。というより、こんなもの使わざるを得ないときが来ないことを祈りますよ」

 

 少なくともIS相手に使っていい武装ではない。絶対防御すら貫くであろう過剰威力のものに、理論上は背後のものすら狙えるという歪曲砲。明らかに時代を間違えたとしか思えない代物である。

 

「もちろんアイちゃんにもあるからね! これを使えば戦艦だって真っ二つだよ!」

「ありがとう、束さん!」

「ダメです! 全長12メートルのエネルギーブレードって、もう剣と呼べるものを超えていますっ! いつからブレードは遠距離武装になったんですか!? 使用禁止です!」

 

 次々に出てくるバケモノ級の武装にセシリアの平常心は木っ端微塵に砕け散った。ここまで衝撃を受けたのは過去に戦略級超長距離狙撃砲『プロミネンス』を受け取ったとき以来であった。

 こんなものを使えるか、と一喝して、拗ねる束を他所にそのほとんどを封印指定にしてしまう。

 

 

 

 しかし、そう遠くないときにこれらの武装が使用されるとはこのときのセシリアは思いもしなかった。




久々の日常編、そしてバトルへの導入編でした。

今作でも屈指のチートキャラ、束さんとイーリスさんが合流しました。
争乱のフラグにしか見えない(汗)

この話ではラウラは専用機を失ったので福音戦には参加しませんがちゃんと新生した忠犬ラウラの活躍があります。

もう一話ほど挟んでバトルパートへと移っていきます。臨海学校編のバトルはかなりの大規模戦になる予定です。


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Act.26 「仕組まれた戦場へ」

 喜びの再会と、一通りの武装を渡し終えた束はほっと一息ついて、笑顔でアイズとセシリアを見送った。もっとゆっくり話したかったが、自分がここにいることがバレると面倒なことになるので、これ以上二人を拘束するわけにもいかなかった。篠ノ之束という存在の意味をわかっている束は自分がこの場にいるということを知られたらイリーナをはじめとした面々に多大な迷惑がかかることをわかっている。ここに来ることを許可してくれただけでも温情だったのだ。

 名残惜しいが、まだ臨海学校は始まったばかりだ。これから三日、アイズ達の様子を見るつもりの束は気を取り直して温泉へと向かう。イーリスは付近に危険がないか哨戒へ行った。相変わらず真面目なイーリスに苦笑する。

 今の束は変装として髪を赤く染め、メイクで少しごまかしている。髪型も後ろで纏めており、一見すればトサカみたいな頭だ。一週間は落ない特殊染料を使っているので洗っても色が落ちることはない。アイズみたいに気配で判断するような人には無意味だろうが、見た目で束と判断するのは普段の彼女をよく知る者しか無理だろう。

 

「そういえば日本に戻るのも久しぶりだっけ………最後はいつだったっけ、……あ、そっか、私が逃げたときか」

 

 過去、監視の目を掻い潜り、日本から逃げた時以来の帰郷だ。あのときから束の逃避行は始まり、それは今でも続いている。イリーナに匿ってもらわなければ、今頃どこでなにをしていただろうか。ふらふらとアテもない逃走を続け、出会ったのがイリーナだった。出会った当初はまだ彼女のことも信用しておらず、すぐに袂を分かつつもりだったが、アイズ・ファミリアという存在がその関係を繋ぎ留めた。

 今にして思えば、アイズとの出会いは束の運命だった。アイズに出会わなければ、束はきっと諦めたままで終わっていた。

 

 束はしんみりしてきた感情を無理やり変えるようにケラケラと空笑いをする。

 

「あー、やめやめ、センチなのは束さんに似合わないよ。うん」

 

 気を取り直して女湯の暖簾をくぐり、脱衣所でせっせと服を脱ぐ。鈴が見たら怨嗟の念を抱くような曲線美が現れる。普段は引きこもっているくせにこのスタイルを維持している束はそんな自分の身体にまったく無関心のように堂々と温泉へ向かう。もう遅い時間ということもあり、人は少ない。束は軽く身体を洗い、温泉に浸かって身体を癒す。

 引きこもってはいるが、束は身だしなみには気を使っているのでやはりこうした温泉に入り、身体をきれいにすることは気持ちが良い。ここしばらくはゆっくりできていなかったので、ほっとしながら久しぶりの故郷の湯を楽しむ。

 

「ん?」

 

 束の視界にふと入ってきた人影に視線を送る。長い黒髪と、メリハリのあるモデルのような肢体。そしてなにより、そのややぶっきらぼうに見える顔を見た瞬間、束の心臓が跳ねた。

 

「ほ、箒ちゃん……!」

 

 完全に予想外だ。まさかこんなところで出くわしてしまうとは束の優秀な頭脳をもってしても予測できなかった。しかし、よくよく考えれば箒もこの旅館にいるのだ、エンカウントの確率はあってあたりまえだ。わざわざ学生の使用時間外を選んだのに、まさか箒まで来るとは思っていなかった。

 箒がこちらを振り向く。すぐに束は顔をそらした。今、箒にどんな顔をして会えばいいかわからないし、なにより箒にかける言葉を持っていなかった。

 いや、本当ならいくらでも言いたいことはある。しかし、今の束にその覚悟はなかった。

 

「……っ」

 

 箒と会うことが怖い。罵倒されることが怖い。恨み言を言われることが怖い。嫌い、と言われることが怖い。

 そんな想像が現実のものになりそうで、束は箒から逃げるように距離を取る。幸い、髪の色と髪型で雰囲気をガラッと変えているので気付かれてはいないようだ。

 

 かつて、自分がしたことが箒を追い詰め、他人と壁を作るようになってしまったことは既に知っている。そしてなにも箒に告げずに逃げ出した束は、いったい何といって謝罪すればいいのかさえわからない。

 過去、束がISを作り上げたとき、もっとうまくやっていたら、兵器にさせなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。ISが認められなくても、箒を喜ばせるプレゼントにはなったはずなのに、欲を出して世界に認められたいと思ったことが悪かったのか。

 今更過去を悔やんだところでなにも変えられないことはわかっていても、束はそれが悔しくてたまらない。

 

 束がISを作ろうとした最初の理由は、ただ妹に空を見せてあげたかっただけなのに。

 

 極力顔を逸らしてじっとしていると、しばらくして箒が出て行った。その後ろ姿を見ながら、束はのぼせそうな頭でほっと安堵の息を吐く。しかし、それはすぐに自己嫌悪に変わった。

 妹がいなくなって安心した自分を嫌悪した。会わずに済んだことを、よかったと思った自分を殴りたくなった。

 ここに来たのは無茶をしたアイズが心配になったこともあるが、箒の顔を見たかったという理由もある。それなのに、顔を見せることすらできない自分の臆病さが嫌になる。

 

「…………」

 

 束は左手を掲げ、手首にある赤く腫れた線を見つめる。大分薄れてきたが、それは束が過去に味わった絶望の象徴だった。この傷跡が消えるとき、それは絶望がなくなったときになるのだろうか。はたまた、また再びこの線をなぞるときが来るのだろうか。

 そんな意味のないとわかっていることを考えてしまう。

 気分が最悪になってしまった束は、力なくノロノロと湯から這い出るのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 臨海学校の二日目。

 この日はISの演習が主である。しかし、一般生徒と違い、専用機持ちだけは別行動にて本国から送られてきた新装備のテストや、学園のアリーナでもできないほど広範囲を使った演習を行う予定となっている。

 参加者は代表候補生であるセシリア、鈴、簪に加え、特例専用機持ちであるアイズ、一夏、シャルロット。そしてつい最近まで代表候補生であったラウラが参加している。ラウラに関しては候補生資格を破棄し、専用機も返却したのだが、IS操縦者として学園でも上位に入ることからデータ解析などのバックアップを行うことになっている。

 

 セシリアは昨日渡されたデータとは別の、イギリス政府を通して送られてきた装備を確認する。セシリアのバックアップはカレイドマテリアル社が全面的に行っているため、これを作ったのもやはり束だが、昨日のあの化け物装備のようなオーバースペックはない。対外用に抑えて作ったのだろう。

 送られてきたのは高速戦闘を可能とするパッケージ『ストライクガンナー』であるが、これとまったく同じものが昨夜束から渡されたデータにもあった。どうもそちらのほうが真の高機動パッケージであるらしく、『ストライクガンナー』は政府の審査を通すために性能を20%以下にした劣化版らしい。もちろん、劣化版といえど、世界の最先端といえる技術の結晶であることには違いない。

 

 オリジナルの高機動パッケージのデータを見たセシリアの反応は言うまでもないだろう。機動力どころか、火力も何倍にもするとんでもない代物だった。まさに移動要塞と呼ぶにふさわしいパッケージに、セシリアは頭痛を抑えられなかった。これを使えば、ISの一個大隊でも相手にできそうなほどの過剰火力、いったいなにを想定して作ったのだと問い詰めたい気分にさせられた。

 

 アイズは天然が多分に入っているので、束から渡された装備を見て無邪気に「すごいすごい、さすが束さん!」と喜んでいた。セシリアはそのアイズの純粋さが少し羨ましい。

 

「どんな化け物装備かと思えば、普通ね?」

「いったいどういう印象を持たれていますの?」

「いや、ほら、アンタの装備っていろいろぶっ飛んでるじゃない」

 

 セシリアは鈴の言葉を否定できず、曖昧に笑ってごまかす。その通り、本当はブッ飛んだものを渡されています、とは言えなかった。

 とにかく劣化版高機動パッケージを装備し、飛翔して長距離加速の演習を行う。もともと直線での加速は現存するISの中でも最高峰であるブルーティアーズtype-Ⅲであるが、高機動パッケージを装備したことでさらにその速さが増している。スペック上は軽く超音速機動もできるほどだが、なぜだろう、少し物足りなく感じてしまう。

 束製のオーバースペックウェポンに慣れすぎただろうか、と少し自身の常識に危機感を覚える。

 

 適当に流していると、真横にアイズがやってくる。アイズも同様に高機動パッケージを装備して超音速での機動を実践しているようだ。形状はセシリアのものよりもシャープであり、所々に各部に備え付けられたバーニアはブルーティアーズのパッケージよりも多い。IS本機と同様に旋回性能を優先したもののようだ。ブルーティアーズには不可能な角度での旋回を可能としている。さらに特徴的なのは、折りたたまれている四つのウィングだろう。未展開でこの速度が出せるなら、これはおそらく武装の類だろう。

 

 そんな推察をしているとISを通じてアイズから通信が入る。

 

『セシィ、なんか物足りないね』

「アイズ、これでも一応、世界最高峰の技術ですよ?」

『でも束さんって常にその最高峰を軽く超えるもの作っちゃうじゃない?』

「……あの人の頭は人類の規格を超越してますから。それより、パッケージを使用した連携機動をしますよ。パターン、HSCからいきますよ」

「了解。……エンゲージ、3・2・1……イグニッション」

 

 そんな会話をしつつ、アイズとの連携演習に入る。双子機と言われるだけあり、ティアーズはどんな状況下でも可能な二機連携を考えられている。

 ブーストを維持したまままるでドッグファイトをしているかのように交互に前へ後ろへとポジションチェンジを繰り返し、上昇、降下を絡めて曲芸飛行を披露する。二機が通った軌跡が空というキャンバスに描かれていく。

 息をするかのようにあっさりと高レベルな連携を見せる二人に、遠くから眺めていた他の面々は感嘆の声を上げる。

 特にその機動演習のデータ取りをしていたラウラは驚きを隠せない。

 

「機動コースの誤差はほぼゼロ………信じられない精度だ……」

 

 しかも二人はあの高速機動中はなにも喋っていない。相手のわずかな挙動だけで自身の機動を修正し、常に理想的な連携を維持している。以心伝心を体現したかのような二人に、ラウラはいったいどれだけの鍛錬を積めばあの域に届くのかもわからずにただただ自身の姉となった人のすごさを再確認していた。ラウラもヴォ―ダン・オージェをあのときのように十全に使えればなんとか追随することはできると思うが、もちろんアイズは目を使っていないし、セシリアにそんな特殊能力はない。

 アイズも、セシリアも、互いのことをわかりきっている。そうでなければあれほど完璧な飛行はできない。ラウラはいつだったか、ふと耳にした二人の異名を思い出す。

 

 互いを輝かせる、煌く双子星…………双星の雫。

 

 その名に、偽りなど微塵もなかった。

 

 ラウラはその輝きに畏怖を覚え、そして同時にいつかあの隣に並び立つまでに強くなると決意する。あくまで自称から始まったアイズとの姉妹の関係も、アイズは喜んで受け入れてくれた。過去から今まで、そのすべてを晒し、そして受け入れてくれた姉のために、ラウラは強く願う。

 妹を名乗るには、慕う姉を守れるようになりたい。ただ守られるだけの妹になどならない。あの姉の輝きに恥じない妹でありたい。

 

 ラウラは遠く、しかし力強く光る星を見上げるように、空を駆けていく赤い軌跡を見つめていた。

 

 しかし、そんなラウラの耳に事態の急変を告げる声が届く。

 

 

「織斑先生っ! た、大変です!」

「どうしましたか、山田先生」

「こ、これを見てください……!」

 

 急いで駆けてきた真耶から端末を渡された千冬がそれを見て眉をしかめる。ラウラはその顔を見て軍人としての直感から、なにか緊急の事態が起きたことを察する。

 

「ラウラ、全員を至急戻らせろ。演習は中止だ」

「……はっ」

 

 千冬の雰囲気から、思った以上にまずい事態が起きているようだ。ラウラは思考を軍人のものへとシフトさせる。冷静に全機へと回線を繋ぎ、至急帰投するように伝達する。全員がラウラのその緊張感を与えるような声になにか不測の事態が起きたと察し、文句ひとつ言わずに了解の旨を返した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………以上が現在の状況だ。質問があれば受け付ける」

 

 人払いがされた旅館の一室で特別演習を行っていた面々が揃い、千冬から現状説明を受けていた。一通りの説明を終えたあと千冬からのそんな言葉を受け、全員が与えられた情報を精査する。

 ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の新型IS『銀の福音』が暴走。追撃に出た機体を振り切り、今も止まることなく暴走を続けている。追跡の結果、銀の福音が今からおよそ一時間後にここから10キロ先を通過するルートを取っている事が判明。他の付近の部隊も対象に追いつけない為、最も距離が近いこのIS学園側での対処要請が下る。そしてその作戦行動が取れるのはここに集まった専用機持ちとなる。

 スペックの差から打鉄やラファールなどの一般機では対処が難しい。教師陣は海域の封鎖を担当し、実際に銀の福音と対するのはここにいる専用機持ちとなる。

 暴走状態の軍用ISとの戦闘という事態に、部屋の空気も重い。しかし、実際に対峙する専用機持ちたちよりも教師たちのほうが緊張しているようだった。これまで無人機の襲来や、VTシステムの暴走など、不測の事態に遭遇してきた面々はむしろ「またか」というような呆れたような思いさえ垣間見えている。

 もちろん不抜けた心構えになどならないが、鈴などは小声で「呪われてんのかしら」などと呟いている。

 

 そんな中、やはり初めに手を挙げたのはセシリアであった。

 

「機体情報の開示はあるのですか?」

 

 緊急事態とはいえ、軍用の新型ISだ。機密情報の塊とも言えるだろう。しかし、この情報がなければ作戦など立てられない。

 

「既に機体情報はもらっている。ただし、これは決して口外するな」

「承知しております」

 

 モニターに『銀の福音』のスペックデータが表示される。全てではないだろうが、対処するための最低限のデータがあったことに一同は安堵する。広域殲滅を目的とした射撃型。攻撃と機動に特化しており、その最高速度は音速を裕に超える。格闘性能・及び防御性能は不明。しかし、おそらく回避重視の射撃型なのは間違いない。狙撃ではなく弾幕による物量射撃をするブルーティアーズというのが近いイメージかもしれない。

 

「操縦者は?」

「不明だ。回線はすべてシャットダウンしているそうだ」

「………」

 

 セシリアがなにか考える素振りを見せる。隣で座っていたアイズも、同じようになぜか眉をしかめていた。なにか思いつめていたようなセシリアが再び顔を上げる。

 

「織斑先生、これは直接関係はしないのですが……」

「どうした?」

「私たちに対処の要請をしたのは、どこからです?」

 

 その質問の意図に気付いたのは果たして何人いただろうか。千冬も少し怪訝そうにしながらもそれに答える。

 

「IS委員会からの要請を、IS学園上層部が認可した。それがどうした?」

「いえ、別に」

 

 薄く笑ってセシリアは口を閉ざす。しかし、内心では盛大に舌打ちをしていた。

 

 ――――これは、なにか裏があるか?

 

 セシリアが抱いたのはそんな疑念だ。確かにIS委員会を通してIS学園へと指示が下ることにおかしいところはない。国に縛られない中立だからこそ動かせるということもある。将来の国家のIS操縦者の育成機関であるIS学園は複雑な柵はあるが、学生とはいえこうした作戦行動を取るように「命令」を下すこともできる。

 他に対処できる部隊がない以上、仕方ないことかもしれない。

 

 おかしいのは、この状況だ。

 

 まず、わずか二時間でIS委員会の認可を通す手際の良さ。軍の不始末というのは、外部に解決を任せることはメンツを潰すことにつながる。可能な限り身内での解決を図るものだ。

 にもかかわらずたった二時間で、しかもIS委員会を通しているのなら暴走してからおそらく一時間ほどでそれを諦めたことになる。まず間違いなく、今回の機動試験の責任者は処罰されることになるにも関わらず、果たしてそんなことがあるだろうか。

 

 つぎに『銀の福音』の暴走そのもの。これはセシリアとアイズ以外は知るはずもないことだ。二人はほかならぬ開発者である束からISの基礎理論を教わっていた。その束がISの安全性を追求したシステムを二人に教えていた。

 ISはその強大なスペック故に、こうした暴走という事態に対処するシステムがコアそのものに搭載されている。ISコアネットワークを通じ、なにかひとつのコアが制御不能などの事態に陥ったとき、即座に他のコアが感知。すぐさま全てのコアに備わっているシステムの自浄作用のプログラムを送るのだ。相互監視による制御。それを無視して暴走することは理論上ありえない。事実、これまでISが搭乗者の意思を無視して暴走したという事例は皆無だ。

 可能にするならば、搭乗者そのものが外部との通信をカットして暴れているか、もしくはコアネットワークを無効にしてバグを植え付けるか。つまり、人為的でなければ起こりえないのだ。

 

 このコアネットワークによる相互自浄作用は公開されていない情報だった。これを知るものは、カレイドマテリアル社の限られた人間だけだ。だからセシリアとアイズだけは、暴走したという話を聞いた時点でなにか嫌なものを感じていた。

 

 そして、なによりおかしいと言えるのは、このタイミングだ。

 

 偶然にもIS学園の人間がこの場にいて、偶然にも軍の起動実験がされ、偶然にも暴走して、偶然にもそれの対処が可能である存在が、自分たちだけなのだ。偶然は二度、三度と続けば奇跡を通り越して必然であると言うが、これは果たして奇跡のような偶然か、偶然を装った必然か。

 後者であった場合は、いったいどこから仕組まれていたのか。それは現状で断言することはできないが、『銀の福音』と関わればおのずとわかるだろう。

 考えすぎだとは思うが、嫌な予感は無視はできない。特に、セシリアとアイズ、二人が同時にそんな予感をしたとき、それは大抵予想以上に最悪な事態となって実現する。

 

 

 ――――とにかく、今は『銀の福音』を止めることでしょう。なにか裏の目的があるのなら、そのときが………。

 

 

 しかし、セシリアの勘は告げていた。これは、なにかある、と。

 アイズのような超感覚の直感はないが、これまで多くの謀略に晒されてきた経験がセシリアに告げている。この背中を氷でなぞられるような嫌な感覚。何者かに銃口を向けられているような、見えない悪意。そんな不吉なイメージが頭から離れなかった。

 

 セシリアは目を閉じる。周囲の音の認識を下げ、思考に集中する。

 

 さらになにか不測の事態が起きるかもしれない。

 ならばどうする。なにか起こると決まったわけではないが、なにか起こるという前提を置いた場合、『銀の福音』は迅速に、確実に対処する必要がある。普通ならば、この高機動型に対処するには少数精鋭による作戦を執る。目標の速度が上である以上、そう何度も接敵する機会もないだろう。つまり、ファーストアタックで落とすことが必要となる。ならば一撃必殺の威力を持つ機体と、速度で追随できる機体による二機連携。

 このメンバーから選抜するなら、アタッカーに零落白夜を持つ白式を駆る一夏か、防御を無視する攻撃が可能な鈴。アイズのレッドティアーズは手数重視なのでこうした面では二機に劣る。むしろ高機動機体の候補に高機動パッケージがあるセシリアとアイズのティアーズが挙げられる。

 二機連携で対処する、というのが妥当なところか。

 

 …………が、これはおそらく悪手。

 

 広域殲滅型、と聞けば多数戦を得意とする機体だが、それでも数の有利が覆されるというものではない。多数の敵機への攻撃手段を持っている、というだけだ。スペックデータを見る限り、『銀の福音』は特殊装備として三十六の砲口をもつウィングスラスターを持つ。一人で挑めば、三十六の銃口が向けられる。二人で挑めば、十八の銃口が向けられる。そう簡単な割り算が成立するわけではないが、つまりはそういうことだ。

 多数で挑めばその分敵機の攻撃は減り、薄くなる。同じ対多数戦を想定されているブルーティアーズを駆るセシリアだからこそ、わかる。

 広域殲滅型といえど、数は脅威なのだ。

 無論、それは対する機体と操縦者すべてが優れていることが前提の計算だ。足でまといがいれば、マイナス要素は激増する。しかし、この場にいるのは実力という点では申し分ないメンバーが揃っている。不安要素を上げるなら一夏の経験不足くらいだが、それを考慮しても多数で挑むほうが勝率は上がると判断する。

 

 なにより。

 

 不足の事態が起きたとき、戦力が多いほうがよい。しかし、もし抜かれたときのためのバックアップも欲しい。

 

 ならば、対処方法は……。

 

 ………。

 

 ―――――――やれる、か?

 

 

 自分一人の判断が必ず正しいとは思わない。だから、これを頼れる皆に判断してもらえばいい。

 セシリアは思考を終え、目を開ける。一度全員を見渡してから、千冬を見た。

 

「………織斑先生、作戦の提案があります」




次から福音戦、そしてオリジナル展開と移っていきます。臨海学校編はほとんどが戦闘になりそうです。
この物語の束さんはアイズ、セシリアに次ぐ第三の主人公です。次回からいろんな意味で束さん無双のはじまりです。





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Act.27 「悪意の再来」

「では先に行きます。用意はいいですか、一夏さん」

「いつでもいいぜ、頼む」

 

 セシリアの『ブルーティアーズtype-Ⅲ・ストライクガンナー』が背部バーニアを覆う装甲に白式を乗せてゆっくりと上昇する。一夏の白式を自機と同期させ、質量差による機動の差異を修正する。高機動モードでの飛行の前にもう一度全プログラムをチェックし、オールグリーンを確認する。

 

「無茶しないでね、セシィ」

「アイズに言われると、ちょっと複雑ですね」

「む。なんかそれじゃ、ボクがいっつも無茶してるみたいだけど」

「「「「自覚しろ」」」」

 

 セシリアだけじゃなく、全員から総ツッコミをもらいアイズが少々いじけたように頬を膨らませる。そんなリスみたいな表情に全員が和む。特に簪などはそんなアイズを見て頬まで赤くしている。

 

「まぁ、なんだかんだいって俺が一番不安要素なんだけどな」

 

 一夏がそんな弱気とも取れる発言をするが、それは冷静に自身の力量と経験を知った上での発言だった。一夏は確かに実力を伸ばしているし、そのセンスはセシリアをはじめ、全員が認めている。ただ、それでもまだこの中では総合的な実力では最弱だ。ISに触れて間もない一夏が、何年も努力してきた彼女たちに勝てるほどの小さな差ではなかった。

 それにセシリアの援護があるとはいえ、今回のような高速戦闘ははじめてなのだ。不安を感じていないほうが蛮勇といえた。

 

「織斑一夏」

 

 そんな一夏へ声をかけたのはラウラであった。

 あの一件以来、ラウラの一夏への態度はかなり軟化している。八つ当たり同然に悪意を持って接したことを謝罪し、そしてそんな盲目的だった自身を受け止め、真摯にぶつかってくれた一夏には感謝の念もある。しかし、ラウラとしてはどこか後ろめたさが残ったし、一夏もまだラウラとの距離がうまくつかみきれていなかった。

 そんなラウラが、一夏をじっと見つめ、頭を下げた。

 

「今の私は、戦えない。どうか、姉様や皆を頼む」

 

 そのラウラの姿に、一夏だけでなく全員が驚いた。刺々しさがなくなったとはいえ、ラウラは軍人であったときの強いプライドは今も持っていることは全員が知っている。そんなラウラがこんなときに戦えないことを悔しく思わないはずがない。しかし、それを口に出すことなく、誰かにそう頼んだのだ。

 

 それが、一夏の戦意を滾らせた。ラウラとじっと目を合わせ、彼女のそんな気持ちを汲み取った一夏は力強く頷いてみせた。

 

「……任せろ!」

 

 交わした言葉は少なくとも、ラウラもそんな一夏に満足そうに笑みを返した。

 そして機体を十分な高さまで上昇させたセシリアが、下で待機する面々を見て、最後に全員で頷き返す。

 

「ミッションスタート。………ストライクガンナー、ブースト!」

 

 青白い推進光を残し、セシリアと一夏が猛スピードで海上を突き進む。瞬く間に視界から消えた二機を見送り、今度はアイズと鈴がISを起動させる。

 アイズも高機動パッケージ『ストライクリッパー』を装備しており、大きなスカート部装甲の内側に大型ブースターを装備。さらに各部に備えている旋回用のブースターもすべて直線加速のための調整をする。その背部装甲に伏せるように鈴の甲龍が乗った。

 

「いくよ鈴ちゃん。じゃあ、ボクたちも先に行くね」

「姉様、どうかご無事で」

「私もすぐに行くから。大丈夫、アイズは私が守る」

「あんたら、少しはあたしの心配もしろ」

 

 アイズにぞっこんの二人の意見に鈴がツッコミを入れる。シャルロットがそんな鈴を見てくすくすと笑っていた。

 

「さて、あたしたちも行くわよ!」

「高機動モード起動。……ストライクリッパー、ブーストオン!」

 

 アイズと鈴が先のブルーティアーズtype-Ⅲと同じように青い光を散らして飛翔する。直線加速はやや劣るが、それでも超音速の速度で進むアイズたちは音を置き去りにしながら瞬く間にセシリアたちを追いかけていく。

 残されたシャルロットと簪もそれぞれISを起動させる。この二人はティアーズのような高機動パッケージはないが、機体に使い捨てのブースターを増設している。さすがに超音速は無理だが、短時間なら亜音速機動が可能だ。

 

「行ってくるね、ラウラ」

「うむ。姉様を頼むぞ、簪」

 

 アイズを慕う者同士、最近この二人も仲がいい。とはいえ、はじめはあのラウラのアイズへのキス事件のせいで簪が相当お冠だった。話を聞いた簪が「この泥棒兎が!」と怒ってラウラとキャットファイトを繰り広げたのは記憶に新しい。その際、アイズの「ボクのために争わないで(要約)」によって喧嘩は仲裁されることになったが、その後は三時間にも及ぶ話し合いがなされ、それが終わるころには仲良くなっていた。いったい三人でどんな話をしたのかは不明だが、今では簪とラウラは普通に遊びにいくほど仲が良くなっていた。

 そんなラウラの変化がいい影響を与え、クラスで浮いていたラウラも今では徐々に受け入れられるようになっていた。

 

「ラウラってけっこう可愛いよね」

「む。いきなりなんだシャルロット」

「いや、なんだか見てて癒されるよ。最近のラウラは」

 

 特にアイズと一緒にいるときのラウラは本当に可愛らしい。人を慕うということに幸せを感じている、ということがすぐにわかるほどラウラは自覚せずとも無邪気な愛を抱いている。それがシャルロットにはよくわかる。まだ、母が健在であったとき、ラウラのように自分も母にそうやって甘えていたのだから。

 いつか、イリーナにもそうなれるだろうか。あの性格だ、もしそうなったらイリーナがどんな反応をするかちょっと楽しみだ。

 シャルロットはどんどん変わっていく自身の周囲の人間関係をどこか楽しく思いながら飛翔していく簪のあとを追った。最後の二機もどんどん離れていき、やがてラウラの視界から消える。

 

 全員の出撃を見送ったラウラに千冬が近づいてくる。千冬は教師陣の統制もしているために、今も端末を手放さずに握りしめている。

 

「あいつらは行ったか、ラウラ」

「はい」

「おまえも、一緒に行きたかった、か?」

「………はい」

 

 ラウラの声は少し固い。本当なら自分も共に戦いたかった。しかし、今のラウラに専用機はなく、量産機では如何にラウラとて足でまといにしかならない。ラウラの最善は、こうしてここで皆の無事を願い待つだけであった。

 

「教か………いえ、織斑先生。私になにか手伝わせてください。私は、戦う以外のことをまだ知りません。戦うべきときに戦えない。こんなとき、なにをするべきでしょうか?」

「やることはたくさんあるさ。おまえも本部へ来い。おまえにはあいつらのバックアップをやってもらう」

「はい」

 

 形は変わっても、皆と共に戦うために。ラウラは千冬のあとを小走りで追っていった。

 

 

 

 

 *** 

 

 

 

 

 少し前、セシリアによって提案された作戦はいうなれば時間差同時攻撃を仕掛けるというものであった。

 

「今回の作戦ではこのメンバーを三つに分けます。まず第一陣として、私と一夏さん。第二陣にアイズと鈴さん。そして最後に簪さんとシャルロットさん」

 

 セシリアが提案するという作戦の説明はそんな言葉から始まった。

 

「分ける、ということは同時に攻めないの?」

「はい、つまり作戦を段階的に分けるということです。最終的には全員で包囲して撃破します」

「でも、そう簡単に包囲なんて……できるの?」

 

 銀の福音の機動性はこのスペックデータを信じるなら、追随できるのは高機動パッケージを装備したティアーズくらいだ。他の専用機でも一度接敵して仕留め損なえば逃げられてしまう。

 

「はい。そのための三段構えです。まず私が接近しながら可能な限り狙撃を狙います。ただし、直撃ではなく、進路コースを変更させ、相手の機動を制限します」

「ふむ………なるほど、速度を削るか」

 

 千冬の言葉にセシリアが頷く。相手が速いなら遅くすればいい。作戦の要はそこだった。

 

「その後、一夏さんは零落白夜で銀の福音を強襲。ただし、これも当たらなくても問題ありません。ただし、当てるつもりで全力で攻撃してください。ここで落とせるなら落としておきたいですしね」

 

 必要なのは相手に零落白夜のプレッシャーを与えること。たとえ効果を知らなくとも、零落白夜の発動は多大なプレッシャーを相手に与える。たとえ操縦者の意識がなく暴走していても、それは間違いなく警戒をする。そうなれば自ずと足が止まる。

 

「だけど、そうすぐに動きを止めないでしょ?」

「ええ。おそらくブレーキをかけ、緩急で躱すでしょう。直線の加速が乗った状態での回避は、それが一番確実ですから」

 

 それでなくとも急旋回できるほどに速度を落とせば、それはそれで構わない。速度を落とせば、第一の目的は達成となる。そしてそこで二の手だ。

 

「そこでアイズと鈴さんで追撃をかけます。タイミングは、敵機が回避して再び加速しようとする直前がいいですね」

「なるほど、出鼻を挫くってわけね」

 

 この二人の強襲で銀の福音を完全に捉える。アイズも鈴も近接格闘を得意としている。相手の離脱を阻害し、常に間合いを詰めて攻勢に出る技術は最も高い二人だ。ここで簪やシャルロットの機体でも追随できるほどまで速度を殺す。そして三の手。

 

「そして最後に簪さんとシャルロットさんが弾幕を張りつつ包囲します。その頃には、一夏さんも後方への離脱コースを潰しつつ包囲網を構築します」

 

 そして簪とシャルロットが銀の福音の逃げ場を完全に無くす。二人は中距離射撃型だ。弾幕を張り、面制圧をかけるには最適だった。

 ここまでクリアできればあとは簡単だ。足の止まった高機動型など、なんの脅威でもない。広域殲滅兵器が残る障害だが、セシリアはそれすら使わせる前に倒す気でいる。

 

「もし、銀の福音が回避ではなくこちらとの交戦を選んでも同様です。それぞれが時間稼ぎをしつつ包囲し、撃破します。……これでいかがですか?」

「ふむ………いいだろう。パッケージの準備にどれくらいかかる?」

「幸いにもテスト直後でしたので、すぐにでも可能です」

「では今から10分後に作戦を開始する。最終確認と機体調整を済ませておけ」

 

 全員の「了解」という返事を機に、すぐさま慌ただしく動き出す。時間はあまりない。すぐさま作戦行動に移らなければ『銀の福音』に逃げられる恐れもある。

 各々が機体状況のチェックと調整をしながら、セシリアを中心として作戦の細かい手順を再確認していく。

 

 即席ではあるが、確かに勝率が高いと思わせる作戦。しかしそれに加え、細かい作戦指示と考えられるトラブルとその対処法、各段階での作戦目的と優先行動と禁止行動、それらを時間の許す限り詳細まで詰めていく。

 そしてメンバーの鼓舞も忘れない。まさに部隊を率いる隊長としての姿に、アイズ以外はセシリアという人間の底知れなさを感じていた。

 セシリアが率いる限り、負けはない。そう思わせる信頼を得ているセシリアだが、そんな本人がおそらく一番この作戦に懸念を抱いていた。

 

 なにも邪魔がなければ、おそらくこれで『銀の福音』は止められる。しかし―――。

 

 なにもない。それがおそらくはありえない。そんな確信にも似た直感がセシリアの不安を誘っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲのハイパーセンサーは狙撃のために通常のものよりも遥かによく見える『目』を持っている。一夏にはまだ捕捉できていないが、セシリアはしっかりとその影を捉えていた。

 

「ターゲットインサイト……狙撃を開始します」

「この状況下で狙えるのか?」

「私に狙い撃てないものなんて、それこそ星や月くらいですよ」

 

 そんな自信の言葉とともにセシリアが超音速機動を維持しながらライフルを構える。狙撃用のバイザー越しに同じ超音速で移動する目標『銀の福音』に狙いを定める。流石にこんな高速戦闘での狙撃は難しい。サイティングに二秒強もの時間をかけてしまう。

 しかし、捉えた。それと同時に引き金を引く。

 

「Trigger」

 

 放たれたレーザーが高速移動を続ける『銀の福音』の目先を通過する。これに反応した『銀の福音』がわずかに速度を落とし、こちらを捕捉する。しかし、反撃には転じない。射撃型といえど、未だセシリアと一夏は射程に入っていないほどの長距離にいた。完全に射程外。

 そんな距離から正確に狙うセシリアの技量が如何に凄まじいかわかるというものだ。『銀の福音』は再び速度を上げようと姿勢制御をする。

 

「させるとでも?」

 

 セシリアがさらにレーザーを発射する。この速度ではさすがにビットまでは使えない。しかし、このレーザーライフル『スターライトMkⅣ』さえあれば十分だった。

 二射目、三射目が離脱しようとした『銀の福音』を牽制、悉く目の前に現れるレーザーに否応にも速度が落ちる。

 

「逃しませんよ」

 

 執拗にレーザーの狙撃で進路妨害を仕掛けるセシリアに苛立ったかのように『銀の福音』が方向転換をする。それを見たセシリアが口元を釣り上げる。それはまさにセシリアの狙い通りのものだった。

 そして、いつの間にか一夏がブルーティアーズから離れている。敵機に捕捉される前にすでに別行動をとっていた。

 その一夏が、上空から『銀の福音』に向けて零落白夜を発動させ突っ込んでいく。そのプレッシャーに気づいたか、『銀の福音』が慌てたように回避行動に移る。もちろん、ただではやらせない。セシリアとしてはできることならばここで落としたいと思っていた。

 しかし、さすがにそう簡単には行かない。『銀の福音』はいくつもの銃口を一夏へと向け、高密度に圧縮されたエネルギー弾をバラまく。本来ならこの射撃と同時に加速をする特殊武装『銀の鐘』を使うのだろうが、足止めが目的のセシリアがその加速をさせない。加速しようとした瞬間にレーザーでその足を止める。よって、ただ一夏に向けて弾幕を張るだけにとどまった。一夏は零落白夜を盾にしてその弾幕を防ぐ。言われているように無理な突撃はしない。

 一夏の一撃必殺の零落白夜を回避した『銀の福音』はセシリアと一夏の間を縫うようにその場から離脱しようとする。

 

 それが、罠とも知らずに。

 

 

「いらっしゃいませ、ってね!」

「一名様ご案内っ!」

 

『………っ!?』

 

 

 離脱しようとした矢先に、目の前にさらなる増援が現れる。

 鈴とアイズ、二人とも大型近接武器を振り回しながら『銀の福音』を待ち受けていた。二人は即座に接近戦を仕掛ける。突然目の前に現れた近接型二機にさすがの『銀の福音』も動きを鈍らせる。あのまま強引に離脱しようとしていたら鈴の発勁で内部にダメージを負った上でアイズによって微塵切りにされていただろう。

 目の前に迫る二機を大きく距離をとるように迂回しようとする『銀の福音』だが、そうやすやすと離脱などさせるわけがない。

 鈴の衝撃砲が唸り、アイズが武器を持ったまま腕部突撃機構を起動させる。剣を持った腕が射出され、つないだワイヤーを利用して振り回す。即席の中距離武装として使える、と思いながらまるで鎖鎌を扱うように『銀の福音』を追い詰めていく。

 

「ちっ、でも相手も早いわね!」

「時間が稼げればいい! 鈴ちゃん、挟撃するよ!」

「任されたわ!」

 

 息の合った二人のコンビネーションが続く。細かく動いて二人の攻撃を回避していくが、そこへ後方から一度は振り切った一夏が合流してくる。近接型三人に囲まれた『銀の福音』は多少のダメージ覚悟で高機動で強引に突破しようとする。

 

 しかし、それすらも狙い通り。

 

「お待たせ!」

「……逃がさない!」

 

 そして二度目の増援。シャルロットと簪が遅れて合流する。二人は増設されたブースターをパージするとサブマシンガンや荷電粒子砲を連射、敵機の正面に弾丸の雨を降らせる。一転して広範囲の攻撃を仕掛けられたことで『銀の福音』の足が完全に止まる。正面からは弾幕、背後からは三機の近接型。もはや交戦するしかない、として『銀の福音』が攻撃へと転じようとする。

 

 その瞬間こそが、この作戦の最大の好機であった。

 

 この包囲網に参加していなかったセシリアが、遠方から狙撃を狙っていた。包囲し、足を止めたその瞬間に狙撃する。それがこの作戦の最後の一手。足が止まれば、セシリアにとってそれはどんなに小さくてもただの的だ。

 ファーストコンタクト以来、ずっと狙撃の機を伺っていたセシリア。すでにチャージも完了し、今なら最高出力での一撃を与えられる。バチバチと青白い放電をする銃身を掲げるセシリアの目は、既に『銀の福音』を完全に捕捉していた。

 

「狙いはもうついています」

 

 攻撃姿勢へとシフトしようとするその一瞬。高機動を削がれ、包囲された『銀の福音』を落とす絶好のチャンス。

 スナイパーとして、この機を逃すようなセシリアではない。

 

 まるで、それ自体に意思が宿っているように狙いがついた瞬間にセシリアの指が動いた。

 

「Trigger―――」

 

 迅雷の極光が、走った。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 作戦通り。包囲し、敵機が応戦しようとした瞬間を狙いセシリアの狙撃で仕留める。これで『銀の福音』は落とせる。

 その場にいる全員がそう思った。思っていた。

 

 しかし―――――。

 

「え?」

 

 その声を上げたのは誰だったか、しかし、まるで信じられないような事態に、全員が目を見開いた。隙だらけとなった『銀の福音』に向かって放たれた大出力のレーザーが、『銀の福音』のおよそ三メートルほどの真横をを通り抜けた。

 そのレーザーはそのまま青い白い光の矢となって彼方へと過ぎ去ってしまう。

 

 

 ―――――セシリアが外した!?

 

 

 セシリアの代名詞ともいえるビットと狙撃。この二つにおいて他の追随を許さない技量を持つ彼女が、動きの止まった敵機を捉え損ねた。

 それは全員に、敵機の前であるにも関わらずに致命的な隙を作らせてしまう。そして、目の前の『銀の福音』から放たれるエネルギー弾に我に返った面々がすぐさま回避行動に移る。

 

「セシィ? どうしたのセシィ!?」

 

 アイズ迫る光弾を切り払いながら通信をつなげようとするが、それはなぜかエラーとなる。舌打ちしつつ、通常回線ではなく、量子通信を使った特殊回線に変更する。しかし、それでもセシリアは応えない。

 いったいなにが起きたのか、と焦りが生まれそうになったとき、それは起きた。

 

 遠方で突如として爆発。それはなにかが破壊されたように爆煙と残骸を撒き散らし、青い空に不釣り合いな黒煙を生み出していた。

 

 まさかセシリアになにかあったのか、と思うが、すぐにそれはないとわかる。なぜなら、その爆発は先ほどのはずれたレーザーが過ぎ去っていった方向から起きたものだからだ。

 ならば、あれはセシリアがなにかを狙撃したのか、ならばそれはいったいなんだ、という疑問が次々に沸き起こる。

 

 そうしていると高機動パッケージでの全速力でセシリアが合流してくる。その顔には焦りが浮かんでおり、未だ『銀の福音』交戦を続ける全員にノイズの混じった回線でそれを伝えてきた。

 

 

 

 

『……に、……脱を………!』

 

 

 

 

 しかしそれはノイズによって聞き取れるものではなかった。伝わるのは、セシリアの焦った声だけだ。

 そんな中、唯一量子通信を開いていたアイズだけが、セシリアの言葉を聞いた。

 

 

 

 

『全員、すぐに離脱を! 無人機の大群が来ます!』

 

 

 

 

 そしていくつもの光の束がその戦闘区域を貫いていく。直撃すればただではすまない、というような威力をもったそれは、アイズや鈴、一夏に既視感を与えていた。

 

「このビームは、あのときの………!?」

 

 かつてクラス代表戦の際に乱入してきた無人機が放ったビームそのものであった。それが数十という数となって、再びアイズたちに襲いかかってきた。

 

「っ!? みんな、回避して!」

「ちぃっ……!」

 

 口汚く舌打ちしながら、セシリアがさらにもう一射を放ち、遠距離にいた二機目の無人機をスクラップに変える。しかし、それでも次々と放たれるビームはわずかも衰えない。いったい何機の無人機がいるのか、それを正確に確認することすら難しいほどのビームの雨に、『銀の福音』どころではなくなったメンバーの連携が崩される。

 アイズはその襲い来るビームの隙間から、近づいてくる無数の黒い影を捉える。目算だけでも軽く数十機はいる。 

 

 なぜあの無人機がここにいるのか、いったい何機いるのか、なぜこちらを狙うのか。

 

 そんな疑問は、意味をなさない。今は、ただこの場を切り抜けるしかない。セシリアやアイズの予測を遥かに上回るほどの脅威が形となって襲いかかってきたのだ。

 

 

「まさか、ここまでの物量を揃えられるなんて………!」

「セシィ、どうするの!?」

「全員で離脱を! 分断されれば即各個撃破されます! アイズ、先導してください! 私が殿をつとめます!」

 

 セシリアの怒声のような声が、否応にも危機感を増大させていく。数の利を得ていたはずが、圧倒的な数の暴力にさらされてしまう。

 

 海上での戦いは、泥沼の混戦へと向かっていった――――。




こっからずっとクライマックス。
主人公陣営が質のチートなら敵陣営は数の暴力。とはいえ、無人機自体がヤバイ装備もっているのでさすがのアイズたちも不利すぎる状況に。

敵勢力の規模や詳細はまた次回に。そして次回はとうとう最強のチート、束さんが介入します。


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Act.28 「介入する者たち」

「姉様? 返事をしてください姉様!」

 

 ラウラが通信機の前で焦ったように叫ぶが、返ってくるのはただノイズばかり。傍にいる千冬も難しい顔をして苛立ったように腕を組んでなにかを思案している。

 

「繋がらない、か」

「おかしいです。これは明らかにジャミングされています。『銀の福音』にはそのような機能があったのですか?」

「いや、それはないだろう。いくら隠している情報は多少はあるにしても、ジャミング機能を隠すことはありえない……」

 

 アメリカ軍からもらったスペックデータにはそんなジャミング機能を有しているなどという情報はなかった。知られたくなかったという可能性もあるが、そんな重要なことを隠して対処させようとすれば非難を受けるのは目に見えている。それに広域殲滅型の機体にジャマー装備をさせることもおかしいし、なによりISのハイパーセンサーすら騙すようなジャマー兵装はセシリアの持つジャミングビットくらいだ。

 おそらくは、『銀の福音』の機能ではない。と、なればそれは他の機体、もしくは大掛かりな装置が作戦区域に存在することになる。しかし、そこは海上だ。そんな装置があったとしても、どうやって持ち込むのか。まるで情報が足りず、嫌な想像ばかりをしてしまう。

 

「これは妨害行為です! どこかはわかりませんが、姉様たちを罠にはめたとしか思えません!」

「確かに、な。……通信だけでなく、作戦区域の情報すら入手できないとは」

「機体を貸してください。私が直接行って……」

「ダメだ。今は情報収集に務めろ」

「教官!」

「落ち着け!」

 

 千冬の一喝でラウラも我に返る。そうだ、今はまだなにも確定した情報がない。それにたとえなにかの不調だったとしても、ラウラがスペックの劣る量産機で向かってもなんのプラスにもならない。そもそも作戦区域に行くまででも時間がかかりすぎる。

 それに緊急事態が起きていたとしても、いきなり乱入すればアイズたちにもマイナス要素を与えてしまいかねない。ラウラの冷静な理性がそう言っている。しかし、それとは逆に興奮状態にある感情はすぐに助けにいきたいと思っている。なにもできない、なんて嫌だ。なにか、なにかできるはずだ。そんな思考がぐるぐると回る。

 

「少し頭を冷やせ。私は山田先生たちと上のほうから情報を得られないか聞いてくる。おまえは引き続き呼びかけろ。私もすぐに戻る」

「……了解」

 

 千冬が出ていき、ラウラは一人残される。回線は未だに繋がらず、ただエラーを表示するだけだ。ラウラは自分の無力さに唇を噛む。こんなとき、専用機があれば……、そんな意味のないことを考えてしまう。

 状況的になにかあったのは明白だ。しかし、それがわからない以上、焦って動くわけには行かない。今のラウラは軍人ではない。ただのラウラだ。動かせる部下もおらず、専用機もなく、できることはただ繋がらない呼びかけをするだけ。それが情けなくてたまらない。

 

 

 

 

「おーおー、君が例のイリーナちゃんがドイツからかっさらったっていう子かい?」

 

 

 

「っ!?」

 

 いきなりかけられた声にラウラが反射的に飛び退いた。ナイフを取り出して油断なく相手に向ける。いったいいつこの部屋に入ってきたのか。気がついたら真後ろに立たれていたことがラウラの警戒を強めていた。

 赤いトサカみたいな変な髪型と、なぜか大きなカボチャ型のカバンを背負っているというエキセントリックな格好をしている。こんな目立つ姿で今まで気づけなかったことが信じられない。

 

「ふむ、なるほど、さすが軍人さんだけあって反応はそこそこだねぇ。名前なんだっけ、イーリスちゃん」

「ラウラ・ボーデヴィッヒさんですよ」

「っ!?」

 

 二度目の驚愕。もうひとり、ラウラの死角に立っていた女性に気づく。フィットしたスーツを着こなしたクールビューティーという女性がごく自然体でラウラに微笑みながら立っていた。

 

「うーん、まだ名前覚えるのは難しくてねぇ。でも努力はしてるよ?」

「存じてますよ。それにしても、あなたは本当に引きこもりですか? 護衛なんていらなかったんじゃないですか?」

「ん? まぁ束さんは頭も身体もハイスペックだからね!」

「貴様ら、何者だ? なぜここにいる?」

 

 まったく無警戒に見える二人だが、しかし隙なんてものは微塵も見当たらない。こうして相対しているだけでラウラにはわかる。わかってしまう。

 

 

 

―――――この二人、確実に私より強い……!

 

 

 

 その態度から一見すれば隙だらけだが、二人の視線は一瞬たりともラウラから離れない。表情に騙されて軽はずみな行動を起こせば、すぐに制圧されてしまうだろう。そして相手は二人。いや、たとえ一人だけでもラウラには勝てる想像ができない。

 

「…………」

 

 ラウラの頬に嫌な汗が流れる。いったいこの二人はなんなのか。敵なのか。アイズたちと音信不通になったタイミングでの登場にどうしても嫌な方向に考えてしまう。この場に千冬はいない。ラウラだけで乗り切らなくてはならない。

 手元にあるのは護身用の鈍らのナイフのみ。戦闘は無理と判断し、救援を呼ぶことを決意する。千冬を呼べば、少なくとも対抗することはできる、という可能性に賭けるしかない。

 そのためには緊急コールをすることだ。ラウラはすぐさま行動を起こそうとする。

 

「やめときなよ」

「っ………」

 

 しかし、それすら許さなかった。言葉だけでラウラは金縛りになってしまう。まっすぐに見つめてくるハロウィンみたいな格好をした女が笑顔で制する。

 

 ―――――この女、……!

 

 見誤っていた。思った以上に、目の前の存在は遥かに格上だ。どうする、どうすればいい。こうなれば、制御できない左目を使うしか………、そう覚悟を決めたときだった。

 

「ふふっ、なるほどなるほど、たしかに優秀な子だね」

 

 放っていたプレッシャーを霧散させ、ラウラを褒めるような言葉を口にしてくる。それを怪訝に思いながらも油断せずに構える。

 

「彼我の実力差をわかるっていうのは、賢い証拠。そして諦めることなく打開しようとする意思も合格。うんうん、アイちゃんもいい子を妹にしたね!」

「姉様のことを……?」

「自己紹介しよっか。えっと、カンペどこやったっけ……」

 

 ごそごそとカバンを漁り、メモ帳を取り出すとわざとらしい台詞を言い始めた。

 

「はじめまして。私の名前は篠ノ之束です。お友達になってくれると嬉しいです。………これでどう?」

「博士、小学生の自己紹介でももっとマシですよ」

「うーん、束さん、こういうのしたことなくて」

 

 漫才のような茶番を見ながら、ラウラは耳にした名前に驚く。しのののたばね、と確かに言った。そんな特異な名前で思いつく人物は一人しかいない。

 ISの生みの親、そして現在は行方不明とされる天才科学者、篠ノ之束。

 本人なのか、なぜこんなところに、いくつもの疑問がラウラの表情に驚愕として表現される。そんなラウラの混乱を察したのか、スーツを着た女性が申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「はじめまして。カレイドマテリアル社、社長秘書を務めているイーリス・メイと申します」

「カレイド社……! じゃあ姉様たちの……」

「はい。彼女たちの同僚、という認識でよろしいかと。束博士は現在、非公式で我が社に所属しております。ただし、これは決して口外しないようにお願いします」

 

 二人の所属にも驚いたが、まさか世界中が探している天才がカレイドマテリアル社が匿っていたとは思わなかった。しかし、なるほど、篠ノ之束という存在がいたからこそ、IS部門でも異例の急成長を遂げてきたのか、と納得する。

 

「………その証明は?」

「うんうん、さらに高評価。鵜呑みにするのはバカのすることだもんね。ちょっとまってね………もしもしセッシー、アイちゃん、聞こえてる?」

 

 いきなり束がやたらゴテゴテした通信機のような端末を取り出して目の前で二人に通信をつなげた。そこから聞こえてきた声は、いままさにラウラが聞きたかった声だ。

 

 

 

『束さん? ……なにかあったのですか……!』

『ちょっとまって、ひゃっ!? 危なっ!?』

 

 

 

 そこからは二人の声とともに激しい戦闘音が響き、他の面々の悲鳴染みた声も漏れ聞こえている。文字通り、戦場のど真ん中にいるであろう彼女たちが必死に戦っているとするにわかる。

 

「姉様……!」

 

 束たちの言ったことが本当だと理解する。さらにイーリスから現在も通信できるのも妨害不可能な量子通信であり、ティアーズのみ実装されている特殊回線だと言われて疑問を氷解させる。そうした特殊回線を積んでいるのはカレイドマテリアル社製であることを考えれば納得できた。

 しかしそれは同時に現在六人が危地にいることの証明だった。ラウラの焦りがさらに増していく。

 

「なんとか時間を稼いで。束さんがなんとかするから、信じてくれる?」

『すみません、お願いします』

『束さんを疑ったことなんてないですよ』

 

 即座に返ってきた二人の返事に嬉しそうに束が笑う。この事態でも頼られていることが本当に嬉しそうであった。そのまま一度回線を切ってラウラへ顔を向ける。ラウラは頷き、二人への警戒を解いた。そこへイーリスが詳しく状況を説明する。

 

「彼女たちは現在、六十機超の無人機と交戦状態に入りました。勝ち目のない撤退戦の真っ最中です」

「ッ!? 無人機………六十機!? そんな馬鹿げた数……!」

「だよねぇ。こりゃあイリーナちゃんの予想通り、いくつかの企業や、下手したら国も落ちてるね」

「ですね。以前、デュノア社に見られた不穏な動きも、おそらくは」

 

 これだけの数の無人機を製造できるとなると、それはもう大企業や国レベルだ。イリーナは以前からいくつかのそうした組織や政府ごとが乗っ取られているだろうとの予想を言っていたが、それがここに来て真実味を帯びてきた。

 

 

「なんなのですか……!? いったい、どこがそんなものを……!」

「詳しくはわからないけど、ずっと影があるんだよ。ずっとずっと、裏から世界を操ろうっていう、幻影みたいな存在が………私たちは亡国機業、って呼んでる」

「そんな組織が……」

「ちなみにアイちゃんの事情は知ってるね? アイちゃんをおもちゃにして目にナノマシンを仕込んだのもそいつら」

「っ!!」

 

 ラウラの顔が歪む。それはラウラとしても許せないことだった。たとえ、それが今のアイズとラウラを結んだものだとしても、姉を苦しめた存在は許せるものではなかった。

 

「とうとう表立って動いてきたみたい………狙いは、まだわからないけど、機体とアイちゃん、かな」

「姉様を? なぜ……!?」

「あなたならわかるでしょう? 片目とはいえ、その目を適合させたあなたなら」

「っ……で、でも姉様は捨てられたと」

「そこまで聞いてるんだね。でも、今のあの子は制御してる。理由は、私がAHSを作ったから」

「機体もろとも、姉様を?」

「どこまでも恥知らずだよねぇ、ほんと……、ああ、忌々しい……!」

「ど、どうすれば……!」

 

 そう簡単にやられるとは思えないが、聞いた通りの戦力差なら不利なのは間違いない。すぐさま救援に向かわなければならない。

 しかし……。

 

「半端な増援は被害者を増やすだけ。そして下手に追い詰めれば、多数の無人機が無差別攻撃に出る可能性すらある。わかってるね? できることなら、無人機はここで殲滅させておきたい」

 

 ラウラの思考を読むように束が言葉にする。そう、ラウラもそれをわかっていた。しかし、打開策がまるで思いつかない。こうしている間も仲間たちが危険となっているのに、自分はただこうしてうなだれているだけなのだ。

 

「………」

 

 結局は無力なのか。ラウラは言いようのない不甲斐なさに唇を噛み締める。共に戦いたい、助けにいきたい。だが、今のラウラにはそんな手段は与えられていない。ただのラウラである今、ラウラに戦う力はないのだ。ラウラはあまりの情けなさに目に涙すら浮かべていた。

 

「………助けたい? まだほんの数週間程度の付き合いでしょう?」

「関係ないっ! 私は、姉様たちを見捨てることなんてできない! 姉様は私を救ってくれた! みんなは情けない私を受け入れてくれた! 私はそんな仲間たちを見捨てるような、そんな恥知らずになるつもりはない!」

「そんなにお姉ちゃんが大事?」

「私は、姉様のうしろをついていきたいわけじゃない………姉様の隣で、共に戦いたい」

 

 まっすぐに束を見つめるラウラ。束はじっとラウラの目を見つめ、まったく揺らぎのないその瞳に満足そうに頷いた。

 

「わかったよ、ラウちん。ならば、君にこれを渡そう」

 

 そして束はラウラにまるでルービックキューブのような形状をした黒と白のモノトーンの物体を手渡した。ラウラはそれを受け取り、まじまじと観察する。

 

「これは……ISですか?」

「そう、………先行試作型第五世代機の、ね」

「だ、第五世代機!?」

 

 まだ第四世代機すら満足に作れられていないにも関わらずに、それをすっ飛ばして第五世代機をぽんと差し出す束にもう驚きすぎたラウラが、それでも大声をあげてしまう。世界の先端、それすらも遥か彼方に置き去りにして突き進んでいる束に畏怖の念しか持てない。

 

「とはいえ、モデルケースとして作った欠陥機だけどね。操縦者のことなんかなにも考えずに、ただただ技術を結集させただけの機体。断言してもいいけど、誰が乗ってもこの性能の半分も発揮できない。それに第五世代機としてるけど、方向性はこれまでと違って戦闘向けじゃないから、まったくの別物とすら言える特別な機体だけど。区別すれば第五に相当するからそう呼んでるだけ」

「それは、どういう………」

「詳しいことはまたあとで、ね。時間がないから簡単に言うよ。あなたはこれでアイちゃんたちと合流して、対多数戦用の装備を渡してほしい」

「武器を運べ、と?」

「そうすれば即席だけどティアーズの強化ができる。アイちゃんとセッシーがいれば、それでなんとかなる。もちろん、ラウちんにはそのために敵に飛び込んで攪乱っていう危険行為が必須だけど」

 

 そう言って束が端末をラウラに投げ渡す。ISへプログラムをインストールするための機器だ。これがあれば、これを届ければ救えるというのなら、ラウラに迷いなどなかった。

 

「で、やる?」

「……もちろんです。やらせてください!」

「いい返事。場所を変えるよ。ちーちゃんたちに見つかったら面倒だし、すぐにフィッティングを終わらせる。もうちーちゃんが戻ると思うから、うまく抜け出してここの裏手まで来て。それまでに準備しておくから」

「はい!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぐううっ!」

 

 機体にビームがかすめ、体勢を崩しながらも一機のビーム砲を狙撃して破壊する。しかし、それでも今度はミサイルを撃ってくる。こちらの十倍の数で単純な火力制圧を仕掛けてくる無人機に勝てる可能性はほとんどないと即座に判断したセシリアは引き撃ちをしながら戦闘区域から離脱を図っていた。

 セシリアの近くでは同じ射撃型の簪とシャルロットが銃器を連射しながら牽制をし、アイズ・鈴・一夏の近接型の三人は退避進路上の敵機と戦いながら後退中だ。

 しかし、状況は最悪に近い。圧倒的な物量で大出力兵装を放ってくる敵機に対し、こちらは半数が近接型。あの数の群れを相手に接近戦を仕掛けるわけにもいかず、ルート上の邪魔な機体の排除行動しかとれない。そして射撃型三機の弾幕だけでは敵の侵攻速度をわずかに緩めることしかできない。

 

 なによりまずいのは、撤退ルートが確定しないことだ。明らかにこちらを狙っている無人機に追われている以上、戦闘手段を持たない学生が多くいる旅館に戻ることはできない。退避させようにも、ここ一帯に広範囲でのジャミングがかけられているために連絡がとれない。セシリアとアイズの機体にはジャミングを無視できる量子通信が実装されているが、対策本部に量子通信機がない以上、それも無駄になる。

 救いは、同じ場所に束とイーリスがいることだ。既に二人にはこちらの状況を伝えている。しかし、表に出られない束と、身分を明かせないイーリスではできることは少ない。つい先ほど束からは「なんとかする」と言われたが、おそらく生徒たちを逃がすのは無理だ。

 この無人機たちの狙いがこちらである以上、いつIS学園の生徒たちを攻撃目標にするかもわからない。遠くへ離脱しようとすると、一部の無人機はあからさまに旅館の方向へ向かう素振りを見せている。撤退するだけなら高機動パッケージを持つために比較的迅速にできた。しかしそれに気付いた面々は、逃げたくても逃げられない、ギリギリのところでの交戦を強いられていた。完全にIS学園の生徒たちを人質に取られたようなものだ。もし生徒たちが避難するような動きを見せれば、どんな行動を起こすかわからない。これほどの数を相手に防衛戦など不可能だ。リスクが高すぎてそんな真似はできなかった。

 

「セシィ! もう限界だよ!?」

「そうですね、このままでは……っ? ショートメール?」

 

 セシリアの機体に束からメールが入る。そこには短い文があるだけだが、それを見たセシリアが自分たちが取るべき行動を決定する。

 直撃すれば落とされるほどの威力のビームに全員のストレスも溜まっている。ストレスは疲労を早め、疲労はミスを誘発する。このままでは嬲り殺しにされるのは目に見えている。

 これ以上は逃げられない、戦えない。降参もする意味をなさない相手。ならば残された選択肢はひとつ。

 

「シャルロットさん、スモークチャフの準備を!」

「っ、わかった!」

「アイズ、地形把握は!?」

「終わってる! あと三百メートル南へ!」

 

 アイズの言うとおり南へ進路を向け、最後の力を振り絞るように必死に交戦する。やがて、小島が転々と浮かぶ海域へと入る。それを確認したセシリアが合図を送る。

 

「ジャミングビット・パージ! ………シャルロットさん!」

「撃つよ!」

 

 セシリアが電子妨害機能を持つビットを射出。同時にシャルロットがかつて対ティアーズ戦で使用したスモークチャフを全弾撃ち出し、これによる目くらましと一時的な電子阻害を引き起こす。

 同時に全機が一箇所に固まり、射撃兵器を一斉発射。レーザーが、ミサイルが、衝撃砲が、マシンガンが、一時的に強烈な弾幕となって煙幕の向こうへと放たれる。狙う必要はない。あの数ならどれかには当たる。

 もちろん、無人機も応戦する。手前にいた何機かが破壊されるが、それを補って余りあるほどの物量に物を言わせた火力を撃ち込む。密集した場所へ次々に撃ち込まれるビームは、しかしどの機体にも当てられずに海を焼いて消えていった。

 

 周囲を飛んでいたビット二機が破壊され、同時に煙幕が晴れる。しかし、向けられた銃口からビームが放たれることはなかった。

 

 なぜなら、既にその場には誰一人として、その姿が消えていたからであった。しかし、この一帯の空域に動体反応はない。おそらくこの島のどれかに身を隠したのだと判断する。

 無人機は動かずにその場で静止していたが、やがてこの海域にある島々を探すように動き始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 人気のない小さな無人島郡。そのひとつの島の付近の海から六つの人影が姿を現した。

 

「はぁ、はぁ……みなさん、無事ですか?」

「なんとか、ね………アイズ、生きてるわね?」

「げほげほっ! うう、海水飲んじゃった……」

 

 戦闘区域からわずかに離れた小島の目立たない岸部で六人が海から這い上がってきた。ISは解除されており、全員がインナースーツ姿だ。全員が疲労の色を強く見せる中、アイズは鈴と簪に支えられながらぐったりとしている。海の中を泳いできたことが相当きつかったようだ。

 

「それにしても、よく逃げられたな」

「一夏さん、逃げられてませんよ。隠れただけです。いつ見つかるかもわかりませんが、どうやら私たちを探すみたいですし、少しは時間が得られるでしょう」

 

 ここでIS学園の宿泊施設へ向かわれたらまずかった。その場合は敗北覚悟で戦うことになっていただけに、イチかバチか、隠れて時間を稼ぐ策が当たって安堵する。今のセシリアたちに必要なのは時間だ。時間が経てば増援も見込めるし、あの大量の無人機も長時間展開させないだろう。

 それに流石に疲労がピークだし、機体も損傷が激しい。実弾の装備はほとんど弾切れを起こしており、エネルギーもかなり減っている。

 上空からは見えない木の生い茂った場所を見つけ、ようやくそこでほっと安堵の息を吐く。

 

「しばらくはここで機体のリカバリーを優先してください。交代でハイパーセンサーによる索敵は行いますが、一度休息を取りましょう」

「賛成。もうクタクタだわ……ああ、全員あたしが順番に集気法で回復早めるから。微々たるものだけどやらないよりマシでしょ」

「まずは………アイズからだね。海中通って逃げたとき、溺れてたし。警戒と索敵は僕からやるよ」

「私も。私とシャルロットさんはみんなより損傷は低いから」

「それではまずは二人にお願いします。交代は十分後に、私と一夏さんで」

「わかった」

「鈴さんも無理をせず休んでください」

「あいよ~」

 

 ハイパーセンサーのみを限定的に起動させて周辺の索敵を行う簪とシャルロット。機体そのものは展開せずにリカバリーモードで回復を図る。アイズはまだ気分が悪いのか、簪に膝枕をされながらぐったりしながら横たわっている。鈴がそんなアイズの疲労を集気法で回復をわずかでも促進させる。

 そしてセシリアも木を背もたれにしながら目を閉じ、静かに寝息を立てていた。

 

「この状況で寝れるのか」

「必要なことよ。睡眠は最大の回復手段。セシリアもそれがわかってるのよ。それに、一番神経をすり減らしてたのはセシリアよ」

 

 隊長格としての働きをしていたのはセシリアだ。自分も戦いつつ、メンバー全員のフォローを行う。高い集中力と広い視野が要求される役目を長時間、不測の事態への対処も含めて行っていた。傍目にはまったくそんな疲労など見せないセシリアであるが、そうした姿も資質のひとつである。隊長格が落ち着けば、部隊も自然と落ち着く。それがわかっているのだろう。

 だから皆も、いまだ冷静に対応ができている。もしもセシリアが混乱でもしていれば、こうはいかない。

 

「一夏、あんたも休んでなさい。十分でも、けっこう回復はできるはずよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 そうして一夏も身体を休める。いつまた戦いになるかもわからない状況下なので、セシリアのように寝ることはできずとも、ゆっくりと呼吸をして緊張をほぐしていく。

 

 こうして隠れたままで好転すればいいのだが、おそらくそうはならないだろう。あの混戦の中で見失ったが、『銀の福音』のこともある。まだ暴走しているのか、無人機にやられたか、あのまま逃げたか。

 無人機の襲来で余裕などなくなったが、できることなら『銀の福音』も解決させたい。あれを放置することもまずい。しかし、今はこの状況の打破が先決だった。

 

 しかし、セシリアとアイズにはもう焦りはなかった。

 

 少し前、束から二人にメッセージが届けられていたからだ。それがあったからこそ、セシリアは一時的に隠れて時間稼ぎをする決心をした。

 やはり避難させることは無理であったが、その代わりに束が確約したことはひとつ。量子通信を使ったショートメールにあった言葉は、こんなものであった。

 

 

『三十分後、黒ウサギ便で制圧装備をデリバリー』 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「緊急フィッティング完了、どうだい?」

「はい、これならなんとか動かせます」

 

 ラウラは内心で舌を巻きながら言った。試作型のフィッティングをわずか二分で終わらせた束もそうだが、ラウラに渡されたこの先行試作型第五世代機はそのスペックが驚異の一言に尽きた。

 パッケージを装備せずに、ティアーズの高機動パッケージに追随可能。機体性能はもはや世界最高とすら言えるオーパーツ級の機体。もちろん、そんな規格外の機体をラウラが乗りこなすことは不可能だ。もともと、操縦者のことなど考えずに作ったという実験機。性能はいいとこ三割も発揮できれば御の字と言われた。

 なにより、この機体が持つという単一仕様能力、そのデタラメさに度肝を抜かれた。

 

「あと戦闘することなんて想定してなかったから専用武装はまったくないから。打鉄のブレードくらいなら持っていけるけど」

「十分です」

「くれぐれも鹵獲なんてされないでね。これ、奪われたらまずすぎるから」

「わかっています」

 

 当然だろう、こんな機体を奪われれば、この性能を持つ機体が今度は敵となって襲い来る。それは悪夢以外のなにものでもない。

 全体的にティアーズのようにシャープな形状の装甲はやや淡い黒を基調とし、まるで血脈のように機体の各部に青白いラインが引かれており、四肢をはじめとした各部にはバーニアによく似た形状をした紫色の一見すればスピーカーのような用途不明の装備が取り付けられている。

 背部にあるユニットには二対四枚のウィングがあり、その翼から青い白いバーニア炎を大きく噴かす様は、まるで蝶の羽ようにも見える。

 

「この機体の名前は?」

「Over The Cloud………『雲の向こうへ』だよ」

「雲の向こう………ふさわしい名前です」

 

 そう、この機体は射撃特化でも近接特化でもない。この機体が特化しているものは、『飛ぶ』ことであった。

 この空を駆ける、ただそれを追求した機体。ラウラは眼前を見つめ、青い空と海が交わる水平線を睨む。

 

「私は姉様たちを助けたい……! だから、私に力を貸してくれ」

 

 ラウラがそう語りかけると、機体がまるで返事を返すように出力を上げ、機体そのものが早く飛びたいというように振動する。ラウラは微笑み、新たな愛機となった機体を発進させる。

 

 

 

「オーバー・ザ・クラウド、出撃する!」

 

 




ラウラさんが新しい機体を手に入れました。そして束さんのオーバースペック機が介入開始。次回はラウラが主人公となりそうです。
思ったより話が進まなくて束さん自身の戦闘も次回になりそう(汗)

次回こそ束さん無双を……いや、今も十分無双してるようなものだけど。


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Act.29 「Over The Cloud」

 蝶が羽ばたくように青白く光るバーニア炎を纏い、ラウラの駆る『オーバー・ザ・クラウド』が飛翔する。通常ブーストが、まるで瞬時加速を行っていると錯覚するほどの圧倒的な推進力。それでも最適なバランスを保つ四枚の翼と搭載された単一仕様能力による姿勢制御。それはまさに飛ぶための機能。空気の壁を切り裂き疾走するその機体は、発進して瞬く間に陸地を遥か彼方に置き去りにした。

 

「出力わずか十五パーセントでこの機動性……! なるほど、たしかに私には使いこなせないな……ッ!」

 

 これで最高出力での瞬時加速など使用したときには間違いなく命を落とす。束が欠陥機と言った理由が、搭乗して一分も経たないうちに理解する。人間のことなどまったく考慮に入れずに、技術だけを積み込んだ第五世代機のプロトタイプ。おそらく、これから先に現れる第五世代機と呼ばれる機体は、この『オーバー・ザ・クラウド』をダウングレードして作られるのだろう。

 

 いわば、これは未来で多くの次代を担う機体を生み出すマザーマシンなのだ。

 

 そんな機体を託されたことが、ラウラには嬉しく、そして恐ろしい。束は、いったいなにを作るのか、どこまで行くのか、それがまったく想像できない。 

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。大事なことはただひとつ。

 

 この機体を、皆を助けるために託されたということだけだ。ラウラは、決してその期待を裏切らないと自分自身に誓う。

 

「機動が独特だ……飛ぶというより、まるで滑っているようだ」

 

 滑空、という言葉を連想させる『オーバー・ザ・クラウド』の機動は、まるで空そのものが駆けるための道となっているかのようだ。今までの機体のようにブースターで力づくで速度を上げるのではなく、まるで自由落下でもしているかのようにごく自然に前へと進む。空が本来の領域である、とでもいうように、それはまったくの自然な動作で行われていた。

 本来人間は空を飛ぶ生き物ではない。よって、鳥などと比べると飛行することに求められるスペックがまるで足りていない。たとえ、ISという飛ぶためのパワードスーツを得たとしても、その認識は人間のものであることは変わらない。だから、足りないものを補わなくてはいけない。ISのハイパーセンサーなど、まさにそうだ。

 しかし、この『オーバー・ザ・クラウド』は違う。搭乗者そのものが空と一体化していると思わせるほど、この空と馴染む。ラウラは、自分が本当に鳥にでもなったかのように感じていた。

 

「やれる……! この『オーバー・ザ・クラウド』なら、たとえ六十機の敵機だろうが、突破ができる……! だが、私にできるのか……?」

 

 今のラウラは自身の技量を過小評価も過大評価もしない。それができずにいたラウラは、結果セシリアと鈴に敗れ、一夏に追い詰められ、アイズに救われた。あのような情けない姿は、もう二度と見せないと誓い、自己分析を徹底的にやり直した。おかげで何度も凹むことになったが、その度に慰めてくれたアイズには感謝の念しかない。おかげでラウラは冷静に自身と周囲を見ることができる。

 今のラウラでは、束の言うとおり、三割の性能を発揮すれば奇跡だろう。加えて、今の武装はなんの変哲もない近接ブレードのみ。戦闘が目的ではないとはいえ、これだけでアイズたちと合流し、圧倒的な物量を相手に攪乱して時間を稼ぐという任務を全うしなくてはならない。機体スペックだけを見れば、それは可能だ。しかし、操縦者であるラウラ自身が、そうするための能力に届いていない。

 

 しかし、それがどうした。

 

 やらなくては、いけないんだ。

 

 自分を信じ、受け入れてくれたアイズをはじめとした仲間たちのために、やり遂げなければならないのだ。死力を尽くす。それでも届かないというのなら、この左目を使ってでもやり遂げる。

 

 ラウラは不退転の覚悟を宿し、そして――――――――戦場を、視界に捉えた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「大丈夫なんですか? ラウラさんを疑うわけではありませんが、あの機体って誰にも扱えないって言ってませんでしたか?」

 

 ラウラを見送った束にイーリスが話しかける。なぜか、やや赤く湿ったハンカチで顔を拭いており、その手にはどこから持ってきたのか、拳銃が握られていた。そしてそれをまるで知恵の輪でも解くようにあっという間にパーツへと分解してしまう。

 

「まぁ、出力リミッターつけたし、大丈夫でしょ。それに、大事なのは強い意思だからね。…………それより、やっぱりいたんだ?」

「ええ、この近辺に潜んでいた工作員、確認できただけで十二人いましたよ」

 

 そう言いつつ、二丁目の拳銃を分解するイーリス。鮮やかな分解は、まるで手品のようだ。

 

「………狙いは?」

「半数は、いろんな国の諜報機関です。まぁ、当然ですね」

 

 IS学園は中立であり、いかなる干渉も受けない。

 しかし、それは表向きの建前であり、裏では世界を動かすといっていいISの最重要施設を放っておくような組織はいない。様々な国が秘密裏に諜報を放ち、情報を得ようと躍起になっている。ラウラ・シャルロットのように直接息のかかった者を送り込んでくることもそうした理由が強い。

 今回のように学園の施設外へ出る機会は情報収集の絶好の機会だ。昼間の専用機持ち達の特別演習も、確実に監視が入っていた。それがわかっているからこそ、演習では誰もが見せてもいいものしか使っていない。一夏などはまだそのあたりは理解しきれていないだろうが、鈴や簪といった面々はそうした理由を十分に理解していた。

 もちろん、IS学園側もそれは黙認している。あからさまに動かれない限り、そうせざるを得ない。水面下で様々な思惑が絡まり、交わる場所。それがIS学園なのだ。

 

「で、もう半分は?」

「亡国機業に雇われた傭兵です。ちょっと脅したらいろいろ面白いことを喋ってくれましたよ」

 

 いつもの微笑みでそう言うイーリスだが、その顔はどこか薄ら寒い影があった。束はそれでもマイペースに先を促す。

 

「緊急事態になったのちに、手薄となった施設からある生徒を誘拐しろ、と命令されていたようですね」

「誰を?」

「………篠ノ之箒さんです」

 

 ピシリ、と空気が凍った音がイーリスの耳に届いた。

 目の前の束の表情が変わる。嘲笑していた顔から、まったくなにもない、虚無のような顔になる。束が放つプレッシャーが鋭利な刃物のようにイーリスの肌にピリピリと突き刺さるが、イーリスもまた、そんな束の放つ威圧感を柳のように受け流している。

 

「彼らが知っていたのはここまでです。一応、念入りに拷も……いえ、尋問したので、間違いはないかと」

「へぇ、そうなんだ。箒ちゃんを、ねぇ………」

「理由は、束博士への当てつけでしょう。あわよくば、コンタクトをとって確保、といったところでしょうか」

「ふぅん……」

 

 束がうっすらと笑う。それはさながら羅刹のようだというのがそれを見たイーリスの印象であった。

 

「そいつらどうしたの?」

「勉強代をいただいて丁重にお帰り願いました。ちゃんと次回の受講料を教えておきましたけど………あんまりこういうのは趣味じゃないんですけどね。社長命令ですし仕方ないですけど」

「………緊急事態になることを知っていた。それはつまり、……」

「はい。おそらく『銀の福音』の暴走も、予定通りなのでしょう。これは確実にアメリカ軍関係者にも、草が入り込んでますね」

「しかも、それを私たちに気づかれることを承知でやっている、と」

「意図的に情報漏洩を行っている節があります。金で傭兵を雇うなど、守秘しているとは言い難いです。回りくどい脅しや警告だと思われます」

「まぁ、どうでもいいよ。大切なのは、箒ちゃんを巻きこもうとしたってことなんだから、さ」

 

 それは束にとって宣戦布告されたに等しい行為だ。箒に手を出せば、地の果てまで追いかけてその報いを受けさせてやると決めている束は、優秀な頭の中で報復のやり方をとりあえず十五通り考え出す。

 そしてとりあえず一番てっとり早くできる八つ当たりを兼ねた報復を実行することにした。手製のパソコンを起動させ、ものすごい速さでスクロールしていく画面を見ながら高速でキーをタイプする。

 

「コアコンタクト………捕捉。『銀の福音』……コアネットワーク介入開始。……ふぅん、なかなかよくできたウィルスだけど、束さんを出し抜こうなんて百年早いってね」

 

 開発者である束しか知らない『銀の福音』のコアに接続し、さらに複数のウインドウを開き、複数同時になにかのプログラムを流す。

 

「………現在地捕捉。海上……いや、海中か。どうやら、あちらさんの母艦みたいだね」

「海中………潜水艦ですか?」

「みたいだね、これはますますきな臭い。潜水艦を持ってるとこなんて、それこそヤバイ組織ばっかだってのに」

「では、『銀の福音』はセシリアさんたちを釣る餌であると同時に、そのまま盗むつもりだった、と」

「本当に忌々しい……。まぁ、そううまくいかせないけど、ね」

 

 束は実際かなり怒っていた。箒を狙っていた、というのもそうだが、アイズやセシリアたちを罠にはめ、さらにISをこんなくだらないことに使っていることが、ISの生みの親として許せない。世界はそんな綺麗事ばかりじゃないことは嫌というほど知っているが、それでも感情は納得しない。

 

「こんなことなら、緊急用のISコアの強制停止命令のシステムを作っておくべきだったかな」

「コアのクラックはできないのですか?」

「コアネットワークはあくまで相互監視と相互自浄作用のために備えたものだし。……まぁ、しかたないか。そんなもの作ったら、独裁の温床になりかねなかったし」

 

 世界にとってもはや無視できない存在となったIS。それらをすべて統括し、停止させることもできるシステムなど、それを握った存在が世界を手に入れることが可能になるほどの危険な代物だった。だから束も構想はあったが、それを取り入れることはなかった。束ならコアの製造段階で組み込むことは可能だったが、強すぎるといえるスペックを持ったISにそれは危険と考え、今はそのデータはすべて破棄している。万が一にも悪用されないように徹底的に破壊したので、サルベージも不可能だろう。

 もっとも、こんな事態になることがわかっていたら安全装置として残しておいたほうがよかったかもしれないと思ってしまう。しかし、そのリスクはやはり高すぎるために一概にどちらがよかったのか、という問には答えられないだろう。

 

「さて、あっちはラウちんに任せるとして………私は、コレを潰してくるよ。いいよね?」

「本来ならダメ、と言いたいところですけど……聞くつもりはないのでしょう?」

 

 困ったようなイーリスの問に束は苦笑して返した。

 

「仕方ないです。社長からも博士が無茶をするときは最低限に抑えろと言われてますが、これは我が社に対する敵対行為でもあります。社長なら確実に報復行為をするでしょう」

「ごめんね、イーリスちゃん。悪いけどイリーナちゃんへの言い訳を考えておいてね」

「でも、博士だと特定される証拠は残さないでくださいよ? 怪しまれることは今更なのでいいですけど、それだけは絶対条件です」

「わかってるって。束さんにおまかせ、ってね!」

 

 だんだんといつものゆるい口調に戻ってきた束であるが、目だけは相変わらず剣呑な光を宿している。これは本気でガス抜きをしておかないとまずいかもしれない、とイーリスが内心で大きくため息をつきながら判断する。

 イリーナにしても、束にしても、とことん貧乏くじをひかせてくれる人たちに本当に退屈とは無縁の職場だと思い知らされる。心労は増えるが給料は増えないというのも泣けてくる。

 そんなイーリスの内心を知ってか知らずか、束は服の中にあったペンダントを取り出していた。そこペンダントは鍵の形をしており、鎖から外してその鍵を握り締めた。

 

「起きて、『フェアリーテイル』………お掃除の時間だよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ラウラは速度を落とすことなく無人機の大群へと突っ込んだ。そのラウラの機体『オーバー・ザ・クラウド』の突然の乱入に人間ならば反応が遅れるものであるが、機械である無人機は反応してすぐに迎撃行動へと移行する。

 ………しかし、それでもなお遅かった。いや、ラウラが速すぎた。

 

 一機がビーム砲を向けたときにはすでにその首が飛ばされていた。すれ違いざまにブレードで切り飛ばしたのだ。その常識はずれの速さに無人機たちも警戒を強めるように連携行動をとり始める。

 途切れることのないビームとミサイルの雨がラウラを襲う。しかし、ラウラは最高速度を維持したまま旋回、不規則な回避機動でそれらを悉く避けていく。海面すれすれを低空飛行し、腕を海へと突き立ててそのまま水しぶきによる壁を作る。その数秒あとに打ち上げられた水の壁を突き破り、ラウラが再び突撃する。

 

 そのとき、すでにラウラは量子通信によって位置特定していた場所へ小さなコンテナを投下していた。そしてすぐにラウラへと通信が入る。

 

『ラウラちゃん!』

「姉様、ご無事で……!?」

『大丈夫! 荷物、受け取ったよ! インストールが終わるまで、あと少し時間を稼いで!』

「まかせてください!」

 

 アイズの声を聞き、ラウラは一安心するが、気は全く緩めない。今も限界ギリギリのところで『オーバー・ザ・クラウド』を制御しているのだ。おそらく長時間の戦闘はラウラの体力が持たない。しかし、アイズとセシリアのティアーズが制圧装備をインストールするまでの時間を稼げればそれでいい。可能な限り時間を稼ぎ、かつ可能な限り敵機の数を減らす。

 羽ばたくように背部ユニットの翼が動き、機動が突然変化する。直線から上昇へ、垂直に変化した機動は機械の目すら追いきれないほどセオリーから外れた動きだった。こんな機動、普通ならば操縦者にも多大なダメージを与える代物だが、ラウラにはまだわずかだが余裕がある。

 

「これほどの速度を出しながら慣性力を軽減している……凄まじい機体だ」

 

 とはいえ、完全に慣性力を緩和できるわけではないのでこんな無茶苦茶な機動をしていればラウラにもダメージが溜まることは避けられない。しかし、それでもこの機動性の前には安い代償と思えた。

 そしてこの機体の真価はまだ見せていない。この高性能な慣性力緩和機能すら霞むほどの単一仕様能力。ラウラはその説明を受けたとき、束は生まれた時代を間違えたと本気で思った。

 

 速すぎる『オーバー・ザ・クラウド』にビームは当たらないと思ったのか、ミサイルや機関砲での弾幕を展開する。スペックで上回っていても、数は圧倒的に劣る。少数に対し、包囲して集中砲火を浴びせるという戦術は正しい。

 

 それが通用するのなら、という話だが。

 

 迫る弾丸とミサイルを目の前にし、しかしラウラは慌てずに両手を前へと突き出す。まるでそれらすべてを受け止めようとでもするように手を開き、まずは右手を押し出すように振るう。

 それと同時にミサイルがまるでオーバーフローを起こした乗り物のように動きが鈍り、銃弾はなにかに妨げられているかのように急速にその速度を目で追えるほどにまで減衰させる。そして左手を同じように押し出すと、それらすべてが叩き落とされたかのように弾かれる。

 

「今の私では一度では落としきれないか………!」

 

 まるで魔法のような現象を起こしたラウラだが、本人は不満そうだ。しかし、そんなことを言ってる場合ではないため、すぐにまた攪乱させるために不規則な高速機動を行う。『オーバー・ザ・クラウド』の機動性なら大出力のビームは回避することは容易であり、回避しきれない物量の銃弾やミサイルの雨は跳ね返し、叩き落とす。

 

「なによあれ? どんな武器なの?」

 

 セシリアとアイズを除く四人が援護のために戦列へと戻る。ラウラに攪乱され、隙を見せた一機を叩き落とした鈴がラウラの起こしたであろう不可解な現象に首をひねる。シャルロットや簪、一夏も鈴と同じように驚いた表情を見せている。

 

「本当ならこんなものではないのだがな……今の私では、あの程度が精一杯だ」

「あれで、あの程度?」

「本来なら、無人機をまとめて吹き飛ばすこともできるはずだ。こんな風に、なっ!!」

 

 ラウラが接近してきた一機を軽くいなし、静かに右手を無人機の頭部へと添える。そして次の瞬間、接触していた無人機の頭部がまるで殴打されたかのように破砕音を響かせながら砕け散った。一見すればただ手を添えただけ、武器を持っているようには見えない。

 

「衝撃砲の類? いや、でもあんな密着して放つなんて……」

「少し違う。やっていることは、斥力を操作しているだけだ」

「斥力操作……!?」

「正確に言えば虚弦斥力で、純粋な斥力とは違うらしいが……現象としてはそうらしい。私も詳しい理論はさっぱりだったが」

 

 斥力操作。それが束が説明した『オーバー・ザ・クラウド』の単一仕様能力、その一端であった。本来、単一仕様能力も操縦者とISが高い適合をしてはじめて現れる固有能力であるが、この機体ははじめからこうした能力が付与されていた。

 そして『空を飛ぶ』ことを追求した機体『オーバー・ザ・クラウド』の能力こそが虚弦力場操作、束がつけた名称は『天衣無縫』。それは引力・斥力という物理学における基本的な力の全てに深く関わる相互干渉における二通りの形、すなわち、引き合う力と反発し合う力の生成と制御。

 これらは本来、物質間における干渉作用であるため、二つの物体がなければ現れることはない。しかし、その作用対象のひとつを“場”へとかけることによって『オーバー・ザ・クラウド』単体でその力場を形成する。

 

 故に、能力範囲内の物理的な存在、実弾やミサイルは『オーバー・ザ・クラウド』と反発する斥力の影響を受けてその動きを止め、あまつさえ弾かれる。ビームを弾くことはできないが、質量を持った物理的なものならほぼ確実に止められる。今のラウラでは二回発動させてようやくできたことだが、この機体の真のポテンシャルを発揮できたのなら、すべての無人機を吹き飛ばすくらいたやすいはずだ。

 

 無人機に手を密着して破壊したこともその応用だった。

 

 『オーバー・ザ・クラウド』の各部に装備された、一見すれば用途不明の円形のくぼみのようなものは、すべてその力場の発生デバイスである。

 そしてそれは両手の掌部にも備えられ、掌部デバイスから限定範囲に高出力で発生させる。瞬間出力を上げることで、密着した部位に直接衝撃として叩き込む。無論、本機にも反作用が働くが、当然反動制御もしているためにほぼすべての力を対象へと向ける。

 

 さらに言えば、作用する力を引力にすれば逆に離れた対象を引き寄せることも可能。もちろん、機体そのものを任意方向へ動かすことも可能。こうした斥力と引力の場を機体各部で限定的、短時間に発生させることで『オーバー・ザ・クラウド』は音速を超える高速機動中の不規則な機動ですら、絶対的な安定性を見せる。それこそ、姿勢制御はすべてこの能力で補えるため、推進力など直進するだけしか必要としないほどだ。

 

 この能力による物理防御や破壊なんて、ちょっとした応用、ただのついでだ。本来、この力はどこまでも飛ぶためにあるものだ。

 

Over The Cloud………雲の向こうへ。

 

 この機体は、そのために存在する。しかし、今のラウラにはそれを実現してやることはできない。この機体は、今、戦い、仲間たちを助けるために必要なのだ。

 しかし、ラウラはこの機体のように戦うためではないISというものに触れ、おぼろげながら敬愛する姉が語った“夢”の形が見えた気がした。戦うためだけにISを駆っていたラウラにとって、それはどこか不思議な温かみのある感情となって胸の奥へと仕舞われた。

 

 だが、今はそんな感情に浸っている場合ではない。援護に復帰した鈴たちは未だ機体ダメージが大きく、実弾装備が多いシャルロットなどはほとんど武装を使い果たしている。燃費の悪い一夏の白式も同様に長時間の戦闘は不可能。

 鈴と簪はまだ戦えるようだが、それでも楽観視などできるはずもない。そしてラウラの『オーバー・ザ・クラウド』だけは十全な状態であり、如何にラウラが半分の性能も発揮できていないとはいえ、その性能差は絶対的ともえいるほどのものだ。少なくとも、一対一であれば無人機に遅れをとることなどありえない。

 だがしかし、この機体は対多数への攻撃手段がない。広範囲の斥力場形成は銃弾やミサイルを弾けても無人機そのものを複数同時破壊するには決定打に欠ける。しかし、いちいち一機ずつ破壊していてはこちらのほうが先に消耗する。

 

「姉様たちが来るまでは、私がなんとしても……っ!?」

 

 突如としてラウラが迫り来る複数の影をハイパーセンサーで捉える。機体に備えられたデバイスをフル活用して上部デバイスで引力場、下部デバイスで斥力場を発生させて跳ねるようにその影を回避する。さきほどまでラウラがいた空間が、数えるのものバカバカしいほどの数の小型のなにかによって埋め尽くされ、まるで群れを為す虫や鳥のように通り過ぎる。

 

「敵の増援……!?」

 

 そして気づく。未だ多く残る無人機の最奥。そこに無人機とは明らかに違う、異質な白い機体が佇んでいた。純白の真珠のような光沢をもつ装甲と、大きな白い翼。その姿は、天使と呼ぶにふさわしいものであった。さらにその機体は高機動パッケージと見える追加装備がされており、まるで大きなドレスを身にまとった天使がこちらを見ているかのような錯覚すら起こさせる。

 

「有人機だと? ……指揮官機か?」

 

 その挙動、雰囲気、それらすべてがその機体に操縦者がいることを示している。無人機とは違う、人間独特の挙動が混ざったそれは、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

「あの機体は! あのときの!」

「ええ、装備は若干違うけど、同じね」

 

 一夏と鈴が、その見覚えのある機体に声を上げる。一夏と鈴が戦ったとき、無人機とともに襲撃をかけた機体だ。あのときも関係があると睨んでいたが、どうやら確定のようだ。明らかに無人機たちを統率しているその機体は、ラウラの駆る『オーバー・ザ・クラウド』を見据えていた。

 

「……目的はこの機体か? なるほど、破壊、ないし鹵獲するつもりか」

 

 そのラウラの言葉を肯定するかのように、白い機体が襲いかかる。先ほどの小さな大群の兵器が再び群れを為してラウラへと襲いかかる。よくよく見れば、大きさは違えど、それはセシリアやアイズの持つBT兵器によく似ていた。

 

「BT兵器………!? 群体のビットだと!?」

 

 群れを為すビット。さしずめ、レギオン・ビットとも言うべき兵器。単体での攻撃力は低くとも、おそらくは十センチほどの小さなビットが二百機以上。それらは明らかに近接仕様だ。とりつかれれば、シールドエネルギーを食い尽くされてしまうだろう。それはさながら肉食の昆虫が群がるような不快感をラウラに与えていた。

 いかに『オーバー・ザ・クラウド』とはいえ、そうなればまずい。各部に備え付けられたデバイスが破壊でもされれば、機体性能は一気に半減する。圧倒的な性能を持つこの『天衣無縫』だが、機体そのものがそれに依存する設計であるためにデバイスの破壊はそれだけで致命的だ。

 しかし、回避自体はそれほど難しくない。厄介な武装だが、それでもラウラの優位は崩れない。

 

 問題は、残る無人機。健在な機体は、残り四十一機。やはりアイズとセシリアが制圧装備で戦線復帰をしなければ厳しい。

 

「姉様、あとどれくらいですか!?」

『もう少し! あと二分でインストールが終わる!』

 

 アイズの焦ったような声が返ってくる。アイズとセシリアもこの状況がまずいとわかっているのだろう。しかし、どんなに急いでも二分という時間は無力だ。

 あと、二分。戦場において、それは気の遠くなる時間だ。

 

 

 

 それでも――――!

 

 

 

 

 ラウラは決意して鈴たちに声をかける。

 

「あと二分、姉様たちが復帰するまで私が攪乱して時間を稼ぐ。おまえたちはその隙をついて可能な限り無人機を落としてくれ。それと、あの白い機体には手を出すな。あれは別格だ」

「でも、それじゃあラウラの負担が大きすぎる!」

「私しかいない。それにおまえたちの機体は限界だ。あと二分、私が時間を稼ぐ」

 

 正体不明機と、未だ圧倒的な数を誇る無人機。それらを相手に二分を稼ぐ。それくらいできなくてアイズ・ファミリアの妹など名乗れるものか。

 

 ラウラは覚悟を決める。そして―――――。

 

 

「私の全てを、おまえに預ける! 私と共に戦場を飛べ、オーバー・ザ・クラウド!」

 

 

 ――――――左目の眼帯を取り去る。

 

 

 金色の瞳が、まだ終わらない戦火を映した。

 

 

 




まだ黒兎のターンは終わっていないぜ!な感じで次回へ。
オーバー・ザ・クラウドの能力は一部ラムダ・ドライバを参考にしています。完全にSF技術で現実にはまぁ再現不可能だろうという威力も汎用性もやばいチート能力。第五世代とするからにはかなり強力なものに、と考えていたらこうなった。個人的にこういう固有能力って物理の基礎になるほど強くなると思います。
そして裏側では束さんも武力介入を始めました。束さん専用機の詳細はまだ明らかになりませんが、やはりこれもチート機体です。

………それにしても最近は話数が進むごとに文字数が増えていく(苦笑)


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Act.30 「雫が流れ、すべてが終わる」

「ラウラちゃん、目を……!」

 

 特殊装備をISにインストールする間、アイズとセシリアは機体調整作業を行っていた。スペックデータ自体はもらっていたため、それを元にOSをパッケージ換装後のものへと再調整をする。あとは実際にインストールした装備と合わせ、細かい調整をする必要があるが、前もってできる作業はすべて終えていれば最低限の時間で戦闘行動が可能となる。

 

 しかし、そうしている間にも戦況は大きく動いていた。

 

 束が作った先行試作型第五世代機をラウラが乗ってきたことには驚いたが、ラウラならば任せられると信じた。多少振り回されているようだったが、それでもあの『オーバー・ザ・クラウド』をあそこまで制御できるラウラはやはり優秀な操縦者であった。

 しかし、未だ状況はこちらが不利。しかも、指揮官機と思しきあの白いISまで現れた。さらなる増援がないとも限らない中、実質ラウラだけで戦線を維持している。他の四人も必死になって戦っているが、補給を受けないことには機体のほうが持たない。その分までラウラが抑えてくれているが、あんな高機動を取り続ければラウラの体力はみるみる減っていくだろう。

 

 それだけでなく、ラウラは多数の敵機を相手取るために左目のヴォ―ダン・オージェまで使い始めた。確かに複数同時に戦うことにはあの目は優れた力を発揮するが、そのリスクは計り知れない。アイズのものよりも安定性があるとしても、ラウラはこれまで扱いきれていなかった力だ。

 用意のいい束のことだからあの機体にもAHSが搭載されているはずだが、それでもリスクは残る。長時間の戦闘は確実にラウラを追い込んでいくだろう。

 

「………アイズ、心配なのはわかりますが、作業を続けてください」

「っ、わ、わかってる……!」

 

 セシリアに注意され、意識を再び自機へと向ける。そう、今ラウラの心配をしても、ラウラを助けられない。今飛び出せばラウラが必死になって稼いだ時間を無駄にする。

 今アイズができることは、インストールを終えたとき、すぐに戦線へと復帰できるようにできるかぎり調整をすることだ。

 それがわかるから、アイズは悔しくて歯を食いしばりながらも機体の調整を再開する。

 

「運動パラメータ更新、レッドティアーズ最新データと同期、ハイペリオン、イアペトスを一時破棄、パッケージ追加兵装アームへ腕部操作を接続………コネクト。……反応が重い? なら重量調整オートリファイン開始、インストール後に設定数値を固定。さらに全サブアーム可動域をプラス3に設定」

「火気管制システムをセミオートに。BT兵器操作のみマニュアルに。バランサーチェック……っ、許容エラーを確認。ブルーティアーズのダメージ数値をパッケージに転送、ハーモナイザー起動、機体バランサー再設定」

 

 間違えないようにこうした調整は声に出して行う。セシリアも同様に小声で手順を言いながら同じように調整を行っている。

 

 二人のティアーズの本来の専用パッケージは『ストライクリッパー』、『ストライクガンナー』の比ではない。大きさも、機体そのものを包み込む第二の外装といえるアーマーとなる。機動力の向上だけでなく、装甲強度、武装、レーダー、そのすべてを向上させる。そのハイスペックを実現しているため、機体調整もよりシビアなものが要求される。単純に機体重量が増えただけでも機動のための各設定数値の再調整が必須となる上、火気管制システムもマニュアルだけでは到底動かせないほどの大火力兵装へと変わる。普通なら、十分に時間をかけて不備がないよう最適データを更新しつつ調整するべきものだが、そんな時間は今の二人にはない。しかし、最低限の調整をしなければ操縦に対して機体が追随しなくなる。ただでさえ二人の反応速度は高い。戦闘において操縦イメージとのズレは命に関わる。

 アイズもセシリアも、束から習ったOS調整を思い出しながら必死にデータに目を走らせる。

 

 あと二分、それはアイズとセシリアにとってもひとつの勝敗を決する戦いの時間であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「くらええええぇぇっ!!」

 

 ラウラの咆哮と共に体当たりをするように無人機の頭部を掴み、即座に斥力場を瞬時に高出力で発生させる。掌部デバイスから生み出された斥力によって頭部をそのまま吹き飛ばす。それでもまだ動く無人機に対し、もう片方の掌部デバイスを胴体部に当て、同じように破砕する。

 確かに強力という言葉でも足りないほどの圧倒的な性能を持つ『オーバー・ザ・クラウド』であるが、常に一機しか攻撃できないという点で不利な状況を覆せずにいた。遠距離への斥力場は防御にしか使えず、いちいち密着しなければ破壊することができない。それを既にわかっているのだろう、無人機は執拗に遠距離からの射撃でラウラを追い詰めようとしてくる。隙を見て一機を倒せたが、そのときにはすでに包囲されている。

 その包囲網を『オーバー・ザ・クラウド』の性能にまかせた強引な機動によって抜け出す。しかし、それを繰り返す度に敵機の包囲は厚くなり、そしてラウラの体力が削られる。

 

「ぐ、が、ぐぅぅ……!」

 

 いつの間にか口の中に血の味がする。度重なる高速アクロバット飛行にとうとう身体が悲鳴をあげ始めた。しかも今は左目のヴォ―ダン・オージェも使用している。AHSのバックアップを受けているとはいえ、だんだんと目が重く感じてくる。そして頭の痛さも、気のせいではないだろう。

 しかし、今このヴォ―ダン・オージェを解除すればラウラは落ちる。『オーバー・ザ・クラウド』の機動は、すでにこの目の反応速度に頼らなくては制御できないほどの速さを維持している。

 

「まだ、私は……終われない! 終わるわけには……!」

 

 敵の狙いは完全にラウラへと集中している。鈴たちも必死に援護してくれているが、ラウラの速さに追随できる機体は存在していなかった。

 

「くそっ、速すぎて援護もなにもできない……!」

「泣き言言う前に機体を動かしなさい! 一機でもいいから引き付けるのよ!」

「ダメ! もう残弾が……!」

「ラウラ逃げて! このままじゃ……!」

 

 この四人ももう限界だった。意思と気合は十分でも、それを表現するための機体がもう限界なのだ。シャルロット、簪の機体はすでに弾切れが目前。一夏もエネルギーの底がもう見えている。零落白夜を発動するだけの余力がない。

 ただひとり、近接武器と己の格闘の技量のみで戦う鈴だけが獅子奮迅の勢いで必死にラウラの援護をしようと焼け石に水だと理解しながらも無人機に攻撃を仕掛けつづけている。しかし、それも無意味だった。

 今、この拮抗状態はラウラひとりで作り出しているに等しかった。それが鈴たちには辛い。悔しくてたまらないが、機体の消耗を超えて戦う術など存在しない。生身の身体は気合で動かせても機体そのものの限界を越えられない。

 

「くそが……!!」

 

 口汚く自身の不甲斐なさを罵るように言った鈴が唇を噛み締める。最近になってずっと感じていたことだが、鈴の機体『甲龍』の反応がやたらと鈍く感じる。集中すればするほど、鈴のイメージより遅く機体が動く。鈴の操縦者としてのレベルが一段階上がった証明でもあるが、この状況でそれはただ鈴を苛立たせるだけであった。

 そう、鈴だけは、あの高速機動をするラウラが遠目ではあるが見えていた。動体視力という点ではセシリアやアイズにも勝る。だから機体スペックが劣る『甲龍』でもティアーズを相手にある程度は戦えていた。己の技量とセンスだけで、その差を埋めていた。

 だが、その技量もセンスも、この状況では嬲り殺しにされるラウラを見つめることしかできない。鈴の目には、苦しげに呻きながらも、血を吐きながらも必死に戦うラウラが映っていた。

 

 出会いこそ最悪だったが、今の鈴にラウラを疎ましく思う理由はない。いつまでも過去の喧嘩を根に持つほど器量の狭い女ではない。むしろ今のアイズと仲睦まじい様子は微笑ましいとすら思っている。友達、と言ってもいいくらいには心を許したつもりだ。

 

 そんなラウラに頼るしかない現状が悔しくてたまらない。どんどん傷ついていくラウラを庇うことすらできない自分が情けない。

 

 気がつけば噛んだ唇が切れて血の味がしていた。その錆鉄のような血の味が鈴の意識を興奮状態から引き戻す。窮地にこそ頭を冷やす。鈴が熱しやすい自己に戒めていることだ。

 

 

 

――――落ち着け、テンパるのは後、今はできることを探す……!

 

 

 

 あと数分でセシリアたちが復帰する。そうなれば戦況はこちらに傾くはずだ。制圧装備とやらがどんなものかも知らない鈴だが、あの二人のことだからプロミネンスのようなとんでもないものだろう。

 しかし、その数分が遠い。ラウラの様子を見る限り、長くは持ちそうにない。しかし、ラウラがいなければとっくに自分たちは落とされている。

 ラウラの負担を減らすためには、まずあの高機動をやめること、そうできる状況を作ることだ。だが『甲龍』のスペックではあれに追いつくことはできないし、複数を相手取るような装備もない。

 

 せめて、無人機をもっとひきつけることができれば、自分が前衛になれれば……と、そこまで考えて気づく。

 圧倒的な機動性を持つラウラと二機連携をする手段は、ある。それこそ、自分が前で盾になり、ラウラが後衛から援護するような形で、だ。

 

 そう思い立ったとき、鈴は叫んでいた。

 

「ラウラ! あたしを使え!」

「なに……!?」

「あたしを対象として能力を使えって言ってんのよ!」

 

 ラウラは鈴の言いたいことを悟る。斥力と引力を使い鈴を使う。その手はたしかにある。

 

「バカを言え! おまえが持たないぞ!?」

「あたしは一番頑丈よ。それに密集地帯での乱戦ができるのはあたしとアイズくらいでしょう!」

「だが……!」

「いいからやれ! このままだとあんたが死ぬわよ!?」

「…………凰、おまえ」

「バカね、鈴って呼びなさい。友達でしょう? あたしの背中、預けるわよ」

 

 鈴が敵機集団のど真ん中へ向けて突撃する。無茶な特攻であった。近づく間もなく迎撃されるのがオチだ。

 そう、『甲龍』の力だけなら。

 

「やれ!」

「くっ……すまない!」

「ぐ、がッ………!」

 

 鈴の『甲龍』が背後から抗えないほどの力を受け、前方へと押し出される。それはまるで瞬時加速でもしたかのように一瞬で敵機との距離を詰める。鈴は軋みそうな身体を無視して力の限りで『双天牙月』で薙ぎ払う。固まっていた三機の無人機のビーム砲を破壊する。さらに目の前に敵機に対し、掌打を放つ。発勁により衝撃が内部へと浸透し、内部を破壊する。

 

「くうっ……!」

 

 その攻撃直後の硬直を狙い、集中砲火を浴びせようとする無人機よりも前に今度は鈴が同じように強い力に引き寄せられる。いきなり離脱されたことにより無人機は攻撃目標を失ってしまう。いつの間にかかなりの距離を離したところで鈴がラウラに抱えられていた。

 鈴は荒く呼吸を繰り返しながらも不敵に笑ってみせる。

 

「ははっ、うまくいったじゃない」

「無茶をしすぎだ……」

「あんたやアイズの癖が伝染ったかしらね。でも、これで時間は稼げる。みなさいよ、ずいぶん警戒してくれたわ」

 

 『オーバー・ザ・クラウド』の『天衣無縫』による斥力を利用した突撃と、引力を利用した離脱。力任せのそれは本来『甲龍』では不可能な速さでのヒットアンドアウェイを実現していた。もちろん、本来想定されている使い方ではない。鈴にかかる負担は想像以上に大きかった。

 だが、このたった一回の特攻に意味があった。無人機はただラウラを追うのではなく、鈴や他の機体にも注意を払うように警戒しはじめた。警戒をすれば慎重になる。慎重になれば時間を費やす。

 それは鈴たちにとってプラスに働く。ほんの一秒でも多く時間を稼げれば、そのぶんだけ有利に働く。

 

「狙い通り。あたしたちにも注意を払えば、慎重にならざるを得ないでしょ。あの指揮官機が警戒すれば、無人機も自然とそうなるはずだしねぇ」

「………感謝する」

「水臭い。よくやった、って言って欲しいわね」

 

 鈴もラウラも口端から血を流しつつもふっきれたような笑顔で頷き合う。

 

「ラウラ、あたしたちを使う素振りを見せながら速度は抑えて攪乱……シャルロット、あんた残弾は?」

「もう、無茶しすぎだよ……。残弾はもうほとんどない。僕は弾幕は張らずに要所要所で援護射撃するよ」

「その分は私が担う。レールガンは尽きたけど、荷電粒子砲はまだ撃てる余力は残ってる」

「一夏、あんたは……」

「わかってる。俺も、もう零落白夜を使う余力はない。残りエネルギーを全て機動に回して、敵機を引き付ける」

 

 今ならラウラだけでなく全員を警戒している。ラウラの負担も少しは減るだろう。

 ラウラが左目を閉じる。標準装備であったAHSである程度は暴走を制御していたが、ラウラ専用に合わせていない未調整であったためにまだヴォ―ダン・オージェを持て余していた。あのままでは消耗の度合いが加速度的に増していき、いずれは落とされてる前に自身が壊れるとわかっていたラウラは若干の余裕ができたおかげで左目を再び封じた。

 

 注意が全員に分散されたことで時間も稼ぎやすい。いずれ押し切られるのは明白だったが、その前に切り札が来ると信じている面々に恐れはなかった。各々ができる限りのことを必死に行う。

 

 そしておよそ一分が過ぎたころ、待ちに待った回線が繋がる。未だ妨害されているためにややノイズが混じるが、近距離通信のためにしっかりと全員にそれが届いた。

 

 

『全員、射線上から退避を―――』

 

 

 五人が送られてきた射線情報から即座に離れる。そして次の瞬間、いつか見たときと同じ光の奔流が真下から放たれた。極太のビームは無人機を飲み込み、乱戦状態にあったラウラたちと敵機を分断する。

 

「これはあのときの……!」

 

 鈴と一夏には、これも見覚えのあるものだった。無人機襲撃事件において、アリーナの遮断フィールドすらやすやすと消し去った強力なビーム砲。しかし、以前と違うのは、それは二条の光線であったことだ。あんなめちゃくちゃなものが二つも装備したのか、と思うも、その予想を遥かに超えるセシリアとブルーティアーズtype-Ⅲが姿を現した。

 身を隠していた場所の木々はさきほどのビームによって吹き飛ばされ、そこに二つの巨大な砲門を向けた機体が姿を晒していた。

 

 ………いや、あれはISなのだろうか。そう思わずにはいられないほどにそれは常軌を逸していた。

 

 まず大きさ。通常のブルーティアーズのおよそ三倍以上はあろうかという巨体。装甲の形状などの意匠は同じだが、その巨大なパッケージがブルーティアーズtype-Ⅲを覆っていた。よくみれば、それは『ストライクガンナー』と思しき部分が多々見受けられた。そしてさらに背部には四つの巨大なドラム缶のような円柱状のものが搭載されており、装甲の下にあるジェネレーターが唸りを上げている。

 ISという鎧を、さらに覆う鎧。そんな印象を抱かせるそれは上部に装備されたビーム砲『プロミネンスⅡ』を格納すると今度は左右から二種類の重火器を展開させた。それがそれぞれ中心にいたブルーティアーズtype-Ⅲの両腕に接続され、セシリアの動きに連動して砲身が向けられる。

 右手には長大なスナイパーライフル、左手には重厚なガトリング砲。そして背部の巨大なブースターが起動し、瞬く間にその巨体が空へと上がる。

 

「『プロミネンスⅡ』正常稼働……さらに全兵装の起動を確認」

 

 これだけの大火力を制御するシステムだけでもおそろしく精巧な代物だ。そのぶん不備が起きやすいが、あえて一部の兵器をマニュアルにしている。それはシステムの負荷を緊急起動のリスクを考えて軽減するためだ。その分セシリア自身の技量が問われるが、普段からビット十機と本体の同時操作をやっているセシリアにとってそれは「ちょっとキツイかな」くらいの難易度だ。

 

「みなさん、時間をありがとうございます。あとは任せて下がってください」

 

 その言葉に反論する声はない。全員がもう満身創痍なのだ。特にラウラは鈴と簪に支えられながらなんとか意識を保っているような状態だ。全員が大なり小なり傷を負っているので、これ以上無茶をする理由もない。

 

「まかせたわよ、セシリア。あたしたちは下がるけど、そうね。一言だけ言っておこうかしら」

「なんですか?」

「美味しいとこ持っていきやがって。………あとはまかせた」

 

 鈴の言葉に微笑む。ああやって軽口を叩くのも鈴の気遣いだろう。全員が下がっていく姿を確認してからセシリアは敵機へと銃口を向ける。この装備を使うからには、下手をすれば味方機にも被弾させてしまうかもしれないために敵機しかいないことがありがたい。

 

「よくも、好き勝手にしてくれましたね………すべて鉄屑にしてさしあげます!」

 

 それは対多数戦装備、というレベルはとっくに超えていた。

 高機動パッケージ『ストライクガンナー』の真の姿、強襲制圧パッケージ『ジェノサイドガンナー』。その名の通り、殲滅を目的とした重火力・高機動を実現させた火器集約機動要塞とも言うべき機体。

 

「残り三十五機………五分も要りませんね」

 

 侮りもせず、過信もせずにそう判断する。あと気がかりなのは奥にいるあの白い機体だが、あれについては対処を任せている。セシリアはただこの血の通わない鉄屑を処理することだけを考えればいい。

 

「さぁ行きますよ、ブルーティアーズ! すべてを蹴散らしなさい!」

 

 その巨体が大出力のブースターの推進力を受けて進む。一度スピードに乗った機体はそのまま高機動を維持しつつ、両手の火器だけでなく各部に備えてある様々な兵装を展開する。

 

 右腕部、高出力スナイパーライフル『スターライト・レティクル』。

 

 左腕部、徹甲レーザーガトリング砲『フレア』。

 

 外部装甲追加兵装、速射式電磁投射砲『フォーマルハウトⅡ』、近接掃射砲『スターダスト』。

 

 そして主砲である高エネルギー収束砲『プロミネンスⅡ』が二門。

 

 それらを同時に起動。散開しようとする敵無人機を捉える。狙いはある程度つけられればいい。完全に散開する前にセシリアは起動させた火器すべてのトリガーを引く。

 

 まるで雷でも走ったかのように閃光が襲い、敵機を貫き、爆散させる。それにとどまらず、機体を貫き、さらに後方の機体までも貫くそれらの弾丸はどこまでも命を狩ろうと迫る死神のようであった。

 

 『ジェノサイドガンナー』の武装の特徴は、ほぼすべての重火器が貫通力に特化しているという点にある。どんな装甲でも、隔壁でも、たとえ他の機体を盾にしようとすべてを撃ち貫き、殲滅する。それが『ジェノサイドガンナー』の持つ制圧力。一斉射により、残存する無人機の半数を大破、他にも不特定多数に中破のダメージを与える。

 効果を確認したセシリアは『プロミネンスⅡ』をパージ。ジェネレーターの出力を最大にしてもそれぞれ二発しか撃てない兵器だが、効果は最大を得た。

 残る敵機はすでに散開してセシリアを包囲して集中砲火を浴びせようとしているが、既に手遅れだ。セシリアに狙われた時点で逃げ場などありはしない。

 

「『C.W.B』起動、パージ」

 

 背部に搭載されていた四つの円柱状のユニットが切り離され、それがまるでビットのようにセシリアの意のままに飛んでいく。否、それはまさしくビットであった。

 

 

 『Container Weapon Bit』

 

 コンテナ・ウェポン・ビット。ミサイルや大口径バルカンなどを詰め込んだ砲台とも言うべきコンテナを誘導兵器とする規格外のビットである。そのコンテナが展開、バルカンの銃口が現れ、セシリアの背後に迫っていた敵機に弾幕を浴びせる。無論、受ければただですむような攻撃力ではない。

 さらにコンテナ一機につき、十二発のミサイルが発射される。誘導性は高くないが、近距離で爆発を受ければ動きも鈍る。その隙を逃さずセシリアが得意の狙撃で仕留めた。

 

 セシリアがふと白い指揮官機へと意識を向けると、五機ほどの無人機を伴い離脱しようとしているところであった。賢明な判断だろう。だが、そうはさせない。

 

「アイズ!」

 

 セシリアの言葉に答えるように、海面が爆ぜた。水しぶきが吹き上がり壁となり、そしてその中から真紅の機体が躍り出る。セシリアと同じように、ISを更に覆う大型の鎧をまとった巨大な機体、レッドティアーズtype-Ⅲの強襲突破パッケージ『カラミティリッパー』がその姿を現した。

 

「今度は逃がすもんか……! ここで倒す!」

 

 アイズは鬼気迫る顔で白い機体へと迫る。普段の底抜けに明るく、小動物のような表情はなりを潜め、そこに見て取れるのは純粋な怒りであった。

 仲間が戦う姿を見ているしかなかった時間は、たとえそれが最善だと理解していてもアイズにとって拷問に等しかった。そんなとき、多数で嬲るように無人機を操っていたこの目の前の機体には並々ならぬ敵意を抱いた。だからこそ、制圧力に勝るセシリアを信じてアイズはこの指揮官機へ強襲を仕掛けたのだ。本当ならすぐにでも戦いたかったが、ここで逃がすほうが遺恨を残すというセシリアに諭され、アイズは歯を食いしばって機会を伺っていた。

 

 そして、それは来た。

 

 セシリアによって殲滅寸前となったところで、離脱の動きを見せたのだ。護衛はわずか。この機を逃すわけにはいかない。アイズはセシリアに言われるまでもなく、機体ブースターを起動させていた。

 

 

「邪魔だよ、どいてっ!!」

 

 目の前に立ちふさがってくる無人機を見て叫ぶ。両腕に備えられた巨大なブレードが長大なものへと展開し、その刀身が光を纏う。それを軽く振るっただけで無人機が真っ二つに切断される。切り口は鋭利な刃物によるものとは違い、赤熱し融解したように切り裂かれている。刀身部にエネルギーを流すことでその熱量で切り裂く、実体剣とエネルギー刃をかけあわせたハイブリットソード『ハイペリオン・ディオーネ』。

 そしてそれだけにとどまらず、パッケージの装甲部から生えるように四つのサブアームが起動して、同じようにブレードを展開する。合計六つの巨大なブレードを纏うように構え、機体全体を回転、すれ違いざまにさらに二機を輪切りにする。

 

 その直後を狙い、残る二機が側面からビーム砲を発射する。普通ならば回避コースをとるべきだが、アイズは無視してあくまで一直線に向かう。サブアームが折りたたまれ、ブレードが収納されると同時に今度はエネルギー粒子がまるで衣のように機体全体を纏った。

 流動する粒子が流れるように外部装甲を覆い、そこへ直撃したビームが同時に拡散して弾かれる。それは受け止めた、というよりも受け流した、というべき防御方法であった。

 

 『オーロラ・カーテン』―――束が作った試作流動粒子装甲。簪が使用したREFのように真正面から防御するのではなく、つねに流動させた粒子の波によってエネルギーを散らし、攻性のベクトルを受け流して無効化する特殊なエネルギー装甲。敵中突破を主眼においた『カラミティリッパー』に試験装備されたものだが、効果は抜群であった。

 

 人間ならば驚いていただろうが、あくまで無駄な砲撃を繰り返す無人機を同じように真っ二つにして破壊する。これで無人機は消えた。残りもセシリアが駆逐するだろう。

 

 あとは、目の前のこの機体だけ。

 

 だが、ここで思わぬ動きをそれが見せた。なんと、離脱を中断して応戦する構えを見せたのだ。しかも、アイズはその機体から操縦者の並々ならぬ敵意を感じ取っていた。

 まただ、アイズに対し、この操縦者は異常な執着心を見せる。アイズもそれがわかっている。しかし、アイズとて引く理由などない。

 

「逃げる気はない、ってこと……? 受けて立つ!」

「……………!!」

 

 あくまでなにも語らない白いIS操縦者に対し、アイズは全力でぶつかる。

 

 巨大なブレードが振るわれ、白い翼が羽撃く。赤と白の激突は、かつての再現のようだった。

 

 作戦が開始されてから、二時間。戦いはついに最終局面を迎えていた。




ティアーズ無双の始まり。パッケージはロマンと思っている巨大追加装甲としています。いったい束はなにを作る気なのかと言いたいほどの機体になった(汗)

あと何気なく鈴ちゃんにも強化フラグがたちました。ヒロインたちはかっこよくしたいと思いながら書いてますが、鈴ちゃんは特に男前にしたかった(笑)

次回で戦闘は終了です。それではまた次回。


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Act.31 「見えない感情の狭間で」

「さて、と……」

 

 黒煙が辺り一面を覆う中、束はその海域の上空に佇んでいた。

 束が纏うのは自らが作り上げた専用機『フェアリーテイル』。区分でいえば、第四世代相当となる機体だ。その名の通り、まるで妖精のようなデザインがされた機体であり、淡い緑色を基調とし、特徴的な尻尾のように長く伸び、ゆらゆらと揺れる三本のコード状のテイルユニット、そして背部ユニットから発生する虹色に輝く巨大な光の羽が見える。正体を隠すため、顔や身体をすべて覆う全身装甲となっているため、やや無骨な装甲となっているが本来はかなりスマートな機体だ。

 そのコード状のテイルユニットは銀色の機体を絡めて吊るしており、そのひとつがその機体の首筋に刺さるように接続されている。

 

「コアの一時停止を確認、ウィルスは………ここでの除去は危険か。ごめんね、あとでキレイにして起こしてあげるからね」

 

 まるで労わるようにその機体……『銀の福音』へと声をかける。もちろん、返事が返ってくることはない。操縦者ごと眠らせているのだから当然だ。

 母性を垣間見せる表情を仮面の下で見せる束は、一転して冷たい視線を正面に向ける。そこにはさきほども何機か破壊した無人機がいた。半壊しているが、まだ動けるようだ。それを束はつまらなそうに見ている。

 

「まだいたの? いいからさっさと壊れてよ」

 

 無人機が体当たりでもするように突撃する。束は動かない。ただどこまでも冷たくゴミを見るような目を向けるだけだ。そして五メートルほどまで近づいたとき、無人機の動きが止まった。それだけでなく、バチバチと内部から放電して発破解体でもされたかのように綺麗に崩れていく。海へと残骸が落ちる頃にはパーツ単位にまで分解された無人機はもはや原型など残さずに海の藻屑と成り果てた。

 

 よくよく見れば、同じように無人機だったと思われる細かい残骸が辺りの海面を漂っており、その中に混じって巨大な艦体が煙を上げて沈黙していた。『銀の福音』を強奪しようとしていた潜水艦だ。束によってシステムそのものを乗っ取られ、海上に上がった瞬間に『フェアリーテイル』によって物理的にも機能を停止させられた。ソフトとハード、両方をズタボロにされた艦はただ海を漂うしかない。

 できた抵抗といえば、わずかに残された無人機による攻撃くらいだが、一分も経たずにすべて破壊された。そして敵船に突撃、中で拘束されていた『銀の福音』を強奪。ウィルスによって抵抗を見せたが、テイルユニットを突き刺し、そこからアンチウィルスのプログラムを直接コアに流し込んで黙らせた。

 

 艦を海中へ沈められなかっただけでも束の温情だろう。中にはそれなりの人数の人間がいるようだったが、束は人の命を奪いたくはない。だからこの程度に抑えた。もっとも、もし万が一に箒やアイズにもしものことがあれば躊躇いなく今も中で怯えている人間もろとも艦を海中に沈めただろう。

 

 生き残った人間は作戦失敗に感謝したほうがいい。だからこそ、生き延びることができたのだから。

 

「ふん………」

 

 最後にもう一度だけ無残な姿と成り果てた艦を一瞥して『銀の福音』を吊るしたまま飛び去った。虹色の羽が大きく波打ち、そのまま空を泳ぐように飛翔して遥か上空の雲の中へと消えていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「やぁっ!」

「っ!」

 

 赤い機体、『レッドティアーズtype-Ⅲカラミティリッパー』が最大の武器、『ハイペリオン・ディオーネ』を振るい、敵機を切り裂かんと迫る。対して白い機体はその最大の特徴でもある巨大な白い翼を折りたたみ、まるで盾のようにしてその斬撃を受け止める。実体剣にエネルギーを纏わせ、切れ味を増した剣を完全に受け止めている。

 ただの盾ならば纏った粒子の熱で融解させられ、ただのフィールドなら実体剣が切り裂く。『ハイペリオン・ディオーネ』はそういう剣だ。それをなんともなく受け止めるということは、あの翼も同等の代物だということだ。

 

「エネルギーを纏わせた実体の盾……!」

 

 よく見ればその翼状のユニットは淡い緑色の粒子を纏わせている。おそらくエネルギーフィールドの類だろう。細かい羽根のように動く稼働箇所から粒子が放出され、それが翼全体を覆っている。なるほど、これもハイブリットシールドというわけだ。だからこうも簡単に受け止めることができるのだ。

 とはいえ、それでも翼に少しずつダメージを与えていく。時間をかければ押し切れるだろうが、それでもこの防御力は驚異的だ。

 あの翼はおそらくこの白いISの主武装。翼そのものが機動ユニットであり、絶対防御の盾でもあるのだ。そして、それは攻撃にも転用される。

 翼が羽撃く度にアイズの機体にわずかにキズができる。『オーロラ・カーテン』の防御を突破しているのだ。エネルギー装甲とはいえ、常に粒子を流動させている『オーロラ・カーテン』はある程度の物理衝撃も許容して受け止める。それを切り裂くということは、あれは最強の盾であると同時に矛でもあるのだろう。

 そして厄介なのが、ラウラを追い詰めていたあの小型の群体ビット。個々が小さすぎて狙うのが難しく、完全な迎撃ができない。さすがに個別に操るのは不可能なようで、ほぼ全てが同じ機動をすることで回避することはたやすいが、まさに肉食昆虫の群れが襲いかかってくるようなそれはかすめただけでも装甲を削り取っていく。

 確かにこれは受け続ければまずいだろう。互いに攻撃が防御をわずかに上回る状況では、いずれ先に破綻したほうが負ける。

 

 

 ならば、違う攻撃手段を試すまで―――。

 

 

「捕まえる!」

 

 機体下部から新たなアームが展開する。ブレードを展開するのではなく、対象を捕獲や機体固定をするためのアンカーアームだ。そのアームを射出、つながったワイヤーを引きながらクローを展開してその翼を捉えようと迫る。

 

「………!」

 

 しかし、相手もそうくることはわかっていたのだろう。大きく翼を動かし、まさに鳥のように空気を圧して機体そのものを急速に離脱させる。大型装備という点を差し引いても、やはりあの機体はレッドティアーズと同等の機動性と旋回性を有している。しかし、あの翼の形状をしたユニットがレッドティアーズとは違う独特な動きを実現している。それこそ鳥のように、機械的でない生物的な動きとでも言える挙動が目立つ。

 それほどまでに、あの機体はしなやかなのだ。

 

 今までのような戦い方では捉えきれないかもしれない。もっと、それこそ空を飛ぶ鳥を捕まえるつもりでなければあの独特な機動で逃げられる。ならば―――。

 

「レッドティアーズ! パンドラ!」

 

 パッケージを装備しても使用可能にしてある『近接仕様BT兵器レッドティアーズ』とそこに装備された『微細切断鋼線パンドラ』を展開する。何度か打ち合った感触で、武装中最大の切断力を持つ『パンドラ』ならあの翼を斬れると判断した。

 しかし、一度見せたことのある武装だ。それは敵機も警戒するだろう。それでも構わない。動きが制限できれば捕まえるチャンスが得られる。

 

 二機のビットを左右から包囲するように操作する。セシリアと比べれば拙い操作だが、それでも素早く動き、その軌跡には死線となるパンドラを残していく。

 対する敵機はレギオンビットを群ではなく散開させてアイズを包囲する。ひとつひとつの脅威は下がるが、回避しきれない。密度を捨て、当てにきた敵機のビットに苛立ちながらもソードを振って数十機を消滅させるが、数は減ったようには見えない。

 敵のビットひとつひとつはレッドティアーズには微小ダメージしか与えられないが、それでも塵も積もればそのダメージは無視できない。

 

「鬱陶しい!」

 

 『オーロラ・カーテン』の出力を瞬間的に上げてまとわりつく小型ビットを跳ね飛ばす。一時的な対処でしかないが、その隙を逃さずに『オーロラ・カーテン』を解除してサブアームを再展開。この四つのサブアームによる大型ブレードは『オーロラ・カーテン』と同時展開できないのが難点だった。

 

「だけど!」

 

 サブアームのブレードを展開。規格外の六刀を構えて勝負に出る。攻撃こそ最大の防御だというように最大展開したパッケージで強襲をかける。

 

「このカラミティリッパーなら!」

 

 アイズの集中力がそれを為した。残像を残してカラミティリッパーが一瞬で消える。

 

「……っ!?」

 

 巨大パッケージを装備しての瞬時加速。即座に敵小型ビットの包囲網を抜け出し、インレンジへと入り込む。すべてのブレードを前面へ。その速度をもってすべてのブレードによる斬撃を叩き込む。大質量の機体をそのままぶつけるような特攻に、回避すらままならない敵機は盾となるウイングユニットを重ね合わせて防御する。

 

 瞬間、巨大な破砕音が響く。

 

 敵機の最大の盾であったウイングユニットの一つが粉々に砕け、同時にレッドティアーズの三本のブレードが折れる。完全な痛み分けに終わり、その衝撃で弾かれるように密接していた二体が離れる。

 

「ぐうっ……!」

「っ……!」

 

 その衝撃で一瞬平衡感覚が麻痺するも、すぐに立て直して互いに相手を確認。追撃や回避行動へと移る。

 

 アイズは回り込ませていたビットを背後から突撃させ、それを察知した敵機は片翼になりながらも上昇して回避しようとする。それを見たアイズがわずかに笑みをこぼす。

 

 

 

―――――かかった!

 

 

 

 前回も同じように『パンドラ』を回避されたことから、今回は文字通りに網を張った。直上は相手にとっての死路だ。

 すでに、二機目のビットが『パンドラ』による網を張っている。敵機がそれに気付いたとき、すでにもう片方のウイングユニットが斬り飛ばされていた。文字通りに羽根をもがれた鳥のように落下する。

 当然、ここで手を休めるつもりのないアイズはそれを追撃する。

 

「これで終わり……!」

 

 残されたブレードでトドメを刺そうと振りかぶる。あと一撃、それで敵の絶対防御を発動させて捕える。

 しかし、そううまくはいかなかった。

 

「えっ!?」

 

 敵機は外装をパージし、残されたブースターを使いアイズへと向けて射出した。パッケージを捨てて武器として使用したのだ。多少驚きはしたものの、それを切り落とそうと『ハイペリオン・ディオーネ』を振り下ろした。

 

 

 

 

 瞬間、爆発。爆炎がアイズを包む。

 

 

 

 

「ぐうっ!?」

 

 咄嗟に『オーロラ・カーテン』を展開させてダメージを緩和させるも、少なくないダメージを受けた。まさか特攻用に爆薬を積んでいるとは思いもしなかった。

 

「パッケージが……!」

 

 さらに悪いことに今の特攻でパッケージのシステムにもエラーが生じた。もともと緊急で調整したOSに、突発的に機体ダメージを受けたことでバランサーと推進システムにエラーが生まれた。

 つくづく、自分はセシリアのようにスマートにできないことに舌打ちしたくなる。束にもらったパッケージをあっさり壊してしまうことに申し訳ない思いもする。才能の塊であるセシリアと違い、自分は努力をしなければ巧く扱うことはできない。ぶっつけ本番でパッケージを使用したツケがここできてしまった。嬉しい誤算は、この爆発と衝撃で同じく至近にいた小型ビットが一掃されたことくらいだ。

 アイズは己の不甲斐なさを悔しく思いながらパッケージをパージする。外部装甲を捨て、残された一本の『ハイペリオン・ディオーネ』を持ち離脱する。同時にビットを戻し、体勢を立て直して敵機と相対する。

 ここまで戦った感触では、実力は完全に互角。パッケージはアイズが上回っていたと思うが、緊急作動の影響で押しきれず、結果的に差し引きゼロ。

 アイズはパッケージ装備である大型ハイブリットソード『ハイペリオン・ディオーネ』を構え、敵機は細剣とチャクラムシールドを構えた。

 

「………」

「………」

 

 互いに実力が拮抗しているとわかるからこそ、互いに動けない。両者ともにバイザーをしているために、目の動きすら察せない。

 静の膠着状態が一分が過ぎたとき、アイズが動いた。アイズの今の武装は通常では規格外の大きさの大剣。下手な小細工は不要、渾身の力を込めて上段から振り下ろす単純にして最善な手段を選択。

 

「はぁっ!!」

 

 真っ向から突撃。間合いに入った瞬間、『ハイペリオン・ディオーネ』を敵機の頭部を狙って振り下ろす。だが、それは当然の如く取り回しの利く武器のカウンターを受ける。必殺のタイミングのカウンターだった。

 

 そして、それは空を切る。

 

「!」

 

 そのときには既にアイズは目の前から消えていた。『ハイペリオン・ディオーネ』を捨て、しゃがみこむように体勢を低くさせ、足払いの要領で脚部展開刃『ティテュス』による攻撃に移っていた。カウンターを狙ったカウンター。相手は腕が伸びきっている。そこへがら空きの腹部目掛けて回し蹴りによる斬撃を放つ。

 完全にとった。これを回避など、アイズでも不可能だ。

 

 

 

 キィン………!

 

 

 

「え?」

 

 アイズが思わず呆けた声をあげる。見れば、『ティテュス』が止められていた。脇から伸ばされたもう片腕のシールドチャクラムが紙一重のタイミングでそれを止めた。

 

 

 

 

――――嘘でしょ!? 間に合うはずないのに!

 

 

 

 左手は後方へと流れていた。見てから対応などできるはずがない。だが現実にそれは完全に防御されている。アイズは驚いて目を見張る。そのせいだろうが、目の中のナノマシンがざわついたように目が疼いた。

 

 

…………いや、違う。これは、この感じは……、この感じを、知っている。

 

 

「あなたは誰!?」

 

 それに気がついたとき、アイズは叫んでいた。それは悲痛な声となって海上に響く。しかし、それを無視するように敵機は剣を振るう。

 それをかすめ、装甲にキズを入れながらも離脱する。そのアイズの顔は、泣きそうに歪んでいた。

 

「どうして! どうしてその目を持っているの!?」

 

 そう叫びながら、AHSのリミッターを解除。『ヴォ―ダン・オージェ・プロト』を発動させる。レッドティアーズの頭部バイザーが解除され、アイズの両目が顕になる。直視こそが、もっともその力を発揮できるためでもあるが、今のそれは相手を直に確認したいという気持ちが大きかった。

 

「死にたいの!?」

 

 アイズの危惧はそれだった。少なくとも、この『ヴォ―ダン・オージェ』が完全適合した場合、リスクは視神経の喪失と脳へのダメージという致命的なものとなる。それを抑え、安定させるAHSシステムは束が作り上げたもので、『レッドティアーズtype-Ⅲ』と『オーバー・ザ・クラウド』の二機しか装備されておらず、目の前の機体には搭載などされていないはずだ。

 あの攻撃を回避し、反撃するということは間違いなく適合率の高いもの、それこそアイズやラウラのような高いリスクを負って発動するレベルの代物だ。

 それをAHS無しで使うなど、アイズには信じられない。それがどんな苦痛をもたらすのか、身をもって知っているからこそ、アイズはこの期に及んで敵の心配をしてしまった。

 

 それが癇に触ったのか、はじめて敵機が感情を現した。

 

 

「………………それは私に対する侮りですか? それとも哀れみのつもりですか?」

 

 

 透き通る声だった。まだどこか幼く、それでいて芯の通った、よく響く声だ。

 それが目の前の白いISの操縦者の声だとわかると、アイズは驚きの表情を浮かべた。まさか返答があるとは思っていなかったのだ。

 

「あなたに心配される理由などありません。不愉快です」

「その目がどういうものか、わかってるの!? それは、人が扱えるものじゃないんだよ!?」

「なら、なぜあなたは目を持っているのです? 一度は目を失いながら、それでも未だにそれで見続けている。見苦しいことこの上ない」

「あなたは……!」

 

 アイズを見下すように言ってくる。いちいちそんな言葉で腹を立てたりはしないが、それでもなぜこうも自分を敵視するのか、その疑問が湧き上がる。しかし、そんなアイズの心情に付き合う気はないというように『ヴォ―ダン・オージェ』を駆使しての攻撃を仕掛けてくる。アイズも対抗するが、わずか三手目で遅れを取ってしまう。

 

「ボクの目より上……!?」

「欠陥品風情が、いい気になるな」

「ぐぅっ!?」

 

 完全に反応速度で先を行かれている。機体スペックは互角でも、これでは負けは目に見えている。それに対し、アイズはわずかに迷うも、すぐに決意する。すなわち、AHSリミッターの完全解除。リスクを最大に、そして能力を最大にするアイズの最大にして禁忌の奥の手。頭が割れるほどの痛みと引き換えに得る、人間の領域を超えた戦闘能力を発揮する―――!

 未来予知でもしているかのような速度で敵の攻撃を回避し、反撃に移る。アイズの攻撃も、敵にかすめるようになる。これで『ヴォ―ダン・オージェ』の性能は互角。互いが回避よりも攻撃を優先しているため、ある程度の被弾は許容しており、互いの装甲が少しずつ削り取られていく。

 

「ぐ、ぐうううう!!」

「しつこい……!」

 

 たった数秒の攻防でも、戦う二人にとっては何時間のようにも感じているだろう。互いが後出しをし合うように読み合い、ダメージを代償に攻め、落とされないと判断する攻撃は受ける。

 消耗戦の様相を見せ始めた戦いは、しかし、呆気なく終わりを迎えた。

 

 

「―――――あ」

 

 

 突如として、アイズの目の輝きが失われる。その目は、ただ白く濁った色へと落とされる。AHSが、アイズの危険度がレッドゾーンを超えたと判断して強制的に『ヴォ―ダン・オージェ』を解除したのだ。

 一瞬にして視力を失い、暗闇へと戻る。そして、衝撃。まともに攻撃を受けたと考える間もなく、アイズの意識も、闇の中へと落ちていった。

 

 操縦者の意識が消えた『レッドティアーズtype-Ⅲ』も、その動きを止めて海へと落下していった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「アイズ!?」

 

 セシリアがアイズの異常に気付いたのは、アイズが『ヴォーダン・オージェ』を使用したときだ。ティアーズには互いにある程度のコンディションを知ることができるネットワークがあり、そこからレッドティアーズのAHSのリミッターが解除されたと警告があったのだ。それはすなわち、『ヴォ―ダン・オージェ』を使っているということにほかならない。

 それを使わなければならない状況に陥ったと判断したセシリアは、残る三機の無人機を三連射の狙撃で仕留めるとすぐさまアイズのもとへと向かう。既にほぼすべての武装を撃ち尽くし、外部ジェネレーターによるエネルギー供給も限界であったパッケージはお荷物としてパージ、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』本来の最大出力でアイズのいる戦域へと向かう。

 

 セシリアには、嫌なイメージが浮かんでいた。かつて、アイズが自身を庇い、両目の視力を失ったあの過去の忌まわしい出来事が脳裏にフラッシュバックする。

 そんな予感を振り払いながらセシリアはアイズを探す。通信の呼びかけは応えない。応える余裕がないのか、トラブルがあって通信できないのか、どちらでもいい状況ではないだろう。

 

 反応のあった海域へと到着、しかし、アイズはおろか、戦っていたはずの敵機の姿さえ見えない。ハイパーセンサーを最大にして二機の反応を探す。

 

 反応。――――下方、小島の岸部。

 

 目を向けると、海から這い出てきたと思しき白いISがいた。そして。

 

 

 

 その手に、ぐったりとしたまま動かない、『レッドティアーズtype-Ⅲ』―――アイズが掴まれていた。

 

 

 

「――――――ッ」

 

 それを見た瞬間、セシリアの思考が止まる。なぜ、なにが、という疑問を一切捨て去り、あの敵機目掛けて残されている六機のビットを射出。さらにセシリア自身もライフルを構えながら突撃する。

 そのセシリアに気づいた敵機はアイズを手放し、回避運動へ移行する。しかし、アイズによって受けた機体ダメージは深刻で、セシリアの狙撃とビットのオールレンジ攻撃を完全には回避できずに何発かのレーザーに装甲を撃ち抜かれる。

 しかし、いきなり反応が増した敵機が、それ以降のレーザーを紙一重で回避した。それを疑問に思いつつも、それでも攻撃の手を休めずにトリガーを引き続ける。

 そうしつつセシリアがアイズの傍へと着地、ビットによる射撃を行いながらアイズの容態を確認する。『レッドティアーズtype-Ⅲ』の診断データを同期させ、抱き起こしながらアイズの状態を確認する。

 

 全身が衰弱状態。さらに目、特に左目の視神経に多大な損傷と、肋骨などの骨に罅が入っている。打撲・裂傷の数は数えるのもバカバカしいほどだ。今すぐ命に関わるというような怪我がないだけまだマシと言うべきか。それでも、重傷には違いない。機体はすでに操縦者の生命維持モードへとなっていた。

 

 それを見たセシリアの表情が曇る。いつも自分はこうだ。アイズが傷つく様を見るだけで、肝心なときに助けられない。セシリアは血が滴り落ちることも構わずに唇を噛み締める。

 そんな視線を外したセシリア目掛け、敵機が接近して細剣を振るってくる。セシリアの視線は未だにアイズに向けられており、意識すら向けられていない。

 

「…………邪魔です」

「っ!?」

 

 スターライトMkⅣで背後から迫る細剣を受け止める。そのまま細剣を弾き、銃口を至近距離から敵機に向ける。視線は変わらずアイズにしか向けられていない。にも関わらずに正確に頭を狙っていた。そして躊躇いなく発砲。頭をかすめていくレーザーに敵機が警戒をしながら距離をとる。

 

 ゆらりとセシリアが振り向く。その目は、『ヴォ―ダン・オージェ』のような力などなにもない、なんの変哲もない目のはずなのに、それは見る者に怖気を走らせるほどの冷たさが宿っていた。

 そのままゆっくりとスターライトMkⅣを掲げ、まっすぐに狙いをつける。緩慢な動作なのに、セシリアの放つプレッシャーに圧され、まるで金縛りにあったように動けなくなる。

 セシリアの指がトリガーにかかる。文字通りの一触即発の状態。セシリアが指に力を込め………。

 

 

 

「………………やめて、セシィ」

 

 

 

 弱々しい声で響いたそれに、セシリアの力が抜ける。

 セシリアに抱かれるように横たわっていたアイズが、セシリアを見上げていた。しかし、その目は白濁しており、見えていないことがすぐにわかる。それでも、アイズはセシリアへと定まらない視線を向けた。

 

「アイズ……」

「ごめん、セシィ。でも、見逃してあげて」

「なにを………」

「お願い、あの子は、ボクを助けてくれたんだよ……」

 

 その言葉にセシリアが眉をひそめる。アイズはたどたどしく説明をする。

 

 あのとき、限界が訪れ視界がブラックアウトした際、アイズは一撃をまともに受けて意識を失った。そのまま海の中へと墜落したのだ。いかにISとはいえ、意識を失った状態で海底へと沈むことがどれだけ危険なことか、言うまでもないだろう。

 しかし、そんなアイズを海中から引きずり上げ、陸地にまで運んだのはほかならぬこの敵の少女であった。意識がわずかに戻ったとき、彼女に岸へと引きずり上げられたとおぼろげに理解したアイズは、どうして助けてくれたのか疑問を持ったが、それでもまずその事実を受け止めた。

 アイズは、気配を頼りにその敵であるはずの少女へと視線を向ける。なにも見えない、でも、なにかを見ようと目を閉じることはなかった。

 

「…………どうして、ボクを助けたの?」

「…………」

「ボクを、あんなに敵視していたのに」

「私は、……」

 

 その少女は少し弱々しい声を発した。セシリアは未だに銃口を向けているが、それでもその少女の言葉を待った。

 

「私は…………あんなつまらない形で、あなたに死んでほしくないだけです。あなたが死ぬとき、それは、私の手で、あなたのすべてを凌駕して、その命を奪うと決めているのです」

「………そうなんだ」

 

 アイズはその言葉も受け入れた。自分の不甲斐なさによる決着ではなく、すべてをぶつけあった上で自分の命を奪う。それが目的なのだと、静かに受け入れた。

 

「しかし………二度は、ありません」

「うん。でも、ボクもそう簡単には死ねない。ボクは、まだ死ねない」

 

 アイズも、静かに決意を表明する。

 アイズには、まだやることがある。やりたいことがある。やるべきこともある。こんなところで、終わるわけにはいかない。そのための力が足りないとしても、それでも死ぬわけにはいかない。

 

「覚悟しておいてください。次は、こうはいきません」

 

 その少女がゆっくりと機体を浮上させる。損傷があっても未だに飛行はできるようだ。セシリアは撃ち落とすことも考えたが、結局は甘すぎるアイズの願いを聞き入れ、引き金を引くことはなかった。

 

「待って…………名前をきかせて」

 

 飛び去ろうとする間際にアイズが声をかける。その声を受け、少女は動きを止めた。セシリアからみても、あの少女もアイズに対してなにか特別な思い入れがあることは確実だろうとわかる。でなければ、敵に対してかける言葉としては戯言でしかないアイズの言葉を聞くことすらしないはずだ。

 少女は顔だけ振りむいて、顔を隠していたバイザーを解除する。やや幼い顔立ちに金色の瞳。そして真っ白な髪が風に靡いた。雪のような白い肌と相まって、まさに『白』が人の形になったような姿であった。

 そんな白い少女はアイズには見えなくても、素顔で対峙しながらそれを告げた。

 

「シール。…………私の名は、シール」

「ボクは、アイズ。アイズ・ファミリア。…………助けてくれて、ありがとう」

 

 互いに傷つけ合ったあとの自己紹介は、滑稽な光景だっただろうか。しかし、少なくともその場にいたセシリアは、二人のその会話に口を挟むつもりはなかった。

 

 親しいはずなどないのに、敵同士であるはずなのに。

 

 それは、まるで友人同士であるような、そんな不思議な穏やかな声色でもって交わされた言葉であった。

 

 

 




気がついたら一万字超えだった(苦笑)
これにて戦闘は終了。アイズも普通に強いんだが、背負ったハンデや敵もチート級だったりでなかなかスマートに勝つことが少ない(汗)

謎が謎を呼ぶ感じになりましたが、これから幾度となくアイズ対シールの戦いが繰り広げられていきます。彼女の正体などはまたしばらくあとになります。

次回は後始末。多少の裏事情が明かされます。

それでは、また次回に!


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Act.32 「蠢く闇は、未だ晴れず」

「どういうことだ?」

 

 千冬は目の前に立つ人物に鋭い視線を向けていた。世界最強の女と言われる千冬の視線は肝の小さい者なら失神してしまうほどの威圧感があったが、それを向けられているイーリス・メイはまるで柳のようにそんなプレッシャーを受け流している。

 

「言ったとおりです。ラウラさんに機体を渡したことは我が社の意向ですが、それをどう使うかまでは本人の意思によるものです」

「このタイミングで、そんな言い訳が通用するとでも?」

「えっと、そう睨まれても困るんですけど。私はあくまで、社長の指示に従い、演習を行うとして急遽、カレイドマテリアル社に所属となったラウラさんに渡しただけですので……納得してくれませんか?」

 

 イーリスは困ったような表情を浮かべている。それはまるで、新人社員が謂れのない不手際を怒られ、それでもただ聞くしかないというような姿であった。

 事のはじめは、連絡がつかなくなった六人が戻ってきたときだ。そこには、いつの間にかいなくなっていたラウラの姿もあった。しかも、見たことのない新型のISに搭乗していたのだ。

 ラウラは相当消耗しており、戻るやいなやすぐに気を失い、そのまま病院へと送られた。ラウラがどんな事情で出撃したのか知るべきことであったが、それは無理であったために比較的軽傷であった一夏、簪、シャルロットそしてセシリアから事情を聞くこととなった。

 重体だったのはラウラ、鈴、そしてアイズであった。

 ラウラは傍目には怪我はなかったが、身体に大きな負荷がかかっており、内蔵にも痛手を負っていた。鈴も同様にダメージを負っていたが、鈴の場合はさらに二本の骨を骨折していた。

 ラウラの場合は『オーバー・ザ・クラウド』の機動に耐えられなかったことが原因であり、鈴は『オーバー・ザ・クラウド』の『天衣無縫』をその身で受けたことが大きかった。

 一番ひどかったのはアイズだ。全身の打撲と内出血、骨には罅が入り、左目からは血の涙を流していた。あの白い機体、シールの操るISとの戦闘によるダメージ、そして完全開放したヴォ―ダン・オージェの代償がこの有様であった。

 この三人はすぐさま救急車で病院送りとなった。

 

 残された者のなかで、セシリアがどこか上の空な顔をしながら説明を行った。

 

 『銀の福音』とのエンカウント後、すぐにかつて襲撃されたときと同じ無人機の大群に襲われた。撤退ができずにいたとき、援軍としてラウラが合流、ラウラが運んできた装備を駆使して無人機をようやく撃退、帰還した。

 一緒にいた他の面々はセシリアが意図的にある情報を隠したことに気付いたが、それを指摘することはなかった。今回、無事に帰還できたのはセシリアの貢献度が大きい。それに病院送りになった三人の文字通りに身を挺した戦いがこの結果を生んだとわかっている三人はその情報開示の有無をセシリアに任せたのだ。

 

 セシリアは意図的にある存在を隠蔽した。白いIS、そしてシールと名乗った白い少女の存在だ。

 

 その理由はただひとつ。あのシールの目、アイズやラウラと同じヴォ―ダン・オージェ。しかも、AHSのバックアップなしであれほどの能力を発揮する上位互換であろう金色の瞳。

 それは脅威だ。そして、それが実現できると知られることがまずい。もし外部に漏れれば、いくつもの組織が研究に乗り出すだろう。

 そして、それを持つアイズとラウラが真っ先に目をつけられる。リスクを背負うとはいえ、シールの目に限りなく近い目を持つ二人だ。そして同時にそれを制御するAHSシステムも知られることになる。

 それはアイズたち、そしてカレイドマテリアル社にとって悪影響にしかならない。おそらく表と裏からさまざまなアプローチをかけられるだろう。イリーナがいるためにそういった謀略の対抗策は万全ではあるが、強硬手段を取らないという保証はない。

 時間稼ぎにしかならないかもしれないが、それでも懸念される事態は可能な限り抑えておきたい。

 

 そしてあらかたの説明を終えたとき、タイミングを見計らったかのようにイーリスがやってきた。イーリスはセシリアとその場でばったり出会ったような反応をして、誰にもわからないようにセシリアにアイコンタクトを送る。「あとは任せろ」という意図を受け取ったセシリアは軽く頭を下げ、退室。すぐに全員でアイズたちが送られた病院へと向かった。

 

 そして残されたイーリスがややおどおどしたような態度で千冬や真耶と相対した。そこで告げたのは二人が疑問に思っていたラウラの件であった。その態度とは裏腹に一方的に告げる内容に千冬の表情が曇るのはすぐであった。

 一緒にいた真耶は少し同情的な視線をしているが、千冬は気づいていた。イーリスは見た目こそ怯えたような顔を見せているが、その姿勢はまったくぶれていない。体幹はいっさいぶれずにまっすぐとしており、それはまるでいつ不意打ちを受けても大丈夫なように備えているようでもあった。そんなベテランの傭兵のような挙動を垣間見せるイーリスに千冬が疑念を持つのは当然であった。

 

「けしかけた、と取られても仕方ないと思うが?」

「この学園は中立ですが、所属する操縦者のバックアップは我々のような企業の役目です。それを全うするのは条約違反ではありません。ちなみにあの機体……『オーバー・ザ・クラウド』のデータ開示は拒否させていただきます」

 

 たまたま渡しに来ただけで関係ない、と言ったそばからそんなことを言うイーリスに千冬の表情がなおも険しくなる。普通なら管理する側であるIS学園に機体データを開示しないということはありえない。開示できないものならばそもそも送り込んできたりはしない。

 しかし、学園側はそれを強制的にデータを見る権限もないのだ。こうしたところが、複雑に絡み合った思惑の中で作られたIS学園の矛盾点のひとつであった。

 

「あの機体は欠陥品ですので、不必要にデータ開示はしないというのが我が社の決定なんです。ラウラさんを見ればわかるでしょう? 操縦者をいっさい考慮しない機体、そんなものを公表などできませんよ」

「そんな機体にラウラさんを乗せたんですか!?」

「なにかおかしいですか? それがテストパイロットとなった彼女の役目です」

 

 きっぱりと言い切るイーリスに真耶の顔も険しくなる。まるでラウラを実験動物のように扱う言い草に反感を覚えるのも仕方ないだろう。

 しかし、イーリスは内心で「こんな悪役っぽいこと言うのやだなァ」と思っていた。こうした交渉の進め方はイリーナのやり方だった。挑発を兼ねて強引に話を進め、相手の反感を買ったところで感情的にさせてこちらのペースに引きずり込む。どんなときでも、話し合いや交渉は最後まで冷静なほうが有利なのだ。

 

「ラウラさんを信用していなければ、そのような役目は任せません。それが社長の回答と思っていただいて結構です」

 

 遠まわしに「おまえらよりずっとラウラを信用している」と言っている言葉に二人は言い返す言葉がない。いやらしい言い方だ、と言ったイーリス自身が思っていた。

 

「………ラウラの件に関してはひとまずはそれで納得しよう。今のあいつはそちらの所属だ。私たちがとやかく言える立場ではないことはわかっている」

「ご理解、ありがとうございます」

「だが、もうひとつは別だ。…………『銀の福音』は確かに回収させていただいた。だがなぜ、暴走していたあれをあなたがたが確保できたのだ?」

 

 さて、問題はここから。さすがにカレイドマテリアル社の者がたまたま『銀の福音』を確保したので渡しに来ました、なんて言っても納得はしてくれまい。だが、納得してもらわなければならないのだ。

 束も無茶な注文をつけてくるものだ、と本当に困ってしまう。

 イーリスは彼女自身のポーカーフェイスである困った顔を浮かべながら、対話という戦いを続けるのであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 およそ一時間ほど前、束は強奪された『銀の福音』をさらに強奪するということをやってのけ、緊急時のベースとして使えるようにしておいた拠点へと降り立つ。ステルスモードでなおかつ、光学迷彩を施したために誰にも見つからずに山中にある隠れたハンガーへと入って行った。

 ここは、かつて束がひとりで逃亡していた際に使っていた拠点のひとつで、もう引き払っていたが、身を隠す場所としてはちょうどいい場所だった。

 

「やれやれ、またここにくるとはねぇ……さて、と」

 

 『フェアリーテイル』のテイルユニットに吊るされた『銀の福音』をゆっくりと下ろし、テイルユニットを突き刺したまま、いくつもの空間ディスプレイを表示する。表示されたのはウィルスに侵されたコアの情報だ。それを目で追いながら束は思考制御でアンチプログラムを作成、リアルタイムでウィルスの除去を行う。

 コアそのものはまったくの無傷。しかし、コアから機体へと繋げているプログラムがめちゃくちゃにされている。いわば、この機体はコアが命じた行動とは真逆の行動をとるように設定されてしまっているのだ。

 アクセスしたコアからは、必死に暴走を止めようとする信号が発信されていたが、ウィルスがその信号を『暴走信号』に変換しているのだ。そしてある場所までの強制誘導と、妨害が入った際の迎撃行動をとるようにも仕組まれている。コアに干渉できないから、コアと機体の伝達系を狂わせようという魂胆がよくわかる。

 

「ま、束さんにかかれば、ちょちょいのちょいっと」

 

 バグを生み出すウィルスを少しずつ解体する。無理やり除去すればコアと機体の同調系統を破棄することに繋がるために時間をかけて浄化するしかない。

 それでも束にかかれば、ほんの五分ちょっとの時間があれば充分であった。

 

「ほいっと、バグの完全除去完了。IS強制解除っと」

 

 『銀の福音』の装甲が粒子変換され、気絶した操縦者がその場に倒れる。束はその操縦者の女性がただ気絶しているだけで、命の危険性があるような怪我もないことを確認する。

 

「うう………」

「お、目が覚めた?」

「こ、ここは……あ、あなたは誰……!?」

 

 流石は軍人というべきか、目の前にいる正体不明のISを見て即座に距離をとって警戒体勢へと移行する。丸腰でISに勝てるわけもないのだが、咄嗟にその反応ができるというだけでも優秀な人物だとわかる。

 

「銃もないのに、よくやるね。あ、ナイフはあるけど、使う?」

「っ!?」

 

 束が転がっていた果物ナイフを拾って女性へと投げる。山なりに投げたソレを女性はついキャッチしてしまう。敵かもしれない人物から渡された武器を受け取るなどありえないが、予想外の束の行動につい手にしてしまう。手にした以上は、それを構えるしかない。

 

「事情説明はいる? えーと、なんだっけ、ナ、ナ、ナタ………なっちゃん中尉」

「誰ですか! ナターシャ・ファイルスです! それに私は大尉です! …………あ」

 

 ついつい本名と階級を言ってしまう女性、ナターシャ・ファイルスはしまった、というように表情を引きつらせる。まさかこんなふざけた誘導尋問に引っかかるとは、と己のミスにショックを受けながら目の前の怪人物に畏れの念を抱くが、束は完全に天然で言っていた。

 

「あー、そうそう、なっちゃん大尉」

「結局その言い方は変わらないんですか………もういいです。あなたは誰で、私をどうする気なんですか?」

 

 ナターシャは諦めたように額を押さえる。自分は丸腰同然で、相手はIS装備。勝目はないと判断して抵抗するよりも対話することを選んだ。かなりエキセントリックな人物のようだが、それでもまったく意思疎通ができないわけではないので妥当な判断であった。

 

「さて、なにから話そうかな。というか、私のほうからも聞きたいことがあってね」

「なんですか? 内容によりますが」

「『銀の福音』を調整したのは、誰?」

「………それは軍の機密に関わります。お答えできません」

「ふーん、裏切られたのに、大した忠誠心だね」

「っ!? ど、どういうことです……?」

「まぁ座りなよ。埃っぽいけど、落ち着いて話そうじゃないかね?」

 

 束はそう言ってなんとISを解除した。あっさりと絶対優位性を放棄したことに驚くが、同時に制圧しようとも考える。しかし、ISを解除してもまったく隙を見せないことにその考えを諦めざるをえなかった。

 束はISを解除してもハロウィンカボチャをかぶっており、顔はしっかり隠している。しかしそれはどう見ても不審人物でしかない。

 それでも選択肢のないナターシャは勧められた通りに安っぽいパイプ椅子に腰をかけ、束もテーブルを挟んで同じように座る。

 

「とりあえず現状から説明しようか。あなたは軍で開発された『銀の福音』の操縦者で、起動実験と演習を行っていた。ここまではいい?」

「ええ」

「で、そこで『銀の福音』が暴走。あなたは取り込まれたまま意識を失い、すべてが終わったあとでこうして意識を取り戻したの」

「ぼ、暴走……?」

「なにか覚えてない?」

「………まさか、あれは」

 

 ナターシャの脳裏に浮かぶのは、演習開始のこと。

 『銀の福音』と空を飛ぶことに胸を躍らせながらナターシャは演習に臨んだ。ナターシャにとって『銀の福音』は共に空を飛ぶ相棒であり、まるで娘か妹のように大切に思いながらその時を待っていた。

 しかし、起動直後、突然『銀の福音』の悲鳴が聞こえた。いや、そんな気がしただけだ。実際にそんな声をISは上げない。しかし、ナターシャには確かにそれが聞こえた気がした。

 そして、瞬く間にシステムがフリーズ。すぐに現状を確認しようとしたところ、システムにまったく見たことのないプログラムが走っていた。

 それがなにかを調べる前に、ナターシャの意識は落ちた。それがナターシャが覚えている最後の記憶だった。

 

「………『銀の福音』には、ウィルスが仕込まれていた。それはコアと機体の同期を妨げ、コアの命令を一時的に麻痺、そして決められた行動を機体に擬態したコアとして命令を与えるものだった」

「そ、そんな!?」

「つまり、あなたとコアはウィルスに擬態されて、暴走………ううん、暴走とは少し違うね、あらかじめ、決められていたんだから」

 

 解析したところ、そのウィルスによって設定された行動とは即座に基地を離脱して高機動で目標地点へと移動、途中に妨害が入れば回避を優先で迎撃。目標ポイントに到達後、別命の指示を待ち、設定された第二ポイントへ移動して誘導に従い、機体を停止。おおまかに言えばこのようなものだった。

 

「で、あなたはそこに待機していた潜水艦に収容され、機体ごと停止状態にいたところを私が襲撃して奪還、ここまで運んで今に至るというわけ」

「…………」

「あ、『銀の福音』に関してはもうウィルスは除去して、今は念入りにプログラムを精査中だから安心していいよ」

「…………」

「証拠見る?」

 

 なにも喋らずにナターシャはこくりと頷く。束はパソコンを取り出し、それをモニターにして戦闘映像や実際の『銀の福音』のプログラムデータを見せながらもう一度説明する。

 やがて、ナターシャがそれが偽装ではなく事実だという結論に至る。

 

「…………さて、その様子だとわかってるみたいだけど、私が『銀の福音』の調整した人を知る理由もわかるよね?」

「……その人が、あの子にウィルスを流したんですね」

 

 どう考えてもその結論に行き着いてしまう。

 軍の新型ISにウィルスを仕込むなど、外部にはまず不可能だ。それに、このようにはじめからプログラム自体に細工をしていたとなると、事前にそういうウィルスを仕込んでいるはずだ。この時点でそれができる人物など、わずかに絞られる。さらに最終調整でそれをスルーしたとなると、現場にいた機体スタッフの中の誰か、もしくは全員がそれに関与している疑いがある。

 

 なるほど、これは確かに裏切り行為としか言い様がない。

 

 ナターシャは乾いた笑みを浮かべるが、その表情は怒りを顕にしていた。

 

「あなたはそうした人たちとは違うみたいだね。まぁ、操縦者を引き込む必要なんてないからそうだろうなとは思ってたけど」

「私は、そんな馬鹿な裏切り行為などしません……! 私は、軍を、この子を裏切ることなんて……!」

「…………」

「いったい、どうしてこんな真似を……、なぜ……」

「さぁ、それは、どこぞのバカしか知らないんじゃないかな。わかることは、そういうバカが軍にはけっこういるんだろうね、ってことくらい」

 

 束のバカにしたような言葉に反論する気力も、言葉もないナターシャはただ項垂れるしかない。

 

「そこで聞きたいんだけど、………あなたは、“この子”をどうしたい?」

 

 束は顔こそ隠しているが、どこか優しげな声でそう言った。

 

「どういう、意味ですか」

「このままあなたが戻っても、『銀の福音』は十中八九、凍結処置だろうね」

「そう、……ですね。おそらくそうなるでしょう」

 

 メンツを守るためにも、暴走したISはコアを凍結処分にするというのが妥当だとナターシャもわかっている。

 

「この子は、操り人形になってただ動いただけ。それで凍結なんて、可哀想じゃない?」

「何が言いたいんですか?」

「この子のコアは、私がもらう」

「ッ!?」

 

 ナターシャがガタっと音を立てて立ち上がる。

 

「どういうことです? なにをするつもりですか?」

「決まってるじゃない。……すべてのISは、空を飛ぶために存在している。それは、コア自身の願いでもある。だから、この子も空を飛ばしてあげたい。そのためにも、凍結処分にさせるわけにはいかない」

「………そんなこと、軍が黙ってはいませんよ」

「だろうね、だからニセモノのISコアを搭載して返す。どうせ解析できないブラックボックスなんだから、それが本物かどうか確かめる術なんてない」

「そんなこと不可能です。どうやってそんな偽のコアを用意できるんですか?」

「ん? そんな難しいことじゃないけど?」

 

 あっさり言い切るこのカボチャ頭の怪人物にナターシャの疑念が最大に増していく。

 

「………あなたは何者ですか? なぜ、………いったいなにが目的なのですか?」

「私が誰か、目的はなにか。言ってもいいけど、それを喋ったらあなたは消すよ?」

「………構いません。聞かせてください。あなたは、本当にこの子を助けたいというのですか?」

 

 ナターシャは『銀の福音』に並々ならぬ愛情を抱いている。それは、ISを兵器と考える軍の中において異質な思考であった。しかし、ナターシャはそんな自己の感情が好きだった。だから『銀の福音』に空を飛んで欲しいという願いは確かに強く持っている。

 だが、この人物が同じように思っているかはわからない。もしかしたら、なにかに利用する気なのかもしれない。その真意がわからないままでは、信じることなどできない。

 

「あなたの正体、いえ、ここで出会ったことも、私は報告しません。それが、軍に対する背信であろうと、私はあなたの真意が知りたい………すべてはそれからです」

「…………ま、あなたももう予想はしているんだろうけど……」

 

 束はそう言いながらカボチャのメットに手をかける。ナターシャは聡明だ。ISコアをどうにかできると言った時点で、その正体の予想はついているだろう。それでもこう言いきれることは大した度量だと束も感心していた。

 その心意気に答え、束はその素顔を晒した。

 

「私は、ISの発明者、そしてすべてのISの母、………それが私。篠ノ之束さんなのです」

 

 慈愛の笑みを浮かべる束に、ナターシャは抱いていた疑惑が氷解していくのを感じた。

 

「やはり、あなたが……」

「ISを助けたいって思うのは当然だよ。だって、私にとって、すべてのISは、大事な大事な可愛い子供なんだから」

 

 いつものふざけた言い方ではなく、心のままを口にしたような束の言葉を、ナターシャは信じた。それは、自身が『銀の福音』に抱く思いととても似ているから。

 

「私はね、空を飛ぶためにISを生み出した。だから、私はすべてのISに空を見せてあげたい。それが私の思惑だよ」

「………」

「でも、世界はそううまくいかない。いろんな柵があって、いろんな思惑があって、それで私の思いも、そんな渦に飲み込まれちゃった………でも、私は未だにこの願いは捨ててない。こんな答えじゃ不服かな?」

「いえ、もう充分にわかりました。篠ノ之博士」

「そっか。で、どうする? 軍に従い、この子を凍結する? 軍を裏切って、この子をとる? 今のこの子のパートナーはあなた。あなたが決めて」

「………私は」

 

 ナターシャは迷いはしなかった。だが、もう一度考える。

 軍に裏切り者がいたとはいえ、軍の所持するコアを横流しする行為はそれこそ裏切り行為というべきことだ。軍人であるナターシャは、そんな行為に手を染めることに忌避感を持っていることも確かだ。

 だが、ナターシャが抱くのは、それよりも強いただひとつの思いだった。軍人としてのナターシャ・ファイルスが死ぬことを覚悟した上で、その願いを口にした。

 

「この子に、空を見せてあげたい。……お願いします、この子を助けてください」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 覚醒した意識が、真っ暗な視界を認識する。いつもの暗闇、アイズにとってもう慣れきった見えない世界の闇の中で、自分の状態を確認する。

 身体中が痛い。特に目が痛む。やはりヴォ―ダン・オージェをAHSのバックアップなしで使った代償は大きかった。鈍い痛みが断続的にアイズの目を襲っている。そんな痛みにもある程度は慣れてしまった自分が少し悲しかった。

 そうしていると、ふと自分の手に暖かい感触があることに気づく。そしてはっきりしてきたアイズの感覚が、その気配を認識する。

 

「簪ちゃん?」

「っ、アイズ、気付いたの?」

 

 簪がぎゅっとアイズの手を包み込んでいる両手に力を込める。その暖かい感触にアイズの頬が緩む。

 

「ボクは、………作戦は?」

「もう終わってる。無人機は全部撃退して、『銀の福音』も確保できたみたい」

「そう、なんだ。他のみんなは無事なの?」

「あなたが一番重傷ですよ、アイズ」

 

 そこへもっとも聞きなれた声がかけられる。セシリアだった。

 

「ラウラさんと鈴さんが極度の疲労と骨折で入院しています。ですが、あなたよりは軽傷です。…………私がなにを言いたいのか、わかりますね、アイズ?」

「…………ごめんなさい」

 

 責めるようなセシリアの言葉に、アイズが項垂れる。わかっていたことだ。あんな無茶をしてセシリアが怒らないはずがない。

 

「今回のことで、左目のダメージが深刻です。AHSがあっても、見えることができなくなるかもしれないくらいの損傷を受けたのですよ」

「…………」

「夢を捨てる気ですか、アイズ?」

「そんなこと、ない」

「では博士の好意を無駄にしたかったのですか?」

「そんなことない!」

「だったら、この様はなんですか!」

 

 セシリアの怒鳴り声にアイズも、傍にいた簪もビクッと身体を震わせる。アイズは見えないが、簪には普段の落ち着いた様子からは想像もできないほど激情を現したセシリアを見て絶句している。

 

「はっきり言いましょう! あなたの行為は、自殺同然です! 確かにそうしなければならない状況というものはあるでしょう、でも! アイズは、その手段をあっさりと選びすぎています!」

 

 リスクを大きさを知ってなお、それを避けるのではなく、覚悟して使うのがアイズだ。過去の体験から、アイズは痛みを許容する傾向が強い。そして、それは自身の命の軽視へと知らず知らずにつながっている。

 

「今回のことだって、“あの人”の温情がなければどうなっていましたか!? 死んでいてもおかしくなかったんですよ!」

「そ、それは……で、でも」

「黙りなさい!」

「うっ………」

「簡単に自己を犠牲にする手段を選ばないでください! たとえそれしかなかったのだとしても! それでも自分自身だけですべてやろうと思わないでください!」

 

 今回もシールに遅れをとったとしても、それでもまったく対抗できないという実力差はなかった。だからセシリアに援護を要請して時間稼ぎに徹すればこのようなリスクを負わずに対処できた公算も高かった。

 それをせずに一騎打ちにこだわったのは、紛れもないアイズの独断だ。

 

「自覚しなさい! あなたはバカです!」

「う、うぅ……」

「でも……私はそれ以上にバカなのでしょう」

「セ、セシィ……?」

「私は、………いつも、あなたを窮地に陥らせて、助けてあげられない。私は、あなたを守るという約束も……守れていません。……ごめん、なさい」

 

 次第に弱々しくなるセシリアの言葉にアイズが困惑する。そして、アイズはその気配で、セシリアが泣いているのだとわかった。

 セシリアも後悔していた。確かにアイズの無自覚な無鉄砲さはアイズの欠点だが、それを一番理解しているはずの自分が、肝心なときに助けてやれない。それがセシリアの心を重くしていた。

 一番叱られるべきなのは自分だとセシリアは思いながら、アイズを怒った。それは、まるで八つ当たりのように思えて仕方ない。そんな自分を嫌悪しながら、セシリアは気づけば両目から涙を流していた。

 

「セシィ………!」

 

 そんなセシリアを彼女の声と雰囲気だけですべてを察したアイズが、まるで呼応するかのように泣き出す。右目からは透明な涙を、左目は赤みがかった涙を流す。

 セシリアを泣かせた。自分が無茶をしたから。それがアイズに重くのしかかる。心が痛い。その痛さは、この目のものより遥かに痛かった。

 

 そんな風に互いを思うがゆえに泣いてしまった二人を見ていられなくなった簪が、セシリアの手を引いてアイズの傍へと向かわせる。そのままやや強引にでも二人の手を重ね合わせた。

 二人が互いに手を取り合い、握り締める。今の簪には、こうしてあげることしかできない。

 

 アイズとセシリアは、「ごめんなさい」と言い合いながらその場で泣き続けた。




後始末編その一。次回で臨海学校編は終了となります。

うちの束さんは人付き合いは上手くないけど社交性は原作よりずっとあります。そして束さんの目的もだんだん見えてきました。

次回では無人機の解析とアイズたち各々の新たな決意のエピソードになります。

夏休み編は「イギリス帰郷編」となります。ほぼオリジナル編となりますが、ラウラや鈴、シャルロットの強化など魔改造が目白押しの予定です。


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Act.33 「それぞれの願いのために」

「青春してるわね、あんたら」

 

 アイズとセシリアが抱き合って泣いている様子を見て鈴がそんな声をかける。鈴は身体のあちこちに包帯を巻いており、左腕が吊るされていた。満身創痍ともいえる姿だが、彼女自身はいたって元気そうだ。

 そんな鈴の横にはラウラも同じような姿で立っており、二人の後ろにはシャルロットや一夏もいる。作戦に参加した全員が、生きて顔を合わせた。

 

「鈴ちゃん、ラウラちゃん……みんなも」

「すみません、お見苦しいところを……」

 

 二人は涙を拭って立ち直る。そんな二人の関係は見ていた全員が微笑ましいと感じていた。

 

「みんな怪我は?」

「へーき、へーき。大げさに包帯巻かれただけよ」

「無理するなよ、鈴。骨折してるくせに」

「うるさいわね一夏。骨なんてくっつんだから痛みさえ我慢しとけば大したことないわよ」

 

 そんなとんでもない根性論を言う鈴に全員が苦笑する。しかし、こうした鈴の言葉がやや重かった空気を発散させていた。

 

「まぁ、セシリアの説教は聞こえていたからあたしからは言わないけど、あんまり無茶するんじゃないわよ、アイズ」

「うん。ごめんなさい………でも、ありがとう。みんなも」

 

 セシリアに言われたことでアイズもしっかり反省していた。自分を蔑ろにしてなにかをしても、それを喜ぶ友はいないのだ。むしろ、心配と不安を押し付けてしまうことに今更ながら実感したというべきか。

アイズは真摯な態度で皆に謝罪した。それを受けた全員がただ笑ってそんなアイズを受け入れる。

 

「姉様……」

 

 そんな中、ラウラが不安そうにアイズへと近づく。アイズは当然のようにそんなラウラの声と雰囲気だけでラウラの精神状態を察した。

 

「ラウラちゃん?」

「私が不甲斐ないばかりに、姉様にこのような怪我を………申し訳ありません、姉様」

 

 アイズがこのような怪我をした原因はあのシールとの戦闘だ。シールと彼女の駆る天使のような白いISの戦闘力は確かに高かった。おそらく、並の操縦者なら束になっても敵わないだろう。しかし、ラウラの『オーバー・ザ・クラウド』の機体スペックはその上を行っていた。しかし、現実は時間稼ぎが精一杯で、シールの機体の手の内すら明かせずに限界を迎えた。たとえ倒せなくとも、なにか少しでもシールの情報を得られていれば、パッケージだけでも破壊できていれば、アイズにこのような怪我を負わせなくて済んだと思い込んでいた。

 多数の無人機を相手に時間を稼ぎ、可能な限り破壊したラウラの戦果は文句のつけようもないというのがラウラ以外の全員の考えであったが、本人はそうは思わなかった。

 意気込んで戦場に出たその結果が、機体を操りきれずに戦闘不能になり、その後は敬愛する姉の撃墜だ。そんな現実がラウラを自己嫌悪に陥らせていた。

 

「ラウラちゃん、おいで」

 

 ラウラは言われるままにふらふらとアイズに寄り添う。気配を頼りにアイズが手を伸ばし、優しくラウラの小さな身体を引き寄せる。

 

「ラウラちゃんがいなかったら、ボクは、ううん、ボクたちはみんなやられてた」

「…………」

「ラウラちゃんが時間を稼いでくれなかったら、ボクもセシィも戦うことすらできなかった」

「…………」

「ありがとう、ラウラちゃん。ラウラちゃんは、ボクの自慢の妹だよ」

「………姉様」

 

 ラウラは感極まったように、痛む身体を無視してまでアイズに抱きついている。

 この二人の仲の良さは本当の姉妹のようだと誰もが思う。アイズにとって頼られているという事実は心が満たされるものであるし、ラウラにとっても心の底から信じられる存在というのは、崇拝の念を抱いていた千冬とはまた違い、大きな安心感を与えてくれるものだった。

 ヴォ―ダン・オージェという、普通ならば共有できないものを抱えているという点も、二人を結びつける要因であろう。この金の瞳を持つ苦しみも痛みも、持った本人でなければ理解できないから。

 

 そういった意味では、もしかしたらラウラのほうがアイズを支えてやれるのかもしれない、とセシリアはわずかに思ってしまう。そして馬鹿なことを考えたと、その思考を捨てる。

 支えることに優劣などない。自分は、自分のやり方でアイズを支えると決めているのだ。特にアイズを叱るのは自分の役目だ。無自覚に無茶をするアイズは、むしろラウラや簪のような人が近くにいたほうが無茶をしなくなるかもしれない。

 自分では、そんな風にできないから………そんな考えが、やはり頭から離れなかった。

 

「セシリア」

「なんです、鈴さん?」

「あんた、ちょっとマイナスな思考してるんじゃない?」

「………鈴さん、誰にも言いませんからやっぱり読心術があると言ってくれませんか?」

「だからそんなんじゃないって。あたしの場合は、ほら、勘というか、そんなのよ」

 

 ケラケラ笑う鈴の後ろではシャルロットも同じようにクスクスと笑みを浮かべていた。

 

「今のは僕でもわかるよ。セシリアさん、けっこうそんなときは表情に出るから」

「そう、なのでしょうか」

「確かに、セシリアって以外と脆いとこあるよな」

「一夏さんまで……」

 

 常に強く、気高くあろうとしているセシリアにとって、そんな指摘は少しショックで………そして、少しだけ救われた気がした。

 セシリアは気遣ってくれる戦友たちに、精一杯の礼を込めて花のような笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 「56、57、………で、どうよ? 愛しのお姉さまに許されて気が晴れた?」

 

 鈴はベッドの上で腕立て伏せをしながら、隣りのベッドにいるラウラに声をかける。二人は同室で、一番怪我がひどかったアイズだけは個室だった。アイズはそれにはむしろ寂しいと嘆いていたが、治療優先なので我慢してもらった。

 あのとき、戦った皆で無事を喜び合ったときから既に数時間経過しており、入院となった三人以外は事後処理があるために本来の宿泊施設へと戻っていった。簪は「アイズの傍にいる!」と言ってかなり渋っていたが、セシリアに引っ張られていった。

 ラウラが顕著だったが、全員が今回の戦いでは自身に足りないものを自覚していた。それを皆で言い合い、これから皆で強くなるしかないという結論を全員が出した。このようなことがもう起こらないという保証はなく、むしろまた無人機の襲撃を受ける可能性は常にあると思っていたほうがいいだろう。いつまでもくよくよしている場合ではない。だからラウラが落ち込んでいるのはマイナスでしかないし、鈴としてもいい気分じゃない。

 

「……凰、いや、鈴」

「ん、なに?」

「私は、弱くなっただろうか?」

「なによ、いきなり」

「自慢にならないどころか、醜態でしかないが、……昔の私は強さに自信を持っていた。まぁ、それも幻想だったわけだが、それでも不安を感じず、自信を持っていた点は心構えとしては悪くはなかったと思っている」

「まぁ、慢心がなきゃそうでしょうね」

「だが、………今の私は、不安で、怖いのだ。一番怖いのは、姉様が……姉様がいなくなることが怖い。そう考えたとき、震えが止まらないのだ」

 

 アイズが撃墜されたと聞いたとき、ラウラは頭が真っ白になった。アイズがいなくなったときの考えたくもない想像が頭をよぎり、それがラウラに恐怖を与えた。あのとき感じた怖さは、ラウラは忘れることはないだろう。

 

「それだけ大事だってことでしょ? なにかを背負うってのは、そういうことよ。大事なもんを持つってことは、それを失うことの恐怖を受け止めないと強くなれないのよ」

「それが、本当の強さなのか? 教官が言っていたことも、そうなのだろうか」

「あぁ、千冬ちゃんはけっこうブラコンだしねぇ。そんな感じはあるかもねぇ」

 

 プライベートの千冬を知る鈴は彼女のそんな一面を知っているので、千冬にとって一夏が戦う理由であることもなんとなく察している。学園では厳しく接しているが、内心はけっこう甘いだろうということも想像できる鈴はそんな千冬がちょっと可愛いとか密かに思っている。

 

「自分は弱い。それを認めることもまた強さよ。あたしはそう教わってきたわ」

「………認めることが強さ、か」

「だから、あたしもあんたも、まだまだこんなところじゃ終われない。でしょ?」

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを向けてくる鈴に、ラウラも笑って返す。ラウラは自分が変わったと思ったと同時に不安を多く感じていることに戸惑っていたが、それもまた、乗り越えるべきもののようだ。ならば、自分はそのすべての不安を払拭させるほど強くなればいい。

 それはとてもシンプルで、難しい回答だった。

 

「そうだな、……私は、姉様の妹として恥じないように生き、強くなってみせる。あの機体も、必ず乗りこなしてみせる……!」

 

 先行試作型第五世代機『オーバー・ザ・クラウド』。

 すべてを圧倒するだけの力を持ちながら、その性能の三割も発揮できなかった、それが今の自分の限界。ならば、完璧に乗りこなすまで強くなる。それが、未来の自分の強さでありたい。

 

「その意気よラウラ。あたしも、今のままじゃまだ足りない。このままなら、いずれセシリアたちと並び立つこともできなくなる。それがよくわかったわ」

 

 鈴もラウラと同じ悔しさは味わっている。

 ラウラはああは言っているが、鈴は自分のほうが役たたずだと……口には出さないがそう思っている。確かに近接型の『甲龍』ではあの無人機や白いISを相手取るには相性が悪すぎたが、できたことはラウラの助力を得て時間を稼ぐ手伝いだけ。常に自己を律し、強くあろうとし続けてきた鈴にとってそれは屈辱だった。過去、セシリアに完敗したときよりも遥かに大きな無力感が鈴にのしかかっていた。

 

「あたしは、まだ弱い。なら、強くなるしかないじゃない」

 

 ラウラのように落ち込んだりすることはなかった。すぐさま反省点を自覚し、それを克服するための努力を行う。それが鈴の美点であった。

 自己鍛錬も当然だが、今の『甲龍』ではこれから戦い抜くことは厳しいかもしれない。反応速度が鈴に追いつかないという点でそれは致命的だ。こればかりは鈴にはどうしようもない。本国の技術を結集して作った『甲龍』でもダメとなると、残る手段は……。

 

「頭を下げるしかないか………」

「なんのことだ?」

「こっちのことよ」

「……ふむ、しかし、それより……」

「なによ?」

「いい加減、片手を骨折してるのに腕立てをするのは止めたほうがいいのではないか?」

 

 いい加減言ったほうがいいだろうな、というようにラウラが指摘する。鈴ははじめからずっと片手で腕立てをしており、その回数はもう少しで百回に届く。

 

「なによ、片手が使えなきゃもう片方の腕で片手腕立て伏せをすればいいじゃない。問題ないわ」

 

 まるで「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」とでも言うようにそんな暴論を口にする鈴にラウラもどう反論するべきか困惑する。すぐさま努力する姿勢は素晴らしいと思うが、この凰鈴音という少女、やはり虎の子らしい。やたら野性的にニヤリと笑う鈴は、この五分後に巡回に来た看護婦に見つかり、正座で説教を受けることになる。

 

 

 

 ***

 

 

 

 人気の少なくなった旅館の食堂では三人の学生が静かに食事をとっていた。一夏、シャルロット、そして簪である。すでにほとんどの学生は夕食を終え、自由時間や風呂を楽しんでいる。昼間に起きた『銀の福音』事件は一般生徒には知らされていないため、関係者以外はいたって平常に臨海学校を楽しんでいる。

 治療や見舞いで遅れたセシリアを含めた四人は遅れて夕食となったが、セシリアだけはスーツ姿の女性と私用だといってどこかへ行ってしまった。

 

「…………」

 

 残された三人は黙って箸をすすめるが、ふと箸に慣れないシャルロットがコロンと梅干を落としてしまう。それをきっかけとして、ふと呟くようにシャルロットが口を開く。

 

「僕たち、ほとんどなにもできなかったね」

「………ああ」

「うん………」

 

 帰還して今までは撃墜されたというアイズや、重傷となった鈴やラウラのことが心配でそれどころではなかったが、一度落ち着いて振り返ると自分たちの無力さが嫌でも思い起こされてしまう。

 はじめに無人機の接近を察したのはセシリア。絶望的な撤退戦を指揮したのもセシリア。起死回生の手段を運び、時間を稼いだのはラウラ。そんなラウラと協力して身体を張った鈴。最終的に無人機を全滅させたセシリア。指揮官機であった白いISを落されたとはいえ、撤退させるほど消耗させたアイズ。

 

「俺も強くなったと思ってたけど………実戦はこうも違うのか」

「アリーナで、ルールに守られて戦うのとはわけが違う。それを実感したよ」

「問題点ばっかりだけど………今回に限って言えば、足りないのは継戦能力だね」

 

 弾切れやエネルギー切れを起こしかけて終盤はほとんど戦うことすらできなくなった。実弾装備がほとんどの『ラファール』、燃費の悪い『白式』、急造であるがゆえに未だ不完全である『打鉄弐式』。どれも、長時間の戦闘が不得手というのが現状だった。

 アリーナという限定された空間ゆえに短期戦の多い学園内での戦いとは違い、今回のようにいつ終わるかもわからない長期戦ではこうも脆い。

 

「今回みたいなのは、特例みたいなものだけど………それでも、対策は考えないと」

「そうはいっても、俺たちには体力をつけるくらいしかないぞ? 機体なんて、特に俺にはさっぱりだ」

「それでも限界がある。実際、あの戦いで最後まで戦闘能力を維持できたのはティアーズと、ラウラさんの新型、鈴さんは根性でもたせていたけど」

「やっぱりすごいね、カレイドマテリアル社の機体って……」

 

 基礎スペックの違いがこうもまざまざと見せられると改めてそれがわかる。本当に強い機体というのは、どんな状況下でも一定の能力を発揮できる。まさにそれがあのカレイドマテリアル社製の機体だった。

 

「本社に行ったら、僕の機体の強化をお願いしてみる。もちろん、僕自身も鍛え直さないといけないけど」

「シャルは今は令嬢だもんな。俺はそんなパイプもないから……どうするか。なんか、白式を作ったとこも、現状は強化も難しいなんて言ってたしな。せめてもう少し燃費もよけりゃあ……」

 

 一夏も『白式』を制作した倉持技研に何度かそうした強化や改善ができないか相談したことがあったが、返ってきた答えは「現状ではそれが最善の状態」というものだった。あっさりと断られたために、しばらくは『白式』の強化は望めないかもしれない。

 ………真相は、束の技術結集機である『暮桜』をダウングレードした機体ゆえに、強化案すらまともにできないというものであるが、一夏は知る由もない。

 

「………」

「どうしたの簪さん、なにか考え事?」

「あ、うん。私の機体………もともと倉持技研が製作していたんだけど」

「え、そうなのか……!?」

 

 一夏はそれをここで初めて知った。自身の機体以外は扱っていないということを聞いていただけにそれには驚く。

 

「ただ、私の機体は製作が放棄されたから、今は機体の所有権はまだあっちなんだけど、うまく交渉すれば、それを得られるかも……」

「そっか、そうなれば……」

「うん。他の企業の力を借りて、改修できるかもしれない」

 

 もっとも、それはカレイドマテリアル社しかありえない。あれほどの技術を持つ企業は他にいないだろう。難しいとは思うが、機体の権利はほとんど名ばかりの状態だ。うまくことを運べば、簪自身には無理だとしても、更織家にそれを譲渡されることはできるかもしれない。

 それに、不信感を持っている倉持技研に、アイズと共に作り上げた機体を触って欲しくない。そのために、簪にできることは……。

 

「とにかく、これからどうするか……しっかり考えないと」

「ああ、このままじゃ、ダメだもんな」

「うん。僕たち、こんなことで終われないもんね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ただいま、イリーナちゃん。これお土産の温泉卵」

「私は酒を所望したんだが……まぁいい」

 

 イーリスを置いて先に本社へと帰還した束はイリーナと顔を合わせていた。ちなみに帰還の手段は『フェアリーテイル』のステルスモードによる超音速飛行によるものだ。密航も真っ青な手段だが、もちろんどこの軍や国にもバレていない。

 

「それで?」

「『銀の福音』のコアは確保した。あと、無人機のも、ね」

 

 二人はどこか研究施設と思われる場所の通路を歩きながら世間話でもするように言葉を交わしているが、その内容の秘匿度は最高レベルのものだ。

 

「馬鹿げた数を揃えたというあの無人機か。まぁ、あれが量産されていることはわかりきっていたが……」

「もしかしたら数百機くらいあるかもね」

「笑えん冗談だ。冗談で済まないところが特にな。で、やつらはどうやってコアを作り上げたんだ?」

 

 ISコアは束しか作れない。イリーナもその製造方法は聞いていない。束もそれを明かすつもりはないし、イリーナも束にそれを聞くつもりもない。ジョーカーというものは、多く持てばいいというわけではないからだ。

 

「正確にいえば、あの無人機はISだけどISコアは存在しない」

「なに?」

「ISコアって、そもそもなんだと思う?」

「ふむ、ISのエネルギー供給装置であり、ISたるシステムを司る中枢機関。そうではないのか?」

「うん。具体的に言えば、コアの役目は三つ。エネルギー供給、絶対防御による操縦者の生命維持、そして学習と思考による自己判断」

 

 ISそのものを動かす源であるエネルギーの供給。供給する量は限界があるが、半永久機関としてエネルギーを生み出し続ける機能。

 操縦者の生命維持機能。絶対防御や、シールドエネルギーの発生など、ISを纏った人間を守る機能。

 そして、操縦者とともに飛ぶことで学習し、より効率的な運用を自己判断で行う学習型の人工知能のような思考する機能。

 すべてが現在の技術から大きく逸脱するほどのオーパーツ機能。特に束が一番心を注いで作り上げたのは、その思考機能。現存するAIを凌駕するそれは、ISそのものに心をもって欲しいという束の願いの形の現れであった。

 

「でもさ、考えてみてよ。無人機にそんな機能っている?」

「なるほど、少なくともエネルギー供給以外は必要ないな。兵器としてなら、なおさらだ」

 

 人が乗らないならば生命維持など必要ない。むしろ破壊されても替えが効くなら特攻させることも視野に入れる。そして兵器に学習機能などいらない。心など、もってのほかだ。武器そのものがためらうことなど、あってはならない。

 

「つまり、エネルギー発生機関だけを積み込んだのか?」

「まぁ、そうなるね」

「ふむ、たしかにそれならなんとか作ることができるかもしれないが……だが、そのエネルギーはどう作っている? たしかに外部接続の増加ジェネレーターはもう世に出てる技術だが、そのジェネレーターの励起にはISコアのエネルギーが必要なはずだ」

 

 ティアーズのパッケージにも使用している、大出力のエネルギーを生み出す外部追加エネルギージェネレーターはISのエネルギーを増加させるというものだが、その起動と持続にはISコアから生み出されるエネルギーを必要とする。そのため、一定以上のエネルギーを使い、それを増幅させて兵装エネルギーへと転換させる。そのため、ジェネレーターによるエネルギーはシールドエネルギーの代替ができず、あくまで放出するものとして使われる。MRFなどは防御用だが、シールドエネルギーとは別種の防御フィールドを形成するために、やはりそのものの代替にはならない。

 だからジェネレーターを積んでいたとしても、ISコアそのものがなければ使えないのだ。

 

「………無人機には受信機能があった」

「ISコアによるエネルギーを、遠隔で送っているのか?」

「そう。それをキーとして、あとはジェネレーターによるエネルギーで機体を動かしている。機体そのものはISじゃなくて兵器だからね。だから、あれはISじゃない。ISに似せて作った不細工な代物だよ。あんなもの、ISなんかじゃ、ない」

 

 ワイヤレスの充電技術などは今の一部の携帯電話にもあるものだ。その技術を使い、あそこまでのものを作っているという予測は脅威だ。

 

「………許せないね」

「………」

「あんな人形を動かす………それだけのために、ISの何機かはただエネルギーを生み出すために使われてるってこと……あんなものを、兵器を使うためだけに……」

 

 束の声は低い。イリーナは束がISに並々ならぬ愛情を注いでいることは知っている。それこそ、母と言っていい想いを持っていることも。

 そんな束にしてみれば、自分の子供が自由もなく望まない強制労働をさせられているようなものなのだろう。

 

「でも、ここまでのものをシステムとして作り上げるなんて、許せないけどこれを作った人は間違いなく天才だよ。ISコアを解析できないまま、ここまでのものを作り上げるとはね。……ま、束さんには劣るけど」

「………天才、か」

「さて、どうするイリーナちゃん? たぶん、あんなことするくらいだからけっこう大きく動いてくると思うけど?」

「………束、あれの製造を許可する」

「………いいんだね?」

「いつかはそのつもりだった。そろそろ用意はしておくべきだろうさ。………こいつも、な」

 

 いつの間にか二人は大きく開けた空間へやってきていた。そこは造船などをする巨大なハンガーであった。しかし、二人の目の前にあるそれは、船というのはあまりにも異質であった。

 見上げても上が見えないほど巨大。全容が見渡せないほどのそれは、この秘匿ハンガーに隠され、密かに作られていたカレイドマテリアル社でも一部の者しか知らない、それこそ、セシリアやアイズも知りえないほどの最重要のものだった。

 

「宇宙探査を視野に入れた艦『スターゲイザー』………完成度はおよそ七割かな」

「そしてIS運用を主眼に置いた母艦………言うまでもなく世界初の船だな」

 

 現行する戦艦すら超える性能を持ち、さらにIS運用を確立している艦のシステム。今はまだ未完成だが、これが世に出れば、間違いなく世界は変わる。ISの移動拠点となるこの艦は、存在しているだけで国にとってもとてつもない脅威になるものだ。それが一企業が持つなど、知られればどうなるか、想像に難くない。

 

「ま、こんなもの作ったらIS委員会とか黙っちゃいけないけどさ。でも、きっとこれが必要になるときがくる。いいよね? これ、もっと魔改造しても」

「好きにしろ、これは、おまえの夢にも必要なものだろう」

 

 束は笑ってイリーナに感謝の意を伝える。そう、なんだかんだいって、イリーナは束を応援してくれる。そこに打算があったとしても、それがたまらなく嬉しい。

 

「………ま、これがなくても世界は動く。それなら、抑止力となるものを作る必要がある。私の、いや……」

「私たちの、夢のために」

 

 

 

 世界は動く。そこに夢や野望、願いを持つ“人”がいる限り、世界が止まることはない。

 

 

 

 

 

 

 




これにて臨海学校編は終了。このあとはほのぼの学園ラブコメに戻……あれ、そんな話だっけ?

それぞれに強化フラグがでてきました。個別エピソードを絡めつつ次章へ進みたいと思います。

キリがいいのでこれまでのキャラの簡易まとめを載せました。興味のある方はどうぞ。



<ここまでの主な登場人物まとめ>

アイズ・ファミリア
 主人公にして真のヒロイン。ヴォ―ダン・オージェ開発初期段階の被検体であり、AHSシステムのバックアップを受けて発動可能。普段は視力が喪失しているために目隠布をしている。小柄で童顔。実年齢が不明なため、セシリアたちより年下の可能性もある。皆から愛され、そんなたくさんの好意に感謝しながら日々を生きている。
 搭乗機は近接奇襲型IS『レッドティアーズtype-Ⅲ』。相手の虚をつく機動と数々の隠し武器を持つトリッキーな機体。

セシリア・オルコット
 二人目の主人公。原作ヒロイン。アイズのパートナーとして暖かく見守っている。いつも無茶ばかりするアイズの抑え役であり、母や姉のような存在。アイズに幸せになって欲しいと願い、それを邪魔するものをすべて撃ち貫くという決意をしている。主要キャラクターの中ではリーダー的な存在で、物語におけるヒーローでもある。
 搭乗機は全距離射撃型IS『ブルーティアーズtype-Ⅲ』。狙撃とビット操作において他の追随を許さない技術を持つ。

篠ノ之束
 三人目の裏の主人公。原作ではラスボス系だが、ここではエキセントリックな常識人。ISの母として、すべてのISをあるべき姿へと戻そうとしている。現在はカレイドマテリアル社に匿われている。作中最強のチートキャラ。
 搭乗機は特殊型IS『フェアリーテイル』。詳細は不明だが、電子戦において無類の強さを誇る。

篠ノ之箒
 原作ヒロインだがここではやや空気。ISを嫌っている風であり、積極的に関わろうとしない。姉に対しては複雑な思いを抱き、やりようのない怒りや悲哀をぶつけてしまっている。姉妹仲は絶賛すれ違い中である。

織斑一夏
 原作主人公。セシリアたちと共に訓練を積むことで基礎スペックが原作よりあがっている。セカンドシフトこそしていないが、総合的な戦闘力は勝るとも劣らない。実力者たちからその高いセンスを認められている逸材。
 搭乗機は近接機動型『白式』。原作同様にブレード一本のみ。零落白夜による一撃必殺を狙うヒットアンドアウェイタイプ。

凰鈴音
 原作ヒロインだが一夏とフラグはたてない。サバサバしていて裏表のない気のいい性格で、アイズやセシリアともすぐ打ち解けている。生身の戦闘力ならセシリアよりも上であるが、IS戦では相性も悪く一歩譲るが作中でも屈指の強者。
 搭乗機は近接パワー型『甲龍』。正面からの殴り合いなら最強だが、鈴の反応速度についてこれなくなっているため、現在強化フラグが立っている。

ラウラ・ボーデヴィッヒ
 原作ヒロイン。一夏ではなくアイズとフラグが立った。境遇がとても似通っているアイズと触れ、アイズを「姉様」と呼び慕う。登場時こそ原作通りであったが、改心してからは落ち着き、冷静な判断ができる頼れる妹分になった。
 搭乗機は飛行特化型『オーバー・ザ・クラウド』。作中最高峰のスペックを誇る機体だが、その反面誰にも使いこなせない欠陥機となった。そのためラウラでも三割程度の性能しか発揮できない。

更織簪
 原作ヒロイン。原作より早くに登場し、アイズと交流を重ねて次第にアイズに惹かれるようになる。トーナメントではタッグを組み、その頃から既にアイズに恋心に似た気持ちを抱いている。姉に対してのコンプレックスは小さくなり、アイズを守れる強さを欲している。
 搭乗機は中距離万能型『打鉄弐式』。アイズとともに作り上げた機体で、簪にとって宝物。しかし急造機であるため未完成機。こちらも強化フラグがたっている。

シャルロット・ルージュ
 原作ヒロイン。カレイドマテリアル社社長であるイリーナの養子となり、一躍社長令嬢という立場になる。諦めの人生を止めて、自己主張をするようになっている。セシリアやアイズには恩義を感じており、いつか返したいと思っている。
 搭乗機は中距離射撃型『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』。性能は原作と変化なしだが、束による魔改造計画が進行中。

イリーナ・ルージュ
 オリジナルキャラクター。カレイドマテリアル社のトップ。暴君と呼ばれるほど過激な人物だが、その高いカリスマ性とあくまで人道を通すやり方から味方も多い。謀略におけるチートキャラ。アイズたちのバックアップを行っていて束とも協力関係であるが、なにかの目的のために利用しているという打算的な部分も持つ。誤解されやすいが基本的には善人である。

イーリス・メイ
 オリジナルキャラクター。イリーナの側近であり、表向きは秘書として働くが裏世界で名高い護衛。作中でも一番の苦労人だが、どんな仕事もやり遂げる仕事人。生身なら作中でも最強な人。

シール
 オリジナルキャラクター。未だ詳細は謎に包まれているが、アイズに並々ならぬ執着がある。ヴォ―ダン・オージェを持つ三人目の存在。それゆえにアイズやラウラとの因縁があると推測される。彼女の目的なども未だ不明である。


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幕間
Act-Extra 「IS学園七不思議(前編)」


今回はメインストーリーとは関係ない番外編となります。

若干のオカルト成分、塩が甘くなる百合成分が含まれます。ご注意ください。


「遅くなっちゃった……織斑先生に怒られちゃう」

 

 その女生徒は遅くまでアリーナで訓練機を使ったIS操縦の練習を行っていた。入学してから、何度もISが空を飛ぶ姿を見てきたが、自分も早く華麗に空を舞ってみたいと思い、こうして熱心に練習に励んでいた。

 一年生でも今年は特にすごい人が多い。一組のセシリア・オルコット、アイズ・ファミリアをはじめとしたトーナメントや代表戦でもすごい戦いを見せてくれた人たち。専用機持ち、というのはやはり憧れだ。学園に入ったからには、やはり専用機を持てるようになりたい。

 とはいえ、規則の時間を過ぎてまで訓練に励んでいるとあの怒らせると怖い織斑千冬の雷が落ちてしまう。それは避けたい、切実に。

 

「はやく戻らなきゃ………あれ?」

 

 アリーナの出口に向かおうとしたとき、その女生徒の目の前にひとつの機影が現れた。誰か訓練に来たのだろうか。しかし、もう使用時間は終了だし、それにいったいいつ来たのだろう。この時間は自分だけしかいなかったはずだ。女生徒は不思議に思いながら、その影を注視する。

 

「あのー、もう使用時間は終わ………り……」

 

 重厚な音を立てて歩いてくるその機体。訓練機として使われている打鉄だ。見慣れた機体ではあるが、女生徒はすでにその機体を見てはいなかった。いや、違う、見てはいるが、見えない。そう、……。

 

 

 

 

 

 操縦者がおらず、ISだけが動いていた。

 

 

 

 

 

「ひっ!?」

 

 まるでくり抜かれたかのように機体の中心にいるべき操縦者が、そこには存在していなかった。透明人間がISをまとっているかのように、機体だけが耳障りな金属が擦れる音を立てながら動いている。操縦者がいないゆえに、各部のパーツがまるでバラバラになった人体パーツをよせあつめているかのような不気味さを醸し出していた。

 

 ギシ、キシ……キシ、ギシ……。

 

 そんな音が、女生徒の耳に入り、脳へと伝わるときにはそれは恐怖の音として認識される。身体を覆うはずの鎧が、ヒトガタをしているだけにまるで中身をくり抜かれた人間のように見えてしまう。

 

「ひ、あ……! え、あぅ……!?」

 

 悲鳴すら上げられないほどに混乱する頭が、早く逃げろと警告する。しかし、身体はいっこうに動かない。そんな女生徒を目掛けて。

 

 

 

 

 

 

「ydmjakf.........diddkeyk!!」

 

 

 

 

 

 

 言葉ですらない、ナニカを発し、女生徒へ向かっていった。

 

 

「き、きゃああああああああっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ななふしぎ?」

 

 コテン、と可愛らしく首をかしげるアイズに萌えながら簪が「そうだよ」と答える。

 簪の部屋で放課後にお茶とお菓子を楽しみながらみんなで楽しく雑談していると簪から最近よく耳にする噂話として「学園七不思議」なるものの話題が上がった。

 アイズは簪に後ろからぎゅっと抱きしめられ、さらに横からラウラに腕を絡められながらそんな話を聞いている。こんなべったりとくっつくほどのスキンシップは既に当たり前で、はじめはいろいろ突っ込んでいた鈴も今は平然とそんな様子を見ている。むしろこの二人がアイズにくっついていない姿の想像がつかない。

 それになんだかんだいって鈴も萌えキャラのアイズをよく抱きしめているのでとやかく言えなかった。

 セシリアも慣れたのか、さして気にする素振りも見せずに優雅に紅茶を飲んでいる。

 

「うん、今うちのクラスでもけっこう噂になっててね。はい、クッキー。あーん」

「あーん、……もきゅ」

「姉様、こちらもどうぞ」

「もきゅ、もきゅ」

 

 リスのように頬張らせながら簪とラウラにクッキーを食べさせてもらう。完全に餌付けされているようにしか見えない。セシリアは無言でデジカメを取り出してごくごく自然にそんなアイズの愛らしい姿を記録する。こっちも手遅れのようだ。

 

「で、なんなの? その、ななふしぎって」

「よくある噂話よ。小学校とか中学校じゃ、けっこうどこもあるんじゃない? あたしも昔そんな話聞いたことあるわよ」

「それを題材にした映画やアニメもあるよ。今度貸してあげるね。あ、怖いのは平気?」

「ん、ボク、そういうの強いから大丈夫。むしろ弱いのはセシィ……」

「なにを言いいいいますか。私も平気で、ですわよ?」

「声が震えてるわよセシリア。へぇ、あんたそんな弱点が……」

 

 がくがく震えながら紅茶を飲むセシリア。その口端から紅茶が垂れていることにも気づいていないほど動揺しているようだ。そんなセシリアの弱点を知った面々が生温い視線を送る。

 

「で、どんな内容なの?」

「動く人体模型、増える階段、トイレの花子さん、……」

「オーソドックスねぇ。花子さんって何人姉妹なのかしら」

「でもIS学園ならではっていうのもあるよ」

「へー?」

「あのね、『無人の訓練機』っていうんだけど」

 

 簪はアイズの頭を優しく撫でながら説明する。

 曰く、IS学園にある訓練機『打鉄』のある機体が、なぜかまったく動かすことができない。その機体は欠番状態となっているが、夜にアリーナで一人で訓練をしていると、操縦者もいないのに無人で動き出して襲いかかってくるというものらしい。

 

「そ、そんな訓練機が勝手に動くなどありえませんわ」

「ありえないから、不思議なんじゃないの?」

「ふむ、そういえば軍にいたときも、なぜかそんな噂を部下がしていたときがあったな。どこも似たようなものなのだろうか」

 

 ビビるセシリア、適当に流す鈴、真面目に解析するラウラなど、三者三様の反応を見せる中でアイズは簪の話を誰よりも純粋に楽しんで聞いていた。学生生活自体が初めてのアイズにとって、こうした俗っぽい話もとても面白いものだった。

 

「でも面白いじゃない。たしかにIS学園ならではね。よし、それじゃ確かめに行ってみましょっか」

「あ、ボクもいきたい!」

「姉様、お供します」

「大丈夫、なにかあっても私が守るからね」

「あ、あの、そんなことはやめに……」

「なによセシリア。愛しのアイズが行くのにあんたはいかないの?」

「…………………行きますとも!」

 

 やけくそ、といった感じにセシリアが表明する。しかし、その頬はしっかりと引きつっていた。

 

「ふふっ。セシィって怖い話昔から苦手だったよね」

「へぇ、……やっぱりちょっとだけ意外。アイズ、ケーキだよ」

「もきゅもきゅ、………みゅ?」

「姉様、頬にクリームが」

「ありがと、ラウラちゃん。あむ」

 

 と、なにを思ったのか、いや、おそらくはなにも考えずにアイズはラウラの手を掴み、その指ですくめとったクリームごと指を咥えた。

 

「っ、姉様!?」

「くちゅ、あむ、ん、おいし」

 

 ラウラがびっくりしながらアイズに舐められた指を見つめた。その手の知識が乏しいためにうまく言葉が出てこないラウラであったが、見ていた全員はその行為「指チュパ」を凝視していた。仲のいい女子同士でもさすがにここまでの行為に発展するのはかなり珍しい。………だよね?

 

「あ、私の指にもクリームが」

「露骨ね、あんた」

 

 わざと指(しかも三本)にクリームをつける簪に鈴がすかさずに突っ込む。そんな言葉は聞こえないというように簪はアイズに指チュパされてだらしなく表情を緩めている。背景に百合の花が咲いている光景が幻視できそうであった。

 そして当然の如く、それをメモリーカードに記録するセシリアであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 噂の出処とされている第三アリーナ。既に使用可能時間は過ぎており、五人は無断で忍び込んでいた。バレれば千冬に恐ろしい説教を受けることになるが、バレなきゃ問題ないという理論武装をして静かにアリーナを見渡している。

 普段賑わい、アイズたちも何度も使用しているアリーナだが、今の静まり返るこの場所はまるで別世界のようにも見える。

 目の見えないアイズも、違った空気を感じて少し緊張していた。

 

「ほんとだ、なんか不気味な気配がする……」

「………、みなさん、逃げましょう」

「セシリア、ビビリすぎよ。雰囲気出るのは当然……」

「違います。アイズは『気配がする』と言ったのです。ならば………それは、なにかがいるということです」

 

 そう断言するセシリアに、一同の空気が変わる。

 目の見えないアイズは、誰よりも気配や敵意といったものに敏感だ。それが超能力級の精度であることはここにいる全員が知っている。そんなアイズが、気配がすると言い切ったのだ。

 それは、つまりここになにか不気味なものがいる、という確かな疑念となる。

 

「姉様、私の後ろに」

 

 ラウラが武器を取り出してアイズを背に庇う。ちなみにこの武器というのは以前セシリアが投擲したあの『ISブレードも受け止められるすんごい櫛だよ!』である。カレイドマテリアル社から所属祝いとして送られたものだった。

 

「アイズ、気配はしっかり感じるのですか?」

「うん、感じる。でも、なんだろ。人……じゃない」

「まさかマジもんの幽霊ってか?」

「で、でも噂だと出てくるのは無人の訓練機じゃあ……」

「しっ! …………金属の摩擦音?」

 

 全員が耳を澄ませると、少しづつ音が近づいてくることを察する。その音は、金属が擦れるような耳障りな音で、一度それに気づいてしまえば、耳から離れない音だった。

 そして、アリーナからピットに続く道、今は暗く非常灯のわずかな灯りに照らされたそこから、ひとつの影がゆっくりとその輪郭を明らかにさせていった。

 それは、全員が知っていた。いや、この学園で知らない者はいないだろう。誰もが触れたことがあるであろう訓練機、純国産の鎧武者を思わせるような外見。その機体名は『打鉄』。

 しかし、その機体は異質であった。中身がくり抜かれたように、そのヒトガタの中心部がなかった。本来ならば、それを纏う人間だけがいなかった。

 

 なのに、動いている。抜け殻と同じはずの無人の機体が、動いて近づいてくる。

 

「ひっ!?」

「嘘でしょう……マジで……?」

 

 アイズを除く全員が驚愕に目が見開かれる。あまりにも常識はずれ、あまりにも現実離れ、あまりにも信じられない光景。

 見えないアイズだけは、その無人の『打鉄』の気配をただじっと感じ取っていた。そこに、なにかがあると確信しているように、アイズは見えないなにかを感じ続けていた。

 やがて我に返った鈴が前に出て叫ぶ。

 

「ええい、ならばあたしが相手になってやるわ! 起きなさい『甲龍』! ………あれ?」

 

 鈴が『甲龍』の待機状態であるブレスレットを見つめるも、まったく変化がない。ISは起動せずにただ沈黙している。

 

「『甲龍』!? どうしたの、なんで起動しないの!?」

 

 さすがの鈴もこれには焦る。いくらなんでも生身でISを相手取れるわけがない。さきほどまでの威勢はあっさりと消沈した。

 

「くっ、私のISもダメだ!?」

「こ、こっちも!」

「『ブルーティアーズ』……なぜ反応しませんの!?」

 

 全員のISが原因不明の未起動状態となっていることに、全員の顔色が青くなる。いざとなればISがあると思っていたが、そのISがなぜか動かない。

 これはなんだ、まさか幽霊の呪いとか、そんなオカルトが現実になったのか、そんな不安が全員を襲う。

 

「あ、やばっ」

 

 無人の『打鉄』がまっすぐにこちらを向いた。完全に捕捉されたようだ。あのブースターの起動音は、気のせいじゃない。

 

「走れ! 全力で逃げろ!」

 

 未だにぼーっと立っているアイズを鈴とラウラが持ち上げ、Uターン。全力でアリーナの出口へと逃走する。脇目もふらない完全逃亡である。

 こうして学園でも上位に位置する五人は、たった一機の『打鉄』の前に一矢報いることすらできずに逃亡するのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ありえないありえないありえない、あの無人機でもあるまいし、訓練機が勝手に動くなんて、せ、制御系はどうやって? まさか遠隔操作できるように改造してあるとか……いや、そんなまさか、ならば操縦データの送信はどこからどうやって……そもそも起動条件を満たしていないのになぜ……」

 

 部屋に戻るなり布団をかぶって震えながらぶつぶつと超常現象を否定する根拠を必死に探すセシリア。

 そんなセシリアの隣に座りながらアイズが慰めている。普段とまったく逆の光景であった。

 

「セシィ。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

「だ、だって無人機が勝手に動いたんですよ!? ありえません! こ、これが噂に聞くポルターガイストですか!? て、寺、そうです! 寺生まれはいませんの!?」

「うーん、たしかに人じゃない変な気配はしたけど、そんな悪いものじゃなかったと思うけどな、ボク」

 

 実際、アイズが感じた限りでは確かに不可解な今まで感じたことのない気配であったが、敵意や悪意といったものは感じられなかった。機械ゆえ、と言われればそれまでだが、アイズはどうしてもあの訓練機が悪いもののように思えなかった。

 

「ほらほらセシィ。あんまり取り乱してると髪がボサボサになっちゃうよ? セシィのこの絹のような髪がそうなるのはもったいないよ。えっと、『君にはいつまでも綺麗な姿を見せて欲しい』……だよ?」

「うぅ、どこでそんな歯の浮くような台詞を覚えましたの?」

「えっとね、たてなしおねぇちゃん」

 

 アイズの交友関係の広さも相変わらずのようだ。そしてその誰からも可愛がられているのだから、さすが天然癒し系といったところか。

 

「うーん、どうすればいいかなぁ。あ、そうだ。セシィ、手を出して?」

「……? なにをしますの?」

「えっとね、…………あむっ、くちゅ」

「!!」

 

 セシリアの細く白磁のような指にアイズの舌が這う。そのままゆっくり口に含んでぺろぺろと舐め続ける。

 

 恐怖とかどうでもいいくらいにセシリアの頭が沸騰した。

 

「ア、ア、ア、ア、アイズ!? ななななにをしますの!?」

「あむ? 鈴ちゃんがセシィにもしてあげると喜ぶよって。『指チュパ』っていう日本にある好意表現なんだって。日本っていろんな文化があるね」

 

 セシリアの脳内でドヤ顔で親指を立てる鈴の姿が浮かぶ。イメージ上のムカつくほどのドヤ顔の鈴に罵倒を浴びせ、そして褒め称えた。よくやった、そしてこのアイズはヤバすぎる。

 セシリアの指とアイズの口を唾液の糸がつないでいる。それをアイズがペロッと舐めとる。

 天然癒し系、小動物系、マスコット系、さらにエロティック系まで追加された今のアイズの破壊力はずっと一緒にいたセシリアをしても防御不可能な域にまで高められていた。おそらく簪やラウラでも耐えられずに気絶するだろう。

 

「嬉しい? じゃあもっとしてあげるね!」

 

 しかも無自覚というのがまたいい。無垢ゆえの危うさ、背徳感溢れる今のアイズは誰にも見せないで独占してやると思いながら、セシリアはアイズへの愛を限界突破させていた。

 

「ああ、可愛いアイズ………一生離しませんわ!」

 

 セシリアも、もういろいろとダメだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 翌日、放課後になり昨夜の面々が再び集まっていた。一日も経てば全員が落ち着いたようで、パニックになることなく昨日のアリーナでの出来事を話し合う。

 

「私、よく調べてみたんだけど………動かないのは、あれは訓練機の『打鉄』の七号機。原因不明で起動せずに眠っているっていうのはほんとみたい。うちのクラスで訓練機使った演習があったんだけど、そのとき見てみたけどたしかにどこも不具合はないはずなのに起動しなかった。先生もわかっていたみたいで、その機体だけが使われなかったけど」

「じゃあ、ずっと前からってこと?」

「三年前からだって」

「そのときなにかあったのかな?」

「それも調べた。学園でなにかあったってことはなかった、んだけど……」

「それ以外であったの?」

「うん。ある生徒が、夏休みの帰省中に事故で亡くなってる。当時はけっこう騒がれたみたいだけど、ISが絡んでたりはしない」

「うーん、なんともいえないわね」

 

 全員が首を捻りながら、あの訓練機はなんだったのかを考える。たしかに目で見てしまった以上、間違いや勘違いでは済まない。

 

「そういえば、みなさんの機体は?」

「今はちゃんと動くわ」

「私もです」

「私も。結局、起動しない不具合が出たのはあのときだけみたい」

 

 今では全員の機体は問題なく起動できる。調べても特に不具合もなく、本当に原因不明としかいいようのない事態であった。

 

「マジで呪いとか、そういうの?」

「日本の怨霊はレベルが高いと聞いたが、まさかこれほどとは……クラリッサの言った通りだ」

「浄霊とか、そういうのはできませんの、鈴さん?」

「なによ、発勁で浄霊(物理)しろっての? そこまで気は万能じゃないわよ。それにIS相手にするなら、ISが使えなきゃどうしようもないでしょ」

 

 それほどまでにISというものは強力なものなのだ。生身で立ち向かえる人間など、いるかどうか。一部できそうな人間がいるが、それは例外中の例外である。

 

「簪さん、その訓練機のデータはありますか?」

「うん、そういうと思って、はい」

 

 簪からその訓練機のスペックデータやメンテナンス記録の書かれた記録データを受け取り、じっとそれを見通していく。簪の言うとおり、見たところおかしな点や不具合があるようには見えない。しかし、事実としてそれは動かないのだ。

 最後に動いたのは、記録上では三年前。それ以降、データ上ではずっと未起動状態のままだ。

 

「機体違いってことはないと思う。ちゃんとナンバーが書かれていたし、はっきり見たもの」

「ますます不可解ですね。やはり、その三年前になにかあったと思うべきですが」

「ま、だからこうやって調べてるわけだけど」

 

 そうやって全員が頭を働かせるが、情報不足でまったく検討もつかない。そうして悩んでいる姿が珍しかったのか、一人の女生徒が声をかけてきた。

 

「一年の専用機持ちが集まって悩み事?」

「あら、薫子先輩」

 

 声をかけてきたのは黛薫子。新聞部の副部長であり、一学年上の先輩だ。取材として何度かインタビューをされたこともあるため、全員が何度か会話をしたことがある。

 

「どうしたの? またアイズちゃんがなにかしたの?」

「薫子センパイ、ボクはそんな問題児じゃありません」

 

 しかし、そのアイズの言葉に頷く人間はこの場にはいなかった。アイズは少し拗ねてしまう。

 

「あ、でも先輩なら知ってるかも」

「ん、なにを?」

「動かない訓練機って知ってますか? あたしたち、昨日それに遭遇して調べてるんですけど、何か知りませんか?」

「おお、あれに遭遇したんだ? 私も何回か張り込んだことがあったんだけど、なかなか出会えなくてねぇ………もちろん情報はあるよ。過去に特集したこともあるし」

「是非教えて欲しいのですが」

「そうねぇ、全員の写真一枚で手を打つわ」

 

 それくらい大したことのない五人はアイズを中心に全員でアイズを抱きしめるという愛くるしい写真を提供する。この写真は後日、新聞の一面を飾り、発行部数をあげる要因となる。

 そんな代償を支払った五人は、薫子から三年前から続くあの訓練機の詳細を聞くことに。

 

 そしてそこで聞いたのは、過去にこの学園にいた一人の女生徒………鷹野奈々の記録であった。




長くなったので後編へ続きます。


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Act-Extra 「IS学園七不思議(後編)」

後編になります。独自解釈が出ますのでご注意ください。


 

「死んだ女生徒の霊、ねぇ」

「ほんとにそうなのかな?」

 

 夕食後、再び簪の部屋に集まった五人は昼間に薫子から聞いた情報を思い返していた。

 

 鷹野奈々。過去にIS学園に通っていた先輩であり、三年前に事故死した少女。

 彼女は才能に溢れ、なによりISで空を飛ぶことが大好きだったという。訓練機でありながらスペック以上の機動を再現してみせるなど、将来を期待された操縦者だったそうだ。

 彼女はよく放課後はアリーナで一人で飛行訓練をしており、楽しそうに飛ぶ姿は学園でも有名だった。そのとき、彼女が愛用していたのが訓練機『打鉄』の七号機。あの、アイズたちが見た、無人の訓練機である。

 死んで未練が残る彼女の霊がその『打鉄』に宿り、飛べなくなった未練からたびたびアリーナに現れて空を飛ぶ生徒たちに襲いかかるのではないか、というのが最有力の説であるらしい。さすがに不謹慎であるために声を大にして言う人間は少数だし、薫子もそこまでは記事にも載せていないという。

 

「ていうか、ISに霊が憑くとかはじめて聞いたわ」

「でも、たしかにそう考えれば辻褄は合うよね。まぁ、こんな超常現象に辻褄もなにもない気もするけど」

「ううむ、実体のない操縦者か。対処法など軍でも教わらなかったぞ……」

 

 そもそも科学技術の結晶のはずのISが幽霊などというオカルトに操られるという話だけでもとんでもないのだ。対処法などわかるわけもない。

 そもそも対処する義務もないのだから、一番確実なのはもう関わらないことだろう。薫子によれば、アリーナの使用時間をしっかり守れば遭遇することもないそうだし、危険ということもない。

 

「ほんとにそうなのかな?」

 

 みんながこれ以上の深入りを諦めようとしていた中、アイズがふと呟く。アイズの顔は、みんなと違い困惑などではなく、ただなにかを気遣うような表情が浮かんでいる。

 

「ボク、あの気配を感じたとき………どこか泣いている感じがした」

「泣いている?」

「うん、まるで、なにかを心配しているような……そんな切ない気配。雨の中で親の帰りを待つ子供……こんな表現でいいのかな、そんな切なげな印象を受けた」

 

 噂話のような、未練とか、妬みとかそんなものではない。あれはずっと澄んだ思いを宿したものだった。アイズはそう感じた。だから、みんなが大なり小なり恐怖を感じる中でアイズだけはそんな恐怖は微塵も感じてはいなかった。

 

「ボク、もう一度会ってみる」

「会うって……会ってどうするのです? 会話できるような相手ではありませんよ?」

「ううん、きっとわかる。そんな気がする。だって、ボクはあのとき………」

 

 みんなに担がれて逃げたときも、アイズはただじっとその機体から発せられるなにかを感じ取ろうとしていた。アイズだからこそ、わかる。気配や空気で、その人の考えや感情を読み取る術を持つアイズ・ファミリアだからこそ、あの訓練機がなにを言いたかったのか、なにをしたかったのか、わかってあげられるような気がした。

 傲慢で思い上がりなのかもしれない。でも、アイズは、もしそうならあの機体ともう一度向き合ってみたかった。

 

 根拠なんてないのに、アイズは確信していた。あの機体は、噂話のように誰かを襲っているわけじゃない、と。

 

 そう、あれはそういうものじゃなくて。

 

 あれは…………。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あーあ、結局全員揃ってまた来ちゃったわね」

 

 鈴がぼやくように言い、全員が苦笑して返す。またしてもアイズのわがままを聞き入れた形となったが、そうさせるだけのなにかがアイズにはあるのだろう。全員が逃げることなく、アイズの感じたというその『想い』とやらを確かめることに同意した。

 それはアイズを信じてのことでもあるし、このままでは終われないというプライドもある。知ってしまったことをないことにはできない。それは、この五人に共通した考え方であった。

 

 とはいえ、またもISが使えないことが予想されるので逃げる準備だけは万全にしてある。全員が動きやすい服装であるし、セシリアが万が一のときのために隠し持っていたリムーバーと呼ばれる剥離剤を用意してある。個体につき一度しか使えないが、これを使用すればISを解除できるという優れものだ。もっとも、操縦者なしで動くあの機体にどれほどの効果があるかも疑問だが。

 

「アイズ、いざというときは強制的に逃げ帰りますからね?」

「うん」

 

 同じようにアリーナであの機体を待つ。薫子の話によれば、出現する時間は使用時間を過ぎて少ししたあたり。しかし、必ず現れるというわけではないということだ。

 

「まぁ出てきて欲しくないけどねぇ」

「私たちのISはまだ反応してる……今日ははずれなのかな?」

 

 前回と同じようにアリーナに侵入するも、まだあの機体の姿は見えない。出てこないならそれはそれで安心するが、アイズはそわそわと辺りをしきりに伺っている。

 

「アイズ、そんなに気になりますの?」

「うん、絶対になにか言おうとしてた。ボクは、それが知りたい」

 

 アイズはみんなに無人の訓練機がなにかを言いたがっているんだと主張して譲らなかった。しかし、アイズは自身の直感を信じている。あのとき訓練機から感じたものは、決して悪いものじゃなかった。アイズしか持ち得ない、気配や空気から察するこの直感はセシリアさえも理解しきれないが、それでもその直感がとんでもない精度で核心をつくことは経験則から知っている。

 しかし、今回のように無人で動く機体などというオカルトカテゴリに入るであろう相手に、それがどこまで通用するのかまでは未知数だ。

 

「セシリア、どうなのよ結局」

「………アイズの直感は、もう超能力の域ですし、もしかしたら本当になにかあるのかもしれません」

「霊が憑いた機体………大丈夫かな?」

「いざとなれば、姉様を担いで逃げるしかない。姉様はけっこう頑固だから、止めても一人で行ってしまいそうだ。なら私たちが一緒にいるほうが安心できる」

 

 アイズ以外の四人は、どちらかといえば否定派であった。ISという科学の産物に関わる者として、想像ならまだしも、本当に幽霊がISを使うなどということは受け入れがたいことだった。百歩譲って幽霊がいるとしても、それがISを操縦できるというのは飛躍しすぎというのが本音だった。

 しかし、全員がこの目で見たのだ。納得せざるを得ないが、その原因は別の科学的ななにかじゃないかと思ってしまう。

 

 

 

「――――………来た」

 

 

 

 空気を変えるアイズの声が響く。アイズが向いている方向を注視すれば、そこから聞こえてくるのは前回と同じ金属の摩擦音。そして足音のようなテンポで重厚な音が響く。

 

 人のいないIS………無人の訓練機『打鉄』、その七号機が再び姿を現した。

 

「来ちゃったよ……」

「みなさん、機体は?」

「……ダメ、やっぱり起動しない。データ上はバグもなにもないのに……」

「逃げる準備を、やつが動いたらすぐに姉様を連れて撤退を」

 

 そんな中で、アイズただひとりだけがゆっくりと動き出す。なんと、その訓練機に向けて足を進めたのだ。

 

「アイズ、なにを……!?」

「大丈夫、まかせて」

 

 そんな根拠のない言葉を言いながらもアイズは足を止めない。そんなアイズに気づいたのか、あの『打鉄』もゆっくりと、しかしぎこちなく動いてアイズのほうへと向き直る。一同に緊張が走る。

 

「hjdyuens......snjiw/..doi1jfs」

「うん、お話しよう」

 

 まるでアイズは『打鉄』が発する駆動音と会話するかのようだったが、もちろんアイズにはなにを言っているのか、言葉として理解できているわけではない。

 アイズは、視力を失い、それでも確信が持てる直感で『打鉄』との対話を試みている。

 

 かつて、束が言っていた。ISは、生きている、と。自分で考え、共に空を飛ぶ友となれる存在。それがISだと。

 

 アイズはそう嬉しそうに語った束を知っている。だから、アイズは信じている。ISにも、心があると。たとえなくても、生まれ出るものだと。

 

 だから、アイズは信じた。信じてみたくなった。

 

 この『打鉄』から感じるものは、『心』から零れ落ちる雫なのではないかと。

 

「こんばんは」

「mjd//......d.........3df0v」

「あなたは、なにを伝えようとしているの?」

 

 アイズが問いかけるも、『打鉄』は耳障りな金属音を発したままだ。当然だ、ISに会話するという機能はないのだから。だが、会話だけが意思疎通の手段じゃない。アイズはそれをよくわかっていた。

 再びゆっくりと足を進め、手を伸ばして『打鉄』へと触れる。からっぽの機体でも、アイズと比較すれば大人と子供以上の違いがある。そんな一人と一機が、まるで握手でもするように手を合わせる。それを見ているセシリアたちはハラハラしっぱなしだった。

 

 しばらくそうしていたアイズが、いきなり顔をあげると嬉しそうに笑った。それは、見ていたセシリアたちからしても唐突としか言いようのないものであった。

 

「……ボクを、乗せて。あなたと、空を飛びたい」

「nhiue9」

 

 がくん、と『打鉄』が身をかがめた。それはまるでアイズを前に膝をついているようだった。そうしてぎこちないが、優しい動作でアイズの身体を抱え込んだ。

 

「アイズ!?」

「大丈夫。この子は、危害を加えたりしないよ」

 

 先ほどよりも確信に満ちた言葉だった。その声が、セシリアたちを止めた。アイズは『打鉄』の揺れる腕に抱えられながら、機体の中心部、空洞となっている場所へと向かう。目が見えないが、『打鉄』のエスコートでなんなくその場に収まると、パーツごとに揺れていた『打鉄』の各部装備が瞬時にアイズへと装着される。

 欠けていたものが埋まり、本来のISとしての形を取り戻した『打鉄』は今度はその外見のように雄々しく立ち上がる。

 AHSシステムがないためにアイズの目は未だに閉じられているが、それでも一体となっていることでアイズにもその感覚が伝わってくる。視覚以外の五感が、アイズに高揚感を与えている。

 

「…………そっか、そうなんだ。あなたは、……」

「――――」

 

 正常に稼働している今となっては、あの不快な金属の稼動音は聞こえない。しかし、アイズはしっかりと『打鉄』の“声”を聞いた。

 

「もういないんだ。鷹野奈々さんは、もう、いないんだよ」

「――――」

「でも、あなたは覚えてる。ボクに見せて。あなたと奈々さんの“空”を……!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、あれが量産機の機動か?」

 

 ラウラが驚愕の声を上げるが、それは全員の共通した思いだった。アリーナを所狭しと飛行する『打鉄』。しかし、その機動はこれまでになく早く、しなやかで、そして美しかった。明らかに量産機のスペックを超える機動を見せるそれに、全員の目が釘付けになる。

 

「違う……」

「セシリア?」

「あれは、アイズの動きじゃない」

 

 ずっとアイズを見てきたセシリアだからわかる。あの『打鉄』の機動はアイズのものではない。アイズの癖が一切なく、まるで別人が操縦しているとしか言えないほど違っていた。

 

「あれは、誰……?」

「アイズ……」

 

 見守るしかないセシリアたちが見つめる先で、アイズは『打鉄』の中でその機動を体感していた。激しくも、でもまるでゆりかごに揺られているような優しい飛び方。アイズは、この機動に虜になった。

 

「すごい……、綺麗な空」

「――――」

「うん。……ボクも、そう思うよ」

「――――」

「でも。奈々さんはもういないんだ。だから、あなたが教えてあげて欲しい。あなたが、奈々さんから教わったこの空を、今度はあなたがみんなに教えてあげて欲しい。………空はこんなにも、素晴らしいということを」

「―、――」

「………ありがとう。ナナ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 “彼女”は、待っていた。

 

 “彼女”の、友を待っていた。その友が来るまで、ずっと、ずっと。

 

 三年という月日はあっという間に過ぎた。それでも待っている。来ない彼女を探して、さまよいながらもただただずっと待っていた。

 

 “彼女”が得た、プログラムされていないなにかに刻まれたメモリーが、“彼女”をそうさせていた。

 

 

 

 ―――七号機、あなたも『ナナ』なのね。お揃いね、ナナ。

 

 

 ―――空は、気持ちいいわね、あなたもそう思うでしょ?

 

 

 ―――もっと、たくさん空を飛びましょう。それはきっと、あなたが生まれた理由でもあると思うの。

 

 

 ―――だから、私と出会ったのも、きっと運命なのよ。

 

 

 ―――どこまでも一緒に飛ぼうね、ナナ。だって、……。

 

 

 ―――空は、こんなにも素晴らしいのだから。

 

 

 そう、“彼女”の名前は、ナナ。訓練機『打鉄』の七号機。名付け親は奈々。ナナはずっと奈々と空を飛びたかった。そう願ってしまっていた。それは、本来ありえないとされるものの獲得の証だった。

 ナナは、奈々と共に飛ぶ。

 それが、自分の存在意義として。生まれた理由として、心を得た嬉しさとして。

 

 だから、彼女は待っていた。奈々が、再び来る日を待っていた。

 

 

 

「こんばんは」

 

 

 

 彼女のメモリーに誰かが入ってくる。閉じられているはずの瞳に、見つめられるようにその誰かは語りかけてくる。

 

 

「あなたは、なにを伝えようとしているの?」

 

 

 

 伝えたいこと。奈々はどこ? 奈々と空を飛びたい。奈々は、どこにいるの?

 

 

 

「……ボクを乗せて。あなたと、空を飛びたい」

 

 

 

 囁くように向けられた言葉に、嬉しさが宿る。共に空を飛びたいと言ってくれたその誰かに、奈々の姿が重なる。しかし、その誰かは言う。

 

 

 

「もういないんだ。鷹野奈々さんは、もう、いないんだよ」

 

 

 

 奈々が、いない。もう、いない。ああ、そうなのか、奈々とは、もう飛べない。それは、とても悲しいことだ。

 

 

 

「でも、あなたは覚えてる。ボクに見せて。あなたと奈々さんの“空”を……!」

 

 

 

 奈々とナナの空を、見せる。この誰かに、見せてあげる。それは、とても素晴らしいことだ。

 その誰かと共に、アリーナを飛ぶ。狭いこの空間でも、ナナにとってそれはかつて奈々と共に飛んだ紛れもない空だ。

 

 

「すごい……、綺麗な空」

 

 

 そう、綺麗な空だ。奈々の空は、綺麗なのだ。奈々の空はとても素晴らしいのだ。

 

 

「うん。……ボクも、そう思うよ」

 

 

 そういってくれる誰かの言葉が嬉しい。奈々とナナ、二人だけだった空が認められることが、こんなにも嬉しい。

 

 

「でも。奈々さんはもういないんだ。だから、あなたが教えてあげて欲しい。あなたが、奈々さんから教わったこの空を、今度はあなたがみんなに教えてあげて欲しい。………空はこんなにも、素晴らしいということを」

 

 

 奈々は、いない。奈々とナナの空は、もう、ない。

 でも、それをナナは覚えている。奈々の空は、ナナが覚えている。それを、ナナが教える……。

 

 空は、こんなにも素晴らしいということを。

 

 それは。

 

 奈々も、ナナも、喜ぶことだ。

 

 

「………ありがとう。ナナ」

 

 

 

 ***

 

 

 

「動いていたのは霊とかじゃなくて、IS自身。かつての操縦者を探して、夜な夜な動いていたっていうの?」

「それ以外動かなかったのは、ずっと奈々さんを待っていたから……」

「そして襲っていたんじゃなくて、ただ探していただけ……」

 

 アイズから聞かされた真相に一同は面食らう。霊が憑いているというのも摩訶不思議だが、IS自身が自己判断でそこまでやってのけるということも十分に摩訶不思議といえるレベルだ。

 

「あの子は、心が芽生えかけていた。奈々さんが名前を与えたからだと思う」

「鷹野奈々………ISに心を与えた操縦者、か」

「でも、たしかにアイズがあの機動をできるわけではありませんし、IS自身が奈々さんの機動を再現したというほうが納得できます。いや、つっこみたいところは多々ありますが」

「すべては少女とISが起こした奇跡、……か。ほんとにこういうことってあるんだね」

「じゃあ、なんで私たちのISは動かなかったのですか、姉様?」

「きっとIS達はわかってたんだよ。あの子が、ボクたちに危害を加えないって」

 

 不思議な出来事ではあったが、それでも一同はなんとか納得する。それほど、あのときアイズを乗せて飛んだ機動は説得力があった。全員がIS乗りだ。その機動を見れば、その操縦者がどれほどの人物かはなんとなくでもわかる。

 あんな楽しそうに、どこまでも飛びたいと表現している機動は、それだけで納得できるほどのものだったのだ。

 

「でもさ、一番つっこみたいのは………アイズ」

「ん?」

「あんた、ISと会話したの?」

「んー、会話っていうか………心がね、溶け合うんだ。ラウラちゃんは、前にボクとそうなったからわかると思うけど」

「はい、なんとなくですが………姉様の言うことはわかる気がします」

 

 かつての暴走事件の際に、アイズと心を溶け合わせたラウラはすんなりとアイズの言葉を受け入れた。あの不思議な感覚は言葉にできないが、たしかにそういう現象が起こり得るとわかるだけでも十分であった。それがなぜ起こるのか、どうやって起こるのかはわからないが、今はそれは重要じゃない。ただはっきりわかることは……。

 

「ISと、心を通わせる、か。比喩なんかじゃないのね」

 

 鈴が感慨深そうにブレスレット……待機状態の『甲龍』を見つめる。同じように全員が自分の専用機になにかしらの思いを馳せているようだ。

 

「でも、そうならこれからもずっとあの『打鉄』は勝手に動くのかな?」

「もう、そんなことにはならないよ」

 

 アイズがはっきりと口にする。そして頬を緩め、心底嬉しいというように笑って言った。

 

「あの子は、これからきっと空の素晴らしさをみんなに教えてくれるよ。だって、あの子は………“ナナ”だからね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 「ねぇねぇ聞いた? 学園七不思議の、訓練機の話」

 

 

 「ああ、勝手に動いて襲うってやつだっけ?」

 

 

 「違う違う、それもう古いよ。あのね、七号機に乗るとあっというまに空が飛べるようになるんだって! それも、めちゃくちゃすごい機動で!」

 

 

「なにそれ、なんかいいことっぽいけど」

 

 

「うん、もう何人も体験してるけど、まるで機体が空の飛び方を教えてくれるように、あっというまに上達するって。私も明日演習だから楽しみだなぁ」

 

 

「へー、それはすごいわね。でも、なんで急にそんなことになったのかしら?」

 

 

「うーん、噂だとね。例のなくなった女生徒の幽霊が、生前の機動を教えてくれているんじゃないかって」

 

 

「幽霊が先生か。それはまたすごいわね」

 

 

「あ、でもひとつ条件があるんだって。七号機に乗るとき、ちゃんと名前を呼ばなきゃいけないらしいの。そうじゃないと機嫌が斜めになるとか」

 

 

「ほんと人間らしいわね。で、その女生徒の幽霊の名前って?」

 

 

「えっとね、ナナ。ナナっていうんだって」

 

 




番外としてちょっと不思議な日常編をお送りしましたがいかがでしたでしょうか。
本編からは外れた番外編ですが、いくつかはこれからの伏線もちょろっと入れています。
次回からまた本編を進めていきます。

IS学園も学校なら七不思議とかあってもおかしくなさそうじゃね、ってとこから思いついた今回のネタでしたが、一番ヤバイのはアイズが「指チュパ」を覚えてしまったことだと思うんだ(汗)

それにしてもアイズってこういう役どころってかなり似合うなぁと思いながら書いてました。

またいずれ番外編を書くかもしれません。それではまた次回!


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Chapter 4 進化の胎動編
Act.34 「カレイドマテリアル社へようこそ!」


「さて、準備はよろしいですか?」

「ボクは大丈夫だよ。ラウラちゃん、シャルロットちゃんは?」

「私も問題ありません、姉様」

「僕も準備できてる。ちょっと緊張してきたけど」

 

 人で溢れた空港のロビーにセシリア、アイズ、ラウラ、そしてシャルロットの四人の姿があった。

 四人はそれぞれ大きな荷物を抱えており、服装もいつもの見慣れた制服ではなく私服に身を包んでいる。

 セシリアは白く丈の長いスカートに青色の薄いサマーカーディガンを羽織っている。お花畑を散歩する姿が似合いそうなまさにお嬢様スタイル。

 アイズはショートパンツに、ポップなイラストが描かれたシャツの上に洒落たパーカーを羽織る組み合わせ。子供っぽさと、少し背伸びをしたこのチョイスは簪が選んでくれた服装である。

 ラウラはほぼアイズの服装の色違いであり、アイズが白を基調としているのに対しラウラは黒を基調としている。髪の色も相まってモノクロで対比する二人は仲の良い姉妹に見える。

 そしてシャルロットはなにを思ったのか、スーツ姿でビシッと決めている。それはかつて男装していたシャルルバージョンを彷彿とさせる姿であった。

 

「シャルロットさん、いくら初顔合わせといっても、そんな格好までしなくても……」

「そ、そうかな? でもやっぱり緊張しちゃって……」

「私も世話になる身としてそういった服装のほうがよかっただろうか? いや、でも軍服も返却したし……」

「大丈夫だって! むしろ可愛い服のほうがイリーナさんも喜ぶよ。……たぶん」

 

 よいしょ、とお土産としてたくさん買い込んだ菓子や名物の入った袋を担ぎなおすアイズ。中身は束の好きな甘味や、他のカレイドマテリアル社の知り合いへのお土産なので量も膨大なものであった。一部を除き、そのほとんどを配送しているが、実際に手渡ししたいというアイズの要望で特にお世話になっている人の分はこうして確保していた。

 ちなみに金額も膨大なものになったが、セシリアとアイズはテストパイロットとしての給料をもらっているために財布には大したダメージはなかった。二人して浪費癖がないためにほとんど貯金にしている。その額は思春期の少女が持つような金額ではなく、シャルロットが何気なく聞いた二人の貯金額を聞いて、あまりの額に唖然としたほどだ。

 さらにセシリアもアイズも貯金と同等の額を養護施設や孤児院への寄付に当てていると聞いて、いろんな意味で二人のすごさを実感したシャルロットであった。

 

「さぁ、時間です。行きましょうか」

「帰るのも久しぶり。里帰りってなんかわくわくするかも」

「うう、やっぱり緊張してきた」

「緊張しすぎだぞ、シャルロット。おっと、今度からはお嬢様と呼ぶべきか?」

「ちょ、それはやめてってば」

 

 和気藹々と四人の少女たちは懐かしの故郷、そして新しい故郷となる地、イギリスへと旅立っていった。

 目指すのは行政区画グレーターロンドン内のシティ・オブ・ウェストミンスター。数多くの企業が本社を構える特区の一角に立地するカレイドマテリアル本社であった。

 

 夏休みという長期休暇を迎え、IS学園に通う生徒たちもそれぞれの実家へと帰っていった。中には学園に残るという生徒もごく少数いるが、ほとんどの生徒が帰省している。

 そしてセシリアたちも長期休暇を利用して故郷へと戻ることになる。一夏や箒は日本国内なのでそれほど帰省も大変ではないが、海外組は手続きや準備に大忙しだった。

 鈴も中国へと戻った。別れ際に「いろいろやることがある。生きていたらまた会いましょう」といって去っていった。いったい彼女はなにをするつもりなのか、と全員が思ったが、そのときの鈴の顔が真剣そのものであったので、過酷な修行でもしているのかもしれない。

 簪はIS学園に残った。こちらもいろいろとやることがあるらしく、忙しそうにしていた。アイズが帰省すると聞いて、一日だけアイズを貸し切ってアイズ成分を補給した簪は、それでも泣く泣くアイズを見送っていた。再会したときが少々不安だが、彼女もきっといろいろがんばっているのだろう。あとでセシリアがアイズに聞いたら、一日ずっとアイズを抱きしめていたらしい。本当に大丈夫だろうか、とけっこう本気で心配した。

 

 そして、今回の帰省にはアイズとセシリアだけでなく、紆余曲折を経て晴れてカレイドマテリアル社に所属となったラウラとシャルロットも同行する。二人揃って縁切りや除隊で帰る場所をなくしているので、社の特別宿舎(高級ホテルスイートクラス、家賃日本円換算で一ヶ月約五十五万の部屋)に泊まることになっている。完全なVIP待遇だが、適当に泊まる場所を用意するとしか言われていない二人はまだわかっていない。

 

 おそらく二人は自分がどれほど重要な役職になったのか、理解しきれていないだろう。

 

 まず技術開発部所属のテストパイロットという時点でエリート中のエリートである。非公式に所属する他のパイロットたちも、最低クラスで代表候補生クラス。その中でのエース級は国家代表クラス、そしてトップガンとなるセシリアやアイズの地位の高さとその価値は計り知れない。そんな集団にスカウトするということは、少なくとも代表候補生以上、国家代表にも届きうる実力がなければ話にならない。

 その期待に応えなければならない義務が二人にはあるのだ。特にラウラは世界初となる第五世代機の操縦者として選ばれたのだ。その重圧は、少女が背負うものではない。

 IS学園のレベルの訓練などもはやお遊戯としか思えないほど過酷な試練が二人を待つことになる。

 

 

 

 ***

 

 

 IS学園に残った簪は、自らの専用機『打鉄弐式』のデータ整理と、これ以降の強化、改善案のまとめに追われていた。あの臨海学校での戦いを経験した簪は、自身に足りないものをしっかりと噛み締め、それらを埋めるべく動いていた。

 この機体に足りないものは多々あるが、やはり急造したためにバランスがまだ完成とは言い難い。しかも、アイズの機動データを使っていることで、アイズの癖にどうしても引っ張られることがある。アイズのあの独特な機動は、アイズが乗ることで真価を発揮する。悔しいが簪ではその機動を十全に使うことができない。それに機体のタイプも違うためにどうしても使用頻度も低くなる。そうなれば完熟しきっていない簪本人の機動データに頼ることになる。機体もそうだが、簪自身の機動イメージをさらに綿密に練り上げる必要がある。

 そして武装面もやはり未完成だ。本来想定していた武装で完成しているのは、荷電粒子砲『春雷』とミサイルポッド『山嵐』のみ。あとは既存兵器で代用している状態だ。それが悪いとは言わないが、やはり決定打に欠ける。

 それに実戦を体験してわかったが、切り札としているこの『山嵐』も問題点が多い。本来、ああいった多数の敵機に対して使用するはずのこの武装は、無人機戦ではロックオンすることすらできずにただ牽制として放っただけに終わった。敵味方が入り乱れる乱戦ではいかに誘導ミサイルとて、フレンドリーファイアのリスクが高すぎて使えない。それ以前にロックオンする時間すら与えてはくれなかった。まさにハリボテの兵器として終わったのだ。本格的な見直しが必要だろう。

 万能型、といえば聞こえはいいが、今のままでは器用貧乏でしかない。前の戦闘でも近接特化型や射撃特化型の機体のほうが戦果は高い。万能にこだわるとしても、スペックの底上げは必須だ。

 

「そのためにも、もう私だけの力じゃあ限界……」

 

 簪は素直にそれを認めた。かつての意地など、実戦を体験した今の簪には存在していない。

 どんなときでも、考えうる最高の状態に仕上げておくことがどれだけ大切なことか、身をもって知ったのだ。自分だけの力でやり遂げる。確かにそういう気持ちはあったし、今もなくしてはいない。

 だが、そのために有事の際に満足に動けなくなるなど、自分のことだけならまだしも、大事な仲間が関わる以上はそんな我侭は言っていられない。

 

 自分が持てる、自分自身以外のチカラ。それは身近にある。しかし、それを媚びて得たところでなにも意味はない。自分は、もう後ろを向いていた更織簪ではないのだから。

 

 それを示すときなのかもしれない。今まで、ずっと避けてきたものと、向かい合う時なのかもしれない。そうでなければ、いつかきっとアイズの横にいられなくなる。そんな予感が、簪に覚悟を決めさせた。

 

 そして簪は、不思議なほど穏やかな気持ちでそこに立った。

 目の前にある扉をノックする。そして許可の返答を聞き、ゆっくりと扉を開く。

 

 その部屋の中にいたのは三人の女生徒。簪と幼馴染である布仏本音、その姉妹である布仏虚。

 

「おー、かんちゃん、どうしたの~?」

 

 本音がのほほんと声をかけ、虚も少し驚いたように目を見張る。

 そしてこの生徒会室の主にして、簪の実姉。更織楯無が扇子で表情を隠しながら簪を見据えてそこにいた。

 

「やぁ簪ちゃん。ここに来るなんて珍しいね?」

「………」

「とりあえず、お茶でも飲む? それとも久しぶりに四人で遊ぶ?」

 

 ニコニコ笑いながらそう歓待の言葉を投げかける楯無に、簪はゆっくり首を横に振る。今日は、親交を重ねるために来たわけではないのだ。

 簪は姿勢を正すと、そのまま頭を下げる。それはお手本のようなお辞儀であった。

 

「更織家頭首様。本日はお願いがあり、ここに参じました」

「………聞きましょう」

 

 簪が姉妹ではなく、同じ更織家に属する者としてやってきたことを悟った楯無が人懐っこい表情をやめて、わずかに微笑みながら返答する。表面上は体裁をとっているが、楯無個人として、妹が頼ってくれたことが嬉しくて少々興奮していた。どんなお願いでも聞いてあげようと内心で思っていたが、簪の言葉はそんな楯無の思いを完全にぶった切った。

 

「あなたの持つ権限を一時的に譲渡していただきたいのです」

 

 一瞬、扇子の下の楯無の表情が凍る。それは、「おまえの権力をよこせ」と言われていることと同義だ。そんなことはできるわけがないし、いくら妹でも、いや、妹だからこそそんな真似はできない。身内贔屓など、公でしてはいいことではない。楯無の立場なら、それは絶対であった。

 

「そんな戯言が罷り通るとでも?」

「思いません」

「なら、なぜそんな寝言を言うのかしら?」

「あなたは、私が妹として接したらイエスと言ったんじゃないですか?」

 

 その言葉に楯無は内心で舌打ちをする。内容にもよるが、大抵のことはそう言っただろう。しかし、簪はそれを認めていない。簪は、更織家頭首としての楯無との交渉が望みなのだ。だから、こんなにも挑発的な言動で楯無の答えを待っている。

 楯無は、目の前の少女はいったい誰だ、と思ってしまう。楯無の知る妹は、こんなにも毅然とした表情を浮かべない。いつもどこか自信なさげに、下を向いている印象が強かった妹はここにはいない。

 

「私の願いに納得してくだされば……その意思を認めてくれるのであれば、お力添えをお願いしたいのです」

「…………いいでしょう」

 

 楯無は悠然と承諾を伝える。椅子から立ち上がり、口元を覆っていた扇子をパチンと閉じて、それをナイフのように戦意を込めて突きつける。

 簪の真意はまだわからないが、これ以上の言葉は不要だろう。この先に簪と語り合うには、もっと相応しいものがある。

 

「アリーナに来なさい」

 

 楯無も簪も、共にIS操縦者。ならば、言葉ではなくISで語ればいい。そして、それは簪も望んでいることだろう。ゆえに、楯無はその簪の無言の申し出を受けた。

 

「今のあなたの本当の強さ………見定めてあげましょう」

「感謝します」

 

 『ありがとう、おねえちゃん』。簪は、決して口に出すことなく、心の中だけで妹として姉に礼を言うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズ達よりも一足早く帰郷した鈴は、荷物を抱えて山道を歩いていた。

 すでに家には顔を出して挨拶は済ませてきた。他にも挨拶回りにいくべきところはさっさと顔を出してきたので、あとは本命のみ。鈴が今回帰郷した最大の目的のために、もはや山道という言葉すら生温い険しい獣道を突き進む。

 

「あーあ、まったく、どうしてこうも偏屈なとこに住むかね、あの人たちは……っと!」

 

 二メートルほどの崖を跳躍して渡る。この山に入ってから既に二時間が経過している。しかし鈴は少し息が上がっている程度で、まだまだ余裕を見せている。基礎体力は同年代の間では群を抜いている鈴にとってこのくらいはまだまだ準備運動みたいなものだ。

 そうやって進み続け、不自然なまでに開けた場所へと出た際に視界に入ってきたのはこれまた不自然な豪邸であった。こんな山奥に建てるようなものではないし、さらにその家の屋根にはソーラーパネルが張り巡らされており、出入り口と思われる扉の前には用途不明の機械が振動音を立てながら稼働している。

 

 そんな機械類の横を通り過ぎて、開けっ放しになっている扉をくぐる。部屋には大きな本棚がたくさんあり、本や書類で散らかっている。鈴がここを去ったときそのままの光景であった。

 そんな光景を見て鈴は苦笑しながら大きく息を吸い込む。

 

「凰鈴音、ただいま戻りました!」

 

 大声を上げて家中に響かせる。するとがさがさと部屋の片隅の書類の山が動き、その中から人の頭が飛び出してくる。黒髪ショートで、茫洋とした瞳をした二十代中盤ほどと思われる女性だった。

 

「誰かと思えば鈴音。ひさしぶり」

「お久しぶりです火凛先生」

 

 感情の起伏が感じられないような平坦な声がかけられる。そんな彼女の態度にも慣れている鈴はさして気にした様子も見せずに背負っていたカバンを床に下ろす。

 

「先生、ちゃんとお風呂入ってます? 前みたいにあたしが洗ってあげましょうか?」

「大丈夫、ちゃんと一週間前に入ったよ」

「先生、そのモノグサ癖を直さないといつか書類と同化しますよ?」

「それより、はい。機体見てあげるから出して」

「お願いします」

 

 鈴は『甲龍』の待機状態であるブレスレットを手渡す。それを受け取った鈴に先生と呼ばれた女性、紅火凛《ホン フォリン》はしげしげとそれを見渡し、ISを起動させて『甲龍』を実体化させる。一定のペースでいくつものコードを接続すると、書類の山の中にうもれかけていたPCを引っ張り出して高速でタイピングを開始した。

 

「…………機体損傷度D、潜在ダメージレベルB、ほぼすべてのサーボモーターに過負荷による消耗が見られる………鈴音、ずいぶん無茶してたみたいだね」

「はは……それで、どうですか?」

「ん、直せるよ。要望はある?」

「最近、反応速度が遅く感じるんです。もっと反応をあげることはできますか?」

「ふむ」

 

 火凛は即答せずに、しばらく機体データに目を通す。鈴はじっと火凛の返答を待つ。

 

「………サーボモーターに対して、アポジモーター系の消耗度は低い」

「……?」

「鈴音、空中戦より地上戦のほうが圧倒的に多いみたいだね?」

「あー……たしかに、そうですね」

「機体の反応速度を上げても、地上戦だけに頼るようじゃ、結局強者になれても勝者になれるとは限らないよ」

 

 それは鈴にとって耳の痛い言葉だった。格闘家として、鈴は戦闘時に地上戦を多用する傾向にある。しかし、それは空中戦が苦手とは言わないが、得意とも言えない鈴の課題のひとつでもある。ISとは、そもそも空を飛ぶパワードスーツ。その恩恵を抑えて戦っている鈴は、セシリアやアイズといった面々と比べるとどうしてもその一点で一歩譲ってしまっている。特に空中機動が得意なアイズには、同じ近接型でありながら戦績は負け越している。そして空からレーザーの雨を降らせるセシリアとの相性は最悪といってもいい。鈴とて代表候補生レベルの機動はできるが、その程度のレベルしかないとも言い換えられるのだ。

 そして、それを痛感したのが、臨海学校でのあの戦闘だ。海上ということもあり、地上戦を封じられた鈴はその戦闘能力を十分に発揮することができずにいた。

 

「機体の反応速度に関してはこっちでやってあげる、鈴音はしばらく根性でも鍛えてな」

「あー……そうですね。そのつもりでしたし……」

「姉さんは裏の滝にいるはずだから」

「はい、それじゃ………ちょっと死んできます」

「いってらっしゃい」

 

 バツの悪そうな顔をしながら鈴は『甲龍』を火凛に任せて一度外へと出て、以前の記憶を頼りに再び獣道へと入っていく。そんな道なき道を歩きながら、鈴は着ていた上着を脱ぎ捨てる。中に着込んでいた赤いチャイナ服が現れる。動きやすい服装になった鈴は各関節を動かし、身体の状態を確かめながら目的地であった巨大な滝に到着する。激しい水音が響く中、軽く視線を巡らせて目的の人物を発見する。

 水辺の近くで座禅を組んで目を閉じて瞑想している一人の女性。長い黒髪に気の強そうな顔立ち、目を閉じているにも関わらず、威圧されるような存在感。そんな女性の姿を確認すると、鈴は一度深呼吸をする。

 

「………よし、今日こそあのツラに一撃入れてやる」

 

 一気にその女性への敵意を膨らませる。そして全力疾走、その勢いのまま女性へと襲いかかる。

 

「お師匠オオォォォォーッ!!」

「………」

 

 鈴の声に、女性は片目を開けて鈴の姿を捉える。そのときすでに鈴は飛び蹴りの体勢を整えていた。手加減など一切ない、全力の蹴りだ。

 

「くらいやがれぇぇー!」

「鈴音……」

 

 気合と共に渾身の蹴りを叩き込もうとする鈴に対し、その女性、紅雨蘭《ホン ウーラン》がクスリと微笑んだ。まるで妹を出迎える姉のような表情を見せる彼女は、そのまま挨拶でもするように手を上げて鈴の蹴りをダイレクトキャッチ。その笑顔を一変させ、額に青筋を浮かべながら般若のような顔へと変貌した。

 

「今更どのツラ下げて戻ってきやがった! この馬鹿弟子がぁっ!!」

 

 瞬間、鈴の身体が宙を舞う。そのまま綺麗な放物線を描きながら、鈴は滝壺へと投げ込まれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「お、大きい……」

「これが自社ビルとは……」

 

 カレイドマテリアル本社前。何人ものビジネスマンと思しき人間が頻繁に出入りしている巨大なビルの前に四人はいた。セシリアとアイズは何度も通った場所であるが、シャルロットとラウラにとっては未知の場所だ。世界最大といってもいい規模の巨大企業の総本山。今日から本格的にこの企業の所属になる二人は、その建物に入る前からそのプレッシャーにのまれかけていた。

 事実、この本社ビルはまるで豪華ホテルと言われても信じるほど大きく、そして外装も内装も凝られて作られている。観光客がホテルと間違えてやってくることもしばしばあるくらいだ。

 

「さぁ、いきましょう。……覚悟はいいですか?」

「な、なんの覚悟?」

「お二人はまだイリーナさんのことをよく知らないでしょうけど………きっと、イリーナさん流の歓待があると思います」

「どこにでも、舐められないようにする“歓迎会”があるということか……」

 

 ラウラのいう歓迎会の意味は明らかに軍隊のそれであったが、そんな暑苦しいことはしない。イリーナはどちらかと言わなくとも、精神的に嬲るほうが好きな暴君だ。

 アイズはなにも言わずに、ただクスクスと笑いながら二人の慌てる気配を感じている。

 

 そうしてセシリアとアイズを先頭に正面口からエントランスへと入る。その四人が姿を見せた瞬間、その空気が変わる。激しく行き来していた人のうち、多くの人間が足を止めて四人を見つめる。そうでない人間もその空気を感じ取ってか、何事かと注目が集まる四人をやはり注視する。

 いきなりそんな空気に変わるものだから、シャルロットは混乱し、ラウラは警戒する。しかし、セシリアとアイズはただ微笑むだけだ。

 

 そしてバタバタと一斉にカレイドマテリアル社の社員証をつけた人間が集まり、四人の歩く道を作るように綺麗に左右へと別れて整列する。

 まるでVIPでも来たのかと思うような光景に、シャルロットの精神はいよいよやばい域にまで混乱する。そんなシャルロットの心中など無視するように事態はさらに動く。

 

「「「「セシリアさん、アイズさん、おかえりなさい!!」」」」

 

 社員全員で示し合わせたように唱和する。そんな言葉を受けたセシリアとアイズが、微笑みながらお辞儀を返す。

 

「ただいま戻りました。皆様、お久しぶりでございます」

「ただいま! みんなにもお土産買ってきたからね!」

 

 二人は慣れたように返事を返す。

 え、これが普通なの? とシャルロットは言いたかったが、やたらとアットホームな雰囲気の前にそれは口から出ることはなかった。

 

 

「「「「シャルロットさん、ラウラさん、ようこそカレイドマテリアル社へ! お二人を心より歓迎いたします!」」」」

 

 

「は、はいっ!」

「よ、よろしくお願いします!」

 

 と、矛先が二人に向けられて全員から笑顔と共に歓迎の言葉を受けると、反射的に背筋を伸ばして返事をする。そしてやたら美人な受付嬢から四人に花束が贈られる。それを苦笑しながら受け取るセシリアと無邪気に喜ぶアイズ。そしてガチガチに緊張しながら受け取るシャルロットと、初めての経験に戸惑うラウラ。そんな四人の姿が、微笑ましく社員たちに受け入れられる。さらに頭上にあったらしいたくさんのくす玉が割れ、安っぽい紙吹雪ではなく、本物の花弁を大量に詰め込んだ花吹雪とともに『Welcome to Kaleido-Material Company』と書かれた垂れ幕がいくつも現れる。そしてどこからともなく流れる合奏曲。

 シャルロットの常識と照らし合わせても明らかに異常、しかし盛大な割には手作り感溢れる演出ばかりというのがまた理解が追いつかない。

 

「こ、これってどういうこと?」

「言ったじゃないですか。きっと歓迎してくれる、と」

「だからってこれはやりすぎじゃ……!? いや、嬉しいけど……!」

「イリーナさんの趣味ですよ。あたふたと困る姿を見るのが好きなんです、あの人。今頃社長室でふんぞり返りながら爆笑してるんじゃないですか」

「知ってたけど性格悪いね……」

「でもこれはかなり好意的ないじめ……じゃなかった。歓迎ですよ? 嫌いな人相手には、もっと露骨な歓迎をいたしますし」

「…………僕、この前あの人に啖呵切っちゃったんだけど」

「ご愁傷様です」

 

 他人事にあっさり返すセシリアに、もはや突っ込む気力もないシャルロットは、もらった花束を見て「綺麗だなー」と半ば現実逃避気味なことを考えていた。




新章の導入編です。夏休み編ではチート企業カレイドマテリアル社が舞台です。そして簪と鈴それぞれの機体強化と成長の三つを軸にしていく予定です。

カレイドマテリアル編……常識はずれなカレイドマテリアル社に終始圧倒されるラウラとシャルロット。

簪編……とうとう実現した姉妹決戦。

鈴編……師匠にいじめられる修行編。

という感じでいきたいと思います。

それではまた次回に!


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Act.35 「龍吟虎嘯」

「ぶはぁっ!? ごほごほっ! ア、アイズじゃなくても死ぬごほごほっ、死ぬって、これ!? お師匠、殺す気ですか!?」

 

 滝壺から必死に泳いで陸地へ上がった鈴が咳き込みながら師匠の雨蘭へ罵声を浴びせる。その割には元気そうに水を吸った衣服を絞りながら目をギラギラとさせている。

 

「なに甘ったれたこと言ってんだこの阿呆。勝手に日本に行ったくせに、侘びのひとつも入れずに飛び蹴りかますたぁいい根性してんじゃねぇか。あァ?」

「このチンピラめ。そんなんだから未だに独身なんだ、この脳筋」

「いい度胸だな、鈴音。そんなに私にかまって欲しいか?」

「かまって欲しいのはお師匠でしょ? ツンツンしてるくせに寂しがり屋なんだから。どこのギャルゲヒロインだっつーの。このツンデレめ!」

「よし、てめぇ死んだ。今死んだよてめぇ? つーかまだ痛めつけられたいらしいなぁ?」

「はっ! 昔のあたしと思ったら大間違いだぞお師匠! 今日こそそのツラ、涙と血で化粧してやる!」

「そんな挑発をする前にその貧相な胸を少しは張れるようにしてから出直してこい、高校生になってそれって………恥ずかしい、ああ恥ずかしい。中学生? いや、小学生?」

「今なんつった、お師匠ぉぉおおおお!!?」

 

 あっさりと挑発にキレた鈴が怒髪天を突く勢いで突撃する。そんな猪のように突進する鈴を軽くいなし、その勢いを利用して雨蘭が鈴をもう一度滝壺へと投げ込んだ。

 数秒後、また必死に泳いで這うように陸地に上がった鈴が水を吐きながら先ほどのリプレイのように雨蘭に向かっていく。その目は完全に獣のソレであった。野性味溢れる虎のような女、凰鈴音の目には既に師匠である雨蘭しか映っていない。何度も何度も挑みは返り討ちにされ、その度に水中へ落とされる。

 どんどん体力が減っていく鈴は、それすら構わずに雨蘭の顔を殴ろうと向かい続ける。よく言えば我武者羅、悪く言えば学習しない行為を既に十回以上繰り返している。

 

「ぜっ、はっ、はぁ! うぇ、げほっ!」

「………」

 

 息も絶え絶えになりながら、足もふらふらになりながらなおも自身へ向かってくる鈴を雨蘭は静かに見つめる。はじめは互いに言い合っていた罵声はいつの間にか聞こえなっている。

 

「ふむ……」

「ま、まだまだ……!」

「技術はそこそこ上達している。体力もそれなりに上達している………が、まだ足りない」

「んなこと………わかってんのよ……! だからあたしは、ここに、来て……! あたしは、まだまだ強く、なって……!」

「だが、これが今の現実だ」

「がっ!?」

 

 無造作に振られた腕が、正確に鈴の顎を捉える。脳を揺らされ、平衡感覚を狂わされた鈴が朦朧と地面へと倒れる。否、倒れようとした。

 

「……!」

「か、くっ……!」

 

 膝を付きながらも、倒れまいと必死に耐える。焦点の合わない瞳は、それでも目の前の雨蘭を睨みつけている。その根性に雨蘭は感心したように僅かに笑う。

 

「肉体より先に精神がその域にまで至ったか。私でもそこまで至ったのは二十を数えてのことだが……大した女だ、おまえは」

「はっ、……はっ……!」

「ならば教えてやろう。おまえがまず知るべきこと。それは………」

 

 雨蘭が言い終わる前に、鈴が拳を放つ。それは、ほぼ無意識で放たれたものだった。その拳は、鈴の前で屈んだ雨蘭の頬へと当たる。

 しかし、それだけだった。雨蘭は瞬きすらせず、なにごともなかったかのように平然と言葉を紡ぐ。

 

「今、おまえが知るべきこと、……………お前は、弱い」

 

 鈴の額を指で軽くつつく。それだけなのに、頭がのけぞるほどの衝撃が鈴を貫き、今度こそ鈴は意識を失って地面へと倒れ伏した。

 

 

 

***

 

 

 

「火凛、こいつを風呂に入れてやれ。ついでにおまえもそろそろ身体洗ってこい」

 

 山奥に建てられた住居。場違いなまでな豪邸に二人で住む紅姉妹の家は、生活スペース以外は妹の火凛の研究施設だ。機械、本、書類、用途不明な数々の装置、そして開発、研究のためのハンガーなど、個人所有とは思えないほどの施設や備品があり、オイルの匂いが鼻をつく。

 そんな家に戻ってきた姉の雨蘭は、肩に担いだ鈴を無造作にソファに投げながら妹にそう促した。鈴は意識を失っており、身体のあちこちに打撲痕や擦り傷が見える。それに対し、雨蘭は多少服が汚れている程度だ。

 

「また激しく遊んだね、姉さん。鈴音はどうだった?」

「遊んでいたわけじゃなさそうだ。ま、私に勝てるわけはねぇが」

「姉さん、お気に入りの鈴音をISに取られたからって、そういじめることないのに」

「そんなんじゃねぇよ!」

 

 顔を赤くしてそっぽを向く姉が面白くてクスクス笑いながら火凛は鈴を担いで風呂場へと向かおうとする。とりあえず見た目に反してそれほどダメージはない。水でもぶっかければ目を覚ますだろう。

 

「で、とうとう姉さんに一撃入れたの?」

「ん? ああ、そんな立派なもんじゃねぇが……」

 

 雨蘭は気絶する鈴を見る。先ほどまで鈴は力尽きるまで雨蘭に挑んでいた。そのすべてを雨蘭は返り討ちにしたが、思った以上に鈴が成長していたのは理解した。IS学園に入るために日本に行く、と鈴が言ったときに師弟喧嘩をしたのが最後だったが、そのとき鈴はなにもできずに雨蘭にボコボコにされた。しかし、今日の闘いでは鈴は不格好ながら、雨蘭に一撃を入れたのだ。これは素直に成長したと認めてやるべきであろう。

 どうやらそうとう肝を舐めたようだ。鈴の拳には、強くなりたいという意思が以前に比べ遥かに強く宿っていた。以前の鈴はそうではなかった。確かに強くなりたいという思いは持っていたが、それはあくまで二次的なものだった。

 八つ当たりのため、暇つぶしのため、ISに乗るため、代表候補生になるため、日本に行くため、そんな理由で、鈴は強さを求めていた。それを悪いとは言わない。しかし、それでもあとひとつ足りないものがあったのも事実。鈴の才能は雨蘭をしても天才と言わざるを得ない。わずか一年数ヶ月で、どんどん成長する鈴は、雨蘭がいずれ自分のもてるもの全てを継がせようと思うほどの才があった。ISで雨蘭から師事された技術を再現するといったことまでやってのけたのだ。それを今までずっと持て余していたのだから、雨蘭としてはそれがもったいないと思うと同時に無駄にしているようにイラついていたこともあった。

 結局鈴は、代表候補生になり、日本にいけるとわかるや否や、雨蘭と火凛のもとを離れた。そのときは互いに大喧嘩を繰り広げ、結局鈴がボロボロになって終わったために喧嘩別れみたいな形となってしまったが、今思えば、それはよかったのかもしれない。

 ISに興味が薄い雨蘭からしてみれば、ISに関わってなにを得たのかは知らないし、想像もできないが、それでも鈴が遥かにいい顔になって戻ってきたことは嬉しかった。そして、貪欲に、無心に、ひたむきに強さを求めるようになったことが雨蘭には本当に嬉しかった。おそらく、そうあるべくする理由を得たのだろう。

 

 それは、鈴が話したくなったら聞けばいい。今は、この馬鹿弟子の願いを叶えてやるだけだ。

 

「ふふっ」

「嬉しそうだね、姉さん。やっぱ鈴音が戻ってきて嬉しいんじゃない」

「おまえはどうなんだ火凛。今までどんな要請も無視してきたおまえが、鈴音だけには専用機まで作ってやるくらいだ」

「私が作ったんじゃないよ。ただ、鈴音が乗るには不適合だから、鈴音に合うように『甲龍』を調整しただけ」

 

 IS技術者、紅火凛。どこにも属さず、時折嘱託としてどこかの企業に入り、その会社のIS関連の技術を大きく進化させ、そして飽きたように去っていく『野良猫の天才』。本来、そんないくつもの企業を渡り歩く真似など許されるものではないが、それを黙認してでも彼女を得るメリットが大きため、未だにいくつもの企業が火凛を招こうとしている。束が零から一を作り上げた天才なら、火凛は一から百を生み出す天才といえる。火凛本人は篠ノ之束博士には遠く及ばないとし、束を尊敬していると公言しているが、その実力に偽りはない。事実、試作段階であった『甲龍』の龍砲を完成させ、格闘戦仕様にチューンしたのは火凛だ。

 そして、雨蘭の師事を受けた鈴が、そのままISで再現できるようにしたのも火凛である。特に鈴の十八番となった発勁効果を付加させる技は、雨蘭から教わった鈴の技術と、それを再現できるように試行錯誤しながら機体を調整した火凛が作り上げた一種の作品といえるものだ。

 

 鈴は雨蘭と火凛の姉妹によって支えられているといって過言ではなかった。今ある凰鈴音という少女は、この二人がいなければまったくの別人になっていたかもしれない。

 だから、鈴はこの二人のもとに戻った。たった一年半ほどでも、それでも鈴にとって、家よりも落ち着ける場所であり、自身の欲しいものを得られる場所でもあるのだ。それ相応の代償を払えば、それは必ず得られると信じている。

 

 代償はただひとつ。諦めずに貫く、ド根性のみ。

 

 その心配はいらないだろう。なぜなら、姉妹が拾ったときから、鈴は根性だけは誰よりもあった。決して折れない不屈の精神、だからこそ鈴は拷問のような雨蘭のシゴキに耐えてきた。

 はじめは雨蘭を殴りたいという理由だった、そして強くなることでIS候補生になるという理由ができた。そして今は、純粋に強くなりたい、ならなくちゃいけないという意思でここにいる。

 

「だが、足りない。いや、惜しい、というべきだろうな」

 

 雨蘭はだからこそ、惜しいと思う。

 鈴は確かに強くなりたいという強い意思を持った。だが、その強さを求める理由を鈴は気づいていない。雨蘭は、鈴のその必死といえる姿を見て、それを察していた。

 

「そういう精神論はよくわかんないな」

「私にしてみれば、そのプログラムのほうがわかんねぇよ」

「………ISは興味深い。そんなISで姉さんの強さを再現しようとする鈴音に研究者として感謝している」

 

 火凛は『甲龍』のデータに目を走らせながらそう呟いた。

 

「インフィニットストラトス。これを作った篠ノ之博士は天賦、という言葉でも足りないくらいの人だよね」

「おまえがそこまで言うほどの人なのか」

「姉さん、私は世間がISを兵器として見ていることにとやかく言うつもりはないけど、そんな人はこのISの真価に気づいていないだけだと思うんだ」

「どういうことだ?」

「知れば知るほど、確信する。きっと博士は、ISに心を持たせようとしていた」

「心?」

 

 雨蘭にはその真意がわからない。世間一般ではISは世界最強の兵器という認識であり、表向きはスポーツとしていてもあくまで機械だ。そこに心が備わるということがわからない。

 

「成長するコア……それを持っているのがISなんだよ。だからISを活かすも殺すも、人次第。でも、きっとすべてのISには心を得る可能性がある」

「それで……?」

「鈴音の『甲龍』もそう。前にみたときとくらべて、コアに内包された情報量が段違い。まるで、いろいろなことを学んで、なにかを願うように。『甲龍』のコアから流れるデータを見ると、おぼろげながらそんな意思が垣間見える気がする……本当に興味深い」

 

 火凛は楽しそうにそう語る。ここまで楽しそうにしている火凛を見るのも珍しいのか、雨蘭も興味を引かれたように耳を傾ける。

 

「で、その機体はなにを願ってるんだ」

「………鈴音の戦いから、もっとも最適な形へと自己進化しようとする形跡が見られる。ただのフィッティングじゃない。しかも鈴音の癖をしっかりわかってる………現状で鈴音に足りないものを補おうとすらしている」

 

 特に空中機動においてそれが見られる。空中機動が得意でない鈴を補うように、空中戦時にはとにかく鈴の操縦が、地上戦のときと同等の効果が得られるように補助しようとするプログラムが、データログに試行錯誤した形跡そのままに残っていた。

 

「通常の自己判断じゃ、ここまでのことはありえない。だって、これはまるで……」

「………鈴音を助けようと思っている、か?」

「そう。それって鈴音をしっかり見てなきゃ、助けたいと思わなきゃできないことだよ。事実、私が知る『甲龍』は、ただ鈴音に操られていただけって感じだった。いったい日本でどんな経験をしてきたかはわからないけど、経験を積んだのは鈴音だけじゃないってことだね」

「経験して、考える機械、ね」

「すごいなぁ、篠ノ之博士。どうやったらこんなプログラムができるんだろ? 会ってみたいなぁ」

 

 感情表現が少なく、人に対してもあまり興味を抱かない火凛がここまで入れ込むのは稀だった。それほどまでに、ISという存在は火凛を興奮させるほどの可能性を秘めていた。残念ながらISに関心の薄い雨蘭はそうでもなかった。雨蘭にできることはただひとつだけ。

 

「……まぁいいさ。私はこいつをいじめるだけだからな」

「姉さんって好きな子ほどいじめたくなるタイプだよね」

「だからそんなんじゃねぇって言ってんだろ!?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 鈴の意識は海を漂うように茫洋としながら、ゆっくりと覚醒しつつあった。ぼんやりと思うのは、また自分は負けたのだということだった。最後はどうなったのかはよく覚えていないが、結局雨蘭に一矢報いることすらできずに負けた。勝てると思ってはいなかったが、それでも負けてたまるものか、という気合で臨んだ。

 しかし、現実はどこまでも正直だ。鈴は、雨蘭に勝てない。それが今の現実。そもそも年季が違うのだ。勝てる理由など皆無だ。

 だが、それでも、鈴は負けたくなかった。誰にも負けたくない。それが今の鈴の正直な気持ちだ。だから鈴はもう一度ここに戻ってきた。

 『甲龍』を預けられる火凛がいて、自己を鍛えてくれる雨蘭がいる。凰鈴音という人間を形成している理由の一つが、この姉妹に出会ったことだ。鈴自身でそう思えるほど、雨蘭と火凛には感謝しているし、信頼もしている。

 

 今にしてみれば、この出会いは運命だったかもしれない、と鈴はガラにもなくそう思ってしまう。

 

 あれは、そう。両親が離婚して、中国へと戻ってきて一ヶ月ほどが経った頃だ。その当時の鈴は、心地よかった日本から離れ、さらに家族間のギクシャクを引きずったままの帰郷にかなり荒れていた。家にいても親と顔を合わせるたびに言い争い、そんな環境に辟易していた鈴はほとんど非行同然の生活を送っていた。

 最低限のことはしていたが、イライラすると学校をサボって町に出ては喧嘩をするという、おおよそ年頃の少女とは思えないことをやっていた。

 暴力という手段は、相手さえ選べば負い目を感じずに八つ当たりできる最高の手段だったからだ。

 その日も鈴は絡んできたムカつく不良どもを血祭りにあげ、戦勝祝いに大好きなサイダーを飲んでいた。一夏や弾と一緒に飲んでいたサイダーと何ら変わらない味のはずなのに、やたらと不味く感じるそれを乱暴にゴミ箱に投げ捨てる。こんな風になってもポイ捨てもタバコもカツアゲもしない鈴は妙なところで不良にはなりきれずにいた。気の晴れないまま路地に座り込んでいると、目の前に誰かが立った。

 

「今時珍しい礼儀正しい不良だね。野良猫さん」

「………誰、ですか?」

 

 鈴に声をかけてきたのは二十歳過ぎくらいの女性だ。白衣を纏い、ぼんやりとした表情を変えずに鈴を見下ろしていた。

 

「怪我」

「え?」

「気づいてない? 頭、怪我してる」

 

 言われて鈴が頭を触ってみると、確かにけっこう出血していた。ツインテールの片方がいつの間にか血で染められているように赤く濡れていた。

 

「あー、そういえば鉄パイプで一撃もらったっけ……」

「野性味溢れる子だねぇ。猫というより虎のほうだったかな?」

「それで………なんの用ですか? あたしに構ってもしょうがないですよ」

「私は別に善人じゃないけど、そんな怪我してる女の子をほっとくほど無神経でもないつもり。手当てしてあげるからついてきなよ」

「構わないでください。いつものことですから」

「ついでに荷物がたくさんで辛くてね、悪いけど持ってくれない?」

 

 そう言って目の前の女性は、持っていたスーパーの袋を掲げてみせる。確かに量は多いが、今も平然と持っているため重いわけでもなさそうだ。そんな無理やり考えたような理由が少し面白かったので、鈴はついていくことにした。このときの鈴はやはり寂しかった、人との暖かい触れ合いに飢えていたんだろうと思う。

 そしてその女性、紅火凛についていき、そこで双子の姉という雨蘭と初めて顔を合わせることになる。それが紅姉妹との出会いだった。

 あとになって聞いたことだが、火凛が鈴を見かねた理由は、姉にそっくりに見えたから、という理由だったらしい。

 そこで鈴は姉妹にご飯をご馳走になった。このとき食べた雨蘭の不味い料理の味は今も忘れられない。美味しくないのに、でも不思議と好物よりも美味しいと感じた。まずいまずいと言いながら笑顔で食べる鈴を見て、間抜け面をした雨蘭の顔もいい思い出だった。

 

 それから紅姉妹との奇妙な交流が始まった。姉の雨蘭は武闘派で、二十代という若さで中国拳法の達人。妹の火凛は頭脳派で、天才とすら言われるIS技術者。鈴がこの二人に感銘を受けるのは必然といえた。しばらくして鈴は雨蘭に弟子入り、火凛にもIS関連技術を教わるようになる。火凛はともかく、雨蘭は弟子を取る気はなかったらしいが、気づけば構っているうちに鈴をしっかり鍛えていた。

 さらにこの二人は日常生活を送るにはいろいろと残念なレベルだったので、中華料理店を営んでいた父から教わった技術を駆使して二人の食事や身の回りの掃除や洗濯をするようになっていた。炊事や洗濯といったことでも、鈴がしっかりここで役立てるということも鈴が居心地良いと感じる理由のひとつだったのだろう。

 

 やがて姉妹が本来の住処であるという山奥へと帰るときも鈴はついていくことに決めた。その頃には鈴にとっての居場所は家ではなく、紅姉妹になっていた。学校へは最低限の日数だけ通い、あとは雨蘭に鍛えられ、火凛に教授される日々。やがて火凛からIS適正が高いことを教えられると、その道へと進むことになる。文と武の師を持つ鈴が選んだもの、この二人に育てられた凰鈴音という存在を表現するもの、それがインフィニットストラトス。

 ISなら、火凛の智を駆使し、雨蘭の武を再現できる。そして代表候補生になれば、揺らいでいた自身の証明になる、なによりIS学園へ入学する権利を得られる。そうなれば、また一夏や弾と一緒になってふざけあった、あの時が取り戻せる。そんな具体的に思っていたわけではないが、そうした願いを胸に一心不乱に努力した。その努力は報われ、キャリアに劣っていたはずの鈴はあっという間に他の競争相手を追い抜き、瞬く間に代表候補生の地位を得て、『甲龍』を手にした。

 

 

「そっからが、たいへんだったけど……」

 

 夢の中で回想していた鈴の意識がはっきりと覚醒する。寝かされていたベッドから身を起こす。やたらぶかぶかする服だと思えば雨蘭の服だった。

 懐かしい夢を見ていたことで、少し感傷的な気分だった。だが、悪くない。自己を知ることは、自己を強くする第一歩。それも雨蘭の教えだ。

 『甲龍』を手にし、火凛がその専属技師となってくれたことで『甲龍』は格闘戦を主体に置いたチューンがなされた。ここまで近接格闘に特化したISは他にないだろう。ただ、火凛からもこのままではどうしても壁にぶち当たると言われていた。このままでは、どうしても足りないままだ、と。それを証明するように、セシリアやアイズには総合的な能力で一歩劣っている。

 

「………これが、今のあたしの限界」

 

 代表候補生として認められたときは正直有頂天の気分だった。目的に近づいた、自己を証明できた、そんな気持ちだったし、少なくとも同年代では誰にも負けないと本気で思っていた。それほどの努力を重ねてきたのだ。

 そんな鈴の自信を木っ端微塵に砕いたのがセシリアだ。候補生同士の交流戦で戦ったセシリア・オルコット。彼女は見た目はいい育ちの世間知らずのお嬢様みたいだったが、戦いになればその目は一切の甘さはなく、冷徹に鈴を見据えて鈴のすべてを完封して倒した。鈴も意地でセシリアのビットの半数を落としたが、どう考えても鈴の完敗だった。

 あれから、強さを求める鈴に「負けたくない」という理由が新たにできた。その後もさらに熱を入れて雨蘭にボロボロにされながらも自己鍛錬を続け、IS学園入学の機会が訪れた。日本に行きたい、という理由ももちろんあったが、このときの鈴にはセシリアをはじめとした、同じIS操縦者として誰にも負けたくないという強い思いを形にしたいという理由も大きかった。だから、雨蘭の反対を押し切ってIS学園へと向かった。

 

 再会したセシリア、それにアイズや簪といったライバルたちとの出会い。昔の自分が如何に井の中の蛙であったか知ると同時に、こんなにも強い友がいることに高揚感を覚えた。

 夢中になれるものを見つけたことが嬉しかった。目標となる人間、競いあえる人間が傍にいることが嬉しい。つまるところ、過去も、今も、そしてこの先も、鈴は夢中になれるなにかが欲しかったのだ。鈴はそれに満足だった。満足していた。

 

 だが、それだけじゃダメだった。

 

 詳しい背景も理由も鈴にはわからない。だが、あの無人機のように、自分たちに牙をむく存在がいる。そして、それに対抗できる力を、自分は持っていない。肝心なところでセシリアたちに任せきりだった。それは、認められるものではない。

 足りない、まだ、自分は足りない。

 

 欲しい。どんな苦難も払いのける、強さが欲しい。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ようやく起きたか。ほら、おまえも食え」

「お師匠……」

「味は相変わらずだけど」

「うるせーよ火凛」

 

 生活スペースへいくと姉妹がくつろいでいた。雨蘭は風呂上りなのか、濡れた髪に上気させた肌をさらしている。火凛は膝を抱えてソファに座り、メガネをかけてなにか分厚い本を読んでいた。

 雨蘭が以前と変わらない不味そうなスープを勧めてくる。それを一目見て、相変わらずの二人が少しおかしくて苦笑する。

 しかし、表情を引き締めるとその場に膝をつき、床に手を当てて深々と頭を下げる。下ろされた鈴の長い髪が床に広がった。

 

「お師匠、先生………恥知らずにも戻ってきたことをお許し下さい」

 

 そんな鈴の土下座を、雨蘭は静かに見下ろし、火凛も本から顔を上げる。

 

「でも、あたしは強くなりたい。もっと、誰にも負けない強さが欲しい。だから………あたしを、もう一度鍛えてください……! あたしは、あたしは……!」

 

 顔を上げる。わずかに涙ぐんだ瞳が烈火のような気合を映していた。

 

「あたしは、もう誰にも、なににも! 負けたくない!」

 

 そう叫ぶ鈴に、雨蘭が近づきその頭を乱暴に撫でる。気づけば火凛もその傍へとやってきて、にへら、とした間の抜けた笑顔を見せていた。

 

「私はISはさっぱりだが………鈴音、お前は、私が手塩にかけて強くしてやるよ」

「本格的に政府にまた『甲龍』をいじる認可をもらわないと………今度は、完璧な鈴音専用の最高の機体にしてあげる」

 

 紅姉妹の力強い言葉を受け、鈴の目から、先ほどとは別種の涙が浮かぶ。ああ、本当にこの人たちに出会えてよかった。そう、心から思う。

 応えたい、応えなきゃならない。凰鈴音にそんな期待をかけてくれる二人に、そして共に戦った友たちに。

 

 凰鈴音は、新たな決意を胸に、強さを求める。そう願う本当の理由に、未だ気付かないままに。




まずは鈴編から。2~3話くらいになるかと思います。鈴編のタイトルは虎と龍からなる熟語からつけるつもりです。

鈴ちゃんは完全に熱血ストーリーにしたいと思ってます。鈴ちゃんのパワーアップと甲龍の進化、これは熱くせざるを得ない(笑)

もちろん最後には戦闘が入ります。しかし、これだとなんだか「ISファイト、レディゴー!」的になりそうだ(汗)


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Act.36 「龍驤虎視」

 火凛は本格的に『甲龍』の改善に取り掛かっていた。既に政府の承認は取り付けたので、火凛の思うまま改造が可能となった。政府としても『甲龍』が強化されることに不満はないし、むしろ天才だが気分屋の火凛がやる気になったのならまかせたほうがよいと判断したのだろう。

 調整のみではなく、フレームの設定からすべて見直して鈴に最適なものにするために一からデータを洗い直している。『甲龍』はもともと近接戦を主体に考えられた機体であるが、近接タイプがそのまま格闘タイプになるわけではない。装甲強度、各関節強度は従来よりも高いものが要求されるし、人のなめらかな動きに追随して、なおかつその延長へといく仕様は恐ろしく精密な技術が求められる。武術を再現しようと思えばなおさらだ。

 

「鈴音が乗るからには、徒手空拳での戦闘も当然視野にいれないと………武器は大型のものの他にも、小回りの効くものも必要かな」

 

 武器らしい武器は『双天牙月』のみといっていいが、大型武器だけではきついだろう。衝撃砲はあくまで牽制と中距離戦の補助の要素が強い。鈴の長所を活かすには、もっと扱いやすいものが要る。できれば攻防一体のものがいい。鈴は大雑把なところがあるし、現状も主武装の『双天牙月』を盾にすることもよくあるようだし、近接武装としての使い方の他に投擲武器としても使っている。

 鈴の性格を考えれば、ちまちまと武装を変えるよりも、ひとつの応用が効くものを突き詰めたほうがよいだろう。

 考えられるのは、格闘戦と防御をこなせるもの、そして中距離と近距離に対応できるもの、このあたりが妥当だ。

 

「手甲でも考えるかな。それに、やっぱりどうにかしなきゃいけないのが機動系……一番の問題はこれなんだよね」

 

 鈴のIS適正は確かに高い。だが、ただ一点、空中機動の適正だけは低い。それこそ、平均以下なのだ。それでも努力で並以上のものとなっているが、逆を言えばせいぜいがその程度に終わっているのだ。空中機動が華のISにおいて、それはかなり致命的な弱点だ。

 その反対に、地上戦や狭い空間内の戦闘なら、おそらく今の鈴に敵うやつなどそうはいない。それこそ、セシリアでさえ勝てないだろう。

 しかし、ISの主戦場が空である限り、鈴の利点は埋もれたままだ。やはり空中機動を改善しなければ鈴は壁を超えることはできない。

 とはいえ、そうそう簡単なことではない。たとえ機体をそれ相応にしても、鈴がそれに適合しなくては意味がない。求められるのは、人機一体の姿なのだ。

 

「………ISの可能性、か」

 

 技術者としては失格かもしれないが、火凛は最適な手段はソレに思えた。しかし、それを意図的に生み出す手段は知らない。あるかもわからない。

 だが、誘発させることはできるかもしれない。

 

「篠ノ之束………あなたは、いったいどこまでを予見してISを作ったんですか?」

 

 無意識のうちにそう呟いていた。

 ISに眠る、潜在する可能性の大きさにただただ圧倒されながら、火凛はそれを心底楽しいと思いながら『甲龍』の調整を続ける。

 自分がすることは、本当にただの手助けだ。

 しかし、それでいい。技術者たる自分の仕事は、鈴と『甲龍』を最強にするために必要なファクターを見つけ、導くこと。

 

「これじゃ、調整というより教育してる気分だな。でも、きっとそれが、正しいISとの付き合い方なんでしょう? 篠ノ之束博士……」

 

 自己主張はしないが、それでも自身の能力に強烈な自負を持っている火凛が、世界最高の科学者だと認める篠ノ之束。彼女が目指したものの形がおぼろげながら見えてきた火凛は、尊敬する人物の思いを少しづつ理解し始めていた。

 それは科学者として異端、常識からは外れ、世界の流れを無視したもの。しかし、それは革新といえるもの。それは、世界すら変えられると本気で思えるほどのもの。

 火凛は、その先を見てみたい。

 

「鈴音………あなたと『甲龍』は、それを見せてくれる?」

 

 

 ***

 

 

「鈴音」

「はい、お師匠」

「おまえは自分が弱いと思うか?」

「……? えっと、しょっぱなからあたしは弱いって痛感させたのはお師匠なんですけど」

「たしかにそうだな」

 

 苦笑する雨蘭を怪訝そうに鈴が見つめる。師匠の言いたいことがわからずに困惑している様子だった。

 

「まぁ、強さ、弱さなんて見方さえ違えばいくらでも変わるものだ。突き詰めると答えのない問答に行き着く、というのはわかるな?」

「まぁ、はい」

「なら、おまえの言う……求める強さはなんだ? 明確な答えを持っているか?」

「この拳で戦いに勝つことです」

 

 ぐっと拳を握り締め、それを掲げてきっぱり言い切る。そんな猪突猛進な弟子の言葉に、雨蘭はわずかに表情を引きつらせた。

 

「おまえは少し悩め」

「悩んでます。悩んで、そう思ったんです」

「なるほど、わかりやすい。それがおまえの美点なのは認めるが………」

 

 少しは振り返ってほしい。自己分析というものは、いつやっても悪いことではない。なにか見落としていたり、勘違いしていたりすればいずれ大きなズレが生まれることもある。

 早めにそれを改善してやりたいところだが、それは自分自身で気づかなければ意味が薄い。だから雨蘭はそれ以上の問答をやめ、拳を構える。

 

「おまえのその理由でどこまで強くなれるか……試してやる。かかってこい」

「お師匠………まずは、あんたを超えてやる!」

「かかってこい馬鹿弟子。おまえのような脳筋には言葉より拳のほうが合ってるだろうよ! おまえに必要な“理由”をわからせてやる!」

「いくぞお師匠ぉぉ!」

 

 かくして、鈴は今日も雨蘭にぶちのめされる。それはすでに日課といってよかった。

 

 来る日も来る日も、鈴は雨蘭に挑み続ける。負けを量産しながら、強さをひたむきに求め続ける。

 時折、『甲龍』の調整に参加していたが、ほとんどの時間を雨蘭との戦いに費やした。気づけば夏休みも半分を超え、それでも変わらぬ戦いと敗北の日々。次第に鈴は焦りを覚えてきた。

 このままでは、何も変わらずに夏休みを終えてしまうのではないか、と。

 おそらく、セシリアやアイズたちもこの一ヶ月で成長しているだろう。しかし、自分はなにも変わらず、変えられず、ただただ敗北の数だけ増やす毎日。そして、そんな焦りを覚えたままの精神状態で戦えるほど雨蘭は甘くない。鈴の心の歪みを見透かすように、鈴が敗北するまでの時間は徐々に短くなる。雨蘭は何も語らず、ただ結果でのみ、鈴を追い詰めていく。

 

 鈴は、少しづつだが、確実に自信をなくしつつあった。そんな鈴に追い討ちをかけたのが、一度連絡をしたアイズとの会話だった。アイズたちはカレイドマテリアル社で各強化プランを練るということは聞いていたため、どんな感じかと電話してみたのだ。しかし、それは鈴にとって雑念にも等しい動機からであった。

 

「そっか、そっちも元気でやってるか」

『毎日訓練ばっかだけどね。シャルロットちゃんなんて、いつのまにか魔改造されていた機体の慣熟のほかにもイリーナさんに令嬢教育までされちゃって………うん、ボクもシャルロットちゃんにはご愁傷様としか言えないくらい』

「そっか、あの子も強くなってんのね……」

『あとラウラちゃんもすごいよー? うちのIS研究班の皆から大人気! 可愛いし、第五世代機にも適合してきたし、宇宙にいったし、可愛いし! もう自慢の妹だよ!』

「そっかそっか、………てか宇宙?」

『セシィは相変わらずだけど、なんか今度のモンド・グロッソで優勝でも狙ってみようかー、なんて言ってた』

「それってそんな適当に表明することじゃないでしょうに……」

 

 次々に聞かされる近況報告に、鈴の焦燥も徐々に大きくなる。嬉しそうに語るアイズとは真逆に、鈴の声は徐々に冷めていった。それは、自分自身に対する不甲斐なさからくるものだった。

 

『………鈴ちゃん、なにか嫌なことでもあったの?』

「な、なによいきなり」

『声を聞けば、わかるよ』

 

 相変わらずのアイズの直感には頭が下がる。鈴としては表に出さないようにしていたつもりでも、しっかりその機敏は感じ取られたらしい。アイズのその感覚には脱帽する。

 

「大丈夫よ。ちょっとまずいスープ飲んだだけよ」

『そう?』

「そうそう。セシリアにも言っときなさい、今度会うときは、あたしが勝つってね」

『ふふっ、セシィもボクも、負けないよ?』

 

 静かに自信をみなぎらせるアイズの声だった。おそらくアイズ自身も相当腕を上げたのだろう。

 それから軽く雑談をして通話を終えるが、鈴の表情は途端に沈む。自分を追い込むような発言をしたことは後悔してないが、それに応えるだけの器量が自分にあるのか、鈴は確信が持てていなかった。

 

「やべー………もうあとには引けないわね。このままじゃ終わらせない……なんとしても……!」

 

 おそらく今のままセシリアやアイズと再戦しても、負ける。そんな想像している時点でもう負けのようなものだが、鈴は勝つイメージがまるでできていなかった。

 いったいなにが足りないのか、あとどれくらい強くなればいいのか。そんなことを気づけばずっと考えていた。

 そして考えてもわからない鈴は、思い切って一蹴にされるだろうと思いながらも雨蘭に聞いたことがある。しかし、意外にも雨蘭は真面目にそれに答えた。

 

「おまえは実力でいえば、おそらく同年代のやつらに負けることはそうあるまい」

「そうなの?」

「ISはともかく、生身での格闘能力はおまえは十分な実力はある。私としか戦っていないから、わかっていないだろうが、ここに来たときより遥かに伸びてるぞ」

「………じゃあ、あたしは勝てるの?」

「いや、無理だろうな」

「な、なんで!?」

「格下はともかく、格上や実力が伯仲しているやつには間違いなく負ける」

「だから、なんで!? あたしにはなにが足りないの!?」

「実力は足りている。足りないのは………まぁ、自分で考えるんだな」

「またそれか! お師匠の馬鹿野郎! この脳筋!」

「それはおまえのほうだ、馬鹿弟子が!」

 

 そんな感じで乱闘になる始末だった。そして数えるのもバカバカしくなるほどの敗北をまたひとつ重ねる。

 その一時間後、身体のあちこちに絆創膏や包帯を巻いた鈴は火凛と一緒に縁側で座り込んでいた。つい先ほど雨蘭に返り討ちにされてきたところだが、鈴はもうその痛みや屈辱にも慣れている自分が恨めしい。

 そんな鈴の横では、いつものようにのほほんとした火凛が茶を飲んでいる。

 

「やばい、マジで自信なくしてきた……」

 

 既に夏休みは残り一週間。まったく成長を感じられないまま終わりそうで、さすがの鈴もかなり精神的に追い詰められてきた。それを知っていてもなにも言わない雨蘭の意図がわからぬまま、鈴はただただ拳を振るう。この一ヶ月、それしかしていなかったが、本当にそれが正しいのかさえも揺らぎ始めてきた。

 

「姉さんは言葉より拳で語る脳筋だもんね、鈴音には、ちょっと辛いかな?」

「先生……」

「でも、姉さんはきっとそれが最善と思ってなにも言わないんだよ。鈴音が自分でたどり着かないと意味がないってね」

「…………」

「“虎”が“龍”を纏うとき、それは喰いあって堕ちるのか、はたまた竜跳虎臥となるか………今は、まさにそんな分岐にいるんだよ」

「あたしがしっかりしなきゃ、『甲龍』もダメになるってこと?」

「そうじゃないよ。あなたと、『甲龍』、そのどちらもが共に在る、その先に進化があるんだよ」

「先生の言葉はあたしには難しいです」

 

 脳筋の雨蘭の言語は拳だし、理論派の火凛の言語は抽象的で難解すぎる。わかりやすいほうがよいという鈴の性分には、少々合わない。

 

「うう、不出来な弟子で申し訳ないです、って謝ったほうがいいのかな?」

「気にしなくていいよ。そんな簡単にできるほうがおかしいと思うし。でも、そうだね……………ん?」

「どうしたの先生?」

「………鈴音、あれはあなたの友達かい?」

「え?」 

 

 火凛が見つめる先、山の陰から徐々に姿を見せる六つの機影。徐々に近づいてくるソレをはっきりと視認した鈴が、思わず立ち上がって目を見開く。

 黒い配色、全身を覆う無機質な鎧、そして鈴の脳裏に刻まれた屈辱の戦い、それに現れる忌々しいあの姿。

 

「まさか、無人機……!?」

 

 臨海学校で起きた『銀の福音』暴走事件の際に遭遇した、紛れもない敵。鈴と、仲間たちを苦しめたあの無人機だった。その数は五機。そして、それらを率いているであろう、指揮官機と思しき機体。あのシールと名乗った白い少女ではないようだが、おそらく関係者だろう。

 だが、そんなことよりもなぜそんな連中がこんな場所に来るのか、わけがわからない。

 

「先生、すぐ逃げて!」

「もう遅い」

「くっ……!」

 

 身構える鈴をよそに、火凛はマイペースにお茶を啜りながらその場から離れない。しかし、確かにもう遅かった。既に完全に捕捉されている。やがて、ゆっくりと無人機をひきつれた機体が目の前へと着地した。独特な八本の脚を持つ、まるで蜘蛛のような姿をしたソレは、生身である二人に向けて脚に備えられている銃口を覗かせている。その搭乗者が、口を開く。

 

「おまえが紅火凛だな?」

「どちらさま?」

「私はオータムってんだ。亡国機業の使い、といえばわかるか?」

「っ! 亡国機業!?」

 

 セシリアから簡単な説明として聞かされたことだが、あの無人機の裏にはそう呼ばれる組織がいるらしい、ということは鈴も知っている。それを名乗る人間が無人機を引き連れてきたのだ、それはもう確定だろう。

 

「亡国機業………ああ、しつこく勧誘してきたアレか」

「ちょ、先生、そんな勧誘受けてたの!?」

「ちょいちょいきてたよ? 全部無視したけど。だって要約すると、一緒に世界征服しましょうって感じの危ない宗教っぽかったし」

「世界征服? うっわー、ひくわー……」

「舐めてんのかてめら!!」

 

 火凛と鈴の忌憚のない感想にキレるオータム。彼女の頬は引きつり、額には青筋が浮かんでいた。

 

「まぁいい………いい加減こちら側にきてもらえとのお達しだ。悪いが一緒に来てもらおうか」

「ヤダ」

「てめぇにもう拒否権なんてねぇんだよ!」

「そんなの趣味じゃないんだよ」

 

 すぐ熱くなるオータムとは真逆に、どこまでもマイペースを貫く火凛。無人機という脅しがあるにも関わらずに顔色ひとつ変えない火凛に、ますますオータムは苛立っているようだ。焦っているのはむしろ鈴のほうだった。あの無人機の危険性を理解している鈴は、危機感を顕にして身構えている。

 

「先生、『甲龍』は……!?」

「はい」

 

 手渡された待機状態の『甲龍』を手にする鈴。いざというときはISを持つ自分が戦うしかない。むしろ、そうするしかないという状況なのだ。どう見ても、相手は友好的ではないし、このままなら実力行使に出るのは目に見えている。

 

「あん? そうか、てめぇが候補生か。ついでだ、そのISも渡してもらおうか」

「誰が渡すと思ってんのよ」

「拒否権はねぇって言ってんだろ!」

 

 オータムが腕を振ると、無人機たちが動きを見せた。すぐさま鈴は『甲龍』を纏う。たしかに以前に比べてフィットするが、それでも無人機五機、そしてあのオータムを相手にするには不利すぎる。しかし、やらねばならない。地上にいる火凛を巻き込むわけにはいかない鈴は、誘引するように空へと飛翔する。

 

「舐めるなよ、かかってこい鉄屑風情が!」

「候補生程度がほざきやがる。やれっ!」

 

 オータムが無人機を引き連れて鈴を追う。そして五機の無人機に攻撃命令を出した。ビーム砲を構えて鈴へ向かう五機の無人機。火凛が目的なら、少なくとも危害を加えるような真似はしないはずだ。ならば、この無人機を倒すことだけに集中する。

 

「孤立無援で無人機五機と蜘蛛みたいなIS………ハードモードすぎるでしょう! くそったれ!」

 

 ここにいるのは鈴だけだ。セシリアたちの援護など期待することなどできないし、相手が撤退することもないだろう。決着は、どちらかの撃墜しかない。鈴は、これまでにないリスクを背負った戦闘へと身を投じるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

「騒がしいと思えば…………火凛、あいつらはなんだ?」

「あ、姉さん」

 

 空で無人機相手に戦う鈴を見ていた火凛の横に雨蘭がやってくる。雨蘭も火凛同様に、明らかに敵対しているISを見ても怯えた様子すら見せない。いったいどんな胆力をしているのか、あまつさえ火凛の横で腕を組んで観戦の姿勢を取っている。

 

「なんか私をスカウトにきたって」

「それがなんで鈴音とドンパチしてんだ?」

「世界征服を企む悪の組織だからじゃない? 『甲龍』も強奪するとか言ってたし」

「ほう、いまどきそんなやつらがいたのか」

 

 感心したのか、呆れたのかよくわからない反応をする雨蘭。しかし、鈴に対して心配する様子はあまり見せない。雨蘭がISに疎いといっても、あれが危険であることはわかるはずなのだ。

 

「ずいぶんと劣勢だな」

「ただでさえ単機で、相手は複数だもん」

 

 空では鈴が必死になって敵機のビームを避け、接近戦を挑もうとする姿が見える。しかし、やはり数の差で不利を覆せずにいる。鈴の顔も苦渋の色がありありと見える。

 やはり、無人機に比べても空中機動が劣っている。今はなんとか拮抗状態を保っているが、あれでは時間の問題だろう。

 

「姉さん、いいの?」

「なにがだ?」

「このままじゃ鈴音、負けるけど」

「だろうな」

「連れ出して逃げる? 姉さんならできるでしょ?」

「あいつがどうしようもなくなれば、そうするさ。それより、私はこれはいい機会だと思うんだ」

「いい機会?」

 

 雨蘭は笑うでもなく、ただ淡々と鈴を見据えながらそう言い切る。

 

「私が担うしかないと思ってた役目を、あのオモチャがやってくれてるんだ。これで鈴が化けるかどうか……見極めるにはちょうどいい」

「臨界行でもさせる気なの?」

 

 臨界行。死を思わせるまでに追い込み、生死の境に立つことで潜在する力を発揮させる決死の覚悟で行われる修行法。しかし、この時代、そんな修行法をする者もほとんどいない。鈴のような少女にさせることでもない。

 雨蘭もそこまでさせる気はない。しかし、あとのない危機を感じさせるという点ではそれは同じであった。

 

「あいつが自覚するには、それしかない。だからこそ、今日までずっと追い込んだんだからな。ま、それに自覚してどうなるかもあいつ次第だが……」

「…………鈴音は、きっと大丈夫、私が見定めたいのは……」

 

 雨蘭と同じように火凛も鈴を見つめているが、火凛の場合はその視線は鈴であり、そして彼女が纏うIS……『甲龍』であった。物言わぬ鈴の愛機。それが心を持つ可能性を持った、心を表現できる存在なのだとすれば。

 

「『甲龍』………あなたは、鈴音に応えられる?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ!!」

 

 鈴は毒づきながらビームを回避する。衝撃砲で牽制しつつ五機の無人機を捌いていくが、しかしそれは正確に言うならば、必死に殺されないように足掻いているだけであった。

 あのオータムと名乗った女はニヤニヤ笑いながら嬲られる鈴を見ているだけであるが、五機もの相手を倒すには、その戦力差は圧倒的であった。互いが隙を無くすように攻撃を仕掛けてくる無人機に、鈴は突破口を見つけられない。

 確かに『甲龍』は以前と比べて鈴の動きには追随してくれるし、ずっとフィットするようになったが、飛躍的に強くなったわけじゃない。ハンデがなくなっただけで、その戦力差は変わっていないのだ。

 

 下を見れば、火凛のほかにも雨蘭も一緒になっている姿が見える。逃げてくれればいいのに、思うが二人はその場から動く様子を見せない。下手に動けば無人機やオータムが襲う可能性もあるので、動かないほうがいいのかもしれないが、鈴にとっては気がかりでしかない。

 

「よそ見してる余裕あんのかぁ!?」

「ぐぅっ……!」

 

 時折オータムが蜘蛛のような姿をしたISの脚から銃撃を放ってくる。無人機もそうだが、明らかに鈴の機体を知っている戦い方だ。決して接近はせずに、ただ遠距離からの射撃で追い詰めている。

 

「知ってるぜ、てめぇのISはバカみてぇな近接仕様だってなぁ。囲んで銃撃をするだけで堕ちる欠陥機だろう?」

「あのときの戦闘データを……!」

「ああ、観賞させてもらったぜ? イギリスの機体と正体不明のIS以外はカスだったがな!」

 

 考えればわかることだ。あの無人機戦の情報があれば、鈴の戦い方も『甲龍』のデータも筒抜けなのは当然だろう。だからこうも簡単に追い込まれている。

 

「こんなところで、こんなことで……!」

 

 そう自身を奮い立たせるが、その言葉に反して次第に鈴は動きが鈍くなってくる。極度の緊張を強いられる戦闘に疲労が加速度的に増したこともあるが、鈴自身がその重圧に耐え切れなくなっていた。

 それに影響されるように『甲龍』もまた、その性能に陰りを見せていた。

 

「機体が、重い……っ!? どうしたの『甲龍』……!?」

 

 鈴も、『甲龍』も次第にその精細を欠くようになり、ただでさえ不利な状況が絶望的なまでになる。このままでは、あと五分と経たずに落とされる。

 

 

 

 

―――――負ける、あたしが……!?

 

 

 

 

 負ける。そう認識したとき、鈴の顔が変わる。そこにはっきりとある感情が浮かぶ。身体が重い、視界が霞む、音が遠くなる。それは、その感情に支配された証。

 不意に、師匠の雨蘭の言葉が思い出される。

 

 

 

―――――『強くなりたい、そう願う本当の理由。目を背けているそれに気づかなければ、おまえは勝てない』

 

 

 

 

 それを、鈴はこの場になってはじめて理解した。

 

 

 

 

―――――『それを自覚し、乗り越えなければ………おまえは、負ける』

 

 

 

 

 そう、それは………今、鈴が感じているもの、そのものだった。どうして今まで気づかなかったのか、どうしてこんな当たり前の感情から目を背けていたのか。

 臨海学校のときの戦いでさえ、強くなりたいと思った理由はそれのはずなのに。

 

 鈴が願った理由、強くなりたいという理由は、負けたくないからではない。負けることが、失うことが、守れないことが、そのすべてが………怖いからだ。

 

 自分が、仲間が、一歩間違えれば命すら危険となったあの戦い。全員が無事に帰還したとはいえ、その危険性に鈴は恐怖した。勝てないことで、負けることで、弱いことで、それが現実になってしまうということに恐怖した。

 

 『恐怖』が、鈴の理由だったのだ。だから強くなりたいと願った。その恐怖を現実にしないために、否定するために。

 しかし、皮肉にもその恐怖によって鈴はその動きを鈍らせていた。怖い、それがこんなにも重い。

 

「あなたも、そうだったの? ………『甲龍』!」

 

 無言を貫く己の愛機。いつだって共に戦ってきた相棒。動きが精細を欠き、怖がっているような状態はまさに操縦者である鈴の写し身のようだった。

 そう、もしかしたら、『甲龍』はずっとそうだったのかもしれない。鈴の操縦についていけないことが、鈴を勝たせてやれないことが、鈴の助けになれないことが、怖かったのではないか。

 

 それが火凛の推論でもあった。心を持つ可能性、それが本当だとしたら、『甲龍』もずっと鈴と同じ苦しみを味わってきたのかもしれない。

 

「あたしがいつまでも気づかなかったから、見て見ぬふりをしてきたから……こんな土壇場で、あなたも苦しめてるの……?」

 

 『甲龍』はなにも言わない。しかし、それでも鈴の動きについていこうと、鈴を守ろうとその機体は未だに、必死に出力を上げ、激しい攻撃にさらされながらもシールドエネルギーを保持しようとしている。

 鈴は、いままでISに心なんてものがあるとは考えもしなかった。しかし、人機一体となるこの愛機は、まさに自身の半身なのだ。自身の意思が、そのまま反映するのなら、それに応える存在がISだとすれば。

 

「結局………あたしが一番不甲斐ないってわけ、か……でも!」

 

 それを知った。雨蘭は言っていた。それを知り、乗り越えられるかどうか。それが、強くなるために真に乗り越えるべき壁なのだと。

 ならば、今自身がすることはいつまでも恐怖に震えることではない。否定することでもない。

 

「負けない……! あたしが倒すべきものが恐怖なら………!」

 

 その恐怖を受け入れる。そして、その全てを、砕く!

 

「『甲龍』……! あなたも、あたしと同じ思いを持つのなら……!」

 

 目の前では無人機が一斉射の構えを見せている。これだけの数を直撃すれば、撃墜は必至だ。しかし、鈴は先ほどまであった恐怖による身体の硬直はなかった。しかし、それでも鈴は動かずにまっすぐに見据え、それと対峙する。

 

 まるで、自らが目の前の恐怖と対峙するように。

 

 乗り越えるものは、恐怖。乗り越える時は、今。それを、ここで為す――!

 

「あたしと共に、恐怖を乗り越えてみせろおおおおぉ―――ッ!!!」

 

 その叫びに応えるように、『甲龍』のコアが胎動する。

 

 

 

 

 

 真に虎が龍を纏うとき、その咆哮はすべてを震わせる。

 

 

 

 

 

 

 




次回で鈴編は終了。

王道熱血ストーリーとなるように考えてますが、次回ではついに鈴と甲龍が覚醒です。とうとう甲龍も魔改造の仲間入りに(笑)それにしても師匠たちがかなりどギツイ教育だ(汗)
そしてパワーアップした鈴はのちのちイギリス編にて再登場する予定です。


鈴編の次は日本かイギリスか決めてませんが、そろそろまたアイズを補給したくなってくる(苦笑)


気がつけば通算四十話になります。投稿を始めてもうじき三ヶ月。五十話の大台も見えてきました。それではまた次回に!


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Act.37 「龍跳虎臥」

 “IS”とはなにか?

 

 現存する最強の兵器。世に女尊男卑を生み出したもの。それも間違いではないが、発明者である篠ノ之束の言葉を借りるなら。

 

 “IS”とは、夢の可能性である。

 

 空を飛ぶ夢のために、それを多くの人と共感するために。束が描いた夢を、多くの人に見せるために。共に、空を飛ぶために。

 そのための、あらゆる可能性を内包させたもの。無限の可能性を生み出す、果てしなく、どこまでも続く青い空を飛ぶもの。

 

 ゆえに、『無限の成層圏』、インフィニット・ストラトス。

 

 そこに束が込めたものは、ISそのものが、夢を共有する存在になって欲しいという願い。だからこそ、ISに『心』を与えようとした。そのISを纏う人間を感じ、学習することでIS自身が成長するように促そうとした。

 もちろん、それは並大抵のことではない。そんな『心』が生まれるかどうかも束にすらわからなかった。

 しかし、それは間違ってはいなかった。

 

 今、ここにもうひとつ、………操縦者の意思に応える『心』を持ったISが生まれたのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

 爆炎の花が咲く。

 無人機のビームすべてが直撃したことによって生じた炎は、完全に鈴と『甲龍』を包み込んだ。それを見ていたオータムはケラケラと笑いながら眼下にいる火凛へと目を向ける。

 

「これで邪魔者はいなくなったなぁ? さぁ、黙って一緒に来て……」

「………く、くはっ」

「ああん?」

「くく、くひゃ、あはははっ、あひゃははははっ!!」

 

 オータムの視線の先では、火凛が裂けるのではないかと思うほど口を大きな三日月型に変形させ、目を見開きながら奇声のような笑い声を上げていた。それは、狂ったとしか思えない姿だった。真横にいる雨蘭もどん引きしている。妹のこんな姿を見るのは初めてだっただけに、雨蘭のほうが衝撃は大きかっただろう。

 

「なんだぁ? トチ狂ったか?」

「くひゃはっ、鈴音……! そして『甲龍』! やっぱり、あなたたちは最高だよ、今、この場にいることに感謝するよ……あはっ」

「なに言ってやがる?」

「私の予想は間違ってなかった……! ISとは! そこまで至れるものだった! これが、ISの可能性、ISの進化……!」

「進化、だと?」

 

 その異様な興奮状態を見て、ただ事ではないと感じたオータムが、撃墜したはずの鈴のほうへと顔を向ける。そして、すぐにその異変に気づく。撃墜しているならば、なぜ機体が落ちないのだ。残骸ひとつすら落ちてこないなんて、あの直撃を受けて有り得るのだろうか。

 その爆炎が徐々に晴れていく中、なにかの影が見え始める。それは『甲龍』とは似て非なるシルエットをしていた。

 

 そして、その炎の中から声が聞こえる。

 

 

「………はじめて、あなたの声を聞いたわ。明確な言葉じゃなかったけど、確かにあたしは聞いたわ。『甲龍』、あなたの声が……!」

 

 

「なに……!?」

 

 その声から察するに、撃墜どころか、さしてダメージすら受けていないようにも感じられた。オータムは警戒して、そこにいるであろう機体が現れるのを待つ。

 

 

「………『負けたくない』。あなたの意思、確かに受け取ったわ」

 

 

 黒い煙の中から、その機体が姿を現す。

 背部のアンロックユニットはそのままだが、他の装甲は以前にも増して流動的な形状へと変化していた。それらが合わさっている様はまるで鱗が連なるようで、しなやかな動きができるように可動域が増えているように見える。それは機械的なものではなく、より人間的な印象を感じさせる。人の形となった龍、それを体現したかのような姿であった。

 シャープだった脚部装甲は一部が肥大化し、より強靭なものへと変化しており、メインカラーは赤色ではなく、黒と赤のツートンカラーとなっている。そして各部にはまるで雷を思わせる淡く光る黄色のラインが走っている。それはまるで夜の闇を炎と稲妻が照らしているようであった。

 そして、一番目に付くのは、炎のような真紅色をしたマフラーが首に巻かれており、異様に長いそれの両端が足元にまで伸ばされている。ゆらゆらと揺れる二つのそれが、風になびくマントのようにも見える。そのマフラーに口元を隠した鈴は、その上から覗かせる両の瞳に戦意を滾らせながら力強い視線を向けた。

 

 

「先生が言ってたっけ………虎が龍を纏うと、どうなるか……。そんなの決まってるわ」

 

 

 両手に持つのは『双天牙月』。それをつなぎ合わせて大きく振り回してから切っ先をオータムに突きつけるように構える。

 

 

「虎が龍を纏えば、最強に決まってるでしょうが!」

 

 

 鈴の叫びに共鳴するように、『甲龍』が唸るように出力を上げて大きく駆動音を響かせる。真にひとつとなった虎と龍の咆哮が響き、大気を震わせた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「第二形態に移行したのか!?」

 

 オータムが驚愕の声を上げる。しかし、あの変化した姿は間違いない。この土壇場でシフトした『甲龍』に舌打ちしながらも、オータムは無人機に包囲させる。見たところ、近接特化機であることには違いないようだ。ならば同じように包囲して砲撃による殲滅が一番効果的だと判断する。いくら機体が進化しても、操縦者の空戦適正が低いことはもうわかっている。宝の持ち腐れのまま消してやると、イヤラシイ笑みを浮かべて攻撃指令を出した。

 無人機がビームによる波状攻撃を仕掛ける。

 鈴はその場から飛び上がるように上昇して回避、しかし第二、第三のビームが連続して放たれる。今までの鈴ならそれだけでも倒されてしまう危険があった攻撃だ。

 

「もう、そんなものは効かない」

 

 鈴はすべてを回避。オータムはそれを見て眉をしかめる。いったいなにをしたのかわからない。特別なにかをしたようにも見えないし、機体の出力も上がってはいるが、特別ずば抜けて上がったわけではない。なのに、当たらない。

 

「なんだ、いったいなにが……?」

 

 軽快に跳ねるような機動。しかし、空中機動は変わらず適正が低い。だが、時折信じられないような神がかり的な回避を見せる。拙さと巧さが混在するような機動だ。

 その機動の正体に最初に気付いたのは、雨蘭であった。

 

「空踏か」

「あれが発現した単一仕様能力……なるほど、そうきたか……」

 

 火凛がその『甲龍』に宿った力を悟り、嬉しそうに笑う。『甲龍』が得た力は、まさに鈴のためにあるようなものだ。

 そしてオータムもそれに気付いたのだろう。忌々しそうに顔を歪める。

 

「おまえ、空を……!」

「気づいたようね。そうよ、これが『甲龍』の単一仕様能力………名付けるなら、……そう、『龍跳虎臥』ってところかしら」

 

 単一仕様能力『龍跳虎臥』。

 その能力は、一言で言うなら“空を踏む”能力。空中にいながら、鈴の任意でその空間を“踏む”ことができるという、ただそれだけの能力であるが、これが鈴にとってどれだけの価値があるか言うまでもないだろう。

 ただでさえ地上戦が得意な鈴が、空中においても同等の動きができるようになるのだ。同じように空間に作用する『オーバー・ザ・クラウド』の単一仕様能力『天衣無縫』の斥力場と引力場を操作する能力とは違い、その場で空間を踏み続けることで、空に立つことすらできる。

 文字通りに空を駆けることが可能となった鈴は、その本来持っていた格闘能力を遺憾なく発揮できるようになる。

 もとは衝撃砲の空間に圧力をかける機構を学習、取り込んで『甲龍』が編み出した鈴のための力であり、その恩恵を受けた鈴は水を得た魚のように自由自在に空を跳ね、駆ける。それは本来空中機動に必要なブースターの推進力すら必要としない。それが結果的に、セオリー外の空中機動となって無人機の攻撃をいとも簡単に躱している。地上と同じように鈴の反射速度そのままに回避が可能なため、それも回避率の上昇につながっている。

 

「虫みたいに跳ねやがって! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 オータムも無人機に混ざり射撃を開始する。弾幕が増え、鈴の回避コースを削っていく。だが、それでも今の鈴を止めるには至らない。

 

「ほっ、と」

「なに!?」

 

 身をかがめてビームの隙間に機体を通して回避。空に伏せる、という常識外れの動きである。この能力がある限り、鈴のイメージするラインが地面となる。地に伏せるように、空中で身をかがめる鈴は、一転して上下左右、あらゆる角度で空を蹴って無人機へと接近する。まったく予測できないタイミングで方向転換を繰り返す鈴を捉えることは、もはや機械には不可能だ。

 そしてついに一機が鈴の間合いに入る。鈴はその空中に脚を振り下ろし、震脚。しっかりと踏み込んで、完璧な形で掌打を叩き込んだ。

 

「せぇいっ!」

 

 当然の如く、発勁効果を付与させたその掌打は、敵機の装甲を凹ませ、そして内部から爆発したように背部装甲を弾けさせる。衝撃が完全に浸透した鈴の掌打は一撃で無人機をスクラップに変える。今までの発勁より遥かに高い威力、いや、これが本来の鈴の発勁の破壊力であった。

 それは鈴でさえ、唖然とする威力だった。今まで拙い空中機動で放っていた発勁が如何に不完全な代物であったかよくわかる。

 鈴は自身の手を見つめる。これが、今の自分の力。実感するそれは、鈴をどんどん高揚させていく。

 

「なに余裕かましてんだぁっ!」

 

 動きを止めた鈴を狙ってくるオータム。しかし、それすら今の鈴には微温い。すぐさま虚空を蹴って回避するも、それは読まれていた。

 

「馬鹿が! そう何度も!」

 

 回避した先に四方から無人機のビームが襲う。回避コースはあるが、タイミングは間に合わない。鈴は冷静にそう判断する。なるほど、オータムとかいう女もでかい口を叩くだけのことはあるようだ、と自身の油断を反省しつつ相手を賞賛する。

 しかし、それでも今の凰鈴音と進化した『甲龍』は揺るがない。

 

「はっ……!」

 

 鈴は首元に巻かれているマフラーに手を伸ばし、それを勢いよく掴み取ると大きくひらめかせる。マントのように全身を覆うそれを波打たせながら、迫り来るビームに向かって大きく振るう。それだけで、ただの布にしか見えないそれが四つのビームを同時に絡め取り、屈折させて遥か上空へと消し去った。

 

「なにぃ!?」

 

 『甲龍』が第二形態へと移行した際に生み出した完全固有武装『龍鱗帝釈布』。巨大な布のように見えるそれは、ビームなどの熱量兵器をそれ自体が鏡のように屈折、反射させてしまう変幻自在の衣。『甲龍』がこれまで学習した中から、打鉄弐式の『ERF』、レッドティアーズtype-Ⅲカラミティリッパーの『オーロラ・カーテン』など、ビームを弾く装備データから編み出したものであった。そして当然、物理的な防御力も有する“柔”の盾。

 第二形態へ移行した際に『甲龍』が生み出したため、『甲龍』以外が扱うことは不可能である完全に固有となる武装だ。

 

「あんたは本当に最高の相棒よ、『甲龍』!」

 

 纏っていた『龍鱗帝釈布』が意思を持つかのように再びマフラー状となって首に巻かれる。それをなびかせながら再び鈴が駆ける。ビームでは倒せないと判断したオータムは無人機にブレードを抜かせる。怒りで頭に血が上ったオータムが鈴を相手に接近戦を挑むという愚策を選択してしまう。

 

 近づいてきた一機にすかさず発勁を叩き込んで文字通りに粉砕する。続く二機が挟撃してくるが、その二機に向けて『龍鱗帝釈布』を放つ。ナノマシンが編みこまれたそれはある程度は鈴の意のままに動く。それは蛇のようにうねりながら接近してきた無人機を絡め取った。

 

「ほいっと!」

 

 そのまま『龍鱗帝釈布』を握りしめて力いっぱいに引き寄せる。

 

「おやすみ!」

 

 勢いのままに肘打ちによる発勁をぶち込み、二機をスクラップに変える。ガラクタとなって落ちていく無人機の残骸を空に立ちながら一瞥し、最後の一機とオータムを見据える。そして空中にいながら再び震脚で大気を震わせると、静かに構えてオータムを挑発するように嘲笑してやる。

 

「所詮、ガラクタや蜘蛛ごとき、龍と虎の敵じゃないってことよ」

「この、クソガキがぁっ! もう捕獲なんて知らねぇ! ここでスクラップに……っ!? スコール……!?」

「ん?」

 

 オータムの様子が変わったことに怪訝そうに目を細める。どうやら何者かと通信しているようだ。あの反応からして、おそらく上司か、それに近い立場の者だろう。

 

「撤退!? 待ってくれ、私はまだ……………わかった。帰投する」

 

 通信を終えたらしいオータムが忌々しそうに鈴を睨む。それを受けて鈴は馬鹿にしたようにべーっと舌を出してやる。面白いようにオータムの顔が真っ赤に染まる。

 

「今日のところは退いてやる。だが覚えとけ! てめぇの面は覚えたからな!?」

「負け惜しみ台詞ありがと。ついでによく覚えておけよ、この凰鈴音と『甲龍』をな!」

「次はスクラップにしてやる………! 忘れるな! てめぇは私が……!」

 

 そう言いながら撤退していくオータムを見ながら、囮であろう向かってくる最後の無人機を目もくれずにあっさりと裏拳で吹き飛ばす。そのまま地面に墜落した無人機に対し、直上から急降下して踏み潰す。それが要因となり、小さくない爆発が起きるが、『龍鱗帝釈布』を纏った鈴は傷一つ付かない。

 

 爆炎の中に立つ戦神の如き姿は、まさに龍が人の姿となったと思わせるほど勇壮であった。

 

「………ありがとう、『甲龍』。あたしの気持ちに応えてくれて」

 

 炎の中から歩み出た鈴が礼を言いながらISを解除する。本当ならオータムも逃がさずに撃墜したかったのだが………流石に、鈴も限界であった。

 

「あたし達は、……まだ、強くなれ、る………」

 

 これまでの疲労が一気に鈴に襲いかかる。抗えないほどの気だるさに、鈴の身体から力が抜けていく。

 

 そのままふっと意識を失った鈴が、雨蘭に受け止められた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 鈴音が目を覚ますと、傍に雨蘭がいた。珍しく心配そうな師匠の顔を見て、なんだか不思議な気持ちになりながらゆっくりと身を起こす。

 

「起きたか。具合はどうだ?」

「はい、もう大丈夫で………あ、でもまだちょっとだるいかも」

 

 ベッドの上で身体を動かしながら状態を確認する。怪我らしい怪我はないが、戦闘による疲労が抜けきっていない。

 

「お師匠………」

「なんだ?」

「あたし、強くなれましたか?」

「そうだな………その前に聞くが……」

「ん?」

「怖かった、か?」

 

 最近はずっと見ない、優しげな顔の雨蘭の言葉に、なぜかわからないがふと泣きたくなってしまう。涙を我慢しながら、鈴は笑って答える。

 

「怖かったです。すごく」

 

 それは本心であった。

 戦うことが、戦いで生じる結果が、後悔をすることが、真に恐怖としてずっと感じていた。無人機を蹴散らした時でさえ、その恐怖はあった。

 

「なら、おまえは強くなったよ。それを認められる、というのは確かな強さのひとつだ」

「お師匠……」

「まだ未熟者には違いないが……それでも、殻のひとつは破っただろうさ」

 

 その言葉を受け、鈴は姿勢を正してベッドの上で正座する。ここへ来たときのように、誠意を込めて頭を下げた。

 

「鍛えてくれて、ありがとうございます」

 

 雨蘭もいつかの光景のように、そんな鈴の頭を乱暴に撫でてやる。それが雨蘭の褒めるという行為でもあった。このときばかりは、鈴も甘えるように雨蘭の手を受け入れていた。

 

「そういえば火凛先生は?」

「おまえのISを興奮して調べてるぞ。あんなにはしゃいでる妹は私も初めて見るが」

「『甲龍』………解体したりしてないですよね?」

「さぁ?」

 

 鈴はもしものことを考え、顔を青ざめながら慌てて立ち上がった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あのさぁ、私ってそんなマッドみたいに思われてたの?」

 

 ジト目で睨みつける火凛に鈴がぺこぺこと頭を下げる。結果を言えば、『甲龍』は無事であった。しかも、しっかりと第二形態に移行したことによる機体データの更新とメンテナンスまでやってくれていた。

 鈴は謝るしかないが、『甲龍』が進化したときの火凛の狂ったような姿を見ていた雨蘭は複雑そうな顔をして無言を貫いた。

 

「ま、いいや。鈴音、『甲龍』の第二形態移行、おめでとう」

「あ、はい。ありがとうございます」

「調べてみたけど、完璧に鈴音に合わせて進化してる。単一仕様能力も、固有武装も、今の鈴音に必要なものでしょう?」

「はい」

 

 空を踏む単一仕様能力『龍跳虎臥』。そして攻防一体、射程も用途も変幻自在な武装『龍鱗帝釈布』。『甲龍』が生み出したそれは鈴の足りない要素を補い、そして長所をさらに活かす最適なものであった。

 

「ISの可能性を見せてもらったよ。ISは決してただの道具じゃない。『甲龍』の進化が、それを証明してる」

「………先生」

「ん?」

「声を、聞いたんです」

「声?」

「明確な言葉じゃなかった。でも、あたしは確かに聞こえた。この子の……『甲龍』の声が」

 

 待機状態であるブレスレットを優しく撫でながら、少し戸惑いがちに口にする鈴。そんな鈴の言葉に、火凛はますます興味をひかれる。

 

「あたしと同じ、……『負けたくない』という、強い思いのある言葉が、あの時確かに聞こえたんです」

「その言葉、大切にしなよ。忘れたらダメだよ?」

「もちろんです」

「そうすれば………きっと、『甲龍』はこれからもずっとあなたに応えてくれる」

 

 どこか確信の宿った火凛の言葉を受け、鈴はそれがどんな意味があるのか理解はできなくても、それが友との友情のように大切な絆であることを本能で察する。

 だから鈴は、力強くしっかりと頷いた。

 

「それにしても、無駄にならなくてよかったよ」

「え? なんのことです?」

「ちょっと政府のほうから『甲龍』をいじるならその成果を見せろって言われてね。じゃあ他国との候補生の交流試合をセットしてくれって言っておいたの」

「そうなの!? 初耳なんですけど!?」

「まぁ、鈴音が成長できなきゃキャンセルしかなかったけど、その場合はいろんな面目が丸つぶれになってたね。あはははは」

「いやいやいや! それってけっこうヤバイですよね!?」

「私は鈴音を信じてたから」

「そんなキリッと言われてもごまかされませんからね!?」

 

 あっさりととんでもないことをカミングアウトする火凛にすかさず鈴が突っ込む。やっぱりこのひとはマッド属性なんだろうか、と本気で思い始めていた。いろいろとやることが突拍子もないことばかりだ。

 

「でも、きっと鈴音も喜んでくれると思うよ?」

「え?」

「なんと、相手は…………イギリス代表候補生、セシリア・オルコットさん」

「ッ!?」

「一年くらい前のリベンジマッチ……国としても、鈴としても、したいでしょ?」

 

 鈴の脳裏に浮かぶのは、過去のセシリアと始めて顔を合わせたときの忘れえぬ敗北。『甲龍』にはじめて黒星を与えてしまった戦い。あれから鈴の中で打倒セシリアが刻まれたのは言うまでもあるまい。学園にいたときは手合わせはしても互いに本気でやりあったことはなかったが、まさかこのような形でリベンジの機会が訪れるとは思っていなかった。

 鈴が興奮にゾクゾクとする。

 進化した『甲龍』の相手として、これ以上ない人物だ。

 

「ありがとう、先生。この恩は……」

 

 鈴は気づかないうちに獰猛な笑みを浮かべている。戦意はすでに待ちきれないというように高揚していた。そんな自分を抑えるように、静かな口調で闘志を滾らせながら決意を口にする。

 

「この恩は、セシリアに勝つことで返します」




これで鈴編は終了となります。どうみても鈴ちゃんが熱血系主人公でした。

そしてここで『甲龍』が第二形態へと進化しました。名前は鈴が『甲龍』に愛着を持っているのでそのままですが、めちゃくちゃ強化されています。
最後に鈴ちゃん対セッシーのリベンジマッチフラグが出ました。イギリス編にて対戦する予定です。おそらくかなりのガチ勝負になります。

次回からは久々に主人公のアイズを出しつつ、簪編となる予定です。それではまた次回に!


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Act.38 「新しい始まり」

「…………」

「…………」

 

 ラウラとシャルロットの心境は「どうすればいいのかわからない」ということで一致していた。目の前にあるのは、巨大なテーブルと、そこに広がる数々の煌くような豪華な食事。食器ひとつひとつがまるで宝石のように輝く高級品であり、さらに上から吊るされているありえないほどの大きさのシャンデリアの光から照らされる料理は、まるでそれ自体が輝いているようにも見える。

 そして二人を着飾る衣装も、またありえないほどの高級品であった。シャルロットは純白のドレス、ラウラは漆黒のドレスを身に纏い、髪を結い上げ、銀のアクセサリーを身につけている。鏡を見たとき、二人は目の前に映る人物が自分だと気づかなかったほどだ。

 

 そんな二人がちらりと視線を向けると、その先では同じように着飾ったセシリアが笑みを浮かべながら挨拶回りをしている。青いドレスと金糸のような髪がよく似合っており、なによりこうした場に慣れているとわかる仕草や挙動が彼女を優雅で麗らかな少女へと見せている。セシリアを知る二人でさえ、「お嬢様」と呼んでしまいそうなほど、今のセシリアはまるで絵本の中に出てくるお姫様のようであった。

 

「ね、ねぇラウラ」

「な、なんだ?」

「落ち着かないね……」

「う、うむ。私もこんな経験ははじめてだ……おまえはどうなのだ?」

「僕だってこんな主賓になったことなんてないよぅ……」

 

 一応、デュノア姓のときも社長の娘であったので、何度かパーティのようなものに参加したことはある。しかし、それは参加というより見たことがあるという程度で、このように主役になったことなどない。

 そう、今はカレイドマテリアル社の所有する高級ホテルでのパーティの真っ最中であり、二人はその中でも主賓席に座っていた。社の社長や幹部よりも上の扱いに、二人はいったいどうすればいいのかわからずにただ目の前の光景に圧倒されている。

 歓迎会を開くとは聞いた。それが高級ホテルで行われるということも聞いた。だが、到着次第こんな金額換算するのが恐ろしいほどのドレスを着させられ、主賓としてありえないほどの巨大な会場に百人を軽く超える人数の社員に迎えられたときは現実逃避したくなっても文句は言われないだろう。ちなみにセシリアとアイズも笑いながらそんな二人を拍手で迎えていた。

 同じようにドレスに着飾ったイリーナがやってきて、「身内だけのパーティだから、気にせず楽しめ」なんてことを言って酒瓶を片手にどこかへいってしまった。あれが社長というのだからこの会社はいろいろおかしい。それからいかにもすごそうな肩書きをもった人たちが挨拶へやってきた。本来なら二人から挨拶回りにいくべきなのだが、緊張に固まっていた二人にそれは酷だろう。

 そもそもこの過剰なほどの歓迎会は二人を困らせたかったというイリーナの意地悪な趣味によるものなので、そんな社長の性格をわかっている社員たちもそれに乗じて、まるで孫を迎えるような心持ちで二人を歓迎していた。ノリのいい社員たちである。

 

「あはは、やっぱ緊張しちゃうよね」

「ね、姉様……!」

 

 すがるようにやってきたアイズを見つめるラウラ。情操教育がまともにされていなかったラウラにとって、この場にいるアイズの存在は救いであった。

 

「ボクやセシィも、ここに所属するときはこんな感じで歓迎されたからね、二人の気持ちはよくわかるよ」

 

 そう苦笑しながら、目隠布を取り去り、やや金色に染まった目を顕にした素顔のまま笑う。アイズも白いドレスを着ており、子供と大人の中間のような無垢と清廉さを現しているような姿であった。

 さすがのアイズもこんな人が密集している場所では気配察知だけでは大変なので、限定的にAHSシステムを使用することで視力を回復させて対応している。

 そんなアイズにじゃれるようにぴったりと寄り添うラウラ。その顔は慣れない場に不安そうにしている迷子みたいであった。そんな可愛い妹分に、姉らしさを見せようとアイズがしっかりとラウラの手を握る。

 

「大丈夫、ボクと一緒にみんなに挨拶に行こうね」

「はい、姉様!」

 

 そうして仲良く手をつなぎながら行ってしまったアイズとラウラを唖然としながら見送るシャルロット。どうせなら一緒に連れて行って欲しかったが、あの二人が作っている姉妹空間に入ることができなかった。仲良すぎだよ、あの眼帯金眼姉妹、と少々八つ当たり気味なことを考えてしまう。

 この会社はアイズ愛好会があり、その会員らしき人たち(ほとんど女性である)が、ラウラを連れて仲良く微笑み合いながら歩くアイズを見て、可愛くて仕方がないというように身を悶えさせている。黒髪のアイズと銀髪のラウラというのもまた対比されて、顔立ちも端正な二人はまるでお人形のような可憐さがある。この日から有志によるカレイドマテリアル社公式組織【アイズ愛好会】は【アイズ×ラウラ姉妹愛好会】へと生まれ変わることになる。

 

「うぅ………急に心細くなっちゃった……」

 

 残されたシャルロットがどうしようかと悩んでいると、そんな彼女に近づく女性がいた。

 

「シャァルロォットォ……!」

「ひゃい!?」

 

 正体は先ほどどこかへ行ってしまったイリーナであった。戻ってきた彼女は、顔を赤くして酒臭くしながらまるでチンピラみたいにシャルロットに絡み出す。

 

「イ、イリーナさん……ってお酒臭っ!」

「どうしたシャルロット。私の娘ならそんな縮こまってないで、ステージで踊りでもやってみろ」

「どんな無茶ぶり!? というか踊りってなんですか!?」

「オラァ! 進行ォ! ステージ用意しろやァ!」

「えええ!?」

 

 宴会場に備えてあるステージにライトが灯される。そうするつもりだったのか、やたらと手際が良すぎる。

 

「とりあえず誰かなんかやれ」

 

 という迷惑極まりない社長命令が発せられる。いったいこの会社はどうなっているのだ、とシャルロットは心の中で突っ込む。これじゃパーティというより、もっと俗っぽい宴会である。

 ………が、こんなことももう慣れているのか、厳格そうな見た目の幹部連中まで挙手をして出し物をアピールしだす。ノリの良さが半端ない。笑顔が溢れる職場というキャッチフレーズがあるが、それにしてもこのノリはちょっと常軌を逸しているように思えた。

 

「では、私が」

「セシリアさん!?」

 

 あまりこうしたノリには似合わなさそうなセシリアが一番槍を取ると、用意していたらしいケースをもってステージへと上がる。中から取り出したものはヴァイオリン………ではなく、ギターであった。しかも、やたらロックな意匠が施されたものだ。

 

「アレッタ、レオン。きなさい」

「「はい、お嬢様!」」

 

 どこからともなく現れた同年代らしきメイド服と執事服を着た男女がステージに上がり、セシリアの後方へ陣取る。男性のほうはドラム、女性の方はキーボードを担当するようだ。

 そしていつの間にか用意されているマイク。その前にセシリアが立つと、リズムを取って激しく音をかき鳴らし始める。

 

「Let's Rock!!」

「「「Yeeeeeeeeeaaaah!!」」」

 

 観客を巻き込んでの激しいロック演奏が始まり、やがてセシリアの美声をもって歌われるテンポの速い、優雅というより荒々しさを出した歌。シャルロットの抱くセシリアのお嬢様像がだんだんと崩れていくのを感じながら、近くにいたアイズへと近づいていく。

 

「ね、ねぇアイズさん」

「どうしたの、シャルロットちゃん?」

「セシリアさんってああいう趣味なの? なんかギターよりヴァイオリンとか弾いてそうだと……」

「ああ、あれね。もちろんセシィはヴァイオリンも弾けるよ? でも………あのね、これはあんまり言っちゃダメなんだけど、セシィって射撃型じゃない?」

「え、うん」

 

 いったいそれがなんの関係があるのだ、と首を捻るシャルロット。その反対側では興味を持ったラウラも同じようにアイズの話を真剣に聞いている。

 

「それで一時期銃撃戦メインの映画とかの観賞にハマっちゃったときがあってね。そうしたらなんか銃撃戦みたいな、リズムの速いああいうロックに興味出しちゃって………いつのまにかあんなことに」

「え、そんな理由?」

「よく観察すると、セシィってIS戦でもロックみたいなテンポで射撃してるよ? そういうリズムで撃つとよく当たるんだって。技術部の間じゃあ、“銃撃多重奏”なんて言われてる。まぁ、もともと外れたことなんてないのにね。願掛けみたいなものだってセシィは言ってるけど」

 

 シャルロットには理解できない感覚だが、言われてみれば確かにセシリアが射撃するときは、まるで予定調和のように、それこそ不協和音のない流れるようなリズムでレーザーが襲ってくる。そうしていつの間にか、相手もセシリアのリズムに組み込まれて射撃が面白いように当たるようになる。

 セシリア曰く「戦場を支配するというのは、その場のリズムを司ること」らしい。そして複数のビットを使用した射撃は、まさに複数の楽器で演奏するかのようであり、それらの射撃リズムは狂いなく絡み合う。それが隙のないオールレンジ攻撃としてのビット操作術の極意。まさに合奏である。

 

「でも対外的なパーティじゃあやらないよ? 身内しかいないときだけ、あんな風になるの」

「そうなんだ?」

「まぁ、セシィは対外用になるときっちりスイッチが入るからかなりギャップが出るんだけどね。たぶん、シャルロットちゃんはこれからたくさんパーティとか出ると思うけど、そのときはセシィが優雅なヴァイオリン弾いてくれるんじゃないかな?」

 

 もちろん、生粋のお嬢様として育てられたセシリアはそうした教養も当然学んでいる。社交パーティに必須なマナー、ダンス、さらに役に立つのかは知らないが骨董品の目利きまでできるハイスペックなまさにスーパーお嬢様である。名家であるオルコット家の現当主ということもあり、また西欧を代表するIS操縦者であるセシリアはその界隈では知らぬ者はいない有名人である。

 

「それに、まぁすぐわかると思うけど、セシィは部隊長でもあるし」

「え、そうなの?」

「それに、ボクはセシィ直属の隊員でもあるんだよ? たぶん、ラウラちゃんもシャルロットちゃんも同じ部隊に編成されると思うけど」

「どのような部隊なのですか?」

「ここのIS技術部の試験部隊でね。表向き、存在していない部隊でもあるらしいけど……そういう思惑は、ボク、ちょっとよくわかんない」

 

 その部隊【カレイドマテリアル社技術部直属秘匿実験部隊】は社の開発した武器の試験運用から、男でも適合する新型ISコアや、打鉄やラファール・リヴァイブとは違う独自開発した完全汎用型量産機による部隊運用まで視野にいれた数々のテストを行う実験部隊である。さらに有事の際には盾となり、また矛となるべくして存在する伝家の宝刀ともいうべき存在。表に出れば、いろんな意味で波乱が起こる存在でもある。

 

 その部隊は未だ表には出ていないが、セシリアを隊長とした総勢十八名で構成される欧州最強のIS部隊。国くらい、その気になれば落とせるほどの過剰戦力を持つ部隊である。当然、社でも最重要の秘匿部隊でもある。社外向けにテストパイロットとして公表しているのはセシリアとアイズのみ(アイズは名前のみ公表されており、顔を出したことはない)。ここにシャルロットとラウラが入ることが既に内定している。二人とも既に資格は破棄しているが、代表候補生であったために大きな期待を寄せられている。

 ラウラもシャルロットも興味深そうにアイズの話を聞いていたが、そんな三人に向かってイリーナの怒声が響いた。

 

「なに談笑してんだそこの三人、次行け。新人らしくなんかやれ」

「ええ!? ホントにするんですか!?」

「むぅ……いったいなにをすれば……」

 

 新入社員が初めての宴会で出し物を出すことになったみたいにオロオロと狼狽えるシャルロットとラウラ。ちなみにセシリアやアイズも過去にこうした通過儀礼を行っている。その際にしたことは、セシリアがフルート演奏を行い、アイズが歌うというものだった。やや舌足らずに歌うアイズのロリータボイスは多くの人間を虜にした。

 

「じゃあ三人で一緒にやろっか。ちょうどセシィ達が演奏してるし、歌でいいかな?」

「ね、姉様、私はあまり歌ったことは……」

「大丈夫だって! ボクに任せて!」

 

 アイズは戸惑う二人を連れてステージへと上がると、可愛く一礼。セシリアに合図を送ると、以心伝心のセシリアが再びギターを演奏する。

 どこかポップでファンシーな音楽が奏でられる。それは紛れもないアイドルソングであった。

 

 ノリノリで振り付けのダンスを披露しながら歌うアイズ。そのアイズの動きをワンテンポ遅れて正確にトレースするラウラ。そしてヤケクソといった感じに顔を赤くしながら無駄にキレのある踊りをみせるシャルロット。その三人の不協和音のようなダンスは完成度でいえば出来の悪い代物であったが、それゆえに精一杯踊る子供のような可愛さを最大限に発揮しながら、観衆から万雷の拍手を送られることになった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「昨日はいろいろひどい目にあったよ……」

 

 シャルロットが疲れた表情でそう呟きながら窓の外を流れる雲を見つめる。

 結局歓迎会は深夜まで続き、無礼講の大宴会と化したそれは主役であるはずのシャルロットやラウラが潰れてからも大人連中の飲み会へと変貌したらしい。シャルロットはイリーナに絡まれたあたりから記憶が曖昧で、気がつけば豪華な天蓋付きのベッドで眠っていた。

 記憶が飛び飛びになっているので、軽く混乱しながら改めて全員で仕事モードのイリーナと対面し、契約内容の確認や身分、その他もろもろの説明を受けたのち、正式にカレイドマテリアル社の技術部への所属と、その許可証の受領を執り行った。

 いろいろとまだやることがあるのだが、今日はひとまず技術部への挨拶と実験部隊との顔合わせをするらしい。そう聞かされるや否や、飛行機に乗せられて技術部があるという北海に浮かぶ孤島へと向かっている。なんでそんな場所にあるのかと聞けば、あまりにも秘匿度の高い技術はそこで開発されているという。その島すべてカレイドマテリアル社が所持しており、要塞化された重要拠点でもあるという。いい加減疲れていたシャルロットはその説明に「島を要塞化ってなに!?」と突っ込むことをやめた。

 

「今日からは本格的にお二人には働いてもらいますよ?」

「がんばります」

「期待には応えます」

 

 シャルロットとラウラが真剣な表情で返す。二人とも既に恩を受けた身だ。その恩返しをするためにも、無様な姿は見せられない。

 そうしていると飛行機が警戒領域へと入る。この防衛ラインを無断で超えれば即座に敵性体として認識されてしまう。これまで何度かこれに引っかかった産業スパイもいる。

 そしてしばらく経つと、飛行機が下降を始め、とても私設とは思えない飛行場へと着陸した。観光向けでないためにやや素っ気ない印象を受ける飛行場だが、精神衛生上必要なのか、その周辺では賑やかな歓楽街の光景が目に入る。秘匿性の高い島とはいえ、ここで生活する人間も多いため、十分に立派な町であった。

 

「すごい、本当に町だ……」

 

 驚くシャルロットとラウラを苦笑して見つめるセシリアとアイズ。思えば、ここに来る人間は誰もがはじめはそんな感じである。それこそ、セシリアとアイズもここに来たときは今の二人のように驚いていたものだ。

 そしてバスで走ること十分足らずで、カレイドマテリアル社のテクノロジーの心臓部、【技術部総括本部】へとたどり着く。そこには屈強な警備員が巡回しており、あちこちに赤外線センサーをはじめとした数々のセキュリティが設置されている。

 シャルロットは早速もらったばかりの許可証カードをカードリーダーに通し、セキュリティデートを抜けてエントランスへと入る。エントランスホールは一見すればまるで病院のような清潔感があるスペースとなっており、ちゃんと受付もある。今日はセシリアがいるために、彼女の先導で研究施設の地下へと向かう。

 さらに二つのゲートを超え、長い床移動式の通路を超えて、【IS開発部】というプレートが貼られた扉の前にやってくる。

 

「到着です。ここが新しいお二人の職場となります。みなさんお待ちですよ」

「き、緊張してきたね」

「軍隊を思い出すな、この空気は……」

 

 セシリアがカードを通して八桁からなる暗証番号を入力すると、それまでのセキュリティとは裏腹に軽快に扉が開く。

 その扉を全員がくぐり、足を止める。

 

 中では白衣を着た研究者たちが、変なカボチャの仮面をつけた怪人物を先頭にして出迎えており、さらに正面に整列するのは、見たこともないISを纏う十数人の同年代と思しき少年少女たち。

 話には聞いていたが、実際に一夏以外の男がISを使う光景にシャルロットとラウラはあらためて驚愕する。しかも、ISはどうみても新型。今までどこにも発表されていない量産機と思われる機体が複数体あることにも同様に驚く。ISを纏った人間は全員が膝を付き、礼の姿勢を取っている。その隙間から二人の男女が前へと出てくる。

 それは昨日のパーティでセシリアと演奏していた、アレッタ、レオンと呼ばれた二人であった。

 

「おかえりなさいませ、セシリアお嬢様、アイズお嬢様」

「改めて我ら一同、無事のご帰還を嬉しく思います」

 

 その言葉を受けて微笑むセシリアとアイズ。まったく学園のときとは違う二人が住んでいた世界に、もう何度目かもわからない驚愕を覚えるシャルロットとラウラ。

 

「皆、留守の間苦労をかけましたね」

「また、よろしくね」

 

 そしてまだ混乱が抜けきっていない二人が正面に立ち、セシリアの紹介のもとに挨拶を行なう。

 

「こちらがこの度、実験部隊に入隊するシャルロットさんとラウラさんです。二人とも資格は破棄していますが、代表候補生を担っていた人材です。互いに得るものも多いでしょう。皆、よくしてやってください」

「しかもラウラちゃんはボクの妹だよ。仲良くしてあげてね」

「あ、シャ、シャルロット・ルージュです! これからお世話になります!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ。姉様の妹として恥じない働きを約束する」

 

 かたや緊張しながら、かたや軍人時代の姿勢で挨拶をする。

 こうして二人は拍手で迎えられる。二人にとって第二の故郷となるこのイギリスの地で、新たな日常が始まることになる。

 

「やぁやぁ待ってたよ! もう待ちすぎてついまた武器を魔改造しちゃったぜ!」

「つい、でするものじゃないでしょう?」

「あはは、でも束さんの新作、また楽しみにしてますよ?」

「うんうん、アイちゃんにもまた特製のもの用意してるからね! 楽しみにしててね!」

 

 カボチャ頭の怪人物と親しげに話す二人を見てシャルロットは怪訝そうな顔を浮かべる。見た時から気になっていたのだが、あれはいったい誰なのだろう。ここの研究員には違いないだろうが、あの格好をする意味はなんなのか。

 

「博士、お世話になっております」

「おお、ラウちん。無事だったようでなによりだよ」

「はい、博士からもらったあの機体のおかげです」

「あーあー、固い固い。もっと気軽に“束さん”って呼んでいいんだよ?」

 

 そういいながらカボチャのメットを外す束。その中から現れた顔は、シャルロットも見覚えのあるものだった。具体的には、ISに関わるものなら、一度は資料での顔写真を見たことがあるだろう。ISの開発者、という肩書きと共に。

 

「え、あ、あれ? た、束って、まさか………し、篠ノ之束博士……?」

「ああ。そういえばシャルロットは知らなかったな」

「え、本人!? 行方不明なんじゃ……!? というかラウラは知ってたの!?」

「当然だ。私に『オーバー・ザ・クラウド』を託してくれたのは、ほかならぬ博士……束さんだ」

「ええ!? そうなの!?」

「むふふん、なかなか面白い子だねぇ。イリーナちゃんの娘ちゃん。でもこんなことで驚いてちゃ、ここではやっていけないぞい?」

「あ、あわわ………もうお腹いっぱいだよぅ」

「あっはははは! それじゃあせっかくだし、アレ、乗ってみる?」

 

 束が示したのは、新型の量産機。鋭角的なフォルムと、打鉄やラファール・リヴァイブよりもシャープでどこかスッキリしたデザイン。カレイドマテリアル社製次世代型量産機『フォクシィ・ギア』。第三世代機相当のスペックを誇る全領域対応型汎用“特化”量産機。

 近い未来において『フォクシィシリーズ』として発表されるこの機体の売りは、汎用性に特化していることである。どんな状況下でも、一定以上の働きを期待できるこのシリーズの最大の特徴として様々な追加兵装の装備が可能というマルチオプション式であるということだ。

 単純に近接仕様兵装、砲撃仕様兵装、高機動仕様兵装は当然として、海中での活動を目的とした深海仕様兵装からステルスに特化した隠密仕様兵装など、さまざまな状況下に対応しうる装備が選択できる。そのために本機自体は非常にシンプルとなっており、それらの兵装を装備することでその拡張性と汎用性を発揮する。

 

「とりあえず、機体預かるよ。イリーナちゃんからも強化しろって言われてるからね。あ、ラウちんも。『オーバー・ザ・クラウド』、今度はしっかりラウちん用に調整するからね」

「わ、わかりました」

「よろしくお願いします」

 

 いったいどんな強化をされるのか、少し怖いように思いながら束に専用機を渡す。この夏休みはとりあえずこの『フォクシィ・ギア』での訓練がメインとなるようだ。シャルロットはラウラと違い、ISにおける部隊運用の訓練はあまり受けていない。おそらく一番学ばなくてはならないのは自分だろうと思っていた。

 ラウラも今の『オーバー・ザ・クラウド』はまだ乗りこなすには至らないが、そのためにも一度束の調整を受けるべきだろう。まだ簡易的にフィッティングをしてあるだけなので、搭載されたAHSシステムも細かい調整が必要だった。

 二人は専用機を渡し、早く部隊に馴染むように訓練を早速開始する。

 

「さて、ではまず『フォクシィ・ギア』の全兵装を標準以上に扱えるようになるまで慣熟しましょうか」

 

 そんなセシリアの言葉とともに、ここから二人にとって苦難の夏休みが幕を開けることになる。

 さらにその半月後、原型が無くなるほどに強化改造された『ラファール・リヴァイブカスタムⅡ』と、さらに能力が底上げされた『オーバー・ザ・クラウド』を渡され、その慣熟訓練という第二の地獄が始まることは、今はまだ知る由もないことであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「そっか、簪ちゃんも元気でやっているみたいでよかったよ」

 

『そうでもないよ。アイズがいなくて、寂しいくらい』

 

「うん、ボクも。早く簪ちゃんに会いたいよ」

 

 

 国際電話でIS学園に残った簪と話すアイズは電話越しなのに表情を一喜一憂させながら話している。いつもその人の気配を感じながら会話しているアイズにとって、見えなくとも声だけというのはそれだけでどこか寂しい気分になっていた。

 

 

『夏休みが終わったら、また私とデートに行こうね』

 

「うん、楽しみ」

 

『私も、待ち遠しいな』

 

 

 相変わらずだが、二人の会話は友達というより恋人みたいな空気である。傍目には遠距離恋愛中の恋人の会話のように聞こえるのだから間違ってはいないのだろう。

 しかし、いつもとは簪の纏う雰囲気は少し違うことにアイズは声だけで気づいていた。

 

「簪ちゃん?」

 

『どうしたの?』

 

「なんか、思い悩んでる?」

 

『………本当にアイズは、そういう直感がすごいよね。でも、大丈夫、悩んでるわけじゃないんだよ』

 

「そうなの?」

 

 簪は内向的なところがあるため、自分で全部背負ってしまうようなときがある。それはアイズにも言えることだが、だからこそアイズはそうならないように簪のことを心配していた。

 

『次に会うときを楽しみにしていて。私は………今度こそ、アイズを守れるように強くなっているから』

 

「簪ちゃん……」

 

 アイズは、その簪の言葉に、嬉しさと悲しさを覚えた。そこまで自分を思ってくれるのは嬉しい。でも、それを重荷にしてほしくない。今の簪は、どこか思いつめているように思えた。

 

「簪ちゃん。ボクは、くわしくはわからないけど………」

 

 だから、伝えたいと思った。もうわかっていることでも、改めて言葉にしなければわからなくなることだってある。アイズがいつも夢を思い、語るのは常に初心を忘れないためでもある。

 だから、アイズは簪にもう一度伝える。

 

「ボクは、あなたが………簪ちゃんが好きだよ」

 

 そのアイズの言葉に込められた意思は、しっかりと伝わったのだろう。電話越しに、少し息を呑む簪の様子が察せられた。

 

『…………うん。ありがとう』

 

「無理しないでね」

 

『大丈夫、本当に……。ありがとう。大好き、アイズ』

 

「ボクも大好きだよ」

 

 少し穏やかな声になった簪と、いつもの別れ際の言葉を交わす。好意の言葉は気恥ずかしいものだが、目の見えないアイズにとって、その言葉は心に差し込む光に等しかった。だからアイズはそんな言葉を精一杯の感謝で受け入れ、そして精一杯に、自分の心を言葉にして渡す。

 それから少し話して通話を終える。簪もがんばっている、自分も負けてはいられないとして、愛機のレッドティアーズtype-Ⅲとともに束のもとへと向かう。

 

「……もう、負けるわけにはいかない。無人機にも、シールにも」

 

 本格的に状況が動き始めた中、これ以上はこちらもそれ相応の対処をするべきだろう。だから、アイズはその覚悟を決めていた。まず、AHSシステムのさらなる最適化。以前束から言われていたバージョンアップが完成したと聞いたので、アイズが戦うためにも、まずこのシステムが必須だ。そしてアイズ自身、たとえAHSシステムがなくてもある程度は戦えるくらいまで強くなる。

 あのシール戦のときのような状況がもうないとは限らないのだ。視力がない状態での接近戦など正気の沙汰ではないが、それでもやってみせるという覚悟をアイズはしていた。

 

 そして――――。

 

「お話しようか、レッドティアーズ………ボクも、あなたも、もう出し惜しみなんてしていられない」

 

 この愛機に架せられた真の意味での“切り札”を封印しているリミッター。それを解除するには束やイリーナの許可が必要となるが、それ以前にその切り札をアイズはまだ扱いきれていない。解除の許可をもらうにも、まずはそれをアイズがものにしなくては一蹴されるだろう。

 

「強くなろう、レッドティアーズ。あなたと一緒に、どこまでも飛ぶために……!」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲ。そしてブルーティアーズtype-Ⅲ。この二機が、なぜ【type-Ⅲ】と呼称されているのか。

 その意味を知るときは、もうそう遠くないことであった。

 

 

 

 

 




イギリス編の導入話となりましたが、次回からは簪編になります。

ちょっとアイズ成分を補給しようと思ったら簪編に入る前にけっこうなボリュームになってしまった(汗)次こそ簪さんメインに。

せっかくなので伏線をいろいろと仕込んでます。まさに魔窟といっていいカレイドマテリアル社。島ひとつを要塞化してまで秘匿する技術が溢れる島……まさに鬼ヶ島(苦笑)

ちなみに銃撃多重奏ネタを知ってる人はどのくらいいるだろうか。自分は元ネタのアレが大好きです(笑)


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Act.39 「姉の心、妹の心」

 簪にとって、更織楯無という存在は一言では言い表すことができないほど複雑な感情を抱く相手である。

 好意もある。敵意もある。尊敬をして、罵倒もする。もっとも頼りになる人であり、もっとも頼りたくない人。一緒に育った人であり、今一番遠い人。

 あらゆる相反するものがごちゃまぜになった、そんな人。しかし、それは簪が一方的に抱く感情である。楯無本人がどう思っているかは、簪にはわからない。

 しかし、たとえ楯無がどう思っていようとも、更織という家に生まれた姉妹として、姉妹で比較されることは必然であったかもしれない。より能力の高いほうを見定め、より適任のほうを頭首となるべく育てる。

 そしてそれは姉となった。そのことをとやかく言うつもりはない。姉はそれだけすごい人だ。それは誰よりも簪本人が知っている。「私のおねえちゃんはすごいんだ」と、幼い頃ははしゃいでいた。

 

 だが、気づけば簪は常に姉に劣るという劣等感を周囲から植えつけられていた。周囲にいた人間のほんの小さな失望や、些細な言葉が、幼い頃から簪を追い詰めていた。

 そんな劣等感を払いたくて、簪は姉に挑み続けていた。姉にできることは、私にもできる。自分自身にそう言い聞かせて。

 

 いつの間にか、「自慢の姉」ではなく、「すべてを奪っていく姉」へと変貌していた。簪がいる理由も、努力する価値も、それらすべてを超えていく姉は、いつしか直視できない太陽の光のようであった。

 楯無という強すぎる光が、簪を影へと落としていた。

 

 姉が為すことはほとんど簪ができないことばかりだった。その度に姉の凄さを知り、自分の不甲斐なさが思い知らされる。その繰り返しだけだ。

 じわじわと簪の精神を磨り減らしながらも、それを続けることが最後の意地であった。そんなジレンマを持ちながら、簪は姉と同じくIS学園へと進学していた。

 しかし、そこでもインフィニット・ストラトスという物差しで姉との差を示されるだけであった。簪が必死になって代表候補生になったときには、姉は国家代表になっていた。

 姉は自身で専用機を組み上げたが、簪は専用機の作成を放棄された挙句、姉のように自ら完成させようとして、できなかった。

 

 もし、アイズと出会っていなければ。

 

 そんなイフを考えるたびに怖くなる。きっと、今でも簪は何も変わらず、何も変えられず、ただ意地だけでできもしないことにこだわり続けていただろう。

 今ならわかる。それは、紛れもない“停滞”であった。

 

 そう、だから。

 

 それに気づかせてくれたアイズに、ずっと感謝している。アイズがいたから今の簪がいるのだと、はっきりそう言えるから。

 アイズがくれたものは、簪が久しく忘れていた“親愛”の念であり、努力する先にある“目標”であった。

 そしてなにより、簪に気づかせてくれた。

 

 簪が、一番欲しかったもの。

 

 それは、簪を認めて、一緒に隣を歩んでくれる………そんな存在が欲しかった。過去、“自慢の姉”であった楯無がまさにそうだった。少し先を行く姉は簪にとってよき目標であり、なにかするたびに褒めてくれる姉が大好きだった。

 それがいつの間にか、簪を置き去りに先へと行ってしまった。しかも簪に「なにもしなくていい」と言って努力することすら褒めてもらうこともなくなった。このときから、簪は一人になった。

 一緒にいる友はいた。心配してくれる人もいた。しかし、簪の心はまるで道しるべをなくしたように、茫洋と漂流するような虚無感を抱いてしまった。

 

 同じ道を歩いてくれる人が、同じ夢をもって努力する人が、隣にいて欲しかった。アイズと触れ合ううちに気付いたことだった。

 簪は、待っていた。一人で頑張ると意地になっていた裏では、誰かが隣へ来てくれることを待っていた。なんという甘えか。簪は自分があれだけ思いつめて決心していたはずのものが、その実はただ寂しいというアピールでしかなかった。

 

 そして、本当に待っていた人は、あの人しかいなかった。

 

 無意識で拒絶していたはずのあの人を、ずっと待っていたのだと理解してしまったとき、簪は自分を恥じた。

 結局は、簪にはただ一言……「一緒にいたい」と言う勇気すらなかった。それだけだったのだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「でも、それはまだ間に合うよ?」

 

 

 夏休みになり、アイズがイギリスへと帰郷する前日、我侭をいってアイズを一日借りた簪は自室でアイズを抱きしめながら、自身の胸中をアイズに話した。

 そうして簪が自分の情けなさをアイズに告白したとき、返された言葉がそれだった。まだ間に合う。取り返しのつかないことなんかじゃない、と。アイズは、いつもの笑みでそう言った。

 

「簪ちゃんは、それがわかった。おねえちゃんと一緒にいたい、がんばりたいって。ずっと、そうだったんだよね。なのにずっと一人で。ずっと……寂しかったんだよね」

 

 アイズは、まるで簪の心を代弁しているかのように語る。いや、おそらくはその通りなのだろう。目の見えないアイズは、誰よりも心を見る。その人の纏う雰囲気や声で心理状態すら察するアイズの“心眼”は、確かに簪の心を見ていた。

 

「でも、きっと楯無センパイも同じだと思うんだ。あの人、なかなか本心を見せないけど、でもわかるよ。センパイ、簪ちゃんのことずっと心配してる。それは、簪ちゃんが好きだからだよ」

 

 それは、簪がずっと避けてきたものだ。だから、簪はそれを察することができない。

 

 でも、それを確かめることはできる。簪の勇気さえあれば、すぐにできるのだ。でも、それがとても怖い。一方的に敵視さえしてしまった姉に、今更どんな顔をして会えばいいのかさえもわからない。

 

「大丈夫だよ」

 

 アイズが囁く。そして、アイズがその小さな手で簪の手をぎゅっと握り締める。

 

「ボクの勇気をあげる」

 

 アイズが、その触れた手を通して強く思ってくれていることがわかる、伝わる。他の人が言えば青臭い、言葉だけにしか聞こえない言葉でも、アイズの口から発せられるそれは、悉くが簪の心へと染み渡っていく。

 出会ったときから不思議だった。そんな魅力があった。

 誰よりも無垢で、誰よりも苦難を味わってきたこの少女は、誰よりも心を、愛を信じている。だから、真摯な気持ちをまっすぐに向けてくれる。

 アイズ本人やセシリアから、どれだけその心が、愛が、想いが裏切られてきたのかも聞いている。それでも、アイズは信じている。簪は、アイズのその強さに憧れた。しかし、悲哀すら感じる強さはとても儚く思えた。

 セシリアがずっと心配そうにアイズを見守る気持ちがよくわかる。アイズと仲がいい鈴やラウラも、おそらくは薄々と気づいているだろう。

 だから、簪はアイズの傍にいたいと思った。アイズが好きだから、アイズが心配だから、アイズを助けたいから。いろんな理由があっても、最後には「一緒にいたい」という想いへと還る。

 

「心は重ねられる。想いは繋げられる」

 

 きっと、それがアイズを象るものなのだろう。だからアイズはあそこまで真摯で正直なのだ。

 

 だから、危なっかしい。そしてだから、羨ましい。

 

 ああまで真摯に自身の気持ちと、相手に向き合う姿勢は、今の簪にこそ必要なものだった。

 

 そんなアイズが、勇気をくれるというのだ。それは、簪の迷いを払拭させ、背中を押した。

 

 

「がんばって、簪ちゃん。ボクはいつだって、大好きな簪ちゃんを応援してる」

 

 

 それからアイズはセシリア達とともにイギリスへと帰っていった。およそ一ヶ月もの間アイズに会えないのは寂しくてたまらないが、簪自身が自己を見つめ直すにはいい機会だと割り切って、次にアイズと会うときは、もっとアイズのパートナーとして相応しい女になると決意した。

 だから簪は、ずっと避け続けてきた、姉と向き合うことを決めたのだ。

 

 応援してくれるアイズのため、今まで知ろうともしなかった姉のために、変わろうとしていく自分のために。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぐうっ……!」

 

 アリーナの地面に叩きつけられた簪が苦悶の声を上げる。

 シールドエネルギーがすでに風前の灯火。機体状況を確認し、簪は自らの敗北を悟る。戦闘時間は二十八分。損傷らしい損傷も与えられずに、簪はアリーナに横たわっていた。見上げれば、専用機であるミステリアス・レイディを纏った楯無が、少し辛そうな顔をしながら見下ろしている。

 

「簪ちゃん………私の勝ちよ」

「…………」

 

 そうだろうとは思っていた。今の簪が、楯無に勝てる可能性などほとんどないことも理解して喧嘩を売った。しかし、力の差は理解した。

 

「やっぱりおねえちゃんは強いね」

 

 それは簪自身ですら、驚く程に穏やかな声であった。楯無も驚いたように、わずかだが目を見開いた。今までずっと目も合わせようとすらしなかった簪が、楯無をまるで眩しいものを見るような目を向けている。

 それは、かつて幼かったときの簪の目であった。

 

「さっきは……暴言を吐いてごめんなさい。でも、ああでも言わないとおねえちゃんは本気で戦ってくれないと思ったから」

「………」

 

 楯無の表情が曇る。それはおそらく事実だろう。姉妹に関して、複雑な思いを抱いているのは姉の楯無とて同じだ。楯無にとって、簪は守るべき家族であり、打ち負かすべき存在とは真逆の存在なのだ。敵に対して冷徹になれる更織家頭首である楯無は、しかしその反面、身内に対してかなり甘い。そんな過保護ともいえる態度が簪との距離を離してしまったことは、薄々と楯無も気づいている。

 

「簪ちゃん、私は……」

「言わないで、おねえちゃん」

 

 楯無の言葉を、簪が遮る。

 

「わかってた。私は、おねえちゃんに守られるだけ、それくらいしか、私は強くなかった。………私は、弱かったんだ。だからおねえちゃんは、私を守ろうと、ずっと更織家の責務から遠ざけてた」

「………」

「『なにもしなくていい』…………あの言葉は、私を血生臭い裏にかかわらせたくなかったから、なんだよね?」

「………簪ちゃん。私は今でも、その言葉を撤回する気はない。それが、あなたを傷つけたって、わかっていても」

 

 ずっと黙っていた楯無が、真剣な表情でそう告げる。その顔は、今まで簪が見たことのない顔であった。ずっと笑顔で飄々としていた楯無はおらず、ただ苦渋の思いを口にする楯無が、辛そうに簪を見つめている。

 

「虚……今からこのアリーナのすべてをデータを抹消して」

 

 観客席で妹の本音と一緒に姉妹の戦いを見守っていた虚にそう命じる。これから先の言葉は、どんな小さな記録にも残しておくわけにはいかない。

 

「私は、この道を選んで……後悔していない、と言えば嘘になるわ。私も女だもの、普通の学生をして、普通の恋愛をして、普通の幸せを………そんな夢を見たことだって何度もある」

 

 それは、決して頭首としては言ってはいけないことだ。簪にも、それはすぐわかった。なのに、楯無はそれを明かしてくれている。

 

「でも、私はこの道を選んだ。私がそうすることで………多くの人を守れると信じているからよ」

 

 それは揺るぎない信念の言葉だった。

 綺麗事では成り立たない世界を支える、裏世界のカウンター。それが、自身を毒として毒を制する役目だとしても、それでも誰かを、この世の中を支える一柱となれるのなら、楯無は自分の人生を捧げる価値があるものだと信じている。

 

 そしてなにより、誰よりも愛している家族を守りたいと思っているからこそ、楯無は簪をこの道へと入れずに、すべて自分ひとりで背負う覚悟で戦っている。

 簪は優しい。優しすぎる。だから、この非情、冷酷にならなくてはいけないこの道を往くことは無理だと思っていた。いや、むしろそうなって欲しくない。それが姉の一方的な愛情だとしても、妹にこんな汚れ役を担わせるわけにはいかなかった。

 

 だから、言ったのだ。

 

 必至に努力していると知りながら、簪に言った。「なにもしなくていい」と。

 

「私は簪ちゃんが好きよ。だから………嫌われても、あなたの手を汚す真似は姉として認められない」

「…………」

「きっと、簪ちゃんは怒るでしょうね……私は結局、あなたの意思を無視して自分の考えを押し付けたんだから。だから、……嫌われたことも、しょうがないって……」

「しょうがない? 馬鹿なこと言わないで」

 

 俯いて楯無の言葉を聞いていた簪が顔を上げる。悲しみ、怒り、喜び、そんないろいろな感情をごちゃまぜにした表情をしながらも、その瞳はじっと楯無を捉えて離さない。

 今度こそ、自分の気持ちを伝える。そう思いながら、簪は口を開く。

 

「……おねえちゃんが、私を心配してくれたのは、嬉しい。でも……どうして一言でも、そう言ってくれなかったの?」

「…………」

「私も、………おねえちゃんのこと、ずっと自慢だった。でも、おねえちゃんは私を置いてどんどん先に行って……私は、そんなおねえちゃんに追いつきたくて、負けたくなくて、比較されたくなくて、………寂しくて」

 

 寂しい。どんな感情が来ても、結局は最後に行き着くものはそれだった。ずっと一人で打鉄弐式を完成させようとしていたことも、それを認めたくないという無意識の行為だったのかもしれない。

 

「それでも、せめて一言でも言ってくれれば……!」

 

 簪の瞳から、雫が落ちる。悲しくて、悔しくて、情けなくて、そして、後悔して。

 

「私はほんの少しでも……大好きなおねえちゃんを嫌いだなんて思わなかったのに!」

 

 今までずっと溜め込んでいた言葉を吐き出した簪を見た楯無も、あまりにも悲痛な妹の心中を知って顔を歪ませた。

 嫌われても守りたいと思った妹。でも、その妹はそう思ってしまったことを悔いていた。

 姉の心を察せずに、大好きだった姉を、過去にしてしまった自分が許せない。それが、特殊な境遇から思春期の揺れる心が負に傾いた結果だとしても、簪はそれを悔いた。

 楯無は覚悟をしていた。だが、それは一方的な覚悟だった。嫌われる覚悟があった楯無と違い、簪は嫌いになる覚悟なんてしていなかった。

 だから、姉の心中を察せるようになれば、それこそ自分が未熟で子供でしかなかったのだと思ってしまう。

 もちろん、簪だけが悪いというわけじゃない。結局は、自分の気持ちに嘘をついた行動をしてきた楯無も悪い。

 

「わ、私は……」

「でも、今は違う」

 

 楯無の弱音を遮るように簪が言葉を発する。力強く、姉にしっかりと届くように。

 

「今は、おねえちゃんを追いかけるだけだった、追いかけるしかなかった私じゃない」

 

 もう限界の機体を動かし、ゆっくり立ち上がる。機体の各部が軋み、小さなスパークが発生するが、それでも倒れまいと機体の出力が再び上昇する。

 その手には、ただのブレード。ただひとつ、最後に残された武装。

 

「流されてきた私は、もういない。今の私には、目的がある」

 

 姉を追いかけていたのは、そうすることでしか自己を認められなかったからだ。置いていかれたという絶望感を否定するために、簪はそうだった。形は歪でも、それは姉におんぶ抱っこされていたことと何ら変わらない。

 簪を含め、多くのものを守りたいと想い行動していた楯無と違い、簪はあくまで自分のためだけに行動していた。

 でも、今は違う。今の簪が戦う理由、強さを求める理由は、もう違う。

 

「でも、まだ私は弱い。……それでも、守りたいものが見つかったんだ」

「……簪ちゃん」

「今ならわかる。おねえちゃんの気持ち。それが、たとえどんな苦難の道になったとしても、それが大切である限り、なんだってする………誰にだって、もう負けない……!」

 

 最後の武器であるブレードを構える。楯無も、簪から発せられる闘志に、無意識に身構えた。

 

「今の私の戦う理由………取るに足らない弱いものか、何にも負けない強いものか………おねえちゃんでも止められる程度のものなのか……! 今、ここで確かめて、おねえちゃん!」

 

 簪の烈昂の気迫と共に、機体がブーストして楯無へと突撃する。エネルギーはエンプティ寸前、一撃でも受ければその時点で終わる。圧倒的なハンデを背負った簪は、傍目には最後の見苦しい抵抗のように映ったであろう。

 しかし、先ほどまでになかった強い意思を瞳に宿した簪は、別人といっていいほどの気迫で楯無へと迫る。その気迫に、楯無はわずか一瞬だが、怯んだ。

 

「まだやるっていうの? 簪ちゃん……!」

「当たり前……! 私は、まだ負けてない! もうなにも諦めない!」

「私には勝てない……わかるでしょう?」

「そうやって私を諦めさせるの? ………おねえちゃんの勝手で!」

「っ……! なにが、なにができるっていうの!? どんな理想を語ろうが、どうにもならないことなんかいくらでもあるのよ! そんな世界だから私は……!」

「そういうのを………押し付けっていうんだ!」

「ぐ、うぅ………な、なにも、なにもわからないくせに! 私がどれだけ簪ちゃんを……!」

「だったら、私を倒して黙らせればいいじゃない……! 今までみたいに!」

「そんなこと、私は……!」

「同じだよ! 今まで、私が真正面から抵抗してこなかっただけで、同じこと!」

 

 その言葉に楯無の心が跳ねる。それは感情の鼓動、平常心を常とした楯無の心が、激しく揺れ動く。妹に責められて悲しい。妹が悲しんで苦しい。妹に理解されなくて、覚悟していても辛い。激しく相反するような感情が掻き混ざり、今まで見せたことのない表情となって激しい心中を吐露していく。

 

「だったら! だったら私にそれを示してみせろ更織簪! あなたがなにを言おうが、世界なんて力のない者が意地を貫けるほど優しくはないのよ!」

「知ってるよ、そんなこと! 力のない理想なんて戯言だってことくらい!」

 

 覚悟はあった。決意もしていた。それでもなにもできなかった。それが現実だと、簪は思い知った。

 

「私は守られる存在じゃない………守れる存在になるんだ!」

「口だけでなにを言ったって!」

「それを証明しろというのならっ……!」

「本当にそうだというのなら……!」

 

 先ほどまでの、互いに心中を押し殺した戦いではなかった。互いに今まで押さえ込んできた相手を想うがゆえの葛藤、感情をぶつけ合いながら、第二ラウンドへと移行する。

 

「今、ここであなたを倒して証明する!」

「この場で、私を倒してみせなさい!」

 

 静かな第一戦とは真逆の、激しい感情を発露させる本気の対峙。

 

 初めてぶつけあう意思と想い。その激しい姉妹喧嘩は、今、ようやく始まったのだ。

 

 

 




今回は仕事が忙しくてちょっと時間かかりました(汗)年末ってなんでこんな忙しいんだよ。



さて、簪さん主役の姉妹喧嘩編その一でした。篠ノ之姉妹といい、更織姉妹といい、やたらすれ違う姉妹って多いですよね。

アイズのエールを受けてついに姉妹喧嘩をはじめた簪さん。簪さんももっとかっこよくしたいです。




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Act.40 「想いの在処」

 ほぼ無傷の楯無のミステリアス・レイディに対し、簪の打鉄弐式は満身創痍で、しかも残された武装はブレードのみ。紛れもない絶体絶命の状況だ。どんなに楽観的に考えても、この状況から勝ちへつなげる道はまったく見えてこない。

 それでも、簪は諦めなかった。ただ余計な雑念を一切排除し、楯無だけを睨むように見つめている。

 

 この状況下で考えれば簪が勝つには接近戦しかないが、無傷のミステリアス・レイディにまともに接近戦で挑んでも勝てる要素は皆無だ。簪は姉の機体に関しての情報はアイズと出会う前から収集・分析している。

 楯無が学園最強と呼ばれる理由は、本人の実力もあるが、この機体も十分にバケモノであるためだ。その最大の特徴はナノマシンで構成された水を意のままに操る能力だ。

 攻防一体のその能力は隙がなく、一点集中や状態変化を利用した攻撃手段は脅威というほかない。万能型とする機体に乗る簪は、汎用性に富む能力というのが如何に強いかよくわかっている。

 どんな状況でも対応できる、というのは確かな強みだ。

 一芸特化というのも強いことには違いないが、それ以外の面では極端に弱くなる。一夏がいい例だろう。零落白夜という強力無比といえる能力を持ちながら、武装は近接のみという完全な特化機だ。逆に簪やシャルロットはどんな距離にも対応しうる武装を持ち、どんな場面でも一定以上の信頼性を誇ることが強みといえる。それは相手の弱点を衝ける汎用型のほうが、一般的には勝率は高い。特化型は確かに型にはまれば無類の強さを発揮するが、その強さを発揮する状況を作り出せなくては意味がないのだ。

 ゆえに、簪は汎用型を選んだ。そのほうが強くなれると判断したためだ。

 

 もっとも、特化型でもセシリア・アイズ・鈴の三人は別格の例外だ。

 あの三人は完全に得意分野に特化しているにも関わらずに、強引にその土俵に相手を引きずり込む技量が高いために遺憾なくその力を発揮している。しかも、苦手分野でも相応に戦う術を得ているために、一夏のように極端な弱点が存在しない。

 

 セシリアは典型的な遠距離射撃型にも関わらず、近接戦で一夏を軽くあしらえるし、なによりそれ以前にビットと狙撃で相手を接近すらさせないというデタラメぶり。

 アイズはもっと極端な近接型だが、数多の隠し武器と、なによりアイズ自身の直感による回避力が凄まじく、アウトレンジからの攻撃を悉く回避し、最後には意表をつく武装で仕留めてしまう。

 鈴はもっと単純だ。多少のダメージは覚悟で強引に自身の土俵へと引きずり込み、一度捉えれば離脱させずにラッシュで押し切る。たとえ離脱されても、そのときには発勁でダメージを与えているので二度目には確実に潰せる。

 

 それぞれ性格が現れているような戦い方だが、この三人には合った戦法だろうし、簪がたとえ同じ機体に乗ったとしても真似はできない。

 簪にできることは粘り強くどんな状況でも食らいつき、勝機を見出す戦い方だけだ。

 

 だが、楯無はそんな簪の上位互換といえる。同じ汎用型でも、水の操作というほかにはない特殊な汎用装備を持つため、通常の攻略ができない。一定の形を持たず、しかも常に防御にも纏うそれを攻略する方法は、通常武器では難しい。

 なにせ、相手はどんな武器にも対応できる変化が可能なため、こちらは常に相性の悪い形で挑まなくてはならない。

 

 しかし、まったく付け入る隙がないかといえば、そうでもない。恐ろしく細い糸の上を歩くような、そんな綱渡りをするに等しいほどの方法であるが、まだ簪は勝つ道を残している。

 

 まず大前提となるのは、接近戦であること。簪はブレードしかなく、しかも距離をあければ反撃もできず、さらに楯無のミステリアス・レイディの持つ『清き熱情(クリア・パッション)』を前に距離をとることは自殺行為だ。水を霧状に散布し、それを構成しているナノマシンを活性化、発熱させることで水蒸気爆発を引き起こすその能力は察知も難しく、気づいたときには効果範囲に捉えられている危険がある。効果範囲が限定されることが救いだが、最低でも一度はこれを回避しなくては勝機すら見いだせない。

 これを回避して接近、しかも水の散布をさせないほどの猛攻で攻めつつ制圧する。一番理想的な展開はこれだが、当然楯無は接近戦も簪の上をいく。

 だから、接近戦も長時間は不可能、いや、長くともせいぜい五合程度しか競り合えないだろう。

 

 つまり。簪が勝つ小さな可能性は、楯無の攻撃すべてを回避し、一度の接近戦で、しかもファーストアタックを確実に当て大ダメージを与えることが必須ということだ。残りのシールドエネルギーを考えれば、一度で倒すのは無理だ。ならば、一撃で致命傷を与えて最低でもコンディションを五分五分までに持ち込みたい。

 ここまでクリアできれば、勝つ可能性は極小から小くらいにはなる。

 

 まずは、そこから。

 

「はぁぁ……ふぅ」

 

 深呼吸。やるべきことだけを頭にいれ、不必要な思考をカット。自己暗示を強くかけ、できるというイメージを強く持つ。

 

「集中、集中、集中……!」

 

 こうした自己暗示のやり方はアイズに教わった。瞬時に意識を切り替え、明確なイメージをもって行動に移す。簪は楯無を見据え、それ以外のものは視界に入れても認識すらしない。風景は真っ白となり、主観では楯無のミステリアス・レイディのみしか映っていない。極限の集中状態。所謂、“フロー”と呼ばれる状態に入る。

 ここまでスムーズにこの状態になることは初めてだったが、追い詰められて吹っ切れた簪の精神がいい方向に推移した結果だった。

 

 アイズやセシリアは半ば意図的にこの状態に入れるというのだから、やはりあの二人は他と比べても突出している。そんな二人をずっと見ていたからこそ、簪にとって手本となるイメージが固まっていたことも大きい。

 

「集、中」

 

 自身の五感がさらに跳ね上がったような、そんな鋭敏になったことを実感しながら、まるで夢のような儚い浮遊感も同時に覚える。この感覚が尽きれば、おそらくもう勝てる手段はない。そしてこの状態もおそらくは長続きしない。

 かつてセシリアと戦ったときのように、制限時間付きの分の悪すぎる勝負。ジョーカーはあちらしか持っておらず、こちらは既に手の内を明かされた状態で勝負を挑まなくてはならないという劣勢。

 

 だが、それがどうした。簪はいつも劣勢の中にいた。ほかならぬ、目の前の姉の存在によって。

 

 しかし、今の簪はそんな姉に怯えたりはしない。

 

 譲れない想いを証明するために、簪にとって自己証明のきっかけであり壁である目の前の存在を、ただただ見つめるだけ。

 姉の心はわかった。想いも知った。その上で、それを凌駕するために、―――。

 

「………私は、負けない」

 

 

 

 ***

 

 

 

 簪がゆっくりと動き出す様を楯無は冷静に見つめていた。感情的に言葉をぶつけ合っても、戦闘になれば思考は冷静なものへとシフトする。しかし、感情は変わらずに沸騰したように揺れ動いている。

 しかし、もう言葉による対話は無意味と悟っている。

 今必要なのは、互いに自身の想いを証明するために全力でぶつかるのみ。

 

 簪はもう満身創痍、そんな妹の姿は見るに耐えないが、そんな姉としての心は無理にでも頭から消し去る。この場においてその考えは簪に対する侮辱だとわかっているから。

 ミステリアス・レイディは未だ万全に近い。ブレードだけでこの機体の水の防御を突破するのは難しいし、なによりわずかなシールドエネルギーしかない状態では絶対的な有利は覆らない。さらに牽制として右手にガトリングガン内蔵のランス『蒼流旋』、左手に高圧水流を発する蛇腹剣『ラスティー・ネイル』を展開する。これで万が一接近されても即座に対応できる。

 

 そう冷静に分析するが、それが引っかかる。楯無は簪本人が思っている以上に簪を評価している。身内贔屓なしで、その能力の高さを認めている。特にその情報収集と解析、機体分析力と最適なデータ構成力は自身よりも上だと思っている。楯無は直感とセンスでミステリアス・レイディをスクラッチして組み上げたが、簪はあらゆるデータを分析して合理的に再構築している。

 楯無は感覚、簪は理論。そうした違いはあれど、簪も楯無に比肩しうるIS操縦者であり、研究者でもある。

 

 だからこそ、簪も今の状況が把握できていないはずがない。楯無すら、逆の立場ならこの状況を前にして勝ちを見出すことができない。しかし、簪には諦めもなければ、悲観している様子も見られない。

 

 

 ――――逆転できるっていうの? この状況から?

 

 

 楯無の頬に嫌な汗が流れる。相手の狙いが読めない。どんな手段でくるのかわからない。そうした“わからない”という不確定要素を有利でありながら強く感じることに戸惑いと不審を強くする。

 楯無はミステリアス・レイディの操る水の一部を霧状に散布する。こちらから仕掛けることもできるが、あちらはブレードのみ、接近するしかない相手に対し、『清き熱情(クリア・パッション)』による罠を仕掛ける。相手のハイパーセンサーに悟られない程度に下準備を施し、あとは爆破の有効地帯に侵入と同時に、即座に高密度に散布領域を圧縮して爆破する。

 単純だが、効果的なこの戦術はそれだけで相手にとって脅威だ。

 

 

 ――――これを攻略できるっていうの? なら見せてもらおうじゃない。

 

 

 既に楯無は“待ち”の姿勢のまま動かない。『清き熱情(クリア・パッション)』の爆破で後の先を取るつもりだ。そうした楯無の構えは、それだけで簪にも悟られるだろうが構わない。これを抜けないようなら、先ほどの言葉はすべて戯言と切って捨てるだけだ。

 

 そして、簪は動いた。まっすぐに、ブレードを構えて向かってくる。

 それは楯無を失望させるには十分であった。なんの策もないただの真正面からの突撃。ただの感情任せの吶喊にしか見えない簪の姿に、残念に思いながら散布した霧状となっているナノマシンを収束させる。

 

「終わりよ、簪ちゃん」

 

 一帯に散布したナノマシンが簪に集まるように収束しながら発熱を開始する。気づいたときにはもう遅い。水蒸気爆発を引き起こし、エネルギーシールドをゼロにして終わりだ。

 意識を集中してナノマシンの操作を行う。そして……。

 

「………え?」

 

 爆発する。衝撃が周囲を薙ぎ、激しい音が響く。まともに受ければ、それだけで戦闘不能に追い込んでしまうかのような大爆発は、それを操る楯無の強さを現しているようでもあった。

 もっとも、それは相手に通用していれば、の話だ。

 

「ひとつめ、……突破した!」

「今のを避けるの!? でもまだ!」

 

 まさかあのタイミングで爆破を察知して回避されるとは思わなかった。ほんのわずか、楯無の思考が止まるも、未だ水蒸気爆破するための下準備は残っている。『蒼流旋』に内蔵されたガトリングガンを発射して牽制しつつ、未だ散布してあるナノマシンを続けて爆破させるように収束し、発熱を促す。

 

「っ……、そこっ!」

「なっ……!?」

「ふたつめッ!」

 

 ガトリングガンで牽制し、爆破エリアに追い込んだはずの二度目の爆破も回避される。まぐれではない。簪はなにかを確信して楯無の『清き熱情(クリア・パッション)』を回避している。

 確かに爆破の瞬間は高密度にナノマシンが収束し、さらに熱量を増大するから直前の察知は可能だが、爆発という現象ゆえにそのときには既に爆破範囲内だ。これを回避するには未来予知にも匹敵する確信がなければ不可能だ。

 だが、今はどうやって回避したのかと分析する暇はない。三度目の爆破は間に合わない。咄嗟に水のヴェールと『ラスティー・ネイル』で振るわれたブレードを受け止める。しかし咄嗟のことで密度が薄い水のヴェールは、実体剣であるブレードを防ぎきれずに楯無のシールドエネルギーがわずかに削られるも、なんとか『ラスティー・ネイル』で受け止める。思いがけないダメージを受けるも、即座に反撃、簪を捕まえるように水を放つが、既に簪はそこにはいなかった。

 

「後ろ……!?」

 

 水で捕えたのはブレードのみ。簪はブレードを捨て、楯無の背後を取っていた。まずい、と楯無が焦る。今の反撃で水の装甲が薄くなっている。操る水の総量は決まっているため、攻撃に使用すればその分防御が減る諸刃の力だ。とられた背部の装甲はそれこそ薄氷ほどしかない。しかも不意を衝かれて両手の武器も防御が間に合わない。

 

「でも……!」

 

 しかし、それは簪が唯一残された武装を捨ててまで取った好機だが、そのために武装をすべて失えば意味はない。確かにいま攻撃を受ければ水の装甲は突破されるだろうが、せいぜい武器もない拳撃程度では大したダメージはないはずだ。

 そして次こそは確実に簪を捉える。武装をなくした相手は、もう反撃する手段などない。

 そして楯無が振り返ると同時に、簪の右腕が背面の水のヴェールを突き破る。そこまでは想定通り。しかし………。

 

「がっ……ッ!?」

 

 ただの掌打だ。そのはずなのに、それを受けた楯無はまるで身体を貫通されたかのような衝撃を受ける。ダメージは軽くはないが、重くもない。しかし、その未知のダメージを受けて困惑した分、精神的なダメージは大きいと言えた。

 咄嗟に反撃したために簪は追撃せずに離脱する。互いに荒い呼吸を繰り返しながら、距離をあけて対峙する。先ほどと同じような光景だが、二人は苦虫を噛み潰したように表情が優れない。

 

「………今のは、もしかして発勁かしら? 中国の候補生の凰さんの得意技だったかしらね」

 

 直接味わったことはないが、防御を無効化する技術を持つことは聞いている。何度か戦闘映像で見たこともあるが、今受けたものはそれと酷似している。

 

「鈴さんに比べたら………いや、比べることすらおこがましい真似事だけどね。“気”っていう概念は理解しきれてないから、原理を調べてただ力学的に再現しただけ……威力なんて半分も再現できないけど」

「大したものね………でも、それだけね」

「そう、これがせいぜい猫だまし程度なのはわかってる……でも、効果はあったでしょう?」

「…………」

 

 そう、表情には出さないが、打たれた右肩付近に鈍い痛みが残っている。その影響で右腕の動きが鈍くなっている。痺れは時間が経てば回復する程度であるが、この戦闘に影響が出るのは間違いないだろう。右手に持っていた『蒼流旋』はあまりアテにはできないだろう。正直、持っているだけでもピリピリと痺れているのだ。手放さなかったのは運が良かった。

 

「そうね、………でも、もう終わりにしましょう」

 

 そして楯無は受身をやめる。積極的に攻勢に出て簪を追い詰めようとブーストをかけて突撃する。それに対し、簪は無手のままそれを迎え撃つ。しかしもう先入観は捨てる。無手でも十分に攻撃手段があると知ったからにはもうあのような奇襲は受けない。

 

 左手の『ラスティー・ネイル』を起点としてガトリングと水による追撃をしかける。楯無は無意識下にあった妹への情すら完全に捨てた。強敵と認識して簪を落とさんと攻めつづけた。

 しかし、簪はそれを悉く回避するという奇跡を引き寄せる。

 

 既に武器はなく、残されたのはこの機体のみ。機動重視にカスタマイズしているとはいえ、楯無の攻撃をすべて回避するのは神業だが、極度の集中と簪の中にあるもっとも最強と思えるイメージがその奇跡をなしていた。

 

 簪が自己暗示として自身に投影するようイメージするのは、共に戦い、身近で見てきた戦友たち。

 

 相手の動きを読み、常に優位となるレンジを維持するセシリア。

 

 高速で不規則に、相手を翻弄する機動を行うラウラ。

 

 そして危険を察知して即座に最適な対処を行うアイズ。

 

 もちろん、本人たちには及ばないも、それは簪が理想とする最適な最も合理的で無駄のない機動イメージだ。戦友たちの起動データの分析も欠かさなかった簪の『打鉄弐式』には、彼女たちの機動データもしっかりと入力していた。本来それは相対する際に必要となるものだが、それを再現するようにミックスして実行している。当然、種の違うこれらの機動は要所要所で選択され、簪が再現可能な域にまで落とされているが、それが楯無にとって読みにくい、翻弄する機動となっている。

 

 先の『清き熱情(クリア・パッション)』を察知したのも、このイメージのもとに楯無を注視していたためだ。爆破を狙っていたのはわかっていたので、あとはその爆破範囲とタイミングさえわかれば回避自体は難しくない。

 爆破の範囲は簪自身の機動予測と楯無の誘導から割り出した。それでも確定情報ではないので、タイミングを図って全力で離脱した。そのタイミングは、楯無のほんのわずかな表情の変化で察した。イメージをトリガーとするからには、そのタイミングには必ずなにかしらの挙動が見え隠れする。普段なら見落とすようなものだが、集中した簪はそのとき、楯無の目が爆破させる地点を強く睨むような様子がはっきりとわかった。

 

 極限まで集中した今の状態だからこそできた奇跡だが、楯無もさすがは学園最強を名乗るIS操縦者だ。回避はなんとかできても、なかなか攻勢に転じることができない。しかも先の一撃で完全に認識を改めたのか、攻撃を回避されているにも関わらずに焦る様子も見せない。

 

 ゆえに、追い詰められているのは簪であった。

 

 楯無がもう少し焦ってくれれば、簪にも付け入る隙があるのだが、やはりそううまくはいかない。ならば、無理にでも隙を作るしかない。おそらくこんな奇跡はあと一分と経たずに簪の集中が切れて霧散してしまうだろう。

 

 ならば、仕掛けるしかない。

 

 簪は紙一重でガトリングの斉射を回避すると、その射線をなぞるように楯無へと突撃する。ここで勝負に出たことを察した楯無も覚悟を決めたように簪を迎え撃つ。

 

「今度こそおしまいよ!」

 

 圧倒的なリーチの有利を活かして楯無は『ラスティー・ネイル』による迎撃を行う。本来なら『蒼流旋』で迎え撃つところだが、腕の痺れはまだ抜けきっていないために蛇腹剣による薙ぎ払いでの迎撃を選択した。

 しかし、簪は一瞬、ブレーキをかけて速度を緩める。そして既に役目を終えたと思われていた背部のミサイルユニットをパージして楯無の斬撃の前へと放り投げた。

 すでに止められない楯無はそのまま目の前のユニットを真っ二つにするも、その瞬間にそれ自体が爆発する。

 

「ぐっ……っ! ミサイルを残していたの……!?」

 

 爆炎により視界が妨害される。

 残弾がゼロと思っていたミサイルだが、この爆発は間違いなくミサイルに搭載されるほどの爆薬がもたらすものだ。おそらくはこの奇襲のためにわざと撃ち尽くしたと思わせていたのだろう。水を操り、爆炎をなぎ払った楯無の前に、二個目の同じパージされたミサイルユニットが現れる。

 同じ轍を踏むわけにはいかない楯無はそれを無視するように避けて上昇、確実にトドメを誘うと『ラスティー・ネイル』と『蒼流旋』を差し向ける。

 

「とった」

「なっ……」

 

 そこへ先回りするように現れる簪と至近から目があった。楯無の行動を読みきった簪がすでに近接武器すら使えないレンジの内側へと入り込んでいた。

 またあの発勁が来ると思った楯無はすぐに引き剥がそうとするが、その前に簪が楯無へと抱きつくように拘束する。そのまま残されたブースターすべてを最大出力で起動、激しい勢いのまま、楯無とともに猛スピードで飛翔する。

 

「簪ちゃん……っ!!」

「これで、最後………!」

 

 楯無は首だけで振り返り、背後を見る。見えたのは、アリーナの防御フィールドで覆われた壁。この速度で衝突すれば、大ダメージは免れないだろう。

 しかし、それは当然簪にも言えることだ。楯無はまだシールドエネルギーを十分に残している上に水の防御もある。むしろ満身創痍の簪のほうがノックアウトする可能性のほうが大きい。

 

「そこまでして……!」

「うああああぁぁぁーーッ!!!」

 

 覚悟を決めた簪がなおも出力を上げる。絶対に離さないという意思を証明するように、楯無を拘束する手は揺るがない。

 そしてその勢いを殺すことなく、二機はアリーナの壁面へと激突した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 簪が目を開けると、そこは医務室であった。

 独特な消毒液の匂いを嗅ぎながら身を起こす。身体のあちこちに絆創膏や包帯が巻かれており、身体もまだ気だるさが残っている。

 

「起きたかしら?」

「おねえちゃん……」

 

 目を向ければ、隣のベッドに横たわって簪を見つめる楯無がいた。同じようにあちこちに治療した痕があり、姉妹揃って同じような姿をしていることに、不謹慎だが随分と昔におそろいの服を来てはしゃいだ記憶が想起された。

 

「まったく、無茶するわね簪ちゃん。あんな自滅技、誰に教わったんだか」

「あれしかなかった。それだけだよ」

「まぁ、私も落されたのは随分と久しぶりよ。…………強く、なったわね、簪ちゃん」

 

 戦っていたときとはまったく違う優しげな声色に、簪は気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。しかし、その顔にははっきりと嬉しさが浮かんでいた。

 

「……でも、結局私の負け」

「どうして?」

「おねえちゃんが私を庇わなきゃ、エネルギーがなくなることもなかった………そうでしょう?」

 

 気絶するわずかに前、簪は確かに見た。楯無が水の防御を、自身と簪を覆うように展開したことを。本来なら楯無自身だけを防御すれば、ダメージは受けても道連れになることはなかったはずなのだ。簪を庇ったことで、本来の水の防御力を落としたことは間違いないのだから。

 

「……私は、結局あなたが可愛くて仕方ないのよ。だから、真剣勝負に情をかけたわ。それは、責められても文句は言えない」

 

 それは、戦う最中に言った楯無の信念を貫いたがゆえのことだろう。楯無にとって簪は、倒すべき敵にはなれなかった。守るべき妹でしかないのだ。それは愛情なのか、侮辱なのか。

 

「でも、よくわかったわ簪ちゃん。あなたは、私に守られるだけのような存在じゃない。あなたは、強いわ」

「おねえちゃん……」

「あーあ、なんか親離れしていく子を見るってこういう気分なのかしら? なんか複雑な気分よ」

「おねえちゃん」

 

 改めて楯無を呼ぶ簪。簪はそのままベッドに腰掛け、まっすぐに頭を下げた。

 

「………ありがとう、おねえちゃん。今まで、ずっと私を守ろうとしてくれて」

「…………」

 

 楯無も身を起こして、頭を下げた簪を労わるように抱きしめる。優しく簪の頭を撫でるその姿は、慈愛に満ちた、どこか神聖な光景のようだ。

 

「ごめんなさい、簪ちゃん。あなたに何も言わずに、勝手に……っ」

「私も、ごめんなさい……おねえちゃんのこと、なにも考えずに、ずっと避けてきて……」

 

 こんな風に触れ合うことも、いったいいつ以来なのか。姉妹はそれすら思い出せない。それほど長い間すれ違っていたのだと、否応にも思い知らされる。

 

 でも、それはもう終わりにできる。アイズが言ったとおり、取り返しがつかないことじゃない。会う勇気が、話す勇気が、想いを伝える勇気があれば、それはまだ取り戻せるのだと。

 互いになにもはなさずにしばらく抱き合う。それだけで、幾千、幾万の言葉を交わすよりもはっきりした相手の愛情が感じ取れる。

 

「簪ちゃん、私は……」

「なにも、言わなくていい。こうしていれば、わかるから……」

「……うん。そうね」

 

 簪は久しぶりの姉の暖かさを感じながら、アイズがああまでしてスキンシップが好きなのかわかった気がした。想いを伝えるのに、確かめるのに、こうして触れ合うということはただそれだけで意味があることなのだ。なにより目が見えないアイズにとって、それは簪が思う以上に価値がある行為なのだろう。

 こうしていると、それがよくわかる。

 

「おねえちゃん」

「ん?」

「私は、強くなりたい。もっと、もっと、私が守りたいもののために」

「知ってるよ。いつも、あなたを見てたからね。………ちょっと、妬けちゃうくらい」

 

 簪が戦う理由。とてもシンプルで、とても大切な理由。それがあったから簪は変われたし、そして強くなろうという意思を確かに持った。

 

「私………アイズを守りたい。アイズは強いけど、とても危なっかしいし、それに………アイズは、きっとこれから先も、ずっと戦うことになる」

 

 生い立ち、そしてヴォ―ダン・オージェというある意味呪われた目を持つアイズ。彼女の人生は平穏を望んでも、おそらくこれから先も数々の苦難がやってくるだろう。あのシールという存在もアイズを狙っているようだし、アイズの平穏は今後しばらくはやってこないだろう。

 それに負けるとは思えないが、アイズはよく無茶をするし、怪我もする。傷つくアイズを見たくないし、アイズにそんな思いもして欲しくない。

 そして、もちろん簪がアイズの代わりに傷つくことがあれば、アイズの心は大きく傷つく。それもわかっている、うぬぼれじゃなく、アイズとそれくらいの絆を持っているとわかっているから。

 

「だから、私は……アイズを守れる強さが欲しい」

 

 アイズを害するすべてを薙ぎ払う力が欲しい。それが簪が強さを求める理由。その根源は、今更言わずともわかることだが、それでも宣言する。

 

「アイズが、好き」

 

 ただただ純粋な好意から生まれた想いが、今では簪の支えるまでのものになった。

 

「アイズが好きなの。だから、私はアイズを、守りたい」

 

 それが、簪の戦う理由、強くなる理由。真摯で純粋な、正直な気持ちだった。

 

「あらあら、妬けるどころじゃないわね、これじゃ」

 

 妹の告白を聞いて、楯無は苦笑する。しかし、どこか嬉しそうに笑みを見せていた。

 

「妹に相談されちゃ、一肌脱がないわけにはいかないわね」

「おねえちゃん……」

「でもなんだか、恋人を紹介された気分よ?」

「そんな、恋人だなんて……っ」

「簪ちゃんの気持ちは、恋心よ。アイズちゃんに妹を取られちゃうのは寂しいけど、アイズちゃんならしょうがないかな、うん。………私が、力を貸してあげる。あなたの恋が実るように、おねえちゃんが応援してあげる」

 

 楯無の力強い言葉に、簪は精一杯の感謝を込めて、久しく見せることがなかった心からの笑みを浮かべるのであった。




姉妹喧嘩編決着、そして簪さんの愛が溢れる回。簪さんのアイズ愛はおねえちゃん公認になりました(笑)

会長はやたらシスコンな描写をされることが多い人ですけど、ウチの会長は妹を応援するいいおねえちゃんです。

そんな頼れるおねえちゃんの力を借りて『打鉄弐式』が強化されます。更織家頭首の助力を得て生まれ変わる『打鉄弐式』……これもイギリス編にて登場予定です。

最近は忙しくややペースが落ちてますが、がんばって更新していきたいです。

次回から再びイギリス編になります。それではまた次回!


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Act.41 「新生の翼」

 火薬の匂いが鼻をつく戦場にシャルロットはいた。

 身に纏うのは、カレイドマテリアル社が極秘に作り上げた次世代型量産機『フォクシィ・ギア』。くすんだ金と銀の装甲色をした数々の換装装備を持つ全領域対応型の機体。その換装兵装のひとつ、重火力兵装を装備したシャルロットは廃墟と化した街の一角に潜みながら、隣で同じように隠れている少女へと声をかける。

 

「シトリー、状況は?」

「第二部隊がやられた。やったのは敵の単機の遊撃機だよ」

「ラウラか……やっぱりこういう状況には強いな」

 

 先ほど別動隊として動いていた三機の反応が消えた。状況から考えて、どうやらラウラが単機で制圧したらしい。さすがは元軍人というべきか。ラウラ個人の実力もさることながら、こうした集団戦においての働きは群を抜いている。

 

「相手の被害は?」

「撃破の確認がとれたのは三機。あと不明が二機。三機は後方に反応がある」

「不明の二機はおそらく斥候が一機と、あとラウラの遊撃機だね」

「数では同数だけど、あの遊撃がありえない戦果をあげてるからこっちが不利。どうする、シャル?」

「一度他の皆と合流しよう。このままだとラウラに各個撃破されるよ」

 

 周囲を警戒しつつ、暗号通信で部隊の合流地点へと移動をする。威力偵察兵装を装備したシトリーの機体を先頭に、シャルロットも慎重に周囲を警戒しながらあとに続いていく。

 学園での訓練と違い、闇雲にブーストをしようものならすぐに捕捉されて狙われてしまう。新鮮味と緊張を感じながら、シャルロットは覚えたばかりのISでの隱行技術での移動を行う。

 

 本来なら高機動が真骨頂となるISで、こうした歩兵みたいな戦いをすることに戸惑っていたシャルロットも今ではすっかり慣れた。いや、そうならざるを得なかった、というべきか。

 学園で教わった操縦技術など、ここではほとんど役に立たない。いや、あって当然、基礎中の基礎というのが正しい。それを習熟していることが当然として、部隊での運用を主眼においた訓練をするここでの訓練はシャルロットの技術と意識を確かに変革させていた。

 はじめの頃はただ逃げるだけでも、ブーストをかけた瞬間にセシリアに悟られて狙撃された。ゆっくりしていれば今度はいきなりアイズの奇襲にさらされた。時間をかけすぎず、しかし悟られずに逃げる。これを覚えるだけで何度も倒された。

 学園ではセシリアとアイズは連携はしていたが、ほとんど個人技を見せるだけだった。しかし、あの二人の実力は集団戦においても遺憾なく発揮された。

 セシリアは部隊の隊員全員の信頼を得る指揮官であるし、アイズも奇襲は得意と言ったように、少数で多数を落とすことを何度もやってのけた。

 

 それを思えば、IS学園が如何に温いか否応にもわかってしまう。“表向き”の理由だけならば、IS学園のあり方は正しい。しかし、世界の現実を直視したとき、それはやはりスポーツの域を出ないごっこ遊びだと言われてもシャルロットは反論できない。

 実際の戦闘が起きれば、一対一で戦うことなどわずかだ。いつ、どんな横槍が入るかもしれないし、常に万全で戦い始めるなんて保証もない。相手はこちらの都合など考えてくれない、考えているとしても、それはいかに相手を不利な状況に追い込むか、ということだけだ。

 そしてこの部隊では、そんなリアルを想定して訓練を行っている。

 

 常に神経を磨り減らすような緊張感の中で長時間戦うことは、シャルロットにとっても初めての経験だった。いったいこの部隊はどんなことを想定しているのか、なんて疑問を抱くも、毎日を必死に戦うシャルロットはその実力もあり、部隊内でも少しづつ頭角を現し始めている。

 

 しかし、経験値が違うために常にシャルロットの上を行く同期がいるのだが……。

 

 

「っ、シャル! 直上に反応! 見つかった!」

「来た!?」

 

 離脱中に捕捉されたことに歯噛みしつつ、敵機を視認。同じ『フォクシィ・ギア』の、高機動兵装タイプ。それを操るのは、片目を眼帯で隠した銀髪の少女。

 

「やっぱりラウラ!」

「シャルロットか。悪いが、捕捉したからには撃破させてもらう!」

 

 ラウラが右手に持つライフルを直上から連射し、さらに背部ユニットからミサイルを発射する。シャルロットとシトリーは弾幕を張り、ミサイルを撃ち落とすもその爆炎の中からラウラが突っ込んでくる。バレルロールで二人の弾幕を回避しつつ、腰に装備された高周波振動刀『プロキオン』を抜く。

 

「シトリー!」

「シールド展開!」

 

 シトリーがシャルロットの前へ出て実体とエネルギー両方の性質を備えたハイブリットシールドを展開する。そのシールドでラウラの強襲を防ぎ、背後からシャルロットがラウラを狙い射つ。

 

「ラウラァッ!」

「まだ甘いな、シャルロット!」

 

 ラウラは残弾の尽きたライフルを楯にシャルロットの射撃を防ぐ。そのままスピードを緩めることなく再び上空へと離脱する。一撃離脱の強襲を得意とする高機動兵装を使うラウラはそのまま距離を取って攻撃をしかけようとしない。それを不思議に思うシャルロットとシトリーだが、ハッとラウラの狙いに気づく。

 

「まずい、位置を知られた!」

「シトリー離脱を! 砲撃が来る!」

 

 そういうやいなや、ラウラは笑みを浮かべて後方の砲撃支援へと通信を送る。

 

「捕捉した。エリアB-2からB-3へかけて砲撃支援要請。時間は十秒だ」

『了解。砲撃を開始する』

 

 数秒後、シャルロットたちがいるエリアへと爆撃が落とされる。狙い射つのではなく、広範囲を爆撃する砲撃支援だ。広範囲ゆえに、離脱する前にその爆風を身に受けてしまう。なんとか固まってシールドを全面に出して防御体勢をとってそれに耐えるも、砲撃が止んだ瞬間に再びラウラが上空から強襲を仕掛けてくる。

 

「沈め!」

「ぐうっ」

「シトリー!?」

 

 防御役を担っていたシトリーが至近距離からラウラの持つビームマシンガン『アンタレス』の斉射を受けて沈黙する。爆撃直後の強襲に視界が復活する直後を狙われて防御も回避もできなかった。

 

「よくも!」

 

 シャルロットは両手とバックパックすべてに射撃兵装を展開して弾幕を浴びせる。ラウラはそれを受けつつも、倒したシトリーを盾にしてシャルロットの射撃を制限させながら再び廃墟の建物の陰へと身を隠す。無理をせずに、きっちり攻めるべきときに攻め立てるラウラに、シャルロットは舌打ちしつつ油断なく四方八方に注意を巡らせる。

 そうしていると足元に倒れるシトリーから声が上がる。

 

「ごめんシャル。先にリタイアする」

「ん、あとは任せて」

「任せた。この先に開けた湾岸部に出る。ここじゃあ不利。そこまで早く」

「ありがとう………アレッタ、こちらシャルロット。シトリーがやられた。合流は不可、エリアEで遊撃機を迎え撃つよ」

『了解。今からこちらも進撃します。ラウラはあなたが抑えてください。落としてもいいですよ』

「無茶を言う………できる限り、そうするよ」

 

 追いかけてくるラウラの気配を感じながら、シトリーに言われたエリアへと移動。視界が確保できる開けた場所ならラウラの強襲に制限をかけられるし、シャルロットの射線も通りやすくなる。もちろん、ラウラもそれは承知の上だろうが、誘いに乗るようにシャルロットを狙ってくる。

 

 ラウラは逃げるシャルロットの背中を狙い射撃を放つ。

 

「ラウラ……!」

「どうしたシャルロット。背中を見せたままでいいのか?」

「その手には乗らないよ……!」

 

 視界の悪い場所ではラウラの餌食になるだけだ。あんな挑発に乗るわけにはいかない。なんとかラウラの執拗な攻撃をしのぎつつ、目的のエリアへ到達。射線を遮る遮蔽物の少ないポイントを確保すると、追撃してくるラウラを真正面から迎え撃つ。

 

「ここなら!」

「私を舐めすぎだ、シャルロット!」

 

 シャルロットが最大展開した兵装による一斉射撃を繰り出す。重火力兵装の名にふさわしく、両手のビームマシンガン、肩部ミサイルランチャー、背部ユニットのレールガンが迫るラウラを射貫こうと疾走する。しかし、ラウラはその射線を見切り、最小限の機動で回避、腕部装甲に内蔵されたナイフを展開する。

 

「ぐぅっ……!?」

「もらったぞ!」

 

 すれ違いざまに兵装の半分を破壊され、振り向こうとしたときには背にナイフを当てられて動きを止めざるを得なかった。シャルロットがどうにか打開策を考えようとするが、そうしていると全体アナウンスが流れた。

 

 

『第一部隊の拠点制圧を確認。模擬戦を終了せよ。繰り返す、模擬戦を終了せよ』

 

 

 ラウラがナイフを引くと同時にシャルロットの口から大きなため息が出る。結果は完敗、個人としても、チームとしても敗北してしまった。

 

「こちらの勝ちだな、シャルロット」

「まいったよ。でもあれは反則じゃない?」

「何を言う。これのテストも兼ねているのだ。むしろ当然のことだ」

 

 そう言ってラウラが金色に光る左目を再び眼帯で覆った。最後のシャルロットの射撃を回避したとき、ラウラはヴォ―ダン・オージェを使用してその恩恵を受けて弾道を見切っていた。流石にヴォ―ダン・オージェを使われたら今のシャルロットではラウラに勝つことはできない。

 そのラウラの機体には試験的なAHSシステムが組み込まれており、このテストもラウラの重要な役目であった。このデータがラウラ自身やアイズの負担の軽減のために使われる。姉を想うラウラにとってこの役目を与えられたことは誇りであった。

 

「さて、撤収だ。夕食後に反省会だそうだ」

「わかってるよ。今回も反省点が山のようだよ……」

「二人共急ぐよ。夜からは嵐らしいからね。武装の回収も忘れないで」

 

 やれやれと肩をすくめながらシトリーがやってきた。ほかのメンバーも拠点に向かって帰還しはじめている。三人も機体を飛行させ、演習の拠点場所へと向かっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ふぅ……」

 

 夜も更けた頃、シャワー室から出たシャルロットはタオルで髪を拭きながら、パソコンで報告書を作成しているルームメイトのシトリーに目を向けた。このカレイドマテリアル社の技術部がある孤島、名称を『アヴァロン』というらしい。そこに滞在するときはテストパイロットの宿舎に世話になっているが、そこではIS学園のように二人部屋で生活をするらしく、本格的にここで訓練をするようになってから相部屋となり、そして部隊内におけるバディとなったのがこのシトリーであった。

 シトリーはフィンランド出身らしく、流れに流れてイギリスへとやってきたときにセシリアからスカウトを受けたという。本人曰く、「スカウトという名の保護」だったらしい。

 

 シトリー。名はそれだけ。家名はなく、社会的には戸籍もなく、存在しないことになっている少女。そして、このIS試験部隊はそのほとんどがそんな子供で構成された『幽霊部隊』だ。この試験部隊だけでなく、技術者の中にもそんな存在は多くいるらしい。この孤島という閉鎖空間はそんな人間を匿うという理由もあるという。法のある世界ではロクに生きていけない彼女たちを守る無法というルールを敷いた島、それがこの『アヴァロン』。

 街を為すのも、ここで生きる人間がしっかりと人間らしく生きていくために作ったという。あの傍若無人なイリーナがそこまでのことを考えて、社会的にはアウトとなるやり方をしてまでこの『アヴァロン』を作ったことにシャルロットは義母とはいえ、ちょっと意外に思ってしまった。

 のちのちに知ることが、この『アヴァロン』を発案、構築したのは先代社長で、それを継いだのがイリーナらしい。

 聞きようによっては弱者を救済する美談のようにも感じられるかもしれないが、もちろんそんなものは幻想だ。この島が法にひっかかる要素を数多く内包しており、戸籍のない人間を教育して雇用するのも、金はかかるが秘匿するために役立つから、という理由があるためだ。イリーナもそれを認める発言をしており、島の人間にむかってはっきりそう明言していた。

 

 しかし、彼女の苛烈な優しさを知る者はしっかりとわかっている。利用していると冷たく言う彼女の本音が、「だから恩を感じる必要もない」ということも。

 

 しかし、そんなイリーナのツンデレな本音を察した者や、それでも恩を受けたことに変わりない島の安泰といえる穏やかな生活はここで暮らすものたちに忠誠心を持たせる結果となった。そこまで計算していたという腹黒さをイリーナが持っていたかどうかはわからないが、事実としていつ野垂れ死ぬかわからない生活から、閉鎖的な島とはいえ、衣食住が保証された暮らしは代え難いものだ。

 ゆえに、この島の事情を抱える人間はカレイドマテリアル社に対し高い忠誠心を抱いている。そんな中で、IS適正が高く、危険を覚悟で志願したのが試験部隊の面々であり、シトリーもその一人であった。

 浮浪児で行き倒れたところをセシリアとアイズに保護され、この島にやってきた彼女は生きる方法を教えられ、働くことを教えられ、そして今、志願して戦う道を選んだ。もっと穏やかに暮らしていく方法もあった。カレイドマテリアル社のバックアップがあれば、しっかり戸籍を得て社会に出ることも可能なのだ。それを辞退し、IS操縦者という最も危険な役目を希望したのは、セシリアやアイズへの恩返しがしたいという想いからであった。

 

 簡単に事情を聞いただけでも、もっといろいろな紆余曲折があり、多くの葛藤があったであろうことは、自身も波乱万丈な半生を送ってきたシャルロットにも容易に想像できた。シャルロット自身、この二人が運命の変え方を示してくれたおかげで今、ここにいるのだ。

 

「シトリー、シャワーいいよ」

「うん。これをまとめたら入るよ」

 

 シトリーの几帳面な性格はもうよくわかっており、やや感情の起伏が少ないように見えてもかなりの人情家であることも知っている。そんなシトリーをコンビを組んでもう半月、かなりプライベートなことを言い合えるくらいまで仲良くなっていた。

 

「でも、シトリーはすごいよね。僕も代表候補生やってたけど、シトリーはもちろん、ここのみんなは候補生レベルが当たり前だもんね」

「それくらいじゃなきゃ、お嬢様たちを助けられないから。あ、シャルもお嬢様なんだよね」

「実感ないからそんな呼び方しなくていいよ」

「ん、わかった。それにイリーナ様の娘って………うん、やっぱりちょっと同情するし」

「しみじみ言わないでよシトリー……」

 

 イリーナの暴君っぷりはこの島でも有名らしい。その暴君によって統治されるこの島は安泰そのものなので評価に困るところである。

 

「そういえば最近はセシリアさんとアイズさんは演習参加しないけど、どうしたんだろ?」

 

 はじめは二人も一緒に模擬戦などに参加していたのだが、最近は別行動が多い。

 もっとも、図抜けて技量が高い二人がいると模擬戦の時間がサクッと短縮され、終いには一騎打ちとなるので二人がいないほうが模擬戦らしくはなるという隊員たちが情けないのか、二人が凄すぎるのか、という状態になってしまう。

 

「お嬢様たちは、別件だって聞いてる。束博士がつきっきりだし、………もしかしたら」

「もしかしたら?」

「…………そういえば、シャルは知らなかったの?」

「え?」

「お嬢様たちの機体ってリミッターついてるから。たしかIS学園に行くために適当に性能を落としてたはず………無人機のこともあるし、それを解除しているんだと思うけど。さすがに対外的なことを気にしてる場合じゃなくなったんじゃないかな?」

「へぇ、そうなん…………ってリミッター!? 性能を落としてたって、あれで!?」

 

 この島に来て、もうそんじょそこらのものでは驚かないと思っていたシャルロットが絶叫する。IS学園でその強さを見せつけていた二機が、リミッター付きだったという衝撃の事実に唖然としてしまう。そのリミッター付きだったという状態のティアーズに、自分と一夏は圧倒的な差を見せつけられ完敗したのだ。

 

「いくつかリミッターかけるって聞いたけど………たしか、“切り札”の封印と、第一形態程度に性能を落とすとか」

「………え? それって、ホントはもう第二形態に移行してるってこと?」

「ほんとに知らなかったの?」

「…………ええー」

 

 いったいあの二人はどれだけのジョーカーを隠し持っているのだろうか。

 規格外なこの社の中でも、操縦者としてトップに立つであろう二人の実力は思っていた以上のバケモノらしい。

 それを思い知って唖然としていたとき、部屋に備えられている内線にコールが入る。シトリーがそれを取ると、数言話してシャルロットへと向き直る。

 

「呼び出しだよ、シャル。束博士のラボまで」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 シャルロットの平常心を削っている元凶の一因でもあるセシリアとアイズの二人は束専用ラボでまさにそのリミッター解除作業を行っていた。

 簡単に解除できればリミッターの意味はないし、リミッター時の経験をしっかりフィードバックして解除しなくてはいけないために慎重な作業となっている。それでも束は鼻歌交じりにキーボードを叩いていた。

 

「ずいぶんいい経験を積んだみたいだね、情報量が出発前と段違いだよ。とりあえず第二形態のリミッターは解除しても問題ないかな」

「そうですね。さすがに第一形態のまま、あのような襲撃に遭うのはリスクが高すぎますし」

「それに、ティアーズにも窮屈な思いさせちゃってたからね」

 

 IS学園へ入る際に二機のティアーズに架せられたリミッターは、二種類。

 奥の手であるコード【type-Ⅲ】の封印リミッター。そして通常第二形態相当になっている機体スペックを第一形態相当にまで制限する出力リミッター。

 ゆえに、現在のティアーズは武装を除き、機体スペックが本来のおよそ七十パーセントにまで制限されている。

 切り札であり、世に知られれば間違いなく世界を激震させるほどの二機のティアーズにしか存在しない束の技術の集大成であるコード【type-Ⅲ】。このリミッターはともかく、単純なスペック制限でしかない出力リミッターは既に解除するべきだとしてイリーナをはじめとした社の重鎮たちの総意として許可が出た。無人機という脅威が大きくなる中、高すぎるスペックを見せることによる多少の干渉もしかたないとした判断であった。

 それにすでにIS産業において他をぶっちぎっているカレイドマテリアル社がなにをしようが、もうそれこそ今更なことだ、というイリーナのありがたいお言葉も頂いている。その代わり、イーリスをはじめとした諜報、防諜、警備部門の責任者にはさらなる働きが求められることになる。手当もでるが残業も増える、とイーリスが苦笑しながら話していたという。

 

 そしてちょうど出力リミッターの解除準備が整ったとき、ラボへシャルロットとラウラが姿を見せた。

 

「失礼します!」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、ならびにシャルロット・ルージュ。参りました」

「おっ、きたきた~。ちょっとまっててね。すぐおわるから。セッシー、紅茶でも飲ませてあげてて」

「はい。アイズも一緒に休憩にしましょう」

「わーい、オルコッティー、キター!」

 

 束がやや緊張しながらやってきた二人を歓迎しながら、二人に部屋に備え付けてあるやたらファンシーなデザインのソファーに座るように促す。セシリアが得意の紅茶を振る舞いながら、束の作業を待つこと五分。束が二つのものを持ってシャルロットとラウラの正面に座る。

 

「さて、二人の専用機が用意できたから、明日からその慣熟もやってもらうからね」

「え? もう強化されたんですか?」

「そうだけど?」

「だ、だってまだ二週間しか……」

 

 シャルロットはてっきり夏休み中かかると思っていた。そんな強化改造がそんな短時間でできるはずがないという、未だそんな常識が残っていたためだ。

 

「シャルロットさん、束さんに常識を照らし合わせるだけ無駄ですよ」

「束さんは天才だもんね!」

 

 苦笑するセシリア、そしてなぜか自慢するように言うアイズ。束は二人の言葉を受けて豊満な胸をえっへんと張っている。

 

「それじゃまずは………ラウちん」

「はい」

 

 以前のような白黒のダイスのような待機状態のISを渡される。

 

「『オーバー・ザ・クラウド』にレベリングリミッター、さらにラウちん専用に調整したAHSシステムを搭載。ヴォ―ダン・オージェも負荷をだいぶ抑えて使用できるようになってる。あと、専用武装をいくつか積んである」

「……レベリングリミッター?」

「ほら、この子の弱点は高すぎる基礎スペックだからね。ラウちんが性能を引き出せるギリギリのとこを見極めて自己判断でリミッターを設定するの。だからラウちんの安全を考慮しつつ、成長するだけリミッターも緩和されていくってわけ」

「つまり、私の操縦に適宜適合するレベルにリミッターがかかる、というわけですか?」

「そうそう。だから今までみたいに振り回されることも少なくなるし、ラウちん次第でスペックをどんどん封印解除していくことが可能。ラウちんの意思次第で、瞬間的に出力をあげることもできる。操縦者と機体の意思統一次第で、潜在能力を引き出すためのシステム、と思ってくれていいよ」

 

 ラウラは感動したように手に持つ『オーバー・ザ・クラウド』を見つめている。束の規格外なチート技術もそうだが、この機体を乗りこなすというラウラ自身の目標にまた一歩近づけるということに興奮しているようだ。

 

「つぎにシャルるん」

「は、はい。………え、シャルるん?」

「はいこれ」

 

 待機状態は以前と同じネックレス。見た目はまったく変わっていないが、渡された機体スペックを示すデータに目を通すと次第にシャルロットの顔色が青くなっていく。

 もはやラファールの原型すら見えないほどに手が加えられたそれは、もうまったく新しい新造機体と言われたほうが納得できるものであった。

 

「ごめんね、やりすぎちゃった!」

「いやいやいやいや! これもうラファールじゃないですよ!? いったいどこにそんな要素があるんですか!?」

「ほら、この肩のとこなんか似てない?」

 

 茶化すように言う束の言葉を、シャルロットは半分ほど聞き流してじっとスペックデータを見つめる。一見すればまったく別物の機体だが、確かに『ラファール・リヴァイブカスタムⅡ』を継承したと思しき点が見受けられた。それは形状などではなく、この機体のコンセプトや特色といった面だ。

 この新しいシャルロットの専用機の特徴は、『安定性』だ。どんな環境下、どんな状況にも一定以上の信頼性を持つという万能型。そして高速切替をさらにスムーズに行う補助システムと、今まで以上に同時展開できるようになっているために弾幕による面制圧能力の向上、それを活かすための拡張領域の拡大と搭載武器の再考。なるほど、たしかに使い勝手は同じ、いや、今まで以上に運用できるであろう改良だ。

 ただ、やはり束製の魔改造機だ。搭載された武装はすべて一新されており、その中には見ただけでヤバイ代物がちらほら見える。しかもそれらを同時展開できる。制圧力がこれまでの比ではない。

 

「………あれ、気に入らなかった?」

「いえ、ちょっと圧倒されてて……ありがとうございます、束さん。絶対にこれを使いこなしてみせます」

「うんうん。なんせイリーナちゃんの娘だもんね。中途半端なものは作れないから気合入れて作ったよ!」

「は、はは……期待に応えられるよう精進します。……それと、機体名はなんです?」

「名づけて、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』」

「『R.C.』?」

「Rampage Cradle、の略だよ」

「ランページ・クレイドル………騒がしい揺り篭、かな。ぴったりかも」

 

 安定感と多彩な銃器による面制圧力を高めた機体。なるほど、ランページ・クレイドルとは言い得て妙だ。

 

「明日からはリミッター外したティアーズと、ラウちん、シャルるんの新型のテストも同時に……」

 

 束がそれぞれスペックの上がった機体を得た四人に明日からの訓練メニューを提示して説明をしようとした矢先に、それは来た。

 突然ラボ内の非常事態を告げる赤いランプが激しく点滅し、部屋を真っ赤な光で照らしていく。同時にうるさいほどのエマージェンシーコールが鳴り響く。

 

「な、なに!?」

「エマージェンシーコール……!」

 

 すぐに館内アナウンスが流れた。声は平坦なものであったが、その内容は緊張感を与えるには十分なものであった。

 

 

 

『緊急事態発生、緊急事態発生。複数の未確認機の接近を確認。防衛システムの一部を破壊されました。島への到達までおよそ十分。防衛部隊は即時展開。IS試験部隊は即時戦闘待機へ移行せよ。繰り返す……―――』

 

 

 敵機の襲来。しかも、防衛システムの破壊までするということはすくなくとも話し合いでどうこうできる相手ではないだろう。

 

「未確認機……まさか」

「接敵まで十分だと? 近すぎる……ステルス機か?」

「行きますよ、みなさん。時間がありませんが、さすがにいきなり実戦で専用機は使えません。シャルロットさんとラウラさんは一度部隊に戻り『フォクシィ・ギア』で迎撃準備を。万が一に備えて専用機も携帯してください」

「わかった」

「了解」

 

 二人はすぐに部屋を飛び出し部隊の待機場所へと走っていく。二人も、この状況で出撃しないということはないだろうということもわかっている。おそらく部隊での迎撃行動が展開されるだろう。

 

「私とアイズは一時待機を。他の伏兵がいないとも限りません。確認が取れ次第、私は後方から狙撃援護、アイズは遊撃として動きます」

「うん」

「束さん」

「あいあい、わかってる。データリンク開始、警戒領域のデータ取得開始。随時部隊に送るよ」

「お願いします」

 

 束がバックアップを開始したことを見て、セシリアはアイズの手を取り走り出す。

 ラボのある地下から地上へ上がると、既に多くの人間が慌ただしく動き回っていた。今まで何度かこういう襲撃はあったが、防衛システムを破壊し、こんな近くまで接近を悟られなかったという事態は初めてだ。

 

「なんか、嫌な感じ………良くないものが来る感じがする」

 

 握ったアイズの手が、セシリアの手をぎゅっと力強く握りしめる。アイズでなくとも、そんな嫌な感じはおそらくこの島の全員が感じているだろう。

 そんな不安を払拭するのが、自分たちの役目だ。セシリアは窓の外に目を向ける。

 

 すでに夜の闇も深くなり、さらに雨と風、雷鳴が空を彩っている。こんな悪天候でまさか飛行機が迷い込んだなんでオチもないだろう。しかし、この悪条件下での戦闘は不安要素でもある。いずれにせよ、早期解決が望ましい。

 

 そして島の全容がほぼ見渡せる技術部研究棟の屋上ヘリポートへと出ると同時にISを通じた通信が入る。風で髪や衣服がなびいて雨に濡れるが、気にした様子もなく耳を傾ける。

 

『未確認機の敵対行動を確認。防衛部隊は抗戦開始せよ。IS試験部隊、ジャミングフィールド展開後に即時出撃せよ』

 

 それを聞き、セシリアもISを通じて即座に部隊へ通信を送る。

 

「アレッタ、五機を連れて防衛部隊の直衛に回りなさい。レオンは残りを率いて迎撃に」

『了解しました』

『了解……!』

「私とアイズは敵戦力の確認後に援護と遊撃に回ります。みなさん、武運を」

 

 通信を閉じてアイズを見れば、すでにAHSシステムを起動させた金色の瞳で闇の向こうにいるであろう脅威を睨んでいた。

 セシリアは風雨で濡れる髪を簡単にまとめてひとつに結うとISを起動させる。

 

 

『出撃許可を確認。IS試験部隊、迎撃行動に移行せよ。IS試験部隊、出撃せよ』

 

 

 アナウンスが流れると同時にアイズもISを起動させる。それを確認し、風雨と雷鳴が轟く夜の空へと飛翔する。

 

「セシリア・オルコット。ブルーティアーズtype-Ⅲ、参ります」

「アイズ・ファミリア。レッドティアーズtype-Ⅲ、出ます!」

 

 

 




次回は部隊での防衛戦となります。

ティアーズのリミッター解除やラウラ、シャルロットの新機体、新装備はもうちょっと後にお披露目になります。

夏休み編の最大の山場はアイズたちに鈴ちゃん、簪さんが合流したあとになります。

それではまた次回に!



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Act.42 「暗雲の予感」

 嵐の夜という悪条件下での戦闘行動は、如何にISといえ、かなりの制限を受けることになる。ハイパーセンサーがあるといえど、人間の認識はやはり視覚に頼るところが大きい。

 ハイパーセンサーで敵機の捕捉はできるが、有視界戦闘が著しく制限されるということは操縦者に多大なストレスを与えることになる。

 視界の悪い中、唐突に遭遇戦になる可能性も十分にある。そうなれば部隊展開した意味も薄れてしまう。部隊で対応する以上、常に相互扶助できる状況を作ることが理想となる。

 

 ゆえに、セシリアが指示したことはハイパーセンサー、及び基地レーダー全ての統合リンクであった。束が統括する温度、レーダー、ソナーなどありとあらゆる情報をIS個々のレーダーまですべてを統括してすべての機体と共有する。これにより擬似的に全員の“目”がひとつとなり、死角が消える。

 こうしたシステムを組み上げているのも、ここ『アヴァロン』がホームであるためだ。当然のように『アヴァロン』側が有利となる数々のシステムが備えられており、この統合リンクもそのひとつだ。

 

『情報共有、開始します』

 

 機械的な音声が流れ、部隊すべてのISにリアルタイムでの情報が送信される。

 全体を俯瞰するセシリアは、冷静に敵対勢力を分析する。

 

「………敵機の形状データ無し。機体スキャンから無人機と断定。海中と空、二方向から侵攻中……数は、………二十機?」

 

 無人機というのは予想できていた。どうやら新型らしいが、それも許容範囲。しかし、その数がわずか二十機というのが引っかかる。あの福音戦のときでさえ、六十もの数を揃えていたのに、拠点制圧にその三分の一の数しか投入しないというのはおかしい。

 

「威力偵察、といったところですか」

 

 おそらくこの島の防衛能力を知るための威力偵察だろうと予測する。もちろん伏兵の可能性もあるが、フル稼働したこの『アヴァロン』の警戒網を突破できる機体がそうそうあるとは思えない。

 そしてIS試験部隊が出撃するということは、危険レベルがレッドシフトとなる。レッドシフトはISがなければ防衛困難と判断されるレベルであり、それは同時に最重要秘匿部隊であるIS試験部隊を晒すことにほかならない。

 ゆえに、レッドシフト時は『アヴァロン』とその周辺海域に至るまで、すべての通信を遮断するジャミングフィールドが展開される。これにより、島の情報を得るには記録した媒体を物理的に島の外へ持ち出すしかなくなる。もしくは量子通信という手段があるが、この量子通信はカレイドマテリアル社が徹底的に情報統制しているため、ISサイズに搭載できるものは外には一切出していない。

 量子通信が実装してあるISはティアーズとフォクシィシリーズ、そして改造を施したラファールとオーバー・ザ・クラウドのみである。フォクシィシリーズとオーバー・ザ・クラウドは公開すらしていない機体だし、もちろんティアーズ二機に量子通信が実装してあることは秘匿している。(もっとも、先の戦闘で悟られている可能性は高いが)

 

 だから無人機が量子通信システムが実装されている可能性は低い。だから一機も逃さずに速やかに破壊することが勝利条件となる。防衛戦でありながら敵性体の殲滅が勝利条件という、ある意味矛盾した目的を掲げることになるが、それは全員が理解していることだ。

 

「アイズ、あなたは敵主力をお願いします」

「わかった。セシィ、背中任せるね」

「その信頼に応えましょう」

 

 アイズが敵主力部隊へと突っ込んでいく様子を見ながら、全周警戒から狙撃形態へとシフトさせる。これまで幾多もの敵を撃ち落としてきたレーザーライフルを構える。

 

 

「――――Trigger」

 

 

 アイズが奇襲を仕掛けると同時に発砲。上陸寸前の一機の胴体部を的確に捉え、動きを止める。悪天候で視界が悪いためにヘッドショットではなく確実に胴体を狙い撃った。動きの止まった次の瞬間には、さらに二連射をして頭部と飛行ユニットを貫く。

 無人機の厄介なところはある程度のダメージを与えてもまだ活動可能であることだ。だからセシリアは胴体、頭部、飛行ユニットの三点を狙い、確実に機能を破壊して行動不能へと追い込む。

 アイズが同じタイミングで別の一機を三分割にして破壊し、それを合図に部隊が本格的な迎撃行動に移る。

 

 重装備のフォクシィ・ギアが弾幕を張り、隙をついて接近した近接装備のフォクシィ・ギアが確実に破壊する。防御重視の重装甲型が、無人機のビームをハイブリットシールドで受け止め後衛機を防御、その援護を受け、さらなる火器による面制圧を仕掛ける。互いが互いにフォローし合い、付け入る隙を与えない。

 シャルロットも得意の弾幕を展開しつつ、敵機を囲むように有効なポジション取りをしている。さらに無人機との戦闘経験のあるシャルロットは落ち着いて対処ができていた。

 しかし、前回と違うのは無人機の新型機……海中から侵攻してくる機体だ。ISももとは宇宙進出を目的に作られたパワードスーツだ。海中のような環境下でもある程度は自由に行動が可能であるが、兵器としての側面を強くしていった結果、現在では海中用ISというものは皆無といっていい。そうした意味では、海中用にカスタマイズされた無人機というのはかなりの脅威となるものだろう。高速で動き、自在に攻撃してくる上に当然飛行も可能な機体。海に面する島ならこれほど脅威となるものはあるまい。

 

 この、―――『アヴァロン』でなければ。

 

 海中を侵攻していた一機が、海中をただよっていた機雷を探知。それを避けるように迂回ルートを進むが、そこには一機のISが待ち構えていた。

 

「敵機を捕捉した。これより迎撃行動に移る」

 

 この『アヴァロン』でなければ馴染みのない、他ではIS学園でしか聞くことのできない女性ではない少年の声がISから発せられる。一夏が世界に知られる前に、事実上世界で初めてISに乗った男性操縦者『レオン・ヴァトリー』が海中用装備のフォクシィ・ギアを駆り、無人機を待ち受けていた。水中戦仕様として、全身装甲であり背部には推進力を生み出す大きな水中用のスラスターが装備されている。島の防衛手段として水中用IS装備が想定されていないわけがなかった。

 

 水中用のマシンガン、そして魚雷を発射。必然的に周囲を機雷で囲まれていた無人機はそれらを避けきれずに四肢が破壊される。

 そして急接近、粒子コーティングチェーンソー『ベテルギウス』を叩きつける。青光りする刃が高速で回転し、暴力的な切断によって装甲を削り、スパークさせながら断ち切る。

 しかし、当然反撃を受けることになる。海中ではどんな強力な推進力を持っても、初速は水の抵抗を受けるために大気中よりも格段に遅れてしまう。だから攻撃直後の硬直は確実に生じてしまう。

 

 ゆえに、対策は回避ではなく、防御。簪が使ったMRFシステムのデータを基盤に束が考案した超高濃度圧縮粒子瞬時生成水圧装甲、簡単に言えば、水によるリアクティブアーマーだ。

 

 MRFを低出力で常に展開し、ここに攻撃された瞬間に高出力で瞬間発生、これにより瞬間的に水圧による壁を攻撃面にピンポイントに発生させる。海中では熱量兵器は役に立たないため、その大半が実弾に頼る。そして高圧縮された水はそれらを通さない堅牢な鎧と化す。

 

「効かない……!」

 

 攻撃に反応して展開された水圧の装甲により勢いを減退させた弾丸はあっさりと実体シールドに弾かれる。

 

「その程度では、……!」

 

 残る無人機もフォクシィ・ギアの防御を抜けずに、一方的な展開となって数分ですべてを海の藻屑へと変える。それは無人機と初めて戦うレオンをして、呆気ないと思うほどであった。

 

「脆いな………脆すぎる……?」

 

 性能が上ということを加味しても、無人機が弱すぎる。特に最後に破壊した機体は機動系が不完全なのか、機体重量と出力が合っていないような、そんなアンバランスさを感じてレオンがふと口にする。

 その答えは、すぐにわかった。ハイパーセンサーが熱量の増大を感知して警告を発してきたのだ。

 

「なに!?」

 

 すぐさま回避行動に移ろうとした瞬間、無人機の残骸が突然光を発し、爆発。それ自体には威力はさほどないが、ハイパーセンサーがエラーを警告してくる。

 

「スタングレネードかよ!」

 

 視界がホワイトアウトし、レーダーも一時的に麻痺してしまう。異常を感知した機体が音を遮断したことで耳はちゃんと聞けることが救いだが、完全に不意を突かれた。おそらく無人機のうち、何機かが破壊されると同時に発動するスタングレネードを内蔵している。妙に機動がおかしいと思えば、そういうことなのだろう。規格外のものを内蔵したことによる機動低下が起きていたのだ。

 それにしてはずいぶんと詰めが甘い。こんな機体を用意しているのならもっとうまく使えば多大なダメージを与えられそうだが……と、考えて自身の失念に気づく。

 

「ちぃ……お嬢様!」

 

『どうしました?』

 

「スタン狙いの自爆機が紛れてます。狙いはおそらく逃走幇助です」

 

『ふむ……アイズ?』

 

『把握。ボクが倒したのにも何機かいた。全部回避したけど』

 

「あれをすべて回避ですか……アイズお嬢、相変わらずとんでもない危機回避力っすね……」

 

 擬態し、不意をつくスタントラップをあっさりと回避するというアイズにレオンも苦笑するしかない。実際、アイズは挙動の不自然さからなにかあると確信し、斬った瞬間の手応えからトラップ察知をしていた。ちなみにヴォ―ダン・オージェは使用していない。それでもこれくらいは朝飯前である。

 

『束さん、逃走している機体は?』

 

 セシリアからの質問を受け、情報統括をしている束がすぐに応える。

 

『ん、一機だけ確認。今ラウちんが追ってる。ギリギリエリア内で捕捉できそう』

 

 束から送られてくるマップデータには、離脱していく機影と、それを追いかけるラウラが表示されていた。距離としては、アイズが一番近い。

 

『セシィ、ボクも追うよ?』

 

『お願いします。でも追いつけますか?』

 

『オーバー・ザ・クラウドだったら無理だけど、フォクシィ・ギアならリミッター解除したティアーズで追いつけるよ』

 

 そう言い、アイズの『レッドティアーズtype-Ⅲ』の反応が急速に動いていく。その加速力、そして速さはやはり高性能とはいえ、量産型の『フォクシィ・ギア』よりも数段上だ。リミッター付でさえ、旋回能力と瞬発力は最高峰であるレッドティアーズtype-Ⅲであるが、フルスペックでの稼働が解禁となり、その動きはさらに鋭く、そしてキレを増している。

 

『あらかた、撃破したみたいですね。……レオン、あなたは索敵班と連携して海中の哨戒を続けてください』

「了解」

『アレッタは撃破した敵機の回収を。ただし、なにを仕掛けられているかわかりません。解析が終わるまで警戒を怠らないように』

『わかりました』

『シャルロットさんたちは島の全周警戒を再度お願いします』

 

 セシリアの指示がされ、全員が戦闘体勢を維持したまま動き出す。多少スタンの影響が残っているレオンは、機体のリカバリーを進めつつも送られてくる観測データをもとに夜の海というほとんど不可視の領域を悠々と移動していった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 『アヴァロン』の警戒空域を飛ぶ無人機と、それを追うラウラ。無人機はおそらくデータを運ぶ逃走用なのだろう。あきらかに武装が少なく、機動に特化しているためだ。それでもラウラの高機動型ならばギリギリで追いつける。

 

「……限界位置まで、このままではおよそ二分か」

 

 いまだに世界に見せていない『フォクシィ・ギア』を感知される可能性を作るわけにはいかないため、『アヴァロン』からの妨害有効範囲内でしかラウラは動くことができない。この外に出れば、他のレーダー網や索敵にひっかかった場合の言い訳がきかなくなる。

 だから、それはあの目的の撃破の制限時間でもある。『オーバー・ザ・クラウド』なら五秒もあれば十分だが、この機体ではギリギリといった具合だろう。

 後方からは『レッドティアーズtype-Ⅲ』が援護に向かっているということも聞いているため、無理な撃破よりも確実に足止めをすることが望ましい。

 ラウラは『アンタレス』を構えて、有効射程距離ギリギリの逃走機に向けて発砲。ビームのマシンガンが火を吹き、無人機の動きを阻害するように執拗に射撃を放ち続ける。

 

「逃すわけにはいかない。落ちてもらう!」

 

 さらに強襲用のミサイルを発射。そのうちの一発が敵機動ユニットへと命中し、速度を激減させることに成功する。好機とみて『プロキオン』を抜刀して近接戦で確実に破壊しようと急接近する。敵はまともな武装も積んでいない。これでチェックメイト―――。

 

 

 

 

『ラウちん、そっちに反応! 直上から!』

 

 

 

 

「なに!?」

 

 やや焦ったような束の声に、反射的に回避機動をとるラウラ。それがラウラの明暗を分けた。さきほどまでいた位置に、寸分違わない狙いで真上からレーザーによる狙撃が放たれた。それは回避運動をしたラウラをかすめ、海へと突き刺さった。

 

「ぐっ………新手だと……!?」

 

 体勢を立て直し、攻撃が来た方向へと目を向ける。夜の闇に溶けるように、真っ黒なマント状のものを纏ったISを捉える。レーダー感知が曖昧なことから、おそらくあのマントはジャミング効果のある迷彩装備。それを一部解除して、セシリアのスターライトMkⅣのような長大なライフルを構えている。

 狙撃が失敗したとみるや、もう隠れる意味をなくしたその機体がマントをパージしてその全容を現した。

 

「あれは……!」

 

 天使のような白い機体、つい先の事件で自分たちを苦しめた、あの機体であった。大きな翼のようなユニットを広げ、まるで場違いなまでの真っ白な姿が、夜の闇に浮かび上がった。

 ラウラは警戒しつつ、無人機に目を配る。飛行ユニットが不備を起こしたようで、海へと着水している様子が確認できた。あれを逃がす心配はそうないようだが、破壊しようとすれば白い機体が邪魔をしてくるだろう。

 おそらくあれはデータを入手した無人機の回収役だ。この『アヴァロン』の警戒範囲ギリギリで待ち構えていたことから、それはおそらく正しいだろう。

 ならば、ここでの戦闘は避けることはできない。

 

「ちょうどいい。あのときの借りを返してやる」

 

 ラウラとて、自身を苦しめ、そして姉に大怪我を負わせたあの存在を許すつもりはない。ここであのときの雪辱を晴らしてやると気合を入れるが、そんなラウラを無視するようにその機体に乗った操縦者……シールがきょろきょろとあたりを見渡している。

 

「貴様、なにをしている?」

「…………どこですか?」

「なに?」

「アイズ・ファミリアはどこだと聞いているのです」

 

 アイズの名を聞いてラウラが顔をしかめる。そして理解する。こいつは、姉を狙っていると。

 

「姉様になんの用だ」

「姉? ………ああ、あなたですか。欠陥品からつくられた模造品は」

「なんだと?」

「アイズ・ファミリアがいなければここにいる意味もありません………通らさてもらいます」

「逃がすと思っているのか? それに、姉様に害をなすやつを見逃すほど、私は寛容ではない」

「………模造品程度が、勝てると思っているのですか?」

 

 シールがバイザーを解除し、素顔を晒したまま瞳を金色に輝かせる。闇に浮かび上がる金色の瞳は、まるでウィル・オ・ウィスプのような不気味さと神秘さを持っていた。

 姉から聞かされた通りにヴォ―ダン・オージェを持つというシールに対抗するために、ラウラも眼帯を外してAHSのバックアップを受けてヴォ―ダン・オージェを発動させる。

 

「押し通る」

「させない……!」

 

 嵐の中にも関わらずに、独特なしなやかで鳥のような機動で襲いかかるシールに対し、ラウラは接近戦を避けて射撃武器で応戦する。あのシールのヴォ―ダン・オージェが、姉のアイズのものよりも高性能ということは聞いている。ならば、ラウラのヴォ―ダン・オージェが勝てる道理はない。その恩恵をもっとも強く発揮できる接近戦を避けたのだ。しかし、それでもあの瞳の反応速度と情報解析力は脅威だ。同じ瞳を持つラウラだから、それがよくわかる。

 射撃など、射線を完全に見切っているだろう。アイズがヴォ―ダン・オージェを使用すれば、セシリアでもたとえ不意をついたとしても狙撃で命中させることはほぼ不可能らしい。今のシールにも同じように飛び道具が通じるとは思えないが、ラウラはそれをカバーするように出来うる限りの弾幕で質より量での攻撃を持続する。それは倒せなくても、足を止めさせることくらいはできる。

 

「鬱陶しい……!」

「お互い様だ!」

 

 ラウラはしかし、目の前のシールを倒すことは不可能だと判断していた。地力が違う、自分が限界までこの瞳の力を引き出しても、シールには及ばない。だからラウラの勝利条件は、あの島の情報を破壊すること、すなわち、海を漂う無人機の完全破壊。

 だが、そうしようとすればシールに背を向けることになる。それは致命的な隙だ。

 

 なんとか機会を見出し、あれを破壊しなければ――……そう思いつつも、シールの猛攻をなんとか凌いでいるラウラは状況がどんどん悪くなることに歯噛みしたい思いでいっぱいであった。こんな時に『オーバー・ザ・クラウド』が使えれば、と意味のないことを考えてしまう。たとえ『オーバー・ザ・クラウド』に搭乗していても、慣熟できていないラウラでは確実といえる手段ではないのだ。

 

 しかし、思った以上にシールという存在はラウラの想像の上にいた。巨大なウイングユニットを折りたたみ、盾のように全面に展開しながら特攻のようにラウラへと強襲してきた。そこに真正面から弾幕を浴びせるが、アイズの『ハイペリオン・ディオーネ』すら防いだあの防御の前には豆鉄砲でしかなかった。

 距離を詰められたことに舌打ちしつつ、『プロキオン』による近接戦に移行するしかないラウラは意を決してシールへと斬りかかる。

 

「あなたでは無理です」

 

 そんなあざ笑う声と共に、ラウラがシールのISの翼によって薙ぎ払われる。凄まじい衝撃を受け、あやうく海へと落とされるところだったラウラはなんとか姿勢制御をするが、確認したダメージの多さと痛みに顔をしかめる。

 シールドエネルギーは今の一撃で八割を削られた。『プロキオン』は真っ二つに折られ、他の装備も巻き添えをくらって破壊された。

 あの一瞬、ラウラの攻撃を翼の装甲部で受け流し、体勢を崩したラウラを的確に薙いだのだ。しかも、それはラウラがひとつの挙動を終える間もなく、行われたことだ。ラウラがひとつの行動をするときには、シールは三つの行動を終えている。それほどに差があった。

 ヴォ―ダン・オージェによる見切りと解析がまるで役に立たない。むしろ相手のそれに完全に飲み込まれていることを実感し、ラウラはギリリと歯ぎしりをさせる。

 

「言ったでしょう? あなたでは無理だと」

 

 そして返す翼の薙ぎ払いが襲いかかる。残された武装である『アンタレス』を盾にして離脱。ほぼ武装のすべてを破壊されたラウラは、腕部に内蔵されたナイフを展開し、せめてデータだけは破壊しようとシールにあえて隙をさらしながら無人機へと特攻する。

 

「無駄なことを」

「ぐっ」

 

 それすらあっさりとチャクラムによって弾かれる。ラウラのもつもの、すべてにおいて上を行かれている。いかに上位のヴォ―ダン・オージェを持たれているとはいえ、ここまで一方的に嬲られることは屈辱だった。

 あの白い機体はティアーズと同等の性能を有しているし、それを駆るのはラウラやアイズ以上の瞳を持つシールだ。量産機のままでは、百回やっても百回負けることしか想像できない。

 

 そしてシールはあの群体のビットを射出する。ダメージを受けたラウラではそれらを回避しきれずに、噛み付かれるように数多の小型ビットによって残されたエネルギーを食われていく。

 

「くそっ!」

 

 このままでは一分ももたずに撃墜されて終わりだ。ラウラは一応手段として頭にあったが、あまりのリスクの高さに実行するつもりのなかった策を覚悟する。

 

 限界まで速度を上げ、小型ビットを一時的にではあるが、なんとか振り切るとそのまま上昇機動へと移行する。それを追いかける小型ビットを確認しながら、ラウラはタイミングを図って急制動、そしてなんと背部飛行ユニットをそのままパージした。小型ビットはラウラを追い抜き、パージされた飛行ユニットへ群がり、爆散させる。その衝撃を受け、もはや制御もできないラウラがその場から飛ばされる。

 そして、ラウラはその勢いのまま、なんとISを解除した。なにも身を守るものがない生身と化した状態でラウラが空を舞った。これにはシールも驚いて目を見張る。まさか、そんな自殺としか思えない真似をするとは考えられなかった。絶対防御もなくしたラウラは、このままでは海に叩きつけられて藻屑となるだけだ。

 しかし、シールの瞳が、ラウラが握りしめているものに気づいた。白と黒に塗装された、モノクロのダイス……それを掲げ、ラウラが叫ぶ。

 

「来いッ! 『オーバー・ザ・クラウド』!」

 

 ラウラの身体に再度ISの装甲が発現する。さきほどの機体ではなく、淡黒の装甲に青白く光る身体のライン、かつてシールも見た飛行に特化したオーバースペック機、先行試作型第五世代機『オーバー・ザ・クラウド』が再びラウラの鎧となって現れた。

 

「なんという無茶な乗り換えを……!」

 

 シールは敵とはいえ、一歩間違えれば即死するという状況でISを乗り換えるというその度胸に賞賛を送る。そして、今のラウラが身に纏うのはスペックでいえば現存するISの最高峰といえる機体だ。以前はまともな武装すらなかっただが、見た限りでは以前にはない武装らしきものも装備されていることが確認できる。

 そしてラウラがその右手を掲げる。シールが身構えたとき、なにかが高速で飛来することを察知して反射的に回避、しかしそれはいくらか余裕を持ってシール機の脇を通り過ぎ、そして……。

 

「しまった……!?」

 

 海を漂っていた、『アヴァロン』のデータを記録していた無人機が飛来したなにかに貫かれ、爆発した。シールのヴォ―ダン・オージェは、飛来したそれ……杭のようなものが高速で放たれ、無人機を射抜いた光景を目視していた。データになかった武装と、無茶な機体乗り換え直後に判断が遅れてしまったことにシールは歯噛みする。

 そして、シールにとってさらに悪いことが起きる。

 

「あれは……」

 

 機体のハイパーセンサーとヴォ―ダン・オージェが接近する機体を感知する。赤く、シャープなフォルムの機体、『レッドティアーズtype-Ⅲ』だ。以前の戦闘よりも速度が上がっており、おそらくチューンか、新装備をしているのかもしれないと判断する。

 持ち帰るべきデータを持った無人機は破壊され、自身の機体と同等の性能を持ち、さらに操縦者がヴォ―ダン・オージェ持ちが二機という状況は、あまりよくない。ヴォ―ダン・オージェとて、絶対の力ではないのだ。

 

「失敗、ですか。まぁいいでしょう」

 

 シールは目視できるほどまで近づいてきた『レッドティアーズtype-Ⅲ』へ目を向ける。そこには、いつかの再現のように両の瞳を金色にしたアイズ・ファミリアがシールをじっと見つめていた。

 そのアイズがラウラと合流する前に、シールは撤退を決意する。個人的に戦いたい思いもあるが、作戦の意味がなくなったのでは、これ以上の戦闘は不利益にしかならない。小型ビットと、ステルス機能、レーダー阻害を起こすジャミング弾により、その場を離脱する。

 

「待って! シール!」

「……アイズ・ファミリア。今日はここまでです。いずれ、また……」

 

 アイズとシールの三度目の邂逅は刃を交えずに、視線だけを交えて終わりを迎えた。

 もともと領域内の戦闘しか許可されていないラウラは追うことはできず、追いついたアイズもこの状況では追撃などできるはずもない。

 

「ラウラちゃん、大丈夫!?」

「姉様……大丈夫です。なんとかデータの流出自体は防ぎましたが……でも、あの機体は」

「いいよ、ラウラちゃんが無事なら、………!」

 

 ラウラは『フォクシィ・ギア』を破壊したこととシールを取り逃がしたことを詫びるが、ラウラの戦果は上出来といっていいものだ。おそらくは威力偵察であっただろう無人機はすべてジャミングフィールド内で破壊し、逃がしたのはラウラと戦闘をしたシール機のみ。おそらく『フォクシィ・ギア』と『オーバー・ザ・クラウド』の情報はもっていかれたが、この二機はいずれ世に出るものだ。

 世に出せない技術がわんさかある『アヴァロン』の情報よりはよほどいい。単機であったことも考えれば、十分な成果といえる。

 

『二人共無事だね? お疲れ、もう敵機の反応はないよ。準警戒に移行して。……まったくラウちんがあんな無茶な乗り換えしたときは肝を冷やしたよ?』

 

 束の通信に二人はほっと一安心をする。警戒レベルを最大まで上げたというので、アイズたちは帰投しろとの指示を受ける。

 

「とりあえずなんとかなった、かな」

「しかし、きっとまた来るでしょう。今回はそのための偵察だったようです」

「………急がないとね。もっと強くならないと、ボクたち」

「はい、姉様」

 

 この次があるのならば。

 

 それは、今回のような比ではないだろう。その前に、こちらも準備を整えておかなくてはならない。おそらく物量は敵のほうが上、質は上回っていると思うが、敵のものも侮れるような程度ではないし、シールのような存在もいる。

 シールとの実力差を実感したラウラ、そして以前に一度敗北しているアイズは、この嵐がまるで自分たちの不安を現しているかのように思えてきた。

 

 そんな不安を切り裂くように、二機は暗雲が渦巻く空を飛んでいった。

 

 

 




仕事がめっちゃ忙しいです(汗)執筆スピードが目に見えて遅くなってます……。

今回の戦闘は様子見で終了。次回からいよいよ鈴ちゃんと簪さんが合流してきます。

鈴ちゃん対セッシーの戦いも近いです。

それではまた次回!


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Act.43 「集う戦友たち」

「ふ、ふふ……ついに完成したわ」

「そ、そうだね、おねえちゃん。とうとう出来たね……!」

 

 人の気配が少なくなった夏期休暇中のIS学園の技術棟の一室で、姉妹の歓喜の声が響いた。二人の目の下には隈ができており、据わった目はホラーのようだ。ふたり揃ってもとからくせっ毛だが、髪もボサボサ、活発系美少女とおとなしめ美少女の姉妹はやや残念美少女みたいな風貌に変わっていた。

 そんな二人の背後では同じ作業を手伝っていた布仏姉妹が仲良くすやすやと寝息を立てていた。

 

「私と簪ちゃんの姉妹愛溢れる結晶!」

「いや、溢れてないし」

「もはや原型すらわからない『打鉄・更織姉妹スペシャル』!」

「そんな名前じゃないから」

 

 連日の徹夜作業でアッパー系姉の楯無は変な方向に迷言を口にして、ダウナー系妹の簪による無感情なつっこみが入る。

 そしてそんな二人の目の前には生まれ変わった『打鉄弐式』があった。姉妹の和解後、楯無が倉持技研から灰色な手段まで用いて国の認可付きで手に入れたこの機体を夏休みの大半を使って改造したのだ。連日データ取りと改良を繰り返す試行錯誤の繰り返し、コンセプトは変わらずも、より高みに至るために理論と実証を何度も思案し、精査する。模擬戦も幾度となく行った。

 

 中身だけでなく、見た目も大きく変わった。特に目に付くのは、背中に取り付けられているまるで日輪のような大きなリング。新しい機体の象徴であり、最大の武装でもあるその特殊装備は、見るものになにか神聖なものを感じさせるほどの威容を持っていた。

 楯無と簪、そして布仏姉妹の四人で考案したそれは、現存するISを見渡してもなかなかお目にかかれない万能武装である。理論的には、攻撃も防御も回避もこれさえあれば事足りる。すべてを賄う究極の万能兵装と、それを操るほとんどフルスクラッチの新型IS。更織姉妹和解の証であり、姉妹の持てるすべてを結集して作り上げた傑作。データ上のスペックではあのティアーズにも勝るとも劣らない機体である。

 

 そう、あくまでデータ上では。

 

「確かに完成したわ………未完成機が、ね」

「これ以上は、どうしても、どうやっても……無理」

 

 姉妹揃ってガクリと項垂れる。

 

 そう、それは完成とは言えなかった。

 確かに理論的にはこれ以上ないほどのものを考え、データも揃えた。しかし、それを実現させる技術だけが足りなかった。例えるなら、空を飛ぶ飛行機の形は考えついても、それをどう活かし、どう動かせばそれが実現されるのかがわからないのだ。これをイメージするように動かせれば理論通りの働きができるのだと確信しているのに、それの動かし方がわからない、要因と結果、その間を結びつける過程だけが足りない。ハイスペックを追求した結果、それは更織のどんな力を使っても実現できないものが必要となってしまった。

 更織家のもつコネをフル活用しても、これを解決してくれる人も研究所もなかった。当然、楯無や簪にもできなかった。夏休み中は機体の改造と、研究を重ねていたが、どうしてもこれだけは解決できなかったのだ。

 

「どうしよう、おねえちゃん……!」

「どうしようって……もうどうにもなんないわ。少なくとも今のままじゃ」

「だよ、ね……」

「だから、頼れるところに協力をお願いするしかないわね」

「頼れるところ?」

 

 しかし、パイプを持つ研究所や高名な技術者にも相談したが、答えはすべて「無理」というものだ。そもそも簪たちの考えた案は「机上の空論」と切って捨てられたほうが多かった。

 だから、この問題を解決してくれるもの………いや、そもそも話をちゃんと聞いて力になってくれるところなんてないのではないか、というのが簪の率直な感想だった。

 

「あるじゃない。………カレイドマテリアル社が」

「っ!? ………で、でもあそこは」

 

 アイズ、セシリア、そしてラウラとシャルロットが所属する魔窟とすら呼ばれる超技術企業。IS関連でも、近年になって参入したにも関わらず、現在ではほぼトップといっていいほどまでの著しい成長をした大企業だ。

 その技術力は、『ティアーズ』や『オーバー・ザ・クラウド』を見ればわかるだろう。ただでさえ、あっさりと最先端の先をいくスペック、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』の特殊ビット、『レッドティアーズtype-Ⅲ』に搭載されたAHSシステム、そして引力と斥力を操る『オーバー・ザ・クラウド』。それらの規格外のISを生み出したもはや伝説といっていい企業。

 期待の斜め上をいくものを次々に生み出すこの企業は魔窟とすら言われ、技術部には頭のネジが五、六個は外れたマッドしかいないともっぱらの噂だ。その中でも最高の頭脳を持つという謎の総責任者はかの天才、篠ノ之束に勝ると言われている。(大正解である)

 

「無理だよ……たしかにアイズやセシリアさんとは知り合いだけど、そんなことで……」

「大丈夫だって。と、いうかね、もう話は通してるんだな、これが!」

「え?」

「けっこう苦労したけど、おねえちゃんの総力を結集してカレイドマテリアル社技術部責任者に打診してね。快く技術協力を引き受けてくれたってわけ!」

「ほ、ほんとに!?」

「もちもち。というわけで簪ちゃんはイギリス行きだよ。さすがに機密の塊だから技術部には入れないけど、本社のほうで機体を見てくれるって!」

「おねえちゃんすごい!」

「えっへん! もっと褒めていいのよ、簪ちゃん」

「すごいすごい!(……これでアイズに会いにいける!)」

 

 姉を尊敬の眼差しで見つめる簪。機体の技術協力を受けられることもそうだが、カレイドマテリアル社所属のアイズに会えるかもしれないことに恋する心が踊った。不謹慎なようでも、簪にとってアイズ・ファミリアという少女は原動力であり、戦う理由でもある。だから簪にとってそれがなによりも大事なことだった。

 そんな妹の心中を察している楯無はちょっと寂しい気もしたが、可愛い妹が嬉しそうにしている姿をみるといろいろ頑張った甲斐もあるというものだ。

 

 ちなみに楯無はカレイドマテリアル技術部責任者のメールアドレスを暗部である更織家の力すべてを使って手に入れたのだが、逆を言えばそれしか手にする情報がなかったといえる。楯無からしてみれば、更織の力でもこれだけ秘匿されるその存在のほうが恐ろしいと感じていた。

 まともに申し入れをしても時間もかかるし拒否される確率のほうが高いと判断した楯無は直接メールを送りつけるという賭けに出たのだ。

 正体不明の天才科学者を相手に楯無は一世一代の大勝負に臨む心持ちでメールを送信した。

 

 そのときのメールでのやりとりはこのような感じである。

 

 

 

 

 『はじめまして。カレイドマテリアル社技術部の謎の天才科学者様にお願いがあってご連絡させていただきました』

 

 Re:『なにかな君は? いきなり失礼なやつだな、とりあえずもてなしてやるから一昨日おいで』

 

 

 この返信の時点で楯無は相手への遠慮をやめた。

 

 

 『私の可愛い可愛い妹のためにあなたの力をかして欲しいんです。だって天才なんでしょう?』

 

 Re:『そんな義理はない。一昨日おいで』

 

 『生憎ですが、義理はあるはずです』

 

 Re:『どんな義理があるってのさ?』

 

 『私の妹は、お宅のアイズ・ファミリアの嫁です』

 

 Re:『なんだとぅ!? アイちゃんに手ぇ出すなんて、どこのどいつだ!?』

 

 『私の可愛い可愛い可愛い妹よ! 私も泣く泣く可愛い妹をアイズちゃんにあげるんですからね! なにがなんでも協力してもらいますからね!』

 

 Re:『ぐぬぬ……ッ! 私が認めない限り交際なんて許さんぞ! 直接見聞してやるよ泥棒猫め!』

 

 『ありがとうございます。気に入っていただけたら協力をしていただきます』

 

 Re:『そんなことになればいくらでも魔改造してあげるよ! アイちゃんの嫁になれるやつがそういるとは思えないけどね! あはははは!』

 

 

 ………などというやりとりがあったらしい。もちろん楯無が送ったメール文は意訳であるが、某天才ウサギはほぼ本文そのままである。ちなみに技術部責任者のアドレスを使ったために、このやりとりは非公開ではあるが、正式なカレイドマテリアル社技術部からの返事という扱いになる。

 これを知ったイリーナが束に雷を落としたのは言うまでもない。

 

 こうして簪は知らぬまに世界最強のチートに目をつけられることになった。

 

 更織簪の試練のときは近い。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………報告は以上です。この襲撃での被害総額はおよそ28800ポンドになります」

 

 いつもどおりのイーリスの声が響くが、その内容は凄惨なものだ。

 カレイドマテリアル本社の会議室には、総勢三十名に及ぶ幹部たちが顔を合わせていた。場の空気は重く、中でもイリーナは機嫌の悪さを隠そうともせずに舌打ちまでしている。被害総額は日本円換算でおよそ五百万円程度。幸い、人的被害もなく、秘匿レベルの高い情報は守秘できたが、それでも少なくない被害である。

 そんな中で場違いなほど若い人物――IS試験部隊隊長を務めるセシリアが挙手をする。

 

「社長、よろしいですか?」

「ああ、どうした?」

「今回のことで、おそらく『フォクシィ・ギア』の情報が漏れました。男性適合できる新型コアまではバレていないとは思いますが、おそらくなんらかのアクションが出るかと」

「だろうな……仕方ない、予定よりもいくらか早いが、『フォクシィ・ギア』を発表する。………いいな、束?」

 

 モニター越しに参加していた束が「あいよー」と軽く返事をする。確かに予定外ではあるが、想定外ではないためにそれほどまで痛手ではない。深刻なのは、別のことだ。

 

「しかし、『アヴァロン』への襲撃は今後も予想されます。敵のステルス性は、こちらの防衛レベルをもってしても厳しいレベルです」

「ふむ……束?」

『あれからずっと警戒レベルは上げてる。海洋探知、音波、振動、そして衛生監視までアクティブにしてる。これを掻い潜れるなら見てみたいね』

「とはいえ、防衛戦力は心許ない、というのが本音です。今は試験部隊がいますが、あれは切り札ですし、そうそう出せる部隊ではありません」

「真っ向から攻められれば、いくら察知しても意味はない、か」

「いっそ、『アヴァロン』を明かしますか?」

「それも手だが、そうなると今以上に干渉が増える……IS委員会もそろそろ目障りになってきたからな。あのボンクラども。うちの技術を搾取することしか頭にないバカが……!」

 

 『アヴァロン』を明かせばいろいろな諜報機関がその目を光らせるだろう。そしてそれは間接的に『アヴァロン』に襲撃をかけた組織にも目が向けられることになる。自身を囮にした牽制である。しかし、これは当然様々な組織の干渉が多発することになる。下手をすればそのカレイドマテリアル社の技術が奪われる恐れもある。

 どれがベターなのか判断に迷うが、ベストがわからない以上、ベターと思える選択を話し合う。

 

「………あまり好きではないが、現状維持がベターか。どうしても防衛主体にならざるを得ない」

 

 イリーナがそう締めくくると、重役たちも仕方ないというように頷く。

 

「ただし、計画は少し早める。それと……イーリス」

「承知しております。亡国機業と関わりのあると思しき組織のリストアップを急ぎます」

「頼む。………皆、これからおそらくさまざまな干渉が起きるだろう。しかし、皆の目標、目的はぶれてはいないはずだ。我らが目指すのは、こんなくだらない世界ではない」

 

 くだらない、と言い切るイリーナに、全員が賛同するように頷いている。セシリアさえもそうだ。

 

「これからが正念場だ。私の考えに賛同してくれた同志たちよ、これからもよろしく頼む」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「セシリア」

「はい?」

 

 会議を終えて退室しようとしたセシリアがイリーナに呼び止められた。イリーナはセシリアを手招きすると、会議室に残るようにと合図を送る。やがてイリーナとセシリア以外が退室すると、先程とは打って変わってだらけたようなイリーナが面倒くさそうに足を組み、頬杖をする。

 

「おまえに表の仕事だ」

「表……候補生としての仕事ですか?」

 

 裏では極秘試験部隊隊長、そして表では国家代表候補生。それがセシリアの役目だ。裏事情がいろいろと大変なときに候補生の仕事などあまり気乗りはしないが、それも責任なので仕方あるまい。やるからには常に最高を目指すのがセシリアだ。

 

「それで内容は?」

「候補生同士の模擬戦を申し込まれた。政府のほうで承認した以上、やるしかないわけだ」

「ふむ、まぁそういうことでしたら仕方ないでしょう。しかし、珍しいですね」

 

 セシリアの規格外の強さは候補生というレベルではない。それは他国の関係者もよくわかっているはずなのだ。だから昔はよくこうした交流戦のようなものはあったが、最近では恐れをなしたようにセシリアとの戦いを避けるようになっていた。交流戦とはいえ、国同士の戦いであるためにそう何度も黒星を作りたくないという思惑だろう。

 

「まぁ、因縁のある相手だろうしな」

「どなたです?」

「申し込んできたのは、中国だ」

「………なるほど、鈴さんですか」

 

 中国代表候補生、凰鈴音。かつてセシリアが倒した相手であり、IS学園では特に親しく付き合っている友人だ。個人的にセシリアが一番心を許している友でもある。もちろん、アイズは別格であるが。

 性格はさっぱりしており、裏表がなくわかりやすい。しかし、その小さな身に宿した闘争心は仲間内でも随一であり、格闘戦ではアイズに並ぶ強者だ。セシリアとブルーティアーズtype-Ⅲとは相性がいいために、未だに劣勢に追い込まれたことすらないが、鈴の潜在能力の高さは認めるところである。タッグトーナメントではパートナーとして組んだ仲でもある。

 

「ふふ、リベンジマッチのつもりですか鈴さん………いつですか?」

「一週間後に、うちの本社のほうのアリーナを使う。まぁ、適当にやっておけ。勝敗は別に問わんが……負ける気はないんだろう?」

「当然でしょう。私は誰が相手でも負ける気はありません」

「ああ、それともう一件……束が馬鹿をした」

「またですか? 今度はなにをしたんですかあの人」

 

 束が馬鹿をするのはもう慣れているように驚きもしないセシリア。イリーナも同様のようで、ため息をつきながら説明する。

 

「口車に乗せられて日本の候補生の機体の技術協力をすることになった。あのバカ、カレイドマテリアル社技術部総括者として返事しやがった。反故にするのは社の信用に関わる。本来はそんな馬鹿な真似はしないが……仕方あるまい。せっかくだから借りでも作らせる」

「はぁ………まぁ、それならまだマシなほうじゃないですか。ところで、その日本の候補生って……」

「ああ、なんていったか………たしか日本の対暗部組織の娘だ」

「簪さんですか。……楯無会長がいろいろしましたかね……?」

 

 簪の性格を考えると、考えたのも実行したのも姉の楯無だろうと予想する。あの姉バカがなにかしたのだろう。(大正解である)

 

「当然『アヴァロン』に入れるわけにはいかん。本社のほうで模擬戦と同日にセッティングした」

「そちらのほうはアイズに任せていいでしょう。むしろアイズに会わせろって言ってきそうですし」

「せっかくだ。シャルロットとラウラも連れていけ。表向きは候補生の技術交流とでもしておけばいい。当日のセキュリティレベルは上げておくが……」

「わかりました。こちらも念には念を入れておきます」

 

 外部から人を入れるというのは、それだけで不穏材料の流入になる。鈴や簪ならば大丈夫だと思うが、その関係者に紛れてスパイが入り込もうとするなど日常茶飯事だ。だから同日にして警戒日を絞るというのだろう。

 

「まぁ、ちょうどいいタイミングかもしれません。鈴さんなら……もしかしたら、私も本気を出せるかもしれません」

「傲慢な台詞だと気づいているか?」

「ええ。しかし、私の自信は決意でもあります。私は、………誰にも負けません」

 

 誰もが見惚れるような笑顔をもって、セシリアは絶対の自信を現した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「うぅ、アイズに会えるのは嬉しいけど、なんで単身で渡英なんだろ……」

 

 イギリスのとある空港に周囲をきょろきょろと見渡しながら不安そうにしている一人の少女がいた。大きなボストンバックを肩にかけ、眼鏡の奥の瞳は初めて訪れた異郷の地に落ち着かなさを感じて揺れているようだ。

 姉の楯無によれば、「あちらが簪ちゃん一人をご指名だって。がんばってね」とのことらしい。なにががんばれなのか未だに理解できないが、簪一人で訪ねることも技術協力の条件らしい。

 出発間際の姉のどこか戦いに赴く兵士を見送るような眼差しが簪の不安を増長させていた。

 

 これがアイズとの交際を認められるかどうかの瀬戸際であることを、簪本人は知らない。むしろそんな話になっていることすら想像の外である。

 

 簪の目的は未完成の専用機『打鉄・更織姉妹スペシャル(仮)』を完成させるべく技術協力を得ることと、愛しのアイズに会うことである。技術協力は若干不安要素があるが、アイズには事前に連絡を入れておいたので大丈夫だろう。むしろアイズも嬉しそうに「待ってる」と言っていたことが簪には嬉しい。そのときのアイズの声だけでご飯三杯はいける。

 そんな大好きなアイズの力になるためにも、どうしても技術協力は欲しい。構想自体は練っているので、あとはそれを実現するための技術のみ。姉が調べたカレイドマテリアル社の技術部総括責任者は天才科学者であると同時に性格破綻者みたいとのことなので、きっと一筋縄ではいかないかもしれない。しかし、そんなことくらいでは今の簪は引くつもりはない。

 アイズのためなら、頭を下げるどころか土下座だってしてみせる覚悟を持って渡英した。

 

「えっと………ここから本社へは……」

 

 事前に調べたアクセスマップを見ながら不慣れな光景を見渡していく。候補生である簪も世界共用語たる英語くらい読むことも話すこともできる。考えてみれば、IS学園に入学する外国籍の生徒は皆、日本語に精通している。こうした語学に通じていることも候補生たる資格のひとつであろう。

 

「まずは案内板を探して………あれ?」

 

 空港内の案内板を探していた簪の視界に、なにやら目を引く人物が横切った。赤いチャイナ服風の上着に、ホットパンツという格好で、健康的な足を惜しげもなく晒している。そしてなによりそのトレードマークであるツインテールをゆらゆらと揺らしながらトコトコと歩く少女が一人。

 獰猛な肉食動物を思わせるような野性的な表情を浮かべ、どこかウキウキしたように鼻歌まじりに歩くその人物を、簪はよく知っていた。

 

「鈴さん?」

「ん………あれ、簪じゃない。なにやってんのこんなとこで」

 

 簪にとってもそうだが、鈴にとっても意外だったようで、二人は目をパチクリとしながらしばらく互いを見つめ合っていた。

 

「なに、とうとう我慢できなくなって愛しのアイズに会いにきたの?」

「うっ、間違ってはいないけど……カレイドマテリアル社に技術協力をしてもらいにいくの」

「ふぅん? なら目的地は一緒ってことね」

「そうなの? 鈴さんはなんで?」

「私は、アイズじゃなくてセシリアに用があってね」

「セシリアさんに?」

 

 わざわざ夏休みも終盤のこの時期に訪れる用事とはなんなのか。簪は聞いてみようかと思ったが、その前に勝手に鈴のほうから楽しそうに話してくれた。

 

「以前の交流戦で負けたってのは知ってるでしょ? そのリベンジマッチよ。明日、候補生の交流戦って名目でセシリアとヤルのよ」

「ああ、候補生がときどきやるあれか……嬉しそうだね」

「そりゃあそうよ。あたしはいつかあのスカシた面を歪めてやりたいと常々思っていたのよ。ふふふ、見てなさいセシリア……今回はあたしが勝たせてもらうわ」

 

 鈴は力強く拳を握り締めながらそう宣言をする。

 大した自信だ。簪から見ても、以前なら鈴はセシリアに及ばないと言い切れるほどの差があったが、それをここまで言い切るということはそれなりの秘策でもあるのだろうか、と興味を向ける。

 

「ちょうどいいわ。あんたも見ていきなさいよ。あたしがセシリアに勝つ瞬間をね」

「勝つかどうかは別として、確かに興味あるな……」

 

 どちらも実力者なだけに、その対戦カードは大いに興味がある。もしかしたら、専用機の改造になにかしら得るものもあるかもしれない。

 

 かくして二人はアイズやセシリアが所属するカレイドマテリアル社へと向かう。

 

 表向きは、平穏に。

 そして裏では騒乱が渦巻く魔窟へと足を踏み入れるのであった。




あけましておめでとうございます。今年もがんばって作品を執筆していきたいと思います。

年末の忙しさに疲れ果てましたが、新年になりまた楽しく書いていきたいと思います。


次回は鈴ちゃんvsセッシー開幕です。原作ヒロインでもっとも強化されている二人の対決となります。

その後は山場となる全員参加の大事件発生、夏休み編がどんどん長くなりますが、お付き合いいただけると幸いです。

それではまた次回に!


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Act.44 「逆襲の鈴」

 それはおよそ一年前のことだった。

 

「ぐ、うう……」

 

 鈴は動かない自身の身体と機体を認め、敗北を悟る。シールドエネルギーはあとわずか残っているが、既に機体は限界を迎えて動かない。

 それ以上に鈴に与えられたダメージが深刻であった。肉体的なものはまだ根性があればどうにかなった。しかし、精神的に鈴は敗北を受け入れざるを得ないほどの衝撃を受けていた。

 今まで自身が培ってきたものが通用しない。積み上げてきたものが、築いてきたものがすべて砕かれる。それは鈴の心を摩耗させていた。

 

 鈴が力を振り絞って顔を上げる。鈴自身気づいていなかったが、瞳からは悔しさから涙がこぼれていた。

 

 そんな鈴の視線の先、空からこちらを見下ろしている青い機体に身を包んだ同年代の少女。金糸のような髪と、端正な顔立ちはやや幼さもあるが絵画のモデルのような美しさがあり、そんな少女が冷徹といえる目でこちらを見つめている。

 鈴の攻撃は悉くが躱され、少しでも隙を見せれば容赦なく極光の矢となってレーザーが襲いかかってくる。じわじわと嬲られるように追い詰められた鈴はついに地に落ちた。

 

 鈴が初めて負けた好敵手。それがセシリア・オルコット。この日、鈴の胸にその名が強く刻まれることになる。

 

 忘れえぬ敗北の記憶。

 

 しかし、それは鈴に新たな決意をさせて、そして今日。

 

 鈴は、最強の友にリベンジする力と機会を得た。

 

 

 

 ***

 

 

 

 鈴は静かに目を開ける。コンセントレーションをしていたらいつの間にか過去の回想をしていたらしい。懐かしく、そして悔しい思い出。それを塗り替えるためにここにいる。

 控え室として割り当てられた部屋の中央では付き添いとしてついてきた火凛が『甲龍』の最終調整を行っていた。それをながめている雨蘭の姿も見える。鈴にとって尊敬する師である二人の姿を見て、高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。本人たちは観光ついでといっていたが、二人が心配して来てくれたことはちゃんとわかっていた。

 

「ふぅ……ダメね、どうにも興奮しちゃうわ」

「まるで運動会前の子供だな」

「お師匠、もうちょっとかっこいいたとえはないんですか?」

「戦いに赴く戦士の面構えだ、とでも言ってほしいのか? おまえはただリベンジがしたいだけだろうに」

「脳筋のお師匠にはわかんないかもしれないけど、思春期の乙女の戦いにはいろんな感傷があるんですー」

「てめぇいまなんつった?」

「お? やるのお師匠? 景気づけにセシリアの前にお師匠をぶっとばして………」

「そこのバカ師弟、静かにしてて」

 

 いつものノリで喧嘩を始めようとする鈴と雨蘭をジト目で見ながら火凛は『甲龍』を待機状態に戻す。最終チェック終了。まるで『甲龍』もやる気になっているように、一片の不具合も存在しない。

 待機状態の『甲龍』を鈴へと投げ渡す。

 

「そろそろ時間。……この子もやる気まんまんみたい。あとは、鈴と『甲龍』次第……私も相手のデータ見たけど、あれはバケモノだね、勝てる?」

「あたしと『甲龍』に、不可能はない……ってね。それじゃ、行こうかね」

 

 念入りに屈伸をしていた鈴は「よし!」と頬を叩いて気合を入れる。準備は完了、覚悟も完了。あとはその全てをぶつけるのみ。

 

「凰鈴音、いってきます」

 

 武の師匠、雨蘭。文の先生、火凛。二人の恩師に見送られながら鈴はアリーナへと向かう。

 

 

 

 ***

 

 

 

 カレイドマテリアル社の第三アリーナでは今回の模擬戦の観客が集まっていた。大きなスタジアムのようなアリーナの観客席には一般公開されていなくとも各関係者が集まっており、まばらながら多くの人間がこの試合に注目していた。

 イギリス代表候補生、セシリア・オルコット対中国代表候補生、凰鈴音。かつてと同じ対戦カードであるため、鈴がリベンジをするか、セシリアがまたも押し切るか、一部では賭け事までしているくらいだ。

 共に国家代表クラスとすら言われる次代を担う人物とされているためか、その注目度は候補生というレベルではなかった。

 

 そんなアリーナの観客席の最後列にアイズはいた。その横には共に観戦にきたラウラとシャルロット、そして昨日再会したばかりの簪がいる。おそらく四人が最もこの二人の対戦に興味を持っているだろう。同じIS学園で切磋琢磨し、いくつもの実戦をくぐり抜けた戦友である。

 夏休み前ならセシリアの圧勝で終わるだろうが、この夏休みに鈴がどれほど腕を上げてきたのか、それは鈴の自信に満ちた顔を見れば興味を惹かれるなというほうが無理だろう。

 

「さて、どうなるか……」

「鈴さん、自信たっぷりだったもんね。そりゃあ、普通に考えればセシリアさんだけど」

「鈴ちゃんも強いけど、セシィが負けたとこなんて見たことないしなぁ」

 

 アイズにとって、最強とはセシリアのことを指す。確かにセシリアと戦えば十のうち三、四は勝ちを拾えるが、それでも本気になったセシリアに勝ったことは一度もない。

 それに、普段は優雅にしているが、セシリアが誰よりも勝ちにこだわっていることをアイズは誰よりも知っている。特に一対一の戦いにおいては、セシリアは誰にも負けないと公言しているほどだ。

 

 それにIS学園にいたときすら、リミッターをかけて七割の力で戦っていたにも関わらずに最強の地位を不動のものにしていた。特に派手なことはしていない。せいぜい無人機襲撃事件の際のプロミネンスくらいだろう。話題性というなら一夏のほうが上だ。それなのに「最強は誰か?」という問にはほとんどの生徒はセシリアと答える。

 それは勝って当然だと思われているためだ。一夏に勝ち、シャルロットに勝ち、ラウラに勝ち、簪に勝ち、アイズに勝った。ここにいる全員は模擬戦ではなく本気の戦いで敗れたことがある。IS学園で鈴だけが本気で戦ったことはないが、それでもセシリアが勝っていただろう。なによりそれ以前に一度鈴は負けているのだ。

 この中でただ一人、無敗の存在がセシリア・オルコットである。

 

「しかも、今はリミッターも解除してあるんだよね?」

「うん。ボクのティアーズと一緒に解除してる。IS学園にいたときはビットも全機同時操作はあんまりしなかったけど、もう余裕でできると思うし」

「それに鈴さん、空中機動が苦手だったもんね。セシリアさんの狙撃を躱すのは難しいんじゃ……」

「なにはともあれ………結果はすぐにわかる」

 

 見ればアリーナに鈴とセシリアが姿を現していた。二人とも未だにISは装備せずに、徒歩で広いアリーナの中央に向かっている。

 

「完全に決闘の空気だね……」

「あの二人にとっては、そうなのだろう」

「さて、……それじゃ、AHSシステム、スタンバイっと」

 

 アイズが目隠しを外して瞳を開ける。この試合はやはり直接観戦したい。淡く金色に光る瞳を、中央でやや距離を離して対峙する二人へと向けた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「………」

 

 無言で睨みつけてくる鈴に対し、セシリアはただうっすらと笑みを浮かべている。それはセシリアの戦う姿勢でもある。

 昨日再会したときは、いつものように笑って楽しく会話していた仲であるが、今の鈴にはセシリアに向けるのはピリピリとした闘気しかない。相変わらず気持ちのいい気合を向けてくる人だ、とセシリアは嬉しさを覚える。

 セシリアと戦う外部の人間はセシリアに嫉妬や妬みといった視線をよく向けてくる。自身と同年代で遥か高みにいるセシリアにそのような感情を抱くことはわからないことではないが、本人からしてみればあまり気持ちのいいことではなかった。

 しかし、鈴はただただ純粋な気持ちだけを向けてくる。すなわち、「勝ちたい」という、負けず嫌いな子供のように純粋なものだ。

 そんな鈴と戦うのは、セシリアもとても気持ちのいいものだった。

 

 もちろん、手加減はしないし容赦もしない。むしろなんの気後れもなく戦える。かつて初めて顔を合わせて戦ったときも、最後の最後まで諦めずに戦う鈴の姿に感銘を受けた。

 セシリアが戦うのは、自身のためでもあるし、アイズのためでもある。オルコット家のためでもあるし、そんないろいろな理由から選んだ道である。

 そのために何人もの人間を蹴落とし、這い上がってきた。歳不相応な栄誉や立場を勝ち取るたびに妬みや羨みを向けられることには半ば諦めもしていたが、それでもやはり鬱陶しいと思っていた。そんなセシリアの成功はカレイドマテリアル社の栄達のための布石でもあるため、その重要性を知っていたからこそ、セシリアはそのすべてを自身で受けた。

 

 向けられる敵意を、妬みをすべて跳ね返し、文句も出ない結果を出し、自身の存在を確固なものとして存在させる。

 

 それはセシリアにとって手段でしかなかった。それが一番の近道だと判断したから、今もこの道を往っている。

 

 でも、この凰鈴音と戦うときだけは、ただ純粋に楽しみたいと思う自分がいる。それは少し不思議な、でも悪くない友情の形であった。

 

「鈴さん」

「なによ?」

 

 だから、セシリアは楽しもうと思う。結果も、過程も。だから言った。

 

「私に勝てると、本気で思っているのですか?」

 

 嘲るような顔もついでに添えてやる。こうしたパフォーマンスも、たまにはいいだろう。どうせならテンションを高くやりたいところだ。

 

 そしてそんなセシリアの挑発を受けた鈴がぴくりと眉を上げて反応する。

 

「まるであんたが勝つのは当然って聞こえるわねェ、あんたも自惚れることってあるのね」

「当然でしょう。私と鈴さんの力量差を考えれば、ね」

 

 ちなみにこの会話は集音マイクでアリーナ全体に聞こえている。空気を重くするような言葉の応酬に、ざわついていた観客たちもシンと静まり返る。 

 

「………それよ、その顔。そのあんたの面を何度歪めてやりたいと思ったことか」

「へぇ、それで?」

「今日がそのとき、ってわけよ」

 

 ニヤリ、と犬歯を覗かせて笑う鈴。その威容は、まさに虎と呼ぶに相応しいものだ。

 

「大した自信ですね。………では、見せてもらいましょう。そう簡単に終わらないでくださいね」

「こちらの台詞ね、セシリア。………ま、答えはすぐにわかるわ」

「そうですね。では、始めましょうか」

 

 セシリアが愛機である『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏う。一片の曇りもないその青は、淀みのない清流の如き清らかさを思わせる。

 それを見て、鈴も笑みを深めながら『甲龍』を起動させる。

 

「さぁ、生まれ変わったあなたのお披露目よ、相棒」

 

 鈴の全身が『甲龍』に包まれる。それを見てセシリアは、いや多くの人間が驚愕して目を見開いた。

 以前とは違う黒と赤の装甲に、力強い稲妻のような黄色のライン。そして目を引く首に巻かれた巨大なマフラー状のクロス。

 以前とは明らかに違う姿となった鈴が、腕を組み、仁王立ちのままセシリアと対峙する。それはプレッシャーとなってセシリアの肌を突き刺してくる。

 

「………第二形態移行したんですか、鈴さん」

「そ。これが新しい相棒の姿ってわけよ」

「それはおめでとうございます。でも、それだけで私に勝てると思ってませんよね?」

「当然じゃない。でも………この姿が、あたしと相棒の決意よ」

 

 マフラーを大きくなびかせながら鈴が『双天牙月』をひと振りして構える。対するセシリアも、『スターライトMkⅣ』の銃口をまっすぐに鈴へと向ける。

 

「さぁ、おしゃべりの時間は終わりよ」

「そうですね。これ以上の言葉は無粋」

「刃と拳を持って、語るとしましょう」

「あいにくと……私が語るのは銃弾ですが、ね」

 

 

 言葉を終え、静かに闘志をもって対峙する二人に、無感情なアナウンスが響く。

 

『只今より、イギリス代表候補生セシリア・オルコット対中国代表候補生凰鈴音の交流試合を開始いたします』

 

 会場の誰もが中心の二人に注目する。アイズたちも鈴のISの第二形態移行には驚きながらも、勝負の行方を固唾を飲んで見守っている。

 

 

『エキシビジョンマッチ………開始』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 試合開始とともに鈴は接近を試み、セシリアは離脱を図る。近接型と遠距離型の戦いとなれば定番ともいえる立ち上がりであるが、互いに相手の行動を阻害する牽制を行う。

 セシリアはビットを展開しつつライフルで牽制射撃。牽制でありながらすべてが直撃コースであり、そうしているうちに展開したビットの包囲網が完成しつつある。

 鈴は衝撃砲でセシリアの機動コースを潰しつつ、多少強引にも距離を詰めようとブーストをかける。

 

 そこでセシリアは急上昇をして空中戦へと誘い込む。空中機動が苦手な鈴だから、というわけではない。もともと近接型を相手取るなら、回避コースが全周に存在する空中のほうが有利だからだ。

 

「いくぞオラァァ!」

 

 しかし鈴は咆哮を上げながらセシリアを追いかける。力に任せたブースト。アイズのような繊細な機動ではなく、勢いにまかせた鈴らしいというべき特攻である。それでも多少のダメージを覚悟で距離を詰めてくるため、少々のことでは怯みもしない。単純だが、恐ろしい特攻である。

 

「私には通用しません」

 

 セシリアは『スターライトMkⅣ』をチャージさせつつ、ビットによる弾幕を展開する。前面から集中的に、そして側面からも鈴にレーザーを浴びせる。ビット八機によるレーザーの攻撃。これを鈴は大きく迂回するように、これも力任せの機動で回避しようとする。避けられないものは『双天牙月』を盾にして防ぐ。

 

「………」

 

 今までどおりの鈴の動きだ。何度も見た、鈴の距離を詰めるときの常套手段といえる機動。だが、それが気にかかる。あれほど大口を叩いておいて、本当にこれだけなのか?

 第二形態に移行しておきながら、この程度なのか。いや、そんなはずはない。鈴はなにかを狙っている。

 

「たとえそうだとしても」

 

 セシリアが狙撃形態に移行する。未来予知をするように狙いをつけ、トリガーに指をかける。

 

「撃ち抜けば、終わりです」

 

 『スターライトMkⅣ』のチャージは完了。最大まで威力を高めたレーザーは、一点集中している分威力はあの無人機のビームよりも上。徹甲能力も高く、あのオーロラ・カーテンの防御も突破できる。

 その分当てることが難しいが、銃を持つのは魔弾の射手たるセシリア・オルコット。激しく動き回る鈴に当てることなど、朝飯前だ。それこそ、あんな赤と黒の目立つ配色の機体に当てるなど、縁日の射的よりも簡単だ。

 

「Trigger」

 

 まるで呪文のように呟かれた言霊に乗せて極光が意思をもつように鈴へと迫る。絶対的なタイミング。外すイメージがまったくない、機動の隙間を縫うような、わずかな硬直を狙った完璧な狙撃。

 それは観客席で見ていたアイズたちもそう確信するほどの一射であった。

 

 そして、それを受けた鈴はニヤリと笑って―――。

 

「っ!?」

 

 ―――セシリアの予測の上を行く。

 

 

 ***

 

 

「躱した!?」

「嘘、あれを回避できるの……!?」

 

 ラウラとシャルロットが驚きに身を乗り出す。セシリアの狙撃の技量を知る者ほど、その驚きは大きかった。特にアイズは、セシリアがあの距離で外すなどありえないと思っていただけに口をあんぐりと開けて絶句していた。

 

「今の機動……おかしくなかった?」

「どういうこと?」

「回避方向にブーストしてない……なのに、反射的にあんな動きができるの?」

 

 PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)があるために浮遊や加減速ができるのがISの特色であるが、突発的な急加速にはブースターを使用したほうが早い。正確には併用するのであるが、普通はPICは姿勢制御に使われることが主目的だ。

 

「まるで、空中を蹴ったような……」

「………まさか」

 

 ふと思ったように呟いた簪の言葉に、アイズがハッとする。第二形態に移行したということは、単一仕様能力が発現していてもおかしくない。そしてその発現する能力は、長所を伸ばすか、短所を補うかという形が多い。例外として、『オーバー・ザ・クラウド』のように初めから特殊な運用を目的とした能力を付加される場合がある(『零落白夜』、『天衣無縫』が該当する)が、基本的に自然発現するものはそういった特徴がある。これは束から聞いた話なので信頼できる情報だ。

 そしてもしそうなら、空中を蹴る、という形で発現した能力だとしたら………それを想像して、アイズは冷や汗を流した。

 

「空を、地にするなら………鈴ちゃんの弱点が消える」

 

 鈴は強いが、決定的な弱点が存在した。それが空中機動の拙さだ。下手なわけではないが、他と比べるとどうしても見劣りしていた。だからこそ、鈴は無理にでも被弾覚悟で特攻するという方法をとっていたとも言える。

 その反面、地上戦においては無類の強さを発揮するのも鈴だ。もともと武闘家という鈴にとって、足が地についている状態こそもっとも実力を発揮できる環境なのだ。

 

 もし、空中で地上戦と同等の動きを可能とするなら―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 間違いない。

 鈴は、空中を蹴っている。

 

 何度か狙撃を試み、すべてを回避されたセシリアはそう結論づける。空中を蹴ることで、咄嗟に予測できない方向へと跳ねている。機体にかかる慣性などおかまいなしにまったく予測不可能な方向にベクトルがかかり、セシリアの想定外のイレギュラーな機動となっている。それはISをもってしても不可能といえるほどのものだ。直進方向のベクトルしかなかったのに、いきなり真横にベクトルがかかるようなものだ。鈴にも相応の負荷がかかると思うが、そこは鈴の武闘家としての素の身体能力の恩恵だろう。

 なにより恐ろしいのは、その能力の発動が鈴の反応速度にしっかり追いついていることだ。見たところ、鈴の任意のタイミングで空を地にしているようだが、一夏の白式の『零落白夜』のような常時発動型ではなく、任意で発動するタイプ。しかもその発動には溜めもタイムラグもない。本当に鈴の意思だけで瞬時に発動しているようだ。でなければセシリアの狙撃を反射的に回避などできるはずがない。

 

「気づいたようね」

「ええ、それが単一仕様能力、というわけですか?」

「そう、この子が得た力………名前は『龍跳虎臥』よ。なかなかのものでしょう?」

 

 そう言いながら、鈴はセシリアの射撃を回避して接近してくる。セシリアは狙撃体勢をやめ、ビットと併用したレーザーの弾幕を展開する。セシリアとしては趣味ではないが、一時的に「数打ちゃ当たる」戦法にシフトしていた。

 

「無駄よ、無駄無駄! 地上戦のあたしの回避力を忘れたの!?」

「そちらこそ、私の狙撃の腕をお忘れですか?」

 

 弾幕を展開しながらも、虎視眈々と機会を伺うセシリア。確かに鈴の得た単一仕様能力は大したものだが、当てられれば貫けることに変わりはない。

 

「いきなさい」

 

 最後に残されていた二機のビットもパージ。ビット全機を使った全力でのビット操作。鈴の回避コースをひとつづつ、丁寧に潰していき、レーザーの檻を着実に作り上げていく。

 回避されるのならば回避コースを潰せばいい。相手の機動を制限し、隙を作らせて狙い打つ。狙撃手といっても、隠れて射つわけじゃない。常に相手と相対するIS戦なればこそ、こうした技術は必要となる。

 それに、鈴のセオリー外の機動も完璧ではない。確かに想定外に動きを変えるあの能力は脅威だが、弱点もある。それを付けば、狙撃は当てられる。

 

「そう、セシリア・オルコットの弾丸に、………貫けないものはないのです!」

 

 さすがにビット十機の包囲網はなかなか抜け出せないように舌打ちしながら動く鈴に狙いを定める。狙うのは、鈴よりも上方から。ビットのレーザーでまず左右の回避コースをなくすと同時に、鈴の背後と正面からも時間差でレーザーを放つ。

 

「無駄だって!」

「そうでもないですよ?」

「えっ!?」

 

 気がついたときには鈴の前の前にレーザーが迫っていた。鈴はすぐさま回避しようとするが、―――間に合わない。

 

 

―――回避コースを誘導されていた!?

 

 

 そうとしか考えられない。反射的に回避することが可能な鈴に当てるには、あらかじめ回避方向を知らなければ当てることは難しい。しかし、空を蹴るという常識外の機動をする鈴の動きを誘導することも至難であるが、セシリアは鈴の機動の弱点をついてそれをなした。

 弱点、それは単一仕様能力による回避に、下方向に回避することはまずない、ということだ。

 

 観察したところ、あれは任意のタイミングで擬似的な地面を空に生み出すという能力だ。確かに上下左右、あらゆる角度で使えるようだが、空中でも通常は地面に足を向ける形で浮遊する。宇宙空間ではないのだから、重力方向に足を向けるというのは当然だ。

 だから、基本的に鈴も空を蹴るとき、下方向へは動かない。上方や横方向、または後退することがほとんどだ。それに地上戦を行うことと、空で地上戦を行うことは同じようでまったく違う。

 地面にいるときとは違い、空にいれば当然下方向にも動くことができるが、鈴は地上戦と同じように動いているために無意識下で下への回避という選択肢を外している。

 じっくり観察したセシリアはそう結論づけ、完全包囲せずに、上方と下方のみ回避コースを残して追い詰めた。そうなれば、自然と鈴は上方への回避を試みる。

 

 その賭けはあたり、鈴は上方に跳躍してビットのレーザーを回避した。そこに上空からセシリアの本命のレーザーが襲った。この時点でタイミングもすでに必中。たとえ空を蹴ろうとしても、それすら間に合わない距離だ。

 

「今度こそ終わりです」

 

 しかし、それでも。

 

 鈴は、笑う。

 

「終わり? それはあんたのことよ」

 

 鈴は真正面からレーザーに向かい、そして首に巻かれていたマフラー状のクロスを手にした。

 

「賭けに勝ったのはあたしよ、セシリア!」

 

 『龍鱗帝釈布』。『甲龍』が進化して得た二つ目の切り札となる武装。レーザーやビームをはじくコーティングがされたそれをなびかせ、真正面からレーザーを絡め取って強制的に屈折させる。必中のはずの一撃は、歪曲して彼方へと過ぎ去ってしまう。

 

「なっ……!?」

「レーザーを当てるために距離を詰めたのが失敗だったわね! もらったわ!」

 

 回避させないためにギリギリまで距離を縮めていたことが仇となった。今度は逆にセシリアが鈴の間合いへと入っていた。ビットはすべて鈴の包囲網に使っていたために手元にはなく、あるのはレーザーライフル『スターライトMkⅣ』のみ。しかし、既に迎撃は間に合わない。 

 ここまでが鈴のシナリオ、……『龍跳虎臥』を、セシリアが対処してくるであろうことまで含めてカウンターを決めるための鈴が狙った展開であった。

 

「喰らいなァァッ! セシリアァーッ!!」

「くっ……!?」

 

 回避しようとするが、鈴の突進力がそれを許さない。そして振るわれた『双天牙月』が、咄嗟に盾にした『スターライトMkⅣ』を真っ二つにする。主武装が破壊されたセシリアは舌打ちしたくなるが、そんな余裕もない。鈴はこの機を逃すつもりなどなく、既に追撃に移っていた。

 

「もらっとけ!」

「ガ、ハァッ!?」

 

 鈴の掌打がセシリアに突き刺さる。鈴の一撃の威力は恐ろしいものであった。咄嗟に右足を突き出して胴体部への直撃を避けたが、犠牲にした足を伝わって全身を貫くような衝撃がセシリアを襲った。

 鈴の得意とする発勁を付加させた打撃。脚部の装甲にはヒビが入り、右足の感覚が激痛を伝えて消失する。もう自身の意思ではまったく動かない。完全に麻痺している。そのダメージに表情を歪めつつも、近距離用の武装であるハンドガン『ミーティア』を展開して鈴へと射つ。同時に背後からビットを向かわせて鈴の追撃を断ち切る。

 意外なほどあっさりと鈴は距離をとったが、セシリアの状況は最悪だ。

 

「はぁ、はっ……!」

 

 いつの間にか荒くなっている呼吸を自覚しながら、ニヤリと笑う鈴を見据える。

 完全にやられた。まさかレーザーを無効化する武装まで持っているとは、と心の中で盛大に舌打ちをする。

 

 主武装である『スターライトMkⅣ』は破壊され、右足は完全に麻痺している。機動にも多少の影響が出るだろう。救いは両手が無事なことと、ビットは全機健在なことだが、あの武装がある限り、ビットのレーザーも効果が薄いだろう。

 ビットの特殊運用も、あの鈴には通用するとは思えない。手がないわけではないが、分が悪すぎる。

 

「ようやく一矢報いたわ……このまま勝たせてもらうわよ、セシリア」

「これだけでもう勝利宣言ですか? あまり舐めないで欲しいですね」

「なんとでもいいなさい。結果は……すぐにわかる!」

 

 主武装を失ったセシリアに再び特攻してくる鈴。ビットを使い、なんとか時間稼ぎをしつつ、セシリアは必死に対処法を考える。

 IS学園にいたときは相性的にも鈴はセシリアに及ばなかったが、進化した鈴と『甲龍』にその相性が逆転している。セオリー外の機動をする単一仕様能力に、レーザーを弾く武装。ビットとライフルによるレーザー狙撃が真骨頂のセシリアにとって、天敵というべき存在になっていた。

 あの鈴を射撃で倒すのは、不可能だ。鈴の技量とあのスペックを考えてそう結論づける。ならば接近戦しかない。

 遠距離射撃型であるセシリアが、近接型の鈴を接近戦で倒す。それは傍目には愚策でしかないが、このままでは押し切られると判断したセシリアはまだ体力があるうちにそれを実行に移す。

 

 ビットは防御用に半分を自身の周囲に展開し、もう半分は常に鈴を包囲して牽制射撃を繰り返すように操作する。

 

 そしてセシリアは決死の思いで鈴へと挑む。

 

「このあたしと接近戦? 面白いじゃない!」

 

 鈴は嬉々として迎え撃つ。鈴としても望むところだろう。セシリアは本来見せるつもりのなかった武装を展開する。

 

「コール『ベネトナシュ』」

 

 セシリアの両手に細長い棒状の武装が出現する。その片方の先端にはV字型の白銀の矛が取り付けられており、様々なギミック部が見える特異な形状のその武装………長大なスピアを握り締める。

 

「そんな武装ももってたのね。でも、あたしと斬り合おうなんて、舐めるなと言わせてもらうわよ!」

「あらあら、これでも………接近戦もそれなりでしてよ!」

 

 鈴の青龍刀『双天牙月』とセシリアのスピア『ベネトナシュ』がぶつかり合う。鈴は斬撃、セシリアは刺突を主軸にして何度も打ち合う。めったに見られないセシリアの近接戦闘に、周囲の観客も自然とボルテージを上げていくが、もっとも熱くなっているのは戦う二人だろう。

 たしかにセシリアもスピアの使い方はなかなかのものだ。突き、薙ぎ、払いをしっかりと使い分け、なかなか鈴に隙を見せない。しかし、それでも鈴と比べれば劣る。ときおり鈴に攻撃にさらされながらも、展開したビットの援護でなんとか持ちこたえているという状況だ。

 

「なかなかだけど、悪いわね、押し切らせてもらうわ!」

 

 鈴の猛攻を防ごうとセシリアがおお振りにスピアを振るう。しかし、それはあっさりといなされて大きな隙を晒してしまう。好機とみた鈴がすぐさま攻撃しようとして、……。

 

「え?」

 

 それに気づく。大振りされ、流されたスピアの矛の逆の石突にあたる部分。そこに見たことのある円形の筒状のものが鈴に向けられていた。そしてスピアの柄の一部が、ガシャン、という音を立ててスライドする。

 

「ッッッ!?」

 

 その正体に気づくが遅い。至近距離からスピアに内蔵されていた銃口から強烈なフラッシュとともに銃弾が発射された。

 

「がァッっ!?」

 

 至近からまともに受けて吹き飛ばされる鈴。咄嗟に『龍鱗帝釈布』を纏ったが、あまりの衝撃にアリーナの地面に叩きつけられる。

 

 

「がっ、げほっ! ……な、なんてもん仕込んでんのよ!」

 

 見れば『龍鱗帝釈布』が貫通されていた。物理的な防御力も有するこれを突破されたことに鈴は少なからずショックを受ける。

 

「実弾……しかもショットガン……!」

「やはり物理防御力もありましたか………できれば、これで決めたかったのですけど、ね」

 

 空薬莢を排出したセシリアが再びガシャンと柄の一部をスライドさせて弾丸を装填する。どちらかといえばアイズが使いそうな仕込み銃を持つスピア。セシリアが接近戦の切り札とする武装、それがこの『ベネトナシュ』だ。一流には劣ると思っている接近戦で初見殺しといえる手段を用意するのは当然であるが、これで仕留めきれなかったのは痛い。

 

「やっぱり、そう簡単に勝たせてはくれないか」

「お互い様ですわ。鈴さん」

「だからこそ、楽しいってね。さぁ、続けましょうセシリア!」

「そうですね。面白くなってきたところです。………もっと、私を本気にしてください!」

 

 愚直なまでに突撃を繰り返し、発勁による撃破を狙う鈴。

 それを裁き、ビットとショットガン仕込みのスピアで対抗するセシリア。

 

 二人の激闘は、未だ終わる兆しを見せなかった。




鈴ちゃんvsセッシー前半戦。後半は泥仕合になりそうな予感です。

この試合でセッシーのさらなるカードがいろいろ明かされます。ベネトナシュもそのひとつです。

この対決が終われば、またアイズの活躍を増やしたいと思ってます。とりあえず嫁候補の簪さんとイチャイチャさせないと!(笑)

それではまた次回に!


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Act.45 「吼える龍虎、雫の狩人」

 激しくぶつかる刃、そして唸る衝撃砲とショットガン。さらにぶつかり合う二機の周囲を飛び回るビットからは幾重ものレーザーが放たれ、二人の決戦を彩っている。

 

「せぇぇ、りゃあ!」

「まだまだです!」

 

 激しく烈火のように攻める鈴と、清流のように受け流すセシリア。対極のような二人の戦闘スタイルは激しい膠着状態を生み出していた。しかし、接近戦である以上、どうしても鈴のほうに分がある。セシリアはその差をビットで埋めていた。常に鈴の行動を阻害するようにレーザーを放つが、それは悉くが『龍鱗帝釈布』に弾かれる。だが、防御することで鈴の動作をワンテンポでも増やせればセシリアでも接近戦で張り合える。そして防御用にある特殊機能を有したビットを展開。

 セシリアの持つビット『ブルーティアーズ』の第三の特殊ビット。それが防御用の盾となるビット、通称『イージス・ビット』だ。エネルギーと実体、両方の特製を持つ盾として展開され、常にセシリアの周囲を漂い、要所要所で鈴の攻撃を防御する役割を担っていた。正直、さすがのセシリアも接近戦をこなすと同時にビットを全機思考操作をするのはかなり苦しいが、極限まで高まった集中力がそれをなしていた。

 

「ちいぃ、うざったいビットね!」

「その布切れほどじゃありませんよ」

「布切れといったか。なら布切れの意地を見せてやろうじゃん!」

 

 鈴はセシリアに迫りつつ、触手のようになびいていた『龍鱗帝釈布』を無造作に放る。するとまるでそれが意思を持つように最も近くにいたビットに迫り、そのまま軟体動物のような動きでビットを絡め取ってしまう。

 

「よっ」

 

 そのまま引き寄せて流れるような動作で発勁掌打を叩きつけて木っ端微塵に粉砕。ビットを破壊されたセシリアは、それでも表情を崩さずに分析する。

 

「遠隔操作もできるわけですか……」

「さて、なかなか突破できないし、まずはこの邪魔なビットからお掃除しますかね!」

「なら、こちらはその邪魔な布切れを破るとしましょう」

 

 互いに補助装備が邪魔で決定打に欠ける状態だ。ゆえに二人はまずその破壊を試みる。当然、互いにそうはさせないように動く。

 セシリアはビットをやや距離を離して操作し、鈴の『龍鱗帝釈布』の動きに注意を配る。もちろん、衝撃砲にも細心の注意を払っている。

 鈴は『龍鱗帝釈布』を貫通しうるショットガンの動向に注意して銃口が向いているときはすぐさま離脱を図っている。

 

 どうあっても膠着状態が続くが、そうなれば押し切られるのはセシリアのほうだ。接近戦の経験値が違いすぎるためにどうしても鈴には一手遅れを取る。

 しかし、セシリアもただでは有利になどさせない。徐々にではあるが、鈴の『龍鱗帝釈布』を削っているし、ビットを破壊されればその数が少なくなった分セシリアは余裕を持って操作ができる。ビットは残り六機まで減らされたが、このあたりが接近戦をしつつ操作できる適正数だ。接近戦をこなしながらするビット操作も慣れてきた。実質一対七の戦いに等しい攻防を繰り広げてようやく互角だ。あらためて凰鈴音という少女の格闘能力の高さに戦慄する。

 

 対する鈴も自身の土俵である接近戦で互角に戦えるセシリアに畏怖の念を抱いていた。確かに技量、経験ともに鈴は勝っていると確信しているが、それを補うビット操作が素晴らしい。

 隙を埋め、こちらの手数を減らす援護射撃が正確だ。しかも盾としているイージス・ビットが発勁で破壊できない。エネルギー装甲をまとっているためか、えらく浸透系の効果が薄い。そしてあまり深く踏み込みすぎると至近からショットガンがぶっぱなされる。さすがにあれをまともに受ければまずい。

 

「このままじゃ千日手ね、あまり趣味じゃないけど、ちょっと戦い方を変えましょうか!」

 

 鈴がやや距離を離して腕をセシリアに向ける。腕に装備されていた手甲と思しき部分がスライドし、中からガトリングが出現する。

 複合兵装手甲『龍爪』。攻撃と防御を兼ねる武装を詰め込んだ手甲であり、火凛が用意してくれた武器である。そのうちのひとつ、内蔵ガトリングガンを発射する。攻撃力はあまりないが、速射性にすぐれた牽制に最適な武装だ。

 さらに併せて衝撃砲を発射。目に見える弾幕と目に見えない砲弾をセシリアに浴びせる。

 

 しかし、射撃戦では誰よりも勝ると自負するセシリア。見えない衝撃砲もアイズの直感と違い、ちゃんと鈴の目線から射線を見切って回避する。

 それでもかまわない、というように鈴が再度接近する。もともと射撃で倒せるとは微塵も思っていない。

 

「それじゃ次!」

 

 ガトリングガンが手甲内へと格納され、今度は側面部からまるでハサミのような二本の爪が展開される。

 

「そう簡単にさせるとでも?」

 

 セシリアは片手に近接用ハンドガン『ミーティア』を展開して牽制射撃。鈴はそれを『龍爪』と『双天牙月』で防ぎつつ、手数を増やした近接戦へともちこもうとする。すると今度は『ベネトナシュ』の仕込みショットガンを連射して接近を防ぐ。

 

「なんのっ! ど根性ー!」

「ちいっ……!」

 

 ダメージを覚悟で鈴が吶喊する。鈴のこういう思い切りのいい行動はちょっとやそっとじゃ止まらないから厄介だ。『龍爪』『双天牙月』『龍鱗帝釈布』の三つを防御に回して弾丸のように突っ込んでくる。さすがに三重に防御を固められてはショットガンで後退させるのも難しい。せいぜいわずかに動きを止める程度だろう。

 勢いに乗せたまま接近されるのはまずいと思ったセシリアは真下へパワーダイブ。下面から銃撃を加えて鈴の勢いを削ごうとするも、鈴は単一仕様能力『龍跳虎臥』により強引に機動を変えてセシリアを追う。

 

 何度も空を蹴って勢いを増した鈴がセシリアに向けて右腕を振りかぶった。その迫る鈴の姿に、セシリアの背に冷たい悪寒が走った。あれは、まずい。

 鈴は雄叫びを上げながら吶喊する。

 

「せぇぇぇぇ、りゃあっ!!」

 

 地面すれすれを這うように回避したセシリアだが、構わずに渾身の力を込めて振るわれた鈴の掌打がアリーナの地面に激突した。

 

 直後に轟音。

 

 鈴の掌打は地を穿ち、そこを中心にいくつもの亀裂が走り、それだけにとどまらずに浸透した力が爆発したように広がり、隆起してまるで隕石でも落ちたかのような惨状を作り上げた。その衝撃にセシリアもふっとばされたくらいだ。あえてその勢いのまま距離を離したセシリアは流石といえたが、その威力には顔を青くするしかない。あんなものを直撃したら間違いなくバラバラだ。

 

 これには見ていた人間全員が驚愕する。武装もなにもない、ISを使っているだけでこの威力を生み出す鈴の格闘能力に戦慄する。

 

「ちっ、仕留めそこなったか」

 

 ケロリとした鈴がクレーターみたいになった地面の中央に立つ。まさに戦神の如き威圧感を持つ少女の姿に、どんどん会場も湧いていく。歓声が増して鈴への声援が響いた。

 

「とんでもないですね………」

 

 出し惜しみをしている余裕はないと判断したセシリアが、さらなる武装を使う決意をする。幸いにも距離は稼げた。一時的に『ベネトナシュ』を収納し、今度は巨大な大砲のような銃器を展開する。銃口が展開し、伸縮式の砲身からバチバチと放電現象が起きている。

 

「ファイア」

 

 その砲口から極太のビームが砲身から放たれる。見るからに高威力のものだが、その速度はいつものセシリアのレーザーよりわずかに遅い。動体視力の優れた鈴はすぐにそれに反応する。

 確かに当たればシャレにならない威力のようだが、かなり余裕を持ってそれを回避………したはずであった。

 

「んなっ!?」

 

 そのビームが回避した鈴を追随して曲がってきた。これには鈴も意表を突かれて反応が一歩遅れてしまう。慌ててさらに回避機動をとってギリギリで直撃は避けたが、かすったためにそれなりのシールドエネルギーを削られる結果となった。

 

「ビームを曲げた? またとんでもないもんを!」

「拳で地を割る鈴さんに言われたくありませんわ」

 

 そう言いながらさらなる砲撃を放つセシリア。そのすべてが直線ではなく、曲線軌道を描いて鈴に予測できないものであった。鈴はギリギリで直感と反射に任せて回避するしかない。

 

 曲げることを前提とした砲撃兵器。それが歪曲誘導プラズマ砲『アルキオネ』である。

 

 そんな鈴の機動を先読みするように曲がる砲撃を撃ち出すセシリア。この『アルキオネ』はたしかに曲げることが最大の特徴だが、それはあらかじめ計算して撃ちだした結果である。ホーミングするわけではないのだ。だから固定された的を死角から砲撃することが正しい使い方で、動き回る的にあてるような武装ではない。だからセシリアは鈴の回避機動を先読みしながら曲げる軌道を計算している。

 特殊軌道を描く砲撃で鈴を足止め、あわよくば直撃させたいと思うが、そう簡単にいくとは思えない。

 

「だんだん慣れてきたわ。それ、追尾するわけじゃないみたいね?」

「もともとは遮蔽物越しに砲撃するものですからね。動くものを当てるものではありません」

「それで狙撃してくるあんたのでたらめさがよくわかるってわけよ」

 

 鈴はひらりと曲がるビームを回避する。軌道を読み違えても『龍鱗帝釈布』で受け流す。さすがに膨大な熱量をもつそのビームを直接受け止めようとはしない。ショットガンで貫通され、削られた状態ではそれも不安なのだろう。

 正しい選択だ、とセシリアは内心で鈴を賞賛する。極めて慎重、そして合理的だ。猛々しく、荒々しいという獣みたいに戦うくせに、鈴はあれで頭はきれるほうだ。そうした心構えを教わっているのだろう。よほどいい師がいたのだろう。

 だが、だからこそ。

 それはセシリアの狙い通りの展開であった。

 

 

 

 

 ―――――そろそろ、仕込みは十分でしょう。では、狙うとしましょうか。

 

 

 

 

 セシリアが機を見て、ビットのひとつにある機能を開放させる。第四の特殊機能を備えたビット。そのうちのひとつをゆっくりと慎重に鈴の周囲を旋回させる。それを悟られまいと、膠着状態を演出しながらなおも砲撃を繰り返す。

 

 そして、わずか一瞬の隙を見出して、――――。

 

 

「どうしたのセシリア、このまま押し切らせてもら………あぐっ!?」

 

 

 突如、鈴がのけぞる。それは攻撃を受けたためだ。だが、どこから?

 

「全周警戒していたはず……ッ! 『龍鱗帝釈布』で死角もちゃんと防御を……!?」

 

 鈴がハッとなって自身を纏っているものに目を向ける。鈴が見たものは、ショットガンで削られ、ビームの熱量で焼かれ劣化を起こした『龍鱗帝釈布』であった。そして気付く。今の攻撃は、背後からビットのレーザーで撃たれたのだと。そしてそのレーザーは、破損した『龍鱗帝釈布』の隙間を抜けていたのだと。

 

「まさか、このためのショットガンと熱量兵器だったわけ?」

「気付いたところで、もう遅いですよ」

「やってくれるわね、セシリア!」

 

 切り札のひとつをあっさり攻略されて鈴が歯ぎしりをしながら威嚇するように唸る。

 いかにレーザーを弾く性質を持っているとはいえ、あれほどの大出力ビームを何度も舐めれば過負荷でオーバーヒートしてもおかしくない。もともと受け流す武装なため、長時間の耐久性は決して高いとはいえない。それを狙ってセシリアはあんな狙撃に不適切な大砲を使ったのだ。曲がるビームという特徴も、鈴の意識を引いた要因だ。おかげで真の狙いに気付くのが遅すぎた。

 さらに実弾のショットガンで『龍鱗帝釈布』を削り、レーザーを通す穴を作る。この穴はビームの熱量で炙られて劣化を促進させ、これがレーザーを弾く性能を落としている。

 

 そうしてボロボロになったところを見計らって、隙間を縫うようなスナイプで絶対の防御であるはずの『龍鱗帝釈布』をすり抜けて本機へダメージを与える。言葉にすれば簡単だが、どれだけ難しいかは言うまでもない。特に動き続ける鈴の纏う防御の隙間を縫って狙撃するなど、本当に人間かと疑うほどだ。

 しかも、その狙撃はなんとビットによる遠隔射撃で行ったのだ。信じられないことだが、セシリアは空間把握だけで通常でも難しい狙撃を平然とやってのけた。少なくても、鈴にはそう見えた。

 

 曲芸なんてものじゃない、神業というべき技量を見せつけられた鈴は素直にセシリアに賞賛する。これは、脱帽するしかない。

 

 しかし、もちろんセシリアの技量が恐ろしく高い領域にあることは間違いないが、それ以外にも種はある。それが狙撃特化独立誘導兵器『スナイプ・ビット』。ブルーティアーズtype-Ⅲのビットが持つ「ステルス・ビット」「ジャミング・ビット」「イージス・ビット」に続く四つ目の特殊ビット。

 ビットそのものに狙撃用スコープが内蔵され、本機であるセシリアのハイパーセンサーと同調、さらに精密射撃ができるよう、姿勢制御能力も向上されている。欠点として、「スナイプ・ビット」使用時は視界が二つ重なって見えるため、並列思考ができなければ制御することすらできない、という点であるが、セシリアにおいてこれは欠点ではなく利点である。なぜなら、並列思考制御が得意なセシリアにとってこれは常に多角的な視界を得られることになるためだ。だからセシリアは狙撃しなくても時折この機能だけを使って死角を補ったり、ビットによる斥候を行ったりしている。

 

「私は鈴さんと違って、獣じゃなく狩人のほうですから。弱らせて、隙を吐き出させる。こういった搦手のほうが得意だったりするんですよ?」

「龍と虎も狩れるのか試してやるわ!」

 

 『龍鱗帝釈布』の防御が揺らいでも鈴のすることは変わらない。狩られる前に、食い破る。自身を龍と虎を体現すると自負する鈴は、最後まで猛々しく戦い続けるだけだ。

 

「………とはいえ、きっついわねぇ」

 

 鈴はセシリアには聞こえないような小声で呟く。

 わかってはいたが、さすがに楽に勝たせてはくれない。『龍跳虎臥』も、『龍鱗帝釈布』も、はじめこそ圧倒したがすぐに対応されてしまった。主武装とビットを半数近く破壊したまではよかったが、そこからが手ごわい。一見すれば苦し紛れに新武装で対抗するかと思えば、それらはすべて状況打破するための伏線。そして今、鈴は切り札のひとつをほとんど攻略された。

 鈴とて、『龍鱗帝釈布』の弱点は火凛から聞かされていたので把握していた。たしかにビームなどに対して強力な防御力を持つが、それは『いなす』能力であって『受け止める』能力ではない。つまり、防壁としての使い方をするには強度が足りないのだ。だから鈴は常に流動させるように自身に纏わせていたし、あくまで受け流すという形でしかレーザーを受けないようにしていた。

 さすがに至近からのショットガンはどうしようもなかったが、それを起点にじわじわとダメージを蓄積されていった。このままではあの大出力の曲がるビームを受けるか、ピンポイントで狙ってくるビットによる狙撃で背中を撃たれるか、そのどちらかだろう。

 破壊力は鈴が圧倒的に勝っているのに、このままでは決め手に欠ける。それどころか長い時間をかければ追い込まれていくのは鈴のほうだ。

 これ以上の武装は今の鈴と『甲龍』にはない。今あるもので打開するしかない。

 

「あたしに残っているのは、………」

 

 目の前に大出力ビーム。

 ランダム回避が読まれた。そう理解するやいなや、鈴は咄嗟の判断で『龍鱗帝釈布』を前面へと押しやる。おそらく正面から受け止めれば、完全に破壊されるだろう。使い捨ての盾となってしまうが、それでもこの状況は回避できる。

 しかし、それは鈴の敗北を意味していた。

 『龍鱗帝釈布』を失った『甲龍』に勝機はもはやほとんどない。だから、鈴は刹那しかない時間で思いついた自身の直感に従った。

 

「……っ!?」

 

 鈴がしようとしていることを察したセシリアが息を呑む姿が目に入るが、認識している余裕はない。鈴は右腕に『龍鱗帝釈布』をぐるぐると何重にも纏わせ、目の前に迫るビームに向かって振りかぶる。

 

「まさか、殴るつもりですか……!?」

 

 鈴がニヤリと笑う。これほどの大出力のビームを殴り飛ばそうなんて、正気の沙汰じゃない。だからこそ、鈴は笑ってみせる。だからどうした、と。

 

「あたしの『甲龍』に、砕けないものなんか…………ないのよぉっ!!」

 

 渾身の力を込めた発勁掌。レーザーやビームを弾く特性を持つ武装を纏っているとはいえ、直撃すればただではすまないものに真っ向から立ち向かうという鈴の選択は間違いなく愚策であった。武器のひとつを捨てれば回避できるのに、それをしない。

 見ていた人間の多くは鈴のミスと思っただろう。

 

「はああああああああーーーッ!!」

 

 だが、鈴は気合と根性でそんな人間すべての予測を超越する。

 

「―――撥ッ!!」

 

 虎と龍の咆哮が形となったように破壊の光を霧散させる。鈴の右腕に巻かれた『龍鱗帝釈布』は焦げた上に一部が融解しており、その下にある腕部装甲には亀裂が走っている。

 見るからに満身創痍であるが、鈴の笑みは消えない。

 

 そんな鈴に向かって、セシリアが戦闘中にもかかわらずにパチパチと拍手を送っていた。それは、自身の攻撃をことごとく真正面からぶつかって打ち砕いてきた鈴に対する純粋な賞賛であった。

 そして鈴も、セシリアの賞賛を素直に受け取った。

 

「はははっ、楽しくなってきたわ。これだよ、あんたを真正面から打ち砕きたかった!」

「私はまだ砕けてませんよ? その自慢の龍の牙………私に届かせることができますか?」

「あんたこそ、まだ、あたしは貫けていないわよ!?」

 

 ギリギリのシーソーゲームに楽しくなってきたのか、セシリアも鈴につられるように笑みを見せる。

 鈴の選択ははっきりいって愚策だ。セシリアならば、勝算があってもまず実行しない。ハイリスクローリターン。そうとしかいえない有様だ。

 

「とはいえ………鼓舞としては最高のようですね」

 

 真正面から破ったことで鈴の気合もさらに滾っているし、このような豪快なものを見せられた会場の空気も鈴のほうへと傾いている。状況はセシリアが有利だが、戦いの流れは鈴に傾きかけている。猪突猛進もここまでくれば立派な戦術だろう。

 

「このあたりは、私も見習うべきところでしょうね」

 

 リスクを恐れずに強引に場の流れを掴む。これはセシリアにはない才能だ。鈴はそれを持っている。紛れもない鈴の才能だろう。

 

「それでこそ、倒し甲斐があるというものです!」

 

 このまま鈴を勢いづかせないように次々とビットのレーザーと『アルキオネ』によるビームを浴びせるセシリア。

 鈴はそれらを回避しつつ、避けきれないものは『龍鱗帝釈布』を巻いた右腕を振るって弾いている。右腕に何重にして巻くことで即席の対ビームの盾としている。思い切りのいい選択だ。

 

「うおおおぁぁらあっ!!」

「落ちなさい!」

 

 さらに互いにどんどん熱が入っていくかのように戦う二人の気迫も会場全体を包んで、模擬戦とは思えない熱気に包まれている。観客席で見ていたアイズたちも、二人の激闘の熱にあてられてうずうずしはじめる。

 まさに一進一退の攻防。稀に見る好勝負に、見ているこちらが力が入ってしまう。

 

「いい勝負だね」

「まさに互角だな。近距離型と遠距離型の戦い、というよりは力と技、正攻法と搦手の戦いだな」

「鈴ちゃんすごい……まさか、セシィとここまで張り合えるなんて」

「どうなるんだろう……?」

 

 見た感じ、鈴は嬉々としているが余裕はなさそうだ。対してセシリアはまだ若干の余裕があるようにも見える。

 しかし、それほどセシリアに余裕があるわけじゃない。確かに奥の手は残っているが、こんな衆人環視の中で使えるものではない以上、それは役に立たないと同義だ。

 鈴は変わらず右腕に防御を依存させ、『龍跳虎臥』での回避を行いつつ距離を詰めていく。攻撃力を考えれば、一度でも当てられれば一発逆転もありうる。

 対してセシリアはビットのレーザーと、左腕に『アルキオネ』、右腕に『ベネトナシュ』を持ってとにかく鈴を近づかせずに倒そうとしている。

 

 このままなら僅差でセシリアが勝つだろう。しかし、鈴には逆転の手段もある。

 どちらに転ぶわからないこの勝負の結末は――――。

 

 

 

 

 

 

『TIME OVER TIME OVER……エキシビジョンマッチを終了します』

 

 

 

 

 

 まったく感情のないアナウンスによって終わりを迎えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ!? 時間切れ!? そんなのあったの!?」

「ああ、そういえば制限時間を儲けるのが交流戦の規定でしたっけ……」

「冗談じゃない! こんな結末納得できるか!」

「同感ですが………まぁ仕方ないでしょう」

 

 時間切れという結末に納得できない鈴が喚くが、セシリアは残念そうにしながらも素直に武装を解除してアリーナの地面へと降り立った。鈴も渋々と同じように戦闘態勢を解除する。

 

「まぁ、今回はここまでにしましょう。決着は、いずれもっと相応しい舞台で………」

「しょーがない、か。あんたに一矢報いただけでよしとしときましょう。ま………あんたの切り札まで出させることはできなかったみたいだけど」

「………気づいてました?」

「妙に余裕があったからね。まぁ、次はそれすら食い破ってやるわ」

「楽しみにしておきましょう」

 

 二人はISを解除すると、アリーナ中央で向かい合って握手を交わす。

 そんな二人に観客席から惜しみない拍手が送られた。アイズたちも精一杯に手を叩いている。模擬戦というには惜しいほどの名勝負を見せてくれた二人は歓声に応えて手を振っている。

 

 こうしてセシリアと鈴の再戦は引き分けという結果で終わりを迎えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ま、こんなもんだろう」

 

 VIP席で試合を観戦していたイリーナは引き分けという結末に少々意外に思いながらも、思いのほか盛り上がった試合に満足した。本気を出せばセシリアが勝っていただろうが、さすがここで本気を見せる真似はできなかっただろう。

 むしろそんなことをしようとすればイリーナが強制的に試合を中止させていただろう。

 

「しかし、それでもセシリアと張り合うやつがいたとはな。アイズくらいかと思っていたが…………欲しいな、あの娘」

「社長、あちらは中国の代表候補生ですよ?」

「もうドイツとフランスの候補生をとったからな。今更だろう?」

「とりあえず外交問題になることは自重してくださいね?」

 

 戦力の充実のために確かに欲しい人材ではあるが、そう簡単にいかないだろう。むしろラウラとシャルロットを獲得できたのは、それぞれの国の不手際から掠め取ったようなものだ。普通なら他国の候補生を一介の企業が専有するなどできることではない。

 

「まぁいい。思ったよりもいい座興だった」

「まったくこの人は………、あ、失礼します」

 

 イーリスのポケットの携帯電話が着信を伝えて震えた。主人に一言断ってそれを取る。この携帯電話は緊急用のものだ。なにかしら火急の件が起きたときにはこれにかかってくることになっているため、イリーナもそれを咎めない。

 

「私です。どうしました? …………なんですって?」

 

 イーリスの声色が変わる。表情にも陰りを見せ、その知らせがなにか悪いものであることを示していた。イーリスがすぐに指示を出す。

 

「直ちに事実確認と、追跡調査を。報告は私に直接……」

 

 イーリスが通話を終えると、イリーナへと向き直って顔を寄せる。

 

「なにがあった?」

「社長、……それが」

 

 イーリスは「まだ事実確認がとれたわけではないが」と前置きして、それを報告する。

 それは、新たな騒乱の幕開けとなるものであった。

 

 

 

「織斑一夏と篠ノ之箒が誘拐されました」

 

 

 

 




鈴ちゃん対セッシーはドロー。ただ、セッシーの切り札を使えばセッシー勝利という形で終わりました。鈴ちゃんがいるとどうも熱血になってしまいます(笑)

そしてここしばらく影の薄かった二人が厄介事に巻き込まれました。束さんが黙っちゃいない展開に。

次回から「一夏・箒救出編」に入ります。

それではまた次回に!


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Act.46 「想いは力を肯定する」

 セシリアと鈴の模擬戦が終了した後、休憩を挟んで関係者が集まった囁かな食事会が開かれた。主役といえるセシリアと鈴も強制参加であったが、二人は適当にあしらって早めに会場をあとにした。セシリアはまだしも、鈴はあからさまに「めんどくさい」と態度で示していたくらいだ。

 挨拶だけ済ませて抜け出した二人はカレイドマテリアル本社の技術部へと向かう。模擬戦の反省会、及び技術交流を行っているところだ。

 

 観戦していたアイズたちは映像を見返しながらそれぞれ意見を述べており、技術者間でも積極的に意見交換を行っている。

 中でもカボチャマスクをかぶった篠ノ之束と、嘱託のくせに主任のごとく中国側の技術者たちを仕切っていた紅火凛が一対一でディスカッションしていた。あまりにも高度な専門用語の飛び交う議論に他の人間はまるで口を挟めないようだ。

 

「ふーん、屈折反射装甲を繊維状にして編み込む、か。しかもナノマシンを入れてるから、変幻自在に操作もできる、と。ほうほう、どうやらいろんなデータを基に、移行したときに独自に編み出したみたいだね。興味深い。マリアナ海溝くらい深いね!」

「こちらもすごいです。歪曲誘導プラズマ砲………模擬戦見ててびっくりしたけど、これ、砲身で磁場を作ってその反発力で曲げてるんですね。大出力だから燃費は悪そうだけど、これ、戦略兵器として革命モノですよ」

「IS単機で使うには出力が大きすぎるからセッシーにデータ取りしてもらってる段階だしね。まぁ、ブルーティアーズには大出力兵装を使うために、外部ジェネレーターを積んでるからね」

「………ここまで小型化できていたなんて。なるほど、これがあるからあんなエネルギーを食う兵器を使えるってわけ……おお、しかもコアエネルギーからの変換効率がこんなに高いなんてすごい。それに機体だけじゃなく、ビーム兵器そのものにジェネレーターを積むことで連射できるまでエネルギー供給を可能にしてる……」

「お、わかる? でも『甲龍』もよくチューンされてるよ。あれ、操縦者の格闘能力を完璧に発揮できるようにしてる。格闘系のチューンって負担が大きいから難しいんだけど」

「わかりますか! うちの脳筋の姉と、その弟子が『物理法則、なにそれ?』って動きばっかするからISで再現するようにOSを組むのがどれだけ大変だったか……!」

「ああ、発勁だっけ? さすが中国何千年の歴史だねぇ。あれはさすがに驚いたよ。ISとはいえ、武器もなしに大地を割るなんてちょっとびっくり。それを再現するOSを組むなんて、………あなた、けっこう天才なんじゃない?」

「あなたほどの人にそこまで評価していただけるなんて、光栄です」

「いやいやそれは謙遜だよ。あなたなら、うちにきても副主任くらいすぐなれるんじゃない? てかウチ来る?」

「っ!? ほ、ほんとですか!?」

「もちもち。技術部の人員はある程度融通利かせられるし、あなたくらいの人なら是非来て欲しいよ!」

 

 まるで同じ趣味の人を見つけたかのように熱中していた二人だったが、さすがにその話題に及ぶと聞いていた鈴が慌てて介入する。ちなみに姉の雨蘭はとっととイギリス観光に行ってしまっていた。

 

「ちょ、先生!? 先生がいなくなったらあたしの『甲龍』は誰が面倒みるんですか!?」

「じゃあ鈴音も一緒に移籍しようよ」

「あたし、一応中国の代表候補生なんですけど!? そんなことしたら『甲龍』返却しなきゃいけないでしょ!?」

「うーん、しょうがない。残念だけど、この話は保留で。まだ手のかかる子がいるんで」

「うんうん、いつでも歓迎するからね。はいこれ、私のアドレス」

 

 関係者にしてみれば金塊より価値のある篠ノ之束直通アドレスを手に入れる火凛。以前楯無が手に入れたものではなく、束のプライベート用のものなので知っている人間はほんのわずかしかいない。そこまで束が気に入る人間、しかも自身と同じ科学者を認めるのは本当に珍しい。

 束自身、世界最高の頭脳だと自負しているため、自身に比肩しうる人間というのはそうそう認めようとはしない。束がここまで評価する科学者は火凛で二人目であった。

 

「にしても、先生もそこまで入れ込むのも珍しいですね。野良猫みたいに気まぐれなくせに」

「そりゃあ、尊敬してる人からお誘いがあれば私もテンション上がっちゃうよ?」

「先生が尊敬してるなんて、あの篠ノ之束しかいなかったんじゃないですか?」

 

 何気なく言った鈴の言葉に、カボチャマスクを被った束がギクリとする。この場には束の正体を知らない、否、知ってはいけない人間が多くいる。そこでその名前を出されるのはまずい。ちなみに束はあからさまな偽名である『トリック・トリート』という名前で通している。偽名だとわかるようにした理由として、『テロ行為が活発なので身分を隠すように社長命令があったので』としている。この理由はけっこうマジな理由である。

 

「いやぁ、世の中って広いねぇ。私、ファンになっちゃって」

 

 と、火凛がやや曖昧に答えながら、束に向かって流し目を送る。束はカボチャマスクの下で冷や汗をかきながら、火凛が自身の正体に気づいていることを悟る。

 

 

 ――――あらら、ばれてるかな、これは。お願いだから誰にも言わないでね火凛ちゃん。じゃないと口封じしなきゃいけないから。いや、マジで。具体的には私じゃなくてイリーナちゃんが、だけど。あ、実行犯になるのはイーリスちゃんのほうかな? 

 

 

 そんな束の心配が杞憂だというように、火凛が軽くウインクをしてくる。大陸系美人のウインクは色っぽいなぁ、なんて思いながら束は感謝の意味を込めて小さく頷いた。せっかくできた友人を失うことにならなくてよかった、と心中で安堵していたことを察していたのはセシリアただひとりであった。

 

「お?」

 

 するとそこで束がある人物に目を向ける。アイズの隣で嬉しそうにしながら佇んでいる水色髪の少女だ。その少女の顔からは、好きな人の隣にいることが嬉しくてたまらないという、そんな純粋な好意が溢れかえっているような幸せオーラを発している。

 束の目がキラリと光る。ツカツカと足音を立てながら、そんな幸せそうな更織簪のもとへと向かう。

 

「あれ、どうしたのたば……博士」

「?」

 

 いきなりやってきたカボチャ頭の怪人物に簪が怪訝そうな顔をする。顔を隠しているとはいえ、束は無遠慮にジロジロとそんな簪を舐めるように視線を這わせる。

 

「えっと、あの……?」

「君かぁ、ウチのアイちゃんに手ェ出したっていう泥棒猫は?」

「ど、泥棒猫……!?」

「アイちゃんの嫁になるなんて随分と不相応な人だね、君は。そんなことをすればカレイドマテリアル社の社員の七割が敵に回るよ?」

「嫁!? な、なんのこと!?」

「簪、博士はおまえが姉様に相応しいか見聞しているのだ」

「だから、なんでそんなことに!?」

 

 横からラウラが死地へ行く兵を見送るような表情をして告げてくる。それは簪を見送った楯無と同じものであった。

 

「まぁアイちゃんが可愛くてしかたないのはわかるよ? なんたってウチのマスコット(非公式)だからね!」

 

 ちなみにアイズは社内情報雑誌『カレイドスコープ』の表紙を飾るモデルでもある。ときどきセシリアや、その他社内で有名な美人社員も写るが、アイズが圧倒的に多い。目を閉じた表情しかないにもかかわらず、それでもしっかり可愛らしく喜怒哀楽を表現するアイズの人気はそこらのアイドルよりも人気がある。アイズの人柄もその要因のひとつで、技術部だけでなくどの部署でも知り合った人の名前をちゃんと覚えているアイズは誰からも好かれていた。

 ちなみに来月号はアイズとラウラの姉妹ショットの企画が上がっているところである。

 

 つまり、アイズの嫁と宣言する、それはすなわちアイズのファンを敵に回すということだ。そのアイズ愛好の徒である筆頭の束にしてみれば、ぽっと出の小娘に手を出されるようなものだった。

 

「でもね、アイちゃんはあなたが思ってるかは知らないけど、ただの可愛い可愛い女の子じゃないの。アイちゃんを守れるような子じゃなきゃ、あの子の傍にいる資格なんてないんだよ」

 

 束が仮面の奥でキッと睨みながら簪に告げる。

 アイズの過去を知る者は社内でも多くないが、アイズ・ファミリアという少女の凄惨な過去を知っている者は少なからずいる。そして、未だにその過去の呪縛から逃れられないアイズが、これから先も同じように動乱に巻き込まれていくであろうことを予感している。そしてそれはアイズ本人も望むことでもある。アイズは、立ち向かうことを選んだのだから。

 

 だからこそ、束はただ言葉だけの弱者が傍にいることなど認めない。セシリアや、同じ苦しみを持ったラウラのような、本当にアイズを理解している人でなければ納得しない。

 束にとっても、アイズは可愛い妹分であり、手塩にかけて育てた弟子でもある。そして、束自身の夢を一番理解して応援してくれている大切な理解者だ。

 

 だから束は認めない。覚悟も力もない者が、アイズを守ることなんてできないから。

 

「…………」

 

 簪は驚きこそあったが、そんな辛辣に言われた言葉が自身の覚悟を試すものだと悟る。覚悟も実力もない小娘が偉そうなことを言うな、つまりはそう言われているのだと理解した。

 

「私は……」

 

 ならば、言わなくてはならない。自身を救ったものが、力を求めた理由が、そうありたいと願いものが、いったいなんなのか。

 

「確かに、私は弱いです。セシリアさんにも、ラウラにも勝てない……そして、アイズよりも弱い」

「わかってるじゃない。そもそも、アイちゃんより弱いくせに……」

「それでも」

 

 それでも。簪は仮面の奥で自身を見つめる瞳に、語る。

 

「私は、アイズが好き」

「…………」

「私は、この子が愛しくてたまらない。私を救ってくれた、私に気づかせてくれた、私を見てくれた………そんなアイズが、大好き」

「………だから?」

「だから、傍にいたい。守ってあげたい。……力があるから傍にいるんじゃない。傍にいたいから、私は強くなりたい。だから……ここに、来た」

「…………」

「だから、これも恥とは思わない」

 

 すると簪はその場で膝を付き、ゆっくりと手を床につけて、そのまま頭を下げた。周囲にいた人間が驚き、目を見張る中、束はじっと………土下座した簪を見つめている。

 

「あなたの、力をかして欲しい。アイズを守れる力が、欲しい」

 

 目は見えなくとも、簪がいったいなにをしているのか気配だけで察したアイズはオロオロとしているが、なにを言えばいいのかわからずに黙って行く末を見守るしかなかった。セシリアやラウラは簪の覚悟に共感でもしているように真剣な面持ちで頭を上げる簪を見つめ、シャルロットやその他の人間はいきなりの光景になにもできずに呆然としていた。

 

「…………ひとつ、聞こうか。あなたは、アイちゃんのために死ねる?」

 

 それを束が問う。その覚悟はあるのか、と。この返答次第で束は簪の評価を決めるつもりだった。

 

 そして、簪は一切の迷いも見せずにそれに応えた。

 

「それはできません」

 

 ざわっと周囲が揺れる。詳しい事情はわからずとも、話の流れからイエスというと思っていた人間は多かった。しかし、簪の答えはノーであった。それにやや失望の念を抱いた人間も多かった。

 だが、束は少し違っていた。

 

「それはなんで?」

「私が死ねば………アイズは、悲しむ」

 

 束がアイズを見れば、うんうんとしきりに頷いていた。そうだ、たとえ簪がアイズのために死んだら、間違いなくアイズは悲しむ。いや、絶望すらするかもしれない。

 

「アイズの心を傷つける覚悟なんてもてない。私は、アイズを泣かせる真似はしない。そんな覚悟は、いらない」

「ほう……」

「私が欲しいのは………ずっと、アイズの隣にいられる強さだから」

 

 完全な告白であるが、場の空気は茶化すようなものではなかった。判決を待つかのような、そんな重苦しい空気しかない。

 そのまま静寂が一分ほど過ぎたころ、ふぅっと束が息を吐いた。それは、束が根負けした証であった。

 

「顔を上げて」

「………」

「及第点だけど………認めてあげるよ。あなたは弱くても、覚悟はあるってね」

「それじゃあ」

「ISを見せて。協力してあげる」

 

 簪はもう一度頭を下げて感謝を示す。立ち上がり、待機状態の自身の機体と、その改造プランのデータを渡す。束は端末でデータを流し見して、珍しく感心したように笑った。

 

「へぇ? よく考えたねこれ。荒削りだけど、なかなかいい着眼点だね………ふむ、これなら」

「どうですか? できますか?」

「三日もらうよ。それで仕上げてあげる」

「……! あ、ありがとうございます!」

 

 わずか三日でやるというのには流石に驚くが、それでも理想的な改造案が実現できると知って簪にも笑みがこぼれた。

 

「私が理論以上のものに仕上げてあげるよ。それをあなたが使いこなせるか、アイちゃんを守れるか、それとも口先だけの小娘だったか………見せてもらおうかな。ふふっ」

 

 少し楽しそうな束はそれだけ言って部屋をあとにした。残されたのは事情もわからずに困惑している大勢と、そして………。

 

「か、簪ちゃん………」

「アイズ?」

 

 顔を真っ赤にしたアイズが、もじもじとしながら見えないのに顔を気恥かしそうに背けていた。

 

「どうしたの?」

「えと、その、あ、あんなふうに言ってもらえるなんて、ボクも嬉しいけど………その、えっと………ちょっと恥ずかしい、かなー、なんて………」

「え?…………あ」

 

 今更ながらに、自分がいったいなにを、誰の目の前で言ったのか思い出す簪。

 完全に愛の告白である。しかも、こんな大勢の人間の前で、アイズの目の前で言ってしまった。元来引っ込み思案の簪は自分がとんでもないことをしてしまったことに、次第にパニックになりつつあった。

 

「あ、あ、ああ、あの、あれは………!」

「よく言ったぞ簪。姉様を守るというならそれくらいの気概がなければな」

 

 一人だけ違う方向に感心して簪に告げるラウラ。そんなラウラの言葉も、今の簪には針のむしろをさらに圧縮されるような気分だろう。

 ちなみにセシリアは苦笑しながら簪に同情するような視線を送っていた。その視線すら、今の簪には辛い。目線をそらせば今度はあからさまにニヤニヤしている鈴と目が合い、すがすがしい笑みのままサムズアップされた。死にたい。

 

「う、うううううううう!!?」

「あ、壊れた」

「簪ちゃん……!」

 

 逃げ出そうとする簪を、アイズが制した。アイズに呼ばれ、恐る恐る振り返ると、頬を朱に染めながら幸せそうに笑うアイズがいた。そんなアイズの笑顔に、簪の心臓がキュンと跳ねる。

 そんな簪に、アイズは自分をそこまで想ってくれることに嬉しくてたまらないというように、そんな幸せを噛み締めながら感謝の言葉を、精一杯の心をこめて応えた。

 

「簪ちゃん、ボクは……」

「………」

「ボクは、簪ちゃんに会えて………本当に幸せ者だよ。ありがとう、ボクを、好きになってくれて……」

「っ……、ア、アイズ……!」

「ボクも、簪ちゃんが大好き」

 

 その言葉に、感極まった簪が我慢できずにアイズを抱きしめた。アイズも、そんな簪をギュッと抱き返す。見ているほうが恥ずかしくなる抱擁である。互いが互いを想っているとわかる純粋なそれは、涙腺の弱い者なら涙すら流してしまうほどであった。

 

「アイズ………アイズは、私が守るから。守れるように、強くなるから」

「うん……なら、ボクは簪ちゃんを守るよ。一緒に、強くなろ?」

 

 それは、かつてタッグトーナメントで交わした言葉。

 

 それはあのときよりも遥かに深く、重い願いを込めて、再び交わされた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「やれやれ、アイちゃんもほんと愛されるね」

 

 束は専用のラボへと戻ると暑そうにカボチャのマスクを乱暴にとって部屋の隅に投げ捨てる。やや汗を流しながらも、束は少し嬉しそうな顔をしていた。

 束は、はじめは本気で簪を追い返すつもりだった、少なくとも、覚悟もなにもなければそうする気でいた。

 

 しかし、思った以上に更織簪という少女はアイズを愛しているようだ。あんなふうに誰かを大切に想うという気持ちは束もよくわかる。そして、その想いは決して独りよがりのものではなかった。

 なによりもちゃんとアイズの心を考えていた。それは評価する点であるし、簪を認めてもいいかもしれないと思わせるものだ。

 

「それに……」

 

 渡されたデータに改めて目を通す。

 『打鉄』をベースにしたと思われる改造機。コンセプトの発想も、そして万能型というスタイルの解釈も興味深い。ISを生んだ者としても、これはなかなかに惹かれるものがある。

 

「仕方ない、アイちゃんを守る力………それを用意してあげようじゃないか」

 

 ウキウキしながら束は頭に浮かんだ数々のイメージをそのデータに追加していく。束の脳内ではすでに完成系のイメージができており、そこからさらに束流に魔改造する案と、それによってさらに魔改造された完成イメージもできている。頭の中だけで簡単に理論の実証を繰り返し、いけると判断した束は早速作業に取り掛かった。

 こうなると遠慮なく思い切りやってしまうのが束である。三日後に簪がひっくり返るほど驚くことになる魔改造がこうして始まってしまった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「で、事実だった、と」

「はい」

 

 三日後、社長室でイリーナはイーリスからの報告を聞いて心底忌々しそうに唸った。

 

「織斑一夏、ならびに篠ノ之箒は五日前から行方がわかっていません。この二人が誘拐されたと知ったのは……運が良かった、としかいえません」

「亡国機業を探っていた別の網に引っかかった、か」

「それがなければ、おそらくは今でも気づかなかったかもしれません。今頃日本では大騒ぎです、もちろん、表には出てませんけど」

「しかし、こうも発覚が遅れるとは……日本政府も二人には護衛をつけていたはずだろう? そこまで平和ボケしていたのか?」

「あの国、テロ対策は先進国にしては遅れてましたから。まぁ、それは平和っていう証左でもあるんですけど、ね。ちなみに護衛はいたそうですが、すべて出し抜かれてますね。実行犯が上だったのか、護衛が間抜けだったかは判断に困りますけど」

 

 一夏と箒は二人同時にさらわれたらしい。そのとき、同時にIS『白式』も持ち去られている。そしてこの二人が知れずに日本国外へ連れ出されたのは確認済み。二人が囚われていると思しき潜伏場所ももうじき洗い出しが終わるころだ。しかし、その場所は……。

 

「ドイツ、か」

「はい、そしておそらくは………ドイツ軍の、非公式の基地である可能性が高いです」

「やっぱり手駒にされていたか。軍が秘密結社に乗っ取られているとは、お約束というか、なんというか……」

 

 ラウラの一件からきな臭いものは感じていたが、かなり深いところにまで亡国機業の根が張られていたらしい。そもそも、そうでなければどんな技術にしろ、虎の子である軍のIS部隊で実証実験するような真似などしまい。ヴォ―ダン・オージェの移植にもそんな裏事情があったようだ。

 そしてさらに問題となりそうなのは、その場所だった。非公式にしては、その規模はかなり広大だ。しかも、どうやら地下に大きな空間があるらしくイーリスが調べただけでもそこへ多くの資材が秘密裏に運び込まれている。ここから想像できることは―――。

 

「おそらくだが………無人機の工場、か」

「可能性は十分にあります。そもそも、あの質と数を思えば、軍や政府が絡んでいないほうが考えられません」

「その間抜けがドイツ軍だった、と。ま、他にもありそうだが……」

「とにかく、どうします? 非公式なので、どのくらいの規模の戦力があるかも未知数ですし、そこまで調べる頃には二人が別の場所へ移送される恐れがあります」

「そうなったらさすがにまずいな」

「はい、奪還するなら、遅くても五日以内……いえ、三日以内でしょう」

 

 もし二人が別々の場所に移送されれば、奪還できる可能性がどんどん薄れる。二人一緒にいるであろう今動かなければ、機を逸してしまう可能性が高い。

 

「日本の対応は?」

「この件を公にしないようにするほうが大事みたいですよ」

「相変わらず力の入れ方を間違ってるな、あの国は。地力で奪還できると思っているのか?」

「そもそも、国外にいることも掴んでないでしょう」

「織斑千冬は?」

「政府のほうが隠してますが、時間の問題でしょう。事実、彼女も弟になにかあったのではないかと疑問を抱いているようですし。私も一度お会いしましたが、あの方は知れば間違いなく動きます」

「そうなる前に片付けねばな。織斑千冬が動けば、良くも悪くも目立つ。そうなればこちらも動きづらい」

「もちろん、無視するという手段もありますが………」

 

 織斑一夏と篠ノ之箒。この二人と直接関わりのないカレイドマテリアル社が動く理由はない。むしろ下手に手を出したほうが悪影響を生む可能性がある。メリットはなく、デメリットはある。その程度のものである。

 

「それはダメだ」

 

 そう、それはダメなのだ。なぜなら、そうなれば束は間違いなく離反する。

 束をカレイドマテリアル社に技術協力をする条件のひとつとして、必ず履行する契約がいくつか存在する。そのうちのひとつに、『篠ノ之束の身内に危害が及ぶ場合、社が全力をもってこれに対処、または救援する』というものがある。

 もしこの事態を知った上で無視すれば、それは裏切り行為だとして束の怒りを買って離反されるどころか、社をめちゃくちゃにされてしまうだろう。束ならそれくらいやるし、実際にできるのだ。

 

「契約は絶対だ。だから、あいつの身内が誘拐されたのなら、どんな手段を使ってでも奪還しなくてはならない」

「はい。それに子供が誘拐されて見て見ぬふりなんて、大人として恥ずかしいですからね」

「それにな、私としても個人的にこんな手段を使うやつは気に食わん」

 

 イリーナとて、裏では灰色の手段を使う暴君であるが、それでも悪党には悪党の矜持があり、ルールもある。

 

「子供を誘拐するなど、そんなやつは悪党ですらない、ただのクズだ」

「それについては同意します」

「ゆえに、やるなら徹底的に潰す。その場所が非公式なのは幸いだ。消滅させても表立って責任追及はできないからな」

「………では」

「そうだな、………束を呼べ。そしてセシリア、アイズ、……シャルロットとラウラもだ」

「小さな国すら消滅できる戦力で殴り込みですか。相手は一応、他国の軍隊ですが」

「言っただろう。やるからには徹底的に、だ。証拠など残さん。残してもすべてもみ消してやるよ。それが暴君の権力の使い方だからな。……二人を奪還したのち、その基地は消滅してもらう。おまえもバックアップに回れ」

「承知いたしました」

 

 礼をして部屋から出ていくイーリスを見送ったイリーナが、窓から見える晴れ晴れとした青空を見上げた。どうやら心がこんな空のように晴れ晴れとすることはしばらくなさそうだ。

 

「さて、まずは束が暴走しないように釘をさすことからだな………。それにしても舐めやがって、クソが。束ほどではないが、さすがにここまで好き勝手されると、私も我慢の限界だな。ま、我慢などする気もないが………」

 

 決して表には出ない、ISを使った戦い。それは、もう戦争といってよかった。

 

 IS軍事基地への、ISによる強襲作戦。

 

 そんな暴挙は、ただ家族を、仲間を助けるために、肯定される―――。

 

 

 




出張があり少し更新が遅れました。出張もいいが連休をよこせ。

今回は軍事基地強襲の導入編。鈴ちゃんと簪さんも参戦します。代表候補生がそんな作戦に参加するのはまずい?

イギリス代表候補生「すべて消滅させれば問題ありません」

中国代表候補生「バレなきゃいいのよ」

日本代表候補生「アイズがいくなら私もいく」

なにより仲間の危機に黙っているやつはひとりもいない。まずいことはすべて暴君がなんとかしてくれます。暴君の正しい使い方です。

シャルロット、そして簪の魔改造機がここでお披露目となります。そして束さんも当然参戦。

束+魔改造ヒロインズによる強襲………なにこの過剰戦力。

そして気づけば通算五十話目となりました。いったい何話で完結するのか作者にもわかりません(汗)


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Chapter 5 無人機プラント強襲編
Act.47 「アサルト」


 ドイツのとある地方、ほとんど人のいない渓谷のような地形に隠れるようにそこは存在していた。表向きは軍の観測施設とされているが、そこはれっきとした軍事施設であり、地下に広がる空間では数多くの兵器を製造、保管しており、表には出せない兵器工場として存在している。

 地上にあるのは、観測所として擬態しているために小さな施設であるが、そんな場所に不相応なほどのセキュリティが張り巡らされている。そして、周囲の地形には隠れるようにして複数の機影が見られた。

 それは、紛れもない無人機の姿であった。

 

 範囲内に侵入したものを排除するようにプログラムされているそれらは、ただただ無機質な赤い光を目に宿して周囲を見張っていた。

 

 しかし、そんな哨戒機のうちの一機に異変が起きる。ザザー、といきなりノイズが交じり、本施設とのリンクがカットされた。異常事態に自己判断でその場から離脱し、帰投しようとするが、その背後に瞬間移動でもしたかのように一機の機体が現れる。

 

 そして、その機体が手に持ったナイフを振り、無人機の頭を一瞬で切り落とす。スパークする機体に、さらにナイフを突きたて、動力系を完全に破壊。爆発させずに機能停止させられた無人機はそのまま地面に崩れ落ち、ただのオブジェと成り下がった。

 それを作り出した人物……愛機である『オーバー・ザ・クラウド』を纏ったラウラが冷たい視線で破壊された無人機を見下ろし、完全に破壊したと判断すると量子通信で連絡を入れる。

 

「こちらラウラ。哨戒機を破壊した」

『ご苦労さまです。一度戻って合流してください』

「了解」

 

 そして音もなく……いや、姿すら消失させてその場から消えるラウラ。

 そしてやや距離を離して待機していた面々がいる場所へと戻ると、機体を覆っていたマントを脱ぎ捨てて再び姿を現した。

 

「ステルスシェードはどう?」

「問題なく。無人機のレーダーも無効化しています」

「……アイズもきました。あちらも問題ないようですね」

 

 同じようにステルス装備で哨戒機を破壊したアイズも合流する。機体をラウラと同じステルス効果の高いマントで覆ったままその場に着地する。

 

「ただいま。哨戒機破壊、完了だよ」

「お疲れ様です姉様」

「ラウラちゃんもね」

 

 一時的にISを解除してほっと一息をつくアイズ。

 目的の秘匿基地からかなり距離を離しているため、ここまでは敵の索敵範囲にも入らない。

 

「束さん」

「ん、あと十五分は大丈夫。その隙に突入するよ」

 

 束が自らのIS『フェアリーテイル』を纏った状態で答える。『フェアリーテイル』の周囲には二機のまるで妖精を模した形状のビットのようなものが浮遊しており、さらに遠方から同型のものが五機飛翔してきた。それらを回収すると束もISを解除していつもの白衣姿へと戻る。

 

 そんな束が振り返ると、そこにはアイズをはじめとしたこの作戦に参加する面々が顔を揃えていた。

 

 束にしてみれば、自らの我侭に付き合わせる形だ。しかも二名ほどはほとんど脅す形で参加してもらった。だから申し訳ない気持ちもあるが、ここにいる全員は最後には自らの意思で参戦している。

 

「今更だけど………ごめんね、私の我侭につきあわせちゃって」

「そんなことはありません。私も、二人を放っておくほど友情に疎いつもりはありません」

 

 セシリアは確かに大局を見て判断しているところもあるが、クラスメイトを見捨てるなど許容できることではなかった。

 

「束さんだけじゃないよ。ボクにとっても、二人は大事な友達だもん」

 

 アイズも同じだ。それに箒のことはなにかと気にかけていたし、束と仲直りして欲しいとずっと思っていた。だから、束が箒を助けたいというのならそれに力を借すのは当然のことだった。

 

「僕だって、一夏たちを助けたいし」

「うむ。任務じゃなかったとしても、志願していただろうな」

 

 シャルロット、そしてラウラも同様だ。シャルロットは特に一夏は気にかける存在であるし、ラウラも一夏と箒には過去に迷惑をかけた借りもある。

 

「ったく、一夏のやつもいつからお姫様みたいなキャラになったんだか。はやいとこ助け出してからかってやろうじゃない」

「そのための力がある。なら、協力させてもらいます」

 

 そして鈴と簪。この二人は完全に部外者という立場であるが、戦力の欲しかった束が技術協力を条件に参加を確約させた。簪はともかく鈴は断る十分な根拠があるのだが、一夏と箒を救出するためと聞かされては断るなどありえない。立場上かなりまずいが、そのあたりは暴君がごまかすと聞いて即断で参加を表明した。

 その際に束の正体を知られることになったが、口外しないこともあっさりと確約してくれた。

 

「………ありがとう。このお礼は、必ずするよ」

 

 可愛い妹と弟分を助けたい束にとって、彼女たちの協力はなくてはならないものだ。束だけでも救出はできるかもしれないが、二人の安全を確約するには至らない。束は自分の才能や力は世界最高だと自負しているが、それでも万能だと思ったことはない。いや、思ったいたが、それは違ったのだと過去に思い知っているのだ。

 

「水臭いですよ束さん」

「アイちゃん……」

「ボクたちにとっても、二人は大事な友達ですし、それに………ボクは、いつだって束さんの味方です。ううん、ボクだけじゃなくて、みんなも」

 

 束が全員の顔を見渡すと揃って笑って応えてくれた。

 どこか、胸の奥が暖かくなるような、そんな懐かしくも心地よい感じに束はくすぐったそうにしながらも、すぐに表情を引き締める。

 ここから先は隠密も意味がなくなる。この先、一夏と箒が監禁されていると思しき地下空間の詳細マップは手に入れる時間も余裕もなかった。だから、隠密行動はここまでが限界だ。

 これからは力ずくによる強襲作戦となる。

 

 作戦名『オペレーション・アサルト』。そのフェイズ1は地上部の制圧。まずは哨戒機の全滅、そして……地上施設の完全破壊。

 その後、地下基地へと入口から侵入、電撃的に基地を制圧して二人を救助する。単純であるが、時間をかけられないためにかなりシビアな作戦である。

 

「……じゃあ、フェイズ1の仕上げといこうか。セッシー、お願い」

「はい」

 

 セシリアが『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏い、そしてかつて使用した規格外な武装、戦略級超長距離狙撃砲『プロミネンス』を展開する。

 巨大なステークが地面に刺さり、ジェネレーターのフィンがスパークしながら激しく回転する。長い砲身がゆっくりと動き、敵基地へと向けられる。

 小高い丘の上から肉眼では見えないほどの距離にある地下施設への入口があると思しき地上施設へ狙いを定める。地上部が無人というのは確認済みだ。だから遠慮なく破壊できる。

 

「全員、準備はいいですね?」

 

 全員がISを装備し、さらにアイズとラウラと同じステルス機能を与えるステルスシェードをローブのように纏う。それを確認したセシリアが狙いを確認しながらトリガーに指をかける。

 

「破壊と同時に即座に侵入します。………発射まで、カウント10………」

 

 ゆっくりとカウントダウンしながら、各々が機体を浮遊させて準備を整える。そしてカウントゼロと同時に、セシリアがトリガーを引いた。

 

「Trigger」

 

 光の奔流が一筋の矢となって発射される。絶大な破壊力を秘めるそれは、まっすぐに夜の闇を切り裂き、地上施設へと突き刺さった。直後に爆音と豪炎が発生するが、それすら消し去るように光の奔流がすべてを舐めとるように消滅させ、残ったものは更地だけであった。そこへ、ぽっかりと空いた穴がまるで奈落の底へ誘うような不気味さをもって姿を現した。地下施設へと通じるシャフトだろう。

 

「フェイズ2へ移行します。全機、突入してください!」

 

 全機が全速力でそのシャフトへと飛翔し、躊躇いなくそこへ突入していく。事前に哨戒機を全滅させたので障害となる敵機もいない。はじめに束、アイズ、鈴、そしてシャルロット、ラウラ、簪と続き、最後にセシリアが突入する。

 その後に残ったのは、ただ静寂に包まれた破壊された施設だけであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 およそ地下800メートルほどまで降下し、シャフトをくぐり抜けて地下基地内部へと侵入する。エントランス部と思われる広い空間に一度降り立った面々は周囲を観察するように見渡した。広さでいえば、標準的な学校の体育館よりやや広いといった程度だ。四方八方に、いくつもの通路とつながるゲートが見える。

 既に侵入がバレているのであろう、けたたましく鳴るアラームが耳障りであるが、もともと地下施設への侵入に隠密行動はできなかったのだ。うっとうしい警報装置を破壊して周辺への警戒を強める。

 そうしていると束が基地内部の情報端末を見つけ、その端末に『フェアリーテイル』のテイルユニットを接続、基地内部の管制システムの掌握と内部の詳細マップの検索を行う。機体周辺に空間モニターが展開され、凄まじい早さで文字列がスクロールしていく。

 

「……回線の接続を確認。……よし、監視モニターの無効化を完了………みんな、もういいよ」

「ふぃ~、すごいけどやっぱ動きにくいったらないわね、これ」

 

 基地のモニターを無効化すると同時に全員がステルスシェードを脱いで姿を現した。これで束が健在である限り、万が一にも襲撃犯として確定される証拠は残らない。あとは出会う敵機をすべて破壊すればいい。

 

「それじゃあ私はここで基地内部の掌握と詳細マップのリアルタイム情報をみんなに送信するから」

「お願いします。では、皆さん、最終確認を。量子通信は大丈夫ですね?」

 

 実はすでにこの基地内部では重度の通信障害が起きていた。その原因は束のIS『フェアリーテイル』によるもので、量子通信がなければ連絡を取り合うことすらできないほどである。もともと実装していたカレイドマテリアル社製の機体はともかく、急遽このシステムを積んだ鈴と簪の機体は最後に正常稼働のチェックを促した。不具合があれば孤立する恐れもあるのだ。

 

「あたしのほうは問題ないわ」

「こっちも大丈夫」

「では予定通りにラウラさん、シャルロットさんはここで束さんの護衛を」

「わかった」

「了解」

 

 束は基地掌握のためにここから動けない。二人はそのための護衛だ。おそらくもうしばらくすれば基地内部の防衛のために襲撃にさらされるはずだ。闇雲に探すのでは埒があかない。だから束のハッキングによる基地内部の詳細情報の入手は必要条件だ。

 そして、実際に探索、救助するのは残る四人の仕事であった。

 

 まずアイズと簪、そしてセシリアと鈴によるツーマンセルだ。単独での行動は危険であるが、全員で動けば救出に遅れが出る恐れもある。それにこのペアならタッグトーナメントをしていた経験もあり、連携も問題ない。ラウラとシャルロットもこの一ヶ月、同部隊で同じ訓練をしてきただけあって連携も問題ないレベルだ。

 

「では、行きましょう。みなさん、武運を」

「さっさと終わらせて、帰りましょ」

「気をつけてね、みんな」

「時間もない。急ごう」

 

 そして四人が二方向へバラけて展開していく。この四機は同時に束が基地内部を把握するためのマッピングの中継点にもなる。だから速やかに展開することが望ましい。

 残されたシャルロットとラウラは武装を展開しながら周囲の警戒を強めていく。

 

「博士、掌握にはどれほど?」

「まだかかる。さすがにこれだけのシステムは厄介……ま、束さんにかかれば三十分もあれば充分だけどね」

「早いけど、気の遠くなる時間だね」

 

 シャルロットが苦笑して言う。たったそれだけでこれほどの基地システムを掌握できることは凄まじいが、戦闘において一箇所でそれだけの時間を稼ぐことは過酷だ。

 

「そう言ってるうちに来たぞ。おそらく防衛用の無人機だ」

 

 そうこうしているうちに二機の無人機がエントランスへと通じるシャフトから姿を現した。さすがに基地内部でビーム砲は使えないのか、装備はこれまでみたものよりも貧弱だ。それでも十分脅威となる武装を装備しているには違いないが、それくらいでやられるような三人ではない。

 

 出現と同時にシャルロットがレールガンで狙撃する。狭い通路から現れたことが災いし、一射で二機を貫通して破壊する。

 

「これじゃモグラたたきだね」

「まだまだ来る……シャルロット、背中を任せるぞ」

「お任せあれ、ってね!」

 

 次々に現れる無人機に対し、ラウラは高速移動で攪乱し、接近戦で確実に破壊する。『オーバー・ザ・クラウド』の特性を考えれば狭い室内ではその長所を殺すことになるが、ラウラは単一仕様能力『天衣無縫』を瞬間的に連続で使用することで小刻みに不規則な移動を繰り返している。

 この機動に追随できるのは、同じくセオリー外の機動を可能とする『甲龍』の『龍跳虎臥』くらいだろう。

 そして手にする武装は切断力を増したナイフ『プロキオンⅡ』。スローイングナイフと思しき形状をしており、それらを指に挟めて片手で三本のナイフを構えており、それを振るってまるで爪痕のような破壊痕を残し敵機を切り裂いていく。

 そしてこれは『オーバー・ザ・クラウド』専用武装であるため、当然その運用方法はこれだけではない。

 

「いけっ!」

 

 ラウラが手にした三本のナイフを投げると、そのまま斥力場によりまっすぐ敵機に向けて凄まじい速さで迫り、そのまま突き刺さるどころか貫通して破壊する。『天衣無縫』の力で打ち出されたナイフはスローイングナイフとは思えない破壊力を生み出していた。

 もともと物理的なものに対して圧倒的なアドバンテージを得る『オーバー・ザ・クラウド』は、利用する武装もそういったものが有利に働く。ゆえに、ナイフの他にもステークを撃ち出す武装も備えており、射出機構は『天衣無縫』で代用している。

 そして射出して本来使い捨てであるスローイングナイフを再び引力を操り回収する。

 

 ナイフだけを回収する様子からわかるとおり、能力はナイフのみに限定して作用させている。もともと『天衣無縫』の引力と斥力の使い方は二つある。絶対条件は、本機である『オーバー・ザ・クラウド』を起点とすること、そして力場を生み出すためのもう一つの作用点は、限定したある物体そのものか、もしくは周辺場そのものに作用させる二種がある。限定した物体、この場合は『プロキオンⅡ』であるが、それだけに作用させるには事前にそれに特殊処理を施す必要があるため、初陣ではこの使い方はできなかった。しかし、調整を経て能力すべての使用が解禁となり、その戦術の幅も格段に上がっていた。

 

「ちっ、次から次へと……! ここが無人機のプラントというのも、アタリか……!」

 

 しかし、ラウラの殲滅速度を上回る早さで無人機が集まってくる。束が基地内のシステム掌握をしているからだろう。敵にしてみれば優先的に排除したいはずだ。

 だがラウラは依然として対多数戦に有利な武装はない。ラウラだけでは押し切られてただろうが、ここにはもうひとり、頼れる仲間がいる。

 

「いけぇっ!」

 

 合計六門の重火器を同時展開して敵機を撃ち抜いていくのは、新型機に搭乗したシャルロットだ。

 

 束によって魔改造された専用機『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』。安定性と制圧力を高めた機体で、両手にビームマシンガン『アンタレス』、背部バインダーから徹甲レーザーガトリング砲『フレアⅡ』を二門、肩部の電磁投射砲『フォーマルハウトⅡ』を二門展開している。さらに背部ユニットでは装甲で守られた火器にエネルギーを供給するウェポンジェネレーターがフル稼働している。

 一機とは思えないほどの弾幕で無人機を寄せ付けない。

 

 しかし、そこへ側面から回り込んだ一機が特攻を仕掛けてくる。完全に射線外、しかしシャルロットに焦りはない。

 

「重火器タイプは接近すればどうにかできる、と思った?」

 

 シャルロットの顔に笑みが浮かぶ。小さな笑い声を発しながら、つぶやくように告げる。

 

「束さんの魔改造機が、そんなことで攻略されるわけないじゃない」

 

 突如として肩部にあったシールドが本機からパージ。シールドの裏側からクローが展開され、接近してきた無人機を二本のクローで捕まえる。

 盾であり、近接用の大型クローアームとして展開されるハイドアームである。そのまま圧力をかけ、さらにクロー部が赤く赤熱しはじめる。高熱で融解させながらそのまま無人機を真っ二つに圧殺する。

 

「うわぁ、えげつない武装………いや、すごいけど」

「シャルロット、ぼやいてないで撃ちまくれ!」

「わかってるよ!」

 

 未だに増援が止まない無人機の勢いに押されまいとさらなる砲撃を繰り返すシャルロット。ラウラは攻撃を仕掛けようとする無人機を優先的に叩いていき、脅威度の高い機体を正確に減らしていく。しかし、それでも無人機の勢いはなかなか減らない。それどころかどんどん増援がくる始末だ。

 

「でも、こんなに戦力があるなんて……!」

「基地内部で、強力な武装が制限されているのが救いだな。でなければ押し切られていたかもしれん」

 

 二人の健闘の背後でシステムハックをしていた束がそんな二人の言葉に乗るように会話に加わってくる。

 

「………プラントを確認したよ。やっぱりここが生産工場のひとつだったね」

「だからこんな数が……」

「でも大丈夫、システムの一部は掌握した。無人機の起動シークエンスを無効化………起動しちゃった機体はどうしようもないけど、これ以上は増援はないよ」

「起動した機体はどれほどですか?」

「あと、およそ三十機ほど。でも、………ちょっと面倒なのがいるみたい」

「面倒なの?」

 

 三十機程度ならまだなんとかなる。狭い空間内なので、多数であるという利点も失われている。少数精鋭のこちらが対抗するには十分だ。

 しかし、そう簡単にはいかないらしい。

 

「防衛システムの一部らしい大型機が起動しちゃってる。おそらく新型……それが三機いる」

「大型機?」

「おそらく、都市や拠点の制圧用……かな。データを見る限り、………シャレにならないな、これ。思った以上にここの戦力は多すぎる。無人機のプラントだけじゃなく、試験場もかねてるね。はやいとこ制圧しないと面倒になりそう………」

 

 束の『フェアリーテイル』の周囲には空間モニターが新たにいくつも展開されており、徐々にシステムを掌握しつつ、この基地内の情報をどんどん入手していく。

 思った以上にこの施設は危険度が高い。いや、高すぎる。イリーナがこの基地の破壊を命じてきたが、それは正しいだろう。無人機だけでなく、都市制圧まで視野にいれていると思われる兵器まで作っているプラントなど脅威としかいえない。

 

「姉様たちは大丈夫なのですか?」

「何度か交戦してるみたいだけど、問題ないかな。………っ、見つけた!」

 

 基地内部を詮索していた束がとうとう目的の人物の情報を発見する。箒は地下十五階の一室に、一夏は地下十二階のフロアだ。基地内の掌握した監視システムを使ってリアルタイムでの位置情報だ。間違いないだろう。

 

「箒ちゃんはアイちゃん、いっくんはセッシーたちが近い………位置情報を転送するよ! お願い、みんな!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 どこかの国の、どこかの街。周囲には発展途上であるが、煌びやかな都市が広がっており、そんな新しく出来上がる町並みはまるでゆっくり作り上げられる芸術品のようだった。

 そんな都市の一角にそびえる高層ビル。その一室にその人物はいた。

 金糸のような艶やかな髪と、青い瞳、まるで絵に描いたような美女であり、その表情も茶目っ気があり、高嶺の花ではなく、親しみやすい印象すら与える容姿をしている。

 まるでオモチャを愛でるように眼下から見える町並みを見下ろしており、時折クスクスと笑みすら浮かべていた。

 

「プレジデント、よろしいですか?」

「あら、どうしましたスコール?」

 

 室内に入ってきたのは、同じような長い金髪をした美女であったが、こちらはまるで刃物のような鋭い雰囲気をまとっている。

 スコールと呼ばれたその女性は部屋へと入り丁寧に礼をする。

 

「ドイツにあるプラントが襲撃を受けました。相手はISが七機とのことですが、現在はシステムが掌握されて情報が入りません」

「あらあら」

「おそらく、先に誘拐した篠ノ之箒、織斑一夏の奪還が目的かと思われますが……いかがいたしますか?」

「そうねぇ」

 

 プレジデント、と呼ばれる女性は困ったように答えるが、その表情は新しいオモチャを与えられた子供のように無邪気に笑っている。

 

「相手は、篠ノ之束ですか?」

「おそらくは。システム掌握の手際といい、その可能性が高いかと」

「では挨拶が必要ですね。あの基地にはマドカがいましたね? シールとオータムも向かわせてください。適当に相手をしてあげてください。あ、博士は殺しちゃダメですよ? 取り巻きは別に構いません」

「篠ノ之箒と織斑一夏はいかがしますか?」

「別に、どうにもしなくていいですよ? 奪われたらそれまでですし」

「よろしいので?」

「よろしいんじゃないかしら。そのほうが面白くなりそうですし、もともと篠ノ之束にちょっかいかけるためだけに誘拐したんですもの。…………ああ、でも」

「…………?」

「もしかしてセシリア・オルコットもいますか?」

「確認はとれていませんが………その可能性は高いかと」

「では彼女も殺してはダメです」

「はっ、そのように」

 

 コロコロと表情を変えながら楽しそうに告げる女性に、スコールは了承の意を示して部屋を退室していく。残された女性は再び眼下に広がる景色を楽しみながらくすくすと子供っぽい笑い声をあげた。

 

「やっぱり人情には勝てませんか、篠ノ之束………家族が関われば、こうも簡単に釣れるとは」

 

 本当に無邪気な笑みだった。間違いなく純粋な、そしてこの場にもっとも似合っていない笑みだ。

 

「でも………ISが七機。篠ノ之束を庇っていたのは、これだけの戦力がある組織、となると……やはり、あなたなの? イリーナ・ルージュ……」

 

 まるで友のように語る。本人は、本当にそう思っているかのように。

 

「あらあら、これは近いうちに挨拶に行かないといけませんね。イリーナはなにが好きだったかしら? 久しぶりに会うんですもの、たくさんおしゃれをしていかないと。いったい何年ぶりの同窓会になるかしら? くすくす……うふふ」

 

 その笑みも、瞳も、子供のように無邪気で、まるで太陽のように暖かい。しかし、それはどこか異質で。

 

「でも、セシリアがいるのなら………あれもいるのかしら。なんていったかしら、あの実験体………まぁあんなオモチャでも、けっこう楽しませてくれますね、うふふ」

 

 もうひとりの魔女は嗤う。

 

 ただ純粋に楽しみながら、世界に騒乱を生み出しながら、――――嗤い続ける。




敵地への強襲開始。今回は早くできたので早めに投稿です。

次回からは一夏と箒サイドにもスポットを当てていきます。

そしてなにやら敵サイドの首魁がいよいよ登場。五十話を突破してようやく出てきたぞ、おい。

はたして彼女がラスボスなのか?


激戦必至の救出編、また次回に!


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Act.48 「因縁は白刃の下で」

「ったく、どこの秘密基地だっつーの。次から次へと!」

 

 たった今木っ端微塵に破砕した無人を見下ろしながら鈴がぼやく。

 もともと発勁使いの鈴と無人機の相性はいい。狭い空間での戦闘というのも鈴に分があるし、無人機が基地内ということで大出力のビーム砲を制限されていることも接近戦を仕掛けるには有利となる。

 つまり、この基地への強襲作戦において、ほとんどの条件が鈴に味方している。事実、遭遇した敵機はセシリアが狙撃するまでもなく即座に鈴が破壊している。まさに八面六臂の活躍といえよう。

 

 だからセシリアは安心してバックアップに専念していた。

 束と連携して基地内のマップ作成と、目標地点への最短ルートの検索など、情報解析に力を注いでいた。もちろん、時折背後から襲撃を受けるが、その程度の奇襲などセシリアには通用しない。出現と同時に抜き撃ちで射抜いて破壊していた。

 

「目的地はここのほぼ真下ですね………このあたりの隔壁の厚さはそれほどでもない……。時間もありません、鈴さん、隔壁を二枚ほど抜いてくれますか?」

「はいはい」

 

 鈴がふっと軽く跳躍して逆立ちのような姿勢になると、単一仕様能力を使わずにそのまま天井を蹴って勢いをつけ、床に向けて発勁掌を放つ。つい先日カレイドマテリアル社のアリーナを割ったその掌打がマグレでないことを証明するように床に亀裂が走り、そのまま崩落、真下のフロアへの直通通路を強引に作り出す。

 これでも相応に加減はしたようで、必要最低限の破壊に止めている。

 

「まるでアリの巣ね。で、一夏はどこらへんなの?」

「この下のフロアの一室のようですね。でも、その前にこのフロアにあるものをとっておきましょう」

「ん? なにかあるの?」

「ええ、ちょうどそこの研究フロアですね。………でも、中に科学者が数名、SPもいるみたいですね」

 

 束から送られてくる情報によると、中に科学者らしき人間が三名、そして武装した警備員と思しき人間が四名潜んでいるらしい。さすがにIS相手に向かってくるつもりはなさそうだが、人数が多いのでちょっと面倒だ。狭い部屋なのでIS装備では少々動きづらいし、殺害するつもりはないので制圧もそのぶん手がかかる。

 それに下手にISで突入して被害を出せば目的のものにも傷をつける恐れもある。

 

「ま、ISは室内戦には向かないしねぇ。どう考えてもオーバーキルだし、手加減できることでもないし。でも、まぁそれなら……」

「そうですね、鈴さんなら問題ないでしょう。私から突入します。武装を無効化しますので、制圧をお願いします」

「任せなさい。あんたこそ大丈夫なの?」

「当然でしょう」

 

 部屋の入口の左右に位置取った二人は周囲に無人機の機影がないことを念入りに確認すると、一時的にISを解除。そしてセシリアがISの拡張領域に収納していた護身用の二丁のハンドガンを両手に構え、鈴も腰を落として半身に構えた。

 自身の体術に確固とした自信を持つ二人はISという有利性を捨てて、生身での制圧をためらいなく選択した。

 鈴と目配せをすると、右手の中指から小指を使ってスリーカウントを示す。

 

 ゼロを示すと同時に鈴がドアを蹴破った。そしてセシリアが滑るように素早く前転しながら突入、武装した四人が自動小銃やアサルトライフルを向けようとする姿を確認しつつ、床に這う体勢のまま左右の銃でそれぞれダブルタップを二回行い、正確に銃器を撃ち落とす。

 怯んだその隙を逃さずに続いて突入した鈴が手近にいた一人目の頭部を蹴り抜いて意識を飛ばし、それに遅すぎる反応した二人目も鈴の貫手を受けて地に伏せる。その頃には三人目、四人目の武装したSPはセシリアの銃撃を受けて気絶している。もちろん実弾ではなくゴム弾であるが、貫通力がない分衝撃が凄まじいため骨くらい軽々と粉砕する代物である。しかし、テロに屈せず、を信条のひとつにもつセシリアは躊躇いなく引き金を引いた。実質、強襲を仕掛けた側であるが、誘拐犯相手に手加減などする気もない。

 そうして怯える科学者に銃を突きつけてホールドアップである。すぐさま鈴がうつ伏せに倒して首筋に手刀を落とす。

 候補生とはいえ、少女二人の見事な制圧に観客がいれば拍手しているだろう。

 

 それを演出した二人はセシリアが銃を構えつつ油断なく部屋に目を配っており、その中を悠々と鈴が歩いて目的のものを見つける。

 

「そうね、この子も一夏に届けてあげなきゃね」

 

 データ解析のためと思われるケースの中に安置されていたのは白いガントレット。ケースを綺麗に割って中のそれを手に取る。見た目は特に変化はない。どうやら妙な改造などはされてはいないようだ。

 一夏次第だが、これで救出後に戦力の増強が可能になった。

 

「さ、あんたのご主人様を迎えにいきましょうか、白式」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ! 出しやがれ!」

 

 閉じ込められて既に五日。一夏は未だに扉に向かって声をぶつけ続けている。

 専用機は奪われ、武器も何もない。IS学園に入学してから身体はずっと鍛え続けているが、鈴のように扉をブチ破るほどの力も技もない。

 しかし、囚われているのは自分だけではない。一緒に攫われた箒がいるのだ。箒のことを考えればじっとなどしていられない。いかに剣道では一夏の上を行くとはいえ、それでも年若い少女なのだ。こんな状況で落ち着いてなどいないだろう。あれでなかなか脆いところがあることをよく知っている一夏は心配で気が気でなかった。

 

「くそ……っ!」

 

 一夏は冷静になろうと必死に高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。窮地こそ考えろ。思考を止めるな。これもセシリアたちに鍛えられたときに教わった心構えだ。

 とにかく冷静になろうと深呼吸する。扉に背を預け、その場に座り込む。

 

「誘拐、か。あのときを思い出すな、畜生……」

 

 かつて、姉の千冬がモンド・グロッソに出場した際、一夏は正体不明の犯人に誘拐されかけた。そのせいで姉は決勝を辞退することになった。それは一夏にとって己の無力を嘆いた最初の記憶だ。

 あのときの犯人については未だにわかっていないが、もしかしたら今こうして誘拐したやつらがそうなのかもしれない。

 しかし、それはいったいなぜなのか。

 

 過去の事件のときは、千冬の妨害が目的だと言われているが、今回はなぜ自分を誘拐したのか。織斑一夏が目的なのか、篠ノ之箒が目的なのか、はたまたどちらかの身内が狙いなのか。

 一夏にはわからないが、しかし無視できないことがあった。

 それは、自身と箒を誘拐した犯人だ。

 

「あの女……」

 

 それは、箒と一緒に夏祭りにいったときだ。

 

 夏休みはセシリアをはじめとしたIS学園で一緒にいた面々はほとんど自分の国へと戻っていったため、一夏は自主訓練に明け暮れていた。時折IS学園や、倉持技研で場所を借りて白式を動かしていたが、いい機会だったので時間の多くは身体を鍛え直すことに使った。一夏はこの一ヶ月、アスリートよりも過酷なメニューをこなしていた。その一環で箒も一夏の訓練に付き合ってもらっていた。主に、鈍った剣の腕を鍛えるためだ。かつて剣道をしていた一夏は、今ではずいぶんブランクがある。その感覚を戻したいから協力してほしいと頼むと箒は快諾してくれた。妙に嬉しそうだったのがちょっと気になったが。

 一夏がここまで真剣に、そして念入りに鍛えようとしたのはやはり臨海学校での戦いが大きい。一夏の白式は、搭乗する一夏本人の率直な感想をいえば「バクチ型IS」である。

 たしかに単一仕様能力は強力無比だ。シールドエネルギーに直接ダメージを与える『零落白夜』。うまく使えば対ビームやレーザーの盾にも使え、どんな窮地からでも一発逆転が可能な破壊力を秘める。

 しかし、そのおかげで武装はブレード一本のみ。遠距離武装がゼロという極端な特化型。当てれば勝てる。しかし、相手が一夏より格上の技量を持つ場合、それが遠い。

 

 だから一夏は、基礎的な能力をあげようとこの夏は自身の身体を鍛え直すことにしたのだ。生身の基礎スペックが上がれば、ISの戦闘能力の底上げに繋がる。

 かなりショックなことだったが、セシリアたちとIS無しでの格闘戦を何度かしたことがある。そしてセシリア、アイズ、鈴には未だ勝てたことがない。体格で押し込んで勝つことはあるが、ラウラを相手にしても勝率はかなり低い。素手なら箒に勝てるが、武器持ちなら負ける。シャルロットや簪には男と女の体格差からなんとか勝てる。一夏の基礎スペックはだいたいそのあたりだ。

 セシリア、そしてアイズは柔術の心得があり、まるで暖簾に腕押しといったように攻撃を受け流されるし、鈴は問答無用で一夏をぶっ飛ばすほど強い。鈴が強いことは知っていたが、セシリアとアイズまで手も足も出ないという現実は男としてもかなりショックなことだ。しかもアイズは目隠ししたまま一夏を封殺した。あれには呆然としたものだ。

 

 二人に聞けば、やはりISも身体が資本であり、基礎であるとしてしっかり鍛えていたという。女であるため、非力でも戦える合気道や柔術をベースとした技術を仕込まれたという。(一夏はまだ知らないが、それを仕込んだのは束本人である)

 

 ゆえに、一夏もそんな仲間たちに追いつくために自身に訓練を課したのだ。そのおかげでこの夏で一夏の基礎体力も、身体スペックも自覚できるほど成長した。それだけでなく、倉持技研から強化が不可能と消極的に言われた白式の運用方法を一夏なりに模索し、いくつか手札となる技を作り上げた。

 そんな訓練漬けだった夏も終わるころ、一夏は訓練に付き合ってくれた箒にお礼をしようと夏祭りに誘った。昔を思い出しながら二人で楽しく夏祭りを楽しみ、花火を見て笑い合っていた。このときの箒は学園での仏頂面ではなく、昔みたいな素の表情を見せていた。

 

 それは、かつて一夏と箒だけでなく、姉である千冬や束と一緒に遊んだ、そんな昔の記憶を思い起こすものだった。

 箒が、姉の束に複雑な感情を抱いていることは気づいていたが、昔は箒も束にべったりのおねえちゃんっ子だった。束もそんな妹を可愛がっていたし、あんなに仲のいい姉妹はいないな、と子供ながらに思っていた。

 しかし、束が作ったISがすべてを変えた。世界を変え、情勢を変え、価値観を変え、そして姉妹の仲も変えた。

 まだ子供だった一夏はなにも言うことができなかったが、姉の業績に良くも悪くも振り回された箒がだんだんと束を避けるようになり、そのまま束が消えた。理由はわからない、しかし箒にとっては見捨てられたと思うほどのことだったのだろう。それ以降、あからさまに束のことを口にしなくなり、そのまま重要人物の保護プログラムで転校していった。 

 

 IS学園で再会した箒は、そのころのままだった。箒の時間は、あのときから止まっている。しかし、そうして昔みたいに笑い合っていれば、だんだん箒が元に戻るような気がした。それが一夏には嬉しいと思えたし、箒も無自覚にも楽しそうにしていた。

 そうして二人で久しぶりに思い出話に花を咲かせていたのだが、そこへ現れたのが『あの女』………そいつは織斑マドカと名乗った。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そのとき、現れたマドカを見て一夏と箒は驚いた。その顔は、まるで姉の千冬と同じだったのだ。そして、同時にその顔立ちは一夏にも似通っていた。

 

「おまえは……!?」

「黙っていろ。貴様にしゃべる権利はない」

「っ!?」

 

 そして気づけば周囲を三機の無人機に囲まれていることに気付く。やや喧騒から離れた場所とはいえ、この近辺には未だに祭にきた人たちで賑わっている。それにもかかわらずにこんなものを持ち出してくる目の前の人物に、否応なくその危険性を感じてしまう。

 

「ISを起動させるなよ。こちらに投げ渡せ。でなければ、どうなるかわかるな?」

 

 箒を背にかばいながら一夏が目を向ければ、無人機の何機かがあからさまに砲口を人口が密集している場所へと向けていた。ISを起動させれば撃つ、という脅しだろう。

 

「………」

「理解したか。妙な真似はするなよ。さぁよこせ」

「わかったよ………そらっ!」

「っ!」

 

 一夏はわざと放物線を描くように待機状態の『白式』を投げると、キャッチしようと腕を伸ばすその女、織斑マドカに向かって突進した。

 

「舐めるな!」

 

 あっさりと迎撃してくるマドカだが、マドカの失念、いや、予想外なことは、一夏の対応力の高さであった。一夏はマドカの蹴りを力づくでそのまま掴み、捻って真横へと強引に投げ飛ばす。まさか噛み付かれるとは思っていなかったマドカは忌々しそうにしながらなおも向かってくる一夏に相対する。

 

「貴様!」

「オラぁっ!」

 

 一夏の中ではすでに目の前の人物を敵と判断していた。死線を潜った経験が、一夏に躊躇いをなくし、すぐさま行動を起こすことを肯定していた。不意打ちなど当たり前、危険を排除できるなら喜んで騙し討て。これも戦友たちに教わった心構えである。

 セシリアからそれとなく一夏自身の立場を教えられていた一夏は、火急時の対処はためらわないと覚悟していた。もっとも、こうして囲まれるまで隙を晒したことは迂闊であったが、まさかこんな場所で無人機をちらつかせてくるなどさすがの一夏も思っていなかった。

 だが、無人機ということは指揮官を倒せば無力化できるかもしれない。だから一夏は打って出たのだ。

 

 ナイフを手につきだしてくる腕を掴み、それを引き寄せながら一夏は体当たりを繰り出す。腕を取られているために衝撃を逃がすこともできないマドカは肺の中の空気を吐き出しながら悶える。鈴から対チンピラ用に使える技だとして教わったものだが、役に立ったと鈴に感謝する。

 

「一夏、使え!」

「サンキュ!」

 

 箒が転がっていた壊れた傘を一夏に投げ渡す。それを剣に見立てて握り、それを振るって手に持っていたナイフを弾き飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 完全に舐めきっていたのだろう、一夏の反撃に焦りと困惑を抱きながらマドカが身構える。その隙を一夏は見逃さない。

 

「くらいやがれ!」

 

 唐竹割りで脳天に振り下ろす一夏。みえみえの大振りにその一撃は空を切るが、それも予想通り。回避して背後に回ろうとするマドカに、今度は回し蹴りを放つ。それはガードこそされたが、見事にマドカを地へと倒す。

 

「貴様のようなやつに……!? この私が、織斑マドカが!」

「なんだ、生き別れの家族とかって設定か? 最近の誘拐犯は面白いキャラ設定だな」

 

 一夏は引っかかりを覚えるが、聞く耳をもたない。敵の言うことを無条件で信じるなどバカのすることだ。

 

「千冬姉と同じ顔でこんな真似しやがって、ムカつくんだよ!」

「くっ……!?」

 

 まだ無人機に囲まれた状態なのは変わらない。早く箒の安全も確保したい一夏は猛攻をかけて制圧しようとする。感じからして、生身なら一夏のほうが上だ。油断しなければ十分撃破は可能と判断した。

 判断力も、思考もなんだかセシリアに近いように変わってきた一夏であったが、彼女との違いはこうした荒事での経験量が少ないことであった。

 ゆえに、不覚を取った。

 

「そこまでだ、動くな!」

「なに!?」

 

 背後からかけられた声にしまったと思いながら振り返る。案の定、箒を人質に取っている二人目の襲撃犯がいた。しかも、ISを装備している。チンピラ程度なら箒でも十分対処できるが、さすがにIS相手は不味すぎる。

 蜘蛛みたいな多脚をもつ機体だ。そんなISを纏うその女、オータムはイライラとした顔で一夏に降伏を促してくる。同時にその腕のひとつで箒を拘束し、苦しげな箒の顔を一夏に見せつけるように晒している。

 

「オラ、さっさと両手あげろ。でないと手元が狂っちまうぞ」

「う、ぐっ……!」

「箒!?」

 

 ISで手元が狂っただけで生身の人間など容易に傷つけてしまう。一夏は数秒の間逡巡したが、打つ手なしと判断して手に持ったガラクタの傘を捨てて両手をあげる。

 

「ちっ………よくも調子にのってくれたな!」

 

 マドカが一夏を殴るが、もちろんかわす真似もできない。一夏はそれを受けながら、反抗的な目を殴ったマドカに向ける。そんな一夏の態度にイラついたように表情を歪めるが、一夏の無言のプレッシャーに負けたように目線を逸らした。

 

「ったく、男にいいようにされやがって。はやくそいつのISも回収して撤収するぞ」

「っ、わかっている!」

 

 箒の身のためにも、抵抗はできない。ISも奪われ、一夏にできることはもはやない。しかし、その一方で冷静な部分がここでこれ以上暴れても事態を好転させることはできず、悪化させるだけと判断して抵抗を諦める。

 こうなったら今は耐えるしかない。見たところ殺す気はないようだし、であれば反撃のチャンスもくるかもしれない。

 

 一夏は煮えたぎるような怒りを腹の中に抱えたまま、亡国機業に捕らえられた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「………今にして思えば、あの女……やっぱり俺の関係者なのか?」

 

 回想をして思うことはやはりあの織斑マドカという女だ。姉の千冬を若くしたような容姿に、織斑という姓名。両親がずっと昔に蒸発したことから、もしかしたら親類か、とも思ったが、あの女本人は一夏に敵意を抱いているようだし、とても仲良くできるとも思えない。

 無人機を連れていたことからも、これまで幾度となく自分たちを襲った組織の関係者……それもそれなりの立場にいるかもしれない。そんな人物との関係など、結局想像の域を出ないだろう。

 

「なんにしても、今はここから脱出しないとな……」

 

 とはいえ、厳重にロックされた部屋から出ることもできない。現状として、一夏にできることは待つだけだ。他力本願なのはカッコ悪いが、逃げるチャンスがくると信じて待つしかない。これまで何度も暴れてアクションを起こそうとしたが、何度かあのマドカが来て一方的に敵意のある罵声をぶつけてきただけだ。あまり得るものもなかった。

 

「無事でいてくれよ、箒………ん?」

 

 かすかに振動、そしてなにかの破砕音。これまで何度か振動はあったが、破壊音までしたことはなかった。それになんだか外が慌ただしい。

 一夏はなにかあったのかと扉に備え付けてある鉄格子付の小さな窓に顔をつけて外の様子を伺おうとする。

 

 

 

 そして、まったく同じタイミングで部屋を覗き込んだセシリアと至近距離から目があった。

 

 

 

「うおおっ!?」

「あら、女性の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼では?」

「セシリア!?」

「はい。ごきげんよう、セシリア・オルコットです。お久しぶりですね一夏さん。夏休みにこんな場所で引きこもりなんて感心しませんね」

「ああ、そのつまらないジョークは間違いなくセシリアだな」

「なにやってんだか。ほら、遊んでないでさっさと逃げるわよ」

「鈴もいるのか。………もしかして助けにきたくれたのか?」

 

 視線をずらせば、以前と違う形状をした『甲龍』を纏った鈴が呆れ顔で一夏を見ていた。しかし、すぐに一夏の姿を見て安堵するように表情を綻ばせる。

 

「ありがとう、二人共……!」

「借りにしておきますよ。さて、扉を破るので離れていてください。鈴さん」

「はいはい」

 

 一夏が扉から離れると、その扉はまるで紙くずみたいにぺしゃんこになって破壊される。部屋から出た一夏は周辺を警戒している二人と合流する。

 

「元気そうですね。特になにかされたようにも見えませんし、このまま脱出いたしましょう」

「待ってくれ、まだ箒が……!」

「心配しなくていいわ、あっちはアイズたちが向かってる。長居するような場所じゃないし、とりあえず全員と合流するわよ。……あとこれ、忘れ物よ」

 

 鈴が先ほど奪い返したガントレットを一夏へ投げ渡す。

 

「『白式』……!」

「軽くチェックしましたが、ウイルスなどのバグもありません。そのまま使えますよ」

「あんたもこのままじゃ収まりがつかないでしょう? 戦力として数えていいわね?」

「ああ、当然だ!」

 

 一夏がすぐさま『白式』を身に纏う。セシリアの言うとおり、特に不具合は感じない。連中になにかされたわけじゃないというのは幸運だった。

 三人はすぐさま合流地点である突入したエントランスへと向かう。ここまできたルートを逆行するのは少し遠回りであるため、束が手に入れた基地内部詳細マップから最短ルートを導き出したセシリアの指示で一夏と鈴を前衛に三機で固まって行動する。

 突入時と同様にセシリアがバックアップ役だ。直接戦闘は鈴、そして復帰した一夏の役割である。

 

「……、退路上に敵機捕捉。数は二機、このまま突破しますよ」

「目視確認! 一夏! 左の機体はまかせた!」

「おう!」

 

 狭い空間でも存分に力を発揮する鈴は無人機が放つ実弾でのマシンガンを床に伏せるように回避し、壁や天井を蹴って接近、『双天牙月』を投擲して牽制して間合いを詰める。

 そして無人機に対して抜群の効果を持つ発勁を叩き込んで完膚無きまでに破壊する。四肢を残して木っ端微塵にするその威力は完全に過剰破壊だ。

 

「うーん、どうも絶好調すぎてオーバーキルね。被害を少なくするために武器で破壊したほうがよさそうね」

 

 武器を使うほうが手加減という恐ろしいことを平然と宣う鈴。彼女もどんどん非常識な存在になりつつあった。

 

「俺だって遊んでいたわけじゃないんだ!」

 

 一夏も撃破のために接近を試みるが、鈴のように牽制する武器はない。しかし、ずっと鍛えてきたために一夏の身体スペックは夏休み前より向上しており、それは『白式』の機動の底上げにもつながっている。ギリギリだがしっかり射線から機体を回避させつつ接近、一撃で撃破するために『零落白夜』の使用を決断する。

 『雪片弐型』が展開し、『零落白夜』の発動準備をしながらも必殺である『零落白夜』のエネルギーブレードは小出力で展開。まるでナイフほどの大きさで刃を形成した。

 

「消えろ!」

 

 そして体当たりでもするように無人機に接近して、密着状態からナイフ大のエネルギーブレードを突き刺した。小出力でも目標のエネルギーを食う性質は変わらない。その効果範囲はあくまでそのブレードに触れたもの。だからケースバイケースで刀身の大きさを変化させることで必要最低限のエネルギー消費に抑えたのだ。燃費の悪さをどうにかしたいと思った一夏が独自に編み出した技術だ。以前も思いつきでブレードの瞬間生成を使ったが、今ではそれを完璧に会得している。

 

「なるほど、確かに遊んでいたわけじゃないようですね」

 

 満足そうに笑うセシリアに、無人機を倒したと思った一夏も笑い返す。かつては足でまといだったと思っていた一夏だが、これでようやく役に立てるくらいまでになれたかもしれないと嬉しくなったためだ。

 

「でも、まだ甘いですよ」

 

 一夏の足元でわずかに動いていた無人機に向かってセシリアがレーザー狙撃をして完全に破壊する。一夏は少し呆気にとられていた。

 

「無人機は多少のダメージだけでは完全に無力化はできません。鈴さんはオーバーキルですが、あれくらい破壊するつもりで倒してください」

「……わかったよ」

 

 一夏はまだまだ未熟か、と少し落ち込みながら気を入れなおした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 三人は順調に移動しており、ときおり出現する無人機も即時破壊している。しかしその数は想定したものよりずっと少ない。束が無人機の起動シークエンスを無効化したらしく、プラントにはまだ未稼働の機体が大量にあるが、それが起動することはないと伝えられたことで少し余裕もできた。このままいけば予想よりも早く脱出できるかもしれない。

 

「あとはこの先のエリアを超えれば、エントランスの近くに通じるシャフトがあるようですね。そこから脱出しましょう」

「箒は大丈夫なのか?」

「先ほどアイズから確保したと連絡がありました。今は箒さんをつれて私たちと同じように合流に向かっています」

「そうか、よかった……」

 

 その朗報を聞いて安堵する一夏。心配でしょうがなかったが、これでとりあえずは一夏たちも脱出を優先できる。アイズと簪がいれば任せられるだろう。あの二人のほうが自分よりずっと強いと一夏は知っている。

 そうしているとやたらと広いエリアへと入る。小さなライトしか明かりがないために薄暗いが、どうやらここは廃棄物の処理場らしい。いろいろな機材や残骸が山のように積まれており、周囲にはそれらを処理するためのものと思しき施設や重機が見える。その中にはこれまで倒してきた無人機のパーツも見える。まるで墓場の如き光景に、肝の据わっている鈴も眉をしかめる。

 

「この先ね。とっととこんな気味悪い場所なんて抜け―――」

「鈴さん、止まってください」

 

 軽口を叩く鈴を制止させるようセシリアが口を開く。素直にそれに応じた鈴は全周警戒を強くしながらセシリアに聞き返す。

 

「なにかあったの?」

「束さんから警告です。どうやら厄介そうな機体がこちらに向かっているそうです」

「無人機じゃないのか?」

「どうやら違うようですね。それに、背後から追いかけてくる機影も確認しました。こっちは………」

 

 三人で背中合わせになるように警戒体勢を取る。そうしているとなにか大きな振動音と、IS特有の機動音が二方向から近づいてくることがわかった。それは意図したわけではなさそうだが、完全に進路と退路をとられた挟み撃ちであった。

 その音がどんどん近づき、ハイパーセンサーにもその機影を捉える。

 

「来た……!」

 

 まず現れたのは、一機のIS……無人機ではなく有人機だ。その機体には全員が見覚えがあった。いや、同じような機体をよく知っていた。細部は違えど、カラーリングや武装、そしてデザイン。それはセシリアのIS『ブルーティアーズtype-Ⅲ』と酷似していた。

 

 

「あんたの機体の親戚?」

「そのようです。たしか……『サイレント・ゼフィルス』でしたか。イギリス政府が開発した機体ですが、強奪されたもので、このティアーズのデータを元に開発された姉妹機とされる機体です」

 

 ちなみに双子機と称される『レッドティアーズtype-Ⅲ』とは意味合いがまるで違う。『レッドティアーズtype-Ⅲ』は『ブルーティアーズtype-Ⅲ』がまだ『ブルーティアーズ』という名称であった頃、企画段階から同じ設計のもとで方向性に差異をもたせて同時に造られた機体であり、その後の束による改修、強化を経て『type-Ⅲ』となった。

 対して『サイレント・ゼフィルス』は『ブルーティアーズ』のデータをもとに造られたBT兵器を試験搭載した強化型の二号機となる。

 

 そして、そんな機体を操るのは、一夏にとって忘れられない人物……織斑マドカであった。

 

「逃がさんぞ、好き勝手にやってくれた礼はさせてもらう」

「はぁ? あんた、状況見ていいなさいよ。一対三で勝てると思ってんの? ………てかなんか懐かしい顔してるわねあんた。千冬ちゃんにそっくりとか………一夏、あんたの妹かなんか?」

「俺が聞きたいくらいだよ………でも、鈴の言うとおりだ。この人数では勝てないし、おまえに付き合ってる暇もない。邪魔はするな」

「どいつもこいつも舐めてくれる……!」

「顔だけじゃなく、沸点の低さも千冬ちゃんそっくりね」

 

 千冬に聞かれたらそれこそ恐ろしいことになる台詞を平然というあたり鈴のすごさがわかる。一夏としては、いや、鈴もこのマドカの存在は気になるところであるが、目的に忘れるほど愚かではない。今は時間をかけている暇はないのだ。

 

「………そうも言ってられなくなりましたね」

「なに?」

 

 セシリアが目を向ける方向から、今度は別の機体が飛び込んでくる。それは周囲のものを破壊しながら現れた。

 外見はまるで戦車であり、重々しい音をたてて動くキャタピラに、あちこちに備え付けられた銃座、そしてまるで上部には機械的であるが、人間の上半身のような形状をしており、アームとなった左右の“腕”にも重火器を装備している。まるで出来の悪いロボットだ。

 問題があるとすれば、それが全長十メートルを軽く超えるほどの巨体であるということだ。その巨大な手も、ISくらい軽々と握ることができそうなほど大きい。まるでテレビに出るロボットそのものだ。

 

「なによあのでっかいの」

「完全に巨大ロボじゃねぇか!」

「あれも無人機……の、ようですね。まぁ、確かに無人機を作れるならISサイズにこだわる必要なんてありませんけど……」

 

 ロボットアニメのような冗談のような巨大無人機に三人が呆れたようにするが、その脅威度でいえばこれまでの無人機とは比べ物にならないだろう。セシリアは、通信で束から「都市部や拠点の制圧用かも」と聞かされていたが、こんなものが街で暴れたらその被害はどれほどのものになるか。巨体ゆえに動きは鈍そうだが、その見るからに重装甲と重火力の機体は恐ろしい兵器であろう。

 

「貴様らなど、私とこの『サイクロプス』がいれば十分だ。痛めつけてから貴様らの機体を回収してやろう」

 

 マドカの声に触発されたように『サイクロプス』というらしい巨大無人機が動く。頭部からまるで目のような線のような形状をした赤い光が灯る。

 

「進路も退路も取られてる。やるしかないわね」

「仕方ありませんね。あくまで脱出を優先です。無理に撃破する必要はありませんけど……今後の遺恨を絶つためにも、なるべく破壊しておきましょう」

「……俺は、あいつと戦う。いいか?」

 

 そうしていると一夏はマドカとの戦いを希望してきた。確かに戦う必要が出た以上、一夏の希望を跳ね除ける理由はない。見たところ冷静のようだし、セシリアは鈴と目配せをしてそれを許す。

 

「わかりました。一夏さんは彼女の相手を。鈴さん、あっちのほうをお願いできますか?」

「しょうがないわね。私もあの千冬ちゃんのそっくりさんは気になるけど、ほかならぬ一夏に譲るわ。こっちの木偶で我慢してやるわ。借し二つ目よ?」

「一夏さん、おそらく彼女の機体にはBT兵器があるはずです。私も援護しますが、注意してください」

「わかった。……わがままを言ってすまない」

「そう思うのなら、負けてはダメですよ?」

「当然だ!」

 

 そうして一夏は『雪片弐型』を構えてマドカへと向かっていく。マドカはライフルを構えて一夏を迎え撃つ。

 

「それじゃ、あたしも行きますか。いくわよでっかいの。龍と虎の牙で砕けなさい!」

 

 鈴も雄々しい咆哮を上げながら、これまで戦闘経験などない巨大な敵機に向かって突撃していく。セシリアだけがその場に滞空し、スナイパーライフルを構えて二人への援護体勢を整えている。開戦の狼煙とばかりに、敵である二機にむかって一夏と鈴の突撃に併せて出鼻を挫くようにレーザーをお見舞いしてやる。

 『サイクロプス』は巨体にふさわしく高い防御力を持つようでセシリアのレーザーを弾くが、同時に鈴が機体に備えてあった重火器の一つを破壊する。

 

 そしてマドカはセシリアのレーザーを受け、一夏の初撃を後手で受けざるを得なくなってしまう。舌打ちしながらも銃剣として利用できるライフル『スターブレイカー』で一夏の斬撃を受け止めた。

 真正面から至近で二人が睨み合った。

 

「IS戦で貴様ごときに遅れをとる私ではない」

「へっ、それでも負けるとは思えないぜ。なんせ生身の千冬姉のほうが強そうだからな!」

「貴様ぁっ!!」

 

 激しく激高するマドカと、こちらも激しく感情を高ぶらせながらなおも斬りかかる一夏。そっくりな顔をした二人の戦いは、その理由も知らぬまま銃と刃が交わされる中で始まった。

 

 

 

 

 




今回は一夏サイド、次回は箒サイドを進めます。

ようやく原作主人公も活躍です。

救出編では三局化で進む予定です。一夏、セシリア、鈴の一夏サイド。箒、アイズ、簪の箒サイド。束、ラウラ、シャルロットの束サイド。それぞれにボス級を用意しています。

一夏サイドのボスはマドカさんと巨大ロボ型無人機。

箒サイドのボスは………わかりきってますがシールとの再戦が待っています。

次回は簪さんの新型がついにお披露目です。それではまた次回に!


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Act.49 「告死天使の羽根音」

 アイズと簪は束から伝えられた箒の居場所へと急いでいた。

 情報通りなら、ここから四つ下のエリア。最短ルートでおよそ二百メートルほどだ。これまで三機の無人機と交戦しているが、いずれも問題なく処理している。確かに無人機は脅威となる存在だが、アイズも簪も過去の戦闘経験から対無人機戦にもう慣れていたというのが大きい。

 

 無人機が脅威となるのは、集団戦だ。言葉などの意思疎通を必要とせずに、エネルギー供給さえ確保していれば大出力兵器を疲れ知らずで行使できる。それに数を揃えることで恐ろしい戦闘集団と化すのだが、単機ではせいぜい中堅レベル。反応速度は流石に人の域ではないが、機械ゆえに判断は教科書通りで読みやすく、柔軟な思考はない。ゆえに、アイズの得意とする奇襲や奇策といった行動はないため、何度か戦闘を経験すれば無人機の行動自体がある程度予測できてしまう。

 だからアイズも簪も、単機の無人機はもはや問題とならない。多少邪魔な障害物程度でしかない。

 

 捜索して最初にエンカウントした機体はアイズが「ハイペリオン」を軽くひと振りしながらすれ違いざまに真っ二つにして、二機目は簪が出現と同時に荷電粒子砲で打ち抜き、背後から襲ってきた三機目は威力を抑えたビーム砲で攻撃を仕掛けてきたが、簪によって弾かれ、二射目の前にアイズが投擲した「イアペトス」によって頭部を貫かれて沈黙した。まさに流れ作業のように無人機を殲滅していく二人であった。

 

「今のとこは順調だね」

「うん、このままいけばあと二分で箒ちゃんの場所までいける、かな。……おっと、そうもいってられないかな?」

 

 アイズの目の前には、三機の無人機が固まって待機していた。通路は狭く、回避コースがほとんどない中で無人機三機はビーム砲を構えている。今までは基地内ゆえに威力の高いビーム砲は使ってこなかったが、この状況化では回避させずに直撃可能と判断したのか、密集してのビーム砲での制圧を選択したようだ。

 もともと回避型のアイズにとって、回避コースのないここであんなものをはなたれたらちょっとまずいことになる。もっとも、ちょっとまずいだけで対処法などいくらでもあるのだが。

 

「基地内部なのに、よっぽど切羽詰まってるのかな?」

「アイズ、私の後ろに」

「うん」

 

 簪がアイズの前に出て、防御体勢を取る。三機分のビームを受け止めるつもりだ。アイズもそれが確実とわかっているから、簪に任せたのだ。

 

「スペックはボクも見たけど、三機分のビームでも大丈夫?」

「うん、セシリアさんに協力してもらって出力百パーセントの『アルキオネ』も完全に無力化したから」

「それって、もう『プロミネンス』級じゃないとビーム兵器は通用しないってことだよね? 相変わらずとんでもないものつくるなぁ」

 

 そう感心しているアイズの目の前に三つの光条が迫る。ただでさえ狭い通路での三つのビームでの制圧は如何にアイズとて完全回避は難儀するほどのものであるが、今はそんな必要もない。

 前に出た簪は新たに生まれ変わった愛機の代名詞となる特殊装備を起動させる。

 

「『神機日輪』起動」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 それは強襲作戦が開始される前のことだ。

 簪はやたらピリピリした雰囲気の束に呼び出されていた。緊急事態として、束が素顔のまま現れたときはその正体を知って驚愕した簪であったが、そんな簪など無視するように束が要求を伝えてきたのだ。

 そこにはアイズとセシリアもいたが、束は簪に改造した機体を渡すや否や、有無を言わせない口調でそれを伝えてきた。

 

「機体は完成したよ。そっちの設計より、理論値が1.2倍になるようにサービスでバージョンアップしといたから」

「あ、ありがとうございます!」

「でさ、対価をもらいたいんだけど」

「対価、ですか?」

「今から軍事基地に強襲するから手伝って」

「え? 強襲? 軍事基地にって………それってかなりまずいんじゃ……!?」

「そんなのしらないよ。全部消滅させれば問題ないし。あなたのその機体スペックなら、かなりの戦力が見込めるから手伝って。答えは聞いてない」

 

 かなり苛立っているような束に気圧されながら、簪は救いを求めるようにアイズとセシリアを見る。するとセシリアが困った顔をしながら説明してくれた。

 いろいろと細かく説明してくれたのだが、つまり「一夏と箒が拉致され、二人がその強襲するという軍事基地にいるらしい。そしてそこは無人機のプラントと予想される」ということらしい。

 それに驚きもしたが、そこまで聞かされれば簪とて、無視はできない。箒はあまり話したことはないが、一夏とは戦友であるし、恩を受けた束の頼みとあらば断ろうなどとは思わない。

 気がかりなのは、自身の立場ゆえのデメリットであるが、そこはカレイドマテリアル社トップの暴君がなんとかするという。「イリーナさんの暴君っぷりはある意味一番信用できる」とセシリアも言っていたので、更織家や日本に迷惑はかけることはないと確約をもらっている。

 

 ならば、簪の決断は早かった。というか、アイズが参加すると知った時点でそれはもうダメ押しの確定事項であった。

 もともと姉と和解した時くらいからいい意味でも悪い意味でも自身の思いにまっすぐで正直に突き進んでいる簪は、今の立場を捨ててもいいという覚悟で参加を決めた。

 

「ん、なら悪いけど半日で慣熟を終わらせて。そしたらすぐ出発だから」

 

 それだけ言って束は不機嫌な顔を隠しもせずにどこかへ行ってしまう。そんな束をアイズが追いかけていき、束に寄り添うようにしながらアイズも姿を消してしまう。残された簪はポカンとしながらセシリアに目を向ける。するとセシリアも困ったような顔をしながら説明してくれた。

 

「すいません。箒さんと一夏さんが拐われたって聞いてから機嫌が最悪なんです」

 

 ついさきほどまで単独で誘拐した組織をつぶしに行くと言い出す束を必死で抑えたらしい。完全にキレる寸前であったが、束になんとか理性が残っていたためにギリギリのところで自己を抑えたという。それでもいつ暴走するかわからないほどの精神状態らしく、そんな束の精神安定のためにアイズがつきっきりで束を慰めているとのことだ。

 

「ああなった束さんを抑えられるのはアイズしかいませんから」

 

 それだけアイズが癒し系、というのもあるかもしれないが、束が一番可愛がっているから、という理由が大きいらしい。そのあたりの事情は簪にはわからなかった。

 

「それで簪さん。本当にいいんですね? 正直なところ、あなたほどの人が参戦してくれることはありがたいですが……」

「構わない。博士にはもう恩を受けたし、誘拐されたって聞かされたら黙ってられない。自身の立場の保身で見逃すなんて、一生後悔する」

「しかし、……」

「セシリアさんも同じでしょう? 念のため、万が一のときは代表候補生資格を破棄するよう、おねえちゃんにお願いしておく」

「………わかりました。感謝します」

「鈴さんにも同じことを?」

「はい。彼女の場合、むしろ参加させろと言ってきましたけど。さっさと助けて捕まった一夏さんを笑ってやるそうです」

「鈴さんらしいね」

 

 二人で苦笑しながらも、すぐに気を引き締める。作戦開始までもう時間もない。それまでに簪は新しい機体の慣熟を終えなくてはならない。普通は無理であるが、その無理を通すためにセシリアが協力するという。

 

「時間もありません。強行してやりますよ。まずは起動を」

「うん」

 

 簪は束から渡された待機状態のクリスタルの指輪を掲げつつ、ISを起動させる。

 もともと打鉄をベースに作り上げた『打鉄弐式』であるが、その流れを組みつつもより洗練されたデザインに変化している。白亜と紅色の装甲が重なり、鈴の『甲龍』とは違い身体にフィットしつつも、どこかゆったりした着物を着ているかのようなアーマーだった。

 それは鎧武者のようなイメージが強い打鉄ではなく、どこか神秘的な、巫女や司祭のような印象を受ける。

 

 もともと装備してあったミサイルポッド『山嵐』や荷電粒子砲『春雷』はそのまま継続して装備されているが、そのほかにも近接用の薙刀『夢現』や実弾とビームを撃ち分けられるライフル『赤星』など、新規の装備も見受けられる。

 しかし、それ以上に目を引くのは、背部にあるアンロックユニットにマウントされている大きなリング型のユニットであった。一目見ただけではどんな機能を有しているかわからないが、それがこの機体の代名詞のように見るものすべてを威圧するかのような存在感を放っている。

 細部に至ってはなにかしらの可動域と思しきものも見られ、そのリングユニットの継ぎ目からは金色の光が漏れている。

 それはさながら後光のようであった。

 

「これが……」

「束さんが完成させた、簪さんの新しい力………機体名称は『天照』です」

「『天照』……」

 

 天照(アマテラス)。それは日本神話において、太陽を神格化したものの名称とされる『天照大御神』からとられた名だ。ならば、巨大なリングユニットはまさに太陽を現す日輪か。そう思う簪が機体データを確認しつつ、様々な挙動を確認していく。姉と作り上げた改造プラン以上の性能に、束の技術に舌を巻く思いだった。基礎スペックだけで当初の予想よりも格段に上だ。

 

「さて、では慣らしを始めましょう」

「慣らし……?」

「私との模擬戦です。手加減はしませんよ?」

「っ!?」

 

 言うや否や、セシリアがビットをパージしつつスナイパーライフルでの抜き撃ちを放つ。いきなりの奇襲にあわてて回避しつつも、すでにセシリアはビットと狙撃による得意戦術に移行していた。

 

「ぐうっ……!」

「その機体ならば、私のこの包囲網を突破できるはずです!」

「無茶を言う……けど! やってみせる!」

 

 簪とて、代表候補生を務める操縦者だ。基本的な動作だけならなんとでもなる。慣熟に必要なのは、この『天照』の代名詞といえる特殊装備……背部のリングユニット、これまでのISの装備とは一線を画する権能を持つ対粒子変移転用集約兵装『神機日輪』。

 これを使いこなすことが、簪をさらなる強者の領域へと押し上げることになるだろう。その絶大な能力に使われるならその程度、せいぜい代表候補生レベル止まりだが、この恩恵を完全にものにすれば、国家代表レベルにもすぐ届きうるだろう。

 それくらいでなければ、アイズを守ることなんてできない。簪はいつかの一騎打ちのときのように、セシリアへと向かっていく。

 

 それから三時間ぶっ続けで模擬戦を行っていた簪であったが、その甲斐もあってかなんとかこの『神機日輪』を使えるようになる。セシリア曰く、及第点はとっくに超えた、とのことだ。まさに習うより慣れろで行われた慣熟訓練であったが、そのおかげで簪はこの強襲戦のみならず、無人機に対してかなりのアドバンテージを持つ手段を手に入れることになる。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ふふっ、……アイズを守れる力、感謝します」

 

 簪の目の前には無残にバラバラの残骸と化した無人機だったパーツが転がっていた。背後には無傷のアイズ、そして同じく無傷な簪が佇んでいた。

 回避コースのない場所で真正面からの三つのビームを無力化、そして敵機の撃破。それをなんなく為してしまった『天照』の力に、簪は束に感謝する。まだ少し振り回されている感じはするが、十分な手応えを感じていた。

 

「もう、大丈夫みたい。アイズ、行こう」

「うん。でもすごいね。さすが簪ちゃんに、束さんの機体……ボクも負けてられないなぁ」

 

 簪の頼もしさに笑顔になりつつも、アイズも負けていられないと気合を入れる。アイズはハイパーセンサーと持ち前の直感力を駆使してどんどん先へと進んでいく。途中、エレベーターを発見し、強引に扉を開けてそのままさらに地下へと降りていく。五十メートルほどさらに降下して再び扉を切り裂いて地下の『Manufacturing facility』、製造工場というプレートが掲げられているエリアへと侵入していく。

 束から伝えられたマップでは、箒はこのフロアの一室にいるはずだ。すぐさま束の示した場所へと向かう二人であるが、大きな空間に出たとき、思わずその足を止めてしまう。

 

「これは……」

「……っ!」

 

 そこにいたのは、綺麗に並べられた多数の無人機であった。完成形をしたものから、組立途中のものまで、果てにはパーツや武装が所狭しと並べられている。そうやらここは無人機を製造する工場の最終工程エリアのようだ。おそらく他のエリアではパーツや武装の製造を行っている場所があるはずだ。

 その無機質なヒトガタが並ぶ様子は、まるで墓標が並ぶようであり、生命の鼓動が一切感じられないにもかかわらずに墓場のような静寂さと不気味さがある。無人機を嫌悪しているアイズにとって、まるで悪夢のような光景であった。

 

 見たところ、すべてがオートメーションというわけではなさそうだ。操作基盤が多くみられることからおそらく相当な数の人間がいたはずだが、今は人気は皆無だ。どうやら襲撃の際に脱出したのだろう。

 束がここ一帯のシステムを掌握したというので動き出すことはないはずだが、今まで散々苦渋を舐めさせられた無人機を前にするといい気分はしない。あとで破壊しなければならないが、今は箒の救出が先決だ。顔を顰めながらも、すぐにこのエリアを抜けようと動き出す。

 

「早く抜けよう、ここはあまりいたくないし」

「そうだね……」

 

 もう目的地は目と鼻の先だ。こんな忌々しい場所に長居することはない。

 二機がゆっくりと動いていくが、それを妨害しようとする無人機はいない。不気味なほどに、ただの置物のように動かない。

 

 だが。

 

 

 

「……っ! 簪ちゃん、真下!」

「っ!?」

 

 アイズの直感がいきなり現れた危機を察知して叫んだ。人間のような殺気がない分少し反応が遅れたが、アイズの超能力とすら言われる直感はそれを捉えた。

 簪の真下から、動かない無人機の隙間から狙う撃つようなレーザーが放たれた。簪はそれを回避してすぐさまレーザーの発射点に荷電粒子砲を叩き込む。数機の無人機が爆散して破壊されるが、そこには攻撃してきたと思しき存在は見えない。

 

「気配は感じる……、でもハイパーセンサーに反応しない」

「ステルス機? でも、ここまで近距離で反応しないなんて……」

「………簪ちゃん、右に撃って!」

 

 言われるままにアイズの示す方向に荷電粒子砲を放つ。するとその砲撃を避けるようになにかが高速で動く姿が見えた。

 避けられた荷電粒子砲がまた数機の無人機を爆散させるが、襲ってくる敵機は健在だった。

 

「見えた?」

「うん、なんか、犬というか、狼みたいなのが……」

「獣型の無人機? そりゃあ、あってもおかしくないかもしれないけど……ん、束さんからだ」

 

 アイズに束からの通信が入る。通信をつなぐと、なにやら激しい銃撃音が聞こえてくる。どうやらラウラとシャルロットが激しく戦闘を繰り広げているらしい。

 

『アイちゃん、無事だね?』

「はい、大丈夫です。でも、ちょっと変なのに捕まっちゃって」

『遅かったか……ごめん、そいつは止められない。メインコンピュータからデータは手に入れたからなんとか破壊して』

「わかりました。もうすぐ箒ちゃんも見つけられると思います」

『ん、お願いね。そいつは多分、狼型のステルス仕様機。データを送るよ』

 

 束から襲撃機と思しき新型の機体データが送られてくる。この基地のコンピュータから開発データを盗んだらしく、詳細なスペックデータが表示される。

 

 機体名『ハウンド』。全長四メートルほどの狼型の無人機。その姿の通り、獣の俊敏さと敏捷性を持つ機体で、高いステルス機能を有し、敵機に気づかれずに強襲するまるでアサシンのような機体らしい。

 武装はレーザーライフルと実弾装備のマシンガン、尻尾に搭載された近接ブレード。これ自体は非常にシンプルだが、恐るべきはその獣を模した動きだ。機械とは思えない本物の猟犬のような機動を維持しつつ、近代兵器で襲いかかってくる。しかも場所が悪い。死角の多いこの場所では、いつ、どこから奇襲されるかわからない。

 

「厄介な場所で、厄介な敵に見つかったな……時間もかけられないし……」

 

 あまり時間をかければ箒をロストする危険もある。箒を連れ出される前に救うために電撃的な強襲を仕掛けたのに、それでは意味がない。足止めを受けることはそれだけで敗北に近くなる。

 この基地の破壊も言われているが、あくまでそれは第二義、第一義はあくまで箒と一夏の救出だ。できることなら戦闘は避けたい。だが、このまま箒のもとへいけばこの厄介な敵機まで連れて行くことになる。そうなったら箒にも危険が及ぶ。

 

「仕方ない、簪ちゃん、ここはボクが―――」

「先にいってアイズ。私が食い止める」

 

 アイズの言葉を遮り、簪が臨戦態勢でその場にとどまる。

 

「簪ちゃん……?」

「目的地はすぐ……なら、速さを考えてもアイズが適任。それに私の機体はどちらかといえば狭い空間より広い空間のほうが相性がいい」

 

 簪の『天照』は狭い空間内は戦えないわけではないが、防御はともかく攻撃手段は過剰威力であるものが多い。その点、近接型のアイズのほうが室内向きだ。それに箒と一番面識があるのもアイズだ。そうしたことを考えれば救出役はアイズのほうが適任といえた。

 それなら簪はこの広いエリアで足止め、あわよくば撃破するためにここに留まったほうがよい。少なくとも、アイズが箒を救出するまで時間を稼げばそれでいい。

 

「大丈夫、心配しないで」

「………五分で戻るよ。お願い」

「任せて」

 

 アイズがすぐさまこのエリアを抜けるためにゲートへと向かう。ここを抜ければ箒の場所まであと少しだ。二機連携を崩したくはなかったが、そうも言っていられない。ここまできたらすぐさま箒を救出して脱出するほうがよい。

 離脱していくアイズを逃がすまいと『ハウンド』が動く。物陰から跳躍して背中に装備してあるレーザーライフルを発射、無防備なアイズの背に青白いレーザーが迫る。

 

「させない」

 

 しかし、それが直撃することはなかった。それどころか、アイズをかばうように現れた簪を前に、一瞬で霧散してしまう。簪の背にあるリングユニット『神機日輪』が起動しており、金色の光を纏わせて稼働していた。

 

「アイズ、行って!」

「ありがとう!」

 

 荷電粒子砲で牽制しながら援護。その隙にアイズが無事にこのエリアを抜けていく。『ハウンド』はアイズを追いかける素振りは見せない。簪の排除を優先してようで、再び工場内の死角に潜んでしまう。

 簪は背にアイズが出て行ったゲートを背負いながら見えない敵機を迎え撃つ。

 

「ここから先は行かせないし、邪魔もさせない」

 

 ハイパーセンサーには時折影がチラつく程度ではっきりと捕捉はできない。しかし、それでも簪はなんの気負いもなく、冷静に待ち構える。

 

「『神機日輪』、フルドライブ」

 

 背部のリングユニットに設けられた展開装甲がスライドするように稼働し、内部機構を展開する。内部に充満する金色の粒子がまるで鱗粉のように周囲へと拡散していく。それはまさに、光り輝く後光を背負っているかのようだった。

 

「ちょうどいい。あなたで、試させてもらう。この『天照』の力を……!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「音………なんの音だ?」

 

 篠ノ之箒は大きな音を聞いて顔をあげる。しかし、見えるのは真っ白な室内だけ。あの日、一夏とともに拐われてから箒はずっとこの部屋にいた。何度か誘拐犯の千冬そっくりの女が姉の束の行方を聞いてきたが、そんなことはまったく知らないと答えるとそれ以上は追及してこなかった。どうもあちらも知っているとは思っていないらしい。

 ならば、箒を餌に引き寄せるだけだ、とも言っていた。はたして、それで姉が来るのか箒にはわからない。

 そもそも、箒は姉の束のことなど、なにもわからない。勝手にISを作って、勝手に世界を変えて、勝手に行方をくらませた。

 

 それ以降、箒にとって姉は家族でありながら、もっとも理解できない人間となった。

 

 いったいなにがしたいのかわからない。なぜ、姉はISで世界を変えたのか。

 

 女尊男卑と変わった世界。その主犯とされる人間が篠ノ之束。束の妹だから、という理由だけで罵声を浴びせられたことも少なくない。私は関係ない、と言っても誰も信じない。行方不明の姉を恨むより、近くにいる箒に恨みをぶつけていた。

 それと同じくらい、感謝されたこともある。あなたの姉のおかげで女性は革新した、というわけのわからない宗教地味た狂信者のような女達の言葉。それも、箒にとっては気味の悪いものでしかなかった。結局誰ひとりとして箒を個人として見ようとせずに、束の代わりに悪意をぶつけるだけだった。

 ただでさえ重要人物の保護プラグラムにより転校を繰り返していた箒には友と呼べる存在すらできず、ただただ一人でそんな変わってしまった世界の怨嗟の声に身を震わせるだけだった。

 そんな環境で育った少女が歪むことは当然といえた。箒から社交性が薄れ、他者と壁を作るという引きこもりになってしまったことは、箒のせいではなく彼女の置かれた環境のせいだろう。

 

 そうなれば、幼かった彼女の心が限界を迎えるのも当然だった。守ってくれる人もおらず、箒は自分自身で守らなくてはならなかった。もともとやっていた剣道はそうしたストレス発散の他にも自己防衛手段としていたし、なにより自分の境遇を姉のせいだと思うことでようやく箒は精神を保っていた。

 

「姉さん………あなたはどこにいるのですか」

 

 もはや、他人行儀な言い方しかできないほど、箒は姉に対する愛情が麻痺していた。昔、姉に寄り添い、甘えていた記憶などとうの昔に忘却するほどに、箒は篠ノ之束という存在に翻弄されていた。

 

 だから、今のこの状況もどこかで姉のせいだと思っていることも否めなかった。むしろ、そう思わなければ自身に降りかかる理不尽に耐えられないところまで箒は追い詰められていた。

 一夏は箒のことを「けっこう脆い」と評したが、それはまさに正しい。世界を、自身を取り巻くすべてを変えて苦しめる姉の所業が許せない。

 それが一方的な思い込みだと、心の奥では理解しているはずだ。それでも、悪い意味で姉に依存しなければ箒は耐えられなかった。

 

 しかし、……。

 

「……心配、してくれているのだろうか」

 

 姉は、自分を心配している。謝りたいと思っている。今でも、大好きなままだ。

 そう箒に断言した存在がいた。クラスメートであり、目をISに奪われたという少女。盲目でありながら、箒の心を見るかのように染み渡る言葉を紡いできた少女。

 

 アイズ・ファミリア。

 

 彼女の言葉が本当だとしたら、姉は、篠ノ之束は、この状況を知って憂い、怒って、悲しんでくれているのだろうか。

 いや、そもそもなぜアイズはああまで断言できたのだ。もはや妹の箒ですら理解できない束を、どうしてああまで代弁できるというのだろう。

 世迷言と捨てるのは簡単だ。しかし、それでもアイズの真摯な言葉は箒の脳裏に刻まれた。それは、箒がすがりたいと思えることだったからなのか、そう思わせるなにかがアイズにあったのか、それはわからない。

 それでも、箒はアイズが嘘を言っているのではないとどこかで納得していた。振り回されてきた箒だからこそ、その人の言葉が上辺だけなのか、心から紡いでいるものなのか、なんとなくだがわかるのだ。アイズは、これまで箒が出会った人間の中でも、不思議なほど邪念もなにもない、澄み渡るような思いしか感じられなかった。人は、あそこまで真摯で清らかな言葉を言えるものなのか、と戸惑ったくらいだ。

 だが、箒はまだアイズという少女をよく知らない。時折、一緒にごはんを食べようと誘われて同席したことはある。それ以外でもよく話しかけられるし、アイズが気にかけてくれていたこともなんとなくわかる。しかし、どうしてそこまでしてくれるのかはわからない。

 思えば、アイズは不思議な少女だ。目が見えないことを感じさせないほど明るくて人懐っこく、毎日を楽しむ様子はとても微笑ましいが、その姿には、なぜか悲壮なものすら感じさせた。

 

 ほんの少し聞いたことがあるが、アイズもISに人生を狂わされた一人だという。しかし、その一方でアイズを救ったのもISだという。ISに好意をもてない箒には、アイズのその思いがわからない。

 

 でも、姉の気持ちを語るアイズを見れば、まるで妹の箒よりも束を理解しているようで、箒はどこか、言いようのない複雑な気持ちを抱いた。

 嫉妬、とも違う。羨み、とも違う。それは、まるで本来自分があるべき姿を見ているかのような、……姉を慕う妹、という姿を見て、嫌ってしまった今の自身を比べて後悔するかのような感情だった。 

 

 それを確かめたくて、箒にとってもアイズは気になる存在であった。その性格から積極的に動くことはしないが、それでもいつの間にかアイズの姿を見つめるようになっていた。

 戦い、傷つくアイズ。自己を厭わずに、友を守ろうとするアイズ。敵意を振りまき、暴走までしたラウラを救い、自身の妹として受け入れたアイズ。………見れば見るほど、箒には真似できないことばかりしている少女だ。

 そんな、自身とは真逆のような少女に、どうしてこうまで気にかけてしまうのか……それは未だに箒には明確な答えは出せていなかった。

 

 ただ言えることは………アイズを見ていれば、箒も変わらなくちゃ、と思わせるなにかがある、というだけだった。

 劇的に変われなくても、箒なりに今までの自分とは違う、変えたいと思って行動しようとしていた。話しかけることはなくてもクラスメートに話しかけられたら無碍にせずにちゃんと話すように気をつけていたし、クラスでの集まりも拒否することはしなかった。

 想い人である一夏には未だに自身の気持ちを伝えることはできないが、それでも一夏と一緒に過ごすことで感じる幸福感を否定はしなかった。口に出さないだけで、箒は自身の気持ちに正直に行動しようとした。

 

 そんな矢先に、この誘拐という事態だ。一夏とも離れ離れになり、これからどうなるかもわからない状況。助けはくるのか、ずっと監禁されたままなのか。そんな不安が箒を支配していたが、ずっと傍観してきた箒は、ある種の諦めすらあった。

 

「ダメだな………私は、結局変われてなどいないようだ」

 

 そうやって苦笑する箒の耳に、再びなにかの爆発音や破砕音のようなものが届く。これまでこんな音は聞いたことがなかった。流石に訝しんでいると、今度は至近距離で激しい音が響いた。

 それだけにとどまらず、ガシャン! となにかが壁にぶつかる音と共に部屋の壁が内側に凹み、機動音らしきものがゆっくりと近づいてきた。

 箒は警戒しながら逃げ場のない部屋の隅へと下がる。しかし、そんな箒の警戒を他所に、やたらとのほほんとした声をかけられる。

 

「箒ちゃん、見ぃーつけたっ!」

「え?」

「ちょっと待っててね」

 

 その直後、頑丈な扉に二筋の閃光が走り、縦と横、綺麗に分割された扉がガラガラと崩れ落ちた。あっさりと扉を切断した人物は……箒も何度も見たことがある赤いIS『レッドティアーズtype-Ⅲ』を纏ったアイズ・ファミリアであった。

 アイズが、その金色となった瞳を向けて無垢な笑顔を箒へと向けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ったくよぉ、どこのバカだ、ここにカチ込むたァよォ」

「………」

「こっちは明日には久々の休暇だったんだぜ? それなのにクズどもの排除なんてやってられるかってんだ。なぁ、シール? おまえも黙ってないでなんか言えよ」

「………誰か、など決まっています」

「あァ?」

 

 上司であるスコールに非常召集され、シールとオータムはドイツにある無人機プラントへとやってきていた。片や天使、片や蜘蛛のようなISを身に纏い、背後には無人機を連れている。

 幸運にも、二人は任務でこの近郊で無人機の新装備のテストを行っていたためにすぐに現場へと急行できた。襲撃されてからおよそ二十分ほど。システムの大半は掌握されたと伝えられているが、プレジデント自らシステムハックに対抗して時間を稼いでいるらしい。しかし、遠隔なのですぐにシステムは乗っ取られるだろうと聞かされている。そうなる前に首級を上げろとのお達しだった。

 二人に課せられたオーダーは、襲撃者と思われるうちの篠ノ之束の確保、そしてセシリア・オルコット以外の抹殺。ちょうどテストとして起動していた無人機十三機を随伴させ、基地へと急行してきた。

 

「おーおー、派手にやりやがったなぁ。地上施設が跡形もねぇぞ」

「………システムが掌握されかかっているなら、あそこから追撃するより別ルートからのほうがいいでしょう。私はE-2のルートから基地内部へと向かいます」

「ああ、まぁ適当にがんばりな。こっちはこっちで動くからよ」

「………では」

 

 シールはオータムと別れ、単独で別ルートから基地内部へと侵入する。いざというときの逃走ルートのひとつであるが、戦前のトンネルを利用したルートであり、いくら基地内部のシステムを掌握してもルート閉鎖は不可能だ。ここを通れば、すぐに基地の中枢部へと侵入できる。おそらくそこに今回の襲撃犯もいるはずだ。ある程度分散しているだろうが、そのときは各個撃破すればいい。

 しかし、シールが単独行動を起こした理由はそんなことではなかった。別に待ち構えていようが、地上部のシャフトから侵入してもよかった。だが、あえてそうしなかったのは、シールが漠然と、しかし、確信にも似たものを感知していたからだ。

 

「………まさかあなたから来るとは思っていませんでしたよ、アイズ・ファミリア」

 

 シールの持つ金色の瞳が、わずかに疼く。ヴォ―ダン・オージェの共鳴。あのラウラという小娘もいるかもしれないが、この感じは間違いなくアイズのものだ。これまで何度も邂逅し、戦って来た敵、シールが倒すべき存在。それがここにいる。

 前回は刃を交えることなく終えたが、今回は思う存分に戦えるはずだ。

 シールにとって、篠ノ之箒や織斑一夏の誘拐など瑣末事でしかなく、篠ノ之束すらどうでもいい存在であった。

 シールは、ただアイズ・ファミリアだけを求めている。

 

「アイズ・ファミリア………あなただけは、私が……!」

 

 白い翼を広げながら、シールも地下無人機製造プラントへと侵入していく。

 

「私の手で、あなたを……!」

 

 金の瞳が導き、誘うように、白亜の告死天使はアイズに向かって奈落へと落ちていく―――。

 

 運命づけられた二人の戦いは、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 




簪さんの新型「天照」の登場。この機体は対物理最強の「オーバー・ザ・クラウド」と違い、対ビーム、レーザーにおいて最強の機体となります。詳細はまた次回に。

そしてアイズ対シールが再び実現。そろそろこの二人の因縁も明かしていく予定です。またそれぞれのルートでボス級との戦闘が始まります。

それではまた次回に!


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Act.50 「天照の権能」

「ア、アイズか……?」

「やっほー。お久しぶりだね、箒ちゃん」

 

 扉をブレードで綺麗に分割して姿を現したアイズ・ファミリアに箒は驚きに目を見張った。普段は凛とした佇まいをしている箒のそんな姿が面白いのか、アイズがクスクスと笑う。

 

「思ったより元気そうだね。よかった。さ、一緒に帰ろ?」

「助けに、来てくれた……のか?」

「もちろん」

「……し、しかしなぜ……?」

「なぜ?」

 

 そう聞かれることが意外なのか、アイズは少し答えに詰まる。友を助けたいというアイズの意思でもあるし、会社の命令でもあるし、そしてなによりアイズが敬愛している束の手助けをしたいという気持ちがある。そんないろいろな理由から進んで決めたことだ。どう言えばいいのか、少しだけ悩む。しかし、悩んでも言う言葉は決まっていた。

 それは一番シンプルな理由だ。

 

「箒ちゃんを助けたかったからだよ。ボクも、そしてみんなも」

 

 屈託のない笑みとともに向けられた言葉に、箒が俯いてしまう。アイズにとっては、その反応も少し予想外だった。なにか落ち込むようなことを言っただろうか、と少し心配になるが、あまり時間もない。アイズはすぐさま行動しようと箒を促す。

 

「さ、行こう」

「……ああ。あ、ありがとう」

 

 まだ少し戸惑ったようにしている箒が頷く。とにかくここに長居しているわけにはいかない。アイズは束から渡されていたものを箒へと渡す。

 それは椿の花を模した赤いペンダントであった。

 

「これは?」

「ISだよ。カレイドマテリアル社の新型量産機。これを使って」

 

 より正確に言うなら『フォクシィ・ギア』の防御・機動を重視した今回の救出作戦用にカスタマイズした、『フォクシィ・ギア篠ノ之箒仕様』というべき機体。近接武装をメインに、逃走のために機動力と防御力、その他箒の身を守る装備を取り込んだ束の過保護さが現れた機体だ。

 敵陣から脱出するなら、IS装備をすることが一番安全だ。防御力や生命維持システムは当然として、装備すればその位置情報やバイタルまで監視できるためにより安全性が確保できる。

 箒がISを展開すると、赤い配色がされた『フォクシィ・ギア』を纏う。量産機といえ、『打鉄』や『ラファール・リヴァイブ』とは違うその機体にISに興味が持てない箒も気になるように身体を動かしている。

 

「いいのか? 機密なのではないか?」

「箒ちゃんのほうが大事ってことだよ」

「しかし、私のために新型など……」

 

 箒は自身を救うために未発表の新型を持ち出し与えるという行為に戸惑う。確かに通常なら、そこまでのことはしないだろう。だが、アイズにしてみれば束の気持ちを知っているため、当然だろうと思っていた。

 本当なら、ここで言いたい。あなたを助けたいと誰よりも願っているのは、お姉さんの束だと。

 でも、それは言えない。アイズが伝えたくても、まだ束はそれを望んでいないから。

 

「行くよ。箒ちゃん。今頃一夏くんもセシィたちが助けてるから」

「そうなのか?」

「うん。あとはお姫様を助けるだけ」

「だ、誰がお姫様だ!」

「ふふっ」

 

 元気そうな箒の姿にアイズも笑う。この様子なら大丈夫だろうと判断する。

 

「さ、行くよ。ボクについてきて」

「わ、わかった。………その、……」

「ん?」

「た、……助けにきてくれて、あ、ありがとう……」

「デレ箒ちゃん、ペロペロ」

「誰に教わったそんな言葉!?」

「え、鈴ちゃんだけど………日本の褒め言葉じゃないの?」

 

 きょとん、とするアイズの顔を見て箒が深いため息をする。天然なとこがあることは知っていたが、少しは疑うことを覚えて欲しい、特に鈴の言うことには。そう思わずにはいられない箒であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズを先行させ、獣型無人機『ハウンド』の足止めをしている簪は、自身の判断ミスを痛感していた。はじめはアイズが箒を救出するまでの時間稼ぎと割り切り、とにかく先に行かせないように隠れる『ハウンド』を注意を払いながら待ちの姿勢でいたが、それが間違っていた。

 『ハウンド』を放置することがどれだけ危険なことなのか、今の簪にはすぐによくわかる。

 

「まさか、他の無人機を独立稼働させることができるなんて……」

 

 簪の視界には、未だに『ハウンド』は見えない。工場内の死角を移動している気配はするが、完璧な捕捉は無理だ。アイズなら持ち前の気配察知と直感で位置を把握できるかもしれないが、簪にはそれは無理だ。

 そうこうしているうちにまた一機の無人機が起動し、簪に向けてビームを発射する。すでにこれで五機目だ。

 この施設のシステムは束が掌握しているが、どうやら『ハウンド』が直接無人機を操作して起動させているらしい。遠隔ではなく有線で直接接続して無人機のシステムを起動させているのだろう。これらの機体はこれまでの無人機と違い、やや短調な動きが目立つ。細かい指示が与えられておらず、ただ目の前の簪を排除するために動いているようだ。その証拠に、これまで遭遇した機体と違い、基地内部だというのに大出力のビーム砲を平然と使っている。一機一機そうして動かしているためにまだ数はそれほど多くないが、このままではまずいことになる。

 ここには完成形の無人機がまだ無数に存在する。これらの機体、すべてが起動させられればせっかく束が率先してここのシステムを掌握した意味がなくなる。そして他の面々にとっても脅威となる機体が増えることになる。早急に『ハウンド』を破壊し、起動した無人機を殲滅する必要がある。

 

「ステルスの隠密強襲機かと思えば、まさか工作兵の類とは………いろいろ考えてる」

 

 いろいろな機体を用意していること自体は、簪も感心する。しかし、敵対している以上、忌々しいことこの上ない。

 そうこうしているうちにまた一機が動き出す。そこを狙って荷電粒子砲を連射して撃ち込むが、起動したばかりの機体を半壊させ、周囲にいた数機をスクラップにするだけに終わる。

 そしてそれのお返しとばかりにいくつものビームが簪を襲う。これは本格的にシャレにならないことになりそうだ。アイズが戻ってくる前に殲滅するつもりで戦うことを決意する。

 

 

 

 

 そうして、簪ははじめてその場から動いた。

 

 

 

 

「『神機日輪』正常稼働………すべてのビームを無力化……本当にすごい」

 

 一切その場から動かずにすべてのビームを受けきったこの『天照』。簪はただ何度も放たれるビームをすべて無効化して、『ハウンド』を狙い撃っていただけだ。

 無人機のビームはすべてが簪に届く前に拡散、霧散して消滅していた。それはかつて使用していたMRFによる防御ではなく、ビーム自体を完全に無力化しているのだ。

 

 『天照』の代名詞である特殊装備、対粒子変移転用集約兵装『神機日輪』。これには三つの“権能”が存在する。

 そのひとつが、この防御能力だ。それは荷電粒子を束ねて発射するビームに対して絶対的な支配力を持ち、さらにレーザーに使われるコヒーレンスに干渉してレーザーまで高い支配力を見せる。

 

 よく間違われるが、ビームとレーザーは似て非なるものだ。

 

 ビーム、といっても数あるが、IS兵器として使われるものは荷電粒子を圧縮・縮退させ加速させて弾丸として放つものであり、『神機日輪』はこの荷電粒子をMRFと同じ原理で干渉してビーム偏向性を持たせたフィールドを機体全周に展開している。このフィールドにビームが接触した瞬間、荷電粒子の収束に干渉して拡散、さらに偏向させて霧散させる。

 そしてレーザーは大雑把にいえば、収束、指向性をもたせて増幅された光の束といえる。そしてIS兵器のレーザーは瞬間的に高出力としたものを放つパルスレーザーである。これらのレーザーは物理的な破壊をたやすく引き起こすほどコヒーレンス(干渉性)が高い。

 『神機日輪』はこのレーザーであるコヒーレント光に干渉し、光の収束を拡散、インコヒーレント光へと変えてしまう。物理破壊力を持つまでに収束された光を、蛍光灯と同レベルの光へと強制的に変化させてしまう。

 

「ビームは磁場で偏向させて拡散、レーザーはコヒーレンスに干渉してこれも拡散………一定範囲内に限定されるとはいえ、相性次第じゃ一方的になる」

 

 簪すら、この『天照』の能力には身震いする。一度防御に入れば、ビームもレーザーもすべて無力化する鉄壁の防御。これを破るには『神機日輪』の干渉力を上回る威力を持たせるか、物理的手段しかない。

 

 これが三種の権能のひとつ、『剣:草那芸之大刀』。神話では草を薙ぎ大火を消したという逸話を持つ太刀とされる名を持つこれは、ビーム・レーザーに対する完全無力化能力である。

 

 とはいえ、上位のIS操縦者ならこれだけでは通用しない。現にレーザー装備の多いセシリアもこの性能だけでは倒せない。

 

 だが、『神機日輪』の力はまだ二つある。

 

 

「そろそろ終わらせる……『神機日輪』モードチェンジ、『鏡:八咫鏡』」

 

 ガシャン、ガシャン、ガシャン! と音を立てながらリングユニットが再び展開装甲を稼働させ、先ほどより滑らかな円形を作る。散布されていた金色の粒子がリングユニットにまとわりつくように引き寄せられていく。

 さらにそのリングユニットがマウントされているアンロックユニットごと稼働し、機体前面へと展開された。まるで巨大な黄金の盾を構えているような姿であった。

 無人機ゆえに、そんなアクションを起こした簪に警戒する様子を見せずに馬鹿の一つ覚えのようにビームを撃ち続ける。

 

「跳ね返して、『天照』」

 

 ビームが『神機日輪』の領域へ接触した瞬間、そのビームが一瞬だけ停滞するように止められる。しかし、すぐに今度はそのビームをまったく別方向へとベクトルを変え、結果、他の無人機に命中、爆散させた。

 おそらく『ハウンド』による独立稼働したゆえに、対処法まではプログラムされていないのだろう。指揮官機がいれば違ったかもしれないが、なおも無人機は簪に武器を与えることになるビームを放つ。

 

「すべて、無駄」

 

 それらを悉く屈折、反射させて跳ね返す。『剣』の権能と違い、分解・拡散しての無効化ではなく、特殊な力場を形成しての屈折。そして反射。これが第二の権能『鏡』の能力。

 正確には接触、吸収、屈折、反射というプロセスを経ているのだが、『剣』の権能と違い、そのものに干渉して変移させるのではなく、一度受け止めてから入射角と反射角を計算して再度撃ち出す能力となる。そのため『剣』の権能よりも許容キャパシティがシビアなため、『剣』は効いても『鏡』が効かない場合もある。それでも無人機のビーム程度は余裕で跳ね返せるだけのものだ。

 セシリアとの慣熟を兼ねた模擬戦では「アルキオネ」は無効化できても跳ね返せなかったため、少し心配であったがこの程度なら問題ないだろう。

 『鏡』が通用するなら殲滅速度は上がる。『剣』はその言葉に反して完全な防御能力なので、攻防一体の『鏡』、そして最後の権能、完全な攻撃能力である『玉』が必要となる。

 

「そろそろ決める」

 

 そしてついに完全な攻撃態勢へと簪がシフトする。そしてもっとも単発高威力を誇る電磁投射砲『フォーマルハウト』を構えた。とはいえ、まともに命中してもせいぜい二機を貫通出来る程度しかないものだが、簪はそれを無造作に一番密集している地点へ向ける。

 

「『神機日輪』、モードチェンジ『玉:八坂瓊曲玉』」

 

 再びガシャンガシャン! とリングユニットが稼働変化し、『神機日輪』から放出される金色の粒子がリングユニット中央部の空間に集まり、さらに密度を増して凝縮されていく。プラズマ光を発するそのリングユニットの中央に砲身を固定する。

 

「『神機日輪』正常稼働を確認。モード『玉』スタンドバイ、……『フォーマルハウト』、ファイア」

 

 淡々と喋る簪の言葉とは裏腹に、レールガンのトリガーを引いた瞬間、空間にオレンジ色の軌跡が生まれた。空間を通過した弾丸の軌跡であるが、これまでと違い、その軌跡の周辺にいた機体までが一瞬遅れて轟音と共にバラバラになり吹き飛ばされた。それだけにとどまらず、発射された弾丸は未稼働の機体含め、八機を貫通してさらにこの工場エリアそのものを貫いていた。どうやら弾丸は地下施設そのものを貫き、固い地盤へぶつかってなお掘削して進み、ようやく止まったらしい。

 当然、その弾丸が通った周辺はその衝撃でズタボロにされている。恐ろしいまでの破壊の道が一直線に続いていた。

 

「……………」

 

 そのあまりの威力に撃った簪すら数秒だけではあるが唖然としてしまう。しかしここは戦場だ。すぐにハッと意識を取り戻した簪は出力を落としつつ『剣』の形態へと戻して通常武装での殲滅を再開した。

 

「過剰威力すぎる………模擬戦でも『玉』だけは使用禁止って言われた意味がよくわかる」

 

 第三の権能『玉』。対象を拡散、無効化させる『剣』、屈折、反射する『鏡』。そして付与、増幅させる権能が『玉』である。

 今のもレールガンから発射された弾に高密度、高圧縮されたエネルギーを付与させ、破壊力を倍増させたのだ。この付与能力は実弾、エネルギー兵器を問わずに使用可能であり、イメージで言うなら実弾やビーム、レーザーに爆弾をコーティングするようなものらしい。詳しい理論はもう束にしか理解できないほどのオーパーツ級のオーバースペックウェポン。

 これを使えばただのマシンガンで絨毯爆撃、ミサイルを戦術兵器へと変えることすら可能らしい。

 

 ちなみに更織姉妹が考案したのは、実弾にエネルギーを付加させたハイブリット方式を実現させるものだった。束がそれを基にして作ったと言っていたが、簪からしたら自転車をお願いしたら戦車を渡されたような心境だっただろう。

 

 ただ、これらの『神機日輪』の圧倒的な権能も無敵ではない。弱点は、その権能を発揮するために大きなタイムラグがあることだ。特に『玉』はチャージ時間が必須となるため、乱発はできない。『剣』や『鏡』があるため、ビームやレーザー主体の機体とは相性はいいが、例えば鈴のような近接物理型には弱い。

 しかし、このように無人機相手ならほぼ一方的に多数を殲滅するだけの能力を有している。

 

「あの獣型は健在か……アイズが戻る前に、ここ一帯を吹き飛ばすほうが早いかな」

 

 いろいろとなにかが吹っ切れた簪はなるべくこのエリアだけに絞っての爆撃を決意する。未だに無人機が起動しているところを見ると、『ハウンド』もこのエリアにとどまっているはずだ。ならば話は早い。

 

「すべてを消滅させる」

 

 ガシャンガシャン! と音を立てて再び『神機日輪』が『玉』形態へと移行する。さきほどの惨状を見て、出力を先ほどよりも遥かに落とす。それでもこのエリアすべてを破壊するには十分だろう。

 そして同時にミサイルユニット『山嵐』を発射形態へ。

 マルチロックオンは必要ない。ミサイルをこのエリアすべてをターゲットに設定する。攻撃体勢に移行した姿を見て無人機がビームで狙ってくるが、もともと高機動型をベースにした『天照』はそれらをひらりと躱し、エリア上部で制動をかけて見渡す限りをロックオンする。

 

「フルバースト」

 

 四十八ものミサイルが発射されると同時に『玉』の権能により恐るべき威力を持つ魔弾へと変化する。一発一発がまさに悪魔のような威力を持ったミサイルは簪の視界すべてを炎で彩るように次々に着弾、そして爆発して破壊する。

 直撃した無人機は一瞬で爆砕され、外れても周囲にあるものまですべて飲み込み消滅させていく。

 

 すさまじい炎と衝撃がエリアすべてに巻き起こり、簪も余波を受けながらもその場に留まった。そして一面が炎と黒煙で塗り替えられる中、これまでの人型をした無人機とは違う、獣型の機体が半壊しながら倒れている姿を発見する。

 簪はライフルを構えながらゆっくりと近づいていくと、まだ動けるようだった『ハウンド』が尻尾を振り、そこに装備してあるブレードで切りつけてくる。

 それをなんなく近接用武装である薙刀『夢現』で切り払うと胴体部に突き刺し、完全に動きを封じる。簪ももはや無人機に容赦の欠片もなかった。

 

 そのまま至近距離からライフル『赤星』を構え、ビームによるマシンガンモードのまま銃口を『ハウンド』の頭部へ向ける。未だに抵抗するように動く『ハウンド』を冷めた目で見つめながら、簪は一瞬だけクスリと笑った。

 

「あなたのおかげで、私は私の力を知れたよ。ありがとう、そして………さようなら」

 

 トリガーを引く。

 たっぷり二秒間、ビームを浴びせて『ハウンド』を完全に破壊する。もはやまともな形として残っているのは胴体部の一部だけであった。ここまでしておいてもしっかりと残心を行い、完全に破壊したと判断してようやく簪は視線を外した。

 振り返って見えるものは、自身が生み出した煉獄のような景色であった。恐怖すら浮かぶようなその惨状を生み出した簪は、それでも嬉しそうに笑う。

 

「………アイズを守るための力。アイズに仇なすものすべてを消滅させる力」

 

 これほどの力を大好きなアイズを守るために振るうことができる。

 

 簪は、ただただそれが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「よし、あと三分で基地すべてのシステムの掌握が完了………箒ちゃんといっくんも救助を確認」

「なんとかなりそうだね」

「あとは合流を待つだけだな」

 

 既にあらかた襲撃してくる無人機を掃討したラウラとシャルロットは束の護衛をしながら救助にいった他の仲間たちを待っていた。ラウラとシャルロットの周囲には破壊された無人機の残骸がゴロゴロと転がっていた。

 

「合流はどれくらいで?」

「もうちょっとかかるかも。なんか、厄介なのに捕まったみたい」

「救援は?」

「退路確保を放棄するわけにはいかない。信じて待とう」

 

 あとは脱出するだけだが、セシリアたちがいるほうに邪魔が入ったようだ。今は交戦中とのことだが、手早く制圧するとセシリアから返事が返ってきている。ならばその言葉を信じて待ったほうがいいだろう。作戦の変更はよほどのことがない限り悪循環を生む要因になりかねない。

 

「それより先ほどの振動は……?」

「なんか、かなりの爆発があったみたいだけど」

「あー、なんか張り切って新型で遊んだみたいだねぇ。ま、あの機能だけはテストさせてなかったし……」

 

 自分で作っただけあって束は『天照』の性能をよくわかっている。その中でも『神機日輪』の『玉』は束もかなりヤバイ代物だと思っている。ただの拳銃でさえアンチマテリアルライフルへと変貌させてしまうほどの機能など、兵器の概念すら揺るがしてしまうほどのオーバースペック、いや、天災級のカタストロフィスペックウェポンだ。ついつい作ってしまったが、まぁあれくらいヤバイものは『アヴァロン』には山ほどあるので「ま、いっか」という気持ちだった。それに万が一敵対したとしても攻略法などいくらでもあるので束にとっては脅威ではない。

 箒と一夏の救出のためならあれくらいなんてことない。束は世の科学者が聞いたら気絶しそうなことを平然と考えていた。

 

「ん?」

「どうしました?」

「…………二人共戦闘準備、来るよ」

 

 ラウラとシャルロットが即座に戦闘態勢へ移行する。もともと敵地であるため常に警戒していたが、束がわざわざ口にするということはそれほど厄介なものが来たのかもしれない。

 

「掌握まであと二分。それまで耐えて。無理に破壊はしなくていい」

「え?」

「それってどういう……っ!? なにこの揺れ!?」

 

 まるで地震のような揺れがラウラたちを襲う。ISを装備していれば大したことではないが、振動が大きくなるにつれてなにかが近づいている気配がどんどん大きくなる。ラウラとシャルロットは固く閉ざされた隔壁へと目を向ける。あの奥からなにかが来る。

 

 ゆっくりと隔壁のゲートが稼働し、開かれていく。真っ暗な闇の中から現れたのは……『壁』だった。

 

「え?」

 

 間抜けな声を上げてしまったシャルロットだったが、見えたのは巨大な壁だけだった。それこそ、このエリアすべてを覆ってしまいそうなほど巨大なものだ。

 しかし、その『壁』がまっすぐこちらへ猛スピードで迫ってくると、ぎょっとして目を見開いた。

 

「あの『壁』そのものが敵機!? 僕たちを押しつぶす気!?」

「くっ……! “天衣無縫”!」

 

 咄嗟にラウラが両手を掲げ、『オーバー・ザ・クラウド』の単一仕様能力、天衣無縫を発動させる。全力で発生させた斥力場が突進してくる『壁』の進撃を止め、鍔迫り合いをするような均衡状態へと持ち込んだ。

 しかし、それはあまりにもラウラにとって不利すぎた。

 

「ラウラ!」

「ぐ、ぐぅっ……! 質量差がありすぎる……!」

 

 視界を覆うほど巨大な壁。見るだけでその重量もかなりのものだとわかる。いくら斥力場を生み出しても、あまりにも重いために跳ね返すことができない。なんとかギリギリで止められたが、長くはもたないだろう。

 

「シャルロット……!」

「わかってる!」

 

 もともと天衣無縫の虚弦力場は長時間発生させるような能力ではない。長時間フルパワーで使用することなど想定すらされていない。ラウラは言わば全力疾走をし続けているような疲労感に襲われ、体力が急激に奪われていた。

 ならば早急に撃破するしかない。シャルロットが再び重火器を展開してその『壁』に向かって砲撃を放つが、それらはその装甲に傷をつけられても貫けるほどではなかった。

 

「硬すぎる……!」

「ぐ、う………なんとか破壊してくれ……! 二分はとてももたない……一分が限界だっ……!」

「やってみる!」

 

 まだまだストックしてある重火器はある、シャルロットはすべての武器を使い果たす勢いで次々と武装を展開して撃ち込んでいく。接近できればまた違う対処法も試せるが、今は周辺はラウラの天衣無縫の効果範囲内だ。近づけばシャルロットも機体ごとあの『壁』に叩きつけられてしまう。

 なんとか砲撃で穴を開けるか、足を止めるしかない。退路はなく、そもそも今の束はシステムクラックに全力を注いでいるのでそれが終わるまで、あと二分は無防備だ。束がやられればそれですべて終わってしまう。なんとしてもここで最低でも行動不能にしなくてはならない。

 

 そんな様子を見ながら束も少し焦りが見え始めた。既に束は全力でシステムクラックを行っている。これを中断するわけにはいかず、あと二分は無防備のままだ。ラウラとシャルロットになんとしても足止めしてもらわなくてはならない。

 自由に動けるようになれば、それこそあんなものは束の敵ではない。

 

 だが、悪いことというのは立て続けに起こってしまう。

 

 束の視界に映る空間モニターのひとつには、上から近づいてくる敵機の反応が示されていた。上、すなわち進入路である地上から続くシャフトだ。そこから敵が来るということは挟撃されることに等しい。もはや退路もなくなったということだ。

 予想以上に敵方の動きが早い。舐めたつもりはないが、敵の増援が早すぎる。

 

 

 

―――――これは、思った以上にまずい。

 

 

 

 束はそれでも僅かな動揺も見せずに自らの役目を全うしていく。束にしかできないこと、みんなにしかできないこと。それらをやりきって乗り切るしかない。そして、その鍵となるのはやはり束しかいない。

 

「私がみんなを巻き込んだんだ……なら、私がみんなを守らなきゃ。だって、私は“お姉さん”なんだから………!」

 

 箒が狙われたのも、一夏が巻き込まれたのも元をたどれば束の存在が遠因だ。そしてその二人を救うために我侭にも等しい言い分でここにいるまだ十代半ばの少女たちを巻き込んだ。

 それを後悔はしない。なぜなら、それが必要だった。束一人ではできなかったから。

 

 だが、それなら。

 

 束は、この少女たちを守る義務がある。自分の我侭で危地へと連れてきた少女たちを無事に返す責任がある。

 束はそれを悔やまず、果たすことだけを考える。

 

 それが、今の束ができる恩返しなのだから。

 

 

「IS……私の可愛い子供達、お願い……どうか、みんなの力になって……!」

 

 

 しかし、そんな束の願うような言葉をあざ笑うかのように、事態は確実に泥沼の混戦へと向かっていた。




またしてもチート機体ができてしまった……(汗)そして簪さん無双回。やっぱり束の魔改造機は反則にしかならない。まぁ、この物語では無敵の機体なんて存在しません。必ずなにかしらの弱点や欠点が存在するのであくまで操縦者次第の機体です。

次回からさらに混戦になっていきます。そろそろアイズvsシールも書きたくてしょうがない(笑)

まだシャルロットの魔改造機も切り札をひとつも見せていないので、また次回からさらなる激戦を書いていきたいです。

それではまた次回に!


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Act.51 「金の瞳は紡がれる」

 奈落の底のような深い深い地下で、墓場の如き異様な場所に佇む巨大な機体。それはさながら地獄を闊歩する悪魔のような威容でもってセシリアと鈴を喰らわんと迫ってくる。

 その巨体だけで武器そのものだ。圧倒的な質量差から、ただ腕に当たっただけで簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。体当たりや踏み潰されたらそれでスクラップコースに直行だ。

 だが回避そのものは難しくはない。セシリアも鈴も、伊達に名の知れた操縦者ではない。二人にとって巨大な無人機もただの的も同然であるが、その圧倒的な防御力がただただ厄介であった。

 

「でかいだけあってなかなか固いわね! うっとうしい!」

 

 巨大な図体だけあってかなりの装甲強度と厚さを持つ巨大無人機『サイクロプス』を相手にして忌々しそうに鈴が吐き捨てる。

 得意の発勁も効いていないわけではないが、図体が大きすぎて内部中枢まで威力が浸透しない。かなり固い装甲をしている。ISサイズでない分、被弾することを前提に防御力を高めているのだろう。鈴は各部に備え付けられた武装をまず破壊することから始めた。

 セシリアの援護もあり、その作業はすぐに終わった。だが肝心の本体の破壊に手こずっている。そしてその巨体そのものが武器となる。振るってくる腕に触れるだけでサイズ差から簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。しかし、単一仕様能力『龍跳虎臥』のおかげで回避は難しくないが、防御力を考慮すると「肉を切らせて骨を絶つ」戦法をされると直撃をもらうリスクが高いためになかなか攻められない。

 とはいえ、そうそう時間をかけるわけにはいかない。既に目的は達したのだ。あとは脱出するだけなのだ。悠長にしていれば敵の増援も有り得る。

 リスクを恐れていては道は開けない。もともと我慢強いほうでもない鈴は、勝負に出ることを決意する。

 

「セシリア、頼むわ」

「はい、援護します」

 

 鈴の覚悟を悟ったセシリアが鈴の援護のために本格的な狙撃体勢へとシフトする。狙いは頭部メインカメラ。ピンポイントで破壊を狙うセシリアはわずか一秒にも満たないサイティングの後、トリガーを引く。

 

「Trigger」

 

 その極光が寸分の狂いもなく頭部に命中、メインカメラを破損させた。そしてその隙を逃さずに鈴が特攻する。武器はもたない。最後の最後で一番信じるものはこの自身の拳にほかならない。

 虚空を蹴りながら勢いを乗せて右腕を振りかぶる鈴はその自慢の拳を信じて真っ向からぶつかった。

 

「あたしと『甲龍』に砕けないものは、ないっ!」

 

 渾身の発勁掌。

 セシリアの狙撃によってダメージを受けた頭部を狙って叩き込む。破損した箇所から衝撃が装甲内部へと浸透し、一瞬後に頭部が粉々に砕け散る。完全に頭部を破壊したためか、巨体の動きが目に見えておかしなものとなり、やがて耳障りな金属音を立てながら沈黙した。

 

「はっ、ざまぁみなさい。所詮は木偶ってことよ」

「………鈴さん、まだです!」

「うおぉっ!?」

 

 頭部を喪失しているにも関わらずに『サイクロプス』が再起動し、巨大な腕を振り回して鈴を薙ぎ払う。機体にかすめるようにバカバカしいほどの大質量が振るわれた。直撃こそ避けたが、『龍跳虎臥』の能力がなければ今ので落とされていたかもしれない。

 慌てて距離を取った鈴が驚いた顔で首なし状態となった『サイクロプス』を見やる。

 

「頭を破壊して動くの? じゃあどこを破壊すればいいのよ?」

「これだから無人機というのは厄介です。仕方ないですね、物理的に行動不能に追い込みましょう」

「具体的には?」

「装甲の厚い箇所を避け、機動力と攻撃力を奪います。つまり……」

「関節、ね。なら順番は足から、そして腕を狙うわよ」

 

 『サイクロプス』の脚部は四脚型、その足はキャタピラ式の移動脚となっており、現在はスタンディングモードで上部を持ち上げている格好だ。あの四脚のうちのひとつでも破壊できれば、構造上、機動力は失われる。

 

「とはいえ……」

 

 見るからに厚い装甲な上に、稼働するキャタピラはそれだけで破壊力を持つ。おそらくレーザーを当てても弾かれる公算が高く、鈴の近接戦もリスクが高い。大きい、というのはそれだけで脅威足り得るのだ。

 

「まぁ、破壊する必要もありません。地形を使います」

「ん? ………ああ、なるほど」

「援護は?」

「ん、大丈夫。フィニッシュだけ頼むわ」

 

 セシリアの意図を理解した鈴がゆっくりと弧を描くように『サイクロプス』の周囲を動く。

 セシリアは『スターライトMkⅣ』を構えたままチャージを開始する。主武装であるこのスナイパーライフルは連射も可能、そしてチャージして威力をあげることも可能なライフルで、魔弾の射手であるセシリア専用に造られた銃だ。一点集中された最高威力は生半可な装甲などあっさりと貫通する。

 しかし、その最高威力のレーザーでもこの『サイクロプス』の装甲のほうがやや上だ。一撃で射抜くには装甲強度が高すぎる。伊達に大きいわけではないのだろう。

 ならば、簡単に射抜くことができる箇所を狙えばいい。セシリアはスナイパーだ。一瞬でも隙があれば、それで十分だ。

 

 そうやって攻撃準備を進めるセシリアに気付いたのか、『サイクロプス』がセシリアをターゲットにしたように機体を動かす。だが、鈴はそれを許さない。

 

「あたしを無視するとはいい根性じゃない」

 

 地を這うよう接近してきた鈴が巨体の真下へと潜り込む。そんな鈴を踏みつぶそうと四脚を動かすが、それこそが鈴の狙いだ。

 

「ウラァ!」

 

 四脚の一つに狙いをつけた鈴が、その足元の接地面、すなわちこのエリアに廃棄されたスクラップの山へと発勁掌を叩きつける。その鈴の一撃を受け、廃材が面白いくらいにバラバラになって弾け飛んだ。もともと不均衡に廃棄材が積み重なっていたため、いともたやすく崩落を起こした。空を翔けるISならばそれは意味のないことだが、その巨体ゆえに地面へと依存が大きい『サイクロプス』は四脚のひとつを崩落に取られ、ガクンと体勢を崩す。

 

「所詮はでかいだけの雑魚ね。ぷぷっ、落とし穴にハマるとか、ドジっ子なの? けきゃはは!」

 

 そして不格好な『サイクロプス』を挑発するように鈴が真正面に立ち、べーっと舌を出して嘲笑ってやる。それが見えているとは思えないが、まるで怒ったように鈴に向けてその巨大な腕を叩きつけようとする。

 

「ふんッ!」

 

 

 しかし、鈴はこれを避けない。腕周りだけで『甲龍』ほどある巨大なそれを、鈴はしっかりと両手で受け止めた。空中にいるにも関わらず、その鈴の足はしっかりと踏ん張っている。『龍跳虎臥』の能力で空を踏み続けている鈴は少し苦しげにしながらもニヤリと笑ってその腕を離すまいとがっしりとホールドする。

 さきほどまでのように勢いを乗せたものでなく、ただ不格好な体勢からただ振るわれた攻撃など、脅威ではない。

 

「人間だったらこんな手に引っかかったりはしないでしょうけど、あんたはこれで終わりよ」

 

 その鈴の言葉を肯定するように、捉えていた腕部が爆発とともに破壊された。ただの鉄屑となったそれを無造作に放り投げ、このエリアに転がる数多のスクラップの仲間に加えてやる。

 

「お見事。さすがね」

「鈴さんの援護のおかげですよ」

 

 セシリアがライフルを構えたまま笑って応えた。

 セシリアが狙ったのは、伸びきった腕の付け根の関節部。どんな強度でも、関節部は他と比べ装甲は薄い。その分なかなか隙をさらさないが、体勢を崩されて腕を取られたらその限りでもない。威力を上げたレーザーは一射でその巨腕を削ぎ落とした。

 

 ここまで破壊すればあとはもうただの作業だ。鈴とセシリアは順番に脚と腕を破壊していき、『サイクロプス』をダルマに変える。はっきりいってセシリアと鈴のタッグの相手になるには力不足も甚だしかった。これならまだ無人機の大群を相手にしたほうがまだ手こずっただろう。ただ大きく頑丈な機体などせいぜい倒すのに時間がかかる程度でしかない。

 胴体部だけを残して破壊された巨大無人機はまだ機能停止していないようだったが、こうなってしまっては無力化したも同然である。

 鈴はそんなもはやただの置物となった『サイクロプス』の上に立ちながら不敵に笑っている。

 

「ただの雑魚だったわね、巨大ロボが強いのはテレビの中だけね」

「そもそも、ISが規格外なだけです。見たところコアも積んでいないようですし、ただの重機と変わらないでしょう」

 

 都市制圧用の機体をただの重機扱いするセシリア達も大概規格外であるが、事実としてそれほどの力の差がそこには存在していた。厄介なのは防御力だけでそれ以外は大したことはない。それがセシリアの率直な感想だった。

 

「そういえば一夏は? 援護ないようだけど大丈夫?」

 

 セシリアがここにいるということは一夏の援護はないということだ。鈴が心配そうに一夏の姿を探すが、どうやらそんな心配はいらなかったようだ。見慣れたビットとレーザーの光がやや離れた位置で確認できた。セシリアは鈴の援護をしながら同時に一夏をビットで援護していたらしい。

 副次的に視界を得られるスナイプビットのおかげでその気になれば複数の場所で同時に戦闘行動をすることも可能だ。もちろん、並列思考と並列操作に長けるセシリア以外にはこんな芸当は不可能だ。

 

「あんたもつくづく規格外ね」

「まぁ、今回は援護の必要はなかったかもしれませんね」

「ん?」

「援護しなくても、問題なかったかと」

「…………あれま」

 

 セシリアの言葉を受け、鈴が怪訝そうに一夏を見ると、少し予想外な光景が目に飛び込んできた。

 一夏はブレードを片手に冷静に相手を見据えており、その一夏と戦っている千冬似の女は見るからに焦燥を募らせた顔で対峙していた。一夏もノーダメージというわけではなさそうだが、まだまだ余裕を見せている。それに対し、女のほうは装甲にもヒビが入り、見たところシールドエネルギーもかなり削られているようだ。どちらが優勢かなど一目瞭然だ。

 

「すごいじゃない。あの女もそこそこな操縦者だと思ったけど、一夏ってそこまで強くなってたんだ?」

「確かにいつもの面子の中では最弱でしたけど、IS学園で見れば十分に上位に入るくらいは強かったですし。それに、誰が鍛えたと思ってるんです?」

 

 周囲が化物揃いなのであまり目立っていなかったが、一夏は素人とは思えないほどの実力を身につけている。過去にもシャルロットの援護があったとはいえ、格上のラウラを相手に敗北寸前にまで追い込んだ実績がある。

 そしてIS学園ではセシリア、アイズ、鈴をはじめ、簪やラウラ、シャルロットと混ざって常に訓練をしていた。そしてセシリアによるスパルタ式訓練のおかげで一夏は自身が思っている以上にその潜在能力を引き出していた。模擬戦では常に負け越していたために気づかなかっただろうが、既に代表候補生クラスの実力はある。環境に恵まれていたとはいえ、短期間でここまで実力を伸ばしたセンスにセシリア達は畏怖の念すら持っていた。

 

「それだけじゃないでしょ。セシリア、あんたなに仕込んだ?」

「別に何も。ただ、少しアドバイスしただけですよ」

「アドバイス?」

「一夏さんの唯一にして最大の武器、………それを活かす方法を、です」

 

 セシリアが満足そうに笑う様子を見ながら鈴が一夏の戦い方を睨むように観察する。手にした武装は相変わらずブレード一本だが、そのブレード『雪片弐型』には一発逆転の単一仕様能力『零落白夜』が備わっている。自身のシールドエネルギーを消費して、問答無用でエネルギーを消滅させる文字通りの諸刃の刃。強力無比な能力であるが、燃費も悪く、操縦者である一夏自身の技量がモノを言う能力でもある。

 確かに一夏はその燃費の悪さを解消するために『零落白夜』の省モード発動などの工夫をしていたが、それだけでは弱い。格上を倒すためには相当な工夫が必要だろう。

 

 鈴がそう思考していると一夏が動いた。

 

「行くぜっ!」

 

 一夏は『零落白夜』を発動。しかし、その刃は小さなバーナー炎ほどしかない。斬る瞬間に出力を上げるのだろうが、それはもう読まれているだろう。鈴の予測した通り、敵の女も即座に回避行動を取る。

 

「逃がすか!」

「っ!?」

 

 その一夏の取った行動に鈴が驚きに目を見開く。次の瞬間には、一夏の振るった『零落白夜』が敵機の装甲の一部を切り飛ばしていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 ――――よし、コツは掴んだ!

 

 一夏はほぼぶっつけ本番での攻撃が成功していることに内心で強い手応えを感じていた。もともとイメージトレーニングは欠かさなかったが、実機での訓練は不足していたので少し不安だったのだ。だが、結果としてそれは一夏の思い描いたようにできた。

 

「くぅっ……!」

 

 敵対する姉に似た顔のマドカと名乗った女が苦渋の表情を浮かべている。それはそうだろう、こんな攻撃手段、相手取るのは自分でも嫌だと思う。

 一夏は倉持技研から『白式』の改良がほぼ不可能と言われて以来、どうやって機体性能を上げるべきか悩んでいた。自身を鍛えられても、機体は変えられない。強力な能力を備えているとはいえ、ブレード一本の機体の運用など一撃離脱か、特攻するくらいしか思いつかなかった。そういう戦法を得意とする鈴でも、衝撃砲といった牽制武器がある。それすらなしでの特攻など、格上には通用しない。

 だから一夏はセシリアに相談した。一夏の知る中で一番こういった悩みに答えを持っていそうなのは彼女だった。

 

 

 

 

 

 

 

「『白式』を改良したい?」

「ああ、でも、倉持技研にはいい返事はもらえなくて、な……」

「………まぁ、そうでしょうね」

「ん?」

「いえ、なんでも。………そうですね、機体のチューンは可能でしょうけど、それでも微々たるものでしょう。でも、今の『白式』のスペックでも十分なものだと思いますよ? 私なら機体よりも武装を改良しますね」

「武装……『零落白夜』をか?」

「諸刃の刃ですけど、強力無比な力です。あれを当てる工夫ができれば、そうそう負けることはないのでは?」

「………セシリアやアイズには、一度たりとも当てたことはないけどな」

「当たってやる敵などいません。ですから、一夏さんが“当てる”ようにすればよいのです」

「………どうやって? やっぱ俺自身の技量を上げろってことか?」

「『零落白夜』の特徴は、発動時は“実体剣ではなくエネルギーブレードとして展開される”ことです」

「え? あ、ああ」

「そしてそれを扱うISという存在はイメージを具現する力を有します。……私が言えるアドバイスはこれくらいです」

 

 

 

 

 

 そのセシリアの言葉の意味をずっと考えていた一夏はひとつの結論に至った。

 それは、思えば簡単なことだった。エネルギーを消滅させるエネルギーを刃として展開する『零落白夜』。しかし、それは必ずしも―――――。

 

 

 

 

「伸びろおおおぉ―――ッ!!」

 

 

 

 

 ―――――刃である必要は、ない。

 

 展開した雪片弐型から急激にエネルギーが放出され、さながら槍のように一直線に伸びてマドカへと迫る。それをなんとか回避するマドカだが、その瞬間に今度は横薙ぎの斬撃となって追撃してくる。機体をかすめて直撃だけは避けたが、こうしてじわじわとシールドエネルギーを削っていく。

 

「くそっ!」

 

 悪態をつくマドカだが、それほど今の一夏は厄介な存在だった。確かに一夏の『白式』は注意するべきものは『零落白夜』のみといっていいが、そのエネルギーブレードの間合いが読めない。

 いや、読む意味がないというべきだろう。通常は刀身を作らずに、攻撃に出る瞬間だけ刀身を生成する。それだけならまだいい。しかし、一夏はそのエネルギーによって生成する刀身を自在に変化させてくるのだ。剣と思えば、槍が、槍と思えばナイフが、手に持つ武器は変わらないのに、状況次第で即座に対応できる長さへと変えてくるのだ。そのすべてがエネルギーを消滅させる能力を持つため、一度たりとも直撃を受けられない。それがマドカのストレスを加速させていた。

 

 さらに、一夏の攻撃はそれだけではなかった。

 

 槍のように伸ばされた刀身が、今度はぐにゃりと曲がる。一転してムチとなって襲いかかってくる『零落白夜』に、マドカは距離を離すしかなかった。それでもまさに蛇のように蛇行しながら追いかけていく。

 

「ええい、小細工を!」

 

 一夏に銃撃を浴びせて回避行動をとらせてやっと攻撃を中断させる。一夏は攻撃が途切れたと判断するとすぐに刀身を解除し、再び『零落白夜』を待機状態へ戻す。間合いがゼロからいきなり変化して襲いかかってくる『零落白夜』は一夏が思っていた以上の力を発揮していた。

 

「まだイメージが足りないか………イメージしろ、鞭みたいに、しなやかで、蛇のように動く刃……!」

 

 一夏は少しづつ、しかし確実にイメージを具現するようにさらなる形を思い描く。イメージを具現する。エネルギーによって構成される『零落白夜』だからこそできる技だ。刀身を短くして省エネができるなら、逆に長くして間合いを伸ばすことだってできるはず。それができれば、剣ではなく鞭のようにすることだってできる。そうやって強く、徐々に刀身というイメージを変化させていく。

 

 『零落白夜』という最大にして唯一の武器、それを活かす技。

 

 一夏がイメージして作り上げた派生技……『零落白夜・蛇咬の型』。

 その名のとおり、刀身を蛇のように変化させて直線の刃ではなく、しなやかな曲線の動きで敵に食らいつく“刃”。

 

 そして―――――。

 

 

「なめるな! それくらいでぇっ!」

「………まぁ、そうだな。ぶっつけ本番のイメージだったから、まだ荒削りなのは否定できねぇ。だが………」

 

 一夏は一転して居合のように構えると、向かってくるマドカを見据えてながらも落ち着いて深呼吸をする。焦らずに、今までずっとイメージしてきた“型”を強く念じる。

 

「これが今の俺のとっておきだ」

 

 『蛇咬の型』はほとんど思いつきでやったが、この『型』は刀身変化をさせることを思いついてからずっとイメージしてきた。一人で隠れて訓練してきた中でも何度か成功したこともある。その成功したときの感覚を思い出しながら、一夏は自身が纏う『白式』と共にそれを具現させるひと振りを放つ。

 

「飛べぇっ! 零落白夜ァッ!!」

 

 振り抜く瞬間に最大出力で『零落白夜』を発動。そのエネルギーを『生み』『放ち』『飛ばす』イメージによってなされる具現。すなわち―――――飛ぶ斬撃!

 

「なんだとっ!?」

 

 それはまるで空を飛ぶ燕のように滑空していく―――『零落白夜・飛燕の型』。一夏がずっとイメージしてきた、近接武装から放つ遠距離攻撃となる飛翔する“刃”。射程距離もコントロールもまだまだであるが、仕掛けてくる敵機に向けての奇襲としては十分な技であった。

 まさかの近接武装から為されたその遠距離攻撃にマドカの思考が一瞬混乱する。しかし、その飛んでくるものがなにかを理解したときには、既に回避は間に合わなかった。

 

「がぁっ!?」

 

 直撃。飛距離はそうなかったが、予想外な攻撃手段に完全に対応が遅れた。真正面から『零落白夜』を受けたマドカが地へと落ちる。かろうじてシールドエネルギーは残ったが、それは勝敗を決する一撃であった。

 

「ば、ばか、な……こん、こんな、ことがっ………!?」

 

 墜落したマドカは、自身が一夏に落とされたことをしばし受けいられずにパニックに陥っていたが、その混乱から立ち直る前にセシリアがビットによる狙撃で完全にトドメをさして意識を刈り取った。

 

 

「勝った、のか……?」

 

 戦闘状態から開放された一夏は今更ながらに強い疲れを感じながら倒れるマドカを見つめる。戦っているときは無我夢中になっていたが、冷静になって格上と思しきマドカを相手に勝ったことにしばし呆然としていた。

 

「はい、あなたの勝ちですよ、一夏さん。お見事でした」

「やるわね一夏、この作戦が終わったら今度はあたしとやりなさいよ」

 

 二人が一夏を賞賛しながらやってくる。

 セシリアは一夏の成長ぶりに満足そうに笑い、鈴も友が強くなったことに喜びを見せている。経験という点では素人といっていい一夏の戦闘センスは天才と言ってもいいかもしれない。それほど一夏の活躍は見事だった。

 もちろん、初見であったことや、相手が明らかに平静でなく頭に血が上っていた状態だったことも勝った要因のひとつだが、それでも一夏の戦果は素晴らしいといえるものだ。助言はしたが、ここまで明確な形として発現させた一夏にはセシリアも賞賛する以外の言葉がない。

 

 自身が手塩にかけて鍛えた一夏が羽化したことが嬉しく、セシリアは誰もが見惚れる笑顔を浮かべた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「機体は大丈夫?」

「ああ。初めて乗るはずなのに、不思議と違和感はないな」

 

 箒の乗る『フォクシィ・ギア』は束が調整した特別性だ。もちろん箒のパーソナルデータに適合するようにしてあるために初めて乗る機体でも高い親和性を見せていた。それを差し引いても、機体には箒を守るための機能が満載だ。束の心配がわかるというものだ。

 

「すぐに簪ちゃんと合流しよう。あとは脱出するだけだからね」

「ああ、………でも」

「ん?」

「本当に感謝している。………だが、ここまでのことをするからには、カレイド社のバックアップもあるのだろう? 私には、あの会社がそこまでしてくれる価値があるとは思えないのだが……」

 

 箒のいうことはもっともだ。いくら重要人物の身内とはいえ、こんなリスクを犯してまでアイズたちの参加を許可するとは到底思えなかった。組織は温情では動かない。それは箒だってわかる。なのに、ここまでしてくれたことに感謝と同じくらいの困惑があった。

 そして、それは正しい。イリーナは、束の件がなければおそらく無視している。それはアイズもわかる。イリーナが許可したのは、亡国機業の危険性の排除と、束との契約があるからだ。それがなければ、おそらくイリーナは動かなかった。

 

「……ボクからは、言えない」

「そうか……」

「でも言っちゃう。あーあ、ボクって悪い子」

「え?」

 

 イタズラするような表情を浮かべたアイズが、今度は箒に微笑みながら自分勝手な理由でそれを言った。

 

「箒ちゃん。箒ちゃんと一夏くんを助けたい、助けて欲しいとカレイドマテリアル社を動かしたのは、………束さんだよ」

「っ! ………アイズは、姉さんと……?」

「うん。知り合い。たくさんお世話になってる。一度は失ったボクの目を、また見えるようにしてくれたのも束さん」

「姉さんが……」

「そして今回も。……箒ちゃんたちを助けて欲しいと真っ先に言ったのは、ほかでもない………束さんなんだよ」

 

 言った。言ってしまった。

 言ってはいけないこと、言うつもりのなかったことを、アイズは箒にどうしても伝えたくて言った。後悔はない。ただ、勝手に言ったことに対する申し訳なさがあるだけだ。

 

「束さん、すごく心配してた。今回のことだけじゃない。いつも箒ちゃんを心配してた」

「………アイズが、いつか私に言ったことは……」

「うん。束さんを知ってたから。だから、すれ違ってる二人に仲直りしてほしかったから。それが、勝手な押し付けだとわかってる、でも、ボクは二人がすれ違ったままなんて………悲しいから」

 

 だから、それを知ってほしい。たとえ、また笑い合うことができなくても、その心だけは分かり合っていて欲しいから。

 それがアイズの我侭だとしても。

 

「今は、受け入れられなくてもいい。でも、知っていてほしい」

「………アイズ、私は……」

「あ、でもボクが言ったことは内緒だよ? じゃないと箒ちゃんが一夏くんを好きってみんなに言っちゃうから」

「なっ! なんでそうなる!?」

「まぁ、みんな知ってると思うけど」

「そ、そうなのか!?」

 

 ケラケラと子供っぽく笑うアイズに、箒の思いつめそうだった気持ちが霧散していた。それはアイズの気遣いでもなんでもなかった。ただの天然だ。

 だが、それはアイズという人間が本来持つ人の心を癒す魅力のひとつだった。箒もそんなアイズの不思議な魅力に感謝しながら苦笑した。

 

「あんまりゆっくりおしゃべりしてられないな。ガールズトークの続きは、帰ってから箒ちゃんの部屋にお泊りに行ってからね」

「ふふっ、部屋に友を招くなんて、いったいいつ以来だろうな………楽しみにしている」

「うんうん、ボクも楽し………」

 

 だが、唐突にアイズの表情が急変する。急に表情を険しくしたと思えば、バッと背後を振り向く。そんなアイズの様子に吃驚しながら、箒も何事かと緊張してアイズの睨む方向へと目を向けた。

 ISが通るには十分すぎるほどの広さを持つ通路が続いているが、その先は闇に覆われて目視できない。施設内の照明は非常灯以外はほとんど機能しておらず、ISのハイパーセンサーがなければ探索することも困難なほどの光量しかない。そのように真っ赤なランプに照らされた無機質な直線が続く道は、それ自体がまるで異界へと通じるトンネルのように見えて、箒は知らずに汗を流しながら後ずさっていた。

 

「アイズ、いったい………アイズ?」

「……っ」

 

 アイズは瞼を痙攣させながら、金色の瞳を淡く光らせていた。神秘的な光を宿すその目に箒は目を奪われそうになるが、アイズの表情がやや苦しげなものだと気づいて再び声をかける。

 

「アイズ、どうしたのだ?」

「この、感じは、………………ッ、来る!?」

「え?」

 

 アイズが『ハイペリオン』、『イアペトス』を展開して戦闘態勢へと移行すると同時に、闇の奥から何かが飛来する。もはや目視する暇もなく猛スピードで襲いかかってくるそれを箒が認識する前に、アイズが体当たりするように箒を抱えて飛ぶ。そのままガラス張りだった壁をぶち破り、なにかの研究部屋と思しき部屋に転がり込む。

 その瞬間、無数のなにかの群れがアイズと箒がいた場所を高速で飛来した。その群れは触れる壁や天井を悉く喰い破るように破壊しながら通り過ぎていく。

 

 箒にはそれがなにかなど見当もつかなかったが、アイズはよく知っていた。

 アイズと同じ、金色の瞳を持つ少女。アイズより遥かに高性能のヴォーダン・オージェを宿す白い少女が乗るISの武装、無数の小型ビットを群れとして操る群体式BT兵器。

 

「箒ちゃん、ここにいて」

「どうするのだ?」

「狙いは、たぶんボクだから……箒ちゃんはここでじっとしてて」

 

 アイズは敢えて身を晒すように破壊された通路へと飛び出していく。そして見据える先、暗闇の中から真珠のような白い装甲が浮かび上がってくる。

 

「やっぱり、あなただったの………シール」

 

 アイズの言葉に応えるように、白亜のISを纏った白い少女、シールが姿を現した。

 

「………あなたにも、わかるでしょう。アイズ・ファミリア」

 

 その瞳は鏡写しのような金色。それは、人が持ち得ない力を与えられた証。

 

 そして――――。

 

 

「どうあっても、私とあなたは戦う運命だと」

 

 手に持つ剣の切っ先をアイズへと向ける。それは紛れもない宣戦布告の証。そしてアイズも、手に持つ『ハイペリオン』を同じようにかざしてその返答とする。

 

「運命………ボクは、もうそんなものには負けない」

 

 

 

 

 

 金色の瞳。

 

 それは、運命を狂わせ、紡ぐ――――呪いの色。

 

 

 

 




書きたかったアイズvsシールがようやく実現。次回から救出編の山場に入っていきます。今回の戦いで二人の因縁の一部を明かしていく予定です。

何気に一夏くんも強化されました。ああいう特化型は好きなので、特化のまま強くなってもらいました。セカンドシフトしてないのにやばい勢いで強くなってます。

混戦は書くのは難しいですが、こういう集団戦は好きなので楽しみながら書いてます(笑)


そしてお気に入り件数が700件を超えました。びっくりしながらも、登録してくださった皆様に面白いと思っていただけるように頑張りたいと思います。

それではまた次回に!


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Act.52 「交わるもの、交わらないもの」

「これもダメ、次!」

 

 シャルロットは次々に搭載火器を切替えて砲撃を加え続けていた。視界いっぱいの壁という形をした巨大な機体を粉砕するべく重火器をどんどん使用していくが、未だに迫る壁を破壊できないでいる。これまでの砲撃の感じから装甲強度だけでなく、厚さも相当なものだ。表面を削れてもなかなか突破ができない。

 限界まで撃ち続けた徹甲レーザーガトリング砲『フレアⅡ』をパージする。レールガンも、これもダメとなるともう貫通力に特化した武装は限られる。接近できればまだ試せる武装はあるが、ラウラの『オーバー・ザ・クラウド』の“天衣無縫”の影響下であるためにそれは不可能。

 そしてラウラが能力使用限界になればもう試すだの言っている場合ではなくなる。即座に押しつぶされて終わりだ。

 

 今はチェックをかけられた状態なのだ。あと三十秒足らずでシャルロットが状況を打破しない限り、敗北の色が濃厚になってしまう。

 だが、これ以上の武装はシャルロットにはない。シャルロットは焦りを隠しきれずに、とにかくできる限りの砲撃をするしかない。

 

「シャルるん」

 

 しかし、そこで束の声が聞こえた。束は目も向けずに作業を続けたまま、シャルロットに呼びかけた。シャルロットも余裕がないために振り返ることなくトリガーを引きながら耳を傾けた。

 

「ウェポンスロット、レベル“C”を。解除コードは『catastrophe』」

「えっ、ウェポンスロットのレベル“C”?」

「早く」

「は、はい!」

 

 シャルロットが言われたように解除コードを入力する。すると機体に搭載されていた中で一部の武装の封印が解除される。その武装データがシャルロットへと即座に伝達される。そしてシャルロットの顔が青くなった。

 

「な、なにこれ……!?」

 

 ロックが解除された武装は計三種類。そのすべてがシャルロットの異常に適合してきたはずの常識を砕くような武装だった。遠近、そして光学、物理、熱量、多岐にわたる特性を持つこの兵装群は、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』に搭載された武装の中でも群を抜いて異質なものばかりであった。

 

「ナンバー2を起動させて」

「スロットナンバー2………『アルタイル』、こんな武装がっ!?」

「それでいけるでしょ?」

「……はい、問題なく!」

 

 常識を放棄して驚愕することは全部あとにしようとシャルロットはその武装のおかしすぎるスペックを前向きに受け入れて起動させる。同時にすべての武装が量子変換され格納される。シャルロットは展開した『アルタイル』を両手で構えた。

 『アルタイル』は細長い砲身を持つスマートな形状をしており、重火器というよりは狙撃銃に見える。しかし、このコンパクトな銃に『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』に搭載された大出力のウェポンジェネレーターがそのすべての生成エネルギーを注ぎ込んでいる。

 この封印されていたウェポンスロットの武装はすべてが強力であるがゆえに、膨大なエネルギーを必要とする大出力兵装だ。その代償として、機体特性のひとつである武装の多数同時展開が不可能になってしまう。

 しかし、それすらお釣りがくるほどの能力を持つ切り札―――そのひとつがこれだ。

 

「チャンバー内、圧力正常加圧中………エネルギー充填、80パーセント」

 

 肩に装備されているシールドアームが稼働し、クローが展開され床に突き刺さる。機体を固定するためだ。さらに全スラスターが耐ショックのために稼働。そして『アルタイル』が最終発射形態へ移行する。銃身の装甲の一部が展開され、細長い砲身がさらに長く伸びて固定される。その砲身が破壊的な青白い光を纏う。

 もう抑えているラウラも限界だ。この一発で決めるしかないだろう。

 

「エネルギー充填………完了! 最終セーフティロック解除!」

「ぐっ………限界だ、撃て、シャルロットッ!!」

「『アルタイル』、……ディスチャージ!」

 

 瞬間、光が疾走る。

 空間に光の線が出現――その頼りないと思えるほど細い光とは真逆に、シャルロットはあまりの反動に必死に耐えていた。全スラスターで衝撃を最大まで抑えているにも関わらずに吹き飛ばされそうになるシャルロットは歯を食いしばりながら気の遠くなるかのような長い数秒間を堪えた。

 

「ぐ、ううううっ!!」

 

 そうまでして撃ち出されたその細い一筋の閃光は迫り来る壁を左から右へと這うように動き、そして消滅した。

 

 わずか二秒程度で消滅したその閃光と同じくして、『アルタイル』が膨大な蒸気を発しながら沈黙する。銃身は赤熱化しており、一部がその熱でドロリと溶け出している。この有様では連射など不可能だろう。もはや無用の長物と化した『アルタイル』をパージする。同時に限界を迎えたラウラが大量の汗を流しながら膝をついた。

 

「ラウラ、大丈夫……!?」

「ああ、なんとか、な。それよりどうなったんだ? アレは止まったみたいだが……」

「あれはもう大丈夫、だって………壊れてるから」

 

 

 

 

 ズズズズ…………ガゴン、バギン!

 

 

 

 不快な金属の摩擦音と共に、先ほどまでとてつもない脅威であった壁が“ズレた”。そのまま滑るように上下に分割された壁が重々しい音を立てて崩壊する。そして壁の奥にいたであろう本体………頭部と思しきパーツが見えることから、これも無人機の類だったようだ。それすらも三分の一程度を綺麗に切り取っており、不自然なほど綺麗な切り口を晒して沈黙していた。

 

「うわぁ、こうしてみると本当にコワイこの武器………」

「銃ではなくブレードの類だったのか?」

「えっとね……簡単に言えば、………簡単に言えるのかな、これ?」

「極限圧縮粒子崩壊収束砲『アルタイル』………簡単に言えば、限界まで収束させたビームだよ」

 

 そしてちょうど基地のシステム掌握を完了させた束が口を挟む。

 シャルロットの機体に搭載された中でも桁が二つほど違う規格外のオーパーツ級の武装。常識外を往くカレイドマテリアル社の中でも『天災級兵装』とカテゴライズされる最高峰の機密兵器。

 

 それが『カタストロフィシリーズ』のひとつ、極限圧縮粒子崩壊収束砲『アルタイル』。

 

 本来多数の火器にエネルギーを送るウェポンジェネレーターで生み出されたエネルギーを全て圧縮し、粒子レベルの崩壊エネルギーを抽出、そしてその膨大なエネルギーを収束させて放つ兵器だ。その際の膨大なエネルギーに特別性の砲身も二秒しか持たないほどの出力を誇る。たった二秒間しか発射時間はなく、一度撃てば砲身も使い物にならなくなるという欠陥を持つが、その威力は既存の兵器を遥かに上回る。

 極限収束されたビームは、触れるもの全てを文字通り消滅させる。あまりにも高い収束性を持つために一点破壊しかできないが、それを振るうことで二秒という限定時間内ではそこに存在するなら、どんなものでも切断する恐るべき魔剣と化す。 

 射程圏内であれば、どんな頑強な隔壁や岩壁であろうと意味をなさなくなる。革命を通り越して災害を引き起こすレベルの兵器である。

 

「いやぁ、いざというときのために一応積んでおいてよかったね!」

「よかったね! ……って言われても。確かによかった、んですけど………未だに束さんの作るものは僕の常識を破壊していく………!」

 

 しかもこのレベルの兵装がまだ二つも己の機体に搭載されているのだ。これを使うときが来ないことを祈るシャルロットだが、その反面ちょっと使ってみたいと思う自分もいる。毒されてきただろうか。まぁ、しかしこれほどのものを使う機会はそうはないだろう。

 

 ………そうでなきゃ、困るというものだが。

 

「とにかく、二人共お疲れ。おかげでここのシステム掌握はすべて完了。ちょっと邪魔が入って予定より遅れたけど」

「邪魔?」

「遠隔で対抗してきたんだ。まぁ、ダイレクトで繋いでる私に勝てるわけないんだけどー」

 

 しかし、そのために当初の予定より五分十六秒も時間をかけてしまった。束としても、自身のシステムハックにここまで対抗できる存在がいたことに少し驚いていた。もしかしたら、無人機開発に携わった人間だったのかもしれない。おそらく、束に迫るほどの技量を持つ技術者だ。

 

「………今はいいや。あとは脱出だけ。セッシーたちのほうはもうじき来る。アイちゃんのほうは、………ちょっとまずいな」

「まずい……?」

「以前の、あの目を持つ白いIS乗りと戦ってる」

「ッ!? シールが姉様と……!?」

 

 シールと直接戦った経験のあるラウラには、その危険性が否応にもわかってしまう。アイズとラウラの目より性能が上の目を持つ存在。理論上、アイズの目……プロトタイプのヴォ―ダン・オージェが人に適合可能な最高値であるはずだが、それすらを上回る能力を発揮するシールの目。

 そしてアイズは過去に一度シールに落とされている。

 それなのに、敵地でそんな相手と相対する状況はかなりまずい。

 

「急いで救援に………!」

「悪いけどラウちんには違う役目がある」

「役目……?」

 

 束は姉を助けに行こうとするラウラを引き止める。気持ちはわかるが、飛行特化型の『オーバー・ザ・クラウド』ではアリの巣のように広がる地下基地内での戦闘は不安要素のほうが強い。気持ちは察するが、こういうときだからこそ合理的に事を進めるべきだ。

 

「上から無人機が来てる。たぶん、もともと外にいた機体だね。数はそこそこいる。ラウちんとシャルるんはもうすぐ来るセッシー達と協力してそいつらを殲滅して」

「束さんは、どうするんですか?」

「私は………おっと?」

 

 地響きのような振動が三人を襲う。そして重々しい音を立てながら、別方向からまたも大型無人機が襲撃してきた。束しかわからなかったが、それはセシリア達が倒した大型無人機と同型機だった。

 いきなり現れたまたしても巨大な機体にラウラとシャルロットに緊張が走るが、束だけが表情を変えずにゆっくりと振り返り、そして片手を掲げた。なんてこともない、ただの仕草に見えるそれで、――――終わっていた。

 

「え?」

 

 シャルロットの口から呆けた声が漏れる。ラウラも唖然として目を見開いている。

 目の前では出現した巨大無人機がいる。だが、その機体の腕が落ちた。脚が崩れた。頭部が弾けた。そしてあらゆるパーツが崩れ落ちる。それは、まるで砂の城が風に吹き飛ばされていくように、サラサラと表面から少しづつパーツが分解されていった。

 残されたのは、もはや原型もなにもないまでにバラバラになったパーツの山だけであった。それは、ビルの発破解体のように、ある種の芸術のような破壊だった。

 

「………さて、邪魔はいなくなったからもっかい言うよ。二人は合流してくるセッシー達と一緒に上のゴミを掃除して」

 

 束の顔は変わらない。だからこそ、二人にはそんな束が恐ろしく感じた。

 普段はのほほんとマイペースな束だが、ときどきこんな風に冷酷な目をすることがある。今の束は、その目をしていた。

 

「アイちゃん達は、私が迎えに行く」

 

 そう言って返事を待つことなく、束は機体から虹色の羽根を広げて地下へと通じるシャフトへと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 幾度も交わる剣閃、そして金色の視線。

 狭い限定空間での接近戦だというのに、アイズとシールは異常ともいえるほどの回避を見せながらほとんどその場にとどまるように剣劇を繰り広げていた。

 アイズはいつもとは逆に大型実体剣『ハイペリオン』を逆手に持ち防御として、そして取り回しが容易な『イアペトス』を攻撃用として扱っている。普段ならアイズは持ち前の直感で敵の隙を見つけて大型武器を叩き込むのだが、ヴォ―ダン・オージェを持つシールはそんな決定的な隙など晒さない。

 だからほんの僅かな隙を突けるように小太刀型の近接ブレードを主力としている。もちろん、それでも決定打が遠すぎる。

 対するシールはいつもと変わらず、細剣による突きを主体にチャクラムシールドによる防御と奇襲、そして機体の象徴である翼による攻撃を繰り広げる。

 わかっていたことだが、反応速度が化け物じみている。アイズが攻撃に移ろうとした瞬間にはすでにそれに対処行動が始まっている。おそらくはまだヴォ―ダン・オージェもそれほど高い適合率ではないにも関わらずこれだ。反応速度で遅れを取るアイズは、持ち前の直感を信じてシールの猛攻になんとか対抗していた。

 

「機体性能が上がっている………それにその目もずいぶん安定しているようですね」

「ボクには、頼れる仲間がいるからね……!」

「それでも、私と『パール・ヴァルキュリア』には勝てない」

 

 天使を象るIS―――シール専用機『パール・ヴァルキュリア』。近・中距離型の機体であり、シールのヴォ―ダン・オージェの能力を最大限に発揮するために調整された機体。そのスペックはティアーズと同等。レイピア型の近接刀『スカルモルド』、チャクラムとシールドを兼用する複合兵装『フラズグズル』、そしてレギオンビットとも呼称される群体式BT兵器『ランドグリーズル』。

 最大の特徴は背部のウイングユニット『スヴァンフヴィート』。翼であり、盾であり、剣でもある攻防一体の兵装で、この機能があるために『パール・ヴァルキュリア』は鳥のような機械とは違う生物的な機動を可能としている。

 

「負けない! ………ボクは!」

 

 アイズはさらに脚部展開刃『ティテュス』を展開して細剣、チャクラム、ウィングの猛攻に四刀を持って応戦する。二人の戦いは足を止めての白兵戦だというのに、それを見ていた箒には、動きが信じられないほど不可解なものに感じられた。

 

「なんなのだ、あの戦いは……!?」

 

 剣道を嗜む箒をして、あの二人の剣技は異質であった。複数の武装を同時に操る時点で剣道とは異なるが、防御よりも回避のほうが多いのだ。どうしても回避しきれないものだけ受け止める。あとはひたすらに避ける。ときにはわざと受けてカウンターを狙う。そんな戦い方は、少なくとも箒は見たことがなかった。

 いざというときは援護も考えていた箒だが、その考えは早々に諦めることになる。

 あんな戦いに横槍など、いれられるわけがない。ただでさえ、箒はISをよく思っていないために搭乗することすら少なかったのだ。そんな箒ができることはこの場にはない。

 いや、あるとしても、不器用でも情に厚い箒はそれに気付けない。

 

「私は、どうすれば………むぐっ!?」

 

 周囲の警戒がおざなりだったところへいきなり背後から掴まれて壁へと押しやられる。まさか敵か、と思ったが、自身を押さえつけている人物は箒が見知った顔であった。

 

「無用心に身を晒しすぎ………とにかく遮蔽物に隠れて」

 

 いつの間に来たのか、そこにいたのは簪であった。簪は電磁投射砲『フォーマルハウト』を構えたまま庇うようにして箒の前に立つ。

 そしてそのままトリガーを引いた。普通の人間ならば目視することすら不可能な弾速でシールへと迫る。アイズへのフレンドリーファイアを避けるために本体への直撃ではなく、背部ウイングユニットを狙っている。

 

「無駄です」

 

 しかし、外野からの狙撃すらシールは反応する。

 折りたたむようにしてウイングユニットが綺麗に射線から逸れる。理不尽なほどの回避に眉をしかめながらも、予想通りというように現実を受け止める。

 

「簪ちゃん」

「アイズ、援護を……!」

「箒ちゃんを連れて先に脱出して」

 

 有無を言わさないように告げるアイズに、簪が不安そうな顔をする。言いたいことはわかる。この作戦の目的は箒と一夏の救出だ。しかも箒はISの戦闘力は素人並。ここにいれば箒は悪く言えば足でまといにしかならない。

 だが、このシールを相手にアイズを置いていくことも心配だった。だから簪は、はじめは渋った。

 

「でも……」

「簪ちゃん、お願い。シールはボクに用があるみたいだから、ボクはあとで行く。信じてくれる?」

「…………信じるよ」

「ありがとう」

 

 簪は少しだけアイズの背を見つめていたが、すぐに箒の手を掴んで強引に引っ張っていく。最新鋭の量産機とはいえ、魔改造された『天照』の出力には敵わない。箒はやや抵抗しながら簪に抗議する。

 

「待て! アイズを置いていくのか!?」

「目的はあなたの救出。だからあなたの脱出が最優先……」

「だが!」

「黙って。あなたにできることは、安全を確保するために逃げること……それだけ考えて」

「アイズを見捨てるのか!?」

「そんなわけないでしょう!」

 

 感情的になった箒の言葉に、簪が怒鳴り返す。

 止まることなく振り返った簪は、箒を睨むような視線を送る。鬼気迫るようなその目に、箒の頭が一瞬で冷却された。

 

「あなたを逃がすこと。それがアイズの、この作戦に参加した全員の目的なの。アイズは、あなたを助けるために残った。アイズはあなたの安全が確保されるまであそこから動かない。アイズの無事を願うなら、あなたはあの場所にいちゃいけない」

「な、ならお前が残って……」

「バカを言わないで。IS操縦すら素人レベルのあなたが、敵地から単機で脱出できるの?」

「それは……」

「それにあなたが残っても、あのレベルの戦闘に介入することができるの? 言っておくけど、あの二人の戦いは国家代表クラスをとっくに超越してるよ。下手に手を出せば、アイズはあなたを庇う。そうなれば、アイズは負ける」

 

 あくまでも冷静に、箒を説得する。本音を言えば、簪も箒が言うように残って共に戦いたかった。だが、それはダメだ。アイズがそれを許さない。そして、簪もそれを理解している。だから即決してアイズを置いて箒を逃がすことにしたのだ。時間をかけずに最速で箒を逃がす。それが、アイズの手助けになる。

 簪はそう言って箒の反論を許さない。しかし、その言葉の端々には苦渋の色が見え隠れしている。

 

 できるなら、アイズの傍にいたい。力になりたい。盾になったっていい。

 

 でも、それをアイズは望まない。アイズは、そうなれば傷ついてしまう。もちろん、危険ならアイズを悲しませてでも助けたいと思う。それでも、簪はアイズを信じている。

 

 アイズも、そう思っていると、信じている。

 

 アイズになにかあれば、簪は悲しむ。セシリアも、鈴も、ラウラも、シャルロットも、一夏も、箒も、アイズと笑いあったすべての人間が悲しむ。

 アイズはそんな友を悲しませる真似はしない。気遣いや優しさとは違う、優先するのは他者でも自己でもない。自らが紡いできた絆の価値を、なによりも信じている。

 

 だから簪はアイズを置いていく。アイズが、そう信じてくれと言ったから。なら、自分はアイズが託してくれたことを全うする。

 

 言葉にすれば、ただの綺麗事だろう。でも、それを確かなものとして信じられる。それが、アイズ・ファミリアという少女なのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………べつに見逃した、ってわけじゃなさそうだね」

「ええ。どうでもいいのです。あのような人間など」

 

 シールが妨害すればすぐさま対応しようとしていたアイズであったが、シールはあっさりと簪と箒を逃してしまった。その言葉の通り、興味がまったくないのだろう。

 

「あくまで、狙いはボク?」

「はじめから言っているでしょう。………あなたは、私の手で終わらせる」

「ボクを殺すの?」

 

 殺す。

 十代半ばの少女同士の会話に到底似つかわしくない言葉だが、アイズもシールも、その言葉が日常の影に存在することを知っている。そして、アイズは実際に何度も殺されかけた。

 アイズは自分が誰かを殺すなんて考えられなかったが、でも誰かが自分を殺そうとすることには経験則から受け入れていた。もちろん納得はしないし、抵抗だってする。だが、誰もが優しい世界などありえない。誰かが笑う裏では、誰かが泣いている。そんな世界の現実の、裏側を生き抜いたアイズにはそんな残酷な現実を許容していた。

 だからこそ、自分を好きだと言ってくれる友の存在は、なにものにも代え難い宝物だった。

 

「あなたが死のうが、どうでもいいのです。ただ………私は、あなたが超えていると証明しないうちは、死んでもらっては困ります」

「…………だから、あのときボクを助けたの?」

「あなたが死ぬのなら、それはただの結果です。私は………」

 

 シールがふっと瞳を閉じる。わずかな時間そうしてなにかに集中していたようなシールは、カッと目を見開いてアイズを睨む。瞳孔が震え、波打つ海のように金色の光が揺れるように輝く。すべてを見通す人が造りし魔眼『ヴォ―ダン・オージェ』。その真価を開放した証であった。

 

「私は、あなたが私の領域にまで踏み込むことが許せない」

「…………」

「その目を捨てろアイズ・ファミリア。そうすれば、あなたは倒さない、殺さない。闇の世界で、ささやかに生きろ。そうすれば、あなたはこれ以上苦しまない」

 

 その言葉は、いったいなんだったのだろう。

 脅しなのか、警告なのか、忠告なのか、それとも、優しさだったのか。おそらく言ったシール本人もわかっていない。

 だが、アイズはわかるような気がした。その理由ではない、感情がわかった気がした。

 

 シールは、アイズを好いているわけでも嫌っているわけでもない。ただ、その存在が許せない。同じ瞳を持つ、アイズ・ファミリアが許せない。

 

 さらに同じ目を持つラウラにはあまり興味を示そうとしないあたり、まだ理由がありそうだが、少なくともシールはアイズ個人が許せないのだろう。この目が関係していることは明白だが、それがいったいなぜかまではわからない。

 

 しかし、たとえどんな理由があっても、アイズの答えは決まっている。

 

「それはできない。ボクには、この目が必要なんだ」

 

 シールが不愉快そうに表情を変える。この目の力に縋り付く愚か者とでも思ったいるのだろうか。だが、そんなものじゃない。ヴォ―ダン・オージェそのものには、アイズはこだわりなんてない。

 

「ボクの目は、一度死んだ。それはボクの夢が死んだときだった」

 

 そのときの絶望は今でも忘れない。今まで這いつくばってでも生きてきた希望が消えたのだ。はっきり言えば、自殺すら考えた。

 

「でも、ボクの目は、今こうして見えている。それが、たとえ不幸を呼ぶ呪いだったとしても、ボクは、……その呪いに感謝したよ」

 

 ヴォ―ダン・オージェでなければ、視力を回復させることは束でも不可能だった。ヴォ―ダン・オージェだから目を失った。そしてヴォ―ダン・オージェだから目が蘇った。複雑な思いはもちろんあるが、それでもアイズはそのとき、何度も恨んだこの目に感謝した。

 

「ボクは、………ボクの“夢”を見るまで、諦めない」

「………夢」

「笑う? そんな理由で」

「………そうですね、とっても………不愉快です。命より、そんな不確かなものを選ぶなんて………」

 

 シールの顔に、強い感情が浮かぶ。いままでクールな表情しか見せなかったシールが、明確にアイズに侮蔑の色を見せた。

 

「ちょっと、頭おかしいんじゃないですか?」

 

 シールは明確な敵意とともに、機体を戦闘態勢へと移行させる。アイズも同じように武器を構え、抵抗の構えを見せる。

 

「そこまでバカだというのなら、是非もありません。………ここで終わらせましょう」

「あなたが本気なのはわかったけど」

 

 『レッドティアーズtype-Ⅲ』のAHSシステムのリミッターを一部解除。束がバージョンアップしてくれたAHSのおかげで以前よりも高い精度で『ヴォ―ダン・オージェ』を使用でき、そしてそのリスクも軽減されている。それでもシールよりも劣るだろうが、あとは自身の技量と直感を信じる。

 

「譲れないものは、ボクにだってある」

 

 アイズの目が、シールに呼応するようにその輝きを増していく。薄暗い地下で、四つの瞳だけが不気味なほどの輝きを見せる。

 

 この先は、人に許された領域を超越した者しか踏み込めない戦いだ。

 示しあったように互いに同じタイミングで動く。真正面からの激突。体感時間も緩慢なものへと変化し、視えるものすべての動きから膨大な情報量を処理して最適な動きを人間の反応速度を超えて為す。

 回避は容易、だが当てることは至難。千日手とも思える状態へと移行した二人はあえて初手は被弾も覚悟でぶつかりあった。

 

 激しい衝突音を立てて両手に持った武器をぶつけ合う。互いに下がろうとせずに、至近から睨み合った。

 

 それは互いに退くつもりはないという意思表示にほかならない。

 

「終わりです。ここであなたの夢を否定しましょう、アイズ・ファミリア……!」

「それでもボクは、ボクの夢を肯定する。これからも、ずっと!」

 

 否定と肯定。

 同じ瞳を持つ存在でありながら、二人の言葉はどこまでも平行線のまま紡がれ、そしてぶつかっていく。

 

 それは、さながら決して交わることのない自身の鏡像との戦いであった。

 

 

 

 




本格的にアイズとシールの戦い、そして二人の因縁の解明へと向かいます。そして束さんの戦闘行動が解禁。これでもう敵サイドは終わった(汗)

シールがどんな存在かもう察しがついている人も多いかと思いますが、次回は彼女の出生を明かすつもりです。

次回はオリキャラメインの話になりそうですが、お付き合いいただけると嬉しいです。

それではまた次回に!


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Act.53 「ヒトガタの呪い」

「ああああああっ!!」

「その程度でえええっ!」

 

 咆哮をあげる。獣みたいに。

 

 武器を振るう。戦士みたいに。

 

 高揚する精神は止まらない、暴走したかのように戦うことをやめない。

 

 だが、そんな行為をしている二人は、まだ十代の半ば。普通なら、学校に通い、体重や恋の話で一喜一憂する。そんな年頃の少女だ。そのはずだ。

 しかし、二人は決してそんな世界の住人ではなかった。自らを証明するために、目の前にいる存在を倒さんと鬼気迫る気迫で傷つけ合う。

 黒髪金眼の少女の名はアイズ。銀髪金眼の少女の名はシール。片や知らずに、片や知って、二人にとって運命ともいえる戦いに身を投じていた。

 

 その瞳に、呪いの運命の証である金色を宿しながら、二人は刃を向け続ける。

 

「ぐうっ……!?」

 

 放たれたシールの『パール・ヴァルキュリア』が象徴であるウイングユニットで羽ばたくかのように斬撃を繰り出してくる。アイズがそれを察知すると同時にハイペリオンを盾にする。先の回避直後の硬直を狙われたのでやむを得ずに防御に回った。できることなら回避したかった攻撃だ。

 その攻撃を受けてアイズは隣接するエリアへと吹き飛ばされる。互いに本気になってから絶えずに狭い地下基地内を移動しながら戦っていたが、その中でもやたらと広いエリアに入った。

 

 見れば、そこはまるで地獄の釜の中のような有様だった。あちこちで火が盛り、大量の無人機の残骸が転がっている。ここはアイズも通った無人機製造エリアだ。この様子から察するに、この惨状を作り上げたのは簪だろう。簪の『天照』のスペックを聞いていたアイズはそれが容易にわかった。

 やりすぎだ、とは思ったが、ちょうどいい。このエリアを綺麗に吹っ飛ばしているために、障害物や遮蔽物となるものが少ないし死角もほとんどない。シールとの白兵戦を行うには適した場所だ。

 

 そして広大な空間だ。広さでいえばIS学園のアリーナほど。アイズの土俵である奇襲を狙う接近戦を仕掛けるにはちょうどいい。

 

「レッドティアーズ!」

 

 これまで狭いエリアで戦っていたために使用できなかった近接仕様BT兵器『レッドティアーズ』を起動、同時に『パンドラ』を展開する。『パンドラ』はアイズの持つ武装の中で最も切断力が高く、あのシールのISの防御すら上回る。以前の戦闘でもシールのISの象徴たる翼を斬り落としたこともある。

 

「いって!」

 

 二つのBT兵器が矢となってシールへと迫る。当然、それ自体も絶大な貫通力を持つが、真に恐ろしいのはその軌跡を死線とする『パンドラ』の存在だ。アイズの『レッドティアーズtype-Ⅲ』よりも空間を大きく使ってウイングユニットを稼働させるシールの『パール・ヴァルキュリア』にとって空間に絶対的な切断力を残していくこの武装は相性最悪だ。

 

「舐めすぎです。アイズ・ファミリア」

 

 しかし、それも当然過去の話だった。シールは張り巡らされている『パンドラ』をすべて見切って回避していく。微細で光も反射しない鋼線の『パンドラ』は如何に『ヴォ―ダン・オージェ』といえど完全に見切れるものではない。

 『ヴォ―ダン・オージェ』はあくまで視界を介して情報解析をする力。完全に空間に溶け込む『パンドラ』は完全に見ることは不可能だ。

 

 ならばどうやって見切っているのか? 

 

 答えは『レッドティアーズ』の機動だ。

 『パンドラ』を牽引するBT兵器の動きから『パンドラ』が仕掛けられている線を割り出している。もちろん、アイズもそうやすやすと見切られるような使い方はしていない。たわみなどを利用して強弱をつけた空間トラップを作り上げているが、シールの解析がその上をいっているだけだ。

 

 それでもまったく意味がないわけではない。機動を制限するだけでもシールの動きを封じることができる。旋回性、機動性は質の違いこそあれほぼ互角。なら、機動を制限できれば有利になる。それは正しかった。

 だが、だからこそシールもそれを狙っていた。

 

「っ!? うしろ!?」

 

 アイズが背後から迫る殺気に反応する。反応と同時に回避行動に移りながら視線を向けると、初手で使った無数の小型ビット郡が襲いかかってくる光景を目視する。

 レギオンビット『ランドグリーズル』。邂逅時には狭いフロアで直線に放って以来使ってこなかった武装だが、潜ませて機を狙っていたようだ。この武装もアイズの『パンドラ』と同じく、ある程度の広さがなければ自滅しかねないものだ。

 シールも戦場が広大なエリアへと移ったことで再展開してきたのだ。小型ビットを広範囲で展開させての面制圧を仕掛けてくる。如何に回避型の機体でも、無数の群れを捌くことは至難だ。

 線で攻めるアイズと、面で攻めるシール。当然ながら押されているのはアイズのほうであった。線と面、回避が難しいのは当然、面の攻撃だからだ。

 

「まだ、まだだよ!」

 

 しかし、それを捌ききるアイズ。小型ビットで面制圧を仕掛けるということは、その分密度が薄れるということでもある。ならば、直撃するビットだけを切り払えば回避は可能だ。

 

 小型ビットの大きさはおよそ十から十五センチほど。的確に当てなければ切り払うことも難しい大きさだが、その程度のことができなければアイズは『レッドティアーズtype-Ⅲ』の乗り手に認められてはいない。セシリア専用として開発された『ブルーティアーズ』と違い、『レッドティアーズ』ははじめからアイズの専用機だったわけではない。アイズがその操縦者としてこの愛機を手に入れたのは、単にアイズの血の吐くような努力の成果だ。

 目を失ってもなお戦う道を選んだアイズの技量、それはアイズの覚悟の現れでもある。

 

 アイズは自身の技量を信じて、刀を握る手に力を込める。

 

「この程度でやられるようなら、セシィの隣に立てるもんか!」

 

 一閃。最も効果的な剣筋を『ヴォ―ダン・オージェ』からの情報解析で導く。それをほぼタイムラグなしに正確になぞるように左手の『イアペトス』を連続で振るっていく。ひと振りで平均三機のビットを落としながら、ビットの面制圧に穴を開けていく。それを見たシールが密度を高めてビットを結集させれば、威力の高い大型実体剣『ハイペリオン』を叩きつけてまとめて叩き落す。

 

「なるほど。欠陥でも、ヴォ―ダン・オージェということですか」

「っ!?」

 

 背後から声。反応と同時に振り向きざまに『ハイペリオン』を振るう。それが『パール・ヴァルキュリア』のウイングで受け止められると同時に激痛。空いた胴体を撫斬りにされると理解する前に反射的に『イアペトス』によるカウンターを放っていた。

 防衛本能よりも優先された攻撃にシールの反応をもってしてもわずかに遅れを取った。

 

 お返しとばかりに突き刺さる『イアペトス』に、シールの顔が歪む。互いに痛み分けとなりながら、今度こそ互いが回避機動を取る。

 

「死にたがりですか、斬られたことを即座に許容して反撃するとは」

「……死ぬほど痛い。痛いのは嫌だけど、慣れてる自分が悲しいよ」

 

 一度決めた目的があるなら、痛みすら受け入れてしまう。それがアイズの悪癖で、セシリア達が心配でしょうがないという核心部である。アイズも散々注意されているので、治そうとずっと思っていることだが、強烈過ぎる痛みに耐えてきた幼少時代の生き方はそう簡単には矯正されなかった。

 半端な攻撃は逆効果だと判断したシールも、さらに鋭く、強力な攻撃手段を選択する。

 

「スヴァンフヴィート、フルドライブ」

 

 ウイングユニット『スヴァンフヴィート』の装甲が展開される。より鋭角に、より攻撃的な形状へと変化する。羽根を模したパーツひとつひとつが、まるでナイフが連なっているように見える。

 第四世代技術、もしくは第三世代先行技術である展開装甲機構だ。もともとは束が考案、実装させた機体性能の底上げと状況対応力を高めるための機構である。カレイドマテリアル社製の機体には必ずと言っていいほどこの機構が採用されており、それが社の機体を世界最高峰たらしめている要因のひとつでもある。

 この機構を搭載している時点で、それはこの機体が束が作った機体に迫るものだという証左だ。

 

 束が予想したいたように、おそらくシールのバック……亡国機業側にも束クラスの科学者がいる。そしてこれはイリーナの予想だが………。

 

 その人物が、このくだらないシナリオを描いた本人―――。

 

 

「目をそらすな」

「っ!?」

「集中も切らすな。耳をすませろ、鼻を利かせろ、風を読め。それでも、なお………」

 

 シールの瞳がアイズを見据える。同じ瞳でありながら、そのシールの金眼の奥底に宿るものはアイズにはない、不気味などほに透き通った“なにか”。

 

「それでも、私が上をいく―――!」

 

 その“なにか”がアイズを捉える。アイズも対抗してヴォ―ダン・オージェの解析を行う、が………。

 

「が、ぐぅっ……!?」

 

 なにが起きたのか、一瞬わからなかった。目を合わせた瞬間に、シールの瞳に引き込まれるような感じを覚え、そして強烈な嘔吐感に襲われた。

 瞳が金色となる、真の意味で覚醒しているヴォ―ダン・オージェというものは、その絶対数が少ない。ラウラでも片目しか覚醒しておらず、両目そろって完全体となるものを得た人間はアイズとシールの二人しかいない。

 そして、二人しかいないヴォーダン・オージェの能力を扱う人間同士の戦いというものは当然の如く前例がなく、相対したときなにが起こるのか、それは予測の域を出ていない。

 しかし、それでもある程度の予測は既に立てられている。

 

 ヴォ―ダン・オージェとはすなわち“視覚を通して得た情報を解析する能力”である。見たものを徹底的に解析し、そこから得たものを即座に情報として認識、派生しての未来予測と対抗手段の構築、それらを瞬時に行い、現実の行動へと反映させる。ゆえに、有視界戦闘においてヴォ―ダン・オージェを持つ者は、理論上ほぼ無敵の戦闘能力を発揮する。ジャンケンで例えるなら、常に後出しで勝負できる、と言えるほどのまさにチートと呼べる能力なのだ。

 

 だが、例外がある。それは後出しができるヴォ―ダン・オージェ同士がぶつかった時だ。

 答えは簡単、より性能の高いほうが後出しができる。しかし、それは単純に反応速度の話ではない。見たものを解析する能力、ゆえに、瞳を合わせれば勝ったほうが、相手のヴォ―ダン・オージェを解析しているということだ。同程度の性能ならいい勝負となるだろうが、完全に差が生まれれば、もはや善戦なんてものすら生じえない。

 互いに相手の目をクラックし合うに等しい攻防を繰り広げ、負ければその能力すべてを取り込まれてしまうに等しいのだ。

 

「ぐ、ぐううう……!」

 

 アイズはヴォ―ダン・オージェの力が支配されしまうような感覚に危機感を強くする。シールの動きが見えても“先”が見えない。予測を出せるほどの情報を得られていない。ゆえに、シールの行動はアイズの予測を超えたものとして襲いかかってくる。

 それをヴォ―ダン・オージェの能力に頼らないアイズ自身の直感で辛くも回避する。しかし、その回避すらもシールにとっては予測の域を出ていない。

 

「押し負ける……!?」

 

 シールのヴォ―ダン・オージェの適合率が上がっている。それは完全にアイズの上をいっていた。それはわかっていたことだが、ここまで手も足も出ないほどの性能差があることは想定外だった。AHSリミッターを解除しても、埋められない差があると漠然とだが理解する。

 

「どうしてそこまでの力を……!」

「これが現実で、あなたと私の差なのですよ」

 

 アイズの反撃も、予定調和のものとして軽く捌かれる。アイズのヴォ―ダン・オージェが逆手に取られている、と理解するのはすぐだった。シールはアイズの目を見て、アイズの予測を解析してそれを上回る手を出してきている。完全に後出しの後出しが成立してしまっている。

 

「ボクの目が解析したものを、さらに解析して………!?」

 

 どうする。

 これではヴォ―ダン・オージェの力など、シールに味方するだけだ。アイズの目は、シールに乗っ取られたに等しい。

 これでは勝てない。逃げることすらできない。時間稼ぎもできない。

 切り札が潰されただけでこの有様だ。アイズは自身の不甲斐なさを痛感しながらも、それでも諦めることなどなかった。そんな選択肢がそもそもあり得なかった。

 

「…………」

 

 機体性能は互角、操縦技術も互角。だが目が役に立たない。それだけで絶対的な不利となる。この目の劣勢さえなんとかできれば、少なくても互角まで持ち直せるはずだ。

 ならば、どうする。どんなに死ぬ気になってもシールの目には届かない。かといってこのままではアイズの目はシールに味方するだけだ。ヴォ―ダン・オージェの適合を下げても意味はない。

 

 それならば、いっそのこと――――。

 

 

「なに?」

「やぁっ!」

 

 シールが少し驚いた声を出し、そこへアイズが襲いかかる。その斬撃を受け止めたシールは、信じられないものを見るようにその金の瞳を見開いている。

 

「アイズ・ファミリア………! あなた、目を……!」

「………」

「そんなことを……正気ですか?」

「………ボクにとっては、慣れ親しんだ世界だよ。この――」

 

 アイズが笑う。そう、これは、アイズにとって慣れた世界。それは、光を失った、暗闇の世界―――。

 

「“見えない”。それは、ボクが生きている世界の片割れだから!」

 

  ヴォ―ダン・オージェでは勝てない。そんなアイズが選択したものは………“見ない”こと。瞳を閉じて、光のない暗闇の世界で戦うことであった。

 

「目を捨てる……? 今更それか、アイズ・ファミリア!」

「捨ててなんかない。この目は、大切なものだもの。でも……」

 

 光の世界。そして闇の世界。

 

「光のない闇も、ボクにとっては確かに生きている世界なんだよ!」

 

 視覚を封じているにも関わらずにアイズは的確にシールを捉えている。音で、匂いで、気配で、そしてもはやアイズ自身にも説明できない、それでも確かに感じる“なにか”によって。

 アイズは確かにシールを“視ていた”。

 

 限界まで集中し、視覚以外の五感を最大限に発揮、それでも足りないものは視力を失ってもなお生きてきた経験で補う。そして愛機である『レッドティアーズtype-Ⅲ』がハイパーセンサーを通じてアイズにさらなる情報を与えている。それらすべてを統括して、『直感』として発揮する。

 見えないからこそ、アイズはこれまでのシールとの戦いで得た経験をイメージしてシールの化け物のような反応速度に対抗する。

 無論、アイズの動きはシールの目に読まれる。その上でアイズはシールの行動を予測する。博打も多分に交じる非合理的な直感による行動は、常に合理的、理論的に情報構築するシールのヴォ―ダン・オージェの予測を裏切る結果を生み出す。五分、とまではいかなくても、それでも五合のうち一合は勝てるくらいには対抗している。

 

「まだ、………まだ、ボクはやれる……!」

 

 本当は不安だった。かつての自分を絶望へと追いやった闇の世界。この世界で生きることを強制され、それで得た視力に頼らない第六感ともいうべき超感覚。不幸を、痛みを、苦しみを贄にしなければ得られない自分の力を、誇らしく思ったことはなかった。

 それでも、それが必要なら、アイズは迷わずにそれを使う。恐怖と絶望の象徴でもある、光のない世界で戦うのだとしても、自分が、アイズ・ファミリアである限り。

 

「見えなくても、視える……! この金の瞳がなくても、……っ!」

 

 望まずに与えられた瞳がなくても、見えるもの。そのために戦っているのだから。

 

 

 ***

 

 

「なぜ、……なぜ! なぜ!?」

 

 ヴォ―ダン・オージェを捨てたにも関わらずに対抗するアイズが信じられないとばかりにシールが「何故」と叫ぶ。それに応える余裕はアイズにはない。瞼を閉じたまま、それでもその意識ははっきりとシールに向けられている。

 

「どこまでも、苛つかせる………あなたは!」

 

 人を超越した力を持ちながら、それをあっさり捨てる。それでいてなお、自分に対抗する。そんな存在が鬱陶しくて仕方ない。いや、もっといえば、憎らしいほどに、シールを苛つかせていた。

 圧倒的な性能差でヴォ―ダン・オージェを支配しても、そんなものは手段のひとつとばかりにあっさり切り捨てるアイズの精神が理解できない。

 しかし、同時にアイズもなぜシールがああまで激高しているのか理解できない。アイズにとってヴォ―ダン・オージェは確かに重要な戦力であり、過去から続く呪いの象徴であり、そして『夢』のために必要なものだ。

 

 ………そういえば、とアイズは思う。

 

 アイズは、シールにとってヴォ―ダン・オージェが果たしてどんなものなのかを知らない。人間に適合できる最高値(そしてリスクも最高値)であるはずのアイズのプロトタイプを大きく上回る性能を持つシールのヴォ―ダン・オージェ。それが彼女にとってどんな意味を持っているのか、……それが、アイズとシールの違いに思えた。

 

「くっ……!」

 

 そんな雑念が隙を作ってしまう。戦いにおいて、相手の心情を考える余裕など存在しない。既に各部の装甲には亀裂が走り、手にした『ハイペリオン』と『イアペトス』の耐久度も落ちて今にも折れそうなほどだ。

 そんな満身創痍でありながらも、アイズは落ちない。圧倒的な劣勢であっても、ヴォ―ダン・オージェを封じていても、それでもアイズはシールと戦い続けている。

 

 『ティテュス』が折れる。それだけでなく、『レッドティアーズ』が一機破壊される。このままいけば、じわじわ嬲られるだけだろう。

 それでもアイズには手がないわけじゃない。シール相手に通用するかどうかは賭けだが、可能性がある以上、引くことはない。

 

「やぁっ!」

 

 気配だけでシールを察知して『ハイペリオン』を振るう。しかし、既に折れそうなほど傷ついたブレードをシールは避けずに逆に武器破壊を狙ってウイングユニット『スヴァンフヴィート』を振るう。拮抗したのは一瞬、そして『ハイペリオン』の刀身に亀裂が入り、パキンと音を立てて粉砕された。砕け散った刀身が弾け、そして―――。

 

「『ハイペリオン・ノックス』!」

 

 砕けた刀身の中から、第二の刀身が現れる。継ぎ目のない刀身であった『ハイペリオン』の外部装甲である第一の刀身はフェイク。その下から現れたのは、一転して多彩なギミックを見せる機械仕掛けのブレード。そこから新たな刀身が展開されると同時に射出、至近距離から現れた隠し武装の奇襲に、さすがのシールも反応しても遅かった。射出されたブレードが躱しきれなかったウイングユニットへ突き刺さる。

 

「小細工を……!」

「それがボクの戦い方だからね!」

 

 主武装である『ハイペリオン』のもうひとつの姿、それが『ハイペリオン・ノックス』。シンプルな大型剣だった『ハイペリオン』とは一転して数々のギミックを積み込んだものが変形型複合兵装剣『ハイペリオン・ノックス』だ。実に五種類の武装に変形可能なブレードだ。

 射出したブレード部をワイヤーで回収すると、今度は柄が伸びて槍の形態へと変化する。如何に反応速度が速くても、操縦者の予想外な出来事に対する反応は少しだけ遅くなる。正攻法では勝てなくても、奇襲、奇策で攻めれば攻撃面だけではあるが、まだ戦える。

 

「やぁっ!!」

 

 ランスモードとなった『ハイペリオン・ノックス』を突き出すアイズ。変形する武器、ということでわずかに面食らったシールであったが、すぐに落ち着きを取り戻してその突きを回避。しかし、それを予測していたアイズが今度は矛先を変形させ、鎌の形態……サイズモードへ変形させる。

 シールを追うように横薙ぎに凶刃が振るわれる。

 

「変形する武器、その程度で勝てると思っているのですか? 不愉快ですね……!」

 

 シールの苛立った声が聞こえる。瞼を開ければ、怒った顔も見えるだろう。

 

「本当に忌々しい……! なぜ、あなたがそこまで……!」

「なんで、そんなにボクを目の敵にするの!? あなたはなんなの!? ボクと同じ実験体だとでもいうの!?」

「欠陥品と同列にしないで欲しいですね。私は…………!!」

 

 

 

 

 

「そこまでにしてもらおっか。恩知らずが」

 

 

 

 

 突如、シールがなにかに弾かれて後退する。シールのヴォ―ダン・オージェをもってしても察知すらできなかった攻撃にシールは内心で恐怖にも似た焦りを覚えながら、後退して割り込んできた存在を視認する。

 地下の薄暗い空間であってなお、虹色に輝く羽根を持ち、尻尾のような三つのコードがゆらゆらと揺れている。まるで妖精のような姿をしたIS。操縦者の姿は全身装甲のためにわからないが、その存在は圧倒的な威圧感を放ちながら、アイズの傍へと降り立った。

 

「無事だね、アイちゃん?」

「たば………ど、どうしてここに?」

「みんな心配してたよ? さ、脱出するよ」

 

 IS『フェアリーテイル』を纏った束が優しく声をかける。束が来たことにアイズは吃驚するが、たしかに束が来た以上、ここでシールと戦う理由はない。個人的にはあるが、状況も悪い。今退けなければまずいことになると容易にわかる。

 

「そのIS………篠ノ之束ですね?」

「………」

 

 もうバレているだろうが、認める理由はない。束はだんまりを決め込む。

 

「その欠陥品を回収に来ましたか………ですが、あなたがここにいる以上、ただで逃がすわけにはいきません」

「勝てると思ってんの? ………たかが“ヴォ―ダン・オージェ程度”が、私に?」

「その言い方………あなたは知っているようですね。私が、どういう存在か」

「…………」

 

 シールをヴォ―ダン・オージェそのものだと言い切るような束の言葉に、アイズは混乱する。アイズは、シールも自分やラウラと同じく、ヴォ―ダン・オージェを移植された存在だと思っていた。その性能の高さに疑問は残るが、おおよそ間違いないとすら思っていたのだが、それは違うらしい。

 

「どういう、こと? シールは、いったい……」

 

 束は混乱するアイズを見て少しだけ悩むが、はっきりさせるべきだとして答えを口にする。

 

「コードネーム『シール』。製造されたのは十年ほど前、アイちゃんが関わってた、ヴォ―ダン・オージェ開発初期から同時に進められていた計画の唯一の成功例」

「計画……? ボクとは、違う……?」

「アイちゃんがいた計画は、あくまで人間にヴォ―ダン・オージェを人間に適合されることを目的としていた。でも、所詮は人が手にするには過ぎた能力。アイちゃんは奇跡的な存在だけど、そのほとんどは過剰負荷で死亡。兵器として通用するレベルのものの数を揃えることは難しいとして、発想を逆転させた」

「発想を、逆転……?」

 

 アイズは嫌な予感がした。そしてすぐにその可能性に至った。それは、吐き気のするような想像だった。

 

「ヴォ―ダン・オージェの性能を落として人間に適合させても意味はない。なら、はじめから最高値のヴォ―ダン・オージェに適合する人間を造ればいい………それが、答えだった」

 

 ドクン、とアイズの心臓が跳ねる。まさか、まさか、と否定したい言葉を飲み込んで、束の決定的な言葉を耳にした。

 

「人にヴォ―ダン・オージェを合わせるんじゃない。ヴォ―ダン・オージェに人を合わせた………人の形として造られた、ヴォ―ダン・オージェそのものといっていい存在。それが、あなたの正体でしょう?」

 

 アイズが思わず目を見開いてシールを見た。シールは、束の言葉を肯定するかのように薄く笑っていた。その顔は、笑顔のはずなのにアイズをぞっとさせた。

 

「私もそれを知ったときは絶句したよ。よくもまぁ、こんな悪魔みたいなことを思いつくもんだってね」

「じゃあ、ボクを、………消すっていうのは」

「もう、わかったでしょう、アイズ・ファミリア」

 

 先ほどよりも冷酷な光を宿したシールが、アイズに告げる。

 

「あなたが、私と同じ領域にいること自体が…………私の存在を冒涜することだと」

「っ……! じゃ、じゃあラウラちゃんは……!?」

「あの模造品ですか。………先天的にヴォ―ダン・オージェ適合体を造るには、成功率も低く、コストも高いのです。より量産に適するために強化体質として造り、後天的に移植する計画があるのですが……あれは、そのうちの一体です」

「そ、んな……!」

 

 ならば、ラウラはシールの劣化量産型だとでもいうのか。

 完全に先天的に生み出すのではなく、ある程度強化、耐性を与えて生み出してから後天的に移植する量産計画。確かに、銀髪や顔立ちなど、ラウラにどことなく似通っている部分はあった。それならばシールが、ラウラのことを模造品と言う理由もわかる。

 しかし、そんなことのために。

 そんなことのためにラウラは生まれ、真実を知らされることなく尽くしながらも、そして捨てられたというのか。

 自らが、シールの生み出す捨石だったことよりも、妹のラウラのことが不憫で仕方がなかった。自分はいい、今までいくらでも絶望してきた。今更、自分の価値がその程度だったと言われてもまだ受け入れられる。だが、ラウラは、あの子はなにも知らない。それなのに、ラウラの存在を悉く裏切る真実にアイズの怒りがふつふつと煮え滾っていた。

 

「そういえばあの模造品をずいぶん可愛がっているようでしたね。いずれ、あの模造品が大量生産されるでしょう。よかったですね、あなたの好きな愛玩動物が増えますよ」

「シールゥッ!! お前ェッ!!」

「所詮、劣化品でしかないあの模造品などどうでもいいです。ですが、あなたは別です。………あなたの存在は、私にとっては存在意義に関わる………私の存在のために、消えろ」

 

 ようやくわかった。シールが、自分を消そうとする理由を。すべてを超えている証を立てるという理由も。だが、それはアイズが認められるものではない。

 ただの捨石であるはずのアイズが完成体であるシールに対抗すること自体が侮辱だというのなら。

 自分のあの痛みは、苦しみは、そして自分と同じく苦しみ、死んでいった顔も知らない実験体たちは、――――シールに、否定されるために存在していたのか。

 

 アイズは、久しく感じていなかった、それでも懐かしさと親しみすら感じる感情に支配されていくことを感じていた。

 

 恨み、憎しみ、妬み、――――そんな、負の感情が湯水のように溢れ、アイズを包んでいく。

 

「お前は…………嫌いだ」

 

 アイズは、シールを相容れない敵だと、このときはじめて認識した。




シールのネタバレ回。よくあるといえばよくある正体ですが、アイズを狙う理由は半分本音で半分嘘という感じです。
シールの本音はもうちょっと先になりますが、これでアイズとシールの因縁が明かされました。
そしてアイズがとうとうキレました。

予想通りだったぜ! って方はどれくらいいますかね? 自分としては王道ライバルキャラポジションを維持しつつちょっと変化球な感じでいきたいと思ってましたけど(苦笑)

そろそろ第五章も終盤です。ではまた次回!


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Act.54 「紅の心」

「シィ――ルゥゥ――ッ!!」

 

 普段のアイズからは想像もできない叫びが放たれる。怨嗟の情を凝縮したかのような禍々しい咆哮は束とシールの二人をもゾッとさせるものであった。

 束とシールから語られた真実は、アイズ・ファミリアの半生を否定した。それだけならまだいい。怒っていただろうが、それでも我を見失うほどの憎しみは生まれなかっただずだ。

 愛を貰い、憎しみを捨てたはずのアイズが一時的にでも過去に戻ってしまった。過去の、恨みと妬み、憎しみ、そしてひと握りの夢だけで生きてきた、そんなみすぼらしい、アイズ自身もみっともないと思う自分自身の姿。そんな醜態を晒してまで感情を発露したかった。

 

 ただただ、純粋な『憤怒』のために。

 

 自分の境遇を恨んだんじゃない。未来を否定されたからじゃない。アイズが許せなかったのは、そんなことじゃない。

 

「どうして………!」

 

 アイズが許せなかったのは、シールの感情の空虚さだった。

 

「ボク以外にも苦しんだ人がいた。みんな死んだ! そしてあなたからまたたくさんの命が造られた。ラウラちゃんみたいに……生み出された意味もなにも知らされずに! なのに、自分が生まれた礎になった命と、自分から生まれた命に対して言うことがそれなの!?」

 

 自分を取り巻くたくさんの存在に対して、なんの感情を抱かず、どうでもいいと言い切るシールが信じられなかった。人は嫌でも他者と関わって生きている。それが感謝であれ、憎しみであれ、完全に孤独となるのは不可能だ。アイズは過去、恨みで繋がり、そして今は感謝で繋がっている。

 なのに、シールにはそれがない。恨みも、感謝もなく、自己証明のためになんの感情を抱かずに淡々と命を否定するシールが許せない。

 

「あなたは! どうしてそんなことが言えるの……!?」

「……なにかと思えば」

 

 シールは侮蔑する表情を崩さずにアイズを見返した。同じ金色の瞳だというのに、それがこんなにも違う。

 

「それが、いったいどうしたというのです?」

「……っ!」

「わからない………私には、あなたが怒る理由すら理解できない」

「!!」

 

 アイズの顔が変わる。本人も、この怒りをどう形容していいかわからないというように、ぐにゃりと引きつったような、怒りと苦渋の色に表情が染められる。

 そしてアイズは、なかば無意識に、使ってはいけないものに手を出していた。

 

「ティアーズ………コード『type-Ⅲ』、リミッター解除……!」

「っ! アイちゃん、ダメ!」

 

 束の声は耳に届いても頭には入っていなかった。それほどアイズの怒りは凄まじいものだった。本来、こんなところで使っていいものではない切り札の封印解除を実行していた。

 『レッドティアーズtype-Ⅲ』のコアが震える。アイズの命令に応えるように機体の各部の装甲が展開され、装甲内部のエネルギーラインが発光し始める。それだけでなく、機体全体が震え、まるで雛鳥が殻を破ろうとする、そんな新しい生命が生まれるかのような胎動がどんどん大きくなっていく。

 そんな様子にシールも警戒を強めるが、束はどこか悲しそうな顔でアイズと『レッドティアーズtype-Ⅲ』を見つめていた。

 

「おまえは、ボクが……!」

「アイちゃん………」

「ボクの声を聞いて……レッドティアーズ!!」

 

 愛機へ呼びかけるアイズ。奥の手中の奥の手、その使用をオーダーするアイズに、『レッドティアーズtype-Ⅲ』は声なき声で応える。

 真紅色の機体が、その色を鮮やかに輝かせていく。まるでルビーのような煌きを放つ機体は、まさに紅玉のようなひとつの芸術品のようであった。

 しかし、その輝きはどこか禍々しいとすら思えるもので…………悲しげな印象を与えるものだった。

 

「ボクが、おまえを否定してやる!」

 

 アイズ・ファミリアを覆う機体そのものが新生するようにさらに胎動する。そして、それはとうとう臨界を迎え、………!

 

 

 

…………gigigi,cjdo.

 

………hdfohjre.

 

………….

 

…………E.

 

……LC……E.……YE…….

 

………。

 

…………………WELCOME,……EYES.

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 気がつけば、アイズは水の上に立っていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「オラァ! 久しぶりねスプリング! 早速だけど落ちなさい!」

「スプリングじゃねぇオータムだ! てめぇが襲撃犯だったのか凰鈴音!!」

「アハハハ! ずいぶん早い再会じゃない! でも残念ね! サヨナラだウィンター!」

「オータムだっつってんだろがァ!」

 

 アイズと束を除く面々は無事に合流し、退路確保のために地上から来た最後の敵戦力と戦っていた、指揮官機として無人機を率いていたのは蜘蛛のようなIS『アラクネ』を装備したオータム。そのオータムを見た鈴が嬉々として真っ先に襲いかかっていった。

 似た者同士なのか、互いに罵詈雑言を言い合いながら戦っている。もちろん、他の面々は無人機の対処にあたっている。基地内部のロクにプログラムされていなかった機体と違い、きっちり連携してくる無人機群に多少手こずっていたが、所詮はその程度だ。既に既存のISを大きく超える性能を持つ『オーバー・ザ・クラウド』、『ラファール・リヴァイブtypeR.C.』、『天照』、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』が遺憾なくその性能を発揮している。一夏は箒を守るように待機しているが、いつでも零落白夜を発動できるように構えている。

 

「援護するよ! 行って、ラウラ!」

「任せろ! その程度、遅すぎる!」

 

 シャルロットの牽制というには濃すぎる弾幕の援護を受け、ラウラが規格外の超高速機動で敵陣の中央を突破して陣形を崩していく。

 

「私からは逃げられません」

 

 崩れたところを狙い、隙を晒した敵機はセシリアの狙撃によって貫かれる。そして反撃とばかりに放たれた大出力のビームは簪のIS『天照』の『神機日輪・剣』によって無効化される。この四人が小隊として機能することで数で勝っている無人機群をほぼ完封し、圧倒している。

 

「主武装を封じればただのガラクタ………無人機といってもその程度」

 

 最近やたらと貫禄を増してきた簪が静かにつぶやきながらセシリアとともに狙撃で確実に敵機を落としていく。セシリアには及ばないが、簪ももともと射撃戦が得意だ。その狙いは的確だった。

 

「僕も負けていられないね!」

 

 シャルロットも重火器を同時展開してさらなる弾幕で敵機を追い詰める。そんな射撃型三機の砲撃と狙撃の隙間を縫うように、ラウラが未だに高機動を維持しつつ敵機を攪乱している。下手をすればフレンドリーファイアするほどのリスクがありながら、ラウラは余裕を持って戦っている。部隊連携でもラウラの役目は単機での強襲による敵陣の攪乱と連携の分断だ。それが最高の機動力を持つ『オーバー・ザ・クラウド』を駆るラウラしかできないことだ。それに応えるべく、ラウラはずっと努力し、この愛機に乗り続けてきた。もはや天衣無縫を使わずとも、ラウラに追いつける機体は存在しなかった。

 

「ちぃ、あいつら、この短期間であんなに……!」

「よそ見してる暇あんのかサマー!」

「オータムだッ!」

 

 どんどん落とされる無人機にイラついた様子のオータムに鈴が突っ込む。この限定空間内での真正面からのタイマンなら、鈴が最適だろう。因縁のある相手だったらしく気合も充実している鈴は張り切って挑発しながら拳を繰り出す。手数で負けても、それらを鈴自身の格闘の技量で捌く。

 しかし、さすがは亡国機業でも幹部クラスの操縦者。なかなかに鈴に隙を晒さない。短気に見えて致命的なミスはしないその技量は国家代表クラスといっても納得するだろう。

 だからこそ、鈴は笑う。

 

「やられ役だと思ったら、なかなかに強くて嬉しいじゃない!」

「てめぇいい加減にしろよクソガキがぁっ!」

「だからこそ! あたしと甲龍の糧となれ!」

「話聞けコラァ!」

 

 殴り合う二人を苦笑しながら見るセシリアは、片手間で残る無人機をビットで包囲、殲滅していく。他の面々も既に余裕で対処している。

 しかし、そうそうゆっくりしている時間などない。タイマンをしている鈴には悪いが、手早く終わらせるために全員で援護射撃を開始した。

 

「どわぁああーっ!?」

「あれま、もう終わりか。残念だけど」

 

 タイマンをしたいという我侭が通る状況ではないとわかっている鈴はすぐさま離脱して衝撃砲と『龍爪』のガトリングガンを連射。セシリアのレーザー狙撃、シャルロットのレーザーガトリング砲、ラウラのステークシューター、簪のレールガンが加わり、もはやいじめとしか思えない砲撃の嵐をオータムへと浴びせ続ける。

 オータムもこれにはたまったものではない。

 

「てめぇらキタねぇぞ!?」

「テロリスト風情がほざきますね」

 

 オータムの言葉を切って捨てながらセシリアがビットを展開してさらなる弾幕で追い詰めていく。それを見たオータムが流石にヤバイと思ったのか、すぐさま逃走へとシフトしていった。

 

「クソが! 覚えてろてめぇら!」

「また相手になってやるよ。スプリング!」

「何度も言わせんなオータムだーーー!!」

 

 最後までおちょくっていた鈴が手を振りながらオータムを見逃す。別にここで無理して撃墜しなくても退路が確保できればいいので深追いはしない。他の無人機は既にスクラップ処理済みだ。

 

「あとは、二人が戻れば作戦完了だね」

「でも大丈夫? あのシールっていうのがいるって聞いたけど」

「博士がいるから、大丈夫だと思うが………」

 

 全員、束の規格外の実力を知っているためにあまり心配はしていなかった。特にシャルロットやラウラは、レクチャーとして束も模擬戦をしたことがあるのだが、なにもできずに負けてしまった。それなりに実力をつけ、自信をもっていた二人はかなりショックだったようだが、実際にそれだけの差が存在していた。

 セシリアをしても、十分に策と仕込みをしなければ勝てないし、したとしても勝てる保証はない、と言わしめるほどだ。

 

「あの………」

「どうしました箒さん?」

 

 一夏とともにやってきた箒は、少し落ち込んだような顔をしていた。流石に疲れているのだろうと思ったが、どうやら違うようだ。それは、どこかのバカが言ったことが原因だったようだ。

 

「姉さんは、どこに?」

「…………」

 

 セシリアは無言で簪を見ると、簪は「知らない」というように首を振る。と、なると箒に話したのは一人しかいない。

 

「アイズから聞いたのですか?」

「ああ。私を助けるために、姉さんがみんなを動かしたと……本当なのか?」

「………ああ、もう。あの子は。いつか言うとは思ってましたけど……」

 

 もともと束と箒の姉妹仲のすれ違いを一番気にかけていたのはアイズだった。アイズ本人もそれがおせっかいだとは自覚していたようだが、それでも心配でしょうがなかったのだろう。気持ちはわからないでもないが、それでもあとでお説教しようと決心する。怒るのはいつだってセシリアの役目だ。

 

「黙秘……では許してはもらえないようですね」

「…………頼む」

「……はぁ。わかりました。ただし、他言無用ですよ? 答えはイエスです」

「っ……で、では姉さんは?」

「今はアイズを迎えに行っています。もうしばらくすれば来るとは思いますが……おそらく、束さんは認めません。人違いだと言うでしょう」

「何故……!?」

「あなたを巻き込んだからですよ」

 

 これ以上ない理由に箒が沈黙する。束の妹だから、箒が狙われたのだ。だから、バレバレの嘘でも束が自身を箒の身内だと明言することはない。それがたとえ意味のないことでも、束自身がそれを許さない。少なくとも、箒の身の安全が完全に保証されない限り、認めることはしないだろう。

 束とずいぶん長い付き合いをしてきたセシリアは、それがわかる。

 

「そんな……」

「あなたに酷なことを言っているとわかっていますが………こればかりは、本人の意思しだいです。でも、………あなたを心配しているということは本当です。でなければ、カレイドマテリアル社を脅してでも救助に来ませんよ」

 

 実際には脅したわけではないが、力を貸さなければ離反すると言っているあたり遠まわしな脅迫だったろう。もともとそういう契約だっとセシリアも聞いている。

 黙り込んでしまった箒を心配するように一夏が付き添っている。セシリアはそんな二人からそっと離れ、周囲の警戒を維持しながら未だ戻らない二人の情報を探る。

 すると、ちょうど『ブルーティアーズtype-Ⅲ』から警告が発せられた。それは、リンクしている『レッドティアーズtype-Ⅲ』の状態を知らせるアラートだった。

 

「………『type-Ⅲ』のリミッターを解除した?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ここ、は………」

 

 アイズの目の前には幻想的な風景が広がっていた。

 先が見えないほど広い空間、まるで湖のように静かな水面が広がり、その水面からは菖蒲や桔梗といった花が顔を覗かせている。まるで庭園の地面がすべて水になったかのようだ。そのところどころには神殿のような意匠の遺跡があり、湖畔庭園とでもいうような場所であった。

 アイズはゆっくりと歩を進める。

 一歩歩くごとに水面から波紋が広がり、消えていく。水の大地を進んでいくと、やがて大きく開けた場所へとたどり着く。まるでなにかの広場のように、円形に開けた場所で周囲にはこの広場全体を覆うような天蓋があり、その天蓋の隙間から見えるのは、夜空に輝く多くの星々であった。プラネタリウムのように、空一面広がる星の海は、アイズの目を釘付けにした。

 

「綺麗……」

 

 苦しい過去と、幸せの今を繋ぐまで、ずっと変わらない星の空。その美しさは、先ほどまでのアイズの狂おしいほどの激情を穏やかに慰めていた。

 

 そして、ふと前を見て気付く。

 

 誰か、いる。

 

 その人物は広場中央になぜかぽつんと存在する古風なアンティーク調のテーブルの前の椅子に座っており、そのテーブルに両手で頬杖をしながら笑顔をアイズへ向けていた。

 年齢はまだ十歳ほどの幼い少女だ。黒髪と顔立ちは、どことなくアイズに似ている。

 

「ようこそ」

 

 その少女が声をかけてくる。アイズはテーブルを挟んだ真正面に立ちながら、じっとその子を見つめ返す。しかし、少女の顔にされた目隠しが彼女の表情のほとんどを覆い隠していた。それでも、アイズにはこの少女が笑って自分を迎えてくれていることがわかる。

 

「………あなたが呼んだの?」

「そうだよ。私が誰か、わかる?」

「うん。会うのは、二度目だからね。もっとも、前はそんな姿じゃなかったと思うけど……」

 

 アイズの言葉に、少女が嬉しそうに笑う。アイズは少女に「座って」と言われて対面の椅子へ腰をかけた。星の天蓋の下で向き合う二人は年齢の違いこそあれ、その姿はとても似通っていた。

 

「あらためて。アイズ、……私の部屋へようこそ」

「ご招待ありがとう、でいいのかな。……こうして会うのは久しぶりだね、レッドティアーズ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ISコア。篠ノ之束が作り上げた自己学習、自己進化をして、それぞれ個別に意思を獲得することを期待されたもの。操縦者と密接に関わっていくことで、その人物を通して獲得された情報をもとに、学習。操縦者に対して最適な成長をして、それと同時に思考を獲得する。それが積み重なり、自己判断、さらに実際に操縦者と対話する域にまで成長する可能性を秘めたもの。束が自身の子供だという所以はそこにあった。

 もちろん、そのためには膨大な情報が必要であり、さらに操縦者がちゃんとコアと意思疎通ができるほどにまでそのコアを“認めている”ことが必須となる。

 それは、さながら卵を孵化させるようなものだ。放置すれば決して孵ることはないし、しっかりと愛情を持って接しなければ、やはりそれが生まれることはない。

 

 しかし、同時にコアがどのように進化するかも不確定要素の強いものだ。人のようになるのか、はたまた機械でしかないのか。束もあらゆる可能性を考慮していたが、その進化のあり方は千差万別になるであろうと予測していた。影響を受けるファクターとなる存在が、個別の個人であることが最大の理由だ。

 良くも悪くも、操縦者に影響を受けて成長するのがコアだ。相互干渉がコア同士で行われるために完全にそれだけですべてが決まるわけではないが、最も影響するのは間違いなくそれだ。

 

 そして、コアが人の形、人の意識と同等にまで昇華された存在。

 

「それが、私だね」

 

 レッドティアーズ。アイズの愛機であり、AHSシステムといったより操縦者と密接に繋がるシステムを積んでいる機体である。そのため、他の機体よりも強く影響を受け、成長した“個性”を手に入れたISコア。それが彼女であった。

 

「レッドティアーズ………」

「もっとフレンドリーに呼んで欲しいな。ほら、それって機体の名前だから、コアの名前じゃないもの」

「そっか。……じゃあ、あなたの名前は?」

「お母さんはそこまでくれなかったんだ。まぁ、明確に人の姿になって、対話するまで成長したのは、たぶん私がはじめてだから、しょうがないけど」

「そっか。じゃあボクがつけていいのかな?」

 

 アイズがそう言うとレッドティアーズのISコアの意識もそれを嬉しそうに受け入れた。アイズは少し考えて、口にする。

 

「レッドティアーズだから…………そこからとって、“レア”。レアはどうかな?」

「レア………レア。うん、私はレア」

 

 そうして、またひとつ進化し、確固とした個性を手に入れる。自分ではない誰かから与えられた名前。それは、自己の存在をより強固なものにする重要な贈り物だ。

 

「それで、レア。ここは……」

「さっきも言ったけど、ここは私の部屋」

「コアの、深層領域。コアが進化して独自に形成する独自領域……」

「そう、それ。お母さんがくれた、コアの可能性のひとつ」

「でも、ボクの意識までリンクできるなんて聞いてなかったけど」

「他の機体のコアは、私ほどまだ個性を獲得できていないから。それに、『type-Ⅲ』のリミッターを解除したでしょ?」

「あ、そっか」

 

 コード『type-Ⅲ』の開放。それはISコアの潜在能力の開放でもある。

 だからレアとしての意識が、機体を通じてアイズと完全にリンクしたのだ。それだけではなく、アイズとレアはもともと意識をリンクしやすい基盤があったことも大きい。人機一体となるAHSシステムと、アイズの持つヴォ―ダン・オージェ。これらのシステムを介してよりレアが干渉しやすいものとなっていたということだ。

 

「それで、どうしてボクを呼んだの?」

「うーん、ちょっと言いたいことがあって」

「言いたいこと?」

「そうなの。…………アイズってバカだよね」

「ひどい!?」

 

 コアの深層領域まで意識を引っ張っておいて、言うことが罵倒だ。さすがにこれは吃驚するし、凹む。

 

「AHS越しに私も見てたけど、あのシールってのを倒すために私を呼んだんでしょ?」

「う、うん」

「なら、力を貸してあーげない」

「な、なんで?」

 

 レアはつーんとそっぽをむいてはっきりとダメと言った。

 まさかの拒否である。心を手に入れたとはいえ、悪い言い方をすれば機体に裏切られるようなものだ。

 

「『type-Ⅲ』……お母さんからもらって、アイズと私が作り上げた力。でも、それは誰かを否定するためのものじゃないのに」

「そ、それは………」

「どうして、この力が発現したのか、忘れちゃった?」

「…………」

 

 アイズは俯いて自省する。言われて気付く自分の馬鹿らしさに情けなくなった。そう、確かに自分はバカだった。秘匿とか、そんなことはどうでもいい。ただ、この力の使い方はわかっていたはずなのに、怒りに任せて安易な選択をしてしまったことが悔やまれた。

 

「『type-Ⅲ』は、寂しがり屋のあなたのために、……ひとりぼっちにならないための力だよ」

「うん……」

「それなのに、誰かを否定するために使うなんて、………それは、私も悲しい」

「ごめんなさい」

 

 もはや怒りは鎮火していた。確かにシールの言ったことは許せないことだった。でも、それをこんな形で否定すれば、アイズは間違いなく後悔する。レアも、それがわかるからわざわざコアの深層領域にまでアイズの意識を呼び込んで諭したのだ。

 レアは幼い容姿なのに、アイズよりもしっかりしているようだ。それもアイズを少し落ち込ませていた。

 

「昔、まだこんなにはっきりしていなかった私の意識を引っ張り上げてくれたアイズなら、……私を呼ぶときは、もっとたくさんの愛を込めて呼んで欲しい。誰かを傷つけるような、痛い怒りなんかじゃなくて」

「うん。もう、間違えない。ありがとう」

「でも、せっかく呼んでくれたんだし、………それに、どのみち、あの人を退けなきゃいけないから、少しだけ力を貸してあげる」

「レア?」

 

 レアは目隠しに手をかけ、片目だけをそっと顕にする。幼い顔に似合った、大きくクリクリとした眼が開かれる。その瞳は、アイズのような金色ではなく、その名前の通り………真紅色をしていた。

 

「ほんのちょっとだけ、………力を開放するよ。コード『type-Ⅲ』の発現……第二単一仕様能力《セカンド・ワンオフアビリティー》、『L.A.P.L.A.C.E』を!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 唐突に、アイズが止まった。

 それと同時に、唸りを上げていた機体も沈黙する。赤く発光したいた機体は徐々に平時のものへと戻り、しかし展開された装甲だけはそのままに、エネルギーラインを露出させたまま出力もニュートラルとなる。

 操縦者であるアイズが、どこかぼーっとした表情のまま顔をあげる。眼は閉じられてままであるが、その隙間から一筋の涙が零れおちた。

 

 束もシールも、そのアイズの変化に戸惑う。痛々しいまでの怒りを宿していたはずのアイズが、今はまるで寂しさを背負い、誰かを求めてさまよう迷子のような雰囲気をまとっているのだ。その唐突な変化は、シールから見ても不気味なものであった。

 

「アイちゃん……」

「ごめんなさい、もう、大丈夫です」

 

 心配する束にそう返す。いったいなにがあったのか束にもわからなかったが、アイズの次の言葉ではっと目を見張った。

 

「相棒に怒られちゃいました………だから、もう間違えません」

「っ!? ………コアと、会話を!?」

 

 もしそうだとすれば、それがどれだけの奇跡なのか、束にはそれが理解できる。操縦者の意識にまで介入して対話を行うコア。それが事実だとしたらレッドティアーズのコアは、束の予測を遥かに超えた進化をしていることになる。束には、それがたまらなく嬉しいことであるし、そうしてアイズを止めたコアを誇らしくも思えた。

 

「あとで、お話します。今は、ここから早く脱出しないと……ボク達が、シールを退けます。フォローをお願いします」

「ボク、たち?」

「そのために少しだけ、あの子が、レアが力を貸してくれるそうです。『type-Ⅲ』の顕現……『L.A.P.L.A.C.E.』の力を……」

「アイちゃん……!」

 

 束に笑いかけながら、アイズが右目だけを開く。

 その色は、視力を失った白濁したものでも、ヴォ―ダン・オージェの証である金色でもなく―――。

 

「ボクとレアの瞳………“ラプラスの瞳”!」

 

 真紅の瞳。紅玉の如き輝きを見せるそれが、IS『レッドティアーズtype-Ⅲ』の可能性。その、欠片の発現であった。




伏線を貼りまくった回。ずっと出したかったコア人格「レア」の登場回。お姉さんみたいな妹、というイメージです。

他の伏線はこの章の最後に多少の説明回を入れるつもりです。そろそろこの章も終わりですね。また日常編が恋しくなってきたところです(笑)

いいネタが思いつけばまた番外編でも書こうかと思ってます。ともあれ、とにかくまずはこの章を綺麗に終わらせるよう頑張ります。

それではまた次回に!


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Act.55 「選んだ先の運命」

「赤い瞳……?」

 

 片目だけ開かれたアイズの瞳。ヴォ―ダン・オージェの証である金色の瞳ではなく、まるで宝石のような紅玉の瞳。即座にシールは自身のヴォ―ダン・オージェで解析しようとするが、その結果は驚くべきことにエラーであった。赤い瞳の奥底が覗けない。ヴォ―ダン・オージェの力に絶対の自信を持つシールにとって、それは信じられないことであった。

「なんだというのですか、その瞳は……?」

「………」

 

 アイズは応えない。

 その代わりに、じっとシールをその赤い瞳に捉え続ける。そんなアイズに声が届く。耳からではなく、脳裏に直接響く声だった。

 それは、愛機の『レッドティアーズtype-Ⅲ』のコア――レアからのものだ。深層領域で会話したときと同じく幼いながらも、確かな意思を感じさせる力強い声だ。

 

 

―――おはよう、アイズ。

 

 

「レア……」

 

 

―――『L.A.P.L.A.C.E.』の発動を確認……開放率はおよそ三割。『type-Ⅲ』を封印したままだからこんなものだね。

 

 

「それで十分だよ、ありがとう」

 

 

―――でもあまり時間はないよ。限界まで一分。それであのシールを撤退させる。できるよね?

 

 

「ボクとレアなら、当然」

 

 

―――だね! 私がフォローするよ。それじゃ、いこっか。

 

 

「うん!」

 

 

 ふっと、なにかが憑依するような感覚。同時にアイズの意識に、レアの意識が重なる。コアと操縦者の表層意識がリンク。二心同体の境地へと至る。

 

 今このとき、アイズと『レッドティアーズtype-Ⅲ』は文字通りの人機一体の存在へと昇華された。

 

 人と機械の身体に、二つの意思が宿る。それは正しく束が望んだ、人とISの可能性の到達点の一つ。人だけでも、ISだけでもたどり着けない。二つの道が重なった先にあるISの真の姿――。

 

「なにをごちゃごちゃと!」

 

 シールが接近してくる。これまでは抗うことも難しかったその金色の瞳に映る自身すら認識しながら、アイズはゆっくりとそれを迎え討つ。

 

 

―――右。

 

 

 呟くようなレアの言葉が聞こえると同時にアイズが迎撃態勢を整える。そして、その後にシールがレアの言うように右側面から回り込むように接近戦を仕掛けてくる。

 

 

―――右手刺突から旋回による翼の二連撃。

 

 

 シールが右手の細剣を突き出してくる。その細剣の側面を軽く叩いて受け流し、ウイングユニットによる攻撃が放たれる前に間合いから離脱。結果、これまで脅威だった翼の斬撃が空振りに終わる。

 

 

―――正面。ハイペリオン・ノックス、シザーモードで迎え撃って。

 

 

 即座に『ハイペリオン・ノックス』を変形。巨大なハサミ型のシザーモードへと変形させる。同時にウイングユニットを前面に繰り出してのシールの突撃を受け止める。それどころか、シザーモードの二つの刃に挟み込まれるように自ら武器を差し出す形となる。シールがぎょっとする気配を感じながらも、その隙を逃さずに挟み込む刃に力をかけてウイングユニットの一部を圧切する。

 

「なにが、なにが起こっている……!?」

 

 明らかに先読みの対応をされていることにシールが動揺する。ヴォ―ダン・オージェは正常に稼働している。それなのに、アイズの動きを解析しているのに、その予測が悉く躱されている。まるで、未来でも予知しているかのようにアイズの対処が早い。いや、早すぎる。これでは、本当に―――。

 

「私が動く前に、……なぜ!?」

 

 

―――動揺してる。勝機……パンドラを!

 

 

 レアに言われるまでもなく、シールが見せた隙を逃すつもりのないアイズは即座に残った最後のBT兵器を操る。

 

「いけっ! レッドティアーズ!」

「しまっ……!?」

 

 シールの死角……真後ろからの突撃。如何にヴォ―ダン・オージェとはいえ、見えなければその性能を発揮しきれない。ハイパーセンサーで視野を補っているとはいえ、あくまでそれは補助的なもの。真の力は目視しなければ発揮することはできない。ほかならぬ、同じ瞳を持つアイズだから突くべき弱点もわかっていた。

 シールはその反応速度を活かしきれずに、これまでよりほんのわずかに対処が遅れる。突撃したレッドティアーズがかすめていくが、このBT兵器をギリギリで躱すことは、すなわちパンドラの間合いに入るということである。

 

「ぐううう!」

 

 すぐさまパンドラによる攻撃がシールを襲った。絡みつくように絶大な切断力を誇る鋼線が『パール・ヴァルキュリア』の装甲を微塵切りにしていく。同時にシールドエネルギーに継続ダメージを与え、みるみるうちに『パール・ヴァルキュリア』のエネルギーが減少していく。

 シールはすぐさま捕らえられたウイングユニットをパージして離脱。しかし攻防一体、機動力の増強も担っていた機体の象徴であり主武装である翼を失ったことで、その戦闘能力は半減する。シールは歯噛みしながら、アイズを睨みつける。

 

「アイズ、ファミリア……! あなたは……!」

「………」

 

 向けられるシールの憎悪とも思える重々しい念を受け止める。それでも、アイズは退けない。できることは、すべてを受け止めても己の意思を貫き通すことだけだ。

 わずか数秒でも、永遠のように見つめ合っていたアイズに不意にレアから声が届く。

 

 

 

――――アイズ、もう限界。

 

 

「うん、もう大丈夫。ありがとう」

 

 

―――またね。

 

 

 

 ふっとレアの意識が遠のく。それと同時に人機一体となっていた状態から、ISを纏う普段の状態へとシフトする。コアと意識を融合させていると言っていい能力である『L.A.P.L.A.C.E.』が解除され、アイズの眼も再び金色へと戻る。

 

「か、はぁっ……! はぁ、はっ……!」

 

 トランス状態だった反動からか、体力が抜け落ちていくような疲労がアイズを襲う。体中の細胞が酸素を欲して、結果荒い呼吸を繰り返しながら滝のような汗が流れ出る。まるでマラソンを全力疾走したかのような疲労に、これ以上の戦闘は厳しいと嫌でもわかってしまう。しかも、シールのヴォ―ダン・オージェを封殺した切り札は既に使用限界だ。シールもかなり消耗させることができたが、このまま戦闘が継続すれば泥沼の消耗戦は確実……それどころか互いに相討ちも有り得る。

 それでも、ここまでの戦果を上げたことは上出来といえる。

 

 信じられないことだが、この能力はもともと戦闘用ではないのだ。だから戦闘行為における使用は本来想定外な使い方だった。それをアイズは戦闘に転用したのだ。

 

 束をして、もはや魔法の域とまで言わしめた完全なヴォ―ダン・オージェの上位互換とも言える情報解析統合能力。ヴォ―ダン・オージェでは、“絶対に”実現し得ない領域にまで達した、人とISが揃って初めて発現する擬似的な未来予知システム。アイズとレッドティアーズのみに許された、人智を超越した禁忌の能力。

 それがアイズとレッドティアーズの切り札、『L.A.P.L.A.C.E.』―――

 

Laws

All the whole of creation

Prediction

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 ――――『全領域統合演算式による森羅万象の法則予知』能力。確固とした情報から算出される未来予測を可能とする、ヴォ―ダン・オージェを遥かに上回る規格外のリアルタイム演算予測。そしてこの能力のキーとなるのが、『ラプラスの瞳』と呼ばれる真紅の瞳。

 ISでなければこのシステムを発現できず、そしてアイズでなければこの瞳を発現できない。

 

 無論、その負荷もヴォ―ダン・オージェの比ではない。そのために本来はこの能力を操るために『type-Ⅲ』が存在する。しかし、今回はそれを使用していない。だから能力も限定して発揮している。にもかかわらずにこの有様だ。

 完全に格上だったシールを圧倒し、わずか一分でアイズは戦闘困難なほどに消耗した。如何に扱いにくいものか、いや、いかに人が扱うに過ぎた力かは、一目瞭然であった。

 

 

「……シール、お願い……退いて」

「なにを……!」

「これ以上、ここで戦っても無意味だよ。ボクとの決着は、意味がなきゃいけないんでしょ?」

「………ッ!」

 

 シールはギリリと歯軋りをしてさらに力強くアイズを睨む。

 

「約束する。あなたとは、ちゃんと決着をつける。それまでボクは死なないし、あなたとまた会うまで、誰にも負けない」

「その約束に、いったいなんの意味があるというのです?」

「意味、ね。ないかもしれないけど、でも………」

 

 確かにただの言葉でしかないだろう。律儀に約束を守る間柄でもない。むしろ騙し討ちすら許される敵同士。それは今回の戦いでよくわかった。

 それでも、このシールと出会い、戦うことが運命だというのなら。それを言葉にすれば、その運命は二人をより縛り、結びつける。

 

「ボクも、あなたも。……逃げないし、逃げられない」

「…………いいでしょう。その言葉、努努忘れないことです」

 

 シールが戦闘態勢を解除してゆっくりと後退していく。アイズも、束もそれを追うことはしない。すぐにここから脱出しなければならないのは、むしろこちらなのだ。撤退してくれるならそれを追撃する意味はない。

 

「………その瞳を持つ限り、私からも、戦いからも逃げられない。それが、あなたの運命――」

 

 そんな、呪いのような言葉を残してシールが撤退していく。

 完全に反応が遠ざかったことを確認して、ようやくアイズも警戒を解いた。その途端にぐったりしながら、膝をついてしまう。

 

「く、うぅ……っ」

「無茶しすぎだよ。いくらなんでも」

「ごめんなさい……」

「でも」

「え?」

 

 少し怒ったような声から一転して、今度は楽しげな声をあげる束。顔は隠しているが、その素顔はニコニコと満面の笑みを作っていることだろう。

 

「コアとの会話、コード『type-Ⅲ』を封印したまま『L.A.P.L.A.C.E.』の限定発動、そしてコアとの意識リンク………アイちゃん、君はどこまで私をワクワクさせれば気が済むんだい? ん?」

「え? あの?」

「さぁ、帰ったらたっぷり付き合ってもらうよ? コアのデータ取りと、アイちゃんとのシンクロ係数の関係……うっひょー! テンション上がってキター!」

「た、たばねさぁ~ん!」

 

 子供のように無邪気にはしゃぐ束に、アイズは泣き笑いのような顔でぐったり項垂れてしまう。そんなアイズを優しく抱えながら、束は再び『フェアリーテイル』の虹色の羽を展開して地上へと向かっていく。もう満足に力の入らないアイズはおとなしく抱きしめられている。

 

「うう、束さんの研究に役立つのは嬉しいけど、………また一週間くらい缶詰ですか?」

「さすがの束さんも疲労困憊の女の子にそんな無茶はさせないよ。………たっぷり休んで、栄養をとってから付き合ってもらうから大丈夫! 三食昼寝付きだよ!」

「うぅ~、嬉しくない優しさかも」

「それより、身体はホントに大丈夫? アイちゃんとレッドティアーズは前例がないことばかりやってくれるからね。リスク管理も難しいから、けっこう心配なんだぞい?」

「ボクは、ボクのできることしかしてないですよ」

「そのできることが、規格外なんだよ。アイちゃんは昔から奇跡を起こすのが得意みたいだからね」

 

 アイズ自身は自分が特別だなんて思ったことはない。むしろ、生きていることが幸運だ、とやや悲観的な価値観を抱いていたりする。しかし、束をはじめとした周囲の人間から見れば、地獄の底から這い上がり、笑顔と夢を失わずにいるアイズは十分に特別な人間だった。もっとも、それはもちろんアイズだけでなく、アイズを支えてきた多くの人間たちがいてこそのものだ。

 もっとも、そんな境遇を受け入れ、今へとつなげているアイズの純粋さこそ、彼女の美点であろう。

 

「奇跡じゃ、ないです」

「ん?」

「レアは、ここにいる。それがボクとレアにとっての真実……ボクとレアは、出会うべくして出会った。今は、そう思えます」

「………」

「束さん。この子は、レアは、………束さんを“お母さん”と言ってました。ボクは、そんなレアが羨ましいって思いました。ボクには、誇れる母なんていなかった。レアみたいに、笑顔で自慢できるお母さんが欲しかった」

 

 それは、アイズの切実な願いなのだろう。その言葉には、悲しさや虚しさといった感情が見え隠れしていた。

 

「ボクも、束さんがいたから今、こうして生きてます。ボクを、ボクにしてくれたのはセシィだけど………ボクに生きる術を与えてくれたのは、束さんです」

 

 喪失した両目の視力を回復させるために、束がゼロから開発したのがAHSシステム。

 そして、アイズの願うように、セシリアの隣に立てるように未調整だったレッドティアーズをアイズ専用機に改修したのも束だ。この二つがないだけで、今のアイズは間違いなくいなかった。もし束に出会わなければ、アイズはおそらくセシリアにただ守られるだけの存在だったし、簪や鈴といった友や、妹となったラウラにも出会うことはなかった。

 

「だから、思うんです。ボクも………束さんが、お母さんならよかったって」

「…………」

「だから、レアが羨ましい。束さんを、嬉しそうにお母さんって呼ぶ、あの子が羨ましいんです」

 

 アイズの本心だった。もともと、家族といったものにまったく縁のない身の上だ。信頼できる友には恵まれたが、やはりどこかで親から子に与えられるような無償の愛に飢えていた。

 ただ無条件に寄り掛かれるような安心感を与えてくれる人、それがアイズにとっては束だったのだ。

 

「だからかな。自分の先にも後にも続く命に対して無関心なシールが許せなかった。本当の親をどうでもいいって思ってるボクに、そんな資格はないのかもしれないけど、それでも愛情を抱けない、抱こうとしないことが、どうしようもなく悲しかった」

 

 きっと、それはないものねだりみたいな子供っぽい我侭なのだろう。アイズはそう自嘲気味に呟いた。

 

「あ、ごめんなさい。束さんまだ若いのに失礼なこと言っちゃって……!」

「………ふふっ、あはははは! いやぁ、まったくだよ! 異性とデートすらしたことないのに、おっきな子供ができちゃうとか!」

「えへへ、ごめんなさい」

「でも、ちょっと嬉しかった」

「え?」

「私はね、恨まれる覚悟をしていたんだ」

 

 その声は、アイズが初めて聞くものだった。普段のハイテンションで、エキセントリックな声ではなく、どこか諦観しているかのような、そんな疲れきった声だ。束がこんな声を出していることに、アイズは思った以上に混乱した。

 

「私がISを生み出したのは、空を飛ぶため……そして、あの空の向こうへ―――どこまでも続く宇宙へと行くために……それがはじめの理由」

 

 それはアイズも聞いた話だ。そして今でも共感する願いだった。

 

「でも、宇宙は広いから……寂しくないように、どんなときでも一緒にいる存在が必要だと思った。だから、ISコアに人格を得る可能性を与えた」

 

 素敵な考えだ。アイズは純粋にそう思った。しかし、それを語る束の声には悲しさがあった。

 

「そして私は………みんなにも、私の夢を共感して欲しかった。今にして思えば、これが間違いだったのかもしれないね。結果、ISは世界に受け入れられた。宇宙を目指すパートナーではなく、人が争うための兵器としてね」

 

 束の願いは裏切られ、ISは空を目指すものではなく、逆に上から押さえつける力として利用されてしまった。そして、それを変えるために、兵器としてのISに対抗するために、束はISを兵器として生み出した。それは苦渋の選択だったとはいえ、束にとっては忌まわしいことでもあった。結局、束の夢を利用した人間たちと同じことをしてしまったのだから。

 

「だから、私はISに恨まれると思ってた。生みの親である私が、歪めちゃったから」

「それでも!」

 

 アイズが叫ぶ。束に、これ以上懺悔のような言葉を言わせないために、自らの夢を否定させないために。

 

「たとえ戦うことも、それもISの持つ無限の可能性のひとつです!」

「可能性の、ひとつ……」

「ISは、これから生まれていくんです。そして、いつかみんなが、レアみたいに自分で選ぶんだと思います」

 

 意思を持つということは、選ぶということ。アイズはそう思っている。だから、アイズは昔から今までずっと選んできた。見たい夢があったから、そのための道を選び続けてきた。

 だからISも同じ。意思を持つのなら、ISも自分のあり方を選ぶはず。アイズはそう言っていた。

 レアは、アイズと共にあることを選んでくれた。ブルーティアーズも、セシリアについていくだろう。甲龍は、鈴と共に飽くなき強さを目指すかもしれない。だからこそ、操縦者に呼応するかのように進化しているのだ。

 

「あ、もしかして同じ夢を見ることが条件なのかも? 『type-Ⅲ』の発現って」

「……っ!?」

 

 それは束も考えたことがない仮説だった。全てのISが可能性を持ちながら、それでも未だに二機しか至っていないISの進化の先。その条件は操縦者とコアとの適合だと考えていたが、それだけでは説明できなかった。しかし、ISコアの意思が、操縦者の行先に自らの進化の姿を見出しているのだとしたら―――。

 

「興味深い。うん、興味深い、ね……!」 

 

 束の声に明るさが戻る。無邪気な子供っぽい声だが、それが束らしいそして束が元気になれば、アイズも嬉しい。

 

「そうだね、もともとそのつもりだったけど………本格的に目指してみようか。宇宙を……!」

「おー、ついに!」

「でも、必ず邪魔が入る。今の世界は、宇宙へ出ることを認めないだろうからね」

 

 ISは宇宙進出のためのパワードスーツ。どの教科書にも載っていることだが、それはすでに過去のものだ。世界から見れば、今のISは世界の軍事バランスを左右する重要な存在。それが自分たちの上へと行くことは、すなわち制空権を取られるようなものだ。宇宙へISが出る。それは思っている以上に、世界の反発を招くことだ。

 

「そのために、まだまだ戦わなきゃね。戦いではなく飛ぶために、そのために戦う。きっと矛盾してるのかもしれないけど」

「でも、束さんだけじゃない。ボクだって同じです。………ボクの夢は、束さんの夢。だからボクは、そのために今でも戦っているし、これからもそう」

 

 だから、今も、そしてこれからもアイズは剣を取る。たとえ世界を相手にしても、自分たちの夢を叶えるために。

 

「………そうだね、あの日から、それは変わってない」

「シールの言葉じゃないけど、もし運命があるんだっていうなら………同じ目を持ったことが、ボクとシールを結ぶ運命」

 

 今回の戦いでアイズはそれをはっきりと意識した。確かに、シールと出会い、戦うことはアイズの運命かもしれない。でも、もしそうなら。

 

「そして、同じ夢を持ったことが、ボクと束さんが出会った運命………そう思えば、ステキじゃないですか?」

「運命、ね」

 

 束はそんな不確かな非論理的な考えは好まない。しかし、アイズの言うように、アイズと出会ったことは束にとっての大きな分岐点となったことは確かだ。それは偶然であったとしても、今の束を形作る一番のファクターだった。

 なら、それは確かに運命と呼べるものかもしれない。

 

「なかなか胸キュンな運命もあったもんだね。ま、嫌いじゃないかな。乙女心をくすぐるね!」

「ですよね! 胸キュンですよね!」

 

 ここにセシリアがいればつっこみが入っていたであろうハイテンションな会話を繰り広げる二人。どこか波長が似ている部分があるためか、アイズは束のこうしたノリに素で付き合う稀有な人物だった。敵陣からの脱出途中であるにも関わらずに、つっこみ不在のこの状況では二人の天然系を止めるものはない。

 そんなファンタスティックな会話をしながら、二人は基地の外へと続く脱出口を翔け上がる。

 

「みんなはもう脱出したみたいだね。さ、私たちもこんなとこからはオサラバだよ!」

「いろいろあったけど……二人も救出したし、みんなも無事みたいだし、よかった」

 

 アイズの心境としてはショックなことが多い今回の作戦であったが、みんな無事ならそれでよいと思うことにした。自分のことは、あとでゆっくり整理すればいい。

 シールのいったように、足掻いても逃げられない。いつかまた、確実に自身の過去と向き合うときがくる。それがはっきりわかっただけでも、今は十分だった。

 

「でも、本当に運命ってあるのかも………」

「ん? どしたの?」

「いえ、なんでも……」

 

 未来に生き、そのためにこの命を使うと決めているアイズ。それでも、過去は容赦なく襲いかかってくる。シールは、いうなればアイズの過去が人の形となった存在といえる。

 

 未来に生きることは、過去を生き抜くこと。そして過去は変えられないもの、逃れられないもの。

 

 そんな過去の因縁を断ち切ること――――それが、アイズの戦いとなる。

 

 

「でも、ボクは負けない」

 

 

 アイズは立ち向かう。それが運命でなく、ほかでもない自分自身で選んだ生き方なのだから。




出張があり投稿が遅れました(汗)辛い一週間だった……。

ちなみに『L.A.P.L.A.C.E.』のバクロニムはなんちゃってネーミングなのでロマンだけ感じ取ってください(苦笑)詳しい説明は次回になります。

そして今回はアイズと束の関係に焦点を当ててみました。これが次章の前フリとなります。

後始末と今回のアイズの切り札の説明回を挟んで、束さんを中心とした過去編に移る予定です。本編開始から数年前の束さんとアイズ、セシリアとの出会いを描きます。

その後はまた怒涛の展開を予定しています。いったいいつ終わるんだ、マジで。

地道に頑張っていきます。ではまた次回に!


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Act.56 「彷徨う道標」

「予想はしてたけど、コアに蓄積された情報量が桁違いになってる」

 

 アヴァロンの地下研究区、その最奥にある束専用のプライベートラボに三人の人影があった。

 ISの生みの親たる篠ノ之束。そしてセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアの二人である。あの一夏と箒の奪還作戦終了から既に一日が経過していた。

 今頃は他の面々も疲れを癒しているころだろう。そんな中、束の研究の中核に関わる二人の操縦者が真剣な面持ちで束の言葉を聞いていた。

 

「レッドティアーズのコアは、実質的にも完全に進化したとみるべきだね。以前から声は聞こえていたっていうけど、明確なイメージとして人の姿を形成、そして深層領域をつくるまでに学習したコア………完全に人格を獲得してる。自己判断だけじゃなくて、アイちゃんの暴走も止めたことから、もうプログラムの域を超越してる」

「『type-Ⅲ』のリミッター解除を、コアが独自判断で拒否したのですか?」

「セッシー、ブルーティアーズはそんなことする?」

「………いえ。確かに、おぼろげな会話は可能ですが、アイズのように明確なイメージでもっての対話はできません。ましてや、コアの意識とリンクして深層領域に入るなど……」 

「ま、それが普通だよ。アイちゃんはかなり特殊な例だからね」

 

 アイズとレッドティアーズは、操縦者とコアのリンクという点においては他の機体よりも遥かに高い。その理由がヴォ―ダン・オージェとAHSシステムの相互干渉作用にある。

 視力のないアイズの目を代替するISのハイパーセンサー機能を、そのままヴォ―ダン・オージェのナノマシンとリンクしてフィードバックすることで、アイズの視界はそのままISの視界(センサー)となる。ヴォ―ダン・オージェとAHSシステムが二つ揃ってはじめてアイズは視力を擬似的に回復できる。これが通常よりも遥かに多くの情報をコアに与えることになる。

 通常なら、操縦者とコアの間にはフィルターがある。人間特有の挙動が機械に反映されないのだ。たとえば、瞬きという人間の生理現象さえ、ISにとってはほんのわずかなノイズとして映る。そうした生命と機械の間の溝が、アイズとレッドティアーズの間には存在しない。

 だから、アイズの挙動そのままに、レッドティアーズがダイレクトに学習しているのだ。アイズの目はレッドティアーズのセンサーであり、レッドティアーズのセンサーはアイズの目となる。

 そこにさらにヴォ―ダン・オージェの情報解析能力さえもが上乗せされる。束の試算でも、IS搭乗によるコアへの情報蓄積量は、その差異が十倍以上。しかも、アイズは日常生活でも時折AHSシステムを使用していた。コアの成長は、すなわち学習するための情報量に依るところが大きい。そう考えれば、レッドティアーズのコアは通常の何倍もの早さで成長していたと言える。

 

「まぁ、だからヴォ―ダン・オージェもAHSシステムもないのに『type-Ⅲ』に至ったセッシーほうがチートだと思うけどね~」

 

 セシリアの場合、多重並列思考能力がずば抜けて高いことが要因だろう。自機とBT兵器十機を同時に並列操作ができるセシリアもアイズには及ばないが獲得する情報量が多い。アイズのヴォ―ダン・オージェが後天的に対し、セシリアの並列思考は先天的な能力だ。そう考えれば、セシリアこそ人間の領域を超えているのかもしれない。

 

「ま、アイちゃんの場合はそうした特殊性があるから、『L.A.P.L.A.C.E.』なんてヤバイ能力を獲得したんだろうねぇ……」

 

 第二単一仕様能力『L.A.P.L.A.C.E.』。

 もともとレッドティアーズが獲得した単一仕様能力『森羅万象』が進化したものがこれにあたる。これはアイズのヴォ―ダン・オージェの情報解析力を活かすために、ISがアイズのバックアップを行っていたことから発現した能力で、その特性は『ハイパーセンサーの強化と操縦者との同調』である。つまりはほかにはない独自のものであるAHSシステムの最適化と向上という、他の単一仕様能力から見れば非常に地味で目立たないものだった。

 しかし、この能力によってアイズがその情報収集能力で把握していた範囲は、自機を中心に半径2km。セシリアが、アイズに気づかれずに狙撃するのはほぼ不可能と言った理由はここにある。アイズの索敵圏内に入ったが最期、もうアイズから逃げられないし、奇襲など不可能なのだ。

 しかし、実際に使い辛い能力であったことは確かだ。なぜなら、通常は広範囲における戦闘はそれほどあるわけでもない。アリーナ程度の広さで十分だった場合が多かったので能力の持ち腐れであったし、なによりその絶大な情報収集力を発揮するには、アイズの高い集中力と精神力が必須だったからだ。もっとわかりやすく言えば、それはヴォ―ダン・オージェの使用限界とイコールだった。

 今でこそ束の尽力でAHSシステムの機能向上によりそれなりにヴォ―ダン・オージェを使えるようになったが、過去においてはせいぜい五分程度の能力ブーストを行うドーピングに近いものだった。

 

 そこから進化したものが『L.A.P.L.A.C.E.』だ。

 

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 ――――『全領域統合演算式による森羅万象の法則予知』能力。

 現状の把握ではなく、その先を予測する。ヴォ―ダン・オージェ、ハイパーセンサーを最高値で発動させ、五感、サーモグラフ、音波、電波、ありとあらゆるものから情報を獲得。さらにコアネットワークからの情報をクラック、逆式演算から対象コアの出力やエネルギー配分を観測する。そしてアイズ自身の経験則や直感、相手の状態変化……仕草や癖、表情からさえも情報を収集。外部からの情報をあまさず全てを獲得し、それらの膨大な情報量をリアルタイムで演算して、統合的な解析を経て確かな精度での未来予測を行う。仮に予測が外れても、リアルタイムで修正が可能なためにその都度予測を行っている。

 当然、これほどの情報解析力は通常のISコアや人の脳では処理することなど不可能だ。この能力はヴォ―ダン・オージェを持つアイズと、AHSシステムを持ち、情報処理に特化して進化したISコアを持つレッドティアーズが人機一体となって初めて可能となる。そしてそれが可能となったのは、レッドティアーズがISの進化の極地ともいえる『type-Ⅲ』に至ったからこそできる、奇跡や魔法のようなオーバーテクノロジーの発現であった。

 

「まさに、単一仕様としかいえない。アイちゃん以外、誰にも真似できないよ。あのシールとかいうのにも」

「諸刃の剣ですけど、ね。アイズ、わかってるとは思いますが……」

「乱用はしないよ。ボクも死にたくないからね。それにこの能力が使えなくても、もうレアとは話せるし。レアのお部屋は癒し空間だから、また今度ダイブしよっかな」

「この子はどれだけ規格外なこと言ってるか自覚あるのかな?」

「ないんじゃないでしょうか」

 

 任意でISコアと深層領域まで及ぶ意識リンクが可能。それは、最先端である束の研究をもってしても未だ実現できていないことだ。

 

「まぁ、アイちゃんがいろんな意味で天然なチートなのは今更だもんね。IS分野の研究において、アイちゃんは間違いなく世界で一番貢献しているもの」

「それも無自覚で……ですけど」

「あれ? なんか褒められている気がしないのはなんで?」

「気にしなくていいですよ。アイズはそのままでいいんです」

 

 いつものようにセシリアに頭を撫でられ、表情を弛緩させるアイズ。そのまま猫みたいにセシリアにじゃれ付きながら幸せそうな笑顔を見せている。セシリアも猫に構うようにアイズの首筋に指を這わせて微笑を浮かべている。

 

「相変わらずだねぇ君たち。会ったときから変わってないね」

「束さんはけっこう変わりましたよね。はじめてお会いしたときは、もっと無愛想でしたけど」

「そんな昔話はしなくていいよ、もうっ」

 

 束にとっては黒歴史なのか、あまり触れて欲しくないように口を尖らせる。

 

「それより、これからみんなに事情説明ですけど………どこまで話すのですか?」

「必要最低限にとどめるよ。まぁ、協力してくれた手前、それなりに説明はするけどさ。無人機関連は話しても損はないし、なにより知ってもらったほうがいい」

「確かに。……アイズのことは?」

「話せる? 『L.A.P.L.A.C.E.』は少しくらい言ってもいいけど………対抗策なんてないし。でもその条件である『type-Ⅲ』に関しては火種にしかならないでしょ。口は固そうだけど、これはまだ知られるわけにはいかない。ウチの最大のアドバンテージだからね。それに、なにより………すべてのISに可能性があるといっても、そこまで到れる存在なんて、そうないでしょ」

「……です、よね。『type-Ⅲ』、前人未到の第三型……」

 

 知っている者の間で使われる暗語であるが、それは機体の正式名称に使われるようになった。二機のティアーズの名称に連ねられた『type-Ⅲ』の意味、それはそのまま『第三型』を意味している。

 すなわち――――。

 

「第三形態移行《サードシフト》を可能としたISの証。それが、『type-Ⅲ』……」

 

 

 

***

 

 

 

「報告は以上です」

 

 およそ三十分ほどで今回の無人機プラント強襲作戦『オペレーション・アサルト』の報告を終えたイーリスは目の前にいるイリーナへと視線を向ける。イリーナは背を向けたまま、社長室から見える景色を眺めている。時折口を挟んでいたから聞いていないということはなさそうだが、何を考えているのか、側近のイーリスでもわからない。

 

「ガキどもはどうしてる?」

「皆さん、帰投後はゆっくり休まれて今は束博士のラボにいるそうです」

 

 作戦完了後は全員でステルスヘリを使いアヴァロンへと帰還した。本来立ち入りが許可されない一夏と箒、そして鈴と簪は特例で滞在を許可されている身だ。今後の対応や口裏合わせもあるのでこれは仕方がない。現状、最も防衛上安全といえるのは要塞化してあるアヴァロンなのだ。とはいえ、同時に最も襲撃される可能性が高い場所でもあるためノーリスクとはいかないが。

 

「で、証拠は全て消したな?」

「はい。苦労しましたよ。作戦開始と同時に生身で潜入するなんて」

「だからお前にやらせたんだ。さすがの束もデータにアクセスできないスタンドアローンの記録媒体まではどうしようもないからな」

「だからって普通拠点制圧を二人だけでやらせますか?」

 

 イーリスがジト目でイリーナを見つめるが、イリーナはどこ吹く風で軽く流している。

 

 オペレーション・アサルトはIS七機による強襲作戦だが、その裏ではイーリスが生身で潜入して裏工作を行っていた。具体的には、襲撃犯と特定できる証拠の抹消とホストコンピューターから直接データを盗むこと。そして可能ならば敵幹部の捕縛だ。さすがにイーリス一人だけではきつかったため(キツイだけで不可能ではないらしい)助っ人を用意した。

 ISを纏うアイズたちより捕縛される危険があるため、どこかの所属する人間は使えなかったので暇そうにしていた紅雨蘭に声をかけた。雨蘭は鈴も参加すると聞かされて了承した。こういう交渉の仕方はさすが暴君だとイーリスは呆れたように感心したものだ。

 もっとも、雨蘭にも絶対の自信があったようで思っていたよりすんなり協力してくれた。そして実際、雨蘭はよく働いてくれた。生身の戦闘力はイーリスにも並ぶかもしれない。鈴の師匠ということだが、軽く武装した兵士十人分くらいは役立っていた。是非とも諜報部に欲しい人材だったので声をかけたが、火凛と同じく「手のかかる馬鹿弟子がいるから」と断られた。それでも一応将来どうするかは考えてくれるらしい。イーリスにとってはそれが今回の一番の収穫だった。

 

「ただ、データは無理でした。束博士も相当な腕の人間がいると言っていましたが、重要なデータはすべて抹消されていました。無人機プラントでしたので、OSくらいは手に入れたかったのですけど」

「ま、それは構わん。どうせ手に入れても再現などする気もない」

「敵幹部クラスと思しき操縦者三名も回収されました。こちらもできれば捕縛したかったんですが」

「もし仮にそうなっていたら、こちらが遺体処理する羽目になっただろうさ」

「………口封じですか?」

「お前ならわかるだろう」

「そうですね、おそらく、口を割る前に死んでいたでしょうね。それが自殺か他殺かはともかく」

 

 イリーナもイーリスも、それが十分にありえることだと思っていた。

 ここまでの規模の秘密結社の幹部など、その身柄を確保するだけでどれだけのアドバンテージを得られるか。それを防ぐために、万が一捕縛されたときに死ぬ用意くらいはしてあるはずだ。イリーナの勘では、おそらくある程度の前線指揮官クラスや幹部級の人物には強制自殺するシステムがある。その手段はわからないが、ここまでの絵に描いたような暗躍する結社ならむしろあって当然のことだろう。

 もし、イリーナが亡国機業を統べる立場なら、確実にやっている。

 

「社長」

「なんだ?」

「もしかして、亡国機業のトップに心当たりがあるんじゃないですか?」

 

 やたらと強い声でそう聞いてくるイーリスに、イリーナは顔を向けずに沈黙で応える。

 

「出過ぎたことを言って申し訳ないですけど、社長はある程度相手の手の内が読めている気がします。今回も、いつもなら絶対にやれというようなことを“出来れば”と言っています。それって相手の力量をわかっているからでは?」

「………今日はずいぶん口が回るな」

「気にするな、と言うのなら、気にしませんが」

「…………まぁ、いいだろう。確かに、心当たりはある」

 

 イリーナはふてぶてしく椅子に座ると脚と腕を組んで流し目を送る。なんだかこうした姿のイリーナは黒幕だったと言っても信じそうな貫禄がある。

 

「確信があるわけじゃないが、私が知っている人物とやり方………嗜好が似ている」

「嗜好、ですか?」

「はっきり言えば、やつらの手は慎重に見えてかなり杜撰だ。秘匿は最低限、リスクは大きい行動をやたらと取りたがる。秘密結社、というのは秘密にするからそう呼ぶんだ。本来、無人機なんてものに手を出すこと自体がおかしい」

「まぁ、たしかに」

 

 特に『銀の福音』の事件の際には六十機もの無人機を投入してきたのだ。それがどれだけ馬鹿げた数なのかは今更言うまでもない。そして、それを表沙汰にするリスクはかなりあったはずだ。それをなくす手段として、おそらくアメリカ軍とIS委員会に息のかかった人間がいたことは確実だが、それでも組織全ての人間を手中にしているわけではないだろう。もしそうならとっくに世界征服が完了している。

 

「おまえみたいなタイプには理解できないかもしれないが、こうした人間の優先順位は“面白さ”だ」

「愉快犯だと?」

「どちらかといえば、つまらない世界を面白くしてやる、って言うほうが合っているかもしれないがな」

 

 愉快犯のような動機が見え隠れするが、同時に世界を変革させようという意思も見える。まるで戦略にギャンブルでも組み込んでいるかのような、あやふやな感じだ。

 

「そういうやつを、一人知っている」

「どのような方なのです?」

「性格は人あたりがよく、性別年齢を問わず人に好かれる。穏やかで、聖母なんて呼ばれてもいたな」

「社長と真逆で………失礼しました」

 

 人を殺しそうな目で睨まれてイーリスが口を閉じる。

 

「そして技術者としても一流……特に、盗むことに関してはな」

「盗む?」

「どんなものでも、大抵のものはすぐに自分のものへとしてしまう。最先端の技術に触れれば、翌週にはその応用を開発するほどだ。自らがなにかを作り出すことはないが、他人が作ったものを自分の好きなように改良してしまう」

「プライドをへし折るような人ですね」

「そいつの本質はそこだ。他人のものも、すべて自分のものにしてしまう。そうしていると、いつのまにかやつを中心に回るようになっている」

「はぁ、まるで徴収官が王様になったみたいですね。それで、その人は今は?」

「もう、この世にいない」

「………そうですか」

 

 だから半信半疑だったのだろう。どうやらイリーナの話すその人物とは旧知の間柄だったのかもしれないが、死んでいるとなればそれまでだ。イーリスがイリーナに仕えたのは、ちょうど束がカレイドマテリアル社と接触する少し前だ。それ以降はイリーナの傍に居てきたが、そんな話を聞いた記憶はない。どうやらかなり前に亡くなったのだろうと推察できる。

 

「ともかく、今は必要なのは備えだ」

「そうですね。証拠はありませんが、接触した幹部は逃がしてますし、ウチが主導したと取られてもおかしくありません、まぁ、そのとおりなんですけど」

 

 データ上の証拠は抹消したが、オータムやシール、マドカといった幹部クラスと戦闘したことが、容易にカレイドマテリアル社との繋がりを予想されてしまうだろう。表立っては所詮証言だけでしかないのでなんの効力もないが、そんな理屈が通用しない相手なのはもうわかっている。

 それにもし表立って非難する手段があったとしても、おそらくそんなことはしないとイリーナは思っていた。報復するなら、ほぼ確実に同じ手段………拠点への襲撃を選ぶはずだ。

 

「アヴァロンか、この本社か……おそらく襲撃が来ますね」

「舐められたら終わりだからな、この業界は。間違いなく報復に来るな」

「別にマフィアじゃないんですけどね」

「同じようなものだろう」

「またそんな暴君理論を展開して……」

 

 呆れるイーリスを無視するようにイリーナは再び社長室から見える景色を見下ろす。一見すれば、平和な町並みだが、いったいどれくらいの人間が自分に敵意を持っているのか。

 イリーナは自分が正しいと思ったことはない。ただ、目的のためにできることをやっているだけ。必要なら汚れ仕事すら躊躇いなく選択する。もちろん道徳観念は持っているので非道な行いは好まないが、相応の輩には相応の流儀でもって応え続けてきた。

 それでもイリーナのもとに人が集まるのは、彼女のカリスマが為せることだろう。もともと先代社長の下にいたときからイリーナは人望があった。そのときはまだ暴君などと呼ばれてはいなかったが、暴虐的な手段を用いるようになっても人が離れていかないのは、彼女の境遇ゆえかもしれない。

 

「………ふん」

 

 昔を思い出しそうになり、イリーナは自らを嘲笑して思考を断ち切った。

 思い出に浸るのは目的を達してから。そう決めているのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「みんなお疲れ様!」

 

 アヴァロン内の地下施設の中でも束が居住区としている一室に今回の作戦に参加した面々が揃っていた。ややファンシーな内装のリビングでは大きなテーブルを囲うようにソファーが置いてあり、各々がそこに座ってくつろぎながらセシリアの淹れた紅茶を飲んでいる。

 束はいつものカボチャマスクをしながらそんな全員を労う。

 作戦終了と同時にアヴァロンに帰還して丸一日はじっくり休める時間を取ったので、皆にもそれほど疲れた様子はない。誘拐された箒と一夏は明日には日本に戻ることになるが、今日一日はまだここでゆっくりできるだろう。それに本来部外者の簪と鈴の滞在許可も明日までだ。

 

「さて、事情説明がいるね。誘拐されてた二人は明日には日本に戻れるよ。そのへんの事情は暴君が日本政府と取引するみたいだけど」

「取引?」

「本来、お二人のガードは日本政府の役目ですからね。それをカレイドマテリアル社が尻拭いした形です。おそらく、なにかしらの要求をするのでは?」

「大人ってめんどくさいわねぇ」

 

 鈴の言葉に同意するように何人かも頷いている。参加した彼女たちにしてみれば、ただ友を助けるためであったが、そんなこととは関係なく裏ではいろいろと動いているらしい。

 

「さて、協力してくれたことだし、多少の事情説明はするよ。なにが聞きたいかなー?」

「はーい。結局、敵って何者なんですかー?」

 

 鈴の質問は簡潔で、そして一番気になっていたことだ。その質問には他の面々も興味深そうに束に注目している。

 

「うーん、まぁ、詳しいことまではこっちも把握してないけど、とりあえずウチと敵対している悪の秘密結社だね!」

「今時そんなのいるの? ………ってかあのオータムに襲われたとき、先生がそんなこと言ってたっけ」

 

 ちゃんと名前で呼びながら鈴が中国で戦ったときのオータムのことを思い出す。鈴の先生でもある紅火凛にちょっかいをかけていたらしい世界征服を企む悪の組織。聞き流していたことだったが、どうにも本当のことらしい。世界征服はどうか知らないが、裏にある秘密結社というのは正しいようだ。

 

「名前は亡国機業。簪さんは名前くらい聞いたことがあるんじゃないですか?」

「うん。何度か………おねえちゃんも、完全に把握してるわけじゃないみたいだけど」

 

 対暗部の更織の家の出身である簪も、噂程度には聞いたことがあった。最近は少々家と距離を離していたのでそんなに詳しい情報はなかったが、頭首である姉が気にかけていた組織なのは確かだ。

 

「わかってることでは、無人機の製造と、それによるテロ行為は確定」

「ってことは、臨海学校のときのあれも……」

「あのときは、『銀の福音』を奪取しようとしていたようですね。未遂に終わったようですが」

 

 そして『銀の福音』のコアは束のもとにある。もちろん、そこまでは口外しない。

 

「あと………シャルロットさん」

「え?」

「最近になってデュノア社が援助を受けて活動が活発化していることは知っていますね?」

「う、うん。所属していた僕としては、ちょっと信じられないことだけど」

 

 シャルロットを男装させてIS学園に潜入させるという手段を使うまでに追い詰められていたのだ。それは、援助してくれる組織が存在しなかったからという理由もあった。

 

「未確定ですが、その援助している組織も、亡国機業が絡んでいる可能性があります」

「ええっ!?」

 

 シャルロットが驚愕する。もう縁を切ったとはいえ、かつての家族が経営する企業がそんな怪しげな組織とつながっているというのはそれなりにショックなことだった。

 

「で、でもどうして………」

「なるほど、補給線に使うつもりか」

 

 シャルロットの隣に座っていたラウラが呟く。セシリアや束も、その言葉を肯定した。

 

「あれだけの無人機を製造できる施設………表に大きな影響を持つ組織の力がなければ不可能です。資材や資金の調達、複数の軍や企業に草がいることは明白です」

「それで、デュノア社も取り込まれた、か?」

「おそらく、資金や資材の流通経路に使われるでしょうね。それなりに儲けが出れば、利用されているとはいえ、企業側も大きく言えないでしょうし、なにより………追い詰められていますからね」

「そして気付いたときには、手遅れ。乗っ取られて、傀儡の出来上がりってね」

 

 そしてこれは裏事情だが、そうした予兆があったからこそ、IS学園にいるうちにシャルロットを引き離したのだ。もしシャルロットが本社に戻れば、おそらくはもう出ることはできなかっただろう。下手をすれば、敵の尖兵としてセシリアたちと戦っていた未来も有り得る。

 シャルロットは複雑そうな顔をしながらも、なにも言わない。なにか言ってどうにかなることでもないし、そして助けたいと思うほどあの会社に思い入れなどなかった。薄情とも思える自身の心中にシャルロットは自嘲の笑みを力なく浮かべた。

 

「なら、今回の俺と箒の誘拐の目的はなんなんだ?」

「………」

 

 一夏の問いに、束は言葉に詰まる。そんなことわかりきっている。ほかでもない、篠ノ之束をおびき出すことが最大の目的だろう。そして証拠こそなくても、束がカレイドマテリアル社と繋がっていることは、もう敵勢力にはバレているとみるべきだ。

 しかし、そんなことまで話していいものか束が悩む。一夏と箒には迷惑をかけたが、それを話すことは、自身のことにも言及されてしまうかもしれない。まだ覚悟のない束はそれができない。

 

「そんなことは、決まっているだろう」

 

 しかし、そこで今まで黙っていた箒が口を開いた。箒はずっとおとなしくしていたが、先ほどからじっとカボチャマスクを被った束に視線を向けている。

 作戦終了直後はバタバタしていて会話どころか、まとも挨拶すらできなかった。正確には束がそういうふうに箒を避けていたのだが、箒はそんな束をじっと見つめている。

 

「一夏はどうかわからないが……私を攫った理由は、姉さん、あなたを見つけるため……そうでしょう?」

「…………」

 

 部屋の空気が一変する。束の正体を知る面々はなにも言えず、知らないはずの一夏もなんとなく予想はしていたようで、束に複雑そうな顔で視線を向けている。

 そうして一分ほど沈黙が続いたとき、束がケラケラ笑い出した。それは、誰がみても白々しい笑い方だった。

 

「あっははは! 私が篠ノ之束? 違う違う、私は……」

「もう姉さんだってことは、聞いている」

「誰に!? ……あっ」

 

 盛大に自爆した束がしまった、というようにマスクの下で顔をしかめる。しかし、それはどうみても今更なことであった。もともと身内に対して甘く、隠し事ができるような束ではない。オロオロと情けない姿を見せていた。

 

「う、うぅ……アイちゃん、君だね!?」

「ひゅいッ!?」

 

 汗をダラダラと流していたアイズが、目隠ししている状態にもかかわらずに束の強烈な視線を感じて身をすくませ、さらに隣にいたラウラに情けなく抱きつきながらブルブルと震え出した。そんな姉の姿に庇護欲をそそられながらラウラが精一杯そんな姉を抱きしめながら庇うようにしている。顔は緩みまくっていたが。そんなラウラに呪いでもかけるように簪が嫉妬の視線を向けていたのを見て、鈴がドン引きしていた。

 

「ご、ごめんなさい束さん~! で、でも! 仲良くなって欲しかったんです~!」

「いやその気持ちは嬉しいけど束さんにも心の準備ってものがね!?」

「もういいじゃないですか束さん。アイズにはあとで私から説教しておきますから、いい加減向き合われては?」

「またお説教!?」

 

 アイズが短く悲鳴をあげるが、自業自得である。

 そんな周囲の喧騒とは切り離されたように、箒はじっと視線を向けている。その視線を受けて、束も身動きできずにその箒の縋るような目を受け止めざるを得なくなってしまう。

 そんな久しぶりに訪れた不器用な姉妹の再会を、少し離れたところで一夏が見守っていた。

 

「姉さん……」

「…………」

「姉さん!」

「…………私の負けだよ、箒ちゃん」

 

 観念したように、束がゆっくりと不格好なそのカボチャのマスクに手をかける。無造作にそれを剥ぎ取り、素顔を久しく見せていなかった妹へと晒す。

 箒から見れば、少し大人っぽく、それでも子供っぽさを残して成長した姉の素顔を、数年ぶりに見つめることとなった。しかし、その顔は昔は見ることもなかった不安で落ち込んだような表情を見せていた。

 

「恨む? あなたから逃げたダメなおねえちゃんを」

 

 悲しげに自身を見つめる姉を前に、箒は言葉に詰まる。そうじゃない、そうじゃないのだ。再会して、たしかに言いたいことはあった。文句だってあった。

 でも、こんな顔をした姉を前に、助けてくれた姉に対して、言うことなどひとつしかない。

 

「姉さん」

「………っ」

 

 そう声をかけただけでビクッと束の肩が小さく揺れた。怖がっているのだとわかる。それが、箒には少し嬉しかった。無感動や、昔となにも変わらない調子でいたら、箒は平静でいられなかったかもしれない。

 会うことを怖がっていたのは、自分だけじゃなかった。それがわかったとき、箒は自分でも不思議なほどすっきりした気持ちになった。どこか遠くで、違う世界の住人のように感じていた姉が、こうも人間らしいなんて、自分と同じだったなんて。

 

 箒は、もう表情筋の動かし方すら忘れてしまったのだと思っていた、なんの陰りもない笑顔を姉に見せることができた。

 だから、その言葉も、穏やかに言うことができた。

 

「ありがとう、姉さん。私を、助けにきてくれて」

「―――――ッ!!」

 

 直後、束がその場で泣き崩れた。両手で顔を覆い、膝をついてその場で止めようとしても止まらない涙を流す。

 

「姉さん……っ!」

 

 箒は姉に駆け寄り、びっくりするほど弱々しいその身体を抱きしめる。気づけば、箒の視界もいつの間にか滲んでいる。

 ああ、そうか、……と、箒は蟠りが解かれていくことがわかった。

 

 箒は、決して姉が嫌いなわけじゃなかった。寂しい思いもした、悲しい思いもした。それは、姉のせいだから、そんな言い訳を思っていたわけじゃなくて、ただ―――寂しかったのだ。

 

 数年ぶりの姉妹の再会と抱擁に、一番心を砕いていたアイズはぐすぐすと泣いているし、そして同じように姉妹ですれ違っていた簪も、嬉しそうに見つめながら静かに涙を流していた。それに触発されたのか、シャルロットや一夏も同じようにうっすらと目に涙を浮かべていた。

 セシリアや鈴、ラウラも微笑ましく、姉妹の再会を見守っている。

 

「姉さん………なにがあったんだ? どうして、姉さんはなにも言わずに行方をくらませてしまったんだ……?」

「ごめ、ごめんなさい、箒ちゃん……、わたし、私が、バカだったから、箒ちゃんをずっと一人に……!」

「もう、怒ってない。……いや、はじめから怒ってなんかいない。だから、教えてくれ姉さん。いったい、あのときの姉さんに、なにが………」

 

 ずっと疑問だった。なぜ、姉が姿をくらませなければならなかったのか。ISを作ったことで、いったいなにが変わってしまったのか。

 

 束は少しの間何も言えずに涙を拭っていたが、やがてぽつぽつと話しだした。

 

「箒ちゃん、箒ちゃんは、白騎士事件って知ってる?」

「それは当然……姉さんが作ったISが、ミサイルを撃墜したっていう」

「それは違うの。私は、『白騎士』なんてIS、作ってない。私が初めて作った戦闘用のISは、ちーちゃんにあげた『暮桜』なんだ。そもそも、『白騎士』なんてISは存在しない」

 

 その告白に、聞いていた全員が驚く。驚いていないのは、事情を知っているセシリアとアイズだけであった。

 白騎士事件。それはISに関わらない者でも、誰でも知っている今の世界を作った分岐点だったとすら言われる事件。束がISを発表して一ヶ月後に起きた事件である。ミサイルが配備された各国の軍事基地のコンピュータがハッキングされて日本に向けて発射されたが、それらの過半数を『白騎士』と呼称されるISが迎撃した事件だ。しかも、その『白騎士』を鹵獲しようとした各国の軍隊のほとんどを無力化したという、ISの優位性を見せつけたまさに衝撃的な事件だった。

 これ以降、ISはその影響力を増していき、世界はISに依存するかのように変わってしまう。

 

 そんなはじまりのISとも呼ばれる『白騎士』は、束が作ったと言われていた。いや、束しか作れる者がいないはずだったことから、ほぼそう確定されていたというのが正しい。

 しかし、ほかならぬその束が言う。

 

 『白騎士』など、作っていない……と。

 

「そして、それが………私が姿をくらませた理由」

 

 後悔するように、束が言葉を紡ぐ。その内容は、箒だけでなく、聞いていた全員の顔色を変えるものであった。

 

 それは、これまでのISの歴史をひっくり返すほどの、衝撃的な真実の証言であった。




今回でChapter5は終了となります。次回から束さん主人公による過去編となります。

過去編は捏造設定の嵐ですが、束さんがアイズたちと出会い、今に至るまでの経緯を描くつもりです。

そしてようやく束さんと箒さんが和解しました。この物語の束さんなら箒さんも受け入れてくれるはず。ってか綺麗な束さんなのでもともと箒さんも鬱陶しいとか嫌いとか思ってなかったって感じです。

過去編は束さんの心境がメインになるので、そのあたりにも触れたいと思います。

あと過去編終わったあたりで番外編を考えてます。それではまた次回に!


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Chapter6 夢見る兎の軌跡編
Act.57 「始まりの悪夢」


 空を飛びたい。そして、どこまでも遠くへ、あの宇宙に届くように、高く。

 

 それが篠ノ之束という存在を形作る原点で、そして今も続く夢のカタチだ。

 

 束はきっかけを今でもよく覚えている。

 妹と一緒に空をぼんやりと眺めていて、ふと箒が言った言葉………「お空はどこまで続いているの?」、そんな子供っぽい言葉だった。

 束の返事は、「いつか、一緒にそれを確かめに行こう」だった。そして、束自身も狭い地球じゃなく、もっともっと広い宇宙へと思いを馳せていた。だから、箒にも自分と同じ思いを抱いて欲しかった。だから、見せたいと思った。宇宙から見た、青いこの地球の光景を見せてあげたいと思った。

 

 昔から束は周りから浮いた存在だった。生まれたときから天才で、傲慢でもなんでもなく、同年代の子供とは頭の出来が違いすぎた。始めの頃は親や先生も天才だと褒めていたが、、その異常な頭脳に気付いたとき、束に向けられるものは恐怖であった。歳不相応なスペックと、なかばそれを無自覚で次々と常識の遥か上を走っていく子供。

 周囲の人間はもとより、親からも怪物でも見るような視線を向けられることも少なくなかった。違ったのは、妹の箒、そして千冬と一夏の織斑姉弟くらいだ。

 だから束の世界にはこの三人しかいなかった。自分と、三人だけが優先するべきことで、あとはすべて有象無象のくだらないものとして色褪せて見てしまっていた。

 しかしあとにして思えば、自身に向けられる負の感情に嫌気が指していたとはいえ、もう少し他人の感情の機敏を気にかけていたらああまで悪化することはなかったかもしれない。

 

 それから束は空を飛ぶためのマルチフォームスーツの開発に取り掛かった。束の頭の中にはすでに完成系があったとはいえ、丹精を込めて作ったマルチフォームスーツの実証試験に漕ぎ着けるまでそれなりの時間がかかった。それでも、一般的な常識から考えれば異常な早さであった。

 完成した初期のISは、ISという名前すらないものであったが、その必要最低限な機能は一通り揃っており、世界に技術革命を起こすには十分すぎるほどのものだった。それをたった一人で、なんの支援もなく作り上げた束は紛れもない鬼才であった。

 しかし、それが限界であった。たしかに箒たちを喜ばせることができると自負していたが、束はせっかくだからこれに箔を付けたいと思った。それに、いずれ宇宙へと進出するためにはまだ能力不足なのも確かだった。だから、さらに予算や資材の提供が必要となったのだ。一人だけではどうしてもこれ以上のものを造るには活動資金が不足していたから。

 

 ISの雛形たるフォームスーツを学会の発表に踏み切った束であったが、そこでもたらされたのは賞賛ではなく嘲笑であった。

 

 曰く、非現実的。曰く、子供の戯言。

 そんな容赦のない誹謗が束に向けられた。まだ若く、子供といって差し支えない束の言うことは子供の絵空事だとして、束がどれだけ説明しても受け入れられることはなかった。自身の発明、そして自身の頭脳に絶対の自信を持つ束にとって、それは耐え難い屈辱であったし、なにより自分の夢が否定されたようで束はその日、はじめて泣いた。

 

 だが、それでもそこで終わらないのが篠ノ之束であった。いくつかの発明で特許を取り、それを元手に資金を少しづつ増やしていった束はとうとう現在のISと同じコアを備えた空を翔けるマルチフォームスーツ『インフィニット・ストラトス』を完成させた。自己学習能力、そして操縦者の保護機能、量子通信による相互通信機能、おおよそ束が考えられる宇宙空間での活動に必要な機能を詰め込んだ。

 それがはじまりのIS。無限の可能性を内包する、束の夢のはじまりを象徴する機体のはずだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「えっ、資金援助?」

「はい。どうでしょう、篠ノ之博士」

「でも、私の発明は認められてないけど……。そこまでしてくれる理由なんて……」

「あなたの発明は素晴らしい。それだけですよ」

 

 ある日、束の下に一人の女性が姿を現した。見るからに外国人というような金髪と青い目、しかし流暢な日本語を喋るその女性は日本に支部を持つ企業の人間だという。

 もともとあまり他人を信用しない束であったが、はじめて自身の発明を認めてくれたということで多少はちゃんと話を聞いていた。

 いろいろな美麗賛句を言われたが、束はそうした世辞には靡かない性格だった。なぜなら、自分の能力、作ったものには絶対の自信があったためだ。だからはじめは適当に流していた束であったが、最終的にはその女性の申し出を受けることになる。

 

 完全に信用したわけじゃなかった。ただ、宇宙へ出るという夢のためには、どうしても外部からの協力が必要だったからだ。

 それに、たびたびISのデータ取りに協力してくれていた親友の千冬にも「おまえは一人でなんでもできてしまうが、もう少し頼ってもいいんじゃないか」と言われていたことも理由のひとつだった。

 

 

「――――ってわけで、その話を受けようと思うんだ」

「そうか。だがこれでおまえの研究が捗ればいいことではないか」

「そうなんだけどねー」

 

 夜も遅くに、自宅の倉庫を改造して作ったラボで束は千冬と一緒にISの調整を行っていた。まだ二人とも学生という身分(束はほとんど学校には行っていない)であったが、こうして二人で毎日少しづつISを作り上げていくことが日課であった。

 ISコアのベースには千冬のパーソナルデータを使っている。だから千冬には機体の実働データの収集を協力してもらっていた。人に適合して補助するマルチフォームスーツにはやはりデータだけでなく、こうした実際に人間との機動データが重要であるため、束も助かっていた。千冬がいなければ束の研究も五年は遅れていただろう。

 なにより千冬は束にとって対等な唯一の友人だった。なにより二人とも弟妹に対しての家族愛が強かったこともあり、ブラコン、シスコントーク仲間だった。だから千冬も一夏や箒を喜ばせようとする束の研究にも協力していた。

 

「まぁ、あの二人を驚かせるにはもう十分だとは思うが」

「かもね。でも、どうせならもっともっと、大きなものを見せたいもの。それに、私も見たい」

「おまえなら宇宙船を作っても納得してしまいそうだよ」

「んー、構想はあるんだけどね。そのためには、やっぱり支援を受ける必要があるからな~。でも、まだ認められていない私が受けるにはちょっと厳しいし、今回みたいな援助は幸運だったかな」

「どれほどの援助を受けるんだ?」

「とりあえず研究資金として一千万」

「いっせっ……!?」

 

 未だ学生の身で幼い弟を養っている千冬にしてみれば、それはとてつもない金額であった。

 

「研究成果によっては倍増だってさ」

「そこまでか? 逆に怪しくはないか?」

「んー」

 

 本音を言えば、束も完全に信用などしていなかった。むしろ、なにかあるとすら思っていた。そしてそれは事実であったが、このときの束は世間知らずと自身の才能への過信から社会的な権力、そして組織の力というものを甘く見ていた。だからなにかあっても自分なら対処できるという根拠のない自信を持っていたのだ。

 

「でもさすがの束さんも無からお金も資材も作れないからね。外部の協力は必須だし」

「ふむ………まぁ、おまえなら大丈夫だとは思うが」

「でもこれで二機目の作成も可能になった。相互干渉機能を持たせても、単機だけじゃ意味ないもんね」

「単機でも十分すぎるスペックだと思うが……」

「ふふっ、束さんは天才だからね!」

 

 屈託のない笑みを浮かべながら束はさらなる可能性をISに与え続けた。広い広い、宇宙に出たとき、名実ともに相棒となる存在。自分が生み出した、まさに子供といえる存在に束は心の底からわくわくしていた。自分の作ったISが、箒たちを、そして多くの人を乗せて空を飛び、宇宙を開拓する力となる。

 果てのない、無限の宇宙を歩くもの、無限の可能性を込めて生まれる、未来のISたち。束は、夢の心地よさに酔いしれていた。

 

 

 ***

 

 

「装備を作る?」

 

 支援をしている組織、名前は『フロンティア』というのだが、その所属で束との連絡役という女性からの要請でISに装備可能な武装の開発の打診がきた。束からすれば、それは眉をひそめるものだ。

 当然、いったいなぜそんなものが必要なのか、と聞いた。

 するとISの有用性の実証のために、対テロ装備としてや、災害支援のための使用を検討しているという。そして認められれば、さらなる援助が見込めるとのこと。

 束は、目的が宇宙進出だと既に伝えているし、そのためには莫大な資金がいることは承知している。だから、疑問に思いつつも、最終的には人の役に立つことであるし、夢のためには必要だと思って承諾した。

 そして束は紛れもない天才であった。あっという間に、IS用のハイスペックな武装や災害支援装備の設計と仕様書を作ってしまった。あくまで設計だけで実際に作ってはいないが、束の頭脳から生み出されたそれは完璧なものであった。

 しかし、それでもISは未だに世界に対する実績に欠けていた。スペックが高すぎて、実現不可能だと思われていたこと、その生産に莫大な資金がかかることでコストパフォーマンスが高すぎたことが理由だ。束はそれでもそれに見合う性能があると自負していたし、そう説明していたが、なかなかそれが認めれない。支援していた『フロンティア』からの要望で、実績が出せるよう、より性能を高くするように求められたりもした。この当時のISは人外級のスペックを持つ千冬をベースにして開発されていたため、一般人どころか、軍人でも扱いに難儀するほどのものであった。こうしたところは束は無頓着であったため、より扱いやすい操縦を可能とするように改良していった。もちろん、女性しか扱えないなんていう欠陥などありはしなかった。

 

 そしてコアの製造が始まった。実証試験を兼ねるため、災害救助組織での試験運用をするという名目である程度の数が要ると言われ、作ったコアの数は全部で100個。

 そして同じ数のISが災害救助として使用されることになる。その性能はこれまでの常識を覆し、まさに技術革命を起こすほどのものであった。

 これにより救われた人間も多く存在しており、そういった人から束に感謝の手紙が届いたこともある。束としては夢へのつなぎであったが、それでも見ず知らずの人間からこうした感謝を受けることなどなかったので、初めて手紙をもらったときは身を悶えさせて喜んだ。

 束は、だんだんと人と触れ合ってもいいかも、と思い始めていた。自分の才能が、誰かのためになる。誰かに感謝される、それがこんなにも嬉しいと初めて知ったのだ。対人能力の低い束が、初々しく他人のためになにかしたいと思う姿は、妹の箒よりも幼く見えた。

 

 そして一年半をかけて束はさらに366個のコアを製造した。これで最初に作ったプロトタイプも合わせ、合計467個のISコアが世界へと配られた。

 

 あとは、ISが正式に宇宙進出のために使われる――――はずだった。

 

 過去にもしも、というものは存在しない。それでも、もし、もしも、このとき束が小さな疑念をしっかりと調べていたら。自己の能力を過信していなければ。信じるという意味を、履き違えていなければ。

 

 おそらく、歴史は大きく変わっていたはずだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「えっ、どういうこと?」

 

 束は受話器を片手に声を荒げていた。

 電話相手は国際宇宙開発局で、内容はISの宇宙での有用性を示す発表についてだ。以前はまともに相手をされなかったが、今回は企業のバックアップと災害支援にも使えるスーツということで注目されるものとなっている。既に内々に発表と同時に国連を通じての宇宙開発を目的としたパワードスーツとして研究・開発に着手されるという話になっている。少なくとも、束はそう聞かされていた。

 しかし、聞いていた期日を過ぎても一向に連絡もなにもない。連絡役の女性ともここ最近はうまく連絡が取れない。さすがに訝しんだ束は、直接問い合せることにした。

 見知らぬ人物を相手に話すことは未だコミュニケーションに難がある束には少々躊躇われることであったが、それ以上に事態の進展が気がかりだった。

 そして緊張しながら問い合わせると、思いもよらない返事をされたのだ。

 

 『そのような話は聞いたことがありません』と。

 

 束は焦ったように事情を説明し、さらに支援して手続きをしてくれた企業のことも話した。しかし、何度聞いても答えは「知らない」というものだった。そしていたずら電話だと判断されたのか、通話をあっさりと切られてしまった・

 束は次に国連へと問い合せた。これにはなかなか骨が折れたが、なんとか担当へと取り次いでもらい、ちゃんと事情を話したがやはり答えは同じだった。

 混乱する束であったが、心のどこかではその優秀な頭脳が導き出した結論をわかっていた。

 

「嘘、そんな、こと、……!」

 

 しかし、事態はそこで終わらなかった。

 まるでタイミングを見計らったかのように、束の白衣の中にあった電話が鳴った。束がビクリと身を震わせてそれを取り出す。この端末にかけてくる人物は一人しかいない。

 

『ごきげんよう、篠ノ之博士』

「あなたは……!」

 

 そう、その女性はこれまで何度も束と会い、束のIS開発を支援してきた組織の人物。その女性はこれまでと同じように穏やかな声色で束に話しかけるが、それがむしろ束をイラつかせた。

 

『もう事情は察しているようですね。お疲れ様でした博士、あなたの功績は世界の変革をもって証明されるでしょう』

「なにを、なにを言って……!」

『ISコアは既に世界に散布される手筈となっております。数は少々足りませんが、まぁ許容範囲でしょう。あなたも疑念を抱く頃合でしょうしね』

「なにを言ってるんだよ!」

『ああ、それと謝らなければならないことがいくつか。まず、ISは未だ、あなたと我々しか知りません』

「…………え?」

 

 どういうことだ、それは。既に実証試験として災害支援用として使われたのではなかったのか。

 束の疑問に、受話器からの声は変わらない調子で告げる。

 

『実証はいたしましたよ。我々だけで、ですがね。実際災害地、局地的な使用にも問題なく稼働いたしました。実に素晴らしい』

「な、そ、それは、どう、……!? だって手紙だって!」

『あなたの頭であれば、もうお分かりでしょう?』

「………!!! 全部、偽証のためのっ!」

 

 ギリリ、と束が歯軋りをする。屈辱だった。これ以上ないほどの屈辱だ。プライドの高い束は利用されたこと、そして疑念を持っていても、舞い上がってしっかり調べなかった自分の迂闊さを呪った。

 

『もっとも、あなたが本気になれば我々のことなどすべてお見通しだったでしょう。その個人の技術力は我々の組織に対しても上をいくものでした。実に素晴らしい。ゆえに、あなたには技術的ではなく、心理的なブロックをさせていただきました。博士はずいぶんと初心なご様子……おかげでやりやすかったですよ』

「~~~~ッッ!!」

 

 夢を、そして人のためになるならという束の願いを裏切る行為に、手に持った受話器にヒビが入る。片手で髪を乱暴にかきむしり、どんな言葉にも変換できない怒りが無造作に乱雑に発散される。

 だが、同時に疑問も思う。なぜ、いまそれを暴露したのだ。

 束の価値は、こいつらが一番よくわかっているはずだ。利用していたということは、こいつらにはISを生み出す技術はない。少なくても、コアを作り出すことはできないはずだ。コアは束が厳重にブラックボックス化したので、コアの生産工程は誰にも明かしていないし、事実束がすべてのコアの製造を行ったのだ。

 なのに、束を切り捨てるかのような真似をする。それは、つまり。 

 

『お察しの通り、あなたの能力は脅威と判断し、これ以上の介入は好ましくないと判断いたしました。すでにISコアの数は十分………あなたの役目は十分です』

「なにが、なにが目的なんだよおまえはぁっ!!」

『あなたならわかるのでは? 今のくだらないことしかない世界に飽き飽きしている。だから変化を起こしたいのです』

「ISで世界征服でもするつもりなの? 残念だけど、ISにそんな力、は………」

 

 だが、気付く。気付いてしまう。

 できる、と。ISを使えば、世界を相手にすることが確かにできる。

 

『それでは面白くありません。力による支配より、もっと面白い方法がありますよ』

 

 いたずらを語るようなその声に寒気を覚える。

 

『あなたも楽しんでください。あなたなら、楽しめるでしょう? もうじき、世界を揺らします。あなたには特等席で見てもらいたいですね』

「おまえは、おまえはなんなんだよ!」

 

 なかなか理解されない束をして、理解できない存在。それがこの女であった。束の叫びに、女性はクスリと笑って、語る。

 

『私は亡国機業プレジデント………マリアベル。よろしく、そしてさようなら。いつかまた、どこかで会いましょう。願わくば、刺激的な再会を祈っていますよ』

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「そんな、私のプログラムを改変するなんて……!!」

 

 通話を終えた束は即座にISコアネットワークに接続した。未完成ではあるが、コアの強制停止システムの構想はあったのだ。なんとかそれを起動させて、断腸の思いですべてのコアの活動を停止させようとした。

 しかし、コアネットワークを通じて知った情報は、束を驚愕させた。

 

 コアのプログラムを一部改変してあったのだ。深層のプログラムまでは及んでいないが、表層プログラムの一部が書き換えられていた。束は、相手の力量を見誤っていた。たしかに自分には及ばない。だが、それに迫るものは持っていた。

 束は即座にアンチプログラムをコアネットワークに流し込んだが、すでに遅かった。改変されたコアプログラムは完全にコアに癒着しており、これ以上の改変を防ぐことで精一杯であった。コアの強制停止も不可能だ。むしろ、これほどの技術力を持つのなら、強制停止システムが存在すること自体が危険すぎると判断した束は迷いながらもそのプログラムを削除。さらにそのハードディスクごと物理的に破壊した。

 確かに世界に散らされたコアは回収は不可能だが、それでもこれ以上外部からの改変も不可能となった。ISコアすべてを統べることはもう創造主である束でもできない。

 

「くそ、でも、いったいなんでこんな改変を……」

 

 改変されたコア表層プログラム。表層、つまり外部と接するプログラム、それはコアと適合する人間のフィルターに関するものだ。ISにも適正があり、適正が低い人間が使えば悪影響を及ぼす。だから汎用でありながら、一定水準を満たさなければ起動できない制限がかけられていた。

 そのフィルターに、ある制限が加えられていたのだ。

 それは、適正条件として、操縦者たる人間の遺伝子情報が女性であること。男性であれば起動が不可能となるものだった。

 いったい、なにがしたいのかわからない。たとえISを兵器として使おうというのなら、男性が適合できないのは致命的だ。

 

「女性を台頭させるため? でも、今の状況ではただの欠陥でしか………」

 

 忌々しいことだが、世界はまだISを認識していない。なら、その価値すらわかっていないのだ。それなのに男性が使えないというのはマイナスにしかならない。とても受け入れられるようなことではない。

 

「何かする気なんだ、でもいったいなにを……」

 

 束は凄まじい早さで情報を集めていく。本来ならすぐにでもこの場から避難するべきかもしれないが、マリアベルと名乗った女性の言葉が気がかりであった。あの言い方からして、今なにかを起こしているようにしか思えなかったのだ。

 そして束の部屋にある無数のモニターがあらゆる情報を表示していき、やがて束はそれに気付いた。

 

「軍事基地がクラック?」

 

 それはリアルタイムでのことだ。もちろんそんな情報は表に出ることなどないが、どうやら裏では関係者が大騒ぎしているらしい。

 束もその関係施設のコンピュータに侵入、その情報をさらに集めていくと、とんでもないことがわかった。クラックされたのはミサイルの発射システムだ。そして既に発射シークエンスに入っているらしい。

 まさか、これがそうなのか。だが、そんなことをしていったいなにを………そう疑問に思う束が、そのミサイルの目標を見て絶句する。

 

 総数にして二千を超えるミサイルのすべてが、日本を目標としていた。しかも、そのロックオンしている座標は………。

 

「この、町………!!」

 

 しかもご丁寧に、大型ミサイルのいくつかは束の生家である篠ノ之神社の座標がピンポイントで設定されていた。

 

「マリアベル……ッ!! あの女ァァ―――ッ!!!」

 

 そして束がミサイルの発射を阻止しようとする前に、無慈悲にミサイルが発射された。

 

 束が絶叫する。

 

 束の悪夢が始まった瞬間であった。

 




急遽出張となり五日ほど遠出してきました。なんでいっつもウチなんだ。

この物語では綺麗な束さんで通しますので、過去はかなりの改変となります。ここでは白騎士事件も亡国機業ってやつの仕業なんだ。なんだって!それは本当(ry

過去編終了後は番外編を入れようと思います。なんかアンケートできると聞いたので活動報告でアンケートをしてみることにしました。興味があるお方は是非どうぞ。

過去編は4~5話くらいの予定です。それではまた次回に!


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Act.58 「見上げれば夢は輝く」

 既にミサイルは発射された。クラックして目標地点を変更するにしても、それは結局は日本の国土に落ちることになる。今から海に落すには時間も距離も足りなすぎる。

 残された手段はひとつしかない。

 

「迎撃するしかない……!」

 

 手元には何機かのISがある。ISの絶対防御があれば高速機動でヒットアンドアウェイでブレードによる斬撃でもなんとかなる。ブレード、という名のただの災害救助用に試作した電磁カッターだ。本来はある程度の硬さのものを斬るための装備でしかない。

 銃器系統はまったくないので、狙撃するという手段もとれない。ミサイルに向かって特攻するという手段しか残されていない。冗談ではないが、それが現実だった。

 

「ア、ハハッ……」

 

 束は思わず笑った。

 あまりにも絶望的だ。ミサイルを切り払いながらの高機動など正気の沙汰じゃない。だが、できるはずだ。自らが生み出したISならば、それができる。

 問題は、それを実行に移す度胸。束は問題ない。恐怖がないといえば嘘になるが、それでもこの事態を引き起こした要因に関わっている以上、なによりこのままでは束の数少ない大切な人たちに危険が及ぶ。それも、なにもしなければ確実に死が襲いかかってくる。

 

 だが、これを防ぐための最大の障害がある。

 

「一人じゃ、無理だ……ッ」

 

 束一人だけでは全てを防ぐのは不可能だ。日本政府と自衛隊の防衛網で迎撃しても、このミサイルの数ではいいとこ半数だ。つまり、半数の千発以上のミサイルを撃墜しなければならない。少なく見積もってこの数だ。実際はどれだけのミサイルが迎撃圏内を突破するかわからない。

 時間と距離があれば束一人でもなんとか迎撃は可能だ。だが時間も距離も足りない。せめてあと一人、ISに精通した人間が要る。今からISの使い方を教えてどうにかなるほど簡単なものではない。自転車とはわけが違うのだ。 

 だから、自ずと頼れる人物というのは限られる。いや、もう一人しか存在しなかった。だが、その人物を巻き込むことを、束は躊躇った。これは間違いなく自分が巻いた種だ。実行犯は違うにしても、そうさせる土壌をせっせと耕す手伝いをのうのうとしてしまった自分に責任がないなどとは言えない。

 束にとっては見ず知らずの人間がどうなろうが、多少良心が痛む程度のことだ。だが、こんな事態を引き起こして、箒に嫌われることがたまらなく怖かった。いや、それ以前に箒だって命を落す危険がある。この町にいる人間は、等しく命の危機であるのだ。

 絶対であったはずのプライドは既にヒビが入っている。束は悔しくてらまらない気持ちを抑えながら、たった一人、無条件で信じられる親友へと助けを求めた。

 

 

 ***

 

 

 それから先のことは束はよく覚えていない。半泣きになりながら千冬に助けを求め、手元に残されていた試作型三機のうちの二機を戦闘行動用に急造して、たった二人で防衛行動を取った。

 終わりなんてないと思えるほど多くのミサイルを迎撃した。千冬も束も、常識から見ればオーバースペックと呼ばれるほどの身体能力を持った人間であったが、それでも精神、肉体ともにボロボロになるまですり減らして戦った。それでもやりきったのは、二人の能力も然ることながら、この悪意の先に大切な存在がいるという事実だった。

 しかし、そんな最大の功労者というべき二人を待っていたのはさらなる試練であった。ミサイルをおおよそ無力化したあとに、図ったかのように今度は世界の軍隊に襲われたのだ。領海侵犯までしながら襲いかかってきた軍に、二人は戸惑い、怒り、悲しみ、心がぐちゃぐちゃになりながらも必死で逃走した。

 人と戦うことにストレスを急増され、特に束はかなり精神的に追い詰められていたために、千冬に叱咤されながらなんとか戦闘区域から離脱した。その際、二人は自己防衛のために襲ってきた戦闘機や艦隊の半数を戦闘不能にするという驚異的な戦果をたたき出している。

 

 皮肉にも、二人の努力がISという存在を完全な『兵器』としての価値を確立させてしまったのだ。

 

 なんとか逃げ出してセーフハウスへと転がり込んだあとに、千冬は束を残して一夏や箒の安全の確認のために一度帰宅した。束も同行したかったが、事態が事態なのでその場にとどまり、情報収集を行った。あのマリアベルという女は、忌々しいが謀略という点では束の遥か上をいく人間だ。長年人との触れ合いを避けていた束ではおそらく相手にもならないだろう。

 だから、束は自分の利点……技術力をこれ以上渡さないために行動した。

 屈辱だが、IS技術の何割かは奪われただろう。コアのブラックボックスは解明できていないはずだが、表層プログラムを改変したことから油断すれば喰われかねないほどの脅威でもある。

 

 そして、これは想像でしかないが、束がミサイルを迎撃することも、そして軍隊による襲撃も、すべてはマリアベルの掌の上だろう。

 思惑もここまでくれば想像できる。束は自らの手で、否定していた兵器としてのISを証明してしまった。最新鋭の装備をもつ多国籍の軍隊をたった二機で退けることが可能なパワードスーツ。この世界がどうなってしまうのか、束は優秀な頭脳を持つがゆえに悪い想像ができてしまう。

 

 そして、そんな束の不安を肯定するような音が鳴り響く。束が顔を顰めながらその相手がわかっている端末へのメールを開封する。

 

『Congratulations. You are innovator.』

 

 メールの文章を見た瞬間、束はその端末を投げ捨てた。

 

 

 

 その翌日、ミサイルを迎撃したISの映像と同時にマルチフォームスーツ『インフィニット・ストラトス』が全世界へと明かされる。製作者は篠ノ之束。これにより、束は世界一有名な科学者となり、千冬が纏っていたミサイルを迎撃した白いISを『白騎士』と呼称され、その戦闘能力が軍隊すら凌ぐことが示された。

 

 もう一機のIS、束の機体は記録から抹消され、『白騎士』という存在しないISが世界を震撼させた。

 

 この映像記録とともにISを発表した存在は不明とされているが、誰もそのことを気にかけることはなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁ、はぁ……っ」

 

 束は夜の山中を駆けていた。夜空には見惚れるような満月が輝いていたが、そんなものを気にする余裕は今の束にはない。背後には追いかけてくるバカバカしいほどの多くの気配がする。頭も身体もオーバースペックであると自認している束だが、相手は完全装備の特殊部隊。対してこちらはロクな装備もない普段着で、靴はもうボロボロになっている。もうこれで逃走劇も三日目の夜だ。しかも昨日は丸一日豪雨であったために地面のコンディションも最悪だ。一歩ごとに確実に体力を奪われていた。

 

「おか、しいな……っ……なんで、こん、なことに、なっちゃったんだろ………!」

 

 ふと、内心の不安が口から出た。

 

 いったいどこで間違えた?

 

 どこで止まればよかったんだ?

 

 誰が、悪いんだ?

 

 そんな疑問を抱きながら、束は逃げる。

 ISの発表と同時に世界は揺れた。これまでの軍事力が意味をなさないものがいきなり現れたのだ。しかも、それは既に全世界へと配られている。女性しか乗れない、というディスアドバンテージすら無視して世界は突き進んだ。

 各国は自国のアドバンテージを得ようと競争開発に乗り出し、その開発者たる束の確保に躍起になった。

 束の協力が得られれば、世界最高の権力を握ることも不可能ではない。それほどのものだと既に証明されているのだ。

 だから強引な手段を取ってでも束を追いかけた。はじめは日本政府に保護を求め、軟禁に近い生活を強いられていた束も、このままでは日本か、他国かは別としても国家の言いなりになってISを兵器として生み出さなくてはならなくなるとして、監視の目を掻い潜って逃亡した。

 その際、家族である箒にはなにも告げなかった。箒の周辺は監視があったし、なにより箒を人質にされないようにあえて箒を無視するように行動した。そうすれば表立って箒を餌にすることはできないし、それでも箒を束と繋がる重要人物として保護するはずだ。そうすれば少なくても、テロ組織のような危険な存在からの防波堤になる。

 これにより箒の性格を歪めてしまう一因を作ってしまうことになるが、当時の束にしてみればそれが箒の身の安全を確保する最大の手段だったのだ。

 そして親友である千冬にもなにも告げなかった。彼女をこれ以上巻き込みたくなかったし、それに今更どんな顔をして会えばいいのかさえもわからなかったからだ。

 

 そして束は手元に残っている最後のISと共に、日本を脱出した。

 ISを使えば他国への密入国も容易であったし、同じISを使われない限り逃げ切ることは難しくなかった。

 

 そうして束は気付けば五年ほど逃走を続けていたが、とうとう恐れていた事態に遭遇してしまった。

 

 すなわち、戦闘用ISによる襲撃である。

 もちろん、自己防衛のために束のもつIS『フェアリーテイル・ゼロ』もある程度の戦闘行動を可能としているが、攪乱を目的とした特殊装備型だ。さすがに戦闘用IS十機を相手に逃げ切る自信はない。五年という歳月はISを兵器として実用化させるまでには十分なものだったようだ。

 常識的に見ればそれでも十分早すぎる発展であるが、背後にある組織が後押ししていることは疑いようがない。この五年、束はその情報を可能な限り集めていた。そして見え隠れする組織の影が世界中に存在した。

 

 用意周到に捕獲作戦を練ってきたのだろう。束が気づいたときには既に絶対的な包囲網が完成されていた。状況的に今はもう詰みに近い。

 森林の上空にはIS十機、そして背後からは特殊部隊の追撃。空へ上がれば的になり、このまま森を抜けようとしてもいずれは捕まってしまう。ここまで接近されては電子攪乱も意味はない。

 

「くそ、くそ、くそ!」

 

 束にしてみれば、自分の子供が言いなりになって武器を振りかざして追いかけてくるような心境だった。一緒に夢を叶えるために、果のない空を飛ぶはずのISが、自分を捕まえようと見下ろしながら襲ってくる。

 束にとってはまさに悪夢であった。

 こうならないようになんとかしようと思った。何度もISの兵器開発を止めようとした。それでも、世界は止まらなかった。女尊男卑の世界へと変わり、ISが空を支配して弱者を空から押さえ込み、空を見上げることすら億劫になる。そんな世界の変化を目の当たりにした束は、それでも無様に足掻き続けていた。

 狂気の沙汰としか思えない研究もされていた。表向きはスポーツとして受け入れられてきたISだが、ふと裏を除けば権力争いや戦争の道具にされている。それらを知るたびに束の心は軋み、ISを作ってしまったことに対する罪悪感すら覚えるようになった。

 

 それでも、束は諦めるわけにはいかない。もうプライドすら擦り切れそうだったけど、最後に残った束自身の夢だけが、壊れそうなところをギリギリで支えていた。

 

 ISで、空を飛びたい。どこまでも続く空を、どこまでも広い宇宙を。

 

 この夢を叶えなければ、束は世界を混沌とした最悪の変革者になるだけだ。せめて、この夢をほんのわずかでも叶えなければ、自分のしたことはなにひとつ誇れない。最低最悪の人生になるだけだ。

 そんな、強迫観念のような思いに駆られた束の夢は、もう希望ではなく呪いになっていたかもしれない。

 

 束の脳裏に、あのときのマリアベルの笑い声が響く。

 

 きっと、この世界も、今の束も、あの女の思惑通りなのだろう。だが、それを認めない。絶対に、あいつには屈しない。だから、こんなところで終わるわけにはいかない。

 

「………?」

 

 そんな束に味方するように、月光が束にあるものを映しだした。キラキラと月の光を反射する水面………川だ。そこに反射した光が、束の視界で煌めいた。束は方向転換して川へと向かう。かなり流れが早い。束はISを通じて周辺地図を検索。どうやら山中から麓の町の近郊まで流れているようだ。雨のために水嵩が増し、流れが激しくなっている。普通ならば避けるべき激流だが、束にとってはむしろ都合がいい。

 

「お月様に感謝!」

 

 ISを保護モードで起動し、束は勢いを緩めることなくその激流へと飛び込んだ。妙な動きをすれば勘ぐられる恐れもあるため、束はなにもせずにただその激流に身を任せて流された。保護モードのISをまとっているとはいえ、二転三転して、疲労していた束はすでに平衡感覚もおぼろげなものになっていた。

 少しして一瞬の浮遊感。そして落下していく感覚。真っ逆さまに滝から落ちながら、束はふと目を開ける。

 煌く月だけが変わらずに束の視界に映る。

 

 ああ、綺麗だ。いつか、あそこまで………。

 

 かすかに笑って、束は意識を手放した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、うう………」

 

 どれくらいの時間が経っただろうか。束はふと頬に感じる妙な感覚に意識を取り戻した。

 

「っ!?」

 

 追手に追いつかれたと思い反射的に身を起こして警戒体勢を取るが、するとすぐ近くから「ひゃっ」という可愛い悲鳴と共に小さな女の子が尻餅をつく姿が目に入った。

 月光に照らされたその少女はびっくりしながら束を見つめる。その少女と目を合わせた束は、思わず息を飲んだ。

 

 その瞳そのものが月光のような金色。おおよそ、ありえない瞳の輝き。夜でありながら、淡く光り輝くその両の瞳にしばし魅入られたように見つめてしまう。

 

「どうしたの? おなかでも痛いの?」

 

 コテン、と可愛らしく首をかしげる少女の言葉に我に返った束がようやく今の状況を把握しようと思考する。

 

 

 ――――ISは保護モードが解除されてるけど、安全圏と判断しての省モードにシフトしただけか。………なにかされた様子もないし、第一発見者が子供だったのは運が良かったかな。

 

 

 これで敵に見つけられたのだとしたら目も当てられない状況だっただろう。現実には妙な瞳をした少女だけ。どうやら幸運はまだ続いているらしい。

 

「ねぇどうしたの? お姉さん、外国の人だよね?」

「ん? んー、まーね」

「いきなり流れてくるからびっくりしちゃった。でも引き上げられてよかった」

「ああ、それはお手数をかけちゃったか、な………?」

 

 束はその少女の言葉に違和感を覚えた。

 言葉からして、どうも流れてきた束を川辺へと引き上げたのはこの子らしい。だが、まだ手足も伸びきっていないような子供が、いくら下流とはいえ、水量の多い川から人一人を引き上げることなどできるのだろうか。疑問に思った束は「よくそんなことできたね?」と怖がらせないように聞いてみた。すると、……。

 

「ホントはおねえさんが浅瀬にくる位置がわかっただけ。ボクはそこでおねえさんが引っかかるようにあそこにあるタイヤを転がしただけだよ」

 

 見れば不法廃棄されたとみられる車のタイヤが浮かんでいた。流れてきた束はあれに引っかかり、結果川辺のほうへと漂着できたらしい。なるほど、あの程度のタイヤなら転がせば確かに子供の力でも動かせるだろう。

 

 ………だが、流れてくる位置がわかったのはどういうことだ?

 

 束が概算で脳内シュミレーションを行う。上流よりマシだがまだ川の流れは荒れている。スペックのいいリアルタイムで物理演算ができるパソコンでもない限り、そんな計算は不可能だ。しかも、完璧なタイミングでタイヤとの接触を誘発するなど、いったいどれだけ緻密な計算をしているというのだ。

 もちろん、ただの勘や幸運だったと言われればまだ納得できるが、その少女は明らかに確信を持っている。

 

 疑念にも似た思いを抱きながら少女を見ていると、まるで恥ずかしがるように少女は薄汚れたサングラスをかけた。明らかに大きく、似合っていなかったが、少女は構わずにそれをかけて瞳を隠した。

 

「なんでそんなものを?」

「えっと、目が痛くなるから」

 

 光に弱いのだろうかとも思ったが、先ほどからそんな様子は見られない。むしろ、見ること事態を躊躇っているような感じだ。

 

「…………こんなところでなにをしていたの?」

「このあたりは野草がよくあるから。ごはんを探しに」

「おうちは?」

「ないよ」

「親は?」

「いないよ」

「…………」

 

 それだけで少女の境遇がわかってしまう。いたたまれない気持ちになるが、だからといって束がなにかしてやる義理もない。そもそも逃げている自分がどうにかできることじゃない。だけど、助けてもらった恩はある。どうやら一応の安全は確保できたようだし、その恩返しだけして別れるべきだと判断した。

 

「あと、空を見ていたの」

「え?」

 

 なにか食べ物を買うお金でも渡そうと濡れた衣服を漁っていた束の耳に、少女の嬉しそうな声が届く。

 

「空は、いつでも変わらないから。ずっとずっと、あの遠くにあるなにかを見ていたの」

 

 少女は笑顔だった。それがとても楽しいことだとその表情が語っていた。

 束は、そんな少女に不思議な既視感を覚えた。その正体はすぐにわかった。

 

 

 

 

 ―――ああ、そうだ。この子は、私だ。まだ夢が綺麗なままだったころ、空を見上げていた私自身だ。 

 

 

 

 それでも、これほど無垢な顔はしていなかっただろうな、と自虐的なことを思う。

 そんな綺麗な少女の笑顔を見ていると、束は自分の夢がいつの間にかずいぶんと擦れてきていたのだと漠然と理解できた。ここまで真摯に、純粋に空を見上げたのは、いったいいつが最後だったのか。少なくとも、あの事件が起きてからはこんな風に空を見上げた記憶はない。

 束は少女に習うように夜空を見上げた。

 

 昨日の悪天候が嘘のように、晴れた空に星々がまるで天蓋のように視界いっぱいを覆っている。

 

 これまでの疲れが吹っ飛んだようだった。束は心が澄んでいくような感じにずいぶん久しぶりに笑みを浮かべた。

 

「綺麗だね」

「…………よかった」

「うん?」

「一目見たときから、おねえさんならボクと同じことを思ってくれるって気がしてた」

「おやおや、もしかしてあなたは超能力者か魔法使いかい?」

「そんな力、要らないよ。ボクはそんなものより……」

 

 冗談を肯定されたことにも少し驚いたが、少女はそんなものは要らないと言った。そして本当に欲しいものを告げた。それは、束にとって神託に似たものだった。

 

「ボクは、あの空まで届く翼が欲しい」

 

「―――――」

 

 このときの気持ちを振り返ると、束は今でも思う。

 この出会いに、精一杯の感謝を。この言葉に、ありったけの感謝を。同じ夢をもってくれたことに、心からの感謝を。

 

 

「あなた、名前は?」

「ボクの名前を聞いてくれるの?」

 

 いったいなにが嬉しいのか、名前を尋ねられた少女は嬉しそうに目を輝かせて聞き返してくる。それに頷いてやると、少女は宝物を自慢するように、大切にその名を口にした。

 

「アイズ。ボクはアイズ! もらったばかりの、ボクの大事な名前なんだよ」

 

 

 

 




仕事がデスマーチ中です(汗)今月の残業代が楽しみだぜちくしょう。

今回はダイジェストみたいな話で少し短めでアイズとの出会いまで。このときのアイズは12歳ほど。過去編はアイズの過去話もけっこう絡みます。

ここからイリーナの出会いと、兵器としてのIS作成の決心、セシリア・アイズとの交流、そしてアイズの視力喪失の出来事まで………けっこう消化すべきことが多いです(苦笑)

しかし、アイズが出てきた途端に書きやすくなる。たぶん過去編のアイズは完全にヒロインポジションです。



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Act.59 「夢へ至る茨道」

「それでね! そのしゅーくりーむ、ってすっごく甘いの! あ、でもこれも甘い! これもボク、好き!」

「うんうん、やっぱアイスはバニラに限るよねー」

 

 

 篠ノ之束の逃亡劇は思わぬところで頓挫した。

 いや、自らが止めてしまったというべきだろうか。立場上、同じ場所にとどまることは危険であることはわかっていたが、束はイギリスのとある都市にずっと隠れ住んでいた。

 ホテルを転々としながらここにとどまり続けている理由は、ある一人の少女の存在だった。

 あの日、月明かりの下で出会った、満月のような瞳をもつ少女、アイズ・ファミリア。彼女との出会いが、束をこの地に留まらせていた。

 そして今日も束は偶然を装ってアイズと接触して仲良く公園のベンチでアイスを食べている。アイズははじめは奢られることを遠慮していたが、そこは束が「助けてくれたお礼」として無理に受け取ってもらった。それも本当であるが、アイズが小動物のようにもきゅもきゅと食べる姿が可愛らしいという理由のほうが大きかったりする。

 

「でもなんだか悪いなぁ。ウサギのお姉さんにばっかりもらってばっかりで」

「気にしない気にしない。私もいろいろもらってるからね。これはギグ! アンド! テイクっさ!」

「……? ボク、なにもあげてないけど?」

「アイちゃんといると癒されるからね。そのお礼さ」

「おおう、ボクって噂の癒し系?」

 

 屈託なく笑うアイズだが、その顔には似合わないサングラスをかけている。その奥にあるものは、あのときから変わらない満月のような瞳だ。こうしてアイズと一緒にいるとわかることも多い。アイズはどんなものでも、直視することを避けている。夜のように視界がはっきりしない場所でも、アイズはサングラスを外さない。それでも、たとえ真っ暗な場所でもアイズは平然とそこにあるものが見えているような挙動をとっている。唯一、直視するものは「空」だけであった。

 その理由も、束には察しがついていた。これまで世界を周り、変化を調査してきた束にはアイズのその瞳の正体の予想がついていた。

 

 ヴォーダン・オージェ。

 脳への伝達と反射速度の高速化を目的としたナノマシンによる視覚を介する擬似ハイパーセンサー。もともとISとはまったく関係ない軍部から発案、研究されていた技術で、目に直接ナノマシンを移植する人体強化というべきものだ。

 束が調べた限りでは、この技術もISへの転用が考えられているらしく、IS操縦者にヴォ―ダン・オージェを移植することで、ISのハイパーセンサーとのさらなるリンクと向上が期待されている。しかし、そんなものは束からすれば、人の夢を実現するために作ったはずのISに、人を合わせようとするみたいで気分のいいものではなかった。

 確かにその力は絶大だ。視覚情報は人間にとって重要なものだ。それを介して人工的に超反応を得られるのだから使い方によっては宇宙進出にも使える技術だろう。

 しかし、そんな瞳をなぜアイズが持っているのか、いったいどこで移植したのか。束はそれが気がかりだった。見たところ、アイズの目は常時発動しているようで、おそらく見るものすべてに過剰に反応してしまうのだろう。だからあえて視界を悪くして、必要以上のものを見ようとしないのだと予想していた。

 

 そしてその予想は当たっていた。そして束の予想以上のものであった。

 アイズのもつヴォ―ダン・オージェは理論上は人間適用可能段階の限界値のもの。ゆえに、見るものすべてを過剰反応を起こしていた。記号化されたものではなく、あくまで感覚的なものであるが、見たものを分析・情報化して脳へと伝えるその瞳は、アイズの視覚と脳を常に圧迫し続けていた。今でさえ小康状態となっているが、なにが切欠で暴走するかわからないほど危険な状態だったのだ。アイズにとって、なにかを見ることさえ常に命の危険を伴う行為であった。

 そんな呪いともいうべき瞳を持ってしまったアイズが、ただ安息して見ることができるものというのは本当に数少ない。“空”は、そんな数少ないもののひとつであった。

 果てしなく広がる空、そして、果てしなく遠くで輝く星々。ヴォ―ダン・オージェをもってしても情報化しきれないほど雄大なそれは、アイズにとって安息を感じるほどのものだった。

 だからアイズは暇があれば空を見上げていた。

 この瞳でも見ることができない存在、不幸で周囲を妬み、呪っていた自分がどれだけ小さい存在か思い知らされるような……そんな空が好きだった。アイズにとって、空こそがゆりかごだったのだ。

 

「アイちゃんは、ほんと空が好きなんだね」

「うん! だからね、いつかあの先に行ってみたいんだ。そして宇宙から、この星を見てみたい……ボク、空を飛べるかな?」

「アイちゃんなら大丈夫さ、なんだったら私がアイちゃんを空どころか、月にだって宇宙にだって連れて行ってあげちゃうよ!」

「ええっ! そんなことできるの!?」

「ウサギさんにとって月は庭だからね!」

「そ、そうだったんだ。ウサギって月の動物だったんだ…っ!」

「そして私は月から来たのであった!」

「えぇっ!?」

 

 それから束とアイズは空に夢を馳せていろいろなことを話した。そして笑いあった。

 二人にとって、自分と同じ夢を持つ人とこうして語り合うことが始めてだったし、なにより自分の夢を肯定してくれることが嬉しかった。二人共、辛く、苦しい日々を送っていても、このときは心の底から笑い合っていた。

 

 

 ***

 

 

 そんな風にアイズとの交流を重ねることが束の日課になっていたが、その日は少し変わった話を聞くことになる。

 アイズは路上生活をしていたのだが、晴れて住処が得られたという。いつものように偶然を装ってアイズと会っていた束は、本人からそう嬉しそうに報告を受けた。

 しかし、その内容は束を心配させるには十分なものだった。

 

「カレイドマテリアル社に所属?」

「うん! セシィ……あ、ボクの親友なんだけど、そのセシィからの提案で試験を受けたの」

「試験?」

「それに合格してね、明日から宿舎に住めるんだ。ちょっと見たけど、すっごいお部屋だった!」

 

 はしゃぐアイズを見ながら、束は高速で思考を展開する。

 アイズはまだ幼い。それなのにカレイドマテリアル社という、イギリスでもそれなりに大きな企業の試験を受けるとは、いったいどういうことなのか。悪い言い方ではあるが、アイズは身分すら証明できない身だ。そんな身元不明の子供を、わざわざ雇う理由などあるのか。慈善行為ではなく、しっかりした契約のようだから、ただ保護するということでもないだろう。

 しかし、答えはすぐにわかった。子供でも、いや、子供だからこそできることが、今の世の中にはあるのだ。

 

「………IS?」

「うん、ボク、IS適正が高いみたいで、テストパイロット候補の試験を受けたんだ。ホントは“コセキ”っていうのがないから無理らしいけど、特別に受けさせてもらったの」

「特別……」

「セシィも同じテストパイロットなんだ! セシィはボクと違ってものすごく頭もいいし、IS適正も最高クラスなんだって!」

 

 それからアイズはそのセシィという少女のことを自慢するように語っていたが、束は相槌を打ちながら別のことを考えていた。

 いくらなんでも、やはり戸籍すらなく、後ろ盾もないアイズをテストパイロットという重要な役を任せるだろうか。確かにISの適正は若いほうが高くなる傾向がある。それは仕様ではなく、既成概念の少ない若者のほうがISという空を翔けるというこれまでにないものに適合しやすいためだ。

 そしてそのセシィという少女についても同様だ。子供を操縦者にさせるというのは、その操縦者がよほど優秀なのか、それとも………。

 

「…………」

 

 束は楽しそうに喋るアイズを見る。サングラスの奥にある、淡く輝く琥珀色の瞳。言い方は悪いが、アイズの利用価値はその瞳にこそあることは間違えようがない。世に出ている技術ではないが、それでもカレイドマテリアル社がアイズの目に利用価値を見出したのだとしたら。

 

 ……………それは、到底許せるものでは、なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ふーん……」

 

 束は宿泊先であるホテルの一室にいた。部屋の中はさまざまな機械類で溢れかえり、複数の画面にはカレイドマテリアル社、そしてアイズの言っていた“セシィ”……セシリア・オルコットの情報が表示されていた。

 

「企業としては中堅……でも、最近になってやたらと業績を伸ばしてるね」

 

 きっかけは社長が変わったときからだ。前社長に変わり、現在カレイドマテリアル社を牛耳っているのはイリーナ・ルージュというまだ若い女傑だ。彼女の手腕は辛辣でありながら、その裏では社の意向に反する者、着服や横領を行っていた者を排除するがゆえのものだということろまで束は調べていた。

 表向きはそんなことは発表していない。社の信用に関わることだからなのか、あくまで内密に処理しているようだ。それだから誤解を招いている節もあるが、本人の気質もかなり荒々しいことが情報から垣間見える。そんなイリーナが暴君と呼ばれていることも納得である。

 リアリストではあるが、どこか人間らしい感情的な行動も目立っている。評判はともかく、束個人としては感情的な人間は嫌いではない。嘘で固められた言葉に騙された束にとって、綺麗すぎる評価のほうが信用できなかった。その点、イリーナという女はまだマシに思えた。

 

「でも宇宙産業にも参入してたのは意外だね」

 

 あまり大きなものではないが、カレイドマテリアル社は宇宙進出のための宇宙開発事業に参入していた記録がある。現在は凍結されているようだが、それはこの会社に限った話ではない。皮肉にも宇宙進出のために造られたISが、軍事力をひっくり返したせいでどの国も宇宙よりも自国と他国のパワーバランスで優位に立とうと躍起になっているのだ。それは競争であり、如何に多くのISを手に入れるか、如何に強力な装備を造るか。そんな束にとってふざけるなと言いたくなるような争いを続けている。

 おかげで宇宙どころではないというのが世界の現状だ。未知の宇宙より、自国の足元を必死に整えているのだ。

 そのせいで宇宙開発は完全に停滞した。それ以前では、カレイドマテリアル社はロケット燃料の合成や、設計にも携わっていたらしい。

 

「………しっかし、裏ではいろいろやってるねぇ。まぁ、悪いことじゃないかもだけど」

 

 メインコンピューターにハッキングして、厳重なプロテクトを超えて得た情報のひとつに、北海に浮かぶ島の情報があった。法外に雇った人間を多く抱え、もはや自治国にも等しい統治を行っているらしい。表向きは宇宙開発産業の中枢区画としているが、今ではISを主に研究する技術特区のような場所らしい。法的に黒に限りなく近いグレーであるが、これには束も少し興味を惹かれた。秘匿レベルも高いらしく、情報ではこれ以上得られない。完全にシャットアウトしているようだ。いずれその島に乗り込んでみようかと本気で思い始めていた。

 

「わかっていたけど、これだけじゃ判断はできないね」

 

 人体実験などのヤバイことをしている情報はなかったが、それでもヴォ―ダン・オージェを持つアイズをどう扱うのか懸念は残る。付き合ってみてわかったが、アイズはふわふわしているようでなかなか危機察知能力が高い。危ないと直感で判断しているのか、束でも気づかない悪意や危険を察して回避するようにしている。ほぼ無意識で行われるそれらは、アイズがどんな生活を送ってきたのか想像させるには十分だった。

 それゆえに悪意に敏感だ。そんなアイズが所属することを承諾したのだから、なにかしら信用できる繋がりでもあるのかもしれない。

 

「そして“セシィ”……セシリア・オルコット」

 

 こちらの情報は手に入れるのに苦労はしなかった。名家であるオルコット家のご令嬢だ。数年前に両親が事故死しているようで、まだ子供といえる年齢なのに現当主でもある。

 本当に子供かと疑いたくなるかのようなハイスペック少女だ。教養関係はほぼ完璧。さらにドロドロした権力争いの中を平然と歩くかのように、あらゆる謀略をそれ以上の謀略を持ってはねのけている。

 調べたエピソードの中には、両親の遺産目当てで近づいてきた親族の経営する企業の不正の証拠を掴み、笑顔で脅したという話まである。中には実力行使に出る者までいたらしいが、それすら知恵と策謀をもって封殺している。

 IS適正も最高レベル。弱点らしい弱点など見当たらない、まさにグレートお嬢様だ。現在はその高いIS適正を活かしてカレイドマテリアル社のテストパイロットとして契約を結び、その対価としてオルコット家を有象無象から守る防波堤に利用しているようだ。おそらくイリーナとセシリアは互いに利用し合っている関係だろう。そしてそれは本人たちも重々承知していて、利害が一致しているからこそそんな関係になっていると考えられる。

 

「ホントに子供のすることかね、これ」

 

 このセシリアという少女も十二分に化け物スペックだ。アイズから聞いていた印象では優しい少女というものだったが、情報から想像される人物像は年齢不相応な冷たい少女というものだ。いったいセシリア・オルコットとはどんな少女なのか逆にわからなくなりそうだった。

 まさかとは思うが、セシリアがアイズを懐柔して取り込もうとしている、という想像すらできてしまうほど印象が違いすぎていた。

 

「あの子のまわりは、平穏にはほど遠い感じがするね」

 

 だが、それがどうした。ただ、たまたま出会った、たまたま同じ夢をもった子供だ。束がどうこうする理由も、助ける理由もない。そう心で思いながら、そのさらに奥底では自分の考えを嘲笑っていた。

 束は、とっくにアイズに肩入れしているのだ。今更見捨てることなんてできないし、アイズに同じ夢を見せてあげたいとも思っていた。

 束はアイズをもうひとりの妹みたいに思っていた。それは本当にいつの間にかそうなっていた。はじめはお礼をして別れるつもりだったが、気がつけば同じ夢を語り合って、楽しそうに笑うアイズに惹かれ始めていた。本当なら、ISはアイズのような子に使って欲しかった。

 

 いや、そうしてあげたい。ISで、アイズに空を、宇宙を見せてあげたい――――!

 

 それが、ただの自己満足だとしても、いや、束はそもそも自己満足を悪いとは思っていない。夢というのは、美化された自己満足だとすら思っている。それでも、それが自分以外の誰かの希望になるのだとしたら、それはとても嬉しいことだ。

 そんな理屈を抜きにしても、アイズが笑ってくれるなら、それだけで価値があるように思えた。

 

「よし、決めた。あの子の夢を叶えよう。世界は変わったって、あの子の夢を叶えることくらい………」

 

 

 

 

 

「無理だな。今の世界でそんなことは不可能だ」

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

 

 突然聞こえてきた声に、束の心臓が跳ねた。バッと勢いよく振り返れば、いつの間にか開けられたドア付近の壁に寄りかかって腕を組んだ姿勢のままつまらなそうに束を見ている女性がいた。

 赤みがかった金髪と、翡翠のような瞳。十分に美女といえる容姿だが、その表情は束を値踏みするようにただただ無感情を示していた。

 その顔に、束は見覚えがあった。ついさっき調べた人物の顔写真が束の記憶から引っ張り出された。

 

「…………イリーナ・ルージュ」

「さんをつけろ。年上だよ」

 

 そう言いながら片手でタバコを取り出し、慣れた手つきで口に咥えるとライターで火をつける。やたらとふてぶてしく煙を吐き出しながら、睨む束をあくまでつまらなそうに見つめている。

 

「……どうやってここがわかったの?」

「電子戦はたいしたものだが、それだけだな。おまえがアイズにちょっかいかけていたことくらい、とっくに把握している」

「…………はじめから、あの子に目をつけてたの?」

「イエス。まさか、篠ノ之束が釣れるとは思っていなかったがな。おまえ、ちょっと危機管理舐めてんじゃねぇの?」

「なんなんだよお前はぁ! いきなり現れて、なんの用なんだよぉ!」

 

 束はヒステリックに叫んだ。言われたことに言い返せなかったこともそうだが、まるで自身を見透かしているようなイリーナの態度に苛立ちが収まらなかった。それにもともと逃亡生活でピリピリしていたのだ。見つかったことにも少なからず動揺していた。

 確かに素人ではあるが、これでも五年を単独で逃亡してきた束は危機意識はしっかり持っているつもりだった。現に、この部屋にも数多くのトラップを設置していたし、それらを突破してここまで近づかれたことが予想外過ぎた。それらが苛立ちとなって束をヒステリックにさせていた。

 

「喚くな。私は交渉に来ただけだ」

「交渉? 女の部屋に勝手に入ってタバコをふかすやつに言われたくないね。とりあえず出直してきてよ。そのあいだに私は逃げるからさ」

「話し合いの交渉はお気に召さないか。一度拘束されればおとなしくなるのか、小娘?」

「一昨日来いよ、バァカ」

「イーリス、やれ」

「…っ、がっ!?」

 

 突如として頭に衝撃。脳が揺れて意識が一瞬遠ざかるが、束は気合でそれを耐える。しかし、崩れかけた重心までは戻せない。その僅かな隙に身体は床に倒され、腕を取られて自由を奪われる。なんとか顔を向けると、いつの間にいたのか、スーツ姿で、さらに顔をサングラスで隠した長身の女性が体重をかけて自身を拘束していた。

 

「うわ、まだ意識があるんですか。けっこう強く脳震盪起こしたつもりでしたけど………」

「篠ノ之束は頭だけじゃなく身体もオーバースペックって話だったからな。だから本気でやれといっただろう」

「いや、そうなんですけど、あの、これほんとに女性の力ですか? めちゃくちゃ強いんですけど………!」

 

 イリーナの側近であるイーリス・メイが汗を滲ませながら言った。

 圧倒的に有利な体勢なのに、伏せている束の藻掻く力に内心で驚愕する。あとほんの少し体勢が違えば力ずくで拘束を解かれていたかもしれない。

 

「おまえぇ………!」

「あと怖いんですけど。ほんとに科学者ですか? なんでそんな濃密な殺気出せるんですか。殺人鬼って言われても信じそうなんですけど」

「予定とは違ったが、まぁいい。さて、そのまま話を聞け」

 

 イリーナが空いている椅子に腰掛けて束を見下ろした。強者と弱者の構図のような対峙のまま、イリーナが本題を切り出した。

 

「篠ノ之束、お前を雇いたい」

「嫌だね」

「待遇は最高のものを用意している。要望もできるかぎり聞こう」

「すぐに消えろよ」

「こちらの要求は当然ISだ」

「暴君は金でも数えてろよ」

「対価は、――――」

「うるさいなぁ! 協力なんかしないって言ってるだろ! さっさとどっか行けよバァ―――ッカ!!」

 

 束を無視するイリーナに罵声を浴びせる。それでもイリーナの鉄仮面のような表情は揺ぎもしない。ただ腕を組んで、束を見下ろしている。

 

「私はなぁ! ISを兵器にするつもりなんてないんだよ! どいつもこいつも、人の作ったものを勝手に使って! 勝手に改悪して! 勝手に争って! 勝手に世界を変えて! それでどれだけ私の邪魔をすれば気が済むんだよッ!」

 

 知らず知らずに目に涙を溜めながら、束は絶叫した。

 

「私はただ空を飛べればよかったんだ! そのはずだったんだ! ISは、そのために作ったのに、誰もそんなふうに見ようともしない! 空なんて見上げずに、ただ上から見下ろすためにしか使わない! おまえも同じだろう!? 勝手にやってろ低脳なバカどもが! そんなやつらに協力なんて絶対にしないからな! でも、私は宇宙に行くんだ! 宇宙からおまえらを見下してやる! 私なら、できるんだ、宇宙に行けるんだ、おまえらが! おまえらが邪魔なんてしなければぁぁ―――ッッ!!!」

 

 それは今まで溜め込んでいた束の呪詛だった。目は血走り、涙を浮かべながら目の前のイリーナに心の底に溜め込んでいた怒りと絶望を吐き出していた。子供のように喚くようにしか見えないそれは、紛れもない束の本音であった。

 

「こちらの対価は――」

 

 そしてイリーナは眉一つ動かさずに、束の言葉を無視して言葉を紡ぐ。

 

「対価は、ISを使った宇宙進出」

「…………………え?」

「具体的には、宇宙船の開発と、船外活動可能なIS運用の確立………このあたりはこちらの要求と対価がイコールなはずだ。まだ希望があるなら、聞こう」

「………………なにを考えてるの?」

「わかりやすく言って欲しいか? なら言おう。おまえの意見に、同意する。今の世界は気に入らないし、このままいけば腐るだけだろう。そのすべては、ISがきっかけだ。おまえに責任がないとは言わんが、責めるつもりもない。作ったやつより、使うやつのほうが悪いからな」

 

 束に同情するわけでもなく、ただ淡々と喋るイリーナに、束も徐々に呑まれていった。

 

「私はな、今の世の中を変えたいと思っている。世直しでも、正義感でもなく、ただ都合が悪いからだ。私には目的があってな、そのために、ISは宇宙で活動してもらわなければダメだ。だが、今の世界情勢ではISが宇宙へいくことを許さないだろう。これほどの性能をもつものに制空権を与えるなど、正気ではないからな」

「………それで?」

「だから、世界を変える必要がある。そのためには、今のISに傾倒した世界を変えなくてはいけない。そのために、戦闘用のISを作ってもらう。おまえば望まなくても、おまえの夢にはそれが必要だ」

「……………必、要」

「おまえは夢のために、私は私の目的のために世界を変える。そして、宇宙へと出る。そのために、邪魔なものはすべて潰す。無論、これは茨の道だ。覚悟がなきゃできないことだ」

「………………」

「それがこちらの提案だ。これ以上は言うこともない。私に協力しろ。イエスかノーか、答えは今、ここで決めろ」

「…………ひとつ、聞かせて。なんで私が宇宙へ出たがっているってわかったの?」

 

 なんとなく予想はできるが、一応聞いておくことにした。イリーナは束の予想通り、ひとりの少女のことを口にした。

 

「ふむ。おまえを見つけたきっかけでもあるが……………あるやつから面白い話を聞いてな。空が好きで、宇宙へ行きたい………そんな、同じ夢を持った人がいたって嬉しそうに話してくれてな」

「それって………」

「そう………アイズだよ。ああ、べつにあいつはスパイでもなんでもない。ただの子供だ」

「ただの子供、……ね」

 

 イリーナのその言い方に、その思惑を察した束が身体の力を抜いた。イーリスはまだ警戒していたが、イリーナの指示で束の拘束を解いた。束は立ち上がりながらまっすぐにイリーナと目を合わせる。

 嘘かもしれない。でも、暴君の言葉はどんな美麗賛句よりも、束の心に響いた。完全に信用なんてしていないが、それでもどうすればいいかわからなかった束に道を示した。その道が本当に自分が選ぶべきものなのか、確かめてみようと思った。

 

「返事は、イエス。ただし、ある程度はあなたの言葉が信じられるまでは本格的な協力はしない。そうだね、長くても半年以内には、正式に答えをだす。それでいいね?」

「まぁ、いいだろう」

「あとひとつ…………あなたの目的を教えて。それに納得できなきゃ、この話は断らせてもらう」

「……………」

 

 イリーナは沈黙で返したが、しばらく悩んだ末に束の条件を受け入れた。

 言葉は少なく、簡潔にそれを伝えたイリーナに、束はさきほどまでの態度を一変させた。聞いた瞬間、ケラケラと笑い、いきなり気安く接するようになった。イリーナちゃん、と呼ばれたイリーナは眉をしかめたが、機嫌がよくなった束にずっと笑いかけられるのだった。

 

 

 その後、束は暴君との契約を正式に結ぶ。

 

 それは利用し合う形であったが、そのつながりには確かな信頼があったという。

 

 

 

 かくして、カレイドマテリアル社は最高の切り札を得る。それは世界に対する宣戦布告のはじまりであった。




暴君式説得回。
イリーナと束さんは打算と信頼が混ざったような関係ですが、束さんはイリーナをけっこう信じるようになります。イリーナの目的はまだ明かせないですが、これがイリーナというキャラの根本になります。終盤あたりで明かす予定です。

4話程度って言ったけどなんかまだ長くなりそう(汗)書いてるうちにどんどん長くなる。なぜだ?

とりあえず6話くらいに収まるように書こうと思います。ちゃんと過去編もISバトルパートを考えてます。

ではでは、また次回に!


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Act.60 「夢への供物」

「そっからずっとここでやっかいになってる。未だにあのときの契約は果たせていないしね」

 

 長時間、過去の出来事を話していた束が冷めた紅茶で喉を潤す。聞いていた面々はそれぞれ思うところがあるようで、神妙な顔で束を注視している。

 束から語られたのは、世間では天才と呼ばれる偉人の物語でなく、夢を追いかける一人の女性の物語だった。華やかさなどなく、地面を這いつくばっているような泥臭く足掻いてきた束の真実が語られた。

 世界の現実は変わらずとも、それを成したのは束ではなく、束は利用されていただけというやりきれない真実であった。

 鈴などはあからさまに苛立ったように表情を歪めているし、他の面々も暗い表情を浮かべている。

 

「何者なのよ? そのマリアベルって。ずいぶんムカつくわね」

「亡国機業のトップを自称したようだが………本当なのか?」

「さぁね。どうせ偽名だろうし、………でも、たぶん本当だよ」

 

 束は今でもあの邪気のない聖母のような笑みを吐き気と共に思い出す。自身が汚れていない不可侵の存在であるというようなあのマリアベルの声や態度が思い出すたびに束の苛立ちを加速させる。

 しかし、その能力は束に比較しうるほどのものだとわかっている。束とは道が重なることがないとわかりきっているが、それでもその技術だけは認めざるを得ない。

 

「でも、博士が逃亡したのも納得です。たしかにそれなら、逃げるくらいしかできなかっただろうし……」

 

 シャルロットの言葉は的を得ていた。

 少なくとも、当時の束は天才でもあくまで個人だった。組織や国の力に対抗するには、あまりにも備えがなさすぎた。

 立ち向かうには遅すぎて、かといって諦めればさらにISが悪用される。束が逃亡という手段を選んだこともISが世界へ浸透するまでの時間稼ぎでしかなかったが、それでも他に選択肢があったわけじゃなかった。雌伏して時を待つ。それしか夢を生かす道がなかっただけだった。

 だから、誰にも告げずに姿を消した。妹の箒にも、親友の千冬にもなにも告げなかった。もし接触すれば、それは弱みを見せることになるからだ。だからあえて無視した。居場所を知らせても、知っているという可能性があることも、危険にしてしまう。だから何も語らず、なにもせずに無関心を装って箒たちの前から消えたのだ。

 それが、当時の束にできる精一杯のことだった。

 

 だが、束はそれを言い訳にしない。理由はどうあれ、妹を見捨てたと罵られても反論することなんてできない。

 辛そうに見つめてくる箒に、束はただ困ったように弱々しい笑顔をなんとかつくることしかできなかった。

 

「…………まぁ、そっからなんやかんやあってね………これ以上は私の都合だけじゃないから……」

「束さん」

 

 話を打ち切ろうとする束に、アイズが声をかける。目隠しで目を隠していても、じっと束のほうを“見る”。

 

「話してください。ここにいるみんなには、聞いてほしいから」

「………、セッシー?」

「私も、構いません」

 

 ここから先は、束だけじゃない。アイズとセシリアの過去、それも辛く凄惨なものを語る必要が出る。だから束は言葉を濁そうとしたが、その本人たちからの希望となれば、言わないわけにはいかないようだ。アイズもセシリアも、ここに集まった仲間たちをそれほど信頼しているということなのだろう。

 

「…………私たち三人は、ほぼ同時期にこの会社に所属したわけだけど……私は当然表には出ない。表に出ていたのはセッシーだけ」

「姉様はどうなのですか? 目のことがあったとしても、いくらでも隠す手段はあったのでは……?」

「それどころじゃなかった、が正しいかな。アイちゃんは、――――だって」

 

 

 

 

 ――――死んでもおかしくなかった。いや、生きていることが奇跡だった。

 

 

 

 

 周囲を絶句させる束の言葉と共に、再び過去への追憶が始まる。それは今から三年前。公式上は記録すら残っていない、世界初のISによる大規模侵攻が発生した。

 

「場所はここ。アヴァロン島に無人機五十機が襲撃したんだよ。当時も最低限の防衛機能があったから死者こそ出なかったけど、重軽傷者は百人以上。セッシーも全治二ヶ月の大怪我、そしてアイちゃんは、………その戦いで一度目を失ったんだよ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 銃声が鳴り響く射撃場では一人の女性が狙撃銃を構えていた。身体を地につけ、寝そべるような姿勢で自身の身の丈ほどある長大な銃を支えてスコープ越しに標的を見据えていた。

 

「Trigger」

 

 ランダムで出現する的の中心を撃ち抜き、すぐさま次弾を装填して再び発射体勢へ。的が出現すると同時にトリガーを引く。そして命中。まるで淡々と作業をこなすようにすべてを撃ち抜いていく。

 最高難易度で命中率100パーセントを軽々と叩き出したその女性がゆっくりと立ち上がる。いや、まだ少女といっていい年齢だ。美しい金糸のような髪に、まるで絵画に描かれているような端正な顔立ちはひとつの芸術作品のようだ。

 そんな少女は今度は着込んだサバイバルウェアからナイフを抜くと、振り向きざまにそれを投げる。スローイングナイフが綺麗に回転しながら背後から近づいていたイーリス・メイの顔面めがけて飛んでいった。

 

「はい、よくできました」

 

 そしてイーリスがそのナイフをなんなく二本の指で掴み、少女を賞賛する。最後まで油断なく気配察知を行った少女に対して満足そうに微笑んだ。

 

「セシリアさんも大分気配がわかるようになってきましたね」

「……アイズに比べたら、微々たるものですけど」

 

 あっさりと対応されたことに少し拗ねたようにしながらセシリア・オルコットが答えた。セシリアはタオルで汗を拭いながら先ほどの射撃結果の検証データに目を通す。その姿は歴戦の戦士のようで、見た目麗しい顔も真剣そのものだ。まだ顔も声も幼さが見える故か、少々背伸びしているようにも見えるが、その挙動からはもはや大人といえるほど成熟したものを感じさせる。

 

「………サイティングに時間がかかりすぎてます。あと0.2秒は縮められるはず……」

「十分な腕前だと思いますけどね」

「この程度で満足していては、最強には程遠いですので」

 

 セシリアが目指すのは“最強”の称号だ。IS操縦者として、数年後には世界最強の地位を狙っている。しかし、それはアスリートのようなひたむきなものではなく、自らに課した義務や誓いといったものだ。それでもセシリアはストイックに己を鍛え続けている。才能に恵まれ、努力も惜しまなかったセシリアはすでにイギリスから次世代試作機『ティアーズ一号機』の操縦者に選ばれている。未だ未完成機ではあるが、若干十四歳で選ばれたセシリアの名は瞬く間に欧州、そして世界へと広がっていった。

 そんなセシリアを全面的にバックアップしているのがカレイドマテリアル社であった。この数年でカレイドマテリアル社はIS産業と通信産業を中心に多くの分野で多大な業績を残し、一躍世界有数の大企業へと変貌していた。来年にはイギリスの行政特区に新たに自社ビルを建築するなど、その成長ぶりは恐ろしいものがあった。異常ともいえるほどの成長を見せるカレイドマテリアル社は多くの敵を生み出すことになるが、水面下で行われたいた謀略は、そのすべてをイリーナが圧殺した。そして正攻法で対抗するとしても、篠ノ之束を擁したカレイドマテリアル社の技術部は科学に魂を売り渡してネジのブッ飛んだマッド達が集う魔窟と化していた。そんなマッド達が日夜欲望の赴くままに科学に没頭して作り出したものは軽く時代を超越する代物ばかりであった。

 ISの存在が明かされたときのインパクトがあまりにも大きかったために目立った騒動はなかったが、量子通信を確立させるなど、確実に技術革命レベルのものを実現させてきたとんでもないマッド達である。世界から追われるほどの束を筆頭に、性格や嗜好がぶっとんだ問題児たちがイリーナ・ルージュという暴君の統制の下で日々働いている。

 

「セシリアさんの機体ももうじき仕上がるそうですよ? あくまでプロトタイプですけどね。今は束博士の手が回っていませんから」

「………アイズは、今も?」

「……」

「そうですか」

 

 答えにくそうにするイーリスを見てセシリアも表情を暗くするが、すぐに毅然とした態度へ戻ると一礼をして射撃場から退室する。更衣室でシャワーを浴びて素早く着替えると、そのままアイズがいるであろう束のラボへと向かう。

 束のラボは秘匿レベルが社での最高のもので、そこに行くためには何重ものセキュリティゲートを通っていく必要がある。社の人間でも、ごく一部の者しか許可されていない。セシリアはその数少ないうちの一人だ。記録上は存在しない地下深くまで降りて部屋の前まで行くと、最後に暗証キーを入力して中にいる束へと取り次ぐ。

 

『入っていいよー』

 

 そんなのんきな声と共に扉のロックが解除される。中に入れば、一面ファンシーに彩られた部屋が目に入ってくる。

 束の生活スペースを兼ねるため、精神衛生のためにもかなり快適な生活ができるようにカスタマイズされている。その部屋の奥へと向かい、機械ばかりの研究スペースのさらに奥、セシリアにも理解できない数多くの機械類と、医療器具が並べられている診療スペースへと足を踏み入れる。

 

「ん………セシィ?」

 

 そこにアイズと束はいた。アイズは部屋の中央にあるベッドに寝かせられ、束はその脇にある作業机の前でなにかのデータを検証していた。アイズの身体には医療器具や、用途不明の機械がいくつも装着されている。中でも両目は完全に目隠しで覆われ、目隠しからたくさんのコードが束の手元にあるパソコンに接続されている。

 

「具合はどうですかアイズ」

「ん、今日は調子いいから大丈夫。来てくれて嬉しいな、………手を繋いで、セシィ」

「はい、ここにいますよ」

 

 ベッド脇の椅子に腰掛けながら伸ばされたアイズの手をしっかりと握る。アイズが嬉しそうに笑って弱弱しい力でセシリアの手を握り返す。そのすぐ消えそうな儚さにセシリアが表情を曇らせるが、すぐに表情を隠す。見えなくても、アイズはそんなセシリアの機敏を敏感に感じ取る。だから不安にさせないように、精一杯明るく振舞った。

 

 セシリアとアイズがカレイドマテリアル社に所属して二年後。

 活躍するセシリアとは対照的に、アイズはその身に宿った呪いに蝕まれていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 束がイリーナと契約を結び、二年の歳月が過ぎた。この二年は束にとって新鮮はものだった。ISを開発してからというもの、五年もの間逃亡生活を続けてきた束にとって、この二年はめまぐるしい変化の日々だった。

 気兼ねなく研究に没頭できる環境を提供され、科学者として思う存分研究に取り組んだ。そして世界を変えて宇宙へと出るという目的のためにふっきれた束は、世界最高のISを作ろうとこれまでの葛藤や後悔を消し去るように精力的に開発に取り組んだ。おかげでその恩恵を受けたカレイドマテリアル社の業績は急激に上がり、一躍大企業への仲間入りを果たした。それどころか、量子通信技術をほぼ独占していることで国に対しても大きな影響力を持つまでに成長した。

 アイズ、そしてセシリアという才能溢れる少女たちと一緒にISに没頭した時間は、束にとって確かな楽しい時間として記憶に刻まれた。

 

 そう、楽しかった。確かに夢へと向かっているという実感があった日々は、束にとって五年ぶりに訪れた安らぎの日々でもあった。

 

 しかし、そんな日々も長くは続かなかった。アイズが倒れたのだ。

 

「アイズの具合はどうなんですか?」

「………正直言って、かなり厳しいね」

 

 部屋を出て、束はセシリアと二人だけで話し合っていた。話の内容は、もちろん今も苦しんでいるアイズのことだ。

 

「長年小康状態だったみたいだけど、最近になってやたらと活発になってる。目のナノマシンがもともと未調整段階のものだったから……なんらかのきっかけですぐスタンピードを起こしちゃう」

「悪性ナノマシンを摘出できないのですか?」

「無理だよ。完全にアイちゃんの目に癒着してるから、排除は不可能だよ」

 

 アイズが倒れた原因は、その目だった。望まずに与えられた金の瞳、ヴォーダン・オージェ。未調整の試作段階のナノマシンを移植されたアイズの目は、絶大な力を発揮する代償に、アイズの目と脳に多大なダメージを与える諸刃の剣であった。いや、本人の意思に関係なく常に過剰反応していた瞳は、アイズにとっては呪われた瞳でしかなかった。

 アイズはその瞳によって人生を狂わされ、そして皮肉にもその力のおかげで生き延びた。そして今、その瞳はまたアイズの命を削る呪いと化している。

 しばらく小康状態が続いていたのだが、半年前からナノマシンが過剰活性状態に陥った。もともと不安定だったため、これまで無事だったことが奇跡だったのだ。

 もはやなにかを見ることが、そのまま命を削る行為となってしまったアイズは、その両目を封印した。そうしなければ間違いなく、アイズは死んでいた。しかし、これすらもただの対処療法でしかなかった。じわじわと少しづつ、しかし確実にアイズは弱っていた。

 今は束がつきっきりでアイズの看病と、ヴォ―ダン・オージェの制御の研究を行っている。それがアイズには嬉しく、そして申し訳なく思っていた。自分のせいで、束が夢のために進むことを妨げているのではないかという不安を常に持っていた。しかし、束は笑ってアイズの悩みを吹き飛ばしてやっていた。

 

『私の夢は、アイちゃんと一緒に叶えたいからね』

 

 束のその言葉に救われたアイズは、今では前向きに自身を蝕むヴォ―ダン・オージェを受け入れようとしていた。この瞳は、もう消えることはない。だから、受け入れなくてはいけない。恨みや憎しみを抱くものだとしても、今のアイズには必要なものだった。

 しかし、そんな健気なアイズの決意を裏切るように、確実にアイズは衰弱していった。ずっと一緒にいたセシリアは、そんなアイズを救えない自身の無力さを呪いたくなるほどであった。

 

 そうして俯き、唇を噛むセシリアを見ながら、束も表情を歪める。

 セシリアがどれだけアイズを愛しているかは束もよくわかっているつもりだ。出会ったときは警戒されていたが、今では普通に接するようになった。そして知れば知るほど、セシリア・オルコットにとってアイズ・ファミリアという少女がどれだけ大切な存在なのか、否応にも理解した。

 目的のためなら他者にはどこまでも冷酷になれるセシリアだが、アイズの前では笑顔と愛情に溢れるただの少女になる。幼くして両親を亡くし、人間のドロドロした暗い感情に晒されてきたセシリアにとって、アイズの存在がどれだけ救いだったか。

 はじめはただの好奇心で声をかけただけだった。そして一緒にいるようになり、次第に明るくなっていくアイズを常に見守ってきたセシリアは心情的にもアイズの姉のようなあり方を自身に見出していた。アイズはセシリアに救われたと思っているが、それはセシリアも同じだった。セシリアは、アイズに救われた。

 はじめは拒絶された、それでも受け入れてくれた。憎しみで見つめられた瞳は、今ではたくさんの愛情を込めて見つめてくれる。はじめから仲が良かったわけじゃなかった。はじめから笑うような少女ではなかった。

 それでも今日に至るまで共に過ごし、セシリアと関わるうちにどんどん明るく、そして可愛らしさを増していくアイズに入れ込んでいくのは当たり前のことだったかもしれない。

 アイズの笑顔を守ることが、自分のするべきことだと思うほど、セシリアはこの少女の笑顔が好きだった。その笑顔が、どれだけの痛みを代償にしているのか、知れば知るほど、その尊さと儚さに胸が圧迫されるような抑えられない愛しさを感じている。

 

 その気持ちは、束も共感できるものだった。だからはじめはお互い警戒し合っていたが、今ではアイズを守るという目的を持つ同志だ。アイズの笑顔のため、アイズの夢のため、二人は似た想いを持つ仲間であった。

 そんな愛情を一身に受けるアイズが苦しんでいる。その原因を取り除いてやることもできない現状は、二人にとって苦々しいものでしかなかった。

 

「………アイズは治るのですか?」

「治る、って話じゃとっくになくなってるよ。私ができるのは、過剰反応する目のナノマシンを抑制することだけ。対処療法でしかないから、抑制じゃなくてきちんと制御しなくちゃ、いつまで経ってもリスクは減らない」

「………」

「………まぁ、方法がないわけじゃないけど」

「っ! それはどのような……!?」

 

 セシリアは束の言葉に食いついた。このまま、いつ命の危険にさらされるかもわからないアイズの現状を脱したいセシリアは、強い口調で束を問い詰める。普段の落ち着いた物腰はすっかり消え去り、ただ藁にもすがるような必死さだけがあった。

 

「まずわかって欲しいのは、私は科学者であって医者じゃないってこと。そして医者じゃ、今のアイちゃんは救えない」

「………ええ」

 

 その前提にどんな意味があるのかわからないが、言っていることはわかる。どんな有名な医者でもアイズは救えない。なぜなら、アイズの目は『兵器』となるべくして調整された禁忌の代物だからだ。

 

「だから、私の案は………人体実験にも等しい、ってこと」

「人体、実験……」

「実行するかどうかは、あなたとアイちゃんが決めて」

 

 そうして、束は自身が持つ唯一といっていい解決策を話す。それは医療でもなければ救済でもない。束が言ったように、過去に人体改造されたアイズを、さらに改造するような悪魔の所業とすら思えるものだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「どうしたのセシィ? なんか元気ないよ?」

 

 目を閉じていても、アイズは近くにいるセシリアの雰囲気だけでおおよそのことを悟ってしまう。良すぎる目を持つアイズだったが、高すぎるリスクを持つこの目に頼らないように生きてきたために気配を察することに長けていた。そしてなによりずっと一緒だったセシリアのことは、たとえセシリアがなにも喋らなくても纏う空気だけでわかってしまう。

 そんなアイズを複雑そうに見つめるセシリアは「大丈夫」と柔らかい声で応え、アイズの細く小さな手に、自身のそれを重ね合わせる。

 

「ごめんねセシィ、ボク、いつまでも迷惑かけちゃって……」

「あなたがそんなこと、気にすることはないんですよ」

「でも………ボク、なにもできない。やっとセシィの隣に立てると思ったのに、こんな……」

 

 アイズは悔しそうに言葉を詰まらせる。倒れる前、アイズは努力を重ねてその実力で試作専用機『ティアーズ二号機』の操縦者という栄誉を勝ち取ったのだ。しかし、今はティアーズ二号機は開発段階で一時凍結されている。肝心のアイズの容態が悪化したためだ。

 やっとセシリアに追いつけると思っていた矢先のことだ。アイズは表面上は心配かけまいと笑顔でいるが、内心では苦々しい思いでいっぱいだった。

 これでは、今までとなにも変わらない。ただ守ってもらうだけの、そんな存在でしかない。そうやって自分の不甲斐なさに泣きたい思いだった。

 

「ボクは、みんなにもらってばかりだ。でも、なにも返せない……ISにだって、乗れるかわからない……ねぇセシィ。こんなボクが、いったいなにができる? こんなことになって、ボクはなにを目標にがんばればいいの?」

 

 それは紛れもないアイズの弱音だ。セシリアでさえ、初めて聞いた弱音だった。

 どんなときでも笑顔を絶やさず、はじめて会ったときすら、弱音でなく仮初でも強がっていたアイズが、こんなふうに弱音を言う姿に、セシリアも驚きと悲しさを感じてしまう。それほどまでに弱っているのだ。こんな姿を見せてしまうことに、セシリアも大きなショックを受けた。

 そんなアイズを、その心だけでも軽くしてやりたいとセシリアは泣きそうなほどの悲しさを抑えて、精一杯の笑顔を浮かべ元気づける言葉を優しく紡ぐ。

 

「そんな目標はいりません」

「え?」

「そもそも返す、というのが間違いなんですけど………でも、目標なんてないほうがいいんです。だって目標が決まってしまったら、そこで止まってしまうでしょう?」

 

 その言葉にアイズはビクリと身体を震わせた。そのセシリアの言葉で、自分がどれだけ弱音を言っているのか今自覚したというように。そんなアイズにセシリアはそっと語りかける。

 

「アイズ、特にあなたは目のことがあるから、自分に限界があると思っている。だからできる範囲での目標を欲しがっている。それは悪いことではないでしょう。ですが、それを為したとき、あなたはどうするのですか?」

 

 動揺しているアイズの心情を察しながら、セシリアはそれでも言葉を重ねる。

 

「あなたはきっと、止まってしまうでしょう。そうなったら、きっとアイズは耐えられない。あなたは、妥協に耐えられない」

 

 そしてアイズにも、それが真実だろうとわかってしまう。妥協と諦めの人生、それはアイズの忌み嫌う過去の自分そのものだった。だからそうなれば、アイズは耐えられない。

 そしてそれは恐怖でもあった。

 

「…………だから、目標なんかじゃない、“夢”を持つことです。あなたが、自慢したいくらいに、心の底から見たい景色を思い浮かべてください。それが、あなたの夢。そして……みんなと一緒に見たい景色があるなら、あなたはみんなと一緒になってがんばれるでしょう。そうなれば、あなたは、もうどんなときでも、ひとりではないんですよ。そうやって怖がることも、諦めることもないんです」

 

 その言葉に、アイズから恐怖が薄れていく。そして嬉しそうに笑うアイズを見て、セシリアも理解する。

 アイズは、夢がなければ生きていけない。アイズにとって、それは原動力なのだ。だからこそ、セシリアは――――束が人体実験と言った手段しか、アイズを救えないと悟ってしまう。

 

「アイズ、あなたには、そんな夢がありますか?」

「うん、ある」

「はい、知っています。だからあなたの夢を叶えるために、――」

 

 

 

 

 

 

『Emergency,Emergency.アヴァロンへ敵性アンノウンの接近を確認。防衛隊は即時戦闘準備、非戦闘員は速やかに避難せよ。危険度は最上位と認定。繰り返す。危険度は最上位認定……―――』

 

 

 

 

 

「ッ!? 敵性体が接近………っ!?」

「確定ってことは……もう攻撃を受けてるの?」

 

 いきなり施設内部に響いたアナウンスにセシリアが立ち上がり、アイズが不安そうに呟く。そして即座にセシリアの持つ端末に束から着信が入った。

 

『セッシー! すぐにISで出て!』

「なにがあったのですか?」

『ISの大集団の襲撃を受けてる! このままだとアヴァロンが落ちる!』

 

 焦る束の声も、その内容もセシリアとアイズを戦慄させるには十分なものであった。

 すぐさまセシリアは防衛行動に出るために駆け出そうとするが、その手をアイズが引き止める。その手は、震えていた。

 

「セシィ……!」

「……大丈夫です。あなたはなにも心配せずに、ここで待っていてください」

「でも……っ」

「アイズ、アイズの夢に私は必要ですか?」

「ひ、必要だよ! セシィがいなくなったら、ボクは……!」

「私が、アイズの夢を否定すると思いますか? 私はいつでも、あなたの味方です。あなたが必要と言ってくれるなら、私は無敵です。どんな戦場からだって帰還します」

 

 あからさまな強がりだ。ISによる文字通りの戦場など経験したことなどあるわけがない。だがそれでも、セシリアは決意して赴く。

 

 ここにアイズがいる。

 

 それだけで、セシリア・オルコットは戦える。

 

「………無事で、いて」

「はい」

 

 指を絡ませてそう約束する二人を、運命は容赦なく呑み込んでいく。しかし、それは当然なのかもしれない。

 良し悪しはどうあれ、世界の流れに逆らっているのは間違いないのだから。

 それぞれの理由はあれど、世界を変革するという目的を持った者たちに襲いかかるのは、無情なまでの破滅の光と絶望の暗闇であった。

 

 

 

 




ゴールデンウィーク忙しすぎワロタ(笑)皆様は楽しくお過ごしでしょうか?


次回で過去編クライマックス。

過去編で主要キャラの戦う理由が明かされます。過去編が終われば番外編を挟んで亡国機業側の逆襲が始まります。
そろそろ敵サイドのネタバレも入れていこうと思ってます。

ではまた次回に!


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Act.61 「夢を刈る現実」

 無機質な鉄の塊でありながらまるで悪魔のような機体が集団となって向かってくる光景をセシリアは恐怖を押し殺しながら見つめていた。間違いなくISだ。しかし、あれほどの数を揃えることは不可能なはずなのに、そこに確かに脅威としてある現実に目を背けたくなる。

 今のアヴァロンには戦力として数えられるISはセシリアのプロトタイプ専用機『ブルーティアーズ』ただ一機である。他の機体は束が開発中の新型コア搭載型だが、未だにコア未搭載で起動段階には至っていない。見たところ、敵機の数は十や二十じゃ済まない。絶望的な戦力差がそこにあった。一対一なら負けない自信はあるが、あれほどまでの数の差を埋めるほどの実力があるとは思っていない。

 正面から戦えば間違いなく敗北する。

 

『セッシー、聞こえる?』

「はい」

『あれはISじゃない。ISに似せて作った人形だよ』

「人形? …………無人機、ということですか?」

『たぶんね。人間の挙動が一切ないし、なにより生体反応もない』

 

 つまり人間を相手にして殺し合いをすることはない、ということだ。ほんの少し気が軽くなったが、それでも事態が好転したわけではない。

 それに、まさかISの無人機とはセシリアも、そして束も予想外であった。いや、束は予想はできていたが、こんなに早期に実戦投入してくるとは思っていなかった。

 

『ISコアを製造できるのは私だけ………世界にばらまかれたコアは絶対数のはずだったけど、私だけはその例外になれる。でも、それはあちらにも言えることみたいだね』

「それなら、コアの数を既定にしてしまったことも」

『今にして思えば、あれを作れる見込みがあったからだろうね。世界がコアの奪い合いをしている中、自分たちはああいう反則で数を揃えられるってわけだ』

「…………」

『まぁ、本物のISには劣るだろうけど』

「気休め、ですね」

『セッシー』

 

 弱気を口にするセシリアに、束は強い口調で呼びかける。

 

『最大限の援護はするけど、現状の対抗手段はセッシーだけ。今戦える操縦者はあなたしかいない。わかってるね?』

「…………はい」

『つまり、アイちゃんを守れるのも、あなただけなの』

「……っ」

『まだ子供のあなたに酷なことを言っているのはわかってる。でも、敢えて言う。………あなたの負けは、アイちゃんの死だと思え』

 

 本当に酷な言葉だったが、しかしそれは真実であった。

 もし、ここでセシリアが落ちれば、アヴァロンも落ちる。そうなれば、逃げることすらままならないアイズが一番危険だし、捕虜にでもされればまた実験動物にされる未来だって有り得るのだ。

 言葉となって直視させられた可能性に、セシリアは目の色を変えた。

 

『すべて破壊しろ、セッシー』

「――――はい」

 

 束はアイズと違い、セシリアを甘やかすことは基本的にない。仲が悪いわけじゃない。アイズがあくまで特別すぎるだけでセシリアの厳しい対応も束にしてみれば優しいほうだ。

 しかし、それでもこうした無理難題ともいえるオーダーは、セシリアへの期待の高さの現れでもあった。セシリアもそれを疎ましく思ったことはない。むしろ感謝すらしている。束の期待に応えることは、アイズを守ること。束は、セシリアにそれを期待している。アイズを守るための、アイズを傷つけるものすべてを貫く弾丸となることを期待しているのだ。

 

「私では、アイズを救えない」

 

 今も苦しんでいるアイズを救うことはセシリアにはできない。だが、それでもやらなくてはいけないことがある。

 セシリアは手に持つスナイパーライフルを構える。距離はあるが、それでも狙いを完璧に定める。

 

「私にできることは」

 

 トリガーに指をかける。

 この距離ならまだ気づかれてはいない。確実に先制を取れる。そして、それが開戦の合図となるだろう。これまで経験したことのない激戦になる。だが、それがどうした。

 

「私にできることは、アイズに仇なすものを貫くこと」

 

 ブルーティアーズの出力を戦闘レベルまで上昇させ、PICを起動。データリンクから送られてくる情報から敵性体すべてを捉える。同時に試作機である四機のビットを射出。

 セシリアは神聖な儀式のように、厳かにトリガーを引く。

 

「それが、セシリア・オルコットの弾丸なのだから」

 

 そして一条の光が集団の先頭の機体を貫いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて、あんな偉そうなことを言ったからにはこっちもがんばらないとね」

 

 束は専用機『フェアリーテイル』を展開してセシリアの様子を見ていた。束がいるのはこのアヴァロン島の心臓部である中央管理室のさらに奥に存在するコアルームであり、一見すれば球体となっている何もない部屋だが、その中央部でISを纏った束は無数のコードでISとコアルームを接続して佇んでいる。

 その束の周囲には無数の空間ウィンドゥが展開され、ありとあらゆる情報が表示されている。

 これが情報・電子戦用IS『フェアリーテイル』の真骨頂。

 アヴァロンの全システムを掌握、ありとあらゆる機能を行使するコアそのものとなる。これにより、アヴァロン島そのものがダイレクトに束の意思を通わせる生きたシステムと化す。今の束はアヴァロン島そのものであり、束一人ですべての機能行使を可能とすることで即座に対応行動を可能としている。

 

「防衛機能は未完成、展開率はおよそ半分………まぁ、贅沢はいってられないか」

 

 束が指すら動かさずに島の迎撃兵装を起動させる。対ISも想定されたこのアヴァロンの防衛システムはたとえISの絶対防御だろうと破壊しうるほどの過剰威力と言える武装が揃っている。

 おかしい口径のマシンガンやキャノン砲、さらにレールガンや荷電粒子砲など、戦争できるほどの化け物武器のオンパレードだ。そしてもちろん、これは完全に世界の法から見ればアウトである。しかし、束はまったく気にすることなく凶悪な兵器をその敵性体へと照準する。

 

 同時に、先頭にいた一機がレーザーに貫かれて爆散した。セシリアの先制狙撃だ。

 

 そしてセシリアの狙撃と同時にすべての兵装を一斉発射。一方向に密集していたのが功を奏した。多くの機体を巻き込み、爆散させることに成功するが、残った敵機は即座に散開していく。あの数を殲滅するには武装の威力はともかく、数が少なすぎた。

 

 セシリアが単機での迎撃行動に移ったことを確認して援護を開始する。対空ミサイルでセシリアが対処しきれない敵機を牽制、そして高威力を誇るレールガンで確実に数を減らしていく。

 だが、思った以上に手こずる。束の予想通り、無人機ゆえに絶対防御機能はオミットされているようだが、単純に操縦者保護を考えない機体設計は既存のISよりも反応が早い。ある程度はパターン化された行動が見られるが、防御や回避の反応速度が人間のそれではない。

 すぐさま迎撃行動と並行して敵機の行動予測解析に入る。相手がプログラムで動くなら、それを行動から解析してしまえば迎撃も容易だ。情報処理特化のISだからこそできる力技で束は一歩も動くことなく、凄まじい仕事量をこなしていく。

 

「避難もまだ完全じゃない、武装損耗率が上がってきてる、おまけに増援確認! ああもう! 手が足りない……!」

 

 こちらは補給すらままならないのに、相手は増援まで用意していたようだ。周辺海域の海中に仕込んだ対空迎撃ミサイルシステムで妨害するが、焼け石に水だ。アヴァロンの迎撃システムはあくまで固定武装なので、徐々に破壊され機能を失っていく。まさに数の暴力に押されている構図だ。やはり迎撃できるISがセシリアのブルーティアーズ一機だけでは限界がある。そう遠くないうちにそのセシリアへの援護すら満足にできなくなってしまうだろう。

 敵機は残り十六機まで減ったが、二十機の増援があと十分足らずで島へ到着するだろう。

 

 状況はかなりまずい。いや、すでに詰んだといっていいほど追い詰められている。無人機の性能はもう把握した。確かにその機械故の反応速度は脅威だが、ただそれだけだ。プログラムはまだ試作段階なのだろう。柔軟な対処行動は見られない。

 セシリアなら、一対一で遅れを取ることはまずない。だが、数の暴力がその差をひっくり返してしまう。対多数戦も想定されたブルーティアーズといえど、これほどの数を相手取るのは不可能だ。なんとか高機動戦闘で戦線を維持しているが、目に見えて消耗が加速している。実際、よく戦ってはいるが、やはり実戦の経験不足が響いているようだ。

 

「でも、セッシーしかいない。あなたがやるしかないんだよ……!」

 

 忙しなく防衛システムを稼働させながら束も全力で敵機を迎撃する。たった二人で戦っているに等しい中、既に二十機程撃破している。それでもまだそれ以上の数がいるのだ。心が折れそうになるほどの劣勢の中、それでも二人は立ち向かう。

 

 それが、ただ敗北の先延ばしだとしても。

 

 

 

 ***

 

 

 

「落ちなさい!」

 

 セシリアは高機動を維持したまま攻撃後の硬直を晒した敵機を射抜く。これで何体目か数えるのは無意味なので既にやめている。

 この無人機単体の戦闘力はそれなりだが、まず遅れを取ることはない。反応速度は確かに早いが、観察したところ行動パターンは単純なものだ。先読みをすれば狙撃を当てることも難しくない。

 問題はその数と火力だ。

 倒しても倒しても一向に数が減ったように思えない。しかも束から増援の確認まで聞いている。先の見えない戦いにストレスは貯まる一方だ。そもそも、こちらが劣勢すぎて優勢といえる要素が名にも見つからない。

 数は圧倒的に不利な上に、こちらは補給がきかない状況だ。四つあるビットは既に二機が落とされており、セシリアの集中力が続かないほど疲労したこの状況ではまともに操作できないために残った二機のビットはパージせずに高機動戦闘のためのブースターとして使用している。そうでもして高機動を維持しなければ即座に落とされるほど、敵からの弾幕が激しすぎるのだ。

 数に物を言わせた物量の弾幕に、何機かは高火力を持つビーム砲を装備している。さすがにあれを受ければ絶対防御があっても無傷で済むとは思えない。包囲されれば終わるという状況では高機動を維持して引き撃ちをする以外の選択が取れない。

 束が島の迎撃システムで援護してくれているが、それも限界だ。

 

「ぐっ……!?」

 

 側面からのビームを辛くも回避するが、かすったためにシールドエネルギーが大きく削られた。見れば、いつの間にか半包囲されている。どうやら増援が合流してきたようだ。先ほどよりも敵機の数が多くなっている。

 体勢を崩した隙をつかれて二機が接近してくる。咄嗟に残ったビットをパージして突撃させる。二機のビットが無人機へと突貫して巻き添えにして爆散する。窮地は脱したが、これで残された武装はスナイパーライフルのみ。シールドエネルギーも残り半分を切った。

 

「束さん、砲撃支援を……!」

『もうそんな武装は残ってない! 施設の防衛だけで精一杯!』

「くっ……」

 

 絶望的な状況に追い込まれてなお戦意は衰えることを知らなかったが、それでも焦燥は増すばかりだ。時間をかければこの島にいる非戦闘員にまで被害が出るだろう。そして、なによりもアイズが危険に晒されてしまう。

 いや、死んでしまうかもしれない。

 

 

 

 

『あなたの負けは、アイちゃんの死だと思え』

 

 

 

 

 あのときの束の言葉が蘇る。

 それは恐怖だ。自身の無力が、なによりも大切なアイズを失うことになる。それは、認められない。嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 自分が戦うのは、銃を手にしたのは、自分のため、家のため、そしてアイズのため。

 

 それなのに、こんな志半ばで失ってしまうというのか。

 

 ダメだ、嫌だ、認められない、そんなこと受け入れられない。

 

 泣き言を言うな、敵をみろ、現実をみろ、そして撃て、自身の敵を、アイズを傷つけるすべてを、この銃で撃つんだ。

 

「…………そう、……私は」

 

 

 撃て、撃て、撃て、撃て、撃て。

 

 

「あの子を傷つけるものを、……」

 

 

 撃て! 撃て! 撃て! 撃て! 撃て!

 

 

「すべて撃ち貫く、銃弾なのです!」

 

 

 高機動のまま背後から迫る敵機に向けて相対するように正面を向く。後ろ向きで前進するような姿勢でスナイパーライフルを構えた。この銃はもはやセシリアの一部だ。スコープなど必要ない、ただ、手を伸ばすように自然にあるべき方向へとその銃口を向け、その引鉄を引く。

 そして次の瞬間、極光が三機の無人機を貫通する。

 

 たった一射で三枚抜きという絶技を見せつけたセシリアは、次の瞬間には今度は二機を同時に貫く。それを当然のように見つめるセシリアの瞳は、まるで焦点があっていないようにただ茫洋としたものとなっていた。追い込まれたことで極限の集中状態に入ったセシリアには、もう敵しか見えていない。

 ただ、目に映る無機質な鉄屑を撃ち抜くことだけを考える。だが、すでに考えるという行為自体が無意味だった。

 もはや反射の領域で引鉄を引き続けている。視界に入り、射線が通った瞬間には既にレーザーが疾走っている。数で包囲して接近されても、交差する一瞬で唯一の近接武装であるインターセプターで無人機の首を飛ばすか、胴体部を貫いて沈黙させる。

 

 セシリアは、この劣勢極まりない状況下で自身の力を完全に覚醒させていた。もともとすべてにおいてハイスペックなオールラウンダーであったが、今のセシリアは通常なら振り回されるほどの変則高機動中でありながら敵機を正確に狙撃する神業を平然とやっている。そしてその一騎当千の戦いぶりは、このままいけば数の差を覆すのではないかというほどの凄まじい戦果を上げ続ける。

 その戦いぶりは、援護しながら見ていた束をも驚愕させるほどのものだった。まさに、戦乙女のように凛々しく、そして猛々しく戦うセシリアに、確かな希望を抱いた。

 これなら、いける。それは束だけでなく、この島にいる人間すべてが抱いた希望であった。

 

 だが、それでも運命は味方をしなかった。

 

 どんどんその凄みを増していくセシリアが、ほんの僅かに表情を歪めた。それは、そんな些細なところから狂い始めた。

 

「……っ」

 

 セシリアがなぜか苦渋の表情を浮かべていることに束が気づいた。集中を切らすまいと声をかけなかったが、そのセシリアの表情が次第に険しくなっていく様子を見てただ事ではないと回線を繋ぐ。

 

『セッシー? なにかあったの?』

「…………重い」

『重い?』

「ティアーズが、重い……! 早さも、機動も、イメージとズレる……! 照準は完璧なのに、それがどんどんズレていく……!」

 

 言葉遣いを取り繕う余裕もないセシリアが苛立ったように口にする。それと同時に放ったレーザーが敵機の腕をもぎ取ったが、それはつまりセシリアが一射で仕留めきれなかったということだ。先ほどまで絶対的な命中率を誇ったセシリアの狙撃が、次第に狂っていっている。

 束はすぐにティアーズのデータを解析する……が、問題らしい問題は特にない。だが、その原因はすぐにわかった。それは単純なものだった。

 

 セシリアの反応速度に、ブルーティアーズがまったく追随できないのだ。

 

 恐るべきことに、最新型であるはずのブルーティアーズをもってしても、今のセシリアのオーダーに応えることができないのだ。セシリアが必中だと思った射撃は、わずかに遅れてしまい、機動でも機体そのものが重く感じるほど、セシリアの感覚が過剰に鋭敏化していた。

 しかもセシリアの嵐のような操縦データが処理しきれず、処理落ちする事態にまで陥っていた。だからセシリアのイメージからどんどんズレてしまい、それが隙となって現れてしまう。

 

「ぐっ……!」

 

 回避しきれなかったミサイルが至近距離から爆発し、その爆風に体勢を崩してしまう。それは決定的な隙だった。セシリアは、自身へと迫る無数のミサイルとビームを確認する。

 大丈夫だ、全部確認できている。すぐに体勢を立て直し、回避機動をとりながら直撃する危険のあるミサイルだけを打ち落とせば容易に回避可能な程度だ。その確信があった、そのはずだった。

 

「機体が………ッ、遅………!」

 

 セシリアのイメージに、またしても追いつかない。いや、この土壇場でさらにタイムラグがひどくなっている。窮地に陥ったセシリアの土壇場の反応速度はもはや機械でも追いつけないほど繊細かつ鋭敏なものだったが、それゆえにイメージのズレが顕在化してしまった。

 

 皮肉にも、セシリアがその潜在能力を開花させればさせるほどにその差は広がるばかりであった。

 

 セシリアのイメージでは回避は可能だった。しかし、ブルーティアーズにとってそれは不可能な領域であった。

 

 銃を向ける腕が動かない。機体が加速しない。まるで自分自身が石像にでもなったかのような硬直を刹那で感じながら、とうとう直撃を許してしまう。

 ミサイルとビームの集中砲火を浴びて、とうとうセシリアが落ちた。既に瓦礫の山となった研究施設跡に落ちたセシリアは何度も跳ねながら転がり、ようやくその動きを止めた。セシリアが転がった軌跡には、ブルーティアーズの装甲が無残に転がっており、その青い装甲色もビームとミサイルの熱に炙られて見る影もないほどに変色していた。

 周囲は既に火の海だった。セシリアの周囲は、赤い炎の壁に囲まれている。

 

「あ、ぐ、………ぅ」

 

 ギリギリでシールドエネルギーが残ったセシリアは朦朧とする意識をなんとかつなぎとめて必死に起き上がろうとする。まだ敵は残っている。自分が倒さなくてはならない。使命感にも似た思いが身体中を軋ませながらも動かそうとする。

 

「げほっ、がはっ!」

 

 ビチャ、と目の前が真っ赤に染まる。その赤が、自分が吐いた血だと認識するのに数秒かかった。

 セシリアはブルーティアーズから送られてくるコンディションを見て自身の状態を確認しようとする。

 

 機体損傷度はすでにレッドゾーン。そして絶対防御があっても集中砲火の衝撃がセシリアの身体を容赦なく襲っていた。

 右足と肋骨が骨折、しかも折れた骨折で内蔵に痛手を受けた。頭部からも出血しており、流血で右の視界が閉ざされている。痛みはまだ脳内麻薬が効いているのか無視できる程度だが、それでも重傷だ。客観的に見ても戦闘ができる状態ではなかった。

 

「まだ、……です……!」

 

 それでも、セシリアは諦めることはない。そんなことは許されない。例え動けなくても、引鉄を引くことくらいできる。いつの間にか手放してしまったライフルを探して視線を巡らせ、そしてセシリアの顔が絶望に染まる。

 少し先に転がっているのは、根元から折れたインターセプターと、銃身が融解して破壊されたスターライトMkⅡであった。これでセシリアはすべての武装を失ってしまった。

 

 そして振り向けば、炎の向こうから迫る無人機の影が見える。束の声が聞こえる気がするが、もはやセシリアの耳には届かない。

 必死に打開策を思考するが、どんなに考えても妙案なんてひとつも出てこない。そもそもあるはずもない。

 

「負ける……私が……!?」

 

 負けるというのか、アイズを守れず、なにひとつ成さないまま、こんな鉄屑に殺されるというのか。

 

 その現実を受け入れられないセシリアはなおも足掻くが、どこまでも現実は非常であった。この状況を覆す奇跡など、起きることはない。

 

…………。

 

…………。

 

「―――――え?」

 

 炎の向こうでなにかが動いた。同時に、炎を突き破ってなにかが飛来してセシリアの目の前に転がってきた。

 それは無人機の首であった。鋭利に切断された切り口をさらしたそれは、間違いなくセシリアの命を今まさに奪おうとしていたものの成れの果てだった。

 だが、いったい無人機を破壊したというのか。この島で動けるISはブルーティアーズのみだったはずだ。

 

 セシリアが再び炎の向こう側へ視線を向けると、なにかが無人機と戦っている影が見えた。

 

「―――ま、さか」

 

 セシリアは思い出す。確かにこの島で現在稼働できるISはブルーティアーズだけだ。だが、この島にはもう一機、稼働していないISがある。それは、炎のような赤い装甲を持ち、ブルーティアーズと同じシャープな形状をした機体だ。

 そう、それは今まさに、セシリアの瞳に映る機体そのものだった。

 

「レッド、ティアーズ………!?」

 

 ブルーティアーズの双子機の片割れ。近接特化型第三世代試作機『レッドティアーズ』。開発がストップしているとはいえ、基本となる機体そのものは既に完成されている。

 そしてその操縦者に選ばれたのは、セシリアが守るべき存在であり、今この場にいるはずのない少女なのだ。

 

「アイズ……ッ!?」

 

 セシリアがはっきりと認識する。

 

 レッドティアーズを纏い、金色の瞳を輝かせて必死な形相でブレードを振るう姿―――。

 

 そう……そこにいたのは、その瞳から真っ赤な血の涙を流して戦うアイズ・ファミリアであった。

 

 

「ボクは、もう嫌だ………」

 

 

 アイズはそれこそ死相を浮かべながら敵を睨む。敵を憎むように、自分の無力さを呪うように。その決意を言葉にして、文字通りに血を吐く思いで叫ぶ。

 

 

「もう嫌なんだ……ただ、……守られるだけの存在なんて!」

 

 

 

 

 

 奇跡は、起きない。

 

 もし、それが起きるとするならば。

 

 その代償は、―――――。 

 

 

 




最近は少しスランプ気味で更新速度低下中です(汗)

過去編は次回で終わりです。そろそろほのぼのな日常編も恋しくなってきたところです。

番外編後の新章から本格的に全面戦争へと向かいます。そこでようやく一夏くんの束式魔改造が始まります。次章は今までで最大規模の激戦にしたいと思います。

それではまた次回!


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Act.62 「夢の道」

 アイズ・ファミリアは痛む目と頭に耐えながら、ゆっくりと部屋を出た。ガシャン、と目を覆っていた機材を投げ捨てる。可能な限り視認負荷を減らすために片目を完全に閉じて、もう片方の目だけをうっすらと焦点を合わさずに、寝ぼけているような茫洋とした目で周囲を確認する。焦点を合わせればヴォ―ダン・オージェが過剰反応して激痛と共に脳へと情報を伝えてくる。長年この痛みに耐えてきたアイズはそれを抑える方法もある程度は知っていた。

 

「くそっ……!」

 

 だが、それでも今のこの呪いの目はアイズの命を削るかのように痛みを与え続けている。こうして立って歩くだけでも、まるでギロチン台へ向かって歩くかのような気分にさせられる。

 いや、実際にそれは正しかった。今のアイズにとって、“目を開けて動く”という行為は紛れもなく命を削るに等しいものだった。

 しかしアイズは壁に身体を預けながら、それでも止まらない。先程からずっと続く爆発音と振動が地下のここまで伝わってくる。セシリアや束が戦っているのだ。

 決して二人を信じていないわけじゃない。アイズにとってセシリアと束はなによりも信じられる存在だし、そして同時になによりも大切な恩人だ。

 だからこそ、アイズは“もしも”を怖がる。

 

 セシリアが、束が、いなくなってしまうことを誰よりも怖がっている。

 

 だから、アイズは死に瀕しているとしても、戦うことを選ぶ。きっとセシリアにも束にも迷惑をかける。泣かせるかもしれない。それを理解してなお、アイズは戦いを選んだ。

 無力であること。それがなによりも許せないから。

 

「はぁ、はぁっ」

 

 息も絶え絶えになりながらアイズは束のラボの一角にある格納庫へと入る。そこにあるのは、久しく触れていなかった己の機体、試作第三世代型『レッドティアーズ』。未だ専用武装も完成しておらず、素体となる基本フレームしかない状態だ。しかし、アイズが使える機体はこれしかない。

 アイズは震える手でレッドティアーズへと触れる。

 

「ボクの声に応えて………レッドティアーズ」

 

 その声に反応するようにレッドティアーズが起動する。即座にアイズが機体を纏い、出力を上昇させる。アイズの体調は最悪、レッドティアーズも長期間凍結状態だったため万全とはいえない。だが、それでも構わずにアイズは地下から地上へと通じる緊急脱出シャフトへと向かう。武器として、格納庫にあった試作型近接刀『プロト-プロキオン』のみを携える。

 

「ボクは、きっと馬鹿なことしてるんだろうな」

 

 アイズは直上へと伸びるシャフトを見上げながらふとそんなことを呟いた。今の自分が、どれだけ戦えるかもわからない。すぐに力尽きることだって十分有り得る。

 だが、それでもアイズには迷いはなかった。

 

「行くよ、レッドティアーズ。ボクだって、戦うんだ!」

 

 

 

 かくしてアイズは戦場へと飛翔する。それがどんな結果を生み出しても、アイズはこの選択を悔やまなかった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「アイズ! なにをしているのです!? すぐに退きなさい!」

『アイちゃんダメ! 本当に死んじゃうよ!!?』

 

 セシリアと束が必死になって呼びかけるが、それでもアイズは戦いをやめなかった。当然だ、今のセシリアは行動不能にまで追い込まれているし、束も拠点防衛で精一杯の状態だ。ここでアイズが退けば間違いなくセシリアは死ぬ。そうなれば、このアヴァロンが落ちるのも時間の問題だ。

 アイズがいなければ全て終わっていたのだ。

 そしてそれは今も継続中だ。アイズが文字通り命と引き換えに時間を稼いでいることで、この島にいる人間の破滅を防いでいるのだ。

 セシリアや束もそれはわかっている。寸前のところで全滅を防いでいるのはアイズなのだ。だが、感情はそれを許容できない。アイズは、紛れもなく死にかけているのだ。

 

「うああああああッ!!」

 

 アイズは絶叫を上げて無人機を斬り裂いていく。背後からの奇襲すら察知して対処していくアイズは単機でありながら完全にその戦場を支配していた。近づくものはすべて斬り捨てられ、遠距離からの銃撃や砲撃は悉くが回避され、さらにはブレードで切り払われる。それはたとえ背後から襲いかかっても結果は同じであった。なにをしても一切の反撃を許さなかった。

 鬼神のように多数の無人機を相手に戦っているが、それがあの金色の瞳“ヴォ―ダン・オージェ”の力を使っていることは疑いようがない。しかし、明らかにその様子は異常であった。

 圧倒しているにもかかわらずに、アイズの顔色はどんどん悪くなっている。両目からは真っ赤な血が流れ落ち、歯を食いしばって痛みに耐えている。赤い装甲色をもつ機体レッドティアーズがその名前のように、まるで血の雫そのものであるかのように見えてしまう。

 

「がっ、……うぁああ!!」

 

 苦しむように叫ぶアイズが右目を押さえる。しかし、この状況で視界を減らすことの危険性をわかっているアイズは痛みを無視してなおも敵を見据え続ける。敵を全滅させるまで、戦うことをやめるつもりはなかった。

 死ぬかもしれない。その恐怖はあった。だが、それを上回る恐怖がアイズを動かしている。セシリアを、束を、守れないことが、失うことが、アイズにとって命よりも重いこと………アイズはそれを行動で示したのだ。

 

 アイズの瞳はその力を存分に発揮している。敵の動きすべてを見切り、未来予測を導き、死角すら察知する超常の能力でアイズに味方した。確かにこのままなら残る無人機もアイズだけで全滅させることもできるかもしれない。

 

「はー、はーッ………ッ」

 

 どんどん荒くなっていく呼吸、真っ赤に充血した瞳、その真っ赤になった眼球から浮かぶように光る金色の瞳。そこから溢れるのは顔を真っ赤に染めるほどの血液。目の周辺の神経が過剰に酷使されているのか、皮膚の下から脈が浮かび上がっている。

 

「はぁ、はっ………」

 

 悪化する状態とは関係なく、金色の瞳がわずか視界の端に映った敵機に反応する。すぐさま反射的にぎょろりと眼球が動き、砲撃を発射しようとする機体を捉えた。距離が遠い。だが対処可能。そうした思考を即座に処理してアイズは手に持った唯一の武装であるブレード『プロト-プロキオン』を投擲した。

 それが寸分たがわずに攻撃体勢の敵機の中心部に突き刺さる。スパークしながら落下していくその機体を他所に、武装をなくしたアイズに多数の敵機が襲いかかる。

 はじめに接近してきた機体のブレードの斬撃を躱したアイズは一瞬で背後に回ると両腕で首を抱き、そのまま勢いよくねじ切った。そのまま背後の二機目を振り向きざまの貫手を放つ。関節部の装甲の隙間から内部機構を破損させ、そのまま一気に関節部を破壊する。同じように武装を一切使わずにワンアクションで手足や首をもぎ取っていく。

 無論、レッドティアーズにそこまでのパワーはない。だが、アイズはわかっていた。無人機の構造を解析し、どこをどうすれば破壊できるのかわかっているのだ。無人機とはいえ、基本は人体の動きを模した構造をしており、内部機構は人工的な筋肉に近い。靭帯の役目をするカーボンナノチューブ集積帯にわずかでも欠損があれば強度は激減する。アイズはそれを狙って引き起こしている。

 今のアイズなら方法さえあれば、それを簡単に為してしまう。まるで職人のような鮮やかな解体であった。

 

 そしてその代償のように、――――――――アイズの右目が、死んだ。

 

「がッ、ああああああっ!!!」

 

 右目の視神経が完全に焼き切れた。痛い、という言葉ではもはや足りない。まるで神経が赤熱しているようで、その不快感と拒否感がアイズのかろうじて繋いでいる理性を蹂躙する。

 アイズが一際大きな悲鳴をあげる。

 右目は完全に閉じられ、それでも瞼の隙間からドロドロとした血液が流れ続けている。見ているだけで目をそらしたくなる凄惨な姿であった。

 

 それを見ていたセシリアは、もう顔を真っ青にして硬直していた。

 アイズの戦う姿は確かに凄まじかった。あれだけの劣勢を覆す勢いで敵機を破壊し続けるアイズは、まるで修羅のようであった。そして、満身創痍のアイズにあれだけの力を与えるヴォーダン・オージェがどれだけ凄まじいものなのか改めて実感する。倫理感が許さないが、あれを兵器として使おうという発想も、これをみれば納得してしまいそうだ。それほどまでにその力は絶対的ともいえるほどに強大であった。

 だが、アイズを見ればそれを人が使うことがどれだけの禁忌なのかも同時に理解してしまう。まさに命を削りながら行使する禁断の能力。その結果は、今のアイズが示していた。

 

「アイズ……お願い、もうやめて……! やめてって………言ってるでしょう!」

 

 セシリアは知らずに涙を流しながらアイズに必死に呼びかける。だが、それもアイズには届かない。もうそんな余裕すらない。残った片目でなおも戦場を睨むアイズは、まったく退く様子を見せなかった。

 ダメだ、と悟ってしまう。これ以上戦わせることも、そしてアイズを止めることも。自分には、できない。ならばどうする、どうすればいい。思考の袋小路にはまったようにセシリアは混乱から抜け出せない。

 そんなセシリアを叱咤するように回線から束の怒声が響いた。

 

『なにやってるのセッシー!! はやくアイちゃんを止めろ!』

「ッ!?」

『このままだと、本当にアイちゃんが死んじゃうよぉっ!!』

 

 セシリアはこのとき、はじめて束が泣いているとわかった。その束の声が、セシリアの冷静にさせた。

 アイズを止めるのは現状では無理だ。今のセシリアはもはや動けるような状態ではないし、束も非戦闘員を守っている状態だ。アイズのフォローなんてできない。

 そしてアイズが戦うことをやめればどのみちこのアヴァロンは落ちる。そうなれば結局アイズは死ぬ。そんな状況下でセシリアができることはたったひとつだ。

 

「ぐうっ……」

 

 セシリアは痛む全身に鞭を打って這うように移動する。そして破壊された無人機の腕を掴み、その腕が握っていたビーム砲を手にした。同じISサイズ、エネルギー供給とトリガーのコントロールさえ掌握すればセシリアでも使えるはずだ。

 

「お願い、……!」

 

 当然、ビーム砲の使用権限のためのコードは持っていない。それを直接ブルーティアーズにつなげ、ダイレクトに無理矢理その兵器とアクセスする。異分子を接続したためにブルーティアーズのOSが拒否反応を示すが、それを無視してビーム砲を構えた。

 

「止められないのなら………!」

 

 アイズは止まらない、止められない。ならば加勢するしかない。一秒でも早く殲滅してアイズが戦う理由を無くすしか、アイズを救う道はない。アイズ自身を代償とした戦果は既に敵機を残りわずかにまで追い詰めている。このままいけばアイズが勝つだろうが、今は時間をかければかけるほどアイズの命が消える確率が高くなる。たった一機だけでも、セシリアが落とせればその分アイズの寿命は伸びる。

 

「くっ………」

 

 慣れないビーム砲を構えながら、必死に照準を定める。無理をして使っているのだ。撃てるのはおそらく一発のみ。一機落とせれば御の字だろう。だがそれが至難だった。ブルーティアーズもすでに限界だ。ハイパーセンサーにもノイズが交じり、セシリアはほぼ目視のみで照準をしている。

 片足を骨折しているために体勢もよくない。しかも今のセシリアは片目しか見えていない。ただでさえ慣れておらず、試射すらできていない銃器だ。距離感すら勘と経験則で狙っている。まともにやって命中できるような状態ではなかった。

 

「それでも」

 

 それでも、セシリアは必ず当てる。狙撃手としての矜持、IS操縦者としての意地、そしてアイズを守る誓いのために、外すことは許されない。

 

「―――――Trigger」

 

 そして、セシリアは引鉄を引いた。そこに明確な思考があったわけじゃない。これまでの経験から当たると思った瞬間にはもう指が動いていた。

 大出力のビームが発射される。無理な体勢であったため、耐ショックすらまともにできなかったセシリアがその反動で吹き飛ばされた。身体に激痛が走るが、それでも残った片目でビームの行方を追った。

 

 セシリアの放ったビームは、アイズの背後から迫っていた敵機の頭部を消し飛ばし、さらに射線上にいたもう一機の胴体を貫いた。同時に、アイズが正面の最後の機体を真っ二つにする姿が見えた。背後の敵に反応していたのだろう、すぐさま迎撃行動に移るアイズが、セシリアによって破壊されたことを悟ったように顔を向けてきた。

 真っ赤な血化粧をしたアイズと目が合う。

 互いに不思議と長く感じるわずかな時間見つめ合うと、アイズが穏やかな表情を見せて口を動かした。距離があるために声こそ聞こえなかったが、セシリアにはその言葉が伝わった。

 

 

 

『ありがとう』

 

 

 

 そうしてアイズは笑った。セシリアもつられるように笑みを見せた。結局、アイズとセシリアが互いに半数の機体を破壊してアヴァロンを襲撃した無人機群を全滅させた。防衛機能があったにせよ、わずか二機のISによる戦果としては信じられないほどのものであった。

 多くの被害を出しながらも、奇跡的にも死者は出さなかった。しかし重軽傷者は百人を超え、島の施設は半壊。その被害は甚大なものであった。

 

 それでも、生き延びた。守りきった。

 

 アイズは、それを誇るでもなく、ただ儚い笑みを浮かべながらセシリアのいる瓦礫となった施設跡へと降り立ち―――

 

 

「アイズっ!?」

 

 

 そのまま、血だまりに沈んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 襲撃から翌日。

 動けない重症患者以外は基地の復旧作業を行っていた。既に本社のほうからの応援も到着しており、多くの医療スタッフが動き回っていてさながら野戦病院のような様相であった。

 イリーナからの命令で多くの人員が派遣され、早期に島の機能回復が命じられている。同時に今回のような無人機の襲撃の警戒を強めるためにすぐに防衛設備の回復と増強作業が行われていた。医療スタッフと技術スタッフたちが忙しく動く中、篠ノ之束もまた休むことすらしないで動き続けていた。

 本来なら束が島の技術スタッフの統括をするのだが、束はたった一人の少女だけにつきっきりであった。しかし、誰もそれを咎めない。イリーナも何も言わなかった。なぜなら、その少女は傷つきながらもこの島を救った人物であり、束自身が一番可愛がってきた存在だ。

 束の顔にも疲れが見えるが、その目は強い意思を宿しており目の前で横たわる少女に向けられていた。

 

 全身に包帯が巻かれているが、身体はそこまでひどくはない。身体の損傷ならセシリアのほうがひどかった。だが、この少女……アイズ・ファミリアは生きていることが不思議なほどの状態だった。その両目には医療器具ではなく、束の手製の機械がつながれており、束はその機械から送られる観測データを見ながら凄まじい勢いでキーボードを叩いている。

 だが、止まることなく動いていた指が背後に気配を感じて止まる。

 

 それが誰かわかっている束は椅子ごと振り返りながらやってきた人物を迎え入れた。

 

「もう動いていいの? セッシー」

「…………問題、ありません」

 

 セシリアであった。脚を骨折しているため、両手には松葉杖があり、顔の半分も包帯で覆われている。それだけでなく、羽織った服の下にも生々しく血で滲んだ包帯が見え隠れしている。自慢の金髪もところどころが焦げて色褪せてしまっている。

 しかし、そんなことはどうでもよかった。今のセシリアにとって大切なものはただひとつだけだ。

 

「……アイズは?」

「……………」

 

 束の目が、本当に聞く勇気があるのか? と無言で問いかける。その目に気圧されながらも、セシリアは頷いた。 

 

「………最後のセッシーの撃破がなきゃ、おそらく助からなかった」

 

 最後にセシリアが二機を破壊したおかげで、アイズの戦闘時間が十秒ほど削れた。それがアイズの明暗を分けたのだ。おそらくその十秒の戦闘行動が存在していれば、アイズの限界を超えたというのが束の意見だった。根拠がないわけじゃない。アイズの今の状態から、そう確信しているのだ。

 最後のセシリアの悪あがきが、結果としてアイズを救った。それは確かだった。

 

「結論を言えば、アイちゃんは助かる。死にはしないよ。危なかったけど」

「そう、ですか………」

 

 深く安堵の息を吐く。しかし、束の次の言葉がセシリアの心に罅を入れた。

 

「でも、もうアイちゃんは夢を見られない」

「え?」

「両目の視神経が完全に死んだ。もう、アイちゃんは空を見上げることはできない。そんなことしても、もう意味なんてない」

 

 セシリアがその言葉を理解するまで数秒を要した。

 だが、その意味するところを悟ったセシリアは顔を蒼白にしてその場に膝をついた。松葉杖がカタンと音を立てて転がるが、セシリアは床を見つめてただ呆然とするだけであった。

 

「…………でも、これでよかったのかもね」

「え?」

「アイちゃんを苦しめてたあの金色の呪いの瞳も消えた。これで、今までのように苦しむことはなくなる」

 

 夢と同時に、痛みも消える。なんという皮肉か。アイズを苦しめていたものは、それは同時にアイズに必要なものなのだ。

 

「………私が話したことは、覚えてるね?」

「………はい」

「今なら、まだ処置はできる。あなたが決めて」

「私、が?」

 

 束が言った、アイズを救う方法。それはアイズの身体を改造するに等しい行為。

 

「ISのハイパーセンサーと接続して、癒着させる。アイちゃんはISの生体パーツに等しい存在になるかわりに、その目の制御を得る。ナノマシンの制御をするにはこれしかない」

 

 それが、束が考案したAHSシステム。本来なら非人道的な方法を取らなくても実現できるのだが、アイズの場合は既に目にナノマシンが癒着しているために、必然的にアイズそのものをISのシステムに組み込む必要が出る。

 よく言えば、ISを生命維持装置とする。悪くいえば、ISの生体部分となる。そんな方法だった。そのために、アイズをISに組み込む。本当の意味で、レッドティアーズをアイズ専用機とするのだ。

 

「アイちゃんはしばらくは目覚めない。でも時間はあまりない。視神経のナノマシンまで機能停止したら、もうどうにもできなくなる」

 

 つまり、今ここで選択しなくてはならないのだ。アイズの人生を、アイズではない誰かが選ばなくてはいけないのだ。

 苦難を背負い、夢を追う生き方か。目の喪失を代償に夢を諦めることで、平穏な生き方を選ぶか。

 

 束は、セシリアにそれを選べと言っているのだ。

 

「私は………」

「あなた以外、誰がアイちゃんのことを決められるの? 覚悟を決めろセッシー」

「ッ……」

 

 セシリアは迷った。

 アイズが、夢を糧にして生きていることは誰よりも知っている。それを無くしたと知れば、きっと絶望するだろう。それでも、それを受け入れて生きることだってできるかもしれない。しかし、きっとアイズは笑わなくなる。

 もし、目が甦れば、またその目に宿った呪いすら再び背負うことになる。それでも、アイズはそれを受け入れるだろう。それだけの痛みがあろうと、どれだけの苦難があろうと、今回のようにアイズはそのすべてを受け入れて戦うだろう。

 アイズに傷ついてほしくない。幸せになって欲しい。イコールで結べるはずのそれは、相反してセシリアを迷わせる。

 

「…………セッシー、あなたじゃアイちゃんを救えない」

「っ!!」

「私がアイちゃんを救う。私なら、それができる。………だからあなたは、アイちゃんを守るんだ」

「守、る……?」

「アイちゃんが幸せになる道を、あなたが選ぶんだ。そして、その道をあなたが守るの。邪魔するものはすべて排除して、アイちゃんを、アイちゃんの希望を守る銃弾になれ。“その道を、選べ”」

 

 束の言葉は容赦がなかったが、それでもそれは激励だった。

 セシリアがどの選択をしても、後悔すること、させることは許さない。その選択を貫き通さなくてはならない。それが、セシリアの義務であり、責任だ。

 アイズが戦う道を往くのなら、セシリアはそのアイズの道を阻むものを撃ち貫くのだ。

 

 それが、選択する覚悟だ、と。

 

「…………………………お願い、します」

 

 長い時間沈黙していたセシリアが、覚悟を決めて束を見上げた。そして、これから先、セシリアの戦う理由となる………セシリアとアイズの二人が往く道を選んだ。

 

「アイズの夢を、消さないでください……!」

 

 

 

……………。

 

 

………。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「ボクは、幸せ者だって心の底から思うよ」

 

 既に深夜、アイズはアヴァロン内にある宿舎のテラスから空に浮かぶ満月を見上げていた。さきほどまでラウラや簪と一緒にベッドで眠っていたのだが、ふと空が見たくなってこっそり抜け出したのだ。

 昼間に昔話をしたためだろうか。かつて、ここで起きた戦いを思い出しながら、アイズは自身の目にそっと触れる。

 あのとき、アイズが目覚めたとき知らされたのは、両目を失ったことだった。そのとき、アイズは間違いなく絶望した。もう、空を見上げられない、大好きなセシリアや束の顔も見れない。それが心を抉った。そして同時にそうしてまでセシリアたちを守れたことに満足した。

 アイズは、なにかを為すとき、必ず痛みを受け入れる。その痛みがどんなものでも、一度決めたことなら、絶望しても必ず受け止める覚悟があった。

 

 でも、そんなアイズにセシリアと束は道を残してくれたのだ。無茶をして、自滅した自分のために、夢の続きを残してくれた。セシリアはその選択を自分がしてしまったことを謝ったが、アイズには感謝しかなかった。

 そこまで心を砕いてくれる親友に、感謝こそしても、恨むなどありえない。

 そして、今では多くの友に恵まれた。あのあと、自分の過去を悼んでくれた皆が気遣ってくれたし、特にラウラと簪は先程までずっと一緒にいてくれた。ただそばにいるというだけで、どれだけ嬉しかったか。

 こんなにも大好きな友に囲まれて、そして、夢を見ることができて、………諦めずに戦う道を往くことができる。これが、幸せでなくてなんというのか。

 

「ボクは………この恩を、どうすれば返せるんだろう」

 

 もう何度もした自問自答。その答えはでない。しかし、自分が夢を目指すこと、それを諦めないことが、そのひとつの答えだと今ではわかっている。

 

「うん、わかってる………今のボクができることは、前に進むことくらいだって」

 

 そして、それは皆と一緒になって進む道なのだ。多くの苦難があった。そしてこれからもそうだろう。アイズは、それを受け入れている。シールとの因縁も、亡国機業との戦いも、すべて受け入れて戦うことをもう選んだのだ。

 ならば、迷う必要なんてない。

 

「……………綺麗な空」

 

 澄み渡る星空。その星の天蓋の下で、アイズは淡く輝く瞳を空へ向ける。

 

 ただそれだけのことすら、奇跡なのだと確かめるように。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「すいぶん派手にやられたようねぇ」

「申し訳ありません」

「別にいいのよ? そのほうが面白いでしょう?」

 

 亡国機業の中でも一部のものしか知らないこの場所はそのトップである“プレジデント”……マリアベルの部屋であった。そこに訪れたスコールは先の無人機プラントの襲撃に関する報告書を読み上げていた。ひとつのプラントが壊滅したというのに、それを聞いているマリアベルは楽しそうに笑うだけであった。

 

「ずいぶんと面白いことになってきたわねぇ。でもこれで篠ノ之束がイリーナと繋がっているのはほぼ確定ね」

「確証はありませんが、その可能性は高いかと」

「では次のステージへと移りましょう。まずはこの報復からしないといけないわねぇ」

「それでは?」

「ええ、使用可能な無人機を用意しなさい。ついでにいくつかの新型のテストもさせましょう」

「では用意が出来次第、島へ侵攻を……」

「ああ、そうじゃないわ」

 

 不思議そうにスコールがマリアベルを見た。報復行為ならカレイドマテリアル社の技術の中枢であるアヴァロン島を攻めるのが常套のはずだ。

 

「あそこは防御が完全ですし、こちらの被害も甚大となるでしょう。被害自体は構いませんが、あちらにダメージはそうそう与えられません。それでは面白くありません」

「では、本社のほうを?」

 

 行政特区内のカレイドマテリアル本社を狙うというのはまた大事になる。秘匿しやすい島への侵攻はともかく、本社を攻めれば確実に人の目に止まる上に、他の企業にすら被害を及ぼすだろう。

 

「あなたは相変わらず遊び心が足りないわね、スコール。もっと面白い場所があるでしょう?」

「と、いいますと?」

「あそこと繋がりがあって、意趣返しができる最高の舞台があるじゃないですか。………そして盛大にやりましょう。マドカ、オータム、シールも動員しなさい。そして用意できる全戦力でもって………」

 

 そして魔女は嗤って標的を告げる。次なる戦いの舞台、そして無邪気な悪意の向かう先、そこは――――。

 

 

 

「IS学園を襲撃しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

  




今回でchapter6の過去編は終了です。そして次章の戦いの舞台は再びIS学園へ。

IS学園対亡国機業の全面戦争の始まりです。

おそらくこのあたりが折り返し地点。多分。物語もこれからだんだんとクライマックスへ向かっていきます。

次章に行く前に番外編を挟みます。友人からそろそろキャラや設定まとめが欲しいと言われたのですがこの機会に作ったほうがいいですかね?

更新ペースは遅めですが、徐々にまた早めていきたいと思います。

ではまた次回に!


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Act.62.5 「未来への糧」

今回はAct62の捕捉となります。




【side 鈴】

 

 気という概念は実は自分にもよくわかっていない。丹田に溜め、身体を巡らせる気合のようなもの、という漠然とした解釈をしているだけだ。

 お師匠からは明確に言葉にできなくても感性で理解すればいい、と言われているのでそれ以上考えたこともない。ただ、己の身体をめぐるなにかの力は常に感じている。

 その力……気を身体に巡らせ、それに乗せて己の意思を宿す。

 

 強く在りたい、もっと、もっと。意識を抽出させ、練りこむようにすると身体も活性化する。そして体内を巡る気を操り、拳へと集中させる。淀みなく流れるように繰り出す。もちろん、いつもいつもこんなことを考えてやっているわけじゃない。身体に染み付いた動きを言葉にしてみたら、こうなっただけだ。

 

「撥ッ!」

 

 ドン、という音を立てて掌を当てた大木が震える。触れた幹には罅が入り、真っ二つになるように大木に割れ目が走った。

 …………ふむ、まぁこんなものか。お師匠ならあっさりと木っ端微塵にできるだろうけど。くそ、あの脳筋、いったいどんな鍛え方してんだ?

 

「相変わらずお見事ですね」

「なんだ、見てたんだ」

「よく言うよ。僕たちがいるって気づいていたくせに」

 

 振り向くとそこにいたのはドリンクを持ったセシリアとシャルロット。確かに気配はずっと感じてたけど、誰かまでは断定できてなんかないし。そこまでいくとアイズ級の気配察知が必要だろう。

 二人ともずいぶんラフな格好をしているからか、薄着のせいなのか、忌々しい胸のふくらみがやたらと目を引く。おのれ、その胸はあたしに対する皮肉かちくしょう。ラウラはともかく、アイズなんか背丈はあたしと同じくらいなのに、発育が段違いだ。くっ……!

 

「なんで悔しそうな顔してるのかな?」

「鈴さんにもいろいろあるのでしょう」

 

 黙れ金髪巨乳コンビめ! 女はなぁ、胸じゃないんだよ! 脚だよ! みなさいこの自慢の美脚を! ………青痣だらけじゃねぇか!

 

「ぐぬぬ……っ、こほん。それよりセシリア、あんたアイズについてなくていいの?」

 

 さきほどまで、波乱万丈という言葉でも足りないくらいの凄まじい昔話を聞かされた。篠ノ之束博士の、そしてアイズとセシリアの過去の話だ。あたしはISに対して、この三人のような強い思い入れはないかもしれない。相棒である「甲龍」はもちろん大切だが、兵器だなんだのという議論は正直あまり興味がない。

 お師匠がいつも言っていることだけど、力はあくまで力。それをどう使うのかは結局は人間。そして人間とはそういうものだ。個人の意思が、やがて波となって世界を覆う。それが、兵器としてのあり方だった。そりゃあ、裏事情を聞けばそう誘導したやつらには敵意しか抱けない。ただ夢のためにがんばってた博士を利用し、アイズを利用し、そしてすべてを壊そうとした連中だ。どうあっても好きにはなれない。

 そして、そんなやつらを相手に抗い続けるアイズたちには、素直に尊敬の念を抱いた。あたしにはそこまで空への渇望はないが、大好きな親友たちの願いだ、応援したいという気持ちは大きい。

 

 あたしがISに関わるのは、ぶっちゃけ、たまたまだった。

 熱中したいものを探していて、日本に戻りたくて、そんな中見つけたのがISだった。もちろん、今ではISは、「甲龍」はあたしの大切な相棒で、こいつと一緒にどこまでも、いけるところまでいきたいと思っている。

 でもアイズたちは違う。いけるところまでじゃない。しっかりと行きたい場所があって、そこに届かせるために戦っている。

 刹那的な衝動のままに突き進むあたしとはまったく違う。そんな生き方が、少し眩しい。

 

 まぁ、アイズも、そしてあったばかりの束博士も、どうやらかなりの寂しがりのようだけど。あの二人が同じ夢を持ったから、ここまでやってこれたんじゃないかと思う。ひとりだったら、どちらも志半ばで折れてたか、もしくは歪んだ夢に変質でもしていたか。そうやって気持ちを共有できる存在がいるっていうことは、きっと救いだったんだろう。

 

「昔話をしたせいか、けっこうナイーブになってるみたいだったじゃん? ああいうときってそばにいてあげたほうがいいんじゃない?」

「毎回思いますけど、鈴さんはそういうことには敏いですよね。将来はカウンセラーなど似合うのではないですか?」

「あたしがカウンセラーしたら、拳で悩みを吹き飛ばすくらいしかできないわよ」

 

 カウンセラー(物理)とか誰得よ。てかそんなんカウンセラーとは言わないわ。少年漫画じゃないっつーの。

 まぁ、あたしはお師匠と違って脳筋じゃないし。これでも頭はいいほうだ。でなきゃ国家代表候補生なんてなれないわけよ。特に理数系は先生から徹底的に仕込まれたし、戦術論だってそうだ。まぁ、あたしがそう見られてないこともわかってるけど、それはあくまであたしの性格のせいだし。

 

「で、アイズは?」

「今は簪さんとラウラさんがついています。あの二人なら大丈夫でしょう」

 

 あー、そりゃあ、あの二人は特にアイズのことが大好きだからなぁ。ラウラは初対面の態度が信じられないようなほど懐いてるし、簪のほうは完全に恋する少女だ。まぁ、あたしもアイズのことは大好きだし、なんか、こう、あの子ってすっごい可愛がりたいのよねぇ。甘えさせたいっていうか、小動物系っていうか、とにかくそんな魅力がある。それでいてあたしらの中じゃ一番頑固で意地っ張りなのもアイズだ。ま、昔の話を聞いた今じゃ、その覚悟のほどは少しはわかるけど………見ていて心配になるのよねぇ。

 

「あんたは大丈夫なの、セシリア?」

「私の場合、アイズや束さんほど純情ではありません」

「とか言ってるけどどう思いますかシャルロットさん?」

「セシリアさんも同じで意地っ張りだって思いますよ、鈴音さん」

 

 二人してそう言うとセシリアが苦笑していた。あんたもけっこう背負い込むタイプだろうに。話を聞いただけだけど、アイズが目を失ったっていうとき、あんたがどれだけ傷ついて、自分を責めたことか………少しでも吐き出せば楽になるかもしれないのに、こいつは全部抱え込んじゃうし。

 

「そういえば気になったんだけど………」

「なんです?」

「アイズや博士はともかく………あんたも同じ夢を持ってるの?」

 

 アイズと博士の夢についてはよくわかったけど、セシリアの夢は聞いていない。ただ、セシリアがアイズを守ることに執着しているのはわかる。だけど、それは夢とは違うだろう。なら、セシリアにそういった願いはないのだろうか。

 

「………先程も言いましたが、私はアイズたちのように純情ではありません。確かに素敵なことだと思いますが、夢というほど純粋なものではありません」

「そうなの?」

 

 シャルロットが不思議そうに言うけど、あたしはなんとなくわかる。セシリアはもっとリアリストな感じがするし。

 

「そうですね。………私は、もう夢を失ってしまったから、ですかね」

「どういうことよ」

「昔はあったんです。でも、それはもう不可能になってしまった。しかし、私にはするべきことがあります。義務と責任を果たしていく中、ただひとつ、我侭にも似た自分の願いがあるのです」

「それが、アイズね」

「あの子の夢を叶える。そして幸せにする。それが私の我侭です」

 

 きっぱり言い切ったな。まぁ、潔いのは好感がもてる。穿った言い方をすれば、今の世界は例え誘導されたとしてももう受け入れられてしまった世界だ。それを覆そうっていうのは、どちらかといえば反逆者といってもいいかもしれない。そこに正しい、正しくないなんてあまり意味はないのかもしれない。夢っていうのは、つまりは自分勝手な我侭にも似ている。そして、きっとセシリアは、アイズや博士もそれを自覚している。今まであたしはセシリアやアイズから言い訳のようなものを聞いたことすらない。

 夢のために世界を変革する。いろんな思惑はあるのだろうけど、こいつらは、カレイドマテリアル社は、そのために動いている。

 

 世界を変えてまで叶えたいもの、か。

 

「面白いわね」

「なにがです?」

「あんたらよ、あんたら。ほんとうに一緒にいて退屈しないわ。きっとこれからもそうなるでしょうしね」

 

 今回も相当だったけど、きっとこれからもセシリアたちは大きな厄介事に自ら飛び込んでいくだろう。そしてあたしは、きっと同じように飛び込む。

 

 理由? さぁ、どうでもいいんじゃないの? ただ、あたしがそうしたい。あたしの心が、そうしたいって言っている。それだけであたしが戦う理由としては十分なのだ。

 

「そういえばあたしは明日には戻るけど、あんたらはしばらくここにいるって?」

「ええ、新学期から欠席するのは申し訳ないですけど……」

「こんな状況だしね。仕方ないかな」

 

 セシリアもシャルロットも揃って苦笑している。まぁ、殴り込みをしたあとだ。報復を警戒するのは当然か。

 あたしと一夏、箒と簪は明日には日本のIS学園へと戻ることになる。だけどセシリア、アイズ、シャルロットにラウラの四人は二週間ほど遅れて戻るという。

 

「あんたら、いずれ辞めたりしないわよね?」

「それはない、と言い切れないのが辛いところですね」

「僕たち、今はちょっと立場が特殊だから」

 

 カレイドマテリアル社技術部試験部隊。秘匿部隊ゆえに部隊名もないそうだが、そこはある意味カレイドマテリアル社の命運を背負った部隊だ。その隊長であるセシリア、そして社長令嬢となったシャルロット。いろいろ複雑なものが多いのだろう。

 

「もともと私とアイズが入学した理由からズレてましたしね。将来的に味方を増やすためのパイプ作りが目的でしたから」

 

 なるほど、IS学園に入学する連中はエリートばかりだ。将来重要なポストに就くことも十分考えられる。今の段階で味方を作っておけば、世界の変革にも有利に働くってわけね。

 

「あと、アイズに普通の学校生活を送らせてあげたかったですから」

「そっちが本命なんでしょ」

 

 アイズの場合は純粋に学校を楽しんでいた。そしてセシリアはそれを優しく見守っていた。まるで妹を心配する姉みたいに。あんな姿を見れば、セシリアの本心がどっちに傾いているかなんて一目瞭然だった。なんだかんだいって一番アイズに甘いのはセシリアだ。怒るときは怒るけど、誰よりもアイズのことを思っているのは間違いなくこいつだ。

 

「あたしも、あんたらがいなくなるのはつまらないからね。先に行って待ってるわ」

 

 でも、いずれ自分はセシリアたちも同じ道を行くような気がする。ただの勘だけど。

 

 まぁそれもいいじゃないか。

 

 あたしは、凰鈴音は、そんなバカみたいに突き進むこいつらが大好きなのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

【side 箒】

 

 目の前に姉さんがいる。

 

 あれから時間をおいてある程度落ち着いた皆はそれぞれの時間を過ごしているが、私は一夏と一緒に久しぶりに会う姉さんの部屋で三人で過ごしていた。ここに千冬さんがいないことが惜しいね、と姉さんが苦笑していたけど、それでも私にとっても懐かしいと思える時間だった。

 

 今まで行方知らずだった姉さんと再会して、そしていなくなってしまった理由を聞いて、それでもまだどこか複雑な思いは晴れなかった。

 夢を追いかけていただけの姉さん。それを利用され、逃げるしかなかった姉さん。私になにも言わなかったことも、私の安全のためだった。姉さん自身に対する交渉カードとして私が保護プラグラムを受けたことも、身の安全を確保する手段がそれしかなかったから。

 それでも、姉さんは後悔しているのだろう。寂しい思いをさせてごめん、と何度も泣きながら謝ってくれたのだから。

 確かに私が寂しい思いをしてきたことは確かだし、姉さんを恨んだことも、………正直にいえば何度もあった。どうしていなくなったんだ、なぜ連絡ひとつしてくれないんだ、と。

 でも、もともと不器用な人だ。それが姉さんにとって精一杯のことだったと聞いて、どこかほっとした。

 私は捨てられたわけでも、愛想をつかされたわけでもなかった。それが嬉しくて、自分でも不思議なくらいに安心した。

 

 それで気づいた。私は、姉さんに嫌われたんじゃないかと、ずっと不安だった。恨み言もその裏返しだった。だから、私は今でも、姉さんのことが好きなのだと再認識できた。それだけで、救われた気がした。

 

 そう言ったら、姉さんはまた大泣きしてあやすのが大変だった。こういうところは昔から妹の私より子供っぽいんだから。

 

 そして、姉さんの過去から今に至るまでの道は私が思っていた以上に苦難に満ちたものだったのだろう。どこか疲れた顔を見せる姉さんだったけど、それでも昔のように子供のような純粋な笑顔を見せてくれた。

 私も、おぼろげだけど思い出した。姉さんが、「いつか、とっておきのものを箒ちゃんにあげるからね」と言って笑いかけてくれていたことを。

 それが、ISだったのだ。でも、それは姉さんの望んだ形から歪められ、姉さんを苦しませることになった。それでも、姉さんは諦めていない。私に今でも「とっておき」のものをあげるために頑張っている………それがわかる。姉さん自身の夢だからというのもあるだろう。でも、きっかけは私だったのだ。今でもそれを追いかけている姉さんを嬉しく思う自分がいる。

 

 私は、……おねえちゃんっ子だったようだ。

 

 しかし、そんな姉さんの作ったISを今までずっと敬遠してきたことは、申し訳なく思う。ISに関わるたび、いなくなった姉さんを思い出すことが嫌だった。今にして思えば、寂しい気持ちが想起されるからだったのだろう。

 だから積極的に関わろうとしてこなかった。事情を知った今、そんな気持ちは薄れているが、今から私がISに乗って皆のように戦おうとしても足でまといにしかならないだろう。生身ならいざ知らず、ISに関する技術はIS学園内でも底辺に近いはずだ。

 アイズをはじめとした皆とは、その実力の差は比べることすら烏滸がましいだろう。

 

 なら、私には、いったいなにができるのだろうか。

 

「姉さん」

 

 思考から意識を戻して顔をあげる。姉さんと一夏、久しぶりにこの三人で顔を合わせていることも私の弱音を吐き出すことを後押ししていたのかもしれない。

 

「私も……姉さんを手伝いたい。でも、なにができるのかわからない」

「箒ちゃん……」

「なにか、なにかできることはないだろうか」

 

 自分の力を過信することはない。一夏は皆からその高いセンスを認められているが、私にはそんな才能はない。

 

「箒ちゃん、気持ちは嬉しいけど………私たちがしていることは、決して綺麗なことじゃない」

「でも」

「私たちは、目的のために世界に革命を起こすことだってためらわない。あのアイちゃんだって、自分たちのエゴを自覚して戦ってる。確かに今のこの世界は、私の夢を汚された世界。でも、それでも受け入れられた世界には違いないんだよ」

 

 そう自嘲気味に笑う姉さんだったが、その顔には苦渋の色が見て取れた。

 

「私はね、競技としてのISも、兵器としてのISも………ある程度は受け入れるつもりがある。でも、そのために空を目指せなくなることだけは認められない」

「…………」

「私たちはね、自分たちの我侭のために世界を変えようとする大馬鹿なんだよ。私も、アイちゃんも、セッシーも、そしてカレイドマテリアル社そのものがね」

 

 世界を変える。姉さんの願いのため、アイズたちの願いのため、そこにはいくつもの願いがあって、そのすべてが世界の変革を望んでいるのだろうか。世界を変えてまで叶えたい願い。そんなものを持たない私には、そこまで強く思えることに少し憧れてしまう。

 そんなことを思っていると、姉さんは今度は一夏に向き直った。

 

「あと、いっくんにも謝らないと」

「え、俺に?」

「いっくんがただひとり、男性でISに乗れることも、………まぁ、私が半分は原因だからね」

 

 それはどういうことだろうか。そういえば、一夏がなぜISに乗れるのかは話していなかった。一夏と顔を見合わせると、二人そろって姉さんを見つめた。

 

「これは他言しないで欲しいんだけど………もともとISは箒ちゃんといっくん、そしてちーちゃんに喜んでもらおうと思って作った。だから、はじめのコアにはこの三人の遺伝子データが登録されてたんだ」

 

 そうだったのか。でも私のIS適正はそれほど高くなかったはずだが……。

 

「今のコアはそうだけど、最初に作った二機のコアは違うんだ。そしてそのコアだけに限って言えば、コアに適合するのは私をいれて四人だけ。完全に専用として作られていたんだ」

 

 身内だけ乗ることを想定して作っていたという。ならばそれも納得だが、なら一夏が動かせる理由って……。

 

「そしてそのコアを基に、今世界に散らばったコアが造られた。そこに干渉されて男性には動かせないって改変をされたわけだけど………オリジナルとなったそのコアにいっくんの遺伝子情報は登録されたままだったんだ。コアネットワークを通じて、いっくんにはコアに適合するマスターレベルの情報登録がなされてたんだよ。そしてマスターレベルの登録者は四人、その中でいっくんは唯一の男性」

「だから、ISが俺の遺伝子に反応した、……それで、世界で唯一の男性適合者になった?」

「ついでにいえば、今の『白式』はもともと私がちーちゃんにあげた『暮桜』をベースに造られた機体なんだ。ちーちゃん専用に作ったけど、近しい遺伝子をもついっくんに高い適正が出ているのもそのため」

 

 今、さらっととんでもないことを言わなかっただろうか? 千冬さんが乗っていた『暮桜』が、一夏の『白式』だと?

 

「じゃあ、もともと束さんが作った機体だったのか」

「いや、私が作った機体を改変したっていうのが正しいね。そのためにコアそのものの蓄積データすらリセットして、ね……」

 

 不機嫌そうに舌打ちする姉さんだったけど、気持ちもわかる。そこまで好き勝手にされれば怒って当然だろう。

 

「じゃあ、もしかして強化できないって言われたのは……」

「そもそも、強化できなかったからリセットしたんだよ。それを素体に新しく作ろうとしたみたいだけど、私が丹精込めて作った機体だよ? 凡人程度にどうにかできるわけないじゃない」

 

 つまり『白式』は『暮桜』の素体のような機体ということか。たしか拡張領域も少なく、他の武装を積むことすら難しいと一夏がぼやいていたことがあった。最新型にしては片手落ちだとは思ったが、そんな裏事情があったとは……。

 見れば一夏もなんともいえない複雑そうな顔をしている。

 

「ま、今はいっくんの専用機だよ。いっくんは世界で二番目にあの機体に適合できる。前向きに考えれば、一度リセットされたことでいっくんに適した進化をする可能性があるってこと。大切にしてあげてね」

「はい、もちろんです」

 

 一夏がしっかりと頷いている。きっと一夏も戦う道を選ぶのだろう。姉さんたちのような理由ではなくても、今回のようなことがあるとわかれば、一夏はその道を選ぶだろう。一夏はそういうやつだ。

 それに比べ私は……。

 

「私も……」

「箒ちゃん、今答えを出さなくてもいい。私を手伝ってくれるっていうなら、それはそれで飛び跳ねるくらい嬉しい。でも、箒ちゃんは箒ちゃんが本当にやりたいことを見つけてほしい」

「姉さん……」

「もし、それが私と同じ道だったのなら…………そのときは、世界を敵にしても、箒ちゃんを守るよ。あ、もう敵にしてるようなもんか」

 

 私が本当にしたいこと、か。………今の私ではすぐに答えは出せそうにない。これまで流されるように生きてきた私には、なにかしたいという目標もない。思いつくのは剣道だが、それが私が本当にやりたいことなのかどうかまではわからない。

 

「………うん、これからはもう少し前向きに考えてみるよ」

「うんうん! なんだっておねえちゃんは応援してるよ! 箒ちゃんが望むなら世界の半分くらいあげちゃうよ!」

「束さんがいうと冗談に聞こえないな」

 

 言うな一夏。頭痛がしてくる。ああ、そうだ、こういうのが姉さんだった。一応常識人だけど、エキセントリック過ぎてどこかズレてる、全力で生きるために常識を簡単に放棄する。

 そんな子供っぽい姉さん。

 

 …………やっぱり、姉さんは姉さんのままなのだな。

 

 一夏と一緒になってハイテンションな姉さんに釣られて笑ってしまう。こんな風に自然と笑顔になることも、ずいぶんと久しい。

 

 それでも、久しく感じていなかった安らぎが、たしかにあった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

【side ラウラ】

 

 

「二人してどうしたの?」

「もちろん、アイズを抱きしめているの」

「姉様に寂しい思いをさせないためです」

 

 姉様に割り当てられた部屋に示し合わせたように簪と一緒に訪れた私は姉様の腕を胸に抱きながらそっと身体を寄せている。簪は姉様を後ろからぎゅっと抱きしめている。三人でいるときのいつものスキンシップだが、鈴やシャルロットからは「百合度がやばい」とか言っていた。百合度とはなんの基準だ?

 でも、姉様はこうするととても喜んでくれる。

 AHSシステムの恩恵を受けているとはいえ、普段は目を封印している姉様はこうした触れ合いをとても喜ぶ。

 私自身も、今まで体験したこともない安らぎを感じるために姉様とこうして触れ合うことは大好きだ。

 

「………そんなに心配させちゃった?」

 

 相変わらず、姉様は察しがいい。

 そう、私も、おそらくは簪も、姉様の過去を知ったから、姉様と触れ合いたかった。姉様を心配したこともたしかにある。でも、それ以上に怖かったのだと思う。

 

 死にかけた……いや、死んでもおかしくなかった。生きていたことが奇跡だったという、過去の現実。両目を失うという悲劇に遭いながらも、それでも繋がれた細い道を突き進む姉様。

 夢のため、というけど、姉様が以前言っていたことがある。

 

 

―――ボクには叶えたい夢がある。でもそれはボクの我侭。

 

 

 綺麗な言葉だけでは済まない覚悟をもって姉様は夢を目指している。

 それだけではない博士やそこに関わる人たち、同じ部隊の皆もなにかそれぞれの理由があって世界の変革に加担している。

 それは、見方を変えれば『悪』にもなる行為だと、ほかならぬ姉様が言っていた。

 

 それでも、それを目指す。その覚悟がいかなるものか、私は圧倒されるようだった。

 

「二人とも、暖かい………」

 

 身を寄せた姉様が頬を合わせてくる。柔らかい姉様の頬の感触と、姉様の匂いが私に幸福感を与えてくる。

 

 

「アイズは、どうしてそこまでして戦うの?」

 

 簪が、私と同じ疑問を口にした。そこまでの苦難にあってなお、戦い続ける姉様。夢のため、という言葉だけでは納得できないほど、姉様の決意は苛烈だ。そこには、他の理由があるのかもしれない。

 姉様は少し考えたように黙ったが、やがて恥ずかしそうに口を開いた。

 

「ボクはね、空が好きなんだ。ううん、もっともっと、親しみをもっているんだ。それこそ、簪ちゃんやラウラちゃんみたいに」

 

 それは少し意外な告白だった。姉様にとって、空に親愛の念を抱いているということだろうか。

 

「束さんが言っていたように、ボクは昔からこの目のせいでまともになにかを見ることすら苦痛だった」

 

 私と同じ瞳、ヴォーダン・オージェ。私の場合は安全性がある程度は確保されたタイプであるが、姉様は実験のデータ取りのために人間の適合限界値にまで高められたハイリスクなプロトタイプだ。私の目も、以前暴走してしまったことから、その危険性はよくわかっている。

 そんな瞳を姉様はずっと持っている。今でこそ、博士の作ったAHSシステムで制御できているが、それがなかったとき、本当に姉様が安らげるときはなかったのかもしれない。

 

「そんなボクが、痛みもなく、安心して見ることができるものがあった。それが空だった」

 

 昔から、姉様はよく空を見上げていたという。ヴォーダン・オージェの力をもってしても、“視る”ことができないほど広大な空は、姉様をずっと慰めていたのだという。

 だから、姉様にとって初めての友が“空”だった。だから、友達に会いたい、お礼を言いたい。だから、空へ、そしてどこまでも続くあの空の先まで……宇宙にまで行ってみたい。

 

 まるで初恋の人に告白したいとでも言うように、姉様は気恥かしそうに言ってくれた。

 

 なんだろう。とても素敵なことだけど、そこまで姉様に思われていることに嫉妬してしまいそうだ。簪も同じ気持ちなのか、姉様を抱く腕に力を入れている。

 “空”に嫉妬するとは、私も簪もおかしいかもしれない。だけど、やはり姉様にそこまで言わせる存在を、やはり羨ましいと思ってしまう。

 

「姉様?」

「ん?」

「姉様は、夢を叶えたあとどうするのですか?」

 

 それはいったいいつになるのか。おそらくはこれからも数多くの苦境が待ち構えているだろう。その全てを姉様は受け止める覚悟がある。そして、その先に届いたら……姉様はどうするのだろうか。

 

「そうだなぁ……考えたこともなかったけど………」

 

 そう言いながら姉様が笑う。

 

「ラウラちゃんや簪ちゃん、セシィに鈴ちゃん、シャルロットちゃんに箒ちゃん、一夏くん、……それに束さん、皆で………なにか、美味しいものを食べたいな」

 

 あまりにも平凡、そして姉様らしい言葉にわずかに唖然としていたが、やがてクスクスと笑い声をあげてしまう。簪も同じように笑って、また三人で抱き合った。

 姉様の目指していることはとても大きなことだけど、その根源にあるのは、いたって普通の願いなのだろう。友に会いたい、みんなで笑いたい。

 今まで普通とはかけはなれた境遇だった私としては、それがとても新鮮に思えるものだった。それがどれだけ姉様にとってかけがえのないものなのかはわからない。

 

 でも、それが姉様の幸せになるのだとしたら。

 

 私の願いは、姉様の幸せの中に、私がいること。私という、戦うために造られた存在でも、姉様の幸せになれるのだと示したい。

 

 ………姉様は気遣ってくれているが、私は、私が造られた理由を束さんから聞いていた。「アイちゃんは背負い込むから、それを受け入れた上で姉妹となれ」と………あの人なりの気遣いだったのかもしれない。確かに知ってショックだった。姉様を消そうとする忌々しいあの女……シールの劣化量産型。それが私。

 確かに、これはなかなかにキツイ真実だった。それでも、姉様に救われたことには変わらない。今も、私の生まれた理由を知ったのに、変わらずに可愛がってくれる姉様から感じる安らぎに、私はそれを受け入れる決心がついた。

 確かに私は戦う兵器として生み出され、そのためのヴォーダン・オージェという姉様と同じ瞳を宿された。それは変わらない事実。でも、姉様はそんな私を、妹と言ってくれるのだ。

 はじめは私が無理に姉と呼んだから。でも、姉様はそれを嬉しそうに受け入れてくれた。たったそれだけで、私は、救われた。

 束さんから「なんならファミリア性に変えちゃってもいいんじゃない?」と言われたが、いずれ名実共に姉様の妹となるのもいいかもしれない。それだけでなにか変わるわけじゃないが、それでも私は声を大にして自慢してみたい。

 

 このラウラが、姉様の妹なのだ、と。

 

 だから、私は姉様についていく。姉様のため、私自身のため、姉様の隣に立って、姉様の力になる。それが、私が戦う理由。誰かに強制されたものじゃない、私自身が抱く、私の戦いの理由。

 

「姉様」

「どうしたのラウラちゃん?」

「私は、ラウラは、これからも姉様の妹として傍にいてもいいですか………?」

 

 答えなんてわかっている。それでも言葉が欲しい。だからこれはただの甘えだ。

 

 姉様は繋いだ手の指を絡ませながら優しく言ってくれた。

 

「ラウラちゃんは、ボクの自慢の妹だよ。今までも、そしてこれからも」

「はい」

 

 私には姉様がいる。それだけで私の出生から始まる運命は変えられると思った。

 なら、姉様の運命は?

 呪いのような瞳を持ち、そして姉様や私と同じその金色の瞳を持つシールと戦う運命なのだという姉様。それが本当にそうだとしても、私は、私が姉様を守る。

 私が、姉様を守るのだ。 

 

「二人だけでずるい。私だってずっと一緒」

「あははっ、もちろん、簪ちゃんもずっと一緒だよ」

「うん、アイズ大好き」

「ボクもだよ、簪ちゃん」

 

 のけものにされたようで面白くないというように簪が口を挟んでくる。今まで幾度となく交わされたやりとりだったが、私たち三人にとってはぬくもりを再確認する大事なことだった。

 

 姉様。

 

 私は、あなたのぬくもりに救われました。

 

 だから私が、姉様の夢と、幸せを守ります。

 

 

 

 




過去の回想後のキャラたちの掛け合い。捕捉としてこれはいるだろうと思い書き上げました。

鈴、箒、ラウラの三人を中心とした話。ラウラ編が百合っぽいのは書いてたらこうなった。簪さんのせいだ(笑)

ちょっと伏線を仕込みましたが、次章のはじめはアイズたちカレイドマテリアル組は登場しません。鈴や簪、一夏を中心として戦いが始まります。

鈴たちが根性を見せることになりそうです。

ではまた次回に!


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幕間
Act-Extra2 「金眼三人娘(前編)」


本編とは直接関わらない番外編です。

キャラ崩壊、少々の義姉妹百合描写があります。ご注意ください。


「思ったより時間かかっちゃったね……毎度毎度、健康診断っていうか、完全に精密検査だったけど」

「仕方ありません。私と姉様は、この目のことがありますし」

 

 カレイドマテリアル社の本社にて行われる健康診断にやってきたアイズとラウラは疲れた身体を解しながら正面ロビーでくつろいでいた。今回は健康診断をしてこいと言われ、アヴァロン島からわざわざやってきたのだが、行われたのは健康診断ではなく何時間もかけて行われた精密検査であった。

 それもそのはず、アイズとラウラは確認されているだけでも世界で三人しかいないヴォーダン・オージェの完全適合体。ラウラは片目のみであるが、人造生命体として定着した成功例で、アイズは後天的に定着した唯一の成功例だ。実験サンプルを取るようで気分はよくないが、それでも二人の安全性を確保するためにも定期的な検査は必須であった。

 もちろん、この二人の検査資料は最高レベルの秘匿情報とされており、二人を検査した医療チームもイリーナの信頼がおける数少ない人員だけで構成されている。過去に社に入り込んで泳がせていたスパイがこの情報を持ち出そうとした結果、束とイリーナの怒りを買って闇に葬られている。一応生きてはいるらしいが、社会的にも裏社会的にも完全に抹殺した。きっと死んだほうがマシだった。

 ともかく、そのために病院ではなく本社でこうした検査は行われるのであるが、長い時間拘束されていた二人にとっては退屈な時間であった。もちろんそれが必要だと理解しているので文句など言わなかった。だが愚痴は言う。

 

「島に戻る便は明日かぁ……それまでどうしよっか、ラウラちゃん」

「姉様は予定などはないのですか?」

「うーん、特にないんだよねぇ、ここだとテストパイロットのお仕事もできないしね」

「そ、それではどこか遊びにいきませんか? 姉様、よ、よろしければ私と、デ、デートなど……!」

「あ、いいね! そういえばラウラちゃんと二人きりで遊びにいったことってなかったよね? じゃあどこか遊びにいこっか?」

「は、はい! エスコートいたします姉様っ!」

 

 緊張して敬愛する姉をデートに誘ったラウラはその返事に目を輝かせてアイズの手を取った。有事以外は基本的にアイズは目を封印している。もちろん、AHSシステムを使えば視力を得ることはできるが、日常生活は既に視力を無しに過ごすことが普通になっている。アイズ曰く「リスクもゼロじゃないし、頼りすぎるのはよくない」とのこと。だからこうしたお出かけは必然的に誰かがアイズの手を握ってエスコートすることになる。そしてその役目を与えられたラウラは嬉しそうにアイズの細い指と自身の指を絡めた。

 

「じゃ、いこっか。ラウラちゃん」

「はい、姉様!」

 

 仲良くエントランスから出て行く姉妹に萌えた愛好会メンバーが静かに写真を撮っているが、二人は気づかない。悪意には敏感だがこうした視線には少々鈍かった。後日、その写真がカレイドマテリアル社姉妹愛好会のデータベースへと登録され、多くの会員たちを悶えさせることになる。

 

 

 

 ***

 

 

 

「姉様、どうやら近くに話題のアイスクリーム屋があるようです」

「お、じゃあ次はそこだね! うまうま。あ、ラウラちゃんも、はい、あーん」

「あ、あーん」

 

 仲良くワッフルを食べながら次の甘味に胸をときめかせるアイズ。二人が選んだのは普通の女子高生らしいこと、をテーマにおいしいものを買い食いすることであった。鈴がよく「JKは放課後にお菓子を買い食いするのがデフォなのよ、うけけ」と言っていたためである。

 ラウラが観光雑誌を片手に慣れないイギリスの町を先導し、アイズがニコニコしながらラウラに手を引かれてついていく。片や眼帯、片や目隠しをした美少女二人の姿は否応にも目立つが、あまりにもほのぼのした空気に皆微笑ましくそんな二人を見やっていた。

 

 

「ここの六階ですね」

「人の気配がたくさんだねー」

 

 やってきたのはやや郊外に立地しているショッピングモールだった。その中でも一際大きな建物の六階にあるアイスクリーム店が目的だ。平日なのだが最近流行りのスポットだけあってそれなりに多くの人がいる。ラウラがゆっくりアイズの手を引きながら進み、エスカレーターで六階へ。六階は飲食フロアで、そこらからおいしそうな匂いをアイズの嗅覚がしっかり捉えていた。

 

「さすが人気店、たくさん並んでますね」

「こういうのに並ぶのも買い食いの醍醐味だって鈴ちゃんが言ってた」

「それではこちらに。最後尾は…………ッ!!?」

「あれ、どったのラウラちゃん? ……ん、なんか知ってる気配が……」

 

 息を呑むラウラの気配に不審に思ったアイズだが、よくよく周囲に気を回してみるとアイズもここ最近感じたことがある気配があることに気付く。

 

「…………って、あれ? こ、この気配、それにこのナノマシンの疼きは……」

 

 瞳の中のナノマシンが共鳴現象を起こしたように反応している。AHSシステムで調整、制御しているため、ラウラとアイズのヴォーダン・オージェ同士が過剰反応することは抑えているため、必然的にそれ以外の個体との共鳴となればその人物が限られる。というか一人しかいない。

 

「こ、こここの感じはまさか………!?」

「な、ななななんでここに!?」

 

 アイスクリーム店に並ぶ列の最後尾、白い髪に白い肌、そして白い服、すべてが白に統一されたその人物は、まるで天使のような汚れのない純白を見せつけている。そのあまりにも人外級の美に多くの人がその人物に視線を送っている。

 だが、ラウラは驚愕と敵意を乗せてその人物を睨みつけた。

 

「なんでここにいるんだ……!?」

「うるさいですね、もう少し静かに並べないんで、……す、か………」

 

 振り返った人物がラウラとアイズを見つめて目を見開く。表面上はいつものポーカーフェイスだが、内心では焦りまくっているその人物………亡国機業幹部にしてヴォーダン・オージェの人造完全適合体であるシールは内心を押し隠して冷ややかな視線を二人へと向けた。その瞳は戦ったときのような金色の輝きは宿しておらず、穏やかな琥珀色をしている。

 

「あなたたちですか。試作品と模造品が揃ってなにをしているのです?(しまった、アイスに気を取られて感応を見逃してた……迂闊な!)」

「こっちのセリフだぞ、テロリスト風情が並んでアイスを買いにでもきたのか?」

「あ、そうなんだ? なんか親近感」

「くだらない仲間意識をもたないでくれますか?(くっ、ということはこの二人もここのアイスを……? まさかエンカウントするとは、早くこの場から離脱、いえ、しかしアイスを買わずには、いやしかし……)」

「ふん、アイスを買いにきたのは事実だろうに。一人でアイスの買い食いとは寂しい限りだ。その点私は姉様と一緒だがな!(ドヤァ)」

「なにを偉そうにしているのやら。私は任務中です。さっさとさりなさい。見逃してあげましょう。(くそっ、やっぱりこんな任務受けなきゃよかった! しかしオータム先輩ならともかく、まさかプレジデントの勅命を断るわけにも……!)」

「なんだか少し………、ううん、かなり親近感わくんだけど……。亡国機業って秘密結社の割には楽しそうな職場なのかな?」

「ふん、ブラック企業もいいところだろうに」

「侮辱しているのですか? 我々のプレジデントは福利厚生にはうるさいのです。規定外の残業や休日出勤もしっかり禁止する優良企業です(まぁ、プレジデントの遊び好きには少し困りますけど)」

「悪の秘密結社が残業禁止って……で、でもうちの会社だって優良だよ! イリーナさん怒らせたら怖いけど! めっちゃ怖いけど! 泣きそうなくらい!」

「ああ、あの暴君ですか。有名ですからね、悪名高くて(まぁ、うちのプレジデントも相当ですけど……うっ、やはり是が非でもアイスを買って帰らねばなにをされるかわからない……! オータム先輩の二の舞にはなりたくないのです!)」

 

 微妙に外面と内心がそれぞれ噛み合っていない会話を繰り広げる三人。傍目は目を引く美少女三人の醸し出す空気に若干引いている。一部興奮したように息遣いを荒くしている人間もいたが、三人は外野など完全に眼中になかった。

 仲のいい友達同士でじゃれているようにも見えるが、この三人、それぞれ殺し合いにも等しい争いをした面子である。

 アイズはシールに最低二十回は剣で切りつけられているし、アイズもシールを突き刺したこともある。ラウラはシールに嬲られたことから反逆的な目をしている。さらにいえばアイズとラウラも命懸けの戦いをしたことが姉妹になる馴れ初めだ。

 

(くっ、しかし本当にパシリでアイスを買いにきたなんて言ったら舐められる! なんとかこいつらを追っ払わないと……! たしかオータム先輩からこうしたときの恫喝を教わっていましたね……!)

 

 動揺から少し混乱気味のシールは一番参考にしてはいけない同僚の助言を思い出していた。幹部の中では一番下っ端であるが、先輩幹部である面々も癖の強い人物ばかりである。チンピラのようなオータム先輩、クールにしているようでキレやすい瞬間沸騰器みたいなマドカ先輩。そしていかにも大物オーラを纏っていてなんだかんだで一番頼りになるスコール先輩。そしてこの面々の頂点に立ついつもニコニコしている天使のような悪魔、プレジデント:マリアベル。

 よく一緒に仕事をするのはオータム先輩だからか、彼女を見習ってシールは意味もわかっていないのに中指を立てる。

 

「なんですか、やる気かコラァ。いい根性してるじゃないですかァ」

「うわっ、すっごい口調変わった!」

「下がってください姉様! こんなやつ、私が追い払ってやります! これでも元軍人です!」

「(あれ、まったくひるんでない。話が違うじゃないですかオータム先輩ィ! こうなったら実力行使で……!)」

 

 護身用のナイフを服の下で握るラウラ。それに対抗してシールも腰元へと手を当てている。そこにはなにか不自然な膨らみがあった。形からしてナイフのようだ。アイズは見えていなくても二人が殺気立ったことを感じ取って慌てて間に入る。

 

「やめてぇ! アイスのために争わないでェ!」

 

 一番ズレていたのはアイズだった。

 アイズはまるで物語のヒロインのような悲壮感溢れる声とモーションで二人を止めようとする。それは演技派女優も賞賛するほどの感情が込められた動きだ。周囲のギャラリーはくだらない理由なのにアイズの動きで少し感動してしまうくらいだ。

 

 

「お客様、店頭ではお静かにしてください」

 

 

「「「あ、はい。すいません」」」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 果たして、三人は無事にアイスを買うことができた。

 シールは大量にお土産として買い込んでいたので、それをアイズが指摘すると疲れきったようなシールが「社長命令なので」と真実を告げるとアイズとラウラが揃って爆笑してシールをイラつかせたりしていた。そしてそのアイズとラウラは買ったアイスを互いに食べさせ合っており、間接キスなど当たり前なその仲睦まじい様子にシールはよくわからない苛立ちを覚えたりと、相変わらず三人の不協和音の掛け合いが続いた。

 警戒心こそ消えていないが、今日はオフのためか、それぞれISを起動させての戦闘などする気もなく、ただただ互いに不毛な会話を繰り広げている。唯一、シールに戦う気がないと気配で察しているアイズだけは楽しそうにニコニコしている。そしてそんな姉の姿を見て場違いな嫉妬心をシールに向けるラウラが歯軋りしながらシールを睨みつけ、シールはどこ吹く風で受け流して、自分と一緒にいても敵意を見せないアイズに訝しげな視線を送っている。まるで噛み合わないトライアングルがそこにはあった。

 

「どうして私とこんな話などできるのです? 私が何度あなたを殺そうとしたかわかっているのですか?」

「三回くらいだっけ?」

「姉様、回数など問題ではありません。大丈夫です姉様、私が姉様を守ります!」

「うるさい模造品ですね、今日はオフだと言ったでしょう? 襲う気はないから殺気をしまってもらえませんか?」

「オフなのにパシリしてるんだ? 大変だね」

「その本当に同情するような目をやめてもらえます?」

「かわいそう」

「やめろっつってんだろぅがァ! この三下がァ!」

「ねぇ誰に教わったの? その喋り方」

「くっ、やっぱりひるまない。やっぱりオータム先輩の助言は役に立たない」

「オータム? あの鈴が『私の獲物だ、また今度遊んでやるんだ』とか言ってたやつか。やたらと気に入ってたぞ?」

「(オータム先輩、あなたが一番舐められているじゃないですか。自信満々に「こうすりゃビビるぜ!」って言ってたのに)」

 

 シールは内心で役に立たないオータム先輩をディスりはじめていた。先輩面するくせになんたるザマだ、大口叩くくせに負けっぱなしだし、使えない先輩だ……とけっこうヒドイことを思いながら買ったアイスを取り出してペロリと舐める。人気店だけあってなかなかに美味い。ドライアイスで保存しているとはいえ、はやく帰って先輩やボスに渡さなくては、と思いながらも食べることをやめない。

 隣では相変わらず姉妹が仲良くアイスを食べて微笑んでいる。戦っているときは二人とも鬼のような形相で敵を圧潰すような気合を向けてくるというのに、こういう姿はごくごく普通の少女のようだ。いや、シールも普通の少女の定義がイマイチわかっていないので確証はもてないが、なんとなくこういうものなのだろうと感じていた。

 それに、そんなものは幻想みたいなものだ。この瞳を持つ限り、そんな日常を謳歌することなどできないのだから。

 

「姉様、ほっぺにクリームが」

「ん、ありがとラウラちゃん。指出して、舐めてあげる」

「は、はい!」

 

 つーかなにやってんだこの姉妹。アイズの頬についたクリームを掬ったラウラは、顔を紅潮させながらおずおずとアイズに差し出した。そっしてごく自然にその手を取り、指を口に含むアイズ。そのまま指チュパをはじめた。

 

 マジでなにやってんのこの姉妹………とシールは本気でドン引きしながら蔑むような目を向けている。

 

「ん? どうしたの? やってほしい?」

「ダ、ダメです姉様! 姉様の舌は私だけのものです!」

「いやボクの舌はボクのものだけど……? でもなんかラウラちゃん可愛い!」

 

 飛び火してきた甘ったるい会話にシールがため息をつきながら心底思う。なんで自分はこんなやつにこだわっているのだろうか、と。姉妹ごっこに興じる試作品と模造品……シールにとってアイズとラウラはその程度の存在のはずだ。なのに、こうした姿を見ると、なんだか、そう、よくわからないが、胸のあたりがムカムカするような、そんな意味のわからない苛立ちを感じてしまう。

 いったいこの気持ちはなんなのだろう。これがオータム先輩の言っていた「リア充爆発しろ」の心理なのだろうか。

 

 そんな現実逃避の思考をしていたシールであったが、そろそろめんどうな現実と向き合おうと視線を真正面へと向ける。

 そもそも、オフとはいえ、敵対しているこの二人といつまでも一緒にいる必要などない。馴れ合いなどする間柄ではないのに、今もこうして並んでいることには理由があった。

 

 それは目の前にいるいかにもな格好をした銃を持った不審人物……。

 

 

「うるせぇぞ! 騒いだらぶっぱなすぞ! おーう!?」

 

 

 どうやらこの建物、現在進行形で強盗の立てこもり被害にあっているようだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 特に意味のない挑発と探りをラウラとシールが入れながら建物の出口へと向かっていた。オフといえど敵同士、建物から出ればそこでサヨナラとなる運びであった。さすがにフレンドリーなアイズでも、これ以上シールを引きとめようとは思わないし、ラウラはずっと警戒しっぱなし、シールはあからさまに迷惑そうな態度をとっている。それでも出口まで同行したのは、ただすぐに別れることが逃げるみたいでなんとなく癪だった、なんてどうでもいい理由だった。

 そうして正面ロビーにやってきた三人が見たものは、銃を手に客に怒声をあげる複数の覆面を被ったいかにもな男たち。きゃーきゃーと悲鳴が響く中、三人だけはいたって冷静に、なんの動揺もなく人質として集められた集団の中でアイスを食べ始めた。理由は単純、暇だったからだ。

 アイズは気配や声の質で強盗犯たちが内心焦りと恐怖を感じており、人質を確保しているのも単なる強気になるためというところを見抜いていた。少なくとも、撃つ気がないことは手に取るようにわかっていた。

 ラウラは完全にその強盗犯たちがロクな訓練も受けていない素人だとわかっていた。多人数の利点も活かしきれない稚拙な人員配置、そもそも銃の構えからしてなっていない。あれでは撃っても肩を痛めるだけだ。素人集団と判断し、その気になれば制圧する算段を頭の中で整えながら穏便に済ませるために救助を待つことにしている。

 シールはその気になれば簡単に制圧する自信があったが、下手に騒ぎを起こすのはまずいために静観に回った。指名手配こそされていないが、これでもテロリストだ。必要以上に目立つ真似はしたくなかった。

 

 ゆえに、三人は怯える客たちの中で、まるで強盗犯たちを舐めているかのような態度でおしゃべりに興じていた。シールも暇つぶし程度に会話していたのだが、そのけだるそうな感じが人生舐めてる小生意気な小娘みたいで周囲の人間をイラつかせていた。甘ったるい姉妹にもイラついている人、そして萌えている人が多数いたりする。

 

「………ずいぶん時間がかかりますね、警察は無能ですか。とっとと突入して確保すればいいものを」

「いろいろ事情があるんじゃないの? なんかこの人たちもここに逃げ込んできたっぽいし、とりあえずこのショッピングモールのお客さんの避難から、でしょ」

「けっこう広いから、概算で一時間ほどか。そのあと交渉で二時間から五時間………それで応じなければ長期戦に持ち込んでの突入か?」

「時間かかりそうだねー。まぁお土産に買ったお菓子でも食べてよっか。あとで買い直さないとね」

「………さすがに、アイスは保ちませんね。仕方ありません、こちらも買い直しです」

「もったいないから食べちゃえば?」

「…………食べます? さすがに一人でこの量はきついので」

「食べる食べるー! やったね! おごってもらうのも醍醐味だって鈴ちゃんが言ってた!」

「おごりません。お金はもらいます。今月はまだ給料日まで遠いのです」

「安月給なの?」

「ウチは歩合制です」

「意外だけどどうでもいい情報だ! ………てか実力主義なんだ」

「清く正しいブラック企業、がモットーらしいので」

「矛盾してるぞ」

「きっとあれだよ! 福利厚生はホワイトだけどやってることはブラック、みたいな? ………あれ、なんかそれだとウチもそんな感じかも」

「えと、まぁ、たしかにうちの会社もまっとうではありませんけど………」

 

 考えてみればカレイドマテリアル社も相当なものだ。秘匿事項が多すぎるし、その内容は爆弾級のものばかりだ。男でも反応する新型コアとそれに対応する全領域対応型量産機、ISに実装可能なサイズの量子通信機器、ISコア生成エネルギーを励起剤として大出力エネルギーを産み出し供給するある意味第二エンジンともいえるエネルギージェネレーターなどなど、世に出したら激震が走る技術が山ほどある。それにアヴァロン島自体がもう明るみに出たら問題ばかりの場所だ。

 そもそも、トップが暴君なんて呼ばれている時点でいろいろとアレだ。

 

 話している内容はちょっとグレーだったが、アイスやお菓子を食べながら三人で話す様子はそのへんにいる年頃の少女のようである。もっとも、ビジュアルはキャラが立ちすぎている三人であったが。

 そもそも、この三人にはストッパーがいなかった。なんだかんだでこの三人、天然属性持ちであった。ツッコミ役がいないこの状況では、誰もそのズレた態度に気付かない。

 

 なので、我慢を超えた強盗犯のひとりがとうとう突っ込んだ。

 

 

 

「てめぇらさっきからうるせぇぞ!? その態度舐めてんのか!? 舐めてるよなぁコラァ!」

 

 

 

…………。

 

………。

 

「…………ん? ボクたち?」

「なんですか、今いいところなのです。邪魔をしないでください」

「こっちは気にせず強盗していろ。そしてさっさと捕まれ。それまでおとなしくしておいてやるから」 

 

 完全に舐めきった態度である。銃を向けてもこの三人はわずかも怯まない。今更銃口を向けられたくらいでビビるようなヤワな経験はしていない。この三人を脅したかったらプラスチック爆弾でも持って来いというレベルだ。

 

「ガキがいい気になってんじゃねぇぞ!? わかってんのか、ここには仲間が十八人も……」

「十八人だそうです」

「バカなのですか? 自分から戦力をばらすとは」

「気配からエントランスにいるのはさらに六人。あとはちょっと遠いね、……この建物に配置されてるみたいだけど」

「おそらく屋上に五人前後、各フロアに二名の配置……ってところか。計画性はあまりないな、どこかを襲撃しようとして失敗してここに逃げ込んだクチか?」

「武装はカラシニコフですか。音からして、整備が行き届いていない粗悪品のようですね。暴発の危険性もありますよ?」

「おそらく横流し品だな。最近、この界隈で新顔の武器商人がいるらしい。うちの諜報部の報告書にそんな記載があったぞ。まぁ、一週間後には殲滅されるだろうが」

「あー、このへんもうちの社長の縄張(シマ)だからねー。どこの馬の骨とも知らないやつが武器密売してるとか知ったら、命(タマ)取りにくるんじゃない? しかも懐刀使って………あーあ、ボク知~らないっと」

 

 片目を眼帯で隠したラウラが、もう片方の目だけで軽く威圧するような視線で刺しながらニヤリと笑う。

 どこまでも真っ白な人外の美しさを持ったシールが、嘲笑を込めて見下している。

 一見すれば人畜無害そうな雰囲気の目隠しをしたアイズが、この異常な状態の中で似つかわしくない無垢な笑みを、恐ろしい言葉と共に浮かべている。

 

 はっきり言って怖い。強盗犯に人質にされているにもかかわらずにここまで平然としているこの三人がまるで人間ではない別種の生き物のように感じられるほどに。その精神が少女のソレでないことが、まるで少女の皮を被ったなにかに見える。

 そしてラウラとシールが苛立ちからほんの少し殺気を込めて周囲を威圧すると、それだけで強盗犯たちはビクッと身体を跳ねさせて身を守ろうという防衛本能のままに銃口を向けた。他の人質となった客たちが悲鳴をあげるが、それでもこの三人は揺るがなかった。恐慌状態に陥りかけていることを悟ったアイズがやれやれと首を振った。

 

「あー、なんかちょっとまずい空気かも」

「もう私が制圧します。姉様はごゆるりとお待ちください」

「いや、ボクがやるよ! ボクがお姉さんだからね! 妹を守るのは姉の務めだもんね!」

「…………面倒ですね、もう私が制圧します。これ以上は時間の浪費です。早く茶番を終わらせてアイスを買い直さないと……」

「じゃ、皆でやろっか。そのほうが早いし」

 

 そのアイズの言葉を合図に、三人が一斉に立ち上がる。そしてアイズとラウラがそれぞれ目隠しと眼帯に手をかけた。

 

「被害が大きくなるからISは禁止ね」

「この程度の輩に使うまでもないでしょう」

「ナイフだけで十分です、姉様」

 

 アイズが目隠しを取り去り、ラウラも眼帯を外す。そしてシールは一度ゆっくりと目を閉じると、カッと力強く見開いた。

 そして、強盗犯たちが、それを見る。見てしまう。

 

「とりあえず全員を無力化する。そうすれば終わる」

「じゃ、やろっか。シール、今だけは共闘でいいね?」

「仕方ありませんね。足でまといにはならないでくださいよ?」

 

 そこにあるのは、五つの金色の瞳。

 まるで満月のようなそれは、超常の輝きを放ち視界にあるもの、すべてを射抜いた。

 

 




後編は近日に。

書き終わってから思ったけど、出ていないのにオータム先輩の存在感がするのはなんでだ?(笑)


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Act-Extra2 「金眼三人娘(後編)」

後編です。



 あれは本当に現実だったのかな……。

 

 天使みたいな真っ白な女の子、眼帯をしたお人形みたいな女の子、目隠しをした小動物っぽい女の子がいたんだけど、なんか気づいたら強盗犯ぶっとばしてたの。

 

 いやマジだって。きっとあれは天使か悪魔か……! 

 

 しかも全員金色に目を輝かしてさ! なにあれ!? あのカラコンどこで買えるのかな?

 

 とにかくヤバイ、マジぱねぇ!

 

 女尊男卑って言われてるけど、あんな女の子がいるんならそりゃそう言われるのもちょっと納得だわ。

 

 え? 嘘じゃないって! マジなの! 

 

 本当に女の子たちが大の大人を投げ飛ばしてたんだってば~!

 

 

  ――――とある女子大生の会話より

 

 

 

 ***

 

 

 

 ヴォーダン・オージェがもたらす恩恵として、第一に広い視野、第二に見たものを解析する情報能力、そして第三にそれに伴うナノマシンとナノマシンによって作られる補助脳を介して可能となる思考の高速化がある。この中で一番の脅威となるものは、思考の高速化だ。つまりは脳のクロックアップである。わずかな刹那の瞬間を何倍にも引き上げ、反応速度の限界を超える能力を適合者へと与えるまさに魔眼といえる。

 これにより予測を容易に可能として、さらに対処行動の選択肢も増える。どんな不意打ちでも、視界に入るだけでそれはもう不意打ちにはなりえない。ISのハイパーセンサーを併用することでそれはおそるべき索敵能力へと昇華される。それに加え、アイズは持ち前の直感も合わさり恐ろしいまでの回避力を誇っている。

 そして当然のごとく、それは戦闘において圧倒的な利点となる。特に一瞬の駆け引きが勝敗を分ける接近戦において、ヴォーダン・オージェの力を使えば常に後出しで勝てるほどの絶対的なものとなる。

 標準的なIS操縦者が相手なら間違いなく遅れなどとらない。中にはそれでも対抗するような人物がいるが、それはあくまで規格外の化け物級の操縦者であるため、やはり圧倒的と言わざるを得ない反則的な能力であることには違いない。

 

 余談であるが、アイズやラウラがヴォーダン・オージェをフル使用しても拮抗する操縦者は仲間内ではセシリアと鈴しかいない。セシリアは芸術的なビット操作と狙撃、そしてヴォーダン・オージェの解析と反応すら予測して対応してくるし、ISが第二形態移行した鈴は以前に増してしぶとくなり、被弾覚悟の鉄壁の防御力と一撃必殺の発勁掌が脅威となっている。まぁ、この二人は例外中の例外なので、普通なら対抗しようとすること自体が愚策といえるほどだ。

 

 そして、それはどういうことかといえば。

 

「な、なんなんだこいつ!?」

 

 素人の撃つ銃弾など、なんの脅威でもないということだ。

 

「遅すぎます」

 

 シールが軽やかなステップで連射される銃弾のすべてを回避する。数センチ、もしくは数ミリ単位で最低限の回避行動だけで銃撃を無効化する様は、強盗犯たちから見ればまるで銃弾がすり抜けていくようにも錯覚してしまう。

 そう、シールは完全に放たれる銃弾の軌跡を見切っている。銃口の向きから銃弾の通る場所を解析し、タイミングは引鉄を引く指の動きと銃の性能から判断している。場所とタイミングさえわかれば回避など難しいことではない。左右に小刻みに動きながら隠し持っていたナイフを取り出すと、恐怖で硬直した一人に向かって一気に踏み込んで接近する。

 さすがに殺害はまずい。ゆえに無力化するために狙うのは銃を持った腕と、動きを止めるために脚……まず一人目にナイフ高速で三回振るう。まず銃を狙い、弾倉に突き立ててリロードを不可能にする。そして続けて大腿部に突き刺し、最後に刃を返して鈍器として叩きつけて利き腕の肘を破壊する。

 倒れる男の腰に備えてあった拳銃を掴むと、それを素早く構えて二人目へと発射。腕、脚、肩を正確に撃ち抜いて即座に無効化する。

 

「粗悪品ですね。作りも甘い」

 

 ぽいっと拳銃を捨てると改めて残りの強盗犯たちと向き直る。こんな粗悪な銃など必要ない、ナイフだけで十分だと言うようにシールはナイフを弄びながらクスリと笑う。

 

「まだやります? 実力差を理解したでしょう?」

「う、うるせぇ! この化け物が!」

「………戦力差もわかりませんか。ならば是非もなし………オータム先輩の言葉を借りるなら」

 

 ぐっと身をかがめ、地を這うように駆け抜ける。銃弾が襲ってくるが、もう回避するまでもない。

 

「身の程をしれ、雑魚ども! ………というやつです」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぬるい。出直してこい!」

 

 シールと同様にあっさりと武装した二人の男を倒したラウラはそう吐き捨てながら奪った銃の弾を抜いて遠くへと蹴りやった。もともと軍事訓練を受けてきたラウラは当然軍隊式格闘術も習得している。しかし、それでも小柄なラウラは格闘するには不利な体型である。

 そこで、IS学園では同じ小柄な体型の鈴をリーダーとしてアイズとラウラの三人で格闘術の訓練を行っていた。生身での戦闘能力は学園最強である鈴によって、もともと鍛えていたアイズとラウラの二人もその技量と身体能力も底上げされている。そしてこの小柄な三人はその体格の不利を覆すべくそれぞれの技術を教授し合ってスキルアップを図っていた。鈴は中国拳法(喧嘩殺法混合型)、アイズからは柔術(束仕込み)、ラウラから軍隊式格闘術。それぞれの格闘技術を駆使しての模擬戦は確かな経験値として蓄積された。

 特にラウラの場合、体格差という理由から完全な格闘技術とはいえないものであったが、鈴から人体急所と身体の効率的な動かし方を教わり、アイズからは非力でも戦える技術、柔で剛を制す概念を教わった。その結果が、これだった。

 

「甘いぞ!」

 

 ナイフで斬りかかってきた男に対し、ナイフを持った手の手首を抑えて弾くと腹部に向けて鈴直伝の発勁掌を叩き込む。

 

「ごふっ!?」

 

 急所に叩き込まれた浸透する衝撃に男が呻く。鈴ほどではなくとも、それなりに高い威力を持つこの技術は思いのほか役に立つ。そして隙を晒した男に、今度はアイズから教わった柔術で重心を崩して床へと倒す。

 もういろいろなアレンジが加わった総合格闘術みたいになっているが、体格のハンデを背負って不完全だったラウラの格闘術はたしかに昇華されていた。

 

「この瞳も問題ない。………博士には感謝だな」

 

 ラウラのヴォーダン・オージェはアイズやシールと比べれば性能は遥かに劣る。しかも片目だ。その力はどうやっても二人には届かない。だが、ただひとつ、二人の瞳に勝るものがあるとすれば、それは安定性だった。アイズのプロトタイプでも、シールの完成形とも違う量産試作型の瞳。ある程度自らの意思でその適合率を変動させることができる二人と違い、ラウラの瞳は一定の適合率、一定の性能しか発揮できない。AHSシステムでオンオフの制御をしており、性能は劣るが扱いやすさでいえば一番である。

 ゆえに、アイズよりも暴走の危険は少ない。アイズは今でさえ感情の昂ぶりがAHSシステムの制御を振り切ってしまうときがあるが、ラウラの場合はそれがない。そして、このリスクの少ない制御法こそが、束が欲しがっているデータだ。これをアイズのハイリスクのヴォーダン・オージェの制御に使うことで、アイズの身の安全を高める礎にするためだ。だからこそ、ラウラは自分がになっている価値を理解し、そして喜んだ。かつて落ちぶれの烙印だったこの金色の瞳が、想い慕う姉のためになるのなら喜んでモルモットにでもなってやる。その思いでラウラは忌まわしいこの瞳を使っている。

 

「化け物か!? 気味悪ぃ目向けやがってェッ!!」

「……気味悪い、か。それはつまり姉様への侮辱と受け取る」

 

 誰にも理解されなくてもいい。ラウラにとって大切なことは、己が姉を支えるということだけだ。そのためなら化け物と呼ばれようと、落ちこぼれになろうと構わない。

 

「おまえは消えろ」

 

 そして姉に銃口を向けたこいつらはラウラにとって紛れもない敵だ。だから一切の容赦はしない。手加減はする。だが躊躇わない。

 ナイフの刃を返して首筋に一閃。本来なら即死するような攻撃だ。峰打ちだとしても、後遺症が残っておかしくないレベルだった。当然それを受けた男はその一撃で意識を刈り取られてピクリとも動かなくなった。

 

「姉様を否定する者は私が決して許さん」

 

 倒れ伏した男を冷ややかに見下ろしながら、自ら誓うように口にする。それはラウラが得た愛情に対する不器用な恩返しであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「な、なんか二人ともすっごい気合入ってるなぁ……?」

 

 恐ろしい威圧感とともに圧倒するラウラとシールを見ながらも、アイズもきっちりと強盗犯たちの制圧を行っていた。ただし、こちらは二人と比べればいささか平和的であった。

 

「えっと、二人がなんか怖いんで降伏しませんか?」

「ッ、ふざけんなコラァ! 今更なに言ってやがんだ!?」

「え? ダメなんですか?」

「不思議そうに言うな! 足元に転がってる仲間やったのはてめぇだろ!?」

「えー、だって」

 

 そう、アイズの足元には完全に気絶した強盗犯の一人が転がっていた。その脇にはバラバラになったカラシニコフが散らばっている。

 アイズははじめは同じように降伏を促したのだが、それに激高した一人が銃を向けた。そして引鉄に指をかけたことを見たアイズが説得を諦めて制圧を行ったのだ。理由は、他の人質への流れ弾を避けるためだ。だからアイズはそれを見た瞬間には一足で間合いを詰める。

 取り出す武器は高周波ナイフ。IS用の装備である『プロキオン』をダウングレードして通常サイズにしたものであるが、一般的なナイフよりも多少ゴテゴテとしている。しかしその切れ味は鋼鉄を容易く切り裂くことのできる対IS用にも使えるというオカシイ代物だ。過保護な束が持たせた護身武器である。

 

「危ない、なぁ!」

 

 すぐさま銃身と弾倉を狙って切断する。一見すればゴツいだけのナイフが銃をあっさりと真っ二つにする光景に、強盗犯の動きが止まる。

 

「ごめんね」

 

 そして束仕込みの柔術で床へと押し倒すと、刃を返して首筋にナイフを押し当てる。もちろん、そうされたほうは刃が返されていることなどわからないために恐怖に震えるしかない。

 

「このままおとなしくしていてくれるよね? …………ね?」

 

 にっこり微笑みながら金色の瞳を向けるアイズ。アイズとしてはただ穏便に済ませたいだけなのだが、その笑みを向けられているほうは不気味なナニカにしか見えなかった。

 そんな強盗犯の心理をしっかり把握しながら、アイズはイリーナ・ルージュ式ではなくイーリス・メイ式の脅迫をかける。

 

「暴れられると………ボク、困るから。ああ、誤解しないでね? ボク、お願いしてるわけじゃないんだ。わかるよね?」

 

 そしてまったく邪気のない無垢な笑みでトドメだった。

 無邪気、というのは一種の狂気である。精神が平静を保てない場でまったく変わらずに無垢でいることこそが異常なのだ。

 アイズのこの場での笑みは、そういう種のものだった。別に練習をしたわけじゃない。もともと地獄を味わって這い上がってきた。気が狂いそうになりながら、怒りを、痛みを、妬みを、憎しみを、そのすべてを味わってなお、砕けずに貫いた夢への渇望の現れこそが、微笑みだった。だからアイズは、微笑みはいつまでも無垢なものだった。

 アイズが想い、微笑むとき、それがたとえ戦場のど真ん中でも、命の灯火が消える間際だとしても。

 

 アイズは、夢想う限り、―――――無邪気に微笑む。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さて、あとは上の掃除ですか」

 

 たった三人でエントランスは完全に制圧した。捉えた強盗犯たちは一箇所に固めて縛り付けてある。ラウラとアイズがすぐさま正面の扉を開放すると人質を順次に外へと逃がしていく。あとは警察に任せれば残党も片付くのだが………。

 

「せっかくだし、最後までやろうか」

「そうですね」

「………まぁ、いいでしょう」

 

 三人揃って戦闘続行の意を示した。確かに警察に任せればあとは楽だが、こうして追い詰められたときこそ人間は厄介だ。しかも見たところ装備品は粗悪でもそれなりに脅威となり得るものを揃えている。もしかしたら爆弾の類もあるかもしれない。下手に自爆などされれば困る。

 

「もしそうなったらイリーナさんがキレる」

「そういえばここ一帯の開拓地の権利を持ってるって言ってたような……それは、まずいのでは」

「アイスクリーム買い直さないといけないのでそれは困ります」

 

 それぞれがくだらなくも大切な理由でとっとと残りを倒すことを決める。相手の戦力はおおよそ把握した。ISに頼る必要もない。残りもすぐに制圧できるだろう。

 

「ラウラちゃんは一階で待機。もし逃げる人がいたら捕まえて。上にはボクとシールで行くから」

 

 しかし、アイズからそんな提案が飛び出した。確かにそれは理にかなっている。逃がさないつもりなら脱出路である一階を一人が固めることは当然と言えた。個々の戦力が圧倒的に優っているからこそできることであるが、しかしシールとラウラは揃って渋い顔をした。

 

「…………」

「しかし、姉様」

 

 ラウラは心配そうに、そしてシールは訝しげにアイズを見つめる。三人の金色の瞳が交差し、しかしすぐにそれは解かれた。

 アイズがぷいっと顔を背けるようにして二人に背を向けた。

 

「いいよね、シール? それともボクじゃ足でまとい?」

「…………いいでしょう。今回は共闘する約束です。たとえ敵でも、約束は守りましょう」

「ラウラちゃん」

「姉様、私は反対です! いくらなんでも、こいつは姉様を殺そうとしたやつですよ!? それなのに……!」

「わかってる。シールを信じろって言ってるわけじゃない。…………でもね、敵だからこそ、ボクはシールを信じてる」

 

 そう、アイズは殺し合うような敵でありながら、シールを信じている。それは、シールがかつて言った言葉、そして己が言った約定を示していた。

 意味のある決着を。それが、アイズとシール、二人の約束だ。だからこんなところで不意打ち、騙し討ちの類をするなど、アイズも、そしてシールも一切考えていなかった。

 

「ごめんね。我侭言って」

「………いえ。こいつは信用できません。でも………姉様を信じます」

「ありがとう」

 

 申し訳ないと思いながらも聞き入れてくれたラウラにお礼を言いながら、アイズは上階へと駆け上がっていく。それを無言で追いかけていくシール。

 残されたラウラは、二人を見送りながら再び眼帯をしてヴォーダン・オージェを封印する。

 

「姉様………どうかご無事で」

 

 ラウラの心配はシールとのことだけだった。ラウラの思考には、すでにこの建物が未だに武装集団に占拠されていることなど完全に消え去っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「どういうつもりです?」

「なにが?」

「あの模造品を残してまで、なぜ私と二人になったのです?」

 

 二人はすでに屋上以外の階層にいる立てこもっていた残党を駆逐していた。出会い頭に即座に気絶させるという、まさにサーチ&デストロイによる制圧戦であった。

 

 

「………聞きたいことがあったんだよ。できれば、二人だけで話したくてね。ラウラちゃんには無理言っちゃったけど」

「なにを話すことがあるというのです? 私とあなたは、もはや戦う運命なのです。今更和解でもお望みですか?」

「それこそまさか、だよ。ボクは、あなたとの決着をなぁなぁで済ませる気なんて、とっくにないんだよ」

 

 自分を礎にして生み出された命、自分の痛みを、苦しみを糧に造られた命。その結果であるシールとの因縁は、もはやアイズにとって向き合わなければならない運命だった。

 

「あなたが生まれた理由を知った。あなたの考えも知った。それでも、ボクにはどうしても聞きたいことが、聞かなきゃいけないことがあるんだよ」

「………いいでしょう。なにを言っても運命は変わらない。座興に付き合いましょう。………掃除を終えたら、ですがね」

 

 言うと同時にシールが屋上への扉を蹴破った。さすがに察知されていたであろう二人の突入は銃弾の雨によって迎えられた。

 

「見えてるよ」

「遅い」

 

 しかし、もはやただの銃弾など、二人にとってはあまりにも遅すぎた。もちろん、銃弾の早さが遅いわけじゃない。二人の反応が速すぎるのだ。視界に入った瞬間には弾道を解析し、そしてしっかりと指が引鉄を引く瞬間まで見えていた。

 残された強盗犯たちが恐怖に顔を歪ませる姿までしっかり捉えながら。

 

「おやすみなさい」

「さよならです」

 

 ただ呆気なく、なんの感動もない決着を叩きつけた。

 

「終わりだね」

「まぁ、こんなものでしょう。くだらない雑事でした」

 

 

 屋上から下を見下ろすと、警察が突入してくる光景が見えた。これでこの茶番も終わりだろう。シールにとって、いや、アイズにとっても、この程度の解決は別に感慨深いものでもなんでもない。この目を持つ者として、武装しただけの素人などなんの脅威でもないのだから。

 

「…………では本題に入りましょう。敵と密談する趣味はありませんので手短にしてください」

「時間は取らせないよ。ボクは、ただ知りたいだけだから」

 

 制圧を完了したというのに、二人共その瞳は金色のままだ。それは互いに警戒し合っていることを意味していた。

 

「ボクはずっと不思議だった。あなたがなんなのか。どうしてボクを狙うのか」

「…………それで?」

「そしてそれを知った。あなたの正体、そしてボクにこだわる理由……それを知った」

「だから、あなたも……私と戦うことを決めたのでしょう?」

 

 逃げないし、逃げられない。

 アイズが言ったその言葉は、二人が戦う運命を肯定した言葉だ。シールにとってアイズが存在意義を冒涜する存在だというのなら。アイズにとってシールは、自分の運命を狂わせてきたこの瞳の呪いが人の形となった存在だ。

 それは逃げられないし、逃げてはならないものだ。

 

「そう、だから――――!」

「っ……!」

 

 突如としてアイズがシールへ飛びかかった。

 その手にはナイフがあり、それをシールめがけて一閃する。その行動にわずかに驚きながらも、シールは冷静にそれに対処。ナイフを持ったアイズの右腕を掴むと同時に空いた腕でアイズに同じくナイフを突き立てようと振り上げる。

 そしてそれも、アイズがきっちりと受け止める。鏡写のような格好になりながら二人はナイフを持った腕に力を入れて押し合いの膠着状態となる。至近距離から睨み合う。

 

「……あなたがこんな不意打ちをしてくるとは、正直驚きましたよ」

「不意打ちなんてできないでしょ?」

「それでどういうつもりです? ここで決着をつけますか?」

「乱暴になったことは謝るよ。でも、…………やっぱりわからない」

 

 なにかを確かめたかった。そんなアイズの様子を察してシールが眉をしかめた。いったい、こんなことでなにを知りたかったというのか、皆目見当がつかなかった。

 今の攻防でわかることは、アイズにはまったく殺気がなかったことくらいだ。だから驚きはしたが、脅威には感じなかった。

 

「…………ボクを、恨んでるの?」

「なんですって?」

「ボクを倒す………それは、ボクを恨んでいるから? 嫌いだからなの?」

「…………言っている意味がわかりませんね。なにが言いたいのです?」

「ボクは…………あなたが、嫌いじゃない」

 

 その言葉に、シールがますます表情を曇らせる。意味不明、理解不能、そんな色がそこにはあった。

 

「好きか、って言われたらそれも返答に困るけど。ボクはシールにそれほど嫌悪感は持っていないみたい。今も、本気で襲いかかったのに、殺気のひとつすら出せなかった」

「それを確かめたのですか?」

「そして、あなたも」

「…………」

「ボクと戦うとき、………ボクを殺そうとしたときでさえ、あなたから負の感情は感じられなかった。ボク、そういう人の悪意には敏感なんだ。たとえこの目を閉じていたとしても、はっきりわかる」

 

 それが這いつくばってまで生きてきたアイズの半生が得たものだった。生きるため、死なないために身につけた寂しい感受性だった。

 

「ボクを倒す。そこに迷いはないだろうけど…………あなた自身は、ボクが嫌いだからそうするの?」

「………なにをいうかと思えば」

 

 シールが力任せにアイズを押しやり、密着状態から開放される。もうアイズから戦意がないことを確かめてナイフを服の中へと仕舞う。

 

「試作品に好きも嫌いもあるわけないでしょう? あなたは、その存在が邪魔だから排除する。それだけですよ」

「なら、どうしてボクとこうやって会話するの? 会話は人の触れ合い。モノとすることじゃないのに」

「よく回る口ですね。それではあなたは私と友達になりたいとでも言うつもりですか?」

「そこまでは言わない。でも………もっと知りたい、と思っている」

「……………」

「ボクはあなたを倒したいと思うほど、あなたをまだ知らない。あなたがどんな風に今まで生きてきたのか、どんな思いで戦っているのかもわからない。もちろん、ボクだってただ倒されるわけにはいかない。戦う理由をあとから欲しがるなんてボクもバカだと思うけど………それでも、ボクはあなたと」

「戯言はそこまでです」

 

 シールがアイズの言葉を遮って睨みつける。そこには明確な拒絶の意思があった。

 

「あなたの都合など、私が知ったことではありません。そして、あなたと私は、戦うことでしか理解できません」

「結果を理解しろ、受け入れろっていうの?」

「私が戦う理由は、私だけのものです。あなたは、勝手にあなただけの理由で戦えばいい。ですが……」

 

 シールが背を向ける。同時にISを起動させ、その白亜の装甲を纏う。純白の翼が広がり、天使が降臨したかのような光景がアイズの視界に映り込む。それはさながら告死天使。人外の美とすら思えるほどの完璧な芸術のようなその姿が、感動ではなく畏怖を与えるような存在としてそこに在った。

 

「私との戦いから逃げることは、許しません」

「…………」

「また会いましょう。この次は、戦場で………」

 

 そう言ってシールが天へと飛翔する。しかしすぐさまその姿がノイズが混じったように掻き消えてしまう。おそらく光学迷彩を発動させたのだろう。白亜のISが空に溶けるように消える姿を見て、アイズがゆっくりと瞳を閉じた。

 再び目隠しを巻きつけながら、遠ざかっていくシールの気配を感じていた。その気配が完全に消え去ったところで、ラウラが屋上へとやってきた。どうやら心配して来たようで、ラウラの気配がそっと傍へとやってきた。

 

「姉様、ご無事で」

「うん、大丈夫だよ。下のほうは?」

「警察が突入して強盗犯たちが確保されています。どうやらもともと近くの金融施設の強襲をしたグループらしく、警察の追跡を振り切ろうとここを占拠したようです」

「とんだ災難だったね」

「それで、あいつは?」

「行っちゃったよ。次は戦場で会いましょう、ってさ」

 

 そしてそれはおそらく実現する。しかも、そう遠くないうちに……。

 

「ねぇラウラちゃん。ラウラちゃんはシールが嫌い?」

「嫌いです。姉様を傷つけるやつは、誰であれ嫌いです」

「そっか」

「姉様はどうなのです?」

「ボクは、ね………よくわからないな」

 

 だからあんなことを話してしまった。確かに無意味な問いかけだったかもしれない。

 

「夢を求めることに理由なんてない。ただ、そうしたいっていう思いがあれば、それでいいから」

「姉様?」

「じゃあ、戦うことは? 戦うことに理由を求めることも、ナンセンスなのかな?」

 

 ラウラには、その答えがなかった。もともと戦うために生み出され、そしてこの瞳を与えられたラウラにとって戦いとは生きることであった。だが、今のラウラにはそれを肯定するには迷いがあった。

 それが良いか悪いかはわからない。でも、それはおそらくずっと答えは出ない。

 

「好きか嫌いか。それだけでもはっきりすれば戦えるのに………」

 

 好きだから超えたい、並びたい。嫌いだから負けられない。心の感情をバネにするアイズにとって、シールはどちらでもない存在だった。

 

「それすら決められないボクは、甘ったれかな」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「申し訳ありません。近いうちに再度買い直してきますので」

「あらあら。それは残念だけど………なかなか面白いことになってたみたいねぇ」

 

 シールは目の前にいる亡国機業のトップであるマリアベルに頭を下げて謝罪していたが、マリアベルは笑ってそれを許す。もともと気まぐれなお使い程度だ。生真面目だけど不器用なシールをこれ以上いじめようとは思っていなかった。

 

「あの二人に会ったんでしょう? お友達にはなれた?」

「ご冗談を。そのような関係ではありません」

「そう? いいじゃない。敵同士のほうが友情に泊がつくわよ?」

 

 くすくすと見るものを癒すような屈託のない笑みを浮かべるマリアベルに、シールは困ったように表情をしかめている。

 

「プレジデント………お聞きしたいことがあるのですが」

「あら、なにかしら?」

「敵となる者に……好きか嫌いか、そういった感情を抱くことは、必要なのでしょうか」

「ふむ?」

「倒すべき相手を憎まなければ、理由と感情が同じにならなければ、倒す意味はないのでしょうか」

 

 珍しく本気で悩んでいる素振りを見せるシールに、マリアベルは少し意外に思いながら、まるで我が子に相談でも受けたような気持ちになりながら笑顔でシールと向き合った。

 

「そうねぇ。あくまで私個人の意見でよければ話してあげるけど?」

「お願いします」

「私の場合、まぁ、いろいろたくさんの敵がいるけど……ああ、どうでもいいやつはノーカウントだけど、その中でも特に入れ込んでいる存在はたしかにいるわ。個人的に、そいつのことは好きよ?」

「好き、でも、戦うと?」

「私の場合は好きだからこそ戦う。倒したいって思うの。だって嫌いな人間と関わっても面白くないでしょう?」

「………」

「それにね、相手はどうかわからないけど……私にとって倒したいその相手は、大好きよ。とてもね」

 

 まるで自慢するように語るマリアベルの言葉は、シールにとって半分も理解できないものだったが、それでもなにかしら感じることがあるのか、真剣にその言葉に耳を傾けていた。

 

「あなたがあの……アイズって言ったかしら。その子を好きになっても、もちろん友達になっても構わないわ。なんなら定期的に一緒に遊びに行っても私は許すわ」

「しかし、それは」

 

 それはまるで敵と内通することを推奨するかのような言葉だ。当然、シールも受け入れることを躊躇った。

 

「もちろん、いずれ戦えと私が命じるとき、命懸けで戦ってもらいます。でも、そのほうがいいでしょう?」

「いい、とは?」

「倒すべき敵が有象無象のゴミより………大切だと思える友のほうが、愉しめるでしょう?」

 

 どうせ戦うのなら、そこに心が揺れ動くような運命が欲しい。

 そうすることで、その戦いに意味を、価値を見いだせる。倒すべき相手が自分にとっての価値があればあるほどに、感情が、心が動く。それは感情の発露だ。歓喜も、憤怒も、悲愴も、悦楽も、その瞬間にこそ集約される。

 

「倒すべき者の価値を、認めろと……」

「あなたはあなたの理由で戦えばいいのよ。でも、そのほうが愉しいわよ?」

 

 マリアベルはそっとシールに近づくと頭に手を起きながら内緒話でもするように耳元に顔を近づける。吐息すらかかるような距離で、囁くように告げた。

 

「敵であれ、自身と関わる者を知りなさい。その上で倒しなさい。それが運命であるなら、その運命に価値を見出しなさい。特に、その子はあなたを生み出すために使われた実験体の唯一の生き残りでしょう? あの子に、倒される価値を与えてあげなさい。あなたが、あの子を終わらせる意味を持ちなさい。それが、幾多もの命を糧に生まれた、あなたの義務です」

「私の、義務……」

 

 考え込むシールを満足そうに見つめながら、マリアベルは微笑んで新たに指令を告げる。

 

「その機会をあげましょう。おそらくその子と存分に戦えるでしょう。その舞台は私が整えてあげます」

「戦い……襲撃ですか?」

「ええ。オータムとマドカと共に、日本へと行ってもらいます。存分に、運命を楽しんできなさい」

 

 魔女は聖母の笑みを浮かべて、シールを激励する。それが、悪意のないものだとしても、それは次なる戦場への誘いであった。

 

 

 

 アイズとシール、二人の運命は加速しつつも、未だ決着を見せなかった。

 

 

 

 




以上で番外編の二つ目が終了となります。お楽しみいただけたでしょうか。

後編はアイズとシールの因縁の捕捉を入れてみました。この二人の戦いが終盤の軸のひとつとなるので、二人の交流をメインにしています。そこにラウラも加わって複雑に絡み合っていく感じになりそうです。

そろそろマリアベルさんにもいろいろやってもらおうと思ってます。明言しますが、この人がラスボスですので。ラスボスの貫禄を出すのが難しいですが、終盤はこの人に大暴れしてもらうと思います。

番外編ですが次章への伏線がたっぷりでした。

次回から「鉄の葬列編」へ入ります。IS学園を舞台に大乱戦となります。

それではまた次回!


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Chapter7 鉄の葬列編 
Act.63 「抗う力と意思」


 夏休みを終え、IS学園にも多くの学生が戻ってきた。世界中から生徒が集まるこの学園特有の学校風景に懐かしさすら感じながら生徒たちは和気あいあいと一月ぶりに再会した学友たちと笑い合っている。

 そんな生徒たちから離れた整備室の一角に一夏はいた。この夏休み、いろいろと話せない体験をしてきた一夏であったが、その経験が一夏の意識にもなにかしらの変革を促したようだ。本人には自覚はなくとも、その顔つきは夏休み前とはまったく違っていた。なにか覚悟を決めたような、そんな心構えが一夏の雰囲気を変えていた。それはただでさえ視線を集めていた一夏に新たな魅力を付加させていた。今なら顔付きだけで簡単に女の子を落とせそうだ。

 しかし、本人はいたって真面目に目の前のディスプレイを睨んでいる。そんな一夏の横では簪がさまざまなデータを打ち込みながら一夏に説明をしていた。

 

「…………おおまかな説明はこんなもの。わかった?」

「正直に言えば、五割くらい………だな」

「無理もない。こんなものを寄越してきた博士がおかしいだけ」

 

 二人の目の前には大きなコンテナが鎮座しており、そのコンテナに大小様々なコードが接続されている。なにかしらの新型機か装備のようだが、それにしては大きさもかなりのものだ。通常のISがまるまる三機は入りそうなほどの大きさで、この整備室の一角を陣取っている。

 

「博士がお土産って言ってたときはもっと可愛いものを想像してたけど………なに、この、……怪獣?」

「あの人のやることだからな。まぁ普通じゃないとは思ってたよ。それにしても………まさに怪獣だな、これ」

 

 先日、カレイドマテリアル社所属の四人を残してIS学園へと戻ってきた一夏たちであったが、そのときこれからの戦いに必要になるとしていろいろな戦力の増強プランをもらった。そのうちのひとつがこれだ。

 いろいろと裏工作を経て、先程IS学園へと届けられたコンテナは束が一夏のために用意した贈り物だった。一夏に渡されたのは『白式』の強化プランとして、『白式』をサポートするための専用支援装備であった。

 『白式』自体は大幅な強化ができない状態であるため、追加装備を用意すると聞かされてはいたが、これは装備なんてレベルのものではない。もはやもう一機の『白式』とでもいうような代物だった。イメージとしてはティアーズのような大型のパッケージに近いが、あれよりも遥かに規格外といえるものだ。調整だけでも一夏の手に余るとして急遽簪に協力を仰いだのは英断であった。

 そして簪も実物を目の当たりにしてつい先日知り合った世界最高峰と言われる変人、もとい、天災、いや、天才の科学者の篠ノ之束が作り上げたこれはもはや現在のISの流れに革命を起こすものだと思えた。

 

「………『白式』は弱点も多いけど、それを補って余りあるほどの力、『零落白夜』がある。下手に機体を改造するより、こうした強化をするほうが理にかなっているのは確か」

「それに一応機体のプログラムをいじって多少燃費も解消されたしな」

「今の一夏には意思次第で零落白夜の出力をコントロールできるから、よほどの長期戦でない限りあまり燃費のことは気にしなくてもいい。………まさか出力変化と形状変化を使えるようになっていたのには私も驚いた」

「それしか、素人の俺が強くなる道がなかったからな」

 

 苦笑する一夏だが、その努力と成果には簪も素直に尊敬の念すら覚えた。確かにセシリアをはじめとした面々との模擬戦の経験や、多くのアドバイスを受けたためというのも大きいだろう。しかし、そこからしっかりと自身に合った強さを見出し、具現化した様は見事というしかない。

 セシリアや鈴が口を揃えて『末恐ろしい才能』だと一夏を評する理由がよくわかる。これでISに乗って半年程度など信じられない。そう簡単に追い抜かれるつもりもないが、近いうちに並ばれるかもしれない。そんな危機感すら抱くほどだ。

 

「私も負けてられないね」

「いや、俺からしたらあの『天照』のほうこそチートなんだが」

 

 アイズや鈴みたいな近接物理型には相性が悪いとはいえ、ビームやレーザーの無効化、さらには反射も可能で挙句には通常武装の威力を跳ね上げることもできる特殊装備『神機日輪』。無人機プラントへの強襲作戦のときには、この力で地下基地をまるごと貫いたらしい。攻撃、防御共に恐ろしい能力を持つ簪の『天照』は、もはや第三世代機を凌駕している。

 なにより無人機や、カレイドマテリアル社製の機体くらいしか大出力兵装を使うためのウェポンジェネレーターが搭載されていない。ごく一般的なISの常識では、未だ単体での高出力ビーム兵装はエネルギー供給に問題があり技術が追いついていないというのが現状である。無人機はその特性から、カレイドマテリアル社製の機体は束がいることで既に数世代先の技術が積み込まれているが、これらはあくまでごく一部の例外である。それにもかかわらずに簪の機体には大出力エネルギーの対抗策が完成されているのだ。言うまでもなく、それはその数世代先の、そのさらに先の技術といえる。明らかに対無人機を想定された機体であった。

 

「博士には感謝してる。これを使いこなせれば、きっとアイズも守れる」

「……本当にアイズが好きなんだな」

 

 苦笑しながら一夏が言うと、簪は本当に幸せそうな笑みを見せた。そんな笑顔を見せられれば、一夏はもう茶化す気も起きなかった。

 

「それはそうと、今は一夏のほう。これを使いこなすには相当の時間がかかるよ」

「だよなぁ。実機訓練にも気を遣いそうだもんな」

「まずはスペックを頭に入れること。それから少しづつ訓練していけばいい」

 

 こうした情報処理や整理といった作業においては簪は誰よりも長けていた。もともと『天照』の前身となる『打鉄弐式』の調整をたったひとりで行ってきた経験も今の簪にはプラスになっていた。複雑極まる『白式』の追加支援装備の調整を無駄なく的確に行っていた。

 

「すまないな、簪がいて助かった」

「気にしなくていい。私もいい経験になる」

「悪い。なにか飯でもおごらせてもらうよ」

「それは箒さんにしてあげて。彼女、いろいろ悩んでいるみたいだし」

「……そう、だな」

 

 箒は戻ってから普段通りの生活を送るようにしているが、どこかぼーっと考え事をすることが増えた。表情には憂いの色が浮かんでいるが、同時に以前よりも雰囲気が柔らかくなった。これまで抱え込んでいた不安が解消されたが、同時にこれからのことを悩むようになった。それは他人がどうこう言えることではないが、一夏なら箒の悩みを聞いてやるだけでも箒のためになるだろう。

 

「とにかく、実機訓練はなるべく少数で、人目につかないように行うほうがいい。そのあたりも博士が手を回してくれたみたいだから、なんとかなる」

 

 オーバースペックな試験装備の使用のために完全秘匿環境での慣熟訓練ができるよう、カレイドマテリアル社からIS学園へ要請をかけるという形でイリーナが手を回していた。かなり強引な手を使ったために、アリーナの使用時間も限られるが外部から完全に遮断された環境下での使用ができる。もちろんまっとうなIS学園の職員はいい顔はしないが、それも仕方ない。

 

「博士も、アイズも、セシリアさんも、焦ってる」

「やっぱ、そうだよな。こんなのを渡すくらいだ。俺でもそれはわかる」

「事情がなきゃ、こんな化け物級の装備を渡したりしない。きっと、最悪を想定してる」

「最悪………それって」

「亡国機業の、直接的な侵攻」

 

 一夏がそれを聞いて冷や汗を流す。よくよく見れば簪も肩が震えていた。

 それはつまりどれだけの数がいるかもわからない無人機の大群を相手にするということだ。確かに今の一夏でも無人機単体に負けることはないが、その数がまさに暴力的だった。あのプラントを直接見ただけに、亡国機業が世界でどれだけの無人機を製造しているのか想像もできない。そしてあの圧倒的な数で押し寄せる物言わぬ機体の群れは、さながら黄泉路へと誘う葬列とすら思える。

 そしてそれらを統率するシールやマドカといった凄腕の操縦者も敵にいるのだ。

 

「………戦力の増強が急務ってことか」

「そして、敵はこちらの事情なんて考えないってこと。過去にここを襲撃したことからも、決してあいつらの狙いはカレイドマテリアル社だけじゃない。ここだって十分に狙われる危険がある。………まぁ、一番危険なのは、あの島だろうけど」

「だからセシリアたちはここにいないわけだしな」

 

 二学期が始まって三日経つもセシリアたちは未だに戻ってきてはいない。どれだけの数があるかは不明だが、貴重なはずのプラントのひとつを潰したのだ。なにかしらの報復行為がされると予想してその備えとしてアヴァロン島へ滞在したままになっている。

 しかし、その気になればイギリスから日本まで短時間で移動できる技術も当然のように持っているために学園からでも火急の時にはすぐさま行動することができるらしい。だから学園に戻ることも特に大きな問題ではないので、そう遠くないうちに復学するとは言っていた。

 当然、セシリアたちもなにもしていないわけじゃない。対無人機戦のための新装備や、機体そのもののさらなるチューンを施すという。

 

「あのセシリア達がそこまで警戒してるんだぜ? あいつら、この学園でもどれくらいの位置だと思う?」

「…………セシリアさんとアイズは、IS学園最強と言われてるおねえちゃん……生徒会長と互角以上。本人が言ってたから間違いない。シャルロットさんやラウラさんも、間違いなく上位」

「そんなやつらが揃ってああだからな。そりゃあこっちも不安にもなるさ」

「だからこそ、一夏にこれを託したんでしょう? 表向きは白式の追加パッケージってことらしいけど、そんな可愛いものじゃないし」

「…………これ、公式戦じゃ使えないだろ」

「どう考えても実戦しか想定されてないよ。文字通り、命懸けの」

 

 一夏は改めて手元の資料に目を向ける。白式追加兵装『白兎馬』。小さく見積もっても白式の三倍以上ある大きさの体躯を持つ追加兵装で、これまで聞いたことのない武装、機能、運用方法を持つ未知の代物である。まさに怪獣というにふさわしいオーバースペック兵装だ。

 だが、しかしそれでも、安心などできなかった。

 敵として明確にその存在を確認した亡国機業の戦力は、なんといってもその数だ。数多の巨大な組織や軍隊、そして国すら裏から繋がっているとされるその生産力はもはや脅威だ。おそらくドイツにあったプラントも、数あるうちのひとつでしかないだろう。

 いったい何体の無人機が製造され、実戦配備できるのか想像できない。だが、その数はおそらく百や二百じゃ済まないだろう。標準的なタイプの無人機ならば、強力な武装にさえ気をつければこの学園でも中堅から上級者クラスになれば一対一での勝率は多分にある。だが、逆を言えば数の暴力で攻めてくる相手に、その程度のことしかできないのだ。たった一機に勝っても、それではダメなのだ。

 圧倒的な数の相手に、対多数戦で戦えるほどの力量があって初めて対抗できる。プラント襲撃の際には狭い空間内での戦いだったから少数で攻めたこちら側が有利だっただけだ。もし、なにもない広い空間で包囲されれば、敗北は必至だった。

 しかも、敵方には様々なタイプの新型機の製造まで確認されている。戦力差は圧倒的に負けているのだ。その差を埋めるべく、様々な手を打っている。

 

「そのひとつが、これってわけか」

「私の『天照』だって、普通は身内じゃないのにここまでの機体は提供しない。味方になり得る人物だったから、ここまでしてくれた。アイズのためっていうのも、間違いじゃないけど。あの人たちは情だけじゃなにもしない。情と利があったから力をくれた」

「…………」

「だからこそ、それは信頼にほかならない」

 

 情だけでもなく、利もあると判断したからこそ、その人物を信じたという証左になる。そうでなければ、ヤバイ技術を集めた機体を与えることなどしない。簪はそのあたりの理由もちゃんとわかっている。

 

「私は信頼に応えなきゃならない。そして、一夏も」

「力をもらった責任ってやつか」

「私たちは、力を欲した。でしょ?」

「そうだな」

 

 簪にとってきっかけはアイズを守るためだが、それは今も変わっていない。そして、アイズの目指すものを、アイズの往く道を守る防人でありたい。そのために力を欲した。

 それが『天照』。『神機日輪』という、対粒子変移転用集約兵装を持つ機体。

 そして一夏にも与えられたのだ。一夏の守りたいものを守るための力、そしてそれはカレイドマテリアル社にとっても有益だと判断されたから、一夏は世界最高峰の技術から生み出されたこれを手にできた。

 

「使いこなしてやるさ。こいつを……!」

「よし、ならあたしが手伝ってやろうじゃない」

「うおっ!?」

 

 いきなり背後からかけられた声に一夏がビクッと驚いて振り返る。そしてやはり、そこにいたのは鈴であった。作業机の上に腕を組んで立っており、まるで仁王像のような威圧感を出す少女はニヤリと笑って一夏を見下ろしている。

 

「あたしも協力してお礼ってことでちょっとお土産もらったしね。それに今の一夏ならずいぶん愉しい勝負ができそうね。今はセシリア達もいないことだし、この三人で徹底的に鍛えようじゃない。とりあえず新装備の試験がてら三人でバトルロイヤルでも……」

「おまえはただ戦いたいだけだろ」

「それ以外なにがあんのよ」

 

 呆れる一夏の言葉に、しかし鈴は笑って応えた。

 

「あいつらぶっ倒すのも、大事なもん守るのも、結局は強くなきゃできないでしょーが。相手は話し合いなんてしてこない。向けてくんのは暴力よ。なら対抗するには力しかないじゃない」

「………世知辛い真実だ」

「でも事実。今の私たちにできることは、強くなること」

「やるわよ。一夏、簪。力が全てとは言わないけど、力のない者は願いを押し通すことさえできないんだからね」

 

 暴論のようでも、それが今の現状であった。話さなきゃわからないこともある。かつての簪と姉の楯無との関係のようにそれで解決できることもある。だが、これから立ち向かう相手は、そんなものが意味をなさないのだ。

 それを理解している三人は、力強く頷いてアリーナへと向かっていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「理論値を超えました。なおも適合数値の上昇が止まりません」

「…………うっひゃー、私はまだアイちゃんを過小評価してたみたいだねぇ」

 

 カレイドマテリアル社の誇る頭のおかしい天才たちが集まる技術部の極秘ラボでは、多くの研究員がこの実験に興味を示し、そして示された結果に大興奮だった。その中で、実験の統括をしていた束は、目の前の光景から目を離せずにいた。その口元ははっきりと笑っている。

 

「アイちゃん………間違いなく世界最高のIS適合者だね…………悲しいけど」

 

 この実験の目的は第三形態の状態によるコアとのシンクロ係数の最高値の計測だった。ティアーズは世界で二機しか存在しない第三形態移行可能機。そしてアイズは個性を獲得したコアと会話するまで意識をリンクできる操縦者。この二つをかけあわせたとき、どうなるのか。それはIS技術者なら注目せずにはいられないお題目であった。

 そして、今目の前では第三形態へと移行したレッドティアーズがいた。第三形態は第二形態と違い、可逆型の進化だ。通常形態から、一時的に第三形態へと変化する。その理由は、第二、第三では形態変化の意味が違うためだ。

 そもそも、なぜ形態が変化するのか。第一形態は機体と操縦者がただ一緒になっただけの状態だ。ISという機体が、人間とリンクするために最低限の調整をしただけだ。それが初期フィッティング。

 そして第二形態は、その操縦者とシンクロするように、適した進化をした形態だ。格闘戦が得意なら近接特化寄りに、素早く動くなら機動特化よりに。操縦者の長所を伸ばしたり、また短所を補うようにより適した進化をしたものが第二形態。この第二形態が、おおよその意味で完成系と言える。

 そしてその先が第三形態。適正な第二形態以上のものとなれば、それはすなわち潜在能力の開放にほかならない。言わば、火事場のバカ力と呼ばれる、普段はリミッターがかかっている部分の発現だ。だからあくまで一時的な形態変化なのだ。

 今のレッドティアーズは各部の展開装甲が開放され、普段は装甲内部にあるエネルギーラインが赤く発光している。それはさながら身体を巡る血脈のようだ。装甲の形状も一部が変化しており、その中心で佇むアイズは自然体で変化したレッドティアーズを纏っている。

 

 コアとの会話ができるようになったアイズは、今では文句なしに世界最高のIS適合者だ。単純な戦闘能力でいえば、セシリアやシールといった面々には一歩譲るかもしれないが、ISコアとの適合値でいえばこの二人すら軽々と上回る。そして適合値の高さは、可能性の大きさと直結する。ISコアと深く繋がることで、未知の領域の力を覚醒させることだってあるのだ。現に、アイズの奥の手中の奥の手である『L.A.P.L.A.C.E.』など、もはや魔法としか思えないものを発現させている。

 そして、今現在のアイズの潜在能力を示したひとつの結果がこれであった。

 

「信じられない……っ、適合ランク換算、計測不能って……!」

「…………もう、完全に文字通りの意味で、人機一体の領域ってことだよ」

 

 よくよくみれば、バイザーで隠れているアイズの表情だが、かすかに見える口元は笑っていた。ときおり、無邪気に笑い声すらあげていることから、おそらく本人は意識リンクでコア人格『レア』と楽しくおしゃべりしているのだろう。束が実験中は適当におしゃべりしていていいよ、と言ったのでおそらくはそのとおりにしている。本人は相変わらず、無邪気に自身の力を自覚しないまま周囲を驚かせている。

 きっと、はじめから高い資質があった。そしてそれだけでなく、ヴォーダン・オージェを移植され人工的に強化されたこともある。そこで地獄のような日々から這い上がってきた精神力、空への渇望を宿す意思、そのために敵と認識したものを容赦なく倒す思考。何度も挫折と壁を乗り越えて純粋培養された夢追いの意思は、他に類を見ないほどの強固な精神となってアイズに宿っている。もちろん時には迷う。だがその芯が揺らぐことはない。

 皮肉にも、平穏とは程遠い激動の半生がアイズを世界最高のIS適合者へと押し上げた。

 

「それなのに、アイちゃんは笑うんだね」

 

 痛みと引き換えに手にしたモノ。しかし、それでもアイズは感謝している。

 

「悲しい、けど………きっとアイちゃんはそうは思ってないんだろうね」

 

 それを証明するように、アイズはずっと笑っている。本当に、幸せそうに。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 星の天蓋。アイズとレアは、この空間をそう名づけた。データ世界なのか、精神世界なのか、アイズとレアがリンクしたときに二人が出会うこの場所で、二人はゆっくりとくつろぎながら会話していた。

 今回は実験中はずっとレアと意識をリンクさせているアイズは、表の騒動とは関係なくおしゃべりを満喫していた。

 完全に潜在能力を開放させる形態となっているため、レアと話す時間も普段よりたっぷりある。

 

 

『アイズは、いつでも楽しそうだね』

「そうかな?」

『もちろん、怒るときも悲しむときも多いけど、でも結局アイズは、なんでも受け入れてる気がするよ。私には、そう伝わってる』

 

 アイズの精神を糧にここまでレアは成長した。その言葉には大きな説得力があった。

 

「レアがそう感じているなら、そうなのかな……」

『繋がっている私に嘘はつけない。でも、だからこそわからないこともある』

「ん? なにが?」

『私もコアだから、コアネットワークを通じて人を知ることができる。その中でも、やっぱりアイズはおかしいよ。普通なら発狂してもおかしくない経験しているのに、その過去を受け入れている。普通じゃそんな割り切ったりできないんじゃないかな? アイズは私たちとは違って、もともと機械じゃないんだから。人間って機械みたいにキレイに割り切れない生き物なんでしょう?』

「……そうかもね。でも、ボクはそんなんじゃない。ボクは過去より未来を取ったんだ」

『望む未来を手にするために、どんな過去でも受け入れたの?』

 

 それはレアにとって純粋な疑問だ。リンクしているとはいえ、すべてがわかっているわけじゃない。まだレアが理解しきれない部分は多くある。これはそんなひとつの疑問だった。

 

「もちろん、呪うくらい憎む過去だってあるよ。でも、ボクは見たい夢があるだけ。そしてその夢は過去じゃなくて、未来にある。それだけだよ」

『じゃあ、未来を過去のようにされたら、どうするの?』

「そんなの決まってる。……………全力で抗う。そうしなきゃ、なにも守れない。なにも、貫けない。傍観していたら、なにも変われない。それが、ボクが過去で学んだものだから。ボクの我侭だとしても」

『だと、しても?』

「ボク自身の自慢できる過去なんて……………夢だけなんだから」

 

 そこではじめてアイズは表情を曇らせた。それは、自嘲しているかのような顔だ。似合わない顔だ、とレアは思った。

 

「あとは、もらったものばかり。セシィや束さん、みんなから。ボクはもらってばかりだ。でも、ボク自身がもってるものは驚く程少ないんだ」

『………』

「ボク自身が持ってるものなんて………もう、夢くらいしかないんだ」

『アイズって…………やっぱりバカ』

「知ってる」

『そういうとこも、バカ。バカバカ、バーっカ』

「うぅ、そこまで言わなくても………」

『そんなバカなアイズには、…………やっぱり私がいないとダメだね』

「うん、よろしくね」

『わかってたけど、アイズって自分のことにはけっこう天然だよね』

「そうかなー? でもレアだって!」

『アイズには負けるよ。だってある意味、アイズは私のオリジナルだし?』

「でもレアのほうがなんかしっかりしてるような………うっ、自分で言ってて落ち込みそうになるよ~」

 

 二心同体ともいえる境地にあるアイズとレア。束が目指したその先へ往く二人は、しかしどこまでも無自覚に、ただ笑い合っていた。

 




新章開幕。今はまだ平穏ですが、とうとうIS学園が火の海になるときも近くなってきました。

とりあえず序盤は一夏、鈴、簪などのメンバーが頑張ります。更織姉妹の共闘なども描きたいなーと思ってます。
白式の新装備のお披露目も近いです。怪獣、と呼ばれるにふさわしいブッ飛んだものを考えてます。

最近は暑くなってきました。健康にはご注意ください。

ではまた次回に!


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Act.64 「襲来」

「ふーっ………今日はこんなとこかしらね」

 

 鈴が『甲龍』を纏い屈伸しながら言うとそれまで模擬戦をしていた一夏と簪も同じように戦闘態勢を解除して大きく息を吐いた。三人とも大量の汗を流しており、見るからに疲労困憊という有様だった。より実戦に近い形式ということで三人での乱戦を何度も繰り返しており、無理はしないようにしているがかなり熱を入れてISの戦闘技術を磨いていた。

 やはり乱戦となるとこの三人では鈴の勝率がもっとも高いが、乱戦ゆえにどんな小さな隙さえ命取りとなるため、一対一なら最弱の一夏でも何度か勝ちを拾っている。そして今はそれぞれの新装備の慣熟を目的としているため、互いに未知の武器を出し合っている。そのために初見での対応力、分析力、対処力などの向上も視野にいれている。

 愚直なまでのゴリ押しを得意とする近接パワー型の『甲龍』、一発逆転の単一仕様能力を持つ『白式』、そしてハイスペックな万能型の『天照』。この三機の乱戦ともなれば自然と激しいものとなり、模擬戦終了後は三人で検討を行って不備や改良点の洗い出しを行う。闇雲に戦うだけではなく、こうした検証面でも手を抜かない三人は、周囲から見れば異様なほどの入れ込み具合に見られていただろう。早朝や放課後にはランニングや筋トレも行っており、基礎である体力作りも怠らない。熱を入れすぎだという声もあったが、本人たちからすれば必要だからやっているだけだった。

 

「やっぱ零落白夜を変化できるのは厄介ね。間合いが読めないのはやりにくいわ。当たればヤバイから特にね」

「それを言うなら天照も隙らしい隙がないよな。あの日輪を使わなくても、基礎スペックだけで俺の白式を完全に上回ってるし」

「というか、被弾覚悟で間合い詰めてくるなんて鈴さんくらいだし。大きいのを当てようとうすると、そういうのだけは空を蹴って確実に避けるし」

 

 鈴の得意とする戦術は特攻である。第二形態に進化したことで防御力も上がっており、さらに単一仕様能力『龍跳虎臥』と光学・熱量兵器を防ぐ龍鱗帝釈布により少々のダメージを無視してでも間合いを詰めてくる。そして間合いに入ったが最後、超絶威力を誇る発勁により敵を仕留めてしまう。しかし、そんな鈴も一夏の習得した変幻自在な零落白夜を読みきれずに何度か直撃を受けて撃墜されたことがある。ハイリターンであるがハイリスク。戦い方そのものの見直しを迫られていた。

 次に簪であるが、機体を含め長所もないが短所もないオールラウンダー。特殊装備である『神機日輪』こそあれど、基本に忠実な万能型だ。ゆえに基本戦術は相手の長所を封じ込み、短所を攻めることになるが、鈴のような被弾覚悟で間合いを詰められるとその勢いに負けて押し切られてしまうことが多々あった。相手の土俵に乗ってしまった際の対応が課題となっている。

 最後に一夏と白式は博打型ともいえるタイプ。鈴のような近接特化には時折“大当たり”を出すことがあるが、簪のような基本に忠実なタイプが相手ではなかなかチャンスもなく、純粋なスペックと技量差を覆せずに封殺されてしまう。如何に零落白夜の有効打を生み出せるか。これが求められていた。

 

「全員、まだまだってことね」

「まぁ、訓練あるのみか」

「………今日はここまでだね。検討がてら食事にしよう」

 

 のろのろと疲れた身体に鞭を打って三人が立ち上がる。その後もしきりに意見交換を行いながらアリーナから出て行った三人であるが、先の乱戦を見ていた生徒たちは呆然とした表情で三人の背に視線を送っていた。

 

「なに、あれ……本当に一年なの?」

 

 そう呟いた少女は三年の、しかも上位に成績を連ねている者だった。しかし、あの三人の戦いを見てはっきりと自分より格上だと悟ってしまった。

 確かに技術では負けないかもしれない。だが、戦いになった瞬間、あの三人のうち誰一人として勝てるとは思えなかった。

 その理由は、三人の戦う姿勢だった。模擬戦とはいえ、あの三人は一切の躊躇いがないのだ。その少女は知らなかったが、命懸けの実戦を何度もくぐってきた三人は無意識のうちに戦いにおいて甘さが消えていた。だから躊躇いなく、相手が動いている限り容赦なく刃を振るえるし、引鉄を引けるのだ。その覚悟は威圧感となって周囲に放たれていた。対峙しているわけでもないのに、あの三人から発せられる闘気に完全に呑まれていた。

 それは、見ていた全員が同じであった。

 

「今年の一年は有望が多いって聞いたけど………化け物クラスじゃないの」

 

 

 

 ***

 

 

 

「67………68………」

 

 一夏は自室で一人黙々とトレーニングを続けていた。一学期からずっと身体を鍛えてきたせいか、こうした筋トレも今では日課だ。片手での腕立て伏せもはじめは十回にも届かなかったが、今ではここまで回数を伸ばせるようになった。

 そしてトレーニングをしながら頭では今日の模擬戦の反省と、束から渡させた新装備である『白兎馬』の運用について思考を巡らせる。

 未だ実機での試験は行っていないが、データから様々な状況での運用方法を模索している。白式専用の装備だけあって、なかなか特殊な性能で、こればっかりは前例もないために自らノウハウを作り上げていかなくてはいけない。束が一応の仕様書をつけてくれたが、最後には「使い方は無限大! 君だけの最強を見つけ出せ!」というなにかのゲームのキャッチフレーズのような文章が添えられていた。実に束らしい、と納得できてしまうのは、これ如何に。

 そうして苦笑しながら腕立てを続けていると、コンコンとノックの音が響いた。箒でも来たのかと立ち上がって扉へと近づくと、予想外の人物の声がかけられた。

 

『一夏、私だ』

「千冬姉?」

 

 扉を開けるとそこにいたのはやはり姉の千冬であった。

 

「邪魔するぞ」

「いいけど、………どうしたんだ千冬姉? こんな時間に珍しいな」

 

 もう時間も遅い。一夏も生徒としてではなく弟としてプライベートの砕けた口調で対応する。千冬もそれを当然にように受け入れ、部屋に入るなり普段纏っている鋭い雰囲気を和らげて一夏へと向き直った。

 

「ここなら、二人で話せるからな」

「話す? ………ああ」

 

 一夏は千冬の用件を察する。夏休みに行方不明となっていた期間のことだろう。それなりに騒ぎになりかけたが、一応の言い訳をしてなんとか収めてもらったが、当然千冬は納得などしていなかった。日本政府のミスでもある一夏と箒の拉致は表向きはなかったことにされている。このことでカレイドマテリアル社はかなりの見返りを要求したらしいが、そのあたりのことまでは一夏も詳しくはない。

 

「やっぱり、あれでは納得しないか」

「当然だ。『二人で駆け落ちしてました』………こんな言い訳が通用するものか。お前にそんな甲斐性などあるまい」

「それが判断理由かよ」

 

 苦笑しながら一夏はベッドへと腰をかける。千冬は腕を組んで立ったままそんな一夏を見下ろしている。

 

「まぁ、俺もそれが一番周囲に言い訳しやすいからって言われたからそう言っただけだしな。もっとも、千冬姉を騙せるとは思ってなかったけどさ」

「ほう。そう言うということは私にバレることまで折込済みというわけか。………なら、話してもらえるんだろうな?」

「あー、ごめん。それでも詳しいことは話せないんだ。理由は、俺もよくわかってないけど、いろいろ難しい政治の話になるんだと。だから……」

 

 一夏は用意してあった封筒を取り出し、千冬へと差し出した。一見すればなんの変哲もないただの封筒だが、中身は機密文書に等しいものだ。

 

「これは?」

「見ればわかるらしい」

 

 怪訝にしながら千冬が中身を取り出し、そこに書いてあった名前に目を見張った。見たことある字体で、意味のないファンシーな絵柄と一緒に書かれていた名前は―――。

 

 

『篠ノ之 束』

 

 

「………! 会ったのか?」

「会った。元気そうだった」

「………そう、か」

「手紙は読んだら燃やして処分してくれってさ」

 

 一夏が詳しくは話せない、と言った理由を悟る。どんなことでさえ、束に関することなら話すわけにはいかない。こうして手紙を書くこと自体がグレーゾーンな行為なのだ。

 千冬は静かに渡された手紙に目を通した。簡素な、そして短い手紙であった。そこに書いてあったのは、ほぼ謝罪の言葉だった。詳しい内容は書いてなかったが、今回の一夏と箒の件も自身に関係したこと、巻き込んでしまったこと、それに対する申し訳ないという千冬への言葉で埋まっていた。

 不器用な束が精一杯書いたと思われるその手紙を呼んだ千冬は静かに目を瞑り、また綺麗に折りたたんで封筒へと仕舞った。

 

「これはすぐに処分しておく」

「わかった。………束さん、なんて?」

「“巻き込んですまない。”………あいつが行方をくらませたときから、それしか聞いていない」

 

 千冬が疲れたように一夏の隣へと腰をかけた。

 

「昔からあいつはそうだ。なにかと自分のせいだと言って、自分だけでなんとかしようとして………私には頼らずに謝ってばかりだ」

「千冬姉……」

「私はな、今でもあいつの友のつもりだ。あいつも、そう思ってくれていることもわかっている。だからこそ、あいつは私を巻き込まないようにしていた」

 

 束が千冬に協力を求めたことは、あの白騎士事件が最後だった。あれ以降、束は千冬にはなにも言わなくなった。泣き言も、懇願も、なにも。

 そして、行方をくらませて数年後、千冬に一機のISを贈った。それが、千冬が世界最強となった際の愛機『暮桜』だった。そのとき、すでに表向きはスポーツとして世界に広まっていたISで千冬を最強へとするために束が用意した最高の機体だ。

 もともと姉弟だけで暮らして織斑家の財政状況は苦しく、千冬も望む望まないも関係なく弟を養うため、金になるIS操縦者の道を選んだ。それが、束の夢に対する裏切りになるんじゃないかという思いはあった。だがそれでも、生きていくためにISに頼らざるを得ないほど当時の千冬は追い詰められていた。世界が揺れ、激動していたとき、まともな働き口を見つけることも大変だった。そして、世界中が優秀な女性を探していたとき、千冬はその能力の高さゆえにISにかかわらざるを得なくなっていた。空を飛ぶためでなく、戦うためのIS。束の夢を歪ませるような行為に、千冬は悩んだ。だが、状況が、それを受け入れることを強要していた。なにより、当時まだ幼かった一夏を守るためにも、力は必要だった。

 だから千冬は、IS操縦者になった。束から罵られることを覚悟で、ISで戦う道を選んだ。そんな千冬に贈られたのが『暮桜』だった。それは、束が千冬を応援していることにほかならないメッセージであった。

 束にしてみれば、恨むなんてとんでもなかった。むしろ巻き込んでしまった負い目ばかりだった。それに、束はISが兵器となることを絶対の禁忌としているわけじゃない。歴史を見ても、どんな素晴らしい技術でも兵器に利用される恐れは常にあることを理解していたし、その可能性も覚悟していた。だが、それ以上にISを歪められ、空を飛ぶことさえできなくなるような世界の変容はどうしても許せなかった。だから束は世界の変革に加担している。そして、そんな世界で千冬をずっと応援している。

 もう何年も会話していない二人でも、互いに気遣い、思いやる姿はなにひとつ変わっていなかった。

 

「千冬姉、あの人は……」

「言わなくてもわかっているさ、一夏」

「………」

「変わっていないのだな。それが嬉しく……そして、少し寂しい、な」

「千冬姉、あの人は、あの人の戦いをしている。そして……」

 

 千冬は、振り向いた先の弟の顔を見て驚いた。

 これまで、こんなにも男らしく、力強く、頼もしいと思える表情は見たことがなかった。それは、一夏の覚悟が表に出た顔だった。

 

「俺も、俺の戦いがようやく見つかった。そんな気がするんだ」

「………そう、か。最近やたらと張り切っていたが、………そうか」

「今度は、俺が守る。千冬姉も、箒も、みんなも」

「………生意気を言うな、馬鹿者」

 

 口ではそう言うが、千冬はどこか嬉しそうだった。今までずっと小さく、守ってやらなければと思っていた弟が、気づけばここまで頼もしく育ってくれたことに、驚きと、一抹の寂しさと、そして大きな嬉しさがあった。

 姉と弟という関係だが、それはどこか子供の成長を喜ぶ親のようだと思った。千冬は微笑みながら一夏の頭に手を置き、そっと引き寄せて顔を近づける。

 

「なぁ、一夏。今まで、おまえを守るなんて思いながら、結局私はおまえに苦労させてきただけだった。でもな、私にとってお前はいつだって自慢だ。おまえがまっすぐにここまで育ってくれたのは、私の誇りだ」

「千冬姉……」

「お前なら、それをやり遂げると信じているよ」

「……ああ!」

 

 他の生徒が見れば目を回しそうな千冬のギャップに、しかし一夏は嬉しそうにするだけだった。一夏は、千冬が本来こうした優しい人物だとよくわかっている。教師として律しているだけであって、昔はよく一緒に笑い、遊んでいた。あの鈴が「千冬ちゃん」と親しみを込めて呼ぶような人なのだ。

 どこか懐かしさを思わせる姉弟の触れ合いに、一夏も千冬も穏やかな気持ちでいたが、それは無機質なコール音に遮られた。

 千冬はすぐさま端末を取り出した。それは緊急時のためにIS学園の職員すべてが持っているもので、これが鳴るということはなにか起きたということだ。

 

「……どうした山田君。………なんだと?」

「千冬姉?」

「それで、………わかった、すぐに行く。専用機持ちと上級生の上位組を集めろ」

 

 鬼気迫るような表情へと変わった千冬に、一夏も緊張を高めた。通話を終えた千冬は立ち上がると苦しげな顔で一夏と向き直った。

 

「どうしたんだ? なにがあったんだ千冬姉?」

「………この学園へと向かう反応を感知したそうだ。しかしその反応ははじめてではないそうだ」

「それって、……」

「あの無人機だ。数は…………今も不明だそうだ」

「っ!? こっちを狙ってきたのか!?」

 

 その可能性は考えていた。低いだろうとは言われていたが、報復行為としてこの学園を襲撃する可能性もあることをセシリアたちも話していた。だが、その可能性は低いという結論に終わったが、今まさにそれが現実のものとなった。

 それは結果的に見れば予測が甘かったということになるが、それを責めることなどできない。

 なんであれ、このIS学園という特殊な中立という立場の施設を襲うことは、世界中に喧嘩を売るに等しい行為だからだ。それが単独犯ならまだいい。だが、明らかに大群、組織的に襲ってきたとあれば、それは戦争にすら発展する危険を孕んだ行為だ。

 

 そんなバカがいるはずがない。しかし、バカを超えた誰にも計れないあの魔女は、その標的にここを選んだのだ。

 

「大丈夫だ、千冬姉」

「一夏?」

「さっきの言葉を撤回するつもりはないぜ。………今度は、俺の番だ」

 

 一夏は待機状態の白式を握り締めて立ち上がる。

 

「今度は、俺が守るんだ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「遅かったわね、一夏」

 

 召集がかけられた生徒たちが集まる会議室では既に鈴と簪がいた。一夏の姿を確認した二人が歩み寄ってくる。簪はしっかり制服に着替えているが、鈴はタンクトップにショートパンツといういかにも寝るところだった、というような格好に制服の上着だけを羽織っている。しかしその目はギラギラと輝いている。

 不安を多く見せる他の生徒たちと違い、鈴と簪は静かに闘志を滾らせている。

 

「無人機が来たって?」

「らしいわね。あいつらのほうじゃなくて、あたしらのほうを狙ってきたってことね」

「……そう、楽観視できる状況じゃないと思うけど。今からだと他の生徒の避難も難しい」

 

 既に生徒たちを避難させる時間もない。下手に避難させようとすれば逆に危険になる。現在は混乱を抑えながらシェルターに避難をさせている段階であるが、海に囲まれた立地がまたまずかった。避難経路も限られ、しかも夜に襲撃を受けたことで敵勢力の把握もしにくい。救援が来るまで、現状の戦力で耐えるしかない。

 

「救援?」

「IS委員会に救援を要請したみたい。まぁ、それがどれくらい信用できるかは知らないけど」

「期待はしないほうがいいわね」

 

 簪も鈴も、そんなものに期待していないようだった。それは一夏も同じだ。よくわからない存在を頼りにするという曖昧な希望など持てるはずもなかった。

 

「セシリアたちに連絡は?」

「ほら」

 

 鈴が携帯電話を一夏に投げ渡す。それを訝しげに受け取った一夏が画面を見て眉をひそめた。

 

「圏外?」

「ジャミングされてる。今、外部への通信は遮断されてる」

「おいおい……」

 

 IS学園への救援というのも、職員が直接出向いているというのだ。この状況では、イギリスにいるセシリアたちに直接救援を求めることなどできない。あちらが気づいてくれることを祈るしかないのだ。

 

「まぁ、セシリアたちなら気づいてくれるわ。短時間での移動手段もあるって言ってたし、それまであたしたちだけでなんとかするしかないわね」

「戦力差は絶望的だけどね。IS学園そのものをシールドで覆って時間を稼ぐみたいだけど」

「………できるのか?」

「無理でしょ。あたしたちは交戦経験があるからわかるけど、学園の上のほうはそれもわかってないのよ」

 

 高出力のビーム兵装と、圧倒的な物量。しかも新型まで用意されている可能性がある。そんな敵を相手に耐え抜くことができると思うほうが愚鈍なのだ。

 

「ん、来たわね」

 

 三人が会議室の扉へと目を向けると、生徒会長である更織楯無が姿を現した。その後ろには布仏虚が控えている。楯無がゆっくりと壇上へ上がると、集まった生徒たちを見渡して口を開いた。

 

「聞いていると思うけど、現在正体不明の勢力がここ、IS学園へと迫っていることが確認されました。既に一部の防衛施設などが破壊されていることから、目的はこの学園への侵攻と思われます」

 

 周囲のざわつきを収めながら、楯無が説明を続ける。

 

「現在、IS委員会へ救援を求めています。避難は間に合わないため、学園をシールドで多い、防衛戦をすることになります。防衛戦力として学園の職員だけでは足りないため、ここにいる皆さんからの有志を募りたいと思います」

「参加よ。あいつらの好き勝手になんてさせないわ」

「俺もだ。俺が、俺たちが守らなきゃダメなんだ」

「私も。……あんな鉄屑なんか、負けない」

 

 楯無の声に、鈴、一夏、簪が即座に参加を表明する。一切の迷いがない三人に、周囲の人間が圧倒されるも、その力強い姿勢にやがて少しづつ参加を表明する声が上がり始める。楯無は苦笑するように三人に目を向けた。

 楯無としても、ここはどうしても参加してもらわなくてはいけなかった。たしかに安全が確保されているような試合ではなく、命懸けになる実戦への参加は強制できなくても、戦力を考えれば圧倒的に不利なのだ。ここに集められた生徒たちは、学園でも上位に入る者ばかり。どうしても協力が必要であった。それを後押しするように声を上げてくれた三人に感謝した。

 

「ありがとう。生徒会長として、この学園の一人の生徒として感謝します」

 

 頭を下げる楯無だったが、顔を上げるとすぐに真剣な表情へと変わる。

 

「基本的には防衛主体です。シールドを突破した機体を各個撃破。無理にこちらから攻める必要はありません。が………少数精鋭による敵の攪乱が必要です」

「はいはーい。攪乱役に立候補しまーす」

「当然、俺もだ」

「同じく」

 

 またも同じ三人が即決で手を挙げる。守ってばかりでは押し切られるため、どうしても前線で攪乱する足止め役が必要だった。それはつまり時間稼ぎのための、もっとも危険な役目であった。しかし、鈴も、一夏も、簪も、それが当然というようにその役目を請け負った。

 必要なのは、敵中での乱戦能力、そしてずば抜けて高い技量だ。そして戦うことを躊躇わない強い精神力。その点から言っても、この三人以上の適任はいなかった。楯無自身は、生徒たちの指揮をしなくてはいけないためにそうそう前線へはいけない。苦々しい思いをしながらも、楯無は三人を信じて送り出す決心をする。

 

「………前線での指揮を更織簪に一任します」

「拝命します」

 

 その他人行儀な言葉とは裏腹に、姉妹の交錯した視線ではいろいろな感情が交わされていた。簪は不安そうな姉の視線を受けて、逆に安心させるように力強く頷いた。知らずに頼もしくなった妹に、楯無は嬉しさと申し訳なさを感じながらも、妹へと託した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「まぁ、予想通りではないけど予想範囲内ってことね」

 

 夜の海を見渡しながら、鈴がぼやいた。チャイナ服のようなデザインの新しいインナースーツを着た鈴が身体中の間接を解しながら睨むように鋭い眼光を海へと向けた。鈴の言葉に同意するように、一夏と簪もそれぞれ戦闘準備の最終確認を行いながら深呼吸を繰り返している。

 既に学園は防衛形態へとシフトしつつある。万が一のために用意されていた大規模の遮断シールドも展開準備が既に完了している。三人が迎撃に出ると同時に最大出力で展開されることになる。

 

「最終確認。前衛は一夏と鈴さん、私は後衛から防御と援護」

「三機連携よ。熟練度は高くないにしても、低くもないはずよ。やれるわね?」

「任せろ」

 

 陣形は、一夏と鈴のツートップに後衛の簪を加えたトライアングル。変則三機連携による前陣速攻型のフォーメーションだ。敵陣での乱戦を目的とするため、近接型二機を主力にして簪は『神機日輪』による防御主体の援護を行う。IS学園からも援護をしてくれるが、三人の連携がすべてといっていいだろう。

 

「目的はあくまで時間稼ぎ。状況次第では一時撤退も視野にいれるから」

「もし分断されたら、各々の判断で戦いながら学園まで退避よ」

 

 三人とも、単機でやりあえるとは思っていない。自らの力量を正確に知っていることも、一流の条件であるが、なにより三人は知っているのだ。

 自分たちが落とされるわけにはいかない、と。撃墜されれば戦力も低下し、そして士気も落ちる。実戦未経験者が多いこの状況でそれは致命的だ。

 だから、落ちるわけにはいかない。自らが最も危険な役目を背負いながら、落ちることは決して許されないのだ。

 

 

 

 

『三人とも、来たわ。あと五分で、IS学園の第二次領海内へと侵入する』

 

 

 

 

 通信機から楯無の声が伝わってくる。この通信機も量子通信でないため、海上での戦闘行動に移ればどれだけ届くのかもわからない。

 

『………ごめんなさい。あなたたちには、危険な役目を……』

「おねえちゃん、そこまで」

『簪ちゃん……』

「私は、ううん、私たちは、もうとっくに覚悟ができている」

「そういうことね」

「そうだな」

 

 もちろん、それは死ぬ覚悟ではない。命を懸けてなお、生還する覚悟だ。生きるために、守るために、自ら死地へと入り、そこをくぐり抜ける。これまでの実戦経験が、三人を学生には不相応な戦士の覚悟を授けていた。

 

『………わかったわ。無事に戻ってくることを祈っているわ。……ああ、それと一夏くん?』

「なんです?」

『織斑先生から伝言よ。“皆を頼んだ”、ってね』

 

 一夏はその言葉に震えた。気をつけろ、でも、無理をするな、でもなく……「頼む」というほかならぬ信頼の言葉に、託してくれたという事実に一夏の戦意がなおも滾った。

 

「あれ、あたしにはないんですか?」

『あるわよ。“調子に乗りすぎるな”、だそうよ』

「うわ、千冬ちゃん、差別ひどい!」

 

 そんな軽口を叩きながら鈴も野性的な笑みを浮かべていった。気力が充実した最高の状態だ。

 

『時間ね……任せたわ!』

 

 楯無からの通信が終えると同時に、三人はISを起動させる。

 

「さぁいくぜ『白式』! 俺たちがやるんだ!」

「誰を相手にしているのかわからせてやりましょう、『甲龍』!」

「あなたと私は負けない。そうでしょう、『天照』!」

 

 

 夜の闇に、白い閃光が疾走る。

 

 龍の炎と雷が吹き荒れる。

 

 太陽の具現が輝き照らす。

 

 

 

 

 

  IS学園防衛戦――――――開戦。

 

 




とうとう開戦。まずは一夏くん、鈴ちゃん、簪さんのターン。ちゃんと楯無会長や箒さんのターンも考えてます。
この章では圧倒的不利な状況からはじまりますが、後半ではアイズたちが合流します。でもこの章での主役はこの三人になりそうです。
原作主人公である一夏くん、とうとう覚醒の時です。


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Act.65 「混迷戦場」

 鉄の葬列が夜の海上を進む。

 

 物言わぬ命の宿らないヒトガタが、命を奪う禁忌の兵器を携えてただひたすらに前進していた。頭部にある目に相当する部分から不気味な赤い光を灯し、生命の鼓動には程遠い機械音を発しながら動いている。

 それはまるで悪魔か、または死者の群れか。その数は、夜の闇に紛れてもはや知る由もない。ただ、夜の闇から這い出るようにひとつ、またひとつと学び舎の明かりに群がる害虫のように引き寄せられていく。

 希望で溢れるはずの学生の学び舎をただ蹂躙するためだけに、魂の宿らない人の形を模したモノが進んでいく。

 抵抗を数で押しつぶし、ただ破壊を目的としたその群れに、脆弱な人間たちはただ震えるだけだろう。

 

 

 

 ―――――――!

 

 

 

 ビュン、と空気を切り裂く音が走った。同時に、そのヒトガタの群れの中を縫うように一筋のオレンジ色の軌跡が出現する。

 その光の筋に反応を示したその瞬間―――――。

 

「jvfkiejfo---!?!??!」

 

 先頭にいた一体が不快な機械音を発してはじけた。そして次々に、その光の軌跡の周囲にいた機体が食い破られるかのように損壊し、爆発して海の藻屑と変わり果てた。その未知の現象を受け、残された機体が散開する。しかし、残った機体の無機質な目に映ったものは、迫り来る無数のミサイルだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 たった一撃で陣形を破壊され、残された機体も状況が把握できないようにその場に停滞している。先の一撃で破壊された機体はそのまま夜の海へと消えていき、二度と上がってくることはなかった。

 そんな様子を冷静に見ながら、簪が構えていたレールガンを再び量子変換して拡張領域へと格納した。

 

「『神機日輪:玉』、正常稼働、………効果最大確認」

「相変わらずすっごいわねぇ」

 

 簪の放った先制の初撃の威力に、鈴は感嘆の声を上げる。一夏も苦笑してたった一射で無人機の群れを薙ぎ払った攻撃に冷や汗を流した。

 数で劣るIS学園側としては、まず先制攻撃で第一陣に大打撃を与えたかった。そこで選択したものが、簪の機体『天照』による一撃であった。

 武装の威力を劇的に増幅させる『神機日輪』第三の権能『玉』を使用してのレールガンの狙撃であった。ただでさえ、恐るべき弾速を誇るレールガンに、最大出力での攻性エネルギーを付加しての一撃だ。レールガンに直撃すれば木っ端微塵、そしてその軌跡の周辺はまるで暴風のようなエネルギーが渦巻き、範囲内のもの全てを食いちぎる悪魔の一撃と化した。

 あまりにも威力が高く、模擬戦でも全面的に使用禁止となっているこの力は、無人機を相手にしてその力を存分に発揮していた。もともと対無人機用に開発されたのが『神機日輪』だ。対多数の無人機戦においてまさに絶大な性能を見せつけた。簪は便宜上、この能力使用による増幅攻撃を『エクシードバースト』と呼称している。

 

「『神機日輪』、再チャージ」

 

 続けて第二射のチャージを開始する。初撃のレールガンは弾速の早さから先制攻撃に使ったが、貫通力が高い故に面制圧には適さない。一度散開されれば効果は落ちてしまう。だから追撃に選択したものが、『山嵐』の誘導ミサイルによる範囲爆撃であった。

 

「フルドライブ……全ミサイルエリアロックオン」

 

 前面に展開した『神機日輪』のリングユニットが金色の粒子を凝縮する。初撃のレールガンのエクシードバーストで陣形は破壊した。今なら立て直す前に面制圧が可能だ―――!

 

「フルバースト」

 

 ミサイルを魔弾へと変えての全弾一斉発射。無人機プラントで使用したときは威力を抑えたが、今回は最高威力での使用だ。一発でも命中すれば、直撃した機体は木っ端微塵、さらに近くにいた機体すら巻き込んでの大爆発を起こす。それが四十八発もの数となって同時に降り注ぐのだ。悪夢としか思えない惨状の出来上がりだった。

 一発一発が爆発するたびに無人機が無慈悲に破壊され、運良く灰にならなかった部分はそのまま海へと落下していく。夜中でありながら、昼間かと思うほどの凄まじい光量を発しながら破壊の炎を生み出し、轟音を発してすべてを呑み込んで消えていく。

 その効果を生み出した簪を含め、一夏も鈴も冷静にそんな様子を見据えている。

 

「うまくいった、かな」

「そうね、十分すぎるほどの上出来でしょ」

「しかし本当に恐ろしいな。でも、これで整った。行くぜ!」

 

 壊滅状態の敵陣を睨んでいた三人が一斉に動き出す。ブーストをかけ、トップスピードに乗ったまま敵陣の中央へと突っ込んだ。崩れた陣形でこの三人の突撃を迎撃することなどできるはずがない。気づいたときにはもう遅かった。

 

「オラァ!」

「落ちろ!」

 

 鈴の発勁が唸り、一夏の斬撃が走った。そしてその二人の後方から簪が荷電粒子砲とビームマシンガンで弾幕による援護射撃を行っている。未だ立て直せていない敵陣をさらに混乱させるように三人が一丸となって進み、どんどん残存戦力を撃破していく。鈴の発勁はもちろん、一夏の斬撃も零落白夜によるものだ。ほぼ一撃で敵機を撃墜していくために凄まじい速度で殲滅していく。

 

 そう、はじめからこれがこの三人の狙いだった。

 

 時間稼ぎが目的と理解しつつ、士気を高め、守勢にならないために選択した行動は、――――敵第一陣の即時殲滅であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「頼もしいわね、本当に」

 

 IS学園の主要施設に張られたシールド前には楯無を中心とした防衛隊が展開していた。シールド内にすぐに退避できるルートを確保しつつ、ここで敵主力を迎え討つ算段であったため、ここには学園側の主力となるべく、教師陣や上位成績の生徒からの選抜が待ち構えている。

 最前線の三人の役目はこの主力部隊の援護、つまり敵勢力の攪乱と戦力の集中を防ぐ時間稼ぎだ。そのため、一夏たちは決して背後に敵を通すなというオーダーを受けているわけではない。むしろある程度は通して戦況のコントロールをするべきなのだ。

 三人編成の変則部隊であるが、その指揮を任された簪もそれをちゃんと理解しているし、一夏も鈴も愚鈍ではないためにちゃんとそれをわかっている。だが、それでもあの三人が選択したのは殲滅戦であった。そしてそれは見事に成された。貫通高威力射撃から面制圧爆撃、そこへ接近しての残存戦力の確実な撃破。流れるように戦果を上げる攪乱部隊に賞賛する声と歓声が上がる。

 やはり実戦をくぐり抜けてきた経験は大きいのだろう。前線の三人は明らかに戦いに対する躊躇いがない。そして自分たちの役目をしっかりと理解している。あれなら安心して任せられる。もちろん、あの三人に頼りっぱなしになるわけにはいかない。

 

「全員、構えなさい。ここからが本番よ」

 

 そう、問題はここからなのだ。先程殲滅したものは、ただの斥候だ。こちらの戦力を見るための様子見に過ぎない。だからこそ即時殲滅を選択したというのもあるが、ここから先の戦いのためにもなるべく数を減らしておきたかったというのが大きい。

 戦術的にも、第二陣からが本隊だ。数もこの程度ではあるまい。

 

「あの三人だけに負担はかけられない。前衛が攪乱してくれているうちに、確実に一機ずつ撃破しなさい」

 

 そして本隊の反応が現れる。その数、第一陣のおよそ五倍だ。しかも広範囲にわたって展開しており、先程のような密集を狙っての大量撃破ができない。正念場は、ここからなのだ。はじまってすらいない。

 

「目標は前衛の周辺エリア。間違っても当てないで! 砲撃隊、撃て!」

 

 一部の機体に搭載した砲撃武装が敵本隊めがけて放たれる。撃破ではなく、攪乱役の三人への援護射撃だ。さらに味方本隊の前線には近接装備の機体を中心に迎撃の構えを見せている。

 そして、砲撃と攪乱三機の攻撃をかいくぐり、爆炎を抜けて無人機が一機、二機と続けて現れる。そのまま接近してくる無人機に対し、楯無は水を纏わせた蒼流旋を掲げ、大声で号令をかける。

 

「迎え撃つ! 私に続けぇっ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あっちも始まったか……!」

 

 一夏は無人機を零落白夜で切り裂きながら、横目で本隊同士の交戦を確認する。よく確認はできなかったが、一瞬先頭に立つ楯無が戦っている様子が見えた。

 あの楯無が本隊の前線指揮をしている限りそうそう崩れることはないだろうが、この物量に油断はできない。一夏も、鈴も、簪も、もはや本隊を気にする余裕もない。あたり一面敵だらけ。どこをむいても不快な無人機の顔が見えるのだ。

 包囲されているということだが、同時にフレンドリーファイアを避けるために強力なビーム砲の使用の制限に成功している。無人機たちも三人を落とそうと近接武装を中心とした迎撃を行っているためになんとか戦えている状態だ。十機のうち半数以上は本隊のほうへと素通りさせてしまっているが、たった三機による足止めなら上出来といえる。

 だが、それでも数が多い。乱戦に持ち込み、一夏と鈴ですでに十機以上を破壊しているがまったく減ったように見えない。先の見えない戦いはストレスが溜まるが、集中力を切らせばすぐに集中砲火を浴びることになる。

 

「うっとうしい鉄屑が!」

 

 一夏の隣では乱戦に強い鈴がまさに獅子奮迅の勢いで戦っている。機械如きに鈴の格闘能力を超えることはできず、接近戦を挑んだ無人機はそのすべてが海の藻屑と成り果てている。時折襲いかかってくるビームは龍鱗帝釈布で受け流し、それ以外のマシンガンやバルカンなどの実弾は双天牙月と龍爪を盾にして防ぐ。あまりの物量に回避ではなく防御を中心に対応しているが、威力の大きいものや危険性の高いものはしっかりと単一仕様能力『龍跳虎臥』によって回避している。

 一夏の白式はそこまで防御が得意ではないために回避優先だ。ある程度のものは零落白夜を盾にして防げるので、常に零落白夜を発動状態にして戦い続けている。出力変化と形状変化を会得していなければこんな戦い方もできなかっただろう。

 そんな二人のやや後方から簪が援護する。セシリアには及ばなくても、危険度の高い敵機から射撃で牽制し、二人が守勢に回らないように必至に戦況をコントロールしている。乱戦になった以上、もう『神機日輪:玉』のエクシードバーストは使えない。チャージする時間などもはや存在しないからだ。

 しかし、そんなことは初めからわかっていた。だからこそ、初手で切り札である『玉』によるエクシードバーストの二連撃を使ったのだ。どうせ使えなくなる機能なら初っ端に盛大に使ってやろうという魂胆だった。

 

「っ! 二人とも下がって!」

 

 だが、それでも『天照』の力はこれだけではない。『神機日輪』も、万能型の装備なのだ。簪はビーム無効化フィールドを作り出す『剣』モードにてビームの集中砲火を受け止めようと前に出る。

 鈴と一夏がさっと簪の背後に下がると同時に五つのビームが浴びせられた。その全てを『天照』は受けとめ、拡散、無効化させた。できれば『鏡』モードで反射したかったが、許容キャパシティを読み違えると防ぐどころか貫通しかねないので確実に防御に回った。

 そしてビームを無効化した瞬間、背後から再び鈴と一夏が飛び出て攻撃後の隙を晒した敵機に向かっていく。

 攻撃と防御の分担をしっかり分けて戦うことでうまい具合に噛み合っていた。なにより簪の『天照』の存在が大きい。敵主武装であるビーム砲を無効化できるために最前線での戦闘が維持できる。

 

「私がいる限り、一夏と鈴さんへの直撃なんて通さない……!」

「そしてあたしたちがいる限り!」

「簪を狙わせはしねぇよ!」

 

 遠距離からの大出力兵装を無効化されれば当然接近戦を仕掛けてくるわけだが、それは同時に近接型である一夏と鈴の間合いだ。簪に近づこうとする機体を優先的に狙い、それが功を奏して前衛と後衛で相互援護の関係が成り立っていた。

 実際には綱渡りに等しい連携だった。この三機のうち、一機でも欠ければ待っているのは全滅だ。三人は必死に鼓舞し合ってどんどん襲いかかってくる無人機を相手取っていた。

 こうして最前線で攪乱しつつ数を減らせば、IS学園側の主力部隊が楽になる。時間を稼ぐ分だけ全員の援護に繋がる。

 

「一夏、左っ!」

「わかってる!」

 

 無人機が特攻してくる。こういう戦術もアリなのも無人機の特徴のひとつだろう。自らを使い捨ての駒にする玉砕前提の特攻はそれだけで脅威だ。以前の一夏ならばそれだけで落とされていたかもしれない。

 

「舐めるなよ……!」

 

 だが、それも当然過去の話だ。

 一夏は零落白夜の出力調整をしながら、切っ先をまっすぐに向ける。そこで出力を一気に上昇させながら槍のイメージで以て発動させる。

 瞬間、特攻してきた無人機に槍のように伸びた零落白夜のエネルギー刃が貫いた。さらにそれだけでなく、貫いた無人機の内部から破壊するように矛先が分離し、十字に刃が発生する。それはさながら十字架に貼り付けにされた咎人か。

 一夏考案の遠距離用形状変化技『十文字槍』。『飛燕』より射程距離はないが、二段構えの発動技であるために突撃してくる相手への迎撃技としては十分な代物だった。

 射程が伸びたその状態でついでとばかりに横薙ぎに振り、周囲にいた二機にも斬撃を浴びせて再び出力をニュートラルへと戻す。

 

「やるわね一夏!」

「まぁな……って鈴、後ろ!」

「お?」

 

 鈴が振り向くと同時に接近してきた無人機の一体がハンマーを振り下ろしてくる。見るからに重量級の武器に、まともに受ければ大ダメージを受けるであろうそれを―――。

 

「ふんッ!」

 

 鈴は無造作に片手で掴み取った。無人機にもし感情があれば、驚愕していただろう。

 重量武器を片手で掴み、受け止めるという光景にはむしろ見ていた一夏のほうが驚いてしまう。しかし、鈴は当然のようにニヤリと笑うとそのまま手に力を入れる。バキン、とハンマーに亀裂が入り、そのまま破壊してしまう。体勢の崩れたその機体にもう片方の腕を胴体部に添え、そっと押し出すように動かす。

 

 バギャン、という破裂音とともに、無人機の胴体が木っ端微塵になった。鈴にとって、浸透勁を叩き込むのに振りかぶる必要すらない。密着すればそれで終わる。

 

「あたしを接近戦で倒すつもりなら呂布でも連れてきなさい」

 

 そう宣い、笑う鈴の威圧感が凄まじい。一夏や簪もわかってはいたが、鈴のインファイターとしての能力はもはや疑いの余地がない。今のように、真正面から敵をねじ伏せるパワーを持ちながら、鈴の格闘家としての高い技量と相まって生半可な腕では瞬殺されてしまう。それは無人機が相手でも例外ではなかった。鈴の技量と甲龍のパワー。まさに龍虎一体の体現といえる存在、それが凰鈴音と甲龍である。

 そんな鈴がまさに龍虎の咆哮のように猛々しく号令をかける。

 

「このままどんどんいくわよ! 気合入れなさい!」

「おまえこそ油断するなよ鈴!」

「飛ばしすぎるのもダメだけど……今は勢いに乗る! 落とせるだけ落とす……!」

 

 まさに破竹の勢いで進む。

 零落白夜に貫かれ、発勁で粉々にされ、またビームはすべて無効化される。三人が連携することで大きな戦果を上げていた。これなら十分に、いや、それ以上に攪乱役としての役目を全うできる。冗談抜きで、この三人と本隊の撃墜数が五分であった。本隊は防御に専念しているとはいえ、異常なほどの戦果だ。

 

 しかし、だからこそ、危険も大きかった。

 

 敵にしてみれば、戦果を上げ続けるこの三人から落すべきなのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「なかなかやりますね」

 

 亡国機業の所有する強襲型ステルス潜水艦がIS学園の領海のギリギリ外側の位置に存在していた。その中の一室で、巨大なモニターに映された戦況を見てシールが感心したように呟いた。同じ部屋にはシールの他にもマドカとオータムの二人もいる。その二人は不機嫌そうにモニターを睨んでいる。

 

「斥候とはいえ、第一陣を短時間で殲滅。そして主力部隊に対しあの数で攪乱を行うとは………」

「けっ」

 

 冷静に分析するシールの言葉にオータムが舌打ちをする。マドカもなにも喋らないが似たようにイラついた表情を隠さない。シールとしてはどうしてこうも怒りやすいのか理解に苦しむが、一応亡国機業の幹部としては先輩に当たるので内心ではため息をつきながらも文句は言わなかった。

 

「このまま数でじわじわ攻めてもいいですが、………時間もかかります。そろそろ私たちも動くとしましょう。あの三機をどうにかしたほうがいいでしょうね」

「ならば織斑一夏は私がやる。おまえたちは手を出すな」

「こっちはあの中国の小娘だ。邪魔すんじゃねーぞ?」

「……どうぞお好きなように」

 

 シールとしてはあの場にアイズ・ファミリアがいなければこだわるような理由もなかった。二人がそれぞれ戦いたいというのなら別に構わない。

 

「なら私は学園の主力部隊に強襲をかけます。ロシア代表の……たしか更織楯無、でしたか。あれを撃破すれば総崩れするでしょう」

 

 違うモニターには水を操り、無人機を撃破していく楯無の姿が映っていた。周囲と比べても明らかにレベルが高い。さすがは国家代表を務めるだけはある。教師陣を含めても頭二つ分くらい抜きん出た実力を見せている楯無を落とせば、自然と戦線は崩れるだろう。シールは無感情に狙いを楯無へと定めた。

 

「同時に新型も投入します。試験データを取ることも命令ですからね」

 

 マリアベルからいくつかの新型無人機を預かってきている。そのどれもがトップであるマリアベルが開発したものだ。組織の頂点に立ちながら、同時に最高の頭脳を持つ存在。シールがただ一人、心の底から臣従を誓った女性だ。そんな彼女が面白そうに今回の襲撃を命じてきたが、シールの興味は未だ薄かった。

 アイズ・ファミリア。シールにとって、その存在がいない戦場などただの作業場でしかないのだ。シールには自分の持つ力に絶対の自信がある。そんな己と対峙する権利があると認める者は、アイズだけだ。それ以外など、もはや興味すらない。

 シールは部屋を退出して、格納庫へと足を進めながら無意識のうちに呟いた。

 

「早く、来てください。私はあなたに会いたい」

 

 その声は、まるで恋人を待ち焦がれるようで―――。

 

「そしてあなたを、―――――否定しましょう」

 

 運命だといえる見えない糸で繋がれたアイズに思いを馳せながら目の前に佇む無人機を見やる。これまで一度も投入していない完全な新型機。マリアベルが作り上げたヒトガタ、偽りのIS。

 そしてシールも、戦いに赴くドレスを纏う。真珠の如き白亜の装甲と、天使を象る機体。完全体のヴォーダン・オージェに合わせて開発された唯一無二の専用機『パール・ヴァルキュリア』。この機体もマリアベルが作り上げたもので、デザインも彼女の趣味が大いに反映されたものである。しかしシールもその人智を超えたと思えるような完璧な造形と美しいその芸術品のようなこの機体は気に入っている。

 そんな機体の背部、ウイングユニットにはこれまでにない新たな装備と思われるユニットが搭載されている。これまでの戦闘データから新たに追加された新装備だ。

 戦力を増強し、強くなっているのは亡国機業側も同じなのだ。

 

 最終調整を行っていると、同じくISを纏ったマドカとオータムも合流してくる。彼女たちの機体も以前よりもチューンがなされて性能が向上している。マドカの機体はともかく、オータムの機体は明らかに以前のものよりも強化されているとわかるほど形状が変化していた。

 

「おいおい、ずいぶん気合入ってんなァ」

「ふん………さっさと出るぞ」

「………行きます。あとは各個の判断であそこを落としましょう」

 

 それぞれ狙いはバラバラ。マドカは一夏を、オータムは鈴を目の敵にしているようだが、シールはこだわる相手がいない以上、学園側の主力のひとつであり、指揮を行う楯無を当面の目標に定めた。

 幹部クラス三人の出撃に、潜水艦が急浮上、海中から海上へ出ると同時にハッチを開き、出撃体勢へとシフトする。

 まずは新型の無人機が次々に起動し、三十機ほどの半数は空へ上がり、そしてもう半数は海へと潜水していく。それを確認した三人がそれぞれ武器を持ちながら夜の闇の中へと飛翔する。

 

「マドカだ。『サイレント・ゼフィルスⅡ』出るぞ」

「『アラクネ・イオス』、オータム、出るぜぇっ!」

「『パール・ヴァルキュリア』………シール、出ます」

 

 三者三様の声を上げて出撃すると、すぐにそれぞれの目標めがけて飛翔する。マドカとオータムは最前線で戦っている三機に向かい、シールは高高度からIS学園本隊へと向かっていく。

 

「アイズ・ファミリアが来る前に掃除を済ませておきましょうか………まずは、あれから」

 

 無人機を相手にして次々と撃破していく水を纏った青い機体『ミステリアス・レイディ』を纏う楯無をヴォーダン・オージェで視認したシールが、機体の象徴である巨大な白い翼を展開して飛翔する。

 

 

 

 

 亡国機業の主戦力の投入に、事態はさらに混迷へと向かっていく―――。




少し短かったけどキリがいいのでここまで。

次回から敵も主力を投入してきます。敵戦力ではマドカもオータムもかなりですが、なによりシールがチート級です。
ぶっちゃけるとシールだけで本隊が制圧できるくらい。楯無会長狙いですが、そもそも会長しか対抗できるやつがいない。

次回ではそれぞれ因縁の対決の開始、そして白式の新装備のお披露目の予定です。

それではまた次回に!


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Act.66 「戦場の楔」

 銃声と爆音が響くIS学園では、襲撃してきた無人機の大群に対してなんとか対抗できているという状態だった。

 最前線ではたった三機のISによる攪乱が功を奏し、本隊まで到達してくる無人機は一定数に抑えられている。指揮する楯無の貢献も大きく、今のところは被害も少なく、順調に撃破しているといっていいだろう。

 しかし、多くの避難している生徒たちにはそんなことまでは知る由もない。急遽、施設の地下シェルターに避難した多くの生徒たちは伝わってくる爆音と振動に震えながら恐怖に耐えていた。

 わかっていたことだったはずだ。

 ISは兵器として扱われ、ISに関わる以上、自分たちも戦場へと行くことになる未来だって有り得るのだと。

 しかし、そんな覚悟を持った少女なんて数えるほどしかいない。現に、今最前線で戦っている一夏や鈴、簪でさえ、これまでの実戦を経験していなければ同じだった。

 ISに乗るということは、戦うこと、戦わなければならないということ。究極の軍事力であり究極の抑止力。それはこのような大規模な戦争など、そうそう起こらないはずであった。

 しかし、それは無人機という存在によって否定された。ISに対抗できる無人機の登場は、少女たちを戦場へと送り込む理由になるものだった。

 自分の都合ではない、理不尽な時の都合によって、命が簡単に脅かされるという現実。

 

 少女たちはこのときになって、はじめてそれを実感しはじめていた。

 

「う、うう……」

 

 誰かがすすり泣く声が響く。それは不安が音となったものだ。それは侵食するかのように、その場に深い不安と混乱を染み込ませていく。

 一度その渦に呑まれれば抜け出すことは至難であった。次々と、生徒たちから嗚咽が漏れ始める。

 

「みなさん、落ち着いてください……!」

 

 そんな暗い空気に陥りかけていた一年の生徒たちが集められたエリアでは山田真耶が必死に落ち着かせようと声をかけていた。本当なら真耶も管制室か、もしくは戦場へ行って戦うところなのだが、避難している生徒たちのフォロー役として真耶が適任だとして千冬から監督役を言いつかったのだ。

 もちろん、状況次第では真耶も戦場へと向かう準備はしてある。しかし、今はパニックにならないようにするほうが重要だった。守るべき存在が混乱していいことなどなにもない。むしろ守っている側に被害を与えることすら十分に考えられる。はじめは真耶も戦いに赴くつもりだったが、千冬の判断は正しかったと思い知った。このままでは集団パニックを起こして無謀な逃走をしようとする生徒もでるかもしれない。それはダメだ。今ここから動かれたら戦線の維持が難しくなる。

 今、外で戦っている全員は、こうした非戦闘員である生徒たちを守るために戦っているのだ。下手に逃げようとすれば戦線が広がって崩壊してしまう恐れもある。

 千冬の危惧はまさにそれだった。だからこそ、厳しい対応をする自分ではなく、生徒たちの不安を柔らかく受け止められる真耶を向かわせたのだ。たしかにそれは正解だった。だが、千冬が思った以上に状況は深刻だった。

 そしてそんな中に、箒はいた。

 当然だ。箒はこの戦いにおいては戦力になりえない。楯無の指揮に、一夏たちが全員いるにもかかわらずに劣勢に追い込まれるほどの敵戦力なのだ。箒が出たとしても、数分で撃墜される。

 だから、箒はこうしてただ避難するしかなかった。

 姉の作ったISを歪めた、姉を侮辱した具現のようなあの無人機に対して、箒は憤りを感じる以外になにもできなかった。

 それが、こんなにも悔しい。

 

「…………」

 

 箒は俯き、唇を噛む。

 なにもできないということがこんなにも歯がゆい。こんなにも、辛い。姉のことを知ろうとせずにただ流されてきた自分の結果がこれだ。自嘲するような笑みさえ浮かんでしまう。

 

 

 

『箒ちゃんは、箒ちゃんが本当にやりたいことを見つけてほしい』

 

 

 

 姉に言われた言葉が想起される。

 やりたいこと。できることではなく、やりたいこととはなんだろうか。箒はずっと考えていた。しかし、それは未だに答えが出ない。答えをずっと出そうとしなかったのだからそれは当たり前だった。

 しかし、――――――無力であることが、嫌だった。

 現実は見えている。しかし、それでもなお無力は嫌だ。

 箒は泣きたくなった。まるで相反するような自分の意思に殴られているようにショックだった。

 そして、箒は無意識のうちに、姉と過ごした過去を思い出していた。なにか意図があったわけじゃない。紛れもない天才である姉ならどうするのか、そう思っただけだ。箒にとって数年間の空白がある姉の姿は、当然に箒が幼いころのものが思い起こされていた。

 

 思い出すのは、箒が泣いていたときのこと。理由はどうあれ、昔の箒は辛いこと、悲しいことがあると姉によく泣きついていた。そんな箒を、束はずっと一緒にいてあやしてくれていた。このとき、普段は食事すら無視するほどに研究に没頭していても必ず箒を優先してくれていた。

 それほどまでに、束にとって箒は可愛い存在なのだ。

 

 そんな箒に、束はよく歌を歌っていた。それは流行りの曲でも、名曲でもなく、束がその場で即興で考えた子守唄だ。

 単調なリズムだが、どこかやすらぐメロディと優しい歌詞。箒が気に入ってからは、なにかと束にその歌を強請っていた。

 

「――――――」

 

 箒は勇気をもらうように、小さく歌う。かつて、束が慰めてくれていたときのように、優しく、包み込むように。

 周囲の喧騒からしたら、それは消えるような声だ。しかし、それはなぜか箒の近くにいたクラスメイト達の耳に鮮明に届いた。

 

「え?」

「篠ノ之さん?」

 

 箒は、ただ姉がそうしてくれていたように思い出しながらその歌を再現する。もともと歌を歌うような性格じゃなかったし、上手さでもそれほどすごいわけじゃない。ただ、心を落ち着かせようと思い出と、その安らぎの中に沈むように、歌を紡いだ。

 それはいつしか周囲へと伝播していく。しだいに、皆がその歌に気付く。小さな声だ。気づいた生徒は、その歌を聞こうと口を閉じ、耳を傾けた。

 混乱を収めようと四苦八苦していた真耶でさえ、その歌に気付くと箒を見ながら、呆けたように引き込まれていった。

 なぜ、箒が無意識に口ずさんだ歌に惹かれたのかはわからない。

 

 しかし、箒が姉の優しさを思い出しながら歌ったソレには、そんななにかがあったのだ。

 

 

 いつの間にか、混乱は小さくなっていた。それに気づいた箒が我に返ったとき、自分をみつめる大勢の生徒の視線に、逆に箒だけが混乱に陥った。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「うおおッらぁぁぁ――――ッッッ!!」

 

 一夏が零落白夜を大剣へと形状変化しての渾身の一撃を振るい、二機をまとめて撃破する。順調に戦果を上げているように見えるが、実際はジリ貧だ。今ではもう三機のうち、二機は通してしまっている。無人機たちは一夏たちを無視していくように、極力戦おうとはしなくなっていた。それだけで撃墜数が目に見えて落ちている。しかし、だからといって後方の本隊と合流するわけにはいかない。それでは結局戦力を集中させてしまうだけなのだ。

 

「こいつら、狙いを向こうに……!」

「鈴さん、苛立つのはわかるけど今はっ」

「わかってるわよ!」

 

 鈴も簪も苦渋の色を見せている。このままでは数に押し切られてIS学園が落とされる。どれだけの数の無人機を用意しているのかは知らないが、このペースでいけばじわじわと少しづつ、しかし確実に押し切られてしまう。如何にこの三人の戦闘力が無人機より遥かに上であったとしても、IS学園を落とされれば負けなのだ。そして、こうした集団戦の場合、個々の戦力は戦略になりえない。策次第でどうとでもなるのだ。

 一夏たちは最低限の数で相手をして、その隙に本隊へと十分な数を送り込み攻め落とす。やることは単純だがそれゆえに対抗策も難しい。数は力だ。それを有効活用しているだけなのだ。

 それを卑怯とは言わない。それはあまりにも情けない言葉だからだ。

 

 だが、そんな劣勢のときほど、悪いことは続けて起こる。

 

 周囲にいた無人機が、突然止まった。そして三人から距離を取るように離れだしたのだ。その突然の行動に、一夏たちも当然警戒する。絶え間なく続いていた攻撃が止み、観察するように三人も動きを止めて―――。

 

 それは、来た。

 

 

「織斑一夏ァァッ!!」

「なに!?」 

 

 上空からレーザーを放ちながら一夏へ向けて突撃してくる機影。その速さに、一夏が気づいたときには防御しか選択ができなかった。ぶつかるようにして手に持った銃剣を振るってくるその敵の姿を、一夏はよく覚えていた。

 

「おまえは!?」

「この前の借りを返させてもらぞ!」

 

 亡国機業のIS操縦者―――名は、マドカ。姉の千冬をやや幼くしたような顔、そして自身に向けてくる激しい敵意。無人機プラントで一度撃退した相手だ。

 それは一夏にとって自身となにか関係があるのかと思わずにはいられない相手だった。

 

「前回のようにはいかんぞ。今日はお前が沈めっ!!」

「ぐうっ……!」

 

 白式が押される。それは単純な出力差からだ。突然の奇襲に一夏が三機連携のフォーメーションから外れていく。当然、それはまずい。

 鈴がすぐさまフォローに向かおうとするが……。

 

「おまえはこっちだよ小娘!」

「ちぃっ……!」

 

 今度は側面からオータムが強襲する。狙いは鈴。一夏の援護に向かえば背中を見せることになる鈴は舌打ちしながらオータムを迎え撃った。しかし、不意を突かれた鈴は勢いに乗ったオータムを抑えきれずに一夏と同様に強引に孤立させられていく。

 

「一夏! 鈴さん!?」

 

 簪が咄嗟に援護しようとするが、二人同時に援護はできない。どちらの援護をするか一瞬だけ迷ったその隙に、無人機に包囲されてしまう。そしてビームによる集中砲火を浴びせられる。それはすべて無効化するが、同時に足が止まる。もはや援護どころではなかった。

 しかし、状況はさらに悪かった。

 

『簪! あんたは学園のほうの部隊と合流しなさい!』

 

 通信を通して鈴の怒声のような声が響いた。幸いにも、『甲龍』と『天照』には先のプラント強襲の際に量子通信機器が積まれていたためにジャミングされることなく通信ができた。

 

「なにがあったの!?」

『さっき、ちらっと見えた。天使みたいな形したあの白いISが向かってる!』

「っ!」

 

 天使のような白いIS。それは間違いなくアイズを幾度となく追い詰めたあの機体だ。操縦者はアイズ以上の性能を持つヴォーダン・オージェを持ち、その実力は恐るべきものだ。あのアイズでさえ、切り札を使ってようやく撤退させることができたというほどの存在だ。並の操縦者では相手にもならない。今、本隊で対抗できるのは楯無くらいしかいないだろう。

 

『下手したらあいつだけで全滅させられる! 急ぎなさい簪!』

「鈴さんは!? 一夏も!」

『どうにかする! こいつらはあたしと一夏が狙いよ、最低でもこいつらは引き付けられる』

「でも……!」

『優先順位を見誤るな! 学園が落ちたらこっちの負けよ!』

「………っ」

 

 確かに鈴の言うとおりだった。今、学園を失うわけにはいかない。だが、同時にこんな敵陣のど真ん中に二人を残していくことが、見捨てるに等しいことだとわかるから迷っていた。

 

『心配すんな、あたしは負けない。最低でも戦力は削る。………痛ぅッ』

 

 通信越しに鈴のうめき声が聞こえてくる。戦闘中のため、激しい戦闘音もひっきりなしに伝わっている。

 

『一夏には例のアレを送って! こうなったら、一夏には根性見せてもらうしかない!』

「…………わかった。無事でいて」

『任せなさい。………行け!』

 

 鈴の言葉に押されるように、簪が戦線から急速離脱、主戦場であるIS学園へと向かう。それは攪乱行動の終了、そして戦力の集中を招くものだったが、こうなった以上はこれが最善だ。

 簪の背後から、連続した轟音が響く。それは二人が戦っている証、そして苦戦している証でもあった。しかし、簪は振り返らない。そんなことに意味なんてない。

 

 今、この場にアイズもセシリアも、ラウラもシャルロットもいない。この四人がいないことがどれだけマイナスか痛いほどわかるが、だからといって泣き言なんて言わない。

 一夏も、鈴も、そして簪も。楯無や、ここで戦うすべての人間は同じ目的で戦っている。

 

 IS学園を守る。そのために、簪は友を置き去りに戦場を駆け、告死天使へと飛ぶ。それが、この戦場に立つ覚悟の現れだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「別れの挨拶は済んだか、コラァ!」

「てめぇいい加減しつこいんだよクソがっ!」

 

 激しい罵り合いをしながら、互いに拳を繰り出すのは鈴とオータムだ。今まで二度邂逅してきたこの二人だが、尋常にタイマンを張るのはこれがはじめてであった。

 初邂逅のときは甲龍が第二形態へ進化し、無人機を蹴散らしてオータムが撤退した。次に無人機プラントでの戦いはすぐに味方の援護を受け、数でオータムを押し切った。

 しかし、今は違う。周囲は無人機に囲まれているが、手を出そうとはしない。完全な一対一だ。

 

 しかし、オータムの機体『アラクネ』は以前よりさらに攻撃的なものへと変化しており、背部から伸びる禍々しい『腕』による猛ラッシュに鈴は次第に防戦一方に追い込まれていく。

 以前と違い、その特徴的な蜘蛛の足を模した『腕』は柔軟性が増しており、格闘において必須ともいえるしなやかさを手にしている。そしてその『腕』にはステークが仕込まれており、時折鈴の隙を突くようにステークを打ち込もうとしてくる。

 明らかに格闘戦用に改良されているこの機体『アラクネ・イオス』はその特徴的な『腕』の数と長さによって手数とリーチで完全に鈴の上をいっていた。対する鈴は鍛え抜いた技でそのラッシュをとにかく捌く。一撃の威力は間違いなく発勁を使える鈴が上だ。それは大砲とマシンガンの撃ち合いのようであった。

 

「やっぱ、あんたけっこう強いわね! こんな多脚で格闘なんて生半可な才能でできることじゃないわ!」

「なに偉そうに語っちゃってんだ小娘! そして敬語使えガキが!」

「あら、ごめんなさいオータムおばさん! 若くないんだから無理しないでくださいよッ!」

「いい度胸だなクソガキが! ひとつずつ手足もぎ取ってダルマにしてやるよ!」

「やってみろ! そっちこそ貼り付けの標本にしてやるよ蜘蛛もどき! あたしはなぁ、蜘蛛がだいっきらいなんだよ!」

 

 傍から見れば、よくこんなに口喧嘩をしながら戦えるものだと逆に感心してしまうほいど二人の舌戦も止まらない。

 

「オラァッ!!」

「沈めェッ!」

 

 沈黙する無人機が囲む海上の決闘場で、二人は互いに自慢の拳を放つのであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 もう一方、一夏のほうも鈴と同じ状況に追い込まれていた。周囲は無人機に囲まれて逃げ場はない。そして目の前には無人機プラントで一度撃退した敵である、マドカという千冬そっくりの顔を持つ女。

 一夏も、自分に敵意を向けてくることからなんらかの関係があるのだと予想しているが、それがなんなのかまではわからない。だが、それがなんであれ、一夏のやることは決まっている。

 一夏は無言で雪片弐型を構え、零落白夜を発動させる。出力は最低。それはほとんど刀身を形成しておらず、ただ柄だけを持っているように見える。

 しかし、マドカもそれを見て警戒を強くする。

 かつて、この零落白夜の出力変化と形状変化にいいように翻弄された屈辱を忘れてはいなかった。

 

「私の顔を覚えているか?」

「当然だろ。いろいろと忘れられない顔だ」

「以前はずいぶんと世話になったな。利子をつけて返してやるから受け取ってもらおうか」

「そういう押し売りはごめんだぜ。大体、おまえはなんなんだ?」

「知ってどうする?」

「…………無意味な質問だった。確かに、どうもしないな。なぜなら、お前は俺の敵なんだから」

「よく言った。ならば、死ね!」

 

 マドカはライフルを構えてレーザーを放つ。一夏はそれを零落白夜を盾状に展開して防ぐ。すぐさま反撃とばかりに刀身を長くして迎え撃つが、それが届くより早くにマドカが離脱する。たった一度空振りしただけだが、一夏はそれだけで自身の不利を悟ってしまった。

 

「ちぃ……!」

 

 舌打ちしながらマドカを追いかける。しかし、機動性はマドカの『サイレント・ゼフィルスⅡ』のほうが上であった。このマドカの機体はオータムの機体と違い、大きな改造はされていないが基礎スペックが軒並み底上げされており、純粋な機体性能が向上している発展型だ。それは、これまでの模擬戦を繰り返して判っている、“白式と最も相性の悪いタイプ”であった。

 近接特化なら形状変化で、遠距離特化なら出力変化で不意を突ける。一撃当てれば落とせるほどの威力を持つ零落白夜を持つ一夏にとって、基本に忠実な相手ほど苦戦する傾向が強い。現に、一夏は勝利数こそ少ないが、簪よりも鈴を落としたほうが多い。

 基本に忠実だからこそ、どんな距離でも戦える。それは一夏の博打を当てる隙がもっとも少ないのだ。

 マドカは頭に血が上りやすいように見えるが、戦い方は極めて冷静で合理的だ。以前の反省を活かしているのか、熱いまでの戦意をぶつけてきても強引に攻めようとはしてこない。常に一夏との距離をあけ、一夏の零落白夜に細心の注意を払っている。

 

 なにより、―――――場所が悪い。

 

 なにもない海上の空間。以前戦ったときは地下基地施設内―――ある程度の広さはあれど、ISが全力で飛び回るには狭い場所であった。だからこそ、一夏の武器が活かされたのだ。ここでは回避コースも距離も余裕がある。障害物もないために奇襲も難しい。前回の戦いと違い、この状況は完全にマドカに味方していた。

 

「相手はこちらの都合なんて考えない、か………確かに、そうだな」

 

 それでも、一夏に諦めはない。ここで負けることはできない。これまで、ただの素人だった自分をここまで鍛えてくれたセシリア達、共に学んでいる学友達、自分を信じて送り出してくれた姉のためにも、ここで終わるわけにはいかない。

 どうやら鈴も簪も援護には来れないようだ。完全に分断されたわけだが、それなら一夏個人でどうにかしなくてはいけない。

 悔しいが、基礎能力からしてマドカに劣る。マドカに勝つ必要はないが、退ける必要はある。それを成すためには、やはりアレが必要だ。

 

 白式専用装備―――独立型汎用支援機動ユニット『白兎馬』。

 

 一夏がこの状況を打破するには、束から譲り受けたこれが必要だ。なんとかしてこれを受け取らなければ―――!

 

「なにを考えているか知らないが、ここで貴様は終わりだ!」

「終われないんだよ、……俺は!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「単機で挑まないで! 必ず複数で連携を取りなさい!」

 

 互いに本隊がぶつかり合う最前線では楯無の激が飛んでいた。無人機の性能は楯無からすれば大したことはないが、慣れていない者には脅威となるほどの力は有している。ゆえに、単機では挑まずに数の有利で押し切るように指示を出していた。しかし、もともと数で劣るIS学園側としては無理のある作戦なのは言うまでもない。だからこそ、一夏たちを攪乱役として動かし、そして自身も部隊の最前線で無人機の進軍を止める役割を単機で担っていた。楯無の負担はかなり大きいが、この学園を守る生徒会長としての意地があった。

 もともと水を操る『ミステリアス・レイディ』は対多数戦も十分に可能な機体だ。無人機に限らず、ISも精密機械の塊だ。水によってその機体そのものを縛り、破壊することもできる。水という媒体であるがゆえに、その汎用性は恐ろしく高い。

 だからこそ、楯無が無人機からの攻撃を抑える防波堤となった。その背後から砲撃の雨を無人機へと浴びせてなんとか進撃を受け止めている。

 

「いい状況じゃないけど、このままならなんとか――――っ!?」

 

 このままいけば時間は稼げる。そう思った矢先であった。

 

 

 衝撃、爆音、そして爆炎。楯無の側面に展開していた部隊が、一瞬で吹き飛んだ。その部隊がいた場所は、既に煉獄のような炎によって蹂躙されていた。

 そしてその炎を背に、機影が浮かび上がる。

 

 炎の赤を照らす白い装甲と巨大な翼。地獄のような光景の中にあって、天使のようなその姿は奈落へと落とされた堕天使にも見える。

 その翼に青白い光を纏わせ、手に持つのはまるで十字架のような巨大なランス。

 

 

 白亜の告死天使――――シール、襲来。

 

 

「更織楯無ですね」

「…………」

「多くは言いません。おとなしく、ここで落ちてください…………そのほうが、無駄な時間が省けます」

「無駄、ね。お姉さんには、あなたたちのこの行動こそが無駄に思えるんだけど?」

「理解を求めた覚えはありません。そして会話をするつもりもありません」

 

 シールが手に持ったランスを構える。バイザーで顔は隠れているが、その強い視線は楯無を射抜いている。それをしっかりと感じながらも、楯無も怯まずに対峙した。

 

「……ま、いいよ。言いたいことは山ほどあるけど、ここまでしておいて文句だけで済ませるつもりはない。この場所を穢して私の前に現れた意味を、たっぷり分からせてやるわ」

 

 そう、楯無もいい加減我慢の限界だった。好き勝手にIS学園を戦場にして、そしてたった今火の海に変えたこいつを―――どうあっても許せそうになかった。

 楯無は撃破された部隊の救援を指示して、シールとの対決へと挑む。指揮官としては二流の選択であったが、シールを抑えられるのは現状では自分だけだとわかっていた。

 

「これ以上の暴挙は、私が許さない」

「口ではなんとでも言えるものですね。…………力の差を教えてあげましょう」

 

 翼が羽ばたき、水がうねり絡みつく。

 

 それは、まるで白鳥が湖で羽を広げているかのよう。場違いなほどの幻想的で美しい光景となって互いの最高戦力が激突した。

 

 

 




幹部戦開始。この章のはじめの対戦カードの公開、そしてなにやら箒さんに妙なフラグができた回。

『白兎馬』の解禁まではいかなかったぜ……次回こそは登場させたいと思ってます。

書いていて思ったけど、いったいこの章が何話必要なのかまったくわからない(汗)さらにいえば完結まであと何話必要なんだ? 確実に百を超えることだけはわかります。

完結までがんばりたいです。

ではまた次回に!


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Act.67 「戦士の馬と鎧」

 楯無は目の前にいる人物に畏怖を感じざるを得なかった。

 機体性能そのものは確かに高いが、それでもミステリアス・レイディでまったく対抗できないというほどの差はない。経験値も楯無のほうが若干上だろうというのもわかっている。しかし、それをものともしないほどにシールは速かった。動きが、ではない。その反応速度が完全に反射の域なのだ。そこに思考が入り込んで対処されるため、楯無の行動が完全に後手に回っている。先手をとっても、尽くがカウンターをされるため、まるで思考が読まれているのではないかとさえ感じてしまう。

 

 

――――これが、ヴォーダン・オージェの力……! 反則もいいところでしょう!?

 

 

 以前にアイズと戦ったときも、アイズに似たような対処をされたことがある。今にして思えば、あのときのアイズはずいぶんと手加減をしていたのだとわかる。しかし、この常に後の先を取るような戦い方はよく似ていた。大抵戦っていればその人間の癖が見えてくるものだが、シールにはそれが一切見られない。そのときどきに常に最適最速な行動を選んでいる。それならば逆に動きは読める場合もあるが、そうした対処行動にすら反応して逆にカウンターを受ける有様だ。武装でも機体性能でもなく、単純な反応速度の差が埋め難い絶対の差となっている。楯無は二手、三手先の対処を常に行うことでなんとか食らいついている。先読みが深くなればなるほど実際のズレは大きくなる。常に後出しができるシールを相手にする意味を嫌というほど理解する。

 これを相手にして互角に戦ったというアイズを尊敬したいほどだ。楯無もヴォーダン・オージェの能力については調べていたが、解析能力と高速思考が思っていたよりも遥かに厄介だった。

 

「国家代表といえど、この程度ですか」

「言ってくれるわねぇ……!」

 

 しかし、これはまずい。今はなんとか勝負らしくなっているが、突破口がまったく見つからない。ミステリアス・レイディの最大の特徴である水を使役する攻撃がまったく通じないのだ。密度を上げた水塊はすべて回避され、逆に密度を下げて装甲内部へ侵食させようとしても、翼から低出力だが流動エネルギーを放出しているようでそれもうまくいかなかった。おそらく攻防において翼の強度を上げるためのコーティングエネルギーだろう。

 小細工は通用しない。真正面からの直接対決を余儀なくされるが、それは相手の土俵だ。考えられる最も簡単な攻略法は一対一ではなく、数の有利に立つことだ。そうすれば最大の脅威であるヴォーダン・オージェの解析能力をある程度は分散できるはずだ。それでも高速思考はどうしようもないので、数で攻める以外に思いつかない。

 セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲならビットによるオールレンジ射撃があるが、ミステリアス・レイディにはあそこまで明確な複数同時攻撃を可能とする装備はない。水による変幻自在の攻撃こそあるが、並列操作はセシリアには及ばないし、なによりセシリアと楯無では複数面の同時攻撃の質が違いすぎる。

 セシリアは最大十機のビットの同時操作を可能とするが、楯無の場合は水を操る能力であるがゆえに、最大限界量の水を分割して使役するタイプだ。水の攻撃面を増やせば、それだけ密度が減衰してしまう。一点集中すれば密度を増して威力も上がるが、今必要なのは安定した攻撃力を出せる複数同時展開だ。そしてあのシールの防御を突破するには、それなりに高密度に収束させた水が必要となる。

 だが、そこまで圧縮した水を当てるのは至難の技だ。ならば『清き熱情(クリア・パッション)』による範囲爆破を狙う手もあるが、それでも察知させる可能性のほうが高い。

 

「ここまで追い込まれたのも久しぶりね……」

 

 状況は不利でも楯無は慌てなかった。確かに、このままでシールに勝つことはできないだろう。だが、楯無にとっての勝利条件はシールに勝つことではない。学園の防衛のために、シールをできる限りここに釘付けにすること。そして増援が来るまで持ちこたえれば、シール達を撤退させられる可能性が増える。

 つまり、やるべきことは時間稼ぎだ。

 

 

―――とはいえ、それもかなりキツイけどね……!

 

 

 一瞬の油断が命取り、ならまだ優しい。わずかな読み違えが即敗北だ。まるで詰将棋でもしているかのように、一瞬の判断で最適な先読みを要求される戦いだ。ただでさえ不利なのだ。リスクを最小に、無謀な攻めはせずに防御を主軸にして交戦を続けている。

 しかし、戦えば戦うほどにシールに動きを読まれていく。瞬間の解析能力すら反則なのに、機動の細かい癖まで把握されてきている。時間が経てば経つほどに強敵になっていくという、悪夢のような相手に、楯無は表面上は余裕を浮かべて対処する。

 しかし、シールの瞳はそんな楯無の内心すら見透かしたように妖しく輝いている。

 

「時間稼ぎのつもりでしょうが、無意味なことです。それに、そんな時間があると、本当に思っているのですか?」

「なんですって?」

「所詮は学生ですね。私が手を下すまでもない、ということです」

 

 その言葉に、楯無がハッとなって目線を向ける。シールに集中していたために気づかなかったが、すでに無人機の大群に防衛本隊が劣勢に追い込まれている。楯無が防波堤となって勢いを削いでいたが、その楯無がシールに抑えられている状況ではじわじわと無人機の圧力に押されてしまっている。もちろんそれでも善戦はしているが、疲れを知らない機械相手では長時間の戦闘は不利だ。

 時間を稼げば稼ぐだけ、不利になる。楯無個人の戦いとは真逆の状況であった。これでは増援が来るまでもつかも怪しい。

 ならばどうする? シールを相手に背を向けることはできない。かといって勝負を急げば、確実にシールに隙を突かれる。長引かせれば増援が来る前に本隊が致命的な損害を受ける恐れもある。

 なにを選択してもリスクが高すぎる。ならば――――。

 

「あなたを倒すしかなさそうね………」

「ほう?」

 

 楯無の言葉に、シールはわずかに感心したような色を含ませた。

 

「なにを選んでもハイリスクなら、一番ハイリターンを見込めるものを選ぶだけよ」

「なるほど、それが私の撃墜、ですか。確かに私がいる限り無人機を対処できてもここの壊滅は免れないでしょう。ありえないことですが、私を倒せればそちらの勝利の可能性は遥かに上がるでしょう」

「できるわけがない、そう言いたそうね」

「あなたでは無理です。そう言ったはずです」

 

 楯無は言い返したかったが、そんな傲慢な言葉を言えるほど強大な敵であると身をもってわかっているためになにも言えなかった。しかし、現実問題としてシールをどうにかしなければ本当に壊滅だ。

 背筋の凍るようなリスクを背負うことを覚悟で倒しに行くしかない。

 それにまったく勝ち目がないというわけでもない。念を入れた『仕込み』は既に行っている。

 

「では……そろそろ、落ちますか?」

「誰がっ!」

 

 ウイングユニットを大きく羽撃かせながら接近してくるシールを迎撃する。回避力もそうだが、あのウイングユニットだけで楯無の展開する水の壁をあっさり突破してくるから始末が悪い。

 楯無の回避コースすら読みきった一撃が迫る。それをギリギリまで引きつけて回避、かすめていく翼に肝を冷やしながら反撃に槍状にした水を展開するが、あっさりと回避される。武器ではなく水を操った攻撃も、よけられないタイミングでカウンターを決めるためだったが、それすらあっさりと回避される。しかし、もうそれも予測済みだ。

 

「喰らいなさい!」

 

 シールを中心とした水の広域展開。回避されるのなら回避そのものの意味をなくせばいい。360度すべてを包囲した水のオールレンジ攻撃。防御を突破するには密度が足りないのは承知の上だが、少しでも行動阻害を引き起こせばそれでいい。

 シールは翼で水を跳ね除けようとするが、一部が脚部に絡みつく。その一瞬で十分だった。

 

「もらった!」

 

 わずかに拘束したそのチャンスを逃さずに楯無が突貫する。水を纏わせた蒼流旋を手にシールへと突き立てようとする。

 

「甘い」

 

 楯無の必中であるはずのその突きをシールはチャクラムシールドで受け止める。完璧にベクトルを受け流し、逆に楯無に決定的な隙を作らせる。そして右手に持った十字架のような形状をした巨大なランスを逆に楯無へと突き立てる、が………。

 

「!」

「甘いのは、そっちだったわね」

 

 それはデコイ。水を使った変わり身だ。ここまで対処されることは想定済だった。

 

「これが本命よ!」

 

 分身を形作っていた水が解除されミステリアス・レイディへと戻り、さらに周囲に展開していた水、そして自身を纏う装甲としていた水すらも解除して手にした蒼流旋へと凝縮させる。自身の操る水すべてを一点に集中させた楯無の切り札――――『ミストルテインの槍』!

 この機を逃すつもりのない楯無はさらに圧縮させた水をドリルのように旋回させて貫通力を極限まで高めている。如何に装甲が固くても、これで貫けないものはない。楯無が必殺の槍を携えて突撃する。

 

「――――だから、言ったでしょう?」

 

 しかし、当たれば確実に大打撃を受けるその一撃を目にしても、シールは揺るがなかった。それどころか、なおも冷笑を楯無へと向けて―――。

 

「あなたでは、無理だと」

 

 そう呟いた瞬間、楯無にとっての千載一遇のチャンスが、霧散した。

 

「えっ……!?」

 

 直前でミストルテインの槍が止められる。いや、槍ではなく、機体そのものが拘束されている。

 機体を拘束しているのは四本のワイヤーだ。シールのパール・ヴァルキュリアの背部から伸びるそれが、ミステリアス・レイディの四肢を完全に拘束している。いったいいつの間にこんなものを展開していたのかわからない。気がついたらワイヤーに拘束されていた、としか言えなかった。おそらくなにかしらの仕掛けがあるだろうが、今そんなものを考えている余裕はなかった。

 

「くっ……!」

 

 ここで終わるわけにはいかない。

 そのまま槍を射出しようとするも、その直前にランスに薙ぎ払われてしまう。結果、渾身の一撃は不発に終わってしまう。舌打ちしながらもすぐにミストルテインの槍を解除して再び水を防御へと回す。落胆している暇はない、既にシールは追撃してきているのだ。

 

「すぐさま戦闘態勢を整える様は見事です、が……所詮はそこまでです」

 

 勝負を決めるつもりなのだろう。シールは翼とランスを使った破壊力のある攻撃を連続して放ってくる。万全な迎撃態勢が取れていなかった楯無は、その連撃を捌ききることができない。蒼流旋が破壊され、絶体絶命の危地へと追い込まれる。

 

「これで――――ッ!!」

 

 突如としてシールが表情を変えると即座に急速離脱。翼を羽撃かせて一瞬で上空へと飛び上がってしまう。そしてそんなシールと楯無の間の空間を縫うように、一筋のオレンジ色の線が走った。凄まじい速度で空気摩擦を起こしながら過ぎ去った弾の軌跡だ。

 

「レールガン……! 簪ちゃん!?」

 

 そこにいたのは長大な砲身を構える簪の天照であった。簪はさらに荷電粒子砲とビームマシンガンの斉射でシールを牽制する。一度シールが距離を取ったことで、なんとか楯無は窮地を脱することができた。とはいえ、武装である蒼流旋を破壊され、切り札のミストルテインの槍も避けられた。

 楯無の持つカードはほとんど破られたといっていい。簪が来なければかなり危うかった。

 

「おねえちゃん、無事?」

「助かったわ、簪ちゃん。向こうは?」

「分断されて、一夏と鈴さんが敵主力級有人機と戦ってる。もう攪乱はできない、ここに敵戦力が集中する」

「なるほど、これはますますアレをどうにかしないとね……」

 

 楯無の傍へとやってきた簪が簡潔に状況報告を行う。簪もここまで来る最中、できる限り無人機を叩き落としてきたがすぐにこれまでより多くの無人機が押し寄せてくるだろう。

 

「簪ちゃんは無人機の相手をお願いできるかしら?」

「……それをあっちが許してくれるなら、ね」

 

 簪の天照は対多数、対無人機に特化した機体だ。無人機の主武装であるビーム砲の無効化能力、さらに通常武装を戦術級兵器へと変えるエクシードチャージ。逆にシールのような相手の場合、これらの能力は封殺されてしまう。相性を考えれば簪が無人機の相手をするほうが有効だ。

 だが、それはもちろんシールもわかっているだろう。だからこそシールは簪を自由にさせない。ならばいっそのこと―――。

 

「私とおねえちゃんで、あいつを倒す」

「………それしかない、か」

「おねえちゃん、『仕込み』はまだあるよね?」

「ええ。でも今のままじゃ難しいわ。回避能力がおかしいもの」

「アイズ以上の回避力、…………おねえちゃん、私に策がある」

 

 おそらくまともに戦えば、姉妹二人がかりでもシールには及ばない。それほどにシールの反応速度と先読みは凄まじい。だが、だからといってここで退くわけにはいかない。

 正攻法でダメなら搦手で攻めるだけだ。簪はシールに注意を払いながら楯無に策を話す。それはやはり、かなりのリスクを伴うものであったが、楯無にしても簪の策以上のものは考えられなかった。

 姉妹は覚悟を決めて目の前の告死天使へと挑む。

 

「一夏くんたちは大丈夫なの?」

「信じるしかない。それに本音に頼んで一夏にはさっき『新装備』を送ってもらった」

「そう………とにかく、まずはこの子をどうにかしないと、ね」

「大丈夫、私と、おねえちゃんなら」

「頼もしくなったわね、本当に……」

 

 妹がここまで頼もしく成長したことを嬉しく思いながら、楯無も再び水を展開する。その横では日輪を起動させ、金色の粒子を発生させながら簪がレールガンを構えている。

 はじめて実現した、更織姉妹の共闘。姉妹は互いに戦意を高揚させながら目の前の強敵と対峙する。これまで何度もすれ違い、そして和解した二人にとって血を分けた姉妹で並び戦うことは余人にはわからない大きな意味がある。それは、互いが認めた証、背中を預け合うにふさわしいという証左だ。

 

「さぁ行くわよ、天使モドキ。私たち姉妹の力……たっぷり味わっていきなさい」

「アイズには会わせない……ここで、倒すッ」

 

 そんな姿を冷ややかに見つめていたシールが、翼を大きく展開させて迎え撃つ。シールにとって、簪が増えようがまったく関係ないことだ。ただ、目の前の存在を倒すのみ。

 生まれたときから孤高の存在であるシールは、姉妹の結束の力などまったく理解もせずに、それを否定するように襲いかかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

 一夏はマドカを相手に防戦一方に追い込まれていた。マドカは一定距離を常にあけ、不用意に飛び込む真似は決してしてこなかった。執拗に遠距離からの銃撃に、一夏は為す術もなく追い詰められている。

 どれほど零落白夜の扱いが上達しても、一夏と白式は基本的に遠距離武装を持たない近接特化タイプだ。遠距離から堅実に攻められれば苦戦は必至だった。しかもマドカの機体性能は白式より上だ。どれだけ追いつこうとしても、その距離を狭めることはできない。

 

「所詮はこの程度か!」

「くそが、言いたい放題言いやがって……!」

 

 しかし、このままではなにもできずに嬲り殺しだ。

 マドカに勝つためには、遠距離武装か、マドカの機体『サイレント・ゼフィルスⅡ』以上の機動力が必要となる。幸いにも、そのアテはある。だが、それを受け取ることが無理な状況だった。

 苦し紛れに零落白夜の変化技『飛燕』を飛ばすが、やはりあっさりと躱される。ここまで距離が離れていては曲芸程度の遠距離技は通用しないだろう。

 

「くそ、どうする……!?」

 

 無人機に包囲されているために、ここを突破することも難しい。考えれば考えるだけ詰んでいる状況だ。

 

「ぐうっ……」

 

 しかもマドカの使用してきたレーザーの偏向射撃に対処しきれない。原理はわからないが、レーザーが死角から襲いかかってくるのだ。明らかにレーザーを曲げているとしか思えない攻撃だ。セシリアとの模擬戦でさんざんビットのオールレンジ射撃を受けたために、この手の攻撃はなんとかギリギリで回避できてはいるが、このままではジリ貧だ。

 そのように一夏の思考に焦りが大きくなっていったとき、それは来た。

 

 

 

 

『ピロリロリーン!』

 

 

 

 

「な、なんだ!?」

 

 突如として白式から妙にわざとらしい着信音が響く。それは機械音ではなく、人間が口ずさんだような音であった。

 

「ショートメール?」

 

 白式に届けられたのは学園からのショートメールだ。ジャミング圏内であったせいか、若干その音声メールにはノイズが混ざっていたが、しっかりとその声を一夏へと届けていた。

 

『おりむーへプレゼン、…っよ! ……んちゃんから、…gigj……位置座標は、……A-67,J-2…ッ97……』

「のほほんさん……!? プレゼントって!?」

 

 クラスメイトの布仏本音の声であった。彼女のノイズ混じりの声に必死に耳を澄ませて、座標位置を聞き取るとそこへ向かってくる物体を視認する。IS学園側から射出されたと思しきそれは、巨大なコンテナであった。それは、一夏がここ毎日ずっと見ていたものだ。

 

「あれはっ!?」

 

 一夏の口元に笑みが浮かぶ。まったくもっていいタイミングだ。おそらく簪が要請してくれたのだろう。これがあれば、現状を打破することが十分に可能だ。

 一夏はコンテナへ向けて飛翔する。当然、それをマドカや無人機が妨害してくる。多数のレーザーやビームに晒されながらも、零落白夜で打ち消しながらなんとかコンテナに接近する。

 

「なにをしたいかは知らんが、そう簡単にさせるものか!」

 

 接近してくる物体に気付いたマドカが狙いをコンテナへと変える。無人機数機へと命令して、ビームをそのコンテナへと発射する。

 

「まずい…っ!」

 

 一夏も急ぐ。これを破壊されればもうそれで終わりだ。一夏は白式を通じてそれに向けて起動コードを送信する。ここまで接近していればジャミングされずに起動させることくらいはできるという賭けだった。

 

「頼む、起動してくれ………ッ! 来い、『白兎馬』ァッ!!」

 

 そう叫ぶと同時にコンテナが爆破される。無骨な金属のプレートがひしゃげ、空中で散華していく様子をマドカが笑いながら見つめていた。

 

「ハハッ、なにかは知らんが、無駄だったな」

「そうでもないぜ」

「……なに?」

「間に合ったぜ……!」

 

 マドカが爆炎を見やる。夜の空に浮かぶ真っ赤な炎の中で何かが動いた。

 その影が次第に大きくなり、ついにその姿を現した。炎の中から現れたのは、白式と同じ白い装甲、そしてその体躯は通常のISの三倍はあろうかという巨体。

 細長い形状のユニットを中心として、各部に大小様々な形状のユニットが接続されている。一見すれば形容し難い形をしたもので、どんな機能が備えられているのかはわからない。

 一夏は飛びつくようにそのユニット『白兎馬』へと掴みかかる。

 

「よし……!」

 

 ユニット中央にあるハンドルと思しきものへと手を伸ばす。白式の腕と完璧にフィットするそれを掴むとコンソール画面が起動し、さらに人口音声によるガイダンスが流れた。

 

『おはようございマス、マスターイチカ。独立型汎用支援機動ユニット白兎馬、起動いたしマス。オーダーをどうゾ』

「早速だが戦闘中だ! 支援頼む! やり方は任せる!」

『了解――――対多数戦高機動モードによる支援を行いマス』

 

 調整を行っていたので一夏も白兎馬のスペックは頭に入ってはいるが、それを使いこなすまで慣熟していないとわかっているために白兎馬に積まれた人工知能のサポートに支援を任せる。白兎馬はその機能の多彩さゆえにサポートとして人工知能を搭載しているが、それはもはやもう一機のISといっても過言ではないほどの完成度だ。ISコアは積んでいないが、それでも無人機としてみても白式ありきの機体とはいえ、亡国機業側のものより数段上のものだった。

 

 一夏はそんな新たな相棒を頼もしく思いながら、シートと思しき場所へまたがると両手で操縦桿を握り締める。

 

『白式との接続を確認―――システムコネクト、全リミッターリリース、高機動モードへ移行しマス』

 

 中心部の親機ユニットに接続されているいくつもの子機ユニットが稼働し、全体像を大きく変形させる。よりシャープに、より力強く、後方にブースターと兵装ユニットが移動してトライアングルのように変化、さらに下部にはフライトユニットが位置し、左右には防御を兼ねるフィールドバリア発生デバイスユニットと小型の兵装ユニットが接続する。

 それは、さながらバイクのようであった。操縦席である一夏のいるユニットを中心に、前方への加速を目的とした高機動モードへの変形であった。

 

 

「単車の免許はねぇけど、やってやるさ!」

 

 高機動モードとなった白兎馬のスロットルを上げる。出力が跳ね上がり、急加速。マドカでさえ、一瞬視界から一夏の姿を見失ってしまう。

 

「速い……!?」

 

 ISの常識から見てもありえない加速力。これに相対しうるのはラウラの『オーバー・ザ・クラウド』くらいだろう。それはまさに閃光と呼ぶにふさわしい速さであった。

 

「がっ、ぐぅうううう!!」

 

 そして一夏もその白兎馬の加速力に振り回されていた。あまりの加速力に一瞬意識が飛びかけた一夏だが、根性で操縦桿から手を離さなかった。一夏は白兎馬へ向かって慌てて指示を送る。

 

「もう少し出力を抑えてくれ! こっちがもたない!」

『了解、出力を60パーセントに設定しマス』

 

 それでもまだかなりの速度を維持する白兎馬であったが、一夏はなんとかその速度に対応する。大きく迂回するように方向転換、そしてマドカと無人機のいる敵陣の中央に向けてブーストして突っ込んでいった。

 

「やれ、白兎馬!」

『了解。射撃兵装による攻撃に移りマス』

 

 背部にある兵装ユニットから十六連ミサイルユニット、そして左右の兵装ユニットからそれぞれ四連ガトリングガンが展開される。白兎馬は完全に白式と切り離された独立型支援機なので、白式の拡張領域を圧迫せずにこうした多数の射撃兵装を搭載していた。

 

「くらえぇぇ!!」

 

 ガトリングガンが火を吹き、ミサイルが一斉に発射される。ロックオンをする余裕は一夏にはないために、補正はすべて白兎馬が行っている。必中とはいかないが、もともとこれらの装備は接近するための牽制武装だ。ガトリングとミサイルで敵の動きを制限させる。

 

『雪片参型、及び肆型、スタンドバイ』

 

 前方の左右の装甲がスライドして、前面装甲内部に格納されていた二本のブレードが一夏の目の前へと現れる。雪片の名を継ぐ二振りの実体剣、それを両手で握り締め、ストレージから抜き去ると大きく振りかぶって前方を見据えた。

 

「くらいやがれぇぇえええええ―――ッ!!!」

 

 すれ違いざまに両手の剣を振り下ろす。その速さを上乗せされたブレードは容易く無人機を真っ二つにする。それを見届ける間もなく、一夏は速度を緩めずに離脱してしまう。

 

「くそっ! なんだあれは!?」

 

 流石のマドカもこの規格外、予想外のあの機動性に苛立ちを強くする。そもそも、これまでISにあのような大型支援機など存在しなかった。IS自体が強大で、圧倒的な機動性を持っていたこともそうだが、そのISが使うための『足』などこれまで誰も作ろうともしなかった。

 加速力、速度、ともに『サイレント・ゼフィルスⅡ』を超えている。たった一機の支援機で立場が逆転してしまった。

 

「数で押せ! 次の突撃を止めろ!」

 

 マドカは無人機にオーダーを送る。あの突破力は脅威だ。ならば無人機を捨て駒に、強引にあの突撃を受け止めようと密集させる。

 その対処は正しい。如何に早くとも、多数の無人機を真正面から破壊して突破することは如何に白兎馬でも難しい。

 

 しかし、それでも一夏は同じように中央突破を狙い、突撃を敢行する。それを見たマドカは舐められていると感じたのか、ギリリと歯軋りをしながら無人機へと怒声を浴びせる。

 

「絶対に止めろ! そしてたっぷりとビームを浴びせてやれ!」

 

 無人機が八機もの数で壁となって白兎馬の突撃を受け止める。三機は切り裂かれ、押しつぶされたが、四機目でついに白兎馬が捕らえられる。その後も無人機が組み付き、完全に動きを拘束されてしまう。

 

「ハハッ、バカめ! そのまま消えるがいい!」

 

 さらに残っている無人機が一斉にビーム砲を構えた。そしてなんのためらいもなく発射、無慈悲な極光が味方の無人機ごと白兎馬に突き刺さる。

 直後に爆発、巨大な炎と同時に残骸が爆散して弾け飛んだ。

 

「――――む?」

 

 しかし、どうもおかしい。よくよく見ればその残骸はすべて無人機のものだ。あの白兎馬や白式と思しき白い装甲がわずかも見られない。まさか、と思いながらマドカが爆炎へと目を向けると同時に、その中からなにかが飛び出してきた。

 

「なに!?」

 

 それは巨大な光の剣であった。おおよそ十メートルはあるかというほどの巨大なエネルギー刃が炎と共に近くにいた無人機を真っ二つに切り裂いた。

 それはマドカもよく知るものだ。白式の単一仕様能力『零落白夜』によるエネルギーで形成された刀身であった。しかし、その大きさはこれまでの比ではなかった。

 そしてその剣を携えた騎士の姿が現れる。

 

 現れたのはやはり一夏―――白式であった。しかし、その白式の姿は大きく変化していた。背部にはさきほどの白兎馬のものと思しき巨大なブースターが接続され、そして全身を覆うように白兎馬のユニットがまるでアーマーを形成するように接続されていた。さながら、外骨格を形成する強化アーマーだ。脚部に至るまで全身に防御力と機動力を底上げするための追加装甲とブースターが接続されており、さらに肩部から腕部にかけて白式の両腕をまるまる覆うように巨大な追加兵装アームが装備されている。

 その強化アームには巨大なブレードが握られており、そこから零落白夜のエネルギー刃を発生させている。そのことからわかるように、これは零落白夜の強化発生デバイスだ。

 

『近接格闘モードへ移行、零落白夜ドライブ及びリアクティブアーマー“朧”、正常稼働を確認しまシタ』

「………仕様書から知ってはいたが、凄まじいな」

 

 一夏はさらに左腕の強化アームに装備されたデバイスから同じく零落白夜による巨大なエネルギー刃を発生させる。通常の白式なら間違いなく出力不足で成し得ない零落白夜による超大型ブレード、しかも二刀だ。

 白兎馬は独立機動する支援機、さらに状況によって白式の馬にも鎧にもなるマルチアーマーユニットだ。機動性や、防御力を高めるだけでなく、最大の特徴にして、“白式専用支援機”である理由は、―――単一仕様能力『零落白夜』の強化・増幅だ。白兎馬自体が、この能力のブースターの役目を担っている。

 

「戦場で止まるなど!」

 

 さらにマドカがレーザー、そして無人機がビームの集中砲火を浴びせてくるが、もはや一夏と白式、白兎馬にそんなものは効かなかった。最大の防御力を得るこの近接格闘モードは、もはや理不尽といえる最大の防御機能が備わっている。

 レーザーはビームが命中すると同時に霧散する。それは天照のような拡散による無効化ではなく、完全な消滅であった。

 

 リアクティブアーマー『朧』……外部からの攻撃に反応して零落白夜のエネルギーを全周に展開するエネルギーアーマー。カウンターで零落白夜を鎧のように纏うといえばイメージしやすいだろう。これにより実弾以外の攻撃はすべて攻性エネルギーを消滅させ、そして接近してきた敵機に対してもシールドエネルギーにダメージを与えるという恐ろしいアーマーとなる。もちろん、これらの能力にも相応の代償を払うことになるが、強化した反面大型化した白式にとってこの防御能力はなくてはならないものだ。

 

「白兎馬、戦闘可能時間は?」

『最大稼働で、残り八分でス。迅速な敵機の殲滅を提案しマス』

 

 実機での稼働はこれが初めてとなるため、いつどんな不具合がでるかもわからない。一夏もそれを承知の上で使用しているが、できることなら早めに終わらせたいところだ。しかしそう簡単にはいかないだろう。この白兎馬の力をもってすれば無人機はまず相手にならないが、マドカを倒すにはなかなかに骨が折れるだろう。白兎馬が使用可能なうちにマドカをなんとしても戦闘不能に、もしくは撤退させなくてはならない。

 白兎馬の弱点は、やはり燃費だ。凄まじい性能を持ちながら、未だ万全な状態ではないために全力稼働で長時間の戦闘はできない。

 幸いにも、まだ白兎馬には切り札となる形態が残されている。それを使ってでも、目の前にいるマドカだけでも排除しなくては戦況に関わる。

 

「他のみんなのところへ行かせるわけにはいかない………ここで倒してやるぜ!」

「舐めるなよ織斑一夏……! 強化アーマーを得たぐらいでいい気になるな!」

「時間はかけられない……白兎馬、全力でいくぞ!」

『了解。零落白夜ドライブ、イグニッション。両アームへのエネルギー供給を開始、戦闘モードへ移行しマス』

 

 両腕から巨大な零落白夜によるエネルギーブレードを発生させてマドカへ迫る。白兎馬の使用限界が来ればマドカを倒す術はなくなる。マドカとの戦いは同時に時間との戦いであった。

 

「白式、白兎馬、おまえたちと俺なら、やれる……! 行くぜえええええ――――ッ!!」

 

 雄々しく叫び、剣を振るう一夏。その叫びも、戦場に谺する爆音の中へと消えていった。

 

 

 戦闘開始から一時間足らず。

 

 戦況は早くも佳境へと向かっていった。

 

 

 




白兎馬解禁の回。白式はセカンドシフトこそしていませんが、これで仲良く魔改造によるチートの仲間入りです。白兎馬の音声は芳野美樹さんボイスをイメージするといいかも(笑)

白兎馬の元ネタはスパロボよりヒュッケバインのガンナーとボクサー。当時はあの追加装備にワクワクしたものです。ならばそしてもちろん、あの形態も……!

次回は鈴ちゃんvsオータム先輩の回、そしてその後はとうとう我らが主人公であるアイズたちの参戦へと向かいます。

そして台風がやばいです。みなさんも台風にはお気を付けて! それではまた次回に!


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Act.68 「強く、よりしなやかに」

 迫るステークの側面を叩き軌道を強引に変えて捌く。しかしすぐさま側面から同じ凶杭が脇腹めがけて襲いかかってくる。それを肘打ちで叩き落とし、カウンターで蹴りを放つも、二本の腕によって受け止められる。それを悟るやすぐに足を戻す勢いのまま身体を捻って逆側面から迫っていた腕を回避する。

 四肢を駆使して戦う鈴と、規格外の八本の腕を操り戦うオータム。二人は距離を取らずに、真正面からの殴り合いに拘っていた。鈴とオータムはもともとチマチマと撃ち合ったり、小細工でどうこうしようという考えは好きではなく、倒すべき相手ほど真正面から実力で叩き潰したいという、ある意味で似た者同士であった。そんな思考をする二人が相対すれば、これまでの因縁も後押しで心地よい喧嘩へと発展するのは当然の流れであった。

 

「ハハハッ、沈め!」

「てめぇが落ちるんだよ、くひゃはっ!」

 

 気づけば鈴もオータムも笑いながら戦っていた。こんな密着しての殴り合いをすれば当然被弾も増える。互いに致命的な一撃こそ受けていないが、少なくないダメージを受けている。鈴は左側頭部にステークが掠めて頭部装甲の一部が破壊され、彼女のトレードマークであったツインテールが解かれて血を滴らせた髪がなびいている。顔の左半分も真っ赤に染まったままだ。

 対するオータムも一度脇腹に鈴の発勁を受けたためか、口元が血で化粧されていた。かろうじて防御したとはいえ、浸透勁を受けたために内蔵に痛手を受けたのだろう。

 それでも、両者は止まらない。血戦となっても、それがどうしたと言わんばかりに目の前の敵を打倒しようと拳を放つ。

 

「グウッ……!?」

 

 捌ききれなかった腕のひとつが鈴の肩へと振り下ろされた。オータムのIS『アラクネ・イオス』は近接戦闘に特化した強化をされ、その腕にもステークや鈍器が仕込まれている。相手を粉砕するための凶悪な装備だ。振り下ろされた腕がISの装甲を変形させ、鈴の身体に衝撃として走り抜ける。絶対防御機構があるとはいえ、こうした衝撃緩和にも限界がある。今の一撃でシールドエネルギーも少なくない量が削られてしまった。それを確認する前に、鈴は反射的に蹴りを放っていた。

 蹴りを放つための距離が足りなかったために、足裏を当てて蹴り出すような態勢となる。これだけなら対したダメージは与えられないが、鈴はここで切り札のひとつを切った。

 

「ぐ、ごっ……!?」

 

 鈴の足で蹴りだされるようにオータムが吹き飛んだ。それは明らかに蹴りにしては威力がおかしかった。『アラクネ・イオス』の装甲に亀裂が走り、オータムも苦しそうに咳き込んでいる様子から見てもそれがどんな威力だったのか察するに余りある。

 

「がっ、ごほっ……! て、てめぇなにしやがった……!?」

 

 忌々しげに睨むオータムに向かってドヤ顔で挑発する鈴だが、そんな鈴の顔にも脂汗が浮かんでいる。鈴が受けたダメージも相当なものだったようだ。

 

「ははっ、ざまぁみなさい。いてて……こっちもヤバかったわね」

 

 痛みを堪えつつ、鈴はうまく決まったことに内心ほっとしていた。

 鈴がやったことは簡単だ。オータムに対してゼロ距離から砲撃を放ったのだ。それは実弾でもビームでもなく、『龍砲』と同じ衝撃砲だ。そしてそれは甲龍の脚部、その足裏から放たれたのだ。

 

 足裏部攻性転用衝撃砲『虎砲』――――単一仕様能力『龍跳虎臥』の能力を応用し、密着して放つ近距離用の武装だ。いや、武装というより技というべきものであった。

 もともと甲龍の単一仕様能力『龍跳虎臥』は衝撃砲『龍砲』の機構を取り込み、応用させて作り出したものだ。空間に圧力をかけて足場を形成するか砲身を形成するか、ざっくりといえばその違いだ。もちろん、展開速度や強度なども違うが、機構としての違いはその差異に集約される。ならば、空を蹴るための足場は、同時に砲身にもできるのでは、という応用が生まれる。

 そこに目をつけた束が、甲龍のシステムをちょっといじって可能とした技だ。鈴が無人機プラント強襲作戦に参加した報酬としてもらったものだった。これ以外にも、いくつか面白い発想を教えてもらっている。それを実現できるかは鈴と甲龍次第とも言われたが、可能性を知っただけでも鈴にとっては大きな収穫だった。

 他の機体はそれぞれカレイドマテリアル社の恩恵を受けているが、甲龍はそのほとんどは自己進化して得たものだ。それは進化の方向が鈴と甲龍に依存するということだ。外部から強化、発展する他の機体と違い、鈴のイメージに依るところが大きい。だからこそ、多くの可能性を示されたことで鈴はさらなる進化のイメージを獲得できた。

 

「あんたには、少しだけ感謝するわ」

「なに?」

「あんたとの戦い、そしてこのふざけた襲撃………それに全力で抗って、そして」

 

 鈴は敢えて笑う。不謹慎だと理解しながら、それでも自己を奮い立たせるように壮絶に、猛獣のような威圧感を放つように、鈴は猛々しく笑みを作った。

 

「そして―――そのすべてをあたしの糧にしてやるわ」

「喰われるのはてめぇだよ」

 

 鈴のその威圧に対抗するように、オータムも表情を変えて宣告する。激しい攻防から、一転して静寂の膠着状態へと陥ってしまう。二人の目線は一切そらされずにぶつかり合い、互いの戦意が衝突する。

 

「…………」

「…………」

 

 およそ一分ほど、無言での睨み合いが続くが、その膠着状態は唐突に破られた。

 学園側からなにか巨大な爆発音が響き、夜の闇が炎によって塗り替えられる。それはこの規模の戦闘でも明らかに異常なほどの大爆発であったが、二人はそれがいったい何であるか考えるより先に動いていた。

 

「うぉぉらあァッ!!」

「オらぁッ!」

 

 防御など考えない全力ブーストでの突撃。鈴は最高威力を誇る右腕での渾身の発勁掌。左腕に双天牙月を持ち盾として構えたままオータムの胴体目掛けて突っ込む。

 対するオータムはその八本の腕を同時に鈴へと向ける。腕に仕込まれているステークを鈴に打ち込まんと凶悪な腕を多方向から放つ。

 鈴は真正面からまっすぐと、オータムはそんな鈴を囲むように多数の腕を放った。結果、鈴はオータムの懐に入り込むと同時に、オータムの攻撃を死角から受けることになる。だが、それすら構わずに鈴は発勁掌をオータムへと叩きつけた。

 

「ごがはぁっ!?」

 

 アリーナを割ったことすらある鈴の一撃を受けて血を吐きながらオータムが吹き飛ぶ。さきほどの虎砲の一撃よりも遥かにダメージが高いとわかる。直撃寸前に身を捻って衝撃を逃がそうとしたようだが、その程度で鈴の一撃を躱すことなどできない。半透明なフルフェイスの頭部装甲を兼ねたメットが内側から真っ赤に塗りたくられ、全身の装甲がひび割れ、破壊されたパーツが破片となって海へと落ちていく。かろうじて海へ落下することをまぬがれたオータムが荒い呼吸を繰り返しながらもゲラゲラと笑う。

 

「ははっ、がふっ……! た、対した威力だ、が………終わりはお前だよ………!」

 

 大ダメージを受けたオータムだが、その態度はまるで勝利を確信したかのようだった。その根拠はすぐにわかった。

 鈴の様子が、明らかにおかしかった。

 

「く、そ……っ! そういう、武器か……!」

 

 鈴は歯を食いしばりながらオータムを睨みつけていた。

 しかし、そのオータムに一撃を入れた右腕はボロボロになっており、ステークで打ち抜かれた跡が二つもあった。さらに右足にひとつ、背部の龍砲のアンロックユニットにひとつ、合計四つの直撃を受けた痕跡が見られた。左側は防御に回していた分、ダメージを受けたのはほぼ右半身。それなりにシールドエネルギーは削られたが、まだ戦闘行動は問題ないレベルの破損だ。攻撃を受けたとはいえ、しっかり装甲部で受けた鈴は流石であったが、そんなことはオータムにとっては関係がなかった。

 

「腐食、か……!」

 

 ステークの直撃を受けた破損箇所が、明らかに劣化していた。赤茶色の、まるでサビになるかのように変色して装甲強度がどんどん低下していく。しかもそれだけでなく、攻撃を受けた右半身が麻痺したように動きが鈍くなっていた。破損によるダメージとは別に、甲龍のOSにエラーが生じていた。

 

「システムクラック……!?」

「ふん、今更気付いても遅ぇよ。私の『アラクネ・イオス』の毒針、たっぷり味わいな!」

 

 『アラクネ・イオス』―――毒、の意味をもつイオスという名を冠するこの機体の最大の特徴は、敵機への侵食装備である。八本の腕に仕込まれたステークには、打ち込んだ物体にウィルスを流し込む特殊機能が有してある。それは物理的に装甲を腐食させると同時にISのOSからの命令系統にエラーを生じさせるという、まさに『毒』で相手を侵すものだ。

 

「ちぃ……!」

 

 鈴は右腕を動かそうとするが、反応が鈍い。辛うじて動くが、タイムラグがひどい。イメージがうまくISの腕にフィードバックされていないようだ。これでは満足に拳を振るうことすらできないだろう。さらにこの毒針を受けた右足も同じような状態に陥っていた。そして背部アンロックユニットの片方は完全に機能不全を起こし、龍砲のひとつが使用不能となる。これでは右半身がまるまる麻痺しているようなものであった。ISの飛行能力が麻痺しなかったのは不幸中の幸いであった。それでもISのPIC機能が不全になれば海へと真っ逆さまだったために鈴は肝を冷やした。

 この侵食機能は打ち込んだ箇所の腐食と機能不全を起こすものなので、コア付近にでも直撃しない限りその心配は杞憂であったのだが、鈴は知る由もないことだ。ただ、受けたらマズイ攻撃だと強く意識した。

 

 

 

―――――右腕の反応が鈍い……この状態で発勁は無理、か。やってくれるわね……!

 

 

 

 利き腕を麻痺させられたに等しい状況だ。普段自分がやっていることを返された形だった。皮肉に思える状況に鈴がわずかに苦笑するも、頭では絶えずに思考を巡らせている。

 機体が麻痺させられ、今は右半身に拘束具をつけているようなものだが、鈴自身の腕や足は無傷ならまだやりようはある。とはいえ、追い詰められていることは間違いない。利き腕を潰され、片足も使えない。長時間の戦闘ができない以上、一撃必殺に成り得る手段は左腕の発勁と左足の虎砲のみ。利き腕の右には劣るが、左でも必殺の威力を持つ発勁は可能だ。

 しかし、オータムも重点的に左を警戒するだろう。あの八本の腕を掻い潜って直撃を当てるのは……見込みが薄い。先の一撃で落とせなかったことが悔やまれる。

 

「げほっ……ちぃっ」

 

 オータムは頭部を覆っていたメットをパージして素顔を晒す。血まみれになったメットの下には、同じく口元を真っ赤に染めたオータムが苦悶の表情を浮かべていた。

 鈴も追い込まれているが、同時にオータムも追い込まれていると言えた。オータムの予想よりも鈴の発勁掌の威力があり、浸透してきた衝撃に内蔵にかなりの痛手を受けていた。ISはまだすべての腕が健在だが、操縦者であるオータムはもう長時間戦えるほどの体力もなかった。だが、それでも優劣ははっきりとしてしまった。

 

「ははっ、あんたも苦しそうね、オータム。あたしの発勁掌を受けて無事で済むわけないもんねぇ?」

「ほざけ、手負いの小娘に負けるような私じゃねぇ。それにてめぇはもう詰んでんだよ」

 

 鈴の言葉も、オータムの言葉も間違っていなかった。実際にオータムは深手を負っていたが、同時に鈴は手詰まりに追い込まれている。右半分の武装が死んだ今、左半分だけで倒せるほどオータムは弱くない。むしろオータムは格闘技量は鈴と遜色ないレベルだ。

 

「あたしさ、正直あんたを舐めてた」

「ああ?」

「チンピラにしか見えなかったし、言動も態度も軽い。どう見てもただの下っ端だし」

「てめぇな……!」

「でも違った。あんたは強い。こうして戦えばわかる。きっと相当の努力をしてきたんでしょうね。しかも、私より遥かに………あ、年が違う分これは当然かな?」

「今も舐めきってんだろてめぇ!」

「まぁ、それはいいじゃない。あたしは、素直に尊敬してんのよ。敵だけど、あんたは敬意を持つに値する敵よ」

 

 鈴の言葉に嘘はない。

 紛れもなく倒すべき敵であるが、だからこそ鈴はオータムを認められることが少しだけ嬉しかった。

 

「なにより、あんたはこの状況でタイマンをしてくれた。……なにより、このあたしと!」

 

 鈴は自分とオータムを囲む無人機たちを見ながらそう賞賛する。はじめから無人機を使って数で押されれば如何に鈴とて押し切られていたことは明白だ。それなのに、オータムはそれをしなかった。それが、たとえ仕返しをするというくだらない理由でも、真正面から戦ってくれたことに感謝した。

 

「だからもう一回、改めて言葉にするわ! あんたは、あたしが戦うにふさわしい存在だった」

「……だった?」

「だからこそ、あたしは、あたしの全てで、あんたを倒す。あんたの全てを、あたしの血肉にする」

「…………」

 

 鈴の言いたいことを察したのだろう。顔を紅潮させながらオータムが鈴を睨みつける。そんなオータムの威圧を、むしろ心地よく感じながら鈴は覚悟を決める。

 

「今日、ここで、あたしに倒されるために立ちふさがってくれたのよ、………感謝するわ、オータム! そのお礼に、あんたはここで思い出にしてやるわ!」

「言っただろうが………負けるのはてめぇだってなぁ!」

 

 鈴は笑い、大きく空気を吸い込む。

 

 そして。

 

 

 

「う、おお、ッ……あああああああああああァァ――――ッッッ!!!!」

 

 

 

 咆哮。

 

 鈴は自らの内に秘めている魂を放出するかのように、大気を震わせる。同時に突撃。左腕を振りかぶりながらオータムへと一直線に向かっていく。それを見たオータムは少し失望した。手負いとはいえ、今更こんな特攻が通用すると思われていることが屈辱に思えた。結局はこの程度だったか、と……そんな奇妙な落胆を感じた。

 鈴は既に半身が使い物にならない。倍以上ある、文字通りの手数が今では四倍にまで差が生まれている。鈴の格闘の技量は確かにオータムも認めるところだが、そんな鈴でも四肢の半分が潰れてはオータムの八つ手は捌けない。残っている左腕と左足、さらに背中の龍砲も左のみ。左半身に対して防御を固めればオータムはまず負けない。鈴の特攻はただの玉砕に終わる。

 

「がっかりだぜ。もういい、落ちろクソガキ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

―――――……。

 

―――……。

 

――……。

 

 

「あいたぁっ!?」

 

 鈴はまともに顔面に拳を受け、盛大に倒れる。その威力に受身を取ろうとしてもうまくいかず、不格好に足をもつれさせて昏倒してしまう。

 受身に失敗して倒れた鈴を、呆れたように雨蘭が見つめていた。

 

「なにやってんだ阿呆。真正面からバカ正直に突っ込んでくるからだ」

「うぅ、脳筋のお師匠に言われると悲しい……」

「なんつったてめぇ?」

 

 まだ雨蘭から格闘術を習い始めた頃、鈴はよくなにも考えずに特攻をしては雨蘭から叱られていた。格上を相手にするとき、考えなしに突っ込むなどバカの極みだ、と。それでもまだ精神的に未熟だったころは何度も何度も同じことを繰り返していた。言うことを聞きたくなかったわけじゃない。ただ、雨蘭の顔を真正面からぶん殴ってやりたかっただけだ。

 

「ったく、脳筋の弟子をもつと苦労するな」

「だってお師匠が脳筋だも……ぶべらっ!? あ、頭が! 頭が割れる~!!」

「黙れ猪娘。いい加減、力押し以外も覚えろ、阿呆」

 

 鉄のような雨蘭の拳にのたうち回る鈴。もはやスキンシップみたいなもので、鈴の頑丈さが鍛えられた一因は間違いなくこれにある。

 

「って言ってもさぁ、お師匠って人間超越した動きするんだもん。あたしにはそんな真似できないし」

「それは違う。おまえができないのは、おまえがイメージできないからだ」

「イメージ?」

「無理だからできない、じゃない。できるイメージがないからできないんだ」

「お師匠~、それっぽく言ってるけどよくわかんないんだけど」

「脳筋め………そうだな、試してみるか。私はここから一歩も動かない。おまえは武器を使っても投石をしてもいい。だが私が勝つ」

「………お師匠、さすがにあたしをバカにしてるでしょ?」

「そう思うなら、やってみろ」

「上等だよコラァ!」

 

 鈴は間合いを取り、訓練用の棍を手に取る。これならリーチは圧倒的に勝る。如何に雨蘭でも動かずに鈴を打倒することはできないはずだ。

 

「くらえお師匠ー!」

「まったく……」

 

 雨蘭の間合いのギリギリ外から棍を突き出す。あまり遠すぎると回避を容易にさせるため、慎重に間合いを測って攻撃する。しかし、雨蘭はそれを片手で軽く手を添えて捌き、そして―――。

 

「え? うげはっ!?」

 

 飛んできた雨蘭の拳が顔面にヒットした。またも顔面を強打されて悶える鈴が信じられないというように鼻っ柱を抑えながら雨蘭を見上げた。

 

「そ、そんなのアリ!?」

「イメージしきれなかったお前が悪い」

 

 そういって雨蘭は自ら外した片腕の間接を元通りに嵌めなおす。確かめるように腕を動かし、問題ないことをアピールする。

 

「関節外してリーチを伸ばすって………そんなことができるの?」

「おまえはやめておけ。筋を痛めて腕が使い物にならなくなるぞ」

 

 たかがリーチが優ったというだけで油断した鈴の上をいってみせた雨蘭。ちなみにもし投石などの手段ならそれを蹴り返すつもりだった。

 

「イメージできないことが、どれだけ馬鹿な思考放棄やわかったか?」

「……相手がなにをするか、常に可能性を考えろってこと?」

「逆も言える。相手のイメージを上回ることができれば、それは強みだ。おまえみたいにただ殴り合うだけしか頭にない阿呆なんていいカモだ。まさか、それを卑怯などとは言わないだろう?」

「ぐぬぬ……」

 

 言い返したいが、確かにそうだと鈴も理解した。技量でも、戦術でも、相手の予想以上のものを繰り出すことなんて卑怯でもなんでもない。むしろそれが強さといえるものだ。そういった思考は彼方へ捨て去っていた鈴は、己の未熟さを痛感してしゅんと項垂れる。

 そんなわかりやすい鈴を見て、雨蘭はため息をつくと穏やかな口調で話し始めた。

 

「………おまえは逸材としては一級品だ。身体能力も高いし、力も強くしなやかさもある。小柄なことを差し引いても羨むほどのセンスがある」

「え? どったのお師匠? あたしを褒めるとか変なもの食べたの?」

「安心しろ。バカにするのはここからだ。………身体はいい、だがメンタルがそれに追いついていない。だから宝の持ち腐れ、脳筋だと言ったんだ」

「うっ………」

「熱くなるときも思考だけは冷たく、常に動かせ。思考を止めるのは身体を止めることと同じだと思え。おまえなら闘争本能で戦い続けることもできるかもしれんが、そんな真似は獣でもできる。おまえは人間だ。獣より上に行きたければ、常に己を律して戦え」

「そうすればお師匠に勝てるの?」

「そういうことは、私に一撃でも入れてから言うんだな」

「………ちくしょー」

「身体も頭も、必要なのは“強く、しなやかに”……ってことだ」

「強く、しなやかに………」

 

 鈴は悔しさを刻み込みながら、師匠の教えを忠実に守った。それからというもの、常に思考を止めずにありとあらゆることに考えを巡らせ、相手の予測をも超えようとしてきた。それも力技が多かったのは鈴らしいというところだが、そうしたアグレッシブな姿勢を手に入れた鈴はますますその才能を開花させていった。

 どんなに追い込まれても勝ちを諦めない、死中に活を見出そうとする貪欲な勝利への渇望、追い詰めれば追い詰めるほどに冷たく牙を研ぐ猛獣のような少女。

 

 それが凰鈴音の真の恐ろしさなのだ。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ヤケになったか! 今更そんなもので!」

 

 突撃してくる鈴に向かい、トドメを刺そうと八本すべての腕のステークを起動させる。もう一度ステークを打ち込めば、完全に機能不全に陥らせることができる。そうなれば如何にしぶとくても戦闘続行は不可能だ。

 隙だらけの右側と注意するべき左側にそれぞれ攻撃と防御を重視させて腕を振るう。

 

 鈴はほぼ完璧な迎撃態勢をとるオータムに向けて、あくまで真正面から突撃する。ギラギラとした目はまっすぐにオータムに向けられていた。

 それはさながらさきほどのリプレイだ。違いは、鈴の右半身が使えないこと。それが絶対的な弱点となっている。そして当然、オータムはそこを狙う。

 先手を打つように甲龍の左腕と左足をそれぞれ二本の腕を使って行動阻害を狙う。この距離なら衝撃砲を撃てば諸共に吹き飛ぶが、鈴ならやりかねないと判断して左腕を抑えつつステークを龍砲のアンロックユニットへ打ち込み破壊する。これで鈴の攻撃手段はすべて潰した。あとは体当たりくらいしかできまい。そしてそれすらさせる気のないオータムは残った腕を大きくしならせて麻痺して動かない右側を狙う。

 

「終わりだ、小娘ェッ!!」

「―――ッ!」

 

 だが、鈴はそんな絶体絶命の窮地にいながら、口の端を釣り上げた。それはヤケなどではなく、明確な強い意思があった。鈴の狙いは、まさに死中にある活を無理矢理にでも捕まえる行為、できなければ敗北、それを覚悟して鈴は――――。

 

「力強く………よりしなやかに!」

 

 渾身の力で、己の“右腕”を振り上げた。

 

「なに!?」

 

 予想外の光景にオータムの思考が一瞬止まる。いったいなぜ、と思ったときには既に鈴はその腕をまっすぐオータム目掛けて放っていた。不意を突かれる形となったオータムが気付いたときには既に遅かった。

 先程とは違い、防御もできずに完全な直撃を許してしまう。装甲が破壊され、絶対防御を貫通するほどの衝撃がオータムの身体と意識をかき乱す。体勢を整えることすらできずに、オータムは海へと落下していく。

 オータムは落ちながら、鈴を見た。そして、その腕に赤い布のようなものが巻かれている姿を目にして、ようやくなにをしたのか理解した。しかし、それはあまりにも遅かった。

 

「ク、ソが……ッ」

 

 オータムは完全に敗北したことを悟り、そして水しぶきをあげて暗黒となっている海へと落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「ぜっ、はっ、はぁ………!」

 

 呼吸が荒い。心臓がまるで早鐘のように鼓動を鳴らしている。無茶をした右腕には鈍い痛みがあるが、結果としてオータムを撃墜できた。機能不全を起こしている右腕部を無理に動かしたことで甲龍にもかなり負荷をかけてしまった。

 

「ははっ、あたしのイメージのほうが上だったみたいね……」

 

 鈴は強がるように言う。

 あの瞬間、鈴がしたことは外部からの力で右腕を動かすことだった。オータムに悟られないよう、ギリギリまで間合いを詰めて龍鱗帝釈布を右腕に巻きつけたのだ。龍鱗帝釈布はナノマシンが編みこまれており、鈴の意思で動かすことができる武装だ。本来防御用のこれを、動かない右腕を動かすための『操り糸』として使用した。鈴自身の腕まで感覚がなければ不可能だったが、強引に普段のイメージ通りに発勁掌をたたき込めた。さすがにこんな無理矢理な方法では発勁の威力は格段に落ちていたが、それでも浸透勁の直撃だ。胴体部に、何度も発勁や衝撃砲を受ければ倒れないやつなどいない。むしろしぶとかったくらいだ。

 右腕を麻痺させられたからこそ、鈴はその右腕を切り札とした。相手のイメージを上回り、決定打とするにはこれしかないと考えたのだ。

 

「ぐ、うう……!」

 

 しかし、鈴の顔が苦痛に歪む。

 オータムは倒せたが、その代償も大きかった。最後の一撃を決めることができたが、同時にオータムの攻撃も受けていた。先の攻撃に加え、さらに全身にステークの直撃を受け、甲龍の性能が著しく低下していた。お互いカウンターとして攻撃を放ったために、そのダメージは鈴にもしっかり届いていた。視界が霞みそうになるほど消耗した鈴が、なんとか体勢を整えて周囲に目を配る。

 

「…………ですよねー」

 

 鈴の視界に入ってきたのは、囲んでいた無人機たちがその手にもったビーム砲の砲口を一斉に向けている光景だった。オータムがこの場からいなくなったことで無人機の戦闘行動も再開されたようだ。

 

「悪いわね、一夏、簪………ちょっと合流できそうにないわ」

 

 どんなに考えても、ここを切り抜けるイメージが浮かばない。諦めるつもりはないが、なにか策を思いつかなければ先程のオータムと同じように海に沈む未来が待っているだろう。そう思い、下を見ればいつの間にかオータムの『アラクネ・イオス』が無人機に回収されている様子が見えた。

 そのまま離脱していく姿を見て、あの野郎ちゃっかり逃げやがった、と舌打ちする。

 

「でもただではやられないわ。一機でも多く、道連れにしてやる! かかってこいよ鉄屑ども!」

 

 機体ダメージは甚大、もう少しで機能停止寸前だ。『アラクネ・イオス』の“毒”を受けたことで動きも悪化しているし、鈴自身の消耗もいつ倒れてもおかしくないほどだ。

 

 そんな鈴をあざ笑うかのように無人機が一斉にビームによる集中砲火を放った。

 

 

 いくつもの爆炎の花が、海上で咲き乱れた。

 




鈴ちゃんのターン。鈴ちゃんが主役の回はいかに熱血になるかを考えて書いてしまいます。

でもこの回で鈴ちゃんとオータム先輩が戦線離脱です。この話ではどんなに強くても単機では数の暴力には勝てない仕様になってますので、この状況から鈴ちゃんだけで無人機に勝つのは不可能です。まぁ、援軍でもいれば別ですが(フラグ)

ともあれ、時間稼ぎと有人機の撃破だけでも鈴ちゃんの戦果は多大です。ここの鈴ちゃんはヒーロー資質が抜群です(笑)

しかしまじでそろそろアイズたちを出したくなってきた。

それではまた次回に!


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Act.69 「七星が降るとき」

「……がっかりですね。二人がかりでこの程度とは」

 

 つまらなそうにシールは地に倒れる楯無と簪を見下ろしている。二人は満身創痍で苦しそうなうめき声を上げていた。ISも所々が破損し、操縦者である二人の体力ももう風前の灯というほどに消耗しているようだった。

 対してここまで二人を追い詰めたシールは、多少ダメージを受けた痕跡はあるものの、ほぼ万全の状態に近い。武装もすべて健在であるし、シール自身もそれほど疲れも見せていない。ただ変わらずに全てを見通す人造の魔眼を二人へと向けている。

 

「う、うう……」

「本当、に、洒落にならないわね……」

 

 痛みを堪えて更織姉妹が立ち上がる。それはまさに死を告げる天使と相対する咎人のような光景であった。

 人数の利がまったく役に立たない。死角から攻めても完全に見切られており、それどころか攻撃をしかけたほうがカウンターを受ける始末だ。ヴォーダン・オージェとハイパーセンサーを併用すれば、視界はほぼ全周になるというが、この結果を見れば納得してしまう。

 シールドエネルギーも八割以下にまで減少している。じわじわと削られていく様は、二人が粘っているというよりシールが遊んでいるというほうが正しいかもしれない。

 

「アイズなら直感で対処するけど、あいつは観測して対処してる」

「その分、戦術的な対応をされるってわけね」

 

 反応速度といえばヴォーダン・オージェ持ちであるアイズとシールはほぼ拮抗しているが、わずかな差でシールに軍配が上がる。しかし、アイズには目を失ってなお生き抜いた経験則から第六感ともいうべき直感を持つ。片や能力の最大の恩恵を受け、そして片や直感との複合判断で人の常識を超えた対応能力を発揮している。総じて互角といえるが、その質はわずかに異なる。

 アイズは感覚で動くが、シールは思考して動く。それが二人の差でもあった。

 ともかく、シールは超反応をしながらもそこに思考が存在する。不意打ちをしても正確にカウンターができるのはそのためだ。だからシールに不意打ちを仕掛けようとすれば、逆に手痛い反撃を受けることになる。それだけで奇襲がまったく意味をなさない。結果、シールが最高の反応速度を持つ以上、純粋な技量でその上を行くことが正しい攻略法となる。

 

「それでも、ただでさえ怪物級には違いないけど」

「奇襲はダメ………なら、正面からいくしかない、ね」

 

 楯無と簪はバラバラに攻撃しても無駄だと悟ると、今度は一転して連携攻撃を仕掛ける。武装を破壊された楯無が防御に回り、簪が薙刀『夢現』を構えて攻撃を担う。

 

「無駄だと思いますが、試してみます?」

「当然っ……!」

 

 簪が突撃して夢現を振るうも、あっさりと回避されて反撃の薙ぎ払いが迫った。それを防いだのは簪の背後に位置どった楯無だ。

 楯無は圧縮した水の盾を形成してそれを防ぐ。シールの攻撃は重く、かなりの密度で形成しなければまともに防御すらできない。攻撃は一切考えずに、ただ簪への援護防御のみに専念している。

 

「やぁっ!」

「っ……!」

 

 わずかにシールの顔に驚きが浮かぶ。今までかすりともしなかった攻撃がほんのわずかに装甲をかすめた。簪は止まることなく夢現を振るう。そしてそれを楯無が援護して攻撃後の防御を行う。

 本来ならカウンターに備える行動が必須となるが、楯無が防御すべてを担っていることで簪は防御するという一手を省略して素早く攻撃を繰り出す。そのためにこれまでより隙のない攻撃を可能としていた。普通ならばその分隙も大きくなるが、攻撃を捨てた楯無が肩代わりしている。

 姉妹二人でひとつとなることで行動の質を上げてきたのだ。

 

「なるほど……」

 

 その連携の質にシールは感心する。常に一人で全てを超越するシールにとって、自分以外の誰かと連携してレベルを上げるというのは考えもしなかったことだ。目の前で実際にその成果を見れば、それは認める他ない。それはシールにはない力だ。大したものだ、とふっと微笑んだ。

 

 だが。

 

「それだけです」

 

 シールが目つきを変えて姉妹を目線で射抜く。簪と楯無に、それだけでまるでなにかで刺されるかのようなゾッとする悪寒が駆け抜けた。ほんの一秒にも満たないわずかな間硬直してしまう。すぐにハッとなって行動しようとするが、それはシールを目の前にしてあまりにも致命的だった。

 簪の目の前にシールが現れる。それはまさに目と鼻の先であった。

 至近距離からシールと相対した簪はその金色の瞳を直視してしまう。それは愛しいアイズと同じ金色の輝きを宿した瞳。しかし、それはあまりにもアイズと異なって見えた。

 

「ぐっ……!」

 

 密着状態から膝蹴りを受け、体勢を崩してしまう。密着しているために楯無が防御しようとするも間に合わない。そのまま簪に掴みかかったシールは、大きく振りかぶってそのまま簪を楯無へと投げつける。慌てて楯無が投げ飛ばされた簪を受け止めるが、シールが水の防御を蹴散らしながら追撃する。

 

「このっ!」

 

 苦し紛れに水で防御壁を生成するが翼で薙ぎ払われて接近を許してしまう。振るわれたランスを体勢を立て直した簪がなんとか受け止める。だが、当然それもシールの想定内だ。密着状態の簪を楯無へ向けて蹴り飛ばす。再び二人がもつれ合うように吹き飛ばされてしまう。

 以前は美しい校庭であったはずが、今では焼け爛れ地獄の様相となっており、そんな焼けた地面に楯無と簪が無残にゴロゴロと転がっていく。

 シールの対応はかなり荒っぽく、雑さが目立つ。それでもいいようにあしらわれているのは、シールが完全に二人を子供扱いしていることを意味していた。それを理解している二人は屈辱に舌打ちしながらもすぐに迎撃態勢を取る。もはや無駄な行動をする余裕すらない。

 

「弱い」

 

 端的にそう評価するシールに、姉妹が揃って睨みつける。

 

「やはりあなたたちでは相手になりませんね」

 

 わずかに湧いた興味すら失せた、と言うシールは本当にそうだというように、あろうことか姉妹を目の前にしながら視線を外してしまう。それはヴォーダン・オージェの恩恵を自ら放棄するような行為だ。そんな挑発に乗るまいと楯無も簪も歯軋りしながらも耐える。しかし、これはシールの本心だった。本当にシールはもう姉妹に興味は持っていなかった。

 姉妹は確かに強い。十分に実力者といえる。だがそれだけだ。同僚のマドカやオータム程度の力量はあるだろうが、それでもシールにとっては「その程度」というカテゴリに収まってしまう。

 多くのIS操縦者は「雑魚」、凄腕と言われる操縦者でも「そこそこ」程度でしかないほどにシールは規格外であった。シールに対抗しうる実力を持っていると認める操縦者は二人。そのうちの一人がアイズ・ファミリアだった。あとセシリア・オルコットも比較しうるかもしれないと感じているが、そんなセシリアを入れてもたった三人だけだ。

 それは傲慢だろう。しかし、それが許されるほどの実力がシールにはあった。

 

「ずいぶんと油断するものね。足元を掬われるわよ」

「地面に這いながら言っても笑えるだけですよ」

「馬鹿ね、這ってないと危ないじゃない」

「……?」

 

 そこでシールは初めて疑問を覚えた。改めて視線を向けると、不敵に笑いながら簪が楯無を背後から抱きしめるように抱え込んでいた。おおよそ意味のない密着体勢に眉をひそめるが、その意味はすぐにわかった。

 簪が抱え込んだ楯無しごと自身を包み込むように人機日輪の防御フィールドを発生、さらに楯無も水をまるで球体防壁のように展開し、防御フィールドをまるまる水で覆ってしまう。協力して作り上げた特殊粒子と水の二重防壁を見たシールが、ハッとなって周囲に視線を向けた。ヴォーダン・オージェを活性化させ、その魔眼で周囲に張り巡らされた“力の密”を視認する。

 

 しかし、もう遅い。

 

「花火は好きかしら?」

「盛大に吹っ飛ぶといいよ」

 

 そんな言葉と共に、空間が震えた。

 周囲に散布されたナノマシンが混ざった気体が急激に発熱し、それを起爆剤として空間そのものが爆ぜた。それはもはや戦術級とすらいえるほど巨大な炎、いや、もっと恐ろしい閃光の塊となって爆音だけで兵器となりうるほどの巨大な爆発であった。

 ミステリアス・レイディの『清き熱情(クリア・パッション)』による爆破と天照の『神機日輪:玉』によるエクシードバーストの合わせ技。

 考えうる限りで最大範囲、最大威力を誇る回避すら許さない凶悪な爆破コンボ。仕掛けた楯無と簪すら自滅しかねないほどの最後の切り札であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 本隊とは距離を離していたために味方に被害を与えることはなかったが、間接的にその大爆発で戦場が混乱した。シールドで守っていた校舎の窓ガラスすらその衝撃で盛大に割れてしまった。

 それでも教師陣や、指揮を執っていた千冬が叱咤してなんとか混乱を収めることに成功する。もちろん姉妹のこの自爆技のような策は千冬に伝えていた。千冬が全体指揮をしていなければ流石にこんな策を実行しようとはしなかった。

 その爆心地となった場所では、その爆発の規模を物語るかのように焼け野原と化しており、中心部に近しい地面はまるでクレーターのように抉られていた。

 そんな炎と衝撃で耕された地面の一部が動き、土の中から現れた水が渦を巻くようにうねりながら流出した。そんな水の中心部からさらに二つの影が現れる。

 ISを纏った二人の少女、楯無と簪の姉妹であった。二人は満身創痍になりながらもなんとか土の中から這い出てくる。

 

「か、簪ちゃん、無事?」

「なんとか……」

 

 互いに纏うISの装甲は焼け焦げており、かなりのダメージを受けたと見て取れる。

 正直なところ、この『清き熱情(クリア・パッション)』と『神機日輪:玉』のコンボが実際にどれほどの威力になるかなど実行した姉妹すらわかっていなかった。はじめて使ったこともあるが、エネルギー付与と爆発という相乗効果がどれほどになるかなど予測不可能であった。少なくともシールに直撃させるだけの広範囲で、かつ高威力が期待できる攻撃手段がこれしかなかったのだ。

 そしてそれは見事に期待以上の威力であった。あまり広範囲にしすぎると味方にも被害が出る恐れがあったため、シールが回避できない程度ほどには限定して爆破した。結果、予想以上の爆発が限定空間で生まれたために、想像していたより遥かに強大な爆破になってしまった。姉妹の二重防御すら防ぎきれなかったほどだ。如何にシールといえど、爆発した空中のど真ん中にいたのであれば大ダメージは免れないだろう。

 

「あいつは?」

「わからない………どこかに吹き飛んだか、それとも……」

「……あんまり想像したくないけど、あれでも仕留められなかったとすれば……」

 

 楯無がそう呟いたまさにそのとき、ISのセンサーにひとつの反応が浮かび上がる。それは完全に爆破範囲内、普通ならあの大爆発で吹き飛んだか灰になってもおかしくないほどなのだが、はっきりとその反応がある一点を示す。

 そこに目を向けた姉妹が見たものは、焼けた地面に埋まっている白い卵のような球体だった。その殻が剥がれるように広がり、翼の形となって空へと伸びる。そしてその翼を羽ばたかせ………シールがその姿を現した。

 真珠のような白亜の装甲も一部が焦げ付き、細々とした亀裂が見て取れたがそれでも未だに健在であることを示すように、翼を動かしてふわりと空へと浮上する。地獄から浮かび上がる天使のような光景は美しくも冒涜的な光景に見えたが、それは未だに戦いが終わっていないことを意味していた。

 

「やってくれましたね。流石に少々肝を冷やしましたよ……」

 

 そう言いながらも即座に臨戦態勢を取るシールに、楯無と簪も痛む身体に鞭を打ちながら武器を構える。予想外、ではあるが想定内の事態だ。これだけのことをしても、もしかしたら回避されるのでは、という懸念は確かにあった。それでもあれほどの爆発を起こしてまで、予想以下のダメージしか与えられていないという事実は二人を落胆させるには十分だった。

 

「ケロリとしてるわね……」

「その可能性もあるって思ってたけど、さすがにショックかな」

 

 自爆にも等しい手段だったのにあっさり避けられると焦燥してしまう。冗談でもなんでもなく、姉妹の切り札だったのだ。

 あの様子から察するに、爆破する瞬間に真下にパワーダイブして勢いを殺すことなく地面に吶喊したようだ。そうしてあの翼で全身を覆い、地面と翼を盾にしてやり過ごしたのだろう。効果範囲から逃げられないと悟るや、すぐさま最適な防御行動を起こす判断が早すぎる。ここまでくるともう反則だと叫びたいほどだ。

 

「認識を改めましょう。あなたたちは弱くとも、油断ならない相手のようです。ゆえに―――――容赦なく、屠らせてもらいます」

 

 シールの目つきが変わる。シールにとってここまで危機に追い込まれたことが姉妹に対する遊びをなくさせたようだ。今までは暇つぶしのように遊んでいた部分が多少はあったが、下手をすれば噛み付かれると判断して即座に撃破しようと完全に遊びも油断も消してしまう。

 その両の瞳がさらに輝きを増していき、そのアイズを完全に上回る魔眼で姉妹を射抜く。この目の前では、どれほどの実力だろうが無意味に成り下がる。ヴォーダン・オージェに対抗できるのはヴォーダン・オージェだけ。この場にシールの本気に対抗できる存在は、いない。

 

「あらら、これはけっこうマズイかも……」

「ただではやられない。腕の一本だけでも、もらう……!」

 

 既に更織姉妹の勝機はほとんどなかった。それでも諦めることをよしとしない二人は、最後の抵抗をしようと覚悟を決めて大きく翼を広げて向かってくるシールを迎え撃とうとする。

 

 

 そんなときだった。

 

 

 

 

「ッ……!」

 

 シールが二人に攻撃を仕掛けようとする、まさにその直前だった。シールがなにかに反応してバッと勢いよく上空へと視線を向けた。

 そんなシールの不可解な行動に二人は不審に思ったが、その理由はすぐにわかった。上空からまるでシールと姉妹を分かつようになにかが飛来したのだ。それは凄まじい勢いのまま地面へと突き刺さり、衝撃で土砂を巻き上げた。

 舞っていた砂塵が晴れたとき、そこにあったものはひと振りの大剣であった。まるで岩を削り取ったかのような継ぎ目のない無骨な剣であった。それはこの場にいる三人が見覚えのあるものだった。

 だからこそ、それを放った人物が誰かのかすぐにわかった。

 

「この剣は……!」

「まさか、……ッ!」

 

 楯無と簪が驚愕する。この剣を持つ人物がここにいることが信じられなかった。なぜなら、彼女がいるのはイギリスだったはずだ。イギリスからこの日本のIS学園まであまりにも距離がありすぎる。この事態を察知していたとしてもこんな短時間で到着できるなど思っていなかったのだ。実際、楯無は彼女たちの介入は時間的に絶望的とすら思っていた。

 だが、簪だけは複雑そうにしながらも嬉しそうに微笑んだ。信じていた、というよりは、彼女なら来るのではないか、という予感があったというほうが正しいだろう。

 

「…………」

 

 そしてシールが、これまで見せたことのないような笑みを浮かべて、彼女の介入を歓迎した。それは、シールが待ち望んでいたことだから。

 

 そして彼女が来た。

 遥か上空から流星のように一直線に落ちてくる光が急制動をかけて滞空する。現れたのは真紅の装甲を纏う一人の少女。夏休み前よりわずかに伸びた黒髪をサイドで簡単に結っており、バイザーを解除してシールと同じ金色の瞳を顕にする。

 その瞳でこの場で戦っていた三人を見渡し、ニコリと無垢な笑みを浮かべた。

 

「間に合ったみたいだね。それぞれ、いろいろと話したいこともあるけど…………まずはこう言おっかな」

 

 彼女はゆっくりと簪の目の前に降りてくると、心配そうに見つめてくる簪にふんわりと微笑み返す。そしてそんな簪に背を向け、どこか嬉しそうにじっと視線を向けてくるシールと真正面から相対する。

 

「簪ちゃん、楯無センパイ…………助けにきたよ!」

 

 

 アイズ・ファミリア――――戦闘介入。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「くそっ!」

『戦闘可能時間、残り二分デス』

「あのやろう、逃げに徹しやがった……!」

 

 白兎馬と合体した白式は確かに圧倒的だった。零落白夜を纏い、振るうという凶悪な戦闘能力はマドカといえど楽に倒せるものではなかった。

 そこでマドカが選択したのは時間稼ぎであった。その性能から一種のブーストだと判断したマドカは一夏に戦闘継続限界があるとして無人機を利用しての消耗戦へと切り替えたのだ。

 熱しやすくても戦いにおいては冷静な判断力を残していたマドカの策は見事にはまった。真正面からやりあえばおそらく数分で一夏が押し切っていただろうが、無人機という使い捨ての駒を持っているマドカは執拗に白式と白兎馬の妨害行動をしかけていた。

 その無数の無人機を薙ぎ払う白式であるが、その限界は近かった。特にアーマーとなり、絶大な戦闘力を得る近接格闘形態はエネルギーを多く消費するために長時間維持することができない。そして難攻不落と思える零落白夜を纏うリアクティブアーマー『朧』の弱点は実弾兵器だ。エネルギーを消滅させるとはいえ、実弾による衝撃までは消せない。

 

「しかも、海の中のやつが鬱陶しい……!」

『現状の装備で対海中装備はありません。回避することを推奨しマス』

「数が多いんだよ!」

 

 一夏も最も苦しめているのは、海中から攻撃してくる機体の存在だった。おそらくは無人機だろうが、海中からミサイルや機関砲で執拗に狙ってくる。これに対抗する手段が一夏にはなかった。

 ならばとマドカを狙うも、マドカは常に無人機を盾に距離をとって射撃で牽制してくる。このままではまた追い込まれてしまう危険が高い。数の暴力という意味がよくわかる。

 切り札は残されているが、これを使うにはまだ敵の数が多い。無人機の群れを突破してマドカへ届かせるにはまだ足りない。せめて無人機の数がもっと減らせれば………そう思うも、そのための時間が足りなさすぎる。

 

「くそ、どうする……!」

『現在の戦力での打破が至難デス。援護要請を提案しマス』

「そんな余力は……!」

 

 簪も鈴もおそらくは敵主力と戦闘中だろう。もちろん学園防衛の主力にもこんな敵中にいる一夏の援護など不可能だろう。一夏も全力で戦っているが、うっとうしいほどの無人機の数がそれを阻む。

 そして現在も多くの無人機が一夏を囲んでいる。一蹴するのは簡単だが、確実に時間がかかる。そうなれば結局マドカの思う壺だ。

 一夏にも焦りの色が強くなる。

 

「こうなったらイチかバチか……! 白兎馬、アレを使……」

『警告。上空に未確認反応』

「っ!? 新手か!?」

『解析完了………友軍デス』

 

 瞬間。

 一夏の周囲にいた無人機が上空から放たれた弾丸に貫かれた。それに驚く間もなく、次々と雨のように弾丸が降り注ぎ、それらが正確に無人機たちを射抜いていく。この事態に一夏は銃撃を放ったと思われる人物がいる方へと目を向ける。

 

「あれはっ………シャルか!?」

 

 上空から現れたのは、合計六つの重火器を展開して乱射するシャルロットだった。シャルロットは一夏と目をあわせると、ニコリと花のような笑みを浮かべた。

 

「やぁ一夏。苦戦してるみたいだね。援護はいる?」

「なんでここに……!? いや、それはあとでいい! 援護を頼む!」

「任せて!」 

 

 

 突如として現れたシャルロットがマドカへと突撃する一夏の援護を開始する。一夏の後ろ上方へと陣取ったシャルロットが重火器複数展開による圧倒的な物量の弾幕を張る。それぞれが高威力の重火器であるため、無人機といえど直撃を受ければ手足がふっとぶほどの威力がある。セシリアのような的確な狙撃ではなく、数は力、数撃ちゃ当たるというように出し惜しむことなく撃ち続けている。高性能なウェポンジェネレーターを搭載するシャルロットの『ラファール・リヴァイブtype.R.C.』は過剰使用しない限り基本的にエネルギー兵器の弾切れはない。

 

「数だけは多いね!」

 

 右側面から迫る無人機を視認したシャルロットが右手に持つビームマシンガンの銃口を向ける。それと連動して背部の徹甲レーザーガトリング砲と肩部のレールガンも同時に照準を定める。そしてシャルロットのイメージでそれらのトリガーが一斉に引かれた。

 貫通力の高いレーザーガトリング砲とレールガンによって四肢が砕かれ、ビームマシンガンの弾幕によりその動きを止めて最後には爆散する。

 まだ数が多い無人機に対し、搭載されている武装の中から十六連ミサイルユニット二機を展開すると一夏の前方に固まる無人機群に向かって一斉発射。側面から一夏へと迫る機体には続けて弾幕による牽制を行う。

 

「今だよ一夏!」

「わかった!」

 

 シャルロットの援護を受け、一夏と白式が水を得た魚のように勢いを増していく。味方の援護があるだけでその勢いの差は歴然であった。

 そんな一夏を止めようとマドカが舌打ちしながら無人機をけしかけるが、シャルロットがそれを許さない。乱射しているとは思えないほど的確に無人機を撃ち落としていく様は、まるで見えない壁が一夏を守っているかのようだった。

 

「一夏、前だけ見て! 後ろは僕が守る!」

「信じているさ!」

 

 すれ違いざまに一機を真っ二つに斬り裂きながらも一夏は止まらない。

 

 頼もしい援護を受けた一夏はただ前を見て戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「があぁっ!?」

 

 背後に直撃を受けて平衡感覚を失ってしまう。気合で意識を保ち、ギリギリで追撃のビームを辛くも回避するも、続けて放たれる極光に鈴は追い詰められていた。

 すでに機体は限界だ。オータムの『アラクネ・イオス』との戦闘で機体性能は半分以下にまで低下している。まるで鉛を纏って戦っているようだった。

 そんな機体の全身に龍鱗帝釈布を巻きつけてなんとか最低限の機動性を無理矢理に生み出している。まるで拘束されているかのような姿だが、全身に纏うことで防御にも役立ててしぶとく戦闘を維持していた。

 

 しかし、それもとっくに限界だった。それどころか、粘っている分鈴自身にダメージが蓄積されていく。絶対防御でも衝撃までは防げない。冷静に自己診断しても、肋骨もいくつか折れているし、無理して動かしていた右腕の感覚も遠くなっている。このままでは嬲り殺しが目に見えているが、それでも鈴は戦うことをやめない。

 勝てなくても、ここで戦っている限り一夏や簪、本隊の敵の数を減らせることができる。鈴は己の現状を冷静に受け止め、一秒でも多くここで敵機を惹きつける囮役になると決めていた。

 

「さすがに、これ以上は限界かしらねぇ……!」

 

 気合と根性で三機の無人機は落としたが、一機落とすごとにISが悲鳴を上げた。これ以上は『甲龍』も鈴も耐えられないだろう。しかも、新型と思われる高速飛行型の無人機が厄介過ぎた。『甲龍』の機動性以上の速さでヒットアンドアウェイを仕掛けてくるタイプの無人機に、武装のほとんどを失った鈴は攻撃を当てることすらできない。

 そして、今まさに正面と左右の三方向から高速機動型の無人機が突っ込んでくる様が見えた。三機の同時攻撃を防ぐことはできないだろう。もう動かなくなった右腕を必死に動かそうとしながら、鈴はどこか観念したように苦笑した。

 せめて一機とは相討ちになってやると最後の一撃を放とうと構えるが、それは無駄な行為だった。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 なぜなら、その三機は鈴の目の前でバラバラになって爆散したからだった。

 いきなり破壊された無人機にわずかに唖然とするも、ハイパーセンサーに一瞬映った影が鈴の意識を覚醒させた。

 

「あれは……」

 

 その影は残像すら残さないような速さで無人機たちの間を稲妻のように駆け抜ける。その軌跡に青白いバーニア炎を残しながら、ジグザグに不規則な動きで無人機を翻弄しながら次々と屠っていく。

 その影を鈴は知っていた。

 それが来ると信じていた。だが、まさかここまで早く来てくれるとは思っていなかった。

 

「はは……」

 

 戦場にいながら、鈴は安堵した。それは、あの影に対する信頼にほかならなかった。

 やがて周囲の無人機を一掃したその影が瞬間移動でもしたかのように鈴の目の前に現れる。黒い装甲に青白いエネルギーラインを持ち、蝶の羽のようなバーニア炎を噴かしながら滞空している。そのIS―――『オーバー・ザ・クラウド』を纏ったラウラが、不敵に鈴に微笑みかけた。

 

「苦戦しているようだな。手を貸そうか?」

「バーカ、あんたのために残しといてやったのよ」

「そうか。ではあとは私に任せろ。…………よく、守ってくれた」

 

 労うように感謝するラウラの言葉に鈴はただ笑って返した。それを受けたラウラもまた穏やかな笑みを浮かべる。そして戦士の面構えへと表情を一変させたラウラが、この周囲に残っている無人機を殲滅させようと再び超高速機動へと入った。

 再び視界から消えたラウラを見送った鈴が、ほっと安堵の息を吐いた。

 

「ラウラが来たってことは、あいつらが来たってことね。あたしの仕事はここまで、か………」

 

 目的は果たせた。あとは友に任せればいい。こうなれば、意地でも生還しなければ情けないだけだろう。

 

 

 ――――ああ、でも、なんか疲れたな、……すっごく。

 

 

 鈴は穏やかに目を閉じ、そして意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 IS学園の遥か上空に、一隻の船が浮かんでいた。しかし、その船の外観は空に溶けるように偽装され、その全貌がまったく見えない。

 だが、その規模は軽く見積もっても百メートルでは収まらない大きさだった。

 レーダーからも目視からも隠蔽するステルスモードのその正体不明の船――――IS運用母艦『スターゲイザー』の出撃ハッチから、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を纏ったセシリアがはるか眼下の戦場を見下ろしていた。

 

「どうやら、先遣の三人は間に合ったようですね」

 

 状況から救援が必要と判断したセシリアが、それぞれにアイズ、シャルロット、ラウラの三名を先行させたのだが、それは間違っていなかったようだ。さすがにすべての無人機を破壊するには手こずるだろうが、救援自体は成功だろう。

 あとは、この戦況を覆すだけだ。

 セシリアは背後へと向き直り、そこで待機している十数機にも及ぶIS『フォクシィギア』を纏った少年少女たちに目を配る。

 

「さて、わかっていると思いますが相手はあの忌々しい亡国機業の尖兵です。私たちの目的のため、どうあっても倒さなければならない………紛れもない敵です」

 

 聞いているその者たちはセシリアの言葉を噛み締めるように頷く。

 

「こうして表舞台にたつ意味を、今更言うまでもないでしょう。そして舞台に上がったからには、私たちの役目はただひとつ…………すべて、蹴散らしなさい。それが私たちの役目です」

 

 セシリアの言葉に感化されていくように、戦意が高揚する。熱気にまで高められたそれを発散させるかのように、セシリアがスターライトMkⅣを片手に号令をかける。

 

 

「カレイドマテリアル社直属部隊【セプテントリオン】………只今をもって介入行動を開始します!」

 

 

 

 

 




アイズ来た! これで(ry……回でした。

更新遅くなりました(汗)仕事がいろいろ修羅場ってました。

今回からとうとうアイズたちが参戦します。久々にアイズを書けたぞ(苦笑)
そしてカレイドマテリアル社の誇る部隊がとうとう表舞台に出ます。部隊名セプテントリオンの由来は七星(SEPTENTRION)から。アイズたちがなぜ短時間で救援に来ることができたかなどはまた次回以降に解説が入ります。
あと途中でカレイドマテリアル側から見た捕捉エピソードを挿入すると思います。

暑さも本格化してバテそうです。皆様も体調にはお気を付けて。

それではまた次回!




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Act.69.5 「戦いの地へ」

 時は亡国機業によるIS学園襲撃より前に遡る。

 

 魔窟と呼ばれるカレイドマテリアル社所属のアヴァロン島。研究施設でありながら、島単独でもある程度の自給自足が可能な機能を有し、厳重に防衛されたここは軍事基地にも匹敵する。

 島内部も数々の生活施設や娯楽施設があり、ほとんど小さな町といっても過言ではない。多くの人間がここで暮らし、その中枢である技術部では束を筆頭にした研究者たちが日夜世界を置き去りにするようなものを開発し続けている。

 

 そんな島で最も大きな建造物である技術部本部施設の一角にある道場ではIS試験部隊のメンバーが勢ぞろいしていた。

 この道場は畳敷きで、まるで柔道場のようである。それも間違っておらず、実際にアイズはここで束から柔術を習っていた。如何にIS乗りとはいえ、身体は資本だ。日々肉体を鍛えることも訓練に入っている部隊の面々はこうした場で自身の技量を高めていた。

 そしてモチベーションを高める催しとして、定期的に部隊内での最強決定戦を行っている。決定戦といっても行う種目はそのときによって様々だ。狙撃戦、格闘戦、隠密、知識、戦術シミュレーション、様々な種目で競い合うイベントのようなものだ。もちろん、誰一人として手は抜かないためにそのレベルはかなり高い。シャルロットやラウラも今でこそ順位を伸ばしているが、入隊直後はほとんど底辺だった。

 部隊員たちは半数ほどは一芸特化な人間であり、総合トップのセシリアでも近接格闘におけるランキングではベスト5にも入っていない。

 

 そして今回行われているのは、ISを使わない生身での近接戦であった。武器の使用は飛び道具を除き自由。先に一撃を与えたら勝ちという単純なルールで行われていた。

 そして現在勝ち残っているのは四名。

 

 その一人、近接ランキングトップに君臨するアイズが、現在近接ランキング三位のリタと対峙している。アイズは長刀と短刀を両手に構え、リタは日本刀を手にしている。そんな二人を囲むように他の隊員たちが二人の戦いを見守っていた。

 シャルロットとラウラも壁際で汗を拭きながら二人から目を離さずに注視している。

 

「やっぱり近接戦だと最後に残るメンバーは決まってるよね」

「そうだな。私も七位まで順位を伸ばしたが、トップスリーは完全に別格だ。姉様は当然だが、リタも十分化け物レベルだ」

「僕なんて二秒で瞬殺されたよ……」

 

 リタ。部隊内でも比較的おとなしく口数の少ない少女で、年齢はシャルロットたちと同年代にあたる。赤茶色の髪の毛を束ねており、よく道着を好んで着ることからサムライガールなんて呼ばれている。部隊では前衛に位置し、射撃は底辺だが剣の扱いならトップレベルに食い込む典型的な近接タイプだ。日本文化、特に時代劇に傾倒し、日本には未だにサムライが存在すると勘違いしている少し残念な子だが、その実力は近接戦に限るとはいえ、国家代表クラスに届く実力者だ。

 そんなリタが目の前で対峙するアイズに仕掛ける。

 地を這うように体勢を低くしながら間合いを詰め、剣の間合いに入った瞬間に抜刀。凄まじい速さで一閃するも、アイズは正確にその軌道を見切って回避する。それを承知していたであろうリタが追撃をかけるも、その全てはアイズに防がれる。しかしシャルロットなら初撃で倒されているレベルの剣戟である。

 

「やっぱり、当てるのは難しい……」

 

 動きを止めたリタが舌打ちするようにぼやく。声は平坦だが、悔しさが滲んでいる。アイズはヴォーダン・オージェの適合率をただ視力が回復する程度の値まで落としているので、これは純粋にアイズとの技量差であった。

 

「でもリタちゃんもまた早くなったよね? ちょっとひやっとしたよ?」

「今度は斬る」

 

 再び刀を鞘へ納刀して抜刀術の構えを取る。このリタ、近接タイプでも珍しい抜刀術を主力として戦う剣士である。なので彼女の扱うこの模擬刀もちゃんと鞘走りができる特注品であり、さらに彼女の専用装備としてISでも抜刀術が使える特別なブレードが用意されている。彼女に限らず、一芸特化の隊員にはこうした専用装備が支給されていることが多い。

 リタが静かに闘志を燃やしながら構える。アイズもそれに応えるように両手の剣を構えた。

 

「でも、ボクもまだ負けるわけにはいかない」

 

 穏やかなアイズも、こと接近戦においては誰にも負けないという決意をしている。なにより、シールという己の運命の具現ともいうべき敵を得たことでその思いはずっと強くなっている。

 ヴォーダン・オージェの力を借りなくても、アイズは負ける気など微塵もなかった。

 

「………」

「………」

 

 互いがジリジリと間合いを詰める。相手の間合いギリギリの位置でじっと視線を合わせ、静かにその時を待つ。二人の放つピリピリとした闘気が道場全体を覆う。

 そんな膠着状態から一分が経つかというとき、アイズが右手に持った長刀をわずかに振り上げる挙動を見せた。

 

「ッ……!!」

 

 その動きを見たリタが反射的に動いた。滑るように身体を沈ませながら間合いを詰め、同時に抜刀へと繋げる。今からでは間合いから離脱することなどできないアイズであったが、逆にアイズも間合いを詰めるように一歩を踏み出した。

 リタが抜刀すると同時にアイズが左手の振るう。

 ガツン、と思い衝突音が響き、リタの表情が驚愕に変わる。その隙を逃さずにアイズが右手の長刀をリタへと振り下ろし、その首筋に当たる寸前で止められた。

 

「そこまで!」

 

 審判役をしていたセシリアによって勝負の決着が言い渡される。文句なしでアイズの勝利である。周囲からもその一瞬の攻防に感嘆する声が上がっている。

 決着がついたことで互いに離れ、アイズとリタが礼を交わす。勝負が終わり、いつものようにふわふわした雰囲気に戻ったアイズがニコニコとしながらリタと握手をしていた。

 

「また、負けた。今回こそはと思ったのに」

「ふふ、ボクもまだトップを譲る気はないからね」

「でも、もうあんな手は通じない」

 

 かなり本気で勝ちにきていたのだろう。リタはあまり動かない表情でも、かなり悔しがっているとわかる。

 あの刹那、リタもアイズが間合いを詰めてきたことから誘われたと理解したが、それでもまさか抜刀する直前に刀の柄尻を短刀の突きによって封じられるとは思っていなかった。そのために刀を振るうどころか抜刀することすらできずにあえなく負けてしまった。

 リタは次こそは勝つと宣言して下がっていく。そして代わるように前へと出てきたのは華奢な体つきの少年であった。

 

「お疲れ様です、アイズさん。でも、もう一戦付き合っていただけますか?」

「もちろんだよ、キョウくん」

 

 キョウ、と呼ばれた少年は朗らかな笑みを浮かべながら剣を構える。

 近接ランキング第二位、藤村京。部隊内でも最年少の15歳でありながら総合ランクでも八位に位置する実力者である。先程の表情の乏しいリタと比べ、京はニコニコとした笑みを浮かべ、人畜無害そうな雰囲気はどこかアイズと似ているところがある。お互い童顔というのも似ている。

 今回の部隊ランキング戦の決勝戦。アイズの相手は先程近接ランク第四位のアレッタを破り勝ち上がった京であった。

 

「今回こそ勝たせていただきます」

「さっきも言ったけど、ボクもまだ譲る気はないよ」

 

 中央で対峙する二人がそれぞれ剣を掲げて軽く打ち合わせる。はじめの合図はない。今この瞬間から戦闘開始となる。

 この二人による決定戦はもはや恒例だった。先のリタもかなりの実力者であるが、アイズと京は別格であった。

 

「やっぱりこうなるんだ」

「京も強いからな」

 

 今回のランキング戦で京に敗北したラウラが少々不機嫌そうに顔を顰めながらも、その実力を認める。アイズも京も小柄で一見すれば弱そうに見られる容姿だが、その技術は天性のものだ。アイズも京も、努力を怠らないためにその剣技は芸術のように言われるほどだ。

 

「行きます」

「おいで」

 

 京が仕掛ける。リタと違い、京はアイズと同じく手数によるラッシュを仕掛けるタイプだ。敏捷性に優れ、軽やかな身のこなしから放たれる剣は変幻自在。まるで曲芸のような動きで相手を翻弄するため、軽業師と言われる少年だった。

 そして超能力級の直感による危機回避力と状況対応力を持つアイズとの戦いは、自然と激しい剣の打ち合いへと発展する。

 初撃はあえてまっすぐに、それを受け止められると即座に手首の返しだけで軌道を変えて突きへと変化する。それを察したアイズが首を捻って回避しつつ長刀で薙ぎ払うも京も跳躍して回避。着地までの間に三合の打ち合い、そして着地と同時に小手狙いの斬り上げ。アイズがそれを短刀で弾くとその弾かれた勢いのまま刀を回転させての振り下ろしへと繋げる。

 目にも止まらぬ連続攻撃だが、アイズもその全てを受け止め、捌いている。

 

「さすがです、アイズさん」

「ふふん、アイズお姉さんと呼んでもいいんだよ?」

「はい、アイズお姉さん」

 

 にこやかな会話をしながらも二人は止まらない。今度は次第にアイズも攻性に出るようになり、ますます二人の戦いは激しさを増していく。

 

「おのれ、姉様とあんなじゃれて……!」

「ラウラ、嫉妬するとこ違うと思うよ」

 

 自他共に認めるアイズの妹であるラウラが妙な嫉妬をすることにシャルロットが苦笑している。しかし、こうした感情を顕にするラウラも、初めて会ったときと比べれば随分と年頃の少女らしいと思い、シャルロットも嫌には感じなかった。

 そしてそうしているうちに、アイズと京の戦いも終着へと向かっていく。アイズが守勢を止めて逆に京へと仕掛け始めたのだ。如何に変幻自在とはいえ、攻撃の隙は必ず存在する。そしてアイズはそれを突くことが部隊の誰よりも長けている。

 

「くっ……!」

 

 京も笑みを浮かべる余裕がなくなってきており、その顔は苦しいものへと変わっている。逆にアイズはただただひたむきに剣を振るい続ける。ただ一念を通すように、アイズの表情には油断も余裕もない。喜怒哀楽の感情をバネにするアイズだが、集中すればするほどにアイズの精神は揺ぎのない磐石なものへと変化する。こうしたメンタルの強さは間違いなくトップだろう。

 そんな精神は身体へと伝わり、付け入る隙のないものへと昇華される。これが、アイズが近接戦闘最強の所以でもあった。

 

「終わりだよ!」

 

 着地の硬直を狙って振るった右の長刀が京の得物を弾き飛ばした。そして同時に左の短刀を突きつけてチェックメイト。

 セシリアがコールする前に京が両手を挙げて降参を宣言した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「結局アイズお嬢様の勝ちでしたね。これで何連勝でしょうか?」

 

 部隊の副隊長を務めるアレッタがそう言ってアイズを讃える。ややお堅い性格のアレッタはアイズもお嬢様呼びをするのだが、アイズとしては普通に「アイズ」とか「アイズちゃん」と呼んで欲しいなといつも思っていた。

 

「姉様はこれで七連覇です」

 

 そしてアイズの隣の席に陣取ったラウラが自分のことのように自慢げに答える。アイズの横はもはやラウラの定位置だった。そんなアイズとラウラの目の前にはほかにも四人の姿が見える。

 訓練後のブレイクタイムではいくつかのグループに分かれての反省会となっていた。セシリアは報告書の提出などで席を外しているが、その他の部隊員はみんなこの食堂へと集まっている。アイズも軽食をしながら近接戦上位陣と意見交換を行っている。

 ちょうどこの卓にいるのはアイズ、ラウラ、シャルロット、そしてアレッタ、リタ、京の六人だ。大皿に盛られたサンドイッチをそれぞれ口にしながら和気藹々と意見を交わしている。

 

「そもそも、その目を使わなくても回避がおかしい。なんで死角からの抜刀術を捌けるの?」

「えーと、勘?」

「もう目を閉じていても勝てるんじゃないですか?」

「まぁ、極限まで集中すれば自信がないわけじゃなかったり」

「さすが姉様です! ミルクをどうぞ」

 

 目隠しをしたアイズにミルクを差し出すラウラ。見えているとしか思えないほど正確に気配だけでそれを受け取るアイズ。

 いろいろと規格外な連中しかにないこの部隊でもやはりアイズはいろんな意味で別格であった。

 

「うーん、毎日飲んでるけどなかなか大きくならないんだよなぁ」

 

 密かに自分の背丈の小ささを気にするアイズ。いろいろと背を伸ばそうと頑張ってはいるのだが、どうにもうまくいかない。ここ数年、ほとんど身長は伸びていなかった。もしかしたらヴォーダン・オージェに栄養を取られているんじゃないかと本気で考えたくらいだ。

 

「姉様は今のままでも十分素敵です」

「ありがと、ラウラちゃん。ラウラちゃんもすっごく可愛いよ」

「また始まった。アレッタ、どうにかして」

 

 リタが飲んでいるお茶が甘くなるからどうにかしろと口を尖らせるが、アレッタも、そしてシャルロットや京も苦笑するだけだった。アイズとラウラの姉妹愛はもう恒例行事みたいなものだった。

 

「で、でもやっぱりみんなすごいよね。僕なんて近接戦なんて底辺だし」

「でもシャルロットさんは砲撃支援では常にベスト3に入るじゃないですか」

「私とか、キョウも、射撃系は適正ないし。総合じゃ半分より下」

「そう考えると、やっぱりアレッタさんが安定してますよね」

 

 後衛指揮の多いセシリアに対し、前衛で指揮を務めるのがアレッタである。副隊長を担うだけあり、セシリアに次いで総合二位に位置している。セシリア不在のときの部隊のまとめ役なだけあり、その能力バランスは近接寄りのハイスペックなオールラウンダーだ。接近戦と限定しなければリタも京もアレッタには敵わない。そんなアレッタがいるからこそ、一芸しかないリタも京も安心して最前線で暴れられるのだ。

 もっとも、秘匿部隊ゆえに局地的な戦闘しか経験しておらず、大規模な戦闘を想定しているとはいえ、未だにその機会は巡ってこない。

 

「改めてこの部隊はすごいってわかるよ」

 

 シャルロットがしみじみと言うが、既に常識人であったはずのシャルロットもこの部隊に毒されてきていることをなんとなくだが自覚していた。特に束の作る数々のオーパーツに驚きすぎて、そんじょそこらのものではもう驚かない鋼の平常心を獲得したような気さえしていた。

 

「シャルロットも、波乱万丈? 肉親からスパイ行為を強要、男装、そこからイリーナ様の養子、令嬢、そして未来の暴君。………うん、すごい」

「いや、あの、最後はなんなの?」

 

 パクパクと止まることなくサンドイッチを口に運びながらリタが平坦な声でシャルロットの境遇を語る。暴君になるかどうかはこれからだろうが、教育があのイリーナという時点でいろいろと危うさを感じるのは確かであった。

 

「まぁ、みんないろいろ苦労してるもんね」

 

 そういうのは、苦労などという言葉では温すぎるほど凄惨な過去を持つアイズである。そんなアイズが世間話程度の気安さで言うのだから皆もそれ以上はなにも言えない。ただ、横のラウラだけはそんな姉を心配してテーブルの下でアイズの手を取ってぎゅっと握り締めた。

 そんな気遣ってくれる可愛い妹に、アイズもにこりと微笑み返す。

 

「まぁ、私も、キョウも、自慢できる人生なんてないし」

「あれ、そういえば二人はどうしてこの部隊に?」

 

 アイズやラウラ、それにシトリーといった何人かの境遇は聞いたことがあるが、リタと京の事情は聞いたことがなかった。この部隊にいる人間は大抵暗い過去や、凄まじい体験をしているためあまりこうした話題は振らないのであるが、リタが気軽そうに言うのでシャルロットもつい聞いてしまった。

 

「私は両親に売られそうになったところを拾われて。あ、実際売られたんだっけ」

「重いよ!?」

「僕も似たようなものですね。旅行先で捨てられまして。普段冷たい母さんが愛人と一緒に僕を旅行に連れて行く時点でおかしいと思ったんですよ」

「うわぁん、ごめんなさい! 気軽に聞いてごめんなさいー!」

「大丈夫、このくらいの事情はまだマシだから」

「そうですね、可愛いものですよ」

「他の皆はどんだけなの!?」

 

 シャルロットはやはりこの話題は鬼門だったと後悔する。自分も当時は世界で一番不幸だなんて思ったときがあったが、こんな話を聞けば少なくとも母親に愛されていた自分はまだ幸せだったと思ってしまう。

 

「だが、IS乗りにならない選択もあったのではないか?」

 

 ラウラが空気を読んだのか読んでないのかわからないが、そんな質問を口にする。

 確かにカレイドマテリアル社、そしてオルコット家が経営している孤児院などではそんな事情がある子供を教育して社会に送り出す支援を行っており、普通の生活をすることが可能だった。実際にそんな子供も大勢いる。

 しかし、リタも京もこの部隊にいるということは、そう志願したことを意味している。この部隊は実力がなければ入れないが、そもそも入隊意思があることが第一条件なのだ。

 

「たくさん食べるため」

「面白そうだったので」

「急に安っぽくなった!?」

 

 部隊内のツッコミ役としての地位を確立しつつあるシャルロットの叫びにアイズがケラケラと笑った。

 

 

 

 ――――――そんな時だった。

 

 

 

 

 

『Emergency emergency. 試験部隊総員に告げる。部隊員は十分後に第一種戦闘装備にてエレベーターホール前へ集合せよ。繰り返す――』

 

「ッ!?」

 

 食堂内の空気が変わる。突然のエマージェンシーコールに緊張が走るが、すぐさま年相応の顔から戦士の顔へと変わる。そして示し合わせたように全員がロッカールームへ走った。

 いったいなにがあったのか、なんてあとで知ればいい。第一種戦闘装備、それは現時点で最高戦力を揃えることを意味する。各々がそれぞれカスタマイズされたフォクシィギアを携え、IS用インナースーツの上からさらに防弾、防刃ベストやナイフが仕込まれたブーツやガントレットで身を固め、完全装備で指定された場所へと向かう。

 命令から八分後には全員が準備を整えて指定されたホールに揃う。そこには同じ装備をしたセシリアが待っていた。

 

「皆、揃いましたね? 簡潔に状況を説明します。つい先程、亡国機業がIS学園へ侵攻したことが確認されました」

 

 その言葉に、特にアイズ、ラウラ、シャルロットが驚く。この三人はIS学園に通っているために当然知り合いも多くいる。そんな学園が戦場になると聞けば平静でなどいられなかった。

 

「もう間もなく開戦するでしょう。しかし、無人機の数は未確認ですが、相当な数が投入されるようです。そして指揮官機も当然いるでしょう」

 

 アイズの脳裏に浮かんだのはシールであった。その予感は、おそらく正しいとアイズの勘が言っていた。

 

「現時点をもって部隊名を【セプテントリオン】と呼称し、部隊全員でこの戦いに介入します」

 

 そのセシリアの言葉に全員が驚愕の表情を浮かべる。この秘匿部隊は表に出れば多くの問題を引き起こすとすら言われるほどの爆弾だ。新型のISや装備もそうだが、なにより男性に適合できるコアがあることが明らかになる危険がある。当然フルスキン装甲で正体を隠すことができるが、それは絶対ではない。そしてもしそれが明かされれば、世界は間違いなく揺れる。

 

「………皆、思うことはあるでしょうが、これは正式な決定事項です。もちろん、正体は隠します。IS学園に籍を置く者以外は現地の人間との接触は極力避けてください。しかし、あくまで第一目的はIS学園の防衛です。ある程度のことは、各自の判断で行動してください」

 

 どうやらイリーナ、そして束も本気のようだ。いつかは来ると知っていたが、今がまさに、この部隊がはじめて表舞台へと上がるときであった。

 

 だが、ここで問題もある。

 

「セシィ、でも間に合うの? ここからIS学園までかなり距離があるけど……」

「それは、まぁ、束さんが用意してくれました」

 

 どこかはっきりしないセシリアの言葉に首をかしげるが、その意味はすぐにわかった。顔をひきつらせたセシリアの案内で隊員たちが大型エレベーターに乗り込む。そしてエレベーターの端末になにかのパスコードを入力すると、エレベーターが地下へと降りていく。そしてそのエレベーターは表示されている最下層の地下エリアを通り過ぎてさらに下層へと降下していった。

 全員が疑問に思いつつ、ようやくたどり着いた未知のエリアへと到着する。格納庫と思しき広大な空間に座していたのは、――――――巨大な戦艦であった。

 

「な、なにこれ……っ!?」

「う、宇宙船?」

 

 薄暗い空間で全貌は確認できないが、それでも予想されるその大きさは想像を絶するほどだ。さすがにこんなものを見せられれば絶句する人間も多い。

 

「も、もしかしてこれが束さんの言ってた………」

「そうだよアイちゃん!」

 

 目を金色にしたアイズが口をあんぐり開けながら巨大艦を見上げているとその背後から束が現れた。束は白衣をなびかせながら全員の前へと歩み出る。

 

「来たね皆! もうセッシーから状況は聞いたね? いろんな説明はあとでするからとりあえずコレに乗って。IS学園までワープするから」

 

「「「「え?」」」」

 

「え?」

 

 さりげなく言った束の言葉に全員がぎょっとする。ワープ。たしかに束はそう言った。

 

 ワープってあれか。距離を一瞬でゼロにするSFの代表みたいなあれか。え、うそ、マジで? ………と、そんなことを全員が思った。

 

「あ、ワープに驚いてる? まぁ現象的に似たようなもんだからってだけだから!」

「あ、やっぱできるんだ」

 

 束の背後ではセシリアが頭を押さえていた。セシリアでさえ、つい先ほどこの艦を教えられたためにうまいフォローもできないでいた。なのでいろんな過程はもうどうでもいいとして結論だけを優先することにする。

 

「とにかく、これを使えば短時間でIS学園まで行ける……ようなので、全員、戦闘準備をしつつ艦内で待機をしてください。驚くのは、全部終わってからにしてください。私はそうします」

 

 やはりこれまで訓練を受けてきた面々はこれまでの発明の中でも最高に規格外なこの艦への疑問を忘れるように意識を切り離す。セシリアの言うとおり、驚くのはあとでもいい。

 今必要なことは、これから戦いに行くという事実だけだ。

 

「でも、イリーナさんもよく許したね? ボクたちの部隊を使うことも、それにこんなすごい船を出すことも」

「私も緊急連絡を受けただけなのでそのあたりの事情はわかりませんが………なんだか相当キレてましたね、イリーナさん」

「なにかあったのかな? ……おっと、今は集中しなきゃね!」

 

 そうしてこの巨大艦………IS運用母艦『スターゲイザー』へと乗り込んだ面々がISの機体調整をする中、操舵室でもあるコントロールルームに束が足を踏み入れた。本来なら専用のクルーがいるのだが、まだ習練中であるため今回の出撃では束がすべてのコントロールを担うことになる。

 束が専用機であるIS『フェアリーテイル』を纏うと、スターゲイザーのシステムとコネクト。完全に艦のコントロールを掌握すると同時に艦の発進のための進路が展開する。巨大なゲートが開き、発進シークエンスへと移行する。

 

「束さん」

「お、アイちゃんどったの?」

 

 アイズがコントロールルームに姿を見せる。その隣にはセシリアもいた。

 

「こんなすっごいのを作ってたなんて知らなかったですよ」

「あはは、ごめんね。イリーナちゃんに最高機密って言われててね。まぁ完成したら教えるつもりだったんだけどねー」

「ところで、試験運用は?」

「ん? 今からだけど?」

「……ですよね」

 

 いつもの束にセシリアが苦笑する。束を疑うわけではないが、これほどの艦をぶっつけ本番で使うことにはさすがに大丈夫かと思ってしまう。そんなセシリアとは対称的にアイズは文字通りに目を輝かせて束と笑い合っている。この二人にとってはまさに夢の船ともいえるものだ。

 

「さて、イリーナちゃんの気が変わらないうちに発進するよ。じゃあアイちゃん、号令をお願いできるかな?」

「え? ボクが?」

「アイちゃんにしてほしいな」

「……この船の名前は?」

「“星を見つめる者”………この子の名は、スターゲイザー! アイちゃんと一緒に、星の海を往くための仲間だよ!」

「スター、ゲイザー……!」

 

 感激したようにアイズが身を震わせる。本当なら両手を振り回して走り回りたいほどにアイズは喜びに満ちていた。

 だが、今はまだダメだ。この喜びは、アイズの大好きな親友たちを助けたあとに、みんなと一緒に味わいたい。アイズが表情を引き締めて束の横に立つ。

 今はまだ戦うために、でも、その先のために。アイズは新たな仲間に命を吹き込む号令を発する。

 

「発進準備すべて完了! アイちゃん!」

「うんッ! スターゲイザー、発進っ!」

 

 

 

 ―――かくして、世界を揺るがす船が海の底、そのさらに地下深くから無限に広がる空へと飛び立った。

 

 今はまだ戦いのために。

 

 そしてその先にある、夢のために。

 

 

 




イギリスサイドの話でした。IS学園戦が終わったあたりでもう一度イリーナサイドの裏話の捕捉が入ります。具体的にはなんでイリーナが部隊投入とスターゲイザー使用を許可したのか、そのあたりの話になります。スターゲイザーのワープもどきの能力解説もそのあたりになります。

本格的に部隊が投入されますので、このあたりからオリキャラが増えていきます。



セプテントリオンメンバー簡易紹介

・リタ
 セシリアたちと同年代の少女。部隊では前衛主力の一人。かつて両親に売られたところをカレイドマテリアル社に運良く保護される。無表情で感情表現が苦手。その実かなりの負けず嫌い。部隊内近接戦ランキング三位。生身、IS、共に抜刀術による戦いを得意とする変わり者。部隊一の大食いで入隊理由は自分を救ってくれた恩返しの他に、高給料で美味しいものをたくさん食べるため。

・藤村京
 部隊では最年少の15歳の少年。日本人。いつもニコニコしており、リタと違ったベクトルで感情が読みにくいタイプ。十年ほど前に母親から旅行でやってきたイギリスの裏路地に置き去りにされた過去を持つ。日本では行方不明のままになっている。軽業師と呼ばれるほど高い身体能力を活かして戦う。近接戦ランキングもアイズに次ぐ二位。単純に面白そうという理由から入隊したと言っているが本心かどうかは定かではない。


他のメンバーもときどき載っけていきます。もう原作とは大分違ったストーリーになります。いや、今更か(苦笑)

それではまた次回に!





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Act.70 「反撃の狼煙」

「やぁあっ!」

「ハアっ!」

 

 幾重もの剣閃が交わり、弾ける。

 

 灼熱に焼けたIS学園を舞台に、金色の瞳が再び交わった。

 

 回避に専念すれば互いに千日手となる膠着状態に陥ってしまう。それを理解している二人は回避を最低限に、そしてあえて被弾を受容することで無理矢理にでも隙を作らせる消耗戦へと発展していた。

 絵画に住んでいるような美しい天使を模した姿をしたシールだが、簪と楯無との戦いのダメージからか、ところどころの装甲が焦げており、シール自身もわずかであるが疲労の色が見える。それでも、どこか嬉々とした表情をしながらアイズへと襲いかかる。

 会うたびに少しづつ感情が見えてくるシールに対して、アイズも少しづつ変わってきていた。

 

 シールに対するアイズの思いは、会うたびに、シールを知るたびに、コロコロと感情が転がっていく。まるで坂道を転がっていくように止まることなく、戸惑い、怒り、悲しみ、そして覚悟した。

 

 アイズは思う。運命が形を持つなら、きっと目の前のようなカタチをしているのだろう、と。汚れのない純白が人の形となったようなシールが、超常の瞳を輝かせて自分を見つめてくる。

 その瞳を見つめていると、まるで深淵を覗くような危機感と同時に不思議な親近感を覚える。そして、これまで何度も殺し合いに等しい争いをしてきた相手だというのに、今では確信していることがある。

 

 シールは、アイズを憎んではいない。

 

 自惚れでなければ、友達になれるかもしれない、と思うほどには嫌われてもいない。悪意による人体改造とその末の逃亡を果たした経験から、敵意や悪意といったドス黒い感情というものは言葉にしなくてもわかってしまう。その反対に、好意もしっかりわかる。だからこそ、アイズは愛されていることに精一杯の感謝をしている。まぁ、その好意の内容に鈍いことはアイズらしいというべきところだろう。

 

 ともかくとして、最近になってようやく整理できてきたアイズの心の内で、ひとつの結論が現れた。

 

 

 

 

 ―――ボクは、シールを知りたい。そして、ボクを知ってほしい―――。

 

 

 

 

 まるで友達になりたい、と願いに似ているが、そんな気軽な気持ちでは決してなかった。

 

 シールの出生を知った。アイズは悲しかった。自身が苦しんだ過去の結果がその否定をしたから。

 

 シールの目的も知った。アイズは憤慨した。自分を取り巻く命になにも感じず、ただ自分の価値を他者を否定することで得ようとすることに。

 

 それでも、まだ足りない。そこにあるはずの、シールの気持ちが、まだわからないから。シールはなにを思って自分と戦うのか、自分を倒せば、本当にそれが正しいと思っているのか、迷いはないのか、葛藤はないのか、無機質に装うあの態度の裏でなにを思い戦っているのか、それを知りたい。

 

 そして、アイズもシールに知ってほしい。

 アイズの生きた足跡を。アイズが未来に願う夢を。アイズが愛し、憎んでいるものを。

 アイズは純粋無垢だとよく言われるが、そんなことは決してない。おそらく同年代の少女たちと比べても比較にならないほどの妬みや憤りを抱えていると思っている。

 そんなものまでぜんぶ含めてアイズは一人の人間として成り立っている。自身の思い出したくもない過去や醜態も全部受け入れて自分だと納得したのは、今から数年ほど前だっただろうか。アイズは自覚はしていないが、その時点で歳不相応の強靭な精神を手にしたといえる。アイズと関わる人間が、一見すれば人畜無害でふわふわしたようなアイズに「強い」という印象を受けるのは、大抵そうしたメンタルが理由だった。

 

 そしてそんなアイズだからこそ、理解したいと思う相手の心の内を知りたいと思ってしまう。それが心に土足で踏み込むことにもなりかねないと理解しているから、アイズから深く踏み込んだことはない。たとえそうしなくちゃいけないと思っても、まず自分の心から明かしてきた。

 

 だからアイズは、シールに対して正直な気持ちでぶつかっていた。今では怒りという感情がもっとも大きいが、それでもその奥底にはシールを理解したいという思いがあった故だった。

 アイズは、シールを知りたい。こうして刃を交える理由を知りたい。戦うしかない運命の理由が知りたい。そこに意味がなくてもいい。ただ、この出会いに納得したい。

 

 

 

 

 

 たとえ、その果てが殺し合うしかなかったとしても。

 

 

 

 

 

「シールゥゥッ!!」

「ア、イズゥッ!」

 

 互いに感情をぶつけ合うかのように、激しく猛った思いを剣に乗せる。シールはどんな気持ちで剣を振るっているのだろう。そんな疑問を抱きながらも、アイズも同じように感情を乗せて剣を振るう。

 そこに手加減も容赦もない。アイズの全身全霊をかけてシールを打倒しようと戦っている。

 

 少なくとも、今はシールと解り合うにはこの手段しか存在していない。話し合うことすら、今は意味なんてない。

 

 アイズがカレイドマテリアル社直属部隊セプテントリオンの一員である限り、シールが亡国機業幹部である限り。

 

 アイズがIS学園を守ろうとする限り、シールがIS学園を破壊しようとする限り。

 

 アイズが、そしてシールが、同じ魔眼をもつ限り。

 

 二人の運命は、戦うことでしか紡がれない。

 

 今は、まだ。

 

 でも、だからこそ、アイズは思う。

 

 この振り下ろす刃に、理由が欲しい。

 

 ああ、これは、確かにそうだ。これは、ただの。

 

 

 

 アイズの、甘えだった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「アレッタ、半数を率いてIS学園部隊の救援に向かいなさい」

「はい、お嬢様」

「私たちはIFFが無効の状態です。くれぐれもフレンドリーファイアには気をつけてください」

「心得ております」

 

 IS学園への直接的な増援に副隊長のアレッタに任せ、セシリアは海上にいる残りの無人機の排除へと向かう。セシリアが率いるのは主に射撃部隊、アレッタは近接部隊を率いている。

 特に敵味方が入り乱れているIS学園本隊への介入は友軍への事故被弾を避けるために緊急時以外、近接武器のみの使用制限をかけている。援軍とはいえ、IS学園側としては未知のISを使った正体不明の部隊としか見られないだろう。当然、IFF――敵味方識別(Identification Friend or Foe)――すら存在しないのだ。ヘタをすればIS学園側から攻撃される恐れもある。

 そんな危険がもっとも高いエリアに、アレッタはもっとも適任の二人を投入する。 

 

「リタ! キョウ! 乱戦域の敵機をすべて破壊しなさい」

 

 アレッタに呼ばれ、二機のフォクシィギアが前へと出てくる。それぞれに適したカスタマイズがされているフォクシィギアだが、この二機はそれぞれ他の機体よりも大きく目立つ差異が見られた。

 リタ機は機動性重視の軽装でありながらスラスターを多く装備しており、手に持つのは鞘に収められたひと振りのブレード。

 京機は機体の各部にブレードを納めたストレージが装備されており、一見しただけでは何本の剣を持っているのかわからないほどだ。

 

「あの鉄屑、みんな斬ればいいんでしょ?」

「なら喜んで」

 

 正体を隠すために顔まですべて装甲で覆っているが、通信からは嬉々とした声が響いてくる。きっとあの仮面の下で二人とも笑っているのだろう。

 そんな高いテンションの二人にアレッタはため息をつきながら注意する。

 

「くれぐれも敵味方を間違えないようにしてください。いいですね?」

「たぶん」

「善処します」

 

 まったくあてにならない返事をした前衛主力の二人が一番の激戦区へと突撃する。性格は少々問題があるが、実力は確かだ。アレッタは残りを率いて防衛ラインの強化へと向かう。なるべく早くこちらが味方だと理解してもらう必要があるため、まずはIS学園側の掌握が必要だ。楯無がいないためにほとんど前線指揮が機能していないため、アレッタは一時的にIS学園部隊の指揮権を握ることを決意する。

 そのためにもまずはある程度の敵機の排除が必要だ。そんな思考をするアレッタの目の前に二機のカスタマイズされたフォクシィギアが躍り出る。

 

「キョウ、どっちが多く斬るか勝負かも」

「面白そうですね。やりましょうか」

 

 そんな会話をしながらリタとキョウが無人機とIS学園側のISが入り乱れる戦域に突入していった。

 

「まず一機」

 

 日本刀を模した長刀『ムラマサ』を手にリタが駆ける。ちゃんと反りがあり、専用の鞘を持つこの『ムラマサ』はわざわざ束がリタ専用に作った抜刀術を可能としたIS用ブレードだ。そしてリタ機のフォクシィギアの脚部にはローラーが装備されており、これにより地上を滑るように移動し、敵機の間を駆け抜けることが可能となるカスタマイズがされている。

 止まることなく駆け抜け、すれ違い様に抜刀一閃。

 とにかく切れ味を追求した『ムラマサ』はバターを斬るようにあっさりと無人機を真っ二つに斬り捨てる。

 爆散する機体には目もくれずに、納刀しながら次の目標へと駆ける。突然の乱入者に混乱するIS学園の教師が乗っていると思しき打鉄をするりとかわして跳躍。地表付近を滞空していた機体が気づいてビーム砲を砲口を向けてくるも、リタは鞘に納めたままの『ムラマサ』を片手で器用に回転させてその砲身をかち上げる。

 再び手に収まった『ムラマサ』を再び抜刀。防御しようとしたシールドごとやはりあっさりと真っ二つに斬ってしまう。

 

「ずいぶん、柔らかいね。よし、目標は五分で十機」

 

 マイペースに呟きながら、リタは止まらずに刀を振り続ける。

 そんなリタとは別に、空では京が暴れまわっていた。地上付近を担当するリタと違い、京は空担当だ。

 京のISの武装はリタと違い、ブレードの他に射撃兵装も装備しているがここではブレードのみで敵機の殲滅を行っている。京はまるで八艘飛びを再現するかのように跳ねる。敵機へと接近すると同時にブレードを正確に無人機の関節部に突き刺して解体していく。囲まれそうになればブレードを投擲して牽制、すぐさま別のブレードを展開して包囲網を文字通りに斬り抜ける。

 リタ機と違い、京機にはブレードは多数装備されており、まるで使い捨てるかのように次々にブレードを展開する。

 ふと、目の前に窮地に陥っている打鉄を発見。操縦者はどうやら学生のようだ。武装を破壊され、三機の無人機に囲まれている様子から推測するに、いや、推測するまでもなく絶対絶命の状況だろう。

 そう判断する前に京は動いた。無人機を突き刺さったままのブレードを器用に脚で蹴り抜くと狙いすましたようにそのブレードを勢いよく蹴り出す。まるで矢のように飛ぶブレードが少女を囲んでいた一体に突き刺さった。無人機に動揺はない、しかしあくまで出現した外敵に対して迎撃行動を取ろうと動き出す。

 

「あ、危なっ……」

 

 自分を庇うように無人機に囲まれる京を見て少女が声を上げる。この少女もIS学園を守るという意思をもってここに立っている。自分のせいで犠牲になるようなことなど許容できることではなかった。突然現れた正体不明の存在でも、少女はその身を案じた。

 京はそんな少女の言葉がどこか新鮮に思えた。助けに来たはずが、心配されるとは。しかし悪い気はしない。これまであくまで身内しかいなかった島から出ての戦い。そこで出会った“外”の人間との交流に嬉しくなった。

 

 だけど。

 

 京は顔を隠したまま笑う。男である京は、外部との会話を許されていない。ゆえに、行動で示す。

 

 心配はいらない。なぜなら、強いのだから。

 

 そうして少女を安心させるために、京は少しだけ本気を出した。あまりやりすぎるなと言われていたが、この状況なら仕方ない、人助けだからという理論武装をした京が突撃する。

 一機目、頭部を切断、二機目、ブレードの投擲により武装破壊、一時的行動規制。三機目に脚部バインダーから引き抜いた新たなブレードで胴体部を切断。そして返す刃で残っていた二機目の無人機にトドメとばかりに首を飛ばす。

 この間、およそ五秒。少女からしたらまさにあっという間の出来事だっただろう。

 

 呆然としている少女に向かって軽く手を振って再び敵機の殲滅へと走る。アレッタから任されたエリアの確保のためには、リタと二人でおよそ二十機と少しの無人機を破壊する必要がある。下ではリタが疾風迅雷を体現するかのように鮮烈に暴れている。

 

 これならそう時間もかからずに与えられた任務を達成できるだろう。

 

 そう思いながら、背後から迫っていた無人機を串刺しにした。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 部隊内でも一、二を争う問題児であるが、やはりリタと京の近接戦闘力は頼りになる。アレッタは残りのメンバーを率いて崩壊しかけていた防衛戦を再構築しながら暴れまわっている二人を見て思う。

 アイズを含め、リタ、京、この三人は部隊内でも飛び抜けて接近戦が強い。第四位のアレッタすら、その間にはかなりの差が開いている。そんな上位陣が揃ってやや天然なのはどういうことなのかは知らないが、部隊を率いる指揮官としては正直に答えれば使いにくい三人だった。

 京はまだマシだが、アイズもリタも射撃適正は底辺だし、一芸特化よりも万能型が優れた部隊員に求められるために如何にこの三人を使いこなすかが指揮官の腕の見せどころだった。

 とはいえ、アイズは部隊でも単機遊撃を担う特別なポジションであるためあまり指揮は必要ない。あれでも自分の役目をしっかり理解しているのでなにも言わなくても仕事をしてくれるのでアレッタとしても助けられている思いだ。

 問題はリタと京だ。この二人、射撃戦になればまったくの役たたず、せいぜい陽動にしか使えないほど実力差がはっきりしている。

 その一方で距離を詰めてのコンバットならまさに無双といえる働きをしてくれる。頼もしいが難しい。そんな存在だった。下手に指示を出すよりオーダーだけ与えて適当に暴れさせたほうがいい結果を生む。

 今はまさにそんな有様であった。

 

「脆い。柔らかい。豆腐か」

 

 少々意味不明な言葉を呟きながらリタがひと振りで無人機を真っ二つに斬り捨てていく。一撃離脱による機動性を活かした剣術を得意とするリタに対し、京は乱戦に自ら飛び込んで曲芸のように流れる動作で多数のブレードを使って斬り捌いている。質は違うが、どちらも美しいと思えるような動作で敵を屠っていく。

 もっとも、この二人の上を行くアイズはもう人間の範疇に収まらないような“目を疑う”レベルなのだが……。

 そんなアイズは、敵最高戦力であるシールを抑えている。アレッタも直で見るのは初めてだったが、あのシールも相当な規格外だ。アイズがシールと戦ってくれているおかげで他が有利になる。この機を逃すことなく戦況を掌握する。それがアレッタに与えられた任務。

 

「海のほうは………問題ないですね」

 

 あちらには、アレッタの尊敬するセプテントリオン最強のIS操縦者が率いているのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 オールラウンダーではあるが、セシリアは基本的に後方援護を担うことが多い。前線に出てもビットを併用しての対多数戦をこなせるセシリアがなぜいつも後方にいるかといえば、それがセシリアの援護射撃の技量が高いことが最大の理由である。

 セシリアならばたとえ乱戦地帯でもフレンドリーファイアなどせずに正確に狙撃での援護が可能なのだ。普通ならば味方にあたってしまうような状況でも、射線がわずかでも通るのならそれはセシリアにとって難しいことではない。

 セシリアは言う。「どこまでも届く銃と目があるなら、外すことなどありえない」と。言葉通りに、針の穴すら通すことのできるコントロールを持つセシリアが銃を取れば、それは容易に魔弾へと変わる。

 部隊の半数で構築した海上の防衛ラインを抜けようとする無人機を次から次へと狙撃する。IS学園へのこれ以上の敵増援を完全にシャットアウトする。その時間でアレッタたちが殲滅すればあとどれほどの無人機が控えていようが状況を五分に戻せる。

 厄介な高機動型はラウラに、海中の機体はレオンに任せている。様子を見るに、ほどなく殲滅できるだろう。

 あとは無人機プラントで対峙したサイレント・ゼフィルスの姿が見えるが、あちらも問題ないだろう。一夏は束から譲り受けたあの怪獣のような支援機『白兎馬』があるし、シャルロットを直衛に回している。

 

「このままいけば、問題なさそうですね。あとの懸念は……」

 

 そう、この場における最大の脅威。それが今、アイズと戦っている。

 実際、アイズでなければ相手にならないほどの強敵だ。アイズを捨石にして生み出された人の形をした超常の力、人造による魔性の具現。

 本来なら十分な援護をするところだが、アイズがシールとの一騎打ちを望んだ。

 

 あれは、アイズの運命。

 

 アイズが乗り越えるべき、向き合うべき相手だから、と。

 

 それを受け入れてしまったセシリアは自身の甘さに苦笑した。心配で心配で、今にも駆けつけたいのに、それでもアイズの我侭を優先している。それはアイズ自身もわかっているだろう。だからアイズは何度もセシリアに謝った。迷惑をかけてごめん、と。

 

「私も甘いですね」

 

 アイズを危険に晒したくない。でも、アイズはどんどん無茶なことに首を突っ込んでいく。まるでやんちゃな子供を見守る母親にでもなった気分だ。

 それでも、できる限りのことをしてやりたい。覚悟の前ではリスクを軽視してしまうのはアイズの悪癖だが、だからこそ自分がいるのだから。

 

「まぁ、あの子以外には甘いつもりはありませんけどね」

 

 そうして側面と背後から迫っていた高機動型の無人機を目もくれずにビットの遠隔射撃だけで撃破してしまう。その間もセシリアはずっと狙撃で前衛への援護を続けていた。

 ハイパーセンサーとスナイプビットの視覚幇助により全周警戒を維持できるし、たとえ近づいてもイージスビットが常に控えている。ミサイルなどの誘導兵器はジャミングビットに攪乱される。ビットをフル活用したセシリアは一度完全防御に回れば空に浮かぶ空中要塞のような堅牢さを誇る。

 当然、近づく敵機はセシリア自身の狙撃とビット射撃によって狙い撃ちにされる。セシリア単独で完全に攻撃、防御、索敵、援護が成立しているのだ。

 

 だからこそ、セシリアは後方支援を“単独”で担っている。セシリアならば、単機でそれを為してしまうからだ。

 

 

『こちらラウラ。セシリア、応答を』

 

 

 そうやって順調に敵の数を減らしているとラウラから通信が入る。当然、部隊間しか通信が不可能な特殊な暗号量子通信だ。

 セシリアはすぐさま応えた。

 

「どうしました?」

 

 ラウラの口調はずいぶんフランクになった。一時期は敬語だったが、あまりにも違和感が大きかったためにタメ口でいい、と納得してもらった。ラウラが口調に敬意をのせるのは今では部隊では姉となったアイズだけだ。

 そんなラウラが少し焦ったような声で伝えてきた。

 

『鈴を確保したが、あまりよくない。機体もダメージが大きいし、なにより鈴自身もかなりの重症だ』

 

 意識を失った鈴を慌てて確保したラウラであるが、簡易的なチェックをしただけでかなりまずい状態だとわかった。気合と根性で戦ってました、と言わんばかりに未だに戦闘不能になっていないことが信じられないほどの潜在ダメージを受けていたし、防御性能が高い甲龍も機能不全を起こしかけていた。

 鈴自身も骨の何本かは確実に折れているし、見た目ほどひどくはないが外面も流血で真っ赤に染まっているくらいだ。

 

『どうする? IS学園まで下げるにも戦場を抜けて連れて行くにもリスクが高いが……』

「……仕方ありません。鈴さんをスターゲイザーへ。医療スタッフも乗員していますし、機体も束さんがいるからなんとかなるでしょう」

『いいのか?』

「戦友を見殺しにできません」

『わかった。すまないが一時離脱する』

 

 ほっとしたような声をあげてラウラが通信を切る。するとやや距離を離した地点にいた反応が急速に上昇していく様子をハイパーセンサーが捉えた。しかし、その反応はふっと霧のように消失する。特殊なフィルターをかけると、その反応が何事もなかったかのように復活した。

 スターゲイザーの存在を知られるわけにはいかないため、ステルスシェードによる隠行装備を展開したのだ。同じ部隊の機体にはそれらを把握する機能も同時に装備されているが、それ以外にはまるで消失したようにしか見えないだろう。

 

「束さん、重傷者を一人送ります。すみませんが………」

『把握してる。アイちゃんの友達を死なせたりしないよ。安心して戦っといでー』

「お願いします」

 

 これで鈴は心配ないだろう。束はやると言えば必ずやる人だ。死なせないと言うのなら、たとえ三途の川で半身浴をしていようが無理矢理引きずりあげて助けるだろう。

 ならば、あとはこの馬鹿げた騒乱をどうにかするだけ。

 

 本来表に出ることのないセプテントリオン、そして世界を揺るがすほどの技術の集大成であるスターゲイザーまで引っ張り出してここまで来たのだ。この程度の戦いで敗北など許されない。

 

「もっとも、やることは変わりません。私はただ―――」

 

 ライフルを構える。引鉄に触れた指が、それ自体に意思を宿すように射線が通ったと頭が認識するより前に動く。

 

「敵を貫くだけです」

 

 極光が疾走る。

 

 戦場という不安定な隙間を駆け抜け、猟犬のように敵へと噛み付くレーザーが絶え間なく発射される。

 炎と爆音が乱立する戦場を、青い白い極光が彩った。

 

 

 

 

 

 

 




そろそろこの章も佳境に入ります。次回からアイズvsシール、そして一夏とマドカの決着へと向かいます。次章からはまた新展開になります。

これ以降は表立ってセプテントリオンが暴れるようになります。そして世界が大きく揺れる急展開に向かう予定です。

お盆は涼しく過ごせたけどなんかまだ暑くなりそう。皆様も体調にはお気を付けて。

それではまた次回に!


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Act.71 「鋒の先にあるもの」

 アイズ・ファミリア。プロトタイプのヴォーダン・オージェを宿す少女であり、それゆえに完全なヴォーダン・オージェの適合体として造られたシールにとってもプロトタイプと呼べる存在だ。

 シールが造られたのはおよそ十年前。ヴォーダン・オージェを先天的に与えてなじませるためにある程度まで人工子宮で培養育成された、実年齢でいえばまだ幼子程度でしかない遺伝子改造型のクローンだ。

 しかし、クローンとはいえ、かなり改造されているためにオリジナルといえる存在もいない。シールがアイズにこだわる理由のひとつは、アイズしか自身の出生に関係する者がいないということもあるだろう。

 そんな自身のルーツとしてはっきりしているただ一人の存在が、戦う運命の相手なのだ。

 技量は互角。たとえこの目を使わなかったとしても、身体に染み付いた練度はおそろしく高い。これまでアイズがどれほどの努力をしてきたのか察するに余りある。

 シールとてはじめから強かったわけではない。ここに至るまで相応のものを積み重ねてきた。

 生まれる前から記憶に戦闘に関わる知識が刷り込まれていたが、当然それだけでは役に立たない。それを実戦レベルにまで馴染ませたのはシール自身の努力のためだ。だからこそ、アイズの認めることができる。

 そんなアイズと違い、シールは生まれたときから戦うことを受け入れていた。だからこそ、自分に与えられた力を最大限に活かすための努力を惜しまなかった。それが自分の生まれた価値、生きる意味、当時はそう信じて疑わなかった。

 生まれて……いや、正確に言葉にするなら“完成して”数年後、シールははじめて疑問に思った。

 

 

 

 ――――いったい、なにと戦うのだろう?

 

 

 

 シールは自身のことをよく知っていた。自分を作った科学者たちが自慢するように語っていたのだ。嫌でも自身の出生を知ることとなった。

 人造の魔眼“ヴォーダン・オージェ”。その恩恵を最大限に発揮するために最高の適正を付与されて造られた“人の形を与えられた魔眼そのもの”―――それがシールという存在。それなりにショックではあったが、自分がマトモではないことくらいとっくにわかっていた。だからそれも受け入れた。

 だが、それならば。

 

 

 

 ――――そんな、神をも恐れぬ行為の果てに造られた私は、なにと戦えばいいんだろう?

 

 

 

 戦うために造られた。それは確かなこと。しかし、誰もシールになにを戦えばいいのかなど教えてはくれなかった。いや、そもそも、そんなものが在るのかさえわからなかった。

 ただこの目を使い、そのたびに自分自身が魔眼となっていくような日々を過ごし、ときどき戦いとすら呼べない駆除作業をこなし、言われるがままに刃を振るった。それはただの作業でしかなかった。

 

 そして、そんなときにアイズ・ファミリアという存在を知ったのだ。

 

 自身を生み出すための捨石として破棄されたはずの実験体。このシールという存在を作り出すために積み重ねられた数多もの命の中で唯一生き残った少女。

 ナチュラルボーンでありながら、シールに迫るほどの同等の魔眼を宿した、人の身でありながらその範疇を超える修正を成された哀れで悲しい存在。役目を終え、価値も意味も無くしたはずの存在。

 そんな少女が、シールの前に現れたのだ。

 

 そのとき、シールはどう思ったのか、自分自身でもよく理解できなかった。

 

 嬉しかった? 悲しかった? 不快だった? それとも、感謝した? それとも、なにも感じなかっただろうか。

 

 シールにもそれはわからない。ただ、無視できないなにかが、これまで感じることもなかった心のざわめきが、アイズに執着させていった。

 アイズと会うたびに、戦うたびに、その執着心は強くなり、今ではアイズとの戦いを心から待ちわびるほどだった。

 

 その意味を、まだシールは知らない。理解しきれない。だが、それでもいい。

 

 はじめて出会えた“敵”として認められる存在。その関係も、強さも、己の前に立ちふさがる宿敵として申し分ない。どこか奇妙な嬉しさを覚えながらも、シールはその存在を否定した。

 アイズがシールより上を行くこと、それはシールという存在の否定にほかならない。だからシールはアイズという存在を嬉しく思いながら、しかし決してそれを認めない。

 

 アンチノミーの感情に揺られ、シールはアイズと戦う。

 

 造られたシールにとって、それがはじめての我侭であった。

 

 

「愉しいですね、アイズ」

「ボクは、どっちかっていったら寂しいよ……!」

「あなたは、私を知りたいと言いましたね。ならば、存分に感じてくださいよ」

「シール……!」

「以前の言葉を訂正しましょう。私とあなたは、存分に語り合うべきです」

「なら、どうして戦うの!」

「当然でしょう。陳腐な台詞ですが、………私とあなたは、戦うことでしか語り合えない!」

「この、わからずやぁっ!」

 

 アイズの太刀は激昂しているようでもその実、七通りのフェイントを交えて振るわれてくる。その一つ一つがシールの瞳によって解析され、本命の軌跡を割り出して対処する。並の操縦者なら何が起きたかわからないままに斬られているであろうその一撃も、シールの前では無力に成り果てる。

 しかし、それでもアイズのその一撃にわずかだがシールが圧された。機体パワーはほぼ互角、ならばその差は操縦者によるもの―――宿ったアイズの気持ちの強さだ。負けられないというアイズの強い思いが、剣を通してシールに伝わってくる。これはヴォーダン・オージェの能力ではない。

 相対し、ぶつかり合うことではじめてわかる、それは、理解し合うこと。命を天秤に乗せて行われるそれは、確かに互いを理解し合う行為であった。

 

 語り合うことで互いの存在が理解できるというのなら、存在をかけて戦うシールとアイズの戦いもまた―――。

 

「そう」

 

 理解できる。この刃の先に、ぶつかり合う先にあるものこそが、シールが望むもの。

 

「だからこそ、あなたを倒す。私の、存在の全てを賭して、あなたを否定する」

「認めることだって、できる。ボクは、認めたい、認められたいのに!」

「ならば…………この私に勝ってみせてください。私と並ぶと、証明してみせてください」

「シールゥゥゥ――ッ!!」

 

 それがシールにとってアイズに歩み寄ろうという意味を持っていたことなど、このときのアイズは、言った本人でさえわかってはいなかっただろう。

 実験体として使い捨てにされた存在と、その存在から造られた完成された存在。影と光、そんな二人が戦う宿命にあったことは、もはや必然で、そして戦いという手段であっても理解し合おうとすることは奇跡だった。

 剣を交えるごとに、二人はより深く心を通わせる。今はまだ表層的なものしか伝わらなくても、それは次第に二人を結ぶ絆となるかもしれない。

 

 シールはそれを確かめたい。

 

 

 

 

 ――――あなたと戦うために、私は造られたのか………教えてください、アイズ。私の戦う理由に、なってくれますか?

 

 

 

 シールの口がわずかに笑みを作った。アイズはそれを認識したが、その理由まではヴォーダン・オージェでもわからなかった。しかし、アイズの直感がどことなくその笑みの意味を悟った。

 

「楽しそうだね」

「そう見えますか?」

「あなたの本心が垣間見える。そんな気がするくらいにはね」

 

 心の中へ踏み込むような発言に、しかしシールは不快には感じなかった。理解を求めようとしたわけではないが、自身の気持ちを汲んでくれたようで少しだけ嬉しかった。シールは、戦う中でわずかに頬を緩めた。

 

「なら、そうかもしれませんね」

「いいよ、戦おう。その先に、あなたがいるなら!」

 

 複雑に絡み合う二人の運命は、さらに加速し続ける。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あれは、援護も無意味ね……」

 

 アイズとシールの戦いを見ていた楯無が苦笑してそう呟く。

 あの二人は遠目で見ているにもかかわらずに目にも止まらない速さで攻防を繰り広げている。いや、あまりにもセオリー外の行動の応酬に、楯無の目が追いつかないのだ。通常ならば不可能な行動をも可能にするヴォーダン・オージェ同士のぶつかり合い。それは常人の常識を遥か彼方に置き去りにして、完全に未知の領域へと入っていた。あんな戦いを見せられては、楯無の学園最強の看板も霞むような思いだった。

 

「あれでも、全力じゃない」

「そうなの?」

「本気だろうけど、全力じゃない。アイズも、そしてシールも、切り札は出していないと思う」

 

 簪は悔しいという思いを隠さずに、表情を歪めながらそう言った。本当ならアイズの援護に行きたい。共に戦いたい。しかし、楯無の言うように、未来予知をするかのような互いに先の先、後の先を取り合うような高速戦闘に割り込むことなど、簪には不可能だ。いや、そもそも同じ目をもつラウラでさえ、おそらくはあの二人の全力には割り込めないだろう。

 かつてセシリアが言ったように、下手に援護射撃をしようものならかえってアイズの邪魔になりかねない。それが簪には悔しくてたまらない。天照という力を手にしても、簪自身ずっと努力を重ねても、未だに守りたいと思うアイズには届かない。

 

「詳しくは言えないけど、以前あの二人は切り札を使ってぶつかったことがあるみたい。そのときはアイズがシールを撤退させたらしいけど、それでもギリギリの戦いだったって」

 

 無人機プラントでアイズがシールと戦ったときのことだ。

 簪は詳しくは機密に触れるために聞けなかったが、どうもそのときにアイズは切り札を使ったらしい。それは既存のISという存在を過去のものにしかねないほどの、ひとつのISの進化の到達点だと束がこぼしていたことを覚えていた。

 それほどのものを今のアイズが使っている様子は見られない。おそらくはこんな衆人環視の中では使うことを躊躇うものか、もしくは使うことを禁じられているかのどちらかだろう。そしてそんなものに張り合ったというシールもまた、全力を見せてはいないだろう。悔しいが、楯無と簪の二人がかりで挑んでもシールにとっては準備運動でしかなかったようだ。 

 

「今はアイズちゃんに任せるしかないわ。幸い、援軍がきてくれたおかげで戦況も持ち治せるわ。私たちも行くわよ」

「わかった」

 

 楯無にとってもセプテントリオンは未知の勢力であったが、IS学園側を援護してくれているし、なによりセシリアやアイズたちと来たことからカレイドマテリアル社に関係する部隊だろうと判断した。どのみち、助力がなければ押し切られていたために素直に協力に感謝した。

 とはいえ、これほどの力をもつ部隊がただの企業が持っていたとあってはそれはそれで大事だが、そうした面倒事はどのみちこの戦いを乗り切ってからだ。

 

 二人はなおも戦いが続く激戦区へと向かっていく。武装のほとんどはシールに潰されたが、それでもまだ十分に戦える。アイズたちが戦っているのに、休んでなどいられない。

 簪はふと振り返ってアイズを見る。愛くるしい顔立ちのアイズが、決意の宿った顔付きでシールに立ち向かっている。そんなアイズの姿に、胸が締め付けられるような思いを覚えながら、簪もまた覚悟をして未だに続く戦場へと向かっていった。

 

 戦いは、まだ終わっていないのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「でぇぇいっ!!」

 

 大型アームに握られたブレードから伸びる零落白夜によるエネルギーブレードが邪魔な敵機の防御すら粉砕して切り裂いていく。白式専用支援ユニット“白兎馬”による白式の強化は圧倒的な戦闘力をもたらし、敵有人機であり指揮官機でもあるマドカのサイレント・ゼフィルスⅡにまであと一歩のところまで迫る。

 鬱陶しいほどの数の無人機が一夏の進撃を阻もうと迫るが、後方のシャルロットの援護により無人機が悉く撃ち落とされていく。単機で圧倒的な弾幕を形成できるシャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.による援護射撃によって一夏はまっすぐにマドカへと迫ることができていた。

 とはいえ、白兎馬も実戦は初めてで長時間の戦闘は不可能な状態だ。一撃でマドカを落とさなければ泥沼になることも考えられた。幸いにして、この白兎馬は白式の能力を最大限に活かすために支援機だ。一撃の威力は零落白夜の能力との相乗効果もあり、既存のISでも最高峰だ。一撃で倒せるというのは、白式を駆る一夏の最大の長所でもある。

 

「決める! シャル、頼む!」

「任せて!」

 

 白兎馬が近接格闘モードから再び高機動モードへと流れるように変形、鎧から再び馬へ。凶悪といえる零落白夜の鎧を解除する代わりに圧倒的なスピードでマドカへと迫ろうとする。

 

「援護はするけど速っ!?」

 

 白兎馬の速さにびっくりしながらシャルロットも慌てて一夏を追随する。後方からの砲撃支援とはいえ、距離が離れすぎれば援護するのも難しくなる。

 まったく世話をかけるんだから、と苦笑しながらラファール・リヴァイブtype.R.C.の出力を上昇させる。両手に持った武装をビームマシンガンからスナイパーライフル『スターライトver.LITE』を展開する。セシリアの持つ『スターライトMkⅣ』のダウングレードした量産型ライフルであるが、それでもその性能は世界水準で見ても最高クラスのライフルだ。

 

「本職には劣るけど、僕だってこれくらいは!」

 

 セシリア監修のもとで一から鍛え直した狙撃体勢を取るシャルロット。ISでの狙撃は生身の狙撃と違い、常に動きながらの射撃が要求されることが多い。姿を隠してゆっくりと狙う時間はIS戦においては有り難いことだからだ。

 だから狙うと同時に射つ。これができてはじめて一流のスナイパーになるのだとセシリアから教えられた。

 

 脇をしっかりと締めて体勢を固定しながらライフルを構える。ISのバックアップによるサイティングの補正を受けながらシャルロットは慎重に引鉄へと指をかける。

 

「………そこっ!」

 

 ピンポイントで一夏に接近しようとしていた機体を貫く。流石にセシリアのようにヘッドショットは難しかったが、それでも胴体部を正確に射抜いて動きを止める。さらに続けて二射。いずれも一夏の進路上の邪魔な機体の排除に成功する。

 

「いい援護だぜシャル!」

「伊達に暴君の娘にはなってないよ!」

 

 狙撃を継続しながら、同時に展開している重火器による支援も継続している。

 シャルロットは夏休み前と比べても自分の実力が比較にならないくらい上がっていることを実感して精神を高揚させる。

 思えばこの夏休みは地獄の訓練の日々だった。自らが選んだ道なので泣き言は言っても後悔はしなかったが、思い返しても苦難の記憶しかない。これまでの自分の自信を木っ端微塵に砕かれることから始まり、さらに常識も破壊され(主に束のせい)、シャルロットはもはや意地で己を鍛え続けた。

 時折イリーナ直々の帝王学ならぬ暴君学を習い、だんだんと腹黒な思考をしてしまう自分に気づいて少々凹んだりもした。

 しかし、そのすべてに感謝している。

 意地を通す、意思を貫くために必要となるものを得たのだから。

 

「これで!」

 

 危険度の高い機体は確実に狙撃で、それ以外には弾幕で牽制して一夏へ一機たりとも近づかせない。束によって魔改造されたラファール・リヴァイブtype.R.C.もはじめは振り回されてしまっていたが、今では難易度の高い火器の複数同時展開も使いこなせるようになった。セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲと違い、数撃ちゃ当たるタイプの対多数戦を得意とする機体だ。

 膨大な量の重火器を持ち、それらを駆使して一夏の道を作る。シャルロットはその役目を十二分に果たしていた。

 

「捉えた!」

 

 そしてついに一夏が射程圏内へマドカを捉える。白兎馬からの射撃兵装で攻撃しているが、それらをなんなく回避するマドカは確かに強敵だろう。だからこそ、一夏はギリギリのところで最大の切り札を切った。

 

「シャル! あいつの行動規制を頼む!」

「注文が多いなぁ! でも任されたよ!」

「白兎馬!」

『了解。ファイナリティモードへ移行しマス』

 

 白兎馬の状態を考えても残りの戦闘継続時間はあとわずかしかない。ならばこの機に残りエネルギーを全てつぎ込み勝負を決める。

 博打型らしい戦い方だが、そうした思い切りのよさが一夏の長所でもある。

 当然使用するのは初めてであるが、一夏は白兎馬の最終形態への移行を実行する。

 

 高機動形態では折りたたまれるように機体下部に格納されている零落白夜発生デバイスでもある強化アームが前面へと稼働、後部のスラスターが左右へと広がる。まるでエイのような奇妙な形に見える。

 その上に白式が乗る。それはさながらサーフボードに乗っているかのようだった。

 

「フライングアーマー?」

 

 援護をしながらシャルロットが声を上げる。ISそのものが高い空中戦能力を持つために活躍の場は多くないが、長距離運搬用のサポート機としてのフライングアーマーは存在する。しかし、それは実際の戦闘で使われるようなものではない。

 ならばあれはなんなのか、と考えたシャルロットだが、その答えはすぐにわかった。

 

『ファイナリティモード、フルドライブ』

 

 前面のデバイス部から零落白夜が発動。零落白夜のエネルギーが奔流のように溢れ、巨大な刀身を形成する。

 その巨大な白銀色に輝く剣そのものとなった白兎馬がマドカへ向けて一直線に突撃する。

 

「いけぇええっ!!」

 

 ファイナリティモード。白兎馬最終形態であるその身すべてを巨大な零落白夜の剣と化す最大の破壊力の切り札。瞬間的な破壊力はプロミネンスを軽々と上回るほどの威力であり、さらにそれを生み出すのが零落白夜という束が作ったものの中でも最高峰の攻撃力を誇る最終形態。

 

「ぐっ……!?」

 

 間近で見てその脅威を悟ったのだろう。マドカが焦りを見せながら離脱しようとするが、それを許すシャルロットではない。

 

「逃がさないよ!」

「おのれ……!」

 

 執拗な援護射撃でマドカのサイレント・ゼフィルスⅡの行動を阻害する。出し惜しみをする気のないシャルロットはマドカの周辺にミサイルを放ち回避コースを完全に潰す。

 

「もらったぁ!」

「ぐっ、舐めるなぁっ!」

 

 圧倒的なプレッシャーを生み出す巨大な零落白夜の塊と化した一夏の突撃がマドカに迫る。離脱は間に合わないとしてマドカは機体出力に賭けてギリギリでの回避を選択する。防御する意味を為さない攻撃なのでそれしか選択肢がなかった。

 確かに恐ろしい攻撃だが、所詮一夏はまだ初心者だ。操縦技術で勝るマドカは焦りを隠すように集中する。

 

 目の前にはまさに自身を喰らおうとするかのような凶暴なエネルギーの剣が迫っている。直撃を受ければまず間違いなく撃墜される。零落白夜である以上、この直撃に耐えられるISは存在しないだろう。だがこれさえ回避すれば脅威はない。前面部のみに威力を集中させた突撃技は側面や後方に大きな隙ができる。回避に成功すればそれはすなわちマドカにとっても絶対的な勝機となる。

 

「貴様などに負けるものか!」

 

 かくして―――――それは成された。

 

 激流のようなエネルギーに逆らうことなく、機体をそらせて大きくシールドエネルギーを犠牲にしながらもマドカはその突撃を受け流した。かすめただけでシールドエネルギーの八割を削った威力に肝を冷やしながらも、躱された白兎馬が零落白夜を維持できずに強制的にファイナリティモードが解除される姿を見てマドカが勝利を確信する。

 手に持つスターブレイカーをすぐさま振り向きざまに構えて一夏にトドメを刺そうと銃口を向け―――。

 

 

 

 

 

 

 その勝利の確信が、断ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

「なっ………!?」

 

 いない。

 

 白兎馬の背に乗っていたはずの一夏の姿がない。あの直前、たしかにいたはずなのに、いったいどこへ消えたのか。

 答えはわかりきっている。

 この事態に、マドカはようやく自分が罠にかかったことを理解した。

 

 ハッとなって上を見れば、今まさに刀をふり下ろそうとしている一夏の姿が目に入った。その手に持つものもまた、零落白夜の刀身を形成していた。

 白兎馬の巨大な零落白夜のエネルギーブレードと、シャルロットの援護射撃がその陰に隠れていた一夏の存在を完全に隠蔽していた。

 目の見張るマドカを見据えながら、一夏が雄叫びを上げながら雪片弐型を握り締めた。

 

「これで、終わりだ!」

 

 瞬間、渾身の力で振り下ろされた一閃がマドカに直撃した。残りわずかだったシールドエネルギーが一瞬でゼロとなり、マドカの意識すら刈り取って海へと落ちていった。

 海へと墜落する直前に無人機に回収されたようだが、あの様子では再出撃は不可能だろう。

 

 結果として、一夏は敵幹部クラスを退けるという戦果を上げることとなる。

 

「お見事」

 

 シャルロットの賞賛の声を聞き、一夏が残心を維持したままシャルロットへ応えた。

 

「助かったぜ、シャル。まさかこんなに早く来てくれるとは思わなかったぞ」

「ま、そこはあの人にかかれば、ね」

「ああ、なんか納得だ……」

 

 そうしていると白兎馬が戻ってくる。ファイナリティモードは解除され、再び高機動モードとなった白兎馬が一夏の前までやってきた。

 

「おまえにも、助けられたな」

『あなたのサポートが私の役目デス。私がいる限り、マスターイチカの勝利は当然デス』

「話には聞いていたけど、なかなか人間らしいAIなんだね」

「頼もしいな。これからも、頼む」

『了解。………しかし、現状は再調整の必要がありマス。いくつか機体に不備が発生していマス』

 

 さすがに試運転もせずに実戦での使用は負荷が大きかったようだ。もう白兎馬はファイナリティモードはおろか、近接格闘モードすら満足に使えないほど消耗していた。

 しかし、まだ戦闘は継続中だ。どうするかと思案していると、シャルロットのもとへ通信が入った。相手はシトリーだ。

 シトリーは対して心配していなさそうな声だが、社交辞令のような感じでシャルロットの無事を確認する。

 

『シャル、無事?』

「うん、大丈夫だよシトリー。そっちは?」

『任務継続中。敵に数が多くて手が足りないから援護にきて』

「わかった。でも一夏に戦闘継続は厳しそうなんだけど……」

「シャル、俺はまだ大丈夫だ」

「でも……」

 

 一夏はそう言うが、白兎馬も白式も、もうエネルギー残量は少ないはずだ。それでもまだ多少の戦闘はできるかもしれないが、撤退のタイミングを見誤ると痛い目を見るだけではすまない。

 

『なら一度学園側と合流を。あっちはそろそろアレッタ達が制圧する。防衛ラインの再構築を手伝ってもらう』

「それならなんとかなるか……一夏、それでいいね?」

「ああ、悪いが、また援護も頼む」

「はいはい、ホント世話をかけるんだから」

 

 しかし、そう言うシャルロットは嬉しそうだ。一夏が強くなったこともシャルロット自身が強くなったこともそうだが、前と同じように一夏と組んでパートナーとして戦えることが嬉しかったのだ。

 そんなシャルロットの内心を悟ったように通信越しにセプテントリオンでのパートナーであるシトリーがややすれた声で言ってくる。

 

『あーあ、シャルを取られちゃった。やっぱり男を取るんだね、私じゃ満足できないんだ』

「ちょ、なに言い出すのシトリー!?」

「え、そういう関係なのか?」

「一夏も信じないでよ!?」

『イチカくんだっけ? シャルを泣かせたら背中にナイフを突き刺してあげるから』

「大丈夫だ。シャルは俺が守る」

『今時珍しいイケメンだ。うちの男どもも見習って欲しい……おっと、失言。忘れてね?』

「……? ああ」

 

 一夏は気づいていなかったようだが、部隊に男の操縦者がいると匂わせるようなことを言ってしまったのはマズイ。あとでセシリアからお小言かな、と思いながらシトリーはため息をついた。シャルロットは苦笑するしかない。

 

「そんなこと言ってないで、行くよ。まだ戦いは続いてるんだから!」

「ああ、行くぜ」

 

 一夏は再び出力を抑えた高機動モードの白兎馬にまたがり、その真後ろにシャルロットも密着するように搭乗する。まるでタンデムするかのような二人に、通信で『爆ぜろリア充』というシトリーの呟きが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 かくして、シャルロットを背に、一夏は次の戦場へと向けて白兎馬を走らせる。息つく暇もないが、文句を言う者など誰一人としていない。

 

 戦場は未だに、爆炎に彩られたままなのだから。

 

 

 




そろそろこの戦いの終着も近いですね。

白兎馬の最終形態は元ネタ通り。一夏くんもヒーロー属性が強化されてきました。あとはアイズvsシールの決着が山場ですね。
この辺からシールもだんだん人間味のある感情を発露していくようになります。作者としてもシールはお気に入りなのでアイズとの戦いを通して彼女の魅力を描きたいと思います。

そのうち亡国機業サイドを主役にした話も書いてみたいと思ってます。


しかし、もう八月も後半か。早いもんですね。この物語を書き始めてもうじき一年になります。一年でだいたい通算八十話ほど……早いペースかはわかりませんけど、まだまだ完結には時間がかかりそうです(苦笑)

それではまた次回に!


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Act.72 「オーバードライブ」

 アイズとシールの戦いは主戦場から離れ、人気のないIS学園のアリーナのひとつへと移っていた。避難した後の施設であるため電源も入っておらず、シールドも存在していない。ただ無機質な赤い非常灯のみがその存在を主張し、天蓋が開いたその先の空から月明かりが差し込んでいた。

 さながら、二人だけの決闘場であるかのようなアリーナの中央に二人は着地する。

 

「はぁ、はぁ……」

「はっ……ふ、ぅ……」

 

 互いの呼吸も荒い。実力が拮抗している二人だけあって、短時間の戦闘でも疲労が加速度的に増している。さらに二人の機体であるレッドティアーズtype-Ⅲ、パール・ヴァルキュリアも共に無傷とはいかなかった。

 レッドティアーズtype-Ⅲの各部の装甲には大小様々な亀裂が刻まれており、イアペトスは既に折れて破棄され、もうひとつの主武装であるハイペリオンの外部装甲刃は既に破壊され、ハイペリオン・ノックスの姿を晒している。

 パール・ヴァルキュリアも楯無・簪戦のダメージが残っており、さらに楯無を封殺した新装備である思考制御式の拘束ワイヤービットが破壊されていた。アイズ相手では慣れない新装備はあっさり攻略されてしまったが、もともと期待はしていなかったようですぐに切り捨てた。

 小手先の技など、もはや無用の長物だ。アイズとシールの戦いはどんな策があっても、最後には正面からのぶつかり合い。純粋な実力での力押しへと収束する。

 

「それでも、私のほうが早いようですね」

「その程度、覆してみせる!」

 

 真正面からアイズが突撃。ヴォーダン・オージェでの読み合いを挑む。

 シールもそれに応え、小細工など一切せずに迎え撃つ。

 

 可変型複合剣であるハイペリオン・ノックスによる左から右へと大きく振るっての横薙ぎの斬撃。当然の如く、無駄のない最低限のバックステップで回避され、シールがカウンターの刺突を繰り出してくる。それを脚部刃のティテュスで受けながらハイペリオン・ノックスのブレードを射出する。

 ワイヤーで繋がれたブレードがアイズの背面を経由してシールの死角、突きを放った右側面から現れる。

 わざと右手での刺突を誘発させ、機体そのものを支点として射出機構とワイヤーを利用して死角を突くアイズが編み出したトリックスキルだ。初見ではセシリアさえも落としたエゲツナイ技であるが、それすらあっさりとシールはウイングユニットでそれを受け止める。

 それと同時にアイズがハイペリオン・ノックスを手放してシールへ殴りかかった。武器を捨てる、という選択にシールが若干驚くが、それでもなおシールのほうが早い。

 冷静にその拳を受け止める。回避は可能だったが、シールはあえてそれを受けた。互いにシールドエネルギーがわずかに削れ、組み合ったまま至近距離から睨み合う。

 

「…………」

「…………」

 

 言葉ではなく視線で互いの意思を交じらせる。鏡写しのような金色の瞳が相対する。

 全てを見通す魔眼であっても、相手の心の内までは見ることはできない。しかし、二人は目の前にいる宿命の存在の内側へとその視線を潜らせる。表層から深層へ。視覚から心理へ。

 

 海の底へと潜っていくように、深淵、奈落を覗くように。

 

 二人の心は、混ざり合う意識の海の底へと落ちていく。

 

 

 ―――――――。

 

 ―――――。

 

 ――……。

 

 ……。

 

 

「………っ、ここ、は」

 

 沈んだ意識が戻る。いや、未だ意識はまどろむような意識の海を漂っている。レアと対話するときとはまた違う、気を抜けばこのまま底無しの深淵に沈むかのような危機感すら覚える。

 この感覚には覚えがあった。かつてラウラがVTシステムで暴走したときに体験した、ヴォーダン・オージェによる共鳴現象。互いが引き合うように混ざり合い、意識を通わせる精神の世界。

 

 この場に、常識や物理法則は存在しない。ただただ己の心が映るだけの場所だからだ。

 

 そして、それは一人では決して現れない。同じヴォーダン・オージェという超常の力を持つ存在がいてこそ、この精神世界が発現する。ナノマシンの共鳴によって起きるそれは、互いの心を心で写し合うかのようなもの。鏡を合わせれば無限迷宮ができるように、心を合わせることでできる、心が交わる心理迷宮。

 ここでは嘘は存在できない。ありのままの心だけが存在を許される。

 

 そして、そこに彼女もいた。

 

 距離や上下左右の概念すらもはや意味をなさないこの場所に存在している者がもう一人いる。その人物、シールもアイズに気づいたように目線を向ける。

 二人はISを纏っていない。ただその身だけでこの空間に漂っている。実際にISを解除したわけではない、アイズにはしっかりとレアの存在を感じていたし、シールもおそらくは同じだろう。

 そうしているとシールはこの精神世界をゆっくりと見渡し、納得したように頷いた。

 

「なるほど、……これが共鳴現象ですか。机上の空論かと思っていましたが、実際に体験することになるとは思いませんでしたね」

「ボクは二度目だよ」

「相手はあの模造品、ですか。なるほど、模造品といえど、共鳴する程度にはマシなものだったようですね」

「ボクの自慢の妹を、物みたいに言わないで」

 

 アイズはむっと顔をしかめて抗議する。自分の悪口は今更どうこういうつもりはないが、可愛がっている妹の悪口は許容できなかった。

 しかし、シールは特に気にした様子も見せずに馬鹿にするように小さく笑う。

 

「ちょうどいい機会だから聞いておきたいんだけど」

「………まぁ、いいでしょう。どうせここでは隠し事すら意味のないことですし」

「あなたを生み出したのは、亡国機業なの?」

 

 確証はないが、自然に考えればそういうことだろう。でなければ亡国機業に所属、しかもそれなりに上の地位に就いている理由が見つからない。

 実のところ、かつてアイズを改造した組織が亡国機業だろうということも明確な証拠があるわけじゃない。消去法的にここしかありえない、というのが真実だ。もしかしたら違う組織がやったことで、亡国機業は関係ないのかもしれない。

 もちろん、たとえそうであっても敵であることには変わりない。だからこの質問はあまり意味のあることではなかった。アイズとて、ただ確認の意味を込めて聞いただけだった。

 

 しかし、シールの答えは少々予想外なものだった。

 

「………イエスとも言えるし、ノーとも言えます」

「ん?」

「確かにあなたを改造し、私を造った組織は同一ですが、それは正確に言うのなら亡国機業ではありません」

「え!?」

「それは亡国機業の前身、と言うのが正しいでしょう」

「今は違うの?」

「かつてのトップをはじめ、多くの上層部はすでに殺害されています。あなたを改造した研究者も、すでにこの世にいませんよ」

 

 なんの覚悟もしていなかったために告げられた事実にアイズは思った以上にショックを受けた。そして深層意識まではうまく読み取れなくても、シールが言っていることが嘘偽りなど一切ないことが理解できる。シールが、それに対してなにかしらの感情―――おそらく、戸惑いのようなものを抱いていることすらもおぼろげながらに伝わってくる。

 

「あなたの気持ちが伝わってきていますよ」

「っ!」

「いつの間にか、復讐する相手が死んでいた。あなたはそれを残念に思っていますね」

「…………」

 

 アイズは反論できない。心を交わせる共鳴現象では嘘など意味がない。確かにアイズはそういった感情を持っていた。

 かつて自分を地獄に落とした憎い存在が、もうこの世にいない。それはアイズの怒りの感情の矛先を簡単に惑わせた。

 

「人畜無害そうな顔しているくせに、ずいぶん暗い感情を持っているんですね。少し安心しましたよ」

「…………そう、だね。否定はできないよ。今ではマシになったけど、昔は毎日毎日、自分の不幸を呪って、いつか復讐してやるって思ってたよ」

「別に軽蔑はしませんよ」

「顔はバカにしてるけど?」

「本心は伝わるのだから表面上は世辞を言ってやっているんですよ」

「意外とお茶目だね」

「あなたの頭の緩さには負けますよ」

「毒舌。口も優秀なんだね」

「おかげさまで」

 

 二人の舌戦は皮肉の応酬だったが、それはどこか仲のいい友達同士の会話にも聞こえる。しかし、第三者の介入が不可能なこの領域での対話はただただ二人が互いの意思を確かめ合うだけのものだった。

 その後もしばらくは不毛な言い合いを続けていた二人だったが、まるで示し合わせたように口を閉じた。

 睨むでもなく、じっと、まっすぐに視線を合わせる。

 本来ならば有り得ない同じ金色の瞳が、互いのその瞳に映り合う。アイズの、シールのその瞳の奥に自分自身がいる。

 その自分の、声が聞こえる。

 

「……座興のつもりでしたが、ここでの会話に付き合ってよかったですよ」

「……ん、ボクもだよ」

「心を交わせるというのは不快感もありますが……」

「でも、相手の心を鏡に、自分の本音が聞こえる」

「私は」

「ボクは」

 

 

 

 

 

 ―――――――あなたを、倒したい。あなたを、超えたい。

 

 

 

 

 

「あなたの怒りも悲しみも、そして希望も伝わってきました」

「あなたの抱く虚ろな迷いがわかる……」

 

 アイズの過去の苦しみも、未来に抱く希望も、アイズの感情に乗ってシールへと伝わっている。シールにはない、人間らしいというべきドス暗い感情から、愛と夢に満ちた希望まで、余すことなくこの瞳によって共鳴する。

 

 そしてアイズにもそれは伝わっていた。

 

 シールの持つ、孤高の存在という孤独感、全てを超越して造られた自身の存在理由を追い求める、哀しい迷い。感情の選択も発露も未熟な、まるで子供が無理に大人を演じているかのようなアンバランスな精神。

 

 互いが、今まで知らなかった、想像もできなかった心の内側。

 

 それを顕にしながら、二人は改めて決意する。

 

「感謝しますよ、アイズ。あらゆる感情を抱いてきたあなたを倒せば、私もきっとなにかを得られます」

「あなたには、負けたくない。虚しさを埋めるために、ボクの夢を否定なんかさせない」

 

 それは、純粋でエゴイズムに満ちた理由。大義もなく、慈悲もなく、己のための、自分だけの戦う理由の再確認だった。

 自分勝手、それがどうした。戦う理由は、自分だけのものだ。

 

 なにより、この目の前にいる存在は、ありえたかもしれないもう一人の自分だ。アイズがもし不具合もなく完全適合していれば、シールのようになっていたかもしれない。シールがもし失敗だという烙印を押されたのなら、アイズのようになっていたかもしれない。

 その可能性があったことに、二人は今更ながらに気づいてしまった。

 

 だからこそ、自分勝手ともいえる理由で、目の前の存在を拒絶する。

 

 今の自分こそが、紛れもない自分の姿なのだと証明するために。

 

 二人は戦うことでしか、交わる道が存在しないのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………ッ、はっ」

「は、………ふぅ」

 

 もはや語ることなどない。戦うしかない。二人はそう結論付たとき、共鳴していた意識融解が解除される。相手を理解することを止め、相手を倒すことに精神が傾いた結果だ。一種のトランス状態から開放され、停止していた呼吸が再動して肺の中に空気を取り込もうと大きく深呼吸する。

 体感時間では十分程度の心の邂逅であったが、実時間では数十秒程度だ。共鳴することで強制的にヴォーダン・オージェによる思考の高速化が進み、脳のクロックアップ状態となっていたために二人には同じ疲労の色が見えている。

 しかし、今は戦闘中、しかも敵は密着するほどの至近距離だ。アイズとシールが拳を繰り出し、しかし互いが首をひねっただけで回避する。だが同時に放っていた前蹴りが互いの身体を突き飛ばした。

 着地までの間にアイズは腕部突撃機構『ティターン』を起動、ワイヤーで繋がれた腕部装甲を飛ばし、地面に落ちていたハイペリオン・ノックスを掴んで回収する。

 仕切り直しの形となり、アイズもシールもこれまでと違った構えを見せた。

 

「………そろそろ、決着をつけましょうか」

「そう、だね……ボクたちの戦いは、長引かせても千日手だし」

「ここでなら、邪魔な目はないようです。お互い、少しは本気でできるでしょう」

 

 シールがパール・ヴァルキュリアの象徴であるウイングユニットを大きく広げる。そしてウイングユニットが展開、より鋭角的に、攻撃的な形状へと変化する。シールが一度瞳を閉じ、再びゆっくりと瞼を開ける。その奥から現れたのは、満月のように輝く人造の魔性。シールをして、わずかな時間しか使用できないヴォーダン・オージェの完全開放。そして同時に脳が活性化、思考の高速化が際限なく加速し、そしてそれに伴って適合するように造られたシールの身体も同じく活性状態へとシフトする。

 如何に高速思考ができても、追随できる身体がなければ意味がない。人の領域を超える、反射よりもなお速い反応速度に対応できる身体能力。シールが人造であるがゆえに得た、シール以外獲得し得ないオーバードライブ状態へ。

 それはもはや人が持てる能力ではない。人の形をしたヴォーダン・オージェの化身。その証明であった。

 

 そしてそれを見たアイズも覚悟を決める。如何にアイズが死に物狂いで、死を覚悟してこの瞳を使っても、あくまで人の範疇の身体でしかないアイズはあのシールには絶対に敵わない。それが実験体と完成体の絶対的な差であった。

 しかし、アイズにはシールとは違う、超常の力が宿っている。

 世界最高の科学者、篠ノ之束が作り上げた『インフィニット・ストラトス』の進化の到達点、そのひとつへと至ったアイズの切り札。ISコアと対話し、人機一体の境地へと至る人とIS、ふたつ揃ってはじめて顕現する可能性の体現へ――。

 

「ボクに力をかして…………レア!」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲのコアが胎動する。アイズの心を糧に自我を獲得したコア人格、『レア』が覚醒する。

 同時に機体もオーバードライブ状態へ。全身の装甲が展開、エネルギーラインが顕になり、ISコアから供給されるエネルギーが増大し、血脈のように激しく全身を巡る。

 アイズの身体は、正しくこのISと一体化する。機械のパワードスーツそのものがアイズの感覚と一体化する。そこにはフィルターなど一切存在しない、アーマーである腕部の機械の手が握る武器の感触が、その温度までしっかりと伝わってくる。コアの胎動が、アイズの心臓の鼓動と重なっていく。

 まさに指先から心臓に至るまで、アイズの身体はレッドティアーズと同化していく。

 そして意識もまた、人機一体、そして二心同体へと昇華する。人と機械、ふたつの心が一つの身体へと同居する。まるで自意識が分離したかのように、なんの違和感もなく二つの思考が同時に存在する。

 人によっては拒否感や嫌悪感すら与えてもおかしくない多重精神に至ったアイズは、ISコアとダイレクトに繋がっていると言っても過言ではなかった。

 それに伴い、アイズの目に宿るナノマシンが完全な制御状態へ。ISコアからのエネルギーが瞳のナノマシンにまで及び、そのエネルギーと同色の深紅色へと変化する。

 

 アイズとレッドティアーズの最大の切り札―――第三形態移行、そして第二単一仕様能力【L.A.P.L.A.C.E】の発現であった。

 アイズの意識に重なって、レアの意識が表層へと出てくる。

 

 

――――おはよう、アイズ。

 

 

(レア、いける?)

 

 

――――現状での最高の状態。今回は私も全力だから、『type-Ⅲ』も五分は継続できるよ。

 

 

(それでも厳しい相手だけどね)

 

 

――――大丈夫、私がいる。

 

 

(わかってる。…………じゃ、行こっか)

 

 

――――機体制御は任せて。ここで決着をつけよう。

 

 

 シンクロしているレアが機体制御を行うことでアイズは目の前のシールに全神経を集中できる。さらにレアによる高速統合演算による未来予知能力『L.A.P.L.A.C.E.』によるバックアップを受け、アイズは最高の状態で戦うことができる。個でありながら二つの意識を持つことでパイロットとオペレーターの役割を分割して行使できるのだ。

 

 互いが最大の切り札を使うことは、ここで勝敗が決することを意味していた。

 

 

「二度目は通用しません」

「ボクの台詞だよ」

 

 

 そしてアイズとシールが互いに消える。そして次の瞬間には直上、アリーナ中央、観客席の三箇所でほぼ同時に剣戟による火花が散った。

 もしもこの場に観客がいれば瞬間移動かもしくは分身でもしたかのように見えただろう。そしてその火花が霧散すると同時に二人の姿が再び現れる。

 

 常時瞬時加速による超高速機動戦闘。瞬間的な速度なら第五世代型であるラウラの『オーバー・ザ・クラウド』に匹敵する。

 

 オーバードライブ状態になった二機は、基礎スペックでそのレベルにまで昇華されている。ヴォーダン・オージェの反応速度と高速思考を最大限に活かすためにも、これほどの機体性能が必須なのだ。一息つく間もなく何度も駆け引きが行われ、その度に空間に衝突の軌跡を残していく。

 

 アイズがまるで重力を無視するかのようにアリーナの内壁に激突するように着地。そのまま壁走りをするように垂直な壁面を蹴ってシールから放たれたレギオン・ビットの強襲を回避する。同時に背部ユニットからレッドティアーズをパージ。最大の切断力を誇るパンドラを展開しつつ、アリーナにパンドラによるトラップを形成していく。

 もちろん、今のシールにそれが通用するとは思っていない。パンドラの死線も完全に見切られているはずだ。あくまで狙いはシールの行動規制だ。

 空間を飛び回り、パンドラを広範囲に張り巡らせようとするビットを視認したシールは即座にパワーダイブ、アリーナの大地へと着地する。そのシールの周囲にパンドラを仕掛けようとビットを操作するが、シールは翼を大きく広げるとそこから放出されるエネルギーを急激に増大させた。そのまま翼を羽ばたかせると、そこから放出された大出力のエネルギーが巨大な津波となって現れた。

 回避に優れているなら回避コースをなくせばいいとでもいうような面制圧を目的とした広範囲攻撃。しかし、観測していた事前の予備動作とパール・ヴァルキュリアの機体制御と出力調整からレアはその攻撃を予測、即座にそれがアイズへと伝わり、アイズがすぐさま対処行動を起こす。

 アリーナ全体を覆うほどのエネルギーの波を回避するには上空へ逃げても無理だ。一瞬の時間すら必要とせずにその結論を導き、アイズもアリーナへと降り立つとハイペリオン・ノックスをその勢いのまま突き立てる。そのまままるで畳返しでもするかのように器用に地面を抉りとるとそれを盾代わりに押し出し、さらにアイズ自身は抉った地面へと入り込むように身体を沈める。この時点でレッドティアーズとパンドラの喪失は不可避であったためにすでに次の手による攻撃を狙う。

 広範囲ゆえに威力はさほど高くなかったそれを最低限のダメージでくぐり抜けると、勢いよく立ち上がりながら手に持ったハイペリオン・ノックスを振り上げる。

 

 同時に衝突音。攻撃すると同時に突撃してきたシールの攻撃を即座に封殺、シールが次の行動を見せるまでにアイズがシールの動きを読み切って背後を取る。

 しかし、シールはそのアイズに反応してアイズが攻撃をする直前に対処行動を間に合わせる。シールの目がギョロリと動き、すぐさま視界から消えたアイズを再び捉える。それに構わずにアイズは手に持った剣を振り下ろす。

 しかし、それはやはり衝突音を響かせて、火花を散らしながら剣で受け止められる。

 

「ここまできても、……」

「互角みたいだね……!」

 

 ほぼ完璧な未来予測で数瞬先の未来を読み、常にシールから先手を取り続けるアイズ。

 

 アイズを超える反応で行動を視認してから対処してカウンターを狙うシール。

 

 先の先に特化したアイズと、後の先に特化したシール。どこまでいっても総じれば互角。しかし同じ瞳を持つ二人は、奇しくも真逆の方向性へと進化していた。機体性能による速さは互角、読みの速さならアイズ、反応の速さならシール。

 ほんの少しの気の緩みで敗北となるほどの極限の集中状態を維持して戦う二人は、もはや互いの姿しか見えていない。見ようともしていない。そんな余裕もないほどに、目の前の存在と拮抗していた。

 このまま、永遠のような一瞬を戦い続けるかのようにぶつかり合う。この戦いに、第三者の介入など不可能であった。

 

 

 

 ――――そのはずだった。

 

 

 

 

 だからこそ、本来なら即座に気付く“ソレ”に、アイズもシールも気付けなかった。ただ一人、周囲の情報を解析し続けていたレアだけが、いち早くそれに気付き、悲鳴のような声を上げた。

 

 

 

 

 

――――ッ!? アイズ、逃げて!

 

(えっ?)

 

 

 

 

 アイズと同時に気づいたらしいシールも表情を変えるが、すでに遅かった。アイズとシールが同時に視線を向ければ、直上に数多くの光が見えた。その正体に気付いた二人があまりの事態に愕然として動きをわずかであるが止めてしまう。それが致命的だった。

 回避しようとする間もなく、無情な光が二人へと向かって降り注いだ。超反応が、予想外の事態によって精神的にブレーキがかかってしまった。それは完全に致命的なミスであった。アイズもシールも、互いがこの一対一の戦いに夢中になりすぎた結果だった。

 

 そんな失態を嘲笑うかのように、アイズとシールは戦っていたアリーナごと巨大な閃光と炎にのみ込まれた。 




この話で通算八十話となります。百話の大台も見えてきました。

はじめてアイズvsシールの全力戦闘となりましたが、今回のこの二人の戦いは横槍が入って終了となります。次回から急展開を迎えます。あと数話のこの章までが第一部って感じです。
次章からはセシリアの活躍が増えていきます。実はこれまではこの物語のセシリアの過去や背景はほとんど明かしていません。そのあたりを解明していきながらラストへと向かっていきます。

いや、マジで完結までもう一年くらいかかっちゃうかもしれませんね(汗)でも応援していだたいている皆様の声に勇気をもらいながら完結までがんばっていきたいと思います。

それではまた次回に!


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Act.73 「流転の戦場」

「くそがっ、どうなってやがる!?」

 

 亡国機業側の旗艦であるステルス潜水艦の一室で目が覚めたオータムは、起きて早々に出くわしたトラブルに悪態をついた。

 鈴にやられた傷はISの絶対防御を超えてオータムの身体に大きなダメージを刻み込んでいた。はっきり言って立つことも苦しいくらいボロボロの状態だった。内側に衝撃を徹す浸透勁を何度も受けたせいで肋骨は折れ、内蔵にも痛手を受けている。負けたことは悔しいが、本当ならずっと安静に寝ていなければならないところだ。

 だが、そうも言っていられなくなった。急遽、艦内に非常警報が流れ、緊急事態を告げてきたのだ。

 オータムは痛む身体に無理をさせながら看護室から飛び出ると近くを通りかかった部下に声をかけた。

 

「おい! なにが起きたァ!?」

 

 怯えと困惑の色を見せる潜水艦の乗組員を脅すように問いただす。その乗組員の男性は混乱しながらもオータムの問に完結に答える。

 

「む、無人機が……」

「あぁ? 無人機がどうした?」

「無人機が暴走して、艦内を破壊しています……!」

「あ? ………んだとぉッ!?」

 

 そのとき、艦内が大きく揺れた。そして爆発音まで聞こえてくる。オータムは驚愕と混乱を思考から斬り捨てると即座に走り出す。身体が軋んだが、今は無視した。無人機の暴走が本当なら、このままでは間違いなく海の藻屑だ。

 

「聞こえるかぁ!? マドカとシールはどうした!?」

 

 オータムはISを通じてこの艦の艦長へと通信をつなぐ。あちらもかなり混乱しているようだが、3秒以内に返答が来る。

 

『気づいたか……!? まだあの二人は帰投していないが、サイレントゼフィルスは撃墜されたようだ』

「マドカはやられたか……。シールは?」

『まだ戦闘中だ! それよりまだ動けるなら格納庫の暴走機をなんとかしてくれ!』

「今向かってるよド畜生!」

 

 オータムは走りながらISの状態を確認する。リカバリーモードで多少は回復したが、シールドエネルギーはおよそ二割。鈴と甲龍に負わされたダメージは未だに残っており、武装も半分以上が死んでいる。オータムは無意識のうちに舌打ちをしてしまう。

 

「撤退するレベルだな、クソが。だが、もう少し付き合ってもらうぜ、アラクネ……! ここじゃあ撤退する場所すらねぇんだからよぉ!」

 

 オータムはアラクネ・イオスの腕だけを量子変換させて格納庫へと繋がる扉を殴り飛ばす。その勢いのまま中へと飛び込み、広い空間へ出た瞬間にIS装甲を全身に纏う。ボロボロの姿のアラクネ・イオスが再びオータムの鎧と化す。

 

「クソッタレな状況だな、えぇおい!?」

 

 予備として残していた無人機の一部が起動し、周囲の動体を狙ってマシンガンを発砲している。格納庫内は既に火の海だ。不幸中の幸いは主武装であるビーム砲が装備されていなかったことくらいだ。もし待機状態でも装備されていれば今頃この潜水艦は沈んでいる。とはいえ、このまま放置していれば同じ結果となるだろう。

 

「勝手に動いてんじゃねぇぞコラァ!」

 

 オータムに反応して暴走機が攻撃態勢を取るが、その前にオータムが急接近。主武装であり象徴でもある八本の特殊腕は鈴に破壊され残り三つとなっていたが、それだけあれば十分だった。

 懐に入ると同時にパイルを起動。密着状態から正確に無人機の動力部を貫き、強制的に停止状態に。

 この艦内部で爆発させるわけにはいかないためにかなり慎重に処理をする。さらに残る暴走機に向かってブーストする。そのまま体当たりで暴走機を隔壁へと押しやると再びゼロ距離のパイルで動力部を破壊する。

 動きを止めた暴走機を苛立たしげに投げ捨てると残る無人機へと目を向ける。今のところ動く様子は見られないが、こんな状況では信用などできるはずもない。

 

「…………艦長、聞こえるか。暴走機は破壊したぞ」

『そうか、感謝する。サイレントゼフィルスは二番艦が回収したそうだ。あちらは無人機はもう搭載していないからこちらのようなトラブルはないだろう』

「そうか。ならこっちはすぐに未起動の無人機の起動プログラムを凍結させろ。三分でやれ。時間までに間に合わない機体は海底に破棄しろ」

『おまえはどうする?』

「まだ外であの問題児がはしゃいでんだろ? しょーがねぇから私が回収に行くしか……ねぇーだろうがよぉ…………がふっ、げほッ!」

『おい、どうした!? 大丈夫なのか!?』

「げはっ、ごほっ……! あー、気にすんな、ちょっとむせただけだよ」

 

 口から垂れる血液を乱雑に拭いながらなんでもなさそうに答える。しかし鈴にやられた傷は明らかにオータムの内蔵を痛めつけている。あのガキ、次はあのドヤ顔をぶん殴ってやると誓いながら、オータムは潜水艦を浮上させるように伝える。

 

「私が出たらD地点まで退避しろ。一時間経って戻らなければ私とシールは諦めろ」

『…………しかし』

「しかし、はいらねぇ。心配すんな、お前の責任にはしねぇよ。私らはテロリストだ。悪党は悪党らしく、見捨てる時は見捨てりゃいいんだよ」

『……了解。しかし、限界まで待たせていただく。ご武運を』

「ありがとよ。……悪いがステルス装備とパッケージをもらうぞ。こんな装備趣味じゃねぇが、まぁしょうがねぇ」

 

 使い捨ての高機動用追加ブースターパッケージとハイパーセンサーから機影を隠すステルス装備を即席で機体に搭載する。アラクネのコンディションを考えれば戦闘は極力避ける必要があるし、なにより時間をかけるわけにはいかない。

 これでも心もとないが、オータムはごく自然に悪条件を受け入れて出撃準備を整える。

 

 そして潜水艦が急浮上する。同時に上部出撃ハッチが開放。

 そこから見える景色は、まさに混沌だ。遠目でも戦場が混乱している様子がわかる。おそらく起動中の無人機は既に暴走しているだろう。一部しか暴走していないなどと楽観視はできない。このタイミングで無人機が暴走するなど、ただのトラブルなどとは思えない。

 ほぼ全機が暴走していると考えたほうがいいだろう。まともなのはおそらく少数しかいない。と、なれば、これから赴く戦場は完全に敵地だ。乱戦となっているのならまだやりようはあるが、まずい事態なのは変わらないだろう。

 そしておそらくシールが一番まずい。無人機のコントロールが離れたのなら、シールは完全に敵中に孤立したも同然だ。シールの強さは知っているが、おそらく単機での脱出は不可能だ。

 生意気な後輩だが、先輩として見捨てるわけにもいかない。ここらで先輩らしいことでもしてやろう。

 そしてなによりプレジデントが可愛がっている。もしここでシールを失えばどんな災厄をもたらすかわかったものではない。

 

「さて、行くとするか。面倒かけさせやがって、あのバカが……………アラクネ・イオス、出るぞ!」

 

 再び戦場を毒蜘蛛が飛ぶ。

 

 今度は襲う側としてではなく、敵地に残った仲間を救出するために。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんだこれ……?」

「なにが起きてるの……!?」

 

 援護に向かった一夏とシャルロットは目の前に広がる光景に困惑していた。

 無人機が暴れているのは同じだが、その行動が明らかにおかしかった。同士討ちでもするかのように、近くで動くモノに反応して襲いかかる。フレンドリーファイアなどお構いなしにビーム砲を乱射する。ある程度は組織的に動いていた機体が、まるで狂ったかのように周囲に破壊をもたらしている。

 

 戦っていたセプテントリオンやIS学園の防衛部隊もこれには驚愕と混乱が渦巻き、あっという間に泥沼の乱戦へとなっていく。

 

「一夏、止まっちゃダメだ!」

「くっ!?」

 

 シャルロットの声に慌てて白兎馬を急発進させる。数秒遅れていくつものビームが二人を目掛けて発射される。そのうちの数機は同じ無人機のビームに貫かれて爆散した。いったいなにが起きているのかまったくわからない。一夏は混乱しそうになりながらも、とにかくセシリアたちと合流するために周囲の索敵を強化する。

 

「白兎馬、セシリアの位置は?」

『戦域マップに表示しマス』

 

 コンソール前に空間ディスプレイが展開され、セシリアの現在位置を表示する。

 本来ならまだ白兎馬にはセシリアたち、セプテントリオンのメンバーとの共有機能までは未搭載だが、シャルロットのラファールとデータリンクをすることで正確な位置を表示している、

 一夏は白兎馬のナビゲーションを頼りに乱戦区域の突破を試みる。高機動モードでの最速なら中央突破も可能なはずだ。後ろに乗せたシャルロットが援護射撃を行いながら白兎馬の進路を確保する。

 まったく無意味な進撃を繰り返す無人機との乱戦は組織的な行動がなされない分、突発的な事故も起きやすい。一夏とシャルロットも慎重に、かつ迅速に戦域を駆け抜けようと集中する。

 

 なにが起きているのかはわからない。誤作動なのか、なんらかの策略なのか、情報が少なすぎて判断できないが、こういうときこそ孤立するのはまずい。個人で判断ができない以上、統率できる人物の判断を仰ぐことが最善だった。

 すなわち、セプテントリオンを率いるセシリアか、IS学園の生徒会長である楯無のどちらかだ。千冬という判断も間違いではないが、戦闘区域の半分は未だにジャミングがかかっているために通信可能区域を探す手間がかかる。ならば通信可能で居場所がはっきりわかるセシリアと合流することが確実だ。

 

「鈴と簪は?」

「鈴さんはラウラが確保してる。簪さんは学園側にいるよ」

「わかるのか?」

「僕たちの部隊は全員がリアルタイムで情報共有してるからね」

「ならまずは自分たちのことだな。……急ぐぞ! しっかりつかまってろ!」

「援護は任せて!」

 

 シャルロットが一夏の背後からスナイパーライフルを構える。下手に攻撃をして攻撃対象にされることを警戒して進路上の敵機のみを最低限の射撃で射抜く。無秩序に破壊活動をする無人機を撃破することは難しくなかった。回避や防御よりも攻撃を優先しているのだ。脅威度は高いが、隙も大きい。

 

 問題は流れ弾が多すぎることだ。弾、というにはいささか威力が高すぎるビームだったが。

 

 予想もできないタイミング、場所からビームが放たれ、それは友軍機であるはずの無人機が射線にいようがおかまいなしに飛んでくる。

 一夏もそんな予想外の被弾を懸念して周囲の索敵を白兎馬に強く命じて疾走させている。シャルロットの機体には現状ではビームを防ぐ武装は搭載されていない。

 零落白夜を纏う『朧』という強力無比な防御能力を持つ白兎馬も現状はその能力を使えるコンディションではない。

 つまり、地雷だらけ危険地帯のど真ん中を突っ走るに等しい状況なのだ。

 

「贅沢は言ってられないな……最短最速で行くぞ!」

 

 覚悟を決めて一夏は白兎馬の出力を上げる。無意味な破壊をもたらす光の柱の間をすり抜けるようにわずかもスピードを緩めずに閃光となって戦場を貫く。

 

「でもけっこう離れてたからまだ距離がある…………なんとかルートが確立できれば……あれ?」

「どうした?」

「隊長からオーダーがきた」

「隊長……セシリアか? なんだって?」

「『道を作る。今すぐ低空飛行せよ』 ……ッ!? 一夏、急降下!」

「お、おう!?」

 

 表情を変えて慌てて叫ぶシャルロットの勢いに圧されながら白兎馬を降下させて海面ギリギリまで高度を下げる。そしてそれを見計らったかのようなタイミングで前方、IS学園側から巨大な閃光が発せられた。

 それは無人機が持つビーム砲が可愛くみえるほどの大出力のビームだ。夜の闇を太陽が照らしていると思えるほどの光量を持つ青白く輝く巨大な光の塊がまっすぐに戦場を貫き、射線上にいた無人機をすべてスクラップにしながら水平線の彼方へと消えていった。

 

「おいシャル、あれってまさか……」

「プロミネンスのビームだね……撃ったのは、まぁ、ね」

「道を作るってこういうことかよ! 相変わらずお嬢様のくせにやることが過激だなあいつは!?」

 

 文句を言いながらも戦場に強引に造られた道を一直線に突き進む。無茶苦茶な方法であったが、これで一夏とシャルロットは最短距離で有軍部隊との合流を果たせる。

 

「…………一夏、僕たちが合流したら防衛戦を下げるみたい。このままIS学園まで突っ切って!」

「わかった。……しかし、やっぱ量子通信はすごいな。こんなジャミングがかかってても通信できるなんてな」

 

 一夏の言葉にシャルロットはただくすくすと笑う。

 確かにシャルロットもはじめは驚いたものだ。どんな状況下でも高速かつ長距離を盗聴不可能な通信を可能とする量子通信。もともとISコアネットワークのシステムのひとつだったらしいが、それを実用させ、さらにISに搭載できるサイズのものとなるとカレイドマテリアル社しか製造不可能、しかもこれはまだ公には出回っていない代物だ。その恩恵を実感して一夏は羨ましそうに口にする。実際、セシリア達と通信できるシャルロットがいなければ一夏は完全に孤立していた。

 

 相変わらず頼もしい戦友たちに、一夏は脱帽する思いだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 相も変わらずに頼もしいと思われているセシリアだが、内心では強い困惑に支配されていた。それでも隊長としての責任感から頭を冷静に保ち、最適な指揮を思考し続けていた。

 だが、情報が少なすぎる。突然暴走状態となった無人機は全体のおよそ八割。暴走機を一機確保して、それを束が解析してくれているが、わかったことは無人機のシステムがおかしくなったということだけ。詳細は未だに解析中だ。

 対処としてはあまりよくないが、セシリアは部隊を集結させることを決めた。最終防衛戦としていたIS学園本隊前と海上に敷いたセプテントリオンによる第二防衛戦を統合させ、戦力を集中。動きが不透明な無人機群に対し、援護がしやすいようにと考慮した結果だ。

 もちろん、大出力兵装を持つ相手に過度の密集は危険だが、セプテントリオンのメンバーが小隊規模で拡散的に前衛を受け持つことで即時対応を可能とする陣形を維持する。

 シャルロットからの連絡でもうじき一夏と一緒に合流することもわかっている。鈴もラウラがスターゲイザーへと退避させた。これで要救助者はすべて確保したことになる。

 

 …………ただ、一人を除いて。

 

 セシリアがもっとも気にかけている存在――――半生を共に生きた最愛の少女であるアイズ・ファミリアの安全だけが確認できていない。アイズは未だにシールと戦闘中だ。

 できることならすぐにでもアイズのもとへと行きたいが、現状がそれを許さない。不確定の戦況を判断するのは、隊長であるセシリアの役目なのだ。それを放棄することはできない。

 それに、アイズは強い。シールが相手でもそう簡単にやられることはないだろう。この状況を素早く掌握し、アイズを確保すればよい。

 

 

 

 

 

 

―――――そう思っていたセシリアの希望的な思考は、束の声によって消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『セッシー、まずいわ、これ……っ』

「束さん?」

 

 通信してきた束の声はひどく不安そうだった。束のその声は、自分の予想外の事態に陥ったときのものだった。束はややうろたえたように声を震わせながらセシリアにそれを告げた。

 

『暴走じゃない。誰かがコントロールを奪取してる……あいつらじゃない、第三者の介入だよ』

「……なんですって?」

『暴走は擬態。その【誰か】の指示に従って動いてる。なにか目的がある…………急げセッシー! こんな状況でこんなことをしでかすくらいだ、絶対いいことじゃないだろうね。そいつらがなにをするつもりかわからないけど、なにもさせるな!』

 

 切羽詰ったような束の声に、セシリアも意識を変える。

 

 無人機の暴走が、仕組まれていた?

 

 同士討ちする行動すらしているのだから、おそらく亡国機業側がやったことじゃない。もしそうだとしても、それはあまりにも無意味な行為だからだ。

 なら、考えられるのはIS学園側でもなく、カレイドマテリアル社側でもなく、……まったく違う第三勢力の仕業だというのか。

 しかし、そんなことが可能な組織がいるのか。いや、この思考は今は必要ない。必要なのは一刻も早くその【誰か】が仕組んだ狙いを暴き、それを防ぐことだ。束が言うように、悪い予感しかしない。こんな事態、完全に予想外、想定外だ。

 セシリアはスターゲイザーから送られてくる広域マップを表示する。敵無人機の動きが一機一機、リアルタイムで表示されている。さらに暴走機と思しき機体と、暴走していないと見られる機体を判別、全ての機体の動きを表し、戦域を俯瞰する。

 

 束が言うように【誰か】の意思が介在するのだとしたら、なにかしら統一性や傾向が見られるはずだ。セシリアは戦場の動きを把握して全体像を掴もうとする。

 

 ……たしかに、暴走しているようでもある一定のリズムが感じられる。主戦場から少しづつ外へと拡大、未だ海上は混沌とした密集地だが、ゆっくりと外側へ膨らむように広がっている。

 しかしその広がりは、しだいにまたある一点へと収束していくように………。

 

 

「……まさか」

 

 

 セシリアの優秀な頭脳が、その未来予測を描く。

 この動向、そして向かう先にある場所は―――――IS学園アリーナ。

 

 アイズとシールが戦っている場所だった。

 

 

「こいつらの、狙いは……!」

 

 

 なぜ気づかなかった。

 たしかに単体で圧倒的な戦闘能力を発揮するヴォーダン・オージェに勝てるものなどそうはいない。だが、それは必ずしも無敵の力ではないのだ。ちゃんと攻略法だって存在する。

 しかし、その力はISと併用することで恐るべき力を発揮する。アイズやシール、そしてかつてVTシステムとの相乗効果で絶大な戦闘能力を見せたラウラなど、その力は一目瞭然だ。生半可なIS操縦者では瞬殺されるほどその力はIS操縦者としても突出している。

 単機で戦場を圧倒する力、それはしかもリスクはあれど、人が使うことができると証明されている。それまでに、どれほどの命を糧にしようとも、先天的、後天的な成功が可能だと…………ほかならぬアイズとシールが証明しているのだ。

 そして、それは量産すら可能な代物。それも、ラウラという存在が証明してしまった。

 

 ならば、欲しい、はずだ。

 

 世界を一変させたIS、それすらを上回る抑止力となりうる存在を作り出す、その人造の魔眼を。

 

「ヴォーダン・オージェの確保……狙いは、アイズ……、いや、シール、あの二人とも?」

 

 推測でしかないが、ほぼ間違いないと判断できる。

 この状況がなによりの証拠だ。無人機の大半が離反すればシールは戦場で孤立するし、そして今はアイズと一騎打ちの最中だ。ヴォーダン・オージェが欲しい者からすれば、絶好の機会だろう。如何にあの二人とて、絶対的な数の差は覆せない。

 ヴォーダン・オージェがたとえ無敵の力を与えても、使うアイズとシールはあくまでも人間なのだ。生きている生物である以上、長期戦や消耗戦に抗うことなんてできないのだから。

 

 すぐさまアイズに退避するよう通信を入れようとするが、遅かった。

 

 二人が戦っているアリーナが、ビームの砲撃と思しき攻撃で爆散した。おそらくビームの集中砲火だろう。

 セシリアは血の気が引いていく感覚を自覚をしながら、パニックになりそうな頭の中を分割思考を駆使して強制的に冷静な思考を確保する。

 

「ラウラさん!」

『もう向かっているッ!』

 

 セシリアと同じ結論に至ったと思しきラウラが即座に返事をする。そしてレーダーに凄まじい速さで動く機影が反応する。ラウラの『オーバー・ザ・クラウド』だ。ラウラは鈴をスターゲイザーに収容した際に束から状況を聞いていたために、すぐにラウラにとっての最重要である姉の援護へと向かっていた。

 遊撃であるとはいえ、それは完全に独断であったが結果的に最善な行動だった。

 

 ラウラならなんとかしてくれるだろう。伊達に第五世代機の乗り手に選ばれたわけではない。夏休み前よりも遥かに『オーバー・ザ・クラウド』を使いこなしているし、なによりこの状況では満足に動けるのはラウラだけだ。

 セシリアはここから動けない。今ここでセシリアが動けば部隊どころか、IS学園側まですべて崩壊させてしまうリスクが生まれてしまう。指揮官、というのはそれほど重い。

 だが、やれることはある。

 アイズの安全を確保するためにも、セシリアのすべきことはひとつだけだ。セシリアは頭が怒りでおかしくなりそうな状態を必死に抑えながら、その怒りの熱を反転させて氷のような表情で告げる。

 

「セプテントリオンに告げます」

 

 セシリアは部隊員すべての通信を開くと、仲間である隊員たちすら背筋が凍ってしまうような冷淡な声で告げた。

 

「―――――全力戦闘を許可します」

 

 そうしてセシリアもトリガーを引く。

 同時にビットをすべてパージ。スターライトMkⅣとともにレーザーを一斉射撃。全部で十一ものレーザーが寸分たがわずにそれぞれが暴れまわっている無人機の頭部を貫く。

 一瞬で十一機もの敵機を破壊したセシリアが、冷たい視線で次の得物を探しながらオーダーを叫んだ。

 

 

「――――殲滅しなさい!」 

 

 

 

 




更新遅くなりました。九月入っていきなり仕事が忙しくなったんです。残業なんて嫌いだ。


さて、こっから新展開。次章からの第二部に向けた序章となります。


Q.なんかオータム先輩がかっこいいですね? 
A.だって好きですから(笑)


オータム先輩は亡国機業側の清涼剤と思うんだ。そして第二部は亡国機業側のエピソードも多数作る予定です。やっぱ敵サイドも魅力がないとね。

あと一週間もすれば仕事も落ち着くんだが、安定して更新させたいです(汗)

次話はアイズ、シール、ラウラのヴォーダン・オージェ組が主役です。
それではまた次回に!


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Act.74 「運命の欠片が集うとき」

 その破壊の極光によって最新施設であったIS学園のアリーナのひとつは見るも無惨な姿へと変貌していた。かろうじてアリーナの原型は残っていたが、そこはただ瓦礫を積み重ねられているだけの廃墟と化している。

 そんな破壊されたアリーナの上空を多数の無人機がなにかを探すように徘徊していた。その様子は決して暴走しているようには見えない。明らかに統制された動きだ。

 その無人機たちは瓦礫と化したアリーナ跡へと降り立つと、周囲の様子を伺うように頭部を動かしている。無機質な頭部のアイライトが不気味に光り、まるで死者が生者を求めて徘徊でもしているかのようにただただ見る者を恐怖させる列を成している。

 人と共に躍動する本来のISと違い、ただ鉄の塊が人の形をして動くということが、生命を感じさせないその存在が、こんなにも恐ろしい。

 

「――――giji」

 

 一機の無人機がなにかを見つけたように頭部のカメラを向ける。そこにあったのは瓦礫に突き刺さったブレード、アイズが持っていた『ハイペリオン・ノックス』であった。

 まるで墓標のように存在しているソレを、やはりなにも感じていないように無人機が近づいていく。

 

 そして、その剣に手をかけようとした瞬間――――――空気が鳴った。

 

 ハイペリオン・ノックスの周辺に仕込まれていたワイヤーが無人機に絡みつき拘束する。無人機がそれを認識したときには、既にその首が宙を舞っていた。

 無人機の頭部を切断したのはひと振りのブレードだった。シールが持っていたはずの細剣『スカルモルド』を握った腕部装甲が飛来して無人機を仕留めたのだ。

 

 そして瓦礫の陰から襲撃者が姿を現す。たまたま落ちていたシールの細剣と腕部突撃機構ティターンによる奇襲を行ったアイズが腕を再び回収しながら姿を現した。

 

「……げほっ、痛ぅ」

 

 しかし、その姿はまさに満身創痍だった。

 既に切り札である【type-Ⅲ】は解除され、レッドティアーズもボロボロ。アイズも機体も、爆発と崩落に巻き込まれた衝撃で全身を痛めつけられた。ISでなければぺしゃんこになっていただろう。

 そんな状況下でもヴォーダン・オージェの力で致命傷だけは避けたが、完全回避など不可能だった。結果、アイズとレッドティアーズはかなりの痛手を受けることになった。何度かセシリアたちとの通信を試みるが、エラーばかり。通信機能がダウンしたらしい。コアネットワークは生きているから他の機体との相互反応はあるが、肝心の量子通信機能がやられている。

 機体コンディションも悪化しているが、それよりもアイズのバイタルのほうが問題だった。

 

 左目がまったく見えていない。ヴォーダン・オージェが完全に機能を停止している。

 

 視覚情報が能力の要となるヴォーダン・オージェにおいて、片目が使えなくなるだけでその能力は半減してしまう。

 おそらく危険だとAHSが判断して強制的にヴォーダン・オージェのナノマシンをダウンさせたのだろう。アイズの瞳に宿るナノマシンはかなりピーキーなため、突発的に限界以上の性能を引き出そうとするとそのまま瞳が死ぬまで力を行使し続ける危険すらあった。だからこそ、束はそんなアイズの安全のためにAHSシステムを作ってくれたのだ。

 両目が使えなくなるよりはマシだと前向きに考えることにしたが、絶体絶命なのは変わりないだろう。いきなり無人機がシールごと自分を狙ってきたことには驚いたが、今はそれに対し何故、とか考えている時間も惜しい。

 半分になった視界いっぱいに無人機が見える。目算でも三十機前後はいるだろうか。たった二機を相手に強襲をかけるにしても、過剰戦力だろう。それとも、それだけヴォーダン・オージェを警戒しているのだろうか。数を揃えてきたことからヴォーダン・オージェの攻略法もわかっているのかもしれない。

 

 ヴォーダン・オージェの強みは高速思考と視覚による解析能力だ。生半可な相手からすれば、ヴォーダン・オージェと相対すればまるで心を読まれていると錯覚するほどにこの瞳の情報解析力は桁外れなのだ。

 ならばそれにどう対抗するのか。答えは単純であるが、多数で戦うことだ。多数であればあるほど解析対象が増え、そうなれば必然的に思考時間も長くなる。それでも高速思考能力も備えているので言うほど簡単ではないが、一番確実な対抗手段なのだ。

 ヴォーダン・オージェは一対一では無敵といえる力を発揮するが、それは対処する存在がひとつだけだからだ。セシリアのように本体と十機のビットの並列思考操作なんて化け物級の分割思考ができるのならまた違っただろうが、アイズもシールも思考はひとつだけだ。

 

 だから通じるのだ。数の暴力が。

 

「なにが起きたのかよくわかんないけど……状況が悪いってのはよくわかるかな」

 

 そう思っているうちに残った敵機から再びビームが放たれる。まともに受ければレッドティアーズの装甲程度では気休めにもならない威力のそれをアイズは上昇しつつ回避、いつまでも地上にいれば回避コースを潰されてしまうため、悪いコンディションでも無理に瞬時加速を使って空中機動へと移行する。

 だがしかし、そこには既に上空で待機していた一団が待ち構えていた。

 まるで雨のようにアイズの頭上から光の槍が降り注ぐ。上下から挟み撃ちにするように無数のビームがアイズを襲った。

 

「くぅっ……!」

 

 わずかな隙間に機体をすべり込ませるようにして回避。すれすれで回避しているためにビームの熱量で装甲が焦がされる。近接特化型のアイズにとってこの弾幕は相性が悪すぎた。

 しかし、それでもアイズに諦めはない。そんなものはアイズの心には存在していなかった。

 

「あとでまたみんなに怒られるんだろうなぁ……簪ちゃんやラウラちゃんには、泣かれちゃうかな」

 

 ふと、現実逃避のようなことを考えてしまう。

 アイズは、自分がどれだけ皆に心配されているのかわかっている。今までも、ずっと、何度も、たくさんの迷惑をかけてきた自覚もある。

 その度に心を鬼にしたセシリアに怒られ、簪やラウラに泣かれる始末だ。

 

「…………ボクは、幸せだな」

 

 心配をかけて申し訳ない気持ちはもちろんある。しかし、それ以上にアイズは嬉かった。

 

 

 自分がみんなに愛されているのだと、そう実感できるから。

 

 

 そう思うこと自体が傲慢な考えだろうなという自嘲のような気持ちを抱くが、アイズはそれ以上に感謝した。

 だからこそ、アイズはこれ以上心配をかけたくなかった。自分のせいで悲しませてしまうことは、アイズにとっても、とても哀しいことだから。

 

「ボクは、負けない。ごめんねレア、もう少し付き合ってね!」

 

 覚悟を決めたアイズは傷ついた機体のまま敵機へと吶喊する。コアとのリンクも低下しているためにレアの声は聞こえなかったが、アイズに応えるようにレッドティアーズの出力が上がっいく。声は聞こえなくても、アイズは確かにレアが後押しをしてくれていることを感じていた。

 

「やぁっ!」

 

 迎撃してきた無人機の攻撃を回避しつつ背面へと回って機体を回転させながら両手にもったハイペリオン・ノックスとスカルモルドを振るう。無人機の頭部と腰部を切り裂き、バラバラとなった機体がスパークして爆発、空中分解する。

 当然この攻撃動作でスピードを緩めることなどしないアイズはすぐさま周囲から放たれたビームを余裕をもって回避する。

 しかし、明らかに友軍機すら巻き込むことを厭わない無人機の行動にアイズは無意識に眉をしかめてしまう。これは、あまりにも戦い方がひどすぎる。

 

「こんなこと……!」

 

 怒りを覚えるアイズだが、とにかく今はこの状況を打破することだ。

 まずは上空の敵機を殲滅する。上を抑えられていてはまずい。だがそれもかなり厳しい。フレンドリーファイアを気にしないということは、密集地帯に平気で撃ち込んでくるということだ。単機のアイズがどれだけ不利なのか、考えるまでもない。

 自爆覚悟の特攻をこの数にされたら、如何にアイズでも押し切られる。

 

 アイズは知らず嫌な汗を流していた、が――――――その心配は次の瞬間には霧散した。

 

「…………ッ、この感じ、シール!?」

 

 残った片目のヴォーダン・オージェが共鳴する。もはやこの瞳を持った者同士にしかわからない、互いを感じ取る現象。

 それを証明するように、地上からアイズを狙い撃っていた無人機の一団が激しい光の津波に呑み込まれた。光の波というべき流動エネルギーの塊が巨大な渦となって広範囲を巻き込み、吹き飛ばしたのだ。さきほどアイズが受けた広範囲攻撃と同じものだ。

 巻き込まれた機体は半壊となって転がるが、トドメを刺すように現れたその機体が無様に動いていた一機の無人機の頭部を踏み潰した。

 

「まったくもって…………無様な」

 

 先ほどの集中砲火で焼け焦げた装甲をまるで煤のように変色させたパール・ヴァルキュリアがその姿を現す。純白だった天使がまるで堕天したかのように変わり果てた姿であったが、その操縦者であるシールは汚れながらも変わらぬ完成された芸術のような美貌を保っている。

 シールは鬱陶しそうに無人機たちを見渡した後、ゆっくりとアイズへと視線を向けた。

 

「大体の事情は察しました。……アイズ・ファミリア」

「うん?」

「無粋な介入を詫びましょう。これはこちらの不手際ですね」

「いいよ、気にしなくて。不意打ち、奇襲なんて受けるほうが悪いんだから」

 

 それは本音だった。戦場ではいかなる言い訳も通用しない。それにアイズも奇襲を得意とするタイプなので自身がされることも許容している。警戒できなかったほうが悪いのだ。今回もシールとの戦いに集中し過ぎたからこんな奇襲を受けてしまったのだ。

 

「それより、なにがあったの? バグでもあったの?」

 

 断続的ながらも継続されている無人機からの攻撃を躱しつつシールに問いかける。シールも同じように片手間で戦いながらアイズとの会話に付き合っている。

 

「さぁ。どうやらこちらのコントロールから離れたことは確かなようですが……」

「まぁいいや。こんな状況で決着もなにもあったもんじゃない。……シール、共闘して」

「あっさり共闘を申し込みますか。本当に頭がお花畑ですね」

「ボクとあなたは倒すべき敵同士。でも、そのために共に戦える。そうでしょ?」

「……いいでしょう。私もこのような状況は不本意です。申し入れを受けましょう、アイズ・ファミリア」

「よろしく。あとさっきみたいにアイズって呼び捨てでいいのに。心が共鳴したからわかる。あなただってボクのこと、嫌いじゃないんでしょ?」

「あなたのそういうところは、嫌いですけど?」

「そっか。ごめんね?」

 

 舌を出して笑顔を作り、テヘペロ、と鈴から教わった謝罪をするアイズ。ちなみに「相手が不機嫌そうなときに効果大なやり方」と教わっている。完全に間違った知識であるがアイズは気づいていない。

 シールもそんなネタなど知るはずもなく、相変わらず変なやつだ、と苦笑する。

 

 そう、シールは、笑っていた。自分でも気づかないうちに。

 

 戦うことでしかわかりあえない二人。それは真実だった。

 そして、だからこそ、戦えば戦うほどに、二人はどこか気安い友人同士のような親近感すら覚え始めていた。無意識に笑ったことがなによりの証明であった。

 

 

 

 

(なんでしょう、不思議と悪くないと思う自分がいる…………これが、プレジデントの言っていたことなのでしょうか)

 

 

 

 

 シールは戸惑いと同時に、どこか納得する。なるほど、たしかにプレジデント・マリアベルの言っていた通りだ。

 倒すべき相手を認めること。そうすることで、こんなにも気が楽になる、やすらぎすら感じる。存在を否定しているくせに、その一方で受け入れ、認めている。ひどい矛盾だと思いながら、シールはそれがとても心地よかった。

 有象無象を倒そうとするより、大切なものであるほど倒す意味がある。マリアベルが言っていた意味が、ようやくシールにも分かり始めていた。それがひどく歪んだ考えだということもおぼろげながら理解しつつ、シールは浮かび上がる気持ちを肯定する。

 

「ふふっ……」

「うん?」

「そうですね、ではアイズと呼ばせてもらいましょう」

「そっか、嬉しいな」

「邪魔な玩具を掃除して、…………続きをやりましょう」

 

 シールにとってアイズは倒すべき相手、倒したいと願う相手。それなのに、その一方でアイズ・ファミリアという存在を信じている。なにを信じているのかはわからない。しかし、敵であるはずのその少女に背中を預けてもいいと思うほどに、アイズを認めている。

 理屈の上では矛盾、心情としては心地よいその気持ちを少しだけ持て余しながらシールはアイズから投げ渡された細剣『スカルモルド』を握り締めた。

 

「あなたを倒すのは私です。勝手に落ちないでくださいよ、アイズ」

「安心しなよ。ボクは負けない。シール、あなたにもね!」

 

 そうして二人は背中合わせに戦闘態勢を取った。

 つい先程まで殺し合いのような激しい戦いを繰り広げていた二人が一転して背中を預け合うという光景は明らかに不自然なものであったが、この二人はごく自然にそれを受け入れていた。

 

 今、自分の背中を預けているのは宿命の敵。そして共に戦う戦友。相反しながらも、二人の歪な絆は確かに結ばれつつあった。

 

「背中を預けます」

「期待に応えるよ」

 

 そうして不安定であるはずの、奇妙な信頼の下での共闘が始まった。

 シールはアイズの死角を補うように左側へと並ぶ。死角をシールに取られているにもかかわらずにアイズは信頼しきったように一切の警戒をしていない。完全に死角をシールに任せている。

 その事実がシールにとっては複雑なものを抱かせるがシールとてこの状況でアイズに危害を加える気はなかった。それが、アイズに心を見透かされているような気がして若干不愉快であったが。

 

「ボクが前に出る! シールは援護、できるよね?」

「誰に言っているのです?」

 

 アイズは迷うことなく敵集団へと突撃する。友軍機への攻撃を躊躇わない相手との乱戦はアイズのリスクも高くなるが、それでも死中に活を見出すには接近戦しかない。

 

「やぁッ!」

 

 ハイペリオン・ノックスを槍へと変化させての突きで一機の胴体部を貫く。即座に鎌へと変化させて薙ぎ払い。広範囲の斬撃で乱戦地帯の斬り崩しを狙うも、そんなアイズにいくつもの砲口が向けられる。

 だが、そんな暴挙をシールが許さない。

 

「温すぎる……!」

 

 アイズを狙っていた敵機へとシールが強襲をかける。

 シールドチャクラムを射出し、高速回転するチャクラムが正確にビーム砲を狙って破壊する。互いに援護もなにもない、ただ目先のものを破壊しようとするだけだ。

 そんな無人機があまりにも不細工な代物に見えてシールは苛立ちを顕にしながら自分たちの兵器であるはずの無人機に躊躇いなく剣を突き立てる。

 

「プレジデントが造ったものを汚すとは……!」

 

 シールは気づいている。

 暴走というには、明らかに挙動がおかしい。フレンドリーファイアこそしているが、基本的に無人機同士を攻撃対象にはしていない。攻撃対象は明らかにアイズとシールの二人だ。

 

 

 

 ――――なにより、こんなバグなど、あの人が造ったものに限ってありえない。

 

 

 

 亡国機業のトップに君臨するマリアベルは組織最高の頭脳の持ち主でもある。シールのパール・ヴァルキュリアも彼女の作品だった。

 戦闘要員のシールと違い、マリアベルとその片腕とされるスコールの二人だけで実質亡国機業の運営すべてを担っている。技術開発から資金調達、無人機の量産体制の確立にいたるまで、ほぼ全ての実務をこなしている。

 スコールも当然優秀だが、マリアベルに至っては完全なものとして生み出されたシールから見ても天上の存在とすら思ってしまう。そんな、シールが唯一心酔した人物が造ったものが、こんな出来の悪い玩具に成り下がるなど信じられなかった。

 ならば、この事態は誰かの思惑が介在しているはずだ。亡国機業を出し抜くとはいったいどこの誰だともおもうが、これが人為的なものだということは半ば確信していた。

 シールは苛立ちを強くしながら目の前の敵機にウイングユニットを叩きつけて破壊する。誰かは知らないが、こんな真似をした黒幕をシールは許せそうになかった。

 アイズとの決着もそうだが、わざわざマリアベルが整えてくれた舞台をかすめとるような真似も許せなかった。

 

「アイズ、突破を試みます」

「異存はないけど……ボクとシールでも、正直厳しいよ?」

 

 二人を逃がさないように包囲する無人機たちを見てアイズが表情を曇らせる。決して無理な攻撃はせずに、二人をこの場にとどめるように動く無人機に、アイズも既にこれが意図的なものだということを察していた。

 

「それより援護を待って粘ったほうがいいんじゃない? セシィが援護を回してくれるはずだし」

「あなたにとっては援軍でも、私にとっては敵軍です」

「じゃあどうする? 強行突破する? あなたももうヴォーダン・オージェ、満足に使えないんでしょ?」

 

 シールの両目は健在だが、その輝きは先程よりも弱々しい。シールとて人間だ。消耗すれば発揮できるパフォーマンスは下がる一方なのだ。実際にフルドライブの影響もあり、シールの戦闘力も大幅に落ちている。無理な行動は禁物だろう。

 

「…………ん、いや待って。もうすぐ来るみたい。…………ラウラちゃんかな?」

 

 どうしたものかと思案しているとアイズの瞳が疼く。この目を持つ者にしかわからない特有の感覚がアイズを刺激する。

 ヴォーダン・オージェの共鳴反応が増えたことで、ラウラが近づいているのだと判断するアイズ。アイズ、シール、ラウラのたった三人だけであるが、この目の共鳴現象を利用した判別は機械に頼らない分、こういった状況下でも信頼できる。

 しかし、それはすぐに困惑に変わる。

 

「………え? でもこれって……」

「反応が…………二つ?」

 

 アイズとシールが警戒を強める。

 ヴォーダン・オージェの反応が二つ、別方向から近づいてくる。ひとつはラウラだ。ラウラの反応をシールはともかく、アイズが間違えるはずはない。

 しかし、もう一方から近づいてくる反応、こちらはアイズが知らないものだった。そもそも、今まで自分以外のヴォーダン・オージェ持ちはシールとラウラしか出会ったことがないから当然だった。

 

「シール?」

「…………」

 

 シールに確認を取ろうとするが、シールは難しい表情で未確認反応のする方向を睨んでいる。その様子からシールも知らないだろうと判断する。

 警戒を強めていると蝶のような青白いバーニア炎を噴かしながら『オーバー・ザ・クラウド』が飛び込んできた。その際に進路上の邪魔な無人機を単一仕様能力『天衣無縫』によって吹き飛ばしていたが、文字通り眼中にないように目も向けなかった。

 

「姉様!」

「あ、ラウラちゃんやっほ」

「ね、姉様……っ、ご無事なようで……」

 

 相変わらずのアイズののんびりした返答にラウラはほっと安堵する。

 しかし、アイズの横にいるシールを見た瞬間にラウラの顔が豹変する。まるで仇敵を見つけたかのように殺気立って武器を向けようとする。

 

「ラウラちゃん待って! 今はシールは味方なの!」

「し、しかし……!?」

「味方ではありません。一時的に手を組んだだけです。勘違いしないでくれますか」

「あー、まぁそんな感じ? だから今は、ね?」

「…………姉様がそう言うのなら」

 

 少々不満そうにしながらもラウラが武器をシールではなく無人機へと向ける。しかし、アイズと違ってシールを常に警戒するように視界から外そうとしない。

 そんなラウラの行動もシールには少々鬱陶しいだけで咎めようとも思わなかった。むしろアイズのような無警戒を晒すほうが異常なのだ。

 

「茶番は終わりましたか? …………きますよ」

 

 いつのまにか無人機の動きが停まっていた。それはまるでなにかを迎え入れるかのように佇んでいる。

 

 そして、来た。

 

 おそらくステルス装備をしているのだろう。目視では景色と同化して一切姿が見えない。

 しかし、ヴォーダン・オージェを持つ三人にはわずかな違和感からしっかりとその存在を感じ取っていた。無人機に囲まれるようにしてその不可視の機体が上空で停止する。

 

 そしてゆっくりと光学迷彩と思しきものを解除して、その機体が三人の前にその姿を現した。

 

 それはまるで馬鹿にしているかのようなデザインだった。装甲の形も色も、左右非対称でバラバラ。鋭角的なパーツがあれば曲線的なパーツもある。

 頭部を覆うのは左右で泣き笑いの表情を模しているピエロのような仮面。いや、この機体そのものが道化師のように法則性のないツギハギのような姿をしていた。

 

「なに、あれ……?」

「あの機体の意匠……どこの機体だ? あんなものははじめて見たぞ……」

「…………(プレジデントの機体ではない、ではあれは……)」

 

 驚いている三人の前でその操縦者が――――仮面を外す。

 

 道化師を模した仮面の下から現れたのは、ラウラのものと似ている流れるような銀髪、まだ幼いといっていい顔立ちをしたその少女が、三人へと目を向けて――――それを見たアイズたちが絶句する。

 

 予想はしていた。共鳴していたから、彼女もまたヴォーダン・オージェを持っているのかもしれない、と。

 そして事実、その通りであった。

 

 彼女の瞳は金色に染まり、アイズたちと同じ瞳をしていた。だが、三人と違うものは…………その眼球が黒く染まっていることだった。

 まるで宵闇に浮かぶ満月だ。アイズはふとそんな連想をしてしまう。ラウラも目を見開き驚きを表しており、シールは訝しげにその少女を見つめている。

 

「………あなたは誰?」

 

 代表するようにアイズが疑問を口にする。しかし、その少女はそれには応えずに、黙ったままだ。互いに観察するように視線を交わしていたが、やがてその少女がふっと腕を振り上げながら口を開いた。

 

 

「初期開発被検体ナンバー13」

「………っ!」

 

 かつてのアイズの名とされていた言葉を紡ぐ。アイズにとっては名前ですらない、過去の痛みの記憶を呼び起こす忌まわしい呼び名だった。

 

「完成型、個体名シール」

「…………」

 

 続けてシールを呼ぶ。間違いではないが、なぜかそう呼ばれたことに苛立ちを感じていた。

 

「両名を確認。そして量産型準成功体も確認しました」

 

 最後にラウラへと視線を向ける。その目は、機械のようになんの感情も宿していない。ただただ金色の瞳が淡く輝いているだけだった。ラウラもまるで自身の分身のような姿をしている少女に険しい目を向けている。

 そしてその少女は振り上げた腕を三人へと差し向ける。それに合わせるように、今まで動きを停めていた周囲の無人機が一斉に動き出した。

 

 

「鹵獲を開始します」

 

 

 

 

 呪いのように魔眼はそれを宿された四人を引き合わせる。

 

 そしてその金の瞳が紡がれるとき、それは―――――――運命が動くときであった。

 

 

 

 




四人目のヴォーダン・オージェを持つ謎の少女………いったい何者なんだ!?な話でした。

主要なキャラがようやく出揃ってきました。この物語はヴォーダン・オージェがキーのひとつですが、これでようやくこれに関する四人が揃いました。今後の展開でどうなっていくのか……!?なところでこの章も最終局面です。
あと2、3話でこの章も終わりです。

今月中にこの章を終えて第二部へと行きたいです。それではまた次回に!


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Act.75 「交わらない道」

 束の『フェアリーテイル』と同じく情報処理特化寄りの特殊型。アイズは四人目のヴォーダン・オージェを持った少女の纏うISをそう分析する。

 道化師のようなふざけた外見をしているが、あの機体を中心に無人機を統制しているように見受けられる。おそらく無人機のコントロールを統括する指揮官機、電子戦、もしくは対象のシステムを掌握する特化タイプ。状況からみても無人機のコントロールを奪取して掌握したのもこの存在だろう。

 もしくはあらかじめこれらの無人機を用意していたのかもしれないが、シールの様子を見るにやはり奪取した線が濃厚だろう。

 実際にそんなことができるのかという疑問はこの際無視した。今は現実を見る以上の余裕がない。アイズ、ラウラ、シールの三人を囲む無人機の数は十や二十では済まない。

 それにあの少女の瞳……眼球が黒く染まったヴォーダン・オージェ。それがどんな意味を持つのかはアイズにはわからない。なにかしらの突然変異なのか、亜種なのか、アイズたちのものとは違うのか同じなのか。そんな疑問が次々に生まれていく。

 

「…………」

 

 傍にいるシールも訝しげな目で無人機を見渡している。なにか疑問があるようだが、今はそれを問いただしている時間も惜しい。

 

「撤退しよう。最悪でも時間を稼げばセシィ達が来てくれる」

「……私はあいつに用ができました。アレの正体がわからない以上、あなたを渡すわけにもいきません。癪ですが、私が時間を稼いであげましょう。あなたはさっさと逃げてください」

「シールってけっこうバカだよね」

 

 乱入してきたヴォーダン・オージェを持つ少女の目的が鹵獲である以上、狙いは間違いなくアイズとシールの瞳だろう。先程の言葉からラウラの優先度は二人より低いはずだが、ラウラも狙っていることには違いない。

 正体やバックにいる存在まではわからないが、友好的な組織ではないだろう。そんなやつらにヴォーダン・オージェを渡すわけにはいかないシールはアイズを逃がすことを決めた。仲間意識からではない、今後の情勢を鑑みてのことだ。

 シールからすればアイズに恩を売るような行為だが、アイズはそれをバカだと一蹴した。ムッとして睨みつけてくるシールに、アイズはどこ吹く風で返答する。

 

「ボクは“共闘”を申し込んだんだよ? なら、シールを見捨てることはできないよ。少なくとも、ここを切り抜けるまでは、ね」

「……甘すぎる。その甘さはいずれあなたを殺しますよ」

「でも、それは今じゃないよ」

 

 はっきり言い切るアイズには迷いが一切ない。シールのような様々な打算の結果ではなく、純粋に約束を守ろうとする誠意だけで言っている。アイズの甘さであり美徳だった。

 そんな甘すぎるアイズの言葉にシールは眉をしかめるが、横からラウラが少し疲れたように口をはさんだ。

 

「諦めろ。姉様は頑固だから撤回はしないし、そもそもこういう人なのだ。可愛いだろう?」

「やだな、恥ずかしいよラウラちゃん」

「それにそんな心配はそもそも必要ない。私としては気に入らないが……姉様の願いを叶えるのが私の役目だ。だからお前も、“ついでに”私が守ってやる」

 

 痛烈な皮肉を言いながらラウラが一歩前に出る。それは傷ついているアイズとシールの盾になるかのようだった。しかし、そんなラウラを無視するように無人機は手に持った銃器の銃口をアイズとシールへと向ける。それはビーム砲ではなく実弾のマシンガンやライフルだ。おそらく鹵獲するために殺傷能力の高いビームは禁じているのだろう。

 

 ある程度痛めつけて確保するつもりなのか、それらの銃のトリガーを躊躇いなく引き――――。

 

 

 

 

 

「誰を目の前にしているのか、わかっていないようだな」

 

 

 

 

 発射された銃弾が停止する。

 まるで見えない壁にぶつかったかのように無数の銃弾が空中へと縫い付けられる。

 

「なに……?」

 

 謎の少女が驚いたような声をあげる。これだけの物量の銃弾をすべて停止させられたことが予想外だったようだ。

 そしてそんな不可思議ともいえる現象を引き起こした人物―――ラウラがそんな少女をきつく睨みながら掲げた右腕を無造作に振るった。それだけで空間に縫い付けられていた銃弾が弾かれ、そのまま重力に従って落下する。

 

「この私の目の前で、姉様に手を出そうなど……」

 

 ラウラはゆっくりと歩きながら前へと出る。しかしそんな緩慢な動きとは反対に、ラウラの纏う『オーバー・ザ・クラウド』の出力が上昇し、機体に走るエネルギーラインが発光する。

 今度は左腕を無造作に真横へと振るい、そして側面にいた無人機をまとめて吹き飛ばした。

 

「貴様が誰であれ、関係ない。姉様に仇なす者は、私が決して許さない。その目に焼き付けろ、そして身に刻め」

 

 能力を発動。斥力と引力を操る単一仕様能力、『天衣無縫』を戦闘レベルで発現。物体である限り逃れることができない力場を形成、そのすべてを支配し、操る己の愛機をゆっくりと浮遊させる。

 そして命の宿らない無人機を前にしても、ラウラは感情を発露させるように叫んだ。

 

「私の目の前で、姉様に触れることなど許されない愚行だと知れ! 姉様は…………私が守る!」

 

 烈昂の気迫を見せるラウラに恐れたかのように再び無人機たちが手に持った銃を向けてくる。吐き出される馬鹿らしい量の銃弾を、先程のリプレイのように同じく空間へと縫い付けて背後にいるアイズにはひとつたりとも通さない。

 

“斥力結界”――――、一定範囲内のものを強制的に拒絶する力場を形成するオーバー・ザ・クラウドの能力、その一端。ラウラによって生み出された斥力が何物も跳ね返す不可視の壁と化す。

 

「返すぞ」

 

 さらにラウラは両手を構え、斥力結界にさらなる力を加える。すなわち、外部へ向けたベクトルの二倍掛け、停止させた銃弾が、今度は逆に射ち出されるように無人機たちへと浴びせられた。まるで散弾銃を乱射したかのように、無数の銃弾が無人機の装甲を抉り、四肢を砕いて落としていく。本来の銃弾の貫通力はなくなるが、単純な“力”で射ち出された鉛の塊はそれだけで凶器となる。

 すると無人機は今度はビーム砲による制圧へと移行する。ビームも影響で誤差を生み出すとはいえ、さすがにビームを弾くほどの力の行使は不可能だ。教科書取りの戦い方だが、オーバー・ザ・クラウドの真の力は斥力・引力操作ではない。

 

「遅すぎる」

 

 ビームが発射されると同時にラウラが姿を消す。ハイパーセンサーですら影しか捉えられないほどの超高速機動に入ったオーバー・ザ・クラウドが瞬間移動と言っても過言ではない速度で一機の背後へと現れる。

 それに反応して振り返った瞬間、その機体の首が飛んでいた。さらに至近距離から胴体部にステークを撃ち込み完全に機能停止へと追い込む。それを確認すると同時に再び超高速機動へ移行する。

 それはまさに姿無き襲撃者――まるで暗殺者のように次々と背後に現れては敵機を屠り、そしてまた姿をかき消してしまう。

 

「………ッ」

 

 乱入してきた少女もこのラウラの戦闘力は予想外だったのか、仮面越しにも表情を歪めていることがわかる。そんな彼女を嘲笑うかのようにラウラが目の前へと姿を現す。まるでにらめっこでもしているほどの至近距離に現れたラウラに、ビクッと身体ごと驚愕する。

 

「なかなか可愛い反応をするじゃないか。昔の私みたいだと思ったが、どうやらおまえはただ背伸びしているだけらしいな」

「っ……!?」

「この襲撃も計画的なものではないな? あまりにも脇が甘すぎる。どうやらおまえは……捨て駒にされたか」

「――ッッ!」

 

 乱暴に腕を振るうも、ラウラはあっさりと回避してしまう。ラウラと比べても、その少女にはあまりにも余裕がないように見える。

 ラウラはそんな少女を観察しながらさらなる速度をもって殲滅戦を行う。圧倒的な速さでありながら、旋回性や瞬発力も恐ろしい性能を見せるラウラに、無人機は反撃できる術を持たない。ただただ一方的に蹂躙され、破壊されていくだけだった。

 単一仕様能力“天衣無縫”による斥力・引力操作。これによって圧倒的な速さを維持したまま鋭角のターンを軽々と行うほどの機動力を実現していた。一ヶ月もの間、束による機体調整と改良を繰り返し、ラウラも身体を一から鍛え直したことで初陣のときには不可能だった誰にも追随できない世界最高の機動力を実現している。

 機動力に特化しているゆえに、火力や防御力が犠牲になっているが、間違いなく現存するIS、いや、現存するすべての乗機において、間違いなく最速である。

 

「どうやら場慣れしていないようだな。その目も、満足に使えていないな」

 

 ラウラの指摘に少女は仮面の下で唇を噛む。ラウラは既にこの少女の力量を見切っている。慢心も油断もしないが、それでも冷静にこの少女の戦闘力が低いと判断した。

 ヴォーダン・オージェがあるにもかかわらずに反応が鈍い。明らかに持て余している印象だ。

 単体での脅威度は低い。しかし、どうやらあの機体の特徴は無人機のコントロールにあるようだ。さながらマリオネットを操る指揮者のような役割だろう。

 確かに無人機の統制を取り、操る能力は脅威に成りうるものだが、こんな最前線に出てくる必要はない。登場のインパクトから最警戒していたが、どうにもこれは杜撰すぎる。

 消耗しているとはいえ、ヴォーダン・オージェ持ち三人を相手取るには実力不足も甚だしい。

 

 アイズもシールも観察しながらラウラに加勢して確実に敵機を破壊していく。この分では増援などない限り十分ほどで返り討ちにできるだろう。いや、その前にセプテントリオンの本隊がくるだろう。そうなれば危ないのはあの少女のほうだ。

 一体何が目的なのか、鹵獲が目的だとしても準備が足りていないこの状況では他になにかあるのではないかという疑念が生まれてしまう。

 

「うっひゃー、ラウラちゃんすごい!」

「半分は機体性能のおかげでしょう…………それより、どう思います?」

「うーん」

 

 片手間で戦いながらシールはアイズへ問いかける。自慢にもならないが、シールは他者の境遇や機敏に思いを馳せるということが苦手であった。もともと孤高の存在として生み出されたシールにとって、自分以外の存在など理解することも難しいものだったからだ。それに比べ、アイズは自分にも他人にも、その感情を重ねられる稀有な存在だ。共鳴して心を通わせたことでシールもわかっている。

 それに比べ、アイズは視力をなくしてもなお自分と、自分を取り巻くものと向き合ってきた経験がある。相手の感情や機敏には恐ろしく敏い。

 

「なんか、焦ってるよね。それに…………なんか、辛そう」

「辛い?」

「やりたくもないことを、させられてる…………そんな感じ?」

「…………」

「もしかしたら、誰かに命令されてるんじゃないのかな?」

 

 よくもそれだけ感じ取ることができるものだ、と半ば呆れたようにシールがアイズを見やる。少々癪だが、アイズの感性による直感はシールにはないものだ。

 しかし、改めてあの少女を見れば、なるほど、たしかにそういった焦燥が見て取れる。感情まではヴォーダン・オージェでも見ることはできないが、それでもそこからこぼれ落ちる挙動はわかる。

 

「ますます、口を割らせる必要が出ましたね」

 

 これ以上はアイズに言うつもりはなかったが、シールはある可能性を否定できないでいた。そしてそれは、どうやら本当のことになったかもしれない。

 

 すなわち――――亡国機業の内部からの反乱、関係者の離反、つまりはクーデターである。

 

 ヴォーダン・オージェを宿す存在、無人機とそのコントロール、そしてこのタイミングでの介入行動ができるほどの情報戦能力、それらすべてを併せ持つ組織は自然と限られる。それが、まさにシールが所属している亡国機業だ。

 亡国機業とて一枚岩ではない。むしろ多数の組織と繋がっていることで擬似的に大きな組織となっているだけで、その中枢に位置する人員は決して多くはない。繋がっていた外部組織が技術や機体を奪取したと見るべきだろう。

 

 

 

 ――――とはいえ、これも予定通りなのかもしれませんが。

 

 

 

 シールは脳裏に聖母のように微笑むマリアベルの顔を思い浮かべる。亡国機業のトップに君臨するあの魔女が、こんな反乱を許すだろうか。むしろこの反乱が起きること自体が、マリアベルによる予定調和のうちなのかもしれない。

 しかし、それでもやることはかわらない。なにも指示されていないということは、真偽はどうあれ、各々の判断で動けということにほかならない。

 だからシールは、乱入してきたあの四人目となるヴォーダン・オージェを宿す少女に狙いを定めた。

 こうなってはシールのほうが時間制限ができてしまった状況だ。ならば多少乱暴になるが、手足の数本くらい切り飛ばしても行動不能にして捕獲しても問題はあるまい。そんな物騒なことを考えながらシールはラウラに翻弄されている少女へと向かって飛翔した。

 

「っ、シール!?」

「私は、私の都合を優先させてもらいます」

 

 消耗しているとはいえ、シールにとって多少連携がとれる無人機などただの障害物程度の脅威でしかない。邪魔な機体だけ最低限の動きで行動不能へと追い込み、ふざけたデザインのISへと突撃する。

 その少女がそれに気づいたとき、既にシールの間合いに入っていた。

 

「性能も技量もまるで足りていない」

「っ……!?」

「なにより、危機感と経験が圧倒的に不足している。アイズはおろか、あの模造品にも劣る」

 

 回避しようとする動きを目視した瞬間に解析、回避場所へ向けて細剣を突き出す。するとまるで少女が自ら当たりにいったように突きが直撃する。呻く声を無視してさらに未来予知でもするように正確無比な連撃であっと言う間に追い詰めてしまう。

 しかも逃がさないようにラウラが牽制しているために、どうあっても少女はこの窮地から脱することができない。シールと真正面から相対して張り合う存在などアイズくらいしかおらず、無理矢理距離を離そうとすれば目にも映らないほどの速さでもってラウラが強襲を仕掛けてくる。

 ラウラとシールに連携の意思はまったくない。ただ、二人ともこの少女を逃がさないという目的が一致しているだけだ。この状況で姿を現すには不釣り合いな実力と装備、罠の可能性も高かったが、それ以上に貴重な情報源を逃がすつもりなど微塵もなかった。

 

「降伏しなさい。そうすれば命だけは助けてやってもいいですよ」

「…………!!」

「無駄な抵抗はやめるんだな。そうすれば寛大な処置を考えてやる」

 

 やたらと貫禄を出しながら降伏勧告をするシールとラウラを見てアイズは冷や汗を流していた。この場においてもっともな対応をしているはずなのだが、どう見てもあれは悪役だ。

 まるで二人がかりでイジメているかのような構図に、アイズは少しあの少女に同情してしまった。

 そうして少し眉を顰めているとふと残った片目が違和感を捉えた。ラウラとシールの背後に位置した無人機のエネルギーが急激に上昇していく様を察知した。その現象から推測できる事象は、ひとつだけだ。それを察した瞬間、アイズは叫んでいた。

 

「自爆特攻だ!」

 

 その声にラウラとシールがすぐさま反応する。視界外にいた機体が意図的なオーバーフローを起こし、自爆寸前となっている姿を確認する。ラウラは超高機動へ入り、即座に爆発範囲外へと離脱。シールは一瞥したあとは目も向けずに機体を一回転させながら細剣で薙ぎ払う。正確に動力系統を破壊し、自爆すらさせずに無力化する。ラウラは回避、シールは無力化という手段で対処するが、どちらが至難かは言うまでもないだろう。ただ離脱するだけだったラウラとワンアクションで無力化したシール。シールは明らかにレベルが違った。

 咄嗟の判断と状況でここまで差が出たことが、二人の実力の差でもあった。それを理解したのだろう、ラウラは小さく舌打ちしてシールを睨みつけてしまう。

 

「まだ来る! 残った機体、全部自爆する気だ!」

「自爆させて離脱する気か!」

「逃しませんよ」

 

 周囲に残った機体が一斉に自爆の秒読みに入った。アイズの直感がアラートを大きく鳴らしている。大分数を減らしたとはいえ、この数の機体が一斉に自爆すれば巻き込まれたら致命的なダメージを負うリスクが高い。あの少女は確保したいが、ここで無理をする理由もない。アイズはそう判断した。

 

「ラウラちゃん! 離脱するよ!」

「わ、わかりました!」

「斥力結界で壁を作って! シール!」

 

 オーバー・ザ・クラウドの天衣無縫による斥力操作で爆発の炎と衝撃を遮る障壁を発生させ、その間に離脱する。これがもっとも確実だが、アイズの呼びかけにシールは応えない。アイズの忠告を無視して少女の確保に向かっていた。

 アイズが再びシールに向かって呼びかける。

 

「シールッ!」

「必要ありません」

「あんのバカ……!」

 

 仲間でないのだから当然といえば当然だが、共闘すると言っておきながらも単機特攻なんて無茶をやらかすシールに悪態をつく。もっとも、この場合はアイズが甘すぎるだけなのだが、アイズはたとえ敵であっても約束事はバカ正直なほど律儀であった。

 そんなアイズに半分呆れながらシールが危険地帯へと特攻する。少女のISの絶対防御を発動させれば完全に無力化して確保できる。

 

「ここまでです。同行を願いますよ、拒否権などありませんがね」

 

 トドメを刺そうとシールが渾身の突きを放つ。それはまっすぐに少女の胸へと吸い込まれていき――――そして、空を切った。

 

「なに?」

 

 これには意外だったのか、シールが珍しく驚いた声を上げた。しかし、すぐさまカラクリを見抜くと金色の瞳をギョロリと動かし、一見すればなにもない空間へとその視線が止まる。

 

「攪乱特化型でしたか……」

 

 さきほどの回避は、デコイとステルスの併用によるものだ。おそらくはあの道化師のような姿のISの能力だろう。対象のISのハイパーセンサーにデコイの影を映し、そして本体は光学迷彩で姿をくらます。二重の攪乱装備による幻影効果だ。初見で見きれなかったことから、少女とあの機体の情報処理能力の高さが伺える。正常なものではないようだが、それでもヴォーダン・オージェだというだけはある。

 少女はそのまま空間に溶けるように姿を完全に消失させてしまう。

 ラウラは完全に姿を見失い、シールをもってしてもその姿を捉えることはできなかった。アイズだけが、ヴォーダン・オージェやハイパーセンサーではない、気配察知だけでおぼろげながら気配を感じるといった程度であった。しかし、その気配もすぐに霧散してしまう。完全に逃げられた。

 

「ダメ、見失った……!」

「自爆する機体の置き土産とは、舐めた真似を……ッ!」

 

 鹵獲できないと判断して消し去ろうとしているのか、とにかくこのままではまずい。アイズとラウラは退避可能なほど距離を稼いでいるが、シールは完全に爆破圏内に孤立している。あのままでは自爆に巻き込まれてしまうのは明白だった。

 そしていくらなんでもそれに耐えるだけの防御力などもうないはずだ。そんな危険地帯でシールはじっと佇んでいる。

 

「シール!」

「姉様、もう無理です! 撤退しましょう!」

 

 アイズの安全が最優先のラウラが無理矢理アイズを抱えて離脱する。同時にセプテントリオンのフォクシィギア二機が突入してきた。外の無人機を殲滅して向かってきた部隊の特攻要員であるリタとキョウが、突入した途端に出くわした修羅場に驚いた様子を見せる。しかし、二人も鍛えられた戦士だ。すぐさま状況判断を下し、ラウラと同じく傷だらけのレッドティアーズを掴んで退避行動に移った。

 

「よくわかんないけど、逃げる。疾きこと脱兎の如く」

「アイズさんになにかあれば隊長が怖いですからね。あとその慣用表現間違ってますよ」

 

 もちろん、この状況でアイズは抵抗なんてしまい。逃げることが最善だし、シールを気遣ってラウラたちを危険に晒すなんて真似は許されないとわかっているからだ。複雑な心境で無人機に囲まれるシールを見ていたが、ふとシールが振り返ってアイズを見た。

 二人の視線が重なり、一秒にも満たない時間で見つめ合う。鏡像のような相手、近くて遠い、理解しても交わらない敵同士。そんな二人が、敵意ではない、情の込められた視線を向け合っていた。

 周囲の自爆直前の無人機から立ち上るオーバーフローのエネルギーが視界を陽炎のように歪める中、 シールがわずかに微笑む。それは、アイズも始めて見るシールの純粋な笑顔だった。

 そんなシールがゆっくりと口を動かした。声こそ届かなかったが、シールが語りかけた言葉がアイズにははっきりと伝わった。

 

 

 

 

 

『また、続きをしましょう』

 

 

 

 

 

 それだけ口にしたシールが、アイズの視界から遠ざかっていく。完全に姿が見えなくなったところで、断続的に続く爆発が轟いた。先の攻撃で破壊されたアリーナを、もはや原型すらなくすほどの無慈悲な破壊の炎が飲み込んでいく。

 これまで過ごしてきた学び舎が炎の中で崩れ去る光景を痛ましそうに見つめながら、アイズはその中に消えたシールに届かないとわかっていても呼びかける。

 

 

 

「―――待っているよ、シール」

 

 

 

 それは一方的な約束事だった。それでも、その言葉は大切にアイズの心の内に仕舞われることになる。

 

 

 

 




次回でこの章が終了です。この章の後始末と捕捉的な内容となります。戦闘はここで終了です。

これでようやく第一部が終わりそうです。第二部以降は亡国機業、そして未だ謎の第三勢力との全面対決へと発展していきます。

この章はアイズ×シールな感じでしたけど、この二人の再会は少し先になります。次回以降はついにセシリアの見せ場がやってきます。

そういえばヒロインって誰が一番人気なんですかね? アイズの嫁候補はたくさんいるけど(笑)

それではまた次回に!


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Act.76 「世界は転がり、廻る」

「どうだ、スターゲイザーは?」

「うん、良好良好っ、いいデータを取れたし、なにより【SDD】の試運転ができたのは大きいね」

「本当に自重をやめて出来たアレか。移動手段の革命だな」

「ま、まだまだ条件が多いけどね。なにより、あれって本来は宇宙用だし」

 

 カレイドマテリアル本社の一室で束はケラケラと笑いながらイリーナと会談していた。セシリア、アイズ、シャルロット、ラウラ。この四人を除き、セプテントリオンは戦闘終了と共に即時撤退、現在は既に本拠地であるアヴァロン島へと帰還していた。

 そして束がここにいる理由は先のIS学園防衛戦への介入行動に関する報告であるのだが、束の報告は主観的なものが多々混ざるため、状況報告は別の人間にさせてあくまで技術的な報告のみを受けている。

 

 特に今回イギリスから日本へわずか数十分で移動した移動技術は束が開発した中でも最重要に位置する代物で、世界で唯一それを可能とした機体がスターゲイザーである。

 空間に干渉し、現在地と目的地とをつなぐ空間を歪曲させ、そこに存在する距離をゼロとする空間歪曲航法―――それが束がワープもどきと称した【SDD】(Space Distortion Drive)。星の海を渡ることを想定して建造されたスターゲイザーの持つ最大のスペック。大気圏内での使用ゆえにいくつかの中継点を経由しての使用となったが、その移動技術はこれまでの常識をいともたやすく破壊してしまうだろう。

 そんな切り札のひとつでもあるIS母艦スターゲイザーの使用を許可した理由のひとつはいずれ来る“その時”に備えての試運転を兼ねることであったが、今回に限って言えば最も大きな理由は別にあった。

 

「…………で、そっちはどうなの? 犯行声明があったって聞いたけど」

 

 束の問にイリーナが無言でタブレットを投げ渡す。そこに表示されていたのは、イリーナ宛のメールのようだ。しかもイリーナ個人のプライベートアドレスに送られてきていた。これを知る者は恐ろしく少ないため、それだけで送り主の危険性がわかるというものだが、その内容を見た束が器用に片方の眉だけをひそめた。

 

「なにこれ? ラブレター?」

「ぶっ殺すぞ」

「いやだってさぁ」

 

 束はタブレットを弄びながらもう一度その画面に目を向ける。

 

 

 

【鉄人形が踊るIS学園で遊びましょう】

 

 

 

 まるで暗号のような一文のみ。差出人の名にはご丁寧に【マリアベル】とある。それは束にとって呪いのような名前だった。

 

「あのクソ忌々しい女からの犯行予告ってわけ?」

「知るか。事実として、これが送られてきてIS学園の動向を調査したら……」

「無人機の団体様が向かってた、と。じゃあ誘い出されたってこと?」

「だろうな」

「なのにスターゲイザーを、それにセプテントリオンまで出してよかったの?」

「それは試しているつもりか?」

「あ、わかる?」

「お前の妹がいるんだ。守るためにはそれしかないだろう」

 

 きっぱり言い切るイリーナに、束は満足そうに笑った。

 これも束との契約だった。束の身内に危険が迫ったとき、カレイドマテリアル社は全力でもってこれを救助、支援する。IS学園を見捨てればそれは篠ノ之箒に迫る危険を無視したということにほかならない。そしてそうなれば束は確実に離反する。だからイリーナは短時間でIS学園へと行けるスターゲイザーと、無人機の大群を殲滅しうる戦力を持ったセプテントリオンを向かわせた。

 そしてそれは逆を言えば、箒のためであり、そして束のため、この二人の姉妹のためだけに動いたということだ。

 無論、IS学園に所属しているアイズたちへの配慮という面もあるが、イリーナとしてもIS学園そのものに価値はなくても、このタイミングでIS学園を喪失するわけにはいかなかった。

 

「ま、ムカついたって理由も大きいがな」

「イリーナちゃんって沸点低いからねぇ」

「暴君は感情に嘘をつかないんだよ」

「ひどい格言だねぇ」

「それに、これはいい機会だ。そうだろう?」

「……とうとう、動くの?」

 

 動く。それはカレイドマテリアル社がこれまで秘密裏に準備してきたプランの実行を意味している。その方法はすでに決定しており、あとはそのタイミングを図っている状態だ。すでに根回しも完了しており、その気になれば今すぐにでも世界に特大の爆弾を落すことができる。

 

「でも、まだちょっとタイミングじゃないんじゃない? あと少し、流れが足りないと思うけど?」

「……気に食わんが、おそらくはそのお膳立てはもうすぐ出来上がる」

「なにそれ?」

「どうしてこんなふざけたメールを送ってきたと思う?」

 

 イリーナは束が投げ捨てたタブレットを指差した。束は少しの間思考してみるが、こうした謀略関係ではイリーナに及ばないとわかっているためにすぐに両手を上げて降参を示した。答え合わせを強請るようにイリーナを問い詰めようとした矢先に、コンコンとノックの音が響いた。

 やってきたのはイーリスであった。入室を許可するとイーリスは困ったような顔をしながら、それを告げた。

 

 

「社長の読み通りです。IS委員会が動きました」

 

 

 

 ***

 

 

 

「う、んん……?」

 

 うっすらと目を開けると最近になって見慣れた保健室の天井が見えた。ぼんやりした意識のままゆっくりと周囲を見渡すとカーテンで仕切られていることがわかる。その向こうには何人かの気配がある。 

 

「あたしは……痛っ」

 

 鈴がゆっくりと身体を起こすとあちこちに激痛が走った。呻きながら自分の身体を見れば、体中に包帯を巻かれており、特に頭と右腕が重く感じる。しかも強烈な気だるさもあった。

 そんな鈴が徐々に記憶を掘り起こしていくと、次第に目が見開いていき、ギリリと歯軋りをして身体の痛みすら無視して大声を張り上げた。

 

「そうだ、あたしは、…………くそがっ! 途中で気絶とか、どんだけ役たたずだあたしはッ!!」

 

 保健室にも関わらずに鈴が吠える。周囲の人間がビクッとする気配を感じながらも、鈴は自身への苛立ちからそれらを無視している。

 しかし、いきなりカーテンが開けられると共にパシッと鈴の頭をなにかが叩いた。

 

「ふひゃっ!?」

「おはようございます鈴さん。あと保健室ではお静かに」

「セシリア……!」

 

 いきなり現れたセシリアに鈴がびっくりといった表情を見せる。セシリアはいつものように制服を綺麗に着こなしているが、その制服には煤や汚れが目立っている。なにかしら汚れ作業でもしていたかのようだ。髪の毛は汚れないようにするためなのか、後ろで結ってまとめている。セシリアのポニーテールというのはなかなかに新鮮で、そしてやたらと可愛いことに妙な敗北感を覚える。お嬢様はどんな格好をしていてもお嬢様オーラを発するものなのか、とやや見当違いな思考を浮かべていた。

 

「なに、どうなってんの? あいつらは? 学園は……無事、みたいだけど」

「無事、とは言えないかもしれませんが……」

「状況を教えなさい。あれからどうなったの?」

「…………そうですね、その元気だと多少は動けるようですし、場所を変えましょう」

 

 セシリアは肩をかしながらゆっくりと保健室から鈴を連れ出していく。本当なら鈴は寝かせてやりたかったが、話す内容と理解のために思ったより元気そうな鈴に少し無理をしてもらうことにした。

 エレベーターに乗って最上階へ、さらに一階分の階段を上って屋上へと向かう。

 真横でぽよぽよ揺れるセシリアの胸にムカムカしていた鈴が屋上から広がる景色を見て絶句する。

 

 戦闘時刻は真夜中だったために周囲の被害はよくわからなかったが、今は日も昇り、周囲の様子が一目瞭然だった。

 

 校舎のところどころに破壊痕が残されており、消火作業をした形跡もあちこちに見られる。破壊された無人機の残骸もあちこちに転がっていた。

 戦場に近かった校舎の窓ガラスは一面見事に割られており、植えられていた桜の樹も燃えて黒ずんでいる。しかもやや距離を離した場所ではまるで隕石でも落ちたのかと思うほどの巨大なクレーターができていた。そういえばやたらと大きな爆発があったと思い出した鈴は、その威力を想像して顔を青くする。

 

「あんなに地面を抉る爆発とかどんな威力よ。本当に隕石でも落とされたの? というか落としたの? それに……」

 

 鈴の顔が痛ましく歪む。

 鈴もよく利用していたアリーナのひとつがもう原型すらわからないほどに破壊されていた。そこにあるのは、ただの瓦礫の山だ。この学園に通う生徒たちが大なり小なり抱いていたであろう夢や希望といったものを破壊されてしまった気分だった。

 

「負傷者は多数ですが、死者はいません。奇跡的、としか言えませんが、シェルターと鈴さんたちの迎撃行動のおかげですね」

「こんな光景見せられたら、とても誇れないわ」

「誇ってください。鈴さんたちがいなければ、私たちも間に合いませんでしたし、被害はもっと大きかったはずです」

「それより教えなさい。今までのことと、そして今のこと」

 

 見ればあちこちで動ける人間が瓦礫の撤去作業や物資の運搬などを行っている姿が見える。自衛隊や、政府関係者と思しき人間の他に、IS学園の生徒たちの姿も確認できる。そんな光景を見ながら、鈴がセシリアへと問い詰める。

 

「……無人機は殲滅、すべて破壊しました。運搬用と思われる潜水艦も確認できましたが、こちらは逃がしています」

「よくそんな戦力があったわね。こっちも、あっちも」

「カレイドマテリアル社の部隊を投入しましたからね。まぁ、いろいろと介入はまずかったので今はもうここにはいませんけど。残っているのはここに籍を置く私とアイズ、そしてシャルロットさんとラウラさんの四人だけです」

「なるほど、話に聞くあんたの部隊か。結局助けられたわけね」

「襲撃側としては、……まぁ、私も同意見です。以前プラントのひとつを潰しましたが、やはりあれだけではなかったようですね。確認できただけでも、今回投入された無人機の数は二百機を超えます。実際にはさらにいたでしょうが……」

「あたしが戦ってたときは夜だったから正確な数はわかんなかったけど…………戦争じゃない、そんなの」

「目的は……どうなんでしょうね。これだけの戦力があるなら、学園の破壊だけならもっといい方法がありそうなものですけど」

「クソッタレなやつらの考えなんて理解できないわ。わかってるのは、次に会ったらぶん殴ってやるってことだけよ」

 

 よほど屈辱的だったのだろう。鈴はまるで獣が猛るかのように荒々しく敵意を漲らせている。

 セシリアとしても鈴に同意するところが大きい。セシリア個人としても、こんな真似をしたやつらを許す気にはなれない。

 

「あんのバカども……! 次に会ったらまとめてスクラップにしてやるわッ!」

 

 鈴が握り締めた欄干がミシリと音を立てて歪んでいく。セシリアは鈴がアイズと同じくらいの細身(一部除く)なのによくそんな力があるものだと感心していた。

 

「…………で、それから?」

 

 あらかた怒りを発散させて落ち着きを取り戻した鈴が表情を戻す。感情のコントロール方法が鈴らしいが、冷静さを取り戻せることも鈴のメンタルの強さだろう。

 

「学園の現状としては、夜明けと共に政府関係者がきて復興作業を開始しています。生徒たちは一部がその作業の手伝いをしてくれていますが、自室待機の状態ですね。幸い、寮のほうは被害がありませんでしたから」

「避難、じゃないのね」

「意外ですか?」

「そりゃそうでしょ。戦場になった場所なのよ? そりゃあある意味ではIS学園以上に安全な場所ってのもないかもしれないけど……襲われた今となっては、ね」

「そう、……でしょうね」

「含みのある言い方ね。なにがあったわけ? ……………というか、あんた、ここにいていいの?」

 

 状況を聞いているといろいろと不自然な点がどんどん浮かび上がってくる。襲撃してきた連中の動機や目的などはこの際無視するとしても、今のIS学園の状況がよく見えない。

 それにさきほどはスルーしてしまったが、部隊で介入したというセシリアがいるのもまずいのではないかと気付く。秘匿部隊と聞いていたし、なにかしら追求があるはずだ。

 

「私たちについてはとりあえず強引にごまかしています。それに私もまだ状況を見極めているところですから、なんとも言えませんが…………端的に申しましょう。IS学園は、IS委員会に乗っ取られるかもしれません」

「は? …………はぁっ!?」

 

 

 ***

 

 

 次に鈴が連れてこられたのは多くの生徒が集まる食堂であった。怪我の痛みなどすでに頭から消えていた鈴はセシリアから聞かされたことが気になり、無理を言って再び肩を借りながら重い足取りで食堂へと足を踏み入れた。

 中では制服や私服の生徒が食堂内に設置されている大型テレビの前に集まっている。その集団から少し離れた位置にはラウラとシャルロット、そして鈴と同じく体中に包帯を巻いたアイズと、そんなアイズに寄り添って支えている簪がいた。まずアイズが二人の気配に気付いたらしく、目隠しをしたまま顔を向けてきた。

 

「セシィ、それに鈴ちゃん」

「や、あんたも元気そう……ではないみたいだけど、大丈夫?」

 

 アイズも鈴に負けず劣らずに怪我を負っているように見えるが、アイズは「平気」と言って笑っている。しかし隣にいる簪やラウラがものすごく心配そうにしていることからまたそれなりに無茶をしたのだろうとわかる。どうせセシリアあたりが説教しただろうから、鈴は「あんま心配させるんじゃないわよ」とだけ言っておいた。そして今度は戦場で別れた簪へと顔を向ける。

 

「あんたも無事みたいね、簪」

「うん、なんとか。鈴さんが一番重症だよ……」

「そっか、かっこ悪いなぁ、あたし」

「鈴さんが一番危険な役割を請け負ってくれたからだよ、ごめん」

「そこはありがとう、でいいわ。ん、まぁ、あたしからも、ありがと。そう言ってもらえると少しは救われるわ」

 

 にひひ、と悪戯っぽく鈴が笑う。相手に気負わせないように自然体に振舞う鈴の気遣いに、アイズは素直に尊敬していた。

 実際に鈴の戦果が一番賞賛されるべきだというのが全員の考えだった。はじめに攪乱した三人のうち、白兎馬の援護を受けた一夏や楯無と連携した簪と違い、鈴だけはセシリアたちが来るまで孤立無援で戦い抜いたのだ。

 

「一夏はどうしたの?」

「箒さんと一緒に、復旧作業を手伝ってる。一夏の場合、箒さんが心配って感じだったけど」

 

 箒は自分が戦えなかった分、こうしたことで役に立つべきだとして率先して学園の復旧作業の手伝いをしていた。比較的軽傷だった一夏はそんな風にやや気負っている感じがする箒を心配して一緒になって作業をしているらしい。

 とりあえず一緒に戦っていた一夏も無事だと知って鈴もほっと安堵する。

 

「それで、どうなってんのよこれ? IS委員会がでしゃばってきたって聞いたけど?」

「あれ」

 

 簪がテレビを指差し、鈴が画面へと目を向ける。緊急報道というテロップが表示され、アナウンサーや解説者が揃って激しく意見を交わしているようだ。そして一番大きなテロップにはこう表示されていた。

 

 

 

【IS学園への戦時命令権を承認か】

 

 

 

「……戦時、命令権?」

 

 鈴は聞きなれない言葉に首をかしげる。しかし、テレビを見ている生徒たちは皆重苦しい雰囲気でテレビ画面を見つめている。

 

「簡単に言うと…………多発する無人機テロに対抗するためにIS委員会主導のもとにIS学園所属の私たちへの命令権を承認するという条例案ですわ」

「へー……っておう!? それって完全にアウトでしょ!?」

 

 ぎょっとして鈴が叫ぶが、まさにそのとおりだ。各国の複雑な思惑が絡み合った上で存在しているIS学園ではあるが、そんなIS学園に所属する生徒やISをテロ行為の鎮圧に使用するなど、あっていいことではない。

 それはつまり、各国から集められた国家所属の戦力を保有するに等しい行為だ。

 臨海学校で起きた【銀の福音奪還作戦】では、セシリアたちが参加したこともあくまで要請であり命令ではない。IS学園上層部が拒否すれば、それは当然の権利として承認される。

 しかし、もしこの条例案が通れば、有無を言わさずにIS学園に所属する生徒たちを戦場に送り込めるようになるのだ。なにが問題かと言われても、問題でないことを探すほうが難しい。

 

「賛否両論どころではありませんわ。もう完全に炎上です」

「あたりまえでしょ」

「名目はテロの鎮圧のためで戦争には使用せずとありますがね。それと、非常事態への早期解決のために迅速に動ける体系が必須のため、とも言っていましたね」

「もっとマシな言い訳はなかったわけ? そんなの、取り繕っただけでしょうに。こんなのただの戦力の搾取じゃない。…………というか、そのテロ行為にIS学園が晒されたあとにこんなのってありえないでしょ。ふざけてんの?」

「まぁ、ある意味、だからこそといえるかもしれませんがね」

「どのみちそんなの認められるわけないじゃない。国が黙っちゃいないわよ、そんなバカみたいなこと」

 

 鈴の言うことはもっともであるし、正論だ。そんなことはまともな人間なら誰でもその結論へ行き着くだろう。ただの調整機関であるはずの委員会が独自に戦力を保有するなど、正気ではない。それをいえばカレイドマテリアル社が保有するセプテントリオンも問題になる存在だが、これとは意味合いがまったく違う。

 

「なのになんで承認か、なんて議題になってんのよ? こんなん総スカンよ、総スカン!」

「……IS委員会が条件を出してきたんですよ」

「条件?」

「これを認めた国に、戦力の貸し出しを行うというものです」

「戦力? 調整機関が戦力なんて……」

 

 そう言いながら鈴がふとテレビ画面を見る。生徒たちが時折悲鳴のような声を上げながら見つめるその画面に映っていたモノを見て、鈴が絶句する。色こそ違うが、そのフォルム、無機質な威圧感を醸し出すそれは、これまで幾度となく自分たちを苦しめてきた存在と同じものだった。

 

「嘘、でしょ……? なんで……?」

 

 鈴がセシリアやラウラたちを見るが、全員が表情を歪ませてテレビ画面を見つめていた。目隠しをしているアイズだけが、驚く鈴を気遣うように力のない笑みを向けていた。

 

「ご覧のとおりです。IS委員会が提供する戦力は…………あの無人機です」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「バカだと思っていたよ」

 

 カレイドマテリアル社の会議室でイリーナが気だるさを隠そうともせずに重役たちの前でそう言い切った。

 

「実際バカだと言ったし、今でもそう思っている。だがな、ここまでバカだとはさすがの私も思わなかったぞ」

 

 今回のIS委員会の条例案についての資料を無造作に放りながらイリーナが毒を言葉に乗せて吐いていた。そこには遠慮が一切ない。

 

「無人機を捕獲して解析して量産した? 無人機のテロに対抗するためにその無人機を使う? …………おい、誰かバカにつける薬を知らないか?」

「社長、今は対策を考えなければ……」

「イーリス、おまえも少しは毒を吐いとけ。これからどんどん溜め込むことになるぞ」

 

 諌めるイーリスにもそんなことを言うくらいイリーナは苛立っていた。暴君の逆鱗に触れることを恐れているのか、会議場は静まり返ってしまう。このままじゃよくないと感じたイーリスは「ガラじゃないなぁ」と思いながらふっと息を吸った。そして――――。

 

「いやぁ、でもホントに阿呆の集まりですよね! 猿が玩具を手に入れてはしゃいじゃってるんでしょう。いっそのことやつらのことプチッとぶっ潰しちゃいましょうか!」

「そうだな、そうするか」

「ってええ!?」

「冗談だ、今はまだしないさ。それに―――」

 

 イリーナはここで笑みの質を変える。苛立ちから壮絶に笑っていた先程までとは違い、逆に愉悦そうな笑みへと変貌させた。それは彼女が暴君と呼ばれるにふさわしい、すべてを服従させ、屈服させるかのような威圧的なものだった。事実、そんなイリーナを見てただでさえ緊張状態だった重役たちの顔色がさらに青くなる。

 そんな反応を知ってか知らずか、イリーナは楽しそうに告げる。

 

「―――好都合だ。IS委員会は、ご苦労なことにこちらの持つカードの価値を上げてくれたわけだ」

「社長、では……」

「ここが切り時だろう。世界を揺るがす、ジョーカーを出すには最高のタイミングだ。イーリス、準備はさせているな?」

「はい、滞りなく」

「ではプランを早める。お前ら、覚悟はできているな? これから私たちは世界に爆弾を落す。この十年で築かれた常識を根底から覆す、まさに混沌と化すだろう。私たちは、その主犯だ。まぁ評価は後世の人間が勝手につけるだろうが、私たちにとっては目的のひとつであり、その手段……」

 

 イリーナは立ち上がって重役たちを見渡す。さきほどまでイリーナに怯えていたのに、今の彼らは一転して強い意思を込めて自分たちを束ねる女傑を見つめている。

 

「世界は変わる。運命は転がる。そうして歴史は紡がれ、そして今、私たちがそれを為すだけだ」

 

 イリーナの顔に浮かぶのは狂気でも愉悦でもなく、ただ寂しげな表情だけだった。しかし、その目には変わらない強い輝きが宿っている。誰に言われたからでもない、イリーナ自身が願ったことだから、彼女は、彼女に付き従う者たちの意思の総算として行動していた。

 

 それが、彼女の覚悟であり、そして義務であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 会議を終えると重役たちが総出で立ち上がり、部屋を出ていくイリーナとイーリスを見送った。二人が向かうのは本社一階に設けられたエントランスホール、そこに重大発表があるとしてマスコミが集められている。

 今回のIS委員会の発表を受けて、社の意向を示すために用意した場であるが、ここが世界の変革のはじまりとなる。その会場への道をゆっくり歩きながらイリーナが後ろに付き従うイーリスに告げた。

 

「わかっているな?」

「はい」

「私たちがこうして動くことさえ、おそらくは誘導された結果だ。だが、動くにはここしかない。やつらがなにを考えているのか知らんが、そう遠くないうちにわかるだろう」

「…………」

「IS委員会のほうはおそらく捨て駒だ。もともとあそこは繋がっている疑いが強かったからな。反乱のつもりか知らんが、マリアベルというやつの掌の上に過ぎないだろう」

「では?」

「反乱することを承知していた、もしくはそうなるように仕向けていたんだろうさ」

「私たちに、このカードを出させるために、ですね?」

「……忌々しいが、マリアベルは稀代の魔女だよ。この暴君すら使おうというのだからな。だが……」

 

 イリーナは一度振り返ってイーリスに笑いかけた。しかし、その顔は笑んでいても、羅刹のようにしか見えなかった。

 

「私を利用した代償は、必ず払わせる。今回は利用されたほうが都合がいいからだが、その報いはいずれ必ず…………な」

「社長、なるべく自重してくださいね?」

「ふん………、まぁ、その前に世界に喧嘩を売ろうじゃないか」

 

 そう言いながら会場の扉に手をかけ、イリーナ自身でゆっくりとその扉を開け放つ。中に入ると同時に、一斉にカメラを向けられるが、イリーナは揺ぎもしない。

 フラッシュの中を平然と、堂々と歩むイリーナは用意されていたマイクの前に立つとゆっくりと会場を見渡して口を開いた。

 

 

 

 そして、今ここで、世界に楔を打ち込んでいく―――。

 

 

 

「――――さて、世間ではIS委員会の話題でもちきりのことだと思う。そこで早速ではあるが、それに対する我社の回答を言っておこうと思う」

 

 やはりそうか、とマスコミたちも固唾を呑んでイリーナを注視する。

 今やIS産業の世界最高を誇るカレイドマテリアル社の社長の回答。IS委員会の暴走ともとれる今回の戦時命令権に対し、どのような回答を出すのか、その注目度は計り知れなかった。

 ISとほぼ同等の性能を持つ無人機は確かに欲しい。その出自があやふやだとしても、有限だったISの個体数を擬似的にでも増やせるというのは、それだけ魅力的であり、逃すには惜しすぎるものだった。

 国の保有する有人機を数機とIS操縦者と引き換えにしてもお釣りがくるだろう。皮肉にも、IS学園をほぼ壊滅寸前にまで追い込んだという重大な事件が、無人機の性能を証明している。無論、世間にはこの事件の裏にいた亡国機業の存在は意図的に隠蔽されている。裏事情を知る者は、意外なほど少ないのだ。

 

 だから、IS委員会が動いた。

 

 そしてだから、イリーナもまた、動くのだ。

 

「カレイドマテリアル社は、此度の布告を受け………IS委員会の申し入れを拒否、それに伴い、IS学園に在籍している我社に所属している四人を即時退学させる」

 

 会場がざわめいた。ここまで明確に、そして即時対処するとは思っていなかったのだろう。

 

「加えて、以降はイギリス政府の認可のもとで他国企業との取引をさせていただく」

 

 会場のざわめきがさらに大きくなる。それの意味するところは、つまり―――。

 

「そ、それはイギリス自体がIS委員会と距離を取るということですか?」

「距離を取る? そうではなく、断絶するということだ」

「ッ!? そ、それは正式見解なんですか!?」

「首相とは既に話がついている。政府の発表は、今夜にでも行われるだろう」

「アラスカ条約を破棄するのですか!? それでは、イギリスが世界から孤立してしまうのではないですかっ!?」

 

 ISは世界の軍事力の代名詞だ。その調整機関であるIS委員会から脱退するということは、仮に世界で戦争が起きたとしても、どの国もイギリスに救援を送らない、送れないということだ。そしてIS産業においても鎖国状態になるリスクを抱えることになる。国連はISが関わる以上、その権力は有名無実と化している。ISが急激に浸透したがゆえに生まれた歪な体制であるが、それが今の世界であった。

 そこで定められたのがアラスカ条約である。これにより、各国家、企業間でのコアの取引は禁則とされている。もしこの条約を破棄するとなれば、ISコアを保有することが世界の軍事バランスを崩す行為だとしてコアの保有そのものを許されないとされることも有り得るのだ。

 世界に宣戦布告でもするような発現にマスコミは顔色を悪くしていくが、イリーナは関係ないと言わんばかりに不敵に笑ったままである。

 

「…………さて、ここでひとつ諸君らに伝えることがある。我社の新製品のことだ」

「新製品? 委員会と断絶するというのに、新製品の発表ですか?」

 

 IS委員会はIS産業界においても市場となる場であった。IS委員会がIS関連技術の取引を制限、監視しているために、一見すれば制約がなくなるように思えるがその実、イギリスのみが脱退するとなれば世界のどの国とも取引ができなくなるということだ。

 そんな中で新製品の発表など正気でないとマスコミは思った。

 

 だが、暴君が語ったソレは、そんな彼らの常識をあっさりと破壊した。

 

「無論だ。きっと諸君らも注目してくれることだろう」

 

 似合わない営業スマイルを浮かべながらイリーナが手を振る。

 背後に設置されていた大型スクリーンに映像が映し出され、マスコミが呆れ半分に映像に目を向ける。

 

 そして、その映像を見て、絶句した。

 

 そこに映されているものの意味を理解すると同時に、今度は畏怖の念が込められた視線をイリーナへと向けた。その視線を一身で受けたイリーナは口を三日月のように歪ませて笑った。

 

「見ての通り…………我社は、“男女共用のISコア”の製造に成功した」

 

 映っているのは、新型機フォクシィギアに搭乗して自在に動かす少年たちの姿、同型機に少女も乗っている姿も映っており、これが合成でないとすれば、イリーナのいうように男女の性別という制限を無くした完全なISコアということになる。

 

「そしてIS委員会から脱退した以上、委員会にこの新型コアを提供する義務もない。アラスカ条約はあくまで篠ノ之束が造ったコアを対象としたものだ。新型コアに関する規定など、そもそも存在しない」

「………っ!!」

「しかし、我社も企業だ。取引には応じよう。しかし、諸君らの言ったように規定外の新型とはいえ、加盟している国からすればアラスカ条約によりコアそのものの取引はできないだろう。ゆえに………」

 

 イリーナは変わらずに見る者を萎縮させるような笑みを浮かべたまま、世界を揺るがす決定的な言葉を放った。

 

「この新型コアの取引に、IS委員会に加盟している国は対象外とさせていただく」

「それは新型コアが欲しければアラスカ条約を破棄しろということですか!?」

「当然の帰結だろう? アラスカ条約は、そもそもコアの数が限定され、不変であるという前提でつくられたものだ。ならば、コアの製造が可能となった以上、それにいったいなんの意味がある?」

 

 ゆっくりと、子供に言い聞かせるようにこの会見を聞いている全ての人間の心に楔を刺していく。それは甘く、そして毒のように世界中の人間の心をかき乱していく。

 

「敢えて言おう――――――IS委員会など、もうこの世界に不要だ」

 

 

 

 

 この日、世界が揺れた。

 

 このイリーナの宣言は第二次ISショックの始まりと言われ、ISによる混沌と創造の時代の始まりだと歴史に刻まれることになる。

 

 

 

 




第一部最後にとうとう爆弾が落とされました。原作を読んで思ったんですが、アラスカ条約ってもしコアの量産が可能となったら意味を為さないんじゃないか、という疑問から今回の話になりました。あれってコアがあくまで一定数であることを前提としているからこその規定ですよね。なのでその前提を覆す爆弾を投下しました。
次回から第二部…………と言いたかったんですが、あと一話、今回の裏側として亡国機業サイドの話を挿入します。マリアベルの思惑や、このIS委員会側の蛮行の裏事情を描きます。本当は一緒に載せようと思ったんですが既に1万字を超えたので分割することにしました。


しかし、これでアイズたちも退学となりましたし、もう学園ラブコメというジャンルにもできなくなりましたね(苦笑)簪さんがどう行動するか怖いところです。

今回は暴君無双回でしたが、いろんな意味で次回はマリアベル無双回です。シールやオータム先輩の安否も明かされます。

それではまた次回に!


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Act.76.5 「魔女の釜」

「ア――――ッひゃっははははははッ―――!!」

 

 ゲラゲラ、ゲラゲラ。

 そんな擬音が似合いそうな品のない笑い声を部屋中に響かせている女性がいた。透き通るような透明感のある艶やかな金髪を振り乱し、裂けるのではないかというほどに口を開き、お腹を抱えて転がりまわっている。

 

「ふひっ、ふへはっ、あひゃひゃっ、げほっ、アハハハハッ!! あー、お腹痛い! 痛いわぁ、くす、あはっ!」

 

 豪華ホテルのような部屋のど真ん中に設置された大きなベッドの上で愉快そうに転がる女性はひとしきり笑うと、ムクリと起き上がって部屋の隅で佇んでいた人物へと声をかけた。

 

「それでスコール? 首尾は?」

「IS委員会はほぼこちらの予想通りに動いています。まぁ、今はかなり混乱しているようですが」

「でしょうねぇ、せっかく私たちを出し抜けたと思った矢先に、自分たちの切り札をひっくり返されたんだからねぇ」

 

 マリアベルはIS委員会を既にその傘下に収めていた。それは取引といった対等な関係ではなく、完全にその組織そのものを乗っ取っていた。マリアベルのいいように委員会は動いていたし、そのためにあれほどの大規模な無人機による行動を起こせていた。そして銀の福音事件の際に委員会にIS学園へ対処を要請しろと命令したのもマリアベルであった。

 そうして亡国機業の戦力を増やしていく隠れ蓑として使い、裏では数々のテロ行為の実行機関として動かしていた。

 しかし、当然そんな扱いをされて不満を抱かない人間はいない。そうした人間がIS委員会には多く存在していた。そうした反乱の芽は確実に育っていた。

 

 

 なぜなら、そういうふうにしたのだから。

 

 

 完全に抑えつけるのではなく、ある程度反乱が起きやすいように上層部の人間の思考を誘導し、あえて無人機の量産の一部を任せることで容易に戦力の確保ができるように仕向けた。

 そして無人機のシステムデータをわざと盗ませる。ここまでの仕込みはとっくに終えていた。

 あとはタイミングだけ、それさえ揃えば簡単に委員会はマリアベルを裏切る。いや、裏切ってもらわなければならなかった。

 

「そうじゃないと、面白くないからねぇ」

「楽しそうですね、プレジデント」

「あら、あなたもそうでしょう? スコール」

「ふふ、確かに。これはなかなかに愉快ですね。必死になって我々を出し抜いたはずが、こちらの計画通りなのですから」

「金や力で従えたって面白くないからね。やっぱり奸計っていうのは陥れた瞬間が最高ねぇ」

 

 くすくす笑うマリアベルの顔は一切の邪気がない。子供みたいにコロコロといろいろな種の笑顔を浮かべながら楽しさを表現している。まるで悪戯が成功して喜ぶ子供のように。

 

「それにしても、イリーナも期待を裏切らないわ。篠ノ之束を手に入れているのだから、当然そのカードは持っていると思ったけど、思い切って出してきたのは流石ね」

「IS委員会への完全なカウンターですからね。タイミングはここしかないでしょう」

「ま、イリーナにこの手札を出させるために今日まで委員会を泳がせておいたんですもの。それくらい役立ってもらわなきゃそれこそ価値なんてないからねぇ」

 

 カレイドマテリアル社が篠ノ之束を擁していることはこれまでの経緯からほぼ確実となった。これまではあくまで疑念だけだったが、その可能性が極めて高いと判断すればマリアベルの行動は速かった。

 篠ノ之束がいれば、ほぼ間違いなく男女共用の完全なISコアを作り出していると踏んでいた。なぜなら、それが本来の篠ノ之束が作ろうとしていたものだから。それを歪め、世に広めたのは亡国機業だが、だからこそその裏ではそうしたものを作るはずだとわかっていた。

 そして、それはいつか世界の表側に出ることになる。

 

 マリアベルは、それを誘発させたのだ。IS委員会という組織を、捨て駒にして。

 

「…………おや」

「どうしたの?」

「IS委員会から通信がきているようですが……いかがいたしますか?」

「あらぁ、ではつないでちょうだい」

 

 マリアベルは執務机へと向かい、自ら家具店で選んだお気に入りの椅子へと腰をかけると目の前にある端末を起動させる。それを見たスコールがマリアベルの端末へと外部通信を接続させた。

 ウィンドウに現れたのは三人の男女だった。歳は四十代から五十代ほどで、オーダーメイド品と見られる質のいいスーツを着込んでいた。IS委員会でも上層部に位置し、そしてマリアベルを裏切った面々であった。

 そんな相手に対し、マリアベルはまったく揺るがなかった。

 

「これはこれはみなさん、ごきげんよう。お勤めご苦労さまです」

 

 ニコリ、と屈託のない笑みを浮かべるマリアベルに対し、画面に映った三人の表情は硬い。むしろ怯えているようにも見える。

 

『プレジデント・マリアベル。あなたの知恵をお借りしたいのです』

「あら、なにかしら? みなさんにはお世話になっていますからなんでも言ってくださいな」

 

 痛烈な皮肉であるが、あくまでもマリアベルは友好な態度を崩さない。狙い通りとはいえ、裏切られた立場であるはずだが、マリアベルは本当に気にしていないように見える。

 

『……新型のISコア。あれを徴収する術はありませんか』

「あら、それはなぜ? せっかく面白いものが出てきたのに、没収するなんてもったいないわ」

『しかし、あれが世に出れば我々には破滅しかありません!』

 

 イリーナの言った言葉は正しい。男女共用のコアが世界に広がれば、IS委員会など必要ない。設立した理由、そして存在している理由を完全に否定されるからだ。そうなれば彼らとて、せっかく得た権力を喪失してしまうことになる。ISという力で変わった世界の調停者という立場は、あまりにも美味しすぎた。

 マリアベルはずっと笑顔のままであったが、ここで少し困ったような表情に変わる。

 

「うーん、どうやら認識の食い違いがあるようですね」

『食い違い?』

「その我々、というのは誰のことをさすのかしら? 少なくとも、私は困らないし、むしろ推奨しているわ。困るのはあなたたちだけ。だから私がなにか手を出す必要もありません」

『そんな! あれが世に出れば、せっかくの無人機が……!』

「ああ、あなたたちが強奪したアレね」

 

 返されたその言葉にIS委員会の重鎮たちの顔色が青くなる。これまでやたらとフレンドリーな対応をしていたマリアベルが、はじめて明確に毒を見せたのだ。

 

「ああ、勘違いしないでくださいね? 私はそれを咎めようとは思いません。むしろ感心していますよ。無人機のシステムは決して簡単なものじゃないのに、それをクラックする技術は大したものです。どうやらあなたたちの切り札のようですが、なかなか面白いものを隠していたようですね」

 

 不完全とはいえ、ヴォーダン・オージェを宿した少女と、無人機のシステムを掌握した正体不明の機体。報告からあの機体が無人機を奪取するためのものだということはわかっている。

 そしてそんな情報処理に特化している機体を操るための操縦者があの少女。確認するまでもなく、IS委員会が独自に用意した存在だろう。

 

「シールに対抗してあなたたちもあの眼の研究をしていたようだからね。うまくやればシールも出し抜けたかもしれないけど………」

 

 だが、できなかった。あの少女はあまりにも経験が不足していた。シールが相手なら、百回戦っても一度も勝てないだろう。あの少女を過大評価していたのか、シールを過小評価していたのかは知らないが、とにかくシールを、そして完成型のヴォーダン・オージェを舐めすぎていたのだろう。

 

「でも残念でしたね。ウチの自慢のシールは、あの程度のことで負けるほど弱くはないのよ?」

『…………』

「ああ、あなたたちが手に入れた無人機は好きにしてくれていいですよ。返却しろとはいいません、どうぞご自由に使ってください」

『ま、待ってくれ! 私たちはただ……!』

「だから勘違いしないでくださいね? 私は怒ってなどないんです。むしろ感謝しているんです。あなたたちは、本当によくやってくれています。だから…………」

 

 

 

 

 

 

―――――これからも、足掻いてくださいね? あなたたちの末路を、私は楽しみにしていますから。

 

 

 

 

 

 それは死刑宣告にも等しかった。マリアベルは、委員会を裏切り者と罵るわけでもない、糾弾するわけでもない、報復するわけでもない。

 

 なにもしない。ただ、黙って委員会の末路を傍観しているだけなのだ。

 

『な、なぜです!? このまま無人機の力さえあれば、……!』

「あーあー、そういう安っぽい野望なんていいんですよー、というか、そんなことしたって面倒なだけですよ?」

 

 マリアベルは笑ったままだが、対応がかなりいい加減になってきている。面倒そうに画面の向こうからの言葉に一応の返答していた。

 

「やるんなら、馬鹿らしいほど馬鹿な夢を、………そうねぇ、やっぱり世界征服とか面白いかもしれないわね。ロマン溢れる野望だけど、でも世界征服ってあまりベネフィットがないのよねぇ」

 

 世界を征服しても、その後にまっているのは世界すべての管理である。征服すれば世界を思うままに変えられるだろうが、それは管理するにはあまりにも広すぎる。やろうと思えばできるだろう。だが、そうするメリットがマリアベルには全く見いだせないのだ。

 

『だが、あなたは世界を統べると……!』

「言ったわね。確かに言ったわ。そうやってあなたたちも丸め込んだんだもの。……それにしても、権力の味を知る人ほど、そんな無意味な夢を見たがるものねぇ」

『な、ならばなぜ!?』

「世界征服はするわ。でも、私にとって世界征服なんて意味なんてないのよ。私に必要なのは、“世界征服をしようとする行動”こそが必要なのよ。結果はいらない。過程だけが要るのよ」

 

 理解できない。そんな言葉が画面の向こうから伝わってくる。

 

 そうだろう、そうだろう。理解なんてできるわけがない。そんなものを求めてもいない。

 

 マリアベルという魔女の思惑は、ただの人間には理解する資格すらないのだから。

 

『あ、あなたは、……狂っているのか?』

「失礼ねぇ、私は、私よ。生まれてから今まで、私は私でしかないわ。そう、でも、私は、なかなか私になれない……」

『な、なにがしたいのだ!?』

「敢えていうなら、自分探しの征服かしら?」

 

 話は終わりだとばかりにマリアベルが表情を変える。笑顔のままなのに、その目は石でも見ているかのように、まったく温かみのないものへと変貌する。

 

「今までお疲れ様でした。無人機を使って戦争を起こすもよし、新型コアを規制してみるのもよし。私を楽しませてくれる喜劇を期待していますよ」

 

 そう言って一方的に回線を切ってしまう。

 そしてつい今までの会話などあっさりと記憶の彼方へと捨て去ると、サンタを待つ子供みたいにワクワクとした表情と仕草を見せながらスコールへと声をかけた。

 

「さて、アレの監視は頼みますね?」

「はい。……しかし、いいのですか? プラントのいくつかは掌握されたままですが」

「構わないわ。だって、あいつらにプレゼントしたのは全部旧式だもの。在庫処分にはちょうどいいでしょう」

 

 だからこそ、あれほどの数をIS学園に投入したのだ。もう用済みの機体だったから、派手な戦いにするために破壊されることを前提で送り込み、そして委員会に奪取させた。それでも並の操縦者レベルはある機体だ。旧式用のプラントも二つほどプレゼントしたのだから、うまくすればそれなりに交渉することもできるだろうし、世界の半分くらいは火の海にすることもできるだろう。

 むしろ、どんなことをしてくれるのか、マリアベルは楽しみで仕方ない。しかし、どうせならもっと面白くしたい。もう利用価値はほとんどないが、それでも最後の散り様も面白いほうがいい。

 あらかた必要なものは搾取したし、本当にあとは最後の抵抗を楽しみにするだけだ。

 

 しかし、ふとやり残していることに気付く。

 

「……あ、いいこと思いついたわ」

 

 ぽん、と手を叩きながらマリアベルが満面の笑みをスコールに向ける。無邪気な笑顔なのに、マリアベルが言う「いいこと」というのは毎回突拍子もなく、そして恐ろしいことなのでスコールは嫌な汗をかきながら耳を傾けた。

 

「委員会が持ってるあのヴォーダン・オージェの子、攫っちゃいましょう」

「……干渉はしないのでは?」

「あら、そうだったかしら? 忘れちゃったわ」

 

 マリアベルはしれっと舌の根が乾かないうちに委員会への明確な干渉行動を提案する。いつもの天邪鬼な行動にスコールも慣れたように対応していた。

 

「しかし、なぜです? シールがいるのですから、あんな不完全なものはいらないのでは?」

 

 だからこそ、アイズだって捨て置いたのだ。シールというヴォーダン・オージェの完成形がいるのに、今更出来損ないの存在など必要ない。それならばむしろ敵として立ちふさがってくれたほうが面白い。マリアベルはそういう思考だったはずだ。

 

「ふふ、だってシールって友達いないでしょう?」

「あの子も社交性があるほうではないですから」

「ライバルはできたみたいだけど、それだけじゃねぇ」

「シールへのプレゼントですか?」

「ふふっ。…………とにかく、あの子の居場所を調べて襲撃しましょう。ついでにこれから必要なさそうな連中は皆殺しね」

 

 呼吸をするような気軽さで次々に恐ろしいことを言い放つ。しかし、真に恐ろしいところは、それらの悪意が為すべきことすら、マリアベルからは一切の邪気が感じられない。ただただ、当たり前に遊び、はしゃいでいる子供のように次々といろいろなアイディアを出し続ける。

 しかし、そのすべてが誰かを陥れ、不幸にするであろうことだ。これが、狂っていると言わずになんというのか。

 そんなことは、マリアベル自身が一番よくわかっていることだった。

 

「シールは? もう目を覚ました?」

「はい、先程その連絡がありましたが」

「そう、じゃあお見舞いに行きましょうか。スコール、あの子の好きなマカロンを用意して」

「マカロンは以前のお茶会ですべて食べてしまいましたが」

「あら、そうだったかしら。なら買ってこなきゃいけないわね。スコール、ちょっと出てくるから、あとのことはお願いね?」

「プレジデント、毎回言っていますが、あなたは亡国機業のトップなのです。わざわざあなたが出ることは……」

「何度も聞いているけど、何度も言っているでしょう? 私は庶民派なのよ、スコール。だからこの部屋の調度品だって全部私が足を運んで選んだのよ?」

「お金は大分かけてますが」

「意地悪ねぇ。お金は使わなきゃ回らないでしょう? お金を使うことは金持ちの義務よ。金持ちと庶民派は両立できるのよ?」

「プレジデント、あなたは一応、悪の秘密結社のボスなのですが」

「一応?」

「失礼しました」

「よろしい」

 

 満足したように笑ってマリアベルが軽い足取りで外出していった。残ったスコールはやれやれと肩をすくめながら、未だに新型コアとIS委員会についての激しい激論を報道しているテレビに目を向ける。

 その混沌とした様子を眺め、そのあまりの滑稽に見えるそれを嘲笑する。

 

「世界は変わった。でも、それは誰が変えたのかわかっていないし、知ろうともしない……。まぁ、それは、これからわかるでしょう」

 

 世界を変えたのは暴君か、魔女か、それとも違う誰かなのか。

 

 ――その答えは、この混迷の世界の先にある。

 

 

 

 ***

 

 

「悪の秘密結社の親玉がお見舞いに来たよー」

「プ、プレジデント!?」

 

 いきなりやってきた自身の主にびっくりしたシールが身体を起こして立ち上がろうとうする。しかし、シールは現在大怪我とまではいかなくとも、それなりに深い怪我を負っている状態だ。やんわりとシールを制し、安静にしろと命令するとシールはしぶしぶとそれに従った。

 どうやらマリアベルは機嫌がいいようだ、とシールは思う。遊び好きで、雲のようにつかみどころのない人だが、上機嫌なときは子供っぽい言葉や行動が目立つ。どうやら今は、それほどまでに楽しんでいるようだ。

 そんなマリアベルはベッドの上で上体だけ起こしているシールに笑いかけながら傍の椅子へと腰をかけた。

 

 ここは亡国機業が所有する病院で、表向きはごく普通の病院であるが情報統制が完全に掌握されており、万が一にもシールの情報が漏れることはない。ここはそんな病院の一室で、シールは帰還後にここで治療され、今も療養を続けていた。

 人外の美貌とすら言われた容姿であるが、今は大小様々な傷が目立ち、痛々しい包帯が体中に巻かれている。シールの象徴ともいえるその金色の瞳も、今は淡い琥珀色へと落ち着いている。

 

「身体はどうかしら?」

「問題ありません。すぐにでもまた戦えます」

「ふふ、あなたはよくできた子ねぇ。でも今は休みなさい。助けてくれたオータムにもお礼を言っておきなさい」

 

 その言葉にシールは素直に頷いた。

 あのとき、ヴォーダン・オージェを限界まで使って爆炎の中から辛うじて脱出したシールであったが、そのときには既に機体は限界、シール自身も意識が朦朧とするくらいに消耗していた。シールとて、生きた人間だ。限界を超えれば容易く倒れてしまう。

 そんなシールを確保して撤退したのがオータムであった。あの混乱の中で運良くシールを確保できたオータムはステルス装備を駆使して海中へと飛び込んだ。ISが機能停止するギリギリでなんとか母艦としていた潜水艦までたどり着いた。

 その後はふたり揃って気絶し、すぐに亡国機業と繋がる病院へと緊急搬送された。幸い、シールもオータムも大分消耗しているが後遺症もなく、療養すれば完治するレベルだ。マドカも同じように治療を受けていたが、こちらは既に退院してまたスコールの下で任務に就いている。一夏に負けたことが相当堪えているらしく、鬼気迫る様相で任務と訓練に励んでいるらしい。

 

「オータムも後輩ができて嬉しそうだったからねぇ。かっこいいところを見せたかったんでしょう」

「先輩には、感謝しています」

「うんうん、オータムも口は悪いし、チンピラみたいだけど、あなたのことは気にかけてくれているわ。そのありがたみも、しっかり覚えておきなさい」

 

 まるで学校の先生が生徒に諭しているような光景だった。その内容がテロ行為に関することでなければ、美談で終わるであろうが、やっていることは完全な犯罪行為だ。しかし、本人たちはいたって真面目にそんなやりとりを繰り広げている。

 

「さて、シール。今の世界情勢は知っているでしょう?」

「はい……」

「しばらくは大きな動きはしないわ。IS委員会が自滅するか、はたまた奇跡的に栄達するか、それを見てからでも遅くはないでしょう」

「…………」

 

 シールはそれを聞いてわずかに視線を下げる。それはなにかを悲観している、というよりも残念だ、というようだった。

 

「あの子と遊べないのが残念?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「心配しなくていいわ。あの子、アイズ、だったかしら? あの子と戦う舞台は、また作ってあげる」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「それで、どうだったかしら? あの子を倒す意味と、価値を見いだせたかしら?」

 

 そう問いかけるマリアベルに、シールは少し戸惑ったように表情を変える。そんな困惑した様子を見せるシールを優しく見守りながら、マリアベルはシールの答えを待った。

 数十秒が経過したところで、シールがまだ整理できていないようなおぼつかない言葉でそれに答えた。

 

「……まだ、わかりません。でも、…………楽し、かった。アイズと戦っているとき、私は充実していました。だから、また………アイズ・ファミリアと、……アイズと、戦いたい」

「そう」

「倒すべき敵であることは変わりません。私はアイズと仲良くはできないでしょう。そうしたいとも思いません。ですが…………剣を交えることで、理解したいと、思っているんです。矛盾、していますが……」

「そんなことはないわ。あなたは、正しいわ、シール」

 

 ゆっくりと、そして優しくシールの頭を撫でて、艶やかな銀色の髪を梳くように指を絡ませる。まるで幼子をあやすように、シールの瞳を覗き込みながら言葉を紡いだ。

 

「前にも言ったでしょう? あの子が倒される価値を、あなたが作るのよ。あなたと戦うあの子が、あなたの前に立ちふさがった意味を、あなたが決めるの。今はその答えを見出そうとしているのよ。そのアイズ・ファミリアという存在を、存分に知って、理解しなさい。それを肯定するか否定するかは、その答えが出てから決めればいいわ」

「…………なぜ、です?」

「ん?」

「私は、私の行為が甘すぎるとわかっています。なにも考えずにアイズを殺せと命令されれば、私はそのとおりにします。なのに………なぜ、ですか?」

「ふむ」

 

 葛藤するシールが微笑ましいと思いながら、マリアベルは何と答えようかと少々考える。いろいろな言葉で表せるが、結局マリアベルは本心のままを言葉にした。

 

 

 

 

 

「だって―――――そのほうが、面白いでしょう?」

 

 

 

 

 

 マリアベルの言葉は、答えではなかった。

 それでも、シールにとってそれはふざけているようで、それでもシールにはない、出せない答えのように思えた。

 

「あなたの運命を楽しみなさい。どんな運命でも、それが、変えられないものでも、その価値は変えられる。あなたが決めなさい、シール。あなたの運命を」

「私の、運命……」

「それを決めるのはあなたを生み出した人間じゃない。私でもない。あなた自身なのよ」

「それが、プレジデントの意にそぐわないとしても、ですか?」

「もしそうなれば、私はこう言いましょう。…………“それもまたよし”、とね」

 

 どこまでも無邪気な姿のマリアベルに、シールも穏やかな笑みを見せる。シールにとって、マリアベルは主君であり、恩人であり、そしているはずのない、知るはずのない“母”を感じさせてくれる人だった。

 マリアベルが狂っていることも、常人ではないことも知っている。だが、それはシールとて同じだ。生まれたときから、いや、造られたときから自然の摂理の外にいるシールにとって、マリアベルこそが拠り所だった。

 

 そんな歪んでいながらも微笑ましい二人のもとへ闖入者が現れる。シールと同じく体中に包帯を巻いたオータムが、リンゴをかじりながら扉を開けて入ってきた。オータムも満身創痍のはずだが、やたらと元気だった。

 

「ようシール、差し入れをもってきてやった…………ってプレジデントぉっ!?」

「あらオータム、あなたもマカロン食べるかしら?」

「し、失礼しました! そしていただきます!」

「いただくんですね……」

「まぁ、いいじゃない。みんなでお茶にしましょう。それにちょうどいいから伝えておくわ。…………シール、オータム。あなたたち二人に命令を与えます」

 

 その言葉を聞いたシールとオータムは背筋を伸ばして姿勢を正すと静かにマリアベルからの命令を待った。

 

「怪我の回復と機体の修理が終わり次第…………IS委員会を襲撃、先の戦いで遭遇したヴォーダン・オージェの発現体を確保。それ以外の接敵した戦力はすべて破壊、目障りな委員会所属の人間は皆殺しにしなさい」

 

 平然と告げられた恐ろしい命令に、シールもオータムも顔色ひとつ変えずに即座に了解と返した。

 

「混迷の世界の幕開けよ。楽しんでいきましょう」

「相変わらず私らのボスはおっかねぇわ。この事態すら計画通りなんだから」

「ふふ、こんな世界なんて、どうせゴミなんだから。だから楽しんだ者が正しいのよ」

 

 だから魔女は世界を変容させる。

 イリーナたちとは違う思想で、違う手段で、それ自体が目的であるように。

 

 世界は、さながら魔女の釜のように。

 

 火を入れて、かき混ぜて、美味しくなるまで煮込み続けて。

 

 まるでスープを作るかのように、世界は、魔女の釜の中で作られる。

 

 

 

 




亡国機業サイドの捕捉話。未だ謎に包まれた悪の組織のほのぼのな一コマでした。え?違う?

今作のラスボスであるマリアベルさんもこれからたくさん頑張っていただきます。彼女の目的はなんなのか? それも第二部の目玉のひとつであります。マリアベルさんの正体などのネタバレは第二部の早いうちに明かしていく予定です。
彼女のキャラは個人的に一番不気味で怖いと思う性格となっています。無邪気に笑いながら死刑宣告とか怖ぇーよ。イリーナさんとは対となるようなキャラです。

この話で第一部が終了です。ここでようやく一区切りです。皆様いかがでしたでしょうか、第二部は完結に向けて突っ走っていきます。

次回から第二部ですが、第二部開始までちょっと間が空くかもしれません。ゆったりとお待ちください。

それではまた次回に!


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第二部 The end of fate
第二部予告&主要キャラまとめ


第二部の予告編となります。

駆け抜けるように勢いのまま読んでください。


 空はいつだってそこにある。だからいつも空を見上げて、その先を知りたくて、その向こうへ行きたくて。

 

 だから作った。

 

 空へと至り、星々にダンスを申し込むためのドレス。

 

 私の、そして私の大切な人達と一緒に翔ぶための翼。

 

 インフィニット・ストラトス。

 

 世界を変えた、私の宝物。私の夢の表現。そして私の罪の形。

 

 世界を変えた私は、あまりにも世界に無頓着だった。

 

 世界を飛び越え、無限の空を翔ぶはずだったISは、世界全ての制空権を奪い、空の上から抑えつけるための抑止力と成り果てた。

 

 空へと向かうはずのそれは、空から地上に押し付ける。

 

 世界の軍事力を根こそぎ破壊し、そしてそれに成り代わった。

 

 だから、今の世界は空を認めない。私の夢を認めない。

 

 空を翔び、宇宙を往くことを、決して認めない。

 

 かつて、月に足跡を残し、重力から開放され、そして深淵のように深く、暗く、そして多くの可能性を秘めた宇宙へと夢を馳せた時代は、とっくに過去のものになって。

 

 今では、宇宙なんてただの御伽噺の絵本の中にしかなくて。

 

 宇宙開発事業という言葉すら、意味をなくしてしまった。

 

 私は、空へ、そして宇宙へ行きたかったのに。

 

 どうして、こうなっちゃったんだろう。

 

 子供のときからずっと見上げている星空は、今日も変わらず私に夢を語りかけるのに。

 

 あんなにも、こんなにも空は広いのに。

 

 どうして、今の私にはそれが閉鎖的に感じてしまうのだろう。

 

 檻の中から届かないものに手を伸ばすような徒労感が私の心を押しつぶして。

 

 それでも私は、空に夢を抱いている。

 

 それが届かない夢だというのなら。

 

 私は、この檻を破壊しよう。

 

 世界をもう一度変えよう。

 

 時は戻らない、世界は元通りにはならない。だからきっとまた、世界は揺れる。

 

 それに嘆く人がいるだろう。喜ぶ人がいるだろう。

 

 それは私の責任で、それで私には無関係で。

 

 ただ、私の夢のために、私はもう一度世界を変えよう。

 

 私の夢は、私ひとりでは無理だった。

 

 だから、みんなと一緒にやろう。

 

 ただ、地球を、世界を飛び出したいという、たったそれだけの願いに集った仲間と一緒に。

 

 ひとりぼっちの夢は、もう終わりにしよう。

 

 私は、私とみんなの夢のために、ISを生み、育てよう。

 

 世界を変えたいと願うのは、ただの自己満足。自分の夢のため。そしてそんな私の夢を応援してくれる大切な人達のために。

 

 その行為が善か、悪かなんてどうでもいい。

 

 さぁ、はじめよう。

 

 世界を、変えよう―――――。

 

 

 

 

 

―――――。

 

 

 

 

 

 

 

「たった半年でずいぶん世界も様変わりしたわ」

「でも、私たちのやることは変わらない。この学園は、なにがあっても守らなきゃ。……それが、アイズとの約束……」

 

 世界が変容し、その存在理由が揺れるIS学園を守る更織姉妹。

 

「私は、私のやり方で姉さんを助けるだけだ」

「世界が変わっても、俺のやることは変わらねぇさ。今度は、俺が全部守るんだ」

 

 そして一夏と箒もまた、学園を守る道を選ぶ。

 

 

 

―――。

 

 

「鈴音、あなたはどうしたいの?」

「脳筋のくせに難しく考えすぎなんだ、馬鹿弟子が」

「……お師匠、先生、……決めたよ。あたしと甲龍の戦う理由を!」

 

 復活の鈴と甲龍。混乱する世界で雌伏していた龍虎が再び戦場に解き放たれる。

 

 

―――。

 

 

「久しぶりだね、なっちゃん大尉」

「篠ノ之束博士……!? それに……!」

「どうしても、あなたと飛びたいって言ってね。あなたが飛ばしてあげて」

「“銀の福音”……!」

 

 世界に散らばったISは、それでも混迷の世界を飛び続ける。

 

 

 

―――。

 

 

 

「やぁねぇセシリア、私の顔を忘れたの?」

「そんな、何故あなたが……!」

「あなたの母親の葬式以来かしら? まぁ、もっとも……殺したのは私だけど」

「ッ……! マリアベル……ッ!!」

 

 彼女もまた、彼女の運命から逃げられない。

 

「あなたは、もういないはずでしょう……!? あなたは、死んだはずなのに――!!」

「あら、銃なんか向けちゃって。でも………あなたに、私が撃てるの?」

 

 セシリアにとっての悪夢が形となって現れる―――。

 

 

 

 

 ―――。

 

 

 

「ボクたち、なんで友達になれないのかな? こうして一緒にご飯だって食べているのに」

「否定し合っているのに、友情なんてありえないでしょう」

「……認め合って、言葉を交わして、それでいて触れ合ったのに?」

「…………」

「そういうのを、友っていうんじゃないの?」

 

 宿命は二人を幾度となく引き合わせる。理解し合っても相容れない二人の運命、その先の結末は――――。

 

 

 

 ―――。

 

 

「姉さん、私も一緒に……」

「ダメだよ、箒ちゃんは、ここを守らないと。それに箒ちゃんには見届けてほしいんだ。私の、私たちの戦いの結末を、ね」

「姉さん……!」

「束さんの一世一代の大勝負だよ! でも……箒ちゃんが応援してくれるなら、束さんは無敵さ!」

 

 そして世界を決める戦いが始まる。多くの人間の、夢と、意地と、想いが収束して戦場は宇宙へと移る―――。

 

 

 

 

 

 ―――。

 

 

 

「ようやく、ようやく手が届く……」

「イリーナさん、いや……お母さん」

「シャルロット、私に付き合わなくてもいいと言ったはずだが……?」

「今の僕は、あなたの娘です。成り行きだったけど、今はそれでよかったって思ってます。だから―――僕も、最後まで一緒に行きます」

 

 世界を変える。その功罪はすべてただひとつの願いのために。暴君の意思を継ぐシャルロットもまた、最後の戦いに臨む。

 

 ―――。

 

 

「大丈夫、アイズは私が守る」

「簪ちゃん……」

「あのときから、私はずっとアイズが好き。だから、私は戦える。アイズを守りたいから」

「なら、ボクが簪ちゃんを守るよ」

 

 その時に向けて、多くの人が、想いが集結する。そしてそれが、世界の転換点。

 

 

 

 ―――。

 

 

 

「私とお前の運命は、とっくに終わっていた。織斑マドカという存在は、もう意味なんてなかった」

「お前………」

「だが、けじめはつける。もう他人の手で終わってしまったおまえとの因縁…………ケリを付けるぞ! 織斑一夏!」

「………勝手に始まって、勝手に終わってた運命、そんなもので、納得できるかよォッ!!」

 

 様々な運命が収束する。すべては、戦いの先に、未来への糧のために。

 

 

 

 ―――。

 

 

 

 

「ここは行かせない」

「お前は、なにを守っているのかわかっているのか?」

「みんなわかっている。あの人は…………私が守る」

「いいだろう。私とてお前を姉様のもとへ行かせるわけにはいかない………姉様の邪魔は、誰にもさせん!」

 

 アイズとシールの戦いに導かれるように、様々な運命が引き寄せられる。すべては、この刻のために――。

 

 

 

 

 ―――。

 

 

 

 

「終わりだ小娘ェッ! てめぇはここで死んでいけ!」

「負けるか……! アイズたちにできて、あたしにできないはずがない……!」

 

 IS、その可能性が発現する。荒れ狂う戦いの中で、多くの可能性が進化する。

 

「血よ、滾れ。気よ、巡れ。意思よ、奮え。あたしの魂を映し――――“進化”しろ、甲龍!!!」

 

 

 

 

 

 ―――。

 

 

 

 

「変わったわね、セシリア。それとも、変えられたのかしら?」

「どちらでも構いません。今の私は―――」

 

 トリガーに懸けるものはいつだって同じだった。この指先に宿るものは、変わらない想いなのだから。

 

「愛する友のために、この引鉄を引くのです」

「アハハハハハッ! いいわよセシリア! さぁ、もっとあなたの成長した姿を私に見せてちょうだい!」

「落ちて消えなさい―――雫のように!」

 

 

 

 

 ―――そして。

 

 

 

 

「かつて、ある文豪は“月が綺麗だ”という言葉で愛を表現したそうですね。なら………この景色のように、こうして地球を見たとき、なんと言うのでしょうね」

「きっと、感謝だよ。すべての結末を、その答えを現してくれたことに」

「最後の舞台がここなら、あなたにはちょうどいい手向けでしょう。―――――決着の刻です、アイズ。この呪われた瞳の運命を、終わらせましょう」

「シール……あなたとは、結局最後には戦うことしかできなかったけど、…………会えてよかったって、そう思うよ」

 

 

 

 アイズの夢の場所、その空の先で―――――アイズ・ファミリアの運命が収束する。

 

 

 

 

 

 双星の雫 

 

 第二部【The end of fate】

 

 

 Coming soon.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以下、第二部主要キャラクターまとめ。

 

【カレイドマテリアル社】

○アイズ・ファミリア

 我らが主人公にしてヒロイン。天然健気系魔眼少女。愛と恋をやや同一視しがちで、さらに女の子にものすごくモテるためか少々百合が入っている。主人公らしい自己の確立や葛藤などは既に通った道であり、作中でも屈指の強固メンタルを宿すオリハル魂の持ち主。運命に抗うという主人公っぽい活躍をしているはずなのだが、もっぱらメインヒロインとしての揺るぎない地位を獲得している。なんでだ。

 自身の運命のライバルであるシールとの決着、そして夢のために混迷の世界を突き進む。実は【可能性】におけるチートキャラ。無自覚でISの秘めた可能性を発現させ続けている。

 束が狂った方向に歪まなかった理由そのもの。束にとって最大の理解者であり同じ夢を抱いた同志でもある。

 

 最大のネタバレ → 可愛い。

 

 

○セシリア・オルコット

 冷静沈着、完全無欠を往くグレートお嬢様。物語におけるヒーローであり、第二部は彼女の物語と言っても過言ではない。射撃においては無敵、十機のビットを並列思考操作という神業を平然とする化け物レベルの操縦者。原作キャラでもっとも魔改造されている。アイズの保護者同然の親友であり、アイズを深く愛しているナイトでもある。

 アイズのため尽力しているが、彼女もまた自身の運命と戦うことになる。彼女にとって終わったはずの悪夢が形となって目の前に立ちふさがる。常にアイズを守るために己を律し続けてきたが、実はメンタルはやや脆い。彼女が真に成長するための試練はすぐそこまできている。

 

 

○篠ノ之束

 ラスボス系ではなく、頼れるチート博士キャラ。作中最高のバグ性能を誇り、ついには距離の概念すら超越してしまった。束さんだから、という言葉ですべて納得できるある意味デウス・エクス・マキナのような存在。今作では同じ道を往く仲間を得たことで性格も柔らかくなり、倫理観もまとも。様々な面で多大な活躍を見せる。しかし自重はしない。物資も資金も豊富なために次々とヤバイものを作り出している。

 彼女もまた、アイズと同じく自身の夢のために世界を相手に戦っていく。歪まなかった綺麗な束さんとして最初から最後までアイズの味方であり続ける。

 

 

○ラウラ・ボーデヴィッヒ

 アイズの妹になり、シスコンとなった黒兎。無償の愛を注いでくれる姉のために彼女の在り方もまた変わっていく。すべてはアイズのため、アイズの幸せのため。ラウラの願いはアイズの幸せの中に自分がいること。千冬への感情が憧れに対し、アイズへの感情はまさに愛。姉同様に愛と恋の区別がついていないためにファーストキスをアイズに捧げた猛者。最近のお気に入りはアイズに指チュパされること。姉妹爆発しろ。

 世界が変わっても常にアイズの傍で支え続けると決意している。アイズを取り巻く運命を知ってなお妹としてアイズに尽くす。

 

 

○シャルロット・ルージュ

 暴君の令嬢になったことでいろいろと仕込まれることになる。腹黒い思考をするようになった自分に自己嫌悪しつつもそれもいいかとも思ってきている。実は知らないところでイリーナの後継者として英才教育を受けているため、いろいろとふっきれてきている。今日も重火器をぶっぱなす乱射系女子。

 退学となり本格的にカレイドマテリアル社の後継となるべくいろいろなことを仕込まれ、着実に暴君化への道を進むことになる。

 

 

○イリーナ・ルージュ

 カレイドマテリアル社の社長。謀略におけるチート。あくまで契約という形ではあるが、彼女がいたから束やアイズが救われたといっても過言ではない。暴君と呼ばれるほどの女傑だが、なんだかんだで頼りになる人。彼女の目的のためには宇宙へ出ることが必要らしい。

 マリアベルとなにかしらの関係があるらしいが未だ不明。世界を変えた革命者やら主犯やら言われるが、ISによる宇宙開発事業の復活のためにとある計画を発動させる。

 

 

○イーリス・メイ

 カレイドマテリアル社で一番の苦労人。優秀であるがゆえに貧乏くじを引くタイプ。その気になればIS相手でも生身でなんとか倒せないこともない、という人。ちなみに名前は偽名。

 第二部でもいろいろ気苦労する運命が待っているが、なんだかんだで有能なために様々な面で裏側から貢献することになる。

 

 

【IS学園】

○凰鈴音

 気合と根性でスペックを覆す主人公のような王道熱血ヒーロー系女子。セシリアに次いで原作から魔改造されたヒロイン。背丈は小さいが器は大きい、姐御とか呼びたくなるくらい頼りになる虎娘。作中ではセシリア、アイズと並ぶ実力者で、攻撃力でいえば最高クラス。彼女の拳は地を割り、空を裂く。武器を使うより素手のほうが強い規格外。性格がアレだが、実は頭もめちゃくちゃ良い。

 第二部では情勢の悪化から中国に一時帰国を命じられ、雨蘭・火凛姉妹とともに揺れ動く世界を目の当たりにする。龍虎の体現者として、混迷する世界を気合と根性、そしてその拳で切り拓く。

 

 

○更織簪

 アイズに心を奪われた少女。アイズへの愛に生き、アイズを守れる強さを欲して吹っ切れた。アイズと出会ったことで最も変わった少女。天照という力を手に入れ、アイズのために使うと決めている。

 第二部ではIS学園の復興のために退学となったアイズと別れるが、その心は常にアイズと共にある。百合のように見られるがアイズを愛しているだけで一応はマトモ。しかし性格はアグレッシブになりつつある。姉の楯無とは和解済み。姉妹で協力して学園を守っていくが、世界の荒波は容赦なくそれを呑み込んでいく。

 

○織斑一夏

 原作主人公。今作でも成長型ヒーロータイプとして戦いの度に強化・成長していく。セシリアや鈴にセンスの塊と呼ばれ、短期間でありながら実力を跳ね上げており、支援ユニット“白兎馬”を手に入れてさらに戦闘能力が増している。

 新型コアの登場で一夏の男性操縦者としての価値は大きく喪失したが、経験の差から自然と男性最強の称号を手に入れてしまう。IS学園の復興のため、簪や箒と共にIS学園に残ることになるが、彼もまた騒乱に巻き込まれることになる。

 

○篠ノ之箒

 原作ヒロイン。しかしISには乗らず、一般生徒としてIS学園の復興に従事することになる。姉に抱いていた苦手意識は払拭されており、昔から変わっていない姉のためになにかしたいと思っている。いつか世界が安定したとき、姉が望んだ宇宙へいくためのパワードスーツとしてISを世界に広めたいと思い、IS学園で更織姉妹や一夏と共に守ることを決意する。

 

 

○更織楯無

 IS学園生徒会長。亡国機業のテロにより学園の機能が麻痺してしまい、事実上壊滅に等しいという中で率先して復興の指揮を執り続けている。かなり不安定な立場となったIS学園であるが、いずれはこの学園こそが世界に必要になると思い、多くの外部組織からの介入を跳ね除けている。秘密裏にカレイドマテリアル社から支援を受けており、イリーナの計画に自身の行いも組み込まれていると半ば確信している。それでも生徒会長として学園存続のために尽力し続けている。

 妹が大好きなシスコンであるが、別に歪んだ姉妹愛ではない。簪がアイズを好きだと知っているためにむしろ応援している。

 

 

【亡国機業】

○シール

 アイズの運命の宿敵。ヴォーダン・オージェに適合するために造られた人造生命体。生まれたときから戦いにおいて完璧な存在として造られたためか、情操教育が未熟。自身に何かが欠けているという虚無感を抱いており、自身を造るために捨石にされたアイズに興味を持つ。

 自身の試作品であるはずのアイズの持つ清濁豊かな感情や夢への強い意思に無意識で憧れを持つようになり、その一方でアイズが自身を超えればシールという存在意義が喪失するとして、決してアイズを認めようとしない二律背反のような思いを抱く。そのすべてを払拭するため、アイズとの戦いにこだわり、自分自身の命運を賭けて戦うことになる。戦闘能力は文句なしにトップクラス。アイズが切り札を使っても総合的にはシールがやや上という化け物クラス。

 アイズと対を為す亡国機業サイドにおける主人公ともいえる。

 

 

○マリアベル

 本名、年齢、すべてが不詳という正体不明の人物。亡国機業のトップに君臨し、部下からは魔女などと呼ばれる。気分屋で突拍子もないことをする無邪気な子供のような一面と、常に先を見通し、他者を貶め、利用する悪魔のような一面を併せ持つ。また束が認めるほどの頭脳を持ち、ISコアを改変、さらに無人機を開発者でもある。

 すべての能力が圧倒的なハイスペックであるが、彼女の出自は未だ不明のまま。数年前に当時の亡国機業のトップを殺害した張本人で、その負の遺産をすべて受け継いで気ままに世界征服を行う愉快犯。

 イリーナとセシリアを知っているようであり、この二人となんらかの関係があるらしい。

 

 

○スコール・ミューゼル

 マリアベルの片腕と称される人物で、彼女もまた多くが謎となっている。“できる女”を体現したような女性で、シールからは「なんだかんだで一番頼りになる」と思われているため、部下の面倒見もいいようである。気分屋のマリアベルに仕えているためか胃が痛くなることが多いらしいが、マリアベルに絶対の忠誠を誓っている。

 

 

○マドカ

 千冬にそっくりな顔を持ち、一夏ともなにか関係があるらしく一夏との戦いにこだわっている。仲間内では協調性がない問題児みたいな扱いだが、それでも仲間意識がないわけじゃなく、ちゃんと連携行動もできる。スコールからはオータム、シールと一緒に問題児三人組として見られている。

 

 

○オータム

 ある意味で亡国機業における癒しキャラ。チンピラみたいな言動が目立つが、かなりの実力者である。シールによく先輩ぶっていろんなことを吹き込んでいるが、彼女なりにシールを可愛がっているゆえである。気分としては後輩を可愛がるようなものらしい。なんだかんだで面倒をかけるシールに文句を言いつつも付き合っているためにけっこういい人なのかもしれない。鈴と激しくぶつかり合い、いつか泣かせてやると決意している。彼女がいなければもっと亡国機業ももっとギスギスした職場になっていただろう。

 

 

【???】

○???

 ヴォーダン・オージェを宿していると思しき謎の少女。亡国機業がIS学園に侵攻した際に乱入、無人機のコントロールを奪取してシールとアイズを襲撃した。金色の瞳と黒の眼球をしており、性能でいってもアイズやシールに劣る。なにかしらの組織がバックにいると見られているが、未だ確証がない。

 マリアベルに目をつけられ、彼女の存在が新たな騒乱の火種となってしまう。

 

 

 

 

 




知り合いにキャラまとめがそろそろ欲しいと言われたので予告編と一緒に掲載。ネタバレは最低限にしているつもりです。
第二部はラストまで長いですがおおよそのストーリーはできています。既に大きく原作乖離していますが、それぞれのキャラの因縁や決意などをうまく最後の決戦に収束させていきたいと思います。

第二部ではアイズ、セシリア、シール、マリアベルの四人が中心になります。もちろん他のキャラのエピソードも交えながら書いていきます。
しかし、原作にオリキャラを混ぜるということが如何に大変か日々実感しながら細部まで構想しています。

さて、完結までどれくらいかかるやら(苦笑)めげずに頑張りたいと思います。

では次回から再び本編となります。

また次回に!


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Chapter8 狂騒世界編
Act.77 「星の海から、青い星へ」


 そこはまるでゆりかごのようだった。

 

 重力から開放された未知の浮遊感にあるがままに身を任せて漂流する。

 

 身体が溶けていくような、この空間の一部になっていくような、一が全になるような、そんな一体感が、……自分という個が混ざり合っていく、そんな危機感すら覚えるような感覚に浸る。

 

 ふと、目を開ける。なにも見えない。暗闇だけがそこに在る。当然だ、本来なら既にこの瞳は死んでいるのだから。

 

 だから、魔法をかける。

 

 纏ったISを通じて瞳に宿ったナノマシンを活性させる。視神経を代替するAHSシステムの恩恵を受け、霧が晴れていくように死んだはずの視力が蘇る。

 

 その瞳に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる星の海。煌く星々で埋め尽くされた、どこまでも遠く、どこまでも深く、どこまでも広い、まさに無限の空間。

 満天の星空、という言葉が脳裏に浮かぶ。そして、その言葉の正しさを噛み締める。

 

 天が、星で満ちている。

 

 あの輝き全てが星、そして、この全てを見通す魔性の瞳をもってしても見ることさえできない星が、星の大海原が、そこに在る。そこは可能性の海、あらゆる可能性を内包した、この世界の外に広がる開闢の始原。

 

 尊さを感じる。

 

 雄大さを感じる。

 

 そして恐怖を感じる。

 

 この青い星を生んだものでありながら、未知の領域、未来永劫をかけても踏破できないであろう深淵。未知とは、人に恐怖と好奇心を与えるもの。この星の海も、怖さと同時に探究心を刺激する。

 

 でも、それがこんなにも愛おしい。

 

 

「………きれい」

 

 

 自然と、そんな言葉が口から漏れる。もっと多くの言葉で表現したかったが、それ以外の言葉が出てこない。ただ、そこにあるそれが、美しいと感じる。そしてそれ以上の親しみを感じている。その感情が一方的であったとしても、それでもこれはきっと、恋のような気持ちだった。

 

 

「あ……」

 

 

 ゆっくりと振り返れば、今度は母なる青い星、地球の姿が視界のほとんどを埋め尽くす。青と白で彩られた、人間の生きる世界。かつてはこの世界で生まれたことを恨んだことすらあったが、こうして宇宙の中で宝石のように輝く星を見ると、その星で生まれた奇跡に感謝した。

 

 

「あ、う…………っ、ああ……」

 

 まただ。

 

 この光景を見る度に、どんなに我慢しようとしても涙が溢れてしまう。綺麗でずっと見ていたいと思う景色が、自らの涙によってぼやけていく。

 

 ああ、まだ、まだ見ていたいのに。そんな声を無視するように、もう一つの心の声が訴え掛ける。

 

 この、掛け替えのないものを見ることができる奇跡に、感謝を。自分が抱くもの、そのすべてを包み込んで表現されたこの景色を、涙無しで語れようか。

 

 心が震え続ける。震えた心が、その中に溜め込んでいた雫を零す。それが、死んだはずの両の瞳から溢れていく。 

 

 これは歓喜の涙だ。そして奇跡の涙だ。心が、感動に打ち震えている証だ。

 

 物心ついたときから、地獄のような中で唯一歪まずに変わらなかった、ただひとつのもの。それがこの空へ馳せた想いだった。

 

 このまま、この空に融けてみたい。身も心も、この空の一部になりたい。そんなことすら思ってしまうほどに、心地よい酔いに浸っていた。

 

 

「…………でも」

 

 

 そう、でも。

 

 今、自分たちはこの星に騒乱を生んでいた。この空を見たいという、それだけで世界を変容させた。それは、きっと罪だろう。

 それでも、許せなかった。

 

 この景色を見ることさえ許さない世界なんて、自分や束の夢を歪める世界なんて。

 

 それもきっとわがままだ。

 

 イリーナの言っていた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 『自分たちのやっていることは、正義でもなければ悪でもない。そんなものは結果でしかない。そこにあるのは、ただのわがままだ。わがままでしか、ないんだよ―――、だが、それがどうした? わがままは人の特権だ。飛べない人間が空を飛ぼうとすること自体、わがままを実現させただけだ。だから、それでも、押し通すんだ』

 

 

 

 

 ただの、わがまま。ずっと願っていた夢も、言葉を変えればその程度に収まってしまう。夢というものはそこに価値を見出す者が持てば宝であるが、価値を見いだせない者にとっては石ころ同然。イリーナはそんなことも言っていた。

 それも納得できる話だった。

 束が望み、生み出したISは本来の形とはかけはなれた兵器として世界に広まってしまった。そうしたことも、人間の悪意と欲望が絡んだ結果だ。それを世界は受け入れてしまったが、束にとってそれは絶望でしかなかった。だから束は一度世界に否定されたのだ。少なくとも、束本人はそう感じている。

 そんな束がかわいそうで、そして束の気持ちが痛いほど理解できてしまった。だから、束がふとしたときにこぼしたそんな本心を聞いたときは本当に悲しくて、反対に束に慰められるほど泣いてしまった。

 

 一緒に空に行こう。束とそんな約束をしたことが本当の始まりだったかもしれない。

 

 だから、どんな結果になっても、夢を求め続けると決めたのだ。

 

 

「それが、ボクの夢……ボク達の戦う理由」

 

 

 もう一度目を閉じる。視覚を封じても、わかる。身体が溶けていくような、この言葉では言い表せない未知の浮遊感。それでありながら、まるで空に落ちていくような、そんな奇妙な落下感。その先になにがあるのか、知りたい。

 この未開の空間を飛びたい。

 そんな想いがどんどん強くなる。この先にあるものを知りたい。地球を飛び出して、ずっとずっと、この先へ―――――。

 

 それが許される世界にしたい。

 

 そう、これだ。これが、欲しいものだ。

 

 それが、アイズ・ファミリアの夢であり、わがままだ。

 

 そのために戦う、戦い続ける。その覚悟はとっくに備えている。

 

 ああ、でも。

 

 もう少し、今はこのゆりかごに。

 

 宇宙。温度のないこの空間が、それでもたまらなく暖かい。

 

 アイズ・ファミリアという存在が溶けるよう。そう思うほどに心地よい。

 

 

「どんなに世界が動いても、この空はなにひとつ変わらない」

 

 

 それが、嬉しい。だから今は甘えよう。

 

 

 

「そう、まだ、これからなんだから」

 

 

 

 世界が揺れた新型コアの発表から半年。

 

 アイズ・ファミリアは、ひとり宇宙を漂いながら騒乱する世界を見つめていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「…………ぇ様、……姉様……!」

 

 

 どれほどの間、宇宙に心を溶かしていただろう。

 心地よい無の境地に至っていたアイズは、しかし可愛い妹の声にすぐさま心を固定化する。再構成するようにほぐされていた心の神経が再び刺激に反応して覚醒する。

 

「……、ラウラちゃん?」

「お迎えにあがりました。戻りましょう」

「ん、わかった」

 

 ラウラの声に溶けていたアイズの意識が浮かび上がる。芒洋としていた瞳は光を取り戻し、身体の感覚も元通りになる。そんなアイズの様子を察したラウラは心配そうにIS越しにアイズの手を掴んだ。

 

「姉様、やっぱり私は心配です」

「うん、ごめんね? でも大丈夫だから」

 

 不安そうにするラウラに申し訳なく思いながら、アイズはにこりと微笑んでみせる。今度はアイズがラウラの手を引き、重力のない宇宙空間をゆっくりと進んでいく。その先にあるのは、偽装コーティングがされたIS母艦、スターゲイザーであった。完全なステルス性を発揮するスターゲイザーから繋がれたワイヤーを辿り、二人はハッチへと降り立つ。

 そして二人を収納したスターゲイザーは姿を消したままゆっくりと発進する。

 エアロックを経て艦内へと入った二人はISを解除して、その先にある無重力エリアを抜けて、居住区である人工重力エリアへと入る。地上と同じ感覚で床に脚をつけると艦内通路をゆっくりと歩いていく。

 

「それにしても、昼も夜もないと、時間の感覚もわからないね」

「スケジュールではもうじき就寝時間です。………姉様、二時間は宇宙を漂っていましたよ? 宇宙遊泳もデータ取りに必要とはいえ、少しやりすぎです」

「あはは………なんか癖になっちゃってね」

「だからといって死んだように反応が薄れるのはやめてください。バイタルだって、だんだん仮死状態に近づいていくし……姉様がいなくなるんじゃないかと、心配です」

「ごめんねラウラちゃん。でもボクはちゃんとここにいるよ。……さ、一緒に寝よう?」

 

 ごまかすようなアイズに、しかしラウラも結局は折れて笑い合ってしまう。

 

 もう、宇宙に出て三ヶ月が経過する。

 アイズもラウラも、そしてこの艦に搭乗している束や他のセプテントリオンのメンバーたちもようやくこの生活に慣れてきたところであった。

 はじめは無重力に戸惑っていたが、束が持つ技術の集大成として造られたスターゲイザーは生活空間も地上と同じように過ごせるように抜かりなく設計されている。人工重力を発生させ、居住区自体もかなり広いためにせいぜいホテルに缶詰になっているという感じだ。

 大浴場や訓練部屋、リクリエーションルームなど、多彩な設備があり、少々狭いが部屋も個室が完備されている。現在は停滞しているとはいえ、宇宙産業関係者が見ればこの艦の完成度の高さに泡を吹くだろう。

 

 単機での大気圏の離脱と突入が可能で、太陽光を元にエネルギーを生み出すジェネレーターを装備、未だ未完成でありながら補給無しでも一年の航行が可能というスペックを持ち、現在は長期間の航行の試運転と、もうひとつ重要な任務の遂行中である。

 搭乗員は、艦長に篠ノ之束、そして艦内スタッフが三十五名と戦闘部隊であるセプテントリオンのおよそ半数であるアイズとラウラを含む八名。残りのメンバーは地上の拠点であるアヴァロン島で別任務にあたっている。

 地上の編成部隊ではセシリア、シャルロットがおり、こちらは世界中から狙われるようになったカレイドマテリアル社の防衛が主な任務である。男性にも適合する完全型コアは、奪ってでも手に入れる価値がある。実際に、証拠こそないがいくつかの組織から破壊工作や襲撃を受けている。こうした輩が現れることも、そしてそれらをすべて返り討ちにすることもイリーナの計画通りだ。

 

 そう、計画通り。

 

 世界が混迷期となることも、予定調和なのだ。これまでISが強大な力であったがゆえに、女性限定という欠陥を抱えていても、それでも世界はそれを受け入れた。そして女尊男卑という歪みが生まれてしまった。新型コアの出現は、それを再び元に戻そうという抑止力が働いたに等しいものだ。

 だからこそ、反発も起きる。主に女性主権を訴える勢力と、男性の復権に喜ぶ勢力、これまでとは違った形で男女間の対立が生まれた。

 そしてまだ新型コアが少ない今、強引な手段を使ってでもこのコアを確保、または破壊しようと企む者も現れてくる。そして新型コアを手にしたことで、これまでの仕返しだと言わんばかりに女性操縦者に襲いかかるという事例も少なからず発生している。

 しかし、それもこれもすべてイリーナの予想通り。新型コアの輸出はかなり数を制限して世界の変遷をコントロールしているが、それでもこうした歪は生まれてしまう。

 だからこそ、それに対処する部隊を作っていた。

 

 それがカレイドマテリアル社直属部隊【セプテントリオン】。

 

 過激派から攻撃対象になるであろう社の防衛と、そして男女間の直接的な争いを即時鎮圧するための介入行動を目的として設立されたのがはじまりであった。無論、裏工作や防諜などはイーリス達の役目だが、戦力として対抗できる部隊は必須だ。

 新型コアを世に出すためには、こうした戦力確保は絶対条件だった。でなければ生き残ることすらできない混沌の中心に座しているのだ。法に触れる部分も多く持つが、現状イリーナの手腕である程度の精度でもって世界をコントロールできていた。

 

 アイズ達、宇宙に上がった部隊の役目は介入行動だった。距離を超越する機能を持つスターゲイザーを母艦として、常に宇宙から地上に目を向けている。そして新型コアに関わる表沙汰にならない戦闘行動が確認され次第、即時介入、警告の意味を込めて戦闘行動を仕掛けた側の勢力をすべて壊滅させてきた。

 一番多かったパターンは、無人機を使用しての新型コアの奪取であった。当然、それらはすべてアイズ達がすぐさま介入してすべての無人機をスクラップに変えている。こうした介入行動も問題だらけであるが、セプテントリオンの介入行動を表沙汰にすれば当然それに連なる様々な後暗い事情も表に出てしまうためにアイズ達がなにもしなくてもそれらの戦闘行動はなかったことにされている。

 新型コアを非正規に手を出せば報復するという苛烈な警告行動である。

 

 そんな任務に就いて、かれこれ三ヶ月が経とうとしている。そして新型コアが発表されて半年が経過しようとしていた。

 アイズ達はすでにIS学園から除籍していたが、そもそもIS学園そのものが休校状態のままであった。亡国機業のテロと、これまでのISの常識の根底を覆されたことでIS学園そのものの存在意義が凍結してしまったのだ。それでも教師や生徒の多くは学園に残り、IS操縦者を育成するという本来の姿を取り戻そうと活動している。

 アイズ達もこれに参加したかったが、立場がそれを許さなかったために学園に残った一夏や簪がこれに尽力していた。せめてもの助力として、カレイドマテリアル社から多額の寄付金を定期的に送っているが、これにはアイズ達も申し訳なく思っていた。それでも定期的に連絡する際は変わらずにアイズLOVEな簪から熱いラブコールをもらっている。

 鈴も国の命令で、IS学園を休学という形で一時帰国しており、こちらも時折連絡を取り合っている。どうやら鈴は師である紅姉妹と世界を巡っているらしい。相変わず何にも縛られない鈴にアイズやセシリアも苦笑していた。

 

「でも、またみんなで会いたいね………世界を変えることに加担したボクが言えることじゃないかもだけど」

「大丈夫です。きっとまたみんなで会えます、姉様」

 

 しかし、それは当分先かもしれない。少なくとも、新型コアが受け入れられなければならないだろう。

 現状では、新型コアと委員会による無人機の流布はフィフティーフィフティー。つまり、世界の半数は既にIS委員会が管理するアラスカ条約から脱退しており、残りの半数は未だIS委員会に属している。

 新型コアの数はイリーナが制限しているため、すぐに手に入るという代物ではない。それならば即戦力となる無人機を選ぶ国もけっこうな数があった。なにより、大国ならともかく、小国では新型コアを手に入れることはたやすいことではなかった。操縦者を必要としない無人機のほうが扱いやすいとして、こちらを選ぶ場合も多い。

 なにより、量を揃えられる。それは魅力的な戦力増強を可能としている。

 IS委員会はまるでばらまくように無人機を提供している。その製造元や詳細データはテロ対策として明かしていない。むしろ明かせられないというのが正しいのだが、それを察している者は委員会の歪さをしっかり理解していた。

 

「あ、そういえば鈴からメールが来ていましたよ。万里の長城を制覇したとか」

「鈴ちゃんもぶれないね」

「写真も来ていましたよ。これです」

 

 ラウラが端末を取り出してアイズへと差し出す。アイズはまだAHSシステムを起動させていたのでしっかりとそれを見る。

 映っていたのは万里の長城に上り、よくわからないあらぶったポーズをとっている鈴の姿。あと一度だけ会ったことのある鈴の師匠という二人の女性と一緒に映っている写真が何枚か添えられていた。

 

「元気そうだね、鈴ちゃん」

「私は背景に映っているものが気になるのですが」

「あー、うん。あえてスルーしたんだけど、これってアレだよね」

 

 画像の片隅に映されているのは破壊された無人機の残骸だった。しかも破壊直後のようだ。おそらく鈴がやったのだろう。その数は一機や二機ではすまないだろう。どうやら鈴も派手に動いているようだ。

 

「なにをやっているんだろう」

「多方、ムカついたからぶっ飛ばしたのでは?」

「むむ……」

 

 鈴も今は微妙な立場のはずだ。おとなしくしていることが最良のはずだが、鈴はやはり鈴らしい。

 

「簪ちゃんも楯無センパイとがんばってるみたいだしね。一夏くんや箒ちゃんも」

「社のほうからも学園に支援を送っていますからね。学園の機能はもうじき復活するようです」

「楯無センパイ、流石だなぁ」

「一夏のやつも、男性最強の称号を望まずに与えられましたけど。確かにあいつの実力なら間違いではないですが、複雑なようですね」

「IS操縦者の男女比は未だ女性のほうが多いしね」

「とにかく、いまのところは予定通りです。私たちもあと一ヶ月後には一度イギリスに帰還しますし」

「そろそろ、またイリーナさんも動く、かな?」

「私もはじめて聞いたときは驚きましたが………【バベルメイカー計画】、こんなものを実行に移せるとは」 

 

 【バベルメイカー計画】。これこそが、イリーナが推し進める世界変革の鍵となる計画だった。その最終目標はISを使い、宇宙へと進出すること。そのための第一段階が新型コアの生産と販売だった。このおかげで世界は狂乱の様相を見せることになったが、これで歪んだ女尊男卑の風潮を払拭するきっかけになる。宇宙開発事業を復活させるためには、この風潮は邪魔でしかない。

 そして続けて行うことは、無人機の排除。これには時間をかけることになるだろうが、今は地道に任務をこなしていくしかない。物理的、そして社会的に無人機を抹消するには時間はどうしてもかかる。

 

「これからが大変だけど、イリーナさんの……ううん、ボク達、カレイドマテリアル社の目的でもあるからね。このために長い間準備してきたっていうし」

「セプテントリオンの設立も、そのひとつだそうですね。確かにいくら大企業とはいえ、戦闘部隊を作っていたことには疑問でしたが、これで納得します」

「イリーナさん、それに束さんも無駄がないからね。趣味は別として」

「白と黒の境界線を絶妙に渡っています。軍の司令部が欲しがるような人です」

 

 だからアイズもラウラも、目の前の任務に集中できる。イリーナ達は自分たちが戦えるようにバックアップを完璧にしてくれている。清濁合わせて世界を渡り、メスを入れていく彼女の能力は疑いなどないし、暴君と呼ばれているがかれこれ長い付き合いのあるアイズはイリーナのことも信頼している。確かに彼女は善人とは言い難いところも多いが、それでも悪人ではない。約束は必ず守るし、信賞必罰を是とする人だ。

 

「それでもめちゃくちゃ怖いけど」

「否定できませんね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 個室が割り当てられているのだが、アイズとラウラは二人で同じ部屋で生活している。やや狭いが、二人でくっついてベッドで眠るのはもう習慣であった。地上にいたときはセシリアもよくアイズと一緒に寝ていたのだが、ここではラウラがアイズを独り占めしている状態だった。

 部屋に戻った二人はすぐに服を脱ぎ、寝巻きに着替えるとベッドに潜り込んで抱き合うように密着する。アイズもラウラもスキンシップを好むし、人肌の温度は安らぎを与えてくれる。宇宙遊泳で少し疲れていたアイズがすぐに寝息をたて始める。

 

 そんなアイズの寝顔をラウラがじっと至近距離から眺めながら、うっすらと笑みを浮かべていた。

 ラウラにとって敬愛する姉の寝顔の可愛さを堪能する。まだ幼さの残る顔立ちなのに、その生き様、生きる姿勢はとても凛々しく、そんなアイズの姿を見てきたラウラはこんなにも無防備な姿を自分に見せてくれることも嬉しくてたまらない。簪がよくアイズの寝顔を見てうっとりしていたが、その気持ちもよくわかる。

 ふと、アイズの唇に目が止まる。以前はよく意味も知らずにキスをしてしまったが、簪からその意味をしっかりと教えられたラウラは自分がしたことを知って焦ってしまった。とはいえ、あとで知ったがアイズもファーストキスではなかったようだし、なにより嫌がっていなかったようなので一安心だった。

 なによりも特別な好意を現す愛情表現。それゆえに、互いの気持ちが通い合っていなければダメな行為でもあるというのが簪の言葉であった。それならば確かに一方的にしてしまったことは失礼だった、と反省したりもした。

 

 だから、アイズの頬に唇を落とす。

 

 アイズの柔らかい頬にやさしく触れるだけのキスをする。ラウラがこっそりしている愛情表現だった。そんなラウラの行為に反応してアイズがわずかに身じろぎをするが、すぐにまた気持ちよさそうに深い眠りへと落ちていく。そんな小さな仕草のひとつひとつを見守りながら、やがてラウラのアイズの胸に顔を埋めて目を閉じる。  

 

 世界が変わっても、ラウラの守りたい世界はこうしてアイズと触れ合っている小さな世界だった。だから、ラウラはどんなときでもアイズの傍で守り続けると誓っている。自分以外にもアイズを守ろうとする人間は多くいる。セシリアや簪、それにカレイドマテリアル社の多くの人間や、IS学園で知り合った友たち。アイズ自身もとても強いのに、それでもアイズを守らなければ、と思ってしまう。

 自分でなくても、アイズのナイトはたくさんいる。それでも、今こうしてアイズの傍にいることは自分だけの特権だ、と誰に自慢するでもなくラウラは笑う。

 アイズはときどき、今でも悪夢を見ることがあるらしい。何度か絶叫を上げて目を覚ますアイズの姿を目の当たりにしたこともある。昔のことを夢で見ると、いつも怖くなって起きてしまうのだとアイズ自身が言っていた。一度そのことをセシリアに聞いたが、昔はもっとひどかったらしく、今では随分と落ち着いているのだと言っていた。その話を聞いたときはラウラのほうが泣きそうになった。

 でも、今日はその心配はなさそうだ。安らかに眠るアイズを見てそう思う。

 

「おやすみなさい姉様。よい夢を」

 

 ―――――、……。

 

 ――、…。

 

 

 

『アイちゃん、ラウちん! 起きて! 亡国機業が動いた!』

 

 

 突然通信機越しに束の声が部屋に響く。

 ラウラが跳ね起き、そしてアイズがカッと金色に染まった瞳を見開いた。眠気は一瞬で吹き飛び、表情を一変させて部屋から飛び出していく。

 

 

「平穏は、まだまだ遠いね」

 

 

 アイズが呟き、ラウラと一緒になって走っていく。

 

 

 世界は確実に変化している。しかし、世界は未だに騒乱の最中であった。

 

 

 




第二部開始です。今回は第二部のオープニングといったところです。

新型コアの発表の半年後からのスタートとなります。この章はいろんなキャラの現状を描いていく予定です。次回はセシリアたち地上組の話、IS学園サイド、そして鈴ちゃん放浪記といったエピソードを描きます。

ここからは完全に原作とはかけ離れますので、先の展開をお楽しみいただけたら幸いです。感想や要望などお待ちしております。
それではまた次回に!


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Act.78 「魔女と暴君(前編)」

「ビタミンEが足りませんわ……」

 

 シャルロットははじめは空耳かと思ったその言葉を発した人物に目を向ける。

 そこには青を基調としたドレスを完璧に着こなし、手入れがしっかりされている艶やかな金髪を結い上げ、飾り過ぎない装飾品に身を包み、見る者を魅了する少女がひとり。

 シャルロットにとって同僚であり、友であり、そして上司でもあるセシリア・オルコットである。まさにお嬢様という概念を体現したような、容姿も仕草も言葉も完璧なそのセシリアが突然呟いた意味不明な言葉にシャルロットはどう反応したものかと困惑する。しかもセシリアの表情はやや虚ろだ。ふと心の中の言葉が出てしまった、という感じだった。

 少し面倒だと感じながら一応律儀に聞き返した。

 

「どうしたの?」

「………足りないのです」

「えっと、なにが?」

 

 シャルロットは声を抑えながら聞き返す。ここはカレイドマテリアル社が招かれたパーティ会場だ。

 イリーナが参加するとのことで、シャルロットとセシリアにも参加しろとの命令が下されたためにこうしてパーティ会場でいろいろな人との会話という探り合いをしている最中であった。

 シャルロットは既にイリーナの養子ということで認知されているし、セシリアはもとからこの界隈では有名な上に、欧州での影響力も大きいために様々な人間が寄ってきていた。営業スマイルで対応しつつ、集ってくる下心が見え見えの男性達に辟易していたところでセシリアに連れられて壁際で一息ついたところだった。セシリアは流石にこうした場にも慣れているらしく、シャルロットを的確にフォローしていたのだが、ふと周囲の喧騒から離れた途端に疲れたようにため息をついた。

 そうしてこの意味不明な迷言である。いったいどうしたのかと躊躇いがちに聞いてみる。

 

「ビタミンEが足りない…………つまりアイズ成分が足りないのです」

「へ? …………あー、ビタミンアイズ(EYES)、ってこと? ……え? 栄養素なの?」

「私の心の栄養素です。私はアイズからビタミンEを摂取しないと死んでしまいそうなのです」

「………あー、うん。そうなんだ」

 

 イリーナからもらったドレスはいくらぐらいするんだろう、などとどうでもいいことを考えながらシャルロットはセシリアから目線を逸らす。知ってはいたが、セシリアはプライベートではこういう感じに少し残念なところがあった。

 アイズ依存症といってもいいくらいに、アイズにべったりだった。簪やラウラも重度のそれだが、セシリアは精神的にべったりといった感じだ。

 アイズのことを常に第一に考えているし、大抵のことは大人の対応をするセシリアであるが、もしアイズを侮辱しようものなら言葉より先に銃弾をぶっぱなす過激な一面も持っている。初対面時のラウラとの乱闘がいい例だった。

 アイズが絡むと途端に沸点が低くなる。むしろ普段が完璧すぎるので、そっちのほうが素のセシリアなのではないかとすら思うほどだ。

 

「でも出立前にあれだけいちゃついていたじゃない……」

 

 セシリアをジト目で見ながら思い出すだけでも口の中が甘くなる光景を思い返す。

 公私はしっかり分けるのがセシリアであるが、プライベートになると常にアイズの傍に居て恋人よりも近い距離で当たり前のようにスキンシップを繰り返す、夜はラウラと交代制でアイズと就寝していたが、任務で別行動となる前の一週間はずっとアイズを独占。

 一度たまたま二人が宿舎のバルコニーにいたところに遭遇したことがあったが、あのときは、…………うん、あれだ。愛を確かめ合っている恋人達の逢瀬に鉢合わせた、という状況になったことがあった。あまりのことに逃げ出したシャルロットであるが、思い出すと今でも赤面してしまう。

 

 だって、ほら、抱擁どころか、その、……ね? 

 

 アイズとセシリアはもう恋を超越して熟年夫婦並の愛情で結ばれているというのが定説である。簪やラウラのようにベタベタしないが、ときどき濃厚な行為で愛を確かめ合う、みたいな。

 年頃のシャルロットにとって刺激が強すぎたが、セプテントリオンのメンバーであるシトリーが言うにはずっとあの二人はそんな感じだったらしい。聞くところによると幼い頃からずっと一緒だったらしく、もう友情が愛情にとっくに昇華されているのだろうと言っていた。

 IS学園にいたときも一度鈴が面と向かってセシリアに百合なのかと聞いたことがあった。こんなことをストレートに聞ける鈴は流石だったが、セシリアの答えはノーであった。もちろん全員が信じなかったが、セシリアはさも当然に「ただアイズを愛しているだけです」と言い切っていた。男とか女とか関係なくアイズという存在が至上らしい。

 確かにアイズは可愛い。見た目も愛くるしく、性格もちょっと天然だが純朴で子供っぽいがそれがまた癒される。時折激しい激情を見せるときがあるが、優しく、思いやりのある少女だ。学園でも、そしてカレイドマテリアル社でもアイズの人気は凄まじく、愛好会なんてものすら作られるほどだ。

 実際、シャルロットも何度かアイズのちょっとした仕草にキュンときたことがある。無自覚だろうが、アイズは愛されることを体現しているかのような存在だ。そしてアイズ自身も、自分が愛されているとしっかり理解して、それを精一杯感謝していることも大きい。だから自分を好きでいてくれる人に対し、アイズは感謝と好意の言葉と気持ちを隠さずに表現している。そんな素直なところも人気の理由だろう。

 

「そうですね、たっぷり補給したつもりでしたが、これではもちませんわ。ああ、アイズの肌が恋しいですわ……」

「いろいろ誤解されるよ、その発言……」

「誤解?」

「あー、言葉のとおりなんだね、そうなんだね……」

 

 現実逃避をしながらパーティ会場へと再び目を向ける。

 シャルロットの役目はカレイドマテリアル社の社長令嬢としての顔見せの他に、セプテントリオンとしてのイリーナの護衛もある。さりげなく周囲に不審人物がいないかを確認しながらシャンパンを飲む。最高級品のシャンパンは美味しいが、あまりに豪華すぎてイマイチこういった味に慣れない。

 

「…………うん?」

 

 一瞬、人垣の隙間から見えた人物がシャルロットの気を惹いた。

 流れる金髪とモデルのようなスリムな体型、青いドレスがよく似合っており、絵画の中に住んでいるような完成されたと思えるような女性だった。女性が見ても羨むような美貌を持っているとひと目でわかるが、それ以上に気になったのは、その女性の姿がそっくりに見えたからだ。

 振り返って未だに壁際でぶつぶつとつぶやいているセシリアを見る。青いドレスと金髪という共通点が多いためか、見た瞬間にセシリアを思い浮かべてしまった。背丈の違いこそあれど、見比べてみてもそっくりだった。

 もう一度見ようと視線を戻すが、その女性は既にどこかへ行ってしまったようだ。気になったが、今は任務中だ。シャルロットは気力が萎えているセシリアを引っ張って再び営業用スマイルをしながら会場へと戻っていった。

 

 

 

***

 

 

 

 

「さすがいい食材使ってるわねぇ。テイクアウトはできないのかしら?」

「プレジデント、ですからそんな庶民的なことを……」

「ここではマリアさんと言いなさいって言ったでしょう?」

「……マリア様、最低限の社交マナーは守ってください。悪目立ちします」

「ふふ、冗談よ冗談」

 

 会場から持ち出したワイン瓶をぶら下げながら説得力のないことを言っているのは現在世界の裏から暗躍する組織のトップである女性―――マリアベルであった。

 子供のようにいたずらっぽい笑みをしながらお供のスコールに気苦労をかけるその女性はケラケラ笑いながら会場をあとにする。

 結っていた金色の髪を乱雑に解くと、ガラスを鏡代わりにして手櫛で整えていつもの髪型へと戻す。一応は敵地なので変装のつもりなのかメガネをかけてドヤ顔でスコールに笑いかける。スルーされたが。

 

「無理をして潜入したんですから、自重してください。正体がバレたらマズイ人間だっているんですから」

「バレても面白いと思うんだけどね」

「マリア様」

「わかったわかった! わかったから怖い顔しないでちょうだい。まったく、スコールは童心が足りないわよ?」

「あなたは自覚が足りませんよ」

 

 ブーたれながら歩を進めるマリアベルにスコールもため息をしながらついていく。

 今回のパーティ会場への潜入はかなりのセキュリティが敷かれていたために潜り込むのにかなり無理をした。本来はそんな必要もないのだが、マリアベルが無理を言ってスコールに“お願い”したのだ。命令ではなくお願いなので出来なくても問題ない事柄なのではあるが、スコールは有能ゆえにそれを為してしまう。

 なによりマリアベルの期待には応えるのがスコールであった。

 

「大体、どうしてこんな価値のない社交パーティに参加したかったのです?」

「だってほら、イリーナとセシリアがいるじゃない?」

「………さすがに会わせませんよ? 殺し合いになるのは目に見えていますから」

「そこまで無茶はしないわ。ちょっと顔が見たかっただけよ。元気そうだったわね、二人共」

「…………」

「ふふ、それに、どうせなら特等席で見たいじゃない?」

「危険なので退避していただきたいのですが」

「いざとなったら、あなたが守ってくれるのでしょう、スコール?」

「それはもちろんですが……、わかりました。最後までお付き合いいたします」

「さすがスコール、話がわかるわねぇ。…………で、もうそろそろかしら?」

 

 含みのある言い方をするマリアベルに、スコールも表情を変える。

 

「そうですね、おそらくは………」

 

 その時だった。

 まるで計ったかのように、会場のほうから銃声と悲鳴が響き渡った。マリアベルは会場のほうへと振り返りながら、口を三日月型へと歪めながらケラケラと笑う。

 

「はじまった、はじまった。情報通り、イリーナの暗殺を実行したか……」

「情報通りなら実行犯は非正規の特殊部隊でしょう」

「ま、無理だと思うけどね」

 

 マリアベルでさえ、イリーナを暗殺するなら相当に仕込みをしなければ成功しないと思っている。そばには常に護衛がいるし、イリーナ自身そうした危うさを察知する嗅覚が優れている。たとえISを使っても、イリーナには最新鋭機で構成された部隊がいる。その中でも特に厄介なのはセシリア・オルコットとアイズ・ファミリアの二人だ。

 アイズはこれまでの実績から亡国機業側の単機最高戦力であるシールと同等の実力者であるが、なによりセシリアが最も脅威となる。

 単機で複数の敵機を倒すことに特化したブルーティアーズtype-Ⅲを完璧に乗りこなすセンス、さらには指揮能力と広い視野を兼ね揃え、行動力も高い。これまでの交戦記録では主に後方援護に回っていたためにあまり目立っていないが、見る者が見ればわかる。間違いなく最強に位置するのはこのセシリアだ。

 これまでの亡国機業とカレイドマテリアル社の交戦のほとんどは多数の無人機を投入したことにより乱戦となっている。敵味方が入り乱れる中、フレンドリーファイアを一切せずに後方から狙撃して援護するセシリアの技量はマリアベルからすればタイマンに強いアイズや鈴といったタイプよりよほど厄介だ。そして当然セシリア単機でも単純に強い。むしろ十機のビットで自己援護を可能とするために下手な防御型よりもよほど堅牢な守りを見せる。

 そして、そんなセシリアの才はISに乗っていなくても発揮されるだろう。

 

「まぁ、メインディッシュはこれから、……ってね」

 

 そう呟きながら、窓の外の景色へと目を向ける。その瞳には、物言わぬ機械人形がゆっくりと近づいてくる姿が映っていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 

 表面上は爽やかな笑みを浮かべているセシリアが内心でため息をついていたとき、ふと自身のドレスを引っ張る少女がいることに気付く。まだ幼く、歳も七、八才程度だろうか。可愛らしい丸っこい顔にキラキラした目をセシリアに向けている。どことなく昔のアイズに似ているその子に不足気味だったビタミンEが少し補給される。決して浮気ではないしロリコンでもないが。

 

「あらどうしました?」

「えと、せ、せしりあさんですか?」

「はい、セシリア・オルコットです。あなたは?」

「メ、メル。メル・カミルファーです。七歳です」

「ではメル。私にご用ですか?」

「サ、サインをお願いします! ず、ずっと憧れてました!」

 

 セシリアは少しだけ驚いた。ここまで無垢な好意を受けたのはアイズ以外ではずいぶん久しぶりだった。営業用ではない笑顔を浮かべて差し出された色紙を受け取ってサインをしてやる。新型コアが出てもセシリアは欧州ではIS操縦者の中でもスターとして見られている。敵も多いが、純粋に慕う者も少なくない。

 

「そうですか、メルもISに乗りたいのですか」

「はい! あのお空を飛ぶんです!」

「良い夢ですね。きっとがんばればそれは叶いますよ」

「ありがとうございます!」

 

 純朴なメルに癒されながらセシリアも少しだけ楽しむことにした。裏事情がいろいろとドロドロしている場であるが、こんな少女の期待に応えるくらいはしてやりたい。他のお偉方への挨拶などはシャルロットに任せ、しばらくメルとのおしゃべりに興じることにした。

 

「それでね! あとは……」

「ふふ、本当に空が好きなんですね。………ん?」

 

 しばらく仲良く談笑していたが、ふとセシリアはたまたま視界に映ったなにかに違和感を覚えた。感覚的なものなのでセシリアもはっきりした確信があったわけではないが、なにかよくないものを見た気がしたのだ。

 腑抜けていた心構えを一瞬で正し、目つきを変えて周囲の観察を行う。多くの人が行き交う会場内で、なにか異物のような違和感が混ざっている感覚を覚え、それを特定するために感覚を鋭敏にして周囲の様子を伺う。

 セシリアの能力の高さにその広い視野がある。それはアイズやシールのもつヴォーダン・オージェとは別種の凄まじさがある。その瞳に映る獲物を逃さない狩人のような視線が向けられる。

 

 そしてその視線はトレイを持って歩くウェイターに向けられた。一見すればドリンクを運んでいるだけの男性だが、しかしその挙動にはわずかであるが不自然さが見て取れた。

 重心の揺らぎ、そしてトレイの妙な揺れ幅、それらから導き出される状況を察したセシリアがすぐ傍のテーブルに置いてあったフォークを手にとった。隣にいるメルが首をかしげていたが、構っている余裕はなかった。

 セシリアがそれを握り締めたとき、視線をずっと外さずにいたその男性のウェイターがイリーナへと近づいていき、トレイの下へと片手を伸ばす姿が見えた。

 

「Doubt」

 

 そう呟きながらほとんど予備動作もなく手にしたそのフォークをサイドスローで投擲。まっすぐに飛ぶそれが人の隙間を抜けて正確にそのウェイターが取り出そうとしたソレに命中する。

 

「なっ……!?」

 

 予想外の衝撃に驚愕の声を上げ、その手から転げ落ちる。黒い鉄の凶器、暗殺用に使われる自動小銃スタームルガーMkⅡだ。その使用目的は間違いなく殺傷であるという代物であった。

 すぐさま隣で固まっているメルを床へと伏せさせてセシリアがドレスを翻しながら駆け出す。それと同時に別方向から近づいていた別の男性が銃を引き抜こうとする姿を捉える。位置が悪くて投擲ができないために少し焦るが、問題はまったくなかった。

 セシリアが瞬きしたときには、既に目にも止まらない早業でイーリスが制圧していた。そして会場に潜ませていた護衛たちが一斉に動き出し、イリーナをはじめとしたカレイドマテリアル社の人間たちを守るように前に立つ。

 

「………まぁ、こうなるだろうとは思っていたよ」

 

 狙われていたにも関わらずにイリーナは顔色ひとつ変えることなく、ゆっくりとタバコを咥えて火をつける。紫煙を吐きながら自分に向けられる殺気をぼんやりと眺め返す。

 

「私は嫌われているからな。まぁ、死んでやるつもりはないが」

 

 挑発するような物言いに守ることが仕事であるイーリスは「余計なことまで言わないでくれ、というかさっさと避難してくれ」と抗議の視線を向けるが、おかまいなしに暴君は逃げることなくその場に立っている。

 突如、ダァン! という銃声が響き、突然のことに驚いて固まっていた他の参加者たちが悲鳴を上げて蹲る。イリーナを狙ったその銃弾は、しかしイーリスの掲げた特殊合金製のトレイによって弾かれ、命中することなく失敗する。そしてあっという間に発泡した男も組み伏せられる。

 

「社長、せめて伏せるくらいしてください」

「わかった、わかった。とっとと帰ることにするよ。行くぞイーリス」

「だから伏せてくださいってばー!」

 

 あくまでも不敵に、堂々とした姿で会場を去ろうとするイリーナの背中を狙う輩もまだいたが、それらは悉くがカレイドマテリアル社の精鋭によって鎮圧されていく。招待された側であるイリーナの責任ではないが、ちゃんと他の人間にも被害が出ないような丁寧な制圧だった。おそらくこうなることを想定していたのだろう。

 セシリアとシャルロットは非力な女性たちの避難誘導を行う。こうした生身での戦闘訓練も当然受けているが、さすがに本職のイーリスたちには及ばない。むしろ二人の役目は保険なので制圧の援護くらいしかしていない。

 セシリアは突然のことに怯えているメルを庇いながら壁際へと避難させる。ぎゅっとしがみついてくるメルをなだめつつ、他に紛れている工作員や暗殺者がいないか探る。

 もともとこの招待されたパーティには胡散臭いものがあったのだ。不穏分子を釣る意味も兼ねてイリーナは参加したようだが、やはりイリーナの暗殺が主目的のようだ。そんな危惧があったからこそ、会場内に大勢の護衛を潜ませ、最大の保険としてセシリアとシャルロットも同行させたのだ。

 

「隊長」

 

 シャルロットがセシリアに声をかける。隊長、と呼ぶときはカレイドマテリアル社直属部隊としての使命があるときの呼称だ。

 

「残念だけど予想通り、無人機が接近中だって」

「暗殺失敗すれば会場ごと破壊、ですか。イリーナさんの予想通りですが、まったく、美学の欠片もない」

「それじゃあ予定通りに」

「ええ、私とシャルロットさんで殲滅します。他の皆は支援と施設の防御を」

「了解」

「ごめんなさいメル。少しお仕事ができたので行ってきますね」

 

 未だに震えているメルの頭を撫でつつ、優しくしがみついていた手を解す。

 

「せしりあさん……」

「大丈夫ですよ。あなたのように、応援してくれる人がいる限り私は無敵です。私を信じて待っていてください」

「は、はい」

「あなたにも教えましょう。セシリア・オルコットの弾丸に貫けないものはないことを」

 

 そう、セシリアはもう自分のために戦うことはとっくに諦めているのだ。

 でも、自分の信じる、そして愛するもののためなら、いくらでも強くなれる。自分を信じてくれる人がいる限り、セシリアはその期待に応えたいと思う。

 そしてその最たる少女は、この空の上から常に願い、祈ってくれている。それがわかっているからこそ、目の前ですがるようなメルの期待にも応えられる。

 アイズの面影を感じさせるメルを守る。そう繋がることに、セシリアの戦意は滾る。

 

「シャルロットさん、今回は私が前に出ます。援護はお任せします」

「いつになくやる気だね。僕の援護なんて必要ない気がするけどね。任されたよ」

 

 そして会場に無人機の接近と避難を促す放送が入る。混乱が強くなる中、セシリアは不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。纏めていた髪を解き、自慢の金髪をさらりと手で梳きながら流すとイヤーカフス……待機状態のブルーティアーズtype-Ⅲへと手をかける。

 

「安心してください」

 

 その場で不安そうにしている人間すべてに告げる。美貌から溢れる絶対の自信がセシリアを包んでいる。

 

「私は、――――セシリア・オルコットは最強です」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あら、セシリアが出るみたいねぇ」

 

 無人機が迫る様子を眺めていたマリアベルが出撃した青い機体――ブルーティアーズtype-Ⅲを見て嬉しそうに呟く。ほかにも何機か随伴機がいるようだが、どうやらほぼセシリアが単機で迎撃するようだ。長大なライフルを携え、背にいくつものビットを装備するセシリアの姿はマリアベルを大きく感動させた。

 美しく強い存在。セシリアがそれであったことが、なによりも嬉しいのだ。

 

「旧式の無人機では、あれに勝つことは難しいでしょうね」

「ふふ、ほんと楽しませてくれるわねぇ。もう帰ろうかと思ったけど、せっかくだから観戦させてもらいましょう」

 

 のほほんと危険地帯にいるにも関わらずにピクニック気分のマリアベルの言い分にもう避難させることを諦めたスコールも視線を外へと向ける。

 おそらくIS委員会か、それに属する者が関わっていることは明白だろう。既に亡国機業側としては破棄したも同然の旧式無人機であるが、その数は脅威だ。今も見たところ三十機近い数を揃えている。量産性を主眼にした開発機体であるし、いくつかプラントも手にしているからこれが今のIS委員会の命綱となっている。自分たちの組織から掠め取ったものでしか組織の維持ができないことには嘲笑する思いだが、数が揃えられるという点では十分に脅威だ。

 しかし、カレイドマテリアル社や亡国機業の上級に位置する操縦者にとてはもはやガラクタ同然だ。おそらく時間はかかるだろうが、セシリア単機でも十分殲滅は可能だろう。

 

「その場合、多少の被害は出るかと思いますが」

「なにか隠し球でもあるのかしらねぇ? 見たいわね」

 

 

 

 

 

 

 

「なら、ゆっくりと見ていくといい。観戦料はもらうがな」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で銃を抜いたスコールが声の主へと銃口を向けると同時に、イーリスが抜いた銃がマリアベルに向けられる。互いの従者が持つ銃は、互いの主へと向けられている。撃てば、撃たれる。自分ではなく、主が。動くに動けない重苦しい膠着状態が出来上がっていた。

 そんな状況の中、銃口を向けられているにも関わらずに表情を変えないマリアベルとイリーナが視線を交わせた。

 イリーナの憮然とした表情に対し、マリアベルはニコニコと屈託のない笑みを浮かべている。

 

「あらぁ、もしかして私がいること、わかってたのかしら?」

「可能性は考えていたさ。もし、私の知るやつなら、ちょっかいをかけに来るんじゃないかと思っていた」

「さすがね。でも今回の騒動は私じゃないわよ?」

「わかっているさ。お前にしてはやり方が手ぬるいし、なによりこんなやり方はつまらない」

「ふふ……」

 

 マリアベルがおかしそうにケラケラと笑う。銃を向けているイーリスは、そのマリアベルの姿に気味の悪さを感じて仕方がなかった。いくらなんでも、こんな距離で銃を向けられてここまで平然としていられるものなのか。歴戦の兵士でも身体に緊張が表れるというのに、この女はまったくの自然体だ。

 戦慄するイーリスを他所に、イリーナは外に目配せしながらマリアベルを誘う。 

 

「あいつの戦いが見たいのだろう? 特等席を用意してやる。少し付き合え」

「いいのかしら?」

「言ったろう、観戦料はもらうと。代金は―――――お前の正体だ」

「…………」

「嫌とは言うまい? いつだって、私から逃げたことなんてないのだから」

「そう言っていつも私を誘ってくれたイリーナは大好きよ? もちろん御呼ばれになるわ。スコール、その銃をおろしなさい」

「イーリス、お前もだ」

 

 油断なくスコールとイーリスが銃を下ろす。それでもその眼光は鋭いままだ。妙な真似をすれば、躊躇いなく射殺するとでも言うように敵意の込められた視線を交わしている。そんな殺伐とした従者とは別に、その主である二人はあくまで自然体のまま会話している。

 

「この上の展望レストランを貸し切ってある」

「あら素敵。でも、私の正体ねぇ……もう知っているでしょう?」

「死んだはずの人間が言っても説得力はないな。…………それとも、生きていて嬉しいとでも言って欲しかったのか? ―――――――――――姉さん」

 

 イーリスが眉をひそめてマリアベルを見た。

 姉さん。イリーナは確かにそう言った。だが、イリーナに姉がいたなどイーリスは知らなかったし、聞いたこともない。意味を図りかねていると、マリアベルが応えた。

 

「そう呼ばれたのはいつ以来かしら? でも嬉しいわイリーナ。私の前に立ちふさがってくれたのが、妹のあなたで! 私たち姉妹はやっぱり運命でつながれていたみたいね!」

「反吐が出る運命だな」

 

 身体全体で嬉しさを表現するように大きく両腕を上げて喜びを示すマリアベルに、しかしイリーナは冷たい視線を向けるだけであった。

 

 

 

 




更新遅くなりました(汗)いろいろあってなかなか執筆できませんでしたが、ようやく更新できました。

今回の話は前後編の前編です。イリーナとマリアベルの邂逅がメインですね。あと後半では第一部では援護ばかりで目立っていなかったセシリアが少し本気を出すようです。
実はヴォーダン・オージェもないのにアイズと同等という時点でセシリアのチートさがやばい。
魔改造セシリアってあまりないからこのセシリアはとことん強化しています。アイズ一筋だからちょろくもないし(笑)

もうずいぶん寒くなってきました。皆様、お体にはお気を付けて。

感想要望などお待ちしています、ではまた次回に!


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Act.78 「魔女と暴君(後編)」

今作品の根幹に関わるかなりのネタバレ回です。




「ターゲット確認………飛行型二十五機」

 

 敵集団を見据えながら冷静に戦力分析を行う。数は多いが、あのタイプの無人機はとっくにその性能や武装特性、さらに連携パターンなどのアルゴリズムに至るまで束によって解明されている。もちろんそれなりにアレンジは加えられているだろうし、見た目は同じでも中身は別物という可能性も有り得る。しかし、現状でのデータ収集と分析からあれらの機体はこれまでセシリア達が戦ってきたものと同一のものだ。

 既にこのブルーティアーズtype-Ⅲの敵には成りえない。敵の攻撃を回避しつつ一機ずつ撃ち落とせばいい。あの数なら十分から十五分で殲滅できる。

 ビットを併用してのオールレンジ射撃は単機でありながら小隊規模と同等の攻撃力を持つ。後衛からシャルロットが砲撃支援を行うことも考えれば十分な戦力だった。

 

「とはいえ……」

 

 しかし、背後にはイリーナのいる施設がある。万が一にも流れ弾で倒壊などとなれば目も当てられない結果となる。撃ち合いになれば間違いなくセシリアが勝つが、代償としてある程度の被害が出る可能性が高い。

 時間をかけるわけにはいかない。そして射撃戦は最善ではない。

 

 ならば、どうするか。

 

 答えは決まっていた。

 

「アイズや鈴さんの戦い方を見習うとしましょうか」

 

 セシリアは主装備であるスターライトMkⅣを量子変換して収納すると、代わりにギミックのついた長大なスピア―――近接銃槍【ベネトナシュ】を手に取る。大きくひと振りしてそれを構えると、背部に装備したままのビットの推進力も利用して最高速へと加速させる。

 もともとブルーティアーズtype-Ⅲは直線加速に優れた機体だ。射撃のための距離を取るための特性であるが、セシリアはこれをまるで鈴のような吶喊のために使用した。全面にベネトナシュを構え、矢のように勢いを緩めることなく無人機の集団へと突っ込んだ。

 その勢いのまま、無人機の一機へとベネトナシュを突き刺す。胴体部に直撃を受けたその機体はその衝撃で機体全体に至るまでスパークして沈黙する。

 だが、同時にセシリアの足も止まる。その隙を突こうと背後から襲いかかるが、セシリアは何事もないように冷静に手に持つベネトナシュのギミック部の一部をスライドさせる。同時にガシャンという音と共に弾丸が装填され、トリガーを引いた。

 至近距離から放たれた散弾が背後から迫っていた無人機を無惨なまでに破壊する。ベネトナシュに仕込まれた槍底部散弾砲である。

 

「乱戦での近接戦…………私は確かに射撃型ですが、接近戦が弱いつもりはありませんわ」

 

 セシリアの攻略法としてはたしかに接近戦を仕掛けることは間違いではない。ただし、その大前提が接近戦における技量が凄まじく高いことが要求される。

 夏休み中に行った鈴との模擬戦でも、押され気味だったとはいえ、ほぼ互角の戦いをしてみせたほどだ。セシリアはあくまで射撃が得意というだけで接近戦が苦手というわけではない。

 少なくとも、無人機程度の近接戦闘プログラムなどなんの脅威でもない。

 

「次です」

 

 ベネトナシュを投擲して攻撃直前だったビーム砲を破壊する。行き場を失ったエネルギーが暴発し、周囲の機体を巻き込んで大爆発を引き起こす。それを視界の端で捉えながら、セシリアはかつてシャルロットが使用したスモークチャフグレネードをその場で量子変換して複数のそれを周囲に分散させるように投擲、数瞬の後に閃光とスモークを発生させてジャミングフィールドを一時的に作り出す。

 無人機のセンサーを一時的に無効化、セシリア自身もスモークの中へと姿を隠す。

 

 もちろん、無人機はそんなことなどお構いなしにスモークの中心へとビームを撃ち込んでいく。もしアイズや鈴ならこんな迂闊な攻撃は選択せずに距離を取るだろうが、その場に留まり攻撃してしまったことが無人機の限界であった。

 

 

 

 

 

「薙ぎ払いなさい」

 

 

 

 

 

 スモークの中からなにかが飛び出してくる。

 それはビームだった。弾丸だった。レーザーだった。重火器を乱射するように凄まじい高火力の弾幕が周囲一帯の無人機群に襲いかかった。

 一機がレーザーに貫かれ爆散する。歪曲するビームに焼かれ融解する。圧倒的な物量の弾丸を撃ち込まれ沈黙する。

 そしてその爆発の衝撃でスモークが晴れる。

 そこにはセシリアの姿がなく、ビットだけが残されていた。そしてそれらはただのビットではなかった。不釣り合いなほど巨大な砲身と接続され、自動砲台のように周囲の敵機目掛けて射撃をする重火器装備をしたビットだ。

 本来なら強襲制圧パッケージ【ジェノサイドガンナー】の装備である徹甲レーザーガトリングカノン【フレア】、近接掃射砲【スターダスト】。

 本来はパッケージを装備しなければ機動力を殺してしまう大火力の大型兵装をビットと接続して固定砲台として使用したのだ。強大な火力で次々と無人機を貫いていく中、セシリアはベネトナシュを回収しつつブーストで距離を取り本領であるスターライトMkⅣを構え狙撃態勢へと移行する。

 淀みのない流れるような動作で構えたセシリアは同時にトリガーを引く。

 

 魔弾の射手であるセシリアが手にすることでスナイパーライフルから発射されたレーザーは吸い込まれるように無人機の脆弱な部位へと命中する。頭部カメラや関節部、硬い装甲部は避けて確実にダメージが期待できる場所を狙う。

 

 集団を引き寄せてスモークチャフとステルスビットで姿を消し、重火力兵装の複数独立使用による混乱を生じさせて確実に狙撃で数を減らす。

 本来なら部隊単位で行う戦術であるが、セシリアは苦もなくそれを単機で実行してしまう。

 

 これがセシリア・オルコット。

 

 欧州最強のIS操縦者にして世界最高峰のISガンナーの実力。その一端であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 通常であれば多くの人で賑わっているであろう観光スポットでもある展望レストランであるが、避難勧告が出された現在は静まり返り、ほんのわずかな物音だけが響いている。

 人の気配はほとんどしないが、人のいないレストランのど真ん中で悠々とワインを飲み、窓から見える爆炎を眺めている者が二人いた。そしてさらにその背後で直立不動で控えている者が二人。

 そのたった四人だけが、無人のレストランに居座り、殺気が交錯する重苦しい空気の中でにらみ合っている。

 しかし、そんな中にいてマリアベルだけはどこ吹く風でのんびりと展望できるセシリアの勇姿を見て笑っている。

 

「強いわね。下手をすればシールでも喰われかねないわね」

「ご満悦か? 自分の玩具が頑張っている姿を見るのは?」

「ええ、とても。ふふ」

「ちっ、性悪が……取り繕うことすら放棄したか」

「私は正直なのよ。私のモットーは“誠実な悪”だからね」

「そんなものは世の政治家でもう間に合っているよ」

 

 片や友好的に、片や鬱陶しそうにしながらの会話であるが、それはどこか仲の良い二人がじゃれあっているようにも見える。

 しかし、この二人の会話はいわば敵対勢力同士のトップ会談でもあるのだ。後ろに控えているイーリスとスコールは油断なく神経を尖らせ、広い室内の空気は鉛が混ざっているかのように重苦しい。

 

「でも、まだあんなものじゃないでしょう?」

「さて、な。あいつは私にも手の内を隠すようなやつだ。切り札の二つや三つくらいあるだろうさ」

「そのうちのひとつくらいは知っているんでしょう?」

「だったら?」

「見せてくれないかな? 私、もっとセシリアのかっこいい姿が見たいわ」

 

 敵対しているセシリアの情報を欲しがっているようでもあるが、マリアベルの本心はただ純粋に「セシリアが見たい」というものだった。

 セシリアの戦う姿が見たい。もっとかっこいい姿が見たい。頑張っている姿が見たい。ただただそれだけを理由にイリーナにお願いしているのだ。

 その表情からそれを読み取ったイリーナは、相変わらずのやりづらい目の前の人物の思考回路に舌打ちする。無邪気とは一種の狂気とは言うが、マリアベルという女はまさにそれを体現したかのようだった。

 

「ああ、でもイリーナはお返しを用意しなくちゃ言うことを聞いてくれないものねぇ」

「当然だろう」

「私も今じゃ組織のトップだもの。それくらいわかってるわ。ま、気分次第だけどね」

「……お前も苦労しているな」

 

 イリーナはマリアベルではなく、その背後に控えているスコールに同情するような目を向ける。スコールは「全くだ」と言いそうになった口をなんとか閉じる。

 敵のトップに同情されるような自身の役職にやるせない思いをしながらも、スコールはポーカーフェイスのまま無言を貫いた。

 

「で、なにをくれる?」

「なら、あなたの好きな情報を。なにがいいかしら? 新型無人機のスペック? 配下に置いた国の数? それとも私の傀儡となっている人間の名前がいいかしら?」

 

 これに慌てたのはスコールだった。

 今マリアベルが言った事柄はすべて亡国機業における最重要機密だ。もしその情報が流出すれば亡国機業の優位性が崩れてもおかしくないほどの案件ばかりだ。いくらマリアベルでもこれを流出させることなど許容できない。スコールは非礼だと思いながらも口を挟もうとする。

 

「そんなものはいらん」

 

 しかし、その前にイリーナがそれを断った。今度はイーリスが慌てた。

 うまくいけばその貴重な情報を得られるかもしれないというのに、そのチャンスをみすみす捨てたイリーナに驚いてしまう。それらの情報の価値はイリーナも理解しているはずなのに、それ以上の情報があるというのだろうか。そんな疑問を抱き、わずかに視線をずらしてイリーナを見た。

 イリーナは変わらず仏頂面でマリアベルをじっと見つめているだけだった。そして、強い意思の込められた声で、それを言った。

 

 

 

 

 

 

「“レジーナ・オルコット”を殺したのは誰だ?」

 

 

 

 

 

 

「………くひゃはッ」

 

 マリアベルは笑った。それは無邪気な笑みでも、威圧的な笑みでもない。まるでその内側にいた化け物がつい顔を出してしまったかのような、まさに化けの皮が剥がれたとすら思うほどの変貌だった。

 口は裂けるような三日月型、目は瞳孔が大きく開かれ、纏っていた温和な雰囲気はまるで爬虫類を連想してしまうような粘着質のあるものへと変化する。

 

 

「それを聞いてどうするの? そんな質問になんの意味があるの?」

「ただの確認だ」

「確認、ね。なら、もう正解はわかっているんでしょう?」

「…………」

「でもいいわ。答えましょう、嘘は言わないわ」

 

 そしてマリアベルは再び無邪気な笑みへと戻る。先程見せた得体の知れない何かは幻だったかのようになくなってしまう。

 

「レジーナ・オルコットを殺したのは、私よ。殺そうと決めたのも、計画を立てたことも、そして実行したのも、この私」

 

「……………」

 

「今でも思い出すと愉快になるわ。あいつの命乞いは、私の人生の中でもベスト5に入るくらい愉快な出来事ね」

 

「……………」

 

「まずは、……そう、思いっきり殴ってやったの。それから四肢を撃ち抜いて標本みたいにしてやってね。それからゆっくりと時間をかけて料理したわ。そういえば最後には火炙りにしたんだっけ……、今にして思えば、ついでに胡椒でもかけておくんだったわねェ」

 

「もう黙れ」

 

「あら、もういいの?」

 

「私はそこまで悪趣味じゃあない」

 

「イリーナは精神的に追い詰めるほうが好きだものねぇ。くすくす……」

 

 

 狂っていた。

 その口から吐き出される言葉は、裏社会に関わるイーリスにとっても狂っているとしか言い様のないものだった。そしてそんな言葉が、まるで賞をもらって喜ぶ子供みたいな無垢な姿で紡がれていたのだ。

 出来の悪い悪夢でも見ているかのようだった。

 

「レジーナを殺したのはお前だった………それがわかればいい。今はな」

「あら、そう?」

「それ以上言うつもりもないのだろう?」

「まぁね」

「その上で聞こう。レジーナを愉快に嬲り殺しにしたというのに、その娘――――セシリア・オルコットに対し何か言うことはないのか?」

 

 やはり、そうなのか。

 オルコットという名からセシリアの関係者だろうとはイーリスは思っていたが、やはりそのレジーナという人物はセシリアの家族………母親だったようだ。

 ここで確認をしたということは、おそらくイリーナもセシリアにはなにも告げていないだろう。確証がないことはあまり言うほうではないし、セシリアの心情を考えればそれも当然だ。

 

 そんなイリーナの問いに、マリアベルは満面の笑みで答えた。

 

「“愛している”。それ以外に言うことはないわ。あの子もきっとそう言うはずよ」

「お前がずっと思い出のままなら、そうだろうさ」

 

 それはどういうことなのか。新情報が多すぎて整理しきれなくなってきたイーリスに、そこで最大級の爆弾が落とされた。

 

「セシリアの中ではおまえは優しく気高いままだ。おまえの意思を継ごうとすらしている。本人はこんなクズみたいに狂っていることすら知らずにな」

「嬉しいわねぇ」

「だからもう一度聞こう。……………それが、娘に対して言うことなのか」

「え?」

 

 イーリスは思わず口に出してしまった。

 それくらい、彼女を驚愕させたのだ。イリーナの言ったことが事実だとすれば、つまりマリアベルの正体は―――。

 

「あら、そちらのお姉さんは知らなかったの? まぁ、イリーナはおしゃべりじゃないもんねぇ」

 

 まったく動揺していないスコールを見れば、マリアベルとしてはある程度のことは部下に話していたらしい。そんな双方の態度から、それが紛れもない事実だと悟ってしまう。

 

 

 

 

 

「………こいつの本名はレジーナ。レジーナ・オルコット。セシリアの母親だよ」

 

 

 

 

 

 

 それは、最大級の爆弾であった。

 

「ッッッ!!!? で、では社長は?」

「ルージュ、というのは私の旦那の名だ。私の旧姓は、イリーナ・オルコット。セシリアは姪にあたるな。まぁ、私はずいぶん前にオルコット家から勘当された身だが」

「姪!? というか結婚してたんですか!?」

 

 セシリアとの関係よりもイリーナが結婚していたことのほうが驚いてしまうのは彼女が暴君と呼ばれる故であろうか。そんな失礼なことを口走っていた。

 たしかに言う必要のないことかもしれないが、それでも話してくれていたら、と思ってしまう。

 

「そもそも、なんで私がセシリアの援助をしていると思っていたんだ? 当時は才能はあれ、没落寸前の家に残されたガキだった。それを援助し、家を立て直す援助をほとんど見返りなしでする理由は、あいつが身内だったからにほかならない」

「セシリアさんが社に従事することが契約では?」

「それはあいつが言い出したんだ。返せるものはないから、私のために働くとな」

 

 より正確に言うなら、“これから先、ずっと社に従事し、あなたに協力する。だからアイズを守る後ろ盾になって欲しい”というものがセシリアの言葉だった。それを受け入れたからこそ、セシリアの推薦という形でアイズを社で保護したのだ。そのあとでアイズがヴォーダン・オージェの被検体だったことを知った。それをきっかけにして篠ノ之束というジョーカーを手に入れたのだから、イリーナとしても運が良かった。

 ちなみにイーリスを雇い入れた時期もこのあたりで、当時まだイーリスも新入りだったということもあってこのあたりの事情はまったく話していなかった。今でこそ言える話だ。

 

「本当にあの子は健気よねぇ。モルモットにされた親友のために自分を差し出したんだもの」

「追い詰めたのはお前だろうに」

「まぁ、そうなるのかな」

 

 マリアベルが本当にセシリアの母だというのなら、セシリアの前から姿を消して放置した時点で完全なギルティだ。裏切り以外のなにものでもない。

 

 ……だが、それならどういうことだ?

 

 レジーナ・オルコットがマリアベルだというのなら、マリアベルがレジーナ・オルコットを殺したというのはどういう意味なのか。先程の話しぶりからして直接手を下したようだ。同じ人物が二人いるかのようだが、しかしイリーナも、イーリスも半ば確信している。

 自分自身を殺すなんて裏ではよくある話だ。偽装自殺、身代わりなど手段はいくらでもある。

 

「一応、DNA検査もしたが、本人だと確認されている。もっとも、遺体は損傷が激しい上に燃やされていたから判別はそれだけだ」

「そりゃあそうよ。クローンなんだし」

「手の込んだ自殺だ。しかもついでに事故に見せかけて夫まで殺すとは恐れ入る。表向きは車の転落事故で、その後炎上したとあったが……落としたのはただの死体だったか」

「ふふ、私、ごまかすのは得意なの」

 

 やはりそうか、と思う。亡国機業がクローン関係の技術に長けていることはわかっている。シールを生み出したことや、それにラウラが造られたことも関係しているはずだ。倫理観など彼方に置き去りにしているが、可能かどうかだけが問題だった。そしてそれは可能だと証明されている。

 ここまでのことをすれば確かに表向きは死者になれるだろう。そのためにずいぶんと手間と費用をかけるだろうが、そこまでして姿をくらますということはあらかじめそのつもりだったのだろう。しかもそんなあからさまな偽装をして騒ぎにならなかったということは、当時から警察にもかなりの草がいたと見える。

 

「セシリアを捨てることも、予定通り、か?」

「そうねぇ、“想定内”、かな?」

「ふん……」

「もう十分でしょう?」

「そうだな、最後にひとつ聞こう。お前は、レジーナ・オルコットか?」

「そうよ。私がレジーナ・オルコット…………あなたの姉で、セシリアの母親よ」

 

 にこりと笑いながらいうマリアベルの邪気のない姿にこそ、言いようのない邪悪さを感じてしまう。

 なるほど、とイーリスは納得した。なぜ、イリーナがここまで敵視しているのか、嫌っているのか。この人は人の形をした別の何かだ。人の情を理解しているのに、それをあっさりと捨てることができる。しかも、そこになんの悪意も邪気もなく、それが自然に為してしまう。

 

「………イーリス、セシリアに繋げ」

「はい」

 

 命令通りにセシリアと通信をつなぎ、端末をイリーナへと手渡した。ニコニコと不気味に笑うマリアベルから目を離さずにイリーナはセシリアへと命じる。

 

「セシリア」

 

『どうしました? 駆除までもう少しかかりますが……』

 

「“type-Ⅲ”の使用を許可する」

 

『え? しかし……』

 

「命令だ。やれ。ただし、五秒だ。それで残りを殲滅しろ」

 

『…………了解。五秒も要りません。三秒で十分です』

 

 通信を切るとイリーナも戦場が見える外へと視線を移す。 切り札のひとつが見られると思い、マリアベルも嬉しそうに視線を向ける。

 

 そして、異変はすぐに現れた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「いったいどういうつもりやら……」

 

 急な命令に困惑しつつも、やれと言われたからにはやらなくてはいけない。残りの敵機は十二機。宣言通り、“type-Ⅲ”を使えば数秒で終わる数だ。

 しかし、こんなところで本当に切り札を使っていいのだろうか。イリーナは手札をあまり見せたがらない。手の内を晒すことは愚策だと知っているからだ。それなのに命令してきたということは、なにかに対する牽制のつもりなのか、はたまた別の狙いがあるのか。

 

「まぁ、そのあたりはいいでしょう。久しぶりの使用ですし、慣らすにはちょうどいい機会ですわ」

 

 セシリアはビット全機を戻し、背部バインダーへと接続する。そして主武装のスターライトMkⅣも一時的に収納して精神を集中させる。セシリアはアイズほどスムーズにこの力を使うことはできない。しかも使用自体が久しぶりだったので、慎重にISとのリンクを高めていく。

 

「さぁ、目覚めなさい―――――ブルーティアーズ」

 

 セシリアの言葉に応えるように、ブルーティアーズのコアが胎動する。アイズのレッドティアーズのように、未だ明確なコア人格は形成されていないが、それでもセシリアは愛機の意思を感じている。それに同調させるように、セシリア自身も意思を震わせ、それを具現させるように機体を変化させる。

 各部の装甲を展開させ、その名と同じ青い白いエネルギーラインを露出させる。そこから溢れるようにコアから生み出された膨大なエネルギーが散布されていく。それはまるでセシリアとブルーティアーズそのものが光を纏っているかのようだ。まさに、それは青い雫のようであった。

 

「第二単一仕様能力〈セカンド・ワンオフアビリティー〉―――開放」

 

 そして異変は起きる。

 セシリアを中心としたエリアが急激に暗闇へと陥っていく。さきほどまで降り注いでいた太陽の光が一切届いていない。昼が夜に侵食されていくようにどんどん暗くなる中、セシリアはゆっくりと右手を動かす。腕部装甲の親指と中指を合わせ、ゆっくりと無人機へと掲げた。

 

 

 

 

「落ちて消えなさい―――――雫のように」

 

 

 

 

 その言葉と共に、パチンッと指を鳴らす。

 

 

 

 

 瞬間、無人機の全てが光に呑み込まれた。

 

 光が無人機そのものを熔かし、食っていく。原型すらまともに残されないほどに破壊されたそれらが、光の雫となって落ちていく。

 幻想的とすら思える光景だった。それが、破壊の光景とは思えないほどに、美しい。そしてそれらは幻だったかのように世界に光が戻る。

 戻った世界に佇むのは、セシリアただ一人。

 

 さきほどまで確かにそこにいた無人機たちは、光の雫となって消えていった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「よかったんですか、あんなものまで見せて」

 

 二人となった無人のレストランの中でイーリスはそう問うた。

 すでにマリアベルとスコールの姿はない。二人はセシリアの姿を見たあと、早々に去っていった。マリアベルは上機嫌にセシリアを讃えながら帰っていったが、スコールの表情は少しこわばっていた。無理もない。あんな力を見せられればそのほうが正しい反応だ。

 セシリアの切り札はそれほどまでに驚異的なものだった。あれは見せたらまずいものだろうと思うが、イリーナにとってはそうではないらしい。

 

「あいつを知るための代価だよ」

「マリアベル………亡国機業のトップ。そして社長の姉君で、セシリアさんのお母様………本当なんですか?」

「………死亡確認はされていた。が、………狂言だった。それだけだ」

「社長が以前言っていた、心当たりって……」

「あいつだよ」

 

 死んだはずの人物。それが身内だった。普通なら喜ぶのかもしれないが、それが最大の敵なのだから悪夢だろう。しかも、どうやらマリアベルが望んでしたことのようだ。イリーナやセシリアにとって、その存在はどう映るのだろうか。

 

「でも、クローンを使ってまで死亡認定させるなんて……有効だとは思いますけど、そうまでして……」

「そうじゃない」

「え?」

「それは決めつけだ。可能性はもうひとつあるだろう」

 

 煙草に火をつけながらイリーナが淡々と言った。もうひとつの可能性、それはなんなのか。イーリスはこれまでの会話を思い返し、そして―――――その優秀な頭がひとつの仮説にたどり着いた。

 

「あ、まさか……っ」

「そうだ。あいつはレジーナではあると認めたが………それがオリジナルかどうかまでは明言していない。死んだほうがオリジナルで、あいつがフェイクという可能性だってある」

「そんな……」

「あいつを見ただろう? 若すぎる。本当なら私より八つも年上だ。なのにあいつは死んだ当時の姿のままだ。老化抑制しているのか知らんが、本当ならもう四十に近いはずだ」

「確かに、見た感じ二十後半という感じでしたね」

 

 死んだほうが、殺されたほうがオリジナルのレジーナ・オルコットである可能性。それが本当だとすれば、それはレジーナ・オルコットという存在の乗っ取りだった。

 

「しかもこの可能性のほうが高いときている。あいつの言うことが本当なら、あいつは明確な殺意を持ってもう一人の自分を殺したことになる。偽装死亡するやつが、わざわざそんな殺意を振りまいて自分の手でクローンを殺すか?」

「…………」

「そしてあいつはセシリアを捨てることは“想定内”と言った。予定通りではなく、な。つまり、セシリアを、オルコット家そのものを捨てることはオリジナルを消したことの結果だったかもしれん」

「でも、……それでは、どちらにしてもセシリアさんが不憫です」

 

 あのマリアベルがオリジナルだったなら、セシリアは実の母親に裏切られていたことになり、フェイクだったのなら、マリアベルはセシリアにとって母の仇となる。どちらにしても、セシリアにとっては平静ではいられないことだろう。

 

「セシリアには言うな。少なくとも、あいつがどちらなのか確定はするまではな」

「はい。………しかし、社長はどうなんですか? 社長にとってもあの人は……」

 

 身内なのはイリーナも同じだ。だからこそ気を使ったが、イリーナはまったく動揺していなかった。

 

「あいつが本物だろうが偽物だろうが、…………私は、あいつが大っ嫌いなんだよ」

 

 殺意すらにじませながら言うイリーナに、イーリスも口を閉じた。おそらく、ここから先は踏み込んではいけない領域だと、本能が察したのだ。

 

「それにな、恐ろしいのはそこじゃない。あいつは、偽物だとすればいったいいつからレジーナとなったんだ? 推測でしかないが、セシリアが知っている母親があいつそのものだという可能性だってあるんだぞ」

「それは……、そう、ですが」

 

 仮にあのマリアベルがレジーナ・オルコットのクローンだとして、本物を消す前に表に出なかったという保証はない。もしかしたら、セシリアと接していたかもしれない。

 

「でも、それって本当のレジーナ・オルコットが影武者を用意したみたいですけど」

「有り得るんだよ、それが。いいか、セシリアは美化しているが、私の姉はいい人間じゃなかった。少なくとも、善人ではなく悪人と呼ばれる側だ。自身のクローンを使って面倒な子育てをしていたとしても私は驚かんぞ」

「そんなまさか……」

 

 しかし、イリーナにそこまで言わせるのだから相当な人物だったのかもしれない。本当にクローンを影武者に使い、なにか後暗いことをしていたことも考えられる。ここで考えても推論の域を出ないが、どれも気分のいいものではなかった。

 それから数分の沈黙が過ぎ去り、一人の少女がこの場へ足を踏み入れた。金髪と青い目、さきほど出て行ったマリアベルの姿をそのまま引き継いだような少女―――セシリア・オルコットであった。

 こうして見れば、たしかに面影が多く残っていることに、イーリスは居た堪れない気持ちになる。そんなイーリスの様子を察したセシリアが首をかしげていたが、すぐに表情を引き締めてイリーナに報告する。

 

「任務完了しました」

「ご苦労だった。……おまえも少し飲んでいけ」

 

 セシリアに着席を促し、イーリスにシャンパンを用意させる。いつもと少し様子の違う二人に少し困惑しながら、セシリアも席に座る。

 イーリスから注がれたシャンパンを受け取ると、イリーナに礼を言ってコクリと少しだけ飲む。

 

「……もう任務外だ。プライベートでいいぞ」

「……本当に珍しいですね、イリーナさん」

「たまには姪と飲みたいからな」

「ああ、イーリスさんにも話したんですか」

 

 どうやらイーリスが知らなかった原因は、二人が関係を隠していたこともあるらしい。かつてオルコット家から勘当されたというイリーナの事情から察するに、あまり表立って言うことではなかったのだとはすぐにわかった。

 

「おまえはよくやってくれているよ。たまにはこうして叔母らしいことでもしてやらないとな」

「私の好きな銘柄のシャンパンですね………覚えていてくれたんですの」

 

 セシリアの口調もいつもよりはやや軽い。なるほど、これが本来の二人の関係なのだろう。

 暴君と呼ばれている人物でも、身内には相応に心を許す姿にイーリスは失礼と思いつつ少し感動した。

 

「セシリア」

「はい?」

「おまえは、姉さんを尊敬していたな」

「はい。お母様は私にとって目標となる女性です」

「そうか。…………姉さんも、今のおまえを見れば喜んでくれるだろうさ」

「そうでしょうか……そうであれば、嬉しいですわ」

 

 その会話を聞きながらイーリスは内心で苦いものを感じていた。

 

「私はずいぶん前に勘当されたからな。姉さんはどういう人だった?」

「そうですね………いつも優しく、私を気遣ってくれました。それに今にして思えば、私が成長するように導いてくれていたと思いますわ」

「いい母親だったんだな、姉さんは」

「はい、最高の母ですわ」

 

 自慢するように笑顔で語るセシリアから耐え切れずにイーリスは目を逸らした。セシリアの母に抱く愛情が、こんなにも苦しい。

 

「おまえなら、そんな最高だった姉さんも超えられるよ。私はそう信じている」

 

 心温まる会話だ。しかし、イーリスにはその言葉は、「だからマリアベルを殺せ」と言っているように聞こえてしまった。それが、気のせいだと理解はしても、それほどまでに現実と理想のギャップが酷かった。

 

「おまえには迷惑をかけるが、これからも頼む」

「はい。イリーナさんに受けた恩は忘れていません。私は、あなたのためにこの力を使います」

「アイズを守る限り、だろう?」

「はい、アイズを守ってくれている限り、私はずっと味方ですよ、イリーナさん」

「ずっと疎遠でいた叔母より愛しい親友か。ま、それが正しい感情だろう。約束は守るさ。……………さて、では次の任務だ」

 

 そうしてプライベートではなく、いつものやりとりを始める二人をイーリスが静かに見守る。

 裏事情を知ってしまったイーリスは、イリーナの言葉が理解できた。

 

 セシリアには、伝えるべきではない。

 

 少なくとも、今は。

 彼女がなんの覚悟もなく対峙すれば、悲劇が生まれることは目に見えていた。

 

 なぜならば。

 

 マリアベルという存在は、どう転んでもセシリアにとって悪夢にしか成りえないのだから。

 

 

 

 




マリアベルさんの正体について触れた回でした。

彼女がセシリアの母なのか、母のフェイクなのかはまだ未確定ですが、これでよくある【ラスボスは身内だった】フラグが完全にたちました。
イリーナさんがセシリアを援助した理由もここに関わってました。まだ明かしていない要素はありますが、いずれマリアベル側から見た真相を描くつもりです。

現在確定した事実。


・マリアベルの本名はレジーナ・オルコット。ただし、オリジナルかクローンかは不明。

・レジーナはイリーナの姉で、セシリアの母。セシリアはイリーナの姪にあたる。


これ以外はすべて推測情報です。いったいなにが真実なのか、これから明かされていきます。

次回からは鈴ちゃん編です。打って変わって気持ちのいい熱血編にしたいと思います。

感想、要望などお待ちしております。

それではまた次回!


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Act.79 「龍の逆鱗(前編)」

 熱気。ここにあるのはまさにそれだ。

 地下だとわかるジメジメとした空気、特有の冷たさ、人工の光によって照らされたその空間には多くの人間が中心にあるリングへと群がっていた。

 しかし、リングというにはいささか荒々しい。金網で仕切られた四角の無骨な、まるで檻のようなリングには一人の男が腕を組んで立っている。丸太のような太い腕に筋肉の鎧で覆われた肉体、まさに全身が凶器となるかのような巨漢だ。体中につけられた傷はその男が歴戦の戦士であることを証明している。

 彼はこの地下格闘場におけるチャンピオンであった。ここで幾多もの挑戦者を血祭りにあげてきた生ける伝説であった。

 そんな男が今、まさに新たな獲物の登場を待っていた。強いことこそがここで生きる術であり、金を稼ぐために最も必要な要素だった。彼はもはや敵なしと呼ばれ、まさにここの支配者だった。

 

「…………あん?」

 

 そんな彼の前に、今回の獲物が現れる。だが、彼はその姿を見て唖然としてしまった。

 

 現れたのは、まだ年端もいかない少女だった。低い背に、細い四肢。戦闘服と思しき改造されたチャイナドレスを纏っている。

 まるで縁日の屋台で売っていそうな妙な意匠の仮面をつけているが、それはまるでお祭りから迷い込んだただの子供のようにも見える。仮面の両脇から伸びる結った長い髪をなびかせながらしっかりとした足取りで近づいてくる。その少女は金網の傍までやってくると、コテンと可愛らしく首をかしげながら声をかけてきた。

 

「あんたがここのチャンピオン?」

「おいおい、なんの冗談だ? いつからここはガキの託児所になったんだ?」

「あんたを倒せば賞金がもらえるんでしょ?」

「だからなんだガキ。おまえが倒すってのか?」

「あたしも気乗りしないんだけどさぁ………だって、……」

 

 少女はその場から軽く跳躍すると、金網に足をかける。それを二歩、三歩と繰り返し、高さ二メートル以上はあった金網を腕を使わずに登りきり、くるくると回転しながら軽い身のこなしでデスマッチのリングへと降り立った。その忍者のような軽い身のこなしに少々びっくりするも、未だに男は不機嫌そうな顔のままだ。

 だが、次の少女の言葉が男の平静を根こそぎ奪ってしまった。

 

「やっぱめんどいなぁ、いくら旅代を稼ぐためにお師匠から言われたこととはいえ…………あんた、そんな強くないじゃん」

 

 肩をすくめながら、まるで期待はずれだとい言うような少女は、仮面越しにわかるほど大きなため息をついた。

 舐められている。これまでこの地下格闘場で何人もの人間を血祭りにあげ、無敗の王者として君臨した自分を舐めきっている!

 プライドの高い彼はその事実だけで容易く激昂した。相手が少女だろうが、もう関係ない。

 その丸太のような腕を振り上げる。こんな細い少女など、これに打たれただけで折れて崩れるだろう。

 

「死ねやガキィ!」

 

 上段から振り下ろされたその腕を―――。

 

「お断りよ」

 

 少女は、その男の腕を、あっさりと受け止める。まるで当てつけるように、同じ右腕一本だけで。

 

「は?」

 

 男はその光景が信じられなかった。少女の細腕が、自身の自慢の腕をあっさりと止めたのだ。

 いったいどういうことだ。意味がわからない。受け止められるような質量差でも力でもないはずだ。にもかかわらずに、少女は苦もなくそれを為してしまう。

 もし、男がまだ冷静だったのなら気づいたかもしれない。少女は決して力で対抗したのではない。柔らかく衝撃を拡散させるように、振り下ろされる腕の力のベクトルを霧散させていたのだ。浸透勁を受身で使うことによる高等応用技の衝撃拡散である。

 

「あんた、やっぱ弱い。お師匠の足元にも及ばない」

 

 すると少女は男の腕を足場に大きく跳躍し、その小さな身体を回転させてその勢いのままの右足を振り抜いた。

 

「ごがっ!?」

 

 爪先が男の顔面を捉える。振り抜かれた足は男の首を大きく揺らし、意識もかき乱す。そうしてゆっくりと、大きな音を立てながらリングに倒れる。痙攣するように震えていたが、やがてゆっくりとその巨体を起こし始める。

 

「けっこうタフね」

「て、てめぇ、このガキ……!」

「お師匠が言うにはちょうどいいサンドバックにはなるってことらしいけど…………なるほど、もうちょっと遊んでも良さそうね」

「し、師匠だと?」

「ああ、なんかお師匠も昔はここで荒稼ぎしたって言ってたけど? もしかして知り合い? 紅雨蘭っていうんだけど」

「ほ、紅雨蘭だと!?」

 

 男だけでなく、その言葉を聞いていた全ての人間が驚愕し、恐れ慄いた。そんな様子を見ていた少女は「どんだけ暴れたのよお師匠……」とか呟いている。

 紅雨蘭。その名はこの地下格闘場において一種の伝説であった。最強不敗の女、羅刹の化身、鮮血の修羅など様々な二つ名を持ち、ある日姿を消すまで畏怖の象徴となっていた存在だった。

 

「紅雨蘭の弟子だってのか!?」

「まーね」

「そ、そんな話は聞いてねぇぞ!?」

 

 雨蘭の名を出した途端にうろたえる男に、少女はもうやる気すらなくしていた。自らの師匠の悪名だけで勝手に戦意喪失した相手に興味など抱くはずもない。

 

「ほらほらどーすんの? まだやる? やらないんならとっとと白旗をあげなさい」

「ぐ、ぐぐ……っ!」

「こんな小娘に気圧される時点でアウトよ、とっとと……」

「ぐ、うおおおおあああ―――ッッッ!!!」

「お?」

 

 男は自棄にでもなったように雄叫びを上げて突進してくる。如何に技量差があれど、これだけの体重差がある相手に体当たりをされるだけでかなりのダメージを受けることになるだろう。

 しかし、それを目の前にしても少女は揺るがない。

 

「根性あるじゃない。なら、あたしも相応の礼をしないとね」

 

 腰を落とし、足を大地に縫い付けるようにしっかりと踏み込んだ。弓のように身体をしならせ、向かってくる男に対してゆっくりと狙いをつける。

 

「お師匠直伝の奥義っぽい技……」

「死ねやぁぁぁーッ!!」

 

 身体中から気を練り上げ、衝突する瞬間に淀みのない美しいほどの力の伝達が爆発的な威力を生み出す力の奔流となってその自慢の右腕へと収束する。

 

 

 

「練功雀虎架推掌」

 

 

 

 それはまるで交通事故でも見ているようだった。

 まるで小型の車が大型のダンプカーに衝突して跳ね返るような、そんな光景によく似ていた。激しい衝突音が轟き、宙に舞った。

 

 ただ、違和感があるとするならば。

 

 吹き飛んだのは、小柄な少女ではなく巨漢のほうであった。まるで野球のボールのように少女が放った掌打によって勢いよく跳ね返された男はそのまま金網へと激突して動かなくなった。一瞬で意識を刈り取られたようだ。少女は「あ、やべ、やりすぎた」などと言って少し焦っているが、男がちゃんと生きていることを確認するとほっと安心したように頭を押さえた。

 あまりの光景に誰も彼もが口を閉ざす中、件の少女だけが元気よく腕を振り上げて声を張り上げた。

 

「と、とにかく、これであたしの勝ちね。賞金よこせオラー!」

 

 もはや、追い剥ぎのようであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「よくやった、我が弟子よ」

「よくやった、じゃねーよお師匠!? なんであたしがあんな胡散臭い世紀末チックなとこで格闘漫画みたいなことしなきゃなんないんだっつーの!」

「楽しかったろう?」

「雑魚ばっかで話になんないわよ! アイズやラウラのほうがよっぽど強いわ。……というかお師匠! あんたの悪名なんなの!? 修羅? 羅刹? いったいなにしたの!? というか旅費を稼ぐならお師匠が出ればよかったじゃん!?」

「私は出禁だ」

「マジでなにしたの!? あたしだって今の情勢でどんだけ価値があるかは疑問だけど一応国家の代表候補生って立場があるんだからね!? 正体バレたらまずいから仮面かぶったけど、あんなアンダーグラウンドの戦い完全にアウトだよ!」

「…………よく飽きずに毎日喧嘩できるね、二人共。それより鈴音、ごはんまだー?」

「ああもう! このズボラ姉妹! なんでお師匠も先生もこんなに女子力低いんだー!?」

 

 ぎゃー! と悲鳴を上げながらも凄まじい速さでキャベツを切っていく。

 荒野のど真ん中、満天の星空の下で素晴らしい手際で吠えながら料理を作る少女がいた。彼女の名は凰鈴音。現在IS学園を休学中であり、国からの帰国命令が出されたためにやむなく中国のあちこちをさまよっている野良龍虎である。

 

「ほら、鈴音の自分探し青春の旅に同行してあげてるんだし、食事の面倒くらいいいじゃん?」

「先生は食事どころか、炊事洗濯掃除全部ダメでしょ!」

「できる弟子をもった私は幸福だね」

「先生は頭いいくせに興味もったことしかしないし、お師匠は脳筋だしバカだしツンデレだし! あたしがいないとほんとダメなんだから!」

「おいてめぇなんつった?」

 

 喧嘩みたいな会話であるが、恒例となったやり取りである。

 凰鈴音は確かに紅雨蘭、火凛姉妹を尊敬しているが、同じくらいこの姉妹の生活力の無さにがっくりしていた。昔からこの二人はこうした私生活の面では残念すぎた。IS学園に入学する前までずっとほとんど同居していた鈴が家事を引き受けていたくらいだ。

 おかげで料理の腕はますます上がったし、いつ嫁にいっても大丈夫なくらい生活におけるスキルを手に入れることになった。鈴がいろいろとハイスペックな理由はいい意味でも悪い意味でもこの姉妹のおかげである。

 

「あー、でもこんな生活が懐かしいと思っちゃうあたしももう手遅れかも」

 

 日本から離れ、そして再び日本のIS学園へと入学するまで鈴はほとんどの時間をこの姉妹のもとで過ごした。ゆえに一夏たちとバカをやっていたときと同じくらい、この二人と一緒にいる時間が好きだった。

 新型コアの登場によって世界が揺れに揺れている中、鈴自身も身の振り方に悩んでいたときだからこそ、こうして自分に付き合ってくれる二人の恩師には感謝している。

 

 鈴自身はIS学園に残っていようとも思ったが、国から強制帰国命令が出されたために止むなく再び中国に帰国することになった。鈴のように一時的に帰国を命じられた生徒もかなりの数になる。鈴も帰国した当初は国からの要請で国内の治安維持などの仕事を請け負ったりしていたのだが、新型コアの支持派と反対派による対立が深まるにつれて鈴は居心地の悪さを感じるようになってしまった。

 そして、中国は新型コアではなく、無人機による戦力増強を選択した。つまり、カレイドマテリアル社ではなくIS委員会寄りとなった。しかし、これは仕方のない選択ともいえた。中国という国は国土も広く、そして世界有数の人口を持つ国だ。数が制限されている現状では新型コアを十分量確保することは難しく、それに対して無人機ならば数を揃えることが容易だった。

 ISという戦力が再び拡散されたことで国土防衛の必要性が高まり、そのためにも少数で慣熟に時間もかかる新型コアのISではなく、人を必要としない無人機が選ばれたのだ。

 

 そうした背景から、鈴も微妙な立場となってしまった。無人機の有用性は鈴も認めるところだが、そこだけしか見ない政府関係者からは冷たい目で見られ、もはや国家代表候補生など必要ないなどという議論すらされる始末だ。鈴とて、その実力は大いに示しているはずなのだが、国にとって必要なのは個の強さではなく安定した数の戦力だった。

 かなりストレスが溜まっていた鈴は火凛の提案で中国各地を回る旅に出ることにした。国からもIS支持派と無人機支持派の対立に余計な波風を立てないように定期的な連絡と国の中にとどまること、そして各地における暴動の鎮圧などの協力を条件にこれを承諾した。

 ちなみにこれらの交渉を行う前にデモンストレーションと称して発破解体が決定しているビルを武装を使わずに拳だけで一撃粉砕して見せてやったおかげですんなりと鈴の意見が通ることになった。担当官は顔を青くしていたが気のせいだろう。

 

 脅し? 勝手に向こうがビビっただけである。

 

 おかげで鈴はこうして紅姉妹と一緒になって国内を気ままに巡れることになった。火凛が設計した大型キャンピングカーを使って揺れ動く国内の情勢を実際に見て回っているというわけだ。移動手段であり家でもあるこのキャンピングカーは火凛特製だけあってISの整備も可能な代物で、おかげで鈴はこの半年、雨蘭から鍛えられ、さらに火凛に甲龍をカスタマイズしてもらいさらなる成長を遂げていた。

 比較対象がいないためにどれくらい強くなっているか鈴本人も気づいていなかったが、既に鈴は中国でも最強格のIS操縦者だ。その力を危惧して鈴からISを取り上げようという声もあったが、それを躊躇わせるほどに鈴の単機戦力は魅力的だった。データ上でも鈴と甲龍に対し、この国には単機で対抗できる存在はISも無人機も存在していないのだ。

 実際、この半年で鈴は単独でありながら散発的に破壊工作をしている無人機を十六機を撃墜し、さらに一度だけ寝込みを襲ってきたどこかの国の特殊部隊らしき集団を雨蘭とともに生身で撃退している。(のちにこれは大国の非正規特殊部隊だと知ることになる)

 

 そんなおかしい成長を遂げている鈴であるが、私生活面ではこうして師二人の雑用・世話係でしかなかった。

 

「おっしゃ、鈴ちゃん特製酢豚と回鍋肉だ!」

「料理は鈴音には敵わないね」

「鈴音、酒も出してくれ」

「はいはい、お師匠の大好きな清酒ですよーっと」

 

 文句を言いながらも鈴は慣れた手つきできっちりと家事をこなしている。

 星空の下でランプの灯に照らされながら三人はゆっくりと食事を楽しむ。こうした旅を続けて半年近く。もともと山奥で生活していたこともあってすっかりこの生活も板についてきた。

 

「でも本当にどこ行っても混乱してるよね。田舎はそうでもないけど、ISだー、無人機だーって言い合いばっか」

「しょうがない、とも思うけどね。ここ十年の常識がひっくり返ったわけだし。そもそもたった十年で女尊男卑が広まったことだって異常なんだけど…………今にして思えば、誘導されてたのかもね」

「くだらんな。男だろうと女だろうと、結局は強いか弱いかだろうに」

「生身でISに対抗できそうなお師匠が言うことじゃないよ。というか、たまに暴動まで起きるってなんなのよ……そしてあたしが狙われるってどういうことなのよ」

「無人機支持派がIS乗りを妬んだか、はたまた女性が憎い男の逆恨みか、それとも昔鈴音にフラれた男の復讐とか?」

「やられたほうは冗談じゃないわよ、まったく。あと先生、あたしは告られたことなんてねーよ畜生」

 

 鈴はぷんぷんと怒りながら回鍋肉を口の中にかき込んでいく。どんな慈善行為をしても、鈴が女だから、IS乗りだから、と理由で謂れのない中傷を受けたことも一度や二度ではない。もともと男とか女で優越が決まるなんて考えは好きではなかった鈴にとって、そんな主義主張をぶつけられるほうが鬱陶しかった。

 

「ホント、あいつらはなにがしたいのやら」

「でもいいの? スカウトされたんでしょ?」

 

 そう、鈴はセシリアからセプテントリオンに来ないかと誘いを受けていた。この情勢では国家代表候補生という肩書きもあまり大きなものではないし、カレイドマテリアル社の暴君がそのへんのことはどうにかしてくれると言っていた。

 嬉しい誘いであったが、未だ揺れる世界で通すべき己の意地や目的が希薄な鈴はその誘いを保留にしてもらった。ある程度は予想していたのだろう、セシリアもその気になったら連絡をくれと言って直通のアドレスを教えてもらっている。

 

「んー、あいつらの力にはなってやりたいけど、なんか今のままだと気持ちが中途半端になりそうで……せめて、あたしがあいつらと一緒になって戦う理由ができなきゃ、ね。そうじゃないとなんかあいつらにも、あたしにも失礼な気がするし」

「おまえはそういうところは繊細だからな」

「お師匠は脳筋だけどね」

「表に出ろ馬鹿弟子」

「もう表だよバカお師匠!」

 

 乱闘を始める馬鹿な師弟を見ながらマイペースに火凛は酢豚を食べる。

 

 今日も、一応は平和であった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぐぅおォッ!? がはっ、ゲホっ!!」

 

 腹部を抑えながら激しく咳き込む。綺麗に浸透勁を叩き込まれたために下手にダメージが残るような怪我ではなかったが、痛いものは痛い。内蔵がかき乱されるような衝撃にその場でうずくまって悶えるしかなかった。

 そんな鈴の様子をじっと見ていた雨蘭が小さくため息をついてそんな鈴を介抱してやる。

 

「どうだ? 役に立つ技だろう?」

「こ、んなん、反則、でしょ……!」

「奥義っぽいのを教えてほしいと言ったのはお前だろう、阿呆。だから実践してみせたんだろうが」

「まず、は……口で言えって、の………だ、から脳筋だ、っての」

「身体で覚えるほうが得意だろう?」

「いつか、ぶん殴ってや、るからな……ッ!」

 

 確かに言った。

 日課である朝の修行のとき、鍛え直す意味で基礎ばかりやっていた鈴がふと雨蘭に奥義っぽい技とかないのかと聞いたことがきっかけだった。すると奥義ではないが覚えておくと便利な技があるとのこと。興味を持った鈴が是非見たいと言うと、「発勁掌を叩き込んでみろ」と右腕を掲げたのだ。

 いったい何をするのかと思いながら、鬱憤を晴らすように思い切り言われたように雨蘭の右手に発勁掌を叩き込んだ鈴であったが、次の瞬間には鈴は地面に倒れていた。対して発勁を叩き込まれたはずの雨蘭はケロッとしており、まるでダメージがあるようには見えない。

 それは当然だった。なぜなら、鈴の叩き込んだ浸透勁のダメージは全て雨蘭の身体を伝ってそっと鈴の腹に添えられた左手を介して鈴に返されたのだ。

 結果、鈴は自らの発勁掌の破壊力をその身で受けてしまう。

 

 発勁流し、と呼ばれる技法であった。身体に入り込んでくる発勁の衝撃の逃げ道を作り、ダメージを素通りさせる超高等技術である。タイミングを誤ればダメージは受け流すどころかすべてダイレクトに受けてしまう危険があるものだ。しかし、これを極めれば自身に対するダメージを直撃したにも関わらずに受け流すことができるようになる。外傷はどうにもならないが、内傷のダメージを無効化できるという点で凄まじい技である。

 

「けほげほっ、ようやく回復してきたわ……それにしても発勁の硬気功による防御手段は教わったけど、まさか無効化手段まであるなんて……」

「身体を伝達させて別のものへと流す技法だからな。その特性から硬気功との両立はできないがな。だから成功すればでかいが、失敗すれば直撃だ」

「ハイリスクハイリターンの技か……」

「欲しいか?」

「欲しい!」

 

 目をキラキラさせて言う鈴は、まるで母親に餌を強請る猫のように見えた。子猫、というにはいささか荒っぽいが、ネコ科の動物を思わせる野性的な笑みは鈴の魅力でもあった。

 

「ようはあれだ。自分の身体に入ってきた衝撃を一切の抵抗なく受け入れて、そのまま吐き出すようなもんだ」

「言いたいことはわかるけど、もっとうまい説明ないの?」

「うるさいな、こういうのは身体で覚えればいいんだよ。オラいくぞ、今からお前に発勁ブチ込んでやるから受け流せ」

「へ?」

「オラァッ!!」

「ぐべらぁッ!!?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「それでそんなボロボロなんだ」

「あの脳筋お師匠、いつか絶対ぶっ飛ばしてやる」

「しょうがないよ、あれは姉さんの愛だから」

 

 ボロボロになった鈴が文句を言いながら火凛と一緒になって甲龍のメンテナンスを行っている。鈴はもう一人の師である火凛からISの基礎理論から応用、さらに実際の整備に至るまで一通りの手ほどきを受けている。自身の相棒をちゃんと自分で整備するのは当然だった。

 そんな鈴でも理解しきれない部分の整備は火凛がやってくれているが、基本的には鈴が自分でやることにしている。とはいえ、龍鱗帝釈布や単一仕様能力【龍跳虎臥】など、特殊なものについては全面的に火凛が見ている。このあたりの機構は今の鈴でも理解が難しいくらい複雑だった。

 

「……で、その発勁流しをISで再現したいって?」

「そうそう」

「あのね、簡単に言うけど、ISで発勁を打てるようにすることだってめちゃくちゃ苦労したんだけど?」

「難しいのはわかってるけど、だからこそロマンがあるじゃない?」

「衝撃を流すってことは、力の伝達が恐ろしく滑らかだということ。つまり抵抗がほぼない状態を作り出さなきゃいけないわけで、外部、IS、人体、IS、外部、というプロセスを淀みなく通すことは、それこそ複数の針の穴に同時に糸を通すくらい難しいよ。そもそもシールドエネルギーの干渉をどうにかしなくちゃいけないし……」

「できないの?」

 

 難しい顔をする鈴に対し、火凛はあくまで表情を変えずに返す。

 

 

「そうだね、……鈴音と甲龍が人機一体にまで至ればまだ可能性はあるかもね」

「人機一体…………あのアイズの領域、か」

 

 アイズの奥の手がISとの人機一体、二心同体の境地へ至ることだと聞いたことのある鈴はすぐに天然な笑顔を浮かべる友の顔を思い浮かべた。

 

「もちろん、鈴音も甲龍もたくさん精進しなきゃいけないけど………なかなかに至難だねぇ」

「でも、だからこそ面白い! でしょ?」

「そうだね。面白そうだね…………わかった。可愛い弟子の頼みだ、なんとかやってみようじゃない」

「さっすが先生!」

 

 火凛もなんだかんだいって興味を優先する性格をしていた。鈴からはいつも突拍子もない注文を受けるが、それでも最後には鈴が応えてくれるのでIS技術者としても鈴と甲龍の進化には興味がある。それにこれまでこんな武術をISで再現しようなんて思う人間はいなかった。あの篠ノ之束でさえ感嘆させたくらいだ。

 少し考えただけでもかなり難しいが、できないことはないかもしれない。鈴は努力家だし、理不尽には理不尽でもって切り拓いてきた少女だ。もっともっと進化していく愛弟子を見ることも一興であった。

 

 だから鈴にはもうちょっとがんばってもらわなければならない。火凛は笑顔で鈴に地獄を勧めた。

 

「それじゃまずはデータ取りからだね。IS装備状態での発勁の伝達と抵抗値を調べるから姉さんにボコられてきて」

「またぁ!? というかお師匠の発勁ってIS装備しててもめちゃくちゃ痛いんですけど!」

 

 規格外だと言われる鈴から見ても師匠のデタラメっぷりは呆れるほどだ。きっとISが空を飛ばないという条件下なら生身で倒してしまうんじゃないかというくらいに紅雨蘭という女は化け物だと認識していた。そしておそらくそれは正しい。簡単ではないだろうが、雨蘭の拳がISの防御を突破できる以上、機体は破壊できなくても操縦者を気絶させることくらいはできるだろう。本当に恐ろしい師匠である。

 

 

「いいからいいから。ほら、鈴音って痛みを糧にするタイプじゃん?」

「好きでそうしてるわけじゃないんですけど!? あたしはこれでも頭脳派のつもりなんですけど!」

「いや、どうみても鈴音は肉体派でしょ。……それに、強くなりたいんでしょ?」

「ぐ、ぬぬ………いいよ、やってやんよ! かかってこいや脳筋ツンデレ!」

 

 鈴がそう叫びながら再び雨蘭のもとへと走り出していく。

 元気なバカワイイ弟子の微笑ましい姿にくすくす笑っていた火凛であったが、ふと視界に入ってきたソレを見て眉をしかめた。

 

「…………煙?」

 

 山を二つか三つほど超えたあたりだろうか。

 かなりの規模の火災でも起きているんじゃないかというほど膨大な黒煙が立ち上っていた。そして、それだけではなく―――。

 

「………爆発音?」

 

 重い振動と音が、今度ははっきりと火凛にまで届いていた。

 

 

 

 

 

 




鈴ちゃん編の前編です。

毎度鈴ちゃんを描くのは楽しいです。今回でまた鈴ちゃんのパワーアップフラグが立ちました。鈴ちゃんもどんどんチート化していくなぁ。

後編ではタイトル通りに鈴ちゃんがプッツンしちゃう話になります。実は鈴ちゃんって仲間内でも冷静な部類に入るキャラなんですよね。原作でもわずかな期間で代表候補生の専用機持ちになったことを考えればおそろしく優秀ですよね。

だから原作でももっと強くてもいいんじゃない? とか思ったのでここでは自重しません(笑)

感想や要望お待ちしております、それではまた次回に!


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Act.80-1 「龍の逆鱗(後編・表)」

この後編は試験的に表・裏という構成になってます。

まずは【表】鈴ちゃんメインとなります。


「うわ、ひどいわね」

 

 鈴は車から降りて開口一番にそう言った。

 目の前に広がるのは、大規模な鉱山施設であった。ところどころにみえる人工物は錆色になり、この鉱山が長い年月を経てきたことを容易に理解させる。

 しかし、今残っているのは既に破棄された施設のみ。ゴミや廃材があちこちに点在しており、中には不法投棄と思しき車や家電製品も見える。

 急速に経済成長をした名残か、はたまた古い時代の象徴か、おそらくは破棄されて長い年月を放置されて朽ちていったのだろう。

 そんな鉱山跡地のところどころに炎と黒煙が見える。なにか爆発があったことは明らかであった。爆音と煙に気付いた火凛が通信傍受をしてわかったことは、鉱山跡地で爆発物が発見され、その一部が起爆したらしい。もともと周辺は居住区ではないために人的被害は確認されていないが、この近くには否認可の難民キャンプが存在している。そのため、若者や子供の遊び場になっていたらしい。

 

 現状としてこのような難民キャンプは国内には数多に存在し、さらにISの台頭によって職を失った人間が急増してスラム街を増加させる要因にもなってしまっている。IS技術は確かに世界の技術レベルを押し上げたが、急激な進歩は多くの問題も生じさせていた。

 間違いなくISが生み出した負の一面である。そしてその負の感情は開発者である束に向けられることも少なくない。しかし、そんな声を聞くたびに真実を知らされた鈴はやりきれない思いを抱いてしまう。

 

 そんな場所で起きた騒動であった。

 政府は周辺のキャンプ難民も避難させようとしているが、正確な名簿があるわけでもなく、避難民の確認に手間取っているらしい。急いでやってきた鈴たちが到着したときも慌てている政府関係者の姿があちこちに見られた。

 

「ちょっと、爆発物があるんでしょ? なに悠長にやってんのよ! 早く避難させなさい!」

 

 現場でのろのろと指揮をしている太った中年の男性へと怒声を浴びせるように声をかける。実際、鈴はイラついていた。既に爆発が何箇所で起きているにも関わらずに周辺には未だに民間人の姿も見える。

 対応が遅い。判断も遅い。鈴たちがこの事態に気づいてここに来るまで二時間弱の時間があったのに、未だに避難が完了していない。鈴は政府の無能さに怒っていた。こんなことなら甲龍を使ってでも飛んでくればよかった、と後悔したくらいだ。

 

「なんだお前は? 部外者が邪魔をするな!」

「あたしは代表候補生の凰鈴音よ。政府から火急の際は協力することになってるわ、そう話が通っているはずよ」

「! ほう、お前が噂の。今更ISなどに金をかけて、無駄金を使うこともなかろうに」

「……あ?」

「ふん、女子供が偉そうに。この場にお前は必要ない、下がっていてもらおうか」

 

 いきなり喧嘩腰の言葉に鈴の額に青筋が浮かぶ。確かに無人機を得たことでこれまでの鬱憤を晴らすように男が女に仕返しでもするように見下す風潮が生まれていたが、こんな露骨なものは初めてだった。大体無人機そのものに男の復権を促す要素はないのだが、新型コアと同時期に広まったために無人機を得ることが男の手柄のような扱いにされていた。それを女性側が指摘することもあるが、未だに政府上層部は男性が主流のために不毛な言い争いへと発展している。

 そんなくだらない茶番に付き合いきれない鈴は容易く怒りが沸点を超えた。

 

「んなこと言ってる場合か! 要救助者は? 逃げ遅れはいないの!?」

「ちっ、もう大体の人間は避難したはずだ」

「はず? そんな曖昧なことでいいわけないでしょうが! 坑道は全部調べたの?」

 

 口出ししてくる鈴を鬱陶しそうにしているが、鈴としてはもしもの事態を考えれば自身の行為が間違っているとは思っていないし、思えない。

 

「………調べた形跡はないね」

 

 うしろからポツリと火凛が言った。実際にそのような行動は起こしていなかった。やっていたことは、周囲の人間を追い払っただけに等しかった。杜撰、という言葉すら当てはまらないほどの怠慢であった。

 

「どうして無人機を使わないの?」

「え? 無人機があるの、先生?」

「外にあるトレーラー……無人機の輸送車でしょう?」

「だったら無人機を使えばいいでしょうが! こんなときのためのものでしょう!?」

 

 無人機を強く嫌悪しているアイズやセシリア達と違い、鈴はある程度は無人機という存在を許容していた。私怨のない鈴は、無人機という価値もちゃんとわかっていた。人が活動できない極地や、災害時の活動など、使い方はいくらでも思いつく。それを戦争やテロ行為に使用することは許せないが、そういった使い方をするなら、それは“アリ”だろうと思っていた。

 なのに、それをしない。その理由もまた、すぐに思いつく。

 

 IS委員会がバカみたいに無人機を世界に拡散させているとはいえ、高価な代物であることには違いない。提供という形式ではあるが、ちゃんとそのための対価として莫大な金を必要とするし、維持費などのコストもその国が賄っている。

 だから、もったいないのだろう。いるかどうかもわからない避難民の捜索に使うことを躊躇うほどに。

 なにより国は災害救助ではなく国土防衛という戦力のために無人機を入手したのだ。こんないつ爆発するかもわからない危険地帯に投入してもし破壊でもなれば大赤字どころではなくなる。だから渋っているのだ。

 

 鈴の頭がその結論を察したとき、とうとう限界を超えた。もはや怒りをぶつけることさえ不毛だと判断した鈴は怒りの感情を腹の奥底に溜めて底冷えするような声で告げた。

 

「もういい…………あたしが確認してくる」

「なんだと?」

「あたしが坑道内を調べてくる。地図をよこしなさい」

 

 既に見限った鈴は口調も苛立ちを隠さずにむしろあからさまに怒りを示していた。鈴は礼を尽くすべき相手にはちゃんと対応するが、尊敬できない相手にははっきりと態度に出てしまう性格だ。どこまでも自分に正直であった。

 

「あたしの甲龍なら龍鱗帝釈布もあるし、いざというときは絶対防御もある。だから……」

「ダメだ! ISにどれだけの金がかけられていると思っている。万が一にも破損する危険を冒すわけにはいかん」

 

 鈴ではなくISの心配をする時点でこの男の感性はおおよそ理解できる。もちろん、承服などするはずもない。

 腹に溜めた怒りが熱を帯びてきたように感じられ、それが火山が噴火するかのようにせり上がってくる感じを覚えた。そろそろ本当に限界かと思われたとき、――――。

 

「まぁ、いいではないですか」

 

 と、鈴が怒りで吠えそうになった寸前で新しく声がかかる。落ち着いた声だ。見れば鈴が苛立っていた男の後ろからスーツを着て人の良さそうな笑顔を浮かべた男性が近づいてきていた。

 

「凰さんといえば、我が国でも有数のIS操縦者です。協力してもらえるのならありがたいことではありませんか」

「だがっ」

「無人機を動かすだけでも予算を使います。なら、ここはひとつ彼女のお言葉に甘えてみては?」

「……ふん、勝手にしろ。ただし、責任はもたんぞ」

 

 責任者の男はそれだけ言って苛立ちながら去っていく。そんな男に向かって鈴は思いっきりあかんべーをしてやった。

 そんな鈴に申し訳なさそうに先程の男性が謝罪してきた。

 

「申し訳ありません。政府の内情も、あれが現実です。混乱が続き、まともに機能していない場合が多々あるのです」

「いえ、とりなしてくれて感謝しています」

「そう言ってもらえると助かります。私、補佐官を務めています楊と申します」

「凰鈴音です。ども」

 

 こうした礼儀はしっかりと仕込まれている鈴はちゃんと敬語で返す。敬意の持てない相手には先程のようにあからさまな口調になるが、一応これくらいの分別はわきまえている。それでも少しやんちゃな口調なのはご愛嬌である。

 

「しかし、本来なら無人機を使えば話は早いんですが……李さん、今の責任者なんですが、あれは災害支援のものではない、と言って。せっかく政府が送ってきたのですが」

「ったく、もっとしっかりやって欲しいわ。でもあなたみたいな人もいるから助かります」

「いえ……それに、実は、ですね。いるかもしれないのです、要救助者が」

「どういうことですか?」

「十分ほど前に、無線で救助を求める声が入ったらしいのです。その後はなぜか音信不通になったのですが……」

「それを報告は?」

「当然、いたしました。しかし、信憑性が薄いとして……」

「ほんとなんであんなのが責任者してんのよ。でもいいわ、……最後に通信が来たのはどこからですか?」

「地図を用意してあります。申し訳ありませんが、任せてもよろしいでしょうか?」

 

 楊の申し訳なさそうな声に、しかし鈴は笑って応える。こうやって期待してくれている人がいると知れただけでも鈴のテンションは上がる。調子がいいように見えるが、それは気持ちをバネにできる鈴の強みでもある。

 

「鈴ちゃんにお任せ、ってね!」

「じゃ、私は寝てるから。がんばってね」

「ちょ、先生!? バックアップしてくれないの!?」

「だって情報少なすぎてねぇ……姉さんと一緒にお昼寝でもしてるよ」

「むむ、もう! わかりましたよー、あたしだけでやってやりますよ!」

 

 白状な姉妹はほっといて早速爆発物が見つかったという坑道へと行こうとする鈴の耳に、ふと火凛が呟いた言葉が飛び込んできた。

 

「え?」

 

 はじめはなにを言っているのかわからなかった鈴であるが、真剣な目で見つめてくる火凛になにも言えずにただじっと見返してしまう。

 いつもの眠たそうな目はしっかりと開かれ、まっすぐに鈴の瞳を射抜くように見つめてきている。そんな視線に鈴もわずかであるがたじろいでしまう。

 

「いいね、鈴音?」

「は、はい。そうすればいいんですよね?」

「くれぐれも内密に、ね?」

「はい……」

 

 火凛の意図がよくわからない鈴であったが、時間もないし、とにかく師の言葉を胸に刻み込んでISを展開した。

 

 

 

 ***

 

 

 

「こりゃマップがなきゃ骨が折れるわ」

 

 坑道に入って既に十分が経過していた。

 ひたすらにマップに表示された、要救助者がいるらしいポイントを目指して駆け抜ける。廃棄されて久しい坑道はところどころに落石があったような痕跡があり、爆発物云々などなくても明らかに危険地帯であると否応にも理解する。通信で聞こえた声から、小さな女の子のようだったと聞いている。きっと心細い思いをしているだろう。だからもし本当にいるのなら、早く救助しなくてはいけない。

 しかし、鈴の甲龍は機動力でいえばそれほど高いわけじゃない。瞬発力と敏捷性はかなり高いが、長距離加速は並程度の性能しかない。それこそラウラのオーバー・ザ・クラウドと比べると雲泥の差がある。それでも世界最高峰の技術の結晶であるISの、しかも第二形態に移行した専用機だ。決して遅くないペースで止まることなく進んでいく。

 

「……でも、これおかしくない?」

 

 もうずっと深く、遠くに潜っているのにまだ目的地には届かない。救助という目的のためにとにかく急いでいるが、ISもなくただの子供が、こんな最深部にまで来るだろうか。照明もわずかしかないためにほとんど暗闇の状態だ。まだ一応配電が生きていたらしく、電気を通したことで少々の灯はあるとはいえ、こんな暗くて深い坑道の奥底へ行こうとする子供がいるとは考えにくい。ISのハイパーセンサーでようやく周囲の状況を確認しているくらいだ。子供でなくても、暗視スコープでもなければここまで到達することすら難しいだろう。

 

「先生の言ったとおり、なのかしら」

 

 とにかく、ここまで来たら行くしかない。嫌な予感がどんどん強くなるが、もう出たとこ勝負するしかないだろう。ここで後退するという選択肢は、鈴の辞書には存在していない。

 

「もうちょい、ね。……最下層の中心部じゃない、なんでこんなとこに……」

 

 少々狭い通路を甲龍で無理矢理に押し通る。こうした強行突破ができることもISの利点だろう。もっとも、今回のように地下坑道では崩落を危惧してあまり力技をするべきではないのだが。

 そして救助を求める声があったというポイントにたどり着く。主坑道の終着点であろうその場所は大きなドーム状の空間となっており、トロッコを動かすための車線や無造作に積み重ねられた石材や廃材があちこちに見られた。

 そしてなにより薄暗い。多少の灯はあるものの、目視だけでは自分のわずかな周囲しか視認できないだろう。

 

「誰かいる!? 救助にきたわ!」

 

 大声を張り上げるが反応はない。しかし、ほんのわずかに何かが動く気配を捉える。アイズほどではないにしても、鈴も雨蘭との山奥でのサバイバルな修行をしてきたために気配察知にはそこそこ自信がある。

 慎重に近づいていくと、物陰に隠れるように小さな女の子がうずくまっている姿が見えた。意識が少し混濁しているようだったが、その子がゆっくりと目を開けて鈴を見つめてきた。

 

「う、う……」

「大丈夫? こんなとこでどうしたの?」

「あ、うう」

 

 少女は怯えたようにして身をすくませる。無理もないか、と鈴も苦笑する。こんな奈落の底のような場所で、目の前には正体不明のIS。ISは力の象徴でもある。力のない人間からしてみれば、暴力が形となったようなものだ。開発者である束にしてみれば顔をしかめるであろうこの現実も、鈴は何度も実感していることだった。

 鈴は身をかがめ、なるべく少女と顔を近づける。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、少女に話しかけた。

 

「あたしは凰鈴音、鈴って呼んでね。あなたの名前を教えてくれない?」

「……麗華(リーファ)」

「可愛い名前ね。親は?」

「いない」

「そっか。なんでここに?」

「……わかんない」

 

 少し落ち着いてきたらしい麗華から話を聞けば、彼女自身も現状が理解できていないらしかった。彼女はやはりこの近くの難民キャンプで他の同じような天涯孤独な子供たちと一緒になんとか暮らしていたらしく、今日もたまたまこの鉱山跡地周辺で廃材拾いのために足を運んでいたらしい。

 しかし、気がつけばどこかもわからない暗闇の中にいた。混乱するのは当然だろう、そんな中で手元になにかしらの機械があることに気付いた麗華はそれが通信機の類だと悟ると、必死に助けを乞うた。どこに繋がっているかもわからないそれに縋ったのは、他に手段がなかったからだ。結果、その声は外にいた人間に届き、そして鈴にも伝えられることになる。

 しかし、それまでだった。通信機は数分で反応しなくなり、あとはひたすらに暗く、粉塵が混ざる空気の悪い中で耐えるしかなかった。やがて大声で助けを求め続けたせいで呼吸が苦しくなり、再び意識が遠のいてしまっていたようだ。

 

「………」

 

 その説明を聞いていた鈴は、どんどん顔を強ばらせていく。

 これは、災害ではないのではないか。明らかに人為的なものだ。どうして麗華をこんな目に合わせたのかはわからないが、これではまるで……。

 

 鈴はこの場において無意味な思考を頭をふって斬り捨てる。そんなことより、今は麗華の救助が先決だった。

 

「………でも、ここから動こうとしなかったの?」

「動けないの」

「え?」

 

 そして鈴は見た。

 麗華の足につけられた拘束具と、それに繋がれた鎖。それが伸びて、あるものへと接続されている光景を。

 それは人の形に似ていた。頭部があり、四肢があり、まるで鎧のような装甲で全身を覆った人形がいた。鈴は、それをよく知っていた。

 これまで幾度となく戦い、破壊してきた、そしてこの国が受け入れた機械人形。ISを模した無人機であった。

 

 

 

 ――――これは、罠なんじゃないか?

 

 

 

 鈴の直感が、激しく危険信号を発していた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 状況は最悪と言ってよかった。

 麗華から聞いた話と、周辺を調査した結果わかったことは、あまりにも詰んでいるという状況だった。

 

 無人機に接続された拘束具は、いわばスターターと連動しているらしい。つまり、麗華を助けようと拘束を解いた瞬間に“なぜか”存在するこの無人機が起動する。ならば先に破壊すればいいとも思うが、どうやらこの無人機は既に自爆シークエンスに入っているらしく、起動したら数秒後に大爆発。もちろん下手に手を出しても大爆発だ。鈴は甲龍があるので耐えられるかもしれないが、麗華はまず助からない。

 そしてどうもこの坑道内のいたるところに妙な電波を発するなにかが設置されているらしい。それがなにかなど容易に想像できた。この無人機か、もしくは爆発物だろう。坑道内を広域スキャンした結果、見事に連鎖爆破で坑道をまるまる破壊できる位置に設置されていることが判明。

 この場を乗り切っても、脱出に手間取ればこの坑道自体が崩落して生き埋めコースに直行ということだ。クソッタレ、と心中で吐き捨てた。

 

 こればかりはISがあってもアウトだ。絶対防御とはいえ、これだけの大質量に押しつぶされれば耐え切れるものではない。

 

 ISの絶対防御を貫通して操縦者に危害を加える方法として、生命維持の難しい空間、または状況に長時間拘束するというものがある。鈴は火凛から授業の一環として絶対防御を過信しすぎないようにと教わったものだ。たとえば臨海学校のときのアイズのように、意識を失って海底に沈むといったこともかなり危うい。そして今回のこれもまさにそんな状況に該当する。

 しかも最悪なことに、今は通信がまったく届いていなかった。地下に潜り過ぎたら通信ができなくなる可能性があるとは聞いたが、いくらなんでも出来すぎなくらい悪状況に拍車をかけていた。いくらなんでもここまで状況が揃えばわかる。誰かは知らないが、鈴はまんまと罠にはめられたのだ。

 

「どうしたもんかしらねぇ」

 

 現在の鈴はなんとISを解除して生身であった。地面に腰を下ろし、あぐら座りをしてそこへ麗華を後ろから抱くように抱え込んでいる。

 恐怖で震える麗華を落ち着かせるためにあえて絶対防御という手段を捨て、鈴も同じ状況にしてみせたのだ。おかげで麗華の混乱もずいぶんマシになった。こうした子供は目線を合わせてやるだけでもずいぶんと落ち着いてくれる。

 しかし、いくらなんでもいつ爆発してもおかしくない無人機を背にISを解除することは無謀が過ぎた。鈴でなければそんな度胸はなかっただろう。

 

「そっか、麗華はなかなか頭がいいのね」

「そんな大したものじゃないよ」

「大したもんよ。自信もちなさい」

 

 そして今行っていることは雑談であった。和気藹々とした会話はここが地獄の一歩手前であることを忘れるようである。

 しかし、鈴とて現実逃避をしていたわけではない。彼女はただ、待っていた。起死回生の一手を得るために、心を落ち着けて冷静にそこに鎮座していた。

 

「………!」

 

 そして、その時は来た。鈴は一度深呼吸をすると、ゆっくりと麗華を放し、立ち上がった。

 

「おねえちゃん?」

「麗華、あなたは頭がいい。この状況の悪さもわかっているわね?」

「……うん」

 

 未だに困惑しているが、いつも子供達のまとめ役をしていたというだけあって頭の回転は速かった。自分が、絶体絶命の状況であり、鈴の救助もかなり難しいということもなんとなく理解できていた。

 

「今から、ここから脱出するわ。あたしは麗華を守る。だからあなたもあたしを信じて欲しい」

「……」

「あたしも覚悟を決める。だからあなたも覚悟を決めなさい。必ずここから脱出するって」

 

 麗華はじっと鈴を見つめ、そしてはっきりと頷いた。いい面構えになった麗華の頭を乱雑に撫でてやった鈴は改めて甲龍を展開した。

 麗華に丸くなるように指示すると、龍鱗帝釈布をそっと巻きつけていく。くるまれた麗華を左腕でしっかりと抱え、さらに龍鱗帝釈布を命綱代わりにしっかりと機体に巻きつけていく。最後にまるでローブのように機体すべてを覆い、両足と右腕、頭部だけを晒して他はすべて防御を固める。

 左手は完全に麗華を守るために防御に回す。しかし右腕は最大の攻撃手段として自由にさせておく。単一仕様能力のために必須の両足をしっかりと解し、能力発動の準備を行う。

 

 ぎゅっと麗華を抱く腕に力を入れ、最後にもう一度深呼吸をして、そして手刀で麗華を縛り付けていた鎖を断ち切った。

 

 ここからはスピード勝負だった。

 

 無人機が稼働し、自爆のためのオーバーフロー状態へと急激に変化していく中、鈴はその無人機から離れるのではなく、逆に無人機に向かって跳躍した。

 

「お勤めご苦労さまッ!!」

 

 両足を勢いよく突き出し、無人機に叩きつけた。見事なドロップキックであった。そして同時に能力発動、単一仕様能力【龍跳虎臥】の応用技、足裏部攻性転用衝撃砲“虎砲”をゼロ距離で叩き込んだ。激しい音を立てて吹き飛び、破壊される無人機には目もくれず、虎砲による反動を利用した鈴がまるでスタートダッシュのように一気にスピードを上げて飛翔した。

 同時に爆発音と衝撃、あの無人機が自爆したのだろう。もちろん振り返るなんて無駄な動作をする余裕はない。

 甲龍は短距離における瞬時加速や踏み込み、敏捷という点では屈指の性能を見せるが、ただ“駆けっこ”という点では平均よしマシな程度だ。近距離戦に特化したがゆえであるが、こんな曲がりくねった迷路のような坑道を駆け抜けることは少々不利だ。オーバー・ザ・クラウドならこの程度なら散歩するように余裕で駆け抜けるだろうが、鈴ができることは力技で駆けるだけだ。

 

「ぐうぅッ!!」

 

 曲がり角でも鈴はスピードを緩めない。【龍跳虎臥】により足場を作り、無理矢理に軌道を変えていく。さすがに無理な方向転換に鈴の、そして甲龍の足にも負担がかかるが、その程度は根性で耐える。耐久力という点では鈴も、そして甲龍もトップクラスだと自負している。

 そこでふと、目の前に無人機の姿が見える。ご丁寧に自爆直前のオーバーフロー状態だ。鈴は舌打ちしながら衝撃砲を発射し、もはやただの爆弾となっている無人機を吹き飛ばす。

 そして急いで離れていくとやはり後方から爆発と衝撃。発勁掌では衝撃をそのまま内部にぶち込んでしまうので爆発に巻き込まれてしまう。だから衝撃砲でなるべく遠くへと吹き飛ばすしかない。

 

「よし、このままいけば……っ!?」

 

 しかし、今度は前方で爆発。ISや無人機の反応はなかったようだ。つまりははじめから仕掛けられていた爆発物だろう。目の前の脱出ルートが落盤で塞がれてしまう。急ブレーキをかけ、落石に巻き込まれる前に停止する。その場で数秒の停滞、そして再び迷いもなく別ルートへと突き進む。

 甲龍のパワーがあれば強行突破も可能だが、麗華を抱えている以上、それは最後の手段だ。まだルートがある以上、そちらに懸けるしかない。

 そのあとも二度、進行ルート上で爆発があり進路変更を余儀なくされたが、鈴はその度に最適なルートを即座に選択してほとんど止まることなく坑道を駆け抜ける。

 しかし、あと少しというところで最奥のほうから巨大な爆音が響き渡ってきた。鈴が一瞬だけ振り返ると、暗闇の中から炎が迫る光景が目に入ってきた。どうやらここを潰すための本命の爆発なのだろう。暗闇のなから生まれ、迫ってくる炎はまるで悪魔が這い出てくるように見えた。

 坑道という狭い空間ゆえに、爆発で生じた衝撃と炎の進行速度が予想以上に早い。あと少しではあるが、このままではかなりまずい。

 内心の焦りを抑えながら、鈴は脱出口に繋がる最後の直進ルートへと躍り出る。ここを直進すれば地上へと逃げられる。

 

「あと少しよ!」

「う、うん……!」

 

 麗華も背後から迫る炎のプレッシャーは感じているのだろう。顔を青くしながらも、しかし力強く返事をする。最後の直進ならもう加減はいらない。鈴は瞬時加速とさらに虎砲の反動までも利用して可能な限り加速をかける。既に坑道の崩落は始まっている。時折襲いかかってくる頭上の落石を右手で砕きながら一心不乱にとにかく前へと進む。

 

 しかし、それでも鈴に襲いかかる悪意は止まらない。

 

 ようやく外の光りが見えたと思えば、まるでその希望を消すかのように落石によって道が塞がれてしまう。そして背後からはもうすぐそこまで迫っている爆炎。前門の壁、そして後門の炎。絶体絶命であるが、鈴は迷わずに右腕を構えた。

 壁か、炎か。選ぶのは当然、壁であった。なぜならば。

 

 

 

「あたしと甲龍に砕けないものなんか、ないッッッ!!!」

 

 

 

 鈴と甲龍にこの程度の壁では障害にすらならないのだから。

 その自慢の拳を手加減なしで目の前の障害物へと叩きつける。凄まじいまでの力が圧縮され、そして浸透して爆発する。まるで風船が破裂するように障害となっていた岩壁が砕け散った。そして無理矢理に作った穴から甲龍が飛び出してくる。全身を龍鱗帝釈布で覆い、左半身を下方にすることで抱えた麗華を完全に守りきる。しかし、それと同時に背後から迫ってきた爆炎が鈴に追いついてしまう。さすがにあの炎に呑まれれば麗華の命はない。炎の熱までは防げないからだ。

 鈴は唇を噛みながらこの先に見える憎らしいくらいの青空を睨んだ。

 

「麗華、丸くなってじっとしてなさい!………お師匠! 頼んだ!」

 

 鈴は即断して無茶苦茶と思える打開策に賭けた。

 龍鱗帝釈布でくるんだ麗華を、なんと脱出口へと向けて投げ飛ばしたのだ。まるでボールのように真っ赤な布にくるまれた麗華が坑道から飛び出て空へと舞った。

 

 そしてその直後、鈴と甲龍が背後から迫っていた爆炎にその身を呑み込まれた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「死ぬかと思ったわ」

 

 一時間後、ケロッとした姿でそこでくつろいでいたのは炎に呑み込まれたはずの凰鈴音であった。

 多少疲れた様子は見せているが、まるで死にかけたようには見えない。

 

「甲龍が守ってくれたからね。あたしはなんともないわ」

 

 もちろん鈴自身も身体中に激しいダメージを受けているが、それ以上に甲龍のダメージが大きかった。装甲は焼け爛れ、コアにも多大な負荷がかかり現在は強制スリープモードで休眠状態となっている。しかし、それでもなお甲龍は相棒である鈴を守ったのだ。

 

「ホントに、最高の、自慢の相棒よ」

「ちゃんと私が直すから、心配しないでいいよ」

「ありがと、先生。……ほんと、先生がいなかったら今頃生き埋めだった」

「鈴音も、よくがんばったね」

「ん……」

 

 優しく頭を撫でてもらいながら鈴も素直にその賛辞を受け取った。実際、麗華を助けられたのは誇りだ。最後にぶん投げた麗華は無事に雨蘭がキャッチして無傷だった。相変わらず恐ろしい身体能力を見せる師に頼もしさより呆れを感じてしまうのはお約束だろう。

 その麗華も先程まで鈴を心配して見舞いにきてくれたのだが、無事だと知るや喜びでわんわんと泣いてしまい、今は極度の緊張から開放されたためか、ぐっすりと眠っている。雨蘭が付き添っているので心配もないだろう。

 

「あー、でもホント政府にはしっかりしてもらいたいもんよ。はじめから無人機でもなんでも使ってれば、あたしだってこんな苦労しなくてよかったのにさ」

「……鈴音」

「そうでしょ? あんなの災害救助に使ってこそのもんじゃない。それなのに出し惜しみしちゃってさ、そんなんだから……」

「鈴音、無理しなくていい」

「…………」

 

 火凛がそう言うと、鈴は今までの元気が嘘のようにうつむいて、口を閉ざしてしまう。握った拳は震え、呼吸する音も乱れている。

 鈴は今、混乱していた。そしてショックで心が揺れていたのだ。

 

「せ、先生……」

「なに?」

「今回のこと、あれって、あたしを、……殺そうとした、……そうですよね?」

「……」

 

 火凛は無言だった。だが、それが答えだった。

 最奥部にいた、まるで鈴をおびき出すように麗華がいたこと。そして麗華に仕組まれた爆破トラップと脱出を妨害するかのような不自然な爆破。実際に、鈴単独の力ではおそらくこの場にはいられなかっただろう。冷静に考えてみても、おそらくあそこで麗華ごと生き埋めになっていた確率のほうが高い。

 なによりこんなことは偶然ではありえない、人為的に引き起こされたものだ。

 

 そしてそれは、鈴を殺そうとしたことにほかならない。

 

「あたしが、なんで……」

「鈴音、落ち着く」

 

 火凛が鈴を優しく抱く。鈴は勝気だし、前向きな性格でムードメーカーな少女であるが、それでもまだ子供なのだ。自身の命を狙われたと実感して、ひどく混乱している。どんなに優秀でも、十代半ばの少女にこの現実は辛すぎた。幾度となく他者の悪意によって死に直面してきたアイズのような存在は稀有なのだ。

 

「鈴音が憎いんじゃない。今の情勢で、突飛した力を見せるIS乗りが狙われたんだよ」

「ど、どうして? 確かに愛国心は強いわけじゃないけど、あたしは、ずっと国に協力して……!」

「鈴音、あなたはまだ悪意を知らない。人の悪意っていうのは、個人だけで国すら揺るがしてしまうほどに愚かで、怖いものなんだよ。鈴音はたまたまそんな悪意にかかってしまった。あなたが悪いわけじゃない、あなたは褒められることをしたんだよ」

 

 アイズ達から話を聞いていても、鈴はまだ実感できていなかった。

 

 混迷するときだからこそ、人の悪意は動くのだ。そしてそれは、誰彼構わずに危険にさらしてしまう可能性を孕んでいる。鈴は優秀だ、そしてそれゆえに狙われたのだ。

 鈴とて、これまで羨望や嫉妬を向けられたことはあるが、こんな悪意に晒されたことはなかった。だから怖かった。かつて、学園では負けることの恐怖を学んだ鈴であったが、こんな理不尽な悪意による恐怖は始めて知ったのだ。

 

 怖い、人の悪意が、こんなにも怖い。

 

 アイズは、セシリアは、そして束は、こんなものと戦ってきたのか。友たちの覚悟のほどが、このときになってようやく理解したのだ。

 

 鈴は火凛に幼子のように抱きしめられながら、じっと目を閉じて考える。

 

 迷いもあった。葛藤もあった。それでも鈴は自分の意思で、考えでそれを決めた。

 

「先生……あたし、ようやくわかったの。アイズたちが、なんでああも無人機を嫌悪しているのか」

 

 ISでありながら、人の意思が通わない鉄の人形。それが許せないのだ。空を飛び、夢へと翔けるためのものを、ただの人間の悪意によって利用される存在になり下がっている。

 だから許せないのだ。同じ形をした、意思を宿さない、人と共存しないその存在が。

 

「そっか、そうだね。それで鈴音はどうしたの?」

「あたしは……」

 

 この判断はきっと感情的なものだ。でも、鈴にとってこの決断は後悔しないと思えるだけのものだった。今の自分を捨てることでも、それでも決して後悔しない未来にしたいがために。

 

「……なんか騒がしいなぁ」

 

 こんなときになにやら外が騒がしい。どうやらあの偉そうな高官がきているようだ。鈴はなにか覚悟をしたように顔付きを変えて立ち上がると、扉を開けて外へと出た。 

 そこではやはりあの高官が苛立たしそうな顔で立っており、守るように立っていた雨蘭とにらみ合っていた。

 

「お師匠」

「おう、もういいのか?」

「はい、それで、なんの騒ぎです?」

「おまえを拘束するんだと」

 

 するとただでさえ真っ赤にしていた顔をさらに紅潮させて李が叫んだ。

 

「保護だと言っているだろう! あれほどの力をもった者を自由にさせておくわけにはいかん! これからは政府の管理のもとでその力を使ってもらう」

「つまりは飼い殺しか? せめてもう少し言葉を選べ」

「そもそも貴様には関係ないことだろう! 保護者でもないくせにでしゃばってくるな!」

「ああん?」

「お師匠、もういいよ」

 

 キレそうな雨蘭を抑えて鈴が前に出る。あくまで冷静な対応をしつつも、鈴はそれをはっきりと断った。

 

「お断りします」

「なんだと?」

「あたしは、今の政府に使われるなんて嫌だと言っているんです。守るべき国民を見捨てるような人に、誰が従うんです?」

「国家に逆らう気か?」

「それがそうなるというのなら国家反逆罪でもなんでも構わないわ。そりゃあ平時なら許されないことでしょうけど、今の信用できない政府に振る尻尾はないわ」

「貴様!」

「それに、あんた、…………あの子も、あたしも見捨てる気だったでしょう? そんなやつの言うことなんか、聞くわけないでしょうがぁっ!!」

「がぁっ!?」

 

 殴った。しかも平手ではなく拳だ。見事な右ストレートが李を吹っ飛ばした。ついてきていた補佐官たちが慌てているが鈴は威圧するように表情を歪めている。しかし、その顔はどこか悲しげだった。

 

「あたしは、代表候補生をやめる」

「なに!?」

「あんたみたいな人は権力や金で飼えるんでしょうけど、生憎ね」

 

 腰に手を当て、胸を張る。少女が出しているとは思えない威圧感がその場を支配する。平然としているのは師の雨蘭と火凛くらいだった。

 

「龍を飼うことなんかできない。あんたは、龍の逆鱗に触れたのよ!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「やっちまったぁ……」

 

 後悔こそしていないが、あまりにも感情的になりすぎたと反省していた。あのムカつく男を殴ってからはそのまま熱で暴走するように大暴れして逃亡してしまった。完全にアウトな行為だ。間違いなく国家反逆罪としてISと資格の剥奪だろう。

 しかし、あんな卑劣な手段で謀殺されそうになった以上、鈴はもうこの国にいる気はなかった。無人機という存在を駆除しなければ、おそらくこの先もずっとこんな目に会う。

 ならば、もういっそのこと抜けてしまったほうがいいかもしれない。幸いにもその手段もツテもある。それに何を考えたか、ありがたいことに火凛と雨蘭も付き合ってくれるらしい。

 というか、もうそうするしかない。なぜなら、火鈴と雨蘭も政府高官を殴り飛ばすという暴挙を行ったのだ。おかげでみんなそろって大逃亡をするはめになった。今は火凛と雨蘭が野暮用があるとかでどこかへと行ってしまったが、これから先のことを考えると胃が痛くなりそうだった。

 

「……おねえちゃん、大丈夫?」

「大丈夫よ、……でも麗華、ついてきてよかったの?」

 

 隣に寄り添う麗華には申し訳ない思いしかなかった。混乱から逃げる際、どうしても麗華を放っておけなかったのだ。心情的ではなく、利用された麗華一人を残していくことがどれだけ危険か危惧した結果だ。それに麗華もそれを望んだ、というのもある。

 

「うん。ついていく」

「……まぁ、どっかちゃんと預けられるとこを見つけるまでは面倒みるわ。そういうアテも知ってるし」

 

 鈴はセシリアからもらった特殊な端末を取り出した。カレイドマテリアル社が作った特別製で、これを使えば直通でセシリアと連絡が繋がる代物だった。

 

「まだ、はっきり戦う理由が決まったわけじゃない………でも、戦わなきゃいけない理由は見つかった」

「……おねえちゃん?」

「とりあえず、麗華みたいな子が利用されるような世界は、受け入れられないからね」

 

 考えなしの感情論だろうか。だがそれでもいい。こんなことがまかり通る世界は、国は許せない。それが偽りのない鈴の本心なのだから。

 麗華の頭を撫でながら鈴は通信を繋ぐ。数秒後に、久しぶりに聞く友の声が響いてきた。

 

 

『お久しぶりですね、鈴さん。ごきげんいかが?』

「絶好調よ。いろいろとね。…………セシリア、頼みがあるのよ」

『なんでしょう?』

「誘いを受けようと思うのよ。今ならあたしの他に優秀な科学者と、化け物級の戦闘員、あと期間限定で可愛い女の子もついてくるわ」

『それはお買い得ですね』

「だから………あたしを買ってほしい。できる?」

『社長の許可はとってあります。“灰色な合法”で鈴さんを買い取らせてもらいます。歓迎しますよ』

「悪いわね……理由とかは、あとで話すわ」

 

 結局はこうなる運命なのかもしれない。鈴はガラにもないことを考えながら、自身の未来を選択した。

 

 

「あたし、セプテントリオンに入るわ」

 

 

 

 




このままAct.80-2「龍の逆鱗(後編・裏)」へどうぞ。


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Act.80-2 「龍の逆鱗(後編・裏)」

【裏】火凛さんメインとなります。

表の補足がメインとなるので表から先にお読みください。


 紅火凛の世界はちっぽけだった。

 幼少のときから人付き合いが希薄で、火凛にとって唯一といっていい家族であり、姉の雨蘭を除けばすべてが平等に他人であった。

 興味の持ったものしか熱意を持てず、無価値と思うものにはなんと言われようが欠片も感心を抱くこともない。そんな人間だった。

 

 そんな火凛が始めて熱中したものが、ISだった。それは兵器としてでも競技としてでもなく、純粋なその技術の結晶に感動した。単体でありながら長時間の活動を可能とするエネルギーの発生機関、操縦者の思考を正確に再現するイメージインターフェイスシステム、そして自己進化を可能とする学習型OS、さらには相互間の量子通信機能、慣性制御を可能とするPIC、挙げればキリがないが、それらすべて、ひとつひとつが革新的、いや、革命的ともいえるテクノロジー。

 これらを集約し、個としての究極がカタチとなった存在。それがインフィニット・ストラトス。それが火凛の素直な感想だった。

 

 そして火凛ははじめて、“上”を知った。

 決して有能な人間だとは思っていないが、それでもこの頭脳に関してはプライドが高かった。実際、いくつも特許を持っており、国内の流通事情を環境問題を解消するためにリニアモーターカーによる主要都市をつなぐ新たな交通網の構築計画なども立案した。生憎、これらは未だ再現できるほど技術がなかったが、火凛は誰よりも先を見ていた。そのはずだった。

 

 だからこそ、篠ノ之束という存在を尊敬した。こんなにも純粋な敬意を持ったのははじめてであったし、自分が井の中の蛙であったことを教えてくれたことにも感謝した。

 

 それは火凛の世界が広がった瞬間でもあった。

 

 そして、篠ノ之束の次に火凛の小さな世界を広げてくれた人間こそが、凰鈴音だった。たまたま目にとまり、よく喧嘩をしていた姉にそっくりに見えたからつい声をかけてしまったという、なにかが少し違えばおそらく知り合うこともなかった少女。

 そんな鈴が火凛と雨蘭にくっついてくるようになって、火凛は鈴の秘めていた才能に気付いた。武術馬鹿である姉が気に入るほどの身体能力も目を引いたが、火凛が気に入ったのはその在り方だった。

 鈴は火凛のように一を知って十を悟るわけではない。しかし、どんな壁にぶち当たっても挫折せず、一を与えればなにがあっても十までつっぱしる根性を持っていた。才能ももちろんある。そしてそれ以上に諦めない根性がある。常に前を向くポジティブな面もグッドだった。

 

 これまで火凛だけでは机上の空論でしかない数々のものを再現する存在が鈴であった。

 

 雨蘭から武術を学び、それをISで再現しようという発想も火凛にはなかったものだ。そしてそのための理論と技術を組み上げ、鈴が実践する。設計図しか書けなかった火凛にとって、自覚はないであろうが鈴は火凛の頭脳の体現者であった。

 どこか虚ろな日々が、楽しい日々に変わっていた。 

 気がつけば鈴を可愛がっている自分がいた。それは姉の雨蘭も同じだろう。だから鈴には愛情でもって鍛え上げてきた。

 雨蘭は徹底的にしごいて鈴を超人の領域に引き上げ、火凛も鈴の相棒である甲龍を完全な鈴専用機となるまでに最高のメンテナンスを施してきた。

 

 凰鈴音は、火凛の、いや、紅姉妹が育て上げた最高傑作であり、そして自慢の弟子であった。

 

 だからこそ、鈴にはどこまでも鈴の好きなように、思うままに選んで欲しかった。それが凰鈴音という少女の生き様なのだから。

 活き活きとした鈴の姿は、師としての贔屓目なしでも幸福感を覚えるものだ。それを表せない自分の表情筋が少し憎らしかったが、火凛は今の鈴を見ているだけで満足できていた。

 

 だから、――――ということじゃないかもしれないが、火凛は思う。

 

 そんな鈴を悪意から守ることは、自分たちの義務なのだと。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 鉱山跡地で起きた爆発事故。

 この時点で火凛は疑念を抱いていた。こんな場所で爆発物なんて見つかるほうがおかしい。仮に戦時の不発弾があったとしても、鉱山として機能していたときにとっくに見つかっていたはずだ。

 ならばテロか、とも思うが、こんな廃墟に爆弾をしかける意味がない。だから火凛は政府の自作自演を疑った。無人機を導入したとはいえ、男性に適合した新型コアの登場により未だIS派は多い。爆弾処理を無人機に行わせることでその有用性を知らしめることが目的かと思ったのだ。

 

 だが、どうにもおかしい。政府の高官らしきブタみたいな体型の男は無人機を出すことを渋っているようだ。まさか本当になにかしらの爆発物の投棄でもあったのだろうかと思ったが、続けて耳に入った知らせに表情をしかめた。

 坑道の中に要救助者がいるらしいというとき、火凛の疑念はほぼ確信に変わった。なぜなら、それはあまりにも条件がそろいすぎていたからだ。

 

 そう、――――鈴が介入するための舞台が見事に整っていたのだ。

 

 鈴の性格はよくわかっている。危険な場所で取り残されているかもしれない人がいて、それを助ける力があるとき、鈴は躊躇ったりなんかしない。それは鈴をよく知る者でなくても、これまでの鈴の行動を調べればすぐにわかることだ。

 そして、鈴はやはり動くことを決めた。優しい子だ、それも当然だった。止めても鈴は行くだろう。

 

「鈴音」

「はい?」

「量子通信ができること、絶対にバラさないで。もし通信が閉ざされたら以前教えた暗号通信に切り替えて」

 

 以前のプラント襲撃作戦の報酬として、秘密裏に甲龍に搭載された量子通信機は外部には秘密にしている。これ単体だけでは意味をなさないが、甲龍とコネクトできる量子通信機はキャンピングカーの火凛の工房にも実装されている。いざというときの念のため、という思惑で束にお願いして譲ってもらったものだ。束に気に入られて幸運だった。

 そして人知れず工房へと移った火凛は甲龍とデータリンクを開始し、鈴のバックアップに移った。量子通信が可能であることがバレるといろいろとまずいためにとりあえずは周囲のデータ収集に専念する。甲龍のハイパーセンサーからのデータで独自に地形モデルデータを構築、リアルタイムでのマップを作成すると同時に提供された行動内マップと照らし合わせる。

 やはり差異が目立つ。実際にはかなりの横道や偽装坑が存在しているようだ。なにかを隠すにもちょうどいいだろう。

 

 無駄な仕事になることを願いつつデータを解析していくと、とうとう鈴が最奥の目標ポイントへと到達する。周囲を探れば、やはり要救助者と思しき反応が見つかった。あとは脱出するだけだが、火凛は気を抜いてはいなかった。

 なにかがあるなら、間違いなくこのタイミングなのだから。

 

 

 

 

 

 ―――――そして、それは鈴に悪意のある牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 そして鈴が少女を見つけたタイミングで通常回線が切れた。偽装しているが明らかにジャミングだ。秘匿回線が開かれ、少し焦った鈴の声が聞こえてくる。

 

『せ、先生、聞こえてますか?』

「把握してる。いいかい、とにかく落ち着いて状況を調べて」

『はい……先生、こうなるってわかってたんですか?』

「懸念はしてた。出来すぎだったからね」

 

 鈴が見つけた少女には、正気とは思えない仕掛けが施されていた。鈴がチェックしただけでもかなりえげつないトラップだったが、事細かに火凛はその全てを解析する。

 拘束している鎖には無人機と連動しており、その無人機がしかも自爆モードに設定されている。少女を助けたと同時に無人機が爆弾となって起爆するという仕組みだ。無人機の自爆は搭載ジェネレーターの任意暴走によるオーバーフローを意図的に起こすものだ。ビーム兵器を使うために無人機のジェネレーターはかなりのエネルギーを内包している。こんな閉鎖空間で爆発すればここ一帯が炎に飲み込まれることは間違いない。

 さらに坑道マップ全体を俯瞰して見れば、高確率で坑道の崩壊が起きる。いくらISとはいえ、この規模の崩壊に巻き込まれればただではすまない。

 気がつけば冷や汗が頬を伝っており、思っていた以上の最悪の状況に火凛の表情もどんどん歪んでいく。

 

「なにこれ、完全に鈴音を狙って? 許さない死ね、こんなことをするやつは死ね死ね死ねみんな死ね」

 

 呪詛を吐き捨てながら火凛は凄まじい速さであらゆるデータを表示、鈴が生還するための手段を必死に探す。しかし、見つからない。鈴が少女を助けようとする限り手詰まりだ。

 

「くそ、ッ……!」

「落ち着け、火凛」

「っ、姉さん?」

 

 頭が沸騰して気がつかなかったが、いつの間にか雨蘭がいた。周囲も見えないほど焦っていたらしく、火凛はようやく平静を取り戻す。

 

「また面倒事に巻き込まれたか」

「……面倒すぎるよ、今回は」

「今は怒りは収めろ。こんなことを仕組んだやつはあと飽きるまで嬲ればいい。今は鈴音のことだけ考えろ。あいつは丈夫でしぶとい。多少の無理を通すくらいには鍛えた。それを込みで、ベストではなくベターを考えろ。あとはあいつが力づくでベストにする」

「…………わかった」

 

 こういうときの姉の雨蘭は人が変わったように頼りになる。修羅場をくぐっているからなのか、危険の中にいたほうが冴える人だ。引きこもりの火凛にはない冷静さを見せていた。

 

「……鈴音、五分待って。策を練る」

『わかりました。お願いします』

 

 なんの疑いもなく鈴は返事をする。信頼しきった声に、火凛も多少の余裕を持って思考を加速させる。

 実際に構築したマップデータ、予想される爆発規模とタイムリミット、生身の子供を運ぶ際のスペックの修正、それらすべてを統括して最適解を導き出す。

 そしてきっかり五分が経ったとき、火凛が動く。首だけ振り返り、待機していた雨蘭と目を合わせた。

 

「姉さん、ちょっと無理してもらうね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「鈴音、作戦ができたよ」

 

 火凛の立てた脱出作戦は結局はシンプルなものだった。龍鱗帝釈布で少女の防御を固め、最速で駆け抜ける。これしかない。読めないのは追撃の爆破の位置とタイミングだが、これはその場での即時対応しかない。

 

「もし無人機に遭遇しても発勁は禁止。あれって衝撃全部叩き込むから距離を開けられない。もし遭遇したら衝撃砲や武器で押し返して」

『了解』

「時間がないから、常に最高速を維持して。方向転換は龍跳虎臥と気合でなんとかして」

『気合十分っす』

「あとは私がナビゲートする。質問は?」

『えっと、……いえ、あとでいいです。大丈夫です』

 

 鈴の声にはいくらかの戸惑いがある。無理もない、この状況に自分が置かれたことに対して疑問を抱いたのだろう。それを否定することはできないが、今はそんなことを考えている暇はない。

 

「鈴音、必要のない思考は切り捨てて」

『……わかってます』

「大丈夫、ほら、鈴音の好きなもの食べさせてあげるから早く戻っておいで」

『はーい』

 

 いろいろと面倒なことは多いが、とにかく今は鈴と少女を無事に生還させること。フォローできるのは自分だけ、ならばそれに応えよう。火凛も覚悟を決めて意識レベルをあげる。

 

「カウントスタート」

『お勤めご苦労さまッ!!』

 

 鈴の叫び声と共に衝撃音。予定通り、至近にいた無人機を虎砲で押しやりつつスタートダッシュを敢行したようだ。数秒後に爆発、距離を開けられたことから爆破範囲外へと逃れる。

 

「直進、二百メートル先を右」

 

 火凛は最短ルートのナビゲートを行い鈴をフォローする。予定通り、鈴はうまい具合に坑道内を進んでいる。思ったよりも早いペースだ。どうやら瞬時加速や虎砲の反動も利用して速度を上げているらしい。こうした速さでは突飛した性能を持たない分、技術で補っている鈴の底力は嬉しい誤算だった。

 しかし、そううまく事は運ばない。連鎖するように続けて坑道内で爆破が起き、進行ルート上で崩落が発声する。

 

「鈴音、止まって!」

『っとぉッ!?』

「ルート再構築、二秒待って」

 

 やはり脱出を妨害するようなタイミングとルートで爆破が起きる。そうなるだろうと予測したいたので火凛の動揺はない。あとはそうなるとした上で誘導すればいい。

 

「左に変更、順次上、直進、上、右、下、上、左」

『隠しコマンドかなにかッ!?』

「ABボタンはないから」

 

 鈴もまだ余裕のようだ。この調子でいけばあと一分、いや四十五秒で脱出可能だ。

 

『……ッ!? 接敵した!』

「はいはい、落ち着いて対処」

 

 ここをクリアすればあとは直進のみだ。どうあってもここは通らなくてはならない。おそらく最後の妨害があるだろうが、構っている暇はない。

 

『く、崩れたんですけどー!? 後ろから炎も!』

「右手が空いてるでしょ?」

『こんちくしょー!』

 

 このために鈴の右手を自由にさせたのだ。最後の最後で力技になるが、それだけで苦難をブチ破る。

 

 

 

『あたしと甲龍に砕けないものなんか、ないッッッ!!!』

 

 

 

 そう、それが凰鈴音という少女なのだから。

 

『で、でもダメ、炎が! 間に合わない! 先生……!?』

「ちぃ……」

 

 だが後一歩のところで背後から爆炎に追いつかれる。どんな手を使っても甲龍のスペックでは逃げきれない。そう判断した火凛は最後の手段を命じた。

 

「鈴音、投げて」

『え?』

「その子を投げて。角度は上方に3度、距離は五百。あとは姉さんがなんとかする」

『っ!? え、ええいままよ!』

 

 龍鱗帝釈布で少女を保護してしっかりと火凛の指示したとおりに投げる。即座に予測地点を算出、落下地点誤差はプラスマイナス五メートル。上出来だ。

 

「姉さん、キャッチよろしく」

 

 

 

 ***

 

 

 

「無茶を言う………まぁ、私には無茶ではないが」

 

 火凛がいざというときは頼むと言われていた雨蘭は指示された地点に走る。もちろん競技場のような場所ではない、段差、障害物、様々なものが存在する中、雨蘭はそれでも一直線に駆ける。

 パルクールでも見ているように滑らかに、淀みなく走り抜ける。時折邪魔な人や車すらひとっ飛びで飛び抜ける。

 ふと視線を向けると、坑道から赤い布で巻かれた何かが飛び出してきた。

 

「あれか」

『姉さん、誤差は……』

「目視した。問題ない」

 

 すると雨蘭は方向転換、なんと落下地点ではなく、それより手前へと向かう。このままでは頭上を素通りしてしまうと思われるそれを、雨蘭は顔色ひとつ変えることなく目の前にそびえるように停車している大型トレーラーに向かって跳躍する。壁蹴りであっという間に高さを稼ぐと、バク転をする要領で大きく跳躍。

 そして上下逆さまになった雨蘭の目の前に真っ赤な塊が飛び込んでくる。完璧なタイミングでそれを真正面からキャッチ。衝突した勢いでくるりと姿勢を回転させて衝撃緩和、しっかりを抱え込んだまま両足でしっかりと着地する。

 着地の際、雨蘭の足を中心に地面に亀裂が走ったが大した問題ではない。軽く十メートル以上の高さがあったように見えたが、それも問題ではない。

 無事に少女を確保したのだから雨蘭がどんな超人的な動きをしていたのだとしても、許されるような気がした。

 

「さて、中身は……」

「んむむっ………お、おねえちゃんがおっきくなった?」

 

 中から出てきた少女が雨蘭を見るなりそんなことを言った。彼女からすれば鈴がいきなり成長したように見えたらしい。雨蘭は苦笑して言ってやった。

 

「私のほうが美人だよ」

 

 そして背後から凄まじい爆音が響いた。振り返った雨蘭が見たものは坑道の中から噴出する真っ赤な炎。地の底から這い出てきたようなその炎に腕に抱いた少女がビクッと身体を震わせる。

 そんな見る者を恐怖させる炎の中からなにかが飛び出してくる。

 

 赤と黒の装甲に黄色い稲妻が走った機体―――甲龍がその姿を現した。

 

 まるで炎を纏っているかのように燃えながら飛び出た甲龍は自由落下するように重力にひかれて落ちていく。PICが働いているようには見えない。

 しかし意識はしっかりとあるようで、甲龍は空中で受身をとってしっかりと着地しようと姿勢を整えている、が……。

 

「へぶっ!?」

 

 失敗した。

 爆発に巻き込まれて平衡感覚が少し揺らされていたのか、鈴が足をもつれさせて頭から地面に突っ込んだ。まるでギャグのように顔面スライディングをしながら制動をかけてそのまま雨蘭と少女の目の前でバタンと倒れてしまう。

 

「いててて……熱いわ痛いわ、散々な目にあったわ」

 

 鈴が頭を振りISを解除しながら立ち上がる。多少ダメージはあるが、未だ元気そうな様子だった。それを見ていた周囲の人間はあんな大規模な災害の中からケロッと生還してしまう鈴に唖然としていたが、雨蘭だけはいつものように呆れたようにそんな鈴を見下ろしていた。

 

「あ、お師匠。それに麗華も。無事でよかったわ」

「ブレないな、おまえは」

「え? どゆこと?」

「なに、褒めてやってるのさ。……よくやったな」

「ん」

 

 いつものように乱雑に頭を撫でるという雨蘭の誉める方に甘える。

 そして歓声、周囲の人間たちも少女を助けた鈴を賞賛する。拍手が鳴り響き、鈴が少し照れたように笑いながら手を振って応えていた。

 

 そんな鈴の笑顔に陰があったことに気付いたのは、雨蘭ただひとりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なんとかなったかぁ……」

 

 鈴の無事を確認した火凛はほっと安心して椅子にもたれかかった。気がつけば全身が汗で濡れていた。思っていた以上に緊張していたらしい。

 その後、怪我の治療のためと雨蘭に鈴が連れてこられた。ISがあったために鈴自身はそれほど大きな怪我はない。甲龍はかなりダメージを受けたが、おかげで鈴はほぼ無傷だ。

 

「ありがと、先生。……ほんと、先生がいなかったら今頃生き埋めだった」

 

 火凛のナビゲートがなければおそらく麗華を助けるどころか、鈴も助からなかっただろう。今でこそ笑えるが、それほどの危機だったことは確かだ。とはいえ、火凛からすれば鈴が最後まで諦めずにいたからこそだ。だから純粋に鈴を賞賛した。

 

「鈴音も、よくがんばったね」

「ん……、あー、でもホント政府にはしっかりしてもらいたいもんよ。はじめから無人機でもなんでも使ってれば、あたしだってこんな苦労しなくてよかったのにさ」

「……鈴音」

「そうでしょ? あんなの災害救助に使ってこそのもんじゃない。それなのに出し惜しみしちゃってさ、そんなんだから……」

「鈴音、無理しなくていい」

 

 鈴の心中を察するからこそ、火凛は言った。鈴はかしこい。このままなかったことにするより、はっきりさせて吐き出させたほうがいいと判断した。

 

「せ、先生……」

「なに?」

「今回のこと、あれって、あたしを、……殺そうとした、……そうですよね?」

 

 こんな覇気のない声を聞いたのは初めてだった。

 しかし、無理もないと思う。殺されかけて平然としていられる人間なんていない。この場にいるのはよく知っている火凛だけだったためか、どんどん鈴も弱い姿を晒していった。

 火凛はそんな鈴を慰めながら、ゆっくりと諭す。

 鈴は褒められることをしたのだ。そんな鈴に危害を加えようとするやつが悪で、そんなやつのために鈴が苦しむことなんてない。でも、世界はそこまで綺麗にできていない。人の悪意は、ときとして世界すら飲み込んで歪めてしまう。今はただ、それを知るだけでいい。

 知らない方がいいことでも、同時に知らなきゃいけないことだ。

 鈴は自覚していないが、今の鈴の立場はかなり難しい。国の方針は無人機寄りとなり、IS操縦者として有能であることが逆に鈴の立場を悪くしていた。もし凡庸なら簡単にISから下ろせた。しかし、鈴は優秀だった。いや、優秀すぎた。国が選択した無人機をいとも容易く蹴散らす戦闘能力、単機で集団に対抗してしまう規格外の存在。そんな存在は、国内のIS支持派からすれば鈴は神輿にしたいほどの存在なのだ。

 そしてそれは同時に無人機支持派にとっては最も邪魔な存在だった。

 そしてそれはどちらも鈴が望むものではない。鈴は好戦的ではあるが、無用な争いを好まない。あくまで個人の強さに執着しているストイックな強さだけを求めていた。だから鈴は今の国の情勢を鬱陶しく思っていたし、利用されたくないからこそ半ば脅してまでフリーに近い立場を貫いたのだ。

 

 だが……これは、そろそろ限界だろう。

 

 鈴をこんなにも排除しようとする行動を取るのなら、鈴も確固とした対応が必要だろう。これまではなんとか鈴の立場を守ってきた火凛であったが、さすがにこれは限界だ。

 

 そして、それは鈴自身もそう感じていたのだろう。

 

 目の前で政府の高官を殴り飛ばしながら、代表候補生をやめると宣言した姿を見て、火凛も覚悟を決めた。いい加減、竹林の賢者を気取っている場合ではないということなのだ。

 火凛としてはあまりこうした真似は趣味ではないが、自身の愛すべき退屈で気ままな生活と愛弟子の波乱万丈な未来を天秤にかけ、あっさりと傾いたほうへ助力する道を選んだ。

 

「やれやれ……手間のかかる子だね」

 

 そう言って火凛も、鈴がふっ飛ばした高官を同じようにぶん殴った。そうしたら仲間はずれは嫌だとばかりに、雨蘭も便乗して手を出してきたのには笑ってしまったが。

 

 とにかく。

 

 これで凰鈴音、紅火鈴、紅雨蘭の三人は、晴れて国家反逆と相成った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 逃亡直前に、火凛はひとり喧騒にまぎれ、一人の人物を探していた。

 周囲は国家代表候補生の反逆と逃亡という未曾有の事態に混乱しているが、そんな中でただ冷静に笑みを浮かべるその男の前に、火凛は姿を現した。

 

「いい気分だろうね?」

「……!?」

「目論見通り、これであの子を排除できたわけだ」

「あなたは……」

「はじめから疑ってたよ。あのブタみたいなやつが連れて歩く部下が、無人機の支持派ではないなんておかしいからね」

 

 火凛の目の前にいるのは楊と名乗った男性だった。人のいい顔で鈴に謝罪し、応援していたあの男だった。

 

「はじめから鈴音を消すつもりだったね?」

「なんのことです?」

「鈴音がどんな行動を取るかはこれまでの実績からわかっていたはず。だから私たちが近くにきたときを狙って今回の騒ぎを起こしたな?」

「なにを馬鹿な」

「あの上司には知らせてなかったみたいだけど、今回のことはどうあっても鈴音が不利になる条件がそろいすぎてた。鈴音なら女の子を見捨てることなんてできないし、あわよくば生き埋めにできる。そうしてそこで無人機での救助活動を行えば、無茶な行動した候補生を救助するって図式の出来上がり。この程度の情報操作なんて得意分野でしょ?」

「…………」

「そしてもし脱出できても、生身であるあの子が助かる確率は低かった。幼い子を救えなかったってこともあなたたちには有利なカードになる」

 

 楊は黙って火凛の言葉を聞いている。しかし、その表情に張り付いている笑みは薄っぺらいものになっていた。

 

「でも、鈴音は無傷で助け出した。面白くない展開だったんだろうけど………そこまでも、あなたの想定内、でしょう?」

「なぜ、そう思うのです?」

「鈴音の性格はあなたもよく調べたはず。なら、ううん、鈴音じゃなくても…………自分を罠にはめ、殺そうとした国を恨むのは当然。事実としてあの子はキレてぶん殴っちゃったしねぇ」

「ええ…………残念ですが、彼女からISを剥奪するしかないですね」

 

 残念そうに言うが、内心でほくそ笑んでいることが手に取るようにわかる。しかし、と火凛は見下すように嘲笑した。

 

「わかった気になっただけで、なんにもわかっていない」

「なに?」

「あの子はまだ子供で、悪意にだって慣れていない。でも、それでもあの子を飼い慣らすことなんてできない」

 

 凰鈴音という少女は、そんな器ではない。おまえらに利用されるような存在ではないと、火凛は知らしめたかった。

 

「あなたみたいなのは金と権力で靡くんだろうけど…………龍は、誰にも飼い慣らすことなんてできない」

「戯言を」

「それにおまえ……………亡国機業だろ?」

「っ!?」

 

 楊は懐から銃を取り出すとまっすぐに火凛へと向ける。引きこもりでこんな暴力沙汰に縁のなかった火凛は内心ではけっこうビビっていたが、それでも長年培われてきた鉄仮面は揺ぎもしない。

 

「どこでその名を知ったのか聞きたいところですね。それにあなたにも反逆罪が問われています。おとなしくご同行願いましょうか」

「や」

「ここでまだ戯言が言えるとは……度し難ッ!?」

 

 ガシリ、と楊の持つ拳銃を背後から誰かが握り締めた。メキリと骨の軋む音が響き、楊の顔が苦痛で歪んだ。

 

「がっ、なっ……!?」

「まったく、なにやってんだ火凛」

「姉さん……」

「無茶をするときは必ず私を連れていけと言っていただろう。もう時間がない、行くぞ」

「はいはい……えーと、それじゃあもう二度と会わないことを願うけど」

 

 火凛は楊へ顔を近づけ、普段眠そうに半目になっている目を見開いて相手の目を侵すように覗き込んだ。その深い瞳は、恐怖すら抱かせた。

 

「あまり舐めるなよ? 私たちを、そして鈴音を」

 

 それだけ言って火凛は身を翻す。言いたいことは言った。亡国機業の関与も確認できた。もう用はない。鈴を連れてとっととこの場から逃げる必要がある。

 もうこんなことに巻き込まれないように。そしてもう起こらないようにするために。

 

「次はないよ? あの子を狙うなら、たとえ国であっても壊してやる」

 

 

 

 

 

 

 その後、ISの不法所持及び窃盗容疑による国家反逆罪として凰鈴音、そしてその幇助容疑として紅火凛と雨蘭の指名手配が決定されるも、それが表沙汰になる前に何者かの介入によりこれは執行される前に取り消されることになる。

 

 

 

 かくして、龍は国という檻から解き放たれる。

 

 以降、姿を消した凰鈴音と甲龍は、様々な戦場でその戦神のごとき姿を見せつけることになる。

 

 

 

 

 




今回は試験的にこのような構成で書いてみました。

これで鈴ちゃんがセプテントリオン入りとなります。表では鈴ちゃんのいろんな面を描いてみたかったし、裏では保護者である火凛さんにスポットをあててみました。
主人公クラスのキャラの活躍も好きですが、こうした裏方から支えるキャラもかなり好きなので今回はこんな形で書いてみました。

次回からはIS学園編へと移ります。主役は一夏くんや簪さんではなく、楯無会長メインになる予定です。

ご意見、感想をお待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.81 「新時代の洗礼(前編)」

「まさかこんな立場になるとは思わなかったよ」

 

 一夏は目の前の光景を見ながら無意識にそう呟いていた。

 あのIS学園襲撃事件から既に半年。この半年はいろいろなことが変わりすぎて、一夏の立場も大きく変化していた。

 男性に適合する新型コアの登場により、一夏の立場を作り出していた“世界で唯一の男性適合者”という肩書きが消え去った。今では世界に普及されるようになったこの新型コアのために男性適合者はそれなりの数になってきている。

 一夏にとって唯一の男性適合者という立場は一夏自身を守る身分であり、同時に縛る鎖でもあったが、今ではただのIS学園の一生徒として学園の復興に従事している。

 しかし、だからといって一夏の知名度が下がったわけではない。本人の知らぬ間に一夏は世界中の男性から“先駆者”として見られるようになった。裏事情を知っている一夏からしてみれば、そんなものは予定調和でもあり偶然でもあるのだから苦笑するしかない。

 

 だが、現実として今の織斑一夏という存在は男性操縦者最強の座に近いことも確かだった。秘匿部隊であるセプテントリオンには一夏と同等以上の操縦者が存在しているが、それでも今の一夏はかつてと比べればその実力を遥かに上げていた。

 セシリア達が抜け、鈴もいなくなったIS学園において一夏は間違いなく“エース”と呼ばれる腕前だ。IS学園に未だ所属する生徒たちの中では間違いなく三強に入る。

 

 更織楯無、更織簪、そして織斑一夏。

 

 この三人が今のIS学園の戦力の要であった。渉外や実務などはまた別の人間が貢献しているが、抑止力としては十分に一夏は貢献している。

 

 仮想敵として戦ってきたセシリアたちがいなくなった代わりに、姉の千冬からも戦いを教授された一夏は、未だ負け越しているとはいえ、楯無や簪も少しでも油断すれば倒されるほどだ。

 

 そんな一夏だからこそ、この役目を与えられたのだ。

 

 

「あー、試験官を務める織斑一夏だ」

「同じく、更織簪です」

 

 

 そうして一夏はアリーナで簪と共に二十人ほどの“新人”を前に挨拶を行っていた。そこには少女もいる、少年もいる。これまでのIS学園で見られた景色とは少し違う。男女比が半々の入学希望者達が少し緊張気味に二人の前に立っていた。

 

「こんな時勢にも関わらず、IS学園への特待試験を受けてくれたことに感謝します」

 

 こうした挨拶は苦手なのですべて簪に任せている一夏は、ゆっくりと彼らを見渡している。尊敬の眼差しを向ける少年がいる、敵意をにじませた少女もいる、無表情な少年もいる、緊張して固まっている少女もいる。様々な色を見せる入学希望者たちに、つい一年前は自分もあんな風に試験を受けたことを思い出していた。

 まだ一年しか経っていないことが信じられない。そう感じるほどに濃密な一年だった。

 未だ進級前ではあるが、来年度は目の前の後輩達を迎える立場となることに少し感慨深いものを覚える。

 

「では、これまでの第一次、第二次試験の突破おめでとう。そして最後は実際にISを使ってもらうことになります。内容はわかりやすく、模擬戦となります。機体はこちらを使用してもらいます」

 

 そして先程から視線を集めていた機体を紹介する。

 

 カレイドマテリアル社製、次世代型量産機【フォクシィギア】。新型コアと同時に販売、委託された実質的な唯一の新型コア適合機。単体の基礎スペックは見事な汎用タイプでありながら、追加兵装を装備することで様々な戦局に対応する“汎用特化型量産機”。

 カレイドマテリアル社からIS学園に送られてきたコア搭載型二十機のうちの一機である。

 追加兵装は基本となる【砲撃】【近接】【高機動】の三種しかないとはいえ、はじめ送られてきたこれらの機体を見たとき、楯無や千冬を含めてIS学園の上層部は卒倒しそうになった。

 現状でなによりも価値のある新型コアを、新型機に搭載して二十もの数をポンと差し出してきたのだ。金にすればもしかしたら兆に届くかもしれない。

 返すことも捨てることもできず、ならばとIS学園はこの新型コア搭載機を利用して学園存続の道を進むことにした。

 

 先の問題としてIS委員会が提示してきた戦時命令権は未だ正式認可はされていない。新型コアの登場によりそれどころではなくなった、が正しいがいつそれが正式に認可されるかわかったものではない。IS委員会の存在価値そのものが揺らいでいるために認可されるかどうかは五分五分と見ているが、楽観視はできない状況だ。

 

 だからIS学園は独自にその在り方を決めなければならなかった。

 

 既に委員会に依存することもできない。カレイドマテリアル社からリークされた情報では、委員会は亡国機業と繋がっている可能性が高い。ならば、委員会の言いなりになるということはこのIS学園を襲撃した連中の下僕になるに等しい。そんなことになればこのIS学園が亡国機業の兵士養成所に成り下がることすら有り得るのだ。そんなものは到底認められない。

 IS学園は、密かにIS委員会からの脱却を計画していた。もちろん、それは生半可なことではできない。あくまで教育機関であるIS学園は後ろ盾がなければ存在すら許されないのだから、IS委員会に変わる後ろ盾が必要だった。

 

 そのために、このIS学園の価値を確固たるものにしなければならない。

 

 無人機に傾倒することはできない。ならば新型コアを手にして男女共学のIS操縦者の養成所とする。IS学園が今の形を維持して生き残るにはこれしかなかった。

 

 そのためにはなんといっても新型コアの入手が必須であったが、こちらから頼む前にイリーナが送り込んできた。ほんの数個手に入れるだけでも上出来と考えていた矢先に二十個ものコアを手にしたのだ。楯無たちが慌てふためいても仕方なかっただろう。

 そして、楯無や千冬など勘のいい人間はちゃんと気づいている。

 

 

 

 IS学園の存続も、カレイドマテリアル社、いや――――イリーナ・ルージュの計画のうちである、と。

 

 

 

 そしてイリーナもそれを隠す気もない。どうせIS学園側はイリーナの思惑通りにするしか道はないのだ。そしてそれは互いにメリットのあるものなのだ。反発する理由もなかった。

 ならばいっそのこと、イリーナからの援助を受けてIS学園を存続させることを選んだ。

 

 そしてこれもそのうちのひとつだった。

 

 

「……まぁ、わかってはいるさ。今の自分が、どれだけのものを背負わされているかってくらい」

「一夏……」

「一年前は考えもしなかったけどな。でも、後悔はしていないさ、今はそれが俺の役目だってことが誇らしくもあるくらいにはな」

「そうだね、一夏は強くなった。まだ私のほうが強いけど」

「それを言うなよ簪……でも、後輩になるやつらには、先輩として負けられねぇな」

 

 一夏が白式を纏い前へと出る。幾多もの戦いをくぐり抜けてきたその機体は、はじめてセシリアと戦ったときより遥かに一夏を大きく見せていた。その姿を見た受験生達の顔が緊張に固まる。未だに男だと見下していた数人も、その威圧感に汗を流していた。

 

「さて、模擬戦の内容ですが……一人につき一機フォクシィギアを貸出します。そして一対十で戦ってもらいます。それで二セットを行います」

 

 簪が告げた内容に二の句が告げなくなる。試験とは通常一対一だ。しかし、一夏一人に対し、十人掛かりで戦えというのだ。舐められている、と感じることも仕方ないだろう。多くの受験者は怒りを顕にしていた。

 

「勝敗は問いませんが……はじめる前にアドバイスをするなら」

 

 簪がくすりと微笑みながら告げる。実を言えば、既にここにいる時点で合格が決まっているのだ。なのでこの模擬戦はただのデモンストレーションだ。より正確に言うなら、一夏と戦うことで男がISに乗るということを強く印象づけることが狙いだ。

 しかし、それでも彼らは思い知るだろう。

 これまで物珍しいという理由だけで注目されてきた一夏が、いったいどれほどの化け物に成長したのかを。

 

「五分以上耐えられれば、上出来だと思いますよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「二十名の試験枠というのは狭すぎたかもしれませんね」

 

 楯無はアリーナで一夏と戦う受験生達を見ながらそう口にした。横で一緒に試験の様子を見ていた千冬も同意するように頷いている。

 

「仕方あるまい。この情勢では来年度を無事に迎えることすら至難だったのだからな」

「まぁ、受験希望者は激増しましたけどね。それだけ新型コアが魅力的ということでしょうか」

「その点、特待として先行入学試験を開いたのは英断だったと思うぞ」

「ま、テストケースは必要でしたからね」

 

 現在楯無は生徒側と裏の代表。千冬は教員側と渉外の代表という立ち位置にいる。渉外はほかにも人員がいるはずだったが、不安定な今の情勢で学園所属の人数が減少したためにネームバリューの大きい千冬がその役を担うことになった。

 現在の学園は生徒数がおよそ六割にまで減少し、職員も二割が退職という事態となり人手不足が否めない状況だった。そうした中でまとめ役として必然的にこの二人が実質的な舵取りを行っている。

 

「でも倍率500倍ですよ? 司法試験が可愛く見えますよ」

「それだけあってなかなかいい素材が集まったと思うが? 一夏相手にそれなりに戦えているのは大したものだ」

「おやおや、織斑先生が身内贔屓とは珍しい」

「茶化すな。今のあいつは、もう素人とは呼べんさ」

「……まぁ、私も何度かやられましたからね。一夏くん、一年足らずで成長しすぎでしょ。末恐ろしい才能ですよ」

 

 アリーナでは十人を相手取って無傷で切り抜ける一夏の姿がある。単一仕様能力【零落白夜】は当然使っていない。ただブレード一本のみで余裕で対処している。

 

「まぁ、もし零落白夜を使えばあの数なら一分で終わるんですけど」

 

 一夏と白式の最大の武器である零落白夜。一撃必殺がそのまま能力となったようなそれは、既に一夏の代名詞だ。零落白夜の斬撃を飛ばす、変化させる、果てにはシールドを生み出すなど、そのバリエーションは多岐にわたる。零落白夜しかないのなら零落白夜ですべてやればいい、それが一夏の答えだった。

 さらに支援機である白兎馬を使えば短時間であるが無双状態となる強さを発揮する。

 

「まぁ、一夏くんに試験官をさせたのはよかったと思いますよ。未だに女性のほうが上だって風潮はありますからね、それを払拭するためにも一夏くんに叩きのめされたほうがいいでしょう」

「来年度からは男女共学にするわけだからな。余計ないざこざはないほうが好ましい」

「あっても鉄拳制裁でしょう?」

「なにかいったか?」

「いえ、なにも。あ、終わりましたね」

「十人を三分半で撃破か。まぁ、こんなものだろう」

「経験値も技術も違いますからね。再来週には第二次特待生の試験もありますし、また一夏くんにはがんばってもらわないと」

 

 通常より早期に開始された男女共学試験では先行試験として男女比半々ほどの全四十人でクラスひとつを作る予定だ。新型コア用のテストケースであるが、IS学園側も新型コアに対する教導方法など未だ手探りな部分が多い。そのため、新型コアを対象とした男女共同クラスはひとつのみ、あとはこれまで通りの通常試験を行うつもりだった。それでもこれまでの生徒数をずっと下回ることになる。

 それでも最低限の生徒数はなんとか確保できる見込みだが、問題は職員側にも多くある。先に述べたようにこれまでの常識を覆す新型コア、そして最新鋭機であるフォクシィギアに慣熟した人間がいないことが一番大きな問題だった。

 楯無や簪も新型コア搭載のフォクシィギアに搭乗してみたが、やはりこれまでのISとは違う部分が多い。男女共用、というところがピックアップされているが、この新型コアはあらゆる面でこれまでのコアよりスペックが上がっている。エネルギー変換効率や拡張領域など、ほぼすべての面で上回っている。これまでのISに慣れたものからすればややピーキーに感じるほどだ。

 さらにフォクシィギア自体もマルチセミパッケージ方式で装備を選択するというこれまでにない機体であるため、そのすべてを慣熟するにはこれまでの練習機よりも難易度が高い。ゆえにIS学園で教導できる人間が用意できないのだ。

 

「でもさすがカレイドマテリアル社、アフターフォローまでぬかりないってことですかね」

「受け入れるのにはけっこう苦労したからな」

「でも必須でしょう。新型コアと最新鋭機に慣れている人間なんて、そう用意できませんからありがたいです。………来たようですね」

 

 コツコツと数人分の足音が近づいていることを察して向き直ると、ちょうど扉がノックされる。扉の外から麻耶が『お客人をお連れしました』と声をかけてくる。入室を促すと、案内役の麻耶を先頭に三人の少年少女が入室してきた。

 

 まず目に入ってきたのは金髪でつり目の気の強そうな少年だった。一切無駄のない動作で歩き、楯無たちの前に直立不動で佇む姿勢はまるで執事を連想させるほど洗練されている。

 そして背後に二人の少女が続く。

 赤茶色の髪の毛をポニーテールに結い、気だるそうに脱力して表情も眠そうにぽけーっとしている少女。そしてそんな少女をたしなめるように肘でつつきながら困ったような顔をしている銀髪ロングの優等生のような少女。全員が礼服を着込み、楯無たちの前に並ぶと揃って礼をする。

 

「カレイドマテリアル社直属部隊セプテントリオン所属、レオン・ヴァトリーです」

「……リタ、です」

「リタ! ……失礼しました。同じくシトリーと申します」

「新型コア、及びフォクシィギアの教導担当として派遣されました。よろしくお願いします」

 

 個性的な面々を前にしながらも、楯無も千冬も表情を変えずに同じく礼を返し、簡単な自己紹介を行う。年齢的にほぼ同年代であろうが、立場としてはIS学園側が協力してもらう側だ。なので目上の人間を相手にするように対応している。

 

「このたびのご協力、感謝いたします」

「社長であるイリーナ・ルージュの命令でもあります。お気になさらずに。むしろ新型コアを受け入れていただき、感謝しております」

「はは……」

 

 楯無は頬がひきつりそうになりながら思わず苦笑する。あんなものを送っておいて受け入れないわけにはいかないだろう。もっとも、結局はそうなっていたであろうから早いか遅いかの違いなので複雑なところだ。

 

「それに自分たちは若輩ですので、そのように畏まる必要もありません」

「お気遣い、感謝します。それで、契約内容ですが……」

「はい、表向きは生徒として入学させていただきます」

「男女共学に伴う意識操作ですか?」

「むしろ必要だと思いますが?」

「否定はしません」

 

 わざわざセプテントリオンのうち三人も送り込んできたのはIS学園に新型コアを浸透させるためであるが、同時に男女共学になったことによる摩擦を減らすことも仕事だった。未だ半年しか経っていないためにこれまでの女尊男卑の風潮は抜けきっていない。それらを水面下でなくしていくこともレオンたちに与えられた任務のひとつだ。

 

「………ところで」

「なんでしょう?」

「見返りはいらない、と聞きましたが……本当ですか?」

 

 この教導役を送ることもカレイドマテリアル社からの提案だった。IS学園側としては願ってもないことだが、それに伴う対価はほとんど払っていない。せいぜいこの三人にある程度の自由行動権を与えるくらいだ。偽装も兼ねるために入学金や授業料もちゃんと払っている。これだけでは等価交換にもなっていない。

 しかし、レオンは苦笑しながらもそれに答えた。

 

「お気持ちはわかりますが……我々としては、IS学園には新型コアを広める教育機関となってもらわねば困るのです」

「それは、なぜ?」

「申し訳ありませんが、これ以上は私からは言えません」

「お互い、利用する関係……ってことでいいんじゃないです?」

「リタッ」

「あ、すいません。正直なもので」

 

 リタが空気を読まない発言をするが、正直なところそれは正しい。IS学園側としては存続のために新型コアの受け入れは必須であったし、カレイドマテリアル社からすれば新型コアを世界に拡散させるためにも次世代の教育機関であるIS学園をこちら側へ取り込む必要があった。ウィン-ウィンの関係、というにはいささか謀略めいているが、つまりはそういうことだ。

 

「こちらとしても受け入れない選択はありません。働きに期待しています」

「全力を尽くします」

「……します」

「ご迷惑をおかけするとは思いますが、よろしくお願いします」

 

 しかし、セシリアたちが抜けた穴が大きかった分、これは楯無としても嬉しい参入だった。セプテントリオンという部隊の力を間近で見た楯無は目の前の三人の力量が凄まじく高いこともわかっている。いつまた無人機の襲撃があるともわからない現状で彼らの戦力はありがたい。

 

 

 

「では……まずは挨拶がわりの模擬戦をはじめましょうか」

 

 

 

 そこで空気が変わる。一瞬でピリッとしたしびれる何かが部屋を駆け巡った。楯無も千冬も、反射的に身構えてしまう。麻耶はびっくりして固まっていた。

 そしてしびれるほどの闘気を発しているのはつい今しがたやってきた目の前の三人である。レオンは先程の態度を一変させて挑発的な笑みを浮かべ、リタは表情を変えないまま静かに目線だけで殺すように射抜き、一番人畜無害そうに見えたシトリーでさえ、笑顔を浮かべながら殺気にも似た闘気をぶつけていた。 

 その様子を見て楯無も彼らの評価を大きく上方修正する。これは、思っていた以上だ。しかもどうやらこの三人、それなりに好戦的な性格らしい。

 

「まずは相互理解を兼ねて模擬戦をしたいのですが」

「こちらの実力を知りたい、と?」

「どこから教えればいいか、知るべきでしょう? 銃や剣の持ち方くらいは知っていると思いますけど」

「なるほど、そっちが素ですか? しかし、こちらもあまり舐められるわけにもいきませんね」

 

 楯無もやる気になったことに千冬はため息をしているが、どのみち相互理解のためにも一度思い切りやるべきだろう。それに千冬も友の束が関わっているでろうこの部隊の人間の実力には興味を抱いていた。大した理由もないのなら止めるところであるが、千冬も今回は許容した。

 

「形式は? やはり一対一で?」

「いえ……フォクシィギアは集団戦も視野に入れて作られています。ここはチーム戦がいいでしょう」

「ふむ。となると……」

「こちらは三人。そちらも三人。更織楯無さん、そして更織簪さん、織斑一夏さん……この六人でいかがですか?」

 

 どうやらIS学園の上位三人を相手取っての乱戦が望みらしい。IS学園に所属する人間なら戦う前から逃げるような相手であるが、レオンたちは自身の勝利を疑っていない。

 

 なるほど、なるほど。

 

 確かに、半年前の戦いのときは間近で彼らの戦いを見た身としてはその自信も伺える。隊員のすべてが国家代表候補生クラス以上の実力はあっただろう。それこそ上位陣は楯無でも難儀するほどの手練も見て取れた。

 ここは一度本気で潰し合いをしてもいいだろう。楯無も国家代表という自負があるし、今の簪と一夏も安心して背中を任せられるほどに強くなっている。そう簡単に勝てると思われることは面白くない。

 

「……あまり舐められるのも癪ですね」

 

 楯無も珍しく戦意を高揚させがら笑顔でその誘いを受け入れた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……それで挨拶がてら模擬戦ってことですか?」

 

 来年度の後輩となる少年少女二十人を危なげなくすべて薙ぎ払った一夏が苦笑する。連戦となるがまったく問題ない。一夏も白式もコンディションは絶好調だ。隣に立つ楯無と簪もリラックスして佇んでいる。

 

「しょうがないでしょ? あっちから挑発してきたんだし」

「だからって協力してもらう立場なのに」

「でもいい経験になると思うわよ? 私たちのISと彼らのISは根本的に違うからね。私としてもこうした模擬戦はいずれするつもりだったわ」

「違うっていうのは? 世代のことですか?」

 

 一夏はフォクシィギアをかつての学園防衛戦で見たことがあるが、たしかに量産機というには高いスペックだったと記憶している。少なくとも、打鉄では太刀打ちできないだろう。

 しかし、楯無が注目しているのはそこではない。

 

「新型コアが出る前と後じゃ、ISの意味合いも変わってるのよ」

「……ああ、なるほど。そういうことなんだ」

「え? どういうことだ?」

 

 簪が納得したように頷いているが、一夏にはまだわからない。これでもIS関連の勉強もこの半年でかなりやったと思っているが、どうやらまだまだ知識や洞察が足りないらしい。

 

「男性でも適合できるってことに注目されがちだけど、もうひとつ大きな要因があるわ」

「……数が不変ではなくなった」

「そういうことよ。つまりはコアが量産可能となり、今も少しずつではあるけどその数を増やしているっていう点よ」

「それは、そうだろうけど……」

「つまりね、一夏くん。今までは数少ないコアを有効活用するために、単機での性能をあげることが必須だったの。でも数を揃えられるようになると、単機戦力ではなくて集団戦力の比重が高まるのよ」

「あっ」

 

 そう言われて一夏も理解する。そういえばカレイドマテリアル社の部隊は単機の性能もたしかにすごかったが、それ以上に連携が素晴らしかった。部隊で運用することを前提に作られ、それぞれ個々にあったカスタマイズはされていても基本的なスペックは同じ。マルチセミパッケージ方式はあくまで汎用性を拡張しただけであって部隊間の連携がしやすいよう、一定水準のスペックが維持されている。セプテントリオンでも専用機持ちは隊長であるセシリア、単機遊撃を担うアイズとラウラ、そして部隊の重火力を担うシャルロットといったエース級のみだ。

 

「おそらく世界で最もISの連携戦術が高い部隊よ。国のIS部隊はあるにはあるけど、同じ戦場に何機も投入することなんて考えられていない。だからこれまでのISはひとつひとつが実験機という側面があったから個性的な特色が出ていたのよ」

「でも、これからは違う。数を揃えての部隊規模でのノウハウが必要となってくる。その先駆けであるセプテントリオンとチーム戦ができるのは、大きな意味がある」

「……なるほど、学ぶことは多そうだ」

 

 そうしているとアリーナに新たに三人の姿が現れる。先程の礼服姿から一転して専用のインナースーツを着たレオン、リタ、シトリーが一夏たちの前へとやってくる。この時点で既に三人からは肌が焼けるような闘気が発せられている。かなりやる気のようだ。

 

「ずいぶんな気迫ね」

「すみません。舐められないように一度実力をわからせろというのが社長命令でして」

「……さすが暴君の通り名に偽りナシ」

「だけど、望むところだ」

 

 一夏、楯無、簪がISを起動させる。

 白式、ミステリアスレイディ、天照というIS学園の最高戦力がそろい踏みとなる。

 

「やるからには勝つぞ」

「全部斬る」

「シャルにふさわしいか私が見定めてあげる、イチカくん?」

 

 本来の気性が現れたのか、名前のように獰猛な笑みを浮かべるレオン。いつものようにマイペースに獲物を見据える切り裂き魔のリタ。セプテントリオン内でのシャルロットの相棒として、彼女が気にかけている男の子を見定めてやるという姑みたいなことを考えているシトリー。

 

 非公式ゆえに見学者は千冬と麻耶と、他数人ほどしかいないがこの初期型コア搭載型専用機対新型コア搭載型量産機によるチーム戦の記録はのちにIS学園に大きな衝撃を与えるものとなる。

 

 

 

 




IS学園サイドの開始となります。

次回は3on3のチーム戦。フォクシィギアが真価を発揮します。
考えてみれば原作でも貴重なISが個性的な機体を多く作る理由は数が一定数だからこそ個々の単機戦力を増強させるために模索しているから、って考えられますよね。そういう解釈で考えています。

IS学園サイドが終わるともう一度アイズサイドを入れて次章へと移る予定です。

感想、ご要望お待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.82 「新時代の洗礼(後編)」

 模擬戦とはいえ、この緊張感は実戦さながらのように全身にのしかかる。

 楯無は静かに目の前の三機を見据えてランスを握る手に力を入れた。

 

 デモンストレーションも兼ねるためか、目の前の三機は学園に送られてきたセミパッケージ三種の装備だ。高機動型にレオン、近接型にリタ、そして砲撃型にシトリー。カタログスペックを見た限りではこれらはオーソドックスでありながらハイスペックな装備だ。基本に忠実、それでいて応用も利くという万能タイプ。前衛に近接、後衛に砲撃、そして遊撃に高機動とフォーメーションも基本的なものだ。

 しかし、基本というのはつまり一番性能を発揮できるということでもある。量産機に求められるものを最大限に発揮していると見るべきだろう。

 

 対する楯無たちの三機はどれこれも特殊装備を活かす戦いをする機体だ。いうなれば集団での連携よりも単機の戦力を活かすほうが強いという特性持ちだ。

 白式の零落白夜は下手をすれば味方すら巻き込むし、天照の神機日輪の過剰攻撃力も然り。ミステリアスレイディの水操作は応用力があるが、それでも連携向きというものではない。

 楯無たちが取るべき戦術は連携を分断して各個撃破となるだろう。しかし、それが一番難しいだろう。結局のところ出たとこ勝負となる場合が多くなると見ていた。

 

「簪ちゃんは後方援護、一夏くんは前衛をお願いできるかしら」

「わかった」

「わかりました」

「私は中距離から状況に応じてフォローに入るわ」

 

 現状ではそれくらいしかできないだろう。あとは状況に応じて対処するしかない。とにかく、今は目の前の三機の戦いから得られるものはなんでも得ることが求められるのだ。

 

 お手並み拝見しよう、と思った矢先に、――――――目の前にブレードが迫っていた。

 

 

 

「作戦は決まった? じゃ、さよなら」

 

 合図も待たずに突撃してきたリタが手にした高周波ブレード【プロキオン】を楯無に向けて振るっていた。

 

「ッ!?」

 

 それを水の防壁で咄嗟に防ぎながらバックブーストで距離を取る。いきなりの奇襲に面食らったが、そのリタの背後ではレオンとシトリーも攻撃体勢に入っていた。

 

「なっ、いきなり!?」

「実戦に合図なんてあるわけないだろ」

 

 一夏の抗議の声をレオンが一蹴する。

 事実、セプテントリオンの部隊訓練の際は終了の合図はあっても開始の合図なんて存在しない。だからリタの奇襲も、それを当然のように続くレオンもシトリーも至極当然の行動だった。

 そして楯無もそれに納得する。なるほど、確かに実戦を想定して作られた部隊だ。こういった心構えから違う。セプテントリオンの三人は、ISに競技なんてイメージは欠片も抱いていないのだろう。そんなリアリストのような姿勢が、今は見習うべきものなのだ。

 

「やるわよ二人とも!」

「判断が早い。さすが。だからまずあなたを斬ろうと思うけどいかが?」

 

 リタが獲物に狙いをつけたように執拗に楯無を追ってくる。一見すればスタンドプレーだが、その機動は後方からのシトリーの援護射撃の射線を一切遮っていない。リタの機動の隙間を縫うようにレーザー射撃が飛んでくる。やや遅れて戦闘態勢に入った簪と一夏がこれらの連携を分断しようと動くが、それをレオンが妨害する。高機動型の機動力を活かして二人を牽制し、一時的にではあるが楯無への援護を不可能にする。

 

 

(本気で取りに来てるわね……!)

 

 

 開戦早々に見せた鮮やかな連携に楯無も賞賛する。なるほど、奇襲から指揮官を狙って一時的に二対一に追い込む術が鮮やかだ。まるでアイズとセシリアのコンビを相手にしているようにあっとう言う間に劣勢に追い込まれていく。あの二人と比べればアイズのような理不尽なまでの直感はなく、セシリアほど精密な射撃ではないにせよ、その練度は恐ろしく高い。

 並の操縦者なら即斬られて終わっていただろう。

 

 だが――――更織楯無を取るには、まだ甘い。

 

 

「舐めすぎよ、お嬢さん」

 

 リタの斬撃に合わせて水を操作し、一瞬で絡め取る。その隙を逃さずガラ空きの胴体部へ蒼流旋を突き立てようと渾身の力で放つ。

 それを視認したリタは絡め取られた武器を手放し、即座に後方へ回避。ここで躊躇いなく武器を捨てることができる判断力は流石だが、一対一で楯無を破るにはまだ足りない。

 

「ちっ」

「それに、簪ちゃんと一夏くんを相手に一人は無謀なんじゃないかしら?」

 

 リタが目線だけで二人を抑えているレオンを見る。

 恐ろしい零落白夜の奔流ともいうべき変幻自在の攻撃を辛うじて回避しているが、その隙を突くように簪が狙撃で狙っている。楯無を速攻で倒そうとしたように、一夏と簪も速攻でレオンに狙いをつけたようだ。

 

「なるほど、いい判断」

「冷静ね? いくら最新鋭機とはいえ、量産型で抑えられるほどあの二人は弱くないわ」

 

 喋っている間も狙ってくるシトリーの狙撃を防ぎながら楯無も攻勢に転じようとする。確かに隙のない連携だが、それだけで倒せるほど更織楯無は甘くない。戦闘エリア内を少しずつ侵食させていた水を一斉に操作。リタの四方八方から襲いかかる。

 

「あ、やばいかも」

 

 それでもリタはぼんやりとした声を崩さない。焦る様子を見せないリタに訝しむが、構わずにリタを倒そうとけしかける。

 リタは後方へと離脱、だがそこも当然攻撃範囲内だ。しかし問題なくリタを捕らえられると思った矢先にリタの離脱コースの水が爆発により散らされる。後方から放たれたグレネードによる爆発だ。シトリーの援護でまんまと楯無の攻撃範囲から逃れたリタが新たにブレードを展開して大きく迂回するように回り込む。同時にシトリーも逆方向へと動く。どうやら今度は挟撃が狙いらしい。

 

「その程度……っ!?」

 

 しかし、急遽シトリーが銃口を一夏へと向ける。今の一夏はレオンを追撃して背を見せている状態だ。シトリーには気づいていない。いや、そうなるようにレオンに誘導されている。

 

「一夏くん、回避!」

「なにっ!?」

 

 背後から狙われていると気付いた一夏がぎょっとして振り返る。簪がフォローしようとするも、レオンから放たれたビームマシンガンの斉射を受けて援護が間に合わない。

 そして弾速の早いレールガン【フォーマルハウト】が放たれる。ビームやレーザー系統では零落白夜で対処されることを見越しての武器選択だ。

 あわてて回避しようと身をひねる一夏であったが、肩部アーマーにレールガンの直撃を受けて体勢を崩してしまう。さらに追撃をかけようとシトリーが狙いをつける。

 そして同じタイミングでレオンが継続して簪を牽制して足止め、楯無も背後に回り込んでいたリタが踏み込む隙を狙っていたために一夏の援護に向かえない。

 

 

―――――援護のタイミングを悉く潰されてる……! そしてあっちはアイコンタクトすらなしで援護できてるッ。

 

 

 楯無はチーム戦の恐ろしさを実感する。

 機体性能で見れば専用機であるこちらが上だ。だから一対一ならほぼ間違いなく勝てる。だが連携の練度はセプテントリオン側が遥かに上だ。

 楯無たちは行動を見て、そして援護が必要だと判断して動いている。しかしレオンたちは互いが互いの隙を潰し、有効打を作る技術が巧い。状況によって全員がアタッカーであり、デコイであり、セーフティでもある。状況に応じて最適な者が最適なポジションにシフトすることで楯無たちの戦況判断より早く次の行動へと移している。

 結果として楯無たちはいいように翻弄されてしまっている。確かにこのレベルの連携は一朝一夕では会得できないだろう。

 

「その程度じゃシャルは渡せないな」

 

 体勢を崩した一夏へ向けて容赦のない追撃が入る。

 レールガンによる三連バーストショット。一夏は気合と根性でそのうちの二つを回避するが、三つ目の弾が直撃。シールドエネルギーを大きく削って吹き飛ばされる。

 

「くそっ!?」

「右に注意」

「……ッ!?」

「ごめん、やっぱ左だった」

 

 口先で嫌がらせのようなフェイントを入れつつ、いつの間にか距離を詰めていたリタがトドメをさす心算で突撃してくる。まずいと思った楯無と簪が動こうとするも、やはりシフトチェンジしたレオンとシトリーによって援護行動を妨害されてしまう。

 結果、まんまとリタが一夏を間合いに捉えた。

 

「斬り捨て、許してね」

「くっ……舐めるなァッ!!」

 

 直撃したら落とされていたであろうリタの一撃を雪片弐型で受け止める。力任せになんとか押し切ると、そのまま零落白夜を発動。それを見たリタが即座に離脱しようとするが、距離を詰めたこの好機を逃す気のない一夏は燃費の多い大技を出す決意をする。

 

「伸びろ零落白夜!」

 

 出力が上昇し、巨大なブレードとなって零落白夜がリタへと襲いかかる。それだけなら捉えきれなかったであろうが、しかしそこからさらに零落白夜が変化する。

 

 巨大なエネルギーの刀身が幾重にも分かれ、一転して鞭のようにしなりながらリタを追尾する。多方向からの予測できない変則機動で襲いかかってくる零落白夜の群れにさすがに表情を変える。

 ワイヤーブレードのように追尾してくる分離した零落白夜の数は全部で八つ。それらがすべてリタに食らいつこうとするように襲いかかる。

 

 それはさながら大蛇が獲物を狙って這いよるが如く。――――零落白夜・八岐大蛇の型。

 

「あ、これやばい」

 

 最大の好機のはずが最大の危機へと変わってしまったことでさすがに焦りが見える。そしてこの好機を楯無も簪も逃さない。それぞれがレオンとシトリーを抑えることで一夏対リタのまま援護を許さない。

 

「甘く見たわね、一対一なら一夏くんに分があるわ」

「邪魔はさせない」

 

 セプテントリオンの要が連携だとわかっているために即座に分断、各個撃破を狙うのは当然であった。そして形は整った。

 一対一の純粋な機体性能差は歴然だ。

 

「がっ、ぐうううう!!」

 

 八つの頭のうち、二つがリタに食らいつく。急激に減少していくシールドエネルギーを見たリタは即座に装備していたセミパッケージの強制排除を実行する。外部を覆っていた装甲が弾け、零落白夜の顎からなんとか逃れる。

 素体フレームのみとなったリタが辛くも離脱すると、そんなリタを守るようにレオンとシトリーが合流する。

 

 楯無と簪も一夏と合流、図らずも仕切り直しの形となる。

 

「無事かリタ?」

「痛い。てかふざけた攻撃力なんだけど……シールドエネルギーが残り一割切った」

「うーん、やるね。さすがシャルのお気に入り。ちょっとは認めてもいいかな」

 

 単機の性能、そして能力の高さはさすがに専用機というだけはある。量産機であるフォクシィギアでは再現できない特化型の能力とその破壊力は脅威だ。

 そして楯無、簪の機体もやりにくい能力が揃っている。火力の高いビーム・レーザー兵器は簪の天照には通用せず、楯無のミステリアスレイディの水操作は応用力があり攻め手の底が見えない。

 

「さすがはお嬢様たちの戦友、か」

「私たちより強いかもね」

「頼もしい、んだけ、ど」

 

 一夏たちを賞賛するも、三人の目は一切笑っていない。

 この三人、シトリーはまだましな程度だが、楯無の想像通りタイプは違えどそれぞれかなりの負けず嫌いで好戦的な性格をしており、たとえ負けても問題ない試合でも死に物狂いで勝ちにくる。当然今回もそうだ。

 最低限の連携は見せたし、一夏たち個々の戦闘力もわかった。あとはこの模擬戦で計ることはそう多くない。だからここで終わっても任務内容としてはまったく問題ない。

 

 だが、そんなもので納得などするはずもない。

 

「レオン、こっからはもういいでしょ?」

「……リタはやる気みたいだけど、いいの?」

「いいんじゃないのか。専用機持ちと戦える機会なんて今までなかったからな。俺も少し挑戦してみたい」

 

 そうしてレオンとシトリーも装備していたセミパッケージを解除する。戦闘能力を格段に落すような行動に一夏たちも怪訝そうにするも、その意図はすぐにわかった。

 

「私たちセプテントリオンの正隊員にはひとつ、専用装備が与えられている」

「今から見せるのは、そういう代物だ」

「もうちょっと付き合ってね」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 おおよそ互角という結果に楯無はいろいろと思うところがあったが、とりあえずは満足するものが得られたことに安堵する。

 個々の性能は専用機が上だが、特殊装備なしの量産機が連携技術のみでその差を埋められるとわかっただけでも収穫だった。

 

 

(対策は急務ね……おそらく専用機でもフォクシィギア三機を同時に相手にすればまず負けるわ)

 

 

 個人の力量にもよるが、少なくともこのレオン達のレベルの操縦者ならば専用機といえども三機を相手にすれば勝てる可能性が著しく低下する。現在進行でこの量産機の数が増加していることを考えれば、これまでのIS、専用機の優位性は五年もすれば完全になくなるだろう。

 

 もうこの模擬戦の目的は達成したといっていい。ここで終了となってもまったく問題はない。

 だが、どうやら目の前の三人はまだやる気らしい。

 

「どうやら今度はそっちが挑戦したいらしいわね」

 

 量産機単機で専用機に勝つ。性能差を考えれば難しいが、レオン達は試したいようだ。そしてそのための本来の装備を使うらしい。もともとIS学園に与えられたのは基本となる三種のみ。局地対応や特殊性の高い装備は未だ不明だが、おそらくは存在する。

 

「面白いじゃない。見せてもらいましょうか、セプテントリオンの力を……!」

 

 楯無の言葉に応えるように三人は散開、レオンは楯無へと向かい、リタは一夏、シトリーは簪へと挑む。一転して完全な一対一の構図となり、各々が目の前の敵機に集中する。

 

「おねーさんの相手はあなたかしら?」

「そうですね、まぁ男としての意地もあるんで、そう簡単に負けないですよ」

「ふふん、胸をかしてあげるわ。勝てたら本当に触らせてあげてもいいわよ?」

「やる気でた!」

 

 レオンは自分に与えられた専用装備【ベテルギウス】を展開。大型バックパックで爆発的な推進力を生み、そして右腕に接続された大型パワーアームに搭載された巨大な凶器―――暴力がそのまま形となったような、連なる刃を回転させ、相手をすり潰す粒子コーティングチェーン・ソーを起動させる。

 防壁や重装甲を真正面から削り取るために作られた対装甲近接回転連層刃【ベテルギウス】。現状でこれで破壊できない装甲はほぼないと言える破壊力に特化した装備である。

 

「物騒なものを!」

「押し潰れろッ!」

 

 青く光る連なった刃が回転して迫る光景は楯無をしても背筋が凍るような恐怖がある。いったいどこのホラー映画の殺人鬼だ。そんな大型装備を軽々と振るってくるレオンはやはりセプテントリオンにふさわしいぶっ飛び具合だと思ってしまう。

 ミステリアスレイディの水の装甲を瞬時に凍らせ、氷の盾として展開。相手の攻撃力を計るためにあえて防御を試みる。

 

「そんなもので!」

 

 ……が、堅牢な防御を誇る氷の装甲はベデルギウスの前にあっさりと砕け散る。ただただ破壊力に特化させた武装に開発者の正気を疑うが、まともに喰らえば白式の零落白夜とは違い物理的に一撃必殺に成りうる威力だった。

 

「……だけど、それでおねーさんを倒せると思われるのは心外だなぁ」

 

 真正面からの潰し合いなら負けるだろうがどんな状況でも対応できる汎用性の高さがミステリアスレイディの長所だ。楯無は蠱惑的な笑みを浮かべながらレオンを誘うように全周に水のテリトリーを展開する。

 

「残念だけど、君ではまだ私には勝てないかな。――――来なさい、遊んであげるわ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「今度は逃がさねぇぜ」

「逃げる? 私がすることは斬るだけ」

 

 一夏にリベンジをするリタは目を剣呑に輝かせて手に持ったプロキオンを投げ捨てる。そして新たに拡張領域から展開して手にとったのは鞘に納刀されたブレードだった。

 それを左手で持ち、右手を添えながら一夏へと向きなおる。

 

「零落白夜を希望する」

「なんだって?」

「今度は避けない。真正面からぶった斬る」

「……面白ぇ」

 

 一夏はリタの希望通りに零落白夜を発動。腰だめに構え、居合のように振り抜くことで斬撃を飛ばすという遠距離技を放つ。この半年で射程距離もコントロールも遥かに上がった零落白夜による飛ぶ斬撃はまっすぐにリタへと迫る。

 それが直撃するかどうかというとき、リタの腕が動いた。

 

 いったいいつ抜いたのかわからないほどの神速の抜刀。刀を振り切った状態でようやく視認できた一夏は、その結果に目を丸くした。

 

「斬られた、のか?」

 

 放った零落白夜の斬撃が一閃によってかき消されるという光景に目を疑った。当たれば大ダメージというこの能力によって生成したものを斬るという発想など今まで有り得ないものであった。

 

「この刀は、なんでも斬る。エネルギーすら斬る」

 

 抜刀式コーティングブレード【ムラマサ】。どんなものでも斬ることができるブレードというリタの希望をもとに作られた切断特化型の特殊長刀。さらに脚部にはローラーダッシュを可能とする対地用ローラーブースター。その脚部のローラーが回転し、地を滑るように駆けて一夏へと向かっていく。

 零落白夜の応用技こそあれど、基本的に近接一辺倒な一夏もリタの突撃に合わせて迎撃体勢をとっている。

 疾走していたリタが跳躍、バカ正直に真正面から一夏へと飛びかかる。

 

「抜刀一閃」

「舐めるな!」

 

 腕が霞むほどの疾さで振り抜かれたその一閃を一夏が顔をしかめながらも受け止める。ギィィン! という激しい衝突音が響き渡る。

 

「おお、受け止めた。なかなか」

「これでも近接戦がウリなんでな……!」

 

 リタの抜刀による斬撃を始めて受けたが、とにかく疾い。気がつけば振り切られているのでこれまでの経験と勘で刀の軌道を判断していた。不意や隙を突くような鋭さはアイズが上だが、疾さは間違いなくリタが上だ。

 

「面白ぇ……!」

 

 一夏は歓喜する。間違いなくリタはこれまで戦って来た中でも上位に食い込む操縦者だ。しかも自分と同じおかしいまでの近接特化型。リタとの戦いは間違いなく自身の血肉となる。なによりアイズと鈴が離脱したことで同じ近接型の仮想敵がいなかったこともあり、リタとの出会いに心から感謝した。

 

 ――――リタを倒せば、自分はまだまだ強くなれる。

 

 その思いを胸に、一夏は雪片弐型を握り締める。

 

「ぶった斬ってやるぜぇッ!!」

「斬る、斬る、ただ斬る。斬らさらせ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あーあ、熱くなっちゃって」

「あなたはいいの?」

「私は確かに負けず嫌いだけど、あの二人ほど熱血じゃないし、模擬戦の収穫はあったから」

 

 シトリーはレオンやリタと違い、装備を展開せずに簪と一緒に他の四人の戦いを眺めていた。はじめは臨戦態勢だった簪もシトリーに戦意がないことを悟るや、一緒になって他のデータ収集を行いながら見学に回っていた。

 

「それに私の装備はあの二人みたいなタイマン向けじゃないし。私は本来は斥候とかが役目だし」

「そうなんだ。気になるけど、なら仕方ないかな」

「これからはお世話になるし、いずれ、ね」

「楽しみにしておく。………それと聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「アイズは、あっちじゃどうしてる?」

 

 興味津々、という目をする簪を見てシトリーがぼんやりとなにかを思い出したように手を叩いた。

 

「ああ、あなたがアイズの言っていた“簪ちゃん”か。思い出した。よく話は聞いてるよ」

「そ、そうなの?」

 

 アイズが自分のことをなんと言っているのか、気になってしょうがない簪はぐいっと身を乗り出しながら聞き入っている。シトリーは内心で「また女の子を落としたんだ」などと思いながら苦笑しつつ返答する。

 

「可愛くて頼りになる、大事な友達だって」

「………」

 

 簪はにへら、とだらしなく頬が緩むことを抑えられない。アイズに想われていることが嬉しくて今にも富士山に登って頂上からアイズへの愛を太陽に向かって叫びたいくらいに舞い上がっていた。

 

「あと情報解析もすごいって聞いてる。よければ一緒にデータ解析とかして欲しいかな。うちだとあの二人がアレだから、バックアップは私の役目だし」

「うん、いいよ。カレイドマテリアル社子飼いの部隊の技術力には私も興味がある」

「ふふ、あなたとは仲良くできそうね。こっちにいたときのシャルの話とか、聞きたいわ」

「私も、もっとアイズの話が聞きたい」

「そうだね、それじゃあアイズが無自覚で落とした女の子の数とか」

「なにそれ気になる……!」

 

 

 激しい戦いを見ながら和気藹々と談笑する簪とシトリー。

 それぞれの形は違えど、概ね好意的にセプテントリオンの三人はIS学園に馴染んでいくことになる。

 




次回から再びアイズ編となります。その後は次章へと移る予定です。

再びアイズとシールの運命が動き出します。そしてセシリアとマリアベルの邂逅も近い予定です。

この物語も通算で100話が見えてきました。せっかくなので記念として番外編を書こうと思ってます。それについてのアンケートを活動報告に載せましたのでよければお気軽にどうぞ。

この章が終えればまた物語がどんどん加速していく予定です。

ご要望、感想お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.83 「宿命の影」

 太平洋のど真ん中、周囲すべてが海に囲まれた絶海の孤島。地図上では存在しない島がそこにあった。

 緑の生い茂る中、獣たちが駆ける音と木々の隙間から太陽の光が降り注ぐ人の領域から切り離されているかのような場所だった。

 断崖絶壁の岩場は波に削られ、入り組んだ湾となった陸と海の境界に、それはあった。

 

 周囲の景観と同化させているが、人の手による建造物だ。そして巨大な洞窟のような空洞は、見る者が見れば船の停泊施設だとわかるだろう。注視して見れば、島のいたるところに偽装された人工物が見られるだろう。

 そんな偽装された正体不明の施設に、アイズはいた。

 

「…………」

 

 アイズはレッドティアーズtype-Ⅲを纏い、無言で島の上空から全景を見下ろしている。金色に輝く瞳、魔眼の如き力を発揮するヴォーダン・オージェでこの島全体を凝視する。広がった視野に映る島は傍目には美しい景観であるが、この瞳によって映し出される人工物がまるでノイズのように浮かび上がる。さながら名画に絵の具をぶちまけたかのような、そんな台無しにするかのような景色にアイズは知らずに眉をひそめていた。

 アイズの瞳と直感の掛け合わせは下手なレーダーよりよほど信頼性がある。アイズはその視界に映るすべてを見通し、視覚情報からこの島を解析していく。

 視界に入る人工物はあらかた抽出したが、危険性の高いものは見当たらない。動くものも動物や鳥くらいだ。人が動く気配はアイズとともに上陸した人間だけだ。

 

「……危険はなさそうだけど」

 

 しかし、ところどころに見えるのは明らかな戦闘の爪痕だ。そして無人機の残骸が島のいたるところに見られる。数はそう多くないところを見ると、おそらく主戦場となったのは島の外ではなく、中。イーリスたちが潜入して調査している島の内部、この秘匿された無人機プラントで激しい戦いがあったのだろう。

 

 しかし、いったい誰が、なんのために?

 

 そんな疑問が浮かび上がり、難しい顔をして考え込んでいるとハイパーセンサーに反応、凄まじいスピードで近づく機影があった。しかし、アイズは慌てずにその機体を迎え入れる。

 猛スピードから一瞬で制動をかけて目の前で停止したその機体―――オーバー・ザ・クラウドを纏ったラウラがアイズと同じ金色に染まった片目を晒しつつ合流した。

 

「姉様、全周を偵察してきましたが、特になにかは……。戦闘の痕跡があったくらいです」

 

 ラウラはアイズの死角となる場所を中心に島の全周偵察を行っていた。超高速機動を可能とするオーバー・ザ・クラウドのおかげで短時間でアイズの偵察を補える。当然、AHSシステムのバックアップを受けてヴォーダン・オージェを発動させての偵察だ。たった二人ではあるが、これでほぼ島の外部の安全は確認された。

 

「そっか。じゃあとりあえずは大丈夫、かな」

「束博士も施設内部へ行くそうです」

「中も大丈夫だったの?」

「…………生存者はゼロ、だそうです」

「そっ、か……」

 

 それなりの人数はいたであろうことを考えると、いったいどれほどの命が散っていったのか想像できなかった。アイズは少しの間目を閉じて冥福を祈ると、再び意識を切り替えてラウラへと向き直った。

 

「相手は?」

「襲撃者は少数精鋭だそうですが……短時間で多機の無人機をほぼ殲滅しています」

「……こんなことができるのは、そうはいないよね」

 

 アイズの脳裏に浮かぶのは白亜の天使の姿だ。自身のもつこの人造の魔眼ヴォーダン・オージェに完璧に適合するように生み出された魔性を宿す存在。アイズの半生を、そして数多の命を糧にして作り出された孤高の少女。

 アイズやラウラと違い、AHSシステムのバックアップなしで完璧にヴォーダン・オージェの性能を発揮するその力は、楯無と簪の二人を一蹴し、アイズが全身全霊を賭けて挑んでようやく戦いになるという規格外。

 パール・ヴァルキュリアという鎧を纏う魔性の美貌。その金色の魔眼で見据える様は、さながら咎人を見定める裁定者のようで。

 

 白亜の告死天使――――シール。

 

 爆炎の向こうへと消えた彼女との一方的な約束はまだ果たせていない。安否すら不明な彼女の影が見えるようで、アイズはコロコロと坂道を転がるように揺れる自身の心情を持て余していた。

 

「…………あなたなの、シール?」

 

 おそらく、その答えはすぐにわかる。

 

「……中の安全確認ができたら束さんも降りてくる、ね。ラウラちゃん、ボクたちで護衛にいくよ」

「はい、姉様」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 アイズ達が島を調査している同時刻、数百キロほど離れた海上では二機のISがステルス装備で飛行していた。高性能なジャミング機能を持つ装備により、アイズたちはおろか、他のどんなレーダーからも逃れている。

 そのために全身の姿を隠されているが、二機からはそれぞれ白い翼と禍々しい腕が垣間見える。

 

「しっかし、よかったのかぁ?」

「なにがです?」

 

 その正体―――【アラクネ・イオス】を駆るオータムと【パール・ヴァルキュリア】を駆るシールはダメージを受けた機体に無理をさせない程度に動かしている。その様子からは激しい戦闘後だということがわかるだろう。

 二人の機体にもよく見れば決して小さくない損傷が見られるが、それでも二人はまったく疲れた様子を見せていなかった。

 

「襲撃犯がうちらだって証拠を残してきたじゃねーか」

「問題ないでしょう。亡国機業内部の勢力抗争があることは知られるでしょうが、どのみち消去法で私たちだと判断されます」

「そんなもんかねぇ? おまえはただお気に入りのあいつにメッセージを残したかっただけだろうに」

「………」

「そう睨むな。別に馬鹿にはしてねぇぜ? くっひひひ」

「オータム先輩なんか嫌いです」

「嫌われちゃったなぁ、あひゃひゃ!」

 

 拗ねたようにそっぽを向くシールを見てオータムも笑い声をあげる。この半年、以前にも増してよく一緒に仕事をするようになったが、シールはこれまでよりもよほど多くの表情を見せるようになった。後輩として可愛がっているオータムから見てもからかうと面白い反応をしてくれるほどに感情豊かになっている。

 

「とはいえ、ようやくプレジデントの命令が達成できたな。ったくこのガキ見つけるのに時間をかけすぎたぜ」

「逃げ隠れするのはうまかったようですからね。まぁ、それだけですが」

「で、こいつをどうするんだ?」

「…………」

 

 シールは自身が抱えているものへと視線を移す。

 左右非対称の特異なデザイン、道化師のような仮面は割れ、中の素顔を晒している。ぐったりと顔を青くしながら目を閉じて気絶している少女は、かつてIS学園に襲撃をかけた正体不明のヴォーダン・オージェを宿す四人目の少女。

 海洋に浮かぶプラントにこの少女がいることがわかったのは、今から十二時間前。そしてシールとオータムの二機でこのプラントに襲撃をかけた。

 IS委員会に乗っ取られた施設とはいえ、もともとはマリアベルの所有物だ。施設内マップや残存機体などのデータはそれなりに揃っている。たった二機のみでの制圧であったが、それでも十二分に勝機もあった。

 そして戦闘時間四時間にも及ぶ激戦の後、ついに作戦目的であるこの少女を無力化、確保することに成功する。あとはマリアベルの命令通り、その他大勢の“邪魔”は皆殺しにするべく基地施設内をガス制圧。その後プラント中枢システムを破壊。あえてあるデータだけは残り撤退し、今に至る。

 もうまもなくすれば亡国機業の原子力潜水艦へと到着する。

 

「つーかよぉ、プレジデントがわざわざ来るってどういうことだよ。そんなにそのガキは貴重なもんなのか?」

「……あの人は、遊び好きなだけです。わざわざ、あんなことのために……」

「まぁいいけどよ、おまえがそのガキを引き取ることになったんだろ? よかったじゃねぇか、これで後輩ができるってかぁ? あっははは!」

「楽しそうですね、先輩」

「たくさん暴れられたからな、くくくっ」

 

 八本の腕のうち三本を失ってはいたが、全力で戦えてすっきりしたらしい。これまで鈴に苦渋を舐めさせられていただけに雑魚合手とはいえいいストレス発散になったようだ。

 

「おまえもずいぶん張り切ってたじゃねぇか」

「私は、私の任務を達成しただけです」

「ま、そういうことにしといてやるよ」

 

 ケラケラと笑うオータムから視線を逸らしつつ、シールは数時間前のことを思い出していた。

 

 未だシールとしても整理しきれていないが、これからのことを思うと少し不安で、そして楽しみにしている自分がいることに気づいていた。

 

「あなたなら…………どう思うのでしょうか、アイズ……」

 

 そんな揺れる心情のシールが思い浮かべるのは、半年前に炎の中で別れた宿敵の少女。

 彼女の心の中を垣間見たシールは、明るい感情も暗い感情もすべて受け止めて確立させた精神を持ったその異常性を理解していた。心が壊れてもおかしくないほどの凄惨な経験をしながら、それでも無垢な心を宿すということがどれだけ至難なことなのか。

 しかし、アイズはそれを為してしまう。共鳴現象によりアイズの心を見たシールには、そんなアイズの心がわかる。

 

 アイズは、希望によって絶望を上書きしている。

 

 だから過去の苦しみを受け入れつつも、前を向いていられる。それゆえの矛盾こそあれど、アイズはそうやって前へと進んできた。いつ破綻してもおかしくない脆さを垣間見せながら、その実アイズの精神は強固なものとしてシールにはないなにかを信じている。

 

 そんなアイズに思う、この感情をシールは知っている。

 

「…………なにを、馬鹿な」

 

 そしてシールは自嘲する。

 半ばそれを認めながらも、未だにシールはアイズに対する矛盾した感情を肯定しきれなかった。

 

「どうせ、戦うことしかできない」

 

 もしその先があるのだとしても、刃を交えない限りその道が開くことなどない。夢想にも似た未来を想像しようとして、結局それができないシールは頭を振ってその考えをかき消した。

 

「で、そいつはいったいなんなんだ?」

「……私を模して作られた模造品です。もっとも、あちらの模造品とは少々違うようですが」

 

 あちらの模造品、というのは当然アイズが妹にしているラウラのことを指す。言葉は悪いが、ラウラがシールの劣化量産型なら、この少女はシールのコピーそのものだ。もっとも、奇跡のような結果であり、そこまでに多くの犠牲を生み出したシールのコピーは簡単ではない。事実、この少女のヴォーダン・オージェはシールはおろか、プロトタイプのアイズにも及ばないし、片目だけとはいえ、正規の瞳を発現させたラウラにも劣るかもしれない。

 表面上も眼球部の異常が見られるなど、明らかに“失敗”と呼ばれるものだ。しかし、そんな少女にあそこまでの装備と役割を与えたことから、この少女を作った組織にとっての最高傑作であったことは間違いない。

 

 

(……しかし、ヴォーダン・オージェの移植……いや、おそらくははじめから付与させての生産、ですか。それが可能となっているなら、少々、いや、かなり不愉快な事態になりそうですね。出来損ないの消耗品など見ていて気分のいいものではない)

 

 

 現状では、この少女程度では使い捨てくらいしかできないだろう。ならばそれを前提として作り出されることも考えられる。

 

 

(プレジデントが皆殺しにしろと言った意味がよくわかります。不快ですね)

 

 

 自分自身の存在に似たものを使い捨てとして生み出そうとする輩を、どうあっても好意的には見られない。未だ自身の存在価値が確固としたものとして認識できなくても、それでも世界最高峰の存在として生み出されたことは、矜持であり誇りだ。

 それを汚すような真似は、許せるものではなかった。

 

「もうしばらく、仕事が続きそうです」

「あ?」

「たしかにプレジデントの言うように、委員会も鬱陶しくなってきました。無人機を無作為に拡散させたり暴走気味でしたが、とうとう虎の尾を踏むことまでし始めたようですね」

「あの人の癪に障った、ってか。そりゃご愁傷様だな」

「私の癪にも障りました。少しは先輩を見習って、バカみたいに暴れてみたい気分です」

「十分暴れただろおまえ。……というか私をバカみたいって言ったか? おう?」

「褒めているんですよ。理知的な私には、感情に任せて暴れるなど、とても真似できませんから」

「てめー帰ったらちょっと屋上まで来いや」

「持っていくのは焼きそばパンでいいんでしたっけ?」

「よくわかってんじゃねーか」

「ところで、それは“後輩”の仕事ですか? “パシリ”の仕事ですか?」

「さぁなぁ。くくくっ」

「先輩からの知識は、偏りがありすぎますね」

 

 シールはため息をつき、オータムはケラケラと笑っていた。そのやりとりは以前よりもよほど人間味に溢れるものであった。

 そうして、おおよそ仲が良くなってきたような会話を繰り広げながら次の戦場へと向かう。その向かう先に無慈悲な殲滅と破滅の炎をもたらすために、告死天使は次なる戦場へ飛翔する。

 

 

 そこに躊躇いも迷いもない。

 

 

 告死天使の宣告を拒否できる者は、まだ現れない。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「中枢システムはダメだね。完全に破壊されてる。施設としては死んだも同然だよ、これ」

 

 島の中枢管理区画にあるコンソールを叩いていた束が両手を上げて降参を示した。なにか有用なデータが見つかるかもとサルベージをしていたが、データはすべて消去、さらには物理的に破壊までされている徹底ぶりにさすがの束もお手上げだった。

 

「束さん、無人機は?」

「見事に全部破壊されてる。見た感じ、戦闘してたっぽいけど。もうちょっとスマートにできそうなものだけどな~」

「外はそうでもなかったけど、中はけっこうボロボロですもんね」

 

 外でも多少の戦闘の痕跡があったが、中の施設では炎が蹂躙し、隔壁が潰され、無人機が磔にされているなど、かなり激しい戦いがあったことが見て取れた。しかし、残されていた残骸がほぼ無人機のものだったことから、襲撃者の力量の高さがよくわかる。

 

「誰がここを襲撃したんですか?」

「アイちゃん、それはわかってるんでしょう?」

「…………」

「どうもあいつらの中でもトラブってるらしいね。多方、つながってたIS委員会と揉めたか、な?」

「じゃあ、プラントを潰したことも?」

「亡国機業にとって、もう必要なくなったから………もしくは、ここを潰してまでするほどのなにか目的でもあった? うーん、こういう謀略はイリーナちゃん向きだからな~。イーリスちゃーん、あなたはどう思う~?」

 

 工作員として随伴していたイーリスが束の声に振り向く。この基地施設内においてずっと調査をしていただけあって多少疲れも見えるが、本人はいつものように自然体で作業をこなしている。こうした裏方の仕事を一手に引き受けるイーリスはこうした場所ではなくてはならない存在だった。

 そんなイーリスが少し考えるような素振りを見せながら口を開く。

 

「そうですね、私見ですが……どうもなにかを探していたように見受けられますね」

「探していた?」

「破壊の形跡から、そのような思惑が見て取れます。委員会側の人間ではないでしょう。最後に一斉にガスで殺害していることから、この基地の破壊、殲滅も目的のひとつと思われますが、それはついで、というように感じます」

「新型か新兵器、とか?」

「それをあのマリアベルがわざわざ奪われてやるようには思えないけど。見たところこのプラントも旧式用っぽいし、利用価値がなくなったって思ってそうだけどな」

 

 どちらにしても推測の域を出ないことだ。束は早々に飽きて拾った無人機のパーツを暇つぶしでもするように解体しはじめた。まるで知恵の輪でもするようにどんどんパーツに分解していく束に苦笑しつつ、アイズとラウラが護衛として傍に立つ。ISは解除しているが、二人とも当然AHSシステムを起動させており、ヴォーダン・オージェを発現して周囲を警戒している。この瞳をすり抜けて束に危害を加えることなどそれこそ長距離狙撃くらいしかないだろう。

 もっとも、アイズの直感はそれすら察知してもおかしくないほどに常軌を逸しているが。

 

「あー、でも残ってたデータもあったよ?」

「え? そうなんですか?」

「ま、わざと残したんだろうけど。たぶん、アイちゃんに向けたメッセージだね」

「ボク?」

 

 可愛らしく小首をかかげるアイズ。そんなちょっとした仕草が束やラウラを萌えさせながらアイズは渡された端末に映る映像へと視線を移す。

 それはこのプラントの監視映像記録のようだ。通常ならプラントの稼働を確認する際に用いられる映像記録であるが、アイズの目に映るそれは戦争の光景であった。

 

 そこに映っていたものは、たった二機のISが無数の無人機を蹂躙している光景であった。

 多脚を持つ蜘蛛のようなISが次々と脚部に搭載されたステークで無人機を打ち貫いていく。近接用に改造されているであろうその機体が強行ともいえる突撃で次々に敵機を屠っている。その戦闘スタイルはよく知る戦友の鈴を彷彿とさせるほど荒々しい。

 

 そして、もう一機。アイズにとって忘れられない姿がそこにあった。

 

 白亜の装甲を持つ天使を象った機体が物言わぬ人形を次々と屠っている。それはまさに告死天使による宣告であった。

 翼が羽ばたくたびに無人機がバラバラになっていく。反対にその告死天使は未来を読むかのような攻撃を次々と繰り出して鉄の墓標を作り出していく。

 翼がひときわ大きく稼働し、かつてアイズも受けたことがあるエネルギーを広範囲に放つ光の奔流が放たれる。なすすべもなく呑み込まれた無人機が機体をスパークさせて沈黙する。

 背後から迫る機体すら、相手が先に仕掛けたはずなのに完璧な後の先をとって逆に必殺の一撃を決めている。

 

 こんな真似ができる存在を、アイズは一人しか知らない。

 

「―――…………シール、やっぱり生きていたんだ」

 

 半年前に炎の中で消えて以来、シールの安否確認ができたのはこれが始めてであった。生きているとは思っていたが、こうして大暴れしている姿を見ると今まで気がかりだったことが少しおかしかった。

 

 

 

(―――気がかり、か。やっぱりボク、シールを心配していた、のかな)

 

 

 

 そんな自分の思考の要因を悟って、アイズは複雑そうに顔を歪めてしまう。一度悟ってしまうともう否定できない。アイズは、確かにシールを心配していたのだ。

 それをシールに言えば間違いなく怒るだろうし、アイズ自身も甘すぎると理性では言っている。しかし、それがアイズの本音であったことは否定できない。

 アイズは認めている。シールに仲間意識を持っていることを、もう認めてしまっている。

 しかし、だからといってシールに対する戦意が衰えていないことは流石といえた。シールの健在を知って、アイズの胸にふつふつと熱いものが激ってきている。

 

「姉様、これは……ッ」

「ん?」

 

 ラウラの声に意識を戻したアイズは、記録映像の中に見たことのある姿が映っていることに気付いた。

 

「この機体、あのときの」

「こいつを確保することが、目的だったのでは?」

「たぶん、ね」

 

 映像の中ではIS学園で乱入してきた黒い眼球に金色の瞳を持ったあの少女と戦うシールがいる。攪乱などトリッキーな機能を有していると思しきその機体を、シールは圧倒している。シールには一度見せた手段はほぼ通用しない。攪乱しようとするその少女を嘲笑うかのように、子供扱い同然にあっさりと追い込んでいる。

 少女が意を決して特攻しても、シールは顔色ひとつ変えずにそれらを真っ向から受けきって、そして見惚れるような完璧な斬撃で仕留めていた。小細工など必要ないという皮肉だろうとアイズは思った。あれでシールはなかなか皮肉屋なところがある。

 小賢しい相手に、あえてその土俵で叩き潰したといったところか。

 

 シールがそうやって少女を捕えたところで映像記録は終わろうとしていた。

 だが、その最後にシールは振り返ってアイズを“見た”。記録映像とはいえ、シールと目があったことにアイズはドキリとしてしまう。

 

「シール……」

 

 実際にはカメラを見ているだけなのに、シールもじっとアイズを見つめるようにその目を揺るがせもしない。

 そして、シールがなにかを小さく呟いた。音声まで記録されていないために声はなかったが、それでもその言葉はアイズにはしっかりと届いていた。

 

 

 

 

 

 

 つ ぎ は あ な た で す 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 アイズは無言で映像のシールを見つめていた。

 同じように見ていたラウラもその言葉を察したのだろう。心配そうにアイズに寄り添って手を握り締めた。そんな可愛い妹分を安心させるようにアイズも笑って応えてやる。

 

「大丈夫、ボクは負けないよ」

「姉様……」

「あいつは、ボクが倒す」

 

 なるほど、たしかにこれはアイズへ向けたメッセージだろう。中枢は破壊しているのに、わざわざこんな映像だけを残していることが証拠だ。

 ならば、それに応えよう。アイズは睨むように再び映像のシールを見つめる。

 

 生きていてくれて嬉しい。本当だ。

 

 だから、決着をつけられる。これも本音だ。シールもそれを望んでいる。

 

 

 

 

(それが、ボクとシールの運命。………ボクは、それを喜んで受け入れよう。恋焦がれるように、再び戦う時を待ちわびよう。あなたも、そう思っているんでしょう、……シール)

 

 

 

 

 いずれ、またその時が来る。

 

 それは確かな運命として、二人の魂に刻まれているのだから。

 

 

 

 




これでChapter8は終了となります。

次回からシール主役の亡国機業サイドのエピソードとなります。そんなに長くない予定ですが、最後に出たシールとオータムによるプラント殲滅の詳細やシールの心情について描くつもりです。


なにやら明日は雪がヤバイ模様。皆様、外出にはお気を付けて。

それではまた次回に!


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Chapter9 幻影の告死天使編
Act.84 「Discord」


 暗い。

 

 

 目を開けても、そこがまるで奈落の底であるかのように、光のない地獄の底であるかのように、なんの希望も抱かせない醜悪な存在の巣窟に思えた。おおよそ、命が生まれる場所とは思えない無機質な地下の空間。

 ここが、ゆりかごだった。

 

 

 ……暗い。

 

 

 自分自身、という限りなく近く、そしてそれゆえに認識できない、誰にも呼ばれない彼方に在るかのように、曖昧な意識が茫洋と泳ぐ。果てのない、終わりのない海を漂うように、先の見えない意識の漂流が続く。

 

 

 ――暗いよ。

 

 

 自身を構成するものは、はじめから与えられた知識と、この肉の器だけ。名前も知らない、ただ戦うことだけを覚えてもいないのに知っているという矛盾。それがたまらなく不安定で。不安で。苦しくて。

 

 

 ……暗いんだよ。

 

 

 光の反射で映るガラスから見える自分の顔。おおよそ計算され尽くされたかのような完璧な造形と、それらすら忘れるようなほどの妖艶に輝く金色の瞳。人造の魔眼、魔性の化現。自分の命よりも価値のある、超常の瞳。

 これが自分の価値。命以上の、価値。

 

 

 ―――どこだろう?

 

 

 すべてを見通すこの眼で、言われるがままにすべてを超越し、……そしてまた眼を閉じる。その繰り返し。

 

 

 ―――わたしは、どこだろう? どこに、いるんだろう?

 

 

 いったい、どうすればこの眼は、見たいものを見ることができるのだろう。そんな疑問を抱きながら、ただただ否定し続ける日々。自分自身さえ、肯定できないのに。

 

 

 ―――わたしは、誰なんだろう?

 

 

 なんのために、生み出されたのだろう。戦うため。それなら、なにと戦えばいいのだろう。誰が、わたしの敵なのだろう。この瞳の前に敵なんて、いるわけないのに。はじめから完成されているのに、いったいなにを目的にすればいいのだろう。なにを、目的に生きればいいのだろう。

 

 

 ―――わたしは、なんなのだろう?

 

 

 戦うだけなら機械でいい。殺すだけなら武器さえあればいい。こんな奈落の無機質な空間で飼われているわたしは、なんのために生きているのだろう。

 わたしを作った科学者たちは、そんな機械にもできることをするだけでわたしを賞賛する。わたしの、能力を賞賛する。あいつらにとってわたしのこの瞳が、この力が重要であってわたしの意思は関心すらないのだろう。

 

 

 

 ―――わたしは。

 

 

 

 なら、どうしてわたしに意思を与えたのだろう。虚無感を抱きながら、誰かを、何かを否定することだけを強要されることに、どうしてわたしの意思が必要なのだろう。

 こんなことなら、わたしは生まれなければよかった。ただ、意思のない人形でよかった。

 それなら、こんな虚しさだって感じないのに。

 

 

 

 ―――わたしは、………なんで、心があるのだろう。

 

 

 

 誰か、その意味を教えてほしい。

 わたしは、言われたように魔眼が人の形をしただけの存在なのだろうか。なら、こんな人間みたいに悩むのはなぜなんだ。ツギハギだらけの心だけ与えられて、足りないものが多すぎるわたしの意思は、なにをすれば完成されるんだろう。

 心が欲しい。わたしが、わたしであるための、自分自身を肯定できる定義が欲しい。

 

 もしそんなものがないのだとしたら、わたしは人形でしかないのだろう。

 

 それは、嫌だ。

 

 

 

 ―――だから、誰か。

 

 

 

 わたしを、見つけて。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「っは、ふぅ……」

 

 シールは頭を押さえながら反射的に身を起こした。呼吸が荒い。脈拍も早くなっている。

 身体中が汗でぐっしょりと濡れていた。気持ちの悪い夢、いや、過去に実際にあった出来事を追体験したような悪夢に不愉快になりながら、そっと身体を起こしてのろのろとベッドから這い出した。

 うっとうしそうに汗で湿った銀髪をかきあげ、乱雑に濡れたシャツを脱ぎ捨てる。露になった雪のような白い肌が窓から差し込む月明かりに照らされる。

 

「……ずいぶん懐かしい夢をみたものです」

 

 下着姿のまま窓際まで歩き、ネオンの光が散りばめられた眼下の街を見下ろした。真夜中だというのに、中心街は夜とは切り離されているかのように明るく、はっきりの街の全景を照らしている。

 観光地として急激に発展した一等地に建てられたビルから見下ろす景色はまさに絶景といえるだろう。

 人の営みが作り上げた、夜の繁栄した街の姿。色鮮やかな光で作られた景色は、たしかに綺麗だと思わせるほど鮮烈で輝かしい。

 しかし、その光景はかつて地下深くで生み出された自身の作られた場所を想起させるようで、知らずに眉をしかめていた。

 そんな景色を自身の象徴であり、存在意義のひとつでもある金色の瞳――ヴォーダン・オージェで見通し、やがて鼻を鳴らして視線を逸らした。

 

「世界は変わっても、人は変わらない、か」

 

 新型コアと無人機が世界に拡散し、揺れている現実を目の当たりにしても特になにも感じることはなかった。あるとすれば、どんなに変わっても人は己の優位性を得ようと時には不快で暗い手段ですら平気で及ぶ人間の愚かさだけが妙に納得していた。

 

「罪深いものです。私が言えたことではないのでしょうが」

 

 そんな人間たちの欲望によって生み出されたものが自分なのだ。そんな自分が反旗を翻し、生みの親ともいえる人間すべてを皆殺しにしたのだから自分も同じ穴の狢なのかもしれない。

 しかし、それを後悔したことはない。むしろ自らの意思でできたことを喜んですらいる。だからこそ、今ここにいるのだから。

 

 珍しく自嘲するように笑い、……シールはふと視線を上へと向けた。

 

 まるでこの瞳そのもののような丸く輝く月がシールを照らしている。それは、さながら天がシールを見つめているかのようで。

 シールはただじっとその満月を見つめる。クレーターの形まではっきりわかるほどの瞳力を持ちながら、その威容すべてを捉えきれない雄大さ。そして月が浮かぶ宙は、この魔眼をもってしても見通せないほどの深淵だ。遥かな天に存在するにもかかわらずにまるで奈落のような底知れなさを感じさせるそれは、まさに“未知”の領域だ。

 シールはそれをただ茫洋と見つめるだけだった。

 シールにとって、空は夢を馳せて見上げるものではなく、ただ下を見下ろすための領域でしかない。なにかを見出しているわけじゃない。

 

「……そういえば」

 

 シールの脳裏に、能天気な笑顔を浮かべる少女の姿が浮かび上がる。

 

 アイズ・ファミリア。

 シールを生み出すためのプロトタイプとして使い捨てにされるはずだった少女。そして今、シールの目の前に“敵”として立ちはだかる存在。シールがただ一人、関心を持つ少女。

 幾度となく戦い、そして互いが引き合うように宿命づけられた運命の相手。失敗作の烙印を圧されながら、自身に迫るほどの力を発現させた存在。

 そんなアイズと心を共鳴させたときに垣間見た彼女の心の中には、常にこの宙があった。羨望と渇望と少しの不安、アイズが抱くのはそうした“夢”と称される想いだった。

 見下すシールとは逆に、ずっと見上げているアイズ。

 アイズは、常に宙へと夢を馳せている。それが、シールとアイズの絶対的な違いに思えた。

 

 だからだろうか。シールが復讐にも似た反逆をしたというのに、アイズはただ怒りを覚え続けるだけで実際に行動に移したことはない。シールは、それがただのやせ我慢かと思っていたが、アイズは心の底から恨みを沈静化させている。忘れているわけじゃない、むしろ煮えるような憤怒の感情は今でもくすぶっている。呪詛のようなその憎悪は確かにアイズには存在する。

 

 そして、それを抑えられるほどの何かを、アイズは持っている。それがなんなのか、まだシールにはわからない。そんなものがあるのなら、シールもそれを知りたいとすら思ってしまう。

 

「アイズ、あなたは……、この宙になにを見ているのですか」

 

 羨望する心は伝わっても、それが何故、というところまではわからない。シールにとってアイズが持つ感情は自分が持たないものだ。それを自身が羨んでいることを半ば自覚しながら、シールはアイズという少女のことを思い続けていた。

 アイズをもっと知りたい。アイズがなにを感じ、なにを考えているのか知りたい。アイズという少女は、シールがありえた可能性のひとつの形でもあるのだ。だからシールは気がつけばアイズを知りたいと強く思い始めていた。

 

 それが戦い、倒すという手段と目的であっても、それはもう“恋心”と呼べるものだと、シールはまだ気がついていない。

 

「あなたを倒せば、私は、……」

 

 そこから先の言葉はなかった。言っても意味のないことだから。言えば、迷いになる言葉だから。

 

「どうにも感傷的になりますね……まったく、らしくない」

 

 そしてそのタイミングでベッド脇のサイドテーブルの上に乗せられた通信端末が音を発した。それを手に取ると、着信相手の名前を見て静かに応対する。

 

「シールです」

『おう、オータムだ』

「どうしましたオータム先輩? たしか任務中では?」

『そうなんだがよ、その過程で情報が手に入った。プレジデントが言っていた対象の居場所がわかったぜ』

 

 シールの表情が変わる。それはここ半年、ずっと探していた情報だった。

 

「……! どこです?」

『委員会が占拠したプラントのひとつだ。こっちの衛星監視にひっかかった情報から逆算して、そこに潜伏している可能性が八割…………場所は大西洋の孤島だな。プレジデントからもオーダーが来たぞ、六時間後に強襲しろとのことだ』

「無人機プラント……なら、多数の機体があるはずですが」

『施設ごと破壊しろとさ。対象以外も、な』

「殲滅戦ですか。人員は?」

『おまえと私の二人だ。心配か?』

「余裕です。では二時間後に第二中継点で合流しましょう」

 

 通信を終えるともう一度だけ月を見上げ、しかしすぐに興味をなくしたように視線を逸らし、一度別のどこかへ一方的に連絡をしてからシャワー室へと向かう。

 軽く汗を流してテキパキと私服に着替える。全身白を基調とした服を纏い、最後にやはり真っ白なコートを羽織る。病的なまでの白い肌や銀髪と合わさり、その瞳の色を神秘的に際立たせる。

 シールの住居があるこのビル自体がシールの所有物だ。もともとマリアベルから誕生日プレゼントにもらったものだが、当然管理は他の者に任せ、フロアのいくつかをプライベートで使っているだけだ。

 そうして誰にも咎められることなく屋上のヘリポートまで行くと、すでに待機状態のヘリへと乗り込む。揺れるヘリの中で端末に送られていた詳細情報に目を通しながら、緩んでいた意識を瞬時に戦闘用へと切り替える。

 

 戦うことが、この身に宿る意義。生きる意味はまだわからなくても、生まれた意味は間違いなくそれなのだ。

 

 だが、……とも、思う。

 

 

「……“私は、シール。名前はまだない”………か」

 

 

 ふと、昔言われた言葉を思い出した。

 思えば、それが今の自分を作った言葉だ。しかし、その言葉は滑稽で、笑えない。

 

 シール。それは自身を表す記号だ。それは正しくは名前ではない。それは、自分が自分になるまでの仮のもの。

 アイズもそうだが、ヴォーダン・オージェの発現体として作られたために名前は規格番号とイコールだった。だから軍隊に所属し名前を与えられたラウラはまだ幸せなのだ。

 

 だから名前を与えられるまで、二人は自分自身を定義しきれずにいた。

 

 “アイズ”の由来は、自身を苦しめる呪われた金色の瞳。だが、セシリアによってその瞳からつけられた名前は希望で上書きされた。だからアイズは前向きに望まずに与えられた自身の瞳と向き合っている。

 

 そして“シール”の由来は、シールがシールであるための言葉だった。それはマリアベルからもらった道標だ。もっとも、マリアベルは面白半分だったのだろうが、それは確かに今のシールにとっての希望であった。

 

 つまらないきっかけからもらった名前かもしれない。しかし今ではそれなりに気に入っているし、少なくとも戦う理由を示す名前としてこれ以上のものはない。

 だからシールは、名乗る。戦うために、弱さを、迷いを封印して。

 

 

「シール。それが今の私の名前」

 

 

 生まれたときから持つ自分の弱さを封印(シール)して。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「よくきたわねぇ二人共、もう準備は万全かしら?」

 

 亡国機業が所有する原子力潜水艦に乗り込んだシールとオータムはそこで待ち受けていた人物を見て唖然としてしまった。

 そこにいたのは自分たちの組織のトップ。世界に根を張る犯罪組織を統べる女傑。陽気で気まぐれ、おおよそ犯罪者とは思えない笑顔を振りまく魔性の女性――その名は、マリアベル。

 いつものように妖艶な美女と、無垢な少女を掛け合わせたかのような笑みでシールとオータムを迎え入れた。しかし、そんな機嫌のよさそうな彼女とは逆にシールとオータムはただ困惑して立ち尽くすだけだった。

 

「プレジデント……なにをしているのですか?」

「今回は私も同行します!」

「いや、あの、あなたは最重要人物で……」

「だから?」

「戦闘に連れて行くなんて論外かと、思うんですが……」

「オータム、あなたは私より弱いでしょう?」

「うぐっ……!?」

「それにシール。あなたはちょっと精神的に視野が狭いから、もしかしたらあの子を殺しちゃうかもしれないでしょ?」

「……問題でも?」

「あらやだ、反抗期かしら? でも嬉しいわぁ、人間味が増してきたじゃない、“シール”?」

「……っ。いえ、プレジデントに従います」

「ふふっ」

 

 簡単に言い負かされたことに思うことがないわけではないが、シールは黙して従う。どのみち、マリアベルに口で勝てるとは思っていない。戦闘能力など関係なく、絶対に勝てないと思わせる人物などこの人以外には存在しない。

 

「それにちょっと試験運用もしたかったのよねぇ」

「試験運用?」

「そう。私の機体、そろそろ完成なのよねぇ」

 

 シールとオータムがゾクリと悪寒に身体を震わせた。

 無邪気に笑うマリアベルに反し、マリアベルが技術の集大成をつぎ込んだ機体が恐ろしかった。ただでさえ、マリアベルは天才だ。そしてそこに宿る狂気じみた無邪気さはおぞましいほど純粋だ。そんなマリアベルが作り上げた自分専用の機体。話には聞いていたが、いったいどんな化け物が出てくるのか、想像するだけで恐ろしかった。

 

「まぁ、露払いは任せます。私はあとから適当にやるから、二人に任せることは変わらないわ。それでいいでしょう?」

「なにがいいのかわかりませんが……」

「スコールには言ってるんスか?」

「ああ、それは………あ、ちょっと待って待って」

 

 マリアベルは懐から通信機を取り出すと気軽にポチっとボタンを押す。そして途端に凄まじい大声が鳴り響いた。

 

 

 

『プレジデント! いったいどこにいるんですかッ!?』

 

 

 

 あまりの怒声にシールとオータムもビクゥッと震えて直立不動の姿勢をとってしまう。声の主は亡国機業の経営を実質的に支えているマリアベルの片腕と称される女性、組織においてナンバー2に位置するスコール・ミューゼルであった。

 スコールは普段の落ち着いた声ではなく、苛立ったような声で主であるマリアベルに罵声を浴びせる勢いで叫んでいた。それなりに付き合いも長く、親しいオータムでもこれまで見たことのないスコールの姿に仰天している。

 それほどまでにストレスが溜まっているであろうスコールはマリアベルののほほんとした態度にさらに怒りが怒髪天を突く勢いで増していた。

 

「あらスコール、もうバレちゃった?」

『プレジデント! 手の込んだ工作までしてどこに行ってるんですか!』

「あら、それは逆探できるんだからわかるでしょう?」

『ええ、わかりますとも。シールやオータムと一緒に潜水艦に乗り込んでいることなんてわかっていますとも。まさか、プラントに襲撃をかけるなんて言いませんよね? 新型機を持ち出したこととは関係ないですよね?』

「大正解! すごいわねスコール、そこまでわかってるんだ」

『なにを考えてるんです! あなたは亡国機業のトップなのですよ!? 万が一があったらどうするのです!?』

「王が動かずに下が動くものか! ……昔の人はいいこと言ったわ。それにちょっとプラントひとつを潰すだけよ?」

『そんな雑用はシールとオータムで十分です。あなたの仕事じゃないでしょう』

「仕事? これは趣味よ」

『~~~!!!(声にならない)』

「あら、すごい唸り声よ、スコール。ふふっ」

 

 シールからみても、もうスコールがかわいそうだった。のらりくらりとスコールの怒りを受け流すマリアベルは終始笑っているが、そばで聞いている二人はもう冷や汗しか出てこない。

 しばらく唸っていたスコールは、やがて嵐の前の静けさのような沈黙を産み出し、腹から

響くような低い声で言った。

 

『……シール、オータム。そこにいますね?』

「お、おう」

「……います」

『プレジデントに傷ひとつたりともつけることは許しません。もしなにかあれば………――――ワカッテルナ?』

「ッッッ!!? わ、わかってるぞ!?」

「だ、大丈夫です。問題ありません、命にかえても守ります」

『くれぐれも、くれぐれもしっかり頼みます。…………プレジデント! 終わったらすぐに戻ってもらいますからね?』

「はいはい、しょうがないからお説教でもなんでも受けますよ」

 

 いったいどんな精神構造をしているのか疑問を通り越してもう未知のもののように感じてしまうほどマリアベルはフリーダムだった。これが素なのだからこの人は恐ろしい。

 スコールは最後に大きなため息をして疲れきったように通信をカットした。シールもオータムも内心で合掌したのはもう必然だった。

 

「よし、スコールの許可は出たわ。心配しなくても後ろで適当にやってるから大丈夫よ」

 

 まったく安心する要素はないのだが、頷くしか選択肢がない。もっとも、どうせ拒否権などありはしないのだ。いつもの無茶ぶりに頭を抱えつつも、二人は万が一にもマリアベルに傷がつかないようすべてを完膚無きまでに殲滅することを心に誓った。

 

「私は私の用事を済ませるから、あなたたちは任務に集中しなさい。では……行きましょうか。悪党同士の無益で楽しい戦争に」

 

 それでもマリアベルは、ピクニックに行くような気軽さで笑って告げる。それが、愉快でしかたないというように。

 それに追随するシールとオータムも顔を引きつらせながらマリアベルに続き、潜水艦へと乗り込んでいく。今から三時間は海の底だ。そして目標地点から数百キロもの距離を空け、ステルス装備で飛行していくことになる。プラントの規模から長時間の戦闘となる可能性が高いため、三時間の待機時間はISの入念なチェックが必須となる。

 だが、マリアベルの「お茶にしましょう」という提案に逆らえるはずもなく、シールとオータムは潜水艦内に設けられた場違いなまでの豪華な客室で高価な茶葉の香りを味わうことになる。

 

「心配しなくても、一時間前に私がメンテしてあげるわ。それでいいでしょう?」

 

 わずかに残っていた抵抗もその言葉に霧散する。マリアベル以上のメカニックはこの亡国機業には存在しない。もともとパール・ヴァルキュリアとアラクネ・イオスを作成したのもマリアベルなのだ。彼女が万全な状態にすると言った以上、それは確定だ。そこにあるのは絶対の信用だった。

 

「そうねぇ、せっかくだからもうちょっと改造しようかしら? 二人共倒したい相手がいるみたいだし、リクエストはあるかしら?」

「いえ、そんな恐れ多い……」

「あら、私の提案が聞けないの?」

「もっと頑丈にしてください」

「反応速度をもっとあげてください」

 

 具体的に言えばオータムは鈴の発勁に耐えられるような硬い装甲を。シールは、自身の全力の反応速度に追いつく機体性能を。

 すでにハイスペックな機体の改良はかなり難しいが、マリアベルは「ふむふむ」とわざとらしく考えるポーズを取りながら、やがてにっこり笑って了承した。

 

「ん、なんとかなりそうね。今回の作戦が終わったら本格的に改良してあげる」

「ありがとうございます」

「うちのボスは頼もしいぜ……おっかねぇけど」

「最近は無人機ばっかりいじってたから、ちょっと気分転換したいのよ。無人機はスペックと量産性との両立が条件だけど、専用機は好き勝手に改造できるから楽しいのよね」

「なんかほんと趣味みたいだな」

 

 オータムがふと言ってしまった言葉であったが、それは正しかった。

 

「くすっ」

 

 マリアベルは、本当にそうなのだ。世界征服なんて無益と思えることをする理由の半分は義務だが、もう半分はただの趣味だ。野望なんて大それたものはない。

 どうせやらなきゃいけないのなら、面白おかしくやりたいだけだ。

 

 そのために、多くの人間を不幸にすることも。

 

 妹と敵対することも。

 

 娘と敵対することも。

 

 マリアベルにとって、すべてを取り巻き、すべてを内包するこの世界すらただのスパイスでしかないのだから。それが悪と称されることも理解している。

 それでも止まらない理由は、マリアベルだけしか知らない。いや、もしかしたら本人すら言葉にはできないことなのかもしれない。

 

 それでも明確に、はっきりした意思を持ってマリアベルはいまなお、世界を揺らし続ける。

 

 悪意のない邪悪さに突き動かされながら。

 

 

 

 




亡国機業編の開始です。

形は違えど、アイズはいつのまにかシールも攻略していたようです(笑)
この章はだいたい四話前後くらいになると思います。最近はシールを可愛く描きたいと思ってきているのでもっと彼女のいろんな面を描きたいです。

あとマリアベルさんがフリーダムで書くのが楽しいです。お気楽系なラスボスっていいのかそれ(汗)

ご要望や感想、お待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.85 「Disaster」

 隔壁が力づくで破られると同時に白と黒という対照的な装甲色をした二機が突入した。

 先頭を往くのは八本の凶悪な腕を振るう毒蜘蛛【アラクネ・イオス】。隔壁すら真正面からブチ破る突破力と貫通力を持つ強靭なステークを持ち、絶大な破壊力で敵を圧殺する近接特化タイプ。このアラクネ・イオスが先陣を切り、隔壁や出会い頭の敵性無人機を次々とステークで打ち抜いていく。

 

「はっはぁーッ!! スクラップの時間だオラァー!」

 

 けたたましく鳴る地下施設内のアラートが緊迫感を増していくが、アラクネ・イオスを駆るオータムは楽しそうに下品な笑い声を上げて吶喊していく。

 そのオータムに続くのは純白の機体【パール・ヴァルキュリア】。天使のように白く大きな翼を流動的に稼働させ、鳥のように飛翔している。オータムとは違い、静かに機械のような正確さでオータムが打ち漏らした機体を細剣とチャクラムで切り裂いていく。

 

「…………」

 

 しかし、シールの顔はどこか不満そうだ。それはまるで無人機の相手がつまらない、物足りないと言っているようにも見える。

 実際、無人機程度がシールに手傷を負わせることすら不可能といえるほどの戦力差がある。少なくとも、シールの全周を包囲して一方的に攻撃を加えられる状況にでもならない限り当てることすら難しい。むしろそこまでしてようやく攻撃があたる可能性が生まれる程度でしかないのだ。さらにプログラムされた動きしかしない機械など、ただの的でしかない。

 

「鬱陶しいほどに数だけは多い。それだけですが」

 

 おそらく基地内の無人機が一斉に起動したのだろう。目に見えて無人機の数が増え、オータムの打ち漏らしも増加している。もともと二機だけで殲滅戦を仕掛けるような戦力ではないのだ。一時的にだが数で圧倒されるような形となるのは当然だった。

 

「先輩、私は先にプラント施設を制圧します」

「おう、こっちは予定通りとにかく破壊しまくってるぜ」

「ただの囮ですが」

「せめて陽動と言え」

「……グッドラック」

「スルーすんなてめぇ!」

「前方に二機、側面から三機」

「気づいてるわバァカ!」

 

 どんどん集まってくる無人機はオータムに任せ、シールはパール・ヴァルキュリアの翼を羽ばたかせて制動をかけ、側面へと離脱していく。完全にオータムを囮にしているが気にした素振りも見せずに迂回ルートから基地中枢区を目指す。

 残されたオータムはギラリとした眼光を群がる無人機に向けながら八本の腕を展開、仕込まれたステークを起動させる。

 凶悪な腕を振りかざし、真っ向から敵陣のど真ん中へと吶喊した。その表情は嬉々と笑っていた。

 

「さて、できる先輩だってあいつに教えてやらねぇとなァッ! 喰らいなぁーッッ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ま、オータム先輩でも囮くらいにはなるでしょう。脳筋ですが」

 

 信頼なのか、それとも馬鹿にしているのかわからないことを言いながらシールは最短ルートで中枢区画へと侵入を果たした。大多数の残存機体はオータムへと集まっている。戦力差は比べることすら無意味なほどだが、オータムとて亡国機業で伊達に専用機を与えられているわけではない。

 その実力はシールも認めるところだ。思考が突撃思考の脳筋なのが残念なところであるが、シールもそこそこ本気にならないと難儀するほどの実力がある。もちろん、シールは負けたことなど一切ない。

 なんだかんだ言っているが、シールはオータムに抱く評価は【頼れる先輩】といえる。そのあとに【ただし場合による】という注釈も付くが。

 だがこういう力押しが必要なときは【頼りになる場合】となる。だからシールはオータムをあまり心配していなかった。決して口にはしないが、それは“信頼”といえるかもしれない。

 

「さて……」

 

 だからこそシールは、自分の役目に専念できる。

 マップ上では表記されないダクトへと侵入して、その狭い中を翼を折りたたんで進んでいく。マリアベルからの情報通り、どうやらこの裏道は知られてはいないようだ。プラント内部には技術者用とでもいうべき作業用の裏道が多く存在するが、当然このような道は仕様書には存在していない。

 このプラントの現在の管理者たちは存在すら知らないだろう。作り上げた者とただそれを使っている者の差であった。

 

 そのまま中枢区画へと続く進路をどんどん進んでいき、やがてやや広いエリアへと躍り出る。中枢区画と工場エリアを繋ぎ、無人機を輸出するための輸送口となるエリアだ。当然、そこには多くの無人機が存在している。しかし、未だ未起動状態の機体がほとんどだ。

 幾人かの作業員が動く姿だけが見受けられる。

 そしてシールは、なんの躊躇いもなくそのすべてをまとめて薙ぎ払った。ウイングユニット『スヴァンフヴィート』が攻撃形態へと変化すると、その稼働に合わせて膨大なエネルギーを放出した。そこから放たれた広範囲をまとめて攻撃することができる高出力のエネルギーが波濤となってエリアすべてを覆い、焼き尽くしていく。ISならばまだ耐えられる程度のものだが、生身の人間や未起動状態の無人機などもはや抗う術など存在しない。天使の羽ばたきだけでそれらすべてが終わっていく。

 

 それは、まさに告死天使の裁きであった。

 

「……………」

 

 そんな惨状を作り出したシールはただその結果だけを見据え、何事もなかったかのようにその場から飛び去ってしまう。残されたのは焼け爛れた地獄のような光景だけであった。

 それでもシールは表情すら変えない。彼女の心の内でなんの変化も起きていないのだからそれも当然といえた。

 

「所詮、こんなものですか。しかし……」

 

 未だ、最優先目標である四人目のヴォーダン・オージェを持つ少女は発見できない。彼女の機体が攪乱に特化していると知っている分、かなり念入りに索敵を行っているが、シールのセンサーには反応はない。このプラント内にいる確率は高いはずだが、どこかに隠れているのかもしれない。

 もしくは、――――。

 

「あっちへ行きましたか、ね。まぁ、足止めくらいしてくれるでしょう」

 

 そしてシールは目視で中枢区画のコントロールルームを確認する。護衛と思しき無人機が行く手を阻むが、スピードを緩めることなく突撃。先頭の機体の懐へと入り込むとそのまま盾として利用して敵陣中央へと押し込んでいく。パール・ヴァルキュリアの象徴である白く巨大な翼から生み出される推進力はISサイズに不相応なほどの力を与えている。

 そして敵集団との距離を詰めると同時にゼロ距離からある武装を開放する。

 

 ズドン、ズドン! という重い破裂音が連続して響き、盾とされていた機体をなにかが貫通して至近距離から無人機の群れへと襲いかかった。

 数十センチほどしかない小型のビットの群れであった。そのひとつひとつが軽々と装甲を破り、内部構造を根こそぎ蹂躙して破壊していく。

 それはまるで肉食虫が獲物に群がって食い荒らすかのようであった。破壊した獲物には目もくれず、次々と複数で襲いかかる小型ビットを至近距離から回避することなど不可能だ。反則とも思える武装である群体式BT兵器『ランドグリーズル』――通称レギオン・ビットの猛攻になすすべもなく無人機がスクラップにされていった。

 この武装を使ったシールに接近戦を挑めるような手練はシールの知る限りはアイズしか存在しない。しかしその一方、アイズがヴォーダン・オージェの能力をフル活用してようやく、という注釈が付くほどにはえげつない武装であることには違いない。

 群体とする分、ブルーティアーズやレッドティアーズの持つBT兵器とは大きく異なるが、カテゴリとしてはこれの亜種に分類される。複数を同時操作するのではなく、ビットの散開と密集具合を存在密度として換算し分布操作する特殊兵装だ。この小型ビットひとつひとつにバリア貫通効果と徹甲作用があるため、一度でも直撃を受ければ問答無用で廃棄処分確定となるほどのダメージを受けることになる。

 

 そうしてあっさりと無人機をバラバラにしてシールはコントロールルームへと突っ込んだ。

 隔壁を破り、中にいた何人かの人間をその衝撃で吹っ飛ばす。中にいた震えながらも銃を向けてくる人間を視線だけで硬直させると、切っ先を向けて宣告する。

 

「抵抗は無意味です。降伏してください。……これは命令です」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ん?」

 

 乱戦の中でオータムは妙な反応を感知した。通常センサーではなく、マリアベルが搭載した追加装備である高性能のハイパーセンサーの増強システムだ。これが反応するということはとある機体が存在することを意味している。

 この追加センサーが検知するのは、【ステルス機】だ。レーダーから機影を隠すステルス機であるが、複合、重複波を利用した特殊波を利用することで逆にこのステルス機を発見することができる。マリアベルからは試験装備なので信頼度はそこそこ、と言われていたがこれを無視など愚行だった。

 このシステムが反応するところの意味を理解しているオータムは凶悪な笑みを浮かべて振り返る。

 

「……こっちにきたかよ、クソガキがぁっ!」

 

 振り向きざまにアラクネ・イオスの腕の一本を背面に向けて放つ。凶悪なステークが虚空に向かって放たれたかに見えたが、それはなにかにかすって火花を散らした。同時に装甲をわずかに抉る感触を感じながらオータムは舌打ちした。

 

「ちっ、直撃しなかったか……運のいいやつ」

 

 しかし、それでも十分だ。かすめたとはいえ、貫通力の絶大なステークの一撃だ。剥がれた装甲箇所から迷彩効果が解除され、空間にノイズが走ったように歪み、一機の姿がオータムの目の前に現れる。

 左右非対称のアンバランスなデザイン、まるで道化師のようなトリッキーな機体。オータムは報告と映像記録だけでしか知らないが、間違いない。最優先捕獲目標だ。

 

「探したぜぇ? さぁ、降伏を……する気はないってか」

 

 仮面越しに、相手が戦意を滾らせていることを悟ったオータムは下品な笑い声を上げてそれを歓迎する。もともと荒事のほうが好みだ。好戦的な性格に後押しされ、捕獲前に動けなくなる程度までには痛目つけてやろうと決める。

 

「ウチのきかん坊が戦いたがってたみたいだが……まぁ、しょうがねぇよな。オラ、来いよ! ……ってうおう!?」

 

 突如として統制され、隙のない連携攻撃を仕掛けてきた無人機にオータムが驚愕するが、すぐに思い出す。この目標の少女の能力は攪乱の他に無人機の統制がある可能性が高いという報告もあったことを忘れていた。

 回避コースを潰された上で放たれたビームの集中砲火を、アラクネ・イオスの腕三本と引き換えに防御して耐える。意識を切り替えたオータムが無駄口をやめて戦闘に集中する。

 少女はステルスによる奇襲を諦めたのか、後衛に陣取って無人機の統制を行っている。当然、彼女の周囲は無人機で守備を固めてある。

 面倒な展開になったことに苛立ちながらも、連携のわずかな隙を突いて一機ずつ確実に破壊していく。激しい乱戦から、一転して我慢比べの消耗戦へと発展する。

 

 オータムの性格的にこんな戦い方は趣味ではないが、任務達成のための最善と判断すればこそ戦意を衰えさせずに拳を振るえる。四方八方から襲いかかってくる無人機たちを残った五本の腕で迎撃する。

 

 

 

―――ちっ、ステークは当たったが、毒までは浸透していねぇか。

 

 

 

 アラクネ・イオスのステークに仕込まれた腐食剤は装甲を腐らせ、内部構造を破壊してOSにエラーを生じさせる侵食効果を持つ。このISが毒蜘蛛、と称される所以だ。この毒に侵食された機体は著しく性能を劣化させる。防御力、そして操作性と機動性を半減させる効果は恐ろしいものだ。

 それゆえにこの毒の一撃を何度も直撃しながらオータムを下した凰鈴音が例外なのだ。鈴の甲龍を超える耐久度を持つISはそうはいない。他のISならば一撃でも与えればそれで終わるほどの武装だ。

 もっとも、それは直撃してこそ意味のある攻撃だ。かすった程度ではまだ成果は望めない。

 

「まぁもともと期待はしちゃいないけどよォ!」

 

 いくら統制しているとはいえ、これらの無人機のスペックは重々に承知している。もともと亡国機業で開発、使用していたタイプだ。特にこれといってカスタマイズされている様子もない。冷静に判断しても時間をかければオータム単機で殲滅も可能だ。問題はあの指揮官機の能力と、ここが敵地だという不安要素だろう。

 だが、おそらくそのリスクはほぼ無視して構わないだろう。このプラントのコントロールはシールが掌握する頃だろう。このプラントに自爆システムがないことは確認済だ。ならば今目の前の脅威にのみ対処すればいい。こちらの戦力は自身の他にたったの二機だが、この二機は亡国機業において“反則”と呼べる存在だ。

 

 不安はある。だが不満は、ない。ここは、戦場として上出来だ。

 

「それに比べて、おまえは甘ぇよ!」

 

 この少女は甘い。いや、経験が不足しているというべきだろう。この場で選ぶべき戦術は長期戦ではなく短期決戦。時間が経てば有利になるという判断は見通しが甘すぎる。

 最善はオータムを抑える最小限の数で足止めをして中枢エリアの制圧に向かったシールを先に撃破するべきなのだ。

 脳筋などと揶揄されるオータムでさえ、目の前の少女の実力不足がわかる。

 このままいけば任務達成はできるだろう。反面、オータムの危険が高くなるが、これくらいのリスクは織り込み済みだ。ある程度のダメージは受けるだろうが、それくらいは――――。

 

 

 

「あらあら、ダメよオータム。あなたも黙ってれば美人なんだから、そんなキズモノになったらもったいないわ」

「うぇえッ!?」

 

 

 

 いきなりかけられた声に素っ頓狂な声を上げてしまう。

 なんで来た、という疑問を口にする前に乱入してきた一機のISがオータムの周囲にいた無人機を蹂躙した。飛来してきた複数のブレードのようなものが正確に無人機の胴体部を貫いて爆散させる。それがビットだと気付いたときにはすでにビットブレードは凄まじい疾さで空間内を疾走し、本機へと帰還する。

 全身にブレードが接続され、鋭角的なフォルムを見せるも、その姿は無機質なものではなく、むしろ有機的な印象を見る者に与えている。それはまさに咲き誇る花弁を思わせる。

 だが、その装甲色はまるでネガを反転させたような暗鬱とした輝きを放っており、それがいっそう見る者に相反する感情を呼び起こさせるようで――。

 

「ふむ、ブレードビットの反応もまぁまぁかしら?」

「なにやってんすか!? 露払いはこっちに任せるって……!」

「てへぺろ」

「歳考えてくださいよ!」

 

 作戦前の約束事など忘れたというようにやってきたマリアベルに一応の抗議をするが、もちろん相手にされるわけもない。むしろ窮地を救ってもらった手前強く言えたものじゃない。

 

「まぁいいじゃない。せっかくうるさいスコールがいないんだもの。私だって少しくらい遊びたいわ」

「いやだからって怒られるのはこっち……」

「それより周りがうるさいわねぇ」

 

 茶番のようなやりとりを無視するように再び無人機が包囲してくる。オータムがすぐさま戦闘態勢を取るが、マリアベルがフッと笑って前へと出る。そしてまるで祈りでも捧げるかのように両手を胸の前へと掲げると――。

 

 

 

「――――頭が高い」

 

 

 

 ――パチン、と両の掌を合わせる。

 

 その合掌が合図だったかのように、二人を囲っていた無人機が圧壊した。まるで空間そのものに食われるように、唐突にその身を散らせていった。

 オータムが唖然とした顔でそんな光景を見つめ、さらに仮面越しでもわかるほど、少女の驚愕も伝わってくる。いったいなにが起きたのかすらわからない。

 そんな二人などお構いなしにマリアベルは機体チェックをやっている。

 

「むむ、これはまだ改良の余地アリかな。まぁ試験運用としては上出来でしょう。オータム」

「………へ? あっ、はい」

「もういいわ。あの子はシールに任せて、あなたは残りの無人機を掃討しなさい」

 

 その言葉が合図であったように、再び一機のISが戦闘区域へ突入してくる。マリアベルの纏っていたネガ色の機体とは対称的に、汚れのない純白の装甲。美しく、力強い翼を羽ばたかせて飛翔してきたパール・ヴァルキュリアを駆るシールが、他の機体には目もくれずに捕獲目標の少女へと一直線に突撃する。

 

「ッ!?」

「遅い」

 

 少女が気づいたときにはすでに攻撃の予備動作が終了していた。右手に持った細剣で撫でるように一閃。狙いすましたそのひと振りが頭部の仮面を切り裂き、中にあった未だ幼い顔立ちをした素顔を晒させる。

 これに怒ったのか、激しい憤怒の色を見せながら割れた仮面からシールを睨みつけてくる。その射殺すような視線すらあっさりと受け流して、シールは冷徹な金色の輝きを纏わせた視線を返す。

 黒い眼球に浮かぶシールと似た金色の瞳が合わさる。

 

 しかし、同じような瞳でも、シールは好敵手と認め合うアイズとそうしたときとは違い、心底不快そうに目を細める。自らを模した出来損ない。目の前にいる相手に向けるのは、そんな不愉快な感情だった。

 

 

「――――探しましたよ。贋作(フェイク)程度が、ずいぶん手間をかけさせてくれましたね」

「――ッッ!!」

「図星を言われて怒りましたか。不相応な感情ですね」

 

 

 無言を貫いているが、シールには目の前の少女の感情の起伏が手に取るようにわかる。怒り、動揺、そして焦り。なにかを否定したくて仕方がないという感情が強く見える。それはまさに子供の癇癪にも似ていた。

 そんな反応を見据えながら、シールはなおも少女を挑発する。

 

「出来損ないの分際で、私の前に立つのですか?」

「――っ」

「私に挑みますか。私を倒せると、そう思っているのですか?」

「…………」

「あなたには無理です。ですが、やってみますか?」

「……!」

「いいでしょう。――――力の差を、教えてあげましょう」

 

 少女が目つきを変えてシールへと挑む。

 黒い眼球に浮かぶ金色の瞳がシールを映し、そしてシールの瞳もまた少女を映す。瞳に入ったものを解析する同型の魔眼。その恩恵を受け、二人の思考速度がクロックアップする。

 細剣とチャクラムを構えるシールに対し、少女は両手にナイフを構える。明らかにリーチで劣る武装だが、次の瞬間には少女のISが空間へと溶けるようにその姿をくらませる。その機能から推測するに、あのISは攪乱装備を活かした一撃離脱型だろう。もちろん、無人機の統制という機能も有することから集団戦向きの機体であろうが、単体の特徴としてはそれで間違いないはずだ。

 高性能なステルス性能を前面に出しての不意をつく奇襲タイプ。同じ奇襲タイプであるアイズと違い、機体性能ありきの戦術だ。

 アイズは奇襲タイプには本来有り得ない正面から相手の裏をつくという正攻法と搦手を両立させるトリッキータイプだ。機体性能だけでなく、アイズ自身の直感やヴォーダン・オージェもすべて利用しての戦い方だ。なにかひとつを潰しても他で代用し即座に戦う術を編み出してくる。アイズが何年も濃密な経験と試行錯誤を重ねてきたがゆえの力だろう。だからシールと並ぶほどの力を見せるのだ。

 

 そしてそんなアイズを知っているからこそ、認めているからこそ、目の前で挑んでくる存在が哀れに思えて仕方がない。

 

「………拍子抜けです」

 

 ただ機体性能に頼った戦い。せっかくのヴォーダン・オージェも満足に使えてすらいない。広い視野が活かされていない。思考速度が遅い。戦術眼が甘すぎる。そしてなによりも対ヴォーダン・オージェ戦をまったく考慮されていない。

 一度相対したのだからなにかしらの対策くらい立てているのかと思えば、愚かしいまでに無策。経験不足を鑑みても、心構えが甘すぎる。

 

 シールの眼がぎょろりと虚空に向けられる。そこにはなにもない、なにもないはずの空間。しかし、一度このステルス能力を体験しているシールに同じ手は通用しない。シールの眼には、この程度の能力はもはや通用しない。

 

「ヴォーダン・オージェ。曲がりなりにも魔眼とも称されるこの眼をもっていながら、………舐めすぎです」

 

 左腕に装備されているチャクラムシールドを起動。円形のチャクラムが展開し、急速に回転を増していく。そのまま腕を振るい、ワイヤーで繋がれたチャクラムを投擲。激しく回転する刃が放たれた虚空へと向かい、そこに潜んでいたものを無理矢理に引きずり出した。

 ガギン、と金属音を響かせ、空間が割るように突如として奇抜なデザインのISが姿を現した。そのISを纏った少女は、顔を驚愕に染めてシールを見返している。

 

「な、なぜ…………!」

 

 始めて少女が声を上げた。それは思わず言ってしまった、というようだった。それほどまでに信じられなかったのだろう。

 はじめにオータムに反応されたときと違い、全ての能力を駆使した全力での陰行だったのだ。音すらないのだ。理論上、見つけ出すことなどできないと思っていた能力があっさりと破られたのだ。そのショックは思った以上に少女を追い詰めていた。

 

「あなたの回避パターンと行動予測の時点で六割程度の確率で判断可能です。……そしてあなたのそれは空間移動するわけではない。ならば物体移動で発生する空気の流れは絶対に起きる。私はそれを“視た”のです」

「そ、んなこと……!」

「あなたには見えない。私には“視える”。それがあなたと私の差です」

 

 すべてを見通す魔性の瞳。それがヴォーダン・オージェ。視界で起きるものなら、その全てを余さず捉え、すべてを暴く。それが真の力なのだ。

 

「くっ………!」

「どうしました? まだ戦いは終わっていません。さぁ、もっと挑んでください」

 

 シールはさらに少女を挑発する。この程度ではダメだ。本当の力を、この眼を宿すことを意味を、真価を、そのすべてを教えなければならない。

 

 

 

「さぁ、目を開きなさい。その贋作の瞳で、本物の魔眼を知れ――――!!」

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。更新に少し間が空きましたが、また今年もがんばっていきたいと思います。

シールのチートさが発揮される章ですね、あと二話ほどの予定です。

今年で完結まで行けるかわかりませんが、精一杯やっていきたいと思います。皆様に面白いと思っていただけるようにがんばりたいです。


それでは、今年も「双星の雫」にお付き合いいただけたら幸いです。

要望や感想お待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.86 「Distortion」

 天使の如き威容で持って目の前に立ちふさがる存在は、彼女にとって神でもあり悪魔でもあった。

 

 ヴォーダン・オージェの完全適合体。人造の魔眼に合わせて生み出された超常の存在。それがシールという白い少女だった。完璧な造形と完全な能力を与えられた、人が作った最上のカタチ。

 

 彼女は完璧だった。

 

 通常ならば宿主の命を糧としても足りないほどの力を与えるヴォーダン・オージェを制御し、尋常ならざる人外の境地に至り、すべてを見通す。その魔眼に合わせて造られたそれは細身に見える体躯に反して強靭であり、筋繊維、神経、あらゆるスペックが細胞レベルで段違いだ。その人外の能力を示すようにその容姿も人外であり、病的にも見える雪のように白い肌、ミリ単位で計ったような完璧な造形、そして銀色に輝く髪はまるで彼女が女神か天使かとも思わせる。

 存在自体が芸術とも称された魔性の美貌が、その金色に輝く瞳を冷たく輝かせて自身の出来損ないの瞳へと向けられている。

 

 怒りや焦り、混沌とするほど様々な感情が渦巻く心中で、しかしそこから表に出てきた言葉は少女の最も純粋なシールへ抱く思いだった。

 

 

 

 

 

「―――――綺麗、……」

 

 

 

 

 その言葉に我に返った少女はハッとなって口を噤む。いったいなにを口走っているのか、自身の不抜けた精神を叱咤しつつ誤魔化すように虚勢だけの睨みをぶつける。

 しかし、それすら見抜いているようなシールの冷淡な視線は揺ぎもしない。

 

「あなたは私のコピーだそうですね」

「ッ!」

「ここのデータバンクを少し洗いました。私の完全なクローンの作成を目的とした研究がされていたようですね。その最後の一体があなた、ですね」

 

 少女がギリリと歯を鳴らす。それは紛れもない事実だった。

 奇跡のような存在である超常の存在、シールの完全模倣を目的としたコピー。量産目的とした一定水準の劣化コピーとされるラウラと違い、シールの能力全てを再現することを目的としたクローン。現在のIS委員会、つまり反マリアベル派が秘密裏にシールのデータを流用して作り出そうとした天使の再現。マリアベルの手駒でも切り札であるシールに対抗して生み出された抑止力となるはずだった存在。

 ――――そう、“だった”。

 

「もっとも………私には到底及ばない、失敗作。……贋作しか作れなかったようですが。そんな偽物なのに、私に並べると思っていたのですか?」

「偽物と、言うな」

「その虚勢すら哀れみを覚えますね」

「偽物じゃ、ない。偽物と言うなァッ!!」

「吠えるな、贋作(フェイク)。自身が本物だと言い張るのなら―――」

 

 シールの眼は変わらず冷たい光を宿しているが、表情はどこか苦笑しているようだった。それはまるで挑戦してくる少女を微笑ましく見ているようにも見える。

 

「私を倒してみせることですね。あなたが本物になりたいというのなら、この私を超えるしかないのですから」

「う、うぅぅぅ、ぁぁぁああああああ――――ッッ!!!」

 

 少女が悲鳴のような絶叫を上げてシールへと挑んでいく。そんな少女をまっすぐに見据えながら、シールはなんの容赦も手加減もなく少女を迎え撃った。

 

「遅い」

「がっ……!?」

 

 その場から動くことなく、ただ剣で一閃しただけ。そのひと振りが少女のガラ空きの胴体部を撫で斬りにする。もっとも効果的な部位へ容赦なく刃を突き立てるシールを、少女が苦しそうにしながらも睨みつける。冷たいシールの眼とは真逆のような激しいマグマのような感情を込める少女の視線に、シールはわずかに眉を寄せる。

 感情を顕にする。ただそれだけの行為が、シールにはひどく関心をそそられるものに感じられた。感情的に戦う姿はどこかアイズを思わせるが、少女のそれはアイズに比べて幼く、子供の癇癪のように感じられた。

 

 まるで、なにかを否定したいように。なにかを、認めたくないように。

 

 アイズが自身の意思を肯定することを力としているのに対し、少女はなにかを否定することにこだわっている。シールは漠然とだがそう感じた。

 本来ならだからどうした、で終わることだった。しかし、シールはふとそんな少女に興味を抱いた。出来損ないとはいえ、同じヴォーダン・オージェを宿した存在。そんな少女が、いったいなにを望み、なにを願い、なにを拒んでいるのか。そこに興味を持ったのだ。

 

 シールは、自身に足りないと思っているものを、おぼろげながらも気付いている。それはシールにはなく、アイズが強く、そして大切に抱いているもの。

 それが、この少女にもあるのかもしれない。だから、シールはそれを知りたいと思った。

 

「…………あなたも、持っているのですか?」

「……?」

「運命に抗うほどの、なにかを」

 

 するとシールは徐に手を伸ばし、少女の首を強引に掴む。苦しそうに顔を歪めながらも大した抵抗すらできずに少女はシールの眼前へと引き寄せられた。

 至近距離から顔を合わせられた少女が恐怖に顔を歪ませる。しかし、その眼はやはり怒りの色を浮かべたままシールから視線を逸らさない。最後の抵抗とばかりにさらに強く睨む少女に対し、シールは始めて無表情を解いた。やんちゃをする子供をたしなめるように、苦笑してみせたシールはその後、わずかに眼を閉じる。

 

 そして―――――。

 

「が、ぐぅぅッ……!?」

 

 シールが目を見開くと同時にヴォーダン・オージェの適合率を跳ね上げる。満月のように浮かぶ金色の瞳が少女を射抜く。魔性としか表現できないその瞳の輝きに少女が気圧されるが、しかし眼を逸らすことさえ許されなかった。まるで金縛りにあったかのように身体が硬直する。目線すら動かすことができないという体験に混乱するが、そのすべてがシールに“見られている”からだと気付く。

 ただ視認するだけで相手を行動不能に陥れる。曲りなりにも少女が同じヴォーダン・オージェを宿していたことによって強制的に引き起こされた共鳴現象による侵食であった。

 互いのヴォーダン・オージェのナノマシンを共鳴させることで精神を繋げるという、同じ魔眼を持つ者同士しか発現しない超常現象。眼と脳をナノマシンで改造された発現者だからこそ起きる精神の同調。かつてアイズとラウラ、そしてアイズとシールが心をつなげたものと同じ現象を、シールはその絶対的な力で強制的に引き起こす。

 同じ眼でも完全に少女の上位互換といえるシールの完成系の魔眼により、抵抗することもできずに少女の精神と身体がシールに捕らえられる。本来なら不可能であるはずの領域にまで無理矢理に活性化された少女の眼と脳が悲鳴を上げるが、おかまいなしにシールはどんどん同調を強めて行く。

 

「さぁ、あなたの心を見せてください」

「あ、ああ……、あああ……ッ!!」

 

 視界に映る世界が、意識が反転する。目に映る景色は意味を無くしていく中、少女の目の前に浮かぶ金色の瞳の輝きだけがまるで誘蛾灯のように少女の精神を誘っていく。

 

 

 

「意識の海の底へ、落ちなさい――――」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 落ちる、落ちていく。

 

 水の底に、海の底に。ジェットコースターのようにどんどん落下していく意識を、かろうじてつなぎとめる。

 まるで空に落ちていくような矛盾した浮遊感。上下の概念が意味をなくし、重力から解き放たれたような開放感が意識を支配する。しかし、そこはどこでもない、自意識の内側――。

 本来なら目を向けることさえできない、。意識の底の底、無意識にまで及ぶ記憶の溜まり場。自身の精神を構成する有機的で、それでいて幾何学的な形容し難い心の庭園。

 

 初めて体験する共鳴による精神世界に、少女は混乱しながらも不思議と冷静さを保っていた。

 

「ここは、……」

 

「私たち、ヴォーダン・オージェを宿した者は、デザインされた共通項があります」

 

 少女の精神世界に、他の声が響く。いつの間にいたのか、少女の世界に一人の招かれざる客人の姿が浮かび上がっていた。確認するまでもない、少女にとって完成された存在であるシールだ。

 驚く少女に構わずにシールはまるで生徒に講義でもするように語り続けている。

 

「私たちは皆、この眼と脳をナノマシンに侵された人間です。先天的か、後天的かの違いこそあれど、この頭蓋の中身はすでに純粋なものではありません。養殖とも言えない造形物です」

 

 シールは手を拳銃に見立てるように形作りながら側頭部に指を突きつける。

 

「私とあなたは先天的、あとの二人は後天的といえるかもしれませんね」

 

 シールも、そして少女もはじめからヴォーダン・オージェに適合するように造られた存在だ。だから生まれた時から、いや、生まれる前からすでに人の手が加えられている。

 対してアイズは後天的に人体改造されたケースで、ラウラもはじめはクローニングによる身体強化こそあれど、クローン体に移植するケースのために同じく後天的な例といえるだろう。

 

「そして、眼を合わせることで互いの脳の中身を覗き見ることができます。これが共鳴現象と呼ばれるものです」

 

 アイズは「心が繋がる」などのもう少しメルヘンな言い方をするが、共鳴する仕組みはまさにそのとおりだ。重点的に強化された瞳による視界を介することで、目を合わせることで同じヴォーダン・オージェを持った相手の眼を通して頭の中にまで解析が及ぶ。同系統のナノマシンであることと、それが脳にまで深く根を張っていることによる現象だ。

 ただでさえ、ある程度活性化した状態ならば距離が近いだけでナノマシンが共振するように反応するほど鋭敏な共鳴を見せる。直接見合うことで内面にまで深く侵食することができる。深淵を覗き込むように、互いが互いの意識の底を映し合うのだ。

 

「で、でも……!」

 

 しかし、その説明でもまだ理解ができない。

 なぜなら、少女にはシールの内面がまったく見えないからだ。自身の内面が見透かされていることは苛立たしく、そして恐ろしいが、ならシールはなぜ一方的に少女を見ているのか。

 

「純粋な性能差ですよ」

「っ!」

「私の眼とあなたの眼ではその力は雲泥の差です。私のほうから一方的にあなたの眼と頭に接続しているんですよ。だからあなたからは私は見えない。それだけです」

 

 別の言い方をすればヴォーダン・オージェの性能差がそのまま共鳴における優位性に繋がる。近い性能を持つアイズでは相互に感情を映し合うほどに共鳴していたが、シールとこの少女ではシールが一方的に少女の中身を見分する程一方的となる。共鳴したこともシールが無理矢理少女の意識を引き上げた結果だ。もちろん、シールが自身の内側を見せようと思えばそれは少女にも伝わるだろう。しかし、シールは自分の心を見せるつもりは全くなかった。

 

 少女の表情が曇る。こんなところでも、その力の差が浮き彫りになってくる。

 

「さて、では見せてもらいますよ。…………あなたのルーツを」

「……っ、あ、あう……うう!」

「その心を晒しなさい」

 

 その言葉は天使の裁定か。

 拒否などできない圧倒的な力に、少女の奥底に眠る記憶が呼び起こされる。それは、まるで映画館でスクリーンに撮された映像を見るかのように、客観的に映し出される少女の記憶を見つめていく。

 そして世界が変わる。

 

 世界は暗く、機械に囲まれた実験施設へと変化する。巨大な水槽の中で培養される人のカタチをした命が生まれ、そして消えていく。人道など欠片もない、ただ命を消耗品と見て、産み出し、破棄する。そんな常人が見れば狂うような光景がそこにあった。

 ここが少女のゆりかご。少女が生まれ、はじめて見た世界の景色。

 

「…………」

 

 ただの射影機となったように、呆然としながら記憶を映し出す少女を一瞥しつつも、シールは表情を変えない。なぜなら、このような光景はシールにとっても馴染み深いものだったから。

 そしておそらくはアイズもそうだろう。ラウラも程度こそ違えど、このような場所で生み出されたはずだ。この眼を持つ者は皆、地獄よりも冷たく、無慈悲な場所を知っているのだ。

 

 

『やはりこれも失敗ですか』

 

『眼球が負荷に耐えられないようです』

 

『これではヴォーダン・オージェの性能を発揮しきれません』

 

『破棄しますか?』

 

『来月までに結果を出せと言われている。とりあえずこれを提出するしかあるまい。多少の無理は構わん。ギリギリまでナノマシンを注入しろ』

 

『ひ、うぐっ、ああ……!』

 

 

 痛い、怖いと叫ぶ少女に容赦なく悪魔の爪は振り下ろされる。どうなってもとりあえず生きていればよいというほどまでに情けもなく改造される少女は、幸か不幸か死神の手からすり抜けて生き抜いていく。

 しかし、それは苦痛が延々と続くことを意味していた。次第に過負荷により眼球は黒くなり、ロクに制御できない瞳だけが命の価値と同義となった。

 散々に失敗作だと罵倒していた創造主たちであるが、少女こそが唯一生き残った成功例として生き延びることになる。技術的な限界と判断され、少女がシールを超えるよう別方面からアプロープを行っていく。ヴォーダン・オージェすら攪乱し、無数の無人機を統制するISを与えられ過酷な戦闘訓練を施される。

 

 シールを超えなければ生まれた意味はない。シールに負ければ、ただの失敗作の贋作として終わるだけ。

 

 そんな強迫観念を植えつけられ、ただ自身の価値を証明したくてあがき続ける。シールを倒すこと、いや……自身がシールと同価値だと証明することが、生きる目的。

 自分自身が偽物でないと証明したいから。偽物ではない、自分こそが本物になるのだと、自分の出生を、運命を否定したいから。

 

 だから、本物になりたい。

 

 本物である、シールと並び、超えることで―――――――「くだらない」―――!?!

 

 

 少女の意識にシールが介入する。嘲笑を込めた声で、躊躇なく少女の心に刃を突き立てる。

 

「あなたでは無理です」

 

 ただ事実だけを述べていく。それが真理だというように。

 

「あなたは、私にはなれない。私を超えることなど、誰にもできない」

 

 そして、それが真実だと理解させるほどの力量を見せつける。否定すらさせないように。

 

「生まれた意味に縛られるあなたでは、アイズにも及ばない。それどころか、あの模造品にも劣る」

 

 それは出来損ないの烙印と同じだった。恐怖と怒りで震える声を搾り出す。

 

「なら、どうすればよかったの……!」

「ふむ?」

「私は、あなたに、あなたにならなきゃ、生まれた価値すらない、のに、あなたになれないなら、勝てないなら、いったい私はなんなの……! どうすればよかったの! 私は、ただ私になりたかったのに、私は、どこにいるの……!? どうして、私は、……名前すらもらえずに、あなたに、あなたの……!」

 

 支離滅裂になりながらも、それは少女の本音だった。悲痛な声となって紡がれるその言葉は悲鳴であり、呪詛でもあった。運命を否定したくて、それができずにただ翻弄されるその少女の慟哭を、やはりシールは顔色ひとつかえずに見据えている。

 

「…………アイズ・ファミリア」

「……!?」

「彼女を知っていますね? おそらく、あなたと最も近い境遇にいた存在です」

 

 命が消耗品として扱われ、奇跡的に生き延びた存在。それがアイズだ。言うなれば、この少女はシールという存在の模倣であり、アイズという悲劇の再現だ。

 

「私は一度アイズと共鳴したからわかります。あなたは、彼女の境遇によく似ている。それなのに、今のあなたと彼女ではまったく違う。あなたは泣き、アイズは笑っている。どうしてこうも変わるのか、少しは興味がありますね」

「…………」

「まぁ、その理由はわかります。アイズが、私が、そしておそらくはあの模造品も通ってきた道を、あなたはまだ見つけてすらいない」

「通ってきた、道……? なに、それはなんなの!? どうすれば、どうすれば私も“そっち”に行けるの!?」

 

 たとえ最悪の生まれだとしても、無価値な命だとしても。それでも“今”を生き抜く意思を持って笑える強さが欲しい。少女にはないそれを同類たちが持っているというのなら、それが少女も欲しかった。

 

「私だって笑いたい、こんな、こんな眼なんて欲しくなかった! 誰かと一緒に笑い合いたかった! どうすれば、なにがあればそんな世界で生きられるの!? 教えて! 私も、私だって――――!!」

「甘えるな」

 

 そんな少女の懇願もばっさり斬り捨てる。シールは強い視線だけで少女を黙らせた。

 

「それを知りたいのなら――――」

 

 世界が揺れる。共鳴が不安定になり、意識の接続が切れかかっている。

 

「――――まずは、最後まで戦いぬけ。這いつくばって、泥を舐めるまであがけ。まずは、そこからです」

 

 意識が離される。シールが同調を切ったのだ。それに抵抗すらできない少女の意識もまた。再び現実へと引き戻される。

 しかし、その直前に少女は確かに見た。

 

 少女の記憶にない景色。そこに見えたイメージは、シールの記憶だった。それがシールが意図的に見せたものなのか、たまたま見えてしまったものかはわからない。だが、たしかに共鳴が終わる寸前の刹那に、それをはっきりと見た。

 

 

 

 

 今よりも少しだけ幼いシールが、おびただしい数の死体の中で、全身を血で濡らしながら立っていた。銀色の髪の毛も真っ赤に染まり、雪肌はまるで火のような赤色に侵されていた。

 その手にはナイフが握られており、血で全身を汚しながらもシールはなによりも美しい笑みを浮かべていた。

 そんな地獄絵図の中に佇むようでいて、なお美しいと思わせる美貌でもって笑うシールに、誰かが近づいてくる。

 

 金色の髪の妙齢の美女だ。彼女は血まみれのシールに近づくと、汚れることもためらわずにシールの肩を抱き、その口を三日月型に歪めながら笑いかけた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――――……うっ、ああ」

 

 現実の世界に帰還した少女が、はっきりと意識を覚醒させる。まるで白昼夢のようなその体験は夢のようにも感じられたが、それが嘘ではなかった証拠に、目の前に同じ金色の瞳を向けたシールがいた。シールは少女を乱暴に突き飛ばすと、さきほどと違ってほんの少しだけ表情を柔らかくして少女に問いかけた。

 

「どうしますか?」

「え、あ……」

「まだ、やりますか?」

 

 その問いかけに少女は答えられない。力の差を嫌というほど理解し、そして自身が辛うじて守ってきた空っぽのプライドすら見透かされたのだ。戦意なんてとうに喪失していた。それでもシールは、少女を待っている。

 

「ひとつ、教えましょう」

「え?」

「あなたは否定するばかりで、なにひとつ肯定していない。あなたが否定したところで、生み出された事実は変わらない。あなたが私の出来損ないという事実は、消えることも変わることもないのです」

「……っ、う、うう」

 

 泣きそうになる。最後に残ったなにかのプライドだけでかろうじてその涙を押しとどめる。

 

「あなたは否定しているつもりですべてを諦めている。だから、なにもできないのです」

 

 容赦のない言葉が少女の残った心すら刻んでいく。そんな自分自身が情けなくて、辛くて、押しとどめたと思った涙が出来損ないの象徴と言われた黒い眼球を濡らしていく。

 

 さすがに子供を泣かしているように気が滅入ってきたのか、シールもため息をついて視線を外した。まるで、どころかまさに言葉責めで虐めているに等しい行為をしていたことを自認しつつ、シールはもう一度大きくため息をついてどうでもよさそうな声でわざとらしく話し始めた。

 

「そしてこれは独り言ですが…………生まれた意味と生きる意味は、イコールではないのです」

「………え?」

「あとは自分で考えることです。さぁ、続きをしましょう。どのみち、ここで諦めるくらいならあなたはこの先自分の価値なんて見つけられるはずがない。……私が引導を渡してあげましょう。構えてください。その命の価値を欲しているというのなら、最後まで足掻くのですね」

 

 まるでエールのようなその言葉に驚きながらも、少女は奇妙な暖かさを感じていた。いったい、なにを言っているのだろう。なにをしたいのだろう。そんな疑問が浮かぶが、今はただ言われたように、無様にあがこうと思った。

 それで、なにかが変わるなら、変わることがあるのなら。

 無自覚で諦めていたものが、再び変わるというのなら。

 

「………戦う」

「………」

「私は、戦う……! 私の価値がないのだとしても、私の命が消えても、…………偽物じゃない本物のあなたの記憶に刻み付ける……!」

 

 戦意が戻る。手に力が戻る。悲壮な覚悟をしていたはずのこの戦いに、少女は不思議とリラックスしたように、気持ちのいい高揚感を覚えながらシールへと突撃した。

 

「私は、…………あなたじゃない!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そのとおりです。だからあなたは――――ここで終わるのです」

 

 

 

 

 

 

 

 少女の決意すら告死天使は刈り取る。

 

 自身を模して生み出されたその少女を、シールは躊躇いなく斬り裂いた。

 

 

 

 

 

 




シール式のカウンセリング回でした。突き放しても釣り上げるスタイルです。

次回でこのチャプターは終了です。シールの過去にちょっと触れて幕間を挟みつつ次章へと移ります。
次章からはまたアイズとセシリアが中心になっていきます。日常編をはさみつつまた盛大にバトルを描いていきたいと思います。

タイマン戦も好きだけどまた大規模集団戦とか書きたいです。絶望的な撤退戦とか(フラグ)

感想やご要望お待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.87 「Dis-」

「う、うう……ん……?」

 

 鉛のように重たい瞼を持ち上げると見覚えのない天井が見えた。そのコンクリートではない、生活感を思わせる温かみのあるベージュ色の天井をしばらく見つめていたが、自身の境遇を思い出して目を見開き、勢いよく起き上がる。身体に痛みが走ったが関係ない。

 アンティーク調にデザインされたベッドから跳ねるように飛び出し、隣に立ててあったスタンド式の照明を掴み、まるで武器のように構えて握り締める。

 その体勢のままゆっくりと部屋を観察する。まるでどこかのホテルのスイートルームのような内装に、大きな窓の外、ベランダの向こうに見える景色からは大きな青い海が見える。見ただけで観光地とわかる景色にますます困惑を強くする。

 戦場にいたはずなのに、そして撃墜されたはずなのに。こんなところで寝ている理由がわからない。

 

「………ここは」

「客間で騒ぐなんて、マナーがなっていないんじゃないですか?」

「ッ!?」

 

 心臓が出るかというほど驚き、ビクッと身体を震わせて振り返る。部屋の出入り口である扉の前に一人の少女が立っていた。まるで御伽噺から出てきたのではないかと思うほどの完成された、まるで妖精のような美貌を持ったその少女は呆れたようにため息をつきながらゆっくりと部屋へと入ってきた。

 戦装束であった機械の鎧であるISは纏っておらず、どこかの令嬢のような清純な白い服を身につけている。ゆったりとした服が歩くたびに柔らかく揺れ、それさえも人間離れした美貌を演出しているようだった。特に外傷なども見られず、とても戦士としての生み出された最高傑作とは思えない。

 

「シー、ル………」

「呼び捨てを許した覚えはありませんが……まぁいいでしょう」

 

 そこで少女は気付く。記憶が飛んでいるためによくわからないが、確かに自分は目の前のシールに斬られたはずだ。ならばISの絶対防御が発動したはずだった。

 捕らえられたということはなんとなく理解したが、しかしこの状況がわからなかった。見れば少女の怪我は治療されており、痛みは残っているがほぼ完璧に処置されていた。誰が治療したかなど、すぐにわかった。

 

「なぜ……」

「なんです?」

「なぜ、助けたの……?」

「自惚れないでください。私はあなたを攫っただけです。あなたが生きているのは、あの人の気まぐれでしかありません。そうでなければ、今頃あなたはあの世ですよ」

「あの人、って……」

「言葉に気をつけてください。少しでも妙な気を起こせば―――」

 

 シールがわずかひと呼吸で、軽く一歩を踏み出しただけであっさりと少女の間合いへと踏み込んだ。少女が驚くときには、すでにシールの右手が少女の細い首に指を食い込ませるほどに強く握りしめていた。

 

「がっ、ぐ、ぐがっ……!」

「その首が簡単に落ちることを忘れるな」

 

 苦悶の表情を浮かべながらも、少女は嫌でも理解してしまう。ISがどうとか、本物とか偽物とか、そんなことは関係ない。シールという存在は、もはや人の範疇に収まるようなものじゃあない。生身でもその戦闘能力は少女のそれを遥かに上回るだろう。こんな人を越えようと思っていたことに、いくら追い詰められていたとは言え自身の無知と無謀を嘲笑したくなる。

 むしろここで殺されたほうがまだ納得できるかもしれない。半ばそんな諦めのような気持ちさえあった。

 ゆっくりとシールの指が首に食い込む感触を感じながらも、少女は抵抗すらしなかった。告死天使の裁定を受け入れるかのような少女に、しかしその宣告は訪れなかった。

 

 

 

 

「あら、ダメよシール。迷い子には優しくしなくちゃ」

 

 

 

 

 

 声が響いた。

 シールではない。シールよりももっと大人の、それでいてどこか子供っぽさが残る響きだった。首を絞められながらもその声の主へと目を向ける。

 絹のような艶やかな金色の髪、大人っぽさと子供っぽさが同居したような顔。邪気のなさそうに見えるその姿に、しかしその瞳の奥底に狂気を宿した女性。見覚えがあった。

 世界を玩具にして踊る亡国機業の魔女、マリアベル。それは、少女にとっても最優先抹殺対象の存在だった。当然だろう、少女を作り上げた連中は同じ亡国機業内とはいえ、マリアベルに対抗する派閥だ。事実、マリアベルを失えば亡国機業の主流派は瓦解することは間違いない。

 それほどまでの絶対的な旗頭なのだ。それは逆を言えばマリアベルさえどうにかすれば簡単に崩れることは違いない。マリアベルの右腕とされるスコールでもマリアベルの代わりは務まらない。マリアベルはその存在こそが組織にとって最大の弱点でもある。

 

 しかし――――。

 

 

「あらあら、怯えちゃって、可愛い」

 

 

 少女は確信する。無理だ。こんな存在をどうにかできるわけがない。

 ただ対峙しただけで得体の知れないなにかが身体を硬直させる。聖母のような笑みの影に見える悪魔のような嘲笑。善と悪をごちゃまぜにしたような、黒色を白色で塗りたくったような、そんな不気味な印象を与える。

 作り出され、純粋な人間ではない少女自身よりも目の前にいる存在のほうが異質。それだけで少女の恐怖心がいとも簡単にあぶりだされていた。

 

「心配しなくていいわ。私はあなたをどうこうする気はないし? それにせっかく奪ったあなたを殺すなんてしたくないもんね」

「な、なぜ私を……?」

「ふふ、あなたに少し興味があったの。どうかしら? こっちで働いてみない?」

「ッ……!?」

 

 唐突な提案に思考が止まる。いったいなにを言っているのか理解できない。

 

「なに、を。なにを言っているんですか……、私は、あなたを殺そうと……」

「殺せたの?」

「それは、……無理、でした、けど」

「ならいいじゃない。あなたには光るものがある。私にはわかる! 悪いようにはしないから!」

「プレジデント、遊びはそこまでに」

「あら、こういう勧誘がテンプレって聞いたけど?」

「心にもないことを言ってもダメだそうですが」

「あら、そうなの? じゃあ本音を言いましょう」

 

 マリアベルが再び少女を見やる。その目は先程のような薄っぺらいメッキが貼られたものではなく、ひたすらに透明な、底すらないかのような空洞のような視線を顕にした。おおよそ人がするような瞳ではないことに心臓が鷲掴みされたように萎縮してしまいそうだった。

 

「あなた、私に利用されなさい。嫌なら別にいいわ。生きるも死ぬも、好きにしていいわよ」

「え、あ……?」

「あら、不満? いいじゃない。どうせ亡国機業は私の玩具なんだから。反乱勢力とはいえ、あなたも一員でしょう? 本来の使われ方をされたほうがいいでしょう?」

「そんな、私は………結局、言いなりになれ、と……?」

「ん? ああ、言い方が悪かったわね。別に裏切ってもいいわ。ただ言うことを聞くだけの駒なんてつまらないもの。これは別にあなたに限ったことじゃないわ。そこにいるシールも、他の幹部にも同じことを言っているのよ?」

 

 少女は信じられないと言いたげにシールに振り向いた。シールは無表情のままだったが、しかしその視線に肯定するように頷いた。

 それでマリアベルの言葉が真実だと悟る。この女性は自ら裏切り、反乱の種を抱え込み、その上で君臨しているのだ。まるですべてを呑み込んでこそ魔女だと言うように、それすら楽しんでいる。普通の思想じゃあ決してない。もしかしたら、いや、おそらくは少女が所属するIS委員会の裏切りすら、マリアベルが思い描いていた座興のひとつだった。

 狂っている。そうとしか言えない組織のトップとしての在り方に、しかしそれでいて未だ世界を玩具にして遊ぶこのマリアベルという魔女が、どうしようもなく恐ろしかった。

 

「言っておきますが、もし本当にプレジデントを裏切るのなら、その前に私があなたを殺します」

「あらあら、ダメよシール。自由意思は尊重しなきゃ。だから私も自由にしてるんだし」

「あなたを守ることが、私の自由意思です」

「ふふ、そこまで思ってくれて嬉しいわシール。じゃあこの子はあなたに預けます」

「は、………え?」

 

 それは本当に珍しい、シールが困惑した声だった。目をパチクリとさせながらマリアベルの顔を失礼だと思いながらジロジロと見返してしまう。そんなシールの反応に満足したようにマリアベルもケラケラと笑う。二人に挟まれた少女だけが格の違う二人のやりとりに固まっていた。

 

「な、なぜです!?」

「この子を連れてきたのはあなたでしょう? なら責任を持ちなさい」

「あなたの命令なんですが」

「あら、責任転嫁なんて、私はそんな子に育てた覚えはありません!」

「私はたくさんありますけど」

「うぅ、これが反抗期ってやつかしら? ふふ、でも飼い犬に噛まれるのもまた面白い!」

「ダメだこの主人……やはり私やスコール先輩がいなければ……」

 

 割と失礼すぎることを言っているシールだが、本音である。マリアベルは確かにカリスマもあり、実務能力、開発能力、挙句には戦闘能力すら規格外のオーバースペックであるが、その遊び好きな性格が問題過ぎた。面白そう、というだけであっさりと機密を流す。こちらの手札を晒して相手の反応を楽しむ愉快犯的な思考、そして身内に甘く、それ以外はゴミというような極端な価値観、それらすべてが組織のトップとしては失格といえる要素だ。

 しかし、それでもマリアベルは誰よりも組織の長として君臨していた。アンバランスでありながら、絶対的というその在り方から【魔女】という異名を持つほどだ。

 

「まぁここは私に任せなさい。シール、あなたはお茶でも淹れてきてくれないかしら?」

「しかし、監視は……」

「大丈夫よ。私の強さは知っているでしょう?」

「ですが……」

「シール」

「………はぁ、わかりました」

 

 くれぐれも妙な気は起こさないように、と念入りに“二人”に言ってからシールは退室する。残されたのは怯える少女と笑う女性。おおよそチグハグな二人がテーブルを挟んで向かい合って座っている。

 

「さて、少しは落ち着いて話せるかしら? シールってば生真面目だからずっとあなたに殺気をぶつけてたでしょう? ふふ、まったく困った子ね。真面目すぎるのもダメね、やっぱり遊び心がなきゃね」

「いえ、………お気遣いは無用です。自分の立場はわかっているつもりです」

 

 そう、今の少女は死刑を待つ囚人と同じだ。もはやどうあっても目の前の存在から逃げられる気はしないし、だからといって死にたいとも思わなかった。シールとの共鳴現象を経て、少女の心に少しだけ変化が生まれていた。さきほどはシールになら殺されてもいいかと思ったが、目の前の魔女に殺されたくはないと思った。

 

「…………」

「あの、なにか……?」

 

 自身をじっと見つめるマリアベルに問いかける。マリアベルは無邪気な笑みを浮かべたまま少女の黒く染まった眼球をじっと見つめていた。

 

「その眼も、なかなか神秘的に見えるわね。ふふ、シールと並べば、絵になるんじゃないかしら?」

「………あの人は、私を認めていません」

 

 所詮は偽物。それがシールによって突きつけられた現実だった。少女はもうシールを越えようという気さえなくしていた。どうあっても、あの人には敵わない。本物が持つ力に心が折れた…………いや、本物に心を奪われた。憧れすら抱いた。だからもう、シールに勝つことはできないだろう。

 

「うーん、それは少し違うわね」

「え?」

「シールはね、唯一無二であることがあの子の矜持なの。だからあの子は自身の偽物を許さないし、自分のプロトタイプに負けられない。だからシールはアイズ・ファミリアという存在との決着にこだわって、あなたのように自分で偽物だと諦めている存在を認めない」

「…………」

「あの子はね、あなたと同じように造られた命よ。ま、私はそれには関与してないけど、あの子は生まれたときから超越者で、だからこそ誰よりも虚しさを抱えている」

「虚しさ?」

「天才ゆえの孤高、とでも言えばいいのかしら? 誰にもあの子には並べない。だから孤独。だから寂しい。でも同じ存在が現れれば、あの子の生み出された意義にヒビが入る。だからあの子はそれを認めない。ふふっ、まるで寂しがり屋が強がって友達を作りたくても拒絶しちゃうみたいに。そんな矛盾を抱えていることも可愛いんだけどね」

「…………」

「だから私はアイズ・ファミリアという子には期待しているのよ? あの子なら、もしかしたらシールにとって初めてのお友達になってくれるかもしれない。もちろん、そうならないかもしれない。あの子がどっちを選ぶのか、楽しみで仕方ないわ」

「……なら、どうして私を?」

「正直言って、大した期待はしていなかったわ。あの子の人間らしさを少しでも出すための切欠にでもなれば御の字かとも思ったけど……」

 

 そこでマリアベルの笑みの質が変わる。今まで得体の知れないようななにかを纏っていた笑みではなく、ただ単純に少女を誉めるような、そんな笑みへと変わった。

 

「あなたは思った以上にシールが興味を持ったみたい」

「私を?」

「確かに、あなたは諦めていたでしょう。シールが嫌いなようにね。でも、あなたは変わった。シールになろうとするんじゃなく、あなた自身としてシールの記憶に残ろうとした。だからあなたは、今ここにいる。あなたを見限っていれば、命までは取らなくても意識不明の重体にはなっていたでしょう」

 

 マリアベルが攫えと言ったから殺すことはない。だが、殺さなければなにをしてもいいと思っていれば、おそらく少女の手足を切り飛ばすくらいのことをしていただろう。

 シールが、本当に少女のことを見限っていたら――――。

 

「だから、あなたにはシールの下で働いて欲しいのよ。それがあの子にとって良くも悪くも変化の切欠となるでしょう。あの子はあれでいてまだ子供でね。後輩の一人でもできればもう少し違った面が出てくると思うの」

「そのために、私を?」

「そうね。それが一番の理由。あの子は私の特別でね。つい贔屓しちゃうの。でもあなたも今は興味があるわ。あの子の劣化コピー。そんなあなたが、あの子になることをやめて、いったい何者になるのかしら。ふふっ、迷って、足掻いて、それで変わっていく子は見ていて飽きないわ。だからあなたにもがんばって欲しいの」

「それは、誰のためですか?」

「私の享楽のためよ。趣味なの」

 

 はっきりと言い切るマリアベルだが、不思議と少女は不快には感じなかった。シールのことを可愛がっていることも、そしてそれが本当にマリアベルの趣味であろうこともなんとなくわかった。それでも、そんなマリアベルの奇妙な懐の広さに憧れすら抱いた。ここまで正直に、身勝手に誰かの成長を見守るエゴイストな母性ともいうべき姿勢は、それでも冷たいゆりかごしか知らない少女にとっても不思議な暖かみを感じていた。

 その暖かさが、おそらく魔女の茹でる釜の熱だとわかっていても、それにすがりたいと思ってしまった。

 少女は、それでいいとも思っていた。なにより、シールのことをもっと知りたいと思ったからだ。だからシールの傍で戦えることは、嫌じゃなかった。むしろ有難いとすら思った。

 

 だけど。その前にひとつだけ、確認したいことがあった。

 

 これを聞けば殺されるかもしれないと思いながらも、少女はそれをマリアベルに問う決心をした。

 

「…………少しだけ、あの人の記憶を見ました」

「へぇ?」

「血まみれになりながら、おそらくあの人を造った人間たちを殺していました。そして、そこにあなたの姿もありました」

「それで?」

「あの人に反逆を諭したのは、いえ――――教唆したのは、あなたですか?」

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――くひゃひひ」

 

 

 

 

 

 

 ただ、笑った。それが答えだった。少女は目を瞑り、目の前にいる魔性の存在を受け入れる決心をした。それがあの人の、シールの近くにいるためなら。

 少女は立ち上がると床に膝をつき、ゆっくりと手を床に当てて頭を下げた。

 

「あら、土下座なんて知ってるのね。さて、なんのお願いかしら?」

「私を………あなたの享楽のために利用してくださって構いません。ですが……」

「ですが?」

「あの人の傍で……戦わせてください」

「それはなぜ?」

 

 純粋な疑問を問うマリアベルに、少女は偽りなく答える。

 

「私はあの人を模した贋作です。そう言われても仕方ない生まれです。でも、あの人は言っていました。生まれた意味と、生きる意味は違うと。私が生まれた意味は、あの人にとって侮辱だった。だから、せめて………私が生きる意味は、あの人のためにありたい。それがなんなのか、今はまだわかりません。でも……あの人の傍で、それを見つけたい。偽物でも、本物のあの人のために生きられるのだと……それを、証明したい」

 

 マリアベルはその言葉に満足したように、ただ口を三日月型に歪めて笑った。不気味な笑みを貼りつけながら、未だに頭を下げる少女の傍にしゃがみ、その頭を優しく撫でる。

 

「なら、あなたに名前をあげましょう。そうね……まだまだ蕾のあなたが、これからあなた自身を咲き誇れる願掛けとして、…………クロエ。今日、このときからあなたはただのクロエよ」

「……クロエ」

「その名に恥じないよう、あなた自身を磨きなさい。シールの偽物じゃなく、クロエとしてね。言うなれば、あなたはシールの妹よ。姉に誇ってもらえる妹になりなさい」

 

 クロエ。

 名前を与えられた今、この瞬間こそ、少女の、クロエにとっての本当の意味での誕生日となった。

 

 クロエは魔女との契約を結ぶ。それは、天使の影ではなくなった証であり、新たな、そして本当の自身の存在の証明であった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「本当についてくるのですか?」

 

 シールは付き従うように背後にいる少女にそう言った。

 現在シールがいるのは中東のとある軍事施設。IS委員会派の息がかかった施設の破壊が今回の任務だった。本来ならば単独、もしくはオータムとの二人で行う程度の任務だが、今回は違った。

 シールと共に任務に就くのは、シールの写し身のような姿をした少女。白い肌に銀色の髪、そして魔眼の証である金色に輝く瞳。違いはその眼球が黒く染まっていることだ。そんな少女―――クロエはシールの問いかけにはっきりと頷いた。

 

「はい。私も、もう戦えます」

「………なぜ、私に従うのです? 自由にしていいと言われたのでしょう?」

「だから、自由にしています。私は………姉さんの隣で戦いたい」

「その姉さん、という呼び方もやめてくださいと言ったはずですが」

「姉さんは、姉さんです」

「…………はぁ、プレジデントにいったいなにを吹き込まれたのやら」

 

 シールからしてみれば、あの日、少しだけ部屋を離れて戻ってきたらいつの間にか懐かれていた。いったいなにがあったのかマリアベルも教えてくれなかっただけに少々気になるが、どうせ答えてはくれないだろうとわかるために渋々と納得することにした。

 しかし、あの日以降、ずっとクロエと名乗り、シールを姉さん、姉さんと呼んでついてくるようになったこの少女の扱いに少し困っていた。確かに同じ遺伝子をもとにしているのだから姉妹、と呼べるかもしれないが、姉と慕われることに慣れていないシールは自身の感情を持て余し気味だった。

 シールと同じように感情表現は苦手だったが、シールに向ける捨てられた子犬のような眼差しはなぜか放っておけず、ついつい甘やかすようにクロエのやりたいようにさせていた。

 こうなった元凶であるマリアベルは「妹を持ったほうが対抗できるでしょ? アイズちゃんは妹いるのにシールはぼっちじゃあねぇ」なんて冗談か本気なのかわからないことを宣っていた。

 とにかくとして、シールは姉と呼び慕うクロエを連れるようになった。勝手についてくる、というほうが正しいが、もうそこは半ば諦めている。

 

「私についてくるのなら無様は許しません。それなりに鍛えましたが、期待を裏切らないでくださいよ?」

「はい、姉さんの期待に応えます」

「……どうも調子が狂いますね。アイズもこんな苦労をしているのでしょうか」

 

 アイズが聞けば「ボクの妹は自慢だよ」とドヤ顔で言い放っていただろう。しかし、シールは未だに妹という存在に対する接し方をわかっていないようだった。

 

「まぁいいでしょう。では行きますよ」

「はい」

 

 シールは天使の鎧、IS【パール・ヴァルキュリア】を纏う。そしてクロエもまた、己の新たな愛機、道化師を模したIS【トリック・ジョーカー】を展開する。

 トリック・ジョーカー。元の機体コンセプトをそのままにマリアベルによって強化された機体。その最大の能力である攪乱能力と、さらに純粋な戦闘能力も底上げされており、単純なスペックでも以前のものとは一線を画する。その黒を基調としたアンバランスで統一性のないデザインの装甲、それを纏ったクロエが手にした泣き笑いの表情が描かれた仮面で顔を隠す。

 

「目標は十分で殲滅です。私の妹を名乗るなら、それくらいやってみせなさい」

「はい、姉さん」

 

 天使と道化師が並んで戦場へと飛翔する。

 それは、絶対の死の宣告と、そんな宣告を受けた者たちを惑わす道化の狂宴による蹂躙のはじまりであった。

 

 

 

 




これでこの章は終了です。
クロエさんが亡国機業サイドに参入しました。これであらかた各陣営の戦力が整ってきました。シールにも妹ができました。どんどんシールのいろんな面が描けて楽しくなってきました。

次回は通算100話目となる特別編の予定です。とうとう話数三桁の大台で自分もびっくりしています。特別編は「ほのぼの」「百合」「しんみり」をテーマに書こうと思ってます。いろんな意味でアイズ無双です(笑)

それでは感想やご要望お待ちしております。

また次回に!


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幕間 通算100話突破特別編
Act-Extra 「Sweet Days」


*時系列は第一部終了から第二部開始の空白期。本編にはまったく関係ない百合の強い短編集です。軽いノリとなるので軽くお読みください。



【セシリアとお昼寝】

 

「ふぁ、ん……、今日はなんか眠いかも」

 

 ぐしぐしと目をこすり眠気をなくそうとするアイズ。しかしどうにも眠い。天気もよく、穏やかで優しい光に照らされてますます眠気が増していく。せっかくの休日なのに、とも思ったが前向きな思考をするアイズは「じゃあ気持ちよくお昼寝しよう」と思い始める。

 

「あら、どうしましたかアイズ?」

「あ、セシィ」

 

 いろいろと忙しく動き回っているセシリアが部屋へと戻ってくる。もうじきIS学園を退学するためにその後処理や部隊との連絡など、多忙な日々を送っているセシリアであるがやはりそんなこともよりも優先するのはアイズであった。

 どこか眠そうにしてベッドに腰掛けるアイズに近づくと、隣に座ってごくごく自然に身を寄せ合った。

 

「んー、なんだか眠くて」

「疲れているのでしょう。最近は忙しかったですし」

「そうかも。んー、じゃあ寝ちゃおっかな……セシィ、一緒にお昼寝しようよー?」

「仕方ありませんね、いつまでたっても甘えん坊で」

「んぅー」

 

 休日だったので制服ではなくごく普通の部屋着のままだ。寝やすいように上着だけ脱いで特注サイズのベッドへと潜る。二人をよく知る友人たちからもはじめは驚かれるが、この二人の部屋にはベッドはひとつしかない。イギリスで使っていた大型ベッドをそのまま寮へと持ち込んでいるために二人でも広いベッドで悠々と眠ることができる。

 アイズはそのままいつものようにセシリアの背に腕を回すと、そのふくよかな胸に顔を埋める。甘い香りが鼻をくすぐり、とろんと意識が溶けていくような錯覚すら起こしてしまう。そんな甘えるアイズを優しく包みながら、セシリアが慈愛に満ちた顔で微笑む。

 

 子供のときからずっとアイズはこうしてセシリアと抱き合って眠ることが常だった。IS学園で他の簪やラウラの部屋へ遊びにいって眠るときも必ずこうして肌を合わせるように眠っていた。

 アイズは不安なのだ。今でも、過去の地獄が時折夢の中から侵食してくる。だから眠るときは常に誰かの温かみが欲しかった。そうでないと、悪夢で真夜中に絶叫を上げることすらあるのだ。

 強い、と言われるアイズのメンタルだが、未だにそうした弱い部分を残している。むしろこうした弱さを自覚しているからこそ、アイズは人一倍強くあろうとしているのかもしれない。

 

「セシィ……」

「おやおや、本当に今日は甘えたがりですね」

「んー、だって」

「だって?」

「セシィだもん」

「理由になってないですよ?」

「理由だもん。セシィだから、それがボクが甘える理由だもん」

 

 それは、アイズがここまで無条件で甘える人物はセシリアだけということだった。子供のときからずっと一緒で、弱さも意地も夢も、アイズが持つすべてを知っている。それでいてずっと一緒にいてくれるセシリアは、アイズにとってやはり特別な人だ。

 ラウラには姉として弱さは見せられない。簪にだって強がってみせる部分がかなりある。でもセシリアだけは違う。半生をずっと支えあって生きてきたパートナーだ。

 だから、セシリアといるときだけは弱さまで含めた全部をさらけ出せる。ほかでもない、セシリアだからこそ見せられるから。

 

「それは、嬉しいですね」

「でもセシィばっか背も伸びるし、かっこよくなるんだもんなぁ。ボクもセシィみたいなクールビューティーになりたかったなぁ」

「ふふ、アイズはそのままが一番可愛いですよ? アイズはそのままでいいんです」

「むぅ。みんなにそう言われるんだけど、ボクってそんなに子供っぽい?」

「確かに身長は伸びませんね」

「うっ、気にしてるのに~」

「でもアイズの可愛さはこのサイズで完成されてますからね……うん、やはりこのままでいいですよ、アイズ」

「むむぅ。でもボクだってまだ成長途中だもん。そのはずだもん」

「そうですね、そうなればいいですね」

 

 眠くなってきたのか、とろけるような甘い声色に変わってきたアイズの言葉に優しく相槌を打つ。うとうととしはじめてきたアイズの頭を抱え直し、アイズの髪の甘い香りに頬を緩ませる。

 

「なんか……懐かしい、昔は毎日、こうやって一緒に……」

「ええ、そうですね。あのときは、ただ毎日を無邪気に過ごしていましたね」

「今でも、同じ……」

「……?」

「いつも、ボクの隣にいてくれて……嬉しくて、……だから」

「………」

「ずっと、大好き……」

 

 

 

 ***

 

 

 

 すぅすぅ、と可愛らしい寝息が響く。眠る直前に愛の囁きを言うとは、さすが生涯最愛の親友である。

 それに背が小さいことで悩むアイズも可愛い。とはいえ、実はアイズは学年、いや学園内でも上位に入るスタイルの持ち主だったりする。背丈は鈴でスタイルはシャルロット並である。子供っぽさが多く残るあどけない童顔に脱げばすごいわがままボディ。陰で【ロリメロン】と呼ばれていることを本人は知らない。

 

「至福の瞬間ですわ……」

 

 だらしなく顔を歪めながらセシリアが興奮気味にアイズの寝顔を凝視する。可愛い。いや、可愛さという概念を超越しているんじゃないかというほどの破壊力だ。この寝顔を独占できるならオルコット家の遺産すべてを手放しても惜しくはない。

 なにより完全な無防備を晒していることがたまらない。アイズは幼少時の経験が苛烈であるため、天然に見えて実はかなり周囲に神経を尖らせている。少しでも危険を感じれば即座に反応してしまう。そんな悲しい習性を持ったアイズが、セシリアにはなんの警戒もなく、まったくの無防備であるがままを晒している。

 その事実だけでもうセシリアは昇天しそうだった。

 

「おっと、メインディッシュはこれからですわ……!」

 

 セシリアは心を落ち着けてアイズを抱え込む。このアイズの匂いと柔らかさでお腹いっぱいであるが、そこはセシリアも女の子、デザートは別腹の原理でさらなるアイズの可愛さの発掘を行う。

 幼馴染、という言葉をとっくに超え、人生の半生を共に過ごしてきたこのかわいいかわいい相棒の可愛さを一番知っているのはこの自分である。セシリアは誰に言うでもなくドヤ顔をしながら、ゆっくりとアイズの耳に口を近づける。

 

「ふふふ、私が一番うまくアイズを鳴かせられるのです」

 

 そしてあっさりとアイズの最後の殻を超えて、アイズの領域へと侵入する。

 

「あむ」

「ひゃ、はぁん……!」

 

 ぷにぷにとしたアイズの耳に優しく歯を立てる。アイズの身体がびくんと震えて吐息と共に嬌声が漏れる。過去に悪戯心からアイズのこの声を発見したときはあまりの破壊力に気絶したほどである。

 

「ん、んー……」

「いい、実にいいです……!」

 

 甘噛みでこの反応である。どんどん悪戯したい衝動に駆られるが、そこは淑女を自認するセシリアだ。手遅れだと思いながらも、あえて焦らすようにアイズの反応をじっくりと楽しむ。

 

「はむ」

「んん……ッ」

「あむむ」

「ひゃ……ッ」

 

 頭がどうにかなりそうなほどの興奮を覚えながら、それでもセシリアはまるで母のような面持ちでアイズを抱きしめる。冷静な自己分析を何度しても、セシリアはアイズに抱く感情が判断できない。

 恋、かもしれない。アイズが好きで好きでたまらない。独占したいとすら思っている。ずっとこうしてアイズを自分の腕の中で抱いていたい。

 愛、でもある。アイズが幸せになるならなんでもしてやりたい。そのためならたとえ自分が一番でなくてもいい。

 相反しながらも、不思議と違和感のない二つの想いが同居している。

 

 鈴などからは母親や姉みたい、と言われることがあるが、きっと一番近い表現だろう。今や、家族といっていいほどセシリアの心はアイズを受け入れている。セシリアにとってアイズは家族で、妹で、娘で、そして恋人で。いろいろな愛の集大成が、アイズ・ファミリアなのだ。

 

「ふふ………アイズ、……」

 

 アイズ。そう名づけたのはセシリアだった。その名を大切にしてくれていることも、自慢にしてくれていることも嬉しかった。

 そんなアイズをずっと守っていこう。今はただ、それだけが願いだった。

 

「でも今は………あむっ」

「うっひぇえぁ」

「ふふふ」

 

 でも、もう少し。今はもう少しだけ、この愛らしい姿を独り占めしよう。そうしてセシリアは何度もアイズの耳を甘噛みして可愛らしい声を堪能するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

【ラウラとお茶】

 

「姉様ぁ~!」

「お、ラウラちゃん」

「姉様、おいしいスイーツなる情報を手に入れたんです。ご一緒に偵察に行きませんか……?」

「それってデート?」

「デッ……!?」

「うん、デートに行こっか、ラウラちゃん」

「は、はい!」

 

 少し不器用だけど可愛いラウラはアイズの自慢の妹である。はじめこそ態度も悪い狂犬みたいなラウラであったが、今のラウラにはもはやそんな面影は欠片もない。

 あるのはただ大好きな姉に構ってもらいたくて、不器用だけど精一杯に甘えようとする忠犬のような少女の姿だけだった。

 そんなラウラの最近のお気に入りはアイズと一緒においしいものを食べに行くこと。外出するということはアイズのエスコートをすることであり、必然的に手をつなぐことになる。それだけでもラウラには幸せがたっぷりだが、一緒に食べさせあったり、腕を組んで歩いたり、指チュパされたりすることでラウラの頭の中にはアイズの愛で満たされる。

 愛情というものに疎い環境で育ったラウラにとって、同じ呪われた運命を宿すこの瞳を持つアイズという存在はまさにはじめて与えられる愛情そのものだ。アイズ・ファミリアはラウラが得た愛情の具現だった。

 

「ではエスコートいたします姉様!」

 

 基本的に戦闘以外ではアイズはヴォーダン・オージェを使わない。それはすなわち視覚を封じるということだ。それでもアイズはその超能力と言われるほど鋭い気配察知や洞察力である程度周囲の把握ができてしまうが、それでも不安なのは変わらない。だから必ず誰かが一緒に出かけてエスコートしてやる必要がある。ラウラは、その役目を担えることが密かな誇りだった。

 

「よろしくね」

「はい!」

 

 差し出されたアイズの手をきゅっと優しく、そして大切に握る。最近は指の絡め方ひとつにもいろいろな違いがあることを知った。今回はほんの少し勇気を出して、もっともっと近くに感じられるように指を複雑に絡めあわせ、アイズの細く、それでいて傷が残る指をしっかりと握り締めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ちょべりぐっ! これすっごいおいしいね!」

「はい、でもなんですか、そのチョーベリー? すごいベリーでも入ってたんですか?」

「ああ、これは鈴ちゃんから教えてもらった言葉だよ。流行語だって!」

「そ、そうなんですか! ………いや、しかし相手が鈴ということに不安が……」

 

 天然で漫才を繰り広げる目隠し姉妹がほのぼのとしながらシュークリームを口に運ぶ。本日のスイーツはカスタードとホイップの入ったシュークリーム。大きめなために小柄な二人では食べるたびにクリームがはみ出して口周りを汚してしまうが、幼く見える容姿の二人ではむしろそんな光景が似合っているように見える。

 

「うわ、でも手がベトベト」

「姉様、おしぼりをどうぞ」

「ん、ありがと」

「えと、それで、その……」

「ん? ………ははぁーん」

 

 気配だけでラウラの姿を思い浮かべる。身近な人間は視力なんかなくても、その声や気配だけでほぼ正確に現状を把握できる。特にセシリアに関してのことなら、吐息ひとつで精神状態を察せられる自信すらある。そして妹として愛情たっぷりに接してきたラウラも、いずれはそんな域になるだろう。今でも十分に凄まじい直感を見せているが、ここまで来ると心眼ともいうべきレベルだろう。

 そしてアイズの目は、今も見えない心を見通している。

 

「ラウラちゃん、どうしたの? なにかあるなら言ってくれないと」

「あ、あう。ね、姉様はイジワルです。わかってるのに……」

「どうかなー、わかってたとしても、やっぱり言ってくれないとー」

「うう」

「ラウラちゃんの口から言って欲しいな」

 

 話は変わるが、最近のアイズは少し違った趣味を覚えた。それはラウラを弄ることだった。今まではどちらかといわれなくても弄られる側だったアイズだが、はじめてできた妹という明確に守るべきものに頼られたい、甘えられたいという欲求が出てきたのだ。

 そしてそうやって見られるラウラの反応にハマったのだ。慌てる姿、驚く姿、しゅんとする姿、そのどれもがラウラの隠れていた可愛い表情を表に出して、もっともっと可愛い妹を見たくなった。

 だからこうして少しだけイジワルすることを覚えた。ちなみに周囲から、特に鈴からは「小悪魔属性まで習得したか。どんどんジゴロになるわね」と言われている。そのあとに悪乗りした鈴が「ならもっと小悪魔な方法教えてあげるわ、うっひっひ」とアイズによろしくないことを吹き込んでいたりする。

 

「ほら、言ってごらんよ~」

「うぅ、あの……わ、わたしの……」

「うん? 聞こえないかな」

「わ、私の指を舐めてくださいッ!!」

「もう、しょうがない甘えん坊だなぁ。指出して」

「は、はい」

「ぺろっ」

「ひぃう……!」

「ん、甘い」

 

 ラウラの手についたクリームをぺろりと舐めとる。クリームの代わりに唾液がラウラの指に置換されていき、別の意味で甘ったるい液体に浸される。ラウラは言葉で表せない絶頂の幸福感に浸りながらだらしなく頬を赤く染めながら緩めていた。

 そんなラウラが可愛くて、アイズはついつい目隠しを外し、視力を回復させてじっとラウラを見つめてしまう。暖かな琥珀色に淡く輝く瞳に見つめられ、アイズが目隠しをしながら指をしゃぶるときとはまた違った背徳感のようないけない快感を覚えてしまう。

 

「姉様ぁ……」

「ふふ、本当に甘えん坊だね。うんうん、ボクはお姉ちゃんだもんね」

 

 アイズも普段はセシリアや束に甘えてばかりなのでラウラに甘えられるのは嬉しかった。蕩けたようなラウラの声に気分をよくしたアイズはニコニコしながらラウラと密着してその体温と早くなっている鼓動をしっかりと感じ取る。

 

「ボクも、ラウラちゃんが妹で幸せだよ」

「一生姉様についていきます!」

 

 二人の姉妹愛は今日も甘く、そして深く紡がれる。

 生まれたときは愛に恵まれなくても、それでも愛情は育める。二人は、今を全力で楽しむことでそれをはっきりと証明してみせていた。

 

「次は薬指をお願いしますっ」←ハチミツ塗り塗り

「また甘そうな指だなぁ、ふふっ」

 

 

 

 後日、二人の指チュパ写真が有志によりカレイドマテリアル社の公式アイズ・ラウラ姉妹ファンサイトに投稿され、大きな反響を呼ぶことになるが、それは別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 【簪とお出かけ】

 

「ど、どどどうしよう……!?」

 

 簪は挙動不審になりながらしきりに自身の身だしなみを気にしていた。普段着ることのない可愛らしいワンピースに白いカーディガンを羽織り、いつもの眼鏡もはずして化粧も数時間かけて仕上げてある。少し癖のある髪もストレートに直し、一見すればよく知る者でも簪と気づかないかもしれない。

 それはまさに深窓のご令嬢といっていい容姿だ。このコーディネイトを全面的に協力した姉の楯無は妹の可愛さに奇声を上げながら歓喜していたくらいだ。

 

「う、うう~」

 

 そしてなぜ簪がこんな格好をしているのか?

 理由などひとつしかない。

 

「かーんざーしちゃーん」

「っ!? ア、アイズ……!」

 

 以前簪と一緒に買い物にいったときに簪が選んだ可愛らしい服装を身に纏ったアイズが笑顔を浮かべてやってきた。いつものようにその両の瞳は閉じられているが、普段している目隠し布は取り外され、素顔を晒した笑顔を簪に向けている。

 それだけで簡単に簪の心臓はキュンと切なくも甘い鼓動が刻まれる。

 

「ん、んー?」

「ど、どうしたの?」

「今日の簪ちゃんはいつもと違うね? なんかおしゃれ?」

「わ、わかるの!?」

 

 びっくりした。

 アイズは今も目を閉じている。簪がいくらおしゃれをしてもアイズには見えない。それは確かだ。だから簪が身だしなみに気合を入れたのはあくまで綺麗な自身としてアイズの隣にいたかったためだ。

 

「雰囲気と、簪ちゃんの声から。いつもよりずっと綺麗に感じるよ?」

「ひうっ」

「ん? んん~?」

「な、なに?」

 

 アイズが手を伸ばし、ペタペタと簪の頬や耳に触れる。突然のことにびっくりするも、アイズはニコニコしながら簪の顔を両手で挟むように触れる。

 

「あ、眼鏡もないんだね。簪ちゃんの視線がいつもと違ったのはそういうことなんだ」

 

 そんなことまでわかるアイズには本当に脱帽する。精一杯着飾ってよかったと思うと同時に、それを我がことのように喜んでくれるアイズがますます愛おしい。

 

「さ、行こうか」

「うん! でも、本当にいいの?」

「うん、ボク行ってみたい」

「わかった、ちゃんと連れて行くからね」

 

 今日のデートはアイズからのお願いだった。

 もうじき退学して離れ離れになる前に、どうしても行きたい場所があるからとアイズにしては珍しいわがままだった。

 でも、そんなわがままを言ってくれるだけで簪は嬉しかった。もうじき会えなくなる、感じることができなくなるアイズの体温をしっかりと感じながらゆっくりとアイズを連れて歩きだした。

 

 

 ***

 

 

 そこは様々な色がひしめき合っていた。

 ひとつひとつが決して同じ形や色をしているわけじゃない。微妙な差異があり、それでもそのひとつひとつが調和してひとつの完成された風景となっている。

 

 IS学園から公共交通機関を乗り継いで二時間ほどの場所にあるフラワーガーデン。視界いっぱいにひろがる花畑を前に、アイズと簪は並んで腰を下ろし、その景色を堪能していた。

 しかし、もちろんアイズは見えていない。ただ目を閉じたまま、じっと目の前に広がる花畑を感じ取っている。実際、アイズには視力に頼らずに、違った景色がその脳裏に映っているのかもしれない。

 アイズは口元を小さく笑みの形に歪めながら、見えないはずの景色を楽しんでいた。

 

「アイズ、見なくていいの?」

「うん。たしかにAHSがあるから見えるようになるけど、いいんだ。ここは目に頼らなくても見えるから」

「目に?」

「花って、それぞれが違う香りなんだ。風に乗って、たくさんの香りが伝わってくる。目に見えなくても、それだけでボクには花を感じ取れる」

「……アイズって不思議。出会ったときからそうだった」

「そんなに不思議かな?」

「うん。アイズは、まるで心で見ているみたいだから」

 

 初めてあった時からアイズ・ファミリアはそんな不思議な少女だった。アイズを知れば知るほど、今でもそんな印象は強くなる。

 簪だけでなく、周囲の人間の多くがそんなアイズに魅入られている。誰とでも仲良くなれる、といえば簡単だが、アイズはたやすく誰とでも一緒に笑うことができる。簪もその一人だったが、今ではどうしてアイズといると幸せになれるのか、少し考えてみたことがある。理屈では語れないだろうし、語るべきことでもないとわかっていてもじっとアイズを見ていてわかったことは、アイズは誰かを好きになることを楽しんでいる、ということだった。

 そして同時に、好意を向けられることに真摯に感謝している。そんなアイズだからこそ、簪もここまでアイズが好きになったのかもしれない。

 そう思ったとき、目の前にある花にアイズが重なる。儚く、折れそうでも強く綺麗に花咲くその姿に、簪はアイズの生き様を見た気がした。

 

 ふと、アイズが隣の簪の肩に頭を預けた。いきなりのことにびっくりしながらも、簪も自然とそれを受け入れる。

 

「………簪ちゃん」

「どうしたの?」

「寂しい」

 

 ぎゅっと簪の腕にしがみついてくるアイズに、簪の庇護欲が刺激される。どうしてアイズはこうも心の柔らかいところを的確に触れてくるのだろう。

 

「本当は離れたくない。でも、ボクは行かなきゃ」

「……うん」

 

 それがアイズの道だ。だから簪も寂しくてたまらないが、引き止めることはしなかった。

 

「ここに来てよかった。鈴ちゃんや箒ちゃん、一夏くん、クラスのみんな……楯無センパイも、そして簪ちゃんも、みんな会えてよかった。ボク、今まで身内以外で友達ってつくったことなかったから」

「うん」

「みんな大好き。その中でも、簪ちゃんは特別」

「そうなの?」

「ずっと一緒にいてくれて、すごく嬉しかった」

「…………ずっと、いるよ」

 

 簪はアイズを自身の膝の上へと誘う。膝枕をするようにアイズの頭を抱え、やさしくその頬を掌でなぞる。

 

「ずっとアイズを想ってるよ」

「……うん」

「ずっとアイズを応援してるよ」

「うん」

「ずっと、大好き」

「うん……!」

 

 花畑の中で膝枕をしながら好意を確かめ合う美少女が二人。とても絵になる光景であるが、二人は少し寂しげに笑う。

 アイズはぎゅっと簪に抱きつき、簪の体温を、鼓動をしっかりと覚えようとする。

 

「簪ちゃんに会えてよかった」

 

 揺れる世界に別れの時が近づいているとしてもアイズはさよならは言わない。

 

 また、こうして触れ合える世界がくるから。そのために戦う道を往くのだから。

 

 だから今は、ただ互いの存在を刻み込むように。そうやって触れ合えるだけで幸せを感じられる。それだけで、今は十分だった。

 アイズは簪の好意に甘えるように静かに眠りに落ちていった。

 

「離れていても、なにかあればいつでも助けにいくよ」

 

 静かに眠るアイズを慈愛で包みながら、簪は静かに己の覚悟を確かめる。

 

「アイズは、私が守る」

 

 どんなに離れていようとも、それが簪の誓い。自身を好きといってくれた、そして簪が心から好きだと言えるアイズへの愛情であった。

 

 




2話同時更新の1話目です。

セシリア編は甘えん坊アイズ、ラウラ編は小悪魔アイズ、簪編はピュアアイズとなる短編集でした。

アイズは主人公のはずなんだがヒロインへの嫁っぽさがヤバイ。本編とは関係なくてもだいたいいつもこんな感じなのがアイズがアイズである所以。
まぁ、本編だとイケメンなアイズになるのでまた次章からかっこいいアイズにしたいです。

そして次話が今回のメインカップリング話となります。

続けてどうぞ。


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Act-Extra plus 「Gift from an unsociable angel」

今回の特別編のメインカップリングのアイズ×シール編です。



「へっくちっ……!」

 

 可愛らしいくしゃみをしながらアイズが身を震わせた。もう冬も季節だ。見えなくても雪まで降り出したことも冷たさでわかる。

 

「う~、寒いわけだよ。へくちゅッ」

 

 実はアイズは寒さに弱かった。孤独だったときを思い出すからでもあるし、人肌の暖かさが好きな分、雪の冷たさは苦手だった。

 こんなときに限ってアイズは一人で雪の降る街を歩いていた。普段はセシリアやラウラが一緒なのだが、二人はそれぞれ任務中だ。アイズだけがオフだったので、たまには一人でできるもん!的なノリでショッピングに出かけたのだが、今更ながら寂しくなってきた。

 カレイドマテリアル社の影響が強い慣れ親しんだ街なのでアイズも一人で出かけても完璧に把握しているが、それでも街を一人で歩くのは少々昔を思い出して寂しく思う。

 

「早くセシィの好きな茶葉を買ってこよっと。あ、ラウラちゃんにもお土産買わないとな~……っと!?」

 

 曲がり角でふと誰かとぶつかりそうになる。気配察知は得意でも気が散っているとやはり散漫になりがちなのが難点だった。すぐさまぶつかりそうになった相手に向かって謝罪する。

 

「あ、ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ不注意、を………」

「ん?」

「え?」

 

 アイズは気配で、そして相手はアイズの姿を見て互いの存在を認識する。アイズの感覚には自身の身に宿るものと同じナノマシンの鼓動がはっきりと感じ取れた。

 

「シール?」

「……アイズ、またあなたですか」

 

 シールにつられるようにアイズの目が疼く。ほんの少しだけナノマシンを活性化させて片目だけ開けると、そこには予想通り、真っ白な少女が真っ白なコートとマフラーをして立っていた。その天使と見紛う美しさには同性でも嫉妬してしまいそうだ。しかし、不機嫌そうな無愛想を貼り付けたその表情がアイズに向けられていた。

 しかし、それがいつものシールの表情だと知っているアイズはそれを確認すると再び眼を閉じる。

 

「私を前にして視界を閉じますか。相変わらず頭がお花畑のようですね」

「どうせまたパシリでお菓子でも買いにきたんでしょ?」

「パシリではありません。私はこれでも幹部なのですよ!」

「(なんか可愛いな)」

 

 ムキになったように言うシールに奇妙な親近感を覚えてしまう。前から思っていたが、シールはけっこう天然なところがある。(もちろんアイズが言えることではないが)

 それにどうやら公私の区別ははっきりするタイプのようで、おそらくシールもオフであろう今はまったく戦意が感じられない。だからアイズもシールを警戒しない。甘いことはよくわかっているが、それでもシールを信じた。

 

「シールってけっこう可愛げがあるよね」

「バカにしているのですか?」

「褒め言葉だよ」

「ふん……どうしてこうもあなたとは縁があるのでしょうね」

「運命だね!」

「殺し合う、という意味なら同意しますが」

「んー、でも」

「でも、なんなのです?」

 

 アイズはにっこりと笑いながら自信満々に言い放った。

 

「本当は友達になる運命かもしれないよ?」

「そんな運命は、胡蝶の夢です」

 

 アイズの希望を、しかしシールは嘲笑して否定する。それでもアイズは笑顔を浮かべたまま、そのシールの答えがわかっていたように即座に返した。

 

「じゃあ試してみようよ」

「試す?」

「今日一日、ボクに付き合ってよ」

「……なぜですか」

「それでシールがずっとそんな無愛想な顔だったら、シールの言うとおり。ボクとは友達になれないかも。でも一度でも笑えば、ボクと友達になれるかも。どうかな?」

「くだらない。そんな座興に付き合う義理はありませんね」

「あれ? 逃げるの?」

 

 ものすごくいい笑顔で言われた挑発にシールがムッと顔をしかめる。アイズに対抗意識を持っているシールにとってアイズから逃げるというのは屈辱なのだろう。

 

「誰が逃げるというのですか」

「じゃあ決まりだね!」

「……いいでしょう、どうせ夜までは予定もありません。あなたの悪趣味に付き合ってやりますよ」

「ふふ、ありがと!」

 

 こういう人のことをなんていうんだっけ、ちょろかわ? と思いながら笑ってお礼を言うアイズ。 とにかく、これで言質は取った。一人で寂しかったアイズはちょうどよく現れたシールを無理矢理に仲間に加え、気分を良くして再び歩き出す。

 

「なぜ手をつなごうとするのです」

「え?」

「なぜそこで疑問に思うのです!」

「なにを言ってるの? 一緒に出かけるってことはデートってことだよ。簪ちゃんが言ってた。だから手をつなぐの」

「どこの理屈ですか!?」

「さぁ行こっか」

「だから! 手を繋ぐなと言っているのです!」

 

 

 ***

 

 

「けっこう強引なんですね」

 

 諦めたように呟くシールの左手はしっかりとアイズの右手とつながれている。執拗に手をつなぐことを要求してきたアイズに折れた形である。しかし、なんだかんだでシールも無意識にきゅっと手に力を入れて握りしめている。

 それにしても、この二人が並んで歩いていく光景というのはいろいろな意味で凄まじいものがある。可愛らしさを体現したような容姿のアイズと、美しさが形となったようなシール。二人の周囲だけまるで別空間であるかのように、現世から切り離されているかのように未知の領域と化している。すれ違う人々は何度も振り返り、二人に視線を向けている。それでも声をかけようという人間はいない。声をかけるという行為すら躊躇うほどに二人の姿は幻想的とも言えるようだったから。

 

「どうせシールもおつかいなんでしょ? ボクも手伝ってあげるよ! ボクはこの街のことならよく知ってるからね!」

「見えないくせに、ですか?」

「見えなくてもわかるから」

「まぁいいです。マカロンの美味しいお店があると聞いたのですが」

「あ、マカロンが好きなんだ?」

「べ、べつに。ただのお使いです」

「ふふっ、ご案内~」

 

 上機嫌で笑うアイズに、不機嫌そうに顔をしかめるシール。正反対でありながら、不思議と二人は噛み合ったように不自然さを感じさせない。互いが互いのことをわかっているから、ということもあるが、これが正しく二人の付き合い方なのかもしれない。

 アイズはシールを先導するように引っ張っていく。本当に目を閉じているのかと疑うほどアイズの足取りには迷いがない。この街を熟知しているというのは本当らしい。それでもやや急ぎ足のためかときどき人とぶつかりそうになるが、その都度シールがアイズの手を引いてフォローしている。

 そうしてやってきたのは駅に近い場所にある小さな菓子屋だった。観光ガイドにも載っていないが、知る人ぞ知る隠れた名店である。

 

「ここのお菓子はなんでも絶品なんだよ!」

「たしかに………これならプレジデントも満足してくれるでしょう。このエクストリームマカロンを三ケース」

「あ、ボクもラウラちゃんたちにお土産買わないと。いつものパーフェクトモンブラン五つで!」

「…………名称だけは首を捻りますが」

「そう? かっこいいとおもうけどなぁ」

 

 代金を払い、包みを受け取った二人が店を出る。シールからすればこれで用事は済んだのだが、アイズは頑なにシールの手を離そうとしなかった。

 

「手を離してくれますか?」

「や。まだ時間あるからいいでしょ?」

「……はぁ、もう諦めました。好きにしてください」

「じゃあ次はアロマキャンドルを見に行こう! シールもきっと気に入るよ!」

「はいはい、どこにでも連れて行ってください。今日だけですよ?」

 

 それからアイズはいろいろな場所へシールを連れて行った。お気に入りのアロマキャンドルを気に入るはずだからと無理矢理プレゼントしたり、日本から出店しているタコ焼き屋で買い食いをしたりと、日本にいたときに学んだ少女らしい遊びをシールに教えるように精力的に動いた。シールも文句を言いつつも一度口にしたことは守る性分なようで律儀にアイズについていっていた。

 

「どう? そろそろ笑えそう?」

「ありえませんね」

「そっかー。あなたを笑顔にするのは難しいな」

「無駄です。私に笑顔なんて……」

「ぜったい似合うのに。シールって笑ったことないの?」

「…………」

 

 シールの脳裏に浮かぶのは、自身の創造主を皆殺しにした時の記憶だった。自身の運命を縛る者をすべて排除したとき、シールにはじめて歓喜の感情が生まれた。

 しかし、あれ以来シールは笑った覚えがない。それは未だにシールが自身が抱くこの虚無感を払拭できていないためだ。その答えを見つけるまで、シールはきっと笑えない。

 

「じゃあボクが笑わせてあげる」

「…………」

「笑ったほうが、きっと楽しいよ?」

「……なぜ、そうも笑えるのです? あなたも、一度は絶望したのでしょう?」

「…………そう、だね。否定はしないし、できないかな。でも、だからなんだっていうの?」

「……?」

「絶望より大きな希望があれば、ボクは笑えるよ」

 

 精神を溶け合わせるまでもなく、シールにはそのアイズの言葉が本音だとわかる。それがアイズの本質だと理解してしまう。シールは自身の絶望を排除してきた。アイズは、絶望よりも大きな希望を見つけきた。

 それが二人の小さな、そしてもっとも大きな差異に思えた。

 

「……アイズ」

「ん?」

「あなたのそのノーテンキさが、私は少し羨ましい」

「むぅ。それって褒めてるの?」

「さぁ、どうでしょうね」

 

 シールは思わず口元が笑いそうになり、咄嗟に顔を背けた。ここでアイズにわずかでも笑みを見せることはシールには気恥ずかしくて耐えられそうになかったから。

 

「教えてくれてもいいの、に………っ!?」

「アイズ?」

 

 突如としてアイズが振り返り、封印していた目を見開く。シールもそのアイズの反応に驚きつつも、彼女の視線の先を追う。そして魔眼が容易くその状況を解析する。

 およそ十メートル先から走ってくる車が、ふらふらと怪しく揺れながら突っ込んできている。おそらく酔っ払い運転だろう。だが、そのルートの先にはまだ五歳くらいの女の子がそんな車に気付かずに歩いている。このままいけば、歩道に乗り上げた車に撥ねられる確率―――八割以上。

 シールがそう判断したときにはすでにアイズが走り出していた。それはシールですら驚くほど早い即断だった。

 

 

 

(―――なにより、あれを直感だけで察知したというのですか)

 

 

 

 目を封じていたアイズは、当然ヴォーダン・オージェの恩恵を受けていない。だから気配察知と直感でこの危機を察知したということになる。シールにすら持ち得ない超感覚に畏怖すら抱く。

 そう思いながらもシールもあとを追う。アイズよりも身体能力の高いシールならすぐに追いつける。しかし、その前に飛び込んできた車を前に、アイズが飛び込んだ。

 いきなりのことに固まっている少女を突き飛ばし、暴走車の死線から弾き出す。だが、それは同時にアイズが最も危険な位置へ躍り出ることになる。それでもヴォーダン・オージェを発動中のアイズにとって、車の速度などゆっくり散歩する程度の早さにしか感じない。十分に余裕をもって回避しようとする、が――――。

 

「へ?」

 

 背後から飛び込んできた影が、アイズを攫って空へと飛んだ。

 

 暴走者はそのまま歩道を乗り越えて壁に激突して停止する。周囲が騒然となって悲鳴が上がる中、まるで羽のような軽やかさで白い影が降り立った。ふわりと服や髪をなびかせながら降り立つ。信じられないような身体能力を見せるシールもそうだが、なによりその腕に一人の少女が抱かれていることが目を引いた。

 目をパチクリとさせながらシールにお姫様抱っこをされているアイズが少々混乱したようにきょろきょろとあたりを見回していた。

 

「へ、あれ?」

「まったく、手間をかけさせないでくださいよ」

「………ボク一人で躱せたもん」

「躱しきれない確率が二割ありました。私に感謝することです」

「うん、ありがとう」

「……そこで素直に言えることが、あなたの凄さですね」

「でもこの格好、ちょっと恥ずかしい」

「ならさっさと降りてください」

「ふぎゃっ!? い、いきなり落とさなくてもいいじゃない!?」

 

 尻餅をついてシールに抗議するも、シールはどこ吹く風でそっぽを向いてアイズに見られないように笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「思っていたよりいろいろあった一日だったかも」

「まったくです」

 

 もう日も暮れ、街灯の光で照らされる中、アイズとシールは二人でベンチに腰をかけていた。先程まで降っていた雪はもう止んでいたが、それでもまだ少々冷える。

 寄り添うようにアイズがシールに身を寄せる。シールも、もうなにも言わない。

 

「今日は楽しかったよ」

「疲れた一日でしたよ」

「結局笑わなかったね。ボクの負けか」

「…………」

「でも、また次は笑わせてみせるから」

「次、なんてありませんよ。次に会うときは戦場です。もう、今日のような友達ごっこにはなりませんよ」

「…………そっか、残念、だなぁ」

 

 アイズはこてん、とシールの肩に寄りかかるように頭を預ける。その声はどこか眠そうに蕩けるような響きだった。

 

「シール」

「なんです?」

「楽しかった?」

「………さぁ、どうでしょうね」

「意地っ張り……だなぁ……」

 

 すぅすぅ、と穏やかな寝息が響く。今日一日はしゃいだことでずいぶん疲れた様子だった。まるで子供だと呆れるシールだが、それでもそんなアイズを許容してしまうほど今の精神状態は穏やかだった。

 無防備な寝顔を晒すアイズを見つめ、シールもリラックスするようにアイズのほうへと重心を傾ける。寄り添うように頭を重ね、二度とこんなように穏やかに触れ合うことなどないとわかっているからこそ互いを許しあった。

 次に会うときは、再び刃を向け合う運命でも、なにかひとつでも違えば、争うこともなかったかもしれないもう一人の自分ともいえる存在を、静かに認め合う。

 

「あなたは、本当に私を友にしたがっているのですね」

 

 友になりたい。だから友であろうとする。だからアイズはずっとシールを笑わせようとしていたし、欠片もシールに敵意を向けなかった。むしろ親近感すら抱いて接していた。

 シールと友となるために、シールの友であろうとする。そんなアイズだから、シールも気を許したのかもしれない。

 

「へぅ、へっくちゅ……!」

「まったく……今日だけですよ、アイズ」

 

 シールは首に巻いてあるマフラーを半分解き、アイズの首元にかけてやる。寒そうにしていたアイズがそのマフラーのぬくもりを感じて、さらに表情を柔らかくする。ヨダレでも垂らしそうなほど間抜けとも幸せそうとも言える顔のアイズを見ていると、シールももう妙なプライドとかどうでもよくなってきた。

 

「まぁ……もう夢の時間は終わりですがね」

 

 アイズとシールが仲良くできる。そんなものは胡蝶の夢。魔法がかかったシンデレラと同じだ。

 次に合うときは、互いが互いの理由で、刃を重ね合う関係に逆戻り。シールは眠るアイズを起こさないように立ち上がる。

 

「次は戦場で会いましょう。……さようならアイズ。少しは楽しかったですよ」

 

 最後にもう一度アイズを見つめ、その寝顔をしっかりと記憶に刻み付けると、それを見ていたシールは自然とアイズに笑いかけた。

 

「賭はあなたの勝ちですね。それはお礼です。大事にしてくださいよ」

 

 そして今度こそ振り返らずに去っていく。残されたアイズの首に、自身がいた証を残したまま――――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あら、おかえりなさいアイズ。遅かったですね?」

「うん、まぁね」

 

 少し眠そうなアイズが戻ってくると、スーツ姿のセシリアもちょうど帰還したところらしくエントランスでばったりと出くわした。アイズは少々疲れたようにしているが、まるで遊び疲れたというようにどこか楽しそうにしている。

 

「なにかいいことでもありましたか?」

「うん、ちょっとね」

「それに………そのマフラー、どうしました?」

 

 セシリアは見慣れないマフラーがアイズの首に巻かれていることに気付く。こんなマフラーはアイズは持っていなかったはずだ。買ってきたにしては、アイズのセンスとは少しずれるものだ。

 

「これはね、もらったんだ」

「もらった?」

「うん、無愛想な天使からのプレゼント。ふふっ」

 

 アイズは大事そうにその真っ白なマフラーを優しく撫でる。

 

 それは、今日という日を無愛想な天使と一緒に過ごした証であった。

 

 

 

 

 




2話同時更新の2話目です。

普通に仲がいいアイズとシールのお話でした。

この二人は普通に仲良くできそうなのに本編だと戦ってばかりです(苦笑)通算100話突破記念として書いてみましたが、けっこうこの二人のカップリングにもたくさんの可能性が見いだせました。

こういう二人が戦い合うっていいですよね!

とにかく、これでとうとう100話という大台を突破できました。どこまで長くなるかはわかりませんが、また次回から本編を綴っていきたいと思います。

ここまで書いてこられたのも、皆様の応援があってこそです。これからもお付き合いいただけたら幸いです。

ご要望、感想などお待ちしております。

それではまた次回に!


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Chapter10 プロジェクト・バベルメイカー編
Act.88 「激震へのカウントダウン」


「報告は以上となります」

 

 イーリスからの調査報告を聞き終えると咥えていた煙草を灰皿に押しやった。そうしてまた煙草を取り出して手馴れた手付きで火をつけ、煙を吸いながらしばしなにかを考えているように虚空を見つめていた。イーリスはそんなイリーナを見つめながら彼女の言葉を待っている。

 今回新たに得た情報としては、前々から推測されていた亡国機業内の勢力図の一部が明確になったことが大きい。マリアベルをトップとした様々な組織に根を張る秘密結社であるが、それは決して一枚岩ではない。組織というものは大きくなればなるほどに統制が難しくなるのでそれも必然ではあるが、マリアベルがその気になれば完璧な統率がなされた集団となっていたはずだ。なのに意図的にそれをしていない。

 むしろ反逆の芽をわざと放置していた節がある。判断に困るところだが、マリアベルの正体がレジーナ・オルコットだと知っているイリーナからすればそれは納得のいくところだった。

 なぜなら、彼女の知るレジーナ・オルコットは刹那主義であり、快楽主義。そして退屈を非常に嫌い自己中心的で強欲。優秀すぎるがゆえに、思い通りにならないことを愛でる。どこまでも傲慢に、そして傍若無人に突き進む魔性の女なのだ。

 イリーナにとってはよく知る姉だ。だが、おそらくは偽者だろうと思っていた。すなわち、実の姉のクローン、というのがおおよそ間違いないだろう。なぜなら、その狂気の方向性がイリーナの知るそれとは少しだけ違っているからだ。

 昔からイリーナの姉、レジーナ・オルコットは内心で他者を見下す傾向が強く、それに見合った才能を持っていた。自分こそが至高だと信じて疑わず、妹であるイリーナを含め、他者に求めるところは使えるか否か、それだけだった。

 そんな姉に愛想を尽かしたのはもうずいぶん昔になる。同じく才能豊かだったイリーナは姉に使われることを嫌い、わざとオルコット家そのものに反発して家名を捨てた。今にして思えば、そのときに一発顔を殴っておけばよかったと本気で思っていた。

 

「――――姉さん、あなたは生きていても死んでいても、結局迷惑しかかけないのか」

 

 自身の身内が最大の障害となっている現実に、イリーナは言葉では言い表せないほどの不快さを感じていた。

 昔から邪魔な存在だった。なにをしても許されるというなら、殺してしまいたいと思うほどに。

 

「だが、あなたの思うようにはさせないよ」

 

 マリアベルがレジーナだろうが、レジーナの亡霊だろうがやることは変わらない。イリーナは、イリーナの目的のために、その障害となるものはすべて排除すると決意している。その最たるものが、今の世界。そして亡国機業。あとはIS委員会や無人機派の国もそうだが、この程度なら世界情勢コントロールすればどうとでもなる。そのためのカードもこの十年で用意してきた。篠ノ之束と協力関係を構築し、IS産業において絶大な権力も手に入れた。

 すべては、イリーナの目的のために。そのために世界を壊した。自己中心的な理由で世界を揺るがすという点では、たしかに姉妹と納得できる暴虐さかもしれない。それを欠片も後悔していないこともそっくりだろう。

 イリーナは底冷えするような目をしながら、告げる。

 

「計画をフェイズ3に移す」

「……!」

「同時にフォクシィギアのC型装備を発表する。機体の供給量も増加させろ。準備はどのくらいで可能だ?」

「はい、二週間もあれば」

「ならば秘匿区画の規制解除の準備も進めろ。これを含め、三週間後に世界に明かす。また世界は揺れるだろうが、今更だな。馬鹿どもの見苦しい争いも見飽きたところだ。そろそろISの本来の価値を示さなければな」

 

 そう語るイリーナの目の前には、【Top secret】という印がなされ、厳重に保管されている秘匿資料のファイルが広げられていた。

 同じく、そのファイルに記されたタイトルは―――【Project Babel Maker】。

 

 

「プロジェクト・バベルメイカー………世界に反し、天へ至る道を創るとしよう」

 

 

 バベル。旧約聖書の「創世記」に記された、人が作ろうとした天まで届くほど巨大な塔。その名を冠したカレイドマテリアル社の最重要計画。すべてはこの計画のために準備してきた。この世界の混乱も、そのための布石でしかない。

 イリーナが見据えるのは、この混迷した世界ではない。この世界を律し、宇宙へと至るための道の先にあるものなのだ―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 IS学園、生徒会室。

 定例となった生徒会役員会議という名目で集まったのは実質的な中心となっている面々だ。会長である更織楯無。その補佐として布仏虚と本音。新たに生徒会へと入った織斑一夏と更織簪。そして生徒会と一般生徒のパイプ役として働いている篠ノ之箒。監督役として同席している織斑千冬。さらにカレイドマテリアル社より出向しているレオン、リタ、シトリー。

 その中でまとめ役の楯無が皆の顔を見渡しながら目の前にある資料に目を向けた。学園の近況から、世界情勢の推移まで。現在揺れ動いている世界を推察しようとするように、細かい数字にまで目を通していく。

 そうした中で垣間見えるのは、この世界をコントロールしているある人物の手腕だった。

 

 

「大したものね、イリーナ・ルージュという人は」

 

 しばらく資料を眺めていた楯無が感心したように呟いた。その言葉に、部屋にいる者たちも楯無に注目する。

 

「絶妙な按配で世界をコントロールしてるわ。男女共用の新型コアなんて爆弾、一気に拡散させれば各地で大規模な暴動や紛争の火種になる。かといって少数に制限すれば大国といった強大な権力を敵に回して、やっぱり火種になる。でも、そうならないギリギリのバランスでコアを配っている。しかも、供給に限界を見せていないことから、カレイドマテリアル社しか新型コアを造れない以上、この情勢そのものが社を守る防波堤にもなる」

「そっか、仮にカレイドマテリアル社を潰したら、新型コアが手に入らなくなるからだね~?」

「だから自然と敵となるのは新型コアの反対派……女尊主義者たちと無人機支持派ね。でも、たった十年で出来上がった女尊主義なんてメッキみたいなものよ。そうした派閥は遠からず勢いを失うでしょう」

 

 本音の相槌に楯無も大きく頷く。しかし、深謀なのはここからだ。

 

「でも、それでもやっぱり灰色な手段を使う組織は少なくないわ。推測だけど、カレイドマテリアル社を狙ったテロ行為も、おそらく十やそこらじゃないほど起きているでしょうね。そもそも、セプテントリオンという部隊そのものがそうしたことに対抗するために作られた抑止力《カウンターフォース》でしょう? 違うかしら?」

「ノーコメント」

「右に同じ」

「記憶にないです」

 

 楯無の問いかけにレオン、リタ、シトリーは曖昧に誤魔化している。それがむしろ答えであったが、楯無もそれ以上のことは追求しなかった。はじめから期待していなかったというのが正しい。この三人がこの場にいるのはあくまで外部からのアドバイザーという立場だ。情報提供の有無はカレイドマテリアル社の意向に沿うものだけが与えられる。それだけでも儲けものと思うべきだろう。

 楯無はため息をつくと傍に控える虚に向き直る。

 

「ちょっと濃いお茶をお願いできるかしら? どうも疲れる会議になりそうだから」

「わかりました」

「みんなも甘いものとか食べておいたほうがいいわよ。ちょっと頭を使いそうだから」

 

 楯無がそう告げる前からパクパクとお茶菓子を食べていたリタがさらにペースを上げる。マナーのなっていないリタの頭をシトリーが叩いている光景を見ながら、楯無はずずずと茶を飲む。

 

 今回のこの会議は今後のIS学園の運営方針を模索するためのものだ。もちろん、生徒会として決定権があるわけではないが、学園生活の運営に関わる以上、意見の集約は必須なことだ。楯無が生徒会長でいられる任期も残り少ない。そうした引き継ぎもあるために積極的にこうした話し合いの場を設けていた。

 

「さて、では次期生徒会長の一夏くん? あなたの意見から聞こうかしら」

「あー、それマジなんですかね? 俺はIS乗って一年足らずなんですが」

「謙遜しなくていいわ。むしろ一年でエース級になった実力を評価してるのよ。簪ちゃんたちは補佐向きだし、あなたが一番ふさわしいとおもうわよ? まぁ、生徒の信任を得てから、になるけど」

 

 それもまったく問題ないだろう。むしろ現在のIS学園における一夏の人気はかなり高い。はじめこそ客寄せパンダのようだったが、今のその実力は申し分なく、さらに先の無人機襲撃事件においても多大な戦果を上げていることも評価されている。そして相変わらずの朴念仁であるが、女生徒からの人気も変わらず高い。一種のアイドルのような扱いであった。

 女の子からきゃーきゃー言われることも多くなり、その度に近くにいる箒が睨みを効かせている。もっとも、今の一夏はストイックに現状改善に励んでいるために色恋などまったく頭にないだろう。

 

「生徒会長に一夏くん、補佐に簪ちゃんたちがいてくれれば安心ね」

「でも、男の俺が会長になると反発が起きませんか?」

「起きるでしょうね。でも、必要なことよ?」

「ISは、もう女だけのものじゃない。そういう証明になるから、ですね」

 

 微笑みながらシトリーが告げたことに、一夏は少しだけ嫌そうな顔をする。

 

「けっきょく客寄せってことですか?」

「象徴、というべきね。どうあっても、世界は変わっていくわ。そして、新しい世界を受け入れる、という意思表示になる。大事なことよ?」

「暗に新型コア派ってことを言うものだから無人機派から襲われるかもしれないけど……」

「リタッ!」

「あいたっ、ごめんなさい」

 

 空気を読まないリタを叱られる姿を見ながら、楯無はそのリタの発言も決して杞憂事ではないと気を引き締める。実際にもうこの学園は大規模な襲撃にさらされ、半壊したのだ。目の前の三人が所属するセプテントリオンの介入によってなんとか撃退できたが、もしこの援軍がなければ間違いなくIS学園は壊滅していた。そして、もしまたあのような襲撃があれば、今度はセプテントリオンの助力に期待することは難しい。セプテントリオンを有するカレイドマテリアル社は今や世界の混乱の中心だ。そんな組織がひとつに固執するような行動は組織としてマイナスになりかねない。カレイドマテリアル社の加護を受けている、とみなされれば、抑止力は得られてもそれはIS学園そのものとしてはマイナスのほうが大きい。もはや有名無実になりがちだが、どの国にも縛られないはずのIS学園がひとつの組織の傘下に収まっているかのような状況は、その存在意義に関わり、遠からず衰退していくだろうからだ。

 そしてIS学園が潰れては困るカレイドマテリアル社側も、表向きは中立を保ちながら裏から支援している。レオンたち三人とフォクシィギアを渡したことが最大限の支援とみるべきだろう。

 

「限界はあるけど、独自に防衛策を練る必要もあるわね。……まぁ、なるべくなら外交でどうにかするべき案件なんでしょうけど。そのへんはどうです? 織斑先生」

「難しいな」

 

 監督役としてこの場にいた千冬がそれこそ表情を厳しくして答える。

 

「どこもかしこも、それどころではない、というのが現状だな。いくつかの研究機関に探りを入れてみたが、新型コアと無人機という二つの玩具の取り合いに夢中になっている、というのが率直な感想だ」

「私たちとしては教育機関である以上、無人機に傾倒するなんてありえないけど、研究機関なら好き勝手にできるからね」

 

 どこか達観したような簪の意見に全員が頷いている。そもそもIS学園に関わる人間として、無人機という存在自体を嫌悪する感情が強い。それはIS操縦者としての意地でもあるし、なにより襲われたことによる抵抗からだ。そのため、無人機を推すIS委員会との溝は深まるばかりだ。

 このままなら、ヘタをすれば本当に委員会との前面衝突も有り得る。

 

「今は新型コアと無人機の拡散が続いているけど、いずれその流れも飽和するわ。そうなったときがタイムリミット、ね」

「タイムリミット?」

「立場を曖昧にはできないってことよ」

 

 今はまだ、世界が混乱に包まれているから微妙な立場を取れるだけだ。本来ならIS委員会の下で運営されるIS学園が、その意向を完全に違えることなどあってはならないのだ。さらにいえば、IS学園は国際的な特殊教育機関であり、アラスカ条約の協定国のすべてに属する。イギリス国籍のセシリアたちが退学したように、所属する国がこの協定参加国から脱退すれば、それはIS学園に所属することができなくなる。

 しかし、カレイドマテリアル社が落とした新型コアという爆弾によってこれらの規定そのものの意義が失われつつあった。

 イリーナ・ルージュの発言の通り、現状のIS関連の条約はすべてISコアの数が不変という大前提のもとで作られたものだ。有限だからこそ、ISから得られた技術を共有財産とすることで世界の技術バランスがとられていたのだ。

 だが、それももう終わりを迎えた。男女共用可能の新型ISコアの登場と拡散により、今までの条約が無意味となったのだ。さらに、そこに容易に数を揃えられる無人機までが広められたことで各国はその方針によって多くの戦力を確保しようとしている。そこに国際的なパワーバランスなど、考慮する国など存在しない。

 そんな幻のように消えてしまいそうな土台の上に、今のIS学園はあるのだ。

 

「なにもしなければ、おそらく数年で廃校でしょうね」

「そんな……」

「不変数のISの取り合いは終わった以上、自国の戦力となる操縦者を世界中から一箇所に集めて育成するメリットはないわ」

「全員が将来の仮想敵ってわけ、だね」

「だからといって、このまま黙って潰れるわけにはいかない。国の思惑はどうあれ、ISというものを学ぶ教育機関は絶対に必要よ」

「……矛盾してませんか?」

 

 少し理解が追いついていない一夏がふとそんな質問をぶつける。国際的パワーバランスなどといったことはまだよく理解しきれていない。しかし、ようはISの数が増えたことで取り合いとなったためにIS学園の設立時の意義が失われた、ということだけはなんとなくわかった。それなのに、IS学園が必要という理由がわからなかった。それは、もちろん一夏としてもIS学園の存続は願うところだが、楯無の言う世界情勢を背景とした理由付けがよくわからなかったためだ。

 

「いい質問ね。ではもしもIS学園がなくなったとしたら、どうなるかしら?」

「どうって……国ごとに操縦者を育成する、とか?」

「半分正解。正確には、“軍事的教育機関”となって各国で育成される、よ」

「……!!」

「今各国が新型コアと無人機の確保に躍起になっているのは、軍事力の確保のため、とほぼイコールよ。かつて、ISによって現存する軍事力が覆されたときと同じような混乱が生まれているはずよ」

 

 そしてなにより、男でも使えることになったために軍隊としての機能が増大する。かつて女性限定であったことから多くの軍人が職を失うことになったが、今度は反対に屈強な男性がISを使う兵士として集められるだろう。

 数に限度があるゆえにIS技術を共有財産としなければならない理由がなくなったのだ。だから今まで以上に各国で競争開発が進み、その技術を独占しようとする。だからIS学園という場は必要なくなるのだ。

 

「それじゃあ……!」

「今はまだいいわ。私たちも新型コアを手に入れたし、まだ戦力確保に夢中になっているうちはどうにかなる。でも、一年後、二年後は? 各国で研究、育成のシステムが構築されれば、IS学園は淘汰されるわ。そうなったら、ここの生徒たちが将来殺し合うために教育される未来もありえないわけじゃない」

 

 部屋が沈黙に支配される。一夏たち、IS学園に所属する人間たちは皆俯いて状況の悪さに歯噛みしている。

 

「……………それでも」

 

 そこで、ある人物がはじめて口を開いた。一番端に座り、新たに暫定として一般生徒だけで設立されたIS学園復興委員会の代表としてこの会議に特例として参加していた篠ノ之箒であった。

 箒は、現実を語る楯無を見つめながら、はっきりと己の意思を言葉にした。

 

「それでも、私はIS学園には存続して欲しい。私もただ成り行きでここに入学した身だ。だが、今の私には目的がある。姉さんが望んだものを、ISが、夢を与えるものだと、そう世界に示したい。それが本来のIS……決して、兵器として作られたわけじゃないのだから」

「箒……」

「無論、私も今の情勢は理解している。ISを戦力として見なければならないことも承知している。それでも、何年か先、皆が笑って空を飛べるような、そんな世界にしたい。そのためにも、IS学園はその学び舎としてあってほしい」

 

 素直な、そして真摯な言葉だった。それは姉と再会して以来、箒がずっと願ってきた気持ちだった。

 甘い意見だ。だが、それでもなによりも尊いと感じるものだった。

 

「まぁ、IS操縦者としては底辺にいるだろう私が言えたことではないかもしれないが」

 

 そう自嘲する箒だが、今では積極的にISの操縦技術を学んでいる。かつてまったく興味すら示そうとしなかったISと、今ではしっかりと向き合い、学んでいることをこの場にいる誰もが知っていた。確かに実力はこの場の誰よりも低い。しかし、そんな箒こそがIS学園に夢をもって入学してきた生徒たちの代弁者にふさわしかった。

 

「……アイズみたい」

「え?」

「言ってることがうちのアイズにそっくり。アイズは誰よりも努力して強くなってるけど、それは全部夢のためだって」

「ああ、そういやよく言ってたな」

「アイズらしいね」

 

 シトリーとレオンの言った言葉に、簪が嬉しそうに笑った。アイズそっくりだと言われた箒も、なぜかむず痒いような気持ちになり、少し恥ずかしげに俯いた。

 

「でも、言うとおりね。今言ったことは結局、いろんなお偉いさんが机に頬杖付きながら考えるような夢のないことよ。でも、実際にここにいる私たちは違う。いろいろな考えはあれど、みんな自分の将来の希望や夢を抱いてここに来た」

「なら、ここをなくすわけにはいかねぇな……」

「あなたの期待の高さがわかったかしら、一夏くん?」

「次期生徒会長…………えらく重いもんだってよくわかりましたよ」

 

 神妙な顔付きで答える一夏に、全員が笑う。それは、皆の気持ちが同じだという証左だった。

 

「さて、夢のために現実に話を戻すわよ? というわけでIS学園としてもなんらかの手を打たなければ数年後にはまずいことは理解してもらえたと思うわ」

「と、いうからにはなにか策が?」

「いえ、ないわ。むしろなにかしたら委員会に目をつけられてヤバイというのが夢もなにもない現実よ」

「ダメじゃないですか!」

 

 一夏が立ち上がって叫ぶ。ここまで前置きしておいて「なにもできない」というのはあんまりだ。一夏も必死に頭を働かせているというのに、現状なにもできないというのはあまりにも不遇だ。

 しかし、楯無はどこか余裕そうな顔で扇子を広げている。

 

「でも、アテはある」

「どういうことですか?」

「……おねえちゃ、いえ、会長。そのアテってもしかして」

「IS学園が潰れたら困る組織があるんじゃないかしら? ねぇ、わざわざ新型機と新型コア、そして教導役まで送ってくれたカレイドマテリアル社の皆様方?」

「そりゃそうだ。だってここがないと計画が五年は遅れ………」

「リタッ!!」

「あ、ごめん今のナシ」

 

 大仰に口を塞ぐリタに、両脇のレオンとシトリーは頭を抱えている。どうも性格的にリタを送ったのは間違いだと思われるが、実際交渉以外ではリタの貢献度は高いために評価に困るところだ。

 

「他力本願と言われても仕方ないけど、これまでの行動を見るに、イリーナ・ルージュはIS学園を存続させる手をなにか打つ気でいるんじゃないかしら。もちろん、こっちの気遣いなんて皆無で、あくまであちらの都合で、だろうけど」

「…………仕方ない。絶対にばらすなと言われてないからな」

 

 諦めたようにレオンが姿勢を正して楯無に視線を向ける。

 

「確かに、カレイドマテリアル社の進める計画にここの存続は必要です。詳細は言えませんが、あなたがたがなにもしなくても今しばらくは維持できるであろう情勢を作り出すでしょう」

「この状況をひっくり返せるカードを持っている、のね。正直、けっこう詰みに近いんだけど」

「暴君の通り名は伊達じゃありませんから。そう遠くないうちにわかると思いますよ」

「そう。なら、私たちはその後に備えるべきなのでしょうね。任せるようで心苦しいところはあるけど」

「うちとIS学園は、表向き協力しすぎるのはマズイので、あくまで存続できる情勢を作るだけです。その中でどうこうする気はありませんので、運営はやはりあなたたちによるところになるかと」

「施しみたい、というか、施しなのでしょうね」

「ギブアンドテイクです。うちも利用させてもらうことになりますからね。でも、悪いようにはしないと思いますよ。そうなったら怒る人がうちにもけっこういますから」

 

 腹の探り合い、というよりは本音のぶつけ合いに近かった。協力関係ではあるが、同時にそれはカレイドマテリアル社からの都合のいい利用場所だからこその助力だ。それでも、IS学園側としてもマイナスはなくプラス要素しかないために断ることなどありえない。少し面白くないという心情こそあれど、たしかにそれは嬉しい申し出だった。

 なんとか次の一夏に繋ぐ前に、もっと安定した土台を作らなければ、と決意を強くする。そうすれば、今後のことは一夏や簪、それに箒たちがうまく導いてくれるだろう。そこにしっかりと繋ぐこと、それが楯無の生徒会長としての最後の務めだと決心していた。

 そんな内心を悟られないよういつもの笑顔のポーカーフェイスを浮かべながら、答えてくれないと思いつつも最大の疑問を口にした。

 

「いったいあの暴君はなにをする気なの?」

「そうですね、今言えることは――――」

 

 

 世界は今も大きく揺れ動いている。新型コアという爆弾を落とされたがゆえに。

 

 しかし、それはまだ終わっていなかった。むしろ、それが始まりだった。

 

 

 イリーナの意思を代弁するように、レオンが不敵な笑みを浮かべながらそれを告げた。

 

 

 

「新型コアなんて、変革のための前準備に過ぎない、ということです」

 

 

 

 




新章開幕。この章でイリーナと束の計画がついに明かされます。

最近は仕事が追い込みとなって更新が遅れ気味になりそうです。なんとか一定ペースを確保したいですが、気長にお待ちいただけたらと思います。

この章と次章あたりでまた大きな山場を迎えそうです。最近は主人公の活躍より周りが目立ってますが、またちゃんとかっこいいアイズを描いていきたいです。


それではご要望、感想お待ちしております。ではまた次回に!


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Act.89 「天へ、翔ける」

「アーイちゃーん!!」

「うわぷっ! 束さん~、どうしたんですかぁ~?」

 

 アイズがスターゲイザー内の最重要区画とされる束のラボに入ると同時に、待ち構えていた束に包容された。ぎゅー、という音が聞こえてきそうなほど熱烈な抱擁にさらされ、アイズがびっくりしつつもすぐに嬉しそうに笑う。

 この二人の関係を言い表す言葉は多々存在する。師匠と弟子。姉と妹。母と娘。親友。同志。そのどれもが正しい。

 アイズにとって束はセシリアとは違った特別だ。以前にも言ったように、アイズはまるで憧れるように束に“母”というイメージを強く重ねていた。アイズの夢を肯定し、無条件で味方になってくれる、そんな束にアイズが懐くのは当然のことだった。そして同じ目線で夢を語り合うことができる稀有な存在。アイズにとっても、束にとっても唯一無二の絆が確かにあった。

 

「わぷぷっ……! た、束さん、苦しい~」

「あぁ、ごめんごめん。束さんの豊満な胸はついつい可愛いアイちゃんを埋めたくなっちゃうんだぜい?」

「ん、もう。それでどうしたんです?」

「ふふん、アイちゃんへのプレゼントがついに完成したんだよ! みてみて! どれも自信作だよ!」

「博士の新作装備ですか?」

「あ、いたんだラウちん」

「はじめからいましたけど……」

 

 苦笑しながらもラウラは興味津々というように目を輝かせている。ラウラに限らず、シャルロットももうすでに束のオーバースペックウェポンにはもう驚くという無駄な行為はするだけ無駄だと悟っており、むしろ楽しんだほうが精神上好ましいという結論に至っている。

 ハイテンションの束はアイズを後ろから抱きしめたままタブレットを操作して空間ディスプレイを表示する。

 

「まずはこれ。前に渡しそびれた対艦刀をさらにパワーアップしたよ!」

 

 表示されているのは剣というより銃のような形状をした装備だった。肘から先の腕全体を覆うような大型で、柄の部分にはトリガーもある。そして束がさらに操作すると、シュミレーション画像として刀身が展開される映像が映される。まるで光が凝縮したかのような青白く光るエネルギーブレードが伸びていき、推定十五メートル長の大型剣へと変貌した。

 

「大型無人機や対艦戦闘を目的とした大型圧縮粒子刀【シャルナク】だよ!」

「お~!」

「大出力のエネルギーブレードだから斬るというより溶解させる剣だね。最大出力なら最高で三十メートルまで伸びるよ! あとあんまり使わないかもしれないけど剣だけじゃなくて銃にもなるひとつでふたつお得な武器っさ!」

「なるほど、だからこのような形状なのですね」

「まぁ、大出力ゆえにウェポンジェネレーターを積まないと使えないって欠点はあるんだけどね。レッドティアーズの特性の機動性が落ちるから相性はよくないけど、特殊戦仕様の武器かな」

 

 レッドティアーズtype-Ⅲはブルーティアーズtype-Ⅲやラファール・リヴァイブtype.R.C.と違い、大出力のエネルギー兵装を積んでいないためにウェポンジェネレーターを必要としていない。ほとんどが実体剣のため、大質量のジェネレーターの搭載による荷重負荷がない。ゆえにアイズの操縦に応えられる機動性を実現していた。特に俊敏性でいえばレッドティアーズはすべてのISでも最高峰の性能を誇る。こうした特性はラウラのオーバー・ザ・クラウドも同様だ。

 

「ま、量子変換してストレージに入れておけば普段は問題はないけどね。まだキャパシティには余裕があるし、戦術対応を視野に入れてこういうのもいるだろーしね~」

「そうですね……特に姉様は単機行動が多いから、選択肢は多い方がいいかと」

「それじゃ次だね! 今度は防御用、機動力をまったく落とさない鉄壁の装甲! しかもジェネレーター要らずの超スペック!」

「機動力を落とさない装甲で、ジェネレーターも要らない? マントやシェード系の装備かな?」

「ERFの亜種では? ジェネレーターがなくとも省出力での実現が可能だと記憶していますが」

 

 なぞなぞでも解くようにアイズとラウラが思いつく予想を口にする。こうした知識も必須事項として学んでいるために二人は専門用語を交えながら正解を想像する。

 

「ふふっ、惜しいね! 正解は【オーロラ・カーテン】だよ!」

「え、あれってパッケージ用の大出力兵装じゃ……?」

 

 オーロラ・カーテン。

 レッドティアーズの強化パッケージ、カラミティリッパーに試験採用されている防御機構。粒子を放出することで流動的なエネルギーの衣を纏い、実弾や熱量兵器を弾く特性を持った流体粒子装甲。しかし、そのためにパッケージに搭載しなければならないほどの大型、大出力のジェネレーターを必要とする兵装である。

 

「もちろん改良版だよ! エネルギーは機体そのものから拝借して、そしてピンポイントで展開する省エネ仕様! 回避型のアイちゃんならそれだけでも十分だろうし、緊急用のセーフティだね!」

「どの程度の防御能力なのです?」

「とりあえず至近距離からのショットガンくらいは弾ける」

「…………鉄壁だ」

 

 むしろ緊急用の防御機構としては申し分ないだろう。展開するごとにエネルギーを喰うというなら、むしろアイズのような回避型に搭載するというのも納得できる。生存率を高めるという意味合いは大きい。無茶ばかりするアイズにはぴったりの装備に思えた。

 

「………しかし、よくよく見れば全部技術革新どころじゃない気が……これ、常識から考えればとんでもない兵装ですよね」

「え? 普通でしょ? こんなの普通だよ」

「束さんの普通は、常識でいう規格外だから」

 

 そもそもウェポンジェネレーターと、その恩恵を受けた大出力・高火力兵装の搭載ですら他国にとっては未知の技術なのだ。一般的な技術者が見れば、特にシャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.の大火力兵装の同時展開などどうやってあれほどの出力を確保しているのかわからないと頭を抱えるだろう。いずれはフォクシィギア用の大火力兵装を出す予定ではいるが、現状ではこの技術はカレイドマテリアル社、そして亡国機業のふたつの組織しか有していない。(厳密にはISと無人機用という特性から同一とは言い難い)

 

「そしてこれが今回のとっておき! この束さんが半年をかけて完成させた最高の一品だよ!」

「おー、なんかすごそう!」

 

 そして束に連れられて入った部屋には、分厚い耐熱、耐圧の強化ガラスを隔ててなにかを厳重に保管していると見られる重厚なケースが鎮座していた。大きさはISサイズの標準的なブレードがちょうど収まるほどの大きさで、特に大型兵装というわけではなさそうだ。そのケースのロックを解除すると蒸気を排出しながらゆっくりと開封されていく。

 そこから現れたのはやはり一本のブレードであった。

 片刃の黒い長刀、柄は機械的な外装が取り付けられた近未来的なデザインであるが、その刀身には一切の曇りのない刃紋が見て取れた。アイズやラウラには馴染みのないものだが、それはまさに日本刀としての特色を備えたものだとわかる。そしてその刀身からは青白く光が漏れている。まるで刀自体が発光しているような淡い光が、さらにその刀を美しく見せる。それはまるで夜の闇の中で照らされる桜のように、見るものの感性を刺激する。

 

「これは……」

「………」

 

 アイズとラウラが息を呑む。しかもアイズは、閉じられていた瞳を開けて、金色に輝かせながらそのブレードを凝視している。それしか目に入っていないというように、無言でそのブレードを見つめるアイズに、ラウラも気圧されるようだった。

 

「た、束さん……」

「ん?」

「これは、………なに?」

 

 魅入られたかのように視線を外さないアイズに、束が満足げに頷く。さすがはアイちゃんだね、と心の中で賞賛する。アイズは、このブレードの特異性を感じ取っているのだろう。おそらくはその魔眼でもってすら理解しきれない、そんな存在を戸惑っているようだ。

 

「プロトタイプだけど、ほぼ完成系。世界唯一のブレード。これを超えるブレードはこの地球上には存在しない」

「そこまで言い切るとは、なにか特殊機能が?」

「いや、伸びたりするわけじゃないし、ノックスみたいに変形もしない。ただのブレードといえばブレードなんだけど、そのスペックが最高水準を超越した超水準なのさ」

「スペック?」

「これまでのブレード単体としての最高のものはリーたんのムラマサなんだけど……」

「リーたん? ……ああ、リタか」

 

 リタの持つ専用武装であるムラマサはこれまで束が手がけた中でも最高峰といえるブレードだ。特殊性や攻撃力なら雪片弐型もかなりのものだが、単一仕様能力なしで考えた場合、最高の切れ味を持つムラマサが最もハイスペックといえた。

 しかし、この目の前の剣はそれすらを軽々と凌駕する。

 

「それと比較すると、耐久度はおよそ八倍」

「!! ……それは、とんでもない頑丈さですね。ですが、そんな素材ならかえって重く……」

「重量は大体五分の一」

 

 続けて告げられた内容にラウラが絶句する。重さは五分の一、それでいて耐久度が八倍。それだけでも破格すぎるスペックだ。一概には言えないとしても、古来より軽くて丈夫な素材というのは理想とされている。特に戦いにおいてはその重要度は命に直結する。

 リタのムラマサでさえ、本人の要望通り機動性を最大限に活かすために徹底的な軽量化が図られている。刀という特性上、確かに耐久度は決して高いわけじゃないが、それでも無人機の装甲を切裂くほどの切れ味とそれを支える頑強さを有している。それに比較してなお圧倒的に軽く、そして強固なブレード。いったいどうやればそんなものができるのか、想像すらできない。

 

「それだけじゃないよ。とある方法を使えば、その強度と切れ味はさらに跳ね上がる。もちろんその際の重量増加もナシ」

「なんですかそのデタラメ……もはや魔剣ですよ」

「日本刀を模してるからむしろ妖刀?」

 

 そんな会話を繰り広げる束とラウラには目もくれず、アイズはただただそのブレードをずっと見つめていた。いったいどうしてなのかはわからない。でも、アイズの直感が訴えている。この剣はまるで自分の抱くものが形となったかのようだ、と。

 言葉にしようとしてもなかなかできない、そんな奇妙な感覚だった。まるで、長年求めていたものが、ふらっと目の前に現れたかのような困惑を覚えていた。

 

「束さん、触っても?」

「ん、いいよん」

 

 隔離室内の安全が確保されたことを確認してから重厚な扉が開く。ふらふらとした足取りでアイズが入室すると、未だに残る熱気を感じながら、ゆっくりと中央にあるそのブレードに近づいていく。発動できる最高水準でのヴォーダン・オージェでじっとその奥底まで見通そうとするが、それでもそのブレードはまるで深淵が凝縮しているかのように、アイズの目をもってしてもその本性を明らかにできない。恐怖にも似た、畏怖の念を抱く。しかし、それを苦には思わない。

 なぜなら、この言いようのない圧迫感、そして開放感を同時に与えてくれるこの感覚に、強い親しみを持っていたのだから。

 

 ゆっくりと細い指がその刃に触れる。まだ少し熱を持ったその刀身に浮かぶ刃紋をなぞるように指を這わせながら、アイズは知らず知らずに口元に笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、さすがのアイちゃんもびっくりみたいだね。なにを隠そう、この剣は……!」

「宇宙」

「ほへぅ?」

「この剣は、宇宙ですね?」

 

 はっきりと確信が込められたアイズの発言に、束とラウラが唖然として固まる。束は驚愕に、ラウラは困惑を強くその顔に映し、口を開けた間抜け顔でアイズを見つめ返した。

 

「姉様、宇宙って、それはさすがに……」

「いいや、アイちゃんの言うとおりだよ」

「え?」

 

 束が脱帽したというように苦笑しながら拍手する。まさか、このブレードを見て触れただけでその本質に行き当たるとはさすがの束も予想外だった。どうやら、アイズの直感は超能力級どころではないものだったようだ。

 

「そうだよ。そのブレードはね、宇宙が材料なんだよ」

「う、宇宙?」

「そしてそれが、今回の目玉にもなるものなんだね、これが」

 

 アイズを優しく抱きしめながら束が楽しそうに告げる。

 このブレードそのものが、再び世界を変えるための試金石にも等しい。常識から考えても規格外の性能を誇るこの宇宙でできているという剣によって、再び世界は変わるのだ。

 

「……ん、そろそろイリーナちゃんの演説の時間だね。どうせならイリーナちゃんの話を聞いてから説明してあげるよ。この剣は、私の、私たちの夢への羅針盤だってね!」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「お久しぶりですね、鈴さん」

「おひさー、セシリア。いろいろ迷惑かける……、いや、かけたわね」

「構いません。歓迎いたしますよ」

 

 カレイドマテリアル社の応接室にて、セシリアは半年ぶりの戦友との再会を果たしていた。名実共にカレイドマテリアル社最強の操縦者であるセシリアと引き分けた実績も持つ、元中国代表候補生にして世界でも稀少な第二形態移行機所持者。近接格闘戦における最強候補の一人、―――猛る龍虎の体現者、凰鈴音。鈴は変わらないトレードマークであるツインテールと口から覗く八重歯を見せながらニカッと笑ってセシリアと握手を交わす。

 

「事情はお聞きしましたが……災難でしたね」

「ま、仕方ない。あたしの現状認識が甘かったってこともあるし」

「本音は?」

「あたしは悪くない。異論は認めるが押し通す」

「ふふっ、相変わらずなようで安心しましたよ」

 

 変わっていない鈴の破天荒さに不思議と安心しながらセシリアも笑みを返す。

 鈴の事情はたしかに同情もするし、セシリア個人としても憤慨するものであったが、そうした世界へと変えた一端を担った身としては謝罪のひとつでもするべきかという思いもあった。しかし、鈴がそんなものを望んでいないことがわかっているセシリアはなにも言わず、出来うる限りの対応をすることにした。

 実際、鈴がセプテントリオンに入隊することはセシリアにとっても思いがけない幸運だった。代表候補生、さらに近いうちに正式な代表にもなると言われていた鈴をこちらの陣営に加えることは難しいと思っていただけに、今回の鈴の申し入れは棚からぼた餅といえるほどの僥倖だった。

 セシリアはそれだけ鈴を評価しているし、本社のほうでも束の手がほとんど加わっていない甲龍で、魔改造機ともいえるカレイドマテリアル社製の機体と張り合う鈴の実力は高く評価されている。さらに機体性能ではなく、鈴自身の技量をISに反映させるというカレイドマテリアル社でも難しいことをあっさりとやってのけ、武器を使わずに掌打で無人機を木っ端微塵にするほどの破壊力と継戦能力の高い防御力。機体スペック、そして鈴の技量、どちらも申し分ない。是が非でも欲しいと思っていた。

 

「あとお師匠たちと麗華の受け入れも感謝してるわ」

「こちらの台詞ですわ。あれほどの人材など、そうはいませんよ」

 

 さらに嬉しいことは、鈴の師匠とされる二人も同時にカレイドマテリアル社が得たことだ。鈴以上の格闘能力を持つ紅雨蘭、そして束がスカウトするほどの頭脳を持つ紅火凛の姉妹。かつての鈴との模擬戦の際に意見交換会で会っていたのでその人となりもわかっている。あの束も珍しく火凛の加入を歓迎していた。

 そして拾ったという麗華もついてきたが、セシリアが援助しているオルコット家の保護施設に入居させることにしている。本人は鈴と一緒にいたかったみたいだが、流石にそれは難しいため数年は教育期間として納得してもらった。数年後にはそれこそセプテントリオンの一員になっている可能性もあるが。

 

「セシリア」

「はい?」

 

 鈴の表情がこれまでの笑みを消し、なにかを耐えるような顔付きへと変わる。突然の変化にセシリアも戸惑うが、その表情から鈴の覚悟を感じ取って佇まいをなおす。

 

「あたしははじめてあんたたちの気持ちがわかったわ。使いようによってはいろいろできそうな無人機を、どうしてああまで憎んでいるのか……それがね」

「…………」

「隠してるみたいだけど、なんだかんだいってアイズが一番それが顕著よね。あの子、無人機には躊躇いなく刃を突き立てるし。まぁ、無人機ゆえの容赦のなさかとも思ってたけど、あれはそれだけじゃないわ。決して忘れられない、……あえて言うわ。憎悪、そんなものが込められてた気がするのよ。そしてそれはあんたにも言えるわ」

「………鈴さんの洞察力も変わらず怖いですね」

「理由はわかるわ。昔話を聞かせてもらったし。なんとなく察してる。そしてあたしも今回のことで、その気持ちもようやく理解できたわ」

 

 鈴は苛立ちを隠そうともせずに威嚇するような凄みのある笑みへと表情を変える。今目の前に敵が現れれば、すぐにでも喰らってやるとでも言うように戦意を滾らせている。

 

「気に入らないわ。あいつら、あたしの拳で完膚無きまでに砕いてやるわ」

「頼もしいですね。まぁ、いずれそんな機会もやってくるでしょう」

「で、…………仲間になったことだし、教えて欲しいんだけど?」

「なにをです?」

「いろいろ聞きたいことは多いけど、………まぁ、核心を言うなら、いったい何をする気なのか、かしらね。あんたたちは、この世界をどうしたいの?」

 

 これまで重要機密ゆえに聞けなかったことだ。鈴もそれは理解していたし、だから聞くこともなかった。セシリアもアイズも、決して話さなかっただろう。

 だが、退路を絶ってセプテントリオンに入隊した鈴も、それを聞く権利くらいあるはずだ。

 

「聞いたら本当に戻れませんよ?」

「心配しなくていいわ。あたしはもう、あんたたちの目的を成し遂げるまで付き合ってやるって決めてんのよ」

「男前ですね。鈴さんがもし男なら惚れていたかもしれませんわ」

「そんなこといって、アイズに言いつけてやるわよ?」

「アイズは男女とか恋とか、そんなものを超越した私のすべてですから問題ありませんわ」

「ブレないわね、あんたも」

 

 互いに軽口を言い合うも、すぐに緩んだ空気を締め直す。セシリアは一度時計に目を向けてから、鈴を誘うように立ち上がって手を伸ばす。

 

「こちらへ。早速ですが、任務に同行してもらいます」

「任務?」

「社長の護衛任務です。鈴さんの疑問も、そこではっきりするかと思いますわ」

「ふぅん? 今度はどんな爆弾を落とす気なわけ?」

 

 鈴の挑発するようなその問いかけに、セシリアは笑って流す。そんなセシリアを見て、鈴も苦笑しながら肩をすくめた。

 

「ま、いけばわかるんならいいわ。なにを見せてくれるのか楽しみよ」

「ふふ……期待していただいていいですよ。鈴さんには特別に特等席で見せましょう」

 

 爆弾。たしかにそうだろう。セシリアたちは、この混迷に揺れる世界をさらに揺るがすことを始めるのだ。それが罪かと問われれば、否定することはできない。だが、そんなものは後世の人間が評価するべきことだ。

 今はただ、同じ思いを抱く仲間とともに突き進む。だから、新たに仲間となった鈴にも見せるのだ。

 

「世界が、またひとつ変わる瞬間を」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それから半日、いや、一日近くは経っただろうか。とある経緯により体感時間がよくわからなくなっている鈴は、気疲れから生じるだるさを少々感じながら、物々しい雰囲気の場所でセシリアと並んで佇んでいた。目の前には忙しそうに準備をする多くの人間と、そのほかに周囲を警護する人間がいる。そんな空間の中央に、リラックスしたように煙草を咥え、紫煙を吐く女性がいた。

 

 今となっては鈴の雇い主であり、上司ともいえる世界を変えた主犯とも呼ばれる暴君――イリーナ・ルージュである。

 

 今回のイリーナの発表はかつてのように記者たちを前にしてのものではなく、衛星を経由して全世界にリアルタイムでの一斉配信という形式となっている。それは、もはや数え切れないほどの組織や国から目をつけられ、暗殺の恐れが高まっている彼女の安全を図る意味合いもある。しかし、それ以上にイリーナの意図するところがあったが、それはまだ知られてはいない。

 すべてを無理矢理にでも理解させる準備はできている。一切の反論も、疑問の余地も挟ませずに一方的に告げる。

 それは、宣告であった。

 

 進行を務める女性に呼ばれ、イリーナがカメラの前へと立つ。今現在、機器を通じて全世界にイリーナが映し出されているだろう。ただの企業の社長である彼女は、まるで女王のように揺るがない自信を纏い、静かにカメラの向こうにいるであろう人間たちを見つめている。

 そんなイリーナとは初対面の鈴も、堂々と君臨する彼女に視線を向けている。入隊の挨拶として少しだけ会話を交わしたが、さすがは暴君と呼ばれる女傑だ。師である雨蘭とは違ったベクトルで畏怖を感じる女性だった。

 

「カレイドマテリアル社が魔窟って呼ばれる理由がよくわかるわ。まさにラスボスが統治する魔界の如しね」

「さながら、私たちは幹部ですか? 鈴さんもその一員ですね」

「なんか中ボスっぽいポジションね。ま、いいけど」

 

 もしそうなればラスボスにイリーナ、隠しボスに束といったところだろうか。勝てる気が一切しない布陣である。そんな一味に加わったことに自身の人生の流転具合を他人ごとのように楽しみながら稀代の暴君へと目を向ける。

 畏怖と同時に、人を惹きつける魔性の美貌を携え、ゆっくりと、そして昂然としながらイリーナが微かな笑みを浮かべたのち、静かに動いた。

 

「――地球の上で生きる、すべての人間へ告げる」

 

 決して大きくはないが、まるで聞く人の耳を侵食するかのような声だった。しかし、それは決して優しい声ではなかった。むしろ、心の中を蹂躙するかのような、暴虐さを現したかのように、聞く人間の関心を強制的に掴むかのように抵抗すらさせずに鈴の心を強ばらせた。

 今の世界を変えた女の言葉ということもあり、多くの人間が彼女に注目していた。中にはただの興味本位で見ていた者もいるだろう。敵意を露に睨んでいる者も多いだろう。

 そして、ただただ楽しげに見ている魔女もいるだろう。

 そんな全ての人間の目が向けられる中、イリーナの演説は始まった。

 

「人が歴史を刻んで幾星霜、そしてISが登場してからおよそ十年。しかし、この十年の歴史は、迷い続けただけであった。本来ならば歴史の転換期であったはずの十年前のその日、一人の人間が夢見た小さな世界を変えるはずだったそれは、世界を歪め、正道を見失った」

 

 それはISに傾倒し、権力争いに夢中になっていた国や人間のすべてを否定した言葉であった。あまりにも傲慢、そして不遜な言葉に聞いていた人間に悪感情が生まれてくる。しかし、それすら呑み込んで暴君はその怨嗟の感情すら戯言だと斬り捨てる。

 

「今日、ここで告げる。地球という偉大な、そして小さな大地に固執する時代は、もう終わりにするべきなのだ」

 

 だから、挑む。理と、知恵と、信念と、暴虐さでもって世界を、いや、世界の外へと拓いて往くために。その道も指標もない深淵と果て無き無限を宿すそこへ至るために。

 

「我らは、これより宙へと上がる。地を這う時はもう終わる。そしてISがあるべき姿へと戻そう。インフィニット・ストラトス。その名の通りに、無限の宙を往く塔を創ろう」

 

 イリーナが手を振ると、背後の大型スクリーンに文字と合成映像が浮かぶ。どこまでも高い、雲のその先、宇宙へと至るまでの神話の時代のような神聖さすら感じるような巨大な塔がそこに映されていた。

 

「カレイドマテリアル社は今後、最優先、最重要と位置づけ、この計画を推進する」

 

 スクリーンに映されている計画名称は―――【Project Babel Maker】。

 

 

 

 

 

「地表から静止軌道上に位置する宇宙軌道ステーションとを繋ぐ、軌道エレベーターを建造する」

 

 

 

 

 天へと至る道。それはまさに人が天へと挑んだバベルの塔であった。世界規模で宇宙開発が頓挫している中、荒唐無稽とも言われるそれをイリーナは絶対の自信を宿した言葉で宣言した。

 

 




ここからはイリーナさんの演説、そして謎のブレードの真の価値が明かされていきます。

軌道エレベーターも実は計画の一端であってそのさらに先まで見据えた巨大プロジェクトだったりします。よくアニメや小説で軌道エレベーターが描かれますが、カーボンナノチューブの登場で現実でも決して夢物語ではないものだと言われています。夢が広がりますね!

次回以降、この物語の重要な計画が明らかになっていきます。

ご要望、感想などお待ちしております。それではまた次回に!


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Act.90 「世界が変わるとき」

「お疲れ様、そして久しぶり」

 

 セシリアと鈴に近づいてきたのはスーツを着こなしたシャルロットだった。かつて男装してIS学園に来たときのように、一見すればまるで王子様のように似合いすぎる格好をしたシャルロットを見ながら鈴が手を振って応える。

 

「よっ、あんたも元気そうね」

「おかげさまで、ね。入隊したんだってね。ようこそ、セプテントリオンへ」

「これであたしも魔窟の仲間入りってね」

 

 くすくす笑うシャルロットはおかしそうにしているが、その佇まいに隙は一切感じられない。こういってはあれだが、鈴から見ても以前のシャルロットには常在戦場のような心構えは皆無だった。だから突発的な対処は弱そうだとすら思っていたし、それが一般的な普通だということもわかっていた。半年程度でこうも変わるものなのか。雨蘭に鍛えられてきた鈴はごく自然と身に付いた心構えであったが、シャルロットも今ではその域に到達しているようだ。

 IS学園でもそんな人間は多くない。例外は軍人だったラウラと、普段からまったく隙のないセシリアくらいか。アイズは天然でボケるくせにその超能力級の直感のおかげでむしろ隙があるのにないという評価に困るものだったが。

 

「やっぱりあんたもいたか。わざわざ“こんなとこ”まで、ご苦労ね。あたしも連れてこられてびっくりしたけど」

「いい経験だったのでは? アイズなんて何度来てもおおはしゃぎですよ?」

「あの子はそりゃそうでしょうよ」

「ふふ、でも僕もワクワクしたな。アイズの気持ちも、わかる気がするよ」

「ま、たしかにね。それにもともとそういうものだしね、ISって」

 

 少女三人が談笑する光景というのは微笑ましいものだが、三人は笑ってはいるが常に適度な緊張状態を維持している。この場の雰囲気がそうさせるということもあるし、このあととんでもないことが起きるとわかっているからか、まるで未知との遭遇を待つかのような心持ちでその時を待っていた。

 

「アイズとラウラは?」

「別任務で、今頃は月の付近じゃないでしょうか」

「また楽しそうな遠足ね。アイズがはしゃぐ姿が目に見えるわ」

「反対に落ち込んでる人もいるけど?」

 

 シャルロットが悪戯っぽい流し目でセシリアを見やる。その視線だけで察した鈴はニヤニヤ笑いながらセシリアをからかいだした。

 

「ああ、大好きなアイズといちゃつけないから欲求不満だって?」

「………そんなことはありませんわ」

「前にビタミンEが足りないって言っていたくせに」

「シャルロットさん」

「ほんとアイズ大好きねぇ。月から帰ってきたらたっぷりキスでもしてやればいいじゃない」

「それは確定事項です」

「……あんた、前より開き直ってない?」

「最近はずっとこんなだよ」

 

 そこで、壇上にイリーナが姿を現した。それを確認した三人は佇まいを正し、多くのカメラの前にたつ組織のトップの姿に注目する。

 

「………あたしはなにも聞かされてないんだけど、なにをする気なの?」

「お母さん……社長は、本格的に世界を変える気なんだよ」

「新型コアの散布で、その下準備は整いました。あとは引き金を引けば、世界は止まらない坂道を転がるように揺れ動くでしょう」

「………ひょっとして、今ってあたし、歴史の目撃者ってやつ?」

 

 鈴は思っていた以上に大事……それどころか、とんでもない激動の渦中にいるのだと遅まきながらに認識し始めた。

 

「見せてもらおうじゃない。この世界を揺るがす暴君ってやつを」

 

 

 そして、イリーナの演説が始まった。

 

 はじめから鈴の予想を遥かに超えることを平然と告げるイリーナに戦々恐々としながら、鈴自身もよくわからない衝動のようなものが身体の奥から湧き上がってくる感じを覚えた。

 イリーナの言葉は、まるでそんな衝動を刺激し、放出させるようにじわじわと、それでいて鷲掴みでもされているかのように抗えないと感じるほどに引き込まれていく。

 

 暴君の宣言。外野の御託など知ったことではないというような、横暴なまでの強制力でもって聞く人間の心を支配していった。

 

 

 

 

  ***

 

 

 

「1969年7月20日」

 

 イリーナの告げた日付がいったいなにがあったのか、それを知っている人間はどれだけいるだろうか。多くの人間はその偉業こそ知っていても、それが為された月日まで意識していないだろう。

 もちろん、このイリーナの演説を聞いていた束とアイズは揃って頷き、その昔に達成された人類の足跡に想いを馳せている。

 

「そう、人がはじめて月に降り立った日だ」

 

 アポロ計画。いくつもの映画や物語の題材にもされていることもあり、宇宙に興味のない人間でも聞いたことくらいはあるだろう。このアポロ計画もアポロ17まで続けられたが、それ以降の計画は中止され、これ以降、公式記録では人は誰一人として月面を歩いていない。

 

「今では、人が行くことさえ至難だ。その理由は様々だが、費用対効果が認められなかったという理由が大きい。月へ行くだけでも莫大なコストがかかり、アメリカでさえアポロ20まで予定されていた計画を頓挫させている。国の力であっても、月……さらにいえば、宇宙というフロンティアを開拓する力も技術も資金もなにもかもが足りていない。それが現実だった」

 

 しかし、それはもう違うと、そうイリーナは告げていた。

 再び手を掲げ、パチンと指を鳴らすと背後のスクリーンが別の映像を映し出す。そこに映されていたものを見て、全世界が驚愕する。

 見たこともない巨大な白い船。大きさは見ただけでは実感できないだろうが、同時に表示されているスペックデータには船体の全長は650メートル。最大高270メートルという信じられない数値が示されている。一般的にスペースシャトルが60メートル程度と考えれば、まさに破格の超弩級の宇宙船といえる。

 

「カレイドマテリアル社が建造した最新鋭の宇宙船。名をスターゲイザー。現在は月の周回軌道付近からこの映像を送っている」

 

 その意味に気付いたものは、イリーナがなぜアポロ計画の話を振ったのかを理解する。この映像が本当に月から送られているのだとすれば、それはすなわち、カレイドマテリアル社は独力で月へ到達することが可能ということにほかならない。

 さらに、この規模の宇宙船を建造していることから、ただ行くだけで終わることはない。月面への着陸は当然として、月面という未開の地に手をいれることすら可能ということだ。

 月は、全人類のための活動領域。誰も所有権を得られないかわりに、誰も月への干渉を禁止されていない。だからイリーナが月へ手を伸ばしても、それを真っ向から犯罪ということもできない。白かと言われれば灰色となる案件であるが、少なくとも黒ではない。

 

「スターゲイザーによって、宇宙空間での活動拠点が確保できる。宇宙は資源という宝の海だ。この船単体で長期間の航行も可能だ」

 

 スターゲイザーは太陽光によってエネルギーを生成している。少なくとも、地球から月の間であればほぼ補給なしで活動エネルギーのすべてを太陽光から確保できる。いざとなれば最低限のコアユニットのみでも活動可能だ。

 このコアユニットははじめてアイズたちが乗った際のものだ。現在のスターゲイザーは宇宙で必要となる居住区、エネルギー・資源生産区、隔離実験区など、さまざまなユニットを増設したために以前よりもかなりの大型化が成されている。そうでなければ、さすがに650メートル級の飛行母艦を大気圏内で運用させることは難しい。スターゲイザーはもともと外宇宙にまで航行可能な船であると同時に、宇宙での居住コロニーという拠点確保も念頭に置いて建造された船だ。宇宙空間でこそ、この船の能力は最大限に発揮される。

 

「さて。賢明な諸君らは疑問に思うだろう。何故、ここまでの船が必要なのか、と。無論、宇宙という場で活動するためだ。地球にはない未発見物質、太陽光発電、周辺天体の開拓、さらに宇宙コロニー建造、今世界が抱えている問題を解決するための要素が多く眠っている。……もっとも、これは以前から言われていたことだ。地球の資源を吸い付くし、人口増加も止まらない今、宇宙へと出ることにいったいなんの疑問がある?」

 

 イリーナの言葉には微塵も揺らぎがない。

 しかし、と誰もが思う。本当にそんなことが可能なのかと。まるでSF作家の物語を聞いているようだと感じている者も多かった。

 だが、イリーナはその疑問すら許さない。

 

「たしかに、今までの技術では不可能だっただろう。しかし、今、我々にはそれを可能とするカードがすべて揃った」

 

 わずかに口を釣り上げ、挑発的な笑みを見せる。

 

「我社が有している技術………量子通信、単独活動が可能な宇宙船、そして………本来のインフィニット・ストラトス」

 

 再度、映像が変わる。

 宇宙船の外へと飛び出し、船外活動を行う無数の影。それは世界の誰もが見たことのあるものを纏っていた。

 IS。宇宙空間ゆえに、全身装甲となっているが、そんなISを纏った者たちが自由自在に宇宙空間を飛んでいる。その動きにはいっさいの淀みがない。乗る者の意思通りに動いているとわかるほどその動きは滑らかで、むしろ重力という枷さえもない宇宙での活動に、ISはその未開の宙を縦横無尽に駆け巡る。

 

「今更言うまでもないことだが、ISにおける基礎知識をおさらいしよう。開発者である篠ノ之束が作り上げた宇宙での活動を目的としたパワードスーツ。それがISだ」

 

 それは今まさに世界に拡散し、生み出されているISを皮肉った言葉であった。どの国も空を、宇宙を目指すことなく、ただ兵器として生み出し、逆に空から下を押さえ付ける抑止力としか見ていない。教科書の序文にも乗るような大前提が、まったく考慮されていないのだ。

 だから、イリーナは言ったのだ。

 本来の、インフィニット・ストラトス。宇宙空間での活動を可能とするマルチフォームスーツ。人類が、その活動圏を宇宙へと広げるための翼である。この原点に、ようやくISは回帰したのだ。

 

「しかし、宇宙開拓を進めるためにはまだ準備が必要だ。まずは、人が空へと行くための道が必要……そのための軌道エレベーターの建設、そのためのバベルメイカー計画である」

 

 宇宙コロニーの建造、月の開拓、さらに宇宙空間におけるエネルギーの獲得。それらを得るために、まずは人が宇宙へと上がる必要がある。それを容易にさせる移動手段として、軌道エレベーターが選ばれた。

 莫大なコストがかかるが、それでも完成後の利益を考えれば決して無駄な投資ではない。逆にこの事業に乗り遅れれば、時代に取り残されるかもしれない。有識者や経営者は、冷静にそう判断するだろう。そして、なにより量子通信と新型コアの生産が可能であるカレイドマテリアル社ならばそれを完遂できるだろうと思わせる。あれほどの宇宙船を建造していることから、カレイドマテリアル社がどれほど本気なのかも十分に伝わっているだろう。

 

「軌道エレベーターの建造も至難とされてきたが、ISがそれを可能とした。高高度、さらには成層圏、宇宙空間に至るまで単独での行動が可能となる。いったいなぜこれほどのパワードスーツを持て余していたのか、遣る瀬無い思いだ」

 

 シールドエネルギーさえ確保すれば長時間でもどんな環境でも単独での活動を可能とする。イリーナから言わせれば、これまで兵器として使われてきたことがもったいなくて苛立つレベルだった。たしかに技術発展の最先端は兵器といえるかもしれない。しかし、それをまったく民間レベルに落とし込むことすらしなかったこれまでの世界に失望すら抱いていた。

 

「もっとも、本当に可能なのか、という疑問はあるだろう。ゆえに、さらにもうひとつ、これをご覧いただこう」

 

 そして背後のスクリーンの映像が一度消え、ゆっくりと上昇していく。上部に収納されたスクリーンの奥から現れたものに、またもや世界の人間が絶句する。それは月であった。地上からではない、地上から見たものよりも遥かに巨大、クレーターの影までがはっきりとわかるほど大きく映し出さている。

 

「今、私がいる場所は地上より遥か上空の衛星軌道上………軌道エレベーターとを繋ぐ塔の頂きとなる場所、オービットベースだ。我々が本気だと理解してもらうために、今回のためだけに宇宙へと上がっている」

 

 衛星軌道ステーション【オービットベース】。移動拠点となるスターゲイザーとは違い、宇宙を拓くための港となる衛星軌道上に作られた玄関口。拠点としての機能を重視しているために、スターゲイザーよりも高いレベルでの生活空間が作られており、もはや小規模な宇宙コロニーといっても過言ではない。

 

「人工重力と気圧制御で、地上とほぼ同等の環境を維持している。ゆえに、無重力空間の適合訓練も必要としない。もともとはかつて頓挫した宇宙開拓計画である宇宙ステーションを買取り、五年をかけて改修した」

 

 そう、今回の演説を行うにあたり、わざわざ宇宙にまで出向いたのだ。当然、秘密裏に移動したが、万が一があればすべてが泡と消えるために諜報部などは神経質になるほどに事前準備を入念に行っていた。

 そして今回急遽入隊した鈴も、セシリアとともにカレイドマテリアル社が保有するシャトルで宇宙へと上がり、先にステーションに来ていたシャルロットたちと合流したのだ。もちろん、鈴も驚きすぎて間抜け顔を晒したくらいだ。こんなものまで造っているなど、誰が想像できようか。

 

 しかし、鈴の驚きどころではないのが世界中の国であった。

 旧式の雛形があったとはいえ、これほどの施設を世界に気付かれずに建造していたという事実に世界中の諜報機関は大慌てになっているだろう。ISによる制空権の確保に躍起になっていた最中に、堂々とあんなものを造られていたのだ。あれ単体だけならばさしたる脅威にはならないが、宇宙船とISが揃うとなると話は別だ。自らの頭上を抑えられたに等しい事態であった。

 これまで、ISを利用して得てきた制空権の、さらにその上を抑えられた。

 下手を打てば、国防のためという理由で世界中の軍隊から狙われる危険すらある行為だ。

 

 だが、当然これもイリーナにとっては予定調和のひとつだった。

 

「反発する国も多いだろう。だが、あえて言わせていただく。――――そんなことは知ったことではない」

 

 イリーナは暴言とすら言えることを冷静に、正気のまま言い切った。その瞳は冷たく、ただただ世界に対して冷酷な宣告を続けるだけだった。

 

「我社はあくまで与えられている権利を行使しているだけである。宇宙開発において、宇宙は専有するものではなく、どの国にも、どの企業にも、どの人間にも与えられる権利である」

 

 だから邪魔をするな。暗にそう込められた言葉であった。そしてそのための利すらも、暴君は世界へと見せて反論の余地すら与えない。

 この計画のリスクすら、世界に餌を与えることで防波堤とする。まったく無駄のないシナリオがすでに出来上がっているのだ。たとえ軍を敵に回しても、人口の多くを占める市民を味方につけることが重要だと知っている。

 

「だからこそ、我社はこれより大規模な雇用を行う。主に軌道エレベーター開発のための技術者の他、警備のための人員も必要となる。高高度から衛星軌道までの作業となるため、当然ISを支給する。これまで我社が販売してきたフォクシィギアは本来、全領域での作業を可能とするためのISだ。素体フレームと換装フレームを分別したのはそのためだ。新規に雇用した者は、まず作業用装備のISの操縦研修を受けた後、軌道エレベーター建設に従事してもらう」

 

 換装式量産機フォクシィギア。それは本来、あらゆる環境下での作業を可能とする多彩な工作装備を有する技術者用ともいえるものだった。それを戦闘用にも転用できるようにしたのが現在のフォクシィギアである。過酷な環境下での活動を支援するための装備こそが本来の求められた姿だった。

 

「当然、我社のISは男女共用。ゆえに、男女で区別はしない」

 

 そう、そしてこれがイリーナの狙い。

 だからこそ、この計画を明かす前に半年をかけて男女共用という新型コアを世界に拡散させたのだ。女性主流になったとはいえ、技術職の大半は男性だ。女性だけしか扱えないという欠陥があったままでは、この計画すらままならなかっただろう。

 だから、まずは女尊男卑の世界を壊すところから始めたのだ。

 

「すでにいくつかの企業には声をかけさせていただいているが、まだまだ人材は必要だ。技術に誇りを持つ企業は、どんな小さな規模であれ、宇宙へ上がる塔を創る意思がある者は受け入れよう」

 

 その言葉に、世界が揺れる。

 これまで兵器として女性しか扱えなかったISではない。男でも使える。そして、なにかを壊す兵器としてではなく、新たに生み出すためのものとして扱える。それは、女尊男卑の世界を経験した多くの男性の心に甘い蜜のように溶け込んでいく。

 

「同時にこれだけのものを守るための警備隊も必要となる。そのための人材も合わせて募集する。とくに退役軍人や兵役経験者は特に優遇しよう」

 

 女性にとって変わられ、居場所をなくした元軍人たちが歓声を上げた。かつての戦闘機乗りが、久しく感じられなかった熱を感じて思うままに声を張り上げる。無用の長物と言われ、失意のままに除隊した戦艦の砲撃手が目を輝かせた。

 新型コアの登場である程度は男性でも軍の主体に成りうる役職へと復活してきたが、それでも未だに職を奪われた元軍人は多い。そんな貴重な経験者を遊ばせておくことなど、もったいない。

 ISがかつて壊し、溢れさせた負の遺産は、イリーナにとって利用価値の高い貴重な資源なのだ。

 

「ISは確かに多くのものを与えた。だが、同時に多くのものを奪った。しかし、忘れてはならない。ISは、人と在ってはじめてその存在意義が生まれるのだ。人次第で、薬にも毒にもなる。希望にも絶望にもなる」

 

 多くの人間が、そのイリーナの言葉に感化されたように思いを馳せる。

 セシリアは眼を閉じてこれまでの半生を振り返り、鈴も今の自分の境遇を鑑みて複雑そうに眉をひそめた。シャルロットは、ただじっと母となった人の姿をその瞳に焼き付けている。

 そして同じく宇宙から演説を聞いていたアイズは、自分を背中から抱きしめる束の腕に力が込められたことを感じながらアイズもまた、自らの運命を改めて思い知る。

 

「それは、人が決めるものだ。だからこそ、我社はISを使い、再び世界に希望と絶望を与えよう」

 

 多くの想いを束ねて、その中心にいる暴君ははっきりとその意思を示す。

 イリーナ・ルージュ。暴君と呼ばれる稀代の女傑は、真っ向から世界に喧嘩を売った。

 

「傍観者に変わる世界で希望を掴み取ることはできない。変わりゆく世界で希望を掴み取る者は、自らの意思で立ち上がるものだけだ。なにもしなければ、与えられるものは絶望しかないと知れ」

 

 だから、イリーナも立ち上がる。自らの願いを叶える。ただそれだけのために、世界すら動かすのだ。

 

「かつて、空に夢を見た者たち。人とISの可能性を信じる者たちすべてに告げる。我らは、諸君らを歓迎する。なによりも、その意思を尊重しよう」

 

 どこまでも横暴に、しかしそれゆえに聴く者たちの心にその言葉を焼き付けていく。

 

「今、ここに宣告する」

 

 誰もが、彼女を見つめる。同じ軌道ステーションから、スターゲイザーから、地球から、誰もが彼女の言葉を刻み付ける。

 

「希望を、夢を、欲望を、野心を、願いを掴み取ると思うのなら、自らの意思を示せッ! 自らの足でたちあがれッッ! その意思こそが、自らの世界を変える! ゆえに! 私は、私の意思で今の世界を否定する! そして誰も知ることのないフロンティアを切り拓こう!」

 

 多くの声が、まるで天に吠えるように響き渡る。その空を掴もうとするように力強くその拳を振り上げる。

 

「意思を宿す者たちよ。私は天へ届く塔を作りながら、諸君らを待っている」

 

 この日、この時が、歴史の転換点。そして変革者イリーナ・ルージュの名を歴史に永遠に刻むことになる。

 

「これより、世界の変革は始まる」

 

 イリーナが手を上げる。それが、まるで号令であるかのように、世界へ向けてはじまりを宣言する。

 

 

 

「世界は、今この時より再び生まれ変わる」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 この演説の後、カレイドマテリアル社から世界各国にあるものが送られる。

 それは一見すればただの小さな金属プレートのようだったが、それを分析した各国は悲鳴と絶叫を上げた。

 今までのあらゆる金属、合金を凌駕する優れた未知のそのマテリアルは、材質、製造方法すらまったくわからないというまさにダークマターとすら言えるものであった。

 軽量でありながら強固。さらにとある特性を持つことが確認されたことで、このマテリアルはまるで伝説の金属のようだとして、仮称として【オリハルコン】と呼ばれた。

 最新鋭であるはずのISの装甲ですら霞む絶大な特性を宿したその金属片を各国は躍起になって解析、そしてその正体をカレイドマテリアル社に問い合わせたが、回答はすべて同じだった。

 

 

 宇宙開拓事業において発見した新材質、新製法による特殊合金。素材成分、製法はすべて企業秘密。

 

 

 ただそれだけを伝え、具体的な回答はいっさい行わなかった。しかし、それだけで十分であった。これほどのものが得られる宇宙開拓事業は、渋っていたいくつかの国や研究機関さえもその気にさせた。夢物語では決してない、まちがいなく実績と利益を生み出すという証として、その金属片に誘われるように多くの組織がプロジェクトへと参加を表明、カレイドマテリアル社と契約を結ぶこととなる。

 

 たったひとつの金属片で世界を動かしたイリーナは、世界すべてを巻き込みながら確実に変革を進めていった。

 

 のちに、イリーナの演説したその日が世界変革の転換点として、歴史家たちの共通認識となる。そして歴史に“変革者”イリーナ・ルージュという不朽の名を刻むことになる。

 

 

 

 

 

 




イリーナさんの演説回。そして進めていた計画が明かされました。

宇宙へ出る必要がある(イリーナの目的・未だ不明)⇒IS使えばいけるんじゃね?⇒宇宙船、そして宇宙ステーションが要る⇒束をゲットしたので技術分野が発展⇒計画が加速⇒軌道エレベーター建造に取り掛かる⇒多くの技術者が必要⇒その多くが男性なので作業用に男性にも使えるISが必須⇒新型コアを拡散・女尊男卑の世界を否定⇒ISによって生み出された多くの失業者や元軍人を人的資源として利用⇒宇宙開発の利益を示すことで反対意見を民衆を味方につけて封殺⇒今ここ

とりあえずこんな感じ。

未知の金属【オリハルコン】についてはまた次回以降。そしてまたそろそろ戦闘パートに移行します。セシリア無双が始まります。

物語も核心に迫ってきた感じです。ここからさらに盛り上げていきたいです。

ご要望、感想などお待ちしております。それではまた次回に!


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Act.91 「掬うもの、こぼれるもの」

「入ってよかったわ。ここは退屈しないわね」

 

 汗を拭いながら鈴は満面の笑みを浮かべていた。

 その周辺には倒れ伏せているセプテントリオンのメンバーたち。その中にはラウラも混ざっている。たった今、鈴によって完膚無きまでに生身での格闘戦で叩きのめされた者たちだった。

 彼らを倒した鈴は、未だに余裕をもって君臨している。基礎体力や持久力は鍛えられているはずのセプテントリオンの面々をも超越している証であった。

 

「……部隊内ランキングが塗り替えられたな。格闘ランク、入隊即一位……さすがだな」

 

 身体を起こしながらラウラが苦笑しながら鈴を称える。まんざらでもないように鈴はケラケラ笑いながらすがすがしいまでのドヤ顔をしてみせる。

 

「ま、他はまだまだだけどね。あたしって基本、吶喊が主戦法だから」

「それでも鈴のようなインファイターはこの部隊では貴重だ。まぁ、近接特化型はそろって問題児と見られているが」

「アイズも?」

「姉様は素敵で最高の人だが、……無茶な行動は一番多い」

 

 慕いながらも、姉の悪癖をどうにかしたいと思っているラウラ。なにかあればすぐに進んで無茶をしでかすのがアイズの悪いところだ。それはセシリアや束からも散々言われていることで、ラウラにはしっかりストッパーになってほしいと言われているくらいだ。

 そして近接特化タイプのリタと京。基本的にマイペースで、独自の価値観を持ち、連携より単独で暴れさせたほうが高い戦果を上げる使いにくい人間である。そしてどうやら鈴もこうしたタイプに分類されるだろう。

 それでも性格に反して頭のいい鈴は冷静な戦況判断ができる分、前線指揮を任されているアレッタも少し安心していたようだ。もっとも、キレたら暴走する危険性も高いのでやはり問題児扱いである。

 そんな鈴がふと視線を訓練場に設置されているモニターに目を向ける。

 

「……もうじき二週間か。たったそれだけでも世界は変わるものね」

「大筋、こちらの予想範囲内に推移しているそうだ。まぁ、こんな世界の変遷を予測し、操っているような人間の頭の中など想像外だが」

「まさに暴君、ね。世界の事情なんてお構いなしだもの。ま、あたしは嫌いじゃないけど」

 

 そう、世界は今、まさに激動に包まれていた。

 これまで活躍の場すら与えられなかった男性たちが、精力的に動き出したのだ。その多くはカレイドマテリアル社が推進する軌道エレベーター建設に従事したいと希望しており、その他にも軍から追い出されたかつての軍人といった人間も警備隊への入隊を望み、本社のあるイギリスへと集まってきていた。

 多くの中小企業がカレイドマテリアル社の傘下へと入り、世界規模での巨大プロジェクトへと発展していた。

 この人的資源の集中を危険視する声もあるが、イリーナが作り上げたこの情勢は止められなかった。イリーナは、反対勢力を潰すのではなく、懐柔することでそのリスクを減らしていたのだ。【オリハルコン】とすら言われる未知の合金といった、確実な成果を与えることで反対意見を封殺するほどの利益を与えたのだ。これで企業としての邪魔は消える。明確な利益を提示すれば、利益を追求する企業は反対などしなくなる。

 あとは先進国家からの反対意見も当然生まれるが、そのためにあらかじめ新型コアを発表し、アラスカ条約の破棄を行うことで袂を分けていたのだ。つまり、協力関係にはない、同盟相手でもないと明確に立場を示していたことで外野の戯言だと切って捨てるのだ。

 新型コアの発表を軌道エレベーター建設の発表と重ねず、半年以上もの間を空けたのはそのためだ。これでカレイドマテリアル社は世界から孤立すると同時に多くの協力者を得るという、孤高といえる立場を手に入れた。

 国際情勢を灰色の立場で歩きつつも、経済において絶対的な頂点に君臨する。そして企業が持つには過剰すぎるほどのISも、それは戦闘用ではなく、建築用。ISに関係する法が未だ曖昧である今だからこそ通用する策だ。いくら建築用ISとはいえ、それは簡単に人を殺せるほどの力は有している。その保有条件の制定などはいずれ決められるだろうが、少なくとも一年やそこらでできるような案件ではない。ならばその間に軌道エレベーターを作ってしまえば、もう誰もカレイドマテリアル社に敵対できなくなる。その意味すらなくなる。

 

 イリーナの予測でも、軌道エレベーターを作りきってしまえば表立っての反抗は消える。独占はしないと既に明言しているように、イリーナは建築後もその利益は世界に分配すると決めている。技術の独占は、行き過ぎれば敵を作り、自らの破滅を招くと知っているからだ。

 だから、ここさえ乗り切れば大きな山は超える。あとの懸念は、テロ行為や思想による反対勢力くらいだ。少なくとも、国が軍を使って敵対するようなことにはなるまい。

 

 しかし、逆を言えば、今のこの情勢はそういったリスクを抱えていることにほかならない。

 

 軌道エレベーターも、宇宙ステーションも、制空権を確保し軍事的支配をするため、などという名目で軍隊の破壊対象になる危険性も少なからず存在する。

 イリーナの手腕でも、そうした直接的な侵攻が起きてしまえば防ぐことはできない。

 だから、そうした緊急時の対抗戦力として作られたのがセプテントリオンだった。束がもてる技術のすべてをつぎ込んで作られた最新鋭の機体と武装、はじめからISによる部隊戦を想定にいれた育成、そして今なお、抑止力として存在するための圧倒的な戦闘能力。それらすべてを担うのがこの部隊の役目だった。

 

 そして、一週間前に宇宙から戻ってきたアイズたちと合流し、IS学園へ出向しているレオンたちを除くメンバーすべてが揃った中であらためてそれを認識させられた。新人である鈴も、あらためて自分がとんでもない部隊に入ったことを思い知ったほどだ。

 それで気後れするのではなく、戦意が高揚するのはさすが虎の子だということだろう。

 

「久々にアイズともやりたいわねぇ、あの子は?」

「姉様はセシリアと出かけている」

「ああ、二人ともオフだっけ?」

「半年近く会っていなかったからな。姉様もかなり寂しそうだったし、今日くらいは羽を伸ばしてもらおう」

「あんたはいいの?」

「……? なにがだ?」

「アイズを独り占めしているセシリアに嫉妬とかしないの?」

「む。私の姉様への愛は絶対だ。それはなによりも姉様の幸せを優先する」

「できた妹ねぇ」

 

 しかし、鈴は宇宙から帰還したアイズが鈴の目の前で早々にセシリアと熱い抱擁をしていた姿を見てラウラが複雑そうな顔をしていたことを覚えていた。おそらく鈴から見ても別格だとわかるほどの特別であるセシリアを羨む感情を無自覚ではあるが持っているのだろう。それを見苦しいとは思わない。むしろ正しい感情だろう。

 それでも一歩引いたところから見ている鈴にはわかる。アイズにとって、その誰もが特別なのだろう。セシリアも、ラウラも、簪も、そしておそらくは鈴もアイズにとっては唯一無二の特別なのだろう。その特別の形が違うだけで、そこに上下はないはずだ。観察眼に優れた鈴がそう判断するほど、アイズの愛は分け隔てなく、それでも誰かにとっての特別である。むしろアイズは好き嫌いをはっきりするタイプだが、一度好意をもてばそれを素直にすくすくと育てるのがアイズである。

 本当に無垢な好意を当然のように向けてくる子だ。だからこそ、アイズはあんなにも好かれているのだろう。

 

「あの子は女泣かせだけどね」

「そこは否定できんな」

「にひひ、やっぱここは退屈しなくていいわねぇ。みんな強いし、面白いし」

「鈴ももう十分ここに染まっているぞ」

 

 ケラケラ笑いながらも、二人は再び構えをとって対峙する。会話はあくまで体力回復の時間つぶしだ。鈴は大きく腰を落として両手を前後に広げた構えを取り、ラウラは両腕を顔の前へと掲げ、防御を固めながら腰を落とす。

 呼吸でリズムを取るラウラに対し、鈴は一足で間合いを詰めて掌打を突き出した。

 

「撥ッ!」

「っぃ……!」

 

 掌打から水面蹴り、蹴り上げ、踵落としと流れるような連撃を放つ鈴に対し、ラウラはそれらをなんとか捌く。時折拳を突き出して反撃を試みるが、鈴は首を捻るだけであっさりと回避する。

 

「でも、これで…っ、IS学園もなんとかなり、そうじゃない……!?」

 

 激しく動きながら鈴が話しかける。鈴ほど余裕のないラウラも、短くそれに応えた。

 

「そう、だなっ。これも、予定通り、だがなっ」

「いやいや、あれはもう脱帽だよっ! どっから計算していたのかしら、ねっ」

 

 鈴もラウラも、イリーナには畏怖の念を抱かざるを得ない。

 イリーナのやることには本当に無駄がなく、まるで世界の流れそのものが彼女に味方しているかのようにその慧眼には一点の曇りすらないかのようだった。

 

 軌道エレベーターの建設にあたり、スターゲイザーやオービットベースも注目を浴びたが、それ以上にイリーナがした大規模な雇用が注目されていた。すでに破壊されつつある、女性重視をまったくなくした完全な実力主義での人材確保。戦闘用ではなく、工作用としてのIS運用を目的としたこれまでにない技術職を作り出したに等しい。

 ISによる技術者。それは予想以上に大きな可能性を秘めている。今回の軌道エレベーターのように、これまで活動が難しかった環境下でも安定した作業を可能とするISの使用方法は宇宙だけでなく、深海や火山など未開の場所や災害現場での活動も視野に入れられている。

 新型コア搭載機がこれから先、さらに量産されることを考えればこれは次世代を象徴するような職種となるだろう。

 なにより軍事利用ではない、民間での使用を目的としたものであることが大きい。確かに時代の最先端は軍事において発展することは否定できない。しかし、それは決して万民受けするものではない。戦いに関わらない一般人からすれば、普通なら手が出せない軍事兵器より民間で手の届くものである新型機の存在はずっと身近に感じられるだろう。

 

 イリーナも、束も、それがわかっていた。

 

 ISによる世界革新を行うためには、男女共用の新型コアだけではダメだ、と。

 

 誰もが手の届くものでなければ、世界のすべてには浸透しない。これまでの世界のように、一部の選ばれた人間だけが扱えるような代物ではダメなのだ。誰もが、ISを使い、そこに可能性を見いだせるようにしなければそれは世界を揺らせても変えることはできない。

 宇宙へと出るためには、それを認めさせるには、世界のすべてのISの恩恵を授けなければ認められない。今はまだ無理でも、近い未来にそれを為す可能性を見せる必要がある。

 

 それが、プロジェクト・バベルメイカーのもうひとつの目的だった。

 

 

「社長は、はじめから、計算、していただろう、さっ」

「でしょうね、それでもこんな革命を実行できるのは、もう人間じゃないみたいよ。きっと遠い未来ではあの人は英雄か、大悪党かしら、ねぇっ!!」

 

 防御の上からでもお構いなしに叩きつけられた右のハイキックにラウラがたまらず尻餅をつくという無様を見せてしまう。互いに小柄であるがゆえに打撃に重みが足りないが、鈴は重心移動と遠心力を駆使することでラウラやアイズにはない破壊力を生み出している。

 

「ちぃっ……!」

「ふふん」

 

 余裕なのか、鈴は追撃せずにラウラが立ち上がるのを待っている。文字通りのただの試合だからそれで正解なのだが、やはり舐められているようでラウラも顔をしかめつつも立ち上がる。しかし、腕の痺れが取れていない。

 腕の回復を図りつつ、再び会話を続行する。

 

「だが、これでIS学園存続も可能性が出た」

「IS学園が必要だっていう理由が納得できたわ。たしかにこの状況なら教育機関は必須だし、IS学園ならその条件のほとんどを満たしてるってわけね」

「姉様たちが入学したことも、そのための布石だろう」

「ま、IS学園側としては生き残るにはそれしかないってのが本音でしょ? 他の選択肢がない以上、あの暴君の提案を呑むしかないわけだ。うわ、えげつないわね~」

「逃げ道をなくした上で取り込む。確かに、まさに暴君の手腕だな」

 

 イリーナのしたIS学園への要請。それはIS学園そのものを技術者用となる新たな規格のISの操作方法を教える教育機関とすること。これまで適正ランクと試験で入学を許可していたラインを、適正ランクを除外し、新規格のIS操作の習熟するための専門クラスを設ける。そしてこれから先、大いに希望者を増やすと予測される技術者のためのISを学ぶことができる唯一の機関。

 それをIS学園に担わそうとしたのだ。

 当然、リスクもコストも莫大なものとなるが、そのほとんどをカレイドマテリアル社が支援するとも発表している。

 

 ―――そう、発表したのだ。世界が見る中で、堂々とIS学園に要請したのだ。

 

 これにより、IS技術者を希望する人間からIS学園への期待は高まっていく。それはやがて世論となり、そして大きな流れとしてIS学園を呑み込んでいくだろう。これを拒否すれば、ますますIS学園の立場が悪くなる。不要論が加速することも十分に有り得る。

 つまり、はじめから逃げ道はない。問題となるとすれば、IS学園が国際機関であるがゆえに、この要請を受け入れたら新型コア不支持派の国からの援助が切られるだろうということだが、カレイドマテリアル社が後ろ盾になることでおおよそは解決できることだ。

 IS学園側として最新鋭機を持ち、それらを教導する側となることは名誉なことだ。そして、多大なメリットに反し、デメリットは恐ろしく少ない。そういうふうにイリーナが仕組んだのだ。これで受け入れないことなどありえない、と言えるほどに外堀を埋めていた。

 

 だが、それは同時にIS学園がカレイドマテリアル社に吸収されるようなものだった。だが、それはまずい。そこまで独占してしまえば反発のほうが大きくなる。その按配も理解しているイリーナはあくまで要請、委託という形を取った。そのための契約として、はじめの数年はある程度の技術供与などを行うが、いずれは最低条件さえクリアすればIS学園独自に活動してもらうつもりだ。そしてそこで与えた技術は自然と世界中へと少しづつ拡散していくだろう。

 そのころには、カレイドマテリアル社も、IS学園も世界に必須の存在として完全に定着しているだろう。

 

 そうしたメリットを余さず示した。不安要素を限りなくなくすことで、反抗すらさせない。暴君は、反抗を無視するでも押さえ付けるでもない。反抗すら、させない。それが真の暴君の手腕なのだ。

 

 

 

「このぶんなら、一夏たちとの再会も近いかしらね」

「いずれは共闘することもあるだろう」

「楽しみね。………さ、もう回復はいいかしら?」

「やはり、わざわざ待っていたか。礼は言わんぞ!」

 

 今度は一転してラウラから攻め立てる。打撃とローキックを軸に鈴の防御を崩そうとする。

 しかし、やはり凰鈴音。今のラウラでも、彼女の鉄壁の守りを抜くことは至難だった。

 

「せぇいッ!」

「なにっ……!?」

 

 鈴が突如としてカウンターを放つ。身体の柔らかさを活かした鈴の背面蹴りを受けてラウラが体勢を崩してしまう。足をもつれさせ、なんとか体勢を持ち直したときにはすでに鈴の拳がラウラの腹へと添えられていた。本気ならここで浸透勁の直撃を受けて内蔵に痛手を受けただろう。

 

「あたしの五連勝ね」

「……やはり、まだ勝てんな」

「いやいや、でもラウラも成長したよ。前は十合以内には倒せてたのに、ずいぶん粘られたし」

「強者の余裕にしか聞こえんな」

「あらそーお? ふふん、あたしは強いからね!」

 

 無い胸を反らせながらドヤ顔でラウラを見下ろす鈴。こういう顔だけは未だにイラっとくるが、ラウラは静かに合掌して鈴に生暖かい視線を送った。

 

「ん? なにその反応」

「こういうときは、ご愁傷様、というらしい」

「何言って………うごブフォッ!?」

 

 ゴン! ととても人体から出た音とは思えない轟音が響く。鈴は頭を押さえながら悶絶しており、そんな鈴の背後にはとある女性が仁王立ちしていた。

 

「ほーう、えらくなったもんだな、鈴音。なら私が特別にたっぷり稽古をつけてやろう」

 

 ギクリとしながら振り返るとそこにいたのは鈴の天敵であり、同時に鈴にとって最強の女性である師匠の紅雨蘭。冷や汗を流しながら鈴が雨蘭を見上げると、それはもういい笑顔で鈴を見下ろしていた。

 

「お、お師匠……!?」

「どうも少し天狗になっているようだな、ちょうどいい。ここでもう一度身の程をわからせてやろう。オラ、立て馬鹿弟子がぁッ!!」

「ひぃッ!?」

「………あの鈴が怯えている。世の中は本当に広い」

 

 ラウラにとっては鈴の師匠という認識でしかなかったが、ここ最近、もっと言えば雨蘭が講師役を担うようになってラウラも雨蘭の恐ろしさを実感していた。ISには興味がないらしいが、生身での戦闘力はまさに一騎当千。無双という言葉を体現しているような女性だ。すでにラウラの中でも畏怖の対象となっている。

 

「そこで転がってるガキども、てめらもだ。さっさと立て、それとも私が丁寧に関節極めて立たせてやろうか? 全員面倒見てやるからとっとと構えろ! 泣き言など聞かんぞ!」

 

 その剣幕に怯えるように全員が立ち上がって死に物狂いの顔付きで構える。それはさながら猛獣に追い詰められた獲物のような必死さであった。生き残るために全員が協力して目の前の猛獣を倒そうと結束する。

 

 

 

 

「さて、私の仕事はおまえらに恐怖を味あわせて鍛えること。故に…………加減はできんぞ?」

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああ、あの目はマジだ! ヤられる! やらなきゃやられる! 早く、早く構えなさい! 武器でもなんでもいい! とにかく全員でやらなきゃ殺されると思いなさい!」

「ぐ、うう、なんて威圧感と殺気……! こんな化け物が今まで一般人に紛れてたのか!?」

「本気になったお師匠はISの装甲すら素手で貫くわ! 人間と思うな! 文字通りの化け物だと思え!」

「やれやれ、愛弟子がひどい言い草だな。まぁ、……否定はしない」

「全員、突撃ィッ!! ブッ潰せェ―――ッ!!」

 

 チンピラみたいな号令をかけながら鈴が先頭となって雨蘭に対し八人がかりで襲いかかる。

 

 そして次の瞬間、五人が同時に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「本当に世界は広い………私もまだまだだな」

 

 更衣室で着替えながらラウラは今日の訓練の反省をしていた。鈴の加入はやはりいい発破材になったようだ。一部を除き合流した部隊員たちも彼女の実力はいい刺激になっている。

 

「私も強くなったとは思うが……まだまだ、遠いな」

 

 わかっていたことだが、近接格闘でも未だラウラは最強には程遠い。鈴の加入で、ますますそれが思い知らされた。

 この部隊だけでも、ラウラより強い者は多い。セシリア、アイズ、そして鈴。おそらくこの三人がセプテントリオンの三強となるだろう。そして他にもシャルロット、アレッタ、レオンといった実力者ばかり。総合的な実力ではラウラはベスト5に食い込めるかどうかといったところだろう。一芸だけならリタや京にも負ける。

 かつて、今は敬愛するアイズを「役立たず」と称していた過去の傲慢だった自分は誰にも負けないと本気で思っていた。思い返すだけで恥ずかしい記憶だ。そしてそれはまさに井の中の蛙だったことをはっきりと理解させられた。

 次々と動いていく世界の中で、その中心に近い場所にいながらも、ラウラは未だに自分自身の力を誇れずにいた。戦う理由はある。しかし、それを貫ける力があるとは思っていなかった。

 ここ半年、ずっと努力してきた。オーバー・ザ・クラウドを駆り、最速のIS乗りと言われてもその実力は未だ守りたいと思うアイズにも及ばない。

 自慢の妹だと、そう言ってくれるアイズの期待に応えたい。そのための力が欲しい。いや、違う。欲しいんじゃない。手に入れる。自らの力で、それを手にしなければダメなのだ。

 

「必ず、手に入れる。……姉様の望む世界を、姉様の夢を、その傍で」

 

 それが、今のラウラの夢だ。それをなすためなら、プライドのひとつやふたつ、捨てたっていい。そんなものがなければ自己を見失うようなら昔と変わらない。

 真摯に、愛情を注いで自身を信じてくれる人がいる。それだけで、ラウラは、ラウラとして戦える。昔にはなかった、はっきりとした明確な意思を宿し、ラウラは未来に目を向ける。

 

 未来で、戦うために。

 

 未来で、姉の傍にいるために。

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラちゃんッ!!」

 

 突如駆け込んできたアイズが、大声で叫ぶ。いきなりのことに驚愕したラウラが慌てて振り返った。

 

「ね、姉様!? 今日は出かけていたはずでは……?」

「それどころじゃないよ!」

 

 急いでやってきたとわかるほどにアイズは息を切らし、服装も若干乱れている。本当に慌てていたのだろう。普段の生活では封印しているその両眼を開け、金色の輝きを宿したその瞳をまっすぐにラウラに向けていた。

 駆け足でラウラに近づいたアイズは、その勢いのままラウラの肩を掴む。勢いが付きすぎたせいか、そのままラウラがその体を背後のロッカーに押しやられてしまう。あまりのことに混乱しつつ、頭の片隅で最近得た知識で「これって壁ドン?」というどうでもいいことを考えてしまっていた。

 

 そんなラウラとは真逆に焦ったようなアイズが荒い呼吸のまま口を開く。

 

「落ち着いて聞いて……、今、ラウラちゃん宛の暗号通信が入ったの」

「私宛の、暗号通信……?」

 

 いったいなんだろうか。そもそもラウラ個人に宛てた、しかも暗号通信という手段で連絡を取ろうとする人間など、ほんのわずかしかいない。

 

「差出人は、クラリッサ・ハルフォーフさん」

「クラリッサが?」

 

 かつて、ラウラが所属していたドイツ軍に所属する特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の副隊長。ラウラが除隊した現在、彼女が部隊の隊長代理としていることを聞いている。かつて上司と部下という間柄だったが、今はもうそんな上下関係はない。これまでも時折メールを送り合っていたが、もちろん軍規や機密に関わるようなことは互いに避けてごくごく普通の会話しかしていなかった。

 

 そんな彼女が、いったいどうしたというのか。

 

 だが、訝しむラウラにアイズが告げた言葉が、思考を凍らせた。

 

「シュヴァルツェ・ハーゼが反逆罪で追われているって……! このままだと、おそらく全滅するって……!」

 

 

 

 




まさかの急展開。次回から戦闘パート、シュヴェルツェ・ハーゼ救出編です。ラウラ主役編、そしてこの章でセシリアがとうとうあの人と出会います。

この章ではラウラが主人公、そしてセシリアにとっての転機が訪れる重要な山場となります。アイズはそんな二人のフォロー役ですね。
アイズにはもう少しあとでまた大きな見せ場を用意しています。実は本気でのアイズvsセシリアも描く予定です。

次回からまた激しい戦闘パートです。要望、感想等お待ちしております。ではまた次回に!




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Act.92 「脱兎再会」

 アイズ達がIS学園を退学する当日。

 

 ラウラはひとり、とある人物のもとを訪れていた。退学するにあたり盛大な送別会を開催してもらい、送られる立場となったラウラもこれまでお世話になった級友たちに別れの挨拶をして回っていたが、最後に訪れたのが彼女――――織斑千冬であった。千冬は普段ではお目にかかれない穏やかな表情でラウラを迎え入れた。

 

「織斑先生! 今まで多大な迷惑をおかけしたこと、申し訳ありません! そしてそれ以上の多くの便宜を図っていただき、ありがとうございました!」

「そう堅苦しい挨拶などいらんというのに……。それに、私ももうおまえの先生ではなくなるしな」

「いえ、私にとってはいつまでも目標であった教官、そして尊敬する先生です!」

「そう、か。お前にそう言われると、私も肩の荷が下りる思いだ」

 

 千冬はコーヒーを一口だけ飲むと、昔を思い出すように少し遠い目をしながらラウラを見つめる。そんな千冬を不思議そうにラウラが見つめ返した。

 

「私はな、お前に申し訳なく思っていた」

「そ、それはなぜですか?」

「ドイツ軍にいたとき、私は確かにお前を教育したが、それは戦い方だけしか教えられなかった。軍人を相手にしているのだから当然かもしれないが、あとで思ったよ。お前は、部下のようにではなく、娘のように接するべきだった、とな」

 

 まぁ独身の私が言うのもおかしいがな、と自嘲しながら呟く千冬を驚いたようにラウラが見返した。

 確かに当時、千冬は教官と呼ぶにふさわしいほどに厳しく隊員たちを鍛え上げた。それが求められていたことだったし、あくまで臨時講師としての立場だったことから必要以上にプライベートに踏み込むようなことは避けていた。

 そんな中で出会ったのがラウラだった。ひときわ目立つラウラの銀色の髪は千冬も強い印象を持っていたし、当時のラウラは不適合とされたヴォーダン・オージェに苦しみ、戦う術も意義も見失っていたためによく相談にものっていた。千冬はそんなラウラに戦闘の技術や心構えを叩き込んだ。それがラウラを立ち直らせることに繋がると思ったからだ。

 あとになってラウラのその金色に変色した瞳は制御できないほどに高い適合をした真のヴォーダン・オージェであると判明するわけだが、制御不可というだけで失敗作の烙印を押された当時はそんなことがわかるはずもなかった。

 結果、ラウラは自信を取り戻したが力に傾倒し、それを正す前に千冬が日本へと戻ることとなる。

 

「そして久しぶりに会って、おまえはああだったからな」

「それは、私も思い返すだけで恥ずかしいですが……」

 

 力が全て。そんな思考に近かったのだ。そんなことでは集団生活に馴染むこともできずに、ラウラは孤立していった。いくら軍隊での生活しか知らないとはいえ、ここまで協調性が出せないことは問題過ぎた。

 事実として、国家代表候補生という立場ながらセシリア、鈴という他国の候補生に喧嘩をふっかけたという前科もある。今にして思えば丸く収まったことが不思議なほどの暴挙であった。その後も多くの問題行動を起こしたが、タッグトーナメントの一件以来ラウラは大きく変わることになった。

 

「それでも、今のおまえを見ていると安心できる。いい姉を持ったな」

「………はい。姉様に出会えたことは、私にとっての二度目の運命だったと思います」

 

 落ちこぼれとしてくすぶっていたラウラを立ち上がらせ、戦う術を与えた千冬との出会い。そして、ラウラを受け入れ、肯定してくれたアイズとの出会い。この二つの出会いがなければ、今のラウラ・ボーデヴィッヒはいなかったとはっきり言える。ラウラは誇らしげに頷いていた。

 事実、それほどまでにラウラはこの二つが転機となって変わっていったのだから。

 

「織斑先生………聞いて欲しいことがあります」

「どうした?」

「これは本来トップシークレット………口外できない類の、私の出生に関することです」

 

 そしてラウラは告げる。

 これまでに知った、ラウラという存在が生み出された本当の理由。この瞳を宿す人間を量産するための試作品であり、大きな壁として立ちはだかる亡国機業にとってはただのシールの劣化量産型でしかないこと。

 そして詳しくは自身以外のことにも触れるためにぼかしたが、結果的にラウラが姉と慕うアイズの人生という犠牲の上に生み出されたものであること。

 呪いのように、いまなお縛られるこの瞳によって、これから先も戦い続けなければならないだろうということ。

 

 これは、この金色の瞳は、落ちこぼれの証ではなかった。自身と姉を繋いだ絆であり、敵対しているこの瞳を持つ残りの二人と戦う運命の象徴。

 

 そう、まさに運命が具現化したように、ラウラの人生は未だこの魔眼に絡め取られている。

 

「それでも、今の私に迷いはありません。私は、貴方から教えられた力で、大切なものを守ります」

 

 それが今のラウラの決意であり、誓いだった。そんな決意を表明するラウラを、千冬もどこか嬉しそうに見ていた。力が欲しいと思いながらも、それは決して独りよがりではない。そんなラウラの成長が嬉しかった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「っ、ハッ!」

「私が教えることはもうなにもない。卒業だ、ラウラ。おまえが、おまえの守りたいものを最後まで守れることを、祈っている」

「あ、ありがとうございます! これまで御恩は決して忘れません!」

 

 千冬に最後の敬礼をするラウラ。これからは千冬はラウラにとって教官や先生でもなくなる。尊敬することに変わりはないが、おそらくはまた新しい形として関係を築いていくことになるだろう。

 

「さて、………教えることはない、とは言ったが、最後にアドバイスだ」

「はい」

「もし、困難があったときには、誰かに頼れ。アイズでも、セシリアでも、カレイドマテリアル社でも、私でもいい。一人で抱えずに、誰かに頼れること。それは、弱さではない」

「…………はい!」

 

 強さ。弱さ。

 そうした“力”というものに迷い、翻弄されてきたラウラはしかし今、確かな信念をもってそれを追い求めていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「―――――ゃん、ラウラちゃん?」

「……っ! は、はい」

「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど」

「大丈夫です。すみません」

 

 隣を飛ぶアイズから声をかけられ、ラウラの意識がはっきりと戻る。

 既に夜も深くなり、空には妖しく月が輝いている。まるでなにかを予感させるような満月の下でラウラはアイズと共に目的地へと急いでいた。ISでハイパーセンサーがなければまともに周囲の把握もできないほど入り組んだ森林地帯を低空飛行で進むのはオーバー・ザ・クラウドと装甲色を闇色に変えたレッドティアーズtype-Ⅲであった。アイズといえば赤というイメージが強くあったために、闇のような鎧を身にまとうアイズの姿は違和感があることは拭えない。

 夜間迷彩を目的とした変色をしているために、束からは「これじゃブラックティアーズだね」などとも言われている。もともと目立つ赤い装甲色はセシリアのブルーティアーズの青と並んでシンボルとしての意味合いがあったために視覚効果を狙った配色だった。逆に、ラウラのオーバー・ザ・クラウドは先行試作型というように、ただただ機能を積み込んだ試作機ゆえにシンプルな黒を基調としている。

 夜の迷彩を施された中で、エネルギーの残滓と二人の瞳だけが輝きを放っている。

 

「姉様」

「ん?」

「ごめんなさい、姉様。私のわがままに……」

 

 ラウラはもう何度目かにもなる感謝と謝罪を口にする。

 今回のことは完全にラウラの事情で、カレイドマテリアル社が関わる理由はなかった。それでも力を貸してくれたアイズたち、そしてイリーナには本当に感謝しかなかった。

 

「ラウラちゃんの仲間なら、ボクにとっても他人じゃないよ」

「姉様……」

「それに、ボクはラウラちゃんのおねえちゃんだよ? もっと甘えて欲しいな」

「ありがとう、ございます」

 

 ラウラがかつて隊長を務めていた部隊シュバルツェ・ハーゼからの救援要請。詳しい事情は今もイリーナや束が調査してくれているが、急がなくては全滅するというほど切迫した状況の中、ラウラはひとり辞表を出す覚悟で救援に向かおうとした。クラリッサからの暗号通信は途絶え、得られた情報から推測するに部隊は国境付近の森林地帯を逃走中らしい。

 急がねばクラリッサたちが危険だと思ったときにはラウラは一人で飛び出そうとした。それを食い止めたのはアイズだった。迷惑はかけないから行かせてくれと懇願するラウラに、アイズはただ一言だけ返した。

 

 一緒に行こう、―――と。

 

 ほとんど事後承諾のようなものでアイズはラウラを連れて飛び出した。その際には束の協力もあり、今回の装甲色の変化や新装備などの支援も受けることができた。

 実はこの時、イリーナの判断としては見捨てるのも止むなしとしながら、できれば確保しておきたいという考えがあった。だから最終的にアイズ、ラウラ、束の三人による独断専行を許した。デメリットも大きいが、ドイツ軍から抜けてきた部隊というのは貴重な情報源だ。ドイツは亡国機業の影響力が強い国であり、そのために内部状況がなかなか把握しづらい国だ。そういう事情があったから、ラウラもドイツ軍に所属していたという理由がある。ただの傀儡の軍隊とはいえ、そこに所属していた人間は確保しておいて損はない。無論、ドイツと事を構える理由にもなるがそれをチャラにするくらいの手は持っている。

 最後には「ラウちんは私の妹分のアイちゃんの妹、つまり身内だよ? わかってるね?」という束の半分以上が脅しの言葉がダメ押しとなり、カレイドマテリアル社は全面的に今回の救出を支援することになった。

 そのための条件は出されたが、今はとにかくシュバルツェ・ハーゼを確保することが最優先だ。そのための支援を取り付けてくれたアイズや束には感謝してもしきれない。

 

 頼ることは弱さではない。かつて千冬に言われた言葉の意味を、ラウラは確かに感じていた。

 

「………ん、キョウくんが来たね」

 

 別ルートから進行していた京がやってくる。京のISである特化型フォクシィギアも夜間迷彩色に変えられており、さらにステルス装備もしていることから完全に闇に溶け込んでいるがアイズの目はなんなくそんな京の姿を把握する。

 京はいつもの無邪気そうな笑顔ではなく、少しだけ困ったような笑みを浮かべながらアイズたちと合流する。

 

「そっちはどう?」

「ダメですね、それらしい影はありませんでした」

「と、なるとやっぱこの先が可能性が高い、か」

「深入りすると渓谷部に突き当たります。崖や流れの早い川がありますから、逃走ルートとしては危険なんですが」

「ん……でも、切羽詰ってたらルートなんて決められないだろうし、もしくはそういう危険地帯にまで追い込まれているか……ラウラちゃん、通信はないの?」

「いえ、それがまったく……」

「そっか、でも、それならもしかしたら………むっ?」

 

 アイズがその一瞬のノイズを感じ取って周囲に視線を巡らせる。特に変わったところはないが、それでもこの感覚は間違いない。少し遅れてラウラと京もそれに気付いた。

 

「ジャミング?」

「通常通信が妨害されています。僕たちの機体には無意味ですが」

 

 三人が侵入したのはジャミングフィールドであった。通信やレーダー索敵を妨害する電子、電波を遮断する力場を形成する特殊兵器だ。もっとも、三人の機体は量子通信機搭載型なので通信を阻害されることはない。ハイパーセンサーのレーダーに多少のノイズが入るくらいだ。この程度では行動に支障はきたさない。だが、こんな場所でジャミングがかかっているという意味は大きい。

 

「アタリだね」

「おそらくは」

 

 アイズたちは顔を見合わせながら頷く。

 ジャミングフィールドはそもそも大規模な装置とジェネレーターが必要となる。ステルス装備とはわけが違うのだ。カレイドマテリアル社でもジャミングフィールド発生装置は拠点防衛にしか使えないほど大型装置であり、かつてIS学園に侵攻した際の亡国機業が使ったこれも複数の潜水艦に搭載されていたからこそ可能としたものだ。こんな人気のない森林地帯で観測されるものではない。

 おそらくは、なにかの理由でここ一帯の通信を遮断するためのもの。

 

 例えば、そう……逃走者を閉じ込めて孤立無援にさせるためため―――。

 

「クラリッサさんとの連絡はできなかったね?」

「はい。おそらくははじめの通信後にジャミング圏内に入ったのかと……」

「むこうに量子通信機がない以上、あとは“目視”で探すしかない、か。……ラウラちゃん」

「はい」

 

 アイズとラウラがAHSシステムのバックアップを受けてヴォーダン・オージェの適合率を上昇させる。それに伴い、急速に視野が広がり、夜の森の中にも関わらずに詳細な情報を獲得していく。ハイパーセンサーよりも遥かに高い情報収集力を持つ魔眼がその力を表すように満月のように輝きを増していく。ナノマシンの活性のための余剰エネルギーによる発光現象であるが、知らない者がみればまさに魔性としかいえない瞳だろう。

 

「キョウくん、後ろの警戒をお願いね」

「任せてください」

 

 全周警戒から前方への集中索敵へと移行する。この魔眼の前にはジャミングなど無意味だ。二人は広範囲から徐々に索敵範囲を絞っていき、どんどん奥深くへと進んでいく。そんな二人を補佐しながら京が後方を警戒しつつ追随していく。 

 後続として、セシリアたちも来る手筈となっているが、厳しいことには変わりない。大前提として、先行したラウラとアイズ、そして京の三人がシュバルツェ・ハーゼを捕捉しなければ救出など不可能なのだ。

 しかし、こんな燃費の大きいジャミングフィールドを展開し続けている以上、どうやら状況はそう余裕があるわけではないようだ。

 三人はわずかに焦りを見せながらも、それでも慎重に、そして迅速に行動をしていく。

 

 夜の森という視界の悪い場所でも、そのアイズとラウラのもつ瞳はその超常的な力で深部にまで深く解析していく。わずかな異変も見逃さないと気合を入れた二人の索敵は言葉ひとつ出さずに集中して行われていった。

 

「……ん?」

 

 そうしておよそ五分、アイズとラウラが同時に異変に気付いた。

 

「閃光?」

「それに機影……挙動からおそらくは無人機」

 

 まだ距離があるが、視界に映りこんだそのわずかな光と影を見逃さなかった。その方向へと意識を向けると、今度は銃撃音も聞こえてくる。音よりも視覚情報を先に得た二人はその銃撃音の意味もすぐに察する。

 

 

 既に接敵している。このままではまずい。そう判断したアイズは、同じ判断をしたであろうラウラに向かって叫ぶ。

 

「ラウラちゃん!」

「はい、先行します!」

 

 機体の出力を上げ、オーバー・ザ・クラウドの全身にめぐらされたエネルギーラインが青白く発光する。そして次の瞬間、まるで消えたと錯覚するほどの速さで加速する。初動からすでに常識外の速さを見せつける世界最速の機体。その看板に偽りナシと証明するように、オーバー・ザ・クラウドが流星のように夜の闇を切り裂いて飛翔した。

 

 そして残るアイズと京もまた、速度を上げてラウラを追っていく。戦闘は避けられないとして、既に二人はブレードを展開して戦闘態勢をとっていた。

 

「相変わらず速いですね……!」

「ラウラちゃん、また速くなったなぁ。キョウくん、急ぐよ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「くっ……! ここまで執拗に追ってくるとは……!」

 

 複数の無人機と戦っているのは一機のフォクシィギアだった。ドイツ軍が解析のためにと裏ルートから手に入れた機体であり、装備は標準的な高機動型だ。ゆえに高い機動性を持つが火力は並。攪乱することでなんとか状況を保っているが、撃破するには火力不足。結果的に敵の数が増えることはあっても減ることのない嬲り殺しのような有様になっている。

 そんな絶望的な状況で戦い続けている女性の名はクラリッサ・ハルフォール。ドイツ軍に所属していたIS特殊部隊【シュバルツェ・ハーゼ】の隊長代理を務める女性だった。

 

 しかし、それは既に過去のことだった。今の彼女は、そしてシュバルツェ・ハーゼは今や味方であったはずのドイツ軍から追われる身となっていた。

 

「アーデルハイト! 速度を上げろ!」

 

 彼女の背には同じシュバルツェ・ハーゼの隊員たちを乗せた大型のジープが走っていた。悪路を走るにはスピードが出すぎていたが、命のかかった逃走ならばそれも当然だった。ハンドルを握る隊員のアーデルハイトが必死に車体をコントロールしていた。しかし、すでに余裕などあるはずもなかった。通信で既に限界だというアーデルハイトの悲鳴のような声が伝えられる。

 

『これ以、…………限か、……!』

 

 ジャミングの影響でそれほど離れていない距離にも関わらずに通信にノイズが混ざる。夜の闇の中を走るだけでも危険なのに、追撃されているのであればそのプレッシャーは相当なものだろう。逃走の際、たった一機だけ持ち出したこのフォクシィギアだけで追撃をシャットアウトすることは所詮は不可能なことだった。しかし、それ以上にここまでなりふり構わずに排除しようとしてくることも想定外だった。だが、ここまで徹底的ならやはり脱走して正解だった。もし残っていれば今頃隊員全て皆殺しにされていたかもしれない。

 クラリッサの持っていた専用機も没収され、すでにIS特殊部隊という看板すら飾りとなった。そんなクラリッサたちをどうして排除しようとするのか、それはまだわからなかったが、それでも上層部の不穏な気配を察知して軍規に反するとわかっていながら、内情を調べた。

 

 その結果が、シュバルツェ・ハーゼの壊滅計画であった。

 

「くそっ……!」

 

 ライフルを射ちながら悪あがきのような反抗を続ける。ここ一帯はすでに通信妨害領域となっており、追っている無人機の数も十やそこらでは収まらない。どうあってもここで部隊を全滅させる気なのだと嫌でもわかってしまう。

 逃走の際に、なんとかかつての部隊長であるラウラへ救援のメールを送ったが、果たしてそれが届いたかも怪しい。ラウラ個人宛に送る余裕はなかったため、危険を覚悟でカレイドマテリアル社の軌道エレベーター建設への参入を募る本社宛に通信を試みた。巨大なプロジェクトで多くの企業契約と関わることからセキュリティレベルはかなり高い。個人端末宛に送るよりは逆探知もされにくい。可能性は高くないが、これに縋るしかなかった。

 

 しかし、それももう限界だった。

 

「ぐっ、う……!」

 

 数に物を言わせた弾幕にクラリッサのフォクシィギアのシールドエネルギーもじわじわと削られている。撤退しなければ撃破されるほどに追い詰められているが、後ろにいる隊員たちの存在がそれを許さない。ISを駆る自分だけが唯一の対抗手段だ。

 

 

 

 

 ――――こうなったら、私が引きつけているあいだに逃がすしかない。……他の隊員たちだけは、せめて……!

 

 

 

 クラリッサは怒鳴るように先を行く隊員たちの乗るジープに指示を送る。

 

「アーデルハイト! なにがあってもこのまま止まらずに進め! マルグリッド! なにかあればお前が指揮を取れ!」

『おね……さま! な……を!?』

 

 クラリッサは自爆覚悟の特攻をしようと覚悟を決める。一機でも多く巻き込めばその分他の隊員たちが逃げる可能性が上がる。こんな事態になってしまったが、それでも隊長から預かった部隊をこんなところで失くすわけにはいかなかった。

 

「すみません、隊長……、あとは、よろしくお願いします……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「泣き言を言うなクラリッサ! ここで死ぬことなど絶対に許さんぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 突然浴びせられた叱咤にクラリッサが驚愕する。目を大きく見開きながら、いきなりのことに身体が硬直する。

 

「えっ……!?」

「そこから離脱しろ!」

「は、はい!」

 

 まだ理解が追いついていない頭で、しかしその声に反射的に従った。

 防御体制を取りつつ高度を落として下がると、そんなクラリッサを追撃しようとした無人機の一体が目の前で四分割にされた。閃光が走ったかと思えば無人機が切り刻まれ、ただの鉄塊となって手足が落とされていき、最後には爆発四散する。見えるのは青白いバーニア炎と思しき残滓だけだ。

 さらに続けて次々に無人機が切り刻まれていく様子はまるで見えない死神が次々に無人機を刈り取って行くようだった。

 

 そんな想像もできない光景をクラリッサはただ呆然と見つめていた。

 

 十機はいた無人機はあっという間にその数を半分にまで減らし、警戒するように距離を取っていき、撤退していく。それを確認した後に、介入してきたその襲撃者がクラリッサの前へとその姿を現した。

 黒い装甲に走る青白いライン。まるで蝶の羽のように広がるバーニア炎を噴かせて滞空する未知のIS。両手には無人機を刻んだであろうナイフが握られている。

 それを纏うのは、銀色の髪をなびかせ、幼い顔立ちながら凛々しい表情を浮かべたかつて部隊を率いていた少女であった。いつも眼帯をして隠していた左目は金色に輝いており、その赤と金のオッドアイがクラリッサを見つめていた。

 

「しっかりしろ。隊を預かる者が、簡単に諦めるな。最後の瞬間まで希望を捨てることは許さん」

「た、隊長……?」

「もう私は隊長ではないぞ。今の隊長はおまえだろう、クラリッサ」

 

 クラリッサはしばらく顔を合わせていなかったラウラの表情の柔らかさに目を見張った。ドイツ軍にいたとき、ラウラはこんな風に相手を安心させるような笑みを浮かべることなどなかった。

 どちらかといえば冷淡な人物だったのに、今目の前で語りかけてくるラウラはかつての姿が信じられないほどに穏やかだった。

 

「よく隊の皆を守った。そしてよく私に知らせてくれた」

「隊長……!」

「だから隊長ではない。今の私はシュバルツェ・ハーゼ隊長でもドイツ軍人でもない。ただのラウラとして、……クラリッサ、友であるおまえたちを助けに来たぞ」

 

 もう一度笑いかけてラウラは再び表情を引き締める。ここまでの追撃をした連中がこれで終わることなど有り得ない。またすぐにでも追撃が来るだろう。それを悟ったクラリッサもまた体勢を立て直してラウラの隣へと並ぶ。

 

「カレイドマテリアル社の支援も取り付けてきた。すぐに援軍も来る。それまでもう少し頑張ってもらうぞ」

「はい。指揮下に入ります!」

「いいのか? もう私は……」

「私も、もうドイツ軍人ではありません。ただのクラリッサです。私も貴方と一緒に戦わせてください!」

「ならばクラリッサ、このまま追撃を振り切るぞ! 私について来い!」

「はいっ! どこまでもッ!」

 

 

 自分たちの危機に、ラウラが戻ってきてくれた。

 

 その事実に嬉しさを隠すこともせずに、クラリッサが大きく声を張り上げた。

 

 

 




第一陣とクラリッサさんたちが合流。こっからが正念場です。いろいろ謀略がありそうですが、そのあたりのネタバレはセシリアたちの合流後になります。

ラウラさんマジヒーローな回でした。かっこいいヒロインは大好きなのでもっともっとヒロインたちのかっこいい姿を描いていきたいです。

次回からは本格的な戦闘開始です。

はたしてこの事態を演出したのは誰なのか!?


マリアベル「もちろんそれも私だ☆」


おう、ネタバレを言ってしまった。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.93 「這いよる魔女の手」

「隊長の姉上ですか!?」

 

 クラリッサをはじめとしたシュバルツェ・ハーゼの隊員たちはラウラが姉と紹介したアイズにびっくりしながらもすぐに頭を下げる。アイズはいきなりのことに目をパチクリとさせて混乱していた。

 そんなアイズに、クラリッサは隊を代表してアイズに尊敬の眼差しを向けながら挨拶をする。

 

「失礼いたしました。隊長からお話は伺っております。シュバルツェ・ハーゼ所属のクラリッサ・ハルフォールです。姉上様」

「えっと、……アイズ・ファミリアです……姉上様?」

「隊長の姉上なら、我ら全員にとって敬うべきお方です。お会いできて光栄であります」

「そんな固くならなくていいよ、クラリッサさん。確かにラウラちゃんの仲間なら、ボクにとっても大事な人だけど」

「そのように仰っていただき、身に余る思いです」

「クラリッサ、姉様が困っている。あまり堅苦しい真似はするな」

 

 現在、追手の第一波をしのいだラウラたちは手近な岩陰にジープを止め、簡単なブリーフィングを行っている。

 ラウラの乱入によって追撃していた無人機十機のうち半数を撃破。残る半数は撤退したが、その側面をアイズと京が強襲。二人だけで残存戦力を殲滅。おそらくまだ追撃はあるだろうが、逃走ルートも決まっていないために簡単に作戦会議が必要だとして一時的に足を停めて顔合わせをしていた。

 ラウラの姉というアイズに隊員たちは尊敬の眼差しを向け、あっという間にアイズはシュバルツェ・ハーゼの隊員たちに囲まれることになった。

 

「救助にきていただき、シュバルツェ・ハーゼ一同、感謝いたします!」

 

「「「「ありがとうございます!」」」」

 

 クラリッサに続くように全員が頭を下げて唱和する。このあたりの統率はさすが軍隊といったところだろうか。セプテントリオンはその特殊性から個性を重視しているためか、ここまでの軍隊気質でもなかった。

 

「これからよろしくお願いいたします! 姉上様!」

 

「「「「姉上様!」」」」

 

「あー、姉様の次は姉上様なんだ」

「まておまえたち! 姉様は私だけの姉様だ! それは私だけの特権だ!」

「え、そこ?」

 

 妙なところで怒り出すラウラに、アイズはよくわかっていないようにキョロキョロと騒がしい様子に目を向けている。アイズからしたら仲の良さそうな部隊で、ラウラも慕われているように見えたから微笑ましいと思っていたのだが、どうやらラウラは隊員たちの「姉上様」が気に入らないらしい。

 

「では義姉上様と。呼び方は同じですが、義理の姉とします。これならば隊長をリスペクトしつつ、義姉上様にも敬意を示せます」

「義姉……だと……!?」

「はい。日本に伝わる由緒ある姉のステータスです!」

「そ、そうなのか? う、うむ。姉様は素晴らしいからな」

 

 ちょろかわいいラウラに生暖かい視線を向けつつ、アイズも半ば現実逃避していたりする。妹が一気に十二人になっちゃったよー、とどこか他人事のように思ってしまう。アイズ自身は背も低く童顔のためにどちらかと言われなくても妹系なのだが、どうやらラウラを含め、シュバルツェ・ハーゼ全員が妹入りするらしい流れに傍観のような境地に至ってしまう。

 

「人気者ですねー」

「キョウくん、他人事じゃないと思うよ?」

 

 京も京でやはり隊員たちから注目されている。新型コアの出現以降、男性操縦者も増えてはいるが、それでも未だ第一線は女性が主流だ。やはりまだ男性操縦者は珍しいだろうし、京はセプテントリオン最年少の弟分だ。顔も可愛く、年上の女性から可愛がられるタイプだ。現にそこらで「かわいー」などといった声も聞かれる。

 

「お互い童顔って便利ですよね」

「キョウくんは楽しんでるでしょ?」

「綺麗なお姉さんに囲まれて嬉しくない男はいませんよ。そういうアイズさんは楽しくないんですか?」

「わくわくしてる。妹いっぱい!」

「ですよね。…………でもそろそろ時間ないですよ?」

「だね。……はい、注目ー、ちゅうもーく!」

 

 アイズが早速おねえちゃんぶるように手をたたいて皆を取りまとめようとする。そして年頃の少女たちとはいえ、さすが軍人である。ピタッと私語を止め、背筋を伸ばしてアイズの前に整列する。

 

「キョウくん、お願い」

「はい」

 

 アイズに指示され、京が空間モニターを展開させる。そこに映っていたのはここ一帯の地形データだ。なにも用意せずに脱走したためにシュバルツェ・ハーゼ隊は自分たちが逃げている場所すら完全には把握できていなかっただろう。この先の逃走ルートを決めるためにも、このデータは必須であった。

 

「ここからだと、逃走ルートは……」

「普通ならば、ここですね」

 

 ラウラが言うとおり、通常ならばこのまま森に姿を隠すようにして逃走するのが定石だ。しかし、それは今回は使えない。ハイパーセンサーの索敵を抜けるにはただ隠れるだけでは無理だ。ジャミングフィールド圏内なので相手のセンサー精度も多少は落ちているだろうが、無人機の特性は数だ。数に物を言わせて追撃されれば隠れ通すことは難しいだろう。

 ならば散開して逃げる、というのも考えられるが、それもジャミング圏内であることを考えれば不採用だ。合流できないリスクが高すぎる。

 

「使えるフォクシィギア三機は持ってきたけど……」

「やはり、戦力不足は否めませんね」

 

 急なことだったので、使用できる機体を三機しか持ってこれなかった。フォクシィギアを三機迎撃に追加しても、いきなり新型機に乗っても慣熟する時間もない。戦闘可能なのは三機のみと考えたほうがいいだろう。クラリッサ機も消耗しており、戦力としては数えられない。

 

「だから、このルートで逃げるよ」

 

 アイズが示したのは、渓谷に近く、森林部の外周沿いをなぞるようなルート。木々が他と比べ少ないために発見の可能性は高いが、逃走に必須なジープを走らせるには一番適した地形だ。つまり、見るかることを前提に短時間で安全圏まで逃走するルートである。

 なるほど、と思うと同時にクラリッサが質問する。

 

「安全圏とは?」

「今、別働隊が防衛ラインを構築してる。そこまでいけば、追撃はシャットアウトできる。ボク達三機は部隊でスピード重視で選んだからね。ボクたちはクラリッサさんたちの発見と誘導役」

「とはいえ、相手の戦力次第だ。どれほどの戦力が投入されるかわからない以上、迎撃は無理だ」

「それにセプテントリオンもいろいろ部隊を分けてますから投入できる機体は限られてます。急造した防衛ラインでどこまで防げるかという疑問もあります」

「それにあまり大事にするとまずいからね。だからなるべく戦闘は避けるか、迅速に撃破」

「なるほど……」

 

 クラリッサはすぐに部隊の中からメンバーを選別する。援護射撃の技量が高い三人を選出し、貸し出されたフォクシィギアを渡す。残りのメンバーはジープを使って撤退だ。クラリッサと他の三人はジープの直衛。そしてアイズたち三人は追手の迎撃が役目だ。

 正直かなり厳しい撤退戦だが、当初予想していた最悪よりはマシだった。一番まずかったのはシュバルツェ・ハーゼの逃走のための足が破壊されていた場合だ。そうなったら、アイズたちは援護が来るまで追手を迎撃し続けなければならなかった。

 

「指揮はラウラちゃん、お願いね」

「わ、私ですか?」

「シュバルツェ・ハーゼのことならよくわかるでしょ? 戦力判断と状況判断をしつつ全体のフォローに回れるのはラウラちゃんだけだから。ボクは前線に出るしね」

「……わ、わかりました」

「迎撃はボクとキョウくんがメイン。ラウラちゃんは防御をお願いね」

「はい!」

「それじゃ……作戦名【脱兎】! 状況開始!」

 

 月明かりに照らされた森を兎達が駆ける。

 こうしてシュバルツェ・ハーゼ―――黒ウサギ隊、最後の作戦が始まった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うふふ」

 

 己の執務室でどこか呑気な、それでいて得体の知れない笑みを浮かべているのは現役の秘密結社の親玉であるマリアベルだ。なにか【極秘】と書かれている書類を適当に広げながら、目の前に設置したパソコンのモニターを眺めながらくすくすと楽しそうに笑い頬を緩ませている。

 

「冷たいくせに情に厚いわねぇ、イリーナ」

 

 広い机の上に置いてあったチェス盤から駒を手に取ると、まるでなにかを暗示するかのように優雅な手付きで再び駒を配置する。

 それは、白の駒を黒の駒が包囲しているような布陣だった。

 

「これで一つ目のチェックはクリア。次のチェックはどうかしら?」

 

 まるで一人でゲームをするように次々に駒の配置を変えていく。白と黒が互いに優勢と劣勢を繰り返しながら消耗していく。一見すれば一進一退の攻防のように見えるが、やがてそれは目に見えて白が劣勢へと追い込まれていく。

 

「ふふ、私のチェックはあと五回はいけるわよ。何度しのげるかしらね」

「満足したら書類を片付けてください、プレジデント」

 

 楽しそうにしていたマリアベルだが、空気を読まない横槍の声に頬をふくらませて抗議する。せっかくいいところだったのに! そんなことを言いたげな顔だった。ぶーたれる上司を見ながらもスコールの表情はまったく揺るがない。

 

「なによスコール、かっこよく黒幕っぽいことしてるのに邪魔しないでちょうだい」

「正真正銘の黒幕がなにをやっているのですか。それにどこからチェス盤をもってきたのです?」

「どうかしら? なんかこういうチェスの駒を手にして意味深なことを言いながらドヤ顔ってそれっぽくない?」

「だからそもそも、あなたは世界最悪の悪党でしょうに」

 

 悪そうな笑顔をしながら黒のキングをスタイリッシュな指使いで掲げてみせるマリアベルにスコールは痛そうに頭をおさえた。

 いったいどうしてこの上司はこんなにもバカっぽいのだろうか。正真正銘、間違いなく世界最大の秘密結社を束ねている悪党なのに、まるで無邪気にはしゃぐ子供にしか見えない。これが素なのだから手に負えない。そんなスコールの内心の愚痴など知らないと言わんばかりにマリアベルはスタイリッシュなポーズを決めて遊んでいる。

 

「ふふ。チェックメイト……相手は死ぬ!」

「かっこいいつもりかもしれませんが、せめてかっこつけるならその横のカップラーメンをしまってください」

「あら、あなたも食べる? 日本のカップラーメンって美味しいわねぇ。世界征服をした暁には日本にはインスタント食品を要求しましょう。銃を突きつけながら『ラーメンを要求する!』ってやってみたいわねぇ」

「ストレスが深刻なので有給を取りたいのですが」

「有給取るくらいならもっと仕事で遊びなさい。遊び心を捨てたら悪党にはなれないわよ、スコール?」

「遊び心だけで悪党を束ねるあなたに言われたくはありませんが……失礼なことをいいますが、どうしてそれで世界最悪の悪党が務まるのですか?」

「悪党を楽しんでやればいいのよ。あなたはまだまだね。しっかり勉強しておきなさい。…………さて、それじゃ行こうかしら?」

 

 立ち上がり、笑顔のまま戦意を滾らせるマリアベルに、しかしスコールは何も言わずに黙して礼をする。なぜなら、それははじめから決められていたから。だから今回はスコールも止めようとはしなかった。

 むしろスコールは同情していたくらいだ。ただの餌にされたシュバルツェ・ハーゼに、カレイドマテリアル社に、そして、セシリア・オルコットに。

 これから彼女たちに降りかかる天災を思い、静かに冥福を祈った。

 

「留守を頼むわね」

「ご武運を」

 

 彼女は手に持つのは、まるでその存在自体が虚ろのような色彩がネガとなっている花を模したネックレス。彼女が作り上げた技術の全てをつぎ込んだ、もはや束の思想とはかけはなれたISだった。作られてはいけなかった魔女のドレスが完成してしまった。

 

「さぁ行きましょう。悪党は悪党らしく、ね。ただの気まぐれで、積み上げたものを崩してあげましょう。ふふ、くすくす……っ」

 

 亡国機業首領マリアベル――――這いよりすべてを呑み込む、無邪気な悪意の具現。変わりゆく世界で、変わらない笑みを携えて戦場へと赴くその姿は、まさに魔女。

 

「ふふ、うふふ……!」

 

 無垢な悪意という災害は、とうとう自らを戦場へと誘った。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 作戦を開始しておよそ15分。たったそれだけで、ラウラたちは窮地の一歩手前という状況に追い込まれていた。

 

「当たらなくていい、とにかく撃て! 私へのフレンドリーファイアは気にするな、勝手に避ける!」

 

 最優先護衛対象であるジープが猛スピードで走っていくが、それでもISに比べれば遅すぎる。すぐさま追いつかれてしまったが、それも予定通り。はじめから接敵せずに逃げきれるとは思っていない。

 

「【天衣無縫】ッ!!」

 

 固まって接近してきた三機の無人機を斥力の塊をぶつけて弾き飛ばす。ジープの直衛に回したクラリッサたちから援護射撃、というよりはとにかく敵を近づかせないための弾幕が放たれる。ラウラはその弾幕の中を縦横無尽に飛翔し、接近してくる機体を優先的に撃破していく。

 ラウラの優先順位は、まずビームやレーザーといった熱量、光学兵器を使う機体。こればかりは防ぐ手段が乏しいために最優先で撃破している。次いで実弾兵器を使う機体。実弾ならばオーバー・ザ・クラウドの斥力結界で防げる。吶喊してくる機体を同様だ。あとはとにかく近づく機体を倒す。無理に破壊する必要はなかった。追撃できない程度にダメージを与えればそれでいい。ゆえに主に機動ユニットを狙って破壊する。

 

「鉄屑が! 貴様らなどに遅れをとるものか!」

 

 それ以外も単一仕様能力をフル使用しての斥力による壁で寄せ付けない。ラウラの片眼はなおも金色に輝きながら、襲いかかる敵機を見据えている。かつて落ちこぼれの烙印だったこの瞳は、ラウラの力としてその能力を発揮していた。

 

「隊長……」

 

 そんなラウラの勇壮といえる戦いぶりに、クラリッサは、いや、シュバルツェ・ハーゼすべてが魅入られていた。あんなにも、雄々しく戦うのか。あの人が、かつて隊長だったのか。

 昔とは違う、冷たい闘気ではなく、見るからに熱の込められた激しい戦意を滾らせて戦うラウラの姿に、クラリッサたちも勇気づけられていた。本当に変わった。でも、それが嫌ではなかった。あんなにも部隊のために猛々しく戦ってくれる人が隊長で誇らしいとすら思った。だから、自分たちもあの人の助けになりたい。

 言葉ではない、その思いが込められた姿を見せることでラウラは部隊を鼓舞していた。

 

「隊長にだけ任せてはおけません! 隊長を援護します!」

 

 不慣れなフォクシィギアでありながら、やはり訓練を受けた隊員たちはすぐさま機体に適合して徐々にその操縦制度を上げていく。その分命中率も上がり、ラウラへの援護にも貢献できる。もともと同じ部隊だったのだ、呼吸を合わせることはすぐにできた。

 なにより、昔と違ってラウラ自身も部隊との連携を積極的にとっていた。かつては孤高であるかのようにただ目の前を走って引っ張っていくだけだったラウラは、ここへきてようやく部隊すべてを統括し、機能させる隊長としての姿を完成させていた。

 ラウラの高機動を活かして囮となり、クラリッサたちの射線へと敵機を集める。そのクラリッサたちを狙う機体がいれば即座に索敵して優先的に撃破する。ラウラの弱点である火力不足はクラリッサたちの援護射撃で補い、最速のISというオーバー・ザ・クラウドの能力を発揮して戦況全体のコントロールを行う。

 セプテントリオンで、セシリアが行っている部隊と戦況のコントロール。それらの理論を学び、そしてセシリアの指揮を見て覚えたラウラの部隊指揮官として覚醒した姿といえた。

 

「これで、ひと段落か……」

 

 あらかた襲ってきた機体を退けたラウラが一度後方のクラリッサたちと合流する。被弾や不調がないことを確認しつつ、再びヴォーダン・オージェによる索敵を継続する。

 

「今のところはなんとかなっているな。姉様たちがある程度数を削ってくれているからだが」

「確かに……ですが、あの二人で大丈夫でしょうか。リスクが高いと思うのですが」

「お前の危惧は最もだが、姉様とキョウは別格だ。特にこんな障害物の多いフィールドなら、私でも負ける」

「そ、それほどですか……!」

「私の姉様だ。すごいのは当然だ」

 

 クラリッサは自慢気に言うラウラを見て、本当に変わったんだな、と実感する。しかし、それが嫌とは思えなかった。むしろ微笑ましい、見ていて暖かい気持ちにさせる変化だった。

 

「しかし、それでもこれだけの追撃をかけてくるとは想定以上だ。姉様たちでもきついだろう。負担を減らすためにも……」

「はい、わかっています」

「よし。とにかく止まらずに進め。後方の索敵は私が受け持つ。お前は前方の警戒も忘れるな」

「Jawohl」

 

 再び後方警戒へと戻ったラウラであったが、先程クラリッサと話したときのような凛々しい顔付きではなく、不安げな表情を浮かべて時折爆発音や銃撃音が響く森の奥底へと視線を向けた。

 なんでもないことのように告げたが、この状況はこちらが圧倒的に不利なことには変わりないのだ。

 

 姉なら大丈夫、そんな根拠のない考えを信じきるほど、ラウラは楽観できなかった。戦場ではなにが起きても不思議ではない。それをよくわかっているから。

 

 

「姉様――どうかご無事で」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それはまるで逃げる兎を獅子の大群が襲っているかのようだった。

 

 たった七機のIS、しかも半分以上は新型機に不慣れであり、まともに戦闘可能なのは三機というアイズ達に対し、襲ってきた無人機の数は既に三十機を超えている。次から次へと増援が現れ、倒しても倒しても敵が減らない。数の暴力そのものといっていい無人機の群れを相手に、迎撃の主力であるアイズとキョウはその圧力に圧されながらもかろうじて戦線を維持していた。

 

「キョウくん、左側面に二機! 正面はボクが!」

「はい!」

 

 どれほど奮戦しても数の力を抑えきれない。何機かは通してしまっているが、それも想定内だ。だからこそ、斥力結界を持つラウラを後方の直衛に回したのだ。オーバー・ザ・クラウドの単一仕様能力【天衣無縫】があればある程度は束になってもまとめて押し返せる。もちろん、それでも限界はあるので最低限にまで数を減らすことがアイズと京の役目だ。

 

「キョウくん、下がって! トラップを仕掛けるよ!」

 

 アイズがBT兵器レッドティアーズを起動させ、大きく左右に広げるように放つ。夜間迷彩が施されたBT兵器はその速さもあり、レーダーがあっても把握することは至難だ。槍のように飛来したBT兵器が追撃していた無人機を貫く。そのBT兵器を警戒したのか、追手の無人機が密集ではなく、わずかに広がるように陣形を変化させる。

 しかし、それでもそこはアイズの射程であった。

 

 

 キンッ……、となにかが擦れるような音が響く。そして一瞬で解体された数機の機体がバラバラになって落ちていく。

 

 

 それだけにとどまらず、後続の機体もそのトラップ地帯に入ったが最期、不可視のソレによって問答無用で切り刻まれていく。

 

「うまくいった……こんな使い方は一回きりだけど」

 

 超微細徹甲鋼線【パンドラ】を利用したワイヤートラップ。絶対的な切断力を持つワイヤーブレードを木々に張り巡らせるように展開し、そこに立ち入ったものを切り刻む恐怖のトラップだ。えげつない攻撃であるが、アイズは一切躊躇わなかった。戦いにおいていっさい揺らがない。それがアイズの持つメンタルの強さでもある。

 とはいえ、貴重なパンドラはこれで尽きた。広範囲をカバーして作り上げたために搭載量をすべて使い切ったのだ。もうアイズに残されているのは多彩なブレード装備のみだ。

 アイズは自機をレーダーから隠すステルスシェードを展開してローブのようにそれで機体を覆う。森というフィールドを隠れ蓑として使い、追撃をかける無人機に対して逆にこちらから強襲をかける。こうした障害物が多いフィールドではレッドティアーズtype-Ⅲはラウラのオーバー・ザ・クラウドに並ぶ速さを発揮できる。

 突如として至近距離に現れたアイズにようやく無人機が反応を示すが、遅すぎる。

 

 斬ッ! とひと呼吸する間もなく真っ二つに両断する。念のため、脚部展開刃ティテュスで頭部を斬り飛ばす。達成感に浸る間もなく、すぐさま離脱して再び周囲に潜む。

 

 アイズは完全な不意打ち、奇襲で数を減らそうとしていた。ステルスからの強襲によるヒットアンドアウェイ。相手になにもさせず、一方的に攻撃する戦術。徹底して相手を撃破することしか考えない。

 アイズの金色に輝くその両眼はせわしなく動き、常に周囲の状況を解析し、最適最速な行動解を与えていく。数で劣ることなど関係ないと言わんばかりに次々に無人機に襲いかかる。これではどちらが襲撃者がわかったものではない。

 

 その少し離れた場所では同じく京が森というフィールドを最大限に活用しながら敵機を屠っている。アイズのような奇襲ではなく、あえて自機を晒すことで寄ってくる敵を順次切り捨てていく。機体各部に備えられたストレージから次々にブレードを抜き、使い捨てるように斬り、投擲し、そしてまたブレードを握る。バラバラに斬った無人機の四肢のパーツすら武器として利用し、止まることのない暴風のように刃を走らせる。京が移動してきた軌跡には大小様々な切り落とされた鉄くずが転がっている。

 

 セプテントリオンでもブレードを使った近接戦闘ならば確実にベスト3に入る二人だ。射撃を回避しやすい森という戦闘フィールドも二人に味方している。それでも多数を相手取るには厳しいが、ラウラたちの撤退の時間を稼ぐくらいならいけるだろう。

 二人はそれしか考えない。自分が何機を落としたか、といった戦果すら思考の外だ。とにかくラウラたちのもとへは行かせない。完全なシャットアウトは不可能でも、出来る限り数は減らす。その分だけ、シュバルツェ・ハーゼの生存率は上がる。

 四機のフォクシィギアとラウラのオーバー・ザ・クラウドがいるとはいえ、他はなんの防御もない生身の状態だ。リスクはできるだけアイズたちが請負いたかった。

 

「―――ッ」

 

 しかし、なんだ、これは。

 アイズの直感が、言いようのない危機感を伝えてくる。今のところはまだ順調だというのに、なにかよくないことが起きるような、そんな悪寒が拭えない。

 それがなにかわからない。気のせいであってほしいが、こういうときのアイズの直感は未来予知のように実現する。明確にこの不安を言葉にできないもどかしさにアイズの苛立ちが募っていくが、とにかく今は戦うしかない。妹のため、シュバルツェ・ハーゼのため、たとえなにがあっても引けないのだ。

 

 

―――でも、やっぱり、これは、おかしい。

 

 

 はじめはシールがいるのかと思った。シールがいれば、彼女のあの冷たく、突き刺すような殺気に身体が緊張するのはわかることだ。でも、そうじゃない。本当にシールはいるかもしれないが、ナノマシンの共鳴はない。少なくとも、共鳴するほど近くにシールはいない。

 無人機の圧力も確かに大きいが、それでもこんな悪寒を感じるほどじゃない。脅威は感じても不気味な気味悪さまでは感じない。

 

 

 

 ―――だが、それならこの首筋を這うような気味の悪い寒気は、いったいなんなんだ?

 

 

 

「キョウくん、警戒を強めて」

『どうしました?』

「わかんない。でも、よくない、よくないものがある、気がする」

『……了解。アイズさんの直感はハズレませんからね』

 

 杞憂であってほしい。ただ神経質になっているだけだと。

 

 しかし、そんなアイズの希望を砕くかのように…………それは、起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Valkyrie Trace System stand by――Complete. Start up』

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 突如として響いた電子音声がアイズの耳に届き、そしてその意味を悟ったとき、アイズは血の気が引いた。

 

「ま、さかっ……!?」

 

 無人機がわずかに震え、目に相当するカメラアイの光が点滅したかと思えば激しく赤く光り出す。そんな変化に危機感をもったアイズがハイペリオンを渾身の力で振るう。

 

 しかし。

 

「ぐ、……あっ……!」

 

 弾かれたのはアイズのほうだった。ハイペリオンの一撃はいなされ、カウンターで放たれたブレードによる斬撃を受けて吹き飛ばされる。辛うじて防御はしたが、今の一撃は機体にも少なくないダメージを受けた。

 機械にはない柔軟な対応力と最適な行動選択。そして人間を超えた反応速度。間違いない、これは―――!

 

「VT、システム……ッ!!?」

 

 

 

 かつて、アイズたちを苦しめた悪魔のシステム。

 

 人が積み上げてきたものを愚弄するかのように、それを意思のない人形が操る。ただの機械に成り下がった見るに耐えないようなその悪魔の具現が、最悪の組み合わせとなってアイズたちに襲いかかった。

 

 

 




マリアベルさんがいろいろやってきました。ここではヴォーダン・オージェと同じくVTシステムも魔改造されています。量産機が強い、というのは大好きなのでこっから敵サイドの脅威度が跳ね上がっていきます。

このチャプターのメインイベントとなるセシリアとマリアベルの邂逅もカウントダウンです。これまで無敵を誇ったセシリアにもとうとう試練が訪れます。そしてここから徐々にセシリアの内面へと迫っていく予定です。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.94 「魔宴遊戯場」

 VTシステム。

 

 正式名称を【Valkyrie Trace System】。これまでヴァルキリーと称された凄腕の操縦者、そして世界最強と謳われたブリュンヒルデ――織斑千冬のデータを再現することを目的とした戦闘システム。その絶大な力の代償に操縦者を死へと誘う危険すらあるため、現在は各国、研究機関での開発は禁止されている代物であり、かつてラウラの専用機であったシュヴァルツェア・レーゲンに無断で搭載されていた禁断のシステムである。

 操縦者の意思を無視し、限界以上の性能を引き出すそれは束が「不細工な代物」だとして毛嫌いしているものだった。束にしてみれば人の夢を表現したかったISを機械に成下げるこのシステムは到底認められるようなものではなかった。そしてそれは束と夢を同じくするアイズにも同様だった。

 

 なにより、可愛がっている妹のラウラを苦しめたそれを認めることなどアイズにはできなかった。

 

 そんなものが、今、再びアイズの目の前に明確な“敵”として現れた。アイズの感情に火が灯る。その火は瞬く間にアイズの心に燃え移り、明確な敵意となって発散される。

 

「ボクの前に……よくもそんなものをッ!!」

 

 もともとアイズは無人機そのものに大きな嫌悪感を持っていた。VTシステムも同様だ。そんな二つが合わさって目の前に現れたことで、アイズの敵意は一気に加速した。もはや憎んでいるといっても間違いではないほど、今のアイズには目の前の存在が許せなかった。

 感情をためらわずに噴火させ、しかしそれでも思考は冷静に。アイズは内心ではその脅威を認識しつつ、どうすれば迅速に目の前の愚物を駆除できるのか思考する。ヴォーダン・オージェの恩恵のひとつである高速思考がわずか数瞬のうちにアイズに対処法を与えていた。

 どんなに嫌っていても、その脅威は身をもって知っている。かつてラウラがVTシステムに侵食されたとき、ラウラのヴォーダン・オージェとの相乗効果は恐ろしい戦闘力を発揮した。アイズ、セシリア、鈴、簪。この四人掛かりでも苦戦させられたのだ。

 あのときほどの性能はないとしても、機械による反応速度が加わればそれに迫る能力を発揮できるだろう。つまり、人間の限界以上の速度での反応、対処を可能とし、それにあわせて過去の膨大な戦闘データから最適な行動を実行するということだ。外部装甲に変化がないところから考えて、ラウラのときのように武器をコピーして再現するまでの機能はないのかもしれない。

 しかしそれでも、一般のIS学園の生徒や、他の平均レベルの操縦者では太刀打ちできない反則級の戦闘機械だろう。

 

 そんな相手に対し、アイズが行う対処はただひとつ。

 

 なにもさせない。

 

 敵より速く。敵より先を読み、敵より速く反応し、敵より速く斬る。さすがのアイズでも、経験という点では偉大な先人たちに優っているとは断言できない。だからこその判断だ。

 アイズはAHSシステムのリミッターをセーフティの限界まで解除する。視野がさらに広がり、時間がゆっくり進んでいると感じるほどのさらなる高速思考状態へと移行する。極限まで集中されたアイズの精神が、どこかフラットになりながらもただひとつの意思のもとで統率され、その魔眼の能力を遺憾なく発揮させる。

 

 目の前の無人機が襲いかかってくる。これまでの動きではありえない、しなやかで力強い腕の振りから繰り出されるブレードの一閃は、なるほど、確かに上級者のそれだ。お手本のように淀みない斬撃に、しかしそれがとても不細工に感じた。

 アイズは最短距離での突きを左手のイアペトスで放つ。狙いは無人機の腕。しかし、無人機もそれに反応したのだろう。そのわずかな刹那で斬撃の機動をわずかにずらす。呆れるほどの対処能力だが、それでも今のアイズには遅すぎる。

 

「対処が正確すぎる」

 

 わずかにずれた斬撃の軌道を避け、潜り込むように接近。ほぼ密着状態といえるほど接近したアイズが、すれ違いざまに右手のハイペリオンを胴体部へと押し当てる。

 

「や、ああッ!!」

 

 気合と共に無人機そのものを押しやり、まるで投げるかのように地面へと押し倒す。勢いよく地面に激突した衝撃で各部のパーツに亀裂が入る。だが、それらの対応を行うまでに渾身の力で振り切られ、さらに蹴撃による勢いまでも上乗せする。ハイペリオンと地面に挟まれた機体はそのまま圧殺されるように両断される。それはまるでまな板の上に乗せられた獲物が包丁でぶつ切りにされるかのように荒々しいものだった。

 本来のアイズの戦い方からは外れたものだったが、これもアイズの対処法のひとつであった。

 

 機械なら、見たこともない、データにもない状況判断にはわずかに遅れる。それがレベルの高い操縦者のデータを使っているのならなおさら、本来有り得ないような行動に対する対処に遅れを取る。

 だからアイズは本来の戦い方を少し荒っぽく、雑にするようにして行った。無論、普通ならそこにつけ込まれて終わりだが、ヴォーダン・オージェの性能をフル活用し、無人機の反応速度を超えているアイズだからこそできることだ。

 

「はっ、はぁ……!」

 

 それでもアイズが圧倒的に不利だった。たった一機を倒すだけで精神をすり減らすような疲れがある。一瞬の油断が命取りだ。ヴォーダン・オージェの恩恵でVTシステムより速いといっても、それは絶対的なものじゃない。アイズの精神が動揺したり、なにかに気を取られればすぐ遅れをとってしまうほどの差異しかない。

 

「キョウくん、無事!?」

 

 バイタルは未だ健在だが、VTシステムという予想外の難敵に京の無事を通信で確認しようとする。わずかな間が空き、京が応える。

 

『いや、びっくりしました。なんとか倒しましたけど、ちょっとダメージを受けすぎましたね。なんなんですか、これ?』

「たぶん、VTシステム。機械の反応速度と掛け合わせてるんだと思う」

『これがVTシステムですか。たしかに脅威ですが、アイズさんの本気よりマシですね』

「機械ゆえに、応用力は低い。最速で、かつセオリー外のアレンジパターンで攻めて!」

『了解。でも、物量で攻められたら抑えきれませんよ? 僕でもどんなに頑張っても三機同時が限界です。時間稼ぎに徹することを前提で、ですが』

「…………粘るしかない。ごめんねキョウくん、出来る限りやるよ!」

『僕にも意地がありますから、やってやりましょう。予定外ですが、“グラファイス”も使います』

「わかった。お願いね」

 

 通信を終えるとちょうど第二波がアイズの目の前に現れる。同じくVTシステムを起動しているであろう挙動が垣間見える。おそらく残りの無人機はすべてVTシステムによる強化がされていると思ったほうが良いだろう。

 無人機と掛け合わせることで恐ろしいスペックと物量という二つを両立させてしまった。これだけで簡単に国すら落とせそうだ。操縦者がいないゆえに、おそらく人間の思考が絡む応用的な判断には乏しいだろうが、単純な反応速度とVTシステムのデータ再現だけで国家代表候補生、いや、国家代表クラスに届く力を発揮している。教科書通りの戦いしかできなければ敗北は必至だろう。

 それでもアイズは三機程度なら同時でもなんとか対処できる。セプテントリオンの隊員なら同時に二機程度は単機で戦っても撃破できるだろう。しかし、物量が力である無人機である。苦戦することは間違いないだろう。

 

「ラウラちゃん……!」

 

 撤退戦という中で事実上最後の防衛ラインとなるラウラの状況が気になるが、かといって今アイズがここを離れれば結果的にラウラの負担を増してしまう。合流するのも手だが、それだと標的をひとつに絞らせてしまう。限界が来るまでは各個で戦うしかない。

 アイズは歯を食いしばって、再び襲いかかってきた無人機の一撃を躱す。確かに恐ろしい鋭さを持った剣閃だが、本気になったアイズの眼には遅すぎる。カウンター狙いでイアペトスを関節部に突き刺して行動規制、隙のできたところでハイペリオンで両断する。

 あっさりと二機目をスクラップにしたアイズだが、既にアイズの中ではVTシステム搭載型の対処法ができていた。脅威となるのはひとつひとつの行動の質と、高い反応速度による対処行動。ならば逆にカウンターを主流とし、取り回しのいい武器で反撃、そしてその隙に高威力の武装を叩き込む。単機相手ならばこれで済む。問題は集団戦となった場合だが、これらの対処モデルはこの作戦後にじっくり構築すればいい。今は各個撃破でとにかく確実に数を減らすことだ。

 

「邪魔を、するな……ッ!」

 

 三機目を奇襲。さすがVTシステムはそれに反応したが、至近距離から腕部突撃機構ティターンを起動。躱すもなにもない距離からのロケットパンチを受けて体勢を崩したところを仕留める。ヴォーダン・オージェのバックアップもあり、おおよその特性とスペックは把握した。

 いざとなればtype-Ⅲの使用も視野に入れてアイズは手加減も容赦も一切合切を切り捨てて襲いかかる。

 

「無意味だろうけど言っておくよ。…………ボクの目の前に現れたら、全部斬るからね!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ラウラもまた、無人機の異変を正確に感じ取っていた。

 反応速度の上昇と行動選択の幅の広さ、そして完璧にトレースしている挙動。これらの答えはひとつしかない。

 VTシステム。かつてラウラがその身を蝕まれた因縁のシステムだ。ラウラという存在を生贄にして、そしてラウラ自身の弱さが引き金となって現れた悪夢のシステム。ラウラの尊敬する千冬すら侮辱する忌むべきそれが、再びラウラの目の前へと現れた。

 

「私の前に、よくもまたそんなものをッ!!」

 

 ラウラは怒りを顕にして両腕を無人機へと掲げる。掌部デバイスから発生された斥力場の塊が迫ってきた無人機を真正面からロックオンする。いかにVTシステムといえど、オーバー・ザ・クラウドの唯一無二にして最強を誇る単一仕様能力“天衣無縫”を回避することはできない。不可視の力場を躱すことができる存在など、それこそアイズやシールといった限られた存在だけだろう。実際、アイズはラウラとの模擬戦で散々ラウラの斥力による衝撃波を回避していた。なぜ躱せるのかと聞いたところ、「力の流れがなんとなくわかるから」と言っていた。あまりにも感覚的なことなのでラウラには理解しきれなかったが、しかしアイズができるということはシールもまたできるだろうということだ。この二人は常識を遥か彼方に置き去りにした規格外なので参考にはできない。普通ならば躱すこともできずに吹き飛ばされるだろう。

 

「吹き飛べぇッ!!」

 

 鋭い機動で迫り来る無人機に向けて高出力で発生された斥力が不可視の塊となって無人機を弾き飛ばす。装甲がひしゃげ、機能不全寸前にまで陥りながらまだ足掻くように動く無人機に向けてラウラはビームマシンガン“アンタレス”を斉射して蜂の巣にする。

 

「忌々しいガラクタが!!」

 

 ラウラは憤怒の感情を力に変えるようにVTシステムを相手にしているにも関わらずに敵機を圧倒する。オーバー・ザ・クラウドの天衣無縫で敵機が行動する前に先手を取り続けることでVTシステムの恩恵を発揮する猶予を与えない。

 しかし、逆を言えばこの数に接近されれば、あっさりとこの優勢はひっくり返される。それを理解しているラウラはとにかく能力を行使して無人機を接近させないようにどんどん斥力場を発生させていく。

 

「くっ、うぅ……!」

 

 しかし、それは広範囲、高出力で連続して能力を行使するということだ。圧倒的な力を誇る斥力、引力操作の能力も決してノーリスクではない。使えば使う分だけ機体に負荷がかかり、なにより操縦者であるラウラの体力を削る。

 そして加速度的に高まった疲労から一瞬目眩を起こし、その隙を突かれて一機の無人機を通してしまう。狙いは後方のクラリッサたちだ。

 

「しまった……!」

 

 機体に慣れていないクラリッサたちではVTシステムに対抗できない。ラウラは代償を覚悟した上で、迷うことなくクラリッサたちに迫る敵機に向けて手を掲げた。

 

「行かせるものか!」

 

 クラリッサたちへと迫っていた機体がガクンと振動し、その動きを止める。そしてまるで見えないロープで繋がれているかのように、巨大な力で真後ろへと引っ張られる。天衣無縫の引力操作。抗うことすら許さない万物に作用する力によって無人機がラウラへ向かって引き寄せられる。

 

「貫けェッ!!」

 

 拡張領域に搭載していた武装を右腕部に装備する。片腕装備としては巨大な筒状のユニットが握られ、まるでハンマーのように引き寄せられた無人機に叩きつける。同時にユニット中心部に仕込まれたパイルが一撃で無人機の装甲を貫通して破壊する。

 電磁投射徹杭鎚【プロスペロー】。電磁力で打ち出すパイルバンカーであり引力と掛け合わせることでその威力も跳ね上がっている。一撃で粉砕した敵機には目もくれず、ラウラは即座に振り返る。

 

 目の前に、五機。

 

 すでに近接戦のレンジ。斥力の発動も間に合わない距離だ。クラリッサたちへの援護の代償。それがVTシステムに背を見せるという致命的な隙だった。

 

「ぐゥ……がッッ……!」

 

 恐ろしいまでの正確さでトレースされた至上の一閃がラウラを薙いだ。左腕を犠牲にそれをかろうじて受ける。左腕の装甲が砕け、能力使用のために必須の力場の発生デバイスを失ってしまう。第五世代機に分類されるとはいえ、オーバー・ザ・クラウドは機動力に特価している分火力と装甲の薄さが弱点といえる機体だ。VTシステムによる攻撃を受けきることはできなかった。

 だが、これもラウラの想定内だ。先程の無人機は能力使用ではなく追いかけて撃破することもできた。むしろそのほうが安全だった。だが、そうしなかったのは、防衛ラインを下げないためだ。もしラウラが先の無人機を追撃して撃破していたら、その後にこれだけの数の敵機をクラリッサたちに近づけることになる。しかし、ラウラが動かずに能力を駆使して対処したために無人機たちの優先目標はラウラのままだ。ラウラは自分が囮役でもあると理解していたために、わざと自分を狙わせるポジションを維持した。VTシステム搭載型を多数相手にしなければならないが、これでクラリッサたちの逃げる時間は稼げる。

 

「う、おおおッ!!」

 

 機体の全周に斥力場を放つ。殺傷能力は低いが、自分に群がる無人機たちを強制的に弾き飛ばす。その隙に瞬時に接近して一機を行動不能に追い込む。ゼロ距離からのビームマシンガンだ。頭部と胴体部を破壊して確実に数を減らす。これ以上の敵機の増援はリスクが高すぎる。

 それほどまでにVTシステムは厄介だった。

 

『ラウラちゃん!』

「っ、姉様……ッ!?」

 

 量子通信でアイズの声が響く。その声には多分に焦りが含まれている。

 

『このままだと押し切られる! こうなった以上仕方ない、一度合流して! 三人で連携して戦うよ!』

「わ、わかりました!」

 

 それが妥当な戦略だろう。数で押してくる敵機に対し、奇襲と強襲を繰り返して各個撃破することは決して間違いじゃないが、VTシステムを相手にした場合逆に襲撃されかねない。囲まれて孤立の危険が高いことはラウラもよくわかっていた。だからその言葉にすぐに従った。

 

『みんなは!?』

「大丈夫です、先に行かせました!」

『もう少しでセシィたちも来る。徐々にこっちも引いていくよ』

 

 通信を終えたラウラが目の前に迫る四機に対し切り札のひとつを使うことを決心する。VTシステムを相手にこれ以上は出し惜しみをしている場合ではない。拡張領域から大量のソレを展開すると目の前にバラまくように放り出す。近距離指向性の炸裂鉄球弾だ。これらを斥力操作によって至近距離から高速で打ち出した。つまりはクレイモア地雷と同じ武装だ。

 大量の鉄球が近距離広範囲を薙ぐように発射される。これにはどんな反応速度をもってしても防御一択だ。撃破まではいかなくても、範囲内の無人機すべてに少なくないダメージを与えられる。

 

「これでも一時しのぎが限界とは……!」

「いえ、十分です」

 

 クレイモアを受けてなお動いていた敵機の胴体からなにかが生えた。それはブレードの切っ先だった。さらにもう一本の飛来したブレードが機体頭部を串刺しにする。

 

「キョウか!」

 

 ラウラが目を向ければ、周囲に多数のブレードを展開しているフォクシィギア―――京の姿があった。京は機体周囲を漂うようにしているブレードを掴むと再び目にも止まらぬ動作で投擲。体勢を立て直す前に二機目を撃破する。

 

「さすがにキツイですね……ブレードも、もう三十本は使いましたよ」

「そっちも切り札を使ったか」

「使ってもこのザマです。恥ずかしい限りですよ」

 

 京の機体もあちこちに被弾した形跡が見られ、京自身も口の端から血を滴らせている。ラウラも改めて自己診断をすれば、かなりの損傷が確認できた。左腕は既に機能不全。天衣無縫による能力の死角となってしまっている。なによりVTシステムを相手に能力を行使しすぎたために体力の消耗が激しい。切り札のひとつとしたクレイモアもすでに使ってしまった。

 

「……! また来ます。今度は六機」

「本当に最悪の組み合わせだな……ヴァルキリーが無尽蔵に襲ってくるなど、まさに悪夢だな」

「残念ですが、現実です」

「悪夢よりタチが悪い。キョウ、前衛を頼めるか?」

「残りの剣も少ないですが、なんとか」

「私ももうあまり能力は使えん。ピンポイントで援護する。いざとなれば下がれ、最悪は斥力結界で食い止める」

 

 あと少し。

 そう信じて戦う他なかった。すでに撤退しなければまずい状況だが、まだシュバルツェ・ハーゼの安全が確保できていない。セシリアたちを信じて、今は戦うしかない。

 

「――――姉様」

 

 そしてもうひとつの気がかり―――アイズが、来ない。ただ遅れているだけかもしれないが、それでも妙な胸騒ぎがする。京とそう距離が離れていないはずなのだが、時間がかかりすぎている。本当なら探しに行きたいが、この場を放棄することはそれこそアイズの信頼を裏切ることになる。ラウラは唇を噛みながら、目の前に迫る無人機たちを睨みつけた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「――――――………!」

 

 アイズはラウラとの通信を終えたのち、すぐさま合流しようとしていたが、結局その場から一歩たりとも動くことができないでいた。

 周囲には距離を離して無人機が包囲している気配がする。だが、なぜか仕掛けてくるようなことはない。この包囲網も突破できないこともないが、それ以上にアイズが動けない理由は他にあった。

 

「なに、……この、気配……!」

 

 それは、未知の気配だった。

 アイズの直感が、その不気味な気配を感じてからひっきりなしにアラートを鳴らしてくる。危険、危ない、逃げろ、恐い、……そんな信号が頭の中にこだまする。

 なにかがいる。それだけは確信している。本当なら今すぐここを逃げたい。だけど、それはできなかった。この気配の正体を突き止めなければ―――そして、ここでなんとかしなければ。

 

 そんな理由もわからない義務感のようなものさえ覚えながら、アイズは闇へと目を向ける。

 

 

 

 

「――――――誰?」 

 

 

 

 

 アイズのヴォーダン・オージェがついにその影を捉える。人。それも女性だ。

 やがてゆっくりと近づいてくる足音が響き、夜の森という戦場において場違いな鼻歌まで聞こえてくる。

 

「誰、なの?」

 

 アイズが語りかける。その正体不明の存在もその声に気付いたのか、朗らかな声で応えてきた。

 

「あらあら、あらあらあら。私に気付くなんて、さすがシールのオトモダチね」

 

 無邪気な、それでいて冷たささえ感じる声だった。その人物が喋った内容よりも、その声の質がアイズを警戒させた。

 

「ふふ、怯えた顔しちゃって。可愛いわねぇ。でも大丈夫よ、私はただの―――――悪党だから」

 

 その人物が視界に現れる。月明かりに照らされ、輝く絹のような金色の髪。子供のように無邪気な笑顔。白いコートを羽織り、アイズに対しフレンドリーに笑いかけてくるその女性に、しかしアイズは―――恐怖しか感じなかった。

 

「あ、なたは……」

「自己紹介が必要かしら? 私はマリアベル。亡国機業ってとこのトップをしているんだけど、こんな説明で十分かしら?」

「……!!」

 

 十分だった。十分すぎる説明だった。

 つまり、目の前の女性はアイズにとって、いや、アイズたちにとって、紛れもない“敵”なのだ。

 

 反射的に構えるアイズに、それでもその女性――マリアベルはくすくすと笑みを浮かべるだけだった。

 

 そんな姿を見るだけでも、アイズは危機感を強くしていた。この人は危険だ。得体の知れないなにかが、アイズを緊張させる。

 なにより、アイズが戸惑っているのは、マリアベルの姿だった。

 月明かりに照らされたマリアベルは、アイズから見てもとても美しかった。もともと美人ということもあるが、それ以上にその姿に既視感を拭えないことが原因だった。

 

 

 だって――――その姿は、アイズの最も近くにいる、最愛の親友にそっくりだったから。

 

 

「あなたは、誰……!」

「ふふ……私をマリアベルと知ってなおそう問いかけるってことは…………なるほど、なるほど。素晴らしい洞察力だわ」

「答えて! あなたは、どうして…………!」

「ふふ、そうねぇ。じゃあこういうのはどうかしら?」

 

 マリアベルが笑いながらネックレスに手をかける。アイズには、それが待機状態のISだとすぐにわかった。

 嫌な汗が頬を滴り落ち、さらに緊張を高めながらアイズは剣を握り締める。

 

 

 

「私に勝てば、答えてあげるわ。――――あの子と会う前に、まずはあなたが私と遊んでくれるかしら?」

 

 

 

 




ついにラスボスのマリアベルさんが参戦。まさかの初戦がアイズ戦に。次回からセシリアも参戦します。この二人の邂逅までに100話以上を費やしていることにびっくりしながらようやくここまで来たなぁと思います。
ここからセシリアとマリアベルの因縁の戦いへ……なるのかも?

マリアベルさんはとにかく理不尽なほどにチートなラスボスにするつもりです。能力もそうですが、なにを考えているのか理解の及ばない怖さを描けたらいいなと思います。もちろんマリアベルさんの内心も最後にはちゃんと描くのでご安心を。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.95 「加速する罠」

「先遣隊から報告―――敵は無人機多数。VTシステムを搭載……!?」

「ふぅん、VTシステム、ね。縁があるわね、ちょうどいいわ。いつぞやの屈辱をたっぷり返してやるわ」

「……捕捉しました。南東、距離2800……追撃を受けています」

 

 夜の森の一角に設置された簡易キャンプ。

 そこで待機していた三人の少女が事態が動いたことを知って即座に立ち上がる。それに合わせて残っていたスタッフ達が撤退を開始する。無駄のない迅速な動きですぐさま拠点を放棄して常識外のスペックを持つ対IS装甲車に乗って戦域から離脱していく。それを最後まで見送った三人が状況の最終確認をしながら最後の調整を行っている。

 

「アレッタたちが防衛ラインを構築しています。私たちの役目は露払い……とはいえ、VTシステム搭載機となれば手こずるでしょう」

「実際、アイズとラウラ、キョウも苦戦してるみたい」

「苦戦してるのは撤退戦だからでしょ? その黒ウサギ隊を確保すれば、遅れは取らないでしょうに」

 

 その三人―――セシリア、シャルロット、そして鈴はそれぞれが思うところを口にしながらも、その全員が戦意を滾らせている。セシリアは部隊の展開と戦域の状況分析を行っており、シャルロットはその補佐をしながら同時進行で機体チェックを行っている。その傍らでは細かいことは任せたと言わんばかりにセプテントリオン入りと同時に新調したインナースーツの具合を確かめながら身体の柔軟を行っていた。

 

「………では、行きましょう」

「うん」

「おーらい」

 

 イヤーカフス、ネックレス、ブレスレット。それぞれのISを待機状態から展開。アイズやキョウの機体と違い、夜間迷彩を施していないために月明かりにも映える青、赤、橙の装甲色が夜の闇に浮かび上がる。そしてそれらの機体にはそれぞれこれまで見られないような装備が施されていた。

 セシリアの機体、ブルーティアーズtype-Ⅲの手にはこれまでよりも長大なライフルが握られており、明らかに狙撃戦に特化している装備だとわかる。シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.には背部ユニットに砲身が折りたたまれて格納されており、そのISサイズというには巨大な重火器が嫌でも目を引いている。そして鈴の甲龍の手にはまるで物干し竿のような長い棍が握られている。

 

「お二人共、準備はいいですね? 私は後方から超長距離狙撃による援護を行います」

「もちろん、僕は火力支援で、余裕があればシュバルツェ・ハーゼの直衛につくよ」

「で、あたしはとにかく特攻して敵機を撃破、ね。千冬ちゃんモドキめ、鎧袖一触にしてやるわ」

 

 ここから先はセプテントリオンの本隊との衝突となる。負けるつもりはないが、VTシステムに数で押されれば楽勝とはいかないだろう。しかし、それを覆すためにこの三人はいるのだ。

 

「今更言うまでもありませんが、私達の役目はただひとつ。立ちふさがるもの、すべてを蹴散らすことです」

 

 セシリアの言葉にシャルロットと鈴もしっかりと頷く。そのためのセプテントリオン。そのための自分たちだ。カレイドマテリアル社の“力”を象徴する部隊として、敵対するものすべてを打ち倒すために存在する。そこに個人の事情はあれど、全員がそのために剣を、銃を手にとっている。そんな自分たちが、VTシステムとはいえ、人の意思の宿らない人形如きに敗れるわけにはいかない。

 

「それじゃ、先に行くわ!」

 

 手にした棍を軽く振り回すと、甲龍が地上スレスレを滑空するように飛翔する。敵機からの迎撃をギリギリまで遅らせるために入り組んだ木々の間を忍者のように跳ねながら突貫する。瞬時に虚空に足場を形成する能力があってこその力技での変則機動で戦場へと向かう。

 

「僕も続くよ」

 

 シャルロットは鈴とは逆に機体を上昇させ、射線を確保できる高度を維持する。森の中を駆けていく鈴の上空後方から追随していく。そして残されたセシリアはその場から急上昇。高高度まで上がると制動をかけて姿勢制御を行いつつ、身の丈を超えるほど長大なライフルを構えた。スターライトMkⅣを超える出力を誇る高出力スナイパーライフル【スターライト・レティクル】。本来なら大型パッケージ用の兵装であるが、ある程度機動力を犠牲にして多少無理をすればパッケージ無しでも使用は可能だ。なによりその射程距離はこれまでのIS用ライフルとは隔絶している。

 スコープ越しに戦場を俯瞰する。ハイパーセンサーと同調させ、狙撃の優先順位を瞬時に定めていく。

 

「接敵まであと十秒……」

 

 セシリアがごく自然な動作でトリガーに指をかける。既にセシリアは銃と一体化、コンディションを完璧に把握して絶対の自信を指先に乗せて引き金を引いた。

 

 

 

「―――Trigger」

 

 

 

 

 鈴がシュバルツェ・ハーゼを追撃している敵機集団の側面から強襲をかけようとする直前、追撃部隊の先頭にいた敵機に向けてレーザーを放つ。天から飛来したような光の矢となったレーザーが正確に無人機の頭部から胴体部までを貫いて爆散させた。完全な索敵範囲外の高高度からのレーザー狙撃。いくらVTシステムの反応速度をもってしても、そうやすやすと躱せるものではない。

 そして上空から地表を横移動する対象に精密射撃を行うセシリアの狙撃はもはや神業の域だ。そんな絶技をさも当然のように連続して行う彼女は、むしろ単純作業のように次々に脅威度の高い機体から優先して狙い射つ。そんなセシリアの援護を受けた鈴が敵集団に突っ込んだ。

 

「一撃、必殺!」

 

 強襲した鈴が渾身の発勁掌で目の前にいた機体を文字通り粉砕する。いくらVTシステムといえど、機体強度が変わる訳ではない。鈴にとっては一撃当てれば落とせることには変わりない。セシリアの援護のおかげで容易く接近できた鈴はその猛威を遺憾なく振るう。

 

「せぇい!」

 

 新たに手にした武装である長大な棍で薙ぎ払う。双天牙月による青龍刀の二刀による力押しではなく、変幻自在の軌道を描きながら無人機を寄せ付けない。実は鈴は刀系の武器よりこうした棍や槍といった長物のほうが得意だ。棒術も雨蘭から仕込まれていた鈴だが、今まではその技術を披露する機会に恵まれていなかった。これまでISにおいての近接武装では棍といった使用者の力量ありきの武装は作られてこなかったことも原因であった。

 

「うおっ!」

 

 順調に戦闘をしているかと思えば、突然の反撃に驚きながら首を捻ってなんとか回避する。機械とはいえ、さすがVTシステムといったところだろう。わずかな隙を突いて反撃してくる様は脅威だ。そして息つく暇もない、わずかでも隙を見せればその物量で押しつぶそうと迫ってくる。

 

「でも、甘いッ!」

 

左右から同時に襲いかかって来た無人機に対し、鈴は両手で棍を握り締めるとそのまま延長させるように展開する。棍が三つに分離し、小太刀ほどの大きさとなったそれを両手で構える。左右からの斬撃を完全に受け止める。いくらVTシステムの恩恵を受けているとはいえ、機体性能が変わるわけではない。第二形態へと進化した甲龍はそのパワーも段違いだ。無人機程度の出力では揺ぎもしない。

 分離状態のままの棍を振り回して牽制、バランスを崩した一体に宙を踏み込んで一足で懐へと潜り込む。密着状態となっても、鈴は不利にはならない。むしろ絶好のチャンスとなる。

 

 密着状態から胴体部の中心に完璧に発勁を叩き込む。その衝撃で四肢が弾け飛び、一瞬で行動不能に陥れる。

 

 

(―――やっぱ乱戦で使えるわね、これ。でも、今のあたしでも同時に三機以上の相手はキツい……真正面からやり合うのは不利か)

 

 

 この戦いから装備された武器は思いのほか役に立つ。火凛と雨蘭監修のもとでIS装備として、そして鈴個人の専用武装として作られたものがこの武装―――【竜胆三節棍】。その名のとおり、三本の短棍をワイヤーで繋いだもので、棒状と双節棍<ヌンチャク>状の二形態を持つ殴打兵器である。あまりにもタイマンに特化している甲龍のために乱戦用として用意されたものだ。そしてそれは見事に機能し、鈴の新たな力として振るわれている。

 しかし、それでもこれだけで戦況を覆せるわけではない。この数を相手に全て撃破することは以前の無人機ならともかく、VTシステムが起動している以上は不可能だろう。

 

 それならば、協力して対処すればいいだけのことだ。

 

 

「ほっ……!」

 

 正面から斬りかかってきた無人機を踏み台に直上へと飛翔する。当然のようにそんな鈴のあとを多数の敵機が追撃してくる。背後から撃たれるビームやマシンガンを龍鱗帝釈布で防ぎつつ、見えない壁でも蹴るように左右へジグザグに駆け上がる。

 鈴を包囲しようと追ってくる無人機を横目で見つつ、鈴はニヤリとそんな無人機たちを嘲笑った。

 

「釣れた! シャルロット、射てェッ!!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「チャンバー内、圧力正常加圧を確認。シフトチャージへ移行。ターゲット、エリアロック」

 

 シャルロットは戦況を把握しつつ、静かに砲撃準備を整えていた。半身になりながら背部ユニットから伸びる巨大な砲身を抱え込むようにして右腕で支え、データリンクから誤差を修正する。

 ウェポンジェネレーターがフル稼働し、生成したエネルギーすべてをその砲身へと注いでいく。高まるエネルギーに比例するように砲身からバチバチと放電現象が発生し、青白い粒子が漏洩していく。

 

「全シフト、エネルギー充填完了――――最終セーフティ解除」

 

 それと同時に前線に切り込んだ鈴が上空へと駆け上がる姿を確認。そしてそんな鈴に釣られるように次々と無人機たちが高度を上げて追撃している。遮蔽物が一切ない、空の真っ只中に躍り出る無人機たちを見据え、シャルロットは口元を綻ばせた。

 そう、―――そこはシャルロットの射程だ。

 

 

 

 

「【ミルキーウェイ】、ディスチャージ!!」

 

 

 

 

 開放されたエネルギーが光の津波となって鈴を追撃していた無人機をまとめて飲み込んだ。高エネルギーに炙られた機体はその装甲を融解させ、瞬く間に光の中に消えていく。

 圧倒的な破壊力を持ったエネルギーの奔流であるが、真に驚愕するところはその規模であった。反応しても回避できないほどの広域に放射されたそれは、鈴を追撃した十数機のうちのほとんどを巻き込んだ。

 この砲撃は一見すれば巨大なエネルギーの塊であるが、その実無数のビームを複数同時に、そして連射して放つ掃射である。高速、かつ連続して放たれたビームが射程範囲内すべてに降り注ぐ。さらに扇状に拡散し、数秒間連続で放たれているために一度や二度の回避すら意味をなさない。

 

 多複重荷電粒子掃射砲【ミルキーウェイ】――――アルタイルと同じく、ラファールリヴァイブtype.R.C.に搭載された三つのカタストロフィ級兵装のひとつ。一点突破の究極といえるアルタイルとは真逆の、広域掃射を目的とした殲滅兵器である。

 

「さすがカタストロフィ級兵装……いろいろおかしい武器だよ、すごいけど」

 

 赤熱して融解しかけている砲身を破棄、さらに役目を終えた背部ユニットの兵装すべてをパージする。カタストロフィ級兵装はカレイドマテリアル社が―――正確には束が手がけた武装の中でもトップクラスの威力を誇る兵装であるが、【ミルキーウェイ】に限らず、【アルタイル】、そして最後のひとつも使い捨てというデメリットがある。さらにジェネレーターのエネルギーを全て使用するために隙も大きい。先程の鈴のように囮や牽制がなければ戦場で使うことも難しい癖の強いものであることも事実だ。

 

「フォーマルハウトⅡ、フレアⅡ、アンタレス展開。ウェポンジェネレーター、ハーフドライブ」

 

 ラファールリヴァイブtype.R.C.のスタンダードな装備群を再展開。再び敵残存戦力に攻撃を仕掛けている鈴の援護を開始する。援護といってもシャルロットの役目は砲撃支援に近い。直接的な援護は後方に位置するセシリアの狙撃であり、シャルロットはそんなセシリアへ敵を近づけさせないための防波堤でもある。

 そうしているとシャルロットの後方から光の矢が飛来する。寸分違わずに鈴の背後にいた攻撃態勢の敵機を射抜き、続けて放たれた二射目がもう一機の武装した右腕を吹き飛ばす。目視では影すら視認できないほどの距離でありながら、セシリアの狙撃はピンポイントで敵機の急所に命中させている。ほとんど鈴にかすめるほどでありながら、決して鈴には当てていない。鈴にまとわりつく無人機のみに命中させている。シャルロットもよく知っていることだが、改めて実戦の最中に見ると背筋が寒くなるほどの恐ろしい技量だ。

 頼もしい援護を受けながら、シャルロットもとにかく重火器を乱射する。最近部隊内で乱射魔だのトリガーハッピーだのと呼ばれ始めたシャルロットの弾幕は一見すれば滅茶苦茶に見えてしっかりと敵勢力を射程に収めた上で牽制している。単機での破格の砲撃力はこうした部隊戦のほうが貢献できる。

 しかし、次から次へと無人機が増援として合流してくる。その物量はそれだけで暴力となるものだが、それ以上に疑問点も多い。

 ロクに装備すら整えられていなかったシュバルツェ・ハーゼの追撃に、ここまでの過剰戦力を投入しているのか。それが引っかかるが、今はそんなことを考察している余裕はない。さすがVTシステムというべきか、これだけの砲撃を叩き込んでも実際の戦果は予想以下だ。見れば鈴も手こずっていることがわかる。大多数を一掃したとはいえ、気の抜ける戦場では決してないのだ。

 そうして緊張感を強めてトリガーを引いていると、量子通信で届けられたアレッタの声が耳に届いた。

 

 

 

『アレッタより報告―――シュバルツェ・ハーゼを確認、追撃機は確認できず。保護次第、防衛ラインを維持しつつ後退します』

「了解。そちらの任務が完了次第、こっちも退くよ」

 

 どうやらうまく撤退できそうだ。追撃も大多数はここで食い止めており、シュバルツェ・ハーゼを追っていた機体もアイズやラウラ、京の三人がうまくやったようだ。

 

「もう少し粘ったら僕たちも撤退するよ!」

『りょーかい! でもできるだけこいつらは落とすわ! どんどん撃ちなさい!』

「無理しないでよ!」

『アッハハハハ! 千冬ちゃんはこんなもんじゃないわよ! あたしをやりたきゃ本物を連れてきなさい!』

 

 窮地こそ滾るといったように鈴がさらに気合を入れて拳を振るっている。見ればけっこうな被弾をしているようだが、高い防御力と耐久力に物を言わせて未だにテンションを落とすことなく暴れまわっている。

 

「スイッチ入っちゃってるなぁ……まぁ、一応冷静なようだし、……仕方ないなぁ」

 

 シャルロットからすれば鈴の戦い方は異質といっていい。基本的にアリーナのような限定空間での戦いが基本とした場合においては、確かに接近戦に特化した機体にすることもアリだろう。しかし、このようなルールのない戦いの場合、やはり基本戦術は“数”、そして一方的に攻撃できるもの、つまり“飛び道具”の比重が大きい。特にISはハイパーセンサーという優れた“目”を持っているため、近づくまでに攻撃に晒される可能性が非常に高い。だから近接特化型というのは、よほど腕に自信のある者が乗らなければただの的になってしまう。セプテントリオンの近接特化型のアイズ、リタ、京も基本的には機動力を高くしての強襲が主戦法で、大前提として回避を念頭に置いている。

 しかし、鈴は違う。回避もするが、躱せないなら防げばいい。耐えられればそれでいい、というような戦いなのだ。それで十代の操縦者の中でも上位に位置するのだからあらためて規格外だと思ってしまう。

 

 まぁ、そんなことを言ったらセプテントリオンの上位陣なんて方向性が違うだけで全員が規格外なのだが――。

 

 先に述べたように冗談のような耐久力と一撃必殺を持つ鈴。音を置き去りにする超高速機動を平然と行うラウラ。ヴォーダン・オージェと直感を掛け合わせることで未来予知でもしているかのような対応力を見せるアイズ。そして十機のビットを平然と並列操作して単機で部隊規模の運用をするセシリア。これらの面子と比べれば、シャルロットは自分などまだ普通だと思ってしまう。

 しかし、頼もしいことには変わりない。実際、たった三人でもアイズたち先遣隊の援護ができるほどの戦力というのは優れた点といえるだろう。各々がしっかりと役割分担をして、かつそれを理解しているということも大きい。一人ですべてを為してしまう天才はいない。だが、協力し合うことで完璧に近づけることができる。単機での力を上げつつも、単機では不可能であることの線引きができることが一流の証だとシャルロットは思っている。つまり一人で可能なことと不可能なことをしっかりと見極めろということだ。できないことは悪いことじゃない。できるようにほかからそのための力をもってくればいいだけなのだ。

 そしてシャルロットの役目は単機で高い火力を出せることを活かした砲撃支援だ。

 

 だからシャルロットは、トリガーハッピーと言われるほどにどんどん重火器のトリガーを引いていく。次々と爆炎を生み出していく彼女であったが、皮肉にもその激しい砲撃の最中にいたせいで、―――――――それが背後から響くまで気づくことができなかった。

 

 

「えっ!?」

 

 

 シャルロットの耳に届いたのは巨大な爆音だった。すぐさま周囲を索敵しながら目線をやると、巨大な炎が夜の森を照らしている光景を視認する。

 ミサイルでも爆発したかのような巨大なソレに、――――シャルロットの顔が青くなる。爆発が起きた位置は、シャルロットの後方上空。そこにいたのは―――。

 

 

「セシリアッ!?」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 空に生まれた炎と衝撃の渦の中からなにかが飛び出してくる。黒煙を振り払うように、青い機体が落下するようにパワーダイブ。地表スレスレまで速度を落とさずに、瞬時に高高度からゼロ高度までを加速して降下すると、激突すれすれで円を描くように機動を変化させ、力を分散させて衝撃を殺す。見事な着地をしたその機体―――セシリアの駆るブルーティアーズtype-Ⅲがすぐさま手に持ったスターライト・レティクルを投げ捨てると、新たにスターライトMkⅣを展開して即座に上空へとその銃口を向けた。

 狙いをつける間もなくレーザーを発射。爆炎の向こうにいると思しきなにかに向けて射撃を放つも、さすがのセシリアでも視認すらできない相手に当てることはできず、返答として同じようにレーザーが降り注いだ。

 

「ちぃっ……!」

 

 それらを横移動の機動で回避、今度は本格的な狙撃体勢へと移行しようとしたところへ、ハイパーセンサーが反応。背後から高速で近づく機影を確認する。

 

「オラァ!」

「ッ……!」

 

 振り向いたセシリアの目に入ってきたのは八本の腕を持つ特異な形状をしたIS――アラクネ・イオスであった。鈴から報告のあった要注意武装とされるステークを構え、特攻するかのような勢いで突っ込んでくる。

 咄嗟に左手に近接銃槍ベネトナシュを展開すると、突進してくるアラクネ・イオスとそのステークをベネトナシュでいなして強襲を回避する。しかし、再び上空からレーザー射撃が襲いかかってくる。しかも、そのうちのいくつかはセシリアの死角から襲いかかってきた。確認できている射手は上空の一機のみ。つまり、射線を曲げて狙っているのだ。

 

「偏向射撃……!」

 

 そして一瞬だけ視線を向けると、晴れた煙の中から自身のブルーティアーズと似た形状の機体がライフルを構えている姿が確認できた。ブルーティアーズの姉妹機とされるサイレント・ゼフィルスⅡだ。突然の強襲にさらされながらも、セシリアは冷静に反撃しようと銃を構えようとする。 

 

 

 ――――しかし、その眼前を銀色に光る死線が走った。

 

 

 

「ッ!!?」

 

 反応できたのは運が良かった。アイズのような直感があれば余裕をもって対処できたかもしれないが、セシリアがそれに気づけたのは直前に木々がなにかにぶつかってかすれる音と、視界に金属の反射光が入ったためだ。

 その死線に咄嗟にベネトナシュを割り込ませることに成功したセシリアは、眼前で衝突音とともに繰り出されたナイフの一閃を受け止める。ほとんど反射で前方にレーザーを射つと同時になにかが離れる気配だけを感じ取る。そして少し距離を離した場所に、空間から浮かび上がるように一機のISが姿を現した。

 左右非対称の道化のような鎧に、顔には泣き笑いを模したピエロの仮面。その機体の操縦者がそっとその仮面を取れば、中からは眼球が黒く染まった目から金色の輝きが浮かび上がっている。

 

「あなたは……」

 

 高いステルス性能を見せる目の前の機体を警戒していると、左右を先程の二機に挟まれる。

 

「まさかあれを回避するとはな」

「ちっ、完璧に奇襲したってのに、しぶといガキだぜ」

 

 アラクネ・イオスとサイレントゼフィルスⅡを駆る亡国機業のエージェント――――オータムとマドカが油断なくセシリアに武器を向けながら包囲する。

 セシリアも警戒しつつ思考をフル回転させる。あの口ぶりからも推測できるように、どうやらはじめからセシリアへの奇襲が目的だったようだ。このシュバルツェ・ハーゼの脱走自体がなにか胡散臭いものを感じてはいたが、どうやらシュバルツェ・ハーゼそのものはただの餌で、それに釣られたセシリアたちこそが本命だったようだ。

 そして指揮官でもあるセシリアを狙うことも理解できる。悪辣ではあるが、確かに効果的な手だろう。最も、これでセシリアを倒せるかといえばまったくの別問題だ。撤退するだけならなんととでもなる。しかし、現状でそれは難しい。狙いがセシリアである以上、シュバルツェ・ハーゼの安全が確保できるまでは戦闘を維持しなければ目の前のエース級の操縦者たちがシュバルツェ・ハーゼに牙を向けないという保証はない。

 

 さすがにまずいと思いながらも、他はシュバルツェ・ハーゼの援護で手一杯だ。アイズたちも、そして鈴たちの援護も今のままでは厳しいだろう。ならば、セシリアが単機でこの状況を覆す必要がある。

 セシリアが覚悟を決め、スターライトMkⅣとベネトナシュを握る両手に力を入れながら構えると同時に…………最後の一機が降りてきた。

 

 

 

 

「そういえば、あなたとはまともに戦ったことはありませんでしたね。少しはあなたにも興味があったんですよ。あのアイズがパートナーとする存在ですからね」

 

 

 

 

 その声に危機感を強くしながら、セシリアが振り返る。もちろん全周警戒を維持したまま、月明かりを背にゆっくりと降下してくるその機体を視界に収めた。

 

「もっとも、今もまともな戦いになるとは思えませんが、これも任務ですので。悪く思ってもいいですが、情けや慈悲は期待しないでもらいましょう」

 

 美しい純白の装甲に月明かりが反射し、大きく広げたその翼が鳥のように羽ばたく。見る者の目をひく美しいシルエットよりも、背後に浮かぶ月を思わせるような輝きを見せるその両の瞳に強烈な存在感を覚えてしまう。

 ある意味で、セシリアがもっとも見慣れているその人造の魔眼を持つその少女が、しかしセシリアの知る瞳とは似ても似つかない冷淡な輝きを宿して見下ろしていた。

 

「あなたも戦士なら………四機がかりとはいえ、卑怯とは言わないでしょう?」

 

 これまで幾度となく立ちふさがってきた告死天使が、その裁定を突きつけた。

 

 

 

 




次回はとうとうタグにあるように【魔改造セシリア】の本領が発揮されます。一見すれば4対1の時点で無理ゲーな難易度ですが、まだスコールやマリアベルがいないだけマシと見るべきか。シールがいる時点でかなりヤバイですが、この物語のセッシーには主人公クラスの補正がかかります。

次話は【魔改造セシリア】を念頭に入れてお読みください。

実はこれまではセシリアが単機で戦うことはほとんどなかったんですが、今回は完全な孤立無援状態での戦いになります。RPGで例えるなら勇者だけで四天王すべてを同時に相手にするような戦いですね。そのあとラスボスとの連戦が控えてますが(汗)

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.96 「雫の暴威」

(専用機持ちが四人…………さすがに厳しいですね)

 

 四機のISに囲まれながらも、セシリアはあくまで冷静に思考を巡らせる。

 完全に包囲された今、撤退も難しい。それに仮に撤退しても好転するかと言われればそれも難しい。おそらくセシリアが逃げれば、この四機はセプテントリオンの保護対象であるシュバルツェ・ハーゼを殲滅しようとするだろう。そうなればたとえ戦術的に勝っても戦略的に敗北だ。だからここで退くことはできなかった。少なくとも、時間稼ぎは絶対に必要だ。

 そう判断したセシリアは即座に戦力分析を行う。敵はエース級が四人。これまでの交戦データから、あらかたの戦い方や機体特性は把握している。

 

 近距離の格闘戦に特化しているアラクネ・イオス。遠距離からの射撃戦を得意とし、偏向射撃とビットを持つサイレント・ゼフィルスⅡ。驚異的なステルス性能と光学迷彩で奇襲を仕掛けてくるトリック・ジョーカー。そして近・中距離において圧倒的な戦闘能力を誇るパール・ヴァルキュリア。

 小隊として見てもこの四機の相性もかなりいいとわかる。

 セプテントリオンで例えるなら、近接に鈴の甲龍、後方援護にセシリアのブルーティアーズtype-Ⅲ、質は違うが攪乱・牽制役にラウラのオーバー・ザ・クラウド。そしてどんな戦況にも即座に対応できるアイズのレッドティアーズtype-Ⅲ。この四人の小隊を相手にするようなものだろう。セシリアは自分で考えた仮想敵に目眩がするかと思った。それは間違いなくセプテントリオン最強の小隊だ。もしここにシャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.のような砲撃制圧まで加わっていたらそれこそ手がつけられなかっただろう。

 

(とはいえ、…………突破口がないわけではありません)

 

 ここで狙われたのが自分でよかった、とセシリアは安堵する。他の誰でもない、セシリアなら、セシリアとブルーティアーズtype-Ⅲなら、他のどの機体と操縦者よりも対多数戦能力を備えている。全十機の独立誘導兵器、多種多彩な射撃、砲撃兵装、そして様々な戦術展開を可能とするビットの特殊機能。これらをすべて十全に使えば、まだ対抗策はある。

 

 そして、それはセシリア・オルコットが統べることでその潜在能力を完全に開放する。

 セシリアの戦意がまるで衰えないところを見たオータムが嘲笑するように口を出す。

 

 

「やる気かよ、この戦力差で?」

「諦める理由がありませんわ」

「無駄なことを。さっさと投降すればよいものを」

「………どうやら、過剰評価しているようですね」

 

 オータムとマドカの勧告をため息とともに一蹴する。そんな、やれやれと呆れたようなセシリアの態度を虚勢と思ったのか、威嚇するように武器を向ける。しかし、セシリアはただ冷たくそんな様子を見返すだけだ。

 

「確かに四機がかりなんて趣味じゃねぇが、こっちも仕事でな。悪いことは言わねぇ、諦めな」

「ふふっ」

「あ? なにがおかしいんだ?」

「いえ、そういう意味じゃありませんの。私を過剰評価しているのではなく、………あなたたちは、自分たちを過剰評価しているようですね」

「……なんだと?」

 

 不穏な空気となる中でも、セシリアは変わらずに絵画にでも描かれるような優雅な微笑みを携え、手に持つスターライトMkⅣを掲げながら言った。

 

「四機がかりなら私を倒せる程度には自分たちは強いと――――そう思っているのでしょう? 舐められたものです。そのように私を過小評価しているなんて」

 

 くすくすと優雅に、しかし明らかに四人を嘲笑う笑みを隠さずに見せるセシリアに、オータムとマドカが激昂する。

 

「貴様……ッ!」

「てめぇ、よほど死にたいらしいなぁッ!?」

 

 あっさりと挑発に乗った二人と違い、シールとクロエはまったく表情を変えていない。セシリアもはじめから期待はしていなかったが、やはりこのような方法では揺ぎもしないようだ。それでも二人を怒らせただけ儲けものだった。怒りは冷静な思考を奪い、そして数の有利があることは慢心に繋がる。ほんのわずかでもそれを引き出せれば、その分セシリアには有利に働く。

 

「あなたたちは口喧嘩でもしに来たのですか? ……さっさとかかってきてくださいよ、こちらも暇ではないんです」

 

 その言葉でマドカとオータムが弾かれたように飛び出す。あっさりと我慢の限界を超えたようだ。向かってくる二機を視認しつつ、セシリアも戦闘機動へと移行。即座に空へと飛翔すると同時にビットを四機パージする。

 

「相手をしてさしあげましょう」

「ほざけッ!!」

 

 オータムがビットのレーザー射撃を掻い潜ってセシリアに接近する。アラクネ・イオスの凶悪なステークがセシリアめがけて振るわれる。セシリアは回避しようとする素振りすら見せない。

 しかし、命中すると思われた矢先になにかがステークの前へ現れ、激しい音を立てながらもそれを完璧に受け止めてしまう。

 

「なにぃ!?」

 

 受け止めたのはシールドを展開した特殊ビット【イージスビット】であった。高い貫通力を持つステークですらあっさりと受け止められたことでオータムの動きが一瞬止まる。そしてその隙を逃すセシリアではない。

 左手に持っていた近接銃槍ベネトナシュを手の内で器用にクルリと回転させながら弾丸をリロード。硬直しているアラクネ・イオスへ向けてほぼ密着状態からショットガンを放った。

 

「ガあッッ……!?」

 

 たまらず吹き飛ばされるオータムに追撃をしようとライフルを向けるも、別方向から放たれたレーザーによって中断を余儀なくされる。次に攻撃を仕掛けてきたのはマドカのサイレントゼフィルスⅡだ。今度は一転して射撃戦を行うために両手でしっかりライフルを構えて狙撃体勢を取りながら距離を保つ。

 

「くらえっ!!」

 

 マドカがレーザーライフルを連射。そのうちの半数が偏向射撃だ。屈折してセシリアをオールレンジからレーザーが狙う。さらにブルーティアーズと同型機のため、当然搭載している四機のビットによるレーザーも追撃として放ってくる。偏向射撃とビットのオールレンジ射撃を併用する技術に素直に関心しつつも、それでもセシリアは余裕を崩さない。確実に当たるものはイージスビットで防ぎ、かすめる程度のものはすべて無視する。さすがに偏向射撃とビット射撃の併用は命中率がガクンと落ちているようだ。

 その程度の腕で落とせるほど、セシリアは甘くない。

 

「微温い。ビットとレーザーはこう使うのです」

 

 セシリアも同数の四機のビットとレーザーライフルによる応戦を行う。マドカが同型機による撃ち合いかと気を入れるも、次の瞬間にはその光景を見て驚愕に目を見開いた。

 

 四つのビットから放たれたレーザーすべてが、マドカの上下左右の四方向から多角的に襲いかかってくる。そのレーザーの一瞬の軌跡には、複数回屈折したとわかる軌道を描いていた。ビット射撃による複数同時偏向射撃<マルチフレキシブル>。しかもひとつひとつがすべて最適なタイミングと角度で屈折していることから、複数統合制御ではなく、複数同時制御によるマドカのものよりもひとつもふたつも格上のオールレンジ射撃だった。

 慌てて回避しようとするも、回避する方向へ曲がってくるレーザーを完全に躱せずに半数を被弾してしまう。そして動きの止まったその瞬間、本命の一射が待ち構えていた。

 

「もっとも、偏向射撃など私からすれば、ただの曲芸ですわ」

 

 射線が通れば即直撃が狙えるセシリアからしてみればわざわざ曲げて狙うよりそのまま撃ったほうが効率的ではあるが、同然この手の技術も嗜みとして習得している。このような技術に頼る必要などないが、それでもセシリアが使えばそれは容易に魔弾と化す。

 

「落ちなさい――――Trigger!」

 

 そして本命の極光の矢がマドカへと迫る。ビットによる偏向射撃に動揺しているマドカは回避することができない。タイミングも射線も完璧。間違いなく必中の一射だ。

 

 しかし。

 

 

「気を緩めすぎです、先輩方」

 

 あっさりとレーザー射線に割り込んだシールが左手のチャクラムシールドで必中だったはずのレーザーを軽く弾きマドカへの直撃を強制的に屈折させる。これにはさすがのセシリアもわずかに目を見開いて驚きを見せた。

 レーザー狙撃に割り込むということはセシリアがトリガーを引く前には既に射線を見切っていたということだ。そしてただ回避するのではなく、的確な対処を間に合わせる思考速度。ヴォーダン・オージェの脅威をまざまざと見せつけられた。

 

「オータム先輩も、いつまで頭に血が上っているのですか?」

「ってぇ…………くそが、まぁ、おかげで頭は冷えたよ」

 

 倒れていたオータムがムクリと起き上がる。アラクネ・イオスにはダメージが見られるが、思ったより損傷は低いようだ。その動きは対して鈍っていない。

 

 

(―――大した効果もナシ、ですか。できれば今ので一機は落としたかったですが……)

 

 

 以前に増して強化してあるのか、アラクネ・イオスの装甲強度も上がっているようだ。そして必中のはずの狙撃もシールによって妨害された。結果、初手では圧倒したものの、大した戦果は上げられていない。

 舌打ちでもしたくなるが、表面上はあくまで冷静に見せる。そんなセシリアをシールがじっと見つめていたが、やがて呟くように口を開いた。

 

「セシリア・オルコット――――さすがはサラブレッドといったところですか」

「……? なにを言っていますの?」

「こちらの話ですよ。わかっていたことですが、あの人の血筋が相手なら――――私も本気にならなければなりませんね」

「……!」

 

 本格的な戦闘態勢へ移行したシールにセシリアも警戒を強める。それだけでなく、オータムやマドカも先程と違い冷静になったようでしっかり間合い取りながら包囲している。そしてあと一人……高いステルス性能を持つクロエの姿がいつの間にか消えている。注意を逸らしたつもりはなかったが、シールの行動に気を取られた一瞬で消えられたようだ。

 

「アイズよりも強い。そのつもりで対処させていただきます」

「ッ……!」

 

 ウイングユニットを広げ、突撃してくるシールに対し、セシリアは全てのビットをパージして周囲に配置する。ビット全機を使った全力戦闘へ移行する。ヴォーダン・オージェを相手に狙撃は通用しない。それを理解しているセシリアは全ビットを使って速射レーザーによる弾幕を形成する。しかし、そのレーザーの雨ともいうべき中をシールはアクロバットな機動で潜り抜ける。

 

「あなたの主戦法はビットを使っての牽制の後、高火力の銃器で仕留めるものでしょう? 残念ですが、私には通用しません」

「それだけだと思われるのは心外ですわ!」

 

 四機のビットを直衛に、そして残り全てのビットを広域に展開。直衛にしたビットのうち二機は防御の要となるイージスビットである。既にシールド形態を維持しながらレーザー射撃は行わず、セシリアを守るように控えている。残る二機は左右に位置取りして掃射モードでレーザーを連射。たとえ当たらなくても牽制になればいいという割り切りでとにかく目の前に迫る機体に向けて撃ち続けている。

 距離を離してスナイプビットが狙撃の機会を伺い、広域に展開したジャミングビットによって敵機の電子装備を阻害する。さらにステルスビットがその姿を光学迷彩とステルス機能によって姿を消して虎視眈々と好機を伺いながら周囲を旋回している。

 本機であるセシリアも右手にスターライトMkⅣ、左手に近接銃槍ベネトナシュを構える。セシリアが持てる全力を発揮する武装を最大展開した姿だった。

 

「……………」

 

 シールは冷静にセシリアと展開されているビットを視界に収める。視界に入れるということは、それだけで分析する行為に直結する。

 頭を冷やしたオータムとマドカ、そして再び姿を消したクロエの三人が今度はちゃんと連携をしながら仕掛ける様子をシールはじっと観察する。

 

 セシリアの技量も高いが、展開されているビット群にも隙らしい隙がない。何度か攻め立ててみるも、近接レンジはイージスビットで防ぎつつ近距離からスピアとショットガンで狙い撃ち。距離を離せば容赦なくピンポイントで狙撃される。逆にこちらからの遠距離射撃はジャミングビットでサイティングが阻害されて命中率が低下させられている。強引に特攻しようとしても、姿を消しているステルスビットの存在がそれを躊躇わさせる。

 恐ろしいまでの戦闘能力だ。集団戦として高い能力を発揮しているのに、これらすべてが個の力によるものということが恐ろしい。

 

(しかし、こいつは―――!)

 

 誰よりも分析力のあるシールだからこそ、それに気付く。気づいてしまえば、その事実はシールでさえも驚愕を感じざるを得ない。

 ワンマンアーミーとも言える対多数戦に長けた機体を完璧に制御するセシリア。しかし、冷静に考えてみて欲しい。それぞれ各個が独立して思考制御されたビットが十機。それらすべてを操りつつ、本機であるセシリア自身も十全に動いている。これだけで少なくとも、十一ものマルチタスクを行っていることになる。それだけで人間とは思えない脳をしているが、シールが真に戦慄しているのは、本当はそれより遥かに多くの思考を行い、完全に並列思考を制御している精神だった。

 

「ぐっ、くそがっ……ッ!!」

「なぜ、なぜ当たらない……!!」

 

 マドカとオータムが悪態を吐きながら焦りを露にしている。そしてそれは姿を消して奇襲を繰り返しているクロエも同様だろう。

 接近戦も遠距離からの狙撃も、果ては奇襲さえもセシリアには通用していない。

 

「戦場で考え事ですか?」

 

 わずかに動きを止めていたシール目掛けて三方向からレーザーが狙ってくる。思考の隙を突かれた形となったが、シールは揺ぎもせずにその全てを回避する。絶対的ともいえるその反応速度はどんな状況でも後出しで対処を間に合わさせる。

 

「あまりにも遅いので、ついね」

 

 皮肉を返すシールに、セシリアも冷笑して応える。

 当たり前のことだが、反応速度はヴォーダン・オージェを持つシールのほうが圧倒的に速い。セシリアの反応速度はいいとこクロエと同等程度だろう。それでも十分に速いと言えるが、アイズと比べても格段に劣る。

 

 しかし――――。

 

 

 

(こいつは……いったい“いくつの思考を行っている”……!?)

 

 

 

 反応速度で劣るはずのセシリアがシールを含めたエース級四人を同時に相手にして互角に戦えている理由は、その思考能力に依るものだ。反応速度で追いつかない分、あらゆる可能性を考慮してその都度対処法を選別している。

 つまり、ある程度各機の行動パターンを予測し、それらすべてに対処法を用意している。そして状況によって用意していた対応を即座に行うことで反応速度と数の不利を補っているのだ。

 シールが見た限りでも、一機につき、四つから五つの行動パターンを予測し、さらに連携パターンを派生させて戦術予測を行っている。そうして十機のビットを最適に使役に、さらにセシリア自身も常に動きを止めずに戦闘行動を維持する。そうとしか思えないほどにセシリアの対処行動には澱みがない。おそらく並列思考をしている数は三十や四十に届くだろう。

 

 反応速度でおいつかないのなら予測の数でそれを覆す。

 

 どう考えても、まともな人間ができる芸当ではない。ナノマシンによって強化された脳を持つシールでさえ不可能な領域だ。

 

 

 

(化け物ですね―――――さすがはあの人の娘、ですか)

 

 

 

 その脅威をシールは認める。四人掛かりで襲え、という指示もわかる。

 しかし、それで負けるつもりはシールには一切なかった。

 

「クロエ」

「はい、姉さん」

 

 声をかけるとすぐにシールのそばへクロエが姿を現す。クロエの奇襲も全周警戒をしているセシリアの防御を抜けるまではいかなかった。邂逅時は不意を打ったから接近できたが、おそらくはクロエのステルスも完全ではなくてもある程度は把握しているだろう。

 

「私が前衛を務めます。クロエは――――を狙いなさい」

「はい」

 

 再び仮面を被り、溶けるように姿を消したクロエを見送ったあと、シールははじめて完全な戦闘態勢へとシフトする。それを察知したセシリアも鋭い視線を向けてシールを睨んでくる。

 ウイングユニットを開放、より鋭く、大きく広がる翼を羽ばたかせたシールがセシリアの敷く防衛ラインへ突入する。

 初手の四つのレーザーによる迎撃を細剣とチャクラムシールドで弾き落とす。しかし、背後から時間差で放たれたステルスビットが襲いかかる。距離を詰めた上でレーザーの連射を浴びせる。当然のように察知したシールは背後に向かってウイングユニット【スヴァンフヴィート】による高エネルギーを放出、それを盾にして屈折させる。

 

「落ちなさい」

 

 反撃とばかりに群体式ビット【ランドグリーズル】をパージ。無数の小型ビットがセシリア目掛けて猛スピードで襲いかかる。

 これにはセシリアもわずかに焦った表情を見せる。セシリアの防御は確かに鉄壁といえたが、正確な狙撃とピンポイントの防御で成立している防御網は、しかし無数の小型ビットを全て撃ち落とすことは不可能だ。

 

「ちぃっ……!」

 

 ビット全てを使ったレーザー射撃とショットガンを用いて迎撃する。しかし、それでも足りない。セシリアの迎撃を抜けたいくつがその獰猛な牙をブルーティアーズへと突き立てた。装甲が削り取られながらも、それでもセシリアは致命傷は避けて引き金を引き続ける。

 だが、今度はシールが正面から突貫してくる。その巨大な翼を盾としながら生半可な迎撃では揺ぎもせずにセシリアを近接レンジに捉える。そして即座に細剣がセシリア目掛けて振るわれた。

 

「くっ……」

 

 ベネトナシュで危なげながらにもそれを受け止める。セシリアとて近接戦の訓練を怠ったことはないが、それでもアイズや鈴と比べればその練度は格段に劣る。そしてそんなアイズとほぼ互角に戦うシールが相手ではこの密着した距離は不利でしかない。それでも最後まで崩れないセシリアは流石といえたが、それでもシールに押されていることには変わりない。

 

 だから、とうとう隙を見せてしまう。

 

「………ッ!?」

 

 セシリアは戦いながら、ビットのリンクが途絶えたことを感じた。破壊されたのはステルスビットとスナイプビットの二機だ。視線を向ける余裕もないセシリアはもう一機のスナイプビットの視界幇助機能を介して状況を確認する。

 破壊したのはクロエとマドカの二人だ。セシリアがシールと戦っているために生まれた思考の隙を突かれた。ビットに回避行動を取らせることすらできなかった。

 

「ステルス機を操る人間が、ステルス対策を持っていないと思っていたのですか?」

 

 その言葉を証明するように、クロエが二機目のステルスビットを切り裂いた。

 

「あなたは確かに脅威ですが、ビットを失えばその脅威度は格段に低下します」

「ッ……!」

「所詮はこの程度ですか。あなたは強いが、脆い。泥臭く足掻くあの子に比べれば、あなたは私の脅威足りえない」

「ぐ、くぅっ!!」

 

 翼を使った薙ぎ払いでセシリアを弾き飛ばす。かろうじて防御したようだが、主武装であるスターライトMkⅣは切り裂かれ、ベネトナシュもその手から弾き飛ばされる。まさに死に体を晒したセシリアにトドメを刺そうとオータムが追撃を仕掛けた。

 

「これで終わりだなァッ!」

 

 容赦のないオータムがステークを構える。ただでさえ単体防御力は低いブルーティアーズtype-Ⅲがステークをまともに受ければ全損の危険すらある。鈴の甲龍のように直撃に耐えるような防御力はないのだ。しかも今のセシリアは体勢すらまともに整えられていない。銃を構えることすら間に合わない。

 

 しかし―――。

 

「ッ、罠です! オータム先輩!」

「なにっ!?」

 

 シールの目が、冷笑を浮かべるセシリアの表情を視認すると同時に叫ぶ。だが、遅かった。残されたビットがオータムを捉える。しかし、今更ビット単機のレーザーで止められるものか。オータムはそう判断して特攻を継続した。だが、目の前の光景を見た瞬間、その判断が間違っていたことを悟る。

 

「アルキオネ遠隔展開」

「んなっ!?」

 

 突然ビットに巨大な砲身が量子変換されると共に装備される。しかも、既にチャージが完了している。オータムがマズイと思った瞬間にはその大型の重火器――歪曲誘導プラズマ砲【アルキオネ】が発射された。近距離から放たれた大出力のビームが直撃。アラクネ・イオスの腕が複数弾け飛んだ。

 

「ガァッ! クッソがァッ!!」

「それでも致命傷は避けましたか。鈴さんのようなしぶとさですね。ですが……」

 

 腕のほとんどを犠牲にしてなんとか撃墜を防いだオータムに向かい、セシリアは“二本目の”ベネトナシュを構えた。

 

「終わりです」

 

 腕を失ったアラクネ・イオスに対し真っ向から接近するとベネトナシュによる突きを叩きつける。しかし、その突きつけたベネトナシュはスピア部ではなく槍底部。そしてすぐさまに容赦も手加減もなく引き金を引く。

 密着状態から放たれたショットガンの直撃が今度こそオータムの意識を刈り取り、アラクネ・イオスの絶対防御を発動させて沈黙させる。

 ようやく一機を撃墜したが、少なくない代償を払う結果となってしまった。そしてアルキオネを装備させたビットが諸共にレーザーに貫かれて破壊される。さらにシールとクロエもそれぞれ一機づつビットを破壊。オータムの援護が間に合わないと判断して武装の排除を優先したらしい。

 これで残るビットはイージスビット二機とジャミングビット一機、そして搭載火器の遠隔展開を可能とする五つ目の特殊ビットであるリモートビットが一機。

 そして残る武装はベネトナシュと近接用のハンドガンである【ミーティア】が二つ。近接ブレード【インターセプター】がひとつ。そして最大威力を誇るビーム砲である【プロミネンス】。

 

「もうほとんど武装は残されてないようですね。さすがのあなたも使役できる武装がなければせっかくの並列思考も宝の持ち腐れですね」

 

 シール、マドカ、クロエが包囲する。オータムを落とせたのはいいが、それでもそれまでに武装を使いすぎた。ビットの能力も既にバレている。マドカやクロエはなんとかなるかもしれないが、それでもシールを倒すには武装が足りない。それにブルーティアーズも決して少なくないダメージを受けている。このままなら撃墜は必至だろう。

 冷静にそう判断するセシリアは、ふっと笑顔をシールへと向けた。その笑みの意味を図りかねたシールは訝しげにセシリアを見つめ返している。

 

「確かに……さすがに四機相手はきついですわ。このままなら私の敗北は確実でしょう」

 

 既に距離を詰められている以上、狙撃のチャンスももうないだろう。それ以前にもう満足に使える銃火器がない。なにもしなければ粘ってもせいぜい五分で落とされる。

 

 

 ―――――ここまでか。

 

 

 そんな思考に及び、セシリアは覚悟を決めた。もう、この手しか残されていない。こんなところで使うつもりはまったくなかったが、こうなった以上使うしかないだろう。

 決意したセシリアはすぐにそれを実行に移した。

 

「ブルーティアーズ………type-Ⅲのリミッターを解除」

「……! させません!」

 

 セシリアがやろうとしていることを察してシールが襲いかかる。アイズとレッドティアーズのtype-Ⅲの能力である【L.A.P.L.A.C.E.】の恐ろしさを知っているシールは、同等の能力であろうその力を発現させる前に倒そうとする。

 

「承認プロセスすべて省略、緊急起動。第三形態移行〈サードシフト〉開放、第二単一仕様能力〈セカンド・ワンオフアビリティー〉―――発動!」

 

 ブルーティアーズtype-Ⅲがその姿を変生させる。

 装甲が展開され、エネルギーラインが顕となる。そこから漏れるほどのエネルギーが機体を駆け巡り、機体そのものが光の雫となったように光のドレスを纏う。

 

 

 

 ―――さぁ、刮目するがいい。これが、世界で二機しか存在しない第三形態移行〈サードシフト〉したIS。光の雫と化した、――――ブルーティアーズtype-Ⅲの真の姿だ。

 

 

 

 

「これが、唯一無二の雫の輝きです!」

「戯言を!」

 

 明らかな変貌を遂げたセシリアとブルーティアーズtype-Ⅲに、しかしシールがそんなことに構いもせずに細剣を突き立てようと振り下ろす。

 

「沈め!」

「それはできません」

 

 そしてシールの細剣が真っ向から受け止められる。だが、シールはそれに驚愕した。受け止められた際の感触は、まるで空気にでも掴まれたかのように手応えがなかった。しかし、それはまるで硬い装甲のように細剣を弾き返した。

 それは武器でも装甲でもない。シールの攻撃を受け止めたのは、形容し難い光の塊だった。まるで光そのものが固まり、盾となったかのようだ。

 

「なっ、これは……!」

「落ちなさい」

「ちっ……!」

 

 攻撃するような動作を見せるセシリアから距離を取るように飛翔する。それを追うまでもなく、セシリアはただ腕を掲げるだけだ。しかし、たったそれだけの動作で周囲に異変が起きていた。

 さきほどの光の壁のように光が収束して機体の周囲に十以上にも及ぶ野球ボールほどの大きさのスフィアを作り出す。それ自体が意思を持っているかのようにセシリアの周囲をまるで衛星のように周回しつつ、徐々にその輝きを増していく。

 

 

 

 

 ――――なんだ、この能力は!?

 

 

 

 

 シールのヴォーダン・オージェをもってしても、そこにある事象は観測できてもいかなる力でそれを生み出しているのかまではわからない。光に関することは確かなようだが、その単一仕様能力の全容が把握できない。問いただしてもバカ正直に答えるはずもない。シールはただ目の前の現象への対処だけを考えて動こうとする。

 そうこうしているうちに形成されるスフィアの数はすでに三十を超えていた。

 

 

 

「落ちて消えなさい。――――雫のように……!」

 

 

 

 そしてセシリアが指を鳴らすと同時に、すべてのスフィアそのものがレーザーとなって発射された。まるで獲物を追いかける猟犬のようにすべてのスフィアが無数の光の矢となってシール達を追い詰めるように襲いかかった。

 

「ッ、ちぃ……!」

 

 三機はすぐさま空中へと離脱する。そしてすぐさまそんな三機を追うようにレーザーが歪曲して追撃する。その軌道は多種多様でありながら、すべてがシール達を標的に定めている。

 

「ホーミングレーザーだと!?」

 

 まるで先程見せた偏向射撃を嘲笑うかのように正確に目標へ向かって追尾するレーザーにマドカが驚愕する。“ただの曲芸”と言ったセシリアの言葉が嘘ではなかったように、合計三十を超えるレーザーが追尾する光景にただただ戦慄するしかない。通常より速度は落ちているが、それでも変幻自在の軌道で追ってくるレーザーの脅威は計り知れない。

 

 マドカはそれらを撃ち落とそうと試みるが、オールレンジから襲いかかってくるレーザーに為す術もなく追い詰められていく。地表付近ギリギリを飛翔し、地形の障害物を利用してなんとか回避しようとするも半数以上のレーザーを受けてしまいそのまま地面を転がるように墜落してしまう。かろうじてシールドエネルギーは残ったが、既に瀕死といっていい状態だった。

 

 そしてこれらの攻撃をすべて捌こうとするシールとクロエであるが、シールはともかくとしてクロエの瞳ではその処理が追いつかずに最後にはマドカと同じ道を辿ってしまう。ヴォーダン・オージェの解析能力を上回る数と変則軌道追尾レーザーによってあっさりとその魔眼を無力化されてしまう。シールはクロエが小さく悲鳴を上げながら撃墜される様を視認していたが、シール自身も救助に向かう余裕などないほどに追い詰められていた。

 

 あっさりと形成を逆転させたセシリアの冷徹な声が響く。

 

「アイズのパートナーである私が、ヴォーダン・オージェの対抗策を知らないと思っていたのですか?」

 

 盾にした翼が焼け爛れ、無残な姿を晒したシールが忌々しげにセシリアを睨む。回避は不可能と判断してすぐさま防御を選択したシールの行動は最適解であったが、しかしそれはセシリアのこの能力に対抗することができなかったことを意味していた。

 ヴォーダン・オージェの対抗策。それは嘘ではない。アイズとて、このセシリアの攻撃を完全に回避することは至難だ。ヴォーダン・オージェの特性を理解しているセシリアはその攻略法もしっかりと確立させていた。

 

「ヴォーダン・オージェの解析力は確かに脅威ですが、それでも限界はあります。パターン化していない変則軌道の高速レーザーを複数同時に解析するには、高速思考を用いても厳しいのでしょう?」

 

 もしレーザーがパターン化した軌道ならすぐに見破れる。もしもっと速度が遅ければ対処を間に合わさせる。もし数が少なければ集中して対処できる。

 だが、高速かつ思考制御された軌道の数多のレーザーを受けきることは、ヴォーダン・オージェでも不可能だ。オーバードライブ状態ならば対処できる可能性はあるが、それでも確実とはいえない。

 理屈は正しいが、それでもそれを平然と実行できる人間が果たしてこの世界にどれだけいるというのか。 

 

「……化け物ですね、あなた」

「化け物、ですか。私とて人間です。限界はあります。ですが――――あなたをここで倒すくらいはできるかもしれませんね」

「残念ですが、私に虚勢は通用しません」

「…………」

「どんな能力かは知りませんが、それほどの力をノーリスクで使えるはずがありません。隠しているつもりのようですが、心拍数はごまかせません。この瞳を甘くみないことです」

 

 セシリアはポーカーフェイスのまま内心で舌打ちをする。確かにシールの言うように、この能力は体力を使うし、なにより頭蓋の中が感電したような恐ろしいほどの頭痛が継続している。

 セシリアの状態が万全でなかったこともあるが、ただでさえこの能力は反動が大きい。しかも“場所”と“時”も悪い。今のコンディションでは本来の半分以下だ。

 

「そうだとしても、私が負ける理由にはなりませんわ」

「ふん、試せばわかります」

「……散りなさい!」

 

 再び膨大な量のスフィアを作り出すセシリアに、シールは前傾体勢のまま瞳の輝きを強くする。そして再びホーミングレーザーによる一斉射撃。シールは自身に殺到する光の矢を前に、瞳孔を見開きつつその全ての軌道を見切ろうとする。

 ヴォーダン・オージェ、そしてパール・ヴァルキュリアを共にフルドライブ状態へ。人間の限界を超えた領域へと昇華させる。

 

「この瞳に見えないものはない」

「それでも、私の弾丸はすべてを射抜きます」

 

 シールは四方八方どころか、視界すべてから同時に襲いかかってくるレーザーを見据える。ひとつひとつを分析するのではなく、全体を俯瞰するように空間把握による領域解析を試みる。このようなやり方は試したことがないが、それでも己の魔眼に絶対の自信を持つシールは疑いもせずに実行する。

 

 同じ眼を持つアイズをも上回る、人類の基準を遥かに超えた反応速度を誇るシールはそれらのレーザーをすべて“見てから”対処する。

 

「なっ……!」

「甘いと言ったはずです!」

 

 ありえない。

 セシリアはその光景を否定したかった。追尾させているために通常よりも速度は落ちているとはいえ、見てから回避できるような速度ではない。だが、シールは躱す。ほんの数ミリだけ動かして、翼の角度をわずかに変えて、そんな微々たる動作を連ねながら、流れるように光の網の隙間を抜けていく。セシリアとて、そんなシールの機動を先読みしつつレーザーを放っているが、それすらもシールはすり抜ける。

 いくらかは被弾もしているがそれらはどれも致命傷には程遠い。危険度の高いものだけを選別して確実に避けている。未来予知でもしなければ不可能といえる挙動をシールはその力で無理矢理に軌跡といえる現実を引き寄せる。明らかに先程よりも格段に反応速度と機体性能が上昇している。

 因果すら逆転させるかのようなシールの機動に、一瞬ではあるが我を忘れて畏怖の念を抱くほどに、そのシールは鮮烈だった。この力を使っているにも関わらずに、それに拮抗してくる。確かにアイズの宿命のライバルと言われるに相応しい実力だろう。

 

「だとしても!」

 

 迫るシールに向かって再び両手を掲げる。その手に先にどんどん光が収束していく。

 光の渦がひとつのスフィアに凝縮される。先ほどよりも遥かに大きく、青白く圧縮していくスフィア。禍々しい、または神々しいとでも形容したくなるような未知ともいえる光の圧縮によって形成されたそれは見ただけで畏怖すら感じるような代物だ。

 まるで爆発する直前のように暴れ狂うその光の球体を押さえ付けていたセシリアが、直前にまで迫ったシールを見据えながら、まるで場違いなほどの軽快な音とともにそれを開放した。

 

 パチン、と指が鳴る音が響いた。

 

「Discharge」

 

 開放。

 圧縮されたスフィアがシールに向かって内包していたエネルギーの全てを放出した。それは光の津波だった。視界のほとんど、どころではなく視界すべてを覆い尽くしても余りあるほどの巨大で膨大な光が物理的な破壊力を伴ってその暴威で呑み込もうとする。

 回避する、という選択肢すら存在しないその光の暴威にシールは回避を諦め、翼で機体を覆って自らその中へ吶喊するという選択を即座に選ぶ。

 

 暴虐的なまでの光の波濤が天使に降り注ぐ。

 

 ここでシールを倒せばセシリアの勝利。しかし、これを耐えられればセシリアには対抗手段はない。まともにこの攻撃を受けて耐えられるわけがないとは思うが、それでも相手は予測の上を行くシールだ。ここを突破されれば窮地に陥るとわかっているセシリアは全身全霊を込めるようにさらなる力を込める。

 

「消えなさい!」

 

 シールに向けてさらに光を密にして圧縮させる。もはや直視すらできないほどの光量が夜の闇の中でその破壊的な輝きでもって照らし、侵食する。

 光によって闇が蹂躙されていく様は恐怖すら感じるほどで、そして絶対的な力の象徴のようでもあった。

 

 そんな暴威を――――。

 

 

 

 

 

 

 

「うふふ」

 

 

 

 

 

 

 ―――――その魔女は、ただ笑みとともに消し去った。

 

「え?」

「な……」

 

 さきほどまで確かに存在していた破壊を宿した光の塊が霧散した。いや、まるではじめから存在しなかったかのように、一瞬でその場から切り取られたのだ。

 そのあまりにも非現実的な事象に、セシリアも、そしてシールさえも唖然として固まった。それは戦場であまりにも迂闊な行動だった。

 気がついたときには、セシリアは飛来した攻撃の直撃を受けてしまっていた。

 

「ぐ、ううっ!?」

 

 左腕の装甲に大きな裂傷が刻まれる。飛来したのはビット……しかもアイズのような近接特化型のブレードのような遠隔兵器だ。すぐさま反撃と防御に備えるが、襲撃者はそれ以上の追撃はせずにゆっくりとその姿を現した。

 その姿を確認したシールが、どこか困ったように口を開いた。

 

「プレジデント……」

「危なかったわねぇシール? 今のはさすがのあなたも落ちていたわね」

「……なんとでも、しますのに」

「強がっちゃって。可愛い」

 

 戦場であることを忘れるかのような気安い声だ。その人物は未知のISを纏い、いったいなんのつもりなのか、IS装備なのか疑問に思ってしまう“傘”を手に持ち、まるで遊ぶようにそれをくるくると回しながら近づいてくる。そんなふざけたような傘に隠れていた顔がゆっくりと顕になる。

 

 

 

「え、……っ、……あ……?」

 

 

 思考が、止まった。

 どうやって倒せばいいか、これからどう行動するべきか。そんな思考すら切り落とされ、ただセシリアの脳裏には目に映る光景だけが刻まれる。

 その人は笑っていた。懐かしいとすら思えるような笑顔だった。あの安心感を与えてくれるような笑顔を、知っていた。それはずっと羨望していた笑みだったから。

 

「久しぶりねぇ。何年ぶりかしら?」

「そ、んな……な、なぜあなたが……い、いえ、そんなはずがありませんわ。あなたは、あなたは誰です!?」

「やぁねぇ。私の顔を忘れたの? 名前はマリアベルに変えても顔は変えていないわよ?」

「違う……! あの人は死んだんです! こんなところに、いるはずが……!」

「ああ、葬式以来かしら。ふふ、あの時のあなたは気丈で立派だったわね。今まで、よくがんばったわね」

「ッ……! その口を閉じなさい!」

 

 動揺しながらも、セシリアはスフィアを展開して威嚇する。さらに片手にハンドガンである【ミーティア】を展開してその銃口を彼女へと向けた。しかし、その銃口は揺れて定まる気配を見せない。

 あれほど冷静だったセシリアだが、今はもうその面影すら見せないほど動揺していた。

 

「あなたは、もういないはずでしょう……!? あなたは、死んだはずなのに――!!」

「あら、銃なんか向けちゃって。でも………あなたに、私が撃てるの? ねぇ?」

 

 手を広げ、まるで包み込むような慈愛を見せながら彼女――――マリアベルは優しくセシリアに語りかけた。甘く、それでいて聴く者の心を溶かすような声だ。

 しかし、セシリアはまるで悪夢でも見ているかのように表情を痛ましく歪めた。

 

「あなたは、聡明で優しい子よ。だから忘れるはずがないわ」

 

 邪気のない、子供っぽさと大人の理知的な感性を混ぜ合わせたような笑み。それはセシリアの記憶の中にある笑顔と同じだった。その安心感も、柔らかい表情も、優しい言葉も、すべてが変わっていなかった。何年経とうとも、セシリアが最も尊敬していた笑顔そのものだった。

 

 だというのに。

 

 それは、悪夢が形となったものとしか思えないモノに変貌していた。

 

 

「母親である、私を忘れるような子じゃないでしょう? ねぇ、セシリア?」

 

 

 

 

 




難産でした(汗)

文字数も15,000字越え。分割しようかとも思いましたが、話の内容としては分けたくなかったので一気に書きました。

セシリア無双回、そしてとうとうマリアベルさんと邂逅です。マリアベルさんの横槍がなければセシリアは四機相手でもなんとかしてしまっていたかも。なのに能力としては半減状態の縛りがあったなど、ブルーティアーズの単一仕様能力はホントにやばいものに仕上がってしまった(苦笑)

そしてそれをあっさりと破るマリアベルがまさにラスボスの風格です。

結局セシリアとマリアベルの能力は? アイズはどうなったの? などの疑問は次回以降になります。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.97 「It falls in a nightmare.」

「ラストぉッ!!」

 

 蹴りと共にゼロ距離から叩き込まれた虎砲によって襲いかかってきた最後の一体を破壊する。残心を怠らず、間違いなく機能停止をしていることを確認した鈴がようやく大きく息をして肺に溜まった空気を吐き出した。もう一度周囲の索敵を行い、改めて甲龍のコンディションをチェックする。

 

「シールドエネルギー残り二割か……けっこうやばかったわね」

 

 耐久力が自慢の甲龍も相当のダメージを受けていた。竜胆三節棍は酷使しすぎたために半ばで折れており、装甲の各部にも斬痕やビームの熱で焼かれた形跡が生々しく残っている。

 そんな奮戦した鈴を最後まで援護したシャルロットが苦笑しながら合流してくる。

 

「無茶しないでって言ったのに……また火凛さんや雨蘭さんに怒られるよ?」

「う……リアルに怖いこと言わないでよ。でも……気づいてたでしょ?」

「うん……どういうわけか、撤退していったのは向こうだったね」

「まだこっちは保護対象の安全も確保しきっていないタイミングだったわ。不自然でしょ。だから追撃、とまではいなかくても倒せるだけ倒した方がいいと思ったのよ」

「それには同意するけど……」

 

 援護に回っていたシャルロットの消耗も相当だった。いくらウェポンジェネレーターがあるとはいえ、カタストロフィ級兵装であるミルキーウェイの使用、そして複数の重火器同時展開によってジェネレーターを酷使している。これ以上の長期戦は厳しかっただろう。実弾兵装の残弾の底が見えている。敵群が撤退したからよかったが、さすがに消耗戦までするほどの準備は整えていない。

 

「それより、セシリアは?」

「反応はロストしたままだよ。量子通信機でだいたいの場所はわかるけど、相当強力なジャミングがかかってる。通常のレーダーはもうエラーしか表示しないくらい。あと、アイズもロスト状態」

「……二人を探すわよ」

 

 力強い眼光で見つめながら言う鈴にシャルロットも神妙に頷く。

 二人は未だ無人機に砲撃される危険性が消えていないことを承知の上で高度を上げる。未だ夜明けが遠い闇の中に在る戦場を見据え、宵闇の空を駆ける。

 

「アレッタのほうは?」

「VTシステム搭載型のせいで多少の被害は出たけど、おおよそ問題なく」

「ま、でしょうね。VTシステム……戦ったからわかるけど、あれは無人機の特性のひとつを潰してるわ」

「特性?」

 

 シャルロットは首をひねる。後方援護をずっとしていたが、無人機を観察するまでの余裕はなかった。しかし最前線にいた鈴はなにかに気づいたのだろう。興味を惹かれたシャルロットは視線で先を促す。

 

「アレの特性は高火力、生産性、そして集団戦。この三つに長けていることよ」

 

 鈴の考察はおおよそ間違ってはいない。かなり大雑把ではあるが、ビームを主体とした高火力兵装、容易に数を揃えることができる高い量産性、そしてクロエのトリック・ジョーカーのように統制機が操ることで容易に完璧な連携を実現できるシステム。これらが無人機の特性であり、同時に厄介極まりない性質でもある。

 

「でも、VTシステムは完全に個の性能を底上げするのみ。数を揃えた集団戦に向いた代物じゃあ決してないわ」

 

 実際に、鈴が戦ったときもVTシステム搭載型同士は決して連携してはいなかった。味方が邪魔で行動が阻害されていた状況も多々あった。

 

「ようは、千冬ちゃんもどきを大量に生み出してるようなもんよ。よくあるたとえ話だけど、スポーツかなにかでも最強の選手だけでチームを作っても、それは最強にはなれないってやつよ」

「ああ、なるほど……そもそも、VTシステム自体がそういうものだものね」

「いいとこ、四機編成くらいがもっとも脅威的ね。それ以上はダメね。かえって隙があったわ」

「……よく見てるね」

 

 シャルロットは素直に脱帽する思いだった。よく誤解されているが、鈴はこれでもかなり優秀な頭を持っている。鍛えた人物がよかったのか、鈴の洞察力と思考力はあのセシリアでさえ驚かされている。気性は獣で、そして知能は高い。これが鈴の強さであり、恐ろしさでもある。しかし、そんな鈴だからこそ味方でいると頼もしい。

 

「だからせっかく数を揃えても、それを活かしきれない。それに比べて、セプテントリオンは世界のどの部隊よりも連携練度は上でしょう。集団戦になればウチが有利になるってわけよ。ま、あたしは単独の特攻役ばっかだけど」

「むしろ単機だと苦戦するってわけだね」

「それでもあの程度なら二、三機くらいなんとかなるでしょ。脅威であることには変わらないけど、攻略法もちゃんとある。そのあたりの完璧な対処方法は先生とかが作ってくれるわよ。あたしの三節棍ももっと強度を上げてもらわないと」

「それは自業自得だと思うけど。荒っぽく使いすぎでしょ」

「荒っぽく使わない武器なんてないわ」

「すごい暴論」

 

 二人は会話しつつも、視線はずっと眼下に向けられている。量子通信機があるおかげでおおよそのセシリアの位置は把握できるが、こうも視界が悪くては目視確認が難しい。

 セシリアが奇襲されておよそ十五分と少しが経過している。その間、まったく通信がなかったことからまだ戦闘中なのかもしれないが、いくらなんでも遅すぎる。

 本当なら奇襲された時点で援護に向かいたかったが、第一優先はシュバルツェ・ハーゼの安全確保だ。トラブルがあってもそれを最優先に行動するようにと事前にセシリアから言われていたこともあり、そのために無人機を放置できずに撤退させてようやく動けるようになったのだ。

 

「まぁ、セシリアなら大丈夫だとは思うけど……」

「シャルロット、危ないわよ。そういう根拠のない願望はやめときなさい」

「……!」

 

 鈴の指摘にシャルロットが息を呑む。言われてはじめて気付いたのだ。自分は、セシリアの無事を盲信している、と。

 

「たしかにセシリアは部隊でも最強だし、アイズもそれに並ぶわ。悔しいけど、あたしもまだ追いつけないくらいに……。でも、最強がイコールで無敵にはならないのよ。アイズを見てればわかるでしょ? あの子、あれだけ強いのに今までで一番負傷してんのよ?」

 

 以前に起きた【銀の福音奪還作戦】ではアイズは全治二週間の重傷で入院。同じく鈴とラウラも入院を余儀なくされた。無人機プラントへの強襲作戦の際も決して無傷とはいかなかったし、IS学園防衛戦でも戦闘時間がわずかでも長時間戦っていた鈴に次ぐ負傷をしている。

 

「まぁ、あたしもアイズも陽動とか足止めとか、前線の危険なとこに飛び込むことばっかしてることも原因だけど、どれもこれも楽勝だった戦いなんてないわ。今回だってこのザマだしね」

「…………」

「お師匠に言われたことだけど、最強なんて無敵とは程遠いらしいわ。最強は一番狙われて、一番危険な戦いを引き寄せる。呪いみたいなもんだって。お師匠の体験談っぽいから多分ホントのことよ」

「でも、鈴だってそんな最強を目指してるんでしょ?」

「あたしの場合はあのお師匠に追いつきたい。そして誰よりも強くなりたいっていう、むしろ強敵ウェルカムだから。でも決して自分が負けない、傷つかないなんて思ったことはないわ。むしろそういう覚悟をしてる。負けたくないって強く思いながらね。でも、セシリアとアイズは違うでしょう?」

 

 セシリアは勝つことを己に課している。義務と言っていいかもしれない。それは強制されたことではなく、セシリア自身が望んだことでもある。部隊長としての責任、アイズを守るため、そんないろんな理由によって絶対の誓いとして抱いている。

 アイズももちろん覚悟をしているが、それでもアイズにとって戦うことは夢への手段だ。鈴のようにそのものが目的というわけじゃない。もし戦い以外に有効な手段があればそれを優先しているかもしれない。

 

「あの二人は、そういう心のゆとりがなさそうだからね。それでも結果を残していることがすごいんだけど、それはいつまでも絶対ってわけじゃないわ。あいつらだって人間だしね」

「そう、だね……」

「頼るのはいいわ。それが仲間ってもんでしょ。でも、無条件で大丈夫と思うのはストッパーがなくなるからやめときなさい」

「うん。これは反省しなきゃいけないとこだね。……でも、そういう鈴こそまとめ役に向いてるんじゃない?」

「あたしはそういうのはいいの。こういうのが言えるのだって新入りだから見えるもんだし。あたしは好き勝手に口出しする生意気なポジションでいいのよ。それより今はセシリアたちよ」

 

 鈴の言葉に頷きながら、シャルロットは周辺のサーチを継続して行う。しかし、ただでさえジャミングがかかっており、セシリアも通信に応じないために正確が位置は未だにつかめない。大まかな方向と距離がわかることだけが幸いだった。

 

「……未だに反応はない。たぶん、この周辺だとは思うけど……」

「レーダーもダメ、通信もダメなら足を使うまでよ。狙撃に注意しつつ、上から探すわよ!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、ぐっ……ッ、うう……」

「どうしたのセシリア? さっきから反撃ひとつしないで。あら、もしかして私を撃ちたくないとか、この期に及んでまだそういう可愛いことを思っているのかしら?」

 

 ボロボロになりながらセシリアは優しげに声をかけてくるマリアベルを睨みつける。しかし、その眼には明らかに迷いと困惑が表れていた。ニコニコと朗らかな笑みを見せるその女性に、銃口を向けても引き金が引けない。指がそれを拒否しているように、目の前の敵を撃つことができない。いや、そもそも敵として認識したくなかった。

 

「うーん、どうしたら戦ってくれるのかしら? 私はあなたと戦いたいんだけどなー? どうすればいいかしら? 言ってごらんなさいよ」

「………ッ」

「まだその能力は展開しているんだから、いくらでもやりようはあるでしょうに。それにしても綺麗な能力ねぇ、さすがセシリアだわ。優雅でぴったりね」

 

 マリアベルの言葉を雑音だと思い込もうとするセシリアだが、その声はまるで魔力でも宿っているかのようにセシリアの思考をかき乱していく。

 

 認められない、認めることができない、認めることが怖い。

 

 そんな追い詰められた思考を必死に遠ざけようとするも、セシリアの芯の部分が揺らいでせっかくのマルチタスクもまったく役に立たない。どれだけ冷静な思考を確立させようとしても、その尽くが滑り落ちていく。聞きたくなくても、聴覚はその人の声をすべて脳へと伝達する。

 しかし、あくまで優しく語りかけるその言葉すら、もう聞きたくなかった。その声が否がおうにもセシリアの心の奥底の繊細な柱を刺激して、セシリア・オルコットという存在が揺らいでいくような気さえしていた。

 

「見たところ光の操作のようだけど……収束、圧縮、追尾、固定。と、いうことは粒子性と波動性のコントロールが可能。これらの現象をすべて統べる能力となると……、ふむ、なるほど。面白いわね。大雑把に予想するなら、【光の停止】かしら?」

「……っ!?」

 

 ポーカーフェイスすら作れずにセシリアが目を見開く。ブルーティアーズtype-Ⅲの真の力、第二単一仕様能力であるソレはマリアベルの予測とほぼ一致していた。

 

 第二単一仕様能力【S.H.I.N.E.】――――Starlight Hold Import Noninterference Energie.

 

その能力は言ってしまえば【光からエネルギーを抽出し、それを操作する】というものだ。光が内包するエネルギーを励起させ、ブルーティアーズの制御下に置くと言ってもいい。そしてその手段がマリアベルが言ったような【光を停止させる】こと、つまり光を一時的に拘束し、励起させて再び開放させることがこの単一仕様能力の力だった。

 しかも励起させたエネルギーは、取り出した光が拘束状態にあるためにほとんど減退をしない。エネルギー効率でいえば100%に近い抽出を実現している。

 そして抽出したエネルギーは光の性質を備えているため、波動性、粒子性の二つの特性を持つ。これにより恐ろしい汎用性を実現している。

 

「ホーミングレーザーはその応用ね。停止ができるなら連続して【停止】と【直進】を繰り返せば擬似的な可変弾道ができるわけね」

「…………」

「エネルギーの抽出が見事だわ。おそらくQuantum Loaded Energyの派生か亜種かしら?」

 

 セシリアは内心で焦りを強くしていた。マリアベルの考察は無駄がなく適切だ。まさかわずかな使用だけでその能力のシステムを見破られるとは思わなかった。シールのような分析力とはまた違う、現象と知識に基づいて導き出された結果だろう。

 ホーミングレーザーの原理はまさにその通りであり、エネルギー変換した光を停止、再発進を連続で行うことで相手を追尾するように操作した擬似ホーミングレーザー射撃だ。さらに空間、または機体の装甲部に固定することで光による防御壁―――光装甲を形成できる。

 シールに対して使った最後の大技は単純に光を収束させて大容量のエネルギーを取り出し、それに指向性を付与させて開放したものだ。これ以外にもあらゆる形でこの能力を使用できる。

 引き換えに情報処理が凄まじい量となり、マルチタスクを駆使しても長時間の使用は激しい頭痛に襲われるというリスクがある。これは表裏一体なので絶対に背負う代償となる。

 

「素晴らしいわ! 能力自体もそうだけど、それを操るセシリアもとってもステキ!」

 

 惜しみない拍手を送るマリアベルだが、セシリアは唇を嚙んだままだ。一人だけ幸せそうに笑みを浮かべているマリアベルだけが、この殺伐とした空間において場違いなまでに浮き上がり、それでいて誰よりもこの場を支配している。

 

「でもそれならもっといろいろできそうだと思うけど……それこそ、ここ一帯を焼き払うくらいは、ね。しないのかできないのかはわからないけど……なにかリスクがありそうね」

「それが、なんだというのです」

「ふふ、そんな警戒しなくていいわよセシリア。もうだいたいわかったから」

 

 マズイ。この能力は強力だが、大きな欠点が存在する。アイズのような一定時間に安定して発動できるものと違い、セシリアのこれは場所と時に大きく左右される。それまで気付かれれば優位性がなくなる。

 この強力無比ともいえる能力の弱点。それはリスクの他に必須条件として、【恒星の光しか操作できない】という点だった。だから夜、または雲に覆われていたり、太陽光が届きにくくなればその分材料となる光が乏しくなる。今は月によって反射される光を材料にしているが、間接光のために十分量とはいえない。この能力が最大限に発揮されるのは、地上でならば太陽光を遮らない晴天時が理想なのだ。

 

「あら、そんなに見つめられると照れるわぁ。ふふふ」

「あなたは……!」

「さぁ、そろそろいいでしょう? 続きをしましょ?」

 

 そして再びブレードビットがセシリアを襲う。未だ混乱しているセシリアだが、それを視認した瞬間反射的に迎撃行動に移ろうとする。しかし、それでも普段のセシリアに比べれば遅すぎる対応だった。

 

「くっ……!」

 

 一つ目をなんとか回避するも、続けて飛来した二つ目のブレードをかすめてしまう。展開している光装甲によって弾いたためにダメージはないが、当たること自体がセシリアのコンディションが低下している証だった。

 

「なかなかやる気にならないわねぇ。そんなに私と戦うのがイヤなの?」

「黙って、ください……!」

「いい加減受け入れなさいセシリア。私はあなたの母で、同時にあなたの敵。そんな運命を…………楽しみなさい」

「私は! あなたがお母様だと認めていないッ!」

「ならどうすれば認めてくれるのかしら? あ、でも躊躇っているってことは、私が本当に母かもしれない、とは思っているのでしょう?」

「ッ……! そんなこと!」

「ふふふ」

 

 マリアベルは語りかけながらも、その攻撃は一切躊躇がなく、容赦のない連続攻撃を浴びせてくる。それでも敢えて致命傷になるような攻撃は行わず、どちかといえばセシリアに発破をかけるようだ。しかし、それがかえって無抵抗なセシリアを嬲っているようにも見える。

 

「くっ……!」

「隙だらけね。相手が誰でも、揺らいでいたら守りたいものさえ守れないわよ」

「うるさいッ!!」

「だから、こうなるのよ?」

「あっぐッ……!」

 

 セシリアはなにが起こったのか理解できないままにマリアベルに頭を掴まれていた。十分な距離があったはずだが、その距離を一瞬で詰められた。なにをしたのかわからない。気がつけば掴まれていた、という事態にセシリアの混乱はますます加速してしまう。結果、対処もままならない状態でマリアベルに組み付されてしまう。

 

「ぐうう……」

「ほら、見てごらん」

 

 マリアベルによって無理矢理に向けられた先に、なにかが転がった。ガシャン、となにかが落ちる音が響き、セシリアの目の前にその光景が広がった。

 

 なにかが倒れている。まず見えたのは赤い装甲だった。大きな裂傷や破壊された痕跡が多く残り、倒れた衝撃でいくつかパーツがバラけてしまっているところまである。持っていたであろう武器である大型の剣は真っ二つに折れており、短くなったブレードの柄だけが握り締められている。

 そして破壊された赤い鎧を纏っていたその少女の顔がセシリアの眼に入ってしまう。

 

 黒曜のような黒い髪。幼く、それでいて端正な顔付き。眼は閉じられているが、その瞼の隙間からは涙のように赤い血を流している。満身創痍なのがひと目でわかるほどに全身を負傷し、口端からぽたぽたと血が滴り落ちる。

 

 セシリアにとって後悔しかない、過去の出来事が思い浮かぶ。自身の力が及ばず、守るべき彼女に守られ、その代償として彼女を死の淵にまで追いやってしまった、忌まわしい記憶。

 

 

 

 そのときの悪夢が再現されたかのように、目の前に―――――瀕死のアイズが転がっていた。

 

 

 

「―――――」

 

 絶句し、思考が停止しそうになるセシリアの耳元に優しくマリアベルが語りかける。それは悪魔の囁きのようにセシリアの心に浸透し、そして蹂躙した。

 

「ごめんね、つい痛めつけちゃったわ。だってあの子、私よりセシリアを愛しているって言うんですもの。悔しいわねぇ、だから嫉妬しちゃった。だから傷つけちゃった。あなたのことは、お母さんが一番愛しているっていうのに、ね」

 

 首をかしげながらセシリアに同意を求めるように見つめてくるマリアベルに、とうとうセシリアの限界を超えた。悲しみや戸惑いを、怒りが塗りつぶしたのだ。

 

 

 

「ッッッ…………!!!! マ……、リア、ベルゥゥゥ―――ッ!!!」

 

 

 

 機体そのもに光装甲を展開。自身を押さえつけているマリアベルを機体ごと弾き返し、刺すような殺気を纏わせた視線で睨みつける。同時に能力を使い、降り注ぐ月光を収束。収束させ、抽出したエネルギーをスフィア状に形成させてマリアベルに向かって今度は躊躇いなく発射した。

 

「ようやくやる気になった? まったく、そんなにその子が大事なの? 妬けちゃうわ」

「あなたという人はァッ!!」

「そうそう、それでいいのよ。理解しなさい。――――私は、あなたにとっての紛れもない悪夢よ」

「黙れえッ!!」

 

 あれほど躊躇っていた引き金を怒りによって引き絞る。狙いは頭。寸分のズレもなく撃たれたレーザーは、しかしそのすべてがマリアベルに届く前に弾かれる。ただの飾りかとも思われた【傘】によってあっさりとレーザーが歪曲して反らされたのだ。ふざけているのは外見だけでかなり高性能な武装らしい。そんな分析の思考すらどこか遠くに感じながらセシリアは止められない怒りの感情で次々とスフィアを形成してそれを撃ち出していく。

 ただの力押し。冷静に戦術を組み立てる普段のセシリアからは考えられないような戦い方だった。

 

「くそ、くそ、くそおおぉっ!!」

 

 口調すら崩れるほどにセシリアには余裕がなかった。そんなセシリアの姿をマリアベルは苦笑しながら見つめていたが、やがて手に持った傘を折畳み、それをバットに見立てるかのように大げさに振りかぶった。

 

「ほいっと」

 

 そんな呑気とも言える掛け声と共に飛来したエネルギーの塊であるはずのスフィアを“打ち返した”。素人っぽくも、見事なピッチャー返しでスフィアをセシリアへまっすぐに返してしまう。

 驚きながらも、返されたそれは自身の能力で生み出したスフィアだ。制御して即座にスフィアを光へと再転換して無効化する。予想外すぎる反撃にほんのわずかであるが冷静さを取り戻したセシリアは闇雲な攻撃を中断して荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返す。

 しかし、セシリアは冷静であろうとする理性と、受け入れ難い現実を拒否する感情に挟まれて未だに混乱状態から脱してはいなかった。一度は振り切れたストッパーも再び枷となってセシリアの精神に絡みつく。

 

「うふふ、懐かしいわねぇセシリア。昔、たまたまテレビで見た野球を見てやってみたいってボールとバットを強請ったことがあったわね。昔は本当に腕白だったものね」

「…………」

「忘れちゃった? あの日も、屋敷の庭で一緒に泥だらけになったじゃない? でもすぐ飽きちゃったけどね。うふふ」

「………って」

「うん?」

「黙って、ください……! もう、喋らないで……!」

「あら、反抗期? ママ、悲しいわ」

 

 おどけるような仕草を見せるマリアベルの姿は、完全にセシリアの記憶の中にある母―――レジーナ・オルコットの姿に重なってしまっていた。陽気で、笑顔を絶やさずに、少し天然でいつも朗らかだった母。毎日会えたわけじゃないが、それでも一緒に過ごした日々はセシリアの宝物だった。

 その、かけがえのない宝物だったはずの人は、セシリアの大切なものを傷つけ、そして笑い、今なお自分の目の前に敵として立ちはだかる現実を否定すらさせてもらえずに叩きつけられた。

 

 悲しさ、戸惑い、怒り、疑問。そんないろんな感情がかき混ぜられ、いったい自分がどんな表情をしているのかさえセシリアにはわからなかった。

 

 まるで天秤が釣り合わずに柱ごと崩れ去るような絶望感を覚えながら、セシリアは未だ立ってマリアベルと対峙する。それは、自身の信念ではなかった。そんなものはすでにセシリアの中から崩れかけていた。それなのに未だに折れていない理由は、傷ついたアイズの存在があったからだ。

 

 自分が助けなければ。自分が、アイズを助けなくちゃいけない。

 

 そんな義務感にも似た気持ちだけでかろうじてセシリアは立っていた。しかし、それはあまりにも儚かった。

 

「あら、ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったの。でもその顔もステキよ」

 

 言われて初めてセシリアは涙を流していることに気付く。視界が滲んでいたことさえ気がつかなかった。さらに口の中には血の味もする。唇を噛み切ったことによる流血だった。もうなにがなんだかわからない。自分がいったいなにと戦っているのかもおぼろげになりそうだった。むしろ夢であればどれだけよかっただろうか。

 大好きだった母が、大好きな親友を傷つけた。それも、くだらない、子供の癇癪よりも馬鹿らしい理由で。悲しさと怒り。いったいどちらが大きいのかさえもわからない。足元の感覚すら遠のいていく中、もはや悪夢に塗替えられた母の笑顔がセシリアに向けられる。

 

「そろそろ終わりにしましょうか。さぁセシリア。はじめましょ?」

 

 両手を広げ、謳い上げるようにマリアベルが告げる。

 

「バカバカしくも愉快な、命をかけた親子喧嘩を!」

 

 真正面からマリアベルが突撃する。なんの工夫もない、馬鹿らしいほどの吶喊だ。鈴でさえ多少のフェイントを入れるというのに、ただただまっすぐにセシリアへと向かうマリアベルの姿に、しかしセシリアは銃口を向けるだけで猛烈な嫌悪感を覚えてしまう。

 本当は銃を向けることさえしたくない。大好きな、生きていた母ならなおさら。

 しかし、アイズを傷つけたことは許せない。今すぐにでもその頭を撃ち抜きたい。

 相反する二つの感情が、行くことも退くこともできない金縛りへと誘う。そんなセシリアへ向けてマリアベルはあくまで笑顔のまま手に持った傘を振りかぶる。

 

 

 

 射て―――でなければ、いったいなんのためにここにいるんだ。

 

 

 やめろ―――あれは、敬愛していた母なんだぞ。

 

 

 

 二つの声が頭の中で響く。それでも、セシリアは決められなかった。そんな精神状態ではすでにtype-Ⅲの維持すらできなかった。輝きが消え、総べていた光さえも霧散してしまう。それは今のセシリアの希望が消えていくことを暗示しているかのようだった。

 

 そして容赦もなく、マリアベルが絶望しているかのようなセシリアを薙ぎ払った。セシリアは抵抗すらできなかった。その意思さえも奪われていたから。

 

 

 …………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 

 

「え?」

 

 しかし、衝撃はやってこなかった。金縛りにあっていたセシリアは、目の前の光景をただ見つめるしかなかった。

 そこにいたのは、守ろうとしていた友の姿だった。

 

 

 

「ご、めん……セシィ……」

 

 

 

 そういってセシリアへ向かって倒れてくる。咄嗟に受け止めるも、ロクに力が入っていなかったセシリアももつれるように転倒する。

 いったいいつ動いたのか、いつの間にかセシリアの盾となって立ちはだかったのは、瀕死のはずのアイズだった。もはやアイズもレッドティアーズも満身創痍の状態で、我が身を盾にしてマリアベルの前に立ちはだかったのだ。

 既に限界だったアイズは最後に一度だけセシリアを見やり、そして謝罪の言葉を口にした。なぜそう言ったのか、セシリアにはわからない。そもそもこの現状を受け止めることができないほどセシリアは追い詰められていた。いや、とっくに限界を超えていた。

 

「あーあ……あなたのせいよ、セシリア」

 

 そんなセシリアにさらに追い討ちをかける悪魔の囁きが木霊する。

 

「あなたが私を射てなかったから、大事な子が傷ついちゃったのよ?」

 

 それは理不尽な言葉だった。しかし、今のセシリアの心を抉るには十分過ぎた言葉だった。

 

「母も、友も選ぼうとした。でも選べなかった。それがあなたの弱さよ」

 

 弱さ。だからアイズを目の前で傷つけてしまった。助けられなかった。守ると決めていたのに、なによりも大事だと思っておきながら、なにもできなかった。

 ああ、そうだろう。これは、弱さだ。“母親を射つことができなかった、その代償なのだ”。

 

「あ、ああ、う、ああ、………!!」

「おやすみセシリア。次はもう少し楽しめることを期待しているわ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「気は済んだのですか?」

 

 マリアベルによる蹂躙劇を黙して見ていたシールがすべてが終わったあとで声をかける。残されているものは、いつもの笑みを浮かべるマリアベルと、その足元に倒れ伏すセシリアとアイズ。セプテントリオンの二強といっても過言ではない、そしてシールも苦戦してきたこの二人をあっさりと無力化してしまうマリアベルに畏怖の念を抱きつつも、シールはどこか不満そうな顔でマリアベルを見つめていた。

 

「ごめんね、あなたは気に食わなかったわよね。お気に入りのアイズちゃんを利用されて」

「……そういうわけでは」

「心配しなくても、ちゃんと決着をつける場を用意してあげる。……でも、セシリアもいい友だちを持ったわね。狙い通りとはいえ、大した根性だわ」

 

 マリアベルは倒れているアイズを見て賞賛するようなことを口にする。シールはそんな言葉を複雑そうに聞いていた。

 

「どうする? あなたが望むのならアイズちゃんだけでも連れて行く? 拉致からはじまる友だちもあるかもしれないわよ?」

「私とアイズの関係は、そんなものではありません」

「ライバルと友。いったいなにが違うのかしら?」

「殺し合う関係を友とは言いません」

「言ったっていいじゃない。殺し合う母娘がいるんだもの。いいじゃない」

「…………」

 

 シールは無言でアイズに近づいていく。マリアベルは無視された形ではあるが、嫌な顔ひとつせずにそんなシールをニコニコと見守っている。実際、シールは少しだけ悩んでいた。このままアイズを連れて行く。それは確かに魅力的な提案だったから。

 べつに仲良しごっこがしたいわけじゃない。アイズがいれば、望むだけアイズと語らい、戦い、そして満たされるかもしれない。

 

 シールがゆっくりとアイズへと手を伸ばす。血の化粧が施され、そして血の気が引いている死相すら出そうな顔をしたアイズに触れようとした瞬間、なにかを察知したシールが突然顔を上げた。

 そして突然襲いかかってきた銃弾をわずかに首をひねるだけで回避。背後にいたマリアベルにその銃弾が向かうが、マリアベルもあっさりとそれを回避する。

 

 シールが戦闘体勢に移行しつつ下がると同時に全身を赤い布を纏わせた機体が吶喊してくる。それはまるで赤いマントを被った妖怪のような奇天烈な姿だ。その機体は倒れる二人の傍へと着地すると、すぐさま纏っていたそれで二人を守るように包み込む。

 

 龍鱗帝釈布を展開した鈴の甲龍であった。鈴は二人を確保すると震脚と虎砲を地面に叩きつけて足元の地面を爆発させるように炸裂させる。それを目くらましと合図代わりにして即座にバックステップをしてマリアベルとシールから距離を取った。

 

 さらに同時に後方からレーザーやビームなどが弾幕となってシールたちに襲いかかった。それらを弾き、躱している間に鈴が傷ついた二人を守るように龍鱗帝釈布で覆ったまま攪乱するように不規則にジグザグに動きながらすぐさま森の中へと飛び込んでいく。

 その行動を援護するように砲撃を行っていた機体――シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.も同じように退いていく。もともと追撃する気がなかったとはいえ、見事は引き際だったとシールとマリアベルも賞賛するように見送っていた。

 

「本当にいい友だちを多くもったみたいね。冷静で的確な行動だわ」

「……追わなくてよかったのですか?」

「今日はここまで。お楽しみは、また今度ってね。さ、こっちも他の三人を回収して撤退しましょう」

 

 満足した、というようにマリアベルがケラケラ笑いながら帰還の準備を行う。

 

「でも、セシリアはまだまだね。実力は問題ないけど、精神がまだ追いついていないわ」

「あんなことをされて、壊れないほうがおかしいと思いますが」

「それを乗り越えてこそでしょう? でも私は信じてる。困難を乗り越えて娘がまたひとつ成長することを!」

 

 これほど胡散臭く、信用できない言葉はないだろう。忠誠を誓っていながら、ごくごく当たり前のようにシールはそう思った。

 

「さぁ帰りましょう。次はもっともっと、楽しくなるといいわねぇ、うふふ」

 

 

 

 

 ―――かくして、多くの人間を巻き込み、傷つけた魔女の蹂躙は一旦の幕を閉じた。

 

 その魔女の暴虐は、深く、深く、セシリア・オルコットの心に爪痕を残すことになる。

 

 

 

 




ようやく更新できました。

マリアベルさんの蹂躙回。ラスボスの貫禄を出すかのごとく暴虐を尽くした回でした。今回でセシリアが一時的に戦線離脱となります。そりゃこんなえげつないことすればそうなります(汗)

ここからセシリアの覚醒へと向かっていきます。やっぱりアイズがヒロインになりそうですね。

次話でこの章が終わる予定です。そして次章はセシリアメイン。この物語の黎明に関わるエピソードとなります。


ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.98 「立ち上がる意思」

 アイズは恐怖していた。

 目の前にいる女性―――亡国機業の首領であるというマリアベルと対峙したアイズは、自身の持つすべての力を発揮しているにも関わらずになにもできない、なにも“視えない”ことにこれまで経験したことのない未知の恐怖に支配されていた。

 

「反応速度、判断力、そしてその眼を宿してなお自分を保つ精神力。どれも素晴らしいわ。こんなこといったらあの子は怒るかもしれないけど、シールとほとんど遜色ないわ。失敗作がよくここまでなったもんだわ。シールがこだわる理由もわかる気がするわね。ふふっ」

「ボクは……、……!」

「純粋な賞賛よ? あなたは強い。その心がね。ただの失敗作かと思えば、えっと、なんだっけ? 棚からぼた餅? やっぱり心が伴っていなきゃダメってことねぇ。シールもそう思い始めているわ。あなたの影響かしらね」

「………」

「もっともっと、シールと戦って欲しいわぁ! そうすればあの子はもっともっと人間らしく、そして人間を超えていける。本当に天使になれるかもしれないわね」

「……人間なんて、超えたって意味なんか、ない。ボクも、それにシールだって、ただの人間でよかった。特別なんかじゃなくてよかったんだ」

「それはあなたの願望でしょう? 残念だけど、夢や理想を見つけることも叶えることも本人の意思だけど、運命だけは理不尽に与えられるものなのよ?」

「あなたが、それを言うんですか! あなたが……、セシィの母であるあなたが! そんな言葉で!」

「うふふ。私は魔女だもの。私は与える側。理不尽に、理不尽な運命を、理不尽な気まぐれで配るの。それが私―――マリアベルという存在だから」

 

 その言葉は傲慢なものであったが、しかしマリアベルはまるで純粋さをそのままにしたような笑顔で言ってのける。それが自分という存在だと、心の底から思っているようで。

 隠し事などない、すべて本音だというように、マリアベルはオープンにアイズと接している。そしてそれは、アイズの並外れた洞察力と直感をもってしても真実かどうかも判断できなかった。しかし、唯一、アイズが絶対に確信が持てることがあった。

 

 

 

 この人を、セシィと会わせちゃダメだ――――!

 

 

 

 ただそれだけがはっきりと認識されていた。

 マリアベル。彼女は自分がセシリアの母親だと語った。それを笑い飛ばすことも、無視することもできた。しかし、アイズは理解した。理解してしまったのだ。

 

 それは、――――おそらくは真実だと。

 

 確証があったわけじゃない。ただ、そのマリアベルが見せる仕草が、笑顔が、言葉が、そのすべてがセシリアと重なるのだ。似ているわけじゃない。むしろまったく質が違うのに、そのオリジンがひとつに重なってしまう。アイズにはそう感じられたのだ。

 そして、アイズ自身は直接的な面識はなくとも、何度もセシリアから聞いていたセシリアの母――――レジーナ・オルコットの印象とマリアベルはほぼ完璧に一致する。頭脳明晰、才色兼備であり、見るものを魅了するかのような魔性の美貌を持ち、それでいて誰とでもフレンドリーに接するフレンドリーな女性。いたずら好きで、よく気分だからという理由で突拍子もないことを実行したりしていたらしく、そして少しだけ嘘つきだったという。

 

 それが正しかったように、勝てば教えるといった舌の根が乾かないうちにマリアベルはあっさりと自身の正体を暴露した。おそらくは、隠すより言ったほうが面白そうだという理由で。

 それだけでなく、今回のこの舞台を演出するためにわざわざでっちあげた理由でシュバルツェ・ハーゼを反逆罪として陥れたこと。そんなシュバルツェ・ハーゼをわざと逃がし、アイズたちセプテントリオンの介入を誘ったこと。そのすべては、ただセシリアと会うことが目的だったこと。

 それだけのために、いったいどれだけの人間を陥れたのか。おそらくマリアベルも理解している。その上で、笑ってこのような暴虐を行っている。

 

「くす……さ、もっとがんばってみましょっか?」

 

 どこか子供っぽさを残しながら、誰よりも先を見据える母としても、女性としても尊敬できる人だった、と……ほかならぬ、娘であるセシリアが誇らしげに語っていたのだ。

 しかし、その人はセシリアにとって最悪の存在として現れてしまった。これまでセシリアを苦しめ、挙句に明確に敵対するという裏切りをやったこの魔女を、セシリアに合わせればどれだけ傷ついてしまうだろう。どれだけまた苦しんでしまうだろう。アイズは、ただそれが許せなかった。

 

 マリアベル――――レジーナ・オルコットは、セシリアに絶望を与える存在。それを、許せない。

 

「あなたを、セシィに会わせるわけにはいかない!」

「なぜ?」

「あなたが―――――本物の、母なら。それは、セシィを苦しめるだけだからだよ!」

「あら、あなたはそこまであの子を想っているの?」

 

 絶望を与えようとするマリアベルをはっきりと拒絶するアイズに興味をそそられたように目つきを変えてアイズの金色の瞳を凝視する。その眼はごく普通のものに見えるのに、まるでアイズやシールと同じ魔眼のように見る者を見透かしてしまうほどの深淵があった。

 

「あなたがすることは、セシィのためなんかじゃない」

「まぁ、そうね。半分くらいは違うわね」

「そんな人に、セシィは渡せない。セシィは、ボクが守る……ッ!」

「どうしてそこまで?」

「ボクは、セシィが好き。愛しているから!」

 

 その言葉に、マリアベルの笑みの質が変わる。

 もはや人の良さそうな純粋無垢な笑顔ではない、まるで獲物を視界に捉えた爬虫類のように、粘着するような視線を舐めるように這わせてくる。中身がまるごと変わってしまったのではないかと思うほどに、その表情のギャップはそれだけでアイズを戦慄させた。

 

「へぇ、面白いことを言うのね。でも私だってセシリアを愛しているわ。娘だもの。母である私が愛を抱かないわけがないわ」

「その愛は、誰のためのものなの?」

「もちろん、私とセシリアのためよ」

「それじゃあ、セシィは幸せにはなれない。愛情は、一方的でも、一人ぼっちでもダメなんだ。分かりあわなきゃ、ダメなんだ!」

 

 それはアイズが抱く愛というものの価値観そのものだった。独りよがりではない、心から信頼している人と一緒に育むもの、それが愛情だと信じていた。

 マリアベルのように、愛していると言いながらその相手を騙し、裏切り、弄ぶ行為を平然と行うことでは決してない。アイズは、それが認められない。

 

「なるほど。確かにあなたは正しいでしょう」

 

 しかし、そんな指摘を受けてもマリアベルは揺るがなかった。

 

「あなたはそう愛せばいいわ。でも、私の愛は、私だけのものよ」

「そんな勝手……ッ!」

「あなたはそのままでいいわ。これからもセシリアと仲良くしてあげてね」

 

 話にならない。アイズがどれだけ訴えても、マリアベルはそれをすべて受け入れ、それでも自分の考えを一切曲げようとしない。対話をしているのに、その中身はすべて一方通行だ。アイズが一人相撲をしているみたいにまったく意に介されていない。どこまでも不遜に、自己を貫く様は潔さを通り越して世界から切り離されている絶対の孤高のような虚しさや寂しさすら覚えてしまう。

 

「でも、ひとつだけ譲れないなぁ」

「え?」

「セシリアを一番愛しているのは、この私よ」

 

 目の前に傘を模した武器が迫るそれを視認したアイズが防御すら間に合わせられずに弾き飛ばされる。ゴロゴロと地面を無様に転がりながら必死に体勢を立て直して武器を構える。だが、その顔は苦渋さがにじみ出ていた。

 

「……み、見えない……ッ」

 

 マリアベルの行動が一切見えない。いったいいつ武器を構えたのか、いったいいつ距離を詰めたのか、いったいいつアイズのヴォーダン・オージェの解析をすり抜けたのか。

 気がつけばマリアベルはアイズに攻撃を加えていた。防御すら間に合わない。アイズはただ気がつけば攻撃されているという不可解な事態にただただ困惑するだけだった。まるで時間でも止めているのではないかという荒唐無稽なことすら思ってしまうほどに、その理不尽な現象にアイズはそれでも戦おうとする。だが、それはあまりにも無謀だった。

 

なぜなら、――――アイズは既に“【L.A.P.L.A.C.E.】を発動させているにも関わらずにマリアベルの影すら捉えられていない”のだから。

 

 あらゆる情報を獲得し、数秒先の未来を絶対の予知とするアイズの奥の手――第二単一仕様能力【L.A.P.L.A.C.E.】。それがまったく通用しないのだ。

 それはすなわち、マリアベルはヴォーダン・オージェでさえも及ばない領域に存在することを意味していた。しかし、あらゆる事象を観測し、予測するこのアイズの能力から逃れる存在など想像することもできない。目の前にいるこの存在がまるで幽霊のように思えてくる。

 意識をシンクロさせたコア人格であるレアも困惑と恐れを感じていることがアイズに伝わっていた。おそらくなにかしらの能力――単一仕様能力だと思われるが、それがいったいどういうものなのかまったくわからない。シールのように人間の限界を超越した反応速度で対処されることはあっても、それでもシールの動きはすべて観測できていた。それなのに、マリアベルにはそれすらも通用しない。そもそも観測すらできないという事態ははじめてだった。だから対処法さえわからない。対処するための情報がまったく得られないのだ。

 

「ごめんねぇ、私とあなたの能力じゃ相性が悪すぎるわ。一方的になっちゃうけど、―――でも、許してくれるわよね? だって敵同士ですもの、ね」

「くっ……」

「さて、せっかくだし、あなたにはセシリアのための生贄になってもらいましょうか。でも安心してちょうだい。シールがあなたとの決着を望んでいるから、殺すなんてことはしないわ。ちょっと眠ってもらうだけだから。セシリアをその気にさせるために利用するだけだから」

「そんなこと、嫌だね!」

「残念だけど、拒否権は弱者にはないのよね。あなたもよく知っていることでしょう?」

 

 マリアベルが一歩、アイズに向かって歩く。全神経を集中させてそんなマリアベルの挙動を見据えるアイズであるが、それはまたしても一瞬で突破される。

 二歩目でマリアベルの姿がアイズの視界から消え失せ、同時に頭部に衝撃。意識が遠のいていく中で、アイズは最後の力を振り絞って右手に握ったハイペリオンを振るった。ほんのわずかに剣先がかすめる感触を覚え、アイズは「やっぱり幽霊じゃなかったんだ」という、どこか場違いなことを思った。

 

 それは絶望が現実に具現化したという、証左だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、うう……」

 

 次にアイズが意識を取り戻したとき、既にアイズが恐れていた光景が目の前に広がっていた。

 

 傷ついたセシリアと、そんな彼女と対峙するマリアベル。セシリアの表情はアイズでも見たことがないほどに歪んでおり、絶望に染まりかけているとひと目でわかるほどだった。おそらくマリアベルの正体を知り、その現実を拒みたいのに拒めない。そんなジレンマに陥っているのだろう。

 アイズでさえ、マリアベルという存在そものに強い忌避感と恐怖を覚えたのだ。それは、娘であるセシリアが見ればどれほどの絶望なのか。こういう事態を避けたかったのに、結局なにもできなかった。強い無力感に打ちのめされそうになりながらアイズは身体に力を入れる。

 まだ、最悪じゃない。母娘で殺し合いなんて、させちゃいけない。もし仮にセシリアがマリアベルを――母であるレジーナを殺めるようなことがあれば、きっともう立ち直れない。そしてセシリアをよく知っているアイズはわかっていた。セシリアは、射てない。冷静に見えてセシリアは感情で動くタイプだ。普段はそれを立場や理性で抑えているだけで、本当なら感情のままに引き金を引くような人間だ。だからこそ、セシリアは好意を持っている人を射つことができない。冷静になればなるほどそれは顕著になるだろう。迷っていればまだよかった。だが確信をもてば、それは絶対に無理だ。

 

 そして、今のセシリアはおそらく確信を持っている。マリアベルが、自身の母であると。

 

 だから、もうセシリアは戦えない。黒か白よりも、灰色ならまだよかった。だが、確定してしまえば、セシリアの感情が否定しても理性は肯定してしまう。結果、心の板挟みとなって身動きが取れなくなる。そうなれば、抗うことさえできずに敗北が決定する。

 

 それは、ダメだ。

 

「セ、シィ……!」

 

 思った以上にアイズとレッドティアーズtype-Ⅲの損傷が深刻だった。嬲られるようにして蓄積されたダメージは既に機体損傷度のレッドゾーンにまで至っている。そしてアイズ自身もヴォーダン・オージェの過剰使用のためにAHSシステムが完全にナノマシンの活性を抑える強制抑制モードになっている。視力を確保することがやっとで、とても解析や未来予測をする力までは残っていない。

 それでもここでなにもしなければセシリアを助けることなんてできない。

 

「セシィ……!」

 

 口の中に溜まっていた血を吐き出し、機体出力を上昇させる。エラーとアラートが響いたが、レアに謝りながら機体に無理をさせて立ち上がる。

 

 

 

 セシリアは戦えない、ならば自分が盾になってでも守らなければ―――!

 

 

 

 それだけを考えてアイズは気力を振り絞る。セシリアを守れるのなら、この身を犠牲にすることだって厭わない。そんな悲愴ともいえる覚悟でアイズは痛みをすべて無視して立ち上がった。軋む身体と機体を無理矢理にでも動かし、まったく動けないセシリアの前へと躍り出る。

 すでに戦うこともできないアイズはただその身を盾にするために二人の間に割って入る。手を広げ、退かない意思を込めてマリアベルを睨み―――――そして、アイズは自分のミスを悟った。

 

 

 マリアベルは笑っていた。邪魔に入ったはずのアイズを見て、その視線をしっかり重ねた上でアイズに微笑みかけたのだ。まるで、よくできたね、と褒めるように。そして同時に、嘲るように。口の端を釣り上げ、歪んだ三日月のような魔性の笑みを見たアイズは、自分のこの行動すらもマリアベルの掌の上だったと理解してしまった。

 

 

 

 ―――――しまった、この人の狙いは………! 

 

 

 

 気付いてももう遅すぎた。今更ここで退くこともできない。この状況こそが、マリアベルの本当の狙いだったのだ。

 だから痛めつけても行動不能まで追い込まなかった。マリアベルからセシリアを守ろうとすることさえも、マリアベルがそう誘導させた結果――!

 

 

 

 すべては、“セシリアの目の前でアイズを斬る”。そのためだけに、こんな馬鹿げたことを仕組んだのだ。

 

 

 

 アイズからすればこんなことを思いつく事自体が信じられないといえるほどの愚かで、悪意に満ちたことだというのに、マリアベルはただ当たり前のように実行してしまった。魔女の異名に相応しい、無垢な害意の蛮行だった。

 だが、それに屈した。アイズはマリアベルの思うように動き、ただ道化としての役目を全うしてしまった。それが悔しく、そして自身の無力さを思い知らされた。

 アイズにできることはもうひとつしか残されていなかった。

 笑う魔女に斬られ、意識が暗闇へと染まっていく中、アイズはセシリアへと振り返る。現実が受け入れられていないように唖然として固まっているセシリアに悲しげに微笑み、ただ一言、偽りのない気持ちを言葉にした。

 

「ご、めん……セシィ……」

 

 友を想うことすら蹂躙され、アイズは深い闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

――――――――。

 

――――――。

 

―――……。

 

……。

 

 

「……………ん、ん」

 

 次にアイズが意識を取り戻したとき、慣れ親しんだ暗闇の中にいた。未だ茫洋とする意識の中で無意識に手を目元へとやると、包帯が仰々しいほどに目に巻かれていることがわかった。試しにAHSシステムを起動させようとすると、完全に抑制モードに入っていてアイズでも解除できなかった。使用者であるアイズ以上のシステム権限を持っているのは束だけだ。どうやら束がこの眼の処置をしてくれたようだ。

 そうしているとほとんど真横に一人の気配があることに気付く。その気配でその人物を探ろうとする前に、きゅっと優しく手を握られた。手の大きさと温度、握り方でそれが誰かすぐにわかった。

 

「無事だったんだね、ラウラちゃん」

「……姉様」

 

 沈んだ声のラウラに、アイズも胸が締め付けられそうになる。まただ。また妹にこんなにも心配させてしまった。自分はダメなお姉ちゃんだ、と自省しながら、ラウラを安心させるように笑いかける。

 

「クラリッサさんたちは無事?」

「はい、皆、無事に保護していただきました」

「そっか。よかった。ラウラちゃんががんばったおかげだね」

「私など……、皆の協力があったおかげです。でも、姉様とセシリアが……」

「………セシィは?」

「……まだ、意識を取り戻していません」

「そっ、か」

 

 それを聞いたアイズが痛む身体を無視して起き上がろうとする。しかし、無視しようとしたそばから本当に激痛がアイズを襲った。痛い。本当に痛い。ISでダメージを緩和しているとはいえ、それでも操縦者にも多大なダメージを受けていたためにアイズの身体も絶対安静一歩手前くらいの大怪我を負っていた。痛みでバランスを崩すアイズをラウラが慌てて受け止める。

 

「姉様! 無茶をしないでください!」

「あー、痛い。痛い、けど、行かないと……」

「姉様……!」

「ラウラちゃん、ごめん、セシィのところまで連れて行って」

「ダメです! 姉様も重傷なのですよ!?」

 

 悲痛な顔でやめてくれと訴えるラウラに申し訳ないと思いながら、それでもアイズはそれを拒む。

 

「お願いします姉様、これ以上の無茶は本当に危険です! 姉様は私のわがままに大怪我までして……! 私はそんな姉様に報いることができないのに、これ以上私のせいで姉様が苦しむのは……ッ!」

「ラウラちゃん、それは違うよ」

 

 有無を言わせないほどの力が込められた言葉でラウラの言葉を遮った。そして、アイズは心の底から想っている本心を一切の誇張も謙遜もせずに言葉へと変えた。

 

「ボクは、ラウラちゃんのために戦ったことを、苦しいだなんて思っていない」

「……ッ」

「ボクは、妹のために戦えることが嬉しかった。ラウラちゃんの助けたかった人たちを助ける手助けができて、誇らしいとすら思う」

「…………」

「その結果がこれでも、ボクは後悔なんてしない。するわけがない。それにボクが報いたいっていうなら、言ってほしい言葉は謝罪じゃないよ」

「姉様……」

「“ありがとう”。それだけで、ボクは報われるんだよ」

 

 眼を閉じていても、それでもアイズの心がラウラへと伝わってくる。まっすぐな気持ちを向けてくる姉に、ラウラもそれ以上のこは言えなかった。いや、言えることはある。言わなければいけないことだけは、あった。

 ラウラは目に溜まった涙を乱暴に拭うと、すっと立ち上がる。

 

「………総員、集合!」

「へう?」

 

 ラウラが突然姿勢を正し、号令をかけると部屋の外にいた複数の気配が一斉に動き出したことをアイズが察知する。バタバタ、ドタドタと慌ただしい音が響き、そして部屋の中へと大勢の人間の気配がなだれ込んできた。それはアイズがまだよく知らない気配ばかり。しかし、その気配の数からそれがシュバルツェ・ハーゼの隊員たちだとすぐにわかった。

 眼を閉じていたために気配しかわからなかったが、アイズの前にはクラリッサをはじめとした今回保護されたシュバルツェ・ハーゼの全員が揃って整列していた。何人かは目が赤くなり、涙を拭った痕もある。そんな隊員たちに再びラウラが腹に力を入れて号令をかける。

 

「今回の救援、シュバルツェ・ハーゼ一同、心より感謝いたします!」

 

 全員が揃って深々と頭を下げる。

 気配からそれを察していたが、アイズは急な事態に困惑したようにオロオロするように挙動不審になっている。

 

「そして……私と、シュバルツェ・ハーゼのすべては大恩ある姉様に、……この身を惜しまず、いついかなるときも姉様のために。我ら、もう今は無き黒ウサギ隊は我ら自身の願いと意思で、姉様に尽くすことを誓います。我ら全員の命運は、すべて姉様と共に」

 

 そんな宣誓を聞いても未だにアイズの困惑は続いていた。

 

「え、えっと……イ、イリーナさんからは?」

「もう戻れないだろうからうちで預かってやると。その気があれば馬車馬のごとく扱き使ってやると言われています。私たち全員がその所存です」

 

 揺ぎのない意思の込められた言葉を聞いて流石のアイズもどうしたらいいのかわからずに狼狽えてしまう。すべては貴方のために、と……そんな献身の誓いを告げられればどう答えたらいいのかも見当もつかなかったが、それでも彼女たちの本気さは痛いほど伝わってきた。正直、自分にそれほどの価値があるのかもわからないが、応えることが礼儀だと感じた。

 

「…………ラウラちゃん、それに黒ウサギ隊のみんな」

「はい」

「ありがとう。そう言ってもらえて、ボクも嬉しい」

 

 もどかしくもあるし、気恥ずかしい思いもある。だけど、それ以上にアイズは好意を向けられることがたまらなく嬉しかった。

 目を隠していてもわかる溢れんばかりの笑顔を浮かべたアイズがラウラ達に向かってはっきりと告げる。

 

「みんな、ボクの自慢の妹たちだよ。姉として、ボクは幸せだよ!」

 

「ね、姉様ぁ~!」

「「「「義姉上様ーッ!!」」」」

 

 セプテントリオン分隊となる新生黒ウサギ隊誕生の瞬間であった。 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ラウラに支えられ、アイズはセシリアのいる病室へと向かった。ここはアヴァロン内の医療区画の中らしく、島の警戒レベルも最大に上げているためにおそらく一番安全な場所とのことだ。

 シュバルツェ・ハーゼ――――黒ウサギ隊の全員がカレイドマテリアル社へと参入することになり、そのあたりの手続きをするためにクラリッサ達はイーリスに連れられて本社のほうに向かった。イリーナとしてもIS部隊の隊員たちを丸ごと手に入れられる機会を逃すつもりはなかっただろう。もちろんそのリスクはあるが、そのあたりはイリーナの得意の謀略でどうにかするのだろう。その手の手腕は暴君の二つ名に相応しいものだ。そのあたりはアイズもあまり心配はしていなかった。

 ともかく、これでセプテントリオンの戦闘要員も大幅に増員されることになる。この分ならもしかしたらもうひとつ部隊を作るかもしれない。

 アイズとセシリアが落とされた今、戦力確保は急務だったこともあるだろう。今もセプテントリオン内は小さくない動揺がある。対処は早いほうがいいだろう。セプテントリオンにとっても、アイズ自身にとっても。

 

「……ここです」

 

 ラウラに先導され、その部屋に入るとアイズが最も慣れ親しんだ気配があった。今のアイズは視力がないが、それでもその気配がセシリアで、そして衰弱していることがすぐにわかった。

 ベッドに寝かされているセシリアに近づき、その手をぎゅっと握る。かろうじて体温を感じ取れるほどその手は冷たく、まるで仮死状態にでもなっているかのように生命の鼓動が感じられなかった。ただ静かに伝わってくるゆっくりとした心音がその手を通じてアイズへと響いている。

 

「セシィ……」

「怪我自体は、重傷ではありますが致命的なものはありません。ですが……」

「目を覚まさない?」

「はい。もう意識を取り戻してもいいのですが、……」

 

 セシリアの精神が弱っている。もしくは、現実を拒絶している。そういう状態の可能性が高いらしい。今もセシリアは時折苦しそうにしており、まるで悪夢に魘されているかのようだった。いや、それはまさに……。

 

「……悪夢が、現実になっちゃったんだ」

「姉様?」

「ラウラちゃん、もしボクが敵になったら戦える?」

「……! む、無理です。私は……」

「セシィも、きっと今はそうなんだ。でも、それが現実で、どうしようもないから苦しんでいるんだ。どうやって現実を受け止めればいいか、わからないんだ。だから目を覚まさないんだよ」

 

 アイズはセシリアの現状を直感で理解していた。セシリアが、今なお苦しみ続けていることも。そして、おそらくこのままではセシリアは潰れてしまうであろうことも。

 だから、アイズは自分がどうするべきなのか、どうしたいのか。はっきりと自分の役目もわかっていた。自分は、セシリアの親友。

 アイズにとってセシリアは半生を共に生きてきた唯一無二の相棒。誰からも祝福されず、ただ使い捨てにされ消えるはずだったアイズがはじめて愛を抱いた人だ。

 そんな人のためにアイズ・ファミリアという存在すべてを捧げることさえ躊躇うこともない。アイズが絶望と暗闇の中にいたとき、そこからすくい上げてくれたのはセシリアだ。ならば、次は自分の番だ。あまり自分の過去を語ろうとしないセシリアのことを一番知っているのもアイズだ。だからこそ、アイズは自分がやらなくちゃいけない。使命とも思えるほどの決意で、アイズは覚悟を決めていた。

 

 

「アーイーちゃーん~!!」

「わぷぷっ」

 

 

 そのとき突然現れた束に真正面からホールドされる。セシリアのことばかり考えていてまったく束の接近に気がつかなかった。束の柔らかい胸に埋もれながらも束が心配そうに気遣ってくれていることを察したアイズがやがて甘えるように束に抱きついた。

 

「束さん」

「もう、心配したぞ? アイちゃんをこんな目に合わせた馬鹿をぶっ潰す計画を二十八通りも考えちゃったくらいに! そのうちいくつか実行しようとしたけどイリーナちゃんに止められちゃった。ひどいよね!」

「ごめんなさい、いっつも心配ばっかりかけて」

「それがアイちゃんだもんね。私はそんなアイちゃんをいつだって、何度だって助けてあげるよ!」

「もちろん、それは私も、黒ウサギ隊も一緒です」

「ボクは、幸せ者だね」

 

 こんなにも多くの人が支えてくれる。それを確かに実感できることがさらにアイズの胸を熱くさせる。

 だから、アイズも思い切り甘えようと思う。アイズだけでは無理だから。アイズだけでは救えないから。でも、アイズにはこれだけ力を貸してくれる仲間がいる。

 人誑しとすら言われることもあるアイズだからこそ紡いできた多くの人たちとの絆。それもアイズ・ファミリアの持つ確かな力のひとつなのだから。

 

「束さん、お願いがあります」

「なんだいなんだい? アイちゃんのお願いならなんだって聞いちゃうよ!」

「ISコアネットワーク、type-Ⅲコア、そしてボクのヴォーダン・オージェ」

 

 アイズが告げた三つに束の表情が変わる。その三つでなにができるのか、束はすぐに理解した。そしてそれはおそらくアイズも同じ結論に至っているはずだ。理論だけであるが、それは確かに束がアイズに以前教えたことだし、今のセシリアを目覚めさせるには確かに有効かもしれない。

 だが、それは決して軽くないリスクがある。アイズとてそれもわかっているはずだ。しかし、アイズは一切揺らがずに束に言った。

 

「この三つがあればできるはずです」

 

 強い意思が込められている言葉に、束も悟ってしまう。アイズはこれでもかなり強情だ。自分が為すべきだと思ったことは、どんなに苦しくても、辛くてもやり遂げようとする。たとえそれがどんなリスクを孕んでいようとも、それはアイズを止めることはできない。

 束もそれがわかっていた。だからきっと止めることもできないであろうことも。束自身、アイズには甘いことも自覚しているし、アイズが本当に願うことなら反対しても最後にはその手伝いをするだろう。

 

「アイちゃん、それは……」

「危険はわかっています。でも、お願いします。……ボクの意識を、セシィの中にマインドダイブさせてください」

 

 倒れても立ち上がる。自分のために、友のために。何度でも。その意思は尽きることなく宿っている。

 

 

 それが、アイズ・ファミリアなのだ。

 

 

 

 

 




今回でこのチャプターは終了です。この章の細かい事後処理関係はまた次章のはじめに捕捉を入れる予定です。

そして次章はまるまるセシリアとアイズ、二人のエピソードとなります。ここでセシリアが真に覚醒していきます。

そのあとはいよいよラストに向かって物語も収束していきます。ぶっちゃけ、マリアベルさんが思った以上のチート&暴虐の大活躍でした。ホントにこの人を倒せるのか?(汗)

大規模な戦闘はあと二回ほどの予定です。最終決戦とあとひとつ、どんな戦いになるかはお楽しみです。

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Chapter11 双星の軌跡編
Act.99 「思い、動くもの」


「レッドティアーズtype-Ⅲ、損傷度は中破。……修理は必要だけど、とりあえず比較的なんとかできる程度だね」

 

 束は自身の研究室にて今回の戦いでダメージを負った機体の調査と修理を行っていた。その束の隣では新たに技術開発部に所属となった紅火凛が束の補佐としてデータ分析を行っている。束も火凛もすさまじい速さでキーボードを叩き、その視線は次々に表示されるデータと数値を舐めるように追いかけていく。

 

「ほかの機体も、想定以上のダメージは受けてるけど、まだマシな程度ですね。VTシステム搭載機とやりあった割には被害は少ないです。部隊の練度が高い証ですね」

「ま、専用機持ちは単機戦力としても規格外を揃えているからね。でも火凛ちゃんがせっかく作った武器は木端微塵だけど?」

「あのバカワイイ弟子だからしょうがないです。壊して覚える子なんです」

 

 火凛としてもせっかく用意した竜胆三節棍が真っ二つになって戻ってきた姿を見たときはがっくりしたし、「ごめん折れちゃった」と宣う鈴に思いっきりデコピンをした自分は悪くないと思っている。ちなみに鈴の石頭のせいで指が腫れてしまいなおさらナーバスになったのはもう忘れたいことだった。

 

「それより、問題は……」

「損傷度は……確認するまでもないね。完全に大破……コアが無事だったことが不幸中の幸いかな」

 

 二人の目の前に横たわるのは無残に破壊されたブルーティアーズの残骸だった。かろうじて形は残っているものの、潜在的なダメージは既に修復不可能なほどに蓄積されており、ビットも十機のうち九機までが破壊されていた。第二単一仕様能力の発動中にダメージを受けすぎたことが原因だった。機体すべてに過剰なまでのエネルギーを循環させている中で破壊されたことでエネルギーのバイパス、そして供給、制御機構がオーバーフローを起こして結果的に機体内部に過負荷がかかってしまったのだろう。装甲はどうにかなっても内部機構はすべて作り直すレベルで破損していたのだ。

 

「フレームは一から作り直すしかない、か」

「できるんですか?」

「予備フレームがあるから、なんとかできる。まぁ、問題は……」

「type-Ⅲのコアに適合できるだけのもの、ですね」

「そういうこと。火凛ちゃんだと話が早くて助かるね、うん」

 

 しかし、それこそが一番の問題だった。今のブルーティアーズはtype-Ⅲコア、つまり第三形態への移行を果たしたコアなのだ。進化したコアに対し、その機体も同様にそれに見合った進化を果たしている。だから仮に形だけを予備フレームで復元しても、それはハリボテ同然なのだ。type-Ⅲの真価を発揮することができない低スペック体になる。

 ISの進化の頂ともいえる第三形態移行はコアと、そのコアの出力に耐えられる機体があってはじめて発揮される。ならそうした機体を作ればいいと思うが、そう単純な話ではない。

 ISは自己学習し、それぞれに適した進化をするアルゴリズムが組まれている。そのコアが獲得した情報や操縦者との意思疎通など、さまざまな外的要因によって左右されるためにコアと同時にフレームもそれに適した形で変化していく。無限とも思えるほどの膨大な情報を獲得し、その中から己に最適と判断した進化を選択し、進化していく。それが篠ノ之束が作り上げたISという存在だった。

 

「これまでのデータから近いものは作れるけど、それはあくまでバックアップ。超えることなんてできないし、むしろそれでこれ以上の進化の可能性を妨げることもある……むむむ、どうしたものか」

「それじゃあ、もう予備もなにもないですね」

「この子たちは生きているもの。私たち人間に予備がいないことと同じだよ。ま、予備を作ろうなんて下衆はいるけど」

 

 痛烈な皮肉をいいながらも、束は自身の抱えるジレンマを自覚して苦笑した。ISに心を授けようとしながら、機械であることを誰よりも理解している。開発者である束は、これもある意味では友好的なフランケンシュタイン・コンプレックスなのかと自嘲気味に考える。

 

「ブルーティアーズのコアはレッドティアーズと違って、まだ自我形成は完璧じゃないからね。安定させるには未だ情報が必要だろうし……」

「いっそ、コアと対話できれば方向性もわかると思うのですけど。……まぁ、言っても詮無きことですけど」

 

 それができれば苦労しない。しかし、セシリアが倒れた今、ブルーティアーズのコアを覚醒させるファクターが絶対的に足りない。せめて、コアがセシリアのことをもっと知っていれば―――と、そこまで考えた束が「あっ」と声を上げる。

 何故気がつかなかったのか、何故その可能性を除外していたのか。その理由もはっきり自覚しながら、束はそれをクリアする唯一の方法を思いついた。思いついてしまった。

 

「急に頭を抱えて、どうしたんですか?」

「いやなに……運命は、アイちゃんを贔屓してるってわかってね……でも代償貰うあたり、運命の女神様は強欲だよね、ホント。これは運命がアイちゃんの意思を後押ししているのかもね」

「……つまり?」

「前例がないけど、やるしかないか……アイちゃん、君は本当に私の予想をどんどん超えていく子だよ」

 

 束はふーっと大きく息を吐くと、覚悟を決めたように表情を引き締める。はじめアイズに言われたときはリスクが大きすぎるから実行するには準備がいると先延ばしにしたが、これは本当にアイズの要望通りにしなければ事態の打開はできそうにない。

 もしかしたらアイズは直感でわかっていたのかもしれない。セシリアを救い、そして現在の劣勢ともいえる事態を切り拓く術は、これしかないのだと。

 

 アイズ・ファミリア。

 どこにでもいそうな純朴そうな少女のようで、運命に翻弄されてきた少女。そして今でも自身を取り巻く運命と戦うアイズは、きっと誰よりも立ち向かうことに真摯に向き合っている。その怖さも、意味も、そのために必要な勇気も知っている。セシリアをはじめ、そんなアイズに影響されている者は多い。本人は無自覚でも、そんなアイズだからこそ、仲間たちも引っ張られている。普段が可愛らしいためにあまり言われることはないが、これもカリスマといえる一種だろう。

 そして束も、そんなアイズに大きく影響された一人だった。

 

「アイちゃんが立ち向かうっていうんなら、それを助けるのが私の役目だもんね。手のかかる弟子を持つと大変っていうのがよくわかるかな」

「同意です」

「でも、だからこそ可愛がっちゃう?」

「それも同意ですね」

「ふふっ、私はアイちゃんが望む不可能を可能にすることが特技なのっさ、あの子はどんどん新しい可能性を見せてくれる。今回はどんなものを見せてくれるのやら。くきゃっ、考えただけでワクワクしちゃうね! まるで遠足前夜のように! 行ったことないけど!」

 

 束が先程まで垣間見せていた暗鬱とした陰も今は欠片も見られない。未だ事態は好転していないのに束はワクワクしていると全身でその高揚を表している。

 

「ふふ、それなら火凛ちゃん、ちょっと大変だけど手伝ってくれるかな?」

「喜んで」

「不謹慎かもだけど、最高にワクワクするね! アイちゃん、今度は私になにを見せてくれるんだい? ふふふっ」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「なんだって!? セシリアとアイズが落とされた!?」

「……あの二人を。にわかには信じられないわね……」

 

 レオン達、セプテントリオン関係者からもたらされた知らせに一夏が信じられないと驚愕し、楯無もあの二人を倒すほどの敵がいると知ったことから顔を顰めてしまう。

 

「罠にはめられたのか?」

「それもあるが……単機の相手にやられたらしい」

「なおさら信じられないわね……どんな化け物よ」

 

 IS学園に在籍していたとき、その強さを見せつけていたセシリアとアイズがそろって敗北したと聞いても容易に信じることはできなかった。一夏も楯無も、むしろ二人をよく知るからこそ簡単に鵜呑みにすることができないでいた。

 しかし、それが事実だということはセプテントリオンの三人を見ればすぐにわかる。レオンはどこか焦燥しているように見えるし、リタは苛立っているようにピリピリしている。シトリーも冷静そうに見えて目線はさきほどから落ち着かずに彷徨わせている。

 むしろあの二人の強さを一番実感していたのはこの三人だろう。IS学園に来る前からずっと同じ部隊で切磋琢磨してきた仲間だ。そして部隊の絶対的なリーダーであるセシリアと誰からも好かれていたアイズの二人の撃墜は一夏たちが思っている以上にセプテントリオンは揺れているのかもしれない。

 

「……それで、二人は無事なのか?」

 

 ある意味、この場で一番落ち着いていたのはそう問いかけた箒だった。これまでISに深く関わってこなかった箒はアイズやセシリアを強者として見るのではなく、ただ純粋に友として心配していた。セシリアとは級友程度の付き合いだったが、箒はアイズとはクラス内でもかなり親密に付き合っていた友だった。

 人付き合いが苦手で、かつ他者と壁を作っていた箒にも分け隔てなく声をかけていたアイズは箒にとってもけっこう特別な立ち位置にいた少女だ。箒もあとになって知ったことだが、アイズは束の妹である箒には入学前から気にかけていたらしい。束の事情を知っていたアイズは仲違い……いや、すれ違いをしている篠ノ之姉妹に仲良くなってほしかった。だからクラスでも孤立しがちだった箒をずっと気にかけていた。アイズの人柄もあってか、箒もアイズと時々一緒にご飯を食べたりと、そんな他愛ない時間を一緒に過ごすようになった。頑なだった箒の心にもすんなりと通ってくる。そんなアイズに箒も救われた気がしていた。

 だからこそ、アイズの撃墜と聞いて心配でしょうがなかった。姉がついているから大丈夫だとは思うが、アイズがいつも無茶をして怪我をしていたことを知っている分、箒の不安は消えそうになかった。

 

「アイズはまだマシらしいけど、……」

「セシリアがヤバいのか?」

「意識不明。そういうアイズだって、全治二週間くらいの大怪我………」

 

 そうシトリーが言った時、突如として一人の少女が机をバンと叩きながら立ち上がった。これまで一言も喋らずにただ俯いていたその少女……更織簪がいきなり立ち上がり、ゆっくりと顔を上げた。眼には生気がなく、しかしまるで幽鬼のように虚ろで殺気が込められているかのような凄まじい眼をゆっくりと姉である楯無へと向ける。

 妹のあまりの変貌ぶりに硬直していた楯無が冷や汗を流しながら口を開く。

 

「ど、どうしたのかな、簪ちゃん……?」

「外泊許可」

「え?」

「外泊、許可。ちょっとイギリスまで行ってくるから」

「え、え? いや待って、あの……」

「返事はハイ。もしくはイエス、だよね?」

「は、はい……じゃなくて! ちょ、ちょっと落ち着きなさい簪ちゃん」

「私は落ち着いている。私がしなくちゃいけないのは、アイズに会いに行くことだって冷静にわかってる」

 

 冷静にキレていた。

 簪の心中にあるのは傷ついたアイズの傍にいくこと。そしてアイズをそんな目に合わせた愚者に鉄槌を下すこと。ただそれだけだった。普段おとなしい人ほど怒ると怖いというが、簪のそれはもはやそういう次元を超えていた。いくつも修羅場をくぐった楯無でさえ今の簪の気迫に呑まれていた。

 よくよく見れば眼鏡の奥の眼も血走っているように見える。はっきり言って怖い。楯無は助けを求めるように周囲を見るが、セプテントリオン三人も差はあれど似たような状態だし、他の面々も簪に気圧されている。

 

「…………ならば、私も行こう」

「ちょ、あなたまでなに言ってんの?」

 

 さらに横から箒が自身もイギリスに行くと言い始めた。ただでさえ慌ただしく、油断のならない状況なのに今の生徒会の運営において重要な情報分析役と、一般生徒との橋渡し役である箒を欠くのはマズイ。箒も今のIS学園では地味ながらかなり貴重な役目を請け負ってくれている。そんな二人の一時的とはいえ離脱することは楯無としては避けたかった。

 

「わかっているとは思うが、俺たちは一度戻りますよ」

「あー、それはわかってるけど」

 

 レオン達に関しては問題ない。いや、問題はあるが、もともとそれを拒否できる関係ではないというのが正しい。あくまでこの三人はカレイドマテリアル社側からの好意として協力してもらっているのだ。引き止めることなどはじめからできないのだ。

 

「それと、なんだがな………博士からの要請がある」

「要請? それに博士って……。いいわ、聞きましょう」

 

 博士、という人物を察した楯無が佇まいを直してレオンに向き直る。

 

「更織簪と織斑一夏。この二人にも同行して欲しい、と」

「それは……イギリスに来いということなのかしら?」

「肯定だ」

 

 また頭の痛くなることを言われたと楯無は頭を抱えたくなった。そっと簪を見ればガッツポーズをしてすでに行くことが決定しているかのように満足そうに頷いている。一夏もやはり行きたかったのだろう、今まで生徒会長の引き継ぎやらで忙しいとわかっているからこそ口には出さなかったが、内心でイギリス行きに喜んでいるようだ。

 

「理由を聞いていいかしら?」

「詳しくはわかりません。ですが、必要なことだと」

「何に対して?」

「お嬢様の治療です」

「……どういうこと?」

「これ以上は機密に該当するので言えません」

「正確には私たちも知らないだけ」

「リタ。余計なことは言わない」

 

 よくわからないが、どうやら一夏と簪になにかしらの協力を求めるといったところだろうか。その博士――篠ノ之束がどんなことをさせるつもりなのか想像もできないが、そう言われればそれで納得するしかない。

 

「………わかりました。両名の一時的な外出を認めましょう。名目上はISに関する技術指導か、新型コアの研修といったところかしら?」

「ええ、そのように」

「それと……」

 

 楯無はそこで改めて箒へと目を向ける。彼女の名前はなかった。必要とされていない、というのは言葉が悪いが、彼女がいなくてもなんとかなるとみるべきだろう。それに、箒は一度誘拐されている。その前例がある以上、IS学園から出したくないというのが束の本音だろうと思っていた。

 

「彼女……篠ノ之箒さんについては?」

「……なにも言われてない」

「なら、彼女も連れて行ってあげて」

 

 その言葉に一番驚いたのは箒だった。箒は自分がこの場で一番力がないことを自覚していた。ISにおける戦闘力は言うまでもなく、今精一杯やっていることだって生徒会と一般生徒たちの意見の円滑な疎通を促す手伝い程度だ。そんな自分ができることなどないだろうと思っていた箒にとって、楯無のその言葉は予想外だった。

 

「……いいのか?」

「そりゃあなたまでいなくなるのは痛いけど、友達のお見舞いに行くなとも言えないでしょう」

「……すまない」

 

 それに箒がいけば束が出張ってくるのは当然だ。少しでもカレイドマテリアル社とのパイプを強くしたい楯無としてはそうした繋がりを強くできる可能性をもつ篠ノ之箒という存在は非常に重要だった。姉である篠ノ之束の個人的な繋がりとはいえ、束自身がかなり重要な役職にいるために箒がIS学園に所属している限りいろいろと便宜を図ってくれる可能性が高い。今なお非常に危ういバランスの上にいるIS学園としてはこうしたパイプはかなり重要だ。

 束は接点の薄い楯無からみても身内に甘く、多少の無理はあっさりと押し通すような人物だ。それだけに箒は箒自身が思っている以上に有効なカードになり得るのだ。

 そんな打算的な思考をする自分に少し嫌気を覚えながらも、情と利から楯無は箒のイギリス行きを許可する。一夏、簪、箒、この三人が一時的に抜けるのは痛いが、カレイドマテリアル社側のことも心配だ。個人的にもアイズとセシリアの容体は気になることだ。総合的に考えた結果、これがベストだろうと判断した。

 

「今日の夕刻には出る。それまでに準備を」

「わかった」

「当然、スターゲイザーは使えないから途中までは通常の交通機関を使います。箒さんは私たちで護衛しますが、念のためこれを」

 

 シトリーが取り出したのは赤い花を模したペンダント。否、それはアクセサリーではなく、待機状態のISだ。束が箒のためにあらゆる防御能力を詰め込んだ箒を守るための機体――フォクシィギア“紅椿”。かつて箒と一夏が誘拐されたときプラント強襲作戦のときに箒に渡した機体だ。

 

「だが、それは……」

 

 しかし、差し出されたそれを箒は渋る。以前の作戦後に返却した機体であるが、箒はシトリーがIS学園に来た当初にこれの譲渡を断っていた経緯があった。未だISをうまく扱う技術に乏しい自分が量産機とはいえ、専用の機体を受け取るわけにはいかない、と。

 

「ホウキの気持ちはわかってる。でも、一度狙われているという自覚も持って欲しい。私たちはあなたの護衛も命令されているし、せっかくある有効な防衛手段を捨てるのは愚策」

「俺たちも可能な限りあんたを守るが、それでも本人がそれを持っているかどうかは雲泥の差だ」

「別にいいじゃん。それに、ほーきはけっこう強いよ?」

 

 シトリーだけでなくレオンやリタからもそう告げられる。確かに過去の経緯を考えれば、無防備で外へ出ることは愚行だろうとわかる箒は少し気おくれしながらもそれを受け取った。以前会ったときに束が楽しそうに箒に似合うようにして改造したという機体。凛とした椿の花をイメージしたというこの機体を手に取り、なにか思いを馳せるようにそれを見つめる。

 

「センチだねぇ。使えるもんは使えばいいのに」

 

 そんな空気を読まないリタの発言も箒の耳には届いていなかったようで、大事そうにそのISを握りしめていた。

 

「一夏、白兎馬も持って来いって。博士がついでに調整してくれるらしい」

「ありがたい。アレはちょっと手に余ってたからな」

 

 白式専用支援ユニット「白兎馬」。前例のない規格外のその支援ユニットの調整は簪たちの協力を得ても万全な調整はできていなかったためにその知らせは嬉しかった。もちろんセシリアやアイズのことが第一優先であるが、確実に騒乱の足音が聞こえている今、自分たちの戦力確保も必須だとわかっている。

 

「当然、簪の天照も」

「うん」

 

 そしてそれは天照も同様だった。基本となったのは簪がアイズや楯無と共に作り上げた打鉄弐式とはいえ、今のこの機体はそこいらのIS技術者が目を回すほどのオーバースペック機だ。しかしそのために簪も整備に手間取っており、完璧とは言い難いのが現状だった。かつてIS学園が襲撃された際の戦闘によるダメージの修理にもかなり手間取っていた。アイズに会うという目的が大前提だが、簪にも一度機体の調整が必須だった。

 

「…………あれ、そういえば交通機関を使うのは途中までって言ったか? その途中からはどうするんだ?」

「ん? ああ、どうせ監視と尾行がつくだろうから途中で姿をくらます。そこからはISを使って移動だ」

「……面倒だけど、アヴァロンの場所を明かすわけにはいかないから」

「でも、亡国機業にはもうバレてるんじゃないか? 前に襲撃されたって聞いたことがあるが……」

「ああ、それも問題ない。あの島はちょっと特殊でな。詳しいことは向かいながら説明する。あまり時間もない、すぐ準備するぞ」

 

 そう言ってレオンたちは先に部屋を退出していく。同行する一夏たちもそれぞれ準備をしようと動き出そうとする。

 

「三人とも」

 

 しかし、そこに楯無が声をかけた。三人は振り返りながら真剣な眼を向けてくる楯無と対峙する。

 

「わかってると思うけど、今のIS学園はカレイドマテリアル社が潰れたら終わりよ」

「…………」

「今のIS学園があるのは、カレイドマテリアル社がそのほうが都合がいいから。だから守ってくれている。おそらく軌道エレベーターを建造すれば、その利用価値は下がるわ」

 

 その頃にはおそらくIS学園のみならず、各国に誰でも使えるようになったIS操縦者の育成機関が作られるだろう。現状、その役目を担うことができるのはIS学園のみだが、そうなればIS学園の存在価値は一気になくなってしまう。だからこそ、そのときにはIS学園が存在しなければならない理由が必要となる。

 

「今はカレイドマテリアル社との一蓮托生だけど、いずれ独立した運営とその指針が必要になる。いつまでもお情けで存続させられるわけにはいかないからね。だからこそ、これを機によく見てきてほしいのよ。カレイドマテリアル社がなにをしようとしているのか、どこへ向かおうとしているのか。そして、そんな中でIS学園はどう付き合っていくべきなのか。もちろんスパイ行為をしろってんじゃないわ。ただ、その空気を感じて欲しいだけ」

 

 こんな無粋なことを言わなくちゃいけないことに少し憂鬱になるが、それが生徒会長である自分の役目だろう。おそらく純粋にアイズやセシリアを心配している三人に少し申し訳なく思いながら、最後には茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

「もちろん…………アイズちゃんたちのお見舞いのついでに、ね。今でもあの二人を慕う人間は多いわ。三人はそんな学園の代表よ。よろしくね」

 

 楯無の言葉に、三人は揃って力強く頷いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ここが悪の秘密結社の頭領の部屋だと聞いて誰が信じるだろうか。

 まるで片付けられないダメな女みたいに部屋を散らかしながらベッドの上で丸まってうーうーと唸っている女性がいた。シーツを頭から被り、引きこもりみたいにダメな姿を晒しているこの女性が史上最悪な魔女であり、セシリアやアイズを打倒して蹂躙した張本人とはとても信じられないだろう。

 そんなダメな姿を見せるボスに白い目を向けながら、シールが面倒くさそうに部屋の片付けを行っていた。

 

「…………いつまでそうしているんですか?」

「……」

「やることが溜まってるんですけど。今頃スコール先輩が死に物狂いに仕事してるんじゃないですか?」

「……明日から本気出す」

「そんな情けないことを言わないでください。あなたは私たちのボスなのですよ?」

「ラスボスだってだらけていいじゃない。今は働く気になれないし……」

「なにをいじけてるんですか? あんなに容赦もない蹂躙劇を見せておいて、なんでその張本人が落ち込んでいるんですか」

「だってだって、絶対嫌われたわ! きっと次に会ったら、お母様なんて大嫌い! って言われちゃうわ! そうなったら私はもうダメよ、うう!」

「………はぁ」

 

 あれだけのことをしておいて今更なにを言っているのか。あれで嫌われないほうがおかしいだろうとシールは思う。シールとて、母などという存在がいない身ではあるが、あんな真似をすれば嫌悪されるであろうことはわかる。むしろ嫌われる程度ならまだマシだろう。憎悪されてもまったく驚かないほどの蛮行だった。

 

「シールはいいわよね、アイズちゃんはなんだかんだいってあなたのこと好きみたいだし。ちょっとデレればきっとすぐに仲良しになれそうだもんね、二人とも頭が緩そうだし」

「ぶっ飛ばしますよ」

「でもセシリアは生真面目だし、あんな真似をしたことを絶対許してくれないわ」

「許されようなんて思ってたんですか? あんなことまでしておいて」

「思ってないけどヤダ」

「わがままを言わないでください。子供じゃないんですから」

「失礼ね。“生きた年数”で言えば私はまだ子供よ!」

「そういう迂闊な発言を外でしないでくださいよ」

 

 いろいろと緩んでいる主を見て脱力しそうになるシールはため息をついて頭を抱える。シールにとっては今更ではあるが、どうにもマリアベルはその揺れ幅が激しすぎる。シールですら顔を青くするほどの恐ろしい暴挙を笑顔で実行しながら、今では子供みたいに駄々をこねている。側近であり補佐のスコールの苦労がよくわかる。

 

「はぁ……どうして私はこの人に忠誠を誓ってしまったのでしょうか」

「ひどいわねぇ。なら、“本物のマリアベル”のほうがよかった?」

「あんなクズに従うことなんてありえません」

 

 殺気すら滲ませながら即答するシールであるが、そんな様子をみてもマリアベルはくすくすと楽しそうに笑っている。

 

「私が言うのもなんだけど、私だって十分クズだと思うけどね」

「……あなたをそのように思っている人間は、少なくともこの亡国機業にはいません」

「あら、ツンデレのシールが素直にデレるなんて珍しいわね」

「私はツンデレではありません!」

「ツンデレはみんなそう言うのよ。でも嬉しいわ。今日は一緒にごはんでも食べに行きましょうか」

 

 すぐに機嫌をよくしたようなマリアベルが笑顔でそんな誘いをしてくる。本当にコロコロと表情を変える人だ、とシールも苦笑する。確かにこの人は悪だ。それでも、それ以上にこの人に惹かれている人間は多い。敵も多いが、味方も多い。矛盾するようなカリスマ性がこのマリアベルという女性は持っている。

 

「ささ、なにを食べに行きましょうか。最近は和食にハマってるのよ。スキヤキとか、ソバとかどうかしら? 美味しいものでも食べて気分転換でもしましょう」

「なんでも構いませんが…………いいのですか?」

「任せなさい。部下に奢るのも上司の甲斐性よ」

「そうではなく…………そこまで落ち込むくらいなら、やらなくてもよかったのではないですか?」

「あら、心配してくれてるの? たしかに落ち込んじゃうけど、いいのよ。あのとき私が言ったことは本音よ?」

 

 苦しみを、絶望を与えておきながら、それでもマリアベルは聖母みたいに暖かく、思いやりのある笑顔を見せる。その笑みが向かう先は、自身で傷つけた娘に対してであった。

 

 

 

「私は信じているもの。セシリアが、再び立ち上がってくれることを……誰よりもね」

 

 

 

 

 




新章の導入編でした。次回から本格的にアイズが動きます。

亡国機業側にもなにやらあった様子。そのあたりも最終決戦に向けて明かされていきます。

最近は仕事が立て込んでいて安定した更新速度が維持できないです。安定更新されている方々は本当にすごいと思いながら、自分もがんばっていきたいです。

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.100 「あなたの足跡を辿る」

「うっ……とっ……!」

「そうそう、そんな感じ。体幹の安定を覚えさせれば疲労度が格段に低下するわ。もともとセンスはあるんだから案外いいリハビリになりそうね」

「はぁ、はぁ……」

「はい、深呼吸~。あと間接もほぐしておきなさい」

 

 そんな鈴の声を聞きながらアイズは未だ怪我からふらつく身体を必死に動かして前へと足を踏み出している。未だあの敗北から一週間も経過していないにも関わらずにアイズはベッドから這い出して必死に身体の復調に勤しんでいた。本当ならあと一週間はベッドの上にいるべきなのだが、アイズはそれを拒否。ラウラに半泣きに懇願されても、頑なに譲ろうとはしなかった。

 こうなったアイズは止められないと悟るや、鈴や雨蘭による気功による回復を取り入れつつ多少の無茶はしても無謀はしないラインでのリハビリを許可することになった。アイズに押し切られたかたちとなったが、必ず誰かしらがアイズの隣で補佐と監視を行うことが条件とされた。

 今日のそんな監視兼監督役は鈴であった。根性論肯定派の鈴はそんなアイズの気概をむしろ応援しており、今もリハビリがてら効率よく身体を使役するやり方を教えている。もともと束から合気道や柔術といったものを仕込まれていただけあって基礎は十分だったアイズはスポンジが水を吸うようにどんどん鈴の教えを学び、習得していった。これまで教えられる立場だった鈴も教える楽しさを見出したようで笑顔でそんなアイズを支えている。ラウラなどはハラハラして見守っていたが、アイズの決意を理解して渋々ながら納得したようだ。

 

「しっかし、あたしが言うのもアレだけど、アイズも無茶が好きねぇ」

「ボクは必要だと思ったら無茶でもなんでもやってみせるよ」

「そういう根性は好きよ」

「ありがとう……本当に、ありがとう。鈴ちゃんが後押ししてくれなかったら、病室に監禁されていたかも」

「みんな過保護だしね。あたしは【気合と根性は道理を吹っ飛ばす派】だから」

「【一念天に通ず】だっけ?」

「アイズの場合は【一意専心】じゃない?」

「そうありたい、ね」

 

 そう言って一度深呼吸をすると手に持った模擬刀を振るう。多少身体は痛むが、その振りは鋭く、十分に実戦レベルのものだ。剣の扱いなら鈴よりも数段上のアイズのその剣閃に、鈴は素直に美しいと感じた。剣道のような一途さはなく、ただただ己の反復訓練で磨き上げたであろうその振りは荒削りさを突き詰めれば滑らかにできると証明しているかのようだった。

 見れば見るほど、知れば知るほど不思議な少女だ。そう感じた鈴は思ったことをアイズに問いかけた。

 

「…………アイズ、ひとつ聞きたいんだけど」

「ん?」

「アイズは、どうして戦う道を選んだの? あたしは戦うことが好きだから。でもアイズはそういうわけでもないんでしょ?」

「ボクは……そうだね、好き嫌いじゃなくて、それしか道がなかったから、かな」

「そんなことはないでしょう? アイズなら戦う以外のことだって……」

「ボクはまともな教育もされていないし、今あるボクの知識もほとんどがセシィや束さんから教わったことばかり。ボクが持ってるものなんて、それこそこの呪いみたいな瞳くらい。でも、それもボクの一部だから、この瞳でできることを考えて我武者羅に走っていたら…………気がつけば、剣を取っていた」

 

 ただ夢を想い、追いかけるだけで届くのならアイズはきっと剣を取ったりはしなかった。でも、アイズが欲しいその夢へと至る道にはあまりにも障害がありすぎた。そしてそれらは言葉だけでどうにかなるものではなく、理不尽に自身を傷つける悪夢のようであることを、アイズは嫌というほど知っていた。

 アイズはそんな障害を打ち倒す術として戦う道を選んだ。立ち向かい、倒れてもその壁を超えるまで何度でも挑む。己を蝕むこの超常の瞳がもたらす呪いのような運命に負けないように、自分の願いを叶えるために、大事な人を守れるように、アイズとして生きるために。

 

 アイズにとって戦うことは、立ち向かうこと。

 

 物心ついたときから理不尽に運命を歪められてきたアイズにとって、与えられるものはその全てが奇跡に等しくて。

 その奇跡を、手放したくない。だからありとあらゆる苦難に立ち向かう力が欲しい。そのために、歪んだ運命の象徴であった悪夢のようなこの瞳すら使っている。

 

 それは、絶望を希望で塗り替えられる奇跡を知ったから。だからアイズは、今も剣を握るのだ。

 

 

「ロマンチストね」

「そうかな? ボクはリアリストなつもりだけどな」

「その考えをリアリストがしたのなら、それはきっとステキなことなのよ」

「ステキだっていうのなら、それはそんなリアリストにそう思わせることができた人が受けるべき言葉だよ」

「なるほどね」

 

 鈴はアイズが抱く想いを知る。とても自分では得られない考えだろうと思いながら、鈴はこれまで見てきたアイズ・ファミリアという人間の成り立ちがようやくわかったような気がした。

 

 つまり、こういうことなのだろう。

 

「アイズにとって、セシリアは奇跡の象徴……ううん、奇跡そのものなのね」

 

 鈴の言葉にアイズはただ微笑んだ。鈴はここまで純粋で無垢な笑顔を見たことがなかった。人間の醜い面まで知っているはずのアイズが誰よりも綺麗に笑うことに、しかし奇妙な寂しさを覚えてしまう。

 

「もちろん、鈴ちゃんもボクにとっては大事な奇跡だよ」

「光栄ね。青臭い台詞なのに、今はただただ嬉しいわ。そしてあんたのジゴロっぷりの原因もよくわかったわ。この人誑しめ」

「じごろ?」

「人気者ってことよ」

 

 ケラケラ笑う鈴につられ、最後にはやはりアイズも同じように笑うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズが鈴とともに医療区画の病室に戻るとちょうどシャルロットがやってきたところだった。二人に気付いたシャルロットはホッと安心したように笑って駆け寄ってきた。

 

「よかった、いないからまたアイズが抜け出したかと思ったよ」

「ひどいなぁ」

「ちゃんとあたしが監視してたわよ。ま、あたしがいなかったらどうしていたかはわかんないけど? アイズは無茶するのが好きみたいだし?」

「うー、鈴ちゃんもイジワル」

 

 鈴が拗ねるアイズの頭を撫でてあやす。最近はずっと鬼気迫るような雰囲気を醸し出していたアイズだったが、いつもの調子に戻ってきたようでシャルロットも心配なことは変わらないが少しは安心できそうだった。やはりアイズはこうしてみんなから甘やかされているような姿が一番似合っている。

 

「そうそう、シトリー達が戻ってきたよ。お客様連れで」

「お客様?」

「さっき島に入る手続きしてたから、そろそろ来るはずだけど……」

 

 そうしてシャルロットが振り返るとちょうどその一団が廊下の角から姿を現した。同時にアイズも現れた気配を察知してピクンと身体を震わせて反応する。やってきたのは六人、うち三人は同じセプテントリオンのシトリー達のものだ。

 残る三人は少し懐かしいと思える気配だった。その足音や歩くリズムでアイズは正確にその三人を認識した。その先頭にいて、駆け寄ってくる気配を察知してアイズは嬉しそうに笑って声をかけた。

 その人の気配はアイズが大好きなものだ。だから目を開かなくても間違えるはずもなかった。

 

「簪ちゃん」

「アイズっ……!」

 

 変わらず目を閉じているにもかかわらずにはっきりとわかってくれたアイズに嬉しくなり、簪がアイズを優しく抱きしめた。半年ぶりに触れるアイズのぬくもりに簪の手にもついつい力が篭る。アイズも簪との気持ちの共有を表現するようにぎゅっと簪の腰に腕を回す。

 

「久しぶり簪ちゃん。来てくれたんだ」

「うん、うん。……大丈夫? 大怪我したって聞いて……」

「みんな大げさなだけだよ。このとおりボクは平気だって」

 

 問題ないとアピールするアイズだが、鈴とシャルロットの目は胡散臭そうにそんなアイズを見つめている。相当な無茶をしていると知っている二人は口を出そうとも思ったが、感動の再会を演出している二人を見て、さすがにそれは無粋だと思ったのか仕方なく口を閉ざした。

 そうしていると後ろから残りの五人もゆっくりとやってきた。その中でものそのそと歩いてきたリタが同じように半目でアイズを見ながらシャルロットに声をかけた。

 

「おひさ。……で、実際は?」

「相変わらず空気を読まないね、リタ。……本当ならあと一週間はベッドの上」

「さすが無茶に定評のあるアイズ。まぁ、おとなしくしてるほうが珍しいけど……ラウラでも止められなかったんだ」

「セシリアがああなって、最近までずっと怖いくらいの気迫でリハビリしてたくらいだもの」

「またラウラが泣くね。……で、そっちは噂の新入り?」

 

 不躾ともいえる視線を向けられる鈴だが、むしろ鈴も好戦的ともいえる目でその視線を跳ね返す。どうやら初対面で互いに似た者同士だと悟ったらしい。

 

「凰鈴音よ。よろしく」

「ああ、中国の候補生の」

「元、よ。やめてやったわ」

「そっか、うん。じゃ一時間後に訓練室」

「楽しみにしてるわ」

 

 ニヤリと笑ったリタが楽しそうに去っていく。そんなリタと同様に口元を釣り上げる鈴を見てシャルロットやシトリーは呆れたように眺めていた。

 

「あれって決闘の約束?」

「よく初対面で一分も経たないうちに決闘ができるものだよね。申し込むほうも、受けるほうも」

「二人とも脳筋だから」

「うるさいわよそこ! それに脳筋はお師匠で、あたしは頭脳派よ!」

「頭脳派ってなんだっけ?」

「戦うことしか頭にない脳筋のことじゃない?」

「息合わせて突っ込むんじゃないわよ!」

 

 シャルロットとシトリー。この二人もまた、セプテントリオンでコンビを組む二人だ。これまで任務で別行動であったが、久しぶりに会っても息はぴったりのようだ。

 そんなシトリーだったが、報告があるからとレオンとともにリタを追いかけていった。またあとで、と言いながらシャルロットがそれを見送った。

 そして一夏や箒といった懐かしい面々と顔を合わせ、まるで同窓会のような穏やかな会話が飛び交った。離れ離れになってからわずか半年ほどであるが、密度の濃い半年であったためか、全員が再会を心から喜んでいた。しかし、全員のその表情にはわずかに陰があることを全員がわかっていた。

 あらかた挨拶などをしてふと会話が途切れたとき、意を決したように一夏が口を開いた。

 

「それで、セシリアは?」

「怪我はそれほど深刻じゃない。でも、まだ意識は戻らない」

「セシリアさん……」

「……今回のことで、セシィにとって辛いことが大きすぎたんだ。だから、セシィは心のほうがずっとずっと傷ついちゃってるんだと思う」

「まさか、このまま目覚めないとか……」

「ありえる、って……」

 

 泣きそうに表情を歪めるアイズを見て、簪が心配そうに気遣うが、アイズはすぐに表情を引き締めて顔を上げる。弱気なところを見せてもそれに決して溺れない。簪にはそんな強くあろうと律するアイズの強さは、尊敬とともにわずかな切なさも感じられた。

 

「でも、そうはさせない。束さんからも許可が出たし、絶対にセシィをこのままにはさせない」

「許可? そういえば、なにか治療するとは聞いたが、……」

 

 その治療に一夏たちの協力がいると聞きやってきたのだ。現状を聞いてもどんな役に立てるのかもわからないが、もちろん一夏たちはできることはすべて協力すると決めている。

 

「そのことなんだけど……みんな、明日、ある場所まで一緒に来て欲しいんだ。簪ちゃん、一夏くん、箒ちゃん、鈴ちゃん、シャルロットちゃん、あと今は任務でいないけど今日の夜には合流するラウラちゃんと、……ボク。この七人で」

 

 唐突なアイズのお願いに全員が顔を見合わせる。こんなときに来て欲しいとはどういうことなのか。どうやらそれもIS学園から一夏たちを呼び寄せた理由のひとつでもあるようだが、セシリアが大変なときにいったいどこに行くというのか。まさか歓迎会というわけでもないだろう。アイズの表情は目を隠していてもわかるほど真剣なもので、冗談を言っているわけではないとわかっていた。

 

「正直、ボク一人の力じゃあセシィを助けられないかもしれない。だからみんなの力も貸してほしい」

「それは当然よ」

「そうだな。できることがあるならなんだって言ってくれ」

「ありがとう。でも、今回のことはちょっと特殊で……束さんも二の足を踏むような方法なんだ」

 

 あの束が躊躇う方法。想像もつかないが、それだけでどれだけのリスクを抱えるものなのか想像して少し嫌な汗が流れてしまう。しかし、もちろん「やめよう」などと言う人間はいない。そんなことをいうくらいならはじめからここにはいない。

 

「もしかしたらここまでしなくてもセシィが目覚めるかもしれない。ボクたちはただ待っているだけでいいかもしれない。でも、……」

 

 これは完全にアイズのわがままだ。そしてそれはアイズ本人も自覚している。でも、どうしてもアイズにはこのまま待つだけではダメだと思っていた。おそらく、今も悪夢の中にいるであろう親友を救うために、アイズは出来うることすべてを捧げると決めているのだ。

 

「ボクは、今も苦しんでいるセシィを、迎えにいかなきゃいけないんだ。それが、ボクの、……セシィと一緒に半生を過ごしてきたボクのするべきことだと思うから」

 

 そこには一切の迷いもなかった。あるのは、ただ危険を伴う自分自身のわがままに皆を付き合わせようとする申し訳ない気持ちだけだ。

 しかし、そんなアイズの気持ちをよそに全員が同じほぼ即答でそれに応えた。

 

「わかった。明日だな」

「え?」

「え、じゃないわよ。連れて行きたいとこがあるんでしょ? どこへだって行ってやろうじゃない」

「明日までにいろいろ準備しなきゃね。お弁当もいるのかな?」

「ピクニックじゃないんだから」

「私は無理矢理ついてきたようなものだからな。姉さんに今日のうちに挨拶に行っておこう」

「よし、じゃあ明日の朝九時にロビーに集合にしましょう。それでいいわね、アイズ?」

「う、うん」

 

 既に行くことが決定しているらしい面々に、アイズがわずかに戸惑う。しかしすぐに全員の気持ちを悟ると、それ以上はなにもいわずにただ精一杯の感謝の気持ちを込めて、「ありがとう」という言葉へと宿した。

 本当にいい仲間を持った。そんな実感がアイズを笑顔にさせた。それは、幸せの証明だった。

 

「で、どこに行くって?」

 

 頃合を見て鈴がそう聞いてくる。一番ガサツそうに見えてこんなときの鈴は本当によく気配りをしてくれる。

 

「うん。セシィを助ける前に、みんなに知ってほしいことがあるの。そのために行くんだ」

 

 これから試そうとする方法にはそのほうが成功率も上がるし、なによりアイズもこの仲間たちには自分とセシリアのはじまりを話してもいいと思った。いや、知ってほしいとすら思ったのだ。

 だからそのために、かつての二人が、ともに歩み始めたはじまりの場所――――そこへ行くことが必要だった。

 

 

「ボクが【アイズ・ファミリア】になった場所。ボクとセシィの、はじまりの場所に」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 夜も更けた時間、それでもいつもならまだ騒がしい音が響いている束の研究室では珍しく静寂に包まれていた。束の自室も兼ねるため、リビングやキッチンも用意されている中、二人の少女がテーブルで向かい合ったままなにかの作業を行っていた。

 その少し離れた場所では白衣をまとったままの束がパソコンデスクに突っ伏したまま眠っており、そんな束を気遣うように毛布がかけられている。

 束を起こさないように部屋の照明も最低限まで落とし、アイズが向かいに座る箒に時折なにかを聞きながら一生懸命手を動かしていた。

 

「んしょ、……こんなかな?」

「そうだな。なかなかうまい」

「ん、コツがわかってきた。はじめは難しかったけど」

「しかし眼を閉じてそれができるとはさすがに思わなかったぞ」

 

 箒は苦笑しながらアイズの手元にあるそれを見る。

 綺麗に作られたそれは作り方を教えた箒から見てもとてもうまく作られており、若干のおぼつかなさが見られるとはいえ、はじめに作ったときは正体不明の未知のなにかができたことを考えれば素晴らしい出来栄えだろう。

 アイズに請われ、この作り方を教えた箒もアイズがすぐに覚えたおかげでもう教えることもなさそうだった。最初は束も含めて三人で作っていた。しかし束は明日の準備があるからと別作業を行っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。それだけ連日の作業で疲れていたのだろう。

 そんな束にもすぐ気付いたのは箒ではなくアイズのほうが早かった。束に毛布をかけながらアイズが口を開く。

 

「ボクって目が見えないぶん、他の感覚には自信があるんだ。特に耳と鼻は誰にも負けないよ!」

 

 小柄な割に存在感のある胸を反らせながら言うアイズに箒も微笑ましく思い笑ってしまう。しかしこういっては悪いが、まるで犬みたいだな、と思ってしまう。実際、アイズの聴力は小さな物音でも判別し、嗅覚だけで人の判別が可能というまさに犬もびっくりな性能を誇る。

 

「だから箒ちゃんの匂いも声もしっかりわかるよ」

「そ、そういうことは言うな!」

「ふふ、あとこうして……」

 

 不意に手を握られて箒が焦る。びっくりさせようとしたわけじゃない。ただ本当に自然と触れてくるアイズに箒の心臓が跳ねる。本人すら自覚のないアイズの特技は、こうしたパーソナルスペースに入り込んでしまうことだ。

 

「触ってるとその人のことがなんとなくわかる」

 

 緊張状態かどうか、焦っているか、なにか不安なのか、そんなことまで手を握るだけで悟ってしまう。超能力ではない、ただそれでもアイズにはそれがわかるのだ。手の温度、震え、伝わってくる心拍、それでその人がどんな精神状態なのか伝わるのだ。

 

「あ、箒ちゃん、今ドキドキしてる」

「……っ」

「あ、赤くなったよね? 見えなくてもわかるよ」

 

 そしてこれは別に箒を口説いているわけではない。アイズの素の姿だ。アイズはただ箒と仲良くしたいと思っているだけだ。下心なんて微塵もないが、それがかえって箒には気恥ずかしかった。

 アイズが無自覚で誰かを落とすのは大抵こうしたことが理由である。鈴に言われたように人誑しの面目躍如といったところだろうか。

 

「……アイズはずるいな」

 

 そして他者とずっと壁を作ってきた箒にとって自然と踏み込んでくるアイズはいい意味で苦手だった。どうしてか、アイズには不快感を抱けない。自分の心に入ってくることがくすぐったく感じてしまうためにまるで照れてどうしたらいいのかわからないという初心な反応しかできなくなってしまう。

 

「ずっと昔からそうなのか?」

「そう、って?」

「その、なんていうか……アイズは、誰とでもそうやっているのか?」

「んー……どうだろう。少なくとも、昔のボクは違ったかな」

「そうなのか?」

 

 それは意外な告白だった。アイズはどこまでも純朴そうで、まるで子供のまま成長したように思える少女だ。それが昔は違ったというが、いったいどんな子供だったのだろうか。

 

「そうだね……ちょっと説明するもの難しいというか、恥ずかしいというか……でも、近いうちに全部わかると思う」

 

 箒はその言い方に少し違和感を覚えた。アイズがこういうふうにもったいぶった言い方をするのはかなり珍しい。

 

「それは……明日行くという場所に関係があるのか?」

「……うん」

 

 アイズは箒に似合わない苦笑いを見せている。それが話しづらいことなのかとも思うが、それもきっと明日にはわかることなのだろう。こうした時、気の利いた言葉が思いつかない箒はただ困ったようにアイズを見つめ返すことしかできなかった。そんな箒に気付いたアイズは「ごめんね」と言い、再び作業に戻った。しかし、手を動かしたままポツリとこぼした言葉が箒の耳を打った。

 

「ボクはね、はじめはセシィのことが嫌いだったんだ」

「え?」

「石を投げたことだってある。ひどいこともたくさん言った」

「ほ、本当なのか?」

 

 箒から見ても、アイズとセシリアの仲の良さは親友を超えて家族同然のように見えた。この二人が険悪だったなどと想像もできなかった。今でさえ箒も長年すれ違っていた姉と和解したが、アイズとセシリアもそんなときがあったのかと驚いてしまう。

 

「束さんと会う前のことだから、そのときのことを知っているのは………イリーナさんが少し知ってるくらいかな」

 

 昔を思い出しているのだろうか、アイズはどこか懐かしそうにしみじみとそんなことを語っていた。箒も束との出会いの話は聞いたから知っているが、それ以前の……アイズとセシリアの出会いは知らなかった。いや、どうやらそれはほとんど誰も知らないのだろう。

 

「明日、行きたいって言ったのは、みんなに知ってほしいからなんだ。ボクとセシィのことを含めて、なにがあったのか」

「…………いいのか?」

「ん、なにが?」

「話しづらいこと、なのではないのか?」

「まぁ、ね。自慢することでもないし、不幸自慢をする趣味もないけど……でも、必要だから。それにみんななら話してもいいって思えるほどに、ボクはみんなが大好きだからね」

 

 そこで“信頼している”、ではなく“好きだから”といえるのはアイズだけだろう。箒はずっとアイズに不思議な魅力を感じていたが、その理由がこの言葉でわかったような気がした。

 そして目を閉じているにもかかわらず、誰よりも嬉しそうに笑うアイズを見れば小さな悩みなど吹き飛んでしまうようにも思えた。箒自身、とても真似できないと思うような笑顔であるが、それに嫉妬したりせずにずっと見ていたいと思わせる不思議な魅力があった。

 そういえばラウラと簪が以前アイズの魅力について語り合っていたところに遭遇したことがあったが、たしかそのとき二人はこう言っていた。

 

 

 

―――アイズの笑顔は目隠ししていても最高に魅力的で。

 

 

―――しかし、目を開けたときのそれはそのさらに上をいく。

 

 

 

 そのときはなにをクソ真面目に語っているのかと思ったが、実際にこのアイズを見ればわかった気がする。ならば、目を合わせて笑顔を向けられたらどうなってしまうのか。

 

 ―――――と、ここまで考えて自らの思考が恥ずかしくなって箒が意味もなく視線を泳がせた。

 

 そんな箒の気配を感じてアイズが不思議そうに首をかしげるが、箒はいたたまれなくなって口を閉ざしてしまう。穏やかなはずなのになぜか居心地が悪くなった箒は誰か助けてくれないかと思うが、そんな願いが届いたのか、数人の気配が部屋に入ってきた。

 

「あ、いたいた」

「姉様~、探しましたよ~!」

 

 簪とラウラを先頭に鈴や一夏、シャルロットまでやってきた。なにかと思えば全員が手にあるものを持っていたために箒はその理由をすぐに察することができた。

 

「水臭いよアイズ。こういうことなら協力したのに」

「そうそう、あたしたちだってセシリアのためになにかしたいって思ってるしね」

「まぁ、随分久しぶりだけどな」

「僕は素人だから、教えてほしいけど」

 

 ワイワイとアイズと箒にまざって輪を作るとみんなが同じようにアイズと箒が行っていた作業を模倣するようにはじめていく。これはアイズの個人的な思いつきだったので言っていなかったはずなのだが、どこから聞きつけたのか全員が当たり前のように参加してくれた。

 それはセシリアのためでもあるし、アイズのためでもあるのだろう。いや、おそらく全員が思っていることはこうだろう―――――アイズとセシリアの二人のために。この二人だからこそ、こうしてみんなが集まってくるのだろう。

 こんなにも人が集まる中心にいるのは、間違いなくアイズだ。絆という、確かなアイズが持つ力の形なのだろう。

 嬉しそうに笑ってお礼を言うアイズを横目で見ながら、箒はそんなアイズが一瞬だけ、どこか寂しそうに表情を変えたことをしっかりと見ていた。

 

「アイズ?」

「……箒ちゃん。ボクだけじゃ、ダメかもしれない。だからみんなの力を借りたいんだ。箒ちゃんも、頼りにしてる」

 

 箒にだけ聞こえるほどの小声でアイズが言う。それは弱音なのかもしれない。しかし、迷いは感じられない。箒には、その言葉に宿るアイズの真意まではわからなかった。

 

「……いったい、どうするつもりなのだ?」

 

 どうやらアイズや束がしようとしていることは箒が思っている以上に突拍子もないことらしい。セシリアを目覚めさせるため、とは聞いているが、まだ具体的な方法は聞いていない。明日にはすべて説明すると言っていることからもったいぶっているというわけでもないだろう。

 アイズは寂しそうに笑いながら、それでも覚悟が込められた言葉でそれに答えた。

 

 

「過去と向き合う。それだけだよ」

 

 

 アイズとセシリア。箒たちがこの二人のはじまりを知るのは、この十二時間後のことであった。

 

 

 アイズに案内された場所にあったもの――――それは無残に破壊された、まるで廃墟のような豪邸、……セシリアが生まれ育った、かつてのオルコット邸であった。

 

 

 

 




今回はアイズというキャラクターの感受性や価値観に焦点を当ててみました。伏線回ですね。

次回からアイズとセシリアの出会いが明かされていきます。この物語でのセシリアの根幹を為すエピソードになります。

ほぼまるまる過去編のようなものですが、最後にはメインイベント。アイズvsセシリアを描く予定です。どういう形で戦うのかはもう少しだけお楽しみで。

オリジナルキャラであるアイズが如何にISという物語に溶け込ませていくか悩みながらも次回以降がんばって描いていきたいです。

それにしてもナンバリングでとうとう100話、通算でもこれで114話目になります。よくここまで続いたなぁと思います。


要望、感想等お待ちしております。

それでは、また次回に!


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Act.101 「過ぎ去りし家」

 かつてはきらめくような豪邸であっただろうその建物は今ではその半分ほどが無残な瓦礫の山となっており、半壊したその屋敷がただただ不気味な静寂を携えて来訪者たちを迎えていた。

 手入れがされなくなった庭木は無造作に成長し、敷かれた石畳をも侵食しかけていた。錆て赤く変色した門の鉄格子が、人の手が離れてからの長い年月を物語っているかのようだ。

 

「ここが……セシリアの実家?」

「完全に廃墟じゃない……どうしたらこうなるのよ?」

 

 呆然とする一夏たちの言葉を聞きながら、アイズは目隠しを静かに外す。最低限の視力を確保する程度にAHSシステムによって失われた視力を回復させる。柔らかな琥珀色に染まるその両の瞳をそっと開け、アイズ自身も久方ぶりに見る思い出の場所を見つめ、寂しげに表情を歪めた。

 

 変わっていない。セシリアとともにこの家を出たあの時から、なにひとつ……。

 

「中に入るよ」

 

 無骨な鉄の錠を取り出し、門の鍵穴へと入れると重々しい音と共に開錠する。ギィ、という音を立てながらゆっくりと門が開いていく。

 

「さぁ、こっち」

 

 アイズに先導され、一同がそのあとに続いていく。全員が周囲に視線を向けているが、この屋敷のあまりの衰退ぶりになにも言えずに沈黙が続く。

 そして次第に各々がそれに気付く。

 

「これは……銃痕じゃない」

「この壊れ方は自然災害などではない。兵器による破壊だ」

 

 ラウラが断定するように、これは地震や火事などでは決してない。人の手による、悪意の結果だ。その形跡がいたるところに見られた。

 それだけでセシリアとアイズの過去に恐るべきことがあったのだと容易に想像がついてしまう。少なくとも、かつて住んでいた屋敷がこんな有様であることが普通なわけがなかった。

 

「アイズ……これは」

「五年くらい前かな……セシィを狙って、ISが襲ってきたんだ」

 

 あっさりと言ったアイズの言葉に全員が絶句する。ISによる襲撃……しかも、当時まだ十歳ほどの一人の少女を狙っていたなど、信じられない。五年前といえば、ISが普及しはじめた頃だろう。当時はまだISは民間で手が出るようなものではなかった。そんな中でISでこのような暴挙を行う存在がいたこともショックだった。

 

「そのころ、二人は……?」

「……そのちょっと前に、セシィのお母さんが亡くなって……、うん、亡くなったってことになって、いろいろ大変だった。そのあと、ボクもこの屋敷に住むようになって、そのころからイリーナさんとも知り合ったんだ」

「姉さんと出会ったのも、そのときか?」

「うん。この家が襲われて、ちょっと経ったくらいだったかな」

 

 淡々と話すアイズだが、その表情には苦渋の色が見て取れる。おそらく、この家はアイズとセシリアの思い出の場所なのだろう。そんな大切な場所が廃墟と化しているという現実は、アイズの心にどれだけ大きな影を落としているのか、想像もできない。

 かつて、束からアイズとの出会った話を聞いたことがあったが、そのとき語られなかったアイズたちの壮絶だとわかる過去に皆がなにも言えずに黙ってしまう。

 皆が気圧されたように口を閉ざす中、そんな様子を見ていた鈴が小さくため息をついて口を開く。鈴とて気分は重いが、誰かが進行役をする必要があるとわかっていた鈴は自分の役どころを自覚していた。

 

「みんな萎縮してるみたいだからあたしが聞くわ。アイズ、それでどうしてここに来たの?」

「確認したいことがあるんだ」

「それは?」

「……亡国機業のトップの正体は聞いた?」

 

 その問に頷いたのは鈴とシャルロット、そしてラウラの三人だ。ほぼ確実となったその正体はすでにセプテントリオンのメンバーには伝えられていた。今更隠すより知っておいたほうがいいというイリーナの判断だった。しかし一夏、簪、箒の三人は合流したばかりでどんな戦いがあったのかも詳しく聞かされてはいなかった。だから告げられた内容に絶句した。

 

「亡国機業のトップ……マリアベルと呼ばれる女性の本名はレジーナ・オルコット。死んだはずだった、セシィのお母さん」

「っ……!」

「イリーナさんは薄々気づいていたみたい。できることならセシィに知らせたくなかったんだと思う。もちろん、ボクも知らなかったし、そもそもボクは直接会ったこともなかったから」

「まさか、セシリアを落としたのも……!?」

「……うん」

 

 一夏たちだけでなく、既にそれを聞かされていた鈴たちも表情を歪ませる。それは悲しみだったり、怒りだったりするが、全員が実の娘を傷つけたマリアベルに強い憤りを感じていた。そして同時にセシリアが目覚めないという理由がわかった気がした。

 ここにいる全員が、セシリアが母を敬愛していたことを知っている。セシリアが笑顔で目標とする人だと語っていた姿を知っている。

 

 そんな人に、裏切られたのだ。

 

 生きていたことさえ隠し、あまつさえずっと敵として立ちはだかってきた組織のトップという、裏切りとしか言えない現実を突きつけられたセシリアを思い胸が痛んだ。だが、そんな痛みを一番感じているのは表面上は冷静に見えるアイズだろう。落ち着いているように見えて、アイズにはいつもの爛漫さが見られない。その姿は本当は泣きたいほど辛いのに、必死に我慢しているかのようだった。

 

「あった」

 

 気がつけばリビングと思しき部屋へと入っていた。話の内容が重すぎて周囲の様子すら目に入っていなかったようだ。アイズは埃をかぶっているキャビネットの扉を開けると、中に入っていた数冊の本を取り出し、同じように埃と灰をかぶっているテーブルの上へと置いた。

 

「それは……アルバム?」

「うん。セシィは全部ここに置いていっちゃったから。まだあってよかった」

 

 そのうちの一冊を開くと、幼い姿をしたアイズとセシリアの二人が写った写真が顕になる。十歳と少し程度だろうか、まだ背も低い二人が仲良さそうにくっついて写っている。アイズの目は閉じられているが、目隠しをしていないその素顔はとても愛らしく、簪やラウラは無意識に「か、かわいい……!」とつぶやいている。

 

「あは、懐かしい。今ある写真はこの家を出た以降のものしかないからなぁ」

 

 優しげな笑みで写真を見つめるアイズだったが、すぐに表情を引き締めて二冊目のアルバムを手に取り、ゆっくりと開いていく。そこに収められている写真は、どれもが平和で穏やかな時間を切り取ったような写真ばかりだった。見るだけで幸せな気分になるようだった。アイズが写っている写真はそう多くないが、それでも大切な時間を写したものだということはすぐにわかる。

 

「…………いた」

 

 アイズが声を震えさせて言った。全員がアイズの手元にあるアルバムへと視線を向ける。そこに収められている写真に写っていたのは二人。一人は青い服を着た幼い金髪の少女、もう一人はその少女によく似た妙齢の女性……その容姿は似通っており、二人が親子であろうことが推測できる。

 

「こいつは……」

「うん、たしかに、この人だった」

 

 同じく写真を覗き込んだ鈴とシャルロットが眉をしかめながらその女性を見て声を上げた。穏やかに笑ってこそいるが、その顔はつい最近戦場で見たばかりだ。

 セシリアとアイズを撃破し、セシリアの精神を追い詰めた張本人。亡国機業首領マリアベル―――本名をレジーナ・オルコット。セシリアの母とされる女性だった。

 

「この人が、セシリアを……?」

 

 一夏が戸惑ったように難しい表情をしている。無理もない。写真の中のその人は、愛情をこれでもかというくらいセシリアに注いでいるということが見ただけでわかるほどなのだ。穏やかな笑顔の中に少しばかりの茶目っ気があり、そして幼いセシリアもそんな彼女に甘え切ったように幸せそうに笑っている。

 

「信じられない……」

 

 簪がどこか恐ろしいものでも見るように写真を見つめながら呟いた。そしてそれは全員の共通した思いだった。こんなにも優しく笑う女性が、自分の娘をこうも傷つけられるものなのか。しかも、どうやら愉快犯のような動機でやったようにも思え、それがなおさらアイズたちに混乱と困惑を与えていく。少なくとも、ここにいる者たちにはマリアベルの思考がまったく理解できなかった。

 憎んでいるわけでもない、嫌っているわけでもない。本当に純粋な好意を抱いているとわかるほどの笑顔を向けながら、刃を向けられる―――そんなことができる人間が、理解できない。

 

「……ちょっと待って」

 

 そこで唐突に鈴が声を上げる。今までとは別種の怯えにも似た感情を垣間見せながら、鈴が震える声で言った。

 

「……容姿が同じって、おかしいでしょ? あたしが見たのはこの写真と同じ顔だった。“なんで若い姿のままなのよ?”」

 

 その言葉を理解するのに数秒の時間を要し、そしてその言葉の意味を悟ると全員が唖然とする。少なくとも、この写真は十年以上は前のものだ。セシリアの成長具合から見てもそれは間違いない。それにもかかわらずに、マリアベルだけは写真の姿のまままったく変化していないのだ。戦場で顔を見たアイズ、鈴、シャルロットの三人は、マリアベルの姿がこの写真のもの、そのものだとはっきりと断言できる。

 それが意味することは――――すべて、ろくなものではなかった。

 

「偽者ってこと?」

「可能性はあるね。でも――」

 

 しかし、アイズの直感はそれを否定していた。対峙して、会話をしたアイズには恐ろしいことに、マリアベルがセシリアを本当に愛していると感じられた。そしてその愛情は、この写真から抱くイメージと正しく合致する。感覚的なものなのではっきりと断定はできなくても、アイズは半ば確信があった。

 

 この写真の女性とマリアベルは、同一人物だ、と。

 

「同じだっていうの? じゃあなんで……」

「クローン、ということは考えられないでしょうか、姉様」

「クローンって……そんな」

「なにを言っているんだ一夏。私のことを忘れていないか?」

「え? ……あっ」

 

 一般常識の観点からクローンという予想に難色を示す一夏だったが、ほかならぬラウラの指摘にハッとする。以前のタッグトーナメントの際にわずかだがラウラの意識を垣間見た一夏はそれを知っていた。

 

「そうだ。私も試験管ベビー……人工生命体だ。クローンという可能性は大いにあるはずだ」

 

 そしてヴォーダン・オージェに適合するために調整されて生み出された人間であるシールとクロエ。この二人も遺伝子と身体を修正されたクローン体だ。倫理観という問題を捨て去れば、確かにクローン人間という存在はこの世界に在るのだ。

 

「それに亡国機業はおそらくクローン技術をほぼ確立させているはずだ。一夏、おまえにもその疑念がある相手がいるだろう」

「……マドカ、か」

 

 姉の千冬にそっくりな容姿を持ち、織斑一夏という存在を敵視する亡国機業のエージェント。その正体について幾度となく考えた。それとなく千冬にも聞いたが、やはり一夏には「織斑」の親類関係に心当たりはなかった。そもそも、一夏と千冬、姉弟だけで生きてきたのだ。両親の顔すらもはや覚えていない一夏にはせいぜい、他にも姉か妹でもいたのか、という想像しかできなかった。

 だが、ここでもうひとつの可能性を示唆されたことで一夏の顔色が変わった。

 

「千冬姉の、クローンだっていうのか……」

「すでにVTシステムで織斑先生の戦闘能力の再現はしている。なら、本人そのものもコピーすればいい。そう考えたってこと?」

「笑えないわね」

 

 簪の言った懸念に一夏は背筋が寒くなった。それは脅威とかそういうことではなく、自分たちの知らないところで分身ともいえる存在が生み出されているかもしれないという、狂気が宿った現実の可能性が恐ろしかった。

 

「亡国機業にはそんな倫理観はないのかもしれないね。だから平気で誰かを模倣して、誰かを利用して、誰かを生み出すのかもしれない」

「ここまでわかりやすい悪の組織があるとはね。クソッタレどもが」

「……その組織を知るために、家探しをはじめようか」

 

 アイズの言葉に皆が視線を向ける。その視線を琥珀色をした瞳で受け止め、にっこりと笑いながら誰にも逆らえない“お願い”をした。

 

「オルコット家が、亡国機業とつながっていたっていう証拠探し。これだけの人数がいるし、なんとか今日中に終わらせよう! みんな、お願いねっ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 作業は難航した。

 半壊しているとはいえ、広大なオルコット邸をすみずみまで見て回るだけでも相応の時間を有した。本来ならもっと大人数で行う、人海戦術をとってしかるべき作業だ。

 それをしなかった理由は、その許可が降りなかったからだった。当然、イリーナはこの屋敷を一度徹底的に調査している。めぼしい資料はすべて押収しており、残っているのは先程のアルバムのような個人的なものばかり。つまりはただの廃墟に等しい状態だった。

 そんな場所をもう一度調べたいというアイズの要望の許可は出したが、カレイドマテリアル社とて猫の手も借りたいほど多忙なときに人を回す余裕がなかった。なにか残っているという確証もなかったためになおさらだった。

 しかし、ここしかないのだ。セシリアとマリアベルを繋ぐなにかがあるかもしれない場所はここ以外には存在しない。

 マリアベルの正体。それを明かすためには、些細なことでもなにか新しい情報が必要だった。だからアイズはそれを探しに来たのだ。

 

 セシリアがなにに絶望し、昏睡しているのか。

 

 マリアベルがなにを思い、敵となって立ちはだかっているのか。

 

 この母娘には、いったいなにがあったのか。

 

 セシリアに一番近いアイズでさえ、そこまでのことは知らない。ならば、少しでも可能性があればそこに賭けるしかない。

 それに、実際無策というわけではなかった。一度調査したとはいえ、そのときにアイズがいなかったために“コレ”を使ってはいなかった。

 

「アイズ、どう?」

「…………ここは、違う。次に行こう」

 

 アイズは瞳を金色に輝かせながら部屋の至る場所を凝視する。

 そう、ヴォーダン・オージェによる解析である。普通ならば一見なんの変哲もない場所でも、この瞳の解析によって擬態しているものはすべて暴かれる。隠し扉、不自然な立て付けなど、人の手が加えられているものはすべて看破する。

 アイズとラウラの二人を中心に、他の面々はなにか違和感のありそうな場所の洗い出しを行い、気になった箇所を二人が見て回っている。

 

「本当に、なにかあるのかな?」

「可能性としては一割もないだろうけど、ね」

 

 コンコン、と壁を叩きながらアイズが答える。

 音の反響具合から判断しても隠し部屋があるとは思えない。ヴォーダン・オージェの解析にも違和感はない。この部屋もハズレだろう。次の部屋に向かおうとアイズが一歩踏み出したときだった。

 

「……ん?」

 

 足元に違和感。正確には足音だ。もう一度同じ場所を踏みつける。音の反響がわずかに違う。気づかなくてもおかしくない微差であるが、聴覚と直感に優れたアイズはそれを敏感に感じ取る。すぐさまその場にかがんで瓦礫や砂利で覆われた床に顔を近づける。邪魔なものをどかしながらアイズはじっと床に視線を這わせた。

 

「なにかあったの?」

「……配線されている」

「配線?」

「通した形跡がある。この先には……」

 

 顔を上げながら床下に敷かれているとみられる配線の先へと視線を向けていく。この先、部屋を出て廊下を進み、そして壁を超えて外へ――――。

 窓から外へと飛び出し、さらにその先を探す。どうやら庭園の石畳の通路沿いに敷かれているらしい。さらにそれを追いかけていくと、噴水の裏手の死角、そこで形跡が途絶えた。

 

「簪ちゃん、みんなを」

「もう呼んだよ」 

 

 携帯を手にしながら簪が答え、すぐにアイズの横で地面を掘り起こす作業に取り掛かる。手に持ったスコップがなにか硬いものにぶつかる感触を伝え、それが岩盤や地層の硬さではなく、人工物によるものだとすぐにわかった。

 おそらく地下に作られた隠し扉だ。

 

「アイズ、ここ」

「この扉の開閉のための配電のためなのかも。電気なんて今は通っていないし、旧式とはいえどうせプロテクトもかかってる。ここは……」

 

 そこで他の場所を探していた面々が合流してくる。アイズが顔を上げ、駆け寄ってくる皆の中でもっともこの場に必要な彼女に目を向けた。

 

「鈴ちゃん、出番だよ!」

「うん?」

 

 いきなり呼ばれた鈴が首をかしげるも、地下にあったそれを見ておおよそのことを悟ってISを起動させた。右腕だけを展開し、他の面々を下がらせる。

 

「マジであったとはね。いいのね?」

「お願い」

「よいしょおッ!」

 

 鈴は貫手を扉へと放ち、力づくで分厚い鋼鉄製の扉に穴を開ける。グッと力を入れ、扉を変形させながらゆっくりと引き剥がしていく。

 いくら分厚い鉄製の扉でもかなり古いもののようだ。対ISを考えているようなものではなく、鈴と甲龍のパワーであっさりとその中身をさらけ出した。

 

「古臭いシェルターね。……いや、これは」

 

 はじめに中を覗き込んだ鈴が言葉を詰まらせるように沈黙する。そんな鈴の反応を訝しげに思いながら、アイズも続けて中を覗き込む。

 中はそれほど広いわけでもないが、人が二人くらいは入れそうなスペースがあり、机と椅子。そしてたくさんのモニターが備え付けられていた。所狭しと様々な機械で埋め尽くされたそこは異様な空間だったが、この隠された空間がどんな場所だったのかはすぐにわかった。

 

 ここは―――――監視部屋だ。

 

「…………」

 

 アイズは表情を険しくしながら中にあった資料と思しき紙束を掴み取るとさっとそれに目を通す。書いてあることはまさに観察記録とでもいうべきものだ。事細かに、観察対象の動向を記したものだった。すぐにそれの最も古いものを探り出し、その日付を見て絶句する。

 身体の成長から思考傾向にいたるまで、ありとあらゆることが記された記録。それが、少なくても十年分。おそらくこの家で過ごしたほぼ全ての日を余さず記録しているのだろう。

 どんなに友好的に見たとしてもホームビデオの延長にはとても見えない。まるで実験対象を逐一観察し、記録しているかのような、そんなまるで実験室で飼っている動物の観察記録のように、淡々と対象の変化を記したそれにおぞましい狂気があるように思えた。

 

 そしてその対象者の名前は―――セシリア・オルコット。

 セシリアが生まれ、この家で過ごした十年の月日の記録がまったく温かみのない無機質なものとしてここにあった。

 

「…………」

 

 表情を険しくさせながらいくつかに目を通す。どれもこれも、まるでモルモットの観察日記のように人を人とも思わないような表現ばかりだ。しかも内容を見るに、やはり母であるレジーナの指示だったことも文章から見て取れる。娘に対しこんな真似ができるというだけでも悪魔のように思えてしまう。そんな不快な文章を流し読みしていくとやがてある日付の記録に目が止まった。

 それは、おそらくアイズがセシリアと出会った頃のものだ。そこに記されていたのは「対象が逃亡した被検体ナンバー13、廃棄対象者と接触」という、アイズにとって忌まわしい名称だった。

 この被検体ナンバー13とはアイズのことだ。廃棄対象とあることからも間違いないだろう。そしてかつてアイズにつけられていたこの名前とも呼べない分別記号を知っているのは本人を除けばひとつだけ。アイズを改造し、この眼と脳をナノマシンで侵した組織だけだ。

 そしてシールから、それは亡国機業の前身であるという情報を得ている。一応はまだ偏屈な愛を抱いていただけの可能性もあったが、これでほぼ確定だろう。

 

「レジーナさんは……ううん、たぶん、オルコット家そのものが亡国機業とつながっていた」

「でも、そんなことが……」

「秘密裏に、だとは思う。イリーナさんも疑念はあっても確信はなかったみたいだし、今はもう無関係になっているだろうし」

「なら、やはり……」

「本物かどうかはまだわかんないけど、……マリアベルさんがセシィと関わりがあるのはほぼ確定かな」

 

 レジーナ・オルコットでも、そのコピーでも。どちらにしてもセシリアと関わりがあることは間違いないだろう。ただのブラフだったらよかったが、そんな安易な希望はそもそも存在していなかったらしい。

 

「じゃあセシリアはずっと……」

「亡国機業がなにか目的をもって育てていた、ってことに、なる……んだろうね」

 

 もっとも、こんなものを見せられては育てるというより飼われていたと言える有様だ。表向きは幸せそうな家族に見えるのに、裏ではこうも冷え切っていたなど、いまでも信じられない。まるで、二重人格か別人のような印象さえ受ける。アイズは少々混乱していた。

 

「……とにかく、これで確証は得られた。記録が途切れているのはちょうどレジーナさんが亡くなったとされる時期だから、それ以降はセシィの監視はなくなったと思うけど、でも」

「それが今になって、また現れたと……残酷な真実付きで」

「真実はまだわからないけど、事実ではあるだろうね」

 

 確かにレジーナは亡国機業と深く関わり合いがあり、そして今現在自分たちにとって最大の脅威となる敵には違いないだろう。しかし、なぜそうなってしまったのか、どうして敵対するのか、どんな目的があってセシリアを育て、そして手放したのか。おおよそ非道な行いをしていることがわかってもその理由までがまだ見えてこない。

 なによりも―――――。

 

 

 

 ――――――どうして、こんなものが残っているのだろう?

 

 

 

 探しておいてなんだが、アイズとてこんな重要資料が残されているとは思っていなかった。最悪、写真かなにかでマリアベルがレジーナであると知ることができれば御の字だと思っていた。

 こんな確定的な資料が残っていることが不自然すぎた。イリーナが行った調査にひっかからなかった理由はまだわかる。ヴォーダン・オージェで注視してやっと気付いた仕掛けに、建物ではなく庭園部にあった隠し部屋だ。本来なら壊すつもりで調査、解明するであろうイリーナがセシリアの生家ということでそこまでをしなかったことも、あの暴君の意外に情に厚い性格を知っていればわかる。

 

 だが、――――どうしてマリアベルはこれを回収しなかったのだろう。

 

 これは残していいい資料ではない。すぐさま処分するべきものだ。それなのに、それをしていない。レジーナが健在なら、すぐにでも行うべき隠蔽のはずだ。

 なら、どうしてこんなものが未だに存在しているのだろうか。そもそも、自分のことも知られていたのなら、どうして見逃したのだ。廃棄対象となったとはいえ、当時でもヴォーダン・オージェを発現させていた。処分しようとするくらいしてもおかしくはないのだ。仮になにか目的があってアイズを泳がせていたのだとしても、それでもやはりこの資料を残しておく理由がない。

 

 

 

 

 ――――回収できなかった? いや、でもそんなはずない。別にこの家に警備がいたわけじゃないし、亡国機業の力をもってすれば強引に破壊することだってできるはずなのに……。

 

 

 

 わざと残していた、というのも疑問が残る。見つかるかどうかもわからないし、なにより残しておくメリットが思いつかない。

 

 

 

 ――――まさか……知らなかった?

 

 

 

 ふと思いつくがそれもないだろう。レジーナがやっていたであろうことを、どうしてマリアベルが知らないのだ。そんなわけないか、と思いながらアイズは奇妙な違和感を覚えてしまう。

 だがその違和感がどういうものなのかわからず、アイズはただ困惑するだけだった。

 しかし、これである程度のことはわかった。あとは予定通りの手段で確認するしかないだろう。束からは明日にはその準備が整うと言われている。

 

 でも、それで真実はわからないかもしれない。それでもセシリアを取り巻く、セシリアの現実と運命を垣間見ることはできるはずだ。

 

「アイズ、どうするのだ?」

 

 黙り込んだアイズに箒が声をかける。アイズと同じように胸糞が悪くなる資料を見て顔をしかめていた面々もアイズに注目した。全員の視線を受けて、アイズはしっかりと見つめ返した。

 

「まだ真実はわからない。でもわかったことはある」

 

 敵の事情とかはこの際どうでもいい。大事なことは、今の現状がセシリアにとって悪夢としか思えないほど残酷なものだということだ。

 だから、迎えにいかなくちゃいけない。今なお眠り現実へ帰還しないセシリアを。

 

「今、セシィをひとりにしちゃいけないんだ」

 

 残酷な現実でも、それだけではないことを伝えるために。

 

 かつて、セシリアがそうしてくれたように。

 

「どうするんだ?」

「……ボクのヴォーダン・オージェとISコアネットワークを使って、セシィの深層意識に同調するの。みんなにも、協力してほしい」

 

 

 王子様のキスでも今の眠り姫は目覚めない。

 

 ならば、夢の中にまで迎えに行けばいい。現実が辛いなら、手を引いて一緒に行けばいい。一人じゃあ怖いことがたくさんある。立ち向かえないこともたくさんある。

 

 それでも、一緒なら立ち向かえる。

 

 それが、アイズの答えだった。

 

 

 




過去への探求回。こうした回はあまり面白くないかも(汗)
次回からセシリアの記憶の中へと舞台を移します。セシリアとマリアベルを結ぶ因果に迫る過去編となります。

しかしISがまったく出てこない(苦笑)このチャプターではIS戦は最後くらいしかない予定です。
ある程度の伏線回収と新たな伏線を張り巡らせるチャプターなのでいろいろ気を遣いながら書いています。

ご要望、感想等お待ちしております。

ではまた次回に!


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Act.102 「diver」

 束は目の前に表示された調査結果を見て唇を嚙んだ。

 おかしいと思ったことはあった。アイズのこともあったし、なにかしらの処置をされている可能性も考えた。何度かこっそりと検査したこともあったが、結果はシロ。特に何かしら修正されたような形跡はなかった。

 しかし、ここにいたり治療の一環として徹底的に検査した結果、――――恐ろしいものに気がついてしまった。

 

 表示されているのはセシリアの精密検査結果だった。

 身体能力も年頃の少女と比べてもそのスペックは歴然としているが、そこはセプテントリオンや国家代表レベルの人間なら当然といえるので問題ない。問題は頭の中――――脳にあった。

 セシリアの代名詞ともいえるビット操作を可能とするマルチタスク。そのあまりの思考制御に束もこれまで何度も疑問を抱いた。いくらなんでも、ここまでのマルチタスクを人間がすることが可能なのか、と。

 天才を自認する束でも複数同時の並列思考能力という一点ではセシリアには遠く及ばない。しかしそれ以外なら束はセシリアの能力の上をいくが、そんな天然の天才から見てもセシリアの脳味噌には疑問を抱くほどに、セシリアは規格外だった。考えてみれば、外部からのバックアップを受けてヴォーダン・オージェを制御したアイズと同等の戦闘能力を発揮する事自体がおかしいのだ。すでにセシリア・オルコットとはそういう人間だという認識がされているためにあまり疑問に思う者も少ないが、それは明らかに人間のスペックを超えている。アイズのように人体修正をされたわけでもないのに、そこまでの能力が得られるものなのか。そう疑問に思った束やイリーナが密かに調べても結果はなにも得られなかった。アイズのようにナノマシンで侵されているわけではない。それは確実だ。

 

 だが、今回束はセシリアとISコアの同調係数の調査のために遺伝子調査にまで手を出した。そこまでする必要は普通ならばないのだが、コアとの意識の同調を行うために徹底的に調べようと思った結果だ。そしてそれはセシリアの中に潜んでいた恐ろしいものを発見するに至った。

 

「まさか、遺伝子レベルで手を加えていたとはね……さすがの束さんもびっくりだよ」

 

 出来うる限りの精密検査をした結果、セシリアの脳内にあるものが発見された。

 それはアイズやラウラにも見られるナノマシンによる脳処理速度を向上させる補助脳。しかし、それはアイズ達のものと違い、有機的な構成因子を持つ【生体ナノマシン】によるものだった。

 ヴォーダン・オージェを発現させるナノマシンは極小サイズの機器によるものだが、セシリアに仕込まれているものは成長とともに生成される有機ボトムアップ式生体ナノマシン――――つまり、幼少期から成長と共に脳内に情報処理を行うシステムを形成していくことでほぼ完全に脳と一体化する生体型だ。こんなもの、見つかる方がどうにかしている。

 アイズたちが持つヴォーダン・オージェのナノマシンの動力は脳内の情報伝達に伝われる生体電流が使われることで起動するが、生体ナノマシンの場合はそれがもっとナチュラルに脳内の作用に組み込まれている。束が気付けたのは、セシリアの脳内の情報処理の電位に複数の不自然な偏りがあることを観測したからだ。

 束にとって生体科学は畑違いなので正確にはわからないが、こんなものを仕込むにはそれこそ胎児になる前の段階での遺伝子操作が必須のはずだ。

 

「だからこそのコレってわけかぁ、……狂ってるにもほどがあるね」

 

 束が手にとっているのはアイズたちが見つけてきた膨大な量に及ぶセシリアの経過観察記録だ。これはおそらく生体ナノマシンの生成具合のチェックという意味合いが最も大きいはずだ。脳というデリケートな部分での人体改造行為に等しいのだ。詳細な経過チェックが必要なのも当然だろう。

 裏に関わらせずに幼少期を過ごさせたところを見ると、脳にストレスを溜めないようにする配慮ゆえなのかもしれない。生憎とデータが不足しているために詳細は推測するしかないが、それはセシリア・オルコットという人間の人権を尽く無視していることに変わりはないだろう。

 

「結局、セッシーもアイちゃんと同じだったわけか」

 

 愛ではなく欲によって歪められた半生。そんな悪意の中でもがいてきたアイズと、知らずに培養されたセシリア。どちらが幸せで、どちらが不幸かという問は無意味だろう。しかし、それでもそんな二人が出会い、理不尽な運命に立ち向かっていたということは救いなのか、それとも呪いの延長でしかないのか。

 もしかしたらこの二人が出会わなければ、二人ともそんなひと握りの救いすら与えられずに深い絶望に沈んでいたかもしれない。そんなイフに意味なんてないことは束もよくわかっているが、この二人の周囲にはただひたすらに理不尽と悪意が取り巻いているように思えた。

 この世界に神様がいるのだとしたら、いったいこの二人にどんな運命を負わせようとしているのだろうか。

 

「それでも、アイちゃんは立ち向かうことをやめない。そしてそれは私も同じってね。私はアイちゃんの師匠で、おねえちゃんで、お母さんだからね!」

 

 束は誰に見せるでもなく、不敵に笑う。

 束は自己中心的で横暴、他人なんて、世界なんてどうなってもいい。ただ自分の夢を、願いを叶えられればそれでいい。そういう人間だと自認している。そしてそれが善いか悪いかなんて問答すら興味がない。

 今までも、そしてこれからも束はあくまで自分本位で全てを決める。

 

 だからこそ、束はアイズ・ファミリアという少女を全力で贔屓している。

 

 アイズは既に束にとって身内だ。箒や千冬、一夏といった限られた人間しかいなかった束の世界を広げてくれた恩人で、同じ夢を抱いた同士でもある。そんなアイズを束が気に入るまでそう時間はかからなかった。

 だから束はアイズのためならどんなことでもしてあげたい。アイズが望むものを与えてあげたい。アイズが幸せそうに笑うならいくらでも甘やかしたい。

 だからこそ、アイズが望むなら、眠り姫となったセシリアをたたき起こすことだって協力する。それが、どれだけのリスクを抱えていたとしても、アイズが望むものに手を届かせてやりたい。ほかでもない、天才である自分ならそれができるから。

 

「私もアイちゃんに甘いんだろうねぇ~、でもしょうがない。アイちゃんが可愛いのがいけない。それに私が一番アイちゃんを甘やかせるんだもの」

 

 一人で見る夢より、より多くの仲間と見る夢のほうが面白い。これはそれを教えてくれたアイズへの、恩返しだ。

 

「だから私が、アイちゃんの願いを叶えてあげるよ。コアネットワークを利用した精神同調……前代未聞の机上の空論なんだけど、アイちゃんのためならやってみせようじゃない。だから、アイちゃん」

 

 束は魅了されたように、頬を赤らめながら恋焦がれるように一人の少女を思い浮かべる。本人に自覚はまったくないが、アイズ・ファミリアという少女は束にとって自身が追い求めていた“可能性の具現者”だ。

 理論しかなかったISの可能性を次々に発現させていくアイズは、それでも自分がどれだけの偉業をしてきたのかわかってもいないだろう。

 

 世界最高峰のIS適合者。そんなアイズなら、また今回も束の予想を超えるものを見せてくれるかもしれない。

 

「アイちゃんも、また私に奇跡を見せてね」

 

 こんなときに不謹慎だとは思うが、それでも束は自身の胸の高鳴りを抑えられそうにはなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さて、アイズ。いろいろ聞きたいんだけどいいかしら?」

「なにかな、鈴ちゃん」

「どうやってセシリアの眼を覚ますの?」

「それはこのあと束さんが説明してくれるよ。専門的なことまではボクもわかってないし」

「ふむ、まぁそれはいいわ。でも問題は別よ」

「別?」

「セシリアの実家に行ったわけだけど、行きの片道に三時間、帰りの片道に五時間。この差はなに?」

「ああ、だって移動してるから」

「移動ってなにが?」

「この島が」

「またとんでもないことサラッと言ってんじゃないわよ! 移動? 動く島ってなによ! そんなの島じゃないわ! 船よ! 船が島ってなによ!?」

 

 着替え途中の下着姿のまま鈴が脱いだ服を握り締めながら吠えた。

 女子更衣室内に響き渡る大声に何人かが顔をしかめながら耳を塞ぐ。その中でも比較的冷静な……否、感覚が既に麻痺しているラウラとシャルロットが口を開く。

 

「うるさいぞ鈴。島の機密さを考えればそのくらいの隠蔽は当然だろう」

「だまれ黒ウサギ! あたしはまだ新入りだからこの魔窟に完全に毒されてるわけじゃないのよ! 常識人舐めんな!」

「まぁまぁ、気持ちはわかるよ。……うん、よーっくわかるよ。でもしょうがないよ。ここはもう万魔殿みたいなとこだから」

「シャルロット! その悟ったような生暖かい目をやめろぉ! ついでにそのメロンを早く隠せ揉みしだくぞぉ!」

「ひぃッ!?」

 

 さっさとインナースーツに着替えればいいというのに鈴は下着姿のまま暴れている。ラウラを除き、他の面々は自身よりスタイルがいいこともありその中心にいる鈴はいろいろとストレスが溜まっているのかもしれない。特にシャルロット、箒には噛み付きそうなほどに威嚇している。

 

「鈴ちゃんは今日も絶好調だね」

「いつもああなのか?」

「ん、だいたいあんな感じかな?」

 

 箒の質問に答えながらよいしょ、と赤いスーツを着込む。アイズのパーソナルカラーである赤を基調としたスーツは束が用意したアイズ専用となる代物で、通常のスーツの十倍は高価なものだ。その分様々な耐性が付与された高性能品であり、セプテントリオンでは個人の適正に合わせた専用装備として支給されている。それだけでなく、通常品ではありえない機能も付与されており、バイタル管理、さらにISコアとのリンクを滑らかにする特殊加工もされている。

 今回やってきた一夏、箒、簪にもこのスーツが貸し出されている。

 

「鈴、いい加減にしてさっさと支度しろ」

「ったく、わかってるわよ。常識人代表としてつっこんでやっただけだっての」

「いや、おまえが常識人というのはおかしいだろう。問題児の中でも上から数えたほうが早い」

「セプテントリオンに入る人間に常識は必要ないって束さんが言ってた」

「一番常識を放棄してる人がなに言ってんだか、まったく」

 

 ブツブツ言いながらも鈴もちゃんとスーツと装備を整えていく。

 別に戦闘するわけでもないのにここまで完全装備をする必要があるのかという疑問もあるが、束がそうしろというのなら必要なことなのだろうと納得させる。

 

「それにしても島が船、か。なるほど、場所を攪乱するには確かに効果的だね。現実味はないけど」

「……わかってはいたが、姉さんが関わるととんでもないな」

 

 移動式の拠点。それは確かに効果的ではあるだろうが、島をまるごと要塞化しただけでなく移動させる改造までしているとはスケールが違い過ぎる。しかしスターゲイザーという規格外な宇宙船を知っているだけに驚愕する一線が曖昧になっている面々は「ああ、そうなんだ」と流してしまう。

 

「慣れって怖いね……」

 

 悟ったように言うシャルロットの言葉が全てを物語っているようだった。

 

 

 ***

 

 

「よしよし、みんな来たね!」

 

 大規模実験レベルの広大な隔離シュミレーションルームでは既に束や火凛をはじめとした技術スタッフ総出で準備を完了させていた。広大な実験室に所狭しと並べられたISハンガーが分厚いコードでつながれており、さらに奥では巨大なジェネレーターが稼働している。

 

「なんだかすごいな」

「しかし、なぜISに? やはりコアネットワークの利用とやらに必要なのか?」

「そういうことだね。コアの情報ネットワークをリンクさせて操縦者同士の精神リンクをするの。ただ、表層だけじゃなくて深層までリンクするにはそれなりの準備が必要でね」

「それがこんな規模の?」

「イグザクトリー。さ、みんな位置について、アイちゃんはここね」

 

 アイズが指定されたのは円形に配置された中心にあるハンガーだった。そしてその横には場違いなベッドが置かれており、そこには未だ意識を取り戻さないセシリアが寝かされていた。アイズは少しの間、眠るセシリアを寂しげに見つめてからISを起動させてハンガーへと機体を固定させる。

 そのアイズとセシリアのいる場所を囲むように均等に六つのISハンガーが設置されている。各々がISを起動させ、技術スタッフたちの手作業でハンガーへと固定される。さらにいくつものコードがダイレクトに接続され、中央のアイズへと繋がっていく。

 

「はい清聴~。今から君たちには死んでもらいます!」

「んなッ!?」

「あ、ごめん。緊張ほぐそうとした冗談だったんだけどそこまでマジ反応されると困っちゃうかも」

「束さんの冗談は境界線フリーだからわからないんですよ」

「あ、でも死ぬ危険性があるのはホントだよ?」

 

 何気なく言われた宣告に今度こそ一夏たちが絶句する。これも冗談かとも思ったが今度はそんな様子はない。既にそこまでの覚悟を決めているアイズを除き、全員が冷や汗を流す。

 

「まぁ、一番そのリスクがあるのはアイちゃんだけど」

「っ!? 姉様!?」

「アイズ!?」

「ごめんね、言ったら止められると思って」

 

 てへぺろ、と舌を出して謝るアイズにラウラと簪が目を見開く。そこまでのリスクがあるとはこの二人も聞いていない。そしてセシリアを救うためとはいえ、命まで賭けると知れば間違いなく止めに入っていただろう。

 

「はいはい、そのリスクを少なくするのが私の役目。私が天才なのは知っているでしょう君たち! スターゲイザーに乗ったつもりで安心しなさい!」

「ハイスペックな規格外すぎて逆に不安になるんですけど!?」

「んー、そうだねぇ。詳しく説明するのは面倒だから、とりあえずこれだけ覚えておけばいいよ。アイちゃんがセッシーの深層意識に入る。みんなはその手伝いをしてあげて」

「手伝いって?」

「そこは実際に見て、感じてもらったほうが早い。と、いうわけではじめるよ! 火凛ちゃん、スイッチオンだよ!」

 

 オーバーアクションな動きで束が制御盤前で待機していた火凛に指示をすると、火凛は対称的に冷静にその怪しげなボタンにかけた指に力を入れた。

 

「ポチっとな」

「ちょ、まだ説明が、………ッ」

 

 抗議の言葉を言い終える前に一夏の意識が途切れた。そしてそれは一夏だけでなく、全員が同じように意識を失ったように脱力してガクンと頭を垂れる。ハンガーに固定され、ISを纏ったまま気絶したことでまるで磔にでもされているかのような光景だったが、全員の意識はただひとつに収束していた。

 

「限定コアネットワーク、正常。全員のバイタル安定」

「意識リンク、適合レベルをクリア」

「多重リンクをレッドティアーズへと固定。……type-Ⅲリンクへとコネクト。ティアーズの同調開始」

「同調率70……80……90……98.55%で安定」

「シンクロを確認……IS全機のコアネットワーク、オールグリーン。マインドダイブ開始しました」

「ここまではよし、と」

 

 準備が整ったことで最終確認を行い、束自身もオペレーションのために自身のISであるフェアリーテイルを起動させる。

 ISネットワークを利用した擬似精神融合の人為的な発生。それは束をしても初の試みだった。言うなればアイズやラウラ、シールたちが引き起こす精神の共鳴現象を意図的に起こそうというのだ。そしてそれに必須となるヴォーダン・オージェの力を持つのはアイズとラウラだけで、そして肝心のセシリアにはない。この条件下でこの現象を引き起こすために相当の無理を押し通したが、そこは天才である篠ノ之束である。すべての条件をクリアし、アイズたちをセシリアの精神世界へと送り届けた。

 

「もっとも、こっからが問題なんだけど。深層の意識なんて、それこそ下手をしたら永久に精神を囚われる迷宮みたいなものだからね。さしずめ、私はクノッソスの迷宮に糸を垂らすアリアドネーってとこかな?」

 

 無事に精神同調領域から帰還できない可能性もある以上、冗談でもなんでもなく束たちのオペレートは迷宮の出口にほかならない。いくつもフィルターを通してリンクしている一夏たちならまだしも、ほとんどダイレクトにつながったアイズのリスクは一夏たちと比べて遥かに高い。

 

「さぁアイちゃん、いってらっしゃい。束さんはアイちゃんの帰りをいつまでも待ってるぞっ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 空に落ちる。

 この不思議な感覚を言葉にするなら、そういう表現になってしまう。上も下もわからない奇妙な空間に投げ出された身体が、まるで重力に引き寄せられるように落ちていく。

 かつて、ラウラやシールと起こしたヴォーダン・オージェの共鳴による精神干渉と似た感覚であるが、あのときと違うのは共鳴ではなく一方的な干渉であるという点だ。

 鏡写のように互いの精神を写し合って精神領域を形成する共鳴と違い、一人の人間が作る深層意識に異物を放り込むようなものだ。それはさながら広大な海に潜っていくようなもの。

 深海へと沈んでいくかのような恐怖感がアイズを襲う。しかし、それでもアイズはただまっすぐにその意識の海の底を見据える。

 

 ISコアを通じてリンクしたセシリアの精神の海に翻弄されながらも、アイズはその中心へ……今も眠り続けるセシリアの意識の中――――夢の中へと向かっていく。

 

「がっ、ごぼっ……!」

 

 アイズの呼吸が次第に乱れていく。それこそ、海の中で窒息するように息ができない。もちろん海に似ただけのこの場で窒息なんてありはしない。しかし、あまりの過密度の情報量に脳のほうが圧迫されそうになる。

 

「ぐっ、げほっ……う、うう!」

 

 それでもアイズは止まらない。頭蓋の中の脳とナノマシンが激しく熱を帯びている。人の心に踏み入るという代償なのか、絶え間無い苦痛がアイズに襲いかかる。まるで、このまま意識の海に沈没していくかのようにアイズの意識が混濁してくる。

 

「ぐぐっ……!」

 

 あと少し。殻に閉じこもったセシリアの深層まで、もうあと少し。少しでも気を緩めれば海の中に溶けていくような危機感すら抱きながら、アイズは手を伸ばす。

 

 

「あっ」

 

 

 そして、急激な落下感。

 同時に海中にような息苦しさも消失する。どしゃっと地面に倒れたことで、気付く。手に触れる感触は石畳。視線を上げれば、色とりどりの花が咲き誇る大きな花壇と、その向こうに広がる鮮やかな庭園。その中心にある噴水からは光に反射した水が湧き出ており、まるで御伽噺に出てくる楽園のようにも見える。

 そして、その庭園の真ん中に聳えるのはまるでお城のような立派な建物だった。

 

『アイちゃん? 無事かな?』

 

「束さん?」

 

 まるで空間そのものから響くように束の声が聞こえてくる。キョロキョロとあたりを見回すが、ここにはアイズ一人しかいない。

 

『同調が安定したね。セッシーの深層意識に入れたと思うけど、どうかな?』

「あ、はい。たぶん、そうだと思います。懐かしい場所です。昔の、セシィの家です」

 

 そう、つい先程訪れたばかりの、廃墟と化したオルコット邸。それが、まだ人の営みが感じられた頃の姿――――破壊される前の、セシリアとアイズが子供のとき一緒に駆けたオルコット邸の姿がそこにはあった。

 

『ふむ、深層は安らぎを覚えている場所、と。新発見だね!』

「誰もこんな実験したことないですからね。……というか、死ぬかと思った。けっこう本気で。海に溺れた感覚そのままだったし……」

『それもニューディスカバリーだね!』

「まぁ、そのあたりの研究はあとにして……えっと、ラウラちゃんたちは?」

『ん? ああ、同調が安定したから今からそっちと繋がると思うよ』

「ん、むむむ? なんかキタ!」

 

 ざわざわと頭の中が揺れる。しかし、それは先程のような不快感はなく、まるで頭の中に直接声が響くような感じだった。

 

『ん、んん……ど、どうなってんのコレ!?』

『気がついたら豪邸が目の前に……え、手品?』

『と、いうかなんか目線が低いぞ、……それ以前に身体の感覚がないんだけど!?』

 

 それはラウラたちの声だった。そしてラウラたちの存在がアイズと重なるように感じられる、そんな不思議な感覚だった。

 

『はいはい、今説明するから静かにね~。まぁ、なんとなく感覚でわかるんじゃない?』

 

 それから束による簡単な説明が行われた。とはいえ、本当に簡単な説明だけで細かいことは省いている。

 世界初となる、ISのコアネットワークを利用した操縦者同士の意識リンク実験。机上の空論だったはずのそれを実現するために、世界で二つしか存在しない第三形態移行〈サードシフト〉した二機のティアーズを用いた人為的な意識融合。この二機のコアネットワークを媒体にして精神を干渉するというまさに未知の方法だった。

 本来ならともに意識がある状態で行うものであるが、今回は一方の受け手となるセシリアが昏睡状態ということで無理矢理に閉じられた意識の海へと潜っていくという強行手段となったが、いずれはこのネットワークを利用してどんな距離でも相互に意識疎通を可能とすることも束の研究テーマのひとつだった。

 

『じゃあ、私たちの意識もセシリアとリンクを?』

『ちょっと違う。リンクしたのはアイちゃんだけで、他のみんなはそのアイちゃんと繋がってる』

 

 つまりアイズを除く全員はただその意識をアイズに送り込まれているだけの状態だ。だから意識はあっても身体がない状態。この精神世界でもある程度自己判断で行動できるアイズと違い、ラウラたちはただそんなアイズというファクターを通してこの世界を見ているに過ぎない。

 

『みんなはそこに映された世界を見るだけのただの観客。でも、アイちゃんだけはその精神世界という舞台に上がることができる』

『んー、もしここがゲームの世界だとしたら、ゲームの中のキャラクターを操作するコントローラーをもってるのはアイズだけで、僕たちはそのゲームを見ているだけ……そんな感じですか?』

『そうそう、シャルるんのいった感じだね。口は出せるけど。さらにいえばアイちゃんはそのゲームの中に半分入っていて、みんなは現実寄りの位置から眺めているものだよ。リスクの違いもこれで理解できたかな?』

『なにかあってもあたしたちは現実にすぐ戻れるけど、アイズだけはその中から抜け出せないかもしれないってこと? リスクってそういう意味だったのね』

『なら、アイズの手伝いというのは? こんな状態ではなにかあっても力になることは……』

『大丈夫だよ箒ちゃん。みんなの存在そのものがアイちゃんにとって命綱だから』

『……? どういうことだ?』

『人間の意識ってそれこそ海みたいなものでね。そんなところに沈んだらもう浮かぶことができないかもしれない。だから、比較的表層のリンクしかしていないみんなの意識と繋がることでアイちゃんの精神が沈まないようにつなぎ止めているってわけだね』

 

 そうでなければアイズは二度とセシリアの意識の海から浮かび上がってこれなかったかもしれない。これは大袈裟でもなんでもない。それだけ人の精神は複雑怪奇なのだ。ヴォーダン・オージェの共鳴現象も似たようなものであるが、こちらのほうがまだリスクは低い。

 だから比喩でもなんでもなく、アイズと繋がることそのものがアイズの命綱なのだ。

 それを知ったラウラたちは自分たちがいる意味を知って緊張を強めてしまう。特にラウラや簪はアイズが抱えるリスクを知って表情を引き釣らせている。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと、セシィと一緒に帰るよ」

 

 そんなリスクを抱えながらも、それでも笑って迎えに行くというアイズ。なんのためらいもなくアイズにそこまでさせるセシリアという存在に、どこか嫉妬にも似た羨望の念すら抱いてしまう。

 

『あたしたちをあの家に連れて行ったのにはこういう訳もあったのね。……で、ホントに大丈夫なんでしょうね?』

「大丈夫だって。それに案内人もいるし」

『案内人?』

「うん。…………いるんでしょ、レア! レ~ア~!」

 

 アイズが声を張り上げる。その声に応えるように、どこからか足音が近づいてきた。アイズが目を向けると、そこにいたのはまるでアイズを小さくしたような少女。それこそ、アルバムで見たアイズの幼少期そっくりの姿をしている。アイズの頭の中では意識をリンクしているみんなが驚いていることがわかった。ただ、唯一アイズと違うところは、そのアーモンド型の大きな瞳の色が、深紅色だということだ。

 自意識を持つにまで覚醒したレッドティアーズtype-Ⅲのコア人格――レアであった。ISを通じた同調であるがゆえに、レアもこの世界では自らの個体イメージをはっきりと形成してアイズと同じようにこの世界に足をつけていた。

 

「聞こえてるよ。まったく、またこんな無茶をして。ホントにアイズは私がいないとダメなんだから」

「えへへ、ごめんね。でも頼りにしてる」

「しょうがないな。まぁ、姉妹の頼みでもあるしね。協力するよ」

「姉妹?」

「うん。紹介するね。まだ、うまく自己表現はできないけどとってもいい子だから」

 

 そうしてレアが背後に振り返ると、そこにはいつの間にいたのか、もう一人小柄な少女が立っていた。金色の髪と、青い瞳。やや虚ろなその表情を動かさずに、じっとアイズへと視線を向けている。

 

「…………」

「……この子は」

「私ほど自意識は覚醒してないけど、同じtype-Ⅲのコア人格。……私の姉妹の、ブルーティアーズだよ」

 

 その姿はまさにセシリアの生き写しのようだった。セシリアと繋がることで学習し、進化したことで彼女と似た容姿となったのだろう。それこそ、アイズに似た姿となったレアのように。

 そしてそんなレアと並ぶ様子は、アルバムにあった幼いアイズとセシリアの写真の光景そのものだった。アイズは、まるで過去の世界の自分たちを見ているような錯覚に息を呑んだ。

 

「…………ヨロシ、ク」

 

 そしてたどたどしく挨拶の言葉を発しながら、ブルーティアーズが儚げな笑顔を浮かべた。

 

 

 




セシリアの精神へと入りました。次回からセシリアの過去が明らかになっていきます。

精神に入る、というものはいろんな作品でも見られますが、かなり描写に悩みました。現実のようで現実ではない未知の空間。そんなものを表現することの難しさに難儀しました(汗)

ちなみに私は映画の「ザ・セル」が好きなんですが、あんなすごい表現を思いつくことがすごいとはじめて見たとき感動しました。


はやいとこアイズvsセシリアのメインバトルを描きたいですが、大事なとこなのでいつも以上に慎重に書いていきたいです。最近はまた仕事も忙しく、出張などもありちょっと更新速度がゆっくりとなってきてますが、のんびりとお待ち頂けると幸いです。

もはや原作乖離(今更ですが)したストーリーをうまくまとめられるよう頑張って完結させたいです。それに最近はシリアスばっかなのでセシリア復活のあたりでほのぼのやギャグ回とかも書いてみたいですね。

それでは感想などお待ちしております。また次回に!


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Act.103 「閉じられた宝箱」

 喧騒から外れた路地裏でその少女はうずくまっていた。汚れた毛布で全身を覆い、雪が降り始めた夜の寒さに耐えていた。

 少女がこうして路上で生活して既に半年以上が経過していた。数えて十にも届かない少女がこれまで無事にいたのはその妖しく光る両眼に依るものが大きい。

 

 人造魔眼――――ヴォーダン・オージェ。

 

 あらゆる視覚情報からすべてを見通す人が造った魔性の瞳。少女の眼と脳はこの魔眼に適合するため、未調整の危険なナノマシンに侵されている。命を削る激痛を代償に、少女が生き抜く力を与えるという少女にとって呪いそのものと言えるもの。ガラスに映った自身の姿を見るたびに、人外の怪しい輝きを宿すこの瞳に、そしてこの瞳を宿す自分自身に激しい憎悪と悲しみを抱いていた。

 

 幸せそうに歩く子供を見て妬む日々。

 

 家族と一緒に歩く子供を見て僻む日々。

 

 負の感情だけが激しく渦巻き、いつか暴発してしまうんじゃないかと怖がっていた。少女は復讐を願っていた。しかし、復讐を正当化しようとしても躊躇ってしまうほどに少女は優しすぎた。

 ――いや、少女は嫌だったのだ。誰かを傷つけ、陥れて、そして笑うような存在になれば、それは自分を苦しめた人間と同じになってしまう。大嫌いなものと同じになることが嫌だった。だから少女はどれだけ嫉妬しても、どれだけ憎悪を募らせても、どれだけその力があろうとも、この暗い感情を明かすことができなかった。ただただ自分の胸の奥底に押し込めるだけ。しかし、どれだけ力があっても未だ子供である少女の限界が訪れるのは必然であった。

 冬の寒さに身を震わせながら、自身の理不尽な境遇をいったいどうやって納得すればいいのかわからずにただただ苦渋を噛み締める。関係のない他人にこの怒りや憎しみをぶつけられたらどれだけ楽になるだろう。そしてそのあとにどれだけ後悔するのだろう。正しいことがわかっても感情の矛先が定まらない。

 

 そうして心が迷い、苦しいときには決まって空を見る。空は見るものすべてを情報化して脳を圧迫するこの瞳で、唯一安息と共に見つめることができるもの。少女にとってのゆりかごであった。

 そうして透き通った青空、夜空の星の輝き、夕焼けに染まるオレンジ色の空。いろんな表情を見せてくれる空だけが慰めだった。暗い感情に侵されていた少女に残された最後の純粋な憧れ。それが空だった。

 

 それなのに、その日は運がなかった。同じ場所に一週間といない放浪生活をしていた少女がその日にいたのはロンドン。霧の都と呼称されるように、霧の発生率が世界でも高い街だ。視界そのものを遮るかのような深い霧に遮られ、見えすぎるこの眼で見上げても空まで届かない。

 たったそれだけ。しかし、それが少女のストレスを加速させ、自制心が機能しなくなるほど少女の精神を追い詰めていた。

 

 それほどに、空が安らぎで。

 

 それほどに、少女は追い詰められていた。

 

 だから、そんな少女にかけられた声が善意のものでも、少女は感情のままに、敵意を宿して返してしまった。それは少女がはじめて行った“八つ当たり”だった。

 

 

「大丈夫ですの?」

 

 

 そう声をかけられ、少女が顔をあげる。超能力とも言えるほどの鋭敏になった直感が働かなかったことから、おそらく声をかけてきた人間には悪意はないのだろう。しかし、それで少女の溜まりに溜まって混濁した苛立ちが収まるはずがなかった。

 

「…………」

「どこか悪いの?」

「…………よ」

「え?」

「どっか、いけよ……」

「でも、あなたを置いては……!」

「何様だよおまえェ! ボクを見るな! そんな綺麗な眼で、ボクを見るなよ!」

 

 金糸のような髪と白い肌。そして青い瞳。おおよそ、正しく人らしく美しいその姿に少女は嫉妬した。なにより、その瞳に、美しいと純粋に感じるそれに映った自身の見窄らしい姿が我慢できなかった。

 自身の眼が大嫌いな少女にとって、綺麗な瞳に映ること自体が耐え難い皮肉であり、屈辱であった。それを知るはずもない金髪の少女は少し怯えながらも必死に声をかけた。

 

「そんな、あなたの眼も、綺麗なのに……」

「……ッ!!」

 

 その言葉が引き金だった。

 今まで耐えてきたすべてがどうでもよくなるほどに、少女の感情の最後の枷を外してしまった。綺麗な身なりで、綺麗な瞳で、不自由なく育っているような同年代の少女にそんな言葉を言われることがこれほどまでに耐え難いなんて思っていなかった。

 金色に染まった瞳は少女にとって呪い。それは不幸の象徴だった。それを羨むように言う目の前の存在が許せなかった。

 感情が暴れ、顔を真っ赤にして立ち上がるとその感情のままに少女は右手を振り上げた。拳ではなく平手だったのは無意識にブレーキをかけようとした結果かもしれないが、それでも思い切り頬を打った。パチンと頬を打たれ、倒れる姿を見ても少女の怒りは収まらなかった。

 睨みつけるという行為だけで眼と頭に痛みが走る。そんな痛みも不快だった。しかし、その痛みでブレーキがかかった。八つ当たりをしてしまったことを後悔しながら、それでもどうしたらいいのかわからずに金縛りにあったように動けなくなった。

 

「…………」

 

 叩かれた金髪青目の少女はしばし呆然としていたが、やがてゆっくりと立ち上がると頬を腫らしたまま再び少女の目の前に立った。その表情には、少女を気遣う色がある。ここまでの暴挙をしたのに未だに心配されることが少女にとって酷く惨めに思えた。

 

「…………怖いんですの?」

「こわ、い?」

「それとも、悲しい……?」

 

 少女はなにを言われているのかわからなかった。怖い? 悲しい? いったいなぜそう思われたのだろう。こんな暴力を振るってしまったのに、どうして逆に心配されてしまうのだろう。どうして逃げないのだろう、非難しないのだろう。そんな疑問が溢れ出てくるが、なにひとつ答えを持ってはいなかった。

 しかし、その答えを示すように少女の頬に指が触れた。ビクッと怯えてしまう自分に情けなくなりながら、手を伸ばしている目の前の金髪青目の少女を見つめ返す。ちょうど眼の真下あたりに感じる自分ではない誰かのわずかな体温が、不思議とこの冷え切った身体に染みていくようだった。

 しかし、ほんの数秒でその指が頬から離れ、掲げられたその指に付着したそれが目に映る。

 

「あなた、泣いていますのよ」

 

 涙。それが自分の眼から流れ出たことを理解するのにさらに数秒の時間を要した。

 

 泣いている。この自分が。

 

 たったそれだけのことが、ひどく受け入れ難かった。

 

「ごめんなさい……辛かったんですね」

 

 わかったような口を利く目の前の存在が許せない。いったいなにがわかるんだ。辛い? そんな言葉で済むことじゃない。わかってほしいとも思っていない。だから、その顔をやめて。お願いだから。……そんな支離滅裂な思考がぐるぐると回り始める。

 

 

 

 ――――そんな顔で、ボクを見ないで。

 

 

 

 自分が惨めで、情けない。八つ当たりをしてしまった負い目もあり、少女は今度こそ後悔から顔を歪ませる。いつの間にか流れていた涙がその量を増していき、いったい自分が今、どんな感情で涙を流しているのかさえもわからなくなる。ぐちゃぐちゃになった思考が最後に出した結論は、実に情けないものだった。

 

「……ッ」

「あっ……!」

 

 背を向け、その場から走り去った。―――――逃げたのだ。

 

 善意で声をかけてくれた相手に対し、逆上して暴力を振るって、それでも気遣ってくれたことに対して行ったことが目を背けてその場から逃げることだった。

 善意に対し無自覚な悪意で返した挙句に逃げる。それは、とても情けないものだった。

 

 

 

――――ボクは、臆病だ。

 

 

 

 わかっていた。自分は幸運にも生き延びているちっぽけな存在だということくらい。

 それでも、それをまざまざと見せつけられた。これまで幾度となく死から逃げてきた少女は、はじめて今生きていることから逃げたくなった。

 名前も知らないあの金髪青目の少女の顔が忘れられない。すべてを受け入れるようなその慈愛に満ちた顔は、少女にとって眩しすぎた。

 

 

 

 

 これが、最初の邂逅。

 

 セシリア・オルコット。そしてまだ名前すらなかった後のアイズ・ファミリアの出会いだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それぞれの使用者に酷似した姿を持つ二人のコア人格の姿を見たせいだろうか。アイズは久方ぶりに昔のことを思い出していた。アイズ自身でも思い出すだけでも恥ずかしい。感情の整理もできないまま生きるだけで必死だったとき、そんなときに出会ったのがセシリアだった。今でこそ最高最愛の相棒となったセシリアであるが、はじめてあったときはアイズが一方的にセシリアに酷い仕打ちをしていたという、アイズにとって黒歴史ともいえる思い出だった。大切な思い出には違いないが、愛も友情も知らなかった頃のスレた自分の姿は思い出の中だとしても恥ずかしいと感じて知らずに俯いてしまう。

 

「アイズ、アイズ」

「ん?」

 

 名前を呼ばれて思考を中断する。顔をあげると手をつないで仲良さそうな二人がなにか期待を込めた眼で見つめてきていた。

 

「お願いがあるんだけど、この子に名前を付けて欲しいの」

「ボクが?」

「お母さんから言われたんだ。アイズに名前をつけてもらえって」

 

 お母さんというのはもちろんISの生みの親である篠ノ之束のことだ。束がそう言ったということは、そこになんらかの意味があると見るべきだろう。それにアイズとしてもレッドティアーズのコア人格にはしっかり【レア】という名前があるのに、ブルーティアーズだけそう呼ぶのはなんだか仲間はずれにしているみたいで嫌だった。本来なら乗り手であるセシリアがつけるべきなのだろうが、ここは代理として名前を考えることにした。

 うーん、と少しだけ考えて、結局レアのときと同じようにインスピレーションに任せて名前を決める。

 

「レッドティアーズでレアだから、ブルーティアーズで……………ルーア。ルーアはどうかな?」

 

 Red-TearsからアルファベットをもじってRea[レア]。

 Blue-Tearsから同じようにとってLure[ルーア]。

 単純でなんの捻りもないが、双子機として生み出された二人の名前にとってはこれが最もいいと思い、そう決めた。

 

「ルー、ア」

「よかったね、ルーア」

「うン。アリがとウ」

 

 うまくしゃべれないように少しカタコトの言葉だったが、それでもわずかに微笑んでブルーティアーズ……ルーアが感謝を示す。レアほどまだ完全に覚醒していないというので、感情表現といったものはまだ不得手に見える。それでもしっかり独自に考え、伝えようとする姿はやはり人間のようだ。第三形態に移行しているのは伊達ではないということだろう。

 

『へぇ~、ISのコアは成長すると本人そっくりのちびっ子になるのか。甲龍もいずれはこんな姿になるのかしら?』

「んー、データがまだ二例しかないからなんともいえないけど、そうなるんじゃないかな?」

『なるほどね、ISは奥が深いわ』

「ふふっ。ISは最高の相棒だからね!」

「それにアイズは私がいないとダメだし」

「レア~、なんかボクを妹みたいに思ってない? …………っと、そういえばみんなは? なんか鈴ちゃんの声しか聞こえないけど」

『ああ、……まぁ、その、ね?』

「んん?」

 

 アイズが頭の中を探ると、確かに他の皆の気配はする。頭の中に居るというのはなかなかアイズでも不思議で違和感を覚えるものだったが、やや手探りで詳細に気配を感じ取る。

 

『…………ぐすっ』

 

 そしたらなにやら嗚咽が聞こえてきた。声からして簪、そしてラウラ。それ以外の箒や一夏、シャルロットもなぜかしんみりとした雰囲気を醸し出しており、いったいなにがあったのかアイズは混乱した。

 

「え? え?」

『あー、その、ね。今のあたしたちってアイズと意識をリンクさせてるわけじゃない?』

「う、うん」

『だからさ、さっきあんたが思い出してたイメージが伝わってきたのよ』

「………………え?」

 

 それはつまり、アイズとセシリアがはじめて出会い、そしてアイズにとって恥ずかしい黒歴史であるアレを見られたというのか。そう理解したとき、アイズの心中が激しく揺れた。

 見られて嫌なわけじゃない。ただなんの覚悟もなく知られてしまったことで動揺してしまった。まるで不良時代の映像を公開されたかのようないたたまれなさを感じていた。

 

「うう~! は、恥ずかしい……!」

『いやぁ、痛ましくってさすがのあたしも……』

「もういいから黙ってて! お願いだから!」

『はいはい。…………あと、みんな失望したわけじゃないから安心しなさい。戻ってきたら簪とラウラあたりにたっぷり甘えてやりな』

 

 その言葉を残し、鈴の意識の気配がふっと薄らいだ。どうやらリンク状態での会話をするときに皆の意識気配が強くなるようで、ただの観客となっているときは頭の中が少しざらつくような、あまり気にならない程度の気配となるようだ。こうした細かいことも束の研究には重要な事例となるのでしっかり心にメモをしておく。

 それにしても、相変わらず鈴はよく気遣ってくれる。アイズが抱いたほんのわずかな不安を察してあんな言葉を言ってくれたのだろう。心配してくれる皆も同じだ。アイズは頼もしく、優しい友たちと出会えたことに感謝した。

 

「こッチ」

「あ、うん」

 

 ルーアに先導され、庭園を歩く。こんな綺麗な庭園を見たのはいつ以来だろうか。懐かしい気持ちになりながらアイズは昔のセシリアそっくりのルーアの小さな背を見つめた。

 そうして案内されたのは、やはり中央に聳える本邸だった。オルコット家の栄達を象徴するかのような大きくて豪華なその屋敷は、アイズもはじめて見たときはセシリアがどこかのお姫様なのかとも思ったくらいだ。

 

「今は入レナい」

「え?」

「コノ家はセシリアの深層ノ中心。今のセシリアはここに囚われている」

「囚われている?」

「見れバ、わカル」

 

 アイズは窓から屋敷の中を覗き込む。

 そこで見た光景は、幸せという言葉が形となったかのようなものだった。無邪気に楽しそうに笑う幼いセシリアと、そんな娘を微笑ましく見守るレジーナ。互いに笑い合うその光景は、きっと昔にあった出来事そのままの光景なのだろう。

 この母娘が銃を向け合い、そして母が娘を一方的に嬲って蹂躙したと聞いて果たして信じることができるだろうか。アイズですら、この光景を見ればその事実が間違いなんじゃないかと思ってしまう。そして実際に昏睡状態に陥ったセシリアは、それを間違いだとしたくてこんな意識の底で目と耳を塞いでいる。

 

「セシリアは、否定シテいる」

「否定……」

「自分を苦しめタ人が、母のわけがナイ。母は、コウいう優しい人なのダ、と。世界を閉ジて、ちっぽけな夢の中でまどろンでイる」

「…………」

 

 アイズは窓に手をかけ、開けようとするもビクともしない。まるで鋼鉄であるかのように小揺るぎもしない。まるで外からの干渉を一切遮るように。おそらくこの屋敷の扉や窓、壁にいたるまですべてそうなっているのだろう。ここはセシリアの精神世界。セシリアの心そのものといっていい場所だ。

 

「リンクしてイる私デモ、この屋敷の中には入れナイ。ただタだ、夢の中デ過去の幸福を繰り返シてイる」

「……幸福、か」

「人間って不思議。今より過去を守ろうとする。過去は今に続く原因で、未来への糧。私たちはお母さんにそう教わってきた。でも、そんな理屈じゃないところも人間なんだね」

 

 レアの言葉にアイズはなにも言えない。ただ正論だけで、理屈だけで生きられるのなら、そもそもアイズもセシリアもこうしてはいなかったかもしれない。もしかしたら誰もが幸せになっていたかもしれない。でも、そうはならなかった。そうできないことも、人間ゆえに、なのだ。人格を形成し、人に近づいてももともとプログラムだったレアやルーアにはそんな人間の矛盾さが不思議に感じていた。

 

「セシリアを目覚メさせるってコトは、鍵のない宝箱を無理矢理開けて暴くようなモノ」

 

 それこそ、子供が大切にしている宝箱を無理矢理壊して中身を暴くような行為だとルーアは言う。うまい例え方にアイズが苦笑するも、ここまできてそんな言葉で動揺するアイズではなかった。茫洋とした眼を向けるルーアに、アイズもまっすぐにその金色の瞳を向ける。

 

「昔、ボクが腐ってたとき、無理矢理に手を掴んで引きずりあげてくれたのはセシィだった」

「…………」

「それまで、何度もセシィを悪く言って、ぶったり、石を投げたことだってあるのに、それでもセシィはボクを見捨てたりしなかった。……ボクはね、自分だけじゃどうにもできなかった殻をセシィに破ってもらって、ようやく立ち上がることができた」

 

 だから、これはその恩返しでもあるし、アイズ自身の願いでもある。それはもしかしたら一方的なものなのかもしれない。それでもアイズはこんな夢に沈むことは認められなかった。

 

「それに、こんな幻の幸せに浸ることは、セシィの幸せじゃない」

 

 そう言い切るアイズはキッとその母娘愛を表す母娘の姿を睨む。グッと腰を落とし、身体の中から力を練り上げる。鈴の加入以来教わった中で基礎的でありながら高い威力を持つ鈴直伝の発勁掌を躊躇いなく放った。

 ドン! という衝突音と共に、ビクともしなかった屋敷が揺れた。この屋敷そのものが拒絶の塊なら、アイズはその拒絶を拒絶するほどの“お節介”を込めてそれを揺らす。ここが精神の世界なら、単純な力ではなくそこにどれだけの思いを宿せるかでその強弱が決まる。それを本能的に悟ったアイズは目の前で繰り広げられている虚ろな幸せを破壊することも覚悟でさらに腕を振り上げる。

 ルーアは、揺るがないアイズを見てなにかを触発されたかのように表情を変えてそんなアイズを見つめていた。その瞳は、先程までのう虚ろさが弱まり、熱のようなものが宿っている。そんな変化の兆候が見られた姉妹を見ながら、レアが無言でいなかがらも嬉しそうに笑ってアイズを応援している。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこへソレは現れた。

 

 

 

 

 

「ッ!? アイズ、逃げて!」

 

 一番早くそれを察知したのはレアだった。レアは体当たりするようにアイズの身体を抱えてその場から跳躍する。体格差を考えればそれも驚くべき光景だが、そんな二人がいた場所に一筋の流星が落ちてきた。

 いや、それは流星ではない。レーザーの光だ。着弾したレーザーはしかし、なにも傷つけることなくそのまま消えるように霧散する。しかし、直撃していればアイズは大怪我どころか、致命傷を負っていただろう。

 

「な、なに?」

「…………来た。出てくるとは思ったけど」

「なんなの……!?」

 

 アイズはレーザーが発射された方向へと目を向け、そして息をのんだ。

 そこにいたのは青い装甲のISを纏った一人の少女。長大なライフルを持ち、背には十機にも及ぶビットが装備されている。間違いなく、あのISはセシリアの愛機……そしてルーアの身体でもあるブルーティアーズtype-Ⅲだ。

 しかし、それを纏う少女は―――――姿こそセシリアと酷似しているが、まったくの別人だった。顔や体つきはまったく同じ。しかし、その眼はまるでガラス玉のように生気がなく、ただ無機質な視線をアイズへと向けている。アイズには、それが人に見られているのではなくカメラを向けられているように感じてしまう。

 

『な、なんだ!?』

『セシリア? ……にしてはなんか変だけど』

『アイズ、大丈夫!?』

 

 アイズと意識を共有させている面々もこの人形のようなセシリアの搭乗に驚愕している。なにより、警告のひとつもなく攻撃してきたことに強い危機感を抱く。

 

「ルーア、あれは?」

「……セシリアの防衛本能、というベきモノ。今のアイズは深層意識に入り込んだ異物みたいなものだから心理的な抗体としてアレが生み出さレタ」

「じゃあ、セシィそのものじゃあないんだ?」

「姿は同じでもセシリアの心はやどってナイ。でも、実力は変わらナイ。むしろ心理的な抵抗が一切ナイから、かえって手ごわいかもしれない」

「この虚ろな宝箱を守る守護者ってわけか……」

 

 心理的な抗体。アンチボディ……いや、言うなればアンチマインド[anti-mind]といった存在だろう。

 そうしているとまたもそのセシリアの姿をしたアンチマインドがライフルを向けてくる。その動作には一切の迷いも躊躇いもない。アイズはレアを抱えながら距離を取るように後ろへと跳躍する。

 

「レア!」

「任せて!」

 

 着地と同時にレアが粒子になるように分解する。そして再び身体を再構築。アイズのための姿――アイズが戦うための鎧となるIS【レッドティアーズtype-Ⅲ】へと変化する。現実のときと同じ感覚でハイペリオンを展開して握り締めると、撃ち込まれたレーザーをその刀身で弾く。

 

「アイズ!」

 

 戦う姿勢を見せたアイズとレアに、ルーアが呼びかける。

 

「それはセシリアじゃナイけど、実力は同じ。セシリアの最強の自分というイメージで具現化しタ抗体だから、油断も、容赦も、手加減も、慢心も、慈悲も、躊躇いも、過信も、驕りもナイ」

「……………」

「だから、純粋な実力でセシリアを越えられナケレば……それには勝てナイ」

「そうなんだ……」

「でも、それに勝てなけレバ、結局セシリアには届かない。……アイズ、私モ信じテみる。……勝って、アイズ!」

「もちろん!」

 

 アイズは目の前のアンチマインドを見る。セシリアと同じ姿。そしてその強さも同じ。ちょうどいい。セシリアに並ぶために、セシリアを目覚めさせるためにも、ここでこのアンチマインドを超える。

 それが、アイズの覚悟と意思の証明になる。

 

「行くよ。ボクはあのときとは違うんだから。なにもできなかったボクは、もういない。それを証明する! だから、セシィ……!」

 

 握り締める剣に力が篭る。戦意を滾らせ、アイズはアンチマインドへと飛翔する。虚ろな幸せに囚われるのなら、それを破壊する。

 激しく意思を震わせながら挑むアイズに対し、アンチマインド――セシリアの影はなにも言わず、ただ無表情に引き金を引いた。寸分のズレもなくヘッドショットを狙ってくるアンチマインドに冷たい殺気を感じながら、アイズはさらにイアペトスとティテュスを展開。はじめから全力で戦闘態勢を取る。

 心の宿らないものだとしても、あれがセシリアと同じ強さを持っているのならアイズは自分の全てを賭けて挑まなければ勝てないとわかっていた。

 

「ボクを見ろッ!! ボクは、ここにいるんだ!」

「―――――」

 

 未来を求めるアイズの意思と、現実を拒絶するセシリアの影。二人の相反する願いが、銃と刃に宿されてぶつかった。

 

 

 




今回は早く更新できました。

メインバトルとなる、vsセシリアの影。アンチマインド戦の開始。この戦いを通してアイズとセシリアのこれまでとこれからの繋がりを描いていきます。

ちなみに純粋な実力はセシリアが上。アイズは主人公らしく、意思の力で戦っていきます。おそらくこの戦いが物語でもっともアイズが主人公っぽい戦いになりそう。普段はどちらかといえばヒロインみたいだし(苦笑)

次回も早めに更新……できればいいなぁ(汗)

感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.104 「あなたに会いたい」

「美味しいですか?」

 

 横からかけられた声を無視しながら焼きたてのパンを無言で頬張る。これまでカビの生えかけた廃棄物同然のパンしか食べてこなかった少女にとってその柔らかい白パンはそれだけで贅沢の限りを尽くした馳走のようだった。温かく、柔らかいパン。たったそれだけで、少女は幸福と思えた。

 しかし、はじめは施しなど受けるものかと拒否していたのだ。そんな少女だったが、焼きたてのパンの誘惑に勝てずに一口だけ、と言い訳をして齧り付いた。そして一口食べただけであったはずの意地がすべて吹き飛び、気がつけば貪るようにパンを食らっていた。

 その様子は、おそらく行儀なんて概念を彼方へと投げ捨て、ただ貪るように口へと入れる、そんな無様といえる食事風景だったろう。

 

「ふふっ」

 

 そしてそんな少女の横で、なにが面白いのか微笑みながらじっと見つめてくる者がいた。金糸のような髪と白い肌。来ている服も丁寧に作られたオーダーメイドという、その姿はまさに人形のようだった。

 セシリア・オルコットと名乗ったその娘は、ただ抱えてきたバスケットいっぱいに詰められたパンを見せながら少女に笑いかけてきた。

 つい先日暴力を振るったというのに笑顔でまた会いに来るセシリアに少女ははじめは恐怖した。何度か攫われそうになった少女にとって、無償の善意は悪意と等しかった。綺麗事を言う者ほど裏では悪意に満ちていると実体験で知っていた少女にとって、なんの悪意もない少女のその優しさにただ戸惑うしかなかった。

 だからはじめこそ敵対心を隠そうともせずに近づいてくるセシリアを警戒していたが、今ではこうして隣に居ながら無防備な背すら見せている。セシリアを警戒することは無意味で無害だと判断した結果であり、決して餌付けされたわけではないと自分に言い聞かせる。

 しかし、それでも身体は正直だ。もぐもぐとリスのようにパンを頬張り続けている。

 

「…………」

「もっと食べますか?」

「…………」

 

 本当はもっと食べたいのに、プイッと顔を背けて反抗的な態度を取ってしまう。ある程度腹が膨れたことで頭が回り、思考が回復してきたために今更ながら施しを受けたことに情けなくなってきた。本当に今更だった。そんな不甲斐なさを誤魔化すように少女はそっぽを向きながらセシリアに問いかけた。

 

「……どうしてそんなにボクに構うのさ」

「理由が必要ですか?」

「あたりまえだろ。理由がないのに、ボクにこんなことする意味なんてないだろ」

 

 ありがとう、の一言すら言えない自分自身に嫌気がさしながら少女はツンとした態度でそう返す。しかし、そんな少女の態度に対してもセシリアは笑みを浮かべたままだった。

 

「理由、ですか。そうですね……どうしてでしょう? きっと、ただそうしたかっただけですわ」

「……哀れみ?」

「否定はしません。でも、もっと単純なことです。きっと、……私はあなたと友達になりたい。そう思ったからなんです」

「……!」

 

 ともだち。たった四文字のそれが持つ意味を少女はまだ知らない。しかし、それは少女が欲しかったもののひとつには違いない。

 でも、少女にはまだそれを知らない。どうすれば手に入るのかも、手に入れてどうしたいのかもわからない。

 

「そろそろ名前を教えてくれませんの?」

「……嫌だね」

 

 本当は名前すらないというのに。

 もし名前があるのなら、きっと自慢するように言えるのに。

 

「そうですか。お友達になるのは遠いですね」

「……?」

「お友達になる第一歩は、互いを名前で呼ぶところからと聞きましたの」

「じゃあ一生無理だ」

 

 自分には名前がない。名前がなければ呼ばれることもない。もし本当に名前を呼ぶことで友達になれるというのなら、自分は一生友達なんてできないだろう。そんな自棄になったような思考にうんざりしつつも、少女は表情をぶっきらぼうに歪めた。そんな少女の様子に気づいているのかいないのか、セシリアはいくつもの問を投げかける。

 

「どうしていつも眼を閉じていますの?」

「見たくないからだよ」

「だから私の顔も見てくれないのですか?」

「別にいいだろ」

「じゃあ、どうして見ていないのに私が来たってわかるんです?」

「匂いと気配を覚えたんだ。いつもいつもボクのとこに来るから……なんで来るんだよ」

「迷惑ですか?」

「はじめからそう言ってるだろ」

「明日はサンドイッチを持ってきますね。ここのベーカリーはサンドイッチも美味しいんですの。私も作ろうとしたことはあるのですが、どうにもうまくできなくて……ああ、お母様に『うわ、不味ッ!?』って素で返されたときはさすがにショックで泣きそうになりました…………はぁ」

「話を聞けよ。あと手料理は絶対持ってくるなよ」

 

 勝手に思い出話を語りだすセシリアに少女が容赦のないツッコミを入れる。

 噛み合っていないのに、それでも不思議と意思疎通をしていた。セシリアはほとんど毎日少女を探して街を歩き、そして少女を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。そのセシリアが駆け寄ってくる足音を少女はすぐに覚えてしまった。

 

「おまえこそ暇なのか? 毎日毎日飽きもせず……ボクと違って、普通はガッコーってとこに行くんじゃないの?」

「もちろん通っておりますわ。まぁ、私の場合は登校義務を免除していますので月に二、三回程度ですが」

「めんじょ? よくわからないけど、サボってるってことか」

「サボる……ふふ、そうですね。確かにそうです。私は悪い子かもしれません」

「ボクに構っている時点で、いい子ではないだろう」

 

 このときから既にセシリアはオルコット家の英才教育によって特例中の特例扱いで教育機関へは在籍のみで登校義務を免除。ほぼ家の中だけで教育をされていた。

 そして結果を残しているセシリアが少女に会いにいける時間は意外にもそれなりに確保できており、普通の学生よりも時間の融通は利くこともあって昼間のほとんどを少女との会話のためだけに費やしていた。

 

「私といるのはお嫌いですか?」

「好きだと思ってるのかよ」

「あなたは素直じゃないみたいですし、好意の裏返しかな、と」

「ばーか」

 

 そう言う少女だったが、その内心はどこか居心地の良さを感じていた。少女自身は気付いていなかったが、少女は飢えていた。誰かと触れ合うことに、誰かと話すことに、誰かとただ一緒にいることに。初対面こそ酷い対応をしてしまったが、それ以降はむしろ構って欲しいと悪戯をして強請る子猫みたいにぶっきらぼうな態度を取りながらセシリアを待っていた。

 

 たったそれだけのことで、少女の世界は確かに広がっていたのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぐうう……!」

 

 迫り来る極光の矢を辛くも回避するも、アイズの回避コースを読みきったような二射目がすぐ目前まで迫っていた。タイムラグがほとんどないにも関わらずにその全てが急所を的確に捉えていた。

 回避が間に合わないと判断してすぐさまハイペリオンを盾としてレーザーを弾くも、ほぼ同じタイミングで今度は左側面から狙撃される。身をひねることで直撃こそ避けたが、絶え間なく襲いかかってくるレーザー狙撃に安堵する間もなく対処を強いられる。アイズでも完全回避は不可能で時折レーザーをかすめてしまう。じわじわとダメージを受けながらじっとチャンスを待って耐えていた。

 

 しかし、セシリアの影であるアンチマインドの猛攻は止まることなく徐々に、確実にアイズを追い詰めていた。

 

 ビットを使ったオールレンジ射撃。しかもそれはすべてが急所狙いのピンポイントショットとなる。一撃でも直撃を受ければレッドティアーズの装甲では大ダメージは必須、下手をしたらそれだけで意識を刈り取られる危険性があるほどその射撃には容赦がなかった。

 

『アイズ、背後と上!』

「く、……このぉっ!」

 

 レアの警告にアイズが両手にもったハイペリオンとイアペトスを振ってレーザーを切り払う。この“レーザーを切り払う”ということ自体アイズとレッドティアーズtype-Ⅲの凄まじいスペックを証明しているかのようだが、そんな絶技をもってしてもアイズは追い詰められていた。

 精神世界とはいえ、IS戦が成り立っている以上、現実世界におけるルールが適用されている。つまりアイズはその実力を十全に発揮しており、セシリアの影であるアンチマインドもそのオリジナルであるセシリア・オルコット本来の力を発揮している。これは純然なアイズとセシリアの実力差とイコールなのだ。

 アイズは【L.A.P.L.A.C.E.】こそ使っていないが、間違いなく全力だった。ヴォーダン・オージェは制御限界まで活性化し、視界に映るものすべてを解析し、この力で射線をすべて見切っていた。

 

 しかしそれでも、アンチマインドに押されていた。

 

 それも当然だろう。セシリアはアイズを一番知っている人物だ。そしてこれまでアイズと最も多く戦って来たIS操縦者でもある。だからデータだけでなく、実体験を含めた対アイズにおける経験値が誰よりも高いのだ。

 対シールにおいては未だにある程度のトリックスキルを隠し持っているアイズであるが、セシリアにはそれらはすべて知られている。しかもアンチマインドのセシリアは相手がアイズだからと手加減も容赦もしない。おそらく現時点ではシールと戦うよりも強敵なはずだ。アイズの手の内はすべて知られているだけでなく、癖もヴォーダン・オージェの限界も熟知している。

 なにより、既にセシリアは対ヴォーダン・オージェの戦術を確立させていた。もともとアイズと幾度も模擬戦闘を繰り返しており、さらに生真面目なセシリアはシールやクロエといった敵性体も現れたことでしっかり戦術プランを練り直していた。亡国機業のIS四機を相手にして、特に規格外のシールがいながら互角以上に戦えたのも事前対策を行っていたためというのもある。

 

 そしてセシリアとブルーティアーズtype-Ⅲはヴォーダン・オージェと相性が良い。すなわち、全方位の狙撃による死角からの強襲だ。

 視覚を介して解析するのなら死角から攻撃すればいいという、単純にして明快な攻略法だった。もちろん、ヴォーダン・オージェの力には高速思考などもありそれだけで勝てるほど容易ではないが、それでも反応が追いつかないほどの数で常に死角を狙えるとしたらどうだろうか。

 結果は、この状況を見れば一目瞭然だった。凌ぐだけで精一杯のアイズは、未だ攻撃を仕掛けることさえできない。粘ってはいるが、ほぼ完璧に封殺されていた。

 模擬戦の戦績はほぼ互角だというのに、この状況は泣きたくなる。どうやらセシリアはこれまでその実力を隠していたらしい。いや、本人は本気のつもりでも結局はアイズに甘かったということなのだろう。

 

「わかっていたけど! 強い……!」

『左下、上から二射!』

「くっそぉッ!」

 

 レアから索敵のバックアップを受けてようやく互角だ。あらためてセシリア・オルコットという存在の強大さを実感する。単体としてのスペックならアイズのほうが若干上だろう。しかし包囲している僕であるビットの存在がそれを覆している。それぞれが個別に操作されたそれはもはやセシリアに従う兵士といってもいい。隙を見せれば即座に狙撃を狙い、さらに特殊能力を付与されたそのビット群はアイズのさまざまな行動を阻害する。

 有視界戦闘であり、射撃兵装を持たないアイズにとってはジャミングビットの機能はほぼ無意味であり、ヴォーダン・オージェがあればステルスビットも確実ではないが看破が可能だ。

 スナイプビットも十分に注意すれば対処可能。しかし厄介なのはイージスビットとリモートビットだ。

 統率機であるアンチマインドの傍から離れない二機のビット――鈴の発勁すら防ぐエネルギーと特殊装甲の二重防壁を展開するこの盾がアイズに踏み込む隙を与えない。単純な攻撃力でいえば鈴より劣るアイズでは当然この盾を一撃で破壊することも難しい。

 そして怖いのはリモートビットによるノータイムでの高威力砲撃だ。リモートビットは単独で粒子変換した武装を召喚することが可能で、さらにあらかじめチャージを済ませておけば展開後即発射が可能という速攻と必殺、両タイプの能力を持つ。ピストルで撃たれるかと思ったら極大のビームが来た、なんてことになれば回避できない危険性もある。特に弾道を変化させる歪曲ビーム砲のアルキオネは事前察知無しで、しかも至近距離から撃たれればアイズの反応速度でも間に合わない。

 

「隙らしい隙もない……! こうなったら多少強引でも……!」

『……アイズ、罠!』

「うっぐ……!?」

 

 レアの声に慌ててその場から飛び去ると同時に激しくスパークするビームが目の前を横切った。アルキオネによるビームだ。常に注意していたことと、レアの索敵が間に合ったからなんとか回避はできたが、おそらくこの高威力ビームによる撃墜を狙っていたのだろう。アイズが踏み込むと同時に死角から撃ってきたのだ。もし直撃していればレッドティアーズの装甲ではとても耐えられなかった。

 

「くそ……!」

『わかっていたけど、本当に強い。これで第二単一仕様能力まで使われていたらと思うと寒気がするね』

「それだけが救いだね……」

 

 当然アイズもブルーティアーズtype-Ⅲの第二単一仕様能力は知っている。光を操り、武器に変える能力【S.H.I.N.E.】。ピーキーさで言えばアイズの能力よりも激しいが、それでもその汎用性と威力の高さはまさに無敵といっても過言ではない。実際には条件が多すぎて難しいが、もしもこの能力を最大使用した場合、セシリア単機でセプテントリオンすべてを相手取ることさえできるだろう。

 しかし、このアンチマインドはその能力は使用しない。いや、できないと言うべきだろう。アンチマインドはあくまでセシリアの影。セシリアの能力と搭乗機であるブルーティアーズtype-Ⅲは使えても、コアの潜在能力を引き出さなければ第二単一仕様能力は使えない。コアであるルーアがアイズに味方する限り、この能力は完全に封じることになる。

 

 しかし、それはアイズも同じ。ただでさえコアのリンクという荒業を使っているのだ。それだけでレアにも相当の負担をかけている。もし【L.A.P.L.A.C.E.】を使ってもレアの負担が増えてリンクが切れるリスクがある。もしそうなれば他の皆はともかく、深層までつながっているアイズの精神がどうなるかわからない。少なくとも、今はまだそんな博打をするときではない。

 だが、こうして戦うことでさえレアに負荷をかける行為には違いない。アイズは申し訳なく思いながらも、それでも相棒を頼る。そしてレアも、アイズの力になることに、たとえ苦しくても一切の弱音を吐かなかった。

 

「レア、ごめんね。もうちょっと付き合ってもらうよ!」

『仕方ないなぁ。本当に私がいないとアイズはダメなんだから! ……でも、それが私の役目。私の負荷は気にしないで思いっきりやって!』

「ありがとう!」

 

 お礼の言葉を叫び、リミッターのひとつを外す。ヴォーダン・オージェの活性度を制御可能域から一歩踏み出し、アイズの眼と脳のナノマシンの処理能力を上昇させる。鈍い痛みが眼と頭に宿るが、意思だけでその痛みを無視する。もしかしたら、現実世界のアイズの本体では目から血涙でも流れているかもしれない。そんな考えも即座に切り捨て、ヴォーダン・オージェだけでなく、これまで培ってきた技術、直感をも駆使してアンチマインドへと挑む。

 アイズは、自分のことをあまり強者だと思ってはいなかった。セシリアと違って多芸とは言い難いし、結局この瞳がなければ戦うことさえ難しい。これまで幾度となく戦ってきたが、実戦で楽勝だった戦いなどひとつもない。自分にできることは、ただまっすぐに剣を振るうことだけ。その剣を届かせることだけを考えて、どれだけ泥臭くても惨めでも足掻く。それしかできずに、そしてそうやってここまで来たのだ。

 だからこそ、必ずこの刃を届かせる。その切っ先に不屈の思いを宿してアンチマインドのガラス玉のような眼を睨みつけた。

 

「セシィの影なら、わかるはずでしょう。……ボクは、絶体絶命でも諦めたりしないって! だからそこを退いて! そして……セシィに、会わせてよぉッ!!」

 

 それは、熱を持った悲鳴のような叫びだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズとアンチマインドとの戦いはそれを見ていた面々の目を釘付けにしていた。

 今の彼女たちは意識のみアイズとつながっている状態なので、できることはせいぜい声援か助言程度だろうが、展開される高速戦闘にそんなものを挟み込む余地など一切なかった。はじめは声援を送っていた簪やラウラもそれを悟ったのだろう、今は耐えるようにその戦いを見つめていた。

 雨のように降り注ぐ無数のレーザー。それに囲まれながらも致命傷だけは確実に避けて切り抜けるアイズ。幾度も光の檻から脱出しながら本機であるアンチマインドに迫ろうとするアイズだが、そんなアイズを決して近づけさせずに多彩な武装で迎撃する。

 もし共に戦えたとしても、果たしてこの戦いに割ってはいる余地などあるのか、そんなことさえ思ってしまうほどにこの戦いは異常だった。そして何人かはそんな戦いをこれまで目撃したことがある。

 

 シール。アイズ以上のヴォーダン・オージェを持つ、単機としては規格外の脅威とされる存在。そんなシールとアイズがぶつかれば、それは高速思考と読み合いの応酬となり、そのあまりの規格外な速度域で展開させる戦闘は常人の反応速度では援護さえ至難という状況となる。この戦いはそれに酷似していた。

 高速思考と並列思考のぶつかり合い。極限まで高まったアイズの反応を、アンチマインドは十機のビットを操り封殺する。

 一見すればほぼ互角に見えるが、全員が気づいていた。

 

 このままなら、負けるのはアイズだと。

 

 凌ぐだけで精一杯のアイズに対し、アンチマインドは未だ余力を残している。様々な戦術を試していることから追い詰められているのではなく、むしろじっくりと確実にアイズを仕留めようと仕込みをしていると見るべきだ。長期戦は確実にアイズに敗北をもたらすだろう。

 

「まずいわ……これじゃ嬲り殺しになるわよ」

「だが、今の俺たちじゃあ……!」

「アイズ……!」

 

 なにもできない無力感に押しつぶされそうになる。しかし、そんな外野の感傷など知ったことではないというように戦いは続いていく。

 反応速度が増したアイズが徐々に押し返していくが、それは諸刃の剣となる力だ。短期決戦でなければアイズの勝利は訪れない。

 

「それでもセシリアに崩れる様子はないわ……あいつ、あたしと戦ったときよりずっと強いじゃない。ちくしょうめ……!」

 

 圧倒的な実力を見せつけるアンチマインドに鈴が苛立たしげに呻く。以前代表候補生の交流戦という名目で戦ったときはドローという結果に終わったが、おそらく時間制限がなければ八割以上の確率でセシリアが勝っていただろう。本物ではないにせよ、同じ実力だというのなら鈴は未だセシリアに追いついていないということを嫌でも思い知らされる。

 そんな不愉快な気分でいたところ、ふとその存在に気付いた鈴がじっとその姿を見つめた。

 

 セシリアをそのまま小さくしたような少女。ブルーティアーズのコアが人格を形成した姿という【ルーア】だ。彼女はじっとアイズの戦いを見つめており、未だ感情が薄い表情はしかし、どこか緊張しているように見えた。そんな鈴の視線に気づいたのか、ルーアも鈴に視線を返してきた。場所という感覚もよくわからない意識だけの状態で視線を交わすというのは筆舌にし難い感覚であったが、確かにその視線は交わされていた。

 するとほんのわずかな違和感と共に、鈴の脳裏に声が響いた。

 

『あなタはリン、だネ?』

「テレパシーで挨拶とは洒落てるわね。ええ、そうよ。いずれあなたとセシリアを倒す女よ。よろしく、おチビちゃん」

『あなタが一番冷静みたいだネ』

「あたしは修羅場ほど落ち着く性格でね。ま、お師匠にそう訓練されたからだけど。それより、このままだとまずいわ。火急と判断して率直に聞くわ。どうすれば助力できるの?」

『無理』

「そこをなんとかしなさい。あたしは努力と根性肯定派だけど、今のアイズには酷よ。あの子、まだ撃墜されたダメージが回復してないのよ。たとえ精神世界でもその影響はあるでしょう。動きがいつもより鈍いわ」

『……今の私にできルことはナイ』

 

 ルーアは諦めたように首を振る。ただ見守るしかないというルーアに、しかし鈴はそんな傍観を許さない。

 

「それをなんとかしろって言ってんの。少しでもいい、援護できる方法を教えなさい。なければ今考えなさい」

『無茶……それに、これは』

「セシリアとアイズの決闘とでも言うつもり? 笑わせるんじゃないわよ。あんなのはセシリアじゃないわ。冷静に見えて感情で動く。意外とメンタルが弱くて、それでもアイズのことになると途端に無敵になる。それがセシリアでしょう。あんな中身のない人形、見ていて不快なだけよ」

 

 鈴の言葉は容赦がない。しかし、その言葉の裏ではセシリアとアイズを思いやる気持ちがあることをルーアも感じ取っていた。

 

「セシリアがなにを考えて、どうしたいのかは知らないけど、そんなことは本人にさせなさい。あんなただ拒絶するだけで答えが出るんならはじめからアイズだって危険を冒してまでここには来ないわ」

『…………』

「それにね、あたしも言いたいことはあるのよ。なんだかんだいって、結局一人で背負い込もうとするあの馬鹿に文句のひとつやふたつ、言ったっていいでしょう? セシリアは、いったい自分がどれだけの人間に心配をかけているのか理解するべきよ。あたしたちは、そんな役目をアイズだけに任せてしまった」

 

 それは後悔の念に近かった。結局それを言わずに実行したアイズにももちろん説教をしたいが、アイズとセシリアの違いはそこにあった。

 アイズは、目的のためなら何の躊躇いもなく他者に頭を下げる。特に今回のように、友を助けるためならアイズはたとえ敵であるシールですら頼ろうとするだろう。それを英断か、愚行かを問う気はないが、それはアイズの美点ともいえる。

 しかし、セシリアは違う。セシリアはどんな困難があっても、自己の力で成し遂げようとする。それが鈴には気に食わない。

 

「アイズは意地になってるかもしれないけど、この戦いは全霊を賭すものじゃないはずよ。あたしも、皆だって、セシリアを助けたいって思いは同じなのよ。なら、あたしたちにできることは……ううん、しなくちゃいけないことは、アイズとセシリアを会わせること。そのために、あの子の力になること。違う?」

 

 ルーアは鈴の言葉をゆっくりと咀嚼し、その言葉に込められた思いをしっかりと納得してから返事をした。

 

『……違わナ、イ』

 

 そして、ルーアの茫洋とした眼に輝きが宿った。

 

『私も、セシリアを助けたイ』

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、危ないッ!!」

 

 

 悲鳴のような簪の声に鈴が意識を再び戦いへと向けると、ビットに包囲され、完全に逃げ道を潰された状態で一斉射を受ける直前だった。すべての回避コースを潰されてはいるが、それでもアイズならなんとか切り抜けられるかもしれない。だが、そんなアイズの背後の下方から一機のビットが強襲してきた。そのビットには近接銃槍であるベネトナシュが装備されていた。これまで射撃ばかりだった中で近接武装を使っての強襲。普通の操縦者なら反応することさえできないだろうそれを、アイズはすぐさま察知して振り返る。

 相変わらず恐ろしい危機察知能力に舌を巻く思いだが、その一瞬ののちに目を見開く。

 

 それに気付いたのは鈴、ラウラの二人だけだった。

 

「姉様、いけません!」

「迎撃するな、回避しろッ!!」

 

 二人が咄嗟に叫ぶが、既にアイズは対処行動を起こしていた。

 脚部に装備されているブレードであるティテュスを展開すると、足を突き出すようにして刺突を放ち強襲してきたビットを貫いた。

 

 だが、それこそが罠だった。そしてそのときにはアイズも既にそれに気づいていた。だが、そのビットの接近はあまりにも美味しすぎた。脅威となるビットを破壊する好機に、罠と気づいても身体がほとんど反射として反応してしまった。

 早すぎる反応速度を逆手に取られた。ビット一機を犠牲にすることでアイズに致命的な隙を作らせる。全ては計算し尽くされた戦術に見事に陥れられた。

 破壊され、スパークして爆発するビットにアイズの動きがわずかに止まる。そしてその隙を逃すはずもなく、爆煙に紛れさせることでアイズの眼を無効化したレーザー狙撃が放たれた。

 

 その数、五つ。そのすべてが急所をピンポイントに狙っていた。爆煙でほんの一秒足らずの間ヴォーダン・オージェを阻害されたアイズが気づいたときには、自身を貫こうと迫る極光が目の前に迫っていた。

 

「アイズゥッ!!」

「姉様ァ―――ッ!!」

 

 絶体絶命の窮地に、悲鳴だけが響き渡った。

 

 

 

 

 光が、迸った。

 

 

 

 

 




書いたあとで思ったこと。

「ウチの鈴ちゃんはマジでイケメン」

鈴ちゃんの存在感がヤバイ。というかパネェ。鈴ちゃんはとにかくストレートにかっこいいキャラにしたいと思ってますが、今回のイケメン度は一番かも。

そしてルーアも動きます。次回はこのチャプター限定のレッドティアーズの強化体を出す予定。今回はどストレートに熱血にしていきます。

このチャプターが終わればいよいよラストに向けて突っ走っていきます。

感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.105 「その心の隣に」

「ここか……」

 

 少女は顔を上げ、片眼だけ開いてそこに聳えて立つまるで城のような豪邸を見上げていた。上流階級の人間ばかりが住むこの高級住宅街の中でも一際大きな存在感を放つこの建物だが、少女にとってはそれはもはや未知の領域そのものだ。見事な装飾がなされてる鉄格子越しに中を覗き見る。庭には噴水、色鮮やかな花が咲き乱れる花壇などが見える。この庭だけでいったいいくらの金がかかっているのか、少女には想像もつかない。

 しかし、そんな豪邸なのに、少女の目にはまるで廃墟のような空しさがあるように見えた。

 人の気配がほとんどしない。活気、というよりも生活感すら希薄だった。

 

「…………」

 

 少女は一度深呼吸をすると、覚悟を決めて両目を見開いた。超常の力を宿したその瞳が金色に輝く。同時にひどい頭痛がしてくるが、ぎょろりと眼球を動かしながら目的の人物を探す。それはすぐに見つかった。

 

「いた」

 

 庭園の片隅に膝を抱えて座り込んでいる影を捉える。ちょうど見えづらい位置だったが、この眼の前にはその程度など隠れているうちに入らない。正面脇の通用口に行くとなぜか施錠はしていなかった。鍵がかけられていたら柵をよじ登るつもりだったが、都合がいいと思ってなにも考えずに扉をくぐる。

 中はもう別世界だった。暗く、薄汚い通りを寝床にしていた少女にとってここはまるで御伽噺の国へ入り込んだかのような錯覚すらあった。しかし、そんな感傷すら切り捨ててまっすぐにその人物のもとへと向かう。

 やはりそこにいた。先程見たように、膝を抱えて俯いている。これまで笑顔ばかり見てきた少女にとって、こんな姿を見てしまったことに自分自身でもわからないほどの焦燥と悲しさを覚えた。

 

「…………セシリ、ア」

 

 ああ、はじめて名前を呼んだ。はじめて呼ぶときが、こんな悲しい声になったことに少し後悔した。

 

「……」

 

 セシリアはゆっくりと顔を上げた。その顔は少女が知るどの顔でもなかった。しかし、その表情を作るものを、少女は嫌というほど知っていた。

 絶望、悲しみ、無力感。そんなマイナスの感情に塗りたくられた顔だ。逃亡生活をしていたとき、ふとガラス窓に映った自分の顔と同じものだ。少女は知らずに顔をしかめていた。

 

「…………あなたから来てくれるなんて、はじめてですね」

「なにがあったのさ」

 

 儚く笑いながらセシリアが声をかけるが、少女は取り合わない。しかし、そんな少女にセシリアもなにを言えばいいのかわからないように沈黙してしまう。

 

「…………」

「二週間。長くても三日もすればボクに会いにきてたのに、この二週間なにをしてたんだ?」

「…………寂しかったのですか?」

「答えなよ」

 

 少女の問に、セシリアは真っ赤になった眼を再び伏せて数秒の沈黙の後に小さな声で答えた。

 

「……両親が、亡くなりました」

「…………」

「この家に私は一人ぼっちです。……一人ってこんなに寂しいんですね」

「…………」

「そして明日には、この家を奪われます。私も、なにもなくなってしまいました」

「なに?」

「一人ぼっちと言ったでしょう? もう、この屋敷には私以外の人間はおりません」

「どこに行った? なにがあったんだ?」

「…………」

「知らない、か」

 

 世間一般的な常識に疎いと自覚している少女でも、セシリアの置かれた状況が異常だということはなんとなくわかった。こんな大きな屋敷だ。噂程度にしか聞いたことはないが、おそらく使用人といった人間も多くいたはずだ。それが家主を亡くしてからたった半月程度で一人もいなくなるものなのだろうか。――――なにより、その一人娘を放置してまで。

 冷静にそう考える少女は、自分が大して動揺していないことに気づいていた。確かにセシリアのこんな姿を見ることは不快だったが、それでもセシリアに同情するような感情は希薄だった。可哀想、というのもよくわからない。はじめから親の愛など知らない少女にとって親を失くす悲しさがわからない。

 だからセシリアの気持ちに共感することができない。―――――それが、とても悲しかった。

 

「……そういえば、はじめて名前を呼んでくれましたね」

「え?」

「最後に、あなたの名前を教えてもらえますか?」

 

 最後、とはどういう意味なのか。なにをするつもりなのかは知らないが、おそらくいいことではないだろう。

 

「どうする気なんだ? 言えばボクの名前を教えてもいい」

「そんな魅力的な提案をされたら、喋ってしまいそうですわ。……聞いてくださいますか?」

「ああ」

「……もう、ここに居てもなにもありません。親戚もほとんどが亡くなっていると聞いていますが、ただ一人だけ……頼れるかもしれない人を探そうと思います」

「そんな人が?」

「母に妹がいるので……私の叔母になります。もっとも、会ったことはありませんが……」

「頼りになるのか?」

「わかりません。ですが、他に頼れそうな人もいません……」

 

 少女にとってそのセシリアの考えは甘すぎるという思いだった。セシリアのそれは希望的観測でしかない。人は善意という容物に容易く悪意を混入させる。人助けという名目で利を得ようとするのは人間の性であり、自然なことだ。大なり小なり、人は誰しもがそのような一面を持っている。それが悪いこととは少女も思っていない。

 ただ――――純然たる殺意が滾るほど許せないのは、かつて自分を使い捨てのモルモットにした連中のように、他者を利用すること、弄ぶことを当然だと思っているような人間だった。思い出すだけで少女の胸の内が怒りと憎しみの熱で満たされる。沸騰するような憤怒の感情を無理矢理押さえつけながら、未だ悲しみに表情を曇らせるセシリアへと目を向ける。

 

 人の死でこれほど悲しめることに、不思議な羨望を感じてしまう。きっと少女なら肉親が死んでも心はまったく動かない。それが人として不義理な人間のように感じることにどこか矛盾した嫉妬すらしてしまう。

 きっと、セシリアが正しいのだろう。正しく育って、そして正しく少女としての姿なのだ。

 

「……お前は、幸せなんだ」

「……ッ、な、なにを」

「親が死んで悲しめるセシリアは、幸せなんだよ。親の顔すら知らない、名前さえ貰うことができなきなかったボクなんかより、ずっと」

 

 その言葉にセシリアが絶句する。不幸な身の上だと思ってはいても、どれだけのものかまでは想像できていなかった。まさか名前すらないとは思っていなかったのだろう。

 

「約束通り、ボクの名前を教えてあげる。―――――被検体No.13……それがボクを示す唯一の呼び名だよ」

 

 なんの気まぐれか、少女は今まで誰にも言わないと思っていた自身の過去を話していた。言葉にすることもできない苦痛と絶望を味わった。親に売られ、地獄のような場所から命からがら逃げ出し、今なお改造されたこの眼と脳が耐え難い痛みを与えること。呪いのように自身を蝕む悪夢が少女にとっての現実なのだ。

 

「13、とでも呼ぶかい?」

「そんなものは名前ではありませんわっ……名前は、お母様とお父様から贈られる最初の宝物なのですっ、そんな、そんな愛情のない呼び名など……!」

「……じゃあ、ボクはやっぱり愛情なんてもらえなかったんだな」

「そんなことを言わないで! どうして、あなたは……!」

「おまえは優しいな。ボクのことを知って悲しむよりボクの境遇に怒りを覚えてくれる。少し嬉しいぞ」

 

 セシリアは涙を滲ませながら少女を見た。

 少女の顔は寂しげであるが、どこか傍観した色が見えていた。そこでようやくわかった。少女は与えられることを知らないのだ。奪われることはあっても、与えられた経験がない。名前すらもらえなかったのだ。

 だからセシリアが少女にいくら構ってもそっけない態度だった。なぜなら、与えられたらどうすればいいのかわからないから。愛情を受け取ることを知らないから。

 

 それは、なんて悲しいことなのか。

 

 そんな少女が無言でセシリアの横に座る。その距離は密着するほど近く、ふとセシリアの手に自身の手を重ねてきた。唐突な行動にセシリアも戸惑うが、少女がぽつりと目線を合わせないまま呟いた。

 

「これで少しはマシか?」

「えっ?」

「辛い時、寂しい時……誰か傍にいるだけで救われる。ボクが、おまえから学んだことだ」

 

 その言葉は自己を律しようとしていたセシリアの心を容易く解きほぐしてしまった。顔をくしゃくしゃにしながら涙を流すセシリアに、しかしそれ以上のことはどうしたらいいのかわからない少女はただずっと傍にいて、優しく手を握りしめていた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 多数のレーザーがアイズへと襲いかかる。そのすべてが回避が間に合わないタイミングだ。逃げ道も既に塞がれている。アイズは絶体絶命の窮地にいながら、獲物を追い込むその術の鮮やかさに感嘆したほどだ。

 しかし、その直撃の寸前、アイズの予想外のことが起きた。突然周囲になにかが現れる気配がしたかと思えば、今まさに当たるはずのレーザーの全てが一瞬で霧散したのだ。蛍のように輝く粒子がアイズの、レッドティアーズtype-Ⅲの周囲を覆い、その粒子が形成するフィールドに触れた途端にレーザーは収束性を失い拡散して無効化された。

 さらに機体の背後にはいつの間にかレッドティアーズtype-Ⅲに搭載されているはずのないものが展開されていた。

 

「天照の、神機日輪?」

 

 可動式のリングユニット。対粒子変移転用集約兵装――『神機日輪』。簪の機体である天照の代名詞ともいえるレーザー、ビームに対し圧倒的なアドバンテージを持つ攻守共に高性能な万能兵装だ。だが、当然これは天照専用の兵装であり、アイズが使えるものではない。

 

「ど、どうして?」

『簪ってコの記憶から借りタ』

「ルーア? 借りた?」

『コアリンクを利用して天照のデータから装備の情報を拝借したんだよ』

 

 端的に言うルーアの言葉を捕捉するようにレアが答えた。

 現実世界のルールが適用されているとはいえ、ここはセシリアの精神世界だ。そこへISコアを介することでアイズたちが介入している状態――――ともなれば、ある程度の情報伝達は可能だ。もちろん、リンクしてある機体データをそのままこの世界にまるまる再現するとなれば情報処理が間に合わないが、武装をいくつか召喚することは可能だ。なにより、つながっている操縦者であるアイズたちも、そしてそれぞれの機体のコアたちも目的が一致している。情報処理さえ間に合えば、こうしたアイズの援護は十分に可能だった。

 

「でも、それならレアとルーアに負担が……!」

『気にしナイ』

『無力でいるほうがよほど辛い。みんなもそう思っているみたいだけど?』

 

 そんなレアの言葉に呼応するかのようにアイズの頭に皆の声が響く。

 

『よし、援護手段ができたわ!』

『姉様、援護します!』

『もともと天照の力はアイズを助けるためのものだもの……!』

『単一仕様能力は再現できるのか? なら“零落白夜”を使えば一撃で倒せるはずだ!』

 

 それぞれが先程の沈んだ声ではなく、戦意と希望に満ちた声だった。その声を聞いただけでアイズはなにも言えなくなる。しかし、同時に友と戦えることに言いようのない高揚感も覚える。

 悔しいが、セシリアの影であるアンチマインドは強い。奥の手を使えば届くかもしれないが、それでも確実じゃない。この戦いだけは絶対に負けることは許されない。この戦いを乗り越えた先にセシリアがいるのだ。だから影である同じ姿をした存在に負けるわけにはいかない。

 はじめからアイズは自分一人の力でどうにかなるとは思っていなかった。いや、そもそもアイズは自分ひとりなんてちっぽけで、大した力なんてないと常々思っていた。

 

 それは半分正しく、半分間違いだ。

 

 確かにヴォーダン・オージェという超常の瞳を持つが、それでもアイズは無敵でも最強でもない。アイズ以上に優秀な人間をたくさん知っている。単純なIS操縦者としての力量でもセシリア、シール、束など強い存在は数多くいる。この眼も普段は封印しているので視覚を無くしている。だから見知らぬ場所では一人で出歩くことさえできない。

 自分にできないことをできる人間はたくさんいる。そして、自分にない熱意をもって突き進む人間もたくさんいる。迷いながらも、前へと進むことを諦めない人間もたくさん知っている。そんな人たちを、アイズは尊敬している。そんな人たちからたくさんの勇気をもらった。しかし、それはなにもアイズだけではない。アイズのひたむきさもまた、多くの人間に影響を与えてきた。

 

 それこそが、アイズ・ファミリアという一人の少女が持つ、誰にもない力だった。

 

 自覚こそしていないが、アイズの持つ真骨頂は彼女のために多くの人間が味方になってくれることだ。それはアイズだからこそ得た“絆”という力だ。

 アイズ一人ではどうしようもなくても、アイズの傍にはアイズを助けてくれる人間が多くいる。アイズは、それに精一杯の感謝を捧げる。

 

「……みんな、力を貸して」

 

 その優しさに、好意に、全力で報いる。

 

『姉様とならどこまでも……!』

『アイズは私が守る!』

『行きなさいアイズ!』

『全力で援護するよ!』

『遠慮するなっ!』

『だから、アイズの戦いを……!』

 

 この声に応える。それが、アイズの感謝の証だった。

 

「―――――ありがとうッ!!!」

『もちろんこの束さんも協力するよっ! さぁ娘たちよ! 全力でアイちゃんをサポートするよッ!』

 

 いざというときのために状況把握に徹していた束が情報処理とリンクを司る核となっている二機のコア――【レア】と【ルーア】のサポートへ入る。情報処理特化型のIS【フェアリーテイル】による束のバックアップを受けたことでレアとルーアに流れる情報量が緩和され、余力をすべてアイズへの援護へと注ぎ込む。

 レッドティアーズtype-Ⅲの機体に、帯電でもしているように小さくスパークする粒子がまとわりつく。その光のスパークはすべてレッドティアーズtype-Ⅲに流れ込む情報そのものだ。

 

『即興だけど、システム構築ッ! データインストール領域を確保、複数展開も数秒なら可能だよ!』

 

 束だからこそできる荒業。ルーアが示した可能性をそのままシステムとして確立させる。リンクしている仲間とその機体からコアリンクを通して情報を伝達、それを精神世界の構築を維持しているルーアとそのフォローをしているレアへと送り、擬似的にレッドティアーズを強化する。この世界、この方法だからこそできる限定的ながら即効性の強化だ。

 

 名称をつけるなら――――【レッドティアーズtype-Ⅲ-I.F.L.S.】。

 

 セシリアへと手を届かせるためだけに存在するこの場、この時だけの強化体。そしてその具現化された情報の粒子が収束し、コアリンクによって形成されたイメージを忠実に再現する。

 波打つように揺れる巨大な深紅の布――――甲龍の【龍鱗帝釈布】を具現化し、機体を包むように纏う。

 

『あんたなら上手く使えるでしょう!』

「ありがとう! 借りるよ、鈴ちゃんッ!」

 

 対レーザーにおいて高い優位性を持つ特殊コーティングされた繊維で編みこまれた特殊装甲布。ビットのレーザーに対してのその防御力は既に実証済みだ。オリジナルの使い手である鈴と甲龍から直接コアリンクによって再現された限りなく本物に近いコピーだ。その性能も本物と変わらない上に、基本的な性能や使い方も鈴からのイメージがアイズへと伝わっている。

 これを纏うことでこれまで不可能だった強引な突破の好機も生まれる。そしてなによりセシリアの知らないアイズの戦術が増えたということだ。奇襲が主戦法であるアイズにとって、それだけで強力な武器となり得る。

 なにより、コアリンクを通して直接仲間たちに背中を押されているということを感じ取れる。それだけで、アイズの戦意は高揚する。使命感とも違う、義務感とも違う。ただアイズ・ファミリアという存在の意思で、その期待に応えたいと願っていた。気負いもなく、気後れもなく、アイズは友たちの力を存分に振るった。

 

「これなら!」

 

 柔の盾である龍鱗帝釈布を纏うことでアイズの回避パターンが激増している。多少の被弾をいなせることから集中砲火を浴びない限り防御を突破されることはない。しかし、それでもセシリアはかつて鈴との戦いでこの武装を攻略している。そのセシリアの影であるアンチマインドも攻略法を知っている。

 他の行動と並行して数を捌ける反面、この装備は高威力のものを防ぐことができない。鈴からのイメージを受け取ってそれもアイズは承知していた。

 だから、アイズは叫ぶ。

 

「お願い、簪ちゃんッ!」

『使って、アイズ!』

 

 簪の声に応えるように新たな装備が具現する。先程と同じ、日輪を象ったリングユニットが現れると同時に粒子を散布、レーザーを無力化するフィールドを発生させる。龍鱗帝釈布を貫こうとした一点集中射撃を余すことなく拡散させて無効化する。

 

「抜けたっ……!!」

 

 そしてとうとうアイズがビットの包囲網を突破する。離脱を図ろうとするアンチマインドに向かい瞬時加速を敢行する。最後に残るのは鉄壁のイージスビットだけだ。当然、アイズとの間に割り込みをかけるそれに向かい、アイズは右腕を振りかぶる。

 

「ラウラちゃん!」

『はい!』

 

 ラウラとオーバー・ザ・クラウドから情報を取得、すぐさまそれを具現化する。電磁投射徹杭鎚プロスペロー。絶大な威力を誇るそのパイルバンカーをイージスビットのひとつへと叩きつける。破壊まではいかなくとも、杭を撃たれたことで機能不全に陥れることに成功する。

 

「もらった!」

 

 イージスビット単機だけならアイズにとっては掻い潜って本機へと攻撃することも難しくない。借りていた友たちの装備を解除し、勝負を決めるべく吶喊する。この距離は完全にアイズの間合いだ。全力でハイペリオンを振り上げる。アンチマインドも迎撃しようとスターライトMkⅣを向けようとしているが、アイズのほうが早い。

 

 しかし、アイズの攻撃が届くわずか、ほんの刹那より前に飛来した光の矢によってハイペリオンを弾かれる。

 

「え?」

 

 勝利の目前でそれが霧散したことでアイズが目を剥く。いったいなにが、と考える間もなく目の前にある銃口を見て緊急回避に移った。

 しかし至近距離から放たれたベネトナシュのショットガンを回避しきれずに地面へと叩きつけられる。辛うじて龍鱗帝釈布の防御が間に合ったが、それでも軽くないダメージを受ける。

 

『な、なにが起きたの?』

『どこからレーザーが!?』

 

 狼狽する声を聞きながら、アイズはようやく今起きたことを悟る。剣を握る手元付近にピンポイントで狙われた。あそこまで正確な狙撃はスナイプビットによるものだろう。

 しかし、驚くべきことに狙撃はセシリアの背面から狙われた。

 セシリアが迎撃しようとライフルを持った腕を振り上げた瞬間、その脇にできた射線を縫うようにレーザーが放たれたのだ。下手をすれば自爆するほどの距離だが、セシリアの腕前をもってすればたしかにできる神業だろう。ビット自体もアンチマインドそのものがアイズの視界から隠すための壁となる。視界に映らなければどうしてもアイズの対応もわずかに遅れてしまう。

 

 まったくもってデタラメな技量だ。未だ一撃が遠い。思えば、アイズがセシリアより上だとはっきりと言えるものなど、それこそ改造されたこの眼くらいだろう。

 それが現実だからこそ、セシリアにとってアイズは未だに守るべき存在なのかもしれない。

 それを嬉しいと思っても疎ましく思ったことはない。しかし、アイズはセシリアと共に往くと決めたときからそれに甘んじようと思ったことなど一度としてない。届かなくても、足掻くことをやめない。

 

「…………」

 

 無言で立ち上がり、借り受けた龍鱗帝釈布を全身を覆うように纏う。正攻法では遅れを取る。ならばアイズ本来の戦い方で届かせる。幸いにも援護を受けたことで武装は豊富だ。即興ではあるが、これらを駆使すればセシリアの知らないトリックスキルを構築することもできる。

 圧倒されてはいるが、アイズは不思議と負ける気はなかった。

 

 それは、アンチマインドの強さがアイズのイメージと近いからというものが大きい。あれは、アイズがイメージするセシリアの強さとほとんど一緒なのだ。

 どんなときでも揺るがず、常に優位を維持する戦い方。神業というべき射撃とビットによる圧倒的な制圧力。それらを十全に駆使する戦闘能力。そのすべてがアイズが思い描いていた“最強”というイメージそのものだったから。

 その最強に近づこうと、隣に立てるほどに強くなろうとしてきたアイズにとってこの戦いはむしろ僥倖だったかもしれない。これまで守られるだけで、見上げるだけだったその強さの天井がようやく見えた。見えるところまできたのだ。

 

 

 このアンチマインドを超えられれば、セシリアと同じ場所に立てる。同じものを抱えることができる。たとえ幻想でも、そう思うことができたから。

 

「……いくよ、セシィ」

 

 届かないとわかっていても、影であるそれにそう声をかける。

 不思議なほど落ち着いた心が、まるで水面に浮かぶ波紋のように広がる。アイズは、この戦いで……いや、この世界にきたときから感じていたものの正体にようやく気づいた。

 この世界も、あの影も、セシリアの心が生み出したもの。心そのものでなくても、そこから生まれたものには違いないのだ。

 だから、アイズは嬉しく、高揚していたのだ。

 

 セシリアの心が近くに感じられることが、嬉しくて。

 

「なんでだろう、昔のことがどんどん思い出していく…………あのときみたいに、じゃれあっているみたいに不思議と心地いい」

 

 たとえそれが悲しみの心でも、その隣にいることがアイズにとっては嬉しかった。

 

 だから、あとは手の届く場所に。

 

 セシリアの手を握れるまで、近くに。

 

 セシリアが苦しんで泣いているのなら、そんな彼女の傍にいることこそがアイズができることであり願いなのだから。

 

 

 そんなアイズの心の声を聞いていたのはアイズと直接つながっているレア、そしてルーアだった。二人は戦闘維持に尽力しながら、アイズの本心から出たその思いを感じ取り、言葉にできない感銘を受けていた。それは学ぶということにほかならない。

 

 アイズとセシリア。この二人の間にあるものが知りたい。

 

 人間に近づいたコア人格たちは、アイズ・ファミリアという不器用で無垢なその心を糧に、己をさらに人間に近づけようとこの戦いの結末へと思いを馳せる。

 

『これだから、アイズと一緒だと退屈しない』

『人間ハ、矛盾バっか。でも、それが力にもなってイル』

『私たちコアにとって矛盾はバグでしかない。でもアイズは違う』

『そんなモノさえ全部のみこんデ、自己を構築すル。不完全で、アンバランスで、そしてとても強い』

『人間の可能性。欲しい。私も、それが欲しい!』

『学ぼう……人の心、ソレを知れバ、人間に近づケる』

 

 だから羨望する。

 束の手によって作られたコアは、人格を形成し、意思を持つ可能性を与えられた。その可能性をもっとも獲得したこの二機のコアたちでも、人の心が持つその強さを知りたかった。

 だからコアは学ぼうとする。レアとルーアだけじゃない、白式や甲龍たちもこの戦いからなにかを学び取ろうとしていた。

 

 そうすることそのものが、束が望んだコアの可能性だった。この戦いは決してアイズとセシリアだけのものじゃない。それを支え、見つめるすべてのものにとって決して小さくない影響を残すことになる。

 

 

 




次回からアイズの反撃が始まります。過去のアイズも次回からデレ期に突入です。

実はこれまであまり主人公機の強化はなかったんですがこのチャプター限定でチート仕様の強化体となりました。リンクした機体の武装、さらには単一仕様能力をすべて使用可能という鬼スペック。さすがにヤバすぎるのでここだけの強化です。ちなみに【I.F.L.S】はImage Feedback Link Systemの略称です。

そしてコアたちに強化フラグ。第二部予告にもちらっとありましたが鈴ちゃんと甲龍は第三形態に進化するのが確定しています。けっこうインフレ気味だと言われますがまさにその通りになりそうです(苦笑)まぁ、ラスボスのマリアベルさんが既にヤバすぎるチートなんですが。

暑さも本格化してきましたね、今日はかなり暑くて参ってました(汗)

皆様も体調管理はお気を付けください。

それでは感想等お待ちしております。また次回に!


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Act.106 「それでも砂上の幸せが欲しい」

 指先に絡みつく黒曜のような髪の感触が心地よかった。丁寧にロクに手入れもされていなかったその髪を優しく梳きながらゆっくりと編み込んでいく。可愛らしく左右対称に髪を結い、仕上げに同じように草で編んだ王冠を頭に乗せてやる。

 

「はい、できましたよ。とっても可愛いですわ」

「うー、ボクにこんなの似合わないよ」

「見てもいないのに」

「見なくてもわかるよ」

 

 すとん、とセシリアの腕の中に収まるように少女が身を倒す。それを優しく受け止め、微笑みながら抱きしめた。

 

「それにしても、ずいぶん素直になりましたね。はじめの頃とは別人のようですわ」

「恥ずかしいから言わないでよ」

 

 セシリアが少女と出会ってからおよそ一年。これほど濃密な一年はおそらくセシリアの人生の中でももう訪れないかもしれないと思うほどに多忙だった。両親を亡くし、家に仕えていた使用人たちも去っていく中、まだ幼いといってもいい年頃のセシリアは血のにじむような努力の末にこの家を守り続けていた。

 既にオルコット家とは縁を切っていた叔母のイリーナを頼り、なんとか彼女の助力のおかげでかろうじてではあるが家を立て直すことができていた。

 イリーナのおかげで若すぎるセシリアでも当主という肩書きを得ることができた。その多くは後ろ盾となっているイリーナのおかげであり、彼女に対し大きすぎる借りを作ってしまったが、それはこれからのセシリアの人生の多くを費やして返していくつもりだ。イリーナもさほどセシリアになにかを要求するつもりもないらしく、叔母と姪と呼ぶにはやや疎遠であってもそれなりに上手く付き合っていた。

 

「ボクをこんなにしたのはセシィだよ。責任とってよねっ」

「……どこでそんな台詞覚えましたの?」

「ん? なんか町でそんなこといって男に迫ってる女性がいて……」

「はぁ、教育に悪い……でももう一度言ってもらえます? もっとこう……頬を赤らめてツンとする感じで」

「えっと……ボクをこんなにした責任とってよねっ!」

「ブリリアント」

 

 満面の笑みを浮かべながら抱きしめる腕に力を入れる。こうして触れ合っているだけでセシリアは辛く苦難の日々が癒される気がしていた。いや、事実そうなのだろう。セシリアにとってこの少女は既にそういう存在なのだ。

 はじめはほんの気まぐれだったのかもしれない。しかし、いつの間にか不思議な縁ができていた。

 互いに弱い部分を見せあったせいもあってか、すでに虚勢や見栄といったものは二人の間には存在していなかった。周囲を常に警戒して敵意をにじませていた少女も、セシリアと触れ合ううちにその頑なだった壁をなくしていった。後ろ向きで惨めだった生きる理由は、明るく素敵な理由へと変わっていった。

 そんな内面の変化は外にも現れる。

 少しづつ、少女は笑顔を見せることが多くなった。変わらず悪意や敵意には敏感でも、自分に向けられる好意や善意には笑顔で応えられるようになっていった。

 その変化はもはや変貌といってもいいかもしれない。それほどまでに今と昔の少女の印象は大きく違っていた。

 セシリアとの出会いが転機であったことは間違いない。しかし、もうひとつ大きな転機があった。

 

「アイズ」

「うん、……えへへ」

 

 少女は自身を示す名を呼ばれたことで嬉しそうにはにかむ。これまで名前すらなかった少女に与えられた宝物。

 

 アイズ・ファミリア。

 

 それが今の少女の名前。それを呼ばれる、名乗ることができるという幸せは、少女の心に劇的な変化をもたらしていた。

 これまで自分自身を含めてどこか無機質な灰色に感じられていた世界に鮮やかな色がついたのだ。物心つくころから人の悪意の中にいた少女――アイズにとって、それほどまでに優しさや善意に触れたことはいい意味で衝撃だった。無垢な人間が悪意に触れて堕ちていく様とは真逆に、悪意の中にいたアイズは与えられた慈愛によって希望を見出したのだ。

 これまでそんなものを知らなかったアイズはこれにどっぷりと溺れてしまった。特に無償の好意をもって自分と接してくれるセシリアからの愛情を貪るように求めるようになった。広すぎるオルコット邸に二人で住み始めて以降、ここが楽園だと言わんばかりにアイズはその幸福感に浸っていた。

 

「くすっ……」

 

 そしてそんなアイズの存在がセシリアの支えであった。

 家族を失い、会ったことさえない自称身内の有象無象たちから遺産を守り、イリーナの庇護に入る条件として彼女にも協力している。今年でようやく十歳となるセシリアだが既に同年代の少女と比べても異常ともいえる激務をこなしている。ここが頑張りどころだと理解しているセシリアだが、それでもストレスも疲れも貯まる一方だ。そんなセシリアにとって無条件に自身を慕ってくれるアイズの存在は癒しであり救いだった。

 失敗を重ねながらもアイズも家事を覚え、日々の激務に疲れ果てて帰ってくるセシリアを温かく迎えるその様はまさに夫婦そのものである。本当ならイリーナから家政婦を雇っても構わないとも言われていたセシリアであるが、今のアイズとの二人暮らしを壊したくないためにわざわざ断ったくらいだ。他にいるのは時折この屋敷の維持のために訪れる数人くらいしかいない。

 互いに甘え、甘えられる関係は傷の舐め合いに近かったし、セシリアもアイズもそれをわかっていただろう。しかしそれでも、二人はそんな甘い関係に浸かっていたかった。

 未だ年端もいかない少女である二人には、無条件に浸れるこの甘さが必要だった。はじめから愛されなかったアイズと、愛を注いでくれる存在を失ったセシリア。愛を知らずに飢える少女と愛を喪失して焦がれる少女だからこそ、互いの空いてしまった隙間を埋め合って慰めている。それが停滞しか生み出さなくても、今この二人には確かに必要であり、そして子供だからこそ必要なものであった。

 普通ならば、愛を注がれて育つまでこのように心を許した誰かと共にいる“当たり前”の幸せを謳歌すればいい。

 それが子供の特権だ。

 

 

 

 

 

 

 ――――しかし、この二人にはそんなものは許されてはいなかった。

 

 

 

 

 

「…………っ!」

 

 突然セシリアに甘えていたアイズが跳ね起きた。普段は痛むために閉じている眼を見開き、周囲に視線を走らせる。

 

「アイズ?」

「…………、が」

「え?」

「よくないものが、来る……!」

 

 久しく感じていなかった悪寒。生死の境界線を綱渡りで生きてきたアイズだからこそ得られた説明することも難しい直感が脳内で凄まじいアラートを鳴らしていた。生きるために鍛え抜かれた危機察知能力が変化した空気を感じ取ってアイズに逃げろと訴えてくる。それがいったいなぜなのか、なにがそうさせるのかはアイズにもわからない。しかし、この場にいればなにかに巻き込まれる。そう確信めいた予感があった。

 かつては毎日のように感じていた恐怖や不安、恐れを圧縮したかのような死の宣告ともいうべきその予感が幸せに浸っていたアイズに襲いかかった。

 

「う、うう……!」

「ど、どうしましたの?」

 

 呼吸が乱れ、うまく肺に空気が入らない。ほとんどショック症状に近い恐慌状態に陥りながらも、アイズは自分の手を握りしめているセシリアの手の感触でギリギリのところで意識を保っていた。

 

「はっ、あっ、ハぁッ……!」

 

 そして霞みそうになる視界の中で、ソレを捉える。アイズの知識にはない、見たこともないものだった。それは歪な人型をしており、腕に相当する部分からはまるで銃のような形状のものを持っている。全身を覆う装甲は白色で、自由に空を飛ぶ様子は鳩か白鳥を連想させた。

 

「あれ、は」

「……あれは、IS?」

 

 横からセシリアの声。IS――言葉だけならアイズも聞いたことがあるし、何度か画面越しに見たことがあったことを思い出す。世界の軍事力を塗り替えたとされる現代の技術革命とすら言われた代物だ。しかしそれが空を自由に駆けるためのものと聞いていたアイズは密かにそれに憧れすら抱いていた。

 しかし、はじめて実物を目にしたアイズが抱いた感情はそんないいものではなかった。

 

 怖い。

 

 あんなにも空を自由に飛んでいるというのに、アイズはそれに羨望の念ではなく、まるで死の象徴のように感じられた。

 そしてそれが正しかったと証明するように空に浮かぶそのISから明確な“殺意”がアイズの意識を射抜いた。

 

「ッ!? セシィ、伏せてッ!!」

「きゃっ……!」

 

 セシリアを押し倒すように無理矢理に地面へと伏せさせる。セシリアが小さく悲鳴を上げたが、それは直後に響いた爆音によってかき消されてしまう。爆音だけではない、地面が大きく揺れるほどの凄まじい衝撃が二人に襲いかかった。

 さらに二人のすぐそばにまでなにかが落下してきた。それはレンガだったり木材だったり、そのすべてが無残に破壊され、焼かれた残滓となって降り注いだ。

 

「な、なにが……?」

 

 突然のことにパニックになりつつもセシリアが状況を確認しようと顔をあげ、そして絶句する。

 目の前にあったはずの屋敷の半分が吹き飛んでいた。それどころか、残された屋敷も火の手が回っており、炎が残されたそれらも呑み込もうと激しく猛っている。必死に苦難に耐え忍び、守ってきた家が一瞬で瓦礫になった光景を目の当たりにして思考が停止する。

 しかし、徐々に大きな喪失感に支配され、セシリアの瞳が揺れる。しかし、手を掴まれ引っ張られたことでハッと我に返った。

 

「セシィ! 逃げて!」

 

 細い腕からは考えられない力でアイズがセシリアを引っ張る。とっさのことに動けないセシリアと違い、多少鈍っていたとはいえ火事場の判断と反応は的確だった。あのISが友好的でないばかりか敵意をもって攻撃してきたことを瞬時に理解して逃走を決めた。

 このオルコット邸の敷地は広い。特に庭は森のように緑が生い茂っている。その中を行けば丸ごと焼き払われない限り逃げる時間とルートくらいは確保できるはずだ。もっとも生存率の高い方法を選ぶ。炎で空気が炙られる中、二人は炎に照らされて赤く染まる林の中へと飛び込んだ。

 

「い、いったいなにが、どうして……! なんで……!?」

「今は逃げることだけ考えて! 話し合いができる相手じゃない!」

 

 未だ混乱しているセシリアとは別に、アイズは既にそれに気づいていた。あのISの狙いは、あの殺意の向かう先は、アイズが手を握りているこの存在――――セシリア・オルコットであると。

 理由なんてわからない。わかるはずもない。アイズはただ目の前の脅威からセシリアを救うために走る。もう背後を振り向かなくてもわかる。あのISは、まだこちらを探している。危機はまだ去っていない。

 アイズはこれまで幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた経験と直感による危機察知能力を駆使してなんとか助かる方法を……いや、セシリアを逃がす方法を考える。ISの性能はまだ把握できていないが、制空権を取られている時点で完全に逃走するのは難しいだろう。

 

 せめて、あれの注意をひきつけられれば――――。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 覚悟を決めるのは一瞬だった。アイズ自身でも、驚く程その覚悟は自然に心の奥底から形作られた。

 手に触れるセシリアの感触。愛しい親友の存在だけが今のアイズが誇れるものだった。そのためなら、とっくになくしているはずのこの命を賭けることさえ躊躇う必要もなかった。

 

「っ、アイズ?」

 

 突然手を離し、立ち止まるアイズにセシリアが不安そうに見つめる。そんなセシリアにアイズは微笑みながら口を開く。

 

「このまま走って。ボクとは、ここで別行動ね」

「ど、どうしたのです?」

「このまま二人だとみつかっちゃう。バラバラに逃げよう。ボクはこっち。セシィはあっち。追ってきてもどちらかは助かるよ」

「…………」

「運試しだね。セシィの運がよければいいね」

 

 ヘラヘラと笑って言うアイズの態度は軽薄そのものだったが、当然のようにセシリアにはそんな虚勢は通じなかった。

 

「嘘が下手ですね、アイズ。いったい私がどれだけあなたと共にいたと思っているのです?」

「なにがさ?」

「囮になるつもりですね?」

「…………知らないよ」

「あなたに嘘は似合いませんよ。出会った時から、あなたは正直だったじゃないですか」

「身勝手に、セシィに暴力を振るったじゃないか」

「だから今回は、身勝手に私を庇うのですか? 罪滅ぼしのつもりですか?」

「そんなんじゃないッ!」

 

 気の入っていない怒声を上げるも、そこには焦りが混じっていた。

 

「あいつはっ! セシィを狙ってる! ボクがやらなきゃ、殺される! ボクにはわかるんだ、あいつは本気だって!」

「だったらなおさら、あなたを見殺しにできるわけありませんわ!」

「わかってよ! これしかないんだよ!」

「イヤです! そんなことをして私が喜ぶとでも!?」

「わからずや!」

「あなたに言われたくありませんわ!」

 

 久しくしていなかった喧嘩に発展してしまうも、互いが譲ろうとしない。命がかかっている場面でおかしなことだったが、だからこそ二人共引けなかった。引けば、目の前の親友が死ぬかもしれないことがわかっていたから。互いが相手を思いやればこそ、妥協できない泥沼へと陥ってしまう。しかし、そこで悩むという時間ほど命取りとなるものはなかった。

 アイズの直感が最大級の脅威を感じ取る。そしてその正体を確かめる間もなく、あたり一面が爆炎に薙ぎ払われた。

 直撃こそしなかったが、その衝撃にどちらが地面かわからないほど平衡感覚を揺さぶられ、気づいたときには地面に叩きつけられていた。強制的に肺から空気が吐き出され、痛みで全身が麻痺したように動けなくなる。

 

「がはっ……! ぐ、うう……!」

 

 必死にあたりを見回すと、少し離れたところで倒れている人影を見つける。綺麗な金色の髪は煤で汚れ、雪のような肌には不釣り合いな血が塗られている。意識がないらしく、微動だにしない。わずかに胸が上下しているのでおそらく気絶しただけだろうが、それでも容態は軽くはないだろう。

 しかし、それ以上にアイズも決して軽傷ではない。痛みに慣れているとはいえ、決してアイズは超人ではない。無茶はできても無理を押し通すことはできない。事実、今のアイズは指一つ動かすだけで精一杯だった。意識を保っていただけでも奇跡だった。

 

「セシィ……!」

 

 だが、アイズは諦めてはいなかった。しかし確実に焦りはあった。こうなっては二人の命は風前の灯だが、それでも必死に生き残る方法を探る。奇跡でもなんでもいい、とにかくセシリアだけでも逃がす方法を懸命に探す。しかし、だんだんとアイズの意識も薄れていく。このままではアイズも気絶するだろう。

 最後の悪あがきとばかりになんとか首だけを振り返って襲撃者であるあのISを確認しようとする。

 

「……………え?」

 

 そこで見たのは、意外な光景だった。襲撃してきたであろう白いISと対峙するように、もう一機―――まるで鴉のように漆黒のISがいた。

 黒いISは背を向けて白いISと向き合っている。白い機体とは違い全身装甲で顔を隠しているわけではないようだが、アイズからでは顔までは見えなかった。かろうじてわかるのはその長い金色の髪だけ―――その人はまるで、こちらを守るように白いISへと襲いかかっていって―――。

 

「――――う」

 

 そこで、アイズの意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 あとにして思えば、このときから運命は確実に紡がれていた。

 

 もし運命の女神というものがいるのだとしたら、それはきっと意地悪な笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 どうしてだろうか、このセシリアの影と対峙してからアイズは不思議と昔のことを思い出していた。

 かつて、セシリアと過ごした日々と、そんな日々を守ることすらできなかった無力感。幸せを噛み締めるだけではなにもできないことを思い知らされたあの日からアイズはずっと力を欲していた。そしてそんな力を、今はセシリアへ向けて振るっていることに思うところがないわけではないが、今はそれが必要だとわかっているからアイズも一切手を抜かずに戦っている。

 それに、少し不謹慎だったが、この戦いはかつての喧嘩の続きのようだとも感じていた。互いを守ろうとして、結局お互いがなにもできなかったあの時以来、アイズもセシリアもそのときの無力感を消し去るように強さを得てきた。しかし、それでも二人とも自分こそがやるんだというわがままは貫いたままだった。

 

 セシリアにとってアイズは未だに守るべき存在で。

 

 アイズにとっても、セシリアは何よりも守りたいと願う人で。

 

 呆れるくらい仲が良い二人が唯一意見が平行線となっているものがこれだった。お互いに助け合おう、という妥協案が存在しないくらい、それは二人にとって強さを求めた原初の理由であり、そして意地だった。それは表面上はそんな様子は見せてはいなくても、常に二人が同じように抱いていたものだ。

 現実は戦闘力ではセシリアのほうが一歩前を行っていたが、ここぞというときの粘り強さはアイズが優っている。

 どちらもがどちらを守ろうと傷つき、それでも戦いを止めることはない。

 

 そんな二人が戦うことは、いつか訪れる必然だったのかもしれない。

 

 

「でも、影に負けるわけにはいかない」

 

 

 戦う必然があったとしても、その相手はセシリアであるべきだ。どこか甘く、感情に走りそうになる脆さがあることがセシリアの弱さではあるが、そうしたものをすべてひっくるめてセシリア・オルコットの強さである魅力だ。だからアイズが己の意思を示す相手はそんなセシリアであるべきなのだ。

 

 だから、心の入らない、ただ戦うだけの影――――純粋な強さはたとえ本物より上だとしても、影に負けるわけには、いかないのだ。

 

「そろそろ、決着をつけよう」

 

 アンチマインドの強さもおおよそ把握したし、対処法もある程度はわかった。脅威となるビットとそれを使った戦術も、そしてその対抗策も既に構築した。加えて束と仲間たちによるバックアップによる武装・能力の再現システム【I.F.L.S.】がある今のアイズには戦術の幅はほぼ無尽蔵と思えるほど十全に存在する。

 

 完璧に戦ってきたはずのアンチマインドの唯一にして最大のミス。それは短時間でアイズを倒せなかったことだ。

 

 アイズは確かに強い。ヴォーダン・オージェを持ち、機体も束が丹精込めて作り上げた一級品。しかも第三形態への移行を可能とした潜在能力でいっても世界での上位の実力者といえる。

 しかし、そんなアイズでも最強という称号は遠い。

 総合力でもセシリア、シールには上をいかれ、鈴やラウラといった特化タイプの土俵では対抗しきれない。そしてマリアベルには完膚無きまでに瞬殺された。

 だが、アイズの持つ真価は、その経験を尽く吸収し、活かす力。生きるために培ってきた直感と経験則から来る危機察知、ヴォーダン・オージェという魔眼の解析と高速思考という特性、それらすべてがアイズを不屈を底上げしている。

 

 諦めない。その不屈の精神こそがアイズが誰よりも勝る力の原動力。そしてレッドティアーズtype-Ⅲも、そんなアイズに合わせて作られた機体。回避重視の継戦能力、ヴォーダン・オージェの力をフルに発揮する対応力、アイズの意思とリンクしてそれに応えるコア人格。それらすべてがアイズの意思を実現するための力となる。

 

「いこうか、レア」

『データも十分、戦術構築も完了。反撃だね』

「最後までよろしくね」

『勝つまで付き合うよ』

 

 鈴の甲龍のデータから再現した龍鱗帝釈布をローブのように全身に纏ったまま再び飛翔する。即座にビットがアイズを包囲するが、それでもアイズは止まらない。時折襲いかかってくるレーザーを剣で弾きながらアンチマインドに踏み込む隙を伺っている。しかし、それが容易でないことはこれまでの戦いからわかっているはずだ。

 戦いを見ていた仲間たちもアイズの狙いがわからずにハラハラしながら見守っていた。

 

『アイズはなにを狙ってるんだ?』

『このままじゃ、今までのリプレイだよ……?』

 

 そんな不安が現実になるかのようにビットの動きが変わる。強襲と狙撃を組み合わせたコンビネーションで再びアイズを狙うつもりだ。

 このままではまた狙い撃ちにされる――――そんな危機にいながら、アイズはしかし焦ることさえしなかった。

 

 

「――――――かかった」

 

 

 そして、――――アイズを狙っていたビット二機が切断された。突如として空中で真っ二つに切り裂かれたビットが数秒の後に爆散する。そこではじめてアンチマインドが動揺したかのようにわずかに動きを止めた。それほどまでになにが起きたのか理解できなかったのだろう。そしてそれは見ていた仲間たちも同じだった。気がつけばビットが斬られているという光景に目を丸くして唖然としていた。

 

『な、なにが起きたの? え、斬ったの?』

『アイズ得意のトリックスキル? でもどうやって……!?』

 

 そこではじめて気付いた。いつの間にか、レッドティアーズtype-Ⅲの背部に搭載されていた兵器がいつのまにかパージされている。その兵器は二機の近接仕様BT兵器レッドティアーズ。本来ブルーティアーズのビットと同じく誘導兵器として攪乱・奇襲を目的としたものだが、アイズの持つこれにはもう一つ大きな役目がある。それがレッドティアーズtype-Ⅲに搭載されている中で最も切断力の高い兵器である微細切断徹甲鋼線【パンドラ】の展開ユニットでもあるという点だ。

 

 その二機のレッドティアーズが、地面に突き刺さっているのだ。

 

 当然そこから伸びる不可視の微細鋼線はアイズの機動とともにこの空間一帯へと展開され、触れたものを微塵に切り裂く切断領域を形成している。そこへ入り込んでしまったビットが抵抗することもできずにパンドラに触れた瞬間に真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 

『ッ、そうか、さっき落とされたときに……!』

『全身を隠したのは、レーザー防御じゃなくてビットのパージを隠すため!?』

 

 そうしている間にもアイズは高度を上昇させ、アンチマインド、そしてそれに付き従うビットすべてを眼下へと収める。手に持ったハイペリオンを一時的にストレージへと収納して、今度は大型の重火器をリンクを通して具現化する。

 シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.が持つカタストロフィ級兵装の一つ……【ミルキーウェイ】。その圧倒的は破壊力と砲撃範囲を持つゆえに膨大なエネルギーを必要とするためにこれに加えて一緒にウェポンジェネレーターも併せて具現化する。

 

『掃射砲!?』

『でもあれなら……!』

 

「そう、これなら射撃が下手くそなボクでも、狙う必要はないッ!」

 

 チャージ完了と同時にトリガーを引く。普段は扱い慣れていない砲撃兵器ゆえに態勢も悪く反動を殺しきれずに射線がブレるが、それでもこの【ミルキーウェイ】には関係ない。前面すべてを掃射範囲とする次元違いの魔砲ともいうべきオーバースペックウェポンだ。その尋常ならざる砲撃は範囲内にいたすべてのビットを撃ち抜き、爆散させる。その威力はダメージを蓄積させていたイージスビットすら問答無用で葬り去った。

 

「やっぱり撃つのって苦手だな……でもこれでチェックだよ!」

 

 ビットは一機を残しすべて破壊した。あとは本機であるアンチマインドのみ。無論、それも脅威なのは変わらないが、ビットを失った今が勝機だ。残ったビットは防御用のイージスビットのみ。仕掛けるのはここしかない。

 

『ビットをほとんど破壊した!』

『さすが姉様!』

『上手いわね、奇襲と力押しの選択が絶妙だわ。やっぱあの子、土壇場に滅茶苦茶強いわね』

 

 とにかく、これで王手だ。ビットがなければクロスレンジに持ち込めばセシリアはアイズには敵わない。今のアイズには防御手段も数多く存在するため、レーザー狙撃だけでアイズの踏み込みを阻むのは難しいはずだ。

 

「これで終わりにするよ!」

 

 アンチマインドへ向けて最後の一撃を放つべくブーストをかける。当然それを阻害しようとレーザーを放ってくるが、その程度ではアイズを止めることはできない。機動力はブルーティアーズが上だが、展開したパンドラが邪魔となって本来のスペックを発揮しきれない。正攻法と搦手、両方を掛け合わせて相手の行動を阻害し、こちらの土俵で仕留めるのがアイズの戦い方だ。それを十全に発揮し、とうとう王手をかけた。

 最後まで表情を変えることなく最適解を出してきたアンチマインドであるが、ここに至っては完全に追い詰められていた。最後の悪あがきとばかりにイージスビットを盾にして離脱しようとするが、それを許すアイズではない。是が非でもここで倒すつもりだった。

 もちろんビットを捌くこともできるが、アイズはあえて最後は自身の全霊を込めた正面突破にこだわった。

 

「一夏くん、箒ちゃん! 力を借りるよ!」

 

 アイズが手にした剣はハイペリオンではなく、一夏の白式の代名詞ともいえる雪片弐型。さらに単一仕様能力【零落白夜】を発動。ブレードが展開し、エネルギーで形成されたそれ自体が絶大な威力を誇る魔剣を構える。一夏から借り受けた剣を手に、アイズは妨害してくるレーザー射撃に対し前面へ龍鱗帝釈布を広げて射線を遮る。そしてそれを目くらましとしてさらに踏み込み、とうとうアイズの間合いに捉える。

 零落白夜のプレッシャーに圧されたのか、アンチマインドも焦ったようにレーザーで迎撃するが、それに対しアイズは左手に展開した剣を振るった。

 【空裂】――――箒専用に束が調整した機体に搭載された斬撃そのものをエネルギー刃として放出するブレード。箒でさえまだ完熟訓練でしか使用したことがない武装であり、当然セシリアの経験をデータとして持つアンチマインドにも未知の武器だった。初見でその飛来するエネルギーブレードを避けることができずに、とうとう最後の武装であるスターライトMkⅣを破壊される。

 空裂を手放し、両手でしっかりと雪片弐型を握り締める。まるでアイズの意思に応えるように零落白夜で形成された刃が肥大化、天を衝くかのように膨大なエネルギーを放出して巨大な刀身を形成する。一夏が編み出した形状変化の力と、アイズの戦意が作り上げたアイズの意思が集約された化身だった。

 

 

「や、あ、あああああああああぁ――――ッッッ!!!!」

 

 

 咆哮を上げながら、その光り輝く刃を振るう。

 アイズの意地、願い、覚悟、そんなすべてが込められた剣が、とうとう届く。一瞬とも思えるほどの速さで振り切られたその一閃が、その強さを見せつけていたアンチマインドを斬り裂いた。

 その一撃でアンチマインドは粒子となって溶けるように消えていく。いや、アンチマインドだけではなかった。戦場となったかつてのオルコット邸、その敷地まで含め、この空間自体が形を失うように溶けていく。

 そしてハリボテとなっていた平和な光景から一転し、その下にあった真の姿が現れていく。

 

「―――――」

 

 アイズは言葉を発することもなくそんな変貌していく世界を見つめていた。変わり果てたその世界に降り立ち、ISを解除する。疲れた様子のレアが再び姿を現し、少し怯えたようにアイズの手を握ってきた。その気持ちもわかる。なにせ、今アイズが足をつけている大地は焼け爛れ、炎と灰によって埋め尽くされていたのだから。

 まるで地獄のような光景に身をすくませるレアを安心させるように握った手に力を込めながら、アイズが歩き出す。

 懐かしかった。この景色は、あの日の場所そのもの。幸福だった場所が、一瞬で破壊され、炎に蹂躙されたあのとき、そのものの光景だった。

 半壊し、炎に包まれる屋敷を前にルーアが待っていた。ルーアはアイズとレアに視線を向けながら、ある人物の傍で佇んでいた。

 

 その人物はアイズに背を向けながら炎の中に消えていく屋敷を見つめていた。熱せられた風に髪がなびき、火の粉が舞う中で輝くように映えるその金糸のような髪が美しかった。アイズよりも背が高く、女性らしいボディラインは魅惑的でアイズも羨望するような視線を向けながらそんな少女へと向かっていく。

 やがて5メートルほどまで近づいたアイズは、炎の中で浮かび上がるそのシルエットへと声をかけようとする。しかし、その少女のほうが先に口を開いた。

 

 

 

「―――――――わかっては、いたんです」

 

 

 

 その声は凛としていたが、どこか寂しさが織り交ざっていた。

 

「思い出の、あの光景は砂上の楼閣だった。そして、この光景こそが現実なんだと」

 

 あんな幸せな光景がずっと続いていたらどれだけよかっただろうか。あの人が生きていたらどれだけ嬉しかっただろうか。そんなささやかな思いすら踏みにじられ、現実という悪夢が思い出まですべて壊してしまった。

 

「そしておそらくこの光景を作り上げた存在も―――――お母様なのだということも」

 

 少女が振り返る。

 青い瞳からは涙こそ流れていなかったが、悲しみが宿り、それが溢れるように揺れていた。アイズは抱きしめてあげたい衝動に駆られながらも、じっと悲しみと諦めに染まる表情をじっと見つめた。

 

 

 

「本当は、もうわかっていたんです――――それでも、諦めきれなくて。それでも、――――」

 

 

 

 セシリア・オルコットは、ただそう言った。

 

 

 

 

 

 




どうもお久しぶりです。更新が遅くなってすいません(汗)ちょっといろいろあってモチベーションが下がってました。

今回でアンチマインド撃破。次回は対話編。そして今回の過去エピソードはあからさまな伏線がありますが明かされるのは終章になりそうです。襲ってきたISと介入したIS、その正体は勘のいい方ならわかるかも。

最近は特に暑いですね、皆様も体調管理にはお気を付けください。

あと数話でこのチャプターも終わりで、次章は再び戦闘メインとなります。最終決戦前の最後の大規模戦闘となり、同時に最終決戦前のお膳立てにもなります。マリアベルさんが再び大暴れします。いや、あの人は暴れてばっかですけど。

ご要望、感想等お待ちしております。それではまた次回に!


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Act.107 「脆く愛しい傷痕」

「ボクをISに?」

 

 セシリアからの提案にアイズは思案するように首を傾ける。

 公園のベンチに座り、三日ぶりに会ったセシリアの手を取って指を絡ませながらアイズはその言葉の真意を考える。

 二人が九死に一生を得た謎のISの襲撃から既に二ヶ月。結局犯人は不明であり、事件の真相もわからぬままだったが、今を精一杯生きようとするアイズにとってそれは大した問題ではなかった。

 あの事件のあと、アイズは一時的にセシリアの元を離れ、放浪生活へと戻った。当然セシリアはそれに反対したが、今のままではセシリアの負担になるだけだということはアイズが一番わかっていた。数日のうちに何回か会っているので断絶したわけではないが、それでも寂しいことには変わりない。しかし、そうした中でアイズは、自分の価値を、できることを見つけられなければ近い将来、必ずセシリアにとっての弱点となると直感で理解したのだ。

 あの傷を舐めあうように堕落にも等しい生き方をしていたら、きっとそうなっていたと……皮肉にも、あの日、共に命の危機にさらされたことで悟ったのだ。

 

「はい、イリーナさんにも話は通してあります。前向きに検討してくれるそうです。もちろん、テストはあるようですがアイズならきっと大丈夫です」

 

 セシリアは叔母にあたるイリーナのもとで彼女が社長を務めるカレイドマテリアル社に協力しており、その高いIS適正からIS技術開発部のテストパイロットとして従事している。大切な屋敷を焼き払ったISに関わることに思うところがないわけではないが、それでもアイズと同じく、セシリアも無力であることの恐ろしさを知ったのだ。

 だからセシリアはなにより力を求めた。

 

 力があれば、無力でなければ――――。

 

 大切なものを守れる。両親を失い、輝くような日々を過ごした屋敷も燃えた。残っているのは受け継いだオルコットという家名と、ずっと隣にいてくれるアイズだけ。

 力がなく、ただ失って悲しむだけだったセシリアは、もうそんな思いをしないとただ残ったものを守るための力を欲した。

 しかし、現実は優しくはない。なんとかオルコット家の財産はイリーナのおかげで群がる有象無象から守れているが、それはセシリアの力ではない。今のままではなにもかもが足りない。

 そしてISによる襲撃という恐ろしいことも実際に起きてしまったのだ。そんな悪夢がまた起きないとは限らない。いや、ISがどんどん世界に浸透していくことを考えればまたそんな暴挙を行う人間が現れることも十分有り得るだろう。

 

 だから、必要だった。すべてを跳ね除ける、絶対の力が。

 

 幸い、セシリアはIS適正は最高クラス。セシリアの潜在能力の高さもあり、着々とその実力を開花させていた。恐ろしいことに既にセシリアに敵う操縦者を探そうとすれば国家代表候補生でも連れてこなければならないほどだった。未だ発展途上ゆえに体力と精神にはやや脆さを見せるが、技術とセンスにおいては既に右に出る者はいなかった。

 無論、セシリアには才能があった。しかし、なによりそれを完全に活かす努力を積み上げてきた。ISという、世界を変えた力の象徴。わかりやすい力に具現に、セシリアはそのすべてを賭けるようにただひたすらに努力し続けた。

 

 強くなること。誰よりも。それがセシリアが選んだ手段だったのだ。そのもっとも近道だったものが、戦闘用としてのISだった。ISに空を駆ける夢を馳せていたアイズと相反するものだったが、決してセシリアはアイズを否定しているわけではない。むしろ自分のほうが邪道だと理解していた。

 それでも、セシリアは自分自身の夢や願いより、アイズの夢を守ることを選んだのだ。

 

 尊敬していた母のようになってオルコット家を立派に継ぐという、子供のときにただ漠然と、しかしはっきりと抱いていた目標は既にセシリアにはなかったのだ。なぜなら、もうそれを証明できないから。たとえそれを成し遂げたとしてもそれを褒めてくれる人はもういないのだから。

 両親を失い、そして屋敷を燃やされたことでそんな夢はすくい上げた砂が指の間から零れ落ちていくように消え失せてしまった。残ったものは、そんな彷徨う手を握りしめてくれるアイズだけだった。

 

 だから、セシリア・オルコットはなによりもアイズ・ファミリアの幸せを優先する。

 

 そのためにこの先、庇護を得る代価として生涯をかけてでもイリーナに尽くすと決めている。その庇護に、確実にアイズも入れなければならない。それがセシリアの考えだった。しかし現状、なんの後ろ盾もない、戸籍すらないアイズに、言葉は悪いが利用価値はない。イリーナはその価値を示さないものを助けるほど酔狂ではない。だからアイズ自身の力を示す必要があった。

 その瞳から特異性で言えばアイズはセシリアよりも際立っているが、それはアイズの傷に触れる行為だ。矛盾と葛藤を孕みつつも、セシリアはそれでも安全を図るためにもアイズに力を与えたかった。アイズの持つ魅力や行動力などは誰よりも知っているセシリアであるが、現状必要とされるのは誰が見てもわかる普遍的でわかりやすい実力――――そう、たとえば、ISの操縦。

 アイズがセシリアと同じようにその力を示せばカレイドマテリアル社という巨大な企業が持つ権力という盾を手に入れられる。その先にアイズの目指す道があるかはまだわからないが、それでも今のままよりは選択肢は多くなるはずだ。

 

「…………」

 

 セシリアの気遣いは察していても、アイズは即答できなかった。

 セシリアの意図はなんとなくだがわかる。現状、なんの力もない自分では生きるだけで精一杯。いや、それどころかセシリアに多大な負担をかけるだけだ。半分強がりのようなもので本格的にカレイドマテリアル社に従事しはじめたセシリアとは別行動を取るようになったが、それはただセシリアに甘えていただけの自分を恥じたからであり、具体的にどうすればいいのか明確な目的があったわけじゃない。そもそもなにもないアイズにはなにかを選ぶことすらできなかった。

 しかし、これからはそんなわけにはいかないだろう。なぜなら、なにもできないと諦めていたからこそ、なにかを得ようとすることすらしなかったのだ。その結果、アイズは自身の無力を思い知った。

 だからアイズは甘えを捨てられなくても、溺れてはいけないと思った。夢は見るだけでは届かない。あの空へと近づきたいのなら、セシリアのそばにいたいのなら、足掻くように求めるべきだったのだ。

 そんな後悔をしたアイズは、立ち止まることをやめた。未だなにかに甘え、すがってもいい子供でありながらそれが許されるような立場ではないと自覚した。だからセシリアの提案は渡りに船だったことも確かだった。それほど今の時代、ISという存在は大きかった。

 

 しかし――――。

 

「怖いのですか?」

「…………」

 

 アイズは無言で頷く。

 そう、アイズは怖い。ISが、ではない。ISを使って空を目指せないことが怖い。アイズでもわかる。今、世界でISを躍起になって広めているのは、それは空を駆けるためではない。純粋なその戦闘力を軍事力として使うため――それは民間企業の研究でも同じ。競技用と銘打っているが、その実それは将来の国の戦力育成にほかならない。あと数年もすればそれこそISは空を目指すものとしてではなく、空から下を押さえ付ける抑止力として君臨するだろう。

 それに対抗するには、やはり『翼』としてではなく『力』としてISを振るうしかない。アイズには、それが辛かった。

 しかし、セシリアはそれを理解してアイズに提案しているはずだ。それを無粋とも不躾とも思わない。セシリアはただアイズの身を案じているだけなのだ。それにただアイズの我侭だけで悩んでいるだけだ。自分が利己的でいやしい存在に思えてアイズは表情を曇らせる。

 

 しかし、そんな葛藤しているアイズの頭をセシリアが優しく撫でる。

 

「アイズ、私と同じ道を往く必要はありませんわ」

「え?」

「あなたは、あなたの思うように、好きなようにISを使えばいい。確かに自衛のためにも戦う術は身につけるべきですが、それをどう使うかはあなたの自由です」

「でも、そんなこと……」

「イリーナさんもそれを望んでいます」

「えっ」

「イリーナさんの目的は詳細は聞かされていませんが、ISを使って“宇宙”へと上がることです。私はそのための“手段”として尽力し、あなたはその“目的”に尽力すればいい」

「セシィは、それでいいの?」

 

 それはセシリア自身の願いや目的といったものを捨て去っていることだ。それでいいのかと、アイズは問いたかった。

 

「…………アイズの夢は、どこまでも続くあの空を飛ぶことでしょう?」

 

 アイズは無言で頷く。

 空に恋して、求めた。それがアイズの夢。その夢へ至るためのものとして、ISにその可能性を見出していた。本音を言えば、たとえ時代に逆行していたとしても確かにアイズはそのためにISと共に空を目指したかった。

 

 しかし、セシリアはどうだ?

 夢を追いかけたいと願うアイズとは対称的に、彼女は既に諦めている。それがアイズにはわかってしまった。

 

「……私の夢は、もうありません。これから先、新しい夢を抱くこともあるかもしれません。しかし、今の私にはあなたのように夢を抱くことができません」

「セシィ」

「そんな私が望むことは、あなたが笑うことだけです」

 

 夢を失った少女は、夢を抱く少女を守ることを選んだ。それしか縋れるものがなかった、と言っても間違いではなかった。

 苦しいとき、辛いとき、ずっと一緒にいてくれたのがアイズだった。これまでセシリアが信じていたもの、すがっていたものがすべて消え去り、精神が不安定となったセシリアはもし一人だったら歪んでしまってもおかしくはなかったかもしれない。

 そうならなかったのは、間違いなくアイズの存在のおかげだ。

 

 そんなアイズのために。

 そんなアイズを守ることこそが、セシリアに残された最後の希望だった。

 

 最愛の親友を守ること。――――それがセシリア・オルコットの傷痕であり、存在証明だった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 あの日をそのまま再現したような光景がそこにあった。

 

 あたり一面炎に包まれ、かつて楽しく優しい思い出で満たされていた屋敷もオレンジ色の火炎に呑み込まれていく。丁寧に手入れがされていた庭園も炎に舐められ、無残に融解していくその様子は地獄の釜の中でも覗いているような錯覚に陥ってしまいそうだった。

 しかし、これはあくまで精神世界に映されたイメージの投影だ。実際に熱があるわけでもない。世界そのものがスクリーンとなっているだけで、そんな舞台の上で四人の影が浮かび上がっていた。

 

 セシリア・オルコットにとってそれは喪失の象徴であろうイメージであるし、アイズにとっても自身の甘さを痛感した転機となった出来事だ。

 燃えていく屋敷を見つめているセシリアと、そんなセシリアを見つめるアイズ。そしてそんな二人に寄り添うようにそれぞれの相棒であるコア人格のルーアとレアが佇んでいる。

 

 それは、まるで現在と過去が交錯しているようだった。

 

 背も伸び、体つきも女らしい曲線を描くように成長したセシリアとアイズ。

 そしてその横に立つコア人格たちはそんな二人をオリジナルとして学習し、その姿を模倣して人格を得るにまで成長した、言わば写身だ。その姿は二人の幼少期の姿と酷似しており、偶然ではあるがちょうど転機となったこの出来事が起きたときの二人の姿そのものだ。

 それは過去と現在が並んで立っているかのような光景だった。そんな四人が対峙する様子を観客席から眺めていた一夏たちは口を挟まずにそんな不思議で複雑な光景を見つめている。

 もはやここに至っては一夏たちができることはない。そんな行為は無粋だとわかっている。だからただ黙って見守るしかなかった。

 

 

「――――夢があると人は強くなる。よく聞く言葉ですが、それは事実だったようです」

 

 

 初めに口を開いたのはセシリアだった。その声は重く、そして暗い。

 

「ひたむきに夢へと走っていたあなたと、諦めて逃げていた私では比べることも烏滸がましかったようです」

「セシィ、そんなこと言わないで」

 

 アイズは悲痛なセシリアの言葉を遮ろうとするが、それでもセシリアは止まらない。

 

「ここまで迎えに来ていただいて本当に感謝しています。姿は見えませんが、一夏さんや鈴さんたちの存在も感じます。私は、良き友を多く持ったことを嬉しく思います」

「セシィ」

「……しかし、私はそれに報いる方法を知りません。私は、……ここまで弱かったのですね」

 

 セシリアが振り返る。その露になった顔に表れているのは諦めだった。

 

「母のようになりたいとずっと思っていました。あの人のように、あの人に誇れるような自分でありたいとずっと思っていました」

 

 母であるレジーナこそがセシリアの理想の現れだった。彼女のように強く、美しく、気高い人間になりたいと願いながら努力してきた。はじめてアイズに声をかけた理由も、母のように誰かに優しく接せられるようになりたいと願っていたからだ。

 もちろん、そこから始まったアイズとの縁はセシリアが望んだ絆だ。そこに嘘や欺瞞は一切ない。アイズが支えとなってくれたことも本当だ。どれだけ感謝してもし足りない。

 だが、それ以前のセシリア・オルコットという存在の根幹にあるのは、母の存在だった。常に自分を愛し、守ってくれていた母のようにセシリアもアイズを愛し、守ろうとした。それは母から学んだ愛するという行為のひとつのあり方だと思っていた。

 アイズへの愛し方、そしてセシリアのこれまでの姿勢や見方、そのすべての原点が母なのだ。

 

「ですが――――そんなお母様こそが、私たちの敵だった。それも、おそらくはお母様自身が望んで……」

「………」

「あの人と対峙してわかってしまったんです。偽者でもなんでもない、あの人は私が確かに慕っていたお母様本人だと」

 

 それはアイズの直感も同じだった。マリアベルとして出会ったあの人は確かにそのあり方はどうあれ、セシリアに愛を抱いている。それは確証はないが、ほぼ間違いないと確信している。クローンという可能性ももちろんあるが、少なくともセシリアと直接触れ合ったことがあるような口ぶりだった。ならば、おそらくセシリアを育ててきた母であることは間違いないはずだ。

 

「それを認められなかったから心を閉じたわけじゃないんです。ただ…………そんなお母様ともう一度会うことが怖くて……!」

 

 だから夢の世界から出られなかった。アイズも薄々気付いていたが、セシリアは現実を拒絶していたわけじゃない。ただ目を向ける勇気が、立ち向かう勇気がなかったのだ。いつか必ずそれと向き合わなければならないと理解してもなお、今の自分自身を形作っている母のイメージを壊したくなかった。だから甘い夢の中でまどろんでいた。そのすべては、現実が怖かったからだ。

 それこそ、アンチマインドがアイズを排除しようとするほどにその恐怖は大きかったのだろう。

 しかし、それでもセシリアは現実への帰還をしなければならないとわかっていた。そしてアイズたちがわざわざ迎えに来たことも理解していたのだろう。

 アイズがそれに気付いたのはアンチマインドとの戦闘中だ。おそらく他の皆は気付いていなかったが、明らかにアンチマインドは途中から弱くなっていた。いや、手を抜いていた、というべきだろう。タイミングとしては【I.F.L.S.】を使い始めて少ししたくらい。

 はっきりいえば、あのアンチマインドを仕留めるためにもう二、三手は必要だと思っていたし、実際それだけの隠し球をアイズは用意していた。最後の零落白夜を借りた一撃もセシリアの実力なら対処できたはずだし、そもそも掃射砲を使ってもビットの半数を犠牲に半数を離脱させることもできたはずだ。だからあの時もアイズは思わぬ戦果に内心では少しだけ困惑していた。

 最悪、束からもらったあの“切り札の剣”すら使うつもりだったアイズにとってどこか拍子抜けした感すらあった戦いだった。

 

 そしてその理由は明白だ。おそらく、セシリアはアイズが来たことに気付いたのだろう。アイズは誰よりもセシリアの近くにいた人間だ。半身といっていいほどに、ずっと一緒に歩いてきた親友だ。

 この世界はセシリアの精神そのもの。たとえ強がりや虚勢でも、アイズを完全に拒絶することなどできるはずもなかった。

 

 しかし、そんなアイズの来訪は同時にセシリアの逃亡の終わりを意味していた。

 

 アイズが迎えに来た以上、現実に戻りはっきりと認識しなければならない。敵となった母のこと、そしてそんな母にこれまで弄ばれていただけだったのかもしれないという悪夢のような現実が怖く、だから弱音を吐いてしまった。もし、これが一夏や鈴といった他の面々だったら間違いなく言わなかった。

 しかし、アイズに対してはそれも無意味だった。アイズがなにかしたわけじゃない、それ以前にセシリアはアイズに対し嘘や強がりを言えなかったし、なによりそんなことが無意味だとわかっていたからだ。

 

 そしてアイズはそんなセシリアの弱さを否定しない。逆に強がりを言われたほうが心配していただろう。

 

「私は……もう、戦えないかもしれません。あの人を前にして、私は銃を向けられる自信がありません」

 

 事実、そうすることができずにセシリアは敗れ、あまつさえ目の前でアイズを斬られるという暴虐を許してしまった。その反省を活かす以前に、母に銃を向けるという行為に今なお強烈な忌避感を抱くセシリアは己の力を信じられない。アイズを守りたいという願いに嘘はない。しかし、母と敵対することが恐ろしい。セシリアはあのとき縛られた精神的な鎖にいまなお雁字搦めにされたままだった。

 敵をすべて撃ち貫くという誓いを立てておきながらこんな体たらくを晒す自身に失望すらしながらセシリアは告白した。

 

 

 

「それのなにがダメなの?」 

 

 

 

 そしてアイズは、そんなセシリアの苦渋に満ちた言葉を、その一言で返した。

 呆然とアイズを見つめるセシリアに、アイズは微笑みを返す。それはセシリアを賞賛しているかのような笑みで、それがますますセシリアを困惑させた。

 

「セシィ。お母さんを撃てないことを嘆くなんて、そんなの悲しすぎるよ」

「…………」

「それに、ボクだってもう弱いままじゃない。セシィを助けることだってできる。ボクも、もう無力だったあのときとは違うんだよ。レアだっているしね」

 

 横に立つレアの頭を撫でながら自慢するように言うアイズに、レアも嬉しそうにしながら笑っている。

 

「たしかに、それでもボクだって無敵なんじゃないし、誰かの助けがなきゃできないこともたくさんある。でも、それってそんなに恥ずかしいことなのかな?」

「ですが、私は……」

「わかってる。セシィが、ずっとボクを守ろうとしてくれたことも、そしてボクが結局それに甘えていたことも。だから、セシィがもし自分が不甲斐ないって思っているのだとしたら、それはボクにも原因がある」

「アイズ、それは……!」

「結局、ボクたちはまだ未熟だったんだ。お互いを思っていたはずなのに、縋って甘える味を忘れられなかった。それはきっと甘さって言われるものなんだ。シールだったら絶対皮肉を言うくらいに」

 

 しかし、それでも。

 

「でも、ボクは結局セシィに甘えちゃうんだ。これは傲慢な意見かもしれないけど、ボクも、そしてセシィも、もう一人じゃダメなくらい、依存しちゃった。それがボクたちなんだよ」

 

 それを否定することは、支えあってきた半生を否定すること。だからアイズはそれを甘さだとしながらも肯定した。

 

「それでも! 私は、……!」

 

 しかし、セシリアは容易く同じ答えにはたどり着かない。目の前で母の凶行を見せつけられ、血まみれになって沈むアイズが目に焼きついて離れない。あの時、セシリアが引き金を引けていればアイズをあんな目に会わせることもなかったかもしれない。すべてはイフであると理解していても、自身を責めてしまう。

 

「そりゃあ、あの人はボクも怖い。なにが怖いって、わからないことが怖い」

 

 実際にマリアベルと対峙したアイズも、彼女の得体の知れないその存在に恐怖した。直感に優れたアイズも、マリアベルの考えがまったくわからなかった。言動と行動が不一致でありながら、そのすべてが思惑通りだというような態度、愛を言葉にしながら剣を向ける矛盾。理解できないそのあり方は確かな恐怖としてアイズにも刻まれている。

 おそらくセシリアも同じ恐怖を味わっているはずだ。それに加え、これまでの幸せだった記憶すべてが嘘になることが怖いのだ。

 

「でも…………わからないってことは、まだあの人の本音を聞いていないってことだもの」

「……!」

「セシィ、絶望するには早すぎる。ボクたちはまだあの人のことをなにも知らない。セシィとの思い出だって、それが嘘かどうかもわからない」

「…………」

「深い深い、絶望の中に飛び込むようなものかもしれない。でも、立ち向かうことをやめたら、そこで止まっちゃう。手を伸ばしても届かない場所で見上げることしかできなくなる」

 

 それはアイズの体験談でもあった。かつて諦めてただ空を見上げるだけだったあのとき、アイズはどうしたらいいのかもわからずにただ届かないものに手を伸ばすだけだった。しかし、本当にそれを手に入れたいと願うなら、やはり動かなければいけないのだ。

 

「ボクは酷なことを言っているのかもしれない。その自覚はある。でも……諦めたくないって思っているなら、どんなに辛い現実でも、それを追いかけるべきなんだと思う」

 

 その言葉はセシリアに向けられていたが、同時にアイズ自身にも向けられているようだった。はじめからどん底にいたアイズは一生かかっても届かないと思っていた空をずっと見上げ続け、そしてとうとうそれに届くところまできたのだ。今でもまだ多くの壁はある。しかし、ただ諦めない、立ち向かうことだけをひたすらに貫いてきたアイズには、ただそれだけの行為に希望が、可能性が宿ると信じている。

 

「それに、これはボクの直感だけど、あの人は本当にセシィを愛してると思う。その愛情表現にはボクも文句を言いたいけど、なにか目的があるのかもしれない。それがどんなものであれ、それを知ってからでもいいと思う」

 

 すべてを知って、それでどうするというのか。セシリアにはまだそれもわからない。しかし、アイズの言うこともわかる。なにか理由があるんじゃないのか、あの人は本当は偽者なんじゃないのか、救いとなる可能性は確かにある。

 しかし、それを確かめようとすることの、なんと勇気のいることだろう。セシリアはその救いに縋る以前に、もしそれでも絶望しか残らなかったら、という可能性に恐怖する。

 

 震えるセシリアに、アイズはゆっくりと近づくとそっと両手をその頬に添えてまっすぐに顔を向けさせる。無理矢理に顔を上げさせられたセシリアは、キスでもしそうなくらい近くにあるアイズと顔を合わせる。至近距離から見つめあったアイズの金色の瞳に、美しいと感じながらもそれに怯えたような自分の顔が映る。なんて情けない顔なのだろう。セシリアは恥じ入るように視線を外そうとするが、アイズはそれを許さない。アイズの運命の象徴であるその金の眼に見つめられ、半ば金縛りにでもあったように固まってしまう。

 

「守りたいと思うなら、立ち向かおう」

「…………」

「セシィが守りたいって思う、あの人との記憶が嘘じゃないって、本当だったって、それを証明しよう」

「でも……」

「そんな可能性は低いかもしれない。でも、だからって諦められるほどの思い出なの? 諦めたくないから、縋りたいから、前にも後ろにも行けなかったんでしょう?」

 

 アイズの言葉はセシリアに言い訳をさせないくらい的確に言い当てていた。もともと高い直感や超能力のような洞察力を持っていたこともあるが、なによりセシリアのことならアイズは誰よりも知っていると自負している。

 だから、アイズはセシリアの背中をほんの少し押すだけでいい。セシリアも、本当はどうしたらいいのか、どうするべきなのかはわかっているのだ。

 ただ、そこに勇気が少しだけ足りなかっただけだから。

 

「一人で怖いなら、ボクがいる。ボクは、こんな無責任なことしか言えないけど、それでも絶対に約束できることがある」

 

 じっとセシリアを見つめていたアイズが柔らかく微笑む。

 

 ――――それは、アイズが心に秘める絶対心理。

 

 

 

「ボクは、いつだって、どんなときだって、セシィの味方で在り続ける。だから、……こんな場所で、独りで我慢することなんてないんだよ」

 

 

 

 それが当然のように、それでも強い意思を込めて宣言する。それは、アイズがセシリアを好きになったときからずっと変わらずに抱き続けた想いだった。無力だった頃から、なにもできなくても、なにかできるとしても、変わらずセシリア・オルコットのそばにいる。共に生きる限り、絶対に孤独にはさせないというアイズ・ファミリアという一人の少女が宿す小さな、しかし絶対の誓いだった。

 

「あ、……あ……!」

 

 セシリアは崩れ落ちるように跪き、両手で顔を覆う。その指の隙間からぽたぽたと雫がこぼれ落ちていく。

 ああ、そうだ。アイズは、ずっとそうだった。命の危険があったとしても、必ずセシリアのために行動してきた。それがアイズ自身の願いであり、そんなアイズにハラハラしながらもセシリアはそれが言葉にできないほどに嬉しく、そして自慢だった。

 自分には、こんなに想ってくれる友がいる。こんなに自慢したい親友がいる。

 それが、虚飾に揺れる記憶の中でも揺るがない真実だった。それを証明するように、アイズはリスクがあるにも関わらずに恐怖から逃げていたセシリアの心の中にまで迎えに来てくれた。アイズは、その想いを既に行動を伴わせて証明したのだ。ただの言葉じゃない、それがアイズの、アイズである所以だと言うように、アイズはただセシリアのそばで、孤独になりかけたセシリアを抱きしめるためだけにここまでしたのだ。

 それを、“嬉しい”と言わずなんと言えばいいのか。

 

 アイズが無言で差し出してきた手を、すがりつくように握り締める。こうして手をつなぐだけで、心が通うような気がした。

 

 

『辛い時、寂しい時……誰か傍にいるだけで救われる』

 

 

 それは過去にアイズが言った言葉。そして今なお、アイズはそれを忘れずにこうしてそばにいてくれる。そう実感するだけで、今までなかった勇気をもらえたような気がした。

 確かに、どんなに抗っても絶望しかないのかもしれない。本当に過去の母との思い出はすべて嘘でしかなかったのかもしれない。

 でも、たとえそうだったとしても、アイズが隣にいてくれるだけでセシリアは立ち向かえる気がした。たったそれだけしかできないというアイズに、しかしセシリアはなによりも勝る勇気をもらえた。

 

「ごめんなさい、アイズ。私は、もう一つの大切な思い出を忘れていたようです」

「ん?」

「母のようになりたい。それも確かに私が抱いた夢でした。その夢を失ってもなお、私が願ったのは……あなたのそばにいることだったんです。そして、あなたを護りたい。それが私の願い……しかし、それは独りよがりだったのかもしれません。私は、ただ……あなたのそばにいたかった。それだけなんです……」

「だったら、一緒にいられるよ。ううん、違う。一緒に、いたい。ボクもそう思ってるから、ここまで来たんだもの」

 

 その太陽のような笑顔が、暗がりにいたセシリアを照らす。真っ暗に思えた道が見えた瞬間だった。

 

 

「帰ろう、セシィ。その不安も、恐怖だって。幸せへの糧なんだから」

「はい………、はい………ッ!」

 

 

 抱き合う二人から少し離れた場所で、レアとルーアがそんな二人を見守っていた。

 アイズとセシリア。二人の半生を糧に学習し、成長したコア人格たちが自分たちのオリジナルとも言うべき二人がかつてそうしていたように、手をつないで笑いあった。

 

 

 

 




これでセシリア復活となります。幕間の後始末と次章への導入を挟んで新たな展開へと向かっていきます。

この「双星の雫」というタイトルを決めてから一番書きたかった回です。あえて多くは語りませんが、これを読んで少しでも印象に残ってもらえることを願います。


ではまた次回に!


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Act.108 「世界は待たない」

 アイズたちがセシリアの精神世界から帰還するおよそ一日前。

 アメリカのとある辺境に位置する基地の司令室において、三人の男女が顔を合わせていた。そのうちの一人である女性は手に持った資料を青い顔で見て、その少し困惑したような顔を上げた。

 

「……これは本当なのですか?」

 

 かつて、ISの暴走事件に巻き込まれた被害者とされる女性―――ナターシャ・ファイルスは冷静にそう質問をしたが、その声はやはり震えていた。彼女の隣に立つイーリス・コーリングもまた苛立ちを隠せずに表情を歪めている。

  二人の目の前にいた男性である基地司令を務めるオリバー・クロムエルも同じように苛立ったようにもともと厳つい顔をさらに険しくして机の上に広げられた調査報告書を睨んでいる。

 

「まさかと思ったが……、いや、そんなわけがないと思いたかったが」

「……機密漏洩に、横領、物資や装備の横流し。ここまでくると感心してしまいそうですね」

「夏のナタルのISの暴走もそうだってのか?」

「間違いないでしょう。……(博士からの情報は間違いなかったようですね)」

 

 ナターシャは資料をぺらぺらとめくりながら、夏に起きたIS【銀の福音】の暴走事故に関しての報告書に目を通した。

 ISのプログラムからの信号を意図的に誤認させ、特定の行動を取るように強制するようにくまれたウィルスプログラム。この痕跡を探すことはほとんど不可能に近かったが、それは誰よりもISを知っている篠ノ之束によって直々にISコアに残されたデータログから抽出。丁寧にその証拠となるデータをナターシャ宛に送りつけてきた。

 これはあの銀の福音事件の際、ナターシャが束に銀の福音のコアを預けるという軍規違反に等しい行為を行ったその対価として要求したことだ。もちろん、これは束にとってはなんのデメリットもなく、うまくいけばアメリカ軍の中にいる草を駆除できることなので喜んで協力していた。

 そして束から軍内部のスパイがいる可能性を示唆されたことで秘密裏にそれに対抗する組織を作るよう働きかけた。これには上に行けばいくほどその危険が高くなるため、ナターシャの所属する基地司令を頼った。

 直属の上司にあたるオリバー司令に内密に処分覚悟で束から聞いた銀の福音事件の裏事情を話し、内部に多数のスパイがいる可能性を示したことでナターシャは内密に監査を行うように命じられた。相棒であるイーリス・コーリングをはじめとした少数精鋭チームで密かに事件の背後関係と背信行為をする人物の特定を行っていた。それだけでなく、オリバーのツテで他にもそうした内部調査が進められることとなり、その結果が今目の前にあった。

 

「……しかし、ここまでとは。世界がこんなときに、いえ、だからこそ、ですか」

 

 内部調査にあたり、束からも盛大に世界を揺るがすから上手く利用してね、と言われていたが、それはナターシャが思っていた以上の激震となってアメリカ軍を混乱させた。

 ISが世界の軍事バランスを変えたことは小学生でも聞かされることであるが、その影響をもっとも強く受けた軍は間違いなくアメリカ軍だ。国土は広大であるが軍事力とイコールとされるISそのものは有限。自国で数を増やすことができない以上、拠点防衛や特殊部隊の一部に配分されることになったが、それでも十分数があるわけではない。戦闘機や戦艦すら容易く凌駕する戦闘力を持つISは、はっきり言えばアメリカでさえ持て余していた。

 その混乱のうちに軍内部の勢力も塗り替えられ、多くの人間が軍から離れ、そして新たな人間が入った。ナターシャ・ファイルスやイーリス・コーリングもそうした人間であり、ISがなければ入隊していたかもわからない。

 古参と新参の人間という単純明快な線引きによってIS支持派と、反対派とまでは言わずとも慎重論を言う勢力による対立を生み出した。割合で見れば男女による対立ではなく、中堅以上の階級を持つ人間の中で現場を知る者と権力争いに精を出す者といえるだろう。

 ISは確かに凄まじい力を宿すが、数が揃えられない、そして女性しか扱えないという大きすぎる欠点がある。

 そんなISへの軍事力のシフトはメリットと同等のデメリットを生み出したことは今更言うまでもないことだった。

 

「椅子を尻で磨くことが仕事のクソッタレどもの考えていることなど知ったことではないが、新型コアとその量産機、そしてなによりあの軌道エレベーターでかなり焦ったようだな。隙だらけだったとも報告を受けているぞ」

「確かにアメリカの面子に関わることなのは理解できますが、なにもここまで……」

「上にも良識を持つ信頼できる人間はいるが、そうではない連中との勢力が半々という時点で組織としては致命的だ」

「それだけならまだいいでしょう。問題は、そんな対立を煽る“第三者”ですか」

 

 それがナターシャたちのチームが調べていた目的だった。この対立云々に関しては今更なことだが、その対立に火を注ぐ勢力が隠れていることは今まで知られていなかった。その勢力は両派閥に入り込み、囁くように権力を持つ人間を扇動してその溝を深めている。

 

「国防長官、もしくはそれに近しい人間がその“第三者”…………亡国機業の人間である可能性。笑えないな」

「ですが、おそらくは間違いないかと。過去の不可解な案件を洗っていけば、間違いなく……」

「長官クラスの人間による隠蔽がされたことは間違いない、か」

 

 オリバーはそのがっしりとした身体を椅子にもたれかけさせる。この基地では国防とIS開発による試験運用が主目的だ。そうした権力争いから離れた場所にあったこともあり、なによりオリバー司令は現場から昇格した叩き上げの軍人だ。言葉よりも行動で示すことを信条としており、口の立つ者を信用するような人間ではない。そのため上のほうからは厄介者扱いされることも多い。

 しかし、そんな人間だからこそナターシャの言葉を信じ、動いてくれた。本来ならこうした内部調査さえ灰色だが、いざとなれば自分が辞表を書けばいいと言ってナターシャたちを支援してくれた。

 そんな司令だからこそ、ナターシャも信頼して束の名前を言わずともその存在を仄めかす内容を報告した。明言はしないというのが束との約束だが、逆を言えば明言さえしなければある程度の融通は利かせることができる。なにより篠ノ之束という存在を仄めかさなくてはその知った内容に信憑性を持たせることが難しかったということもある。そのあたりも束はある程度は容認していることも察しているので、ナターシャはそれを最大限に利用した。

 この行動も束に、ひいてはカレイドマテリアル社に利用されているだろうとは今になって気付いたが、ナターシャとしても必要と割り切って軍内部の洗い出しを優先した。

 

 そしてその結果は、冗談のような知りたくなかった事実だった。

 

「こんなんがバレたらスキャンダルどころじゃねぇな」

「アメリカそのものの権威に関わります。しかし、これは乗っ取りにも等しい行為です。放置しておくことはできないでしょう。内密に処理しなくては……」

「CIAにツテがある。信頼できる筋だ。大統領次第だが、おそらく今回のことで確証が得られた時点で動くだろう」

「下手をしたら真っ二つに割れますね。軍か、国かはわかりませんが」

「それをどうにかするのが、俺たちの仕事になるだろう。おそらく反乱分子……といっていいかは知らんが、間違いなく戦闘が起きるだろう」

「…………無人機、ですか」

 

 IS委員会とカレイドマテリアル社の対立は世界にとってさまざまな選択を迫るものだった。新型コアか、無人機か。これまでの女性限定のISに変わる新しい力としてこれらの確保が急務となる。そして大統領が選択したのはその両者。大国アメリカらしいともいうべき強欲な選択といえたが、これにも事情がある。将来性、そして雇用状況や偏重した女性重視の情勢の修正などを考えれば新型コアへの移行が必要不可欠だった。無人機の即戦力は確かに広大な国土を持つアメリカにとっても魅力的ではあるが、軍の縮小はさらに進み、そして権力の集中化が起きるリスクがある。

 しかし、だからといって量産されているとはいえ、新型コアの数も未だ十全とはいえない。国防を考えれば無人機の導入も少なくとも数年は必要になるという現実があった。

 そこで大統領は独自にイリーナと交渉。数年後を目処に新型コアへの転換を確約して特別に新型コア搭載型の取引を成立させた。これは悪い前例になりかねないため、ある程度イリーナも対策を講じている。裏では互いに悪くない条件で取引を表向きアメリカが金に物を言わせて強引に高値で買い取ったという悪評ともいえる措置を要求している。

 もともとアメリカには量子通信機を卸しているため、イリーナもそれなりに発言する権力はあったこともそうだが、大統領とは知古という関係だったこともこうした交渉ができた理由だ。このあたりは当人たちや一部の関係者しか知らないことだが、なんにせよカレイドマテリアル社はアメリカのトップとは既に水面下で協力関係を結んでいることになる。

 

「しかし、内部に多くの不穏分子を抱えていることに変わりはない。大統領にも伝わっているはずだからそう遠くないうちに粛清をするだろうな」

「おそらく、軍内部の草も焦っているはず…………軌道エレベーターが建造されれば、間違いなく世界は変わる」

「動くなら今しかない、ってわけか」

「幸か不幸か、動けば我々が動く名分ができる。組織そのものがスパイに支配されかけていたというよりは一部の暴走を処理したとするほうがいい」

「ということは………暴発するのを待つということですか?」

「いつでも動けるようにしておけ。連中にもキナ臭い動きがあるとの情報もある。草がいる中央はおそらく迅速には動けまい。そうなればしがらみの少ないここの戦力を即座に動かすぞ」

「了解です」

「了解」

「フォクシィギアも多少は確保している。イーリスはともかく、ナターシャは慣熟を万全にしておけ」

「心得ております」

「しっかし、この情勢で新型機を手に入れるとは、さすが司令」

「俺よりも大統領の手腕だな。しかしそれだけ働きを期待されているということだ」

 

 かつてのナターシャの機体である【銀の福音】のコアは現在秘密裏にカレイドマテリアル社へと移されている。ダミーコアを搭載したハリボテだけは封印処置をされて隔離されているが、実情を知る者からすれば茶番もいいところだ。

 かつての相棒の現状を思いつつも、ナターシャは新たにカレイドマテリアル社製の機体を使っている。男女共用となってからはやはり身体能力の差から軍でも男性操縦者の育成が始められているが、それでも未だナターシャやイーリスはその経験から軍でも上位の操縦者として知らている。もっとも、そうでなければ試験運用のテストパイロットとして専用機を与えられるわけがない。

 

「へへっ、慣れない任務で鈍ってたとこだ。そんときは派手に暴れてやるぜ」

「イーリったら。事は国の威信に関わることなのよ?」

「わかってるよ。だからこそ遠慮なくぶっ飛ばせるんだろ」

 

 楽天的な物言いだが、そういうイーリスもその実力は疑う余地もない。頼もしさを覚えつつも、ナターシャは自分がしっかりと手綱を握らなくては、と思い苦笑する。

 

「しかしまぁ、まさかこんなことになるたぁな……もう一人のナタルが言ってた通りか」

「ああ、たしか数年前に会った人、だっけ? 軍内部におかしな動きがあるから注意しろとか言われたんだっけ?」

「そうそう。ナタルと同じ名前だったからよく覚えてるぜ。たしかナターシャ・エイプリルとか言ったっけ。あいつどうしてっかなぁ」

 

 その話はナターシャも聞いたことがある。まだ専用機を任せられる前から二人は同じ部隊の同僚だったが、イーリスがナターシャと別任務中に出会った情報局の人間らしい。親友と同じ名前ということもあって記憶にも残っており、さらに任務中はいろいろと世話になったそうだ。

 ちなみにその任務というのがテロ組織によるIS関連の違法取引の妨害であり、戦闘になる可能性が高いとして一時的な出向扱いでイーリスが協力したというものだ。その際にイーリスを手引きしたのがナターシャ・エイプリルである。

 

「でもあのあとすぐに連絡がつかなくなったからなぁ。今はなにをやっているやら」

「……そうなの?」

「ああ、すごい優秀なやつだったから名前も聞かなくなったのはおかしいとは思ったんだけどよ、まぁ情報局の人間だからそんなもんかもしれないが」

「…………そういえばイーリ、あなた、たしかその任務のあとくらいになにか始末書を書いてたわよね?」

「あ? あー……なんかデータベースに違法アクセスしたとかってな。言っとくがやってねぇぞ。ただそれに自分のパスコードが使われていたとかで、情報漏洩疑惑があるとかで厳重注意されただけだ」

「………それってそのナターシャさんと会った任務の前? それとも後?」

「えーと、……後だ、な……っ?」

 

 ここまで言ってイーリスも事に気付いたのだろう。みるみるうちに顔が青くなっていく。

 

「ちょ、待て……おいおい、まさか」

「…………事態は思っていた以上に深刻のようね。それが数年前なら、いったい今はどれだけいるやら」

 

 確定ではないが、見過ごせない可能性だった。しかし、既にそのもう一人の“ナターシャ”を追うことは不可能だろう。

 

「やべぇ、なにかまずいこと喋っちまったか? い、いやそんなことはないはず……せいぜいナターシャネタで盛り上がっただけだ」

「聞き捨てならない言葉が出てきたんだけど………、まぁいいわ。司令、一応情報局にそのような人物がいるか問い合せてみますか?」

「いや、俺から手を回しておく。おまえたちは……」

 

 と、そのときデスクの上の電話が着信を告げる音を響かせる。

 あまりにいいタイミングでの着信に一瞬室内が静寂に包まれ、すぐにオリバーが応答する。一言二言簡単に言葉を交わした後、数秒沈黙したかと思えば顔を険しくさせて静かに受話器を置いた。

 緊張感が高まった室内で二人が静かにオリバーを見つめていたが、その顔には不安が現れている。そしてその不安を肯定するように、オリバーが重い口を開いた。

 

「連中が動いた。しかも多数の無人機を搭載した艦が三日前から行方不明になっているようだ。すぐさま部隊を率いて追撃しろ。正式なオーダーはまだだが、大統領の許可も得ているそうだ。暴走した連中はすべて反逆罪で拘束。それが不可能ならば排除しろ。他国領域内での戦闘も限定的だが許可する。速やかに目標を処理しろ」

「……!」

「消えた艦の行方はまだわかっていないが、データの改竄が見つかったらしい。それを察知したCIAがデータの復元と足取りを追っているが…………行き先はおそらくは――――日本だな」

 

 他国領域内での戦闘行動の容認。

 それだけで、どれほど重大な事態になっているか嫌でもわかってしまう。アメリカの軍や政治の中枢にまで手を伸ばす亡国機業という結社によって引き起こされたテロ行為や損害を、今回のことですべて排除するつもりなのだろう。

 そうまでして早急に排除しようとするとは、いったい亡国機業はなにをしようとしているのか。その目的はわからないが、今の情勢を考えれば狙うべき場所というのは限られる。それが日本となれば、標的となるものはひとつしかない。

 

「十中八九………IS学園が目的だろう」

 

 亡国機業に内通している裏切り者がいるとはいえ、軍隊が名目上は未だ非干渉とされるIS学園を襲撃する。その意味がわからない人間はここにはいなかった。

 

「なんとしてでも止めてみせます」

「だが、最悪の場合はどうすれば?」

「状況判断は任せる。貴様らは最善と思う行動を取れ。責任は俺が取る」

「Aye Aye, Sir!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 現実の時間ではおよそ一時間と少し程度だったが、それを体験した者たちはまるで一人の半生をずっと追体験していたかのように感じられた。

 

 他者の精神に入り込むという稀有な体験をした一夏たちはレストルームでドリンクを飲みながら疲れを癒していた。

 ISコアリンクを通して自己の意識を送り込むという、おそらく世界初の試みに図らずも参加した面々は今までに感じたことのない質の疲れに戸惑いつつも、それ以上に貴重な体験に思い思いに受け止めようとしていた。

 

「しかし、すごかったな」

「なにが?」

「そりゃ全部だろう。精神に入るってことも、記憶を見ることも、あの二人も」

 

 一夏の言葉に全員が納得して首肯する。

 なによりもアイズとセシリアの記憶を見たことで擬似的に二人のこれまでの軌跡を追体験したことになる。まだ他人を信じようともしなかったアイズと、母のようになりたかったセシリアの出会いから今に至るその変遷が途切れとぎれになりながらも要所は余さず見たために改めてあの二人が持つ絆の大きさと尊さに言葉にできない感情を宿していた。

 そんな当事者ともいえるアイズとセシリアの二人は今はぐっすりと眠っている。ここにいる面子とは違い、かなり強くリンクしていたことと、そんな状況下で擬似的にIS戦を行ったことで精神的な疲労はとても大きかったようだ。とはいえ、セシリアも昏睡状態というわけではなく、しばらく休めば自然と目を覚ますらしい。アイズも同様だ。

 

「二人が信頼し合っているのはわかってたけど、…………なんだろう、どう言えばいいのかわからないけど、あの二人だからこそああまでして思い合えるのかな」

「セシリアが、アイズのことをすべてだって言ってた意味がわかったわ。なんの誇張もなかったわけね。今のセシリアはただそれだけのために尽くしてきた結果よ。形は違うかもしれないけど、ストイックな求道者みたいなもんね」

「姉様にとって、真に対等といえるのがセシリアなのだな…………いつか、私もあのようになれるだろうか」

「なる必要はないんじゃない? アイズにとってはみんなが特別みたいなもんじゃない」

「そうだな、実際、私にも何度も自慢してきたぞ? ボクの妹はすっごく自慢だ、とな」

 

 箒の言葉にラウラが照れるように頬を赤らめる。特別とか、そうじゃないとか、アイズにとってはそんな線引きに意味なんてないのかもしれない。もともと好意は素直に表現するような性格だ。

 アイズ・ファミリアという少女は多くの人間に好かれているが、それ以上にアイズも誰かを好きになることが、好きなのだ。

 

「ここまで純粋な好意ってわかると自分が少し恥ずかしい」

 

 簪が呟くように言った。簪は自分でも自分が持つアイズへの感情が過激なところがあると自覚している。嫉妬も多いし、下心もある。アイズにもっと見て欲しい、もっと話して欲しい、もっと触れてほしい。それはおそらく、あの二人のような純粋な愛情とは言えないだろう。

 

「簪のほうが普通でしょ。あの二人のアレは、ある意味狂気よ」

「え?」

「あたしもお師匠とかから精神鍛錬としていろいろ学んだけど、無邪気ってのは狂気みたいなものらしいわよ。人は清濁を兼ね揃えて人だって。純粋悪がいないように純粋善もいない。愛情は自分のためであり他人のため。善か偽善かなんて問はナンセンスなんだと」

 

 あいも変わらずに鈴の意見は単純明快でわかりやすく、そしてだからこそ納得できるものだった。簪だけでなく、ラウラとて姉のアイズには自分だけを可愛がって欲しいという独占欲が存在している。大なり小なり、それは誰にでも言えることであり、それは当然アイズにもセシリアにもある。

 しかし、あの二人は、あの二人の間にある繋がりを一切疑っていない。それがさも当然のように受け入れている。

 まるで、はじめから存在していた半身であったかのように、互いの存在のすべてを躊躇なく受け入れている。そこまでいけばもはや信頼や友情などではない。愛という言葉でも言い表せていないかもしれない。それだけのものが、二人にはあるのだ。

 

「あれは例外中の例外よ。きっと織姫や彦星なんかよりよっぽど純愛よ」

「まぁ、それはわかってたことなんだけどね。………それで、どう思う?」

 

 静観していたシャルロットが突如として口を挟む。簡潔に言っただけだが、なにを問いかけているのかは全員がわかっていた。

 

「あの二人の過去だけど………マリアベルがレジーナ・オルコットで、セシリアも脳内改造を受けていたと知った僕たちだから、あの二人の記憶には違和感を覚えたと思うけど」

「確かにね。主観的な記憶って信用度がどれくらいかはわからないけど、今回見たあの二人の過去の出来事はたぶん本当のことでしょ」

「レジーナ・オルコットが偽装自殺だったとしても、…………明らかにおかしいな」

「細かいとこはいろいろあるけど、集約すればこれね。“なんでセシリアを放置したのか?”」

 

 それこそが最大の疑問だった。

 レジーナ・オルコットが亡国機業のトップであるマリアベルであると仮定した場合、その行動に一貫性がなく、まるで気まぐれに行動しているかのように見えてしまう。

 セシリアにあれだけ手の込んだ細工をしておきながら、自身は偽装自殺を行って放置する理由がわからない。どう考えても不手際、愚策だ。その人体修正内容から考えてもおそらく当初はセシリアを亡国機業の尖兵として使うようなことさえ考えていたはずだ。それなのに、現状は亡国機業の敵として存在するカレイドマテリアル社のトップエースだ。その原因がただの放置なのだからミスではなく作為的なものすら感じてしまう。

 

「敵にしたかったのか?」

「まぁ、快楽主義者っぽいし、その可能性はあるかもしれないけど」

「腑に落ちないな。だとしても放置したのは保護者の助けがなければ生活すらままならない年頃のときだぞ。下手をすれば衰弱死の危険もあったはずだ」

「確かに。もしあえて敵としたかったとしても、いくらでも効率的なやり方はあるはず…………あ、簡単にそんなことが想像できちゃった自分の腹黒進行度にちょっと自己嫌悪ッ」

「落ち着けよシャル。…………あと、ISによる襲撃だが」

「それも謎ね」

 

 垣間見た記憶の中でももっとも鮮烈で激しいイメージがそれだった。炎に包まれ、焼けていく屋敷。地獄のような熱気の中を逃げ惑い、そして明確な殺意でもって命を脅かされた。

 

「アイズ主観の記憶だと、セシリアを狙ったっぽいけど?」

「で、その容疑者がまたもマリアベルなわけなのよね……」

「戦闘用のISを用意できる組織なんてそうそうないはずです。テロ行為となればなおさらです。今でこそ民間や裏に流れた機体がありますが、当時は……」

「それこそ、亡国機業クラスの結社じゃなきゃ難しい、か。うーん、だとしてもセシリアを殺そうとする理由がわからないわ。もしそうだとしたらさっきの推論が全部吹っ飛ぶわよ」

「それに、助けにきた……のだとは思うけど、もう一機のISも謎だな」

「生き延びたってことは、そうなんでしょうね。さすがのあの二人でも生身でISに襲われて逃げられるはずがないわ」

「じゃあ、あの機体はなんなんだ? 束さんがなにかしたのか?」

「いや、博士と会ったのはたしか姉様がカレイドマテリアル社への所属が内定した頃だったはず…………このときは知り合ってもいないはずだ」

「………これ以上は無理ね。判断できる材料が少なすぎるわ」

 

 家族として愛情に溢れていたはずなのに姿をくらまして放置する。ISを使ってまで命を奪おうとする。そして愛していると言いながらセシリアの心を深く傷つける。

 マリアベルの行動は一貫性などなく、ただ刹那的に行動しているようにしか見えない。そこになんの意味があるのかまるで見えてこない。もしそこになにかしらの目的があるのだとしたら、おそらくそれを知るためにはまだわからない“何か”があるのかもしれない。

 それらすべてが推測だ。これ以上の議論は不毛だろうし、なによりセシリアとアイズのいない場所で話していてもそれこそしょうがない。

 

「さて、それじゃあの二人の様子でも見に行こうかしらね? どうせ間抜け顔しながら仲良く眠って…………」

 

 

 

 

【緊急連絡! 緊急れんらーく! 待機中のセプテントリオン隊、総員集合! しゅーごーう!】

 

 

 

 

 

 間の抜けたような、それでいて焦ったような束の声が突如として施設内に響き渡った。館内放送を通じて束の焦燥が伝わってきており、いったい何事かと全員が目を見張った。

 しかし訓練されているメンバーたちはすぐさま表情を引き締めて立ち上がり、思考も戦闘へと切り替える。

 

【あとIS学園から来てる三名! すぐに来て!】

 

「な、なんだ? いったいなにが?」

「姉さん……?」

「なにかあったのかな?」

 

 セプテントリオンの招集ならわかるが、特別に滞在を許可されている一夏たちまで慌てて呼ぶ要件とはなんなのか。おそらくいいことではあるまい。そんな緊張する三人にとって、いや、この場にいる全員にとって無関係ではない、衝撃の事態が告げられた。

 

 

【IS学園と連絡がつかない。あらゆる情報・通信が完全に途絶してる! おそらく、いや、まず間違いなく、IS学園が落とされた……!!】

 

 

 

 

 

 




これでチャプター11は終了となります。
次回から新章突入。陥落したIS学園を舞台に大激戦を繰り広げる【IS学園解放編】へと移ります。

マリアベルさんの思惑や亡国機業そのものについて次のチャプターで少しづつ明かされていきます。

そしてほぼオールキャラによる大乱戦となります。いよいよラストにむけて急激に事態が動いていきます。

完結まであとチャプターは二つです。ようやく終わりが見えてきたような気がしなくもない、といったところでしょうか。二年近く執筆してようやくここまできたと実感が少しづつ湧いてきています。

では要望、感想等お待ちしております。また次回に!


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Chapter12 IS学園解放編
Act.109 「解放作戦」


「あんだけ戦って守った学園を、今度はあたしたちが攻略することになるとはね……無情ってこういうことなのかしら」

「複雑ではあるよね」

 

 鈴の自嘲するかのように発せられた言葉にシャルロットも同意を示す。半年前、呆れるほどの数で攻めてきた無人機を相手にして死力を尽くして戦った記憶も新しい。特に鈴は一夏、簪と共に開戦から最前線で戦っていた。最後まで戦い抜くことができずに途中で気絶という鈴にとって屈辱ともいえる戦いであった。文字通りボロボロになるまで戦った鈴にとって、そうしてまで守り抜いたはずのIS学園をあっさり落とされたことに苛立ちを抑えることができない。もちろん、学園にいる楯無やかつての級友たちを悪く言うつもりはない。むしろその安否が気になるほどだ。

 

「あたしを怒らせたことを死ぬほど後悔させてやるわ」

 

 鈴が怒りを感じているのは、自分たちがそこまでするほど大切だと思っている場所をいともたやすく踏みにじる馬鹿どもに対してだ。絶対に潰してやる、と抑える気のない苛烈な気迫を見せる鈴に対し、その隣に立つシャルロットは冷静に思考を巡らせていた。

 IS学園の状況は未だよくつかめていない。IS学園を覆うようにジャミングフィールドが発生しているらしく、通常の通信はまったく役に立たない。

 しかし、このジャミングフィールドというのがクセもので、その発生装置は未だ大型のものしかない。ISに搭載できるサイズとなるとせいぜい周囲に通信障害を起こす程度でしかない。カレイドマテリアル社でもこの手の発生装置は戦艦クラスの移動手段があってはじめて戦略として成り立つ代物だ。そんな大掛かりな戦略兵器をもっている組織など、それこそカレイドマテリアル社か亡国機業しかないだろう。

 カレイドマテリアル社製のものは量子通信手段を搭載しているためにいくらでも対処が可能だが、それ以外、さらに言うならこの二つの組織を除く世界の技術レベルを考えるならこのジャミングフィールドだけでもうまく使えば一方的に蹂躙できるものだ。如何にIS学園とて、外部から完全にシャットアウトされた状態で物量に攻められれば陥落も当然だろう。

 狙ったのか、たまたまなのかは判断ができないが、今のIS学園には以前の襲撃時と違い、鈴も簪も一夏もいないのだ。

 おそらく、以前と同等規模だと仮定しても一時間ももたなかっただろう。

 

 しかし、それは亡国機業の仕業なのか、という疑問も残る。技術レベルとIS学園を攻める戦力を持ちつつ、そんな暴挙を行う組織などそれしか思いつかないが、しかし今のIS学園の状況が不明である以上、そう確定できる要素もない。無関係ということはないだろうが、主導しているのか、それともただ単に協力しているだけなのか、――――それがわからない。

 

「直接確かめるしかないか。どっちにしろ、僕たちの役目は変わらないわけだしね」

「シンプルなオーダーだったわね。IS学園を“奪還”しろとはね」

「“解放”しろだよ? 奪還じゃ意味が違うし」

「気持ち的には間違いないでしょーよ」

「それはそうだけど」

 

 鈴やシャルロットだけではない、セプテントリオンにはかつてIS学園に在籍していた人間が多くいる。そしてカレイドマテリアル社としても、このタイミングでIS学園が潰れればバベルメイカー計画は頓挫とまではいかなくてもかなりの遅延が発生してしまう。心情的にも、大局的にもIS学園をこのままにはしておけない。

 ならば話は早い。

 セプテントリオンの総力を上げての解放作戦である。

 

「必要だと判断したら即決断、そして敵の規模がわからない以上、総力をあげての即時排除。ウチのボスは大胆ね」

「でも、確かにそれが一番効果的だと思うよ。だからこうして全員で殴り込むわけだし」

「中核の三人がいないけどね」

「痛いよね、あの三人がいないのは」

 

 そう、今の鈴たちには部隊の中核を担うはずのセシリア、アイズ、そしてバックアップを務める束の三人を欠いていた。

セシリアとアイズは未だ覚醒しておらず、束はそんな二人に付きっきりでバイタルチェックと、それに並行して二人の機体調整を行っている。セプテントリオンでも組めば最強の二人だ。そして指揮官であるセシリアと単機で遊撃をこなすアイズの二人がいないことは部隊規模としても痛い。

 束からはこの解放作戦に間に合うかは五分五分だと言われている。アイズはともかく、セシリアは長期間昏睡状態で機体も大破していたために即時復帰はかなり厳しいだろう。

 

 だが、敵はこちらの都合など考えるわけがない。むしろチャンスとすら思っているだろう。もし亡国機業が手を引いているのだとすれば、セシリアとアイズが落とされたこのタイミングを狙ってのIS学園占拠なのかもしれない。

 

 とにかく、今のセプテントリオンは単機でありながら後方援護を部隊規模でこなす指揮官と、どんな状況にも即時に対応する遊撃、そして部隊全てのバックアップを行う技術者がいないのだ。いずれにしても部隊の中核を担う人間である。はっきり言えば他のメンバーと違い、この三人の代役を勤められる人間はいないのだ。

 今回の解放作戦においてはアイズの遊撃をラウラが、束の技術的なバックアップの統括を火凛が行うことにしているが、肝心のセシリアの代役がいなかった。副隊長であるアレッタは前線指揮を行うために部隊全てのコントロールをするには不向きなポジションであるし、そもそも単機で小隊規模以上の働きをしていたセシリアの代役など用意できるはずもない。

 

「消去法であんたかしらね。同じ後方からブッパする感じだし」

「ちょ、僕にセシリアの代役とか無理に決まってるでしょ、砲撃と狙撃は別物なんだから………というか、あの代役なんて誰もできないよ」

「あの暴君から人心掌握術とか教わってんでしょ? それをちょっと応用させてさ」

「あのね、そんな人を人形みたいに操れるあの人と一緒にしないでよ。あの人のそれはもう黒魔術でも使ってるんじゃないかってくらい怖いんだから」

 

 昂る気を抑えるようにそんな他愛もない会話をしているとどこか呆れたような顔をしながらラウラがやってきた。ラウラはわざとらしくため息をつきながら二人を見やる。

 

「まったく、緊張感がないぞ。もうすぐブリーフィングだ。行くぞ」

「いよいよね」

「行こう」

 

 もうじきIS学園上空に到達する。この作戦のためにわざわざスターゲイザーを宇宙から呼び寄せていることから、どれだけこの作戦を重要視しているのかがわかるというものだろう。

 しかし、逆を言えばスターゲイザーを使わなければならないほど切迫した状況ともいえる。反則技とされるスターゲイザーの空間歪曲航法と光学迷彩とステルス機能から完璧な隠密行動ができる性能を持つIS母艦。この艦がなければセプテントリオンの行動も三日は遅れていただろう。宇宙における拠点のひとつとして使っていたがコアブロック式にすることでこうして有事の際には即座に艦としての役目を全うすることができる。イリーナも束も、ある程度こうした事態もおそらくは想定していたのだろう。

 とにかくとして、セプテントリオンはIS学園への即時強襲を行う準備を整えることができた。あとの問題はIS学園の現状把握だ。

 

「やっぱ早々にIS学園にも量子通信システムを導入するべきね」

「あれ、普通は国家予算から捻出するレベルのものなんだけど」

「ああ…………カレイド社製の機体には標準装備だから忘れてたわ」

「IS用となるとさらに高いんだけどね。まぁ、その技術はウチが独占してるし、一般販売してるフォクシィギアには搭載されてないけど」

「そうなの?」

「後付けで搭載はできるよ。ただ、本体より高いけど」

「あくどいわねぇ」

「それだけ最重要機密なんだよ。それだってブラックボックス化してるもの。だから鈴も鹵獲なんてされないでよ?」

「なんであたしに言うのよ」

「吶喊大好きな鈴が一番心配なんだよ」

「そんなヘマはしないわ。あたしに触れるやつはみんなスクラップになるんだからね!」

「フラグっぽいよ、それ」

 

 いつもの調子といえばそれまでだが、鈴のこうした自信は少し心配になる。しかし師匠である雨蘭や火凛の教育がいいのか、無茶はしても無謀はしないのが鈴である。ちゃんと戦略的撤退も行える冷静さを持っているから部隊の切り込み役を任されている。

 それを考慮しても鈴のドヤ顔を見ると不安になるのはきっと彼女の性格や気性のせいだろう。

 

「安心しろ。おそらくいきなりそんなことにはならないだろう」

「ん?」

「状況は思った以上に厄介なようだからな」

 

 そんなラウラの言葉とともにブリーフィングルームへと入れば、ほかのメンバーは皆揃っており、そんな隊員たちの中心にはホログラムが表示されている。立体映像化されたIS学園とその周辺地形だ。およそ十キロ圏内の観測情報からリアルタイムで合成して視覚化したものだった。

 

「全員そろったね。じゃあはじめよっか」

 

 束の代役としてスターゲイザーのコントロール、及び部隊の情報支援を統括する役目を担う紅火凛がハイテンションな束とは真逆にゆっくりとしたマイペースな声でそう告げる。さすがに火凛といえど束の代役を務めるのは荷が重いが、そこは技術スタッフが全員でフォローを行っている。

 そしてブリーフィングルームではセシリア、アイズを除くセプテントリオン隊と緊急時として一時的に部隊に組み込んだIS学園から来ていた三人、そして本日付でセプテントリオン隊の分隊として組み込まれた元黒ウサギ隊が勢ぞろいしていた。他にもスターゲイザーにはIS関係以外にもイーリス・メイや紅雨蘭といった潜入や白兵戦も想定した戦力が乗船している。

 

「さて、ここまでわかったことだけど………まぁ、見てもらったほうが早いかな」

 

 火凛がコントロールパネルを操作するとリアルタイム映像と思われる上空写真が空間ディスプレイに表示され、そこに映っていたものを見て周囲がざわめきに包まれる。

 

「あれって……!」

「いつぞやの大型機じゃない。あんなもんまで持ち出したっての?」

 

 かつてドイツにあった無人機プラントを強襲した際に交戦した大型無人機。同じく交戦したマドカがサイクロプスと呼称していた機体とよく似ている。

 

 確認できるだけでも、それが三機。

 

 都市制圧用と考えられるような機体を、IS学園を落とすために三機も投入することに呆れすら覚えてしまう。そしてほかにもIS学園周辺には無人機の姿が確認できるし、面した海にも水中型らしき機体の姿が垣間見える。

 そしてそれだけではなく、少数ではあるが有人機も確認できる。これまで交戦した亡国機業のメンバーまでは確認できないが、どうやら人間によって統制された無人機がIS学園を占拠しているようだ。

 

「……さすがにこれは正面突破は無理だ」

「やってやれないことはないかもしれないけど、そんなことしたらIS学園がなくなるわね」

「僕のカタストロフィ級兵装も、IS学園の敷地内じゃ使えないし」

 

 無人機を主力とした敵戦力を駆逐するだけなら、今ある戦力だけでも簡単ではないがおそらくは可能だろう。しかし、そのためには広範囲殲滅兵器や高威力兵装による範囲爆撃などが必要不可欠だ。そんなことをすれば奪還するべきIS学園すら瓦礫へと変えてしまうだろう。なにより、IS学園に残されている者たちの安全も保証できない。

 もともとIS学園に所属していた人間が多いために学園内の地理に関しては熟知しているが、そのIS学園を盾にされれば強引な突破も難しい。

 

「まずは生徒や先生たちの安否確認と救出が先かしらね」

「なら、陽動と潜入に分かれての対処が妥当か……」

「ところがそうもいかないんだよ」

 

 再び火凛が操作すると映像が変化する。IS学園を中心にさらに広い範囲を映し、IS学園から離れた海上、およそ十五キロ離れた位置に大きな反応が示されていた。

 

「まさか、敵さんの母艦?」

「艦隊規模……? あの大型機の輸送船か!」

「それだけじゃなくて潜水艦の反応もある。予備戦力があるのは間違いないだろうね」

 

 あれほどの規模の艦隊を運用することにいったいどれだけの力を持っているのだという驚きもあるが、これだけの戦力を動かすことに相手がどれだけ本気なのかがわかってしまう。あんな艦を持っているのはおそらくはアメリカ軍。様々な国に亡国機業の手が伸びていることは知っていたが、表立ってあんなものを動かせば正規の軍隊も黙ってはいまい。このままでは他国の軍も介入してくる可能性もある。

 後先考えていないようなこの暴挙に、その危険性をますます感じ取ってしまう。

 

「いや、こんなことすること自体が馬鹿なんだけど、いったいなにが目的なのよ?」

「この状況でIS学園を占拠しても、あとがないよ」

「どうだっていいぜ、今は学園を取り戻さなきゃな……!」

 

 理由は気になるが、一夏の言うように今できることはあの戦力を排除してのIS学園の解放だ。面倒な事情や政治的な判断などはイリーナに任せればいい。今のオーダーはIS学園の即時解放。そのために必要なのは如何にしてIS学園の被害を抑え、学園関係者の安全を確保して敵を排除すること。

 

「愚策に近いけど、部隊を分けるしかないね」

「まずは救出チームだね。室内戦を想定して、あとは学園内に精通していることが条件」

「あたしの参加は決まりね」

「じゃあ私も」

 

 鈴とリタが立候補する。確かにこの二人は生身でも接近戦が強く、ISも近接特化型なのでいざというときでも室内戦ができる。そして二人ともIS学園に通っていた経験があるために敷地内の地理にも詳しい。

 

「なら俺も……!」

「悪いけど一夏くんは別。君の白式と白兎馬は集団の乱戦に強いから艦隊の制圧チームに入ってもらうよ。あとこれにはアレッタさん、シャルロットさん、シトリーさん、レオンくんも」

「僕とシトリーを組ませるってことは……」

「うん。二人を中心に、艦隊からの増援を完全にシャットアウトしてもらう」

「うわ、相変わらずオーダー難易度が高いや」

「指揮はアレッタさんにお任せします」

「了解。海上戦ですか、レオン、働いてもらいますよ」

「任せな。いざとなれば艦底に風穴をあけてやるよ」

 

 多数の無人機を擁するであろう艦隊を相手にするにはあまりにも少数だが、それでも負ける気はなかった。

 シャルロットも苦笑しているが決して無理だとは言っていない。それができると自信をもっているようだった。

 

「そしてIS学園にいる機体の制圧は………ラウラさんを隊長にシュバルツェ・ハーゼに担当してもらう」

「お任せ下さい。キョウ、お前の力も借りるぞ」

「助力しますよ」

 

 もともとラウラが隊長として率いたメンバーだ。連携も問題ないし、強行ではあったがシュバルツェ・ハーゼにはフォクシィギアの慣熟訓練を施してある。もともとが優れた操縦者ばかりなので問題なく戦闘行動を行えるだろう。さらにキョウをはじめとしたセプテントリオンの約半数も同行する。これだけの戦力なら少なくとも時間稼ぎはできるだろう。

 

 IS学園解放作戦。そのために大きく分けてこの三つに分かれることになる。

 まずは潜入チームがIS学園内に潜入し、敷地内を探索して残っている生徒たちの安全を確保。これにはイーリス・メイをはじめとした諜報部や白兵戦に絶大な信頼をおける紅雨蘭も同行する。

 そして安全を確保、または発見されて交戦になった場合、ラウラが率いるIS学園を占拠している無人機たちへ強襲をかける。ここで鈴たちもISを起動させ制圧に加勢する。できればそれまでに楯無といったIS学園側の戦力も確保したい。

 その段階でおそらく海上艦隊から増援が送られてくるだろう。下手をすれば挟撃されてしまうそれを、シャルロットたちが抑える。難しいが、できるなら艦隊そのものを制圧したいところだ。

 

「私と箒さんは?」

「簪さんと箒さんはどのチームに入っても問題ないよ。というか、一夏くんも含めて命令権もないんだけど。でも、できることならIS学園側の制圧に助力して欲しいところかな」

「なら、私も潜入で。学園内の地理は詳細まで知ってるし、これでも暗部の家の出身だからそれなりに隠行の心得もある」

「私も同行しよう。正直、IS戦ではまだ足でまといになりかねないが、学園内の道案内くらいはできる」

「俺もそれに同行したいが……確かに白兎馬を使うには不向きだ。言われたとおり、シャルたちと行くぜ」

 

 作戦、というにはシンプルなものだったが、複雑になればなるほど予想外の事態への対処が難しくなる。それに今回の作戦はスピード重視のため、もっともわかりやすく効率のいい作戦となった。問題は部隊を分けたことによる戦力バランスだ。しかし、同時に三つを対処しなければ逆に撃退される危険性が高くなる、あとは個々の力を信じるしかない。

 

「束さんもあの二人が目覚め次第援護に来るとは言っていたけど」

「今回はあたしたちに譲ってもらいましょ。セシリアとアイズの出番はないわ。あたしたちだけでやるつもりでいくわよ!」

「ああ、こんな暴挙、許せるわけない。絶対に皆を助け出すぞ!」

 

 気合の入った一夏の言葉に全員が頷き返す。

 おそらくはセプテントリオンを結成してから最大規模の作戦となるだろう。不安もあるが、それ以上に全員がこの事態を打破すべく高い士気で作戦に臨もうとしていた。

 

「作戦開始は三十分後。全員、しっかり準備と覚悟を決めてね?」

 

 不釣り合いに思えるマイペースな火凛の言葉で、IS学園をめぐる激動の作戦の幕が開ける。

 

 

 

 ***

 

 

 

 束は一人しかいなくなった研究室で黙々とキーボードを叩いていた。

 他の面々はIS学園への対応へと回しており、ここに残っているのは束ただひとりだ。イリーナの命令でセプテントリオンは総力をもってIS学園の解放作戦の準備を行っており、宇宙から呼び寄せたスターゲイザーに乗り込んで今頃はIS学園の近辺に到着しているころだろう。

 本来ならば束も同行するべきだった。スターゲイザーは束がいてはじめてその能力を完全に発揮できる。そしてISにおいて束以上の技術者など存在しない。生みの親にして、今なお世界を置き去りにするほどの革命レベルのものを生み出している束がバックアップとしているだけで作戦の成功率も大きく変わってくるだろう。

 それでも束が残ったのは、もうじき目覚めるであろう二人のためだった。

 

「ふふ、うふふ、ふふふふッ!」

 

 気がつけば笑っていた。

 束は自身が興奮状態にあると自覚し、そしてその感情を抑える気はまったくなかった。たしかに早急にIS学園を解放しなければ束やイリーナが推し進めている計画が遅れる恐れがあるが、それ以上に今は束しかこの役目を担うことができない。いや、束自身もほかの誰にもこの役目を任せる気はなかった。

 

「アイちゃん、………君は奇跡を起こすことが得意だとは思っていたけど、まだ過小評価だったみたいだね~。私の予想をあっさりと超えてッ、あまつさえ机上の空論だったことまでやってッ、それがすべて当然のように! どこまで私をワクワクさせてくれるんだい、ひゃっほい!」

 

 抑え役がいないために束のテンションも留まることを知らない。目は血走り、口は狂気じみた笑みの形のまま固定されている。三日月型に歪んだ口からは笑い声と奇声が飛び出してくる。

 

「ふふふん、やっぱり思ったとおり、アイちゃんにマインドダイブさせる賭けは正解だったみたいだねっ、コアの成長が著しいよ! これなら機体の再構成も可能だね!」

 

 アイズは純粋にセシリアのことだけを考えていたが、束が狙っていたのはそれだけじゃなかった。アイズとセシリアの意識をISを通じてリンクさせることで、ブルーティアーズとレッドティアーズのコアに、二人のこれまでの軌跡を擬似的に追体験させたのだ。操縦者から学習して人格モデルを構築するコアにとって、これ以上に上質な情報はない。事実、アイズから名前をもらったこともありブルーティアーズのコア人格のルーアはこのマインドダイブの前後を比較すれば天と地ほどに情報獲得量が違う。それに伴い、レアほど人格構成が確固としていなかったルーアの人格も強固なものとなっている。

 そしてリアルタイムでルーアの成長をモニターしていた束は同時に大破したブルーティアーズ本体の再構成を行っていた。ルーアが心ならブルーティアーズは身体。その心を映すように最適な身体を造る。それがISの生みの親である束の役割だ。

 コアの自己進化の情報をそのままブルーティアーズの新たな機体へと最適化してフィードバックする。アイズのフォローを行いつつ、リアルタイムで膨大な情報量をフォーマット化して構築することができるのは世界でも束だけだろう。

 おかげでおおよその機体の再設計は完了している。今は吶喊で機体を作り上げている。もともとの素体は既にできていたし、あとはコアに最適な肉付けを行うだけだ。もともと考案していたシステムが流用できたのは幸運だった。これはもともとブルーティアーズの強化案として温めていた新システムだが、机上の空論だとして束も理論を組み上げるだけで放置していた代物だった。

 それは当時のセシリアとブルーティアーズでは到底成し得ないほどの規格外のハイスペックなシステムだったというものだ。昔から同世代と比較しても突出して優秀だったが、それでも届かないレベルのものだ。もしこれが実現できるのなら、おそらくは第四世代をすっ飛ばして第五世代相当の機体となるだろう。それこそ、先行試作型であるオーバー・ザ・クラウドを上回る世界最高峰の機体として生まれ変わる。

 そのためにバベルメイカー計画の際に世界から賛同をもぎ取るためにバラまいたカレイドマテリアル社にとっても切り札となるマテリアル――――通称で『オリハルコン』と呼ばれている金属、束が付けた仮称は【D-11.FbM】だが、呼びやすいので今では束もオリハルコンと呼称している――――を惜しまず投入することになる。金額換算すれば通常の専用機五十機分にも相当する。カレイドマテリアル社という後ろ盾がなければ束でも製造不可能だ。しかし、それに見合うだけの特性をこの特殊金属は宿している。

 

 このオリハルコンで装甲すべてを再構成する。これによりもたらされるであろう予測される機体スペックと第二単一仕様能力の向上による戦果。それらを思い浮かべるだけで身震いする。もしセシリアがこの機体のポテンシャルを完全に発揮したとき、おそらくブルーティアーズに勝てる機体はいなくなる。そう言えるほどの機体となる。

 しかし、もちろん油断はできない。戦闘データから確認したが、マリアベルが駆るあのネガ色の機体は束が見ても別格だ。シールのパール・ヴァルキュリアでさえ及ばないだろう。束が畏怖を覚える科学者など認めたくはないが、しかし事実としてマリアベルは脅威となる存在といえた。

 アイズとセシリアとの戦闘データから分析しても、まだ彼女のISの能力の詳細まではわからない。いくつかの仮説はできるが、それでもそれを証明するものがない。本来の力から半減していたとはいえ、セシリアの【S.H.I.N.E.】を完封するほどのものだ。アイズの【L.A.P.L.A.C.E.】と違い、セシリアのそれは火力と汎用性がそのまま高い攻撃性能に直結している。光そのものといっていい第二単一仕様能力を封殺できる能力などそうはあるまい。この進化したブルーティアーズでも勝てるという保証はできない。

 

 しかし―――――。

 

「これが最善だっていえる。だから私はそれを完璧にしてあげちゃおう」

 

 セシリアの心を映す鏡のようにその心を糧に成長していくコア。そしてそのコアに最適化していくように進化していくIS。操縦者、コア、機体。この三つのうちどれが欠けても束が目指したものには届かない。

 操縦者とコアが適合すればするほどにその潜在能力は高まっていく。その潜在能力がISという形となって具現される。それが束が目指した人とISの進化のシステム。

 だから、束ができることは操縦者とコアが、セシリアとルーアが通わせた結果を最適化してISへと反映させること。それ以上のことはむしろ正しい進化の妨げであるし、なにより無粋なことだと思っていた。

 

「ふふふ、ブルーティアーズの声が聞こえるよ……! わかってる、わかってる。セッシーの力になる、立ち向かうための鎧となる、そして葛藤しながら進む人間に憧れる! それがあなたの望みなんだね? うん、うん! お母さんであるこの束さんがその願いの叶え方を教えてあげる! その力を与えてあげる!」

 

 アイズとレッドティアーズはその特異性から例外的に異常といえる加速度的な進化を見せたが、セシリアとブルーティアーズは束が想定していた正しく操縦者とコアが共に成長していく姿だ。その過程を見守り、結果に助力できることが嬉しくてたまらない。

 

「だからあなたも好きなように、思うままに。それがISの正しい進化のコツだよっ」

 

 現状、事態は切迫している。IS学園の陥落は束にとっても無視できないことだし、大事な妹である箒も強い希望でセプテントリオンと共に解放作戦に参加している。束も早くその助けに向かいたいが、強い使命感のようなもので今、この時目の前の存在の進化を見届けるべきだと思った。

 

 そう、今まさに目の前でオリハルコンを取り込み、独自に身体となる機体を組み上げていくブルーティアーズ。かつての形を残しながら、それでいて可能性を模索するように形状を変化させながら徐々にシャープに、最も自己を表現できる姿へと変貌していく。それはコア人格であるルーアが、セシリアの心に触れて得たものを表現していくこととイコールだった。

 自己進化の機能の究極ともいえるその光景に、束はうっとりとして、その視線は釘付けにされる。それでも手は止まることなく、その変生を補うようにプログラムを走らせている。

 

 

 

「さぁ、セッシーとルーアが望む形をあげよう。ブルーティアーズtype-Ⅲ………いや、新生するあなたをこう呼ぼう、―――【ブルーティアーズtype-ⅢEvolution】!!」

 

 

 

 

 




今回から新章です。IS学園解放へ向けての戦いが始まります。

まずは学園潜入編から。アイズとセシリアは後半に加入します。そしてそれだけじゃなく今回は他にも援軍を用意しています。長丁場になりそうなチャプターですが、しっかりラストへつなげていきたいです。

そしてセシリアとブルーティアーズに強化フラグ。お披露目も後半になりますが、それだけじゃなくいろんなキャラの見せ場を考えています。

ようやく暑さも少しは緩和されてきましたが、まだまだ蒸し暑いですね、皆様も体調にはお気を付けください。

ではまた次回に!


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Act.110 「Sneaking mission」

 まるで異世界にでもつながっているのでは、と思うほどの暗闇だった。空気は澱み、光すらない奈落のようなそこにわずかな駆動音だけが響いていた。

 人工物だとはっきりわかるその暗く長い道を疾走る影があった。

 

「しっかし、暗いわねぇ……そして長いわねぇ」

 

 甲龍を纏った鈴がぼやくも、肩に乗せた師の雨蘭の叱責が飛ぶ。

 

「油断するな鈴音。常在戦場の心得を忘れたか?」

「わかってるってばお師匠。おとなしく運ばれてなって」

 

 なんの命綱もないにも関わらずに平然と飛行するISの肩に乗る雨蘭もいろいろとおかしい。それなりに速度も出ているのでもし落ちれば普通ならば運が良くても骨折だ。しかし雨蘭はまるで緊張した様子を見せずに、むしろリラックスしたように甲龍の肩に半身だけで掴まっている。ISを纏っているわけではないので風圧で彼女の長い黒髪が大きくなびいているが、その身体はまったく揺らがない。

 

「ていうかお師匠なら走ればいいんじゃないの?」

「阿呆。さすがの私も暗闇の中を全力疾走は骨が折れる」

「あ、無理とは言わないんだ」

 

 鈴とてISのセンサーがなければこんな光源のまったくない道を行こうとは思わない。わかっていたことだが、自分の師匠のぶっ飛び具合にもう驚くという行為すら無駄と悟っていた。

 

「でもお師匠、相手は軍隊かもって話よ? ほんとに大丈夫なの? さすがのお師匠も銃で撃たれたらやばいでしょ?」

「避ければ問題あるまい」

「その前提がおかしいんだけど。まぁお師匠は人間やめてるから今更か」

「お前も異常に片足突っ込んでるがな」

「失礼な! あたしはお師匠みたいに生身でISと戦えるほど化け物じゃないし。そんなの千冬ちゃんとかイーリスさんくらい………あれ? けっこういない?」

 

 思った以上に規格外な人物を知っていることに少しショックを受けてしまう。やはり人外魔境に片足を突っ込んでいるのかもしれない、とどこか言いようのない複雑な心境になる。

 確かに鈴にとって紅雨蘭という人物は目標であり尊敬する女性だが、鈴をして規格外の化け物と称される彼女はISや銃器の類を持たずに銃弾が飛び交う戦場を散歩できるおかしいレベルの超人だ。今回のことも彼女はISを使わずに自前の装束と暗器だけで占拠されたIS学園に殴り込むつもりだった。

 黒い中華風の戦装束に身を包むその姿は暗殺者のようにも見える。長い髪は後ろで縛り三つ編みにしており、身体の至るところに暗器を仕込んでいる。弟子である鈴もほぼ同じ装備で身を包んでいるが、鈴には絶大な鎧であるIS【甲龍】がある。ISの有無はすなわち個人の戦力の絶対的な差に直結する。

 それに当てはまらない規格外。それが織斑千冬や紅雨蘭といったごくごく少数の化け物たちだ。あまり戦う姿を見たことがないが、おそらくはイーリス・メイもそんな超人だろう。

 

 凰鈴音の野望は世界最強の称号を手にドヤ顔で高笑いをすることだが、そこに至るまでの壁は厚い上に多いときたもんだ。

 

「それにしても、こんなトンネルがあったとはね」

 

 IS学園のほぼ真下まで通じる巨大な地下道。潜入するのにこれほど都合のいいものはない。うまくいけば、発見されずに学園中心部へと入り込める。そしておそらくはこのルートは占拠している連中は知らないはずだ。通っていた鈴でさえ知らなかったのだから。

 

「知らないのも無理はないよ。私やおねえちゃんだっていざというときの退路を調べてたら偶然見つけただけだし」

「建造途中で破棄されたトンネルだっけ」

「IS学園を建てるとき、はじめは直通の地下鉄を通すプランがあったみたい。まぁ、立地とかコストの都合で結局はモノレールに成り代わったけど。でもそのときに建造された地下トンネルだけはそのまま破棄された」

「灯りはないけどある程度舗装されてるし、レールも敷いてある。ISで移動するにも十分な広さ。運が良かったわね」

「本当はこんな事態になったときの逃走ルートに使おうかって検討してたんだけどね。まさか逆に潜入ルートになるとは思ってなかったけど」

 

 このルートを教えたのは簪だった。一度襲撃されたことでいざというときの避難経路をあらためて検討していたところ、たまたま建造途中で放棄されたこのトンネルの存在を知ったのだ。とはいえ、長いあいだ放置されていたことで避難経路とするにはいくらか手を入れなくてはならないこともあり、本当に最後の手段として認識していた程度だった。ISを使えば踏破は容易いが、足を使えばかなりの長距離を走ることになる。幸いレールは通っていたのでせめて避難用の車両でも用意できれば、と思っていたところだ。

 

「で、どこに繋がってるの?」

「寮の近くだね」

 

 鈴は頭の中で学園内の地図を思い浮かべる。半年以上足を踏み入れていないが、それでも自らの足で動いた場所の位置関係は頭に入っている。

 

「まずは寮から調べますか。もし人質とかいたら確保場所としては期待できないけど、誰か隠れてるかもしれないし」

「情報が欲しいから期待だね」

「うっし、そこからね。聞いてたわね、箒、リタ?」

 

 鈴が首だけ振り返って背後を見ると、少し距離を置いて追随してくる二機のISが見える。ともに量産機であるフォクシィギアを個人用にカスタマイズした、実質専用機といえる機体だ。脚部にローラーを装備し、飛翔している機体と違い滑るように地面を走る機体――――近接攻撃力と平面機動力に特化した機体を操るリタ。そして姉の過保護さをこれでもかと詰め込まれた近接寄りのハイスペック機、フォクシィギア紅椿を操る箒。箒は少し緊張しているようだが、リタは変わらずマイペースにその背にイーリスを載せながら暗闇の中を止まることなく疾走している。

 

「難しいことは任せるよ。私はとりあえず斬るから」

「前々から思っていたが、リタは大丈夫なのか? その、頭とか」

 

 脳筋とまではいかなくても肉体派の箒に心配されるリタに鈴も簪も苦笑するしかない。まるで辻斬りのようなリタの問題児っぷりはイギリスにいたときからのものだ。実際接近戦は鬼のように強いのだが、いかんせん斬ることしか頭にない正真正銘の馬鹿である。その馬鹿を扱える人間がいたことがリタにとって、そして部隊にとっての幸運だっただろう。

 

「大丈夫ですよ、細かいことは私たちの仕事ですから」

 

 朗らかにイーリスが言うが、たしかに彼女ほどの人間なら諜報関係の仕事をうまく片付けてくれそうだ。苦労人というイメージが強い彼女だが、あのイリーナが側近にしている人材だ。その能力の高さはもはや人外級といっていいだろう。

 

「イーリスさんって地味に優秀ですよね」

「そうだね、地味にすごい」

「地味なのも擬態か。有能だな、地味だが」

「みなさん、もっと素直に褒められないんですか?」

 

 暴君のせいで弄られ慣れているのでこの程度のことでは揺ぎもしないが、内心では「そんなに地味かなぁ」と思っていたりする。

 

「そういえばイーリス・メイって偽名なんですよね。やっぱエージェントって本名は明かさないんですか?」

 

 興味を持った鈴が雑談がてらそう聞いてくる。暗闇のトンネルをひたすら前進するだけなので暇になったのだろう。それでも目線はしっかり前を向いているのは流石といえた。

 

「そうですね、イーリスは五つ目の名前です。前に仕事で仲良くなった方の名前をお借りしました。無許可ですけど」

「仕事?」

「ちょっとアメリカの国防総省に潜入したことがありまして。そのとき知り合った方ですよ。今は軍のIS操縦者をしているはずです」

「サラッととんでもないこと言ったね………よく潜入できましたね?」

「プロですので」

 

 簡単に言うがおいそれとできることではない。今も潜入するというのにフォーマルなスーツを纏っているだけだ。見た目はただのOLにしか見えないが、この面子の中ではもっともこうした任務の経験を積んでいることは間違いない。

 

「ところでアメリカの何を調べてたんです? やっぱ亡国機業関係ですか?」

「ええ、どれくらい草が入り込んでいるのか実地調査を命令されまして」

「やっぱやばいんですか?」

「ヤバイです。まだ確定はしていませんが、今回のIS学園を占拠している人間も、十中八九アメリカ軍です」

「マジか……いや、こんな規模の戦力用意できるんだからそうじゃないかとは思ってたけど」

「まぁ、とっくに切られているでしょう。アメリカ軍すべてが腐ってるわけではありません。おそらく近いうちにアメリカ軍が介入してくるはずです」

「そりゃまた……いろいろ問題になりそうね」

「だから急いでいたのか?」

「そういうことです」

 

 アメリカ軍の介入自体はいい。問題となるのはその後のことだ。結果的にIS学園が存続してもらわなくてはいけないカレイドマテリアル社としては、下手にアメリカ軍に介入されてその結果IS学園を確保されることを嫌ったのだ。アメリカ軍の中でも分裂状態にある二つの勢力による争いなど、結果的にはマッチポンプと変わらない。

 亡国機業の手足となった勢力がIS学園を占拠しようが、正規軍がそれを制圧しようが、IS学園がアメリカに確保されることに変わりはない。もちろん後者のほうがマシといえるが、どちらにしてもうまくない事態になる可能性が高い。

 だからイリーナは即決した。恩を売るつもりも意味もないが、それでも主導でIS学園を奪還する必要があったからだ。

 

「難しいことは上に任せればいいわ。あたしたちはとにかく、この事態を打破しましょう」

 

 鈴の結論に異論はなかった。策謀が渦巻く裏事情はイリーナの舞台だ。そんな面倒なことは彼女に任せればいい。自分たちができること、しなければならないことはIS学園の解放、ただそれだけを考えていればいい。

 

「…………話はそこまで。終着だよ」

 

 簪が減速すると同時に他の機体もゆっくりと制動をかける。あと二十メートルも行けば行き止まりの岩壁へと到達する。舗装されていたレールも不自然なように途切れており、地下鉄のホームがかろうじてその形だけが作られている。そのホームから幅の広い階段が見えるが、その先にあるのはただのコンクリートの天井しかない。

 

「管理者用の非常通路は一応上まで通じている。私が案内する」

 

 ISを解除した簪がライトをつけながら備え付けてる無骨なドアへと近づいていく。脇に備え付けられていた操作盤を起動させ、コードを入力させていく。

 

「電気は通ってるのね」

「通したんだよ。さっき言ったけど、避難通路としての利用を考えてたから。ちなみに上に通じる扉のパスコードも私が設定したからすぐ開けられる」

「なにが幸いするかわからないものだな」

 

 すぐにガシャン、とロックが外れる音が響き、その重厚な音とは裏腹にあっさりと扉が開いた。多少手入れをしたというように、非常通路内はわずかであるが非常灯があり、その狭い通路をわずかとはいえ照らしている。

 

「私が先頭だ。道案内を頼む」

「はい」

 

 雨蘭が前へと出て次に簪が続く。その後ろから鈴、箒、リタと続き、殿にイーリスがついた。ここから先はISも使えない。ISは強力だが隠密には不向きだ。トリック・ジョーカーのような特化型ならまだしも、いくらステルス装備があろうと室内で使うには存在感がありすぎる。

 つまり、監禁、または軟禁されているか、隠れているであろう生徒たちを見つけるまではISは使えない。生身で占拠された学園内を捜索するということだ。

 そしてだからこそのこのメンバーだ。雨蘭は徒手空拳のままだが、簪はイーリスから借りた拳銃を構える。鈴は鎖で繋がれた棍……サイズダウンした竜胆三節棍を腰に備えた。リタはどう見ても真剣にしかみえない刀を鞘に入れて左手で持ち、箒は普段の鍛錬で使っている愛用の鉄心入りの木刀を携えた。そして最後尾のイーリスは素早く全身に隠している武器を確認してあくまで自然体を維持する。

 ここまでのルートの安全確認は済んだためにあとで他の諜報部の人間も増援にくるだろう。その前にこの六人である程度の学園内の情報を入手しておきたい。いざというときにISを持つ四人がいるために強攻策になってもある程度は耐えられる。増援が来るまでにある程度の生徒たちの場所を把握してすぐに保護できればベストだ。

 

「たしか上は寮の近くだったな?」

「はい、裏手の雑木林近くに出ます」

「ならまずはそこからだな」

「ジャミングフィールド内は通常の回線は使えません。連絡はISの量子通信機能を利用してください」

「夜の闇に紛れられるのが幸いだな。よし、……行くぞ。冷静に、かつ迅速に。駆け抜けろ……!」

 

 足音をまったくさせずに雨蘭が駆ける。他のメンバーもそのあとに続くように駆け出し、最後のイーリスが一度だけ背後を振り返ってから同じように気配を薄めながら駆けていく。身体能力という点では全員が標準以上、うち二人は超人クラスだ。薄暗い通路をほぼ全力疾走に近い速さで駆ける。一分もしないうちに地上へと繋がる梯子に到達すると、そのまま止まることなく上へ。簪が所持していたタブレットでパスコードを入力すると雨蘭が外に気配がないことを念入りに確認してゆっくりと重厚な扉を押し上げる。

 情報取り、出たのは雑木林に囲まれた空白地帯だ。その木々の先に明かりが灯っていないが、学生寮と思しき建物が見える。すぐに全員が地上へ躍り出ると草むらに身を隠す。

 

「寮の裏手あたりか。ちょうどいいわね」

「気配はするが、遠いな。とりあえず敵と思しき存在はいない、が………」

「いますね。どう見ても軍人にしか見えない不審者が」

「なに? どこだ……?」

 

 箒や簪が警戒して周囲を見渡すが、それらしい影は見えない。しかし、イーリスはしっかりとそれを捉えていた。

 

「九時方向におよそ八十メートルほど。アサルトライフルを持った人間が二人、徘徊しています」

「あー……動く影だけなんとなく見えた。よく見えますね。夜目でも厳しいですよ、あれ」

「私もちょっとあそこまでは無理かな」

「お師匠は?」

「気配でわかる」

「はいはい、人外人外……」

 

 基本スペックからおかしい二人に呆れながら鈴は寮を見上げる。実に半年ぶりに訪れたIS学園であるが、かつてあったような生徒の笑い声や活気は微塵も感じられない。それに反してピリピリとした緊張感が学園を覆っている。頭は冷静になるように意識して保っているが、感情はどうしても苛立ちが募ってしまう。鈴としてもこんな形で訪れたくはなかった。

 

「ん?」

 

 三階の窓に人影が見えた。時間にして二秒程度だったが、どこか怯えているような行動に、おそらく隠れていた生徒かもしれない。

 

「あの部屋は………」

「どうしたの?」

「隠れてる生徒がいるかも。ちょっと見てくる」

「え、どこ?」

「三階の右から五番目の窓の部屋」

「あそこか……だがどうやって?」

「侵入すると寮の表に行かなきゃいけないから見つかるかも……せっかく裏手の死角を取ってるんだからここから行こう。お師匠、フォローを」

「え、ちょっ……ッ?」

 

 戸惑う簪や箒を他所に鈴は先行した雨蘭に向かいダッシュ。その勢いのままバレーのレシーブをするように待ち構えていた雨蘭の手を踏み台代わりにして一気に三階のベランダまで跳躍する。ベランダの手すりをしっかり掴んだ鈴はそのままベランダへと侵入を果たした。鮮やかな跳躍に簪と箒は口を半開きにして呆けてしまう。

 

「あいつも十分に規格外だな……」

「ま、まぁ鈴さんだし」

 

 かつてIS学園に在籍していたときも身体能力がチートと言われていた鈴だ。あれくらいは朝飯前なのだろう。鈴本人は師匠の雨蘭を基準としているために自分が規格外だとは思っていないために常識との齟齬が生まれているようだ。今でも十代の女子としては恐ろしいレベルである。

 

 やはりセプテントリオン……いや、カレイドマテリアル社に所属する人間はまともなほうが少なくて異常な人間ばかり集まっているのだろう。そう思わずにはいられない光景であった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「よ、っと」

 

 軽い身のこなしで三階のベランダへと侵入した鈴はゆっくりと扉に手をかける。やはり鍵がかけられているが、部屋の中には気配がする。雨蘭までとはいかなくとも鈴も気配察知の訓練は受けているため、ここまで近い場所にいる気配を間違えるはずもない。中を見るが照明が消えているためかはっきりとはわからない。

 あまり大きな音を立てないようにコンコンとノックをすると、中の気配が大きく動揺したことがわかった。それを確認した鈴が扉に顔を寄せて口を開いた。

 

「ニーハオ、ティナ」

 

 そう呟くと中の気配の様子が変わる。警戒から困惑へ、そしてゆっくりとその気配が扉へと近づいてくる。

 

「………り、りん、なの?」

「そうよ、久しぶりね。ここ、開けてもらえる?」

「う、うん!」

 

 泣きそうな、それでいて嬉しそうに姿を現したのはかつて鈴が在籍していたときにルームメイトだったティナ・ハミルトンだった。二組の中では鈴が最も親しく付き合っていた友人で、IS学園から離れてもメールでやり取りをしていたくらい親交もあった。ここにいる人間が彼女だと思った理由も、なによりここがかつての鈴の部屋だったためだ。

 スっと素早く部屋に入り、念のため周囲に視線を巡らせる。周辺に気配もなし。とりあえずは大丈夫だろうと判断してようやくティナにケラケラとした笑顔を見せる。

 

「半年ぶりねティナ。ときどきメールは送ってたけど元気だったかしら?」

「う、うん。あの毎回送ってくるよくわからない写メも全部保存してるよ」

「さすがティナ。無駄に生真面目ね。さて……」

 

 鈴の顔射付きが変わったことで緩んだ緊張感が再び高まる。ティアもビクッと身体を震わせながらも、こうした震えるような気迫を放つ鈴を見てどこか懐かしく感じて安堵してしまう。非常時でも変わらない鈴を見て逆に落ち着いたのかもしれない。

 そしてそんな鈴は犬歯を覗かせて威圧的でありながらどこか愛嬌のある笑みを見せた。

 

「あの無粋な連中ぶっとばしにきたわ。そのためにいろいろ聞きたいんだけど、いいかしら?」

「だ、大丈夫なの?」

「任せなさい。退学してもあたしだってIS学園を愛する一人よ! 恩返しってわけじゃないけど、あたしたちが守ってみせるわ。とりあえずなにがあったか、あと他の生徒がどこにいるか、わかることを全部教えて」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「いろいろ聞いてきたわ」

 

 十分後。何事もなかったかのように三階から飛び降りて着地した鈴がケロッとそう言いながら戻ってきた。いろいろ突っ込みたかった簪や箒もなにも言わずにその情報を聞くことを優先して黙して先を促した。

 

「連中が襲ってきたのは二日前……簪たちが離れた日の翌日ね。多数の無人機と大型機で包囲したそうよ。そのときにはすでにジャミングフィールドは展開済み。抵抗せずに降伏したみたいね」

「いい判断だな。もし抵抗していれば間違いなく死人が出ただろう」

「とはいえ、ほとんどの生徒はシェルターに避難したって。まぁ脱出経路も外部との連絡も取れないこの状況じゃ檻も同然だろうけど」

「でも、避難できなかった人もいるんだね?」

「ティナみたいにね。学生寮にも何人かいるみたい。ティナに頼んで一箇所に集まって動かないようにとは言っといた」

「けっこう杜撰だな。寮を囲むだけでそうした生徒を捕らえないのか?」

「ジャミングしてるから携帯電話も使えないし、有線を切断すれば結果的に閉じ込めてるようなものだからね。とはいえ、人質に使う素振りがないところを見るとなにか裏がありそうだけど」

 

 人質をとってどこかと交渉する気かとも思ったが、そんな様子は見られない。IS学園を占拠した目的はまだ見えてこないが、これである程度の敵の規模はわかってきた。

 

「で、これが本命。生徒会長や千冬ちゃんは敢えて残って敵に捕まったみたいだって」

「……!」

「生徒たちの安全を確保するためでしょう。自ら捕虜となることで牽制にもなりますし」

「おねえちゃん……」

 

 簪が姉の安否を心配するが、今は信じるしかない。更織楯無という人間の凄さは誰よりも知っている。きっと簪が思っている以上にうまく立ち回っているだろう。

 最終的には助け出すとしても今は焦らず行動しなければダメだと深呼吸をして精神を落ち着かせる。

 

「どうする? 千冬さんなら大丈夫だとは思うが……」

「場所は?」

「そこまではわからないけど、まぁおそらくは……」

「管理棟か」

 

 学園すべての状況把握をするのなら守るほうにしても攻めるほうにしても最重要拠点となるのはそこしかない。IS学園のほぼすべてのコントロールを行えるシステム管理室。楯無や千冬がいるとすればそこだろう。陥落しているのならそこが敵にとってのHQ(総合司令室)だ。当然、重点的に防衛網を敷いているだろう。

 

「ちょっと、まだ情報が足りないわね。生徒を半ば放置しているとはいえ、ここにいること自体が人質みたいなもんよ。今は無事でも、時間が経てばどうなるかわかんいないわ」

「いつ状況が動いてもおかしくない。こっちも悠長にはしていられないね」

「かといって管理棟を攻めるにはあっちの戦力がまだ不明な今では厳しいです。攻めるにしてもあと少し情報が欲しいです」

 

 イーリスの言うように、ミスの許されないこの作戦では無謀な行動は取れない。潜入チームの戦力なら生半可な防衛網なら強行突破も可能だろうが、それで犠牲が出ないとも限らない。相手がどれだけの戦力を持ち、かつできれば目的も知っておきたい。

 最悪の場合は特攻も覚悟だが、今はまだそんな博打をするときではない。忘れてはいけないが、すぐ近くの海上にはまだ予備戦力が控えているのだ。

 

 そうなれば、選択はひとつだけだ。

 

「シェルターに行くか……」

「教職員もそっちにいるはず。生徒より情報を持っていそうな人を探したほうがよさそうね」

「だが、大多数の人間が避難しているならさすがにここみたいに放置はしていないのではないか?」

「そうだろうね。きっとそこそこの戦力を向けているはず……無人機はもちろん、人間もいるだろうね」

「ジャミング圏内ということを利用しましょう。私たちもそうですが、敵にとっても無線機の類は使えません。おそらく有線ケーブルを通しての通信システムを使っているはずです。迅速に制圧すれば増援を呼ばれる前になんとかできます」

 

 全員が顔を見合わせて静かに頷く。

 行動方針は決まった。敵もこの広いIS学園の敷地内全てを監視下に置いているわけではないだろう。監視カメラの位置や防衛システムも簪がいればほぼすべてを把握できる。うまくすればシェルターに避難したという生徒や教員を確保することもできるかもしれない。

 無謀はできないがこの程度の無理は押し通せる。全員の意思が統一され、はっきりと第一目標を定めた。

 

「決まりね」

「まずは地下シェルターへ………邪魔な敵機や人間は孤立させて撃破しよう」

「全部斬ればいいんでしょ? ようやく出番」

「隠密作戦どころか完全に強襲作戦だな…………だが異存はない。私もできるだけのことをしよう」

「もともとそういうのも考慮した人選じゃない。さぁ、こっからが解放のための第一歩よ!」

 

 鈴のその言葉を合図にして、六人が静かに夜の闇に紛れて動き出す。

 

 こうしてIS学園解放のための戦いの幕が静かに上がっていった。

 

 

 

 

 




解放作戦開始。まずはこの六人による潜入と強襲から。どう考えても面子が潜入じゃなくて強襲メンバー(汗)
ISの二次創作ですが次回は生身の戦闘回になりそうです。鈴と雨蘭の無双回。というか雨蘭の無双回予定。あと箒さんも活躍します。

気がつけばもう八月も終わりですね。皆様は夏は有意義に過ごせましたでしょうか。

……………というか、もうじきこの投稿を始めて二年です。早いもの……ってか二年も書いてるのか! とふと気づいてびっくりしました(汗)

できるなら完結までもうしばらくお付き合いいただければ幸いです。

それではまた次回に!


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Act.111 「その細い糸の先に」

「愛って、なに?」

 

 それは如何なる問いかけだったのか。陳腐なようで、しかし真理を問いかけているような疑問に対する答えはおそらく人間の数だけ存在するのだろう。

 至高のもの。惰弱なもの。儚いもの。その全てがおそらくは正しく、そして独善的なものだ。

 

 そしてそれはそう問いかけた人間に近づいた機械である、進化したISコア――――個性を手に入れたルーアにとってもわかっていたことだった。そう、わからないものだと理解していた。

 

 ルーアにとって、愛とは定義できない未知数だった。

 

 ISコアネットワークから収集された人の情報。その中でも一際不規則で、安定しないものがそれだった。愛を糧に生きる人間もいれば、愛を信じてすらいない人間もいる。ISとしての身体の使い方、そして操縦者を生かし、活かす方法。それは個人差はあれど大差ないというのに、愛という感情のみが揺れ動く波のように次々とその色と形を変えていく。

 

 だからこそ、ルーアは知りたかった。

 

 祝福にも呪いにもなる、愛という人間の感情が知りたい。

 

 だからこそ。

 

 ルーアは、彼女に問いかける。

 

 母の愛に裏切られて、打ちのめされ。しかし友への愛で立ち上がったセシリア・オルコットにそう問いかける。

 

「愛ってなに? いいもの? わるいもの? どっちなの?」

「…………ずいぶんとおしゃべりになりましたね」

 

 セシリアは自分が半ば夢の中にいるのだと察しながら目の前の幼い自分の姿を模したようなコア人格との会話を楽しんでいた。第三形態移行〈サードシフト〉したとはいえ、アイズのようにコア人格と明確な対話ではなくおぼろげなイメージでの交信しかできなかったセシリアにとってルーアとの問答も新鮮味があり、また自分自身と語らっているようで楽しかった。アイズがレアのことを自慢げに話していたことも納得できる。

 

「アイズのおかげでセシリアのこと、たくさん知れたよ? 私はあなたの心を糧に人格を得た。あなたの過去を追体験して、私はレアと同じになった」

「同じ?」

「今まではまだ不完全だった第三形態移行も、今度は澱みなく行える。私はあなたの意思を反映する鏡でもある。あなたが望む姿を、持っている可能性を、そのすべてを表現することが私の……ううん、ISという存在の真価だから」

「束さんが目指したもの……ですね」

「それがお母さんの願いであり、私たちの望み。今はまだ私とレアくらいしかいないけど、でもきっとこれからどんどん私たちみたいな存在が生まれてくる。近いとこだと、甲龍あたりもそろそろかもね」

 

 ルーアの言うとおりなのだろう。ルーア自身も、つい今まではカタコトで話していたのに今は流暢に話している。ガラス玉のような目は青い輝きを宿してセシリアを見つめている。人形のような少女は、生気溢れる少女と変貌していた。

 

「お母さんはそういうプログラムを組んだ。でも、私たちはこう言う。………私たちは、お母さんの愛で生まれたんだって。愛はわからないけど、お母さんの愛はわかる。それが私たちを生んだから」

「……素敵なことですわ。羨ましいと思うほどに」

 

 それはセシリアの本心だった。アイズのおかげで立ち向かうことを決意しても、セシリアにはどういう意図があったにせよ、やはり母に裏切られていたという事実は堪えていた。その真実を知る勇気はもらっても、怖いことには違いない。

 そう、セシリアは、母の愛を求めているにもかかわらず、それが怖くてたまらない。

 

「それだよ。セシリアはお母さんの愛が怖いと思っている。私がお母さんに抱くこの感情は、そしてお母さんから向けられるものこそが愛なんだって思える。でも、セシリアは違う。同じお母さんとの絆のはずなのに、なんで愛は違うの? 愛は、唯一不変のものじゃないの? 人間は愛を賞賛しているのに」

「なにも違いませんよ。少なくとも、私があの人に抱く感情は愛情です。そしておそらくは母が私に向けるものもそうなのでしょう」

「そんなに怖がっているのに? あなたとあの人の愛は、違うのに?」

「怖いと思っていることこそ、私が抱くものが愛情という証明です。愛ゆえに、それが崩れ去ることが怖いのです。あの人の愛は……どうなのでしょうね。それは私にもわかりません」

「……………人間ってやっぱり不思議。相反する感情のはずなのに、それがひとつになって抱えられるんだもの」

「それは人間にもわからないことなんです。そして、わからないから私は知りたいんです」

 

 そんな自分の気持ちに気付いたことも、アイズがいなければ無理だったかもしれない。本当にアイズには感謝しかない。

 やりたいこと、やるべきこと、それがはっきりとわかる。

 

「私は、お母様の真意が知りたい。それを確かめることが、………私の、私自身の戦いです」

「………愛だと信じて、なお愛を確かめるの?」

「それが人間の弱さであり強さなのです。アイズを見て、私はそう思いました」

 

 可愛らしく首をかしげるルーアを微笑ましく思いながら、セシリアは自分でも驚くほど素直に今の感情を言葉へと変えていた。

 

「人は、愛を求めてしまう生き物なのです。そして、愛がなくなることを恐るのです。だからこそ、愛のために強くあろうとする」

「だから絶望したのに?」

「そこから這い上がってきたアイズにああまで言われたのです。私が諦めるわけにはいきませんわ」

 

 そのセシリアの言葉のひとつひとつを噛み締めるように聞き入るルーアは、つい今まで膝を抱えて絶望の中にいたセシリアを支えているものをはっきりと理解した。

 愛によって心を折られ、それでも愛を求めようとする。それを支えているのもまた、愛情だった。

 

 なにがあっても、絶対にセシリアの味方で居続ける。それがアイズの本心。アイズの意思。アイズの愛。

 

 そんなアイズがいるから、セシリアは今にも切れそうな細い糸のような母の愛へと手を伸ばせるのだ。たとえもう一度裏切られようと、はじめから愛なんてなかったとしても、それでもそれを受け止める勇気を、決意を支えてくれる存在がいるから立ち向かえる。

 

 生みの親である束の愛情しか理解できないルーアにとって、セシリアの持つ愛はあまりにも多様的で、眩しくて、苦しくて、そしてアンバランスなのに確固としてあるその愛情のすべてを理解することができない。しかし、それでもルーアは思う。

 

 それが人間の抱く愛情なら、その果てを、その先にあるものを見てみたい。束の愛から生まれ、セシリアの心を糧に意思を宿したルーアは、その結末に並々ならぬ興味を持った。

 ルーアにとってセシリアは単なる自身を動かす操縦者ではない。セシリアの答えのその先に待つものが知りたい。

 

 それがISコア【ルーア】の個性であり、獲得した自我の出した最初の願い。

 

「私も」

「………?」

「私も、セシリアの結末が知りたい。願わくば、それがハッピーエンドになるように」

「……優しく、思いやりのある子ですね。あなたがバディで嬉しく思いますよ、ルーア」

「私はセシリアの鎧。心の鏡。セシリアが、自分の戦いを続けられるように私が守る。アイズのようにはなれないけど、私はあなたの鎧として、あなたの意思と力の具現として、最後まであなたと共に戦いたい」

「あなたに、精一杯の感謝を」

 

 微笑むルーアの姿が徐々にぶれていく。それだけでない、感覚そのものが遠くなっていくようだった。重力がないようなアンバランスな海に沈むようでありながら、それは逆に夢から醒めていく感覚だと理解したセシリアは徐にルーアへと手を伸ばす。

 そしてルーアも同じように伸ばしてくる手を軽く触れさせて、それでも途切れていく感覚を惜しむように指を絡ませる。

 

「がんばって」

「はい」

 

 そして本来は姿を持たないルーアが蜃気楼のように消えていく。それと反比例するようにセシリアの五感が夢から現実へと引き上げられていく。

 

 

―――――――。

 

 

――――。

 

 

……。

 

 

 ほんの少しの浮遊感。

 

 チャンネルが切り替わるように劇的にセシリアの意識が現実感のある感触を覚えた。少し鈍くなったと感じる瞼の筋を動かして目を開ける。

 まず見えたのは、月だった。丸く、淡く光る満月がまだ覚醒しきっていない茫洋としたセシリアの顔を映していた。長いこと眠っていたせいか生気がなく、瑞々しさもない。ああ、ひどい顔だ、とどこか客観的にそれを見ていたセシリアは、慣れ親しんだ匂いに気付いた。

 甘く、太陽のように暖かさのある匂いだった。

 そこではじめて、目の前にある月が二つあり、それが瞳であると気付いた。こんな満月のような瞳を持つのはセプテントリオンには二人だけ。そして両の目が金色に輝くものを持つのは一人だけだ。

 

 

「おはよう、セシィ」

「おはようございます、アイズ」

 

 

 至近距離からセシリアを見つめるアイズが花のような笑顔でセシリアの帰還を歓迎した。アイズはニコニコと笑いながら、愛おしそうにセシリアの顔を両手で包み込むように触れている。それに気付いたセシリアは寝起き同然の顔を見られている羞恥と、そして五感が覚醒していくにつれ、触れ合っているアイズの存在が否応無しに感じ取れてしまう。

 ほとんどセシリアに馬乗りになっているように覆いかぶさっているアイズが少し残念そうに眉を落とした。

 

「眠り姫を起こすのは王子様のキスって聞いたけど、する前に起きちゃった。やっぱりボクじゃ王子様なんて無理だったかな?」

「しようとしてたんですか? ならもうちょっと寝ておけばよかったですわ」

「してもいいよ」

「本当ですの?」

「したい?」

「はい」

「ボクもしたい」

 

 ここ最近はずっとしていなかったアイズとセシリアの甘すぎる会話だった。

 別に異常じゃない。二人が依存し合っていたときは毎日のように繰り広げていたこの砂糖を凝縮した甘いやりとりは、しかし二人にとって愛情を確かめる以上のものはない。互いに辛く、孤独だった幼少期にただひとりだけすべてを晒け出して甘えられる存在だったことが原因だろう。アイズにとってもセシリアにとっても、こうして心の欲ともいうべきことを隠さずに伝えることは、それだけで互いの絆の存在を証明する行為だった。

 アイズがなんの躊躇いもなくふっと顔を近づけて軽く触れる程度に唇を重ねる。まだずっと幼いときに覚えた愛情表現。それはアイズにとって愛を強請るようなものだった。恋をはじめから飛び越えて愛によって行われるアイズの好意の表現だ。

 世間一般的に浸透している意味や価値も、アイズのそれとは大きく違う。セシリアへ向ける唯一絶対の最初の愛情。アイズが抱く【愛】の原型ともいえる感情の発露だった。

 時間にしてほんの数秒、顔を離したアイズとセシリアはそのままじっと見つめ合う。それだけで意思疎通ができているように、時折ふっと笑みを浮かべていた。

 

「……? そのうしろにあるのはなんですの?」

 

 至近距離から見つめ合っていたセシリアがふとアイズの後ろにある色とりどりの何かに気付く。赤や青、黄色に緑。金や銀色も見える。それらはどうやら紙のようで、すべてが鳥を模したような形をしている。それらが束となってひとつのオブジェを作っている。

 

「あ、これ? えっとね、箒ちゃんや束さんに教えてもらったの。千羽鶴っていうんだって。早くよくなりますようにっていう願掛けだって。みんなで作ったんだ!」

 

 嬉しそうに束になったその千羽鶴を掲げて見せる。セシリアも聞いたことはあるが、本物を見るのははじめてだった。そしてこれを作るのに、どれだけの人間がどれほど手間をかけて作ってくれたのか察して、その気遣いに泣きそうになった。

 いったい自分がどれだけの人に心配をかけていたのか、それを見ただけでわかってしまう。結局は自分の勇気が無いゆえに閉じこもってしまったことを少し恥じながら、それでもこうして感じられる気遣いに精一杯の感謝をした。

 

「ごめんなさい……っ、そして、ありがとうございます……!」

 

 そんなセシリアの言葉にアイズは何も返さず、ただただ微笑んでセシリアを撫でた。セシリアをアイズが慰めるという、普段とは真逆の様子だがそれが当然のように二人は、二人だけの時間を過ごしていた。

 しばらく無言のまま時間だけが経過していったが、やがて落ち着いたセシリアが普段通りの冷静な顔付きとなってアイズへ問いかけた。

 

「……それで、なにが起きましたの?」

「あ、わかるんだ?」

「静か過ぎますし、どこかピリピリした空気を感じます。アイズならもっと鮮明にわかるんじゃないですか?」

 

 ここがアヴァロン内の病室ということはわかるが、それにしては周囲の様子がおかしい。いつもはもっと喧騒があって然るべきなのに、どういうわけか静寂といっていいほどに気配も音も感じない。気配察知に長けたアイズならセシリア以上に察しているだろう。

 

「ボクもさっき起きたとこだから詳しくはまだわかんないけど、ちょっと大変なことになったみたい。みんなはその対応に出たって」

「………なにがありました?」

「IS学園が、占拠されたって」

「………、そうですか」

「ボクは行く。セシィは?」

 

 ベッドから飛び降りたアイズが気遣うように見下ろしてくる。セシリアの体調を心配してのことだろうが、それでもセシリアの答えは決まっている。そしてそれはアイズもわかっているだろう。

 

「当然、私も行きます。身体は鈍ってますが、すぐにでもコンディションを整えてみせます」

 

 そういうセシリアだが、身体を起こしただけでベストコンディションとは程遠いとわかってしまう。まったく動けないというわけではないが、それでも間接や手足の感覚がひどく鈍い。

 だが、それがどうした。セシリア・オルコットはセプテントリオンの隊長だ。これほどの火急の際になにもせずに寝ていられるわけがない。自身の責務を放棄することなどできるわけがない。

 なにより、アイズが、仲間が戦っているというのに寝ているなど、そんなことはセシリア・オルコットではない。

 

「そう言うと思った」

「アイズ?」

「無理しないで、とは言わないよ。ボクも無理するつもりだから。……束さんが即席のフィッティングの準備をしてくれている。一時間で完遂してIS学園に向かおう」

 

 アイズが手を差し伸べる。強い意思の宿ったその金色の瞳が、その輝きが、セシリアの往くべき道を示す篝火のように向けられる。

 

「行こう、セシィ。立ち向かうこと、ボク達はそれを諦めない!」

「……はい!」

 

 こうして、セシリア・オルコットは立ち上がる。

 

 母への愛に怯え、友の愛に支えられ、それでも引き金を引く理由がある限り。

 

 どんなに惨めで残酷な結末しかなかったとしても、どれほどか細い糸に縋るようなことだとしても、セシリアは何度でもその手に銃を取る。

 

 それが、今のセシリアの愛に応えるための決意だった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 IS学園の校舎内へと侵入を果たした潜入チームは順調に地下シェルターへ向かっていた。徘徊している軍人であろう占拠したグループの構成員はできる限りやり過ごし、どうしても排除しなければならない場合はイーリスと雨蘭が音もなく意識を刈り取る。

 その二人の鮮やかな手並みはまさに暗殺者のそれだった。背後に音もなく忍び寄り、一撃で昏倒させるか首を絞めて数秒で意識を落とす。

 頼りになることこの上ないが、その技量には呆れすら覚えてしまうのは鈴たちがまだ若いからだろうか。こんな技が必要とされる仕事に複雑な思いを抱いてしまう。

 

「まぁ、知ってたけどさ。二人は化け物レベルって」

「私たちはいらないのでは……」

「と、とにかくもうすぐ入口だよ。でも……」

 

 簪が言い淀む。それも無理もない。そこは侵入するには最難関といっていい場所だ。

 シェルター内の人間と連絡を取るくらいなら分厚い扉をこじ開ける必要はないが、そのためにはその前に陣取っている集団を無力化しなくてはいけない。

 地下シェルターへの入口へと続く道は大階段をそのまま地下二階へと降りた先にある。避難しやすいようにもっとも大きな階段が設置されており、ゆえに見通しもよく、気づかれずに接近することが難しい。そしてなにより、見張りなのかそれなりの人数がシェルター前に居座っているのだ。しかもご丁寧に無人機が五機も待機している。

 

「……今すぐ破るってわけじゃなさそうだけど」

「でもその準備はしてるみたいね。なにかあればシェルターを力づくで破壊する気ね」

「無人機と、おそらくはISも持っているのだろうな。耐えられるのか?」

「耐えても数分、だね。さすがにIS相手じゃ厳しい」

「ならなおさらほっとけないわね。もしビームでも撃ち込まれたら目も当てられないわ。ここは絶対制圧しとかないとまずいわ」

 

 今はまだ動く様子はないが、それでも中にいる人間ごとシェルターを破壊できる戦力を集めている時点で危険すぎる。完全な隠密行動は無理だが、無理を押し通してもここはどうにかしておきたい。

 

「しっかし、テロリスト風情がいっちょまえに隙のない警戒してるわね、忌々しい」

「もともと軍人ですからこうした行為は手馴れているのでしょう。もっとも、制圧より解放を行ってもらいたいものですけどね」

「あ、イーリスさん。どこいって……ひぃっ!?」

 

 振り返った簪がどこかへ姿を消していたイーリスを見て小さく悲鳴を上げた。イーリスは顔にべっとりと付いた真っ赤な液体をハンカチで拭っており、人の良さそうな笑みとのギャップに恐怖心を煽られてしまう。

 

「あ、失礼。少々拷も……尋問してきたもので」

「拷問! 今拷問って言おうとした!」

「怖がらせてすみません。こういう仕事なもので」

 

 皆が顔を引きつらせる中、リタと雨蘭は平然と表情を変えていない。リタはおそらくどうでもいいと思っているのだろうが、雨蘭は明らかに場慣れしている感じだ。いったいどれほど修羅場を潜ってきたというのか。恐ろしくて聞く気も起きなかった。

 

「戦場なら血を見るのが当然だろう。勉強しておけ、ひよっこども」

「お師匠は自分が規格外って自覚してよ」

「とにかく、どうするか決めよう。できるなら制圧したいけど」

「この戦力なら可能だろう」

「でもISを使うには狭すぎる。無人機もいるし、下手したらビームで一掃されるかも……」

 

 懸念事項は上げればキリがないがそれでも行くしかないのだ。最適解をどうしても出す必要がある。こんな作戦の序盤で躓くわけにはいかない。

 

「んー、でもやっぱりここは強行突破でしょ。どうせここを制圧すればそう時間もかからずに潜入もバレる。そうしたらラウラやシャルロットたちも動く。そうなったら混戦になるし、時間との勝負になるわ」

「つまり、ここが開戦の狼煙になるというわけか」

「別働隊の準備はもうできてるはずだし、ここで時間をかけても意味はないわ。覚悟を決めましょう」

「鈴さんの言うとおりですね。対人戦はなんとかしますので、最悪無人機とISだけを潰していただけると助かります」

「銃を持ったあの人数をなんとかできるんですか?」

「お師匠もいるし、むしろ問題はあたしたちでしょ。とにかく、速攻で無人機を潰しましょう。あとはもし誰かがISを使ったら即撃破。これしかないわ」

 

 大雑把であるが方針を決める。あまり細かく決めすぎると想定外の対処が遅れるため、とにかく優先順位だけはしっかり決めてあとは個々の判断に任せることにする。

 後方の警戒を防御能力に長ける天照を持つ簪に任せ、残りの五人がタイミングを計りながら可能な限り接近する。この先は本当に長い通路のみ。猫一匹隠れる場所もない。

 

「まだけっこう距離がある………ISを使っても五秒はかかる」

「五秒も晒すのはリスクが高いけど……これ以上は」

「……ふむ。なら私が攪乱してやろう。鈴音、来い」

「はいはい、言うと思った。お供しますよ………リタ、箒、頃合を見て突撃しなさい」

「お、おいっ……!?」

 

 まるで散歩に出るようにふっと雨蘭が足を踏み出し、鈴もそのあとへと続く。隙だらけに身を晒して出て行った二人に箒はぎょっとするが、どこ吹く風で師弟はゆっくりと歩を進めていく。

 そして当然、それは気づかれる。いくつもの銃口が向けられて鈴は内心少しビビっていたが、持ち前の度胸でなんとか表面上は平静を貫く。

 

「止まれ!」

「…………」

「聞こえないのか!」

 

 警告を無視して雨蘭はどんどん足を進めていく。既に銃の引き金には指がかけられているにもかかわらずに表情一つ変えない胆力はもはや恐怖すら感じさせるほどだ。そんな雨蘭のプレッシャーに押されてか、少し後ろを追従している鈴への意識はやや散漫になっている。

 そんな鈴がそっと雨蘭と少しづつ距離を離していく。

 

「…………」

 

 全く口を開かないにもかかわらずに雨蘭は気迫だけで敵集団を威圧している。鈴はそんな師匠のピリピリとした気合を間近で感じて冷や汗を流しているが、こっそりと懐からスタングレネードを取り出してそれをキャッチボールでもするような気安さでぽいっと投げる。そしてすぐに特製のバイザーをつけて耳を塞いだところでそれが雨蘭の頭上を超えてちょうど中間地点にカタンと音を立てて落ちる。

 敵のリーダーを思しき男がそれに気づいて声を上げようとしたときには既に遅すぎた。

 視界全てが凄まじい閃光で塗りつぶされる。同時に脳に響くような不快な音が狭い通路に反響して襲いかかる。物陰に隠れていた箒たちでさえ耳を塞いでも顔をしかめるほどのものだ。

 カレイドマテリアル社の技術部のマッドたちが作った悪趣味溢れる特製の高性能スタングレネードである。目を閉じても瞼を通して眼球にダメージを与える光量と人が苦手とする高周波を発生させる凶悪極まる代物だ。

 しかし、相手も軍人。すぐさま目と耳を塞ぎダメージを最低限に抑えてすぐさま銃を構える。何人かはまともに受けて悶えているが、半数以上は的確な対処を行っていた。

 

 ――――が、しかし。それは雨蘭と鈴を前にしてあまりにも対処が遅すぎた。

 

 反射的に前方へ発砲するが、その銃撃はなにも捉えることができずに壁に銃痕を残すだけに終わる。目標を見失ったリーダーが慌てて周囲を見渡そうとするが、少し視線をずらした瞬間に視界が真っ暗に暗転した。同時に意識すらその闇に引きずられるように落ちていった。壁と天井を蹴って、足場として跳躍した雨蘭が常識外の動きと軌道で敵集団のど真ん中へと吶喊した。

 他の人間たちもそれを認識する間もなく、飛来した細長いなにかに足を取られて態勢を崩してしまう。

 竜胆三節棍をぶん投げた鈴が続けて凄まじい瞬発力で飛びかかり繰り出した飛び蹴りを放った。その蹴りは正確に頭を捉えて強制的に脳震盪を引き起こして瞬く間に一人を無力化する。銃には勝てない鈴も間合いに入ればその暴威を躊躇いなく振るう。防弾チョッキといった装備をしていようが浸透勁を得意とするこの師弟には無意味だ。そのすべてを貫いて内蔵をかき混ぜるような衝撃をぶち込んでいく。

 

「功夫が不足しているな」

 

 雨蘭の拳が脇腹へと突き刺さる。ある程度は寸止めにしたためにせいぜい肋骨にヒビが入った程度だが、発勁によって骨で守られた内部の臓器すべてに防御不可能のダメージを与える。崩れ落ちる姿を見ることもなく横にいた銃を構えた人間の腕を取り、片手で間接を極めてそのまま投げ飛ばす。そのまま壁に叩きつけられ、崩れ落ちてピクリとも動かなくなる。

 

「ぬるい」

 

 乱戦になればフレンドリーファイアを恐れて軽々と発砲できなくなる。それを理解している雨蘭と鈴も敵陣のど真ん中へと突っ込み、それでも拳銃を向けてくる相手には敵の仲間の腕をとって盾とする。背後からナイフを片手に襲いかかってきた者には首を振るって三つ編みに結った髪をまるで鞭のようにしならせて迎撃。髪すら武器にする雨蘭に不意を突かれ、一瞬怯んだ隙に横からの鈴の強襲によって、やはり他の人間と同じ結果を辿る。

 近接格闘では分が悪すぎると判断した一人が無人機を起動させようとコンソールに手を伸ばすが、その直前に激しい金属と空気の摩擦音が先のスタンのダメージから回復しかけていた聴力を直撃した。

 

「案山子を斬るだけなんてつまんないけど」

「動かない的など、私でも容易いッ」

 

 混乱した隙を付き、二機のISがそれぞれブレードを手に突撃する。

 ISを纏い、狭い通路内を猛然とローラーダッシュで距離を詰めたリタが起動前の無人機二体を狙い、すれ違いざまに抜刀。纏めてひと振りで綺麗に真っ二つに切断する。

 

「ふっ……!」

 

 さらについでとばかりに納刀するアクションの合間にもう一機の首を飛ばす。カキン、と小さく金属音を立ててブレードを鞘へと納めると同時に斬られた無人機が音を立てて崩れ落ちた。

 そして同時に突撃した箒もまっすぐに剣を振り下ろしでもっとも近くにいた機体をスクラップにする。さらに続けてもう一機を横薙ぎの一閃で破壊する。本来なら箒のISは二刀を操るがあくまで慣れ親しんだ剣道の型通りに剣を打ち込む。そしてその後も油断なく残心を行い、間違いなく機能停止していることを確認してようやく箒がほっと息を吐いた。

 虎の子であるはずの無人機を起動前に破壊されたことで呆然とする男は、いつの間にか残っているのは自分だけだと気付く。無人機は全機破壊され、他の人間はすべて昏倒して気を失っているか、手足の間接を破壊されて悶えているだけだった。

 ジャミングフィールド圏内であることが仇となり、従来の無線機の類は役に立たないために援護要請を出すことさえできない。ならばと非常用のアラームに手を伸ばしかけるが、そんな真似を許すわけがなかった。

 

「Freeze」

 

 男のすぐ背後から声が響く。同時に首筋に金属特有の冷たさが感じられた。後ろ手に腕を取られ、懐に忍ばせていた銃もあっさとと奪われた。

 リタのISにひっついていたイーリスが音もなく忍び寄り最後の一人を制圧した。

 

「抵抗は許しません。私は“本職”ですので、もし抵抗すれば足元に転がっているお仲間のような優しい対応なんて期待しないでくださいね? 私、拷問は嫌いなんですけど、困ったことに尋問より拷問が得意なんですよ……だから私に嫌なことをさせないでくださいね?」 

「やっぱ拷問って言ってるじゃん」

「泣いちゃいますよ?」

「そのほうが可愛いですよ」

「残念なことに涙より血のほうが役に立つ職場でして」

「ヘビィだわ」

 

 

 

 

 解放作戦フェイズ1――――IS学園潜入成功。地下シェルター前、敵勢力の制圧完了。学園関係者との接触へと移行。

 

 ――――損耗ゼロ。

 

 ――――作戦続行。

 

 

 




お久しぶりです。仕事に忙殺され気がつけば二週間も更新が空いてしまいました(汗)

次回からはまた大きく状況が動いていく予定です。いろいろとサプライズも用意しているのでうまく盛り上げていきたいです。
今はまだ潜入編ですが、すぐに本格的な衝突になりそうです。

まだしばらく忙しくなりそうなので次回更新がいつになるかわかりませんが……なるべく早く更新できるように頑張ります。

それではまた次回に!


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Act.112 「暴龍の通り道」

(簪ちゃん、来たのね……!)

 

 楯無がいるのはIS学園の管理棟にあるシステムすべてを統括するコントロールルームだった。後ろ手に手錠をかけられ、ISも奪われて拘束されていながら目と耳は自由にされていたために絶えず周囲の状況を把握していた楯無はコンソールパネルの隅に表示された小さな緑色に光る表示に気づいていた。

 楯無と、もう一人……織斑千冬の二人は学園側の情報を得る人質として大層な装備で固めた武装集団に囲まれていた。それでも目と耳を封じていないあたり、おそらく二人からあわよくば学園側の情報を得ようとしていたのだろう。国家代表の楯無と、もはや伝説とも言っていい最強と謳われた織斑千冬をまるで恐怖するように常に銃を構えて威圧と警戒をしていたが、その程度の脅しで怯えるような二人ではない。生徒たちを盾に取られているために迂闊な行動はできないが、それでも相手に有益な情報など与えるつもりもなかった。のらりくらりと追求を躱していた楯無はそろそろ時間的に限界かと思ったそんな時に、ふと光の色が変化した様子を視界に捉えた。その意味を知っているのはこの場で楯無だけだろう。

 それはとある場所のロックが解除されたことを示している。その場所とは、学生寮裏に廃棄されていた地下道へと通じる非常用通路の扉。ごくごく最近に楯無と簪、そして布仏本音と虚の四人で調べてとりあえずの開通をした非常退路だ。このロック解除コードを知っているのもこの四人。楯無はここで拘束されており、布仏姉妹はシェルターにいるはずだ。

 

 と、なれば――――このロックを解除できる人間は更織簪を置いてほかにいない。

 

 そう察したとき、楯無は拘束され、床に座らされた状態のまま後ろ手でわずかに自由になっている指を動かして静かに床を叩いた。

 

 ―――トン、コン、トン―――トン―――トン、コン、トン、トン――……

 

 わずかに響きを変えたほんのわずかな音が鳴る。それに気づいたのは横で同じように拘束されている千冬だけだ。千冬は一度だけ視線を楯無へと向けるとすぐに視線を前へと戻した。

 楯無からのメッセージだと理解した千冬は耳を澄まし、わずかな反響を聞き分けてその暗号を把握していく。モールス信号のサインによる暗号だった。内容はアルファベット。R、E、L、I、と聞き解いていくと、その意味が形成されていく。伝えられたのは短い英文だった。

 

 

 

【Relief has come.(救援が来た)】

 

 

 

 それが伝わったことを視線を向けることで伝えると楯無も目線を合わせないままに一度だけ小さく頷いた。

 残された生徒たちの安全を守るためにあえて拘束されたが、そろそろ脱出する用意が必要になりそうだ。さすがに二人だけの力でここを切り抜けることはかなり厳しいが、もし外部から突発的なアクシデントが起きればその混乱に乗じて脱出することができるだろう。

 

 二人はそのときをただじっと待ち続けた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「まさかみなさんが来てくれるなんて……」

「ご無事でなによりです、山田先生」

「篠ノ之さん。あなたも無事なようでよかったです」

 

 シェルターを取り囲んでいた敵勢力をすべて制圧した後、簪が中の端末へと連絡を入れて無事に接触を果たせた。中にいたのはやはり大多数の生徒と、それをまとめるわずかな教職員。そこには一組副担任の山田真耶もいた。事情を聞けば彼女は千冬から生徒の混乱を抑えるよう指示されて大多数の生徒たちを連れてシェルターに避難したらしい。何機かフォクシィギアも持ち込めたので最悪は打って出る覚悟を決めていたところにこうして救助が来たという。

 

「まぁ、救助といってもまだあたしたちだけなんだけど」

「それにこのあと確実に盛大にドンパチがはじまるし?」

「しばらくはここにいたほうがいい。学園内でおそらくもっとも安全な場所だろうから」

 

 もちろん絶対的な安全圏など今のIS学園には存在しないが、シェルターという設備が一番防御力がある場所だろう。ビーム砲の集中砲火を浴びれば耐えられるとは思えないが、それでも多少の戦闘の余波には耐えられるだろう。脱出させられればいいのだが、今は生徒数が減っているIS学園でも多くの生徒がいる。シェルターにいる人数だけでも百名を超える。本格的な戦闘が始まるまでに脱出させることはほぼ不可能だろう。それならば戦闘中はここでおとなしくしてもらったほうがいい。

 

「プランはあるのですか?」

「状況がわかってなかったから、真耶ちゃんからの情報しだいだけど、とりあえず千冬ちゃんや会長と合流したい、かな?」

 

 このような非常時でも変わらない態度を貫く鈴に苦笑しつつも真耶は知りうる限りのことを伝えていく。やはり千冬たちがいるのは管理棟の中央コントロールルーム。どこの所属か判別できるようなマークや言葉は確認できなかったが占拠した集団が英語で会話していたこと、少数の改造されたと思しきフォクシィギアと多数の無人機で学園を包囲していること、接敵から今に至るまで外部との通信手段の全てが遮断されていること、重要だと思われる要点に絞ってできる限り簡潔に、素早く伝える。外の警戒をイーリスと雨蘭に任せ、話を聞いていた面々は頷きながらそれらの情報を整理していく。

 

「正確な戦力はやっぱ不明みたいだね」

「こちらの戦力すべてを投入すれば大丈夫だとは思うけど、……なんにせよ、学園への被害がネックね」

「なるべく海上へ誘導したいけど、そうも言っていられない……」

「出たとこ勝負ね……そろそろ時間もまずいわ。こっちの潜入もそろそろバレる頃合よ。どうする?」

「…………まずは、やっぱり管理棟にいるおねえちゃん……会長と織斑先生と合流したい。でも同時にここの安全確保と、あと学園の敷地内にいる残った生徒たちも避難させないと」

「………仕方ない、チームを分けましょ。陽動している間に、残った生徒をここへ避難させましょう。救助チームの指揮は、簪。あんたがやりなさい」

「わかった」

 

 学園内の情報を最も知っているのは簪だ。想定していた事態とは違うが、有事の際のための避難経路やセーフティスポットなどもすべて知っている。そして学園内のシステムを使って残った生徒を探索するにも簪が必要になる。

 簪だけではもちろん手が足りないので潜入や工作のスペシャリストであるイーリスも当然動いてもらうことになる。ISを使わずに生身の雨蘭も同様だ。

 

「ってわけであたしは陽動で暴れてくるわ。最低でもラウラたちが来るまでは粘ってみせるから安心しなさい」

「お、戦闘するの? なら私もやる。斬る」

「はいはい、リタも陽動。あとは救助でいいわね?」

 

 好戦的な性格の鈴とリタはそれが当然とばかりに絶望的な戦力差であろう戦場での陽動をかって出る。陽動とはいえわずか二機のみでは心もとないが、今ある戦力では贅沢を言っていられない。

 しかし、思わぬところから声が上がった。

 

「私も加勢しよう」

 

 そう言って陽動という危険な役を請け負うと言ったのは箒だった。全員が意外そうにそんな箒へと目を向けた。失礼な態度ではあったが、それほどまでに箒と他のメンバーとでは実力差がある。箒が弱いわけではないが、鈴やリタと比べれば技量もそうだが、なにより絶対的ともいえるほど経験の差があった。実際、リタがよく箒に付き合って模擬戦をしていたが一勝も上げていない。

 

「皆が言いたいことはわかるし、私自身未熟なことは承知している」

「なら言わせてもらうわ。はっきり言えばこの作戦で一番死ぬ確率が高い役目よ。どれだけ強いISだったとしても、数の暴力には敵わない。あたしたちの役目は“出来る限り生き延びること”と言い換えてもいいわ。わかってるの?」

「わかっている。そしてそれも覚悟の上だ」

「それだけの実力があると?」

「………ない、だろうな」

 

 悔しいのだろう。箒は耐えるようにその言葉を搾り出す。しかし、箒も酔狂でこんなことを言ったわけではないし、英雄願望でも自己犠牲の精神から決意したわけでもない。

 

「確かに実力はせいぜい中堅といったところだろう。だが、私の機体は過保護な姉さんが作ってくれた、もっとも沈みにくい機体だ。そうだろう、簪?」

「あ、うん。たしかにそれは保証する」

 

 箒の機体のメンテナンスを請け負っていた簪は箒の言葉を肯定する。確かに素体こそ量産型のフォクシィギアだが、箒の機体はもはや完全なワンオフ、生産性や互換性などを完全に度外視した実質的な箒専用機といえるものだ。その特徴はなんといっても姉の愛情が作り上げた高いサバイバリティ。その継戦力と操縦者を守る安全性でいえば、おそらくカレイドマテリアル社製の中でも上位に入る機体だろう。

 

「簪がいれば、私の補佐などなくても十分だろう。ならば、私が私に与えられた力をもっとも有効に使いたい」

「…………本気なのね」

「そうだ。私も、この学園を守りたい」

 

 それはすれ違っていた姉と和解し、互いの本心を伝えたからこそ抱いた箒の願いだった。姉が目指した本来のIS、姉の夢を詰め込んだ、宇宙へと至るためのもの。それを本来の形にしたい。そして今までずっと苦しんできた姉を笑顔にしてあげたい。それが今の箒の願いだ。そしてそのためには、IS学園を失うわけにはいかない。それにはじめは無関心で入学した箒も、今ではこの学園に愛着もあるし、ずっと日本中を転々としてきた箒にとってはじめて得られた居場所ともいえるものだ。

 今までどんなことにも卑屈になっていた箒にとって、そんな願いを持ったことそのものが大きな意味がある。この願いを貫くことが、今の箒の譲れない誓いであった。

 

「……わかったわ」

 

 そんな箒の強い意思に鈴が折れた。確かに二機より三機のほうが生存率は上がるし、なにより根性肯定派の鈴は箒の内に秘める想いを察した以上、それを尊重してやりたかった。

 

「リタ?」

「私はいいよ。一緒に斬ろうぜ、レッツ斬!」

「だってさ。んじゃ、箒はリタとツーマンセルね」

 

 二カッと笑って箒の参戦を認めた鈴は、そこでピリッとした空気を感じ取って振り返る。鈴が反応したのは外を警戒している雨蘭の気配が変わったためだ。師匠が警戒を強めたことを感じとった鈴は、そのときが来たのだと察して全員に目配せしてそれを伝える。

 

「来たみたいよ、行動開始ね」

「戦闘が始まればラウラさんたちが動く。それまでお願い」

「任せなさい。リタ、箒! 行くわよ!」

 

 鈴の気合に呼応するかのようにISが起動。炎と雷を現したかのような色、そして生物を思わせる流動的な連なった装甲。猛々しさそのものが形となったかのような機体。

 鈴のイメージする最強の生物である龍の具現といえる相棒、【甲龍】を纏う。

 

「全てを破壊する! 山河を砕く龍の力を思い知りなさい!」

「みんな斬る! さぁ、解体の時間だ!」

 

 竜胆三節棍を振り回しながら向かっていく鈴とムラマサを構えながら追随していくリタ。セプテントリオン内でも屈指の戦闘狂の二人が嬉々として武器を振り回しながら笑っている様子を簪がものすごく心配そうに見やっていた。

 

「……やっぱり箒さんも行って正解かも。あの二人をくれぐれもよろしく」

「ぜ、善処はする」

「私たちも残った機体で戦闘できるように準備を進めます。それまでは……その、が、がんばってくださいね? あの二人の手綱をしっかり握ってくださいね!」

 

 狂犬みたいな二人を抑えられるものか、と箒は引きつった顔で力なくうなだれた。将来、苦労性になりそうな予感さえする箒の姿に、簪は同情の視線を送るしかなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 シェルターへと続く地下への入口となる扉もそれなりに分厚い鋼鉄製の扉で覆われている。IS用の兵器や大火力に耐えられるほどの強度はないにしても、破壊には時間を稼げる程度の頑強さはある。ここを突破されれば、あとはシェルターまでの一本道。

 侵入した際に内部からロックをかけ、さらに簪によって電子的にも封鎖したために外部から開けるには設定されたパスコードが必要となる。即席であるが簪が再設定したために現状では力づくで突破するしか手段はない。

 

「ちっ、籠城する気か?」

 

 既に潜入はバレていた。むしろジャミング圏内とはいえ、あれだけ暴れられておいて気づかなかったらそれは無能だろう。鈴たちも積極的に会敵したら打倒していたので隠し通すつもりがなかったこともあり、既にシェルターを奪還したことは知られていた。

 そして今、シェルターを包囲するように多数の無人機が集結していた。ねずみ一匹逃がさないとでも言わんばかりの包囲網に、それらの無人機を統制していると思しき人間たちにも若干余裕が見られる。

 標準的な無人機が一機だけでも並の操縦者なら凌駕する性能を持っているのだ。しかも無人機は集団戦に強い設計をされており、数を揃えることで国家代表クラスの人間にも簡単に対抗できる。しかもこれらの機体には奥の手であるVTシステムが搭載されており、一時的ではあるがその性能を跳ね上げる術もあった。

 

「しかし、いつまでここを占拠してればいいんですかね」

「文句を言うな。我々は命令を遂行すればいい」

「そりゃわかってますが……俺の従姉妹が来年ここに通う予定だったことを考えると複雑で……」

 

 一人の兵士がぼやく目の前では無人機が力づくでその扉を開けようとしている。耳障りな音を立てながら徐々に扉が歪んでいく。

 

「それは気の毒だが、今は任務に集中しろ」

「わかりましたよ。しかし誰なんすかね、ここに潜入した連中って」

「想定されているのはふたつ……そのうち、カレイドマテリアル社の可能性が高いらしいな」

「あの魔窟っすか。あいつらのせいでうちの上司たちもストレスがヤバイって聞きますけど」

「そっちならまだいい。問題はもうひとつの可能性だ」

「もうひとつ? ………うええ、もしかしてあいつらっすか……!?」

「他にアメリカ軍が追ってくることも考えられるが、それはいい。上がどうとでもするだろう。とにかく、そのふたつが攻めてきた場合迅速に対処する必要がある」

「ここでドンパチすか?」

 

 その兵士は甘いのか優しいのか、はたまた覚悟が足りないのか、学園を戦場とすることにあまりいい気はしていないようだった。それでも任務である以上、許容はしているのだろうが表情を曇らせている。

 

「仕方なかろう。それにどうせここは存続などできないだろうからな……」

 

 

 

 

 

 

「へぇ、その話、詳しく聞かせてもらいたいわね」

 

 

 

 

 

 突如として少女の声が響き、壊れかけた扉の隙間から鋼鉄の腕が伸びて破壊作業を行っていた無人機の頭部を鷲掴みにした。そしてほんのわずかに力を入れただけでその頭部をあっさりと握りつぶした。不快な金属音を立てながら頭部を毟り取られた機体が崩れ落ちる。

 まるで出来の悪いホラー映画のような光景に見ていた全員が唖然とする。

 

「っ!? さ、下がれ! 無人機に戦闘オーダーを出せっ!」

 

 指揮官と思しき男が大声で叫ぶが、周囲の無人機が戦闘へと移行する前にまたも異変が起こる。なにかが煌めいたと思ったら鋼鉄製の扉がゆっくりと倒れていく。一瞬で扉に密接していた機体ごと切断されたのだ。

 あっさりと扉を真っ二つに両断したであろう少女が子供みたいに目をキラキラさせながら顔を出した。

 

「わはっ、獲物がたくさん。これ全部斬っていい?」

「人じゃなきゃ構わないわ。人間は峰打ちにしときなさい」

「いや、ISで峰打ちなんてよくて複雑骨折だからな? 斬るなよ? 絶対斬るなよ!」

「フリ?」

「フリじゃない!」

 

 現れたのは三機のIS。そのうちの一機、甲龍を纏った鈴が手に掴んだ無人機の頭部を握力だけで圧壊させて投げ捨てたのち、三節棍を風車のように回転させて構える。そしてゆっくり納刀したリタもまた柄に手を添えながらいつでも抜刀できる構えを見せる。そんな好戦的な姿を見せる二人の後ろでは基本に忠実な正眼の構えをする箒が控えている。

 

「さて、どこの誰でもいいけど、ここまでの暴挙をしたんだ。龍の餌になる覚悟はできてんでしょーねぇ?」

「それが嫌なら私の剣のサビになってもいいけど」

「……二人がこんなだから私が言おう。…………そこまでだ、悪党ども!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「はッはぁっ! わたあめより甘いわ!」

 

 開戦の狼煙とばかりに衝撃砲での威嚇射撃を放った鈴は、屋外へと飛び出るそのままもっとも無人機が密集している場所へと着地する。リタと箒はツーマンセルで別ルートでの陽動に向かったために鈴は単機での戦闘を強いられているが、そんなものは本人にとってはマイナスでもなんでもなかった。もともと鈴は単機の特攻がもっとも得意という規格外だ。

 

「選り取りみどりね!」

 

 四方八方敵だらけの孤立無援の状態へと自らを追い込みながら鈴は鋭い犬歯を見せながら獰猛に笑う。既に起動している無人機が襲いかかってくるが、それも鈴にとって好都合。フレンドリーファイアを避けるためか、ビーム砲などの砲撃は使わずに近接戦を仕掛けてくる。しかしそれは悪手でしかない。鈴に対し接近戦を挑むくらいなら多少のフレンドリーファイアは容認して長距離から砲撃を放つべきだった。

 数の暴力で押してくる無人機に対し、鈴は嬉々として迎え撃つ。はじめの一機を棍の突きで弾き返すとそのまま身体を軸にして全周囲に振り回す。まるで竜巻のように暴れまわる棍とは真逆に、それを操る鈴の身体はその場からまったく動かない。まるで磁石のように身体から離れず、それでいて襲いかかってくるブレードやパイルといった武器すべてを正確に捉えて弾き返す。人体と違い、武器を操る上でも邪魔な部位が多いISを纏っていながら完璧に棍を操る鈴は隙を縫うようにさらに武装を量子変換して具現化する。

 出現させたのは双天牙月。二振りの青龍刀を上空へと投げると三節棍を胴体部にまとわせるようにして遠心力とバランスだけで保持する。ほんのわずかだけ空いた両手で双天牙月へと持ち替えた鈴はひとつを投擲、もうひとつを横薙ぎに振るう。投擲したひとつが見事に一機の無人機の胴体へと突き刺さり、同時に薙いだ二つ目が不用意に近づいてきた機体の頭を飛ばす。再び棍を手に取り、長いリーチを活かして投擲したほうの双天牙月の柄に引っ掛けて引き寄せる。

 それはさながらフラフープをしながらジャグリングでもしているようだった。二つの腕で三つの武器を操るという曲芸のような戦い方を見せる鈴はさらにもうひとつ武器を追加し始めた。

 四つ目の武器は龍鱗帝釈布。マフラーやマントのように靡く巨大な深紅の布を手にするとそれを双天牙月を繋ぎ、リーチ延長による攻撃範囲の拡大を図る。龍鱗帝釈布は変幻自在の衣。鈴の意思での操作も可能であるため、第三の腕といってもいい。

 じわじわと攻撃範囲を広げていく鈴に対して無人機数体が強引に距離を詰めていく。リーチを伸ばした分、懐には若干の隙があるのは確かだが、それこそが鈴の絶対的な間合いだ。

 

「いらっしゃいッ、砕けろッ!」

 

 鈴の代名詞と言える発勁掌。当たればそれだけで木っ端微塵という理不尽な威力を持つ鈴の基本戦術にして奥義。機械という特性上、内部破壊を引き起こすこの技は無人機に対して絶対的ともいえる効果を生み出す。

 

「さぁ、そのプログラムに恐怖を植え付けなさい! この、あたしが! アンタたちの天敵よ!」

 

 目の前から突進してくる機体が二機。単純な質量による体当たりだ。原始的な攻撃手段とはいえ、ただでさえ通常のISよりも重い無人機がスピードに乗って激突すればそれは砲弾を受けることに等しい衝撃となる。単純な質量兵器と化した機体を目視した鈴は、しかしそれを避けようともせずに身体を地面と水平にして両腕を掲げて受け止める態勢を取る。

 

「ふんッ!!」

 

 グシャッ!! という耳障りな破砕音が響き渡る。

 単一仕様能力【龍跳虎臥】により虚空を足場にした鈴がしっかりと空を踏みしめて一ミリも押されることなく腕一本で一機分の質量を完全に受けきった。それどころか逆に激突してきた無人機のほうがひしゃげている有様だ。衝撃を受け流し分散させる【発勁流し】をはじめて完璧に行えたことに笑みを浮かべる鈴はお返しとばかりにそのまま密着状態から発勁を叩き込んで文字通りに四散させる。油断せずに周囲を警戒しつつも、これは使えると確かな手応えに気をよくしていた。

 生身の場合、発勁流しを行うために必ず衝撃の逃げ場を作らなくてはならない。たとえるならアース線のような役割を作る必要がある。その場合、大抵は足を通じて地面へと逃がすか、もしくはそのまま相手と密着して跳ね返すかのどちらかだが、ISを纏うことで話は変わる。

 甲龍を纏うとき、単一仕様能力を介することで衝撃を大気中へと流せるのだ。空間に圧力をかけて瞬時に足場を形成するこの能力を利用することで圧縮した空間そのものへと衝撃を流せるようになることを鈴は偶然発見したのだ。つまり、これにより本来ありえない“空中で衝撃を逃がす”ということを可能とした。空中戦が主戦場となるIS戦においてこれは凄まじいアドバンテージだ。まだ練習中ではあるが、これを体得したとき、単純な物理攻撃によるダメージを本来の半分以下にまで減衰させることができるだろう。

 

 そしてそれが純粋な鈴の技量によって成り立つことがもっとも脅威だった。

 

 つまり、別の誰かが甲龍を使っても同じことはできないし、武装や能力だけでは再現できないスキルなのだ。

 それこそが鈴が目指した人機一体の可能性だった。

 アイズのように、心を溶けあわせてISの可能性を生み出していくわけじゃない。鈴は、鈴がこれまで打ち込み、培ってきたものすべてをISを通じることで進化させたいのだ。ISにしかできないことでも、人間にしかできないことでもない。このふたつが揃ってはじめて可能となる技術。

 これだけではない、電磁吸着や可動域の延長など、ISならではの機能を使えばこれまで成し得なかった武術のその先へと届くかもしれない。

 誰も思いつかない、いや、思いついてもやろうとしないようなことを大真面目に実現させようとしてきた努力の結晶だ。

 

 凰鈴音は、間違いなくそうした“IS武術”ともいうべき新境地の開拓者であり、先駆者だった。

 

「あッははは! 踏み台ご苦労様! さぁ、龍の餌になって消えなさい!」

 

 戦えば戦うだけ強くなっていく実感が得られる。この高揚感こそ鈴が病みつきになっている熱だった。この熱があるから鈴はどんなときでも炎のような気迫で拳を握れるのだ。戦い、力といったモノに対してストイックな鈴は、こうした死地にいるからこそ得られる力の証明に歓喜し、酔いしれる。

 

 もっと先へ、もっと強く、もっと、もっと。

 

 この飽くなき渇望を潤すことができるのは、目の前に立ちふさがるものを破壊することのみ。

 

「さぁ、いったい何機であたしを倒せるの!? あたしの強さと限界を教えて頂戴、鉄くずども!!」

 

 鈴は愚直なまでにまっすぐに進む。

 進路はIS学園の中心部から離れるように海上へと向かっている。そんな鈴に釣られるように多くの無人機がまるで誘蛾灯に群がる蛾のように集まってくる。囮と陽動という役目を全うしつつ、鈴は笑みを崩さない。本当に僅かも揺るがずに直進する鈴は多勢に囲まれながらも逃げているようには見えず、むしろ逆に追い詰めているかのように錯覚してしまう。もちろん、現実は正反対だ。数の暴力に押され、少しづつダメージが蓄積されていっていることでこのままなら敗北は必至だろう。

 

 しかし、――――。

 

「おおおおっ、らァッ!!」

 

 吼える。

 それが答えだというように滾る戦意を隠そうともせずに物言わない無人機に対して圧倒的な暴力を纏って薙ぎ払う。普通のISと比較しても異常な頑強さと耐久力、そして単純な暴力を技へと昇華して撒き散らすその姿はまさに龍の化身。

 災害が形となったかのような龍の疾走を止められるものなどいない。

 

 龍の通り道には、ただ餌となり喰いちぎられた無人機の残骸が無残に残されるだけであった。

 

 

 

 




鈴ちゃん無双回。次回はリタと箒、そしてラウラも参戦。とうとう本格的に戦闘行動が解禁されます。
ここからはこのチャプターのほとんどがバトルパートです。

鈴ちゃんもどんどんチート化が進んでいきますね。最終的に鈴ちゃんは物理系最強になる予定。強くなって物理で殴ればいい、を素で往くキャラになりそうです。そしてまだ第三形態移行というレベルアップを控えている鈴ちゃん。

鈴ちゃんのテーマが「機動武闘伝」だからしょうがないね!

ではまた次回に!


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Act.113 「BREAKER」

 ステルスモードのまま、IS学園からやや離れた上空で待機して観測していたスターゲイザーも鈴たちの戦闘をすぐに察知していた。鈴は単機で、そしてリタと箒が組んでそれぞれが学園内にいる無人機を誘引しつつ海上へと誘導しながら戦闘を行っているようだ。

 

「隊長、合図です。派手に戦闘行動をしているようです」

「来たか。十中八九、鈴だな」

「二方向に誘引しての陽動……片方は単機で二十機以上を陽動しています。……既に五機を撃破。なるほど、魔窟と呼ばれるだけはあります。あれほどの戦果を単機で上げるとは……!」

「あれは例外といえる規格外だがな。まぁいい……私たちも動くぞ」

 

 鈴から潜入して見つかれば派手に陽動を起こすと聞いていたラウラはすぐさま突入を決断する。そして別地点で待機しているシャルロットたちも動くだろう。

 シャルロットたちの役目は敵艦隊からの増援のシャットアウトと、可能な限りそれらの艦を制圧、もしくは機能不全に追い込むこと。はっきりいってこれはかなり難易度が高いので最優先は増援のシャットアウトだ。砲撃制圧に特化したシャルロットを中心に高い砲撃力を持った面子を集めている。逆を言えばこれらの機体はIS学園では百パーセントのパフォーマンスを発揮できない機体だ。装備もすでに破壊力が高すぎて周囲の被害を考えないものを揃えている。ゆえに学園内では使用できない。流れ弾ひとつで校舎を壊滅させる危険があるからだ。

 しかし、だからこそ海上の戦闘にそれらのすべてをつぎ込んだ。数でいえば圧倒的に不利だが、火力ですべてを跳ね返す心算だった。

 なにより、対多数戦の切り札といえるシャルロットとシトリーを組ませている。この二人がいればたとえ戦力差が倍だとしても最低限の時間稼ぎはしてくれるはずだ。

 

 そして、ラウラたちの役目は、そうしてシャルロットたちが戦って奪い取った“時間”内にIS学園内の敵勢力を一掃すること。求められるのは迅速な殲滅。だからこそ、機動力と連携に優れるシュバルツェ・ハーゼにこの任務が与えられた。

 

「ラウラさん、先に出ます。こちらはリタたちの援護に向かいます」

「わかった。主力への強襲は任せろ」

 

 京をはじめとしたセプテントリオン隊が先にスターゲイザーから発進する。京たちの役目は先行して攪乱している鈴やリタたちの加勢しての攪乱だ。そしてタイミングをずらしてラウラたちがIS学園に展開している敵主戦力へ強襲をかける手筈となっている。

 

「……さて」

 

 ラウラが振り返ると既に隊員たちが勢ぞろいして命令を待っていた。皆、策謀から捨て駒にされて危地にいたところを救われた者たちだ。全員がカレイドマテリアル社、そして無理を通してラウラの願いを叶えようと尽力したアイズに多大な恩を受けている。

 

「シュバルツェ・ハーゼは、一度死んだ」

 

 突然口を開いたラウラに、しかし全員が戸惑うことなく耳を傾ける。

 

「私はVTシステム搭載の責任を負わされ処罰されるはずだった。そして皆も、くだらない策謀に巻き込まれ、謂れのない反逆罪を押し付けられ処分されるはずだった。………私たちは、結局誰かに利用されるために作られた部隊だったのだろう」

 

 隊員たちが悔しそうに唇を噛み締める。今になって冷静に振り返れば、そうとしか思えない待遇だったことにそれが真実だったのだろうと思い知らされる。シュバルツェ・ハーゼは全員がヴォーダン・オージェの移植を受けており、隊長を務めていたラウラはシールの劣化量産型という側面を持ち、他の隊員たちも強化体ではないケースの移植例でしかなかったのだろう。結果的に強化体のラウラが最も真のヴォーダン・オージェに近づき、隊員たちもスペックの底上げがなされている。しかし、それは完成系ともいえるシールには遠く及ばない。

 シールという完成された存在を量産するためのテストケース。それがシュバルツェ・ハーゼの本当の存在価値だった。

 そんな部隊が不要になったのかはわからないが、結果的に最後は切り捨てられ、生贄にされたというのが真実だろう。軍人であること、そして最新鋭のISを使う特殊部隊だったことの誇りなど木っ端微塵に砕け散った。あまりにも滑稽な様に笑うしかないとすら思えたほどだ。

 

「――――だが、今は違う」

 

 そんな絶望するかのような事態に打ちのめされつつも、それでも立ち上がれる希望は残っていた。ラウラが、いや、シュバルツェの全員が姉として慕うアイズが、そんな全員を受け入れてくれた。絶望から這い上がってきた“経験者”であるアイズの存在は、苦しんでいた隊員たちの精神的な支えになれた。

 なにより、アイズはシュバルツェ・ハーゼを尊敬すると言った。利用されながらも、全員が諦めることなかった。そしてラウラも絶対に助けようとした姿を見て、そんな不屈の心を持って抗った部隊を素直に賞賛した。それは掛け値なしのアイズの本音だ。そしてラウラのときと同様に、ほとんど無理矢理に姉と呼び慕うようになっても、それを受け入れて笑いかけてくれる。それが、シュバルツェ・ハーゼにとってどれだけの救いになったのか、アイズ本人は気づいていないだろう。

 だが、それはラウラたちが一番よくわかっている。

 

 だからこそ、ラウラは、シュバルツェ・ハーゼはアイズ・ファミリアという少女に多大な恩がある。

 

「私たちは、私たちの意思で戦うことを選ぶ。大恩あるカレイド社、そして我々を受け入れてくれた姉様のため――――ああ、そうだな。はっきり言おう。私は、姉様のため。ただそれだけで戦える」

 

 恩もある。借りもある。そして拾ってくれたカレイドマテリアル社のために戦うという理由も確かにある。だが、ラウラにとってそんなものより遥かに重要なものがはっきりと存在している。

  アイズのために、この力を使いたい。ただそれだけでラウラはどんな戦場でも最後まで戦い抜ける。

 

「お前たちはどうだ?」

「隊長、確認するまでもありません。我ら全員、隊長と同じ気持ちです」

 

 副隊長であるクラリッサがはっきりとそう即答する。他の隊員たちも頷いている。

 

「すべてを失い、途方に暮れるしかなかった我らを受け入れてくださった義姉上様のため、我らもどこまでも戦い抜く所存です」

「そうか。…………だが、勘違いするな。姉様はお優しい。私たちの犠牲の上での幸せなど、受け入れないだろう。姉様の幸せを願うのならば、誰一人死ぬことは許さん。諦めることも、屈することも許さん。それは姉様への侮辱だ」

 

 自己犠牲は誰も救わない。自分たちの命も、そして敬愛する姉の心も、なにも救わないのだ。だからどんな任務であれ、帰還することを諦めることを許さない。ラウラは、そう言った。

 

「だから―――――全員、必ず生還しろ! 私たちはすべての敵を討ち果たし、必ず姉様のもとへ帰るということを忘れるな! 半数は直上から主力部隊に強襲をかける。クラリッサ、任せるぞ!」

 

「Ja」

 

「もう半数は私と来い。側面の海上からクラリッサたちと併せて仕掛ける! 殲滅戦だ、すべての敵機を破壊しろ! 遠慮はいらん、躊躇もいらん! さぁ、私たちが選んだ戦いに往くぞ!」

 

 ラウラの激励に部隊の士気も高まっていく。全員の瞳は、隠しきれない戦意が激って炎となって宿っているかのようにギラつている。

 戦意が高揚しているラウラたちがISを起動させる。

 最速の称号を欲しいままにするオーバー・ザ・クラウドを纏うラウラ。そしてクラリッサや他の隊員たちもカレイドマテリアル社から支給されたフォクシィギアのカスタム機を展開する。全機が黒を基調としたラウラのISと配色を揃えており、さらに左肩には【眼帯をした兎】を模したエンブレムがペイントされている。

 さらにそれだけでなく、隊員たちのISには追加装備として背部に巨大な推進ユニットが接続されている。使い捨てであるが、一時的にラウラのオーバー・ザ・クラウドに追随できる推進力を得られる強襲用追加ブースターだ。

 

「さぁ、新生したシュバルツェ・ハーゼの初陣だ! 全機、出るぞ! 我々の真の力を見せつけろ!」

 

『Ja wohl!!』

 

 

 

 ***

 

 

 

 銀閃が走り、同時に鋼鉄の頭や腕が切り飛ばされる。

 間合いに入ったが最期、瞬く間という表現が正しいとわかるほど、それは一瞬で敵を屠る。単純な速度の話なら俊敏性も最高速度もラウラに劣るが、それでもある一芸において最速といえるのはラウラではなかった。

 

 攻撃速度。その一点においての最速はリタである。

 

 単純な武器を構えてから攻撃に移行するまでにタイムラグなど無いに等しい。リタがIS学園に一時的とはいえ在籍していたとき、同じ近接型の一夏と飽きるほど戦ったが、そんな一夏はリタの攻撃をこう評価している。

 

 『気がついたら斬られている』

 

 リタが剣を振っている姿を見た者は稀だ。一夏の言うように、気がついたら振り切られていて、気がついたら斬られている。慣れれば一夏でも勘や予測からなんとか受け止めることができるようにはなったが、それでも見えないほど疾い斬撃は脅威だ。

 本気になったリタの抜刀を“目視”で見切ったのはアイズだけだ。あとは戦闘勘に優れる鈴や、付き合いが長く癖がわかっている京くらいが回避可能といったところだろう。あのセシリアでもリタの間合いには絶対に入ろうとしない。

 射撃や戦略眼といったものが決定的に欠如しているリタであるが、そんな欠点を差し引いてもセプテントリオンの一員でいられるのはこの特化しすぎている接近戦の技量があればこそだ。

 そして束が与えた切断力に優れた抜刀式ブレード【ムラマサ】がまさに鬼に金棒といえる性能を引き出している。

 真正面からやりあえばアイズや鈴も手こずるレベルの一閃を機械程度が回避できる道理がなかった。

 

「柔らかい、柔らかいッ、柔らかいッ!!」

 

 斬り甲斐がないと言わんばかりに次々と剣を振るう。まるで豆腐でも切っているように抵抗すら見せずに鋼鉄製の装甲を滑らかに両断していくリタの顔はまさに喜色満面といえる笑みを見せていた。

 そしてまた一閃すると同時に側面から近づいてきた無人機を真っ二つに切断、その早さに反比例するようにゆっくりと納刀するリタは次の獲物を探すように視線を巡らせる。

 しかし、そんな彼女の背後では片腕と片足を切り飛ばされながら未だに機能不全に陥らずに武器を構える機体がいた。リタは気づいているのかいないのか、まったく振り向こうとする素振りを見せない。そうしてビーム砲の砲身を動かそうとするが、それが発射される前に再び一太刀を受けて今度こそ沈黙する。

 

「荒っぽいぞリタ! 確実にトドメを刺せ!」

 

 仕留めたのはリタの後方から追走していた箒だった。箒は斬撃を飛ばすことを可能とする中距離用のブレードである空裂を手にリタの援護に回っている。前衛を務めるリタを狙う無人機に対して空裂による斬撃を飛ばして牽制、そしてリタの討ち漏らしを確実に機能停止に追い込んでいく。リタのような派手さはないが、堅実な動きで撃破に貢献している。

 

「そういうのはホーキに任せるよ」

「まったく、お調子者め」

「もっと調子に乗らせてもらおっか。さぁホーキ、レッツ斬! 斬れば解決!」

「マイブームなのか、それはっ!?」

 

 こんな状況でも相も変わらずにマイペースによくわからない言葉を口走るリタに呆れながらも箒は必至に剣を振るう。リタ達が学園に在籍していたときに無理を言って何度も模擬戦を繰り返していたために箒の経験も確実に積み重ねてきている。実戦らしい実戦は今回が初とはいえ、思った以上に善戦していると言っていいだろう。

 ちなみに箒の模擬戦にもっとも付き合っていたのはリタであり、互いの癖や傾向もある程度知っているためにリタと箒という異色とも思えるタッグも予想以上に機能している。箒も他の面々と比べれば最弱は間違いないが、それでも束との和解以来努力してきただけあって標準以上の操縦技術を身につけている。修羅場に強いのか、実戦でも今までの訓練通りの動きができていたために多勢を相手にしながらもなんとか食らいついていた。

 ひたすらに基本を繰り返していた箒には鈴やリタのようなド派手な接近戦はできないしセシリアやシャルロットのような後方援護もできない。しかし、堅実なその働きは前衛のリタの無茶な吶喊を支えている。

 

「しかし、いつもながらなんてむちゃくちゃな剣捌きだ……よくあれで戦えるものだ」

 

 箒からすれば目の前で暴れているリタの剣技は曲芸のように見えてしまう。アイズの戦いも常識外れだったが、リタのそれは剣道をやっていた箒から見ても完全に邪道といえる剣だった。

 基本戦術は抜刀術による一撃離脱。そもそも疾走しながら居合という時点で常識外なのだが、通常左から右へと振るう剣筋となる抜刀を自由自在に、どこからでも放つことができるのがリタだ。真上に抜刀したり逆手で行ったりと、剣に通じている者ほどその邪剣に驚くだろう。しかもISだからこそ可能な動きも多く、リタも鈴と同じくISであることを活かして戦う術を模索しながら作り上げた我流だろう。箒もはじめて戦ったときはその自由奔放過ぎる剣に一矢報いることすらできずに斬り捨てられたほどだ。

 そうしているうちにリタが囲まれながらも脚部のローラーを使い回転しつつ抜刀による一閃で周囲を薙ぎ払う。その討ち漏らしを箒が追撃して確実に戦闘不能へと追い込む。

 

「さすがホーキ、安心して後始末を任せられるよ」

「間違っていないが、その言い方はやめろ! ……ッ!? リタ、下がれ!」

「おっとぉ」

 

 戦場が正面入口前の広場へと移ったところで多方向からビーム砲による砲撃が放たれた。敵も馬鹿ではないようであらかじめここで待ち伏せしていたようだ。集中砲火を浴びれば戦闘不能になるどころか木っ端微塵になりそうなほどの大火力の砲撃を受けながらもリタは言われたとおりに箒の後ろへと下がる。

 盾になるように前に出た箒は機体に備えてある防御機能を最大で発揮させる。全身の装甲が稼働展開し、そこから激しく光る粒子が放出される。その粒子が渦巻くように周囲へと散布される。急激に周囲にばらまかれた光の粒子は敵から放たれたビームを絡め取ると、ビームそのものに干渉して収束された荷電粒子を拡散させ、ビームを強制的に歪曲させる。

 流動粒子装甲による熱量の拡散――――オーロラ・カーテンによるものだった。

 

「まったく、肝が冷えたぞ……!」

 

 この機能が搭載されているとはいえ、さすがに集中砲火に身を晒すのは恐ろしい。ほとんど初の実戦といっていい箒は想定通りに効力を発揮できたことで安堵の息を吐いた。

 

「次は撃たせないっ!」

「っ!? また無用心に突撃を……!」

「ホーキの援護があればいける! 防ぐ暇があれば斬ったほうが早いッ!」

「それはおまえだけだ!」

 

 そう言いつつも箒はしっかりと空裂でリタの突撃を援護する。そしてその援護を受けたリタが微塵も躊躇せずに敵機集団のど真ん中へと吶喊する。無謀ともいえる行動だが、リタの狙いはある意味正しい。ラウラたち学園制圧チームが来る前に出来る限りこうした大火力を持つ機体は減らしておきたい。そうすればその分ラウラたちの突入を援護できる。

 もっとも、リタはそんな細かいことは考えてなどいなかった。ただ脅威度が高そうな機体を優先的に狙っていただけだ。

 

「まったく、セプテントリオンというのは規格外しかいないのかっ! 援護するのも一苦労だぞ!」

「信頼だよ、信頼。背中任せるよ?」

「ええい、こんなときだけそんな言葉をっ!」

 

 基本に忠実な正道の剣ととにかく実戦向きに特化した邪道の剣のコンビは少しづつではあるが確実に無人機の数を減らしていた。

 

「次から次へと! まったく数が減らないな!」

「とことん斬る! 斬ることだけ考える!」

「頼もしいのか、心配なのかわからんが……行け! こうなれば最後まで付き合ってやる! 好きなだけ斬ってこい!」

「そんなこと言ってくれるのはホーキくらいだよ! 好きになりそう!」

「黙って斬れ! 敵は目の前だぞ!」

 

 左方向から近づいてくる機体に対し、リタが剣を左手に、しかも逆手に持ち構える。鞘を背中へと回し、ISの可動範囲を最大限に活かしての背面からの抜刀を行う。今回は正確に真っ二つにしたために箒が援護する必要はなかったが、それでもあんな曲芸のような抜刀ばかり見せられて箒の精神もいろいろストレスが溜まりそうだった。しかし、同時に邪道でも魅せられる剣技に知らずに箒もその戦意を高揚させていた。

 はじめは自身の実力不足を自覚し、堅実に動いていた箒も次第に積極的に剣を振るうようになる。実戦に勝る経験はないことを証明するように、訓練のとき以上に良い動きをする箒にリタも満足そうに賞賛する。

 

「やるじゃん。やっぱホーキ、けっこう強いね。これなら……」

 

 しかし、個々の戦力の調子の善し悪しで戦況が変わるほど温い戦場ではない。徐々に蓄積されていくダメージを頭の隅に置きながら、それでも全力戦闘を継続する。確かに今は優勢といえるが、それでも少しづつ数に押されてきていることもわかっていた。

 

「やられる前に、それなりに戦力は削れそうかな」

 

 そう呟き、剣を振るう。戦闘狂のリタでも数の暴力には勝てないということは理解している。だからラウラたちが来るまで耐えられればいいと半ば割り切ってあとのことなど考えずに全力で戦っている。

 

 今は、それしかないのだと思いながら。

 

 

 

 ***

 

 

 

 同時刻、鈴たちの戦闘行動と共に、海上で待機していた敵艦隊も動きを見せる。おそらくはラウラたち別働隊の動きも察知したのだろう。予備戦力と思しき戦力を次々と発進させていた。

 有人機は見当たらないが、無人機だけでも通常型だけでなく特化した改造機と思しき機体も確認できる。

 このままではラウラたちが突入しても今現在学園内にいる戦力と挟撃されてしまっていただろう。もしそうなればいくらラウラたちでも敗北は必至だった。

 

 

 

 

―――チャンバー内、圧力正常加圧。最終セーフティ解除――――――発射。

 

 

 

 しかし、編隊を組みながら進撃するその無人機群を側面から放たれたビームがなぎ払った。

 広範囲、かつ高密度に放たれたビームの掃射によって陣形は壊滅状態、無傷の機体などたまたま友軍機が盾となったなど運が良かった数体だけという有様だ。ほとんど全滅に近い様相となったそこへさらなる追撃が襲いかかる。同じく高火力のビームやレーザー、実弾による狙撃によって正確に機能停止していない機体を狙い撃ちにする。

 

 そんな光景を見ながら、海岸沿いの崖上から砲撃を放ったシャルロットはゆっくりと赤熱して融解したミルキーウェイの砲身をパージして破棄する。フルドライブ状態だったウェポンジェネレーターをニュートラルへと戻し、即座に放熱を行いながら素早く乱戦に適した装備へと移行させる。

 これでしばらくはカタストロフィ級兵装は使えないが、おそらくもう使うような隙すらないだろう。開戦の合図変わりに放ったミルキーウェイが最大効果を発揮したことに満足してシャルロットはほっと安堵する。

 

「まず初手の奇襲は完璧だね」

「本番はここからだよ。あの規模の艦隊戦力がこんなものじゃないだろうし」

 

 観測手としてシャルロットの補佐をしていたシトリーが笑顔で告げてくる。確かに初手は完璧だ。唯一カタストロフィ級兵装を使える好機を活かせたのは大きいだろう。しかし、当然敵の持つ戦力があの程度であるはずがない。質はともかく、量は圧倒的に負けているのだから。

 それがわかっているからこそ、全員の顔には油断も慢心もなかった。

 

「これでこちらにも気づかれましたね……。防衛線を展開しつつ、IS学園への増援をシャットアウトします。シャルロット、シトリーを中心に迎撃を。私は空の、レオンは海のフォローに回ります。イチカくんはとにかく暴れて攪乱をお願いします」

「了解」

「任せろ」

 

 そしてここからは海上を戦場にしての乱戦となる。その危険もわかっている面々がアレッタの言葉を聞き表情を引き締めた。一夏も既に白式に支援ユニットである白兎馬を近接格闘形態にして纏っており、追加装甲とリアクティブアーマーによって防御力を上げている。時間制限付きであるが、この形態の一夏を止めることはどれほどの火力を叩きつけても難しいだろう。

 しかし、そんな一夏も役目は前線の攪乱だ。多数を相手取れるとはいえ、広範囲に展開された無人機をすべて撃破することは難しい。しかし、それは一夏の役目ではない。

 

「シトリー、【カノープス】の使用を許可します。あなたとシャルロットがこの作戦の鍵です。頼みますよ」

「やっと私の出番だね」

 

 シトリーが意気揚々と頷く。これまで使いどころが難しく温存していた専用装備の解禁となって気合も入っているようだ。そしてそれはシトリーだけでなく全員がこの役目の重要性を認識して戦意を高ぶらせている。

 ここを突破されればラウラや鈴たちを窮地に陥れてしまう危険が高いが、逆にここを抑え、制圧できれば敵のほうを孤立させることができる。IS学園から距離を置いたこの海上での戦いこそが、IS学園解放作戦の要ともいえる。

 この場の指揮を任されているアレッタの指示通りに、各々が最大戦力を展開しつつ戦闘行動へと移行していく。

 

「お嬢様たちが戻ってきたとき、醜態など晒せません。各自の健闘を期待します。……作戦開始!」

 

 アレッタは先の倍以上の数を展開する無人機を確認しながら、少しも気後れすることなく砲撃と共にそう宣言した。

 シャルロットとシトリーを基点として高火力兵装で固めた隊員たちが防衛網を展開する。オーダーは単純だ。この先に一機足りとも通さない。迫り来る自分たちを遥かに凌駕するその物量を見ながらも、全員が猛々しく、躊躇いなくトリガーを引いた。

 

「IS学園を好きなようにはさせない! さぁ、ここから先は通さないよ!」

 

 重火器を多重展開して砲撃を放つシャルロットが叫ぶ。その隣ではシトリーもレールガンを放ちつつ、背部ユニットに備えてある専用装備の展開準備を行っている。

 一夏も白兎馬を駆り、その高い防御力に物を言わせて勇猛果敢に吶喊を試みている。

 

 そしてそれらセプテントリオンすべての戦力を飲み込むかのように空を埋めるほどの大群で襲いかかってくる無人機に対し、持てる限りの火力を叩き込んでいく。

 当然、敵もやられるだけではない。お返しとばかりに同じ高威力のビームやミサイルが放たれ、夜の海上を爆炎によって照らしていく。そんな中で、最後方に位置した二機……シャルロットとシトリーがゆっくりと動き出した。

 

「そろそろかな」

「頼むよ、シトリー」

「お任せ。……カノープス展開開始」

 

 シトリー専用フォクシィギアの背部に備えてあったコンテナから無数の球体状のものが放出される。それらひとつひとつがまるでビットのように単独で浮遊しており、それらはシトリーの意思の下に統率され、ゆっくりと広範囲に散布されていく。

 それらがやがて戦闘区域を埋め尽くすほどに展開されたことを確認したシトリーはシャルロットに目線で合図を送る。それに頷いたシャルロットが全機に向けて通信を開いた。

 

「全機へ通達。迎撃シフト展開完了。誘爆に注意せよ。前衛の機体はうまく利用せよ」

 

 通信から了解を告げる返答が響き、これですべての迎撃準備が整った。あとはひたすらに目の前の敵機を屠るだけだ。

 ウェポンジェネレーターの出力を上げ、シャルロットも戦闘稼働のレベルをさらに上げる。

 

「やろうか、シトリー」

「カノープス、全機起動。準備オッケー」

 

 シャルロットは展開していたレールガンを粒子変換してストレージへと戻し、代わりに徹甲レーザーガトリング砲【フレアⅡ】を四門同時に展開。レーザーによる弾幕に特化した装備へとシフトする。

 

「さぁ、火力特化のこの機体の真価を見せてあげる! ジェネレーター、フルドライブ! くらえェッ!!」

 

 四つのガトリングが火を噴き、戦場をさらなる炎で彩っていく。

 

 解放作戦は、互いの戦力が衝突する総力戦へと移行していった。

 

 

 




本格的に戦闘が開始されます。ここから幾度も乱入、介入が行われます。誰がいつ来るかは今後のお楽しみです。

最近はだんだん寒くなってきました。先日久しぶりに風邪で寝込みました。季節の変わり目は油断できませんね、皆様もお気を付けください。

それではまた次回に!


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Act.114 「点睛胎動」

 薄暗い室内に十人ほどの人間が集まっていた。全員が高齢であり、皺の刻まれた顔に愉悦にも似た笑みを浮かべている。そのうちの一人が手に持ったタバコの火を消しながらかすれた笑い声を上げていた。

 

「やはり、出てきたようですな」

「ここで始末すれば、あの忌々しい暴君も黙るでしょう」

 

 この人間たちはIS委員会に属する者たちだった。表向き、ISに関わるルールを定め、裁定する最高権力者と言っていい立場であるが、その実体はマリアベルの傀儡だ。

 基本的に彼らの裁量で事を運んできたが、マリアベルからの命令がきた場合は絶対にそれに従わなければならない立場だった。かつて、銀の福音を暴走させ、アメリカ軍ではなくIS学園へ対処するように要請したのもマリアベルから指示された彼らが仕組んだことだ。

 本来、ただのテロリストの結社などに操られる組織ではないはずだが、従わなくてはならないほどにマリアベルは恐ろしく、そして彼らにとって有益な存在だった。

 かの篠ノ之束に匹敵すると思えるほどの、常軌を逸した頭脳からもたらされる技術はそれだけで金を雨のように降らせた。

 ISによって世界すべてを管理することさえ不可能ではなかった。

 しかし、その野望はそれをもたらしたはずの魔女によって遮られた。魔女は確かに彼らに莫大な金と権力をもたらしたが、彼らが支配することだけは許さなかった。ただただ女尊男卑となった世界を維持するかのようにISを管理するように求めた。

 始めの頃はそれに従っていた彼らだが、人間とは欲深いものだ。IS委員会という権力を使えばなにができるのか理解していた彼らは、やがて魔女に大きな不満を持ち始めた。

 いつまでも従っているだけでは、これ以上の栄達は望めない。世界征服などというバカみたいな野望すら手が届きそうだというのに、それを頑なに邪魔している魔女に隔意を持つのは当然の帰結だった。

 

 だから、彼らは裏切ったのだ。

 

 亡国機業が持つ戦力である無人機プラントを押さえ、その戦力を手にすればもはや亡国機業など簡単に潰せる。マリアベルは確かに恐ろしいが、彼女の持つ戦力を奪えば恐るに足りない。亡国機業さえ黙れば、あとは自分たちの思うがままになる。

 それが甘すぎる考えだったと痛感したのはすぐだった。

 

 亡国機業の幹部クラスを多く動員し、IS学園襲撃するという作戦の裏で委員会はそこへ介入してシールという最高戦力を確保、もしくは始末することを目論んだ。そのために委員会が独自に“製造”したシールを模倣した試作体を投入した。結果として取り逃すことになったが、試作体の機体に装備された電子戦兵装により無人機のシステムの奪取に成功。同時に進めていたプラントの制圧に成功した。

 この時点では委員会は自分たちの勝利を疑っていなかった。

 しかし、その直後にカレイドマテリアル社から特大級の爆弾が落とされることになった。

 

 不変数であり、世界を女尊男卑に陥れたIS。その在り様のすべてを変えてしまうように、イリーナが【製造可能な男女共用のISコア】を世界へと知らしめた。

 これには委員会も焦った。絶対数が定められた絶対的な力であったはずのISは、それゆえに軍事力として世界を支配していたはずのISが、委員会が管理できない数となって世界に拡散してしまう。事実、イリーナが新型コアを発表してわずか半年でISの数は倍以上へと跳ね上がり、そしてそれは現在進行で増え続けている。ISコアを委員会も製造できればまだ話は変わったが、新型コアの製造方法は完全にカレイドマテリアル社が独占していた。それも反発が起きる要因であるため世論を操りカレイドマテリアル社を非難しようと扇動もしたが、イリーナはこれまで無下に扱われてきた男性に活躍の場を与えたことで逆に支持を得てしまった。

 イリーナ・ルージュは謀略、そして交渉において委員会より遥かに格上の女傑であり、カレイドマテリアル社は見事に揺れ動く世界の中心に居座り、舵取りを行っていった。

 そしてイリーナの発表したバベルメイカー計画。軌道エレベーターの建造と、それに伴う宇宙開拓事業の推進。これまで世界を上から縛り付けてきたISを、今度は地球を飛び出し、その先を目指す手段としての形を示した。これまで多くのものを奪ってきたISが、その奪ったもの以上のものを与えるものとしての存在価値をイリーナは作り上げたのだ。

 そしてもともと委員会とカレイドマテリアル社は良好な関係とは言い難かった。

 防諜において高い価値を持ち、さらにISに搭載可能な量子通信技術。これを得ようと委員会が手を出したことが始まりだった。しかし、委員会が仕掛けた謀略以上の奸計でイリーナはその尽くを跳ね返し、隠そうともせずに委員会を敵視した。イリーナにとって委員会は個人的にも気に入らなかったというのもあるが、このバベルメイカー計画を推し進めていたイリーナにとってIS委員会は邪魔な存在になるとわかっていたことが大きかった。懐柔するメリットよりデメリットのほうが大きく、計画のために潰した方が手っ取り早いと判断したイリーナによって委員会はどんどん追い詰められていくことになる。

 既に委員会が管理するISコアに関わる条例など有名無実と化しており、委員会は亡国機業から奪い取った無人機を利用してなんとか新型コアの拡散の抑止を行っているだけだった。

 しかし、それもただの時間稼ぎにしかならない。時間が経てばそれだけ新型コアは増加し、そうなれば支持は無人機より新型コアへと傾いていくだろう。そうなればIS委員会など、存在する意味を喪失してせっかく得た金も権力もただのガラクタへと変わり果てるだろう。

 味をしめた委員会は、それを認められない。自分たちが作り上げたものではなく、そのほとんどは他者から奪い取ってきたものばかりだというのに、借り物で得た権力を手放すことが認められない。

 

 ISを生み出した束が激しく嫌悪しているのは、そうした欲深いというよりはもはや呆れの念すら覚えるほどの醜悪さだった。

 

 そして、委員会にとって最も危険視されている人間である亡国機業首領のマリアベルによって、真綿で首を絞められるかのように少しづつその命運は尽きようとしていた。

 ありえないことだが、邪魔さえしなければ関与する気のないイリーナと違い、マリアベルは確実に委員会を破滅へと追いやろうとしていた。マリアベルは裏切った委員会に対し報復もなにもしないと笑顔で告げておきながら――それは本音だったが――しかし、気まぐれのようにまたも笑って委員会が保持するヴォーダン・オージェの発現体を奪い去った。その際に、プラントをまるごと破壊し、そこにいた委員会に属する人間すべてを皆殺しにするという暴虐を振るった。恐るべきことに、それは本当にマリアベルにとっての気まぐれであり、魔女が好奇を貪った結果、ただそれだけだった。

 それ以降もなんの計画性もないように、ふと思い出したように委員会が押さえたプラントや委員会の協力国の重要拠点を襲撃。確実に力を削いでいった。

 

 結果的に現状として委員会は暴君と魔女の二人を同時に敵に回しているも同然だった。

 

 委員会は知らないことだが、この暴君イリーナと魔女マリアベルの二人は姉妹だけあってその嗜虐性や冷徹さ、容赦の無さはそっくりであり、嬲るかのように委員会を追い詰めていった。

 

「まったく忌々しい……! あの暴君も魔女も、我々の邪魔ばかりを……!」

「しかし、これでおとなしくなりましょう」

 

 追い詰められた委員会が選択したことはIS学園の襲撃だった。今のIS学園は揺れ動く世界の情勢に影響を受けて宙ぶらりんとなっているような状態だ。立場上は委員会の意向を無視できるような立場ではないが、一度委員会がIS学園を完全に支配下に置こうとしたことでその関係も複雑なものとなってしまった。戦時命令権という形でIS学園のISをそのまま戦力に組み込む策は、同時に発表された新型コアの影響で完全に潰されてしまった。結果として残ったのはIS学園側が委員会に不信感を持つというマイナスしかなかった。

 しかし、いくら不信感を持っても委員会の庇護がなければ運営すらできないために離反することはないとタカをくくっていた。だが、またもカレイドマテリアル社の介入によって大きく変わってしまう。いくら世界有数の技術を持つとはいえ、ただの企業であるカレイドマテリアル社がIS学園の運営を後押しするなど許されることではない。しかし、新型コアによってこれまでのISのあり方が破壊されたことで委員会の管理下にあることの必要性を無くした上でIS学園の存続のために運営資金や新型コアとその対応機まで提供すると明言した。

 平時であれば世界を敵に回しての乗っ取りにも等しい暴挙であるが、既にそれを追求する情勢ではなくなっていた。むしろそれが当然、そのほうがいいだろうという意見すら出てくるほど世界はカレイドマテリアル社に有利になるように動いていた。

 当然、それもイリーナの手腕によるものであり、そうなるように情勢をコントロールした結果だ。ある意味ではマッチポンプにも等しい行為だが、冷遇されていた男性層など救われた人間も多い。もちろん反発もあったが、それ以上の支持を得ていた。その流れを塞き止めることは、並大抵のことではできない。

 

そうして残された手段は、末期的なものしかなかった。それが、実力行使という蛮行だ。許されるような行為ではないし、そのために亡国機業から掠め取ったアメリカ軍の手駒を利用した。しかし、これでもカレイドマテリアル社を潰すことは難しいだろう。

 用心深いイリーナは本社とは別にもうひとつの拠点を持っている。島を丸ごと要塞化した上に、移動も可能というスケールの大きすぎる移動拠点アヴァロン。その存在は委員会も知ってはいたが、場所を特定するまでには至っていない。マリアベルならばもしかしたら把握しているかもしれないが、それは無意味な詮索だ。

 

 ならば、狙うのならばIS学園しかない。実際に手駒にしたアメリカ軍は捨て駒も同然だが、それでもIS学園を物理的に消滅させればカレイドマテリアル社の計画は一時的にストップするはずだ。その間に再びISの規制を行い、動きを封じれば委員会の権力は磐石なものとなる。

 

 だから、IS学園を餌にカレイドマテリアル社の保有する戦力をおびき寄せたのだ。委員会の目的はカレイドマテリアル社の実行部隊セプテントリオンと殲滅とIS学園の破壊だった。

 

「そのあとは我々の直属部隊を送ればいいでしょう」

「ふふふ……なにもできなかったカレイド社を尻目に、我々が出張ればそれで流れも変わるでしょう」

 

 厄介なことに情報戦という分野において委員会もそれなりに優秀だった。もともと表向きは世界に認められた機関であるゆえに情報の扱い方を心得ていた。だからこそ、ある程度のことはもみ消せると思っていたし、実行部隊が消えたカレイドマテリアル社を抑えることができると信じていた。

 

「うまくいけば、ここで暴君も終わりでしょう。あとはあの魔女をゆっくりと……」

 

 当然のことながら、誰も気がついていなかった。いや、その可能性をはじめから除外していた。無意識のうちに逃避していたといていい。

 

 自分たちのこの計画は成功すると疑っていない愚者たちは、その杜撰さも迂闊さもわからぬまま暴挙を起こしてしまう。

 

 

 

 

――――――くすくす……。

 

 

 

 

 それも、魔女の掌の上であることを知らないままに。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「う、おおおおおォォォ―――ッッッ!!!」

 

 咆哮を上げながら吶喊。放たれたビームは羽衣のように身体の全周を覆っている龍鱗帝釈布で受け流し、操縦者である鈴の素の身体能力に物を言わせて凄まじい踏み込みにより正面にいた機体に瞬時に肉薄する。

 密着状態となったことでわずかに周囲の敵機からの砲撃が止まるが、道連れでも上出来だと判断したのか、すぐさまビーム砲の照準を定める。

 密着状態から即座に頭だけを破壊して無力化した鈴は、その機体を力づくで掲げて即席の盾として放たれたビームを防ぐ。膨大な熱量に融解しかけている無人機の残骸を投げ捨て、その勢いのままに持っていた双天牙月を投擲する。専用機クラスのスペックからみても明らかに異常ともいえる力で投げられた青龍刀が純粋なその大型武器ゆえの質量によって命中した敵機を粉砕した。しかし、短時間で酷使された双天牙月もまた同じように折れて破損して失ってしまう。

 無手になった隙を突くように背後から迫り来る敵機には回し蹴りで迎撃。同時に足裏から発射される衝撃砲の虎砲を至近距離から放ち吹き飛ばした。

 油断なく周囲を警戒しつつ、鈴は素早く自身のコンディションをチェックする。

 

 シールドエネルギーは既に残り半分を切っている。武装は片方の双天牙月を喪失し、残った二本目もたった今砕け散った。竜胆三節棍は健在だが、集中砲火の盾として利用した背後のアンロックユニットを破損しており、龍砲が使用不可。スペックだけで判断するなら戦闘力が半減しているような状態だった。

 だが、ここで退くどころか、さらに戦意を滾らせるのが凰鈴音という人間である。

 

「まだまだよ!」

 

 拳が握れればそれだけで戦える。一度戦いとなるとその精神も獣のように闘争の火が点くのが鈴だ。四肢そのものが武器である鈴にとって身体が動くうちは戦うことは絶対だ。敗北までの悪あがきだとしても、抗う人間にこそ勝機が訪れると知っている。

 再び踏み込む隙を伺いながら襲いかかってくる砲火を空を蹴りつつ回避する。

 やはり単機で陽動など無謀だったかと思うが、それでも鈴はどんな劣勢でも戦い抜くことを自らに課していた。半年前、無人機に襲撃された際には戦いの半ばで気絶し、結局目が覚めたのはすべてが終わった後だった。後始末をセプテントリオンに押し付けてしまったことを鈴は悔いていたし、そうしてしまった自分自身に怒ってもいた。だからこそ、今度は最後まで戦い抜く。その覚悟で鈴は最も危険な戦場へ飛び込み、最も危険な役目を請け負った。

 それは慢心でも過信でもなく、凰鈴音が感じた己の為すべき使命だった。

 

「ほらほら、もっとかかってきなさい! そんなんじゃあたしの首は獲れないわよ!」

 

 自身を追ってくる機体の圧力を感じながら、前を見据えれば十機が一斉に巨大な大砲を向けている姿が視認できた。幾度となくくぐり抜けてきた集中砲火であるが、さすがにあの数は厳しい。だが背後からも鈴を追って迫る機体が多数いる。退路がないのならこの拳で粉砕するまで、と鈴は無謀にも見える特攻を決意する。

 回避は必要最低限。龍鱗帝釈布を右腕へと集約して対ビームの盾として振るう。しかしそれでも敵機の壁は厚い。死神が少し囁くだけで敗北どころか即死してもおかしくない窮地に、しかし鈴は獰猛な笑みを崩さない。

 

「ふははっ、人形風情が、龍を狩れると思うんじゃないわよ!」

 

 鈴は転がっている無人機の残骸を掴むとなんとそのまま振り回した挙句に投げ放った。単純な質量兵器となった鉄塊はそれだけで恐ろしい破壊力になり得る。機能停止した敵の残骸すら利用する鈴の戦い方は荒々しく、原始的なものだったが利用できるならなんでも使えという師の教えを忠実に守っただけだ。これは試合ではない、相手を倒すためならなんでもやって当たり前だ。ちょうど機能停止した無人機という使いやすい鉄の塊があるのだから武器を失っている鈴は当然のようにこれを利用した。

 そして再び無人機を盾代わりにして強行突破を図ろうとする鈴だが、踏み込もうとする直前になにかに反応して足を止めた。この土壇場で足を止めた鈴にすぐさま襲いかかろうとする無人機たちであるが、そのタイミングを待っていたかのように側面から無数の銃撃を浴びてなすすべもなく沈黙していく。その乱入は鈴にとっても不意打ちだったが、動揺することなくすぐさま討ち漏らしを掃討しながら通信から響いてきた声に返答した。

 

『まだ生きているな?』

「来たわね……! でも遅かったんじゃない?」

『お前が無茶をしているんだ! 単機で吶喊など、正気か!』

「そのおかげで狙いやすくなったんでしょうが! 感謝しなさい!」

『感謝してやる! 説教もしてやるがな!』

 

 通信から怒っているような声が響き、それに応えるように鈴が目を向けると海上から急速に接近してくる機影が見えた。夜なのではっきりと姿形はわからないが、その激しいバーニア炎が暗闇を切り裂くように走っている。その先頭にいるのは鈴もよく見慣れた機体だ。特徴的な、まるで蝶の羽のように広がる青白い炎を噴かしながら凄まじい早さで飛翔する黒い機体が、手にしたビームマシンガンを周囲の機体と共に一斉に発射する。それらは鈴が陽動によって引き寄せていた無数の無人機に雨のように降りかかった。

 やがてIS学園へと接近すると、先頭にいた機体が先行するようにさらに速度を上げて戦場へと飛び込んでいく。そのまま密集地帯へと乱入し、そのスピードを活かしての攪乱を行う。わずかに遅れて乱入してきた他の機体も背部に装備されたブースターをパージして、同じように突然の乱入に迎撃態勢も取れていない敵陣へと切り込んでいく。

 高機動からの強襲の手並みが鮮やかだ。その機体特性を活かして、さらに連携もまったく問題ない。センスというよりは経験を積んで洗練されたその部隊の運用に、個としてなら最強格でも部隊連携が下手な鈴は素直に感心して賞賛していた。

 

「さすが元特殊部隊ね」

「馬鹿め、私たちは今でも現役だ、素人め」

 

 鈴を包囲していた無人機を斥力で弾き返しながら乱入してきたラウラが援護に入る。もう無茶を押し通す必要がなくなったのか、鈴も対処に慎重さが見られるようになった。

 

「まぁ、おまえの無茶な陽動のおかげでやりやすくなったのは確かだ。説教はあとにして、今は感謝だけしておいてやろう」

「アイズ以外には可愛くないわね。ま、こちらも助かったわ。さすがにあと少し遅かったらやばかったし」

「お前は冷静なくせになぜそう無茶をするんだ。まぁいい、今はこいつらを駆除するほうが先だ!」

 

 ラウラが切り札の一つであるクレイモアを能力で威力を上乗せして乱れ飛ばす。鈴の陽動によって固まっていたことが仇となって打ち出されたクレイモアが多くの無人機を捉えてダメージを与えていく。装甲がひしゃげ、動けなくなった機体をラウラが丁寧にその頭部を切り飛ばして無力化していく。

 

「よっし、これで算段ができたわ! ラウラ、あたしと組みなさい!」

「どうする気だ!?」

「アレを落とす! 援護、任せたわよ!」

 

 言うやいなや、鈴はラウラの返事を待たずに飛翔する。鈴が向かう先にいるのは、とてもISとは思えない、バカバカしいほどの巨躯を持つ大型無人機。ゆっくりと稼働し、動き出すその巨人に向かって駆ける鈴のあとをすぐさまラウラが追走する。

 

「そういえばおまえは戦闘経験があるんだったな?」

「まぁね。強化されてるみたいだけど特性は同じか、派生版でしょ。被弾が前提なのか、装甲はアホみたいに硬いわ。その分関節部が狙い目よ。脚部を破壊して動けなくしたところを機能不全に追い込む!」

「完全な撃破でなくても、行動規制して無力化すればいい、か。……いいだろう、援護してやる! シュバルツェ・ハーゼは周囲の露払いをしろ!」

 

 大人と子供どころか、腕だけで通常のIS以上の大きさがありそうな大型機に向かっていく鈴とラウラに気づいたように、大型機の頭部がゆっくりと振り向く。それだけで凄まじい威圧感が二人を襲うが、そんなもので気圧されるような二人ではない。

 周囲の無人機はシュバルツェ・ハーゼ隊が迎撃し、まるで鈴とラウラの道を作るように果敢に攻めて邪魔な無人機を駆逐する。混戦の中で、無人機の残骸と炎によって彩られた道を二機のISが飛翔する。

 

「その大きさじゃいい的ね! すべてを砕いてパーツに戻してやるわ!」

「あんな無粋なもの、これからの世界には必要ない! 私たちがこの場で消してやる!」

 

 このIS学園を脅かすものすべてを破壊する。

 

 その目的のために、鈴とラウラは現状もっとも脅威度が高い都市制圧用と思われる非常識なサイズの大型無人機へと強襲をかける。あんな大きさの機体など、そこにあるだけでIS学園を破壊しかねない。

 サイズ差を考えればそれだけでスペック差が歴然であるが、そんなことは知ったことではないというように、鈴とラウラは猛々しい雄叫びを上げながら突撃していった。

 

 

 

 

 

「さぁ喰らいなさい! すべてを砕くこの一撃をッ…………って硬ぁッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 そしてバカ正直に真正面から殴りかかった鈴がその堅牢な装甲によってあっさりと弾き返された。それはさながら壁にぶつかって跳ねるボールのように面白いように跳ね飛ばされた。

 

「馬鹿なのかお前は!? さっき自分で言ったことを忘れたのか馬鹿!? この……馬鹿が!」

 

 当然、ラウラがそんな鈴を罵倒する。装甲が厚いから間接を狙えと鈴自身がいったのに相手のもっとも警戒するべき特性にぶつかるなど正気ではないと本気で呆れていた。

 

「馬鹿馬鹿うるさいわね、一度は試すもんでしょーが!」

「この脳筋が!」

「それはお師匠よ! あたしは頭脳派なのよ!」

「そんな冗談を言う暇があったら腕のひとつでももぎ取ってこいこの馬鹿が!」

「やってやるわよ! 援護よろしく!」

「言っておくが、質量差がありすぎて私の天衣無縫の効きも悪い。攪乱はするが防御はおまえがなんとかしろ!」

 

 ラウラがビームマシンガン【アンタレス】を斉射しつつ大型機の周囲を飛び回る。まるでハエを払うように大型機がその腕を振るうが、最速のISであるオーバー・ザ・クラウドにとってそんな攻撃は止まっているも同然だ。しかし、機体の各部に備えてある銃器による対空砲火が激しく容易に接近を許してはくれそうにない。

 実弾系の攻撃は天衣無縫の前に無力と化すが、ビームやレーザーまではこの能力では防げない。忌々しいことにそうした系統の火器も多く搭載しており、ラウラ単機では攻め手に欠ける。

 やはり、アタッカーとして鈴になんとかしてもらうしかない。一応、初撃で相手の装甲強度を確かめたことも納得はできる。単純な単機の破壊力が規格外の鈴と甲龍を援護するためにラウラが大型機の行動規制を試みる。

 強力無比な引力斥力操作もその相手との質量差があれば効きも悪くなり、この大型機でいえばあまりにもサイズが違いすぎて斥力で弾き飛ばすことも、引力で引き寄せることもできない。しかし、それでも行動阻害くらいなら効果はあるだろう。

 ひとまず狙いは全身に搭載された火器。そこから関節部を狙い少しづつ手足をもぎ取ってダルマにすればいい。ラウラは攻略手順をあらかた決めると本格的な超高速機動へと移行する。

 ヴォーダン・オージェがなければ制御どころか認識することすら至難となる速度域へと突入したラウラが攻撃する機会を伺う鈴を援護するように大型機に陽動を兼ねた攻撃を仕掛ける。

 

「今度は上手くやれ!」

「任せなさい!」

 

 本当にわかっているのか疑問に思ってしまうほど鈴の返事は喜色に満ちていた。リタと並んでセプテントリオン内で戦闘狂と言われる鈴は、己の拳で一撃で砕けなかった敵を前にして獰猛な笑みを浮かべて再び襲いかかった。

 

「さぁ、おまえもあたしたちの糧となれ! どんなものだろうと、あたしと甲龍の前に立ち塞がるやつはすべてこの拳で打ち砕く! そうでしょう、甲龍!!」

 

 鈴のその声に応えるかのように、甲龍の出力が跳ね上がる。鈴の意思に呼応するかのようにそのパワーを発揮していく甲龍が、操縦者であり相棒の鈴の力となるべくさらなる潜在能力を開花しはじめる。コアがまるで心臓のように胎動し、その鼓動が鈴の闘志をさらに燃え上がらせる。

 

「ここでまたひとつ殻を破ろうじゃない、相棒。さぁ、あたしと一緒にどこまでも駆け上がれ!」

 

 その拳を誇示するように掲げる。

 

 これこそが、【力】の具現だというように。

 

「さぁ甲龍! この拳で、最強を……“龍”を具現しろ!!」

 

 

 

 




正直に言ってこのチャプターが何話で書ききれるかわかりません(汗)

まずは鈴ちゃんとラウラのターンから。もちろん簡単に勝利なんてことにはならないし、横槍や乱入がどんどん起きていきます。

はやいとこアイズやセシリアも参戦させたいですが、中盤以降になりそうです。まだ序盤というのが少し恐ろしいですけど。

あとちゃんとシールやオータム先輩といった亡国機業も参戦します。こっちも大活躍する予定です。

ではまた次回に!


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Act.115 「ソードダンサー」

「ハロー。イリーナはいるかしら?」

 

 カレイドマテリアル社の受付嬢はその人物を前に困惑していた。入社して四年目。ハードな仕事も覚え、後輩に教えていけるようになった彼女からしてもこのような人物の来訪に対するマニュアルなど知らなかった。

 まるでモデルのような美人であり、身長もありスタイルも文句なし。おおよそ美しさを体現しているかのような妙齢の女性はフレンドリーな態度で柔らかく微笑んでいる。同性でありながらその笑みにはドキッとさせられたほどだ。しかし、着ている服もカジュアルであるが仕事着には見えないし、まるで友人に会いに来た大学生みたいな印象を受ける。

 

「え、っと……申し訳ありません。どの部署のイリーナでしょうか?」

「ああ、イリーナはたくさんいそうだもんね。イリーナ・ルージュよ。ここの社長していると思うけど?」

「社長ですか? 失礼ですが、アポイントメントは?」

「ないわ」

 

 これは冗談かドッキリなのだろうか、まさか自分の仕事の対応を見るための抜き打ち試験なのかと的外れなことさえ思いながら営業スマイルを崩さずに対応を続けている受付嬢だが、頬がひきつりそうになるのを必至に耐えていた。

 

「申し訳ありませんが……」

「ああ、私の名前を出せば会ってくれるからとりあえず聞いてもらえないかな?」

「ですが……」

「ね? お願いッ」

 

 茶目っ気のある笑みでお願いをされる。いかにも胡散臭いはずなのに、それには抗いがたいなにかがあり、受付嬢は思わず首を縦に振っていた。

 

「えと……お名前を伺っても?」

「ええ、もちろん」

 

 その美女はなぜか数秒考えるような仕草を見せてからにっこりと笑って名を告げた。

 

「マリアベルよ」

 

 

 

 ***

 

 

「いやぁ、さすが天下のカレイドマテリアル社! すっごいわねぇ」

 

 五分後、マリアベルは受付嬢から渡されたパスカードを使い社長室のあるフロアへと足を踏み入れた。このフロアに入るためには専用となる直通エレベーターに乗る必要があり、さらにそれを稼働させるにもパスカードが必要となる。これ以外の方法で侵入するにはそれこそ強行突破しかないだろうが、このカレイドマテリアル本社の、さらにいえば重要区画すべてには束によって魔改造された防御機構が組み込まれており、使用されたことはないがISの突撃にも耐えうる耐久度を持っている。

 このフロアに入ることができずに葬られた暗殺者やスパイは数知れず、まるで魔王の城の玉座の間のような場所をマリアベルは観光でもするかのようにウキウキと歩いていた。

 調度品や内装も素晴らしいの一言。マリアベルからみてもセンスの高さとかかっている金の多さもいい趣味と言えるものだ。

 

「それにしても身体検査もなく通すなんて、イリーナも図太いわねぇ、さっすが私の妹!」

 

 もしマリアベルがイリーナを殺そうと思えば容易くできるだろう。そのリスクを減らすためにも身体検査くらいはするだろうと思っていたが、そんな無粋な真似をするつもりもないようだ。

 

「私への意地かな? それとも、私の意図を理解してくれてるのかな? ま、どっちでもイリーナは私を理解してくれてるってことだよね! そうでしょう?」

 

 バン、と大きな音を立てて仰々しく扉を開けたマリアベルはその部屋の中にいた女性に向かい語りかけるように声を張り上げた。

 

「素晴らしい姉妹愛だわ! あなたもそう思うでしょう?」

 

 芝居がかった態度で入室してきたマリアベルに対し、どこまでも冷ややかな目を向けながら煙草に火をつける。ハイテンションなマリアベルとは真逆にゆっくりと紫煙を吐き出しながら、カレイドマテリアル社のトップ、イリーナ・ルージュが嫌悪感を明確にぶつけながら来訪者を迎え入れた。

 

「よく来たな。いや、よく私の前にその顔を出せたな」

「あらぁ、せっかくの姉妹水いらずなのに、そんなツンツンした態度なんて寂しいわ」

「よく回る口だ。まぁいい、せっかくだ。なにをしに来たのかおおよそわかっているが……まずは話を聞いてやろう」

 

 二人はテーブルをはさみ、向かい合ってソファへと腰を下ろす。もてなす気のないイリーナは飲み物ひとつ出さない。社会人としてマナーがなっていないが、そもそも相手はテロリストだ。もてなす必要などないどころか、こうして社長室に入れただけでも譲歩しているだろう。

 対して気にもせずにニコニコしたままのマリアベルを眺めつつ、イリーナは慣れた手つきで再び煙草に火をつける。

 

「それで? テロリストの親玉がなんのご用かな?」

「うふふ。あなたもわかってると思うけど………そろそろ邪魔なのよねぇ、あいつら」

「………」

 

 あいつら、というのが誰を示しているのか、イリーナにはわかっていた。マリアベルもそのつもりで話しているだろう。

 

「泳がせておいたほうが面白いのは確かなんだけど、ちょっと目に余ってきたからね。あいつらをいじめるより、あなたとじゃれあったほうが私としては楽しいの。だから邪魔なあいつらにはそろそろ退場してもらおっかなってね」

「……邪魔というのは同意だが、で? 具体的にはどうする気だ?」

「もちろん、皆殺しね」

 

 あっさりと物騒な言葉を口にするマリアベルに、しかしイリーナは眉一つ動かさない。目の前の魔女はどういう思考回路をしているのか、イリーナはよくわかっていた。面白そうなら生かしておくだろうが、邪魔になったと思えば躊躇いなく消そうとする。マリアベルとは、そういう女なのだ。

 

「それを私に言ってどうする。共犯になれとでも言うつもりか?」

「それはそれで面白いけど、断るでしょう?」

「ウチはまっとうな企業なんでな。おまえのとこのようなブラック企業とは提携する気はない」

「まっとう? うふふ、面白い冗談ね。確かにブラックじゃないけど、グレーしかないじゃない」

 

 イリーナとて、確かに裏ではいろいろとやっている身ではあるが、間違ってもマリアベルにそれを言われる謂れはない。人を陥れた数なら似たりよったりかもしれないが、利のために行うイリーナと違い、マリアベルは享楽のために行っている。イリーナ自身も自分が善人などとは思っていないし、むしろ悪人だろうとは思っているが、マリアベルほど無邪気に悪意を振る舞えるほど突き抜けてはいない。

 

「でも、あなたも目障りでしょう? あいつらのやることは否定しないけど、やり方は無粋極まるわ。美学の欠片もない。見ていて楽しくない侵略ほど滑稽なものはないわね」

「それで?」

「うふふ。今、ちょうどあいつらとドンパチしてるでしょ?」

「代わりに私たちで皆殺しにしろとでも?」

「まさか。あの子たちに殺しなんて真似はさせられないじゃない。そういうのはウチの領分だし?」

 

 一貫性がないような言葉を吐き続けるマリアベルであるが、しかしその実は極めてまっとうなことを言っているから余計にタチが悪かった。暴君と呼ばれるイリーナとて、セプテントリオンに人殺しなどという真似をさせる気はない。もしそうせざるを得ないのならばイーリスにやらせるだろう。

 

「だからね。こっちで殺してあげる。そのほうが都合がいいでしょう?」

「腐ってるな、その脳味噌をとっとと廃棄処分したらどうだ? そのほうが世の中のためだ」

「くキゃはッ、イリーナ、あなたはそんなこと言えないでしょう? …………死人のために、どれだけの人間を陥れてきたのかしら?」

 

 そこではじめてイリーナの表情が強ばった。明らかに動揺したとわかる態度に、マリアベルは優しく見守るような、慈悲の宿った目を向けていた。

 

「あなたって昔からそうよねぇ。大事なものはたとえ壊れてもずっと大切にして。そのために他人を陥れて、利用して、世界だってこんなにも混沌とさせて。その先にはなにもない、なにも取り戻せないとわかっているのに、どうしてそんな無駄なことをするのかしら? でもそれって素敵よ、健気ね。でもね、そんなイリーナだからこそ―――――」

 

 

 

 

 

 ―――――――どうやって台無しにしてあげようか、考えるだけでワクワクしちゃう。

 

 

 

 

 

 空気が凍る。

 イリーナは動揺こそすぐに収めたが、その身から発する空気は警戒心を通り越して完全に殺気立っていた。視線だけで人が殺せるのなら、イリーナは既に目の前のマリアベルを惨たらしく殺しているだろう。それほどにイリーナは憤慨していた。口には出さずとも、その内に激っている憎悪の炎はその殺気立っている瞳からも見て取れる。

 しかし、それは裏を返せばマリアベルの言葉がイリーナの心の内に秘めていた核心を突いたことを証明していた。それがわかっているのだろう。マリアベルは真正面から純粋な殺気を浴びながらも、変わらずに優しげに微笑んでいる。

 この場で、まるで慈しむように微笑むことができる異常性こそがマリアベルの本質を表しているようで、イリーナは舌打ちしそうになりながら少しづつ冷静さを取り戻していく。

 ここで怒りに我を忘れるなど、マリアベルの挑発に乗ることになる。それは小さな、しかし確かな敗北だろう。強靭な精神力で半ば振り切れていた感情を強制的に冷却させる。

 マリアベルがそこで少し意外そうに、それでいて褒めるような視線を送る。それがまたもイリーナをイラつかせるが、完全に自己の精神を掌握したイリーナはもう表情一つ変えることはなかった。

 そして意趣返しでもするように、マリアベルを見下しながらそれを口にした。

 

「随分と知ったふうな口をきくな………レジーナ・オルコットの模造品如きが」

「お?」

 

 マリアベルがイリーナの核心を突いたように、イリーナにもマリアベルのその心の奥底に隠してあるもっとも柔らかい部分をわかっていた。

 だから、躊躇いも容赦もなく、蔑むようにマリアベルを否定する言葉をはっきりと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろう? ただのクズを模しただけのお前が、いったいどうして…………セシリアに愛されると思うんだ?」

 

 

 

 

 

 

「――――――あ?」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「右! 左! 上! そして後ろ! どれから斬っていいか、迷うね!」

「喚いていないで、前のやつを斬れ! 前だ、前!」

 

 怒号のような箒の声に従うようにリタが目の前の機体に向かって刃を振るう。一瞬で文字通りの真っ二つに両断された機体には目もくれずに、曲芸のように機体を反転させながら滑り、間一髪でビーム砲の直撃を回避。箒の援護により二射目が阻害され、その隙を逃さずにすかさず接近、そしてすれ違いざまに一閃して離脱する。

 リタと箒のタッグの戦法はわかりやすい一撃離脱。とにかく接近して、斬り捨てて、離脱する。その繰り返しだ。箒がリタの接近と離脱の援護を行いつつ、リタが確実に敵機を両断する。細かいことはない、その単純明快な戦法をとにかく目に映る敵機に向かって披露するだけだ。既に二人を追撃してくる無人機は十機を軽く超えている。一度でも足を止めればその瞬間に集中砲火を浴びて撃墜されるだろう。防御性能の高い箒の機体ならまだしも、回避重視で防御力は標準程度しかないリタの機体は確実に破壊される。

 リタは既に撃破されるまでにできるだけ敵機を屠ることだけを考えていた。マイペースでどこか掴みどころのない性格のリタであるが、こうした戦闘においてはリアリストだ。もちろんやられるつもりはないし、すべて斬ってやりたいという気概を持っているが、それでも自身の力量とその限界をちゃんと把握している。どこまでいけるのか、という境界をしっかりとわかっている。もともと短期決戦型のリタでは長時間の戦闘に適していない。ならば本隊が来るまでの露払いに全力を尽くすと決めていた。

 ただ、気がかりがあるとすれば。

 

「……ホーキ、頃合を見て離脱して」

「なにを言う!?」

「そろそろ限界。私はできるだけ落とすから、ホーキは増援との合流を最優先に……」

「馬鹿を言うな! そんなこと、私が了承すると思っているのか!」

「思ってないからお願いしてるんじゃない」

「黙れ!」

 

 箒は頑なにリタの提案を拒む。不器用だが情に厚い箒はそんな言葉など聞きたくないとばかりにリタと並んで剣を力の限り振るう。

 リタにとってそんな箒の言葉は嬉しいような困るような、複雑な心境にさせられた。

 

「………ホーキの護衛の任務はまだ継続している」

「だから私に逃げろというのか!?」

「そう思ってたけど…………」

「そんなもの、私がついてきた時点で諦めろ!」

「………しかたないなぁ」

 

 箒の背後に迫っていた機体を斬り飛ばしつつ、リタも覚悟を決める。確かに箒の性格を知っていながら連れてきたのはリタのミスだ。想定以上に戦況が厳しいこともあるが、それならはじめから連れてこなければいいだけだ。しかし、ここに至ってはそんなことを言うよりももっと手っ取り早い手段がある。

 

「私がやられたら逃げてね。それが約束できるなら、最期まで一緒に斬ろう」

「そのときはおまえを担いで逃げてやるさ」

「そっか。なら、後先はもう微塵も考えない」

「お前はそれでいいだろう」

 

 めんどくさい理屈を彼方に投げ捨て、リタは先程までの己の思考を唾棄して気合を入れ直す。殊勝なことを考えて剣を振るうなど、自分らしくないだろうと自嘲しつつ、最もわかりやすく、最も馬鹿らしい道を選ぶ。箒を守りつつ敵機を打倒するのなら、早い話が全部斬ればそれで済む。もうじき来るであろう増援が間に合えば自分は生き残れるだろうし、それまで斬って斬って斬りまくればいい。もう、それしか考えない。

 

「ホーキは私のことわかってくれるんだね。じゃあ期待に応えよっかな」

 

 正直なところ機体もけっして万全ではないが、それすらも思考から外す。運がよければ増援が間に合ってくれる。悪ければその前に落とされる。あとは自分の運でどうとでも転がる。

 

「斬る」

 

 ただ、それだけをすればいい。リタは思考そのものを捨てるかのように、ただ目に映る敵と剣のことだけしか認識しない。その集中は一種の極限的な集中状態を生み出す。剣閃は鋭さを増し、機動や反応もこれまでよりも明らかに早くなる。そしてそれだけでなくリタは対集団戦に切り札を切る。

 

「リタ……ッ、二本目……!?」

 

 箒が驚いた声をあげるが、それすらもうリタは聞こえていても頭には入っていない。ストレージに備えていた二本目の【ムラマサ】を展開したリタは抜刀による神速の斬撃を捨て、両手に、しかも逆手に剣を構えて突撃していく。脚部のローラーによる加速と変幻自在の平面機動によって敵機の密集地帯の隙間を縫うように滑走していく。

 当然、そのすれ違いざまに容赦のない斬撃を叩き込む。抜刀よりも速さは劣るが、それでも十分に早い。抜刀が目にも映らない速さなら今の斬撃は目にも止まらぬ速さ、といったところだろう。その剣閃は竜巻のように周囲に暴威を振りまいていく。

 

「まだあんな隠し球を……ッ、だが、あれでは……!」

 

 力を振り絞るかのようなリタの猛攻だが、それは箒から見ても明らかに異常だ。おそらく、出力リミッターを解除している。機体の限界以上のパワーを放出するその戦い方を続けていたらすぐに過負荷で機体のほうが先に壊れてしまう。おそらく、リタは本当に後のことなど考えていないのだろう。

 

「まったく、これではどっちが御守かわかったものじゃないな!」

 

 敵の陣形を切り開いていくリタに追随するように箒も自らその危地へと踏み込む。機体の防御性能を信じて死線をくぐり抜けるようにリタの切り開いた道を進む。四方八方から雨のように銃弾やビームが降り注ぐ中、オーロラ・カーテンを展開しつつリタを追う。【空裂】の他にもうひと振りの箒の専用武装――突きにより剣先からレーザーを放つ特殊ブレード【雨月】を展開。リタと同じように両手の二刀として一心不乱にリタの援護のために斬撃や刺突を飛ばす。幸か不幸か、リタが暴れているおかげでほとんどの敵機は箒ではなくリタを狙っているために、箒は焦りはあるがなんとかリタの援護を継続できていた。

 リタも箒が狙われないように積極的に無謀ともいえる突撃を繰り返しており、危ういバランスの上になんとか相互援護が成り立っていた。ごくごくわずかな時間しか通用しない戦法であるが、陽動とは思えないほどの殲滅力を持ってリタと箒はさらに敵機を引き付けていた。

 既にリタが斬った敵機の数は二十に届くかというところまで来ていたが、その目前で右手のムラマサが敵機を半ばまで斬ったところでパキンと音を立てて折れる。いくら特製の剣でも短時間で酷使しすぎたために耐久度が著しく減少していたのだろう。折れたムラマサの刀身を見れば確かに歪みが見て取れるほどだった。

 

「リタっ!?」

 

 箒が慌てて援護に向かうが、既に二人の周囲は完全に包囲されている。今さら箒が向かったところでなにができるというわけではなかった。それでも箒は機体の防御機構を全開にしてリタを抱えて離脱しようと飛び込んだ。

 しかし、それでも遅すぎた。

 

「………!!」

 

 この窮地においてもまったく戦意を衰えさせないリタが残った一刀を構えつつも、箒を庇うように前へと躍り出る。それは無意識での行動であったが、箒がそうしたようにリタも自身より箒の安全を優先した。それが何の意味もないことだと理解しながら、リタが箒へと向けられる砲口の間に立ちはだかる。

 そして包囲していたすべての無人機が一斉に砲口をリタと箒へと向ける。退路のない二人にとってそれは今まさに落とされるギロチンの刃に等しかった。

 

 

 しかし、その刃を振り下ろす死神がその寸前で斬り捨てられる。

 

 

 

『―――――左後方へ離脱を!』

 

 

 

 通信から聞こえてきたその声がなにか、と考えるより先に反射的にリタが動いた。箒を抱えるようにして強引に言われた方向へ強行突破を敢行する。当然、包囲されていたために離脱コースなどありはしないが、その進路上の機体はなぜか反応が鈍く、結果として迎撃行動に移る前にリタによって斬り捨てられた。

 突然のことに理解が追いつかない箒は抱えられながら不審な動きをしていた敵機を見た。そこで始めて、その機体に不自然な突起物があることに気づいた。剣だ。投擲することを前提とした、通常のブレードより小さく曲線を描いているその剣が無人機の背に突き刺さっていた。いったいいつの間にあんなものが、と思ったとき、先程の通信で聞こえた声の主が現れた。

 

「間一髪……、まったく無茶をするなと普段から言われているでしょうに」

 

 そして箒にとって聞きなれない声が響く。男の、まだ幼さの残る少年の声だった。振り返ると離脱する自分たちと入れ替わるように一機のフォクシィギアが密集していた無人機へと突撃していた。機体自体は大きなカスタマイズは見られないが、その機体を囲むように無数のブレードが浮遊している。その操縦者は周囲を覆うブレードの一本を無造作に掴むとそのまま投擲、こちらへ追撃しようとしていた機体の頭部へと突き刺さった。

 

「なんとか間に合ったか。私の運も、捨てたものじゃないね」

「あれは……?」

「ん、仲間」

 

 相変わらずマイペースになリタの簡潔な言葉を受けて箒は再び救援に来たその少年を見やる。一夏よりもひとつかふたつほど下だろうか。そのどこか可愛らしいとすら言える童顔の少年は展開した無数のブレードを使い捨てるかのように縦横無尽に放ちながら軽やかに密集地帯を跳ねるように攪乱している。さながら、八艘飛びでも見ているかのような軽い身のこなし。リタとは別の方向に突き抜けた機動に目を見張った。

 

「これで持ちなおせるね。…………あいつはキョウ。忌々しいことに私より接近戦が強い。セプテントリオンじゃあアイズの次に強い近接型。癪だけど頼もしいやつだから」

「複雑な言い方だな」

「キョウが来たなら陽動は終わりだね。後続もすぐに来るっぽいし、なら……大物を狙うか」

「大物?」

 

 リタが目線をずらし、それを追うように箒も目を向ける。その先にあるのは、建物のような大きさを持つ大型機。まだ多少距離があるのにはっきりと見えるほどの巨体だ。事前情報で知った、三機の大型無人機のうちの一体だろう。

 

「アレをやるのか……!?」

「なに? 自信ないの、ホーキ?」

 

 ニヤリと挑発するように笑うリタに、箒もついつい反応してしまう。

 

「なっ……馬鹿にするな! それに真っ先にやられそうになったリタが言えたことか!?」

「庇ってあげたんじゃん。未遂に終わったけど。いやほんと未遂でよかった。死ぬかと思った」

「ぐっ……とにかく、かなり無理をしただろう。まだ戦えるのか……!?」

「私は剣があれば、それで戦える。斬れる」

 

 躊躇いなく言うリタに箒は呆れや怒りよりも敬意を覚えた。剣士として、そしてこの場に立つ戦士として即答するリタにどこか憧憬すら感じた。そしてそれは箒の戦意の炎を再び点火するに余りあるものだった。

 

「もう一度言う。馬鹿にするな。私だって、剣を握る限り戦える」

「なら決まりだね。ま、キョウと三人がかりならなんとかなるでしょ」

 

 そう言うや否や、単機で突出するように走り出すリタを慌てて箒が追った。

 

「まったく、落ち着きのない……!」

「同僚がご迷惑をおかけしてますね」

「……! おまえは……!」

 

 いつの間にか箒の背後に京がいた。先程と変わらずに機体の周囲に無数のブレードを展開しており、それだけでかなり特殊な装備だとわかる。

 

「あの無人機らはどうしたのだ?」

「数が多かったので残りは後続に任せました。リタの言うことは無茶が多いですけど、確かにアレは落としておきたいですからこちらに助勢します」

「そう、か………篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

「存じています。藤村京です。若輩ですが、最大限援護します」

「謙遜を言うな。私より遥かに強いだろう」

「今必要なのは前評判より結果です。期待しています」

「…………全力を尽くす。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 セプテントリオンはカレイドマテリアル社の意向があるとはいえ、占拠されたIS学園の解放に見返りも言わずに尽力してくれている。この任務がどれほど危険なものかは箒も身をもってわかっているつもりだ。

 そんな危地において共に戦ってくれることのありがたさを実感しつつ、箒は頭を下げる。今はそうすることでしか感謝を示すものがなかった。

 しかし、それはそれこそ結果で返せばいい。ここまでしてくれたリタたちのためにも、IS学園に通う一人の生徒としてでも、今できる限りのことを尽くす。

 

「大丈夫だ、私だってできる」

 

 この機体は姉が作ってくれた箒の力を最大限に発揮できる実質的な専用機。そしてこの戦場に立つことも自らが選んだことだ。覚悟だってとっくに決まっている。

 両手に感じる剣の重みを再認識しつつ、箒はリタの背と、その先にある今の学園にとっての脅威そのものといっていい大型機を見据えた。

 

「リタではないが、確かに今することは決まっているな」

 

 ブン、と大きく剣を振って出力をあげる。戦闘機動へと移行しつつ、箒は刃の切っ先を大型機へと向けて自身を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「叩き斬ってやるぞ!!」

 

 

 




設定の都合上、どうしても活躍の場が遅くなった箒さんがこの戦いでとうとう覚醒します。やっとかっこいい箒さんが書ける。
そしてマリアベルさんも動き出しました。彼女がなにをするのかはおいおい判明します。


しかし、もう十月も終わりですね。早いもんです。今年で完結まで行けるだろうとか言ってた去年の自分に言ってやりたい。

「そりゃ無理だ」と(汗)



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Act.116 「Night Slasher」

 地獄絵図、とまではいかないまでも明らかな惨状がそこには広がっていた。

 綺麗に整理、清掃されていたその一室の床や壁はどす黒い血液が絵の具をぶちまけたように塗りたくられ、さらには人間そのものが押しつぶされているように壁や床を彩るオブジェと化している。そしてまたも一人がビリヤードのように床や天井を跳ねて転がり、しまいには動かなくなる。絶妙に手加減されていたのか、わずかに呼吸していることから生きてはいるようだが確実に再起不能なレベルでの負傷に身動き一つできずに沈黙する。

 そんな暴威を武器ひとつ使わずに振りまいていたその女性―――紅雨蘭はようやく静かになった室内を見渡しで面倒くさそうにコキコキと首を鳴らした。

 

「これで全部か。まったくもってつまらん。これなら鈴音一人でも事足りるな」

「お疲れ様です。見事な制圧です」

「こいつらが弱すぎる。鈴音が子猫ならこいつらはドブネズミだな。可愛げすらない」

「鈴さんは可愛いんですか?」

「そりゃ手塩にかけた弟子だから……って言わせんな」

「雨蘭さん、けっこう可愛いとこありますね、鈴さんがツンデレ脳筋とか言ってましたけど」

「あのガキ覚えてろ」

 

 イーリスから「意識があるのを二人ほど残してあとは殲滅」というオーダーを受けた雨蘭による中央コントロールルームの制圧という名の蹂躙劇は五分足らずで終了した。広い場所ならまだ対抗できたかもしれないが、狭い室内で格闘戦が本領の雨蘭を相手取るのは愚策だった。鈴の上位互換ともいえるスペックを持つ雨蘭はその強靭な脚力を活かして壁や天井を足場として跳ねながら瞬く間にその暴威そのものといっていい格闘能力で武装した軍人、十二人を沈黙させた。彼女の拳は身体に突き刺さればその骨を砕き、蹴りはたとえ両腕でガードしてもその腕を簡単にへし折った。

 その姿はまさに修羅の化身といえるだろう。

 

「おねえちゃん! 大丈夫……!?」

「あ、ああ、簪ちゃん。よかった。どこの悪魔がやってきたかと思ったわ」

 

 呆然としていた楯無に簪が声をかける。ようやく正気に戻った楯無が状況を察してホッと安堵の息を吐いた。突然中華風衣装を来た美人が突入してきたかと思ったらこの有様だ。その蹂躙劇をある意味舞台の上から見ていた楯無が恐怖を感じてもしかたないだろう。

 

「まぁ、あの鈴さんの師匠さんだし、雨蘭さん」

「雨蘭? ………紅雨蘭!? あの!?」

「どの?」

「裏で名の通っていた暗殺者【殺人熊《キリングベア》】をたった一発で倒したっていうあの羅刹嬢!?」

「え、なにその二つ名? かっこいい!」

「織斑先生が表で世界最強の女と言われるように、裏稼業をやってる連中の間では裏の世界最強の女と呼ばれている人物よ。私も見るのははじめてだけど……」

「別にそう名乗ったことはないがな。それに拳と蹴りの一発ずつだ。倒すのに二発使ってるよ」

 

 少々気恥かしそうにしながら雨蘭もやってくる。戦闘中はまさに修羅や羅刹の如きなのに、平時は至って普通のお姉さんのようだ。鈴の師匠ということだが、なるほど、どことなく似ている感じがする、と楯無も妙に納得する。まぁ、雨蘭の言うように鈴が子猫だとすれば雨蘭本人は虎といったところだろうか。

 

「それに私がいなくてもなんとかなったんじゃないか? なぁ、織斑千冬?」

「紅雨蘭か……私はお前ほど格闘戦ができるわけじゃない」

「謙遜を。私に一撃入れたのはお前くらいのもんだ」

「え? 知り合いなんですか?」

 

 繋がれていた拘束を“自力で引きちぎりながら”立ち上がった千冬がやれやれと肩をすくめてみせる。楯無も簪に介抱されつつも身体の調子を確かめつつを立ち上がる。

 

「昔、一戦やりあっただけさ。勘違いで」

「そうだな、ちょっとした小競り合いだ。勘違いのな」

「なにがあったの!? そ、それで結果は?」

「あれは引き分け……か?」

「そうだな、引き分け……なんだろうな」

「な、なにがあったの……?」

 

 聞きたいような、聞きたくないような。そんな気持ちにさせられながらも、それでもこの二人の対決というのは興味がある。共に規格外の女傑。片や一夏の姉、片や鈴の師匠。この二人が並んでいるだけでもとてつもない威圧感がある。

 そんな二人を苦笑しつつイーリスが佇んでいるが、楯無にはこのイーリスも恐るべき存在だとわかってしまう。むしろ裏関係のことに通じている分、工作員としてのイーリスのその技量と容赦のなさを見てその脅威を嫌でも感じてしまう。おそらくは楯無でもイーリスには敵うまい。千冬や雨蘭と同じく超人とカテゴライズされる女性だ。楯無とて鍛えてはいるがおそらくこの三人と比べれば大人と子供ほどの差があるだろう。

 

 

 

―――――あれ、もしかしてこの三人って“世界最強の女”上位の五指に入るんじゃ……?

 

 

 

 楯無はまるで嵐のど真ん中にいるかのような恐怖感を気のせいだとわかっていながらも感じずにはいられない。セシリアや鈴といった規格外の同年代の少女を知っていながら、それよりもさらに才能と経験が積まれているであろうこの三人を見て知らずに冷や汗を流してしまう。

 そうしているとイーリスが楯無のほうへと顔を向け、ゆっくりと近づいてきた。味方だとわかっているのに背筋が寒くなったのは仕方のないことだろう。しかしイーリスは柔らかい笑顔を向けて口を開いた。

 

「失礼。カレイドマテリアル社所属のイーリス・メイです」

「あ、はい。やっぱりカレイド社でしたか。救援、感謝します」

「水面下で協定を結んでいますから。見捨てるようなことはありませんよ。社長としてもこの時期にここを失いたくはないでしょう」

「そこまでわかりやすいと清々しいです。それで、状況は?」

 

 とにかくとして、今は現状把握が最優先だ。わずかに残っている動揺を無理矢理押し込め、楯無が意識を切り替える。

 そうして楯無とイーリスが情報交換を行い、さらにたった今この制御室を占拠していた人間を“ちょっと”脅して仕入れた情報を交えて今後の方針を決定していく。

 

「さっきから連中が慌てて指示を出してたので大体は把握していますが……思った以上に敵戦力は多いようですね」

「セプテントリオンで学園制圧と敵艦隊の制圧、二面作戦を行っています。最善、ではありませんが、こちらの現在の戦力を考えればベターと言えます」

「どういうこと?」

「おねえちゃん、今のセプテントリオンにはアイズとセシリアさんがいないの」

 

 この二人がいればもっと効率的な作戦が取れたが、言ってもしょうがないことだ。アイズはともかく、セシリアのコンディションは最悪に近い。この作戦には間に合わなかったとしても誰も責めないだろう。

 楯無は簪から取り上げられていたIS【ミステリアス・レイディ】の待機状態である菱形状のストラップが付けられた愛用の扇子を受け取りながら頭の中で素早く今後の優先事項を決定していく。

 

「そっか……。まぁいつも甘えてばかりはいられないわ。生徒の避難の進捗は?」

「出来うる限り迅速にしていますが、場所が不慣れのため確実とは言えません」

「なら、私と簪ちゃんで敵機を駆逐しつつ、学園内を捜索するわ。いいわね?」

「もちろん」

 

 簪もむしろはじめからそのつもりだった。イーリスが率いているカレイドマテリアル社の諜報部だけでは学園内の敷地の隅から隅まで把握するのは難しいだろう。学園内の地理を知り尽くしている楯無と簪なら見落としがちな場所も探せるし、なによりその戦闘力も無人機とは比較にならない。

 

「諜報部の人間が作業にあたっています。話はしておきますので彼らも上手く使ってください」

「感謝します」

「なら私は校舎内を見て回る。外は任せたぞ」

「わかりました。織斑先生もお気を付けて。……行くわよ、簪ちゃん」

「わかった」

 

 時間もないためにすぐに行動に移す更織姉妹を見送りつつ、同じように千冬も動こうとしたところで雨蘭が声をかけた。

 

「おい」

「……なんだ」

「中は私が見てやる。おまえは外の物騒なやつらをどうにかしてこい」

「お前では校舎内の地理はわからないだろう」

「だから途中までは同行してやる。手早くチェックすべき場所を教えろ。そのあとはこっちでどうにかしてやる。避難もそうだが、危険性を考えればとにかく敵を駆逐するべきだ」

 

 避難場所としている地下シェルターとて、集中砲火を浴びれば耐えられるほどの耐久度はない。無人機とはいえ、並のIS以上の性能とそれ以上の火力を持つのだ。戦う手段がない生徒たちが遭遇してしまったときの危険性は計り知れない。そしてそんな無人機が数えるのも馬鹿らしいほどこの学園内に拡散しているのだ。避難も並行して行うとして、それ以上にこのリスクを早々に排除したかった。

 

「馬鹿弟子たちが頑張っているが、数が多い。世界最強と呼ばれるくらいだ、おまえなら単機でも余裕だろう?」

「確かにIS戦が専門だが、今の私には機体がない」

「はい、そこでこれをどうぞ」

 

 イーリスがすっと投げてきたそれを反射的に千冬が受け取る。それは一夏の白式の待機状態と同型のブレスレット。それを手にした瞬間、千冬にはこれがとてつもないものだと悟ってしまう。

 そんな千冬の反応に満足したようにイーリスが微笑んで説明する。

 

「形こそ量産機であるフォクシィギアですが、中身は別物です。かつての貴方の機体【暮桜】のデータを基に博士が造り上げたIS―――個体名称は【朧桜】。貴方の専用機です」

「……、あいつめ」

「伝言です。【みんなを頼むね、ちーちゃん】……博士も、心配してましたよ?」

 

 千冬は数秒の間を眼を閉じて沈黙していたが、すぐに雨蘭も身震いするほどの闘気を発しながら顔を上げた。その威圧感は世界最強の女“ブリュンヒルデ”と呼ばれるに相応しい苛烈なものだった。

 

「行くぞ。子供たちばかりに押し付けるわけにもいくまい」

「おう」

「では大人も頑張りましょう。バックアップは私が行いますので、お二人は邪魔者の排除を優先してお願いします」

「ふん。これもそちらの予定通り、か?」

 

 織斑千冬を戦力として使うことも作戦のうちかと問うも、イーリスは微笑むだけだった。しかし、たとえそうだとしても千冬には確かに今、この時に戦う力は必要としていた。ここまでの事態になった以上、既に話し合いや交渉でどうにかできることはありえない。ならば、相手の暴力以上の暴威をもって振り払うしかない。

 親友が作ってくれた新たな愛機となったISを手に、千冬は教師から戦士へとその表情を変える。

 

「まぁいい。確かにありがたい。使わせてもらうぞ」

「ふふ、ブリュンヒルデの復活ですか。期待していますよ」

 

 冗談なのか本気なのかわからないイーリスの言葉に、しかし千冬は戦意を滾らせながら頷いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ここまで狙いをつけなくてもいい的当てはそうはないだろうな、と思いながらシャルロットはトリガーを引き続ける。絶えず貫通力を高めた徹甲レーザーガトリングカノンが唸りを上げながらその暴威を吐き出していく。それはとにかく前方へと撃てばなにかしらに命中するという、ある意味で奇異な光景に爆炎でさらなる彩りを添えていく。

 呆れるほどの数を揃えた無人機であるが、その性能は既にシャルロットたちセプテントリオンにとっては負けるはずのないスペック差が存在していた。

 単純にフォクシィギアと無人機を比べてもフォクシィギアがそのほとんどの性能で優っているし、無人機が優れているのは機械ゆえの反応速度くらいだろう。そうしたソフト面はともかくとして、ハード面においては完全に上回る性能を持つ上にセプテントリオンの機体はそのすべてが隊員たち一人一人に最適化するよう調整された実質的な専用機だ。

 さらにシャルロットのように一部の専用機とは比べることすら烏滸がましいほどの差が存在する。

 新型コアの拡散前なら量産機である打鉄やラファール・リヴァイブよりやや上程度といったところだろうが、こうした無人機の脅威に対抗することも織り込み済みで開発されたフォクシィギアの敵ではない。

 

 しかし――――。

 

「くっ……さすがに多い!!」

 

 四門のレーザーガトリングカノンを乱射しつつ、同時にミサイルユニットを展開。とにかく敵機を寄せ付けないように重火器を惜しまずに叩き込む。それらは暗黒の夜の海を爆炎が蹂躙し、その破壊的な炎の光が海面で反射してあたり一面を照らしている。

 いったいどれほどの数を用意しているのか、無尽蔵とも思えるほどに湧き出てくる無人機の大群を相手にシャルロットたちはギリギリで防衛戦を死守していた。

 一機一機は大したことはない。脅威ではあるが十分に対処が可能な程度だ。しかし、数は力。圧倒的な物量にセプテントリオンはじわじわと後退を余儀なくされていた。少なからず小破している機体もある。物量という壁はやはり脅威だった。

 

「予想よりもまずい。前線のアレッタたちの負担も大きい。このままだと通してしまうかも……シトリー!」

「ん、もう少し巻き込みたかったけど、仕方ない。……全機に通達! カノープスを起動させる! 範囲外へ退避して!」

 

 シトリーの号令を受けてセプテントリオン全機が一斉に防衛ラインを下げる。それを追撃するように無人機たちが前線を押し上げていくが、その前に突如として小型の球体が出現する。ふわふわと浮遊しているそれは音もなく無人機たちの前方へ躍り出る。

 邪魔なそれを排除しようとするが、その直前にシトリーがそれを起動させた。

 

「チェックメイト」

 

 そしてそれが弾けた。

 

 強烈なスパークと共にその球体を中心に周囲そのものを侵食するかのように大爆発を起こす。しかも複数同時に起爆したことで一時的にセプテントリオンと無人機たちの間にまるで壁のように出現する。

 だが、それは爆弾ではなく、恐ろしく強力な電磁パルスだ。機械である無人機の回路そのものを焼き切るほどの威力を持ったそれに巻き込まれた機体が瞬く間に機能を停止して海へと落下し、その限りない暗黒へと続く底へと沈んでいく。

 

「Yeah! 実戦じゃ初だったけど、うまくいった!」

 

 その戦果を見てシトリーが珍しくガッツポーズをして喜びを示す。

 これがシトリーの持つ、彼女だけの専用装備。電磁パルスによって周囲の半導体を一瞬で焼き切ることができるEMP領域――パルススフィア――の発生装置。それを任意で操作し、起爆させる独立誘導式電磁機雷。別名“ビットマイン”とも呼ばれる特殊兵装、それが【カノープス】だ。

 使い捨てであるが、一度起動させれば範囲内の敵機をすべて無力化させる電磁フィールドを数秒間展開する極めて強力な兵器だ。さらに限定範囲に収束させることでより戦略的な運用を可能としている。もともとHANEと呼ばれる高高度核爆発――High Altitude Nuclear Explosion――による電磁パルスからISを防護するための研究から偶然出来上がった代物であり、当然核爆発ではなく特殊コンデンサを利用して意図的に周囲に電磁パルスを発生させ、それを攻撃手段とするというアイディアを最終的に束をはじめとした開発部が生み出したEMPボムだ。それを独立誘導、つまりビットとして利用している。セシリアのブルーティアーズと違い砲台としての運用とは違い、最終的に使い捨ての爆弾扱いなのでセシリアのように規格外の操作技術を要求されるわけではないが、戦場で有効活用させるにはやはり標準を遥かに上回るビット兵器の適正が必須となる。

 それに適合したのがシトリーだった。本当ならばシトリーもビットを装備するプランがあったが、この特殊兵装が発明されたことで晴れてその担い手となった。

 

「全機! レーザー弾幕!」

 

 それだけでは終わらない。カノープスによって崩壊した敵陣にレーザー兵器を撃ち込む。そのレーザーはカノープスが展開したパルススフィアへと接触するとそのレーザーを弾き、拡散させる。強力な電磁場がレーザーを屈折させ、反射する。弾幕の密度が数倍に跳ね上がって敵陣に雨のように降りかかる。殺傷力は落ちるが、回避不可能なほどの弾幕を形成するカノープスの特性を利用した部隊戦術のひとつだ。少数精鋭の部隊のため、こうした一時的に数の不利を覆せる戦術はいくつも用意されており、これもそのうちのひとつだった。

 

「カノープス、機能停止………残数は十五! 残りは私の判断で適宜使用するよ」

「了解。前線は崩れた。各員、攻撃を続行! ………一夏、行って!」

「待っていたぜッ!!」

 

 後方で待機していた一夏が動く。

 バイクのような高機動形態の白兎馬に跨り、その両手に実体剣を握りしめながら敵陣中央の突破を試みる。まともに迎撃もできずに、暴力的な速度で突っ込んでいく一夏を止められるものなど存在しない。すれ違いざまに三機ほど切り捨てながら一夏はやすやすと敵陣中央へと潜り込むとそこで白兎馬を高機動形態から近接格闘形態へと変形させる。馬から鎧へ。機動力に特化したサポート機となっていた白兎馬が変形し、第二の鎧となって白式を覆う。近接攻撃力と防御力に特化した白兎馬の本領の形態へと変わる。

 

『イチカ、指示ヲ』

「決まってる! 全部落とすぞ!」

『了解。私ト一夏ナラ余裕デス』

 

 白兎馬に備えられている人工知能が電子音声でオーダーを要求する。そして一夏はシンプルにそれに応える。周囲すべてが敵、ならばそのすべてを薙ぎ払うまで。それができるほどのポテンシャルがある。

 白兎馬に内蔵された世界でただ一つの特殊機関である零落白夜ドライブが稼働。白式の代名詞、唯一無二の能力“零落白夜”そのものを増幅、運用させる規格外のシステムが搭載された白兎馬が主人である一夏と白式に超常ともいえる力を注いでいく。

 触れたもののエネルギーを消滅させる零落白夜によって両腕から巨大な刀身として顕現させる。さらに外部からの攻撃に反応して零落白夜そのものを纏う究極のリアクティブアーマー“朧”を展開。短時間しかその力を発揮できないという欠点はあれど、この形態となった一夏を落とすことはあのセシリアや鈴でさえ分が悪いと言うほどのパワーを持つまさに切り札である。

 

「うおおおぁらぁっ!!」

 

 対艦クラスの大きさとなった剣を振り回す。その剣に触れただけで無人機は内包するエネルギーを喰われ、さらに物理破壊を伴って一瞬で瓦礫と化す。

 ビームやレーザーが単発で撃ち込まれるが、展開した“朧”によってその悉くが消滅する。攻防一体、まさに無敵といえる力を発揮する一夏と白式の猛攻にもともと崩壊しかけていた前線が瞬く間に蹂躙される。

 そんな一夏を相手取ることを不利と悟ったのか、複数の無人機が一夏をやり過ごそうとするがそれを許す一夏ではなかった。

 白兎馬からの声に従い逃げるように離れていく機体を確認した一夏はその巨大なブレードにさらに力を込めて一気に振り抜いた。

 

「くらえッ!!」

『アタックプログラム“飛燕”発動』

 

 振り抜いた剣閃がそのまま形となり、逃げようとする敵機を背後から飲み込んだ。零落白夜の変化技の中でも重宝している遠距離技、斬撃をそのまま飛ばすという“飛燕の型”。それを白兎馬を通することで増幅して行っただけだが、その規模、威力は共に白式のときのそれよりも段違いに強化されている。

 

『続ケテ“蛇咬”発動』

 

 そして今度はブレードそのものをしならせ、まるでムチのように形状を変化させて周囲を薙ぎ払う。この零落白夜の形状変化、出力変化は一夏の編み出した固有スキルのために白式や白兎馬では規格外に相当する技であるが、イギリスに赴き束の調整を受けたことでこの白兎馬との合体形態のときでも使用可能となり、ただでさえ手がつけられなかった白兎馬の力をさらに跳ね上げた。

 白兎馬のAIに一夏の技を正確にフォローするように追加プログラムを搭載したことでよりスムーズに形状を変化させることができる。間合いも形状も変幻自在。触れただけで倒せるという反則の域の能力がさらに凶悪に進化している。

 

 誇張も贔屓もなく、今の一夏は間違いなくこの戦場において“最強”と呼ぶにふさわしかった。

 

「ここから先へは行かせない! これ以上学園を好き勝手にさせてたまるかよ!」

 

 まっすぐに熱く、一夏が叫ぶ。それは彼本来の気性であり、それゆえに鼓舞としても十二分の働きをする。他のセプテントリオンの隊員たちも、そんな一夏の戦う姿に触発されたように気合を入れて同じように果敢に攻め立てる。

 

「一夏は案外、隊長向きかもね、かっこいいなぁ」

 

 自分にはできないであろう鼓舞を行う一夏にシャルロットが嬉しそうに呟く。そんなシャルロットの横で少し嫉妬したようなシトリーがジト目で見つめていた。

 

「あーあ、やっぱ相棒より男か。しょうがないよね、シャルってけっこうそういうのだもんね」

「ちょ、なに言ってんのシトリー?」

「いやいやいいよ。私は別に気にしてないし?」

「そんなに拗ねないでよ、もうっ………あ、左前方」

「おっと、カノープス起爆」

 

 喋りながらもきっちりと仕事を行う。陣形を整えて反撃しようとしていた一団に向けて一機のカノープスを突撃させて起爆。同時にダメ押しにシャルロットがレーザーの集中砲火を浴びせて沈黙させる。

 

「カノープスの前に密集なんてするべきじゃないんだよ」

「そして散開すれば各個撃破の的ってね!」

 

 無人機の特性の集団戦を封じれば自ずと単機戦力で勝るセプテントリオンが有利になる。シトリーのカノープスと一夏の活躍で連携など取らせない戦術を選択した判断は間違いではない。

 

「ここまでは順調……でも、そろそろかな」

『全機に通達』

 

 シャルロットの呟きに応えるように回線からアレッタの声が響く。前線で指揮を取っていたアレッタは、あくまで冷静にそれを告げた。

 

『VTシステムを確認。各員、注意してください』

 

 そしてこれも予想通り。無人機にVTシステムを搭載していることは既に確認済みだ。集団戦には向かないそのシステムをこの状況で使うのは当然だろう。手間はかかるだろうが、それでも各個撃破をすることは変わらない。

 ここからが本番。シャルロットはレーザーガトリングカノンによる砲撃を行いつつ、スナイパーライフルを展開して狙撃援護へと移行する。

 

「なにをしてこようが、一夏の言うようにここから先へは行かせない」

 

 狙いをつけ、トリガーを引く。攻撃動作の硬直を狙ったそのレーザーが見事に一機の頭部を貫いた。

 

「退学しても、IS学園は僕たちの大事な場所…………おまえたちが壊していいものじゃないッ!!」

 

 

 

――――。

 

―――。

 

 

 一歩も通さない。そんな気迫を発しながら戦うシャルロットたち。そのほとんどが未だ十代の半ばほどだというのに、全員の戦いぶり、そして顔付きはもはや軍人にも引けを取らないだろう。自分たちの役目を、その重要性を理解し、それに応えるべく奮戦するその姿は見る者の心を激しく震わせる。

 

「………………」

 

 そんなシャルロットたちの戦う姿を見ていた“彼女”もまた、胸に宿った熱に急かされるように動き出した。

 

 

 




そろそろ序盤が終わって中盤戦へと向かう感じです。ここからどんどんいろんなキャラが参戦していきます。
最終的には大乱闘状態になるかも。さらにインフレが起きるかもしれません(汗)

ではまた次回に!


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Act.117 「天空回廊の天使」

 頭上に広がるは満天の星空。

 

 眼下に広がるは白雲の海。

 

 この光景を見ることができる、それだけで自分は幸せなんだろうと心の底から思いながら、アイズはその月を模したような金色の瞳を輝かせる。

 天上の神々の視点のような幻想的なこの景色はこれまでも何度か見ているが、その都度新しい発見と色が見える。

 月が太陽の光を反射し、そしてその光を受けて光の海のように流れる雲。その中を進む自分たちのなんと小さなことか。大地と空の間に広がるこの“空の海”は、果たしてどこまで続いているのだろうか。

 アイズの眼に宿る、この人造の魔眼をもってしてもそれは見えない、わからない。それがアイズには嬉しかった。

 

「綺麗。これしか言葉が出てこない………束さんは、ずっとこの場所を目指してたんですね」

「アイちゃんもね。これがすべてじゃないけど……この景色でさえ、私たちの目指したものの、ただの一端だから」

 

 アイズを背後から抱きしめながら耳元で優しく囁くように告げる、その束の声も、いつもの能天気なものと違って興奮が見え隠れしていた。星の宇宙の境界線ともいうべきこの場所でさえ、ここまで心を揺さぶられる。その先、その深淵にはこれ以上のなにかがある。

 この胸の高鳴りは、アイズと束の鼓動が共振でもしているかのようにぴったりと一致する。同じように空を見上げ、その先を見据え、その果てへと想いを馳せる。育ちも歳も違う二人が同じ景色を目指し、夢見たことが始まりだったのかもしれない。

 多くの柵や、それ以上に大切だと思えるものを取り巻きながら、それでも二人の中にある熱意の根源はここにあった。

 

「空って、宇宙って、どこまで広がっていて、なにがあるんだろう。私は、それが知りたい。だから世界を壊すことに賛同した。だって、今の世界は宇宙へ出ることを認めなかったから。だからイリーナちゃんの計画に協力した。その変革もあと少し……」

「…………」

「私はきっと悪人なんだろうね。自分の目的のために世界を変えて、何人も不幸にしてるんだもの」

「それを言ったらボクだって、夢のためと言いながら心の中では復讐したいとすら思ってました。シールに、それを思い知らされました」

「そっか」

「でも、それも含めてボクだから」

「………アイちゃんはホントーに鋼の精神……ううん、もうオリハル魂だね! 悩んでも迷っても、根本がまったく揺らがないからすぐに答えを見つけちゃう。それってすごいことだよ」

「それは、束さんを見てきたから。束さんがボクの目標だったからですよ」

 

 アイズにとって束はそういう存在だった。常に自分の前を歩き、どんな逆境でも諦めることなく夢へと突き進む束の背を追いかけてここまで来た。アイズにとって束は理想であり、目標とする女性だった。才能という点で束が自身より遥か先を往くと知りながらも、それでもずっと憧れてきた。そんなアイズが、諦めるなんてことがあるはずがなかった。

 

「それは違うよ、アイちゃん。私は、アイちゃんがいたからこうしてここまでやってこれたのだよ?」

「ほえ?」

「ウサギは寂しがり屋なのさ。一人で夢を見ることさえできないくらい。だから、一人だったらきっと諦めてた。諦めて、きっと八つ当たりで酷いことをしてたと思うな~」

 

 束は自分の性格をよくわかっていた。おそらく諦めた時点で束の夢は呪いへと変わり果て、自分を歪めた世界を滅茶苦茶にしてやろうとすら思っていただろう。あのマリアベルのように、世界を遊び場にして好き勝手やっていたに違いない。

 好き勝手やっているのは今もあまり変わりないが、諦めた天才の八つ当たりという時点でロクなことにはならなかっただろう。

 

「私は天才だけど、万能じゃなかった。悔しいけど」

 

 ISを作ったときは自分はなんでもできると本気で思っていた。自分以上の天才などいない。自分以上の人間などいない。自分が最高の人間で、世界だって自由にできると本気で思っていた。事実、束はそんな傲慢ともいえることを言えるほどの才覚があった。世界最高の頭脳を持つということは、おそらく間違いはない。

 だが、それだけではダメだった。束は結局その才能を利用され、世界を歪める片棒を担がされてしまった。

 思い返すだけでも狂いそうになるほどの屈辱だったが、そんな経験があったからこそ、束ははじめて自身の限界を思い知った。

 そんなときにアイズと出会い、そしてイリーナと手を結んだことは束にとっての転機となった。イリーナのように、自身の力を最大限に活かせる環境を提供してくれる同志。そしてなんの見返りもなく一緒に同じ夢を、目標を共有して、慕ってくれる少女。多くのものに支えられ、束は個人の限界と組織の力を知った。

 だから今では、カレイドマテリアル社が、セプテントリオンが、多くの仲間が必要なんだと心から思える。

 

「そして、世界はあと少しで変わるところまで来た。軌道エレベーターを建造して、宇宙開拓事業を確固たるものにすれば、もう邪魔はなくなる」

 

 だから、こんなところで躓いてなどいられない。残る障害は亡国機業とIS委員会。この二つをどうにかすれば、あとは自然と宇宙への道が開かれる。束が目指した、正しいISの姿―――宇宙を切り拓くための力として、飛ぶことができる。

 

「そのためにも、今回のこともさっさと収めないとね」

「はい」

「……まぁ、でもちょっと見通しが甘かったか。さすがに試運転もしてない未完成の船を出すのはいろいろまずかったかな~」

「スターゲイザーも試運転はぶっつけだったんじゃ?」

「それはそれ。これはこれ。昔の人はいいこと言ったね!」

 

 おどけてみせる束であるが、内心ではけっこう焦っていたりする。現在束とアイズとセシリアのわずか三人を乗せている船はスターゲイザーの能力を受け継いだ二番艦だ。サイズはスターゲイザーと比べれば大分小さく、その分小回りと機動力に特化した性能となっている。もちろん、空間を歪曲させることで距離の概念を超越する束の開発した中でも最高峰のチート技術【SDD】を標準装備している。より戦略的な運用を想定して建造されていた艦であるが、完成度はおおよそ七割ほど。外装は仕上がっているが内装はまだ手付かずで、今も束やアイズの足元にはむき出しのコードやケーブルが露出しており、エンジンに火を入れることも今回が始めてという暴挙だった。それでも自信があった束としては大小様々なトラブルが起こりながらもなんとかIS学園へ到着できる見込みができたことにホッと安堵していた。もちろん、表に出すことなどせずにアイズやセシリアには自信たっぷりに振舞っている。

 しかし、これを持ち出さなければIS学園で戦っている皆の応援に行くことが間に合わないという事情もあった。問題がなければもう到着していてもおかしくないのだが、【SDD】システムのエラーや推進機能の不備などで二時間ほど足止めされてしまった。それでも常識から見れば異常なほどの短時間でイギリスから日本へ移動しているわけだから破格の性能といえるだろう。

 

「でもその時間でボクやセシィの調整もできたし、結果論だけどよかったんじゃないかな?」

「それも完璧とは言い難いけどね……ま、出来る限りのことはしたし、あとはなんとかなるでしょ」

 

 セシリアも当然そうだが、アイズとて万全とは言えない。無理を通しているだけでアイズもマリアベルから受けたダメージが回復しきっていないのだ。幸い、機体のほうはほぼ修復されており、ベストコンディションの七割程度の力は出せる程度までには調整している。

 問題はセシリアの方だが、覚醒してからというもの、驚く程ストイックに復調に努めたセシリアはなんとか動ける程度には回復している。普通なら一週間は間違いなく安静するような衰弱だったはずなのだが、病は気から、という言葉を証明するように凄まじい気迫で見違えるように回復していった。ただ、それでも普段の調子から見てもいいとこ五割といった程度だろう。高機動戦闘はまずできない。しかしセシリアは「後ろから狙撃することくらいはできる」と言い張ってついてきた。確かにセシリアの技量を考えればそれだけで強力な援護となるだろう。無理は絶対にしない、したら泣く、というアイズの説得と約束の上で同行することとなった。普段とは無茶をするほうと止めるほうが逆の光景に見ていた束は苦笑したほどだ。

 マリアベルの正体を知って弱りきっていた心を持ち直したセシリア。その立役者は間違いなくアイズだろう。そんなアイズはのほほんと無邪気に笑っている。おおよそ人畜無害に見えるその容姿からは想像がつかないほどアイズのやったことは賞賛され、誇るべきものだと束は感じていたが、その反面、それが友として当然のことだと思っているアイズの美徳はこうであってこそ、とも思っていた。

 しかし、それでも現実として問題はまだある。

 セシリアの機体――大破した【ブルーティアーズtype-Ⅲ】。束により装甲すべてを再構成し、さらに覚醒したコア人格【ルーア】によって最適化が施されているが、これはもはやまったく別の機体と言っていい。セシリアに適合するように造られたとはいえ、その調整には多くの時間と手間が必要だった。今もセシリアはハンガーで黙々と機体の調整を行っている。束による調整と最適化は既に済ませてあり、あとはセシリア次第だ。

 

「ほとんど別物……再誕って言ったほうがいい機体に変わってるから難儀してるだろうねぇ~」

「でもセシィはきっと大丈夫です。頼もしい相方もいるし」

「相方?」

「ルーア。あの子、レアと同じでとっても頼もしくて、しっかりしてるから」

「そっか。そうだね、もうセッシーもアイちゃんみたいにコアとリンクできるんだもんね」

「今までは不完全だったみたいだけど、もう今はそんなこともないみたい。第二単一仕様能力も、リスクが軽減されるんじゃないかな? 今までは条件がピーキー過ぎたし」

「だね。セッシーもなかなか興味深い、くふふ。アイちゃんと同じくらい研究しがいがあるね! アイちゃんもセッシーも、職に困ったら私の研究室に就職していいからね! 三食昼寝、あと解剖もつけちゃうよ!」

「いや解剖は勘弁してください。その代わり抱擁がいいです」

「よしよし、おいでおいで~」

「むきゅうっ」

 

 束に対してはセシリアとはまた違った甘え方をするアイズ。セシリアのときは対等だと思っているがゆえに意地を張ってしまうときのあるが、束には無条件で甘えてしまう。

 とはいえ、今は緊急事態の最中だ。二人ともやるべきことはわかっているから甘え、甘やかしながらも気を緩めずに緊張感を維持している。それでも過度の緊張はコンディションに悪影響を及ぼすのでこうして適度に息抜きをしている。アイズは素であろうが、束はそういうことも考えてアイズとじゃれている。

 

「……ん、あと三十分もかからずにIS学園上空まで行けるね」

「戦況は?」

「今は拮抗してるみたい。むこうも数が多いからね。質は上回っていても苦戦してる」

「そこでボクたちの出番ってわけですね!」

「そっ。万全じゃなくてもアイちゃんとセッシーなら戦況を傾かせることくらいできるでしょ。なにより、この束さんもいるんだからね!」

「おー、頼もし………ッ!」

「ん? どったのアイちゃん?」

 

 突如としてアイズがビクンと身体を跳ねさせた。これまでの穏やかだった雰囲気を一変させて目を見開きながら視線を泳がせている。まるでなにかに気づいて驚いているような反応に束もびっくりするが、アイズの様子から緊急性が高い何かが起こったのでは、と考えてすぐさま束も周囲の状況を確認しようとする。

 

「アイちゃん? なにか気づいたの?」

 

 アイズの直感の恐ろしさを知っている束はアイズのその反応を軽視しない。アイズの直感は理屈を超えたなにかがあることはよく知っていた。

 そんなアイズは艦橋から見える空を睨むように見つめている。束の肉眼ではなにか変わったものは見えないが、アイズの魔眼は束には気づけないなにかが見えているのかもしれない。

 

「―――――いる」

「え?」

「束さん、左15度……距離はおよそ1,500……雲の隙間」

 

 アイズがいうポイントへカメラをズームさせる。かなり見えにくいが、確かに雲の隙間になにかの影が映った。この距離で反応がなかったということはおそらくステルス装備をしているのだろう。その未確認反応も発見されたことに気づいたのか、まったく姿を隠そうともせずにその身を晒している。

 

 大きな鳥のような翼、そして真珠のような白亜の装甲を持つISを纏う一人の少女。

 

満月の光を受けて、その光をそのまま落とし込んだように映える銀色の髪が緩やかに靡いている。それはまるで絵画のような幻想的な光景をそのまま抜き出したかのように美しかった。美を体現しているかのようなその機械の翼を広げる天使は、その金色に輝く瞳をまっすぐに向けてきていた。

 

 これまで幾度となくアイズたちの前に立ちはだかってきた少女――――至高にして孤高の存在、シールがはっきりとその金色の視線を突き刺してくる。そしてそれは、間違いなくただひとりに向けられていた。

 

 

 

「――――――束さん、ハッチを開けてください」

 

 

 

 表情を険しくする束の腕の中でアイズが口を開く。束もアイズの意図はわかっていた。

 このルートで遭遇していることは決して偶然ではない。トラブルがあってこそ今、この時にここにいるが、問題なければもっと別の最短ルートで学園へ到達していただろう。おそらく、あの人造魔眼で見張りながら来るときを待っていたのだ。あの眼の精度は並のレーダーを軽々と凌駕する。ほんの少しでも視界に映ればすぐに気付くだろう。なにより、ここから先はIS学園までわずかしかない。

 増援に来ると踏んで待ち構えていたのだ。

 もちろん、この艦の性能をフルに使えればシールを振り切ることもできるだろうが、それでは戦闘が繰り広げられているIS学園へシールを連れて行くことになる。どういう思惑で立ちふさがっているのかはわからないが、乱戦域に不用意にシールの乱入を許すわけにはいかない。ここで戦うにしろ、どうあってもここでシールの思惑を確かめる必要がある。

 そして、その役目はアイズにしかできない。

 

 シールはアイズを求めているし、アイズ以外とは話すことすらしないだろう。

 

 それがわかっているからこそ、アイズは決意していた。

 

「アイちゃん」

「シールってけっこう寂しがりだから、ボクが構ってあげないとすねちゃうんです。だから、ボクが我侭をきいてあげなくちゃ」

 

 茶化して言うアイズだが、その表情を険しくして目を見開いている。よくよく見ればアイズの眼が異様に輝いており、瞳孔も大きく開いている。アイズが宿すヴォーダン・オージェが激しく活性化しているのだ。そしてそれはシールの持つヴォーダン・オージェとの共鳴のためだ。シールの存在に気づいた理由もこの共鳴現象のせいだろう。

 

「ボク一人で大丈夫です。セシィのフォローをお願いします」

「……しょうがないなぁ、まったくアイちゃんは。無理はダメだからね?」

「はい」

「いざとなったら、私がなんとかしてあげる。気をつけて」

「行ってきます」

 

 アイズは一度丁寧にお辞儀をしてハッチへと向かっていく。

 束がいれば強行突破もできるが、ここはアイズに任せることにした。それでもいざというときはすぐさま救援と突破ができるように準備を進める。アイズが無茶をするなら、それを助けることが束の役目だ。手のかかる子ほど可愛いというが、いつもいつも無茶をして焦らせるアイズのフォローはもはや束の特技で趣味だ。どんなことになっても、アイズが望む未来に導いてやる。束は、ずっとそうしてきたのだから。

 

「でも、その子との決着はアイちゃんがつけなきゃいけない、か。……運命の女神に愛されているのか、嫌われているのか………」

 

 愛機を纏い、飛翔していくアイズを見つめながら呟いた言葉はかすれるように消えていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 じっと待ち構えているシールへと飛翔したアイズは、およそ五メートルほどの距離をあけて停止する。IS戦においてこの距離はすでにクロスレンジといっていい距離だ。共に近接戦を得意とするレッドティアーズtype-Ⅲとパール・ヴァルキュリアの性能なら一秒足らずで斬り掛かれる間合いだ。そんな間合いへとアイズは剣も持たずに無防備に侵入する。

 そして待っていたシールも同じく、無手のままアイズを迎えた。

 

「……………」

「……………」

 

 互いに無言。しかし言葉よりもずっと力の込められた視線をぶつけ合う。満月のようだと称される活性状態となったヴォーダン・オージェの輝きが互いの姿を映している。

 そうして永遠のように長く感じる時間が過ぎていくが、意外にも先に声をかけたのはシールだった。

 

「こんばんは。よい月夜ですね」

「そうだね。こんな状況じゃなかったらお月見に誘ってたよ」

 

 その言葉にも、声にも刺はない。互いに、まるで友達と話すような気安ささえあった。しかし、それでも二人の視線は僅かも緩まず、むしろ相手の奥底を見ようとするように鋭くなっている。

 

「急いでるから単刀直入に聞くよ。………シール、あなたは敵?」

「………」

「ここでボクたちを待っていたのは、IS学園に行かせないため? 学園を襲ったのは、亡国機業なの?」

「その問に意味はあるのですか? あなたと私が出会うということは……こういうことでしょう?」

 

 シールが右手に細剣を展開する。それをまっすぐにアイズへと向けて戦意を放つ。それに反応するようにアイズもハイペリオンとイアペトスを展開する。一触即発へと変わる中、それでもアイズはどこか気がかりでもあるように眉をひそめている。

 

「………?」

 

 相変わらずに人形のような完成された美貌を持つシールであるが、その端正な顔がやや歪んでいるように見える。人間観察に長けるアイズがようやく気付くレベルの些細な程度だが、どこか考え事でもあるような、気がかりでもあるような、そんな複雑そうな色が垣間見える。

 しかし、そんな揺らぎもすぐになりを潜め、いつもの冷然とした闘気を向けてくる。

 

「少し、遊びましょうか」

 

 そう言った瞬間にシールが動く。剣を突き出した態勢のまま刺突を繰り出し、的確にアイズの頭を狙っている。しかし、アイズも両手に持つ剣を交差させるように構えて完璧にシールの刺突を受け止める。金属が磨り合うような耳障りな音が響き、アイズもその表情を引き締めた。

 本気ではないにせよ、手加減もしていない刺突。シールはここで戦うつもりだ。それを悟ったアイズが対話から戦闘へと意識を瞬時に切り替える。

 呼応するかのように互いのヴォーダン・オージェが加速度的に活性化していき、そしてこの二人だけに許された人間を超えた速度域へと突入する。脳を侵すナノマシンによって情報処理速度が高まり、体感時間が急激に増幅される。

 

「やあぁっ!!」

「はッ……!」

 

 真正面からの打ち込み。もちろんただの牽制だ。二人は同時にそのひと振りから様々な派生技を繰り出していく。剣を振り上げ、振り下ろす。たったその動作の間に十を軽く超える対処法を編み出し、最適解を選択して実行する。絶え間なく変化していく戦闘の中で常に状況に応じて最適な行動を導き出す。

 ジャンケンで例えるなら、互いが常に後出しをし合うように相手の行動、思考を読み、その後の先を取り合う。

 最高の性能を誇るシールのヴォーダン・オージェに劣るアイズはその類希な直感を掛け合わせることでその超常の力に対抗する。互いに未だ全力でないとはいえ、現状二人の力量はまったくの互角といっていい。

 

「……っ!」

 

 千日手を悟ったアイズが後退する。当然、やすやすと離脱を許すシールではない。本物の鳥のように翼を模したウイングユニットを稼働させ、滑らかに空を泳ぐかのように追撃する。しかし、ここでシールがほんのわずかだが驚いたように目を見開いた。

 アイズは、背後にあった雲の中へと瞬時に潜り込んだのだ。

 視覚が介して情報処理を行うこの魔眼の対抗策として最も単純かつ効果的なものが視覚に映らないこと。しかし、ほぼ全周に視界が広がるヴォーダン・オージェから逃げることは難しい。

 だがアイズはこの天空というフィールドを最大限に活かしてシールの索敵圏内から逃れたのだ。

 

「舐められたものです。私にその程度の奇策が通じるとでも?」

「思ってないけど、足は止まったでしょ!」

 

 シールの右側面からアイズが現れる。雲の中から突然現れたアイズに、しかしシールはすぐさま反応する。右手でアイズの斬撃を受け止めながら、左腕のチャクラムを逆方向へと射出する。これに驚いたのはアイズだ。

 

「あっ!?」

 

 チャクラムが突如として逆方向から現れたビットへと命中して弾き飛ばす。雲の中でパージして挟撃を仕掛けたアイズの策をあっさりと破ったシールは鼻を鳴らしながら視線でアイズを挑発する。

 

「視覚さえどうにかすれば隙を突けると思いましたか? あいにく、私は耳もいいんですよ」

「空気との摩擦音で……! 本当に強いね! でも、ボクだって耳も鼻も自信があるよ!」

「犬ですか。まぁ、似合っていると思いますよ。鳴いてみたらどうです?」

「わんわん!」

「お座り」

 

 今度は脚部からブレードを展開してのラッシュを仕掛ける。ヴォーダン・オージェ攻略法の其ノ二だ。物理的に対処不可能なほどのラッシュ。しかし、生半可な攻撃ではシールは揺ぎもしない。乱雑になった攻撃の隙間を縫うような斬撃を繰り出し、強制的にアイズを守勢へと追いやって動きを止める。

 

「さぁ、次はどうします?」

「相変わらず皮肉ばっかり。少しはシールから攻めたらどうなの!」

「そうですか、ではそうしましょう」

 

 シールは背後の翼を大きく広げる。機械で造られた天使の羽が稼働する。油断なく構えていたアイズだったが、いきなりその翼―――羽から無数のビームが放たれたときにはさすがにギョッとしながら慌てて回避行動をとった。思い返してみれば以前もシールはウイングユニットから光の奔流のような攻撃をしていたときがある。それを低出力で、かつ連続して放出しているのだろう。絨毯爆撃のように絶え間なく連射されるビームの雨にさらされたアイズであるが、はじめは至近距離ゆえに回避しきれなかった二発が装甲をかすめたがそれ以降はすべて回避していた。もともとアイズはこうした弾幕をくぐり抜けることは得意だった。

 それを見たシールも少しだけ感心したようにくすりと笑いながら、今度は一転して翼を羽ばたかせながら雲の中へと飛び込んだ。それは明らかに先程のアイズの行動を模倣したものだ。対処してみろ、という挑発だろう。

 

「くっ……!」

 

 自分から仕掛けた戦法であるが、実際にやられてみると視界を塞がれるだけでこの瞳の能力の大半が無効化されることに焦ってしまう。基本的に通常の人間の視界とは比べ物にならないほどの高性能を誇るが、さすがに厚い雲の中まで見通すことは難しい。後の先狙いでシールが攻撃を仕掛けてきたときを狙うのもアリだが、反応速度でわずかに劣る分アイズのほうが不利だろう。

 ならば、やはり先手を取るしかない。こんなところで切り札の【L.A.P.L.A.C.E.】を使うわけにはいかないが、アイズ自身の能力でシールより勝るもので勝負するしかない。

 

「すー……はー……」

 

 大きく深呼吸をして精神を落ち着かせる。アイズの持つ五感を総動員し、さらに超能力級の第六感ともいうべき直感を信じてシールの動きを予測する。理屈を超えたアイズの感性は時として機械よりも勝るときがある。さらに相手がシールだからこそ、ヴォーダン・オージェの共鳴からある程度の位置はなんとなくだがわかる。

 さらにアイズは左手のイアペトスをストレージへと量子変換して格納すると新たな武装を召喚する。

 左腕をまるごと覆うような、まるで銃の形状をした特殊な武装だった。トリガーのついたグリップを握り締める。それを掲げるように無造作に突き出して徐にトリガーを引いた。

 

「うひゃっ……!」

 

 先端の銃口部から圧縮されたプラズマ弾が発射される。その反動に銃器に慣れていないアイズが間抜けな声を出してのけぞってしまう。

 

「えっと、こうだっけ?」

 

 しっかりと両手で構えて腰に力を入れる。射撃に関してはリタと並んでセプテントリオン内で底辺に位置するアイズはおっかなびっくりというようにトリガーを引いていく。その弾道はセシリアが評すれば「お粗末」としか言いようのないほど不出来な射撃だったが、しかしそれは恐るべきことに雲の中にいるシールの位置をほぼ完璧にトレースするように撃ち込まれていた。もちろん直撃することはないが、シールの回避運動の気配を感じとるには十分なアクションだった。

 何度か撃ってシールの位置に確信が持てたのか、アイズは勝負に出る。

 

「モードチェンジ」

 

 ガンモードからブレードモードへ。銃口から放たれるのは砲弾ではなく、光り輝く巨大な刀身だった。大型エネルギーブレードへと圧縮されたエネルギーがみるみる伸びていき、最大長の30メートルにまで巨大化する。

 ―――特殊対艦兵装【シャルナク】。剣と銃の二つの用途を持つ束の作った新発明品だ。もちろん、実戦で使用するのは初である。大型兵装であるため機動力を犠牲にするデメリットがあるが、“待ち”に徹している現状ではデメリットは少ない。その迸るほどのエネルギーを注がれて形成した巨大な剣をアイズは力いっぱいに振り抜いた。

 

「やあああああッ!!」

 

 一閃。それだけで、“雲を切り裂いた”。

 

 長大なエネルギーブレードが空間そのものを溶かすようにその軌跡にあるものすべてを薙ぎ払う。さらにその余波で周囲一帯の雲を晴らし、空気を溶かす。これまでのレッドティアーズtype-Ⅲにはなかった範囲攻撃を可能とした剣でありながら大火力を持つ特殊兵装。多少の誤差など関係なく対象を破滅させるであろうその剣の一閃を――――しかし、シールは何事もなかったかのように現れる。

 

「手応えなかったけど、やっぱり躱されてたか」

「さすがに肝を冷やしましたよ。よくもまぁいろいろな武器を持っているものです」

「ふふん、ボクの機体のコンセプトは【面白ドッキリ! ビックリ箱!】だからね」

「ふふっ、ならもっと驚かせてもらえるのですか?」

「当然!」

 

 シャルナクを格納し、ハイペリオンを両手で構える。それを見たシールがふっと目を細める。

 シールは一見するとただの大型剣のその真の姿が多段可変式ギミックが仕込まれた変形型複合兵装剣――ハイペリオン・ノックスということを知っている。あからさまにその剣を強調するように構えるアイズに対し、シールはあくまで自然体で構える。

 アイズはどんな状況でも奇襲や奇策を繰り出してくる。今度はいったいなにをしてくるのだろうか、と少し楽しみに思いながらシールは突撃してくるアイズを迎え撃った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「まったく、なにをしているのやら……」

 

 そうつぶやくのはハッチから身を乗り出しながらシールの頭部にずっと狙いを定めていたセシリアだった。未だ調整中のブルーティアーズのパーツを最低限だけ具現化させ、スターライトmkⅣでアイズとシールが戦っている間、ずっとスコープ越しにシールを狙っていた。もちろん、不意打ちの狙撃がシールに通用するとは思っていない。それでも牽制くらいにはなるだろう。

 

「しょうがないでしょ。あっちがちょっかいかけてきたんだし」

「それはそうですが……」

 

 束の言葉を受けて渋々納得する。

 突然この艦が停止したときは何事かと思って警戒していたが、どういうつもりなのか、単機で現れたシールと、そんなシールに付き合って律儀に一対一で戦うアイズ。確かに無視できることではないにせよ、あまり時間もかけられない。戦いが長時間になりそうなら横槍を入れるつもりのセシリアであったが、どうやらその必要はなさそうだ。

 

「すぐ終わるよ。どうも向こうも交渉のつもりみたいだし、戦いを仕掛けたのは挨拶でしょ」

「あの二人の戦い……国家代表レベルを軽く超えるんですが」

「アイちゃんは自己評価が低いけど、十分規格外レベルだもんね」

「本気でなくとも、ヴォーダン・オージェ同士の激突です……傍から見れば恐ろしいですね」

 

 ずっと観察していてわかったが、確かにあの二人はどちらも本気ではない。ただ戦っているだけだ。じゃれあっている、と言ってもいい。

 

「おや……」

 

 しばらく剣戟を繰り返していた二人の動きがぴたりと止まる。

 

「さて、なにを言われることやら……」

「もう大丈夫でしょ、ほら、調整を続けるよ。こっから先はどうなっても戦闘になる。出来うる限り万全に近づけるよ」

 

 セシリアは銃を下ろし、戦闘態勢を解除する。あの二人ももう戦うつもりはないようだ。戦意がぴたりと止んでしまった。思った以上に混沌としそうな戦場を予感し、セシリアも気を引き締めてISの調整作業を再開する。

 青と白のツートンカラー、よりシャープになった装甲。それらを形成する特殊合金とその特性を利用した戦術構築。まだまだやることはたくさんある。セシリアは、その複雑怪奇にして超常の力を宿す新生した機体を見据え、束のバックアップを受けながら驚くほどの速さで最適化を行っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁッ!」

「ふっ……!」

 

 ギィン、と剣と剣の衝突音が響き、交差した刃を挟んで二人がその金色の視線も交わらせた。互いに多少の傷を負ったが、致命的な損傷はなにひとつなく、未だにほぼ万全に近い。油断すれば大きなダメージを受けていたであろう戦いを繰り広げていながらも、二人はこの結果が当然のように受け止めている。

 

「……相変わらず強いね。ボク、切り札の一つまで使ったのに羽を焦がしただけなんてちょっとショックだな」

「それで私を相手に互角なのですからよくやっていると思いますよ。……体調はまだ万全ではないにせよ、戦闘勘は鈍っていないようですね。まぁ、私が手加減をしているというのも大きいですがね」

「皮肉なとこも相変わらずだね。それで? ボクのリハビリに付き合って、どういうつもり?」

 

 アイズもとっくに気づいていた。シールは、負傷したアイズの復調に協力するように戦っていた。手加減をしているのも確かだったが、それでもアイズの調子に合わせて戦っていたし、徐々に調子を上げてアイズの戦闘力を引き上げていた。まるでランナーが先導して後者を引っ張っていくようにアイズを高みへと引っ張り上げた。おかげで万全でなかったアイズも普段に近い程度にまで引き上げられ、十分にリハビリができた。シールと戦うだけでアイズは不調に近かったコンディションを見事に回復させていたのだ。

 

「プレジデントに手痛くやられていましたからね。しかし、手負いのままだと私が困るんですよ」

「ん? なんで?」

「万全でないアイズなど、意味がありません。しかし、それだけリカバリーできれば上出来でしょう」

「……結局、なにが目的なの?」

「私があなたに求めることなど、決まっているでしょう?」

 

 シールは鍔迫り合いをやめ、アイズから距離を取る。おおよそ戦う前と同じように対峙しながら、困惑の色を浮かべているアイズへ向けてはっきりと宣告した。

 

 

 

 

 

「私と戦ってもらいますよ、アイズ。―――――それが、私に課せられた命令です」

 

 

 




久しぶりに主人公が出せました。そしてここからシールも参戦します。亡国機業がどう動いていくのか、目的はなんなのか? うまいこと戦場を引っかきましてもらうことになりそうです。

それにしても年末に近づくにつれて忙しさが増して泣きそうです。しかもちょっとスランプ気味になってなかなか筆が進みませんでした(汗)
リハビリがてらに短編とか書いてたんですがそちらもそのうち公開するかも。今はとにかく本編を進めねば、とまたがんばっていきます。更新速度は少し落ちると思いますので気長にお待ちください。

ではまた次回に!


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Act.118 「愚者の道連れ」

「ぐ、痛ッ……!!」

 

 左肩に直撃。ビームでなく実弾だったことが救いだった。肩に装備していたガトリングカノンが吹き飛ぶが、まだ腕は動く。ISの防御力であればこの程度で沈むことはないが、それでも操縦者にダメージを与えて体力を削る。

 

「シャル!」

「大丈夫、この程度っ! それよりシトリー、予想より敵が多い!」

「……正直かなりきつい。片っ端からスクラップを量産してるのに、減った気がしない……っ、どれだけの戦力を用意していたんだっての!」

「本気でIS学園を消すつもりなのかも。そんなことはさせないけどね!」

 

 左腕の装備も不具合を起こしていたために破棄。武装が半減したが構っていられる状況ではない。すぐさま別の武装を引っ張り出す。

 

「カノープスも残り四つ……シャル、このままじゃ押し切られるよ!」

「数の差が出たか……! 少数精鋭で防衛戦はやっぱり厳しい……!」

 

 数の暴力とはそれほどまでに恐ろしい。これまではISでの大規模戦は半年前のIS学園侵攻時くらいしかなかったが、あのときとは状況が違う。セプテントリオンが乱入したのは既に終盤戦に差し掛かる頃合、敵も増援はなく、言ってしまえば残敵処理だ。おそらく、仕掛けた亡国機業もIS学園を落とそうとしていたわけではないだろう。トップのマリアベルの人となりが多少は明らかになっている今、あれはおそらく彼女のきまぐれなお遊びという可能性のほうが高い。

 しかし、今回は敵も本気だ。亡国機業が絡んでいるかどうかは現段階では未確認だが、IS学園を占拠し、かつこれほどの戦力を投入していることを見れば、おそらくは狙いはIS学園の壊滅も視野に入れた敵勢力の殲滅。そしてこの場合の敵とはシャルロットたちセプテントリオンの可能性が高い。

 これは戦う前からわかっていたことだが、IS学園の占拠自体はセプテントリオンを介入させるための餌でしかない可能性が高い。それは占拠しておきながら生徒たちを積極的に人質にしようとせずに、簡単に学園の敷地内に侵入できたことからも考えられる。実行部隊には知らされていないかもしれないが、ここまでくればこの占拠そのものがセプテントリオンを誘引するための陽動というのが十中八九アタリだろう。

 だからこそ、これほどの戦力を外部に用意していたのだ。あわよくば学園へやってきたセプテントリオンを挟撃、包囲殲滅しようという狙いだったはずだ。

 

「一夏がいなかったら抜かれてた……でも、それは一夏がいなくなると抑えきれなくなるってこと……」

 

 今も前線で大暴れしている一夏であるが、あの無双状態は長く続かない。白兎馬の近接格闘モードは無人機がどれだけ数を揃えても無意味だ。一撃で敵を葬る攻撃力、すべての攻撃を無力化する防御能力。そんな一夏が敵の密集地帯を狙って暴れることで上手く攪乱ができている。そしてアレッタたちが一夏の討ち漏らしを丁寧に処理している。

 しかし、その中核となっている一夏の戦闘力は時間制限付きだ。白兎馬はあくまで白式の支援ユニット。白式の力を増幅させるという強力な能力を持つ反面、白式の限界を超えないようにリミッターが設けられている。初陣のときと違い調整も済んでいるとはいえ、それでもあの戦闘力を維持できるのは連続で三十分。それ以上は白式が負荷に耐えられない。白兎馬を作った束も「ドーピングに近い」と言うほどだ。一夏があの無双状態を維持できる時間は既に十分を切っている。限界時間が短くなることはあっても長くなることはない。それは機体特性ゆえに一夏の根性でどうにかなることではない。つまり、今の膠着状態を維持できるのは残り数分だ。

 

「くっそがァッ……!!」

 

 イリーナの影響なのか、苛立つと口調が汚くなる癖がついたシャルロットがイラただしげに口を開く。しかし思考は常にこの状況を打破できる策を模索している。追い詰められての思考放棄は愚行だとわかっているからだ。

 

「どうする……どうする……! せめてあと少しでも戦力があれば……!」

 

 シャルロットの機体は特性上、大多数の相手はできるが精密な狙撃には適していない。狙撃自体はできるが、セシリアのように抜き打ちのように正確に狙撃することは無理だ。照準に最低でも三秒が必要。射線が通ったと同時に狙撃できるセシリアと比べることすらできない腕前でしかない。

 だからどうしても撃ち漏らしの処理が追いつけない。こういうときのためにバディのシトリーがいるのだが、現状はシトリーの援護だけでは間に合わない。ただでさえシトリーは自立誘導兵器のコントロールまで行っているのだ。とても手が回らない。最終防衛ラインを形成するシャルロットの援護にもう一機、正確にフォローできる機体がどうしても必要だ。

 

「シャル! 私が援護に……!」

「シトリーはカノープスの操作に集中! 上手く最適なタイミングで使わないと前線のみんなが危険! アレッタ!」

『余裕はありません!』

「わかってたよ畜生!」

 

 ダメージを受けた左腕の反応が鈍くなっている。照準が明らかにズレていることに舌打ちしながら応急処置で駆動系のOSをマニュアルで調整する。それでも戦闘中の調整など気休めでしかない。結果として弾幕が薄くなる。そしてその隙を突くようにして三機の無人機が防衛戦を突破する。

 

「しまっ……、くっ!?」

 

 慌てて攻撃しようとしても左腕の反応が追いつけない。シトリーも援護しようとするが前線への援護に誘導兵器を操作していたことで反応が遅れていた。

 

「抜かれる……!?」

 

 たった一機でも抜かれればそのまま戦線が崩壊する危険がある。もともと数で劣るシャルロットたちは一度穴が開けられればそれを埋めるほどの予備戦力は存在しない。それは結果としてIS学園で戦っている鈴やラウラたちに負担を強いることになる。なにより、IS学園が破壊されてしまう可能性が激増する。そうなってしまってはたとえ全滅させたとしてもシャルロットたちの“敗北”だった。

 

「くっそ……!」

「シャル!? 回頭は危険だよ!?」

 

 シャルロットはあろうことかその場で反転して抜けようとする機体に照準を定める。しかし、これはあまりにも迂闊すぎる行動だった。戦場で背後を安易に見せれば、その瞬間に死神の鎌が振り下ろされる。シャルロットとて、それがわからないはずはない。

 

「当たってもビームじゃなきゃ耐えられる!」

 

 シャルロットのISは火力特化ゆえに機動力を殺している機体のために装甲強度も高いという特徴がある。しかし、それはビームを防御できるものではない。せいぜい実弾ならなんとか、といった程度だ。膨大な熱量を持つビームを防ぐにはそれこそ【天照】の神機日輪や【白兎馬】の朧のような規格外の防御能力が必要となる。シャルロットの選択は明らかに無謀といえた。

 しかし、その無謀を通さなくてはならないと――――シャルロットは言いようのない悪寒を感じていた。ここで一機でも通せば、おそらくは負ける。そんな不安がぬぐいきれなかった。ただの杞憂かもしれない。しかし、アイズではないがシャルロットは自身の理由もわからない直感を信じた。

 運が悪ければここで落とされるかもしれない。そうなっては意味がないが、賭けに出るのならばここだという勘を優先した。

 

「行かせないッ!!」

 

 決死の覚悟で背後へと抜けた無人機に照準を向ける。それと同時に強烈な威圧感を背に感じ取ってしまう。おそらく背を見せたことでシャルロット自身もロックオンされたのだろう。恐怖を感じつつもシャルロットは振り返ることなくトリガーに指をかけた。

 

「えっ?」

 

 しかし、そのトリガーが引かれることはなかった。その必要もなかった。シャルロットが狙い撃とうとした機体は、その直前で爆散したのだから。

 破壊したのは側面から放たれた砲弾。正確に無人機の胴体部を射抜き、一発で機能停止に追い込んでいる。見事な狙撃であるが、いったい誰が―――?

 その疑問はすぐに解消される。弾道の元を辿れば、そこにいたのは一機のフォクシィギアが実弾式のバズーカ砲を構えて滞空していた。

 しかし、あれはセプテントリオンの機体ではない。機種こそカレイドマテリアル社製ではあるが、全身装甲へと改良され、さらに目立たない夜間迷彩色に彩られている。それに実弾式のバズーカ砲なんて武装はセプテントリオンではほとんど使用されていない。明らかに別組織の機体だ。

 

「っ!?」

 

 そうしているとその機体が手に持ったバズーカ砲を捨ててIS用アサルトライフルを構えてシャルロットへと向けてきた。慌てて構えるが、その前に放たれた銃弾はシャルロットの脇を抜けてその背後に迫っていた別の無人機へと降り注いだ。同時にシトリーからの援護射撃が放たれる。レールガンとアサルトライフルに曝された機体が四肢をバラバラにさせながら破片となって海へと落ちていく。

 助けられた、ということは理解してもその正体が不明な以上、警戒を解くわけにはいかない。シャルロットは半身になりながら正体不明機と無人機、両方への砲撃体勢を取る。しかし、正体不明機はそんなシャルロットの警戒を無視するように無人機へと襲いかかった。

 

「シャル、あれは?」

「わかんない……けど、援護してくれるみたい。警戒しつつ、周辺の無人機を掃討しよう」

「……了解。でも、あれって多分、そうだよね?」

「…………」

 

 このタイミングで介入し、かつセプテントリオンに味方する勢力の心当たりはひとつしかない。もっとも、セプテントリオンに味方、というよりは反乱したアメリカ軍に対する行動といったほうが正しいだろう。

 正体不明機はアサルトライフルとナイフを持ちながら無人機へと襲いかかっている。近接では徹甲効果のあるナイフを突き刺し、遠距離ではライフルで行動規制をしつつ的確に機能停止に追い込んでいる。戦い方は地味だが、その技量はセプテントリオンのメンバーと比較しても遜色ない。そうとうな実力者だ。その戦い方は少数精鋭ゆえに個々の特性を伸ばしているセプテントリオンとは違い、効率を突き詰めたような無駄がなく、汎用性に長けたものだ。

 あらかた周辺の敵機を撃破するとその正体不明機がシャルロットへと近づいてくる。敵対していないことを示すように武装解除して近づいてきた機体がそっとシャルロットの機体に触れて通信してくる。

 

「接触回線で失礼します。あなたが指揮官ですか?」

 

 まだ若い女性の声だ。

 

「……後方指揮を任されています。部隊全体の指揮は別にいますが、要件を聞きましょう。………アメリカ軍が、いまさらなんの用ですか?」

 

 相手の機先を制するようにシャルロットが答えた。この状況で正体を隠して介入する勢力など、アメリカ軍しか考えられなかった。このIS学園の襲撃にアメリカ軍の一部が加わっていることは間違いない。ならばそれに対処する部隊を送り込んでくる可能性も既に予測されていた。もっとも、この介入行動の如何によってはアメリカの威信も大きく揺らぐために内密に行いたいはずだ。それにただでさえ中立地帯同然のIS学園への侵攻を阻止するためとはいえ、正規軍として侵犯するわけにはいかない。だからこそ、その所属を隠す必要がある。

 それを言い始めたらセプテントリオンの介入行動も問題のある行為であったが、こちらはまだどうにかなる問題だった。セプテントリオンの所属するカレイドマテリアル社は、いまやIS学園の最大のスポンサーも同然だ。拡大解釈した自己防衛で押し通すこともできる。それくらいは“暴君”と称されるイリーナにとっては簡単なことだし、なによりこんな事態も想定内だ。

 

「今は私個人で介入させていただいています」

「わかりました。援護には感謝します。ですが、あなた一人だけですか?」

「他、七名が待機中です。我々の本来の任務は、反乱勢力となった部隊指揮官の確保、及び艦の奪還です」

「…………でも、動けない?」

「お察しの通り、様々な思惑があり、現状で我々が表立って動けない状況です。ある程度の無茶な上司が責任を取ると言ってくれていますが、予想以上の事態にその程度ではすまないという有様です」

「……アメリカ軍として処理するわけにはいかない。あくまでテロリストとして処理したい。だからアメリカの正規軍として介入はできない。そういうことですか? ……ああ、通信は秘匿回線にしています。ボクしかこの通信は聞いていませんし、ここ以外に口外しないことをお約束します」

「ご明察です」

 

 それはこの正体不明機の操縦者がアメリカ軍に属し、そして同じアメリカ軍に属する部隊がIS学園を襲撃したと認める答えだった。おおよその予想はしていたとはいえ、それが確定したことは大きい。問題も大きいが、その分対処法も確実性が増すし、選択肢も増える。しかし、それはあくまで裏方、イリーナの領分の話だ。この戦場において相手が誰かなどわかったところで意味はない。相手が襲いかかってくる以上、撃退するしか道はないのだ。

 

「身内の恥を晒すことも覚悟ですが、我々も動けない状態です。なので、一時的に私をそちらの所属扱いにしていただきたい」

「どうしてそこまで? はっきり言わせてもらいますけど、あなた一人加わったところで逆転できるほどではない。そしてなによりそっちにはリスクが高すぎるのでは?」

「いくつかの思惑があることは否定しませんが、これは私の個人的な希望です」

「どういうことです?」

「………私の素性を明かします。私の名はナターシャ・ファイルス。かつて【銀の福音】のテストパイロットを務めていました」

「!!」

 

 銀の福音。それはシャルロットにとっても忘れられない名だ。未だIS学園に在籍していた時、臨海学校で遭遇したテスト機暴走事件。その解決に仲間と共に戦った記憶はシャルロットの脳裏に強く焼きついている。それはシャルロットが自身の甘さと弱さを痛感した事件であり、戒めのひとつでもあった。

 そしてカレイドマテリアル社が調査した事件報告書にも目を通したが、確かに操縦者の名はそんな名前だったはずだ。本人確認はできないが、この場でこんな嘘を言う理由はないだろう。

 そしてその資料に最重要項目として記載されていたのは、このナターシャ・ファイルスは第一級警戒対象。つまり、諜報部が距離を置いての監視を行う対象となっている人間だった。その理由は簡単だ。ナターシャは、篠ノ之束がカレイドマテリアル社にいることを知っているからだ。

 

「……あなたは」

「博士には恩ある身です。そしてあのとき、助力していただいた皆さんにも感謝しています」

「……あのときは、少なくともボクはまだ正式に所属していなかったけど」

「それでもです。そして私は博士に軍内部の草の存在を仄めかされました。軍に戻ってからは信頼できる筋で調査を行い、そして……」

「この暴挙を察知したってこと、か……」

 

 なるほど、それならば少数とはいえ、こんな短時間にこの場に駆けつけられた理由もわかる。軍を動かすには時間がかかるが、ある程度反乱勢力をマークしていたのならこの対応の速さも納得できる。

 

「できるなら、こうなる前にどうにかしたかったんですが、……ね。しかし、ここまできてなにもしないわけにはいきません。単刀直入に言いましょう。共闘を申込みます」

「それは僕たちもグレーな手段でこの戦いに介入していると知ってのことですね?」

「はい。ですが、あなたたちの場合は黒にはならないでしょう。我々の正体がバレれば、それは国に深刻なダメージを与えてしまいます。軍人としてそれはできません。しかし、国ではない企業であるあなたたちだからこそ、この介入行動をグレーのまま終わらせられるはずです」

 

 それも正しい。カレイドマテリアル社の今の立場を利用すれば多少の批難はあっても、しかしそれだけで終わる。それだけのものをカレイドマテリアル社は有している。新型コアだけでも脅威となるのに、量子通信システム、軌道エレベーターを建造可能とする技術、宇宙船であるスターゲイザーを運用するノウハウ、そして宇宙開拓事業によって得られる莫大な利益の演繹が期待されている。

 

 カレイドマテリアル社はセプテントリオンのような戦力こそ有しているが、その本質はあくまで利益団体。多くの益を生み出し、その恩恵を多くの人間へと普及する。軍隊のように生み出すのではなく破壊する組織と違い、その根本には新しいものを、利益を生み出す組織なのだ。

 だからこそ、世界の最先端を往き、その可能性を示したカレイドマテリアル社を“力”で潰すことはできない。

 なぜなら、世論がそれを許さないからだ。

 イリーナは既に軌道エレベーター建造後はその技術の多くを公開、技術指導を行い宇宙開拓事業の早期拡大のために尽力すると公言している。

 つまり、この未知のテクノロジーともいえる超技術が手に入るのだ。そこから得られる莫大な利潤は多くの人間の幸福へと還元されるだろう。言うなれば、今のカレイドマテリアル社は金の卵を産む鶏なのだ。

 それを潰すなど、もはや世界中の人間が許さない。

 委員会の人間は気づいていないが、その技術力だけを奪ってももはや意味はない。技術があっても使えないからだ。軌道エレベーターやスターゲイザーの運用など、どれかひとつだけではその価値は激減する。すべてがそろってはじめて意味がある計画なのだ。そして例えこの介入行動を理由にカレイドマテリアル社の技術を奪ったとしても、それを利用することはできない。そうしたロジックで数々のオーバーテクノロジーの産物を束が作り上げ、そしてイリーナがそれらすべてを統括し、支配する体制を十年もの時間をかけて造り上げたのだ。

 もはや世界の情勢はイリーナの味方だ。そうなるように、イリーナが調停してきたのだから当然だ。既にイリーナは本来の企業という形で世界を支配できるところまできているのだ。IS委員会が目論んだISによる支配ではなく、経済を味方につけての好意的な支配体制を確率しつつあった。

 イリーナにとってセプテントリオンを始めとした武力はただの抑止力のひとつだった。ISを戦うための道具とするのではなく、宇宙を切り拓くための存在として世界を変える。それがイリーナの推し進める変革だ。だからこそ、束はイリーナに協力している。もしイリーナがISで武力を振るうようなら束は離反している、いや、そもそも協力しようとすらしなかっただろう。

 イリーナの作り上げたこの情勢を覆すことはもはや不可能といっていい。カレイドマテリアル社以上の技術力を持つ組織は存在せず、武力というカードも自身の首を絞めることになる今、もし潰せるのだとしたら共倒れ覚悟でやるしかない。そしてそんな度胸は欲に目がくらんだIS委員会の俗物共にはなかった。

 

「だから、この事態になったんでしょう? “アメリカ軍を暴走させて、それを捨て駒にカレイドマテリアル社を潰すために”」

 

 シャルロットの言葉に、ナターシャが重苦しく唸って沈黙する。その反応だけで十分だった。 

 ナターシャとの会話で既にシャルロットの頭ではおおよそのシナリオが予想できていた。

 現状、暴力でも知恵でも潰すことのできないカレイドマテリアル社を抑えるために、直接的に保有戦力を排除して技術を搾取する。そのためには捨て駒が必要だ。セプテントリオンを道連れにできるほどの力を有する手駒な取り込んでいたアメリカ軍しかいなかった。それを使い潰すつもりでこの暴挙に踏み切った―――これがシャルロットがこれまでの推移とイリーナから聞いた情報を統合して出した結論だった。

 

「同情はしません。僕たちは、僕たちの倒すべき相手を倒します。そして、それがあなたたちの同僚だったとしても」

「元、です。気遣いは無用です。彼らはやってはいけないことをした。軍人として失格です。我々は、あなたたちとは違う正義で彼らを倒します」

「アテにしても?」

「援軍は私だけですが、残りのメンバーが実行犯を取り押さえるために動いています。時間を稼ぐ必要がありますが、少なくとも増援を止めることができるはずです」

「わかりました。ナターシャさんは僕の直援についてください。撃ち漏らしをお願いします」

「感謝します」

「名目は僕たちの部隊の新入りってことにしておきます。よろしく頼みますよ、ルーキー?」

「……ふふっ、先輩方に遅れは取りませんよ」

 

 最期は冗談を交えながらナターシャの参加を容認した。最低限なことだけをすぐに部隊情報として伝え、シトリーと共に最終防衛ラインの構築を行ってもらう。

 

 

 

 ―――それにしても、僕もますます腹黒くなったって自覚しちゃうなぁ、やだやだ。

 

 

 

 貴重な増援を得ながらもシャルロットは内心で自嘲する。先程のナターシャとの会話はおおよそシャルロットの狙い通りの展開だった。そしてナターシャに対し多少の敵対心を含ませつつも受け入れる度量を見せ、あくまでカレイドマテリアル社はそちらの不始末の尻拭いをしてやっているというニュアンスを持たせた。以前に救助対象であったということも幸いし、ナターシャにとってはこの戦いはカレイドマテリアル社に対しての恩返しと贖罪という二つの理由を持たせることができた。本人も義理堅く、正義感の強い女性だろう。だからこそ、この戦いに尽力してくれるはずだ。

 

 人をコントロールするには、まずその人の人柄を見て、そして理由を与えてやればいい。その理由を強くしたり、弱くしたりすることでその人の行動を掌握することができる。 

 

 イリーナから教わった人心掌握術のひとつだった。自身を産んでくれた母からはたくさんの愛情をもらったが、今の母であるイリーナからはこうしたどんなものも利用して生きる術を教わった。対極のような母の愛情も、そのどちらも今のシャルロットを支えるものだ。

 アイズほどではないにしろ、現実の厳しさを実感して育ったシャルロットにとって自身の願いを叶えるための手段は、たとえそれが腹黒いものだとしても渇望するほどのものだった。夢を見るだけではなにもできない。それを掴むためには力も必要となる。それを思い知っている。

 

 とにかくとして、これでもうしばらくは時間が稼げるだろう。それまでにナターシャの言うアテか、または鈴たちが学園の敵機を一掃すればおそらくは負けはなくなる。

 だが、油断もできない。指揮官適正があるとしてセシリアやアレッタと共に戦略、戦術スキルの習熟を行っていたシャルロットはこの嫌な空気をひしひしと感じ取っていた。

 押され気味だが、劣勢からは持ち直している。ナターシャの実力を見ても彼女の参戦は確実にプラスに働いている。

 

 だからこそ、ここが正念場だろう。油断なく戦場全体をじっと見据える。

 

「さぁ、なにか来る? 何が来る……?」

 

 もしシャルロットが敵だとしたら、切り札を切るタイミングはここしかないのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「しぶとい! いい加減に落ちろ鉄屑がァッ!!」

 

 掌打ではなく、貫手を肩間接部の装甲の隙間に押し込むように放つ。既に何回かこの貫手を叩き込んでいるためにダメージをかなり蓄積させている。そしてとうとう押し切れると判断した鈴がそのまま腕をまるごとそのパワーで押し込んだ。超絶的なパワーを誇る甲龍が大型無人機のフレームを力づくで捻じ曲げる。もう片手で発勁を破損させたフレーム部に叩き込み、脆くなった箇所を一気に破壊する。どれほど装甲を固くしても内部だけはどうしようもない。力を押し込む隙さえできれば鈴の発勁で押し切れる。

 

「どぉっ、せぇいッ!!」

 

 ミシミシと軋む音が響いたかと思えば、一気に大型機の腕を力で引っ張りぬく。甲龍の何倍もある大きさの腕を抉り取って一時的に離脱する。

 巨大な腕を肩に抱えて地面へと降り立つ鈴が、毟り取ったその腕そのものを質量兵器として振り回す。既に武器のほとんどを失っている鈴は破壊した敵機そのものをオブジェクトとして武器代わりに使用している。

 

「ホォームランッ!!」

 

 これまで自身を守っていたはずの頑強な装甲が今度は破壊力に変換されて大型無人機に叩きつけられた。鈴が叫んだように、面白いようにそのひと振りで頭部が弾け飛んだ。

 しかし、頭を飛ばしただけでは止まらないのが大型機の怖いところだ。なおも残った腕を振り上げながら鈴を排除しようと突撃してくる。さすがに甲龍のパワーでもあれほどの質量の突撃を受け止めることは至難だ。鈴は空を蹴って回避する。

 大型機も既にボロボロだが、ここまでの継戦能力を発揮されるとさすがに鈴たちの消耗もバカにできない。鈴も戦意は高揚しているが、呼吸は目に見えて荒くなってきている。

 

「まだ動くか……ッ! ラウラ! 使いなさい!」

 

 槍投げでもするように巨腕を上空へと投げると、待ち構えていた機体―――オーバー・ザ・クラウドが出力を上げ、その蝶の羽のようなバーニア炎をさらに激しく噴出させる。能力発動に備えた姿勢制御を行いつつ、両手を眼下へと掲げる。掌部の能力発生デバイスを起動。全力で単一仕様能力【天衣無縫】を発動させる。

 

「これならひとたまりもあるまい? …………全力だ、くらえっ!! 天衣無縫“斥力結界”!!」

 

 直下へ向けて全力の斥力行使。鈴が投げた頑強で大質量の塊が斥力で押し出され、そして重力に引かれてて落下する。それは大岩を崖下へ落とすという古来からの戦術と等しい。大質量を落下させるという、それだけで莫大な破壊力を産むシンプルで確実な方法だ。それに現代の叡智の結晶であるISの能力を加えての攻撃だ。

 オーバー・ザ・クラウドの能力によって後押しされたそれは速度が一瞬で跳ね上がり、もはや隕石の落下と同じ惨状を生み出すほどの破壊力を生み出している。もはや回避することさえ許さないほどの速さと化して大型無人機を真上から押しつぶすように激突した。それだけで周囲は衝撃で薙ぎ払われ、近場にいた鈴でさえ吹き飛ばされそうになった。

 そんな鈴が【龍跳虎臥】によって中空を踏みしめて耐え、あらためて見た光景はまるで墓標のように鉄の腕が大型無人機に突き刺さっている光景だった。

 ただ斥力や引力を使うだけでは効果が薄かったが、こうして単純な使い方でこれだけの成果をあげられる。能力は使い方次第というのがよくわかる光景だった。

 

「そのしぶとさには呆れるけどね」

 

 しかし、未だに動こうとする機体をどこか嘲るように見つめる鈴は、もはや意味をなさないほど装甲も内部機構も破壊され、むき出しになった動力部と思しき機関に即座に肉薄してドロップキック、そして虎砲というコンボ技をぶちかました。蹴りで破壊し、そして衝撃砲で吹き飛ばすという行程をワンアクションで可能とするお手軽、かつ使いやすいために鈴もよく好んで使う技だ。

 残心していた鈴が完璧に機能停止したことを確認してようやく溜め込んでいた力を解いた。

 

「ようやく沈んだか。まったく粘りやがって。前よりも頑丈だったわね」

「これで大型機は残り二機……一機はリタたちと交戦しているらしい。援護に向かうか?」

「いや、最後の三機目を自由にさせておくのはまずい。フォクシィギアだとちょっと打撃力不足だわ。あたしたちがやったほうが早い。まずは三機目を落としましょう」

「攻略法もわかった。手早く済ませるぞ」

「そうね、順調だけど、ちょっと気になるわ。なにかあったときのために、早めに邪魔は排除しておきましょう。どうにもこっちの予想以上にむこうも戦力を用意していたみたい。シャルロットたちもちょっと苦戦してるみたいだし……」

「さすがにまだこちらから援護にやる余裕はないぞ」

「こっちの戦いを終わらせることが最大の援護よ。でも、どうにもまだ攻め手が緩い……、あとひとつかふたつ、アクシデントが起こるつもりでいたほうがいいかもしれないわね……」

「おまえがそう言うと、本当にありそうで怖いな」

「アイズがいれば、あの子の直感を頼れるんだけどね、あれはもはや超能力だからね」

「姉様を便利屋扱いするな。あれでも姉様は繊細なのだ」

「その繊細さが今は欲しいんじゃない。……まぁいいわ。なにかあれば先生から連絡が―――」

 

 そう言いかけたとき、まるで図ったようなタイミングでセプテントリオン全機に一斉通信が入った。それは緊急度の高い案件を伝えるものであり、全員の表情が一瞬で強ばった。そしてすぐに全機にメッセージが送られてくる。

 それは学園の周囲、現在戦場となっている場所を中心とした作戦区域の俯瞰マップだ。そのデータとともに、【Emergency call】と題された内容が表示される。

 それを確認した鈴とラウラが目を見開き、顔を見合わせた。

 

「これは……!」

「来たわね……! くそったれが!! ラウラ、南西方面の援護に迎え! あんたじゃなきゃ間に合わない!」

「わかっている! おまえは!?」

「しょうがないからこっちのほうの足止めをしておく。なに、無茶はするけど無謀はしないから安心しなさい」

「単機でやるつもりか……?」

「それしかないのは、あんただってわかってんでしょうが。あたしの心配をするならさっさと援護にきてくれればいいわ」

「くっ……すまない、死ぬなよ!」

 

 ラウラは鈴を心配しつつも、ここで足を止めていることのほうが鈴にとっても不利益にしかならないと悟りすぐに機体出力を上げて一気に加速して戦場を切り裂くように飛翔していく。瞬きする間で姿が視界から消えたラウラを見送りながら、鈴はゆっくりと振り返って、未だ暗黒となっている夜の海を睨みつけた。

 そんな闇の中から、ぽつり、ぽつりと赤い光源が次々に浮かび上がる。それはつい先程倒した大型無人機のアイカメラと同じ光だった。続いてその体躯。倒した機体とは形状が違うが、その大きさは比類している。

 

 すべてを飲み込む深淵のような闇から、形となった脅威が群れとなって現れた。

 

 

 




こっから徐々に解放戦も終盤に向かっていきます。アイズたちの参戦や鈴ちゃんのパワーアップも秒読み段階です。

例年より雪は降らないけど例年より仕事が忙しいのはどういうことなのだろうか。出張を言われた翌日にそれどころじゃないとキャンセルになるとかどう思えばいいんだ(汗)
更新速度はいましばらくゆったりペースになりそうです。忙しくてなかなか更新できなかったら息抜きに書いた短編でも掲載するかもしれません(未定)。どちらにしろ気長にお待ちください。

ではまた次回に!


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Act.119 「次なるステージへ」

『警告。近接格闘モード持続限界時間、残り四十五秒デス』

「ちぃッ……! 残り時間十秒を残して解除だ! それまで出来る限り落とすぞ!」

『了解。サブアーム展開、ガトリング砲、及ビマイクロミサイル、スタンドバイ』

「けちるな! すべて使え!」

『フルバースト』

 

 決して多くはない、白兎馬に搭載されていた遠距離用の火器全てを発射する。これまでの戦闘で一夏だけで実に三十九機もの無人機を撃破しているが、それでもまだ敵戦力は底を見せていない。当初の予測ではこの艦隊戦力は予備戦力かと思われたが、どうやら逆だ。こちらが、主力だ。

 IS学園を占拠してセプテントリオンを釣り出すまでは予想通りだが、狙いは挟撃ではなく包囲殲滅だったのだろう。結果として鈴やラウラがいるIS学園では周辺被害を抑えるという制約を課せられ、一夏やシャルロットたちのいる海上では圧倒的な物量を相手に防衛ラインの死守という、どちらも高難易度の戦場と化している。そして二面作戦ゆえに援護は望めない。ナターシャというイレギュラーの援軍があったが、あくまで単機だ。戦力差を覆すほどではない。

 今はどちらも拮抗しているが、現状で援軍の見込めないセプテントリオンのほうが明らかに不利だ。大きく戦況を変えるにはやはりなにかしらのアクション、贅沢を言うなら強力な援軍が欲しい。

 アイズとセシリア、そして束という部隊最強のカードが残っているが、この三人が間に合うかどうかは不明。救出した楯無をはじめとしたIS学園側の戦力は期待できるが、こちらもまず学園に残されている生徒や職員たちの安全確保が最優先のために前線へ来ることは難しいかもしれない。となれば、やはり現戦力でなんとかするしかない。消耗戦を強いられているこの状況では長期戦になるほど不利になる。

 

「くそっ、せめてやつらの艦をひとつでも潰せば……!」

 

 一夏の最大の奥の手、白兎馬そのものを剣とするファイナリティモードの使用エネルギーを残して白兎馬が限界へと至る。近接格闘モードから高機動モードへと強制変形。出力が低下しつつも、無理をしない程度の速度での攪乱へと移行する。絶対的な攻撃力と防御力を失うがそれでもなお無人機を歯牙にもかけない速度を維持する。

 

「白兎馬、周辺索敵」

『敵だらけデス』

「優先順位を決めてマークしろ! 囮の役目は変わらないんだ、派手に暴れて敵機を引くぞ!」

 

 しかし、それも焼け石に水だろうということもわかっていた。今の一夏にはある程度の戦略眼も備わっている。自己鍛錬を深く、そして広く行ってきた成果だが、それゆえにこの行動もただの対処療法程度でしかないとわかってしまう。

 

「白兎馬、現状を打破できる方法を献策できるか!?」

『現状ノ戦力では友軍にも多大な被害が出る恐れがありマス。増援の要請を提案』

「そんな余裕がないのはわかってるだろ!」

『ならバ、一夏の根性次第デス』

 

 小さく舌打ちしつつ、一夏は自身の限界ギリギリの速度を維持して戦場を攪乱する。近接格闘モードが使えなくても高機動モードを維持できることが白兎馬の優れた性能のひとつだろう。だからこそ、ジリ貧とはいえ未だなんとか戦えているのだから。白兎馬のサポートがない、近接特化タイプの白式のままであったなら今頃集中砲火を浴びて海の底だっただろう。もともと短期決戦型の白式がここまでの継戦能力は存在しなかった。しかし、欲張りだとしても今必要なのは数の不利を覆すほどの圧倒的な力だった。それに成りうる白兎馬の行使ももう限界が見えている。

 

『警告』

「今度はなんだ!?」

『上空に反応。……データ照合より、敵軍と認定』

「なに!?」

 

 その警告とほぼ同時に上空からレーザーが雨のように降ってくる。一夏は慌てて回避運動に移行するが、一夏の周囲にいた無人機が少なくない被弾をしている。出力はそれほどでもないが、それでもレーザーを受ければ損傷は軽微とはいかない。ジェットコースターのようなアクロバットな旋回軌道でレーザーの放射エリアから逃れるとあらためて攻撃してきた機体を視界に捉えた。

 月光をバックにしているために細部までは肉眼で確認できないが、それは一夏の記憶にある形状をしていた。

 手に携えるのは長大なスナイパーライフル。そしてその周囲にはビットが浮遊している。

 

「あれは……ブルーティアーズ? いや、……違う、あいつは!」

 

 一瞬、セシリアが来たのかとも思ったが、そうではない。もしそうなら無人機もろとも一夏にも当たるような射撃なんて無粋極まる真似はしない。あれはブルーティアーズのデータを基に造られた二号機、サイレントゼフィルスだ。どちらも独自の改良、進化をしているためにもはや別物といっていい機体だが、それでも装備やフォルムなどセシリアのブルーティアーズtype-Ⅲとの類似点が多く見られる。

 セプテントリオンでは同型のベースから造られたアイズのレッドティアーズが近いだろうが、今一夏が見ている機体は明らかに違う。そんな機体はひとつしか知らない。

 

 一夏にとって、おそらくは因縁の深い相手である女の操るIS――サイレントゼフィルス。そして案の定、その機体を纏っている操縦者が一夏を睨みつけるような視線を送ってきた。

 互いに険のある視線が交差する。一夏にとっては何度見ても違和感と親近感を同時に覚えてしまう顔立ち。姉の千冬をわずかに幼くしたかのような顔立ちをした少女。

 

「マドカ……!」

「呼び捨てを許した覚えはないぞ」

 

 互いが敵意の込められた視線をさらに強くする。一夏は完全にマドカを敵視していたし、マドカもはっきりとその銃口を向けている。

 これまでならとっくに銃弾と刃を交えているはずの二人だが、しかし奇妙な沈黙に支配されている。一夏は少しの困惑が見られるし、マドカも舌打ちしてなにかを我慢しているかのような態度だ。

 一夏の困惑は簡単だ。なぜなら、マドカは敵対しているはずなのに、無人機たちにも敵対行動を取っているのだ。つまり、マドカの所属する亡国機業とこの襲撃は無関係なのか、と考えていた。亡国機業内でも内紛のような争いがある可能性というのもチラッと聞いたからこその推論だが、あながち間違いでもないようだ。

 

「おまえはあとだ」

「なんだと?」

「射線に入ってもためらいなく撃つ。せいぜい背中に気をつけることだ」

 

 そう言うとマドカはまるで一夏を無視するようにその照準を無人機へと向けた。そのままビットと併用してのレーザーによる弾幕を形成しつつ範囲射撃。周囲に展開している六機のビットがレーザーで牽制し、そしてライフルによる狙撃で確実に命中させている。同じ戦闘スタイルのセシリアと比べればさすがに見劣りはするが、それでも十分に上級者といえる腕前だ。それに機体のほうも過去の戦闘よりも幾分か発展しているように見える。

 だが、そんなことよりも一夏にとって重要なのは、なぜ敵対関係のマドカが無人機へと攻撃を仕掛けているのか、ということだった。マドカ本人にそんなつもりはなくても、結果としてこれは一夏たちへと援護と同義となる。無人機は亡国機業が作ったもの。それは確実だ。ならなぜその無人機を幹部であるマドカが破壊しているのか、一夏にはその答えはわからない。そして思案している一夏めがけてレーザーが飛んできた。吃驚する間もなくその極光がわずかに装甲をかすめて背後にいた無人機を貫いた。

 

「気にしないと言っただろう? いつまで呆けているつもりだ、目障りだ」

「っ……、ああ、そうかい!」

 

 積極的に敵対はしないようだが、射線に入っても気にしないというのは本当なのだろう。今もたまたま射線がずれていただけで、もし直撃コースにいたとしても躊躇いなく撃ち抜こうとしたはずだ。無人機と敵対しているということは優先して戦う必要はないが、それでも味方ではない。一夏はマドカを視界から外さないように留意しつつ、再び高速機動による攪乱に移った。

 

「ふん……」

 

 対するマドカも一夏に意味ありげな視線を向けるが、それ以上はなにも言わずにただ機械的に無人機を狙い打つ。はじめは対応が遅れていた無人機もマドカを敵性認定をしたのか、反撃へと転じている。ブルーティアーズと類似したコンセプトらしく対多数戦もそれなりにできるようであるが、それでも的の数は未だに圧倒的だ。なにしろ、ここは最も被弾率の高い最前線だ。ただ無謀に攻めるだけではダメだということは一夏も、そしてマドカも理解しているのだろう。

 

「おい」

「なんだ」

「お前は俺が目的なんだろう?」

「それが?」

「望み通りにしてやる。決着をつけよう」

「ほう……?」

 

 たしかにそれはマドカの望むところだった。一夏は知らないであろうが、マドカにとって織斑一夏とは自身の手で優劣をつけなければならない相手だ。たとえマリアベルの命令でも、これだけは譲れない。その理由を一夏に教えるつもりもないが、それでも一夏が決闘にのってくれるというのなら思う存分に戦える。

 しかし、いくらなんでも一夏からそう提案してくるとは予想外だった。

 

「だから、ここは手を組め」

「なに?」

「ここは邪魔が多すぎる。おまえも積極的に俺たちを狙うわけじゃねぇんだろ? 俺たちもお前も、今一番邪魔なのはこいつらってことだろ」

 

 無人機をすれ違いざまに切り裂きながら一夏が強い口調で言う。アレッタがなにか言いたげな視線を向けていることもわかったが、一夏が構わずに続けた。

 

「だから手伝え。いや、俺が手伝ってやる。こいつらをみんなまとめて破壊して――――お前がこだわる、決着をつけてやるよ」

「――――――よくぞ言った。いいだろう、援護してやる。貴様の温い腕前をせいぜい発揮するがいい」

「へっ、信頼はしねぇが今だけは信用してやる」

「だが忘れるな。この木偶の次は、―――貴様の番だ」

 

 その言葉を最後にマドカは口を閉じ、一夏のやや後方で高度を取りつつ追随する。前衛を務める一夏への援護射撃に最適なポジションであり、同時に一夏を狙い打つこともこれ以上ない位置関係だ。白兎馬が警告を発してくるが、一夏はそれを容認するように指示を出す。無論、一夏とてマドカを完全に信じたわけじゃない。常にマドカの警戒を解かないようにしつつ、襲い来る無人機たちの、その先―――バカバカしいほどの無人機を搭載していた艦隊の旗艦と思しき艦を見据えた。

 

「手をかせ。あれを狙う」

「ほう、貴様にしてはいい狙いだ。艦橋を潰せば撤退に追い込めるだろう」

「……人を殺すつもりはない」

「甘いな。その甘さが貴様を、仲間を殺すぞ」

 

 嘲笑を含ませたマドカの言葉にも動じずに、一夏は振り返らずに返答する。

 

「ここで俺たちが人を殺めるわけにはいかない。そうなったら、宇宙への道がまた遠くなる。アイズたちの夢が遠のいてしまう」

 

 当然一夏も人を殺すことを忌避しているし、そんな覚悟もない。

 それに加え、この作戦では事前に対人戦闘においてやむを得ない場合を除き殺めることは禁則と指示されている。この先、軌道エレベーターの建造という最大の難所にして最後の試練が残されている。今は順調に情勢が追い風となるように調停しているが、軍と真っ向からやりあって兵を殺めたとなれば情報操作次第ではカレイドマテリアル社が追い込まれる事も有り得る。最悪の場合は宇宙開拓の強制停止という可能性もゼロではない。だが、一方的に条約違反を犯し侵攻した“反逆軍”からIS学園を防衛した、ということならいくらでも情報操作ができる。

 未だ年若い人間で構成されたセプテントリオンに人殺しなどという禁忌を犯させるわけにはいかないという情の理由もある。そして同時に最終目的のための障害を作らない利の理由もある。

 束からしてみれば、ISを人殺しのために使って欲しくないという至極真っ当な理由がある。それぞれが、最も納得のいく理由を持っているだろうが、セプテントリオンは創意として人を殺めることは絶対の禁忌としている。それは、セプテントリオンが軍隊ではなくあくまでカレイドマテリアル社の最終目的のための抑止力として在るためだ。破壊するためではなく、生み出すために力を振るう。それがセプテントリオンの戦士たちの戦う意味だった。

 

「どいつもこいつも甘すぎる。やはり我々と貴様たちは相容れないな」

「勝手に言っていろ。俺たちは、俺たちのために戦うだけだ。今回はたまたま敵が一緒だから背中を預けるだけだ」

「警戒しているくせに、よく言う。まぁいいさ、貴様と決着をつけられるのなら、どうなろうとな!」

 

 一夏はなぜマドカが自身との決着にそれほどこだわっているのか知らない。それはあたかもシールがアイズに執着していることと同じようなものかもしれないが、そこにはなにかしらの因縁があることは違いないだろう。それが気にならないといえば嘘になる。むしろ知りたいとすら思う。しかし、ああまで憎悪に近いほどの敵意を向けられるほどの因縁など、ろくなものではないだろう。

 それでも、マドカとは決着をつけなければならないという奇妙な義務感のようなものが一夏にはあった。おそらく、それはそう遠くないうちにその時がくるだろう。

 揺れ動き、そして変革の鼓動が聞こえている中、一夏個人もまた自身に運命というものがあるのなら、それもまた終局に近づいていると感じていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ぜぇっ、ぜぇッ……、はっ……!」

 

 呼吸が乱れて上手く力が練れない。足が重く、視界も霞んでいるように見える。かろうじて握りしめている拳も気を抜けばそのまま動かなくなってしまうんじゃないかというほど、今のコンディションは最悪に近かった。

 愛機であるIS甲龍からはいくつもの警告が操縦者である鈴に示されており、鈴も甲龍も撃破される寸前という有様だった。

 

「さすがに、単、機で……大型機五機の相、手は………無茶だったかな……?」

 

 鈴が立つのは胸部を陥没させ、内部機構をズタボロにされた一機の残骸の上だった。発勁を四発、さらに虎砲を二発。大型機に包囲されつつも一機を集中して狙い、真正面からの力押しで一機を破壊した鈴であったが、耐久力が自慢の鈴と甲龍も長い戦闘時間で既に余力はない。今残っているものはただの“ど根性”だけだった。甲龍の装甲も既に全損してもおかしくないほど損傷している。幾度となく大質量の殴打を捌き、そして鈴を守ってきた堅牢な装甲も既に見る影もない。

 大破寸前……いや、既に大破判定を受けるほどのダメージを受けていながら、甲龍は未だに起動している。普通なら不可解な現象としかみられないそれも、鈴が感じているはただ同じ相棒の根性だけだ。

 

「……ラウラの援護は間に合わない、か。あと大型四機、……これ以上は一撃でも受ければさすがに沈むわね……、どんなハードなボスラッシュよ」

 

 笑うしかない状況とはこういうことだろうか。こんな数の大型機を用意していたとはさすがに想定外だった。発勁という未知の技術を持った鈴を脅威と思っているのか、たった一機のISに大型機五機で襲いかかるその根性には敬服する思いだ。

 

「はーっはぁっ……ふーっ」

 

 呼吸を正す。いつまでも乱れたままでは動くこともままならない。こういう時真っ先に正すべきは呼吸だと叩き込まれている鈴はほとんど反射で身体の沈静化を図る。そうしている間にもまるで目の前からは大型機が地震でも起こすように地面を震わせて突進してくる。

 鈴は冷静にそれを見据えながら、ゆっくりとそれを悟った。

 

 

 

 

「あー……足が動かないわ。終わったかな、あたし……」

 

 

 

 

 それはまさに巨像が蟻を踏み潰すかのようだった。

 

 放物線を描きながら人型がボールのように宙を舞った。大質量の激突によって跳ね飛ばされ、重力に引かれて地面へと落ちていく。数回地面との反発でバウンドし、それでも止まらずにその勢いのままかつての無人機による侵攻の際に破壊されたアリーナ跡地へと突っ込んだ。

 瓦礫の山を抉りながらようやく止まったときには、既にそこに動いているものなど存在しなかった。

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

 ただ警告音だけが響いていた。その音の発する場所には瓦礫の山から、まるで墓標のように鋼鉄の腕が力なく生えていた。

 

『鈴音……!? 鈴音、応答! 返事して!』

 

 通信機から珍しく焦ったような火凛の声が響く。それでも甲龍は瓦礫に埋もれたまま動かず、それを纏っている鈴からも一切反応はない。かろうじて上半身のわずかだけが瓦礫に埋もれずにいるが、そこから垣間見える鈴の横顔も生気がないほど白くなっている。ほんの少しだけ意識があるのか、瞼がわずかに揺れ動くがそれだけだ。あとは時折小さく苦悶の声を上げるだけだ。

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

 しかし、そんな鈴に近づく影があった。救援なんていうのは都合が良すぎる話だ。容赦も慈悲もない機械の破壊者が迫っていた。

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

 エラー音だけがその緊急性を示すように鳴り響く。それでも鈴は反応できない。そこまでの余裕はもはやない。

 動けない鈴のすぐそばにまで無人機が近づいてくる。それを遮る存在もない。

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

 ゆっくりと大型機が鈴にトドメをさそうとやってくる。既に鈴は満身創痍。甲龍もボロボロだ。そして、なにより……。

 

 

『甲龍のシールドエネルギーはエンプティ……なのにどうして絶対防御が発動しないの!?』

 

 通信から火凛の驚愕する声が響く。それでも鈴はその声を認識できないほど弱っていた。

 

「あ、………ぐぅ………ぇん、ろん………」

 

 鈴が朦朧とする意識で相棒の名を呼ぶ。力の入らないはずの拳を握る。それに応えるように凰鈴音という存在を映すISが鋼鉄の腕を動かす。既に各部のフレームが歪んでいるためか、ギギギと鉄が磨り合う音を鳴らしながら鋼の拳を形作る。

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

「ええ、………今なら、あなたの………声が、はっきり、……わかる」

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

「まだ、戦える、わね……? あたしも、よ……!」

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

「ああ、………あなたを感じる、……これが、アイズの、……セシリアの、いる世界……」

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR】

 

「聞こえた、あなたの声。――――見えた、あなたの、姿……!!」

 

【ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR,ERROR………………Compl――.】

 

 

 

 

 

 ―――――その直後、甲龍と鈴が瓦礫の山ごと炎によって焼き払われた。

 

 その光景はまさに煉獄と呼ぶに相応しい有様だった。大型機に搭載されていた都市破壊に使われることを想定していたと思しき原始的ともいえる火炎放射器が鈴のいた辺り一面を焼き尽くすように放たれた。オレンジ色に燃える炎が鈴と甲龍もろともに焼滅させていく。

 その炎の中に、ひときわ激しく燃えるなにかがあった。

 

 それは傷口から吹き出す血のように、破損した装甲から炎を噴出して燃える一機のIS、甲龍であった。甲龍は自らが燃えるように全身を炎に包まれながら次第にボロボロだった装甲を融解させていった。最悪の事態すら考えられる惨状にありながら、それを纏う鈴は明らかに不可思議な殻のようなものに包まれて生死すら不明という有様だった。

 しかし、それでも甲龍はなおも機能停止に陥ってはいなかった。信じられないことだが、シールドエネルギーは間違いなくエンプティなのに未だに動き続けている。だからだろう、大型機も未だ撃墜していないと判断し、追撃を仕掛ける動きを見せている。

 

 いくら機能停止していないとはいえ、今の甲龍はとても迎撃できるとは思えない。そんな燃え続ける甲龍をめがけ、大型機がその巨腕を打ち出して――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラ、そこまでだ、粗大ゴミども」

 

 

 

 

 

 

 突如としてガガガガンッ!! となにが連続して撃ち込まれるような音が響いた。同時に鈴を潰そうとした大型機が突然動きを止め、何度か動作不良を起こしたようにバグのような挙動をとったかと思えば機能を停止させて完全に沈黙する。物言わぬ鉄塊となり果てたその機体の背後にはいつの間にか一機のISが佇んでいた。

 黒く、曲線を描く装甲。特徴的な多脚を持つ姿。これまで戦ったことのある鈴が「ゲテモノ機」と言うほど禍々しい姿をしたIS――アラクネ・イオス。脚というより触手のようなその手足には今し方仕様したと思われるステークがオイルを滴らせている。

 

「バカが、それを作ったのは私らのボスだぞ。弱点を知らねぇと思ってんのか?」

 

 そんな禍々しいISを駆るオータムが吐き捨てるようにこの無人機たちを操っている人間たちを嘲笑う。オータムの目には背中に五発のステークを打ち込まれただけで機能を停止させた機体がゆっくりと倒れていく様子が映し出されていた。

 人間でいえば正中線の急所を余さず破壊され、さらにアラクネ・イオスの特殊技能である腐食させ、かつ電子阻害を引き起こす“毒”を撃ち込まれたのだ。いくら巨体そのものが武器とはいえ、耐え切れるものではなかった。

 つまらなそうに倒れる大型機を見ていたオータムが、ふと視線を移す。

 

「さて、あいつは…………死んだか? ふん、援護をしろとは命令されてるが、救助しろなんて命令は受けてねぇ。てめぇの弱さを恨むんだな、小娘」

 

 炎に包まれる甲龍を見ても、その口から出るのは暴言だけであった。聞こえているわけがないとわかっていながら、オータムはなおも挑発するようにゲラゲラと笑った。

 

「はははっ、あれだけ大口叩いておいてその様か! こんな粗大ゴミ程度に負けるなんざ、所詮その程度だって話だ、小娘。なに、心配すんな。いなくなっても私はお前のことを忘れずにいてやるよ、大口叩いて死んだ負け犬ってなぁ! ひゃはははは!!」

 

 ピクリと、炎の中でなにかが動く。

 

「まぁ、よく働いてくれたぜ? あいつらはうちらにとっても邪魔になってたからな。あとはこっちで処理してやる。露払いご苦労だったな! はははっ!」

 

 轟ッ! と炎が激しさを増した。それはさながら火山の噴火のようだった。まるで塔のように天へと炎が伸びていき、その発生源では人型のなにかが動いていた。

 その人型が目視すらできないほどの炎の中で動く。周囲を蹂躙していた炎がまるで意思をもつかのようにその人型に収束していく。変化はそれだけではなかった。炎であるはずなのに、明らかに別種の輝きを放っていた。しかも、燃えるもののない空中でも炎となって存在し続けるという、明らかに自然現象を超越した現象すら見て取れた。妖のように蠢く炎が、そして、最後の変上を遂げる。

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■――――ッッッ!!!!」

 

 

 

 それは言葉ではとても言い表せない咆哮だった。人のような、獣のような、それでいてどこか機械音声のような響きさえ内包した咆哮が大気を震わせて放たれた。同時に、これまで紅蓮ともいうべき炎が一瞬でその色を変える。

 紅から蒼へ。青白い色となった炎が激しく燃え上がる。その青い炎は時折スパークしており、その炎自体が雷を発生させているかのようだった。

 

「―――――」

 

 オータムはじっとその光景を見ており、舌打ちしつつもどこか納得したように頷いている。

 

「好き勝手、言ってんじゃないわよ……!!」

 

 青い炎の中から声が発せられる。それは戦意と闘志があふれてしょうがないというような猛き声だった。

 

「何度も言ったはずよ。あたしと甲龍に、砕けないものなんか、ないッ!! それが、たとえあたしたちの限界でも!」

 

 限界という壁があるのなら、それすらも打ち砕く。この拳は立ちはだかる全ての敵を、障害となるすべての壁を、その一切すべてを砕くためにあるのだから――――。

 

「さぁ、甲龍! 待たせたわね! 思う存分にその暴威を振りまきなさい! そしてあたしを、あたしたちを! その記憶に、メモリーに、未来永劫刻みなさい!」

 

 人間とIS。完全な人機一体となった証。凰鈴音と甲龍が、世界で三機目となる第三形態へと到達した――――。

 

「このあたしたちこそが! 現代に蘇った“龍”の具現よ!」

 

 雷炎を纏い、新生した龍が戦場に再臨した。

 

 

 




あけましておめでとうございます。

新年最初はテンション上げるために鈴ちゃんのターンから。亡国機業との最初で最後の共闘もその裏側はまた次回以降に描いていきます。

鈴ちゃんのチート化が止まらない。その凶悪極まる能力は次回をお楽しみに。内容そのままにタイトルをつけるなら「真・鈴ちゃん無双猛将伝」となる予定です。

年明けしばらくはまだ多忙なスケジュールですので安定して更新できるのはもうちょっと先になりそうですがこつこつ進めて行こうと思います。

今年もまたよろしくお願いします。目標は今年こそ完結です!


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Act.120 「龍」

 「なんだ、あれは……!?」

 

 ラウラは突如として現れた炎の柱に目を見開いた。まるで生きているように生命力と躍動感に溢れたその炎がまるで塔のように天へと昇っていく光景はここが戦場だからこそ現実離れしているように見えてしまう。

 

「まさか、鈴なのか……?」

 

 あの辺りでは鈴が単機で敵襲を足止めしているはずだ。あのような現象を引き起こす兵器に心当たりはないし、あの炎は普通では考えられない青い色をしている。あんな不可思議な炎を生み出すことができる存在など、セプテントリオンでも規格外といえる鈴しか思いつかない。なにより、あのように猛る炎は鈴の闘志を表現しているように見える。

 

「進化した? ………至ったのか、鈴」

 

 その兆候はあると束が零していたのを聞いていたラウラはとうとう鈴も到達したと半ば確信をもって炎を見つめた。

 しかし、それも数秒だ。ラウラは再び前を向くと未だに多数が群がっている無人機群に対し、斥力による壁をぶつけて弾き飛ばす。

 

「ここは通さん! 私が壁となる! シュバルツェ・ハーゼは確実に掃討しろ!」

 

 鈴の場所へと大型機が向かっていたが、ラウラが援護にきた方向からは大部隊の無人機が送り込まれていた。伏兵があるとは予想していたが、この数は完全に想定外だった。だからこそ、斥力操作という反則技ともいえる能力を持つラウラが援護に回ったのだ。ラウラ自身にも相当の負荷がかかるが、単一仕様能力【天衣無縫】なら広域の斥力結界で大多数を弾き返す壁を作り出すことができる。あとは落ち着いて数を減らせば、おそらくはここは抑えられる。

 しかし、そのために鈴を最も危険な場所へ残してしまった。ラウラでは質量差から斥力・引力操作の効果が薄いこともあって鈴だけを置いてきてしまったが、この敵増援を凌ぎ次第すぐに鈴の援護へ戻るつもりだった。結果としてそれは間に合わなかったが、鈴が進化へ至ったのならまだなんとかなるかもしれない。

 鈴の反応は一時は危険域にまで陥っていたが、確認すれば今はそのコンディションは回復している。ほぼ間違いなく形態移行したはずだ。

 

「だからといって任せっきりにするわけにはいかん! 全機、奮戦しろ! 迅速に撃破、殲滅しろ!」

 

 隊員たちに命令しながらラウラも完璧に侵攻をシャットアウトする。副作用ともいうべき負荷がラウラの体力をその都度奪っていくが、この程度で根を上げるようなヤワな訓練はしていない。

 

 

 

 

「――――それで、おまえはなんのつもりだ?」

 

 

 

 

 不意に、ラウラが虚空へと目線を向けて威嚇するように声を発した。

 傍目にはなにもいない、なにもない空間を睨むラウラだったが、よく観察すればその異常はすぐにわかる。その周囲にはなぜか破壊された無人機が転がっており、ラウラも、そして他の友軍機の誰もが破壊していないはずの機体が、的確に動力部を破壊されて沈黙しているのだ。

 

 それは、まるで見えない暗殺者にやられてしまったかのようで――――。

 

「援護のつもりか? 姿を見せろ、今ならまだ言葉を聞いてやる」

 

 ラウラが片手を向ける。少しでも動きがあれば斥力の壁を叩きつけることができるとアピールすると、そのなにもない空間が突如として歪み、浮き出るように一機のISが姿を現した。

 左右非対称のふざけたようなデザインにピエロを模したような仮面――――かつてIS学園を襲撃した機体と酷似した存在がラウラの前へと姿を現した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 紅火凛は驚愕し、戦慄し、そして歓喜していた。

 一時は最悪の事態すら覚悟した鈴と甲龍の撃墜は、一転してその能力を完全に解放させることに成功していた。これまでもその予兆はあったし、土壇場でそこへ至る可能性もわかっていた。

 もちろん、それは生半可なことではない。おそらく追い詰められたことで闘争と生存、二つの本能が爆発したのだろう。操縦者である凰鈴音とIS甲龍の意思がぴったり同じトリガーとなって限界突破へと至ったのだ。

 インフィニット・ストラトス。その可能性の発露である第三形態。人とIS、ふたつが揃って止揚へと至ることで顕現するISの可能性の到達点。限界という壁を突破した証であり、可能性を明確に形にした究極の形態。これまでアイズのレッドティアーズとセシリアのブルーティアーズしか存在し得なかった、世界で三番目の第三形態到達者となったのだ。

 

「これが、ISの可能性……」

 

 その進化をデータと映像で見ていた火凛はまざまざとその超常ともいえる現象に背筋を震わせていた。個々に進化の形は変わるだろうが、甲龍のコアは第二形態に移行したときとは比べ物にならないほどの変容を遂げていた。おそらく、本当の意味で鈴の専用機となったのだ。鈴の持つ可能性を余さず形へと昇華させ、鈴の持つ最強のイメージへとその姿を変え、内包する力もそれに恥じない膨大なものへと変質させていた。単純な出力比を比べても進化前の十倍以上。これがイコール強さとなるわけではないが、果たしてただでさえ屈指のパワーと頑強さを持っていた甲龍を傷つけることができるの存在がいるのか疑問に思わずにはいられないレベルだ。

 アイズの持つ眼と特異感覚を最大限に活かし、未来予知を実現させるレッドティアーズ。

 セシリアの情報処理能力を活かし光を操るブルーティアーズ。

 しかし、甲龍は違う。第三形態へと至った甲龍のその特性は、この二機のような技能的なものではなく、もっと単純なものだ。

 

「単純なパワーも、あの大型機でさえ雑魚扱いするほどだね……」

 

 大質量というアドバンテージがある大型機でさえ、今の甲龍にとってはまったく脅威とはならない。真正面からぶつかっても逆に跳ね飛ばし、綱引きをすればあっさりとその巨体ごと釣り上げることができる。それほどまでに甲龍のパワーは常軌を逸していた。

 単純明快に、基礎スペックの爆発的向上。もちろん、第三形態が一時的な進化である以上、それも時間制限付きのパワーアップとなるが、それでもたったそれだけが恐ろしい脅威となる。それに伴い、防御力も同じように跳ね上がっている。もともと頑強さも他の追随を許さないほどだった甲龍はもはや動く要塞といえるほどの難攻不落の不死身のような機体となっている。あれでは実弾ライフルなど豆鉄砲だ。

 

 それを成すのが、甲龍が纏う蒼い雷炎の鎧だった。

 

 各部の装甲もより強化されているが、中でも目を引くのが二つ。背部から伸びる機械で形成された巨大な“尾”。龍をイメージしたと見られる尾がゆらゆらと揺れており、その力強くしなる様はそれだけで威圧感を生み出している。それだけでなく全身がより龍を思わせるように装甲が変化しており、頭部の装甲にも力の象徴とも言われる角を二つ形成している。鈴の飽くなき最強のイメージである龍への渇望が感じられる。

 そしてなによりもそんな全身を覆うのは、蒼い炎だった。装甲の各部にはまるで傷のような裂け目があり、そこから湧き出るように炎が噴出している。それはまるで大地の裂け目から溶岩が湧き出るような力強い印象を見る者に与えている。

 雷を纏う炎。それ自体は本当の炎などではない。あれは炎の形をしたエネルギーそのものだ。雷もそのエネルギー同士の干渉から発生するプラズマに過ぎない。本来なら垂れ流しとなるコアから湧き出る余剰エネルギーが炎という形となって制御下に置かれている。意図的にオーバーフローとなった状態のまま安定させ、その莫大なエネルギーを転用させる。

 もちろん、それ自体に外部からの攻撃を防ぐ壁としても機能する。それはオーロラ・カーテンや朧といった特殊防御機能などではない、純粋な力による鎧だ。

 そんな“力”を象徴したかのような甲龍の進化。それはまさに天災を司るとされた龍の化身といっても過言ではなかった。

 

「すごい、すごい……! 鈴音、さぁ、あなたの可能性をもっともっと見せて、見せて!」

 

 火凛は我を忘れたようにはしゃぐ。

 

 それはまるで、憧れの存在を目にした子供のように―――。

 

 

 

***

 

 

「オオォォラァッ!!」

 

 遠距離にも関わらずに構わずに全力で正拳突きを放つ。当然、それが届くような距離ではない。しかし、渾身の力で繰り出されたその拳は、次の瞬間には宙を裂いた。

 拳に纏っていた炎がそのまま真正面へと放たれた。

 それはまさに砲弾。鈴の拳をそのまま飛ばしたような炎が高速で大型機の頭部へと突き刺さった。そして次の瞬間には頭部が跡形もなく粉砕される。威力もまったく遜色ない。さらに続けて右、左、と連続して拳を振るう。二発、三発と次々に炎の拳が突き刺さり、その度に頑強であるはずの大型機の装甲を抉り取っていく。素手のまま放てる遠距離攻撃としてはいちいちモーションが必要となることを差し引いても十分すぎる性能だろう。追尾性能は皆無で照準は荒いが、中距離の牽制としては破格の破壊力だ。

 この攻撃に機械である無人機側も焦ったように通常サイズの無人機数機が乱入してくる。大型機を援護するように鈴に向けてマシンガンなどの銃器を発砲してくるが、鈴は見向きもしない。その全てを炎の鎧で弾いている。高密度に圧縮されたエネルギーはそれだけで盾となる。しかし、それでも周囲の機体をうっとうしく思ったのか、鈴はその場で跳躍。誘い込むように無人機を中空へと誘う。

 

「さぁ、甲龍、エサが大量よ。すべて喰らいつくせ!」

 

 拳ではなく、今度は右足を振りかぶる。明らかに蹴りの体勢だが、これも距離が遠い。そしてその右足から蒼炎を大量に噴出。力を集約するように眩い炎が右足へと宿る。

 

「せぇぇいっ!!」

 

 綺麗に円を描く回し蹴り。その軌跡が鋭利な炎の刃と化した。

 龍が爪を振るう如くに放たれたその蹴りによって生み出された炎が巨大な刃となって大地を穿った。クレパスのように巨大な亀裂を刻み、その一閃に巻き込まれた無人機が真っ二つになって爆散する。切り裂く、というよりは一瞬で融解させて破壊するその一閃はまさに天災振りまく龍の爪だ。

 

「あはははッ! 本当に龍になった気分よ! 力があふれてしょうがない! でもまだ! まだまだ! こんなものじゃない!」

 

 背後から奇襲をしかけたつもりなのであろう無人機を背部の尻尾を振って弾き返す。太く、力強くしなる機械の尻尾はそれだけで凶器だ。

 

「お?」

 

 目の前から閃光。無人機も学習したのか、容易く弾かれる実弾ではなくビームによる集中砲火を選択。今の鈴と甲龍の尋常ではない防御を突破するためには確かに最善の選択だった。

 いくら第三形態の甲龍とはいえ、ビームの集中砲火が直撃すれば無傷とはいかないだろう。

 

 ――――無論、それは当たればの話だ。

 

「遅い遅い、遅すぎる!」

 

 一瞬で鈴の姿がぶれたかと思えば、次の瞬間には既に回避を完了していた。

 ラウラのオーバー・ザ・クラウドのような神速の機動力ではない。第三形態となっても速さに関しては甲龍はオーバー・ザ・クラウドには及ばない。しかし、鈴は甲龍のスペックを押し出しての力押しで非常識な速さを作り出す。

 鈴が移動したと思しき軌跡には、空間に炎を擦り付けたかのような焼け跡が残されていた。まるで見えない地面があるように灼かれた空間が、まるでひび割れるかのように亀裂が走っていた。それはすぐに霧散して消えてしまうが、それがいったいなんの痕跡なのかはすぐにわかるだろう。

 鈴は、ただ単純に走って回避したのだ。

 第三形態となっても単一仕様能力【龍跳虎臥】は健在。この能力によって空中でも地上と同等の動きが可能な鈴は短距離ならば飛翔するよりも自らの脚で走ったほうが早い。常に最速で空に足場を形成できる能力があればこそ、この鈴の瞬発力は刹那的にはオーバー・ザ・クラウドに匹敵する。

 そんな鈴が第三形態となった甲龍のスペックでもってそれを行えば、もはや縮地といえる“技”へと昇華する。まるで武装した軍馬が地面を駆け抜けたように空間を固めて形成した足場が割れるほどの力で踏み、駆け抜けたのだ。

 

「ちょっとまだ振り回されてるかな……でも大分慣れてきたわ」

 

 少しずつ試すように今の甲龍の力を確かめていた鈴がおおよそのスペックを身体で覚えたことで本格的に攻撃へと転じようとする。恐るべきことにこれまでの攻撃は鈴にとってジャブ程度の認識だった。幸い、この甲龍のスペックや新たな能力の特性は自然と理解できた。あとはそれを身体に覚え込ませるだけだった。知識だけで経験がない力ほど使えば足元を掬われることを鈴はしっかりと理解していた。そして、その確認ももう終わる。

 

「こう、ね」

 

 腕を振るう。明らかにこれまでの鈴の攻撃範囲外にいた無人機が一瞬で炎に呑まれて撃墜される。炎はそれ自体が蛇のように形を変えて周囲の敵機に襲いかかる。制御可能範囲は五メートルほど。近・中距離メインの鈴には十分すぎる距離だ。

 

「そしてこうね!」

 

 次は右手に力を集中させるように振りかぶる。炎が拳に収束していき、それを放つように再び拳を繰り出した。先ほどよりも威力が増した炎の砲弾が残っていた二機の大型機のうち一機の“半身”を吹き飛ばした。

 

「なるほど、なるほど。わかりやすい。汎用性も威力も申し分ないわ。つまりアレね。波動とかオーラとか、そんなもんでしょ」

 

 ――――第二単一仕様能力【セカンド・ワンオフアビリティー】。

 第三形態へと至った機体だけが獲得できる最上位の特異能力。甲龍に発現したこれは、実に単純明快なものだった。

 

 “余剰エネルギーを操作する”、ただこれだけだった。

 

 その余剰エネルギーとは第三形態に進化した甲龍のコアが吐き出す無尽蔵ともいえるエネルギーであり、そしてこの余剰エネルギーは雷を纏う蒼炎と言う形となって制御している。つまり、この雷炎そのものが甲龍の武器そのものといえる。それは身に纏うだけで龍の鱗のような硬い防御壁となり、放つだけで周囲に破壊を振りまく暴威そのものとなる。

 しかも一点集中させれば破壊力も倍増。それを放つこともできる。単純でありながら汎用性の高い、そして武道家である鈴との相性も抜群によかった。アイズのような未来予知やセシリアのような複雑極まる特異能力よりも単純であればあるほど鈴の底力が跳ね上がる。

 

 ただただ純粋な【力】の具現。それこそが甲龍の進化であり、鈴の相棒としての真価だった。

 

「さすが相棒ね、気に入ったわ。そうね…………第二単一仕様能力、【龍雷炎装】と名づけましょう」

 

 捻りのない見たまんまの名称だが、鈴にはそういったほうが好みだった。感覚的にこの能力を掴んだ鈴は、内心ではわくわくしながら構えを取る。その構えは慣れ親しんだものではなく、有用性よりも見た目がかっこいいという、本来なら無意味なものだった。それは昔読んだバトル漫画の必殺技のポーズによく似ていた。

 両手を広げるように前へと掲げ、そのまま付き合わせるようにゆっくりと動かしていく。それはまるでボールを両手で持つような体勢であり、武道としては無意味な型だ。しかし、その両手に甲龍を覆っていた蒼炎がどんどんと収束していき、掌に挟まれた空間に圧縮されていく。純粋なエネルギーの塊となった炎の球体はプラズマを帯びながらその密度をさらに上げていく。エネルギーの制御という能力ひとつで鈴は感覚だけで恐ろしい破壊力を秘める事象を引き起こした。

 

「こういうのって憧れるのよねぇ。こういうのは、どうよ! えーと、……必殺、“甲龍波”よ!」

 

 鈴は嬉々として抱えた圧縮エネルギーを敵機に向かって全力で解放した。

 

 一瞬の無音。そして周囲すべてを食らい尽くすかのような轟音が衝撃とともになぎ払った。圧縮された蒼炎は解放されたことで触れるものすべてを消し去りながら一直線に空間を貫いた。それはまるで巨大なビームだ。ブルーティアーズの持つ武器のうち最大火力であるプロミネンスと遜色ない。実際、鈴はイメージとして同じものを参考にした。そしてただ能力を宿したその身だけでプロミネンスを再現したのだ。

 

「ぐうっ、さすがにハンパない反動ね……! しかし本当に出来るとは……最ッ高ね!」

 

 単純に力を収束して放っただけ。鈴の認識としてはその程度だが、予想以上の威力に鈴も流石に驚愕したように目をパチクリとさせている。それはそうだろう。炎の奔流ともいうべき破壊の光が過ぎ去った跡に残されていたのは巨大な上半身をまるまる消滅させた大型機だったのだから。

 

 それはまさに暴威を振りまく天災の化身―――“龍”の咆哮だった。

 

「さて、残るデカブツはあと一機……誰もあたしを止められないことを証明してやるわ!」

 

 狙いを最後に残った大型機へと向ける。周囲にはまだ通常の無人機もちらほらと見えるが、そんなものはもはや脅威でもなんでもない。大型機へと近づく片手間に文字通りに蹴散らしながら鈴は甲龍を手にしたときから変わらない最強の武器を構えた。

 最強の破壊力と絶対の信頼を持つ、その右腕へと滾る力を収束させていく。これまで幾度となく目の前の障害を、苦難を打ち砕いてきた自慢の拳が炎を纏って掲げられる。

 

「甲龍! あたしの最高の相棒よ! あたしと共に絶対の勝利を具現しろッ!」

 

 空を駆ける。その尋常ならざる力での踏み込みは一瞬で間合いをゼロにする。空間に刻み込まれた炎だけが鈴が駆けた軌跡を示していた。

 

「はあッ!」

 

 下から打ち上げ気味に放たれた左フック。あまりにも簡単に撃ち込まれたそれとは裏腹に、大型機がその一撃で“浮く”。装甲をひしゃげながら上空へと強制的に打ち上げられた機体がバランスを取ろうともがくが、こんな巨体にはそもそも空戦に対応できるはずもない。

 死に体を晒した大型機を鈴が追撃する。ISとしての機能ではなく、純粋な脚力で飛び上がった鈴がその巨体へと食らいつく。

 そして振るうのは師である紅雨蘭から教わってきた集大成ともいうべき武技。別流派の技を雨蘭流にアレンジした、数少ない名を冠する技。弓のように全身をしならせ、極限まで力を搾り出す。全身から溢れる炎がさらに激しくなり、甲龍そのものが燃えるかのように激しく猛る。そして、それがただ一点。鈴の最強の代名詞、右の拳へと集っていく。

 

 どんなに強くなっても、どれだけ進化しても、最後に頼るのはひたすら研磨を積み重ねてきたこの拳なのだから―――!

 

 そして、その拳にはもう一人の自分といっても過言ではない相棒も宿っている。これで砕けないものなど、鈴は認めない。

 だから鈴はその意思をただこの拳に乗せて放つ。

 

「これが、“龍”の具現!」

 

 “あたしたちこそが最強だ”―――その強靭な意思を宿した拳が、ついに龍へと至る―――!

 

 

 

 

「お師匠直伝――――――練功雀虎架推掌ォッ!!」

 

 

 

 

 これまでの鈴の人生の中でも間違いなく最高の一撃。ただ一点に集約された膨大な力がその瞬間に叩き込まれる。

 ただでさえ無人機には致命傷となる鈴の拳が、過剰威力ともいえるほどの膨大なエネルギーを伴って機体そのものを蹂躙する。内部機構は一瞬で焼き切れ、外部装甲は衝撃に耐え切れずに裂けて、抉れていく。そして逃げ場を失ったエネルギーが限界を超えて大型機すら簡単に飲み込むほどの規模と熱量の爆発を瞬時に引き起こす。

 蒼炎に飲まれた大型機は、もはや原型をとどめないほどに破壊され、かろうじて形をとどめていたのはもはやどこのパーツかもわからないほどに焼けた小さな欠片だけだった。その大部分は砕かれ、融かされ、消滅した。

 

「これがあたしたちの自慢の拳よ!」

 

 大型機を消滅させた蒼炎を再び取り込んだ鈴が天を衝くように拳を掲げる。その姿は威風堂々。その小柄な体格の鈴が、烈光のような気迫で畏怖すら感じさせるほどに大きく見せている。

 覚醒してからわずか数分で大型機四機をノーダメージで完全撃破。しかも、まだ余裕すらあるように見える。

 いくら第三形態に進化しても、これは異常ともいえる戦果だ。同じ第三形態へと到達しているセシリアやアイズでも鈴ほど戦闘能力に特化しているわけではない。

 甲龍の進化は、ただ単純に強い。

 全てを砕く破壊力。攻撃を弾く堅牢な防御力。炎を操り、暴威として周囲に振りまく姿はまさに龍そのものだ。

 

「ぐ、うう……ッ」

 

 しかし、その暴威の象徴だった蒼炎が次第に小さくなり、最後には蝋燭の火が消えうように霧散してしまう。そして甲龍の姿も第二形態のときの元へと戻っており、全身から蒸気を排出しながら脱力したように膝をついた。

 

「はぁ、はぁ……、なるほど、アイズたちが切り札というわけだわ。多用したら死ぬわね」

 

 全身に感じる脱力感が凄まじい。絶大な力を発揮する反面、それは長時間扱えるものではない。知識として知っていたために驚きはないが、予想以上の疲労に鈴は顔を顰めている。

 しかし、これで大きな脅威だった大型機の排除ができた。戦果としては上々だろう。決して万全ではないが、進化したことでシールドエネルギーも回復している。これならばまだ戦闘は可能だ。

 

「……さて」

 

 鈴が警戒を解かないまま振り返る。そこにいるのは、高みの見物を決め込んでいる一機のIS。アラクネ・イオスを駆るオータムを睨みつける鈴は腕を組んで挑発するように笑う。

 

「何しに来たのよオータム。さっきはなんか面白そうなこと言ってたみたいだけど?」

「ふん……仕事に決まってんだろ。でなきゃ誰がてめぇなんぞ助けたかよ」

「はぁ? 助ける? あんたが? あたしを? ……面白い冗談ね。あんたに世話になるようなあたしじゃないわ。恩着せがましいこと言わないでもらいたいわね」

「てめぇ……誰が死ぬ間際のおまえを生き延びさせてやったと思ってんだ? 調子にのってんじゃねぇぞ、小娘!」

「ふん、高みの見物しかしていなかったくせに偉そうに! しっかり聞こえてたんだからな! あたしのことを散々罵倒しやがって! 助けたっていうなら優しく抱き起こすくらいの……あ、いややっぱいいわ。キモチワルイ」

「喧嘩売ってんのかてめぇ!?」

「あら、言わなきゃわかんないの? 売ってんのよ、叩き売りでね! あんたらのボスがあたしたちの仲間になにしたかわからないとは言わせねぇぞ!!」

 

 この場にセシリアとアイズがいない理由はそもそもオータムの上司にあたる亡国機業を統べる魔女マリアベルの暴虐によるものだ。そしてそれがセシリアにとって酷い裏切り行為だと知った鈴が憤慨するのは当然だった。あのときも鈴がシャルロットと共に倒れ伏す二人を救助したが、あのときに見たマリアベルの愉悦に染まった顔が憎かった。

 

「小娘が、わかったような口でボスを語るなよ……!」

「あんたらの上下関係なんか興味ないのよ。どうせやることは変わらないんだから」

「………いいぜ、気が変わった。その気はなかったけどよ………ここで決着をつけやろうか!?」

「上等よ!」

 

 二人はそれが当然というように向かい合い、拳を構えた。第三形態が解除されたとはいえ、甲龍の格闘能力は相手を粉々にするには十分すぎる。そしてオータムのアラクネ・イオスもその近接武装の凶悪さは健在だ。この二人がぶつかり合えば凄惨な殴り合いに発展するだろう。

 しかし、すっかりその気になっている鈴とオータムの背後から生き残っていた無人機が襲いかかる。背中を見せている二人は迫るその無人機に目線すら向けようとはしない。

 

 もはや、二人にとっては眼中にすらないのだから。

 

「邪魔よ!」

「どいてろ!」

 

 鈴は裏拳一発であっさりと返り討ちにし、オータムも触手のような脚で振り向きもせずに機能停止に追い込む。このときも二人はそのにらみ合う視線を外さない。

 

「あんたもスクラップにしてやるわ!」

「こっちのセリフだコラァッ!!」

 

 二人は群がってくる無人機を片手間で駆逐しながら激しい戦いを繰り広げる。結果的に陽動となっており、未だ敷地内に残る無人機の撃破に貢献しながらも二人は血走った目で互いを倒すことだけを考えて拳を振るい続けた。

 

「ウォォラッ!!」

「おらァッ!!」

 

 激しい衝突音を響かせながら二人が静止する。互いの額をぶつけ合った姿勢のまま至近からにらみ合う二人の顔は鬼気迫るものであったが、しかしどこか楽しそうに見える笑みも垣間見える。

 

「一応聞くけど、退く気はないのね?」

「誰にものを言ってんだ? 第三形態じゃねぇてめぇに勝機があると思ってんのか?」

「勘違いするんじゃないわよ。あたしたちは第三形態になったから最強なんじゃない。あたしたちが、あたしたちだからこそ最強なのよ!」

「減らず口を! その言葉、試してやるぜ!!」

「やってみろよ! あんたも、無人機も全部! このあたしが全部破壊してやるわ! あたしと甲龍に砕けないものなんかないんだからッ!!」

 

 決して万全ではない甲龍も鈴の気迫に応じるように出力が上がっていく。鈴の闘志に比例して強くなるIS―――それが甲龍という存在だった。たとえ第三形態でなくなっても、この一人と一機は確かに進化を遂げていた。

 

 人機一体。人とISがひとつとなって可能となる、進化の到達点。鈴は、確かにそのステージへと駆け上った。

 

 だからこそ力尽きるまで、―――いや、力尽きても龍は命ある限り戦い続ける。

 

 その周囲に、暴威という災厄を振りまきながら――――。

 

 

 

 

 

 




鈴ちゃん覚醒。これでめでたく作中でも上位に入るチートの仲間入り。

鈴ちゃんと甲龍の能力はズバリ「スーパー化」。某野菜人とか、Gガンのスーパーモードとかあんなノリ。シンプルで単純に強い。破壊力という一点では間違いなく作中で圧倒的に最強の鈴ちゃん。
戦闘シーンのリスペクトは主にヤルダバオト。射撃武装ナシでもとうとうビームすら撃てるようになった近接最強格となりました。

次回からは真打としてアイズ&セシリアが参戦。そして最終章へと繋がる最初で最後の亡国機業との共闘と相成ります。

そして丸分かりですが共闘タッグが最終決戦の対決カードとなります。


それではまた次回に!



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Act.121 「空月の雨」

 刃が煌き、無数の斬撃が巨大な人型を切り刻む。

 そのサイズ差からその装甲の厚さもまったく違う。通常のISとは比較にならない頑強さを持つ大型の無人機がその全身に無数の裂傷を刻まれ続けている。

 

「固いな……!」

「固い! めんどくさい!」

「これは手こずりますね」

 

 箒、リタ、京という三人のブレード使用の近接型三機で大型機を包囲して連携してブレードによる攻撃を仕掛けているが、大きな問題があった。

 この三人、ブレードの扱いは手馴れたもので、連携も問題ない。箒の実戦経験の不足が懸念だったが、数ヶ月の間ほぼ毎日模擬戦を繰り返していたリタとの連携はむしろかなり高いレベルで練られており、京はそんな二人に合わせて仕掛けているために隙らしい隙も見せずに一方的に攻め立てていた。

 しかし、それでも未だに大型機を仕留めきれずにいた。その理由は単純明快、火力不足だ。

 実際に、大型機を相手にブレードは分が悪い。装甲強度を超える攻撃をしづらいためだ。この場合、近接装備で有効打を与えやすいのは一点突破がしやすいパイルバンカー、もしくは高熱で融解させて切断するシャルナクのような対艦クラスの高出力エネルギーブレードが望ましい。物理的な剣では弾かれやすく、ダメージが通りにくいのだ。

 もしくは進化した甲龍のように、これを真正面からぶブチ抜けるほどのパワーがあれば別だが、通常のISではそれほどのパワーを得ることは難しい。三人はヤスリで削っていくかの如く、徐々にその強固な装甲を削り取っていた。

 

「リタ、ムラマサは?」

「ダメ、さすがに劣化が激しい」

 

 こういうときに役立つのが切断特化のブレードであるリタ専用装備のムラマサだが、度重なる戦闘でその耐久度、そして切れ味も大幅に落ちていた。それでも今まで戦えているのはそれだけこの武装の完成度が高いためだが、期待するほどの切断力を発揮できるコンディションではなかった。

 

「一撃でダメなら斬れるまで斬るだけ!」

「今回はリタの脳筋に同意してやる!」

「削っていけばいずれ倒せます。反撃の隙は、与えません!」

 

 京がさらなるブレードを機体の周囲に展開して大型機の関節部や装甲の隙間を狙って投擲する。まるで飛び道具のように次々とブレードを使い捨てる特殊な戦い方をする京がとにかく弱点と思しき場所へとブレードを突き立ててマーカーとする。そこを狙って箒とリタが斬撃で刻む。確かに敵の防御力のほうが上だが、幾度となく攻撃していけばその耐久度は落ちる。

 そして、とうとうその狙い目が浮上する。

 

「……! 箒さん、左肩です!」

「わかった!」

 

 損傷を察した京の言葉通りに箒が大型機の左肩関節部に両腕に持った二刀を突き立てた。これまでと違い、内部にまで刃が食い込み、フレーム機構を損傷、機能不全を引き起こし、左腕の動きを封じることに成功する。

 その動かなくなった左腕にリタが曲芸師のように着地する。

 

「首、もらった」

 

 その巨腕を足場にして疾走。勢いをつけたままその腕の先、大型機の頭部めがけて刃を振るった。切れ味が落ちているとはいえ、勢いを乗せて振るわれたブレードが正確に装甲の隙間に滑り込み、そのまま大型機の頭部を飛ばす。

 

「ようやく斬れた、気持ちいい」

「ここが攻め時だ! 畳み掛けるぞ!」

 

 無人機というものは頭部を飛ばしても未だに稼働することはわかっていた。機能は低下させられたが、まだ勝利を確信するには早すぎる。

 箒は精一杯の力で二刀を振ろうと構えるも、大型機の不可解な動きに動きを止めた。

 腕に備えてある巨大な砲身が稼働しはじめたのだ。それは都市制圧では脅威となるであろう高威力のビーム砲。大型機サイズだからこそ装備可能というゲテモノともいうべき凶悪兵器だが、機動力のあるISを相手には役立たずの代物だ。練度が最も低い箒でさえ、回避は容易い。

 だが、その標的は箒たちではなかった。

 

「っ!?」

「ヤバイ……!」

 

 その砲口の向けられた先にあるものを悟って三人が目の色を変えた。焦りを隠せずに無謀ともいえる吶喊へと即座に移行する。時間はない。思考する数秒の時間すら惜しまれるほどの事態だった。

 なぜなら、その凶悪な兵器が向けられた先にあるのはIS学園―――最悪なことに、シェルターがある方向―――だった。

 多少の衝撃は耐えるだろう。IS学園に造られたシェルターだ。ISの攻撃にも耐えるほどの頑強さはある。しかし、規格外のサイズを持つ都市制圧用の大型機が持つ巨大なビーム砲を受けて無事でいられると確信を持っていうことはできない。むしろリスクのほうが高いだろう。上部の建造物が倒壊するのもまずい。

 

「くそっ!」

 

 箒が飛び出し、それにリタと京も続く。これまでは大型機の強力だが雑多な攻撃を慎重に見極めて攻撃していたが、もうそんなことを行っていられる場合ではなかった。リスクを承知でとにかく迅速に撃破しなくてはいけない。

 だが、ここで大型機に対する火力不足が響いた。箒たち三人の今の装備では大型機を瞬殺できるほどの火力をたたき出すことができない。しかし、なにもせずにIS学園が破壊される様を見ているつもりもなかった。リタは脚部を斬って体勢を崩し、京も照準をずそうとブレードを惜しみなく投擲して手傷を負わせている。

 

 しかし、それでも止められない。

 

 砲口から破壊をもたらす光が漏れ出す。もう猶予もないと悟った箒はその眼前へと身を晒すと自身の機体に搭載されている防御機構を全力で展開した。

 

「箒さん!?」

「ヤバイ、あれは完全に無茶」

 

 箒がなにをしようとしているのか悟ってリタと京も焦りを見せる。あれは受け止めるつもりだ。たしかにこの状況ではそれが有効なのは確かだが、その代償はあまりにも高すぎる。通常サイズのISが使う光学、熱量兵器ならば箒が展開しているオーロラ・カーテンで弾ける公算が高いが、大型機クラスとなると分が悪すぎる。受け止めることができたとしても、ほぼ間違いなく、大破は免れない。下手をすれば絶対防御すら貫く危険もある。

 

 それは箒本人もわかっていたことだ。しかし、それでも箒はIS学園を守りたいという気持ちが上回った。だから気がつけばこんな無茶な行動を実行してしまっていた。

 箒は自分が他のみんなに比べても圧倒的に弱いと自覚していた。剣道の腕には自信があっても、それがISで活かされるかといえばまた別の次元の話なのだ。特に邪剣の技を持つリタと模擬戦を繰り返すうちにそう思い知らされた。ISにおいて、箒は誇れるものも技術もない。姉から送られたこの機体も、おそらくは半分も使いこなせてはいない。誰が一番お荷物なのかと問われれば間違いなく自分だと言えるネガティブな確信もあった。

 もちろん、それは箒の後悔による思い込みだ。リタが「けっこう強いよ」と言うように、箒は思っているほど弱くはない。回りが規格外すぎてそう思えないだけだ。しかし、姉の束が箒と離れ離れになっていたときの話を聞き、そしてどんな思いでいたかも知り、陰ながら箒を守るよう働きかけていたことも知ってしまった箒は嬉しく思うと同時に後悔した。

 なぜ、姉を信じてやれなかったのだろうか――――、と。束が姿をくらませたとき、箒は自分が見捨てられたのでは、と何度も思った。重要人保護プログラムで、箒の意思に関係なく日本中をたらい回しにされ、疲弊していた箒には無理からぬことであったが、八つ当たりにも似た感情すら抱いていた。

 真実を知った今ではそんな感情など完全に霧散しているが、それでも箒はもっと姉を信じていれば、今よりももっと力になることができたのではないか―――そんなことを思っていた。それが意味のないことだと理解しても思わずにはいられなかった。それほどに、今の束を、そして友のアイズたちが直面している苦難は凄まじかった。

 こんなとき、なにをしてやれるのか。箒が出した答えは、このIS学園を守りたいというものだった。

 世界にISを広めるための場所。束が目指したISを、本来の姿を教えることができる場所。そのためにはまだ多くの障害があるが、それでもここはいずれ、束の夢を形にするための大切な場所となるはずだった。そんなIS学園のために尽力したい。それがただ流されるままに生きてきた箒の願いでもあった。

 だから、こんな無粋な侵攻など許せない。こんな人の意思が宿らない鉄の人形に蹂躙されることなど、許せるはずもない。

 そのために死力を尽くす。それが箒のやるべきことだと、そう思った。

 

「貴様らなどに、この場所を好き勝手にはさせないっ!!」

 

 そう啖呵をきる箒だが、目の前の光景には恐怖を覚える。それでも動こうとしないのは意地なのか、箒自身でもわかってはいなかった。

 それでも、この暴挙を許してはならないという使命感にも似た意思だけでそこに立ちふさがった。

 

「来るなら来い! それでも、やらせはしないぞ!」

 

 そして極光の矢が放たれる。

 防御能力を全開にしてそれを受け止めようと歯を食いしばる。一度でも止めればリタ達が二射目を撃つまえになんとかするだろう。だから一度でもこれを防げば十分だ。

 機体各部から熱量、光学兵器を歪曲させる粒子を最大展開。迫る破壊の光を受け止める壁のように前方へと集中してオーロラ・カーテンを収束させる。

 おそらくそれでも完全に防ぐことはできないだろう。しかし、箒は不退転の覚悟でそこから退こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――まったく、無茶をしすぎだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、そんな声が箒の真後ろから響いた。どこか呆れたような、それでいて褒めているような声だ。その声を箒は知っていた。

 

「おまえは……!」

「神機日輪起動。【剣】、最大展開」

 

 背後からもう一つの防御機構が展開される。箒の機体から放出される青白い粒子とは違い、眩い金色の粒子が箒を覆うようにその周囲すべてに満ちていく。それ自体がまるで太陽のような球体を形成するとその迫り来る膨大な熱量を秘めたビームを真っ向から受け止めた。

 そして異変はすぐに起きる。

 まるでそのビームそのものを否定するように触れた先からそのエネルギーそのものを歪曲し、発散させ、無力化させる。受け止めるというよりは消滅させていくように面白いほどあっさりとその凶行を防いでしまった。

 

「オーロラ・カーテンは粒子で熱量を散らせるけど受け止めることは難しいよ」

「……おまえが来ていたと知っていたのなら、こんな無茶はしなかったさ」

「でもよく時間を稼いでくれた。あとは任せて」

 

 特徴的なその背部の巨大なリングユニット。対ビーム、レーザーにおいて絶対的な優位性を持つ特殊兵装を持つ、篠ノ之束によって対無人機戦に特化して造られた規格外機。機体名称【天照】。熱と光を統べるその機体を駆る更織簪が微笑んで箒を労った。

 

「避難は?」

「おおよそ、問題なく」

「そうか、あとは敵機の排除だけか?」

「そういうことだね。まぁ、ここまで戦力が揃えばこっちは問題ないよ」

 

 そう言って目の前を示す簪に促されて箒が目を向けると、大型機が拘束されて身動きができない光景が飛び込んできた。ギギギ、と不気味な稼動音を響かせながらもがく大型機だが、その全身に絡みついた拘束を引きちぎることができない。

 それは水のようだった。

 うねるその液体が大型機を覆い、関節部にいたっては一部を氷結させて完全に動きを阻害している。

 

「会長……いいとこどり?」

「失礼ね。素直に感謝を述べなさい」

 

 いつの間にかリタの横にはISを展開した更織楯無の姿があった。このIS学園におけるトップに君臨するIS操縦者である彼女はたった一機で大型機を完全に無力化していた。

 

「あなたたちが外の戦力を引き受けてくれたから避難も迅速にできたわ。シェルター周辺の敵機は既に排除が完了。あとは残敵を掃討すれば少なくとも学園の敷地内の脅威は取り除けるわ」

「増援が来てたみたいだけど?」

「そっちも抑えられているわ。予想外の援軍もあったみたいだけど……まぁいいわ。今は駆除を優先しましょう」

「そっか、じゃあ私の役目も終わりかな。こんなだしね」

 

 リタが手に持つブレードは半ばからポッキリと折れており、それはリタの最後の武装が破壊されて継戦が不可能になったことを意味していた。短期決戦型の自分としてはがんばったほうだろう、とリタは自分を労っている。その横では京もほとんどのブレードを使い果たしたようで同じように苦笑しつつ安堵したような表情を浮かべていた。

 

「でも大丈夫なんですか? 数はまだあちらが上だと思いますけど」

「大丈夫、このIS学園最強のジョーカーを投入したからね」

「ジョーカー?」

 

 そう京が呟いた直後だった。まるで雷でも落ちたような閃光が走ったのだ。

 それがなんなのかわからないリタや京は戦闘態勢を取りそうになったが、その直後に拘束されていた大型機が頭からまっすぐに切断された姿を見て言葉を失ってしまう。

 ただの巨大な瓦礫に成り下がった大型機が左右に倒れ、その間から一機のISが姿を現した。

 その形状こそ量産機のフォクシィギアであるが、こんな攻撃力を叩き出せるスペックはその比ではないだろう。右腕には二の腕までを覆う大きなユニットが握られており、そこから巨大なエネルギーによる刀身が形成されている。

 アイズのレッドティアーズtype-Ⅲにも搭載されている対艦兵装であるシャルナクだ。軽く振ってその刀身を消しながら近づいてくるその姿は敵でなくとも畏怖を感じてしまう。

 

「あー、なるほど、これはたしかにジョーカーだわ」

 

 あっさりと大型機を一刀両断するその女性――――世界最強と呼ばれたブリュンヒルデ、織斑千冬が、とうとうその手に剣を持って戦場へと再臨した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ、あと少しで届くってのに!」

「焦るな。狙い撃ちされるぞ」

 

 一夏とマドカの異例ともいえるタッグは予想外に上手く機能していた。互いに幾度もの交戦を経て戦力分析をしていたこともあり、相互に機体性能を把握していたことも大きい。

 近接型の一夏と遠距離型のマドカ。役割分担もシンプルであるため、即席でも多大な戦果を上げていた。互いにエース級の実力者だ。無人機程度では如何にVTシステムを使おうが簡単に対処してしまう。なにしろ二人のバックには篠ノ之束、そしてマリアベルという、ISにおいて最高峰の頭脳を持つ二人が控えているのだ。

 この二人には一度使ったものは二度と通用しない。そもそもVTシステム搭載機を“気まぐれ”で作ったのはマリアベルであり、ISのシステムそのものの基礎を作り上げたのは束だ。

 たかだか無人機にVTシステムを搭載した程度ではなんの脅威にもならない。既にその対処法を完全に確立させていた。

 かつてラウラが取り込まれたときよりも情報収集力が低下しており、そのため行動パターンを意図的に誘発することもできる。機械ゆえに最適解しか出さない無人機では簡単に行動を予測できる。

 そのための戦術プログラムもすでに組みあがっており、白兎馬のバージョンアップと同時にそのプログラムもインストールされている。ゆえに一夏は白兎馬のナビゲーションによってVTシステムを相手に優位に立っていた。そしてそれはマドカも同様だ。製作者は違うが、同じ戦術プログラムを搭載した機体を駆るマドカもまた無駄のない牽制と狙撃によって確実に無人機を撃破している。

 

 しかし、それでも恐ろしいのはその物量だった。旗艦を狙う一夏とマドカを寄せ付けないように展開された防衛網は強固であり、この二人でも突破は難しかった。白兎馬が万全であれば強行突破も可能だったかもしれないが、今の状態ではないものねだりでしかない。長期戦の影響が徐々に響いてきていることを自覚しつつも、現状で劇的な打開策はない。

 

「まぁ、粘ればいずれ向こうも戦力は尽きるだろうが……」

「そんなものを待っている余裕はない! こっちはもう一時間以上戦闘してるんだぞ!」

「ならば待つしかあるまい」

「待つ? なにをだ?」

「勝機だよ、間抜け。焦って特攻しても無駄死にが見えている。ならばその時を待つしかない」

「あるのか、今のままで……!」

「特攻するほど追い詰められているわけではあるまい。お前もその支援機の切り札を残しているだろう? 使うタイミングを見誤れば、それで終わりだぞ」

 

 一夏の切り札―――白兎馬そのものを巨大な剣として特攻するファイナリティモード。確かにこれならば破壊できないものなどおおよそないだろう。しかし、これを使えばもう白兎馬は戦えない。そして白兎馬を失った一夏ではこの乱戦地帯で戦うことなどできない。ゆえに一夏も最後の手段としている。

 マドカの言い分には反論する余地がない。一夏も焦っていた心を落ち着けるように冷静になるように深呼吸をする。

 

「おまえにたしなめられるとは複雑だ」

「無駄口を叩くな。私が援護してやっているんだ、無様な姿を晒せば背中から撃たれると思え」

「つまり無様な姿を見せなきゃ味方でいてくれるってわけか」

「ふん、減らず口を」

 

 しかし、このままではジリ貧なのも確かだ。蛮勇は愚策と理解していても、このままでは押し切られるだろう。もうそれほど猶予はないということは一夏も悟っていた。最後の手段も視野に入れてどうするか考えていたとき、図ったようなタイミングでそれがきた。

 

「……ん? ショートメール?」

 

 ISを通じて簡単なメッセージを送るショートメール機能が着信を告げた。そのメッセージを見た一夏はわずかに驚いた表情を浮かべた後、自然とその口をほころばせた。

 それは、まさに待っていたものだったのだから。

 

「待った甲斐があった! 勝機がきたぜ!」

「――――ああ、こちらもそのようだ」

 

 なぜかマドカも同じようなことを言っていることに僅かに疑問に思いながらも、一夏は釣り出すように後退する。マドカもなにも反論せずに一夏と同じように後退する。

 不自然な突然の後退であるが、機械的な判断しかできない無人機の一部が追撃へと移行した。もし優秀な指揮官がいれば陽動を疑って然るべきだが、この場にそんな存在はいない。そもそも借り物、いや、奪い取った無人機を有効に指揮できる人間などいなかった。

 

 そうやって簡単に釣り出された一団に、上空から急接近する反応が現れた。

 それは遥か上空、高高度からまるで流星のように落ちてくる。空気抵抗を遮るように白い殻のようなものを前面に展開しつつ、それが目視ではっきりわかるほどの距離になると唐突にその殻が割れた。

 半球状の白い装甲が広がり、美しい鳥の羽のように大きく広がった。その翼からは青白いエネルギーを噴出し、推進力としてさらなる加速を行っている。

 

 そして、さらにもう一機。

 

 翼の中から現れたのは深紅色をしたISだった。白い翼を持つISに抱え込まれていたその紅いISが両手にブレードを展開する。そのまま白と紅の二機は速度を緩めることなく上空から無人機の一団に強襲を仕掛けた。

 

 たったの一合。

 

 傍目には通り過ぎただけのその一瞬で、実に五機の無人機が斬り裂かれていた。そのどれもが正確に胴体部を真っ二つにされており、完全に機能停止に追い込んでいる。

 そして崩れた陣形を立て直す暇も与えずに分離した二機が即座に追撃。極めて狭い範囲での乱戦となりながらもその二機はいっさいの被弾をせず、流れるように隙を縫って無人機を片っ端から屠っていく。

 それを見ていた一夏とマドカは味方だとわかっているのに背筋が寒くなるような思いを抱いていた。あの二人の前ではすべての行動が無意味だ。なにかしらのアクションを起こせば、次の瞬間には対処行動を起こされている。見切られているとか、そんな次元じゃない。未来予知をしていると錯覚するほどの早すぎる判断と対応。知ってはいたが、あの“魔眼”を相手にすることは脅威だ。

 その瞳で見るものすべてを解析し、他者とは違う速度域での思考をもたらす人造の魔眼―――【ヴォーダン・オージェ】。

 そんな眼を持つ二人を同時に接近戦で相手をするなど、悪夢以外のなにものでもない。

 おそらく一夏やマドカと同じように一時的に手を組んでいるのだろうが、それでも連携のレベルも高すぎる。まるで長年タッグを組んでいたと言われても信じるほどに神がかり的なコンビネーションを見せている。おそらくはそれもあの眼、そしてライバルであるからこそのものだろう。

 あっという間に陽動した敵機を駆逐した二機は目元を覆っていたバイザーを解除する。その下から現れたのは満月のような金色の瞳。その瞳自体が魔性の輝きを放ち、見る者を魅了するかのようだった。

 

「やぁ一夏くん、待たせちゃったかな?」

「ああ、待っていたぞ。セシリアも来ているんだな?」

「うん。もうセシィも大丈夫だから。あとでみんなに謝りたいって言ってたよ?」

「そこはありがとう、の一言で十分だ」

「さすがのイケメンだね!」

 

 ケラケラと屈託のない笑みを見せるアイズに、一夏の緊張しきっていた心中が柔らかくなるようだった。こうした魅力はアイズだからこそのものだろう。セシリアが倒れたときはどこか余裕もなく焦っていたアイズの姿を見ていただけに一夏もようやく安堵できそうだった。

 

「…………で、そっちもマドカと同じで今は味方、でいいんだよな?」

 

 やや疑念を孕んだ眼で一夏がシールを見やる。絵画の中に住んでいるかのような完成された美貌を持つシールが少し意外そうな顔でマドカへと視線を移す。

 

「マドカ先輩、呼び捨てを許したんですか? なんだかんだいって私のことを言えませんね」

「黙っていろ、むしろおまえが言うな」

「シールも敵のボクと仲良くしてるくらいだもんね!」

「それこそアイズが言わないでもらえますか、私としても不本意なんですよ。……その嬉しそうな顔をやめろと言っているのです!」

「亡国機業ってツンデレが多いんだね、一夏くん」

「俺にふるな」

 

 戦場のど真ん中、そして互いがこれまで幾度となく戦って来た敵同士にも関わらずに奇妙な友好があった。それはおそらくこの場限り、同じ敵を持ったがゆえの一時的な仲間意識かもしれない。

 それでも、アイズだけは心の底から楽しそうに笑っていた。

 

「IS学園のほうはもう大丈夫みたい。あとはここの戦力を駆逐すればこの戦いも終わるはずだよ」

「そうだな、アイズたちが来てくれれば心強い」

「と、いうか………もうすぐ終わる」

「え?」

「セシィが――――“狙っている”から」

 

 

 そして、星が落ちてきた。

 

 流星群。それを見た一夏が真っ先に思い浮かべたものがそうだった。上空から雨のように光が降り注ぐ。流れ星が群れとなって降り注ぐかのような光景はこの戦場という空間をどこか幻想的なものへと塗り替えてしまうかのようだった。

 そんなふうに呆けていた一夏がハッとなって上空を見上げる。

 降り注いでいるのは光でまちがいないが、そのひとつひとつが高い破壊力を秘めた収束レーザーだ。そのレーザーはひとつひとつが正確に無人機を射抜いており、よく見れば追尾するように曲がっていることも視認できた。

 なんとか回避できた少数の機体もすぐに追尾してくる他のレーザーに貫かれていた。そんな魔弾が次々に降り注いでいる。アイズとシールのときよりも、こんな光景のほうが悪夢のように思えた。少なくとも、こんな攻撃にさらされれば一夏では逃げることもできないだろう。

 

「こんな滅茶苦茶なことができるやつなんて……」

 

 その上空。月をバックに一機のISがそこにいた。

 それは一夏の知る機体と似ていたが、各部の形状や配色が変化していた。青を基調としたカラーリングは青と白のツートンカラーとなっており、十機のビットがまるで付き従う僕のように周囲に円形に配置されている。

 そして、その全身を守るのは光そのものを固めたような淡く光る装甲。単一仕様能力で作った光そのものを固定化した光装甲がまるでドレスのように広がっている。

 その周囲には無数の光る球体が形成されており、そこから今なおもレーザーが発射されている。

 

「…………機体負荷、能力継続に問題はありません。戦場リンク、ターゲット補足、誤差修正、すべてオールグリーン。――――この戦場のすべてを、狙い撃ちます」

 

 光を操る世界で僅かしか存在しない第三形態移行機の一機―――大破した機体そのものを再構築、発展させた最終進化形【ブルーティアーズtype-Ⅲ/evolution】。暫定名称で【type-evol】と呼ばれ、生まれ変わった愛機を駆るセシリア・オルコットが眼下に広がる戦場をその双眸で見据えていた。

 

「落ちて消えなさい――――雫のように」

 

 魔弾の射手、セシリア・オルコット――――復活。

 

 

 

 




ようやく更新できました。

ここまで戦力がそろえばあとは消化試合です。まぁむしろここからが本番ですが。そろそろマリアベルさんが派手に動きはじめます。

しかしブリュンヒルデ、更織姉妹、アイズ、セシリア、シールまで、さらに束も参戦するという過剰戦力にもはやイジメのような戦力差となってしまう。パワーバランスが完全にIS学園側に傾きました。それでも悪あがきするのが悪党ですが……。

そろそろこの戦いも終局です。でもまだアイズやセシリアの見せ場が残っているのでお楽しみに。

ではまた次回に!


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Act.122 「天衝」

 アイズ、セシリアの参戦はすぐにセプテントリオンの全体へと伝えられた。

 IS学園で戦っていたラウラや鈴はその知らせに喜びつつ、戦意を高揚させる。比較的近い場所にいたシャルロットたちも復活したセシリアの容赦のないレーザーの光を目撃してその頼もしさに安堵していた。

 

「うちのエースが来た。これでもうあっちは心配ないね、僕たちは僕たちの役目を果たそう。ここを抑えればこっちの勝ちだ」

「……あれはいったい……?」

 

 シャルロットの援護に回っていたナターシャがやや距離を置いて猛威を振るっている光の雨を見て頬を引きつらせていた。あんなどう見ても戦略兵器クラスの攻撃を平然と行う存在が信じられないのだろう。軍人だからこそ、単機で戦場を覆せる存在が異常に見えるのだろう。

 それも間違っていない。セシリア、アイズ、そして鈴が到達したISの第三形態とは、すなわち可能性の発露。操縦者と密接に繋がり、人機一体の境地、その止揚に至った姿だ。それがどんな形かは個々によって違う。鈴のように単純にスペックを跳ね上げる甲龍、数秒先の未来予知という特異性を見せ、一対一で無類の強さを発揮するレッドティアーズ。そして光という事象を統べて反則的なまでの汎用性と圧倒的な制圧力を持つブルーティアーズ。その境地へとたどり着くことは容易ではないが、至れば既存のISの常識をあっさりと破壊する。

 

「うちのエース級に常識を求めちゃダメだから。ああいうものだって思った方がいいですよ、精神衛生上、特に」

「………恐ろしい組織です。魔窟と呼ばれることも納得ですね。それと、あなたも軍人の私から見ても十分に異常ですよ?」

「え? 僕なんて普通ですよ、やだなぁ」

 

 あははは、と冗談を受けて笑うシャルロットは本気でそう思っていた。規格外が集うセプテントリオン、その中でも特におかしいセシリア、アイズ、鈴などと比べれば自分など常識人に違いないと確信していた。

 しかし、複数の重火器を同時に操り、同時に部隊指揮もこなすシャルロットもナターシャから見れば間違いなく規格外存在だ。正規の軍隊では重宝するというより持て余すレベルの逸材だろう。それもセプテントリオンはそもそも実証試験部隊という特性上、画一化されるのではなく個々の資質を優先した構成をしているという理由も大きい。

 そのため、通常の軍隊とは違うベクトルに進化した部隊となっていた。

 

「でもこれでこの戦いも終わる。問題なのはむしろこの戦域の掃討のほうかな……僕もシトリーもほかの皆もそろそろ補給がないとキツイし……」

「ほかの戦場はどうなっているのです?」

「IS学園は問題ない。あっちはもう既に過剰戦力が揃った。いろいろ予想外の援軍もあったみたいだけど、とりあえずは大丈夫……艦隊の本隊のほうもエース級が五機もいるから直に片付きます。こっちも超過剰戦力が揃っちゃったから問題ないです」

 

 現状だけ知らされたシャルロットも少々思うところがないわけではないが、アイズ、セシリア、一夏の他に亡国機業のシールとマドカ。この五人を同時に敵に回して勝てる無人機など存在しないだろう。そして艦隊などセシリアがいればただの的だ。

 IS学園のほうもラウラたちをはじめとした部隊と鈴の第三形態移行、そして同じく亡国機業による援護、ダメ押しに更織姉妹と生ける伝説ともいえる織斑千冬の参戦。これで負けるほうがどうかしている。

 今回の敵勢力…………おそらくIS委員会がバックにいるであろうことはわかっている。亡国機業の傀儡という線が濃厚だったが、シールたちがこちらに加勢していることを考えればおそらく分裂か裏切りでもあったのだろう。マリアベルに切り捨てられたか、それとも裏切ったかは知らないが、もしそうならば現状ではカレイドマテリアル社、亡国機業、IS委員会は三つ巴の関係だ。そしてこの戦場ではセプテントリオンと亡国機業は同じ敵を持ったことになる。亡国機業としても邪魔な委員会の戦力はこの機会に消したいはずだ。そのためにセプテントリオンの戦力を利用したと見るのが一番納得できる。

 懸念があるとすれば、この戦いが終わったその瞬間に亡国機業が敵対行動をするか、ということだ。むしろ今となってはそのほうが脅威だ。

 シャルロットからすれば大量の無人機よりもエース級が集う亡国機業を相手にするほうが怖い。もしこの襲撃が亡国機業のものだったならもっと効率よく無人機を運用し、そしてこちらの主力にエース級をぶつけてきたはずだ。かつてのIS学園への侵攻がそうだった。もし今回の戦闘で鈴、ラウラ、一夏の三人が抑えられただけで間違いなく劣勢、その上IS学園も半分は瓦礫になっていただろう。

 そしてアイズとセシリアが不在の中で最も脅威となるシールに強襲されればセプテントリオンでも半壊する危険がある。

 

 そんな存在が今は一時的とはいえ、こちらに加勢している。楽観したわけではないが、これでこの戦いは負けることはないだろう。

 

「そうなると一番の心配は僕たちか。余裕があるわけじゃないしなぁ」

 

 流石に戦闘時間が長すぎた。いくら継戦能力に長けていても補給なしではこれ以上の戦闘は厳しい。IS学園と一夏たちのほうは問題ないだろうが、さすがにここへの応援は難しいはずだ。つまり、ここがシャルロットたちの正念場だ。

 

「ここへの増援はないのですか?」

「あー、ないわけじゃないだろうけど、優先度は低いだろうね」

「それはなぜです?」

 

 確かに最重要防衛拠点とするIS学園と敵勢力の本隊ともいうべき艦隊の制圧を優先するのはわかるが、この二つの中間地点に位置して増援をシャットアウトする役目を担うシャルロットたちも無視していいものではない。ナターシャならIS学園の防衛をまず優先しつつ、シャルロットたちに加勢して徐々に本隊へと押し返すようにする。

 しかし、シャルロットはこの援護策の意図はよくわかっていた。

 

「IS学園とむこうには身内がいるから」

「身内?」

「うん、まぁ、うちの天才様はそういうところはブレないから」

 

 アイズとセシリアが来たことから、間違いなく束も来ているだろう。そして束が救助を優先するのは身内――――つまり箒や一夏といった存在だ。多少の戦略的な不利など関係なく束は束自身の価値観に基づいて優先順位を順守している。特に贔屓しているのはあとはアイズくらいだろう。決して軽んじているわけではないが、束の判断はそうした利己的な傾向が強い。

 だからIS学園にいる千冬のためにわざわざ新型をこしらえたり、少数で本隊に強襲をしかけた一夏たちの援護を優先したのだろう。あまり声に出して言うことではないが、セプテントリオンの一部の隊員は箒や一夏を優先して守るように命令されている。特に箒とよく接しているリタはたとえ死んでも箒を守るように命じられていることを知っている。それに思うことがないわけではないが、それ以上に束が「強ければ問題ない、恐怖や不安を感じるくらいならとっとと強くなれ」という言葉も間違っていないと感じていた。

 

「それにあの人の身内贔屓なんてわかりきってたことだし」

「酷いなぁシャルるん。せっかく来てあげたのに傷ついちゃうゾ!」

「ひゅい!?」

 

 突然背後からかけられた声にシャルロットが思わず上ずった声を上げてしまう。情けない醜態を晒してしまったことに顔を赤くしながら振り返れば、まるで幻影のように揺らめいて見えるISが浮遊していた。この至近距離でレーダー反応もなし。目視も惑わすような装備。こんなものをシャルロットは知らないが、こうした突拍子もないオーバースペックを当たり前のように使う存在などカレイドマテリアル社には一人しかいない。

 

「い、いたんですか……!? なんですその装備?」

「この間作ってみたステルスだよ。なんか亡霊もどきのほうもそういうの作ってるっぽいじゃん? でも私のほうが巧く作れるんだからね! えっへん!」

「そんな張り合いでとんでもないもの作らないで!? え、どういう原理なの? なんでこの距離でレーダーに反応しないの? なんで姿が霞んでるの!?」

「相変わらず面白い反応だねぇ、シャルるん。あと………久しぶりだね、なっちゃん大尉」

「あなたは……っ!」

 

 如何なる現象なのか、ぼやけるように霞む姿のISから聞こえてくる声にナターシャは反応する。その声は一度きりの邂逅であったが、それでも忘れることのできないものだ。

 

「……しの、……いえ、お久しぶりです。博士。その節はお世話に」

「うんうん、相変わらず頭が回る子は好きだよ?」

 

 この場で篠ノ之束の名を口にするマズさを悟ったナターシャは相変わらず底知れない畏怖を感じさせる束に少し引きつったような笑みを浮かべた。

 

「あとはここを一掃すれば負けはない。IS学園のほうはほぼ片付いたし、ちーちゃんに“剣”を送っといたからまず心配ない。敵旗艦のほうもアイちゃんとセッシーが向かったからノープロブレムだね!」

「あー、それは確かに心配いりませんね。あの二人が組めば問題ないでしょうし」

「ムカつくけど今は亡霊もどきも一応は協力関係だし。イリーナちゃんも節操ないよねぇ、ついでに後ろから撃てばいいのにさ」

「でも、アイズはそんなことしないんじゃ?」

「あの子、敵の天使もどきを口説いてる最中だからね。アイちゃんの人誑しも節操ないよね」

「あはは……」

「あ、シャルるん。スロット【C3】の兵装使用許可もらっといたから。と、いうわけでここはなんとかしといてね? 私は箒ちゃんが心配だからあっち行くから」

「あー、はいはい。わかりました。どうぞ」

 

 おそらく本当にただ寄っただけなのだろう。アイズとセシリアを送り届け、IS学園に向かう途中でシャルロットたちを見かけたからちょっと声をかけただけ。束としてはその程度の認識なのだろう。

 それはシャルロットたちを蔑ろにしているのではなく、信頼しているのだと好意的に解釈しておくことにした。

 

「そう拗ねないでほしいなぁ。戦力は置いていくからさ」

「戦力?」

「なっちゃん大尉、ちょうどいいからこれを返そう」

 

 束の纏っているISから小型のビットのような自立稼働している子機がパージされ、ナターシャの目前へとやってくる。そしておそるおそる差し出したナターシャの手に、銀色の十字架を置いていく。一見すれば装飾品にしか見えないそれの正体を、ナターシャは瞬時に悟った。

 

「これ、は……!」

「コアのプログラムにあったバグは洗浄した。そして“この子”の希望通りに、搭乗者データはあなたに適合したままになってる。この子を乗りこなせるのは、あなたってことだね」

「銀の、福音」

 

 かつて、ナターシャ・ファイルスが搭乗するはずだったアメリカの実験機。飛行速度に優れ、多数の砲口を持つ高速砲撃型実験機。その起動実験において暴走を起こし、凍結処分とされた曰くつきの機体。

 しかし、真実は違う。アメリカ軍の内部に巣食った亡国機業の謀略に利用され、そこへ介入した束によってコアは秘密裏にカレイドマテリアル社へと接収された。コアだけになり、機体は凍結されたために束は素体から新たに銀の福音と呼ばれたISを再現した。もちろん、ただの再現などではない。コンセプトはそのままに、束の思うようにコスト度外視、先行技術を投入して製造された実験機。ある意味ではオーバー・ザ・クラウドのように、ただ技術だけを詰め込んだ理想機体。

 

「コア以外は作り直したからほとんど別機体だけどね。コンセプトはオーバー・ザ・クラウドとラファール・リヴァイヴtype.R.C.の融合。高機動高火力を両立した戦略級強襲機だね!」

「あ、これってヤバイやつだ……」

「欠点は燃費が高すぎるってこと。全力だと五分でエネルギー不足になる」

「1か0かぁ……、相変わらずとんでもない設計思想……」

「まぁ、最後の詰めなら問題ないでしょ。これで残りを駆逐しておいてね。あ、あと大丈夫だろうけど頭上に注意。それじゃあね~」

 

 束がぴゅーっという音が聞こえてきそうなほど軽快にIS学園のほうへと飛翔していく。そして数秒もしないうちに視認していたはずのその姿が溶けるように消え、同時にレーダーからもその反応が完全に喪失する。恐ろしいまでのステルスにシャルロットは力なく傍観せずにはいられなかった。

 

「まぁ、戦力を届けてくれただけ優しいかな、うん。そう思うことにしよう。あと頭上も注意しておこう。あの人、大事なことはサラッと言うタイプだから」

「あの……いいのかしら? 私が、この子を使っても……」

 

 よほど驚いているのか、先程までの固い口調が崩れていた。おそらくこれが素のナターシャに近いのだろう。もともと上下関係が希薄なセプテントリオンに所属するシャルロットは対して気にしない。しかし問題は別、その問題の大きさにシャルロットも困惑していた。

 いいのか、と聞かれればブラックに近いグレーとしか思えないシャルロットは曖昧に笑うだけだ。凍結されたはずの銀の福音を使うことははっきり言ってまずい。姿形はそのままということはなさそうだが、類似点からいらぬ疑念をもたれかねない。むしろ本当にコアを強奪したに等しい行為をしているためにそれはまずい。しかし、ここで対多数戦を得意とする機体の参戦は魅力的だ。迅速に残りの敵機を排除したいセプテントリオンとしては是非とも欲しい戦力だった。

 

「ここであの人がこれを渡したってことは、なにか策があるはず……そのはず、だと思う、と……信じたい、から……使って、みます?」

「…………毒を食らわば皿まで、というやつね。わかったわ。私も最悪、軍法会議も覚悟するわ」

 

 銀の福音の存在が露見すればコアを提出したナターシャにも命令違反、いや、反逆罪が適用される恐れがある。軍内部の清浄化がされないうちはナターシャの身にも危害が及ぶ可能性が高いが、しかしここで躊躇う程度の覚悟なら最初からこの戦場に来たりはしない。

 ナターシャは纏っていたISを躊躇いなく解除する。素顔とともにインナースーツ姿となったナターシャが空へ投げ出されるが、すぐさま新たなIS――――生まれ変わったかつての愛機を起動させる。

 以前と同じ銀を基調とした配色は変わらずだが、ところどころ赤く光るラインのようなものが走っている。翼、というよりは全身を覆うローブのようにアンロックアーマーが連なるようにして本体を守護するように囲っている。そしてそのアンロックアーマーの裏側にはびっしりと無数の砲口とブースターが隠されている。

 

「登録機体名称は【シルバリオ・アフレイタス】………銀の啓示とは、洒落ているわ」

 

 機体出力、武装等、スペックはかつての銀の福音とは比較にならない。数値上でのおおよそ倍以上の性能、少し動いただけで振り回されそうな高出力と、これだけの数の重火器を内包した砲甲一体の鎧。

 高い防御力を持つ装甲と重火器を同一とし、機体出力と重火器を両立させるというブッ飛んだ設計思想。ごく短い時間しか稼働しないという決定的な欠点こそあれど、オーバー・ザ・クラウドとラファール・リヴァイヴtype.R.C.の融合という言葉は間違いではない。

 

「半年以上も、待たせたわね、ゴスペル……いえ、銀の啓示……“アフレイタス”。一時だとしても、私と一緒に戦ってね?」

 

 戦闘機動へと移行。すべての火器のロックを外す。搭載された無数の砲口が前方に展開する残存勢力を捉える。高速飛行とともに半数の火器を斉射する。大量の圧縮されたプラズマ収束弾が降り注ぎ、命中した機体の手足を爆散させる。そして残りの火器による連続発射。二回目の斉射で確実に敵機を撃破する。

 多重連装による連続的な面制圧。これらを単機で実行できる強襲機。投入するタイミング次第とはいえ、間違いなく戦略的運用を目的とした機体だ。

 

「またとんでもない機体を……」

「どうするの、シャル?」

「味方なんだし、今は喜んでおこうよ。それに許可も出たし、僕も前に出る。シトリー、援護を任せたよ!」

 

 切り札の使用許可をもらったことで後方からの砲撃に徹していたシャルロットもついに前に出る。あのナターシャとシルバリオ・アフレイタスのおかげで残りの掃討は時間の問題ないだろう。そこにシャルロットが加われば一気にこの場の制圧ができる。

 これまで使う機会のなかった切り札、最後のカタストロフィ級兵装の封印を解除する。

 

「カタストロフィ級兵装、スロット【C3】解放。―――さぁ、この戦いを終わらせるよ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ISというのは基本的に個々の性能を前面に出した単機戦力としての傾向が強い。

 もちろん複数の機体による連携も日々研究がなされ、軍隊による装備の統一化や通常兵器による支援行動なども存在しているが、それはISという存在に対しあまりにも脆弱だった。

 そして、イリーナが新型コアを世界に拡散させる前はそのコアの数の絶対数が決まっていたために複数の使用ではなく単機による強化が優先されていた。そのため、特に第三世代にもなれば実験機の側面が強化され、特化型など個性的な機体が多く作られることになった。

 それゆえに、優先された個々の戦力の代償として連携に不向きな機体が多く作られ、単機としての運用のほうが戦果を出せるという歪な状況が生まれた。白式など、その能力を考えれば連携する機体も危険というレベルで単機戦に特化している。

 ISコアが不変でなくなったことで、多くの国では連携、つまりは数を揃え、戦力を増強する研究が本格的に行われるようになった。それらをいち早く確立させた先駆者となるのがセプテントリオン隊。汎用量産機による装備、規格の画一化とそれに伴う連携力の強化。状況対応力、そしてISの強みでもある“突き抜けた一”である専用機を中心とした部隊規模の運用。新型コアの発表以前、ずっと続けられた試験部隊での役目でもあった。

 鈴の甲龍は例外となるが、アイズやセシリアのティアーズ、シャルロットやラウラの機体はこうした背景から部隊連携も前提にした機体性能を持っている。

 そして別格ともいえる専用機同士の連携においては、双子機とされるティアーズが最高峰なのは間違いない。機体も、そして操縦者も特別といえる二機は言葉など必要としないほどに意思疎通がなされ、どんな状況でも対応できる柔軟さ、そして二機共に第三形態に到達しているという戦略級の働きが期待できるセプテントリオンの切り札といえる。

 それはこの二機の機体性能、そして操縦者の力量も大きな要因だが、それでも遠近というタイプの違いという理由も大きい。特に近接戦闘はアイズのレベルにまでなると彼女の反応速度と連携を取れる存在すら稀有だ。

 

 しかしそれは、ただひとり―――アイズ・ファミリアを超越する存在が加わることで新たな境地へと至っていた。

 

「甘すぎる。VTシステムといってもその程度ですか」

「ボクたちの相手になるには、遅すぎる!」

 

 二人の金色の瞳の煌きが空を奔る。

 人造魔眼を解放した二人には、もはやVTシステムですらその速度域に追随することすらできていない。むしろ機械ゆえにそのパターンを完全に解析されているためにこの二人にとっては案山子同然の存在にまで成り下がっていた。

 本来は敵同士であるこの二人―――アイズとシール。普通なら足を引っ張るだけとなるヴォーダン・オージェ持ちとの近接連携。互いが同じ瞳を持ち、幾度となく戦ってきた宿敵であるはずの二人はまるで互いに分かり合っていると思えるほどの完璧なコンビネーションを見せていた。

 剣を振るうわずかな隙間にもう一人がさらに一閃を合わせてくる。無人機が攻め入る隙を互いに潰し合い、無駄な動きも一切しない。二人に近づいていく機体はその全てが一合で解体され、遠距離からの砲撃もすり抜けるように回避される。そして上空からは絶えず第三形態に移行したブルーティアーズによる光の雨が降り注いでおり、そのレーザーを縫うように積極的に突撃をしかけるアイズとシールの二人を止める術など存在しなかった。

 セシリアが嫉妬してしまうそうになるほどのアイズと絶妙な連携をするシールは蔑むように残る無人機を見ながらそのようやくその動きを止めた。彼女の背後では切り裂かれ、バラバラに解体された機体が海へと落ちていく。残っていた機体もすぐに上空から放たれたレーザーに貫かれて海の藻屑となり果てた。

 三分。アイズ、セシリア、シールがこの戦場に来て、わずかそれだけの時間で無人機を掃討した。

 

「………こんなものですか。私が出張る必要もなかったですね」

「でもシールのおかげですぐに終わったよ。やっぱりすごいね」

「褒めてもなにもしませんよ」

「握手くらいは?」

「しません」

「じゃあ今度お礼にどこか食べに行こうね!」

「話を聞いていたのですか、次からはフラワーヘッドと呼びますよ」

「えー、ボクとのデート、そんなに嫌?」

 

 フレンドリーに接するアイズと、ぶっきらぼうにしながらもそれでも笑みを浮かべているシール。いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか、と見ていたセシリアも少し首をひねっているようだった。第三形態を維持したままセシリアも上空からゆっくりと降下する。

 

「俺の出番すらなくなったな。……流石というか、なんというか」

「おや一夏さん。お疲れ様です」

「セシリア……元気そうでなによりだ。心配したぞ?」

「ご心配をおかけしました。不甲斐ないところをお見せして恥ずかしい限りです」

 

 いつものように品の高さを感じられるセシリアに一夏もひとまずは安心したといったところだ。しかし、それでも未だ復調はしていないのか、それともこの第三形態の維持が消耗するのか、セシリアの顔には少し汗が浮かんでいる。やはりまだ本調子ではないのだろう。

 

「その状態のままで大丈夫なのか? 負担がでかそうだけど」

「少しきついですが、まだ終わっていませんから。遅れた分、最後は私が対処しませんといけませんわ」

「最後? まだなにかあるのか?」

 

 周囲の無人機は殲滅したし、あとは艦隊を制圧するだけだが無人機がいなくなればそれも容易い。セシリアが能力維持をしてまで対処しなければならない事態などそうそうないはずだった。

 しかし、一夏も想像していなかった最悪ともいえる脅威が迫っていた。セシリアは苦笑しつつ、そっと指を空へと向ける。

 

「なんだ、まだ無人機でも襲ってくるのか?」

「もっと素敵なものですよ」

 

 一夏が改めて夜空を注視する。肉眼ならともなく、ISのハイパーセンサーを使えばなにか異常があればすぐにわかるはずだ。

 

「…………ん?」

 

 そして一夏がそれに気付く。なにかはわからないが、なにか小さく赤く光るものが見える。ジャミング圏内のためにレーダー関連の装備は役に立たないが、視覚情報から見てもあれは明らかに星ではない。もっと別のものだ。そしてそれはだんだんと大きくなっているようで…………いや、それ自体が、近づいているようだった。

 

「なんだあれ………白兎馬、解析できるか?」

『人工物の可能性大。サイズと質量から人工衛星と推定。予想瞬間破壊力、TNT火薬換算、最大3メガトン』

「へぇ…………っておう!?」

「もし落下したらたとえ海に落ちてもIS学園の崩壊は免れません。場合によっては津波より先に衝撃で吹き飛ぶかもしれません」

「な、なんでこんなときに!? ま、まさか……!」

「言っておくが、我々ではないぞ」

 

 心外だ、というようにマドカが口を挟んでくる。確かに怪しいがそれでも人工衛星を落とそうとするならこんな場所に来たりはしないだろう。

 そしてマリアベルも、こんな大雑把、かつ品のない手段で決着を付けようとするとは思えない。楽しいか楽しくないか、そんな子供のような感性を持つマリアベルはこんな手は使わないだろう。

 

「おそらく委員会の馬鹿たちでしょう。よほど私たちが邪魔のようですね。無人機でダメだったときの保険でしょうね」

「そのために人工衛星ひとつを捨て駒にするなんて……」

「亡国機業もこうなることを知っていたのか?」

 

 驚かないところを見るとマドカもシールもこの事態をある程度わかっていたように見える。しかし、それならどうしてここに来たのか。IS学園が危険ということはその周囲にいる自分たちも危険ということだ。いくらISでも大質量の落下の衝撃を耐え切れるかと言われれば不安は尽きない。ISは破格の性能を持つが、それでも限界があることをこの場の全員が知っている。

 

「――――時が来れば明かせと言われていますから言っておきますが、私たちの任務はあなたたち、カレイドマテリアル社を援護して委員会の戦力を排除することです」

「人工衛星の落下も聞いている。思ったように行動しろと言われているがな……。お前たちに協力しても撤退しても、その場で判断しろと」

 

 シールとマドカの言葉を信じれば、やはり亡国機業の目的は無人機の殲滅。つまりは傀儡としていたが離反したIS委員会の戦力の排除が目的らしい。それはいい、少し考えればわかることだ。

 おそらくイリーナと何かしら取引したのだろう。そうでなければセプテントリオンにIS学園への襲撃犯以外とは交戦するな、状況によっては協力しろ、などという不可解な命令など下されないだろう。これについては数に劣っていたセプテントリオンも亡国機業も利害は一致している。

 それでも、人工衛星を落下させることまで察知していながらなにか手を打っているようには見えなかった。

 

「………さらに言えば、人工衛星の対処はどうせあなたたちがするだろうからしっかり“見ておけ”とも言われていますがね」

「うわ、ここまで堂々としたスパイ、ボクはじめて見たよ」

「呆れる前に感心すらするな、おい」

 

 本当に意地が悪い。シールたちは無人機を殲滅する理由はあってもIS学園を守る理由はない。しかしセプテントリオンにとっては第一の目的は無人機の殲滅ではなく、IS学園を守ることだ。そして占拠されていたから奪還のために邪魔な無人機を破壊する必要があった。セプテントリオンと亡国機業では利害は一致していてもその意義は大きく異なっていた。

 そしてIS学園を守るセプテントリオンとしては人工衛星の落下という事態に対処しなくてはいけない。たとえ敵となる亡国機業に手の内を見せることになったとしても、それは優先しなければならないことだ。

 マリアベルの考えそうなことだ。姑息というより悪知恵というような印象を持つのは、能天気そうな人柄のせいだろうか。

 そしてそれを理解したからといってどうにかできるわけでもない。それもまた意地悪さが満載だった。

 

「どうするんだ? 実際、どうにかできるのか? なんか、こう、ハッキングして軌道を変えるとか?」

「ハリウッド映画なら面白いクライマックスになりそうですが、ここまで近づいては遅すぎますし、海に落ちては結局被害は免れません」

「じゃあ、どうするんだ? 一応、俺も切り札は残っているが……突っ込むか?」

「そんなことしたら一夏くんバラバラだよ?」

 

 いくら規格外の性能を持つ白兎馬でもファイナリティモードで突撃すれば多少は破壊できるかもしれないがあの大質量に激突してタダで済むとは思えない。そもそも落下してくる人工衛星に接近戦など無謀だ。

 

「じゃあ撃ち落とすのか? そうか、あの艦になにかすごいビーム砲でも!?」

「スターゲイザーに攻撃手段はありません」

「じゃああれだ、セシリアのプロミネンスで……!」

「さすがにあれだけの質量を撃ち落とすには出力不足ですね」

「じゃ、じゃあどうするんだ!?」

 

 焦る一夏を見てセシリアはおかしそうにくすくすと笑っている。

 

「大丈夫。そのための私です」

 

 セシリアは微笑むとゆっくりと機体を上昇させる。同時に第二単一仕様能力を発動。光を操り、セシリアの周囲に光を材料に様々な形状の光装甲を作り出していく。その大小さまざまな光装甲をまるでパズルのように組み合わせ、次第にひとつの巨大な砲身を作り上げていく。

 

「きれい」

 

 そんな光景をアイズがうっとりするように見惚れていた。確かに、光が集まり、形作られていく光景は幻想的ですらある。美しく、それでいて無駄のない洗練された技術で編み出されたそれは力強さよりむしろ儚さと美しさを感じさせる。

 

「チャンバー形成、光子圧縮開始」

 

 しかし、ヴォーダン・オージェでそれを見つめていたシールにはそれがどれだけ恐ろしい代物であるのかよく理解できていた。

 

 

(―――光で砲身を形成……この砲身自体がそもそもありえないほどのエネルギーの集積体。解析でもダイヤモンドを軽々と超える強度。こんなものをあっさり作るとは、……やはり化け物ですね)

 

 

 しかも光であるがゆえに重さなんてあってないようなものだ。物理法則に喧嘩を売っているかのような事象を完璧に使いこなしていることも脅威だった。

 

「ライフリング形成」

 

 次に現れたのはまるで日輪のような輪っかだった。もちろんこれらも光で作られており、淡く光る巨大なリングが背部に形成される。それがゆっくりと回りだし、速度を上げてまるでドリルのように激しく回転する。その回転エネルギーを加えた余波がプラズマとなって放出され、そこで発生したエネルギーの大半がセシリアの前方に形成されている巨大な砲身へと注ぎ込まれていく。

 ここまで見れば誰でも理解しただろう。セシリアは、ただ“光”だけで巨大な大砲を作り上げたのだ。

 

「ぐっ……!」

「なんてエネルギー……!!」

 

 セシリアから放たれる余波で一夏たちも後退してしまうほどに恐ろしい可密度のエネルギーがさらに収束されていく。ライフリングによって精製されるエネルギーも破格だが、この光砲そのものが圧縮された高エネルギー体だ。エネルギーの変換効率もほぼ百パーセント。すべてを光で賄うこの砲撃の威力は、ヴォーダン・オージェの解析でも推し量れない。

 

 そして両腕を掲げたセシリアと形成した砲身との間に美しくも禍々しく光る球体が顕現する。それはただしく光の結晶。光という万物を照らし、導く天からもたらされた根源がその貌を現した。

 

「…………さすがにここまでのものはきついですわ。……アイズ、照準補正を手伝ってください」

「任せて!」

 

 見とれていたアイズが機体を上昇させ、セシリアを追い越して出来る限り上空へと昇っていく。未だ遥か彼方にいるが確実にこちらに迫ってきている人工衛星をその視界に捉える。常人では見えない距離でも、金色の魔眼にはそのかすかな挙動を捉えてそのすべてを解析する。

 その解析したすべての情報をISコアリンクを通じてセシリアへと送る。アイズから送られてきた情報をもとに照準を補正していく。

 

「照準、誤差修正。――――圧縮臨界、突破。皆さん、退避してください」

 

「――――ッ!!?」

 

 全員が本能的に危険を察して大急ぎでその場から離脱する。上空にいたアイズも素早く距離を取っていた。それを確認したセシリアはその抽出した莫大なエネルギーを圧縮したスフィアをついに――――解放する。

 

 

 

 

 

「Let there be light」

 

 

 

 

 それは果たして砲撃と呼べるものだったのだろうか。瞬間、一帯を暴力的な光が蹂躙し、それらがまるで意思をもつかのようにただ一点へと収束していった。まるで神話で描かれる天罰のように事象そのものを捻じ曲げ、空すら抉り取るような光の矢が天へと昇っていく。

 雲を一瞬で消滅させ、瞬時に成層圏も貫く。

 目も開けていられないような光の暴威の中、その金色の魔眼を持つアイズとシールは確かに見た。

 

 天を衝いた光の矢が、寸分違わずに人工衛星に命中――――その大質量のほとんどを蒸発させ、霧散させ、そしてそのまま宇宙の闇へと吸い込まれていった。

 

 

 

「さすがにこれ以上type-Ⅲの維持もできませんね……、しかし、これで遅れた分の働きはできたでしょう?」

 

 柔らかく微笑みながらセシリアが軽い調子でそんなことを口にした。おそらく、セシリア本人も今の事象がどういうものなのかわかっているだろう。それを誇示することもせずに、淡々と言う姿にシールですら底知れなさを感じて背筋を寒くした。

 無邪気に「すごいよセシィ!」とはしゃぐアイズが羨ましいと思うほど、シールはセシリアに畏怖を覚えていた。

 シールはたった今目の前で起きた事象をすべて解析し、そして結論に至る。

 

 

 

 

 ――――あれは、人のできることではない。あれは、もはや神か悪魔の御技だ。こいつは、本当に人間なのか……?

 

 

 

 

 人造の存在であるシールが言えたことではないかもしれないが、それほどまでにセシリアは異常だった。これほどの力を見せつけられ、シールですら表情を強ばらせていた。

 

 マリアベル――――魑魅魍魎が跋扈する世界の裏側を支配する正真正銘の魔女。その血を継ぐ少女の、なんと恐ろしいことか。

 

 

「……さて」

「………!」

「満足でしょうか? これであなたたちの主にもいい報告ができるはずです。“お母様”に、よろしくお伝えください」

 

 

 天より与えられた光を、天へと還す。

 

 そんな奇跡の光景を生み出したセシリアの微笑みが、シールには自身の主――――マリアベルの蠱惑的な笑みと同じに見えていた。

 

 

 




今月の出来事。

決算時期による残業。新プロジェクトのための出張。異動者の送別会幹事。etc。

イベント盛りだくさんだったぜ!


なんとか最新話を更新できました。
次話はこの戦いの裏のエピソード。人工衛星落下やイリーナ、マリアベルの暗躍、亡国機業との協力の取引等ドロドロ満載の話になる予定。戦闘は九割方終了です。あとは盛大にラストバトルへのフラグを建てつつアイズがシールとじゃれつつ次章へと移っていきます。

セッシーがとんでもないことになってますがこれでもマリアベルさんが格上。どんだけチートなんだあの人。マリアベルさんは正真正銘、最強のラスボスとして君臨してもらう予定。

次の亡国機業との戦いがいよいよ最終決戦となります。

その前にアイズによるシール攻略編があったりしますが、最後に向けてがんばって書いていきたいデス。

それでは、また次回に!


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Act.123 「魔女の鍋の下拵え」

 時を遡ること一時間ほど。

 

 雲の上でアイズとじゃれあうように戦ったシールは、特別に許可された艦の格納庫でアイズ、セシリアの二人と向かい合っていた。束は関わり合いになりたくないようで操舵室のほうに篭っている。

 シールはISを解除して戦闘の意思がないことを示しているが、格納庫の隅のほうでセシリアがいつでも制圧できるようにライフルを手にしながら監視していた。シールがなにか行動しても確実にセシリアの狙撃が間に合う絶妙な距離を保って立っている。それ自体はシールも当然と思っているのだろう、大して気にした様子も見せずに自然体のままでいる。

 そんなシールの目の前には嬉しそうに笑うアイズがいる。アイズは目隠布こそしていないが、両眼はしっかりと閉じられておりなにも見えていない。それでもシールのほんのわずかな仕草や挙動に反応して一喜一憂するようにコロコロと表情を変えている。

 

「ふふっ、嬉しいなぁ、シールが一緒に戦って欲しいなんて言ってくれて」

「その緩んだ表情をやめてもらえますか。こちらは上からの命令です。あなたに感謝されることではありません」

「ボクは嬉しいだけだよ?」

「…………」

 

 シールは思わずため息を吐く。

 わかっていたはずだが、アイズのこの思考回路は理解の外だった。いや、なんとなくはわかっている。裏表のないアイズが、ここまでわかりやすく意思表示をしているのだ。隠す気のない好意。邪気のない言葉と表情。これで気づけないほどシールは鈍感ではない。

 

「私はあなたと馴れ合うつもりはありません」

「わかってる、わかってるって」

 

 まったくわかってなさそうなアイズにシールは苛立ちより困惑を覚えてしまう。アイズがどうして自身にここまでの親近感を抱いているのかわからない。

 

「前から聞きたかったのですけど……」

「ん?」

「私はあなたの敵です。あなたの人生の半分と、その眼を犠牲にして生み出された存在です。謝るつもりなどありませんが、あなたは私に恨み言のひとつも言いません。なぜですか?」

「え? 恨み言? なんで? ボクを、ボクたちを苦しめたのはシールじゃあないでしょ?」

「………同じことだと思いますがね」

「ボクだって聖人じゃないもん。ボクを苦しめて、この瞳を金色に改造したやつらは死ぬほど嫌い。うん、………憎んでる。殺したいくらい」

 

 それはシールも意外と思えるアイズの憎悪という感情の発露だった。一度アイズの精神とリンクしたシールにはもちろん人畜無害そうに見えるアイズの奥底には毒々しいまでの怨嗟の感情があることを知っている。しかし、実際にそんな感情が表に出た姿を見たことははじめてだ。純粋な怒りこそあれ、ここまで暗い感情を見たことはなかった。

 そして、シールはアイズがそんな感情を表すことに言いようのない寂しさを覚えてしまう。

 ふとセシリアを見れば、同じように悲しそうにアイズを見ていた。

 

「正直に言えば、シールに思うことがないわけじゃない。でも、ボクはそれ以上に、あなたに親近感を抱いてる…………どうしてだろう。うん、そうだね、きっとボクは、あなたと友達になりたいと思っている。だからシールと一緒に戦えることが、嬉しいんだ」

 

 アイズも自分の感情を整理しきれていないのか、頷きながら言葉を紡ぐ。くすぶっていたものを言葉にする。ただそれだけのことなのに、それがどれほど難しかったか、どれほど戸惑ったのか。そうしたものすべてを含めて受け入れたアイズは、どこかすっきりしたように先程までの暗い色がまったくない清廉な笑みを浮かべていた。

 そのあまりの邪気の無さに、シールのほうが圧倒されそうになるほどに。

 

 アイズは無邪気では決してない。しかし、邪気を受け入れ、それを埋め尽くすほどの愛情を同時に宿している。それをわかってしまうシールは、不幸だったかもしれない。

だから飾らないが無垢すぎるアイズの言葉を深読みしてしまう。

 

「うん、ボク、シールと一緒にいると、嬉しい。戦わないのならなおさら」

 

 ――――その満面の笑みをやめてほしい。

 

「ボクとあなたは、きっといい友達になれると思う」

「…………戯言を」

 

 シールは、自身の胸の奥底で疼くなにかを無視した。そう、この高鳴りなど、きっと気のせいだから。

 セシリアが何やら頭を抱えて「また悪い癖が……」とつぶやいているが、シールには気にしている余裕はなかった。取り繕うようにコホンとわざとらしく咳をして話題を切り替える。

 

「あなたと語らうために来たわけではありません。本題に入ります」

「……ん、そうだね」

 

 アイズも優先順位をわきまえているためにこれ以上なにか言うことはなかった。しっかりと切り替えてこれからの戦場へと意識を向ける。未だ対応できる距離を維持したままセシリアが口を開く。

 

「先程の言葉の真意を聞いても?」

「そのままですが?」

「共に戦う……共闘するというのですか? これまで幾度となく争ってきたあなたたちに背中を預けろと?」

 

 セシリアは露骨なほどに敵意と皮肉を混ぜて言葉を吐く。アイズではこうした挑発や腹芸はできないが、セシリアはむしろ腹の中の探り合いは慣れている。まるで人形のように無表情を貫くシールをじっと観察しながら反応を待つ。そんなセシリアに対し、くだらない口論に付き合う気はないというように素っ気なく返答する。

 

「別に信頼関係など必要ないでしょう。たまたま敵が同じだから互いに利用したほうが効率よく害虫を駆除できる。それだけです」

「よく言えたものです。あなたたちがしてきたことを棚に上げて」

「それはあなたたちも似たようなものでしょう? あの人は世界を玩具にしているだけでしょうが、世界を思うままに変えているという点ではそう違いはないでしょうに」

「………今回も、あの人の……“お母様”の命令なのですか」

「………」

 

 そのセシリアの問いかけに答えず、ただ首肯する。セシリアが小さく息を吐くとわずかに見えていた焦燥の色が消え去っていた。シールはセシリアの心拍数から緊張度合も判断できていたが、まったくの平静に戻ったことを察知して内心でそんなセシリアのメンタルを評価していた。

 どうやら、完全に吹っ切れた――――覚悟を決めたようだ。

 

 マリアベルの、思惑通りに。

 

「あなたのほかには?」

「私以外に他三名――――既にIS学園へ向かっています」

「なるほど……」

「個々の判断で行動しろと言われているので、詳細までは知りませんがね。もしかしたらオータム先輩なんかは多少の敵対行動を取るかもしれません……あの人、沸点低い脳筋ですから。まぁそれでも、一応はそちらを援護するつもりです」

「頼もしいね!」

「アイズ、ここは私に任せてもらえますか?」

 

 呑気なアイズをたしなめるようにセシリアが視線を向ける。アイズも少し気まずそうにしながら口を閉じる。アイズ個人としては、そしてアイズの直感としてもこのシールの言葉に嘘はないように感じる。しかし、人間は嘘など吐かなくても人を陥れることができるのだ。

 それこそイリーナやマリアベルに言わせれば嘘に頼らなくてはならない人間など小悪党になれても悪党にはなれないなどと言いそうだ。

 

「はっきり言わせてもらいますが、あなたの言葉を信用はできません。それはあなた個人に対してではなく、あなたにその命令を下した人物に対して、ですが」

 

 このセシリアの言葉にシールも、そしてアイズもわずかに表情を変える。セシリアは、母親を信用しない。そう言っているのだ。

 

「そして、こんなものまで知っていながらなにも対抗策をしていない時点で、IS学園はどうなってもいいという証拠でしょう?」

 

 セシリアの手元に展開された空間ディスプレイには明らかにおかしい軌道を取っている人工衛星が映っている。人為的に工作された痕跡もあり、その落下軌道の先がこのIS学園という時点で狙いはひとつしかないだろう。

 シールから渡されただけの情報。つまり、亡国機業はここまでの情報を得ていながら何一つ対処行動を取っていない。一見すれば協力してくれているように見えるが、その本当の意味がわからないセシリアではない。

 

「確かにあなたにはこちらに敵意はないようですし、援護してくれるというのも本当なのかもしれません。ですが、その結果、得をするのは誰になるのでしょう?」

「誤解を恐れずに言えば、亡国機業にも、あなたたちにも得はなるでしょう。しかし、あえて言うなら亡国機業にとっての利が最も大きいです」

「ええ、そうでしょうね」

 

 このあたりになるとアイズは首をひねり始める。二人の話は理解できるが、その背景まで考えが及ばないのだ。

 

「今回のことで、カレイドマテリアル社の保有する戦力のほぼすべてを投入しています。IS学園の喪失は絶対に避けねばならないことですから社長の判断も妥当……いえ、英断でしょう。そのリスクを理解した上で判断されたことでしょうから」

「対する我々は要らなくなった駒の処分を手伝うだけ。同時にあなたたちの戦力分析も出来るというわけです」

「ええ、そして、――――――」

 

 セシリアの告げた言葉に、アイズは思わず振り返る。目は隠していても、その驚愕は強く伝わってくる。セシリアも今言ったことはただの推測、しかし同時に確信すら抱いていた。

 セシリアは、マリアベルを、――――母、レジーナ・オルコットを完全に敵として認識したことでこれまで見えてこなかった亡国機業の思惑が感じ取れるようになっていた。

 一見すれば無駄な行動。中には本当に気まぐれで行ったものさえあるだろう。レジーナは猫みたいに気まぐれでどんなことでもするだろう。ただ、面白そうだという理由だけで簡単に幾人もの人間を不幸にできることを行える。

 そんな人間が、自分の母親であること――――それを受け入れるまで、いったいどれほどの葛藤があったのかシールにはわからない。それでも、アイズほどではないにしろ洞察力に優れるシールから見ても今のセシリアに迷いも動揺も感じられない。

 

「お母様は………あの人は、そんなことも簡単にやってしまうでしょう。心理的なブレーキがない天才ほどタチの悪いものはありません」

 

 そうした意味では束も同類に近い。自他共に認める自己中心的な判断を好み、身内を深く愛する余りにそれ以外の人間にはまるで無頓着となる。自分と関わりのない他人がどれだけ不幸になろうとまったく関心しない。

 そんな人間が、世界を簡単に混乱させることができるほどの頭脳を持っているのだ。これを悪夢と言わずになんと言おうか。

 篠ノ之束という人間の側には本人が欠如しているストッパーとなる人間が多くいる。実務的な立場では共犯者ともいえるイリーナが束の技術の演繹を調節しているし、なにより精神的な立場では束が特に可愛がっているアイズがいる。

 好き勝手やっているとしても、そのさじ加減はイリーナが掌握しているし、アイズを贔屓することで暴走する頻度もかなり抑えられている。危うさは変わらずとも、周囲がうまくコントロールしているといっていいだろう。

 

「でも、あなたたちは誰もお母様に提言すらしないのでしょう? あなたたちが少しでも……」

「黙れ」

 

 多少の八つ当たりも混ざっていたであろうセシリアの言葉に、シールが珍しく感情をあからさまにして威嚇するように強い口調で言った。その金色の眼は輝きを増しており、シールの感情が高ぶっている証だった。見ていたアイズでさえ咄嗟に構えてしまうほどシールからは威圧と敵意が放たれていた。

 

「あの人を、わかっているような口を利くな……!」

「…………」

「娘だろうが、誰だろうが、あの人の敵に、私は一切情けをかけない。言葉に気をつけろ。次はその首を落とすことになるかもしれませんよ」

「……ずいぶんと心酔しているようで」

 

 母にここまで入れ込んでいるシールを目の当たりにするとセシリアにも複雑な感情が湧き上がるようだった。これは怒りだろうか、悲しみだろうか、それとも嫉妬だろうか。自分が知らない母の姿、それを知っているシール。思い出の中の母と、現実に敵として立ちはだかっている母。どちらが本当なのか、セシリアには未だにわからない。

 それでも、この十年近く、おそらくは母と共にいたシールに向けられる怒りは、これほどまでに受け入れがたい。

 

 わかっているような口――――たしかにそうなのだろう。真意がわからないセシリアにとって、血を受け継いだはずの親子でもその真実を推し量ることはできない。

 

 なら、シールはなんなんだ?

 

 シールは、いったい何を知っているというんだ?

 

 そんな疑問が苛立ちと共にセシリアを蝕んでいく。セシリアも無自覚にシールに負けず劣らずの敵意を発して一触即発の重苦しい空気を作り出していた。

 

 

「二人とも、やめて!」

 

 

 そんな空気を吹き飛ばしたのはある意味では一番無関係といえるはずのアイズの声だった。マリアベルと間接的にしか関わり合いのないアイズにとって、直接関係しているシールとセシリアの睨み合いをやめさせる言葉は持ち合わせていなかった。今はこんなことをしている場合じゃない、という理屈で言ってもわだかまりの感情は残る。

 しかし、アイズはただ自身の感情に従って叫んだ。それは理屈ではなく感情で争っている二人を止めるには理詰めでは無理だと思ったから、ということもあったが、それは明確に考えてのことではなかった。ただただ、アイズは直感に従っただけだった。そんなアイズの言葉は自然と荒ぶっていた二人の心に染み込んでいく。

 

「セシィも、シールも! あの人のことを思うことはわかる、でも! それは二人が戦う理由じゃないでしょ?」

 

 マリアベルを肯定するシールと、どちらかといえば否定しているセシリア。この二人が戦ったところでそれは自己満足以外のなにものでもない。異なる意見の者を力で屈服させるという野蛮な行為には違いないのだ。もともと冷静で頭の回転の早い二人はアイズの言葉からすぐにそう思い至り、自身の不甲斐なさを感じつつゆっくりと戦意を萎えさせた。

 

「それに二人が戦ったらボクは悲しい」

「………それが本音ですか」

「すみませんアイズ。頭に血が上ってましたわ」

 

 気が削がれたシールが呆れたようにのほほんと宣うアイズを見てため息を零す。たしかにここで争っても意味はない。アイズのような頭がお花畑のような理由からではないが、冷静になって感情を抑制する。

 

「……話を戻しましょう。どうあれ、あなたたちを援護することが命令です。疑うのなら背中から撃てばいい。それでどうにかなるわけでもありませんしね」

「………ふん」

「それに直にこの馬鹿げた戦いを仕組んだ人間はいなくなります。おのずとこの戦いも収束するでしょう」

「それはどういうこと?」

 

 この事件の背景を完全にはわかっていないアイズが疑問を口にするが、シールはどうでもよさそうにそれを明かす。

 

「今回のこの襲撃を仕組んだのはIS委員会です。我々の下部組織だったんですがね、それが裏切ってこのような行為に及んだようです」

「……」

「まぁ、それもあの人の思惑通りですが……。今頃、用済みとなって後始末されているでしょうね」

「それが目的だったの?」

「さぁ、どうでしょう。少なくとも、あの人にとってこれは、いえ、そのほとんどが過程におけるお遊びみたいなものでしょう」

 

 お遊び。これを、そんな言葉で片付けられるマリアベルという人間の底が知れない。それこそ、深淵のように測り知ることなどアイズにはできないだろう。

 

「あなたたちとは、いずれ相応しい場所で決するときが来るでしょう。あの人も、それを望んでいます。だからこそ、――――その願いを叶えるためにも、今はあなたたちと共に戦います。信じるかどうかは、ご自由に。私のすることは変わりませんから」

「じゃあボクと組んでもらうよ。それでいいよね、セシィ?」

「………それはそれで心配ですけど。仕方ありませんね。もしアイズになにかあれば即座に背中から風穴を開けて差し上げます」

 

 軽い脅しを受けても興味なさそうにしているシールにアイズがじゃれつくように笑いかけている。能天気ともいえるアイズだが、あれはあれでいいだろうと思う。セシリアではどうしても疑念を抱いてしまうためにシールとの連携などできないが、簡単に相手の心に入り込んでいくアイズなら敵であるシールとも共闘できるだろう。

 

「……はぁ」

 

 セシリアは小さくため息を吐く。娘である自分は母に疑念と敵意を持っているというのに、アイズはその部下である間違いなく敵といえるシールに対して気安く接している。自分が冷たいのか、それともアイズがお人好しすぎるのか。セシリアにはわからない。

 

「次を待っている……、そのときこそ、決着を。そういうことですか、お母様」

 

 おそらく、母は、マリアベルはそのための舞台を楽しそうに準備しているのだろう。この無益ともいえる戦いも、一度セシリアを完膚無きまでに叩きのめしたことも、全ては“その時”のための用意でしかないのだ。セシリアにはわかる。それがいったいいつで、どんなときなのかはわからないが、母は目的のためなら必要以上のどんな労力も惜しまずにその一瞬のためだけにどんなことでもするだろう。かつて、祝ってくれた誕生日のパーティのように、一切の妥協もせずに楽しいと思えることすべてを注ぎ込んでその瞬間を迎えようとするだろう。

 そんな母を呆れつつもすごいと思っていたし、そこまでできることにも尊敬していた。

 しかし、その裏側で母がしてきたことを、察してしまった。

 

 確かに母はどんなことでもやって楽しもうとする。しかし、その反面、“楽しめない、邪魔なものはすべて消してしまう”のだ。

 

 横槍を入れられたくないとか、不安要素をなくしたいとか、そんなことではない。ただただ、要らないものを楽しいものの傍に置きたくないのだ。真っ白に皿に汚れがあることを嫌うように、その舞台に不要なものはたとえ脅威でなくても消し去ろうとする。

 そしてそのブレーキは、善悪にも、倫理にも存在しない。マリアベル個人の価値観と判断に依るのだ。

 

 

 

――――お母様、あなたは、いったいなにがしたいのですか……?

 

 

 

 母と向き合うと決意したセシリア。しかし、未だその影は遠く―――――その果てで、魔女は災厄を振りまき待っている。

 無邪気に、妖艶に、微笑みながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そしてセシリアたちが戦場へと介入した同時刻。ここでもまたひとつの地獄が生み出されていた。

 

 

 そこは煉獄の光景を再現したかのようだった。

 視界に映るもののほとんどは炎で埋め尽くされ、その中でもとは人間だったと思しき肉の塊が炙られていく。中には原型がわからないほどミンチとなったものさえあった。正常な人間ならばよくて吐くか、気絶するような光景。精神が狂ってもおかしくないほどのこの世のものとは思えない世界を、たった一人が作り出していた。

 

「呆気ないものね。黒幕気取りの愚か者なんてそんなものかしら」

 

 その炎の世界の中心にいる女性は、プラチナブロンドの髪をかきあげながらつまらなさそうに呟いている。彼女が纏うのは金色の機体。炎を統べるそのISを駆るスコール・ミューゼルが逃げ出そうとした一人を炎の鞭で両断しながら視線を走らせる。

 

「ダメよ、逃げちゃ。少しでも生きたいのならおとなしくしておきなさい」

 

 スコールの視界に映る生きた人間はわずか三人にまで減っていた。はじめはここに護衛も含めれば二十人以上いた人間は等しく灰へなっていた。

 

「な、な、……! こ、こんなことをし、て、……!」

「やすいセリフだわ。せっかくの私の出撃がこんな愚物の火葬なんて残念……まぁ、日頃のストレスくらいは晴らさせてもらいましょう。あの人の傍にいると心労ばっかり溜まっていくわ……私はそんな役回りじゃなかったはずなのに、そういうのはシールとかオータムの役割でしょう。あの人のせいでクールビューティが台無しよ、まったく」

 

『あら、それは誰に対してのストレスかしら?』

 

 突如として通信機からと思しき声が響く。その声に美貌を歪めてスコールが眉をひそめていた。

 

『スコール? まさか私に対してじゃないわよね?』

「はい、もちろんですプレジデント。それよりどうして通信が筒抜けなんでしょう?」

『亡国機業製の機体の通信は全部私の機体と繋がってるから。名づけて“魔女の耳は地獄耳システム”!』

「――――プレジデント、プライバシーはご存知で?」

『もちろん。暴くのって楽しいよね!』

「……………」

『うふふ。スコールは本当にいじりがいがあって楽しいわァ。今度ボーナスを上乗せしてあげる。………さて、それじゃそこの老害ども?』

 

 スコールの機体の前面に空間ディスプレイが展開され、そこに一人の女性が映し出される。亡国機業首領のマリアベル。この場で彼女を知らない人間など存在しない。畏怖の、そして絶望の象徴としてその存在は全員の心に刻まれている。

 そうして委員会のトップであり、そして今は同時に死を目前に震えるだけの生き残りにマリアベルは心底楽しそうに笑いかけた。モニター越しなのにその魔女の息遣いさえも聞こえてきそうで炎の中にいるのにとてつもない寒気がその場にいる全員を襲った。

 

『今までご苦労様。それなりに楽しめたけど、でももう飽きちゃった』

 

 飽きた。

 これだけの暴挙をしておきながら、その一言で片付けてしまうのだ。

 

『IS学園を襲うまではよかったんだけどねぇ……そのあとが続かないようじゃどのみち破滅しかなかったでしょう。あなたたちの悪評も権力も全部私がもらってあげるからそろそろ退場してもらえないかしら? ああ、返事なんて聞かないけど、くひゃはッ』

「ど、どうするつもりなのだ……!」

『それはあなたたちが気にすることじゃないわ。知ってるとは思うけど、今度はカレイドマテリアル社と一緒に遊ぶことにしたから。だから委員会は……あなたたちはもう必要ないわ。今までいい思いをしてきたんだもの、もう十分でしょう?』

 

 そのマリアベルの笑みは侮蔑なのか、愉悦なのか、どんな感情を込めて笑いかけているのかはおそらく本人しかわからないだろう。

 無邪気な笑みは、しかし、次第に粘着質のある爬虫類を連想させる笑みへと変化していき、三日月型に口を歪めながら、あっさりとさらなる暴虐を命じた。

 

『スコール。その場にある全てを“焼滅”させなさい』

「了解」

「ま、まて! 待って……!!」

 

 

 

 

 

 

『――――――全員殺しなさい、スコール。跡形もなく、念入りにね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、世界中に激震が走った。

 

 アメリカ軍の一部がIS学園へ侵攻し、そしてそれを示唆したと思われるIS委員会の上層部全員の死亡という報せは、瞬く間に世界に拡散した。

 

 世界が混乱に包まれる中、一人の女性が表舞台へと姿を表す。その女性は死亡した上層部の後継としてIS委員会最高責任者に就任したと説明し、全世界に向けてのメッセージを発信。

 これまでの上層部が関わっていた汚職を暴露し、武装組織によるテロによって死亡したとと発表した。そしてこれからはカレイドマテリアル社と連携し、宇宙開拓事業の復活を掲げるとしてIS委員会の在り方を変えると演説。IS技術の世界への演繹を掲げた。

 

 おおよそ好意的に見られつつも、カレイドマテリアル社はこれに反発。世界すべてが注目する中、IS委員会とカレイドマテリアル社の溝が浮き彫りになっていく。

 

 

 カレイドマテリアル社社長であるイリーナ・ルージュ。

 

 そして新しく委員会のトップへと就任した女性―――レジーナ・オルコット。

 

 

 世界のほとんどを巻き込みながら、二人の女はその対立を深めていくことになる。

 

 




ようやくマリアベルさんが動き出します。

もう少しでこのチャプターが終了。幕間を挟んで最終章へと入ります。次回は戦闘の後始末回。そして全面対決への準備へと向かいます。

仕事が多忙で更新速度が亀状態になっていますので気長にお待ちください。

それではまた次回に!


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Act.124 「決着への切符」

「終わったかな?」

 

 シャルロットは周囲の敵機の反応が完全にロストしたことを確認して警戒をしながらもほっと安堵の息を吐く。たったそれだけで疲労が重く身体にのしかかっていたことが実感できる。わかっていたこととはいえ、戦闘時間もかなりの長時間となった。ISそのものは束をはじめとしたカレイドマテリアル社の誇る変態技術者たちのおかげで高い継戦能力を見せつけることとなったが、それでも操縦者は生身の人間だ。いくら鍛えているとはいえ、疲労は免れない。現にシャルロットも相当体力も気力も消耗していた。

 

「切り札も全部使っちゃったしなぁ……さすがにこれ以上があればまずいけど」

 

 そう言ってシャルロットは眼下を見下ろした。

 そこにあるのは海に空いた穴。まるで隕石によって造られたクレーターのように海底に届くまで抉られた海面が、復元しようと巨大な大渦となって海に螺旋模様を描いていくところだった。

 その渦に巻き込まれ、破壊された無人機の残骸が海の底へと飲まれていく。それはまるで海底に引きずり込む巨大なモンスターのようだった。

 

 そんな光景を見ながらシャルロットは正真正銘最後の切り札である最後のカタストロフィ級兵装―――【ヴィーガ】の半壊した砲身を破棄する。おそらくこの武装データも亡国機業に取られただろうが、それでも実戦での使用データを取れた分良しと思うことにする。

 

「そちらも、終わったようね」

 

 この三分で暴虐の限りを尽くし、視界に映る全ての無人機を文字通り粉砕したシルバリオ・アフレイタスを駆るナターシャが合流してくる。特に被弾らしい被弾も見られないが、機体の排熱機能が働いているのか、全身から蒸気を噴出させている。

 

「そちらは?」

「問題ないわ。ただ、機体はもうガス欠寸前ね。博士の言ったように突き抜けた短期決戦型ね、そのぶん凄まじいとしか言えない性能だけど」

「戦略級、ですから」

「ふふふ……博士に感謝を伝えてくれないかしら? いつか、またこの子に乗れるときを楽しみにしているわ」

 

 そう言ってナターシャはシルバリオ・アフレイタスを解除し、もとのフォクシィギアのカスタム機へと転換した。再び待機状態となり、銀の十字架となったシルバリオ・アフレイタスをシャルロットへと差し出す。しかし、シャルロットはそれを見ながらも受け取る素振りも見せなかった。

 

「それは、たぶん、あなたが持っていたほうがいい」

「え? でも……」

「その懸念は最もだし、リスクも承知しているけど……でも、あの人が“返す”と言ったのなら、それはあなたがもっているべきものだと思うから」

 

 束によって魔改造された【銀の福音】……いや、【銀の啓示】――シルバリオ・アフレイタス。その存在はたった一機とはいえ、絶大な影響をもたらすだろう。技術流出や、それ以前にアメリカ軍にそれが渡る危険性は束も、イリーナもよくわかっているはずだ。

 しかし、それは同時にナターシャを通じて亡国機業と繋がっていないアメリカ軍へのパイプにもなる。おそらくこれは、そのための布石だろう。賭けに近いが、それが機能すればカレイドマテリアル社としても優位となる。

 

「そちらにとっても宝であり爆弾にもなるはず。ようはリスクとリターンを同時に抱えるだけです」

「どちらも大きすぎるわね」

 

 束は身内には甘いが他人には恐ろしく冷たい。そんな束が託したということは、それだけナターシャを評価しているということだ。本当にダメならイリーナが止めているだろう。ナターシャにシルバリオ・アフレイタスを託すことは、これまで手の届かなかったアメリカ軍内部へとカレイドマテリアル社の影響を及ぼす切欠となる。

 

「――――そちらの思惑はなんとなく見えるけど……私たちにとっても願ってもないこと。勝手に約束させてもらうわ。この恩は忘れず、いつか報いてみせるわ」

「いずれ、また。願わくば戦場以外で」

「ええ」

 

 ナターシャが微笑み、再びフルフェイスとなる頭部装甲を展開して姿を隠すと降下し、海面すれすれの低空飛行をしながら高速で離脱していく。それを見送り、シャルロットは警戒を解かないまま部隊との連絡をつなげた。

 

「アレッタ、どう?」

『戦闘終了です。すべての敵機の撃破を確認。人工衛星の落下というイレギュラーがあったようですが、お嬢様が撃ち落としたようです』

「ああ、さっきのあれね。そっか、撃ち落としたのか。完全復活、というか前より非常識になってない?」

『お嬢様なら当然でしょう。―――IS学園の部隊と合流します。艦隊はレオンたちに任せて、周囲警戒をしつつ退きますよ』

「了解――――シトリー! IS学園まで撤退するよ!」

「はいはい。さすがにもう戦闘は厳しい。ギリギリだったかな」

 

 ほぼ全ての装備を使い果たしたシトリーが警戒を解かないまでも安堵したように微笑む。シャルロットも切り札を使い切り、残弾も残り少ない。ウェポンジェネレーターもカタストロフィ級兵装の連続使用でオーバーヒート寸前だ。ここまでの長時間の戦闘は初めてだったこともあり、今になって全身が疲労で鉛のように重い。

 

「……すべて終わったわけじゃないけど、とりあえずはこの戦いは終わり、か」

 

 きっとこれは、そう遠くないうちに訪れる決戦の前座でしかないのだろう。シャルロットはあまりにも簡単に訪れた幕切れに、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「こちらナタル。イーリ、応答を」

 

 海上を低空飛行しながら戦場を離脱したナターシャは仲間であるイーリス・コーリングへと通信を送る。ジャミング圏内はすでに脱している。多少ノイズが入っているが、それでも問題なく通信が繋がった。

 

 

『――……――おう、ナタルか。そっちは無事か?』

「ええ、いろいろあったけど、反乱勢力は制圧したわ。もっとも、私が加勢しなくてもどうにかしていたでしょうけど……」

『そうか。まぁ、なんだ。とりあえず任務ご苦労さん』

「ええ……でも、どうしたの? なにかあった?」

 

 珍しく煮え切らない言葉に訝しげに眉をひそめる。普段はサバサバとした性格なのに妙に歯切れの悪い様子を不気味に感じてしまう。

 

「そっちは軍を動かしたIS委員会の役員を追っていたはずでしょう? 確保はできたの?」

『ああ、突き止めたんだが……遅かった』

「遅かった? どういうこと?」

『軍に工作していたと思しき人間、全員が死んでた』

「……ッ!?」

『委員会のほうもひどいもんだったぜ。アタシらが乗り込んだときにはもうバーベキューになってた。ニュ―ス見てみろ、派手にやってるぞ』

 

 言われて通常回線を通じていくつかのテレビ放送画面を表示する。そこにはIS委員会本部が原因不明の爆発が起き、複数名の役員の死亡が確認されたとある。表向きは事故かテロか明言はされていなかったが、破壊痕を見れば明らかにISとわかる。

 本部のあるビルは既に半壊に近く、今なお炎に呑まれている。ナターシャはその報せに息を呑んだ。

 

「これは……」

『帰投命令だ、ナタル。間違いなく揺れるぞ。いいか悪いかは、わからないけど、な』

「わかったわ、十二時間以内に戻る。調査をお願い」

『おう』

 

 通信を切ると飛行しつつこれまでの情報を整理しつついったいなにが起こっているのかを推測する。あくまで推測でしかないが、いくつかの可能性はすぐに思い至った。

 その中でも間違いないのは、IS委員会は用済みとして切り捨てられた、ということだろう。ナターシャたちが動いたタイミングというのが気になるが、こうなった以上、IS委員会は既に壊滅していると思っていい。その中身が変わるのか、存在自体が消されてしまうのかはわからないが、なんらかのアクションはあるだろう。

 

「しかし、やってくれるわ」

 

 アメリカ軍、いや、この国の中枢にも巣食っている売国者どもを炙り出す算段がすべて狂った。IS委員会というはっきりした病巣が消されてしまった以上、根気よく地道な捜査を継続していかなければそのすべてを駆除することはできない。一斉摘発の好機を潰された。

 どうやらIS委員会の上にいる真の黒幕は委員会よりも末端の構成員のほうが価値があると判断したのだろう。だから暴走した傀儡となった委員会をこうもわかりやすく消してしまった。おかげで尻尾のつかめていない草を残すことになってしまった。

 証拠なんてないが、ナターシャはこの推測が最も近いだろうと感じていた。

 

「この子を謀略に利用なんてしたくないけど……頼ることになりそうね」

 

 手に持つ待機状態のIS――【シルバリオ・アフレイタス】を撫でながら気落ちしたように表情を曇らせる。しかし、この戦略級強襲機ともいえる規格外機は、ナターシャたちの切り札になり得る。存在もできる限り秘匿し、信頼できる筋で反乱勢力の駆逐を進めねばなるまい。

 

「私に渡したのも、それが理由、かしらね」

 

 ほんのわずかな邂逅であったが、それでもナターシャは篠ノ之束という存在を畏怖している。味方になれば心強いが、決して敵に回してはいけない。そう思わせる女傑だ。

 おそらく、自分の行動も、偶然を装いつつも自分にシルバリオ・アフレイタスを渡したこともなにかしらの思惑があってのことだろう。

 

「それでも構わない。また、この子と空を飛べるなら」

 

 軍人ではあるが、ナターシャ・ファイルスという一人の個人としてISで自由に空を駆ける時代になってほしいと願っている。

 ナターシャのこの願いこそが束が大切な機体を預けた理由の大半であるのだが、それは本人は知る由もない。篠ノ之束という存在は良くも悪くもセルフィッシュであり、それゆえにナターシャは期待されているのだ。

 それがどのような結果を生むかは、今はまだ、誰にもわからなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「沈め」

 

 ラウラの言葉と共に、最後の無人機が文字通りに地に沈んだ。上から凄まじい圧力でプレスされたように地面に叩きつけられた機体は地面に塗りたくられたかのようにその体を飛散させて潰されてしまう。

 斥力結界をごく狭い範囲に集中して放った高威力の斥力によって圧壊された機体が完全にその機能を停止させる。周囲を見渡せば同じように潰された残骸があちこちに見受けられた。

 展開していたシュバルツェ・ハーゼの隊員たちからも掃討完了の報告を受け、ラウラもふーっと大きく息を吐いた。まだ余裕はあるが、それでも効果が絶大である反面、代償として大きく体力を削る天衣無縫の連続使用は流石に堪えていた。

 

「さて、……あとはお前か」

 

 ラウラは気を緩めることなく、今まで成り行きで共に戦っていた機体に目を向けた。左右非対称の歪なデザインをした奇抜なIS。ラウラも至近まで接近されてようやく気づくことができたほどの高いステルス機能と光学迷彩を持つ機体。かつて、このIS学園で無人機と共に乱入してきたその機体を駆る者―――ラウラと同じヴォーダン・オージェを宿すその少女をラウラは油断なく見つめた。

 

「状況が状況だったから掃討までは大目に見てやったが、改めて聞こう。いったいどういうつもりだ?」

「……援護する、と言ったはずですが」

「ああ、実際貴様の援護でずいぶんやりやすくなったのは認めよう。そこは感謝する。だが、貴様は本来私たちと敵対しているはずだ。なにが目的だ?」

「言うと思っているのですか」

「思ってなどいないさ。だが、こちらもそうですかと引き下がるわけにはいかん」

 

 戦闘態勢を取るラウラに呼応するように少女も武器を構える。一触即発へと変わる中、どちらもその不完全な魔眼で眼前の相手を見透かそうとその瞳の輝きが増していく。しかし、それは互いが姉と慕うアイズとシールに比べ、幾分か劣る輝きでしかない。

 ラウラは適合しているが、それは片目のみ。視界の広さもその強みであるヴォーダン・オージェの性能は両眼を覚醒させているアイズには及ぶわけもない。

 しかし、それでも超常の力を宿す人造魔眼だ。この眼があるからラウラはオーバー・ザ・クラウドの驚異的な速さを会得できている。そうでなければこの機体の速度域に反応が追いつかなかっただろう。同じこの眼を持つ者でない限り、反応速度で遅れを取ることはない。例外は鈴のようなやたらと戦闘勘がいいやつくらいだ。

 

 そんなラウラを見て、その少女がスっと手を動かした。頭部を覆っていた道化師を模した仮面をゆっくりと外す。再び素顔を晒すことも構わずに最もその眼を活かせるよう直視でラウラを睨み返す。

 

 その眼は眼球が黒く染まり、そこに浮かぶ金色の瞳はまるで夜空の満月を想起させる。美しいとも思える瞳だが、しかしそれは本物に劣る。完全適合にいたらなかった不適合の烙印を押された失敗作。シールという究極にして完成系を模して造られ、しかしそれに及ぶことのない劣化品。それがかつてのこの少女の価値であり、少女を縛る鎖だった。

 

 しかし、それはもう過去のことだ。

 

「あなたも私も同じ欠陥品」

「………」

「それでも、私はいずれあの人にとっての唯一になる………“クロエ”。それが私だ」

 

 唐突な、意味不明とも思える叫び。しかし、なぜかそれはラウラにはすんなりと受け入れられた。ああ、こいつは同じなのだ、と……奇妙な親近感を覚えてしまった。ラウラ自身認めたくはないが、敵視しているあのシールの劣化量産型として生み出された存在だ。そしてこのクロエと名乗った少女もそれに近い生まれなのだろう。

 同じような境遇、もしかしたら、お互いにもうひとつの自分の可能性といえるのかもしれない。

 

 しかし、ラウラとクロエはまったくの真逆の立場となってこうして敵として相対している。それが、どこか運命のようなものさえ感じられた。

 

「そうか、ではクロエ。私の、ラウラの敵として覚えておいてやる。………だが、お前はここで消えろ」

「消えるのは、あなた………あの人の成りそこないでも、それは私だけでいい」

 

 ラウラとクロエ。互いが同じように機体出力を上昇させる。つい先ほどまで共闘していたことなど二人の頭から既にさっぱりと消え去っていた。今目の前にいるのは、自分の敵、そして自分が慕う姉の敵になる存在だ。この先、必ず敵として再び現れるであろう存在を見逃すほど、二人の思考に余裕はなかった。

 

 そして、なんの前触れもなく二機がその姿を消した。

 

 片や世界最速のその速さで影すら追いつけないほどの速さで一瞬で間合いを詰めて強襲する。銃弾よりも速いラウラは手に持ったナイフで瞬きをする間もなくクロエを一閃する――――が、そのクロエの姿がまるで陽炎のように揺らめき霧散する。

 高いステルスと光学迷彩を併せ持つIS【トリックジョーカー】。ただ姿を消すだけではなく、幻影との併用で敵に影すら追わせない。空間に溶けるように消えたクロエが、再びその姿を現す。位置はラウラの背後。完全に死角となる場所だ。広い視野を持つヴォーダン・オージェでも確実に反応が遅れる位置。そこから現れたクロエが逆にラウラの背に向けて躊躇いなく刃を振り下ろす。

 しかしそれもあっさりと空を切った。

 反応が遅れたとはいえ、それでもラウラの速さは対処を間に合わせる。反応の速さの限界を機体の速さで覆す。躱されたと判断した瞬間に即時離脱を図っていたラウラは奇襲を受ける前に上空へと移動していた。すぐさまクロエの姿を探すが、わずかに空間が陽炎のように揺れたかと思えばまたしても視界から消え失せてしまう。

 

「かくれんぼが得意か。大したステルスだ」

 

 曲がりなりにもヴォーダン・オージェである眼でも、その影すら捉えられない。ISのハイパーセンサーにもまったく反応がない。これだけの近距離でありながらここまでのステルス性能を発揮する能力は脅威だ。アイズのような超能力のような直感があれば察知できたかもしれないが、ラウラにはそのような特異能力はない。だが、それでもラウラは焦ってなどいなかった。

 

「舐めるな」

 

 眼下へと向けて腕を掲げる。掌部にある単一仕様能力発生デバイスを起動させ、範囲を広範囲に設定して能力を発動させる。

 

「――――斥力結界」

 

 周囲一帯が見えない何かに圧しつぶされる。上空から真下へ向けられた斥力がラウラの視界にあるすべてのものを縫い付ける。広範囲に設定したので斥力もそれほど強力なものではなかったが、それでも範囲内は重力が何倍にもなっているかのように立ち上がることすら困難な領域となっている。こんな中で動けるとすれば、それこそISくらいなものだ。

 その結界内で動く奇妙な手応えを感じてすぐさまその地点へ向けてビームマシンガン【アンタレス】を向けて斉射する。わずかになにかにかすめたように火花が散った。予測射撃を続けるが、それらはすべて回避されてしまう。

 そして今度は側面からの強襲。斥力を押しのけてくる感覚に反応したラウラが再び高速移動で回避する。

 

「いくら姿を消しても無駄だ」

 

 完全な補足は無理でもラウラは常に周囲に対して微弱な能力を行使している。斥力と引力を交互に発して状況把握を行っているのだ。天衣無縫という能力を持つオーバー・ザ・クラウドだからこそできる斥力引力操作によるソナーだ。これでおおよその位置の予測はできる。だが、有効打を確実に当てるにはまだ遠い。

 ラウラの攻撃も、そしてクロエの攻撃もそれぞれ当てることがままならない膠着状態に陥ってしまう。世界最速のISを駆り、視認できないほどの高速で動くラウラと空間に溶けるように尋常ではないステルス性を発揮するクロエ。傍目には見えないなにかが、なにかをしているとしか思えないだろう。時折、そこが戦場であると証明するように火花や銃撃で彩られていた。

 質はまったく違うが、不可視となれる力を備えた二機の激突は見えないまま膠着していたが、まったく予期しない乱入者によってさらなる混戦へと向かい始めた。

 

 唐突に降ってきたのは、二機のISであった。

 

 互いに組み合うようにしてラウラとクロエがぶつかる戦場のど真ん中に墜落。予想外の乱入にラウラとクロエはその落ちてきたものを挟んで動きを止めた。砂塵の中から現れたのは、見知った顔であった。

 

「鈴か。なにをしているんだ?」

「ん? ラウラ? 奇遇ね、ちょっと害虫駆除に手間取っててね」

「誰が害虫だコラァ!!」

 

 それは取っ組み合いながら睨み合う鈴とオータム。互いに被弾しており、随所に殴りあった形跡が見て取れた。本人たちも目は血走り、凶悪な笑みを浮かべている様は戦いというよりは喧嘩のように見える。

 

「オータムさん」

「ん、ああ、クロエか? ちょっとまってろ、今こいつの躾で忙しいんだよ」

「蜘蛛が龍を手懐けられると思ってんの? とっととエサにしてやるわ!」

「やってみろよクソガキが!」

「ラウラ! 手ぇ出すんじゃないわよ!」

「わかっている。私も忙しいのでな」

「……!」

 

 ラウラははじめから鈴に加勢などするつもりはなかった。今はクロエという敵がいる以上、ラウラにとって優先して狙うべきなのはクロエだからだ。それに鈴ではクロエとの相性はそれほどいいとはいえない。不完全ではあるが能力による索敵ができるラウラが適任だ。

 それを察したのか、クロエも再び姿を消して戦闘態勢に移行する。地上では原始的ともいえるゼロ距離での取っ組み合い、殴り合いの戦いが繰り広げられている中、二人は高速と陰行の極地ともいえる力を駆使して再びぶつかり合う。

 

 ラウラはとにかく広範囲を斥力でなぎ払い、そこへ違和感を覚えた場所に向かって攻撃を仕掛ける。ビームマシンガンのみならず、クレイモアを飛ばしとにかく動きを止めようと攻撃を仕掛ける。

 それに対してクロエはラウラの攻撃範囲から逃れるように移動しながら隙を見ての一撃離脱を図る。接近すれば能力によるソナーで気取られるが、それでも接近できるまでラウラも補足はできていないことを察していた。だからこそ一撃による撃墜を狙っている。

 互いに相手の攻撃を回避が上回っている。地上で戦う鈴とオータムのように血なまぐさい殴り合いとは真逆の膠着状態のまま時間だけが過ぎていく。実際には一分も経っていないというのに神経を尖らせて戦う二人にはとてつもない長時間に感じているだろう。ただでさえ、ヴォーダン・オージェには思考の高速化という力がある。体感時間を引き上げるこれは解析能力以上にこの眼を持つ者に絶大な戦闘能力をもたらしている。

 

 

 

 だからこそ、この二人の戦闘に介入できる存在がいるとすれば、同じ眼を持つこの二人くらいだろう。

 

 

 

 高速機動中のラウラの動きをわかっていたように一機のISが軌道上に突然割り込んでくる。驚く間もなくラウラの側面から手を出して捕まえると組み付くようにして背後を取られた。速度が落ち、まるで組み敷かれるようにしてラウラがその動きを停めて地上へと落ちた。墜落同然でありながら絶妙な受身をその乱入者がとったことでほとんどダメージを負うことなく動きを止められてしまった。

 そこで振り向いたラウラが見たものは、いつものように優しく笑いかけてくれる姉の―――アイズの姿だった。

 

「姉様……」

「ごめんねラウラちゃん。今は戦うのはもうダメなんだ」

「しかし……!」

「イリーナさんからも戦うなって指示が出てる。気持ちはわかるけど、もう戦いは終わりにしよう」

「……わかりました」

 

 そこまで言われてはラウラも戦おうとは思わなかった。そんなことよりもまた元気なアイズの姿が見れただけで大分満足したこともある。先ほどまで猛々しかった姿は消え失せ、尻尾を振る子犬のようにはにかみながらアイズの傍に寄り添っている。

 

 一方、不可視となっていたはずのクロエもまた乱入してきたもう一人の人物に捕らえられていた。姿を完全に消していたというのにあっさり捕まえられたことに少しばかりショックを受けつつも、それができるからこそ、クロエはこの人を姉と慕い畏怖している。

 天使を思わせる巨大な翼を広げ、猫をつまみあげるように背後からクロエの首を掴んで動きを止めたシールがやれやれと呆れたようにため息をついていた。

 

「クロエ、なにを熱くなっているのですか?」

「ね、姉さん……」

「そしてプライベート以外ではそう呼ぶなと言ったでしょう」

「す、すみません、姉さん」

「言っているそばから……しょうがない人ですね、あなたは」

 

 アイズとは違い、シールのどこか引き離すような態度にクロエは焦ったように頭を下げる。その姿はまるで捨てられまいと強請る子犬のように見える。

 意外ともいえるシールたちの姿を見たラウラはしばし唖然としていたが、アイズはむしろ嬉しそうにニコニコしながら笑いかけた。

 

「へー、妹さんなんだ? かわいいね」

「……その生暖かい目をやめてもらえますか」

「姉様! 私も可愛い妹を自負しております!」

「もちろん。ラウラちゃんはボクの可愛い自慢の妹だよ!」

「感激です姉様!」

「漫才も他所でやってください」

 

 戦場でありながら、もっとも脅威となるはずの魔眼持ち四人が空気を弛緩させたことで徐々に殺伐としたものが希薄になっていくようだった。天然ゆるふわなアイズはもちろん、そんなアイズに追従する忠犬型の妹であるラウラも同じく天然な発言をかまし、それに呆れるようにシールが沈黙してクロエはどこかオロオロしながらシールの様子を伺っている。

 それでもそんな四人すら眼中にないのか、無視しているのか、相変わらず鈴とオータムは殴り合いを続けている。このままずっと続けていそうな二人だったが、その二人の戦うど真ん中に二つのレーザーが撃ち込まれた。

 

「うおっ!?」

「なに!?」

 

 さすがにこれには驚いた二人は反射的に後退してようやくその動きを止めた。いきなりレーザーを撃ってきた相手を探すように視線を向ければ、レーザーライフルを構えた二機のISがゆっくりと近づいてくる姿を目にして首をかしげた。

 

「セシリアじゃない。なによ、来てたの?」

「ご心配をおかけしたとは思っていますが、さすがにその言い方はあんまりじゃありませんこと?」

「あんたが来る前に片付けてやろうと思ってただけよ。病み上がりなんだから無理するんじゃないわよ」

 

 ぶっきらぼうながら気遣う鈴にセシリアも苦笑する。気遣いは嬉しいが、セシリアとしては遅かったと思っているくらいだ。本当ならこういう事態にこそ自分が率いて対処しなければならないはずだったのに、それを鈴たちに押し付けてしまった。申し訳なさと、感謝の念が絶えない。

 

「んだよ、邪魔すんな」

「なにをやっている。オーダーを忘れたか」

「狂犬みたいなお前に言われたくはねーんだが」

「撃たれたいのか?」

「わかったよ、……ここまでにしろっていうんだろ?」

 

 セシリアと同じようにレーザー狙撃でオータムを止めたマドカも苦言を呈しながら合流する。そしてそれぞれが向かい合うように並び立つと自然と軽口もなくなる。

 セプテントリオンに所属する四人と亡国機業に所属する四人。どうあっても敵対関係でしかない面々が対峙していることで弛緩しかけていた空気が再び張り詰めていく。

 

「今回はここまでです。援護には感謝しましょう」

「それが仕事です。礼は必要ありませんし、無意味でしょう。……もっとも、次に会うときは覚悟してもらいましょう」

「―――そういやなんでこいつらがいたの?」

「上の悪巧みの結果です。詳細は後始末が終わったあとに説明しますよ」

「ふぅん? まぁいいけど……でも、どうやら次で決戦する気みたいね?」

 

 あからさまにオータムに向けて挑発するような視線を向ける鈴。そしてオータムもすぐにその挑発に乗って睨み返す。

 

「ふん、せいぜい余生でも楽しんでいるんだな」

「楽しみにしておいてやるわ」

 

 短く決着の約束をする二人とは別に、ほかの面々はなにも語ろうとはしなかった。その必要はない、というようにマドカは興味なさげにしているし、ラウラとクロエもじっと互いを見ているだけだった。

 セシリアは亡国機業の四人を見ていても、実際にはその背後で糸を引いている母の姿を幻視していた。セシリアは次に見えるときこそがおそらく母と再び向き合う時なのだという予感があった。そんなセシリアにとって目の前の四人はただの障害だ。その関心は彼女たちのさらに奥にあった。

 

「シール」

「………もうここで話すことはありません」

 

 なにかを言いたげだったアイズも、あっさりシールに一蹴される。少し寂しそうにするアイズだが、シールがなにかを呟いたことを察知する。それは声としては届かなかった。しかし、その言葉を理解したアイズは驚いたように目を見開いた。わずかな間その金色の視線を交じらせ、アイズは笑顔を返答としてシールへと向けた。そんなアイズを見つめていたシールはくすっと小さく笑って視線を逸らした。

 そこでどんな意思疎通があったのかは、二人だけの暗黙の隠し事であった。

 

「では失礼します。次の舞台は、すぐにわかるでしょう」

 

 四機のISがゆっくりと浮かび上がる。追撃するつもりはセプテントリオンにはなかった。IS学園側としてもそんな余裕はないだろう。本来敵であるはずの四機は援護行動を勝手にして、少しの敵対行動をして悠々と離脱しようとしていた。

 

「母に伝えなさい。………『セシリア・オルコットは待っている』と」

「………」

 

 そんなセシリアの言葉に応えることなく、四人は夜明けの近い空へと飛翔していく。速度を上げ、すぐに高度を上げた四機はそのまま雲の中へと入り、ほどなくしてハイパーセンサーもその反応を消失させた。

 はっきりと撤退が確認できるまで警戒していたセシリアたちもようやく気を緩めた。

 

「……終わったの?」

「後処理が山積みですが、とりあえずは」

「ふぅー、さすがに今回はしんどかったわ」

「鈴さんたちは休んでください。遅れた分、あとのことは私がしておきます」

 

 既にセプテントリオン、IS学園の両方ですべての戦闘行動は終了していた。襲撃してきた無人機はすべて撃破。負傷者は多数いるが、それでも奇跡的にも死者はいない。アメリカ軍と思しき艦隊も抑えている。ここから先は政治的な問題が多く絡むのでイリーナの意向を聞きながら巧く調整していかなければならないが、直接戦闘はもうないだろう。

 

 だが、これは終わりではない。むしろここからが始まりである。

 

 終わってみれば、どの勢力が一番特をしたかはよくわかるだろう。今回のことで互いの邪魔者は消えることになるだろう。そうなればあとは直接対決、最後の決戦に行き着くのは当然だった。

 それが果たしていつ、どこで、どういったものになるのかは誰にもわからない。わかるのは、その舞台を熱心に作り上げている魔女だけだろう。

 そうした懸念は全員が感じていることだった。きっと、そう遠くないうちになにかが起こる。そんな漠然とした予感をこの戦場を経験した全員が覚えていた。

 

 

 

 

 それを証明するように、IS委員会メンバーの死亡確認と新たにレジーナ・オルコットの代表就任の報せが世界に広がった。

 

 IS学園を解放して、わずか二時間後の出来事であった。

 

 

 




どうもお久しぶりです。

活動報告のほうに今後の更新についての報告があるのでよろしければご覧ください。



あと一話を挟んでこのチャプターも終了。幕間を挟んでいよいよ最終章へと入ります。最終決戦はセプテントリオンvs亡国機業の総力戦。最終的な対戦カードはそれぞれの因縁の敵との決着と最後にアイズ・セシリアvsシール・マリアベルの戦いになる予定です。

それではご意見、感想等お待ちしております。また次回に!


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Act.125 「最後への道筋」

 イリーナ、私はね、もっと楽しく生きたいの。

 

 誰だってそう思うけど、私は最後の最後まで、私が思い描くように最高の瞬間を作り上げたいの。

 

 そのためには、まずあいつらって邪魔でしょ? これまでそこそこ面白かったから遊ばせておいたけど、もう要らないから。

 

 要らない理由? そうねぇ、だって、もう十分だもの。……お互い“駒”は揃ったでしょ? だからもう要らないわ。邪魔だから消しましょう。イリーナも同じでしょ?

 

 ふふ、そう睨まないで欲しいわ。あなたは感情を否定しないけど、それでも最後は理性で判断する。そういうところは好きよ?

 

 どうせイリーナもどんなに気に入らなくても目的のために必要ならこの条件を呑むわ。わかるの。だって、あなたはレジーナ・オルコットの妹だもの。

 

 あなたは、あなたの目的のためなら背中から撃つこともできるし、逆に必要なら手を握ることもできる。

 

 だから、イリーナは私の提案を呑むわ。だってそれが一番効率がいいもの。邪魔なのはプライドだけ。そしてあなたは目的のためなら自分のプライドも簡単に捨てられる。誰だって目的のほうがプライドより優先するものだから。

 

 ええ、――――あなたは利口ね、イリーナ。だから私はお礼にひとつだけ真実を教えてあげる。

 

 私はレジーナ・オルコット。ただし、オリジナルじゃない贋作よ。

 

 あら、その様子だと私がクローンなのは気づいていたみたいね。まぁ、若いからね。これでも私、まだ十代なのよ? 生まれたときから大人だけどね。

 

 創作としては二流かな? 自分自身に殺される。今時珍しくもない、パラノイアックなありふれた喜劇であり悲劇。主演のつもりだった女が、エキストラに殺されるような、そんなつまらない結末を迎えたただの茶番よ。

 

 あら、そんなことはどうでもいいって? じゃあ、私が告げる真実の結論を言いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 私は確かにあの女のコピーの贋作よ。でも、私こそが、本物のレジーナ・オルコットなのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 私の真実がどんな事実となるかはあなた次第だけど……私が言った意味、あなたならわかるわよね、イリーナ。そして、きっとセシリアも気づいているでしょう。あの子は賢い。私がどういう存在なのか、確証はなくても察してはいるはずよ。

 

 そう、セシリアが、私に気づいた。だから、そろそろ始めたいのよ。最期を飾るに相応しい、最高に楽しい親子喧嘩を。

 

 私の目的なんてそんなものよ?

 

 みんながみんな、私を陰謀論みたいにオカルティックで、エキセントリックな黒幕を想像しているみたいだけど、私の目的なんてちっぽけなものよ。

 

 でもね、私はそのちっぽけな目的のために、なんでもする。要らないものすべてを壊して、要るものは全部手に入れて、世界も、他人の人生も、なにも省みることなく好き勝手に侵す。だから篠ノ之束の作ったISを利用した。だからIS委員会を傀儡にした。だから世界を征服しようとした。多くの人間を不幸にした。

 

 だから今回も、もう要らなくなったIS委員会を消すの。

 

 そして最期に、セシリアと、イリーナと、あなたたちと遊びたいの。

 

 そのために、そのためだけに。

 

 一緒に、邪魔なやつらを皆殺しにしましょう?

 

 それが、お互いの目的のためにもっとも効率的な冴えたやり方よ。

 

 私たちは、魔女と暴君でしょう、なら、わがままに暴威を振りまきましょう。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「まぁ、言いたいことはわかる。だが、私の目的のためにそれが一番いいやり方だっただけだ」

「そのために、最期に立ち塞がる敵を最悪な人にしてしまいましたが」

「私が提案を呑んでも呑まなくても、結果は変わらんさ。むしろ横槍を気にする必要がなくなった分、利点のほうが多い」

「………あの人が話を持ちかけてきた時点で、最後に決戦となることは変わらない、ですか」

 

 現在、セシリアがいるのはイギリスにあるカレイドマテリアル社の社長室だ。IS学園での戦闘の後、部隊の半数はイギリスに帰還していた。残っているのはアイズや鈴をはじめとした学園と関わりのある人間が中心だが、セシリアとシャルロットは今後のために一度帰還命令が下されていた。戻ってきて休憩もそこそこにイリーナと面会したセシリアは今回の亡国機業との共闘の裏事情を頭の痛くなるような会話と共に聞かされていた。二人のプライベートに深く関わる内容だけに、シャルロットはこの場にいない。

 

 実際にセシリアは片手で頭を抑えながら鬱屈とした表情を浮かべている。

 その美貌は苦渋の色で染められていたが、彼女の目の前にいるイリーナはいつもと変わらない冷笑を浮かべていた。どうやらマリアベルだけでなく、この結果はイリーナにとってもベターなものだったらしい。どれだけ嫌っていても、やはり姉妹なのだろう。セシリアは母と叔母にあたるこの二人の感性には未だに圧倒されることが多々あった。

 最終目的のために、障害となる存在と組むことすらいとわない。本来なら感情が許さないであろうことも、鉄のような理性で受け入れる。プライドが高いのに、そうすることができるイリーナの心中を推し量れるほどの経験は若輩のセシリアにはなかった。

 

「IS委員会は消えて、……いえ、本当の意味であの人の傀儡になった。表の権力を得たお母様がなにをしてくるのか、イリーナさんはわかっているのですか?」

「さぁ……、予想はできるが、どうせ最悪の、その斜め上をいくだろうさ」

「無礼を承知でお聞きしますが、お母様の暗殺は考えなかったのですか?」

「親不孝なことを言うな。そういうのを考えるのは私だけでいいというのに……」

 

 母であると認めた上で、冷徹に敵と見据えるセシリア。本気ではないだろうし、イリーナも他人のことを言えた身分でもないが、それでもオルコット家に関わる女の業というものを思い知らされた気分だった。

 

「レジーナという女はな、確かに嘘つきで、エゴイストだが、それでもひとつだけ信用してもいいものがあるんだよ」

「それは?」

「プライド、というには上等すぎる表現か。そうだな……言うなれば、あいつにとっての拘り、だな」

「拘り?」

「お前もわかるだろう。一見すれば意味のないようなことでも、あの女はそれが面白いと思えばなにを犠牲にしても、なにを代償にしても行う。そこに打算はない。ただその瞬間を楽しむことしか考えない。私たちにとって無意味でも、あいつがそれでいいと思えばあいつにとってはそれがすべてだ」

 

 それはセシリアにもよくわかっていた。母は、そんな子供っぽいところを隠しもしていなかった。それでも無邪気とも思えるそういった面はかつてのセシリアには悪いものには感じられなかった。

 

「だからこそ、あいつはそれができないようなら、すべてを台無しにしてしまうだろうよ。私があの場でレジーナを殺したところで、あいつの持つ組織が消えるわけじゃない」

「配下が無差別に敵対行動を取れば、少数精鋭の戦力しかない私たちは対応しきれない、ですか」

 

 セシリアをはじめとしたセプテントリオンの隊員たちは確かに強い。練度も高く、連携も高レベル。しかし、それはあくまで少数精鋭であるという弱点がある。もともと軍隊規模を揃えることはリスクも高いからそうなることは当然であったが、数の力には及ばない。今はラウラが率いる黒ウサギ隊もいるとはいえ、それでも亡国機業の保有する戦力に無差別に破壊工作をされては手が足りなくなる。

 しかもそうした戦いではこれまで世界の裏側を支配してきた亡国機業には敵わないだろう。

 

「あいつもそれはわかっている。だが、そうした手段を取ることはないだろう。あるとすれば、それはあいつがいなくなったときだ」

「お母様が、抑止力でもあると……?」

「私たちと遊びたい。これはあいつの本音だろうさ。迷惑極まりないが、そのためにあいつ以外の邪魔なものを排除してくれていることも事実だろう」

「守ってくれていたと、そう言うのですか?」

「その理由が、自分が楽しみたいからというのがまたアレらしいが……」

「………私には、まだわかりません。思い出の中のお母様、そして今私達の前に立ち塞がるお母様……私は、これをイコールで結べません。認めていても、そうであると確信していても、やはりどこかで否定してしまっています」

 

 むしろ、セシリアはそれを確かめたい。本当に母がすべての元凶だというのなら、それはいったい何故なのか。いつからこんな恐ろしいことを画策し、心の中でなにを思いながら自分と笑い合っていたのか。そして、自分を、アイズを目の前で傷つけて笑っていたとき、いったいなにを考えていたのか。

 セシリアが求めているのは、そんな母の本心だ。未だに見えないその心を知りたくて、恐怖に怯えながらも立ち向かう勇気を抱いている。そんな勇気を与えてくれたアイズや友たちのためにも、セシリアはたとえどんな結末であろうともう一度母と会い、確かめると決意している。

 それが、おそらく最後の戦いになるであろうことも、わかっている。どちらかが死ぬかもしれない。それでも、逃げるわけにはいかない。

 なぜなら、これはセシリアの生きてきた中で、その生き方の根幹そのものなのだから。この先、その答えが得られなければセシリアは先へと進めない。

 

「それもまた、アレの思惑通りにな」

「………」

「お前がそうやって悩み、母と対峙することを決意させたのもアレだ。お前の葛藤も、立ち上がったことも、その全てが掌の上だろうさ。私は人の心など蹂躙することでしか支配できないが、私の姉は、お前の母は、人の心を思ったように操れる。人の心の弱さも強さも信じているが、それを自分が楽しむために躊躇いなく利用する。そういう人間だよ、あれは」

 

 だからイリーナは暴君と呼ばれ、そしてレジーナは魔女と呼ばれている。

 

「私には、……まだ、わかりません。私が、まだ若輩だからでしょうか?」

「理解する必要はない。好意と憎悪は表裏一体というが、アレはこの二つを同時に、同じ器に添えることができる狂人だよ」

「………」

「あいつは確かに、お前を愛しているのだろうさ。一番こだわっているのは、セシリア、お前に関わることだからな。だが、それがお前にとって害悪となる行為も、アレにとっての愛情表現なんだろう」

「ですが、その真意はまだ聞いてはいませんわ」

「お涙頂戴な理由があると信じているのか? それはお前の勝手だが、………私は状況次第では、アレを殺すぞ」

 

 姉を殺すと言うイリーナに、セシリアは眉をひそめる。しかし、そうするだけの覚悟があることを既にセシリアは知っている。イリーナはこれまで、ただ彼女の目的のためだけに世界に混乱と変革を促してきたのだから。

 

「そして、それはアレも承知している。だから結果が出たとき、死んでいるのは私かもしれないし、あいつかもしれないし、そしてお前かもしれない。もう、そんなところまで来てしまっている」

「……それでも、私は」

「ああ、好きにするといい。妹の私の前に、娘であるお前が決着をつけるべきだろう。その結果がどうあれ、責めることはしない。だが、覚悟だけは決めておけ」

 

 ぶっきらぼうのようで、その実、その言葉はイリーナの優しさだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うぅん……」

 

 意識が覚醒したと同時に視力以外の五感がアイズの神経を撫でる。そして鮮明に感じ取れるのは、自身に触れ合うほど近くにある気配。柔らかい肌が密着している感覚と、ほのかに残るシャンプーの匂い。そして静かな寝息が聞こえてくる。

 左手と右手、それぞれを左右にいる人物に握られているために身動きは取れないが、人肌の心地よい温かさの中で目覚めたアイズは気分よく自然と笑顔を零す。

 そうしてアイズの覚醒と同時に、それに反応したように二人も目を覚ます。この二人はアイズのこととなると恐ろしいほどに鋭い。

 

「おはよう、ラウラちゃん、簪ちゃん」

「おはようございます、姉様」

「アイズ、おはよう」

 

 基本的にラウラとは行動を共にしていたが、簪とこうして一緒に触れ合うのは随分久しぶりだった。だからだろう、簪も蕩けた顔でアイズにしがみついて笑っている。ずっと我慢していたせいか、そのネジの緩み具合も姉の楯無も苦笑することしかできなかったほどだ。

 朝から甘ったるい空気が部屋を充満していくが、そんな空気を吹き飛ばすように勢いよくドアが開かれる。

 

「オラー! 朝よ少女漫画系百合女子ども! とっとと起きなさい!」

 

 動きやすく、シンプルな服装に身を包んだ鈴が吠えた。そんな鈴の肌にはうっすらと汗が浮かんでおり、どうやら朝日が昇るよりも早くから鍛錬をしていたようだ。

 

「おはよう鈴ちゃん。朝から修行?」

「あんた見えてないくせにホントによくわかるわね。その直感と洞察力は羨ましいわ」

 

 鈴は自己判断であるが、これでも自身に課している修行量はおかしいレベルのもはや虐待レベルのものだと思っている。前回のIS学園での戦いと違い、特に目立った負傷もなく疲労した程度だった鈴はあの戦いからもずっと朝は鍛錬を欠かさず行っている。今日も朝からランニング、筋力トレーニングなどの準備運動をはじめとして、壁走りや、逆立ちでパルクールなどもはや意味不明なハードトレーニングを行っている。中国では山奥の大自然の中で鍛えられてきた鈴にとってこの程度はまだ遊びも入った序の口である。

 

「鈴ちゃんのストイックさには頭が下がるよ」

「私はあんたの人誑しさに頭が下がるわ」

 

 そんな軽口を言い合いつつ、着替えを済ませて四人揃って食堂へと向かう。アイズや鈴にとっては懐かしくも感じる学生食堂では生徒や職員を始め、ほかにも業者など様々な人間が見える。

 簡易な朝食メニューを受け取り、空いているテーブルに腰をかけてすぐさま箸を取る。あまり悠長に食事を楽しんでいる暇もないのだ。全員がマナーを守りつつも素早く食事を平らげるとすぐさまISを携えながら建物の外へと向かう。

 外に出て見えたのはあちこちに残る戦いの傷痕。つい半年前のIS学園襲撃の際の復興が始まって間もないというのに、再び炎に蹂躙された学園の無残な姿がそこに広がっていた。見ているだけで悲しくなる光景だが、そんな感傷に浸るよりも復興したいという想いのほうが強い。使えるだけのISを投入しての瓦礫撤去、破壊されたライフラインの復旧など、やることは山積みだ。電気も一部はケーブルが物理的に切断されており、完全復旧まで時間も人も多く必要だ。それでも、ISがあれば生徒でも重機が必要となる作業も簡単に行える。

 

「IS学園だけあってISの数はそこそこ確保できてる。おかげで作業も予想より早く実行できた」

「普段は戦いばっかだしねぇ、でもこういう使い方もできてこそでしょう」

 

 天照を纏い、作業指示を飛ばしながら崩れそうな校舎の瓦礫を慎重に除去していく簪。その横では鈴が甲龍のその規格外のパワーを使って大型の瓦礫をまとめて抱え上げて運んでいく。二人の周りにも多くの生徒たちが慌ただしく動いている。

 

「しかし、二回目ともなると怒りより疑問のほうが大きいわ。あいつら、結局なにがしたかったのかしらね」

「……そうだね、たぶん、利用された、というか……、エサにされたというか」

「やっぱそうか。あの亡霊ども、IS学園をエサにあたしたちを釣って、そのあたしたちでIS委員会の邪魔な連中を釣りやがったわね」

 

 戦っていたときこそ考える余裕などなかったが、落ち着いて考えれば誰かの掌で踊らされていたという疑念が湧いてしまっていた。そして戦いが終わると同時に亡国機業の長とされるマリアベル―――現在はレジーナ・オルコットというまさかの本名を名乗っている存在が表舞台へと姿を現した。レジーナがどういう存在か知っていれば、今回の戦いの結論は自ずと見えてくる。

 

「あたしたちを残してセシリアとシャルロットが戻ったのはそれが理由か」

「対策は急務。私たちIS学園も、そしてあなたたちカレイドマテリアル社も」

「暴君と魔女の決戦か。手駒はあたしたちとあいつら……地形が変わりそうね」

「特に鈴さんは訴えられないようにしたほうがいいよ。あの力、はっきり言って異常だから」

「IS学園の地図を書き直さなきゃならなくなったのは悪かったと思っているわよ」

 

 鈴と甲龍が至った第三形態。基本スペックの爆発的な上昇とそれに伴う過剰放出エネルギーの操作という単純にして強力無比な能力によって暴れた結果、IS学園の敷地の一部を削り取っていた。特に一度だけ使用した、鈴が面白半分で“甲龍波”と言いながら放ったエネルギーの奔流がIS学園の付近の海岸沿いを見事に抉り飛ばしていた。夜が明けてその惨状を見た鈴もさすがに顔色を青くしていたほどだ。

 

「まぁ、鈴さんが大型機の撃墜数が一番多いし、これでチャラじゃない?」

「なんか釈然としないわね……それに……」

 

 鈴はぐっと握り締めた拳に視線を落とす。眉をひそめつつ、なにか思案するような鈴に簪が首を捻る。

 

「どうしたの?」

「……いや、今はいいわ。それより早く済ますわよ、まだまだやることあるんだから」

「わかってる。早く終わらせてアイズ成分を補給しないと……」

「あんたもブレないわね。でも、聞いてないの?」

「……なにを?」

「アイズだけど…………あの子、今夜デートとか言ってたけ、……ど……ッ!?」

 

 簪の目から光が消えた瞬間を、鈴は確かに目撃し、そして後悔した。

 

「………………………そうなんだ」

 

 鈴は師匠である雨蘭と同等の威圧感を感じ取り、同年代のその少女に心の底から戦慄した。

 

「それっていつの話なのかな?」 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「なにやら騒がしいな」

「どうせアイちゃんがなんかやらかしたんでしょ。あの子、いい意味でも悪い意味でもトラブルの中心だからねぇ」

「おまえがそれを言うか……」

 

 千冬がやれやれと肩をすくめて隣に立つカボチャ頭の怪人物に向かって呆れたように告げている。先の戦いでは残敵掃討に貢献し、戦闘時間がわずか十五分にも関わらずに撃墜数はリタに届くかという戦果を上げた“世界最強”の称号を持つ千冬は普段見せる厳しい態度ではなく、親しみを感じさせる柔らかい笑みを見せている。

 千冬がこのような素の顔を見せるのは、それが相手が家族か、それに準ずるほど親しい人間だけだ。このキテレツな格好で素顔を隠しているが、その中身は千冬がよく知る人物だった。

 

 篠ノ之束。おそらくここ十年でもっとも世界に轟いた名前。偉人として、そして悪名として、様々な姿で捉えられる束をただ「友人」として言えるただ一人の人間が千冬だった。

 普段と変わらないように見える千冬も、一夏が見れば束に会えて嬉しそうだとすぐにわかるだろう。

 

「ごめんね」

 

 しかし、不意に発せられたその言葉に千冬が顔を顰める。その言葉の意図するところはわかるが、千冬はそんなものは望んでなどいない。

 

「謝るな」

「でも、ちーちゃんには特に迷惑かけちゃったし? 一応、私も謝罪くらいはしとかないとまずいかなーっていうか?」

「まったく……昔はもっと傍若無人だったというのに、ずいぶんおとなしくなったものだ」

「人間って傷つくだけ変わっていくものだって実体験してきたからね。私だってそれなりのモラルくらい身につくよ」

「本音は?」

「てへぺろ。これからも迷惑かけると思うけど、ちーちゃんなら大丈夫だよね?」

 

 先ほどまでの殊勝な態度はあっさりと霧散し、ケラケラと笑いながらおねだりをするような甘い声を出していた。あまりにも速い変わり身だが、千冬はむしろ嬉しそうに微笑んでいた。

 

「お前はそうやって生意気なほうが似合っている」

「あ、ひどいなぁ。これでも優しくて美人でなんでもできる超天才なお姉さんで通っているんだからね! ドヤァえっへん!」

「変人が抜けているぞ」

「異端なのは認めるけど? 私は世界を変えて希望と憎悪を撒き散らした災厄だからね」

 

 それは未だに篠ノ之束を揶揄して言われる言葉だった。ISという存在を生み出し、新たな可能性を示した希望と、それの拡散によって変わった世界にはじかれた人々の怨嗟。仕組まれたこととはいえ、その中心に束がいたのは事実なのだ。

 そして、今束はイリーナと共に再び世界に変革を起こした。女性限定という意図的な不完全状態のISをばら撒かれた束は、意趣返しでもするように完全に人に適合する新型コアを世界に拡散させた。それによって起きた混乱は、かつてと同じように人々の希望と憎悪を生み出した。最初のときとは違い、そうなるであろうことも束にはわかっていた。それでも、束は自分の願いを優先した。なんてことはない、世界の平穏と自身の願い、天秤にかけるまでもなく、束は世界より自身の願いを取った。

 

「世界なんてどうなったっていい。平和でも、地獄でも、私はどうなろうが構わない」

 

 それは束の本音だ。束も自覚しているが、傲慢なまでのこのセルフィッシュは篠ノ之束という人間の在り方といっていい。他者を顧みず、それゆえに縛られない。だから世界を置き去りに突き進む束は個人でありながらその頭脳だけで世界をこうも簡単に揺らすことができる。ここまでくればもはや人災ではなく天災だ。

 

「それでも、私は空を、宇宙を目指せない世界は認めない。だから変えたの」

 

 目的は違えど、それは束とイリーナ、それにアイズといった協力関係にある者たちの総意でもあった。軍事利用され、ISが制空権を独占したことで空は、その先にある宇宙を目指すことも許されなくなった世界を否定する。だからここまでのことをしてきたし、そしてこれからもそうするだろう。

 

「ちーちゃん、私を怒るかい?」

「そう思うのか?」

 

 千冬も変わっていく世界に翻弄されてきた身だ。たまたまISに適正があり、そしてその才能は世界の頂点に君臨するほどのものだった。だから一夏と二人だけでも生きてこられた。その原因の一端には束という存在がいることも知っている。しかし、千冬は束を恨むつもりも怒るつもりもない。まだ無名の頃から、束がどれだけ真摯に、そして純粋に空を目指していたのか知っているから。

 そして誰よりも昔から自分の夢を応援してくれた千冬だから、束も絶大な信頼を寄せているのだ。

 

「ううん、ちーちゃんは最後には私を許してくれる。そしてきっと応援してくれる。だからちーちゃんは好き」

「まったく、おまえは……」

「だからちーちゃん、お願いがあるの」

 

 その言葉に、千冬は少なくない驚きを覚えた。束が真っ向から頼ってくることは、それほどまでに珍しかった。大抵はなんでも一人でできて、そしてそれを自慢してくることばかりだった束が千冬に懇願してきたことなど、かつて白騎士事件と呼ばれた束が嵌められ、そして人生を狂わされたあの一件だけしかなかった。

 

「多分、次が最後。次の戦いが、私たちが宇宙へと飛び出せるような世界になるかの分水嶺になる」

「…………」

「腹が立つことに、あっちには私と並ぶくらいの頭があるし、それに物量も負けている。今回のことで表立っての権力も手に入れたみたいだし、むこうも次で決戦を考えているのは間違いないっぽいし」

「今回のようなことが、また起きると?」

「どんな形になるかはまだわからないけど、戦争になるかもしれない。いや、もう戦争だね。数を揃えられるようになったISは、個々の性能を競う競技なんて見方は薄れちゃったし、ISが数を揃えての蹂躙戦なんてことも可能になっちゃった」

「……そうだな」

 

 今回のIS学園の戦いでさえ、もはや戦争といっていい規模の戦闘になったのだ。敵が無人機だったから死亡者は出なかったが、それでもIS学園やカレイドマテリアル社の人間から重傷者が何人も出ている。死人がいなかったことは奇跡だっただろう。

 

「だからちーちゃん、力をかして欲しい」

 

 束が顔を隠していたマスクを無用心に取って千冬を見た。久しく見ていなかった友の素顔に、しかし、これまで見たこともないような真剣な目を見て千冬が息を呑む。ああ、こいつはこんな顔もできたのだな、なんて呑気な思考すらあった。

 しかし、それ以上に束にそう請われて千冬は嬉しく思っていた。これまで束のほうが一方的に姿をくらませていたとはいえ、なにもしてやれなかったことに千冬は苦しく思っていた。

 しかし、こうしてあのプライドの高い束が頼ってくれているのだ。ここで力になれないようなら、はじめから友などと言えるはずもない。

 

「しょうがないやつだ、昔から」

 

 それでも素直な言葉で言えないあたり、千冬も頑固で融通のきかない性格なのだろう。それを自覚しつつも、苦笑しながらもはっきりと頷いた。

 

「その代わり、今度こそ私に見せてくれ。お前が、笑って夢を叶える瞬間を――――」

 

 

 

 

 




お久しぶりです。生活も落ち着いてきたのでまたゆっくりとですが更新していきます。

今回でこのチャプターは終了。次回から幕間になります。最終決戦への前準備となるエピソードを描くつもりです。
次回からはアイズのデート編です。幕間が終わり次第いよいよ最終章になります。

感想、ご要望お待ちしております。それではまた次回に!


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Chapter■■ 幕間 因果収束点■■■■■■編
Act.126 「心を溶かして Ⅰ」


「むぅ……」

 

 手を強く握る。それをゆっくりと解き、そしてまた力を込めて拳をつくる。何度もそうやって自分の手を見ていた鈴はやがてため息をついて全身の力を抜いた。その顔には苦渋の色が見て取れる。

 

「ダメね、完全に感覚を忘れてるわ……」

 

 ため息をついて再び精神統一へと戻る。足場にしているのは固定もされていない長さ二メートルほどのただの竹棒。それをまっすぐと立ててその上に右足一本で立ち、バランスを取りながら手を組んで祈りをするような格好で静止する。その姿は雑技団の曲芸師と言ってもまったく違和感はないだろう。そんな絶妙なバランスを見せる鈴は、しかし表情を曇らせながら唸っている。

 

「甲龍……どうすればあなたの声が聞けるの……」

 

 あの時、極限の中で感じた甲龍の鼓動と声。しかし、今はそれをまったく感じ取れない。確かに聞こえた甲龍の声も、あれ以来また聞こえなくなってしまった。

 人とISが止揚に至ったとき、はじめて第三形態になることができると聞いた。あの時、鈴は間違いなくその境地に在った。そのはずだった。だが、どうやってそこに至ったのか、今の鈴にはわからなかった。あのときはただ無我夢中で、本能のままに戦っていた。おそらく、火事場のバカ力というやつだったのだろう。そんな状態にならなければ、追い込まれなければ意図的にあの状態になることはできないのかもしれない。

 

「アイズやセシリアにはまだ一歩届かないか……」

 

 あの状態を意図的に起こせるということは、ISコアとの対話を行えることになるらしい。つまり、コアの声を聞けない鈴はまだ第三形態はマグレということになる。どれだけ強い力を得たとしても、それを自由に使えなければ意味はない。追い込まれなければ発揮できない枷があるなら、その枷をどうにかしない限り鈴はアイズやセシリアと同じ領域には至れないだろう。

 

「ま、あたしにできることなんてひとつしかないか。修行あるのみ!」

 

 すると今度は身軽な動きで一瞬で身体の上下を入れ替えて腕一本で倒立するとあろうことかそのまま腕立てをやり始めた。

 

「きっと私の修行が足りないんだわ。またあの声が聞こえるまで腕立てよ!」

 

 悩むなら行動。思い切りの良い鈴はすぐさま実行に移す。このあたりが脳筋だのと言われる所以でもあるのだが、それが最善だと判断しての行動なので鈴本人としては頭脳派のつもりだったりする。ラウラが評した「頭がいいくせに無茶をしたがる馬鹿」というのが最も近いかもしれない。

 

「決戦までには間に合わせて見せるわ……、さぁ凰鈴音、根性を見せなさい!」

 

 どんな形であれ、突き進む意思を滾らせる鈴はとにかく努力を重ね続けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 その日、そこは異様な熱気に包まれていた。多くの少女たちが集う中、その中心にいるのは黒髪の小柄な少女。まだわずかに幼さの残る無垢な顔に満面の笑みを浮かべ、集った少女たちに笑いかけていた。その笑顔は普段の彼女の愛らしいそれ以上のものへと昇華されていた。

 

「どうかな? 綺麗?」

 

 アイズは目の前にいる可愛い妹分にそう問いかける。

 アイズがその身に纏っているのは普段着でも制服でもなく、特別に用意されたドレスであった。アイズのパーソナルカラーでもある赤と、清楚な白。反発するような二色を絶妙に合わせた可愛らしさと美しさを兼ね合わせたような麗しいドレス。ちょっと大人びている少女、というイメージで作られたそれを着こなし、さらにクラリッサをはじめとした黒ウサギ隊の隊員たちによって最高のメイクを施されている。黒曜のような髪も軽くパーマがかけられ、アイズのふわふわした雰囲気をより一層強調している。普段は閉じられている瞳も顕となり、その淡い琥珀色の瞳が引き立てられている。素朴さと神秘さ、それを両立した可憐さを見事に演出している。

 軍人であった彼女たちであったが、どうやら普段からこうしたオシャレには気を配っていたようで、ワイワイと笑いながら楽しそうにアイズにメイクを施していた。昔からこうしたことに無頓着だったのは隊長をしていたラウラだけだったらしい。

 そうして完成されたアイズのドレス姿を目の当たりにしてラウラは呆けたように見惚れていた。もはや完全にシスコンであるラウラは姉の晴れ姿を凝視するように見つめ、脳内のメモリーにその姿を刻み込んでいる。

 

 私の姉は天使、異論は認めん。――――などと口走りながら頬を紅潮させている。

 

「いかがですか義姉上様。我ら黒ウサギ隊の女子力のすべてを結集しました」

「ありがとう、クラリッサさん」

「お美しいです。さすが我らの義姉上様! 我らも鼻が高いというもの! 義姉上様がいれば我らはあと十年は戦えます!」

「うふふ、なんか照れちゃうな、その言葉はよくわかんないけど。……どうかなラウラちゃん? ボクにはもったいないくらいだけど」

「そ、そんなことはありません姉様! 姉様こそ至高です! 姉様の妹であることは私の誉れです!」

「ふふ、ありがとう。それじゃあラウラちゃん、エスコート、よろしくね?」

「お任せ下さい!」

 

 そしてラウラが来ているのはドレス姿のアイズとは違い、燕尾服のようなスーツだった。アイズと並べはまるでお嬢様と執事のような格好だが、両者とも小柄であるがアイズのほうが背が高いのでアンバランスさが目立つ。それでもニコニコ笑うアイズの手を、ラウラは恭しく取って跪いて頭を垂れた。

 

「それでは、僭越ながら私がエスコートさせていただきます」

「うん。わがまま言ってごめんね?」

「本当なら止めたいところですが……姉様の願いを叶えるのが我ら黒ウサギ隊の願いです。万が一のときは全員で備えていますので、ご安心ください」

「あはは、大袈裟だなぁ」

「いえ、相手を考えればこそです! クラリッサ! 周辺の警護は任せるぞ。私は姉様の直衛に付く。姉様に不審者など近づけさせるな」

「ja、黒ウサギ隊の誇りにかけて任務を遂行します」

「本当に大袈裟だなぁ、少し会うだけなのに」

 

 心配性な妹と黒ウサギ隊の面々に苦笑しつつも、それだけ心配してくれていることに嬉しさも覚える。本当なら一人で行こうと思っていたのだが、冗談半分でデートに行くと言ったらラウラたちが血相を変えて問い詰めてきたので驚きながらも詳細を話すと、今度は危険だからと止められそうになってしまった。それでも行くと説得すれば警護をすると言い出し、この有様であった。ラウラだけでなく、彼女が率いる黒ウサギ隊全員での警護だ。しかも当然のように全員がISを携帯しており、過剰警護といっても過言ではない布陣である。

 ちなみに簪からも激しく問い詰められたが、こちらもなんとか説得している。反対もされたが、どうしても必要だと言いつつ、鈴から教わった涙目&上目遣いコンボによって承認を勝ち得ている。それでもついていくと言われたが、ラウラたちと違い学園の重要メンバーである簪は楯無に引っ張られていった。その際にラウラに「アイズになにかあれば……わかってるね?」などと脅迫めいたことを言っていたのだが、幸か不幸か、その言葉はアイズには聞こえていなかった。

 

「それじゃあ行こっか」

「はい」

 

 表情を引き締めたラウラがアイズの手を取りつつ先導して歩き出す。ほかの隊員たちもすぐさま散開して各々のポジションへと向かう。

 アイズとしてはほんの少しのお出かけのようなものだが、ラウラたちにとっては最重要ともいえる任務である。

 

 

 

 今夜、アイズが会うという相手は彼女にとって、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた最大の宿敵であるのだから。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 IS学園からモノレールで一時間弱、そこから用意されていた高級車に乗って十分ほど。たどり着いたのはこの都市部でも随一の高さを誇るタワービルだった。この一帯を見渡せるほどに高い高層建築物で、最上階の展望台は毎日多くの人が訪れる観光スポットでもある。こんな洒落た場所に来ることもなかなかないアイズは楽しそうにエントランス入るやあたりを見渡している。

 しかしすぐに手元にあるものへと目を向けた。それはアイズ宛に届けられた招待状だった。ご丁寧にIS学園にあくまで個人宛の配達物として届けられたものだった。中身は簡素に一枚の手紙のみ。そこには日本語ではなく英語で【ディナーのご招待】と書かれていた。差出人の欄には流暢な筆記体で【Seal】と書かれている。

 あのIS学園での戦いの終わりに、シールが呟くようにアイズに告げた言葉―――【改めて、招待させてもらいます】という言葉通りに、本当にすぐに招待状が届けられたのだ。それを受け取ったアイズはまるでラブレターをもらった思春期の少女のようにはにかみながら嬉しがっていた。

 その招待状を大事に抱えながら、アイズは周囲の気配を探る。

 

「―――ん」

 

 アイズはそこで待っていた一人の少女へと視線を向けた。見るよりも早く気配で察していたアイズが微笑んで声をかける。

 

「こんばんは。あなたが案内を?」

「………こちらへ」

 

 簡素ながらも礼服を纏い、さらに眼をバイザーで隠している少女―――シールにクロエと呼ばれていた少女だ―――が一礼してアイズを迎えた。しかし最低限の礼儀だけでおおよそそっけないように振舞っており、ニコニコしているアイズを無視するように背を向けて歩き出す。ついてこい、ということなのだろう。アイズは苦笑しながらその小さな背に続いた。そんなアイズの後ろではラウラがクロエを睨むように見ていたが……。

 そのまま案内されるままにエレベーターに乗り、最高層にあるフロアへと向かう。そこはフロア全てを使って作られた展望レストランであった。ディナーだけでどれだけお金がかかるかもわからないそのレストランは、今夜は貸切になっているらしい。カレイドマテリアル社で貴重なテストパイロットをしているアイズはお金もそこそこ稼いでいるが、それでも庶民派感覚なのでこんな場所を貸切にするのにどれだけのお金がかかるのは想像もできなかった。

 

「あの人は中で待っています」

 

 案内はここまで、というようにクロエは入口の前で足を止めた。

 

「案内ありがとう」

「いえ、仕事ですから」

 

 最後までぶっきらぼうな態度に少し寂しくなるが、どこかそれが微笑ましいものに感じてしまっていた。アイズの見た感じでは、どうやらこのクロエは大好きな姉がアイズを気にかけていることが面白くないらしい。このあたりはラウラと少し似ている。アイズはもう一度「ありがとう」とお礼を言って足を進めた。

 そのまま中に入っていくアイズを追ってラウラも入ろうとするが、それはクロエによって止められてしまった。ラウラが邪魔をしたクロエを睨み、そのクロエもバイザー越しにラウラを睨んでいる。アイズのときと違い、あっという間に空気が重さを増した。

 

「あなたはご遠慮してもらえますか」

「……あいつと姉様を二人きりにしろというのか」

「そもそも、あなたは呼んでいません」

「何様のつもりだ。貴様らがいったいどれだけの前科があると思っている。ここに来ることさえ本当なら反対だというのに」

「別に行くというなら構いませんが。その時は私があなたを排除するだけです。別にいいのですよ、ここであのときの続きをしても」

「貴様……」

 

 はじめから険悪な空気を醸し出しながら至近距離で二人が睨み合う。このままでは実力行使になるのは時間の問題だろう。しかし、そんな空気を霧散させるようなアイズのとろけるような声が割って入った。

 

「ラウラちゃん、喧嘩しちゃダメだよ?」

「うっ……し、しかし姉様!」

「ボクは大丈夫だから。ね?」

「………わかりました」

「うん。いい子で待っててね?」

 

 能天気なまでのアイズに毒気を抜かれたラウラも先ほどまでの敵意を霧散させる。姉にここまで言われてはラウラも事を荒立てるわけにもいかない。

 そんなラウラに満足したように笑い、アイズが今度こそ店内へと入っていく。残された二人はふと顔を見合わせるが、互いに「ふんッ」と鼻を鳴らして顔を背ける。示し合わせたわけでもないのにまるで警備員のように入口の左右に直立不動で控える。

 

「邪魔はするな」

「こちらの台詞ですよ」

 

 経緯は違うが、ラウラもクロエもシールという存在を基に生み出された人工生命体……互いに模造品、劣化品などと呼ばれ、もしなにかが違えば今ここにいることも、もしかしたら生きていることさえなかったかもしれない存在。

 そしてラウラとクロエ以上に因縁の深いアイズとシール。互いにその二人の妹として共に戦い、そして敵対するというこの現実……運命のようなものすら感じてしまう。もしかしたらラウラとクロエも敵対せずに友となっていた未来もあったのかもしれない。しかし、そんな仮定は二人にとってはまったくの無意味だ。

 ラウラにとっても、クロエにとっても、今ある現実だけが全てだった。

 

 アイズを姉と慕い、どこまでも姉のために尽くしたいというラウラには後悔も未練もない。

 

 本来は見捨てられてもおかしくない自分をそばに置いてくれるシールのために、たとえ捨て駒になることさえクロエは厭わない。

 

 だから、隣にいる鏡像ともいえる存在を否定することになんら疑問も躊躇いもない。自分の選んだ道こそが全てだ。たとえその考えが視野狭窄からくるものであろうが、それが今の彼女たちの全てだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 シールからディナーを招待されてアイズが思ったことは、素直に「嬉しい」ということだった。

 シールとはアイズにとっては間違いなく宿敵であり天敵である。自分が未だに呪うほどの過去から生み出された、自身を否定する象徴ともいえる存在。アイズがシールに並ぶことが、シールにとっての侮辱になるとまで言われたのだ。およそ一年近く前にIS学園に乱入してきたシールと刃を交えてから幾度となく戦い、時には死んでもおかしくないほどの敗北すらあった。実際、シールも殺そうとはしなくても生かそうとも思ってはいなかっただろう。それほどまでにシールはアイズに対して容赦というものをしなかった。

 そしてアイズのヴォーダン・オージェを上回る眼を持つシールは、戦いにおいても常にアイズの上にいる。アイズがこれまで競ってこられたのは、束をはじめとした仲間たちの尽力があってこそだ。

 そんなシールの身の上を知ったのは、無人機プラントへ強襲をかけた時だった。あれ以来、アイズにとってシールは特別になった。

 シールに対する感情は様々だ。

 怒りもある。悲しみもある。困惑もある。一時の感情に流されたとはいえ、本気でシールを否定しようとさえしたこともある。

 しかし、そうした変遷を経て、アイズが今思うのはシンプルな感情だった。

 

 

 

「―――――ようこそ」

 

 

 

 ハッとなって顔をあげる。そこには天使がいた。一目見て、そう思うほどに幻想的な美がそこにあった。

 天使を模したようなISがなくても、シールのその美貌な天上のものかと思うほどに完成されていた。雪のような白い肌と、月の光を淡く反射する銀色の髪。黄金比のような身体を、滑らかな質の良いドレスがその身を包んでいる。

 そして金色に輝く瞳がその魔性ともいえる人を超越した美貌をより一層引き立てている。まさしく絵画の中にしかいないような存在が、形となってアイズの目の前にいるのだ。アイズは感嘆したように小さく息を吐き、頬を赤らめながら笑顔を見せる。こんな妖精のような少女を目の前にすればアイズでなくても固まってしまうだろう。

 魂を抜かれそうな美を前に惚けていたアイズは、すぐに意識をも戻して可愛らしくスカートを持ち上げて礼をする。残念ながら練習不足もありおぼつかないものだったが、そのたどたどしさががかえってアイズの魅力を引き出しているようだった。

 

「今日はお招きいただき、ありがとう」

「ようこそ、歓迎しますよ。あなたなら来てくれると思っていました。周囲に止められるかもとは思いましたけど」

「本当は止められたんだけどね。でも我侭言って来ちゃった。あなたに誘われたら、断るなんてできないよ。ボクじゃなくても、誰だってそうだと思うけど」

「世辞は無用ですよ」

「シールが誘ってくれて嬉しかったもん」

「ああ、もう、言ったそばからあなたは……」

「だってお世辞じゃないし。だからボクも頑張っておめかししてきたもの。どうかな? 似合う?」

 

 毎度ながら、驚くべきことにこの状況でもアイズは本音しか言わない。ほかの人間ならば皮肉のひとつでも言う場面でも、アイズは自分が感じたことを素直に表現する。この一年、アイズと物騒ながら宿敵として付き合ってきたシールもそれを理解しているのだろう。痛む頭を抑えるような仕草を見せていた。

 

「あなたは本当に能天気ですね」

「そうかな?」

「まぁいいです。ディナーを用意してあります。……こちらへ」

「ボク、こんなとこで食べるのははじめてだよ。マナーとか、大丈夫かな?」

「今日は貸切です。気にする必要はないでしょう」

「そっか。じゃあせっかくの好意だし、ご馳走になろうかな。ところで」

「なんです?」

「そのドレス、シールにすっごく似合ってるね! とっても綺麗!」

 

 のほほんと笑顔で宣うアイズを無視するように……否、ほんのわずかに紅潮した頬を隠すようにそっぽを向いた。敵であるシールに対してもこうまで親しみを持って接するアイズは甘いというべきか、大物だと畏怖するべきか。いや、そのどちらも正しいのだろう。殺されかけた相手だというのに、ここまでフレンドリーになれるアイズはきっと大物で大馬鹿なのだ。それも悪くないと思ってしまうあたり、それもアイズの人誑しともいえる魅力なのかもしれない。

 

「どうぞ」

 

 そしてガラス張りの夜景が一望できる特等席へ案内されたアイズはシールと向かい合うように席に着く。ふと横を見れば街の光が天の川のように連なっており、まるで夜空の星空をそのまま地上で描いたような夜景が視界を覆い尽くす。少しの間そんな最高の景色を堪能していたが、シールがグラスを二つ取り出した姿を見て視線を前へと向ける。

 テーブルには既に食事が用意されており、近くにはウェイターやウェイトレスの姿もない。どうやら第三者の存在を嫌ったシールの計らいのようだ。

 料理と同じく用意されていたシャンパンをシール自らが封を切ってアイズのグラスへと注いでいった。アイズはそれをおっかなびっくりというように手に持ったまま固まってしまう。

 

「どうしました? 毒は入っていませんよ」

 

 心外だ、というように少し不機嫌そうに言うシールに、アイズは慌てて手を振ってその疑惑を否定する。

 

「あ、ごめんね。そうじゃなくって、ボク、こんな高そうなものはじめてで……」

「……やれやれ、あなたは本当にマイペースですね」

「ごめんね、いただきます」

 

 差し出されたグラスを軽く合わせて乾杯をする。

 そして、こくん、と可愛らしく一口。そして目を見開いてびっくりしたようにマジマジとグラスを見つめる。それは少し高めのシャンパンではあるが、それなりに金を出せばすぐ手に入るものだ。シールにとってはその程度は高級品に入らないが、アイズにとってはかなり驚くレベルの代物だったようだ。

 

「美味しい」

 

 単純な一言であったが、それがアイズの偽りのない本音ということはアイズの嬉しそうな顔を見ればすぐにわかった。そうしてシールに勧められるように、ほかの料理にも手を出していく。普段は滅多に食べない手の込んだ高級食材をふんだんに使った料理の数々に、アイズは幸福感を味わいながら食べていく。同じようにシールもそれらをゆっくりと食べていくが、何のリアクションも起こさないシールと違い、身体や表情すべてを使って美味しさを表現するアイズを見てくすくすと小さく笑う。

 あくまで食事など余興でしかないが、それでももてなした側としてゲストがこうも楽しそうにする姿を見るのは悪い気はしない。気がつけばシールも僅かであるが笑みを零していた。

 

「ホント美味しいなぁ。シールはいっつもこんなものを食べてるの?」

「まさか、作戦行動中は簡素なレーションも珍しくありませんよ」

「へー、ちょっと意外。シールってなんというか、どんなことでも絵になるからお姫様みたいな生活をしているのかと思ってた」

「どんな生活ですか」

「お城みたいなとこに住んでいたり、とか?」

「まぁ、確かに城のようなものですかね……高層ビルの上層はすべて私の所有ですから」

「それ、絶対セレブにカテゴライズされる人の生活だよ」

「用意されていたものでしたし……まぁ、それでも金は投げ捨てるほどありますから。しかし贅沢はあまり趣味ではないので、滅多に使わないんですよ」

 

 シールのプライベートの話を聞けたアイズは興味津々という様子で楽しそうにいろいろなことを聞いていく。シールも差し支えのない事に関しては素直に答えていた。それはこれまでのシールを思えば、信じがたいほどに柔らかい態度だろう。

 

「でもこんな高そうなレストランを貸し切ったりしてるじゃない?」

「あなただからですよ。あなたを誘うのなら、これくらいは当然です」

「そこまで言われちゃうとボクも照れるなぁ……」

「他人に聞かせられないという意味ですけど……なにか勘違いしていませんか? まさか二人きりになりたかった、なんて私が思っているなんて考えてませんよね?」

「え、違うの? 簪ちゃんが言ってた。女の子を食事に誘うのはデートのお誘いだって!」

「私も女なんですがね、……あまりそれに意味を感じたこともありませんけど」

「性別はこの際関係ないとも言ってた」

「私が常識を言うのもなんですが、それは少数派だと思いますよ」

 

 

 それは二人にとってどんな時間だったのだろうか。この先、必ず刃を交えるというのに、今の二人は仲の良い友にしか見えないだろう。

 しかし、それは幻だ。どうあっても、この二人は戦う運命にあるのだから。そしてそれは、この二人が誰よりもわかっている。互いが、理解したい、もっと知りたいと思っていても、最後には必ず武器を手に取り、相手に向けることになる。それは確定事項だ。それ以外の道は、もはや互いの立場が許さない。いや、それよりも、誰よりも、この二人が納得しない。

 これまでのすべてを捨てて、手を取り合うには二人はあまりにも深く、複雑な因果で縛られていた。それを否定するつもりもない。しかし、その先へ行くにはどんな結末になっても決着をつけなければならない。

 能天気と言われるアイズも、それは重々に承知していた。この晩餐も、きっとシールなりのなにかしらの思惑があるか、もしくは最後を前にしての餞別のつもりではないかと思っていた。はたまたなにかメッセンジャーとしてなにかを伝えたいのかもしれない。アイズも本当にこのディナーを楽しんでいても、シールが完全に個人としての考えでアイズを招待したとは思っていなかった。

 

 だからこそ――――。

 

「……アイズ」

「なぁに?」

 

 アイズにとって、シールから発せられた言葉は本当に驚愕した。

 

 

「亡国機業に――――いえ、私と一緒に来ませんか?」

 

 

「………えッ?」

 

 

 




まずは幕間のアイズ編がスタート。アイズの人誑しさが発揮されるエピソードでもあります。この幕間でシールやマリアベルの背景も描きます。

アイズは決して最強ではないが、誰とでも仲良くなれるという点では間違いなくチート級主人公。そんなアイズとシールの決着への布石です。

ご意見、感想等お待ちしております。ではまた次回に!


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Act.127 「心を溶かして Ⅱ」

「ボクが、それに応えるなんて思っていないんでしょう?」

 

 一緒に来ないか、と聞かれて驚いたアイズではあったが、すぐにそう返した。シールもそれがわかっていたようで、特に残念がっている様子もなく薄く笑っていた。

 

「ただの戯れですよ」

「そんな冗談を言うタイプとは思わなかった」

「そうですね、私もそう思います。まぁ、ただの確認ですよ」

「確認ねぇ……」

 

 いったい何の確認だろう、とアイズは首をひねる。アイズがセシリア達を裏切るなんて、たとえ死んでも有り得ないことだ。それは比喩でもなんでもなく、純然なアイズの中にある絶対的な優先順位によるものだ。そもそもアイズは仲間たちに心配されるほどに自己に降りかかるリスクを顧みないという悪癖があるが、アイズは決して死にたがりではない。むしろアイズ自身は我欲は強いほうだと思っている。だからこそ、自分が大切だと思うもの、愛情を抱くもののためならなにをしても守ろうとする。そして、それは対価として自分自身を差し出せるほどに、アイズにとっての絶対遵守ともいえる律だ。

 強い信念といえば聞こえはいいが、これがある意味で傲慢な自己満足であることもアイズは理解していた。その上で、アイズはこうした生き方を選んでいる。反省はする。改善もしようとする。だが、後悔しないためなら迷わない。歪ともいえる鋼の精神は、アイズの過酷な半生がもたらしたものだった。

 

「その上で言ったってことは、あながち冗談でもないの?」

「そうなれば、それはそれで面白そうだと思っただけです」

「シールとは友達になりたいって思うけど、ボクは亡国機業には賛同できない。空を目指すことができない世界なんて、ボクは認めない」

「……ええ、そうでしょう。私たち亡国機業がしていることは、まぁ、言ってしまえばあなたたちの邪魔……相反することでしょうね」

 

 イリーナを頂点として動くカレイドマテリアル社。そしてマリアベルを頂点とする亡国機業。アイズとシールが、それぞれの陣営にとって中枢と関わる立場にいることは互いに承知しているし、それぞれの目的が交わることのないものだということもわかっていた。

 イリーナの目的は、人が宇宙へと飛び立つ世界を作ること。だから篠ノ之束という、薬にも毒にもなるカードを擁し、ISを宇宙開拓に使うことでその現実味を大きくさせた。スターゲイザーや軌道宇宙ステーション、そして軌道エレベーターの建造など、決して夢物語ではないという説得力を持たせて世界を変革させている。

 それに対し、亡国機業はそんなイリーナにとって邪魔をしてきたIS委員会を傀儡にしてきた組織だ。その手は各国の軍隊や、政府にも及ぶという、現代において最悪、最大の秘密結社。その目的は曖昧なところも多くはっきりとはわかっていないが、首魁であるマリアベルの言葉を信じるのなら、亡国機業―――マリアベルの目的は、イリーナが率いるカレイドマテリアル社、そしてマリアベルの娘がいる所属部隊セプテントリオンと“遊ぶ”こと。

 

 つまり、はじめからこの二つの組織は手を組むことなど有り得ないし、停戦もまた有り得ない。

 

 だから、お互いに倒すべき敵なのだ。

 個人の因縁を抜きにしても、それだけでアイズとシールが手を組むことは有り得ない。先のIS学園での共闘は極めて特殊なケースだった。それも同じ敵と成り得る存在がいたから、というだけ。そして共闘したほうが効率よく排除できる、ただそれだけの話だ。

 しかし、あれが最初で最後の共闘だった。互いの敵となる存在が消えた今、手を組む可能性はゼロだ。

 

「ボクは、プライベートでなら仲良くしたいんだけどね」

「そんなことをすればあらぬ疑いをかけられますよ」

「うーん、ボクに諜報は無理って言われてるんだけど」

「その能天気な性格なら相手を骨抜きにするハニートラップができるんじゃないですか? ……いえ、あなたの場合はファニートラップですね」

「あれ? なんかバカにされてる?」

「確認しなきゃわからないんですか? そんなことだからそう言われるんですよ」

 

 皮肉屋なところがあるシールの言葉にも腹を立てたりせずにケラケラと笑うアイズ。それはアンバランスなようで、しかしどこか噛み合った友人同士の会話のようだった。プライベートで仲良くしたい、というのはアイズの本音であるし、シールもこんな場を用意するくらいだから少なからずそれに同意する部分はあるのかもしれない。

 もっとも、今のシールではそれを認めることはないだろうが――。

 

「でも、そっか。シールと友達になるのは難しいなぁ。ボクはいつでもウェルカムなんだけどなぁ」

「そんな未来は有り得ないと言ったでしょう。私は、あなたの犠牲の上に立っている。あなたを踏みにじり、生きる私と、恨みや憎しみ以外のいったいなにを語らうというのです?」

「好きなお菓子とかどうかな? ボクはシュークリームかな。シールはマカロンだっけ? ほら、こんなことを話せるんだから、いい加減認めてもいいのに」

「黙りなさい。まったくタチが悪い。あなたのそれは天然ですか?」

 

 少し不機嫌そうになったシールを見て、アイズも苦笑して「ごめんね」と謝る。さすがに今のは冗談のつもりだったが、シールの機嫌がナナメになったことを察して内心慌てていた。束とは違ったベクトルに、アイズもまた本音と冗談の境界線が曖昧であった。そのあたりも似たもの同士であった。

 

「でもシール? 恨みや憎しみっていうけど、……ボクの上に立っているっていうあなたは、ボクにそんな感情を持っているの?」

「…………」

「それはボクの問題であって、ボクはそれ以上にあなたのことは気に入っているつもり。まったくない、なんて言うつもりもないけど、……そうじゃなきゃ、こんなお誘いに乗ることもなかったよ」

「理解、……できませんね。やはりあなたは頭がおかしいんじゃないですか?」

「うーん、一方通行な愛情はダメだし、本当に難しいなぁ。ボクたち、なんで友達になれないのかな? こうして一緒にご飯だって食べているのに」

 

 それだけでも出会った当初のことを思えば信じられないことだ。思い返せば接戦とはいえ、アイズが押されていることが多く、海に沈められそうになったりもしたことだってある。あのときのシールは今よりもはっきりとした敵意をアイズに向けていた。

 しかし、今は違う。たとえシールの気まぐれだとしても、それでもいいと思っているほどにはアイズに少なからずの関心を持っているということなのだから。

 

「否定し合っているのに、友情なんてありえないでしょう」

 

 ぷいっと顔を背けるようにシールが言う。言葉は冷たいが、アイズはむしろ微笑ましく思ってしまう。どうやら目を見ればわかるシールにとって、目をそらすという行為は心の内を仕舞うことにつながっているらしい。その言葉が虚勢のように感じられた。今のシールは意地を張っている幼子みたいに見えた。

 

「……認め合って、言葉を交わして、それでいて触れ合ったのに?」

 

 だから、アイズは踏み込んだ言葉をシールへと向けた。そう、アイズはもうシールを認めているし、受け入れている。確かに正体を知ったときは驚愕した。憤怒もした。そして殺意すらあったことも否定はしない。ギリギリで踏みとどまったとはいえ、レアがいなければかつてのアイズのように呪いのような感情でシールを否定していただろう。

 だが、それはシールの“生まれた理由”に対してだ。それはシールという存在を形作る要因のひとつでしかない。頭を冷やしたアイズが時間をかけて考え、悩み、そしてたどり着いた答えはアイズらしいシンプルなものだった。

 

 

 

 ―――――ボクは、あなたをもっと知りたい。知って、そのすべてを受け止められるのなら、きっとボクたちは友達になれる―――

 

 

 

 

 それはシールにとっては侮辱になるだろうか。そうとも思ったが、アイズはどことなくシールからも同じような雰囲気を感じ取っていた。そして、今も目の前にいるシールはアイズの言葉を肯定もしないが、否定もしていない。

 これ以上踏み込むことは危ういという直感があったが、アイズの思いを伝えるにはこの場を置いて他にはない。戦場以外で語り合う機会など、そうあるものじゃないのだ。

 だから、アイズは覚悟を決めてそれを口にする。

 

 

「そういうのを………友達って言うんじゃないかな?」

 

 

―――――――――。

 

 

――――――。

 

 

――――。

 

 

「……ふふ」

 

 ほんのわずかに、シールが微笑んだ。

 それはアイズも初めて見る、混じり気のない楽しそうともいえる笑顔だった。アイズの心に仄かな喜びが宿る。やっと伝わった。そう思い、笑みを浮かべた。

 

「―――――あなたのことは、嫌いではありませんでした。形はどうあれ、あなたは、間違いなく私にとっての特別です」

「シール……!」

「だからこそ、今回のこの我侭を許してもらえました。あなたは、互いの組織の思惑なんて関係なく、ただ私の―――――」

 

 シールの目が変わる。温かみのある眼から一転し、はじめて戦ったときのような冷たく凍えるような眼でアイズを“見下した”。

 

 

 

 

 

「ただ、私だけの“敵”としてのあなたを、――――独り占めしたいのです」

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ!!!」

 

 アイズの判断は早かった。AHSシステムを最大最速で起動させると同時に、シールが手に持っていたナイフを投擲した。狙いはアイズの眼球。ミリ単位まで正確に右目の中心を射抜く軌道で投げられたナイフは、間一髪にアイズが回避する。頬をかすめて血が舞ったが、そんなことを気にしている余裕など存在しない。今の一撃でアイズは、シールが本気だと理解していた。

 

「あなたとの語り合いは楽しかったです。これは本当です。しかし、私はただ最後に確かめたかったのです。私の出生に関わる“最後の人間”として、そして私を理解できるかもしれないただひとりの人間として―――私の手で、あなたという存在を確かめたい」

 

 確かめたい、というのは本当だろう。しかし、シールは“死んでしまっても構わない”ほどに本気で襲いかかってきている――――!

 

「っ……」

「敵でも、あなたの言う友でも、――――私とあなたの結末がどんなものでも構わない。しかしそれならば……、あなたのその好意も、そして憎悪も、希望も、絶望も。あなたが糧にしてきたもの、そのすべてを感じたい。言葉なんて無粋なものは必要ない」

 

 迷いは一瞬。そして覚悟も一瞬だ。テーブルを蹴り上げ、視界を封じてきたシールに対し後ろではなく真横に転がるようにして距離を取る。距離を離すよりもなによりも、目視することが最優先。すぐさまシールを視界に捉えると同時に、シールと視線が交差する。

 白いドレスを翻しながら接近してくるシールに対してアイズは重心を落とした姿勢のまま迎え撃つ。正確に急所をめがけて手刀による突きを放つシールの攻撃を受け流すと同時に重心をシールの懐へ移動させ、そこを支点としてクルリと回転させて投げ飛ばす。束から教わった護身術のひとつだ。その鮮やかに投げられたシールは感心したように表情を変えるが、なんの危なげもなく着地する。猫のような柔軟性を見せながらシールが立ち上がる。アイズも油断なく構えながらシールの様子を伺っている。 

 

「……こうして目を合わせるだけで、戦うだけで、私たちは語り合える。肯定するだけでは足りない。否定するだけでも足りない。そのすべてを呑み込んだあなたと戦いたいのです」

「戦いに、意味が欲しいの?」

「そうではありませんよ。言ったでしょう、私はただ、確かめたい。……アイズ、あなたは、私が生きる理由に、なってくれるのですか?」

「―――――――」

 

 ここに来て、ようやくアイズは悟った。

 シールが、どこか虚ろな陰がある訳も、そしてなにを求めてアイズと戦おうとしているのかも。

 

 アイズには夢がある。目的がある。はっきりと目指すものが見えている。誰に与えられたわけでもない、アイズが自分で得た、自分自身と一緒に育んできた願いだ。それがあるからこそ、アイズは希望を信じてこれた。

 だが、シールはどうなのか。その疑問に思い至ったとき、アイズは驚く程すんなりとシールの心の奥底が見えてしまった。

 

「シール、あなたは………」

 

 これは言うべきか迷った。見当違いでも、図星でも、どちらにしろシールは怒るかもしれないと思ったからだ。現に、今はこうして敵意をぶつけてきている。もともと敵同士とはいえ、完全に決別することになるかもしれない。

 わずかに迷うアイズだが、シールは無言でアイズに先を促した。視線を交わすだけで語り合える、という言葉の通りに、シールは視線でアイズに言え、と訴えてきていた。

 

「――――あなたが確かめたいことは、…………ただの、結末なんだね?」

「………」

「躊躇っていないのに、迷っているみたいに……。あなたは、ボクとの因縁の果てにあるものを、知りたいだけなんだ。その先にあるものが歓喜でも、後悔でも、どんなものだとしても、ボクを通して、確かめたいんだ。―――――生まれたときから孤高で、ひとりぼっちだった、あなたという存在の意味を」

「………」

「あなたにとってボクは、鏡像になり得た存在なんだね」

「ええ……だからこそ」

「ボクたちは決着をつけなくちゃいけない……そう思っているんだね」

 

 これまで、誰一人として並ぶものがいなかった。そんなシールだからこそ、同じ瞳を持ち、そして同じ領域にまで迫るアイズという存在は特別なのだ。そんなアイズを知り、理解し、そして戦った先にあるものが知りたいのだ。それが希望でも絶望でも、歓喜でも後悔でも、それがシールの心に巣食った虚ろなものを払拭する。何かを欲したり、後悔したくないからと努力するのではない。

 その瞬間に芽生える感情を、渇望しているだけなのだ。アイズとシールが違うところは、まさにそこだった。

 

「ボクが、羨ましいんだね」

 

 アイズは、自分が目指すべき、するべきだと信じている夢がある。だが、シールにはない、いや、まだなにも始まってすらいないのだ。

 自分はいったい何者なのか。初めから人を超えて生まれた自分は、いったいなにをすればいいのか……それが、シールが宿す空虚の正体。

 だから、鏡像ともいえるアイズにこだわるのだ。アイズが持つ、清濁を兼ね揃えても揺らがない強靭な精神、どこまでも夢を追いかけるその熱意。そして、絶望を超えてきた経験。そのすべてが、シールには持ち得ないものばかりだったから。

 

 それはまるで、己の欠けたパーツを補おうと半身を探しているかのようで――――。

 

「それでシールが満足するのなら……そこから始まるのなら、ボクに異存はないよ」

「………」

「でも、ひとつだけ訂正してもらおうかな?」

「ふむ、なにをです?」

「決着は、ボクが勝つかもしれない。あなたが、負ける未来だってあるかもしれないよ?」

「………くっ、くふっ、ふははッ!」

 

 シールにしては本当に珍しく、声を上げて笑った。アイズは少しぶーたれた様子でシールが笑う姿を見ていたが、アイズからしてみれば冗談でもなんでもなく、本気の言葉だった。

 

「シールがボクを倒して自分を知りたいっていうのならそれでもいい。でも、ボクもたった今新しい夢ができちゃった」

「ほう? 夢とはそう簡単にできるものなのですか?」

「まさか。それだけボクが熱望しているってことだよ」

「ふむ。聞かせてくれますか? あなたは今このとき、いったいどんな願いを持ったというのです?」

 

 それを聞いたのは戯れのつもりだった。シールにとって、アイズと戦い、倒すことは確定事項だった。その“過程”こそが、シールが求めているものだから、その先には興味はなかった。理解したいと思っていても、その未来までを描けない。無自覚であるが、それもまたシールが持つ空虚さの一端であろう。

 そしてアイズは、満面の笑みでその空虚を満たすほどの熱意を込めて、宣言した。

 

「勝って、ボクがあなたと並ぶ存在だって証明する。そうなれば、シール……あなたは、孤独だなんて思うこともないんだよ」

「――――……っ」

「ボクが、あなたの初めての“友”になる。それがボクの、新しい夢だよ!」

「……………。あなたに、それができるのですか?」

「確かめてみる?」

「いいでしょう。今日は戦っても挨拶程度にするつもりでしたが……気が変わりました。少しだけ本気で、遊んであげましょう」

 

 そしてシールはそれを召喚する。

 シールの鎧。シールという孤高の存在を象徴するかのような超常の美しさと力を宿した機械仕掛けの天使の羽。

 パール・ヴァルキュリア。シールが駆り、対峙した者に裁定を下す告死天使の具現。これまで幾度となくアイズの命を刈り取ろうとした敵として、再びその威容を現した。

 

「帰ったら説教かな、これは……ごめんね、ボクの我侭に付き合ってもらうよ、レア」

 

 おそらくラウラや簪には泣かれてしまうだろう。セシリアにも心配され、説教されるだろう。しかし、今ここでのシールと戦うことには大きな意味がある。アイズはそう確信していた。

 そうして、アイズも戦いの鎧を具現化させる。

 アイズの持つ強い意思の炎を現したかのような深紅色の装甲が全身を覆う。アイズの願いを、夢を叶えるために束によって生み出された意思を宿すIS――レッドティアーズ。

 

 いったい何度目になるだろうか。これまで幾度も戦いを繰り返してきた二機は今、この場で再び相対した。

 アイズとシールが同時に剣を取り、機体出力を上昇させる。このレストランには悪いが、室内で臨戦態勢となった二機のISによって店内は今にも破壊されてしまうような有様だった。

 

「これ以上は迷惑をかけたくないし、場所を変えよう」

「気にしなくてもいいんですがね。……貸切とは言いましたが、正確にはすべて買収したので所有者は私ですから」

「シールって変なところで過激なことするよね」

 

 シールがそんなアイズの言葉を無視して翼を羽ばたかせて窓ガラスをあっさりと切断した。割るのではなく切ったということがシールの恐ろしさを実感させる。

 二機はそのまま切断されたガラス張りだった壁を超えて夜の空へと飛翔する。光を放つ街の遥か上空へと翔んだ二人は、そのまま雲を超える高さにまで到達する。上は星の海、下は雲と夜景が広がる星空を模倣したかのような景色だった。この世界の、星の境界線のような場所で再び対峙した二人は示し合わせたかのように正面から激突した。

 剣がぶつかり、火花が散った。交差した剣に、輝く金色の瞳が映り込む。

 

「さて、戯れの延長とはいえ、本気でいきますよ。あなたがその誇大妄想な夢を語りたいというのなら、こんなところで無様な姿は見せないでもらいましょう」

「ボクをあまり見くびらないで欲しいな、シール。確かにあなたのほうが強いかもしれないけど、でも……苦難を前に諦めないのは、ボクの得意分野だよ!」

「面白い。私と本当に並ぶというのなら、わずかでもその可能性を示してもらいましょう。それができなければ、今日ここで、あなたを倒します。そうなってしまったのなら私の見る目がなかったというだけでしょう」

「断言しよう。ボクは、あなたを飽きさせることなんて、ないッ!!」

 

 月光と星空の下で、剣閃が煌めいた。

 これは誰によるものでもない、この二人自身の選んだ、二人の我侭ともいえる戦いだった。

 最後の舞台を前にして、魔女や暴君の思惑からも外れ、まるで運命そのものに引き合わせられるかのように魔眼を持つ二人が再び天空で激突した。

 

「まずは戯れです。ついてきてくださいよ」

「付き合ってあげるよ!」

 

 二人が繰り出したのは剣による斬撃の応酬。回避はない。ただ互いの剣を弾き返すことを防御として切り結ぶ。基本ともいえる攻撃手段を、しかしわずか“五秒”で“二十合”を終えていた。今の二人にとってはこの五秒間すら果てしなく長く感じているはずだ。脳を侵すナノマシンによって思考の高速化を行える二人にとってはたとえそれが猶予一秒に満たない時間でも、対処を間に合わせる。

 このままでは千日手。ゆえに二人は搦手や違う攻撃手段を混ぜ合わせながら隙を探っていく。

 それはさながら持ち時間ゼロで行う詰将棋。即座に手を打たなければ敗北するような状況下で行われる攻防は、文字通りに一瞬のミスが命取り。判断を間違えれば終わる。そして判断が間に合わなくても終わる。

 常に最速、最適を求められる戦いにおいて、それでも二人はわずかに笑みすら浮かべながらこの常軌を逸した戦いに興じている。

 

「少しは腕を上げましたか?」

「それでも、なかなか追いつけないのは悔しいけどねッ」

 

 シールがわずかに上回っているとはいえ、ほぼ互角だ。長期戦になればおそらくアイズが負けるだろうが、勝利がどちらに転んでもおかしくないレベルで拮抗していた。

 しかし、これはシールの言うようにまだ“戯れ”だ。これはまだヴォーダン・オージェの基本能力しか使っていないのだから。

 

「あの第三形態は使わないのですか?」

「切り札は取っておくものでしょう?」

 

 そうは言うが、あれはアイズにとって本当に最後の切り札なのだ。

 レアと意識を融合させて擬似的に未来予知にも等しい力を発揮する単一仕様能力は確かに強力である。これを全力で使えば一時的にでもシールすら圧倒できるが、わずかな時間しか使えないことを考えれば使いどころを間違えればそれだけで詰んでしまう。シールに余力がある以上、アイズから切り札を切るわけにはいかない。

 

 しかし、そう考えているアイズを嘲笑うかのように、シールが哂った。

 

「では私から見せてあげましょう」

「えっ?」

「これは餞別です。ここで死なないでくださいよ」

 

 シールが何を言っているのか、アイズにはわからなかった。いや、そうではない。そんな奥の手があるのかもしれないとは思ったことはある。

 

 だが、それでも――――。

 

 

 

 

「起きなさい、パール・ヴァルキュリア……………第三形態移行《サードシフト》」

「ッ!?」

 

 

 

 

 さすがのアイズも、このときばかりは天使のようなシールの姿が悪魔にしか見えなかった。

 アイズの直感が激しく警鐘を鳴らす。姿を変えていくパール・ヴァルキュリアを見つめながらも、アイズはその判断を下した。

 

「レア、行くよ!」

 

 判断は一瞬だった。ここで対処を遅らせれば即敗北するという確信すらあった。コア人格のレアが完全に覚醒し、アイズと意識を融合すると同時にレッドティアーズそのものも潜在能力を最大限に発揮できるようにオーバードライブ状態へと移行する。金から紅に変化した瞳が、睨むようにシールへと向けられた。

 完全に第三形態に移行したのは同時だった。その過程を見つめていたアイズだったが、改めて変貌したシールとパール・ヴァルキュリアを観察する。

 

 白亜の天使という姿は変わらないが、その象徴となる翼が二対、つまり四つに増えている。大きく広がる左右の巨大な翼に、真後ろの背中から生えるようにやや小さい翼がやはり機械的ではない有機的な動きをしながら羽ばたいた。

 さらに各部の装甲はより甲冑のように変化し、どこか儚げにも見えたかつての姿と違い、雄々しさや猛々しさすら感じさせる力強いものへと変わっている。手に持つものは細剣ではなく、巨大な槍。中世の騎士が持つかのような、巨大な白銀の突撃槍を構えていた。

 それは、まさに死を告げる天使から、死を齎す戦乙女へと変貌したというべき変化だった。

 

 だが、そんなものは些細なことだ。アイズが驚愕したものは、そこではない。

 

「虹色の、瞳……?」

 

 特筆するべきは、そのシールの瞳。完全適合していたという金色のヴォーダン・オージェを宿していたその両の瞳は、まったく異質な輝きへと変化していた。

 光のスペクトルをそのまま瞳の中に落とし込んだかのような、幻想的な輝きだった。それはまさに虹を封じ込めたかのようで、その幻想的な美しさに思わず息を飲んだ。

 

 そして気がついたときには既に三つの斬撃を刻まれていた。

 

「が、ぐっ!? な、なんで……!?」

 

 見惚れていたとはいえ、凝視していたのだ。動けば絶対に気付く。この目を起点とした情報処理特化の能力を発動しているのだ。見落とすことなど有り得ない。だというのに、斬られたという結果だけが突きつけられた。

 なにをされたのか見当もつかない。マリアベルもそうだったが、今のアイズの索敵をかいくぐることができる存在がいることが信じられない。

 速さ、ではない。たとえIS最速のラウラでもアイズは見切ることができる。ならばなにかしらのカラクリがあるはずだ。しかし、それを考える時間すらない。幸いにも全く感知できないわけではなかった。今以上に集中すれば、なんとか反応はできる。ダメージは受けるだろうが、それでも反撃くらいはできるはずだ。

 しかし、それでも決定打に欠けることもわかっていた。その能力の全貌は解明することはできないが、こうなった以上は単純な力押しが最も有効だろう。

 

「餞別、といったね。そう言うには過ぎたものだと思うけど…………それならボクも、本当に最後の奥の手を見せよう」

 

 アイズは持っていた武装―――ハイペリオンとイアペトスをなんとストレージへと収めてしまう。武器を放棄するかのような行動にシールも眉をひそめるが、アイズは手に新たな武装を召喚する。

 それは鞘に収められた剣だ。リタのムラマサのように、日本刀をモデルにしたと思しき意匠と形状。反りがあり、刀身には刃紋も見て取れるその太刀をゆっくりと引き抜いた。柄や鞘は機械的なデザインであるが、その黒い刀身は紛れもなく日本刀そのものだった。

 ISサイズの武装としては大型ではないが、それでも日本刀として見るなら長刀に分類されるような太刀だった。一見すればそれだけに見えるが、その刀身にはどういうわけか、淡い蒼の光が宿っているように見える。光を反射しているのではない、その刀身そのものが光っているのだ。

 そんな不思議な太刀を構えながら、アイズは祈るようにその銘を口にした。

 

「束さんがくれた、苦難を切り拓くための剣。ボクの目指すものを形にした、“宙の剣”――――力を貸してもらうよ、【ブルーアース】!」

 

 

 




まさかの最終決戦を待たずしての激突。あくまで前哨戦みたいなものですが互いに奥の手をここで晒します。

本当の決着は最終章まで持ち越しです。ここでの戦いがどう影響するかは今後次第です。シールの能力やアイズの剣のネタバレも持ち越しですね。

幕間はあと少し続いて、最後に最終決戦の舞台へと移ります。ここまで長かったけど、最終決戦編も長丁場になりそうです。

それでは皆様のご意見、感想をお待ちしております。また次回に!


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Act.128 「心を溶かして Ⅲ」

 夜の宙に銀色の閃光が交差する。その二つの閃光は触れ合うように火花を散らし、そして互いの獲物をかすめて消える。

 片手でありながら凄まじい膂力で振られた大型のランスが紅い装甲を弾き飛ばす。その一撃は未来予知といっても過言ではない少女の“瞳”を容易くすり抜けて直撃していた。少女にとって切り札となるはずの力を一蹴するほどの力の差を見せつけながらも、少女はそれに臆することなく迎撃した。

 少女が手にするのは異質な太刀。宇宙の闇と、そこに散りばめられた光を凝縮したかのような黒い刀身と淡い光を宿す不可思議な実体剣。今の少女は目視で相手を捉えきれないはずなのに、その一閃は目の前の白い天使へとその刃を届かせた。

 

 超常の存在のようなその天使を模したISに、明確に傷を刻んだ。特別なことはしていない、少なくとも、相手はそう見えた。しかし、完全に回避したと思った一撃は確かにその身へと届いていた。

 

 

「―――――。」

 

 

 傷をつけられた。

 その事実が、第三形態へと移行したISを駆るシールには少なくない衝撃だった。相対していたアイズも第三形態移行機の操縦者なのだから、などということは理由にならない。シールと彼女の愛機パール・ヴァルキュリアが第三形態となって獲得した能力は、まさにアイズに対して絶対的なアドバンテージを取れるほどのものだった。ほかのIS乗り達が相手では【使うまでもない】【使ったところで意味もない】というものだが、アイズを相手にしたとき、それは【アイズに対して絶対的優位となる】ほどの能力と化す。アイズ・ファミリアとレッドティアーズtype-Ⅲに対する完全な特攻能力。

 アイズと決着をつけたいと、“ただそれだけを願った”先に得た能力。アイズ以外が相手ならば完全なオーバーキル、使う必要すらないほどの超常能力。

 

 それがシールとパール・ヴァルキュリアの特異型単一仕様能力―――【■■■■■

 

 それを使った。手加減はした、しかし容赦はしていない。それなのに、アイズは仕留めきれず、あまつさえ反撃を許した。

 それは屈辱でもあり、歓喜でもあった。

 

「あなたは、どこまでも私を退屈させないでくれますね……!」

「言ったでしょ……ボクに飽きることなんて、させないよ!」

 

 明らかにダメージはアイズのほうがあった。現にアイズの顔は痛みで歪んでおり、しかしそれでも不敵な笑みをシールに向けている。

 アイズとレッドティアーズtype-Ⅲの能力は完全に封殺している。その脅威となる情報統合・処理能力は今のシールの前では八割方無力化している。

 しかし、それでもアイズは抗う。人智を超えているとすら思える信じられないほどの勘の良さ。いや、もはやその直感自体が予知とすら思うほどに的確にシールを捉えている。最大の力が無力化されても気落ちする間もなく即座に対抗策を編み出してくる。策がなければ無理矢理にでも押し通す。自らの意思を通すことを諦めない強靭な精神力こそがアイズ・ファミリアの最大の脅威だった。

 

「それに、その剣……確かに、奥の手というだけはありますね」

「“解析不能”の剣。それだけでボクたち、ヴォーダン・オージェを持った者にとっては脅威になるでしょ?」

「それだけではないようですね……まぁ、いいでしょう。いいものを見せてもらいました」

「あっそ。たいして脅威とも思ってないくせに」

「ふふ……まぁ、そんな小細工でこれまで戦況をひっくり返してきたあなたです。侮りはしませんよ」

 

 確かにアイズの言うように、この魔眼でも解析できない剣というのは脅威だ。ナニカを内包していることはひしひしと感じられるが、それがいったいどういうものなのか、それが判別できない。ただ固いだけなのか、なにかしらの特性があるのか、それがわからない。

 もしそれが初見で防げなくてはマズイ類のものなら、この魔眼の天敵となる。

 あいにくと、この剣に関してはその特性の予想もできない。なぜなら、それは“解析不能”のものだとわかるからだ。シールがその剣を見て、解析して得たものは、それが既存のものではない完全な未知だということだった。

 わかったことといえば、その剣を構成している物質が地球上には存在するはずがない、というものだ。

 シールはアイズが持つ剣を改めて観察する。ISの装備にしては異質な武器。材質はおそらくカレイドマテリアル社が流した特異金属、通称でオリハルコンと呼ばれているものだ。もっとも、その純度は比べるべくもないが、おそらくはこの剣の構成こそが本来のものなのだろう。

 ヴォーダン・オージェでも完全な解析はできなかったものだが、おそらくは宇宙外物質と地球由来の物質を掛け合わせた合金だろうと言われている。その詳細は未だにどの国の研究機関も解明していないが、おそらくこの剣はその刀身を最高純度のオリハルコンで構成している。

 軽く打ち合っただけでも、その強度は信じられないほどに高い。そして同時にしなやかさすらある。太刀という形状も、おそらくは強くしなやかという特性故だろう。これほど破格の性能を持つ金属など、地球上には存在しない。

 武器破壊は難しい、と冷静に判断する。

 篠ノ之束が生み出したこれまで存在しなかった未知の合金。原材料や製法すら明かされていないその剣は、マリアベルといえども再現はできないだろう。

 

 しかし、だからどうしたというのだ。たとえそれがどんなものでも、シールという存在はそれだけで超えられるようなものではない。

 

「……面白い」

 

 再びランスによる一閃。いや、その連撃を放つ。

 一合のうちに突きを十回。大質量のランスを常識外の速度で振るう。ただそれだけで必殺の技となってアイズに襲いかかる。空気の壁を容易く突き破り、衝撃波が物理的な破壊力を伴って周囲すらも蹂躙する。一点突破の攻撃でありながら面制圧に等しい成果をあげる理不尽な攻撃に、完全回避できるはずもなくレッドティアーズの装甲が削られていく。

 しかし、それでもアイズは確実に致命傷は避ける。それ以外は無視という割り切った戦い方はシールでもできるかわからない。自身へのダメージを即座に許容し、最悪を防ぐ決断力。確実にダメージを負っているにも関わらずにその目は反撃の機会を待つようにギラついた光を宿している。

 そしてわずかな隙を付いてその剣を振るう。

 ダメージ覚悟で振るわれたその反撃は、回避するには踏み込み過ぎたシールをわずかに掠めて再び白亜の装甲に罅を刻む。

 シールに一撃を与える間にアイズは十もの攻撃に晒されているが、追い詰められているとはとても見えないほど戦意を高揚させている。

 

 はっきり言えば、この時追い詰められているのはアイズだけでなくシールもそうだと言えた。どれだけの攻撃を受けようと、反撃される。反抗の意思は萎えるどころか激しさを増し、笑みすら浮かべて立ち向かってくる。絶対的な力を持った者にとっても、そんな敵は悪夢のようだろう。

 しかし、シールはそれを歓迎する。それでこそアイズ。それでこそ唯一宿敵と認めた存在。そんなアイズだからこそ、シールは戦うに相応しい敵として認められる。

 第三形態に移行したパール・ヴァルキュリアの相手も慣れてきたのか、次第にアイズの反撃も増している。完全に能力を封殺しているために、これは純粋なアイズの技量だろう。シールも本気は出していないが、どこか戦うことが楽しくなってきたことも自覚していた。このまま、今、ここで決着をつけてもいいとすら思うが、しかしそれではせっかく舞台を整えてくれているマリアベルの気遣いを無駄にしてしまう。ただの挨拶というには激しすぎる戦いをしておきながら今さらという思いもあるが、少々名残惜しそうに攻撃の手を止め、真っ向からの鍔迫り合いへと持ち込む。

 膠着状態のまま睨み合う。いや、睨むというよりは見つめ合う、と表現したほうが適切だろう。それほどにアイズとシールの眼差しは穏やかなものだった。

 

「ここで、このまま最期までいってもいいって思ってる?」

「見透かしたようなことを言わないでもらえますか? まぁ、否定はしませんが、それは、あまりにも“もったいない”」

「……そうかもね」

「あなたとは、特別な時に、特別な場所で最後を迎えるべきでしょう」

「それはいつ?」

「遅くとも半年以内……場所は、お誂え向きな場所をちょうど作っていますね」

「…………バベル、タワー」

 

 シールが言う場所はすぐにわかった。アイズたち―――正確にはその上部組織であるカレイドマテリアル社が今現在、もっとも力を入れているものは軌道エレベーターと宇宙ステーションの建造だ。

 宇宙開拓のための一手、その橋頭堡となるべく建造している最大級の超巨大建造物。テロ行為の危険性から場所はまだ公式では発表していないが、着々とその建造は進められている。そして半年後という期間は、その主要部分が完成するスケジュールとなっている。機能的に宇宙へと上がるエレベーターとしての使用が可能となるには十分な時間だ。

 

「宇宙へ上がろうとするあなたたち。それを邪魔する私たち。雌雄を決するにはちょうどいい舞台でしょう」

「趣味が悪いよ」

「あの人は、そういう人なのです。それに、おそらくはそちらもわかっていたのではないですか? バベルタワー、などと言われているくらいです。決戦の場所としてはこれ以上ないと思いますが?」

「そう、かもね。イリーナさん、あれで割とロマンチストな部分があるもの。言ったら怖いけど」

「さすがは姉妹ですかね。どうやら互いに最後に相応しい舞台を考えていたらしい」

 

 アイズもシールも、互いの上司のことを苦笑して言う。振り回されているという点では同意するものがあるのだろう。

 妙なところで親近感を覚えながらも、二人は剣を振るう腕を休めることはない。弾かれるように再び剣戟の応酬へと突入する。先ほどのリプレイ、アイズが十の被弾を代償に、シールに届くのはカスリ傷ひとつ。アイズにとっては割に合わない攻防だが、アイズの戦意は未だに衰える気配すらない。その精神力にはシールも素直に感嘆する。

 

「それでッ、軌道エレベーターを、どうする、つもりな、のッ……!?」

「どうすると思います?」

「壊す、ってのは、ない。あの人、そんなつまらないことを、するようには思え、ないもんっ」

「でしょうね」

 

 戦闘中によく喋れるものだ、と思いながらシールも律儀に返答する。とはいえ、それは別に漏らしてもいい情報、そしてどうせマリアベルが面白おかしく宣言するであろう内容だ。

 

「なんのためにあの人が表向きの権力を得たと思っているのです?」

「………まさか」

「せいぜい、守れるように準備をしておくことです。あの人は……マリアベルという人間は、正真正銘の“怪物”です。魔女という異名は、伊達でも誇張でもありません。この私でも、あの人に敵うなど、思うことすら烏滸がましい……そういった存在なのです」

 

 まるで助言するようなシールの言葉だが、その響きにはまるで呪いでも言っているかのような不気味さがあった。マリアベル―――レジーナ・オルコット。やはり、最期まで目の前に立ち塞がるのはどうあっても変えられないらしい。

 

「どうして、そこまでボクたちに……セシィにこだわるの?」

「さぁ……私には見当もつきませんね」

「それは嘘でしょう? あなたはあの人を慕っている。なら、あの人のことを知らないでこんな我侭を通すわけがない。あなたがボクと戦うことが、あの人の邪魔にならないってわかっているからこんな機会を作ったんだ」

「…………ならば、どうだというのです? どうあれ、私もあなたも、あの親子の因縁には関わりがありません。あなたは、私との因果だけ知っていればいいでしょう?」

「それはセシィに対して無関心でいることと同じだよ。そんな生き方、ボクには無理だ」

「本当に……お人好しですね」

「できることなら、戦うことがあってもあの二人にはわかり合おうとして欲しい。セシィは向き合う覚悟はあっても、とても悲しんでいるから―――だから」

「それは無理でしょう」

 

 友を想うアイズの言葉は、あっけなく否定された。ムッとして拗ねたように顔を顰めるアイズに、シールは表情を変えずにはっきりと断言した。

 

「あの人は、理解など求めてはいません」

「どういうこと?」

「言葉の通りです。あの人は、ただセシリア・オルコットと戦い、そしてその果てにしか興味がないのです。これまでのことも、すべてそのための舞台を整えるための余興です。私とあなたが戦うことも、そんな余興のひとつでしかないでしょう。言ってしまえば、私たちの戦いもただの前座です」

「どうしてそこまでセシィにこだわるの?」

「知ったところで、どうにもできませんよ」

「やっぱり知っているんだね? 教えて! あの人がセシィに向けているものは、愛情だっていうことはわかる。なのに、どうして傷つけるような形でしかそれを表せないの!?」

 

 それがアイズが知りたいことだった。そして最も理解できないことだった。一度邂逅して、直接対話したからこそアイズにはわかる。マリアベルは、確かにセシリアを愛おしく想っている。セシリアに向ける感情は真摯で、そして気遣う様子すら感じ取れた。

 一番セシリアを愛しているのは自分だ、とはっきりと言うほどに自分自身が抱くものが愛情だと強く思っている。そこに嘘は見られなかった。人間の感情変化に敏感なアイズだからこそ、それ自体は素直に納得できた。

 だが、どうしても納得できないのはそうした愛情を宿していながら、どうしてやっていることはセシリアを傷つけるような行為であるのかということだった。

 死んだと思わせて何年も姿を見せず、現れたかと思えばそれは最悪の敵として立ちはだかる。創作ならば面白い設定なのかもしれないが、実際にそんな立場になったときのセシリアの絶望はアイズにとっても苦しくなるほどのものだった。

 あのとき、マリアベルに完膚無きまでに蹂躙されたセシリアの死んだように生気のない、虚ろな姿をアイズは忘れたことはない。

 

 最愛の親友をそうさせたマリアベルに、当然怒りはある。しかし、彼女の愛情を感じとったアイズはそれ以上に困惑した。

 なぜ、愛が、痛みとしか表せないのだ。

 どうして、その手で抱きしめてやることができないのだ。

 

「どうしてなの!?」 

「………」

「シール、あなただって、なぜ疑問に思わないの!?」

「無駄な問答です。あなたは愛を美化しすぎて………いえ、そうではありませんね。愛に、理想を求めすぎです」

「ボクに、それを言うの?」

「あなたの過去は知っていますし、まぁ、同情もしましょう。私に言われたくはないでしょうけど……。しかし、愛情なんて、そんなものでしょう」

「あなたこそ、……あなたが、それを言うの……!」

「皮肉の言い合いも飽きました。時間もそうありません。………今日の礼として、あなたの問いにひとつだけ答えましょう」

「えっ?」

「初めに言っておきましょう。…………知ったところで、あなたの過去も、私との因縁も、あの親子の果ても、今さらどうしたって、変えられないのです――――!」

 

 シールの瞳が輝きを変える。

 瞳の中の虹色の螺旋が蠢き、抗うことさえできない無限迷宮へと誘われる。アイズがそれに気づいたときには意識の半分が持って行かれた。

 

「強制共、鳴……!」

「今回だけ特別です。……私の記憶を見せましょう」

「……!!」

 

 波に呑まれるように意識が海の底へと沈んでいく。ヴォーダン・オージェのナノマシンが共鳴して発生する意識共有。互いにこの瞳を持っていることが前提となる超常の現象。アイズがこの共鳴を経験するのはこれで三度目、シールとは二度目となる。一度目のときよりも遥かに情報量が多く、あまりの情報過多にアイズの意識が一瞬ブラックアウトしかけてしまう。

 おそらくシールが意図的にしているのだろう。記憶そのものを鮮明に見せるつもりはなく、ただ断片的な光景がアイズの脳裏に焼き付けられていく。

 

 

 

 

 

 

 

 【彼女】はただ人形として、実験という名で誰かもわからない多くの人間を虐殺した。

 

 

 物心ついたときから殺戮を繰り返していた中で現れた一人の魔女。

 

 

 魔女によって、はじめて自分の意思で、殺意と憎悪を持って虐殺した。

 

 

 名前を与えられ、そして自由意思を許されたまま、魔女の僕となった。

 

 

 そして、その魔女から語られる魔女の真実とその目的。

 

 

 魔女の願いは、■■■■■こと。

 

 

 そのために魔女は【彼女】に命じた。そして忠実にそれを実行した。誰でもない、自らの意思で魔女の願いを叶えることを選んだ。

 

 

 それは恩返しでもあったし、同時に復讐でもあった。なによりも誰かのためにこの力を使いたいと願ったから。

 

 

 魔女の願いによって生じる多くの不幸を理解していたし、それが悪だということもわかっていた。

 

 

 そして、願いが叶ったとしても、その先にあるものもわかっていた。

 

 

 それでも、魔女に付き従う道を選んだ。

 

 

 悪意を振りまく愛だとしても、世界を壊す愛だとしても、それを否定することはできなかった。

 

 

 空虚だった【彼女】の器に、唯一愛情を注いだのだ。それが気まぐれでも、酔狂でも構わない。

 

 

 どんな結末を迎えても、最期の時まで魔女の剣となって戦う。

 

 

 それが、【彼女】が、生まれてはじめて自らの意思で決めた生き方だった。

 

 

 ――――、。

 

 

 ……。

 

 

 

 

「―――――どうして」

 

 視界が暗転し、再び現実の光景が目の前へと広がった。

 わずかな、それこそ刹那に脳裏に刻まれた過去のシールの記憶の断片が、熱を持ったようにアイズの心を焦がした。

 それはこれまで知らなかった彼女の過去、そして気持ち。マリアベルと出会い、そして今に至るまでの変遷の記憶。そして魔女の――――マリアベルの真の目的。

 

 

 シールの記憶通りなら、マリアベルは、こんなことのために、セシリアを苦しめたというのか―――!

 

 

「どうしてッ!」

「………」

「こんなッ、こんなことのために! こんな方法じゃなくったって!」

「言ったでしょう? ……理解を求めたつもりなどない、と」

「シール、あなただって、これがどれだけ愚かしいことかわかっているんでしょう!?」

「ええ、それはもう……」

「こんな、こんな……! どんな結末でも、誰も幸せになれないじゃないかッ!!」

 

 アイズは怒りは正当なものだろう。シールの記憶から、彼女が―――マリアベルが、本当にセシリアを愛していることははっきりと確信が持てた。しかし、それなのに、その愛情によって選んだ道は、誰もが幸せになることができない茨の道だった。いや、茨なんてものじゃない。マリアベルが本懐を遂げたとしても、その先には笑顔になれる者など、誰ひとりとしていないのだから。

 それは、誰も救われない破滅の道そのものだった。

 

「それでも、あの人のやろうとしていることは理解できるのでしょう?」

「……っ!」

「私も、あなたも、それなりに地獄を見てきたのです。だからこそ、あの人がやろうとしていることもわかるはずでしょう?」

「―――ッッ!!」

 

 ギリ、と歯を食いしばる。悔しいことに、アイズは確かにそれを否定する反面、マリアベルがやろうとするその理由も、そしてそれがセシリアへの愛故のことだとわかってしまう。自己中心的、そしてやっていることは間違いなく悪なのに、その根幹にある愛情はどこまでも真摯にセシリアを想っている。

 マリアベルがやっている行為は否定できても、その心を、アイズは認めてしまっていた。

 

「……どうしてボクに、これを教えたの? ボクがセシィに話したら、あの人の目的は……」

「話せますか?」

「……!」

「あなたには無理でしょう。今、セシリア・オルコットがこれを知れば、残されているものは絶望だけです。言ったはずでしょう、あの親子の運命に、私たちは関わることさえできないと」

「…………」

「あの二人にあるのはパンドラの箱です。あなたはせいぜい、あるかもわからない一抹の希望でも探していることです。まぁ、もっとも……」

 

 苦しげに顔を歪めて沈黙するアイズに、容赦なくランスを突き立てる。ハッとなってそれを防ぐアイズだが、完全には裁けずに装甲に深い亀裂が刻まれる。痛みと、そして不甲斐なさからさらに表情を曇らせるアイズは、そんなアイズを憐れむように見つめるシールの虹色の瞳へと視線を向ける。

 

「私を越えられなければ、すべてが無意味でしょうけどね」

「そう、か。そう、なんだね」

 

 アイズが剣を握る腕に力を込めてランスを押し返す。性能差からもパワー負けしているアイズが押し返してくることにシールはほんの少し驚いた。

 アイズの瞳は深紅色に染められていたが、その紅とは別種の、意思の炎が宿っている様が垣間見えた。そしてそれに呼応するように、レッドティアーズtype-Ⅲの出力も目に見えて上昇している。搭乗者とISが人機一体の境地にあることを証明する光景だった。

 

「背負うものが、また増えちゃった。ああ、そうだ、確かにボク達は決着をつけるべきだ。このままじゃあ、なにも変えられない、なにも得られない!」

 

 アイズは覚悟し、決意する。

 このままだとたとえどちらが勝っても残されるものは虚しい結末だけだ。ならば、それを覆すことが自分の役目だと、そう見定める。誰に言われたからでもない、アイズ自身が“そうあるべき”だと判断したからこその答えだった。

 アイズのそんな内心を正確に悟ったシールは、アイズの不屈の精神を呆れ半分で感嘆する。ここまでのことを教えても打ち負かされずに、逆に奮起する前向きさ―――ここまでくればアイズのそれも狂気と紙一重かもしれない。

 

「負けられない理由が増えたって、やることは変わらない……! シール、……あなたを超えて、そんな結末を変えてやる!」

「あなたに、できるんですか?」

「やってみせる!!」

 

 その意思に呼応するようにソレが震える。異変を感じとったシールがその得体の知れない感覚に危機感を覚えて離脱するが、その直前に放たれたそれがパール・ヴァルキュリアの装甲に深い亀裂が刻まれた。剣の一閃が直撃したのだ。このヴォーダン・オージェの解析を摺り抜けてきた。その事実を否応なくも理解する。

 前を見ればあのブルーアースと呼んだ剣を振り切った姿のアイズ。そしてブルーアースの刀身からはエネルギーの余波のようなものが漏洩していた。

 なるほど、と内心で呟きながらシールはそのブルーアースという剣のおおよその能力を推し量った。推測通りなら、この剣は確かに初見殺しな上に対ヴォーダン・オージェに特化した力を宿している。第三形態になったパール・ヴァルキュリアと、それによって得た単一仕様能力を使っても封殺しきれない。冷静にそう判断し、そしてそれでも自身の有利は揺るがないことを確信する。そして、それでも揺るがないアイズの意思も。

 

「あなたの意思は確認しました」

「シール……!」

「これ以上は無粋でしょう。あなたのその決意……どこまで貫けるか、見せてもらいましょう」

 

 シールがわずかに視線をアイズの背後へと向ける。気になったアイズが視線はそのままに背後の気配を探れば、接近してくる気配がいくつか感じ取れた。この速さはおそらくラウラ達だろう。流石に異変を察知して追ってきたようだ。こうして悠長に喋っていられるのも、これまでだった。

 

「あなたが、いったいなにができるのか、楽しみにしていますよ。そして……」

「ボクたちの運命に、相応しい結末を」

「ええ。その時まで、壮健で――――さようなら、アイズ」

 

 別れの言葉を口にして、シールが離脱する。巨大な翼を広げ、夜の闇を切り裂くように凄まじい速さで彼方へと飛翔していくシールを、アイズはただじっと見送った。やがて雲に入り、完全に目視できなくなったところで後方から一機のIS、【オーバー・ザ・クラウド】が合流してきた。

 それを駆るラウラは焦った表情を隠せないままに急制動をかけてアイズの目の前に停止した。機体のところどころには交戦した痕跡がある。

 

「姉様ッ! ご無事ですか!?」

「あ、ラウラちゃん」

「ッ、ね、姉様、お顔に傷が……!?」

「ん? ああ、あのときの……」

「おのれ、あの天使気取りが……! よくも姉様の顔に……!!」

 

 憤慨するラウラを宥めつつ、アイズはシールとの邂逅、そして得られた情報を改めて思い返していた。

 シールやマリアベルの思惑など、まだ整理することはあるにせよ、現状では最も重要な情報はただひとつ。

 

「遅くても半年以内…………軌道エレベーター、か」

「姉様?」

「ラウラちゃん、近いうちにイギリスに戻るよ。ご丁寧に告げてくれたんだ。たぶん、そう遠くないうちにIS委員会がなにかしら宣言するはず……ウチと、IS委員会の正面衝突の名分を言ってくると思うから」

「……!」

 

 表情を険しくさせながら、ラウラもその時が来たかと覚悟する。マリアベルが表向きの立場と権力を得たときから、そうなることは予想されていたことだ。

 それがいつ、どこで、どのような手を打ってくるかはわからなかったが、今回のシールの言葉でそれが現実味を増した。嘘、ということはないだろう。向こうははじめからそれを隠そうともしていない。とうとう舞台が整ったから“ついでに”先行してアイズに伝えただけ、というのが本当のところだろう。

 もちろんそれも非常に重要だが、おそらくシールが最も伝えたかったことは――――。

 

「行こう、まずは今回の後始末と報告をしなきゃ……ラウラちゃん、先導をお願いね?」

「わかりました!」

 

 先行するラウラの後を追うようにアイズも飛翔する。既に第三形態は解除。強い脱力感を味わいながらも、その目にはこれまで以上の強い意思を宿らせていた。

 

「あなただって、セシィたちの運命を変えたいと思っているんでしょう?」

 

 そうでなければ、アイズに話したりはしない。アイズがこれを知れば、静観するのではなくどうにかしようと抗おうとすることはシールにはわかっていたはずだ。どうやっても無駄だと言っていたその反面、これをどうにかできるのか、という問いかけでもあったのだと気付いていた。

 確かに、かなり厳しい。マリアベル側の事情を知っても、それをセシリアには伝えられない。それどころか、誰かに言うことも憚られた。それだけの内容だった。

 いったいどうしたものかと悩ませながらも、アイズはもう一つの疑問を思い返した。

 

「そういえば、あの記憶……」

 

 断片的に見た、いくつものシールの記憶。半分は血なまぐさく、痛ましいものだったが、その中でも気になるものがあった。さっきはマリアベルのインパクトが強くて問いただすことも忘れてしまったが、あれはいったいどういうことなのか―――。

 

「ボクたち……どこかで会っている?」

 

 アイズの主観ではシールと出会ったのは入学して少ししたところ……IS学園にちょっかいかけてきた時が最初だった。しかし、シール主観の記憶では違った。

 もっと前に、まだ身長も低く、幼い頃―――傍らにセシリアがいて、まだ子供だったときのアイズを見た記憶があったのだ。

 そんなときにシールと出会った記憶など、アイズにはない。

 

「いったい、どこで……どこで会ったんだろう?」

 

 見たのはあくまで断片的なものばかり。それがいつ、どんなときなのかはわからない。しかし、アイズとシールを結ぶ因果は、アイズが知っている以上にまだなにかあるようだ。未だに計り知れないほどの因果の糸で雁字搦めにされているような錯覚を感じながら、アイズはそれでもこれから先に待ち受けるであろう苦難に立ち向かう意思を滾らせる。

 

 

 逆境に、苦難に、壁を前に立ち向かう。

 

 

 それは、アイズ・ファミリアという存在意義そのものだったから――――。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「足止め、ご苦労様でした」

 

 シールは合流してきたクロエにそう労いの言葉をかける。いくらクロエでもラウラをはじめとしたシュバルツェ・ハーゼを足止めすることはかなり厳しかったはずだが、それでもシールとアイズの邪魔をさせることはなかった。ゆえに心からの賞賛と感謝を送った。

 

「いえっ、そんな。無人機も十体ほど使い捨てにしてしまいましたし……」

「それだけであの部隊を抑えられたのですから上出来でしょう。クロエもやるようになりましたね」

「あ、ありがとうございます」

 

 滅多にない賞賛にクロエが嬉しそうに表情を緩ませる。実際に鬼気迫るラウラと戦い、死に物狂いで時間を稼いだクロエにとってその言葉だけで満ち足りてしまうだろう。

 そして、シールもはじめはただの部下程度としか思っていなかったクロエに対してこうも気遣った言い方をする自分自身にも驚いていた。それこそ、はじめは自身の模造品だとして嫌悪の念すらあったというのに、今ではそんな感情はまったくない。

 アイズはラウラを自慢の可愛い妹だ、と言っていたが、そんな気持ちも今ならわかる気がした。これではもうアイズのことを笑えないだろう。

 

「姉さんのほうは?」

「ええ、恙無く」

「でも、よかったんですか?」

「プレジデントの許可はもらってますよ。お節介をしてもいい、と」

「私には……あの人の考えが、よくわかりません」

「それは私も同じですよ。でも、まぁ…………きっと、楽しみたいんでしょう。あの人は神算鬼謀ですが、どこか予想外の事態を歓迎して楽しんでいる節がありますし」

 

 それはまるで自分の野望が潰えてもいい、と思っているようだった。それは半分は正解だろう。どこまでも他者を、世界をいいようにできる魔女は、状況をひっくり返されることを望んでいる面もある。だから追い詰めてもあくまで遊びを入れてしまう。それは慢心ではなく、期待を込めた油断だ。もしマリアベルがその気になっていれば今頃世界は完全に彼女に掌握されていたとしてもおかしくなかった。

 

「姉さん、ひとつ聞いても?」

「なんですか?」

「なぜ、記憶を見せたのですか? あれほど姉さんは干渉されることを……」

「ふふ、嫉妬ですか?」

「そ、そうではありません!」

「冗談ですよ。……まぁ、ただの気まぐれです。あの人のように、どうせなら最期を盛大に演出したいという、ただの酔狂ですよ」

 

 それはどこかごまかしているような響きがあったことにクロエも気付いていたが、それ以上はあえて聞かなかった。シールが内心を語ろうとしないことはよく知っている。それなのにアイズ・ファミリアには特別に共鳴現象まで起こして記憶を見せたことに、先ほどは否定してもやはり嫉妬してしまう。

 我ながら小さいことだ、とクロエはかつての自虐癖を思い出して自嘲する。

 

「これであとは最後の締めだけです。半年はこちらにとっても準備期間……忙しくなりますよ、クロエ」

「はい」

「ゴミどもの残党の処理は先輩たちに任せてあります。私たちは軌道エレベーターを襲撃する準備をします」

「かなり難しいと思いますけど……」

「それがあの人のオーダーです。それに手段を選ばなければそれほど難しくはありません。まぁ、あの人からのオーダーはあくまで“舞台を整える”ために落とせということです。それなりに苦心はするでしょうね」

 

 そう考えればアイズに軌道エレベーターの襲撃を言うことはなかったのだが、それでは意味がない。より正確に言えば、マリアベルからのオーダーは【役者全員を舞台に上げた上で軌道エレベーターを落とせ】だ。

 だからカレイドマテリアル社、特にセプテントリオンのメンバーは真っ向から抵抗してもらう必要がある。そのための今回の情報漏洩だ。なにより、その場、その時にセシリア・オルコットの参戦は必須だ。そしてシール個人もアイズの参戦は必要だった。だから必然的に敵対するセプテントリオンの全てを敵に回して、その上で真っ向からぶつかることになる。

 相変わらずに滅茶苦茶なオーダーしかよこさないマリアベルだが、それでもシールはマリアベルのやろうとしていることに賛同しているし、マリアベルが約束したようにこれ以上ないほどの決着の舞台となるだろう。シールは自分でも珍しいと思うほどにその時を楽しみに思っていた。

 

「もうカウントダウンは始まっている………これほど待ち遠しいと思ったことは初めてですよ」

 

 その時に思いを馳せて、シールは微笑んだ。

 

 アイズとの決着も最重要事項だが、それとは別にシールにも抗いたい運命はある。しかし、それを変える術をシールは知らない。だからこそ、今回のアイズとの邂逅はそのため――――。

 

 魔女が紡ぐ愛と破滅の物語。

 

 アイズにそれを教えたのは、それを変えるための布石だった。

 

 しかし、それもアイズがシールを倒せない限り変えることはできないだろう。無理だと断じながらも、仄かな希望を与える。酷いマッチポンプだと思いながらも、少しばかりアイズに期待している自分がいることにも気付いていた。

 

 しかし、今はそんな矛盾も心地よい。人間そのものといえる感情と理性のパラドックスは、シールにとって不思議と心地よかった。

 

 自分でも気づかないほど柔らかい笑みを浮かべ、夜の空を飛翔する。

 

 次にシールがアイズと顔を合わせるのは、今から五ヶ月と一週間後。世界の行く末を賭けた歴史上最大規模のIS同士による戦いの最中―――。

 

 

 互いに多くのものを背負い、星と宙の狭間で二人は刃を手に最期の邂逅を果たすことになる。

 

 

 

 




一週間出張に行ってきました。やっと終わったと戻ったら、三日の追加出張を言い渡されました。最初からそう言えよ! 

…………という具合でハンパない忙しさでした。


というわけで最終決戦の舞台は軌道エレベーターです。亡国機業側のエピソードを挟んでとうとう最終章へと入ります。
シールの言葉でアイズがなにやら最期にやらかしそうな感じに。最近ますますアイズがヒーローなのかヒロインなのかわからなくなってきました。


それではまた次回に!


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Act.129 「似て非なる愛情の果て」

  朝日が顔を出すと同時に起床し、手早く身支度を整えて朝食を作る。香ばしく焼いたパンにベーコン、目玉焼きにハッシュドポテト、さらに生野菜とベイクドビーンズ、マッシュルームをひと皿に盛り付ける。伝統的なイングリッシュ・ブレックファストだ。

 窓から入る気持ちの良い朝日を浴びつつ、丁寧に淹れたコーヒーを口にする。こだわりの配合を施しているオリジナルブレンドを味わいながら、フォークを手にとってマッシュルームから口にする。

 外はカリカリ、中はホクホクのハッシュドポテトを堪能し、まろやかに仕上げたベイクドビーンズをパンに乗せて一口。程よくマッチした味が口の中に広がる。

 一通り楽しんでからテレビをつけてめぼしいニュースをチェック。トップニュースは変わらずIS委員会の不祥事とテロ行為によるその実行犯たちの死亡と新たにIS委員会の委員長に就任した女性の話題だった。そして次に注目度が大きいものはカレイドマテリアル社が進める軌道エレベーター建設について。これまでその建築する場所も明かされていなかったが、その大きさが秘匿できるものではなくなったことから公開、同時にその警備が恐ろしく厳重であることの報道だった。

 

「小さな島を改造しての、移動式とはすごいわね」

 

 テレビのレポーターも興奮気味に報道用の船の上から話しているが、この軌道エレベーターが造られているのは北海に浮かぶ人工島。外観はおおよそ自然の島のように見えるが、ところどころに人工物が垣間見えるソレは島を丸ごと改造した巨大プラントだ。小型の島を基礎に、外周を構築、拡大させていった極めて自然に近い人工島だ。材料は海からメタンハイドレートを抽出し、炭素系繊維を形成して仮想大地の基盤とする。人工島と聞けば機械的なイメージが強いが、これは自然生体的手法で作られた人工島だ。カレイドマテリアル社の技術力と資金力があって初めてできるものであり、世界中の技術者、研究者にとっても極めて価値のある“陸地”となる。さらにこれを改良すれば稲作、放牧すら可能な人工島を作れる可能性も秘めており、難民問題を抱える国にとっても注目の的となっている。

 軌道エレベーターのための大地でありながら、これだけでも計り知れない価値を持つイリーナの持つカードの中でも上位に位置するものだ。この技術力をちらつかせるだけで、未だに残る反対勢力の取り込みができる。イリーナは敵とするべきものと味方にするべきもの、それの見極めはまさに神がかっていた。世論は必ず味方にしなくてはいけないし、“まともな”政府機関を持つ国に対しても十分な利益を示している。カレイドマテリアル社はあくまで企業。国同士の駆け引きとは無縁とはいわないが縛るほどの枷はなく、多国籍企業という一面を最大限に利用して世界情勢とバランスを崩さないようにその利益を演繹している。

 

「世界を取り込み、変革を促す。さすが暴君の二つ名は伊達じゃないわね」

 

 表向きはあくまで利益を優先させてその利潤で世界を回す。多くの国にとって利益となる事業である以上、反対勢力が育ちにくい。これも当然イリーナの狙い通り。反論を聞かないどころか、反論すらさせない。そういう手腕だった。

 

「素晴らしい発想と技術、そしてそれを扱う手法も文句なし。彼女ならどこかの国の首相になってもやっていけるんじゃないかしら? どう思うかしら、ミス?」

 

 女性は優雅に笑いながら背後に立つ人物に声をかける。見惚れそうな笑顔と仕草で語りかけられたその人物は、しかしうさんくさそうにする表情を隠さないままに返答する。

 

「……今日はなんのモノマネなんです?」

「できるキャリアウーマンだけど、それっぽくなかったかしら?」

 

 補佐でありお目付け役でもあるスコール・ミューゼルからの言葉にあっさりと被っていた猫をほっぽり出す。先程までの凛とした姿はあっさりと霧散し、だらけた仕草でコーヒーをずずっと飲み干す姿は私生活ではダメな女の姿そのものだった。

 

「もう少し私生活もしっかりされては?」

「嫌よ。私は表は完璧、裏はダメダメなギャップが好きなの。ギャップ萌? とかいうやつなのよ」

「もうあなたはIS委員会のトップでもあるんですからそのうちどこかのゴシップ紙で叩かれるかもしれませんよ」

「そうしたら潰すからいいわよ」

「社会的にです? それとも物理的にですか?」

「私の好みは蹂躙よ」

 

 ケラケラ笑いながら恐ろしいことを口にする。そしてそれが冗談でもなんでもなく、本気であろうこともスコールにはわかっていた。スコール自身もどちらかと言わなくともサド気質であるが、この上司に仕えていると悪党としての格の違いが否応にもわかってしまう。ある程度自覚しているスコールとは違い、マリアベルは天然モノだ。目的に関わることなら神算鬼謀だが、それ以外は割と自由でおおらか、さらに言えば遊びがかなり入ったマイペースでお気楽な姿をよく見せている。それでもその結果として誰かを不幸にしているのだから生まれながらの魔女であった。

 

「今日の予定はなんだったかしら?」

「表も裏も、雑務ばかりですが」

「必要なこととはいえ、少し働きすぎねぇ。今日はオフにしないかしら?」

「……それが命令ならそういたしますが」

「うふふ。冗談よ。そうなったらスコールの仕事が倍になるものねぇ。そこまで私も鬼じゃないわ」

「…………どの口が言うのやら」

「あら?」

「いえ、なんでもありません」

 

 頬を引きつらせながら笑みを浮かべるスコールを一瞥してマリアベルもケラケラ笑いながらコーヒーを片手に立ち上がる。

 マリアベルがレジーナ・オルコットという、本人からしてみればどちらが本名か偽名かもわからない複雑な名を名乗って表舞台に出てから仕事量が倍となっていた。マリアベルからしてみれば表向きのIS委員会の立場など半年後には捨てることが決定している仮のものだ。そして結果的にIS委員会そのものも無くなってしまうだろう。それが社会的なのか、物理的なのかは、ともかく。

 亡国機業が大々的にカレイドマテリアル社と衝突する状況を作るためだけに得たものだ。そこに未練もなにもない。その気になれば世界を支配することもできる立場を謀略で得ておきながら、それは使い捨てることが前提でとっただけだ。そのためにおおよそ数えるのも嫌になる数の人間を陥れ、殺したがそれこそマリアベルの眼中にもなかった。

 数ある拠点の内、イギリスのロンドンにある高層ビルの上層に位置するフロアから街を見下ろしながら頭の中では“その時”に至るまでで一番面白そうな方法を模索する。それはさながらプレゼントになにを強請ろうかと考える子供のような無邪気さで持って行われていた。もし彼女が面白そうだと思えばこの目の前に広がる町並みを炎で蹂躙することさえやってしまうだろう。

 

「…………おや?」

 

 何気なく見ていた町並みの中で、マリアベルの目にとまるものがあった。大抵の人間はゴミ同然の彼女にとって誰かを見て気にかけるということ自体が非常に珍しい。そしてその姿を追っていくと、どうやらこのビルを目指しているらしい。

 そして、その人物がふっとマリアベルのほうを“正確に”見上げた。その視線がマリアベルのものとはっきりと重なる。マリアベル本人も大概だが、その人物もこれほど離れていて、しかも屋内から見下ろしている人間の視線を正確に重ねている。どうやらマリアベルの視線をはっきりと感じ取っていたようだ。

 その感覚と視力は、それこそシール並のスペックを持つ証明だろう。それだけでも大したものだが、マリアベルが感心したのはその胆力だった。

 おそらく、はじめからマリアベル目当てでここにやってきたのだろう。ここは敵であるカレイドマテリアル社の目と鼻の先、そして表向きの事柄として、レジーナ・オルコットの行動予定にここでの宿泊がある。公表してもいないが隠してもいないことだ。調べればすぐにわかるだろう。だからといって暗殺でもない、監視でもない、マリアベルという正真正銘の怪物を相手にして真正面からの訪問という手段を取る。それは嘲笑に値する蛮行であり、賞賛に値する英断である。

 

「うふふ」

 

 マリアベルが楽しそうに笑う。それは獲物を見つけたような獰猛さを秘めながらも、どこか優しげな雰囲気を纏っていい笑顔で背後のスコールへと振り返った。

 

「スコール、やっぱり今日の仕事はお休みにします」

「え?」

「些事は適当な者にやらせておきなさい」

「些事、ですか……?」

「優先するものができた以上、そんなものは雑事で、些事よ。それよりスコール、下へ行ってお客様を出迎えてきなさい」

「客、ですか?」

「最高級の待遇で通しなさい。もちろん美味しいお茶と菓子も忘れずにね」

 

 再び視線を遥か眼下へと向ければ、ちょうどその人物が建物へと入っていく姿が確認できた。

 

 

 

 

 ――――間違いない、彼女は、私に会いに来たのだ。

 

 

 

 マリアベルは、その小柄な身体をした少女を少しも侮ることもなく迎え入れた。見た目はただの少女でも、彼女は歴戦の戦士であり、地獄から這い上がってきた紛れもない格別な存在なのだ。

 

「うふふ……、歓迎するわよ、アイズちゃん?」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あー、きっとボク、とんでもないことしてるんだろうなぁ」

 

 アイズはエントランスに入ってから感じた明らかに洗練された気配を数多く感じて少しだけ後悔する。おそらく一般人を装った護衛だろう。ここに目的の人物……マリアベルが宿泊しているのは確認済みだ。マリアベルの動向はカレイドマテリアル社の諜報部が常にチェックしているので、そこから少しだけ情報を拝借して得たものだ。建物に入った瞬間に自分に向けられる警戒の視線を感じてそれが間違いないことを確信する。

 アイズ・ファミリアという存在は亡国機業にとっても重要人物であることくらい自覚している。だから自分の顔も知られているのは当然だ。今のアイズはノコノコとネギを背負ってやってきたカモと同じだった。先ほどからアイズの直感には危険を訴えるアラートが絶えず鳴り響いている。しかし、それでもアイズが逃げに徹すれば逃走は確実にできる。自慢ではないが、アイズはこれまでどんな窮地からも脱してきたという、……本当に自慢にならない実績がある。

 

 

 

――――エントランスに八人、……うん、まだ逃げきれる。

 

 

 

 あとは本当にヤバイと判断するギリギリまでこのエントランスでくつろいでいればいい。

 入口近くのソファに座り、傍目にはくつろいでいるようにしながらじっと待つ。ただでさえ小柄で幼く見えるアイズなので、それはまるで親を待っている子供にしか見えない。さらに普段している目隠しは目立つし、かといって金色の瞳を晒すのもまた目立つ。だからアイズは座って目を閉じ、緊張感を維持したままリラックスする。

 そうして少し経つと、コツコツと靴音を響かせながらまっすぐ近づいてくる気配を感じ取る。見えなくても足音や気配でそれが誰か判別できるが、それはアイズの知らない気配だった。

 いつでも動けるようにしていると、目の前にその人物が立った。目を閉じたままゆっくりと顔を上げると、その人物がわずかに微笑んだことがわかった。

 

「ようこそ」

「……どうも。突然ごめんなさい」

「こちらへどうぞ」

 

 先導するようにゆっくりと歩き出す気配を追ってアイズも立ち上がり、それに続いた。気がつけばアイズを囲んでいた気配は距離を離しており、警戒していたピリピリとした空気も散っていた。

 どうやら、それなりに歓迎してくれるようだと判断したアイズは意を決してとうとう怪物の腹の中へ踏み込む。

 エレベーターに入ったところで、アイズは瞳を解放する。回復した視力が、目の前の女性を明確な像として映し出す。女性にしては長身で、プラチナブロンドの長髪。表情のせいか、少し冷淡な印象を受けるその女性は呆れたような視線をアイズに向けていた。

 

「えっと、はじめまして」

「はい、はじめまして。亡国機業首領補佐、スコール・ミューゼルよ」

 

 どうやら思った以上の大物だったらしい。まさか敵組織のナンバー2が迎えてくれるとは思っていなかった。首領補佐ということはマリアベルの右腕、そしてシールの上司に当たる人間だろう。

 よく覚えておこう、とアイズはスコールの気配や音、匂いを記憶する。視力に頼らないアイズは犬のように相手を認識してしまう。

 

「その様子だと、ここに誰がいるのか理解して来たようね、お嬢さん?」

「あ、はい。マリアベルさんに会いに来ました。あ、これ、つまらないものですが」

「あら、お土産まで。ここまでバカ正直な子は今時珍しいわね。殺されるとは思わなかったの?」

「そんなつまらないことを、あの人がするんですか?」

「面白い子ね。ついてきなさい」

 

 エレベーターから降りると、そこは飲食店が並ぶフロアだった。その中でオシャレで高そうなカフェへと入るスコールについていくと、店の中には誰もいなかった。せいぜいスタッフがいるくらいだろうか。

 

「一時間ほど貸切ったわ。奥の席へどうぞ、レディ?」

「……亡国機業ってお金持ってるんですね。お邪魔します」

 

 つい最近も店を丸ごと貸し切ってのディナーに招待されたが、これが亡国機業の接待なのだろうか、と無意味なことを考えながらトコトコと奥へと進む。普段は賑わっているであろう店内はただ一人の女性のみがいる。

 

「うふふ、コーヒーは飲めるかしら?」

 

 茶目っ気のある笑みでアイズを迎え入れたのは、アイズにとって、―――いや、カレイドマテリアル社にとって、世界にとっての敵として君臨する最悪の魔女。一見すれば無邪気で人の良さそうな笑みをしていながら、なんの躊躇いもなく誰かを不幸にできる災厄の化身。

 マリアベル――――またの名を、レジーナ・オルコット。格も、話術も、頭脳も、単純な戦闘能力さえも、アイズの遥か上をいき、あの束やイリーナでさえ脅威と認識する正真正銘の怪物である。

 

「……ミルクはありますか?」

 

 そんな怪物を前に、アイズは変わらぬ笑顔で応えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 スコールが用意したミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲む。ほかにもアイズが見たこともないような高価そうな菓子の盛り合わせが置かれている。

 もそもそと菓子を頬張りながら、ニコニコと微笑ましそうにしているマリアベルを見る。朗らかで明るく、アイズのような小娘が相手でも楽しそうにもてなしてくれる。その姿はまさに娘の友達をもてなす母親のようだった。警戒心すら融かしてしまいそうなその姿に、しかしアイズは警戒心を解けずにいた。

 それも当然だろう。目の前のこの女性は、アイズとセシリアを完膚なきまでに打倒し、セシリアに至っては心身ともに再起不能となる寸前にまで追い詰められたのだ。その蹂躙された記憶は、アイズにはっきりと恐怖を与えていた。

 シールを相手にしてもほぼ互角に戦えるアイズが、まったくなにもできずに圧倒されたのだ。本人は相性が悪すぎる、と言っていたが、特異な能力無しでもおそらくマリアベルはアイズのはるか上を行くだろう。頭脳でも、格でも、謀略でも、騙しあいでも、どんなことでもアイズはマリアベルには勝てない。それはアイズも重々承知だった。あのイリーナや束でさえ、マリアベルという存在を最大の脅威と認識しているのだ。アイズではどうにかできるはずもなかった。マリアベルがほんの少しでもその気を起こせば、アイズはただではここから帰れないだろう。

 

「あなたから来てくれるとは思わなかったわ。ケガはもういいの?」

「はい。ボク、痛みとか怪我には慣れてるんで」

「そう。ちょっとやりすぎちゃったって思ってからよかったわ」

「あはは……」

「でもごめんなさいね。次は殺しちゃうかもしれないから、今度は戦場でばったり会わないように気を付けてね?」

「………」

「まぁ、余程のことがなければ見逃してあげる。シールがアイズちゃんと戦いたがっているからね」

「ボクも、シールとは決着をつけたいと思っていますから」

「うふふ。そう心配しなくていいわ。ちゃんと今日は見逃してあげるから。こんな機会、もうないわよ? せっかくだからなんでも言ってちょうだいな」

 

 まったく悪意もなく恐ろしいことを平然と言ってのけるマリアベルに、アイズは捉えどころのない未知の恐怖を感じていた。アイズの直感が言っている。マリアベルは、本当に何の悪意も害意もなく、無邪気なままなのだ。ここまで透明無垢でそして濁り狂った心を持った人間をアイズは初めて見た。かつて、アイズを地獄に落とした人間たちでさえ、こんな存在ではいなかった。

 

「あなたは……」

「うん?」

「なにが、したいんですか?」

「あら、それはもう知っているんじゃないかしら? シールと、会ったのでしょう?」

「あなたのやろうとしていることは、シールの記憶から見えました。救いもなにもない、誰も幸せになれない。そんなことを……どうしてしようとしているんですか?」

「それを聞くために、こんな危険を冒してまでここに来たのかしら?」

 

 愚行だろう。アイズも自覚している。

 だが、シールの言っていたように、これは誰にも言えることではなかった。―――張本人である、マリアベル以外には。

 

「ふふっ、きゃはッ、あなたのような気持ちのいい馬鹿は大好きよ? でもちゃんと線引きはわかっている。頭のいい子ね。もしセシリアに話そうものなら殺されることもわかっていたのでしょう?」

「…………はい」

「そうでしょうね。私情を抜きに、あなたがそれを話すだろうと判断したら躊躇いなく殺せとシールに命じてあったもの。よかったわね、そんなつまらない結末にならなくて」

「そうですか」

「あら、驚かないの?」

「そんな気はしてました。あの時、シールからの殺意が中途半端に感じられたから」

 

 平静を装いながらもアイズは冷や汗が止まらなかった。覚悟していたつもりだが、マリアベルとこうして話しているだけで正気でいることが苦痛になってきそうだった。どうして、善意と悪意をごちゃまぜにして正気を保っていられるのか、アイズにはわからなかった。慈しみ、同時に侵す。そんな相反する善悪が常に見え隠れしながら、彼女は笑うのだ。そんなマリアベルが怖くて仕方ない。

 しかし、それでもここにいる理由がアイズにはあるのだ。

 

「マリアベル、さん」

「なにかしら?」

「セシィと、仲直りをしてください。“そんな手段”じゃなくったって、できるはずです」

「そうねぇ……まぁ、できるでしょうね」

「だったら!」

「でも、それにいったい何の意味があるの?」

「えっ?」

「シールの記憶を見たのなら、私がどういう存在かも知っているんでしょ? ならわかるでしょう? セシリアは、――――――愛情だけでは、なにも変えられないのよ」

「………っ」

「あなたもわかっているのでしょう? 痛みと理不尽によって育てられた薄幸のアイズちゃん? あなたが今、そうやっていられるのは愛だけじゃない。もっとドロドロとした、呪いのような運命があったからこそでしょう?」

「それ、は」

「ゆりかごで人は救えても、谷底に落とさなければ変わらないものもあるのよ」

「だからって……だからって!」

「あなたはセシリアを愛しているからやすらぎを与えられる。私はセシリアを愛しているから、谷底に突き落とす。私とあなたは、同志よ。一緒に、あの子を愛していきましょう?」

「ぐ、うう……!」

 

 否定したい。同じじゃない。自分の愛は、そんな痛みじゃない。

 しかし、それでもその言葉が出ない。認めがたい二律背反。マリアベルの主張を理解できてしまう自分に絶望しそうになる。わかるのだ。どこかで何かが違えば、アイズ自身もマリアベルと同じ思考をしていた可能性があることに。

 

「でも」

 

 しかし、それでもアイズはそれを認めない。確かにマリアベルの言葉に思うところはある。その目的もまったく理解できないわけではない。だが、アイズが持つ答えは、マリアベルのそれと道を交えることはない。なぜなら、アイズにはどれほど苦悩しても揺るがない、絶対順守の信念があるのだから。

 

「ボクは」

 

「うん?」

 

「ボクは、なにがあってもセシィの味方で在り続けます」

 

「そう」

 

 アイズの不退転の決意が込められた言葉を聞いても、マリアベルはただ笑うだけだった。しかし、その笑みには嘲笑の色はない。それはただアイズを褒めるような愛情の込められたかわいらしいとすら思える笑みだった。

 

「あなたがセシリアを守るのかしら?」

「セシィは、守られなきゃいけないほど弱くない。ボクは、セシィの願いが叶うように、二人で先に進めるように、………セシィを信じて、ボクの運命を終わらせる」

「シールに勝てるの?」

「勝ち負けじゃない結末を手にして見せる」

 

 それはマリアベルに、シールに対する宣戦布告だった。そちらの思うようにはならない。その描いている計画を覆してやる。その込められた意味も、当然マリアベルも気づいている。マリアベルの思い描く計画を知り、救いのない未来を前にしてアイズはそれに立ち向かうことを敵の首領たるマリアベルに真正面から言ってのけた。

 

「なにも知らない小娘なのか。それとも希代の傑物なのか。わざわざそんなことを言いにここまで来たのでしょう? あなたは、果たして莫迦と英雄、どちらなのかしらね?」

「バカでしょう。自覚はあります。それに英雄なんて、ボクには似合わないし、……」

 

 英雄というのならそれこそふさわしいと思える人間は他に多くいる。鈴はそういうヒーローが似合っているし、一夏もそうした気質があるだろう。イリーナや束あたりは暴君とか黒幕とかいうほうが似合いそうだが、稀代の英傑には違いあるまい。

 それに比べて、アイズはちょっと変わった少女だ。運よく地獄から抜け出し、愛情を知り、たまたま戦闘力があって役立っているだけだ。特異ではあるだろう。しかし、特別な存在ではない。そう思ったことはアイズにはない。アイズが望むのは、そんな大それたものじゃない。

 

「ボクは、ボクにとって特別なセシィの…………セシィにとっての特別になれればそれでいい」

 

 それははじめからセシリアにとって【母親】という唯一無二の特別であるマリアベルにとってどう聞こえたのだろうか。笑みを浮かべているのは変わらないが、アイズのその言葉を聞いた瞬間にその質を変えた。

 ゾクリと背筋が凍るような錯覚を覚えながらも、意地でそれを表情には出さない。マリアベルの瞳の奥底に澱んだ狂気染みたものをヴォーダン・オージェが嫌でもアイズにその悍ましさを伝えてくる。朗らかな笑みはその口が三日月形に歪み、その隙間から除く鋭い犬歯が威嚇するようにアイズの精神を震えさせる。

 しかし、アイズはそれに立ち向かう。心を叱咤し、同じでありながらまったく違うセシリアへの愛情に対して真っ向から相対する。

 にらみ合うようにしばしの時間、互いに無言で相手の瞳の奥底の、そのさらに深淵へを意識を通す。ヴォーダン・オージェがもたらす共鳴などなくても、瞳を見れば相手をわずかに理解できる。

 理屈などない、それはただ自身の感受性がもたらす“共感”だった。

 

 悟ったことは、互いに妥協も諦めもない一途な感情。それが、どちらが正しいかなんてわからない。そんなことはどうでもいい。アイズもマリアベルも、二人が同じ理念を宿しているとすれば、それは―――――“そうするべきだと思ったことを、貫く”、ただそれだけだった。

 

「これからも、セシリアと仲良くしてあげてね?」

「もちろんです」

「もう帰りなさい。ああ、お土産にケーキでも用意してあげる。セシリアの好みは変わらずかしら?」

「はい」

 

 アイズは立ち上がると、お辞儀をして出口へと向かう。無邪気に手を振るマリアベルに苦笑しつつ、いつしか感じていた恐怖や戸惑い、それらはすべてアイズの決意へと変わっていた。

 確かに怖かった。でも、同時に親しみすら感じていた。マリアベルとの会話は、確かにアイズにとって有意義な時間だった。

 相手の真意をすべて理解できたわけではないが、マリアベルは絶対に妥協せず、退くこともしないだろう。それがわかっただけでも収穫だった。

 マリアベルの目的には賛同できないし、シールとの決着もある。アイズ個人としても、彼女たちとは敵対するしかない。しかし、それでもアイズは確かな意志でもって、彼女たちと戦うと決意する。誰かに強要されたわけでもない、立場からの責任感からでもない。相手が憎いわけでも、嫌っているわけでもない。

 ただ、そうするべきだと思ったから。

 

 だから、マリアベルの目的を果たさせるわけにはいかない。

 

 

「マリアベルさん」

「なにかしら?」

 

 最後に一度だけ振り返る。マリアベルは変わらずにアイズを見つめていた。すでにその目には狂気はない。

 

「ボクは敵だし、今度会うときは決戦だろうから、最後に宣戦布告でもと」

「あらあら」

「あなたの願いは叶わない。なぜなら、ボクがいるから。だから―――」

 

 だから、マリアベルが望む暴挙を、許さない。

 

 彼女が望む結末など、認めない。

 

 それが、アイズの抵抗だ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「今ならまだ始末できますが」

「無粋よ、スコール。せっかく挨拶にきてくれた子なんだもの。怪我ひとつ負わせることなくお返ししなきゃ」

 

 アイズを見送ったマリアベルは冷静に始末するかと言ってくるスコールを嗜める。スコールとて、マリアベルの性格は知っているのでここでアイズをどうこうしようなどとは本気で実行しようとはしていなかったのだろう。あっさりと引き下がった。

 

「そう仰るのなら」

「むむ、それにしても美味しいわね、このマカロン。ちゃっかりシールの好みを知っているあたり、あの二人もいい友達になれるかもね」

 

 アイズが土産としてもってきたマカロンを美味しそうに頬張りつつ、本当に楽しげにケラケラと笑っている。スコールからしてみればアイズをこのまま返すのはデメリットが大きいと思うのだが、主であるマリアベルはそれを容認している。そんな些細なデメリットなど構わないというほどに、アイズとの邂逅は有意義と感じているらしい。

 

「本当になんであの子が失敗作扱いされて、しかも廃棄までされかかっていたのかしらね。もし私があの子を育てたらもっと上手く使ってたのに。これだから亡国機業の人間はバカなのよ」

「あなたがその首領ですけど」

「だから私が組織を乗っ取ってからは掃除してるでしょう?」

「掃除というか、皆殺しでしたが」

「あなたも楽しそうに加担したじゃない、スコール。この間だって委員会のブタ共を丸焼きにしたんでしょう?」

「日頃のストレス発散ですよ」

「あら、そんなにストレスが溜まる職場なの?」

「気疲れは常にある職場ですから」

 

 スコールの無礼とも取れる言葉にもマリアベルはただ笑って許す。亡国機業なんてもの自体がただのマリアベルの持っている玩具みたいなものだ。そしてこの組織も、そう遠くないうちに無くなってしまうだろう。理由は簡単だ。ただマリアベルにとっての価値が終わるからだ。

 

「さて、それじゃあそろそろイリーナにちょっかいかけましょうか。戦力はどうなっているかしら?」

「おおよそ、予定通りに。国を相手に殲滅戦を仕掛けられる程度には揃っています。これまでIS委員会を泳がせておいたおかげで、データ取りに不自由しませんでしたから」

「うふふ、何度もIS学園を攻めたからねぇ」

「加えて専用機の改修も始まっています。【サイレントゼフィルスⅡ】、【トリックジョーカー】の強化パッケージ換装は完了。私の機体もです。あとは【アラクネ・ギガント】の調整が残っていますが、こちらも数日以内に」

「結構」

「【パール・ヴァルキュリア】は第三形態移行に伴い、自己進化に任せています。そしてプレジデントの機体ですが」

 

 タブレットを操作し、ISと思われる機体の映像がとスペックデータが表示される。それはIS技術者が見れば正気を疑うような言葉や数値が示されていたが、マリアベルはそれを見て満足そうに頷いている。

 

「ふふ、これもほぼ完成ね。前は完成度が八割くらいだったからあまり遊べなかったものね。今度は思いっきり遊べそうね」

「………これで全力稼働するのですか?」

 

 そんなことをしたら天変地異が起きるんじゃないか、と本気で心配するスコールを他所に、マリアベルはわくわくとした表情を隠さない。

 マリアベルが作製した専用機。表示されている機体名称は【Reincarnation】―――“輪廻”の名を冠する魔女の鎧。

 アイズとセシリアを一蹴したときは本気どころか、ただの慣らし稼働程度だったが、制限のあった単一仕様能力も設計された武装もすべて完成している。他に比較することができないほどの特異性ゆえにこの機体の世代すら定義できないが、単純なスペックでいえば第三世代型を軽々と凌駕しており、オーバー・ザ・クラウドに匹敵するだろう。しかも、こちらはオーバー・ザ・クラウドと違いなんのリミッターもかけられていない。

 これが全力で戦えば、おそらく戦場そのものが無事では済まないだろう。

 

「うふふ、楽しみねぇ、本当に」

 

 窓から眼下を見下ろせば、ちょうどアイズが建物から出て行くところだった。スコールに命令した通りに、その手にはたっぷりとお土産のお菓子の箱を抱えている。

 そしてやはり、視線に反応したアイズは振り返ってマリアベルを見返した。ほんの少しだけ見つめていたアイズが、やがてペコリと頭を下げて今度こそ去っていく。

 

「ふふ、可愛らしいお客様だったわね。見た目に反して、その意思も強固。セシリアにとっても自慢の友でしょうね。それに――――」

 

 最後にアイズが切った啖呵を思い出す。強がりでも、ハッタリでもない。ただ自身の心の内を出しただけであろうその言葉は、危うさこそあったが、非常に好ましくマリアベルは受け入れた。マリアベルに反抗するという決意でもあったそれは、しかしそこまで真摯にこの親子を想ってくれていることに少なからず嬉しさを感じていた。

 本当にいい子だ。だからこそもったいない。どれほどいい子だとしても、場合によっては始末しなくちゃいけない。そうならないように願うが、どうせアイズの相手はシールが務めるだろう。アイズが本当にセシリアとマリアベルの結末を変えたいのなら、あのシールを超えなければならない。

 それができるとは思えないが、アイズならやってしまうかもしれないという淡い期待を抱かせる。これもアイズの人柄だろう。そんなアイズが、悲愴とも思える覚悟で言った言葉を、マリアベルは忘れないだろう。

 

 

 

 

 

 

『――――――セシィに、あなたを殺させることなんて、………ボクが絶対にさせない』

 

 

 

 

 

 

「さぁアイズちゃん、あなたの抵抗、楽しみにしているわよ。……うふふふッ」

 

 

 

 




お久しぶりです。仕事がクソ忙しい。長野に出張行ってすぐ金沢行きってどういうことだって、ばよ……!?

ようやく次回から最終章に入ります。ここまで長かった。

最後の決戦は戦争レベルの決戦です。そしてアイズが知ってしまったマリアベルの目的を防ぐことができるのか……と、ここでようやく主人公っぽく戦えそうです。

それではまた次回に!


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Chapter13 終幕・最果ての宙編
Act.130 「最後の巨壁」


 歴史が動く姿があるとすれば、この瞬間こそがそうだと言えるだろう。

 

 重々しい空気が充満するその一室では、多くの人間がたった二人の人間が醸し出す空気に呑まれていた。それは、例えるなら二つの怪獣がぶつかる場に居合わせたかのような圧倒的な理不尽さと、世界が終わるその時にグラウンドゼロに居合わせたような絶望感、そして今まさに猛獣の腹の中にいるのではないかとすら思えるような不安。それらが凝縮され、この空間に満ちていると断言できるほどにこの場は紛れもない死地であった。

 この場を支配しているのはたった二人の女性。この二人がにらみ合っているだけなのに、周囲は地獄のように命の危険すら感じさせる修羅場へと変貌している。

 百人以上を余裕で収容できるホールであるが、既にいつ血を見ることになるかわからない戦場と化していた。普段は結婚披露宴も開かれることもあるほどの豪華な装いであるが、ところどころに椅子やテーブルが散乱しており、それが混乱の爪痕として残されていた。

 しかし、そんな場の惨状に反して誰も声を発していない。ただ時計の針が動くわずかな音だけが響いている。たった二人の放つプレッシャーがこの場そのものを押しつぶしているかのようだった。

 

「うふふ」

 

 そのうちのひとりはそんな修羅場を演出しているとは思えないほど気安い笑顔を浮かべている。金糸のような長い髪と整った容貌は、その表情のせいで大人というより無邪気な子供のような印象を抱かせる。

 対する女性も、その姿はとてもよく似ていた。その身を仕立ての良いスーツで包み、腕を組んで笑いかけてくる目の前の女性をゴミでも見るかのように見返している。対局の表情を浮かべつつも、両者の眼の奥底には狂気すら垣間見える。

 どちらも逆らってはいけない人間―――――そう本能で察した人間は、この場で口を挟むなどという愚行をしまいとただ口を噤んでそのグラウンドゼロを見つめていた。

 

「相も変わらず、……迷惑なことしかしないな、貴方は」

「あら、あらあら。あなたに言われたくはないわね、イリーナ。人生には潤いや刺激がなきゃつまらないでしょう?」

「その刺激とやらがこの茶番か? 脚本家の才能はないな」

「その代わり演出家としての才はあると自負しているわよ?」

「クズが。お前が私の姉などと、私の人生で最悪の汚点だよ」

「あら、つれないわねぇ」

 

 二人の背後にはそれぞれの護衛と思しき人間たちが臨戦態勢のまま固唾を飲んで見守っている。

 しかも、この二人の側には武装状態のあの無人機が鎮座しているのだ。もしこの場で暴走でもすれば少なくない数の人間が犠牲になるだろう。

 なにかしらの動きがあれば、即座に対応できるように武器を握る者や、ISを起動させようとする者など、実際にそうなったときどれだけの被害が周囲に及ぶのか想像できないほどにその危険性はどんどん高まっていく。イリーナとマリアベル。この二人がなにか失言を言うだけでそれは容易く導火線に火をつける結果となるだろう。

 

(………息苦しいのは気のせいじゃないわね。プレッシャーで窒息されそうよ、マジで)

 

 そんな只中にいる凰鈴音はこの場に居合わせてしまった自身の運のなさを悲観していた。

 

 

 ***

 

 

 鈴は今回、このIS委員会が各企業の代表者を招いての会合の護衛任務としてついて来ていた。慣れないスーツに四苦八苦しつつただじっと成り行きを見守っていたが、予想通りというべきか、それは容易く修羅場へと変わってしまった。

 穏やかだったのははじめだけだ。それまではイリーナもおとなしくしていたし、表面上はそれなりに有意義な対話がなされていた。

 もはや無意味となったISコアに関する条約の改訂から今後の新型コアの流通、取引の規定など、鈴が聞いていてもなかなか説得力のある案ばかりだった。とはいえ、裏事情を知る鈴からしてみればそれを提案しているのがマリアベルであるレジーナ・オルコットなのだからなにか裏を勘ぐるのは当然であろう。

 それに関してはイリーナも表面上は肯定的な態度で応じていた。それはまさに嵐の前の静けさだった。表面上の穏やかさを断ち切るようにマリアベルがあたかも今思い出したかのように口を開いた。

 

「ああ、そういえば。IS技術の管理として、皆様方の所有するIS、及びIS関連技術をすべて提示してもらいます」

 

 その瞬間、空気が変質した。鈴は、空気が凍るという表現の意味をその身で実感した。隣にわずかに眼を向ければ、同じく護衛として同行したラウラが目付きを鋭くさせていた。それもそのはずだろう、マリアベルが言ったことは、世界中のすべてのIS関連技術を管理、支配することと同義なのだ。

 つまり、カレイドマテリアル社にとって生命線であり、貴重な財産であるIS関連技術――――――新型コアの製法、ISに搭載可能なサイズの量子通信器、大出力エネルギーを確保できるジェネレーター、そして距離の概念を超越するSDDシステム。果ては宇宙空間を活動圏にする軌道宇宙ステーション、軌道エレベーター、IS運用母艦スターゲイザー。そのすべてをよこせと、そういうことなのだ。

 それを理解できない人間はこの場にはいない。一瞬で場の空気が殺気立つ。これは明らかに宣戦布告にも等しい言葉だった。

 鈴が目線をイリーナの横、後学のためにとイリーナの補佐としてこの場に立つシャルロットも普段の愛くるしい表情からは想像できないほどに暗く、冷たい顔をしていた。イリーナから教育を受けてきてからというもの、シャルロットも凄みや貫禄といったものが現れてきている。

 この場のほとんどの人間がそんな殺気立ってマリアベルを睨むが、そのマリアベル本人はまったく変わらない微笑みを浮かべている。

 

「それはあまりに横暴でしょう」

「あら。それは今さらでしょう? 管理するというのならそれなりに強権を使わないと。でなければ少なくとも一人勝ちで終わってしまいましょう。ねぇ、カレイドマテリアル社のイリーナ・ルージュさん?」

「………ほう」

 

 名指しで意見してきたマリアベルに、イリーナはただ笑みだけを返した。ただそれだけなのに、周囲の温度が下がったように感じられた。隣に座っていたシャルロットがビクッと身体を震わせて顔を青くする。少し距離があり、背後に立つ鈴でさえイリーナから発せられたプレッシャーで冷や汗が出たというのに、真横にいるシャルロットにはたまったものではないだろう。鈴の主観ではあるが、マジギレした師の雨蘭に迫るほどの強烈なプレッシャーだ。チラッと視線を向ければラウラも気圧されたように少し挙動不審になっている。

 そんな小娘では耐えられないような圧力をごく自然に発しているイリーナ・ルージュは暴君の二つ名に相応しい凄みのある笑みを浮かべてマリアベルへとその視線を固定する。まるで睨めっこでもするように二人の視線は重なったまま揺るがない。

 

「我が社になにか?」

「実に素晴らしい優良企業です。これまで誰も成し得なかった宇宙開拓事業の発展、それに伴う利益を世界へと演繹する姿勢。暴君と呼ばれている反面、非常にまともな運営をしていらっしゃる」

「それはどうも」

「これまではISというものを間違った使い方しかできなかった。あなたのように、戦力ではなく、世界そのものを発展させるように使う者があまりにも少なかった。それはさまざまな要因はあれど、はっきりいえばISそのものが強すぎたが故でしょう」

 

 強すぎた。だから世界を歪めてしまった。

 それは真実だ。それはイリーナも、束も、他の見識のある者なら誰もが思っていることだった。単機でも現在の軍事力を覆すほどの能力と発展性を持つ規格外。空における活動をほぼ無制限に行うことのできるスペックと、操縦者を保護する絶対防御というシステム。本来ならば当初に束が想定していたように、局地的、または限定空間内における活動を行うためのパワードスーツとして世界に出るはずだった。

 しかし、世界がそれを知ったのは【白騎士事件】。知っている者は少数であるが、それ自体が図られた壮大なマッチポンプだったその事件によってISは現行していた軍事力を塗り替える存在だと知らしめてしまった。

 

「ISがどのような意図で作られたにせよ、その価値、その力を今さら覆すことはできないわ」

「もっともだ。だが、それがどうした? 使う人間がいる以上、ISそのものの価値を不変にしても意味はない。使い方が違えば価値も変わるものだ」

「ええ、でも、果たしてそれを世界が許してくれるのかしら? 宇宙開拓事業といっても、ちょっと手を加えるだけであなたたちの船や基地、そしてISは簡単に世界中に戦火をもたらせるでしょう。スイッチは押さない、と言い張る人間に爆弾を預けるほど世界は寛容ではないでしょう」

 

 イリーナとマリアベルの応答は既に社交辞令すらなくなっていた。多くの人間の眼があるにも関わらずに、二人はそれらを完全に眼中から外して対話していた。周囲の人間も、そんな身勝手ともいえる二人に口をはさもうとはしなかった。二人から発せられるプレッシャーがそれを許さなかったのだ。

 しかし一方、マリアベルの言っていることは事実であった。

 如何にISを宇宙開拓として使うと言っても、それは既に強大な軍事力と同義であると歴史が証明している。

 

 軌道エレベーターと軌道ステーションが軍事基地として機能したら?

 

 距離を超えるスターゲイザーが軍艦として使用されたら?

 

 量子通信技術が独占されたら?

 

 新型コアに、もし強制停止システムが組み込まれていたら?

 

 カレイドマテリアル社は、間違いなく世界を征服できるだろう。まさか、と思うような人間はここにはいない。可能かどうかという話ならば、誰もがその答えをわかっている。

 イリーナでさえ、それはわかっている。その気になれば、イリーナ・ルージュは世界そのものを手にすることができる、―――と。

 

 それはただの可能性、いや、言いがかりにも等しいことだ。しかし、それでも人は思う。思ってしまう。

 

 “もしも”――――その可能性を、疑ってしまう。

 

「皆様はどうかしら? 絶対の保証がない中、その全てを彼女の手の中に置いたままで、安心できるのかしら?」

「――――――。」

「それとも、なにか言い分でも?」

 

 イリーナは何も言わない。何を言おうが、一度根付いた疑念を払拭することはできないとわかっているからだ。口約束だけならばなんとでも言える。しかし、マリアベルが言った疑惑を解消することは不可能だ。なぜなら、それは得てして誰もが一度は思ったであろう懸念だからだ。

 そして、それは事実でもあるのだ。

 イリーナがその気になれば、確かに世界を手中にすることも不可能ではない。力による支配ではない。世界経済を人質にとるような手段でそれは可能だ。そして現在世界に拡散している新型コア搭載型の支配システムも、可能だったことも確かだ。それは搭載しておらず、束も作りたがらなかったためにそんなものは存在しなかったが、できるかどうかと問われれば「可能である」となってしまう。

 だから否定しきれない。ないものをないと証明はできない。マリアベルの話す疑念を晴らす術はイリーナにはなかった。

 

「私が何を言ったところで、変わらないだろう」

「ええ、ええ。その通り。だから選択肢がないことも理解しているのでしょう?」

「私たちが反旗を起こさないように、縄と鈴をつけるべきだ、と?」

「それが管理者であるIS委員会の責務でありましょう」

「ほう、責務、ね。ではIS委員会の暴走は誰が止める? IS技術を吸い上げるのなら委員会にも同じ疑惑が生まれるが?」

「あら、そんなイタチごっこな議論に意味などないでしょう。我々だから管理する。ただそれだけですわ」

「詭弁を。先代もそうだが、委員会の管理などただの搾取だろう。しかも謀で得た立場で随分なことを言う」

「あら、ならば私が“彼らの死亡に関わっているとでも?”」

「…………」

「では“その証拠でも探してみましょうか?”」

 

 マリアベルがニコニコ笑いながら言った言葉に、イリーナは内心で舌打ちしながら沈黙する。それはマリアベルの言うように、委員会の前任を皆殺しにした証拠があるとは思っていないこともあるが、それ以上にそんなものが表に出ればマズイことになるのはイリーナも同じだからだ。

 なぜなら、前任者たちを皆殺しにしたのはマリアベルだが、間接的にそれに同意して協力したという事実がある。それを表沙汰にされると、イリーナの計画も狂う恐れがある。そうなればマリアベルと共倒れになるしかない。

 油断していたわけではないが、完全に術中に嵌ってしまった。それもある程度は覚悟していたが、この場での支配権を取られてしまった。おそらく、マリアベルはここまで考えてイリーナに話を持ちかけたのだろう。もっとも、イリーナにとってベストではないがベターに近い状況だ。この程度のリスクは折込済み。もともと亡国機業との決戦は予定していたことだ。それがどんな形でも、結局はそこに行き着いてしまうのだ。

 

「皆様はどうかしら? カレイドマテリアル社にこれ以上出張って欲しくないという方は、けっこういるのではなくて?」

 

 挑発とも取れるその言葉に、少なくない人間が目を逸らす。それは図星だからにほかならない。確かにイリーナの提案に乗れば莫大な利益が手に入る。しかし、それは同時にカレイドマテリアル社の絶対的権力を得るに等しい。資金力、技術力、そして宇宙開拓における先駆者となるカレイドマテリアル社に敵う企業は存在しなくなる。いや、既に対抗できる組織などいないだろう。それは軌道エレベーターと軌道ステーションが完成すれば覆すこともできない。

 だが、逆を言えば今ならまだ間に合うのだ。

 カレイドマテリアル社が持つブラックボックスともいえる超技術の数々、新型コアやオリハルコンの製造法など、イリーナ・ルージュの庭には金になる木がそれこそ森のように聳えている。その金になる木を伐採し、乱獲したいと思うのは欲を持つ人間が抱く感情だろう。

 今回のマリアベルの提案は、企業としての競合を考えれば躊躇うものの、カレイドマテリアル社の独占にも似た現状を崩し、その利潤を奪えるまたとないチャンスとなる。

 もちろん、良識のある者はそのマリアベルの提案に不快感を示している。しかし、それは全体の二割にも届かない。ほとんどの者はマリアベルの言霊の毒に侵されてしまっていた。

 

「くくっ……」

「おや?」

「いや、なかなか面白い詭弁だ。つまり委員会として、技術力に開きがありすぎる我社の台頭を許さない。許さないから宇宙への進出を認めない、と」

「そうね」

「それがどれだけ厚顔無恥なことなのかはこの際置いておこう。だが、はっきり言わせてもらえば、委員会に命令権などないし、要請に従う理由も義務もない。忘れている方も多いようだが、我社は――――そしてイギリスは既にIS委員会から脱退している。あなたたちになにか言われる謂れはないし、そして我社もなにか口を挟むつもりもない。今日、この場に来たことも最低限の礼儀を通したまでだ。本来なら無視してもいいことだったことは理解してもらおう」

 

 そもそもイリーナがこの無意味とも言える会合に参加したのはただ宇宙開拓事業という巨大プロジェクトを発足させた手前、脱退したとは言え多少の説明責任があると思ったから。関係を切ったといっても、それくらいの義理はある。イリーナ個人としては意味はなくとも、世界との関係をあまり悪化させることは下策だとわかっているから最低限の行動は通している。

 もっとも、今回のことはひと波乱あるとはじめからわかっていた。だからマリアベルの茶番も想定内だし、たとえ亡国機業だけでなく、甘言に誑かされたものすべてを敵に回してもイリーナの目的も、やるべきことも何一つ変わらない。

 

「我々は企業利益を追求しているだけの商売人だ。私たちの“経済活動”が気に食わないというのなら勝手にするがいい。だが、我社は狩られるだけの羊とは違う。もし敵対しようと思うのならせいぜい奮起することだ。私は、噛み付いてきた獣を許すほど心は広くないし、そして容赦するほど優しくはない」

 

 イリーナの視線が変わる。不機嫌さは消え、ただ機械的に排除するものを確認するような感情の込められていない能面のような顔であたりを見渡した。その時の反応からおおよそ敵となり得る者の顔を覚えたイリーナは最後にマリアベルを見やる。一様にイリーナに畏怖や恐怖を覚えているほかの人間と違い、変わらずに友好的ともいえる笑みを浮かべている魔女に、イリーナは嘲笑を込めて笑いかけてやる。

 

「なるほど。ではこちらの要請には応えない、と」

「応えてよかったのか?」

「いいえ、そうなったらつまらなかったでしょう。やはり、“こうでなくては”」

 

 パチン、とマリアベルが指を鳴らす。妙に響き渡ったその音で、これまでこの場に延滞していた不穏の空気がついに弾けた―――。

 

「………! 社長、お下がりを!」

 

 いち早くその気配を察したイーリスがイリーナとシャルロットの前へと飛び出た。既にその手には銃が握られている。何事かとシャルロットが声を出す前に、轟音が響き渡った。

 

「ッ、無人機!?」

 

 突如としてその場に乱入してきたのはこれまで幾度となる戦い、駆逐してきた無人機。

 束曰く、「不細工な代物」とされる無機質な威容を持つ、戦うためだけの存在。束やアイズにとってはISの紛い物、これをISと同じだと言われることすら腹立たしいと言うほどにカレイドマテリアル社にとっても嫌悪の対象となる存在だった。

 すぐさま護衛として同行していた鈴とラウラが飛び出て待機状態のISを構える。なにかあればすぐさま起動できるようにしながら乱入してきたその機体を睨む。二人に遅れてこの場においては護衛対象となるはずのシャルロットもラウラの横に並びでる。

 

「シャルロット、今のお前は護衛ではないだろう。下がっていろ」

「そういうわけにもいかないよ。あれが一体とは限らないでしょ」

 

 現れたのは一機だけだが、それでも生身の人間には脅威そのものだ。鈴やラウラにしてみればこれまで戦ってきたのはそのほとんどが数の不利となる状況、すなわちバカみたいに数を揃えて物量で攻めてくる場合ばかりだったので単機では若干拍子抜けした気もしないわけではない。

 もちろん、油断なんてない。単機では驚異度は低いが、それでも生身のイリーナを守ることを考えれば難易度は決して低くはない。周囲の人間は半ばパニック状態だ。

 

「なんのつもりだ?」

「私、暗躍は好きだけどわかりやすいのも好きなの。だから今回はわかりやすい手段を提示してみたのだけど、気に入らなかったかしら?」

「ほう。では武力行使も辞さない、と?」

「それはあなたたち次第よ」

「馬鹿が。そのような手段で世界を統べられるものか」

「ああ、誤解がないように言っておきましょう。―――――“そんなものはとっくに終わっている”」

 

 その言葉にピクリ、とイリーナが眉をひそめる。ニコニコと笑い、それ以上語ろうとしないマリアベルを見据えつつ、予想した中でも最悪に近い状況だと察して内心で舌打ちする。

 そんな様子を見ていた鈴やシャルロットたちも気が気でないが、とにかく今は有事の際に即座に対処できるように構える。

 そしてマリアベルの背後でも同じようにISを即座に起動できるように構えている見知った顔が見えた。

 オータム、マドカ、スコール。亡国機業におけるエース級の幹部たちだ。シールやクロエはいなくとも、戦力は過剰といえる面子だ。その中でオータムが鈴の視線に気付いたのか、挑発してきたが無視してやった。殺気があからさまに増して鈴にぶつけられたがそれでも無視する。はっきり言って構っている余裕などあるはずもない。

 いつの間にか会場からは人気がなくなっている。マリアベルとイリーナの関係者以外はほとんど逃げ出したらしい。

 

「ここで一戦交える気か?」

「それも面白いけどねぇ」

「ならその前に一応聞いておこうか」

「どうぞ」

「貴様、無人機にウイルスプログラムを仕込んでいるな?」

「ええ」

「無人機を仕入れた国は全て貴様の傀儡か」

「そうね。まぁ、アメリカはさすが大国だけあって派閥を取り込んだだけだからあとひと押し要るけど、あなたの想像通りで合っていると思うわよ。言ったでしょ? 暗躍は好きだけどわかりやすい手段も好きだって。だからとってもわかりやすい、それこそ馬鹿でもわかる脅迫をしてみたの。まぁ、これは私じゃなくて先代の委員会がやってたことでね。せっかくだからそのまま利用させてもらったの。でも私はちゃんと飴も用意しているわよ?」

「その飴が、ウチの技術か」

「あなたは紛れもない天才よ、イリーナ。でも、あなたは優秀すぎる。勝ちすぎてはいけないことを理解していても、それでも人の欲をまだわかっていない。利益を世界に演繹しても、セルフィッシュな欲が出てしまうのが俗物というものよ。ここまでやってきた手腕は流石だけど、あなたが持つものはあまりにも美味しすぎるのよ」

 

 だからマリアベルの扇動に簡単に乗せられてしまう。今回のこの暴挙でさえも、参加していた人間の中にその疑惑を都合のいいように解釈させてしまう。イリーナとマリアベル。互いに善人ではないし、腹にいくつもの暗いものを抱えている人間ということにおいては変わらない。それでも、どちらの味方をするべきかと問われれば二人を良く知らない人間はごくごく簡単な理由で選んでしまう。

 

 

 

――――どちらについたほうが、得なのか。

 

 

 

「飴と鞭ってこういう使い方をするのよ?」

「性悪が、偉そうに。そのムカつく顔をやめろ」

 

 マリアベルにつけばカレイドマテリアルが持つ技術、そして宇宙開拓の利権を得られるかもしれない。イリーナについても宇宙開拓の主権は取られるが、それでも莫大な利益獲得のチャンスがある。これだけなら押しは弱いが、“無人機の支配権”をちらつかせればあとは簡単だ。

 かつて先代のIS委員会が躍起になってばら撒いていたIS無人機。それらが実は簡単にリモートコントロールできると知れば、それは懐に爆弾を抱えてしまったことと同義だ。たった一手で王手をかけられる。

 

「さて、あらためて聞きましょう。イリーナ。私と敵対するなら今の世界の勢力図は私たちとあなたたちでおおよそ半々くらいかしら? フェアプレイの精神でそのくらいになるように情勢は操ったつもりよ。宇宙に出たいあなたたち、それを邪魔したい私たち。まぁ答えなんて聞くまでもないけど、ここはちゃんと言っておきましょう」

 

 舞台の上で演じるように仰々しく腕を掲げる。それこそ主演女優のような雅さと艶やかさに満ちた笑顔を浮かべて心底楽しそうにマリアベルは宣告する。

 

「私たちに逆らう気かい? 今なら世界の半分を上げよう。一緒になって世界を獲ろうじゃないか!」

 

「……………」

 

 なにかを諦めたように大きくため息をつき、ゆったりとした動作で懐から煙草を取り出すと慣れた手つきで火をつける。精神を落ち着かせるように紫煙を肺に入れ、実際に落ち着いたのか、先ほどよりも幾分か落ち着いた表情を見せたイリーナは威嚇ではなく、初めて友好的ともいえる笑みを見せた。

 

「姉さん、私はな……」

 

「うん?」

 

「昔から、貴方のことが大嫌いだったんだ」

 

 ただ淡々と思ったことを口にした、という様子に固唾を飲んで見守っていた鈴たちも笑いそうになった。含むものがなにもない穏やかとすらいえる声とその正直すぎるほどのあまりの言葉に、全員がわずかでも呆けてしまう。

 

「だから貴方と協力するなど反吐が出るし、私が貴方にいうことはひとつだけだ――――――死んだ人間が邪魔をするな亡霊、……お前は邪魔なんだよ」

 

 イリーナの言葉に、マリアベルの護衛であるスコールたちが殺気立って前に出ようとする。その動きを見てIS持ちである鈴やラウラも動く。

 

「下がれ」

「落ち着きなさい」

 

 一触即発となった場面で、しかしイリーナとマリアベルが制して膠着状態となる。それでもいつ暴発してもおかしくないほどに両陣営の戦意は昂ぶっている。

 

「じゃああなたとは決別ね」

「はじめから貴様とつながっているものなど、ありはしない」

「あら、姉に向かって失礼ね」

「貴様が本物の姉さんなら侮蔑するし、偽物なら嫌悪する。それだけだ」

「なら、嫌われることになりそうね。まぁ、それは本物でも変わらないんでしょう?」

「お前は偽物でよかったな。もし本物なら今、ここで躊躇ったりはしない。レジーナ・オルコットは私にとってこの世で最も唾棄するべき存在だからな」

「その考えには賛同するわ。レジーナ・オルコットは邪悪そのものだからねぇ。でも、あの女はもう終わってるわ」

 

 そこで初めてマリアベルの笑みが変わった。ゾクリとする底冷えするような粘着質のある爬虫類のようなねっとりとした殺気が発せられる。イリーナは動じていないが、まだ若い鈴やラウラ、シャルロットは思わず一歩下がってしまう。それは殺気を恐れたというより、その気味悪さに忌避したというほうが正しい。

 

「因果応報。既にあの女は報いを受けたわ。あなたの分まで私が惨めに殺しておいたから安心なさい」

「…………」

「残っているのは、あの女の残滓の私だけ………あなたたちの敵としては相応しいでしょう」

「そうか」

 

 おぞましいほどの姿を見せるマリアベルに対してそれだけを返すとイリーナを背を向けた。もう用はない、というように視線を向けようともしなかった。

 

「顔を合わせるのはこれが最後だろう」

「そうかもね」

「……最後に聞いておこう。おまえは誰に肩入れしているんだ?」

「愚問ね。これまで何度も言ったはずよ? ――――私は、ただセシリアのためだけを思っている。やり方は私好みだけどね」

「なるほど。オリジナルを殺したのもそのためか?」

「そうねぇ、だってあいつ、ウザかったでしょう?」

「違いない」

「嫌いだったとはいえ、実の姉だったのでしょう? 仇討ちでもするのかな?」

「まさか。せいせいするよ」

 

 薄く笑うイリーナは護衛たちに合図を送り撤収を指示する。鈴やラウラたちも油断なく警戒しながらイリーナを守りながら退いていく。激突は避けられたようだが、それでも未だに殺気立った空気はまったく薄れていない。この場における誰もが理解しているのだろう。

 次に会うとき、それは最後の決戦になるということを。

 

「さようなら、姉さん。貴方が残したもの、せめて妹である私が精算してやろう」

「さよならイリーナ。セシリアによろしくね」

 

 

 

 

 姉妹の因縁は多くの因果を収束し、そしてとうとうその果てに至る。

 

 ―――――これが、世界の未来の行く末を左右する決戦の幕開けとなった。

 

 

 

 

 




とうとう最終章の開幕。

いよいよ最終決戦編に突入です。さて、最終章は何話かかるのやら(汗)

もはや原作乖離どころではないですが、最期までお付き合いいただけると幸いでございます。

それではまた次回に!


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Act.131 「掴むべきもの」

 手にした剣は記憶の中にあるどんな剣よりも手に馴染んだ。未だ試行錯誤しているにも関わらずに、この剣を振るうことになんの違和感もない。まるで身体の一部のようにその切っ先まで神経を通わせる。そして血管を通して血を流すように、その心臓から響く鼓動をそのまま剣へと通わせる。 

 

「第一、第二、第三リミッター解除。ジェネレーターコネクト、充填」

 

 命を注ぎ込むように刀身へと力を流す。それを証明するように淡く青い光がその輝きを増していき、鼓動するように鳴動する。

 ゆっくりと、確かめるように剣を天へと掲げる。呼吸と鼓動を合わせ、目を閉じて集中力をさらに深める。

 

「一意専心」

 

 まじないのように言葉を紡ぐ。ただでさえ常識外の集中力を持つ少女が自己暗示によってさらにその意識を深いところまで落としていく。既に意識は、“無意識”と称される領域にまで届いている。自分の身体すべてを、そして知覚するすべてを認識し、感じ取る世界そのものと意思疎通するようにその意思を宿した力を解放する。

 

 剣をひと振り。

 

 瞬間、その視界が割れた。世界を二分するように光が迸り、そして塗り替える。

 

 

「…………うわ、すごい」

 

 

 時間にしておよそ十秒足らず。

 それが伝説を再現した時間だった。真っ二つに割れる海。大海に亀裂を刻み、海に文字通りに道を斬り拓く。そして大渦を生み出しながら再び海が静寂へと戻ろうとする光景を見ながら海を割った少女―――アイズ・ファミリアはゆっくりと手にした剣を鞘へと納める。

 

「ふうっ」

 

 緊張が解かれてアイズも強張っていた表情を戻す。真っ赤に輝いていた瞳が金色に、そして暖かな琥珀色へと変化する。最大活性状態からニュートラルへと戻った両眼がゆっくりと閉じられる。

 同時に第三形態となっていたレッドティアーズも展開装甲を解除し、通常形態へと戻る。力を使い果たしたかのように出力が下がり、激しく蒸気を放って機体を強制的に冷却する。

 手にした剣―――ブルーアースを再び鞘から抜き、地面に突き立てるとISそのものを解除してアイズは脱力したように座り込んだ。

 

「ふー、……体力ごっそりもってかれたなぁ……この剣、すごいけどとってもリスキー。でも癖になりそう」

 

 目の前にあるブルーアースを見つめながら、どこかうっとりとした視線を向ける。この剣は、宇宙。束も肯定したこの剣の本質に、アイズは魅了されていた。神経すら通わせて一体化するようなあの感覚。この剣を通して世界を、宙を、この瞳ですら見通すことのできないものを感じ取れるようで、アイズはウキウキとした気分で淡く輝く刀身を見つめた。

 そこへ宝物を眺める子供のようなアイズに同調するかのような楽しそうな声がかけられる。

 

「おうおう、さっすがアイちゃん! 理論的にはいけると思ったけど、まさか本当にモーセの再現をするとはッ! 眼福眼福、あとアイちゃんの凛々しい顔もまた眼福ッ!」

 

 ヒャッハー! とでも叫びそうなほど高いテンションの束がオーバーアクションでアイズを労う。どちらかといえば束のほうが子供っぽく見えるのはご愛嬌だろう。

 

「この剣、すっごく馴染みます。宙の声が聞こえるみたいです」

「アイちゃんの感性はまたファンタスティックだねぇ、でも、そんなアイちゃんくらいだよ。この剣を使いこなせるのはさ。あの天使もどきでも無理無理。なにせこの天才束さんが新型IS五機を作るためのお金と資材をまるまる使って造った最高傑作だものね!」

「お-、それはすごい………って、あれ?」

「そのおかげでイリーナちゃんにはすっごい怒られたけど! あっははは!」

「新型、五機、分…………? え、それって確か……」

 

 アイズはその金額と資材がどれほどのものか分かってしまい、顔を青くする。はっきり言ってしまえばレッドティアーズを作ったときよりも遥かに高い金がかけられているのだ。

 篠ノ之束の最高傑作とされる剣。銘はブルーアース。地球と地球外物質を掛け合わせた特殊合金で造られた間違いなく世界最高のブレード。切れ味、しなやかさ、耐久性、単純なスペックだけでも破格であるというのに、その特殊性は唯一無二。ISに発現する単一仕様能力と同等以上のものを備えている。

 それは束が付与したわけではない、純粋な特性だ。この剣を形成するオリハルコン自体がそういう特性を宿している。だからこのオリハルコンで装甲を再構成したブルーティアーズも方向性は違うが同じ力を持っている。

 たった今、アイズがこの剣のひと振りで海を割ったことも、セシリアがブルーティアーズの単一仕様能力の強化、増幅を行ったことも、元は同じ能力だ。もともとはブルーティアーズのように機体性能、能力の強化こそが本来想定されていた利用法だ。それを剣という形に凝縮したものこそが―――ブルーアースだった。

 ピーキーで使い勝手の悪いものになったが、その分その力は完全な規格外。現状のIS技術から見ても逸脱した性能を誇る唯一無二の剣。基本スペックだけでも既存のブレードを超越するが、その真骨頂はその素材そのものの特性にある。ISにとって理想的ともいえる合金。本来はブルーティアーズのように装甲と内部基盤に使用してこそのものだが、それをあえて武器そのものを造るという束ならではのぶっ飛んだ思想によって完成した切り札。そしてそれを最大限に活かせる使い手はアイズ以外にはいない。

 そのために束は躊躇うことなく資金と資材をつぎ込んだ。イリーナの許可を取らずに実行したために束はネチネチと説教されることになったがまったく後悔していない。

 

「いやー、アイちゃんへの投資金額は天井知らずだねぇ」

「うぅ……お金って怖い」

「アイちゃんは結果を出してるから余裕でしょ。というかアイちゃん、君は自分の預金がどれだけあるか知らないのかい?」

「散財もなんか苦手で、とりあえずもらったお金は寄付以外は貯金してますけど……」

 

 本人はまったくの無自覚だがアイズの個人資産は未成年が持つには不相応なほどに巨額である。ただでさえ給金が高いテストパイロットという役割があるが、それ以外にも束の研究協力やヴォーダン・オージェを抑えるAHSシステムの医学転用の試験体、そしてセプテントリオンが表に出たことで危険手当も跳ね上がっており、庭付き一戸建てを衝動買いできるほどの金を稼いでいる。

 これらの資産は束が管理しており、アイズ本人よりも束のほうがアイズが持つ財産を熟知していたりする。

 

「でもこれでおおよその調整はできたね。第三形態への移行もスムーズにできるようになったしアイちゃんくらいだゾ? ここまで第三形態を意図的に使える操縦者なんてさ」

「ボクの力だけじゃないから。レアが協力してくれているからですよ。それにセシィだって」

「そのコア人格と仲良しになること自体がアイちゃんがチートな証明なんだけどねぇ。それにセッシーは理論立てて進化させているから直感で進化できるアイちゃんよりやっぱり一歩劣るんだよ」

「そうなんですか? 鈴ちゃんも第三形態になったって聞いたけど」

「ああ、あのドラゴン娘は本能でなってるからねぇ……それを言うならアイちゃんは感覚派、セッシーは頭脳派だね!」

「へー」

 

 よくわかってなさそうなアイズがのんびりと相槌を打った。

 

「ま、アイちゃん以外はまだまだ発動条件が厳しいけどね。ブルーティアーズはともかく、甲龍は操縦者に似て脳筋みたいだから追い込まれないとダメっぽいし」

「本当に操縦者に似るんですね」

「まぁ、コアネットワークからいろんな人間の情報を得ているんだけどね。一番近い人間ってやっぱり直接扱っている存在だもの」

「でもなんか、レアってボクよりしっかりしてるんですけど?」

「それはほら、アイちゃんって無茶ばっかでほっけないじゃん? だからじゃない? 呑気な姉としっかりものの妹、みたいな?」

「がーん、それってボクを反面教師にしたってことですか?」

「愛されているって解釈でいいんじゃない?」

 

 談笑しつつ、束は慎重にレッドティアーズのデータを洗っている。今や、レッドティアーズも自己進化したブルーティアーズ同様に完全に既存のISとはかけはなれた規格外機になりつつあった。

 機体、というよりは操縦者であるアイズの特性に合わせて作られた特殊性。ヴォーダン・オージェの処理能力があってこそ使える単一仕様能力と、それを感覚だけで掌握するアイズの類希なセンス。パフォーマンスを最大限に発揮したアイズに勝てる人間など、おそらく五人といまい。

 ただ、その五人の中に倒すべき存在が、超えなければならない者がアイズよりも格上として存在しているのだから笑えない。

 

「束さん」

「んー?」

「正直なところ、今のボクとシール、どっちが強いですか?」

「そうだねぇ………スペックだけで判断するなら、あの天使もどきのほうが強いねぇ」

 

 束は本当に正直に答えた。

 アイズの実力、レッドティアーズの性能、そしてこの規格外の剣をもってしても、総合力では未だアイズはシールに届かない。以前までのシールならおそらく互角程度にはなっていただろう。しかし、シールも第三形態を獲得したことで話は変わった。詳細は不明だが、レッドティアーズの能力を封殺したことからおそらくは対アイズに備えた能力を宿している可能性が高い。

 ただでさえ、その基礎スペックだけで第二形態移行したISでさえ雑魚扱いするような存在なのに第三形態移行という切り札を得たことで束でもシールの限界がわからなくなってしまった。

 

「ボクもいろいろ啖呵を切っちゃったけど、シールの強さはよく知ってる。きっと、ボクの勝率はいいとこ一割いけば上出来すぎるくらい」

「……まぁ、そうだねぇ」

「でも、ボクは負けられない。十回に一回しか勝てないのなら、その一回をはじめに掴み取るまで」

「そのポジティブさはもう才能だね。怖くないの?」

「うーん……」

 

 怖くないか、という問いはこれまでさまざまな人に言われてきたことだ。束に、セシリアに、鈴に、簪に、ラウラに、アイズがどれだけ無茶をするのか知っている者ほどアイズを心配してそう口にする。

 しかし、アイズは決まってこう答えるのだ。わからない、と。

 

「もちろん怖いとは思うけど、ボクの感じている恐怖って、本当に怖いってことなのか……確信が持てないんです」

「そっか」

「ボクの中の恐怖は、たぶん、もうずっと前から麻痺してる。ボクも自慢にもならないことはよくわかっているけど、ボクは苦痛に慣れすぎた。耐えることに慣れて、憎しみでそれを塗りつぶして、それに怯える心が欠けちゃった……」

 

 アイズは無茶、無謀を躊躇しない。恐怖は危険を感じ取る信号でもある。しかし、恐怖という心の一部が欠けているから自分自身を天秤にかけられない。だからアイズは、大切だと思うものはすべて自分自身より上にしてしまう。

 これまで定期的に行われているアイズの精密検査でも、その精神性のプロファイリングをした医師も同じような結論を出している。それこそが、アイズの持つ危うさ。そして同時にそれがアイズの強靭な精神を形作る。危ういからこそ、アイズは迷わない。それは狂気の一種でもあるだろう。

 

「ボクは、ボク自身の夢を叶えたい。でも、ボク自身のことは……正直、あまり大事に思えない。あ、これはセシィやラウラちゃんには内緒ですよ?」

「そりゃ言ったら泣かれちゃうだろうねぇ」

「束さんだから言うんです。本当に秘密ですよ?」

「アイちゃん、内緒にはしてあげるけど、私もそれは直して欲しいと思ってるんだゾ? 君はそろそろ、この現実を夢の続きだと思うのはやめていいと思うゾ?」

 

 夢の続き。胡蝶の夢。アイズは、今この時をそう感じている節がある。幸せな夢が続いているように感じているアイズは、同時にいつか醒めるかもしれないという不安を抱いている。

 かつて、鈴に今この時、この出会いすべては奇跡だと言ったように、アイズにとって今、こうして生きていること、そして仲間と共に戦い、理不尽な運命に抗うこと―――――それそのものが奇跡であり夢でもある。

 

「わかってはいるんです。わかっては……」

「強烈すぎる体験が死生観を変えるとは言うけど、アイちゃん。君の場合は生き残ったことをもっと誇るべきだよ。生きる喜びは、死を恐れないことと真逆だよ?」

「……ボクは悪い子ですか?」

「いい子すぎて、痛々しい。私を見習えたまえ。もっと独善的に、わがままに、思うように生きたほうがきっと世界は楽しくなる。私は世界がどうなろうが、宇宙へと上がる。その道を創ってみせる。この篠ノ之束という名を、原初の宇宙の開拓者として遺してみせる。そして、アイズ・ファミリアという名も一緒に連れて行こう。それが今の私の目的で、夢だよ」

 

 束の夢は何一つ変わっていない。ただ、そこへ同行者が加わっただけだ。

 

「アイちゃん、君は生粋の偽善者だよ。ただ、偽っているのは自分自身の価値っていう、本来はその人の根幹であるはずの“自己肯定”の善性。それが希薄すぎる。アイちゃん自身を支えるのは、セッシー達。アイちゃん、自覚してるね? セッシー達がいなくなったら、君は死ぬよ?」

「そう、でしょうね」

「人の夢と書いて儚い。まさにアイちゃんはこの言葉の体現者だね。いつ折れてもおかしくなかった半生を経て、確固として残っているのはずっと見上げていた空だけ。かつての恨みや憎しみだって、もう復讐する相手もいない。憎むってことは強いエネルギーが要る行為だからね。目的を失ったら霧散しちゃう」

 

 束は畳み掛けるようにアイズへ語りかける。それは虐めているようにも、慰めているようにも見えた。

 

「それなのにアイちゃんの心はダイヤモンドみたいに固い。はっきり言ってアイちゃんの若さでそのメンタルの強さは異常だよ」

「ボクは、強いなんて思ってないんですけど」

「そうだね。ダイヤモンドと同じ。ちょっとのことで壊れそうな、そんな危うさがある。ま、私も人のことを言えた立場じゃないけど、………アイちゃん、あなたも、私も、勝つか負けるか、生きるか死ぬかしかない。私たちの結果に妥協はない」

 

 次の決戦にこれまでのような引き分けはない。

 カレイドマテリアル社と亡国機業の衝突はどちらかが壊滅するまで止まらないだろう。トップであるイリーナとマリアベルもはじめからそういう心算だ。二人にとって決着を付けるとはそういうことだ。

 そしてそれはアイズも同じ。カレイドマテリアル社の一員として最期まで戦い抜く覚悟がある。そして、アイズ個人としても宿敵であるシールとの決着は絶対だ。

 それはアイズが決意した、この先の未来へと至るために超えなければならない運命だ。そのためなら、自分自身の命すら賭けてしまう。アイズは、そういう道を容易く選ぶ。

 自分の命を軽視しているわけではない。ただ、命よりも大事なものがアイズには多すぎる。たとえ命を長らえても、その生に意味を見いだせなければ価値はない。

 セシリア達に言えば、きっと泣かれてしまうであろうことも、しかしアイズの本心だ。

 

 自分勝手で我侭。それはまさしく自分のような人間のことだろうと、アイズは自嘲する。もう一人じゃ生きていけない、誰かの側で、寄り添っていなければ死んでしまうほど弱いくせに、自分のために戦うのだから。

 

「でも、ボクは戦う」

 

 しかし、それでもアイズは止まることはない。

 

「ボクは、どうしても見たい。この、空の先を。あの最果てを。その先のことまで、ボクは考えられない。きっと、ボクが一番ダメなところはそういうとこなんだろうなぁ……」

 

 未来に生きると決めたはずが、夢の先までの未来を見ていない。みんなそういうものかもしれないが、アイズはそこに至ったのならそこで終わっても構わないと思うほどに執着している。それがアイズの悪癖の根本的な原因だろう。無尽蔵とも思える我欲を抱え、その衝動のまま突き進む束との違いはまさにそこだった。束の夢には終わりがないが、アイズの夢は終わらせることができる。

 

「でも、目的ができた」

「ん?」

「行き止まりの夢しか見られなかったけど、――――シールと決着をつければ、違うものが見える気がする」

「天使もどき?」

「シールはボクにこだわっているけど、ボクもなんです。ボクにとっても、シールは特別です。セシィたちみたいな関係にはなれないけど、敵にしかなれないけど、それでもシールと戦うとボクはどこか満たされるような気持ちになるんです」

「ふぅん?」

「正直に言えば、これまで戦ってきて負けられない、っていうときは何度もあったけど………でも、どうしても勝ちたいって思えたのは初めてなんです」

 

 アイズは、戦いの勝ち負けにはそれほど執着しない。もちろん、負けるわけにはいかない戦場ばかりだったが、個人の感情で勝敗にこだわったことは少ない。以前、昏睡状態のセシリアを救うときでさえ、負けられない戦いではあったが結果としてセシリアが救えるのなら負けてもよかった。

 アイズが護るべきものは自分自身ではない。夢の続きであり、それを支えてくれる大好きな仲間たち。そしてなによりも、自身の命よりも大事だと思っているセシリア。この価値観が歪んでいると理解してもなお、意思を律するこの衝動がアイズの持つ熱の根源。―――その熱が言っている。

 

 支え合い、欠けたものを埋めるかのような半身であるセシリアとは対極の……――――、相容れずに、その道が交わることがない、しかし、否定しつつも認め合うもうひとつの自分の可能性には――――。

 

「負けたく、ない。ボク自身の意思で、ボクはシールを超えてみせる」

 

 シールを拒絶するためではなく、カレイドマテリアル社のためでもなく、ただ自分自身のために。

 

 アイズ・ファミリアが夢の先へと至るために。

 

「シールは、ボク自身のために、ボクがこの手で倒します」

「ならアイちゃん。私はそのときを見届けよう。宇宙を拓く先駆者として、あの星空からあなたを待っていよう。そのためにも……」

「はい。勝ち取りましょう――――すべてを」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「…………用があったけどあとにしましょ」

「そうだね……」

「姉様……」

 

 鈴とラウラ、シャルロットはそっとアイズと束から離れていった。二人の会話を聞いたのは偶然だった。鈴は第三形態移行の方法を模索するために、ラウラとシャルロットも最終決戦に向けた強化パッケージの最終調整のために相談しようと訪れたのだが、どうやらアイズの切り札の実験をしていたらしいそれを目撃した。

 剣のひと振りで海を割ったその光景に絶句しつつ、その後の二人の会話をその気はなくても盗み聞いてしまった。

 

「あれ、聞いてよかったのかな?」

「今さらね。聞いちゃったものは仕方ないわ」

「そりゃあそうだけど」

「あの子もどうしてもこだわりたい勝ちがあるってだけでしょ。変に気を遣うようなことじゃないわ」

「僕は鈴みたいに簡単に割り切れないよ……」

「アイズがハードなもん背負ってるのはわかってたことでしょ。……ラウラ、いつまで落ち込んでんの!」

 

 トボトボという擬音が聞こえてきそうなほどに落ち込んだ様子のラウラを叱咤する。人一倍アイズを慕っているラウラにとって、先ほどのアイズの独白は衝撃だったのだろう。

 誰よりも真摯に夢を追いかけていると思っていたアイズが、その実自分自身の命には執着していないというのだ。命を脅かされることに対する恐怖をなくしてしまったというが、もしそれが本当ならどんなに悲しいことなのか。

 アイズが自分たちを大事に思ってくれていることは知っていた。その好意が嬉しかった。だが、それはアイズ自身よりも上だとすることについては嬉しさより悲しさを感じてしまう。思えば、確かにアイズの行動にはそうしたものが垣間見れた。

 

「夢の先がない。あって当たり前のようなものでも、アイズにとってはイメージすらないなんて……」

「あの子、前に言っていたのよ。今、このときそのものが奇跡だって。セシリアも、私たちも、みんな奇跡そのものなんだって。そのときは相変わらず可愛い純粋さだと思ったけど、……あそこまで儚いもんだとは思わなかったわ」

「あれは、きっと本音だ………姉様は、死を拒んでも恐れてはいない」

 

 だが、それは命知らずでも蛮勇でもない。ましてや勇気や度胸といったものでもない。かつて、命の価値が軽すぎた凄惨な幼少期の体験がその恐怖心を麻痺させた。既に失ったも同然なものとしての成長したアイズは、その命をあまりにも軽く見てしまっていた。

 

「セシリアは……」

「知ってるでしょ、当然。アイズは内緒とか言ってたけど」

「だよね……」

「セシリアはどこか姉様の無茶を諦観している節があるからな。もちろん、説教はしているが」

「矯正しようとしてきたけど、ダメだったっぽいわね。だからこそセシリアもあそこまで過保護になったか」

 

 納得したようにうんうんと頷く鈴に対し、ラウラは不満げに表情を歪めている。敬愛する姉が死にたがりと紙一重だと知れば心中は穏やかではないだろう。鈴はサバサバしすぎ、ラウラは心配しすぎ、この中ではシャルロットが一番まともな感性をしているだろう。そんなシャルロットが思ったことは「今まではっきり気付かなかったけど、言われればすんなりと納得できる」ということだった。

 

「私は、どうすれば……」

「どうにかしようとすることもないでしょ?」

「なに?」

「あたしたちで、あの問題児を守ればいいだけのことでしょう。ラウラ、特にあんたはあの子に近いんだから気張りなさい。アイズがあたしたちを命より優先してくれるっていうなら、あの子の命はあたしたちで守ればいい。それで対等、貸し借りナシのイーブンでしょ。簡単な足し算引き算よ」

「いや、それはどうだろう……?」

「鈴、おまえは頭がいいくせにやはり馬鹿だな。なにも足されていないし、引かれてもいない。………だが、姉様を守るという点だけは全面的に同意しよう。確かに、私ができるのはそれだけで、私がすべきこともそれだけだ」

「あんたもブレないわね。ま、ブレたらダメなんだろうけど」

「当然だ。私の最優先は姉様だ」

 

 ラウラにとっての絶対遵守がアイズだった。ラウラがどれだけアイズを慕っているかは鈴もシャルロットもよく知っている。これまで家族愛といったものに縁がなかった反動なのか、ラウラは初めて覚えた愛情を貪るようにアイズからの好意を受け、そしてアイズへの愛情を育んでいた。ラウラにとってなによりも大切なものとして揺るぎない存在となっている。

 だからアイズの側で、アイズの願いを叶えるために戦うことが自身の存在意義だとしていた。

 しかし、それだけでは足りない。アイズの持つ危うさは薄々感じてはいたが、それをはっきりと知ってしまった。死ぬことを恐れないという、人間の生存本能の欠陥がアイズを蝕むというのなら、ラウラは襲い来る危機を払いのける盾になるまで―――。

 きっとアイズはそんなラウラを悲しむだろう。だが、これは他の誰でもないラウラの意思で決めたことだ。こんな自分を妹だと言ってくれたアイズに報いることこそが、ラウラが今生きる目的であり意義なのだ。

 

「ま、戦う理由は人それぞれね。シャルロット、あんたも似たような理由でしょう?」

「……まぁ、ね。そういう鈴は?」

「いろいろあるけど、あたしのこの力が役に立つなら喜んで戦場を駆けてやるわ。それこそがあたしが最強になるためのあたしの修羅道よ。友のため自分のためってね」

「ブレないね」

「でも、今回は気合の入り方も違うわ。……ここまで負けられない戦いは初めてよ」

「そうだな、負ければなにもかも終わりだ」

「カレイド社としても、個人としても、まともな結末にはならないだろうね」

「個人の理由は違うけど、目的は同じなら上等でしょう。そのための準備期間もあとわずか……もうそんなに猶予もない。博士にはあとで見てもらうとして、今はできることをやりましょう」

 

 三人がたどり着いたのは格納庫。決戦に向け、さまざまな機体や武装の調整がされており昼夜問わずに機械音が響くその場所に、それらはあった。

 それぞれの愛機が調整用ドッグに格納され、追加装備やカスタマイズが今現在も施されている。

 追加装甲を加え、さらに継戦能力を高めた甲龍。弱点である火力を補うために数々の火器を装備したオーバー・ザ・クラウド。

 そしてなにより目に付くのは本機の何倍もある巨大なユニットを装備したラファール・リヴァイヴtype.R.C.。その巨大ユニットからは大小さまざまな火器が見え隠れしており、ブルーティアーズの追加パッケージ【ジェノサイドガンナー】と同様に武器庫そのものを搭載しているかのようだ。

 幾多ものケーブルと機器が繋がれ、何人ものスタッフがデータ取りを二十四時間体制で行っている。

 

「突貫だったから、まだまだデータが足りない。あとはできる限り試験運用だね」

「あたしらのやることはこいつらを使ってひたすら戦うことね」

「時間がない。今日も六時間耐久のバトルロワイヤルだ。あと一月以内には実戦投入レベルに仕上げるぞ」

 

 猶予はあまり残されてはいない。やらなければならないことは山ほどあるが、それでもやるべきことははっきりしている。

 

 決戦の勝率を少しでも上げること。

 

 そして、その時に向けて士気を高めること。

 

 各々がそれぞれ戦う決意と戦う牙を静かに研ぎながら、不気味なほど平穏とも思える日々を過ごしていき―――――そして、そのときがあっけなく訪れる。

 

 ――――今からおよそ二ヶ月後。

 

 亡国機業から、ついに直接的なアプローチが仕掛けられた。

 

 マリアベルの笑い声が聞こえてきそうなその宣戦布告は、軌道エレベーターを目掛けてアメリカの軍事監視衛星を落とすという暴挙から始まった。

 

 

 

 




大変長らくお待たせいたしておりました。仕事が多忙すぎてモチベーションに回復に一月以上もかけてしまいました(汗)

次回から前哨戦、そして決戦へと向かっていきます。しばらくはまだ時間の余裕も少ないのでゆっくり更新になるかと思いますのでゆったりとお待ちください。

それではまた次回に!


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Act.132 「決戦の狼煙」

 軌道エレベーター。

 衛星軌道上の宇宙ステーションと直結する、まるで天を貫くかのような巨大なタワーだ。神の領域へと至ろうかというその建造物は、その威容から旧約聖書の創世記に登場するバベルの塔にちなみ、この軌道エレベーターを建造する計画をバベルメイカーと称された。

 その由来を見れば最後は失敗してしまうのではないかという不吉なものにも感じられるが、イリーナはあえてこのバベルの塔の名を冠した。

 もともとこのバベルの塔の逸話は人が技術革新の過信を神の戒めという形で記されたものとも言われている。神の戒めによって人は言葉や文化を分たれ、バラバラになり塔を造ることができなくなった。

 しかし、それならば多種多様となった世界でこの塔を造れば、それは神の領域へと手が届き、新たな秩序を生む証明となるという解釈もある。それに伴い、これまでの旧い世界を破壊し、新たな世界の秩序のシンボルとなるとされる。

 

 だからこそ、イリーナはこの計画にバベルの名を冠した。歪められた世界を、もう一度変えるために。ISを正しく使用し、世界を再び変革させるためにこれ以上の名はないだろう。

 

 ならば、このバベルの塔を壊そうとする悪意は神罰なのか、はたまた人間故の業なのか。

 

 いずれにせよ、彼女たちはそれを許さない。人からの悪意は全て跳ね返す。神罰ならば全力で抗う。正義なんてものはどうでもいい。ただ目的のために、願いのために、賞賛も恨みもすべて受け入れてこの世界をもう一度変える。

 この計画に乗った人間は、それそれ違う目的があってもそのやり方は一致している。

 この世界が気に入らない。ISを正しく使いたい。男の立場を取り戻したい。ただ恩義に報いたい。恨みを晴らしたい。その全ての行先が世界の変革へと収束する。

 それらすべてを束ねてイリーナはこの塔を建造した。

 

 これで世界は変わる。ただの小波ではない。荒れ狂う大波となって、かつてのように大きく世界を混乱させてそのあり方を変えるだろう。

 

 インフィニット・ストラトス。

 

 ただ、日本の片隅にいた偏屈な少女の発明が、再び世界を震わせるのだ。

 

 一度目は、開発者である篠ノ之束の願いを裏切る形で利用され、世界を歪めてしまった。それはこの十年という月日で嫌というほど思い知らされた束は今度こそ自身の願うように世界を変えるために、あらゆるものを利用した。

 そのためにイリーナを、カレイドマテリアル社を利用した。

 どれだけ天才であっても個人である束にとって最大の弱点は資金や資材、そして手足となって動く部下の存在だった。もともと人間不信がちだった束は誰かを信用することは稀であり、結果としていいように利用された。

 しかし、今度はイリーナというパートナーがいる。世界を変える主犯であり共犯だ。束にとってイリーナはビジネスパートナーであり、革命の共犯者。英雄か、暴君かと言われればそれは後者だろう。二人もそれは自覚しているし、しかしそれを気にしてもいない。

 二人はセルフィッシュさを自覚し、そしてそれを気にしない。そうしたモノよりも遥かに願いのほうが大きいのだ。未来の歴史でどう評価されようが構わない。今、この手に掴む未来が望むものかどうなのか、ただそれだけが重要なのだ。

 そして、この二人の計画はその完遂まであとわずかまで来ていた。

 この軌道エレベーターを建造し、運用が開始されれば間違いなく世界に大きな変化を生み出す。つまり、ここが正念場。これまで積み上げてきたものすべてを賭けて戦うことになるだろう。

 その最後に立ち塞がる存在が、この計画に関わっている主メンバーのほとんどと因縁があるなど、無神論者であるイリーナや束でも運命を感じてしまう。

 さながら、最後の試練ともいうべきものだろう。

 

 だが、イリーナは思う。だからどうした、と。

 

 これまでも、今回も、そしてこれからも。すべてを蹴散らすだけだ。それが姉の亡霊だとしても変わらない。むしろ因縁を精算できるいい機会とすら思うだろう。

 かつて、マリアベルに言った言葉は本心だ。イリーナにとって、レジーナは大嫌いで、邪魔な存在だった。ほぼ確定しているが、そんなレジーナのコピーとして生み出されたクローンであるマリアベルもまた邪魔な存在というだけだ。マリアベルがどういう思惑でレジーナを名乗り、そしてイリーナの前に立ち塞がるのかはこの際どうでもいい。マリアベルは結果より過程を楽しんでいるみたいだが、イリーナにとっては結果がすべてだ。

 

 レジーナも、そしてマリアベルも外道には違いない。しかし、イリーナもそういう人間に近い。この二人より少しマシな程度、と本人も自覚している。

 でなければ、レジーナの娘であるセシリアを使ってマリアベルを討たせようなどとはしないだろう。

 最低なことをしている知りながら、それでもイリーナは止まらない。死んだあとは姉と同じ地獄行きだと思いながら、地獄へ行く前にどうしても行かなければならない場所があるのだ。

 

 

―――――。

 

 

―――。

 

 

……。

 

「セシリア」

「はい」

「一応聞いておくが……おまえ、あいつを撃てるのか?」

「一度ためらったことがある以上、説得力はありませんが、……もうあのような醜態は晒しません」

 

 カレイドマテリアル社の自社ビル内にあるカフェの特等席でコーヒーを飲みながら二人は表面上は穏やかに意思確認を行っている。周囲には人払いがされているようで、この二人の他には誰もいない。護衛のイーリスでさえ、今はこの場を離れている。

 

「私だって、もう気づいています。あの人の正体………イリーナさんも同じでは?」

「ほう、言ってみろ」

「あの人は“本物”ではありませんが、同時に私にとって“偽物”でもありません。……矛盾しているようで、これがおそらく真実なのでしょう」

「そうか、気づいていたか」

「イリーナさんはいつから?」

「はじめからさ。本来のレジーナに、あのマリアベルのような陽気さはない。それにもし本物の姉さんなら自分から表に出ることはないさ。面白半分に私に会いに来るなら、その前に爆破テロで私の抹殺を謀るだろうさ」

 

 イリーナにとって姉であるレジーナとは悪鬼羅刹そのものだった。悪を行うために生まれてきたかのような邪悪さ、命の価値をすべて平等に、ゴミと思う狂人。人の悪意を体現したかのように、誰かを陥れることをせずにはいられない暴虐さ。そしてそれは表には出さず、裏からすべてを支配し、意のままに操ることに快感を覚える最高にイカれたサイコパス。

 それがレジーナ・オルコットだった。イリーナが早々にオルコット家から出たことも、レジーナを嫌悪していたからという理由が大きい。

 イリーナが雌伏し、カレイドマテリアル社という力を手に入れてからもいつ姉に殺されるかと油断なく警戒していたほどだ。イリーナが調べただけでも、レジーナはオルコット家を掌握するためにイリーナが家を出た直後に両親を事故死に見せかけて殺害している。そしてオルコット家が密かにつながっていた当時の亡国機業とのつながりを利用し、その五年後には亡国機業そのものを乗っ取っている。当時のトップはレジーナが始末したらしい。

 そこからの悪行は語るだけで気分が悪くなる。そのうちのひとつに、ヴォーダン・オージェ計画があった。この計画は先天的適合と後天的適合の実験を行っており、前者の実験においてシールが生み出され、そして後者の実験においてアイズが犠牲となった。

 アイズが脱走し、他の犠牲者たちもすべて命を落としたことで後天的適合計画は頓挫し、そしてシールを元にした量産計画が始まった。結果としてシールしか成功作となる存在は完成しなかったが、その過程で失敗作とされ、データ取りのためにドイツ軍に売られたのがラウラであった。そしてIS委員会が独自にこの計画を引き継いでクロエが造られた。

 アイズとシール。そしてラウラとクロエ。この四人が紆余曲折を経て生き残り、敵対し争う元凶は間違いなくレジーナと言えた。

 

「そう思えば、因縁のほとんどはあいつに繋がるのか。因果というものは本当にあるのだな」

「……因果、ですか」

「おまえも、私も、アイズや束。この計画の主犯に近い者たちほど、あいつとの因縁が付き纏うだろう?」

「この決戦はそんな因果を断つためですか?」

「すべての精算という意味では違いない。だから」

 

 だからこそ、イリーナはそれを望む。自分のためでもあり、そしてセシリアのためにも、この戦いで終わりにしなければならない。

 

「お前が、終わらせろ」

 

 今や、オルコットの名を継ぐ者はセシリアしかいない。イリーナはとうの昔にその名を捨て、本物のレジーナも既にいない。残されたレジーナの影であるマリアベルも、またオルコット家そのものに関与することもない。

 

「そのつもりです」

 

 それは最後に残されたオルコット家の娘としての、本当に最後の責務だと思っていた。

 

「オルコットは、私で終わりです」

 

 そしてセシリアは微笑む。なんの気負いも憂いもなく、美しいとすら思えるような笑みをイリーナへと見せた。その笑みは悲壮感すらあったが、イリーナは満足したように頷くだけだった。

 そして、そこへ場の空気を壊すようなアラートが鳴り響く。イリーナがすぐさまその音を発しているそれ―――イリーナの持つ端末の中でもより緊急度の高い連絡用のそれを手にとった。すぐに応対し、聞かされた情報に動揺することもなくただ淡々と事務的に命令を下すとゆっくりと通話を終えて端末を再び卓上へと置いた。

 懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで咥えて火を点けてゆっくりと紫煙を肺へと入れて、なにかを悟ったように見つめてくるセシリアをみやった。

 

「セシリア、すぐにアヴァロンへ戻れ」

「敵襲ですか?」

「“アメリカの軍事衛星”が落下してくる。落下地点は軌道エレベーターだ」

「――――……そうですか」

「わかっているな?」

「ええ。それで、オーダーは?」

「無論……撃ち落とせ」

「いいんですね? そうなってはもう後戻りはできませんわ」

「でなければすべて終わるだけだ。あちらも、それはわかっている。これはただの茶番のような、開戦の合図でしかないが……せっかくだ。派手にやれ。跡形も残さず、消滅させろ」

「了解いたしましたわ。すでにこちらも準備はできています。では、はじめましょう」

 

 セシリアが立ち上がり、軽く一礼をしてその場から離れていく。すでにその顔には迷いはない。ただ決意に満ちた表情をしながらとうとう始まる決戦へと赴いていくだけだった。

 

「…………私も、地獄行きだな」

 

 セシリアが去ったあとで、イリーナは自嘲するように呟いた。母を否定しろ、場合によっては殺せと言ったのだ。そして、それをセシリアも受け入れるとわかっていて言った。これが悪党でなくてなんだというのか。おそらく、死んだあとは地獄で姉と再会するだろうと思うとイヤになるが、たとえそうなってもその前にどうしても成し遂げなければならないことがある。

 地獄行きなどとっくに覚悟している。死んだあとのことなど、どうなってもいい。だが、今、生きているうちにやらなければ意味はないのだ。

 

「それまでは、誰であろうと邪魔はさせない………」

 

 ゾッとするような冷たい眼をしたイリーナもまた、自らの戦場へと向かっていく。欺瞞と虚実が渦巻く暗欝とした謀略の盤面へと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 イリーナと別れてから二時間と経たずにセシリアはセプテントリオンが集結するアヴァロン島へと帰還していた。すでに部隊の主力は揃っており、いつでも戦闘行動が取れる準備ができている。

 そして、今まさに厳戒態勢となったアヴァロンにおいて、セシリアはISを纏い空を見上げていた。彼女の背後にはアイズ、鈴、ラウラ、シャルロットという、IS学園から続く戦友たちがいる。

 

「やれるの? セシリア」

「ええ、問題ありませんわ」

「そこは疑ってないわ。たとえ地球の裏側を狙撃しろと言ってもあんたならできそうだもの」

「それはさすがに難しいんですけど」

「できないと言わないあたり、あんたも化物よ」

 

 そんな軽口を叩きながら鈴もセシリアと同じように空を見上げる。視力のいい鈴でも肉眼ではその姿を捉えることはできないが、その威圧感はひしひしと感じられた。

 大質量を持つ衛星の落下。それは単純な破壊力で言えば、このアヴァロンを吹き飛ばしてもおかしくないほどだろう。

 

「あれを撃ち落とすことよりも、撃ち落としたあとが面倒だってことよ」

「あら、気づいてましたか」

「当然だろう。おそらく、あちらもこれで上手くいくとは思っていまい。むしろ我々に撃ち落とさせることを前提にしているはずだ」

「そのための、“アメリカの軍事衛星”なんだろうね」

 

 ラウラもシャルロットも、その意味を十分に承知している。ここまでくれば過程は必要ない。このテロ行為としか言いようのない蛮行を止めたとしても、その後に待っているのは間違いなく互いの武力による正面衝突だ。おそらく、アメリカに巣食った亡国機業の勢力が攻めてくることになるだろう。国としては致命的だが、そうなるであろうことはすでにIS学園の一件からわかっている。

 それでも自浄効果を促進させるためにナターシャにシルバリオ・アフレイタスを渡したり、他にもいくつかのルートで支援はしたが一斉に駆除するには亡国機業の影響はあまりにも大きい。

 なにより、マリアベルがこうした謀略面での手際を誤るとは思えない。そして軌道エレベーターを邪魔に思う組織や国は亡国機業だけではない。反対は相当数あるはずだ。それらを甘言でも脅迫でもして取り込めば簡単にカレイドマテリアル社の包囲網ができる。

 時間をかければそれらを払拭できる自信がイリーナにはある。しかし、それでも時間は必要だ。一度行動を起こしてから、後手で対処しなければならない。

 だから、必ず武力衝突が起きる。後のことなど考えないマリアベルは、なにを犠牲にしてもそうするだろう。世界を扇動し、軌道エレベーターを破壊しようと数多の敵が押し寄せてくるはずだ。

 それをイリーナが止めるまで、軌道エレベーターを守ることがセプテントリオンの――――セシリアたちの使命だ。

 

「つまりあたしらが気に入らないやつらみんな襲ってくるってわけね」

「少数精鋭の部隊なのに防衛戦なんて不利なんだけど」

「そのために準備してきたのだろう。私たちでも、隠し玉のすべてを把握しきれていないんだぞ」

「情報漏洩の防止観点からも仕方ないけど、あの束さんが中心となってこの長年かけて作り上げた防衛戦力………今ならわかる。僕たちセプテントリオンも、全部がこの戦いのために用意されていたんだって」

「上等よ。それでこそ最後の戦いに相応しいわ」

 

 ニヤリと好戦的に笑う鈴。他の面々も不安の色はあれど、迷いはない。

 

「………」

「姉様、どうかされましたか?」

「あ、うん」

 

 アイズは一言も話さずにただ空を見上げている。この中で、絶対的な眼を持つアイズの視界にはすでに落ちてくる衛星が見えているのかもしれない。

 しかし、アイズはどこか寂しそうに笑う。

 

「なんだか妙な気分。間違いなく、この戦いで全部が決まる。やらなきゃいけないことも、たくさんある。決着をつけなきゃいけない相手も、必ず来る」

 

 これまで何度も刃を交えてきた。結果、戦績で見ればアイズが押され気味のイーブンといったところだが、次に見えるときは引き分けはない。結果、どちらかが命を落とそうとも最後の決着まで戦い続けるだろう。

 

「やっと終わる。それがなんだか、少しだけ寂しいかも………こういうのをノスタルジック、っていうんだっけ?」

「ま、わかる気もするわ。一年かそこらなのに、あいつらとの因縁はもう運命じみているもんねぇ」

「負けられない。だから勝つだけだよ」

「そうね、あのオータムとも、しかたないからちゃんと敗北を教えてあげましょう」

 

 不敵にそう宣う鈴はケラケラと楽しそうに笑っている。鈴ほど楽天的にはなれないが、ラウラもまたこの戦いで対峙するだろうという漠然とした予感を覚えるもうひとりの自分の姿とも言える少女を思い浮かべる。なにかが違えば、あれが自分だったかもしれないもうひとつの可能性。思うところがないわけではないが、それでもやることは変わらない。

 

「勝利する、…………それだけですべて解決するなら、もっと気楽だったかな」

「姉様?」

「ううん、なんでもない。………さぁセシィ、そろそろ射程圏内だよ。準備はいい?」

 

 静かに準備を整えていたセシリアへと声をかける。セシリアは苦笑して機体出力を上昇させる。アイズの声の直後に目標を確認したセシリアは呆れたようにアイズを見やった。

 

「まったく、ISを未展開で私のセンサーと同じ精度の索敵ができるって反則ですわ」

「それだけ、ボクもやる気ってことだよ」

「やる気で落ちてくる衛星を補足できるのかぁ。ヴォーダン・オージェってすごいのね、ラウラ?」

「私は無理だぞ。……そもそも、そこまでいくといくなんでもヴォーダン・オージェでも不可能なはずなんだが……」

 

 おそらくアイズはヴォーダン・オージェとアイズ自身の超常的な直感を掛け合わせて認識しているのだろう。当然、それはすでに人間の域ではない。シールのせいで自己評価が低いアイズだが、それでも十分すぎるほどに化物レベルのスペックを見せつけていた。

 アイズが無自覚でとんでもないことを成し遂げてしまうのはいつものことだが、それにしたって最近のアイズはただでさえ鋭かった感覚がより鋭敏になっているようだ。

 

「さぁルーア、いきましょう」

 

 第三形態移行《サード・シフト》。

 全身の装甲が展開。同時に周囲の光に干渉。収束させて装甲面に固定化。ブルーティアーズだけが持つ特異能力により光装甲を形成する

 全身に光を纏い、意のままに操るブルーティアーズ。先のIS学園開放作戦の際と同じように、遥か上空から飛来する目的を狙い、撃ち落とす砲身を形成していく。現在は材料となる太陽光に不足はない。月の反射光から作り上げた前回よりも高い精度で砲身を形成しつつ飛翔。地表面の安全が確保できるまでの高度を確保し、さらにライフリングを形成。潤沢に存在する周囲の光を収束させ、莫大なエネルギーを抽出。精製したエネルギーを砲身へと注ぎ込み、さらにチャンバー内で圧縮。

 宇宙まで届く超長距離狙撃。付けられた名称は【プロミネンス・レイ】。IS単機で行う、セプテントリオンの所有する“戦略”のひとつだった。

 

「ターゲット……補足」

 

 すでに強化された広域レーダーに捉えている。アイズの眼による補正がなくとも、補足さえすれば外すなどありえない。

 

「誤差修正………」

 

 距離を離して見ているアイズたちの周辺ですら、真昼にも関わらずに薄暗いと言うほどまでに光が減少している。セシリアが周囲すべての光を一点に収束させているためだ。薄暗くなった中、セシリアだけは肉眼では直視できないほどの光量を放ちながら天を睨んでいた。

 

 

 

 

「――――――Let there be light」

 

 

 

 一瞬の無音、そして弾けるようにプラズマが余波となって周囲の空間を蹂躙した。

 呪文のように紡いだ言葉と共に発射したそれは、かつてのリプレイでも見ているように巨大な光が天を貫くように伸びていく。まるで塔のようなその光の矢は、寸分のズレもなく衛星に命中。そのすべてを飲み込んで宇宙の闇を切り裂き、そして消えていった。

 完璧に狙撃を終えたブルーティアーズが第三形態を解除し、機体を冷却しながら降りてくる。ゆっくりと地表に着地しながら、もうなにもかも消え去った空を見上げた。雲もなにもない、本当にすべてを消滅させた一撃は軌道エレベーターを確かに守り、そして同時にこれから始まる戦いの狼煙となった。

 

「これでもう後戻りはできません。すべてに決着をつけるまで、もう誰にも止められない……」

 

 自身の手でそのトリガーを引いたセシリアは、少しだけ表情を歪めて目を閉じる。恐怖も不安もあるが、それでも覚悟はとっくに決まっている。

 各々がそれぞれを理由でこの戦いに臨むだろう。アイズも、なにか隠し事があるようだが……それでも戦意を高揚させている。セシリア自身も、母の―――母の影との決着をつけなければならない。

 未だに謎が残る自分自身の出生と、母との記憶。その答えも、この先にあるはずだ。そしてそれがどんなものでも、負けることは許されない。

 たとえ、絶望しかない真実が待っていたとしても、それでも屈することはできない。自分自身の運命も、仲間たちの因縁も、カレイドマテリアル社の行く末も、そのすべてがセシリア個人の戦いに関与しているのだ。

 もう、引き返すことなどできない。

 

 たとえ――――――マリアベルを、母をこの手にかけることになっても。

 

 

「……………」

 

 

 そんなセシリアの悲愴な決意を感じ取ったかのように、アイズが視線を空からセシリアへと変えた。誰よりも知る親友の固く、同時に壊れそうな決意を見透かすように金色の視線が射抜く。

 それに対し、なにか言うつもりはアイズにはなかった。セシリアの決意は間違っていないと思うし、口出しするべきじゃないと思うから。

 

 だが、なにもしないつもりなど毛頭なかった。

 

 アイズだけが知り得た、マリアベルの本心と真実。セシリアに話した時点でそれは容易く絶望へと変わるが、アイズはそれはまだ希望に変えられると信じていた。だからこそ、アイズはこのことに関しては自分ひとりでどうにかするつもりだった。無茶で無謀だろう。しかし、そうしなければならない理由がはっきりとある。ならば、アイズは迷わない。そのためにはシールを超えなければならないという茨の道だが、自分とセシリアの運命はすべて抱えて戦い抜く――――それが、アイズの持つ最も強い決意だった。

 

 

「これが最後の戦いです。――――みなさん、参りましょう」

 

 セシリアの声に、アイズも、鈴も、ラウラも、シャルロットも、迷いのない力強い声でそれに応えた。

 

 この戦いに勝利する。全員が同じ目的で戦うだろう。

 しかし、その理由はそれぞれ違う。戦う目的は同じでも、その理由は自分自身だけのものだからだ。

 

 それが、この最後の戦いでなにをもたらすのか――――それはまだ、誰にもわからなかった。

 




スローペースで申し訳ないです(汗)
ようやく仕事も一段落ついてきたので少しはマシなペースで更新していきたい……が、年末はまた忙しいのが確定しているので無理しない程度にがんばっていきます。

次からいよいよ最終決戦の開始。これまでのオールスターによる決戦が開始となります。
最後なんでもうなんでもありのパワーインフレがどんどんでてくるような戦いになりそう。

それではまた次回に!


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Act.133 「解放戦場」

「大分髪も伸びましたわね」

 

 アイズの髪を優しく手で梳きながらセシリアがどこか懐かしそうにそう口にした。前を向けば、鏡に映るアイズが目を閉じながらクスクスと笑っている姿が見える。IS学園に入学した当初は肩ほどまでだった髪も、今ではセシリアとまではいかずとも、背までほどの長さに伸びている。

 思えば、セシリアがアイズとはじめて出会ったときも、アイズの髪はこれくらい長かった。昔は手入れなどする余裕もなかったためボサボサの髪だったが、いまでは手入れの行き届いた滑らかで艶のある髪質になっている。束やセシリア、まれにラウラをはじめとしたシュバルツェ・ハーゼなどがアイズの髪型を整えることが多いので、その日によってアイズの髪型は変化している。ツインテールだったり、ポニーテールだったり、はたまた三つ編みだったり部隊のみんなの玩具になっていたが、最終決戦を前にアイズが「髪を切ってほしい」とセシリアに強請った。なんでも髪を切るという願掛けがあると聞いてそれに肖りたいということらしい。リアリストのくせにこういうおまじないを信じているところもある。IS学園以来、髪を伸ばし始めたのも「末永い縁が続くように」という願掛けをしていたからだ。だというのに。

 

「本当に切っても?」

「うん」

「せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないですわ」

 

 黒曜のような黒髪。おそらくはアジア系の血筋を継いでいるアイズの持つ、どこか日本人に似た髪はセシリアも気に入っていたが、最終決戦を前にバッサリと切って欲しいとアイズから懇願された。

 

「これが最後の戦いになるだろうしね。ボクなりの決意表明だよ」

「―――そうですか」

 

 チャキ、と鋏を入れるとアイズの髪のひと房が落ちる。鏡に映るアイズを見ながらセシリアは静かに、丁寧に鋏を入れていく。子供のときからアイズの髪はセシリアが整えてきた。だから手馴れたもので、手を止めることなくカットする。IS学園の入学当初と同じ、肩ほどまでの長さに揃えられ、長くなっていた前髪も眼がはっきりと晒されるほどまで短くなる。セシリアが、もっともアイズが可愛らしくなると思っている髪型だった。

 

「こうしていると懐かしいねぇ、セシィ? はじめのころは、ボクの髪が左右非対称になっちゃったりしてたもんね?」

「うっ……! あ、あれはあなたがどうしても私に切って欲しいというからでしょう。そんなことだから、私だって必死に練習を……」

「うん。知ってる。嬉しかった。眼が見えていなかったボクを、綺麗にしてくれて」

「これからも、そうしますよ。すべてが終わったら、一度どこか旅行にでも行きましょうか」

「うーん。保留で」

「なぜです?」

「鈴ちゃんが未来の約束をするのは負けフラグとかなんとか言ってたし………それに」

「それに?」

「勝ったあとで、一緒にゆっくり考えればいいかなって」

 

 屈託のない笑みとともに発せられた言葉に、セシリアはほんの僅かであるが手を止めてしまう。アイズは気休めを言っているわけではない。それはセシリア自身がよくわかっている。これはアイズの本音だ。アイズは、これから訪れるであろう戦いの先があると信じている。そして、そんな未来を勝ち取る確固とした決意と意思を持っている。

 セシリアはそれを察し、己を恥じた。

 自分は、もしものときは母と相討ちになってもかまわない。身内の不始末は自分がこの身に変えても正さなくてはならないと思っていた。しかし、それは後ろ向きの考えだった。アイズのように前を向いてはいなかった。

 

「わかってる。ボクの考えが甘いことも」

「え?」

「次の戦いじゃあ、ボクか、シールか、……どちらかが死ぬかもしれない。そんなことはボクだってわかってる。でも、それでも希望を信じて戦ってみたい。戦いたい。シールに勝って、ボクはあのわからず屋の最初の友達になりたい。ああ、我ながらなんて甘さなんだろうって思う。シールは、きっと頭お花畑の偽善者って言うだろうね」

「そうまでして、なぜ?」

「うーん……そうだねぇ……こういったら、きっとシールは怒るんだろうけど……」

 

 どこか言葉を選ぶように考え込むアイズは、にへらと笑いながら口を開いた。

 

「セシィがボクに手を差し伸べてくれたみたいに、ボクもシールに寄り添いたいんだ」

「……むぅ」

「あ、妬けちゃった? ごめんね。でも浮気とかじゃないし、許して欲しいかな」

「妬いてなどおりませんわ。ただ……そこまで入れ込むのは、なぜですの?」

「ほら、シールって友達いないじゃない?」

「本人に言ったら殺されますわよ?」

「本人も肯定しているくせにね? まぁ、それは冗談だけど………それは、たぶん」

 

 それは、アイズも自覚している自分自身にしかわからない衝動だった。この衝動だけは、セシリアにも理解できないだろう。

 アイズでさえ、ここ最近になってようやくわかってきた機敏だった。

 

 

 

 ―――――アイズ・ファミリアのありえた可能性の形。自分のもうひとつの半身。

 

 

 

 

 自分が生きている理由。戦場に立つ理由。あのもうひとつの半身は、その具現だ。

 

 だからこそ、それを受け入れたい。

 

 ただ、それだけなのだから。

 

 

 

「…………やはり訂正いたしますわ」

「う?」

「嫉妬してしまいますわ。あなたが、受け入れたいと言うあの娘に」

 

 

 

 これは、最後の決戦となるわずか七日前の出来事だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そしてあっさりとその時は来た。

 軌道エレベーターを建造した人工島に防衛網を構築していたセシリア達のもとにそれが姿を現したのは、四月になって間もない頃。束の趣味で島に植えた桜が満開となり、絶景の中に聳える巨大な塔の如き軌道エレベーターがおおよそ六割まで完成した頃合だった。

 既に基礎フレームは完成。機能だけならトラクタービームでの宇宙まで輸送することも可能という段階だった。機能は備えてあるが、外壁部は未だ未完成。中身を晒しているもっとも危険な状態だ。「砲撃の集中砲火でも受ければ、それこそポッキリポックリ逝っちゃうね!」とは束の談である。

 だからこそ、このタイミングでの襲撃は当然であり、そしてそれを迎え撃つ準備を整えていたこともまた当然であった。

 およそ三時間前、カレイドマテリアル社に向けてIS委員会より通告。黒でも白でもない、灰色の理由を並べ立て、カレイドマテリアル社の持つ技術の開示、そして違法専有として持ちうる武力の放棄を命じてきた。当然、イリーナはこれを拒否。わかりきっていた交渉決裂により、この通告は事実上の宣戦布告となった。

 そして現在、軌道エレベーターを背に高度三百メートルで滞空して周囲を見渡すセシリアの視界には数を数えるのも億劫になるほどの敵機が群がっていた。すぐ背後にいるアイズが五百七十六機という数を教えてきた。あまり知りたくはなかったが、さすがに数が多い。敵が取るべき戦術では当然、物量による蹂躙。少数であるセプテントリオンを潰すには当然のやり方だ。

 もっとも、それが通用するなどマリアベルも思ってはいないだろう。数でどうにかできるようなら、はじめからこの戦場に立つことなどできないのだから。

 

「機体出力、正常……火器管制システムをすべてマニュアルに設定、トリガーをこちらに」

「You have control. ………コアリンク、コネクト。視界同調」

「ターゲット確認、……マルチロックオン」

 

 セシリアの視界が一変する。二機のティアーズがリンクしたことでセシリアの視界は一時的にアイズの視界と同調する。それはアイズが持つ人造魔眼ヴォーダン・オージェの能力を得ることと同じだ。広い視野と、その視界のすべてを見通す超常の瞳。その精度はISのハイパーセンサーすら及ばない。

 アイズの魔眼によって敵性目標をすべて補足。そのすべてに狙いをつける。

 

「活性率上昇……視認補正」

「更新完了……誤差修正」

「軌道予測」

「予測情報更新。未来位置予測算出……オールグリーン」

「全ターゲット、演算完了。リアルタイム更新」

「エクセレント」

 

 ISを纏ったまま空間ディスプレイに指を走らせる。IS特有の意識操作とタッチ操作の並行作業によって膨大な情報量を瞬く間に処理していく。

 本来ならば通常のIS戦において足を止めてこのような行動は愚策でしかないが、今のセシリアには―――いや、セシリアとアイズが搭乗しているものはそれを前提としたものとなっている。

 ISを纏ったまま搭乗する特殊大型パッケージ。規格外に相当するためにパッケージとされているがもはや大型機といっていい巨体と威容を誇る。

 一際目に付くのは巨大な四門の巨砲。さらにミサイルポットやレールガン、大口径のガトリングガンといった強力な重火器が搭載されている。背部にはブースターと、カレイドマテリアル社が持つ独自技術でもあるウェポンジェネレーター八基が接続されている。通常のISでもひとつあれば長時間戦闘も賄えるジェネレーターを八つも搭載するという狂気じみた設計は正気なら躊躇うレベルの代物だ。もし暴走でも起こせば周囲を吹き飛ばせるほどのエネルギーをその搭載された重火器に注ぎ込まれている。

 その中心部、操縦席に位置する場所に二機のISが接続されている。射手を務めるのはブルーティアーズ。そしてその後ろから観測手を務めるのはレッドティアーズ。狙撃において右に出る者などいないセシリアと、目視による観測・解析に超常の力を発揮する眼を持つアイズ。

 この二人が操ることを前提に造られた規格外機―――戦略級狙撃・砲撃支援特化型パッケージ【ジェノサイドガンナー・ドレッドノート】。

 セシリアのブルーティアーズ単機のジェノサイドガンナーも殲滅・制圧に特化した能力を持っていたが、これはその発展系であり、同時に拠点防衛を考えて造られた、篠ノ之束の用意した切り札のひとつ。

 

 その性能は――――。

 

 

 

「――――Trigger」

 

 

 

 光が奔る。

 

 備えられた四門の巨砲―――超長距離狙撃砲プロミネンスを四つ同時に放つという、バカバカしいほどのエネルギーによって放たれた“制圧”狙撃。

 狙いは接近してくる無人機郡。数は百二十機。集中砲火を避けるためにある程度は散開して進撃していたであろうその布陣を四つの光条が薙ぎ払う。生半可な防御や装甲などまったく役に立たないほどの暴虐的な熱量がすべてを融解させ消滅させる。大型のウェポンジェネレーター八基によるエネルギー供給をそのまま攻撃に転換したそれは単純でありながら圧倒的な破壊力を生み出して敵勢力の第一陣を蹂躙した。

 

「残敵、九機。再補足」

「既に捉えていますわ」

 

 続けて展開するのは左右から伸びる長い砲身。わずか一秒未満で照準を済ませたセシリアは即座にトリガーを引いた。

 発射されるのはビームではなく、電磁投射による弾丸。射程、威力共にフォーマルハウトを超える大口径レールガン。その弾道の軌跡はオレンジ色の光を空に焼きつけ、撃ち漏らした敵機の胸部に吸い込まれるように命中し、そして四散させる。流れるように狙撃を終えたセシリアは特に気負った様子も見せずにトリガーに指をかけたまま息を吐いた。

 

「第一波掃討完了」

「お疲れ様、セシィ。命中率百パーセント。さすがだね」

「あの程度はただの的ですもの。それに、今の私にはアイズがいますから」

「ボクとセシィが組めば、無敵だもんね!」

 

 セシリアの狙撃とアイズの観測。この二つが合わさり、そしてそれに応えるだけの機体があれば、軽々と破格の戦果を叩き出す。

 無邪気に笑うアイズに釣られるようにセシリアもくすくすと笑みを零す。常識から見ればわずか数分で百機以上を撃墜したというとんでもない功績なのだが、これがただの様子見程度であることがわかっているセシリアは特に誇ることもなく淡々と次の迎撃準備を進めている。そしてそのバディを務めるアイズもまた、目線は水平線の彼方から逸らさずに索敵を続けている。

 

「威力偵察のつもりだったのでしょうが……私があの程度の数で、そんな真似をさせるとでも?」

「決戦の準備は万全じゃないけど、それでも十分に時間はあった。こっちも迎撃準備はしてきたもんね」

 

 このドレッドノート級パッケージもそのひとつ。このパッケージにセシリアとアイズが搭乗している限り、容易に近づくことはどれほどの高速飛行体でも不可能だ。試験機動の際は全力全速のラウラのオーバー・ザ・クラウドでさえ撃ち落とした驚異の狙撃性能を誇る迎撃機だ。

 もちろん、こんな事態でなければ表に出せるはずもない規格外性能機。このドレッドノート級だけでISで構成された軍隊そのものを相手取れる凶悪な代物だ。

 

「セシィ、海中に探アリ。広範囲からの包囲網を構築するみたい」

「ふむ。無駄なことですわ」

 

 ドレッドノート級とはいえ、海中から進撃してくる機体をすべて撃ち抜くことは難しい。やるからには海ごと薙ぎ払う必要があるが、そこまですれば地形破壊の影響はセプテントリオン側にも多大な悪影響を及ぼしてしまう。敵の攻め方は間違ってはいないだろう。

 

 もっとも、―――そんな教科書通りの戦術など、通用するはずもないのだが。

 

「そこは死地ですわ」

 

 轟音。

 海水が爆発によって巻き上げられ、そして炎と共に爆散する。海中から起きる爆発は二度、三度と続き、セプテントリオンが守る軌道エレベーターの全周において同じような爆発が立て続けに起こる。

 

「海中からの攻めなど、想定通りすぎて面白みもありませんわ」

 

 この軌道エレベーターを建造している人工島の周囲の海にはありったけの機雷が仕掛けられている。その威力はシトリーの持つカノープスと同等の破壊力を持つ束謹製の特別製だ。対ISを想定して造られたトラップが他にも数多く仕掛けられている。高度を上げればセシリアの狙撃の的になり、かといって海中はトラップだらけの死地。犠牲を覚悟で海中から侵攻する方法もあるが、それよりも確実なのは海面ギリギリの低空飛行による接近だろう。如何にセシリアの狙撃が規格外でも、全方位からの侵攻をすべて撃ち落とすことは不可能だろう。もちろん、相応の数は落とされるだろうが、数さえ揃えられるのならそれが最も確実な手段だ。

 

「第二波、補足! 低空飛行による広範囲の侵攻!」

「予想通りですね」

 

 セシリアはアイズの観測によって補足した敵機の反応を見て呆れるように嘆息する。レーダーは全方位から接近する敵機によって真っ赤になっている。機体はすべて無人機。未だ有人機が出てこないところを見ると、まだ敵も本気ではないのだろう。かといって手心を加えているわけでもない。数の暴力で押してくる、という単純明快、かつ効果的な攻め方をするあたり、対処を間違えれば一気に落とされる恐れもある。

 

「問題はないでしょう」

 

 二秒に一射というペースで狙撃するセシリアであるが、それでも敵の数が多い。何もない海上は狙撃にはもってこいだが、同時に全方位から攻められるというデメリットがある。それは数で劣るセプテントリオンには不利でしかない要因だが、当然それに対処する備えは済ませていた。

 

「…………来た。束さん!」

『ほいきた! “鋼の森”、起動ッ!!』

 

 異変はすぐに現れた。

 海中から不自然なまでの爆音が響く。目に見えない何かがうごめいているような、そんあ強烈な気配がこの海に無数に現れ、すぐにそれが形となって現れる。水飛沫が舞い、水柱が無数に出現する。そこから出てきたのは無骨な鉛色をした鋼の円柱。直径にしておよそ八メートル。高さは百メートルにも及ぶ巨大な柱が視界すべてを覆いつくすかのように出現した。

 なにもなかった大海原が、一瞬にして“森”へと変貌する。

 拠点防衛に用意された戦域変動戦略兵器“鋼の森”。大多数を相手に少数が戦うために有利なフィールドへと作り替える切り札のひとつ。

 突如として現れたそれに接触した数機がその大質量の激突に耐え切れずに墜落する。そしてそれを回避した機体も迷路のようになった戦域に足を踏み入れたことで大部隊の散開を余儀なくされる。

 数の利を減少させるこの地形変動はそれだけ迎撃をしやすくする。それは部隊戦に長けるセプテントリオンの中でも単機戦力に特化したこの二機にとって絶好の狩場と変貌する。

 

 まず奔ったのは青白い軌跡だった。ジグザグに、鋼柱の隙間を縫うように青白い光が駆け抜けた。それはこの場に侵入してきた無法者たる無人機を追いかけていく。それはまさに獲物に食らいつく猟犬。その閃光が無人機に接触し、そして通り過ぎる。その数秒後には接触された機体は頭か胴体を切断されて爆散するか、海へ落下し海底へと沈んでいく。

 一撃離脱、とはまた違う。すれ違うだけがすでに攻撃手段となっている。事実、その青い閃光と化しているそれはなにもしていない。ただ接近し、離脱しただけだ。

 その閃光がおよそ十三機を撃破したとき、その動きをようやく緩めた。

 

 現れたのは青白く光るエネルギーラインを全身に走らせた黒いIS。背中からは特殊な形状をしたブースターが蝶の羽のような炎を噴かしながら稼働している。しかし、両手には何の装備もない。一見すれば無人機をバラバラに切断した装備がないようにみえるが、その脚部と背部には見慣れないモノが搭載されている。一見すれば無意味にも見える細いロープ状のものがゆらゆらとなびいている。その数は八本。武器として見るなら鞭の一種だが、腕ではなく足と背に装備している。

 そんな摩訶不思議な装備をしているISを駆るのはセプテントリオンで――――いや、世界すべてにおいて間違いなく最速のISを駆る少女。

 風に撫でられなびく銀色の髪の隙間から赤色、そして金色に輝く瞳を晒している。金色を宿す片目を油断なく周囲に向けて、次なる獲物をその視界に捉える。

 

「………こちらラウラ。エリアの掃討を開始した。引き続き遊撃を継続する」

『把握。ラウちん、装備はどうかな?』

「問題なく。耐久限界まであの鉄屑どもを切り刻んでみせましょう」

 

 そしてラウラは再び機体出力を上昇させる。相棒である最速のIS――【オーバー・ザ・クラウド】は再度その速度域を不可視領域へと突入させる。もはや視認できるのはその飛翔の軌跡である青い磁路委バーニア炎の残滓だけであった。

 再び鋼柱を陰にしながら狩りを再開する。まさしく森のように視界がきかなくなった戦域において、不可視の速度で追ってくる狩人を仕留める術も、そして逃げる術も存在しない。圧倒的な不利であった戦場は、完全にラウラの独壇場に変わっていた。

 今のラウラはオーバー・ザ・クラウドの性能を正しく引き出している。かつて、三割の力しか扱えなかった規格外機。それでも今なら七割の能力を発揮できる。この一年、徹底的に鍛え上げた身体と束によって調整された機体。正しく一騎当千を体現するラウラは、積極的に敵機を狩り続ける。

 

 しかし、惜しむべきはそれができる人間がラウラしかいないということだった。いかにラウラが早く、圧倒的でも単機での戦果では全周囲から押し寄せる敵軍の進行を止めることはできない。

 もちろんそれはラウラもわかっている。ラウラはあくまでひとつのエリアにおける防衛ラインのひとつ。ラウラに下されたオーダーは単純。【敵の数を減らせ】―――これだけだ。

 【鋼の森】とラウラの攪乱でおおよそ敵の部隊行動の阻害はできる。そして部隊行動が不可能になった無人機など脅威ではない。

 敵の本命が出てくる前に、こんなもので戦力を減らすわけにはいかない。だからこそ、セプテントリオンは戦力を温存させるのではなく、積極的にカードを切っていかに効果的に戦果をたたき出すか……その方針で部隊を編成した。

 

 セシリアの狙撃とアイズの観測による超長距離狙撃による先制とドレッドノート級パッケージによる制圧砲撃。

 戦域変動兵器【鋼の森】とラウラ単機による攪乱。

 

 これらの各機体特性を最大限に発揮できる方法での迎撃。セプテントリオン本来による防衛は実質的な最終ラインに等しいので、彼女たちのような個々の特性に特化した機体を有効的に活用する。当然、セシリアたちをはじめとした面々には多大な負担を強いることになるが、それが最も勝率の高い方法だった。

 

「束さん、戦況は?」

『予定通り、セッシーはそのまま狙撃を続行! その射程なら大抵は狙えるでしょ! アイちゃんは脅威度の高いものから優先的にマーク!こっちは準備を進めてるよ!』

「了解。……アイズ」

「オッケー。優先度別に判別、随時情報を送るよ!」

「アイ、ハブ。………やはり西側の侵攻が激しいですね」

「逆側はラウラちゃんが受け持ってるからね。でも、……」

「ええ、それも予定通りですわ。なにせ、西側にいるのはセプテントリオンが誇る猛獣ですからね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 そこは一際特異な場所だった。周囲は鋼の森による特殊合金製の鉄柱で覆われているというのに、その場だけ不自然なほど空間が広がっていた。鉄柱が設置されている密度は他に比べて遥かに低く、その高さもまばらだった。周囲が森ならここだけ雑木林といったところだろうか。

 そのエリアに侵入してきた無人機は当然、開けた障害のない空間を悠々と飛んでいく。

 しかし、その機体ができたのはそれだけだった。

 

 気がついたときには遅すぎた。上空から落ちてきたなにかによって一瞬で解体され、無残にバラバラに食い荒らされ、爆発もできずに散っていく。熱量兵器でも鋭利な刃でもない。ただ単純な力。圧倒的な暴力によって引きちぎられたのだ。

 

 その暴力の具現は低高度の鉄柱上に着地すると手に持った無人機の首を握りつぶしながらゆっくりと立ち上がる。

 その鋭い視線の先には次々にこのエリアに誘引されてきた無人機たちが出現していた。まるで誘蛾灯に群がる羽虫のように集まるそれらをまさに害虫のように嫌悪感を滲ませながら睨む。

 

「やってきたわね。有象無象が群がって鬱陶しい。まぁ、それでも同情してあげるわ。ここに足を踏み入れたからには、あんたらの命運は決まっているんだから」

 

 腕を組んで仁王立ちする威容はまさに武神。その身に纏うのは龍の具現たる鎧。さらにこの戦いのために用意された無骨な鉄板が連なったような重厚な追加装甲。

 

「ようこそ鉄屑ども! 歓迎してやるわ!」

 

 裂昂の気迫でもって君臨するのは暴龍の化身。

 セプテントリオンが持つ第三形態移行機のひとつ、甲龍とそれを駆る凰鈴音による、“単機防衛エリア”――――それがこの【ドラゴン・ネスト(龍の巣)】。鋼の森によって進行ルートを誘導し、この鈴が待ち構えるエリアへと誘引。やってきた機体はすべて鈴が駆逐するという、冗談のような戦術がこれだった。しかし、このエリアに入り込んでしまえば脱出は困難。限定空間内で鈴との戦闘を余儀なくされるという、鈴の得意とする距離での真っ向勝負を強制されるのだ。もちろん、上空に逃げればその瞬間にセシリアの狙撃が飛んでくる。

 まさに龍の巣に入り込んだ哀れな獲物と化すのだ。

 

「功夫が足りていない。出直してきなさい!」

 

 鈴は再び空を駆け、凄まじい速さで肉薄する。ラウラのように速度が速いわけではない。鈴本来の身体能力が持つ踏み込みの速さによって一気に間合いを詰める。空を地にする単一仕様能力を持つがゆえの瞬発力。ISの機体性能と操縦者の身体能力。ふたつが噛み合って初めて実現する驚異の運動能力。

 今の鈴にもはや武器は必要ない。この鍛え上げた四肢と、鎧たる甲龍があればそれだけで事足りる。

 流れる動作で右手が無人機の胴体部に触れる。撫でるように触れ、そしてほんの少し押すように力を加える。最小限の動作でありながら、その威力は絶大。IS理論から逸脱した、純粋な武術によって余すことなく力が内部へ浸透し、破裂する。

 拳だけではない。蹴り、そして裏拳など、高機動格闘戦というに相応しい動きでこのネストに入った機体に襲いかかる。

 

「はぁッ!!」

 

 見惚れるような綺麗な円を描く回し蹴りがまた一機を両断する。その四肢はそれだけで凶器だった。

 飛ぶというより跳ねるように空を駆ける鈴。義経の八艘飛びを再現しているかのような鮮やかな戦い方は、しかし鈴にとって本番前の準備運動だ。無人機程度に手こずるわけにはいかない。このあとには本命が控えているのだ。

 策は用意してあるが、それでも数で劣る不利は変わらない。戦力の消耗を抑えるために、初手から切り札をいくつも使った。セシリア、アイズ、ラウラ、そして鈴自身もそのひとつだ。

 それを理解しているからこそ、こんなところで負けるわけにはいかない。劣勢になることもダメだ。すべてを圧倒し、戦局を力尽くでも掴みとらなければならない。

 

 それが鈴達に与えられた役目。第三形態移行機という力を持つ鈴に課せられた責務でもあった。

 

「ふん。この程度ならシャルロットが出るまでもないわね。今のあの子の機体は凶暴よ? おとなしくあたしに壊されていなさい!!」

 

『ちょっと鈴。さすがにその数は鈴だけじゃきついでしょ。おとなしく僕の援護を受けておいてよ』

 

 気合を入れるように自分自身を鼓舞する鈴に横槍を入れるような声が通信から響く。水を差されたように表情をしかめた鈴は戦いながらその声に返答した。

 

「なによシャルロット。あんたの援護? 殲滅戦の間違いでしょうが」

『そのための僕なんだけど。鈴とラウラのおかげでいい具合に誘導できてる。あとは僕が全部もらっていくよ』

「まぁ、いいわ。準備運動には物足りないけど、そろそろ“次”が来るでしょう。ゴミどもの掃除は任せるわ」

『本当に戦闘狂なんだから。鈴にはこのあともたくさんやってもらわなきゃいけないんだから、少しは体力を温存しておいてよ?』

「あたしの体力は気合でどうとでもなるのよ」

『本当にそう思えるから鈴も規格外だよ。セシリアやアイズと同格の』

「今にあの二人も超えてみせるわ」

『そのためにも、しっかりね?』

「誰に言ってんのよ! オラァ、沈めェッ!!」

 

 喜々として拳を振るう。はじめから戦意は最大限に高揚している。それに加え、鈴は立ち向かうべきものが大きければ大きいほどにその心を猛々しく震わせる戦士だ。今の鈴は、まさに最高の気分だろう。

 こういうときには本当に頼もしい。

 

『さて、それじゃあ僕もそろそろ参戦させてもらおうかな』

 

 ブレない鈴に苦笑しつつ、シャルロットが機体の最終チェックを完了させたことを告げる。同時に本拠地である人工島のほうから巨大なハッチが開いた。地下の格納庫から続く発進口。しかし、その大きさは通常のISが通るにはいささか大きすぎる。まるで飛行機でも出てくるのではないかという大きさだ。

 

『進路クリア、機体出力、火器管制、ジェネレーター、オールグリーン。――――シャルロットから全部隊に警告。ドレッドノートが出ます!!』

 

 ジャンボジェット機のエンジン音のような巨大な音が大気を震わせる。その圧倒的な存在感が、地の底から浮上してくるその圧力は既に戦場で戦っている鈴やセシリアたちもISのセンサーではなく、その本能で感じ取っていた。

 

『抜錨! ラファール・リヴァイヴ・ドレッドノート、出撃します!』

 

 

 そして。

 

 ―――戦場に、“城”がその威容を現した。

 

 

 

 




気が付けば二ヶ月以上更新できていないという現実に唖然。私生活と仕事でちょっとてが離せない事態になりしばらくパソコンからも離れていました。
年も明けたのでなんとか更新。ペースを戻しつつまた更新していきたいです。

どのくらいの方が待っていたかはわかりませんが、お待たせしていた皆様方、これからはもう少しマシな速度で更新していきますのでご容赦を(汗)


とりあえず最終決戦序盤の開始。敵が有人機を投入してからが本番ですが、各キャラに焦点を当てつつ最終戦を描いていきます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

それではまた次回に!


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Act.134 「Dreadnought」

 シャルロットは機体調整を行いながら戦場を俯瞰していた。

 既に戦闘は始まっており、敵の第一波はセシリアとアイズによって落とされている。モニター越しに見ていただけだが、何時見ても恐ろしい狙撃技術だ。セシリアはどんな銃器でも、引き金を引いて弾が飛ぶなら大抵のものは撃ち落としてしまう。拠点砲撃用のアルキオネで平然と狙撃を狙うセシリアはいったいどうなっているのだろうか。本人に聞けば「狙い撃つだけですわ」と言っていたが、あれはもう呪いの類ではないだろうか。

 少なくとも、シャルロットにはできないし、それ以前にセシリア以外にあんな神業をぽんぽん披露するスナイパーが存在するかも怪しい。おまけに槍の投擲も徹甲弾レベルだ。射撃が得意であって接近戦が苦手なわけではない、と言いながらそれなりに鈴やアイズともやりあえるというのだから本当におかしい。おそらく“なんでもあり”で戦うならセプテントリオンでの最強は間違いなくセシリアとなるだろう。

 シャルロット個人の技量はセプテントリオンではいいとこ上位十人に入るくらいだろう。しかし、それでもシャルロットとてかつては代表候補生にまで上り詰めた。その肩書きを返上したとはいえ、それまでの努力は確かに今のシャルロットの血肉となっている。そして、この一年で徹底的に基礎から鍛え直したことでその実力にはそれなりの自信と自負がある。規格外の化物が多く身内にいるせいでそれほど大口を叩くつもりもないが、それでも絶対的な自信がある分野がある。

 それこそが、砲撃戦適正だった。もともと多数の重火器を操ることにおいては力を入れて鍛えていたこともあるが、大火力を用いた砲撃においては部隊でも屈指の戦果を上げてきた。

 

 ――そのせいでトリガーハッピーだの乱射系僕っ娘だのと言われていることについては文句も言いたい。特に最近はIS戦の常識を逸脱している武器要らずのドラゴン娘とかに。

 

 あのような一芸を極めている例外はもう比較することすら馬鹿らしいが、シャルロットの強みは重火器の複数同時展開による制圧戦だ。そのために貴重なウェポンジェネレーターを搭載し、大出力エネルギー兵器によるこれまでのISを遥かに超える火力を持つ機体を託されている。

 魔窟と呼ばれるカレイドマテリアル社に所属するようになってから感覚が麻痺していったが、世界の一般常識からすればISが平然とビーム兵器を扱えること自体が今の技術力を隔絶したものなのだ。そんな大出力の熱量兵器を同時展開するシャルロットの機体は尖りすぎた性能のティアーズや甲龍よりも注目される機体だ。現に、カレイドマテリアル社の令嬢という立場となってから対外向けの露出をするようになったシャルロットにはそうしたアピールする意味合いも兼ねていた。

 正直、デュノア社にいたときは裏方どころかただの駒でしかなかったシャルロットにとってこの扱いは戸惑うことも多かった。母となったイリーナからも、平然と「利用させてもらうが、それくらいは我慢しろ。お前は可愛らしい顔立ちだからな、社のマスコットにはちょうどいい」などと喜べない賛辞とともにたくさんの仕事をもらったものだ。これまではセシリアがもっとも顔を出していたが、今ではシャルロットのほうがメディアに出ることが多い。おかげで愛想笑いも腹芸も得意になってしまったことに関しては、少しだけイリーナを恨んだが、それでもまっとうな仕事を与えてくれたことについては感謝している。利用するとは言っているが、その実シャルロットのことを大事に扱ってくれていることもわかっていた。ただ、イリーナは自分にも他人にも厳しいし、身内だからこそ妥協を許さない。そんな不器用な愛情も今ではよくわかっている。確かに暴君と呼ばれるに相応しい苛烈さを持っているが、意外と身内には甘い。そしてその分敵には容赦は一切ない。

 シャルロットを引き取ったのは本当に気まぐれだったのだろう。その気まぐれを起こした理由も、シャルロットはつい先日本人から聞いていた。

 ああ、本当に不器用な人なんだな……と、その時は納得し、そして彼女の娘として戦うことを決意した。

 

 それはイリーナに対する愛情だったのだろうか。もしくは同情だったのだろうか。それはわからないが、それでもシャルロットにとってそんな彼女の力になることが自分のやるべきことだと感じたのだ。形では母娘となった関係でも、本当にそうなるにはイリーナの目的を果たさなければならない。それだけははっきりわかる。

 

「………お母さん」

 

 今は亡き、シャルロットを産んだ母は多くの愛情を注いでくれた。それはゆりかごのような安らぎを持った愛情だ。そして、今の母となったイリーナはシャルロットに苛烈で苦難に立ち向かう力を与えてくれた。それは確かに今シャルロットが戦うための力と立場を与え、そこにシャルロットは立っている。対極とも言える二人の母を持つことになった奇妙な人生に、しかし、それでも感謝の念を忘れたことはない。

 どちらも今のシャルロットという人間を形作る欠かせないものだ。

 愛情と力をくれた二人の母のために、今持てるすべてを懸けてこの戦いに勝利する。それが、今のシャルロットの恩返しであり、願いであり、役目だ。

 

「イリーナさんの邪魔はさせない……だから、僕も戦うよ」

 

 この戦いが終われば、そのときはイリーナを母と呼ぼう。そう決心したシャルロットは、そのときのことを想像して笑い、そしてモニターに映る戦場を睨んだ。

 機体調整は完了。これまで幾度となく試験機動をしてきたこの規格外機も、今ではシャルロットの手足となって動いてくれる。この機体を十全に扱えば、それこそ群れを成しただけの無人機などたとえVTシステムを使っていようが有象無象に成り果てる。ただただ敵を殲滅することだけを目的に造られた、戦いでしか役に立たない機体。それは束の夢から外れたものだろう。しかし、その夢へと至る道を切り拓くために必要となるもの。それをシャルロットは託されたのだ。

 その意味を、重責を、忘れたことはない。それをずっと背負ってきたセシリアやアイズは本当に尊敬する。

 そして、今は自分もそれを背負う者の一人だ。だが、これは自分が選んだこと。あのとき、IS学園で女を偽っていたときから、彼女たちに道を示されたことはあれど、なにかを強制されたことはない。今、こうしてここにいることもすべてはシャルロットの選択の結果だ。

 だからこそ、逃げない。そんなことしたって意味はない。

 これから向かうのは命を懸けるべき戦場。IS学園から続く数多の戦いを経て、既に戦場の現実を、無常さを嫌というほど知った。仲間たちも何度も死ぬ危険に遭い、そして自らもその危険と隣り合わせとなる。恐怖はある。しかし、それ以上にすべてを失うことになる未来を忌避した。

 自分が戦うことでなにかを得られるのなら、襲い来る脅威に抗えるのなら、自分はその道を選ぶとはっきりわかる。

 だから、シャルロットは今、ここにいるのだから。

 

「ラファール………思えば、僕たちもいつの間にかとんでもない場所に来てしまった気がするね」

 

 物言わぬ相棒に語りかける。シャルロットは未だアイズやセシリアたちと違いISの声を聞くことはできない。あの境地に到れるかもわからない。しかし、それでもこれまでともに戦ってきた相棒であるこのラファール・リヴァイヴには並々ならぬ思い入れがある。はじめは代表候補生という立場である以上、それなりのものをと用意された量産機のカスタム機だった。このときはまだ思い入れもなにもなかった。

 しかし、束によってほぼ別物と言えるまでに改造されたtype.R.C.を経て、今では世界でも唯一無二と言える機体に変貌している。

 

「行こう、ラファール。僕の、僕たちの戦うときは、――――今だから」

 

 そんな声に応えるかのように機体出力が上昇。巨大な、これまでのISの常識を覆すほどの大型パッケージが起動する。

 搭載された呆れるほどの数の火器すべてに火がくべられる。破壊する、ただそれだけに特化した愛機がゆっくりと浮遊する。最終ロックの解除コードを入力。破壊の化身となったラファールが解き放たれる。

 

「抜錨」

 

 ガコン、と重々しい音とともに機体を拘束していたユニットが解除される。同時に機体出力を戦闘レベルへ――――地下から地上へと続く進路を見据え、シャルロットは機体を発進させる。

 

「ラファール・リヴァイヴ・ドレッドノート、出撃します!」 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 ドレッドノート級パッケージ。

 それは既存のIS用パッケージとは一線を画する、否、もはやまったくの別物、完全上位互換ともいえる規格外パッケージである。

 その特徴は、なんといってもそのサイズにある。

 ISの何倍もの巨躯を誇り、パワードスーツではなく、もはや巨大ロボットとしかいえないほどに巨大な機体。本体となるISを覆う鎧というより、ISが座する玉座といったほうがいい。複座式となるセシリアとアイズが乗るジェノサイドガンナーと違い、シャルロット単機で操るラファールはそのすべての操作を一人で行わなくてはならない。

 もっとも、ジェノサイドガンナーの場合はアイズの観測能力を活かすための複座だ。稼働するだけならセシリアだけでも済む。

 

 もちろん、通常ならこれほどの巨体を動かすにはISコアだけでは出力が足りない。その足りない出力はウェポンジェネレーター八基を連結して運用するという力技で解決している。

 過剰ともいえる供給量を誇るジェネレーターからもたらされる出力はこれほどの巨体でも高機動戦闘を可能とするほどの機動力を実現している。その調整のためにシャルロットやセシリアは何度も試験飛行を繰り返してきた。この決戦までの時間、その大半はこのドレッドノートの調整に費やしてきた。

 その甲斐もあり、実戦でも問題なくドレッドノートは動いてくれた。

 ならば、あとやるべきことは簡単だ。笑えるほどの単純明快なことだけだ。

 

 

 

 ――――戦場を、蹂躙する。

 

 

 

 

「ウェポンシリンダー! 一番から二番! 」

 

 ラファール・リヴァイヴ・ドレッドノートはその機体中央部に大小三つのリング状のユニットが見て取れた。機体全体を包むかのように接続されたそれは武器庫でもある。シリンダー状の武器庫が回転し、本機であるシャルロットの左右から武装が展開される。言ってみれば、この機体は巨大な銃のようなものだ。シリンダーに武器が装填され、それを次々と撃ち尽くしていくという、ただただその圧倒的な火力で制圧する。巨大なサイズゆえに搭載されている火器はひとつひとつが通常ならISが扱えないほどの威力を誇る。

 まず展開されたのは大砲のような巨躯を持つガトリング砲。しかも、実弾ではなく防御が至難なビームガトリングカノン。武装固有名は【プロミネンス・フレア】ただでさえ高威力のビームを連続して放ち、面制圧を行う凶悪兵器。もちろん、通常のIS戦なら使用許可など下りるはずもない、ただ相手を破壊することだけに特化した武装だ。

 それを二門同時に展開。ためらいなく前方の無人機群に向かって発射する。

 そしてその斉射を受けた機体が文字通り木っ端微塵に砕け散った。八基のジェネレーターから供給される潤沢なエネルギーはそのまま火器の威力に反映される。セシリアと違い、とにかく弾幕で押し切るシャルロットは豊富なエネルギーと火器を惜しげもなく使って戦場を蹂躙していく。

 

「続けて五番から八番!」

 

 外周部のシリンダーが回転し、四つのコンテナが解放。現れたのは二十八連装ミサイルユニット。それを同時に四つを解放し、即座に全弾発射。百十二発ものホーミングミサイルが戦域の敵機をくまなく爆撃。

 ワンアクションごとに戦場が炎によって塗りつぶされていく様は異様に見えるだろう。しかし、これこそがシャルロットに課せられた役目だ。たった一機で戦況を変える戦略機。それこそがドレッドノートの力。

 当然、敵機もこれを放置などしておくわけがない。戦場を飛ぶシャルロットに向かって集中砲火が浴びせられる。

 巨体の割には高い機動性を持つとは言え、飛び抜けて回避性能がいいわけではない巨大パッケージにとって被弾は免れない。しかし、被弾するならすべて防げばいいのだ。

 無人機の放つビームは本機へと到達する前に見えない壁に弾かれる。よくよく見れば、なにか粒子のようなものが機体から放出されている。多層的に展開されたオーロラ・カーテンによる防御システム。ビームは当然として、多層展開することでレールガンの直撃すら軽減する防御力を実現。

 効果なしと見て、何機かの機体が死角となる底面からの接近戦を敢行する。確かに真下というのは人が操縦する以上、どうしても意識が薄れる場所だ。そこを狙うのは正しいだろう。

 

「甘いよっ!」

 

 機体下部に装備されていた二本の近接アームが稼働。アームに装備されていた対艦兵装シャルナクが起動。膨大な熱量を発するビームソードを形成。近づいてきた無人機に向けて一閃する。切断されるどころか、融解し、一部は即座に蒸発して一瞬でその存在が消滅する。

 攻守共に付け入る隙もない。まさに鉄壁を誇る要塞だ。単なる事実として、どれだけ無人機が数を揃えようがフルスペックを発揮したドレッドノートを破壊することは不可能だ。数の暴力を超える質の暴虐。ただ単一としての戦力を強化した究極の一。おおよそ同等の機体や、セシリアたちのようなレベルの相手でなければすべてを破壊できるデストロイヤーとなる。

 

「出し惜しみはしない!」

 

 さらに続けてシリンダーを解放。搭載されている中でも特に大火力・大型火器が内蔵されている最外周部のシリンダーから大口径連射式レールガンを展開。そして背部、下部に対する迎撃用炸裂弾ユニットを起動。近づいてくる敵機に対して簡易型カノープスによるビットマインを散布。範囲爆撃で取り付かせない。

 さらに継続してミサイルとガトリングカノンによる制圧射撃を敢行。敵機の密度が高い戦域を次々と潰して回る。弾薬もエネルギーも湯水のように消費していくが、その分その制圧力は破格。要所は鈴とラウラが守り、危険度の高い個体はセシリアとアイズが接近する前に撃ち落としている。あとはそれでも抑えきれない数で攻めてくる敵機を減らせばいい。シャルロットの役目はその殲滅だ。数で劣っているのだから出し惜しみも容赦もするはずもなかった。

 しかし、それでもこの規模の機体を一人で操作するのはきつい。訓練は積んできたが、完璧には至れなかった。及第点にはなっているはずだが、逆を言えばそれだけだ。セシリアのように並列思考ができれば話は違うのだろうが、シャルロットはあくまで秀才であって天才ではない。

 

「……っ、上ッ!?」

 

 底部に気を配りすぎていた。人体死角のひとつでもる頭上からの接近にアラートが響く。気づくのがわずかに遅れ、迎撃する手がわずかに遅れる。

 

「ちぃっ」

 

 舌打ちしつつも迎撃。機体側面の対空砲で牽制。巨大な機体そのものを回転させて下部から展開していたシャルナクで薙ぎ払う。しかし、どうあってもこの機体では近接格闘は大味にならざるを得ない。取り付かれたら攻撃手段が大きく減ってしまうのは事実。少し焦りながら群がってくる機体をどうにか排除しようとするが、その前に通信から知った声が響いた。

 

 

 

『仕方のないやつだ。フォローしてやる』

 

 

 

 そんな呆れたような通信と同時に接近してきた機体がバラバラに分割されて機能を停止させる。ただの鉄くずとなって落ちていく様子を見ながら、シャルロットは自身の真横に突然現れた反応に目を向ける。

 そこにいたのはやはり、ラウラであった。パッケージは装備していないために今ではそのサイズ差はドレッドノートと比べれば本当に小さく見える。

 

「………ラウラ、そんな言い方はないんじゃないの?」

『なんだ、完全に不意を突かれていたくせによく言う。いいからもっと撃ちまくれ。こんな序盤で本隊を消耗させるわけにはいかん。取り付く敵機は私がなんとかしてやる。私たちだけであと三百機、破壊するぞ』

「わかってるよ」

 

 IS最速の称号は伊達ではなく、あっさりとシャルロットの索敵を掻い潜って隣接しているラウラが敵であれば今頃落とされていただろう。セシリア・アイズのドレッドノートには撃ち落とされたラウラも、シャルロットの操る弾幕型のドレッドノートに対しては相性もいい。シャルロットのドレッドノートの弱点はまさにラウラのようなタイプだ。

 しかし、そんなラウラがシャルロットの直衛に付き、取り付こうとする機体を優先して破壊する。随伴機として文句のつけようもない働きをするラウラの援護を受け、シャルロットは制空権を完全に確保。

 武装を使い切る前になんとしても殲滅せんと、ウェポンシリンダーから次々と武装を展開する。もはや脅威はない。持てる火力を次々と叩きつける。

 

『そろそろ“次”が来るぞ。切り札は残しておけよ?』

「わかってる。それより、ラウラこそ大丈夫なの?」

『こっちの損耗は武装の消耗だけだ。なにも問題……………む、来たか』

 

 海中から近づく巨大な反応を探知。アイズが観測したそれはすぐさま全機に情報が共有される。距離はまだあるが、すぐに目視できるだろう。それくらい“巨大”な反応だった。おそらくはドレッドノート級ほどの大きさは確実にある。もともと都市制圧用の大型機を所持していたのだ。このような大型機の投入ははじめから予想されていた。

 だから対処法も検討されていたし、その装備も当然武器庫ともいえるドレッドノートに搭載されている。

 

『やはりきたな。……シャルロット、狙えるか?』

「できるけど、セシリアたちは?」

『あっちは装備が過剰火力になる。海中を薙ぎ払えば地形変動が起きかねん』

 

 一撃必殺を目的としたジェノサイドガンナーの狙撃では威力が高すぎて海中にいる機体を破壊すれば周囲の海水も蒸発させることになる。同時に起こるであろう水蒸気爆発の規模も洒落にならないだろう。下手をすればせっかく有利に働いている鋼の森すら破壊してしまうかもしれない。

 レールガンという手もあるが、海中ということを考えれば威力が減退するため確実性が薄れる。もちろん、いざとなれば狙い撃つことはすぐにでもできる。それを考えればシャルロットの武装のほうがほんの少しはマシだ。

 

「来た……」

 

 そうこうしているうちに目視確認ができる距離まできていた。なるほど確かに大きい。目算でもこれまで交戦した大型機以上の巨躯だ。それほどの大質量が海中から押し寄せ、それによって高波と大渦が生まれて海を荒らす。時折爆発が襲っていることから海中に仕掛けられた機雷も機能しているが、どうやら防御力も相当なものであまり効果は見られない。

 脅威ではあるが、あれだけ大きい的ならシャルロットでもこの距離でも十分狙える。

 

「シリンダー、十一番。プロミネンス展開」

 

 以前のブルーティアーズの切り札でもある超長距離狙撃砲を展開。巨大な砲身がシリンダーユニットから伸びるように展開。ジェネレーターからのエネルギーが供給され、砲身がプラズマを帯びて青白く光り輝く。高機動を行っていた機体に制動をかけ、狙撃態勢を整える。動きが止まったドレッドノートに集まる敵機はラウラが排除することで露払いも完璧だった。

 落ち着いて狙いを遠方の海中へとつける。狙う砲撃範囲はなるべく最小に止め、あくまで接近する超大型機のみに絞る。プロミネンスほどの高威力砲撃を無闇矢鱈と外すわけにはいかない。慎重に、落ち着いて狙いをつける。回避運動をする様子もない。目標の進行上から狙う以上、とにかく真正面のど真ん中を狙う。

 

「捉えた……! プロミネンス、ディスチャージ!!」

 

 放たれた一筋の光条が戦場を貫いた。狙いはほぼ完璧。接近してくる超大型機の中心に命中。その膨大な熱量で周囲の海水が蒸発。水蒸気が爆発的に広がり、同時に水蒸気爆発を引き起こす。空にまで到達するほどの巨大な水蒸気の柱が舞い上がり、中心にいた敵機の姿を覆い隠してしまう。

 常識からすればあのプロミネンスの直撃と水蒸気爆発を受けて無事な機体など存在しない。たとえドレッドノート級でも破壊は免れない。

 

 だから、もしこれで破壊できなかったとすれば―――――。

 

 

 

 

 

 

「―――――嘘でしょ?」

 

 

 

 

 

 

 水の壁をぶち破るように完全に捉えたはずの超大型機が出現した。表面装甲は多少ダメージを負っているようだが、その行動にはなんの支障も見られない。

 まさか、本当にあれを防いだというか、と戦慄するも、狙っていたときとは若干形状が変化していることに気づく。滑らかな曲面で卵のような形状をしていたはずのそれは、今や完全に別物になっている。見るからに凶悪な形状の腕が稼働し、そんな腕が次々と展開される。それは伝説上の怪物、ヘカトンケイルのようだ。

 その腕のサイズは鋼の森を形成する鉄柱よりも大きい。腕だけでおれならその全体像はどれほど大きいのか、想像もつかない。

 

「リアクティブアーマー……!? 外装を捨てたの!?」

 

 始めに見えた形状はおそらく本機を覆う殻。近接まで持ち込むための盾だろう。その中から出てきたアレこそ本命。多脚と多腕を持つ規格外のサイズを誇る大型機がその勢いのまま吶喊してくる。あれほどの大質量の突撃を止めるほどの武装はドレッドノートをもってしても難しい。現に、何発かセシリアが撃ったであろうレールガンやビーム砲の狙撃が命中するが、一部を破壊しただけでその突撃を止めることはできなかった。

 

「まずッ……! あの方向は……!」

 

 突撃した場所は防衛エリアの要所のひとつ。ゆえにセプテントリオンも防御を固めていた箇所だ。なにより、そこにいたのは――――。

 

 

「鈴! 逃げてぇッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




雪がすごいですね。今はマシですが、先日の大雪では職場に行くだけで大冒険をしたものです。車が動かせなくなるレベルとか本当にやばいです。はしゃいでいた子供の無邪気さが羨ましかったですね。

完結していないくせに次回作ではなにを書こうかと思ったりしていますが、せっかくクリアしたのでFGOでも書いてみたいと思ったり。

それではまた次回に!


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Act.135 「因縁の決着へ」

 ドレッドノート級パッケージで破壊できない敵性体の出現は想定外ではないにせよ、足止めすらできないほどの大質量兵器としての運用をしてくることは予想外だった。

 最大出力の攻撃はできずとも、それでも時間稼ぎくらいはできると踏んでいたが、そんな予測を嘲笑うかのような馬鹿げたソレによって防衛戦の一角があっさりと崩された。

 全長は百五十メートル超。幅も百メートル近い。もう怪獣とすら言えるレベルのその規格外サイズ。奇しくも、ドレッドノートという超規格外パッケージを用意したセプテントリオンと同じコンセプト。巨大というアドバンテージを活かした機体。しかし、そのあり方は同じ力押しでも、装備の量と大火力を成立させたラファールやティアーズのパッケージと違い、その大質量そのものを武器としている。

 結果、体当たりという原始的な手段で鋼の森の防衛エリアの二割を破壊された。そして狙ったのだろう、それは鈴が防衛していた単機防衛エリア【龍の巣】に直撃した。あくまで使い捨てであったであろう無人機も巻き込み、その巨体がぶつかったエリアでは海水と破壊された鉄柱が巻き上げられ、局地的な大洪水が引き起こされていた。

 ISであったとしても、あれほどの大質量の直撃を受ければ破壊は必至だ。単純明快なその破壊力は、生半可な防御機構を尽く破り、ISの装甲を軽々と砕くだろう。

 

 もし、そんな危険なものが迫れば、起こすべき行動は間違いなく回避である。

 セシリアも、アイズも、シャルロットも、ラウラも、全員がそうする。それがもっとも確実な対処だからだ。

 

 しかし、この女だけは違った。

 

 

 

 

 

「一意専心! 砕け、あたしの拳ッ!!」

 

 

 

 

 

 あろうことか、この女は、凰鈴音は、―――突撃を迷うことなく選択した。

 

 質量差は考えるのもバカバカしい。ISの性能など考慮するまでもなく、ただその圧倒的な質量による力だけで跳ね飛ばされるしかない。どれほど気合や根性があっても、アリが象と力比べをするような無意味な行為でしかない。

 それでも、鈴は後退しない。そんな文字は彼女の思考には一切なかった。この決戦ではたとえどんな敵が現れても絶対に退かないという不退転の決意があるだけだ。無論、それは信念の話であって、戦術的には愚策でしかない。猪突猛進だが戦闘では冷静で頭もキレるはずの鈴がこの選択をすることは愚かとしかいいようもないが、しかし、その反面鈴にもそうする理由があった。

 

 まずこの場。鈴が守護するのは全体からみればほんのわずか、ひとつの守備エリアに過ぎないが、それを鈴が単機で守っていた。地形を利用した一時的な策でしかないが、それでも時間を稼げる見込みが十分されていたのだ。こんな早期にこのエリアを取られるのは痛い。

 しかし、現実としてこのエリアの奪取は防げない。ならその被害をせめて抑えなくては今後の戦況に響きかねない。これ以上鋼の森を破壊されれば敵の侵攻速度が加速度的に上がるだろう。数で劣る以上、それが致命的になりかねない。

 せめて、ここで食い止めなければならない。あんなサイズだ。おそらくは特機。量産させるにはコストもなにもかもが規格外であろうあんなものがそうそうあるとは思えない。ここで止められればまだなんとかなる。

 

 そして一番大きな問題は本当にあれを止められるのか、ということだ。

 ドレッドノート級からの砲撃や狙撃を受けても止まらなかったほどだ。その装甲は見た目通りの堅牢。しかもシャルロットのドレッドノートからの砲撃を防いだのは外骨格となるリアクティブアーマー。そして正面からあれを見据える鈴には、そのリアクティブアーマーが“もうひとつ”あることを見抜いていた。あれを纏わせたまま吶喊させるわけにはいかない。あれほどの質量をもつ巨体の吶喊だ。おそらくは鋼の森の防壁を貫通し得る。

 軌道エレベーターを囲むこの鋼の森は守備の要だ。これ以上の破壊は戦力差の影響が如実に出る。少数精鋭のセプテントリオンにとって、もっとも苦手としていることは真正面からの消耗戦だ。戦いに卑怯もなにもない、使えるものはすべて使え、がセプテントリオンの鉄則だ。

 だからこそ世界を置き去りにする束のオーバーテクノロジーを惜しげもなく使い、策に策を重ねて戦術的不利を覆す。もともと特化機体はそうした戦力不利を単機で覆すポテンシャルを秘めた化物だ。その一角を担う鈴こそが、アレを止める働きが求められる。

 

「そうとも、こういう力技こそ、あたしの得意技! さぁ来なさい!」

 

 単一仕様能力により、空を地面と同じように踏みしめる。筋肉の内の血管を通じて気力を流し、全身を活性化。アイズたちと同じ人機一体の境地に踏み込んだ鈴に呼応するように甲龍もコアから吐き出される膨大なエネルギーを機体すべてに漲らせる。

 既に目標の超大型機は目先の距離。ここまで接近すれば、もはや見えるのは迫り来る壁……いや、山そのものであった。

 鈴は両腕を突き出し、受けの体勢を取る。それは、まさに蟻が象の突進を止めようとするかのようなサイズ差だった。結果は、見るまでもない。

 

「……うおおおおおおオオオォォ――――――ッッッ!!!!」

 

 獣のような雄叫びは、しかしその衝撃によってかき消された。既に視認すらできない。本当に潰されたかと思うほどにあっけなく鈴と甲龍はその姿を消した。そして超大型機はそのまま鋼の森を蹂躙し、その多くをスクラップに変えてようやくその動きを止めた。致命的ではないにせよ、それはセプテントリオン側にとっても大打撃には違いない。事実、そこに群がるように無人機が殺到している。セシリアとシャルロットがそうした機体を優先的に撃ち落とし、被害の拡大を防ぐ。精密狙撃と砲撃制圧に特化したドレッドノート級二機によってその後続はシャットアウトされる。

 しかし、動きを止めていた超大型機がゆっくりと再稼働する。既に距離が近すぎてドレッドノート級に搭載されている中で破壊しうる威力を持つ兵器は使用できない。控えめに行っても危機といえる状況であるが、………しかし、それでもセシリア達に焦りはなかった。

 ミシリ、となにかが軋む音がする。その音は断続的に、そして次第に大きく響いていく。それはやがて物理的な圧力となって、超大型機の装甲の一角を弾き砕いた。

 

 思えば、おかしかったのだ。

 

 あれほどの質量をもつ機体が、あれだけのスピードで衝突したというのに、――――“たった二百メートルしか進めなかったのだ。”

 

 

 

 

 

 

「………我ながら情けない。啖呵を切っておきながらこれだけ押し込まれるとは」

 

 

 

 

 

 瓦礫の山となって鋼の森の残骸から声が響く。その中から勢いよくソレが飛び出し、空中で静止する。

 

「まぁ、一応役目は果たしたでしょ。止まってしまえばこんなものはただの木偶ね」

 

 装甲はボロボロ。背部の龍砲は圧壊し、スパークしている。操縦者もかなりのダメージを受けたであろうその風貌は痛々しい血化粧が施されていた。

 しかし、荒々しく口に溜まった血を吐き出し、口元の血を拭わないままニヤリと口の端を釣り上げる。腕を組み、自身を大きく見せるように堂々たる仁王立ちで君臨するその姿は小柄な少女に似つかわしくない威圧感を伴って周囲を威圧する。

 

「まぁ、正直少しだけ死ぬかと思ったけど……気合があればどうにかなるものね」

 

 そんなことを宣うが、気合で物理限界を越えられそうなのは魔境と呼ばれ、化物揃いのセプテントリオンの中でもこの凰鈴音くらいなものである。ダメージは低く見積もっても間違いなく半壊以上だというのに、その戦意は微塵も衰えていない。

 瓦礫の山となり、島のように海上のオブジェと化した鋼の森の残骸の上に着地。同時に追加装甲を強制パージする。ボロボロになった外部アーマーが剥離し、甲龍本来の姿を晒す。

 アーマーを纏っていたとは言え、それでもダメージは深刻だ。ところどころ欠損や不具合が見て取れる。しかし、鈴の気迫がそれをまったく感じさせない。海上の強風に煽られて激しく靡く龍鱗帝釈布と相反するように揺ぎもせずに仁王立ちする鈴は、その力強さをまざまざと見せつける。

 

「…………さて」

 

 そんな鈴がゆっくりと視線をわずかに上に上げる。停止した状態の超大型機を改めて見やると、そのサイズ差を改めて実感する。比喩でもなんでもなく、これはまさに山だ。こんなものの突進をよく止められたと思うが、そのデザイン、形状、細部の意匠に至るまで、この機体には既視感を覚えずにはいられない。

 本機である中央ユニットにはまるで顔のような八つ目の顔と思しきものが見て取れるし、なにより目を引くのは触手のような、手足のような、禍々しい八本のアーム。そんなアームが蠢き、姿勢制御を行っているようだった。

 

「この悪趣味な形状……間違いないわね。それになにより…………さっきの吶喊、“あたしを狙ったな?”」

 

 聞こえているだろうと確信を持ちながら鈴は言葉を紡ぐ。

 

「こんな巨体の吶喊だもの、たかだかIS一機を狙う必要なんてないわ。触れれば勝手にはじけ飛ぶでしょうし。……でも、直前であたしを完全に補足したわ。敵意もちゃーんと感じた。そんなことするやつなんて、あんたしかいないわよね。そうでしょう? ………えーと、……スプリングだっけ?」

 

『オータムだッッ!! ふざけてんのかてめぇ!?』

 

「あー、そうそう。そうだったわね、四月馬鹿」

 

『ぶち殺すぞ!?』

 

 外部スピーカーからものすごい怒声が響く。やはりというか、それは亡国機業幹部の一人。これまで何度も鈴と戦ってきたオータムであった。

 バカ正直に反発するオータムが面白いのか、鈴はケラケラと笑いながら煽ることをやめない。

 

「別にいいじゃない。あたしとあんたの仲でしょう? これまで何度見逃してやったと思ってんの。ほら、待っててやるからさっさと頭下げて許しを請えよ。調子乗ってすみません、謝るから命だけは助けてくださいって命乞いしてみろよ、オラ、早くしろ」

『…………』

「お? もしかして怒った? やめときなって、どうせあたしの踏み台にしかならないんだから。かわいそうに、あたしに踏まれるためだけの人生だなんてね!」

『……るさん』

「ん? なにか言った? 聞こえないんですけどー? ほら、聞いてあげるからもっと大きな声で吠えてみなさいよ。負け犬の如く、わんわん、ってな!」

『絶対に許さねぇぞ小娘ェッ!!!! ぶっ殺してやらぁあああああああ!!』

「ふん。相も変わらず、吠えることは得意のようね。付き合ってやるわ。あんたとの決着、お望み通りにつけてやろうじゃない。完膚なきまでの、あんたの敗北をくれてやる!!」

 

 鈴はずっと丹田に込めていた気を解放する。体中の血管と神経を伝い、燃えるような活力が体中を巡り、それに呼応して甲龍の出力も飛躍的に上昇する。

 今の甲龍は既にISという規格から文字通りに外れた存在となっていた。操縦者を守ることがISの基礎原理だが、甲龍は操縦者である鈴の意思に呼応してその力を後押しする。たとえ死にかけても、鈴の戦意が衰えない限り甲龍もまた機能停止することはないだろう。既に絶対防御機構など、あってないようなものだ。力尽きるまで、この一人と一機は戦い続けるだろう。

 第三形態へと至ったがゆえに変質した、ISの可能性のひとつ。アイズやセシリアとは違った、野生と闘争に特化して進化した人機一体の境地。それが今の鈴と甲龍の姿だ。

 

 実は今の今まで、鈴は第三形態に進化することができていなかった。感覚的に、そして理知的に進化できるアイズとセシリアには及ばないと思いつつも、それがどうしたと笑い飛ばす。

 甲龍の声は、あれ以来聞こえていない。だが、その存在は常に鈴と共にある。そう、この頼もしき鋼の相棒は常に鈴の傍に在り、そして共に戦ってきた。会話できずとも、既にその境地は人機一体。

 

 第三形態になれば最強?

 

 そんなものはただの理屈だ。自分たちはそこに至ったから最強になるのではない。

 

 この身が凰鈴音であり。

 

 この機体が甲龍であるからこそ、―――――最強だと、名乗るのだ。

 

 

「あんたは、そのための通過点の一人でしかないのよ」

 

 

 目の前で最後の外部装甲をパージし、その真の姿を現した超大型機――――オータムが操る規格外機【アラクネ・ギガント】を見据える。

 その巨体に似つかわしくないほど繊細に、緻密に動く触腕。しなやかさまで備えたそれは、なるほど、確かに脅威としか言い様がない。ただでさえ大質量というだけでISを木っ端微塵にできる破壊力を有するくせに、さらに効率的な、いや、最適とも言える動きで敵機を追い詰めることが可能ときている。薙ぎ払うように振るわれた触腕は三つ。威力は必殺。範囲は広域。おそらく、IS学園から抜けた直後の鈴ならばここで終わっていただろう。

 燃えるような気迫とは裏腹に、思考は水のように澄み渡っていた。これまで何度も経験した、本当に極限まで集中した覚醒状態。戦いにおいてもっとも理想とされる状態。これまでのダメージも当然あるが、それを込みで冷静に、十全にすべてを発揮できる確信がある。

 恐ろしい質量と速さで迫る一つ目の触腕を跳躍して交わす。ほんのわずかに真下を通り過ぎるその圧力が機体を軋ませる。二つ目の腕をさらに空を踏んで跳ぶことで回避。ISの飛翔速度だったら間に合わなかったであろうタイミング。言動や態度は馬鹿のようでも、オータムはさすがに抜け目もない。

 そして本命であろう三つ目の腕が振り下ろされる。これまで腕に回避を誘導され、そこに頭上からの一撃。その大きさゆえに回避も困難。掠めただけで海に叩き落とされるだろう。間に合った動作はひとつだけ。

 

 鈴は、腕を頭上へと掲げた。

 

 

 

 

 

 

「―――――発勁流し」

 

 

 

 

 

 

 一瞬の無音。そして一瞬の後の爆音。

 ジェット機のエンジンが突然オーバーヒートしたかのように空気が破裂し、それが物理的な破壊を伴ってその一帯を蹂躙する。海面が抉られ、海水が蒼穹へと巻き上げられる。なんてことはない、ただの衝撃波だ。

 

『………ん、だと……ッ!?』

 

 その衝撃波が破壊したものは群がっていた数機の無人機のみ。オータムが狙い、本当に殺すつもりで放った渾身の一撃はその目標を捉えても、破壊できなかった。

 なぜなら、無残に、無慈悲に敵を破壊するはずだったその腕は、――――ただの片腕で止められていたのだから。

 ありえない。その言葉だけがオータムの脳裏を埋め尽くす。生半可な防御では話にならないはずだった。たとえ大型機並の分厚い装甲と、特殊防御フィールドを展開していたとしてもそれごと破壊出来るほどの力が間違いなくあったはずなのだ。

 それなのに、第三形態に至った個体とはいえ、通常サイズのISが片腕で止めている。それは、大木を爪楊枝で止めるかのような無謀であったはずだ。

 

「あんたはまだわかっていなかったようね。今のあたしは―――絶好調よ!」

 

 顔は見えないが、オータムが驚愕している気配を感じながら鈴が口を開く。

 

「最後の忠告よ。今のあたしは、絶好調を通り越して神がかったほどに最高の状態。完全体な鈴ちゃんよ。第三形態移行しなくても、今のあたしに不可能なんてないわ」

 

 ダメージの残る身体の痛みすら糧として身体の隅まで戦いに適応させる。身体に染み付いた師の雨蘭から授けられた術理が正しく鈴の肉体を動かしている。今の鈴は、己がイメージする最強と身体の動きの齟齬がほとんど感じられないまでに活性している。

 これまでの凰鈴音の人生において、今この瞬間が間違いなく最盛期。いや、その領域に、突入した。ふつふつと自身の内から湧き上がる力を実感する。なるほど、負ける気がしない、というのは正しくこういうときなのだろう。

 

「はッ!」

 

 受け止めたまま、今度は逆に力を瞬間的に叩き込んで巨大な触腕を弾き返す。さすがにこのサイズ差だとかなり重いが、それでもどうにかなるレベルだと確信する。

 確かな勝算を持って、鈴はこの超巨大機との殴り合いへと挑んだ。

 

「さて、負けた言い訳は考えた? 後悔しないよう、全力を出しておけ。あんたの全力を、そのすべてを喰らって、あたしの糧にしてやるわ」

 

 ストレージから武器を召喚。右手に連結させた双刃状態の双天牙月。そして左手に竜胆三節棍。攻撃力をあげるために重さを増した二つの重量武器を両手に構える。

 

「さぁ、敗北の準備をしろッ!!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「セシィ!」

 

 鈴が超大型機と交戦に入ったことを視認したアイズが叫ぶ。鈴が体を張ってあの機体を止めたおかげで最悪までいかなかったが、それでも防衛網の一角は崩された。その隙を狙い、無数の無人機が押し寄せてくるだろう。

 そして、おそらくは上位戦力も投入してくるはずだ。戦力の温存はこれ以上は無理だろう。タイミングを逃せば、それを活かせないままに軌道エレベーターを破壊される危険もある。

 

「ここいらが潮時ですね。……アレッタ、準備は?」

 

 狙撃を継続しながらセシリアは待機している本隊を任せているアレッタへと通信を繋ぐ。返答はすぐに来た。

 

『いつでも』

 

 たった一言だけだが、その言葉には熱が込められているように感じられた。このあたりの機敏はアイズならばすぐに見抜くだろう。

 セプテントリオンは、今、このときのために結成されたと言っても過言ではない。すべてはこの軌道エレベーターを完成させるため、そして宇宙というステージへ人が進出するため。理由は個人で違うが、その目標はすべて同じ。この計画を完遂させることが、セプテントリオンの意義であり存在理由だ。

 

「命じます。――――作戦通りに部隊を展開。あとは各々の判断で交戦を開始………これがセプテントリオンの最後の戦いとなるでしょう。皆の奮起に期待します。総員、戦域に突入! 殲滅しなさい!」

 

 通信器の向こうから歓声とも、怒号とも思える声が鳴り響く。隊員たちが一斉に気勢を上げていた。特化戦力での攪乱はここまでで限界だ。あとは正真正銘、部隊すべての力を使っての総力戦となるだろう。

 

「セシィ、ボクも出るよ」

「ええ、ここまでくればアイズの眼がなくとも、狙う的には困りませんわ。頼みますよ、アイズ」

 

 既に敵はアイズがいなくとも、セシリアの射程に収めている。二人乗りのドレッドノート級パッケージであるが、アイズは補助であるためセシリアがいれば運用は問題なく行える。

 アイズはパッケージから離脱すると、機体出力を戦闘レベルにまで上昇。最終決戦仕様の兵装を展開する。両手に剣。そして肩部には既にシャルナクを装備。乱戦域への突入も想定し、オーロラ・カーテンも惜しまずに発動させる。そしてアイズの最後にして最大の切り札―――鞘に収められた刀という、ISの武装にしては特異としかいえない武装――【ブルーアース】を腰背部に備えた。

 同時にアイズの代名詞―――金色の瞳【ヴォーダン・オージェ】を活性限界手前まで発動。戦域のすべての状況を目視で確認。その情報をブルーティアーズとのコアリンクを通してリアルタイムでの戦域情報を共有する。あとは全体指揮を行うセシリアが有効に使うだろう。

 もともとアイズは鈴と同じく接近戦特化型の、しかもタイマンに強いという部隊連携には向かないタイプだ。セシリアが部隊指揮も行う以上、アイズは単機での遊撃として動くしかない。

 

「―――――来たね」

 

 それが来ることがわかっていたかのように、驚きもせずにその方向へと視線を向ける。距離など関係なく、近づいてくるそれに寸分違わずに視線を合わせた。

 あれを止めるのは自分の役目、そしてアイズもそれを望んでいた。正直、こんなにも早く戦うときが来るとは思わなかったが、いつかはそうなる運命なのだ。今、それが訪れても覚悟はとっくにできていた。

 

「む……」

 

 ふと、笑みを向けられたことに気づく。あちらも当然、アイズに気づいていた。バイザーで目元は隠されているが、露出した口元が嘲るように歪んだことが見て取れた。挑発するようなその笑みに応えるようにアイズもべーっと舌を出して幼稚ともいえる挑発を返す。それに反応したのかはわからないが、その接近してくる“三機”の内の一機……白亜の翼を持つISが速度を上げ、まっすぐにアイズへと突っ込んでくる。

 追随していた残りの二機は同じタイミングで散開していく。確認できたのは、マドカが駆るサイレントゼフィルスⅡ。残りの一機は初めて見る機体だった。金色のカラーリングと、目を引く巨大な尾のようなものを持つIS……おそらくシールやマドカと同じ、エース級の有人機だろう。

 しかし、その二機に対処する余裕はない。アイズはすぐにその二機への注意を完全に切ると、向かってくる白いISただ一機に集中する。あれは格上だ。これまで何度も戦い、その実力は身をもって知っている。悔しいが、全神経、集中力を散らしながら戦って勝てる相手ではない。

 アイズはこの戦いにおいて部隊に貢献するために、その部隊そのものを思考から除外する。あれを抑えることこそが、セプテントリオンにとっての重要な戦果だ。戦場すべてを見通す眼を持ちながら、その視線はただひとつに向ける。

 

「セシィ、あとはお願い」

「―――ええ。アイズ、気をつけて」

「大丈夫。……ボクは、負けないよ!」

 

 わずかに振り向いてセシリアへと笑いかける。屈託のない笑みを浮かべ、そして愛くるしい顔を戦士の顔へと一変させる。

 剣を構え、アイズもまた白亜の天使へと向かって飛翔する。回避など考えない突撃。それは相手も同じようだ。真っ向から、剣を構えつつ向かってくる。

 ああ、そうだ。そういう性格だ。クールなくせにどこか感情的で、ぶっきらぼうなのにどこかお節介。アイズもそうであるように、相手もまたこの戦いに運命を感じているだろう。

 それを証明するように、楽しそうに口元に笑みを浮かべている。そんなあの少女を、アイズは決して嫌いではない。だが、今この場においてはあの少女こそがアイズの倒すべき敵なのだ。

 

 

 

「待っていたよ………シールッ!」

「ええ、待っていましたよ………この時をッ!」

 

 

 

 ガギン、と鈍い音が響き、剣と剣が交差する。真っ向から衝突した勢いそのままに互いの気迫が乗せられた一閃がぶつかる。互いに譲らず、退こうともしない。挨拶がてらの初撃から、そのまま睨み合いへと移行する。

 シールが顔を覆っていたバイザーを解除。アイズと同じ金色の瞳を晒し、その視線を交差させる。そこには戦意、敵意、敬意など、果てには親しみすら――――おおよそこれから殺し合いが始まるとは思えない感情までもが見え隠れしていた。

 

「この戦い、もう後はありません。私とあなたが戦うことも、これが最後になるでしょう」

「そうだね、そうなるね」

 

 剣に力を込めて弾き返す。

 鈴のような正面激突はこれっきりだ。互いが高機動へと移行。アイズのレッドティアーズtype-Ⅲ、そしてシールのパール・ヴァルキュリア。この二機の本領である中・近距離の高機動戦に突入する。戦場に赤と白の軌跡を描きながら、縦横無尽に翔けて幾度もぶつかり合う。

 

「あなたとの因縁も、これで最後です。私の手で、終わらせてあげましょう」

 

 まだ小手調べながら、容赦も手加減もないシールの猛攻を捌きつつアイズも負けじと叫ぶ。その思いを込めて、剣を振るった。

 

「残念だけど、ここでは終わらない。ボクは、ボクたちは、この先のために戦っているんだからっ!!」

 

 

 

 

 




大変遅くなりました。仕事でいろいろと任されるようになり、時間がめっきり減ってしまいました(汗)

ここから対人戦も開始。まずはじめの対戦カードは鈴ちゃんとアイズの近接特化タイプから。次回の更新はもう少しマシな速さでやりたいです。

ご意見、感想などお待ちしております。

それではまた次回に!


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Act.136 「嵐に向かう」

「鈴が交戦状態に入ったか……! 他に有人機が二機……」

 

 派手な戦闘音を響かせながら戦う鈴の姿はラウラからも見えていた。バカバカしいほどのサイズ差があるにも関わらずに正面からの殴り合いを挑むという、ラウラからしてみれば到底正気とは思えない戦い方をする鈴だが、恐ろしいことにその戦況を互角にまで持ち込んでいた。

 大質量が持つ破壊力をいなして受け流し、発勁によって内部ダメージを蓄積させて少しづつではあるがあの超大型機の装甲を削り取っている。耐久力と継戦能力に優れているとはいえ、あんな戦い方ができるのは鈴くらいなものだろう。ラウラにとってはあのような大型機は単一仕様能力の効果が激減してしまうので相性も悪いために一対一ではまず勝てないし、まともに戦おうとすら思わない。

 

「姉様はシールと接触……援護は不要か。いや、まず無理だな」

 

 そしてもうひとつ、アイズとシールが交戦を開始。鈴とオータムとは真逆の、縦横無尽に空を翔ける高機動戦を繰り広げている。急加速と急減速、鋭角ターンを平然を繰り返し互いの隙を狙う高速戦闘。ラウラも機動性ならば追従可能だが、その反応速度はあの二人には及ばない。

 ヴォーダン・オージェを持つあの二人に死角はほぼ無いに等しい。だからこそ、必然的に高速戦闘において隙を狙う戦い方となる。狙うのは心理的な死角、―――未来予測で先を取ったものが勝つ。二人の思考速度はおそらくあの高速戦闘以上の速度域に到達しているだろう。集中すればするほどに認識できる速度域は上がっていく。ラウラではあの二人が生息する速度に入れないことはわかっている。オーバー・ザ・クラウドの速さをもってしても、あの二人の戦いについていくことはできない。たとえ奇襲を仕掛けても容易く返り討ちとなるだろう。あのセシリアでも、完全なヴォーダン・オージェの索敵を掻い潜って狙撃することはできないと言うほどだ。

 互いに未来予知をしているとしか思えない応酬を繰り広げている二人に援護など無意味だろう。むしろ邪魔になるだけだ。ラウラ“程度”ではたとえ背後から奇襲しても容易く返り討ちにされるだろう。あの世界最強の称号【ブリュンヒルデ】を持つ織斑千冬や、チートとバグの体現者である篠ノ之束くらいでなければひと太刀入れることすらできまい。

 

 で、あれば。

 

 ラウラの役目は援護ではない。自身の役目である速やかな敵機の駆逐。驚異度の高いものから優先して撃破する。この戦場でもっとも速いラウラに追いつけるものなど存在しない。そんなラウラが一撃離脱に専念すれば大抵の敵機は一合で破壊できる。セシリアとシャルロットがドレッドノートの理不尽な暴力で抑えている間に、残る有人機の奇襲を狙いつつ周囲の敵機の掃討。それが最善だと判断を下す。

 

 オーバー・ザ・クラウドも決戦仕様の特化装備となっており、搭載している武器の多くが【一撃必殺】をコンセプトとした破壊力特化兵装で固めてある。これならば、如何にエース機とはいえ一撃を与えれば即撃破も可能だ。敵も手練だ。可能性は高くはないが、それでも狙う価値はあるだろう。

 

「―――――」

 

 スッと目を細め、狙いを絞る。最大速度による奇襲。速度を乗せたパイルバンカーの直撃を受ければ、特殊な防御手段でもない限りは間違いなく撃破できるだろう。

 今ならまだラウラに気づいていない。迂回して背後から奇襲をかければ、それなりの戦果を出せるはずだ。ヴォーダン・オージェを持たない相手なら、速度で押し切れる。

 そう判断して、今まさに高速機動に移るそのときだった。

 

「…………むっ」

 

 ラウラの頭にピリッとした刺激が走った。正確には片方の眼球。そこから脳に危険信号が送られたような感覚だった。ラウラの片目だけに宿ったヴォーダン・オージェ。それが警告を発したのだと判断したラウラはその直感に従って即座に回避行動を取った。

 ガギン、という不快な金属音が響き、腕に装備していたパイルバンカーが切り落とされる。それに驚くよりも早く装備をパージして距離を即座に離し、引力波と斥力波によるソナーを最大限で発動。決してそれを警戒していなかったわけではないが、こうも容易く間合いに入らせたことに舌打ちする。

 

「私を狙ってきたか……! 相も変わらず、不意打ちしかしない臆病者め」

「否定はしませんが……私にそのような挑発は無意味ですよ」

 

 突如としてなにもない空間から放たれた一閃。アイズに及ばないまでも、ヴォーダン・オージェの索敵を掻い潜って接近できる存在はそうはいない。それができるのは、ラウラの知る限りでは一人しかいない。

 

「もうこの戦場であなたが活躍することはありません」

「ほう……」

「なぜなら、私があなたを倒すからです。それが、……私の役目です」

 

 空間が波打ち、浮かび上がるように一機のISがその姿を現した。同時に、操縦者である彼女の瞳がラウラの視線とぶつかった。

 その視線は闇色の眼球に浮かぶ金色の瞳。本物に届かなかった贋作の瞳。その眼で、本物である姉と慕うシールのために戦うことにすべてを捧げたレプリカ。

 名をクロエ。花咲くことのなかった、蕾にしかなれなかった少女が立ちふさがった。

 

 アイズにとってシールがそうであるように、彼女はラウラにとっての鏡像だった。クロエもラウラも、同じく人工的に造られた生命体。しかも、ベースとなったものは同じ――――ヴォーダン・オージェの最高傑作であるシールのデータから造られた“模造品”と“劣化品”。なにかひとつ違えば、ラウラがクロエになっていたかもしれない。そして、それ以上にもうこの世にいなかったかもしれない。そんな奇跡と数奇な運命の果てに出会った敵同士。仲間になれたかもしれない。姉妹のようになれたのかもしれない。しかし、現実は互いが慕う存在のために殺し合い、そしてそれを当然のように受け入れていた。

 仮定に意味はない。互いが姉のために目の前の“もうひとりの自分”を倒すだけだ。

 

「倒れるのは私ではない、貴様のほうだ」

「かもしれません。それでも構いません。ですが………姉さんの邪魔は、させません……!」

「貴様の決意など、知ったことか!」

 

 片や、片目しか適合できなかった不完全体。片や、適合まで届かなかった劣化体。作った者から見れば二人は等しく失敗作であり、無価値な存在だった。

 その事実に打ちのめされた。絶望も味わった。しかし、それでも今となってはそんなことはもう“どうでもいい”。

 

「吹き飛べぇッ!!」

 

 視界すべてを薙ぎ払うかのような広範囲に向けた斥力波。幸い、周囲にはせいぜい無人機が数機ほどで味方機はいない。フレンドリーファイアなど気にせずに“天衣無縫”を振るっていく。

 アイズと同じようにラウラもまた、単機特化戦力。部隊連携よりも単機で動くほうが強いという特殊型だ。もっとも、アイズや鈴といった極端すぎる特性によるものではなく、単純に【速すぎる】という理由からの区別だった。シュバルツェ・ハーゼを率いる以上、当然指揮官特性も持つラウラだが、その場合はどうしても“手加減”が必要になる。

 ラウラが全力を出したとき、追いつける者など存在しない。ゆえにこの決戦においては完全な短期戦力として動くことを想定し、部隊指揮はすべてクラリッサへと一任した。ラウラはその世界最速を惜しむ事なく駆使して縦横無尽に戦場を駆け抜けていた。一撃離脱に専念し、ひたすらに敵機を追いかけ、破壊しつくしてきたラウラの撃墜数は既に三十に届くかというところだった。

 当然、被弾はゼロ。この暴威が、ただ一機に向けて牙を剥いた。

 

 斥力の波が暴風のように周囲を蹂躙し、続けて放たれた引力の波によって圧殺する。空間そのものを引き裂くような猛威を振るうも、未だ手応えはない。何機かの無人機が巻き添えを受けて木っ端微塵になったが、既にラウラの眼中にはない。クロエの機体、トリックジョーカーのステルス性能はラウラの索敵能力を凌駕している。それは重々承知しているラウラは丁寧に周囲の空間を蹂躙しながらクロエの逃げ場を潰していく。

 この能力がある限り、クロエはラウラには近づけない。機体全周に常に斥力を放ち、近づくものを追い返すラウラに気付かれずに接近することは不可能だ。

 一見すれば無敵とも思える反則級の能力だが、当然弱点は存在する。事実、アイズ、セシリア、鈴の三人はこの状態のラウラの防御を突破して撃破した実績がある。

 アイズは天衣無縫の能力範囲の隙間を縫うように接近されすれ違いざまに一閃された。鈴には圧倒的なパワーによるゴリ押しで押し切られた。

 そして、――――おそらく、クロエはセシリアが選択したものと同じ対処法をとるだろう。すなわち――――。

 

 

「……!」

 

 

 背後から放たれたその極光に反応したラウラが直撃を回避。高出力のビームによる狙撃。もし直撃すれば一撃で落とされていたであろう威力のそれはラウラの索敵範囲外から放たれていた。

 アイズや鈴のような非常識な対処法以外では、これしかない。

 ラウラの索敵範囲外からの熱量兵器による長距離狙撃。天衣無縫の斥力はあくまで物質間にしか作用しない。ビームを弾くことは不可能であるし、その速度ゆえに最低限の装甲しかないオーバー・ザ・クラウドにはそれなりの威力でも致命傷となる。ビーム兵器ならその威力をクリアできる。もっとも、常に影すら追いつけないような速度で飛翔するラウラを捉えることができる狙撃手などセシリアくらいなものだ。

 しかし、今はラウラはあえてその足を止めていた。ステルスを看破できないのなら自らを囮として釣るしかないと判断したラウラは攻撃される瞬間を待っていたのだ。

 

「そこか……!」

 

 ビームの軌跡から場所を瞬時に割り出す。直線距離にしておよそ八百メートル。この程度の距離などオーバー・ザ・クラウドにとってあってないようなものだ。反応から接近まで二秒あれば十分だ。方向転換しつつ、加速しはじめたまさにその時だった。

 

「なにっ!?」

 

 視界の端に映ったソレを捉え、その正体がなにかはっきりと認識するよりも早くほぼ反射で強引に回避行動を取る。完全に不意をつかれたために完全には躱しきれずにわずかに掠めてしまう。ただでさえ高威力のビームの余波でシールドエネルギーの三割近くを持って行かれた。

 舌打ちを隠そうともせずに後方を睨みつける。同時に全周警戒。一度不意打ちを受けた以上、二度目、三度目もあると想定することは当然だった。

 

「無人機、だと?」

 

 視認したのは、ビーム砲を構える無人機。装備が異なることから特別にカスタマイズされた特殊型のようだ。見たところ、ビーム砲の他にもミサイルやガトリングなどまるでシャルロットのラファールのような重火器装備が見て取れる。そしてその傍らには巨大なバスタードソードを持つ重装甲を持つ近接型。さらにシャープでいくつものブースターを装備した、明らかな機動特化型であろう機体もいる。

 これまでも無人機にはいくつものバリエーションがあることは確認されてきたが、総じてそれらの単体性能はセプテントリオンの機体には及ばない。無人機ゆえの高性能、大火力の実現は確かに脅威ではあるが、VTシステムでも使わない限り負けることはほぼありえない。 

 そして部隊のエース級はもはや無人機など歯牙にもかけないほどの隔絶した戦闘力を誇っている。

 

 だが―――――。

 

 

「なるほど、そうきたか………」

 

 

 ラウラを囲むように現れたのは視認できる限り、二十八機の無人機。そのすべてがカスタマイズ機。軽く見ただけでも部隊運用に必要な兵科は揃えられているようだ。数を揃えての物量戦を行えることが無人機の強みだが、機械の戦術ドクトリン程度ではラウラには及ぶべくもない。

 だが、これらを同時に、一人の意思の下に運用されればどうだろうか。

 まさしくセシリアが率いるセプテントリオン隊のように、時に正道に、時に奇策も用いて連携できる部隊ができるのなら、その脅威は一気に跳ね上がる。

 

 

『私の機体特性のひとつを忘れているようですね』

 

 

 クロエの声が響く。声の発信源は囲んでいる無人機のうちの複数から。場所を特定されないためだろう。本人は未だに完全なステルス状態にいる。

 

 

『私の機体の特性はこのステルスと……そして、無人機の統合制御です』

 

 

 以前の戦いで初めてクロエが乱入してきたときも確かにクロエは無人機を従えていた。プログラムではなく、リアルタイムでの指揮運用ができる能力を持つ指揮官機。シールのように、単体戦闘力に特化しているのではなく、圧倒的な物量を持つ無人機そのものを武器として使う操士。それがクロエの力。

 

 

『そして、これらの機体はあなたを倒すために用意した特注品です』

 

 

 速さにおいて他の追随を許さないラウラ。そんなラウラを仕留めるために造られた機体。先の攻撃からもわかるように、相当に対策を練られているようだ。

 これがクロエの切り札。特殊型IS【トリックジョーカー】の統制機としての力を発揮した最大システム。劣化性能とはいえ、ヴォーダン・オージェの情報処理能力を駆使して発揮されるそれは単機でありながら大部隊と同等の運用と戦術を行使できる。

 

 統合運用システム【二十八鬼夜行】。

 

 マリアベルによって強化され、名付けられたそのシステムの名称通りに、二十八機の無人機の部隊運用によって戦場を蹂躙する殲滅システムだ。

 

 

「ふん、それでおまえは隠れているだけか? 人形に任せて、いい身分だな」

『文句があるなら直接どうぞ。まぁ、私を見つけることができれば、の話ですがね』

 

 

 二十八機が一斉に武器を構える。包囲網にも大きな隙がない。逃げることが可能だろうが、状況がそれを許さない。セプテントリオン側の利点である部隊連携に比肩するほどの能力を発揮しうるクロエを放置しておくことはできない。最低でも、この二十八機は破壊しなくれは戦況が傾きかねない。

 

「すべて破壊してやる」

『その前に、あなたを破壊します。存分に戯れていってください………あなたが、倒れるまでね』

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

焼け付いた砲身をパージし、ウェポンシリンダー内に残されていた重火器を再展開。同時に撃ち尽くしたミサイルポッドも破棄し、機体の軽量化を図る。敵も本腰を入れてきたのか、無人機の数がもう冗談じゃないほどに跳ね上がっている。

 数は力だというように集中砲火を浴びており、被弾も増えてきた。防御機構がなければ既に落とされていただろう。長距離からの狙撃を行うセシリアよりも敵密集地帯を優先的に狙うシャルロットのほうが狙われているようだ。既に防御エリアである鋼の森を超えた機体が島に上陸してきているが、地上のほうは他のセプテントリオン隊のメンバーが迎撃している。さらにその上空から機動力に優れるシュバルツェ、ハーゼ隊が援護。そしてそのさらに上をセシリアとシャルロットの二機のドレッドノートで抑えるという布陣だ。

 火力に特化したドレッドノートは射線を遮るものがない高度を維持し、遮蔽物や高低差、さらに数々のトラップが仕込まれた島の陸上では連携しながらのゲリラ戦もかくやという戦いを繰り広げ、その隙間を縦横無尽に飛び回り援護する。この縦に分けられた三つのエリアにおいてそれぞれ最高のパフォーマンスを発揮できる準備を整えている。

 

 そして特化戦力としてアイズ、ラウラ、鈴。近接型でありながら無人機の通算撃墜数一位を誇る鈴の駆る甲龍による単機防衛エリア。世界最速を誇るラウラのオーバー・ザ・クラウドによる遊撃。

 そして最大射程を誇るセシリアの【眼】として機能するアイズ。既に敵機の侵攻度合からその役目を終えたアイズは敵勢力の最大戦力であるシールとの一騎打ちを行っている。これは予定通り、アイズもそれを望んでいたし、なにより生半可な腕ではシールを足止めすることすらできない。

 正直なところ、アイズでもシールに勝てるとは言い切れない。だが、それでも最低限足止めはできる。もっとも、アイズ本人は既にそんな戦況分析など頭にはないだろう。その愛くるしい顔を、血を吐くような形相に変え、ただシールとの戦いという語り合いを楽しんでいる。

 問題は鈴とラウラだ。それぞれが敵側の特機と交戦に入ったことで完全に足止めさせられた形だ。ドレッドノート級の超大型機の出現という想定外に対処することは必須であるし、むしろ単機でタイマンをする鈴のおかげでまだ戦線は維持できている。あれが上陸すれば地形やトラップなど無視して戦域を蹂躙されただろう。

 しかし、ラウラが足止めされていることが問題だった。ラウラの機体も尖った性能とはいえ、そのランクは第五世代に分類される。基礎スペックだけで他の機体とは一線を画する。戦域すべてのフォローを瞬時に行えるラウラはセーフティとして申し分ない。それがわかっているのだろう、クロエは確実にはじめからラウラを狙っていた。

 個人的な因縁が深いという理由もあるかもしれないが、同時にラウラを自由にさせることの危険性も理解しているのだろう。多数の無人機で包囲し、ラウラの離脱を阻んでいる。

 

 ともなれば、敵機の駆逐はシャルロットの役目だ。火力に特化したドレッドノートが主力を担うべきなのだが……しかし、そう上手くは事は運ばない。

 度重なる被弾で防御機構が抜かれかけている。セシリアも狙撃で援護してくれているが、このままでは撃墜されるだろう。

 

「戦況の流転が、予定より早い……!」

 

 シャルロット達も、無傷で守りきれるとは思っていない。それなりの被害と犠牲も覚悟の上で戦いに臨んでいる。理想すぎず、妥協すぎず、現実的にベストではなくベターをなぞるような戦況のコントロールを図っていた。

 しかし、現状は想定よりもかなり悪い。物量も想定以上だが、有人機の投入によって亡国機業側に傾いてしまった。シールとクロエ、オータムの三人はそれぞれがタイマンで抑えているが、マドカともうひとり、――――。シャルロットは初めて見るが、おそらくはその存在だけは確認されていた亡国機業のナンバー2とされる女性だろう。彼女が完全にフリーの状態だ。

 専用機を持つことはそれだけ腕がいいということだ。事実、低く見積もっても間違いなく国家代表クラス。下手をすればそれを軽々と凌駕する強さだ。機体特性であろう、炎を操り、戦場を焼却し、蹂躙していく様は貫禄すら伺える。既に、彼女に挑んだセプテントリオン隊のメンバーも二人が戦闘不能にされていた。あれを抑えるには、専用機持ちクラスか、それができなければ最低でも三機以上で包囲するしかないだろう。

 これ以上はまずい。そう判断したシャルロットが量子通信を開き、同じく苦心しているであろうセシリアへと叫んだ。

 

「セシリア! これ以上は……!」

『把握していますわ。……仕方ありません、予定を早めましょう。束さんは動けません。最悪、私が相手をします』

「セシリアの援護射撃がなくなるのはまずいよ」

『しかし、あれは完全に想定以上の強さです。私くらいしか、確実に足止めはできませんわ』

 

 それは正しい。単体戦力で見るなら、セプテントリオンで対抗できそうな人間の中で対処できるのは現状ではセシリアしかいない。アイズや鈴も可能だろうが、この二人は既に同じエース機と戦闘中だ。

 しかし、セシリアが動くということは要所で確実に命中させる援護射撃がなくなるということだ。この混戦の中でも百発百中を誇り、確実に敵機を撃破しているセシリアを向かわせるのは大局を見れば悪手としかいえない。

 ならば、他の打てる手は決まっている。

 

「セシリア……僕に行かせてもらうよ」

『………』

「もうドレッドノートも長くは持たない。最後に全火力を叩き込んでパッケージを破棄すれば、僕が対処できるでしょう?」

『わかっていますの? あなたの機体はアイズ達と違い、決してタイマン向きではありません。そして、……』

「実力に劣るっていうんでしょ? それもわかっている。見ただけでわかるよ。あの人、僕よりずっと強い……」

 

 シャルロット自身、冷静にそう判断できる。

 十回戦って一回勝てれば御の字。そのくらいの実力差だろう。加えて、炎を操るという威力・射程も汎用性に富むあの機体を相手にタイマンは圧倒的にシャルロットが不利となる。切り札のカタストロフィ兵装も、あのレベルの相手なら撃たせてくれないだろう。

 

「でも、今無理を通さないでいつ通すっていうのさ」

 

 言いながらも残された火器を惜しみなく放つ。火力に物を言わせた爆撃は凄まじく、何度もできることではないにせよ、敵陣の一角を完全に吹き飛ばしてしまう。しかし、同時に実弾兵器の弾薬は底を突く。ウェポンシリンダーに残された火器は既に二割を切っていた。

 

「時間稼ぎに徹すれば、僕でもできるはずだよ。伊達に、この魔窟にいたわけじゃない」

『………隊長として命じます。ドレッドノートを破棄後、フェイズ3まであれの足止めを』

「オーダー、承ったよ!」

 

 ほぼ強引に命令をさせたようなものだったが、それがベターな対応だろう。援護射撃もそうだが、部隊指揮も兼ねるセシリアを行かせるわけにはいかない。

 パージの準備をしつつ、残されたエネルギーをすべて火器に回す。防御機構は既に停止させ、最後にドレッドノートに搭載されたジェネレーターを意図的にオーバーフローを起こさせ、暴走状態のままとある目標に向けて突っ込んでいく。

 

「………ジェネレーター、臨界。カウントダウン開始」

 

 ドレッドノートの最後の武器がジェネレーターを暴走させての自爆。つまりは特攻である。これだけでエリアの一角を吹き飛ばすほどの威力があるが、それの狙いを無人機の密集地ではなく、ただ一機に向けて放った。

 

「鈴! 花火をあげるから上手く使って!」

『はぁ? ………っておいちょっと待て!? 待って!』

 

 焦ったようになにかを叫ぶ鈴を無視してシャルロットはパッケージをパージ。同時に鈴と戦っていた超大型機に向けて特攻させた。オーバーフローとなったジェネレーターが熱を放ち、エネルギーラインを通して機体そのものが赤熱化する。自爆まで計算されたパッケージは効率よくエネルギーを溜め込み、そして大爆発を引き起こす。

 弾薬はすべて消費していたとはいえ、膨大なエネルギーが暴走した爆発の威力は凄まじく、その直撃を受けた超大型機―――オータムの駆るアラクネ・ギガントの機体が激しく揺れた。右側面にぶつけたことで触腕を三つ破壊する。その行動に大きな制限をかけることに成功する。

 そしてそんな機体とタイマンをしていた鈴はというと、その巨体を盾として爆風と炎を回避していた。しかし、それでも爆発の衝撃に煽られて通信から『うおへあっ!?』などと奇声を上げている。周囲一帯を炎で染め上げ、その熱量で海の一部が蒸発。さすがに水蒸気爆発を起こすわけにはいかなかったためにそのあたりは計算したが、威力は十分だろう。

 

 離脱したシャルロットはラファール・リヴァイヴtype.R.C.の出力を戦闘レベルにまで上昇させ、もっとも慣れ親しんだレールガン・ガトリングガン・マシンガンという重火力兵装を召喚する。そしてちょうど戦闘態勢を整え終えたときに通信から怒号が響いてきた。

 

『くぅおぉぉぉらァァ―――ッッ!! シャルロットォッ!! なにやってんのよ! あたしを殺す気!?』

「え、鈴って死ぬの?」

『黙れ金髪メロンめ! あたしじゃなきゃ木っ端微塵よ!』

「やだなぁ、鈴だったからやったんじゃないか」

『あとで覚えてなさいよ! おかげでやりやすくなったわ、バカ野郎! あと、そっちも死ぬんじゃないわよ! この戦いのあとであんたのメロンを揉みしだいてやるわ!』

 

 文句と感謝を言いながらの通信が切られる。見れば鈴がこの機を逃さずにさらに一本の触腕を破壊していた。さすがこういう仕事は抜け目なくよくできる。

 鈴は心配いらないだろう。アイズと並んでしぶとい女だし、それになにより頑丈だ。あれくらいではなんでもないだろう。事実、文句を言いながらも完璧に対処している。

 

「さて、僕は僕の仕事をしなきゃね」

 

 シャルロットの目の前に一機のISが降りてくる。わざわざ足を止めて対峙してくれるあたり、どうやら相手もシャルロットとの戦闘がお望みのようだ。向こうからしてみればセプテントリオンの専用機持ちは皆、通常の無人機など束になっても一蹴してしまう規格外機だ。それを狙うのも当然。お互い様というやつだ。

 油断なく相手を見据え、火器の銃口をゆっくりと向ける。通常のISでも簡単にスクラップにできる重火器を前にしても、その金色のISを駆る女性は余裕を崩さずに笑みすら浮かべている。

 

「あなたが私の相手かしら?」

「ええ。これ以上は好き勝手はさせないよ」

「ふふ、なかなか可愛らしい子だけど……残念ね。あなたでは私には勝てないわ」

 

 シャルロットの嘲笑するわけでもなく、ただ事実を言っただけという様子だった。

 

「そういえば、あなたたちとははじめましてね。亡国機業首領補佐のスコール・ミューゼルよ」

「……! やっぱり、亡国機業のナンバー2」

「今まで前線には出てこなかったらね……久しぶりの戦場での相手が、あなたみたいな可愛い子で嬉しいわ。でも……」

 

 ひゅん、と風を切る音と、ゴウッ、と焼け付く音が同時に響く。スコールの駆るIS【ゴールデンドーン】から発せられた炎の鞭がしなり、シャルロットへと迫る。軽口を言いつつも、その攻撃には容赦の欠片もない。一撃必殺を期して放たれた一閃が吸い込まれるようにシャルロットへと迫り――――。

 

「舐めないでよ!」

 

 瞬時に両手に持つマシンガンをショットガンに換装。シャルロットが誰にも負けないと豪語できる唯一の技能、――武装の高速切替。数多の重火器を瞬時に展開して圧倒する戦いこそがラファール・リヴァイブtype.R.C.の真骨頂だ。

 両手のショットガンを時間差で発砲し、炎の鞭を弾き返す。的確な対処したシャルロットにスコールは感心したように顔を綻ばせる。

 

「確かに他の化物クラスのみんなと比べたら僕なんてそこそこだろうさ、でも! 僕もこの場には覚悟をもって立っている! 邪魔はさせないよ!」

「若いわね」

 

 スコールの周囲の空気の温度が急激に上昇していく。炎が渦巻き、その熱と圧がシャルロットを刺激する。こうして対峙するだけでわかる。間違いなく格上。まともに戦えば倒れるのはこちらだろう、と。

 しかし、無理に倒す必要はない。そしてここは戦場。地の利もシャルロットにある。まともにやりあって勝てないのなら、そのすべてを利用して抑えればいい。あの暴君の教育のせいで、………いや、おかげで悪辣な手段も今のシャルロットにはぽんぽん思い浮かぶ。その気になれば外周エリアに仕掛けた地雷を一斉爆破して陸地の一部もろともに海に沈めることだって躊躇わない。

 このエリアのトラップの発動準備を整えつつ、決死の覚悟でスコールへ銃口を向ける。

 

「さぁ、撃鉄を起こすよ!」

 

 

 

 




ようやく更新できました。うーん、まだしばらくは更新ペースは安定しなさそうです。

今回でラウラとシャルロットも交戦開始。徐々に押されていっていますが、そろそろまた増援がやってきます。

束さんはいろいろ仕込み中なので参戦はもうちょっとあとですがちゃんと見せ場を用意しています。

そしてまもなく始まるマリアベルの蹂躙劇。

それではまた次回に!


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Act.137 「因果収束点」

「あの無自覚腹黒娘め、あとで覚えてなさいよ」

 

 ドレッドノート級パッケージのジェネレーターの暴走による自爆攻撃ははじめから想定はされていたが、それをまさか至近距離で自爆させられるとは思っていなかった。確かにオータムのアラクネ・ギガントを盾にできる位置に特攻させたが、その威力は洒落にならない。

 いくら頑強さが自慢の甲龍でも直撃を受けて無事に済むはずがない。だが、それでも鈴ならなんとかするだろうという無責任とも思える信頼だろう。そして事実、鈴はそれを凌ぎ、むしろ好機として触腕のひとつをもぎ取った。

 さすがの巨体もドレッドノートの自爆には耐えられなかっただろう。その半身は既にスクラップ状態だ。それでもこの装甲の硬さは梃子摺るが、あとは丁寧に装甲を剥ぎ取っていけば十分だろう。それなりに時間もかかったが、勝機が見えてきた。

 

 

「このままいけば勝てる……なんて思ってんじゃねぇだろうな?」

「っ!」

 

 

 その声ではなく、アラクネ・ギガントの装甲が稼働したことを視認した鈴が瞬時にバックステップをして距離を取った。数瞬遅れて、ボロボロになった装甲が弾けとんだ。そしてそれは砲弾にも等しい速度で鈴に襲いかかる。攻撃も兼ねた装甲パージ。これもアクティブアーマーの攻撃転用だ。

 

「しゃらくさい!」

 

 飛んできた鉄の塊でなんなく拳と脚で弾き返す。しかし、あのまま至近距離にいたら捌ききれなかったかもしれない。勘でしかなかったが、危機感を覚えて即座に距離を離したことが功を奏した。舌打ちしつつ目を向ければ、そこにはひとまわり小さくなったアラクネの姿があった。しかし、それでも以前として甲龍と比べれば遥かに巨大。ビルほどの大きさがある。【超大型】が【すごい大型】に変わったといった程度だ。しかし、中から再び触腕が展開され、その他にも砲台と思しき武装まで現れる始末だ。

 

「木偶が木偶になったところで!」

 

 いくら一撃で即死級の威力を持つといっても、鈴ならば即死は耐えられる。それ以前に初撃の吶喊を受け止めた以降はすべて回避している。超大型機といえば聞こえはいいが、通常サイズのISとタイマンをするにはその巨体は大きすぎる。必ずどこかしらに死角があり、密接すればおおよそ対処も容易となる。もちろん、相手もそう簡単にそれをさせるはずもない。装甲表面には高電圧のボルトショック機構が施されており、触れただけでダメージを与えるという機能まで備えている。それを無視して発勁でぶち抜く鈴も大概だが、機体の各所に備えられた武器が鈴の体力と甲龍の装甲を確実に削っていた。

 

「それでも、あんたがスクラップになるほうが早いわ!」

 

 既に攻略法は覚えた。攻撃の対処法もわかった。維持するべき間合も理解した。その全てを理詰めではなく戦闘勘によって把握した鈴は迷うことなく突撃する。

 

「小さくなるってことはその装甲も薄くなるってことでしょ!」

 

 襲い来る触腕を躱しつつ、龍跳虎臥で空を踏みしめての踏み込み。その勢いを余すことなく活かしながら渾身の発勁を叩き込む。先ほどよりも確かな手応えを感じ、それを証明するようにアラクネ・ギガントの装甲がはじけ飛ぶ。追撃とばかりに二撃目をはなとうとするが、またしても装甲パージによって防御される。鈴の浸透勁は重装甲を貫通するが、そのたびに装甲をパージされてはせっかくの破壊力も本体までは届かない。

 なるほど、これが発勁の対抗策なのだろう。装甲を無効化する近接型というだけでチート扱いされる鈴だが、事実相手の防御力に左右されない攻撃力はそれだけ有用なのだ。ならばはじめから使い捨てるように装甲を重ねておけばその威力も減退できる。

 小賢しい。しかし有用だ。鈴はそれを認め、だからどうしたと言わんばかりに責め立てる。

 

「マッパになるまで剥いてやるわ!」

 

 有効だが決して無尽蔵ではない防御手段。対して鈴の攻撃力はIS依存ではなく操縦者である鈴自身の純粋な技量によって成り立っている。先に尽きるのはアラクネの装甲のほうだ。

 

「お?」

 

 しかし、そこで再びアラクネが全身のアーマーを強制排除。さらにひとまわりサイズが落ちる。そして再び同じように触腕をはじめとした武装群が展開される。先ほどのリプレイのような光景に鈴も少しイラついていた。

 

「マトリョーシカでも肖ってんの!?」

 

 さらに鈴が攻め立て、オータムは同じような全身のアーマーパージを繰り返す。そして五回目のパージを終えたときには、既に大型機とはいえないサイズにまで縮まっていた。はじめのサイズが大きすぎたために相対的に小さく見えるが、それでも大きさは甲龍の五倍以上。ちょうど通常のISサイズと大型機の中間ほどの大きさに落ち着いたようだ。これまでの使い捨てのようなどこか荒っぽい武装はなく、シャープで隙のない武装で全員を固めている。

 直感的にこの形態こそが真の姿だと理解する。鈴はこれまでの吶喊を止め、じっと機体を注視した。

 

「む……」

 

 サイズが小さくなったために先ほどまであった死角も隙もなくなっていた。巨体には違いないが、圧倒的な質量に物を言わせたものではなく、そのパワーとサイズによるリーチを活かした近接仕様。シンボルともいえる触腕もかつて受けた毒針が装備されている。

 

「あーあ、とっととやられておけばよかったものを……、このアラクネの姿になったからには、てめぇ、楽には死ねんぞ?」

「マトリョーシカが吠えるんじゃないわよ。凍土の片隅の土産屋にでも並んでなさい、イロモノが」

 

 変わらぬ挑発を繰り返す鈴だが、内心では舌打ちしていた。口ではああ言っているが、鈴は決してオータムを甘く見てはいない。むしろ強敵と認識している。超大型機なんてものはインパクトはあるが、有効な攻撃手段を持つ鈴からすればまだ付け入る隙が多く戦いやすいと言えた。しかし、今のサイズは自身よりも大きく、質量差を考えてもパワーで押し切る戦法も愚策に思えた。しかも今の甲龍は武装のほとんどを失っている。追い詰められているのはむしろ鈴のほうなのだ。

 もし今の鈴が第三形態移行を可能としていればあの強力無比な蒼炎で薙ぎ払えるのだが、とらしくもないないものねだりのような思考をしてしまう。鈴は軽く首を振って不抜けた思考を追い出した。

 しかし、どうあれ鈴が取るべき戦法は接近戦しかないのだ。既に遠距離武装は手甲内蔵のガトリングガンのみ。オータムを倒すにはやはりクロスレンジしかない。

 問題はあの触腕。頑強さには自身のある鈴でも、あの触腕の毒針を受けるわけにはいかない。かつて受けたからこそ、あの危険性は十分に理解している。ISプログラムを侵し、さらには装甲を腐食。機体システムにエラーを起こし機能不全に陥れるまさに猛毒。以前はそれでもオータムの意表をつき、辛くも痛み分けまで持ち込んだが、同じ手は通じないだろう。殴り合いの距離で八本もある触腕の全てを回避することが絶対条件。正直にいえば、かなり厳しい。

 

「だからどうしたっての!」

 

 自らを鼓舞するように吠える鈴。最後に残された武装である竜胆三節棍を構える。残っていた武装がこれであったことは幸いだった。鈴の持つ近接武装のうちでもっともリーチがあり、かつトリッキーな運用もできる火凛が用意してくれた鈴専用の特注品だ。鈴は既に三本を酷使して折っているため、これで四本目。ようやく鈴が本気で振り回しても耐えられる強度になった完成版だ。そして長物、特に棍は武術家としての鈴が最も得意とする得物だ。

 IS特有の飛翔ではなく、単一仕様能力による踏み込みによって加速、瞬時に肉薄する。どれだけリスクを背負おうが鈴の戦いはあくまでも接近戦。この間合いを恐れるような情けない根性など鈴は持っていない。

 

「一意専心!」

 

 自身を鼓舞すると同時に自己暗示をかけて集中する。未だ絶望的ともいえるサイズ差、リーチ差のある巨体の間合いに踏み込む。そしてすぐさまに迎撃される。

 この程度のサイズがちょうどいい、というオータムの言葉は確かだ。威力は十分。そして隙も少ない。確かに今の大きさで暴れられるほうがはじめの山のような巨体のときよりも厄介だ。機動性と柔軟性、そして攻撃性能が完全に噛み合っている。鈴の格闘能力をもってしても、無傷で制圧は少々厳しい。

 全身の経路に陽の気を巡らせる。活力を意図的に全身に回すことで身体能力を活性化。ここまでが鈴のもてる才気。鈴の反応速度は既に量産機では対応できず、エラーとなるほどの速度域を誇る。人体改造をされたアイズとセシリアに生身で迫る脅威の身体能力を持つ鈴の要求に完璧に応えられるのが甲龍だ。

 武器は手足と同じ。IS越しに操る武器とは思えないほど繊細に操っている。火凛が重点的に強化した部分が指……マニピュレーターであった。

 人間の指とまったく同じ可動域を持ち、鈴の普段の感覚そのままに拳を形作り、物を掴むことができる。発勁をISで放つために研究し、作り上げた技術だがそれは武術家の鈴にとって思わぬ効果が生まれることとなった。

 ただ武器を握って振るうだけではない、繊細な力の強弱、無意識にも作用するベクトルの再現。体に染み付いた技術をそのまま力にする鈴にとって、この機能は絶大な効能となった。これには束も開発者である火凛を諸手を上げて賞賛していた。

 鋭敏に、繊細に動く強靭な指で竜胆三節棍を操る鈴は迫り来る触腕を弾き、いなしていく。とにかく直撃は絶対に受けられない。棍と蹴撃で弾きながら距離を詰める。その巨大な機体に備えられた副砲と思しきマシンガン等の銃撃を受けるがすべて無視。その程度のチャチな銃器で抜けるような装甲ではない。その代わりに装甲腐食とシステムエラーを引き起こすステークだけは確実に防ぐ。

 アラクネはそのサイズを最適化しているとはいえ、カテゴリは未だに大型機。IS戦の定番ともいえる空中戦ではなく、その巨体ゆえに地上戦を余儀なくされている。そして地上戦ならば鈴と甲龍に敵う存在など、鈴の知る限りでは皆無だ。アイズには粘られるが、それでも空を禁止すれば勝つのは鈴だ。この条件下ならばセシリアさえも完封できる。地面を武器とする術を身を持って知っている鈴はかつて師匠から受けた様々な手段を用いて相手を追い詰める。

 薙ぎ払うように振るわれた触腕を飛翔ではなく単なる跳躍で回避。しかも着地は攻撃してきた触腕に合わせるという、ゲームなら小ジャンプとでもいうようなほんのちょっと跳ねるだけのジャンプだ。第二形態に進化したことで肥大化し、より強靭になった脚部で射抜くように踏みつける。この触腕だけで甲龍でも抱えなければならないほどの大きさだ。ただ踏みつけた程度で破壊できるようなものではないが、甲龍にとってはそれだけで十分だった。多くの武装は既に使用不可能になっているが、コレは別だ。

 

「オラ吹き飛べェッ!」

 

 踏みつけた触腕が弾けとんだ。文字通りに破砕され、見事に触腕のひとつを抉り取る。―――足裏部攻性転用衝撃砲“虎砲”。

 足の裏から放つ異色の砲撃武装。いや、正確には武装ではなく、単一仕様能力を応用して固有技。もともと【空を駆けるための足場を形成する】という単一仕様能力を、足場ではなく砲身を作るというやり方で使っただけの攻撃。言ってしまえばただそれだけだが、侮るなかれ、ゼロ距離の密着状態からも放つことができる砲撃、しかも格闘能力の高い鈴の蹴りと併用できるというだけで恐ろしい武器へと変貌する。この固有技のおかでげ鈴の蹴り技は二段構えのリーチ増加という副次効果を付与されている。

 

「そして捉えたわよ!」

 

 虎砲の反動を利用して跳躍。瞬時に距離を詰めてとうとうアラクネの本体を間合に捉える。未だ本体を守る触腕はいくつもあり、その必殺の拳を届かせるまでにはあと四歩足りないが、しかし、それでもそこは鈴の間合だった。

 鈴は手にしていた竜胆三節棍を槍のように構える。右手で握り締めで半身になって引き、そして左手を添えてその狙いをつける。基本に忠実な“突き”の体勢。身体を巡る力を余すことなく伝え、棍による一突きを気迫と共に放つ。触腕による防御網の隙間を縫ってその突きがとうとう届く。見事に本体にクリーンヒット。装甲に突き刺さるほどの棍の突きであったが、しかしそれでも大したダメージではないだろう。致命傷を与えるにためにはそのサイズ差があまりにも大きすぎた。さながら針を刺されてチクッとした程度だろう。

 

「そんなもんかよ! 効かねぇぞ!」

 

 攻撃こそ届いたが、同時にオータムの間合に入ってしまったと同じだ。しかもリーチ差は言うまでもない。回避することも至難となった攻撃密度となった触腕が鈴を襲うが、鈴は回避する素振りを見せず今度は“拳”を構えた。

 

「こいつはあたしのとっておきよ!」

 

 届かないはずの拳。しかし、それを鈴は振るう。狙うのはアラクネ本体ではなく、それに突き刺さった竜胆三節棍。

 

「お師匠直伝発勁流し、其ノ二よ!」

 

 それは、さながら釘を金鎚で打ち付けるかのような光景だった。鈴によって押し出された竜胆三節棍がその巨体に打ち込まれた。外装だけでなく、内部機構にまで到達したことでアラクネの動きが止まる。如何に巨大であったても、如何に頑強であっても、内部破壊を引き起こされればそれは容易く落ちる。そしてそれは鈴の得意技だ。

 

「が、ぐっ……小娘ェッ……!!」

「安心して倒れなさい!」

 

 苦悶の声を漏らすオータムにトドメを刺すべくさらに一歩踏み込む。相手は死に体だ。容赦も躊躇いもなく決着をつけるべく、右手を振りかぶる。最高破壊力を誇る右手の発勁掌。渾身の力を込めてオータムへとそれを放ち―――――。

 

 

 

 

 

「甘いんだよ、小娘が」

 

 

 

 

 

「……ッ!? ご、ぐハッ……!」

 

 突如として痛みと共に練り上げた力が霧散する。抗うことすらできずに解かれた全身を恐ろしい倦怠感を襲い、必殺のはずの一撃は敵へと届く前に散らされる。いったいなにがあった、と混乱しそうになる思考を無理矢理にカットする。戦場での迷いは禁忌だと雨蘭から身体に仕込まれている鈴はほぼ反射的に混濁した思考をまるまる無視し、どこか一歩引いた視点から状況把握を試みる。

 痛みは背後。背中と足。そしてそれだけではなく甲龍のシステム自体にもエラーが発生している。

 

「背後……! 隠し腕!」

 

 毒のステークを受けたと確信し、背後を見ればやはりというべきだろう、三つのステークが突き刺さっていた。突き刺された装甲部は腐食が始まっており、そこから侵食された“毒”によって甲龍の動きも目に見えて鈍くなっていた。

 受けてはいけない攻撃だった。それがわかっていたのに直撃を許してしまった。踏み込む際も細心の注意を払っていたにも関わらずにこのザマだ。鈴は自分自身の不甲斐なさに怒りすら覚えていた。

 

「地中から……!」

 

 甲龍を穿った触腕はなんと地中から現れていた。触腕が八本しかないと思い込んでいたことと、地上戦ゆえに真下の警戒が薄れていたことで完全に不意打ちを許してしまった。まだ侵食が進む前に機体出力を上げる。背後へと回し蹴りを放ち、甲龍を穿っていた触腕を断ち切る。龍鱗帝釈布をかつてと同じように動きの補助のために全身に巻きつける。力任せの応急処置でしかないが、やらないよりは遥かにマシだ。

 

「ちぃっ……!」

 

 しかし、やはりそれでも不調はごまかせない。必至に出力を上げようとするが、うまくいかない。例えるならエンジンが空回りして回転しているかのような手応えの無さだった。この侵食具合は明らかに以前のものよりもタチが悪い。さらに鈴が体勢を整えようとする前に抜け目なく追い打ちをかけてくる。軋む機体が悲鳴をあげるような音をあげるが、鈴はそれを無視する。自身の愛機ならば根性を見せろと言わんばかりに酷使し、力の入らない機体を無理やりに動かして回避運動を行い距離を取る。単一仕様能力も不安定となっているのか、時折空を踏めずに足を取られそうになりながらもなんとか後方へと離脱する。

 だが、それを許すオータムではない。

 

「よくがんばったが、これで終わりだな」

 

 オータムの選択した攻撃手段は体当たり。その巨体をそのままぶつけるという原始的なものだった。しかし、それは今の鈴にとって最も対処が難しく、そして回避が困難なものだ。

 触腕は強力だが、攻撃範囲が読まれやすい。機動力が落ちたとは言え、瞬発力と俊敏に優れた甲龍を確実に捉えるとは言いづらい。ならば、巨体をそのままぶつけるほうが確実というものだ。事実として逃れようとしているが、その動きが阻害されてアラクネの間合いから逃れきれていない。

 それでも鈴は防御体勢をとって受け止めようとする。初手の攻防のときとは違い、コンディションが低下した今では受け止めきることなどできないだろう。サイズ差が縮まったとはいえ、それでも比較にならない質量差がある。

 結果、鈴は大した抵抗もできずに跳ね飛ばされる。

 それでも衝撃を逃がしたのは流石といえるが、重力に引かれて地面に叩き落とされた鈴のダメージは深刻なものとなっただろう。倒れたまま、足掻くように手足を動かそうとする鈴に、それでもオータムは油断しない。これまで幾度となく辛酸を舐めさせられてきた相手だ。

 

「これは賞賛だぞ」

 

 そう。だからこの追撃は強敵と認めたという賞賛だ。

 

「クソがッ……!」

 

 倒れ伏す鈴の視界には、降り注ぐ数多の凶器が映っていた。残存しているすべての触腕による一斉攻撃。

 その毒針が雨のように降り注ぐ光景を鈴はただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 彼女たちにとってそれは予定調和と言ってよかった。

 繰り出す斬撃は空を切り、どれほどの奇策、不意打ちをしても容易く対処される。それは相手にとっても同じであり、あらかじめ決められていた舞踏を行っていると錯覚するほどに無駄の一切ない攻防を繰り広げている。

 常人には追いつけない超速の思考速度。その速度は既にISにおける可動速度を上回っており、だからこそ挙動がただの予定調和に成り下がっている。常に最適手を選び続ける二人は、どちらかがミスをするまでこの一切の無駄のない調和した攻防を演じ続ける。

 無論、それでは千日手。勝負はつかない。だからこそ二人が狙うのは意識の隙。最適手ではない、それ以上の妙手。相手の最適解を上回る、博打にも似た一手を狙う。

 現状は隙のない王道ともいえる対処法。攻め手に欠けるが、堅実に守る。しかし小手先の技術では容易く対応され、その隙を突かれる。だから相手の想像を超える手を出さなければこの膠着を突破できない。これまでの二人の戦いも、こうした膠着状態を経て最後には互いにリスクを冒しても攻める消耗戦へと発展していた。

 傾向としてはアイズは奇襲によってリスク覚悟で攻めることが多く、シールはそれらすべてを捌いてのカウンターを好む。ゆえにアイズは対抗するために多くの引き出しを用意している。

 

「次から次へと、よくそれほどの小技が出てくるものです」

「よく言うよ、涼しい顔して!」

 

 アイズの繰り出すトリックスキル、奇襲、奇策、妙手、搦手、そのすべてをシールは捌ききっていた。そこらのIS乗りならもう十回は落としているほどの猛攻を受けつつも、シールは揺らぐ気配さえ見せない。無論、アイズとてこの程度の技が通用するなどという楽観はしていなかったが、それでも焦った顔のひとつくらいはさせたかったというのが本音だ。

 

「どうしました? まだこれからです。少しは私を追い詰めてくださいよ」

「よく話すね。シールって実は会話に飢えてるんじゃないの?」

「……あなた以外には話しかけたりはしませんよ」

「あ、ちょっと嬉しい。そんなにボクと?」

「…………」

「あれ、黙っちゃってどうしたの?」

「………別に」

 

 シールが隙を晒さない程度に動揺したことを感じ取ったアイズは「おや?」と思いながらも容赦なく剣を振るう。少しでもてを緩めれば一気に攻め立てられることはわかっているためであるが、どうもシールの覇気が少し薄れたように感じた。よくよく見れば顔も少し赤い。

 

「ええい、あなたは、……こんなときでも、なにも変わりませんね!」

 

 今度はなぜか怒り出すシールにさらに困惑しつつも、丁寧に剣を操りシールの八つ当たりのような少し荒っぽい攻撃を受け止める。雑になったことは確かなのにその全てが確実に急所狙いだ。

 

「なんで怒るのさ」

「自分の胸に聞いたらどうですか!」

「ボクはいつだって正直だよ!」

「まったくタチの悪い!」

 

 シール自身でも、実にくだらないと思える衝動からギアをひとつ上げてしまう。これまでは本気ではあったが全力ではない様子見だったが、それをやめて積極的にアイズを仕留める行動に出始める。

 殺意というには温いが、戦意というには激しい。

 手足を斬り飛ばしても気にしない程度には無慈悲で躊躇のない斬撃。アイズの直感がその危険性を激しく伝え、それに反応するかのようにアイズの集中力も深くなる。

 自然と口数は減り、言葉の代わりに剣で語る。

 言葉にしなくても伝わる。それは確かにシールも感じ取っていた。アイズの表情は既に先ほどまでの愛嬌のある顔から一変し、凝視するように目を見開き、シールと同じ金色に輝くその人造の瞳を晒している。瞳以外は雰囲気もまったく違う顔のはずなのに、このアイズの瞳を見るたびにシールは鏡を見ていると錯覚してしまう。

 それほどまでに、アイズのその眼は自身と同じ輝きを宿していた。失敗作とされながらも、こうして本物と並び立つ存在。それに思うことがないわけではない。いや、むしろシールはそんなアイズに対して拒絶の念すら持っていたはずだった。

 しかし、今はその眼が、その存在がこうして自身と渡り合っていることが、少しだけ嬉しい。そう思うようになっていた。この気持ちですら、気付くまでにかなりの時間を要し、そして受け入れることにはさらに時間を必要とした。

 そうして得た気持ちを持て余していたことも確かだったが、今ではそれはおおよそシールは自分の心として受け入れている。

 

「本当に退屈させないですね、あなたは!」

 

 しかし、それと勝敗とは話が別だ。アイズが自身に限りなく近づいていることは認めよう。今、この瞬間も少しでも油断すれば敗北もありえるほどにアイズが強く、脅威となっていることも認めよう。

 

 だが―――――それでも、勝つのは自分である。

 

 それが、シールの意地であり、生まれた意味。戦いにおいて誰よりも優れた存在。ましてや、この完全なヴォーダン・オージェに劣るプロトタイプの眼を持つアイズに負けるわけにはいかない。

 シールは遺伝子情報をデザインした段階からこの眼を持つことを前提に造られた。つまり、この人造魔眼の最上の名器となるべくして生まれた存在だ。その価値に固執するつもりはない、だが放棄するつもりもない。互いが背負っている事情も決意も、今この瞬間にはどうでもよくなる。

 この唯一無二の、愛おしい宿敵。それ以外のことには意識を割くことすら煩わしい。ヴォーダン・オージェによる高速思考によって、この刹那を引き伸ばしたような速度域についてくることができるのはアイズだけだ。

 おそらく、後にも先にもアイズだけ。アイズ・ファミリアだけが、自分の生きている領域を理解してくれる。

 

 マリアベルのいうように、それは得がたい存在だ。たとえ、そんなアイズを“だからこそ殺さなければならないと思ったことがあったとしても、そしてそうなってしまうかもしれないのだとしても”、後悔はない。

 ああ、いや、後悔するかもしれない、でも―――――。

 

 

 

 

「雑念が多いよ、シール」

 

 

 

 

 ほんのわずかに入り込んだ意識の隙間を、アイズは恐るべき勘で感じ取る。超能力、第六感の域とまで言わしめたアイズの直感は、相手がシールであっても遺憾無く発揮される。

 一秒にも満たないほどの一瞬、わずかに思考に落ちたシールの隙を見逃さなかった。

 

 その隙に、アイズの左腕が背後へと回され、背部に装備されたその武器を掴んだ。

 

 鞘に収められた剣。日本刀を模した反りのある片刃の近接武装。ブルーアースという【母なる大地】の銘を付けられたひと振りの剣。

 それを逆手で掴んだアイズはそのまま抜刀。おおよそ人間には不可能、ISの可動域を利用してこそ可能となるリタ直伝の変則抜刀術を用いての一閃。相対した者からは突如として振るわれる回避困難なその一閃を、しかしシールはその反応速度でもってして感知、即座にその一閃を急上昇して回避したかに見えた。

 

「ちぃッ」

 

 シールが舌打ちする。その理由はパール・ヴァルキュリアに刻まれた一筋の斬撃痕。ダメージは微々たるもの、しかし確実に打ち込まれた一撃だった。

 シールがアイズを見下ろせば、残心しながらその剣を構えて油断なくシールを見据えている。青白く光る黒い刀身。以前もシールが解析することすらできなかった剣。

 アイズはゆっくりとその剣を下げると、再び背部の鞘にそれを収めてしまう。

 

「ふう、ようやく一撃……しかも切り札を使ってまで。本当に楽に勝たせてはくれな………ん?」

 

 アイズが眉をひそめてシールを見上げる。

 はっきり言って隙だからけ。強襲しようと思えば簡単にできるほどに、アイズの警戒が薄れた。いや、警戒が薄れたというよりは想定外のことに唖然とした、といった反応だ。戦闘中に見せるような姿ではないし、不意打ちをされても文句は言えないほどの醜態だろう。

 だが、シールは動かなかった。搦手の得意なアイズのことだ、それが罠という保証もない。これがアイズでなければ問答無用で仕留めるところだが、アイズの反応ならシールの強襲にも対処できてしまう可能性もある。

 そしてなにより、……いったい、アイズがなにに驚いているのか、それに興味があった。

 

「そんな間抜け面をしてどうしたのです? 私の前でそんな姿を晒せばどうなるか、わかっているのでしょう?」

「え、あ、うん。……うーん?」

「いったいなんだというのです」

 

 シールは少しイライラしていた。

 アイズとの戦いは、素直に楽しみにしていたのだ。それなのにこんな態度を魅せられては拍子抜けもいいところだ。

 

「ねぇシール。ボクたち、いったいどこで会った?」

「今更なにを? さんざんやりあってきたでしょうに」

「そうじゃなくて……」

 

 アイズは少しだけ言葉を選ぶように口を閉じる。少しして整理がついたのか、シールを見上げてゆっくりと再び口を開いた。

 

「…………もっとずっとずっと前に……シールは、ボクに会っているでしょう?」

「………」

「その沈黙は肯定だね?」

「だから、なんです? それこそ、今更でしょう?」

 

 確かにその通りだった。今更それがどうしたというのだ、という意見にも同意する。しかし、アイズは無視できないデジャブを覚えていた。

 殺意にも等しい強い戦意。そして自身を見下ろす姿。姿形は違うも、この光景、この感じは覚えがある。シールを見上げたことはこれまでも何度もあるが、自身に向けられるこの肌を刺すような感覚。今までのシールよりもずっと強く発せられるこの【殺意】に覚えがあった。そして、視覚情報よりもこうしたアイズの直感に依る感覚のほうが強い印象を持っているということは、おそらく満足に見ることすらできなかったほどの昔……ヴォーダン・オージェを制御できていなかった頃のものだ。

 

「……そうだ、この殺意、これは、……」

 

 思い出のそれよりもわずかに穏やかになった印象も受けるが、まっすぐ自分に向けられるこの感覚を間違えるはずがない。頭上から降り注がれるこの強烈な感情。

 

 これは、そう―――――。

 

 

 

 

 

「…………思い、出した」

 

 

 

 

 

 そうだ、これは、この感覚は、あのときと同じ。

 自身の無力を思い知り、力を求める転機となったあのとき。燃える家。平穏の終わり。夢心地だった幼いアイズを無情の現実に引き戻した出来事。

 それを引き起こした、謎の白いIS。あれは、あれは―――!

 

「シールだった、の?」

 

 そもそも、アイズがその襲来を感じ取れたのはあの謎のISから発せられた殺意のせいだ。

 自身には大した価値のないと思っていた当時のアイズは、その殺意の先にはセシリアがあると思い込んでいた。自分を殺す価値なんてない、でもセシリアは違う。セシリアは、自分なんかよりもずっとすごいのだから。そう思っていたのだから。

 でも、違った。そうじゃなかったのだ。

 

 あの日、あの時。

 

 あのISが殺そうとしていたのは、――――――セシリアではなかった。

 

 

「あのとき、あのISが狙っていたのは……ボクを、殺そうとしていたのは」

 

 決戦前に出会ったときに垣間見たシールの記憶。そこにわずかに映っていた幼いアイズの姿。その答えが、これなのか。

 消そうとしていたのは、セシリア・オルコットではない、アイズ・ファミリアのほうだったのだ。

 

 そして、それをしようとしたのは――――。

 

 

「あなただったの……シール」

 

 

 

 

 




とうとういろんな因縁が決着へと向かっていきます。

そろそろまたいろんなキャラが決戦の舞台へと上がって行きます。

序盤戦はもうじき終わり、中盤戦に入っていく感じですかね。


それではまた次回に!


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Act.138 「贋作因果」

 その言葉が響いた瞬間、場の空気が一変した。その高い感受性でそれを敏感に感じ取ったアイズはぶるりと身を震わせた。アイズは、直視してしまった。シールの眼にあった、わずかだが穏やかな感情が見える色が、一瞬にして凍りつくその瞬間を――――。

 

「シール……?」

 

 文字通りに感情が抜け落ちた。そう感じざるを得ないほどの変化……いや、それはまさに変貌だった。困惑するアイズに対し、シールがその声質すらも変化させて言葉を発した。

 

「よく気づいたものです。それを褒めるべきか、恨むべきか」

「それは、肯定なんだね……」

「ええ、賞賛として、理由を教えましょう。あのとき、あなたを殺そうとした理由は……」

「それもなんとなくわかる。あなたが、以前言ったことが理由なんでしょう?」

 

 アイズが、自分と並び立つことが許せない。完全な存在として生み出された自分と比類することそのものが侮辱である。

 かつて、シールはそう言った。今ではその理由は薄れてきているようにも感じられるが、それは間違いなく本心だったのだろう。

 

「ボクが、あなたと並ぶことが、シールにとっては耐え難い屈辱なんでしょう?」

「ええ、そして、それは今も変わってはいません。あなたの生存を知ったときの私の気持ちがわかりますか? 失敗作であるあなたが、私と同じなど……」

 

 その殺気がいよいよアイズの本能に死を予感させる。その濃密な殺意は圧力となってアイズの肌を刺激した。

 自身の心を閉ざすかのような鉄仮面の表情を作ったシールは、手に持つ細剣を向けながら宣告する。

 

「到底、許せるものではありませんでしたよ。だから、あなたを消そうとしたのです」

「………」

「あの時はそれはできなかった。それを悔いているわけではありませんが………ですが、あなたがそれまでの存在だというのなら、……やはり、ここで殺すだけです。今度こそ!」

「………嘘つき」

 

 意外にも、ずっと語りかけていたアイズのほうからその会話を一方的に打ち切った。左手は先と同じように腰にあるブルーアースの柄に添えられており、それを隠すように半身に構える。シールのような突き刺すような殺気はアイズにはない。だが、なにを言われてもまったく動じない不動の覚悟が、迷いも躊躇もしない鋼の精神がそこに在った。

 

「もういいよ。結局、ボクたちは言葉だけじゃなにも変わらないんだもの。それはわかっていたことだった」

 

 シールの冷たい殺気とは真逆といってもいい闘志。マグマのような熱と、水のような心。アイズは、誰にも教わることなく、その心を明鏡止水の領域に置いていた。自身を俯瞰し、そして主観によって動く。ここでシールとの殺し合いすら理解し合うために必要だと完全に許容する。先にあるかもしれない後悔など、理解した上で考えない。

 それはシールですら正気を疑うような精神性だ。

 

「そうでしたね…………あなたには、言葉は必要ないのですね」

 

 諦めのような、納得のような言葉はシールの本心だろう。安っぽい挑発をしたことを少しだけ恥じながら、シールは容赦も手加減もすべて思考の外に放り出して襲いかかる。

 速さも、鋭さも、明らかに先のものよりも数段上の攻撃。それは確実に相手を殺しかねないほどのものだが、そんな暴威にアイズは顔色ひとつ変えずに迎え撃った。

 真正面から突撃するシールに対し、間合いに入った瞬間にアイズが再びブルーアースを抜刀。これまでシールすら見きれなかった斬撃を繰り出すも、今度はしっかりと右手の細剣で受け止める。いや、想定以上に重い斬撃に体勢がわずかに崩されるが、それでもしっかりと受けきった。

 

 

 

 ―――――さすがに三度目となれば通用しないか。まぁ、そうだよね。

 

 

 

 正面からの突撃ならば奇襲とは違って攻撃するタイミングも軌跡も読みやすい。さすがに冷静な対応をしてくる。しかし、アイズにとってはそれも想定内。誰よりもシールと戦ってきたアイズにはシールの実力も、その脅威となる即時対応力もわかっている。どうやらブルーアースの特性もすべてではないにせよ解析されたようだ。

 このブルーアースは確かに奇襲においてはこれ以上ない力を発揮する性能を持つが、真正面からの斬り合いでは普通の剣と大して変わらない。相手の油断や死角の隙を突かなくてはそのすべてを十全には発揮できない。その最大の理由は、この剣にはあるアクションが必要となるためだ。

 

 

 

 それを悟られる前に、決着をつけたいところだけど……! 

 

 

 

 しかし、シールの猛攻はその余裕を与えない。的確に急所を狙う刺突は、主にアイズの眼を狙ってくる。人間は本能で眼に危険が迫れば瞼を閉じてしまうが、そういった自己防衛本能が壊れているアイズは恐怖を無視して冷静にそれを対処する。だが、眼はアイズの生命線だ。眼を失えばアイズは満足にISを操ることすらできない。片眼でも使えなくなろうものなら瞬く間に殺されるだろう。

 最も、それはシールとて同じこと。ヴォーダン・オージェがその戦闘力の根幹となる二人にとってこの眼は心臓よりも重要だ。

 アイズも多少の傷は許容できてもこの眼だけは失えない。眼を狙われるということはそれだけ守勢に回らなければならなくなる。これがシールの対アイズの戦術のひとつなのだろう。

 幾度となく戦ってきた。その度にアイズはシールに勝つためにいくつもの戦術を編み出し、シールの癖や戦闘傾向を解析し、もっともっとシールを理解しようとした。その手段が目的となってしまったことに気づいたのはいつだっただろうか。理解するために戦うのか、戦うために理解しようとするのか。似て非なる動機はアイズにとって、己の感情の変化と同じだった。

 そしてそれはシールも同じだったのかもしれない。同じようにアイズに勝つために解析し、考え、こうしてアイズと戦う術を繰り出している。

 それを脅威と思うよりも、嬉しいと感じていることはアイズ自身でも甘すぎると理解している。でも、言葉とは裏腹に、それはアイズがシールにとってどんなものだったとしても気にかける存在だということには違いない。

 アイズにとってシールは、自身の半生という犠牲―――人体修正という消えない傷痕をつけた要因でもある。アイズだけではない同じようにシールを生み出すために犠牲になった多くの子供たち。その中でたまたま生き残ってしまったのがアイズだっただけ。それを思えば、シールは憎むべき存在なのかもしれない。

 

 しかし、それ以上に。

 

 そんなシールという存在が、アイズ・ファミリアという一人の少女を宿敵として捉えていることが嬉しくてたまらない。それは、アイズを認めていることと同義なのだ。

 セシリアがくれるような揺り篭のような安心感とは違う。死を感じさせるほどの刺激、試練を与えるかのようなそれは、アイズにとって自分自身を確立させるひとつの支柱だ。

 “宿敵”という絆。アイズは、シールのことをそう受け止めていた。自己を確固なものとする他社との絆―――アイズの中で、それは“愛情”といっても差し支えない。

 

「愛は痛みを伴う……誰の言葉だったかな」

 

 そんなことを呟きながらアイズは剣を振るう。これまでと同じように、千日手となった膠着状態を経て少しづつお互いに防御を捨てて攻勢に出る消耗戦へと移行していく。

 アイズの剣が届き、シールの剣もまた傷をつけていく。

 

 そのひと振りに精一杯の愛情を。

 

 その痛みに無抵抗の許容を。

 

 次第に無心に、無我の境地へとなっていく精神を俯瞰しながら、鏡合わせの魔眼がその光景を映していく。

 

 そして、ただ剣戟の音のみが響き渡る。

 

 どちらかが、倒れるまで―――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「やばい、これはやばい。敵だらけ、敵だらけ! 斬っても斬っても、減った気がしない」

 

 軌道エレベーターを建造する人工島の内陸部。そこは海上の防衛を突破した次に待ち受ける陸上の防衛線。その一角を受け持つリタは小隊を組むシトリー、京と共に侵入してくる機体の対応に追われていた。

 奇声を上げながらも止まることなく次々と無人機を斬り捨てていくリタの背後には京、そして最後尾から援護射撃を飛ばすシトリー。専用機持ちではないにせよ、三機連携なら相手が専用機でも凌駕してくるコンビネーションを持つ小隊である。

 内陸部も当然、セプテントリオンに有利な戦場に作り変えており、木々が生い茂る森の中を三機が疾走している。この森も背丈の高い木で構成されており、これより高く飛べば対空迎撃とセシリアの狙撃の餌食となるために半強制的に森林内でのゲリラ戦を強いられる。

 そしてこのフィールドこそが少数精鋭のセプテントリオンが最もその力を発揮できる舞台だ。三機編成による一撃離脱を主軸に縦横無尽に敵部隊に打撃を与えてその戦力を削り取っていく。

 圧倒的な物量差ということを無視すれば確かにセプテントリオンは圧倒している。綱渡りに近い戦況ではあるが、たった一機で制空権を五分にしているセシリアが奮戦しているために他のメンバーはほぼ地上戦のみに集中できている。

 リタ達のISでは単機で敵のオータムやマドカといった特化戦力を抑えることは難しいが、無人機程度ならば想定外の事態にならない限りは確実に撃破できる。とはいえ、さすがに十倍以上の物量差での侵攻はこれまで経験したことがない。斬っても斬っても現れる敵機にリタは苛立ちを感じ始めていた。

 三人が駆けてきた戦場では無数の無人機の残骸が残されている。接敵した敵機はすべて撃破してきた三人も、そろそろ消耗が無視できないレベルになりつつあった。

 

「状況確認を」

「武装は残り半分を切ってます」

「同じく。これはもうダメだね」

 

 小隊長を務めるシトリーの確認に京もリタも簡素に応える。この二人は特に武器の消耗が激しい。共に近接物理型。エネルギーの燃費がいいとはいえ、しれは機体エネルギーをほぼすべて機動に回しているためだ。攻撃力としてあるのは実体剣。高性能ではあるが、酷使すれば劣化も早まる。

 リタは切れ味を落ちた【ムラマサ】をぽいっと投げ捨てる。そしてストレージから同じ【ムラマサ】を顕現させて左手に持った。今回の戦いにおいてリタは五本の【ムラマサ】を持ってきているが、既に三本を限界まで使っており、これで残りは二本。そろそろ補給を考えなければならないが、戦況はそんな暇を与えない。

 

「やっぱり特機を落とさないと戦況は動かない……今は鈴やラウラたちが迎撃しているんでしょう? 横槍で奇襲しましょうか」

「あとで怒られる気もしますけど、……」

「戦場でタイマンをするほうが悪い。で、一番近いのは?」

 

 直後。

 三人の前方、およそ三百メートル先から炎が舞い上がった。一瞬遅れてここまで届くほどの衝撃と熱風が一帯をなぎ払った。頭がおかしいとしか思えない威力の何かがあそこで使われたらしい。

 

「あれは?」

「あの方向は、確かシャルロットさんかと」

「シャルにあんな武装はない。あれは敵の攻撃だよ」

「やばそうだね。援護に行こうか」

「そうしましょう」

「異議なし」

 

 夕飯の相談でもするような軽さで目標を決めると直様最短距離で炎の柱が上がった場所へと向かう。途中で接敵した機体はもちろんすべて処理している。そして近づくにつれてその戦闘のもと思しき発砲音や爆発音が大きくなる。流れ弾が落ちたであろう場所は焼き尽くされて炭化しており、その威力の程が嫌でも理解できる。

 やがてハイパーセンサーでその姿を捉えられるまでになると、近場にあった岩陰に姿を隠し、同時に簡易的なものであるがステルスシェードを用いた隠密行動に移行する。

 介入するにも状況把握が必要だ。ぱっと見ではまだシャルロットが持ちこたえるだろうと判断して状況分析を優先して行う。とにかく目を引くのは敵の攻撃手段だ。

 見たところ相手は一機。金のカラーリングをした特機。炎を操り、その高い汎用性を持つ攻撃的な能力で重火力型のシャルロットと撃ち合っている。しかし、戦況は敵のほうが上だ。シャルロットも多彩な重火器で応戦しているが、その手数を上回る引き出しの多さでシャルロットの攻撃をさばいている。機体性能もおそらくは敵のほうが上だろう。ラファール・リヴァイブtype.R.C.が決して劣っているわけではないが、単純な機体の相性の問題だろう。シャルロットは後方からの砲撃を得意とする重火力タイプ。しかし相手はハイレベルな万能型といったところだろう。どの距離でも的確に対応し、かつ部隊連携が望めないタイマンにおいてはシャルロットが苦戦することは当然と言えた。

 

「なにあれ? 炎の単一仕様能力?」

「鈴のとっておきに似てるけど……さすがにあそこまでのものじゃない」

「ライト版龍雷炎装、といったところですかね……」

 

 炎を操り、縦横無尽に戦場を蹂躙する。それはまるでIS学園での戦いにおいて発現した鈴と甲龍の第二単一仕様能力――――無尽蔵とも言える過剰放出エネルギーを雷炎という形で操る【龍雷炎装】。敵の機体能力もそれに類似するものだ。攻撃力もさる事ながら、特筆すべきはその汎用性。炎という無形ゆえにどんな状況にも対応できる。実際にシャルロットも苦戦している理由がそれだ。

 鈴のものと比べれば、あそこまで理不尽ではない。鈴の能力は時間制限付ではあるが、大型機を消滅させるほどの火力を持つ―――はっきり言ってISに不釣り合いなほどに突き抜けた過剰火力ではない。“ほどよい”大火力といったところだ。そしておそらく操作範囲は鈴のそれとは比べ物にならないほどに広い。接近戦に特化した鈴よりも使い勝手はこちらのほうが上だろう。

 そしてまずいことにこの能力は対多数戦でも効果的だということだ。シャルロットと合流しても、戦況を大きく覆すことは難しいかもしれない。数の利こそあれど、あの金色のISを駆る女はこの場で誰よりも強いだろう。

 ならば、取る手段は限られる。

 

「シャルロットを囮にして奇襲しよう」

 

 そのリタの言葉に京とシトリーも頷く。これは試合ではない。負ければ終わりの戦争だ。堂々とタイマンが許されるのは、鈴のようにそれが最善だった場合だけだ。この状況での最善は追い詰められているシャルロットを囮にしてその隙を突くことだと全員が同じ結論に至っただけの話だった。

 すぐにシトリーがシャルロットへ量子通信を介してメッセージを送る。内容は至ってシンプルに【敵の注意を引け】。

 そしてシャルロットが顔色ひとつ変えずに、目線も動かさずにほんのわずかに頷く動作をしたことを確認すると三人は散開、距離を取りつつ包囲するように敵の側面と背後へと回る。準備ができると同時に合図を受けたシャルロットが動いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「薙ぎ払えェッ!!」

 

 隙が大きいために使用を控えていた一斉射。合計六つの重火器による暴虐ともいえる制圧射撃。貫通力に特化したレールガンである【フォーマルハウト】。圧倒的な弾幕により離脱を阻むガトリングカノン【フレア】。さらに両手に持つのは広域を焼き払う拡散ビーム砲【アマルテア】。カタストロフィ級兵装を除けばウェポンジェネレーターによるエネルギー供給をフル可動させてようやく可能となるラファールが持つ中での最大制圧攻撃だ。

 特にアマルテアの実戦使用はこれが初となる。初見で対応できるような代物ではない。

 

「ふふっ」

 

 しかし、それでもスコール・ミューゼルは格上の操縦者だ。最も危険な高威力のレールガンをあっさりと回避して上空へと離脱する。逃がさないとばかりにフレアとアマルテアで追撃するも、拡散ビームが直撃する寸前でなにかしらの防御膜に弾けれ減退する。カレイドマテリアル社でもその類の技術は確立しているために驚きはしないが、ビームの効果が薄いのは痛い。おそらく狙うべきは物理攻撃、しかも接近戦における高威力打撃が最も有効だ。もちろん、そのためにはあの縦横無尽に周囲を焼き尽くすあの炎を突破しなければならないためにシャルロットにとって相性はかなり悪い。

 もっとも、それならば適任に任せればいいだけだ――――。

 

「……ッ!」

 

 スコールがそれに気づくが、もう遅い。爆煙と砂塵に紛れて突撃してきたリタがスコールの右後方から強襲。地を這うように疾走するリタがスコールの迎撃を受ける前に間合いに捉えた。

 

「斬り捨てる!」

「ちぃっ」

 

 直前で身を捻ったために直撃とはならなかったが、それでもはじめて明確なダメージが入る。スコールのIS【ゴールデンドーン】に浅くない裂傷が刻み込まれた。しかし、リタからしてみれば絶好の機会に仕留めきれなかったことが悔やまれる。すぐさま追撃をかけようとするも、リタとスコールを隔てるように燃え上がった炎の壁に阻まれる。

 しかし、これくらいは想定内だ。上空から京が時間差で強襲を仕掛けていた。

 頭上から剣を次々と投擲。内、二本が装甲に突き刺さるも、やはり急所は避けられ、装甲の厚い箇所で受けられている。奇襲を受けても的確に対処し、ダメージを最小限に抑える対応力はさすがといったところだろう。この対応を見ていたシャルロットも自分たちとの間にある経験の差を如実に感じ取っていた。

 

「なら勝てるもので勝負するだけだよ」

 

 リタと京の強襲によって若干の余裕が生まれた。

 今なら使えると判断して後退しつつウェポンスロットからとっておきの兵装を召喚する。カタストロフィ級兵装のひとつ、極限圧縮粒子崩壊収束砲【アルタイル】を構えた。アルタイルの収束ビームならどんな装甲や防御機構であろうと無意味だ。たとえあの炎があったとしても鎧袖一触に薙ぎ払えるだろう。

 他の追随を許さない圧倒的な破壊力で粉砕する。脳筋のような選択だが、現状はこれが最善だと判断した。

 チャージに気づいたスコールが妨害をしてこようとするも、後方からシトリーのレールガンの援護射撃でそれをさせない。格上でも三機に包囲されて波状攻撃を仕掛けられればそう簡単に振り切ることなどできないだろう。

 三人が稼いだ貴重な時間で、ついにアルタイルのチャージが完了する。

 その特徴的な細長い砲身がスコールに向けられる。IS一機に使うには過剰威力となる代物だが、シャルロットは一切躊躇わない。

 

「これで、終わりだよ――――!!」

 

 リタが地に伏せ、シトリーと京が上空へ離脱する。瞬間、開いた空間に向けてアルタイルのトリガーを引いた。

 

「アルタイル、ディスチャージ!!」

 

 空間を切り裂く収束ビームが戦場を貫く。

 遥か後方にいた無人機が運悪くそれに接触し、熱したナイフで切り裂かれたバターのように一瞬で融切される。射撃武器というよりはもはや射程の長いビームソードともいうべきアルタイルは可能照射時間が二秒しかないが、その二秒間はすべてを斬り裂く魔剣と化す。

 

「これでッ!!」

 

 その砲身を左から右へ大きく振るう。文字通りに戦場を薙ぎ払うアルタイルから発せられた収束ビームは大地と海水を瞬時に蒸発させて陸地と海面を抉り取る。

 触れた瞬間に消滅する威力を持つそれを見てスコールも表情を変える。ISの絶対防御をもってしても死ぬのではないかというほどの威力。ISに搭載する火器ではないと設計者の常識を疑うようなそれを、躊躇いなく使うシャルロットに対しても背筋を冷やされる。

 シャルロットもかろうじてアルタイルにセーフティをかけていたために、直撃しても運が悪くない限りは生き残るはずだ。それでもISは木っ端微塵、操縦者も重症を負うだろうがその程度で躊躇うような甘い考えはとうに捨て去っている。

 

「死なせはしないよ。あなたには聞きたいこともあるからね………だから今は、大人しくくたばっておいてくださいよ!!」

 

 義母から学んでしまった口汚い台詞を叫ぶシャルロット。そうしてその幕引きとなる光の魔剣で戦場そのものを斬り裂いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 青い宝石。

 そう形容できる景色を眼下に収めながら一人の女性がその無機質な通路を歩いていた。

 周囲には飾り気のない金属と特殊強化ガラスの壁で造られたその外は人類の生活圏外――――真空の宇宙空間が広がっている。

 衛星軌道上に造られた基地の一角。宇宙と地球、双方に大してのデータ収集と宇宙開拓の玄関口として作られた施設、観測衛星基地オービット・ベース。

 現在、セシリアたちセプテントリオンが守っている軌道エレベーターの終着点であり、この真下では今も激しい戦いを繰り広げている。

 それを知ってか知らずか、その女性は楽しそうに鼻歌を交えながら宇宙から見える地球を楽しみながら足を進める。

 内部構造を熟知しているわけではないのか、気まぐれに散歩でもするようにゆっくりと様々な場所に足を向けながらやがてひとつの広大なエリアへと入り込んだ。

 基地構造でいえば管制エリアの真下、地上とを繋ぐエレベーターの接続部分。地表から、または宇宙から物資や人を送り込む際の保管エリア。言ってしまえば倉庫ともいうべき広大な格納エリアだった。そこでは様々な基地建設用と思しき物資が積まれており、見る人が見れば宝の山にも映るだろう。

 

 そして、そのエリアの中央に小柄な人影があった。兎の耳を模したような特徴的なカチューシャと、マントのような大きな白衣を纏ったその人物はやってきた女性を見やると無表情だったその貌を歪めて笑みを浮かべた。

 

「やっぱり来たね、………そうじゃないかと思っていたけど。おまえなら簡単にここに来れるだろうしね」

「あら? あらあらあら? もしかして待っていてくれたのかしら? 私が来ることを見越して警備もつけなかったの?」

「そうだよ。おまえ相手じゃ警備なんて無意味だし、……セッシーには悪いけど、私はおまえを許す気はないし、情けをかける気も、おまえの事情にも興味はない。ただ、おまえが大嫌いなだけ。だからこうしてここで待っていたんだよ」

「うふふ。嬉しいわぁ。あなたとは改めて話してみたいと思っていたのよ」

「改めて? よく言う。おまえと話をするのははじめてでしょうが、贋作風情が」

「あら、篠ノ之束ともあろう人が、その偽物に構ってくれるの?」

「八つ当たりできるやつは、もうおまえしかいないだろうが、………マリアベル。この名を呪わなかったときはなかったよ。だから、おまえで我慢してやるって言ってるんだよ」

 

 篠ノ之束。かつて、マリアベルによってISを歪められ、その人生を狂わされた悲運の科学者。本人はそれほど悲観しているわけでもないし、現状は紆余曲折があれど満足した研究ができているのだから大きな不満はない。

 だが、それでも。

 自分の子供ともいうべきISを歪められたことを忘れたことは一度もない。その恨みは、憎悪といっていいほどに燻り続けている。

 イリーナの共犯者である束にも、マリアベルの内情もある程度は把握している。今、目の前にいるマリアベルがかつて自身を陥れた存在ではないことも理解している。束が殺したいほど憎んだ“マリアベル”は既にこの世にいない。だが、それがなんだというのだ。まだ、その残滓が確かな脅威として目の前にいる。個人的な感情をぶつけることは八つ当たりだと理解しているし、それを取り繕うつもりもない。

 だが、この女がマリアベルを名乗る限り、八つ当たりをする権利くらいあるはずだ。

 

「そうでしょう? マリアベル」

「ええ、ええ! よくってよ、篠ノ之束。私もあなたと話してみたかったもの。遊んでみたかったもの。あなたを嵌めたのは私じゃあないけど、あの女の忠実な分身たる我が身はきっと同じことをするでしょう。だから気にすることはないわ!」

「気になんてしてねーよバァーカッ! おまえにかける気なんてなにひとつないんだよ。おまえは、私の復讐の“代用品”だ。私の憂さを晴らすためだけに、ここで散っていけよ」

「うふふ。付き合うけど、ここで散るのはごめんなさい、できないわ。セシリアのこともあるし、なにより…………あなたじゃあ無理よ。残念だけどね、イイ線いくと思うけど、ね」

「ふん。セッシーにも内緒でこうして待っていてやったんだ。時間をかけるつもりは、ない」

 

 直後、ISを纏った束がなんの躊躇もなくマリアベルに向けて攻撃を仕掛ける。放たれたレールガンがIS未装備のマリアベルに向かって放たれ、格納庫内の資材を巻き添えにしながらその一帯を吹き飛ばした。

 格納庫自体はIS学園のアリーナと同等の強度で作られているが、それでもISの武装を使うことは明らかにやりすぎであった。

 だが、それでも束は躊躇わなかったし、そして撃ったあとも決して油断をしていなかった。

 

 それを証明するように、束の“背後”から楽しそうな笑い声が響いた。

 

「さすがねぇ、その甘さのない決断力は高評価よ」

 

 振り向いた先にいたのは、やはりというべきか、無傷のマリアベルだった。その身には禍々しくも美しいISを纏い、傘を模した形状をしたそのふざけた武装を肩に担ぎながら束を見下ろしていた。

 いつの間に背後に現れたのか知覚できないことを再確認した束は、それでも焦りなく戦闘態勢をとる。

 かつて、マリアベルにはアイズとセシリアが為す術もなく倒されたこともある。その際の戦闘データからある程度マリアベルの持つ特異能力にアタリをつけていたが、それをはっきりと確認できた。

 確かにこれは厄介だろう。特にアイズにとっては最悪の相性といっていいものだ。

 

「さぁ、ここを壊す前に……少し遊びましょうか」

 

 あくまで楽しそうに語りかけてくるマリアベルに、束は隠そうともしない苛立ちを表面に出しながら自身のISのリミッターを解除する。

 全機能を開放した、束専用のIS【フェアリーテイル】がその姿を変えていく。

 

「魔女のモドキ風情には壊させない。そして、壊れるのは、――――おまえだよ」

 

 そして、人知れず人類の規格から外れた怪物同士が、はるか空の上で衝突した。

 

 

 

 




大変遅れて申し訳ないです。

リアル事情で多忙でモチベーションも下がっていたために時間がかかってしまいました。しかも夏風邪をひいて寝込むなど踏んだり蹴ったりでした(汗)

夏バテには皆様もお気をつけください。

それではまた次回!


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Act.139 「カウンターフォース」

 ラウラとクロエの戦いは一種の膠着状態に陥っていた。

 姿を消し、人形を操りラウラを攻め立てるクロエと、単機戦力としては規格外とされるオーバースペック機を駆るラウラ。特別製というだけあってクロエの操る無人機群――【二十八機夜行】は手強い。単機ではラウラの敵には成りえないが、連携という点でその差を埋めるどころか覆してくる。

 数の暴力ではなく、数の巧さを前面に出しての戦い。多数であることの利点を最大限に活かす戦いは完全に統制のとれた軍隊そのものだ。しかも、個々人の意志の疎通など必要なく、すべては統制機であるクロエによって支配された連携は付け入る隙さえ見つからない。

 包囲することでラウラの機動そのものを制限し、装甲の薄いオーバー・ザ・クラウドを落とせる最低限の火力を維持しながら多数による砲撃で砲撃範囲の拡大と密度を増大、最も被弾率の高い近接型は防御力に特化させた上で天衣無縫でも弾けないビーム兵器を主武装としている。

 確かに文句のつけようのない対策だろう。ラウラ自身、よくここまで準備をしたものだと呆れるほどにクロエの言う特別製は対ラウラに特化していた。

 それでもラウラの力は確かなものだ。この程度で攻略できるほど温い訓練は積んでいない。IS学園に通っていたときよりも、ドイツ軍に従事していたときよりも、今のラウラは遥かに多くの、そして密度の濃い戦闘経験を積み上げていた。IS分野において世界最高位の人物である篠ノ之束による全面的なバックアップを受けた上で虐待と言われても否定できないほどの実戦を繰り返してきた。そうしてラウラに限らず、セプテントリオンに所属する少年少女たちはその年齢に不釣り合いな戦闘能力をモノにしてきた。

 その中でもラウラは篠ノ之束が作り上げた最高峰の機体を任されている。

 

「―――――遅すぎる」

 

 ただ翔ぶことだけを追求した機体。本来は戦闘用として造られたものではないために、クロエが狙ってくるように弱点も多い。特に防御性能に関しては量産機並。専用機として見れば最低値しかない装甲強度は一度の被弾がそのまま致命傷にも成り得る。そして同時に攻撃手段にも乏しく、固有火器を持たないために単純に破壊力という点ではとても第五世代機とは言えるようなものではない。

 だが、特化している“翔ぶ”ということだけでオーバー・ザ・クラウドは世界最高峰とされるISに数えられる。その速度、敏捷性、機動力は防御力や火力の不足など、差し引いてもお釣りがくるほどの圧倒的な性能を誇る。防御力不足の前に、そもそもオーバー・ザ・クラウドに直撃させること自体が至難を極める。ミサイルよりも速く、銃弾が発射されてから回避を間に合わせる機体をどうやって撃ち落とせというのか。

 そして単一仕様能力――――【天衣無縫】。機体の姿勢制御のために搭載された能力が意図せずにとんでもない化物へと変貌させてしまった。引力、斥力を操る極めて特異な力。対象が物理的な性質を持つ限り、この能力から逃れる術はなく、斥力行使によって近づくことすらさせない。この能力がある限り装甲の薄さなど些事だろう。ライフルの弾さえ止めてしまう斥力の結界に、装甲防御など考える必要もないのだから。

 この結界を突破するためにはレーザーやビームといった光学兵器や熱量兵器、またはそれすらぶち抜く規格外のパワーが必要となるが、それ以前にその速さに追いつける機体などいないのだからまさに付け入る隙がない。防御力不足でありながら、その実オーバー・ザ・クラウドは極めて落ちにくい機体だった。

 

「この程度で、私を落とす気だったのか? 随分と舐められたものだ」

『―――舐めているつもりはありませんよ。だからこそ、こうして消耗戦をしているのですから』

 

 あくまで位置を特定させずに周囲から響いてくるようなクロエの言葉に、ラウラは内心で舌打ちをする。挑発に乗る様子がないことにわずかに焦りが生まれる。

 クロエの対処はラウラから見ても適切だった。ラウラを――オーバー・ザ・クラウドを撃破するための最適解を既に導いているのだろう。それは正しい。クロエが仕掛けてきた戦い方は、ラウラを倒すために最も効果のあるものだ。

 無敵とも思えるオーバー・ザ・クラウドだが、当然弱点は存在する。装甲や火力といったスペックの不側面の問題ではなく、それは操縦者であるラウラのほうだった。

 

 ラウラでは、オーバー・ザ・クラウドの力を十全に扱うことはできず、その能力のすべてを発揮することができない。

 

 しかし、それは恥ではない。もともと束が先行試作型第五世代機として、モデルケースとして造り上げた、ただただ革新的な技術を詰め込んだISだ。ゆえに操縦者のことなど考慮されておらず、安全面すら確立されていない最高峰の機体であり、同時に最大の欠陥機体だ。

超高速機動、そして天衣無縫の能力行使。強力無比なこれらを使うほどに、ラウラはその代償を支払うことになる。

 その代償とは単純明快にラウラの体力である。使えば使うだけ疲労すると言い換えてもよい。

 それはISに限らず、身体を酷使するスポーツでも当然の話であるが、オーバー・ザ・クラウドで全力を出す場合はラウラは片目のヴォーダン・オージェを使ってようやく扱えるのだ。アイズやシールと違い、ラウラの眼は不完全。システムのバックアップがあるとはいえ、この魔眼は使用者の精神状態に大きく左右される。ラウラは常に綱渡りでもするかのような極限の集中状態を強いられることになるのだ。

 はじめから完成された肉体と絶対的な自信と自負を持つシールや、根性論で限界を超えてきた鋼メンタルのアイズと違い、ラウラは安定して長時間発動させることはできない。

 つまり、長期戦を行うだけでラウラの対抗策となる。

 

「………ふん、舐められたものだな」

 

 そしてラウラも当然そういった自身の弱点は把握しているし、現状も時間の経過と共に悪化していくことも理解している。しかし、それでもラウラは焦りを見せない。

 

「消耗させれば勝てると? あまり私を舐めるなよ、小娘」

 

『あなたにだけは言われたくないです。製造された時期はほぼ一緒だろうに』

 

「私は自分の運命に感謝しているよ。なにか違えば、私はおまえのようになっていたかもしれん。あのような天使モドキではなく、姉様に会えたことは私の人生において最優の運命だった」

 

『それは私を………ひいては、私を受け入れてくれたあの人を侮辱しているのですか?』

 

「そう聞こえたか? 否定はしない」

 

『――――死ね』

 

 

 無人機たちの動きが変わる。クロエの殺気に反応するようにラウラへの攻撃が苛烈となり、その攻撃密度が増加する。単機を相手に仕掛ける弾幕としては過剰な砲撃が降り注ぐも、しかしラウラはそのすべてを回避してみせる。

 身体が上げる悲鳴を無視し、ただの精神論で潰れそうな過負荷を抑える。影すら追いつけない速度域に突入したラウラはその速さを維持したまま三機をさらに屠る。ヴォーダン・オージェを持つことでようやく認識できる人外の速度域。反射と同等の反応速度と、それに追随できる高速思考でもってはじめて可能となる超高速機動。

 機械の反応速度すら置き去りにする速さで次々に襲いかかるラウラを抑える術はクロエにはない。いかに強化された無人機で包囲しているとはいっても、銃弾より速いラウラをどうしろというのか。まともに最高速のラウラと相対して正面から迎撃できるのはアイズやシールといった格上のヴォーダン・オージェを持つ二人くらいなものだ。純粋な性能で見ればラウラの眼のほうがクロエのそれよりわずかに上だ。クロエの反応ではラウラを捉えきれない。

 

「時間はかけん。すぐに終わらせてやる」

 

『そうですね、……あなたに時間をかけるわけにはいかないのは、こちらも同じです』

 

 クロエの命令によってまたも無人機が一斉射撃がラウラを襲うも、今更こんなものは脅威にすらならない。次の狙いを定めたラウラが即座に接敵。ほぼゼロ距離からステークで無人機の頭部を粉砕する。

 順調に敵機を破壊していくラウラだが、しかし、この瞬間こそがクロエの狙いだった。

 

 その機体を破壊した瞬間に、空間ごと無人機が爆ぜた。空間そのものが歪むように歪曲場が形成され、侵食する。これは明らかにただの自爆ではない。周囲に広がる爆発ではなく、その逆、減退、圧縮といった現象を引き起こしていた。

 油断していたつもりはないが、ラウラもそれの完全回避はできなかった。自爆攻撃というのは無人機を多く用意していたときから想定していたが、その効果範囲がラウラの予測を超えていた。

 爆発ならば、それよりも速く動けるラウラには脅威とはならない。だが、この空間圧縮の範囲と速度は、ラウラが離脱するよりも速く展開される。確かにラウラ用に仕上げてきた、というクロエの言葉に嘘はないようだ。

 効果範囲に引っかかった装甲が拉げ、隠していたいくつかの武装も失った。しかし、そんな痛手にショックを受ける間もなく仕掛けられた追撃から逃れるように距離を取ろうとするも、それを見逃すクロエではなかった。

 無人機ではなく、その高いステルス性能を活かして直接の奇襲を敢行した。その気配を察するも、自爆攻撃の余波で回避が遅れてしまったラウラはついに直撃を許してしまう。

 

「チィッ……!!」

 

 致命傷こそ避けたが、躊躇いなく頭部―――より正確に言うのならヴォーダン・オージェが宿るラウラの片目を狙っていた。眼が狙われることは想定していたのだろう、咄嗟に左腕で庇い、腕一本と引き換えに撃墜の危機を回避する。同時に武装を残していた右腕の仕込みナイフを展開して反撃を行った。この防御と反撃は同時に行ったためにラウラの一撃もクロエの頭部を覆っていた仮面を切り裂いた。

 クロエが離脱しようとするも、今度はラウラがそれを許さない。クロエが接近したこの好機を逃せば、もう二度と接近戦に持ち込むことはできないだろうという確信もあった。

 

「今の奇襲で落とせなかったおまえの負けだ」

「っ……!?」

 

 離脱しようとしたトリック・ジョーカーの機体が止まる。オーバー・ザ・クラウドの持つ単一仕様能力の一端、引力操作――――完全にクロエを捉えたことで、自身とクロエの機体間に強力な斥力を発生させ、強制的にショートレンジに持ち込んだラウラはその拳を力の限り振るった。

 アイズと共に鈴から習ったゼロ距離で高威力を出す技法。寸勁の亜種ということだが、IS戦においてもその効果を発揮する鈴が独自に作り上げたほとんどオリジナルの体術といえる。その拳が引き寄せられたクロエの頭部を捉え、半壊した仮面を完全に砕く。クロエの闇夜に浮かぶ満月のような瞳が顕になり、その瞳が激しくラウラを睨みつけていた。

 

「貴様ッ!」

「いい顔をするじゃないか、自称欠陥品。だがおまえは間違いなく人間だ。そんな顔を見せるのならな」

「知ったような、口をッ!」

「納得はしないが理解はしてやる。おまえにとってのシールは、私にとっての姉様なのだろう」

 

 クロエは自身とラウラを偽物であり贋作だと言ったが、ラウラもそれを否定はできないし、するつもりもない。どう言い繕っても、ラウラもクロエもシールの成りそこないだ。それが生まれた意味。だが、そんなものに悩むことは既にやめている。生まれた意味に苦しみ、しかし今は生きる意味を見出している。

 

「ならば、なおのこと……ここで貴様を倒す」

 

 それがラウラの役目だと自らに課した。姉と慕うアイズのために、アイズの宿命の相手であるシール以外の邪魔を許す気はなかった。

 

「私のもうひとつの可能性……おまえはここで沈めばいい」

「……その時は、あなたも道連れになるだけです」

 

 ラウラとクロエの二人の周囲を残った無人機が取り囲む。もしこの無人機すべてが自爆すれば、その連鎖爆発から効果範囲は拡大するだろう。それはおそらく、先の自爆を見る限りオーバー・ザ・クラウドの速さをもってしても回避は不可能だ。

 

 しかし。

 

「今更私がそんな脅しに退くと思ったか? あまり私を見くびるなよ!」

「見くびってなどいません。だからこそ、ここまでするのです」

 

 二人はどちらも退く気配すらみせない。そうしている間にも周囲を囲む無人機の数体が明らかに挙動がおかしくなり、エネルギーのオーバーフローが発生する。

 このまま先のように自爆すればラウラも、そしてクロエもただではすまない。クロエはラウラ以上にそれを理解しているだろう。この無人機に搭載した自爆機構はマリアベルのISを作製する際に生まれた副産物だ。炎熱と衝撃による破壊ではなく、空間そのものに作用する防御不可の縮退破壊だ。かなり威力を絞っているとはいえ、出力次第では戦場そのものを消滅することもできる代物だ。冗談でもなんでもなく戦略級兵器に届くものだ。出力を落としているとはいえ、その破壊力はISを葬り去ることも十分に可能だ。

 それを理解して、クロエはそのオーダーを実行させた。破滅へのカウントダウンのスイッチを自ら押したのだ。

 

「貴様……!」

「あの人の邪魔はさせません。ここで共に消えてください」

「おまえは……、なにを守っているのか理解しているのか?」

「わかっています。それが、私の今ここにいる理由なのです……!」

「この……馬鹿がっ!!」

 

 ミシミシと周囲が軋むような音が響き渡る。ラウラの頭の中で危険信号が鳴り響くが、それでもクロエを離そうとはしない。ここでクロエを逃すわけにはいかないのはラウラとて同じ。この場で相手を倒さなければ、後に脅威となることは間違いないのだ。

 

 

「ここで、私と一緒に消えろ………!!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 軋むような独特の破砕音を捉えたシールはわずかに目線を動かしてそれを視認する。スパークする黒い球体のようなものが発生しており、その正体をシールも知っていた。

 

「………」

 

 口を閉ざしつつも、眉をひそめて紫電のような爆発光を見つめた。そんなシールの真後ろから高速で投擲されたブレードが飛来する。風を裂きながらシールの首を狙って投げられたそれはパール・ヴァルキュリアの翼が波打つように稼働して弾かれる。完璧に防御してからシールがゆっくりと振り返る。しかし、視界には襲撃者の姿はない。視界のほとんどを覆うのは森であった。

 アイズと空中戦を繰り広げていたシールは現在、陸部に広がる人工的に造られた森林地帯にいた。アイズに誘導されて戦場をこの森へと移行したシールであったが、もちろんアイズの思惑に気づいていた。あの手この手で攻めてくるアイズが、今度は地上戦を誘ってきた。全周視界が確保されていた空中戦から一転して視界確保も難しい森林地帯でのゲリラ戦を仕掛けてきたのだ。

 もともと奇襲や強襲を得意とするアイズにとって、この戦場は恐ろしい相乗効果を発揮した。

 シールの眼をもってしても、アイズの攻勢をなんとか捌けているという状態にまで追い込まれた。もちろん、それでも決め手をやすやすと許すシールではないが、ほぼ防戦一方となっていた。

 

「………こういうところは、さすがと言っておきましょう」

 

 こうした泥臭い戦い方はシールには真似できないだろう。格上を倒すための戦術を数多く用意しているアイズと違い、シールはこれまでその高すぎるスペックとすべてを見通す眼によって敵は真正面から叩き潰してきた。はっきり言えばこのような戦術などシールには不要だった。それは対処においても同様だ。どんな奇襲にも反射速度で反応し、後出しで対処できるシールにとってはアイズの戦い方はただいつもどおりに戦えばいいだけのはずだった。

 今にして思えば、慢心だったのだろう。

 シールの力を誰よりも思い知っているアイズはそんなシールにも通用する舞台を用意してきた。

 

「電磁波、高周波、光、おまけにトリックアートまで使いますか」

 

 シールが誘い込まれたこの森にはシールの眼を阻害する仕掛けがこれでもかというほどに用意されていた。頭蓋の中をかき乱すような不快な音や意図的に視界不良を起こそうとする点滅する光源、さらに距離感を狂わせるように計算されて配置された大小様々な樹木。シールの持つ絶対優位な解析能力を半減させていた。むしろその高すぎる解析能力がどんな無意味で不快な外部情報も拾い上げるので、シールの頭の中はひどい騒音が常に鳴り響いているかのようなひどい状態になっていた。

 ヴォーダン・オージェの特性と性能を理解していなければここまでタチの悪い仕掛けはつくれなかっただろう。おそらく、アイズ自身が実験体となって対ヴォーダン・オージェの阻害装置を作り上げたはずだ。

 当然、アイズ自身もその眼の能力を大きく制限されるはずだが、もともとアイズはヴォーダン・オージェは手段のひとつとしか考えていないことはシールもわかっている。それどころか邪魔になると判断すれば両目を閉じて戦おうとするほどだ。

 かつてのアイズとの戦いを思い出しながら、アイズの執念に少しばかり尊敬の念すら抱いてしまう。

 

「薙ぎ払ってもいいですが………まぁ、隙を見逃してはくれないでしょうね」

 

 この森そのものを焼き払うことは可能だ。だがその時は、必ずアイズが隙を付くだろう。シールといえ、大火力兵装を使用すればどうしても隙を作ってしまう。この戦況では確実に後の先を取られてしまう。かといって上空に逃げようとしても数々のトラップと、そしてやはりアイズの奇襲を受けるだろう。よく練られた檻だ。素直に感心してしまう。

 

「ふん……」

 

 しかし、それでもシールは余裕を崩さない。どれほどの罠と策を用意しても結局はアイズがシールを仕留めるためには最終的に接近戦に持ち込むしかないのだから。

 アイズではセシリアのように遠距離からシールを倒す手段はない。アイズの能力も、レッドティアーズtype-Ⅲも極端なまでの近接特化型だ。必ずアイズ自身が接近してくる。そうなればこれらの罠も意味はなくなる。アイズにとっての勝機はそのままシールにとっての勝機でもある。アイズもそれを理解してそのタイミングを図っているのだろう。少しでも優位になるように揺さぶりをかけている。

 

「とはいえ、もうそう時間をかけるつもりもないようですし………」

 

 時間をかけられないのはこの戦場では誰もが同じだ。それに――――。

 

「あなたは、こんなチマチマとした手段を取るようなタイプではないでしょう?」

「当然ッ!!」

 

 挑発するようなシールの言葉に触発されたようにアイズが死角から飛び出してくる。手に持つのは可変型複合剣ハイペリオン・ノックス。しかし、変形途中のまま形状を決めずに曲芸のようにくるくると手の内で回転させている。直前まで変形せずに武装を悟らせない小技だが、武装のリーチを悟らせないだけでも意味はある。

 だが、アイズの初撃は足………脚部展開刃ティテュスによる蹴斬撃だった。意表を突く隠し武装による蹴り技を起点に猛攻撃を仕掛ける。剣、大鎌、槍、と次々に武装を瞬時に変形させながら反撃の隙を与えない。

 

「相変わらず器用ですね」

「余裕で捌いておいて、よく言うよ!」

 

 強襲をかける前に仕込んでおいた背面からのBT兵器レッドティアーズの奇襲もあっさりと回避されてしまう。同時に回避コースを潰すように仕掛けたパンドラによる鋼線トラップも軽やかに針の穴を通すような正確さですり抜けてしまう。ヴォーダン・オージェの能力を阻害しているはずなのにまったくその戦闘力には衰えを見せない。アイズは内心で舌打ちをする。アイズもこの森の阻害領域内では満足に眼を使えない。だから適合率を低下させているというのに、シールは焦った様子すらみせていない。

 

「この距離なら、単純な実力の勝負しかできないでしょう」

「…………」

「わかっているとは思いますが、正面から私に勝てるとは思わないことです」

 

 失敗したな、とアイズは認める。

 接近戦の膠着状態からシールを押し切ることはできない。一撃離脱を繰り返して攻めるしか手がないのだ。

 

「そう悠長にしていていいのですか? 時間をかけられないのはそちらのほうが深刻なのでしょう? このままでは押し切られてしまいますからね」

「………嫌な言い方するね」

 

 しかし、それは事実だった。エース級であるアイズ、鈴、ラウラ、シャルロットが完全に抑えられており、セシリアだけでは大型機も混じる無人機の大群すべてを仕留めることは不可能だ。セプテントリオン隊も奮戦しているが、少数ゆえに手が回りきれない。単機での力量は上回っているも、数の差が圧倒的すぎた。

 現状のままではそう遠くないうちに押し切られるだろう。アイズたちがシールといった亡国機業側の主力を抑えているとはいえ、それは逆も言えるのだ。主力同士がぶつかっている以上、数で劣るセプテントリオン側が劣勢となるのは当然だった。

 

「しかし、それはあなたたちも理解していたはずです。少数精鋭のあなたたちでは防衛戦など不可能でしょう」

「そうだね」

「隠し玉でもあるのでしょうが………この戦力差を覆せるものですか? 言っておきますが、あなたを自由にはさせません。今しばらく、私に付き合ってもらいますよ」

 

 そんなシールの言葉に、しかしアイズはここではじめて笑みを見せる。その笑顔は普段の爛漫なものではなく、アイズに似つかわしくないわざとらしいほどに作られたものだった。

 

「ボクからも言わせてもらおうかな」

「………?」

「なにか大事なものを忘れてない? ボクたちは大々的に世界に見せつけたはずだよ? この戦況をどうにかできるものを」

 

 その言葉を受けてシールがほんのわずかだが表情を変える。

 シールが言うまでもなく、アイズたちも不利であることは理解しているだろう。それは当然だ。だからこそこの軌道エレベーターを守るように数多くのトラップや迎撃装置を用意していたのだ。だが、それで防げると思えるほどアイズたちもシールたちを過小評価はしていない。予測通りではないにせよ、戦況不利となることはわかっていた。

 だから、この状況はアイズたちにとっても想定内のことだった。最も想定外だったことは先ほど部隊通信で知らされた【束が姿を消した】ということだった。それを伝えた火凛は続けて【突拍子もないことをしているだろうから見かけたら臨機応変に】と伝えられていた。

 当然これは口には出さないが束ならば無駄なことはしないだろうとアイズは焦ってはいなかった。それにこの後の推移の予測と対応は既にわかっている。

 

「未だにボクたちはあの“艦”を使っていないこと、不思議じゃなかったの?」

 

 そして、そのアイズの言葉が引き金となったように戦場に閃光が走った。まさに一閃と呼ぶにふさわしい巨大な白銀の光が文字通りに戦場を薙ぎ払った。それを視認したシールは、その光に込められている冗談のような膨大なエネルギー量を悟り目を瞠った。その光に呑み込まれた無人機は一瞬で撃墜され、たった一撃で二十機以上を葬り去ったのだ。一線を画するほどの馬鹿げた威力。こんなものがあることは予想外だったのだろう、シールの顔にも珍しく驚愕の色が見える。

 

 そして、姿を表す巨大な超弩級艦。ステルス状態を解除し、その威容を顕にして戦場に突入してきた。

 

 その艦の名は【スターゲイザー】。

 

 星を見る者、という名を冠する、世界で二隻しか存在しないスターゲイザー級宇宙飛行艦。それは、距離の概念を超越する束が造り上げた最上級のチート艦であった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 

 スターゲイザーの甲板で二機のISが寄り添うように佇んでいた。そのうちの一機を操る男性は、剣を振り切った姿勢で静かに残心をとっている。その顔付は幼さが抜け、少年から青年へと変化していた。

 纏うISの装甲は白と白銀。侍を連想させるような形状のその機体が手に持つのは一本の巨大な大剣。その刃からはバチバチとエネルギーが漏れ出している。

 そのISの横では、どこか巨大なリング状のユニットを携えたISがいる。それを纏うのは眼鏡をかけた青髪の少女。こちらも一年前よりも落ち着きのある美貌を見せながらも、その眼鏡の奥にある瞳は冷徹なまでの光を宿して戦場を睨みつけている。

 

「神機日輪、正常稼働確認……どう、一夏?」

「上出来だ。これで突破口は開けた。突入するぞ」

「ふふ、一夏くんももう大分化物染みてきたわね。これならおねーさんも安心して戦場で暴れられるわ」

 

 そこへさらに一人の女性が姿を現した。同じような青髪をたばねて忍服のような黒装束をまとっている。隠密のような格好をしているのに、その声と言葉は大分おちゃらけたものであった。

  更織楯無。IS学園の先代の生徒会長にして暗部へと身を置く更織家の十七代目当主である。国家代表をも務める実力者であり、ここにいる更織簪の姉でもあった。そんな楯無に簪が溜息をつきながら口を開く。

 

「おねえちゃんはもっと慎みをもつべき」

「後方指揮はやらせてもらうわよ。その代わり前線指揮は任せるわよ」

 

 そう言う楯無の背後には多くのISを纏う少年少女たちの姿があった。まだ若年といっていい年齢の彼らではあったが、その顔付には強い決意が見て取れる。そんな彼らを見渡し、先頭に立つ織斑一夏は手に持つ剣を戦場に向けて宣告する。

 

「さぁ行くぞ―――IS学園部隊、これより全力でセプテントリオン隊を援護する!」

 

 

 

 




次第に役者が揃ってきた感じです。

久しぶりに登場のIS学園組。こちらも原作主人公が化物級になっていたりします。次回からは反撃開始。そして亡国機業側も本気になってきます。

まだまだ残暑が厳しくて辛いですが、皆様も体調管理にはお気をつけください。それではまた次回に!


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Act.140 「切り拓くもの」

「予想より数が多いな。敵も包囲網を敷こうとしているぞ」

「まだ少し数が多いか? 簪、もう一度頼む」

「もう用意してる。チャージまであと五秒」

 

 観測していた箒からの言葉に頷き、一夏は再び手にした剣を構える。その横では同じく簪も一夏の補佐ができるように再び自身のISの特殊ユニットを再起動させ、攻撃の準備をすぐさま整える。

 

 一夏の駆る白式―――改め、第二形態改装特異型IS【白極光】。

 

 第二形態に進化し、さらに束の改装プランによってIS学園の技術班が総力を上げて作り上げたIS学園最強とされる機体だ。

 二段階加速を標準機動として行える機動力と四連ブースターを装備、装甲はティアーズ系統機体のようによりシャープな形状に変化し、白銀の装甲色と相まって氷細工のような印象も与える。手に持つのは零落白夜を展開可能な大型のブレード【裏雪片】。さらに腰には以前から使用していた雪片弐型がある。

 それを纏う一夏が再び大型剣を構えるとその刀身へとエネルギーを注ぎ込んでいく。

 白極光の特性は白式と同様に極端な一芸特化だった。支援機の白兎馬がなければまともな銃器すら持っていない。機体の方向性はアイズのレッドティアーズtype-Ⅲや鈴の甲龍と近いものがあるが、一夏の駆る白極光はまた違ったタイプの特化型だ。

 手数と機動性に特化して眼の能力と掛け合わせた奇襲、強襲を主体とするアイズ。純粋なパワー特化型の甲龍を駆り、その卓越した武技で敵をねじ伏せる鈴。

 そして一夏はその唯一無二の能力である零落白夜による攻撃手段に特化していた。

 第二形態に移行したことで最も進化したのは、まさにその運用するためのシステムであった。対象のエネルギーを消滅させるという強力無比な効果を持ちながら、使う事に自身のエネルギーも犠牲にするというハイリスクハイリターンの力。そんな尖った性能を持つ零落白夜を極限まで活用させる。それがこの機体の真価だった。

 剣として使用することは基本だが、今ではその形状は千変万化。一夏が独自に作り上げた零落白夜の形状変化は既に武器だけには留まらない。白兎馬の補佐なしではできなかった零落白夜の防御フィールド化も、いまでは一夏単独で可能だ。零落白夜を“飛ばす”ことも可能となった今では射撃兵装不足も大きな弱点とはならない。

 とにかく長所を伸ばして伸ばしまくるという束の魔改造プランを忠実に守り完成したこの白極光を完全にモノにした一夏は楯無が卒業する直前に一対一で勝利をもぎ取り、ついにIS学園最強の称号を勝ち取った。

 大分マシになってきたとは言え、無意識下での女尊男卑の風潮がわずかに残る中で一夏が楯無を破るという快挙を成し遂げたことで織斑一夏は名実共にIS学園現生徒会長として認められた。そしてIS学園の人間の全員が知っている一夏の代名詞にして最強の証。それがこの白銀に輝く光の刃であった。

 

「零落白夜、最大出力」

 

 天へと掲げられた剣から光の刃が発現する。いや、それは刃というよりはもはや柱といっても過言ではない。天を衝くかのように巨大な刀身が形成され、その余波で周囲の空気が歪み、蜃気楼を起こす。

 武装の性能ではなく、自前の能力だけで対艦ブレードであるシャルナク級の規模のブレードを形成する一夏はもう十分にセシリアや鈴といった人外魔境の領域に足を突っ込んでいるだろう。白式が進化し、白極光となった際に、最も際立って上昇したのはそのコアに内包されるエネルギー量と、その変換効率だった。展開中はシールドエネルギーを犠牲にする諸刃の刃である零落白夜の出力をただ上げるだけならばリスクも倍化し、先頭継続時間の短縮という本末転倒な結果となっただろう。しかし、それを逆手に取るように白極光は零落白夜使用時、そのシールドエネルギーすらソースとして用いたのだ。つまり、この能力を発揮しているときの一夏はISの防御能力を自ら無効化させる。防御力は半減以下、純粋な装甲と、機動維持に必要な最低限のシールドしか残さない。当然のように絶対防御すら捨てている。

 この一年でインフレ化した敵味方のISの攻撃手段を見るうちに、絶対防御の信用性は低下していたのは確かだが、「だったらはじめからないものとしてその分を攻撃力に注ぎ込む」という発想に至ったのは十分に狂っていると言える。

 しかし、一夏はそのハイリスクに見合った、いや、それ以上の攻撃力を得ることとなる。

 増加したコアから排出されるエネルギーを効率よく零落白夜へと変換。これまでの変換効率を遥かに上回る性能を実現したことで大出力の大技を連発することも可能とした。そして外部バッテリーの役目も担う白兎馬の支援と合わせれば長時間の継戦能力すら獲得している。

 ここまでが進化した白極光、そして支援機である白兎馬の能力。そしてその膨大なエネルギーを掌握し、完全に制御下においたことが一夏が死に物狂いで会得した能力だ。

 言うなれば、一夏と白極光は鈴と甲龍の関係に近い。暴力の化身と言える純粋な力の具現である甲龍に、武術に通じた鈴が操ることで圧倒的なパワーと高い技量を掛け合わせたのが鈴と甲龍だ。同じく、零落白夜を最大限発揮できるように進化した白極光の力を、一夏が最適な形として出力する。結果、その能力ですべてを賄うという無茶が成立している。違うベクトルに特化した機体と操縦者を掛け合わせることで高いレベルに至ったハイブリット。狙撃特化、あるいは近接特化の機体と操縦者を合わせたセシリアやアイズとはまた違った方向から突き詰めた一点特化型。

 それはまさに―――――凶悪、という他になかった。

 

「神機日輪、起動」

 

 その凶悪に、さらに凶悪を重ねがける。

 日輪を模した巨大な円形のユニットが一夏と白極光を囲むように展開され、攻性エネルギーの付与、及び増幅というチートとしか言いようのない権能がよりにもよって零落白夜へともたらされる。

 威力、攻撃範囲を爆発的に高める神機日輪の第三の権能。対無人機用に束が魔改造して作り上げた天照の唯一無二の力。意のままにエネルギーを操り、焼き払う太陽の熱波。それを戦場で具現してみせる簪はなんのためらいもなく最強の剣に最凶の光を与えていく。

 

「チャージ、完了」

「薙ぎ払え!!」

 

 極光が刃の形となったそれを全力で横薙ぎに振り抜く。同時に内包された零落白夜が開放され、檻から解き放たれた猛獣のように荒々しく空を駆けた。拡散するように戦場に広がるその光はこちらを迎撃しようと近づいてきていた無人機に接触した瞬間に装甲を破壊し、すべてのエネルギーを消滅させて駆逐する。零落白夜の前にエネルギーシールドの意味はなく、また天照の力が付与されたことで物理的な装甲や盾すらも破る破壊力を有している。どうやって防げばいいんだ、と文句を言っても許されるレベルの理不尽さだろう。

 さらに至近距離ではただ光が視界を埋め尽くすようにしか見えないが、俯瞰して見た場合しっかりと巨大な斬撃としての軌跡を戦場に残している。その範囲は広域殲滅兵器と言っても過言ではない。

 二度に渡る広域斬撃によって戦場に群がる無人機がその数を半減させる。空を覆っていた無人機はその多くが残骸にすらなれぬままこの世界から消滅する。ノートの落書きを消しゴムで綺麗に消し去ったかのように極光が塗りつぶした。

 

「相変わらず、馬鹿げた範囲と恐ろしい威力だな。本当に近接型か、一夏?」

「剣しかないんだ。どう見ても近接特化だろう」

「よく言う、まだ先は長いんだ。途中でへばるなよ」

 

 箒が自身が纏うISの剣を振るい、調子を確かめる。箒もIS学園内で上位に入るほどまでに成長している。束が用意した実質的な専用機である紅椿をようやく扱えるようになったといったところだ。

 そんな箒も、一夏や簪、楯無には及ばないものの、今では立派なIS学園の主戦力の一人だ。もともと剣の腕もあり、下地は整っていたのだ。IS学園での実戦を経験したことで箒も燻っていた殻を破ったのだろう。

 

「楯無さん。みんなを頼みます」

「任せておきなさい」

 

 IS学園側の戦力は一部を除けば志願兵の域を出ない。もちろん、相応のレベルでなければこの戦場への同行を許可しなかったが、それでも実戦慣れしているとは言い難い若者ばかりだ。数奇な運命から命懸けの修羅場をくぐり抜けてきた一夏や簪、そして対暗部として暗躍していた楯無と比べればその実力も心構えも天と地ほどの差がある。

 ゆえに彼らは後方からの支援がメインとなる。楯無を補佐として残しておけばおおよその問題は対処してくれる。戦場へと突入するのはたったわずか四人。四人編成の小隊とする精鋭のみ。

 織斑一夏。更識簪。篠ノ之箒。そして最後の一人は赤い髪をバンダナでまとめた少女。緊張しているように身体がわずかに震えているが、それでもその強い眼差しは変わらずに目をそらすことなく炎に彩られる戦場を睨んでいる。しかし、そこには不安が見え隠れしており、一夏はそんな少女の陰を感じ取って気遣うように声をかけた。

 

「きついようなら、無理はしなくてもいいんだぞ」

「いえ、大丈夫です……! 一夏さんがかけてくれた期待に応えますッ!」

 

 そう強気に返す少女は男女共学となった一年生の中でトップの成績を持ち、新入生でありながら学園でも上位に入る。

 名を五反田蘭。

 一夏の中学時代からの友である五反田弾の妹であり、一夏本人もよく見知った顔なじみでもある。高いIS適正と、本人の尋常ならざる努力の末に一夏、簪、箒の小隊に入ることを許された新人だ。

 当然、二人と比べればまだまだ実力不足であるが、それでも楯無からも及第点を与えられた期待の新人である。

 

「ふふ、そうです、あの地獄を乗り越えた私なら無人機などなにするものぞ……! 見ていてください一夏さん、この蘭、必ずや首級を上げてみせます!」

「え、ああ、うん……」

「一夏だけ? 私の期待には応えないの、蘭?」

「ひっ!? も、もちろん簪先輩のご期待にも添えてみせます! 五反田蘭、奮起します!」

 

 簪の視線に対しほぼ条件反射で背筋を伸ばして声を震わせながらも即答する。身体に染み付いた“教育”は蘭に絶対的な服従を強いていた。

 蘭が短期間で実力を伸ばした理由は一夏にいいところを見せたいという実に単純な乙女心を動力源に努力したこともある。世界の変革など実感のない現状よりも身近にある想い人のためにこそがんばれる少女であった。

 しかし、その手段が問題だった。頭角を現してきた蘭に目をかけ、教育係となったのはよりにもよってIS学園で最も盲目・狂信的な愛を抱える更識簪であった。直感的に愛情が蘭の原動力と感じ取った簪は「愛があればこのくらい耐えられるだろう」という理由で蘭が一日に五回は気絶するほどのスパルタ訓練を施した。それは姉の楯無をしてドン引きするレベルのものだったが、もとより中学でも生徒会長をするほどに責任感と実直さを持つ蘭は恐怖を刻まれつつもそれに耐え、ひたすらに修練を積んだ末に魔改造化が成ってしまった。箒は蘭とは適度に接しつつも、そんな簪と蘭の関係は見て見ぬふりを決め込んでいる。

 

「頼もしいな、背中は任せるぞ」

「は、はい! 私の命に代えても一夏さんを守ってみせます……!」

「馬鹿言うなって。蘭になにかあれば俺が弾に殺される。俺が必ず無事に帰してみせる」

「い、一夏さん……」

「もういい? 出撃するよ」

 

 ラブコメの空気を読まずにレールガンとビームマシンガンを構える簪に急かされるように一夏と蘭も戦闘準備を整える。一夏の脇には支援ユニットである白兎馬が控え、簪と蘭のISにも追加装備である強化ブースターが装備されている。使い捨ての吶喊兵装を展開する三機はゆっくりと機体を上昇させる。

 

「蘭、俺のそばから離れるなよ!」

「は、はい!」

「………アイズはどこだろう? 今行くよ」

「問題児ばかりだ。なぜ私が苦労人枠にならなければならんのだ……」

 

 鈍感な一夏に乙女回路の蘭、そしてアイズ以外眼中にない簪。いつのまにかこの三人をまとめあげることがこの小隊における箒の役目となっていたことに箒自身は軽く絶望していたりする。楯無も時折大きく溜息をついていた理由がよくわかる。

 それぞれの脳内ではまるで噛み合っていない四人。しかし、それでも一夏を先頭に戦場へと突入していく様は一切の澱みなく、流れるように戦場を切り拓いていく。それに追随するように楯無が率いる後方支援班も行動開始。後方支援とはいえ、戦場にくるだけあってIS学園の中でも腕利きを集めた精鋭だ。無人機相手でも多勢で押されなければ十分に対処できるレベルの人間ばかり。後方からの援護もあり、決して無理をせずにじわじわと亡国機業側の戦力を削り、戦域を押し返す。

 スターゲイザーを擁することで容易に戦場からの離脱が可能ということも実戦慣れしていない学生たちの緊張を緩和させているのか、ほぼ訓練通りに動けている様子を見て楯無も満足そうに頷いている。

 

「一夏くんたち以外はせいぜい後方支援がやっとだけど、これで戦力比は2:8から4:6くらいにはなったかしら」

 

 奇襲の零落白夜で大分削れたが、それでもまだ数は負けている。おそらくは亡国機業側もこれで全戦力というわけではないだろう。未だ敵側もエース級が健在である以上、楽観はできない。IS学園側で、敵のエース級に対抗できるのはたった三機。一夏、簪、そして楯無の三人だけで、蘭ではまだ実力不足だ。それでもあの四人の小隊ならばよほどの強敵でない限りは対処できるだろう。

 

「こんな化物艦を貸し出すなんて、はじめて聞いたときは卒倒するかと思ったけど……」

 

 いったいどこにこんな機密の塊としか言えない船を貸し出す馬鹿がいるというのだ、というのが楯無の正直な感想だった。

 飛行するものとしては常識外の巨大な船体など序の口で、ISを運用するための設備を備えた世界初のIS空母艦、そして大気圏への単独の突入と離脱を可能とする宇宙航行艦、極めつけは距離の概念を破壊する空間歪曲航法【SDD】によって地球のどこにでも短時間で移動できるという時代を二つ三つ先取りしたかのような規格外機能を搭載した世界最高峰の艦だ。おまけに太陽光さえあればおおよそのエネルギーを賄えるため、物資が潤沢ならば長期間の単独活動も可能という、もはや不可能なことを挙げるほうが難しいという化物としかいえない代物だ。

 楯無としては軌道エレベーターよりこの艦のほうがよほどヤバイと思える。むしろこの艦があったからこそ、軌道エレベーターの建造を可能としたのだろう。

 本来は宇宙空間での活動拠点としての意味を持つが、使い方を少し変えただけでこのように戦略級の成果をあっさりとたたき出せる。実戦未経験者が多くを占めるIS学園側の戦力でも、この艦があれば十分に戦えるのだ。実際に使用してわかる。スターゲイザーがあれば戦場からの即時離脱も容易い。全員が志願しているとはいえ、学生の彼らを犠牲にするつもりは楯無にはなかった。もし火急の際は撤退してもいいというのがイリーナ・ルージュとの契約だ。

 

「暴君となんて契約したくなかったけどなぁ。しかもなんで引退した私が窓口にならなきゃいけないんだか……」

 

 やれやれ、と首を振る。既にIS学園は卒業し、対暗部としての使命を果たす一方でそのままIS学園に残り、生徒ではなく特別講師という肩書きに変えている。表向きは生徒たちの助言役や運営のサポート、裏ではイリーナとの連絡役をこなし、目まぐるしく変化していく世界情勢の中でIS学園が生き残る道を模索していた。イリーナが世界にバラ撒いた男女に適合する新型コアのおかげでIS学園の意義も価値も大きく変わったが、それでも世界最先端のISの国際的教育機関という立場は重い。

 かつては失敗に終わったが、マリアベルが台頭する前のIS委員会のようにIS学園そのものを傀儡とし、戦力に組み込まれてしまうリスクも以前として残っている。

 千冬たち、教員すべてと連日相談を繰り返し、内外の出来うる限りの協力を募り、そして出された結論は“IS委員会ではなく、カレイドマテリアル社と手を組む”ということだった。

 

 本来ならばIS委員会の下部組織と言えるIS学園が、委員会の意向を無視して独自に動くことなど許されないが、恭順していれば待っているのは間違いなく破滅だ。

 それが穏やかに消えていくのか、または呆気なく使い潰されて終わるのかはわからないが、当初この軌道エレベーターの制圧に同行しろと通告してきた時点でどのみちマリアベルにとっては使い捨ての駒でしかないことは確実だった。

 委員会を敵とすればバックを失い、資金面や権利からもIS学園が相続する道はなくなっていたが、幸か不幸か、今や経済のみならず、世界情勢を動かしているカレイドマテリアル社が後ろ盾になることでその問題もクリアできる。

 都合が良すぎるのは気のせいではないことも承知していた。マリアベルとイリーナ、二人が互いにいいように利用し、結果的にイリーナがIS学園が手を組まざるを得ないように整えただけの話だ。マリアベルもおそらくはそれを承知で、IS学園がイリーナにつくことを見越していただろう。

 楯無の苦労と尽力の日々は、暴君と魔女の駒遊びの末に決められた結果が現実となったことで無意味なものとなった。どうあがいても、IS学園はこの立場になるしかなかったのだから。

 

「まぁいいわ。結果は変わらなくとも、得るものはあったもの」

 

 あの一夏を見ていて思う。

 一夏だけではない、簪や箒、他のIS学園の生徒たち。時勢に翻弄されながらも、IS学園の一員としてなにをすべきか、なにができるのか―――そんな葛藤を繰り返し、それでも足を止めることをしなかった。響くにも、この激動する時代が彼らを上へと押し上げた。

 戦う力を、そして時代に抗う意志を。

 その証左が、楯無の眼に映るこの光景であろう。以前はただ翻弄されるだけだった、あの鉄の人形相手に果敢に戦うその姿は、見るものを勇気づけるだろう。

 そして楯無が期待をしたとおりに、一夏はその象徴として皆の先頭に立ち、その刃で道を切り開いている。それは正しく楯無が望み、一夏へと継いでいったIS学園の生徒会長としての体現であった。

 

「さて、その先代として私も負けていられないわね。守りは任せなさい、そうやすやすとこの艦に被弾なんてさせないわ」

 

 こちらに迎撃にくる無人機を見据えながら、楯無は後方に残った部隊の先頭に陣取る。彼女の随伴機は布仏姉妹の二人。楯無の背後に控えていた二人が前に出て射撃を行いながら楯無を援護する。二人の援護を受けながら楯無は準備を完了させる。

 

「さぁ、本気を出しなさい“ミステリアス・レイディ”! 単一仕様能力―――沈む床〈セックヴァベック〉、発動!」

 

 楯無のISミステリアス・レイディを中心として空間が波打つ。水の中にいるように空間が歪み、可視光が歪曲して視界が陽炎のように揺らめいた。その揺らぎが放射状に広がり、戦域を覆うように広範囲をそこにいる無人機ごと飲み込んだ。

 その効果はすぐに見て取れた。

 戦場に現れたスターゲイザーを破壊せんと押し寄せてきた無人機が、その動きを完全に止めていた。

 ミステリアス・レイディの持つ単一仕様能力。機体の根源となるナノマシンを散布し、高出力で空間に溶け込ませて一時的に掌握。散布領域に入った機体を周囲の空間ごと拘束する超広範囲指定型空間拘束結界。単騎で構築された防衛線は敵機の尽くをその場に縫いとめる。

 ただの的と化した敵機は後方のIS学園部隊に狙い撃ちにされる。敵機の侵攻を防ぎ、味方を守ると同時に援護する。

 IS学園側の戦力でも一夏と並んでトップクラスの実力者である楯無を後方部隊の中核として残した理由はこれであった。この能力を持つ楯無がいる限り、スターゲイザーに取り付くどころか、接近することさえ至難だ。少なくとも、専用機持ちのエース級でなければこの楯無の守りを突破することはできないだろう。

 

「切り札ももう一つ残しているしね。戻る場所は私たちがなんとしても守り抜く。だから………一夏くん、簪ちゃん、みんな、頼むわよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あん? なんだ?」

 

 一夏が放った二度の巨大な斬撃による光は距離が離れていたオータムにも届いていた。尋常ではないその光に意識を取られる。このアラクネ・ギガントの防御をもってしてもなんとか耐えられるかという威力に少々危機感を覚える。どうやらセプテントリオン側の援軍のようだが、オータム達に与えられた任務は軌道エレベーターの破壊だ。

 すでに陸地にまで進攻しているために目標までの距離も近い。どれだけ攻撃力があっても先に破壊してしまえばこちらの勝ちなのだ。それにあれほどの広範囲を薙ぎ払うのならば軌道エレベーターを破壊しかねないためにせいぜい海上でしか使えまい。

 冷静にそう判断し、少し急いで目標へと向かおうとする。

 

「ん?」

 

 機体を動かそうとするも、なにかに阻まれているようにその動きが阻害される。重石でもあるかのような抵抗に違和感を覚える。多少小さくなったとはいえ、未だサイズは大型機にカテゴライズされるほどの巨体だ。当然、そのパワーもそれに見合ったものとなっている。それなのに動けないとはいったいどういうことなのか。

 

「………おいおい」

 

 そして気付く。

 動かないのはこの巨体を支え、同時に外部への攻撃手段となる触腕。そのうちの一つが回収できずに縫い留められているように微動だにしないのだ。それは、先ほどトドメを刺すために仕掛けた腕の一本だ。地盤にでも刺さったのかと思ったが、そうではなかった。砂埃が晴れたそこにいたのは、スラップとなったISではなかった。

 

 

 

 

 

「あの光、………零落白夜ね。一夏たちが来たか」

 

 ダメージは大きいことには変わりない。穿たれ、機能不全を起こし腐食しつつある装甲を纏う操縦者自身も血を吐いたように口元を赤くしている。しかし、そのギラついた鋭い眼光は一切の曇りもなく、先と変わらぬ、いや、先ほどよりも激しい戦意を滾らせている。

 しかし、トドメとばかりに放った触腕は寸でのところで躱され、直撃するはずだった二つの触腕はその左右の腕で鷲掴みにされ止められていた。

 特殊合金製のステークを掴み、あまつさえその指はステークを握り潰している。あの体勢では碌に動けないというのに、腕だけで必殺であったはずの一撃を受け止めていた。

 

 満身創痍でありながら、鈴音はその健在を誇示するように不敵に笑っていた。

 

「さて、あんたに感謝するべきか、あたし自身の不甲斐なさを罵るべきか」

 

 よくよく見れば、青白い光が甲龍の装甲に浮かんでいた。陽炎のように揺らめくそれは光というには存在感が強く、まとわりついたそれは血脈のように装甲を流れ、やがて全身に行きわたると一気に明確な形となって顕現した。

 

 炎。

 

 青く、強く燃える炎だった。鈴の闘志を具現化したかのような炎が湧きあがり、それに呼応するかのように掴んでいたステークを完全に握り潰した。ステークをあっけなく折られ、オータムが警戒したように距離を取る。

 邪魔がなくなった鈴はゆっくりと立ち上がる。その顔には隠し切れない高揚が表れていた。

 

「ふ、ふふ……! 追い詰められなきゃ発現できなかったのはあたしの落ち度だけど………死中に活とはよく言ったもんだわ。今のはマジで走馬燈が見えた。そしてだからこそ、見えた。聞こえた」

 

 装甲が変化する。

 より荒々しく、生物的な稼働を可能とした流動的な連鎖装甲。頭部にはふたつの角、そして大蛇のような巨大なしなる尾が形成される。

 

「でも、今度こそ完璧に至った。明鏡止水の境地………掴んだわ! もうまぐれじゃない!」

 

 その言葉を証明するように、鈴は全身の気を巡らせて甲龍の第三形態移行〈サードシフト〉を促進させる。人機一体の境地、この機械の鎧は正しく鈴の体となった。可能性の具現。それがこの第三形態。その真意を、その止揚を、鈴はついに完全にその手にしたのだ。

 

「さぁ、刮目しなさい! 血よ、滾れ! 気よ、巡れ! 意思よ、奮え! あたしの魂を映し――――“進化”しろ、真の龍となれ、甲龍!!」

 

 

 

 




お久しぶりです。

先日3年ぶりくらいに高熱を出して寝込みました。しかもはじめて救急病院の世話になりました。気温の変化も侮れませんね。

なかなか更新できませんが、次回は鈴ちゃん回になりそうです。地上戦の次はいよいよ最終決戦の舞台へと移っていきます。後半はいよいよアイズ・セシリア組の出番の予定。

ぶっちゃけ、味方がたばになっても勝てるか怪しいラスボスが控えているのがいろいろなプレッシャーになりそうです。

それではまた次回に!



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Act.141 「炎」

 鈴は自身でも珍しいと自覚するほどに困惑していた。戦いの最中で意識がどこかへ飛んだところまでは理解できている。

 しかし、ふと意識が再浮上したとき、そこは戦場ではなく、ただ広い空間の中でぽつんと立っていた。足元にはやたらと透明感のある水。そして頭上には夜空が広がり、巨大な満月からの光が鈴を照らしていた。立っている場所は水なのにそれは地面のようにしっかりと踏みしめられる。鏡のように水面には反射した月が映し出されており、鏡花水月という言葉が現実になったかのようだ。

 そんな中に、いっそ不釣り合いとでも思えるような巨大なオブジェがあった。仰々しい龍を模した巨大な玉座。そこに腰をかけているのは一人の少女。幼く見える容姿に反し、妖艶な瞳で鈴を見下ろしている。

 

「ふん。ざまぁないの。あれほど大口を叩いておきながら負けるとか、情けなし」

「…………」

「それでも我の相棒か? 我がいかに強かろうと、そなたがその様では形無しではないか。そうは思わんか、我が操者よ」

「…………」

「うん? なにを黙っておるのだ。我がどういう存在か、理解はできておるのだろう?」

「あー、うん、まぁ、なんとなくあんたが誰かはわかるけど。ん、まぁ、うん」

 

 混乱する思考を追い払い、鈴は改めて目の前でふんぞり返っている少女を観察する。外見年齢でいえばいまだ幼女ともいうべき未熟さ。足元まで伸びる黒曜のような艶やかな黒髪と、その髪の間から覗く切れ長の瞳は鋭く、目の前の鈴を睨むように見つめている。

 勝気な幼い少女に見えるが、その瞳の中には人間離れしたような蒼い炎が浮かんでいる。宝玉の中に炎を閉じ込めたような瞳。おおよそ人離れした威容に、鈴はこの少女の正体に確信を得る。

 

「あんた………甲龍、ね?」

「はじめまして、といっておこうか。以前はこうして顔を合わせるまではいかなかったからな」

「それにしたって、あんた………あたしが思っていたより偉そうね?」

「はははッ! それはおまえのせいだろう。我は操者のイメージを栄養にして進化した、わかるか? 我のこの姿は、おまえの理想だよ」

「え、地味にショックなんだけど! 前にセシリアの記憶で見たレアとルーアとかすっごくかわいかったのに! なんで甲龍はこんな唯我独尊幼女なわけ!? あたしはもっと慎ましいわよ!」

「面白い冗談だ。だが、我の姿には心当たりがあるのではないか?」

「ぐぬぬ……、まさかと思ったけど、なんかお師匠をそのまま小さくしたような……」

「そう、紅雨蘭こそ、操者の持つ最強のイメージだからだ。おまえが我に求めたことでもある。“最強であれ”、とな」

 

 やはりというべきか。アイズやセシリアのパートナーであるレアやルーアはそれぞれの子供時代の姿に瓜二つだというのに、鈴の場合は鈴の他に師匠の雨蘭のイメージが大分影響されているらしい。姿だけでなく、この尊大な態度もその影響を受けているだろう。そして、それが許されるほどの強い力を持っていることも同じだった。

 束の解析でも、甲龍はとっくに第三形態に移行してもおかしくなかったようで、特にコアに内包されたエネルギーの総量はスペックを遥かに超えているらしい。甲龍は他の機体のように特殊能力に秀いているわけではない。“空を踏む”という、空中戦でも地上戦と同等に戦うために発現した単一仕様能力【龍跳虎臥】も、言ってしまえば戦闘スタイルを維持するためのものでしかない。

 甲龍の真価は、純粋なスペックの向上にある。本来適正となるエネルギー量を無視して無尽蔵にその出力を上げていくという、まさに龍が天へと昇るかのような暴力の化身であることだ。甲龍のコアひとつで大型機を五機を賄えるといえばそれがどれだけ破滅的なまでのキャパシティなのかわかるだろう。つまり大型機五機分以上のエネルギー総量を通常のISサイズに押し込んでいる。操作性は最悪を通り越して極悪仕様。レーシングマシンで入り組んだ路地裏を接触せずに爆走するようなものだ。人間離れした反射神経と、それに追随できる精密な人体制御。それができて初めて完成する凰鈴音にしか動かせない世界最高峰の一角。ただ単純に強い。それを極限まで突き詰めた物理系最強の機体。

 

「そんな我の操者ならば、“コレ”くらい簡単にものにしてもらわなくてはならぬ」

 

 甲龍のコア人格の手には青い炎が握られていた。それはまさしく第三形態移行で得た甲龍の力の具現たる【龍雷炎装】。搦手なしの真っ向勝負においてはまさに無敵といっても過言ではない能力。IS学園での戦いのときは半ば無我夢中であったために完全に制御したとは言えなかった。

 それを未熟といっているのだ。しかし、鈴はそれを否定しない。それが正しいことは鈴自身がわかっていた。アイズやセシリアと違い、自己の意思でこの力を発現できないことがまだ鈴が未熟である証拠なのだ。

 そして、今も結局は追い込まれて敗北を目前にして、未だに完全に開花させることができなかった。

 

 そう、今、この瞬間までは―――――。

 

 

 

「まぁ及第点か。土壇場で、我の領域に来たことは称賛に値するぞ」

「ほほう、なるほど。アイズもセシリアも、こうやってコアと対話していたのか。てことは、ここが博士の言っていたコアの深層領域ってやつか。確かに、以前はせいぜい朧げな声までしか聞こえなかったのに、今じゃあ甲龍の存在をずっと強く感じるわ」

「誇っていいぞ、凰鈴音。おまえは世界最初の“純粋な人間による”第三形態到達者だ。まぁ、母上は除くがな」

 

 含むような言葉に、鈴はわずかに眉をしかめる。悪意はないのだろうが、それはアイズとセシリアが純粋ではないと言っているのだ。そして、おそらくはアイズが言っていたようにシールもそうなのだろう。

 アイズもセシリアも、共に望まぬ人体改造を受けた身だ。シールはその最たるものだ。脳をナノマシンで侵されるという、鈴では想像もつかない苦痛と葛藤を経験してきたであろう友に、しかし鈴はただなんでもないように言うのだ。

 

「あいつらは強い。そして勇敢で、尊敬に値する戦友よ。あたしが誇らしく思うのは、そんなあいつらと同じステージに到達できたってことよ」

「ほう」

「そしてそれはあなたも同じよ、甲龍。あたしの最高の相棒、あたしの半身。あんたのことはあたしが誰よりも知っている。あんたが、あたしと同じ望みだってこともわかっているつもりよ。声が聞こえなかった時からずっとそう感じてた。だからこそ、あなたはあたしの前に現れた。そしてあたしがあなたに出会えた。そうね、運命ってやつよ」

 

 にやりと笑う鈴にはすでに困惑したような色はない。なにかを悟ったように不敵に笑い、コア人格の目の前に手を差し伸べる。

 

「お師匠にそっくりになっちゃったのは複雑だけど、あなたとあたしは最高のコンビになれるわ」

「ふん、我がいるのだ。最強になって当然だ。……では契約の儀式だ、我が操者よ」

「儀式?」

「名前だ。レアもルーアも、名前をもらうことで自己意識を完全なものとした。我も、名を得ることでこの存在を確固としたものになる。パールのやつはちと知らんが……あいつはコアネットワークから離れているからな、コミュ力のないやつだ」

「ふぅん? 契約みたいなものかしら? そうね、………ふむ、よし」

 

 あまり悩まない鈴は直感でそれを決める。むしろそれしかない、というほどに迷いはなかった。

 

「炎〈イェン〉。燃え盛るように、激しく苛烈に共に駆け抜けましょう」

「我は、イェン。その名の通り、炎となって操者の敵を焼き尽くそう」

 

 力強く握手を交わす。これで鈴と甲龍は、名実ともにアイズやセシリアと同じステージへと到達した。イェンの手を通じて蒼炎が流れ込んでくる感覚に、鈴は抑えられないほどの興奮を覚える。戦意が高揚して仕方がない。溢れるほどに湧きあがる力、それはイェンからもたらされる力を証明するためのもの。

 

「もう待たせないわ。あなたの存在は覚えた。アイズ風に言うなら匂いと気配を覚えたってところかしら」

「では往こうか、戦場へ。我らの願いを叶えるために」

「あたしたちの力を証明するために」

 

 それは二人の掲げる野望。ただただ純粋な願い。

 

 

 

 

「さぁ――――最強を証明しよう」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うおおおおおおおッ!!!」

 

 咆哮が響き渡る。その気迫と共に変状した機体装甲から激しく炎が噴出する。蒼く燃える炎は互いの干渉による余波でプラズマが発生し、機体すべてを炎と雷の鎧で覆う。

 コアから吐き出される純粋なエネルギーが鈴の意思で支配される。指向性を与えられたそれは炎となって周囲の空気を焦がす。

 闘志を燃やす鈴は、しかし思考は水のように澄んでいた。明鏡止水、正しくその境地に至った鈴は己の内から聞こえる声をはっきりと認識する。

 

 

―――――さて、まずは周囲の掃除からだ。我の炎の扱いは覚えたな?

 

 

「ええ、当然よ」

 

 前回のときと違い、甲龍のコア人格【イェン】の覚醒によってただ振り回すのではなく明確なイメージを付与して炎を操る。アイズやセシリアもそうだが、この第三形態に完全覚醒すれば操縦者とコア人格の二心同体となるために機体の出力制御や索敵などのオペレーターの役目を分割して行使し、そしてそれを同期することでより高いレベルの、かつ倍近い情報処理を可能とする。これだけで覚醒していない人間より遥かに優位に立つアドバンテージだ。

 鈴の意識するままにイェンが能力を行使。鈴のイメージを投影するように炎がその形を変える。

 全身を覆っていた炎を右足へと収束。そのまま地面に震脚を叩き込む。

 何気なく行われた動作にも関わらず、叩きつけられた大地は悲鳴を上げるように爆散する。岩盤が叩き割られ、地割れが走り陥没。たったそれだけで巨大なクレーターを作り出す。さらに地割れから蒼炎が噴き出した。大地に叩き込まれた龍雷炎装が行き場をなくして漏れ出したのだ。

 同時に発生した衝撃が熱気の壁となって周囲を薙ぎ払う。転がっていた残骸や、今なお稼働している無人機も等しく抗う間もなく吹き飛ばされる。耐えられたのは大質量をもつアラクネ・ギガントだけだった。

 しかし、次の瞬間にはアラクネ・ギガントを爆炎が包んだ。色は青。間違いなく鈴が操る炎だった。

 

「ぐおッ!? てめぇ……!!」

 

 大型機とは思えない機動性を見せてアラクネ・ギガントが後退する。その厚い装甲ゆえに致命傷は受けていないようだが、それでも焙られた装甲は赤熱して一部は融解している。機体の真下から炎が直撃したのだ。

 

「ふぅん……、完全に“底”を突いたってのに、腹の下までしっかり装甲をこしらえてるたぁ用心深いじゃない」

 

 鈴は初手で放った奇襲の効果がいまひとつだったことを認識しつつも笑みを浮かべる。まるでいいサンドバックが見つかったかのような獰猛で獣じみた顔だった。

 それに奇襲といっても大したことをしたわけじゃない。アラクネ・ギガントの足元を目標に蒼炎を地面の下からぶつけただけだ。炎を繊細にコントロールするためのテストだ。そのために力は加減していた。もっとも、それでも軽く要塞の防壁すら破壊できるくらいの威力はあったはずだ。

 オータムが自信満々に言うだけはある。たしかに大した装甲を持っているようだ。

 

 

 

 

――――操者よ、言っておくが時間はそうないぞ。第三形態もせいぜい五分がいいところだ。

 

 

 

「時間制限付きなのは理解してるわ。まだ戦いは続くし、慣らしをしながら早々に片づけるわ」

「慣らし、だぁ……? てめぇ、その慢心、後悔するぞォッ!!」

「ああ、言い方が悪かったわね。……“あんたには、あたしたちの全力の慣らし相手になってもらうわ”。その頑丈さだもの、あたしたちの炎、それなりには耐えてくれるんでしょう?」

 

 鈴としては今の攻撃は破壊するつもりで放ったのだ。しかし予想を超えた防御力に小破程度に抑えられてしまった。やはり、侮れない。そして同時にちょうどいい相手だ。これくらい頑丈なら、この甲龍の全力を試す相手にふさわしいだろう。慢心するわけではないが、“今後のこと”を考えたとき、甲龍の全力を把握することは必要だ。

 そう判断した鈴は思考を捨てる。常に冷静に保っていた精神の堰を外す。師である雨蘭の教えである明鏡止水の境地からあえて外れ、その心を湧きあがる感情に委ねた。

 それはよく言えば闘志。言葉を飾らずに言うなら蹂躙欲だ。強大な力を持ち、目の前に敵がいる。ならば容赦も慈悲もなく排除する。敵と見なす者の生存を許さない本能が刺激される。それは野生の動物が自らのテリトリーに侵入した外敵を排除しようとすることとよく似ていた。

 力を誇示するのではなく、ただ敵を排除する、純粋な敵意でもって鈴はオータムの駆るアラクネと相対する。オータムを純粋に“敵”とみなし、倒すことだけを考える。それしか考えない。

 精神のリミッター解除。雨蘭の精神鍛錬によって枷がかけられていた凰鈴音本来の闘争本能を、あろうことか鈴は自力で開放する。それは武道家から一匹の獣―――龍へと変生することであった。

 

 瞳孔が開き、血流が加速する。全身を巡る気が暴れるように活性化し、ISの機能でもヴォ―ダン・オージェのような特異能力によるものでもなく、精神の在り方だけで強烈な自己ブーストをかける。いわば自己暗示によるドーピングだった。

 そうして活性化した鈴に引っ張られるように甲龍も最適化される。第三形態からさらに変化を促す。完全な攻撃特化型。より鋭く、より猛々しく。そしてよりしなやかに。

 指先には鋭い爪が展開。より獣に近づいたかのような前傾姿勢となり、鈴の頭を覆う兜が生成される。だが、兜というには生物的であり、大きな咢と牙を持つ龍を模した頭部装甲が鈴の顔を隠す。背から噴き出す炎は巨大な翼にも見える。

 

 

 ―――――控えめにいっても、バケモノだな、操者よ。

 

 

 イェンは第三形態に至ったのみならず、あろうことか気合でさらなる変化を促す自身を操る少女に戦慄する。皮肉にも、イェンが“畏怖”という感情を自らの操縦者によって学んでしまった。

 甲龍が第三形態に至ったことで、鈴自身も一皮むけたらしい。明らかに先よりも強さが跳ね上がっている。言葉は安く、陳腐ではあるが間違いなく、限界を超えた、ということだろう。まさかISに変化を誘発させる気迫を放つなど、誰も思うまい。ISの可能性以上に、人間の可能性を見せつけられたようだ。

 そしてリンクしているイェンには鈴の精神がダイレクトに伝わってくる。恐ろしく澄み切った純粋な闘志。混ざり気のない闘争という本能。さきほどまであった思考は薄れ、ほぼ反射だけで動く鈴に、しかしイェンも笑みを浮かべてしまう。

 

 ああ、確かに凰鈴音はバケモノと呼ばれるような人間だろう。この若さで師である紅雨蘭や世界最強と称される織斑千冬の領域に間違いなく届いている。それは恐ろしいことだろう。だが、それがどうした。このイェンを、甲龍を駆るのならそれくらいなってもらわなければ失望するというものだ。そうでなければ、どの口が“最強”を目指すと言えるのか。

 やはりイェンも鈴の精神から学び、成長したコア人格。半身ともいうべき鈴の破天荒さが心地よい。

 

 ―――それもいいだろう。存分にやるがいい。我は炎。害為すもの悉くを消し去り、すべてを焼き尽くそう。さぁ、我の力、存分に振るうがいい!

 

 

 

「■■■■■■アアアァアアーーーッッッ!!!!」

 

 

 龍面の咢が開き、人と機械が混ざり合ったような声が放たれる。おおよそ言葉にできないような龍の咆哮はそれだけで空気を揺らし、その場一帯を威圧する。

 わずかにかがみ、そして跳躍。強靭な脚力は普通の人間なら消えたようにしか見えない速度での踏み込みを実現させる。簡単にアラクネ・ギガントを間合に捉えた鈴はその腕を無造作に振るう。

 

 空気が切り裂かれる音と、そして刹那遅れて焼ける音が不協和音となって響く。同時に刻まれる五条の斬閃。龍の爪はただそれだけでアラクネ・ギガントの巨体をなます切りにするかのような巨大な斬撃痕をその強固な装甲に刻み付けた。指先だけに炎を集中させることでより高密度の攻撃を可能としたのだ。

 

「ぐぅっ……くっそがぁっ!?」

 

 あっさりと装甲の防御を貫通してくることに焦りを見せるオータム。しかし、そんな彼女の反応にかまわずに鈴は機体を回転させながら炎を纏わせた尾で薙ぎ払う。全面装甲がひしゃげ、巨体そのものを後方へと弾き飛ばす。龍の爪がすべてを切り裂く刃物なら龍の尾はすべてを圧し潰す鈍器のようであった。

 質量差を考えればあり得ないような光景が当然にように生み出される。それは、もはやISではない。理不尽を体現する災厄そのもの。まさに龍の化身と呼ぶに相応しい怪物であった。

 

「舐めてん、じゃねぇぞコラァ!!」

 

 再度、アラクネ・ギガントの突貫。今の攻撃から甲龍のありえないような力を実感したからだろう。半端な兵装では役に立たないと判断し、大質量の巨体を活かした体当たりを慣行する。最大速度で、ベクトルも上乗せした単純な質量兵器と化して鈴を圧し潰そうとする。

 対し、鈴は回避でも迎撃でもなく、あろうことか受け止めることを選択。両足を龍跳虎臥によって空中に縫い付けるように踏みしめ、背面から炎を放出しながら両手を突き出す。隕石を受け止めるような無謀な光景だった。質量差は考えるだけばかばかしい。巨象と猫が体当たりするようなものである。

 

 そして衝突。その衝撃が再度戦場を薙ぎ払う。もはやこの二機以外には周囲にあるのは灼熱の風によって焼け焦げた大地だけであった。

 

「バ、カな……!」

 

 そして、小さな龍が巨大な蜘蛛を止めるという結果がもたらされる。

 あり得ないとしても、ここで茫然としてしまったことがオータムの最大のミスだった。如何に獣のようになろうとも、相手はあの凰鈴音。鈴を相手に密着する、ということがどういうことなのか、一瞬でも忘れていたことが決定付けてしまった。

 瞬間、アラクネ・ギガントの巨大な機体を貫通するほどの衝撃が内部を貫いた。砲弾でも剣でもない、それは炎の矢となって突き抜けていく。

 それは内部にいた本機であるアラクネ・イオスにも直撃はしていないにも関わらずに深刻なダメージを与えていた。オータムはその正体を悟るが、すでに遅すぎた。

 

「あたしに無防備に触れさせるなんて、そっちこそ舐めてんじゃないの?」

 

 龍の面の下から鈴の声が響く。闘争本能に身を任せても、この身に刻み込んできた武は無くなることはない。反射の域で使役できるまで鍛え上げてきた武術はこの程度で腐らない。むしろ文字通りに血肉となるまで鈴が積み上げてきたものだ。

 甲龍の力によって放たれた発勁が堅牢な装甲を軽々と穿つ。衝撃は炎の通り道となり、内部から甲龍の蒼炎が蹂躙する。

 

「人の技と龍の力。まだまだ高みへの余地はあるけど、大方の使い方は掴んだわ。礼を言うわオータム。あたしが第三形態になれなきゃ、負けていたのはあたしのほうだった」

 

 頭部装甲を解除。龍を模したバイザーの下から現れるのは犬歯を見せながら獰猛に笑う鈴の顔だった。しかし、先のものと違い瞳には冷静の色が戻っている。自力でリミッターを外し、果てには自制心だけでリミッターをかけなおしたようだ。少し疲労の色も見えるが、それでも闘志はわずかも萎えていない。

 

「もう終わりね。あんたは、あたしの中で七番目くらいに強い敵だった」

「リアルな数字ほざいてんじゃ………!!」

「さよなら」

 

 同部位に二発目の発勁掌。しかも今度はたっぷりと力と炎を溜め込んで放った鈴の持つ中で最高の破壊力を持つ技。師から直伝された奥義のひとつ――――練巧雀虎架推掌。IS学園での戦いのときに大型機を文字通り消滅させたとっておきだ。

 アラクネ・ギガントの装甲内部にキャパシティを一瞬で超えるほどの力を注ぎこんだことで内部崩壊を引き起こす。さらに逃げ場を失った炎が装甲を食い破って噴出する。

 触腕が落ち、装甲が弾け飛び、もはや見る影もないほどに崩壊していくアラクネ・ギガントを見つめながら甲龍は全身から蒸気を噴出して第三形態を解除する。

 そして残心をしつつ、ゆっくりと視線を頭上へと向ける。視線の先にいたのは、こちらへと向かってくる――――否、落ちてくる一機のIS。

 

 

「………これで、終わったかと思ったかよ!!」

 

 

 そこにいたのはオータムの駆るアラクネ・イオス。ギリギリで脱出したのだろう。損傷が見受けられるが、殺意の込められた目で鈴を睨んでいる。数を減らした五本の腕を展開し、その毒針を鈴へと差し向ける。炎の鎧を解除した以上、直撃すればたやすく装甲を抜かれるだろう。

 

「最後に気を抜きやがって! その力がなきゃてめぇなんぞ……!!」

「三下のセリフね。ちょっとがっかりよ?」

 

 うっとうしそうにオータムを見ながら、鈴はなにかするでもなくただ泰然と佇んでいる。その姿もオータムにとっては自身が舐められていると感じていた。だが、そうではなかった。鈴にとって、これはもう終わっている戦いだった。

 

「脱出するならこそこそと地面を這って逃げればよかったのよ」

「なにぃ……!?」

「そのでかい人形から出て、空を飛んだ時点であんたの負けは確定したのよ」

 

 その言葉の真意に気づく前に、オータムは遥か彼方から飛来した極光に貫かれた。悲鳴を上げる間もなく思考が止まり、意識が暗転する。高出力レーザーに正確に機体中心部を射抜かれ、そのまま地上へと墜落。ISは完全に機能を停止し、絶対防御の発動したオータムは完全にその戦闘力を奪われた。

 その光は目視できないほどの遠方。ちょうどこの戦場の反対側から放たれていた。この戦場を縫うように正確に狙撃を通せる者など、一人しかいない。

 

 

『こちらセシリア……、横取りになってしまいましたか?』

「ジャックポットよ。空に出たらあんたが撃ってくることはわかっていたことだし。それより次はどう動けばいい。あたしの戦力がどれほどか、今ので把握したわね? うまくあたしを動かしなさい」

『あなたが味方で、本当によかったと思います。ではオーダーです。単機で大型機すべてを排除してください』

「単機で?」

『ええ。できませんか?』

「大型機だけでいいの? あたしの通った道、すべて掃除してやるわ!」

 

 

 通信を終え、鈴は再度機体をチェックしながら戦闘準備を整える。

 第三形態の使い方はもう覚えた。イェンの存在も確かに感じる。オータムとの闘いで力の出し方と今の限界も把握できた。これならまだ十分に暴れることができる。オータムとの闘いは鈴にとて大きな糧となった。

 そんな糧となったオータムに目を向ける。

 

「だから言ったでしょう。空に出た時点で、セシリアの狙撃の餌食になるのは目に見えているってのに。素直に亀みたいに引きこもるか、ネズミみたいに這っていれば撃たれることはなかっただろうに。でも、まぁ……」

 

 そこまで言って、最後に鈴はオータムに向かい小さく目礼をする。

 

「それでも逃げようとはしなかった。あんたは確かに、尊敬に値する戦士だった」

 

 そうして、暴龍は再び戦場を駆ける。

 第三形態を解除しても、戦場を焦がす炎はいまだ消えず。激しく猛る炎を秘めた龍は、その暴威を振りまきながら再び蹂躙を開始した。

 

 

 




これを書き終わって思ったことは「あれ、なんか鈴ちゃんチート過ぎない?」「鈴ちゃんめ、強化しすぎたか………!」でした。まぁいいよね、鈴ちゃんだし。機動武闘伝だし。

でもまだ上には上がいるんだよなー、と思うとインフレ具合がやばいことに今更気付く。そしてまぁいまさらか、と開き直る。次はもう一人の王道主人公タイプの一夏くんの出番かな?


それではまた次回に!


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Act.142 「予定調和」

「突っ込むぞ! いつも通りだ、前・後衛のツーマンセル。いくぞ箒!」

「いつも通りだな、ならば好きに暴れろ。フォローはこちらで勝手にやる」

「すまないな、巻き込まれないように適度に距離を取れよ」

「だからそれは近接型のセリフではないぞ」

 

 呆れたように言う箒は両手にブレードを展開。防御機構を開放し、堅牢な防御フィールドを構築する。一夏の白極光ならば零落白夜ですべてを消滅させてしまうが、箒はそうはいかない。とはいえ、束が箒のために作り上げた過保護なまでの防御能力は伊達ではない。

 一夏と共に最前線に突撃することが可能な存在は箒の他には楯無と簪しかいない。楯無はまとめ役と最終防衛ラインとして後方に残ってもらわなくてはならず、簪の真価を発揮するには前衛は不向きだ。だからこそ箒が一夏の相方を務めることになったわけだが、それでも通常のツーマンセルとはかけ離れた陣形だった。零落白夜を周囲に撒き散らす白極光に近づきすぎれば箒も被弾する恐れがあるため、一夏が切り開いた道を追随して討ち漏らしを処理することがほとんどだが、堅実に動く箒は一夏の補佐役として的確な働きを行っている。

 

「あっちは勝手に暴れさせればいい。私たちは前衛から中距離の敵機を狙うよ。私が盾になれる距離を維持してついてきて」

「了解」

「では戦果を期待する。いくよ、蘭」

「はい」

 

 簪の駆るIS天照が各種兵装を展開。対多数戦を想定した、普段のIS戦ならば過剰火力となる装備――カレイドマテリアル社からの技術協力を経て改良を施したレーザーガトリングカノン【フレア改】、装弾数を増やし、長期戦に適応させたレールガン【フォーマルハウト改】、そしてソフトウェアの改良によりより早く、多くのマルチロックオンを可能としたミサイルユニット【山嵐改】を起動させる。

 蘭もまた自身に合わせて調整されたフォクシィギアtype-Rの全兵装を起動。こちらも長期戦・乱戦を想定した防御・支援重視のカスタムがなされており、簪の手が回らない敵機の対処が役目となる。

 敵機のど真ん中に突っ込んでいく一夏・箒を遠巻きに援護するように敵機の密集しているエリアに向けて範囲攻撃を仕掛ける。

 セシリアのように前衛の戦闘エリアを縫うように狙撃する精密射撃は無理だが、代わりに範囲攻撃によって一夏へと群がる機体数を減らしている。

 この決戦のときのためにひたすら練度を高めてきた連携だ。特化型を中心とした小隊ゆえに試行錯誤の連続だったが、このフォーメーションこそがIS学園の保有する最高戦力の形だった。裏でカレイドマテリアル社と手を組んだ瞬間、亡国機業との衝突は確定となった。だから一夏たちはIS学園としてこの戦いに介入するためにありとあらゆる対策と準備を重ねてきた。何度も話し合い、悩みながらもこの戦いに参加した全員がIS学園の、そしてこの先、IS操縦者としての未来を懸けて戦いに臨んでいる。

 実際にこの戦いに負ければIS学園は存続することも至難になる。たとえそうなったとしても、中身はまったくの別物になるだろう。本当の意味でこの戦いはIS学園にとってもすべてをベットしている。勝てば臨む未来が手に入り、負ければそこで終わりだ。表向き、IS委員会に反旗を翻したのだから当然だ。

 亡国機業という結社、そしてマリアベル――――レジーナ・オルコットという魔女を知っているからこその判断だが、傍目には愚かな行為に映ることだろう。

 勝てば官軍、負ければ賊軍。IS学園の立場はまさにこの言葉通りであった。カレイドマテリアル社と一蓮托生である以上、グレーゾーンを渡ってもこの戦いはカレイドマテリアル社に勝ってもらわなければならないのだ。

 

 もちろん、すべてのIS学園に属する人間がここまでの事情を把握しているわけではない。しかし、IS委員会のいいなりになっていてはいずれ使い捨ての兵隊扱いにされるのではないか、という不安は現実味を帯びて全員が感じていることだった。言いがかりにも等しい理由でカレイドマテリアル社を制圧するための部隊に加われ、と実際に通告されたのだから当然だ。

 周囲で不気味に蠢く、あの無機質な戦闘機械でしかない無人機と同じように見られる―――そんなことは、IS操縦者として受け入れられることではない。

 

「やるぞ白兎馬! 火器と機動制御、任せる!」

『了解。全兵装、開放』

 

 束が作り上げた高性能AIを搭載した支援機【白兎馬】が機械音声で応える。無機質な声でありながら、どこか感情を感じさせる抑揚を含んでいた。ISのコアまでとは言わないが、束がプログラムした成長型の高AIだ。一夏と共に成長した今の白兎馬は初陣のときとはくらべものにならないほどに進化、発展していた。

 AI特有の高速演算と過去のあらゆる戦闘データを学んで得た情報を経験として蓄積。機械故の習熟の早さで一夏の経験不足をフォローしている。才能あふれるとはいえ、一夏はISに触れてまだ一年。経験だけはどれだけ努力しても先達に勝ることはできない。セシリアやアイズの強さは、あの若さですでに五年近いISの搭乗経験という蓄積があればこそである。鈴は短期間でトップクラスに食い込んだ規格外だが、それも鍛えた肉体という資本があったためだ。

 IS学園に入学するまではただの学生だった一夏は一から鍛えることとなったのだ。未だセシリア達には至らないとはいえ、それを加味すればわずか一年でここまで上り詰めた一夏は十分に天賦の才能を持っているだろう。

 無論、戦場では結果がすべてだ。一夏に足りないものがあるのなら、それを補う支援を与えればいい。そう考えた束が作り上げたのが白兎馬だ。一夏の長所を活かし、短所を補う。それこそが白兎馬の役目であり真骨頂。

 

『シールドビット展開』

 

 増設された白兎馬の装甲がパージされ、それが独立稼働ユニットとして展開する。それはセシリアのブルーティアーズの持つシールドビットと同系の機構を備えたビットの盾だ。オーロラ・カーテン等の強力なエネルギーフィールドは零落白夜に相殺されるために、AI操作によるシールドビットによる防御機構を搭載。エネルギーに対し無敵の矛であり盾ともある零落白夜を活かすために他の武装はすべて物理・実弾装備。積んだジェネレーターはすべて機動力と白極光へと回している。このリソースがあればこそ、一夏は零落白夜を大盤振る舞いで使用できる。そして一夏の編み出した様々なバリエーションの派生技を登録することで、適切に出力調整を行い、一夏単独よりもスムーズに運用を可能としている。

 

 それはつまり、どういうことかと言えば。

 

「前方に敵機多数! 薙ぎ払う!」

『アタックプログラム【飛燕】―――エンチャント・スプレッド発動』

「オラ、吹き飛びやがれッ!!」

 

 裏雪片を両手で握りしめ、大きく振りかぶる。白兎馬に搭載された零落白夜ドライブから供給された膨大なエネルギーが刀身に集まり、巨大な大型ブレードが形成される。たったそれだけの動作でも派手で目を引くが、これはまだ“装弾”でしかない。

 続けて振るった一振りに、刀身が弾ける。

 斬撃そのものを飛ばすという、一夏が最初に会得した派生技。そしてこれはそれをさらに実戦的に改良を重ねた対多数戦用に仕上げたものだ。刀身を形成していた零落白夜がバラけて散弾のように無数の斬撃が広範囲に降り注ぐ。当たるだけで致命傷となる零落白夜そのものの破壊力を上げても意味は薄い。だからより命中率を上げる形を模索する中で、必然ともいえる回答のひとつが“数の力”だった。 

 

「うわぁさすが一夏さん!」

「相変わらずのバ火力。私の天照と合わせなくても十分過ぎる」

「いや日輪とのコンボは凶悪すぎるんですって。戦略級にも届きますよアレ」

 

 威力と範囲を爆発的に高める神機日輪を使うだけでそれは容易く戦場を蹂躙できてしまう。すでに先の攻撃でそれを証明していた。そのために一夏への攻撃が集中している。危険度が高い一夏を最優先目標に変更したのだろう。

 そしてそれはわかりきっていたことだ。一夏もそのつもりで派手に動いているし、だからこそ箒は一夏の背後を守り、簪と蘭は距離を置いての後方から一夏に群がる無人機を射抜いている。もともと簪は遠距離寄りの万能型だ。近接もできないわけではないが、やはり本領は神機日輪を使用しての高火力と鉄壁を活かした砲撃戦だ。ピンポイントでの高火力支援を得意としており、セプテントリオンで言うならシャルロットに近いポジションだ。

 そしてその随伴機として連れている蘭の役目は、簪の取りこぼした機体を仕留める狙撃支援。他の技術は最低限に留め、簪は蘭の教育には後方からの援護射撃技術を重視して教え込んだ。本来ならセシリアの役目を期待するところだが、さすがに新人に求めるレベルではないことはネジが数本外れてしまった簪でもわかっていた。だからこそ、簪は自身の補佐役として蘭を鍛え上げた。トラウマ級のスパルタ訓練を施した甲斐もあり、蘭は見事にその期待に応えてくれた。

 だから簪は背を気にすることなく、目の前の駆除を行える。

 

「予定通り。私と一夏で、戦力差をひっくり返す」

 

 背部に装備した神機日輪を起動させる。同時に束が組み上げたオーパーツとも言うべき最高峰の単体強化システムを簪自身でアレンジした独自プログラムを起動。神機日輪の基本能力を最適な形で出力する、更識簪の情報を基に作り上げたプログラム。この一年、天照を酷使するかのように搭乗して積み上げた機動データから、簪専用ともいえるシステムを構築した。日輪の権能の選択基準、限界負荷の把握と発動時間の短縮。一見すれば地味ともいえるが、しかし確実に強くなるために必要なことを改善し続けてきた。

 地道な基礎能力の底上げ。この一年、IS学園で行ってきた全てだった。操縦者の体力、身体能力、そしてISの精密制御と反応速度の向上。カレイドマテリアル社のように、篠ノ之束という天才がいない以上、劇的なパワーアップは望めない。できることはこうした地道な基礎だけだ。ドレッドノートのような隠し玉はないが、それでも成長の余地を十分に残していた一夏や簪たちは、その才能の開花をこの決戦に間に合わせたのだ。

 

「起動―――発射」

 

 高密度のエネルギーでコーティングされた弾丸が戦場を貫く。高性能とはいえ、レールガンの一射であっさりと複数の無人機を貫通させ、挙句爆散させる威力を実現できるのは天照だけだ。シャルロットのラファール・リヴァイブtype.R.C.のように複数の強力無比な特殊兵装を所持するのではなく、通常兵器を準戦略級まで跳ね上げるのが天照の固有能力だ。

 だから簪は天照の装備は威力は二の次、広範囲と長射程の武装を選択している。そして殲滅力に注力し、神機日輪の高速発動を実現させた。強力無比といえる神機日輪の弱点が発動までのタイムラグだ。【剣】と【鏡】はまだしも、【玉】はチャージタイムが必須だ。これはその能力と表裏一体ともいえる特性のため、ノータイムで発動することは不可能だ。だが、それでも最適化を施せばチャージ時間の短縮は可能だった。それぞれの武装の付与効率を分析し、状況に応じて最速発動ができるように徹底的に効率化を図った。

 付与する対象が多くなればその分チャージ時間もいるため、最短で発動可能となるのは単射となるレールガン。そのチャージ時間は、―――ジャスト五秒。

 

 つまり、五秒あれば、この防御不可能な破壊力と弾速を持つレールガンを放てるのだ。

 

 これを成し遂げたとき、やりきった顔をしていた簪とは裏腹に楯無たちはあまりの凶悪さに引きつった笑みを浮かべるしかなかったほどであった。ちなみに特殊となる一夏の零落白夜への付与は最低でも九十秒の時間を必要とするため、実質初撃しか使えない荒業となる。

 

「発射――――――発射―――――――発射―――………」

 

 五秒ごとに戦場を貫く魔弾を発射する簪。加速度的に撃墜スコアを上げていくが、その顔は誇るでもなく、ただ事務的に敵機を駆除するように淡々としたものだった。

 当然、あまりにも危険な簪に敵のヘイトも集中するが、その前衛に位置した一夏が零落白夜の範囲斬撃という反則技を連発しているのでまともに近づくことさえできず、長距離からのビーム砲撃も簪の前には無力だ。

 一夏、簪が前衛、後衛から殲滅戦を仕掛け、二人の大技の隙は箒と蘭が埋める。本当なら全員のサポートと防御を担当する楯無も加わるのだが、この一年をかけて対無人機戦を想定して練り上げたフォーメーション。圧倒的な火力で戦場を薙ぎ払い、特化戦力を最大限に活かす、この決戦でしかあり得ない戦法。より正確に言うのなら、こんなばかばかしいまでのISによる大規模戦闘でもなければ使われることもなかった戦法だ。

 

「でも、それがどうした」

 

 簪は思う。確かに以前とは思想そのものから変わらざるを得なくなったISの在り方に思うことがないわけではない。スポーツから戦争に近づき、それに悩む生徒も多くいることも知っている。

 だが、それがどうした。

 それでも世界は変わり続けている。カレイドマテリアル社は篠ノ之束が思い描いた、ISの原初の形に戻そうと世界そのものを変えている。

 以前のISが正しいのか、これから変わりゆくISが正しいのか、それは簪にはわからない。正しいのかどうなのか、もはやそんな二元論で済むことではないのかもしれない。

 だからどうでもいい。どんな世界になったとしても、簪が選ぶ世界は決まっているのだから。

 

「アイズのいない世界なんて、意味はない」

 

 姉のように、IS学園を存続させようという思いもある。だが、それでも簪の中ではアイズがいる世界が最優先だった。自分勝手だと思う。我欲と言われても文句は言えない。

 だが、それでも簪は戦う。アイズが望んだ世界を見てみたい、そして、アイズの邪魔する存在を許せない。

 

「あなたも、邪魔!」

「えっ!?」

 

 突如として振り返り、その砲口を向けてくる簪に蘭がぎょっと驚き硬直する。ついに狂気に至ってしまったのか、と戦慄しながらかすめるように放たれた弾丸によって蘭の思考が再び止まる。かすったためにシールドエネルギーが削れたが、それよりも続けて真後ろで爆発が起きたことに悲鳴を上げた。

 慌てて振り向けばいつの間に接近されたのか、無人機がバラバラになって墜落していく光景が見えた。

 

「戦場で硬直しない! 蘭、索敵!」

「りょ、了解ッ!! ………え、でも反応が……」

「ステルス機、レーダーは目安! 赤外線探知、パッシブレーダーをアクティブに。使える電波は山ほどある、問題ない」

「わ、私にそんな電子戦は……!」

「教えたのにできないの?」

「や、やります! やりますよッ、くそぅ!」

 

 頭がパンクしそうになりながら必死に索敵をしながら周囲を警戒する。動揺しながらもしっかりミスなく索敵を行えることは蘭の優秀さの証であるが、簪は攻撃と並行して蘭の半分以下の時間で索敵を済ませている。

 広域を薙ぎ払う大味な攻撃から、神機日輪を防御に回し、狙い撃つ精密射撃の構えを取る。光学迷彩で完全に姿を消しているようだが、もともと簪はシステム面に長けた操縦者だ。敵勢力にステルス機が確認できた時点ですでに対策を練っていた簪は焦ることなく合計十五の位相波を駆使して姿を消して接近してきた無人機を看破し、狙い撃つ。ただ姿を消すだけの能力など、簪にとってはもはや脅威ではない。それはセプテントリオンにも言えることだ。蘭はまだ経験が浅いので苦戦しているようだが、セシリアたちにとっては脅威にはならないだろう。特にアイズや鈴は接近した気配だけで察知する規格外だ。簪はそこまでには届かなくとも、十全に準備してきたあらゆるシステムを用いて対処する。

 

「同じ手は通じない」

 

 アイズのように初見で対応するほど簪は強くはない。だが、情報があれば、あらかじめ対策を練れるのであれば、どんな敵だろうと簪は対処できる。徹底した解析と対策。今の簪は理不尽といえるほどの力の差がない限り、格上すら食うだろう。

 

「………?」

 

 ほんのわずかに感じたレーダーの乱れ。その誤差ともいえる微反応に対し、躊躇なく近接武装の薙刀・夢現を展開して全力で振り抜いた。虚空を薙いだはずの刃がなにかを切り裂く感触に簪は驚くでもなく、すっと目を細めてすかさず荷電粒子砲・春雷を至近距離から発射した。

 残念ながら直撃はしなかったが、回避しきれなかったのか装甲の一部を削り取り、弾け飛んだ。それによって光学迷彩が解除されたのか、虚空から一機のISが浮かび上がるようにその姿を現した。

 既にところどころが破損しており、半壊とまではいかなくとも、明らかに機能障害を起こしているほどのダメージを負っている。無人機とは違う高性能なステルス能力を有しているはずの機体をギリギリで捕捉できたこともステルス系統にわずかに異常をきたしていたためだろう。

 顔を隠していた仮面はすでに破壊されており、露出した素顔を忌々しそうに歪めて簪を睨んでいた。

 異常ともいえる黒い眼球に金色に輝く瞳。その特徴的すぎる眼が彼女の正体をはっきり示していた。

 

「おまえか。天使モドキの腰巾着。クロエ、とか言ったっけ、どうでもいいけど」

「………」

「ラウラが相手になってたはずだけど? 逃げてきたの?」

「よく喋る口ですね。そのうっとうしい口を永久に閉ざしてあげますよ」

「ラウラに痛めつけられた手負いのくせに、私に勝てる、と? 舐められるのは癪だよ」

 

 そのステルス能力は確かに脅威だが、手負いで、しかも一度捕捉してしまえばいくらでも対処できる。無人機の統合制御という能力も過去のデータから把握している簪は一撃での撃墜もあり得るビームを警戒して周囲を神機日輪で防御。対ビームにおける鉄壁の城塞と化す。

 すでにボロボロといえるクロエに過剰威力となる能力使用は必要ない。レールガンの一発でも当てればそれだけで落とせるだろう。

 狙いをつけ、そしてためらいなくトリガーを引く。

 完璧な直撃コースだったが、射線に割り込んだ無人機によって防御されてしまう。それすら想定済みだからこそ、簪は最も貫通力のあるレールガンを選別した。だがさらに二機の無人機が盾となり、クロエまで届けせられない。第二射を狙うも、周囲からのビーム砲撃にさらされ舌打ちしつつ攻撃を止め防御に回る。蘭を守りつつ、的確にビームを捌く。

 

「蘭、攻撃!」

「はいッ!」

 

 攻守を入れ替え、蘭が攻勢に出るも経験の差からなかなか決定打が決められない。逆にクロエは時間ごとに周囲の無人機のコントロールを掌握し、包囲網を構築を始めていた。

 

「こ、これが無人機の統合制御……!? それだけでこんな手ごわくなるなんて……!!」

 

 組織戦を構築し、その統合機となるクロエは未だ姿を消してはいない。先の簪の攻撃で光学迷彩を機能させることが難しくなったのだろう。ここで姿を消され、無人機を操られれば押し切られていたかもしれない。まだ勝ち筋は消えていない。

 

「蘭は牽制を」

「わ、わかりました」

 

 劣勢にも関わらずに表情を変えることなく淡々と処理していくも、敵の数が増えるほうが早い。それでも簪は焦りも見せない。確かに現状では打開策はないが、好機が来ることを確信していた。確証などあるはずもない、だが、簪は【同志】として彼女が来ることを信じていた。

 なぜなら、アイズを守れずに先に散るなど、彼女自身が許すはずもない。

 

「そうでしょう? 妹を名乗るのだから、それくらいは当然」

「――――――なんだ、嫉妬していたのか、簪」

 

 突如としてかけられた声。一瞬で間合いに入られたのに驚くことなく目線だけを向ける。

 

「別に。妹とか、悔しくないし。嫉妬じゃないし」

「まぁ、姉様と呼べるのは私だけだ。そこは絶対に譲らんがな」

「その渾身のドヤ顔やめて」

「ちょっとぉ!? この状況でなに言い争ってんですか!? というか味方!? 助けてください!」

 

 蘭はやや迷いながらも助けを求める。会うのは初めてでも記録映像から突如として現れたその人物は知っていた。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。かつてIS学園に在籍していた元ドイツ代表候補生。現在はカレイドマテリアル社独自の保有戦力である試験部隊セプテントリオンに所属するIS操縦者だ。

 その実力は蘭では足元にも及ばないものだろうし、こうして実際に目の前にすればその発せられる覇気に気圧されてしまいそうだった。

 だが、そんなラウラはクロエよりも酷い有様だった。

 未だに稼働しているのが不思議なほどの損傷。左腕はもう動いてもいない。本来なら助けを求めるどころか、逆に助けなければ、と思うような惨状だった。だが、それでもラウラ本人は何事もないようにただその金と赤のオッドアイに猛々しい戦意を宿している。

 その目線の先にるのはクロエだ。絶対に逃がさない、と言うような隠そうともしない敵意を宿して睨んでいる。

 

「なんだ………生きていたんですか」

「ふん、おまえが生き残って私が死ぬわけがないだろう。舐めた真似を、……もう逃がさん」

 

 確かにあの自爆は肝を冷やした。通常の爆発とは明らかに異なる質の破壊に、全周囲に天衣無縫を発動させての防御も思った以上の減退ができずにかなりのダメージを受けてしまった。それでも斥力によって爆弾と化した無人機を弾き飛ばして距離を稼いだことで致命傷を避けることができたのだ。

 

「逃げる? 戯言を。今度こそ引導を渡してあげますよ」

「ふん、ご自慢の人形はもういないだろう。こっちは三機。結果は見えている」

 

 特別製だと言っていた機体は先の戦闘ですべて失っている。今クロエが操っているのはそれに比べたら質の落ちる機体だけだ。

 

「死に損ないなど、これで十分でしょう。数の暴力を侮らないことです」

 

 そうこうしているうちにどんどんラウラたちの周囲に無人機が集まってくる。完全に包囲され、蘭は焦った様子でオロオロしはじめるも、ラウラも簪もまったく動揺せずに平然としている。いったいこの人たちの胆力はなんなんだ、と味方に畏怖する始末だ。

 

「簪と、……そっちは新入りか? まぁ簪と組んでいる以上、それなりの腕前だろう。あいつは私が仕留めるから、おまえたちは周りの人形を駆除してくれ」

「わかった」

「えっ!」

 

 勝手に凄腕だと認識されたことに吃驚する蘭だが、状況は待ってくれない。なにか言う前にどんどん事態は進展していく。ラウラは瞬きする間もなく姿を消し、影すら追いつけない速さでクロエに強襲をかけていた。そんなラウラの動きを妨害しようとする無人機を狙い、簪が援護射撃を始めていた。

 

「蘭、ぼさっとしない」

「や、やればいいんでしょう!? くっそー、女は度胸ーッ!!」

 

 多勢に無勢な状況の中、蘭は自身を奮い立たせて戦う。なんだかんだいいつつもしっかり仕事をするあたり、低めの自己評価よりも蘭の実力は高い。でなければ簪が自身のバディになどしない。それになんだかんだ言ってもこの戦いに志願したのは蘭自身だ。責任感の強い性格や簪の教育もあってすぐに余計な思考をカットし、ひたすら効率よく敵機を撃墜するためのフラットな思考にシフトする。

 簪は蘭のフォローをしつつ、防御重視でラウラに群がろうとする機体の狙撃を行う。同時に注意がラウラに引かれている中、神機日輪の【玉】の使用タイミングを計る。

  

 ラウラは自身のダメージなど知ったことかと言わんばかりにさらに速度を上げて包囲網の隙間を縫うようにクロエへと突撃する。機体バランスが崩れているのか、機体そのものが左へと流れているが、天衣無縫を駆使して強制的にバランスを維持している。

 驚くべきことにその動きは衰えなどまったく感じさせない。機体や自身にかかる負荷など無視して気合と根性で飛ぶラウラに、クロエも持てるすべての力を駆使して迎え撃つ。

 

「しつこい人ですね……!」

「お互い様だろう。貴様はここで落とす!」

「………無駄なことを」

 

 どう足掻いても、もう結末は決まっている。そしてそれはもう秒読みの段階になっているなど、思いもしないだろう。

 内心で嘲笑いながら、クロエはラウラに冷たい視線を向ける。結末は変わらないが、ここでラウラを倒すか、最低でも足止めをしておかなければ予定外の被害を被るかもしれない。その程度で影響はないだろうが、少しでも不確定要素は潰しておきたい。なにより、ラウラを逃せばシールの戦いに横槍を入れかねない。

 そう考えているのはお互い様だろうが、こればかりは許容できない。同族嫌悪ともいうべき敵対心が煮え滾る。

 

 

―――――予定では、あと二分。少なくとも、それまでは付き合ってもらいます。

 

 

 

 そう決意を固め、迎撃するクロエだったが、ここでクロエにも、いや、おそらくシールやスコール達にとっても予定外の通信が入る。相手は衛星軌道上の基地にいるであろう、自分たちの首魁であるマリアベル。彼女はやたら楽し気な声で、一方的にそれを伝えてきた。

 

 

 

 

『亡国機業に連絡~。ついやっちゃったんで予定を早めます。頭上注意。以上』

 

 

 

 

「え?」

 

 たったそれだけを言って通信を切られたことにクロエは一瞬思考が止まりかけるも、それを意味するところを悟り慌てて視線を上に向けた。ラウラに隙を晒すことになるが、あの通信通りならば――――。

 

 

 雲の、そのさらに上に咲く爆炎の花。その衝撃がわずかに遅れて空気を振るわせる。加速度的に燃えていく衛星軌道まで伸びる塔にこの戦場の全員の視線を浚う。

 天空から崩れ落ちていく軌道エレベーターの外壁がまるで流星雨のように地表に、すなわち戦場全域へと降り注いでくる光景を目の当たりにしてクロエは慌てて退避を開始する。セプテントリオン勢力はあまりのことに動揺している。

 はじめから狙っていた展開だが、作戦時間の突発的な前倒しなど、相変わらず味方も混乱させるようなことを平気でやるマリアベルに内心で文句を言いながらクロエは次の作戦フェイズへと移行する。

 どうやらオータムは落とされたようだが、他は健在。まだ戦力は十分に残っている。あとは王手をかけるだけ。如何にセプテントリオンといえども、これに対応しきれないだろう。

 そう、すべてマリアベルが立案した作戦通りの展開。軌道エレベーターなど、いつでも破壊できたのにあえて正面からの激突なんて仕掛けたのか、そして本当の狙いは別にあったことなど、気付いてはいまい。

 

「これでチェックです。あっけないですが、……これで終わりです」

 

 

 

 

 




お久しぶりです。

しばらく更新できずに申し訳ないです。一時期入院したりしてモチベが下がりまくっていました。まだ療養中なんで、また少しづつペースを戻していきたいです。

とりあえず次話からまた新展開です。

それではまた次回に!


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Act.143 「空と宙の狭間へ」

「あははっ、上から見る花火もなかなか趣があるわねぇ」

 

 眼下に広がる光景を見ながらマリアベルはけらけらと屈託のない笑みを浮かべている。崩れ落ちていく天へと伸びた塔。その引き金を引いた本人は楽しそうにその惨状を鑑賞している。

 腹黒さを感じさせない、子供よりも無邪気な顔で本当に楽しそうに笑う彼女はただその笑顔だけを見れば本当に幸せそうで、見るものを穏やかにさせるほどのものだった。

 しかし、だからこそマリアベルの笑顔は不気味としかいえなかった。それは周囲の凄惨たる状況の中で浮かべる表情としては、もっとも不釣り合いであったからだろう。

 周囲一帯は破壊痕で埋め尽くされ、激しい戦いの余波によって刻まれた傷跡は地獄のようでもあった。炎で焙られ、ねっとりとした火に照らされたマリアベル。背徳的な美貌を浮かび上がらせながら、その目線をゆっくりとそれに向ける。

 

「でもさすがは篠ノ之束。ここまで私を追い詰めたのはあなたが初めてよ。正直言って、あなたならもしかしたら私を殺せたかもしれないわ。うん、惜しい!」

 

 くすり、と笑うも、どこか称賛したような声。それは頑張ったことに対して褒め称える母親のような仕草だった。その言葉は正しく、マリアベル自身も血化粧が施され、身に纏っているIS、リィンカーネーションも多くの破損が見て取れた。かつてセシリアとアイズを瞬殺したマリアベルを相手に、束が一人でここまで追い込んだのだ。その実力はISの性能だけではない、操縦者であり、そして開発者である篠ノ之束の知識と経験、判断力、そのすべてがセシリアたちよりも高い水準でまとまっていたということに他ならない。

 事実、アイズにとって束はあらゆる意味で先達であり、師匠ともいえる人間だ。その実力はアイズはおろか、セシリアでさえも届かないだろう。

だが―――。

 

「でも、まぁ」

 

 そんな束でも、この魔女を始末できなかった。それが現実となったことにマリアベルは自慢げに笑い声をあげる。

 

「やっぱり、私のほうが強かったわね」

 

 そう笑いかける先には、血の海の中に倒れ伏した束の姿があった。うつ伏せに倒れ、顔は見えないが纏っていたISは無残に破壊され、辺りにはバラバラにされた装甲片が散らされている。

 身じろぎ一つせずに血だまりに沈んでいた束であったが、マリアベルの言葉に反応したのか、ゆっくりと顔を上げる。血まみれになりながら、その表情には未だに激しい憎悪が浮かび、壮絶な表情となってマリアベルを睨みつけている。

 しかし、そんな身も凍るような激しい視線を向けられても、マリアベルはただ笑って何事もないように受け入れる。

 

「あらあら、そう睨まれても困るわ。恨むのなら、あなたの力不足か、私をこんな化け物として作ったオリジナルのレジーナを恨んでくれないと。あ、でももうこっちは私が殺していたわ。じゃあしょうがない。恨まれておきましょう。今更だけど、ねぇ?」

「…………」

「うふふ、そんなに軌道エレベーターを破壊したことが許せないの? でも、別にいいでしょう? だって、はじめから守り切れるとは思っていなかったでしょうに」

 

 その言葉に黙っていた束がピクリとわずかに反応する。忌々しいことに、セプテントリオン側の作戦を知るような言動に警戒を強める。

 

「うふふ。どうかしら、私の推測は?」

「……そこまでわかっているのなら、私が言うことはひとつだよ、このアバズレが」

 

 力の入らない体を無理やり動かし、束ははっきりとマリアベルに向かいサムズダウンを突き付ける。死相すら見えるような顔で壮絶に笑い、悪鬼のような顔で恐怖を与える笑みを浮かべて宣告する。

 

「お前は、忌々しい、本当に忌々しいことに私だけではダメだったけど」

 

 そう言う束はかろうじて動く右腕を動かし、手元に空間投映されたコンソールを出現させる。

 

「それでも私たちが、おまえを地獄に落としてやる……必ず……!!」

 

 呪詛の言葉を残し、指先がコンソールに触れる。

 

 瞬間、この衛星軌道基地そのものが激しく揺れるほどの衝撃が二人を飲み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そんなっ……!?」

 

 落ちてくる軌道エレベーターの残骸を茫然と見ながら、アイズは必至に動揺を抑え込む。ほんの数秒だけ見せてしまった隙を恥じるようにしながら再び目の前のシールへと意識を戻す。どういうつもりか、今の決定的な隙を見逃したシールもまた、興味なさげにしながらも破壊された軌道エレベーターをぼんやりと見つめていた。

 その様子を見て仕掛けようとするも、しかし隙らしい隙を晒していないことに踏みとどまる。もし仕掛けていたら、逆にカウンターを受けていただろう。

 

「……まったく、まだ時間はあったでしょうに」

「どういうこと?」

「予定通りとはいえ、少々あっけない。あなたもそう思うでしょう、アイズ?」

「そんな言葉で、すまされたくはないんだけど」

 

 そう抗議するアイズの言葉に興味を示さずにシールはアイズの視線を流す。言葉にはしなかったが、このときのシールは内心ではせっかくの戦いに水を差された格好となったのことで少し不貞腐れていた。

 確かに予定通りの作戦進行であるし、とりあえず“ここまで”なのは理解していたが、ここまで盛り上がっていたところに勝手に予定を早めて勝負を流されると思った以上にストレスが溜まっていた。シールとしては、個人の理由ではあるが軌道エレベーターの破壊よりもアイズと心行くまで戦っていたかった。少々残念だが、シールにとってマリアベルが最優先だ。彼女がやれと言うのなら私情は捨てる。アイズとの決着は持ち越しだ。

 

「残念ですが、勝負を預けます」

「逃げるの? そんなこと、ボクがさせると思ってるの?」

「いいんですか? ご自慢のタワーが焼け落ちていますけど」

「ボクに与えられたオーダーは、“なにがあろとも”あなたを自由にはさせないこと。もうしばらく、ボクに付き合ってもらうよ!」

「……余計なときだけしつこいですね」

「シールには、言われたくないね!」

 

 アイズは防御重視の戦い方から一転して離脱しようとする気配を見せるシールに果敢に攻め入る。なにが目的かまではまだ確信が持てないが、よくないことだけはわかる。だからここでシールを自由にさせるわけにはいかない。

 確かに軌道エレベーターが破壊されたことはかなりの痛手だが、まだそれでも手遅れじゃない。ここで食い止めれば、まだ巻き返せる。

 

「あれが折れたというのにずいぶん冷静ですね」

 

 アイズの攻撃を危なげなく捌きながら皮肉そうに告げる。しかし、事実として起動エレベーターを完膚なきまでに破壊されたというのに、アイズは驚愕してもあまり大きく動揺しているようには見えなかった。なによりシールのヴォ―ダン・オージェにはアイズの心拍数が平静であることを見抜いていた。

 

「もしかして、そちらにとっても予定通りでしたか?」

「ん、なんのこと……ッ?」

「嘘が下手ですね」

 

 くすりと小さく笑い、シールは思考を即座に戦闘状態に戻す。頭上から破壊された軌道エレベーターの破片が降り注ぐが、シールもアイズも意にも留めない。ただ振ってくる障害物など、二人にとっては大した脅威にもならない。むしろそれを利用しようとすら考えるだろう。

 アイズを誘うように空へと飛び、IS戦の本領となる空中戦に移行する。小細工なしの真っ向勝負への誘いに、アイズは自身の不利を承知で挑む。反応速度でわずかに劣るアイズは両手の剣、さらに脚部のブレードを展開し、変則四刀による手数で押し込む。剣技においてはアイズとシールにはほぼ差はない。むしろ引き出しの多さでアイズがやや勝るといったところだ。

 それでも総合的に見ればシールが上をいく。

 どれだけ手数を増やしても後出しで対処を間に合わせるシールはアイズにとってまさに理不尽といっていい存在だ。反応速度、そして強化された身体能力。鍛えているとはいえ、アイズは眼と脳以外は普通の人間の枠内に収まっている。鈴のような規格外の肉体は持っていない。結果、基礎スペックですでにシールと大きな隔たりが存在する。

 もっとも、そんなことはわかりきっていることだ。これまで幾度と戦い、その差がどれほどかということも理解している。ならばそれを超えられる手段を考えるだけだ。

 

「あっ」

「……?」

 

 気迫を見せていたアイズが突如として視線を右に向けた。戦いの中では隙としか言えない動作に、しかしシールもそのあまりにも唐突なアクションに反応してわずかに意識を向ける。

 同時にアイズが左手の武器をノーモーションから投擲。余所見のフェイントという子供だましとしかいえないことを平然と行うアイズの胆力もそうだが、速過ぎる反応で一瞬でも引っかかってしまっても余裕で対処を間に合わせる。だがこんな古典的な手に僅かでもかかってしまったことに羞恥を覚えたのか、シールの表情は少し強張っていた。

 

「そんな古典的な手を……!」

「一瞬引っかかったくせに」

 

 アイズの狙いはおおよそ成功した。シールは確かに投擲した剣をはじき落としたが、はじめから回避ではなく防御させることがアイズの狙いだ。回避ではなく防御なら二秒ほどはその場所に足止めできる。即座に瞬時加速を慣行し、一瞬で距離を詰めてクロスレンジに持ち込む。まずはここから。空での中距離戦では勝てる要素がないためにまずはこの距離に持ち込まなければならない。

 常に密着状態を維持して剣を振るう。距離を詰めれば厄介なパール・ヴァルキュリアの翼を無力化できる。しかし、この距離は同時に読み合いの早さがモノをいう。言わば、即打ちの詰将棋。最速最適を選ぶ能力が勝るほうが勝つ。ヴォ―ダン・オージェの本領が発揮される場面だ。

 

「やああっ!」

「…………」

 

 気迫を滾らせて攻めるアイズをシールは冷静に捌ききる。しかし、その顔には余裕は見られない。明らかにこれまでとは違う警戒を見せている。

 それはアイズが持つ剣。未だに完全にその全容を把握しきれない未知の剣【ブルーアース】。その脅威が無視できないシールはアイズがその剣を抜刀する瞬間を警戒している。

 アイズもそれがわかっているからこそ、切り札のブルーアーズを見せ札として立ち回っている。名刀は抜かなくても効果がある、とは誰に聞いた言葉だったか、アイズは抜刀する構えを見せながら決して使わずに剣戟を繰り広げている。

 実際に多用できない理由があることが大きい。確かに強力な剣だが、その性能を完全に解析されればシールには通じない。これを使う時にミスは許されない。だから千載一遇のチャンスを待ち続けている。

 シールとアイズ、二人ともに攻めつつも警戒と観察を主眼にいるために膠着状態に陥っている。アイズは決定的な隙を待ち続け、それがわかっているシールもブルーアースを警戒して踏み込みを避けている。結局はこの二人の戦いはまともに戦えば膠着してしまう。

 

「このままではいつも以上に千日手ですね」

「シールが踏み込んでくれたら一瞬で終わるかもよ?」

「今更あなたを過小評価はしませんよ。とはいえ、ふむ……少し、趣向を変えましょう」

「んっ?」

 

 一転して翼を広げ、さらに上昇するシールに少し驚きながら、アイズもそれを追う。今更高度を上げることになんの意味があるのかと思ったが、その意図はすぐに悟った。

 シールは、あろうことか高高度から降り注いでくる軌道エレベーターの残骸の密集エリアに突っ込んだのだ。直撃すればISでもただではすまないような大質量の破片も存在する危険エリアに飛び込むなど、正気の沙汰ではない。だが、シールはそこでの戦いを誘ってきた。

 

「……無茶苦茶な、でも、それはボクにとっても専売特許! 望むところ!」

 

 下からは破片を破壊しようとセプテントリオン隊から数々の砲撃が飛んできており、あちこちで破片を打ち落とし破砕している。フレンドリーファイアの危険性もあるが、それでもためらいなくアイズは飛び込む。既に多くの破片に隠れ、シールの姿は視界から消えかけていた。完全に見失えば奇襲されるが、それは向こうも同じこと。“追いかけっこ”と“かくれんぼ”の変則高機動戦に突入する。

 空中でありながら障害物の多いフィールド。空中戦に長けるシールと、障害物の活用に長けるアイズ。空中機動が制限されるシールが不利かと思えるが、シールはその翼を活かした独特な機動で破片の隙間を流れるように回避しながら速度を落とさずに飛び回る。鳥のような有機的な稼働を可能とするウイングユニットは無駄のない動きを可能とする。この機動の前では通常のISの機動では追随できない。滑らかな変則機動に直線の動きでは対処できないのだ。

 だからこそ、アイズも変則機動にシフトする。

 普通に飛んでいたらシールには追い付けない。ゆえに、アイズは“走る”。次々と落下してくる破片を地面に見立て、それを足場にして跳ねる。生身で壁走りをしていた鈴の動きを参考にした、普通ならばまずしないIS機動。それはさながら義経の八艘飛び。邪魔な破片はブレードで斬り払い、微かに視界に映るシールを追う。シールも追ってくるアイズに気づいているだろう。互いに死角を取り合うようにさらに速度を上げ、よりトリッキーな機動で翻弄する。

 二人の金色の瞳はぎょろりとせわしなく動き回り、周囲の情報を拾い、解析を繰り返している。リアルタイムで変動するフィールドの未来予測と、同時に相手の動きを観測、予測し、未来位置を解析しての先回りからの奇襲を図る。

 

 そしてついに、シールがアイズの背を取った。

 

「……っ!」

 

 死角から飛び出してきたシールにいち早く気付いたアイズがすぐさま迎撃する。降ってきた手近な破片を蹴り砕き目くらましとするとカウンターの刺突を放つ。

 当然、この程度でどうにかなる相手ではない。シールは折りたたむように翼を稼働し、刺突を防ぐ楯として突撃の勢いを殺すことなくタックルを慣行した。翼を前面に出してのチャージはさながら砲弾のようだった。アイズはそれを避けられないと悟るや、機体を回転させて衝撃を拡散、抵抗せずにあえて大きく弾き飛ばされダメージを軽減する。

 シールはそうやって衝撃を逃がされたと理解した瞬間に翼を広げて空気抵抗によりブレーキをかけ、すぐさま反転。左腕のチャクラムを射出しての追撃を行う。

 それを視界に捉えていたアイズは頭上から落下してきた巨大な破片を盾にするように回避し、さらにその陰に隠れてシールの視界から外れ、一時的にヴォ―ダン・オージェの解析から逃れる。

 その視界から逃れた瞬間に、アイズが両手のブレードを手放し、腰に携えた剣に手をかけた。半身になり、抜刀姿勢を取る。

 ガシャン、となにかが動く音が鳴り、抜刀から切り払い、斬り下ろし、斬り上げと続く三連撃を放つ。一呼吸の間に放たれた三つの斬閃。視界を塞いでいた巨大な鉄塊片がバラバラに分割され、その明らかに刀身以上の間合いを持つ斬撃が壁越しにシールに襲い掛かる。

 二つほど当たった手ごたえを感じたアイズだが、その軽さから直撃には遠いことを悟って内心で舌打ちをする。剣で壁抜きをするアイズもそうだが、それを不完全とはいえ回避するシールもおかしい。現状、互いにどんな攻撃手段をとってもすべてが決定打に遠い。

 再び視界に入ったパール・ヴァルキュリアの装甲には二つの小さな斬痕が刻まれていたが、それだけだった。斬撃の間合いは十分だったはずだが、どうやらアイズが視界から消えた瞬間に即座に離脱していたようだ。攻撃の予備動作を完全に隠したというのに、相変わらず理不尽な対処能力だ。

 そうこうしているうちにシールから攻撃後の硬直を狙われる。パール・ヴァルキュリアの翼から放たれた無数の拡散ビームがアイズもろともに周囲を爆撃する。反応できていても回避機動が間に合わないタイミングだったが、不自然なまでの動きで機体そのものが引っ張られるようにして後方へと離脱する。

 事実、それはワイヤーに機体そのものを無理矢理に動かしたのだ。攻撃に出る際に回避手段の保険として残しておいた、ビットを使ったワイヤー機動だ。大質量の破片にワイヤー付のビットである近接型BT兵器レッドティアーズをあらかじめ突き刺しており、そのワイヤーを回収する作用を利用しての変則回避を行った。当然、これもシールに察知されないよう、シールの視界から外れた数秒で仕掛けたトリックだった。

 避けきれない数発が装甲をかすめたが、直撃を避けたのでほぼ問題なく戦闘を継続できる。

 

 だが、それでもこのブルーアースを使ったというのに大した戦果を挙げられなかったことに内心では舌打ちをしていた。これ以上シールの警戒が上がれば、ますます使うタイミングが限られる。

 

「ボクの切り札なんだけどなぁ、この剣」

「ふん……あなたならそれでも、さらに奥の手を用意しているでしょうに」

 

 そして再び互いが落下物の陰に隠れながらの追いかけっこに突入する。真下からは相変わらず破片を打ち落とそうとする砲撃が飛んできているため、戦場はますます混沌とした様相を見せていた。爆炎と衝撃もミックスされた戦場はまともな人間なら逃げることを考えるはずだが、二人は如何にこの状況を利用して相手の隙を突くかしか考えていない。

 時折接触しては二、三度剣を合わせて離脱する。それを繰り返しながらどんどん高度を上げていき、雲を超え、焼け落ちる炎に包まれた軌道エレベーターと、炎によって赤く染められた雲の大海が視界を覆いつくす。

 

 真下には朱に照らされる雲の海。頭上には煌めく星々の天蓋。そして背後には焼け落ちるバベルの塔。

 

 人を超えた、神々の視点から見たような幻想的ともいえる空と宙の境界。その中で二機のISが再び真正面から対峙する。既に周囲にはなにもない。地上からの砲撃も届く高度ではなく、真下から爆発音は響いてくるが、この周囲一帯は静かに凪いでいた。

 

「……ここが終着?」

「さて。まぁ決着の場としては悪くありませんが」

「本当の狙いはなに?」

「…………」

「軌道エレベーターの破壊は、その先にある目的のためだね? なら、あなたたちの目的は……」

「それは質問ではなく確認でしょう?」

「本当ならあなたを連れて距離を取ろうと思ったんだ。そうすればあなたを抑えられるから。でも、シールからこうしてわざわざ戦場を離したってことは、“ここ”はあなたたちの目的にそう悪い場所じゃないんでしょ?」

 

 シールがアイズとの決着にこだわっていたとしても、それでもマリアベルの命令を蔑ろにすることは絶対にない。マリアベルがやれと言えば、私情を捨てることができるのがシールという存在だ。亡国機業側の都合に反する行動を起こすはずがない。

 事実、はじめは離脱しようとしていたことからなにか別目的があることは明白だ。アイズはそれを防ごうとしていたが、今にして思えば戦場の変遷はすべてシールに誘導されていた。それに気付かなかったことは迂闊だったが、同時にシールの目的もおおよそ見当がついた。

 この先にあるものなど、――――ひとつしかない。

 

 

「あなたたちの狙いは―――――………」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さすがにすべて狙い撃つのは無理ですわね」

 

 淡々と降り注ぐ軌道エレベーターの破片を狙撃していたセシリアが、その迎撃速度の限界を悟ってつぶやいた。脅威度の高い大きいものは主武装である大型スナイパーライフルで狙撃し、ドレッドノートのすべての武装を開放して範囲砲撃を仕掛ける。

 ほかのセプテントリオンの面々も同様に上空に向けて砲撃を仕掛けている。

 

「ラファールのドレッドノートを失ったのは痛いですが……」

 

 ラファール・リヴァイヴのドレッドノート級パッケージがあればもっと効率よく撃ち落とせるのだが、先の戦闘で既に失っている。その分多くの敵機を落としたが、こうした大多数のものを攻撃するにはセシリアの持つドレッドノートではやや不向きだ。長射程、高精度の狙撃こそが真骨頂のセシリアにとってこうした大味な砲撃はどうにももどかしく感じてしまう。とはいえ、それでもドレッドノート級パッケージだ。この決戦に備え、対多数戦を想定して調整されたドレッドノートの火力は伊達ではない。とにかく高火力の武器を放ち、同時に射程にいる無人機の狙撃も継続する。上空と地上、両方の標的を同時に狙い撃つという、マルチタスクができるセシリアだからこその力技だった。

 

 

『―――こちらシャルロット。セシリア、応答を』 

「こちらセシリア。無事でしたか」

『そうともいえないけどね。取り急ぎ、結果だけ伝えるよ。スコール・ミューゼルを名乗った専用機を逃した。ダメージは与えたけど、大破にはいってない』

「カタストロフィ級で撃破できなかったのですか?」

『あの人、僕より遥かに凄腕だよ。でも逃げられた。追撃も考えたけど、軌道エレベーターが……』

「………」

『どうも専用機は撤退をしているみたい。無人機は残しているから追撃は難しいけど……鈴が一機落としたみたいだけど、他は健在。ラウラも戦ってたみたいだけど、結局逃げられたってさっき通信で呪詛を吐いてた』

「ふむ。……どうやら向こうも次の段階に移ったようですね。こちらも準備に移りましょう。戦場の無人機をすべて撃破してください。まずは邪魔な機体を排除してからです」

『了解。……あと、悪い情報がひとつ。どうもこっちに増援がきてるみたい』

「増援?」

『“IS委員会主導で作られた、多国籍軍”だよ』

「……なるほど」

 

 この無人機の大群すらただの捨て駒だということは理解していたが、予想通りに質の悪い相手を用意していたらしい。どうやらカレイドマテリアル社の持つ技術を餌に釣られた各国の過激派を取り込んだのだろう。そうした情報は掴んでいたので可能性は考えていたが、ここまで強硬手段に出るとは、どうも亡国機業もあまり後のことは考えていないらしい。文字通り、この戦いを決戦と見ているのかもしれない。イリーナもマリアベルもその権力と要人とのパイプで情報規制は得意分野だ。大抵の無茶は通せるし、隠し通せてしまう。

 

「イリーナさんもそうですが……あの人も、あまりあとのことに執着していないようですね」

『このままだと消耗戦になってこっちに不利だよ。どうする?』

「問題ない、とは言えませんが、対処は検討されてきました。そちらはイリーナさんに任せます。どうやら敵の狙いも見えてきましたから、こちらはその対処をします」

 

 了解、と言ってシャルロットからの通信が切れると、セシリアは一度視線を上空へと向ける。まだ破壊された軌道エレベーターの破片が降ってくるが、おおよそ対処可能範囲だ。もともと守るべきエリアが狭かったこともあり、少数でも対処が可能だったことが大きい、もっとも、それはこの事態もあらかじめ想定していたからこそなのだが。

 セシリアは全部隊に通信をつなげると、手短に宣言を行った。

 

「全部隊に通達。――――“予定通りです”。軌道エレベーターの破壊に伴い、残敵処理と落下物の対処が終了後に作戦を次のフェイズに移行します」

 

 

 




雪国在住で今年何度目かになる大雪に四苦八苦しています。視界のホワイトアウト怖すぎる(汗)

さて、これから戦場は地上から空へ、そしてその先の宇宙へと移っていきます。実は双方にとって予定通りだった軌道エレベーターの喪失。束が用意していた切り札のひとつが明かされることになります。

束さんもやられましたが、それでもただではやられないのが束さん。まだこのあとも活躍の場を残しています。というか、本作のラスボスであるマリアベルさんはラストを飾るセシリア戦の前に相当消耗させてようやくいい勝負になるというチートです。

セシリアとの対決も近づいてきました。それではまた次回に!


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Act.144 「天空の塔」

「ふんッ!!」

 

 気合と共に放たれた一撃を受け、大型無人機の胸部に巨大な穴が空く。純粋な力によって穿たれた機体はそのまま痙攣でもするように振動し、やがて沈黙して崩れ落ちる。それを確認してからゆっくりと残心を解いた鈴が息を吐きながら周囲に目配せをした。

 

「これでだいたいは掃除したかしらね」

 

 周囲には無残に破壊された無人機があちらこちらに転がっている。そのすべてが凰鈴音というただ一人によって敗れた哀れな無人機の末路であった。鈴はセシリアに宣言した通り、接敵した敵機すべてを破壊した。間合いに入った敵機のほぼすべてが一撃、大型機に多くてもせいぜい五撃ほど費やしただけだった。まさに無双といえる戦いぶりを見せつけた。

 第三形態にならなくとも、完全覚醒によって今の鈴と甲龍の基礎スペックだけでも無人機を圧倒している。第二単一仕様能力がなくとも、より密接に操縦者とコアが繋がり、人機一体の境地に届いたことであらゆるスペックが最適化され、結果より高い質の機動を可能としている。

 今の鈴を止めるには有人機、しかもトップエース級でなければ不可能だろう。ただの機械やそこそこ程度の操縦者なら鎧袖一触だ。

 

「さて、作戦はプランB……あれ、プランCだったかしら? まぁ、どっちでもいいわ」

 

 天を見上げれば、燃え落ちる軌道エレベーターが否応にも目を引いた。流星雨のごとく戦場に降り注いでいた破片は危険度の高いものはおおよそ破壊したようで、破壊された直後はともかく、そのあとは半ば自壊するように粉々に砕け散り、想定よりもはるかに被害が少なかった。

 もともとこうなった際には、接近戦特化型の鈴にできることはなく、セプテントリオンのメンバーが破片の除去をする中、鈴だけは眼もくれずに無人機を排除し続けていた。その甲斐もあり、軌道エレベーター付近の敵機はほぼ排除できた。なにより脅威度の高い大型機をはじめとしたいくつかの特殊型をすべて破壊できたことは大きい。小癪にも無人機の中にもいろいろなタイプの特化型を紛らせていたようだが、暴虐的ともいえる今の甲龍の前にはすべて塵同然だった。

 足元に転がっていた、まだかろうじて機能停止していた無人機を踏みつぶしながらようやく一息を入れる。

 

「雑魚を残して主力は一時撤退……このタイミングで撤退? むしろ攻め入る機会でしょうに。と、なると……」

 

 もう一度空を見上げる。炎と灰が落ちてくる焼けた空を見ながら、その先にある天の城塞へと意識を向ける。

 

「やっぱり推測通り、本当の狙いは地上じゃなくて、宇宙………衛星軌道ステーションか」

 

 それはずいぶん前から予想されていたことだった。宇宙進出を目的とした、宙への玄関口となる軌道エレベーターと衛星軌道基地。カレイドマテリアル社にとって、それは二つそろって意味のあるものであるが、亡国機業にとってはどちらかでも破壊すればそれで済む。片方を失えば、カレイドマテリアル社の計画は頓挫する。少なくとも十年近くは停滞するだろう。それは致命的な遅れとなる。

 攻める側、守る側の事情を考えればカレイドマテリアル社が圧倒的に不利なのだ。少数精鋭であっても、この両方を守り切るのは難しい。

 

「だからこそ片方をくれてやる、ね。まったく、どういう頭してんのかしら、ウチのボスは」

 

 そうした中でイリーナが下した決定は「衛星軌道ステーションを奪取させる」ことだった。だからこそ、あえて戦力を地上の軌道エレベーターの防衛に集め、宇宙の衛星軌道ステーションの防備を薄くした。もともと宇宙戦ができる無人機は確認されておらず、そして世界を巻き込んでの戦いをしたがっている亡国機業にとっても宇宙戦よりも地上戦を選ぶと読んだ。

 懸念は軌道ステーションを破壊されることだが、それはないとイリーナは断言した。マリアベルなら軌道ステーションを破壊するのではなく、奪取する。これは確信に近かった。

 マリアベルにとって、……正確にいえば、マリアベルが利用しているIS委員会の委員長という立場を考えたとき、軌道エレベーターは無益でも軌道ステーションは有益だからだ。宇宙へと飛び立つために作った軌道ステーションだが、使い方を逆転させれば地球の制空権を抑える絶対監視衛星となる。

 イリーナが軌道ステーションを使い世界の経済面から支配したように、マリアベルが制空権を掌握すればあっという間に世界征服が完了してしまう。冗談ではなく、本当に世界を手に入れられる。使い方を誤らなければ、それが為せる土台ができている。そして、マリアベルはミスなどしないだろう。

 

 亡国機業としては、軌道エレベーターは破壊、そして軌道ステーションは鹵獲。これがベストなのだ。

 

 だからこそ、正面からの全面衝突で軌道エレベーターを陥落させることを選択した。戦力を冷静に分析すれば、数で押せば軌道エレベーターを破壊することはほぼ確実にできる。その裏で軌道ステーションを確保すれば完勝だ。

 そして、それは成った。束が独断専行して、勝手に軌道ステーションでマリアベルを待ち伏せして戦闘行動を起こしたことは誤算だったが、おおよそ予想通りに戦闘は推移していた。さらに言えば軌道ステーションの確保に乗り込んできたのがマリアベル単機によるものというのも誤算といえば誤算だが、今となってはむしろそのほうが都合がいい。主力同士の激突にこだわったマリアベルは思った通りに地上に戦力を集中させた。

 無論、この策を読まれる危険性も考慮されたが、イリーナ曰く、読まれても問題ない、手間暇かけて用意した罠なら間違いなく乗ってくる。……などと言って押し切った。そして実際その通りになった。殺し合いをする仲でも、やはり姉妹ゆえに考えがわかるのかもしれない、と皆が心中で苦笑していた。

 

「で、とりあえず押されて敗けるとこまでは予定通り……と」

 

 セシリアや鈴をはじめとした専用機持ちを中心にかなりの時間を粘ったが、それでも結局は無残に軌道エレベーターは焼け落ちた。

 地上での戦いは戦略的に見てもカレイドマテリアル社側の敗北だ。あとは後詰めの部隊を送り、セプテントリオンを壊滅させれば敵対勢力は完全に無くなる。

 

「上を押さえられた時点で敗北確定ね」

 

 この状況をして、敗北同然だと鈴は言う。そしてそれは正しい。地上を守っても、宇宙における拠点を失った時点でカレイドマテリアル社の計画は終わる。

 

 

 

 ただし―――――それは、前提条件をひっくり返せば容易く逆転する。

 

 

 

 鈴の目の前で、大地から光が爆発するように溢れ出す。同時に地震かと思われるほどの大きな揺れが一帯を包んだ。しかし、海上に浮かんだ人工島でここまでの揺れがあることは不自然だった。どこか一定のリズムを刻むように揺れ続け、次第にモーターのような機械音すら周囲に響き渡る。

 それは自然現象ではなく、島そのものが振動していたことによるものだった。正確には、この人工島の地下中枢部。そこに設置された大型ジェネレーターと、そこに接続された装置の稼働による振動の余波だ。

 広大な地下空間に作られたそこから生み出されたそれが、光や振動、音となって島全体を鳴動させていく。

 そして大地から溢れ出したひときわ激しい光が質量でも持つかのようにひとつの形状へと収束していく。たった今破壊された軌道エレベーターを再現するように円柱の形となって天へと伸びていく。

 それを呑気に見上げながら、鈴がケラケラと笑い声をあげた。

 

「あたしたちの敗北だけど…………でもそれって、本当に軌道エレベーターが破壊されていれば、っていう前提なんだけどねぇ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「電磁レール、展開完了。問題ありません」

「量子スピンからの抽出、正常値を維持。歪曲率上昇により空間干渉を確認」

「起動エネルギー、確保しました」

「SDDシステム、スタンドバイ。カタパルト、稼働可能です」

「重畳。さすが束さん。理論通り」

 

 中枢部の軌道エレベーターの制御室にて、束の代役として技術班を取り仕切る火凛がオペレーターからの報告を受けて満足そうに笑う。本格的な稼働は初だったが、問題らしい問題もなく束が提唱した理論通りに稼働していることに自然と笑みを浮かべていた。

 こればかりは事前に実験するわけにもいかず、ぶっつけ本番となったが、束を中心に技術班の総力を挙げて考えられるすべての問題点を徹底的に是正したことでほぼ完璧な仕上がりを見せていた。

 反則ともいえる“これ”を隠すために、わざわざ正攻法の建築方法でも軌道エレベーターを建造したのだ。ここでなにかミスを犯せばすべてが水泡に帰するところだ。火凛も内心では不安が大きかったが、束が自信満々に「束さんの作るものにミスはない! そして自重もない!」と言っていた通りに自重も設計ミスもないものが出来上がったようだ。途中からこのプロジェクトに参加した火凛は客観的視点からの俯瞰した意見を求められたが、その時点で既に大きな問題は取り除かれていた。

 

「でも、実際に見ると感無量。こんなものができるなんて、あの人の頭の中って何年先の未来なんだろう?」

 

 しかも、この技術を応用してスターゲイザーにSDDシステムなどという機能まで搭載する始末だ。距離の概念を覆す宇宙船が、まさか“派生作品”だとは誰も思うまい。

 当の本人は独断で姿を消してしまったが、おそらくは初めからそうするつもりだったのだろう。でなければあらかじめすべてのマニュアルと対処法を火凛に托したりはしないだろう。

 

「さて、それじゃあ起動しよっか。座標位置を確認後、リ・ディストーションを開始。カタパルトを開放して。全世界に向けて、真の軌道エレベーターのお披露目だよ」

 

 そしてそれはイリーナの指示によって、リアルタイムで世界に晒された。

 

 それはイリーナの用意した、亡国機業とIS委員会を始末するための一手。そして世界全てに対し、味方か敵かの選択を強いる、暴君からの問いかけであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

『あなたは本当に恐ろしい人だ。イリーナ・ルージュ』

 

 モニターに映った通話相手にイリーナは「御冗談を」と愛想笑いをしながら言葉を返す。見ただけでわかる営業スマイルだが、その内心では悪魔めいた顔を浮かべているだろう。

 

「では、契約を?」

『ふむ。結びましょう』

「ありがとうございます。では約束通りに………」

『ええ、今軌道エレベーターに向かっている我が軍……いえ、脱走した反逆者がどうなろうと、こちらから責任や補償を要求することはありません。そして鎮圧するための部隊を、“カレイドマテリアル社を友軍として援護する”ことを特例で認めましょう』

「感謝します。なるべくは返却できるようにはしますが、手加減はできそうにありませんので」

 

 イリーナは軽く手を振り、控えていたイーリスに指示を送る。イーリスが静かに礼をして部屋を出ていく姿を見届けてから改めて画面に映る人物へと礼を述べる。

 仕立ての良いスーツを着た、四十代と思しきハリウッド俳優のような端正な顔つきをした男性であった。名をジェームズ・ウィルソン。肩書は、合衆国大統領。ISによって女尊男卑の風潮が強くなっていた中、その強烈なカリスマと、元宇宙飛行士としてのキャリアを持つ異色の政治家として大統領にまでのし上がった英雄であった。イリーナ個人の知古であり、敬意を払う数少ない人物の一人である。

 極秘の対談ではあるが、それは間違いなく世界の行く末を左右する契約がはっきりと結ばれた瞬間であった。片や、経済と通信の大部分を支配し、さらにISを利用した宇宙開拓を推進する首魁たる女傑。そしてもう片方はその圧倒的な国力によって世界の覇権を握るといっても過言ではない大国のトップである。モニター越しとはいえ、この二人が会話していることが知れただけで世界が揺れるだろう。これまで水面下で様々な取引をしてきた相手であるが、はっきりと協力関係を結んだことになる。情勢への影響が大きすぎるために、互いに表立って関わってこなかったが、正式に契約することで世界は再び大きく揺れるだろう。

 かつて、男女共用コアを世に出す際にも大きな混乱が起きたが、その混乱を早期に収めるためにイリーナはあらかじめ主要国には話を通していた。国としては共用コアのほうが莫大なメリットを生み出すので反対する理由はない。そこで躊躇ったり、批判がでればそれは亡国機業の手が中枢まで伸びている可能性が高くなる。新型コアはイリーナにとって敵かどうかの判断材料にもなっていた。

 その中でも合衆国は、いくつもの勢力がひしめく万魔殿のような国であったが、幸いにしてその大統領はよく知る人物であった。彼が大統領になってから、密かに技術協力や量子通信機器を融通することでその繋がりを太くしていた。もちろん、後々のことを考えてスキャンダルになるやり方は一切していない。知己だからと量子通信機器の販売でも値切りなど一切しなかったし、それ相応の対価をもらっている。むしろ多少値を上げて優先して販売してやったくらいだ。それに対してジェームズは苦笑しながら応じてくれた。ビジネスにおいてイリーナが容赦しないことは彼もわかっていたのだろう。

 

『しかし、これで反対意見も封じ込める。これはそれだけのものです』

「大変ですね。経営者と違い、政治家というものは」

 

 おおよその意見がまとまったことで二人の会話も穏やかな色合いを帯びる。もともとの始まりは共通の親しい人間を通して知り合った二人だ。公私では別人かと思われるほどにギャップがあるが、もともとは気軽に談笑するような仲だった。

 

『あなたほどではないかと思いますがね。今や世界を支配する企業にまで成長させたその功績、真似できる者などいないでしょう』

「大統領にそう言われるとは、私もそれなりにはなれたらしい」

『謙遜を覚えたのですね。昔のあなたからは考えられませんが』

「……あの時は、私も若かったからな」

『そういえば娘を引き取ったとか。少し意外でしたよ』

「駒のひとつだよ。……そういうことにしておけ」

『相変わらずですね』

 

 イリーナの口調から次第に敬語も抜けていくが、これが本来の姿なのだろう。不敬や軽蔑の色はなく、ただ友人相手に悪態をついているだけだ。

 

『これで、準備は整いましたか?』

「……ああ、亡国機業を始末すれば、あとは私の邪魔をするものはいなくなる」

『あの組織は我々にとっても邪魔ですからねぇ。内部の腐った馬鹿どもの掃除もできて、まさにwin-winでしょう』

「よく言うものだ。私より亡国機業と手を組んだほうがいいと判断すれば切り捨てるつもりでいただろうに」

『正確にはIS委員会、になるんですがね。まぁ、それが国を背負うものということです。それに、それはお互い様では?』

「違いない」

 

 物騒な会話を笑いながら交わす様はもし第三者がいれば顔を青くしていたことだろう。場合によっては手を取り合うことも、見捨てることも許容しているやり取りは人情や妥協といった不確定要素を一切考慮せず、ただただ目の前の現実だけを見据えた機械のような判断を是としている。公私混同をしないことは社会人として当然のことだが、ここまで明確に切り離すことができる人間もそうはいないだろう。

 

「さて、では確認だ。そちらが出すのは現在軌道エレベーター施設にて発生している“小競り合い”の援護と、今後の世界情勢における宇宙進出への賛同だ」

『ええ、約束しましょう』

「その対価として用意するのは、量子通信、その他IS関連の技術協力、そして―――」

 

 最後に切るカードこそ、イリーナが束と共に五年の歳月をかけて作り上げた宇宙進出のための、スターゲイザーと並ぶもう一つの切り札。正真正銘、カレイドマテリアル社の持つ最高機密。

 

 

「“ディストーションドライバー”の貸し出し、及びD2カタパルトの基礎理論と設計図だ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「……ッ?」

 

 視界の隅に移った奇妙な現象にシールは視線をアイズからそちらへと向けた。

 アイズの左後方、つい先ほど焼け落ちた軌道エレベーターがあった位置……ヴォ―ダン・オージェの解析でも寸分も違わずに同じ座標に現れたそれを見たシールが、解析を終えてその正体を悟ると同時に驚愕に目を見開いた。

 そんなシールの様子を見ていたアイズが自慢げに笑みを浮かべる。

 

「気が付いた?」

「……あれが自信の根拠ですか」

「ふふん。ボクは基礎理論すら理解できなかったけど、なにが起こって、どういうものかはわかる。あれがある限り、ボクたちの夢が終わることは、……ない!」

「正直に言いましょう。さすがに驚きました。あの仰々しい軌道エレベーターはただのハリボテですか」

「いやあれも本物だよ。ものすごいお金かかっているから、普通に大赤字。でも、アレはシールにだって破壊できないでしょう?」

「壊せる殻に、壊せない中身を用意していましたか」

「それがどういうことか、わかるね?」

「ええ、それはもう」

 

 シールの視線の先にあるのは、地上から天へと伸びていく光の塔。電磁的に発生させられた宇宙へと届くレールだった。先ほどまで存在していた鋼鉄の塔ではなく、下から上へのベクトルを内包した純粋な力場だった。解析した試算でも、それこそあの大型艦であるスターゲイザーすら宇宙へ押し上げることが可能なほどの強力なものだ。安全性はともかく、あの中に飛び込むだけでISごと宇宙へと射出されるだろう。

 あの光の塔はいわば対象を運ぶためのレールだ。それはまだいい、問題はそのレールにかかる力場だ。おそらくは電磁レールでその出力を制御しているのだろうが、いったいなにをどうすればあれほどの出力を生み出せるのかがわからなかった。どれだけ低く見積もっても大型の原子力発電所一基を超えるエネルギーが発生している。

 

 

 

「あれがボクたちの切り札――――“D2カタパルトエレベーター”だよ」

 

 

 

 【Distortion Drive Catapult Elevator】―――カレイドマテリアル社内の略式名称は、DDCエレベーター、またはD2カタパルトとも呼称される。類似概念ではトラクタービームを思い浮かべればわかりやすいだろうか。

 簡単に言えば強力な力場を発生させ、そのベクトルを利用した射出装置。地上から宇宙まで、それどころか広大な宇宙空間の移動を短時間で行うことも可能な航行技術だ。名称から察せられるように、スターゲイザーの空間歪曲航法、ディストーションドライブと同じ基礎理論から生まれたもので、この五年をかけて束が作り上げた宇宙進出を現実のものにする、時代を二つ三つすっ飛ばして完成されたオーパーツ級の技術の集大成。

 

「………なるほど」

 

 シールはアイズが言う「破壊できない」という意味をよく理解していた。地上に降り、このD2カタパルトの発生装置を破壊することはできるかもしれない。だが、それだけでは不十分だ。物理的に建造されたものと違い、これはあくまで力場を利用した装置。その気になれば、材料と場所さえ確保すれば地球上のどこにでも宇宙への道を造ることができるのだ。このD2カタパルトが完成されたことが分かった以上、ここでこれを破壊しても大きな意味はない。おそらく用意しているのもこの一基ではあるまい。複数用意できる時点でカレイドマテリアル社の価値はさらに良い方へと激変する。

 IS委員会としての立場から見れば、完全に敗北だった。宇宙にある軌道ステーションを確保しても、情勢は五分より少し不利といったところだろう。

 

 視線を再びアイズへと戻したシールは、その瞳の質を変化させる。金色に輝く魔性の人造魔眼が、その色合いを七色のスペクトルへと分岐させていく。見るだけで魅入られるような、生物とすら思えない超常の色彩を見せるその瞳でまっすぐにアイズを射抜くように見つめている。

 

「ここであなたたちを潰さなければ、消えるのは私たちということですね」

「イリーナさんは、……ううん、ボクたちみんな、もう亡国機業を逃がすつもりはない。この戦いですべての決着をつける気で臨んでいる。シール、だから最期までボクに付き合ってもらうよ」

「結果として罠にかかったのはこちら、というわけですか。まぁ、もとより次などこちらも考えてはいません。少々予定と違いますが……決着を、つけましょう」

 

 徐々に変化していくパール・ヴァルキュリアを見ながら、アイズも覚悟を決める。

 大口を叩いても、アイズが不利なことは変わらない。IS性能はほぼ互角といえるが、操縦者であるシールとの差が未だに大きな脅威といえる。そして、アイズとレアの切り札を封殺し得る力が厄介すぎる。

 だが、それでも。

 

「ボクが戦わない理由にはならない。あなたがどれだけの脅威でも、それがボクの立ち向かう理由を覆すことなんてできないんだ」

 

 変化していくシールに呼応するようにアイズとレッドティアーズも、発揮できるすべての力を開放する。変化していくISに同化するように、アイズの瞳の金色が徐々に紅に染まっていく。

 

「その前向きさは嫌いではありませんが………勝てると思われることが、すでに屈辱なんですよ……!」

「………それは、シールが決めることじゃないよ。ボクが、勝ち取ることだよ」

「そこまで言うのなら是非もありません。力の差、何度でも教えてあげましょう」

 

 虹色の瞳。紅の瞳。

 

 同じ人造の魔眼から生まれた唯一無二の瞳が、再び交わる。

 

 そして、互いにそれを予感していた。どんな結末になろうと、それが訪れるのはこの時になるのだろう、と。

 そして悟る。―――もう、“次”など、ないということに。

 

 

「決着をつけましょう」

 

 

 だからこそ。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 アイズは、微笑みながら受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




D2カタパルトエレベーターの元ネタはとあるロボット物に出てくるテクノロジーから。詳細は次話にて。今回と同じく、謀略色の強い話になりそうです。

気温の変化が激しくてきつかったですが、ようやく暖かくなりそうで一安心。春から新年度、新生活の時期になっていきます。また新年度からもどうぞお付き合いください。

それではまた次回に!


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Act.145 「十二星座の僕」

 そもそも、ISとはなにか?

 

 篠ノ之束が作り上げた、複製不可能である産物とされるISの動力源を解明できたものはいない。束も製作にあたり、そのあまりにも反則といえる性能に危機感を覚え、厳重にブラックボックス化したためにどの国の研究機関でもそのコアの中身を完全に把握できていない。

 しかし、そのコアを搭載したISが生み出す数々の現象を分析すれば、おのずとその特性の予想は可能である。束がかつてイリーナに説明したように、ISコアが持つ機能は大きく分けて三つ。

 動力源。操縦者の生命維持。自己判断能力。

 このうち、自己判断能力に関しては束がそれぞれのコアに個性が出るように“種”として仕込んだものだ。第三形態に至ったISはまだごく少数だが、すべてのISが個性を獲得できる可能性を宿している。操縦者の生命維持も宇宙空間での使用を前提に考案されたので当然の機能だ。

 残る動力源としての機能――――これこそが束が誰にも明かすことのなかった、ISの原点であり、すべての源泉だ。

 

 半永久機関として作られた、ISコアの心臓部――――それが【ディストーションドライバー】。空間歪曲機関と称される、ISの動力源となる、その正体である。

 

 起動するための初期励起エネルギーさえ確保すれば、限界生成速度を超えない限り半永久的にエネルギーを生み出す夢のエンジン、いや、世界を破滅させるほどの危険を孕んだ破滅級の動力機関である。 ―――「機密云々は抜きにしても、さすがにこれはヤバいと思ってブラックボックス化をせざるを得なかったよ」とは束の言葉だ。

 

 とはいえ、仮に解析できたとしてもそうやすやすと再現できるような代物ではなかった。その動力源の核となるのは、かつて束が運よく手に入れた隕石から抽出した地球外由来物質。それと地球由来物質を掛け合わせて作り出した合成物質―――それがオリハルコンの原型ともいうべき結晶であった。ゆえに、束以外の誰にも構造は知りえないし、最初期の467個という限定された数しか用意できなかった理由である。精製方法も束の頭の中にしか存在しないという徹底した機密管理をしている。そこまでするほどの代物なのだ。

 

 そしてその特性は、空間干渉。

 

 外部からエネルギーを与えることで内包する量子スピンに作用し、常磁性を瞬間的に上昇させて周囲の空間に歪みを生み出すという、地球上では考えられない現象を生み出す。これを動力に利用することを思いついた束は、この空間干渉作用を制御し、意図的に空間歪曲を起こすことでその反作用、歪みが元に戻る【歪曲復元】によって再び外部にエネルギーを取り出す半永久機関を作り上げた。

 

 これが歪曲機関、ディストーションドライバーの原型である。

 

 すなわち、ISのシールドエネルギーとはディストーションドライバーによって供給されたエネルギーであり、シールドエネルギーの枯渇とはエネルギー供給が一時的にストップした状態だ。励起させてしまえば歪曲制御さえも反歪曲作用からの抽出エネルギーで賄えるため、供給量が不足し、歪曲制御に必要なエネルギーの確保ができなくなるまでに使えばコアが停止する。これがISにおける機能停止状態となる。IS戦でシールドエネルギーがゼロになる、イコール、供給されたエネルギーを使い果たす、ということだ。

 逆を言えば、――――使い果たさなければ、過剰使用しなければ半永久的に起動し続けるということだ。

 

 そしてカレイドマテリアル社のバックアップを受けた束によって完成形たるディストーションドライバーの核となる物質―――ー伝説の金属の名を関するオリハルコンが精製された。

 エネルギーを加えることで周囲の空間に干渉するという特性を備えた超常物質である。その応用の幅はすさまじく広く、動力源としての利用もISのみでなくスターゲイザー級の大型艦、移動式人工島まで、サイズに見合った規模の歪曲炉を造ればそれだけですべて賄えてしまう。励起エネルギーさえあればあとは勝手に爆発的にエネルギーを生成できるのだ。そしてこのオリハルコンをISの装甲そのものとして利用することでIS自体に空間干渉作用を付与することになる。

 セシリアの機体【ブルーティアーズtype-Ⅲ/evolution】はこのオリハルコンで装甲を形成しており、空間歪曲現象を利用した外部から受ける攻撃に対する耐性と、単一仕様能力使用時における光の集約にも利用している。そもそもこの装甲自体が莫大なエネルギーを生み出すのだから、装甲そのものがジェネレーターの役割を担っている。主機関であるコアと副機関となる装甲を合わさることで通常より遥かに豊富なエネルギーを活用でき、当然長期戦にも長ける。

 

 これを利用して作られたものがD2カタパルトエレベーター、空間歪曲を利用した地表から宇宙へと上がる射出装置だ。

 基点と終点の座標を決定し、その間の空間をまるごと歪曲、その復元作用を利用し、基点から終点へ空間ごと移動する。終点を引き寄せ、元の座標に戻ろうとする終点に乗って移動する。スターゲイザーの空間航法と同じシステムであるが、スターゲイザーの場合は本機しか移動できないものに対し、D2カタパルトエレベーターはその規模に設定された限界許容内であれば不特定多数を同時に運ぶことが可能だ。大型のカタパルトなら、艦隊そのものを即座に宇宙に上げることも可能だ。

 当然、相応のオリハルコンを必要とするが、そこは束の技術力とイリーナの資金力というふたつの力技で解決した。そのために小惑星をまるまる資源として食い潰したが、もちろん公表されることのない事情である。

 

 そして、それがどれだけのコストをかけようとも実証してしまったことが最大の切り札となった。

 

 エネルギー問題に決着をつけることができる可能性を持つだけでなく、資源を食い尽くしつつある地球の外へと進出することも可能となる技術だ。国ひとつですべてを纏めるには規模が大きすぎ、世界全体での協力体制を余儀なくされるほどのオーパーツ級のテクノロジーだ。それを、しかもご丁寧に様々な応用・派生技術も作り上げて世界に示したのだ。

 誠実にして悪辣。正道にして邪道。そんなプロデュースを全世界を強制的に巻き込んで叩きつけたイリーナ・ルージュの名は間違いなく人類史が続く限り語り継がれるであろう。そして発明者である篠ノ之束もまた、偉大な功績として称えられることは確実だ。

 

 このディストーションドライバーの技術提供をちらつかせるだけでどんな相手に対しても絶大な交渉カードとなる。宇宙進出という目標のための、実現するためのテクノロジーであり、同時に世界経済・情勢を味方につけるための餌としてもこれ以上ないものだ。

 イリーナ・ルージュと篠ノ之束が手を組んだ最大の理由といっても過言ではない。イリーナだけでは現実として技術力が足りず、束だけではせっかくの技術も世界に浸透させられない。それどころか一度、束はいいように利用されたことがあるだけに身に染みて理解していたことも大きい。互いにできることとできないことを理解し、そしてそれを補完し合えると判断してこその同盟だった。

 どちらかだけでは頓挫した計画も、二人が手を組むことで問題を悉く解決し、とうとう宇宙への道を拓く王手をかけた。

 

 【宇宙へ行く】。その理由は違えど、この大前提とした目的が一致したからこそ、暴君と天災は手を組み、ここまでやってきた。IS委員会の存在意義を喪失させ、アメリカを味方につけた時点でほとんどの問題はクリアされたも同然だった。

 

 ――――残る障害は、あとひとつ。

 

 束にとっては怨敵であり、イリーナにとって最悪の姉の残滓。亡国機業を従えるマリアベル――――レジーナ・オルコットのみ。

 

 アイズやセシリア、それぞれ個々人で精算するべき因縁は残っていれど、最終的にはレジーナ・オルコットの打倒へと集約される。偶然、という言葉では出来過ぎているそれは、運命の悪戯なのか、はたまたそれすら魔女の掌の上なのか。

 それはまるで運命の収束点。因縁という糸によって作られた蜘蛛の巣の中心部。そこに待ち受けるのは彼女たちにとって、最後に超えるべき悪夢。

 

 謀られたように集められた因縁の渦中で、魔女もまた、その時を待ち続ける。

 

 それは、すぐそこまで迫っている――――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 急速に変化していく戦況を見据えながら、セシリアは思案する。

 ここまではほぼ予定通り。正面決戦を臨み、敵部隊の戦力を削りつつエース級の幹部クラスを誘引。できることならこの場で全員を撃墜したかったが、それでも全員を足止めするという最低限の戦果は挙げている。

 オータムの駆る大型機は鈴が撃破。脱出したオータムもセシリアの狙撃で落としている。

 シールはアイズが迎撃。戦域を移動しながら、未だ戦闘中。もともと拮抗していた二人だけに、長期戦は当然だろう。

 マドカは多数の無人機を率いての集団戦を執りながらセプテントリオンの主力部隊と交戦していたが一時撤退の動きを見せている。しかし、おそらくはこのままだと側面から強襲している一夏、箒とぶつかるだろう。

 クロエはラウラが迎撃。一時は両機をロストしたが、再び現れたクロエがIS学園の部隊へ強襲。同じく戦域復帰したラウラが簪、蘭と共に交戦中。

 スコールにはセプテントリオンにも手痛い被害を与えられたが、シャルロット、シトリー、リタ、京の四人がかりで撤退させている。現在の位置はロスト。

 

 現状は五分よりややこちらが優勢に推移している、といった具合だろう。未だ無人機という簡単に量産可能な機体のために亡国機業側の戦力は底を見せていない。質で高いのは有人機のみだが、数の暴力も侮れない。セプテントリオンとシュヴァルツェ・ハーゼ、IS学園の応援部隊で応戦している。

 優勢に傾いているのはやはり鈴が単機で相手のエース機の一角を落としたことが大きい。もともとタイマンに異様に強い鈴だけに、そうした役割を期待していたことも確かだ。フリーとなった鈴のおかげで島に上陸された地上の敵戦力はほぼ駆逐できている。完全に第三形態に覚醒したために大型機でさえ単機で容易に撃破する鈴の存在は現状の最優のカードだ。上手く使え、という鈴の言葉通り、彼女の動かし方で今後の戦況の情勢も変わってくるだろう。

 懸念は“上”のほうだが、そちらに対処するには地上を制圧しなくてはならない。イリーナの策がうまくいけばこれ以上の増援はない。本命を打倒するためにも、まずは残存勢力を排除する必要がある。少なくとも、エース級は無力化しなくてはならない。

 

「………」

 

 ふと、視線を上へと向ける。もちろん見える距離ではないが、この先にこそ、セシリアの運命が待っている。マリアベルが単機で軌道ステーションの制圧を仕掛けてきたのは予想外だったが、劇場型の演出を好む性格を考えれば納得もできる。おそらく最後の決戦の舞台として、あの場所を選んだのだろう。

 間違いなく、マリアベルはセシリアがやってくることを待っている。そう確信できていた。本人としては最高の舞台でもてなそうとか、そう思っている程度なのだろうが、そのためにどれだけの被害を出しているのかわかっているのだろうか。

 いや、理解していても実行するのがマリアベルという女―――セシリアが知る母たるレジーナ・オルコットであった。もちろん規模は段違いだが、昔もどんな些細な事でも、やりたいと思えばどれだけの出費や労力を費やすことにも頓着しなかった。そしてそれは、誰かの不幸であっても変わらないのだろう。

 

「ですが、それも今日で終わりです」

 

 ただそこにいるだけで誰かの不幸を糧に、災厄を撒き散らす魔女。そんな母を止めることは、娘である自分の責務だ。義務感にも似た意識で、セシリアは肉親の情を封じ込める。いや、情があるからこそ、これ以上母のあのような姿は見たくないのだ。

 

「止めて見せます。私が、あなたの娘であればこそ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その必要はありません。あなたはここで消えるのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟ッ、という音と共に猛烈なプレッシャーが真下から放たれる。そして瞬時に周囲の気温が上昇、すさまじい熱気と共に、鉄すら軽々と融解させるほどの熱量を持った炎がセシリアに向かって迫っていた。

 

「ッ!?」

 

 索敵を潜り抜け、この距離まで接近されたことに一瞬動揺しながらも即座に回避運動を行う。しかし、ドレッドノート級の特徴であるその巨体ゆえに初動が鈍く、回避しきれずに主砲であるプロミネンスの一つに直撃を許してしまう。あっさりと砲身が吹き飛び、それだけでなく炎に舐められた装甲が融解する。

 なによりもその容赦のない攻撃にセシリアは表情を変える。今の攻撃は完全にセシリアを消すつもりだった。その威力はISの絶対防御すら簡単に消し飛ばすほどのものだ。もしセシリアに直撃していれば、もしかしたら即死していたかもしれない。明らかに殺意の込められた攻撃に、襲撃者が本気で自身を狙っていることを理解する。殺すつもりはなくとも、死んでもかまわないほどには思っているだろう。

 

「炎の能力……スコール・ミューゼルですか!」

「ええ。初めまして。早速だけど、死んでくれるかしら?」

 

 スコールの駆るISを視認すると同時に、再び炎がセシリアを襲う。ドレッドノートの出力を上げ、高機動を維持しつつ迎撃行動に移る。レーザーガトリングカノンとミサイルで反撃するも、あっさりと回避され、さらなる猛攻を加えてくる。

 

「私を狙うことはわかりますが、そこまで殺意を向けられる覚えはないのですがね……!」

「さて、どうでしょうね。私が言えることは、ここで死ぬほうがあなたの為ということです」

「それは、どういう意味です?」

 

 セシリアの問いかけには答えず、代わりに激しい炎と砲撃を返すスコールの眼に冗談の色はない。そこにあるのは純粋にセシリアを狙う殺意のみだ。理由はわからないが、スコールはどうやら本気でセシリアをここで消すつもりだ。

 無論、セシリアもやられるつもりはない。だが………。

 

 

 

―――――強い!

 

 

 

 セシリアでも、スコールは手強い。激しい攻撃をしながらも、まったく隙を見せない。そしておそらく単一仕様能力であろう、あの炎もかなり厄介だった。

 鈴の駆る甲龍の第二単一仕様能力【龍雷炎装】と酷似しているが、その性質はまったく違う。鈴の場合はあくまでISコアの排出エネルギーを炎という形で制御下に置いているのに対し、スコールの操る炎は純粋にその熱量が脅威だった。装甲を軽々と融解させるほどの高熱。加えて明らかに遠距離型の能力だ。鈴の場合は遠距離攻撃はただ炎を放つだけの単純なものだが、スコールの操る炎はしっかりとした戦術理論が垣間見える。鞭のような形状にもできることから応用の幅も広い。なにより直撃を許せば即撃墜という威力だ。どうやらシャルロット達と戦ったときは手加減をしていたようだ。

 

「あの人は、私との闘いを望んでいると思っていたのですが?」

「ええ。だからこそ、あなたを会わせるわけにはいきません」

「意外です。あなたは、独断専行をするようなタイプには見えませんが……」

「それは私の事情です。もともとあの方からは反逆の権利すらいただいているのですから、ここで意志に逆らっても構わないでしょう」

「反逆の権利、とは。また酔狂なことを」

 

 しかし、そう言いながらもスコールの言葉から感じられるのはマリアベルに対する敬意だけだ。裏切るにしても、セシリアとの決着を望むマリアベルの前にセシリアを消すなどという横槍をする意味がわからない。まるで、セシリアがマリアベルと邂逅すること自体を嫌っているようだった。

 いや、おそらくはそれが正解だろう。その理由まではセシリアには推し量れないが、スコールがここで逃がしてくれないとわかっただけで十分だった。相手の理由など、それこそどうでもいい。セシリアにはセシリアの理由がある。それは当然、スコールの心情で揺れ動くものではないのだから。

 

「私にも、あの人との決着をつける理由があります。そのためにあなたが邪魔だというのなら―――」

 

 セシリアは余分な思考を切り捨て、完全な戦闘思考に入る。スコールを強敵と認め、同時にただ排除するべき障害と認識する。狩人のように獲物を追い詰め、仕留めることだけに思考を割き、並列思考を駆使してスコールの攻略法を算出する。

 

「ここで、排除するだけですわ」 

 

 今この場でスコールを仕留める。そう決断したセシリアの行動は早かった。

 時間をかけるわけにはいかないため、短期決戦を決意したセシリアはここまで温存してきた切り札を起動させる。

 

 

 

「ゾディアック・システム起動」

 

 

 

 本来、たった一機を相手に使うものではない。例外として対マリアベルのひとつとして用意していたものでもあるが、マリアベル以外に使うことになるとは思っていなかった。

 しかし、目の前のスコールはそれだけ強敵だ。ここでこれを使うことは決して間違いではないだろう。

 

「私としても、あなたは手加減ができる相手ではないようです。本来ならあの人との戦いで使う予定でしたが……悪く思わないでください。蹂躙させていただきますわ」

「っ!?」

 

 セシリアの駆る大型パッケージが突然その形を崩壊させる。その城のような巨体を構成していたドレッドノートが、解体されるようにユニットごとパージされていく。

 装甲を排除しての軽量化、もしくは形態変化か、と思うスコールだが、その思考は中断を余儀なくされる。パージされ、破棄されたはずの大型火器のひとつであるレーザーガトリングカノンが自律しているかのように動き、スコールへと照準を合わせて射撃してきたのだ。

 慌てて回避行動をとり、なんとか回避には成功するも、それだけで終わらなかった。先のガトリングカノンはそれ単体で高機動戦を仕掛けてきたのだ。

 

「これは………ビット……!?」

「御明察」

 

 さらに続けてレールガンと誘導ミサイルも、同じようにパージされた武装そのものが稼働して攻撃を仕掛けてくる。しかも、それぞれが最適な位置取りをしての包囲殲滅を狙ったものだ。回避しきれずに装甲を削られていくスコールがその美貌を苦し気に歪め、炎を盾とし距離を取ることでなんとかその包囲網から抜け出した。

 そこでスコールが見た光景は、異様なものであった。

 

「これを使うからには、これ以上あなたになにかさせるつもりはありません。覚悟してください。あなたは、ここで落ちるのです」

 

 本来のブルーティアーズを纏ったセシリアが、まるで玉座のようなユニットに腰を掛け、スコールを見下ろしていた。おそらくドレッドノートのコックピットブロックだったものだろう。それ自体が通常のIS用パッケージ以上の大きさを持ち、その背部には巨大な砲身が接続されている。左右不釣り合いな三つの砲身は、先ほどその一つを破壊した四連装狙撃砲のプロミネンスであろう。

 そしてその周囲には大小さまざまな形状の武装が、まるでセシリアを女王として付き従うかのように控えている。

 そのどれもが、見覚えのあるものだ――――当然だろう、それらはすべてドレッドノート級パッケージを構成していた火器やユニットなのだ。それらが分離し、それぞれが独立稼働している。分離したといっても、もともとが規格外の大きさを誇るドレッドノートを構成していたパーツだ。そのどれもが本体であるセシリアよりも大きい。

 

 そしてその数は、セシリアが座する本機を入れ、全部で十二。それらはすべて独立稼働を可能とした、ウェポン・コンテナ・ビット。武器そのものをビットとして操る、かつてジェノサイドガンナーに搭載されていた装備の発展型。

 ドレッドノート級パッケージそのものを構成するパーツとして機能し、同時にユニット単位での独立稼働を行うビットとして機能する合体・分離を行うパッケージ。それがセシリアの持つドレッドノートの真の姿。

 すべての力を集約したドレッドノート形態。そして十二に分離し、集団戦を可能とするゾディアック形態。セシリアだからこそできる、並列思考制御によってなされるセシリア単独で成立する【軍隊】である。

 

「いきなさい【アリエス】、【スコルピオ】」

 

 そう告げるセシリアの言葉に従うように二つのユニットがその猛威を振るう。

 

 多連装誘導ミサイルユニット【アリエス】。そして徹甲レーザーガトリングカノン【スコルピオ】。それぞれ山嵐、フレアといった武装を基にさらなる大火力、大型化がなされた兵器が自在に空を飛翔し、その過剰威力とされる大火力を叩き込む。本来、対多数戦を目的として搭載された大火力の重兵装がそれぞれ独立稼働し、包囲殲滅を仕掛けてくるなど狙われた側からすれば悪夢であろう。

 実際、スコールの顔には既に余裕は一切ない。さきほどまでセシリアからの砲撃が捌けていたのは一対一だったからという理由が大きい。それなのに火力はそのままに数の利を生かして包囲戦を仕掛けてくるなど、ふざけるなと叫びたいほどだった。

 受けに回ればその火力で圧し潰される。そう判断したスコールが本体であるセシリアへ向けて攻撃を仕掛ける。

 その判断は正しい。制御しているのがセシリア一人である以上、そこを狙うのは当然だ。だが、それが通用するかどうかはまた別問題であった。

 

 

「防ぎなさい、【キャンサー】、【アクエリアス】」

 

 

 元は巨体を支える下部の装甲だったのであろう、壁といってもいい巨大な装甲がスコールから放たれた射撃、砲撃をすべて受け止める。さらに放たれた単一仕様能力の炎の砲撃も、別の球体ユニットから発生された粒子の壁にぶち当たり、瞬く間に散らされてしまう。その場から一切動くことなく、ただ指示しただけでスコールの攻撃を封殺する。

 

 付け入る隙のない鉄壁さを目の当たりにし、スコールが眉をしかめる。

 

 これがゾディアックシステム。十二星座の名を関する大型ビット兵器。それぞれのプログラムされた自律稼働と、セシリアの並列思考によって統合制御された忠実な僕たち。考え得る火器・技術を搭載したドレッドノートの、その機能を分割して使用するというセシリアの持つ奥の手。

 

「【リーブラ】、最大火力を展開」

 

 最も巨大な、セシリアが座する【リーブラ】と呼ばれたユニットが、その背部に接続されたプロミネンスの照準をスコールへと合わせる。ひとつを破壊されたとはいえ三つのプロミネンスの火力は、専用機とはいえたかだかISだけで防げるような代物ではない。

 

「時間はかけません。そして残念ですが、あなたでも今の私を倒すことは不可能です」

 

 挑発のつもりなのか、足を組んで玉座に座するセシリアの姿は傲慢な支配者のようだった。だが、それが許されるほどの力をセシリアは示し、そしてそれは一切の虚勢がない。確かにスコールは強敵だ。セシリアでも、IS学園での戦いのルールに則って戦えば難儀するほどの相手だ。

 しかし、この戦場で、一切の制限もなくその力を発揮したセシリアにとって、スコール・ミューゼルという存在ですらも、ちょっと邪魔な程度の障害にしかならない。

 

「化け物め……」

 

 そう呟いたスコールの声が聞こえたのか、セシリアはただ口端を釣り上げて笑う。それは彼女の母の姿を彷彿とさせる美しくも嗜虐的な魔女の嘲笑のようであった。

 

 

 

 




お久しぶりです。ゴールデンウィークはいかがでしたでしょうか。
こちらは休みもなく仕事三昧でした。連休が欲しいです(汗)

セシリアがいよいよ本気になってきました。魔改造セシリアの本領発揮です。

セシリア最強装備ゾディアックシステムはこんな感じです↓


アリエス 多連装誘導ミサイルユニット
タウルス ???
ジェミニ ???
キャンサー 主盾多層甲殻装甲
レオ ???
ヴァルゴ ???
リーブラ 主砲、及び統合制御コアユニット
スコルピオ 徹甲レーザーガトリングカノン
サジタリアス ???
カプリコーン ???
アクエリアス 広域粒子変異装甲
ピスケス ???

 
合体してドレッドノートパッケージになります。合体・分離はロマン(笑)

それではまた次回に!


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Act.146 「雷霆の剣」

「薙ぎ払えッ、白極光ォッ!!」

 

 一夏の戦意に応えるように零落白夜がその猛威を振るう。戦場を塗りつぶしていく白い極光が無数の無人機を呑み込み、蹂躙する。広範囲かつ高威力という、まさに反則ともいえる唯一無二の能力。白兎馬によってブーストされた零落白夜はその暴虐的ともいえる性能を思う存分に発揮していた。

 

「撃ち漏らしを頼むぞ、箒! 敵の本隊に突っ込む! ここですべて破壊してやる!」

「無茶するな、とは言わんさ。好きなようにやれ、援護は任せろ!」

 

 背後を箒に任せ、一夏はとにかく視界に移る敵機を屠ることだけを考えて剣を振るう。IS単機だったならばとっくにエネルギーがエンプティだが、白極光と合体している白兎馬に蓄積されたエネルギーにはまだ余裕がある。

 零落白夜を纏うという最高峰の防御能力を展開していることで、今の一夏はほぼすべての攻撃を無力化している。だからこそこんな無茶な特攻が成立しているが、当然これほどの力はリスクを伴う。湯水のようにエネルギーを使うことでこの破格の戦闘能力を得ているが、それは同時に戦闘可能時間をどんどん削っていることでもあった。

 支援機があるとはいえ、諸刃の剣ともいえる零落白夜の過剰使用はそれだけ一夏の身を削る。鈴や簪に“博打型”と言われた一夏の戦闘スタイルは変わらず、むしろそのピーキーさに磨きがかかったほどだ。

 セシリアからも末恐ろしいと称されたほどの天賦の才能を宿すとはいえ、経験という点においては一夏はまだIS搭乗経験はわずか一年だ。多彩なことを覚えるより、一点特化で鍛えたほうがいいというコンセプトを貫いた結果、一撃離脱の上、高威力、広範囲を誇るブーストされた零落白夜を振りまく強襲制圧型へと進化することとなる。

 ゆえに、弱点も多い。特に遠距離戦、長期戦に対しては反撃する手段に乏しく、とにかく零落白夜で押し切るしかなくなる。それでもほとんどの相手を押し切れるが、相手が一夏以上の技量を持つとなると厳しい。

 特にセシリアに遠距離狙撃戦を仕掛けられた場合、一夏に対抗できる手段はほぼなくなる。近接型相手なら勝機はあるが、特に高い技量を持つアイズや鈴が相手ではやはりそれでも勝率は低い。基本的に大振りとなるスタイルの一夏では隙も大きいというのが最大の理由だ。

 しかし、それはもちろん一対一で戦った場合の話だ。アリーナでの試合のようなタイマンは、既にない。戦場においてタイマンを仕掛けるような大馬鹿はせいぜい鈴くらいなものだろう。既に試合形式の戦いは懐かしいとすら思えるほどに久しい。敵は無人機という数にものを言わせる物量戦術を仕掛けてくるのだ。IS学園の防衛線以降、一夏も常に数で勝る敵を相手に戦ってきた。それも、圧倒的に多くの、とつくほどの物量差。

 この軌道エレベーター戦では援軍として参戦しており、主力となるセプテントリオン隊、シュバルツェ・ハーゼ隊を有するカレイドマテリアル社が味方にいるとはいえ、それでも数は大きく劣る。

 そして、敵勢力のさらなる増援も確認されている。大暴れしている一夏だが、次の増援まで迎え撃てるほどの余力はない。

 だが、それは悲観することではない。それは一夏が自身の役目を理解しているからだ。

 

「惜しむな! このままの出力を維持しろ!」

『了解』

 

 白兎馬に命じ、零落白夜ドライブを高水準で維持する。敵を圧倒しているとはいえ、周囲は敵機に囲まれているのだ。下手に手加減などすればすぐさま包囲殲滅される。一夏は全力の一歩手前の力加減で容赦のない暴威を振りまいていく。

 あとのことなど、考えてはいない。それは、仲間の役目だ。今の一夏に課せられた使命は、この戦場を制圧すること。このあとに控えている敵増援の迎撃は余力があったときに限り参戦すると決められている。それでも白兎馬さえ無事ならば、一時的に戦場から離脱し、リカバリー後に再突撃が可能となる。

 だが、すべては今、この戦場から。

 ここを抑えられれば、せっかくのIS学園の総戦力と、借り受けた虎の子であるIS運用母艦であるスターゲイザーを投入した意味がない。

 そのスターゲイザーの直衛にはIS学園の主力部隊と、楯無を残している。IS学園で最も指揮官適正が高く、そして単機の戦力としても規格外の楯無がいればそうそう落ちることはないだろう。

 ならば、一夏は目の前にいる敵を破壊することだけを考えればいい。背後は箒が守ってくれている。

 

『残り戦闘時間、五分を切りました』

「それだけあれば、この場のすべてを破壊できる!」

 

 残り五分。それがタイムリミット。それを過ぎる前にこの戦場を制圧しなければ、その負債を楯無たちに押し付けることになる。そうなれば負傷者の数も倍になるだろう。そんなこと、IS学園最強の座を自ら望んで請け負った一夏が許すはずがない。

 

「一夏、まだ行けるのか!?」

「当然だろッ!」

 

 余裕がないため強がり半分の言葉であったが、それ以上にはじめから一夏は戦い抜く強い覚悟をもってこの戦場にいる。

 楯無たちと共に、現在のIS学園の立場、生き残るための条件、それに伴う課題をさんざん話し合ってきた一夏はこの戦いがセシリア達への援護であると同時に、IS学園存続のための絶対条件であるとよくわかっている。

 この戦いで負ければカレイドマテリアル社と共倒れすることは間違いない。既にIS学園はイリーナ・ルージュと手を組んだのだ。イリーナの敗北は即、IS学園の滅亡だ。

 そしてこの戦いでイリーナが―――カレイドマテリアル社が勝利すれば、IS学園もこの先、大きな発展と地位を得ることができる。権力にはさほど興味のなかった一夏でも、今の世界情勢を鑑みればそれが必要になることは理解している。

 

「負けられない! すべて、薙ぎ払ってやる!」

 

 良くも悪くも、感情の起伏で強さが変化するのが一夏だ。普段も決して手抜きや慢心をしているわけではないが、一夏は負けられない理由を与えられたときにその潜在能力を引き出す傾向が強い。追い詰められたときほどその力を発揮するため、セシリアが在学中に彼女に鍛えられていたときも基本的に追い込まれてからが本番というようなスパルタ訓練を施されていた。

 鈴も似たようなタイプだが、彼女の場合は戦闘になると意識が完全にソレに切り替わる。一種の自己暗示だ。戦いになれば常に戦意高揚となる、戦闘民族のような女だ。

 セシリアはそれとは逆に、常に一定の精神状態を保ち、コンスタントに実力を発揮できるタイプだ。だからこそ、マリアベルとの戦いではそのショックのあまり精神が崩壊しかけたともいえる。このあたりはセシリア自身も弱点だと自覚していることだ。セシリアとしては、一夏や鈴の気質のほうが戦士として上だろうとすら思っていた。

 そして人畜無害そうなアイズだが、彼女こそがある意味で一番おかしい。戦いを好んで行うような性格でないにも関わらず、戦いにおいてアイズは一切の躊躇も油断もしない。驚くことはあっても混乱はしない。本人は無自覚だが覚悟を決めたアイズはオリハルコンとすら例えられるほどのメンタルを誇る。

 アイズの例は特殊としても、土壇場に真価を発揮するという点だけでも一夏の資質は戦士にふさわしい。憶することなく、数では圧倒的な不利となる状況でこうして敵集団に突貫できる気迫こそ、その証左であった。

 

『警告、ロックオンされています』

「ッ!?」

 

 白兎馬からのアラートに反応した一夏が死角から放たれたレーザー狙撃を知覚する。振り抜かれた一夏の手元を狙ったその一射を回避。それは絶対的な防御機構を持つ本体ではなく、武装を狙ったものだ。無人機には到底できないであろう、針の穴を通すようにわずかな硬直を狙われたそれは無人機の密集地帯の隙間を縫うように放たれていた。

 視認できないそのスナイパーのいる方向へとおおよその狙いを定め、一夏は迷うことなくエリア攻撃ともいうべき広範囲に及ぶ零落白夜の一閃を繰り出した。

 光の波に飲み込まれていく無人機たちの影からひとつの機影が飛び出してくる。

 その機影に見覚えのある一夏は鋭い視線を向けながら構えを取る。周囲の無人機はすでに有象無象も同然だが、あのISを相手にするならわずかな油断もできない。

 スマートな形状の装甲を持ち、ビットを搭載した、一夏もよく見慣れた機体と酷似したISだ。一夏の戦友の中でも最強に位置するセシリアのブルーティアーズの同型機。名をサイレント・ゼフィルス。

 しかし、今の姿はそれだけではない、外部強化アーマーと思しきパッケージが装備されており、さすがにドレッドノート級には及ばないが、通常のIS装備から見れば大型にカテゴライズされるほどのものだ。意識したのかはわからないが、それは奇しくも一夏の白極光が纏う白兎馬のアーマーのようだ。しかし、こちらが近接特化装備とは反対に明らかに射撃特化といった様相だ。

 

「来たか、マドカ……!」

「言ったはずだぞ。呼び捨てを許した覚えはない、とな」

 

 一夏の気迫を跳ね返すような、激しい呪詛のような殺気が込められた視線を向けながらマドカが応えた。先のIS学園での戦いでは奇妙な共闘をした関係であったが、今ではそのときの姿とはあまりにもかけ離れていた。

 

「さぁ、約束を果たしてもらうぞ。その命、ここで貰うとしよう」

「……戦う約束はしたが、命を渡す約束をした覚えはないんだがな」

「結果的にそうなる」

「結果まで保証した覚えはねぇ」

 

 挨拶でもするように互いに煽る一夏とマドカ。この期に及んで戦いを避けられる等、そんな可能性は考えてすらいない。一夏は姉によく似たその相貌を見据えながら、疑念と困惑を胸の内の奥底へと押しやった。確かに気がかりはある。その正体が気にならないわけがない。

 だが、今この場においてそれは雑念だ。マドカが姉のクローンだろうが、生き別れの家族だろうが、ただ他人の空似だろうが、関係ない。わかっていることはただひとつ。すべては、この戦いに勝った先にしかないということだけだ。

 

「約束は守る。ここで決着をつけてやるさ。どんな因縁があるかなんて、この際どうでもいい。お前が敵であることには変わらないんだからな。……だが、その前にひとついいか」

「なんだ」

「お前は、……“織斑”なのか?」

 

 そう言った瞬間、マドカの顔から表情が抜け落ちる。感情をよく表していたその顔は無味乾燥な殺意だけを残して漂白され、その分目の奥で燻る暗い炎が顕になる。一夏の背後でその様子を見ていた箒ですら、気圧されて思わず手に持つ武器を強く握りしめてしまう。

 

「……忌々しい名だ。貴様の口から出されれば余計に、な」

「その反応は肯定か」

「だったらなんだというんだ? 敵であることは変わらない。貴様が言ったことだ」

「ああ、その通りだ。だが、俺が勝てば、おまえの正体くらいは教えてもらうぞ」

 

 一夏のその言葉には答えず、マドカが戦闘態勢に移行する。パッケージに搭載された火器のターゲットをすべて一夏にロックし、高速機動に突入する。パッケージを装備しても、やはり戦闘スタイルは高機動射撃戦。セシリアと近い戦い方だろう。確かに手強いが、それは一夏も幾度となく経験してきたものだ。セシリアの在学中は多くの模擬戦を繰り返したし、今でも比較的近い戦闘タイプの簪を相手にした経験も重ねている。高機動戦を仕掛ける相手に対し、足を止めることは愚策だとわかっている一夏もまた加速を開始する。とにかく距離を詰める必要がある一夏は防御を固めつつ、接近を試みる。

 

「一夏め、タイマンをする気か? ……いや、そうせざるを得ない、か」

 

 援護に入ろうとする箒だが、周囲の無人機が自身を狙いだしたことを感じ取り警戒を強める。おそらくはマドカの仕業だろう。この状況で一騎打ちはあまりにも危険だと箒もわかっていたが、かといって箒が援護に入ることも難しかった。周囲の無人機が邪魔だし、なにより一夏とマドカの機体は広範囲攻撃を可能とする殲滅戦仕様だ。今も流れ弾で周囲の無人機が次々に鉄屑へと変わっている。一夏はともかく、マドカも周囲を気にするそぶりもなく高火力、広範囲の重火器を放っている。

 事前に一夏から、マドカが出てきたら俺が相手をする、と伝えられていたが、そうさせてやるしかないようだ。

 

「仕方あるまい。因縁深いようだからな、意地を通すのは男児の本懐、か」

 

 良くも悪くも、武道に身を置く箒も一夏の意地も気持ちも理解できていた。間違いなく、自身と因縁のある相手、しかもマドカからも強い敵意を向けられていたのだ。どうあれ、自身の手で決着をつけたいという気持ちは理解できる。そういう因縁を乗り越えてこそ、と考える箒も一夏の一騎打ちを黙認した。

 とはいえ、この一年でIS学園の中核に関わり続けていた箒も以前よりも広く、俯瞰して情勢を見る視点を得ていた。個人の事情を優先して負けるわけにはいかないことも理解している。このあたりの思考は以前の箒ならば成しえなかったものだろう。

 しかし、現状ではそれが最善だ。アイズとシールがぶつかればその反応速度に追いつけずに横槍もできない、というのは簪が悔しそうに言っていたが、今の一夏とマドカの戦いもそれに近い。互いに大火力、広範囲の武装を惜しげもなくぶつけ合うその様は、さながら台風同士の衝突だ。ただそれだけで周囲に猛威を振りまく二機の前に、箒では乱入することはできない。いくら箒のISが防御能力を重視しているといっても不可能だ。それに一夏の零落白夜に巻き込まれれば簡単に落ちてしまう。そんな間抜けなフレンドリーファイアを受けるわけにはいかない。

 箒は結局、一夏を信じるしかない。一夏が背中を気にする必要がないよう、露払いをすることがその役目だった。

 

「男を立てることが女の甲斐性とでも思うことにしよう。……まぁ、露というにはいささか、……」

 

 自身を囲む無人機の多さに苦笑する。

 後ろから追ってきているはずの簪と蘭がなかなか来ないかと思えば、どうやらあちらも敵の有人機と交戦しているらしい。つまり、箒は単独で戦うことを強いられていることになる。はっきり言って無謀に近い。しかし、耐えることはできるだろう。姉の過保護な親愛が生み出した箒のIS【フォクシィ・ギア紅椿】は耐久力と防御能力に秀いた機体だ。殲滅は不可能でも、時間を稼ぐことはできるだろう。

 箒は一夏は簡潔に通信で告げた。

 

「一夏、周囲は引き受けてやる。存分にやるがいい」

 

『……すまないな、箒。だがヤバくなったらすぐ撤退しろ』

 

「私を気にしていられる相手でもないだろう。なに、そこまで心配ならさっさと勝ってしまえ」

 

 それだけ言って通信をカットする。心配されること自体は悪い気はしないが、それで足を引っ張るような真似はごめんだ。周囲を囲む無人機を見据えながら、再び両手に持つ剣を握りしめる。一人だけでは勝つことはできない。だが、一夏が勝つまでの時間を稼ぐことはしてみせる。

 それは、箒にとっての意地だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 その瞳をはじめて見たとき、アイズが思ったことは純粋に“綺麗だ”ということだった。

 虹を閉じ込めたかのような、極彩色に輝く瞳。万華鏡のように光の模様を描く瞳孔はひとつの芸術品のようにも思えた。

 アイズも持つヴォ―ダン・オージェも神秘的な琥珀の輝きを宿すが、それ以上に見る者の心を魅了するその瞳に、ただ純粋に惹かれたのだ。

 しかし、それは死を齎す告死天使の瞳。その瞳に魅入られたら最期。掌で踊る人形になってしまう。

 

「やっぱり、解析がズラされてる……!」

 

 アイズは、代償を払いながらもその瞳の力を朧げだが理解する。第二単一仕様能力である未来予測が、悉く外されている。数秒先ならほぼ確実な予測ができるこの能力が外れる現状に、妨害を考えることは当然だった。そして思考と試行を繰り返し、シールと眼が合った瞬間、未来予測が覆されていることに気づいたアイズは、シールのあの虹色の瞳の能力を察した。

 

「観測妨害……、視界を介した、干渉能力!」  

「ああ、さすがに気付きましたか」

「あっさり認めるんだ。そりゃそうだよね、だって対抗策なんて思いつかないもん! ずるい!」

「駄々をこねても手心は加えませんが」

 

 第三形態移行により、より武装化した戦乙女のような姿に変わったシールが、その巨大なランスを振るう。圧倒的な膂力で振るわれるそれは、その大型武器ゆえの大質量そのものが脅威だ。一突きするだけで音を壁を破り、衝撃波がアイズを襲う。接近戦の最中にそんなレベルの攻撃を軽々と繰り出してくるのだからアイズとしてはまさに綱渡りでもしているような心境だ。ひとつ対処を間違えただけで敗北へ一直線だ。

 だが、アイズも食らいつく。衝撃波はすべて受け流し、直撃を許さない。未来予測とアイズ自身の直感。まさに人機一体となって必死の抵抗を見せる。

 防御面でなんとか食い下がるも、しかし反撃に移れない。カウンターを狙ってはいるが、シールが見せる隙はわずかである上にその全てがブラフだった。カウンターを仕掛けて逆にカウンターを受ける始末だ。

 動きを読まれている、というよりは誘導されているような意図を感じた。これは以前、シールと密会したときの戦闘での感覚と同じだった。

 

「ボクの眼を通して、誤情報を認識させているね!?」

 

 シールのその虹色の瞳を見た瞬間、数秒先の未来予測が不確定となる。おそらくヴォ―ダン・オージェの解析能力を利用したハッキングのような能力だろう。目の合った相手に誤った視覚情報を認識させることで実際の動きを誤認させているのだ。

 どこまで誤認させられるかはわからないが、魔法のように幻を見せることはできないようだ。あくまで相手の脳内認識にちょっとしたバグを発生させるようなものだ。目を合わせるという条件が必要なことを考えても、不特定多数ではなく単体を対象にした能力。

 鈴や一夏のような派手さはないが、しかしアイズにとってなによりも厄介な能力といえた。視覚が能力の基点であり、かつヴォ―ダン・オージェを持つアイズにとって視覚情報に干渉されることは脅威となる。これではレッドティアーズの第二単一仕様能力【L.A.P.L.A.C.E.】を封じられているに等しい。

 

「いつぞやのときのように、目を閉じて戦ってみますか?」

「ほんと、いやらしい……!」

 

 具体的な理論や細かい条件はまだわからないが、これまでの事実としてあの虹色に輝く瞳、―――おそらく第三形態移行したことで発現した単一仕様能力だろうそれは、目を合わせるという条件で相手の認識に誤情報を与える、というものだ。結果、アイズの認識ではシールの動きはすべて虚実を織り交ぜた不確定なものになっている。

 シールの言うように、目を閉じて戦えば誤情報を認識させられることはなくなるかもしれない。だが、そうなればシールの反応速度に追いつけない。第三形態となったパール・ヴァルキュリアを駆るシールは、直感だけでどうこうできる速度域ではない。

 見れば認識をズラされ、見なければ追いつけない。対抗策は今のアイズには思いつかない。できるのは悪あがきにも似た抵抗だけだ。

 

「だったら、虚実すべて予測するまで!」

 

 もともと失明しているアイズは視覚情報をそこまで過信していない。ヴォ―ダン・オージェの解析と、そこから齎される未来予測に、“誤認識”を加味しての再分析をかける。情報解析に特化して進化したレアの力をもってしてもかなりキツイが、アイズの直感での修正を入れながら“誤認識予測”を組み立てる。かなりの力技で食い下がるも、再分析するためにどうしてもシールに一手後れを取るため、現状の不利は覆らない。

 

「その往生際の悪さは尊敬しますよ」

 

 シールからすれば、アイズの切り札と戦術の要である視覚情報を封殺しているというのに、ここまで抵抗してみせるアイズに呆れながらも関心させられてしまう。

 

 パール・ヴァルキュリアが第三形態移行して得た能力―――名を、【ヴィクター・オージェ】。

 

 シールのヴォ―ダン・オージェを介して発現する超常能力。視覚を通して対象に誤情報を認識させる、“征服する瞳”である。ただでさえ早すぎる反応速度を誇るシールからすればわざわざ相手の認識に干渉するまでもないのだが、アイズが相手ならばこの能力は恐ろしく機能する。

 同じヴォ―ダン・オージェを持つアイズは常人より遥かに高い情報収集能力を有するため、そのぶんシールの能力も干渉しやすい。シールも同じだからこそ、視覚情報を封殺されることがどれほどのデメリットとなるかよく理解している。

 だが、それにもかかわらずにアイズは食い下がる。誤情報を勘だけで再分析してくるなど、さすがのシールも予想外だった。こんな対抗策など、アイズしかできないだろう。

 アイズを倒すために生まれた能力だというのに、アイズにしかできないやり方で対抗してくる。簡単にやられるような相手ではないとわかっていても、そのサバイバリティとでも言うべきしぶとさには驚かされる。

 

 しかし―――ー。

 

「だからこそ倒し甲斐があるというものです」

 

 そう、これがシールの望んでいたものだ。

 互いに死力を尽くした先にある決着。当然、勝利するのは自身であるという絶対の自信は揺るがない。だが、それでも自身に並ぶ唯一といっていい存在であるアイズとの決着は、シールにとって大きな意味がある。

 

「ギアを上げます。ついてこれますか?」

「手心でも加えていたの? ボクはまだ、戦えるよ! その慢心、敗北の言い訳にならないといいね!」

「慢心? まさか。今の私は、とても高揚していますよ」

「だったらもう少し楽しそうに笑えばいいのに、さっ!」

 

 そう言い返しながら手にしていた大型剣ハイペリオン・ノックスを投擲。突然近接武装を投げ捨てるかのような行動に僅かにシールが反応して動きを止める。早すぎる反応速度が即座に警戒させてしまう。予想外のことに反応して硬直してしまう。これはヴォ―ダン・オージェを持つ者の共通した数少ない弱点とも言えた。無論、弱点というには微々たる隙ではある。だが、それでもアイズが突くべき数少ない勝機でもあった。

 

「やぁっ!」

 

 その小さな勝機にさらに重ね掛け。投擲したハイペリオン・ノックスに向かい即座に瞬時加速を慣行したアイズが、その勢いのまま蹴撃を繰り出した。寸分違わずに投擲された剣の重心を捉えて蹴り抜いた。二段構えの意表を突く行動と、速度を増した剣が音速を超えてシールを襲った。

 

「相変わらず、小手先の技は豊富ですね」

 

 完全に意表を突いたが、それでもシールには通じない。その巨大なランスを振るい、矢のように襲い来る剣を打ち払う。だが、これでいい。受けに回ればどうあっても後手に回るなら攻め続けるしかない。

 小手先の技、確かにそうだろう。だが、そうした技を磨き、戦い方やISの動かし方、そのすべてを創意工夫で積み上げてきた。それがIS操縦者としての強さでもある。小技だろうが、使えるものはすべて使う。シールのように正面からすべてを捻じ伏せることができない。それでもアイズにはアイズの戦い方があるのだ。

 

「……!」

 

 弾いたブレードが不規則に軌道を変えて再びシールを襲う。少し驚いたように目を見張るシールだが、その種はすぐに察する。

 ブレードに極微細のワイヤーが接続されていた。視界に向かってまっすぐ飛ばされていたために気が付けなかった。いったい一つのアクションにどれだけの仕込みをしているのか、アイズの戦い方も十分にいやらしいものだ。

 そして三重の仕込みを見せた瞬間に本命のブルーアースを抜くアイズ。

 アイズの持つ武装の中でただひとつ、シールに解析されていない剣。この剣を完全に見切られていない今ならば最も有効な攻撃手段だ。

 

 刀身以上の斬撃範囲を持つブルーアースを横凪ぎに振るう。一閃がそのまま空間を切り裂くように肥大化し、シールをその射程に収める。

 さすがにシールも反応して回避行動を取るも、攻撃範囲を読み切れていないのか、完全回避はできなかった。

 その白亜の装甲にはっきりと斬閃が刻まれる。

 撃墜にはまだ遠いが、はじめてまともに入った攻撃だった。

 

「厄介な剣ですね」

 

 そう言うシールだが、動揺は見られない。それどころか、じっとアイズの持つブルーアースを凝視している。さすがに気付かれたか、とアイズが警戒する。その刀身を隠すように再び鞘へと納めた。

 見切られるのは時間の問題だろうが、それでも守勢に回れば押し切られる。

 シールの能力へと対抗策がない以上、ある程度の被弾を覚悟で攻め続けるしかない。

 

 なるべくシールと視線を合わせたくはないが、それも難しい。わずかに視界に入れただけでも少なからず影響があるようで、あの虹色の光が見えた瞬間に警戒を強めるしかない。

 そのせいであと一歩の踏み込みができずにいるが、それはシールも同じだ。奇しくも、アイズの持つブルーアースの存在が同じように強い警戒を抱かせる。

 

 シールに有利ながら、こうした膠着状態が続く以上、アイズが先に勝負に出た。

 

 やられる前にやれ。そう覚悟を決めたアイズが再び高機動戦を仕掛けた。無論、それを待つシールではない。互いに瞬時にトップスピードを出し、ヴォ―ダン・オージェの高速思考を活かした高速戦闘へ突入する。

 アイズはとにかく手数で攻める。両手の剣、脚部の隠し剣、ビット兵器と鋼線、対艦刀、可変剣、持ちうる手札を惜しげもなく使い、シールを防戦へと追い込む。普段ならば攪乱して隙を伺うところだが、強引に攻めてブルーアースを振るう隙を作り出す荒々しい戦法を取っている。

 

「今更、その程度で私に通用するとでも?」

「くっ……!」

 

 パール・ヴァルキュリアの持つ、ISサイズの武装として規格外の大質量兵装である巨大なランス。単純な質量兵器として振るわれるそれを針の穴を通すかのような繊細で緻密な制御で以て放たれる。たった一振り、それだけで空気の壁を破り、アイズを薙ぎ払う。なんのへんてつもない、たった一振りで戦況を覆すことができるシールはまったくもって理不尽と呼べる存在だ。

 体勢が崩れたアイズの隙を見逃すはずもなく、シールが追撃の一突きを放つ。回避が難しい身体の中心線を正確に捉える刺突。そのパイルバンカーのような一撃を、アイズは前転でもするように前へと上半身を倒してスレスレで回避。背部を衝撃波で多少抉られたが、リスクに見合うリターンを得た。

 あえて後方ではなく、前方へ回避したことで得た、シールの懐に潜り込むという千載一遇の好機。長距離からの斬撃ではやはり決定打に欠けてたが、ここまで距離を詰めれば問題ない。

 

「ゼロ距離! 取った!」

「させるとでも?」

 

 パール・ヴァルキュリアの左手に装備されたシールドチャクラムで迎撃する。狙いはアイズの右腕。どれだけ脅威といっても、抜かせなければ問題にはならない。アイズに右腕で防御させることで抜刀を阻止する。

 

「させるわけないでしょう」

「いや、させてもらうよ!」

 

 瞬間。

 シールが最大級の危険を察知する。それを察するときにはすでに遅かった。下方より迫る青白く光る刀身。

 

 

――――足で抜刀!?

 

 

 背面に備えられたブルーアースを右足で抜き放ったのだ。腕は警戒しても、足までは未警戒だったシールは完全に意表を突かれた。油断したわけではないが、それでもまさか背面から足で抜刀してくるなど誰が想像できただろう。

 

「くっ……!」

 

 ここで初めてシールが焦りを見せた。どうあっても回避ができないことを、その眼の力ゆえにわかってしまったのだ。

 

「完全に、貰った!」

 

 蹴り上げる勢いのままブルーアースが、ついにパール・ヴァルキュリアに直撃した。

 その斬撃の余波が青白いプラズマとなって周囲の空気を焼いた。ブルーアース自体が高エネルギーの塊ともいえる剣だ。言うなれば雷が剣の形となって叩き込まれたようなものだ。

 

 まさに天使を堕とす雷霆の剣がシールを貫いた。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。暑さと仕事に忙殺されてまともに執筆時間も取れず、かなり遅れた更新になってしまいました。
ぼちぼち最終決戦も佳境に向かう頃合いです。次回はもう少し早めに更新したいです。

それではまた次回に!


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Act.147 「乱入者」

 カレイドマテリアル社と亡国機業の決戦が行われてるその戦場に大規模艦隊が接近していた。

 アメリカを中心とした多国籍軍ともいえる陣容だが、すべてIS委員会が用意した、表向きはカレイドマテリアル社を鎮圧するために作られた部隊である。しかしその実態は新型コアや量子通信といった技術の奪取を目論む、各国の過激派を煽って結成されたマリアベルの使い捨ての鉄砲玉であった。

 彼らは彼らの意思と野望をもってこの戦場へやってきているのだろう。それがマリアベルの掌の上であると理解している人間は半分もいないだろう。魔女の思惑に気づいている者も、その魔女が用意したカレイドマテリアル社の技術という美味過ぎる餌に取り込まれていた。

 イリーナからしてみればただしく彼らは愚者であり、それは盗賊といっても差し支えないようなただの邪魔者でしかない。これまで幾度もイリーナの持つ権力や技術を狙う盗人がいたが、それらすべてを駆逐してきたイリーナにとって、これもまた同じことでしかない。

 

 ただ、今回の盗人はその規模がこれまでとは比較にもならないほどのものだ。まさしく大艦隊というべき規模、しかも有人機と無人機のISの混合部隊。そういえば聞こえはいいが、ようは寄せ集めの数だけが多い有象無象だ。

 とはいえ、現状でセプテントリオンから回せる戦力など存在しない。セシリアかシャルロットでもいれば話は違うが、亡国機業の主力を相手にしている以上、戦力の分散などできるはずもない。

 

 だからこそ、イリーナは別の駒を用意した。

 

 駒といっても、イリーナがもともと持つ手駒ではない。自らの思惑に乗せた今回限りの手札でしかない。

 

 

 

 

『警告します』

 

 オープンチャンネルで周囲一帯に通信が飛ぶ。

 若い女性の声。声の張りから軍人とわかる凛々しいものだった。その声の主は艦隊の進行方向の先。そのルート上に位置する上空に滞空していた。

 顔を覆うフルフェイスの頭部装甲と、大きなローブを纏っているかのようなアンロックアーマーがその機体を覆っていた。銀色を基調とし、赤く光るラインが装甲に刻まれており、そのデザインはカレイドマテリアル社製の意匠が見て取れる。

 

『投降されたし。貴君らの行動は我が国は容認していない。警告に従わない場合、貴君らを反逆者と見なす。既に後方より包囲網が形成されている。逃走は不可能である。投降せよ。なお、警告は一度のみである。拒否した場合、即座にこの場で処分する。速やかに返答されたし』

 

 一方的とも言える通告を行い、沈黙するそのISに対する返答は武力行使であった。

 艦隊からミサイルと機銃が発射され、同時に無人機が発艦される。それを確認した正体不明機は失望したように小さく首を振り、そして戦闘機動へとシフトする。アンロックアーマーに隠されていたブースターと砲口が展開。

 

『反抗の意思を確認。貴君らを反逆者と見なす』

 

 高機動と高火力を両立する、戦略級強襲機―――シルバリオ・アフレイタスがその暴威をもって戦場を蹂躙する。

 対多数戦においてその真価を発揮する機体。そしてそれを操るナターシャ・ファイルスはかつての同僚に向け、その銃口を向ける。

 

「………残念です。しかし、甘言に乗り、祖国を裏切ったあなたたちにかける情けはありません」

 

 通信を切り、フルフェイスの中でナターシャが呟いた。

 ナターシャに与えられた任務は、暴走した軍隊の拿捕、及び所有兵器の破壊。後方からはイーリス・コーリングをはじめとしたIS部隊が接近している。

 すでに大統領から直々に命令系統を外れ、暴走した軍を処理せよとの命令を受けているナターシャは祖国を内側から腐らせていた売国奴たちに対する怒りと、そんな愚か者についてしまった元友軍への悲しみを覚えていた。軍人である彼女からしてみれば、自身の欲のために軍の規律すら無視する者など許せるはずもない。

 ナターシャ個人としても、篠ノ之束には恩義があるし、彼女の祖国は正式にイリーナ・ルージュと手を組んだ。ここに至り、ナターシャが力を振るうことに微塵も躊躇いはない。

 

「さぁ、あなたの力を見せなさい、シルバリオ・アフレイタス!」

 

 機体各部と、連装アンロックアーマーユニットから展開される無数の砲口から収束プラズマ弾が発射される。その砲数と連射速度は、とても一機のISによるものとは思えない弾幕を作り出す。単機で戦場に楔を穿つ、戦略級強襲機として改修されたシルバリオ・ゴスペルの改造機。もはやゴスペルの面影はわずかしか残されていないほどの魔改造を施されている。

 その絶大な制圧力は稼働時間を犠牲にしたものであるがゆえに長時間の戦闘は不可能という欠陥機でもあるが、もともとナターシャだけで全滅させることは考えていない。増援が来るまでの時間稼ぎだ。

 もっとも、その時間稼ぎで戦力の大半を無効化させるつもりでナターシャは戦っている。それだけの力が、このシルバリオ・アフレイタスには秘められている。

 しかし、問題は機体ではなく、操縦者であるナターシャのほうだ。技術は問題ない、もともと軍でテストパイロットを任されるほどの才女だ。しかし、それでもこの束による魔改造機は操縦者へ恐ろしい負担を強いる。ラウラも慣熟に相当苦労したオーバー・ザ・クラウドほどではないにせよ、急加速、急制動によるフィジカル面での負荷と、重火器管制の思考制御システムによるメンタル面の負荷。これらに耐え、両立させなければ機体の真価は発揮できない。言うなればマラソンをしながら暗算で数式を解くようなものだ。

 この機体が短期決戦型なのは機体よりむしろ長時間操縦できる人間がいないためではないか、という疑念さえ浮かぶほどだ。軍人として鍛えているナターシャをもってしても、長時間の戦闘は不可能だ。

 しかし、それは機体そのものが抱えている弱点でもある。逆に考えれば、短期決戦しかないということは後先を考えずに全力を出すことだけに集中すればいいというだけだ。もともと、機体特性上、集団戦には向かない。だからこそ、単機で先行しての足止めを買って出たのだ。

 アフレイタスならばそうそう無人機を相手に遅れを取ることはない。しかし、ナターシャが力尽きればそこまでだ。

 

「たとえ力尽きようとも……必ず役目は果たす!」

 

 今、ここがナターシャにとっての決戦の舞台だ。味方はいない。敵は数えることもばかばかしいほどの無人機と、大艦隊。だが、それがどうした。死力を尽くすことしか、今は考えなくていい。

 

 そう決意した矢先であった。

 

「えっ……!?」

 

 はじめに見えたそれは流星のようだった。ナターシャの視界の左から右へと横断するように走ったそれを、手に持った武器、おそらくは剣を振り抜いた姿勢を視認する。同時に、その影が通り抜けたと思しき場所にいた無人機のすべてが爆散した。

 それはまさに戦場を切り裂く一閃。手に持った剣しか武装らしいものは見えないことから、おそらくすべてを文字通りに切り捨てたのだろう。ナターシャのような、軍人ではありえない近接武装のみによる戦い方は異質に見えて、しかしそれだけでその実力の高さが否応にも知らしめている。

 無人機を破壊したことから敵対勢力とは思えない。むしろ思いたくないほどの凄腕にナターシャの額に冷や汗が浮かぶ。

 その乱入してきた機体は、全身を白い装甲で覆い、顔も隠した完全なフルスキン装甲をおり、操縦者が何者かを知ることはできない。手に持つのは、やはり一振りの剣。それだけだった。

 思い当たる者はいない。だが、ナターシャには、いや、おそらく誰が見てもその正体不明のISを見て、ひとつの存在を思い浮かべるだろう。

 

 かつて、ブレードのみで日本に飛来したミサイルを斬り落としたという伝説のように語られる存在。世界にインフィニット・ストラトスを知らしめた最初の機体。

 

「白騎士……!!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ぐぅッ……!」

 

 初めて聞いたシールの苦悶の声を耳にしながらも、アイズは内心で舌打ちをする。初めてシールに直撃を与えたというのに、シールには未だに意識を保っている。この一撃で決着をつけるつもりで放ったアイズの乾坤一擲の一太刀は確かにシールに大きなダメージを与えた。

 

 だが、それだけだった。

 

 

―――――最後の踏み込みを外された……ッ!!

 

 

 完璧なタイミングのはずだった。シールの視界から隠し、反応されようが対処が間に合わない距離での抜刀術。背面から、しかも下方の死角から意識外の脚部抜刀。どれだけシールが格上でも、ブルーアースの直撃を受けて耐えられるはずがない。

 しかし、完全に捉えたと思ったその一撃は不完全に終わった。あのとき、ブルーアーズが直撃する直前、シールは防御ではなくアイズを迎撃した。密着状態で無用の長物となったランスを捨て、原始的な拳による殴打で迎え撃った。それは見事にアイズの頭を捉え、防御もままならなかったアイズはそれをまともに受けてほんの一瞬意識が飛んでしまった。すぐに気迫で意識を戻したが、最後の踏み込みを外された。結果、ブルーアースを最後まで振り切ることができずに、決着を期しそのた一撃はただの通過点となり、それどころか逆撃を受ける始末だ。

 

「見事です。私をここまで追い詰めたのは、あなただけですよ……!」

「ちぃっ!」

 

 それでもかなりのダメージを負わせたというのに、シールはすぐさま体勢を立て直してくる。一筋縄ではいかないことはわかっていた。わかってはいたが……。

 

「今のは、ボクの切り札だったのになぁ……!」

「ええ、この眼をもってしても、初見では防げない可能性が高いいい戦術です。事実、もらってしまいましたからね」

「仕留めきれなかった時点でボクの負けだよ、ちっくしょう!」

「その虚言も無駄です。もう二つか三つ、手札を隠しているでしょう?」

「……ちぇッ」

 

 アイズは呼吸を整えながら改めて剣を構える。

 ブルーアースを鞘に戻し、再びハイペリオンを展開しながらシールを油断なく見据える。やはりシールもダメージが大きいためか、未だに呼吸が荒い。

 盾にもなる堅牢な翼も防御に間に合わなかったためにパール・ヴァルキュリアの装甲には深い裂傷が刻まれている。当然、そのダメージはシールに向かう。身体の中心部に受けたために内蔵に痛手を受けたのか、咳き込みながら口端から血を滴らせている。息遣いも苦しげだが、アイズからしてみればその程度のダメージでしかないことに改めてシールの理不尽なハイスペックさを思い知らされる。もしアイズなら間違いなく意識を飛ばして撃墜されている。

 眼と脳は強化改造されているアイズだが、肉体は普通の少女のものだ。もちろん鍛えているためにずっと頑丈だが、それでも常識的な範疇にある。対してシールはその身体そのものがはじめから強化体としてデザインされている。筋線維や神経までもが常人を遥かに超える能力を持つ。その頑強さは、アイズと比べてるべくもない。フィジカル面でシールを超えられる人間など、鈴のような規格外だけだ。

 実際、長期戦をすれば体力の差からアイズが圧倒的に不利だ。既に長時間の戦闘でアイズも疲れが無視できなくなってきている。

 

「わかってたけど。……本当にやすやすとは勝たせてくれないね、わかってたけど。」

「当然でしょう。そもそも、私に勝とうとするあなたが無謀だというのに」

「ボクの挑戦はまだ終わってないけど?」

「終わりです。私にその剣を晒すリスクくらい、わかっているのでしょう?」

 

 アイズは内心ギクッとしながら、ポーカーフェイスを試みる。もちろん腹芸などできるはずのないアイズの顔には隠しきれていない動揺が見える。

 

「その剣、“斬撃で空間を歪曲”させていますね?」

「ギクッ……!?」

「道理でこの眼でも観測できないわけです。過程を省略して斬ったという結果しか生み出さない。まさにヴォ―ダン・オージェにとっての天敵です」

「あー、もしかしてはったりじゃなくて、本当にばれた?」

「ええ、それはもう。だからまずはその鞘を破壊しましょう。確かに視えましたよ? “排莢”したことを」

「…………」

 

 その言葉に、アイズはこのブルーアースのカラクリが完全に見破られたことを確信した。でなければ、シールから「鞘を狙う」などという言葉は出てこない。既に隠すことも、ごまかすことも無意味と悟ったアイズは背に隠していたブルーアースを鞘ごと構える。

 その鞘の形状は、どこか歪であった。抜刀術が可能となるように日本刀のような反りが与えられ、滑らかな曲線を描いているが、その鞘の外部には大小さまざまなギミックパーツが取り付けられている。

 ガシャン、と鞘に取り付けられたギミックが稼働し、鞘から薬莢が排出される。それはセシリアのブルーティアーズtype-Ⅲの武装である近接銃槍ベネトナシュと同じ構造だ。ベネトナシュに仕組まれているのはショットガンだが、ブルーアースに組み込まれているのは弾丸ではない。

 

「ばれたんならしょうがない。それならこの剣も遠慮なく使えるってことだよ」

 

 鞘の内部に搭載されていた新たなカートリッジが装填され、鞘内部に収められたブルーアースの刀身にその莫大なエネルギーが注ぎ込まれる。

 刀身、鞘、そしてエネルギーカートリッジ、その全てにオリハルコンが使用されており、瞬間的に蓄積されるエネルギーの総量は、理論上は発電所一基に相当する。それを、たった一振りの剣に詰め込んだのだ。それはまさに頭がおかしいと散々に言われている篠ノ之束が最高傑作というほどの、ぶっとんだ設計思想と技術によって生み出された人造の魔剣であった。

 アイズが剣を抜いて振りかぶる。これまでのような抜刀術ではない。堂々とその青白く光る刀身をシールの眼に晒す。ヴォ―ダン・オージェでなくとも一目でわかるほどの膨大なエネルギーを内包そたその剣に、シールもその脅威を感じ取る。その剣から漏れる余波でバチバチとプラズマまで発生している。常識では考えられないが、オリハルコンで作られたその剣自体が空間歪曲作用によるプールに膨大なエネルギーを内包できる。言わば剣であり、同時にコンデンサでもある。セシリアのブルーティアーズの装甲にオリハルコンが使われていることも、この大容量のエネルギーの蓄積槽としての機能を持たせるためだ。ブルーティアーズの膨大なエネルギーコストを払う第二単一仕様能力をあれだけ使える理由でもある。

 

「出力、最大のちょっと手前!」

 

 その魔剣を、振るう。右肩に担ぐように構えたブルーアースを両手で握り、渾身の力で振り下ろす。剣道とはかけ離れた、しかし、それでも実践で培われたまっすぐな一閃。その斬撃が明確な脅威となって実体化する。

 そのアイズの一振りによって斬撃の形となって刀身に内包されたエネルギーが解放される。通常ならば笑うような、空想としか思えなかった“飛ぶ斬撃”がシールに襲い掛かった。それは斬撃というにはあまりに苛烈にして波濤。うねり狂う暴虐の津波であった。

 

「……」

 

 しかし、どれだけの威力があろうとも真正面からの力押しの攻撃などシールには通用しない。翼を羽搏かせて真横に滑らかにスライドして回避される。しかし、余波だけで装甲の表面が軋みを上げる。シールも予想以上の威力に僅かに眉をしかめながら、一瞬だけ目線を背後に向ける。

 

 そこにあったのは、今の斬撃によって真っ二つに切り裂かれた雲の海であった。眼下の視界いっぱいに広がっていた雲の大海が吹き飛ばされていた。それは以前アイズと束がテストとして海を割った光景そっくりだった。雲と宙の境界線を切り裂くその威力に、さすがのシールも冷や汗を流す。

 さっきは本当に危なかった。こんな威力の一撃を受けていたら、間違いなく敗北していた。まさに九死に一生を得ていたのだ。

 

「ばかげた威力です。IS用の武器としては、いえ……対人装備としては、明らかに過剰威力でしょう。国でも落としたいんですか?」

「束さんの最高傑作だもん。これくらい普通だよ」

「私が言うのもなんですが、あなたも相当非常識ですね」

「ん、そう?」

「天然なのが余計にタチが悪い」

 

 今の一撃は牽制と示威行為だろう。このような馬鹿げた威力を出せると分かった以上、迂闊には踏み込めない。

 

「―――舐められたものです」

 

 アイズの思惑通り、慎重にならざるを得ないだろう。―――それが、シールでなければ。

 

「そこまで晒したのです。もう私に通用するとは思わないことです」

「それは、どーうかな?」

 

 再び鞘のギミックが稼働し、役目を終えた薬莢が排出される。再び鞘と柄を持ち、わずかに刀を抜き、その刀身を晒す。わずかに垣間見えたその刀身は、納刀するときに見えた黒いものではなく、不可思議な青白い発光が見て取れる。

 

「その刀身そのものを砲口と見立てたカートリッジ方式ですか。いったいどうしたらそんな発想ができるのか、私の理解を超えていますが、ね。剣の形をした雷、まさにその通りの代物です」

 

 篠ノ之束が作り上げた最高傑作。銘を、ブルーアース。無重力合金精製によってオリハルコンの空間干渉作用を“内側”に展開することで膨大なエネルギーの蓄積を可能とした、束いわく、宇宙を模した剣。発生させた歪曲空間にエネルギーを閉じ込めることで疑似的なコンデンサとして活用できるというオリハルコンの特性を活かし、溜め込んだエネルギーを任意で開放することも可能とした近接装備に見えるがその実、大砲そのものである武装だ。

 溜め込んだエネルギー量にもよるが、剣の一振りで戦術級の破壊力をあっさりと生み出すことも可能としたオーバースペックウェポンのひとつ。カレイドマテリアル社の規格でもシャルロットのラファールが持つカラミティ級兵装のさらに上に位置する最上位のものだ。これに並ぶ破壊力を持つものは、セシリアの駆るブルーティアーズと、鈴の駆る甲龍の第二単一仕様能力しか存在しない。理論上、蓄積可能なエネルギー量はほぼ無尽蔵。D2カタパルトエレベーターと違い、移動手段ではなく蓄積するコンデンサとしての機能しか持たせていないために、肝心のエネルギーは外から持ってこなければならないが、その鞘にはそれを可能としたシステムが組み込まれている。

 あらかじめ、エネルギーを蓄積させたオリハルコン製の弾薬を用意し、装填することで鞘の内部で刀身へそのエネルギーを注ぎ込む。そして抜刀という形で内部エネルギーを開放することで、爆発的な破壊力を生み出せる。

 銃のギミックを利用し、それを刀という形に落としこんだ雷の剣。シールが言うように、それがこの剣の正体であった。

 

「そこまでわかったのなら、もうひとつの使い方も気付いているね? 今のボクの間合いが読めないことも理解できているんでしょう?」

 

 これまで幾度もあった、刀身以上の斬撃範囲もこのカラクリの応用だ。今の一撃のような大規模破壊ではなく、範囲を絞り、斬撃の延長をする。その一閃をなぞるように空間に干渉、ほんの一瞬、それこそ刹那ほどの時間だけ空間に亀裂を生み出す。それは、その空間そのものを“斬る”ことで防御不可能な一閃と化す。きわめて限定的な空間に、ほんのわずかにしか作用しないとはいえ、たとえどんなに硬い装甲でも、これを防ぐことは不可能だ。

 しかし、それはシールにとっては牽制にもならない。

 

「ええ、確かに。ですが、それはこの私の眼にも言えること。完全ではありませんが、これまでの情報とあなたの動きから、ある程度の予測は可能です。そして、それは致命傷まで届かせません。あなたのその剣と私の眼、どちらがより理不尽か、試してみますか?」

「それがハッタリじゃないことが怖いよ」

 

 その莫大なエネルギーを惜しげもなく開放して大規模を薙ぎ払う範囲斬撃も、限定的でありながら空間切断によって防御不可能とする繊細で緻密な一撃も、どちらも決め手には届かなかった。この剣を知られた以上、ここから先は隙を狙うより作り出すようにしなければならないだろう。その分アイズも反撃を食らうリスクが増すが、こんな苦難は想定済み。むしろ乗り越えるべき試練と受け入れていた。

 二人の戦いは既に詰み将棋だ。先にミスをしたほうが負ける。どんな些細なものでも、ひとつの判断ミスをした時点で勝敗が決定する。

 

「少なくとも、諦めの悪さとしぶとさでは勝てる自信はあるよ!」

「それだけではどうにもならない現実を教えてあげましょう」

 

 紅い瞳と虹色の瞳が混じる。

 睨み合う二人は、弾かれたように真っ向から同時に仕掛け―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、もう決着をつけちゃうの? せっかくいい舞台を整えてあげたのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唐突に、横槍が入れられた。

 

 

 

 ―――――“文字通り”に。

 

 

 

 

 

「ッ!?!?」

「!!」

 

 突然、真横から現れたその気配と、飛来するなにかの気配に気づいたアイズとシールは驚愕し、しかしその混乱を一瞬で立て直す。二人は同時に視界に捉えたそれを認識し、それが誰によるものかを察する。それを仕掛けた人物が発した声と言葉は、その直後に脳が理解した。

 二人の間を縫うように飛来したそれは遠隔操作の剣。ティアーズが持つビットと同じだが、剣の形状をした武装だ。二人はそれに反応し、反射的に制動をかけて一瞬で後退する。

 再び距離が開いた状態で、アイズとシールは決して逸らさなかった相手への視線を外し、その乱入者へと眼を向けた。

 

「あなたは……!」

「………」

 

 アイズは最大の警戒と畏怖を込めてその女性を睨むように見つめ、逆にシールはどこか呆れたように小さくため息をついてジト目を向けていた。

 そんな二人の非難するような視線を受けても、その女性―――ネガ色の不気味なISを纏ったマリアベルはけらけらと楽しそうな笑みを浮かべ、さらに無邪気に拍手をし始める。

 

「うーん、実にいい勝負だわ。シールもそうだけど、特にアイズちゃんのがんばりはすごくいい! ホント、どうしてあなたが失敗作の処分扱いになったのかしら? もし当時に私が実権を握っていれば、今頃ウチの幹部にまで育てていたのに。そうなっていればシールもうれしかったでしょうに。うーん、惜しい!」

「……なにをしに来たのですか? アイズとの勝負は、私の好きにさせてくれる約束だったかと思いますが?」

 

 突然現れ、そして好き勝手に口上を述べるマリアベルにさすがのシールもどこか怒った様子を見せる。シールからすれば完全に邪魔をされた形だ。マリアベルがどういう人間かわかっているシールであるが、さすがにこの横槍は我慢できなかったらしい。珍しくとげとげしい言葉をかけていた。

 しかし、マリアベルはそんなシールの反抗的な態度でさえ愉しげに応対している。

 

「うふふ。まぁいいじゃない。でもシール、少し熱くなりすぎよ。ちゃんと私が相応しい舞台を用意するって言ったのに、ここで決着をつけようとするんだもん」

「拗ねないでください、子供ですか」

「まぁ、私って実年齢は子供だし?」

「それでも私よりは年上でしょう」

 

 くだらない口喧嘩をするシールとマリアベルを他所に、アイズはただマリアベルに得体のしれない恐怖を感じていた。

 マリアベルはアイズでは勝てないとわかっていても、こうも予想外の行動されることにさすがのアイズも動揺を隠せなかった。しかも、アイズが本当に驚いたことはそんな破天荒さではない。

 

 アイズは、そしておそらくはシールも、今のマリアベルの接近にまったく気づけなかったのだ。

 

 いくら集中していたとしても、二人はヴォ―ダン・オージェを持つ人間だ。その索敵範囲と解析能力はすでに超常の域にあるといって過言ではない。それにも関わらず、近距離まで接近されて横槍を入れられるまで気づけなかった。

 以前に戦った時もそうだが、いったいどういうことなのかわけがわからなかった。あの時、マリアベルはアイズに「能力の相性が悪すぎる」と言っていたが、このヴォ―ダン・オージェがまったく脅威にならない能力など、どんなものだというのだ。

 

「ああ、アイズちゃんもごめんなさい。でも、せっかくだから私の招待を受けてくれないかしら?」

「招待?」

「そ。せっかくの決戦ですもの。最後は相応しいものにしたいの。だから、今まで特等席を用意していたの。セシリアを迎えるためのものだけど、もちろんあなたの席も用意してあるわ」

「……どういうこと、です?」

「ふふ、あなたは映画は好きなほうかしら? 私は好きよ、王道の、最後はピンチを乗り越えてハッピーエンドっていう下らなくも愉しいチープな展開とか。でもね、もし私が演出なら、もっともっと盛り上げられるっていつも思うの。それでね? もっともっと愉しくなるいいことを思いついたの。きっと気に入ってもらえると思うわ」

 

 いったい何を言っているのか、アイズには半分も理解できていなかった。

 

 それでもマリアベルは止まらずに――――。

 

 

 

 

「だからね、月を堕とそうと思うの」

 

 

 

 

 まるで今日の晩御飯を告げるかのような気安さで、それを口にした。 

 




今回はここまで。そろそろ全員が揃いそうな感じです。

ラストダンジョンで大人しく待てないラスボスのマリアベルさんが出張ってきました。次回以降、戦場はいよいよ今作のラストダンジョンとなる衛星軌道ステーションへと移っていきます。

ラストダンジョンへ向かうメンバーは誰になるか、お楽しみに。ではまた次回に!


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Act.148 「宿命収束点」

「月を、……堕とす?」

 

 言われた言葉の意味が理解できずに、アイズが呆けた声を出す。いや、意味はわかる。だが、それを受け入れようとすることができなかった。いったいなにを言っているのだ、というのが素直な感想だ。だが、それを言った人間がマリアベルというだけで、その子供の戯言のような言葉は呪詛のように思えてしまい背筋が凍るような錯覚を感じてしまう。

 

「そんなこと、できるわけない!」

 

 だけど、この人ならもしかしたら―――そんな嫌な予感を振り払うように叫ぶ。

 実際、月を堕とすなどできるはずない、というのは常識だ。あれだけの大質量を動かすなど、スターゲイザーをもってしても不可能だ。

 しかし、それでも不安がぬぐえないのは、アイズの身内に“本当にできそうな人間”がいることだった。―――篠ノ之束。アイズにとって姉同然、そして師であり共犯であり、親友。セシリアの次に付き合いが長い、自他ともに認める世界最高の天才。その時代をあっさりと無視してオーパーツ級の技術をぽんぽん作り出すことから“天災”とも呼ばれる人物だ。

 そんな束なら、「月? うん、堕とせるけど?」などとあっけらかんと言ってのけそうではある。どうすればそんなことができるのか、アイズには想像もできないが、束ならば簡単に実行可能なプランを提示してしまえそうだ。

 そして、そんな束が、自分に並ぶかもしれないと忌々しそうにしながらも認めた人物がマリアベルなのだ。それを証明するように、無邪気そうな笑顔でアイズへと語りかける。

 

「あら、結構簡単よ?」

「えっ」

「ふふ、あなたなら見えるんじゃないかしら?」

「見える……?」

「だってほら、現在進行で、―――――月を落としているんだから」

 

 その言葉に、アイズは思わず視線をシールとマリアベルから外して月へと向ける。高高度にいるため、地上よりも大きく見える月を凝視し、ヴォ―ダン・オージェによる解析を試みる。

 この瞳ならば月の起伏まで完璧に視認できるが、そもそもアイズにとって月は身近に感じるものだった。幼い頃からずっと星空と月を見上げてきたアイズにとって、それは親愛すら感じる光景だ。

 

 ……そのはずであった。

 

「え……?」

 

 すぐに異変を察した。なにかがおかしい。いつも見ていたはずの月なのに、どこかが違うのだ。ほんの少し、なにかが擦れ違っているいるかのような違和感を覚えた。

 いったいなにが、と焦るアイズがそれに気付いたとき、―――血の気が引いた。

 

「え、あ……え?」

 

 唇が震え、驚愕に目を見開く。

 それを受け入れることを躊躇う。その意味を悟ったとき、それがもたらすであろう未来が見えてしまった。未来予知能力など使わなくとも、それがどういう結果を生み出すのかアイズは理解できてしまった。

 それはまさに、深淵を覗いてしまった恐怖そのものであった。ありえるはずのない、あってはいけない異変だった。それが、今目の前にあるのだ。

 

「ど、どうして……!」

「うふふ、理解できたようね?」

「いったい、……いったいなにをしたのッ!?」

 

 それは恐怖を超える怒りから発せられた言葉だった。アイズにとって、マリアベルが行った行為はまさに冒涜そのものだった。

 “月面のズレ”が意味することを、アイズは理解してしまった。

 

「月の公転を止めたの!?」

「ブレーキをかけただけよ? まぁ、このままだといずれそうなるわ」

「なんて、ことを……!」

 

 そう、信じられないが、信じたくもないが………マリアベルは月の公転にブレーキをかけたのだ。いったいどんな力をもってすればそんなことができるのかわからないが、マリアベルの反応からしてそれは間違いないだろう。

 アイズが見た光景は、地球から見える月面がズレているという、本来ならあり得ざるものだった。月は常に同じ面を地球へと向けているため、違う面が見えることなどありえない。今はまだほんのわずか、しかし、確実にその歪みは現れていた。

 

「ね、簡単でしょう? 少し動きを抑えるだけで、いずれ月は地球に落ちるわ」

 

 マリアベルの言葉は真実だった。

 月は常に地球に落ち続けている。それなのに地球に落ちないのは、地球に引かれる力と、地球から遠ざかろうとする力がほぼ釣り合っているためだ。月は毎秒約1kmという速度で動いており、この速度で遠ざかろうとする月は、同時に地球との引力で落ちていく。地球が球形であることで生まれる奇跡のようなバランスで月という衛星は存在している。

 もし、この外へと飛んでいこうとする力が小さくなればどうなるだろうか。結果は明らかだ。地球へと引かれる力のほうが大きくなり、いずれ月は地球へと落ちる。

 無論、これはあくまで机上の空論。誰にも実証などできないことだった。技術的にも不可能としていたことだ。月ほどの質量の動きを制限するなど、まともな方法では不可能だ。

 しかし、目の前の魔女は容易くそれを証拠付きでできると示してしまった。このまま月の公転速度が落ちれば、いずれ修正不可能な歪みとなって地球への落下という最悪な結末を迎えてしまうだろう。

 

「あなたは、……! あなたはいったいなにがしたいんだッ!!?」

 

 理解できないマリアベルの蛮行にアイズが叫ぶ。怒りなのか、恐怖なのか、アイズ自身でもわからない。これまで何度も感じていたことだが、マリアベルが何を考えているのか、何が目的なのかまったく理解できない。

 そもそも、月を堕としてどうする? 地球に深刻なダメージを与えて、いったいどんなメリットがあるというのだ。

 

「だから言ったでしょう? 最後の、最高の舞台を用意するって!」

 

 マリアベルは少し不満そうに頬を膨らませている。せっかく用意した最高の舞台が気に入ってもらえなくて拗ねる子供のようだった。

 

「あなたは眼がいいからわかるでしょうけど、私がしたのは月にちょっとしたブレーキをかけただけ。だから、今ならまだ“加速”させれば元通りよ?」

 

「……え」

 

「もちろん、私がいる限りそんな真似はさせないし、それができるであろう篠ノ之束はこの上で預かっているわ」

 

「ッ!?」

 

「だから、こういうことよ。―――“月を堕とさないためには、私を倒して篠ノ之束を救わなくてはいけない”。……ね? シンプルでわかりやすいでしょう?」

 

 アイズは満足そうに笑うマリアベルの笑顔をぶん殴りたいと本気で思った。なるほど、わかりやすいことは認めよう。マリアベルがいる限り月が正常軌道に戻ることはないし、それに対処できる唯一の可能性となる束は既にマリアベルの手中にある。アイズ達がこの状況を打開するには、マリアベルを、さらに彼女を守るであろうシールを含めた敵をすべて倒し、束を救出するしかない。たとえ束を救出したとしても、マリアベルがいる限り月が戻ることもない、ということだ。怒りでどうにかなりそうだった。

 

「ああ、当然、ダラダラと時間をかけるつもりもないわ。今から六時間。それまでにどうにかできなければ、衛星軌道ステーションを篠ノ之束ごと爆破するわ」

 

「んなッ!?」

 

「ふふ、がんばってね。あなたとセシリアが来れば、他に何人でも連れて来てもいいわ。十分に勝算のあるメンツをそろえることね………ん?」

 

 瞬間―――“真下から”放たれたレーザーがマリアベルに撃ち込まれた。正確無比なその狙撃を、しかしマリアベルはほんのわずかに動いただけで回避する。完全に死角を突いたはずのその狙撃が誰によるものなのか悟ったマリアベルが楽しそうに笑みを浮かべて視線を下へと向けた。

 雲のそのさらに下……わずかな雲の隙間ではあるが、そこに射線を通したスナイパーがマリアベルを睨みつけていた。その手には長大なスナイパーライフルが握られており、狙撃が失敗したことに舌打ちしながらも第二射を狙っていた。

 

「不意をつくいい狙撃だわ、セシリア。有無を言わさない超遠距離の索敵外からの狙撃……いい容赦のなさよ。吹っ切れたみたいね」

 

 挨拶すらする前に仕掛けたセシリアに、むしろ褒めるような言葉をかけるマリアベル。その様子を見たセシリアはさらに不機嫌そうな表情を浮かべた。当然、セシリアの狙撃に気付いていたアイズもまた同時に仕掛けようとしたが、シールに牽制されて動くことすらできなかった。

 今、この瞬間がマリアベルを不意打ちで倒す絶好の機会だった。これに失敗した以上、もうマリアベルの思惑に乗るしかなくなってしまった。

 

「じゃあアイズちゃん? セシリアと一緒に上までおいで。ラスボスらしく、シールと一緒に決戦の舞台で待っていることにするわ」

「私は同意したわけではないのですが」

「それじゃあ待っているわよ。あんまり焦らすとこの子も寂しがっちゃうから、なるべくはやく来てね?」

「私は寂しがってなど――――ー……」

 

 そのシールの言葉が言いきられる前に途切れてしまう。いや、言葉だけじゃない。気が付けばその瞬間にマリアベルとシールの姿が消えていた。

 さすがにもう慣れたもので驚愕こそしなかったが、すぐに周囲を観測して予兆すら視えなかったことを再確認して苦々しい顔を浮かべた。何度見ても、マリアベルの能力が掴めないことに小さくない焦りが生じてしまう。

 一切視線を外してはいなかった。だというのに、まるでフィルムが切り取られたかのように唐突に視界が一変したのだ。ずっとマリアベルの能力を警戒していたアイズは瞬きすらせずに凝視していたというのに、なにも視認できなかったことに眉を顰める。だが、わずかだが収穫もあった。この見かけは瞬間移動のような能力は、マリアベル本人だけでなく、任意で別の対象にも及ぶことが確定した。もちろん、これは悪い情報であった。ますますマリアベルのISの持つ能力の謎が深まってしまった気分だった。

 行先は間違いなく衛星軌道ステーションだろう。

 どうやら本気で先ほどの与太話にも笑い話にもならない最悪なシナリオを実行する気らしい。

 

 高ぶった精神を落ち着かせるように一度眼を閉じて、深呼吸をしつつ再びゆっくりと瞼を開ける。

 深紅色を宿していた瞳は金色へと戻り、同時にレッドティアーズも第三形態を解除する。少し無理をして能力行使をしていたので、瞼が酷く重く感じてしまうが、アイズはその疲れを無視して通信をつなげる。

 

「セシィ」

 

『ええ、コアリンクしていたので、会話は聞いていましたわ』

 

「どうする?」

 

『行きましょう、今すぐに』

 

 セシリアからの返答はアイズとまったく同じ意見だった。

 

「異議なし。ボクたちで決着をつけよう」

 

 実際に、時間はない。六時間と言っていたが、気分屋のマリアベルが本当に待つ保証もない。そして本当に待ってくれているとしても、たったそれだけの時間で部隊を再編制して突入するにはあまりにも短い。なにより、まだ戦闘は終了していないのだ。それならば、今動ける戦力で勝負に出るしかない。

 ドレッドノートパッケージの推進力で急上昇してきたセシリアが、ほんのわずかに速度を落とし、そこでアイズが滑り込み、複座となっているもうひとつの空いている操縦席へとするりと入り込む。

 

「ん、少し被弾した?」

「ええ、ですが、大気圏の離脱に問題はありません」

 

 ドレッドノートパッケージの一部が融解していることからどうやらかなりの手練がいたようだ。無人機では傷一つつけられないだろうから、おそらくは敵の有人機であろうと予測をつけた。しかし、問題ないというのも本当だろう。外殻を焦がした程度で落ちるドレッドノートではない。ひたすら火力を詰め込んだシャルロットのものより、セシリアのこれは特別製だ。

 

「それなら……ッ、セシィ、下!」

「!」

 

 アイズの警告に従い、即座に回避行動を取るセシリア。そして下から放たれた炎の矢を回避する。つい先ほども受けた奇襲に、セシリアが襲撃者の正体を悟り、首だけで振り返ってソレを視認した。

 セシリアの視線の先にいたのは、半壊し、機能停止寸前にまでダメージを受けた一機のISであった。武装のほとんどが破壊され、装甲も穴だらけになっているという、明らかに致命的なダメージがあるその機体を無理矢理に駆り、攻撃を仕掛けてきたらしい。その操縦者であるスコール・ミューゼルは殺意の込められた眼でセシリアを睨みつけている。

 

「しつこいですね」

「セシィ、あの人は……」

「ゾディアックまで使ったんですがね。きっちり破壊しておくべきでしたか。しかし……結果は変わりません」

 

 ドレッドノートの巨体を反転させ、わずかにスピードを落として相対する。後ろ向きに上昇するというアクロバットな機動を維持したまま、セシリアは武装を起動する。確実に落とすために、生半可な威力ではなく、持ちうる中でも最大威力を持つ狙撃銃を展開した。

 

「コール【サジタリウス】、コール【タウルス】」

 

 ドレッドノートパッケージを構成するユニットが起動。二つの武装がパージし、変形展開しながら合体。長大な砲身を持つライフルが二つ合わさったような異質な大型ライフルへと変貌する。そのライフルがドレッドノートへのアームへと接続される。

 超長距離高出力レーザースナイパーライフル【サジタリアス】、そして大口径マテリアルライフル【タウルス】。レーザーと実弾、この二つで同時に狙える特殊狙撃ライフルを構える。トリガーへと指をかけ、スコールの駆る半壊したIS【ゴールデンドーン】へと狙いをつける。スコープ越しに見えるスコールの表情に不可解な思いを抱きながら、悪鬼のように殺意を向けるそれに向け、躊躇なくトリガーを引いた。

 静かに引かれた引き金とは対照的に、二つの銃口からレーザーと実弾が同時に発射される。どちらか一方だけならもしかしたら防げたかもしれないが、的確に狙ってくる二種類の狙撃を同時に対処できる余力はもはやスコールには残されてはいなかった。炎の単一仕様能力で防ごうとするも、レーザー狙撃をほんのわずかに減退させただけで、その瞬間に実弾の狙撃に貫かれた。

 落ちていくスコールを感情のこもらない目で見つめつつ、絶対防御が発動して戦闘不能になったことを今度こそ確認したセシリアは何事もなかったかのように複合ライフルを再変形、再合体させドレッドノートを巡航形態へと戻すと再び衛星軌道ステーションへと向けて飛翔する。

 

「……すごい殺意だったけど、なにかあったの?」

「さぁ。身に覚えのないことですが……あれはおそらく恨みではなく、ただ私が邪魔だったんでしょう。忌々しいほどに、ね」

「それって」

「あの人絡みでしょう。ですが、それこそ私には関係ありませんわ。どのような事情があれ、私達がすることは変わらないのですから」

「……ん」

 

 少しだけ思うこともあるが、アイズもセシリアの言葉に同意する。ほんの少し裏事情を知ってしまったアイズは、落ちていくスコールを見てほんのわずかに眉を堕とした。アイズは、なんとなくではあるがスコールがなにを考えていたのか、わかるような気がしたから。

 しかし、すぐさまその考えを頭から追いやる。ただの感傷であるし、相手に対しても失礼だろう。どのみち、アイズがやることは変わらないのだ。

 視線を背後から前へ―――この蒼穹の果てへと向ける。もはや見据えるのは目の前に立ちふさがる宿敵だけだった。

 

「ドレッドノートでこのまま大気圏を突破します。衛星軌道ステーションに乗り込みますよ!」

「うん! ボクたちで決着をつけよう……今度こそ!」

 

 そして、二人を乗せたドレッドノートが宙へと飛翔する。

 向かう先は蒼穹の果て、宙に浮かぶ占拠された衛星軌道ステーション。待ち受けるのは魔女と告死天使。

 それは数多の因縁の終着点。そしてアイズとセシリア、二人にとっても自身のアイデンティティの根幹に関わる宿命の相手との決着の舞台。

 カレイドマテリアル社と亡国機業。この先の未来すら賭けた最後の戦い。そんなすべての運命を背負い、ついに双星は最後の決戦の場へと誘われた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「セシリアたちが先に上がった? あいつら、自分たちだけで決着をつけるつもりね?」

 

 火凛から通信で現在の戦況を知らされた鈴は舌打ちしながら宙を睨みつけた。まだ地上では戦闘が継続しているが、戦況はセプテントリオン側へと傾いている。それなりに負傷者も被害も出したが、残っていた大型機はすべて鈴が破壊した。あと厄介なのはマドカといったエース級の有人機と、島の外周部に残る無人機群、そして敵の増援として近づいきているという艦隊くらいだろうか。少なくとも、今鈴の目の前にあるD2カタパルトエレベーターの本体を破壊することは現状では不可能だろう。

 

「だったらあたしもつれていくべきでしょーが! あいつめ、あたしを上手く使えって言ったのに!」

『だからじゃないかなぁ。鈴音がそこにいるだけで抑止になるし』

「その信頼はうれしいけど、あたしは戦いたい。あいつらと一緒に」

 

 火凛がなだめるように言うが、鈴はそれでも根に持っているように地団駄を踏む。確かに鈴をD2カタパルトエレベーターの守護に回すだけでその防備は鉄壁となるだろう。戦略拠点となる防衛という意味では鈴を残した意味も、鈴本人も理解している。世界でわずか四機しか確認されていない第三形態移行機を駆る鈴がそこにいるだけで強力な抑止力となるだろう。たとえ大型機が襲ってきても今の鈴なら鎧袖一触だ。

 だが、自分がここいることの戦略的な意味を理解してなお、鈴は戦友と同じ戦場を望む。もともと防衛は性に合わないし、それにいくらあの二人でも敵があの魔女では厳しいだろう。

 無論、あの二人にとっては運命とも言える戦いであろうこともわかっている。それを邪魔するつもりはないが、それでも助力することは間違っていないだろう。あの二人の因縁の決着は、そのままカレイドマテリアル社と亡国機業の決着とイコールだ。

 このまま指をくわえてみているわけにはいかない。

 

「抜け駆けはあいつらの得意技。でも、それはこっちも同じってね。それはあんたらも同じでしょう?」

 

 そう言って鈴は視線の先にいる二機のISへと視線を向ける。

 そこにいたのは、ラウラと簪であった。簪の天照は多少の被弾はあれど、未だに万全の状態に近い。しかしラウラのオーバー・ザ・クラウドは大分ダメージを受けているようで既に半壊に近い有様だった。しかし、操縦者であるラウラはまったく衰えた様子を見せない戦意の込められた力強い眼差しを鈴へと向けていた。

 

「ラウラ、あんた確かあの姿を消すやつと戦ってたはずでしょう? あいつはどうしたの?」

「逃げられた。斥力ソナーにも反応がなかったから離脱したか、もしくは……」

「報告にあった、あの魔女さんの能力かしら? なんか自機だけじゃなくて対象もとるらしいし。対象を取るバフとか、なかなかにチートね。……まぁいいわ。いるとすれば、きっと同じ上でしょう。……それにしてもラウラ、結構てこずったみたいね?」

「退け、などとは言うまい? 姉様が戦っているというのに、私が大人しく退くなどとは思ってはいまい?」

「当然でしょ? とりあえず、急いで補給とできる限りのリカバリーをしてきなさい。準備には少し時間がかかるでしょうから」

「……準備?」

 

 簪がどういうことかと視線だけで疑問を投げかけてくる。それを鈴は自分の背後を示しながらニヤリと笑った。

 

「せっかくいいものがあるんだから、これを使いましょう」

「……話は聞いていたけど、これが」

「ふふん、本当の軌道エレベーター。D2カタパルトエレベーターよ。これを使えば宇宙まであっという間よ、というか、行先はまさに衛星軌道ステーション。最終面までショートカットよ!」

「なんでお前が偉そうなんだ、鈴。ディストーション理論すら理解していないくせに」

「うるさいわね。あたし達にドレッドノートがない以上、こいつを使うしかないわ。先生、カタパルトを使うわ! 用意をお願い!」

『はいはい、そうなるだろうとは思ったよ。十分後に飛ばす。それまでに準備しておいで』

 

 エレベーターやら、カタパルトやらの話はまったく理解していなかったが、簪は要点だけを簡潔に言葉にして確認を取った。

 

「これでアイズのもとへ行けるの?」

「そうなるわね」

「なら、いい――――アイズ、今そばにいくからね……邪魔者は、みんな……」

「姉様、すぐにラウラが参ります。姉様の敵は、すべて私が……!」

「うふふ」

「ははは…!」

「………え、今更だけどあたしがこいつらを引率するの? マジで?」

 

 

 かくして、ここでも宙への道が拓かれた。

 宙へと上がる光の柱。鈴、ラウラ、簪。この三人もまた、決戦の場へ―――最後の戦いへと向かっていく。

 マリアベル、シール、そしておそらくは姿を消したというクロエ。そしてマリアベルの見せた能力を考えるに、無人機がいてもおかしくない。

 シールとクロエも強敵には違いないが、なによりマリアベルの力が未知数だ。最低でもシールに並び、もしかしたらそれ以上の脅威となる存在だ。この面子でも確実に勝てるなどという保証はない。命を落とす危険すらあるだろう。

 そしてアイズとセシリアはもちろんそれを理解しているだろう。いや、覚悟して臨んでいるというべきか。

 そしてそれは最後の決戦の舞台に上がる最低限の資格といってもいいだろう。

 

「行くわよ。覚悟はいいわね?」

「聞くまでもない」

「そんなものはとっくに決めている」

 

 そして三人もまた、同じ覚悟を携えて戦場に向かう。それは理解しているからだ。

 

 戦うこと―――それだけが、望む未来を勝ち取るための唯一の方法なのだ、と―――。

 

 

 




最終決戦パーティ決定。

(味方)
セシリア・オルコット【ブルーティアーズtype-Evol】
アイズ・ファミリア【レッドティアーズtype-Ⅲ】
凰鈴音【甲龍】
ラウラ・ボーデヴィッヒ【オーバー・ザ・クラウド】
更識簪【天照】
???

(敵)
マリアベル【リィンカーネーション】
シール【パール・ヴァルキュリア】
???
???



少し短いですが今回はここまで。それではまた次回に!




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Act.149 「最後の時」

お久しぶりです。しばらくぶりの更新です。


「ドレッドノート、巡航形態を維持。大気圏離脱シークエンスに入りますわ」

「機体に異常なし。あとはオートで離脱かぁ……今更だけど、すごいスペックだよね」

 

 ドレッドノートの複座型の操縦席でセシリアとアイズは必要な操作を終わらせ、ひと時ではあるが決戦前の最後の時間を得ていた。

 束が作り上げたドレッドノートは単機での大気圏離脱と突入を可能とするパッケージだ。軌道エレベーターと同等の働きができるスペックを持つ、その名の通りの超弩級のスペックを持つ。多少ダメージを受けたが、問題なく二人を乗せたドレッドノートは空を超え、宙へと昇る。

 ゆっくりと、地球の球形輪郭がはっきりと視認できるようになる。空の青色から、宙の暗闇へと飛び越えていく。この環境下で襲撃されることはほとんど考えられないが、二人は周囲の索敵を怠らない。セシリアはドレッドノートのレーダーで、そしてアイズはその人造魔眼による視認で油断なく警戒を行っている。量産されている無人機どころか、特化タイプの有人機でもこの高度まで上がることは至難であるが、マリアベルがいる以上、この状況下での奇襲も不可能ではないだろう。本気でなくても、ちょっかいをかけるくらいはしてくるかもしれない。あの正体不明の能力を持つマリアベルなら奇襲することもできるだろう。

 ドレッドノートは確かに強力だが、あのマリアベルを相手にアドバンテージを取れるなどとは思っていない。むしろ最後の決戦の場へと二人を運ぶそれは、帰還できる保証のない戦場へと向かう棺桶かもしれない。

 しかし、二人は手と眼をせわしなく動かし警戒しつつも、口だけは穏やかにコミュニケーションを取り続けている。それは戦場の中での会話とは思えないほど、和やかな会話だった。

 

「こうして二人きりになるのってなんだか懐かしい気がするね」

「そうですか? 決戦前にさんざん一緒にいたでしょうに」

「んー、でも、なんだろう。この戦いの前には決死の覚悟を決めていたのに、こうして穏やかに会話できる時間がなんか夢みたいで。なんだっけ、えーと、胡椒の夢?」

「もしかして、それは胡蝶の夢のことでは?」

「そうそれ! IS学園の一般学で習ったよね。日本の表現って独特でけっこう楽しいよね!」

「それこそ懐かしいですわ……もうずいぶん昔のことのようです」

 

 この激動の日々、マリアベルをはじめとした亡国機業との因縁。それは二人が幼少のときから紡がれてきたことだが、その運命はIS学園へと入学したときから大きく動き出した。

 はじめはもっと先のことを見越してのコネ作りや、アイズの見識を広げるための入学だったが、当初の予定はとっくに破綻してしまった。見方を変えれば既に達成したとも言えるかもしれないが、思い描いていた平穏はなく、戦いの日々のはじまりとなり、そしてそれはこの時まで続くことになった。

 いや、そもそもの始まりは、もっと、ずっと前だ。それは、おそらくはセシリアやアイズが生まれる以前から撒かれていた火種によるものだろう。

 その火種はマリアベルとイリーナを中心に燃え広がり、セシリアを、アイズを、束を巻き込み、世界すらをその混沌の坩堝の中へと落としてしまった。

 だが、その決着もついにすぐそこまで迫っていた。二人は流転の、そして数奇な運命が手繰り寄せたこの瞬間に招かれたのだ。

 

 セシリアも、覚悟を持ってこの時に臨んでいた。シールやマリアベルも、きっと同じだろう。

 

 だが、この少女だけは少し違っていた。

 

「セシィは、決着をつけたらどうするの?」

「どう、とは?」

 

 突然のその問いに、セシリアは意図を計りかねた。決戦のあとになど、なにかあっただろうか、とすら思ってしまう。

 

「織斑先生を倒して世界一でも目指す? それともカレイドマテリアル社の幹部とか? それとも世界一周旅行でも行く?」

「えっ……?」

 

 それはセシリアにとって考えたことのない発想だった。そもそも、セシリアは母との決着の先のことなど、なんのビジョンも持っていなかった。セシリアにとって、マリアベルとの決着は身命を賭して挑む難行であり、そして使命であり責務でもあった。今のセシリアにとって、それはなにがなんでも為さなければならないことなのだ。

 そもそも、その先すらある保証などない。それほどの覚悟でこの戦いに挑んでいる。それはアイズも同じはずであった。しかし、アイズは世間話でもするようにそう問いかけてきた。

 

「………さて、どうなるんでしょうね」

「どうなる、じゃなくて、どうしたいの?」

「どう、したい……」

「セシィは、お母さんと決着をつけて、どうしたいの? 殴りたい? 和解したい? それとも、道連れにしてでも……なんて思ってる?」

「……私は」

「ボクは、いじわるな質問してる?」

「……はい、少し」

「そうだよね」

 

 ケラケラと笑うアイズに、セシリアは苦笑する。そこでようやく、セシリアはこの戦いのあとのことなど、なにも考えていなかったと自覚した。それはおそらく、自殺志願者とそう変わらない思考であっただろう。

 

「ボクはね、宇宙に行きたい」

 

 しかし、そんなセシリアを前にアイズはただ言葉を紡ぐ。

 

「今までも何度か行ったけど、やっぱり宇宙ってすごい。星の天蓋、星の大海。ボクなんかちっぽけな存在としか思えなくなっちゃう。きっと、ボクの心は宇宙を漂うだけで溶けてしまうと思う。きっと、ボクはそのうち重力の要らない生き方をするのかもしれない。もしかしたら、それこそ月で暮らしたりして?」

 

 アイズは特有の不思議な表現をしながら心中を語る。その顔はとても愉しそうに笑みを浮かべていた。蒲公英を連想させるような朗らかな笑みは、気を張り続けていたセシリアの緊張感すら簡単に解してしまう。

 

「ボクは、宇宙で生きてみたい」

「宇宙で?」

「人は、宇宙でも生きていける、宇宙へと踏み出していいんだって、ボクが示したい」

 

 アイズははっきりと自身の夢を口にする。これまで、単純に、純粋に宇宙へ行きたいという憧れだったそれは、より具体的となって示されていた。

 宇宙でも人は生きていける。無限に広がる宇宙を駆ける、その先駆者になりたい。人と宇宙をつなぐ象徴になりたいと言っているのだ。言った本人は気づいてはいないだろうが、そうなれば間違いなく人類史に名を刻むに相応しい偉業だろう。

 

「そうですか……アイズには、ぴったりかもしれませんね。アイズはかわいいですから、宇宙開拓時代のマスコットになれるかもしれませんわ」

 

 カレイドマテリアル社が推進している宇宙開拓事業。そのイメージキャラクターとしてアイズが採用されれば、さぞや人気が出るであろう。事実、既に社内広報に起用されているアイズは人気も高い。IS操縦者としても実力のあるアイズにはぴったりの役職かもしれない。

 なにより、その高い感受性は天性のものだ。宙に思いを馳せ、そしてそれを具現化できる存在など、他にはいないだろう。宇宙に適応した人類の先駆者として、ゆくゆくは束と共に、本格的に宇宙開拓の先鋒となって星々を繋いで往くだろう。

 それは偉業にして、……一人の少女がもつステキな夢だった。

 

 そんな少女が、問いかけるのだ。

 

「セシィは、なにになりたいの?」

「……考えたこともありませんわ。いえ、昔は、あったような気がしますが……今は、どうなのでしょうね。よく、わからなくなっていますわ」

 

 昔は、それこそ母のようになりたいと思っていたものだが、今となってはそれはただの悪夢でしかない。母であるレジーナ・オルコットは目指す目標ではなく、倒すべき仇敵なのだ。受け入れられない、受け入れてはならない怨敵だ。

この呪いのような血筋の因縁を清算しなくては、おそらくセシリアは自身の未来に思いを馳せることができないだろう。

 マリアベルを倒さなくてはならない。

 

 それが、―――たとえ母の影だとしても。

 

 それが。たとえ―――母だとしても。

 

 

「なにを目指すにしろ少なくともあの人を倒さなければならないことだけは確かですわ。そうなれば時間もできるでしょうし、ゆっくり探してみるのもいいかもしれませんわ」

「そこがゴールだって、そう思っているのに?」

「……」

「セシィ。宿題だよ。この戦いが終わるまでに、なにをしたいのかちょっとだけ考えてみて」

「それができなければ、どうするのです?」

「そのときは、一緒にやりたいことを探そっか」

 

 手伝うよ、というアイズに、セシリアは頬を緩ませる。それは、とても楽しい日々になりそうだ。

 

「IS学園に入学したときは、そういう目標があったはずでしたのに……いつの間にか、こんなところにまで来てしまいましたね」

「終わってから、また始めればいいよ、セシィ」

「はい、ではそのためにも」

「うん……まずは」

 

 アイズの視界に映るのは、青い空の、その先。成層圏を超え、空と宙の境界に浮く衛星軌道ステーション。その大きさはIS学園の保有する敷地面積を超える。ちょっとしたコミュニティを形成することができる空間を持つ要塞であり、宇宙へと繋がる港でもある。

 人工衛星にカテゴライズされるが、その規模は従来のそれとは規格が違う。軌道エレベーターに接続された、いわば天空の城。

 そんな衛星軌道ステーションを見据え、アイズは眼を細めながらその異変に気付く。

 

「被弾痕がある」

「相変わらず、よく見えますね」

「あれ直すのにいくらかかるんだろう。イリーナさんが頭抱えそう」

「まぁ、束さんが暴れたみたいですし、……あの人はそんなこと考えないでしょうしね。それに……」

 

 マリアベルも、当然そんなことは考えない。むしろ嬉々として破壊を楽しむだろう。

 

「ん……? セシィ、ゲートが開いてる」

 

 外部の格納エリア付近、艦の離発着を可能とする港となるエリアへの進入口が開いている。艦の接続も可能であるため、大型のドレッドノート級パッケージでも接舷できる広さを持つ巨大なゲートが二人の来訪を歓迎するかのように、ご丁寧にガイドビーコン付で展開されていた。

 

「誘っているつもりでしょうね」

「罠かな?」

「本当にただ誘っているだけ、でしょうね。今更罠にかけるような真似はしないでしょうが……いえ、この状況自体が罠みたいなものですけど」

「演出家だね」

「呆れたことに、そのようですわ」

 

 通常は厳重に閉められているゲートがあるはずだが、マリアベルの計らい、いや、アイズの言うようにただの演出だろう。さながら、魔王の城へと入る門といったところか。宇宙に浮かぶそれは、まさにラストダンジョンと呼べる威容にも見える。

 

「何度も来ているのに、なんだか怖いくらいだね」

「ええ……いわば、魔女の掌の上……いえ、腹の中、ですか」

 

 いまさらつまらない罠を仕掛けているとは思えないが、それでもセシリアたちにとっては勝手知ったるベースであり、占拠されたアウェーでもある。このマリアベル曰く、“最高の舞台”とやらは悪辣な万魔殿には違いないだろう。月の支配権を取っての清々しいほどの脅迫を添えるくらいだ。逃げられないし、逃がすつもりもない。マリアベルがセシリアに執着している限り、そしてシールがアイズに執着している限り、結局はこの舞台に立つことになったのだろう。

 

「………」

「アイズ? なにか?」

「ん、ちょっとね。うん、いるね、シールが……」

 

 ヴォ―ダン・オージェの疼きを感じ取ったアイズが、宿敵の存在を確信する。マリアベルと共に姿を消したシールもやはり衛星軌道ステーションにいたようだ。マリアベルのISの能力は未だにわからない。先回りされていたことを考えれば、おおよそその能力の大枠は予想できるが……対抗策は少ないのが現状だ。

 マリアベルとシール。確実にいるであろうこの二人。たった二人ではあるが、どちらも格上といえる強さを持つ強敵だ。客観的に分析しても、そして過去の戦績を見てもアイズとセシリアの二人でも勝率は多く見積もっても三割ほどだ。鈴やラウラ、シャルロットたちがいても五分に届くか怪しいくらいだ。それほどにあの二人の底が見えない。

 アイズはシールの規格外の強さをよく知っている。ヴォ―ダン・オージェの適合者として、完全な上位互換だ。ともに第三形態へと至ったISを駆り、そしてその発現された単一仕様能力の相性も不利ときている。これまでも泥臭く粘り、かろうじて敗北をしなかっただけだ。一瞬の隙、一手の読み違いが命取り。文字通りに神経を擦り減らす戦いを強いられるだろう。分の悪い賭け、とも言う。

 セシリアも、かつてマリアベルに蹂躙された記憶を忘れてはいない。あのときは自身を見失っていたとはいえ、それでも封殺されたことに変わりない。それにどれだけ希望的に見積もっても、あの束と同等クラスの化け物だ。IS操縦者としても、間違いなく世界の頂に近い人物だ。

 

「ま、勝てる見込みが少ないのはわかっていたことだもんね」

「ですが、勝たなければいけません。ならば、やることは変わりませんわ」

 

 待ち構えている敵がどれほど強大だとしても、二人はとうに覚悟を決めている。今更怖気ずくことなどあり得ない。アイズもセシリアも、ここで決着をつけるということについてはマリアベルたちと同意見だった。

 この時こそが、決着の時。そして、勝たなくてはならない戦い。

 それがわかっていれば、あとはするべきことは決まっている。それだけのことだった。

 

「――――突入します。行きますよ、アイズ。これまでの因縁に私達で終止符をうちましょう」

「……うん!」

 

 ドレッドノートの巨体を躊躇いなくゲートの内部へと突入させる。オレンジ色の灯に照らされた薄暗いトンネルのような道を進み、さらに奥深くへと侵入する。既に主電源が落とされているらしく、そこはアイズやセシリアの知る衛星軌道ステーションとは似て非なる異界のような場所へと変貌している。束が本当にマリアベルに敗北しているのなら、おそらく既にこのステーションのシステムはマリアベルの手中にあるはずだ。

 本来備わっているはずの防衛機構は役に立たない。ところどころ内部のゲートが閉じられている箇所もあることから、明らかに誘導されている。あえてその誘いにのるようにセシリアは止まることなくさらなる深部へと進んでいく。

 

「この先は、展望エリアだね」

 

 アイズが呟く前に、セシリアにもそれは確信していた。このまま進めば、おそらく辿り着く先はステーションの中でも格納エリアに次いで広い空間がある展望デッキエリアだろう。そこは地球を一望できる、職員の中でも人気のエリアで、アイズもお気に入りの場所のひとつだった。

 IS学園のアリーナより狭いが、それでもISで活動するには十分な空間がある。どうやらそこを最後の舞台に選んだらしい。

 

 やがてドレッドノートでも進入不可能なエリアへとたどり着くと、二人は戦闘態勢のままドレッドノートから降下する。大気圏の離脱でオーバーヒート気味のドレッドノートを放棄し、それぞれ剣と銃を手にして、マリアベルとシールがいるであろう展望デッキへと進んでいく。

 罠がある様子はないが、前衛にアイズ、後衛にセシリアと完全警戒を維持したままゆっくりと飛翔する。このままいけば数分で接触となるだろう。

 

「………」

 

 無言のまま、一度だけアイズが振り返る。セシリアもなにも語らず、ただ首肯するだけだった。もはやここに至り、言葉による意思疎通の必要はない。ただこの先に、シールがいる。マリアベルがいる。二人にとっての、決して避けられない宿命が待っている。

 

 そこが終着点。そこが最後の戦いの舞台。そこが、結末。

 

 複雑に絡み合った各々の思惑も、これまでの因縁も、ようやくあと少しで清算される。その結果がどうなるかは、もはや魔女にも暴君にもわからないだろう。

 それでも、引き寄せられたかのように、たった四人によってこの戦いの最後が紡がれる。

 

 すぐそこまで迫っている“その時”の結末は、―――――。

 

 

 

 ***

 

 

 

「むむっ! キタキタぁ! セシリアが来たわ! ほらシール、あなたのお友達もきたわよ!」

 

 ドレッドノートの突入を確認したマリアベルが嬉しそうに笑い声を上げた。お膳立てはした、罠も仕掛けず、ここまで一本道で来れるように誘っている。あの二人ならまっすぐにここまでやってくるだろう。ここに来るまでに、もう五分とかかるまい。あと少しでもらえるプレゼントを前にした子供のようにはしゃぐマリアベル。隣に仏頂面で佇んでいたシールは、そんな見たくもない主人の姿を見えすぎる眼で見てしまったことを後悔するようにため息をついた。

 

「うふふ、この時を作り出すために苦労したけど、ようやくだわぁ。あー、長かった! イリーナも思った以上に優秀で、つい謀略合戦を楽しんじゃった。まー、おかげで当初の予定よりずいぶんと派手な催しになったし、よしとしましょう! ちょっと世界が傾いちゃったくらいだしね、あ、つい月も傾けちゃったんだったわね、てへぺろ」

「………はぁ」

「いやぁ、まさに気分は魔王ね! うん? 私魔女で名が通ってるらしかったわね。まぁいいわ。シール、月が落下阻止限界に来るまであとどれくらいかしら?」

「……あと4時間ほどかと」

 

 目視による観測でおおよその時間を算出して報告するも、その声には疲れがにじんでいる。ハイテンションを維持するマリアベルに対し、シールは反比例するようにため息が止まらない。

 勝手にこんな場所まで連れてこられたと思えば、地球を滅ぼす片棒を担がされていたのだ。いくら悪党を自覚しているシールとはいえ、ため息のひとつも出るというものだ。

 

「あら? アイズちゃんには期限は六時間って言っちゃったわぁ。やっべ、それじゃあますます鬼畜な魔王になってしまうわ! どうしましょう?」

「あなたが鬼畜外道のクズであることは何も変わりないのでは」

「んまっ! シールってば、いつからそんな口が悪くなったのかしら! お母さんは許しませんよ!」

「私ははじめからこんな感じです。そもそも、あなたは母親ではありませんが」

「やぁね、軽いジョークじゃない。ほら、一応育ての親みたいなもんだし? じゃあ母親ってことでいいんじゃないかしら?」

「あれだけ娘に執着しておいて、よく言えますね」

「あなたはお友達に執着しているみたいだけど?」

 

 そのからかいに、シールは反論できない。ここに至って、自身がアイズに執着していることは言い訳のしようもないほどに自覚していた。

 今のシールにとって、あくまで第一に遵守すべきなのはマリアベルの命令には変わりないが、それでもアイズとの決着をこの手で付けたいという欲求は隠せないほどのものだった。

 マリアベルも、そんなシールが見せる我儘に、子の成長を見守る母のような穏やかな目を向けている。その目には、いつも宿していた狂気が見えない。

 いつも狂気と無邪気な悪意を持っていたマリアベルほんの時折見せる、穏やかな表情。それはシールでさえ、これまで数えるほどしか見たことのない魔女の母性が顕れているときのそれだった。

 

「シール」

「はい」

「よく今まで私に仕えてくれたわね。スコールたちもそうだけど、あなたもよく私の我儘に付き合ってくれたわ」

「……なんです、いきなり」

 

 それは今までにないしおらしいとすら言える態度と言葉だった。常に無邪気に、そして威圧を纏っていたそれではなかった。

 

「うふふ。あとはあなたの好きになさい。もう私を優先しなくてもいいわ」

「それは……」

「アイズちゃんと決着をつけたいんでしょう? 私は娘と遊んでくるから、あなたもお友達と好きなだけ遊んできなさい」

 

 その遊び、というのが殺し合いに等しいことは明白だった。この決着がどんな結末を迎えるにせよ、全員が再び地上に生還できるかはわからないのだから。

 

「私はうれしいのよ、シール。あなたが、我儘を言ってくれたこと、とってもうれしく思うわ。だから、あなたも悔いのないように、あの子と決着をつけてきなさい」

 

 シールは少しだけ戸惑ったように眉をしかめる。なにかを逡巡しているようにも見えるが、気遣いは無用だとマリアベルは断言する。

 

「好きにしなさい。あの子と戦って、殺すのも、仲直りするのも、あなたの好きなようにしてきなさい――――――だから」

 

 そう、だから。

 

 

「私も、最後まで好きなようにするから」

 

 

 髪をかき上げながら、蠱惑的に笑うマリアベル。

 

 その顔は、すでにいつもの狂気を宿した魔女のそれであった。

 




久方ぶりの更新となりました。

引っ越したあと新天地での仕事が多忙でモチベも上がらず大分時間が空いてしまいました。次回からラストバトル開始となるので、完結まであと少しがんばりたいです。

それでは、また次回に!


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