Fate/kaleid caster ドラまた☆リナ (猿野ただすみ)
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番外編
イリヤとリナと不思議なカード


本編がめちゃくちゃスランプなので、番外編。【魔術師殺し】の回よりちょっと未来、夏休み中のお話です。序盤に気になる単語が出てきますが、それはまた別のお話、ということで。


≪イリヤside≫

夏休みに入って、しばらく経ったある日のこと。わたし達はルヴィアさんの家に呼び出された。

一体何だろ。ラグド・メゼギスの件はもう終わったし…。

 

「揃いましたわね。あなた方をお呼びしたのは、他でもありません。ここ数日、冬木市内で数か所、魔力の特異点が観測されているのですわ」

「魔力の…特異点?」

 

クロが聞き返すと、ルヴィアさんが深く頷いた。立て続けに、リナが疑問を投げかける。

 

「それって、クラスカードの時みたいのって事?」

「そうですわね。稲葉リナ(イナバリナ)の仰るとおり、クラスカードが散らばっていた時と似てますわね。

けれど今回は、鏡面界での出来事ではありませんの」

 

鏡面界じゃ、ない?

わたしが疑問に思ってると、ミユがルヴィアさんの説明を引き継いで言った。

 

「特異点は全て、こちらの世界で発生してる。そしてそれぞれの特異点では、何某かの異常現象が起きてる」

「異常現象?」

 

わたしが疑問を口にすると、ミユが幾つか事例を挙げてくれた。

 

「例えば、穂群原小のプールの水が突然噴き上がったり、柳洞寺の石段を上がっているだけなのに、何故か境内に辿り着けなかったり…」

「何処からともなく花が舞い散る、自分と瓜二つの人物と会った、などというものもありましたわね」

 

ほえ~。何だか学校の七不思議みたい。……ん? リナ?

 

「……ルヴィアさん。今、ありましたって言ったよね? ありますじゃなくて」

「さすが、細かいところにも気がつきますわね」

 

え? 何? ええと、「ます」じゃなくって「ました」だから、過去形? ……あ。

 

「もう、異常現象が起きてない?」

「イリヤー、気づくの遅いわよぉ?」

「まあまあ、イリヤだって自分で考えて答えを導いたんだから、そんな事言わないの」

 

茶化すクロに、わたしのフォローをしてくれるリナ。

 

「それでルヴィアさん、異常現象の沈静化は全てにおいてなの?」

「……いいえ。(わたくし)の話した二件と、美遊(ミユ)が話したプールの一件は観測されなくなってますし、魔力の残滓も正常値にまで下がってますけど、まだまだ異常現象が続いている場所は存在してますわ」

「それで今、凛さんとサファイア、ルビーで、特異点の調査に行ってる」

「あっ! なんか静かだと思ったら、ルビーがいないのか!」

 

そう言えばリナには言ってなかったっけ。

 

「今朝、凛さんが窓から入ってきて、ルビーを連れてったよ。理由は聞いてなかったけど、そんなワケがあったんだね」

「窓からって…」

 

わたしの説明に、リナが呆れてる。

 

「それでわたし達を呼んだって事は、異常現象の正常化をしろってこと?」

 

クロが核心を突くと、ルヴィアさんは一旦目を閉じて、再び開いたときには表情が引き締められていた。

 

「もちろんそれが第一の目的ですが、ひとつ問題があります。

この異常現象は、自然に沈静化するようなものではありません。つまり、我々とは違う、第三者の介入が考えられますわ」

「なるほど。あたし達は特異点の正常化とともに、第三者の目的の調査、場合によっては戦闘も受け持たなくちゃならない、……って事ね?」

「そういう事ですわ」

 

うう、戦闘かぁ。バゼットさんみたいのじゃなきゃいいけど…。

 

「それで、まずどこ行きゃいいの?」

「それは調査の結果次第…」

 

一瞬、フラグっぽいなー、なんて思った瞬間。

 

『ルヴィア、聞こえる!?』

 

突然、リンさんの声が聞こえた。ルヴィアさんが遠話球(テレフォン・オーブ)を取り出して、リンさんに返事をする。

 

「全く、聞こえてますわよ。どうかなさいましたの、遠坂凛(トオサカリン)?」

『急いで海まで来て! この間、イリヤ達と会った浜辺! 現在進行形で、異常現象が発生してるのよ!』

 

ガタタッ!

 

わたし達は一斉に席を立った。

 

「「ルヴィアさん!」」

 

わたしとミユが、ルヴィアさんを見る。ルビーとサファイアが向こうにいるから、転身して向かうことが出来ないから。

 

「オーギュスト、急いで車を!」

「お嬢様、畏まりました」

 

一礼して部屋を出るオーギュストさん。

 

「あたしは先に向かってるわ」

「わたしも」

 

リナとクロはそう言って、ふたりも部屋を出て行った。

……ふたりが行けば、大丈夫だよね?

 

 

 

 

 

≪リナside≫

あたしが翔封界(レイ・ウイング)で海に向かう後を、クロエがピコピコと屋根伝いに追いかけてくる。ううむぅ、いくら目立たないように高度を上げてるとはいえ、よくこのスピードに追いつけるもんだ。

因みにこの術(レイ・ウイング)、重量と速度と高度の総和が術者の力量に比例する。つまり、高度を上げた分だけスピードは落ちるのだ。

などと思考している間に、見えた! 地中へ掘り進める工事現場のすぐ横で、凛さんが大きく手を振ってる。おそらく何か、手を施したんだろう。辺りに人の気配は無い。

あたしは凛さんの前に降り立ち、術を解く。そして少し遅れて、クロエも到着した。

それにしても。

あたしは、少し離れたその場所に目をやる。そこには倒壊した、[海の家・がくまざわ]があった。

 

「嶽間沢家の人々…。惜しい人達を亡くしたわ」

「タツコ、わたし達が必ず仇を取ってあげるからね!」

「いや、生きてるから!」

 

もちろん、ただの冗談である。

 

『いやー、リナさんとクロさんは、なかなかお茶目ですねー』

「アンタに比べりゃ、大概の冗談はお茶目で済むわよ」

「ルビーの冗談は冗談じゃ済まないんだから! この間のお誕生会の…時だ……って………、うっ、頭が…」

『アハハ、サア、キモチヲキリカエテイキマショー』

 

クロエは頭を抱え、ルビーの体(?)が強ばり、声も固くなる。うん、サファイアの催眠電波はキッチリ効いてるようだ。

 

「ほら、あんた達。そろそろ本題に移るわよ」

 

手を打ち鳴らしながら言う凛さん。軌道修正、お疲れ様です。

 

「ここで起きた異変だけど、どうやら精霊の仕業みたいなのよ」

「精霊?」

 

ほう? それは中々に珍しい。精霊なんて本来、人前に姿を見せないものだ。そんな存在が冬木で異変を起こしてる。これにはどんな意味があるのか、ないのか。

 

『でも、少し気になることもあるんですよねー』

 

ん? ルビー?

 

『その精霊さん、何だか私達に、似てる気がしたんですよ』

「……つまり、輪っかの中に八芒星、トンボの羽根のついたカレイドステッキだったと」

『何ですかっ!? その、微妙にかわいくないデザインは!!』

 

ツッコむとこ、そこなんだ?

 

『……似ていたのはその存在です。このカレイドステッキに宿る私、マジカルサファイア、そして姉のマジカルルビーは人工天然精霊。人工にして天然の存在です。

……姉さんは、別の意味でも天然ですが』

『サファイアちゃん、ヒドいッ!?』

 

ルビーも、サファイアからの攻撃(口撃)には弱いからなー。……って、そうじゃなくて、その精霊は人工天然精霊のふたりに似ていた?

 

「別に、そいつが貴女達に似てたって関係ないわ。わたし達の目的は異常の正常化…、でしょ?」

 

……確かに、クロエの言うとおりね。今は事件の解決が優先だ。

 

「それで凛さん、その精霊は、今どこに?」

「今は姿を隠してるわ。一応、簡単なものだけど結界を張ってあるから、外に出たら感知できるはずだけど」

 

つまり、結界内で息を潜めてるって事か。

 

「でも、どうやって炙り出す? わたしが投影するモノには、そんな便利なものなんてないわよ?」

「私もこの範囲を探査系の魔術で探るのは、無理とは言わないけど、流石に厳しいものがあるわね」

 

クロエも凛さんも無理か。あたしはルビー達を見る。

 

『……私達はマスターがいて、初めて力を発揮できます。我々単体では、魔力砲のひとつも出せません』

『凛さまとゲスト認証して転身すれば、探査の魔術も精度が上がるでしょう。……ですが、結界内まで範囲を広げた場合、やはり精度に問題が出ると思われます』

 

そっかぁ。上手くはいかないもんだ。

 

「ううみゅ、仕方がない。あんまり使いたくはなかったけど、あたしが何とかするわ」

 

そう言ってあたしは、ポケットから目的のものを取りだしてから、呪文を唱える。

 

全ての命を育みし

母なる無限のこの大地

空と大地を渡りしものよ

優しき流れ たゆとう水よ

夜の静寂(しじま)を照らすもの

輝き燃える 赤き炎よ

空と大地を渡りしものよ

永久(とわ)を吹き過ぎ行く風よ

全ての心の源に

汝ら全ての力を集え

我が力 我が身となりて

世界を映す力となれ!

 

あたしは長い(しゅ)を唱え終え、[力ある言葉]を放つ。

 

精霊映視呪(マナ・スキャニング)!」

 

くっ!? やっぱりこの術は、負担が大っきいッ!

あたしは焦る心を抑えて、世界を覆う魔力(マナ)の流れを視る。

……

…………

………………そこッ!

 

青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!」

 

術を込めた硝子玉を突き出し、[力ある言葉]を口にする。その瞬間、硝子玉は割れ、一条の青白い光の筋が放出された。

この込められた術、一旦硝子玉に込めたものを解放するという仕様のため、どうしても魔力のロスが発生する。何時ものように、直接ぶつけて発動させれば七割ほどの威力があるけど、もう一度術として発動させた場合は、精々が三割程度。弱い術なら、まともなダメージすら与えられない。

だけど利点もある。これを介してなら呪文を唱える事もなく、[力ある言葉]のみで発動が可能。つまり今回のように、術の制御をしながら遠距離攻撃が出来るのだ。

 

『!?』

 

見据えた空間に青魔烈弾波が届く瞬間、魔力が膨れ上がり、姿を現したそれが上空に舞い上がる。

……って、あれは!?

精霊映視呪を解いたあたしは頭に手を当て、それを見る。確かにあれは、精霊の類いだろう。けど、あれって…。

その時。

 

ギャギャギャッ!

 

ブレーキの音と共に、黒塗りのリムジンが飛び出してきた。

 

「「リナ!」クロ!」

 

止まったリムジンの扉が勢いよく開け放たれ、目をグルグルさせたイリヤと、意外と冷静な美遊が飛び出してくる。因みに、クロエの名前を呼んだのはイリヤだ。

 

「な…」

「あれが、精霊さん…?」

 

ふたりも初めて…ルビーとサファイアは除く。初めて見る精霊に、驚きを隠せないようだ。

 

『美遊さま!』

『ふたり共、ボヤッとしてる場合じゃありませんよー!』

 

ルビーとサファイアに言われて、思考力を取り戻したふたりが魔法少女に転身する。これでいい。これで必要な駒は揃った。

 

 

 

 

 

砲撃(フォイア)ッ!」

砲射(シュート)!」

 

イリヤと美遊の魔力弾を躱し、

 

「ハアッ!」

 

ぶわぉうっ!

 

攻撃を仕掛けるクロエを、爆風で吹き飛ばす。……やっぱりか。これの正体は…。

いや、今は。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

あたしの術を、やはり躱す。どうやら推測どおり、純粋な魔力や精神世界面(アストラル・サイド)への攻撃、神秘を纏った武器ならダメージを与えられるようだ。

イリヤに美遊、クロエが尚も攻撃を続ける中、あたしは次の一手のための準備を進める。

そう。イリヤ達には今、闘いを制するための囮となってもらっているのだ。作戦はあらかじめ、遠話球(テレフォン・オーブ)を通して伝えてある。

イリヤ達は同じような攻撃を繰り返す。そして数度目、そのパターンが変化する。

またもや吹き飛ばされたクロエは空かさず弓矢を投影、それに狙いを定め。

 

最大の散弾(マクスィマール・ショット)!」

速射(シュート)!」

 

イリヤが相手の後方、美遊が上空から複数の魔力弾を射出し、それに合わせて正面からクロエが矢を射る。

三方向からの同時攻撃。躱して避けるのは、おそらく無理。

次の瞬間、それは風を纏い、全ての攻撃を防ぐ。この瞬間を待ってた!

防がれた魔力弾同士が誘爆し、矢を[壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)]で炸裂させて相手の視界が奪われた瞬間、あたしは術の効果範囲まで距離を詰めていた。

 

『!!』

 

向こうは気づいたみたいだけど、もう遅い。

 

霊縛符(ラファス・シード)!」

 

ランサー(アメリア)夢幻召喚(インストール)したあたしは、今の彼女が所持する数少ない、そしてあたしが使えない術を発動させた。この術は相手の動きを止め、呪文をも封じる効果が小一時間続く。

だけど相手は精霊、すぐに破られる可能性もある。なので。

 

「クラスカード[キャスター]限定展開(インクルード)!」

 

イリヤから借りたカードを限定展開する。

 

「……あなたは主と離れ離れになって、意思表示のために騒ぎを起こしてたんでしょう? でもその為に、みんなに迷惑をかけてしまってるの。だから今は、大人しくしてて。

……大丈夫。あなたの主は、必ず見つけてあげるから」

 

あたしはそう語りかけてから、手にした短剣を突き立て。

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)

 

真名を解放すると、精霊は姿が崩れ、一枚のカードになった。

 

 

 

 

 

「何よ、それ? まさかクラスカードじゃ…」

「どういうことですの?」

 

小走りに近づいた凛さんとルヴィアさんの疑問に、首を横に振ってあたしは言う。

 

「クラスカードじゃないわ。絵柄もデザインも類似性はないし、他の魔術理論で創られたものね」

 

そう言ってふたりに、カードの絵を見せる。

 

「[風]、[THE WINDY]…。ウィンディのカード、ということでしょうか」

「それに[SAKURA]…、サクラ?」

 

凛さんが複雑な表情をする。多分、桜ねーちゃんが思い浮かんだんだろう。

 

「とにかくこれは、あたしが預かるわ。気になることもあるし」

「な、リナ!?」

「戦利品の着服ですの!?」

 

人聞きの悪い。

 

「ちょっと、心当たりがあるのよ」

 

……はぁ

 

ふたりがため息を吐く。

 

「仕方がありませんわね」

「その代わり、後でちゃんと説明すること。いいわね?」

「ふたり共、ありがと。もちろん後で報告はするわ」

 

あたしはお礼を述べる。

 

『何だかルビーちゃん達、空気ですよねー』

「そだね」

 

……うん。なんかゴメン。

 

 

 

 

 

≪third person≫

そんなリナ達を、離れた岩場から見つめている少女がいた。その左隣には、翼が生えたオレンジ色の猫のぬいぐるみのようなものが浮いている。

 

「ほえぇ~、どうしよう。ウィンディのカードが回収されちゃった」

「ホンマは奪い返したいとこやけど、今んとこは様子見やな」

 

困り果てている少女に、翼猫が関西弁で言う。

 

「しかし、まさか()()()に、こない腕の立つ魔道士がぎょうさん()るとは思わんかったなぁ」

 

翼猫の発言に、しかし少女は小首を傾げ。

 

「でも、どちらかっていうとあのふたり、魔法少女って感じだと思うんだけど?」

 

イリヤと美遊を見ながらそう言った。




今回の番外編シリーズのサブタイトルは、あのアニメのサブタイトルと同じ法則です。

というわけで、いきなり始まった番外編です。クロスオーバーですが、ちゃんと名前が出てからタグに書くことにしますので、悪しからず。まあ、ウィンディのカードでバレバレですが。

次回「迷路ともう一人の魔法少女」

○○○と一緒に、○○ー○!


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迷路ともう一人の魔法少女

開き直った。


≪イリヤside≫

ウィンディのカードを回収した日の夜。わたし達は柳洞寺の梺までやって来た、けど。

 

「うう、やっぱり夜だと、薄気味悪いね」

 

わたしは長い階段を見上げながら言う。これが初詣とかお祭りの時なら人通りや灯りもあって、まだそうでも無いんだけど。

 

「でも一成さんは、毎日ここを通ってるんだけど」

 

あうっ、リナの言うとおりだ。お兄ちゃんのお友達の柳洞(リュウドウ)一成(イッセイ)さんは、柳洞寺の息子さんだった。

 

「あと、担任の葛木(くずき)先生も、柳洞寺に住まわせてもらってるらしいわ」

 

リンさんの、……ということはお兄ちゃんの先生も、柳洞寺に住んでるんだ。

 

『そんな重要そうに見えて関係ない情報はいいので、さっさとやる事やっちゃいましょー!』

「ルビーって、興味のない事にはホント無関心よねー」

 

クロってば、何を今更。それに、ルビーの言う事にも一理あるし。ということで。

 

「ルビー」

『はいはーい』

「……サファイアも」

『はい、美遊さま』

 

わたしとミユは、視線を合わせて頷き合い。

 

『『コンパクトフルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』』

 

ルビーとサファイアが呪文を唱えると、わたし達の姿が魔法少女の衣装に変わる。

 

『カレイドの魔法少女プリズマ☆イリヤ&美遊、見参です!』

「おおー」

 

パチパチパチ!

 

感嘆の声をあげて拍手するリナ。

 

「いやー、最近演出無しの変身ばかりだったから、こういうの改めて見ると感動するわね!」

 

……魔法少女モノオタクの、面目躍如だね?

 

「ホラ、オタク魂燃えあがらせるのは後にしなさい!」

「異常現象の沈静化。それが(わたくし)達の仕事ですわよ」

 

はい。全くもってそのとおりです。

 

『……なーに言ってるんですかねー、このふたりは。クラスカードの回収って目的も果たさずに、私達の力を使って大ゲンカしてたのは、どこの誰でしたっけねー?』

「「う、うるさい」ですわ!」

 

……どこかに、このふたりが仲良しな世界って無いものだろーか?

 

 

 

 

 

「そ、それじゃあ、行くよ?」

 

気を取り直したわたし達は、わたしの号令で一斉に階段の一段目に足を踏み出した。その途端に、鏡面界に接界(ジャンプ)しているときのような、妙な感覚に襲われる。

 

「な、何ですの!?」

「空間操作型の結界? まさか固有結界!?」

 

固有結界?

 

「ふみゅ。魔族が張る結界に、雰囲気は似てるわね」

「ふぅん。それで脱出は?」

 

クロが興味深そうに聞く。

 

「……中位魔族くらいのなら、外の空間と繋がりを持たせただけで、あっさり脱出出来たけど」

「それですわ!」

「リナ! 今すぐそれを試すのよ!」

 

話を聞いたルヴィアさんとリンさんが、すぐに実行に移すよう促したけど…。何だかリナは、乗り気じゃないみたい。

 

「……まあ、やってもいいけど。成功するかわかんないし、成功したとしても…、どうなっても知らないわよ?」

 

そう言った後、クロに何か囁いてから呪文を唱え始める。クロはわたし達の近くまで移動すると。

 

「(リナが合図を送ったら、どこでもいいからリナに掴まるのよ)」

 

そんな事を言ってきた。もちろん訳はわかんないけど、きっと何か意味があるはず。

そしてリナがこっちを見て。わたしは右、ミユは左の袖口を掴み、クロはリナの腰に抱きつく。……クロ、もう少し自重しよう?

 

白翼翔(フェリアス・ブリード)

 

リナが術を発動させると、一羽の白い鳥が現れ、同時に空間が歪み。

 

「……巨大迷路?」

 

ミユが呟いた。そう。わたし達はいつの間にか、巨大迷路の中にいた。そして、リンさんとルヴィアさんの姿が見えなくなってた。

 

「やっぱりこうなったか」

 

やっぱり?

 

「ねえ、リナ。もしかして、こうなるってわかってたの?」

「まあね」

 

リナは頷いて、続きを話す。

 

「今これをやってるのはメイズ。その名の通り、迷路を創り上げる精霊よ」

「迷路、ねえ」

 

クロがやや呆れ気味だ。

 

「でね、メイズはインチキが大嫌いなのよ。例えば上空から行こうとすると、全力で邪魔をしてくるわ」

「つまり、さっきは結界を解こうとしたことに怒って、迷路を本格的に展開した…?」

「あ、そうか。やっぱりミユは、理解が早いなー」

 

わたしが誉めると、ミユは少し頬を染めて顔を背けた。ううっ、なんかそそられるモノが…。

……ハッ、いけない! 危うくヘンなスイッチが入るトコだった!

 

ふっ…

 

あうっ!? クロとリナに鼻で笑われたッ!!

 

『イリヤさんはいつでも、笑いを忘れませんねー』

「ルビー、やめてっ! わたし笑わせてんじゃなくて、笑われてるだけだからっ!! しかも、冷ややかな方っ!!」

 

ううっ、自分で言ってて恥ずかしくなってくるよぉ。

 

「さてと。イリヤをからかうのはこれくらいにして…」

「からかわないでよっ!」

「リナ。そろそろ説明してくれないかしら?」

 

……え?

 

「あなた、この騒動の原因に心当たりがあるんじゃないの?」

 

クロのこの発言に、リナは軽く笑って。

 

「いやー、やっぱりバレたか」

 

イタズラがバレたかのような表情で、あっけらかんと言った。

 

「そりゃね。リン達もさすがに気づいたと思うし」

「え、ええっ!? どういうこと!?」

「全く。気づいてないのはイリヤくらいよ?」

「えええっ!?」

 

そんなバカな! ……と思ってミユを見ると、すっごく申し訳なさそうな顔をしてた。なんでさ。

 

「リナはさっきから、相手の正体を知らなきゃ出来ない言動をしてるでしょうが。特に[メイズ]なんて、知ってるからこそ言い当てられるとしか考えられないじゃないの!」

「……全くその通りでございます」

 

うう…、また状況に流される(わるい)クセが出ちゃった。

 

「ふぅ…。それでリナ、説明はしてくれるんでしょ?」

「そうね。詳しい説明は後にするとして、とりあえず知っといてほしいのは…」

 

そう言って例のカードを取り出し。

 

「この子達とその主は、()()()()()()()()()()って事よ」

「「「えっ!?」」」

 

わたし達は揃って声を上げる。なのはちゃんは異空間で出会った、他の世界の魔法少女。でも多分、リナが言った「同様」は別の意味で…。

 

了解(りょーかい)。それじゃあさっさと解決して、詳しいはなs…」

 

どッごぉぉん!

 

クロが言い切る前に、大きな爆発音がした。

 

「これってもしかして、リンさん達?」

「……いや」

 

わたしの疑問に、リナは少し考えてから首を横に振った。

 

「おそらく、主さまの登場よ!」

 

リナの表情には期待の色が浮かんでる。やっぱり間違いないみたいだね?

 

「さて。目的は同じはずだし、あたし達もこの子達とご対面と行きましょうか。

……問題は、主じゃないあたしに応えてくれるか、だけど」

 

そう言って限定展開に使ってる黒鍵を取り出して、その柄尻でカードを叩き。

 

「『ウィンディ』!」

 

名前を唱えると、精霊さんが姿を現す。

 

「……応えてくれて、ありがと。しんどいかもしんないけど、あたし達を案内してくれる?」

 

精霊さんにそう尋ねると、かすかに頷いたように見えた。

精霊さんが先頭を進み、わたし達が後をついて行く。しばらくは誰も喋らなかったけど、沈黙がちょっと重い。だから、わたしはリナに尋ねてみることにした。

 

「ねえ、リナ。精霊さんに言った『しんどいかもしんない』って、どういうこと?」

「……この子達は本来、主…、カードの本当の所持者にしか扱えないのよ。そしてこの子達が必要とする魔力は、その主のものでないといけないの。

だけどウィンディは、あたしに応えてくれた。魔力の供給が出来ないのに、ね」

「そうだったんだ…」

 

何だか、優しい精霊さんだね。

 

 

 

 

 

更に進んでいくと、曲がり角の手前でウィンディが立ち止まった。ということは。

 

「どうやらこの先にいるみたいね」

 

リナはそう言うと。

 

「ありがとう、ウィンディ」

 

ウィンディにお礼を述べる。するとウィンディはカードに戻っていった。

 

「それじゃあ行くわよ。三人とも、心の準備はいい?」

「うん」

「ええ」

「もちろん」

 

わたし達が応えると、リナは深く頷いた。

そしてわたし達が一歩踏み出すのと。

 

ドゴオォ!

 

少し大きなその空間の、反対側の壁が破壊されたのはほぼ同時だった。壁に開いたその穴から現れたのは。

 

「イリヤ!リナ!」

美遊(ミユ)!」

 

リンさんとルヴィアさん。けれどふたりより一歩前に、可愛らしい衣装を身に着けた、同い年くらいの女の子がいた。その左にはオレンジ色の翼の生えた猫の様なものが浮かんでる。ひょっとして、アニメとかでもよく見る、魔法少女のパートナー的な?

そして次の瞬間。

 

「ホンモノだーーー!!」

 

そう叫んだかと思うと、猛ダッシュでその子に抱きつくリナがいた。

 

「ほええええ!?」

 

あの子も突然のことで、パニックになってるみたい。

 

「……ルビー」

「……了解です」

 

ルビーですら呆れるリナに近づいて。

 

「ハリセンモード・薄口!」

 

スッパァーン…

 

わたしはハリセンで、思いっきり引っ(ぱた)いたのだった。

 

 

 

 

 

「それで、()()がメイズ?」

 

頭を抱えてうずくまるリナを後目にクロは、ちょっとした部屋になったここの中央に浮かぶ、メビウスの輪のようなそれを指差して言った。

 

「ううん。その子は『ループ』、『メイズ』じゃないよ」

「「「えっ!?」」」

 

その子の言葉に、わたしとミユ、クロは驚いた。リナと言ってることが違う?

 

「……最初の無限階段を引き起こしてたのは、ループの仕業よ」

 

立ち上がりながら、そう切り出すリナ。

 

「ただ、ループは出口が無くなるはずなのに、巻き込まれた人は最終的に外へ出られた。

それで思ったのよ。ループとメイズ、ふたりの力で無限階段は形成されてたんじゃないか、ってね。

後は美遊が言ったとおり。違うのは、あたしの術で解体できたのは、ループの能力だけだったって事」

 

うう、何時も思うけど、リナってばよくそんな推理が立てられるなぁ。

 

『なるほどー。これで合点がいきました』

「へっ、ルビー?」

『リナさんが「今これをやってるのは…」と、わざわざ「今」を入れたのは、その前はループが関わっていたからなんですね?』

「昼間のルヴィアさんのセリフじゃないけど、細かいとこまで聞いてるわね」

 

ホントにそうだ。わたしなんか言われても、思い出せすらしないのに。

 

「ちょっと、あんた達だけで納得してんじゃないの!」

「ループ、でしたか。早く何とかしませんと」

 

そうだ。リンさん達の言うとおり、早く何とかしないと。

昼間は破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)でカードに戻してた。……でも。

わたしは女の子の方を向いてい言った。

 

「えっと、お願いできますか?」

「えっ、いいの?」

 

女の子がちょっと驚いた顔をした。

 

「……だって、大切な子達なんでしょ?」

「うん! ありがとう!」

「アンタ、とんだお人好しやなぁ」

「関西弁!?」

 

パートナーキャラなら喋るとは思ってたけど、まさかの関西弁とは!

……女の子はゆっくりとループに近づいていく。

 

「……待たせちゃってごめんね」

 

そう語りかけてから、手にしていた杖を掲げて。

 

「汝のあるべき姿となれ。主、さくらの名のもとに」

 

その詠唱に応えて、ループはカードに姿を変えた。そのカードを女の子…、さくらさん? が手にすると、迷路が崩れだして元の、柳洞寺の長い階段の途中にいた。

 

「……って、何で迷路が消えたの?」

「メイズの迷路は本来、出口を抜ければ消えるんだけど、今回はループのカードを手にするのが、ゴールの条件だったって事ね」

 

なるほど。……って、メイズがまた迷路を造り始めて…!?

 

「汝のあるべき姿となれ。主、さくらの名のもとに!」

 

さくらさんが再び呪文を唱えて、メイズをカードに変える。凄いなー。なんか手馴れてる感じだし。

 

「さくらちゃんの活躍、やっぱり素晴らしいですわ!」

 

うん、ホントに素晴らしい…。

 

「って、誰!?」

 

突然の声にそっちを見れば、ハンディカムを構えた長い黒髪の女の子がこちら…、というか、明らかにさくらさんを撮影していた。

 

「い、いつの間に…」

「あら、私はさくらちゃんと、ずっと一緒におりましたわ」

 

な、何ですとぉ!?

 

「ルビー、気づいてた?」

『いいえ、全く…』

 

ルビーでも気づかないなんて!

わたしがみんなを見ると、クロやミユも首を横に振ってた。

 

「仕方がありませんわ。私、さくらちゃんの邪魔にならないよう、壊された壁の裏からこっそりと撮影していましたもの」

「そ、そうデスか」

 

なんて言うか、ストーカー?

 

『なんだかストーカーみたいですねー』

 

ルビーってばハッキリ言っちゃた!?

 

すっぱああああん!

 

「ストーカー言うんじゃない! 知世ちゃんのそれは、さくらちゃんへの愛によるもの! さくらちゃんの活躍を記録するため、日夜献身的に動いているのよっ!」

 

スリッパでルビーを引っ叩き、これでもかと熱弁するリナ。でもそれって、やっぱりストーカーだよね?

 

「えっと、知世ちゃんはちゃんと私に断ってるから、ストーカー行為じゃないよ?」

「せやな。まあ、確かに微妙なラインの気ィもするけど」

 

まあ、さくらさんとパートナーの猫(?)が言ってるんだから、それでいいけど。

 

「あの、少々疑問があるのですが」

 

黒髪の女の子、知世さんが言う。

 

「そちらの方は、何故、私の名前をご存知なのでしょうか?」

『あっ!?』

 

意味合いはそれぞれ違うだろうけど、知世さん以外のみんなが一斉に声をあげた。




ループの破り方だとか、独自解釈(ループくらい強力でも破れるのか)が入って悩んでたけど、開き直りました。とりあえず、リナの方法で破れる!
一応辻褄合わせとしては、メイズとの複合発動だったため、ループの能力に綻びがあったって事で。

次回「さくらと甘いお菓子」

さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらと甘いお菓子

さくら的メタ回。


≪さくらside≫

私がループとメイズのカードを回収した後。知世ちゃんが言った疑問、どうして知世ちゃんの名前を知ってたのか。その答えを、私達は聞くことが出来なかった。でもそれは意地悪でもなんでもなくて、もう夜も遅いから説明は明日、っていうことになったんだ。

そしてこっそりとホテルの部屋の戻ると、そこには仏頂面の(ユエ)さんがいた。

 

「随分と遅い帰宅だな」

「だいぶ機嫌を損ねていらっしゃるみたいですわ」

「う、うん」

 

やっぱり一人ぼっちにしたのがいけなかったのかな。

 

「あー、二人とも、気にする必要はあらへん。どうせさくらの役に立てなくて、不貞腐れとるだけや」

「え、そうなの?」

 

(ユエ)さん…、ううん、雪兎さんには宿泊費を稼ぐためにアルバイトをしてもらってるから、カード回収が出来ない。その事を言ってるんだろうけど、そのお陰で私達も助かってるんだけどな。

 

「これが世間的に『ツンデレ』と呼ばれているものですわね」

「……妙な考察は止めてもらおうか」

 

疲れたような表情で月さんが言った。

 

「それよりも、カードの回収はどうだった?」

「あ、うん。ループとメイズをカードに戻して、あと、ウィンディのカードを返してもらったんだ」

「ウィンディ? どういうことだ? そのカードは回収出来なかったのではないのか?」

 

昼間の事は説明してあったから、月さんも疑問に思ったみたい。私はさっきあったことを、月さんに説明してあげた。

 

「……成る程。しかしその者たちは信用できるのか?」

「そうやなぁ、悪い奴らには見えんかったな。どうやら事態を収めるために動いとったみたいやし、実際ウィンディのカードも惜しみのう返してくれたんや。まあ二人の姉ちゃん達は、なんか言いたそうな顔しとったが」

 

そういえば凛さんとルヴィアさんは、もの惜しそうな顔してたような気がする。二人は魔術師だって言ってたし、カードの秘密が気になったんだね。

 

「それより、気になるのが一人()んのや」

「リナちゃん、ですわね」

 

やっぱりそうだよね。

 

「どういうことだ?」

「えっとね、リナちゃんって子が、何故か知世ちゃんの名前を知ってたの」

「それだけやあらへん」

 

ほえ?

 

「あの娘はループやメイズのことも知っとった。

ウィンディはカードに戻したんや、知っててもおかしくない。せやけどループとメイズは別や。カードに戻す前に名前がわかるんは、やっぱおかしいやろ?」

「それに、特徴もよく存じていたみたいでしたわ。ループは出口が無くなる、とか、メイズの迷路は出口を抜ければ消える、等と仰ってました」

 

あ、本当だ。どうしてリナちゃんは知ってたんだろ?

 

「……ま、考えるんはここまでや。明日には説明する()うとったんや。それまでドッシリと構えとけばええ!」

 

 

 

 

 

次の日の朝。私達が身仕度を整えてると、お部屋の電話が鳴り出した。雪兎さんが受話器を取って受け応えしてるけど、なんだか戸惑った顔してる。どうしたんだろ?

 

「あの、雪兎さん。どうかしたんですか?」

 

受話器を置いた雪兎さんに尋ねると、戸惑った表情のまま答えてくれた。

 

「あのね、さくらちゃんにお迎えの人が来たんだけど…」

 

ああ、うん。それは昨日、雪兎さんに代わってからも説明したはずだけど?

 

「その人が、今日までの宿泊費を払ってくれたって…」

 

え?

 

「それは有難いけど、なんや、けったいやなぁ」

「そうですわね。会って間もない私達に対して、些か行き過ぎた対応のように思いますわ」

「だ、だよね!?」

 

なんだか少し、不安になってきた。

 

「……ま、今更後戻りなんか出来んのや。腹決めて行こうやないか!」

「う、うん」

 

 

 

 

 

お迎えに来てくれた車に乗って連れて来られた場所は、ルヴィアさんのお屋敷だった。

 

「これは、大きなお屋敷だね」

「せやけど、知世ん()には負けるな」

 

雪兎さんは素直に驚いてるけど、ケロちゃんは厳しめの意見だ。

 

「ですが、このお屋敷はセカンドハウスではないでしょうか?」

「セカンドハウス?」

 

聞き慣れない言葉に私が聞き返すと、車を運転していた執事さんが答えてくれた。

 

「はい。こちらはお嬢様が日本で活動するために建てられた拠点、所謂セカンドハウスでございます」

「ほええ、日本に滞在するために、わざわざこんなお屋敷を建てたんだ!?」

 

知世ちゃんの家もそうだけど、お金持ちってやっぱりすごいなあ。

そんな事を考えながら入り口の前まで来ると、昨日知り合った子達がその前で待っていた。

 

「ようこそお出で下さいました」

 

そう言ったのは美遊ちゃん、なんだけど…。

 

「なんや、メイド服なんか着て、どないしたんや?」

 

そう。ケロちゃんが言ったとおり、美遊ちゃんはメイド服を着ていた。でも、なんで?

 

「あー、ミユはルヴィアの義理の妹だけど、普段はレディースメイド(侍女)として働いてるのよ」

 

クロエちゃんが説明してくれたけど。

 

「美遊ちゃんは小学生なのに働いてるの?」

「ルヴィアさんには衣食住を保障してもらってる。魔術の世界は、等価交換が当たり前だから」

「ああ、それはこっちでも(おんな)じや。物事に過不足があってはならん」

 

ふぅん、そういうものなのかぁ。

 

「えっと、みんな。中にどうぞ」

 

イリヤちゃんが私達を、お屋敷の中へ招き入れてくれる。……あれ? 知世ちゃん?

 

「あの、つかぬ事をお聞きしますが、リナちゃんはおいでではないのでしょうか?」

 

あ、そういえばリナちゃんの姿が見えないよ?

 

「あー…、リナなら、みんなを驚かせる準備をしてるわ」

 

私達を驚かせる?

 

「わたし達も内容は聞いてない。でも」

「なんとなく予想はつくんだよね」

 

美遊ちゃんとイリヤちゃんが苦笑いを浮かべてる。

 

「ま、すぐにわかると思うからついて来て」

 

そう言ってクロエちゃんが歩き出した。私達はその後をついてく。そして。

 

「あら」

「いらした様ですわね」

 

一枚の扉の前で、凛さんとルヴィアさんが立っていた。

 

「はえ? リンさん、ルヴィアさん、どうしたの?」

「わたし達にも内緒だって言って、追い出されたのよ」

「DVDプレイヤーやプロジェクターなんかを用意させておきながら…。この家の主が誰なのか、わかっているのかしら?」

 

リナちゃん、徹底してるなあ。美遊ちゃん達は、「やっぱり」って言いながら苦笑い浮かべてる。

そして次の瞬間、見計らったようにガチャリと扉が開いて。

 

「凛さん、ルヴィアさん。準備出来…さくらちゃん!」

 

リナちゃんが私に抱きつこうとして、クロエちゃんのスリッパで叩かれた。……スリッパ?

 

「クロエ、やるじゃない」

「そりゃ、二度あることは三度あるって言うしね」

 

ええっ、二度!? 私、一度しか抱きつかれてないよー?

 

「ええと、ちょっとごめんね。リナちゃんはさくらちゃんよりも前に、同じことをしたって事かな?」

「……あー、ごめんなさい。あたし、さくらちゃんよりも前に会った魔法少女に、感極まって抱きついちゃった事があって、それ以来クセになってるみたいなんです」

 

リナちゃんはそう言いながら立ち上がって、膝をはたいてる。

 

「それじゃあ改めて、いらっしゃい。木之本桜ちゃん、大道寺知世ちゃん、月城雪兎さん。そして[さくらカード]の守護者ケルベロス」

『!?』

 

どうして、私達のフルネームまで…。

 

「どうしてって顔してるわね。ま、百聞は一見に如かず。実際に見てもらった方が早いわ。……さ、中に入って」

 

そう言われて私達は、疑問に思いながら部屋の中に入っていった。

 

 

 

 

 

会いたいな 会えないな 切ないな この気持ち

言えないの 言いたいの チャンス逃してばかり…

 

部屋の中で私達が見せられたのは、アニメの映像。でも、これって…。

 

「このアニメーションのタイトル、【カードキャプターさくら】ですか? あの、登場人物ってもしかして、私達なのでしょうか?」

 

知世ちゃんがオープニング映像を見て、戸惑いながら言ってる。

そしてオープニングの曲が終わって、サブタイトル、【さくらと不思議な魔法の本】が映し出される。その後本編が流れて…。エンディングが流れて…。ケロちゃんのミニコーナーが流れて…。

………………えーっと。

 

「……ほええええ!?」

 

なに? どうして私達がアニメになってるの!?

 

「というわけで、あたしはこのアニメで貴方達の事を知ってたってワケ。この作品は【さくらカード編】の結末まで描かれているわ」

 

さくらカードの結末まで…。えっ、それって!?

 

「あの、リナちゃん。もしかして、小狼(シャオラン)くんとの、その…」

「くまのぬいぐるみ♡」

「……!!!!」

 

はやああああ、はずかしいよう。

 

「……ねえリナ。本当にそれ、【さくらカード編】までなの?」

「ん? なんのこと、イリヤ」

「だって【さくらカード編】までって言うなら、その前もあったって事だよね? 今観たアニメからすると、【クロウカード編】かな? つまり長く続いたアニメって事だよね?

それだったら、劇場版やOVAが創られててもおかしくないんじゃ?」

 

えっ、それってどういう…。

 

「……まったく。サブカルになると途端に強いんだから。確かに、TVアニメ版の設定で創られた劇場版が二本あるわ。でも、その前に。

さくらちゃん、[さくらカード]は何枚ある?」

「え? ええと…」

「52枚、名前のないカードも含めれば53枚や」

 

ケロちゃんが代わりに答えてくれた。

 

「ふみゅ、なるほど。

それを踏まえて説明すると、劇場版の一作目は香港でのクロウ・リード絡みの事件よ。だけど二作目を教える事は出来ないわ」

「ど、どうして!?」

「……それは僕達にとって、これから起きることだから、かな?」

 

これから、起きる?

 

「そのとおりよ。内容を教えたら、未来が変わってしまうかも知れない。だけど、貴方達の未来は貴方達のもの。貴方達の力で変えるのは構わないけど、そこにあたしの知識が加わっちゃいけない」

「そやけど、この世に偶然なんてあらへん。あるのは必然だけや。……ワイの言葉ちゃうけどそない考えたら、ここで未来の知識を得ても、それもまた必然とちゃうか?」

「でも、あたしが教えない選択肢を選んでも、それもまた必然よね?」

 

ケロちゃんの意見を、意地の悪い笑顔を浮かべてリナちゃんが言い返す。

 

「あんた、性格悪いなぁ」

「ルビーに比べりゃ全然マシよ!」

『ちょっと、ルビーちゃんを巻き込まないでください!』

「はい、そこまでーっ!」

 

パンパンと手を鳴らして、凛さんが言い争いになりそうな所を止めに入った。

 

「さっきから黙って聞いてたけど、そろそろ私もいいかしら?」

 

そう言う凛さんはだけど、有無を言わせない迫力みたいなものがあった。

 

「今までの話をまとめると、信じ難いことだけど、彼女達はアニメの世界から来たって事でいいのかしら?」

 

え…、あ、私達がアニメのキャラクターって事?

 

「……そうねぇ。アニメと同じことが起きてる世界、じゃないかな? 別の世界じゃ、前世のあたしの活躍が描かれた小説があるらしーし」

「は?」

「ほえ?」

 

リナちゃんが出てくる小説? あれ、でも今、前世って…。

 

「えーっと、さくらちゃん達、置いてけ堀にしてごめん。もうちょっと待っててね?」

「あ、全然いいよ」

「お気になさらずに。むしろ、大変興味深いですわ」

 

と、知世ちゃん…。

 

「とりあえず言質はとったから続けるけど。

以前、あたしとイリヤ、クロエ、美遊が並行世界の凛さん、ルヴィアさんの次元創成の失敗で、亜空間に飲み込まれたことは話したわね?」

「ああ、確かに言ってたわね」

「並行世界の自分とはいえ、なかなか思い切った実験をしたものだと思いますわ」

 

よくわからないけど、なんだか凄いことをしようとしてたんだね?

 

「で、ここからは話してなかったけど、そこで別の世界の魔法少女と会ったのよ。……魔術の間違いじゃないかとか、そーいうツッコミはやめてね? あくまで世間一般の認識で言う魔法少女だから」

「わかりましたわ」

「それで?」

「その子達は、なのは、フェイト、ユーノ、そして別の可能性のあたし、逢魔リナの四人よ」

 

……え?

 

「ちょっと、別の可能性のリナって」

「別の世界へ、別の理由で転生したらしいわ。詳しくは知んないけど。

ともかくその子達は逢魔さんを除いて、こっちの世界の【魔法少女リリカルなのは】ってアニメ作品の登場人物なのよ。逢魔さんがいる時点で、アニメとは別の流れになってるけど」

 

ほええええ、他の世界の魔法少女かあ。

 

「そしてここが重要なんだけど、そっちの世界では転生前のあたし、異世界の天才魔道士リナ=インバースの活躍が書かれた小説、所謂ラノベで【スレイヤーズ】って作品があるらしいのよ」

「それではリナちゃんは、異世界から記憶を持って生まれ変わった、ということですか?」

「それは逢魔さんの方ね。あたしの場合は…、[稲葉リナ]ちゃんの体に憑依する形で転生したから」

 

知世ちゃんの質問に答えるリナちゃんが、少し悲しそうな顔をしてる。そしてすぐに私の視線に気がついた。

 

「まっ、そんなワケだから、創作物だからって存在しないとも限らないって事!」

 

気を取り直す様に言うリナちゃん。凛さんはひとつため息をつく。

 

「……了解したわ」

美遊(ミユ)たちが比較的落ち着いていたのも、既に一度経験していたからなのですね」

 

ルヴィアさんが納得して頷いた。

 

「……ハァ、話も逸れちゃったし、一旦休憩にしよっか」

「そうですわね。せっかくイリヤスフィールが持っていらした、シェロ特製のクッキーもある事ですし!」

 

リナちゃんの提案に頷いたルヴィアさん。……シェロ? 誰のことだろう?

 

 

 

 

 

執事さんと美遊ちゃんが手早くお茶の準備をしてくれて、私達の目の前には紅茶と、一枚の大皿にクッキーが小さな山を作ってる。

 

「お兄ちゃんが作ったクッキーなんだ。お兄ちゃん、料理上手だから気に入ると思うよ」

 

イリヤちゃんが自慢げに言った。シェロって、イリヤちゃんのお兄さんだったんだ。

 

「えっと、それじゃ戴きます」

 

そう言って私はお皿から、クッキーを一枚つまみ取る。知世ちゃんや雪兎さん、ケロちゃんもそれぞれに取り上げて、私達は同時に口にした。そして次の瞬間。

 

「あっまぁい!?」

 

思わず声をあげちゃった。

 

「ええっ!?」

 

驚いたイリヤちゃんがクッキーを口に放り込み、テーブルに突っ伏した。

 

「ちょっと、なによこれ」

「とても士郎さんが作ったものとは思えない」

 

クロエちゃんと美遊ちゃんも口々に言う。

 

「衛宮くんが料理に失敗するなんて有り得ない」

「いえ、それ以前に、シェロが味見もせずに料理を出すこと自体があり得ませんわ」

 

凛さんとルヴィアさんも同じ意見みたい。……ということはもしかして!

 

「[スイート]の仕業ね」

 

リナちゃんも同じことを思ったみたい。って。

 

「ええと、リナちゃん?」

「ふふふふ…、あたしを怒らせるとは、とんだ命知らずねっ!」

 

なんか、とっても怖いんだけど!?

 

『やれやれ、[食欲魔道士]のリナさんを怒らせるなんて』

 

食欲魔道士!?

 

『[身体は子供、心は魔王]のリナさん相手に、無事に済めばいいんですけど』

 

身体は子供、心は魔王!?

 

「って、さくらちゃんにいらんこと吹き込むんじゃなぁい!!」

 

スパァンといい音を響かせて、リナちゃんがルビーちゃんをスリッパでひっぱたいた。……でも、なんでスリッパ?

 

 

 

 

 

私達はお向かいにある、イリヤちゃんのお家に急いだ。ルヴィアさんのお屋敷には結界が張ってあって、侵入者がいればわかるみたい。だからスイートはイリヤちゃんのお家にいるんだろうって結論になったんだ。

イリヤちゃんがドアノブに手を伸ばしかけて。

 

「ちょっと待って」

 

私が待ったをかける。私はカードを一枚取り出して。

 

「スリープ!」

 

カードの力を発動させる。これで少しくらい騒がしくしても気づかれないはず。

 

『凄いです。リナさまの[眠り(スリーピング)]よりも広範囲、且つ強力な魔術と見受けられます』

 

サファイアちゃんが私のカードの力を分析してる。というか、リナちゃんも魔法で眠らせることが出来るんだ。

 

「えっと、入るよ?」

「あ、うん」

 

そうしてお家の中に入ってリビングに行くと、赤い髪の毛のお兄さんと、銀髪の二人のお姉さんが寝息を立てていた。……そして。

 

「あらー、たくさんのお客さんねえ」

「「ママ!?」」

 

何故かイリヤちゃん達のお母さん? が、笑顔を称えてソファに座ってた。

 

「なんや、スリープの力をレジストしたんか!?」

「うふふ。リナちゃんのお守りってよく利くのね♡」

 

そう言ってその人は、赤い宝石のようなものを取り出した。

 

「それ、あたしが創った宝石の護符(ジュエルズアミュレット)…?」

「まあ、お義母様も買われていたのですか?」

「キリツグがプレゼントだよ、って…キャッ♡」

 

そう言って、ほっぺたに手を当てて照れてる。

 

「大変仲がよろしいのですね」

 

ニコニコと笑顔を浮かべながら、知世ちゃんが言った。

 

「ほら、衛宮家の家族仲は後回しよ! 今は、スイート? のカードが先決でしょ!」

 

うん、そうだった。凛さんの言うとおりだ。

 

「問題はどこにいるのか、だけど」

「んー、よくわからないけど、キッチンじゃないかしら?」

「あの、アイリさん。なにか根拠はあるんですか?」

 

イリヤちゃんのお母さん、……アイリさんに疑問をぶつける凛さん。

 

「だって、スイートなんでしょう? さっきから甘い香りが漂ってくるんだもの」

「「ママ、ナイス!」」

 

イリヤちゃんとクロエちゃんが声を揃えて言うと、二人揃って駆け出した。

 

「さーて、スイートはどこかしら?」

「精霊さん、出てきてー」

 

クロエちゃんとイリヤちゃんが声をかけるけど、スイートは出て来ない。するとリナちゃんが。

 

「スイートを探すのなんて簡単よ!」

 

そう言いながら、なにかの入った容器をつかみ取った。

 

「スイート! さっさと出てきなさい! さもないと部屋中に塩をぶちまけるわよっ!!」

 

ええっ!?

 

「……塩?」

 

美遊ちゃんが疑問の目をこっちに向けてくる。

 

「あー…、スイートは(しょ)っ辛いもんが苦手なんや」

「「ああ、そういう…」」

 

ケロちゃんの説明に、凛さんとルヴィアさんが呆れてるのがわかる。

 

「さあ、10(じゅう)カウントダウンする間に出てきなさい! いくわよ!

10…、1…」

「リナ、端折りすぎッ!」

 

イリヤちゃんがツッコミを入れてるけど、その効果は抜群だった。スイートが私達の前に姿を見せた。なんだかリナちゃんを怖がってるみたいだけど…、仕方がないよね?

えーっと、とにかくここは。

 

「汝のあるべき姿に戻れ! 主、さくらの名の下に!」

 

星の杖を掲げて、スイートをカードに戻した。

 

ポリッ…

 

リビングから聞こえた音に振り返ると、アイリさんがクッキーを一枚口にしていた。

 

「うん。シロウが作る、いつもの味ね♪」

 

ということは、スイートの能力の効果が切れたんだ。よかったぁ。

 

「さーて、エーデルフェルト邸に戻って、ティータイムの続きをしましょ!」

「リナってば、現金ねー」

「でも、リナらしいよ」

「うん」

 

ほわぁ、四人とも、気持ちの切り替えが早いなぁ。

 

 

 

 

≪■■■■side≫

ふう…

 

私はひとつ、ため息を吐く。

まさか、次元転送の影響でこの様なことになるとは、思ってもみませんでした。

そう。私が目的の物を手に入れ、本来あるべき世界に送り返した際、捻れ位置に存在した別の世界に接触してしまった。それが原因でそちらの世界の力のあるモノを、こちらの世界に引き寄せてしまったのだ。

勿論責任を持って、そのモノ達を本来の世界に送り返すつもりです。

……ですがその前に、[これ]の願いを叶えなければなりません。[これ]もまた、その世界から迷い込んだモノなのですから。

私はそう決心を固めると、[(THE SWORD)]と書かれたカードを優しく撫でた。




これで、こちらの世界へ来たメインキャラクター達は出揃いました。あと、あらかじめお知らせしておきますが、(ユエ)の出番はありますが、活躍はほとんどありません。

リナが見せたDVDは、数少ないリナの家で所持しているものです。なのはが無いのは、結構暴力的シーンが多いから、親が許してくれなかったため。

最後に登場した人は、モノローグでわかると思いますが、さくら達がこの世界へ来た原因を作った人です。正確に言えば「人間(ひと)」ではありませんが。
名前を伏せてあるのは、その人物(?)もある作品を原作とするキャラクターなので、名前でネタバレを防ぐためです。ヒントは出てます。

次回「さくらと剣と願い」

さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらと剣と願い

オリキャラ登場。


≪リナside≫

スイートを回収してから三日が経った。さくらちゃん達は拠点をエーデルフェルト邸に移している。

さすがに彼女達は賓客として扱われ、メイドになって働かされたりはしていない。……いや、メイド服姿のさくらちゃんや知世ちゃんも見てみたいし、執事服姿の雪兎さんにも興味はあるけどもっ!

ともかく。それでも対価というものは必要で、ルヴィアさんと凛さんはケルベロスから向こうの魔道…、クロウ・リードの術について根掘り葉掘り聞いている。

まあ、世界は違うし、クロウの術自体が特殊だから簡単に扱えるものではないはずだけど。あとはふたりが、どこまでこちらの魔術に落とし込めるかにかかってくるわけだが…。お手並み拝見、と言ったとこだろう。

そして残りのさくらカードだけど、あたし達もこの三日、ただ無為に過ごしていたわけじゃない。手分けをしてあちこちを探し回っているんだけど、これといった情報が入ってこないのだ。

凛さん、ルヴィアさんを除くあたし達は、公園で落ち合うと会議を始めた。

 

「うーん、こんだけ探しても見つからんっちゅう事は、カードの力自体が発動しとらん可能性もあるな」

 

ケルベロスの推測に、なるほどと思う。

 

「それに残りの三枚の内一枚は、発動してない方がありがたいしね。見つけるのが大変だけど」

 

残り三枚の内訳を聞いているあたしは、ため息を吐き言った。残りの三枚。それは…。

 

「ええと、残りの三枚って確か、ソードとシールド、アローだっけ?」

「うん。シールドは大人しい子だけど、ソードとアローはちょっと攻撃的なんだ」

「ソードは『ちょっと』で済むんかぁ?」

 

確認するように尋ねるイリヤに、答えるさくらちゃん。そして、それに突っ込むケルベロス。イリヤ達はそれで、あたしの言った意味を理解したのか、苦い顔で「あー…」とかつぶやき頷いた。

 

「それで、探索は続けられるのですか?」

「んみゅう、そーねぇ…」

 

知世ちゃんに聞かれたものの、言葉に詰まるあたし。ハッキリ言って、既に手詰まり感が強くなっている。とは言え、さくらちゃん達をいつまでもこの世界に留めているわけにはいかない。

まあまずは、送り返す方法を考えなくちゃなんないんだけど、それがわかってもカードが全て回収できなければどーしようもないのだ。

あたしがあーだこーだ頭を悩ませていると。

 

「お、イリナクロ美じゃないか!」

「なんじゃ、その人名みたいなまとめ方はああああ! ……って、雀花!?」

「それと那奈亀、龍子、あと…………」

「ミミ!」

 

美遊のフォローをするイリヤ。

 

「よお」

「ども」

「オッス!」

「わたしまだ、覚えられてないんだね…」

 

美々はご愁傷様。しかし、まさかこのタイミングで、穂群原小(ホムショー)の四神(三人)+αに出会(でくわ)すとは。

 

「ん? そいつらダレだ?」

 

ちっ、普段空気読まないくせに、龍子はこーゆー時目聡いでやんの。ちなみにケルベロスは、さくらちゃんの膝の上でヌイグルミのフリしてる。

 

「え、えーと…」

 

さくらちゃんが言いあぐねてる。多分どこまで説明したらいいか悩んでるんだろう。こりは助けてあげなければ!

 

「こちらはさくらちゃん、知世ちゃん、そして雪兎さん。美遊の知り合いよ」

 

あたしがそう言うと、美遊が驚きの表情に変わる。それでも無言を貫いてくれてるのは有難い。一方さくらちゃんは。

 

「ほええっ!?」

 

例の口癖で驚いている。いやー、やっぱさくらちゃんはさくらちゃんだなー。

 

「……なんだか、ムチャクチャ驚いてる気がするんだが」

 

雀花がジト目で言い返す。おっと、さくらちゃん見てほっこりしてる場合じゃなかったわ。

 

「さくらちゃんは感情表現が豊かだから」

「確かにそのとおりですわ。でも、そんなさくらちゃんだから愛らしいのですけど」

「ホント、さくらちゃん見てるとほっこりしてくるものねー」

「……リナちゃんとは気が合いそうですわ」

「あたしも、よ」

 

この瞬間、あたしと知世ちゃんの間で、何かが繋がった気がした。

 

「……やっぱりリナって、拗らせてるわねー」

 

うるさいクロエ、いらんこと言うなっ!

 

この時のあたしは、美々の熱い眼差しに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

雀花達には「さくらちゃん達は余所から来ていて、ルヴィアさんの家に泊まってる。今は冬木市を見て廻っている」という旨を伝えて、お引き取り願った。まあ、お引き取り願うまでにも、色々とごねられたが。主に龍子に。

 

「ハァ、疲れた」

「まあ、タツコが大概トラブルメイカーだからね」

 

イリヤがそう、労ってくれる。あたしもその意見には賛成だが、あたしも人のことは言えないからなー。

 

「しかしまあ、上手いこと口車に乗せとったなぁ」

「いや、ちょっと待て。口車って、あたしは1ミリも嘘なんて吐いちゃいないわよ?」

「え、でも…」

 

ケルベロスの意見に反論するあたし。これにはさくらちゃんも納得いかないようだが、さすがにここは引く気などない、などと思ったら。

 

「嘘は吐いてないけど、真実全てを語ってない。これはリナが得意としている言い回し」

 

美遊がフォローに入ってくれた。

 

「ああ、なるほど。確かにリナちゃんは、嘘は吐いてないみたいだね」

「え、雪兎さん?」

 

爽やかな笑顔を浮かべながらに言う雪兎さんに、さくらちゃんが尋ねた。

 

「そうだね…、今のさくらちゃんは、美遊ちゃんの知り合いだよね?」

「うん、モチロン! ……あ!」

 

そう。これであたしが言った、「美遊の知り合い」というのはクリアした。あたしは昔からの知り合いなんて、一言も言ってないんだから。

 

「そして僕達は、別の世界っていう余所から来た訳だし、カードを探すために町中を見て廻ってる」

「そうですわね。確かに重要な情報は一切口にしないものの、嘘偽りも一切仰ってませんわ。むしろ知らない人がリナちゃんの話を聞かれたら、私達が美遊ちゃんに会いに来たか、もしくは観光に来たと思われるのではないでしょうか」

 

まさに雪兎さんと知世ちゃんが言うとおり。あたしは、雀花達がそう勘違いするような言葉をチョイスしてきたつもりだ。

 

「ほえ~…」

 

どうやらさくらちゃん、驚いて言葉にならないみたい。ま、さくらちゃんは素直な性格だから、こーいったやり口は思いもしなかったんだろう。

 

「で? これからどうするの? さっきはスズカ達が来て、尻切れトンボになってたけど」

 

ああ、そうだ。クロエが言ってくれなきゃ忘れたまんまだったわ。

……んー、そーねぇ。

 

「よし、一旦エーデルフェルト邸に戻りましょ。もしかしたら凛さんかルヴィアさんが、何か情報を得てるかもしんないし」

 

そう。凛さんは冬木の管理者(セカンドオーナー)として。ルヴィアさんは財力にものをいわせて。あと、オーギュストさんの諜報能力で、情報が舞い込んでくるのを期待したいところだ。

 

「それじゃあルヴィアさんトコに…」

「あ、リナちゃん?」

 

あたしが話を締めようとした、そのタイミングで声をかけられる。ってか、この声は…。

 

「あれ、そちらの方達は…?」

「……桜ねーちゃん」

「ほえ?」

 

いや、さくらちゃんの事じゃないから。……ああ、こりゃまた説明が面倒だわ。

あたしはひとつ、ため息を吐いた。

 

 

 

 

 

ようやく、……ホントにようやくって気分でエーデルフェルト邸に戻ってきたあたし達。すると一般口から屋敷に入ったあたし達の前にオーギュストさんが現れる。

 

「皆様、お待ちしておりました」

「ん? 何かあったの、オーギュストさん?」

 

あたしが尋ねると、オーギュストさんは頷き言った。

 

「はい。実は只今来客中なのですが、その用件がおそらく、さくら様のカードと関わりがあるのでは、というのがお嬢様の考えでございます」

「え…」

 

オーギュストさんの説明にさくらちゃんが声を漏らす。

 

「わかった。オーギュストさん、お願いします」

「はい」

 

オーギュストさんは恭しくお辞儀をしてから、あたし達を連れ立って歩き出した。

 

 

 

 

 

「お嬢様、美遊様達がお戻りになりました」

「わかりました。みんなをこちらへ」

 

ルヴィアさんの許可を得て、あたし達は部屋へと通される。

部屋の中には、ルヴィアさんと凛さん、そして白を基調とした和装に身を包む五分刈り頭の、17、8の男性がいた。それにしても、あの衣装ってもしかして。

 

「あの、エーデルフェルトさん、この子達は?」

「おそらく、貴方の仰る異変の関係者にして、解決に導けると思われる子達ですわ」

「ええっ、この子達が!?」

 

男性の問いにルヴィアさんが答えると、彼は素直に驚いた。ま、どう見ても小学生のあたし達が事件を解決できるかも知れないって聞いたら、そりゃあ驚くわね。

 

「ちょっと、わたし達が子供だからって見くびらないで!」

 

とは言え、クロエには我慢ならなかったみたいだけど。

 

「ああ、ごめん! 妹と同じくらいの歳だったから、ちょっと驚いちゃって」

 

妹? それって…。

 

「あ、ええと、自己紹介がまだだったね。俺は黒神(くろかみ)聖名(せいな)

「え、黒神って、陰陽道黒神流の…」

「ウチの事、知っててくれたんだ」

 

美遊の呟きに、彼、聖名さんがにっこりと微笑んだ。やっぱり彼の衣装は、陰陽師の正装だったか。

 

「それで、ルヴィアさんに相談に来るような異変って?」

 

そう尋ねると、聖名さんは表情を引き締める。

 

「実は依頼を終えた俺が家へ帰ると、俺でも解けないような強力な結界が張ってあって、敷地の中へ入れなくなってたんだ」

 

結界!? それに、中に入れないって、まさか!

 

「シールド?」

 

当然さくらちゃんも、同じ考えに行き着いた。

 

「やっぱりね」

 

腕を組み頷いてる凛さん。

 

「彼から話を聞いて、桜…、んんっ! 彼女のカードの可能性は大きいと思ったわ」

 

やっぱり凛さんは、さくらちゃんの名前を呼ぶのに、ぎこちなさそうにしている。

 

「そこへちょうど貴方達が帰ってらした、というわけですわ」

 

なるほどね。

 

「ねえ、カードの場所がわかったんなら、早く行こうよ!」

「そうそう。面倒事は可及的速やかに解決するべきでしょ?」

「さくらのカードに、これ以上の被害を出させない為にも」

 

イリクロと美遊が言う。

 

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ。結界の中には妹がいるはずだから、出来るだけ早く助けてあげたいんだ」

 

陰陽師は魔術師とはまた違うって話だったけど、確かに彼は、随分と人間くさく感じる。……なんて言っても、あたしが知ってる魔術師は、魔術師にしてはお人好しばかりだけど。

 

「……わかりましたわ。貴方達は黒神家に向かいなさい」

「貴方達に全て任せるわ」

 

え?

 

「凛さんとルヴィアさんは?」

 

あたしが疑問をぶつけると。

 

「カードはまだ二枚あるんでしょ?」

「それに、木之本(キノモト)(サクラ)をなんとかする算段も、まだ立ってはいませんもの」

 

あ、そうか。……うん、あたしの知り合いの魔道士がお人好しばかりで、本当によかった。あたしは心からそう思った。

 

 

 

 

 

あたし達は黒神家を目指し、竹林の中を歩いて行く。この竹林は、あたしが持つランサー(アメリア)のクラスカードを回収した、あの場所でもある。

やがて竹林を抜けると、旧衛宮邸とは違う、和風の建造物が目に入る。だけど。

 

ごいん!

 

「あだっ!?」

 

見えない壁に、思いきりぶつかるイリヤ。

 

『イリヤさんってば、相変わらず面白おかしいですねー』

 

言ってあげるな、ルビー。

 

「ふーん、これがシールドの結界…」

「うん、そうだよ」

 

額を擦りながらのクロエの呟きに、答えるさくらちゃん。

 

「試しに[転移]で…」

「あ、クロエ…!」

 

あたしが止める間もなく、転移するクロエ。そして。

 

ばじゅっ!

 

「あばっ!?」

 

予想どおり弾かれた。

 

「こっちの[魔法使い]クラスの魔術干渉をはじき返せるほどなんだから、転移魔術は望み薄よ?」

「もう少し早めに言ってほしかったわ…」

 

愚痴るな、クロエ。アンタの短絡的行動が原因なんだから。……ん? あたし? そんなの、棚上げするに決まってる。

 

「それじゃ、ルビー!」

「サファイア!」

『はいはーい』

『了解です、美遊さま』

『『多元転身(プリズムトランス)!!』』

 

……ちっ! 省略バージョンか。

 

極大の斬擊(マクスィマール・シュナイデン)!」

砲射(シュート)!」

 

どおおおおおっ!!

 

ふたりの攻撃が炸裂するが。

 

「うそ…」

「ビクともしない!?」

 

驚愕するふたり。

 

「こういう時になのはちゃんの、星光集束斬・改[スターライト・ブレイカー]があれば…」

 

イリヤ、無い物ねだりするんじゃないの。いや、確かに使えたら、うれしーけどもっ。

 

「次はわたしの番よ!」

 

そう言ってクロエは、投影した捻れた剣の矢…、確か偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)だったか…を構える。確かにこれなら、シールドの結界を貫けるかも知れない。……そう思った、その時。突然感じた気配と共に、後方から複数の矢が降り注ぐ!

 

「チィッ! 偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)!」

 

クロエは慌てて向きを変えて矢を放ち。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

炸裂させて、複数の矢を弾き飛ばす。しかし更に、第二陣の矢が降り注ぎ。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

クロエの光の盾がそれを防ぎきった。

 

「これって、アローの攻撃!?」

「さくらちゃん、戸惑ってる場合じゃないわ! イリヤ達とアローをお願い!」

「えっ、でも…」

 

さくらちゃんは結界を見た後、知世ちゃん、そして聖名さんを見る。

 

「結界はあたしがなんとかするわ。聖名さんは、自分の身は守れますよね?」

「ああ。あの矢は強力すぎて、範囲を広げると無理だけど、自分ひとりくらいなら」

 

うん、素直で結構。こんな時に変に見栄を張られると、不要な被害が出かねない。

 

「クロエはあたしと、当然あなた自身を! そして知世ちゃんは、(ユエ)さんお願い!」

 

あたしが声をかけた瞬間、雪兎さんが白い翼に包まれ、それが展開すると(ユエ)さんに替わっていた。

 

「「「えええっ!?」」」

 

イリクロと美遊が驚きの声を上げるが、今は無視。

 

「お願い、出来ますか?」

「……私の主はさくらなのだが。しかしさくらの大事な友達だ。全霊をもって守らせて貰おう」

「ありがと!」

 

あたしはウィンクをし。

 

(ユエ)さん、お願いいたしますわ」

 

知世ちゃんは笑顔で言った。

 

 

 

 

 

散弾(ショット)!」

速射(シュート)!」

 

イリヤと美遊が上空から複数の魔力弾を、矢の飛来してきた辺りへと撃ち込んでいく。すると今度はそこへ目がけて矢が飛来する。

 

「物理保護・錐形展開(ピュラミーデ)!」

 

美遊の前に出たイリヤが、物理保護の錐形展開で矢を躱していく。

 

(フライ)!」

 

一方、ようやく納得してくれたさくらちゃんが、フライを発動して上空へ飛び立つ。今度はそこを狙って矢が飛来するが。

 

(イレイズ)!」

 

イレイズのカードを使い、飛来する矢を(ことごと)く消滅させた。……余談だが、そんな攻防を繰り広げる中でアローは、しっかりこちらへも攻撃してきてる。ううみゅ、中々に芸達者な。

 

「せめてアローが、どこにいるのかわかれば、封印できるんだけど」

「ん? アローの姿が見えればいいって事だよね?」

 

さくらちゃんとイリヤのこの会話、ここまで聞こえるわけじゃなく、ルビーから送られてきた音声を遠話球(テレフォン・オーブ)で聞いてるだけだ。盗み聞きと言うなかれ。イリヤ達にフォローが必要なときのための、念のためである。決して趣味じゃない。ないったらない。

 

あのー、聖名さーん! 竹林の一部、破壊してもいいですかー?

「え? うーん…、わかった!俺の責任で許可するよ!

 

大きな声で聖名さんに確認を取るイリヤ。わざわざそう聞いてきたって事は、あたしがあげた、アレを使う気ね。

イリヤが何かを取り出す仕草をする。そう、確認こそ出来ないけど、あたしが創った、術を封じ込めた魔法の品(マジック・アイテム)の硝子玉だ。名前はまだない。そして、イリヤに渡したそれに封じた術は…。

ここからだと竹がスクリーンになって下までは見えないけど、イリヤは硝子玉を、アローがいると思われる辺りに投げつける。

 

どぐわしゃあっ!!

 

爆裂陣(メガ・ブランド)ッ! なんてね!」

 

硝子玉が地面に触れた、と思われる瞬間、盛大に土砂が巻き上げられた。イリヤがあたしのマネして言ったとおり、硝子玉には爆裂陣が込められてたんだけど…、イリヤってば、三つ全部使ったわね?

本来、竹のように地下茎が張り巡らされてたら、土砂を噴き上げても地下茎が支えになって倒れない。いくら炸弾陣(ディル・ブランド)の強化版といえど、所詮はその程度の威力なのだ。

だが、本来の七割程度とはいえ、三つ使えば単純計算で2.1倍。実際はも少し減少するだろうけど、2倍近い威力となる。そのせいで竹が一緒に吹き飛ばされたのが、ここからでも確認できた。

……アレ? もしかして硝子玉大量に同時使用すれば、コピー・レゾがやったくらいの威力も出せるのでは?

などと、下らないことまで思考し始めたところで、さくらちゃんが突如急降下した。竹に姿が隠された辺りで。

 

(ウインディ)!」

 

という声が聞こえる。……どうやら後は大丈夫みたいね。

ここから先は劇場版一作目で見た、アローをカードに変えるシーンに似た展開になるはずだ。相手も一度経験してるとはいえ、イリヤと美遊が一緒だからなんとかなるだろう。

さて、それじゃあこちらも、さっさと片付けるとしましょうか!

あたしはクラスカードと改良黒鍵を取り出す。さすがに魔術(こちら)側の人間とはいえ、聖名さんの前で夢幻召喚して見せるわけにもいかないだろう。

 

「クラスカード[セイバー]、限定展開(インクルード)!」

 

カードを宛がった黒鍵が[光の剣]に姿を変える。

 

「光よっ!」

 

刀身を外し、光の刃を生み出すと、あたしは剣を上段に構え。

 

「ハッ!!」

 

裂帛の気合いと共に、一気に振り下ろす。すると結界は軽い抵抗があったものの、光の刃にあっさりと切り裂かれた。

結界は消え、そして…?

あたしは違和感を憶える。

 

「わあ、本当にシールドの結界を破ったんだ!」

 

アローを回収したんだろうさくらちゃんが、こちらへと駆けつけてくる。

 

「……ん? リナ、どうかしたの?」

 

イリヤは、あたしの様子がおかしいことに気がついたようだ。

 

「……結界を破ったのに、カードもシールド本体も出て来ないのよ」

「え?」

「ホンマか?」

 

尋ねるさくらちゃんとケルベロスに、あたしは頷いた。

 

「……それは、あの少女に聞いた方が早いかも知れないな」

 

え?

(ユエ)さんの見つめる先を凝視し、息を呑む。

 

「……[(THE SHIELD)]と[(THE ARROW)]のカードには、[(THE SWORD)]の願いを叶える為に力を貸して貰いました」

 

そう言いながら現れたのは、あたし達と同年代の少女。

 

「……神名(かな)? いや、でもその銀色の髪は」

 

聖名さんが戸惑いながらに言う。そう、その少女の長い髪は、まるで銀糸のよう。しかしながら顔だちは、明らかな東洋人のもの。

 

「[(THE SWORD)]の願いは、強者との闘い。実力を持った者を選別するための試練を乗り越えた貴女は、[(THE SWORD)]と闘う資格を得ました」

「そういう、こと…」

 

まったく、回りくどいことを。

 

「要はソードと力試しをしろ、って事でしょ? ね? キャナル!」

 

あたしは彼女に言うのだった。




さすがに今回は、イリヤ達とさくらにも活躍して貰いました。
今回登場のオリジナルキャラクター黒神聖名(せいな)は、【天地無用!GXP】の主人公、山田西南(せいな)がモチーフです。
そして最後に登場した人物。リナが言った、「キャナル」という名前。ヴォルフィードは付きません。神話の方の彼女です。
何故彼女がここにいるのか、の説明のため、外伝小説二話分も、別作品としてあげました。

↓↓↓
https://syosetu.org/novel/234529

まだ、序盤もいいところなんですけどね。

次回「さくらと天使と天才魔道士」

さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらと天使と天才魔道士

本日(2021年8月27日)は「劇場版Fate/kaleid linerプリズマ☆イリヤ」の公開日ですね!


≪リナside≫

「要はソードと力試しをしろ、って事でしょ? ね? キャナル!」

 

あたし達の前に現れた、長めでダブり気味のサマーブルゾンを着た銀髪の少女が、あたしの言葉にニコリと笑みを浮かべる。

 

「……ったく。何が悲しくて、そんな凶悪カードと闘わにゃならんのよ!」

「リナさんには済まないと思っていますが、これが私のけじめですので」

 

ん? けじめ? それって一体…。

をや、ちょっと待てよ? そーいやあの時…。って、まさか!?

 

「もしかしてアンタが、この一連の事件の原因かああああ!?」

『ええっ!?』

 

あたしの発言にみんなが驚く中、当のキャナルはというと。

 

すい~…

 

さっきまでの落ち着いた態度はどこへやら。思いっきり顔を背けている。よく見りゃ冷や汗まで流してる様だ。

 

「えっと、リナちゃん。それってどういうこと?」

 

さくらちゃんが疑問を投げかけるが、それももっともな事だ。彼女達はこっちの事情なんて、わからないんだから。

 

「俺からも、いいかな? その、君がキャナルって呼んでるのは、神名じゃないのか? いや、神名の髪は黒だけど…」

 

って、しまった! そーいや聖名さんも居るんだった!

あたしがキャナルに視線を送ると、少し考え込むようにしてから軽く頷いた。どうやら()()()()()()彼女からも許可が出たようだ。

 

「……そうね。簡単に説明すると、今の彼女はキャナル。こことは別の世界から来た、神の眷属。所謂天使よ」

 

正確には分身みたいなもんらしいけど。

 

「天使さん!?」

「まあ」

 

さくらちゃんと知世ちゃんが再び驚いている。

もちろん聖名さんも驚いているが、すぐに思考を切り換えたのが見て取れた。それが魔術師と同じ理由から来るものなのか、祓い師としての経験から来るものなのかはわからなかったけど。

彼は黙ってあたしを見つめる。どうやら結構、肝が据わってるようである。

 

「ただ、キャナルは精神だけの状態で、そのままでは存在を保っていられなかった。そんな彼女を救うために身体を貸したのが、神名だったの」

「神名が!?」

 

さすがに妹のことに触れたら、声を上げずにはいられなかったようだ。だがあたしは、それには答えず、話を続けることにした。

 

「キャナルがこの世界に来た理由は、彼女の世界の魔王の武器を回収し、送り返すためだったわ。あたし達…、あたしとイリヤ、美遊、クロエ、そして凛さんとルヴィアさんは、その最中(さなか)のキャナルと知り合い、魔王の武器の回収に成功したのよ」

「なんや、ざっくり話とるけど、魔王なんて、またけったいな話やな」

 

まあ、ケルベロスの意見もわからなくはない。いつも引き合いに出すが、[赤眼の魔王(ルビーアイ)]と戦う前のあたしが聞いたら、眉唾モンの作り話と笑い飛ばしてただろう。

 

「まあ、魔王の話自体は聞き流してもらってもいいけど。ともかく回収した武器を、キャナルが向こうの世界、神の名を取って[ヴォルフィード世界]ってするけど、そこへ送り返した訳ね」

 

そこで一拍空けて。

 

「ただ、その時、キャナルが少しやらかしたらしいのよ」

 

そう言ってキャナルを見ると、今度は顔を背けなかったものの、ものすっごく跋が悪いって表情をしてる。しかし、すぐにひとつ息を吐き、その表情は覚悟を決めたものへと変わった。

 

「私が[瞬撃槍(ラグド・メゼギス)]を送り返した時に繋いだ時空の路が、捻れ位置に存在した他の世界に掠ってしまったんです」

「あっ! もしかしてそれが、さくらさんがいた世界!?」

『おそらくは、そういう事でしょうねー。と言うかイリヤさん。別世界への接触は、あの場でも説明受けましたよ?』

 

キャナルの説明で得心がいったイリヤに、ツッコミを入れるルビー。

 

「……もしかして、あの時のメンバーで気づいてなかったの、わたしだけ?」

「まあわたしは、魔王の武器の辺りで気づいたけどね」

「えっと、ごめんイリヤ。わたしも、それくらいで気づいてた」

 

クロエと美遊に言われて、落ち込むイリヤ。とは言え、気づくだけまだマシである。どこぞの脳ミソクラゲ男(ガウリイ)だったら、ここまで言われてもわからなかったに違いない!

……などと、内心で前世の身内をディスってる内に、知世ちゃんがキャナルに確認を取り始めた。

 

「ええと、要約しますと、キャナルさんの手違いで私達の世界と接触したことが、私達やさくらちゃんのカードがこちらに来る原因となってしまった、……ということでよろしいでしょうか?」

「はい。なので私が貴方方を本来の世界へとお返しします。

……ですがその前に、カードの精霊の願いを叶えようと思っています。それが私の贖罪であり、けじめですので。もちろんあなた方も、私が出来ることであれば、願いが叶えられるよう尽力を尽くしますが?」

 

成る程、ね。確かにキャナルらしいものの考え方だ。しかも「なんでも願いを叶える」ではなく、「叶えられるよう尽力を尽くす」ってのが小賢しい。あたしお得意の上げ足取りも通用しないって事だ。……まあ、こっちの住人のあたしにゃ関係ない話だけど。

 

「ええと、私は元の世界に帰れるなら、それでいいよ」

「さくらちゃんがそれでいいのなら、私も同じですわ」

 

まあ、この二人ならそう言うと思ってた。

 

「主がそう思っているのなら、私には何も言うことはない。『雪兎』も特には望まないだろう」

 

(ユエ)さんも特になし、雪兎さんも(ユエ)さんの言うとおりだろう。

 

「まあワイも、こないな事で叶えてもらうような大層な願いはあらへん。元の世界に返してもらうだけで、等価交換も問題ないハズや」

 

どうやらケルベロスも問題なしみたいね。

 

「せやけど」

 

うん?

 

「ひとつ質問に答えてんか?」

「はい。答えられることでしたら」

 

相変わらずそつの無い答えね。しかし質問か。……なんだろ?

 

「あんた、どうやって、さくらのカード使(つこ)うたんや? そのカードは、さくらの魔力にしか反応せえへんハズや」

 

……あ。それってこないだあたしが、イリヤ達に説明したばかりじゃない。この状況ですっかり失念してたわ。

 

「……これは、神名の能力です」

「神名の…?」

 

聖名さんが食いついた。ふみゅ、どーやら家族にも心当たりが無いみたいね。

 

「リナさん達は既にご存知ですが、神名には式神使い、もしくは召喚士としての資質があります。結果的にですが、私との相性が良いのも、この能力のお陰ですね」

 

うん、確かにそれについては聞いている。だけどそれが、さくらカードを使えた理由とどう繋がるのか。

 

「式神使いに、召喚士?」

 

っと、さくらちゃんにはその知識は無かったか。

 

「式神使い、召喚士共に、契約した魔獣なんかを使役する術者の事や。そういう意味ではさくらも、召喚士ちゅう一面があるな」

「ほええ」

 

そう。さくらカードやクラスカードの使用は、ある意味での召喚術だ。特にクラスカードは、その原型と思われる聖杯戦争に於いてのサーヴァントと予想される。そちらはまさに召喚術で、聖杯戦争中のマスターは一時的に、召喚士を担っていることになるのだ。

 

「……続けてもよろしいですか?」

「あ、はい!」

 

キャナルに言われ、慌てて返事をするさくらちゃん。

 

「……もうひとつ、神名には特殊な能力があります」

 

うん? それはあたしも初耳なんだけど?

 

「神名は自身の魔力、こちらで小源(オド)と呼ばれているものですね。その質を変化させることが出来るのです」

 

魔力の質の変化!?

 

「つまりや。カードに残ってたさくらの魔力を読み取って、自分の魔力を変化させたっちゅう事か」

「そういう事になりますね。とはいえ、特別訓練もしていない神名です。その魔力に近い状態へと持っていっただけですが」

 

なるほど。つまりクロウカード時代の、さくらちゃんや小狼(シャオラン)くんみたいなもんね。クロウ・リードの魔力とは違うけど、それによく似た魔力、ってね。

 

「……よかった」

 

ん? 聖名さん?

 

「自分は落ちこぼれだって気に病んでたみたいけど、もうその必要は無いんだね」

 

……へえ、神名ってそんな悩みがあったんだ。あたしが出会った頃にはそんな雰囲気、微塵も無かったけど。

 

「……あの、聖名さん。私のこと、そして神名の能力については、ご家族にも内密に願います。特に私がいることは、封印指定の対象になりかねませんので」

 

封印指定! 言われてみれば、確かに。うあー、バゼットさんと一緒じゃなくてよかったわ。

 

「わかった。親父や真名(まきな)(にい)にも言わないでおくよ」

 

聖名さんが笑顔を浮かべながら応える。それを確認して、仄かに頬を染めながら安堵のため息を吐くキャナル。……ん? 頬を染めながら?

 

「キャナル。アンタひょっとして、聖名さんの事…」

「さあリナさん! 話も終わりましたから、そろそろ始めましょうかっ!!」

 

うわぁ、わっかりやす!

 

「ええと、なんて言うか」

「わかりやすい反応ねー」

「うん」

『聖名さんは士郎さんと通ずるものがありますし、中々面白おかしくなりそうですねー』

『姉さん!』

 

イリクロと美遊、そしてステッキ二本がもしょもしょと話してる。

 

「?」

「あら、まあ」

 

一方キョトンとしてるさくらちゃんと、多くは言わない知世ちゃん。そしてケルベロスは聖名さんの横まで移動すると、彼の肩に片手を置き。

 

「まあ、なんや。兄ちゃん、がんばりや」

「え? ああ、うん…?」

 

いずれ近い将来、苦労することになるだろう聖名さんを労っている。当の本人はわかっていない様だが。うん、確かに士郎さんと通ずるものがあるわ。

 

「リナさん!」

 

キャナルは顔を真っ赤にして、恥ずかしいのか怒ってるのかわからない表情であたしの名を呼ぶ。さすがにこれは、からかわない方が良さそうね。

……とはいえ、勝負かぁ。

 

「……どうしても闘わなきゃダメ?」

「……他の方でもよろしいですが、もしその方にこちらが勝っても、[(THE SWORD)]は納得しないと思いますよ?」

 

みゅむうう。確かにそれは言えてる。代わりの人物が勝てばいいけど、もしも負けた場合、結局あたしが闘う羽目になるのは目に見えている。

 

「ああもう、わかったわよ! 闘えばいいんでしょ、闘えば! だけどあたし、クラスカード限定展開(インクルード)したから、[光の剣]はしばらく使えないわよ?」

 

……まあ、夢幻召喚(インストール)は出来るんだけど、聖名さんがいるからね。

するとキャナルはお見通しとばかりに、ブルゾンの内側から一本の棒状の物を取り出し、あたしに手渡した。ったく、用意周到なんだから。

 

「これで、問題ありませんよね?」

 

キャナルってば、トコトン逃げ道を塞いでくる気ね? ってか、最初からあたしと闘うことを想定してたって事か。まあこの、厄介事に首を突っ込む性格は、あたし自身が充分に自覚してるけど。

 

ハァ…

 

あたしはひとつ息を吐くと、気持ちを切り換えてキャナルを見据える。そして。

 

「光よっ!!」

 

そのかけ声と共に、青白い光の刃が形成される。キャナルが渡してきたのは[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]…、そう、[光の剣]だ。但し本物ではなく、また、クラスカードの宝具でもない。キャナル…、かどうかは知んないけど、[ヴォルフィード世界]の神の眷属が創ったレプリカである。でも、その能力は本物だ。

 

(THE SWORD)!」

 

キャナルもさくらカードを発動させる。しかも触媒も無しに。さくらちゃんは[星の杖]に、限定展開(インクルード)みたいにして使ってるのに。天使のキャパシティ、侮れないわね。

そんな思考を切り捨て、あたしは剣を青眼に構え。

 

「いくわよ、キャナル!」

「はい、リナさん!」

 

これがふたりの、戦闘開始の合図だった。




フハハハハハ! 戦闘回と期待した者たちよ、ザンネンであったな。今回はただの説明回でした!
ふむ、読者諸兄の怒りの悪感情、大変に美味である!

などと、何処ぞ(このすば!)大悪魔(バニル)の真似事はこれくらいにして。
本当にすみません。ちょっと説明入れるだけのつもりだったのに、気がついたら2000字を優に過ぎていたので、開き直って説明回にしました。まあ、さくらの出番の量を無視すれば、タイトル詐欺にならなくて良かったですが。

次回「さくらと無敵の呪文」
さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらと無敵の呪文

原作プリヤなのに、イリヤの活躍少ない。
【CCさくら】のクロスオーバーなのに、さくらの活躍も少ない。
……リナさん、主役だからって頑張りすぎだよ。


≪third person≫

がっ! と、剣と剣がぶつかり合う。

片や魔王が生み出した五つの武器の、そのひとつ。レプリカなれど、その潜在能力は計り知れない。

片や稀代の魔術師と評されるクロウ・リードが生み出したカードの一枚。主がさくらへと代わり、カード自体も新生したが、担い手の意思によって切れ味を調節できる[(ソード)]の能力は健在である。

 

「レプリカとはいえ、[光の剣]…、ううん、[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]の刃を受け止めるなんてね」

「そちらこそ、私の意思の力で切れ味の増した[(THE SWORD)]で断ち切れないとは」

 

お互いがお互いの武器を称え合う。そして互いが押し合い、距離を取るように離れる。

 

「ときにあたしは、魔法剣士が本来のスタイルなんだけど、織り交ぜながら闘ってもいいのかしら?」

「ええ、構いませんよ。ですが私も、神の眷属だということを忘れてもらっては困ります」

 

おどけたように言うリナに、軽く笑みを浮かべながら返すキャナル。お互いの駆け引きに、しかし水を差す人物がひとり。

 

「待ってくれ、ふたりとも! そんな闘い方、危ないじゃないか! 下手したら死んじゃうんだぞ!?」

 

黒神聖名。キャナルの宿主である神名のその兄は、この道の人間(陰陽師)としてはとても常識人であった。

とはいえ、リナもキャナルも、常識は知っていても常識人とは言い難い存在である。

 

「心配する気持ちはわかるけど、ちょっとウザいわね」

「……仕方がありませんね。(THE SHIELD)!」

 

キャナルが[シールド]を発動させると、自身とリナを除いた全員が押し出される形で結界が展開された。

 

「これで邪魔されることなく闘えますね」

「そうね」

 

リナはそう口にするが。

 

(今のところはね)

 

と、心の中で呟いた。

 

 

 

 

 

「くそっ! またあの結界か!」

 

聖名が憤りながら拳をぶつける。しかし当然ながら、[シールド]の結界はビクともしない。

 

「ふたりとも、やめるんだ!」

 

距離の離れたふたりに、大声で呼びかける。そんな聖名に。

 

「あの、少し落ち着かれた方がよろしいのではないでしょうか?」

 

知世が声をかけ、落ち着かせようとする。

 

「ふたりが危険なことしてるのに、落ち着いていられるわけないじゃないか!」

 

聖名の言い分は尤もである。

 

「うーん、なんかこういうトコは、お兄ちゃんと似てるわねー」

「うん。お兄ちゃんもわたし達の事を知ったら、こういう風に止めそうだよね」

 

クロエの意見に同意するイリヤ。だが今回は、そこで思考をやめたりしない。

 

「でもこのままじゃ、リナ達の邪魔になっちゃうよね。だから。

やっちゃえ、ルビー(バーサーカー)!!

『はいは~い』

 

ぷすっ

 

「はうっ!?」

 

ルビーによって首筋に注射を打たれた聖名は、あっという間にその場に崩れ落ちた。

 

「ほええええ!?」

 

あまりにもな出来事に、さくらは半ば混乱をきたしている。と言うか、これが普通の反応だろう。

 

『ふふふ、象もイチコロのルビーちゃん特製、強力睡眠薬ですよー』

 

ルビーは自慢気に言うが、はたとイリヤに向き直る。

 

『……ところでイリヤさん、先程私のことをバーサーカー扱いしませんでしたか?』

「え? なんのこと?」

 

イリヤはすっとぼけた。これにはクロエも。

 

(イリヤも図太くなったわね…)

 

などと、半ば呆れつつも感心している。

 

『まあ、いいでしょう。それよりも、どうなさいますか?』

「え、どうって…」

『闘いを止めるかどうかは別としても、私達は結界の外に追いやられた状態です。このまま闘いが終わるのを結界の外で待つか、それとも結界を破り、近くで行く末を見守るか』

 

ルビーに言われ、うっと唸り顔を俯かせるイリヤ。

 

「……そりゃ、近くで見てたいよ。でも、闘いの邪魔になったら嫌だし、それに闘いなれてるふたりなら、多分大丈夫だと思うから…」

「ウジウジしてんじゃないわよ、このバカイリヤッ!!」

 

すっぱああああん!

 

突然の衝撃がイリヤの頭を襲う。頭を押さえたイリヤが視線を移すと、左手を腰に当て、右手にスリッパを持った、まるでリナを彷彿とさせるようなクロエの姿があった。……因みに痛覚共有でクロエも痛いはずなのだが、それは一切おくびにも出さない。

 

「まったく、最近はだいぶマシになったと思ってたけど、ここに来てウジウジイリヤの再発?」

「だって…」

「だってじゃないわよ! 見たいなら見たい、信じるなら信じる! 今のアンタはどっち付かずなのよ!」

「う…」

 

図星を突かれたイリヤは言葉に詰まってしまう。

 

「さあ、どうするの? 行くの? 行かないの?」

 

急かされたイリヤは数秒間考え込み、そして。

 

「……行きたい。行って、キャナルさんには悪いけど、リナの応援をしたい!」

 

彼女の出した答えに、クロエはニッコリと微笑む。

 

「大変よくできました♡」

 

別に、イリヤが出した答えが正解というわけではない。残って無事を祈ろうと、結界を破りリナかキャナルか、もしくはふたりを応援しようと、または戦闘を止めようとも、どれでも構わなかった。ただ、素直な答え(きもち)を聞きたかったのだ。

 

---クロにも欲しいものはあるんでしょう!? だったら、願ってよ! 自分の望みを、叶えてよ!

 

かつてそう言ったのはイリヤ。だからこそ、ハッキリしないイリヤに我慢がならなかった。クロエにとっての譲れないものであった。

 

「さて、そうと決まれば、中に入るために結界を破らなきゃなんないわけだけど」

 

そう言ってクロエはさくらを見る。

 

「ここはやっぱり、[カードキャプター]さんにお願いしようかしら?」

「え…、えええええっ!?」

 

クロエのいきなりのお願いに、思わず驚きの声をあげるさくら。しかしそれも致し方ない。何故なら。

 

「せやけど、今のさくらには[シールド]の結界を破る手立てがあらへん。[ソード]は天使の嬢ちゃんが持っとるからな」

 

そう。[シールド]を破れる[ソード]が無い今、さくらにその手段がないのだ。

だが、当然クロエも、それくらいのことは織り込み済みである。

 

「でも、[ソード]以外にもやり様はあるんじゃないのかしら? 例えば[イレイズ]とか」

「あ! そういえばさっき、[アロー]の攻撃消してた!」

 

イリヤが相槌を打つが、ケルベロスの表情は冴えない。

 

「こないに大きな結界だと、[イレイズ]の効果の範囲に納まらんかも知れへん。それに一部を消し去っても、破壊と(ちご)うて、瞬時に修復される可能性のが高い思う」

「でも、可能性はあるんだよね? だったら試してみる!」

 

そう言うと、さくらはカードを取り出し。

 

「 [(イレイズ)]!」

 

その力を発動させる。結果はケルベロスの予想通り、結界のその一部を消し去るにとどめ、更に予想通り、瞬時にして復元された。

 

「やっぱりダメみたいですわね」

「でも、ま、想定の範囲内よ」

 

少しガッカリしたように言う知世に、クロエは軽く返す。そしてイリヤを見て。

 

「やっぱり()()の出番ね」

「ほえ?」

 

さくらと同じセリフをこぼして、イリヤは疑問の視線をクロエに向けた。

 

 

 

 

 

炸弾陣(ディル・ブランド)!」

 

[力あることば]と共に、キャナルの周囲が噴き上がる。しかしキャナルは慌てもせず、その身に薄く魔力の結界を纏い、バックステップで噴き上がる土砂を突っ切っていく。

術が収まると、キャナルが元いた場所の目の前まで、リナが詰め寄っていた。

 

(やはり目くらましでしたか)

(ちっ、やっぱり読まれたか)

 

お互い読み合いながらの闘い。しかしリナは人間の身でありながら、魔族という格上相手に切った張ったを繰り広げてきたのだ。ここで終わるはずもない。既に手にしていた硝子玉を、キャナル目がけて指で弾く。

 

「くっ!」

 

キャナルは剣で球を弾き…。

 

(キャナル! 目を閉じてっ!)

 

突然頭に響く声に思わず反応して、キャナルは目を閉じてしまう。そして次の瞬間、目を閉じてすら明るく感じるほどの閃光。そう。リナが放った硝子玉には、持続時間ゼロの[明かり(ライティング)]が込められていたのだ。

 

「読まれた? いや、でも…」

 

訝しむリナ。そしてはたと気がつく。

 

「まさか神名? 硝子玉に込められた魔力の質から、発動する魔術の特性を割り出したっての?」

 

その可能性に至りつつも、俄には信じ難いことであった。しかし、魔力の質を読み取り、自身の魔力の質を変化させる神名の特異性を考えれば、有り得ないとは言えない。そしてその考えはまさに正しかった。

 

「……すみません、リナさん。一対一の勝負なのに」

「……別に構わないわよ。あなた達が二人で一人なのは理解してるから」

「しかし!」

 

リナの言葉に、それでも自身が納得出来ないでいるキャナル。そんな彼女の言に被せてリナが言う。

 

「それにあたしにだって…って、まさに丁度みたいね」

 

先に気づいたのはリナ。続いてキャナルも異変に気づく。

 

「結界が…!?」

 

そう。[(シールド)]の結界が解除されたのだ。

 

「リナーっ!」

 

そして聞こえるイリヤの声。

 

「さっきの続きだけど、あたしにだって、みんながいるから」

 

そう言ってリナが振り返ると、そこにはみんなの顔が…。

 

「って、「聖名さん!?」」

 

リナとキャナルが同時に叫ぶ。(ユエ)から戻った雪兎に背負われていたのは、気を失った聖名であった。

 

「ちょっと、大丈夫なんですかっ!?」

 

かなり慌てるキャナル。

 

『心配性ですねー。ルビーちゃん特製の超強力睡眠薬を打っただけです。強力過ぎて丸一日目を覚ましませんが、副作用や後遺症のない、安心安全設計ですよー』

『姉さんは性格に難はありますが、魔法薬に関しての腕は確かです』

 

サファイアの口添えもあってか、ふう、とひとつ、安堵のため息を吐いた。

 

「わかりました、信じましょう。

それよりも、どうやって結界を破ったのですか? それにカードが戻ってこないのですが?」

「それはさくらが結界を破ったからや。[(シールド)]の主はさくらや。そのさくらが破ったことで、カードは本来の持ち主に戻ったっちゅう事やな」

 

ケルベロスの説明に、なるほどと頷くキャナル。

 

「ちょい待ち」

 

しかしリナが、待ったをかける。

 

「ケルベロスの説明はわかるけど、さくらちゃんはどうやって結界を破ったのよ。[ソード]は無いし、[イレイズ]辺りじゃ結界全体に効果があるかわかんない。かといって一部分を消し去っても、多分すぐに結界は再生されると思うし。そもそも結界を破るのは、イリヤかクロエだと思ってたのに…」

 

捲したてるリナに、苦笑いを浮かべる一同。視線を交わしたあと、クロエが代表して答えた。

 

「[イレイズ]の(くだり)はさっきケルベロスが言ってたし、まさにその通りだったわ。

それよりも、リナがこの方法に気づかないのが意外なんだけど。まあ、作品としてサクラ達のことを知ってるせいで、固定観念があるのかも知んないけどね」

 

そんな事を言われて、少しムッとするリナ。とはいえクロエの言うとおりなので、文句も言えないでいる。

 

「サクラの魔法の杖に、[キャスター]のクラスカードを限定展開(インクルード)したのよ」

 

あ、と短く呟くリナ。限定展開の条件は、高位の魔術礼装を使うこと。さくらの持つ[星の杖]は、まさに高位の魔術礼装である。

確かにクロエが言うとおり、[星の杖]=[さくらカード]という固定観念に縛られていたと、リナは心の中で反省した。

 

「……さて、それではリナさん、死合(しあい)の続きをしましょうか?」

「ちょっと待て、キャナル! 今、明らかに不穏な意味合いで言ったでしょ!?」

「冗談ですよ。でなければ、神名に叱られますから」

 

言ってニコリと微笑むキャナル。質の悪い冗談を、とリナは呟く。

 

「ハァ、しょうがないわね。そんじゃ気合いを入れ直して…」

「リナ!」

 

リナが戦闘に戻ろうとしたところで、イリヤが声をかける。

 

「頑張ってね。リナなら、()()()()()()()()!」

 

イリヤの応援に、目を丸くするリナ。その様子を見て、イリヤは先程のことを思い出す。

 

 

 

 

 

それはクロエの発案で、さくらがクラスカードを使うことに決まったあと。クロエからクラスカードの、そして[破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)]のレクチャーを受けているさくらを、イリヤはぼんやりと見ていた。

しばらくすると、説明を聞き終わったさくらが、イリヤの元へやって来る。イリヤが戸惑っていると、さくらが口を開いた。

 

「えっと、イリヤちゃん。イリヤちゃんはリナちゃんの事、信じてるんでしょ?」

「え…、うん。もちろん!」

「だったら、多分なんて言ったら駄目だよ」

「あ…。うん、そうだよね」

 

「多分」では、相手を信じ切ってるとは言えない表現である。さくらに言われて、イリヤも気づくことが出来た。

 

「イリヤちゃんが信じてるなら、こう言ってあげなきゃ。“絶対大丈夫だよ”って」

 

 

 

 

 

(実際は「絶対」なんて、無いんだと思う。でも、それでも。「絶対大丈夫」って、信じてあげなくちゃ。わたしはリナの、親友なんだから!)

 

イリヤにも、それくらいの(ことわり)はわかっていた。だが、そう信じることには、何の制約も無いのだ。

 

「……イリヤ、ありがと。気持ちは受け取ったわ」

 

そして、その想いは伝わった。

リナは再び[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]構え、キャナルと対峙する。

 

「……絶対、ですか。その言葉自体がとても不確定的なものであるのに、リナさんはそれを信じるのですか?」

 

キャナルからの質問に、リナは軽く笑い答えた。

 

「まあ、絶対なんて、ありゃしないんでしょうね。でも、そういう気持ちは大事よ?

……それに何より。『絶対大丈夫だよ』は、無敵の呪文だから!」

 

そう言い切った瞬間、キャナルに向かって駆け出すリナ。しかし、気配で行動を読んでいたキャナルは慌てもせずに、手にしていた剣を前へと突き出す。

リナは片手で[烈光の剣]を使い剣を弾き上げ、残る右手で拳をつくり、キャナル目がけて突き出した。

[魔道士]であり[剣士]であるリナから繰り出された、そのどちらでもない攻撃に意表を突かれたものの、キャナルとて[(ヴォルフィード)]の亡き世界で魔族と対峙していたのだ。咄嗟に身体は動き、左へと身を躱しつつ剣を構え直し。

 

「くっ!?」

 

目前のリナが、左足を軸に反時計回りに回転をしているのを見て、次に来るであろう横薙ぎの一閃を防ぐため左側で剣を立てて、左手を添えて衝撃に備える。

が、しかし。リナは光の刃を消し去りそのまま振り抜いた。

キャナルが「あっ」と思う間もなく、リナは手首を返し、剣の柄を握るキャナルの右手の甲を[烈光の剣]の柄尻で叩く。

キャナルの手から剣がするりと落ち。リナは刃を消したまま、[烈光の剣]をキャナルに突きつけた。

 

「チェックメイトよ、キャナル」

「……その様ですね。私の負けです、リナさん」

 

苦笑しつつもスッキリとした表情のキャナル。

 

「さくらちゃん」

「はい!」

 

リナの呼びかけに、さくらは返事をし。

 

「汝のあるべき姿へ戻れ。主、さくらの名の下に!」

 

(ソード)]をさくらカードへと戻す。こうして遂に、全てのカードの回収を終えたのだった。




戦闘シーンは少ないですが、さくらカード回収は完了です。おそらくあと2話で、この番外編は終了すると思います。……プリヤ版ZERO、いい加減なんとかしないと。

次回「さくらとプールと心の憂い」

さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらとプールと心の憂い

思ったより話しが膨らんでる。次回(シリーズ最終回)は長めになるかも。


≪リナside≫

キャナルとの戦闘から一夜が明けて。エーデルフェルト邸へやって来たあたしが見たのは、意気消沈しているふたりの魔術師の姿だった。

 

「ちょっと、ふたりとも。いつまで落ち込んでるのよ」

 

あたしが声をかけると、ふたりはジト目で睨み返してくる。

 

「あんたに、私の気持ちはわからないわよ」

「そうですわ。裏方に回って、残りのカードや木之本(キノモト)(サクラ)の帰還方法を探っていたら、『問題は全て解決した』なんて言われましたのよ?」

 

まあ、努力が無駄、というか無意味になったんだから、落ち込む気持ちもわからんではないけど。

 

「昨日からずっとこんな調子」

『魔術師なのに、優雅さの欠片もありません』

 

サファイアってば、ここぞとばかりに毒を吐くなぁ。やっぱルビーの妹なんだなー、なんて思ってみたり。

 

「さて、ふたりとも。いい大人なんだから、落ち込むのも大概にしときなさいよ?」

「年下から説教された!?」

「ま、まあ、前世も含めれば、130歳超えのご老人ですけど…」

 

フッ。その程度の嫌味じゃ、意趣返しにもなりゃしないわよ、ルヴィアさん?

 

「ともかく。あたし達は[わくわくざぶーん]行ってくるから、その間に気持ちを切り換えといてよ?」

「わかってるわよ」

木之本(キノモト)(サクラ)達との最後の一日、存分に楽しんでらっしゃい」

 

そう言ってふたりは、あたし達を送り出してくれた。

 

 

 

 

 

昨日の勝負のあと。キャナルは、魔力を使いすぎたので送り返すのは一日待って欲しいと言ってきた。実際、目立った術こそ使ってなかったけど、さくらカードの使用だけでもかなり魔力を使っていたはずである。

魔力量はキャナル自身と神名、両方を合計したものが最大魔力容量となるらしい。以前は別々にしか使えなかったらしいので、それに比べりゃかなりマシだけど、所詮人間の容量の上乗せである。キャナルが言ったことは事実だろう。

……ただ、それよりも、眠りこけてた聖名さんが気になったことも、大きな理由の気もする。なんでも、父親と長兄はあと数日は帰ってこないらしいので、余計に気にしてるんだろうけど。暴走しなかっただろうな? 神名、ちゃんとストッパーになってりゃいいけど。

 

 

 

 

 

外に出ると、既に待機していたイリクロとさくらちゃん達。神名も来ることになってるけど、彼女は現地集合だ。

 

「それじゃあ行きましょーか」

 

あたしが声をかけると、黙って頷いたり短く返事を返したりと、バラバラの反応が返ってくる。それぞれの性格が出ていて、見ていて楽しい瞬間だ。

エーデルフェルト邸を出てバス停に向かって歩いていると。

 

「「あ」」

 

向かいから歩いてきた子とあたしの声が被る。相手は雀花だった。しかし、穂群原小(ホムショー)の四神(三人)や+αと一緒じゃないのも珍しい。あ、いや、そりゃあいつも連んでるわけじゃないだろうけど、イメージがね?

そんな雀花があたし達に駆け寄って来て、開口一番。

 

「昨日、さくら、知世、雪兎って言ってたけど、それって【カードキャプターさくら】の登場人物と同じじゃねーか?」

 

いきなり核心を突いてきた。そーだよなー。雀花は腐女子だから、ある程度漫画に詳しいだろーからなー。

……ふみゅ、それなら。

 

「そうよ。彼女達は木之本桜ちゃん、大道寺知世ちゃん、月城雪兎さんよ」

「なっ!?」

 

雀花が驚きの表情に変わる。みんなも驚いているけど口には出さない。さくらちゃんは美遊が後ろから口を塞ぎ、イリクロが壁になって雀花から見えないようにしている。うみゅ、ナイス判断。

 

「……なーんて言ったら信じる?」

「え? あ…、なーんだ、冗談か。そりゃそうだよな。マンガのキャラが実際にいるなんてありえねーわ」

 

うん。見事に誘導成功。

 

「まあ少なくとも、さくらちゃんのお父さんが稀代の魔道士の分割した片割れって事はないから」

「ははは、そんな事あったら、それこそマンガだって!」

 

あたしは前世で、七つに分かたれた魔王の内、二体と戦ってるけどね?

 

「いや、スマンかったな。昨日、あとで気がついてからずうっとモヤモヤしてたもんで、つい」

「別にいいわよ。魔法少女アニメ好きのあたしとしては、気持ちもわからんではないし」

 

これは本当。まあいわゆる、オタク気質と言うやつである。

 

「じゃあ、あたし達は用事があるから」

「おう。じゃあな」

 

こうして雀花と別れたあたし達。しばらく歩いたところで。

 

「あの、先程雀花さんに仰っていたのは…」

「あー…、いわゆる原作漫画の設定。細かくは言わないけど、アニメとは若干設定が違ってるから」

「そういう事ですの」

 

知世ちゃんの疑問に、要点だけを簡単に説明した。ちなみにイリヤ達は、あたしが漫画版も読んでたことにびっくりしてる。いや、あたしだって漫画くらい読むし。あたしを何だと思っているのだろーか、と聞いたら、ワケのわからん二つ名を並べ立てられそうなのでやめておく。

 

「もしかして最初にカードの枚数聞いとったのも、その辺の兼ね合いっちゅう事か?」

「まあね。カードの枚数が19枚までなら原作寄り、52枚ならアニメのさくらカード編の途中、名前のないカードまであればアニメ版終了後、みたいな感じね」

 

ちなみに53枚目が[希望(ホープ)]に変わってたら、劇場版二作目終了後になる。もちろん言わないけど。

 

「なるほど、よう考えとるなあ。まあ、そのお陰で今回も上手く丸め込んだわけやしな」

「……言っとくけど、今回も嘘は、ってバスが来てる! 急ぐわよ!」

 

バスに気づいたあたしが促して、みんな慌ててバスに乗り込むのだった。……言い訳できなかったけど、まあいいか。

 

 

 

 

 

そして到着した、[わくわくざぶーん]。全天候型のビーチ風レジャー施設である。結構スペースも広く、波のプールあり、ウォータースライダーあり、ビーチバレーやビーチフラッグが出来るスペースもあり、ちゃんと食事用スペースもある。

海水浴シーズン以外もやってるし、簡易的に遊ぶんならここで充分だ。まあ、海は海の良さがあるから、海水浴客も多いんだけどね。

で、ここの入り口で待ってたのが、白い袖無しのワンピースに白くて鐔の広い帽子を被った、長い黒髪の少女。彼女はこちらに気づき駆け寄ってくる。

 

「皆さん」

「ごめん。待たせちゃったみたいね、神名」

 

そう。神名である。しかしホント可愛いわよね。まるで日本人形みたい。美遊とは方向性が違うけど。

ふたりとも日本人形という表現がピッタリなのだけど、美遊はどちらかといえば、クールなイメージ。一方の神名は(あった)かい雰囲気だ。神名には時々、忘れていた母性本能が呼び起こされて、愛でたい衝動に駆られる事もある。いかん。これじゃあスイッチの入ったイリヤの事、どうこう言えないわ。

 

「ううん、大丈夫だよ。さっきまで星見さんと話してたから」

「え? ミリィも来てるの?」

 

ミリィはクラスメイトで、最近こっちの世界に片足突っ込んでしまった一般人である。

 

「ううん。星見さんがおじいさんと夜釣りをした帰りに、わたしと偶然会ったんだ。それで、お話ししながら一緒に来たんだけど、もう眠いから帰るって」

 

ああ、そういう。そーいやあの子の趣味って釣り、特に磯釣りだったっけ。

 

「それで星見さんから稲葉さんに、託けを頼まれたんだけど。また今度、釣り勝負をしましょうって」

 

ほほう、なるほど。

 

「りょーかい。ま、また返り討ちにしたげるけどね!」

 

そう。この間たまたま出会って釣り勝負をし、見事にあたしが勝って見せたのだ。もちろん、[入れ食いの呪文(仮)(はんそく)]無しである。

 

「ええと、あのう…」

 

後ろから聞こえる、さくらちゃんの声。おっと、待たせたまんまだったわね。

 

「いや-、ごめんごめん。まずは紹介ね。彼女がキャナルの宿主の神名よ」

 

一瞬、神名の肩が小さくぴくりと動く。……まさかキャナル、本当に?

 

「ええと、そちらの方達は直接は初めまして。陰陽師…、まだ見習いの黒神神名です」

 

先程の反応が見間違いじゃないかと思うほど、ごく普通に自己紹介をする神名。

 

「あ、初めまして。木之本桜です」

「ケルベロスや」

「大道寺知世です」

「僕は月城雪兎。よろしくね」

 

さくらちゃん達も自己紹介を返す。うむ、今日もさくらちゃんは可愛いねえ。

 

『何だか今日のリナさん、表情がやべーですよ?』

「うを!? ルビー、いつの間にあたしの髪の中に移動を!?」

『フフフ、人目につかないようにこっそりと移動する、このスリル。たまりませんなー』

「うるさい黙れ」

 

お前は春日部の嵐を呼ぶ園児か。

とはいえルビーの言うとおり、油断すると顔に出てしまう様だ。むむう、母性本能くすぐる神名とホンモノの魔法少女がいると、メンタルがやばい。

 

「あっ、ルビー! 駄目じゃない!」

 

ルビーに気づいたイリヤが、慌てて鷲掴みにした。それをきっかけに、あたしの気持ちも切り替わる。

うん、ここは余り気にしてもしょーがない。それよりも大事なのは。

 

「さて、自己紹介も終わったし、今日は遊びまくりましょ!」

 

今日一日をエンジョイする事だ!

 

 

 

 

 

更衣室で水着に着替えたあたし達は、まず波のプールを楽しむことにした。

神名は、こういったレジャー施設に来ること自体が初めてだそうで、かなり楽しんでもらえてるようだ。

……なんて話をしてたら、どうやら美遊も初めてだったらしい。海の事といい、ホントに今までどんな生活してたんだろ?

さくらちゃん達も各々楽しんでるけど。

 

「ねえ、リナ。サクラの様子、ちょっとおかしくない?」

 

とクロエが言う。実はあたしもそんな気がしてたのだ。よく見りゃ、さくらちゃんを撮影してる知世ちゃんも心配顔だ。こりゃあ直接聞いた方がよさそうね。

 

「もしもし、さくらさん? 憂い顔で、一体どうされたのですかな?」

 

おどけて紳士風に尋ねるあたし。

 

「え? あ、別になんでもないよ?」

「やれやれ、さくらさんは嘘が苦手なようだ。嘘ですと顔に書いてありますよ?」

「えっ!?」

 

思わず顔に手を当てるさくらちゃん。それを見ていた雪兎さんはくすりと笑い、知世ちゃんは微笑ましく見つめている。

 

「リナ、ニヤけてるわよ?」

 

そんなんわかってらい。ただ、今日は開き直ってくことに決めたから。

 

「……リナってホントは女の子が」

「それに関しては、断じて無い!」

 

前世で人並みに、恋だの愛だのを経験してるのだ。さくらちゃんや神名に対する感情が恋愛のそれでないのは、あたし自身がきちんと把握している。

 

「ちぇっ、残念…」

 

……クロエにはもっと、健全に生きてもらいたい。

 

「っと、話が逸れたわね。まあ冗談はさておき、悩みがあるなら聞いたげるわよ? 大体の予想は出来てるけどね」

「え?」

「さしずめ、何日も家に帰らなかったこと、気にしてるんでしょ?」

「はうう~。……うん」

 

やっぱりか。ま、そりゃそうよね。家族に心配かけてるんだし、どう言い訳したらいいのかだってわからないだろう。さすがにこの状況で、「絶対大丈夫だよ」なんて言えやしない。なら。

 

「……そうね、さくらちゃんにはこの言葉を贈ったげる。『なるようになるダバ、ないダバさ!』」

「………………え?」

 

余りにも突拍子もない言葉に、さくらちゃんの思考は一瞬フリーズしたようだ。

 

「ふざけた言い回しだけど、実際なるようにしかなんないんだし、気にしたってしょうがないわよ。もうやるべき事は全てやったんだから、あとは流れに任せるしかないでしょ?」

 

こちらでどうこう出来るのは、あとは送り返すことだけ。それ以外は運任せなのだ。……そう、運。

 

「……それに、ひとつだけ朗報があるわよ?」

「朗報?」

「向こうの世界は、あたしの知ってる情報より前の展開が進行中でしょ? それってつまり…」

「もしかして、こちらより時間の流れが遅い、ということでしょうか」

 

知世ちゃんがあたしの言葉を引き継ぐ。

 

「そ。あくまで可能性の話だけど、少しは希望があるでしょう?」

 

実際、あくまで可能性の話で、全く当ての無いものだが、それでも希望が持てるのとそうで無いのとでは、雲泥の差がある。

 

「そうだね。希望があるなら、今はそれに縋ってみてもいいんじゃないかな? だめだったら、またその時に考えよう」

「雪兎さん…。うん、わかった」

 

うん。これで少しは、心も楽になるでしょ。せっかく遊びに来てるんだから、少しでも楽しんでもらいたいもんだ。

それに。さくらちゃんはおそらく、運のいい方だし、送り出す側のイリヤとあたしも、かなり運がいい方だと思う。だから本当に、なんとかなるんじゃないかなー、なんて気がするのよね。

 

 

 

 

 

次に来ました、ウォータースライダー。なお知世ちゃんは、滑り終えたみんなを撮影したいということで、下で待機している。さすが知世ちゃん、ブレないわ。

 

「「ひょおおおおお!!」」

 

イリヤとクロエがスライダー用の、ふたり用ビニール製フローターで滑っていく。悲鳴を上げてはいるけど、ジェットコースターと同じで楽しんではいるんだろう。

お次はさくらちゃんと雪兎さん。実はさっきから、またもやあたしの髪の中に移動していたルビーが、みんなの姿を撮影してるんだけど。

 

「(ってアンタ、さっきからなにしてんの?)」

『(いえ、知世さんに頼まれたんですよー。後ほど知世さんが撮影した、滑り終えたイリヤさん達の分と、データ交換することになってます)』

 

な、いつの間に!? 知世ちゃん、恐ろしい子…!!

 

「ほええええええ~~~!!」

 

さくらちゃんが悲鳴を上げながら滑り下りてゆく。てか、悲鳴だけで誰だかわかるって、ある意味凄いわね?

続いては美遊と神名の異色のコンビ。冷静な美遊と、明らかにこういうアトラクションに馴れてない神名の対比が楽しみである。

 

「「っっっっきゃあああああ!?」」

 

……と思ったら、美遊も一緒に悲鳴を上げてた。そーいや美遊も、こういったトコ初めてだったっけ。

まあ、めったに見られない美遊も見れたし、眼福眼福♡

さて、最後はあたしの番か。言っとくけど、あたしは敢えて最後の一人になったのだ。知世ちゃんが下に残ることが決まった段階で、必ずひとりあぶれてしまう。なのであたしが立候補したって訳だ。

あたしは躊躇うこともなく、スライダーを滑り下りていく。……前に来たときも思ったけど、これ滑ってると、前世での出来事思い出すわ。翔封界(レイ・ウイング)纏って激流下ってったときの事。アレに比べりゃ大したことはないんだけどね?

 

どっぱあああああん!

 

そして勢いよく着水。あたしが水面から顔を出すと。

 

「リナちゃん、楽しそうだね?」

 

にっこりと微笑む、桜ねーちゃんの姿が。……え? なんで?




突如登場の間桐桜。彼女は一体、どうしてここに!?(深い意味はない)
次回はあとひとり合流します。桜とセットといったら、当然…。
あと、【カードキャプターさくら】側のキャラもひとり、登場予定(プリヤ時空とは言っていない)。

次回「さくらと時空(セカイ)の扉」

さくらと一緒に、レリーズ!


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さくらと時空(セカイ)の扉

ようやく、シリーズ最終回です。


≪リナside≫

「リナちゃん、楽しそうだね?」

「え…、桜ねーちゃん? どうしてここに?」

 

ウォータースライダーを滑り終えたあたしは、何故か目の前にいる桜ねーちゃんに疑問をぶつける。

 

「ふふふ、リナちゃんがいるから、ここに来たに決まってるでしょ?」

 

それが本当なら、まるでストーカーじゃない。いや、それマジで怖いんだけど。

 

「おい!? 僕を無視すんじゃねーよ!」

「あ、ツンデレワカメ」

「誰がツンデレワカメだっ!」

 

あたしから少し離れたところにいた、ワカメこと間桐慎二さんが文句を言う。煽り耐性ねーでやんの。

そして慎二さんの横にはイリヤたちがいる。

 

「驚いた? 今日は兄さんとここに来たんだけど、たまたま知世ちゃんを見かけて事情を聞いたの」

「それでわたし達が滑り降りてくるたびに、こうして驚かせてたってワケ」

 

呆れた表情で言うクロエ。いやむしろ、普段はアンタがそれやってる側だろ。

 

「別に僕は、こんな所来る気は無かったんだ。ただ、桜がどうしてもってせがむから、仕方なくだな…」

「やっぱツンデレじゃん、ワカメ」

「ツンデレじゃねえっ! ていうかワカメって言うなっ!」

 

ホント、打てば響くってまさにこの事ね。それにひねちゃあいるけど、根は悪いやつじゃないみたいだし、何よりからかうと面白い。

 

「リナちゃん、悪い顔してるよ?」

 

いかん。今日は思ってることが、顔に出やすかったんだっけ。

 

「それでね、リナちゃん。わたし達もさくらちゃん達と一緒に楽しんでもいいかな?」

「ええ、それは別に構わないけど」

「ちょっと待て! 僕も頭数に入ってんのかよ!?」

 

あたしが了承したところで、慎二さんが割って入る。まあ、勝手に数に加えられてんだから、文句の一つくらい出てもおかしくないけど。

 

「兄さん、駄目ですか?」

 

上目遣いに、おねだりする桜ねーちゃん。あ、あざとい。だが、面白い。あたしは胸の前で手を組み。

 

「お願い、慎二さん」

 

縋る様な表情で言うと。

 

「「慎二お兄ちゃん!」」

 

イリクロがあたしと同じポーズで、媚びる様に言う。

さすがに美遊は、キャラじゃないと理解してるのか何もしてこないし、神名はそもそも、そんな事が出来るキャラじゃない。

そしてさくらちゃんは驚いて見てるだけだし、知世ちゃんはいつものスマイル、雪兎さんは少し困り顔ながらも笑顔をたたえてる。

 

「……わかったよっ! ったく、なんで僕が子供の面倒を見なきゃなんないんだ」

 

そんな愚痴をこぼす慎二さんはだけど、言葉とは裏腹に何だか嬉しそうにしている。

 

「……チョロいですね、兄さん」

「チョロワカメね」

「ホント、チョロいわねー」

「うん、チョロいよね」

「お前ら、僕に何させたいんだよっ!?」

 

それはもちろん、からかって楽しみたいに決まってる。

 

 

 

 

 

「クロエ!」

「OK!」

「兄さん!」

「任せへぶぅっ!!」

「ほええええ!?」

 

あたし達は今、4×4のビーチバレーをしている。チーム分けはあたし、クロエ、さくらちゃん、神名に対して、桜ねーちゃん、慎二さん、イリヤ、美遊という組み合わせ。雪兎さんは得点係で、知世ちゃんは安定の撮影役だ。

運動が苦手な神名を、あたしとクロエ、さくらちゃんがカバーする。

一方相手チームは、さっきから慎二さんがいいカッコしようとして、クロエのスパイクを受けまくりボロボロだ。何だかクロエも途中から、慎二さんに直接当てにいってるし。

ちなみにイリヤと美遊に任せた方が、ちゃんとした試合運びになってたはずだ。

でもって当然、試合結果は。

 

「びくとりぃ!」

 

片手でVサインをつくり突き出すあたし。

 

「もう、兄さんのせいで負けちゃったじゃないですか!」

「僕のせいかよ!」

 

慎二さんに責任転嫁をする桜ねーちゃん。しかし、あながち間違ってないところが、いとをかし。

 

 

 

 

 

お次はビーチフラッグに決まった。クロエがにまにまと笑ってる。そりゃそうだ。クロエの場合、英霊の能力で優勝は間違いないのだから。

 

「ちょっと、クロエ」

 

そんな彼女を、呼び寄せるように声をかける。

 

「んー、何よリナ? 言っとくけど手は抜かないわよー?」

 

そう言ってこちらに近づくクロエ。……よし、今だ!

 

逆五芒魔封陣(アストラル・シール)(ぼそり)」

 

ばぢぃっ!

 

「わぎゃっ!?」

 

情けない悲鳴を上げるクロエ。

 

「くぅっ…。まさかまた、魔力封じ!?」

「クロエがニヤけてる間に、砂に隠すようにして硝子玉の呪符で魔法陣布いといたのよ。

クロエ、手を抜かないのはいいけど、ズルは駄目だかんね?」

 

そうあたしは釘を刺した。

……結局クロエが優勝したけど。ふん、悔しくなんかないやい!

 

 

 

 

 

「おいしい!」

 

持ってきたお弁当を食べて、神名が思わずそうこぼした。

 

「そりゃそうだよ。わたしのお兄ちゃん、料理に関しては妥協しないから!」

「士郎さん、料理の腕がいいから」

 

イリヤが士郎さんの自慢をし、美遊が褒め称える。

 

「本当に士郎さんって料理上手だよね。私のお父さんやお兄ちゃんにも負けてないよ」

「うん。桃矢の料理も美味しいけど、イリヤちゃんのお兄さんの料理も違った美味しさがあるね」

 

そうか。そういやさくらちゃんのお父さんの藤隆さんや、お兄さんの桃矢さんも料理上手だったっけ。雪兎さんは藤隆さんの料理に馴染みがないのか、名前は挙げなかったけど。

 

「でも、リナとミユも料理は上手よ」

「え、そうなの?」

 

クロエのセリフに、神名は驚きの目であたし、そして美遊を見る。

 

「リナは調理実習で、わたしより美味しいハンバーグを作ってた」

「そんなこと言ったら、あたしはあの時間内にあれだけの種類の料理を、あのクオリティで作れないわよ」

 

美遊からの賛辞に、あたしは率直な意見を返す。

 

「ふふっ、お二人とも料理上手なら、きっといいお嫁さんになれますわね」

 

男が言ったら、セクハラとか言われそうなことを口にする知世ちゃん。そーいやこの子、作品内でもこういうこと、普通に言ってたわね。まあ、【カードキャプターさくら】の作者の場合、男の子相手にも「お嫁さん」発言させる様な作風だから、平等っちゃ平等か。

 

「ねえ、リナちゃんは先輩から料理を教わってるんだよね?」

「うん、そーだけど?」

 

桜ねーちゃんの質問に軽く答えるあたし。

 

「今度、わたしも教わっても構わないか、聞いてもらえるかな?」

 

途端にイリクロが桜ねーちゃんを睨みつけた。……あたしとしても心中複雑だが、桜ねーちゃんを応援する気持ちは今も変わってはいない。

しかし。

 

「どうして士郎さんに直接聞かないの? 今は夏休み中だから仕方ないけど」

 

そんなの学校で、いくらでも聞くチャンスがあると思うんだが。

 

「えっと、先輩の周りっていつも、姉さ…遠坂先輩やルヴィアさんがいるし、部活中は兄さんが…」

 

ああ、そりゃそうか。確かに今も、機嫌悪そうにこっち見てるし。

 

「ツンワカ」

「ツンワカ!?」

 

あたしがぽつりと言った一言に、しっかり反応してくれる慎二さん。

 

「まあ、あんなのはほっといて」

「あんなの!?」

「別に構わないわよ。今度会ったときに伝えとくわ」

 

あたしの返答に、イリクロが恨みがましくこちらを睨むが、そんなの知ったこっちゃあない。

 

「……あの、リナさん。わたしも、その…」

 

消え入りそうな声で聞いてきた神名。

 

「あー、はいはい。ライバルはミリィだもんね。一緒に聞いといたげるわ」

 

神名の思い人は青川慧。ミリィの親戚で仲がよく、神名はちょっと望み薄だが、それでも諦めないのはいい心がけだ。

ちなみにミリィは色々問題あるものの、料理の腕は確かなので、神名も対抗意識を燃やさずにはいられないのだろう。

 

「リナさん、ありがとう!」

 

にっこりと微笑む神名。うみゅ。守ってあげたい、君の笑顔!

 

「リナ、お母さんっぽい顔してるわよ?」

 

クロエがそんなこと言ってるけど、今のあたしにはどうでもいいことだった。

 

 

 

 

 

「それじゃあね、リナちゃん」

「やれやれ、ようやく解放されたか」

 

夕方。そんな言葉を残して、桜ねーちゃん達と別れたあたし達。

 

「さて、この後は海岸ね」

「海岸?」

「凛さん、ルヴィアさんに頼んで海岸の一部に、人除けの結界と認識阻害の術をかけてもらってるのよ」

 

さくらちゃんが聞き返したので、あたしは掻い摘まんで説明した。

 

『まあ、さすがに魔術的隠蔽を施してるとはいえ、住宅街で第二魔法級の術を実行するのはリスキーですからねー』

「神秘の秘匿やったか? それと、もしもの時の被害を極力()さんためやな」

 

ルビーとケルベロスが説明の補強をしてくれる。……って。

 

「ルビーにケルベロス。アンタら今まで何処にいたのよ!?」

『イヤー、魔術師の家系とはいえ、あのおふたりはわたし達とは関わってませんからねー。気づかれないように、合流は控えてたんですよ』

「ワイはいろんな場所、見て廻っとった。もちろん人に気づかれんよう、注意しながらや」

 

むみゅうう。ルビーは仕方ないとして、ケルベロスは誰かに見られたらどうするつもりなんだ?

 

『リナさん。あんまり考え込むと、何処ぞのロードの如く、眉間にシワが出来ますよー?』

「う…」

 

一瞬、ロード・エルメロイⅡ世の顔が脳裏に浮かんでしまった。

 

「……りょーかい。何事も無かったんだから、よしとするわ」

 

ロードには悪いけど、あたしはあの様にはなりたくない。

 

 

 

 

 

目的地に着いたとき、陽光と夜の帳の狭間、まさに黄昏時となっていた。

 

「ようやくいらしたわね」

「待ってたわよ」

 

海岸の砂浜で、ルヴィアさんと凛さんが迎えてくれる。

 

黄昏(誰そ彼)…、逢魔が時、トワイライト…。人と魔性の者との境界が、曖昧だと言われている時間帯…」

 

美遊がそんなことを言う。

 

「まあ、そういう意味では、これからやる事に向いてる時間帯かもね」

 

何しろ境界が曖昧な時間帯に、時空(セカイ)の境界を越えるための術を扱うのだから。

 

「というわけで。神名、お願い」

 

あたしが声をかけると、神名の髪が一瞬で銀色に変わる。あたしは彼女の肩に手を置き。

 

「それでキャナル、何やらかしたの?」

『は?』

 

あたしのいきなりの質問に、みんな仲良く声をハモらせる。

 

「ええと、リナさん。どういう意味でしょうか?」

 

一見冷静を装っているけど、あたしがじっと見つめると、すいっと視線を逸らした。

 

「さくらちゃん達に神名を紹介するとき、貴女の名前を出したら彼女、一瞬変な反応してたからね」

 

あたしの説明に観念したのか、ひとつ、深くため息を吐く。

 

「……聖名さんの寝顔を見ていたら、思わず、く…口づけをしそうに…」

「「『おおーっ!?』」」

 

イリクロとルビーが食いついた。悪趣味ねー、……と思いつつ、普段ならあたしも食いついてただろう、あまり強いことは言えない。

 

「あの、神名が強制的に入れ代わったので、未遂ですよ!?」

 

どうやら神名も、ちゃんとストッパーの役目を果たした様だ。まあ、ファーストキスが意識入れ代わってるときに自分の兄と、ではさすがにシャレにもならないだろう。

 

『まさに、ただれた痴情がもつれてますねー』

「ルビー、言葉選びッ! というかそれ、前にタツコが言ってたやつだよね!?」

 

ああ、あたしが未参加だったアサシンのカード回収でイリヤがやらかして、翌日、イリヤと美遊の微妙な空気を見た龍子がそんなことを言ってたっけ。

 

「ほら、そんな色恋沙汰の与太話は、彼女達を送ってからでも出来るでしょ」

 

凛さんがみんなを諌めて軌道修正をする。最初に逸らしたあたしとしては、若干後ろめたさがある。

 

「ンン! それでは準備を始めますね」

 

咳払いをし、思考を切り換えたキャナルは、肩から提げた鞄の中から、幾つかの法則性のないアイテムを取り出すと、砂浜の上に並べ始めた。

……? 何だかこの光景、見覚えがあるような? アイテムをテキトーに、取り囲む様、に…。って!

 

「まさかこれ、魔力増幅の結界!?」

「あら、よくわかりましたね。人間にこの大源(マナ)の流れは、認識できないはずですが」

 

確かに。人間にはただ、アイテムを置いてるだけにしか見えない。しかし。

 

「もしかして、前世の知識っちゅうやつか?」

「さすがケルベロスね。確かに前世、向こうの世界で、同じ形式の結界を見たことがあるわ」

 

そして精霊映視呪(マナ・スキャニング)を使えば、あたしにも扱える術である。

 

「そうだったのですか。

今回は送り返す人数が多いので、この結界で術の強化をすることにしたのです」

 

なるほど。考えてみれば至極当然。ただでさえ時空を超える術の行使、瞬撃槍(ラグド・メゼギス)を送り返すのとはワケが違う。

 

「ちょっと。その結界、凄く興味深いんだけど!?」

「後で詳しく伺わせてもらえませんか?」

 

魔術師の好奇心は場所を問わないらしい。そーいやあたしの術を見たの、並行世界の方の二人だったわね。

 

「まあ、その辺は後で交渉してちょうだい。さすがにこれ以上、さくらちゃん達を待たせるのも悪いし、ね?」

「ッ! 確かに…」

「その通りですわね」

 

ふたりも納得してくれたようだ。

 

「それでは皆さんも、この結界の中に入ってください」

「う、うん」

 

言われたさくらちゃん達は、魔力増幅の結界の中へと入る。

 

「……なるほど。確かにこれは、ワイの魔力も増幅されとる感覚が、ビシバシときとるで」

 

ケルベロスは感心した様に言った。

 

「それでは、始めます」

 

キャナルは告げて、呪文の詠唱を始める。するとさくらちゃん達の足下に、魔法陣が浮かびあがってきた。

ちなみに呪文は[混沌の言語(カオス・ワーズ)]形式になっていて、その内容は、[金色の魔王]…いや、[金色の母]の力を借りたものの様だ。空恐ろしい。

 

「……今ここに 世界(そら)を結びし道を開け」

 

最後の一節を唱え終わると、魔法陣はより一層輝きを増した。

 

「……あの、私達のために、本当にありがとうございました」

 

魔法陣の中から、お礼を述べるさくらちゃん。

 

「私、向こうに戻っても、皆さんのことは絶対に忘れません」

 

それを聞いてあたしは、訳あって記憶を消さなければならなかったなのは達を思い浮かべ、少しだけしんみりした気持ちになる。

とはいえ、別れに涙は禁物。笑顔で送り出さなければ。

 

()()()()だって忘れはしないわよ。

さくらちゃん。縁があったら、また会いましょ!」

「あ…、うん!」

 

さくらちゃんはそう、笑顔で返してくれた。

 

「それじゃあキャナル、お願い」

 

何時までも術を保留させておくことは出来ない。この術も、あたしが使うものと同じ法則で発動させている限り、例外ではないのだ。

あたしが声をかけると、キャナルはこくりと頷いた。

 

神魔移送門呪(トランスファー・ゲート)!」

 

[力あることば]と共に魔法陣から光の柱が立ち上り、それが収まると、そこには既にさくらちゃん達の姿はなかった。

 

「……行っちゃったね」

「そうだね」

 

イリヤの呟きに応える美遊。

 

「キャナル。今回は大丈夫なの?」

「開口一番それですか? ……はい。今回は他の世界への接触もありませんし、術そのものも、その世界に(存在す)るものを異界へ、異界から跳ばされて来たもの(存在)を在るべき世界へ送る効果を示すものですから」

 

なるほど。送り返すだけなら特に問題ないってワケだ。……他の世界との接触さえなければ。

 

「送還呪文ならいいけど、異世界へのバシルーラはさすがにやだなあ」

 

イリヤが有名RPGの呪文名を口にした。イリヤらしい喩えだが、言い得て妙でもある。実際は、術が完成する前に魔法陣から逃げられるのがオチだろうけど。

 

「「「……バシルーラって何?/何ですか?/何ですの?」」」

 

魔術師ふたりとキャナルは知らなかったようだ。おそらく神名も知らないのだろう。そしてなんとなく、美遊も知らない気がする。

 

「ゲームに出てくる、敵を遠くへ吹っ飛ばす呪文よ」

「「「……あー」」」

 

あきれ顔のクロエの説明に、三人は気の抜けた返事を返した。

 

 

 

 

≪さくらside≫

気がつくとそこは公園の、ペンギン大王のそばだった。知世ちゃん、雪兎さん、それにケロちゃんもちゃんといる。

そういえば私達って、ここでお話ししてて、さくらカードの話になって、カードを取り出したときに周りが変になって、気がついたらあの世界にいたんだった。

 

「みんな、大丈夫?」

「はい」

「大丈夫ですわ」

「ワイも問題あらへん」

 

心配そうに聞く雪兎さんに私達が答えると、雪兎さんはほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「ですけど、さくらちゃんが心配している時間の経過はどうなんでしょうか?」

 

あっ、そうだ。こっちではどれくらい時間が経ったんだろう?

 

「……ん? ゆきじゃないか」

 

え? この声って…!

 

「お兄ちゃん!?」

「何だ、お前達も一緒か」

 

公園の外で、宅配用のバイクに乗ったお兄ちゃんがこっちを見てた。ケロちゃんはぬいぐるみの真似をして、地面に横たわってる。

 

「うん。さくらちゃん達と、ちょっとお話しを。桃矢はバイト?」

「ああ。っと、ピザが冷めちまう。

じゃあな。さくら、迷惑かけんなよ?」

「そんなことしないよ!」

 

もう、お兄ちゃんってば。

バイクを走らせて去って行くお兄ちゃん。

 

「でも、よかったですわ」

「ほえ?」

「だって、桃矢さんが騒がなかったということは、時間はそれほど経っていないということでしょう?」

「あっ」

 

そうだ。何日も家を空けてたんなら、いくらバイト中でもあんな反応しないはず。

 

「どうやら、リナちゃんの予想が当たったみたいだね」

「うん」

 

私を少しでも安心させるためにかけてくれた言葉だったのかも知れないけど、ほんとになんとかなっちゃうなんて。

 

「まあ、あの嬢ちゃん、全く根拠のないことは言わんかったし、ある程度確信持っとったみたいやからな」

 

そうなんだ。でも、お日様の高さもここで話してた時とほとんど変わらない気がするし、ここまでくると、運がよかったとしか言えないよ。

 

「さて、何時までもここにいてもしょうがないし、そろそろ行こうか」

「あ、はい。雪兎さん」

 

返事をして歩き出し、数歩進んだところで振り返り、空を見上げる。

 

---縁があったら、また会いましょ!

 

うん。きっとまた会えるよ。

胸の中でもう一度答え、私は再び歩き出した。




補足1
リナがウォータースライダーを滑り終えるまでに、桜と神名の紹介は済ませてます。

補足2
海岸に向かっている途中で、ルビーと知世でデータ交換は済ませました。抜け目はないです。

次回から本編に戻るので、予告は無しです。
本編でこの話に入るタイミングで、予告の前にストーリー順をお知らせするとは思います。


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無印編
リナ、驚愕の憑依転生


初投稿です。ヨロシクお願いします!


あたしは漂っていた。昏く深い、混沌の海の中を…。そして、あたしは消えてゆくのだろう。そう、既にあたしの生は終わりを迎えているのだから。

あたしは、自宅のベッドの上に横たわり、子や孫、曾孫に囲まれた中で安らかに息を引き取った。享年130歳。魔道による延命を行わなかったにしては、なかなかの長命だったと思う。思い残すことはなかった、と言えばそれは嘘になるが、概ね満足のいく人生だった。

そんなあたしも、混沌へと還る日が来たのだ。…その時のあたしはそう思っていた。しかしどうやら、死んだ後でも運命は気まぐれであったらしい。

あ、いや、気まぐれなのは混沌の海、金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の方かもしれない。なにしろ、本来ではあり得ない邂逅をもたらしてくれたのだから。

 

 

 

 

 

それは突然のことだった。

ここ、混沌の海は恒にたゆたい続けている。普段は細波のように、そして時折大波のように。

しかしあたしが見つめるその先で、急激に大きなうねりが現れ始めたのだ。あたしはさらに、そのうねりへと意識を集中させてみる。

 

「なに、これ…」

 

あたしは思わず呟いた。うねりは渦へと変わり、その中心からは光が柱となって溢れ出したからだ。…って、まさかこれ、世界との隔たりに穴が開いたとか?

光はさらに強まり、その中に人影らしきものが見えた。

うーみゅ、どうしようか。光に近づくかどうか悩んだけど、やっぱり好奇心には勝てなかった。

あたしは光へと近づいて行く。渦の方はいつの間にか収まっていて、あたしの行く手を阻むものはない。まるで、あたしのために収まってくれたみたいだわ。

…ふと思ったけどあたし、段々若い頃の性格に戻ってきてない?

まあ、そんな疑問は置いといて、あたしは光の柱へと手を触れてみる。するとその奥にあった人影がはっきりと浮かびあがってきて、光の柱から飛び出した。

あたしはその姿を見て息をのむ。

年の頃は4、5歳だろうか。赤みがかった茶髪の、とても可愛らしい女の子がそこにいた。

そこ、笑うな!

…いや、今パツキン魔王に笑われた気がしたんだけど。 って、そうじゃなくって、あたしが驚いた理由。それはその子が、まんまあたしを幼くした見た目だったってこと。これって一体…。

 

「ねえ、大丈夫?」

 

あたしが声を掛けると、その子はうっすらと目を開いた。

 

「お姉ちゃん、だれ?」

「あたしはリナ=インバース。あなたのお名前は?」

 

尋ねてきたその子にあたしはすかさず答えた。すると一瞬驚いた顔をして、こう言った。

 

「わたし、稲葉リナ」

「えっ!?」

 

まさかの、見た目だけでなく名前まで一緒?

もしかして、他の世界にも自分と同じ存在が居るの?

 

「お姉ちゃん?」

「ああ、ごめんな…お姉ちゃん?」

 

あたしは思わず聞き返した。そう言えばさっきもお姉ちゃんって…。思わず自分の手を見る。その手は皺の一つもない綺麗なものだった。

そうか。魂だけの存在である今のあたしは、思考が若い頃に戻っていくことでその姿も若返っていったんだろう。

ま、今はそんな事どうでもいいか。それよりも。

 

「えーと、リナちゃん?」

「?」

 

疑問の表情を浮かべる彼女にこう切り出した。

 

「あなた、どうしてここに来たのか判る?」

 

敢えて曖昧な聞き方をするあたし。こうすればこの子、リナちゃんの理解している範囲で答えてくれるんじゃないかなー、何て思ったんだけど。

 

「わたし、たぶん、死んじゃったんだ」

 

なっ!?

あたしは思わず絶句してしまった。いや、死の可能性も十分考えてはいたけど、まさかこんな幼い子が『死』というものを認識しているとは思わなかったのだ。

 

「あ、えーと」

「おうちでかってたワンちゃんが病気で死んじゃったの」

「…」

「とっても苦しそうにしてたんだ」

 

それは…。

 

「わたしも病気になって、とっても苦しくって、お医者さんがもうダメかもしれないって…」

「もういい、もういいの!」

 

あたしはリナちゃんの事を強く抱き締めた。腕のなかで、リナちゃんの身体が小刻みに震えているのが判る。

 

「死ぬの、怖かったの?」

「うん。でも、こわいのより、お父さんとお母さんが悲しむほうがイヤなの」

 

ああ、リナちゃんはご両親から、たくさんの愛情を受けて生きてきたんだ。そんなリナちゃんもご両親の事が大好きで。

 

「リナちゃん、あなたはまだ、こんな所に来ちゃダメ! 今ならまだ…」

 

そこまで言って、あたしは気がついた。リナちゃんの身体が徐々に透けてきていることに。

 

「お父さん、お母さん…」

 

リナちゃんが呟く。しかしその表情は寂しさではなく、心配から来るもの。

 

「お姉ちゃんが、わたしのかわりをしてくれたら、いいのになぁ…」

「リナちゃん!」

 

全く、どうしてこんなことに気づかなかったんだろう。

ここは混沌の海。総てが還るべき場所。

ある程度意志が強く金色の魔王に乗っ取られたことのあるあたしの魂は、他よりも混沌へと還るのが遅いみたいだ。

けれどリナちゃんは、普通の幼い子供。おそらく光の柱から現れたばかりだったのと、あたしが傍に居たから、少しの間その魂を留めることが出来たんだろう。もしかしたら、金色の魔王も何か力を貸していたのかも知れない。

けれどそれももう時間切れ、ということなのか。

 

「リナ、ちゃん」

 

リナちゃんはにっこりと微笑み、光の粒となって…。

あたしの中に入ってきた!

 

「なっ、うぐっ!?」

 

急激に他人の、リナちゃんの記憶が流れ込んでくる。永くて短いその苦痛に意識を手放しそうになるが、すぐにそれは治まった。

わずか数年分の記憶、それが不幸中の幸いだった。もう少し長引けば、あたしは『リナ=インバース』ではないベツモノになっていただろう。

そう思うと、無性に腹が立ってきた。勿論それはリナちゃんにではない。

 

「ちょっと、一体どういうつもりなの!? 応えなさいよ!」

 

あたしは声をあらんばかりに叫んだが、なんの返答もない。ただそれは、あたしの動向を見守るような静けさ。

思わず口に出そうになる次の言葉を飲み込みながら、一つ息を吐く。

 

「…あたしに、何をさせたいのよ。金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)?」

 

そう、あんな芸当リナちゃんには無理、とまでは言わないけど可能性としては無いに等しいだろう。

あたしがやった訳じゃないから、残るは一人(?)だけだ。

 

「…やっぱり応えないか」

 

半ば予想したとおり、答えは返ってこない。きっと、すでに答えにたどり着いてる事に気づいてるんだ。

ふと、横を向く。そこには今だ光の柱がある。つまりはそういう事なのだろう。

 

「あたしに、リナちゃんの代わりをしろってゆーのね」

 

金色の魔王は相変わらずの無反応だが、何故か肯定してるような気がした。

 

「分かったわよ、やってやろーじゃない! リナちゃんの為にも!!」

 

はっきり言って、金色の魔王がなんのためにこんな事をしたのかは分かんない。単なる気紛れでなのか、はたまた何か思惑があるのか。

ただ、はっきりと言えることが一つだけある。それは、リナちゃんの最後の願いは叶えてあげたいってこと。

だからこそあたしは、光の中へと飛び込む。そしてそこで、あたしは意識を手放した。

 

 

 

 

 

気がつくとそこには白い天井があった。そう、おそらく、病室の。左腕には点滴のチューブが刺さっている。

リナちゃんの記憶のお蔭で周りの状況を理解することが出来た。

あたしの横には、椅子に座った20代半ばの綺麗な女性が、疲れを覗かせる寝顔を見せている。

あたしは彼女に声をかけた。

 

「…お母さん」

 

その声に反応した彼女は薄く目を開き、そしてその目は、すぐに大きく見開かれた。

 

「リナ!」

 

涙を浮かべ震える声で、しかしはっきりと、あたしの名前を呼んだ。

 

「ただいま、お母さん」

 

そう応えるあたし。そして最後に、心のなかでこう付け加えた。

 

これから宜しくお願いします、と。




結構重い始まりになってしまいました。リナがはっちゃけてないからなー。
あと、リナの死因ですが、タカヒロオーさんのパクリじゃありません。強引な理由付けで死なせたくなかったのでこうなってしまっただけです。
まあ、見苦しい言い訳はこれくらいにしておきます。

次回「今日(いま)の日常、明日(みらい)の非日常」
見てくんないと、あばれちゃうぞ!


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今日(いま)の日常、明日(みらい)の非日常

タクアンは作者のオリジナルです。


6時30分。あたしはいつもどおり目を覚ました。

カーテンを開けると、朝の日差しが差し込んでくる。うん、今日もいい天気だ。

ベッドから降りたあたしは、扉を開けて部屋から出た。

 

「おはよう、お母さん」

 

キッチンへ顔を覗かせながら朝の挨拶をすると、お母さん…、稲葉サナさんがこちらに振り返り、

 

「おはよう、リナ。先に顔を洗って来なさい」

「はーい」

 

お母さんの言葉に返事をするあたし。これがいつものやり取り。

お母さんに言われたとおり洗面所で顔を洗い、寝癖のついた部分だけ先に髪をすく。あたしとしては、寝癖より癖っ毛の方を何とかしたいトコなんだけど。

そんな悩み事にちょっとだけ更けりながらも支度を終えてテーブルにつく。すでに朝食の準備は出来ていた。お母さん、相変わらず手際がいいなあ。

 

「おはよう、リナ」

 

おっと、お父さん…、稲葉一也さんもやって来た。

 

「おはよう、お父さん」

 

あたしが挨拶を返すとにっこりと笑い、向かいの椅子に腰掛ける。そこへ洗い物を終えたお母さんがやって来て、お父さんの隣に座った。

 

「それでは…、「「頂きます」」」

 

お父さんの号令のもと、家族団らんの朝食タイムが始まった。うん、やっぱり家族揃っての食事って良いよね!

 

 

 

 

 

あたしがこの身体に転生してから6年の歳月が過ぎた。今では小学5年生、今年で11歳になる。

最初は、リナちゃんの代わりが務まるのか心配だったけど、それは杞憂であることがすぐに判った。

実はリナちゃん、なかなかのお転婆だったのだ。さらには、好きなことにはトコトンのめり込むオタク気質でもあったらしい。あー、耳が痛い。

でもそこんトコは素でいけるので大変有り難かった。まあ、リナちゃんが好きだったらしい魔法少女もののアニメに、あたしもハマっちゃうとは思ってもなかったけど。

ただ、勿論あたしと違うところもあった。あそこで出会ったときも思ったけど、とても優しい子なのだ。あと正義感がとても強い。

そりゃああたしだって、人並みの優しさや正義感は持ち合わせている。誰が何と言おうと、あるったら、ある。

けれどリナちゃんの場合、みんなが「そうだ」と納得してしまうような子なのだ。

しかも某正義のお姫さまとは違って、場を弁える賢さを持ち、無茶はせず、他人(ひと)を頼ることも出来た。

実際あたしも見習って実践してるけど、つい昔の癖で突っ掛かっていってしまうことが多い。我ながら血の気が多いなぁ。

とにかく、あたしはあたしなりに、二度目の人生を生きている。

 

 

 

 

 

「いってきまーす!」

 

そう言ってあたしは勢いよく家を出る。別に、遅刻しそうな訳じゃない。

実は今、ある目的の為に基礎体力を養っているところだ。もう2年ほど続けている。

最初はすぐ息切れしてたけど、今ではたいして苦にならない。同じ学年なら持久走であたしの右に出る者はいないだろう。……まあ、小学校で持久走なんてあんまりやらないけどね。

あたしが校門の近くまでやって来たとき、仲の良い女子四人組の後ろ姿が見えた。

 

「おっはよー。穂群原小の四神+α」

「おっ、リナ。おはよう」

「おはよー」

「オッス! リナリナ!」

「+α!?」

 

いつもどおり、それぞれの反応が楽しい子達だ。取り敢えず挨拶を返してくれた順に説明すると。

長身、黒髪で眼鏡をかけた、一見優等生っぽい腐女子の栗原(くりはら)雀花(すずか)

ピンクがかった髪色で糸目、一見おっとりしていそうで頭の回転の早いソフトS少女の森山(もりやま)那奈亀(ななき)

小柄で金髪童顔、男っぽい言葉づかいの残念アホの子、嶽間沢(がくまざわ)龍子(たつこ)

ショートの黒髪、善くも悪くも普通の子、影の薄い(かつら)美々(みみ)

ちなみに美々を除く三人が、穂群原小の四神だ。雀花が朱雀、那奈亀が玄武、龍子が青竜に相当していて、担任でもある『冬木の虎』こと藤村(ふじむら)大河(たいが)先生が白虎を担っている。てか、小学生と同等に扱われる教師ってどうなのよ。

 

「いつも思うけど、リナは朝から元気だな」

「なに、雀花。元気のないあたしを見てみたいの?」

 

今更のように言う雀花におどけて返すあたし。すると、

 

「いや、いい。そんなの見た日にゃ、人類存続が危ぶまれるからな」

「アンタ、あたしをなんだと思ってんの!?」

「ハッハッハッ! 俺はいつでも元気だぜっ!!」

「龍子は少し大人しくしなさーい!」

 

スパーン!

 

「おぶぅっ!」

 

あたしの背中をバンバン叩きながら言う龍子に、懐(?)から取り出したスリッパで思わず頭をひっぱたいていた。うん、リナちゃんへの道程は遠いなぁ。

 

「ねー、リナ。どうしてスリッパ持ってんの?」

「わたしは、リナちゃんがどうやってスリッパを忍ばせてたのかが気になるよ」

 

那奈亀、その質問は前世で散々聞いたぞ。

 

「どうしてって、その方が便利だからに決まってるじゃない。美々の方は、企業秘密ってことで!」

 

あたしは、立てた人差し指を口に当ててそう言った。

 

 

 

 

 

教室で、あたしは若干落ち込んでた。人差し指を口に当てて「秘密」って、どこのパシリ魔族だっての!

狙ってやったんならまだしも、自然に出た行動だってのが余計に悔やまれる。

 

「おっはよー! ……あれ? リナ、なんだか機嫌が悪い?」

「あー、イリヤ。おはよ」

「リナが落ち込んでる!? 天変地異の前触れ!?」

「だからアンタ等はどーゆー目であたしを見とるんじゃ!」

 

まったく揃いも揃って、あたしをバカにしてんの? ……あ、でも少し気分が浮上したかも。

彼女の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。銀髪で赤い瞳、白磁の肌の美少女。あたしと同じように腰の辺りまで伸ばした髪の毛は、あたしとは違いサラサラで癖の一つもない。

べ、別に、羨ましくなんか無いんだからね! なんてツンデレの真似事をしてみても虚しいだけだしやめておこう。

 

「まったく。別に大した事じゃないわ」

「? そう? ならいいんだけど」

 

今だ訝しげに見てるけど、取り敢えずは納得してくれたみたい。

 

「あっ、そうだ。この間の『マジカル☆ブシドームサシ』なんだけど!」

 

お?

 

「もしかして、イオリと喧嘩してタクアンがおろおろしてるやつ?」

「そう、それ!」

 

追記。

あたしとイリヤは、魔法少女アニメ好きという絆で結ばれた親友である。あたしたちは藤村先生が来るまでムサシ談義に花を咲かせていた。

 

 

 

 

 

放課後。イリヤは一人、走り去っていった。おそらく士郎さん、……イリヤのにーちゃんと一緒に帰るつもりなんだろう。

あたしはと言うと、少し間を置いて人が少なくなってから下校する。みんなと一緒に帰らないのは、これからのあたしの行動を知られたくないからだ。

途中、穂群原学園高等部の前を通りかかる。ここは数日前から気になっている場所だ。

この敷地から、瘴気のようなものを感じるようになったのだ。そう、ようなもの。前世で魔族が放っていたそれとは些か毛色がちがう。

だからと言ってそれが何なのか迄は判らない。それ故今のあたしは静観しているしかないのだ。

高校の前を通り過ぎ、しばらく歩き続けて行くと長い階段の前へ出る。柳洞寺というお寺へと続く階段だ。

階段を上って行き、その途中で左手の林の中へ入る。そのまま奥へと進んで行くと少し開けた場所に出た。

あたしはここで、剣と魔法の訓練をしている。

実をいうと、ここを見つけたのは単なる偶然だった。

2年ほど前のお正月、初詣で疲れたあたしが階段の脇に腰掛けたとき、林の方に人避けの結界が張ってあるのに気が付いた。そして後日、確認しに来てここを見つけたのだ。

そう、あたしが体力作りをしているのはここでの訓練のため。結界がある、つまりは魔法が存在しているってこと。ならばあたしも魔法が使えるのではと試してみたらあっさりと発動した。

だからって剣術や魔法の訓練をする必要は無い、なんて普通は思うだろう。

だが、甘い。それは大甘である。

この世界の一般常識では 魔法なんか存在しないことになっている。つまり魔法による事件が起きても気づかれない、或いは隠匿されているとも考えられるのだ。

高等部のこともあるし、ただでさえ前世で散々事件に巻き込まれてきたこのあたし。防衛手段の一つや二つ、持っておくべきでしょう?

てな訳で訓練始め!

 

 

 

 

 

……剣術の訓練を終えたあたしは、引き続き魔法の訓練を始めた。

 

爆裂陣(メガ・ブランド)!」

 

混沌の言語(カオス・ワーズ)による詠唱の後、力あることばと共に地面が円環状に吹き上がる。地属性の術で、滅多に死ぬことはないがやたら痛い。

 

氷霧針(ダスト・チップ)!」

 

続けて唱えたのは水属性の術。複数の氷の針が敵を襲う。殺傷力はないがやたら痛い。

 

爆煙舞(バースト・ロンド)!」

 

次に唱えたのは火属性の術。小さな複数の光球を 飛ばし小爆発させる。やはり殺傷力はないが、痛いし焦げる。

 

風牙斬(ブラム・ファング)!」

 

これは風属性の術。複数の風の刃で相手の肌を浅く切る。殺傷力はないが当然痛い。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

そして精神属性の術。光の槍を放つ。物理ダメージはないが、極度の精神衰弱を引き起こす。

ここまでくれば判ると思うけど、あたしは四大精霊に精神を足した五大属性の精霊魔術を試していたのだ。

実をいうと、魔法に関しては能力のチェック程度しかしていない。現在の最大魔力容量、つまり魔力量の最大値および最大出力を含めての確認である。

さきの精霊魔法の感触で出力の安定を確認する。そして次にすることは、

 

「……覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!」

 

赤眼の魔王(ルビー・アイ)の五人の腹心の一人、覇王(ダイナスト)の力を借りた、対象を氷漬けにし粉砕する黒魔術を放つ。

これによる魔力の消費量から最大容量を、術の威力から最大出力を推し量っているのだ。

大体の目安程度にしかならないが、魔力尽きるまでぶっ放し続けるわけにもいかない。と言うか、そんなことしたくもない。

第一、下手に大きな術を使ったらやたら目立つし自然破壊にもなりかねない。

この世界でそれは不味い。まったく不便な世の中だ。

そんな訳で一とおりの魔法を使っての感想なんだけど、

 

「随分と魔力量も上がったなぁ」

 

そう、出力に関しては全盛期に近い状態、魔力量もかなり増えてきた。とは言っても、全盛期にはまだ及ばないけど。

おそらく今のあたしでは、竜破斬は一発しか撃てないと思う。

まぁ、現代社会で竜破斬のお世話になる事なんてそうそうないとは思うけどね。

 

「さてと」

 

魔法関連の確認も終わったし、訓練は切り上げて帰りましょうか。

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

家に帰ってきたあたしは、お風呂のセッティングをしてから部屋着に着替えてキッチンへ。マウント深山商店街で買ってきた食材で夕食の準備をする。

我が家はお母さんもパートタイムで仕事をしてるので、夕食の支度はあたしがしてる。はっきり言って、ねーちゃんに仕込まれて料理の腕には相当の自信があるのだ。……まあそんな事、人に言えやしないけど。

因みに献立はチーズ入りメンチカツにレタスのトマトスープ、千切りキャベツは敢えてコールスローに。

これが結構白いごはんに合うのだ。

 

ガチャリ

 

「ただいま、リナ」

 

あ、お母さんが帰ってきた。

お父さんもそろそろ帰ってくるし、スープを暖め直しましょうか。

 

 

 

 

 

夕食後、お風呂を戴いてから自室へ戻る。宿題がある日は勉強机に向かうワケだけど、今日は無いので窓から星空を見上げながらくつろいでいた。

 

「うーん、なんかいいカンジ? こんな日常が続けばいいんだけどね」

 

思わず口についた言葉。これがいけなかったんだろうなぁ。所謂フラグってやつね。

視界の端、空に光が瞬いた。

ん? あれって…。

眼を凝らし光を観察して、そして気がついた。

あれって多分、魔法で戦ってるんだ。

……はぁ、儚い想いだったなぁ。

出来れば、あたしはあの騒動に巻き込まれませんように。




本当は剣術の訓練シーンも書きたかったんですが、モノローグが長くなるので断念。
取り敢えず今回で、リナ視点オンリーはおしまいです。ですが、主人公はあくまでリナなので、リナ視点が多くなるとは思います。
次回からはいよいよ、プリズマ☆イリヤ本編に突入します。

次回「動きだした運命」
見てくんないと、あばれちゃうぞ!


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動きだした運命

3話目です。
ちなみにサブタイトルには、ある法則があります。


≪third person≫

穂群原学園小等部5年3組。只今授業中、なのだが浮かない顔をした生徒が一人。この物語の主人公、稲葉リナである。

 

(今のところ、街も学校も変わったところは見られないわね)

 

早めに家を出たリナは、街や学校を確認して回った。特に魔法の光が瞬いていた、そのすぐ下と思われる未遠川辺りは入念に、だ。

 

(ただ冬木大橋そばの川縁に、高校と同じような気配を感じたのは一体…)

 

リナは少し考え込む。

因みに広範囲をどうやって移動したのかといえば、まあ、後日謎の飛翔物の目撃談が話題になったということで。

 

(それにしても、巻き込まれたくないと思ってたのについ調べ回って…。とんだ野次馬根性ね)

 

自分がとった行動に苦笑いを浮かべていたとき、スパンッ! という乾いた音が聞こえてきた。

 

『たたかれた…』

『授業中に堂々と居眠りしないように!』

 

なんと、イリヤがタイガ(藤村先生)に注意されていた。

イリヤは授業態度がいいはずなのに、と訝しむリナ。

 

(まさか、ね)

 

胸のうちに浮かんだ疑念を自ら否定した。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「たたかれた…」

「授業中に堂々と居眠りしないように!」

 

うー、タイガに注意されちゃった。モンスターペアレントの槍玉に挙がっても知らないよ? …自分が悪いんだけどさ。

ミミが「珍しいね」なんて言ってきたけど、考え事があって寝付けなかったって事にしておいた。あながち間違いじゃないし。

そう、昨日の夜、わたしは運命と出逢ったんだ。しかも、割りと最低の。

昨日お風呂に入ってたわたしは、いろんなハプニングの末に魔法のステッキ[マジカルルビー]と契約して魔法少女になってしまった。

その後、元マスターだっていうリンさんと出会って、魔術? で造ったカードを集めるお手伝いをしなくちゃいけない羽目に。しかも戦闘もあるみたいだし。

まぁ、思ってたのとはちょっと違うけど、魔法少女、楽しんでみようかな?

 

 

 

 

 

放課後になってわたしは昇降口に急いだ。すると、

 

『ようやく放課後ですか。カバンの中は退屈でしたよー』

 

背負ったカバンからルビーがピョコッと出てきた。

 

「お待たせルビー。早く帰って魔法の練習しよう!」

『おっ、やる気ですねイリヤさん!』

「うん! せっかくだから楽しもうと思って」

 

なんて会話をしながら下駄箱の蓋を開けた。するとそこには、一枚の手紙が入ってた。

 

『おおっ! もしやこれは、アレですね!』

 

ア、アレって、アレだよね!? 所謂ラブなレター的な?

 

『さあさあ、早く中身を!』

「お、落ち着いてルビー! ここは冷静にいくべきところよ」

 

そうよ、冷静に。だいたいわたしにはお兄ちゃんが…。じゃなくて! と、とにかく中の確認を、って…。

 

今夜0時 高等部の

校庭まで来るべし

来なかったら殺す

帰ります

 

…リンさんからの呼び出し状でした。

 

「なに、イリヤ。ラブレターでももらったの?」

「はやあぁぁ!? リ、リナ?」

 

右肩のあたりからリナが顔を覗かせていた。

思わず飛び退きながら、手紙をポケットに捩じ込んだ。ルビーはわたしの髪の中に隠れている。

 

「なーにビックリしてんの」

「リナがいきなり声をかけたからじゃない」

 

ホント、未だにドキドキしてるよ。

 

「いやーゴメンね。で、どうすんの? 付き合うの?」

「…!! そんなの、リナには関係ないじゃない」

 

危ないアブナイ、つい声が跳ね上がりそうになっちゃった。

 

「うん、まあ、そうなんだけどね」

「じゃあわたし、用事があるから!!」

 

急いで靴を履き替え、わたしは駆け足で飛び出した。

ちょっとあからさまだけど、バレるのよりずっとマシ。だって恥ずかしいし。と言うか、バレてないよね!?

 

 

 

 

≪リナside≫

昇降口から飛び出して行くイリヤを見送って、あたしは呟く。

 

「やっぱり巻き込まれてたか」

 

イリヤが隠した手紙、バッチリ内容は見えていた。

0時に高校の校庭かぁ。絶対、例のやつ絡みだよねぇ。

イリヤの左肩にヘンテコな魔法の道具も有ったし、おそらくそいつが原因かしらね。もしそうだったら、後でシバいとこ。

 

「あれ、リナちゃん?」

 

考え事をしながら帰宅してると後ろから声をかけられた。振り返ってみると、赤い髪の見知った高校男子が。

 

「あ、士郎さん」

 

そこにいたのはイリヤのにーちゃんこと衛宮士郎さん。

 

「…って、どーしたの、その顔は!?」

 

なんと顔の中央、鼻の頭に絆創膏が貼ってある。なかなかに痛々しい。

 

「いやー、昨日風呂場に投げ込まれた石が直撃しちゃってさ。まあ、イリヤに当たらなくて良かったよ」

「ふぅん、そう…イリヤ?」

 

ちょっと待てや! それってイリヤも一緒にいたってこと!?

 

「い、今のは忘れてくれ! ちょっとしたアクシデントだったんだ!」

 

うん、まあ、だいたい察しはつく。多分、偶然が重なったハプニング、所謂ラッキースケベが起きたんでしょうね。で、石ってのがあの魔法の道具ってトコか。

やっぱり後でシバいとこ。

 

「そんな訳で顧問から『部活はいいから帰りなさい!』って言われてね」

「そりゃ仕方ないでしょ」

「まあ、こんな顔で部活に出ても、周りに気を遣わせるからね」

士郎さんはハハハと乾いた笑いを浮かべてる。

 

「あ、引き留めてごめんね」

「ううん、大丈夫。…ところで、また料理教えてもらってもいい?」

 

実は時々、士郎さんから料理を教わっているのだ。あたしが作り方を知ってるのは向こうの世界の料理、特に日本料理に似たものは、向こうではほとんど見当たらなかったからなー。

 

「もちろんさ」

 

士郎さんの快諾にあたしはちょっと嬉しくなった。

 

「ありがとう、士郎さん。それじゃあ失礼します」

「ああ、またね」

 

そう言ってあたしは士郎さんと別れた。

 

 

 

 

 

時間は進んで23時50分。高校の校庭脇にある繁みにあたしは潜んでいた。勿論、イリヤの手紙の件だ。

イリヤが巻き込まれたのは、明らかに魔法に関わること。他の人に相談なんて出来やしない。

だからと言って、友達が巻き込まれてるのに見て見ぬふりなんて、これも出来やしない。

そんな訳で、相手の出方を見るためにこうして身を潜めてるのだ。

しかし春とはいえ、この時間になるとさすがに冷える。誰か、早く来ないかなぁ。

そんな事を考えてると、校門の方から人影が。

年の頃なら十六、七。長い黒髪をツインテール、というか左右のサイドアップにしている女の人。

顔はよく見えないけど、親近感を感じるのはそのプロポーションのせいか。…女は胸じゃないやい。

その女性(ひと)は腕時計を見ながら校庭の真ん中に立っている。当然イリヤを待っているんだろう。

当のイリヤはというと、0時ギリギリに現れた。

というか、何? そのピンクのヒラヒラの衣装は!? 手には柄が生えたあの魔法の道具が握られていた。もしかして魔法少女、魔法少女なの!?

考えてみたらあの道具、輪っかの両サイドに鳥の羽根を象った飾りがついていて、その中央には五紡星(ペンタグラム)を象った星が嵌まっている。そして今はその下部から長い柄が伸びているのだ。魔法のステッキ以外の何物でもない。

 

『ちゃんと来たわね』

『そりゃあんな脅迫状出されたら…』

 

うん、殺すって書いてあったもんね。消してあったけど。

 

『なんでもう転身してるのよ』

『さっきまでいろいろと練習してたんですよー』

 

ん? 第三者の声…。あのステッキが喋ってんのかな?

しかし練習って…?

 

『とりあえず基本的な魔力弾射出くらいは問題なくいけます』

 

なん、だと!

 

『正直かなり不安ではあるけど…、今はあんたに頼るしかないわ。準備はいい?』

『う、うん!』

「ちょーっと待ったぁ!!」

 

もう我慢出来ずに、あたしは飛び出した。

 

「うえぇぇえ! リ、リナ!?」

 

イリヤ、なんか今日は驚かせてばかりでごめんね。

 

「な、何、この子。イリヤの知り合い?」

「うん、わたしのクラスメイトの…」

「稲葉リナよ」

 

イリヤの言葉を引き継いで名のりをあげる。

 

「あんた、どうしてここに?」

「そんなの、事件に巻き込まれた友達が心配だったに決まってるじゃない」

 

すると女性がキッ、とイリヤを睨む。

 

「イリヤ、あんたまさか!?」

「ちょい待ち。あたしが勝手に手紙を覗き見ただけでイリヤは関係ないわ。むしろあんな、人の行き来がある場所でいかにもラブレターと間違えそうな方法、何でとる訳? あなたはうっかりさんか?」

「くっ、うっかりは遠坂家の呪いみたいなものよ!」

 

おい、ホントにうっかりさんかよ。

 

「あーもう、それはいいとして…」

 

いや、よくないぞ。

 

「これは一般人のあなたが関わるべきことじゃないの。だから…」

爆煙舞(バースト・ロンド)

「なあぁぁあ!?」

 

あたしの放った術で焦げる遠坂孃。イリヤが眼を丸くしてあたしを見てる。

 

「リナ、それって…」

「あたしは天才美少女魔道士リナ=イン…じゃなくて、稲葉リナよ」

 

危ない、危うく前世の名前を言うとこだった。

 

『魔道士? 魔術師じゃなくてですかー?』

 

ステッキが尋ねてくる。丁寧な言葉遣いだけど、なんか胡散臭さを感じるわね。

 

「…魔法の認識が違う、別体系って事じゃない?」

『なるほど、確かに違うみたいですね』

 

あたしの発言でなんか納得したらしい。理由はわからないけど。

 

「そんな事よりそこのステッキ!」

『[マシカルルビー]ちゃんですよー!』

「じゃあルビー! さっきイリヤに魔力弾を教えたって言ってたわね!」

 

あたしが盗み聞きをしてた時の、アレである。

 

『確かに言いましたけど。何か問題でもあるんですか?』

「あるに決まってるでしょ! あたしは友達に危険な目にはあって欲しくないの!」

 

ホントむかつくわね、このステッキ!

しかしルビーはしれっと言った。

 

『まあ、リナさんの気持ちもわからなくはないですけどねー。わたしは自分の気に入った主人(マスター)と契約したかっただけですから』

「じゃあ何でこんな事に…」

『それは凛さんの、元マスターの都合ですね』

「そう、わたしの都合よ」

 

振り返ると遠坂…、凛さんがゆらりと立ち上がっていた。というか復活早いな。

 

「時間がないから簡単に説明するけど、ここ冬木の数ヵ所に特殊なカードが眠ってるの」

 

凛さんが一枚のカードを見せながら言う。

 

「そのカードを回収するためにそこの魔術礼装が必要だったんだけど…」

「イリヤに鞍替えしちゃったわけね」

 

凛さんが暗い表情になる。見るとイリヤも同じような表情だ。

まったく、仕方ないなぁ。あたしはひとつ溜め息を吐き、

 

「こうなったら、あたしも手伝うしかないわね」

 

この発言に一瞬の沈黙。そして。

 

「「ええーーーっ!?」」

 

二人の驚きの声が、深夜の校庭に響くのだった。




なんだか、士郎とリナに変なフラグが立ってるような気が。
次話でようやくあの子が登場です。

次回「いざ、戦いへ」
見てくんないと、あばれちゃうぞ!


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いざ、戦いへ

4話目。個人的にはリナとルビーのやり取りが好きです。

※今回からルビ導入。過去作品は順次修正します。


≪third person≫

リナの発言に驚くイリヤと凛。しかし、まったくと言っていいほど平然としている者もいた。

 

「あんたは驚かないのね。ルビー」

『ええ、手紙を覗き見されたときに、リナさんのことはただ者ではないと思っていましたから』

「はぁ、やっぱり。なんとなくそんな気はしてたのよね」

 

後頭部を掻き、明後日の方を見ながら言うリナ。

 

『おや、わたしに意思があると見抜いてましたか』

「まあね。喋るとは思わなかったけど」

 

そう言って笑顔でルビーに近づいて行き、そして。

 

「スリッパ・ストラーッシュ!!」

 

すっぱぁん!

 

手に持ったスリッパが、いい音を響かせてルビーの事を叩いていた。

立直りかけていたイリヤと凛は、口をあんぐりとさせている。

 

『いったあ!! なにするんですか!?』

「アンタがイリヤを巻き込んだことにかわりないでしょーが! それにイリヤのにーちゃん怪我させたのもアンタじゃないの!?」

『なんの根拠があってそんな事言うんですか!?』

 

ルビーが反論してくる。対してリナはそっと指を指す。

それに合わせて視線を向けると、イリヤが首を縦に思い切り振っていた。

 

「重要参考人」

『ちっ』

 

ルビーは口もないのに器用に舌打ちをした。

ここに至って、イリヤがハッと我に返る。

 

「ちょっとリナ。手伝うって言ってたけど危険だよ」

「それはイリヤだって一緒じゃない」

「〜〜〜〜」

 

リナの切り返しに返す言葉もない。そこに凛が口を挟む。

 

「言っとくけど、わたしはあんたのサポートはしないわよ?」

「自分の身は自分で守れるわよ。あたしまだ、実力の一端すら見せてないんだから」

 

胸を張りながら言うリナ。しかしそれは奢りなどではなく、自分の持つ能力に裏打ちされた自信から来るものである。

その様子を見た凛は、ひとつ溜め息を吐き言った。

 

「わかったわ。ついてきなさい」

 

 

 

 

 

そんな様子を校舎の陰から覗き見る者達がいた。

 

「ようやく動くみたいですわね」

 

青いドレスを着た、凛と同じくらいの年齢の金髪縦ロールの女性が言う。

 

「……」

『なにやらトラブルがあったように見受けられます』

 

イリヤと同い年くらいの黒髪の少女は口をつぐんだまま。返答したのは、少女の持つステッキだった。

デザインはルビーとよく似ている。

 

「予定の時間を幾分過ぎているようですけど…。ああ、転送しましたわ。では、こちらも参りますわよ」

 

 

 

 

≪リナside≫

いやー驚いた。

ルビーを中心に魔法陣が描かれたと思ったら世界が反転して、見た目がまったく同じ別の空間に移動してたのだ。違うところといえば立方体に切り取られた空間で、その境界線は昔のコンピュータグラフィックのような格子模様で覆われていたということ。

凛さんが言うには鏡合わせの世界、鏡面界と言うらしい。

前に高位魔族が似たような空間を創っていたけど、ただの魔法の道具、こっちじゃ魔術礼装だっけ? それが移動させたってんだから驚かないわけにゃいかないでしょ?

 

「二人とも、構えて!」

 

凛さんの声にあたしは意識を切り替える。

校庭の中央。そこの空間が歪み、両目を大きな眼帯で隠す、長い紫色の髪の女性がリ○グの貞○のように現れた。

 

「なんか出てきたっ! キモッ!?」

 

うん、イリヤもそう思うよね。

なんて事を考えていると。

 

ズドン!

 

紫女が、鎖の先に杭のついた武器で攻撃してきた。勿論あたし達は咄嗟にかわしている。

 

Anfang(セット)−−−!」

 

凛さんが三つの宝石を構えながら言葉を紡ぐ。

 

「爆炎弾三連!!」

 

投げつけた宝石がその名のように三つの爆炎をあげた。威力は、三つを合わせてちょうど火炎球(ファイアー・ボール)ほどか。

しかし紫女には傷ひとつつかない。

 

「やっぱ魔術は無効か…!」

 

魔術が効かない? どうやら耐魔力が高いみたいね。

凛さんは「任せた!」とか言って建物の陰に隠れてしまった。ホントはツッコミたいとこだけど紫女の二撃目がイリヤを襲う。

イリヤはなんとかかわしたけど、

 

「かすった! 今かすったよ!」

 

ややパニック気味になっている。でも、今まで普通の女の子だったんだし致し方ない。

 

『接近戦は危険です! まずは距離を取ってください!』

「キョリね! そうね、取りましょうキョリ!」

 

次の瞬間。

 

「キョリーーー!!」

 

脱兎のごとく駆け出した。いやー、相変わらず足早いなぁ。

さて、あたしもただ見ていただけではない。

 

螺光衝霊弾(フェルザレード)!」

 

バックステップしながら呪文を叩き込む。

 

「■■■■ー!?」

 

よし! さほどではないけどダメージはあったみたいね。

しかしコイツ、下手な魔族より耐魔力高くないか?

 

「−−−!?」

 

突如嫌な予感がしたあたしは、咄嗟に地に伏せる。するとその上を、水平に広がった魔力の斬撃が通りすぎて行く。

斬撃は紫女に直撃し、さらに校庭の周りに張ってあるフェンスを破壊した。

あ、あぶなっ。

当然、こんなことしたのは、

「こらーイリヤ! あたしを殺す気かっ!!」

「ご、ごめん!?」

 

イリヤもあまりの事に思考がついていってないようだ。ルビー、せめてもう少し能力(ちから)のコントロールのしかたを教えてあげて。お願いぷりーず。

 

「! リナ、あぶない!!」

 

へっ? のわぁっ!!

危うく紫女の杭が、あたしの頭に命中するところだった。流石にあたしの戦闘勘も鈍っていたみたいだ。

あたしは攻撃をかわしながら混沌の言語(カオス・ワーズ)を唱える。紫女はなかなかすばしっこく、はっきり言って結構キツイ。

ただ、イリヤの斬撃が効いているのか、攻撃に先程までのキレがなくなっている。

 

冥壊屍(ゴズ・ヴ・ロー)!」

 

力あることばとともに、紫女めがけて影がのびて行く。この影に接触した瞬間、精神を破壊し、続いて肉体を滅する。しかもこれは疑似生命体なので、明り(ライティング)の強い光を当てても消し去ることはできないのだ。

紫女は本能的に察したのか、大きく後ろへ飛び退いたが、影はさらに進んでいく。

その隙に、あたしはイリヤの元へ駆け寄った。はっきり言ってまた巻き添えを食らうのは嫌だ。

冥壊屍の影は更に追いかけるが、紫女の放った杭の直撃を喰らうとあっさりと消失。再びあたし達に襲いかかろうとした。しかし、

 

「特大の散弾!!」

 

イリヤが放った無数の魔力弾が前方方向の広範囲に着弾する。それはまるで絨毯爆撃の様だった。でもこれじゃあ…。

 

「やった!?」

『いいえ、おそらく今のでは…』

「バカ! 範囲広げすぎよ!」

 

そう、凛さんの言うとおり。

広げすぎ、もっと言えば小分けにしすぎた魔力弾は、当然ながら一発あたりの威力が相当落ちる。あれじゃあ多分、倒すことは…。

その予想通り、煙の晴れた先に紫女は立っていた。

と、紫女の前の空間に突然現れる魔法陣。

 

ぞわわぁっ

 

背筋に、とてつもない悪寒が走る。

いったい、なにが…。

 

「宝具を使う気よ! 逃げて!!」

凛さんの言う宝具がなんなのかは判らない。ただおそらく、必殺技を使うんだろうということは理解した。

 

「ルビー! 出来るだけ強力な結界をお願い。あたしは、間に合うかわかんないけど大技を試してみる!!」

『わ、わかりました。イリヤさん、魔力を全部、魔力障壁、物理保護に回します!』

 

よし、さすがのルビーもこの状況では聞き分けがいいようだ。

あたしは、敵へと意識を向けた。

 

黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの

刻の流れに埋れし

偉大な汝の名において

我ここに 闇に誓わん

 

あたしは、向こうの世界の魔王、[赤眼の魔王(ルビー・アイ)]の力を借りた術、[竜破斬(ドラグ・スレイブ)]の詠唱を始めた。

この術は仕掛けた相手の精神をズタズタにし、余剰エネルギーを爆発という形で物理的な破壊をする強力なものだ。

いくら耐魔力が高くても、これの直撃を喰らえば仕留められるはず。でも。

 

騎英の(ベルレ)−−…」

 

だめ! 向こうの方が速い!!

後はルビーに頼るしか…。

この時のあたしはそう思っていた。

 

 

 

 

≪third person≫

凛達が敵と対峙し始めたころ、校舎の裏手に現れた魔法陣から二つの人影が浮かび上がる。

先程の金髪縦ロールと黒髪の少女だ。

 

「どうやら本当に魔術は効果がないみたいですわね」

 

金髪縦ロールは、校舎脇に退避している凛を見てそう結論づけた。

 

「ですが、まだ手を出さないように。敵が大きな隙を作ったとき、最大の一撃でトドメをさしなさい」

「はい」

『元マスターは卑怯ものと評します』

 

素直に返事をする黒髪の少女に対し辛辣な言葉をぶつけてくるステッキ。

 

「黙りなさい! これはあくまでもカード回収のための戦略です。卑怯ものというのは遠坂凛(トオサカリン)のような者をいうのですわ」

 

この台詞でも判るように、彼女と遠坂凛の仲は非常に悪い。

お互いの能力には信頼を置いているが、お互いに信用しあうことなどあり得ないと思っている。まさに犬猿の仲、というやつだ。

 

『お二人のいさかいに巻き込むのはご遠慮ください』

「向こうが仕掛けてこなければ考えてみてもよろしいですわ」

『不可能という事ですね』

 

ステッキは、やれやれとばかりに溜め息を吐く。

 

「それにしても…」

 

彼女は戦いを見ていて気になることがあった。リナの存在である。

魔術が効かないはずの敵に、魔術で対抗している。しかも自分の、いや、自分達の知らない術だ。

 

(あの少女は何者ですの…?)

 

時計塔の魔術師として、とても興味深い存在であった。

 

(いいえ、今はそれどころではありませんわね)

 

彼女は気持ちを切り替える。

戦況はまさに宝具発動の体勢に入ったところだ。

 

「さあ、おいきなさい! 遠坂凛(トオサカリン)に目にものを見せてさしあげるのです!」

 

その言葉に頷き、黒髪の少女は敵に向かって一歩を踏み出す。

ステッキを持つのとは反対の手には、槍を持つ男の絵が描かれたカード。

 

騎英の(ベルレ)−−…」

 

敵が宝具の真名解放をしようとした同じタイミングで、

 

「クラスカード『ランサー』、限定展開(インクルード)

 

少女がカードをステッキに当て言葉を紡ぐ。すると、ステッキの姿が血のように真っ赤な槍へと変わる。

少女は槍を力強く握り、敵の元へと一気に詰め寄った。

 

刺し穿つ(ゲイ)−−」

「!!」

 

敵も気がつき振り向くが、刻すでに遅く。

 

死棘の槍(ボルク)!!」

 

少女の槍が胸を貫いた。

 

「■■■!!」

 

敵は声にならない声をあげ、光の粒子となって消滅する。後には一枚のカードが残されていた。

 

「『ランサー』接続解除(アンインクルード)、対象撃破」

 

槍からカードが排出されステッキへと姿を戻す。

少女はカードへと近づいて行き、

 

「クラスカード『ライダー』 回収完了」

 

それを手に入れる。

 

「「だ、誰!?」」

 

イリヤとリナは、ただ一言呟くことしかできなかった。




金髪縦ロールと黒髪の少女、ステッキの名前は次回持ち越し。狙いではありますが、名前を隠したままの会話って難しいですね。
戦闘シーンは、脳内補完でお願いします。

次回「平穏を乱すモノ」
見てくんないと、あばれちゃうぞ!


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平穏を乱すモノ

5話目。説明回ですね。


≪リナside≫

その少女は静かに佇んでいた。

黒い髪にやや切れ長の目。

着ているのは競泳水着の様な衣装にスカートの様な飾り、そして先が別れた白いマント。

手にはルビーによく似たステッキ。ただし羽根の飾りは鳥ではなく蝶、嵌め込まれた星は六紡星(ヘキサグラム)だ。

うん、これはパターン的に見て、間違いなくライバルの魔法少女登場ってやつね。

あたしは取り敢えず声をかけてみようと思った。

思ったんだけど。

 

「オーッホッホッホッホ……!」

 

あたしの心を抉るような高笑いが、それを阻止した。

 

「あのバカ笑いは…」

 

ん? 凛さんの知り合い?

 

「無様ですわね、遠坂凛(トオサカリン)!」

 

そこに現れたのは金髪縦ロールのいかにもお嬢様風の女性。

 

「まずは一枚! カードはいただきましたわ!」

 

な、なんかこのひとって…。

 

「ここしかないというタイミングで如何にして必殺の一撃をいれるか。その一瞬の判断こそが勝負を分けるのですわ」

 

うん、言ってることは正しい。正しいんだけど…。

 

「だというのに、相手の宝具に恐れをなして逃げまどうなど笑止千万!! とんだ道化ですわね、遠坂凛(トオサカリン)!!」

「「やっかましいー」」

 

凛さんの延髄蹴りがきまり、あたしのスリッパが頭を叩く!

 

「レ、レディの延髄によくもマジ蹴りを!! …というか、なぜあなたまで攻撃を!?」

 

金髪縦ロール、面倒臭いので金ドリルは、器用にも凛さんと拳の打ち合いをしながら、あたしに聞いてくる。

ふむ、そんなの決まってる。

 

「アンタの言動が、昔の知り合いに似てて嫌なのよ!」

 

そう。言葉遣いこそ違うけど、その相手をバカにした態度が自称あたしのライバル、実質金魚のうんちだった、知り合いの女魔道士に似てたりする。

なにより、あの高笑い!

あんな笑い方をするやつがまっとうな人間であるはずがない。(断言)

 

「あら、リナ。わたしと気が合うみたいね」

「いや、凛さんも大概だと思う」

「「人の事言えるか(ませんわ)ーーー!!」」

 

なに、人の事常識はずれみたいに。あたしはいたって普通の小学生よ。

 

ぴしいっ

 

突然、何かがひび割れるような音がした。見ると、地面や空間の境界面に無数のヒビが。

 

「ルビー! なんか地面が割れて……、うわっ! 空も!?」

『あらー、原因(カード)を取り除いたので鏡面界が閉じようとしてるみたいですね』

 

イリヤの疑問にルビーが答える。

 

『凛さん、ルヴィアさん。脱出しますよー』

「くっ、仕方ないわね」

「美遊、頼みますわ」

 

二人は顔を付き合わせながらも返事をする。でも、お互いに睨み合ったまま動こうとはしない。

いーかげん、状況をわきまえなさいよ、おまいら。

 

「……サファイア」

『はいマスター』

 

美遊と呼ばれた少女に応えるステッキ・サファイア。

そして、サファイアが形成した大きな魔法陣によってもとの世界へと戻ってきた。向こうで破壊された箇所も、こちらではなんともない。

なんか、凛さんと金ドリル、ルヴィアさん? がクロスカウンターしてるけどそんなのは無視。

あたしが美遊の方に視線を移すと、向こうもこちらを見ていた。いや、正確にはイリヤを、か。

 

「この(わたくし)が攻めきれないとは…」

「単純なタックルがいつまでも通用すると…」

 

…なんか向こうでは肉体言語の会話が聴こえる。

魔道士の、いや、魔術師だっけか? そういった人たちの会話じゃないよなぁ。イリヤとルビーもあきれてるし。

 

「で、さっきから気になってたんだけど、そっちの子はなに? なんでサファイアを持ってるのよ」

「それはこちらのセリフですわ。どうしてあの白い子がルビーを? これではまるで…」

「まるで、ステッキに見限られたみたい?」

「ふっ…」

 

…なんだ、この舌戦は?

 

「ええ、そうですわよ! あの後サファイアを追いかけたら、既にこの子と契約完了してて『この方をマスターです』とかワケのわからないことを…ッ!」

「あー、もういいわ。だいたい何があったか想像つくから」

 

あー、なるほど。あたしも凛さんに何があったか想像がついたわ。

 

「…それと、そちらの赤い子は何者ですの? 見たことのない魔術を使うようですけど」

 

おっと、あたしにまでお鉢が回ってきたか。まあ、あんな術使ってたら仕方ないわね。

 

「あたしは魔道士の、稲葉リナよ」

「魔道士?」

「わたし達とは別体系の魔術らしいわ」

 

凛さんがフォローしてくれた。てか、爆煙舞で焦げてたときにもきちんと聴いてたみたいね。

 

「別の体系…。まあいいでしょう。イレギュラーはありましたが、勝つのは(わたくし)ですわ。覚悟しておくことですわね、遠坂凛(トオサカリン)!」

ルヴィアさんはそう言うと、美遊を引き連れ去っていった。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「ったくあのバカは……」

 

リンさんがご立腹です。

 

「あの人って味方じゃないの?」

 

わたしは気になって尋ねてみた。

 

「…そのはずだったんだけど、とりあえず今は対抗馬…、ってとこかしら」

「あー、あたしの昔の知り合いもそんな感じだったわね」

 

ふーん、リナの昔の知り合いかぁ。ちょっと見てみたい気がするな。

 

『それにしても、あの子が誰なのか聞きそびれちゃいましたねー』

 

うーん、確かに気にはなるんだけど…。

 

「…ねえ、リナ。あの子、わたし達と同じくらいの歳だったよね?」

「そうね。…あ、もしかして」

「うん、パターンでいくとこれって…」

 

わたしとリナは、ある確信を持った。

 

 

 

 

 

「美遊・エーデルフェルトです」

「はーい、みんな仲良くしてあげてねー」

 

次の日。ウチのクラスに転校生がやって来ました。なんていうか、ここまで予想通りだと笑えてくるなー。

 

「席は窓際の一番後ろね。イリヤちゃんの後ろのとこ」

 

ええっ、タイガなんて事を!? リナをチラッと見ると、「御愁傷様」って顔でこっち見てた。

見放された!? って、席が離れてるからどうしようもないよね。

うわぁ、自分でもパニクってるのがよくわかる。

しかも後ろのミユさんから、ちょー見られてるのが判るんですけど。

ルビーが『メンチで負けてはいけませんよー』なんて言ってるけど、はっきり言って視線のプレッシャーがキツイです。

 

 

 

 

 

休憩時間になって、ミユさんに色々と聞きたいこととかあったんだけど、当然というか、クラスメイトたちが押し寄せていた。

わたしと同じように、リナも困った顔をしてる。

 

『では、代わりにわたしがお話を伺います』

「わっ!?」

『サファイアちゃんも来てたんですねー』

「誰かに見られるとまずいわ。廊下に出ましょう」

 

うん、リナの言うとおり。わたし達はいそいそと廊下の窓際まで移動した。

ルビーとサファイアは携帯モードのまま、窓枠の外に浮いてる。なんかシュールな絵面だね。

 

『こちら、わたしの新しいマスターのイリヤさんです』

『サファイアと申します。姉がお世話になっております』

 

おお、ルビーの妹なのに礼儀正しい!?

 

「あんた達って姉妹なのねー」

『ええ。わたしとサファイアちゃんは同時に造られたんですよー』

『魔力を無限に供給し、マスターの空想を元に現実に奇跡を具現化させる。それがわたしたちカレイドステッキの機能です』

 

えーと、つまり、自分の思ったことを叶えてくれるってことかな? うん、なんかちょっと違う気がする。

 

『でも美遊さんも大したものですねー。初めてなのにいきなり宝具を使うなんて』

「宝具?」

「そう言えば凛さんも、宝具がどうとか言ってたわね」

『説明していないのですか、姉さん』

『…一度に説明しても混乱させるかと思いまして』

 

……そうかもしんないけど、さわり程度は言っといてほしかったなー。たしかあのライダーってのが使おうとしてたやつだよね。

そんなわけでルビーとサファイアが説明してくれたことによると…。

 

−−−わたしたちが集めてる[クラスカード]は突然ここ、冬木市に現れたらしい。そして魔術協会ってところが魔力がおかしいところを調べ始めたのが二週間くらい前。

で、回収したカードを調べたんだけど、ほとんどのことはわからなかったみたい。

ただひとつ、このカードは英雄の力を引き出せるらしい。…って、

 

「英雄?」

『神話や昔話にでてくるアレですよ』

『偉業を成し英雄と認められた者は、死後に[英霊の座]と呼ばれる高次の場所へと迎えられます…』

 

−−−英霊になった人たちは強力な武器を持ってて、それを[宝具]っていうらしい。

ルビーとサファイアはカードを使って少しの間だけ宝具を使えるんだって。昨日、ミユさんが使ってたのもそう。

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)]って武器で、放てば必ず心臓に当たる、ってかなり物騒だよね!?

 

「ひとついい?」

『なんですか、リナさん』

「宝具って必ず形あるものなの?」

『いえ、そんなことはありませんよ。強力な攻撃の魔術が武器、という英霊もいますから』

『ただ、そのような宝具はわたしたちでは発動できないと思われます』

「りょーかい」

 

? なんだったんだろ。

ま、とにかく話の続きだけど。

 

−−−あのライダーはカードによって現れた英霊だけど、かなりランクダウンしてて理性もほとんど無いみたい。

そして英霊を倒せばカードの回収ができるけど、ライダーには魔術が効かなくって、ルビーたちの出番。いろいろあって今に至る、と。

わたし、完全にとばっちりだね。わかってたけど。

カードは全部で7枚、残り4枚か。

イマイチ自信はないけど頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

帰り道、わたしは落ち込みうなだれてた。

ミユさん、あの子は天才だった。

算数では高校で習うような式で問題を解き、図工ではピカソのような絵を描く。

調理実習ではハンバーグだけでなくいろんな料理をフライパンひとつで作り、50メートル走では学年トップだったわたしを抜いて1位に。

 

「ちょっと、そんなに落ち込まなくても…」

「リナはいいよ。ハンバーグ、ミユさんに勝ってたもんね」

 

ミユさん凄い! の雰囲気の中、リナが差し出したハンバーグを食べた先生が、「勝者リナちゃん!」と高らかに宣言した。

ミユさんもそれにはちょっと驚いてたみたい。

 

「…あたしは、あの短時間であれだけの量、あのクオリティでは作れないわ」

「えっ、そうなの?」

「あんたのにーちゃん並みの技能だよ、あれ」

 

へー、そうなんだ。やっぱりミユさんは凄いなぁ。

 

「…なにしてるの?」

 

えっ、ミユさん!?

 

「こ、これはどうもお恥ずかしいところを…。ミユさんにあらせましては今お帰りで?」

「なんで敬語?」

「こりゃ、イリヤ。なに卑屈になってんの」

 

だってー…。

 

「あなたもステッキに巻き込まれてカード回収を?」

「うん、成り行き上仕方なくっていうか…」

「そう。それじゃあなたはどうして戦うの?」

 

え、どうしてって…。

 

「…ホントのこと言うとね、ちょっとだけこういうのに憧れてたんだ。アニメとかゲームみたいじゃない?」

「ゲーム…?」

 

わたしはミユさんに、ワクワクしてるとか楽しんじゃおうかなとか話した。すると、

 

「もういいよ。…遊び半分で英霊を打倒できるとでも? あなたは戦わなくていい。カードの回収は全部わたしがやる。せめてわたしの邪魔だけは…」

「自分の意見だけ押し付けんじゃないわよ!」

「「!?」」

 

な、リ、リナ?

 

「どういった理由で戦うかなんて人それぞれ。あなたに何があるのかは知らないけど、それを否定する権利は無いんじゃない?」

「……」

 

ミユさんは押し黙ったまま、立ち去ってしまった。

 

「…ただね、美遊の言うこともわかるんだ」

「え?」

「楽しむのはいいけど、下手をしたら死ぬかもしれないって心構えは持っていてほしいな」

「死…」

 

わたしは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

そのあとうちへ帰ったら、お向かいに豪邸が建っていました。そしてその豪邸に入っていったのは、さっき別れたばかりのミユさんでした。

現実はゲームより奇なり、です。

 




雀花たちの出番、丸々カット。
イリヤは藤村大河のことを先生もしくはタイガと呼んでます。

次回「退っ引きならない魔術的事情」
見てくんないと、あばれちゃうぞ!


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退っ引きならない魔術的事情

6話目、前回に続き説明回ですね。ルビーはホントに妹思いなんですよ?


≪リナside≫

深夜0時5分。未遠川横の公園。あたしたちは大敗を喫した。うん、そりゃもう見事なまでの大惨敗だった。

 

 

 

 

 

0時ちょうどにあたしたちは鏡面界へと接界(ジャンプ)した。

しかしそこにいた英霊は上空一面に魔法陣を敷き、魔力の熱線を雨あられのように撃ち込んでくる。ルビーの張った魔術障壁(ランクA)をも突破してきた。

わずかな隙をついて、美遊が砲射(シュート)を、あたしも爆炎矢(ヴァ・ル・フレア)を放ったが、その攻撃はどちらも魔力指向制御平面っていう障壁によって、弾かれる。

そして英霊は竜巻状の風の結界であたしたちを閉じ込めて、止めの一発をどかーん! ときたわけである。離界(ジャンプ)が後わずかでも遅れていたら、あたしたちは全滅していただろう。

 

 

 

 

 

「どういうことですの!? カレイドの魔法少女は無敵なのではなくて!?」

『ルビーサミング!!』

 

ルヴィアさんがサファイアに当たっていたら妹思いのルビーに眼球攻撃を食らってた。ちびっこ向けの番組なら「よいこはまねしないでね」ってテロップが入るわね、絶対。

 

『魔法少女が無敵だなんて慢心もいいところです』

「…ごめん、わたしも無敵だとちょっと思ってた」

 

をいイリヤ。それはちょっと夢見すぎだぞ。

確かにルビーは、あたしが見ても規格外の魔術礼装だと思う。でも、何事にも例外というものがある。

相性の良し悪しや能力を使いこなせない、といったことだ。

実際、前回は能力を使いこなせていなかったし、今回はおそらく相性が悪いんだろう。

まったく、障壁や魔法陣の向こう側を飛んでる敵にどうやって攻撃を当てろとゆーんだ。

 

「…あの障壁も問題だわ」

『攻撃陣も反射平面も座標固定型のようですので、魔法陣の上まで飛んでいければ戦えると思いますが…』

 

凛さんも同じことに頭を悩ませているらしい。サファイアが分析から導き出された回答を言ってるけど。

ううみゅ。空を飛ぶ術はあるけど問題があるしなぁ。

 

「そっか。飛んじゃえばよかったんだね」

 

へっ?

その言葉に振り返ってみると、そこには宙に浮くイリヤが…。

てか、なんでじゃああ!?

 

「なんでいきなり飛んでるのよ!?」

「イリヤ、飛行術なんていつの間に覚えたのよ!?」

「強固で具体的なイメージがないと浮くことすらむずかしいというのに…」

 

凛さん、あたし、ルヴィアさんの順にぶつけた疑問に対してイリヤの答えは、

 

「魔法少女って飛ぶものでしょ?」

 

である。

いやー、なんとも頼もしい思い込み。

なるほど、これが「空想」を元に「現実」に「奇跡」を「具現化」させるってことか。空想の元は、とーぜんアレね。

 

「…負けてられませんわよ、美遊(ミユ)! あなたも今すぐ飛んでみせなさい!」

 

いやー、ルヴィアさん。強固で具体的なイメージってあなたが言ったんでしょ。それとも美遊も、とてつもない空想力の持ち主とか…。

 

「人は、飛べません」

 

…うわ、想像をはるかに下回る夢のなさ! あんた、ホントに小学生!?

 

「そんな考えだから飛べないのですわ!」

 

ルヴィアさんは「特訓ですわ!」て言いながら美遊を引っ張っていった。因みに凛さんへの捨て台詞も忘れていない。ブレない人だ。

 

「ところでリナ。あんたは空飛べたりするの?」

 

さすが凛さん、抜け目がないわね。

 

「『翔封界(レイ・ウイング)』っていう飛翔の術はあるわ。けど、戦略には組み込めないでしょうね。コントロールが大変だから」

「なるほど、ね。了解」

「ねえ、何がダメなの?」

 

うーん、さすがにイリヤには理解できないか。

 

『イリヤさん、リナさんはコントロールが大変だと言いましたよね?』

「うん」

『魔術の行使にはある程度の集中力が必要なんですよ。ですがその術のコントロールに集中力のほとんどが割かれれば…』

「ほかの術が使えない?」

『そういうことです』

 

ルビーってば、普段はあーだけど、こういうときのサポートはしっかりしてんのね。

 

「まあ、今日の所はお開きね。明日はちょうど学校も休みだし、いろいろ戦略練ってみるわ」

凛さんのその言葉が、解散の合図になった。

 

 

 

 

 

でもって翌日。あたしはイリヤとともに、郊外にある林の中の開けた場所にやって来た。

そしてここに来た理由はというと。

 

「林の中で特訓とか、ずいぶん地味だよね」

 

そう、イリヤのために魔力の運用効率を含めた飛行訓練の付き添いである。

 

『舞台裏なんてそんなもんですよー』

「そうそう。それを表に出さないのがプロってもんよ」

「魔法少女のプロっていったい…」

 

そこは深く考えたら負けよ、イリヤ。

 

「そんなことより! 早く早く!!」

「うぅ、わかってるよぅ」

『いきますよー。

コンパクトフルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』

 

ルビーの呪文? とともにイリヤの身体がキラキラにつつまれて、例の魔法少女のコスチュームへと変身した。

 

『魔法少女プリズマイリヤ推参!!』

「まさに魔法少女の変身シーン! いやー、いいもん見させてもらったわ」

「〜〜〜恥ずかしいよぅ」

 

恥じ入るイリヤがまたよろし。

 

「魔法少女はやっぱり、なるもんじゃなくて見るもんよね」

『おや、リナさんは視聴者側のスタンスですか』

「魔法少女の戦い方は真似してみたいけど、変身したいかどうかは別ね」

「う〜、やっぱりこの格好って自殺もんなのかなあ」

 

まあたしかに、あたしもあんな格好したくないわね。

 

「さあ、そんな事よりもイリヤの飛行訓練を始めましょ」

 

 

 

 

 

イリヤは訓練の前に、アーチャーのカードの限定展開をためしてたけど、弓しか現れず使えないカードだということが判明しただけだった。

 

 

 

 

 

イリヤは上空で移動と停止を繰り返してる。極力魔力を抑えた状態での飛行を覚えてるのだ。

イリヤは魔法に関してはズブの素人である。ひとつの行動に関しても無駄に魔力を消費している。それを矯正するのも目的としてるんだろう。

とはいえ。

 

「イリヤー、そろそろ休憩にしましょ。根の詰めすぎはよくないわよー」

「はーい」

『いやー、汗にまみれながら特訓をする魔法少女というのも、結構そそられるものがあるんですけどねー』

 

ルビー、オヤジくさっ!

…と、危ないあぶない、また忘れるとこだった。

 

「ちょっとルビーに聞きたいことがあんだけど」

『はい?』

 

ルビーが顔(?)だけをこちらに向ける。どーでもいいけどこのステッキ(ルビー)ってば、グニグニ動いて気持ち悪いわね。

 

『あのー、リナさん?』

「ああ、ごめん。それでなんだけど、この間あたしのこと、ただ者ではないって言ってたじゃない。あれってどういう意味かなーって」

 

そう。あたしはただ手紙を覗き見てただけ。あれがどうしてただ者じゃないと?

 

『えーと、ご本人も気付いてはいらっしゃらないようですけど、リナさんからは空間の歪みのようなものを感じます』

 

……はい?

 

『もちろん、はっきりこうとは言えません。一部とはいえ、平行世界への干渉ができるわたしだから、ようやく気付けるレベルですしねー』

 

そんなことになってたのか。異世界への憑依転生が関係してるんだろうか。

それに、なぜか使える黒魔術にも関係がある?

あ、魔術といえば。

 

「そういやあんた、別体系の魔法云々のとき、みょーに理解が早かったけど、あれも何かあるワケ?」

『ああ、あれですか』

 

そう言ってからルビーはイリヤをチラッと見る。

 

『それならまず魔術の定義について話しましょう』

 

魔術の定義…。魔力や触媒を使って様々な現象を引き起こすこと、ってわけじゃなさそうね。

 

『魔力や触媒を使って様々な現象を引き起こすことなんですが…。どうしましたリナさん、変な顔をして』

 

うるさいやい。

 

『ま、ともかく、他の手段で再現できるものを魔術と呼んでいます』

「ええっと、どういうこと?」

 

やっぱりイリヤには難しいみたいね。

 

「つまり、たとえば火を起こす術なら、マッチやライターを使えば火を起こせるから魔術に分類されるってこと?」

『そういうことですね。一方、現在の技術では再現不可能なものを魔法と呼んでいます』

 

あ、なるほど。それで納得がいったわ。

 

「…あたしが『魔法の認識』って言ったから、別体系って言葉に納得したのね」

『はい。魔術師と魔法使いでは大きな差がありますから』

「大きな差ってどのくらい?」

 

イリヤが尋ねると。

 

『そうですねー。月と太陽くらいですか?』

 

いや、大きすぎだろ!?

しかし、あたしとイリヤの表情を見たルビーはこう続けた。

 

『言っときますけど、わたしとサファイアちゃんを創ったジジイ…、その人が魔法使いですよ?』

 

ああ、そうか。性格はともかく、これほどの魔術礼装は凛さん達魔術師どころかあっちの世界の魔道士、かのレイ=マグナスですら創れたかどうか…。月と太陽でもまだ多めにみてるかも。

 

『どうやらリナさんには納得していただいたみたいですね。イリヤさんは…』

「リナほどわかってないと思うけど、魔法使いがすごいのはわかったよ」

 

イリヤもルビーを引き合いに出されて納得はしたみたい。まあ、素人目に見てもルビー達のすごさはわかるもんね。

 

『さて、もう少し休んだら特訓の続きを…』

「? どうしたの、ルビー」

『うえ…』

 

うえ? …って、上からなにかが落ちてくる!?

 

『二人とも避けてください!!』

「うえぇぇぇえ!!」

翔封界(レイ・ウイング)!」

 

あたしとイリヤが文字通り飛び退いたその場所に、それは落下した。

 

 

 

 

≪美遊side≫

まさか、あんな方法で飛び方を教えようとするとは思わなかった。サファイアが物理保護を最大にしてくれたから助かったけど、本来なら原形すら留めていなかったはず。

着地点にはクレーターすら出来上がっていた。

 

「ミユさん? なんで空から…」

 

え…、イリヤスフィール。それとリナ。

飛んでる。リナなんてカレイドステッキの力も借りずに。

そんなリナがわたしのすぐそばに降り立つ。

 

「ちょっと美遊。あんたどうして空から? ひょっとして、特訓と称して上空からルヴィアさんに突き落とされたとか?」

「!? そう、です…」

 

まさかこうも見事に言い当てられるなんて。

 

「ほんと、なんか変なところでアイツに似てんだから…」

 

? 誰のことだろう。けれど今は…。

 

「…空が飛べなくちゃ戦えない。…その、教えてほしい、飛び方」

「あー、あたしのは戦闘に向いてないのよねー。…ねぇイリヤ、美遊にあんたのイメージの元を見せたげなさいよ」

「えっ!?」

 

イリヤスフィールのイメージの元?

 

 

 

 

 

イリヤスフィールの家でわたしが見せられたのは、二本のステッキで戦う女の子が、空を飛ぶシーン。所謂アニメーションだった。

なにこれ、物理法則も何もかもがデタラメ。

 

『これを見たら美遊さまも飛べるようになるのでしょうか?』

 

ううん、おそらく無理。

飛んでる原理がわからなければ、具体的な飛行イメージにも繋がらない。

その事を航空力学や動体力学を使って事細かに説明していたら、

 

『ルビーデコピン!』

 

ルビーからデコピンを食らった。リナはスリッパを掲げながら悔しそうにルビーを睨んでいる。

 

『美遊さんは性能は素晴らしいみたいですが、そんなコチコチの頭では魔法少女は務まりませんよー?』

「プロならもーすこし柔軟に考えなきゃね?」

 

え、リナ? 魔法少女のプロってなに?

 

『そんな美遊さんにはこの言葉を贈りましょう。

人が空想できること全ては起こり得る魔法事象。

わたしたちの想像主たる魔法使いの言葉です』

「つまり、あれでしょ? 考えるな! 空想しろ! って、納得いかない顔ですね」

 

うん。イリヤスフィールは少し馬鹿っぽい。

 

「ようするに、空を移動する手段は飛ぶだけじゃないってことね」

 

あ…。

 

「…少し考え方がわかった気がする」

 

わたしは立ち上がり、

 

「また、今夜」

 

そう言ってその場を後にする。

そう、この方法ならきっと上手くいく。

わたしは絶対に足手まといにはならない。いや、なる訳にはいかない。

わたしは胸の奥で、強く誓った。




ルヴィアさんは、凛さんと対峙するときはあの女魔道士っぽい言動になることが多くなりますが、普段はもっと思慮深いひとです。ただ、普段でも時々ああなります。

次回「穿つとき! キャスターを倒せ!!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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穿つとき! キャスターを倒せ!!

いよいよキャスター戦。リナの活躍はもう少し先(笑)


≪third person≫

午前0時前の未遠川横の公園。リターンマッチの為に再び集まった魔術師と魔法少女たち。

凛はイリヤ、美遊、そしてリナとミーティングを始めた。

 

「ええと、まず最初にリナに確かめておきたいんだけど」

「ん? なに?」

「あんたの飛翔術で相手を引っ掻き回すことって出来る?」

「あー、そういうこと」

 

リナは納得顔で答えた。

 

「まあ、問題はないけど、風の結界のせいで中と外とでは声が届かないわよ」

「ええ、それでいいわ。それを踏まえてなんだけど、イリヤとリナには陽動と攪乱を担当してほしいの。突破力のある美遊は攻撃担当ね」

 

凛が魔法少女+αの役割分担をする。

要約すると、上空に飛んだらリナが敵の目を引きイリヤが弾幕をはる。陣形としてはイリヤ・リナと美遊とでの挟撃で、イリヤたちが敵の意識を引き付けているうちに、美遊が接近して必殺の一撃を撃ち込む、というわけだ。

 

「…以上よ。分かった?」

「「「了解」」」

 

三人の少女達は声を揃え返事をした。

 

「さて、リターンマッチね。もう敗けは許されないわよ!」

 

三人を鼓舞するように、凛は声を張りあげ言った。

 

 

 

 

≪リナside≫

鏡面界に現れたあたし達は一気に駆け出した。

状況は昨日と同じ。いや、むしろ昨日より魔法陣の数が増えてるような気がする。けど、そんなの上空にあがれば問題なし。

あたしは呪文を唱えながら美遊を見る。さて、どういう答えを出したのかしらね。

 

『いけますか、美遊さま』

「大丈夫」

 

ドゴォッ!!

 

派手な音と共に美遊が上空へと掛け上がる。

なるほど。「飛ぶ」じゃなくて「跳ぶ」できたか。おそらく魔力で足場を作ってんのね。

あたしには無理だけど、ステッキの力を借りればこういうことも出来るってことか。

さて、それじゃああたしも。

 

翔封界(レイ・ウイング)

 

力あることばと共に、あたしは飛び上がる。

ん? そういやイリヤは?

 

ずどどぉっ!

 

結界を越えてまで聞こえる爆音。イリヤは敵の攻撃をかろうじてかわしながら、ようやく飛び立った。おそらく、美遊の移動方法に気をとられていたんだろう。

まったく何やってんのよ、あの子は。

あたし達は魔法陣の上へと飛び出す。

敵は魔力砲を飛ばしてくるが、あたしはその隙を縫うようにして相手に近づいてく。向こうは慌ててあたしへと攻撃をとばすけど、既にあたしは進路を変えてその場にいない。

そこへイリヤが、この間より範囲を抑えた散弾を放つ。

防御壁を張って防ぐ敵の、その後ろから美遊が接近。その左手にはクラスカード、たしか[ランサー]だったっけ? それを携えている。そしてカードをステッキにあて、限定展開しようとした、その時。

敵の姿が消えたかと思うと、美遊の真後ろに現れた。おい、まさか空間渡りか!?

敵は魔力を込めた錫杖で美遊を思い切り殴りつける。美遊はそのまま地面へと叩きつけられた。ってヤバい! このままじゃ!?

あたしは慌てて美遊に向かって飛んでいく。美遊のそばで一瞬だけ風の結界を弱め、美遊を抱き抱えてその場を離れた。美遊、どうやら足を怪我してるみたい。

間を置かず、先ほどの場所には敵の集中攻撃が降り注いでいた。まさに間一髪。

あたしのすぐ後ろにはイリヤの姿が。どうやらイリヤも美遊を助けに飛び出していたらしい。翔封界の飛行速度のほうがちょとだけ速かったんだろう。今は美遊を抱えてる分、スピードが落ちてるけど。

あたし達は再び魔法陣の上へ。敵とは距離をとっているためか、向こうも襲ってはこない。

 

「美遊、怪我は…?」

「問題ない。すぐ治る」

 

すぐ治るって、それもステッキの力か? すごいな、カレイドステッキ。

 

「それじゃあちょっとお願いがあるんだけど」

 

 

 

 

 

あたしは上空から、凛さん達が退避している冬木大橋の下へとやって来た。

 

「ちょっとリナ、なんであんただけ戻ってきてるのよ!」

美遊(ミユ)とイリヤスフィールも撤退するべきですわ!」

 

二人が捲し立ててくる。あたしは人差し指をたてて。

 

「大丈夫。あの二人には作戦があるのよ」

「「作戦?」」

 

そう。あたしは作戦のたて直しのため、美遊に魔力の足場を作ってもらい風の結界を解いたのだ。なにしろ結界があると会話ができない。

結果、その作戦にあたしは邪魔になるのでこちらへ引きあげたのである。

 

「まあ見てなさいって。あと、攻撃の準備はしといてね」

 

そう告げると、あたしは上空を見上げた。

 

 

 

 

 

最初の戦略とはうって変わって、イリヤが敵の元へと討って出る。あたしの時のように攻撃の合間を縫って敵に近づいていった。

ある程度距離を詰めたイリヤは、下に広がる魔力指向制御平面に向かって特大の散弾を放つ。すると散弾は広範囲に散らすように反射される。

当たってもたいしたダメージは与えらんないけど、これで敵がどこに現れても動きを封じることができるわけだ。

はっきり言ってあたしが退避したのも、これの邪魔にならないようにである。

案の定、イリヤの後ろに現れた敵は、散弾に身動きがとれないでいる。

そのさらに上空、散弾の射程範囲の外にいた美遊が狙射(シュート)で敵に攻撃を放つ。

敵は慌てて避けようとしたけど間に合わずに直撃をくらい、地面へと叩きつけられた。ちょうどさっきの美遊と同じ状況、見方によっては美遊がさっきの仕返しをしたようにもとれる。さすがにそれはないと思うけど。

さて、あたし達もこと、ここに到って指をくわえて見ているだけとはいかない。三人同時に飛び出し、

 

Zeichen(サイン)−−−! 爆炎弾七連」

Anfang(セット)−−−! 轟風弾五連」

「「炎色の荒嵐(ローターシュトゥルム)!!」」

 

ルヴィアさんと凛さんの魔術が、そして、

 

覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」

 

あたしの、覇王(ダイナスト)の力を借りた雷撃の術が、暴力的な破壊力をもって敵に襲いかかる。

炎の爆風と精神を破壊する雷がおさまるとそこには何もなく。

上空を覆う魔法陣は消えてゆく。

なんか空にイリヤの顔の花火があがってるけど。きっとルビーの仕業ね。でも…。

 

「なんとかなったみたい…」

「まだよ!」

 

凛さんの言葉に被せるように、あたしは叫んだ。

そう、あたし達の攻撃はかわされている。

あたしには、術が決まったときの手応えを感じられなかった。何よりあたしは、ああいった状況で逃れる術をもった敵と何度も戦ったことがある。

魔族。向こうの世界での驚異となる存在。精神世界面(アストラル・サイド)に身をおく精神生命体。やつらには空間を渡る能力があり、強力な術を空間渡りでかわされたことが何度かあった。

そして今回の敵は、原理が同じかはわからないけど空間を移動する能力を持っている。ならば導き出される答えは…。

 

「あそこ!」

「まさか、転移されて…」

 

あたしが指差す先に、魔法陣を形成し魔力を高めている敵の姿が。ルヴィアさんは驚愕し、凛さんは、

 

「空間ごと焼き払う気よっ」

 

力あらんかぎりに叫んだ!

すると、その声に触発されたかのように美遊が敵に向かって跳び上がる。でも今からじゃ間に合わない! このままじゃ美遊が…!

 

ドンッ!!

 

強烈な音と共に大きな魔力弾が飛んでいく。って、イリヤ!?

 

「ミユさん! 乗って!!」

 

イリヤが美遊に向かって叫んだ!!

 

 

 

 

≪美遊side≫

わたしは判断を誤った。迎撃ではなく脱出するべきだったのだ。

けれどももう、そのどちらも不可能だ。

ならばせめて、イリヤスフィールがみんなを脱出させて…。

そう思ったその時。後ろから迫ってくる魔力弾に気がついた。

 

『ミユさん! 乗って!!』

 

イリヤスフィールの声が届く。

わたしは魔力弾に足場を形成し、その勢いのままスピードをのせて敵に向かって一気に跳躍する。

 

「クラスカード[ランサー]、限定展開(インクルード)!」

 

サファイアに限定展開させた魔槍を構え、わたしは敵へと突っ込む。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!!」

 

真名開放した魔槍は相手の胸を穿ち貫いた。

 

 

 

 

 

地に降りたわたしはカードを回収する。

 

『クラスカード[キャスター]、回収完了です』

 

サファイアの言葉にようやく戦闘が終わったんだと息を吐く。

そんなわたしのもとへ、ルヴィアさん達のところから飛んでくるイリヤスフィールとリナを見て思う。

わたしは空を飛ぶイメージを持つことは出来なかった。わたしはただ魔力で足場を作り、強化の魔術で筋力を上げて跳躍しただけ。それだって、リナからヒントをもらっている。

それを口にすると、

 

『魔力の総合運用で考えれば、とても効率的な飛行法です』

 

サファイアがそう言ってくれた。けれど…。

 

「魔力砲を足場にするなんて発想、わたしじゃ思いつきもしなかった」

『…先日美遊さまは仰いました。カードの回収は全部わたしがやる、と』

 

確かに、言った。

 

『わたしにはあの時の美遊さまの真意はわかりません』

 

あの時わたしは、カード回収を軽く考えていたイリヤスフィールに無性に腹が立ったんだ。

■■■■(■■)が、命懸けでカードを集めたのに、彼女は遊び半分だったから。

 

『ですが、この勝利はお二人の連携がもたらしたもの。その連携もリナさまが助けてくださったからです』

 

そう、二人のおかげで、わたしは今ここにいる。

 

『イリヤさまにリナさま、お二人は信頼するに十分な方だと、そう思います』

「うん、わかってる。でも、わたしは…」

『美遊さま?』

「ミユさん!」

「美遊!」

 

イリヤスフィールとリナがやって来た。この話はこれでおしまい。

 

「あれ? どうしたの?」

「なんだか空気が重いわね」

「なんでもない」

「そう? ところで美遊、カードのクラスはなんだったの?」

 

訪ねてくるリナに、わたしはカードを見せる。

 

「ふーん、[キャスター]か」

 

リナは何か考え込み始めた。けれど。

 

ズドォン…!

 

突然の破壊音。振り返ったわたしたちが目にしたのは。

 

「ど、どういうこと、ルビー…?」

『最悪の事態です』

「サファイア、あり得るの? こんなこと」

『完全に想定外…。ですが現実に起こってしまいました』

「二人目の敵…!!」

 

そう、剣を携え漆黒の鎧を身に纏う、淡い金髪の女性が遠く離れた先に立っていた。その足元には…。

 

「リンさん! ルヴィアさん!!」

 

イリヤスフィールが叫ぶ。

まさしく、ルヴィアさん達が敵の足元に傷つき、倒れていた。

 

「リンさん!」

 

イリヤスフィールが飛び出した。でもダメ!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

リンさんとルヴィアさんが!

わたしは居ても立ってもいられなくて飛び出していった。だけど。

 

「イリヤ!」

「イリヤスフィール!」

 

ずべどしゃあっ!

 

リナとミユさんに片足づつ掴まれたわたしは、顔面を地面に叩きつけられてしまった。

 

「あー、ごめんねイリヤ。でも少し落ち着きなさい。二人ともまだ生きてるから」

「へ?」

『確かに。二人とも生体反応があります』

 

よかったあ。でも、それならすぐに…。

 

「今、だったらすぐにとか思ったでしょ」

「それはダメ。こういう時こそ、冷静に、確実に行動しないと」

 

リナ、ミユさん。そうだ、わたしたちがやられたら、二人を助けることは出来なくなっちゃうんだ。

 

「納得したみたいね。それじゃあ作戦会議よ!」

 

うん、必ず二人を助けよう!




凛とルヴィアの魔術は宝石魔術。ルヴィアはお金持ちだけど凛は(涙) だから凛は五連止まり。

次回「セイバーの脅威」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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セイバーの脅威

タイトルに「セイバー」って入ってるけど、まだクラス判明してないんですよね。前回の「キャスター」といい、こういうのもタイトル詐欺になるんでしょうか?


≪リナside≫

「いくわよ、イリヤ、美遊」

「「うん」」

『まあ、仕方ありませんね』

『プランCへ移行しないことを願います』

 

作戦が決まったあたし達は凛さん、ルヴィアさんを救うために行動を開始した。

あたし達は二手に別れて移動する。あたしはそのまま敵に向かっていき攪乱、その隙にイリヤと美遊は植え込みの向こうの道から近づいていき、凛さん、ルヴィアさんを救出。イリヤが二人を連れて脱出し、美遊はあたしと挟撃、敵を撃破もしくは合流して脱出、というのがプランAである。

あたしは改めて英霊を見る。全身を黒い鎧で被っているが、その下は黒いドレス姿。顔には目を覆うように黒いバイザー。手に持つ剣は漆黒に塗り固められている。明らかに剣に特化した英霊だ。

あたしが接近すると黒い騎士は剣を青眼にかまえる。よし、まずは様子見と牽制を兼ねて。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

黒騎士はあたしが放った術を見ても微動だにしない。まさか剣で斬るつもりか、と思った次の瞬間。

 

ブオォォオッ!

 

突然黒騎士の周りを黒い霧が球状に渦巻きながら覆うと、あろうことか烈閃槍はあっさりと弾かれてしまった。

おにょれ、奇妙な技を!

わたしは次の呪文を唱えながら進路を左手、川の方へ移す。敵の視線をなるべくイリヤ達に気づかない方へとずらすだけじゃなく、ばか正直に進んでたら飛び道具がきた、なんて笑い話にもならない事態を防ぐためだ。

しかし凛さん達がいるせいで下手な術が使えないなぁ。まあ、とりあえず。

 

青魔烈弾波(ブラム・ブレイザー)!」

 

これならどうだ。貫通力のあるこの術は精神と肉体の両方にダメージを与える。

しかし黒い霧はこれもあっさり弾いてしまう。くそう、これでも貫けないか。

けど、なんとなくだけどあの霧の正体に目星がついた。あれはおそらく、濃密な魔力で出来てるんだろう。流動する魔力の霧が攻撃を受け流してたんだ。

ふと、嫌な予感を感じた。魔力の霧を自在に操れるのなら…。

横目に敵を見ると、その剣は黒い霧を纏っていた。

あたしは急遽バックステップを踏み進行方向を無理矢理変える。その目の前を黒い魔力の斬撃が通りすぎて行く。

あ、あぶねー。

こんなときイリヤが思わず叫んだりするもんだけど、それがないってことは美遊が口でも塞いでるんだろう。うん、出来る子だ。

さあて、黒騎士さん。もうしばらくあたしに付き合ってもらいましょうか?

 

 

 

 

≪イリヤside≫

リナが敵の斬撃を受けそうになって、わたしは思わず叫びそうになる。だけどわたしの口はミユさんの手で塞がれた。

 

「イリヤスフィールは何かあるとすぐ叫ぶってリナが言ってたから…」

 

うぅ、確かにそうだけど。でも、それが普通なんじゃないの?

 

「…いこう。早く二人の安全を確保しないと」

 

冷静ですね、ミユさん。でも確かに、凛さん達の所にたどり着かなきゃ先に進まない。わたしたちは再び凛さん、ルヴィアさんの救出のために走り出した。

 

「それにしても…」

『どうしました、イリヤさん』

 

わたしのつぶやきを聞いてルビーが尋ねた。

 

「うーんとね、リナってなんだか戦い慣れてる気がしてね」

『確かにそうですねー。いっそのこと、あとで直接聞いてみてはいかがですか?』

 

ルビーはそう言ったけど、わたしにはその勇気はない。なんとなく、リナが秘密を抱えている気がするから。それを聞いたとき、今までと同じ関係でいられるのか不安になる。だからわたしは…。

そんな事考えてるうちに植え込みの端までやって来た。息を殺してそっと覗きこむと、少し先には横たわる凛さん達の姿が。

思わず駆け寄りたくなる気持ちを抑えて敵の様子を伺と、どうやら上手いことリナが引き付けてくれてるみたい。

 

「(イリヤスフィール)」

「(うん)」

 

小声で短い会話を交わして、わたしたちは互いにうなずき気づかれないようそっと近づいていく。

その筈なのに。

敵は振り向いてこちらを見た。えぇ、な、なんで!?

 

『敵は直感のステータスが高いみたいですよ!』

 

直感が高いって勘がいいってこと? そんなのあり!?

なんて考えてる間にも剣に黒い霧を纏わせている。リナは、…まだ呪文が間に合わない? ええと、どうすれば…!?

…ふと、視界に何かが横切る。敵の顔に投げつけられたのは、宝石?

 

ドゴォッ!

 

宝石は爆発を起こし敵を巻き込んだ。

 

「くっ、やってくれるわ。この黒鎧!」

美遊(ミユ)! 一度距離をとって立て直しを…!」

「リンさん!」

「ルヴィアさん!」

 

リンさんとルヴィアさんが立ち上がる。二人ともお腹には深い切り傷が…。

 

「イリヤ、美遊! プランC!!」

 

リナの声にハッとする。そうだ、プランC!

脱出が難しくても凛さん達が意識を取り戻していた時の作戦。それは。

 

「リンさん、ルヴィアさん!」

「これを!」

 

わたしとミユさんは手にしているカレイドステッキをリンさん達へと投げ渡す。ルビー達も飛行能力を使ってたから一直線に二人の手元に届く。

それを受け取った二人の姿が魔法少女のものへと変わった。

リンさんは赤い衣装に猫耳と尻尾の姿。ルヴィアさんは青い衣装に犬耳と尻尾の姿。うん、端から見るとやっぱり恥ずかしいね。

 

 

 

 

≪リナside≫

うあ、凛さんとルヴィアさん、すっげーはずかすぃカッコ。理性がない筈の黒騎士まで呆気にとられてる気がする。

どうやらからかわれたらしい凛さんは、ルビーを地面に何度も叩きつけてる。

 

「この服を着こなすにも品格というものが必要なのですわ」

 

ああ、やっぱり彼女(ルヴィアさん)はアイツに似てるわ。服の趣味は違うけどセンスがずれてるとこが。

 

「って、今はそれ処じゃないでしょ!!」

 

あたしのツッコミにハッとする二人。

まさにそのタイミングで二つの黒い斬撃が二人を襲う。それは上手くかわしたけど黒騎士はさらに斬撃を飛ばしてくる。

 

「気をつけて! その攻撃は剣圧に魔力をのせて放ってるわ!」

 

イリヤ達の所へ移動しながら凛さん達へ注意を促す。

はっきり言ってあの黒い霧はかなり厄介である。並みの攻撃じゃ突破できないし、斬撃に乗せてくると魔術障壁だけじゃ防御できない。そうなると二人のコンビネーションが大事になってくるんだけど…。

 

ドグワァン!

 

な!? ルヴィアさんが上空から黒騎士めがけて複数の魔力弾を撃ち込んだ。命中はしてないけどそもそもこれは目眩ましと見た!

その予想を裏付けるように凛さんが爆煙から黒騎士の後ろに飛び出してきた。振りかぶったステッキを黒騎士めがけて振りおろすけど、それを剣で受け流す黒騎士。

見るとルビーの輪っかの先には刃がついている。ぱっと見は両刃のナイフだけど、敵と打ち合えるってことは魔力で出来てるってとこか?

凛さんは引き続き黒騎士としのぎを削りあっている。というかこれって魔法少女の戦い方じゃないでしょ。

でも実は、やり方としてこれは正鵠を射てるのだ。あの刃が高密度の魔力で出来ているなら黒い霧も突破できるだろうし、残りの魔力を各防御力の強化にまわすことができる。

 

「リナ」

 

ようやく合流したあたしにイリヤが口をひらく。

 

「リンさん達、勝てるかな」

「さあ、まだなんとも言えないわね」

 

はっきり言って凛さんは黒騎士と対等、とまではいかなくてもそれに近い状態で戦ってる。けど、凛さんは全力なのに対して、黒騎士はまだまだ余力を残している。

つまり、向こうがギアをあげる前にいかにダメージを与え倒すことができるか、という戦いなのだ。

 

「イリヤ、美遊。とにかく今は、二人の戦いをしっかり見ときなさい」

「「え…?」」

「イリヤは発想に優れてるし美遊は戦い方の知識があるみたいね。でも二人とも戦い慣れはしていない。だから戦う姿を目に焼きつけんのよ。所謂見取り稽古ってやつね」

 

あたしの言葉にイリヤが一瞬複雑な表情をして見せた。なんか変なこと言ったか、あたし。

ま、それでも二人は素直に戦いへと目を向けてくれた。

はっきり言ってイリヤ達には戦ってもらいたくはないけど、今さら止めさせることもできない。それなら、ちゃんと戦いを見せて勉強させる方がよっぽどマシだ。

凛さんと黒騎士との剣の打ち合いはまだ続いている。が、黒騎士の打ち込むスピードが急激に上昇した。マズい、ギアをあげてきた!?

凛さんが大きく振りかぶり黒騎士へ切り下ろそうとするけど、黒騎士の左手が、ルビーを持つ手のうち前に来ている左腕を押さえ込む。そして右手にもった剣がバックスイングで凛さんの右脇腹を切りつけようとする。

 

「物理保護全開!!」

 

凛さんの指示のすぐあとに黒騎士の剣が脇腹へと決まる。が、剣は凛さんの身体を通らない。

凛さんが黒騎士になにか呟いたかと思うとルビーを相手の右脇腹に押しあて、

 

砲射(フォイア)!!」

 

(ゼロ)距離からの砲撃をぶち込んだ。結構ダメージがあったのだろう、慌てて距離をとる黒騎士。

そのタイミングを見計らっていたかのように、凛さんの隣りにルヴィアさんが立っていた。どうやら準備が出来たようだ。

そう、凛さんはルヴィアさんが何かの攻撃の準備をしてるあいだの、囮を務めていたのだ。

ルヴィアさんの後ろの空間には六つの魔法陣が描かれていた。イリヤと美遊も、ようやく二人の意図が掴めたようだ。

 

「シュート6回分のチャージ完了。…ちょうどさっきの敵とは立場が逆ですわね」

 

そう、二人が狙っていたのは高火力による敵の殲滅。

 

「「斉射(フォイア/シュート)!!」」

 

凛さんのフォイアにルヴィアさんのシュート、さらにチャージされた6発分が同時に解放され黒騎士にまとめて着弾する。

その破壊力は凄まじいもので、着弾点から後方へ楕円形に大地を、川の中央付近にわたって抉っている。物理的な破壊力だけを見たら竜破斬(ドラグ・スレイブ)並じゃなかろうか。

 

ぞわりっ

 

なっ、この感覚は!?

 

「オーッホッホッホ!! 楽勝! 快勝! 常勝ですわー!」

 

ルヴィアさんがまたアレみたいになってるけどそれどころじゃない!

 

「まだ終わってないわ!」

「えっ、リナ!?」

「またですの!?」

「アイツの殺気が膨れ上がってるっ!!」

「「!!」」

 

そう。黒い霧を発生させた辺りから感じられるようになった殺気が、とてつもない大きさになっているのだ。

二人が慌てて視線を戻すと、川の水を割って黒騎士の姿が現れる。手に持つ剣は、黒い膨大な力を纏っていた。

そして黒騎士は宝具の真名を口にする。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

その名は、世界的に有名な伝承に登場する聖剣だった。

そうか、あの英霊の真名は…!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

黒い黒い極光の暴力は、一瞬で二人を飲み込み鏡面界を両断した。

すべての希望が断たれ、かつてない絶望に触れた時。

かちり、と−−−。

わたしの中で何かが外れる音がした。

何が起きたのか、よくわからなかった。

ただ、怖くて、悲しくて、どうしようもなくて、何が起きようとしているのかもわからなかった。

そしてわたしの記憶は、ここで途切れる−−−。




ついにセイバーの宝具発動。
ホント、彼女の場合有名すぎて、Fateシリーズ知らない人でも宝具の名前で正体がわかってしまうという。
という訳で、次回からリナの敵の個体認識名が変わります。(キャスターにも個体認識名、つければよかった)

次回「いざ撃たん! 模造の聖剣と魔王の魔術!!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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いざ撃たん! 模造の聖剣と魔王の魔術!!

ついに! リナの代名詞たるあの術が解禁!!


≪third person≫

イリヤの身体からとてつもない量のエネルギーが放出される。それはさながら嵐のようだ。

 

「何が起きてるの」

「イリヤ!」

 

リナが名前を呼んでも返答はない。

 

「なんでイリヤからこんな膨大な魔力が」

 

そう。イリヤから溢れ出すエネルギーの正体は魔力。それは人間が内包できる量を遥かに越えている。

 

ざっ…ざっ…

 

足音が聞こえる。敵が近づいてくる音だ。

鎧はすべて砕け散りぼろぼろの姿だが、その殺気と魔力はいささかも衰えていない。

 

(タオ)さなきゃ…」

「「え?」」

 

リナと美遊が聞き返すがそれに反応はしない。

 

(タオ)さなきゃ…、(タオ)さなきゃ…、(タオ)さなきゃ…、(タオ)さなきゃ…」

「ちょっとイリヤ!?」

(タオ)さなきゃ!」

 

今のイリヤには周りの声は聞こえていない。ただ、目の前の敵を(たお)すことしか頭にはなかった。

 

「どうやって? …手段? …方法? …力?」

 

イリヤは思い出したかのようにスカートのポケットに手を突っ込む。

 

「力ならここにあった」

 

手にしていたのはアーチャーのクラスカード。飛行訓練の時に凛から預かったまま返しそびれていたもの。

手をのせた状態でカードを地面に置く。するとそこを中心にして魔法陣が展開される。

 

夢幻召喚(インストール)

 

イリヤが一言唱えると、魔法陣から光が立ち昇りイリヤへと集束されていく。

そして。光が治まったときそこに居たのは、黒のボディアーマーの上に上下に別れた赤い衣装を纏ったイリヤだった。手には限定展開したときに現れた黒い洋弓が握られている。

 

「嘘、どうして…」

 

美遊が小さく呟いた。

 

ダンッ!

 

イリヤが大きく跳躍する。右手にはいつの間にか三本の矢が握られており、それを弓につがえる。

 

がっ! がっ! ギィン!

 

敵は放たれた三本のうち二本の矢をかわし、かわしきれない一本を剣で弾いた。

剣を振り抜いた敵の元へ飛びかかるイリヤ。両手にいつの間にか、黒と白、一対の中華風の剣が握られている。

イリヤはそれを同時に上から切りつける。敵の肩口を見事に切り裂くものの、向こうも剣を横凪ぎに切りつけてくる。

イリヤはバック転をして攻撃をかわし、宙へ跳び跳ね剣を捨てる。再び弓と矢を出現させると敵めがけて矢を射た。

敵は上半身を捻り矢をかわすが、空間をネジ切りながら飛来するそれは敵の頬を浅く抉りバイザーの一部を砕いていった。

その時。

 

黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」

 

リナの力あることばと共に敵を黒い何かが包み込んだ。

 

 

 

 

≪リナside≫

あのイリヤが黒騎士、いや、アーサー王と対峙してる。はっきり言って信じられない光景だけど、現実にいま起きていることなのだ。ならばあたしがやることは決まってる。

 

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」

「え? リナ!?」

「親友が戦ってるのに見てるだけって訳にゃイカンでしょ?」

 

そう言ってあたしは呪文を唱えながら駆け出した。

イリヤはアーサー王の横凪ぎの攻撃をかわし、造り出した矢を射る。

アーサー王はかわしたものの、頬を浅く抉った。

よし、今だ!

 

黒妖陣(ブラスト・アッシュ)!」

 

アーサー王が黒い何かに包まれる!

 

「■■■■!」

 

声ではない声をあげ、アーサー王は黒い何かを弾きとばした。おそらく一気に魔力を放出したんだろうけど、それにしたってなんちゅー耐魔力だ。そこそこ強い黒魔術だぞ、あれ。

とはいえさすがに片膝をついている。

 

しゅたっ!

 

跳躍したイリヤがあたしの横に降り立つ。あたしを見るその瞳には敵意と同時に戸惑いの色が浮かんでいた。ふむ、それなら少しでも敵意を解いておくか。

 

「イリヤ。あんたがあたしの知ってるイリヤじゃないのは気づいてるわ。でも、あんたもイリヤだってこともわかってる。だから、あたしにも一緒に戦わせて」

 

するとイリヤがぷいっ、と顔を背ける。しかしその耳は仄かに(辺りが薄暗いので)赤黒くなっていた。

おや? もしかしてツンデレてるのか? なんだ、結構可愛いやつじゃない。

なんてやってる間にアーサー王は再び立ち上がり剣を構え直した。敵が立ち直るのを待つなんて愚策以外のなにものでもないけど、しかしあたしとイリヤにとっては必要な時間だった。

ともかくあたしは前へ出て呪文を放つ。

 

明り(ライティング)

 

明り(ライティング)をごく普通に呼び出す。だけど別にふざけている訳じゃない。物事には必要な行程とゆーものがあるのだ。

一方のイリヤは再び一対の中華剣を出現させアーサー王に投擲するが、それはあっさりと弾かれる。が、イリヤの両手にはまたもや中華剣が握られていた。

なるほど、アーチャーの能力は武器の製造といったとこか。

イリヤは手にした剣を再び投擲するけど、それもやはり弾かれてしまう。そしてさらに同じ剣を造り出す。

はて、イリヤは一体何をしたいのだろうか。

ふと、視界の隅に四つの影が映る。あ、そういうこと。

理屈はわかんないけど、弾かれた剣が再びアーサー王に向かって飛来する。

イリヤはアーサー王を切りつけるためにまたもや跳躍した。各方向からの同時攻撃。初見でそのすべてに対応するのは無理だろう。

しかしそこは騎士の王と誉れ高いだけはある。攻撃を受けることよりも、確実にイリヤを仕留めることに狙いを定め、剣を突き出す。

……ことは出来なかった。

突然アーサー王の身体が縫い止められたかのように硬直する。そこへイリヤが放ったすべての攻撃がヒットした。

イリヤは反撃に備えて直ぐ様距離をとる。

 

「■■■■■!!」

 

苦痛か、はたまた怒りか。アーサー王が雄叫びをあげる中。

 

火炎球(ファイアー・ボール)!!」

 

イリヤとの距離を測りつつ放った術が、彼女の身体を爆炎に包む。

よし、思いの外上手くいったっ!

イリヤが攻撃に入る直前、あたしは隠し持っていた小刀(ナイフ)を投げてアーサー王の影に突き刺したのだ。

影縛り(シャドウ・スナップ)精神世界面(アストラルサイド)に干渉して敵の動きを封じる術である。ただし影を介しての干渉なので、影がなければ当然使えない。

そう、さっきの明り(ライティング)は影をハッキリさせるために放ったのだ。イリヤの攻撃のお陰で意識をそらせたのにも助けられた。あとは見てのとおりである。

 

「「!!」」

 

爆炎の治まる中、アーサー王は今だ立っていた。傷口からは血が流れ、服のあちこちが焼け焦げている。

それでもその闘志は些かも衰えていない。欠けたバイザーから覗く金の瞳があたし達を睨み付ける。

再び。エクスカリバーから暗き光が溢れ出す。

やばっ、宝具の二撃目か!?

 

「逃げて! イリヤスフィール、リナ! さすがにあの聖剣には勝てない…!」

 

離れたところから美遊が叫ぶ。

うん、あたしも同意見だ…、って美遊のとなりにサファイアが。ということは、凛さん達は無事ってことか。

 

投影開始(トレース・オン)

「え!?」

 

イリヤが発した言葉にそちらを見ると、彼女の右掌に魔力の光が現れ剣を形造る。それは、アーサー王が手にするそれと同じもの。ただし一点、曇りひとつない輝かんばかりの刀身だという違いはあるけれど。

そうか、あたしは勘違いをしてた。

アーチャーの能力は武器の製造じゃなくて、武器の複製。分かりやすく言えば、贋作、模造品を造る能力だったんだ。

ただし、あの中華剣や捻れた矢を見る限り、武器が持つ能力もしっかりコピーしてるみたいだ。

ならば、今イリヤが持つ聖剣にもその能力が宿っているんだろう。どの程度の再現率かまではわからないけど。

 

「…見せてよ」

 

え、イリヤ?

 

「見せてよ、あの術」

 

!! そうか。

 

「ライダーと戦った時に不発だったあの術を使えっての?」

 

一瞬だけあたしを見るそれは、肯定を意味するものだったんだろう。

よーし、それならやってやろうじゃないの!

 

黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの

時の流れに埋れし

偉大な汝の名において

我ここに 闇に誓わん

 

竜破斬の詠唱を始めるあたし。しかし。

 

約束された…(エクス…)

 

やはり、向こうの宝具発動の方が早い。でもあたしは慌てない。だって、

 

約束された…(エクス…)

 

イリヤがいるんだから。

 

我等が前に立ち塞がりし

すべての愚かなるものに

 

「「…勝利の剣(…カリバー)!!」」

 

解放された二振りの聖剣の力がぶつかり合う。

方や深淵暗き反転せし黒光。

方やすべてを照らす曇りなき極光。

お互いの力は一歩も譲らずにせめぎあっていた。

 

我と汝が力もて

等しく滅びを与えんことを!

 

そんな中、あたしの術が完成する。見てなさい、イリヤ! これがあたしの…!

 

竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!」

 

魔力の赤い光がアーサー王へと集束する!

 

ズドゴオォン!!

 

宝具が発動中だった為に身を守る術をもたなかった彼女は、竜破斬の直撃を食らった。

爆煙の晴れてゆく中、アーサー王の姿はなく。ただ、一枚のカードが残されているだけだった。

 

 

 

 

 

どさりっ

 

あたしの目の前でイリヤが倒れた。それと同時に身体からアーチャーのクラスカードが強制排出される。

 

「イリヤスフィール!」

 

美遊が名前を言いながら駆けてくる。

あたしはイリヤのそばでしゃがみ、様子を確認。

 

「リナ、イリヤスフィールの様子は!?」

「大丈夫。魔力を大量に消費したショックで気を失っただけよ」

 

駆け寄った美遊に説明するとホッと胸を撫で下ろす。をや? もしかしてデレ始めた?

まあ、それはいいとして。

 

「美遊、それとサファイア。イリヤについてなんだけど」

「?」

『何でしょうか』

「おそらくだけど、目が覚めたらこの出来事を覚えてないと思うの」

 

戦ってたのは別のイリヤだからね。

 

「どうして、そう思うの?」

『理由を伺えますか?』

「うーん、あたしもちゃんと把握してる訳じゃないから…、今はまだナイショってことで」

 

別のイリヤの事なんか言えるわけないし、実際分からないこともある。

 

「そんなわけだからイリヤにはこの事は伏せといてね。あと…」

『ルヴィアさま、凛さまにもイリヤさまのことは内密に、ですね』

「そーいうこと」

 

なかなか聡いステッキで助かるわ。いや、サファイアも同じ結論に至ってたのかも。

 

「さてと、二人はイリヤのこと見てて。あたしはカードの回収してくるから」

 

そう言ってあたしはカードの元へ歩き出す。今回はあたしがとどめをさしたんだから、あたしに回収の権利がある。

あたしはカードを手にし、そのクラスを見る。

Saber(セイバー)

カードにはそう書かれていた。

こうして今夜の、完全想定外のカード回収は修了した。

大きな謎を残したまま…。




原作では「投影開始(トレース・オン)」「約束された勝利の剣(エクスカリバー)」くらいしか喋らなかった(叫びはした)もう一人のイリヤ。
リナに竜破斬を促したという事実。
リナとの間に何やらフラグが立った模様(笑)。

次回「束の間の休息と新たな脅威」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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束の間の休息と新たな脅威

セラとリーゼリット、やっと出せた。


≪third person≫

「38度2分…、少し熱がありますね」

 

銀髪で赤い瞳の女性が体温計を見て言う。

彼女の名前はセラ。イリヤの家で働くメイドの一人だ。

普通の家でメイドというのもすごい話だが、これには理由がある。

イリヤの両親がアインツベルン本家を出奔した際についてきてくれたのがこのセラと、もう一人リーゼリットだったのだ。

それ以来、仕事で世界中を飛び回っている両親に代わり家事をしてくれている。というか、母に家事をさせてはいけない。特に料理は。

閑話休題。

 

「大事をとって、今日はお休みしましょう」

「えー、セラ過保護すぎー」

 

イリヤがぶーたれる。

 

「過保護で結構です。万が一があっては奥様(アイリ様)に顔向けできません」

 

そう言って部屋を出ると、セラはひとつ息を吐く。

一階に降りたセラは、食器をすでにかたし終えていた士郎に、

 

「わたしの仕事を奪わないでください!」

 

とか叫んだために士郎はそそくさと登校していった。

いつものやり取り。ただし今回は人払いという別の意味合いもあった。

 

「で、どうだったの?」

 

もう一人のメイド、リーゼリット、愛称リズがいつも通りの低いテンションで聴いてくる。

 

「ほぼ間違いなく[力]の影響でしょう」

 

セラが語りだした。

 

「イリヤさんの封印が一時的に解けた形跡があったわ。10年間蓄積されてきた魔力の一部が解放されたとみて間違いない。…問題は封印が解けてしまった原因ね」

 

右手を額に当てるセラ。

 

「あの封印は、死の瀬戸際とかにならない限り外れることはないのに! もしかしたら厄介な事件に巻き込まれているのでは…!」

「考えすぎだってー」

 

リズは至って能天気に返すが、生真面目なセラはそうはいかない。

 

「…あの少女のこともあります」

「リナのこと?」

「彼女はなんの目的をもってイリヤさんに近づいたのか。魔術師が接触するなんて、あってはならない事なのに!」

「んー? リナ、良い子じゃん」

「貴女はなに懐柔されてるんですか!?」

 

相変わらず能天気なことを言うリズに、さすがにキレるセラ。

 

「封印だって事故に遭いそうになったとか、そんなんじゃないの?」

「それはそれで問題です!! ……というか最近のイリヤさん、わたしに隠し事してるような気がするんですけどっ!!」

 

ここまでくると、年頃の娘をもった()()()()である。

年頃の娘なんてそんなものとリズは言うが、いい加減すぎるとセラが返し、メイドの本分をわすれて…、と説教モードへと移行していく。これをもって二人の会話は日常のものに戻ったことを意味していた。

 

 

 

 

≪リナside≫

あたしは今、とんでもないものを目撃している。パンツ一枚のイリヤが、メイド服姿の美遊に後ろから抱きついていたのだ!

いきなりなにを言ってるんだと思われるかもしれないが、これは紛れもない事実である。その証拠に、あたしと一緒に現場を目撃した雀花、那奈亀、龍子、美々の四人もあまりにもの事に硬直しているくらいだ。

とりあえず、状況を少し整理しよう。

とは言ってもたいしたことはない。学校を休んだイリヤのお見舞いに来たのだ。

あたしには休んだ理由も予想がついてるけど、雀花達は風邪かなにかだと思ってるに違いない。那奈亀なんかワザワザお見舞い用にプリンを購入してる。

そう、基本的には良い子達なんだ。一癖二癖あるけど、そんなの向こうの世界じゃゴロゴロしてたし。てか、ゼフィーリアのゼフィールシティじゃ普通にいたわ。今考えるととんでもないトコね、あそこ。

話が逸れたけど、そんな訳でイリヤん家に来たあたし達はリズさんから、イリヤは目を覚ましてて体調も快復してると聞いて、それなら気兼ねないと突貫したら前述のようなことになってたのだ。

 

「ハダカ!? てかメイド服!?」

「美遊さん!? どうしてここに…」

「プレイか! プレイなのか!」

「写メ撮らせてもらうねー」

 

硬直が解けると雀花、美々、龍子、那奈亀が色々と尋ねていく。イリヤはその状況に四苦八苦だ。

それを生暖かい目で見てたあたしはふっ、と笑みをこぼす。

 

「リナ?」

「イリヤ。あんたはノーマルだと思ってたけどそっちの方が趣味だったのね…」

「やっ、違うからっ! ()()のカッコ見てヘンなスイッチが入ったのは確かだけどっ! 体拭いてもらおうと思っただけだからっ!!」

 

うんまあ、そんなとこだとは思ってた。ヘンなスイッチは想定外だけど。

じゃあにーちゃんLOVEはノーマルなのかって話だけど、血は繋がってないから問題はないだろう。

 

「! リナ、もしかしてからかってたの!?」

 

あたしがニヤニヤしながら見ているのに気づいて、イリヤもようやくからかわれている事が分かったようだ。

 

「いやー、わたわたしてるイリヤを見てたら()()()()()()()()()()()()()()ね?」

「〜〜〜リナのばかっ!」

 

イリヤは顔を赤くしてむくれてる。うん、やっぱりイリヤはからかい甲斐があるなぁ。

 

 

 

 

 

「本日はお忙しい中、お見舞いを賜りましてありがとうございました」

 

みんなが帰ろうと一階に降りると、セラさんが白いヘンな服を着てご挨拶をしていた。

たしかあれ、アインツベルンの正統なメイド服だったっけ? イリヤと知り合った頃に一回見たことがあるけど、何でまた。

まさか美遊のメイド服に対抗して?

 

「…それで、何故あなたはここに残っているのですか?」

 

みんなを玄関から送り出したあと、あたしに言葉を投げかけるセラさん。相変わらずあたしにはきつく当たってくるなあ。

 

「セラさん、リズさんの二人とちょっとばかし話したい事があって」

 

あれ、そういやリズさんは? なんて思ってると洗面所の方からひょっこり顔を出した。

 

「お、なに? ヘンな服」

「わたしたちの制服です!!」

 

うあ、駄メイドだ、駄メイドがいるっ!

 

「ただいまーって、うおっ!? セラが懐かしい格好してる!」

 

な、士郎さん!?

まずい! これは場がカオスになる展開だ! てなわけでここは…。

 

「さーイリヤ、あんたは部屋に戻んなさい」

「え、ちょっ、リナ!?」

「セラさんは士郎さんをお願い」

 

あたしはそれだけ言うと二階へ行き、イリヤを部屋の中へ押し込める。

さらにだめ押しで。

 

封錠(ロック)

 

昔、何となく覚えた施錠の術をかけておく。これで外には出られない。…帰る前に術を解いとかないといけないけど。

 

ばたん!

 

士郎さんがあわてて自分の部屋に入っていく。セラさんの口撃から逃げてきたみたい。

よし、こっちもついでに。

 

眠り(スリーピング)

 

ばたっ!

ぐーぐー…。

 

これで邪魔は入らないだろう。

再び一階のリビングまで来ると、セラさんとリズさんが煎茶と羊羮を準備して待っていた。なかなか渋いチョイスである。

 

「…それで、わたし達になんの用ですか?」

 

だから、いちいち突っかかんないでっての。

 

「ぶっちゃけて聞くけど、アインツベルンって魔術師の家系でしょ?」

「「!!」」

「ああ、別にそれでどうこうしようとは思ってないから」

 

一気に膨れ上がる殺気に一応の予防線を張っておく。しかし、あのリズさんがあんな殺気を放つとは思わなかった。

 

「それではあなたは、なんの目的をもってお嬢様に近づいたのですか?」

「あー、やっぱ勘違いしてるか」

 

あたしは頭をポリポリと掻き、言葉を続ける。

 

「あたしがイリヤと知り合った5年くらい前は、まだ魔術の世界に踏み込んでなかったから」

「え…?」

「どゆこと?」

「あたしの両親は正真正銘の一般人よ。あたしがこっそり魔術を始めたのも2年前くらいからだし」

 

そう、お父さん、お母さん共に魔術とは全く縁がない。この身体の元の持ち主であるリナちゃんは、生まれつき高い魔力を持ってたみたいだけど。

ん? 魔力…、イリヤの熱…。

 

「それではお嬢様と知り合ったのは…」

「ん、ああ、ただの偶然。そもそもこの考えに至ったのだって、昨日の魔力の放出を目の当たりにしたからだし」

 

あたしは考えを中断して答えた。

 

「ご覧になってたのですか!? では一体どういった状況で…!」

「ごめん。イリヤが内緒にしてんのに、あたしの口からは言えないわ。それにイリヤはその時のこと覚えてないみたいだし」

 

家族を心配するセラさん達の気持ちもわかるんだけどね。

 

「ひとつ聞くけど、リナはイリヤのこと、どう思ってる?」

 

リズさんがいつになく真剣な声で尋ねてきた。でもそんなの、答えは決まってる。

 

「イリヤはあたしの親友よ」

 

あたしにとってイリヤがなんなのかなんて関係ない。イリヤはイリヤ。それがどっちの方でもね。

 

「なら、わたしからもひとつ。イリヤさんは魔術と関わっているのですか?」

 

はあ…、こればっかりは答えないとまずいわよね。

 

「…ええ、魔術関連の事件に巻き込まれてる。ただ巻き込んだ魔術師はイリヤの力の事は気づいてないし、教える気もないわ」

「そう、ですか…」

 

そう呟いてセラさんは考え込む。

 

−−−あ、メールっぽい…あ、メールっぽい…

 

おっ、メールだ。…って凛さんから?

 

「ごめんなさい。例の魔術師から呼び出しがかかったから、話はここまでってことで。あ、呼ばれたのはあたしだけだから安心して」

 

ホントはイリヤの力についても聞きたかったんだけど、どのみち今のセラさんじゃ答えてくんないでしょうね。

とゆー訳でルヴィアさんの屋敷に、ってあぶないアブナイ。封錠の術を解いてかないと。

 

 

 

 

 

さて、ルヴィアさんトコの正面入り口までやって来たけど、改めて見ても大きなお屋敷ね。これをたった半日で建てたって、なんつー経済力してんのよ、エーデルフェルト。

それはともかく、備え付けられた呼鈴を鳴らすと程なくして扉が開き、美遊と執事服に身を包んだ老人が現れた。

 

「いらっしゃいませ。稲葉リナ様でございますね。お嬢様と遠坂様が奥でお待ちになっております」

「ああ、どうも。ええと…」

「申し遅れました。私エーデルフェルト家の執事をさせていただいております、オーギュストと申します」

 

オーギュストと名乗った老執事が恭しくお辞儀をした。

 

「リナ、中へ」

 

美遊に促され一歩、屋敷の中へと足を踏み入れる。

大広間を通り抜けていくあたし。ここはあくまで日本での拠点でしかないのだろうに作りはしっかりとしてる。調度品も値打ちものばかりだ。ここまでお金持ちアピールをされるといっそ清々しい。

 

「そーいえば美遊のそのカッコは?」

 

あたしは美遊のメイド服姿が気になり尋ねてみた。

 

「わたしはルヴィアさんのレディースメイド(侍女)として雇ってもらっているから」

「ふむ、訳ありってやつね」

「それは…」

「ああ、言いたくなきゃ言わなくていーわよ」

 

口ごもる美遊に、あえて軽い口調で言う。

 

「まあ、気が向いたときでいいからいつか話してほしいな。友達として」

「え…」

「あれ、友達っての、あたしの思い込み!?」

「そうじゃなくて! ()()()も言ってくれたから、友達って…」

 

なるほど。確かに二人の、お互いの呼び方が変わってるもんね。

 

「そんじゃああたし達も、これから友達ってことで」

「うん」

 

あたしが差し出した右手を、美遊はそっと握り返した。

 

「…友情を育むのはいいんだけど、ヒトを待たせるのはどうなのかしら?」

 

凛さんが一枚の扉の前で、片手を腰に当てて立っていた。うん、ここは一先ず。

 

「「ごめんなさい」」

 

あたし達は謝った。

 

 

 

 

 

部屋の中ではルヴィアさんが待っていた。

 

「来ましたわね。早速本題に入らせてもらいますけど、新たに三枚のクラスカードの存在が確認されました」

 

なんと、また面倒な…。

 

「それで、そのカードの回収を貴女にやってもらいたいのですわ」

 

ふーん、そうかー。あたしに…、って。

 

「ええ! あたしが!?」

 

思わず大声で聞き返す。

一体、なに考えとんのじゃ、このアマ!

心の中で悪態を吐くあたしだった。

 




魔術師は機械が苦手。凛さんはリナにメールを送るのに10分以上かかった模様。

リナは「スレイヤーズ」二部終了後にいくつかの術を覚えたり開発したりしている設定。

次回「異形なる者、合成獣(キメラ)の魔道戦士」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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異形なる者、合成獣(キメラ)の魔道戦士

2話目以来の完全なオリジナル回。イリヤの出番は一切ナシ。本編の主人公なのに扱いがひどい、と自分でも思う今日この頃。


≪美遊side≫

わたしとリナは今、柳洞寺にある林の中にいる。リナが言うには剣と魔術の訓練をしている場所らしい。

ここに新たに現れた三枚のクラスカードの内の一枚がある、とルヴィアさん達は言っていた。

正直、()()()()()()()カードが存在しているなんて信じられない事だけど。

 

「…確かに、瘴気に似た気配を感じるわね。でも、いつの間に…」

 

リナが呟くように言う。なら、カードの存在は確かなことなんだろう。でも、何故…。

 

 

 

 

 

数時間前のこと。

 

「ちょっと、どうしてあたしなの!?」

 

リナがカードの回収を指示したルヴィアさんに詰め寄る。そこに凛さんが口を挟んできた。

 

「リナ。あんた[キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ]って人物知ってる?」

「キシュア…? 誰よ、それ」

 

リナの疑問には答えずに、ルヴィアさんと凛さんは頷き合う。

 

稲葉リナ(イナバリナ)、貴女にこれをお渡ししますわ」

 

そう言って、おそらく礼装なのだろう、刃の無い柄の部分のみの剣を五本、テーブルの上に置いた。

 

「うん、ありがと。それでゼルレッチって誰なの?」

「これはわたしがルビーでやったように、魔力を通して刃を編む事が出来るわ」

 

あの、凛さん…。

 

「へー、そうなんだ。んで、シュバインオーグって何者?」

「それで、カードのある場所ですけれど…」

 

ああ、ルヴィアさん。それ以上は…。

 

「はぐらかすのも大概にせーい!!」

 

すぱぱぁん!!

 

軽快な音と共に二人の頭が叩かれる。リナの両手にはスリッパが。

スリッパ、一足揃ってたんだ。

 

「「一体、なんのことかしら?」」

 

それでも二人ははぐらかし続けるけれど。

 

黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの…

 

「リナ、ダメっ! こんな所で[ドラグ・スレイブ]なんて!!」

 

わたしは後ろから羽交い締めにしてリナを止めた。

結局、今のは本気で撃とうとしていたわけではなく、わたしが止める事を見越しての行動だったらしい。

それを見た二人は、リナがとてつもない術を唱えていたのを理解したみたいだ。

 

「…シュバインオーグは魔術協会の研究機関のひとつ、[時計塔]に所属する魔法使いよ」

「そして(わたくし)達の大師父でもありますわ」

 

魔法使い…。そんな人が一体…?

 

「大師父から手紙と荷物が届いたの。その手紙には新たなカードの出現と、その回収をリナにやらせるよう書いてあったわ」

「そして荷物にはその概念礼装の黒鍵が入っていて、貴女に渡すよう記されていたのですわ」

「ちょっと、なんであたしのこと知ってんのよ?」

「わたしもそれが気になったから、あんたに聞いてみたのよ」

 

なるほど。ルヴィアさんや凛さんも理由がわからないんだ。

 

『深く考えるだけ無駄でしょう。なにしろ、私達カレイドステッキを創った方ですので』

「「「「あー…」」」」

 

サファイアの言葉にわたし達は思わず納得してしまった。特にルビーをイメージして。多分みんなもそう。

 

「大師父の行動理念を読み解こうなど烏滸がましいことですわね」

「それよりもカード回収の話を進めるべきね」

 

二人は思考を切り替えると、再びカード回収についての説明を始めた。

 

 

 

 

 

そしてわたし達はこの場所へやって来た。ここを選んだ理由は、リナにとって思い入れがある場所だから。

 

「じゃあ美遊、お願いね」

 

そしてわたしが一緒なのは、鏡面界へ移動するため。イリヤを選ばなかったのは、今回は突飛な発想より戦闘知識を取っただけ。

 

『…鏡界回廊一部反転。

接界(ジャンプ)

 

わたし達は鏡面界へと跳んだ。

 

 

 

 

≪リナside≫

鏡面界へ来てすぐに、英霊の姿を見つけることができた。さて、今回の敵は。

え…?

あたしは、あまりにもの事に声もでなかった。

()の格好は、()()貫頭衣にフード付きの()()マント、腰にはブロードソードを提げている。

顔は目深に被ったフードでわからないが、おそらくその肌は…。

 

「リナ、どうしたの?」

 

身体を硬直させたまま動かなかったあたしに、心配そうに美遊が声をかけた。

 

「美遊」

 

あたしは振り向き、美遊の肩に手をかける。

 

「リナ?」

眠り(スリーピング)

「え…、リ…」

 

どさり

 

魔法障壁の内側から発動した眠りの呪文で美遊を眠らせる。

 

『リナさま! 一体なにを…』

「ごめんね、美遊。ただ、あたしも()()()なんだ」

 

あたしはサファイアの疑問には答えず、ただ美遊に謝った。

 

「…サファイア、美遊にこんなことしといて何だけど、あたしに力を貸してくんない?」

『リナさま?』

「理由は、後で説明するから」

 

あたしはサファイアに向かってウィンクをする。

 

『…仕方ありません。今はそれが最善と判断します』

「ありがと」

 

サファイアはすぐさまあたしの手元へやって来る。あたしはサファイアの柄を握った。

 

『! これは!?』

「どうしたの、サファイア?」

『…いえ、なんでも』

 

なんか、気になる言い回しね。でも今は、彼の相手をしないと。

多分テリトリーの外なんだろう、彼は未だ動かずにいた。あたしは彼に向かってダッシュをかける。

ぴくり、と反応したそのタイミングで、空いた方の手で一本だけ持ってきた黒鍵に魔力を通して投げつけた。しかし彼はそれを避けようともせずにこっちに向かってくる。

 

がぎぃっ!

 

固い音を響かせて黒鍵は弾かれる。

抜かれた剣があたしめがけて降り下ろされるが、咄嗟に左へ跳んで攻撃をかわした。あたしはそのまま距離をとる。

でも、今の攻撃は…。

 

『今のは物理保護、でしょうか』

「ううん、違う。身体が剣を通さないのよ。…まあ、見てなさい」

 

そう言ってあたしは、間合いに入らないよう距離をとりなから呪文を唱える。

 

風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウイン)!!」

 

放った術が、あたしを中心に爆風を発生させ、それに巻き込まれた彼も吹き飛ばされる。

しかし、何事もなかったかのように立ち上がる彼の、顔を隠していたフードがめくれあがっていた。

 

『岩の、肌…?』

 

サファイアは彼の肌を見て驚きの色を浮かべる。

けれどあたしは、わかっていた事とはいえ、彼の顔を見てやるせない思いを感じていた。

 

「ゼルガディス…」

 

思わず、彼の名前を口にする。

と、彼、ゼルはあたしを障害認定したのだろう、テリトリーの外に居ながらもあたしに向かって駆け寄ってくる。

身構えるあたしにゼルは再び上段から切り下ろしてきた。こちらも再び左へと跳んで避ける。

かわされたと見るや、横凪ぎに剣を繰り出そうとこちらを向く。

 

明りよ(ライティング)!」

「■■■■!?」

 

持続時間ゼロの閃光がゼルの目を灼く。

…やっぱり。もがく彼を見てあたしは確信した。

ゼルガディスは今までの英霊達よりも劣化が激しいみたいだ。顕在化したばかりってのもあるだろうけど、それじゃ説明のつかないことも多い。

まず、攻撃が単調すぎる。ハッキリ言ってゼルの剣技は、全盛期のあたしよりも遥かに上だ。

それが二度にわたる上段からの切り下ろし。それを、あたしは同じ方へかわしている。

なのにあの程度の追撃で、さらに明り(ライティング)で目眩ましをもろに食らう体たらくだ。

もう一つ根拠をあげれば、その戦闘スタイル。彼は剣撃に魔法を織り混ぜて戦う、ある意味あたしと似た戦い方をする。

それが、ただ剣を振り回すだけの戦い方なんて…。

ふと、ある考えが浮かんだ。

クラスカード。先の七枚を基準に考えた場合、クラスはおそらく7クラス。うち不明なのが未回収の2クラス。

もし、不明の内の一つが、ゼルの二つ名の一部を冠するものだとしたら?

そしてその予想が当たっていたとしたら、その特性はおそらく…。

 

『リナさま、どうかしましたか?』

 

あたしが考え込んでたのはほんの数秒程度だったけど、今はまだ戦闘の最中。サファイアに心配をかけてしまったみたいだ。

 

「なんでもない。それよりアイツを倒すわよ!」

 

あたしはゼルへ向き直る。彼はまだ、視力が回復していない。なら、今のうちに畳みかけるのみ!

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

避ける術がない彼にあたしが放った術が直撃、片膝をついた。

 

「サファイア!」

『はい』

速射(シュート)!!」

 

カレイドステッキから放たれた複数の魔力弾がゼルの周囲に着弾、爆煙をあげる。あたしはそこへ突っ込む!

 

「クラスカード[セイバー]、限定展開(インクルード)

 

サファイアは当てたカードを読み取り、その姿を聖剣へと変える。

 

「ハアァァァッ!!」

「■■■!?」

 

ずむっ!!

 

聖剣が、岩の肌をものともせずに彼の胸を貫く。あたしは剣を引き抜き、すぐさま彼から離れた。

ゼルはあたしに一撃加えようと剣を掲げるが、すぐに脱力し腕が下がる。

やがてその身体は霧散し、そこには一枚のカードが残された。

あたしはカードを手に取り、そのクラスを確認する。

Berserker(バーサーカー)

ああ、やっぱり。裏の世界で「赤法師(レゾ)狂戦士(バーサーカー)」と呼ばれた彼に与えられたのはこのクラスだったか。

このクラスはおそらく、名前のとおり狂化が付与されるんだろう。あの戦い方もこれで納得できる。

 

パアァァ…

 

「え…?」

 

カードが突然輝きだし、思わず手を離す。直視出来ないほどの光が収まったそこには。

 

「久しぶりだな、リナ」

「ゼルガディス!?」

 

本来の白い衣装に身を包んだゼルが、明確な意思をもってそこに居た。

 

『リナさま、この英霊をご存知なのですか?』

 

あぁ、約束の事もあるし、答えてあげないとね。

 

「…彼はゼルガディス=グレイワーズ。異世界の魔法戦士よ」

『異世界!?』

「そ。そしてあたしは、…その世界から転生したのよ。憑依ってカタチでね」

『…』

 

さすがに予想外だったんだろう、サファイアは黙ってしまった。

 

「この事は、ルビー以外には黙ってて。まだ、イリヤや美遊に明かすだけの勇気がもてないから」

『…わかりました』

 

サファイアはあたしの気持ちを汲んでくれたらしい。ルビーもああいう性格だけど、口は固そうだし心配はいらないだろう。

 

「ありがと、サファイア。…さて」

 

あたしはゼルガディスへ視線を移す。

 

「ゼル、これは一体どーいう事なの?」

「まあ簡潔に言えば、リナがあのカードを手にしたら、おれが現れるよう仕掛けがしてあったってことだ」

「あたしがって、誰よ、そんなことしたのは!」

 

あたしがカードを手にするの前提ってのがまず気にかかる。この出来事を予測していたとしか思えない。

 

「残念だがおれにも言えることとそうでないことがある。今言えるのは、おれ達と繋がったカードは、本来のカードの失敗作をくすねて改竄したものだってことだ」

 

うあ、結構無茶なことしてない、それ?

 

「さて、ここからが本題だ。そのための仕掛けだからな。

おれが伝えるのは、本来のものを含めたカードの使い方だ」

「それって限定展開(インクルード)夢幻召喚(インストール)のこと?」

「なんだ、知ってるのか?」

「少しだけね」

 

あたしはそう言い、サファイアをひょいと掲げて見せて。

 

「このステッキを使えば限定展開出来ることくらいなら。夢幻召喚はそれが本来の使い方らしいって事くらいね」

「なるほどな。なら、それを踏まえて説明しよう」

言って彼は、クラスカードについての説明を始めた。

 

 

 

 

 

「まあ、ざっとこんなところだ」

 

ゼルが一通りの説明を終える。するとそれに合わせるかのように、彼の身体が光の粒子へと変わってゆく。

 

「時間のようだな。…まあ、なんだ。また会えて嬉しかったよ」

「ゼル…」

 

まったく、相変わらずね、ゼルは。ぶっきらぼうだけど人がいい。

 

「じゃあな」

 

そう言って消えたその場所にはカードが一枚残された。それと同時に鏡面界の崩壊が始まる。

 

「サファイア、美遊を連れてトンズラするわよ!」

『何処の悪役ですか』

 

サファイアの冷静なツッコミが心地よい。感傷に浸っている暇はないのだ。

なにしろ、戦うべき相手はあと二人もいるのだから。




本筋のカード回収は、魔法少女が揃わないため休止という設定。
リナは衣装がえナシの転身をしてます。ただし、リナに配慮してではありません。その説明は、…出せるかなぁ。

次回「白き巫女、正義の(こぶし)!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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白き巫女、正義の(こぶし)

今回は少し長くなりました。筆がのるのも考えものです。


≪美遊side≫

教室。わたしが一人、窓の外を眺めていると。

 

「お早う、美遊」

 

リナが声をかけてきた。

 

「…おはよう」

「おうっ、やっぱ機嫌が悪いわね」

 

…声に、感情が出ていたのだろうか。でも、あんなことされて怒らない方がどうかしてる。

 

「ええと、とりあえず言い訳してもいい?」

 

リナはわたしの様子を見ながら尋ねた。わたしも、理由も聞かずに拒んだりする気はないので首を縦に振る。

 

「昨日、美遊に[訳あり]って言ったじゃない?」

 

? いきなりなにを…。

 

「実を言うとあたしも訳ありなんだわ」

「…え?」

「誰にも言ってない、ううん、軽々しく言えないような秘密があんの」

 

軽々しく言えない…。それは、わたしも同じ。()()()は簡単に言える類いのことじゃない。

 

「それで昨日の敵なんだけど、あたしの秘密にメチャ関わってんのよねー」

 

え? 英霊が関わってる?

それってどういう…、あ、それが秘密だったっけ。

 

「サファイアには立場上話してはあるんだけど」

「サファイア!?」

『すみません、美遊さま。ですが私も、軽々しく口外するべきではないと判断しました』

 

わたしの髪の中に隠れたサファイアがコッソリと告げた。サファイアがそう言うんだからその通りなんだろうけど、なんだかモヤモヤする。

 

「…いつか話すから」

「え、リナ?」

「イリヤと美遊には知ってもらいたい。でも、まだその勇気がないの。だから…」

 

いつでも強気なリナが、今は見る影もなく沈んだ顔をしている。

 

「もう、いい。わたしも似たようなものだから」

「美遊…」

 

わたし達の間に沈黙が流れる。

 

「リナ、ミユ、おはよー!」

 

それを打ち破ったのはイリヤだった。

 

「あれ、なんか変な雰囲気だね。二人でなに話してたの?」

 

それは…、なんて答えればいいんだろう。

するとリナは、立てた人差し指を口許に持ってきてこう言った。

 

「それは秘密です!」

「あーっ、ずるーい! わたしにも教えてよ」

「仕方ないわねぇ」

 

リナは顔をイリヤの耳元に近づけて小声で言う。

 

「実は新しく三枚のカードが見つかって、ルヴィアさんからあたしが回収するように言われたの」

「え?」

「それで、その事に関係した意見交換をしてたのよ」

「そっか、ミユはルヴィアさんのとこに居るんだもんね」

 

すごい。リナは一切ウソを言っていない。今回のリナの秘密だってカード回収に関係してるし、あの言い訳も拡大解釈すれば意見交換だ。

しかもルヴィアさんの名前を出すことで、わたしとの意見交換を自然なものに見せて、間違った解答へ導いてる。

こういう質問のかわし方があったなんて。

 

『まるで詐欺師のようです』

 

…そのとおりだけど、さすがにちょっとひどいと思う。

 

 

 

 

≪リナside≫

あたしは今、深山町の外れにある竹林の中にいる。もちろんカード回収のためだ。

ただし今回連れてきたのはサファイアのみ。美遊は学校での説明のお陰か、あっさりと了解してくれた。むしろ凛さん、ルヴィアさんを説得するのに骨が折れたくらいだ。

とりあえず今わかっているのは、あの二人の大師父、宝石翁って二つ名らしいけど、彼はあたしがどういった存在か知ってるみたいだってこと。

実はあたしがカードを回収するに当たって、報酬が設定されていた。その報酬というのが、回収したカードなのである。

おそらくだけど、これはあたしにカードをを渡すための段取りじゃないかと思ってる。だってあたしに報酬をちらつかせるなんて、あたしの性格を知ってるとしか思えないし、何より英霊の正体が正体だ。あながち間違いでもないだろう。

 

「さてと、ここらでいいかな? サファイア、お願いね」

『はい、リナさま。

限定次元、反射炉形成

鏡界回廊一部反転

接界(ジャンプ)

 

あたしはサファイアによって鏡面界へと移動した、ら?

目の前に、それなりに大きな胸があった。むむっ、あたしの敵ねっ! って。

 

「黒化英霊!!」

 

ぶおっ

 

繰り出された右フックを身を屈めてかわし、相手の足を払うように蹴りを出す。しかし彼女は後ろに跳んでそれを避けた。さすがに今回は、そう簡単にはいかないか。

 

「今回はアンタが相手って訳ね。アメリア!」

 

あたしが投げかけた言葉に、しかし無言のまま構えをとる。むう、ノリの悪い。…いや、この子のノリが良いと、それはそれでめんどくさいけど。

 

「■■■■■!」

 

ゼルと同じように黒い衣装を身に纏ったアメリアがこちらに向かってくる。

あたしはサファイアを剣のように構え、迎え撃つ姿勢をとった。

と、アメリアの拳が淡い魔力の光に被われている。なっ、まさか!?

 

がごぉっ

 

『!?』

 

アメリアが振るった拳を、サファイアを盾にして防ぐ! ごめん、サファイア!!

 

炎の矢(フレア・アロー)! GO!」

 

あたしとアメリアとの間に出現させた炎の矢を撃ち出すが、彼女は後ろに飛び退きながら拳で矢を打ち落としてく。

 

狙射(シュート)!」

「■■!?」

 

アメリアは魔力弾の直撃を食らい、大きく後ろへ吹っ飛んだ。

あたしは呪文を唱えながらアメリアの元へ駆け出す。

一方のアメリアもすぐに体勢を立て直し、迎撃準備に入っていた。

アメリアの右があたしの顔めがけて降り下ろされる。

 

霊王結魔弾(ヴィスファランク)!」

 

がぐぎゃっ!

 

二人の拳がぶつかり合う!

…っっっったああ!

やっぱ元々の身体の出来が違う上に、向こうは今や英霊だ。()()()の打ち合いじゃ勝ち目はないか。

あたし達は共に、後ろへ身を引き距離をとる。

 

「■■■!」

 

アメリアは掌に生まれた光球を投げた。

 

狙射(シュート)!」

 

あたしは魔力弾を光球にぶつける。

 

ちゅごどぉん!

 

光球は爆炎をあげてはぜた。やはり火炎球(ファイアー・ボール)だったか。

今のアメリアは正常な発声をしてないので、どんな術が来るのか判断が難しい。いや、それ以前に詠唱すらしてないよーな。

アメリアは爆煙を突き抜け、あたしに襲いかかってくる。あたしはサファイアに魔力を通して刃を編み、アメリアの胴を狙って水平に薙ぐ。しかし彼女は、肘と膝で刃を挟み受け止めた。

あたしはすぐに刃を消してアメリアの横をすり抜け、

 

爆煙舞(バースト・ロンド)!」

 

振り返らずに呪文を発動させる。もちろんこんな術で、あの頑丈娘を倒せるなんて思っちゃいない。ただの目眩ましと時間稼ぎだ。そう、あたしは竹林の奥へ身を隠した。

 

 

 

 

 

「これでとりあえず、少しは時間が稼げるでしょ」

 

あたしは太めの竹の根元に座り、寄りかかって一つ息を吐く。

ここへ来るまでの間に竹を薙ぎ倒し、あちこちに黒霧炎(ダーク・ミスト)…暗黒の霧を作り出してバラ蒔いたりと、色んな工作をしている。今のアメリアなら充分引っ掛かってくれるはずだ。

 

「さ、今のうちに情報の整理をするわよ」

『ではリナさま。お聞きしますが、あの英霊ともお知り合いなのですか?』

 

やっぱりそこが気になるか。

 

「うん、あの子はアメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。見てのとおり、拳で戦う正義の巫女よ」

『正義の巫女が肉弾戦、ですか…』

 

あ、さすがに少し退いてるみたいね。

 

「でも彼女のお父さんなんか、拳で折檻する平和主義者だったし、まだましな方だと思うけど」

『…』

 

ついに黙っちゃったか。あまりにもの事に声が出ないのか、はたまたあたしがからかってると思ったか。

まあ、どっちでもいいか。

 

「それでなんだけど、彼女のクラス、なんだと思う?」

『イリヤさまが使っていた剣術が得意な[アーチャー]のこともありますから、肉弾戦が得意な[キャスター]ではないでしょうか?』

「んー、あたしもそれは思ったんだけどね」

『何か気にかかることでも?』

 

あたしが難色を示したので気になったんだろう、サファイアが尋ねた。

 

「使ってる術がショボいのよ。あの子精霊魔術に長けてたのに」

 

霊王結魔弾は強力だけど、体術と併せて実力を発揮する術だしね。

 

『それでは、まだ判明していないクラスでは…』

「それも多分、違うと思う」

 

これはあたしの推測だけど、最後のクラスは暗殺者(アサッシン)ではないかと思っている。

いや、単純に性質が重複してない有名どころといえば暗殺者くらいしかないなー、と思っただけなんだけど。

でも、もし想像のとおりなら、これほどアメリアに似合わないクラスはないだろう。

 

「ああもう、せめてクラスがわかれば、もう少し対策の立てようがあるんだけど」

 

どうやらクラスによって能力の振り分けに変動があるらしい。昨日のゼルも攻撃は単調だったけど、パワーはむしろ上がっていたように見えた。

つまり、もしアメリアが[キャスター]なら魔力の値が高くなっている可能性があるって訳だ。

 

ガサッ

 

なっ、もう来た!? 思ってたより早い!

そーいやあの子、勘が鋭いとこがあったけど、まさかこのタイミングで発揮してくるとは…!

とりあえずまだ気づかれていない今のうちに。

あたしは小声で呪文を唱え始める。

 

「!!」

 

こちらへ振り返るアメリア。気づかれたみたいだけど、こっちの呪文も唱え終わっている。

 

螺光衝霊弾(フェルザレード)!」

 

螺旋に渦巻きながら突き進むこの術は、簡単にはかわせない。アメリアは避けようとはせず、拳を術に叩き込んだ!

 

バシュアァッ!

 

何かが破裂するような音をたてながら、それでも術はアメリアに直撃した。

だが、アメリアは立っている。霊王結魔弾で効力を削ぎ、英霊としての潜在能力で耐えきったか?

 

「■■■■■!」

 

拳へ再び魔力を纏わせたアメリアは腕を引き、いつでも突き出せるよう構えをとる。それと同時に彼女自身の魔力も上昇した。

やばっ、まさか宝具か!

 

「…平和…主義者…」

 

って、それが宝具かい!?

 

「アメリア! 今のアンタ、全然正義の味方っぽくないわよ!!」

 

それは苦し紛れに言った言葉。その筈だったのだが。

 

「■■■!?」

 

…なんか動揺しまくってんだけど? 確か理性はほとんどないハズよね。まさかあの子の正義を愛する心(笑)は、本能レベルで刻み込まれてる?

 

『リナさま、もっと動揺させて敵を討ちましょう』

「もっと動揺…? それってどーいう…」

 

なんだか嫌な予感しかしないんだけど?

 

『もっと正義の味方っぽい台詞を連呼すればよいかと』

「だあーっ、やっぱそれか! アンタ、さっきのこと根に持ってるでしょ!?」

『リナさま、時間がありませんよ?』

 

こいつ、怒らせるとルビーより厄介なんじゃあ…。

 

「…わかったわよ」

 

あたしは溜め息を吐き、気を取り直し、サファイアをビシッとアメリアに向けて声高らかに言った。

 

「悪に堕ちたる白き巫女よ! 正義の使者リナの名において聖なる裁きを与えん!」

 

あたしはセイバーのカードをサファイアに限定展開し、[約束された勝利の剣]を展開する。

 

「さあ、アナタにまだ、正義を愛する心があるのなら、我が一撃を自ら受け入れなさい!」

「■■■■!!」

「くらえ! 直至の閃光(ロイヤル・ストレート・フラッシュ)!!」

 

あたしは剣先をアメリアに向け突進。彼女は両手を広げ、なんの反撃も見せず、すべてを受け入れた。

…お願い、今までの言動には触れないでください。

 

 

 

 

 

あたしは現れたカードを手に取り、そのクラスを確認した。

…は?

 

「[ランサー]? あの子のクラス、[ランサー]なの!?」

『拳での攻撃を、槍に見立てたのでしょうか?』

「にしたってムリヤリ感ありまくりでしょーが!」

 

などと言い合っていると、例によってカードが光りだした。

数秒ののち、そこに現れたのは先程と同じ姿の少女。ただし、身に纏う衣装の色は白。

 

「やっほー、リナ。久しぶりっ!」

 

そして、挨拶はやたらと軽かった。

 

「『久しぶり』、じゃないわよ。なに? アンタのクラス」

「やだなー、別にわたしの意思でこのクラスになった訳じゃないのに」

「そーかもしんないけど!」

「それより、わたしの持つ情報は聞きたくないの?」

 

くっ、こいつ、なかなか痛いところを突いてくる。仕方がない、今はアメリアの話を聞くこととしよう。

 

「わかったわ、アメリア。それで一体、どんな話を聞かせてくれるの?」

「あなたの事よ、リナ」

 

…はい?

 

「リナ、あなた気になってたんじゃない? どうしてこの世界で向こうの術、特に黒魔術が使えるのか、って」

「!? それは…」

 

確かに。あたしの使う魔法は、向こうの世界の法則によるもの。精霊の力を引き出す精霊魔術や白魔術なら、こちらの精霊の力を向こうの術式に変換して使ってるって解釈もできる。

けれど黒魔術は、向こうの世界の、魔族の力を借りた術である。本来なら、こっちで使えるハズがないものなのだ。

 

「はっきり言うわ。今のリナは、[混沌の海]と繋がってるの」

「混沌のって、金色の魔王!?」

 

おいこら、言うに事欠いてアレと繋がってるだと!?

なんなのよ、この突拍子もない展開はっ!?




見事なくらいの尻切れ蜻蛉。さすがにこれ以上は長くなりすぎるので、もう少し詳しいことは次回、回想というカタチで。

ちなみに「ロイヤル・ストレート・フラッシュ」は中の人ネタ、「直至の〜」は日本語当てようとして偶然出てきただけ(笑)

次回「親友ともらった勇気」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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親友ともらった勇気

前回の説明の続きと、悩めるリナの話。友達っていいね、って回です。


≪third person≫

穂群原学園小等部。昼休みの屋上。金網に寄りかかりぼんやりと空を見上げる少女、稲葉リナ。彼女はポツリと呟いた。

 

「あたしが、金色の魔王とねぇ…」

 

リナは昨夜のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

自分が混沌の海と繋がっている。そんな突拍子もないことを聞いたリナがアメリアの胸ぐらをつかみ、力強く前後に揺さぶる。

 

「ちょっとアメリア、アンタなんの根拠があってそんなこと言ってんのよ!」

「根拠ならリナの方にあるんじゃない?」

 

あっさりと切り返したアメリアの言葉に、リナはハッとする。

 

「あたしの、憑依転生…」

 

そう、彼女の転生には謎が多かった。本来あり得ないはずの「稲葉リナ」との邂逅。その少女の記憶の流入。そして異世界への転生。その全てに関わったと思われるのが、金色の魔王だ。

 

「でもそれって、下手したらアレに乗っ取られるってことじゃ…」

「あ、だいじょーぶだいじょーぶ。向こうから魔術に必要な力を引っ張ってくる程度で、現状その心配はないって」

 

手をパタパタ振りながら言うアメリアに、リナはふと疑問に思う。

 

「ちょっとアメリア、どうしてそんなことがわかるの? アンタ達のカードを作った人がそう言ってたわけ?」

「あ、やっぱり気になる?」

「当たり前でしょーが!」

 

言いながらリナは、そう言えばこういう子だったなー、なんて思っていた。

 

「別に彼女たちが言った訳じゃないわ。教えてくれたのは…」

 

微妙な表情をしながらタメを作るアメリア。

 

「…ゼロスよ」

「ゼロス!?」

 

リナは驚愕の表情を見せる。

 

『…すみません、リナさま。そろそろわたしにも説明をお願いします』

 

ここに至ってリナは、サファイアが置いてけ堀になっていることに気がついた。

 

「あ、ごめん、サファイア」

 

一言謝って、サファイアへ説明する。

 

「うんと、[混沌の海]ってのはまさに混沌の空間、世界のすべてが生まれ世界のすべてが帰っていく場所、かな。ほら、この宇宙はなにも無いところから、ビッグバンによって誕生したってゆーじゃない? あれに似てるかもね」

『向こうの世界での認識でしょうか』

「…事実よ。まあ、それを知ってる()()はほとんどいないけど」

 

このことは、金色の魔王についての正しい知識がなくては理解できないのだが、ディルス王国の神官が口伝で伝えるものは解釈が間違っているため、正解にはたどり着けないのだ。

 

「…で、[金色の魔王]だけど、[魔王の中の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)]って呼ばれたりもするけど、その正体は混沌の海の意志、つまり混沌の海そのものよ」

「へー、そうだったんだ」

 

このとおり、巫女であるアメリアをして、正しい知識を有していないのである。

 

『それではゼロスというのは…?』

「ゼロスは…。

金色の魔王の部下、赤眼の魔王(ルビー・アイ)が生み出した五人の腹心の一人、獣王(グレーター・ビースト)の直属の部下である獣神官(プリースト)。いわゆる魔族って呼ばれる存在よ」

『…敵ではないのですか?』

「敵よ。今回のことは何らかの目論見があってのことでしょうね」

 

実際リナは、前世において魔族の目論見に何度か巻き込まれている。

 

『ちなみにどの程度の強さなんでしょうか』

「うーん、ゼロスなら、あたし達が苦戦したセイバーを一瞬で消滅させられるでしょうね」

『…』

 

さすがに沈黙せざるをえないサファイアだった。

 

「さて、話を戻すけど、どうしてゼロスが関わってるわけ?」

「相手はゼロスよ。そんなの決まってるじゃない」

「「それは秘密です」」

 

アメリアに、リナが言葉を重ねる。

 

「やっぱりか」

「それでも一応、食い下がってはみたわ」

「ほう、それで?」

 

リナは身を乗り出した。

 

「『まあ、一種の保険ですよ。これ以上は本当に秘密です』だって」

「保険…」

 

ゼロスの真似をするアメリアの言葉に、一言呟き考え込むリナ。

 

「とりあえず、わたしが話せる情報はこれくらい…」

 

その時、アメリアの身体が光の粒子へと変換され始めた。

 

「どうやら時間みたいね」

「アメリア、黒化英霊のアンタもなかなか強かったわよ」

「そお? 正直、黒化状態の時の記憶って余りハッキリしてないから。

…でもリナ、()()()()()()()()()()()ね…」

 

そう言い残してアメリアは消え、ランサーのカードだけが残った。

 

 

 

 

 

(わかってるわよ、アメリア)

 

取り出した三枚のカードを見ながら、心の中で呟くリナ。

 

(アイツとの戦いは、多分アーサー王との戦いよりも厳しくなる…)

 

リナのカードを持つ手に力が入る。

 

「あ、こんな所にいた」

 

突然の声にリナはハッとする。視線を屋上の出入り口へ向けるとそこには。

 

「イリヤ」

 

少し心配そうな顔をしたイリヤが佇み、リナを見ていた。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

校舎中を駆け回って、ようやくわたしはリナを見つけることができた。

 

「イリヤどうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。心配したんだから」

 

するとリナは、一瞬キョトンとした表情になって言った。

 

「あたし、なんかしたっけ?」

「何にもしてないよ。でも、昨日から様子がおかしかった」

 

昨日はあれで納得しちゃったけど、今日もまた雰囲気が変だ。業間休みの時も、時々思い詰めた表情をしてた。

でも、そこまで言うことが出来ない。だってそんなこと言ったら、昨日ミユに向けてた、あんな顔させちゃう気がしたから。

実際、今のリナは少し困った顔をしている。

…あーもう、仕方ないなあ!

 

「リナ、ケータイ借りるよっ」

「えっ、ちょっと、イリヤ!?」

 

わたしはリナの制服をまさぐり強引に携帯電話を奪い取ると、取り返そうとするリナから逃げ回りながら、急いで目的の人物(ひと)に電話を入れる。昼休みだし、着信ONにしてればいいんだけど。

 

『もしもし?』

 

わたしの望みは通じたらしく、電話は繋がった。

 

「お兄ちゃん!」

『えっ、イリヤか? どうしてリナちゃんの携帯から…』

「今日、リナ連れてくるから、料理教えてあげて! それじゃ!」

 

お兄ちゃんの疑問には答えないで、用件だけ伝えて電話を切る。

携帯をリナに返そうと振り返ると、リナは固まったまま動かなくなってた。あ、なんか珍しいものを見たかも。

 

「リナ?」

 

わたしが声をかけると、顔だけをぎぎぃ、とこちらへ向ける。

 

「イリヤ、一体なにを…」

 

動揺してるリナを見て、一瞬からかいたくなる衝動に駆られたけど、今はそれどころじゃないもんね。

 

「わたしが聞いてもリナは悩みを打ち明けてくんないよね」

「! それは…」

「責めてるんじゃないよ。きっと、それだけ複雑な事情なんだと思う」

 

自惚れかもしんないけど、わたしにも打ち明けられないことなんだと思うから。

 

「だけど、そんなリナは見ていたくないから。だからわたしは、わたしにできる方法で、少しでも気分転換してほしかったの」

 

リナは、ほんの少しだけ呆気にとられた顔をしたあと、溜め息をひとつして苦笑いを浮かべる。

 

「ごめん、イリヤ。気を遣わせちゃったわね」

「いいよ、別に。友達じゃない!」

「そっか。うん、そうだね」

 

今度はとびっきりの笑顔を見せた。うん、リナはこうじゃなくちゃ!

 

「あ、カード落としてるよ」

 

固まっちゃた時に落としたのかな? わたしはカードを拾い上げて、…ん?

 

「この二枚、色が違う?」

 

berserker、…バーサーカーとランサーのカード、今まで見たカードよりもピンクっぽい色してる。現にもう一枚、セイバーのカードはリンさん達のカードと同じ色だ。

 

「この二枚はあたしが回収してるやつよ。本来のクラスカードとは違うみたいね」

「へー、そうなんだ」

 

わたしはカードをリナに手渡しながらも、そのカードが気になってた。

確かにリナが言ったとおり、このカードはちがう。きっと、カードの存在意義そのものが…。

 

「イリヤ、何してんの。教室に戻るわよ」

「あ、すぐ行く」

 

わたしは()()()()()()()()()()()()出入り口へ向かう。

 

『しかしイリヤさんもやりますよねー』

 

なんだかあきれた声でルビーが話しかけてきた。

 

「友達を元気づけるのなんて当たり前じゃない」

『いえ、それは素晴らしいことですけど。リナさんを大好きなお兄ちゃんに近づけちゃっていいんですか?』

 

うん? それってどういう…。

 

「リナさん、士郎さんのこと少なからず想ってますよ? まだ、自分の気持ちに気づいてないみたいですが」

「ほえぇぇえ!?」

 

な、なんてことなの。リナがわたしのライバ…、あ、いや。

とにかく、最後にとんでもない爆弾が投下されました。

 

 

 

 

≪リナside≫

放課後、あたしは手を引かれながらイリヤの家へやってきた。中へ入るとセラさんがあたしにきつい視線を飛ばしてくる。

ただその視線は、今までよりもだいぶ和らいでいる気がした。どうやらこの間の話し合いが功をそうしたようね。

しばらく待っていると、士郎さんも帰ってきた。手には商店街で買ってきたと思われる、食材の入った袋がぶら下がっていた。

 

「急だったからね。今回はフライパンで出来る、簡単ブリの照り焼きにしよう」

 

ブリは四切れ、試食分とあたしん家への持ち帰り分だ。ちなみに食材費は後でちゃんと払ってる。

まずブリに塩を振り臭みを抜き、それを調味液に10分ほど漬け込む。

次に熱したフライパンにブリを置き、両面に焼き色をつける。

最後に漬けていた調味液をお玉に1〜2杯入れて、煮詰めながら照りを出す。

はっきり言って、メチャクチャ簡単だった。こんなんでほんとに美味しく出来るのかと思ったけど、身はふっくらとして、とても美味しかった。どうやら使った調味液、[煎り酒]のお陰らしい。

[煎り酒]は前に習ったから、今度は家で作ってみよう。

 

「今回は簡単レシピだったけど、今度は本格的なのにしようか」

「はい、お願いします」

 

あたしは元気に返事した。

 

 

 

 

 

深夜になり、こっそり家を抜け出したあたしはルビー、サファイアと共に三枚目のカードがある場所へと向かっていた。

そう、今夜はルビーも一緒である。

あたしがイリヤん家をお暇しようとしたら、

 

『今夜はわたしも連れていってください』

 

とか言ってついてきたのだ。なんだかもっともらしい理由を言ってたけど、ようは昨日のあたしの恥態を見られなかったのが悔しかったってことらしい。

 

『それにしてもリナさん、昼間よりずいぶんと元気ですね』

「いやー、あの時は我ながらずいぶんと悩んでたからねー」

『今夜のカードの事でしょうか?』

「まあ、そうね」

 

サファイアの疑問に首を縦に振り言葉を続ける。

 

「今度の相手、[セイバー]のカードの英霊はガウリイ=ガブリエフ。かつての旅の相棒で、超一流の凄腕剣士よ」

『それならばその剣筋も熟知しておられるのでは?』

 

軽く言ってくれるなぁ。

 

「言っとくけど彼、生前の、生身の人間でこの間のアーサー王と渡り合えるわよ。…ううん、彼だったら宝具の真名開放する隙すら与えないんじゃ」

『『な…』』

 

黒化してなかったらわかんないけど、あの時の彼女だったら勝つのはおそらくガウリイだろう。宝具の開放もタメが必要みたいだし。もちろん例外はあるんだろうけど。

 

『リナさん、あなたたちは本当に人間ですか?』

「失礼ねー。魔王相手にするよかよほどマシだってだけよ」

『『そうですか…』』

 

二人とも納得してくれたみたいだけど、きっと何かの比喩だと思っただろうなぁ。

普通、ホントに魔王と戦ったなんて思わない。あっさり信じられても、それはそれで嫌だけど。

 

「さて、イリヤから勇気ももらったし、必ず勝って帰るわよ」

『勇気ですか? 元気じゃなくて?』

「勇気よ」

 

そう。あたしはイリヤのお陰で思い出したんだ。強敵に立ち向かうときの心構えを。

あたしはイリヤ達のもとへ必ず戻る。だから、()()()じゃない、()()()で敵に挑むんだ。

あたしは決戦の場、その入り口、穂群原学園高等部の校門を前に強く心に誓った。




なまじガウリイの実力を知っているだけに、いつも以上に思い詰めていたリナでした。しかも秘密にしていることもあって、助けも求められないという。
リナが事実を打ち明けるのはいつのことか、って、一応決めてはいるんですが。

次回「金色(きん)の髪の剣士と世界を越えた想い」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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金色(きん)の髪の剣士と世界を越えた想い

内容が途中で切れていたので再投稿します。これでもダメなら二分割だな。


≪リナside≫

覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」

 

バジュッ!

 

あたしの放った術が、雷となって彼に襲いかかったが、それはいともあっさりとかわされてしまう。

先手必勝、不意討ち上等で接界(ジャンプ)直後に放ってみたけど、そう上手くはいかないか。

ホントは竜破斬を使いたかったけど、もし防がれたとしたら、それはすでに宝具を発動させてしまったということ。まさにハイリスク・ハイリターン。そこまでの賭けはさすがに出来なかったのだ。

さて、今いるところは穂群原学園高等部の校庭、の鏡面界。まさか二度もここで英霊と対峙することになるとは、思いもしなかった。

再構築された空間だからか、前回破壊されたあちこちは現実世界と変わりない姿になっている。あくまで向こうの写し鏡でしかないってことなんだろう。

 

「さてと、再会のアイサツ、気に入ってもらえたかしら? ガウリイ」

 

軽口を叩くあたしに、けれどもやはりガウリイはなんの反応も示さなかった。

あたしは改めてガウリイの姿を見る。

アイアン・サーペントの胸甲冑(ブレス・プレート)やその下に見える服やズボンの色は黒、肌の色は悪く鮮やかだった長い金髪は白くくすんだ金色だ。

…逆に考えると、アーサー王もほんとは鮮やかな金髪だったのかもしれない。

それはともかく、何よりも目につくのは手に持った剣。刀身はごく普通のロングソード。しかし柄の部分は、鍔と柄尻に一種独特なデザインが施されている。

 

「…ひとまずは安心ってとこね」

『安心、ですか』

『リナさん、あの殺気、充分危険な気がするんですけど』

 

確かにルビーが言う通り、もうちょっとでも近づいたら確実に斬りかかってくるだろう殺気を放ってる。でもあたしが言ったのはそこじゃない。

 

「あたしが言ったのは彼の武器の話よ」

『あの剣ですかー?』

「彼は伝説級の剣を、生涯で二度所持してたの。

最初の剣はある事件で手放して、あたしとの旅のなかで二本目に巡り会えたのよ。あれはその一本目のほう」

 

事情を簡潔に説明する。こういうとき、敵が待っててくれるのはありがたい。

 

『では、一本目のほうが弱かったという事でしょうか?』

「ううん、その性能に優劣はつけられないわ。ただ二本目は、真名開放前からとてつもない切れ味だと思うから」

 

二本目の剣の名前は「斬妖剣(ブラスト・ソード)」。魔力を切れ味に変えてなんでもスパスパ斬ってしまう物騒な剣だ。あんなもの、ガウリイの腕で振り回されたら堪ったもんじゃない。はっきり言ってルビーやサファイアですら真っ二つにされかねない。

 

「少なくともアレは、真名開放さえしなけりゃ切れ味は普通の剣だから」

 

それでも充分厄介だけど。

…と、いつまでも喋ってたって埒があかない。

 

「さて、そろそろいくわよ!

クラスカード[ランサー]限定展開(インクルード)!」

 

ルビーに[ランサー]のカードを限定展開すると、あたしの右手にメリケンサックが嵌められる。アメリアの拳による攻撃が概念礼装として宝具化した、というのがサファイアの説明である。

 

「さらに[セイバー]限定展開(インクルード)!」

 

次にサファイアに[セイバー]のカードを限定展開、約束された勝利の剣を両手で構える。

そして一歩、足を踏み出したとたん。

 

ダンッ!

 

弾かれたかのような勢いでガウリイが飛び出したっ!

くっ、やっぱり速い!

彼の、袈裟懸けの斬撃を剣の腹で受けつつ、その力に逆らわずにわざと弾き飛ばされる。

 

爆裂陣(メガ・ブランド)!」

爆裂陣を()()()()()()()()()()発動させる。噴き上げる土砂の中を、しかし彼は突っ切ってきた。

そう、彼ならそうする。それがわかっているからこそ、あたしは既に彼との距離を詰めていた。

出会い頭に放つあたしの右拳。

しかし虚をつくことは出来たものの、すぐに剣の腹を盾にしてあたしの拳を防ぐ。

さすがガウリイ、だけど甘いっ!

 

雷撃(モノ・ヴォルト)!」

拳から剣を伝って、ガウリイに電流が流れる。強力な術ではないけど軽い麻痺を引き起こすことはできる…。

 

ぐおっ!

 

なに!?

あたしはガウリイの剣に押し返され、たたらを踏む。

雷撃が効いてない? …まさか、魔力耐性か!?

もしかして[セイバー]のクラスには自動的に耐魔力がつく!? なんじゃ、そのチート性能は!!

とにかくあたしは左手一本で剣を振るう。しかし腰の入っていない軽い剣、いともあっさりと弾かれた。

あたしはその隙に空いた右手で黒鍵を取り出し、刃を編んで投擲するが、これもやはり弾かれる。

ガウリイが踏み込み、あたしに斬りかかろうとする、そのタイミングで。

 

魔風(ディム・ウィン)!」

 

()()()()()()放った突風に乗るかたちで、ガウリイから距離をとる。

次の瞬間、サファイアからクラスカードが排出される。やはり能力の高い宝具は限定展開のタイムリミットは短いみたいだ。

でも、今この瞬間はありがたい。

 

速射(シュート)!」

 

サファイアから放った複数の魔力弾がガウリイを襲うが、これまた剣で全てを弾く。

ううみゅ。判ってたこととはいえ、相変わらずとんでもない腕してるわね。しかもまだ普通の剣のままなのに、英霊の武器となってるからか平気で魔力弾弾いてるし。

直線的な攻撃じゃあ退けることすら出来ない。それなら…!

 

斬射(スラッシュ)!」

 

あたしは、ライダー戦でイリヤが使っていた魔力の刃を連続で飛ばす。その分威力は落ちるけど、広く展開した刃は弾くのには向いていないハズ。

その予想どおり後ろに下がりながら、かわしきれない分を剣で切り裂いている。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

すかさず精神系の魔法を放つ。ガウリイが剣で弾こうとして。

 

「ブレイク!」

 

突然炸裂した烈閃槍を浴び、動揺するガウリイ。あたしは距離を詰めようとするが…。

 

バシュッ!

 

カードが排出され、ルビーも限定展開が解けてしまった。

くっ、間の悪いっ! でもそれならばと、ルビーに刃を編み右手で上段から斬りつける。

ガウリイはそれを剣で弾くが、刃を編んだ左手のサファイアをバックスイングし、彼の左胴を狙う。だが。

 

ガッ!!

 

ガウリイは剣を引き、その柄尻であたしの拳を叩く。

かなりの激痛に、あたしはサファイアを落としてしまい。

それを見逃すはずもなく、ガウリイは落下するサファイアを前回し蹴りで明後日の方へ蹴り飛ばし、振り抜いた足を地面にバウンドさせるように逆方向に振り、後ろ回し蹴りをあたしのお腹に叩き込もうとする。

 

烈閃咆(エルメキア・フレイム)!!」

 

なんとか完成させた術を発動させるのと、彼の蹴りを食らうのはほぼ同時だった。

蹴り飛ばされたあたしは地面を不様に転がる。一方のガウリイは烈閃咆の直撃によって、肩で息をするほどのダメージを受けているようだ。

本来なら追い討ちをかけるチャンスだけど、あたしも蹴りのダメージのために立ち上がることが出来ない。

と、突然ガウリイの魔力が高まり始める。しまった、宝具…!

「!? ■■■■ー!」

 

……え、なに?

ガウリイはいきなり叫んだかと思うと、あれほど高まっていた魔力を引っ込めてしまった。

 

『なんだか、ほとんど理性がないはずなのに、自分に言い聞かせてるみたいな態度ですねー』

 

何気なく言っただけなのだろうルビーの言葉を聞いて、あたしはハッとする。

なんであたしはガウリイと打ち合える? 確かに彼はあたしを圧倒している。だけどあたしは、離れた場所から戦いを見ている分には太刀筋がわかるだけで、実際に打ち合おうものなら数合も持たずに斬られているハズだ。

 

−−−オレはおまえさんの保護者だからな

 

こと、ここにおいて、彼の言葉を思い出す。そうか、こいつはこんなになっても、あの言葉を守っていてくれたのか。

おそらく、ほんのわずかばかり残った理性の欠片を総動員して、懸命に力をセーブしててくれたんだ。

鼻の奥がツンとする。油断すると零れそうになる涙を我慢してあたしは立ち上がった。

お腹はまだ痛いけど、ルビーのおかげで戦えるくらいには回復している。なによりも彼の想いに応えるためにも、決着を着けなきゃならない。

 

「ルビー、ここで決めるよ」

『リナさんのお手並み、拝見します』

 

あたしは、今、限定展開出来る唯一のカード、バーサーカーを取り出しルビーに当てる。

 

「クラスカード[バーサーカー]、限定展開(インクルード)!」

 

掛け声と共にルビーは白いフード付きのマントに変化し、あたしはそれを羽織っていた。

あたしは呪文を唱え始める。術式はあたしが以前使っていた術と同じ。ただし力を借りる相手が違っていた。

あたしは両手に一本ずつ黒鍵を握り、同時に投擲する。もちろんそれは弾かれるが、そのときには最後の一本を取り出し彼のもとへ駆け出している。

あたしはそれを袈裟懸けに斬りつけるが、ガウリイは剣で叩き落とし、返す刀であたしの胴に打ち込んできた!

 

がぎぃっ!

 

硬い音をたてて刃は弾かれた。

バーサーカーのカードの力。それは超強度の物理保護。その能力はカレイドステッキが最大限に展開した物理強化をも超える。

あのマントはゼルの頑強さが概念礼装となったものだ。

 

あたしは両手で剣を握るような形を作りガウリイの胸に向けて、術を発動させる。

 

魔王剣(ルビーアイ・ブレード)!!」

 

手のなかに生まれた赤い光の刃が、ガウリイの胸を貫いた。

 

「■■…」

 

光の粒子になって消えゆく彼が何事か呟いたそのとき、微笑んでいたように見えたのは気のせいだったのだろうか。

 

 

 

 

 

あたしはまず、戦闘中に散乱した黒鍵と手持ちのクラスカードを回収する。ゼルガディスと戦ったとき、黒鍵を一本回収し忘れて無駄にしたため、というのは言い訳で、ホントはまだざわついてる心を落ち着かせるためだ。

ルビーが『サファイアちゃんを探しにいきます!』とか騒いでいたけど、二次遭難のフラグだから止めるよう言っといた。実際、そのすぐあとにサファイアが合流したので、あのまま探しにいってたら確実に行き違いになってただろう。

そんなやり取りをしている間にも、散乱したアイテムは全て拾い集め、後はガウリイが残したカードだけだ。

拾い上げたカードに書かれていた文字は、予想していた通り[セイバー]であった。そして他の二枚同様光を放ち、一人の青年が現れる。

青い瞳に鮮やかな金色の長い髪、スラッとした長身の好青年。ああ、なにもかもが懐かしい。

 

「よう、リナ」

 

軽く挨拶をする彼にあたしは。

 

「よう、じゃなーい!!」

 

すっぱぁん !!

 

あたしはスリッパで彼の頭を叩いていた。

 

「おい、リナ。何をするんだ!?」

「何をするんだ、じゃない、わよ…」

 

彼の胸ぐらを掴みながら言うあたしは、しかし想いが溢れだしてきて止まらなくなる。ああ、もうだめだ。

あたしは彼に体を預けるようにして泣きだした。

ガウリイは黙ったまま、あたしの頭に優しく手をおく。それだけであたしは、心が落ち着いていくのがわかった。

 

 

 

 

 

「あー、悪かったわね」

 

完全に落ち着いたあたしは、言いながらガウリイから離れる。はっきり言って今、メチャクチャ恥ずかしい。顔が赤くなってるのが自分でもわかるくらいだ。

 

『なるほど? 先ほどの行動は複雑な乙女心を隠すためだったんですねー?』

『ツンデレですか』

 

その考察はやめれ。

 

「乙女、なのか?」

 

何が言いたい、ガウリイ。

 

『いやー、なかなか乙女らしい反応だと思いますけど?』

「いや、こいつ死んだのオレより後だぞ?」

 

ぴきいぃぃっ

 

『ほほう、ちなみにガウリイさんはお幾つまで生きてらしたんですか? そもそもリナさんとはどういったご関係で?』

「オレは九十手前くらいまで生きたかな。関係もなにも、オレ達夫婦だったから」

 

いかん、固まってる間に話が進んでるっ!

 

『なるほどー』

『……』

 

う、ルビーとサファイアから生暖かい視線を感じる!?

 

『リナさまは転生者ですから、そういうこともあるかと思ってましたが…』

『リナさん、人生経験が豊富なんですねぇ』

 

くうぅ、よりにもよってルビーに弱味を握られてしまった。しかも人生経験豊富って、絶対別の意味含んでるよね!?

 

「まあ、今は逆行してるけどな」

「アンタはだまれっ!」

『おや、図星を指されて怒ってますよ』

 

ちくしょう、あたしは人をおちょくるのは好きだけど、おちょくられるのはイヤなのよっ!

 

「…………ふぅ」

『おや、リナさん。どうしました?』

「宝石翁にいーつけちゃる」

 

ざわざわ、ざわざわざわ…

 

『な、なに言ってるんですか。連絡先なんて知らないくせに』

「手紙にロード=エルメロイⅡ世って代理人の電話番号が書いてあった」

『さて、時間もないことですし、ちゃっちゃと聞くこと聞いちゃいましょう』

 

よし、とりあえずこれで、この件に関してはおちょくられる事はないだろう。弱味を握られていることには変わりはないが、そうそうバラすような真似はしないだろう。サファイアも抑止力となってくれると思うし。

さて、ルビーの言い分じゃないけど、確かに時間もない。

 

「ねえガウリイ、あなたも何か、情報があったりするわけ?」

 

一応聞いてはみるけど、彼の記憶力じゃあなぁ。

 

「おう、そーいや言わなきゃなんないことがあったな」

 

お、今まで忘れてたとはいえ、こいつがちゃんと記憶してるとは!

 

「ええと、…………なんだっけ?」

 

ずでどしゃ!

 

あたしは盛大にコケた。

 

「ガ、ガウリイ、あんたねぇ…」

「わぁ待て、冗談だ! ちゃんと覚えてるって!」

「だからあんたのそれは冗談に聞こえないのよ!」

 

はぁはぁ…、無駄に体力使わせんじゃないわよ。

 

「悪かったって。

それでオレが伝えることは2つ、このカードはまだ応用が利くらしいってこと。そしてもう1つは…。

聖杯を守り通せってことだ」

「聖、杯? なによそれ」

「いや、オレにはわからん」

 

ガウリイが頬をかきながら言う。まあ、期待はしてなかったけど。

と、ガウリイの体が光始め。

 

「時間か」

「なによ。そんだけの情報しかないのに、ずいぶん時間に余裕があったわね」

「おまえさんが泣くのを見越してたんだろ」

「!!」

 

一瞬で顔が火照ってしまった。

 

「じゃあな、リナ」

 

そんなあたしに微笑みながら、ガウリイは消えていった。まったく、ずるいやつだ。

しかし、聖杯か。どんな意味があるのかはわからないけど、この騒動はかなり根深いということか。

あたしは一抹の不安を抱えつつ、鏡面界を後にした。




リナとガウリイの組み合わせは最高ですね。ホントはもう少し絡みを入れたかたなぁ。

次回「イリヤ脱落!? 魔法少女と覚悟」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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イリヤ脱落!? 魔法少女と覚悟

最近、1話あたりの文字数が多くなる。タイトル先行で話を作ってる弊害だっていうのはわかってるんですが。
もう少し文章管理能力がほしい。


≪リナside≫

三枚目のカード回収の翌日。放課後にイリヤ、美遊と一緒に下校して、あたしはカード回収完了の報告のために、美遊と共にエーデルフェルト邸にやって来た。

初めて来たときと同じように、あたしは接客室に通される。

待つこと十数分、ルヴィアさんと凛さん、それとメイド服に着替えた美遊がやって来た。

美遊が紅茶とクッキーをあたしの前に置いて一歩さがる。

紅茶の良い香りに一口。あ、おいし。

茶葉のグレードもさることながら、紅茶を淹れるその技能にこそ称賛を称えたい。一瞬美遊が淹れたのかとも思ったけど、彼女が得意なのは日本料理だとこの間聞いたばかりだ。ということは、これを淹れたのはオーギュストさんか。

 

「紅茶は気に入っていただけまして?」

「ええ、オーギュストさんにありがとうって伝えといて」

 

あたしの言葉に二人の魔術師が、一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。

 

「ルヴィアさん達のいたずら」

 

美遊の一言で合点がいった。要は美遊の淹れた紅茶と思わせたかったのだ。だからすでに淹れてある紅茶を出したのか。

正しいやり方なら道具を持ってきて、ここで淹れて出すはず。このいたずらのためにはそれが出来なかったのだ。

 

「ま、粗のあるいたずらはおいといて、カード回収の報告ね」

 

不発だったいたずらなどどうでもいい。あたしは昨日までの報告をする。

 

「サファイアからも聞いてると思うけど、カードは三枚とも回収出来たわ。うち一枚は、そっちのカードでは未回収のクラス[バーサーカー]。後は[ランサー]と[セイバー]ね」

 

あたしは回収したカードを広げて見せる。

 

「…このカードは貰っちゃていいのよね?」

「ええ、大師父が決めたことですもの。異論はありませんわ」

「そう、ならこのカードは返しとくわ」

 

そう言ってアーサー王のカードを差し出す。

 

「よろしいんですの?」

「どうせ全部回収したら返さなきゃなんないし、あたしはこの三枚があれば充分だから」

 

ほんとなら凛さんに渡すべきだけど、あたしを手伝ったのは美遊ってことになってるので仕方がない。

 

ふわあぁ…

 

いかん、あくびが出た。さっさと話しを続けよう。

 

「ところで今晩のカード回収だけど、相手がバーサーカーじゃなかった場合、もしか、した、ら…!?」

 

なんだ、やけに眠い…、まさか! 紅茶にスイミンヤクが…!?

くっ、はやく、げどく、の…じゅ……も…………。

……

 

 

 

 

≪美遊side≫

「これでよろしいんですの、美遊(ミユ)?」

 

ルヴィアさんの問いかけに、わたしは頷き答えた。

 

「リナは心身ともに無茶しすぎてるから」

「まあそうね。三日連続の一人での戦闘に加え、なにか秘密まで抱え込んでちゃね」

 

凛さんの言葉にわたしは驚いた。

 

「あら、(わたくし)達が気づいてないとでも思ってましたの?」

 

ルヴィアさんが不適な笑みを浮かべる。

 

「そもそもこの子が使ってる術を、わたし達が全く解明出来ないってのがおかしいのよ」

(わたくし)達が掴んだのはせいぜい、精霊の力を借りた術とそうではないものがあるらしい、ということくらいですわね」

「しかも調べてみたら、両親は正真正銘の一般人。そんな子が未知の魔術を使っている」

「これで秘密を抱えていないなど、到底考えられないことですわ」

 

わたしは戦慄をおぼえた。下手をしたら、わたしも秘密を抱えていることに気づかれるかもしれない。ううん、もうすでに気づかれてるのかも…。

 

美遊(ミユ)? どうかしましたの?」

「あ、いえ、なんでもありません」

 

そうだ、不確定な現状を憂いてもしょうがない。今は目の前の確定事項をこなさなくちゃいけないんだ。

気持ちを切り替えたことを察したんだろう、凛さんが発言する。

 

「それじゃ確認。今夜のカード回収にリナは強制的に不参加。それ以外はいつもどおり、イリヤと美遊をメインに探索、戦闘及び回収を進める。これでいいのね?」

「はい。イリヤにもそう伝えています」

「それでは稲葉リナ(イナバリナ)は、後程オーギュストに自宅まで送らせましょう」

 

こうして、初めてリナ抜きのカード回収が行われることとなった。

 

 

 

 

≪リナside≫

はっ!?

あれ、あたしは一体……!

 

「今何時!?」

 

()()()ベッドから飛び起きたあたしは時計を確認しようとして。

 

『今は午前4時を少し回ったところです、リナさま』

「サファイア?」

 

暗闇にうっすらと浮かんだシルエットは、確かにかの魔術礼装のものだった。

 

「アンタ、どうやってこの部屋に…」

『リナさまが運び込まれたときに、窓の鍵をこっそり開けておきました』

 

オーギュストさんの仕業ね? もしもの時の対策なんだろうけど、乙女の部屋になんちゅうことを。

 

「それで、サファイアがここにいるってことは、カード回収で何かあったってことね?」

『はい。じつは…』

 

サファイアが語ったところによると。

正規のカードの六枚目を回収するため、郊外の森、イリヤの特訓をした場所の更に奥、その鏡面界を探索中に敵の不意討ちがあったそうだ。

攻撃を受けたイリヤは薄皮一枚の怪我ですんだらしいんだけど。

 

「ひょっとして、武器に毒が塗ってあったとか?」

『リナさま、なぜそれを?』

「うん、もし敵が未回収のクラスだったら[暗殺者(アサッシン)]あたりじゃないかと思ってたから」

『そうでしたか…』

 

エーデルフェルト邸ではそれを伝える前に眠らされてしまった。たぶんあたしを思っての行動だったんだろうけど、なんともまあ、間の悪い。

 

『…話を続けさせていただきます』

 

サファイアが再び語り始めた。

イリヤが攻撃を受けたあと、五十人前後の敵に囲まれたそうだ。おそらく宝具による分身、ということらしい。

凛さんは包囲を突破し態勢の立て直しを図ろうとしたけど、イリヤは毒によって体が動かなくなっていた。そこへ敵達がナイフを投擲して…。

 

『イリヤさまが辺り一帯を吹き飛ばしました』

「!!」

 

もしかして、また魔力の暴走!?

 

『魔力障壁を最大限に展開して難を逃れることが出来ましたが、今回はイリヤさまもしっかりと覚えてらしたようで、一人、いえ、姉さんと一緒に逃げてしまわれました』

「そう、ありがと。今日、学校でイリヤと話してみるわ」

『リナさま、よろしくお願いします』

 

サファイアは深々とお辞儀をして去っていった。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

一夜明けての学校。

体育の授業中、わたしは木陰で昨日のことをルビーと話し合っていた。

 

『…だいたいあんな血生臭い泥仕事は魔法少女のやることじゃありません!』

 

ルビーが独特の価値観で力説してる。でも言ってることは正しいと思う。

 

「…どんなに言い繕っても結局は命のやりとりだったんだよね」

『それを怖いと感じるのは、まあ当然のことと言いますか…』

 

そう、確かに怖い。アサシンの英霊に殺されかけたことも、わたしのせいでみんなに怪我させたことも。でも…。

 

「どっちかって言うとわたしが怖いのは…」

「イリヤー!」

 

わたしの声を遮ってリナがこっちにやって来た。

 

「はぁー、やっと落ち着いて話が出来そうね」

「リナ、なんの…」

「イリヤ、サファイアから話は聞いたわよ」

 

! もうリナの耳に入ってたんだ…。

 

「リナ、怒ってる?」

「んん、なんであたしが怒らなきゃなんないの?」

「だ、だって…」

 

わたしは少し言い淀んで、言葉を続けた。

 

「前にリナが言ってた『死ぬかもしれない』ってこと、すっかり忘れてたんだよ。だからわたし、アサシンのナイフに…」

「ふむ、まあたしかに、イリヤって始めの方はいつも気が抜けてるわよねー」

 

うう、そうはっきり言わなくても…。

 

「でもそれは、注意しないで済ませてきた周りも悪いから。あたしも含めてね?」

 

あ…。少しだけ心が軽くなる。だけど。

 

「でも、イリヤが思い悩んでるのはそれじゃないでしょ?」

 

わたしは心が見透かされてる気がした。

 

「イリヤは困ったことが起きるとすぐに逃げるクセがあるから。

そっちの悩みも本当のことなんだろうけど、本命ではないわね」

 

リナは、わたしのことをよく見てる。

時々リナが年上のように感じることもある。わたしの方が早く生まれてるのに。

 

「イリヤ。話したくなければ、話さなくてもいいよ。ただ、これだけは言わせて」

 

リナは一旦言葉を区切って、そして。

 

「イリヤが何に悩んでるのかはわかんない。なにかに傷ついたのか、自分がイヤになったのか、あるいは他のなにかか。

でもね。そんな時は立ち止まって休んだって構わないんだよ」

「え…?」

 

リナは微笑んで。

 

「そうすればきっとまた、明日を見つめて歩きだせる筈だから」

『そうですね。どんなときでも前を向いていれば、大事なことを見落としてしまう、なんてこともないですしねー』

「ルビーもたまには、良いこと言うじゃない」

『ルビーちゃんはいつでも良いことしか言いませんよー』

 

ふふっ

 

わたしは思わず笑いだしていた。悩みが解決したわけじゃないけど、リナやルビーの言葉で、気持ちもずいぶん楽になった。

 

「二人とも、ありがとう。

とりあえず今の考えをリンさんにぶつけることにしたよ」

「そう。それは、…後で凛さんに聞くことにするわ」

 

そう言ってリナは授業に戻ろうとする。

 

「あ、ちょっと待って!」

 

そんなリナをわたしは呼び止めて。

 

「わたし、昨日のアレでセイバーと戦ったときのことを思い出したんだけど…。

リナ、わたしに何か言ったよね? あれ、なんて言ったの?

そこだけ記憶がぼやけてて…」

 

するとリナは、少しの間思案顔になって。

 

「ごめんイリヤ。これは機密事項なの。あたしが勝手に話していいことじゃないから」

 

リナは手を合わせて謝った。

もう、仕方がないなあ。本気で謝ったらこれ以上なにも聞けないじゃない。

 

「わかったよ。そのかわり、もし話してもいいってなったらちゃんと教えてよ?」

「りょーかい」

 

そう言ってリナは、今度こそ本当に授業に戻っていった。

 

 

 

放課後。今、わたしは公園でリンさんに会っている。その内容は。

 

「ふぅん、『休職願い』ね…」

 

リンさんはわたしが差し出した手紙を見て、そう呟く。

 

「あのー、ダメでしょうか?」

恐る恐る聞いてみると複雑な顔をして軽く、首を横に振る。

 

「駄目ってわけじゃないけど、あんたが少し、微妙な立ち位置にいるからね」

「微妙なの?」

『そうですね。魔術師ではないけど一般人とは言えませんからねー』

「原因を作ったあんたが言うなっ!」

 

リンさんがルビーの輪っかの部分を引っ張りながら怒鳴ってる。うん、わたしもその気持ちはわかる。

 

「…まあ、イリヤは巻き込まれただけだから、その希望には沿うつもりだけど。でも、今夜のカード回収が終われば、どのみち魔法少女になる必要はなくなるのよ?」

「でも、ただ逃げるのと、ちゃんと考えてやるか辞めるかを決めるのは、たぶん違うことだと思うから」

 

そう思うきっかけをくれたリナには感謝だね。

 

「そう、わかったわ。

…それにしても、わたしはてっきり辞めるって言うかと思ってたんだけどね」

「うん、最初はそのつもりだったよ。

…わたし、自分にあんな力があるってわかって、とっても怖いの。自分が自分じゃなくなる気がして。

でも、拒絶する前にまずは向き合ってみなくちゃいけないって思った、思わせてくれた。

そうしたら、辞めるって決めるのは早いんじゃないかなって気がしてきて」

「ふーん。…それってやっぱりリナが?」

「うん。それと一応ルビーも」

『わたしは一応ですかー?』

 

ルビーは不満の声をもらしてる。まあ、本当はわたしも感謝してるんだけどね? そんなこと言ったら絶対調子に乗るから言わないでおく。

 

「あんた、いい友達を持ってるのね」

「うん!」

「それじゃあもう一人の友達はどうなのかしら?」

 

そう言うリンさんの後ろにいたのは、ミユ!

 

「イリヤ…」

「ミユ、ごめんなさい!」

「え、イリヤ!?」

 

突然謝ったわたしに、面喰らうミユ。うん、そりゃそうだよね? でも、わたしは謝らなきゃいけないんだ。

 

「わたしが()()をやったとき、みんなを守ってくれたのにお礼も言わなかった。だから、ごめんなさい!」

「あ、あのときはイリヤも気が動転してたから…」

「ありがとう、ミユ。

でも、それとは別に、ミユ、リンさん、それにサファイア。危険な目に合わせてごめんなさい

あと、最後のカード回収、お手伝い出来なくてごめんなさい」

 

わたしは思いつく限りのことを謝った。

 

「…まったく、ここまで謝られたら、なにも言えなくなるじゃない」

「イリヤ、もういいよ」

『わたしはもとより、イリヤさまを責める気はありません』

 

リンさん、ミユ、サファイア…。

 

「みんな、ありがとう」

 

わたしは、泣きながら笑った。

 

 

 

 

≪リナside≫

「…そう、イリヤが」

 

あたしは凛さんとの電話の受け答えしている。

あたしは家を出てカードの回収場所へ向かう途中、凛さんのケータイに連絡をいれてイリヤの事を尋ねていた。

ちなみに両親には「友達が困っているから助けにいく、遅くなったら向こうに泊めてもらう」と言ってある。

 

『…あんたは、これからイリヤがどう結論づけるか予想できる?』

「いや、さすがに無理。周りの環境にもよるし、神のみぞ知るってやつね」

 

電話口からため息が聞こえる。

 

『この件に関しては、わたしたちは静観するしかないってことね』

「そーいうこと」

『わかった。

それじゃあリナ、9時に例のビルの屋上で。遅れたら置いていくからね』

「オッケー。それじゃ」

 

そう言ってあたしはケータイを切った。

ふむ、ここからならゆっくり行っても充分間に合うだろう。

そんなことを考えていると、前方からものすごい勢いで自動車(くるま)がやってくる。アレって確かベンツェよね。

ベンツェはそのままの勢いで通り過ぎたかと思うと、盛大なブレーキ音をたてて停車した(らしい)。そして。

 

「リナちゃんじゃない。お久し振りー」

 

後ろから声をかけられるあたし。

って、この声は!?

あたしはゆっくりと振り返り。

 

「…アイリさん!?」

 

ベンツェから降り立つその人は、イリヤのお母さんだった。




タイトル「脱落!?」のはてなマークはこういう意味でした。
原作では「辞表」だったのが「休職願い」にかわっていますし、公園での展開も随分変えてます。
体育の時にリナを介入させたら、イリヤ前向きになっちゃうじゃん! て感じでああなりました。まさにバタフライエフェクトってやつですね(開き直り)。

次回「十二の試練(ゴッド・ハンド)
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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十二の試練(ゴッド・ハンド)

タグに関してご指摘がありましたので、ガールズラブに関しては「ガールズラブは念のため」を新しく貼り、様子を見て判断することにしました。

では16話、ご鑑賞ください。


≪リナside≫

ドイツの高級車、ベンツェから降り立った女性は、アイリさんことアイリスフィール・フォン・アインツベルン。イリヤのお母さんである。

その見た目は、イリヤをそのまんま大人にしたらこうなるだろうってほどよく似てる。ただ、その大きな胸を見るたびに、将来のイリヤの可能性を突きつけられて少しだけ落ち込んでしまう。

それにしてもアイリさんは、いつみても若々しい。イリヤのお姉さんでも通用するよ、絶対に。

 

「リナちゃん、こんな時間にどこ行くのかなー?」

 

アイリさんは少しおどけた感じであたしに尋ねる。

 

「友達が困ってるから、ちょっと手助けに。

アイリさんこそどーしたんですか? いきなり帰国だなんて。切嗣(きりつぐ)さんは一緒じゃないんですか?」

 

アイリさんは普段、海外で仕事をしている。

ちなみに切嗣さんはイリヤのお父さんで姓は衛宮(えみや)。二人は籍を入れてないので苗字が違う。そして士郎さんは切嗣さんの養子である。

 

「仕事が一段落したからわたしだけ一時帰国、じゃダメかしら?」

「まあ、別にいいですけど」

 

きっと本当は、イリヤのために帰ってきたんだろう。どんなネットワークを使ったのかは知んないけど、イリヤの異変を察知したに違いない。

 

「ところでアイリさん。イリヤの事なんだけど、今、ちょっと悩み事があるみたいなの。

あたしも少しだけ助言させてもらったけど、後は家族にお願いするわね」

 

あたしはちょっと、手を貸してあげただけ。背中を押すのは家族の役目だろう。

 

「そう。ありがとう、リナちゃん。イリヤはほんとにいいお友達を持ったみたいね」

 

アイリさんのお礼に、あたしはむず痒さを覚える。普段の演技っぽさがまるで無かったからだ。

…そう、アイリさんの普段のキャラはおそらく演技。そういった面も確かにあるんだろうけど、アイリさん自身の本質を隠すために振る舞っている姿なんだろう。

まったく、イリヤの暴走があるまでは、なんでだろって思ってたけど、魔術師が一般人を装うためだったのね。

 

「さて、それじゃ早くお家に帰って、イリヤちゃんを愛でながらガールズトークに花を咲かせないとね!」

 

……たぶん。

 

 

 

 

 

集合場所に到着すると、すでにみんな集まっていた。

 

「ようやく到着ね。…って、どうしたのよ、随分疲れた顔してるけど」

 

凛さんがあたしの顔を見ていった。うん、そうか。やっぱり疲れた顔をしてるか。

 

「じつは来る途中、偶然イリヤのお母さんと会ったんだけどね。あのひとちょっと苦手なのよ。別に嫌いなわけじゃないんだけど」

 

アイリさんのテンションの振り幅にこっちがついていけないのだ。

今回はたいしたことはなかったけど、苦手意識による緊張感が精神的疲労をたかめて、まあ、とにかくつかれた…。

 

「なんだかよくわかりませんが、とにかく大変だったみたいですわね」

「…まあ、そんなとこね」

 

凛さんと張り合ってるときのアンタも似たようなもん、とは思ったけどさすがに口には出さない。

 

「リナ、カード回収には支障はないの?」

 

美遊が尋ねる。単なる状況確認かと思ったけど、この雰囲気からすると心配してくれてるみたい。

 

「じょぶじょぶ、だいじょぶ!

なるようになるだば、ならんだば!!」

 

あたしは自分が生まれる前に放送していた、お気に入りの魔法少女アニメのヒロインがよく言っていた言葉を真似してみた。

 

「ちょっとリナ、なによそれ」

「気が抜けますわね」

「いーのよべつに。余計な緊張を解くために言ったんだから」

 

とか言いつつ、実はちょっと恥ずかしかったりする。ま、実際なるようにしかならないんだから、気を張りすぎてもしょうがない。気を抜きすぎても駄目だけど。

 

「まあ、よろしいですわ。サファイア、頼みますわよ」

『はい。

限定次元反射炉形成

鏡界回廊一部反転

接界(ジャンプ)!』

 

あたしたちの最終決戦(ラストバトル)が今、始まる。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしはただ今、入浴中です。

 

「やっぱりお風呂は人類史に於ける至高の文化よねー。日本人に生まれてよかったと思う瞬間だわ。あと、ジャパニメーション見てるときも」

『イリヤさんはハーフでしょう? それにその二つが同列というのもどうかと思いますけど』

 

なんて、くだらないこと言い合ったりしてるけど、気がつけば自然に無口になってしまう。

 

「みんな今頃カード回収してるんだよね」

『気になりますか?』

「当たり前じゃない」

 

休職願い出したとはいえ、わたしも魔法少女だ。今は立ち止まってるけど、まだ投げ出したりはしてない。

 

『ですが、そんな迷いを持ったまま戦いに赴けば、むしろ足を引っ張ることになりかねませんよ?』

「だよねー」

 

わかってるよ? わかってるけど、気になるものは仕方がないというか。

そんなこと考えてると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきて。

 

「イリヤちゃん、おひさー! 元気にしてたー?」

「マ、ママ!?」

 

そこに現れたのは、わたしのママでした。

 

 

 

 

≪美遊side≫

黒化英霊との戦闘は困難を窮めた。

まず、2メートルを越える巨体から繰り出される、拳による攻撃。ただ振り回すだけのものだが、カレイドステッキの物理保護をうけているわたしでも、直撃されれば相当の痛手を被るだろう。しかも動きが俊敏で、単純な攻撃しか仕掛けてこない今の現状に助けられている面もある。

次に厄介なのは、ある程度強力な攻撃ですらまったく通らないことだ。ルヴィアさんや凛さんの魔術はもちろん、わたしが放つ魔力弾やリナの魔術、確かフェルザレードっていう術も全く効果がなかった。おそらく物理保護や魔術障壁ではなく、常時発動型の宝具と思われる。

そして何より、フィールドが狭い。鏡面界のスペースがビルを囲う程度で、尚且つ屋上から鏡面界の天井部分までも10メートルに満たない。こんな場所では機動力を活かした戦いは難しいだろう。

だからわたしは。

 

速射(シュート)!」

 

魔力弾の高速連射で煙幕を張る。さらに。

 

「爆炎弾二連!」

裂火陣(フレア・ビット)!」

 

凛さんとリナの援護が入った。わたしはその隙に[ランサー]を限定展開。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)!」

 

因果逆転の槍を真名開放する。

背後から突き出した槍は宝具による守りをものともせずに、相手の胸へ深々と突き刺さった。

やった! そう思った瞬間。

 

ゴッ!

 

振り払うように放った敵の拳がわたしに直撃した。

吹き飛ばされたわたしは屋上出入口の壁に叩きつけられる。身体中を襲う激しい痛みで、危うく意識を手離しそうになるが、辛うじて堪えることができた。

 

美遊(ミユ)!」

「確かに心臓を貫いたはずなのに!」

 

わたしに駆け寄ったルヴィアさんと凛さんが驚愕する中、敵の傷が塞がっていく。そこへ、

 

海王槍破撃(ダルフ・ストラッシュ)!!」

 

リナが放った術で、敵は再び動きを止めた。

 

「みんな! 敵はきっとまた蘇生するはずよ!」

「同感ですわ!」

「撤退よ! あんな相手じゃ勝ち目がない…!!」

 

リナの言葉に二人は賛同し、凛さんが壁に穴を開ける。

わたしはルヴィアさんに抱き抱えられビルの中を移動していく。

 

「ここでいいわ。

サファイア!」

『はい!

限定次元反射炉形成!

鏡界回廊一部反転!

離界(ジャン)…』

 

その瞬間、わたしは次元移動の魔法陣から外へ出る。

ルヴィアさんの驚く声が聞こえたけど、それすらも乗せて魔法陣の中にいた人たちは実数域へと消えていった。

でも、想定外の事が一つ。

 

「美遊。一人で残ろうとするなんていい度胸してんじゃない!」

「リナ…!」

 

どうしよう。リナの目の前であれを使うのは…。

 

「なにしてんの。夢幻召喚(インストール)するんでしょ?」

「え…?」

「美遊の秘密がクラスカードに関係してんのくらいは予想できたからね。

まだ契約結んでないなら、チャッチャとやっちゃいなさい」

 

そう言うとリナはクラスカードを取り出し。

 

夢幻召喚(インストール)!」

 

白い服に白いマントを纏った姿に変貌した。肌の一部は岩のようにも見える。

そこへ、天井を突き破り敵が追いついてきた。

 

「美遊! あたしが時間を稼いでるうちに…!!」

 

そうだ、気づかれているなら躊躇う必要はない。

わたしはセイバーのカードを取り出すと下に置く。するとカードを中心に魔法陣が形成される。わたしは意識を集中し言葉を紡ぐ。

 

「−−−告げる!

汝の身は我に!

汝の剣は我が手に!

聖杯のよるべに従い

この意 この(ことわり)に従うならば応えよ!」

 

ざすっ!

 

おそらく魔術がかけられてるのだろう、リナの持つ剣が敵の胸に突き立てられる。

 

「誓いを此処に!

我は常世総ての善となる者!

我は常世総ての悪を敷くもの!」

 

リナはすぐに身を退くと、剣を構え直す。胸につけた傷は、やはりというべきか、瞬く間に塞がっていく。

 

「汝 三大の言霊を纏う七天!

抑止の輪より来たれ 天秤の守り手−−−!」

 

リナが再び敵の懐に入り、剣で胴を薙ぐ。が、なぜかその刃は弾かれてしまう。

敵はリナには目もくれず、わたしに向かって拳を振り下ろしてきた。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

ガギィン!

 

夢幻召喚したわたしは、手にした聖剣を盾にして敵の拳を受け止める。

セイバーを夢幻召喚したことで上がった筋力で、敵を押し返し弾き飛ばした。

 

「美遊、撤退する?」

「撤退はしない」

「よね!」

 

そう。今日ここで、戦いを終わらせる!

 

 

 

 

≪リナside≫

夢幻召喚したあたしたちは敵と互角以上の戦いを繰り広げてる。美遊はアーサー王の俊敏さ、あたしはゼルの防御力によって敵の攻撃に対応していた。

けれどあたしの方は、あまり時間をかけられない。あたしには魔力の供給がないし、今使っているカードにはちょっとした、だけど重大な問題があるのだ。

あたしは、振り下ろしてきた敵の拳を剣で強引に弾きあげる。

……それにしても、やっぱり剣が通らなくなってる。念のためにもう一度、切れ味を増し、魔力を付与する術、[魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)]をかけたんだけど。

などと思っているうちにも、美遊が敵の懐に入り、聖剣で腹を突く。さらに、腹を裂きながら剣を抜くと、敵は力なく、床に両膝を着いた。

よし、今のうちに。

 

接続解除(アンインストール)

 

あたしは夢幻召喚を解除した。

 

『美遊さま。まさか美遊さまも夢幻召喚出来たとは…』

 

聖剣姿のサファイアが驚きを口にする。まあサファイアも、美遊の秘密がクラスカードに関係してるのは薄々は感づいていただろうが、夢幻召喚に関しては美遊がここに残ろうとするまで、あたしにすら確信が持てなかったことだ。

 

「サファイア? その状態になってもしゃべれるんだね」

 

いや、そっちかよ!? あたしもちょっとは思ったけど!

そうこうするうちに、またもや敵は動きだした。

 

『四度目の蘇生…! 無限に生き返る相手に勝ち目など…』

「無限じゃない」

「そうね。たかが英霊に不死なんて、オーバースペックもいいとこよ!」

 

必ず回数制限があるはずと、美遊は聖剣を振るう、が。

 

ガギィン!

 

なんと聖剣の刃まで通らなくなっていた。まさか、致命傷を与えた攻撃に耐性をつけている!?

どうやら高度の防御力に自動蘇生、さらにうけた攻撃への耐性強化が一連の宝具の能力なんだろう。

そこまで思考したとき、ふと、嫌な考えが浮かんだ。これはかなり強引な発想だ。けど、アーサー王が女性だったんだ、あり得ない話ではないのかもしれない。

と、美遊が再び敵を斬りつけにいく。だめ、もうアイツには、その剣じゃとどかない!

 

夢幻召喚(インストール)!」

 

あたしはランサーのカードを夢幻召喚し、駆け出していた。

 

霊王結魔弾(ヴィスファランク)

 

敵の拳が美遊を襲う直前、あたしが拳をうち据え防いだ。

あたしは美遊と共に距離をとると、右拳を腰だめに構える。するとあたしの拳に魔力が集束していくのがわかる。

アメリア、あんたの力、借りるわよ。

 

「平和主義者…」

 

一足とびに相手の懐に入り、拳を突き出しながら最後の言葉を紡ぐ。

 

「クラーッシュ!!」

 

真名開放した拳が、相手の胸板を貫いた。

あたしはすぐに離れたけど、敵は仰向けに倒れたので反撃の心配はなかったみたいだ。

 

バキィン!

 

カードが強制排出されると、あたしは魔力消費のためにがくりと両膝を着いた。

 

「リナ!」

 

あたしは駆け寄る美遊の言葉を征し、先程の着想を伝える。

 

「美遊。もしかしたらアレは、ギリシャの大英雄かもしれない」

『ギリシャの…。まさか!?』

「ヘラクレス!?」

 

そう。ギリシャ神話の中でもかなりの有名人だと思う。

 

「あの蘇生はヘラクレスの逸話、『十二の試練』が『死を乗り越える』って形に昇華したんじゃないかと思うのよ」

『なるほど。そのために「死」を与えた攻撃は、「乗り越えた試練」としてダメージを与えられなくなっていたのですね』

「あくまで推測だけどね?」

 

アメリアの攻撃方法がメリケンサックに昇華したんだ。まだあり得る話だと思う。

 

ズズン…

 

どうやらあちらさんは再生を完了させたようだ。

すると美遊はあたしの前に立ち、聖剣を構え直した。

 

『美遊さま、ここは一度撤退するべきです!』

「撤退は、しない!」

 

美遊は宣言すると、聖剣の魔力を解放させる。

 

『美遊さま、どうしてそこまで…』

「そんなの、次はイリヤが呼ばれるからに決まってるじゃない」

 

そう。あたしと美遊は、イリヤが戦闘に駆り出されないように、ここで決着を着けようとしてるのだ。

 

「イリヤが初めてだったんだ。わたしを友達と言ってくれた人。だから…」

 

美遊は大きく振りかぶり。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

剣から繰り出された極光がヘラクレス(仮)を呑み込んだ。

 

バキィン!

 

美遊も魔力消費によってカードが強制排出される。それと同時に倒れ込んだ美遊は、サファイアを遥か前方、崩れた床の近くまで弾き飛ばしてしまう。

 

「く、戻って、サファイア。早く魔力供給を…!」

 

けれども。

 

ドンッ!

 

崩れた場所から大きな腕が伸び、サファイアに覆い被さるようにして床に手を着いた。

這い上がってきた巨体を見て、あたしたちは戦慄する。

まずい! あたしたちはどちらもまともに動ける状態じゃない。

このままじゃ二人とも…!!

そう思った、その時。

屋上から、魔力の刃を煌めかせながら飛び降りる一人の影。

着地寸前に振り下ろされた刃は、かの者の胸板を縦に深く切り裂いた。

着地した彼女の後ろ姿に、あたしと美遊は同時に名前を呼んでいた。

 

「「イリヤ!?」」

 

と…。




今回の話は結構難産でした。よく間に合ったと思うくらいです。

次回「怒濤の攻撃! 友情パワーの大勝利!!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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怒濤の攻撃! 友情パワーの大勝利!!

例によって投稿が遅れてしまいました。スミマセン。


≪イリヤside≫

わたしは今、ママと入浴中です。

帰国したママはお風呂場に乱入したかと思うと、「ひさびさに一緒に入りましょうか」とか言って服を脱ぎだし、わたしが入ってる浴槽に無理矢理割り込んできた。

しかも、「成長した?」とか言いながら胸を揉んだりと過剰なスキンシップをとってきたりする。

 

「ねぇ、留守の間変わったことあった?」

「え? ううん、別に…」

「またまたぁ、あったでしょ? すっごく変わったことが!」

 

ええっ、まさか!? わたしが魔法少女になったことに気づいて…!!

 

「家の目の前に建った豪邸!」

 

あ、そっちか。そういえばわたしも、あのお屋敷が建ったのを目の当たりにしたときに、ものすごく驚いたっけ。

 

「セラから聞いたけど、イリヤのクラスメイトが住んでるんですってね。

なんていう子なの?」

「ミユっていうの。わたしの新しいお友達!」

 

わたしが力強く言うと、ママがクスリと笑った。

 

「もう、随分と仲良くなったみたいね。

どんな子?」

 

どんな子、かぁ。

 

「なんて言うか、静かな子。必要なことしかしゃべらない、ううん、多分しゃべることに慣れてないんだと思う。でもきっと、心の中ではものすごくいろんな事を考えてる気がする」

 

ミユが転校してきた日。ミユからあびせられた言葉がまさにそれだったんだろう。

 

「それから、運動や勉強も凄いの。一気に一番になっちゃった。誰もミユには…、あ! リナは家庭科の料理実習で、ミユに勝ってた。

でもそれ以外じゃ、みんなミユには勝てないんだ」

「なんでもできる子なのね」

 

わたしの胸の中に、なにかモヤッとしたものが広がる。

 

「うん、ミユはなんでもひとりでやろうとするんだ。

わたしとリナとの三人でやろうって決めたことから、わたしが逃げても全然責めなかった」

 

むしろ、謝るわたしを許してくれた。ぶっきらぼうな態度からわかりにくいけど、ほんとはとっても優しい子。

 

「最初からそうだった。最初からミユはわたしのことなんてアテにしてなかった。

それに今はリナだっている。

二人はすごいよ。二人ならきっと大丈夫…」

「ほんとうにそう思う?」

 

え…、それってどういう?

 

「だってあなた、さっきまであんなに楽しそうに話してたのに、今は辛そうな顔してるじゃない」

 

わたし、そんな顔してたんだ。

 

「ほんとは心配でしょうがないんでしょ? それなら手伝ってあげればいいじゃない。どうしてそうしないの?

−−−そんなに、自分の力が怖い?」

 

……え?

 

「鍵が二度、開いてるわね。十年間も溜めてた魔力がほとんど空だわ。

こんなに早く解けるとは思ってなかった」

「なにを言ってるの、ママ?」

「きっと驚いたわよね。今までの自分(常識)が崩れていくようで…」

 

なに、どういうこと? どうしてわたしの思いを…!?

 

「ママ、わたしの力のこと知ってるの?

だったら教えて! あの力は何なの!?」

「さぁ?」

 

なぁっ!!

 

「あからさまにすっとぼけないでよ!」

「えーと、ほら、あれよ。

『それは自分で気づかなければ意味がないのだ』とか、『今はまだその時ではない』みたいなっ!」

「なによ、それっ!?」

「あーもー、反論禁止っ!!」

 

ずべしっ!

 

DV!? 頭にチョップはひどくない!?

 

「とにかく、私が言えることは一つ。

[力]を恐れているのなら、それは間違いよ。

力そのものに良いも悪いもないの。重要なのは使う人、あなたの意思。

あなたにどんな力があろうと、恐れる必要はないわ。それは紛れもなく、あなたの一部なんだから」

 

あ…、そうか。

みんなを傷つけたのもわたしの力なら、セイバーからみんなを守ったのもわたしの力。まあ、止めをさしたのはリナだったけど。

確かに、自分にこんな力があるのは恐怖ではあるけど、使い道や使い方さえ間違えなければ、みんなを守るための力になるんだ。

 

「ありがとう、ママ!」

 

わたしは立ち上がり、浴槽から出る。

 

「行くのね、イリヤ?」

「うん。今でもこの力は怖いけど、もう、前に進むって決めたから」

「そう」

 

ママはにっこりと笑い、思い出したかのように言葉を付け加えた。

 

「あ、リナちゃんにもお礼を忘れないでね。アドバイス、もらったんでしょ?」

 

ママ、知ってたんだ。もしかして、家に帰る途中で会ったのかな?

 

「うん。わかった!」

 

わたしは大きくうなずいた。

 

 

 

わたしは服を着て、乾かす時間すら惜しいので髪の毛を拭いただけで表に飛び出した。

玄関先でセラに止められそうになったけど、ママの一声で渋々だけどOKが出た。ママ、ありがと。

家から少し離れたところで人気がないのを確認すると、わたしは転身して空を飛んでいく。目的地はルビーが把握してくれてた。

しばらくして目的のビルが見えたけど、どういうこと? 屋上には、リンさんとルヴィアさんの姿しか見えないんだけど。

わたしが二人に近づくと。

 

「イリヤ!?」

「イリヤスフィール! どうしてここに…!?」

 

とても驚いた顔をしていた。

そりゃそうだよね。休職願い出したばかりなのに、ここにやって来たんだもの。

とりあえずわたしたちは簡単な情報交換をすることにした。

わたしは、帰ってきたママに魔術のことは伏せて事情を話したら、一歩を踏み出すための背中を押してくれたことを。

リンさんたちは、生き返る英霊に分が悪いから脱出しようとしたら、離界直前にリナとミユが飛び出して向こうに残ってしまったことを。

 

「それってもしかして、わたしのため?」

「多分そうでしょうね」

『お二人とも、無茶をしますねー』

「ああ、さすがは美遊(ミユ)ですわ。なんて心優しい子なんでしょう」

 

……あれ? なんだかルヴィアさんだけポイントが違うような?

まあ、とにかく状況は把握できた。

 

「ともかく、イリヤが来てくれたんだからあの子達を助けに行かないと」

 

うん。と、その前にわたしは、ルヴィアさんの方へ視線を移した。

 

「? なんですの、イリヤスフィール」

「ルヴィアさん、ごめんなさい」

「え…?」

 

ルヴィアさんは面食らった顔をしてる。

 

「公園にはルヴィアさん、いなかったから」

 

ミユかリンさんから事情を聞いてたのか、わたしの言葉にルヴィアさんは納得顔をした。

 

「イリヤスフィール。(わたくし)は今更どうこう言うつもりはありません。

確かに(わたくし)たちはあなたのために、少なからず被害を被りましたわ。けれどあなたは自らを省みて、心からの謝罪をなさいました。

…いくら魔術師が利己的とはいえ、それを赦さないほど自分が狭量だとは思っておりませんわ」

「ええと?」

「あんたは! 小学生に何、もって回った言い方してんの! もっと解りやすく、『ちゃんと謝ったから許してあげる』でいいでしょ!」

「それでは名門エーデルフェルト家の矜持に関わりますわ! まったく、これだから極東の山猿は…」

「なんですって!?」

「ストーーーップ!!」

 

一触即発の雰囲気の中、わたしは間に割って入った。はっきり言って、めっちゃ怖いけど。

 

「原因を作ったわたしが言うのもなんだけど、今はそれどころじゃないよ!」

『そうですよ。美遊さん、リナさんのお二人を助けなくてはならないのでしょう?』

「ぐっ…!」

あなた(ルビー)に正論を述べられるとは思ってもみませんでしたわ」

『失礼な方たちですねー』

 

いや、わたしも思ったよ?

 

「仕方ない。今は二人の救出が優先ね」

『そうですよ。文字数的には、すでに折り返しの辺りですから』

 

ん?

 

「文字数ってなに?」

『いえ、お気になさらずに』

 

ルビーは時々、訳のわかんないこと言うなぁ?

 

『それでは行きますよ?

限定次元反射炉形成!

鏡界回廊一部反転!

接界(ジャンプ)!!』

 

 

 

わたしたちが鏡面界へ現れた瞬間。

 

カァッ!!

ズゴゴォォォ…!!

 

崩れた屋上の床から眩い閃光が溢れだし、その直後に激しい振動が伝わってきた。これってもしかして、約束された勝利の剣(エクスカリバー)!?

わたしたちが下を覗きこむと、ミユが俯せに倒れ、リナも片膝をついている。

 

ズズン…

 

まずい。軽い振動を響かせながら、筋骨隆々の巨人がさらに下から這い上がってきた。

 

「二人を助けないと!」

「イリヤ! これを!!」

 

リンさんが、取り出した宝石をルビーの輪っかの天辺に触れさせる。するとそこから魔力が放出されて、光の刃が出来上がる。

 

「攻撃が通ったら合図なさい。(わたくし)たちが結界で、敵の動きを封じてみせますわ」

「さあ行きなさい、イリヤ!」

「うん!!」

 

わたしは頷いてから、敵めがけて飛び降りた。

敵の意識は二人にしか向いてないのか、わたしには気づきもしない。

 

ザシャア!

 

光の刃が敵の胸を深く切り裂いた。

 

「「イリヤ!?」」

 

二人がわたしの名前を呼ぶけど、今は返事をしてる暇がない。

「リンさん、効いたよ!!」

 

宝石の効果が切れたのと同じタイミングでリンさんたちが飛び降りて、

 

Anfang(セット)−−−!!」

Zeichen(サイン)−−−!!」

「「獣縛の六枷(グレイプニル)!!」」

 

見事に敵を拘束した。リンさんが「赤字だわよ!」とか騒いでるけど、気にしない方向でいこう。

 

パシィッ!

 

ミユの手にサファイアが戻る。

 

「イリヤ、どうしてここに…」

 

ミユの問いにわたしは答えた。

 

「決めたから」

「え…?」

「わたしはこの力で、大事な人たちを守るって決めたの」

「…イリヤ、いい顔してんじゃない」

 

リナがよろよろと立ち上がりながら言った。

 

「あなたのお陰だよ、リナ。わたしが前向きになれたのは。だから、ありがとう!」

「! …この間の借りを返しただけよ」

 

リナは頬を赤らめながら言った。

うーん、明らかに照れてるんだけど、ここでプイッとそっぽ向いてくれるた方がもっとかわいいのに。ツンデレっぽくて。

 

「イリヤ、いいの? それは、戦い続けるっていうのと同じことなんだよ?」

 

ミユが心配して尋ねてきた。でも、わたしの答えはもう決まってるんだ。

 

「ミユ。一度関わったことは、無かったことには出来ないんだよ? だから、関わった人を、大事な友達を見捨てて、前になんか進めないよ!」

 

わたしの言葉に呼応して、ルビーとサファイアが共鳴し始めた。ああ、今のわたしにはわかる。きっと、わたしたちになら出来るって。

 

 

 

 

≪凜side≫

どうやら、落ち着くとこへ落ち着いたみたいね。

まったく、奴隷(サーヴァント)契約をしたときは全然頼りない感じだったのに、今じゃあの決意に満ちた顔だもの。

だけど、あの前向きな考え方は、挫折を乗り越えたってだけではないわね。やっぱりリナのアドバイスが大きく影響したのかしら。

それにしても「関わった人を見捨てて、前には進めない」か。

利己主義の塊である魔術師としては、それはくだらない戯れ言でしかない。だけど、わたし個人としてはその考え方は嫌いじゃない。ってこんなの、心の贅肉ってやつかしらね。

……ん? ふと視線をずらすと、リナがちょっと複雑な表情を浮かべている。一瞬なんだろうと思ったけど、魔力切れで一緒に戦えないのが悔しいんだと気がついた。

ふむ、わたしはあの子の勝ち気なところは嫌いじゃない。仕方がない。ちょっと力を貸してやるか。

 

「リナ、これを」

 

そう言って放り投げたそれを、リナは慌ててキャッチする。

 

「え、紅玉(ルビー)?」

「それを飲み込めば、ある程度の魔力は回復するわ」

 

そう言ってウィンクをして見せる。

 

「あ…。サンキュー、凛さん!」

 

イリヤと美遊はセイバーのクラスカードを、二本のカレイドステッキで同時に限定展開する。

 

「「並列限定展開(パラレル・インクルード)!!」」

 

それと同時に聖剣を一本づつ大上段にかまえ、さらに切っ先を中心にして円を描くように、七本の聖剣が現れた。燦爛と耀くそれは、まるで万華鏡(kaleidoscope)のようだ。

…というか、あれって多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)なんじゃ?

一方のリナは、硝子製の護符を取り付け改造した黒鍵を取り出し、同じくセイバーのクラスカードを当てる。ってまさか!?

 

「クラスカード[セイバー]、限定展開(インクルード)!」

掛け声と共に、黒鍵は一振りのロングソードに姿を変えた。

あの子、護符を使って限定展開の媒体に見合うまで黒鍵の能力を引き上げたっていうの? なんなのよ、あの子の魔術、ううん、魔道っていうのは!?

ところがリナは、その刀身をはずしてしまった。いったい何を…?

 

「光よ!」

 

なっ!? リナの発した一言で、剣には光の刃が生み出されていた。それは、先程のルビーに施したものなど歯牙にもかけないほど強力だというのがわかる。

 

「黄昏よりも昏きもの…」

 

リナが以前、ブラフで唱えた呪文の詠唱を始める。

イリヤたちは聖剣の力を発動せずにリナを待っている。

そしてこちらは。

 

「もう、結界がもちませんわっ!!」

「ええい、もうっ!!」

 

わたしとルヴィアは、さらに3つづつ宝石を使って結界を補強する。付け焼き刃だけど呪文の詠唱が終わるまではもたせられるはず!

 

「…等しく滅びを与えんことを!

竜破斬(ドラグ・スレイブ)!」

 

リナが呪文を完成させ発動させると、剣の刃が真っ赤に染まる。

 

「みんな、待たせたわね!」

 

三人が見つめ、頷きあう。

それは結界が破られるのとほぼ同時だった。

 

「「約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」」

「くらえ、竜破斬剣(ドラグ・スレイブ・ソード)!!」

 

聖剣の九つの閃光と、リナが打ち出した赤光が一気に敵を消し飛ばした。

そして後には、berserker(バーサーカー)と書かれたカードが残されるのみだった。

 

 

 

 

≪third person≫

ところ変わってイリヤの家。

 

「良かったのですか? イリヤさんを行かせてしまって」

 

窓の外を眺めていたアイリに、セラが声をかけた。

 

「心配性ね、あなたは」

「イリヤさんが何をしているのかは知りませんが、封印が解けるなんてよほどのことです。

イリヤさんには普通の女の子として生きてほしい。奥様もそう考えたからアインツベルンを出て…!」

「そうね。でも…。

逃げ出すことで守れるものなんてないわ」

 

そう、イリヤは自分の意思で進んだのだ。

 

「さてと、そろそろ行くわね」

「もう発たれるのですか?」

「向こうで切嗣(キリツグ)が待ってるから。私も戦ってくるわ。イリヤの…、ううん。私たちの日常を守るために」

 

ベンツェに乗り発車させたアイリは、車内で一人呟いた。

 

「今度帰ってこられるのは、二ヶ月後かな? その時にはきっと、イリヤは笑顔でいてくれるわ」




多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)。並行世界から別の可能性の一端を引っ張ってくる魔法。今回の場合、約束された勝利の剣(エクスカリバー)を引っ張ってきた。

とりあえず次で、無印本編が終わります。あと、短編を少し書いてから第二部ですね。

次回「リナとイリヤ、友情と一抹の不安?」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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リナとイリヤ、友情と一抹の不安?

これにて無印本編終了です。


≪イリヤside≫

はっ!?

 

チュンチュン…

チーチチチ…

 

なんか、いろいろ恥ずかしいことがあった気がしたけど…。

 

「夢か…」

『おはようございます、イリヤさん! 昨晩はすごい友情パワーでしたね!』

 

…そんなわけ、ないよね。

 

『どうしたんですか、イリヤさん。昨晩はあんなにもリリカルでマジカルだったのに!

因みにリリカルでマジカルは、原作からのネタですね。リリなのじゃありませんよー』

「気持ちの整理があるからそっとしておいて」

 

って言うか、原作ってなに? あと、リリなのって?

 

『そんな時間ありませんよー』

 

わたしの心のツッコミに答えてくれるハズもなく。

ルビーの言うとおり、すでにそんな時間はなくって、目覚まし時計はわたしが本来起きる時間を報せている。

いつもと変わらない朝。昨日までの出来事が嘘のように爽やかで。

そう感じられるのはきっと、昨日までの自分と何かが違うからなんだろう。

うん、今日はいつもより心が軽い。

 

 

 

 

≪リナside≫

朝。気がつくとあたしは、豪華な部屋のベッドの上で寝ていた。ええと?

あ、そうか。あたしは昨夜、魔力の使いすぎで、バーサーカーを倒した直後にぶっ倒れたんだ。ということは、ここはエーデルフェルト邸の一室か。

 

コンコン!

 

扉を叩く音が聞こえる。

 

「どうぞ」

 

返事をすると、パジャマ姿の美遊が扉を開けて入ってきた。

 

「リナ、目が覚めたんだね。体調はどうなの?」

「あー、まだダルいけど、ご飯食べればすぐに良くなるわよ」

ご飯を食べて魔力回復。やることは前世(むかし)現世(いま)も変わらない。

 

「ところで、ルヴィアさんやオーギュストさんは?」

 

そう、普通なら執事であるオーギュストさん、場合によっては当主であるルヴィアさんが一緒に現れるものだと思うのだが。

それにまだ早い時間とはいえ、美遊がパジャマ姿のまま、というのも…。

 

『ルヴィアさまたちは、ここにはいらっしゃいません』

「はい?」

 

答えてくれたサファイアに、あたしは間抜けな返事を返してしまった。

 

「ええっと、一体どーいうこと?」

「それなら昨夜の、リナが倒れてからのことを話した方がいいと思う」

 

なるほど。たしかにあたしも気になってはいたし、ね。

そして美遊は昨夜のことを語りだした。

 

 

 

 

≪美遊side≫

わたしたちの攻撃によって敵、バーサーカーを撃破し、無事にカード回収を終えることができた。

 

ドサッ!

 

「「リナ!?」」

 

突然リナが倒れ、わたしたちは同時に声をあげる。

凛さんが駆け寄り、リナの様子を診た。

 

「大丈夫、魔力を限界まで使ったせいで気を失っただけよ。

ま、あんな強力な術を宝具に上乗せして放ったんだもの。当然の結果ね」

「しかし、この子の魔力量はどうなっているのかしら」

 

確かに。イリヤ程ではないにしても、この魔力量は異常だ。

 

「…この場(ここ)で推測を重ねても意味はないわ。とにかく鏡面界(ここ)から脱出するのが先決ね」

 

凛さんの言葉に一同が頷く。

 

『それでは参ります。

限定次元反射炉形成

鏡界回廊一部反転

離界(ジャンプ)!』

 

わたしたちは実数域(現実世界)へと脱出した。

 

 

 

「[アーチャー]、[ランサー]、[ライダー]、[キャスター]、[セイバー]、[アサシン]、そして[バーサーカー]…。すべてのカードを回収完了。これでコンプリートよ」

 

カードの確認をしていた凛さんの言葉に、一同はひとつ、息を吐く。

ルビーがまた花火を上げようとしてたけど、それはイリヤが必死に止めていた。

 

「イリヤ、美遊。勝手に巻き込んでおいてなんだけど、あなたたちがいてくれてよかった。もちろん、そこで気を失っているリナもね。

わたしたちだけじゃ、たぶん勝てなかったと思う」

 

わたしとイリヤの間で横たわっているリナへと、視線を移して言う凛さん。

 

「三人とも、最後まで戦ってくれてありがとう」

 

凛さんにお礼を言われてわたしは、なんだか嬉しようなはずかしいような、変な気分がした。

 

「それじゃ、このカードはわたしが倫敦(ロンドン)に…」

 

そして、そこで事件は起こる。

凛さんが手にしていたカードを、ルヴィアさんがひょい、と横から奪い取った。

 

バババババ……!!

 

大きな音を響かせ、上空からヘリコプターがビルの屋上に接近し、縄梯子を下ろす。

 

「ホーーーッホッホッホ!!

最後の最後に油断しましたわね!

ご安心なさい! カードは全て(わたくし)が、大師父の元へ届けて差し上げますわー!」

 

縄梯子に捕まり、凛さんを見下(みくだ)し…、見下(みお)ろしながら言うルヴィアさん。けれど凛さんも、ただ黙ってはいない。

 

「手柄を独り占めにする気か、このー!」

 

魔術で身体能力を極限まで強化した凛さんが、ルヴィアさんの後を追いかけていく。

わたしとイリヤは、その様子をただ眺めていることしか出来なかった。

 

 

 

 

≪リナside≫

…まったく、何してんのよ。あの二人は!

 

「それで、オーギュストさんがいないってのは…」

「ヘリコプターを操縦してたのが多分、そう。わたしの時もそうだったから」

 

わたしの時って…。あ、空飛ぶ特訓の時か。

しかし、ヘリの操縦も出来るオーギュストさんて一体…。

 

「ん? それじゃあ、あたしをここに運んだのは…」

「門の前まではイリヤが、そのあとはわたしが連れてきた」

 

あー、やっぱそうなるよね。

 

「なんか、余計な迷惑をかけちゃったみたいね」

「迷惑じゃない。だって、リナは、……友達、だから」

 

頬を染め、視線を逸らす美遊。こんな姿、クラスの男どもが見たら確実にハート鷲掴みだわ。

…と。

 

「そーいや、ここでゆっくりしてる訳にもいかないわね。いちど帰って、制服に着替えて…」

「それなら大丈夫。さっきリナの家に電話を入れたら、リナのお父さんが必要なものを持ってきてくれるって」

 

はやっ! なに、その要領のよさは? あたしが言うのもなんだけど、アンタ、ほんとに小学生!?

…まあ、それに関しては今更か。

そうね、あとは…。

 

「えーと、最後に確認だけど、美遊がいまだにパジャマ姿なのは、ルヴィアさんたちがいないのが原因なわけ?」

 

ぴくり

 

美遊が小さく反応して、再び頬を染める。

 

「…少し、だらけてしまって」

『たまには宜しいと思います。その方が子供らしいかと』

 

どうやらサファイアも、美遊の子供らしからぬ態度には思うところがあったらしい。

 

「…そうね。サファイアの言うとおり、たまにはいいんじゃない? しょっちゅうだったら、ただだらしないだけだけど」

「…うん」

 

美遊が恥ずかしそうに、小さく頷く。

くうぅっ! なんだ、この可愛らしい生物(いきもの)は!? イリヤなら確実に変なスイッチが入ってるぞ!

 

「そ、それじゃ、朝食を作りましょうか!」

 

このままだとあたしも当てられそうなので、無理矢理話を変えることにした。

 

「え、それならわたしがすぐに…」

「あー、いいのいいの。泊めてもらったお礼みたいなもんだから」

 

そう言いながらベッドから降りたあたしは、扉に向かって歩きだしたが。

 

くいっ

 

あたしの右腕が引っ張られた。振り返ると、美遊が少し顔を俯かせ、上目遣いに聞いてくる。

 

「わたしも、手伝っていい?」

「別に構わないけど…」

 

あたしは可愛い反応するなと思いつつ、同時に嫌な、予感めいたものを感じた。

いや、気のせいだよね、気のせい…。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「なあイリヤ。あんたたち、昨日はケンカしてなかったっけ?」

 

教室でスズカが聞いてきた。うん、言いたいことはわかるよ。実際はケンカじゃなかったんだけど、昨日はミユに会わせる顔がなくて、一言も喋ってなかったからね。

ところが今朝は、ミユがわたしの右腕に左腕を通して、べったりと寄り添っている。

 

「えーと、昨日リナが仲裁に入ってくれて、仲直りしたってことで…」

「なるほど。それで反対側にはリナが」

 

そう。ミユは右腕を、リナの左腕に通している。

リナがひきつった笑顔を見せているけど、きっと今のわたしの顔も似たような感じになってるんだろうなー。

 

「二人に対してなんというデレっぷり…!」

「イリ子にリナ太め! 俺たちに内緒で、同時に美遊ルート攻略しやがったな! この落とし神!!」

「ま、まあ、仲がいいのはいいことだよ」

 

ナナキとタツコが、急速にわたしたちの仲が良くなったことにやや錯乱して、ミミがそれをとりなすようにしている。

うん、確かに仲良しなのはいいことなんだけどねぇ。

あとタツコ。わたしはギャルゲーマーじゃないからね。ゲームは好きだけど。

 

「まーいいや!

ミユキチも丸くなったってことで、今後とも仲良くしていこーぜっ!」

 

タツコがミユをバシバシ叩きながら言ってたけど。

 

「どうしてあなたと仲良くしなくちゃいけないの?」

 

ぴしぃっ!

 

今、あきらかに、空気が凍る音がした。

 

「わたしの友達はイリヤとリナだけ。あなたたちには関係ないでしょう?

もう二人には近づかないで」

「う…」

 

う?

 

「うおおアアアァァーッ!!」

 

タツコが泣いた!? この人でなし!!

って、そうじゃなくって!

 

「ちょっと、ミユーッ!?」

「龍子泣かせちゃダメじゃない!」

 

わたしとリナが、ミユに詰め寄ったけど。

 

「何を怒ってるの?

わたしの友達は、生涯イリヤとリナだけ。他の人なんてどうでもいいでしょ?」

 

いや、重いからそれっ! 友達ってそういうもんじゃないからっ!!

 

「オギャアアアァァァ!!」

 

タツコもマジ泣きしだしたし、もうカオスだよ!?

ん? リナ!?

なんか顔色が悪いんだけど…。

わたしとリナの視線が合う。するとわたしを教室の隅へ引っ張っていき、小声で言った。

 

「(イリヤ。美遊がマズイわよ)」

「(そりゃあ、クラスメイトにあんなこと言ったら…)」

「(イヤ、そうじゃなくて…)」

 

リナは一旦言い淀んで。

 

「(アレ、友情と恋愛感情がゴッチャになってるわよ)」

 

…え、なに? 言ってる意味がよくわかんないんだけど?

 

 

『(要するに、美遊さんはお二人にLOVEってことですね)』

 

ルビーが言葉を挟んできた、って。

はうぇえええ〜!?

ちょっと、それって大事じゃない!?

 

「(多分まだ、履き違えてるだけよ。でも、今のうちに何とかしてあげないと)」

「(う、うん。健全な友達関係を築くためにも!)」

 

わたしは、多分リナも、ミユとは友達であって、恋人同士になりたいわけじゃない。

うう、なんだろう。面倒ごとが増えた気がする。

ひょっとして、本当に大変なのはこれからなんじゃ…。

 

はぁぁぁぁ……

 

わたしたちはひとつ、長いタメ息を吐いた。

 

 

 

 

≪third person≫

郊外に広がる森の中。パチパチ…と、何かが燃える音がする。

 

「は…?

どういう意味ですか、大師父」

 

凛はケイタイからの言葉に思わず聞き返していた。

 

『そのままの意味じゃ』

 

電話口から聴こえる宝石翁の言葉は素っ気なく、しかしその声は、なにかを楽しむかのようなニュアンスを含んでいる。

 

『カード回収はご苦労じゃった。これで冬木市の地脈も安定しよう。

約束どおり、お前たちを弟子に迎えるのもやぶさかではない。

だが、お前たちには一般常識が足りんようだ』

「なっ…」

『幸い日本は「和」を重んじる国じゃ。

…留学期間は一年。喧嘩で講堂をぶち壊すような性格を直してこい。

ついでに、あの小さな魔道士の面倒も見ておけ。

弟子にするのはそれからじゃな』

 

それだけ言うと、宝石翁は電話を切ってしまった。

 

「ふッッッざけんなーーーッッ!!」

 

凛は大声で叫びながら、持っていたケイタイを握り潰した。

クラスカードを手にし、煤汚れた凛の後ろでは撃ち落としたヘリコプターが燃え盛り、すぐ傍には気を失ったルヴィアの姿が。

結局、彼女らの日本在留は確定した。

ややこしくて騒がしい日々は、まだまだ続いていく。そう、物語はまだ、始まったばかりなのだ。




ルビー「リリなのじゃありませんよー」
いや、原作はリリなのからネタを持ってきたんだと思うんですけどね?

美遊のユリネタ、ようやく出せました(笑)。
まあ、美遊はあんまり拗らせませんよ? 精々原作でのレベルです。拗らせる人は他にいるので。

さて、次回から数話、短編を書いてから第二部に入ります。というわけで。

次回、すぺしゃる1「或る日のリナ −放課後徹底大追跡−」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ドラまた☆すぺしゃる
すぺしゃる1・或る日のリナ −放課後徹底大追跡−


あるぇえ? 短編なのに、本編の一話あたりより文字数多いぞぉ!? …どうしてこうなった!?

今回、タイトルのわりにリナのセリフはあまりありません(笑)。


≪イリヤside≫

それはクラスカードの回収が終わって一週間ほどたった、金曜日の事。お昼休みにミユとお話をしていると。

 

「なあ、イリヤ、美遊」

 

わたしたちに話しかけてきたのは、スズカ。そのすぐ後ろにはナナキ、タツコ、ミミといういつもの顔ぶれ。んー、いったいなんなの?

 

「今月も、リナのアレがきたみたいだ」

 

…あー、そういうこと。なるほど、確かにアレは気になるよね?

 

「…イリヤ、あれってなんの事?」

「あっ、ミユはまだ、アレを見たことなかったんだね」

 

そうか、ミユと知り合ってから、まだ二週間くらいしかたってないんだ。あんなにいろんな事が起きたから、ずいぶんたったような気がしてた。

 

「美遊ちゃん、リナちゃんを観察してればわかるよ」

「…?」

 

ミミの言葉に首を傾げながら、リナの方を見るミユ。

当のリナはどうなんだろう。そう思ってわたしもそっちを向く。

リナは自分の席で、両手で頬杖をついてほけーっとしてる。

かと思うと、急に、にへら〜と笑ったりする。うん、端から見てると不気味だね!

 

「…? ……!?」

 

あまりにもショックが大きかったんだろう。ミユは言葉も出ず、リアクションだけでわたしに聞いてくる。確かに、普段のリナじゃ考えらんないものね? でも。

 

「残念だけど、わたしたちにも理由はわからないの」

「わかってるのは、月に一度の金曜日にこの現象が起きるってことだね」

 

ナナキがわたしの後を継いで説明してくれた。

 

「おう、尾行だ! 尾行してリナ介の秘密を赤裸々に暴いてやんぜー!」

「バカ! リナに聞かれたらどうするっ!」

「このばかちんめぇ」

 

スズカとナナキに叱咤されるタツコ。ナナキに関しては、タツコのほっぺたを拳でぐりぐりしてる。

で、リナはというと、心ここに在らずといった感じでまったく気づいてない。なんか、ここまでザンネンなリナは珍しいっていうか、ちょっとゲンメツ?

 

「…まあ、そんなわけなんだが、二人は参加するか?」

 

そういうことか。確かに気になるけど。

ミユはどうなんだろう? チラリと様子を見ると。

 

「リナの私生活…、興味深い」

 

ミユは目を耀かせながら言った。なに、ミユのこの食いつき様は…?

まあ、とにかくそういうことなら、わたしも興味があるし断る理由はない。

 

「うん、わかった。それじゃ放課後に」

「ああ、放課後に」

 

 

 

 

 

そして放課後。わたしたちは二手に別れて、リナの尾行を開始した。

いや、だって六人纏まってゾロゾロ移動してたら、さすがに目立つよね? そんなわけで三人ずつに分かれたんだけど。

チームAはミユ、ナナキ、タツコ。

チームBがわたし、スズカ、ミミ。

なんだかミユが不遇な気がするけど、これも厳正なグー・パー・ジャンケンによるもの。悪く思わないでね?

でも、ミユと別チームになったお陰で一ついいことが。それが。

 

「ミユ、聞こえる?」

『うん、イリヤ。問題ない』

 

わたしとミユは、カレイドステッキのテレフォンモードを利用して会話している。

テレフォンモードはカレイドステッキに組み込まれたオプション、らしい。魔術だか科学だか、よくわかんないあたりがうさんくさい。いつもの事だけど。

 

「へー、通信機か。随分と変わったものを持ってんなー」

「えーと、ミユのお姉さんたちが用意してくれたんだ」

 

うん、うそは言ってないよね?

ちなみにルビーにこの使い方を伝えたら、あっさりと了解してくれた。てっきりもっとごねるかと思ってたけど、サファイア曰く、覗き趣味がルビーのどストライクだったとのこと。ルビーらしいといえばらしいけど、ルビーと一緒ってのがちょっとやだ。

 

『ねー、此方ってリナの家とは方角、違うよね?』

「そうだね。マウント深山とも違うし。もしかしてリナちゃん、新都に向かってるのかな?」

 

ナナキの疑問にミミが答える。でももし、その通りだとすると、バス移動があるから尾行が難しくなる。タツコがいるなら尚更だ。

その事をみんなに言うと。

 

『わたしに任せて』

 

そう言って、しばらくミユの声が聞こえなくなる。

ぐるりと視界を廻らしチームAを見つけると、ミユが電話をしているのが見えた。あ、なんだか予想がついた気がする。

引き続き尾行をしていると、リナがバス停のところで立ち止まった。あう、そこは予想どおり、新都行き路線のバス停だ。

数分後にはやって来たバスに乗り、リナは行ってしまった。

 

「おい、どーすんだ? これじゃリナのアレコレをつかめねーぞ」

チームAと合流すると、タツコが例によってわめき出す。でも多分、大丈夫なハズ。だって。

 

ブロロロロロ…

 

エンジン音を響かせて、黒塗りのリムジンがやってきた。

 

「皆様、お待たせしました。これからルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトさまの執事である私、オーギュストが、皆様の目的となる場所までお連れいたします」

 

うわ、なんだかずいぶん物々しいフンイキ。というか、ルヴィアさんてそういう名前だったんだ。

ミユ以外はあぜんとしつつ、促されるままにリムジンに乗った。

うわぁ、内装もずいぶん立派! ルヴィアさんていつも、これに乗って登下校してんだよね?お金持ちってやっぱり、わたしたちとは違うんだ。

そんな思いを乗せて、リムジンは発進した。

 

 

 

 

 

オーギュストさんの運転するリムジンは、着かず離れずの距離を保ちながら、リナが乗るバスを追いかけていた。

 

「あれ、でもどうやってリナが降りるかを確認するの?」

 

わたしの呟きに、隣に座ったミユが小さく答える。

 

「わたしが探索の魔術で調べてる」

 

へ?

わたしは思わずミユを見た。よく見ると、魔法少女姿の時に着けてる蝶の髪飾りが!?

もしかして、衣装替え無しの転身? ミユ、結構ダイタンっていうか、なぜそんなやる気に…?

 

ぴくり

 

「オーギュストさん」

 

ミユの表情がわずかに変わったかと思ったら、オーギュストさんの名前を呼んだ。

オーギュストさんはなんの反応もしないけど、これがミユからの合図なのはわたしでもわかる。

 

「ん? 美遊でもオーギュストさんにすがりたいのか?」

 

スズカが勝手に勘違いしてくれた。

たぶん、ミユの言葉がいつもと変わらないイントネーションだったのが、むしろよかったんだと思う。よーするに、こういう子なんだっていう思い込みだね。

と、前を走るバスがウインカーをだした。リムジンは、停車しようと路肩に寄せているバスの横を通り過ぎていく。

 

「どうやらリナさまがバスを降りられるようです。リナさまに気づかれないよう、少し先の方で停車させていただきます」

 

さすがルヴィアさんの執事。細心の注意と心遣いが行き届いてる。

オーギュストさんが言うとおり、少し離れた、バスからは死角になる場所にリムジンが停められる。

 

「うおぉぉ! 待ってやがれ!

オメーのことを丸裸にしてやんぜー!!」

 

リムジンから飛び降りたタツコは、そう言いながら駆け出していった。

 

「こらっ、タッツン!」

「戻りやがれー」

 

スズカとナナキがタツコを追いかけていく。

 

「ちょっと心配だから、後を追うね?」

 

わたしたちに断りを入れて、ミミも追いかけていった。

 

はぁ…

 

わたしはひとつ、タメ息を吐く。あんなに騒いで、リナにバレなきゃいいけど。

 

「イリヤ、わたしたちも行こう」

『そうですよ。心情的には龍子さん寄りですからねー、わたしは』

「うん、そうだねミユ」

『わたしは無視ですか!? ルビーちゃんショッキン!!』

『姉さんの場合は行き過ぎです』

 

そう。確かにわたしもリナのことは気になるけど、ルビーやタツコのアレはちょっとね。

 

「ええと、オーギュストさん、ありがとうございました!」

「いいえ、お気になさらずに」

オーギュストさんは軽く会釈すると、リムジンを走らせ去っていった。

オーギュストさんってほんと、頼りになるなぁ。ルヴィアさんが信頼を置くのもわかる気がする。

 

「イリヤ」

 

うん、わかってる。

わたしたちは、みんなが走っていった方へと歩いていく。するとその先が、少し騒がしいのに気がついた。

何だろうと近づいていこうとすると。

 

「イリヤちゃん、美遊ちゃん」

 

わたしたちを呼ぶ声がきこえてきた。そちらへ振り返ると。

 

「ミミ?」

 

建物の入り口の壁に、隠れるようにしているミミの姿が。

 

「ミミ、なにして…」

 

尾行の時と違って、もっと身を潜めた感じのミミ。近寄ったわたしが尋ねると。

 

「二人とも、あそこ」

 

言って指差す方を見てみると、そこにはリナに正座させられて、おそらく説教を受けてる三人の姿があった。

 

「これって…」

「予想がつくと思うけど、大声をあげてた龍子ちゃんが最初に、次にすぐ後を追ってた那奈亀ちゃんが見つかったの」

「うん? スズカは?」

 

正座させられてるのは三人。なんでスズカまで?

 

「那奈亀ちゃんが雀花ちゃんの名前を出して、それで…」

「うあ、ナナキひどっ!」

 

ナナキの所業に文句を言うと。

 

「違う」

 

ミユがわたしの意見を否定する。

 

「龍子は無視するとして、那奈亀は被害を最小限に抑えるために、あえて雀花の名前を出したんだと思う。実際、リナはわたしたちのことには気づいてない。

そして…」

 

ミユがミミの方へ視線を向ける。

 

「もし彼女の名前まで出していたら、リナなら芋づる式に、わたしたちのことにまで気づいていたかもしれない」

 

なるほど。確かにリナなら、それくらいのことをやってのけそうな気がする。

 

「だから、彼女たちの意思に報いるためにも、わたしたちはリナの行動の意味を解き明かさなきゃならない」

「うん、そうだね!」

 

わたしはミユの意見に頷いた。

なんだかミミが、「わたしの名前、まだ覚えられてないの?」なんて呟いてるけど、それに関してはスルーだ。というか、下手にフォローしたら逆に傷口を抉ってしまいそうで怖い。

気がつくと、リナの説教は終わっていて、スズカたちは解放される。もと来た道を引き返すスズカは、わたしたちの近くを通り過ぎるときにリナに見えないよう、こちらに向かってサムズアップをした。

スズカ、アンタって子は…!

 

「行こう!」

「「うん」」

 

わたしたちは再びリナの追跡を始めた。

 

 

 

 

 

リナを尾行していて気がついたことがあった。リナが買い食いをしていない。

 

「リナちゃんが買い食いしないなんておかしいよ」

 

ミミも同じ意見だったみたい。

 

「確かにリナはよく食べるけど、だからって買い食いするとは限らないんじゃ…」

「ミユ、確かにあなたの言うとおりよ。でもね…」

 

わたしは先を歩くリナを指差しこう言った。

 

「あんな、食べ物に誘惑されながら、それでも我慢するってのがあり得ないから」

 

そう、リナは食に関しては欲求に忠実だ。

金欠ならまだしも、わざわざ新都に来るくらいだ。ある程度のお金は持ってきているはず。

 

「つまり、リナちゃんの目的にはお金が必要ってこと?」

「そしてリナにとっては、食欲よりも目的の方が優先される?」

 

このときのわたしは、冷静ではなかったんだと思う。スズカたちの想いをうけて、熱くなって。「場の空気に酔う」って言ったりするけど、これがそうだったのかも。

だっていつものわたしなら、「お金が必要」で「食欲よりも優先すること」なんてヒントがあったら、答えに思い当たっていたと思う。わたしはリナの、親友だから。

 

 

 

 

 

リナが一軒のお店に入っていく。そこは。

 

「「「レンタルDVD?」」」

 

この辺りでは最も品揃えのいいDVDのレンタルショップだった。

 

「「あー…」」

 

わたしとミミは、ここに至ってようやくリナが浮かれていた意味がわかった。

 

「なに?」

 

だけど、友達になって日の浅いミユには、まだその答えに行き着いてないみたいだ。でも、ま、どのみち最終確認はしなきゃならないんだ。

わたしたちはお店の中に足を踏み入れた。

中には既に、リナの姿は見えないけど、どこに行ったかの予想はついてる。わたしは目的のコーナーの位置を確認して、そこを目指して歩いていく。

果たしてそこに、リナの姿があった。

 

「リナ?」

 

驚きの声を滲ませて、ミユがリナの名前を呼ぶ。

ビクッ、としたリナが、ゆっくりとこちらへ振り向いた。

 

「美遊? それにイリヤと美々まで!?」

 

 

驚くリナが手に提げたお店専用のカゴには、数枚のDVDが入ってる。そのタイトルは…。

 

「『魔女っ子チックル』『花の子ルンルン』『魔法の妖精ペルシャ』『魔法少女プリティサミー』、あと『魔法少女リリカルなのは』?」

 

ミユが読み上げるそのタイトルは知らないものばかりだけど、それが全部魔法少女ものだってのはわかる。

…リリカルなのはだけ、そんな感じの、最近聞いた気もするけど。

 

「リナ、魔法少女ものの旧作を毎月まとめて借りてたんだ」

「えっと、イリヤちゃんもそういうことしてるの?」

「わたしは、いまやってるアニメがメインだから」

 

みんな、勘違いしてるみたいだけど、わたしとリナは方向性が若干ちがう。

わたしはアニメが好きで、特に好きなのが魔法少女もの。

リナは魔法少女もののアニメが好きで、その流れで他のジャンルのアニメも見てる。

わたしとリナは、お互いその事をわかってて、その上で魔法少女談義をしてたんだ。

ただ、この説明をしてちゃんと理解してくれたのは、お兄ちゃんとリズお姉ちゃんくらいだけどね。

…あれ、そういえばさっきからリナが静かなんだけど?

って、なんだか隅っこの方で膝かかえてうずくまってる!?

 

「ちょっとリナ、どーしたの!?」

「メチャ恥ずかしいのよ!」

 

え、恥ずかしい?

 

「…リナの趣味なんて、みんな知ってるじゃない」

「それでも、こんな姿は見られたくなかったってゆーか…」

 

頬を紅くして涙目のリナ。こ、これって………。

 

かちり

 

その時、わたしの中で、なにか変なスイッチが入る音がした。

 

「リナッ、カワイー!!」

「なっ!?」

 

わたしは思わずリナに抱きついていた。

 

すりすり

 

つい、ほおずりなんかしちゃったりとか。

 

「イリヤだけ、ずるい」

 

そう言ってミユも抱きついてきた。

 

「ちょ、美遊まで!?」

「そんな、女の子同士でなんて、乱れてるよ…!」

 

「美々? これは違…って、アンタら、いーかげんにしなさーいっっっ!!」

 

すぱぱぁ……ん!!

 

「ほげっ!?」

「はぐっ!!」

 

わたしたちはリナに、スリッパで叩かれた。

スリッパ・ストラッシュ、けっこおいたい。おかげで正気に戻ったけど。

 

 

 

 

 

そして新都からの帰り道。

 

「やー、なんか、色々ごめんね?」

 

わたしはリナにやらかした諸々について謝った。いくら普段見られない可愛らしいリナを見られたとはいえ、公衆の面前でアレは不味かったよね。

 

「もういいわよ。お店の人にも許してもらえたし」

 

そう。あの後お店の人に叱られて、危うくリナが入店拒否られるとこだった。

わたしたちが事情を説明して、悪ふざけしたこっちのせいだって謝ったらなんとか許してもらえたんだけど。わたしたちのせいで、リナの楽しみを奪うわけにはいかないもんね。

 

「それで、今日のことはみんなには…」

「…あー、ごめんリナ。スズカとナナキにだけは、庇ってもらった手前、話さないとマズイかなーって」

 

義を見てせざるはナントカって言うからね。タツコは、…まあ、わたしたちを引っ掻き回しただけだから。

 

はぁ…

 

「まあ、あの二人なら、口止めすれば吹聴するようなマネはしないと思うし、仕方ないか。

…しばらくからかわれるとは思うけど」

 

リナは、タメ息をひとつ吐いてから言った。

 

「そんなわけだから、アンタらも余計なことは言わないよーに!」

 

リナはわたしたちに向かって釘を刺してきた。それに最初に反応したのは。

 

「当たり前だよ。わたしは、どんな性癖を持っていたってリナのこと、受け入れられるから」

 

ざわ…、ざわざわ…

 

ミユの発言に、わたしたちの間に静寂が訪れる。

…しまったあァァ! ミユがリナのアレに興味を示してたのって、好きな子が気になる的なやつだったのか!!

 

「ミ、ミユ! それってダメな考え方だから!」

「ダメな考え方ってなに?」

 

なにって言われても、ミユのそれは恋愛感情みたいなモン、なんて言えるわけないじゃない!

 

「とにかく、『友達だから内緒にする』くらいにしといて」

「? わかった」

 

ミユはいまだ思案顔だけど、とりあえず納得してくれた。

リナは頭が痛いのか、指でコメカミを押している。

うん、リナ。今日は本当にゴメン!!

 

 

 

 

≪third person≫

その日の夜。桂美々は…。

 

(乱れてるよぉぉ…

みんな、乱れすぎだよぉぉ)

 

布団の中で、一人悶えていた。

 

「寝つけない…」

 

一言呟くと、ガバッと布団から飛び出し、机にノートを広げ、

 

「やっぱり書くしかない!

邪な気持ちは小説に全部吐き出して自分を浄化するの!」

 

美々は小説を書き出した。

 

「主人公は平凡な女の子だけど、かわいい系、やんちゃ系、クール系の女の子たちと四つ巴の…」

 

そう、それは所謂、百合系のそれである。

どうやら美々は、本来の世界線(原作)より早く、堕ち始めたようだ。だが、遅かれ早かれ、行き着く先はアレである。

それについては、また、別の機会ということで。




今回登場したアニメのタイトルは、全て実際にあるものです。古いものでは1970年代の作品ですね。
ちなみにリナは、このやり取りあと、更に5本追加して借りてます。

次回、すぺしゃる2「宝石の 護符で商談 金もうけ 」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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すぺしゃる2・宝石の 護符で商談 金もうけ

最近、投稿が遅れる。しかも話も長くなる。困った。


≪リナside≫

『我は放つ、光の白刃!!』

 

−−−ズババァァ…ン!

 

「…ふみゅ。思いの外、面白い作品ね」

 

日曜日の午前中。あたしは借りたDVDの観賞をしてるんだけど。

…実は今見ているアニメ、レンタルショップでタイトルをみかけたとき、思わず手に取ってしまった作品なのだ。

【魔術士オーフェン】

タイトルでもわかるように、魔法少女ものではない。ないんだけど、なんか気になったのだ。

…なんでだろ?

まあ、面白い作品だったからいいけどね。

そして、ちょうど一話目が見終わった直後。

 

−−−あ、メールっぽい…

 

凛さんからメールが届いた。何事かとメールを開いてみると、エーデルフェルト邸へ来るように、という指示。

うわー、なんだか行きたくないなー。

ただ、文末に、「来なければ、諦めます」って書いてあるのがなぁ。イリヤへの手紙と似てるんだよなぁ。絶対これって「殺す」って打ち込んでから消してるよねぇ。

…仕方がない、行くか。

 

 

 

 

 

エーデルフェルト邸の前までくると。

 

「あれ、リナ?」

 

ちょうど出かけようとしたところなんだろう、イリヤが家から出てきた。

 

「なに、また呼び出されたの?」

「あたり」

 

言ってあたしはタメ息を吐く。

 

「そっかぁ」

 

イリヤは遠い目をしながら屋敷の方を見ている。

 

「なに、どうかしたの?」

「うん、まあ、驚くとは思うけど、暖かい目で見てあげてね?」

 

イリヤは言葉をぼやかしたまま、この場を去っていった。

なんだろう。あの、憐れみに満ちた表情は。…そんなの、行ってみりゃわかるわね。

あたしは門を通り過ぎ、扉の前に立つ。なんだかもう、これが当たり前の行動になってきたような。

呼び鈴を鳴らししばらく待つと、扉が開き、現れたのはメイド服姿の美遊。そして、…え?

 

「凛さん!?」

 

同じくメイド服に身を包む、凛さんだった。

 

「凛さん、どうして…?」

『ルヴィアさまの乗るヘリコプターを落とすのに、宝石を全て使いきってしまわれたそうです』

 

あー、宝石のない宝石魔術師って、意味ないもんね?

 

「更に雇われたのち、喧嘩の末にルヴィアさんを殴打した壷の弁償代も上乗せされてる」

 

うぉい、ここにある調度品って、どれも値打ちモンだぞ。思わずやっちゃったんだろうけど…。

 

「凛さん。そのうっかり、なんとかしないといずれ命取りになるんじゃあ…」

「くうっ、子供に諭されたっ!」

 

凛さんは右手に拳を作り、強く握りしめながら言った。

 

「ッ…! まあ、いいわ。

とりあえずついてきて。ルヴィアも待ってるから」

 

ここは、さすが魔術師といったところか。気持ちの切り替えが早い。

あたしは凛さんの後をついていく。

…おや。いつもの接客室じゃない?

 

「さ、この先よ」

 

そう言って扉を開けた先には、地下へと続く階段が。

 

「これって、魔術の研究施設?」

「そう。わたしたちは魔術工房って呼んでいるわ。

もっとも、ルヴィア個人の工房は別にあるはずだけど」

 

そりゃそうだ。個人の研究を、簡単に人目にさらしたりするハズがない。それは、魔道も魔術も変わりはないだろう。

あたしたちは階段を降りていく。すると、いつもの接客室よりも少し小さな部屋に出る。中央には作業テーブルがあり、それをはさんだ向こう側にルヴィアさんが立っていた。

 

「お待ちしていましたわ、稲葉リナ(イナバリナ)

「…わざわざ工房まで連れてきて、なんの用なの?」

「リナ、まずはこれを」

 

言って、凛さんが近くの棚から出したもの。それは、あたしが改造した黒鍵だ。どうやら鏡面界脱出の時に回収してくれてたらしい。美遊が回収してくれたのはカードだけだったからなー。

しかし、その黒鍵に嵌め込まれていた四つの、硝子製の呪符は全て砕け散っていた。

 

「あんた、護符で礼装の強化なんてよく考えついたわね」

「…以前、魔力の増幅について研究したことがあったから」

 

まあ、前世の話だけどね。

 

「ところで黒鍵に嵌め込まれていた護符は、本当ならば宝石を使って造られるものでは?」

 

ほう。さすがは宝石魔術師、そこに気づいてたか。

 

「そうよ。硝子じゃ出力に耐えきれなくて砕けちゃったみたいだけど、あたしは繰り返し使えるアイテムとして設計してるから」

 

硝子の呪符をその都度造るなんて、非効率この上ない。

おそらくまだ、()()()()()()()()()カード周りのこともある。…ほんと、どうしよっか。

あたしが思案に耽っていると。

 

「そこで提案があるのですけど」

 

ほ?

 

「我々が素材諸々を提供しますので、宝石の護符を造って戴けないかしら? それをこちらで販売させていただきますわ。

報酬は…、一般家庭の子供に現金や貴金属は不味いでしょうし、この工房とこちらで用意した素材を自由に使っていい、というのはいかがかしら?」

 

ほほう、なるほど。確かに提案としては悪くない。

はっきり言って、こっそりアイテム作りは大変なのだ。

 

「でも、これってルヴィアさんだけの考えじゃないでしょ。多分、凛さんも一枚噛んでるわよね?」

「あ、わかった?」

「とーぜん。だってルヴィアさんなら、一般家庭の子供でも平気で現金支給しそうだもの」

 

あたしの言葉に笑いを堪える凛さんと、苦虫を噛み潰したような顔をするルヴィアさん。一応自覚はあるみたいだ。

 

「実をいうと大師父から言われたのよ。『あの小さな魔道士の面倒も見ておけ』ってね」

 

そうか。それでギブ&テイクっていう名の等価交換を提示したわけね。

 

「ま、あたしとしてもありがたいし、その条件を飲みましょ。

…ただ、一つ訂正があるんだけど、黒鍵に嵌め込んでたのは護符じゃなくって呪符よ」

「「え?」」

 

まあ、驚くのも無理はない。護符はその名の通り「お守り」みたいなものだけど、呪符は「強化」だ。

「強化」の性質上、どれほど能力が弱くても、ある程度以上の魔力を注がなくてはならない。

硝子という脆い素材であれだけの呪符を造ったのだ。驚いて然るべきだろう(自慢!)。

ま、呪符の配置で更に能力の補強はしてんだけどね。

 

「ま、まあ、よろしいですわ。ここからは細かな契約内容の取り決めをしてまいりましょう」

 

こうしてあたしたちは雇用主と被雇用者という間柄となった。

 

 

 

 

 

それから三日が過ぎ、あたしはエーデルフェルト邸へとやって来たのだが?

 

「リナ、あんたすごいじゃない!」

「まさかこれ程とは思ってもみませんでしたわ!」

 

は? いったいなんの…。

 

「あんたが試供品として提供してくれた硝子の護符、わたしたちも身につけてたんだけど」

(わたくし)が撃ったガンド、牽制程度の威力だったとはいえ、完全に弾かれてしまいましたわ!」

 

おいおい、ガンドってたしか、呪いを魔力の弾丸として指から撃ち出す、とか言ってなかったっけ? そんなもん誰にって、いつもの喧嘩か。

 

「護符は砕けたけど、硝子製っていうのを考えるとかなり優秀な礼装よ」

「事実、試供品を身に付けた魔術師からは、なかなかの評判をいただいてますわ」

 

いやいや、こんな短期間に護符のお世話になってるって、どんな魔術師たちに送ったの!?

 

「そんなわけで宝石の護符、期待させてもらいますわ、稲葉リナ(イナバリナ)

 

…なんか、ちょっと早まったかもしんない。

まあ、それでも契約は契約。別に悪事に荷担してる訳じゃないし、気にしたら負けだ。

あたしは工房まで来て、家から持ってきた宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)作製のための道具を広げる。それらは全て、向こうの世界で使っていたものをこちらの素材でアレンジしたものだ。

特に薬品に関してはかなり手間取った。ただの小学生じゃ、薬品の入手なんて簡単にはできないので、天然素材に魔力的付加を加えて作り上げたのだ。使った市販薬は抽出素材のエタノールと防腐剤としてグリセリンくらいだろう。

 

「さて、始めますか」

 

あたしは早速、作業にとりかかった。

 

 

 

 

 

一時間後。あたしは五つの護符を完成させていた。素材はルビー。大きさは大人が親指と人差し指で輪っかを作ったくらいの大きさ。

前世では拳大のものを造ってたけど、こっちでのニーズにあわせて宝飾品にしやすいサイズにしたこと、そしてあたし自身の知識の蓄積による、性能はそのままに小型化することに成功していたのだ。

 

コツ、コツ…

 

そこへ階段を降りてくる足音。

「作業ははかどっていますか?」

 

顔を覗かせたルヴィアさんがあたしに訊ねてきた。

あたしは護符の一つを掴み、ルヴィアさんに投げ渡す。

 

「まあ、透明度の高いルビーに六芒星(ペンタグラム)が編み込まれていて、魔術師の宝飾品としても堪えうる素晴らしい品質の出来ですわ」

 

当然! 前世が商売人の娘だから、そういったことにはうるさいのだ。

 

「一応言っとくと、ある程度の呪いの無効化と災厄よけ、あとほんのわずかだけど、火属性への耐性の向上効果があるわ」

「属性に対する耐性まで!」

「赤い護符や呪符には勝手に付加されんのよ。まあ、オマケみたいなもんね」

 

向こうじゃこんなことは無かったんだけどね。

この世界の特性なのか、はたまた調合した薬品の影響なのか。とにかく、あたしの持つ火の属性が反映されてるみたいなのだ。

もちろん、わざと属性を消したり付加させたりも出来るけど、付加に関して言えば、労力のわりに効果が低いので特に目的でもない限りわざわざやったりはしない。

 

「さて、今週のノルマはあと五つね。そっちは金曜日に仕上げるから、こっからはあたし自身の研究に没頭させてもらうわ」

「ああ、それでは(わたくし)は退室させていただきますわ」

「うん。一時間したら誰か知らせに寄越して。それで今日の作業は終わりにするから」

「わかりましたわ」

 

そしてルヴィアさんは工房を出ていった。

 

 

 

 

 

そして二日後の金曜日。借りたDVDを郵送返却して、エーデルフェルト邸へやって来たら。

 

「よっしゃあ! このままいったれー!!」

「人格が崩壊してますわよ、遠坂凛(トオサカリン)

 

なんだか、凛さんが異様なテンションになってんだけど。

てか、いまの凛さんの声、なんか頭の端っこに引っ掛かるものが。

いや、今は関係ないことか。それよりも。

 

「美遊。これってなんの騒ぎなの?」

 

あたしは迎え入れてくれた美遊に尋ねた。

 

「リナが造った護符の注文が急増してる」

 

なんと。ルヴィアさんはまだ、試供品の発送しかしていないはずなのに。

 

『なんでも、評判が評判を呼んでいるとのことです』

 

いやー、それは有りがたいんだけどさ。

 

「えーと、ルヴィアさん?」

「あら、稲葉リナ(イナバリナ)。ごめんなさい。気がつきませんでしたわ」

「ああ、それはいいんだけど…」

「リナ!」

 

がしっ!

 

あたしに気づいた凛さんが、あたしの両肩を掴む。

 

「あんた、護符の生産量を倍に増やしなさい!」

「はあ!?」

 

なに言ってんの!?

そう思って凛さんの顔を見ると、その瞳が「(カネ)」と訴えているのに気がついた。

 

「あんたの護符の売り上げのうち0.5%が、わたしの借金の返済に充てられてるのよ!」

 

あー、そういやそういう契約になってたっけ。凛さんが持ち掛けた話だから、その見返りってことで。

…でも。

 

「やだ」

「なっ!」

 

あたしのストレート過ぎる一言に、二の句が継げられなくなる凛さん。

 

「生産量を増やしたら、あたしの身体が持たなくなるわよ」

 

今のあたしは小学生。親の庇護を受けている身としては、食欲に任せての魔力回復には限界がある。

…ただでさえ、あたしのせいでエンゲル係数がはねあがってんのに。

それに、魔力が回復しても、やはり疲労は蓄積される。そうなれば、魔術行使に必要な集中力だって低下するのが必然だ。

術の暴発はないにしても、製造する護符の品質に問題が出るのは目に見えている。そんなもの出荷したら、あたしだけでなく、エーデルフェルト家の名にまで傷をつけてしまう。

…これくらい、普段の凛さんなら気づきそうなもんだけど、どうやらカネに目が眩んで正常な判断が出来ないらしい。

 

「なに言ってんの!? 今こそまさに、一攫千金のチャンスなのよ!!」

 

…ほらね?

 

「いい加減になさい、遠坂凛(トオサカリン)! 子供相手に恥ずかしくはないんですの?」

「うるさい! あんたに、お金の遣り繰りに四苦八苦してる宝石魔術師の苦労なんて、わかんないわよ!!」

 

あたしは、前世の経験で一応わかる。わかるけど、ことはあたしに関わることなので賛同はしない。

あの頃は、趣味を兼ねた盗賊いぢめで懐を潤すことも出来たしね。

 

「まったく、やはり言葉ではわからないおサルさんのようですわね!」

「やろうっての?」

 

二人が宝石を構える。

悲しいかな、凛さんの宝石が傷物の安物だったりするが。

だがここは。

 

「ちょい待ち。雇用主が口出すのはまだ早いわよ。

ここはあたしが()()()使()()話をつけるわ」

稲葉リナ(イナバリナ)…」

「へえ、わたしとやろうっていうの」

 

すうっと、凛さんの目がすわるのがわかる。

 

「リナ、大丈夫なの?」

「さあね。ただ、負けるつもりはないわ。

それに、実をいうと凛さんとは一度()ってみたかったのよ」

 

こっちの世界の魔術師の実力が知りたいってのもあるけど、それだけじゃなくて、凛さんだからこそ闘いたいのだ。

ぶっちゃけると凛さんって、結構あたしと似てるところがある。お金にうるさかったり、うっかりなトコがあったり。

そういったところでドジを践まれると、自分の悪いとこを鏡で見せつけられてるような気分になってくる。所謂、同族嫌悪とゆーやつだ。

それでも普段はそんなこともないんだけど、さすがに今回はちょっとばかし目に余ったのである。

 

「さてと、凛さん。宝石の貯蔵は十分かしら?」

「生憎と屑石が数えるほどしか無いけど。それでもあんたと闘うには充分よ」

 

あたしの皮肉をさらりと受け流す。

 

「美遊。念のためどこかに避難するか、転身して防御結界でも張っていて。もちろんルヴィアさんも」

「わかった」

「当然ですわ」

 

そう言って二人は壁際まで下がり、防御結界を展開した。

 

「じゃあ始めましょうか、凛さん?」

「ええ。負けても恨まないでよね、リナ!」

 

凛さんは言い終わるのと同時に、二つの宝石を投げつける。

 

Zeichen(サイン)−−−!爆炎弾二連!」

 

おい、こんな場所でそんな術使うか?

 

封気結界呪(ウィンディ・シールド)!」

 

まあ、読んでたけど。

通常より爆炎の威力が落ちてたこともあり、風の結界で爆風を防ぐ。炎の熱は、ちょっとした裏技を使ってみた。

と、凛さんがあたしに向かって体当たりをかます。身体強化を施したんだろう、凛さんの体は風の結界を突き抜ける。

あたしは防御姿勢をとっていたから大したダメージはなかったけど、唱えていた烈閃槍の詠唱が途切れてしまった。

凛さんはバックステップを踏みながら、追い討ちをかけてくる。

 

Zeichen(サイン)−−−!轟風弾三連!」

 

宝石から生まれた風があたしの体を絡めとり、動きを封じられてしまった。

凛さんが左手の人差し指を立ててあたしへと向ける。

 

「リナ。術の詠唱の長さが仇になったわね」

 

その指先に魔力が集中していき。

 

「ガンド!!」

 

呪いの弾丸が、あたしめがけて撃ち出された。

 

ばぢぃっ!

 

「なっ!?」

 

凛さんが驚きの声をあげる。

まったく、そのうっかりもいい加減にしてほしいものだ。

誰が造ったと思ってるんだ、硝子の護符。

 

「ちっ!」

 

凛さんが宝石を投げようとするけど、こっちのが速い!

 

びっ!

 

指で弾いた黒い硝子玉が、凛さんめがけて飛んでいく。凛さんは避けようとするけど。

 

パチン!

 

あたしが指を鳴らすと同時に玉が弾け、黒い靄が凛さんを被う。[黒霧炎(ダークミスト)]の効力を硝子玉に込めておいたのだ。

さっきの爆炎弾にしてもそう。風の結界の発動と一緒に[弱冷気の魔法]を込めた硝子玉を3つ、使用したってわけだ。

 

「な、なに!?」

 

凛さんが一瞬パニックになっている間に、あたしは術を組み上げていた。

 

崩魔陣(フロウ・ブレイク)!」

 

力あることばと共に黒い靄は消え、発動途中にあった宝石の魔力も消失する。

そしてあたしは。

 

ごりゅッ!

 

いい音を立てて、あたしの肘が凛さんの顔面に決まった。

そのまま凛さんは気を失って倒れてしまう。うみゅ。

 

「ビクトリー!」

 

あたしは美遊とルヴィアさんに向かってVサインをして見せた。

 

 

 

 

 

「う…、あれ? わたしは…」

 

ようやく凛さんが目を覚ます。

ちなみに凛さんのケガは、気を失っている間にあたしが「治癒(リカバリィ)」の術をかけて治してある。

 

「凛さん、あたしの勝ちね!」

「あ…」

 

あたしの言葉に、何をしていたのかを思いだし悔しそうな顔をする。

 

「…仕方がないわね。今回は諦めましょう」

 

タメ息を吐いて言う凛さん。でもね?

 

「残念だけど、それだけじゃ終われないのよねー」

「え?」

「周りを見てごらんなさい、遠坂凛(トオサカリン)

 

ルヴィアさんに言われて周りを見渡す凛さん。

その目に映ったのは、凄惨たる状況である。広間の調度品や美術品のいくつかが、修復不能なほどに破壊されていた。

 

「ええと、これって…」

「全て、貴女の魔術によって引き起こされたものですわ」

 

そう、あたしは物理的にダメージのある術は、意識して使わなかったのだ。

 

「フフフフ…、どうやらタダ働きの期日が延長されたようですわね、遠坂凛(トオサカリン)

「し、しょんなあぁ」

 

あまりのことに茫然自失となってる凛さんを放っておいて、あたしは工房へと向かった。

いやー、なんだか他人事じゃないってゆーか、明日は我が身みたいな?

なにしろ凛さんは、鏡に写った自分だかんね。それに思い当たったら思わず逃げてしまった。我ながら情けない。

…ちなみに凛さんの借金は1740万円になったそうだ。

あー、くわばらくわばら。




とりあえず、リナ作のアイテム回りの設定は独自のものです。

次回、すぺしゃる3「ねーちゃんと リナが慕う() その出逢い」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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すぺしゃる3・ねーちゃんと リナが慕う() その出逢い

桜の黒いところ、書きにくい。


≪リナside≫

「クラスカード『ランサー』、限定展開(インクルード)!」

 

あたしは手にした黒鍵にランサーのカードを当てる。すると黒鍵はメリケンサックへと変貌する。

 

「平和主義者クラーッシュ!」

 

真名開放と共に拳は輝き、振り抜いた拳は大きな岩を粉砕していた。

 

接続解除(アンインクルード)

 

その言葉と同時にカードが排出される。

…うん、どうやら新しく取り付けた宝石の呪符(ジュエルズ・タリスマン)は、傷一つついてないみたいだ。

あたしは今、柳洞寺そばの林の中、秘密の訓練場所に来てる。

ここのところ、DVDを見たり護符を造ったりで訓練出来てなかったので、久々の訓練&新生強化黒鍵の性能確認をしに来たのだ。

 

「これなら繰り返し使っても大丈夫みたいね」

 

とはいえ問題点もある。一度限定展開すると、呪符が魔力を溜め込むのに約一日かかるのだ。

こりゃあ残りの黒鍵も改造しなくちゃなんないわね。

あたしは次にやるべきことを確認し、今日の訓練を切り上げることにした。

 

 

 

 

 

あたしが公園の脇に差し掛かったとき、ベンチに腰かける、高校の制服を着た女の人が目に映った。

 

「桜()()()()()!」

「あ、リナちゃん」

 

あたしの呼びかけに、桜ねーちゃん、…間桐(まとう)(さくら)さんは軽く微笑んで返事を返してきた。

 

「桜ねーちゃん、部活帰り?」

「ええ、そう。今日は午前の稽古が長引いちゃって。先生の機嫌も悪かったし」

「タイガ、…藤村先生が?」

 

そう。担任の藤村先生は、同じ学園の高等部の弓道部顧問をしている。そして弓道部には、桜ねーちゃんの他にも…。

 

「もしかして、士郎さんがらみ?」

「やっぱり、わかる?」

「そりゃあ、ね?」

 

苦笑いをして聞き返してくる桜ねーちゃんに、あたしはうなずき返す。

 

「なんだか先輩、急に用事が出来たとかで部活を休んだんだけど、藤村先生、先輩のお弁当を目当てにしていたみたいで」

「ごはんくんないと、暴れちゃうぞ! みたいな?」

 

なんだか、あたしと一脈通じるものがあるよーな。

 

「さすがに暴れたりはしなかったけど、おおむねそんな感じかな?」

「それで身心共に疲れ果てて、ベンチに腰かけてたと」

「正解」

 

全くタイガは。そこまでにしとけよ、藤村!

…そーいや士郎さんと先生、昔からの知り合いみたいだけど、一体どういう間柄なんだろ? こんど聞いてみよ。

 

「それにしても今日、ここで、リナちゃんに会えるとは思ってなかったな」

「うん?」

 

それってどういう…?

すると桜ねーちゃんはクスリ、と笑って言った。

 

「ちょうど一年前に、ここでリナちゃんと出会ったんだよ」

 

あ…。そうか、ちょうどあれから一年か。

 

 

 

 

≪桜side≫

一年前。中学三年生だったわたしは、その心の在り方が定まっていなかった。

全てを諦めた。それが本来の、わたしのあり方だった。その筈だった。

けれども小学六年生のある日、一人の男子生徒によって別の思いを抱くようになっていった。

家の用事で中等部の兄のもとへ赴いたとき、初めて彼を知った。

彼は放課後のグラウンドで一人、走り高跳びをしていた。バーの位置は、飛び越えるのはまず無理だろうという高さにセットされている。

それでも彼は、何度も、何度も飛び越えようとチャレンジをする。

校舎内の窓越しからそんな姿を見たわたしは、

 

−−−やめろ。

−−−−あきらめてしまえ。

 

そう、心のなかで繰り返していた。

それでも彼は、何度も何度も、何度も何度も何度でも、挑戦し続ける。

 

−−−彼は、なぜ諦めないの?

 

わたしのなかに、疑問が生まれる。この人はどうして諦めないのか。このまま続けていても跳べる見込みなんてほとんど無いというのに。

諦めない彼のその姿をわたしはずうっと見続け、そしてある瞬間、気がついてしまった。

 

−−−がんばれ!

 

いつの間にか、彼を応援していたことに。

それは、驚異であると同時に脅威でもあった。わたしの心の内に生まれた感情に対する驚きと、既に確立していたわたしの在り方が瓦解しかねない恐怖。

そんな自分に愕然としていたとき。

 

ガシャン!

 

さっきまでよりも大きな音に、意識が現実に引き戻される。

向けた視線の先には、マットの上で足をおさえている彼の姿。

このときわたしは、彼のもとへ駆けつけようとした。

けれども、校舎の外れの方から駆けつける女子生徒の姿が見えた。

 

−−−あのひとは!?

 

その女子生徒はわたしの知る人物だった。

ただ、その光景はとても信じられないもの。あのひとは、こんな些末なことに首を突っ込むようなひとではないからだ。

そして理解する。あのひとも諦めずに挑戦する彼を見て、疑問に思ってしまったのだろう。彼は何故、無駄な努力をするのかを。

そう結論付けたわたしは、踵を返してその場から立ち去った。

 

 

 

それ以降わたしは、ことある毎に中等部の前を通り、彼の姿を見かけると目で追うようになっていた。

そうしてわかったのは、それが公序良俗に反するようなことでもない限り、彼はどんな頼み事も断らないということ。そして、わたしの一つ上の先輩で、兄の親友だということ。

中等部に入学してからは、親友の妹ということもあって親しくもしてもらった。

けれども二人が高等部へ進学してからは、ポッカリと穴が開いてしまったかのように、心が淋しさに支配されてしまう。

そして。

進学すれば、また先輩と学校で会える、という気持ちと。

今のうちに、もとの自分に戻ろう、という気持ち。

この二つの気持ちが自分の中でせめぎあうようになっていった。

さらにこの頃、兄の様子が変わってきた。わたしに対して乱暴な態度をとるようになってきたのだ。

恐らくわたしが、先輩のことを尋ねていたのが面白くなかったのだろう。わたしみたいな可愛い妹が、自分の親友のことばかり聞いてくるのだ。気持ちもわからなくはないけれど。

そして。とうとうこの日、兄が爆発した。

放課後、偶々兄と一緒になったわたしは、学校での色々なことをお互いに話し合っていた。

公園に差し掛かったあたりで、先輩が兄と同じ弓道部に入ったという話を聞き。

 

「わたしも弓道、やってみようかな…」

 

そう呟いた私を、兄が力強く突き飛ばした。バランスを崩したわたしは、そのまま地面に倒れ込む。

 

「兄さん!?」

「おい、桜。それってアイツが弓道を始めたから言ってんのか?」

 

兄がわたしを見下しながら言った。兄は、わたしが慕う先輩に嫉妬していたのだ。

 

「ごめんなさい、先輩。わたしのせいで、先輩に迷惑をかけてしまったみたいです」

「桜、貴様っ!!」

 

わたしの贖罪の言葉に逆上し拳を振り上げる。

 

「ちょっとアンタ、何やってんのよ!?」

 

突如かけられた言葉に、わたしたちは振り向いた。

そこには、小等部の制服を着た鮮やかな赤毛の、10才前後の少女がいた。そう、これがわたしとリナちゃんとの邂逅。

 

「なんだ、チビ。これは僕たち兄妹の問題だ。口出ししてんじゃねーよ!」

「兄妹だからって、暴力ふるっていいってことにはなんないでしょーが! このワカメ頭!!」

 

リナちゃんは兄の独特な髪型を見てそう言ったのだろう。これ以降わたしも、心の中で毒づくときはワカメと呼ぶようにしている。

 

「てめぇ、痛い目をみたいのか!?」

「あら、やろーっての?」

 

リナちゃんはポケットに手を突っ込み、あるものを取り出す。

ホイッスル。

この地域の小学校では防犯対策として、生徒にホイッスルを配布している。

それを口許まで持ってきて、リナちゃんは言った。

 

「いま、これをここで吹いたら、素行の悪いお兄さんはどーなるのかしらねー」

「な…」

 

このとき、どちらが悪役かわからない、と思ったわたしは悪くないはずだ。

 

「アンタ、いいお兄ちゃんでいたいなら、うちに帰ってどーゆー対応をすればいいのかをじっくり考えることね」

「くぅっ、覚えてろよー!」

 

そう言って兄は走り去っていった。

 

「兄さん、雑魚キャラの捨て台詞みたい」

「お姉さん、セリフが黒いって!」

「あ…、声に出てましたか?」

「お姉さんも、けっこー大概な性格してるみたいね」

 

リナちゃんは一つタメ息を吐く。

 

「あっ、助けてくれてありがとうございます。ええと…」

「あたしはリナ。稲葉リナよ。お姉さんは?」

「わたしは間桐桜。穂群原学園中等部の三年生です」

「そう。それじゃあ桜さん。そんな地べたに座り込んだままじゃなくて、向こうのベンチに移動しない?」

「あ…」

 

わたしは顔を赤くして立ち上がった。

ベンチに腰かけたわたしたちの間に、長い沈黙が訪れる。だけど。

 

「っだあぁ! 空気が重苦しいわっ!!」

 

リナちゃんがいきなり大声をあげた。

 

「桜さん、何か話しなさいよ! 下らないことでもなんでもいーから!!」

「え、わたしがですか?」

「そーよ! あなたの、黒いのにオドオドしたその性格、心ん中に色々鬱積させてんのが原因と見た!」

「そんな、出会ってまだ間もないのに…」

「あたしの鋭い推理よ!」

 

このとき、この子は何を言ってるんだろう、そう思った。

だけど同時に、事実を言い当てていることに驚きもした。

そしてわたしはリナちゃんに促されるまま、ぽつり、ぽつりと語りだした。

最初は、それこそ他愛もないことを。けれども少しずつ、自分や家族についての悩みを打ち明けていく。

わたしは養子であること。

虐待といって差し支えのない方法で教育を受けていたこと。

それが元で全てを諦める生き方をしていたこと。

数年前に先輩と知り合ったことで考え方に変化が現れたこと。

前の考えと今の考えがせめぎあっていること。

そして、先輩を慕うことで兄との関係がギクシャクしていること。

どうしてこんな小さな子にこんな話をしているのか、自分でもどうかしてると思ったけど、話をやめる気にはどうしてもなれなかった。

それはきっとリナちゃんが、ただじっと、真剣に、わたしの話に耳を傾けていてくれたからだろう。

 

「何て言うかさ…」

 

話を終えたわたしにリナちゃんが語り始めた。

 

「桜さんはもう、昔の桜さんには戻れないんじゃないかな?」

「え?」

「だってさ。もう桜さん、諦めてないじゃない。

諦めてたら、助けたあたしにお礼を言う必要なんてなかったはずよ?

それに…」

 

リナちゃんは優しい笑顔を浮かべて。

 

「諦めた人は、こんな言葉で涙を流したりなんかしないわ」

「あ…」

 

わたしは頬に手をあて、初めて自分が涙を流していることに気がついた。

リナちゃんがわたしの頭を優しく撫でる。相手は年下なのに、それはとても心地よいものだった。

 

「んー、でも、桜さんの性格は、多少の矯正が必要な気がするわね。じゃないといずれ、ヤンデレ化しそう」

「ヤンデレ、ですか」

 

もちろん、この頃のわたしもヤンデレのことは知っていた。そして、自分の心の黒いところもわかっていたので、リナちゃんの言葉はすんなりと受け入れられた。

 

「それで、矯正ってどういった事をするんですか?」

 

わたしが恐る恐る尋ねると。

 

「あたしと友達になりましょ」

「…はい?」

「友達になって、時間が合えばいろんなトコに遊びにいく。

ようは当たり前のことを当たり前にする。今の桜さんにはそれが一番いい方法だと思う」

「そう、なんですか?」

「そうよ。桜さんは依存が強いと思うんだけど、友達と遊ぶってのは相手に任せっきりじゃ成り立たないのよ。

どこへ行きたい、何がしたいってのを話し合ったりするのも、コミュニケーションとして重要なことなの」

 

リナちゃんに言われて、わたしは自分からコミュニケーションをとることがほとんどないことに気がついた。

 

「でも、わたしなんかが友達でいいんですか?」

「違うでしょ。

あたしは桜さんと友達になりたいの!」

 

わたしの胸に、喜びが込み上げてきた。

 

「リナさん…」

「『ちゃん』でいいわよ。桜さんのほうが年上なんだから」

「…リナちゃん。友達になってくれて、ありがとう」

 

わたしはリナちゃんの手を取り、心からのお礼を口にした。

 

 

 

 

≪リナside≫

「あー、そんなこともあったわねぇ」

 

桜ねーちゃんとの思い出ばなしに、あたしは頬をポリポリと掻きながら、明後日のほうを向いて言った。

うん、自分でも顔が火照ってるのがわかる。

いやー、我ながらなかなか恥ずかしいことを言ったもんだ。

 

「でもあの頃はまだ『桜さん』って呼んでたんだよね」

「…そうだったわね」

 

桜ねーちゃんも、あたしに対して敬語だったけどね。

 

「確か『わくわくざぶーん』に遊びに行ったときだったよね。リナちゃん、うっかり『桜ねーちゃん』って」

 

うう、桜ねーちゃん、絶対あたしのことからかってる。

ちなみに「わくわくざぶーん」は、レジャー型の大型室内プールだ。

 

「桜ねーちゃんだって調子にのって、これからはそう呼ぶように言ってきたじゃない」

「だって嬉しかったんだもの」

 

だめだ。この話において、桜ねーちゃんに勝てる見込みがまるでない。なら、話を変えて…。

 

「そーいや、桜ねーちゃんが言ってた『先輩』が、まさか士郎さんだとは思わなかったわ。

それで士郎さんとの仲は、少しは進展したの?」

 

すると桜ねーちゃんの瞳からハイライトが消え。

 

「先輩は相変わらずフラグを建てまくってます」

 

いや、そこで敬語は怖いから。

 

「あ、ごめんね。べつにリナちゃんにあたってた訳じゃないから」

「うん、それはマジで勘弁だわ。

…でも、ま、桜ねーちゃんがいい意味で感情を表に出せるようになってよかったわ。まだ時々黒いけど」

「それは、リナちゃんのお陰だよ」

 

桜ねーちゃんがあたしの手を握る。

 

「ありがとう、リナちゃん」

「いいよ、別に。

友達じゃない!」

 

あたしはかつて、イリヤに言われた言葉を桜ねーちゃんに言った。

 

 

 

 

 

「それじゃあまたね」

 

桜ねーちゃんはそう言って帰っていった。あたしももう、家に帰らないと。

あたしはふと、先程の桜ねーちゃんのことを思い出す。

 

−−−そうだね!

 

あたしの言葉に、笑顔でそう答えてくれた桜ねーちゃん。

気がつくと、あたしの心はとても軽くなっていた。




リナのお陰で桜の黒さは大分ましに。
そして、リナにとってイリヤの「友達じゃない!」は、かなり心に響いていた模様。

次回、すぺしゃる4「ドラまた☆リナ おむにばす」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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すぺしゃる4・ドラまた☆リナ おむにばす

今回は短い話を三本。各話のタイトルは単なるお遊びです?


衛宮士郎

の陰謀

 

朝、6時30分を少し回ったくらい。俺、衛宮士郎はとある家の前に立っている。

塀にかこまれ、大きく立派な門を構えた日本家屋。これだけ見れば、かつてはこの地域の豪族だったって言っても通用するだろう。大きく「藤村組」なんて書かれていなければ。

そう、「藤村」である。

 

「ごめんください!」

 

俺は門の前から大きく声をかける。暫くすると門が開き、一人の男が顔を出す。

 

「おや、衛宮さんとこの士郎さん」

「朝早くからすみません。藤ねえ、じゃなくて藤村先生に用があって来ました」

「そうですか。あ、どうぞ御上がりください」

「それじゃあ失礼します」

 

俺は遠慮なく上がらせてもらう。通してもらった客間で待っていると。

 

「おう、久し振りだな」

「あ、雷画さん、お久しぶりです」

 

藤村先生の祖父、藤村雷画(ふじむら・らいが)さんがやって来た。

 

「それで、今日は何の用だ?」

「はい、じつは…」

「やっほー、おまたせ士郎!

…ってお祖父ちゃん、どうしてここに!?」

 

騒がしく現れた藤村先生が、すでに俺と会っている雷画さんにビックリしている。

 

「いや、久し振りなもんで挨拶をな」

「ははは…。あ、藤村先生、おはようございます」

「ちょっと士郎、なんでいつもどおり『藤ねえ』じゃないのよ」

「通学途中に寄ったから、一応場をわきまえてだよ。『藤ねえ』はそういうところ、気にするだろ?」

「むぅ、確かに、そーだけど」

 

普段の砕けた調子で言うと、藤村…、いや、藤ねえも納得はしてくれたみたいだ。

 

「…それで『衛宮くん』はどうしてここに?」

「はい、昨日は急用で約束が守れなかったから、お詫びにと思って」

 

そう言って俺は、持ってきた風呂敷の包みを差し出した。受け取った藤ねえは風呂敷を解く。そこには、俺が作ったぼた餅が複数のタッパーと、一つのお弁当箱に詰められて入っていた。

 

「お弁当箱に入ってるのが先生の分で、後は藤村組の皆さんに」

「わあ、士ろ…げふん。衛宮くん、ありがとね」

 

藤ねえは満面の笑顔をうかべて喜んでいる。けど、俺の用事はそれだけではない。

 

「喜んでもらえて何よりです。

…ただ、部活の指導で生徒にあたるのは、さすがに如何なものかと」

 

ピシィッ

 

一瞬にして辺りの空気が凍りつく。

 

「…おい、その話聞かせてくんねぇか?」

 

雷画さんが有無を言わせぬ雰囲気を醸し出して言う。俺は、自分が原因だからと前置きして、昨日電話で桜から聞いたことをかいつまんで話した。

 

「…ほう、そんなことが」

「あーっと、わたしそろそろ出勤の準備をしなくちゃ!」

「大河よ」

 

雷画さんがドスを利かせて。

 

「帰ったら、話がある。覚悟しとけ」

「ひいぃっ」

 

普段は孫に甘い雷画さんがにらみを利かせて放った言葉に、藤ねえはムンクの「叫び」のような表情で悲鳴をあげた。

 

「あー、じゃあ俺も学校があるので失礼します」

 

俺はそう言って席を立った。

 

 

 

 

 

玄関で靴を履いていると、雷画さんがやって来る。

 

「おう、今日はわざわざ済まなかったな」

「いえ、俺のほうこそ朝早くに突然お邪魔して、すみませんでした」

「わざわざ、この時間にしたんだろう?」

 

あ、やっぱり雷画さんは気づいてたみたいだ。

この時間帯に来れば、藤ねえには覚悟を決める時間が、雷画さんは冷静になる時間が持てる。

俺は雷画さんに、軽く笑顔だけを返した。

 

「…ああ、それからあの家はうちが管理してるが、必要ならいつでも言ってくれ。所有者はそちらのままにしてあるからな」

 

あの家というのは十年前に、オヤジが雷画さんから購入して一年ほど暮らしていた武家屋敷のことだ。

結局は今の家に移り住んだんだけど、藤ねえとはその頃からの知り合いだ。まあ、さすがにイリヤは覚えてないみたいだけど。

 

「ありがとうございます。オヤジが帰ったら、そう伝えておきます」

 

そう言って俺は、藤村組をお暇した。

 

 

 

 

 

それにしても今回は、リナちゃんに感謝だ。

じつは桜からの電話のあと、リナちゃんからも連絡が来た。桜から話を聞いて電話をくれたらしいんだけど、そのとき俺は、思わずリナちゃんに相談してしまったのだ。藤ねえに反省してもらう方法を。

はっきり言って俺がいくら言っても、藤ねえは反省した素振りしか見せないだろう。だから他の人の意見がほしかったんだ。

イリヤや桜が、リナちゃんは時々年上みたいな気がするって言ってたけど、今回その意味がわかった。リナちゃんがたてた計画は正に的を射ていたのだから。

やれやれ、今度リナちゃんに何かお礼でもしなくちゃな。

俺はそんなことを考えながら、学校へと登校するのだった。

 

 

 

 

 

稲葉リナ

の溜息

 

穂群原学園小等部。あたし、稲葉リナは体育の授業を受けていた。

 

「いっけえ、どりぃむぼぉる!」

 

すぱぁん!

 

よくわからない掛け声とは裏腹に、イリヤの投げたごく普通のストレートがキャッチャーミットに吸い込まれる。

本日はチームを別けてのソフトボール。ピッチャーのイリヤが二回表を終わって六連続三振を築いている。けど、あたしも負けてはいない。打たせて取るピッチングで一回裏を三者凡退で抑えてる。

しかしここで、一つめの障害が立ちはだかる。

美遊・エーデルフェルト。ルヴィアさんの義妹。その身体能力はイリヤをも上回る。

バッターボックスに立つ美遊に対してあたしは、緩急をつけた投球で上下左右のコースギリギリをつく。

…どうでもいいけど、審判役の美々の見極めがなかなかいい。藤村先生みたいな勢いはないけど、地味にいい仕事をしてくれる。

さて、2ボール・2ストライクまで追い込んだけど。

 

「…うん、大体わかった」

 

美遊が呟いた。ふむ、どうやら今まで、球筋やあたしの癖を見極めていたようだ。よし、それなら…。

あたしは内角ギリギリ、美遊の胸元近くに投げ込む。

 

キィ…ン!

 

美遊は腕をたたみ、上手いこと球を打ち返した。

 

パシィッ!

ずざあぁぁ

 

ライナー性の当たりを、あたしは飛び付きながらダイレクトにキャッチ、そのまま地面をスライディング。うん、いたい。

 

「嘘、どうして…」

 

美遊が驚きながらあたしを見る。でも実は、たいしたことじゃないのだ。

あたしの後ろ、二塁を守ってるのはタッツンこと龍子。いわば守備の穴になっている部分だ。

あたしのコースをついた投球で、長打を切り捨てていた美遊はその穴をねらい、捕球のしにくい、グラブをしていないあたしの右側へ打ち返したのだ。

けど、あたしはそれを読んでいた。ルビーが言うところのコチコチの頭である美遊だからこそ、想定どおりの場所を想定どおりに打ち返してくれたのだ。

まあ、それなりの代償もあったけど。

 

「いつつ…」

「リナ、膝から血が…!」

 

駆け寄った美遊が緊張した声をあげる。

 

「ああ、こんなのたいしたこと…」

「だめよ、稲葉さん。きちんと保健室へ行ってきなさい」

 

藤村先生が優しい声で言ってきた。うわあ、らしくねー。

おそらく、今晩待ち構えているだろうお説教タイムに、恐れをなして畏縮してんだろう。あたしの入れ知恵だけど。

まあ、とはいえ仕方がない。人前で治癒の術をかけるわけにもいかないし。

 

「わかりました。保健室へ行ってきます」

 

 

 

 

 

考えてみると、あたしって保健室に行ったことないのよね。ウチのクラス連中、あたしも含めて病気知らずの怪我知らずだからなぁ。多分あたしが初めてご厄介になるんじゃないかな?

 

「失礼しまーす…」

 

念のため、声のトーンを落として挨拶をする。と?

 

「あら、元気そうね。帰ってもいいわよ」

「うぉいっ! あたしは一応怪我人よ!!」

 

思わずつっこむあたし。

怪我した足を前に出し、膝っ小僧の擦り傷を見せた。

 

「…これくらいなら、唾でもつけとけば治るでしょう?」

「アンタ、まがりなりにも養護教諭(保健の先生)でしょうが!?」

「ここは保健室よ。もう少し静かにできないものかしら」

 

うあっ、この女すげぇムカつく!

 

「…まあ、いいでしょう。消毒くらいはしてあげる」

 

なんていうか、向こうの世界に結構いたよな、こーゆーひと。

とりあえずあたしは促されるままに椅子に座る。先生はオキシドールを脱脂綿に染み込ませてあたしの膝の傷口に当てる。

 

「…この泡が発生するごとに、あなたの赤血球は破壊されていくのね」

「をい。今ここで言うことか?」

 

いや、あたしも知識としては知ってるわよ? 知ってるけど、さすがにそんな言われ方したら気分を害するから。

しかしその後は、普通に治療が進んで行き。

 

「はい。これでいいわよ」

「…ありがとうございます」

 

あたしは、いまいち納得がいかないながらも、取り敢えずお礼をのべた。

 

「全く、本当に無駄な手間をかけさせてくれるわ」

「ちょっと、そんな言い方っ」

「あなたならその程度、簡単に治せるでしょうに」

 

なっ!?

 

「…アンタ、いったい何者!?」

「あら、さっきあなたが言っていたじゃない。

わたしはここ、穂群原学園初等部の養護教諭」

 

ああ、なるほど。あいつと同じって訳ね。嘘は言わないけど、それが真実ではない、と。

 

「りょーかい。今はそれでいいわ。

ところで一応名前を聞いときたいんだけど」

「…華憐よ。折手死亜華憐(おるてしあ・かれん)」

 

わざわざ、漢字で名前を書いた紙を見せて彼女は言った。てか、明らかに当て字だ。

 

「そう。それじゃあ改めて、華憐先生。怪我の手当て、ありがとうございました」

 

再びお礼を言って、あたしは保健室を後にした。

 

 

 

 

 

はあ。なんちゅーか、また厄介なのが現れたわね。

彼女の言動からすると、監視や観察が目的みたいだけど、その理由がわからない。今のところ敵対する意思が見られないのが救いか。

 

「リナ!」

「大丈夫なの?」

 

イリヤに美遊。そういやさっき、チャイムが鳴ってたっけ。

 

「大丈夫、ただのかすり傷よ。美遊はちょっと心配しすぎね」

「破傷風や溶血性連鎖球菌をなめたらいけない」

 

だから、無駄に知識が多いってば、この子。

 

「…今のところ大丈夫だから。

それより二人とも、保健室には近寄らない方がいいわよ」

「え? どして?」

「あそこの保健の先生、性格破綻者だから」

 

嘘は言ってない。

取り敢えず、なるべく二人を彼女には近づけない方がいいだろう。

でも。

折手死亜華憐。結局は、いずれ関わることになるんだろうなぁ。

あたしは一つ、タメ息をついた。

 

 

 

 

 

イリヤスフィール

の暴走

 

『イリヤさんが大好きな、お兄ちゃんについてなんですが』

 

突然切り出してきたルビーに、わたし、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンは冷静に切り返した。否定をせずに兄として好きだって。変に否定したらからかわれるっていうのはもう学習した。

 

『…士郎さんですけど、イリヤさんと似てませんよねー』

「お兄ちゃんは養子だからねー」

『はい?』

 

あれ、ルビーには話してなかったっけ?

そんなわけでアインツベルン家の家庭事情を説明すると。

 

『なんとエロい!!』

 

これだもんなー。

 

『血の繋がらないハーフ小学生妹と同棲だなんて、それこそアレなゲームでしかお目にかかれないようなレア設定ですよ!』

「妄想しすぎだって…」

 

てか、アレなゲームって…。伏せてあるけど、小学生に向かってその発言はどうなの?

それでも会話は続き、セラとリズの説明を始めたんだけど。

 

『そんな、実は何でもないような設定はいりません!

兄の話をしましょう!』

「兄のって言われても、普通のお兄ちゃんだよ」

 

そう、普通のお兄ちゃん。料理上手は変わってるかもだけど、それだってイマドキは料理男子だっているわけだし、そこまで珍しい訳じゃない。

 

『…うかうかしてると、他の方に取られちゃいますよ?』

 

……は?

 

「どゆこと?」

 

『やれやれ、気づいていませんでしたか』

 

気づいてって…?

 

『まず、凛さんとルヴィアさんですが、留学扱いで士郎さんと同じ学校に通ってるんですよ。

そして、故意か不可抗力わからないお色気ハプニングを起こしつつ、士郎さん相手にいろんなフラグを、立てまくっているとかいないとかー』

 

なにそれ、聞いてないよー!?

 

『それから、クラスメイトのゆるふわ系美少女の方とか、後輩の献身系美少女の方なんかは明らかに気がありますねー。

しかもお二方とも、いいものを持ってますよ。主に胸』

 

いや、その情報は要らないから!

 

『さらにダークホースのセラさん』

 

ファッ!?

 

「え、だって、いつもお兄ちゃんに怒ってばかりで…!?」

『嫌ですねー。好きな相手にキツくあたるなんて、おもいっきりテンプレじゃないですか』

 

い、言われてみれば確かに!?

 

『そして、忘れてならないのがイリヤさんの大親友、リナさん!』

 

そ、そうだった。リナもお兄ちゃんのこと…。

 

『このままだと、どなたかが彼女さんになるかもしれませんねー。

いや、もしかしたら士郎さんてば、同時攻略(ハーレムエンド)を狙ってくるかもー?』

 

お、お兄ちゃんは、そんなことしないよ! って声に出せない自分が悔しい。

 

『さて、イリヤさんはどうするんですかー?

ああ、でも、「普通にお兄ちゃん」ですものねー。妹がどうこう言う問題では…』

「ルビー!」

 

わたしはルビーをわしっ!と掴む。

 

「契約する前、言ってたよね。

こ、『恋の魔法』がどうたらって…」

 

そう、初めてルビーと出会ったあのとき。わたしを魔法少女に勧誘するために、こう言っていた。

 

−−−楽しいですよー、魔法少女!

−−−羽エフェクトで空を飛んだり!

−−−必殺ビームで敵を殲滅したり!

−−−恋の魔法でラブラブになったり!

 

と。

 

『…ええ。

実際には魔法ではなく魔法薬、いわゆるホレ薬の調合ができますが。

…やりますか?

 

ルビーが、ニヤリと笑った気がした。

その、悪魔の誘惑にわたしは。

 

「た、ためしにひとつ!」

 

抗うことが出来なかった。

 

「か、勘違いしないでよねっ!

これはあくまで、お兄ちゃんを魔の手から守るための行為で…!」

 

わたしは、無駄とは知りつつも、言い訳を述べる。

 

『テンプレなセリフは置いといて、さっそく準備に取りかかりましょう!

わたしのオクスリなら、士郎さんもイチコロで、メロメロでガクガクですよー!』

 

それを聞いて、ちょっびり期待してしまう自分がいる。

ごめんね、お兄ちゃん。わたし、悪い子になっちゃった。

……その後、お兄ちゃんがどうなったのかは、また別のお話です。




解説
【衛宮士郎の陰謀】
前回の後日譚。たまには大本の作品(Fate/stay night)の主人公で話を書きたかった。もちろん、性格の差異はありますが。
雷画さんの口調や大河の「お祖父ちゃん」呼びが合ってるかはわかりません。捏造です。
あと、大河はちゃんと反省しますよ? そう見えないだけで。



【稲葉リナの溜息】
リナとカレンを絡ませたくてフライング登場させました。
リナも言ってますが、スィーフィード世界にはこんな癖の強いキャラ、たくさんいますよね?
もう少しカレンの性格破綻ぶりを見せたかった…。



【イリヤスフィールの暴走】
原作の番外編の話に少しだけアレンジを加えたもの。
セラは入れるか迷いましたが、こういう説もあるので入れることに。
当初はネタで一成(いっせい)も入れようかと思いましたが、思い止まりました。
ちなみに本文に書き忘れましたが、イリヤとルビーは家の自室で会話してます。

なお、この三本それぞれに今後の伏線があります。捻ってはないので、伏線だと思ったところが伏線であってると思います(笑)。

さて、次からはついに第二部が始まります。ただ、他作品も書きたいので、少し間が空くかも(予定は未定)。

次回「イリヤスフィールの分裂」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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NEXT/2wei(ツヴァイ)!編
イリヤスフィールの分裂


ついにドラまた☆リナ、第二期の始まりです。ルビーが少しメタ発言してますが、いつものことと割り切ってください。


≪イリヤside≫

柔らかな陽射しと、小鳥のさえずり。そんな、朝の微睡みのなか。

 

「イリヤ、起きろよ。遅刻するぞ」

 

お兄ちゃんがわたしのことを起こしに来てくれた。

 

「えへへー…」

 

わたしは大胆にも、両手をお兄ちゃんの首に回す。

 

「おいおい、寝ぼけてるのか?」

「おはようの、ちゅー」

 

わたしは思いっきり甘えた声で囁き、お兄ちゃんと唇を重ねた。

………って、あれ?

わたしの意識は急速に覚醒して。その目の前には、顔を真っ赤にして涙目のミユの顔が。

 

ホびゃあああーーーッ!!!?

 

わたしはあらんばかりの大声で叫んでしまった。

 

「ごご、ごめんミユ! お兄ちゃんと間違え…、ってそーじゃなくて! 夢で! ドリームで!!」

「お、落ち着いて、イリヤ! 大丈夫、大丈夫だから!」

 

よりショックを受けたはずのミユが、わたしをなだめてくれる。うう、やっぱりミユはしっかりしてるなぁ。

 

「ご、ごめんね、ミユ」

「ううん。いきなりでびっくりしただけ」

 

謝るわたしに、この心遣いが嬉しい。

 

「でも」

 

……うん?

 

「イリヤが求めるならできる限り努力するから、次する時はちゃんと…」

「ストーーップ!!

違うから! その方向性は違うからーッ!!」

 

最近ようやく落ち着いてきたのに、ここに来てなんというミス! というか、わたしまでそういう性癖って思われたんじゃあ…。

爽やかなはずの朝が、最悪の朝になりました。

 

 

 

 

 

「いってきまーす!」

 

わたしとミユは、勢いよく家を飛び出した。

実は今日、わたしとミユは日直の日だったのだ。ミユと一緒に登校する約束をしていたわたしはしかし、しっかりと朝寝坊をした揚げ句、起こしに来てくれたミユに先ほどのゴニョゴニョである。

しかもこのままじゃ、遅刻は必至だ。わたしのせいでミユまで遅刻させるわけにはいかないよね。というわけで、仕方がないからここは…。

 

「ルビー!!」

『はいはーい! いっちょいきますかー?』

 

わたしの髪から飛び出した、携帯モードのカレイドステッキ・ルビー。

 

『仕方がありません。美遊さま、わたしたちも…』

「周りに人は、いない。今のうちだね」

 

ミユの鞄から飛び出したルビーの妹、カレイドステッキ・サファイアの言葉にミユが応えてる。

そして。ルビーとサファイアがステッキに変形して、わたしたちはそれを握りしめる。

 

『『コンパクトフルオープン!

鏡界回廊最大展開!!』』

 

呪文と共に私たちの衣装は換わる。

そしてわたしたちは上空(そら)へとかけ上った。

 

『魔法少女プリズマイリヤ&ミユ!

二期バージョン推参!!』

 

ルビーが変な決めゼリフを吐く。ってゆーか。

 

「二期ってなに?」

『お気になさらずー』

 

まったくルビーは、いつもの事ながら…。あれ?

 

「服が変わってる」

『二期ですから。……と言うか、作者が魔法少女の衣装をちゃんと表記しなかったせいで、このシーンに感慨が湧きませんよ、まったく!!』

「いや、だから二期ってなに!? とゆーか、作者とか表記ってなんのことーーーッ!?」

 

ルビーが放つあまりにも謎な言葉に、わたしはたまらず絶叫した。

 

 

 

 

≪リナside≫

「んで、ギリギリなんとか間に合ったと」

「うん、面目ない」

 

あたしはイリヤから、今朝起きた一部始終を聞いていた。と言うか、二期って一体…。まったく、マンガやアニメじゃないんだから。

 

「海いこうぜ、うみー!!」

 

おわっ、龍子!? 一体なにごと…?

 

「夏休みの予定だよ。まだ6月だってのに…」

 

あ、雀花。なるほど、そーいうこと。

 

「海? 海に行って、何するの?」

「何って泳ぐに決まってんだろが!

あ、スク水は禁止な! 各自、最高にエロい水着持参で!

うっひゃあああ!!」

 

龍子は相変わらず、いちいちがうるさい。秘密にしてなきゃ爆煙舞(バースト・ロンド)モンね。

それにしても美遊のあの発言。あれってまるで…。

 

「ミユ…、もしかして海行ったことないとか?」

 

イリヤの問いかけに、美遊はコクリとうなずいた。あ、やっぱり。

 

「じゃあ一緒に行こうよ、美遊ちゃん!」

「あんたの事だから泳ぎも速いんだろ? せっかく海が近いんだし、行かなきゃ損だよ!」

 

美々と雀花が積極的に美遊を誘ってくる。

 

「イ、イリヤとリナが行くなら…」

 

美遊が決定権をあたしたちに丸投げした。

ただ、嫌がってる雰囲気はない、というか興味はあるけど、比重はあたしたちの方に傾いてるといったとこか。じゃなきゃ、振られてもいないのに美遊があんな疑問を口にするとは思えないし。

ま、返答は当然。

 

「あたしがこーいったイベント、断るとでも?」

「うん、みんなで行こうね」

 

あたしと共に快諾するイリヤ。まあ、イベント事が好きなのは普通の小学生なら当たり前、とは言わないけど多数派(マジョリティ)ではあるからね。

……普通か。実際はとても普通じゃない環境にいるんだけどね。

イリヤと美遊は闘う魔法少女だし、あたしはルヴィアさんとこの工房で魔術の研究と魔術礼装造りに勤しんでる。

そもそもが、凛さんとルヴィアさんがカレイドステッキに見限られたりしなけりゃ、あたしたちももっと平穏に暮らしていただろう。もっともそうなると、ルヴィアさんの庇護をうけてる美遊がどうなってたかわからないけど。

そしてその美遊も、相変わらず謎が多い。どうやらクラスカードに関わりがあるらしい、というのはわかったけど、それ以外のことがまったく見えてこない。犯人とは言わないが、一連のクラスカードの事件に絡んでいるとは思うんだけど。黒化英霊に怯まない態度も異常だったし。

……英霊。

 

−−−聖杯を守り通せってことだ

 

あのときのガウリイの、あの言葉。一体、どういう意味なんだろう。カード契約の詠唱にも出てきたけど、関係はあるのだろうか。そして美遊も、それに関わっているんだろうか。

どちらにせよ、事件は恐らくまだ解決していない。いずれまた、なにがしかの動きがあるはずだ。そのときにきっと、謎は解き明かされていくに違いない。

……そうだったら、いいなー。

 

 

 

 

 

放課後。柳洞寺の特訓場に行くまでの時間潰しに、校内で少しぶらついていると。

 

「誘拐だァーーーッ!!」

 

ピイィィィーッ!!

 

龍子の絶叫と、防犯用のホイッスルの音が聞こえてきた。昇降口の近くにいたあたしは、慌てて外へ飛び出す。すると校門の前には穂群原小の四神+αがいた。

 

「ちょっと、どうしたの!?」

 

あたしが声をかけると雀花が答えた。

 

「あ、リナ。イリヤと美遊が車で拉致られた」

「なっ!!」

 

ちょと! それって大事じゃない!!

そう思ったけど、那奈亀が。

 

「でも、あの黒いリムジンは、多分美遊んとこのだと思うけど」

 

は? エーデルフェルトの? それって一体…。

あたしはしばらく考えて。

あ、魔法少女の仕事か。

ようやくその答えに行き着いた。

そうか。あたしに声がかからなかったのは多分、魔法少女の能力が必要な案件だったのだろう。とはいえ、周りの誤解を招くようなやり方はいただけない。

 

「あー、あたし、心当たりがあるから確認してくるわ」

 

いちおー、心配かけないように、誤魔化しておこう。

 

「お、そうか? じゃあ悪いけどリナ、頼まれた!」

 

雀花はそう言うと、那奈亀と共にみんなを引き連れて下校していった。

 

 

 

 

 

それからしばらくして、あたしはいつもの訓練場に来ていた。

あれ、イリヤたちを探すんじゃないの? なんて思ったやつは甘い! あんなのはただの方便である。相手がルヴィアさん、それに凛さんならば、そしてあたしは必要ないって判断されたのなら、特に心配する必要はないってこと。

それなら、完成した礼装の実験をした方が有意義ってもんだ。というわけで実験開、始…?

 

ズゴォン!!

 

突然、地面が脈動する! 地震とは違うこの揺れって、もしかして地脈の異常!?

しばらくして揺れはおさまったけど、一体何がおきたっての?

あたしが原因を調べるかどうか考え込んでいると。

 

ザザッ!

 

枝葉を掻き分ける音が聞こえて。

 

「あら、リナじゃない」

 

そこに現れたのは、セイバー戦のときに夢幻召喚(インストール)した、アーチャーの衣装に似たコスチュームのイリヤだった。ただし、なんだか全体的に偽物っぽい感じがする。表が黒、裏が赤のボロボロのマントまで羽織ってるし。

それになにより、イリヤの肌が小麦色だ。

 

「ん、リナ? 何黙りこんでるのよ」

 

……なんだろう。しゃべり方にも何か違和感が。

そして、近づいてくるイリヤを見てあたしは、少しだけ後退する。

 

「ちょっとリナ、なにを…!?」

炎の矢(フレア・アロー)!」

 

術をアレンジして三本の矢を作り、イリヤに向けて発動する!

イリヤは二本の矢をかわし、残りの一本を()()()()()()()()()()()()()()切り飛ばした。

その隙をつき、跳躍したあたしが両手に持った黒鍵でイリヤの肩口を切り裂く!? ……寸前に、あたしは黒鍵の刃を消していた。

 

ふぅ…

 

あたしは息を吐き。

 

「アンタ、もう一人のイリヤね?」

「あら、もうばれちゃった?」

 

あたしの問いを、イリヤは悪びれもせずにあっさり肯定する。

 

「アンタ、どうして…。てか、もう一人の方はどうなってんのよ?」

 

セイバー戦のときは普段のイリヤと入れ替わってたけど、今回はなんだか違う気がする。なんというか、余計な枠が取っ払われたみたいな…。

 

「あー…。()()()なら、この先の洞窟の中にまだいるんじゃない?」

 

イリヤはやって来た方を指差して言った。

ふむ、洞窟にいるってことは。

 

「アンタたち、分離したの?」

「そうみたいね」

 

やっぱり涼しい顔で言ってのける。

 

「理由は…、教えてくんないわね?」

 

確認するつもりで言ったんだけど。

 

「そうねー。……でも」

 

イリヤはあたしに近づいて、両手を首の後ろに回してくる。

 

「リナにだったら、教えてもいいわよ?」

 

イリヤは蠱惑的な笑みを浮かべ、そして。

 

チュッ

 

ンなあァァァッ!!!?

余りにものことに、一瞬思考が停止しそうになる。が、しかしこれは!

 

どぐぉっ!

 

「……ッ!!」

 

あたしの膝が腹に決まり、イリヤは身体を離す。その隙に、あたしは彼女との距離をとった。

 

「イリヤ。よくもあたしのファースト・キスを…!!」

「あら…。アッチと一緒の時を頭数に入れなければ、わたしだってファースト・キスよ」

 

やかましー。あたしには同性とチュッチュする趣味はないのよっ! ……と、心の中でツッコミを入れつつ、実際には別の言葉を紡ぐ。

 

「アンタ、それだけじゃなくって、あたしの魔力も奪ってったでしょうが」

 

そう。イリヤがしたのは、ドレインタッチならぬドレインキッス。あたしはすぐそれに気づき、イリヤに蹴りを入れたのだ。

 

「……ほーんと、リナって不思議よね。小学生とは思えない知識と技能、それに精神力まで備えてる。アナタと比べれば、美遊だって全然お子様よ?」

 

まあ、否定はできないわね。前世からも含めれば135歳な訳だし。

 

「しかも、()()()()()()()()()魔術を行使できるなんて…」

 

ん? なに? 魔術回路?

なんだかよくわからない単語が出てきたんだけど?

 

「色々気になるけど、そろそろイリヤたちも追い付きそうな頃合いだから」

「ちょっと待って!」

 

すぐにでも立ち去ろうとするイリヤを呼び止め、あたしは一つだけ質問をする。

 

「あなたはこれから、どうするつもりなの?」

 

その言葉に一瞬だけキョトンとした顔をし、次いで笑顔となりイリヤは答えた。

 

「そうね。まずはイリヤを殺すことかな?」

 

なっ!?

想定外の言葉に、あたしは絶句する。

 

「じゃ、またねー」

 

そう言ってイリヤは今度こそこの場を去っていった。

ああ、何て言うか、また一つ厄介ごとのタネが増えてしまったようだ。あたしは一つ、深いため息を吐くのだった。




イリヤの魔法少女の衣装に関しては、完全に自分のミスです。
プリズマ☆イリヤ未読で気になる方は、古本の立ち読みでいいので無印と2wei(ツヴァイ)以降を見比べてみてください。ちなみに美遊も衣装変わってます。

次回「ふたりのイリヤ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ふたりのイリヤ

なんだか最近、リナがリナちゃん目指すの諦めてるような。


≪リナside≫

朝。うーみゅ、見事なくらい目覚めが悪い。時計を見ると、いつもの起床時間から完全に寝過ごしてる。まあ、遅刻するような時間じゃないけど。

うん。原因はわかってるんだ、原因は。アレのせいでなかなか寝付けなかったからだ、間違いない。

おにょれイリヤ、許すまじ! あたしのファースト・キスを奪いおって!!

それにイリヤの命を狙うって…。一体なに考えてンのよ、イリヤはッ!

……って、なんだかイリヤ、イリヤ言ってるとワケわかんなくなりそーね。仕方ない、取り敢えず仮の名前でも付けとくか。

……黒いイリヤだからクロ! って、なんか凛さん辺りが付けそうでやだなあ。ペットじゃないんだし。でも、パッと浮かんじゃったからなー。

よし、それならチョイ足しして「クロエ」にしよう。クロエ・フォン・アインツベルン、愛称がクロ。うん、これなら外国人ぽいし可愛らしい。

はっ!? 怒ってたはずなのに、いつの間にか名前付けを楽しんでるしッ。

……魔道士は気持ちの切り替えが早い。うん、そういうことにしておこう。

 

 

 

 

 

いつもより遅めに家を出たあたしは、久しぶりに歩いて登校している。

むしろこういうときこそ走れよ! と、普通は思うだろう。あたしだってそう思う。

ただ、何となくだけど、今日は走っていかない方がいい。そんな気がしたのだ。

あたしは勘に従い歩いていく。そして、ある十字路に差し掛かったとき、左手の方から走ってくるイリヤの姿が見えた。

はて、イリヤは普段、こっちの道は通らなかったハズ。

そしてよく見ると、イリヤは大量の犬に追いかけられていた!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしは今、たくさんの犬に追いかけられています。

……なんて落ち着いてる場合じゃなーい! なに? なんで? どうしてこうなった!?

いや、こういうときだからこそ落ち着こう。なんだかさっきと言ってることが違う気がするけど、きっと考えたら敗けだわ。

ええと、事の発端は今朝、テレビでやっていた星占い。蟹座のわたしは最下位。家を出てから愚痴をこぼしてると、ルビーが簡易未来ほにゃらら…、占いモードになってわたしのことを占い始めたんだけど。

【頭上注意】…何もないとこから植木鉢が落ちてきた。

【飛び出し注意】…人の乗ってないダンプカーが突っ込んできた。そして。

【猛犬注意】…今現在です。

うん、やっぱり原因はわかりません。

うわーん! 解決策が思い付かないよぅ! なんて思ってると、わたしの進む先にリナの姿が。

 

『イリヤさん、次の予報がきましたよー』

 

へっ!?

 

『【火気注意】』

 

火の気って…。猛烈に嫌な予感がしてリナを見ると、なんか呪文を唱えてるっぽい!? ちょっと、こんなとこじゃ人目がって、そういえばさっきから人の気配がない!?

 

「バースト・ロンド!」

 

ちゅごどぉん!

 

「のひゃあああ!?」

 

キャイ〜ン…

 

「イリヤ、大丈夫?」

「大丈夫って、確かに犬たちは逃げてったけど! けっこー熱かったから、今の呪文!」

「いやー、助かったならそれでよし!」

「いや、よくないからね!?」

 

リナに冷静なツッコミを入れていると。

 

『さあ、次の予報ですよー』

 

えっ、まだ続いてたの!?

 

『【水濡れ注意】』

 

どっぱぁ!

 

水道管が破裂して大量の水が噴き出し。

 

『……からの【低温注意】』

「フリーズ・ブリッド!」

「さぶっ!」

 

水に濡れたわたしの身体を、リナの術の余波が襲う。

 

『【感電注意】』

 

電線が千切れてわたしの方へ。

 

『……に続いての【突風注意】』

「ディミルアーウィン!」

「わぴゃーッ!?」

 

電線と共にわたしは吹き飛ばされる。

 

「なんでさ」

 

わたしは思わず、お兄ちゃんの口癖を洩らしてしまった。

その後も災厄に見舞われ、ようやく校門の前にたどり着いたとき、目に写ったミユにわたしは、

 

「お、おはよう…、そして、ぐっばい」

 

これだけ言って倒れこんだ。

 

 

 

 

 

「たいした怪我はないわ。

……つまらないわね。次来るときは、半死半生の怪我をしてきなさい」

 

保健室に運び込まれたわたしは、保険の先生にこんなこと言われてしまいました。

ごめん、リナ。あのとき話し半分で聞いてたけど、この人ほんとに人間としてダメでした。

 

「まあ、気分が悪いのなら、しばらく横になるといいわ」

 

先生はそう言ってカーテンを閉める。

 

「あー、二人とも、ありがとね?」

 

ベッドに横たわったまま、わたしは二人にお礼を言った。

 

「なに言ってるの? 友達だから、あたりまえ」

 

……ミユ。

 

「いやー。イリヤのそれ、半分はあたしのせいだから…」

 

ああ、そうでしたね。

 

「イリヤ、身体は大丈夫なの?」

「平気ー、傷はどってことない」

 

尋ねてきたミユにそう返したけど。

 

「あ、そっちじゃなくて、昨日のこと」

 

あー、そうか。それもあったっけ。

 

 

 

 

 

昨日拉致られたわたしたちは、リンさんたちから地脈の正常化の指令をうけ、柳洞寺の林の奥、円蔵山の中腹にある洞窟へ向かった。

途中、リンさんとルヴィアさんが底無し沼に嵌まるっていうハプニングもありながら、たどり着いたそこで魔力を注ぐ儀式を開始。なんでも、大量の魔力を流し込んで地脈の流れを良くするってことだったらしい。

そして儀式は無事終了、と思った矢先、大きな地震が起きて天井が崩落。

そのとき、セイバー戦やアサシン戦のときと同じ感覚になって、リンさんが持ってたアーチャーのカードを夢幻召喚(インストール)、「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)」っていう光の盾で落下する岩を防いだんだけど、なんだか変な感じになって、意識が遠退いて。

崩落が収まって気がついたら、わたしは二人になってた。

その後、逃げてったそれを追いかけたらリナと遭遇、事情を説明してその日はお開きになった。

 

 

 

「……心当たりはない? あの黒いイリヤの」

「ないない、あるわけないよー。……?」

 

なんだろう、わたしの返事にミユの反応がおかしい気がする。でもそれ以上に気になったのは、ミユの後ろにいるリナが心当たりありますって表情をしたってこと。ほんの一瞬だったから、気づけたのはほんとに偶然。

ルビーが、わたしの姿をしたコスプレ少女が野に解き放たれたって騒いでる。はっきり言って由々しき事態ではあるけど、今はリナの方が気になって。

 

「ねぇ、リナ。何か知って…」

リナに問い詰めようと身体を起こした瞬間。

 

ガシャン!

どぐぉっ!!

 

窓ガラスを突き破って、サッカーボールが高速回転をしたままベッドの枕、さっきまでわたしの顔があった位置に突き刺さっていた。そして。

 

パァァン!

 

破裂したボールの一部がわたしの顔にはりつく。

…………。

 

モブバボー、ボンバーイエ!(今日はもう、早退します!)

 

 

 

 

≪リナside≫

イリヤが早退することになり、あたしと美遊はそれに付き添う形で同行する。

 

「二人まで早退することないのに」

 

ってイリヤは言うけど美遊は。

 

「普通教育の義務なんかより、イリヤの方が大事」

「……たまにミユの気持ちが重いわ」

 

ほんとに、ねえ…。

ふい、とイリヤがあたしの方を見る。

 

「ああ、あたしは寝不足の上にイリヤの災難に巻き込まれて、けっこお辛いのよ」

 

ちなみにこれは本当のこと。寝不足の体に魔法の連発はさすがにきつい…!?

 

「避けて!!」

 

美遊が叫ぶのと。

 

風裂球(エアロ・ボム)!」

 

あたしが術を完成させたのはほぼ同時だった。

()()()()()()()()飛来した()は、風裂球の風圧によって弾かれる。

でも、一瞬の間のあと、複数の矢がイリヤめがけて飛んできた。くっ、さすがに呪文が間に合わないッ!!

 

「いや〜〜〜ッッ!!?」

 

おお、相変わらず逃げ足が早い。そんなイリヤの目の前に。

 

「ほんと、逃げ足だけは速いわね、イリヤ!!」

 

あたしと同じ感想を述べる少女が降り立った。

 

「で、出たーーー!!」

『しゃべりましたよ、この黒いの!!』

 

いや、喋るでしょ。……って、そうか。クロエってば、みんなの前でなんにも言わずに逃げたわね? あたしも、「もう一人のイリヤに会った」としか言ってないし。

 

「ワタシナカマ、テキジャナイ!」

 

なんだかイリヤがコンタクトとろうとしてるみたいだけど、さすがにロリポップ・キャンディ差し出すのは相手なめすぎ。

 

すこーん!

 

「ひゃっ!?」

 

イリヤの頭めがけて投げられた白い中華剣が電柱に突き刺さるも、イリヤ自身は身体を落とすように避けて無事だった。

いやー、さすがに肝が冷えたわー。クロエの複製能力、ここまでとは思ってなかったから、つい油断した。ほんと、瞬間的に作り出せるのね。

 

「むう、また避けた。やっぱり直感と幸運ランク高いわねー。

なるべく自然にやっちゃおうと思ったんだけど…」

 

クロエの右手に黒の、左手には白の中華剣が出現する。

 

「しょうがないから直接殺すわね」

「おっと、そうはいかないわよ!」

 

あたしはイリヤとクロエの間に割って入る。

 

「……リナ、邪魔する気?」

「あたり前でしょうが! あたしはイリヤを、死なせもしないし殺させもしないから!!」

 

声を張って言うあたしに、クロエは嘲笑を浮かべた。

 

「なによ。イリヤなんて、別に助けるほどの、……ってイリヤが逃げたッ!?」

 

いつの間にか転身して上空を逃げていくイリヤと美遊。

そう。あたしはクロエの意識をこちらに向けて、二人が逃げるための時間を稼いだのだ。

 

「やってくれるわね、リナ!」

 

それだけ言うと大きく跳躍して、屋根の上を跳びはねながら追いかけていく。

さて、それじゃああたしも。

 

翔封界(レイ・ウイング)

 

空へ舞い上がり、イリヤたちの後を追いかけた。

 

 

 

 

 

郊外の林の縁まで逃げたイリヤは、電柱の上に立つクロエに魔力弾を放つ。……え? なんか前より、ずいぶんと小さくない?

 

ぺし

 

案の定、素手でクロエにあっさりと弾かれた。しかし、これってまさか…。

取り敢えずあたしは近くの枯れ木の上に降り立って、様子を伺うことにした。

その間にも、イリヤはもう一度魔力弾を射出する。先程よりも威力は上がっているものの、素手から剣に変わった程度で、やはり軽く弾かれていた。

 

『なんかイリヤさんの出力が激減してます!! めっちゃ弱くなってますよー!!』

「そう、弱くなってるんだ。当然よね。()()()()()()()()()んだもの」

 

やっぱり、そういうことか。イリヤと分離した際に魔力の源となる部分の大半を、クロエが持っていったってことね。

クロエは二振りの中華剣を構えてイリヤに襲いかかる。美遊が前に出て攻撃を放つけど、クロエはそれをあっさりとかわして懐に入り込み、美遊の両腕をがっしりと掴んだ。そして。

 

チュッ

 

……ここで百合展開!? じゃなくって例のドレイン・キッスか!

しまった! こんな事になるなら恥ずかしがらずにキスのこと言っとくべきだったわ。

魔力を吸い尽くされた美遊は、脱力して横たわる。そのほっこりした姿は…、いや、止めておこう。今のあたしはお子様なんだ。

怒ったイリヤが魔力弾を飛ばすけど、あっさりプリティピッチャー返しbyプリティサミーを喰らってしまう。

クロエはすかさず切りつけに行くけど、イリヤはルビーでそれを受け止める。

ううみゅ。そろそろ割って入った方が…、って?

イリヤは魔力を放ち、クロエはそれをかわすために距離をとる。続いて放たれた魔力弾はいつもよりやや扁平気味で。

もしかしてイリヤ…。

その予想通り、次に放たれたのは薄く引き伸ばされた斬撃。それはかつて、イリヤ自身が放ったものやセイバーが放ったものとは比べもにならないほど薄く、そして鋭いものだった。

その魔力刃をかわせずにクロエに直撃って、さすがにアレは不味いっ!あたしは木から飛び降り…、え?

そこには。袖とマント、それにブーツを除いて服が破れ落ちたクロエが立っていた。傷は見当たらないけど、その、……上下の大事な部分が丸見えである。

 

「……これじゃちょっと戦えないわね。残念」

 

……をや?

 

「今日はあなたの頑張りに免じて見逃してあげるわ」

 

ふみゅ。これって…。

 

「でも、気を抜いちゃダメよ。油断したら殺しちゃうからね? お姉ちゃん」

 

皮肉を込めた言葉を残し、クロエはこの場を立ち去る。あたしは再び翔封界を発動してその後を追いかけた。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「油断したら殺しちゃうからね? お姉ちゃん」

 

わたしに似たアレはそう言うと、何処へともなく去っていく。

 

「っていうか、その顔で、裸で街に出るなーー!!」

『コスプレ少女からストリーキングに進化しましたねぇ』

 

いや、それ、進化って言わないからッ!?

わたしがツッコミを入れようとしたそのとき。視界の片隅に上空を高速移動する何かが映り込んだ。慌てて視線を移したわたしが見たのは。

……リナ?

あいつが逃げた方へ飛んでいく、リナらしき人影? だった。

 

 

 

 

 

「はぁ…。なんかもー、すんごい疲れた…」

 

ほんとにもう、あの黒いののせいで一日無駄にした気分だわ。その何割かはリナのせいだけど。

 

「あーあ、蟹座は運勢最悪って本当だったわー」

「え……、イリヤ蟹座なの?」

 

ほえっ?

 

「わたしも…、わたしも、蟹座」

 

あー、んー……。

 

「そっか…。ミユも最悪だったよね」

「ううん、意外と悪くは…」

「意外とッ!?」

 

あうう〜、ミユぅ。これ以上そっちの世界にはいかないで。お願いぷりーず。

わたしは心の底からそう思いました。




リナのクロエ呼び、口には出しません。あくまで区別するために、心の中で呼んでいるだけです。

次回「黒イリヤ捕獲計画」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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黒イリヤ捕獲計画

なんだか筆が進まない。


≪リナside≫

クロエ襲撃の翌日。あたしたちは例によってルヴィアさんちに来ていた。イリヤは初めてらしく、屋敷の中をキョロキョロと見回している。

さて、あたしたちが何でここに集まったのかと言えば。

 

「というわけで、対策会議よ!」

 

メイド服姿の凛さんが、【黒イリヤについて】と書かれたホワイトボードをバン! と叩きながら言った。だがしかし。

 

美遊(ミユ)も紅茶の淹れ方がわかってきたようですわね」

「ありがとうございます」

 

うん、見事なくらい緊張感がない。凛さんが、

 

「ちゃんと聞けー!」

 

って騒いでるけど、気持ちはわかる。あたしもそうゆー意味では、旅の相棒に恵まれてなかったからなー。

もっともルヴィアさんの場合は。

 

「悠長に構えてられないわよ! 一般人(イリヤたち)を巻き込んだことは協会に報告してないのに、こんな異常事態…。

バレたらただじゃ済まないわ!」

 

これにはルヴィアさんもため息を一つ。そう、さっきのはある意味での、現実逃避だったってわけだ。

 

「で、さしあたっての問題だけど…」

「リンさん、ちょっと待って」

 

およ、イリヤ?

 

「なに? どうしたの?」

「ええと、昨日アレが逃げたあとなんだけど。リナ、あいつのこと追いかけてったよね?」

 

おおう、しっかり見られてたか。

 

「成る程ねえ。

リナ、なにか知ってるなら今のうちに吐いちゃいなさい」

 

うーん、別に隠す気もないんだけど…。

 

「わかったわ。たいした話じゃないけどね」

 

あたしはクロエを追いかけた顛末を話し始めた。

 

 

 

 

 

−−−あたしが黒イリヤを追いかけていると、少し行った先の屋根の上、そこで彼女は立ち止まり、くるりと振り返った。

あたしは一つ隣の屋根の上に降り、風の結界を解除する。うん、やっぱりか。

 

「アンタ、服が元通りじゃない?」

 

(ほつ)れ一つないその衣装に身を包む黒イリヤに、あたしは思わずツッコミを入れる。

 

「なに? わたしがあのまま街中に出るとでも?」

「いやー、あたしはてっきりストリーキングか、羞恥心を快楽として楽しむドM女かと」

「あんたねぇ…」

 

青筋たてて怒る黒イリヤに、あたしは真面目な口調で尋ねた。

 

「ねえ、あなた。イリヤを殺すって言ってたけど、ほんとは少し迷ってんじゃないの?」

 

この言葉に、彼女は身体をぴくり、と反応させる。

 

「……何の根拠があって言ってるのかしら?」

「だって服は簡単に直せるし、本気で殺したいなら見逃す必要なんてないじゃない」

 

黒イリヤは呆気にとられた顔をしてる。そう、彼女は言ってることとやってることが、所々チグハグなのだ。

 

「そっか、気づかなかった。わたしにも迷いがあったんだ。

……でも! イリヤの命を狙うのは止めないわよ?」

 

まあ、そんな簡単にいくとは思っちゃいない。イリヤを殺したいってのも嘘ではないだろう。なので。

 

「アンタがイリヤの命を狙うんなら、あたしは全力で阻止させてもらうわ。……ただし」

「ただし…?」

「アンタらのどちらかが窮地に追い込まれるまでは、基本手出ししない中立の立場をとらせてもらうわ。例外もあるだろうけど」

 

黒イリヤが目を丸くしてる。彼女にとっては予想外だったんだろう。

 

「いいの?」

「ま、形はどうあれ、ぶつかり合うのは大事よ?」

「成る程、ね。

でも、リナが見てないところで事を済ませるかも知れないわよ?」

 

黒イリヤの眼光が鋭くなる。だけど。

 

「美遊の目を掻い潜って? 結構難しいと思うけど。

それにあたしだって考えてる事もあるしね」

「ハァ…、わかった。それでいいわよ」

 

黒イリヤは諦めたのか、降参とばかりに軽く両手を挙げて言った。

 

「ま、今日は約束だからこのまま引き下がるけど、明日以降は覚悟しとけって言っといて」

「ん、りょーかい」

 

 

 

 

 

「……ってな感じね」

 

あたしが話し終えると。

 

「わたし、その伝言聞いてないんだけどッ!?」

「やーねぇ、イリヤ。今言ったじゃない?」

「わたしの安否は話のついで!?」

 

いやまあ、確かに、元々会議の合間に挟み込むつもりだったし、ついでって言われたらその通りなんだけど。

 

「大丈夫、イリヤはわたしが守るから」

「うう、ミユが頼もしいよぅ」

 

……おや? なんだか昨日から、あたしの株が下がってない?

 

「ほら、あんたたち。話をもとに戻すわよ」

 

凛さんが手を叩いて話の軌道修正をする。

 

「黒イリヤの目的はリナの話の通りとして、問題はイリヤね。

この状況の中、何故か弱体化してる、と」

 

まあ、予想は出来てるんだけどね。ただ、どうしてそうなったのかがわからない。おそらくイリヤ自身の秘密と、アーチャーのカードが関わっているんだろうけど。

 

「作戦を決めましょう。……とは言っても、イリヤが狙われている以上やることは一つ。

黒イリヤを捕獲する!」

 

 

 

 

 

で! 所変わって柳洞寺傍の林の中。イリヤは魔術処理を施された帯でぐるぐる巻きにされ、うつ伏せの状態で木からぶら下げられていた。

 

「なんでーーー!?」

 

イリヤは叫ぶけど、助けに入る人は誰もいない。むしろ。

 

「ふっ、完璧ね!」

 

少し離れた茂みから覗き見ていた凛さんが、確信を持って言った。

 

「本当に効果あるんでしょうか…」

「餌で釣るのは単純かつ効率的なやり方よ」

 

美遊の疑問に凛さんは自信をもって答える。

 

「ヤツの狙いがイリヤなら、たとえ罠とわかってても無視できないはず。保険として料理も置いておいたし」

「フ…、貴女の案に乗るのは癪ですけど、完璧な作戦ですわ」

 

うわぁ、バカだ。バカが二人もいるよ。

……とは言うものの、クロエがこの状況を無視できないであろうことも事実で、そのうちどこかから…。

 

パキッ

 

ってもう来たーッ!?

現れたクロエは、イリヤを観察しながらぐるぐると歩き回って。

 

「なんかあからさまに罠すぎて、リアクションとりづらいわ…」

「「ちいぃっ、バレたか!」」

「「当然よ(です)!」」

 

ほぞを噛む魔術師二人につっこむ、あたしと美遊。むしろ、バレるの前提の罠だと思ってたんだけどっ!

 

「まぁ、いいか。いじらしく台本考えたんでしょ?

乗ってあげるわ!!」

来たーーー(フィーーッシュ)!!」

 

クロエが斬りかかろうとしたその時、凛さんが手にした帯を思いきり引っ張った。するとイリヤを拘束していた帯はほどけ、中に潜んでいたルビーによって魔法少女に転身。一方のクロエは、帯にがんじがらめにされる、が。

 

すぱぱっ!

 

やはりというか、帯を切り裂きあっさりと脱け出した。しかしすかさず。

 

Zeichen(サイン)−−−!見えざる鉛鎖の楔(ファオストデア・シュベーアクラフト)!!」

 

ルヴィアさんが魔術で動きを封じた。

 

「重力系の捕縛陣ね。

……でも、バーサーカーの時のに比べたら、随分と(ランク)が落ちるわ!」

 

ごぎゃがっ!!

 

なっ、発生させた魔力の塊を叩きつけて、展開してる魔法陣を地面ごと破壊だと!? あたしも結構強引な手を使ったりするけど、クロエも大概よね。

こうして拘束を断ち切ったクロエに。

 

「今全力の、散弾!!」

 

上空から、クロエを囲むように魔力の散弾を放つイリヤ。でも、そのやり方じゃクロエには通じない!

爆煙からクロエの背後に飛び出した美遊が歪な形の短剣を突き刺そうとするが、それを難なくかわしてその腕を掴み、動きを封じる。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)か…。魔力で構成されたモノ・契約すべてを破壊する宝具…。

さすがミユ。いきなりウィークポイント突いてくるね」

 

!! 初見で宝具の真名や特徴を見抜いた?

 

パキン!

 

キャスターのカードが排出され、サファイアは元のステッキに戻る。美遊は慌てて距離をとった。

 

「なんですの、この対応力は!?」

「まるで予知能力者(ウォッチャー)だわ」

 

予知? 冗談じゃない。あの子は()()()()()()()()戦ってるだけ、黒化英霊とは違うのだ。この辺り、実戦経験の少なさが如実に表れてる。イリヤも散弾を当てるつもりで撃たなきゃ、目眩ましってバレるのも仕方がない。

 

「すっごいキモい!」

 

……は?

イリヤ、今なんて…。

 

「キモいとはなんだーー!!」

 

クロエが怒って、イリヤに剣を投げた。

いや、なんかよーわからんうちに、イリヤがクロエを煽ってるし。

 

「やるしかないわね!」

Zeichen(サイン)−−−!」

 

凛さん、ルヴィアさんが茂みから飛び出して攻撃を仕掛けようとする。でもそれを阻止するため、クロエはさっきの帯を拾い上げ魔力を通し、二人に投げつけて拘束した。

 

「うそっ!? 拘束帯を逆利用されたっ!?」

「ああっ、なんか既視感(デジャブ)が…!」

 

既視感って、前にも似たようなことでもあったんだろうか?

いや、そんなことはどうでもいい。今はイリヤとクロエの戦いの行方だ。

 

速射(シュート)!!」

 

イリヤを守るために美遊が魔力弾を連射するが、クロエはそれをかわしていく。

 

投影(トレース)偽・射殺す百頭(フェイク/ナインライブス)

 

岩で出来た巨大な剣を作り出し、それを盾として美遊へと強引に詰め寄る。美遊は距離を取ろうと後退しながら砲撃を放つが、いつの間にかクロエがうしろに、って転移魔術(空間渡り)!?

ともかくクロエは、不意を突いて美遊からサファイアを奪い取ると、白い中華剣で遠くへと打ち飛ばした。

 

「カレイドの弱点そのいち。接近戦。

そしてそのに…」

「あ…」

 

普段着姿に戻ってしまう美遊。

 

「ステッキが手から離れて30秒経つか、もしくはマスターと50m以上離れると転身解除。

ちゃんと握ってなきゃダメじゃない、ミユ」

 

ほう、そんな弱点があったのか。まあ、あたしの場合はゲスト認証だったから、それほど気にする事じゃなかったけどね?

 

「おまたせ、イリヤ。ようやく相手してあげられるわ」

 

正面に向き直って告げると、イリヤはペタンと座り込んでしまった。

むぅ、これはさすがに…。

 

 

 

 

≪クロエside≫

イリヤは地面に座り込み、身を震わせるだけで、なんの行動も起こさない。

 

「待ちなさい!」

 

リナが重い腰をあげ、わたしの前に出ようとしてる。でもここで邪魔されるわけにもいかないので。

 

投影開始(トレース・オン)

 

しゅたたたたっ!

 

投影した複数の大きな剣を、リナを中心に取り囲むように突き立てた。

 

「リナ。しばらく大人しくしててね」

 

リナの動きを封じて、わたしはイリヤのもとへ歩みを進める。リナやリンが檄を飛ばすけど、立ち上がる素振りすら見せない。まあ、イリヤのことだから、打つ手なしで諦めたってとこ…。

 

……ずっぽん!

 

へ……?

 

「諦める。そう思ったでしょ?」

 

イリヤ!?

 

「よっしゃあああーッ!!!」

 

リンとルヴィアが絶叫しながら拘束帯を引き千切った。

 

『まさかこの最終トラップを、本当に使うことになるとは…』

 

これは、この間あの二人が嵌まった底無し沼!? 地面に擬態させてたのね!

 

「くっ、こんなもの…っ!」

 

剣を投影しようと魔力を集中させようとして…、発動しない?

 

「剣を出現させてたのは、やはり魔術の一種だったようね」

「何をしようと無駄ですわよ」

 

勝ち誇った顔で見下ろす二人。奥の方では、剣の檻を抜け出したリナが困った笑顔を浮かべている。

 

「五大元素全ての性質を、不活性状態で練り込んだ完全秩序(コスモス)の沼!

[何物にも成らない]終末の泥の中では、あらゆる魔術は起動しない!!」

 

五大…、そうか。リンは五大元素使い(アベレージ・ワン)か!

 

「間抜けなトラップだと思うでしょうけど…。

それに嵌まった時点で、貴女の負けは確定したのですわ」

 

そして、少しの間があって。

 

「オーーッホッホッホ!!

間抜け!! 間抜けですわー!」

「今時底無し沼にハマるなんて、こっちこそリアクションに困るわーーッ!!」

 

くうぅ、この二人には笑われたくないけど、罠に嵌まってしまったのは事実。言い返したくても言い返せないッ!! あ、何だか涙が滲んできた。

なんかリナに、

 

「その涙目、なかなかかわいーじゃない」

 

なんて言われてちょっと嬉しかったりもしたけど、同時にしっかりと心は折られて。

 

「うわあああ……ん」

 

わたしは思いきり泣いてしまった。

……その後、イリヤに手出ししないと約束させられて、ようやくわたしは沼から引っ張り出してもらえた。

 

 

 

 

≪third person≫

冬木から遠く離れた異国の地。街灯りが望める夜の丘の上にたたずむ、一組の男女。

 

「どうした、アイリ」

 

煙草を燻らせつつ、ベンツェを挟んだ反対側に立つ女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルンに男、衛宮切嗣が問いかける。

 

「んー、何となくだけど」

 

軽く前置きをして。

 

「海の向こうで、イリヤがまたややこしい事態に巻き込まれてる気がするわー」

「ああ?

二週間くらい前にもそんなこと言って日本へ帰ったな。キミとイリヤの感応は、距離では減衰しないのか?」

 

携帯灰皿に吸い殻を入れながら、再び尋ねた。

 

「そんな大したものじゃありません。

でも、そうね。距離は関係ないわ。これは−−−」

 

アイリはくるりと振り返り。

 

母親(ママ)のカン、よ」

 

ひとつ、ウィンクをして言った。




今回のサブタイトル
エヴァンゲリオンの「人類補完計画」から

実は最後の切嗣・アイリのパートは入れなくても問題ないんですが、ただでさえ少ない切嗣の出番を削るのは忍びなかったので入れました。

次回「イリヤちゃんパニック!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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イリヤちゃんパニック!

今回の話、原作2話分が一本にまとまってます。はしょってる部分があるとはいえ、よくまとまったなぁ。


≪リナside≫

「さて、それじゃあ尋問を始めましょうか」

 

ルヴィア邸の地下倉庫の一つ。十字形の拘束具に磔にされたクロエの前で、凛さんが言い放った。

 

「この扱いはあんまりじゃない?」

 

異議を申し立てるクロエ。

 

「抗魔布の拘束帯まで持ち出して…。ここまでしなくても危害を加えたりしないわよ。……イリヤ以外には」

「それが問題なんでしょーッ!?」

 

イリヤは至極当然なツッコミを入れ、あたしたち外野人もあきれた目で見る。まあ、こんな事でぶれるような子じゃないのは、この数日でわかってはいるけど。

そんな中、凛さんが尋問を開始する。

 

「まずはそうね。貴女の名前を教えてもらおうかしら?」

「イリヤだけど。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」

「貴女の目的はなんなの?」

「イリヤを殺すことかなー」

「なら、自分の首でも絞めればいいでしょ」

「わたしじゃなくって、あっちのイリヤだってば」

 

見事なまでの水掛け論である。ま、凛さんたちがイリヤの肩を持っている段階で、こうなるのは目に見えていたことだ。

 

「ああもう、どっちもイリヤじゃややこしい!

えーと黒…、クロ! 黒いイリヤだから、クロでいいわ!」

 

うわ、ホントにクロって付けやがった。クロエも「猫か!」とか言ってるし。さすがにここは。

 

「ちょっと凛さん、いくらなんでもクロは酷いって。せめてクロエとかにしない? それで愛称がクロ」

 

すると凛さんがジト目でこちらを見て。

 

「あんた、実はこっそり名前つけてたでしょ?」

 

なっ、バレただとッ!?

 

「認めたくはないけど、あんたってわたしと似てるところがあるからね」

 

あー、やっぱ向こうもそう思ってたか。

 

「……話が逸れたわね。

それで、イリヤを殺そうとする理由はなに? まさかオリジナルを消して、わたしが本物になるー、とか?」

「あれ、よくわかったわね。まあ、おおむねそんな感じ?」

 

ふみゅ。嘘は言ってなさそうだけど、鵜呑みに出来るような回答でもないわね。なんというか、ホントの理由の延長線上に今の答えがあるみたいな?

 

「……貴女は何者なの?」

 

それは…。

あたしは、彼女もイリヤであると確信してる。でも同時に、イリヤとは別の存在であるとも思ってる。そういった意味では、確かに気にはなるけど…。

 

「核心部分? ネタバレはまだ早いんじゃないかなぁ」

 

ま、そうなるよね。

 

「……でもリナになら、話してもいいかな?」

「……は? こないだもそんなこと言ってたけど、どうしてあたしだけ…」

 

するとクロエは、いとおし気にあたしを見つめ。

 

「リナが好きだからに決まってるじゃない」

 

…………はい?

 

「少なくとも、わたしを理解してくれてるのはリナだけだもの」

「えーっと、それってリナのことがLIKEってことよね?」

「LOVEよ」

 

戸惑いながら尋ねる凛さんに、クロエはしれっと答えた。っていうか、ちょっと、LOVEって一体!?

イリヤを見ると、顔を赤くしながらパニック状態になってるし、美遊はやや期待した眼差しを向けている。

 

「ク、クロエ? アンタ、そっちの趣味が…!?」

「やーねえ、本来のわたしはノーマルよ。リナは特別」

 

あたしの問いにきっぱりと答えるけど、そんな特別なら要らないやい。

 

「まあ、あんたの趣味はこの際どうでもいいわ」

 

いや、よくないからッ!

 

「他のことはまたいずれ聞くとして、今はイリヤに関する抑止力を作っておきましょうか」

 

凛さんの宣言を合図に、ルヴィアさんがイリヤを羽交い締めにする。そして身動きのとれないイリヤに、注射器を構えた凛さんが近づいて行き。

 

「いあーーーーーッッ!!?」

 

うん、ご愁傷さま。あと凛さん、注射器の扱いは医療行為だよ?

そんな心の声には当然気づきもせず、凛さんは血をシャーレに取り出し、呪文を唱えながらクロエのおなかに紋章を描く。そしてルヴィアさんがイリヤの腕を取り、その掌を紋章部分に押し当てる。するとクロエを中心とした魔法陣が輝き…。

これって、血液を触媒にした呪術よね。クロエも同様の疑問を投げかける。

 

「イリヤ」

 

凛さんの呼びかけにイリヤが近づくと。

 

ごすっ!

 

「「あだっ!?」」

 

頭にゲンコツをくらったイリヤだけでなく、クロエも同時に痛がった。さらにほっぺたをつねられたり、腕の関節をきめられたりする度に、クロエも悶絶している。つまりこれって…。

 

「痛覚共有。ただし、一方的な、ね!」

「やってくれたわね…」

主人(マスター)が感じた肉体的な痛みをそのまま奴隷(サーヴァント)に伝え、主人(マスター)が死ねばその『死』すらも伝える」

「そう。つまりこれで、貴女はイリヤスフィールの肉奴隷ということですわ!!」

 

いや、それは違うから。

しかしなるほど。確かにこれは、立派な抑止力だ。もっとも、『死』はおそらくブラフだろうけど。この儀式レベルでは、死まで伝えられるほど強力な呪いは与えられないだろう。

ともかくこれで、イリヤが殺される危険は減ったはずだ。

 

 

 

 

 

状況は一応の安定をみせ、イリヤはルヴィア邸を後にする。そしてあたしは。

 

稲葉リナ(イナバリナ)。貴女はクロのことを、以前から存じ上げてましたの?」

 

ルヴィアさんに問い詰められていた。まあ、クロエのあの態度を見たら、そんな疑念が出てくるのも当然だろう。

 

「少し前に、ちょっとした切っ掛けでね。でも、まともに会話したのは分離した後よ?」

 

詳しい経緯は伏せたまま、当たり障りのないことを告げる。

 

「そう、ですか…」

 

あたしにこれ以上、説明の意思がないのがわかったのだろう。ルヴィアさんは黙って考え込む。と、そこへ。

 

「ルヴィアさん! クロの姿が消えました!!」

 

美遊が血相を変えてそう告げる。

しかし、凛さんとルヴィアさんの封印結界には齟齬はみられなかったってのに、こうもあっさりと脱け出すとは。

ともかくあたしたちは、凛さんも引き連れて、クロエが向かったであろうイリヤの家へ乗り込む。と、玄関を上がった所で、イリヤが足先を押さえ横たわり、身体を丸めてピクピクと震えている。

 

「……何してるの?」

「……角に、小指をッ」

 

凛さんの問いに答えるイリヤ。どうやらクロエがここに来たのは、間違いないようだ。

二人の魔術師はルビーに促されてリビングへと突入する。

 

「えっ、と、遠坂? ルヴィアも」

「衛宮くん…?」

「シェロ…」

 

え、士郎さんと二人は知り合いなの?

 

「ごめんね、衛宮くん! ちょっとイリヤ借りていくわ!!」

「ごめんあそばせー!」

「な、なんだよ、そりゃあ!?」

 

凛さんがクロエを担いで、ルヴィアさんと共に戸を潜り抜ける。あたしたちが慌てて扉を閉めた所へ士郎さんが顔を出した。

 

「あれ、イリヤ? それにリナちゃん?」

 

ふぅ、ギリギリセーフね。

 

「遠坂とルヴィアはどこ行ったんだ?

いや、その前に、二人は知り合いだったのか?」

「あははー! いやぁ、ちょっと…」

 

イリヤが一所懸命誤魔化してると、士郎さんが美遊へと視線を移して。

 

「ん? 君は?」

 

そうか。士郎さんと美遊は初顔合わせか。……ん? 美遊?

 

「お兄ちゃん…?」

「「は…?」」

 

あたしとイリヤは、思わず間の抜けた声をあげてしまった。

 

「え? ああ、うん。イリヤの兄です、けど?

君は、イリヤの友達?」

 

いや、明らかに「お兄ちゃん」のニュアンスが違うでしょうが。相変わらず、変なとこで鈍感ですね!?

一方の美遊は表情が固まっている。というか、感情を圧し殺してるように見える。

 

「はい。クラスメイトの美遊といいます」

 

んー、やっぱり、美遊の態度がおかしいわね。何ていうか、出会った頃の、他人と壁を作ってた頃を()()()()()()()()()()()感じである。

 

「はじめまして。俺は衛宮士郎。苗字は違うけど、イリヤの兄だよ」

「失礼しました。わたしの兄に…、似ていたもので…」

「そっか、君にもお兄さんが…」

 

……ホントに、そうなんだろうか。次の瞬間には、その疑惑に拍車をかけることになる。美遊が士郎さんの胸に飛び込んだのだ。

わずか数秒の後、そっと身体を離し。

 

「失礼します」

 

そう言い残して、イリヤの家を後にした。

 

ごりゅッ!

 

あたしが士郎さんの右、イリヤが左の脇腹に拳を入れる。

 

「おぼッ!? ……なんでさ?」

 

……何でだろ?

 

 

 

 

 

翌日、いつもの通り走って校門の前まで来ると、大きなリムジンから降りてくるイリヤと美遊の姿が見えた。どうやらイリヤも、ルヴィアさんに送ってもらったらしい。

あたしたちは、三人揃って教室へ向かったんだけど。

 

「「「イリヤアアアッ!!」」」

 

穂群原小の四神(三人)が本気で怒りながら、イリヤに詰め寄る。そしてイリヤに怒りのたけをぶち撒けてきた。

 

「なに、なんの話!?

わたし、なんかしたっけ!?」

「「「なんか、だと?

人に無理やりチューしといて、すっとぼけてんじゃねぇーーーッ!!」」」

「はーーーっ!!?」

 

三人にチューだって? それってまさか…。

 

「ちゅー…? 無理やり…?

3…、4マタ…?」

「ミユ、誤解しな…、なんで3から4に増えたの!?」

 

ダメだ、美遊は思考がピンク色になって使い物にならない。

 

「だいたいわたし、今来たばっかで…」

 

とすっ!

 

後ずさるイリヤにぶつかったのは。

 

「……イリヤちゃん?」

「あ、せんせ…」

「わたし、ファーストキスだったの…。責任とってくれる…?」

 

タイガもかぁぁぁッ!?

くっ、仕方がない。これ以上被害が増える前に、犯人を確保しないとッ!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしは逃げた。身に覚えのないことに責め立てられての逃亡だった。ミユがみんなを食い止めるために残ってくれたのには、感謝をしてもしきれない。

そしてわたしは屋上へと身を躍らせる。

 

「ねぇ、ルビー…。この、ちゅー騒ぎって、もしかして…」

 

息を整えながらルビーに疑問をぶつけてみる。

 

『昨日の今日ですし、ありえますね』

 

だよね。やっぱりこれって…。

 

「イ、イリヤちゃん…?」

 

はえっ!?

 

「イリヤちゃん、どうしたの? なんか怖いよ…」

「ふふ…、でも逃げないのね、ミミは」

 

やっぱりコイツかーーーッ!!

またこのパターン!? 一体何が目的なのよ、アイツはーーッ!!

 

『なんか着々と、イリヤさんの生活が壊されてきてますねー』

 

そうだよ! 昨日だってお兄ちゃんに、あんなに迫ってたりして! このうえ、兄妹の仲だけじゃなくて友達との関係まで破壊するつもりなの、アイツはッ!

なんて考えてるうちに、ミミに迫っていたアレは彼女の唇を奪い、濃厚なキスをして見せた。

 

「ふう…、やっぱり一般人じゃ、何人吸ってもあんまり溜まらないなぁ…」

「この、名誉毀損変態女ーッ!!」

 

どぐぅぉっ!!

 

わたしはあらんかぎりの力を込めて、アイツを思いきり蹴り飛ばす!

そして倒れてるミミの様子をみてみると、完全に気を失っていた。

 

「……そんなにすごいちゅーなの!?」

「急激な魔力低下によるショック症状よ。すぐ治るわ」

 

わたしの疑問にアイツが答える。

 

「魔力低下…?」

『なるほど。単なるキス魔かと思ってましたが、魔力を吸い取ってたんですねー』

「そういうこと。

昨日の戦闘でちょっと使いすぎちゃったからねー」

 

魔力の吸収…。でもどうして?

 

「魔力を溜めて何するつもり?

−−−ルビー!」

 

わたしは魔法少女に転身して彼女に言い放つ。

 

「いい加減にして! あなたが現れてからロクなことがないわ。お兄ちゃんも、友達も、ミユも…。

これ以上、わたしの日常を壊さないで!!」

「……与えられた日常を甘受してるだけのくせに。

悪いことは全部わたしのせい。わかりやすくていいわね」

 

胸の奥がズキリとした。うん、そうなのかもしれない。わたしはみんなのお陰で、平穏な日常を過ごしている。

あの日、リナから助言をもらってなかったら。ただ、逃げた気持ちのままだったら。

わたしは彼女の言葉の意味を、考えようともしなかったかもしれない。

 

「確かに、()()の言う通りかもしれない」

 

わたしが名前で呼んだことに驚いたんだろう。ぴくりと身体を震わせた。

 

「でも、まだわたしには、どうしてクロがそんなこと言うのかがわからないの。

だからお願い、今はルヴィアさんのところに戻って」

「……ほんと、アナタがすんなり認めたことには驚いたわ。でも、だからって、はいそうですかっていくと思う?」

「クロッ!」

 

うぅ、どうしてわかってくれないの!?

 

投影(トレース)…」

 

実はリンさんからランサーのカードを預かってるんだけど、これって加減ができないんだよね? そんなの使ったら、クロが…。

 

がごん!

 

「ダスト・チップ!」

 

重い扉が開く音、そして突然のかけ声と共に、キラキラした無数の粒が現れて、クロに向かって襲いかかった。

 

「あだだだっ…!?」

 

よっぽど痛かったんだろう、クロが悲鳴をあげる。わたしは声のした方、すぐ右を見た。

 

「リナ」

「ちょっとリナ、ギリギリまで手出ししないんじゃなかったの!?」

「あのねぇ、ここは学校よ? それにもう…」

 

わたしに近づきながらクロに向かって話していると。

 

ダダダ……

ずでどしゃっ!

 

階段を駆け上がる音と、出入り口で倒れこむ音がして…ッ!?

 

「イリ…ヤ…?」

 

なあああ…ッ! み、みんな!?

 

「なんだ、そのかっこー!?」

「学校でコスプレ!? そんな素敵な趣味が…!」

「え、て言うか、イリヤが二人…?」

 

アアアアッッッ! ど、どーすれバインダー!!!?

 

こほん!

 

突然の咳払いのあとにクロは言った。

 

「皆さん、お騒がせしてごめんなさい。

わたしはクロエ・フォン・アインツベルン。イリヤの従妹です」

 

なん、だと?

 

「来週から転校してくる予定なのでその下見に、と思ったんですが、日本じゃ挨拶がちょっと過激だったみたい」

 

コイツ、言うに事欠いて、転校だとォッ!? こら、リナ! クロエって名乗ったのが嬉しいからって、ニコニコしてんじゃなーい!!

……くうぅッ、とりあえず今は、一度逃げてから考えよう!!

 

「あっ、イリヤが脱兎のごとく…!」

 

ごめん、みんな。どうか今は、一人にさせてください。




今回のサブタイトル
竹本泉「あおいちゃんパニック!」から

というわけで、拗らせたのはクロでした。ちなみに原作通り、士郎LOVEでもあります。
そしてこの回で、イリヤの意識の変化が出てきました。とは言っても、原作よりも考えることをする、というものですが。

次回「リナのアトリエ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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リナのアトリエ

今回は一部、感想に書かれていたことを踏まえた説明回です。


≪third person≫

「どーゆーことっ!!」

 

ばんっ!!

 

イリヤが掌を、力強くテーブルに叩きつける。

 

「なんでちゃんと閉じ込めておかなかったの!?」

「な、なんですの?」

 

ここはルヴィア邸の客間。下校してきたルヴィアの姿が見えた瞬間、イリヤのこの発言である。

 

「今日、クロが学校に現れたんです。イリヤの従妹を名乗って、来週転校してくるとまで…」

「さらにあたしたちの友達や先生にまでキスしまくってねー」

 

美遊とリナが説明をする。ルヴィアは嘆息し応えた。

 

「地下倉庫の物理的・魔術的施錠は完全でしたわ」

「なら、どうして!」

(わたくし)が知りたいですわ。どれほど厳重に閉じ込めても、あの子はそれを容易く破る。一体どうやって…」

 

ルヴィアが疑問を口にすると。

 

「もともと、監禁なんてする必要ないんじゃない?」

「クロ!?」

 

いつの間にかクロがテーブルに着き、桃を食していた。

 

「わたしは呪いのせいでイリヤには手出しできないし、誰かに害意があるわけでもないわ。

わたしはただ、普通の生活がしてみたいだけ。10歳の女の子として普通に学校に通う…。そのくらいは、叶えてくれてもいいんじゃない?」

「むうぅ…」

 

先ほど学校でクロの言葉を肯定してしまった手前、イリヤは強く言い返せない。

 

「……いいでしょう。

許可なく屋敷を出ないこと。

他人に危害を加えないこと。

あくまでイリヤの従妹として振る舞うこと。

約束できるかしら?」

「もちろん。それで学校に行けるなら」

 

提示された条件を、クロは素直に受け入れた。

 

「〜〜〜〜〜〜!」

 

学園生活を荒らされたくはないが、クロの気持ちも否定できないイリヤは、モヤモヤした気持ちをどうしたらいいのかがわからなくなってしまう。と。

 

ポフッ

 

イリヤの頭の上に、リナが軽く掌を乗せる。

 

「イリヤ、よく文句とか言わなかったわね」

「……だって、クロは普通の生活に憧れてるんだなー、ってのは何となくわかるから」

 

自分と成り代わってまで手にしたかった日常。クロが言っていた甘受された日常を過ごす身では、おそらく理解が及ばないことだろう。

だからこそ、自分が許容できることなら、クロのワガママを聞いてあげてもいいんじゃないか。イリヤはそう思い始めていた。

そんな様子を優しい眼差しで見つめていたリナは。

 

ぐゎしぐゎし!

 

置いたままの手で、イリヤの髪をグシャグシャにする。

 

「わひゃあ! ちょっとリナ、何すんの!?」

「んー、何となく?」

「ちょっとぉ、何となくって…」

 

ルヴィアはしばらくの間そんな二人を暖かく見守っていたが、目を閉じると意識を切り替えてオーギュストを呼び、言った。

 

「(戸籍・身分証のでっち上げと転入手続きを。美遊(ミユ)の時と同じですわ)」

「(承知しました。14時間で終わらせましょう)」

「なんか犯罪臭のする会話がっ!?」

 

ボソボソと会話する二人にイリヤがツッコミをいれる。

しかし、その会話に疑問を持つ者もいた。

 

(美遊の時と…)

(……同じ?)

 

リナとクロだ。二人はルヴィアたちの会話を聞き逃したりはしなかった。

 

(ルヴィアさんが言ってることが本当なら、美遊は戸籍がなかったってこと?)

(ミユ、あなたは一体…)

 

二人は美遊に視線を移し、物思いに耽った。

 

 

 

 

≪リナside≫

「ええっと、じゃあわたし、そろそろ帰るね」

 

そう言ってイリヤは扉へ向かおうとする。

 

「あ、ちょっと待って。

ルビー、それとサファイア。あたしの研究について、ちょっとばかし相談したいことがあるの。一緒に魔術工房(アトリエ)に来てくんない?」

『わたしたちですか?』

『別に構いませんが…』

 

ルビーとサファイアがひょっこりと現れた。

 

「ありがと。じゃあイリヤに美遊、二人を借りるわね」

「「うん」」

 

二人一緒に頷いた。ほんと、仲がいいわね。

 

「あとクロエ。勝手に中に入ってきたら、嫌いになるからね?」

「! わかってるわよ!」

 

うん、いい子だ。もちろん「嫌いになる」は嘘だし、クロエだってわかってはいるだろうけど、彼女だって無駄にあたしの機嫌を損ねたくはないハズ。勝手に入り込むようなことはないだろう。

 

「そんなわけで、工房借りるわね」

 

ルヴィアさんに一言断りを入れてから、工房へと向かう。

入り口の扉を閉めたあと、一応念のために。

 

封錠(ロック)

 

さすがに今回は、込み入った話をするからね。

 

『それでリナさま、相談とはどういったことでしょうか?』

『研究について…、だけではないんでしょう?』

「話が早いわね」

 

ルビーが言うとおり、二人には聞きたいことがあったのだ。もちろん、研究についての相談も本当のことではあるが、それは話の最後で事足りることだ。

ということで、まずは…。

 

「…ねえ、魔術回路ってなに? 分離したクロエと初めて会ったときに、彼女が言ってたのよ。あたしには魔術回路が無いって」

 

そう。クロエに言われたこの言葉、ずっと気になってはいた。

もちろん凛さんやルヴィアさんに聞くことも出来たけど、内容があたしの秘密に関わっているので、やっぱり躊躇してしまったのだ。

 

『リナさま、それについてはわたしが説明いたします』

 

おや、無口なサファイアが説明を請け負ってくるとは珍しい。

 

『魔術回路。それは魔力の生成、伝達、発動を行うために不可欠な、擬似神経経路です。これは魂に刻まれ、その本数や太さによって魔力量や能力に影響します』

「てことは、あたしが異世界からの転生者だから魔術回路が無かったってことか」

『それは、考えられますが…』

『実は、それだけじゃないんですよねー』

 

それだけじゃない?

 

『イレギュラーのカードを回収する際に、リナさまはわたしの力を借りましたね?』

「うん、そーだったね」

『その際にリナさまの身体をリサーチしました』

「……まあ、魔術運用の関係上、仕方がないでしょ」

『その結果、確かに魔術回路は存在しませんでしたが、その痕跡は確認できました』

「へ?」

『リナさん、なにか心当たりはありませんかー?』

 

心当たりと言われても…。

もしかしたらあたしが知らないだけで、向こうの人たちにも魔術回路があったとか? いや、それならあたしの痕跡ってのが説明つかないか。

……おや、待てよ? もしかしたら…。

 

「あたし、転生する前に[混沌の海]でこの身体の本来の持ち主、『稲葉リナちゃん』と出会ってるんだけど、消失する寸前にあたしの中に入ってきてるのよ。

その時にリナちゃんの記憶が流れ込んできたんだけど、もしかしたらそれと同時に、リナちゃんの魔術回路があたしに取り込まれたんじゃ…?」

『なるほど。リナさんに取り込まれた魔術回路は、吸収されて痕跡のみを残していると?』

『ですが、開いてもいない未発達な魔術回路では、吸収されれば痕跡すら残さないと思われますが…』

 

開いていない、てのは使える状態になってないってとこか。

 

「実は、少し前から思ってることがあんだけど。

リナちゃんってもしかしたら、魔力の暴走が原因で亡くなったんじゃないのかなって…」

『!? リナさん、どういった経緯でそう思われたんですか?』

 

ルビーが尋ねてきたけど、多分思い当たることがあるんだろう。どちらかというと、その確認をしてるような気がする。

 

「セイバー戦の後の、イリヤの発熱よ」

 

みんなにはナイショだけど、セラさん、リズさんとイリヤのことについて話し合ったときに、ふと思いついた着想だ。

 

「[混沌の海]でリナちゃんは苦しかったって言ってたけど、流れ込んできた記憶による擬似体験だと苦しいだけじゃなく、身体中が痛くて高熱も出していたわ。

それで質問なんだけど、魔術の知識がない小さな子供が、何かの弾みで全ての魔術回路が開いたとしたら、その子はどうなる?」

 

あたしの質問に二人はわずかの間黙り、やがてルビーが答えた。

 

『魔術回路の量にもよりますが、おそらくリナさんが言った症状を起こし、最悪死に至るでしょう』

 

ルビーの言葉には、いつものおちゃらけた雰囲気はなく、いたってシリアスである。

 

「そう。じゃあやっぱり…」

『推測の域を出ませんが、おそらくそういうことなんでしょうね』

 

むみゅうぅ、「魔術回路について」から、少し重たい話になってしまった。

ええい、次、次!

 

「気をとりなおして次の質問行くけど、あたしがアンタら使ったとき衣装替え無しの転身してたけど、あれってなにか意図でもあったの?」

 

サファイアはまだしも、魔法少女について散々語りまくっているルビーが、なんの理由もなく衣装替え無しを選ぶとは考えにくい。

 

『あー、いえ、それは単純にして深い理由があるんですよー』

 

いつもの軽い口調に戻りルビーが答えた。

 

『簡潔に言えば、リナさんに対して時空レベルでの阻害がされてますね』

 

時空レベルって、また随分と壮大な…。

 

『おそらくリナさまと[混沌の海]との繋がりが、わたしたちカレイドステッキの機能の一部を阻害しているものと思われます』

『リナさんは云わば根源接続者のようなものですからね』

 

……根源接続者? またわからん単語が出てきたぞ?

 

「えーと、根源接続者ってなに?」

『ああ、すみません。リナさんはご存知ありませんよねー』

 

……なんかムカつく言い方なんだけど。

 

『根源とは、枝葉のように広がる世界の源。根源接続者は、生まれながらに根源に到っている者です』

「……ちょい待て、サファイア。『枝葉のように広がる世界の源』って、まさか…」

『リナさんがお気づきのとおりでしょうね。リナさんの前世の世界における[混沌の海]と、在り方としては類似、もしくは同種だと思われますねー。

ちなみに後天的に到った者は、根源到達者と言います』

 

なるほどね。あたしは憑依転生とはいえ、この世界に生を受けたときから[混沌の海]と繋がっていたから、根源接続者()()()()()()って訳か。

しかしそのおかげで、あんな自殺モノの格好をしなくて済んだんだから、世の中なにが幸いするかわからないものだ。

 

「おっけー、今のとこ確認しときたいのはこんなもんね。

てなわけで、ここからは本当に研究について相談したいことよ」

 

あたしは意識を切り替えて言った。ちなみにイリヤにクロエ、美遊の謎に関しては、いくら議論しても正解がわからないので、ここでは取り上げない。

 

『リナさま。わたしたちに相談とは、如何なることでしょうか?』

『ちなみにスリーサイズはヒ・ミ・ツ、ですよー?』

 

ずべしっ!

 

あたしの右チョップがルビーにきまった!

 

『っったいですねー!?』

「まずは見てもらいたいものがあんだけど」

『無視ですかーッ!?』

 

コイツ(ルビー)と言い合ってたら、時間がいくらあっても足んなくなる。彼女には悪いけど、関係ない話は無視することにする。

 

コトッ…

 

あたしは、二つの宝石の呪符(ジュエルズ・タリスマン)をテーブルの上に置いた。

 

『これは…?』

『なんだか複雑な魔法陣が組み込まれてますねー』

「ま、見てなさい」

 

言ってあたしは、宝玉に向かって小さく呪文を唱える。そして片方を口許まで持ってきて。

 

「もしもし、聞こえる?」

『もしもし、聞こえる?』

 

あたしが発した言葉が、もう片方の宝玉から聞こえた。

 

『これは、通話のための魔術礼装でしょうか?』

「ええ、そうよ。向こうの世界に『レグルス盤』っていう同じ効果のアイテムがあるんだけど、それを模して造ったものよ」

 

とはいっても、別にレグルス盤を解析したことがある訳じゃない。これは同じ効果を求めて造り上げた、あたしのオリジナルである。

 

『それで、わたしたちに相談ってなんですかー? 当然、その礼装に関わってるんでしょうけど』

「ええ。これ自体は、この工房が提供される以前に作成したものなんだけどね。

それで相談ってのは、この礼装と同じ効果のものを、こっちの魔術を応用して作成したいのよ」

『え…、あの、リナさま。その礼装はすでに、アイテムとして完成されてると思われるのですが』

 

サファイアが驚きの声をあげる。声には出さないけど、ルビーも驚いてるようだ。

確かに実際に使用してみても、別になんの問題もないんだけど。

 

「んー…、アンタたち。これの術式って、読み込んで使用すること出来る?」

『ええ、まあ、出来ますけど?』

「それじゃあ読み込んだ後、その術式で会話してくんない?」

『はあ、わかりました。……サファイアちゃん』

『はい、姉さん』

 

二人は宝玉から術式を読み取り、通話を試みるけど。

 

『『〈ざーーー…〉』』

「……やっぱり繋がんないみたいね」

 

どうやらあたしの立てた仮説は正しかったみたいだ。

何故あたしが向こうの術を使えるかアメリアから聞いて以来、可能性として考えていたことなのだが、あたしが作成した礼装はあたし同様、[混沌の海]を通してのバックアップがあるらしい。それは即ち、他の魔術師(誰か)があたしの作成アイテムを模倣しても、全く意味を成さないということ。

あたしはそれを二人に伝えた。

 

『なるほど、そういうことでしたか。ですが、その礼装自体に問題はないんですよね?』

「そーなんだけど、使うときに呪文を唱えなきゃなんないのよ、これ。それじゃあイリヤたちに持たせるには不便でしょ?」

『あー、そういうことでしたかー』

『確かに、リナさまとの魔術的通信手段は、確保しておいた方が懸命だと思われます』

 

そうなのだ。ただの通信ならケータイで充分だけど、例えば翔封界(レイ・ウイング)を使用中だとそういう訳にもいかない。戦闘中などもっての他だ。

 

「そんなわけで、協力頼めないかな?」

『そういうことでしたら、喜んで協力いたします』

『いやー、ここから始まる【リナのアトリエ〜冬木の錬金術士〜】ですか』

 

……なんじゃそりゃ? あたしは錬金術士じゃないし。

 

『これでサブタイトル回収ですよー!』

 

うみゅう、相変わらずよーわからんやつだ。

あたしは小さくため息をついた。




今回のサブタイトル
ゲーム「アトリエシリーズ」から

あとがき書き忘れてたのであらためて。
今回は伏線の一部を回収した説明回ですね。ようやくリナが衣装替えなしの転身をしてた理由を書けました。
ちなみにリナちゃんが死んだ理由は、リナとほぼ同じタイミング(セラ・リズとの会話のあたり)で気がつきました(笑)。

次回「彼女にボールを持たせるな!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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彼女にボールを持たせるな!

【衛宮さんちの今日のごはん】読んでたら、大河の祖父の呼び方が「お祖父様」だった。
でも直さない。だって面倒臭いし、第一「お祖父ちゃん」の方が呼び方かわいいじゃん(開き直り)。


≪美遊side≫

週も変わり、月曜日。

 

「クロエ・フォン・アインツベルンです。クロって呼んでね♪」

 

クロはわたしたちのクラスに転入してきた。おそらくルヴィアさんの指示で、そうなるように根回しをしたんだろう。監視の意味を含めて…。

 

「あ、席は一番うしろ。美遊ちゃんの隣ね」

「はーい」

 

藤村先生の指示に元気よく返事を返すクロ。

 

「今日からよろしくねー、ミユちゃん」

 

席についたクロがわたしに挨拶をする。

……ええと、この席順は流石に偶然だよね?

 

 

 

 

 

「よーう、クロちゃん。ちょーっと、ツラ貸してくれんかいのぅ?」

 

体育の着替え中、龍子がドスを聞かせた声でクロに声をかけた。すぐ後ろでは雀花と那奈亀も、怒りを込めた眼差しでクロをにらみつけている。

 

「え、なに。イジメ?」

「イジメじゃねー! 尊厳をかけた果たし合いだ!!」

 

クロは自分の仕出かしたことに、罪悪感を感じたりはしないんだろうか?

 

「先週、俺たちの唇を根こそぎ奪いやがって!

くっ…、いずれ時がきたら、兄貴に捧げる予定だったのに!!」

「うわっ。そうだったのか、タッツン!! イリヤと同じだな!!」

「なに言ってんの!? なに言ってんの!!?」

 

龍子の爆弾発言に、雀花のイリヤを絡めた突っ込み、それに対してテンパるイリヤ。こういうのを俗に、カオスになるって言うんだろう。

 

「初ちゅーの弔い合戦だ!!

ショーブしろ、コノヤロー!!」

 

龍子がクロを指差し宣戦布告をした。

 

 

 

 

 

グランドに出たわたしたちは、消石灰でラインを引いて作ったコートの中にいた。

 

「何かと思えば、ドッジボールか…」

 

それはそうだ。体育の授業で格闘技みたいなもの、するはずもない。

それよりも気になるのは…。

 

「なんでわたしまで…」

「ちょっと、あたしまで巻き込まないでほしいんだけど?」

 

イリヤ、リナ、そしてわたしがクロのチームにいることだ。

 

「クロ組 VS 初ちゅー奪われまし隊! 勝負は一回きりだよ!

負けた方は勝った方の舎弟になること!!

公序良俗に反しない限り、命令には絶対服従!!

アーユー オーケイ!?」

 

雀花が宣誓する。でも、勝手にクロのチームに組み込まれても…。

 

「うーん…。どっちかってぇと、あたしもそっちなんだけどねー」

 

……え? 今なんて!?

 

「え? え!? どーいうこと!?」

「いやー、クロエと林の中で遭遇したあの日に、不意を突かれてね…」

 

イリヤの疑問に、リナは疲れた笑顔を浮かべてそう答えた。

そうか。あの日、そんなことがあったのか。

わたしはユラリと歩き出し、コートのセンターラインを越えていく。

 

「ちょっと、ミユ!?」

 

クロが声をかけるけど、そんなものに答える気はない。

 

「美遊・エーデルフェルト、初ちゅー奪われまし隊に助太刀します」

「「「おおー!!」」」

 

わたしの言葉に三人は歓喜の声を上げる。

 

「美遊がこっちについてくれれば百人力だ!」

「打倒クロも夢じゃないな!」

「オウ、美遊吉! 俺の足を引っ張んなよ!!」

「……うるさい。あなたはどこか行っててくれる?」

 

わたしが龍子を睨み付けながら言うと、彼女は涙目になり、コートの一番うしろへと移動していった。

 

「……まあ、ミユがそっちにつくって言うんなら仕方ないけど。

それであなたたちは、何を命令するつもりなの?」

「……給食のプリン」

 

落ち込んでても主張する龍子は、ある意味すごいと思う。

 

「宿題写させて」

 

那奈亀、宿題は自分でやらなきゃ意味がないと思うけど?

 

「夏コミでファンネルになって」

 

なにそれ!? 雀花って何者!!?

 

「ま、いいんじゃない?

それでミユはどうなの?」

 

わたし? わたしの望みは、そう。

 

「わたしが勝ったら、イリヤとリナ、そしてわたしには一生関わらないで!」

 

辺りに、暫しの沈黙が訪れる。

 

「……いきなり重い展開がきたけど、ま、いいわ。

じゃあ、わたしが勝ったら全員、一日一回キスさせて」

 

なっ、魔力供給が目的!?

 

「クロエって、本来はノーマルとか言ってたけど…」

「ほんとにそっちの気があるんじゃない!?」

 

リナとイリヤがひそひそと会話してるけど、全然内緒話になっていない。

しかし、そっちの気…、性的趣向によるもの。リナのこともあるし、あながち否定も出来ない。

 

「くっ、公序良俗に反しまくってる気もするが…」

 

雀花がジャージを脱ぎ捨て。

 

「栗原雀花!!」

「嶽間沢龍子!!」

「森山那奈亀!!」

「「「穂群原小(ホムショー)の四神とは俺たちのことだー!!」」」

 

四神…、そうか。雀花が朱雀、龍子が青竜、那奈亀が玄武を…、あれ?

 

「白虎は?」

 

クロがわたしの疑問を代弁するかのように尋ねると三人は黙り込んでしまう。と、そこへ。

 

「虎を…、ご所望かい?

初ちゅー奪われまし隊隊員No.4!! 藤村大河、参戦するわよ! コンチクショー!!」

 

藤村先生が仲間に加わった。

 

「[冬木の虎]が参戦か。相手にとって不足なしね」

「[冬木の虎]って言うなー!」

「どうでもいいけど、人数比がひどくない?」

「このくらいちょうどいいハンデよ」

 

リナの発言を撤回するよう藤村先生は申し立て、イリヤの呟きに問題ないと言い退けるクロ。

……うん。

 

「あの、いい加減始めない?」

 

いつまでも始まらない試合に、わたしはいい加減突っ込んだ。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

ミユの突っ込みで、いい加減勝負が始まることになった。

審判はミミ。

 

「それじゃあ試合開始! ボールは初ちゅー隊からです」

 

略した!?

ま、まあ、[初ちゅー奪われまし隊]じゃ長すぎるもんね?

 

「先手必勝ー!!」

 

タツコがわたしめがけてボールを投げる。けど、

 

ぱしっ

 

わたしは軽く、ボールをキャッチした。

 

「あ、あれ?」

 

こうもあっさり取られるなんて、思わなかったんだろう。タツコが驚いた表情を見せた。

ボールをタツコに投げ返す。これで一人、って思ったんだけど。

 

パシィッ!!

 

タツコの前に飛び出した先生が、ボールをしっかりとキャッチした。

 

「ふふん。小学生にしては、なかなかの球を放るわね。でも、手を抜いた球じゃ先生には通用しないわよ?」

 

ぐぬぬっ、なんか悔しい!

 

「そしてリナちゃん、隙あり!!」

 

先生は大人気もなく全力投球、リナはキャッチ出来る体勢じゃない。

でも、リナの戦いを見てきたわたしにはわかる。これって、わざと隙を見せたんだ。

その予想の通り、リナは身を屈めてボールをかわし、そのすぐ後ろにいたクロがキャッチ。それを流れるようなフォームで先生に投げ返し。

 

ずめりっ!

 

「タイガァー!?」

「先生アウトー。外野にまわってください」

 

先生の顔面に直撃して、仰向けに倒れた。意外と冷静なミミはおいといて。

 

「(ク、クロ! もう少し力、抑えてよ!)」

「(むー、めんどくさいなぁ)」

 

小声で注意すると、愚痴をこぼしながらも右手を軽くあげて、オーケイのサインを出してくれた。

 

「おのれ、タイガの仇ーッ!!」

 

タツコがクロに向かってボールを投げるけど、それもあっさりキャッチ。それをタツコに投げ返し。

 

ボヘン!

 

やっぱり顔面に直撃。いくら顔面セーフのルールが無いからって、結構エグいと思う。

ちなみにボールは、スズカがノーバンキャッチしたからタツコはセーフだ。

……こうして見てると、クロは普通に授業を楽しんでる。

わたしの命を狙ったり、友達や先生にキスして魔力集めたりと問題行動も多いけど、こういうとこは普通に子供なんだなーとも思う。

そんなことを考えてる間にも、わたしとリナでナナキとスズカを撃退した。と、そこで。

 

「……大体わかった」

 

今まで沈黙を守ってたミユが、ボールを拾い上げてずいっと前に出てきた。

 

「うーみゅ…。どうやらあたしたちの戦いかたを、ずっと観察してたみたいね」

 

なっ、だからさっきから避けてばかりだったんだ!?

 

「沈めーッ!!」

 

ミユにしては珍しい、激しい口調でボールを投げる。

 

ズドンッ!!

 

「なによ、これ!?」

 

ミユの普通じゃ考えられない速球を止めたクロが声を漏らす。

 

「卑怯とか言わないでね。あなた自信が反則みたいなものだから」

 

そう言ったミユの髪には蝶の髪飾り。つまりは衣装替えなしの転身をしてるってことで。

 

「いいわ。それならこっちも遠慮なく…!!」

 

クロはミユに向かって全力で投げ返した。それを止めたミユは、さらにクロへボールを投げ返す。

えーと、なんだかわたしたち、蚊帳の外なんですけど?

 

「貴女が現れてからイリヤとリナが迷惑を被ってばかり!」

「まあ、否定はできないわね!」

 

ミユとクロは互いに言い争いながら、交互にボールを投げ合っている。

 

「貴女さえいなければ、今ごろわたしたちは平穏に暮らしてたのに!」

「平穏、ねえ…。貴女にそれを言う資格はあるのかしらね!!」

 

え? それってどういう…!?

 

「うるさいっ! 貴女なんていなければ…ッ!!」

 

一瞬、クロが寂しそうな表情を浮かべて固まった。その瞬間、わたしは無意識にクロの前に躍り出て。

 

ずばごぉん!!

 

ミユが投げたボールを顔面にくらって、わたしの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

≪third person≫

美遊が投げたボールを顔面にくらったイリヤは吹っ飛ばされ、後ろにいたクロエを巻き込んで倒れ込んだ。

 

「おい、イリヤ、クロ! 大丈夫か!?」

 

雀花たちが慌てて駆け寄る中、美遊は呆然と突っ立っている。そんな彼女のもとへ、リナが近づいていく。

 

「どうしたの、美遊?」

 

半ば答えはわかっているものの、あえて尋ねるリナ。

 

「リナ…。イリヤはどうしてクロを庇ったの? あんなにひどい目にあわされていたのに。それにリナだって…」

「まぁ、確かに? あたしのファーストキスを奪ったのは根に持ってるけど」

 

フッと微笑み。

 

「クロエのことは好きだから」

 

そしてすぐに、もちろん友達としてだから、と付け加える。

 

「……じゃあ、イリヤも?」

「イリヤは違うんじゃない? あの子は、クロエのことをただ否定するんじゃなくて、一生懸命理解しようとしてんだと思う」

(ちょっと前のイリヤだったら、クロエのことを全否定してそうだけどね)

 

リナは心の中で思うが、口には出さない。

 

「だから美遊も、仲良くしろとは言わないから、目の敵にするのは止めたげて。あなたに否定されてクロエ、寂しそうな顔してたわよ」

「え…」

 

さっきまで頭に血が上っていた美遊は、リナに言われて初めてその事を知った。

 

「イリヤも、あんな顔を見たから、思わず庇っちゃったんでしょうね」

 

そして倒れている二人をちらりと見たリナは。

 

「ま、結局は痛覚共有のせいで、ダブルノックダウンだけどね」

 

言って、軽くため息をつく。

 

「おい、リナ、美遊! 二人を保健室に連れてくから手伝ってくれ!」

「ん、わかったー」

 

リナは雀花に返事をして駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

−−−ヤ

−−リヤ

 

遠くで誰かが、自分を呼んでいる。そう感じたイリヤは、うっすらと目を開いた。

 

「イリヤ、気がついたか」

「お兄ちゃん!?」

 

驚いたイリヤは、がばっと身を起こす。

 

「体育の授業中に倒れたって聞いてさ。びっくりしたよ」

(あ。クロをかばって気絶しちゃったのか)

 

何が起きたのかを思い出したイリヤ。

 

「でも、たいしたことはないみたいだな。うん、よかった」

「心配かけてごめんね?」

(そういえば、結局クロにもダメージいっちゃったんだよね? あとで謝らないと…)

 

痛覚共有のことを思い出したイリヤは、クロエを庇ったことが結果的にはなんの役にもたたなかったことを思い、少しだけ落ち込んだ。

 

「ん? どうかしたのか?」

「あ、ううん。なんでもない!」

 

沈んだ表情を見て尋ねる士郎に、慌ててかぶりを降るイリヤ。

 

「そうか?

ま、ともかく、顔は大切にしろよ。女の子なんだからさ」

「はーい」

 

心配してくれる兄に、返事を返す妹。

その様子を、仕切りのカーテン越しに聞いているのは美遊。

 

「どうする? セラに電話して迎えに来てもらうか?」

「いいって、そんな。過保護すぎー」

 

聞こえてくる会話に少しだけ寂しげな表情を浮かべ、美遊は部屋を出る。

すると、扉のすぐ横の壁に背中を預け、やはり寂しげな表情を浮かべるクロエの姿があった。

彼女は美遊に目を向けることもなく、踵を返し去っていく。美遊はその姿を、黙って見送ることしか出来なかった。




今回のサブタイトル
TV版プリティサミーのサブタイトルから

というわけで、クロと対立する相手を原作と変えました。本来の相手は、リナの心の声でわかりますね。
ちなみに今回の美遊は、拗らせ行動じゃありません。クロに対する鬱憤が、リナの疲れた笑顔で爆発したと捉えてください。
ルビーが何にも行動を起こさなかったのは、美遊が敵対して何も言わなくても面白い展開になりそうだったので静観した、と。相変わらず性格の悪い人工天然精霊です。

次回「華憐先生は動かない」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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華憐先生は動かない

今回は短め。
前回のイリヤが、気を失ってる間のお話です。


≪third person≫

初夏の陽射しと爽やかなそよ風。校庭では、授業でサッカーを楽しむ生徒たちの姿が見える。

そんな日常の中、保健室のデスクで緑茶を飲み干し、ひとつ息を吐いた折手死亜華憐がつぶやいた。

 

「…………暇ね。

危篤状態の重病人でも、運ばれてこないかしら」

 

……相変わらずの性格破綻ぶりである。と、そこへ。

 

どどどどどっ!

ガラガラッ!!

 

「せんせー、助けてーッ!!」

「ボールぶち当たったイリヤが目を覚まさないんだー!!」

「あと、巻き添えくらったクロも!!」

 

勢いよく保健室に入ってきて、龍子、雀花、那奈亀が助けを求めた。

 

 

 

 

 

「つまらないわね。ただの軽い打撲。外傷らしい外傷もないわ」

 

治療を終わらせた華憐は、本当につまらなそうに言う。

 

「じゃあ、なんで気絶してるんだ?」

 

タツコが尋ねると。

 

「脳…卒中…、じゃなくて、脳震盪(のうしんとう)…?

頭打ってどうこうなる系の、そんな感じのやつでしょう?」

「こいつ本当に保健の先生か!?」

 

あの龍子がなんと、ツッコミ役に回っている。

 

「大事はないと思うし、あったとしてもわたしには関係ないわ」

「いや、もう人としてダメだ!」

 

那奈亀の発言に、何を今さらという表情のリナと美遊。

 

「いいからもう出て行きなさい。健康で元気な人間を見てると、吐き気がする」

「学校はなんでこんなのを雇ったんだ!?」

 

龍子が叫ぶ中、華憐は自在ぼうきの先を押し付けながら、みんなを部屋から追い出した。

 

 

 

 

 

「全く、何なんだ? あの保健医は!?」

 

廊下を歩きながら、雀花は憤慨していた。

 

「折手死亜華憐。性格破綻者よ」

「おるて…? なんか変な名前だなー」

 

雀花の疑問にリナが答えると、華憐の苗字に那奈亀が突っ込んだ。

 

「ま、特に用事でもない限り、関わらないのがいいわね」

「リナの言うとおり。あの人は得体が知れない」

「ははは! 得体が知れないなら、俺たちで暴いていけばいいじゃねーか!」

「「「「うん、がんばって」」」」

 

龍子以外の全員が声をそろえて言った。触らぬ神に祟りなし。もっとも、神は神でも疫病神だが。

 

「え? え?」

 

まさか孤立無援となるとは思ってなかったのか、龍子は狼狽している。

 

「さて、いい加減授業に戻らないとな」

「あ、ごめん雀花。あたしやっぱり、イリヤが気になるから」

「わたしも」

 

雀花に断りを入れる、リナと美遊。

 

「よし、それなら俺…も……」

 

龍子が共に戻ろうとしたが、美遊の冷めた視線にトーンダウンする。

 

「ほら、オメーはジャマだってさ」

 

那奈亀は言うと、龍子の襟首を片手で掴み引っ張っていく。

 

「じゃあリナたちも、あの先生には深入りしないようにな。

……って、タッツンじゃねーんだから心配ないか」

 

言って雀花は小さく手を挙げる。

 

「りょーかい」

「うん。気をつける」

 

二人は返事を返すと方向転換して、再び保健室へと向かった。

 

 

 

少し時間を戻し、リナたちを追い出した直後の保健室。華憐は治療のための長椅子へと向き。

 

「さて、そっちの貴女はどうするの? 休みたいなら、ベッドは勝手に使っていいけど」

 

すでに意識を取り戻していたクロエに尋ねた。

 

「遠慮するわ。今はまだ、イリヤと二人きりでいる気はないもの」

「あら、意味深な言い回しね。見た目がよく似ているけど、双子かしら?

……不思議ね。傷の位置も形も全く一緒。双子というよりまるで、合わせ鏡の像みたい」

「……従妹よ」

 

華憐の鋭い指摘に、いつもの設定を口にする。

 

「授業に戻るわ。お邪魔しました」

 

クロエは立ち上がり、扉に向かって歩き出す。

 

「本当に休まなくていいの?

……健気なことね。そんな、存在してる(生きてる)ことが奇跡みたいな状態なのに」

「!」

 

クロエは驚愕する。彼女は一体、どこまで自分のことを知っているのか。

 

「……あなた、どこの人間?」

 

クロエは華憐を睨み付ける。

 

「どこ? ここよ。穂群原学園初等部の養護教諭。

……前にも似たことを答えたわね。ああ、そう。あの赤毛の子に言ったのだったわ」

「リナのこと!?」

 

聞き返すがそれには答えず、すました顔で話を続ける。

 

「まぁ、貴女が大丈夫って言うならそれでいいわ」

 

言いながら華憐は、淹れた緑茶に角砂糖を入れていく。予想外のことにクロエの目が見開かれる。

 

「貴女の自由は侵さないわ。貴女がわたしの自由を侵さない限り、ね」

 

最終的に、入れた角砂糖の数は6個。それにはさすがに驚愕の表情を見せるクロエだが、一つ息を吐き意識を切り替えた。

 

「わかったわ。あなたは保健の先生。わたしはイリヤの従妹」

「そういうこと。それじゃあ、お大事に」

 

華憐の言葉を背に、クロエは保健室をあとにする。

 

カララ…

 

「「あ…」」

 

聞こえてきた声に視線を移すと、廊下(そこ)にはリナと美遊が立っていた。

クロエは一つ息を吐き。

 

「あの教諭にはあまり近づかない方がいいわよ。見透かされたくないことがあるなら」

 

そしてふと思い出したクロエは。

 

「そうそう、リナ。あの教諭、性格破綻だけじゃなくて味覚もぶっ壊れてるわよ? 緑茶に角砂糖を6個も入れてたし」

「リンディ艦長!?」

 

リナの謎のツッコミに一瞬「?」となる二人だが、すぐに「どうせまた魔法少女ネタだろう」と判断して、深くは尋ねないことにした。

 

「ま、長話もなんだから」

 

そう言ってクロエは立ち去ろうとする。

 

「クロ、まって!」

 

しかし美遊がそれをひき止めた。

 

「…なに?」

「あの…」

 

聞き返すクロエに対して美遊は少し言い淀み、それでも勇気を出して。

 

「ごめんなさい。さっきは言い過ぎた。わたし、クロの気持ちを少しも考えていなかった」

 

美遊の謝罪にクロエは目を丸くして、リナへと視線を移す。それに気づいたリナはクロエに言う。

 

「あたしはただ、クロエを目の敵にするのは止めるよう言っただけ。謝ったのは美遊の判断よ」

 

すると今度は美遊に向き直り、恥ずかしげな表情を浮かべて。

 

「……わたしの方こそ、悪かったわね」

 

一言謝り、踵を返し、今度こそこの場を去っていった。

 

 

 

クロエの退室から1分もたたずに、再び扉が開かれる。そこにいたのは当然、美遊とリナだった。

 

「どうも。イリヤの様子を見に来ました」

 

リナが目的を告げると。

 

「心配性ね。わたしが信用できない?」

「いえ、そうでは…」

「どっちかってーと、アンタの診察が信用できない」

 

空気を読んだ美遊に対して、なかなか辛辣に返すリナ。

と、そこへ。

 

「イリヤちゃん、目を覚ましてーーー!!

ほら、お兄ちゃんも連れてきたから! 頑張って、生き返って!!」

 

藤村先生が士郎を引っ張ってやって来た。

 

「藤村先生、あんたが先に落ち着…」

「保健室では静かに」

 

注意しようとした士郎はいつの間にか、赤い帯状の布で上半身をミイラのように絡めとられて吊るされていた。

 

「(ちょっと、華憐先生。神秘って秘匿しなきゃいけないんじゃないの!?)」

 

リナは華憐のすぐそばまで近寄って、小声で問い詰める、が。

 

「まあ、バレなければ大丈夫?」

(なんで疑問形!?)

 

やっぱりダメなひとだった。

 

 

 

 

≪カレンside≫

イリヤスフィールの兄がやって来て、保健室がさらにうるさくなった。

 

「イリヤは大丈夫です。ボールが顔に当たっただけで…」

「そっか。大怪我とかじゃなくてよかった。この人が大袈裟に言うから…」

 

[マグダラの聖骸布]から助け出された少年は、少女からの説明に安堵する。しかし、批判された女教師は黙ってはいない。

 

「心配して、なにが悪いって言うの!? それでも兄か、この薄情者ーッ!!」

 

……やれやれ。ほんとに騒々しいこと。

それにしても。

 

[奇跡]

[偶然]

[必然]

[想定外]

 

無駄に面倒な子たちが揃ってるわね。

意味があるのか、ないのか。

何かが起きるのか、起きないのか…。

 

「イリヤちゃんの顔に傷が残ったら、わたしが責任をとって士郎のお嫁さんに…」

「大袈裟だっての…、ってドサクサで何言ってんだよ、藤ねぇ!?」

「発言の意味がわかりません。藤村先生」

「うっ! なんだか目が怖いわ、美遊ちゃん!?」

「で、士郎さんはタイガとどういうご関係で?」

「リ、リナちゃん!?」

 

………。

 

「まぁ、どうでもいいでしょう」

 

−−−定時報告

20××年7月4日

本日も異常なし。

 

「暇ね。半死半生の患者でも運び込まれないかしら」




今回のサブタイトル
荒木飛呂彦「岸辺露伴は動かない」から

……というか、これってプリヤ原作のサブタイのまんまなんですよねー。
[マグダラの聖骸布]…対男性拘束用礼装。故に対象が士郎のみに。

次回「恋はDISCOMMUNICATION」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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恋はDISCOMMUNICATION

NEXT/2wei編では初めての完全オリジナル回ですね。


≪リナside≫

「ノックしてもしも〜〜〜し!」

『オッパァアアア〜〜! って、何やらせるんですか!?』

『ですが姉さんも、結構ノリが良かったように思われますが』

 

いきなり何をしてるんだ。そう思った方もいるだろう。実は今、あたしたちは通話用魔術礼装の実験中なのだ。

放課後。礼装の効果を早く知りたいあたしは、いつぞやのイリヤのように教室を飛び出し、現在いつもの林の中にいる。

そしてルビーは、あたしは行ったことないけど更に奥にある洞窟へ、サファイアはルヴィアさんちで、それぞれ待機してもらってる。もちろん二人にはすでに、術式の読み込みを済ませてもらって、だ。

そしてこの配置も意味あってのこと。ルビーは遮蔽物による、サファイアはエーデルフェルト邸とここ、二つの結界によるそれぞれの影響を見るために。

実験の手順は、まず最初に洞窟の奥へ移動したルビーからの通信、続いてサファイアからの通信に、最後はあたしから。で、冒頭のマンガネタにルビーがノってくれた、というわけだ。

 

「ふむ。遮蔽物や結界による影響はなし。誰から通信を開始しても問題もなく、複数人による同時通話も可能。

あたしとしては満足のいく出来だけど、あなたたちから見たらどうなの?」

『そうですね。術の性能としても、わたしと姉さんのテレフォンモードにさほどひけをとらないものと思われます』

『出来ればテレフォンモードと組み合わせられれば、かなりの魔術阻害でも通話できるんでしょうが、まあこれは無い物ねだりでしょうねー。

あとは強いて言うなら、ネーミングセンスでしょうかね?』

 

ぐっ、痛いとこを…。

 

遠話球(テレフォン・オーブ)って、ど直球すぎですよー?』

 

うるさい、そんなの自分でもわかってらい!

 

「その方がわかりやすくていーじゃない?」

『まあ確かに、お子様たちにはわかりやすいでしょうねー。

……わかりました、そういうことにしておきましょう』

 

うわっ、ムカつく! いや、確かにこんなんで誤魔化せるとは、思ってもないけどっ!

 

「っもういいから! ルビーはあたしと合流して帰るわよ!!」

『はいはーい』

『了解しました』

 

全く。こんなのが相棒じゃ、イリヤも苦労するわね。

 

 

 

 

 

ルビーと合流し帰る途中、なんかとんでもないものを目撃してしまった。

十字路でブロック塀に隠れながら前方を覗き見る、凛さんとルヴィアさん。

その少し先では電柱に隠れ、やはり前方を覗き見る、ゆるふわ系美人のひと。

そしてその先には、士郎さんと桜ねーちゃんが仲良くお話ししながら歩いてる。

 

『あはー、これはまたトンデモないことになってますねー。

士郎さんを取り巻く美女たちが、思惑入り乱れての恋の駆け引き大捜査線ですかー』

 

コーフンしながら言うルビーに趣味が悪いなーと思いつつも、あたしも少しは興味があったり。そこはまあ、複雑な乙女心とゆーやつで。

というわけで、とりあえずは。

 

「こっそり後をつけて覗き見なんて、優雅さの欠片もないわよ?」

 

声をかけられた魔術師二人は、びくりと身をふるわせてこちらへふり返る。

 

「リ、リナ!? ルビーまで!!」

「貴女方、どうしてここに!?」

「新しく作った礼装の実験した帰りよ」

 

驚く二人に簡単な説明をする。

 

「それで二人は……、って見失うといけないから、事情は尾行しながらにしましょ?」

「「え、ええ…」」

 

あたしの意見に二人は頷き、尾行を再開させる。

 

「……で、二人は士郎さんにまとわり着くお邪魔虫が気になってんの?」

「えっ、な、な、な、なにを言ってるのかしら!!?」

「当然! シェロの周りの害虫は、全て駆除いたしますわ!!」

『見事に両極端な反応ですねー』

 

ほんとにね。凛さんなんて典型的なツンデレ対応だし。

 

「んー、でもあたし、個人的には桜ねーちゃん応援してんだけどな」

「「『桜ねーちゃん?』」」

 

三人の声が見事にハモる。そーいや桜ねーちゃんのこと、話したことなかったっけ。

 

「リナ。さ…、間桐さんのこと、知ってるの?」

 

ん? 一瞬、凛さんの様子がおかしかったような?

 

「桜ねーちゃんはあたしの友達よ?」

 

浮かんだ疑問をお首にも出さずに答えたあたし。それには三人? も目を丸くする。

 

「ず、随分年の離れたお友達ですわね」

 

うんまあ、確かにそうだけど、ホントなんだから仕方がない。

 

「それよりも。あの士郎さんたちをつけてる、ゆるふわさんは誰?」

 

ピンクがかった髪色で糸目の、パッと見おっとりした感じの美人さん。なんか見たことある気がするんだけど…?

 

「彼女は森山(もりやま)那菜巳(ななみ)さん。衛宮くんの、というか、わたしたちのクラスメイトよ」

 

おや、モリヤマ・ナナミ? あれ、もしかして…。

 

「那奈亀のねーちゃん!?」

『いやー、まさかゆるふわ系美少女さんが、リナさんのお友達のお姉さんだとは。

それに献身系美少女の方とリナさんが、お友達ということにも驚かされましたねー』

「ちょい待てや!」

 

あたしはルビーをはしっ! と鷲掴みにする。

 

「アンタ、彼女たちのこと、知ってたの!?」

『はい。士郎さんに気のある女性は粗方。

わたしの玩…(おも…)、マスター・イリヤさんを筆頭に凛さん、ルヴィアさんは言うに及ばず、那菜巳さんに桜さん、セラさんからもラブ・パワーを感じますねー』

 

な、セラさんまで!?

 

『さらに! ……あ、いえ、この方は内緒にしておきましょう。その方が面白そうですし』

「な……!!」

 

危うく大声を出しそうになって、慌てて口をつぐむ。そして一旦気持ちを落ち着かせ、あらためて尋ねようとしたら。

 

「シェロと間桐桜(マトウサクラ)が公園に入っていきますわ」

 

ルヴィアさんの言葉に意識を切り替えて見てみると、確かに二人が公園に入っていくところだった。って、ここ、あたしと桜ねーちゃんが出会った公園じゃない。

二人のあとには那菜巳さんが入っていき、こっそりと植え込みの陰に身を潜ませる。

そしてあたしたちは、公園入り口の門に潜み、覗き見る。うん、端から見たら怪しいことこの上ないだろう。

士郎さんたちはベンチに腰掛け、一息つく。と、桜ねーちゃんが懐かしそうな顔になって話はじめる。

 

「わたし、ここでリナちゃんと…」

 

おっと、あたしと出会ったときの話ですか。

さすがに細かい描写はしてないけど、その経緯はちゃんと伝わるように話している。

 

「リナちゃんはわたしを変えてくれた、恩人の一人なんです」

「一人? 他にも恩人がいるんだ?」

 

その言葉に一瞬ぴくりと身体をふるわせて、頬を染めて士郎さんを見つめる。

むむっ。この雰囲気はもしかして? あたしと同じように気配を察したんだろう、ルヴィアさんがイライラとし始め…?

凛さん? なんだろう。少し思い詰めた表情をして…。

 

「先輩。わたしのもう一人の恩人は…!」

 

意を決した桜ねーちゃんが思いを告げようとした、そのとき。

 

「士郎君。ぐ、偶然ね?」

 

あたしたちとは反対側から現れた那菜巳さん。いつの間にか、植え込みに隠れながら反対側に回ったらしいけど、膝が汚れてるし頭や大きな胸には枯れ葉が貼りついてる。

 

「森山? どうしてここに?」

 

そんな不自然さに、気づいているのかいないのか、那菜巳さんに尋ねる士郎さん。

 

「え? えぇと、そのぅ…」

 

咄嗟に飛び出してしまったのだろう、適当な理由が思いつかないのか、両手で挟むように頬にあてて身体をうねうねさせてる。

あれって男子から見たら可愛いんだろうけど、女子から見たらあざとくて、イラッとするやつだ。

 

「まったく、仕方ありませんわね。利害の一致する、今回だけは助けてあげますわ」

 

ルヴィアさんはそう言うと、今一乗り気じゃない凛さんを引っ張って出ていった。

 

『リナさんはどうします?』

「ん、あたしも付いてってみるわ」

 

そう答えて、ルヴィアさんの後をついていく。

 

「お待たせしましたわね。森山那菜巳(モリヤマナナミ)

「えっ、ルヴィアに遠坂、リナちゃんも!」

「ッ! 遠坂先輩」

 

おや、今度は桜ねーちゃんの様子がおかしいような?

 

「なんだ? 森山と待ち合わせでもしてたのか?」

「ええ。(わたくし)たちに相談があるとか」

「あたしはたまたま二人に会って、ついてきただけよ」

 

うん、思惑はどうであれ、見事なくらいホントのことしか言ってないぞ、あたし。

 

「遠坂先輩は、リナちゃんと知り合いだったんですか?」

「……ええ。ルヴィアが引き取った少女が、リナや衛宮くんの妹さんとお友達なの。だからルヴィアのお屋敷に出入りしてるわたしとも必然的に、ね」

 

なるほど。原因こそ違うけど、確かにその関係性に間違いはない。実際、士郎さんはこの説明で納得して頷いてるし。

 

「……ん? もしかして、桜と遠坂も知り合いなのか?」

 

士郎さんの疑問に強ばった表情になる桜ねーちゃん。一方の凛さんは顔色ひとつ変えないけど、さっきまでの様子だと知り合い同士なのは間違いなさそうね。

 

「そうね。遠坂(うち)と間桐は以前から付き合いがあるわ。

まあ、決して仲が良かったとは言えないけど」

「……お爺様が亡くなられてからは、疎遠になってますから」

 

……桜ねーちゃん、まさか。

 

「なんか、聞いちゃ不味いことだったか?」

「構わないわよ。変な勘繰りされるよりよっぽどマシよ」

 

言って凛さんは、すっと振り返って出入り口の方へ去っていく。

 

「……先輩。わたしも、今日はこれでお邪魔します」

「えっ、ああ、そうか…」

 

桜ねーちゃんを見送る士郎さん。桜ねーちゃんは門のところに立つ凛さんと、軽く目配せをして去っていった。

 

「さて、(わたくし)たちも参りましょうか。さあ、森山那菜巳(モリヤマナナミ)、貴女も」

「ふえっ!?」

 

うあ、あざといくせにアドリブ弱っ!

 

「じゃ、士郎さん。あたしもこれで」

 

そう言ってあたしは、那菜巳さんの背中を押していく。

 

「……あれ? なんか、俺だけ取り残されて?

……なんでさ!?」

 

 

 

 

 

公園を出たあたしたちは、凛さんの家に向かって歩いている、らしい。……だってあたし、凛さんとこ行ったことないし。

エーデルフェルト邸だと再び士郎さんとバッタリ、なんてこともあり得るし、とりあえずは時間潰しと遠坂邸の所在の確認を兼ねたのだ。

まあ、あたしは帰っても問題ないんだけど、自分だけ仲間はずれってのもなんかヤだし。

 

「……あの、さっきはありがとう」

 

ようやく状況が整理出来たんだろう、那菜巳さんがルヴィアさんにお礼を言った。

 

「勘違いなさらないでくださいまし。(わたくし)間桐桜(マトウサクラ)の邪魔をする貴女と利害が一致したので、特別の措置をしたまでですわ」

 

ルヴィアさんのツンデレ、じゃなくて本気で言ってるな、あれ。

 

「そんな、邪魔をするつもりなんて!

……ううん、そうね。確かにそういう気持ちがあったのは事実だわ。わたし、なんてことを…」

「鬱陶しいわぁッ!!」

 

すっぱぁん!

 

「痛っ!?」

 

あたしのスリッパが決まり、頭をおさえる那菜巳さん。

 

「那菜巳さん。アンタ、素か狙いかわかんないけど、行動があざといのよ!

男性からは『かわいいなー』とか『守ってあげたいな』なんて思わせる行動も、あたしたち女性陣から見たら鼻につくの!」

 

もちろんあたしたちだって、あざといこともするけど、なんてゆーかそういう行動をコンボで決められると、無性にイラッと来るわけだ。

 

「わたし、そんなつもりは…」

「つもりはなくてもそう感じるの! 同性との付き合いを無視すんなら別に構わないけどっ」

 

さっきから散々言ってはいるけど、いちおー心配はしてるのだ。曲がりなりにも友達のねーちゃんだもんね。

 

「言っとくけど、あざといことを否定してるわけじゃないわよ? ただ、立ち居振舞いに気を付けないと、敵もたくさん作ることになるわよってこと」

 

ここではあえて言わないけど、下手したら勘違いする男だって出てくるかも知れないのだ。那奈亀の姉ならフィジカルやパワーも無駄に高そうだけど、それでもやっぱり女の子たからね。

ふと周りを見ると、三人が三人とも唖然とした表情をしている。

 

「ちょっとリナ、あんたほんとに小学生?」

 

凛さんが代表して、あたしに疑問をぶつけてくる。やば、ちょっと語りすぎたか? でも、今更態度を変えるのもわざとらしすぎる。

 

「それ以外の何に見えるっての? あたしは穂群原学園初等部五年の、稲葉リナよ」

「ひっ!?」

 

開き直ってあたしが答えたとたん、那菜巳さんが小さな悲鳴をあげた。一体どうした?

 

「もしかして、『身体は子供、心は魔王』の稲葉リナ!?」

「なんじゃその二つ名はーーーッ!!」

 

前世でも「盗賊殺し(ロバーズ・キラー)」とか、「魔王の食べ残し」なんて呼ばれてたけれども!

 

「那奈亀ちゃんから聞いたの。雀花って子が考えたって」

 

おのれ雀花、許すまじ!!

こらーっ、そこの魔術師二人! 腹かかえて笑ってんぢゃないッ!!

……まあ、話が逸れたからいいけど!

 

「あの、わたし、ここでお邪魔します」

 

怯えた目であたしを見ながら那菜巳さんは言った。いや、さすがにそういう反応されると、少し落ち込むんだけど。

 

「なら、(わたくし)もお邪魔しましょうか」

「え? ルヴィアさんも?」

 

てっきり凛さんの家まで来るのかと思ったんだけど。

 

「元々時間潰しという意味合いの方が大きいですから。それに…」

 

あたしの耳元にそっと。

 

「(誤解、とは言いませんけど、彼女に貴女のいいところも説明しておきますわ。貴女には感謝してますから)」

 

ルヴィアさん。……でも、「魔王」は否定してくんないのね。

 

「それでは皆さん、ごきげんよう」

「ハイハイ、ごきげんよう」

 

別れの挨拶に軽く返す凛さん。その事に心の底からのため息を吐き、ルヴィアさんは那菜巳さんと共に去っていった。

 

「それで? リナはどうするの? ついでにルビーも」

『ルビーちゃんをついでとか、ほんとに失礼な人ですねー。元マスターのくせに』

「いや、お互い様でしょ。

あたしは行くわよ。ちょっと話したいこともあるし」

「話したいこと?」

「立ち話もなんだし、歩きながら話しましょ?」

 

あたしの提案にコクリと頷く凛さん。

 

 

 

 

 

「……それで話って言うのは?」

 

歩いてく中、何も喋らないあたしに、業を煮やした凛さんが尋ねてきた。

あたしは意を決して凛さんに聞いてみる。

 

「凛さん。間桐ってもしかして、魔術師の家系なの?」

 

と。




今回のサブタイトル
天地無用! シリーズのキャラクターソングから

今回久しぶりに、リナのモノローグオンリーでした。もしかしたら次回もそうなるかも。
そしてようやく、ゆるふわ系美少女こと森山那菜巳、登場させられました。出番はたぶん少ない。
あとは柳洞一成かぁ。海までには一度登場させたい。

次回「夢 終わるとき」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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夢 終わるとき

アニメ版ロスユニ、続き作ってたらどんな感じになってたんでしょうね?


≪リナside≫

 

この日、工房(アトリエ)宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)の製作をしていたんだけど、どうも調子があがらない。

理由はわかってる。先日の凛さんとの会話のせいだ。

 

 

 

 

 

「凛さん。間桐ってもしかして、魔術師の家系なの?」

 

あたしの問いに、わずかばかりの動揺を見せる凛さん。

 

「なんの根拠があって言ってるのかしら?」

 

しかしすぐに、余裕の表情で聞き返してくる。さすがに感情の切り替えが早い。

よし、それなら。

 

「そんなの、凛さんがうっかりやらかしたからに決まってんじゃない」

「な!?」

 

煽ってやればいいだけのこと。

 

「あんな『遠坂(うち)と間桐は以前から…』、なんて言っといて、尚且つ仲がいいわけじゃないなんて、利己主義で秘匿主義な魔術師どうしの繋がりを疑ってもおかしくないでしょうが。

個人的な繋がりなら、幼馴染みとか、先輩後輩として、くらいのほうが凛さんらしいし」

 

凛さんって、聞いた限りでの一般的な魔術師に比べて変に人間くさい分、わざと一般人と壁を作って巻き込まないようにするタイプだと思う。それなのに、わざわざ家族ぐるみでの関係を明かしている。

 

「……それだけ、『妹』との関係を軽くしたくなかったってこと?」

 

凛さんがあたしの肩をがっしりと掴み。

 

「あんた、どうしてそれを!?」

「やっぱりそうだったんだ」

「え、あ…?」

 

あたしがカマをかけたことに気づいて、間抜けな声をあげる。

顔を背けた凛さんが再び歩き出し、あたしはその後をついていく。

しばらくの沈黙のあと、今度はあたしから口を開く。

 

「実は桜ねーちゃんから、養子だってのは聞いてたの。だから、もしかしたらって思ったんだけどね。

ねえ、凛さん。よかったら相談に…」

「残念ね」

 

立ち止まった凛さんが、あたしに向き直って言う。

 

「タイムアップ。ここがわたしの家よ」

 

凛さんが背にする先には、古びてはいるもののなかなか立派な屋敷があった。……エーデルフェルト邸と比べると遥かに見劣りはするけど、あっちが異常なくらい立派なだけだ。

凛さんは背を向けて家へと向かうが、すぐに足を止め、振り返らずに言った。

 

「リナ。貴女の想いはありがたいけど、これはわたしたちの問題なの。だから、これ以上は…」

 

凛さんは最後まで言わずに再び歩き出し、今度こそ家の中へ入っていった。

 

 

 

 

 

その日以降もお互い、今までどおりの対応をしてるけど、少なくともあたしは気持ちがモヤモヤしてる。お陰で仕事がはかどらないこと、はかどらないこと。

なんとかいつもの数を仕上げたけど、とても自分の研究なんて出来たもんじゃない。

 

「しょうがない、これで切り上げるか」

 

そう言ってあたしは、道具を片付け始めた。

 

 

 

 

 

階段を上がり扉を抜ける。

 

「あら、リナ。今日はもう終わりなの?」

 

そこには、たまたま通りかかった凛さんがいた。

 

「うん、まあ、ちょっと作業に身が入らなくて、ね」

「……そう」

 

凛さんも理由を察したのか、それ以上はなにも言わず、玄関の大広間に向かって歩き出す。あたしもそのあとについていく、と? なんだろう。なんか騒がしい?

 

「もちろん構いません。

シェ…、イリヤの家族なら、(わたくし)の家族も同然…」

 

ルヴィアさんのテンションが高いんだけど。第一、イリヤのことをイリヤスフィールって呼ばない辺りでいつもと違うし。

……って、イリヤに士郎さん、セラさん、リズさん!? 衛宮家のみんなが何で!!?

そんなあたしの心の声が聞こえたわけでもなかろうに、セラさんが説明を始めてくれた。

 

「すみません、突然大勢で押しかけてしまって。

給湯器が何者かに破壊されたとしか思えない壊れ方をしまして…」

 

あー、お風呂を借りに来たのか。しかし破壊って、ひょっとしてイリヤか? さっきから挙動不審だし。

なんてやってる間に凛さんが走り去っていく。士郎さんにメイド姿を見られたのが、そうとうショックだったようだ。

 

「あれ、リナ?」

 

イリヤがあたしに気がついた。

 

「リナちゃん」

「リナさん」

「やっほー」

 

士郎さん、セラさん、リズさんも声をかけてくる。

 

「話は聞いてたわ。きっとお風呂場に石を投げ込んだ人と関係あるんじゃない?」

「ああ! そうかも知れないな」

 

あたしの意見に納得する士郎さん。こないだから思ってるけど、ちょっとチョロ過ぎよ?

ちなみにイリヤは視線をそらしてる。

 

美遊(ミユ)、浴場まで案内してあげなさい。

それとリナ。貴女もよろしければどうぞ。美遊(ミユ)も一緒に入るといいわ」

 

おお、まさかあたしまで。

今日はお母さんがご飯作る日だから、電話を入れれば少しくらい遅くなっても大丈夫だし…。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて…」

 

実はちょっと期待してるのだ。エーデルフェルト邸の浴場の大きさを。

やっぱり大きな湯船でゆったりしたいからね!

 

 

 

 

 

いやー、ルヴィアさんちのお風呂は、自分の想像を遥かに越えていた。それこそ、マンガやアニメに出てくる豪邸のお風呂だ。まさかリアルでこれ程のものが存在するとは…。

ちなみに士郎さんは、オーギュストさんと使用人用のお風呂だ。ここよりも小さいって話だけど、それだってもしかしたら、銭湯くらいはあるんじゃ…。

ふと。大浴槽を泳ぐ人影が見えた。その正体がわかった瞬間。

 

どっぱぁぁん!

 

イリヤが人影に向かってダイブした。

そっかぁ。すっかり忘れてたわ、クロエのこと。

 

「お風呂に飛び込むとは何事ですか!?」

 

うん。この様子だと、みんなにはバレてないみたいね。

水面から頭半分出してるクロエがこちらの様子を伺い見たかと思うと、すいーっと泳ぎながら近づいてきた。湯船に建つ柱の影から、クロエを止めようとするイリヤだけど。

 

「泳ぐのもマナー違反ですよ」

「はーい」

 

後ろに目でも着いてんじゃないかっていうタイミングで注意するセラさん。それに返事をするクロエに足蹴にされて、イリヤは柱の裏へ追いやられていた。

 

「ク、クロ!?」

 

ここに来て、ようやく美遊も気がついたみたいだ。

 

「(ミユ、リナ! クロを止めてー!)」

「そ、そう言っても…」

「あたしは基本、中立だし」

 

ま、バレそうになったら何とかするけどね。

 

 

 

 

 

「あら?」

 

湯船に浸かろうと、浴槽のふちに腰を掛けたセラさんがクロエに声をかける。

 

「イリヤさん、日に焼けました?」

「セラってば、お約束だなぁ」

 

かけられた疑問を軽く受け流すクロエ。なかなかいい度胸してるわね。

 

「ねー、リズお姉ちゃん」

 

こんどは背後から、湯船に浸かるリズさんに抱きついたかと思うと、掌をリズさんの大きな胸にあて。

 

「相変わらずおっきーねー。

サイズいくつだっけ?」

 

揉みしだきながら言った。

 

「92」

 

答えるんかい。

 

「いいなー、わたしも欲しいー」

 

あたしだって欲しい。と、その時。

 

とぽん!

 

クロエが水中に引きずり込まれた。どーやらイリヤが実力行使にでたみたいね。……ん?

 

どっばあぁぁぁ!!

 

突然、巨大な水柱が吹き上がり、雨のようにあたしたちに降り注ぐ。

これは、結構たまってたみたいだなぁ。あの子、普段から感情を表に出すタイプだから、ここまでの大爆発は滅多にないんだけどね。

 

ザバァ…

 

湯船の中から現れたイリヤは、ニッコリと笑い。

 

「セラとリズは先に上がってて。

わたしはもう少し入ってるから」

 

笑顔とは裏腹のその迫力に、抗えるものは一人もいなかった。

 

 

 

 

 

「もう、多少のことは多目に見るけど、あんまり引っかき回すようだったら容赦しないからね!」

「すでに容赦してないじゃない」

 

強力な魔力砲をくらったクロエが、ぶつくさ文句をいう。どうでもいいけど、背後からあたしに抱きつくのはやめろ。

 

「あら、貴女たちだけ?」

「げっ、クロ!?」

 

そこに現れたのはルヴィアさんと凛さん。

……何でこの二人といい、セラさんリズさんといい、こうも格差があるんだろう。

 

「……なんかさー、セラもリンも、大平原の小さな胸って感じよねー」

 

をいこら、クロの字。

 

「リナは将来、どうなるのか、し…ら……」

 

あたしの胸へと移動するクロエの手をバシリと叩き、ゆっくりと振り返る。途端にクロエの表情がひきつり後退さった。

 

「クロエ。あたしとO・HA・NA・SHIする?」

「いえ、……って言うか、ごめんなさい」

 

うん、素直でよろしい。

 

『さすが、身体は子供、心は魔王の稲葉リナ、ですねー』

『姉さんは、わざわざ煽らないでください』

 

安心して、サファイア。ルビーとはいつか、みっちりO・HA・NA・SHIするつもりだから。

 

「全く…。でも、ちょうどいいわ。棚上げにしてたことを話し合う、いい機会ね」

 

そう言って、凛さんが話を切り出した。

 

「ねえ、クロ。そろそろ話してくれる気にはならない?」

「うーん、そうやってすぐ答えを得ようとするのは、先生、好きじゃないなー。

……でも」

「あたしは聞かないからね」

 

ここでホイホイ聞いた後、一体何を要求される事か。

 

(わたくし)たちにとって、焦点はクロではありませんわ。問題は、クラスカード『アーチャー』が消えたこと」

 

カードが消えた? ということはやっぱり…。

 

「イリヤ。大空洞であの時、カードで変身してたわよね?」

 

凛さんが言う大空洞ってのは、おそらく洞窟の奥にそういう場所があるのだろう。

 

「あんなカードの使い方、わたしも、協会ですら把握してないわ。一体どうやって…」

 

「そう言われても…」

 

イリヤは一旦言葉を区切り。

 

「実はあれが初めてじゃなくて、セイバー戦の時も一度変身してたの」

「え!?」

 

凛さんは驚き、ルヴィアさんが目をむく。

 

「上手く説明できないんだけど、どうしようもなくなった時、どうにかしたいと思ったら、どうしたらいいのかが何となく浮かんできて、気がついたらどうにかなってる、みたい、な…」

「説明になってませんわー!!」

 

ルヴィアさんが喚きながらイリヤに掴みかかる。

 

「……今は?」

 

凛さんが尋ねた。

 

 

「クロが出現して以降もそういうことがあった?」

「え、ないけど?」

 

……どうやら凛さんも、ある程度の推測がたったらしい。

 

「……前にも話した通り、クラスカードは一種の召喚器と考えられるわ。

高位の武装・礼装を媒体にして、英霊の力の一端たる宝具を具現化させる。……協会が解析できたのはそこまでよ。

なのに貴女は、自分の身体を媒体に英霊の能力を召喚した」

「はあ、そうなんですか…」

「とんでもないことをしたって自覚がないわね」

 

うーみゅ。あたしや美遊も夢幻召喚出来るのは、やっぱり黙ってた方がいいみたいね。

 

「イリヤ。貴女はどうしたい?

私たちの目的は、リナのものを除く全てのカードを協会に持ち帰ること。それさえ果たせるなら、他のことは構わないって訳。だから、収拾の形はイリヤの意思に従う。

聞かせて。貴女の望みを」

 

凛さんに聞かれ、イリヤは少し考え。

 

「そんな大した望みなんてないけど…。

ただ、()()()()()()()()()…、かな」

 

な、馬鹿イリヤ! そんな言い方じゃ…!!

 

「……そうでしょうね。了解し−−」

 

パァン!

ビキッ…

 

クロエがタオルで浴槽の柱をひっぱたき陥没させる。おそらく強化の魔術がかけられてるんだろう。

 

「了解しないわ。勝手に結論を出さないでもらえるかしら。

…イリヤ、『元の生活』って何を指してるの? 『元の生活』に、わたしはいた?」

 

そう。イリヤのあの言い方じゃ、そうとられても仕方がない。

もちろんあたしは、イリヤがそんなつもりで言ったんじゃないのはわかってるけど…。

 

「早まらないで、クロ!!

まだ、貴女をどうするか決まったわけじゃ…」

「嘘。 リンたちの望みは何? カードでしょ?」

 

クロエは右手で、胸の辺りを触れ、言った。

 

「カードは、ここにあるのよ」

 

……やっぱりか。

イリヤから別れたクロエ(イリヤ)。けれどもその肉体はひとつ。ならばどうやって存在を維持しているのか。

……消えたクラスカードにクロエが扱う魔術、さらに隙あらば仕掛けてくるドレインキッス。

そう、その内にカードを取り込んだクロエは、半ば英霊として存在しているんだ。そしてその身体を維持するための魔力を、ドレインキッスで補う。

けど、相変わらず大きな謎が残る。そもそも、何故そんなことがおきたのか、だ。

 

「……潮時、かな。

茶番はおしまい。どのみちわたしに先はないみたいだし、それなら最初の状態からやり直しましょうか」

『イリヤさん、構えて!!』

「えっ!?」

 

ルビーが急遽、イリヤを転身させる。

 

「つまり、わたしとあなたは敵同士よ」

 

英霊の衣装をまとったクロエが、黒い洋弓にドリルのような螺旋の矢をつがえ、イリヤに向かって放つ!

あたしはイリヤに抱きつき。

 

翔封界(レイ・ウイング)!!」

 

イリヤごと風の結界を纏い、イリヤはルビーを前に突き出して矢を受ける。

矢は反れ、天井に命中。大穴を開け、爆風とともに瓦礫が落ちてくる。

風がおさまったとき、そこにはすでにクロエの姿はなかった。

 

「逃げられた…?」

「なんちゅー威力よ…」

 

ルヴィアさんと凛さんが毒気が抜けた声で言った。

 

「もう一回アレ捕まえろっての?」

「せめて、家を破壊せずに出ていってほしいですわ」

 

いや、ルヴィアさん。確かにそうだけど、問題点はそこじゃないと思うんだけど…?

……ん? イリヤ?

 

「クロ…」

 

イリヤは神妙な面持ちで呟いていた。




今回のサブタイトル
神坂一「ロスト・ユニバース」5巻タイトルから

今回はかなり難産でした。なんか気分があがらなかったり、資料である原作マンガ、家に忘れたり仕事場のロッカーに忘れたり。
代わりに書きかけの別作品、1話分書き上げたりしましたが(笑)。

次回「キズナノユクエ feat. 美遊」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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キズナノユクエ feat. 美遊

今回はタイトルどおり、美遊のモノローグオンリーです。


≪美遊side≫

翌日の学校。来てみたものの、やはりクロの姿はなかった。けれどそれも仕方のないことだ。

きのうお風呂場でイリヤが言ったこと。

 

−−−元の生活に戻りたい

 

それはすなわち、日常から外れたクロに、消えろと言ってるようなもの。イリヤにそのつもりがなくても、そうとられても仕方がない言い方だったと思う。

イリヤが登校してきたらそう伝えようと思っていたけど、当のイリヤは登校早々、ひどい落ち込みようだった。

わたしは気になったけど、すぐにリナがやって来て少し会話をすると少し表情がおだやかになり、気持ちが持ち直したのだと伺い知ることができた。

 

「イリヤ…」

 

わたしはそのタイミングで声をかけたけど。

 

ごす!

 

「「美遊(ミユ)!?」」

 

横から飛んできたランドセルが、わたしの頭に直撃した。痛い。

 

「うみ゛ーーー!!」

 

ああ、この声は龍子。まったく、ろくなことをしない。

みんなが暴走した龍子を止めようとしているけど、はっきり言って儘ならない状況だ。するとリナが、

 

「あーもー、うるさいわねっ!

龍子、ハウス!!」

 

と言いながら、龍子の頭に段ボールの箱をかぶせた。途端、龍子は大人しくなる。どうやら龍子は猫系の動物に近いらしい。

 

「もう、なんなの、いったい?」

 

あまりものばか騒ぎのお陰か、いつもの調子に戻ったイリヤが尋ねた。

 

「前にみんなで海行こうって言ったろ?

夏休み初日って、確かイリヤの誕生日だったよな? だからその日にあわせて、誕生会も一緒にやろうぜって話でさ」

「え、ほんと?」

 

イリヤの誕生日か。あれ? 夏休みの初日って…。

 

「美遊ちゃんも来てくれるんだよね?」

「う、うん…」

 

突然横から、……誰だっけ? から声をかけられて思考を中断させた。

 

「わたし、龍子、那奈亀、美々。イリヤと美遊、それにリナ。あと、クロも入れて八人だな」

「あ…」

 

クロの名前が出たとたんに、イリヤの表情が再び曇る。

 

「ん? どうした、イリヤ。暗い顔して」

「えっ、あ、その、クロとケンカしちゃって…」

 

雀花の疑問に、しどろもどろになりながら答えるイリヤ。

 

「あー、そりゃ確かにバツが悪いよな。でも、ま、従妹なんだし、仲直りのきっかけとでも思って伝えといてよ」

「うん、そうだね…」

 

……イリヤにクロの話題は振らない方がいいのかも知れない。

 

 

 

 

 

放課後。シューズボックスのフタを開けると、中には一通の手紙が入っていた。差出人は、見なくてもわかる。

 

「美遊?」

「どうしたの?」

 

リナとイリヤが聞いてくる。

わたしは目立たないように、手紙を握り潰す。特にリナは目敏いので、なるべく自然に、だ。

「イリヤ、リナ。先に帰ってて。

今日は…、ちょっと寄るところがある」

「え…、そう、なんだ」

 

イリヤは腑に落ちない顔をしているし、リナはわたしを、ただじっと見つめている。

やっぱりリナは、わたしのことを怪しんでいるみたいだ。

わたしは逃げるようにこの場を立ち去った。

 

 

 

 

 

蝉時雨の中、わたしは指定された場所を目指して歩いていく。

先ほどの手紙には簡単な地図に説明書き、そして「ひとりで来て」とだけ書いてあった。

途中、案内図も確認しながら進んでいき林の中を抜けると。

 

ザザァ…

 

「……そっか。海、本当に近かったんだね。知らなかった」

『美遊さま…?』

 

疑問に思ったんだろう、サファイアが声をかけてきたけど。

 

「まるで初めて海を見たような反応ね、ミユ。

……こんにちは。ちゃんとひとりで来てくれたのね」

 

どこからともなく現れたクロは、海面から顔を出した近くの岩の上に降り立ち言った。

 

「わたしは呼び出しに応じただけ。用件は何?」

「まず、わたしの話を聞いてくれるだなんて。やっぱりミユはやさしいわ」

「なぜ、リナではなくわたしを呼び出したの…?」

「ま、座って話しましょ」

 

なっ!?

わたしは、()()()()()()後ろに現れたクロによって、()()()()()()取り出された椅子に座らされる。

慌てて飛び退くと、倒れた椅子が、すうっと消えた。

 

「そんなに警戒しなくてもいいのに」

 

予備動作はなかった。

 

「用件ね。別にどうこうしようって…」

 

気づいたら後を取られていた。

 

「ただ、ミユと二人で話してみたいなーって」

 

それに、あの椅子はどこから…!?

……まさか。

 

「転移と、投影…?」

 

思わず、口から零れたわたしの言葉。

 

「……やっぱり一般人じゃないんだね、ミユは。ルヴィアたちと出会う前から魔術側(こっちがわ)の人間だったんだ。

だったらきっと、わかりあえるわ。わたしとミユは敵対する理由もないでしょ?」

「……ひとつだけ答えて。

あなたはまだ、イリヤを殺そうとしているの? イリヤと共存はできないの?」

 

この答え次第で、わたしの次の行動は決まる。

 

「……それは無理なんじゃない?」

「そう」

 

わたしは、ステッキとなったサファイアを構え。

 

どおっ!

 

転身し、クロに向かって魔力弾を放った。

 

「確かに、わたしたちが戦う理由はないのかもしれない。

でも、あなたがイリヤの敵になるのなら、わたしはそれを排除する!」

「イリヤのために戦うっていうの? あいつにそんな価値なんてないのに」

 

価値? 何を言って…。

 

「かわいそうなミユ、気づいてないの?

ほら、思い出してみて。昨日イリヤが言った言葉、イリヤの望みを」

 

それは…。

 

「イリヤは言ったわ。『元の生活に戻りたい』。

それはつまり…」

 

クロを否定する言葉…。

 

()()()()()()()()()()否定したのよ」

 

……え?

 

「イリヤの生活が変わってしまったのは、リンやルビー、そしてミユたちと関わってしまったからよ。

…出会いがなければ、わたしが存在することもなかったでしょうね」

 

クロ…。

 

「魔術の世界は、狂気と妄執渦巻く血塗れの世界。イリヤも無意識に感じ取ってるのかもね。

『元の世界』。それは、魔術世界と関わりがなく、わたしもミユもいない生活のことよ」

 

…………。

 

「そんなイリヤのために、ミユが戦う理由がある?」

 

あなたは…。

 

「本当に、そう思ってるの?」

 

クロがぴくりと身体を振るわせる。

 

「あなたは今まで、イリヤの何を見てきたの?」

「ミユ…?」

 

反論されるとは思っていなかったんだろう、クロは狼狽えている。

 

「『与えられた日常を甘受してるだけ』……。あなたがイリヤにそう言ったとき、イリヤはなんて答えた?」

 

あの日クロが去ったあと、わたしとリナはイリヤから、クロとのやり取りについて相談をうけていた。わたしには気の利いた答えは返せなかったけど。

 

「イリヤは、あなたが屋敷から抜け出したことに憤慨していたけど、あなたが普通の生活をしたいと言ったときに何か文句を言っていた?」

 

あのときは、イリヤにも思うところがあったみたいだった。

 

「ドッジボールの時、頭に血がのぼったわたしの投球からあなたを庇ったイリヤに、あなたは何も感じなかったの?」

 

本当のことを言えば、あの時リナに諭されていなければ、わたしは今でもイリヤの思いに気づいていなかったかもしれない。

 

「イリヤは懸命に、あなたに歩み寄ろうとしていた。それを拒絶していたのはあなたの方じゃないの!?」

「そん、なの…!」

 

絞り出すように言葉を発するクロ。

 

「わたしはそんなイリヤを信じてる。あの言葉にはクロの言ったような意味などないって」

 

わたしはセイバーのカードを取り出す。

 

「もし、戦う理由がいるのなら、わたしにはそれだけで十分」

 

夢幻召喚したわたしは、聖剣に姿を変えたサファイアを構えた。

 

「そう…。嬉しいわ、ミユ」

 

そう言ったクロは、それこそ嬉しそうな、それでいて寂しそうな、そんな表情をしていた。

 

 

 

 

 

ずがぎぃん!

 

わたしの聖剣とクロの陰陽の双剣がぶつかり合う。

わたしが聖剣を振るえばクロが双剣でいなし、クロが切りつけてくれば、わたしはそれを掻い潜り剣を一閃させる。

 

「その力。その姿。英霊そのものだわ。カードを通してセイバーの英霊をその身に宿したのね。

わたしが以前やったように」

 

わたしが…?

やっぱりあの時のイリヤはクロだった…?

 

「わたしね、カンニングが得意なの」

 

……は?

 

「例えばね?

『手元に変なカードかあります』、『目の前に敵がいます』、『さて、どうしましょう?』。

そういう問題に対して即、『カードを夢幻召喚する』って答えを出せるのがわたしなの。

過程を省いて望んだ結果だけを得る。そういうふうに()()()()

 

過程を省いて結果だけ? それってまるで…。

それに造られたって…?

 

「だから、ほら…」

 

次の瞬間、後ろからの殺気。

 

転移(これ)もその一端」

 

クロの左右同時、交錯させた横薙ぎの攻撃を転がるように回避し、立ち上がる勢いをそのままに切りつける。

クロとわたしは一進一退の攻防を繰り返す。

そう、今のわたしはセイバーのカードによって、力、速度、反射。すべての能力が格段に上がっている。それはすなわち、クロと渡り合える…、ううん、凌駕しているっていうこと。

気合いを込めた一撃で、クロの双剣が砕ける。距離をとろうとするクロに、距離を詰めようとするわたし。

けれどクロは、名もない刀剣類を投影してばらまく。それらを剣で弾きながら進んでいたところを。

 

ぼひゅっ!

 

飛来した矢を剣で弾いたものの、矢は炸裂し、わたしはその爆風に吹き飛ばされる。

 

「無から剣を創り出し(投影し)、矢に変換し魔力を乗せて放つ。

[アーチャー]、文字通りの力よね」

 

クロは矢を連続で放ち、わたしはそれをかわしていく。でも、これ以上離されたら、勝ち目がなくなる。

ならば! 前へ!!

わたしはクロの射た矢を弾くことはせず、全てをギリギリでかわしきり、その間合いへと飛び込んだ。

そして、クロの胴へと横薙ぎの一閃…。

 

ガッ!

ギギィ……ン

 

気がつけば、大きく長い剣が立ち並び、盾となってわたしの剣撃を食い止めていた。

 

「残念」

 

言ってクロは刺又を投影し放つ。わたしは一緒に吹き飛ばされ、剣を握る両腕の交錯した手首を刺又のアーチ部分を利用して、両手を挙げた状態で木の幹に縫い止められてしまった。

 

「全然ダメよ、ミユ。

性能(スペック)頼りの力任せ。そんな考えなしの薄い剣じゃ、わたしには届かない」

 

あ…、そうか。以前戦ったときにも感じた違和感。まるでこちらの思考を読まれているかのようだったけど。

 

「無理もないかな。ミユたちが戦ってきたのって、あんなのばっかだったしね」

 

本能のみで戦う「現象」に過ぎなかった黒化英霊とは違う。

そう。クロは思考する敵なんだ。

 

「リナはねー、わたしとアレとの違いには、すぐに気づいてたみたいだけど、あなたたちには内緒にしてた様ね。ほんとに中立を守ってる。

だから、ここには呼ばなかったんだけどね」

 

中立を守るリナは、どちらかに肩入れすることはない、ということか。

 

「さて、どうしよっか」

 

クロは投影した白い中華剣を、わたしの首もとに当てた。

 

「あなたがどうしても邪魔をするって言うなら、あなたを殺して、その後イリヤを殺すわ」

「そんなことをすればクロも…!」

「そうね。痛覚共有(呪い)でわたしも死ぬわ。

三人仲良く死んでおしまい。リナが一緒じゃないのが残念だけど、こういうのもいいと思わない?」

 

ざんっ!

ガギィッ!

 

手首を捻り、後ろの木を切り裂き、クロへと振るった剣は、双剣を盾にして防がれた。けれどそれは、想定済みのこと。

 

「心中に付き合う気も、付き合わせる気もない。

……もう一度だけ聞く。共存する気はないの!?」

「言ったでしょ。無理なのよ、共存なんて」

 

わたしの再度の問いに、クロは至って平然と述べた。

 

「なら…」

 

わたしは覚悟を決める。

 

「ここで止める!!」

「残念だわ、ミユ!!」

 

互いに想いを込めて、わたしたちは剣を振るった。




今回のサブタイトル
アニメ「神のみぞ知るセカイ 女神編」EDから

ちなみに中の人つながりで、feat.鮎川天理のイメージです。

さて、今回の美遊の反論。リナが関わったことで、イリヤとのキズナもより強固なものになりました。原作ではクロエの言葉に、かなり心が揺れてましたからね。
しかし、今回書いてて思ったのは、リナの立ち位置ってゼロスみたいだなと(笑)。

次回「キズナノユクエ feat.イリヤ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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キズナノユクエ feat.イリヤ

うん、すまない。久しぶりに投稿がおくれた。


≪イリヤside≫

朝。目覚めの気分は最悪だった。

昨日、クロが逃げ出してから。服を着たあと、リナがわたしに声をかけてきた。

 

「アンタ、どうしてクロエが怒ったのか、わかってる?」

 

わたしのことをアンタ呼ばわりするリナ。それだけで、機嫌を悪くしてるってのがわかる。

わたしは、理由はわからないけど、わたしの言い方が悪かったのはわかるって言った。そしたらリナが。

 

「そう。なら、明日までその理由について考えてきなさい。あたしからの宿題よ。

……てなわけでルビーは、ヒントくらいならいーけど、答えは教えないように」

『りょーかいでーす』

 

そんなわけで一晩、自分が言った言葉の意味を考えてみた。とは言っても、取っ掛かりがわからないので早速ルビーに聞いてみる。

 

『そうですね。それなら、わたしと出会った頃から順に思い出していってください。そのときにイリヤさんが感じたことまで、できるだけ詳しく。その中に、きっと答えはありますから』

 

いつになく真面目な口調で言うルビーに、リナ同様機嫌を損ねているのがわかった。

わたしは気持ちをあらためて、自分の言葉の意味を考えてみる。

そして、気づいた。わたしは、クロにいなくなれって言ったようなものだって。

 

−−−『元の生活』に、わたしはいた?

 

確かにそう、クロは言ってた。裏を返せば、クロがいなくなれば元の生活に戻るって言ってるみたいなもの。

……ほんとにそれだけ?

心の奥に疑問が浮かぶ。

もしそれが理由なら、ルビーはなんで、出会いのところから振り返らせたんだろう。それならお風呂場の会話だけでも答えは出たはずなのに。

そしてもう一度、最初から考え直し。今を迎えている。

 

『おはようございます、イリヤさん。それで、答えは出ましたか?』

「ん。合ってるかどうかはわかんないけど、一応」

 

ルビーの質問に、わたしは自信なく応える。

 

『そうですか。では後は、リナさんの答えあわせ待ちですね』

 

答えあわせかぁ。そんな軽い感じでいいのかな。わたしの想像通りなら、かなりひどいこと言っちゃったんだけど。

うん、それにしても。

 

「今回のリナ、結構厳しいよね」

『そうですねー。それはたぶん…、いえ、これは答えあわせが終わってからの方がいいでしょう』

 

途中で言うのをやめるルビー。だいぶ機嫌も良くなってきたみたいだけど、やっぱり…。

 

「あの、ルビー、ごめんね?」

『イリヤさん?』

 

いきなり謝ったことにルビーが驚いてる。

 

「わたしの考えが合ってるのかはわかんないけど、あそこにいたみんなに悪いことを言ったのはわかるから。だから、ごめん!」

 

ふぅ…

 

ルビーは一つ息を吐いてから言った。

 

『イリヤさんが、わたしたちが邪推してしまうような意味で言ったんじゃないことは理解してますよ。

ただ、そうですね。頭では理解していても、心、感じた思いというのは、また別だということです』

「うん…」

 

それは、よくわかる。わたしがクロに対するものも、それだからだ。

クロのことは嫌いじゃない。学校の屋上で言ってたことも、ほんとのことなんだろう。

でも。それでも、クロのことを不快に思ってる自分がいる。ほんとはそんなこと、思いたくもないのに。

きっとルビーが言ってるのは、そういうことなんだ。

 

『……イリヤさん。ルビーちゃんはもう、なんとも思ってませんよー?』

「ん、ありがと」

 

ルビーの気遣いが嬉しいけど、やっぱりわたしの心は晴れなかった。

 

 

 

 

 

登校して教室に入ると、ミユが何かを言いたそうにわたしを見たけど、結局口をつぐんでしまった。きっと落ち込んでるわたしを見て、気が引けちゃったんだろう。

わたしも、空元気でもいいから明るくいきたいけど、どうしても気持ちは沈んでしまう。

 

「おはよう、イリヤ」

 

あ…、リナ。

 

「宿題はちゃんと済ませてきた?」

「う、うん…」

「そ。じゃあ放課後にでも、答えあわせしましょうか。

……それから」

 

リナはゲンコツを作り、わたしの額をコツン、と軽く叩く。

 

「かなり思い悩んでるみたいだけど、やっちゃったもんはどうしようもないんだし、悩むだけムダよ」

「でも…!」

「別に悔やむなって言ってる訳じゃないわよ? ただ、悔やむばかりじゃなく、前を向くのを忘れるなってこと」

「あ…」

 

そうだった。

ちゃんと前を向いてれば、大事なものを見逃さない。

前に魔法少女を続けるのが怖くて逃げ出しそうになったとき、ルビーが言ってた言葉。

そうだね。どんなときでも、前を向くのを忘れちゃダメだよね。

 

「うん。ありがと、リナ」

 

ようやく少しだけ、わたしの心は軽くなった。

 

「イリヤ…」

 

その様子を感じ取ったんだろう、ミユがわたしに声をかけて…。

 

……ごす!!

 

「「ミユ(美遊)!?」」

 

突然飛んできたランドセルが、ミユの頭にヒット!

どうやらタツコがまたもや暴れだしたらしい。

 

「龍子! ハウス!」

 

軽くキレたリナが、タツコの頭に段ボール箱を被せて大人しくさせる。ちなみに、リナがやらなきゃわたしがやってた。

何事かと思って聞いてみると、夏休みの初日に海で、わたしの誕生会を開いてくれるっていう。ミミもミユに出席の確認をしてる。なんか嬉しかったんだけど、でも。

 

「わたし、龍子、那奈亀、美々。イリヤと美遊、それにリナ。あと、クロも入れて八人だな」

「あ…」

 

スズカがクロの名前を出した途端、胸が締め付けられる気がした。

わたしの様子を疑問に思ったスズカが、訳を尋ねてくる。わたしはクロとケンカをしたって答えた。

 

「あー、そりゃ確かにバツが悪いよな。でも、ま、従妹なんだし、仲直りのきっかけとでも思って伝えといてよ」

「うん、そうだね…」

 

わたしはモヤモヤした気持ちのまま、相づちをうった。

 

 

 

 

 

放課後。ミユが下駄箱のまえで突っ立ったまま動かない。

 

「美遊?」

「どうしたの?」

 

リナとわたしがたずねると。

 

「イリヤ、リナ。先に帰ってて。

今日は…、ちょっと寄るところがある」

「え…、そう、なんだ」

 

なんだかミユの様子がおかしい。気にはなるけど、このあとリナと答えあわせをしなくちゃなんないし。

結局、そそくさと去ってくミユを、ただ見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

それから学校を出たわたしたちは、蝉の鳴き声が降りしきる中、近くの公園までやって来た。

木陰になってるベンチにわたしを座らせてから、リナが口を開く。

 

「さて、早速答えあわせといきましょうか?」

 

うう、気が重いなぁ。

 

「イリヤ、あなたの考えを聞かせて頂戴」

「うん…。

最初に思ったのは、わたしが言ったことはクロに、『消えろ!』って言ってるみたいなもんだってこと。実際クロは『元の生活にわたしはいた?』って言ってたし。

でも、それだけだったら、ルビーはどうしてあんなヒントを出したんだろうって…」

「ん? ルビー、どんなヒントを出したの?」

『わたしはただ、わたしたちと出会ったときから、そのとき感じたことも含めて思い出すように言っただけですよー』

 

リナの質問に答えるルビー。

 

「うん。でもあの答えって、お風呂場の会話だけでも出るんだよね。それで考え直して出たのが…。

わたしは、みんなとの出会いを無かったことにしたい。

そう言ってるようなもんだったんじゃないかと…」

「……」

 

リナは黙ってわたしをみつめてる。

 

「わたしが魔法少女になったのはルビーが詐欺紛いの方法で契約したのが理由だし、カード集めだってリンさんたちと出会ったのが原因だもの。

そしてそれがなければ、クロが現れることもなかったと思う」

 

そうだ。だってクロは…。

 

「ねえ、リナ。クロが怒ったのって、自分が否定されたって思っただけじゃなくって、みんなを否定したって感じたからだと思うんだ。

クロが普通の生活を望んでたってことは、()()()()()()()()望んでたんじゃないかなって」

 

わたしは魔術の世界はよくわからない。ただ、クラスカード回収の時みたいなのは、その、ほんの一部でしかないんだと思う。

だからこそ、普通の生活をしてるわたしが人との縁を切るようなことを言ったのが、クロには許せなかったんじゃないか。

わたしはその考えを包み隠さずにリナに言った。

 

「……驚いたわね」

 

ほえ?

 

「それ、あたしが思ってたことと、大体一緒よ? まあ、最後のあたり、あたしは考えすぎかもとも思ったけど。

それでもクロエは、みんなとの出会いを否定した、とは思ったでしょうね」

『それは間違いないと思いますよ? わたしだって少なからず思いましたし、おそらくサファイアちゃんに凛さん、ルヴィアさんもその思いは抱いていると思います』

 

ううー、やっぱりそうだよね。

 

『ところでリナさんは他人事のように言ってますけど、そんな思いは抱いてないんですかー?』

 

びくっ!

 

思わず身体が震える。リナ、そしてミユは、わたしの言葉をどう思ったんだろう。

 

「いやー、あたしにとっては他人事だし?

だってあたしたちの出会いは、イリヤが魔術に関わるはるかに前よ? はっきり言ってイリヤが巻き込まれなけりゃ、あたしだってここまで深入りしなかったわよ」

『あー、そういえば、そうでしたねー』

 

そっか。確かあのとき、わたしが戦わなきゃいけないって知って、思わず茂みから飛び出してたっけ。

……ん。

 

「ねえ、リナ。今回わたしに厳しいよね?」

 

わたしは今朝、ルビーに尋ねたことを、直接リナに聞いてみる。

 

「……あー、そうね。それは…」

 

ビビビビ……

 

リナが答えようとしたとき、突然けたたましい音が鳴り響いた。

 

「な、なに!?」

『サファイアちゃんの救援信号です。リナさんの(オーブ)では、そのような音で伝わるようですね』

 

救援信号!? 何が起きたっての!?

 

「やっぱりあの子、クロエから呼び出しくらったわね」

 

!!

 

「行くわよ、イリヤ!」

「……うん!」

 

リナに促されて、わたしたちはミユの元に向かった。

 

 

 

 

 

転身したわたしはルビーの誘導のもと、リナと共に上空を進んでいく。

そして海岸線沿いの林の上にさしかかったところで、二人を見つけることができた。二人は互いに剣を構えて、今にも斬りかかろうとしてる。

わたしは慌ててルビーに魔力を込めて。

 

斬撃(シュナイデン)!」

 

二人の間へと斬撃を飛ばした。

そしてわたしたちは二人の間へと降り立ち。

 

「二人とも、戦いはやめ、て!?」

「こんの大馬鹿モンがぁーッ!!」

 

リナが、取り出したガラス玉をクロとミユの足下に投げつけると、地面が大きく吹き上がった。うーん、ちょっとやり過ぎな気も…。

 

「っつう…」

「痛い…」

 

クロとミユがムクリと身を起こして…、って?

 

「ミユ、なに、その格好? 新コス!?」

「ええっ? その…!」

 

ミユは髪をお団子にして、青っぽい袖無しの服に膝上丈の黒いスパッツ、手甲と具足を身につけ、手には約束された勝利の剣(エクスカリバー)。うん、なかなか新鮮かも。

 

『イリヤさん!』

 

ルビーの呼び掛けに反応して振り向くと、クロがわたしに斬りかかって…。

 

「『セイバー』、限定展開(インクルード)!!」

 

ガギィッ!

 

リナが限定展開した剣で、クロの攻撃を受ける。

クロは一端さがってわたしに言う。

 

「いい加減にして。今さら出てきて、お姫様気取りしないで!」

 

さらにミユが続けて。

 

「イリヤ。話し合いは、もう終わってる。クロに共存の意思はない。だったらここで…」

「ふざけんじゃないわよ!!」

 

その言葉を断ち切ったのはリナ。

 

「そりゃアンタたちの話し合いでしょうが! あたしとイリヤはまだ済んじゃいないわよ!」

「なに言ってんのよ。イリヤは昨日…」

「あれは凛さんとの会話。クロエとじゃないわ!」

 

さすがにクロも、これには反論できなかったみたいで、押し黙ってしまう。

 

「……さあ、イリヤ。言いたいことがあるんでしょ?」

 

わたしはコクリと頷いて、クロと向かい合い、意を決して言った。

 

「クロ、ごめんなさい!」

「え…?」

 

唖然としてるクロを無視して、わたしは言葉を続ける。

 

「わたしが深く考えずに言った言葉のせいでクロを、ううん、みんなを傷つけちゃった。

わたしはただ、みんなと出会う前の生活を、()()()()()()()過ごしたかっただけなのに…」

「イリヤ…」

 

ミユが少しホッとしたように呟いた。

 

「わたしは逃げないよ」

 

それは、バーサーカーと戦ったときに、わたしが誓ったこと。そして、ここに来る途中でリナから聞いた、リナが厳しかった理由。

 

「起きてしまったことを、無かったことになんてしない」

 

その言葉の重さをわたしに伝えたかったんだ。

 

「関わった人や友達を見捨てて、前になんか進めない。

クロだって、その事は知ってるはずだよ。だって…。

クロは、わたしなんだから!」

 

わたしの言葉に顔を俯かせてクロは言った。

 

「……ズルいわよ、そんな後だしジャンケン。

今さらそんなこと言われたって、わたしの心のわだかまりは、簡単に消せやしないのよっ!!」

「クロ…」

「それに! 貴女には帰る家と迎えてくれる家族がいるわ。けど、わたしにはそのどちらもない!」

 

クロは言って白と黒の剣を構えて。

 

「わたしたちは二人。でも、与えられた日常はひとつよ。

暫定(いつわり)の日常はもうおしまい! もう逃げないって言うなら、わたしと戦いなさい!」

 

「あーもー、なんでわかってくれな…」

 

ゴウン…!!

 

「い…?」

 

ドシャン!

ギャルルル!

 

「のおおおおッ!?」

 

く、車がジャンプしながら突っ込んできたっ!?

 

ギャギャギャッ

ドォン!!

 

車は、木にぶつかって止まった…!?!?

 

「あのベンツェは、まさか…」

 

リナが呟いた。って、ベンツェ? え、それって…。

 

「もー、久々に帰ってきたっていうのに、家にいないんだから」

 

この、声は…!

 

「あれ? ドアが開かないわね。」

 

ガン!

 

「まっ、まままま…」

 

車のドアを蹴り開けたのは。

 

「ママ!?」

「やほー。ただいま、イリヤちゃん。もうすぐ夕飯だから迎えにきたわよー」

 

な、なんでママが!?

気が動転したわたしは、ただガクガクと震えることしかできませんでした。




今回のサブタイトル
前回と同じです

というわけで、前回の裏、イリヤパート+αです。
リナ、先生してるな…。
そしてウジウジイリヤのせいで執筆が進まなかったという。

次回「聖杯戦争」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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聖杯戦争

先週は休んでしまってすみませんでした。


≪イリヤside≫

……あれ? わたし…?

 

「−−−−を捨てることになる。

どういう意味かは君が一番…」

「わかっています。その上で天秤を傾けたの。

もう、決めたことだから」

 

ママ? おとーさん?

ここ、どこ? なんだか豪華な部屋…。

 

「私に選択肢を与えてくれたのは貴方。なら、イリヤにそれをあげるのは、きっと私の役目だわ」

 

わっ、ちっちゃい手!

 

「……八ヶ月の生命が千年の悲願に勝るとはな」

 

これ、わたしの手?

 

「おかしいかしら?」

「どうかな。けど、きっと間違いじゃ…ない」

 

なに? こんな記憶、わたしにはない!

 

「さぁ、イリヤ。おねむの時間よ」

 

これってもしかして…。

 

「次に目覚めたとき、あなたは生まれ変わるわ」

 

クロの………。

……。

 

ごぼっ!

 

…ん?

 

「んばーーっ!?」

 

ざっぱーんっ!

はーっ、はーっ、はーっ…

 

目を覚ましたわたしは立ち上がり、お湯から顔を出した。となりには、わたしとまったく同じ状態のクロがいる。

……ん? お湯?

 

「ここ、大浴場? なんで…」

 

えーと、わたしは確か…。

そうだ、わたしたちの前にママが現れて…。

 

 

 

 

 

「あら、まあ。イリヤちゃんったら、いつの間に双子になっちゃったのかしら?」

 

ママがすっとぼけたことを言ったけど、このときのわたしは現状にパニックして、ただ、ガタガタと震えていた。と、次の瞬間にクロは、ママに向かって斬りつけに来た。

一瞬で我にかえったわたしは、ママの前に飛び出し、ルビーを盾にしてクロの攻撃を防ぐ。

 

「逢いたかったわ、ママ。

十年前、わたしを『なかったこと』にした素敵なママ!」

「危なっ…!!」

 

十年前。何があったのかを考える間もなく、クロは剣を投げて攻撃を仕掛け、わたしはママに抱きつくみたいな感じで飛び退いた。

クロはさらに、出した弓矢をママに向かって構える。

 

「逃げて、イリヤ!! それは防げな…」

 

そう、ミユは言ったけど、ママと一緒じゃ間に合わない!

……それなら!!

 

「ルビー!!

物理保護…、錐形(ピュラミーデ)!!」

 

普通は星形の魔力の盾のところを、中心点を前方に引き伸ばした五角錐に展開した。

 

ガキャァ!!

 

物理保護のシールドは破壊されたけど、それより前に、矢はシールドの側面を滑るように軌道を変えて、後ろ上空に消えてった。

 

「どうしてママを攻撃するの!? こんなのめちゃくちゃだよ。

……自分が何してるか、わかってるの!?」

「−−−んない。わかんないよ。

自分(わたし)感情(きもち)が、わからない…」

 

そのときのクロの表情を見て、思い出した。

リナはクロに言ったらしい。わたし(イリヤ)を殺すのを迷ってるんじゃないかって。

そう、今のクロは揺れてるんだ。わたしやママを憎む気持ちと愛しい気持ち、その狭間で。

 

「いいわ。おいで、()()()()()()

どうしてイリヤちゃんが二人に増えてるのかはわからないけど、あなたが哀しんでることはわかるわ。

抱きしめてあげる」

 

ダメ! 不安定な今のクロは、どう行動するかわからない!

だけど、そう思った次の瞬間。

 

「でもその前に」

 

ママが手にした細い針金の束が宙へと伸びていき、レース編みのような巨大なゲンコツを作りあげて。

 

ゴチン!!

 

「躾は必要よね」

 

上から降り下ろされた、というか落下した? 拳はクロを直撃、気絶させた。てか、地面窪んでるんだけど、大丈夫なの!?

 

「マ、ママママ、いいい今のなに!?」

 

まともに喋れないわたしを後目にママは。

 

「そうそう、こういう時は、両成敗よね」

 

そして降り下ろされたゲンコツに、わたしは意識を失って…。

さっきの夢のあと、今に至ってる。

 

 

 

 

 

「おはよう、二人のイリヤちゃん。お湯だけど、頭は冷えたかしらー?」

「何故お風呂に…」

「うーん、お約束ってやつじゃない?」

 

お気楽なママに続いて、疑問を投げ掛けるミユに諦めモードのリナ。三人は大きなバスタオルを巻いてる。

 

「なんだかママがいない間に、ずいぶんとヘンなことになってたみたいね。だいたいのことはリナちゃん、ミユちゃん、ステッキちゃんから聞いたわよー」

 

あうー、友バレに続いて親バレまで…。

 

「というわけで、『おしえて! アイリママ』のコーナー!

子供たちからの質問に、気分次第で何でも答えるわよー」

 

ママはわざわざ、【おしえて!! 愛理ママ☆】って書かれたホワイトボードを浴場まで持ってきて、差し棒で板面を指し示してる。

 

「そい」

 

ざばん!

 

入れた!?

リナ、ミユ、それとクロも、表情を見る限り同じことを思ったみたいだ。

あ、いや、今はそんなこと気にしてもしょうがない。それよりも。

 

「なら、聞くわ。

前みたいにごまかさないで、ちゃんと教えて。知りたいの。

わたしは、()()?」

 

 

 

 

≪ルヴィアside≫

「……まさか、母親が来るとはね。強引な人だったわ」

 

遠坂凛(トオサカリン)の報告に、(わたくし)も半ば呆れていた。

 

「あの方、魔術師?」

 

(わたくし)の問いに、彼女は口を開く。

 

「……イリヤの家のこと、調べたわ。

おかしいとは思ってたのよ。先天性の例はあるけど、それにしたってイリヤの魔力容量は大きすぎる。

魔術の名門出でもない限り、考えにくいわ」

 

説明を聞き、疑問が浮かぶ。

 

「けど、アインツベルンだなんて名前は、聞いたこともありませんわ」

 

遠坂(トオサカ)もそうですけど、名門であるエーデルフェルトが、同じく名門の魔術師の家系を知らないなど、考えにくいことですが…。

 

「調べるのに苦労したわ。

アインツベルン…。表向きはドイツの古い貴族。でもその本体は、どの協会にも属さず、他家との関わりの一切を絶った単一の魔術一族よ。

魔術体系も方式も、一切不明。その歴史は、千年を超えるらしいわ」

 

なるほど。徹底した情報の隠蔽ですわね。

 

「もっとも、十年くらい前からアインツベルンは、ほとんど活動してないみたいね。何でも、大規模な儀式を起こそうとしてたみたいだけど」

 

儀式…。内容が気になりますわね。そしてアインツベルンが日本へやって来た理由。

何故だか(わたくし)には、この二つがイコールで結ばれている気がしますわ。

 

 

 

 

≪リナside≫

湯船に浸かりながら、アインツベルンが魔術師の一族だと語ったアイリさん。これにはさすがに、イリヤと美遊も驚いたみたいだ。ま、あたしは知ってたけど。

そして十年前、大規模な魔術儀式が行われようとしていた、と話が進んでいき。

 

「つまりね…」

 

アイリさんが言葉を続ける。

 

「[聖杯戦争]…。

あなたはそう呼ばれる儀式の(かぎ)となるべく生まれたの」

 

聖杯…!?

あたしはガウリイの言葉を思い出す。聖杯を守りとおせ。彼は確かにそう言っていた。

アイリさんのその言葉に、美遊は驚愕し、イリヤは戸惑う。クロエは静かに目を閉じている。

 

「イリヤにはある程度の範囲で『望んだことを叶える』力があるわ」

 

……ん? あたしは僅かな違和感を覚えた。けれど思いを馳せる間もなく。

 

「そうよ。わたしはそのために生まれた。

生まれる前から調整され続け、生後数ヵ月で言葉を解し、あらゆる知識を埋めつけられたわ。

なのにあなたは、それを封印した。機能を封じ、知能を封じ、記憶を封じた」

 

それはクロエが、アイリさんを断罪する言葉。なにしろその行為は、ただ一人であった「イリヤ」という存在を否定した、ということだから。

 

「どうして、わたしのままじゃいけなかったの?」

 

クロエの言葉が重く響く。

 

「でも、誤算だったわね、ママ。封じられた記憶はイリヤの中で育って、わたしになったわ。そして肉体を得た。

イリヤに普通の生を歩ませるなら、それでいい。

けど、ならせめて。わたしには魔術師としての生をちょうだい…。

わたしを、アインツベルンに帰して!!」

 

クロエの切実な願いはだけど。

 

「アインツベルンは、もうないわ」

「え…?」

「もう、ないの。もう…、聖杯戦争は起こらないわ」

 

ただ、淡々と語られる、非情なまでの現実。

 

「なに、それ…。それじゃ、わたしの居場所はどこにあるのよ!!」

 

クロエは叫び、一気に魔力を放出させる。クロエの周りの湯もその煽りで吹き飛ばされた。

 

「全部奪われた! 全部失った! 何も、何も残ってない!」

 

クロエ…!

 

「なんて惨めで無意味なの? 誰からも必要とされてないなんて!」

 

っこの…!

 

「スカポンターンっ!!」

 

すっぱぁぁぁ……ん!

 

大浴場に、乾いた音が響き渡った。

 

「リ、ナ…?」

 

驚きの眼差しをあたしに向けて呟くクロエ。

 

「なんでスリッパ…」

「そっちかい!?」

 

思わず突っ込むあたし。いや、まさかほんとに使うことになるとは思わんかったけど。

 

「いや、それは置いといて、クロエ!

全部奪われた? 全部失った? 何も残ってない?

どの口が言ってんのよ! それじゃ、あたしたちとの絆まで否定するっての!?」

「絆…」

「イリヤは言っていたでしょ? 起きたことをなかったことにしないって。

あたしはクロエのこと、大事な親友だと思ってる。

クラスのみんなだってクロエのこと、友達認定してるわ。

それを勘定に入れてないアンタは大馬鹿モンよ!」

 

確かに、彼女が欲していた家族も生活も環境も、全て奪われ失ってる。だけど、クロエとして築いてきたものまで否定してほしくはない。

 

「わたし…」

 

クロエがなにかを言おうとしたとき、彼女の身体が大きく震えた。そしてその身体が、徐々に光の粒子となっていく。これってまさか…。

 

「そっか、使い過ぎちゃったか。

魔力(いのち)が切れたわ」

 

そう。今のクロエは、ガウリイたちが役目を終えて消えていったときとそっくりなんだ。

不味い! 早くなんとかし…、えっ!?

あたしとクロエの間に割って入ったピンクの影が、次の瞬間クロエと唇を重ねた。

 

「どう、して…」

 

魔力供給で持ち直したクロエが、魔法少女に転身したイリヤに尋ねる。

 

「勝手に出てきて、勝手に消えないでよ!」

 

言ったイリヤは、心配の色の濃い怒り顔。

 

「正直言うとね、ママの話を聞いてもわたし、あんまりショックを受けてないんだ。

自分が魔術の道具として生まれてきたなんて、世界観が変わっちゃうくらい大変なことなのに。

でも、わたしが平静でいられるのはきっと、クロが傷ついているから。わたしが負うはずだったものを、クロが代わりに負ってくれてたんだ。

ごめんね」

 

涙を流しながら言うイリヤ。

 

「でも、だからこそ、少しはわたしを頼ってよ。

……そりゃあ、わたしじゃ頼りないかもしんないけどさ」

 

サァァ…

 

なっ、またクロエの身体が…!?

 

「どうして!?」

『供給ではダメなんです。崩壊は止まりません!』

「もういいわ。消えるときに泣いてくれる人がいるなら、意味はあったわ」

 

この子はまたッ!!

 

「こんなときまで強がってんじゃないわよ! アンタの人生、意味、無意味で決められるもんじゃないでしょうが!!」

「そうだよ! クロにも欲しいものはあるんでしょう!?

だったら、願ってよ! ()()()()()()()()()()()!」

 

イリヤの想いにクロエは、静かに言葉を紡ぐ。

 

「わたしは…、

家族が欲しい。

普通の暮らしが欲しい。

でも。それより。

消えたくない…!

ただ、生きていたい…!」

 

大粒の涙を溢し、ただ、心からの思いを口にする。

その思いを乗せ、クロエの身体は輝き、安定した状態を取り戻していった。

 

 

 

 

≪third person≫

エーデルフェルト邸の一室。凛が雑務をこなしていると。

 

ガチャリ

 

「お風呂ありがとう。とてもいいお湯だったわ」

 

アイリが美遊とともに部屋へと入ってきた。

 

「イリヤがいろいろとお世話になっていたみたいね。今度必ずお礼はするわ」

「いえ、お気遣いなく。イリヤたちを巻き込んだのはこっちの方ですし」

 

アイリの言葉に遠慮をする凛。実際凛としても、イリヤたちを巻き込んだことに関しては心苦しく思っていたのだ。

 

「それで、イリヤとクロ、それにリナは…」

「ああ、その事なんだけど、リナちゃんからみんなに話したいことがあるんですって。

それで、いつもの接客室に集まってほしいそうよ」

「……え?」

 

 

 

 

 

場所は変わってエーデルフェルト邸の接客室。

 

「みんな、お待たせー」

 

アイリが凛を連れて部屋へ入ってきた。

 

「ん、みんな揃ったみたいね」

 

リナはぐるりと見渡して言う。

 

稲葉リナ(イナバリナ)(わたくし)たちを集めて、一体なんの用件ですの」

 

ルヴィアの問いに、リナは真剣な顔で答えた。

 

「これからみんなに、あたしが秘密にしてきたことを聞いてもらいたいの」

 

リナは、決意の眼差しをみんなに向けて言うのだった。




今回のサブタイトル
Fateシリーズの最重要ワードから

改めまして、遅れてしまいすみませんでした。どうもここのところ、あまり執筆時間がとれないもので。仕事が忙しいわけでもないに、解せぬ。
さて、今回のラスト。ついにリナが、自分の秘密を打ち明けます。その理由は次回で、というわけで。

次回「スレイヤーズ!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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スレイヤーズ!

今回はスレイヤーズ8巻まで(第一部)のネタバレがあります。かなり端折ってますがご注意ください。


≪リナside≫

「リナの、秘密…」

 

小さく呟き、固唾を飲むイリヤ。どうやらイリヤも、あたしが秘密を抱えてることに薄々感付いていたみたいね。

 

「リナ。私とルヴィアは、あんたが秘密を抱えているのを知っているわ。

でも、いいの? 私たちにそれを明かしてしまっても…」

 

凛さんがあたしに気を使って尋ねた。まったくこの人は…。

 

「魔術師って、知らないことを知らないままにして平気でいられるもんなの? あたしのイメージでは、もっと知識に貪欲な人達だと思ってたんだけど」

「ッ!! それは…」

 

凛さんが顔を赤くして言葉をつまらせる。どうやら凛さんも、魔術師らしからぬ気遣いをしているのは自覚してるようだ。

 

「冗談よ。凛さんのそういうとこは嫌いじゃないし。

……そうね。秘密を明かす気になった一番の理由は、勇気がないのを言い訳にして隠し続ける自分に嫌気が差したのよ。だってそれは、イリヤたちを信用してないってことだから」

 

さっきの大浴場での、あたし自身の発言。クロエに絆云々言ったけど、秘密を明かしてないあたしこそ、みんなとの絆を蔑ろにしてたんじゃないか。そう思ったのだ。

 

「リナ!? でもそれは、簡単に打ち明けられるような秘密じゃないからって…」

 

以前にあたしが言ったことを美遊が代弁してくれる。ありがと。でもね、美遊?

 

「ええ、確かにそう言ったわ。

でも、あたしの秘密は、誰かに迷惑をかけるようなものじゃないの。相手が口をつぐんでくれてれば、なんの問題もないものなのよ。

だからあとは、あたしがどれだけ相手を信用してるかってこと」

「……」

 

あたしの弁に、美遊は何も言い返してはこなかった。

ちなみに、お父さん、お母さんはこの理論からはずす。だって、どう考えても悲しませることになるし、かなりデリケートな問題だからだ。

……でも、いつかは話さないと、いけないんだろうな。

はっ、いかん! 勝手にしんみりしてる場合じゃなかった。

 

「まあ、そんなわけで、みんなにはわたしの秘密を聞いてほしいのよ」

「……うん、わかった。わたしも今まで聞けなかったけど、リナがそう決めたんならわたしも覚悟を決めるよ」

 

イリヤ…。

 

「でも、ママが一緒でもいいの?」

「あらー、私は仲間はずれ?」

 

クロエの言葉に、全然困ってなさそうに言うアイリさん。

 

「うん、まあ、いちおー信用はしてるから。そのかわり、士郎さん以外のご家族への説明、お願いね?」

「シェロ以外? どういうこですの?」

 

あー、そこは知らんかったか。

 

「んー、お兄ちゃんは養子だから、正真正銘の一般人なのよ」

「あら、そうだったのですか?」

 

よし。ナイス、クロエ。説明の手間が省けたぞ。

 

「さて、と。こんな話をしてても埒があかないし、そろそろ本題へ入るわよ」

 

その言葉に、みんなの視線があたしへと集中した。

 

 

 

 

 

「まず、前提となるもっとも重要なことだけど。

あたしは、異世界からの転生者なの。憑依ってかたちの、ね」

「え…、転生って、生まれ変わりみたいなやつ?」

 

さすがイリヤ。一般人代表のオタクらしい切り返しね。

 

「なんか今、失礼なこと考えなかった!?」

「ううん、きっと気のせいよ。

それよりイリヤ。あたしは憑依って言ったでしょ? つまりあたしの魂は、とある理由でこの身体に入り込んだってこと」

「とある理由?」

「いえ、それ以前に異世界からの転生という話自体、俄には信じられませんわ」

 

うむ。凛さん、ルヴィアさんが言う疑問や言い分はもっともだ。あたしだって当事者じゃなければ、簡単には信じられなかっただろうし。

 

「それじゃあとりあえず、あたしの前世の話をしましょうか。手短にね」

 

 

 

 

 

−−−あたしは剣士にして天才魔道士のリナ。リナ=インバース。

郷里(くに)の姉ちゃんに、

 

「世界を見てこい」

 

と言われて旅に出てからはや数年。長いことあたしの周りをウロチョロしていた、自称あたしのライバル、その実ただの金魚のうんちだった彼女も、ここのところ目にしない。

そんなわけで、今日も今日とて盗賊いじめに勤しみつつ、お宝奪って懐を潤してたんだけど…。

 

 

 

 

 

「って、ちょーっとまったぁ! いきなりめちゃくちゃ突っ込みどころが多いんですケド!?」

 

ううみゅ。冒頭でいきなり話の腰を折るとは、って、冷静に考えれば現代社会に当てはまらないことばかりだな、こりゃ。

 

「あー、ごめんイリヤ。前置きしとくべきだったわね。

あたしの前世の世界、仮に向こうの神の名をとって『スィーフィード世界』ってしとくけど、そこはモンスターも生息する、中世ヨーロッパみたいな雰囲気のファンタジー世界なのよ。

姉ちゃんに関しては、そういう人だったって理解してください…」

 

最後に怯えた表情になったのだろう。イリヤは何も言わなかった、が。

 

「でも、盗賊いじめって…」

「悪人に人権はないっ!」

 

美遊の言葉を遮って、びしりっ、と言うあたし。

うん、このセリフは言ってて気持ちいい。こっちでこんなこと言ってたら、ただの問題児だからねー。

 

「……てなわけで、話を続けるわよ」

 

 

 

 

 

−−−とある盗賊団をぶっ潰したあたしは、その残党に追われていた。さすがに延々追いかけっこする気などないあたしは、森の中を通る道の真ん中で立ち止まり、盗賊たちと相対して迎え撃とうとする。そこへ、金髪長身の青年が介入、あっという間に盗賊どもを倒してしまった。

彼の名はガウリイ=ガブリエフ。色々あって、彼はあたしの旅に同行することになる。

しかし、それでことは収まらなかった。あたしが盗賊のアジトから持ち出したあるモノを狙う奴等が現れたのだ。

あーだこーだ色々あって連中の一人、ゼルガディス=グレイワーズに捕まったりもしたが、彼は裏切り、ともに逃げだし、ガウリイとも合流、と、そこまではよかったんだけど。

敵のボスは欲していたものを手にし、それがきっかけでその内に封印されていた、七つに裂かれた「魔王」の一体が復活してしまったのだ。

魔王の強さは桁違いだった。普通なら勝ち目はないに等しかっただろう。だけれどあたしは、ガウリイの持つ伝説の武器「光の剣」に「闇を引き込む術」を上乗せし、わずかに残った、魔王に乗っ取られた彼の力を借りて、魔王を打ち倒すことに成功したのよ。

 

 

 

 

 

ここまで語り終えたとき、部屋はしばらくの間沈黙に包まれていた。その静寂を破ったのはルビーだった。

 

『……えーと、魔王を倒したって言われましても。確かにバーサーカー戦のときのアレは凄かったですけどー…』

 

あー、さすがにルビーでも、魔王云々は信じられないかー。まあ、あたしだって誰かからこんな話聞かされたら、なにホラ吹いてやがる、って思うだろうし。

ただ、間違いは訂正しとかないと。

 

「ルビー、アレは魔王倒したやつじゃないわよ? そもそもあの術じゃあ、魔王を倒せないし」

『え? そーなんですか?』

 

そう。もっと言えば、今のあたしが使える術で、魔王相手にまともなダメージを与えられる術など存在しない。

 

「あの呪文、[混沌の言語(カオス・ワーズ)]って言語で編まれてるんだけど、その冒頭部分に、『黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの』って文言があるの。それを指し示すのが、スィーフィード世界の魔王。赤眼の魔王[シャブラニグドゥ]のことよ」

「……つまり、『あなたを倒すために、あなたの力を貸してください』って言ってるようなものだってことね?」

 

さすが凛さん、的確な表現ね。……てか、あたしもガウリイに説明したときに、こんな表現したような?

 

「……まあ、そんなわけで、魔王に使ったのはより高位の魔王の術よ。ただ、今は魔力が足りなくて発動できないけど」

『!?

リナさま、まさかそれは…!』

 

あ、さすがにサファイアは気がついたか。

 

「サファイア、それについては後でね。まだ、話が途中だから」

「えっ、まだ途中なの!?」

 

てっきり、あたしの過去話が終わったと思ったんだろう。イリヤが素頓狂な声をあげた。

 

「そうよ? せめて小説でいうところの第一部完、くらいまでは聞いてもらわないと。

ちなみに今ので1巻が終わったくらいね」

「第一部!? ……えっと、それって何巻くらいまであるの?」

 

あたしはしばし考え。

 

「一部だけで7〜8巻かな?」

 

ずげしゃっ!

 

みんなが一斉にテーブルに突っ伏した。うーん、アイリさんのこうゆーリアクションは珍しいかも。

でも今の話、そんなに長くはないと思うんだけど…。

 

「……いきなりラスボス倒して、まだ1巻」

 

あー、そういうことか。いや、まあ、言われてみれば確かに…。

 

「うん、言いたいことはわかったけど、もーちょっとだけ付き合ってね」

 

萎えそうになる気持ちにカツを入れ、あたしは話を続けた。

 

 

 

 

 

−−−その後、アトラスシティでの事件を収め、ガウリイとともに旅を続けていたんだけど、あたしたちは指名手配を受けることになる。その主は、あたしが魔王とともに倒したはずの、あの男だった。世間的には聖人君子で知れ渡っていたために疑問に思われなかったようだ。

あたしたちはことの真相を知るため、彼のいるサイラーグへと向かう。

途中、ゼルと再会し、彼とともに行動していたサイラーグの神官長の娘、シルフィール=ネルス=ラーダと出会う。

その後の襲撃などを経て、神聖樹(フラグーン)の内部に隠れたんだけど、そこにも彼らは現れ、そこが決戦の地となったわ。

結果として、あたしたちは勝った。サイラーグの壊滅という爪痕を残して…。

 

あたしとガウリイは、シルフィールを親戚のおじさんのもとに送るため、セイルーン王国へ向かうことになった。するとそこでは、お家騒動の真っ最中。あたしとガウリイもバッチリ巻き込まれた。

そこであたしたちは、第一王位継承者の娘、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと出会う。

暗殺者(アサッシン)ズーマに狙われたり、大きな虫みたいな魔獣に襲われたりして死にそーにもなったけど、お家騒動はなんとか解決、そのあとに裏で糸を引いてた魔族も倒し、なぜかアメリアも一緒に旅立った。

 

旅を続けるあたしたちだったけど、あたしはマゼンダって女に魔ほ…、魔術を封じられ、さらにゴタゴタのあと、みんなとはぐれてしまったわ。そのときあたしを助けてくれたのが、謎の神官ゼロス。

その後、またもや再会したゼルと一緒にアメリアと合流。さらにガウリイと合流して伝説の魔獣を倒し、敵の野望は潰えた。今回も魔族が関わってたけど。そしてゼルも仲間に加わって、あたしは旅を続けたわ。

 

さらにその後ゼロスが加わり、ズーマと決着つけたり、実はゼロスは魔族だったり、彼に導かれてやって来たディルス王国の王都が火の海になったりと紆余曲折の末に、竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)に辿り着く。そこで黄金竜(ゴールデン・ドラゴン)の長ミルガズィアさんと出会い、伝説の魔導書から知識を得たところにあたしを付け狙う魔族の親玉、魔竜王(カオス・ドラゴン)が現れた。しかし彼は、冥王(ヘル・マスター)に倒される。

 

冥王はガウリイを拐い、サイラーグに来るように告げた。あたしたちはガウリイを助けるためにサイラーグへと向かう。

冥王の策略に窮地に陥ったあたしは、魔王を倒した術、その完全版を使い、なんとか、結果的に冥王を滅ぼし、アメリア、ゼルと別れ、ゴタゴタで失った「光の剣」の代わりとなる剣を探すため、ガウリイと二人旅立ったのよ。

 

 

 

 

 

「……とまあ、これで第一部完、てとこね」

「なんだか、とんでもねー人生を送ってらしたのですね」

 

ルヴィアさんが感想を述べる。なんか語彙がおかしい気もするけど、きっと疲れてんのね。

あたしは話を続けた。

 

「そのあとも色々あったけど、それは話さなくても問題ないから端折らせてもらうわね。

郷里(くに)に帰ったあたしはガウリイと結婚して、沢山の子や孫、ひ孫に看取られて、130歳でその人生を終えたわ。

そして、全ての始まりの場所にして終わりの場所、混沌の海で出会ったのよ。この身体のほんとの持ち主、稲葉リナちゃんに。

あたしは混沌の海に消えていくリナちゃんから記憶と想いを受け取って、この身体に転生したの」

 

話終えたあたしは、ほう、と息を吐く。すると。

 

「リナってば、わたしたちより年上だったの!?」

 

クロエが驚きの声をあげた。うん、確かに、前世を勘定に入れればね?

 

「あー、ええと、リナ、さん…?」

「やーね、凛さん。呼び捨てでいーわよ。こっちでは今年で11歳だし、精神年齢だってイリヤたちより、ちょっと上程度まで若返ってるから」

 

転生してからだと、約六年だしね。

 

「そう?

それじゃリナ、さっきの過去話なんだけど、所々歯切れの悪い言い方してたわね? 特にヘル・マスターを倒した辺りのところ。結果的にとか言ってたけど、あれって一体…」

 

うっ、やっぱり気になるか。出来れば言いたくなかったけど、仕方ないわね。

 

「いやー、実は術の制御失敗して、力を借りた魔王に身体を乗っ取られちゃったっ! てへ♪」

 

あたしは言って片目を瞑り、ぺろりと舌を出した。




今回のサブタイトル
神坂一「スレイヤーズ」シリーズ1巻タイトルから

ついにリナが、自らの秘密を打ち明けました。
しかしこのカコバナ、粗筋としては間違ってないはずなのに、実際に小説読むのとイメージが違う。重要なポイント飛ばすだけでこうなるとは…。

さて、リナがこんなダイジェスト形式で話したのは、このあと話すことの補足的なものだからです。そうでなければ原作小説のように、とんでもなく長い話を延々と話しますから。
ちなみに作者視点で言えば、読者に対して必要以上のネタバレをなるべく減らすためでもあります。説明しないのは不親切ですが、必要以上のネタバレは余計なお世話、ということです。
この作品はあくまで、「プリズマ☆イリヤ」がベースですから。

次回「遥けき彼方より、此方まで」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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遥けき彼方より、此方まで

サファイアが壊れた(笑)


≪リナside≫

あたしの告白に、部屋はまたもや静まり。

 

「あー、その、よく無事にすんだわね?」

『「無事にすんだわね?」ではありません!』

 

動揺した凛さんが返した言葉に、サファイアが反論する。

 

『リナさまも! とんでもないことをしたという自覚はないのですか!?』

「いやー、ガウリイの命と引き替えだったもんで、つい」

『個人の命と世界を天秤にかけないでください!!』

「スィーフィード世界での事だし、みんな無事だったんだからいーじゃない」

『反省の色がないいいいっ!?』

 

失敬な。反省くらいしたわよ、ほんのちょっとくらいは。

 

『いやーしかし、リナさんもなかなかですねー。こんなに取り乱したサファイアちゃん、初めて見ましたよ?』

「そーいうルビーは、結構落ち着いてるわね?」

『サファイアちゃんが取り乱したので、逆に冷静になっちゃいましたよー』

 

なるほど。こんだけ取り乱した人? がいれば、周りも冷静に、とゆーか、さすがに引くわ。

 

「……それで、サファイアは何故そんなに取り乱してるの?」

 

やはりマスターとして気になったんだろう、美遊が尋ねる。

はぁ、仕方がない。秘密を打ち明けると腹を括ったんだ。

 

「それにはまず、『混沌の海』について説明しなきゃなんないんだけど…」

 

そう切り出し、あたしは以前サファイアに説明したのと同じことを、みんなに話して聞かせた。すると凛さんが。

 

「それって、私たち魔術師が目指すべき頂、『根源』が明確な意思をもったみたいな感じなのかしら?」

 

金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)の説明まで終えたあたしに尋ねてきた。

でもそうか。魔術師にとって根源ってのは、共通認識されてるものなのか。

 

「……そうね。ルビーの推察では類似、もしくは同質だってことだけど?」

「そう、ルビーも同じ意見か」

 

凛さんは腕を組み、軽く頷く、が。

 

「ん? ちょっと待って! なんでルビーがこれを知ってるわけ!? それに取り乱したってことはサファイアも…!」

 

そりゃあさすがに気付くよなー。いや、でも。

 

「凛さんが言いたいことはわかるけど、ちょっと待って。さすがにこのまま質問に答えてると、要領の得ない話になりそうだから」

「そうね。よほどわからないことでもない限り、質問は控えた方がいいんじゃないかしら?」

「あ、はい…」

 

アイリさんの援護で素直に頷く凛さんだった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ説明を続けるわよ。

とりあえず、『金色の魔王』が『混沌の海』の意思なのはわかったわね? ()()は混沌という特性から、スィーフィード世界では魔族と関連付けて捉えられてたわ。実際冥王も、『魔族(じぶん)たちの母』って認識だったし。

混沌、魔族の母。ここまで言えば、サファイアが何に取り乱したかわかるんじゃないかな。

はい、ルヴィアさん!」

 

あたしはいきなり、ルヴィアさんを名指しで指を差す。

 

「えっ? ええと、貴女が発動させた術は[金色の魔王]の力を借りたもので、その制御に失敗して乗っ取られた…?」

「うーん、あたしとしては、もう少し突っ込んだ解答が欲しいんだけど。

てなわけで、凛さん!」

 

自分に回ってくるのを予想していたんだろう、凛さんは落ち着いた様子で答える。ただし、頬には一筋の汗が。

 

「[金色の魔王]に乗っ取られたということは、本当ならリナを起点として、世界が混沌の海へと還る、つまり消滅するはずだった…?」

「正解。補足すると、さっきは『闇を引き込む術』って言ったけど、正確には『虚無を引き込む術』よ」

「……そりゃあ確かに、『個人と世界を天秤にかけないで』だわ」

 

クロエがため息を吐く。

 

「実のところ、冥王がポカしなかったら、マジで世界が滅んでただろうし」

「ポカ?」

「うん。アイツってば、あたしが[金色の魔王]に乗っ取られたのに気づかないで、攻撃しちゃったのよ。で、怒ったアレに反撃されて、ビックリして逃げ回って。

結局アイツは滅ぼされたんだけど、あたしっていう人間を核とした顕現じゃあ容量が足りなかったんでしょうねー。力の使いすぎで物質世界での維持が出来なくなって、混沌の海へと還っていったってわけ」

 

あたしの説明に唖然としつつも、ルヴィアさんが口を開いた。

 

「なんだか、遠坂凛(トオサカリン)のような間抜けっぷりですわね」

「ルヴィア、あんたねぇ…」

 

あまりにもと言えばあまりにもな言いように、凛さんが反論を試みるけど。

 

「うん。あたしも言ってて、凛さんのうっかり思い出した」

「リナまで…」

 

あたしが同意したことで項垂れてしまった。

 

「ね、ねえリナ。お願いだからそんな危険な術、使わないでね!?」

「いや、使う気なんて更々ないけど…。

ああ、これも言っとかないとね。話の流れをみてもちょうどいいタイミングだし」

 

イリヤに言い返しつつ、重要なことを言っていないことに気がついた。

 

「あたし、[混沌の海]と繋がってるから」

「「「「「「は?」」」」」」

 

六人の声が見事にハモる。

 

「なんでもそのお陰で、世界の隔たりを越え、スィーフィード世界の魔族の力を借りた黒魔法を使えるらしいわ。魔術回路が無いのに術が使えるのも、向こうの法則が反映されてるんでしょうね」

 

魔術回路が無いって発言に驚きつつも、ルヴィアさんがあたしに尋ねてくる。

 

「しかしそれは、下手をすれば[金色の魔王]に乗っ取られるということでは…」

「あ、とりあえず今のところ、その心配はないって」

 

原則質問禁止だけど、さすがにルヴィアさんも不安だったろうし、これは仕方ないでしょ。

 

「それについては[ランサー]のカードの英霊に聞いたから」

 

ぴくり

 

このセリフに反応したのは、意外にもアイリさんだった。もちろん質問のような、自分の興味を他者に知らしめるような真似はしてないけど。

 

「そういえば前に、リナの秘密とカードの英霊が関係してるって言ってたね」

 

あー、そういや3枚のカード回収のときに、そんなこと美遊に言ったっけ。

 

「そうね。この…」

 

言って3枚のカードを取り出し。

 

「[バーサーカー]、[ランサー]、[セイバー]の英霊全てがあたしと関わりあるわ」

 

カードを扇状に広げ、図柄をみんなに向けながら説明をする。

 

「まずバーサーカーの英霊にカードの使い方を教わり、ランサーの英霊からあたしの術が使える理由を説明され、セイバーの英霊はカードには応用した使い方があるって言われたわ」

 

あたしは敢えて、あとのひとつは言わなかった。アイリさんのあの話に繋がるようなことは、凛さんルヴィアさんの前で言わない方がいいって思ったからだ。

 

「そしてこれが、カードの本来の使い方。

……クラスカード[セイバー]、夢幻召喚(インストール)!」

「え…」

「夢幻召喚!?」

 

イリヤとクロエが驚きの声をあげた。

そりゃそうだろう。()()()()()なんとなく使っていた夢幻召喚を、あたしが今、この場で使って見せたんだから。

今のあたしの姿は、()()()()ガウリイの格好から胸甲冑(ブレス・プレート)のみがない状態。右手にはもちろん。

 

「それって、バーサーカーを倒した時の、剣…!?」

 

凛さんは言いながら、驚愕の表情に変わっていく。どうやら気がついたようだ。この剣の特性から、その素性を。

 

「これは[烈光の剣(ゴルン・ノヴァ)]。通称[光の剣]て呼ばれてたわ」

「[光の剣]!? それでは、その英霊の名は…!」

 

あたしは頷いて、ルヴィアさんの言葉を引き継ぎ言った。

 

「真名ガウリイ=ガブリエフ。前世でのあたしの旅のパートナーにして、生涯のパートナーでもあったひとよ。

そしてバーサーカーは魔法剣士のゼルガディス=グレイワーズ、ランサーはセイルーンの姫にして武闘派の巫女、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。

みんな、あたしの仲間だったひとたちよ」

 

言ってて、当時のことが鮮明に思い出されてきた。

シルフィール、ミルガズィアさん、メフィ、ルーク、ミリーナ…。あと、おまけでナーガ。いろんな人たちと旅をしてきた。

時には辛い決断を迫られることもあったけど、それでもあたしにとっては大切な記憶だ。

長い時の中で忘れてしまったこともあるけど、きっとこの二度目の生涯が終わるまで、この事は忘れることはないだろう。

……おっと、いけない。つい感傷に耽ってしまった。今はまだ、説明の途中である。

 

「実はこの3枚のカードを回収するために黒化した彼らを倒したあと、わずかな時間だけど正常な英霊として実体化したの。

どうやらそうなるように仕掛けがしてあったらしいけど、あたしにも詳しいことはわからないわ」

『ほんと、ガウリイさんが実体化しときは、感極まって泣いてましたからねー』

 

すこーん!

 

あたしの投げた小刀の刀身が、ルビーの輪っかと中央の星の飾りとの隙間を通り、ルビーごと壁に縫いつけた。

 

「ルヴィアさん、あとで弁償します」

「いいえ。気にしなくてもよろしいですわ」

『姉さんには私から、きつく言っておきます』

「ありがと」

 

まったく、ルビーときたら…。

 

『いやー、まさに[体は子供、心は魔王]の…』

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

ぼひゅっ!

 

『あばっ!?』

 

やっと静かになったか。物理破壊は無理でも、精神攻撃は効いたみたいね。

 

「話が逸れたけど、そんな諸々の事情があってサファイアとルビーには説明してあったってわけ」

 

言ってから美遊に向き直り。

 

「だから、あのときはごめんね、美遊」

「……いいよ。リナが隠したかった気持ち、少しはわかるから」

 

美遊が許してくれて、ちょっと心が軽くなる。

なんだか、イリヤとアイリさんが同じ表情で惚けてるけど、事情を知らない二人には、何がなんたかってことなんだろう。

 

「ふう…。ようやく貴女が時々見せる、年齢に相応しくない態度のわけがわかりましたわ。

蓄積された年月だけではなく、その生きざまにこそあったのですね」

 

う、むう…。そんな評価されるほどのもんでもないと思うんだが…。

 

「世界を越えて、遥か彼方から助けに来てくれる仲間、か。ちょっと羨ましいわね」

 

クロエが少し淋しそうな笑顔で言った。この子は、まだわかってないなぁ。

 

「ちょっと、クロ。わたしたちがいるじゃない」

「イリヤ…」

 

そう。クロエはもう、独りぼっちなんかじゃない。となりにはイリヤがいる。もちろんあたしや美遊だって。その事を忘れないでいてほしい。

 

 

 

「ま、リナの説明でもうひとつ、別の謎の一端はわかったわね」

 

ん? 凛さん?

別のって、なんか謎なんてあったっけ?

 

「ああ、大師父のことですわね?」

 

あ、宝石翁…。キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。

凛さんとルヴィアさんが大師父と仰ぐ人物で、ルビー、サファイアの製作者。そして、魔術ではなく魔法を扱う魔法使い。

確かに、謎はあった。彼は何故あたしを知っていたか、という謎が。

 

「宝石翁があたしを知ってるのは確かに謎だけど、ほんとにあの説明で理由がわかるの?」

 

あたしの疑問に凛さんが答えた。

 

「ええ。むしろ納得がいったくらいよ」

「大師父の性格も鑑みれば…。

貴女の憑依転生に一枚噛んでますわね」

「はい!?」

 

魔法使いが一枚噛んでるって、一体どういうことなのよっ!?




今回のサブタイトル
NG騎士ラムネ&40 聖なる三姉妹の聖なる祈りから

はぁ…、ようやくリナの説明回が終わった。いや、次回に持ち越してはいるけど、リナの秘密に関しては、というこで。
ちなみにリナに名指しされたルヴィアの解答がフワッとしてるのは、突然のことで対応しきれなかったからで、凛さんより劣っているというわけではありません。

次回「御三家」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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御三家

お待たせしました、続きです。


≪リナside≫

うーみゅ。宝石翁があたしの転生に関わってるって、また、突拍子もないことを…。でも、二人とも確信を持ってるみたいだし。

 

「ねえ。どうして宝石翁が転生に関わってると思ったの?」

 

あたしの質問に二人は、したり顔で言う。

 

「簡単な理由よ。大師父が魔法使いたる所以だもの」

「大師父が扱うのは第二魔法、[並行世界の運用]ですわ」

 

並行世界の運用!?

 

「あのー、並行世界ってパラレルワールドのことだよね? それって、パラレルワールドを自由に移動できるとか、そ-いうことなのかな?」

 

たぶん、マンガやアニメで得たんだろう知識でイリヤが尋ねた。

 

「そんな単純なことではありませんわよ、イリヤスフィール。

並行世界の運用とはすなわち、並行世界への干渉をも意味するもの。観測された世界の本来あるべき歴史的な流れを、改竄する事も可能と聞きおよびますわ」

 

おいこら、何じゃそのチートレベルの能力は!? いや、魔法使いがとんでもない能力を持ってるのは聞いちゃあいるけど、時空レベルの干渉なんて、すでに人間の域超えてるでしょうが!

 

『まあ、それでも以前ほどの能力は無いみたいですねー。今はちょっとした切っ掛けを与えてから、傍から覗いて愉しんでるみたいですよ? あのクソジジイは』

 

復活したルビーが言った。

いや、それも十分とんでもねーから。というか、それって。

 

「ねえ、それってルビーと変わらないんじゃない?」

 

そう、まさにクロエの言うとおり。宝石翁の行動は、ルビーの普段の行いとなんらかわらない。

以前サファイアが言ってた「私達カレイドステッキを創った方」というのが、ルビーに限って言えばかなり的を射た表現だったとわかる。とんだはっちゃけジジイもいたもんだ。

おっと、話の要点はそこじゃなかった。

しかし、並行世界の運用か。うーん、でも。

 

「ねえ、凛さん。あたしは異世界からの転生よ? 並行世界の運用じゃあ、ちょっとばかし無理があるんじゃない?」

 

あたしの言葉に凛さんは、ニヤリと笑い言った。

 

「私達はこう言ったはずよ。一枚噛んでるって」

「あ…」

稲葉リナ(イナバリナ)。いえ、ここは敢えてリナ=インバースと呼ばせてもらいましょう。

貴女はおそらく、[金色の魔王]の意思によって転生したのでしょうが、こちらの世界へ導いたのは大師父ではないのでしょうか? もしくは、こちらの世界への接続の補助をしたのかもしれませんわ」

『自分の愉しみのためなら、十分やりかねませんよ、あのジジイ』

 

なるほど。ルビーが毒づくのもわかる気がしてきた。とりあえず、直接関わり合いにならないのが吉なんだろう。

それにしても接続の補助か。

あたしが転生したのはあたしの意思だけど、その切っ掛けになったリナちゃんは、こちらの世界からやって来た。そして、あたしが光の柱を通ってこの身体に憑依転生したことを考えると、リナちゃんの魂と肉体のパスは繋がったままだったはず。うむぅ、宝石翁が関わっているとしたらこのあたりか。

しかしそうなると、あいつとの関わりも気になってくる。

獣神官ゼロス。

いつ、どこでかは知らないけど、英霊となったアメリアはあたしと[混沌の海]との繋がりについて、彼から聞いたそうだ。そしてそれは彼、もしくは彼らにとって困ったときのための[保険]であるらしい。

もしそちらも関わりがあるのなら、あたしたち人間にとっても重大な問題なんだろうか?

あたしがそんなことを考えていると、ルヴィアさんがひとつ息を吐いてから言った。

 

「さて。日も暮れたことですし、そろそろ話を切りあげることといたしましょう」

 

そうか。もう、そんな時間…。

 

ばっっ!!

 

あたしは慌てて携帯の画面を見る。そこには5本の着信通知が!

 

「リナ? どうしたの」

 

冷や汗をかくあたしを見て、イリヤが尋ねてくる。

 

「あたし、お母さんに連絡入れてない…」

 

我ながら、かなり途方に暮れた声で答えた。ほんと、どうしよう?

 

 

 

 

≪third person≫

リナは自宅へ連絡を入れるために退室する。その様子を見て、凛がため息を吐き言った。

 

「あの子も結構、うっかり体質みたいね」

『[うっか凛]ならぬ[うっかリナ]ですねー』

 

凛に便乗する形でルビーが言う。もちろん、凛をからかうことも忘れずに。

 

「うーん。あとで優しく慰めてあげようかしら?」

「いやー、だめでしょ。クロの場合、そこで止まらなくてリナの怒りを買うのが目に見えてるよ」

「わたしもそう思う」

「わたしをなんだと思ってんのよ…」

 

リナを心配するクロエにだめ出しをするイリヤと美遊。さすがに若干ヘコむクロエだが、実はそのルートを選択していた場合、まさにイリヤの言うとおりの展開に発展していたのだ。何気にイリヤはクロエの救世主だったのである。

……閑話休題。

 

「さてと。私たちはそろそろお暇しましょう。セラもきっと心配してるわよ?」

 

そう言ってアイリは席を立つ。

 

「さ、イリヤちゃん。……ほら、()()()()()()!」

 

アイリに促されたクロエは、少しだけ顔を赤らめてモジモジとする。

 

(あら、可愛らしいじゃない)

 

そんなクロエの態度を見た凛が内心で思い、あたたかな視線を送った。

 

 

 

 

 

家に戻った三人は家族にクロエのことを親戚の娘と紹介し、晴れて衛宮家に迎え入れられることとなった。まあ、士郎の隠し子じゃないか発言や、クロエが士郎に熱い視線を送りイリヤがヤキモキするなんてイベントがあったのは、ほんのご愛敬である。

そして一息つき、アイリが夫妻の自室へ戻ると。

 

「誰、かしら?」

 

ベランダへのガラス戸に人影が浮かんでいることに気づき、声をかける。

 

「あたしよ。ここ、開けてもらえる?」

 

それは、先ほどまで一緒にいたリナのものだった。アイリはガラス戸を開き、彼女を招き入れる。

 

「どうしたの? お母さまから連絡が来てたって言ってたけど」

「あー、それは後でたくさん怒られることにするわ。それよりあたしは、アイリさんに尋ねたいことがあって来たのよ」

「尋ねたいこと?」

 

アイリはわざとらしく右人差し指を右頬に添え、軽く首を傾げる。

 

「そう。聖杯戦争について」

 

リナが率直に尋ねた途端に部屋の空気が張りつめたものの、彼女もこうなることは判ったうえでの発言だったので動揺することもなく言葉を続けた。

 

「言っとくけど、あたしは親友を犠牲にしてまで聖杯を使おうだなんて思っちゃいないから。ただ、アイリさんの発言や態度で気になるところがあったからね。

あとひとつ。さっきは凛さんたちがいたから言わなかったけど、セイバーの英霊、ガウリイが言ってたのよ。『聖杯を守りとおせ』ってね」

 

これにはアイリも目を丸くする。

少し間を開け、気を落ち着かせたアイリはリナに尋ねた。

 

「それで、わたしの何が気になったのかしら」

「そうね。まずアイリさんはこう言ったわよね。『イリヤには()()()()()()()()望んだことを叶える力がある』って。

でも、戦争と呼ばれるような儀式にその程度の能力じゃ、万能の願望器である聖杯と呼ぶにはランクが低いんじゃないかなーって思ったのよ。

ということは、イリヤにはまだ隠された秘密があるか、あるいはもうひとつ、本体となる聖杯があるんじゃないか。そう考えたってわけ」

 

リナの説明に沈黙をするアイリ。ならばと、リナは説明を続けることにする。

 

「そしてもうひとつ気になったのが、あたしが発した[英霊]って言葉にアイリさんが反応したってこと。

簡単に呼び出せる訳でもない英霊と話したことに驚いたってより、英霊そのものに関心を示したって感じだったからね」

 

はぁ…

 

アイリはため息を吐き、観念したかのように言った。

 

「リナちゃん。これから話すことは他言無用よ?」

「今後、聖杯戦争が大きく絡んでこない限り、口外したりはしないわ。それだって必要ないとこは言うつもりもないし。何だったら、呪術的な契約したって構わないわよ?」

「……そうね。本来なら自己強制証文(セルフギアス・スクロール)で縛りを入れたいところだけど、魔術師じゃないリナちゃんには効果がなさそうだし。

いいわ。リナちゃんを信じて話してあげる。

ただひとつ。どうしてそんなに聖杯戦争について聞きたいのか、それだけは教えてほしいの」

 

自己強制証文(セルフギアス・スクロール)。魔術師の家系が一子相伝で代々引き継ぐ魔術刻印に作用する、行動制約の呪いだ。しかし一般家庭の生まれのうえ魔術回路を持たないリナには、魔術刻印を期待できないとアイリは践んだのだ。

故に魔術師としては、「信じる」などという曖昧な理由で妥協したアイリ。それでも念を入れての確認に、けれどもリナはいやな顔ひとつせずに答える。

 

「……イリヤが関わった事件だけど、残念ながらおそらくまだ解決してないわ。そしてそれにはクラスカードも関係している。

カード契約の詠唱の中に[聖杯]って文言があるのよ。

つまりどういう形かは分からないけれど、カードは聖杯戦争と関わりがあるんじゃないかってこと。それなら…」

「私から詳しい事情を聞いた方が役に立つかもしれない、ということね。

わかりました。貴女の疑問に答えてあげます。情報の開示も貴女に一任しましょう」

 

いつもとは違う、凜とした口調と言葉遣い。おそらくこれが、アインツベルンとしてのアイリの姿なのだろう。

リナがお礼を述べると、アイリは静かに口を開いた。

 

「聖杯戦争。それは七人のマスターが七騎の英霊を奴隷(サーヴァント)として召喚し、最後の一人になるまで戦わせ、その魂をくべることで聖杯を完成させるという儀式のことよ。

まずは六騎分の魂をもって、イリヤという存在を犠牲に小聖杯が完成するわ。

さらに小聖杯を使い、六騎の魂を座へと帰すその力で大聖杯が根源への道を創り、発生した余剰エネルギーによって願いを叶えることができる。そういったことなの。

最も魔術師の目的は根源へ至ることだから、願いを叶える力はおまけみたいなものだけどね」

 

アイリは憂いの表情を浮かべている。しかしそれだけではなく、何か自虐的なニュアンスも含まれていて。

 

「あ…」

 

リナが小さく声をあげる。

十年前、聖杯戦争が起きたであろうその頃は、まだ赤ん坊だったイリヤ。なら当時、小聖杯となる人物は他にいたはずで。

 

(アイリさんが十年前の聖杯戦争の…。ううん、それよりも…)

「イリヤは、()()聖杯戦争の聖杯となるはずだったの?」

 

アイリは言った。()()、聖杯戦争は起こらない、と。裏を返せば、今までも何度かこの儀式は行われてきたのではないのか。

 

「……ええ。けれど前回、()()()聖杯戦争は未然に終わり、大聖杯は半壊した。今は次が起きないよう、切嗣(キリツグ)が頑張ってくれているわ」

 

それを聞いてリナはとりあえずの安堵をする。しかしそれと同時に、沸々と怒りがこみ上げてくる。

 

「魔術師はろくでなしの集団だって凛さんがもらしてたんだけど、そのシステム造った奴はどうしようもないクズね。

何かを成すのに犠牲が出るのは、いいことじゃないけど仕方がない部分もあるわ。でもコレは、犠牲が前提のシステムだもの。

あたしだって前世で散々人には言えないことをしてきたけど、コレは、……気に食わないわね!」

 

そんな言葉を聞きながらアイリは、苦笑いを浮かべる。

 

「耳が痛いわね。

聖杯戦争というシステムはね、御三家と呼ばれる3つの魔術師一族が役割を分担して築いたものなの。

聖杯を用意するアインツベルン。

土地を提供する遠坂。

そして英霊召喚システムを創ったマキリ。今は間桐と名乗っているわ」

「え…、凛さんや桜ねーちゃんも、聖杯戦争の関係者?」

 

リナにしては珍しいほど、目に見えて狼狽えている。

 

「いいえ。あの二人、それから間桐慎二くんは聖杯戦争のことは知らないわ」

「シンジ? ああ、あのワカメのことか」

 

あら、ひどいわね、などと言いつつコロコロと笑うアイリ。そして話を続けた。

 

「遠坂の前当主は、凛ちゃんにソレを伝えなかったようね。

間桐は当主が死んでから、叔父にあたる雁夜(かりや)くんが二人に伝えないように働きかけたみたい」

 

他人事のように言ってはいるが、それとは裏腹に確信めいたものが感じられる。

 

「そう。……うん、その方がいいわ。どんな理由があったって、切った張ったなんて関わらないに越したことはないんだから」

 

かつてクリムゾン・タウンで命を散らした、将来有望だった少女を思い浮かべながら、リナは言った。

 

「さて、と。もう少し聞きたいことがあるけど、さすがにこれ以上遅くなったら不味いし、そっちは後日ってことでいいかしら?」

「ええ。ただし内密に、ね?」

「りょーかい」

 

リナは返事をし、ガラス戸に手をかけたところで再びアイリの方を向く。

 

「アイリさん。今日はタメ口きいたりしてすみませんでした」

「いいわよ、別に。私と対等に話をするために、わざとそうしてたのよね」

 

アイリの言葉にリナは軽く頷き、今度こそガラス戸の向こうへと消えていった。




今回のサブタイトル
Fete/stay night関連のキーワード

改めまして、お待たせしました。ようやくスマホに替えての投稿です。
ガラケーよりも打つのが楽、とか言いつつ、ローマ字入力だったりしますが。
さて、本編ですが、いつもより長いうえに説明しきれずに切り上げてしまいました。完全に構成ミスです。また説明回設けないと。
次回、収まれば一回、でなければ二回の日常回を挟んでコラボが始まります。タカヒロオーさんとこのなのは、フェイト、ユーノ、そしてリナ(全員小学生時代)をお借りします。ということは、原作番外編のあの話です。かなりオリジナル色が強くなりますが。AATMとか後ろ姿がゴキブリ似とか。

次回「しあわせのかたち」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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しあわせのかたち

自分はMOVIE 2nd A'sまでしか見ていない嘘つきです。


≪リナside≫

朝の教室。あたしは机に突っ伏している。

うん、まあ、想像はつくと思うけど、昨日あたしはお母さんに、こってりしっかり叱られました。

いや、覚悟はしてたのよ? ただ、最後に与えられた罰則が、あたしの心にスターライト・ブレイカーを食らわせた。

 

---リナ。今月のアニメウィークは無しよ

 

一瞬、頭の中が真っ白になりましたよ。

うがぁぁっ! あたしの楽しみがぁっ! 一体誰のせいじゃあって、あたしのせいだあぁっ!!

なんて部屋でのたうちまわってたけど、後の祭り、時すでに遅し。罰を甘んじて受けることにしたけど、気持ちが晴れるわけでもなし。

うう、今月はついに、ViVidを借りようと思ってたのに。こんなことなら劇場版無印とA'sをクッションとして入れたりするんじゃなかった。……いや、面白かったんだけども!

 

「どーした、リナちー。随分落ち込んでるみてーだな!」

 

龍子が声をかけてきた。

 

「まあアレだ。落ち込んでてもいいことなんてないんだぜ」

「おいこら、タッツン。命が惜しくはないのか!?」

「やっぱりバカだなー、タッツンは」

 

いつもなら何を失敬な、と思うとこだけど、今のあたしは沸点が低い。

 

ずぴしっ!

 

立てた人差し指を龍子の額に勢いよく当てながら。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)(ぼそり)」

「のはぁ!?」

 

バレないように放った烈閃槍を食らい、のけ反る龍子。もちろん、さすがに威力は抑えているけど。

なんだか向こうの方で驚愕の表情であたしを見てる美遊がいるけど、別に気にするほどのもんでもないだろう。気も晴れたし。

と、そこへ。

 

どだだだだだだ!

ざっしゃああ!

 

すごい勢いで駆け込み、二人一緒にヘッドスライディングをするイリヤとクロエ。

……一体何があった?

 

 

 

 

 

「どっちが姉か、ねえ…」

 

聞いてみればなんて子供っぽい理由だろう。いや、イリヤは確かに子供だけど、クロエが関わるとより幼稚になるというか。

 

「ちょっと、そんな呆れた目で見ないでよ。

ママに煽られたってのもあるんだから!」

「ふぅん、なんか言われたの?」

「ええと、言ってたこと、そのまま言うよ?

『姉---。

そう、それは年長者にして権力者。

弟妹が発生した瞬間から、その上に立つことを宿命づけられた上位種である。

家庭内ヒエラルキーにおいては男親を超越した権力を有することすらあり、特に弟妹に対しては生涯覆らない絶対的な命令権を持つ。

彼の者曰く…。

[姉より優れた妹などいねぇ!!]』

……だって」

 

うわぁ、随分と偏った見解ねー。

 

「ねえ、リナ。前世でお姉さんがいるって言ってたよね? どんなお姉さんだったの?」

 

う…。

 

「……まさに上位種よ。人類種で姉ちゃんに敵う奴はいやしないわ」

「ちょっと、冗談はやめてよ」

 

うむ。普通は冗談だと思うよなー、やっぱり。それなら…。

 

「ふつーの剣で竜破斬(ドラグ・スレイブ)ぶった切れるような人でも?」

「すいませんでしたっ!」

 

わかればよろしい。

 

 

 

 

 

「誕生会?」

 

クロエが雀花に聞き返す。

 

「そう。7月20日にイリヤの誕生会を海でやろうと思ってるんだけどさ」

 

そう、昨日話していた誕生会のことだ。でも、イリヤの誕生日ってことは多分…。

 

「実はその日、私も誕生日なの」

「うええええっ!?」

 

やっぱりそうきたか。クロエもイリヤなら、十分あり得るとは思ってたけど。

 

「あの…」

 

ん、美遊?

 

「イリヤの誕生日って7月20日なの?」

「え? そうだけど…」

「わたしも同じ日…、誕生日……」

 

……………………。

 

「「「「「「「おおおおおおおお!? 三人が同じ誕生日!!?」」」」」」」

 

いやいや、クロエはまだしも、さすがにこれは偶然が過ぎるでしょ!?

 

「おおお俺も同じ誕生日だぜ!!」

「嘘つけーっ!」

 

龍子が話に乗っかり那奈亀がツッコミを入れる。

 

「リナの誕生日はいつなの?」

「ん? あたしは7月28日よ」

 

美遊の質問に答えるあたし。そう。実はあたしとイリヤ、それと今し方判明したクロエと美遊の誕生日は近いのだ。

 

「7月28日。獅子座生まれ。誕生花は…」

「それ以上言うなーッ!!」

 

相変わらずの知識量を披露する美遊を、あたしは大声で制した。

はっきり言って、誕生花は知られたくない。正確に言うと、いくつかある誕生花のひとつを知られたくないのだ。

あたしの考え過ぎなんだろうけど、もしもあのことに気付かれでもしたら…。

そんな心配をよそに、三人一緒の誕生会ということで話はまとまった。

 

 

 

 

 

「姉の威厳がない!」

 

トイレでいきなりイリヤは言った。

何のことかわからない雀花が聞き返すと、クロの姉的存在なのに姉っぽい威厳がないとのたまった。そして姉らしく振るいたいと、四神(三人)+αに尋ねる。

 

「うちのねーちゃんの場合だとモテカワっぽいふんわり美人だよ」

 

最初は那奈亀。奈菜巳さんはあたしも会ったことあるからよく知ってるけど、あのあざとさの割には下級生には人気があるらしい。わからんものだなー。

 

「ウチのおねぇはいいもんじゃないなー。ベタとかトーンとかコキ使うくせに、ちょっと気に入らないとガスガス蹴ってくる。

まぁ、機嫌がいい時は、たまにプリンとか買ってきてくれたりするけど」

 

うーん、雀花んとこは、姉妹そろって腐女子だったか。

しかし雀花のねーちゃん、ちょっと郷里(くに)の姉ちゃんに似てるかも。

 

「みんな、あめーな! 何より重要なのは力だろ、力!

兄貴は強ぇから兄貴なんだよ!!」

 

うん。龍子はやっぱり龍子(ザンネン)だったわ。まあ、あたしの姉ちゃんも強かったけど。

 

「わたしはひとつ下の弟がいるから、わたしがお姉ちゃんってことになるんだけど、あんまり姉の威厳とかはないと思う。

『姉ちゃんはなんか危なっかしい』ってよく心配されるし」

 

んー、美々の場合、なんか別の意味で危なっかしい気が。何というか、時々雀花と同じモノを感じたりするのよね。

 

「で、どうよイリヤ。参考になった?」

「うん…。とりあえず、全部やってみる!」

「この…、おバカさんどもーッ!!」

 

すぱぱぱぱぱーーーん!!

 

「あっ!!」

「いっ!」

「うっ?」

「えっ??」

「おっ!?」

 

あいうえおって、アンタらマンガか?

 

「えっ、リナ? いつの間に!?」

「アンタらの会話がきこえてきたから、トイレの扉の前で聞き耳を立ててたのよ」

 

って、れいせーに考えると結構恥ずかしいことしてたような。いやいや、そこは気にしちゃいかんでしょ。

ともかく。

 

「イリヤ。アンタまたテンパって勢いまかせに行動しようとしてるでしょ?」

「えうっ!?」

「冷静になってそのヴィジョンを想像してみなさいよ」

 

あたしが言うとイリヤのみならず、他のみんなも思案顔になり。

数秒後には全員から、つうーっと汗が流れる。

 

「なんだかクロから、悪い意味で心配される映像しか見えない…」

 

代表して答えたイリヤに、あたしは神妙にうなずく。

 

「アンタらが勢いまかせに行動すると、大概痛い目を見るからね。」

「いや、リナも結構勢いまかせだろ?」

 

雀花の反論にあたしは、半ばおどけて言い返した。

 

「あたしは考えた後の勢いまかせだもの。勢いだけの時は大概失敗するし」

 

自称あたしのライバルと旅してたときは、それが原因で痛い目を見たことが結構あった。

 

「うー、だったらどうすればいいのよぅ」

 

半ば拗ねたように聞くイリヤ。あ、ちょっと可愛い。

 

「それは自分で考えなさい。

言ったでしょ? あたしは基本、中立だって。今回は見るに見かねて口出ししたけど。」

「えっ、それってまだ続いてたの!?」

「とーぜん」

 

今はまだ、ね。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしはリナに諭されてから色々と考えてみた。そして気付いたのは、みんなの意見を合体させたら、属性多過ぎ!

属性を詰め込みすぎたヒロインなんて、クソゲーにしかならないって落とし神なら言うと思うし! ……いや、ギャルゲーのヒロインになりたいわけじゃないけど。

どっちにしても、四人の意見を取り入れてもすぐに身につくわけじゃないし、それぞれの属性がけんかしちゃうのが目に見えている。つまり、どれかひとつを参考程度にお手本にした方がいい。そう結論づけることにした。

 

 

 

 

 

放課後。わたしは一緒に帰る美遊に断りを入れて、少しだけ寄り道をして買い物をする。それを不審に思った美遊が尋ねてきたので、今朝と学校であったことを教えてあげた。

 

「そう、そんなことが…」

「うん。リナが諭してくれなきゃ、生き恥を晒すとこだったよ」

 

ほんと、今冷静に考えると、とんでもないことするとこだったんだと心底思う。

 

『私としては、あのまま突き進んでくれた方が面白おかしい展開になってくれて、ありがたかったんですけどねー』

「そこは止めてよー」

『いえいえ、神秘の秘匿のためにもあの場に登場するわけにはいきませんでしたから』

「本音の後に建前を言っても、意味がないと思う」

『美遊さまのおっしゃるとおりです』

 

うん。できれば本音は、隠したままにしてくれた方がありがたいんだけど。

 

「……でも確かに、クロには早めに釘を刺すというか、鎖をつけておく必要があるかもしれない」

 

え…?

 

「クロは精神的に不安定な上に破壊行動で物事を解決しようとする傾向が強い。その性質がすぐに変わるとは思えない。それに……。

ううん。とにかく油断しない方がいいと思う」

 

あのとき、わたしたちが駆けつけるまでのあいだ。

クロの中に何かを見たのかな…。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

そう言って扉を開けると、玄関にはすでにクロの靴が脱ぎ捨ててあった。

別にたいしたことするわけじゃないのに、心臓がバクバクしてきた。私は気を落ち着かせるため深呼吸をし、リビングへ足を踏み入れる。

 

「クロー、お土産買ってきたから一緒、に?」

「ん、お帰り」

 

ソファーに腰掛けながら、クロはプリンを食べていた。しかもゼブン(コンビニ)で売ってる高いやつ。

 

「なに、間抜けた顔してんのよ。イリヤの分もあるわよ」

 

え…。

 

「これ、クロが買ったんだよね。どうしてわたしの分まで…」

「いちおう、これでも感謝してるの」

 

ふぇ、感謝?

 

「あのときは本当に終わりだと思った。

勝手に生み出されて。

勝手に封印されて。

ワケもわからず復活して。

なのに、なにも成さずに消えていくんだ、って」

 

クロ…。

その独白に声をかけようとしたけど。

 

「そんなの、冗談じゃないわ!

うかつにも弱気になって諦め発言しちゃったけど。

冗談じゃない! そんな簡単に消えてたまるもんか!」

 

クロのその発言に、わたしはホッとしながらも。

 

「わたしとしては、もうちょっと弱気でいてくれてもよかったんだけどねー」

 

なんて軽口を入れてみたり。

 

「あなたねぇ…。

ちゃんと責任はとってよね」

 

へ? 責任?

 

「……相性は最高だったみたいなのよね。一番効率がよかった」

「は?」

「だからっ!

わたしが在るためには魔力が必要なの!

魔力は何もしなくても、少しずつ消費されてくの!

いつかはまた(ゼロ)になっちゃうの!」

 

うう、なんとなく予想はつくけど…。

 

「つ、つまり…」

 

聞き返さずにはいられない。

 

「また、魔力供給…、よろしくってこと」

 

あー…………。

 

「それは別にいいけどっ! どうしてそんなに照れてるのよっ!?」

 

そう。クロってば顔を真っ赤にして、視線をそらして。

同じ顔なのに、思わず可愛いなんて思っちゃったじゃない!

 

「ミユとかミミとか、チューチュー吸いまくってたくせに! 急にしおらしくなんないでよねー!!」

「う、うるさいっ!

こっちにも色々あるのよっ、心の整理とかッ!」

 

ぜはーっ、ぜはーっ……

 

「……ところでイリヤ、お土産とか言ってたけどなに買ってきたの?」

 

いきなりクロが、話をそらして聞いてきた。って、何でこのタイミングで。

ばつが悪いけど、わたしはコンビニ袋の中から買ってきたものを取り出す。それを見たクロは、あっけにとられた顔をして。

 

「ゼブンのプリン…、しかも高いやつ」

 

そう。わたしは奇しくもクロと同じものを買ってきたんだ。

 

「どうして…」

「この間、クロには悪いこと言っちゃったから。

他の人たちもそうだけど、一番傷ついたのはやっぱりクロだと思うから、これはお詫びのしるし」

 

もちろん最初は姉的行動のつもりだったんだけど、選んでるうちにそんな気持ちになってた。ミユには、あんなこと言われたから話さず終いだったけど。

 

「クロ。姉の座争いは、今日のところは終わりにして、一緒にプリン食べよ」

「……しょうがないわね」

 

クロが少し呆れながら言った。それって姉っぽいけど、今はそんなことはどうでもよくって。

わたしたちは仲よくプリンを食べた。

 

 

 

 

 

「夕食前にプリンを2つも食べるなんて、なにを考えているのですか!」

そして、二人仲よくセラに叱られました。




今回のサブタイトル
桜玉吉「しあわせのかたち」から

1話にまとめることができなかったので、次回も日常回です。オリジナル部分入れすぎた(笑)。
さて、リナが知られたくなかった、誕生花。7月28日は「オシロイバナ」「ナデシコ」「ツユクサ」「コマチソウ」などですが、知られたくなかったのは「ナデシコ」。その理由は、ナデシコの英名を調べていただければわかるかと思います。ヒントは■■■のリナ。
ついでに言うとナデシコは7月14日、7月22日の誕生花でもあるのですが、28日にした理由は獅子座だったから。リナだったら獅子座か乙女座が似合いますよね?

次回「ゆめ色クッキング」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ゆめ色クッキング

今回登場のオリキャラは、この世界の彼女と思っていただいて結構です。


≪third person≫

朝。赤毛の少年がキッチンで料理をしている。

 

「肉じゃが、ですか」

 

この家のメイド、セラが睨みつけるように言う。

 

「セラ、じろじろ見られるとやりにくいんだけど」

「なら、やめたらどうです。わたしの仕事を奪っておいて、図々しい」

 

少年、衛宮士郎の言葉にセラが愚痴る。

 

「悪いとは思ってるよ。ただ、ちょっと事情があってさ。今日の弁当は自分で作らないといけないんだ。

けど、一人前だけ作るのも効率が悪いだろ?」

「はいはい…」

 

セラはため息を吐きながら言った。

彼女だって、それくらいのことはわかっている。ただ、メイドとしてのプライドの方が勝っているだけなのだ。

そこへイリヤとクロエがやってくる。

 

「おふぁよー」

「あれ? 朝ごはん、お兄ちゃんが作ってるの?」

「ああ、もうすぐできるよ」

 

クロエにそう返すと。

 

「そうだ、お兄ちゃん。今日、家庭科でパウンドケーキ作るの! お兄ちゃんのためにおいしく作るから、楽しみにしててね!」

 

この発言に即座に反応したのは、当然イリヤだ。

 

「わ、わたしも作るから! クロのよりおいしく!」

「それって勝負するってこと? イリヤ、料理得意じゃないくせに」

「そんなの、クロも一緒でしょ! 条件は同じだわ!」

「フラグは立ったわね」

「フラグ!?」

 

朝っぱらから姦しい二人であった。

 

 

 

 

 

調理実習室。その一角に、相対して居並ぶ二組。

 

「このグループ分けは、おかしくない!? 戦力の偏りがひどいような気が!」

 

そう異議を申し立てるイリヤ。しかしそれも致し方のないことである。なぜなら。

 

A班

・クロエ

・美遊

・美々

 

B班

・イリヤ

・那奈亀

・雀花

・龍子

 

このようにクロエの元には料理上手の美遊とそつなくこなす美々が、イリヤの元にはイリヤとどっこいの雀花と那奈亀、そしてどう考えてもマイナスにしかならない龍子がいるのだ。

その時イリヤは思った。

 

---どれほど上手に作っても、絶対タツコがだめにするッ!

 

……と。

だがしかし、イリヤに救いの手が差し伸べられた。

 

「そんだったら、タツコはうちの班で預かろうか?」

「え…」

「リナ!?」

 

これにはイリヤたちも驚いた。いや、彼女たちだけではない。

 

「あ、あの、リナ…?」

 

リナと同じ班になった女の子も戸惑っている。

それはそうだ。仲のよいイリヤたちでさえ持て余しているのが龍子なのだ。ただのクラスメイトでしかない少女には荷が重くて当然である。

 

「ん。なに、ミリィ。心配?

なーに、大丈夫だって。あたしたち二人ならこんくらいの障害…」

 

龍子の首根っ子を掴みながら言うリナ。

 

「リナ、離しやがれ! 俺はイリヤたちとハンバーグを作るんだっ!」

 

案の定、なにを作るのかわかっていない龍子がわめくが。

 

眠り(スリーピング)(ぼそっ)」

 

がくっ

くーくー……

 

「あら、寝ちゃったわ。テンション上がりすぎて疲れちゃったのかしらねー」

 

突如眠りだした龍子に、すっとぼけたことを言うリナ。しかしそんなリナを、驚愕の目で見るものが二人。イリヤと美遊だ。

 

((最近のリナ、容赦がないッ!!))

 

二人は心の中で、そうつぶやいた。

 

「(ちょっとリナ! 貴女、中立とか言ってなかったっけ!?)」

 

すっと近づいたクロエが、リナに耳打ちするように言う。

 

「(いや、イリヤのセリフじゃないけど、さすがにあの戦力差はひどいと思って。

あ、言っとくけど、もしクロエのチームに龍子が入った場合でも、ちゃんと引き抜いてたから)」

 

このリナの説明に、クロエも文句が言えない。と、そこへ。

 

「はーい、それじゃあ調理開始ー」

 

大河が号令をかけた。

 

「くっ、仕方ないわね」

 

言ってくるりと振り返り。

 

「ともかくイリヤ! 勝負よ!」

 

ビシッと指さし、宣戦布告をするクロエだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、リナ。あなた龍子に何かやった?」

 

調理を開始してすぐ、同じ班の金髪の女の子…、星見ミリィがリナに尋ねた。

 

「ん…、何かって?」

「だってあんな眠り方、不自然じゃない」

 

とぼけようとするリナに、至極真っ当な意見を述べるミリィ。これにはリナも、あっさりととぼけるのを止めた。

 

「まあ、催眠術みたいなものよ。厳密には違うし、詳しいことは内緒だけど」

「内緒って、教えてくれたっていいじゃない」

 

するとリナは人差し指を口に当てる仕草をして。

 

「女はね。秘密を着飾って女になるものなのよ」

 

どこぞの組織の構成員のようなことを言って(けむ)に巻く。

 

「アンタは不二子ちゃんか!?」

 

……どうやらミリィは、女盗賊の方と勘違いしたようだが。

ちなみに、こんなことを言い合いながらも手はきちんと動いているあたり、二人とも手慣れたものである。

 

「まあ、ともかく…」

 

何かを言おうとしたリナは、しかし次の瞬間にはその場からいなくなっている。

 

「このお間抜けさーんッッ!」

 

すぱぁん!

 

気がつけばリナは向こうの方で、美遊の頭をスリッパでひっぱたいていた。

 

「この材料は余ってるんじゃなくて、失敗したときのために余らせてあるの! ついで感覚でお菓子を作ろうとするんじゃない!!」

「……そうなの?」

「あとクロエ! アンタもきちんと止めさせなさいよね!?」

「やーい。クロ、怒られてるー」

「イリヤ。それ、妹的発言よ?」

「はぅあっ!?」

「あのぅ、リナちゃん? それ、先生の仕事なんだけど…」

「それじゃあ、ちゃんと仕事してください!」

 

こんな感じで騒動を収め、ミリィの元まで戻ってきた。

 

「えーと、リナ。なんてゆーか…、お疲れさま」

「ありがと、ミリィ。ところで…」

 

リナが調理台の上を見て。

 

「なんでおたまが折れてんの?」

「え? お菓子作りじゃよくあることじゃない?」

「ホントにそう思ってる?」

 

そう言ってミリィのことをじいっと見つめる。彼女は至って平然とした表情をしていたが。

 

つぅっ……

 

ミリィの頬を伝う汗が、全てを物語っていた。

 

「……とりあえず、あたしが目を離してる間は料理の手を止めるように」

「……はい」

 

 

 

 

 

「……ところでミリィは、()()にどんな想いを込めるのかなー?」

 

リナのいきなりの発言に、ミリィの動きが止まる。

 

「想いって、なんのことかなぁ?」

 

今度はミリィがとぼけて返す。

 

「アンタねぇ。あそこの銀髪擬似姉妹同様、クラスのみんなには筒抜けなのよ?」

「んー? 言ってる意味がわかんないなぁ」

 

なおもとぼけ続けるミリィ。

 

「……3組の青川(あおがわ)(けい)

 

ぴくり

 

「最近女の子にもててるみたいねー?」

 

ぴぴくぅ

 

「なんだか誕生日には、いろんな女子(ひと)からプレゼントもらったとか…?」

 

だんっっっ!!!

 

「そうよ、慧ににあげるのよ!! なんか文句ある!?」

「いんや、ない。頑張ってね♡」

「ぐふぅ!!」

 

リナにからかわれたことがわかり、調理台に突っ伏すミリィ。

 

「ほら、パウンドケーキさっさと仕上げないと」

「ごめん、リナ。少しだけ泣かせて…」

 

 

 

 

 

それでも生地は出来あがり、型に入れたものを大河に手渡した。

 

「ふみゅ。これで一安心ってとこかしらね」

 

リナはふうっと一息吐く。

だが。この油断がいけなかった。

 

「あーーーーっ!

タツコがなんか入れたーーーーッ!!」

 

イリヤの絶叫が響き渡る。

 

「なっ、龍子!?」

 

気がつけば、眠っていたはずの龍子はイリヤの班で、雀花と那奈亀にフクロにされている。

 

「てめぇ、なにを入れた!?」

「フ、フリ■ク…」

「フリ■クだとー!?」

 

そんなやりとりのさなか、大河が。

 

「イリヤちゃん、もう焼き始めないと間に合わないわよー!」

「うわーん、もうこのまま出すしかないーっ!」

 

その様子を見たリナは、つぶやいた。

 

「……ごめん、イリヤ。あたしが甘かったわ」

 

 

 

 

 

穂群原小(ホムショー)から少し離れた場所に位置する高校、穂群原学園高等部。お昼休みにちょっとしたバトルが繰り広げられた。

 

「覚悟はいい? 衛宮くん」

「そちらこそ。おかずの貯蔵は充分か、遠坂?」

 

生徒会室で衛宮士郎と遠坂凛が、睨みを利かせ合っている。

 

「こら、女狐。煽ってるんじゃない。衛宮も乗っかってどうする」

「そうですわよ。今日はお昼をみんなでシェアしようということだったはず。シェロとの勝負はそのついででしょう?」

 

士郎の親友である柳洞寺住職の息子、柳洞一成とルヴィアに窘められる二人。森山菜奈巳はその様子を引きつった表情で見ている。

 

「くぅっ、柳洞くんならまだしも、ルヴィアに窘められるなんてッ!」

「済まない、一成。どうも料理には妥協できなくて」

 

一成は二人の意見にふむ、とうなずく。

 

「なら後顧の憂いの無きよう、早々に勝負を済ませた方がいいだろう」

「……どうでもいいけど三人とも、衛宮くん贔屓なんかしないでしょうね?」

 

凛が据わった眼差しで三人を見る。

 

「侮るなよ、女狐。確かに衛宮は親友だが、正々堂々の勝負に私情を挟むような真似などせんわ!」

(ワタクシ)も、シェロが正々堂々を望むのなら、そのような卑劣な真似など致しませんわ」

「私も、士郎くんがそう望んでるなら…」

「なんだか女子ふたりの理由が微妙な気もするけど、まあいいわ。

……それじゃあ衛宮くん」

「ああ。いざ、尋常に勝負!」

 

 

 

 

 

夕刻。衛宮家にはイリヤ、クロエの他に、なぜかリナの姿が。

 

「あれ? リナちゃん?」

 

帰宅した士郎が疑問を口にする。

 

「あ、あたしも士郎さんに用事があって。急ぎじゃないからイリヤたちの後でいいですよ」

「そうか?」

 

リナの説明に軽く言葉を返すと、士郎はイリヤとクロエの方に向き直る。

 

「「お兄ちゃん」」

 

クロエはハツラツと、イリヤは恐る恐るパウンドケーキを差し出した。

 

「へえ、よく出来てるじゃないか」

「……おいしく出来たとは思うんだ。

その…、当たりさえ引かなければ」

 

イリヤが消え入りそうな声で説明をする。

するとクロエが、とんでもない提案を持ちかけてきた。

 

 

「どっちがおいしいか判定して。贔屓なしで公正にね!

勝った方にはキス!」

「キッ!?

ちょっと、勝手に…!!」

「ハハハ、公正に、か。安心してくれよ、クロ」

 

イリヤの抗議も聞かずに話を進める士郎。

 

「俺は……、

料理に関して嘘は許さない!!!」

((ああ、不必要に真剣な顔のお兄ちゃんもステキ…!))

 

変なところで変な盛り上がりを見せる、変な兄妹であった。

 

~~~もぐもぐタイム~~~

 

「まずはクロのだけど、すごくよくできてる。

ひとつひとつの工程を丁寧に重ねたんだろう。仕上がりにムラがない」

「えへへー」

 

士郎に褒められて照れるクロエ。しかし。

 

「でも、これは俺のじゃなく別の誰かのための味だ」

 

クロエは笑顔のまま固まる。

 

「若干甘みが強く、イリヤの方に入っているラム酒漬けのドライフルーツが入ってない。

多分もっと小さい子向けの、例えば『姉が弟のために作ったお菓子』ってところか」

 

士郎の推理に衝撃を受けるクロエ。

 

「……さすがね、刑事さん。それはわたしじゃなくミミがつくったもの。

けど、それがなんだって言うの!? おいしければ誰が作ったっていいじゃない!」

 

開き直ったクロエが言う。ちなみにもちろん、ケーキ作りは美遊も手伝っているが、弟にあげるという美々の方に合わせていたためにこの出来に落ち着いたのである。

ともかくも開き直るクロエに対し。

 

「それはどうかな」

 

そう言って士郎は、イリヤの作ったケーキを見せる。

 

「まさか、そっちの方が美味しかったって言うつもり?」

「いや、生地の出来は悪くはなかったんだけど…。

フリ■クはなんかの間違いだと思いたい」

「やっぱりーー!?」

 

イリヤはがっくりと項垂れる。

 

「あ、悪い。はっきり言いすぎた。

……でも、そういうことじゃないんだよ」

 

そう言って士郎が語ったのは、自身がまだ中学にも上がっていない、イリヤも小学校に上がったか上がってないかという頃。

 

 

 

 

 

当時、洋食しか作らない、いや、作れなかったセラ。和食が食べたかった士郎はセラに無理を言い、自分で肉じゃがを作ろうとしたが見事に失敗をする。

 

---こんな当てつけのようなことをされては不愉快です!

---もういいよ! 料理なんて二度とやらない!

 

そう言って失敗した肉じゃがを捨てようとお皿を手にしたとき、小さな手が伸びて料理とは呼べないものをつまみ、自らの口へ放り込む。

 

---まじゅい

 

それは、まだ幼いイリヤ。

こんな焦げたものを食べてはいけない、捨てるところだったとセラが言ったものの、イリヤはまた手を伸ばし口へと運ぶ。

 

---捨てちゃ、だめ

---おいしくないけど、たべる

 

 

 

 

 

「……料理は愛情って言うけどさ。それは作る側だけじゃなくて、食べる側にも言えるんだよな。

だから、イリヤが一生懸命作ったんだってことは、ちゃんと伝わったよ」

 

そう言って士郎は、イリヤの額にキスをする。

 

「っこのロリコン&シスコーーーン!」

 

その様子を見ていたセラが掃除機のノズルを勢いよく振り下ろす。が。

 

ぱしぃっ!

 

「……っな、リナさん!?」

「ごめんね。まだあたしの用事が終わってないのよ」

 

白羽取りで受け止めたリナが言い、さらには。

 

「リズさん、おねがい!」

「おけー」

 

返事を返したリーゼリットがセラを羽交い締めにする。

 

「な、リズ! なにを!?」

「リズさんには前もって、お菓子で買収しておきました♪

てなわけで士郎さん、はいこれ」

 

そう言って士郎に差し出したのは、イリヤたちと同じパウンドケーキ。

 

「リナちゃん、これって……」

「いやぁ、よく料理教わってるからそのお礼と、こないだ脇腹にブローきめたから、そのお詫びってことで」

 

頭の後ろを掻きながら、リナは言った。

 

「あ、だいたいの工程は同じ班の子がやったから、士郎さんへの想いは詰まってないので。あしからず」

 

おどけた調子で言葉を付け足すリナ。

 

「いや、ありがとう。うれしいよ」

 

士郎は優しい笑顔をリナに向けた。

 

 

 

 

 

「と、ところで、なんで今朝は自分でお弁当を作ったんです…?」

「ちょっとした弁当勝負があってさ。いちおう勝ったぞ」

「そ、そうですか…」

 

いつの間にかリーゼリットに腕ひしぎを喰らっているセラは、かろうじてそう、返事を返したのだった。




今回のサブタイトル
くりた陸「ゆめ色クッキング」から

更新時間が遅れてすみません。蘭展行ったら思ったより時間を使ってしまって。書き上げるのが遅れてしまいました。
では改めて。
というわけで、今回はクッキングバトルだったわけですが、イリヤの被害はリナのおかげで最小限に抑えられました。原作だと(ハンバーグに使う)ナツメグまで入れられてますから。
そして今回のオリキャラ、まえがきにも書きましたが、この世界における彼女です。
祖父は日本に帰化した西洋人。アレが存在しないため、家族仲は良好。最近は、はとこで幼馴染みの青川慧が気になっている模様。……と、だいたいこんな感じです。今のところ、今後の登場予定はありませんが。

さて、いよいよ次回からコラボが始まります。今までの伏線(ネタ多し)やこれからの伏線(結構マジ)が含まれるので、番外編ではなく本編とします。

次回「世界(そら)の戒め解き放たれし」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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世界(そら)の戒め解き放たれし

何気ない日常のちょっとしたきっかけ。
そんな些細なことから交錯する、数多の世界。
融合した世界で出会う魔法少女たち。
魔法少女リリカルすれいや〜ず! コラボ、始まります。


≪リナside≫

クロエが衛宮家に迎え入れられて、およそ一週間。イリヤとクロエはどっちが姉かで争ったり、調理実習で争ったりと交友を深めてる。

そして本日、プールの授業でもまた、一騒動起こりそうな空気が漂っていた。

その引き金となったのは、イリヤが美遊にある提案を持ちかけたこと。

 

「勝負よ、ミユ!」

「勝負?」

「負けた方はアイス奢りね」

 

等というフラグ立てまくりの台詞を吐いてると、それに便乗した人物が。

 

「いいじゃない。わたしも参加させて!」

「「クロ!」」

 

まあ、押して知るべし、だ。そして、この三人が関わるとなれば当然…。

 

「もちろんリナも参加するわよね?」

 

あたしにも飛び火するわけで。

 

はあ…

 

予想していたこととはいえ、ため息のひとつも出ようと言うものだ。

そもそもこの勝負、あたしにはきわめて勝ち目が薄い。あたしも普段鍛えているとはいえ、イリヤと美遊の身体能力には及ばない。クロエに至っては、英霊の能力で規格外である。これでどうやって勝てと?

 

「せんせー、イリヤたちと勝負したいから4コース分使わせてー!」

「えー、しょうがないわねぇ。

美々ちゃん、タイム計るの手伝ってくれる? 私はあと二つ、ストップウォッチ取ってくるから」

「わかりました」

 

なんか、あたしが物思いに耽ってる間に、サクサク話が進んでるんですけど?

しょうがないなー、それなら打てる手は打っときますか。

 

「三人とも、あたしについてきて」

 

言ってあたしは更衣室へと向かった。

 

 

 

 

 

「ちょっとリナ。こんなところに連れ込んで、なにしようっていうの?」

「イリヤ、美遊。中を覗かれないように見張ってて」

 

クロエの質問には答えず、イリヤと美遊に指示を出す。

 

「リナ、まさか!

わたしと、しっぽりネットリ組んず解れつ…」

「するか、ボケェッ!!」

 

どげしっ!

 

クロエのドタマにチョップ一閃。ちなみに、イリヤの水泳キャップの下の誰かさんがウニウニと反応してるけど、取りあえずは無視。

頭を抱えてうずくまるクロエも無視して、着替えの入った袋から五つの硝子玉を取り出す。まさか、これを使う日が来るとは。

 

明りよ(ライティング)

 

あたしは明かりを生み出し、さらに。

 

トスッ

 

小刀を使い、影縛り(シャドウ・スナップ)でクロエの影を縫い止める。

 

「リナ、何を!?」

 

予想外の事態に、クロエは思考が追いついていないようだ。

これは好都合。ならば今のうちに。

あたしは硝子玉を、円周上に等間隔に配置し、小さく呪文を唱え。

 

逆五芒魔封陣(アストラル・シール)!!」

 

[力あることば]とともに硝子玉が逆五芒星を紡ぎ。

 

ばぢっ

 

「ッ!!」

 

電気がスパークするような音と同時に、クロエが顔をしかめる。

どうやら成功したみたいね。

 

「なにを、したの?」

「まあ、取りあえず、なんか魔術を使ってみて」

 

小刀を引き抜きながら、あたしは答える。

 

「な…!?

くっ、投影開始(トレースオン)!」

 

あたしの返しに嫌な予感がしたんだろう。慌てて詠唱を始めるが…。

 

「投影、出来ない…」

「え? どうゆーこと?」

「魔力を封じたのよ。こっちの魔術に効果があるかはわかんなかったけど、上手くいったみたいね」

 

イリヤの疑問に答えるあたし。

実はこの術、スィーフィード世界で高位の魔族が使っていたものを、人の身で使えるようにあたしが開発したオリジナルだ。当然、黒魔法に分類される。

 

「すごい…」

「ま、持って10分くらいの効果だけどね」

 

本来は半永久的に封印するものなんだけど、人の魔力容量(キャパシティ)じゃどう逆立ちしたって、魔族に勝てるはずがないのだ。まあ、本来の使い手だった者とは別の魔族から力を借りてることも、関係してるのかもしんないけど。

 

「でもこれで、クロエの天然イカサマは使えないわ」

「ナイス、リナ!」

 

イリヤが親指をびっ! と立てながら言った。

 

「やってくれたわね、リナ」

「いや、アンタが反則級なだけだから。それに、効果もすぐに無くなるんだからいーじゃない」

「むー…」

 

クロエが言い返せずにむくれてる。こういうところはイリヤとよく似ているわ。うん、可愛い可愛い。

 

「さ、タイガが帰ってくる前に戻りましょ」

 

言ってあたしは三人に移動を促した。

 

 

 

 

 

「あー、どこいってたの? 勝負するんじゃなかったの!?」

 

タイガはすでに戻ってた。うーん、無駄なとこで有能ね…。

 

「いやー、勝負するからにはガチでいこうと思って、ちょっと準備を…」

「そっか、女の子だもんね。エチケットは大事よね」

 

どうやら先生はトイレを済ましに行ったと思ったらしい。ま、別にいいけど。

ともかくあたしたちは、2コースから5コースまでをイリヤ、クロエ、あたし、美遊の順で並んで立った。

 

「位置についてー」

 

タイガの掛け声とともに、飛び込み用の台に立つ。

 

「よーい…」

 

あたしたちは飛び込むための姿勢をとり。

 

「スタート!!」

 

号令と共に、一斉に飛び込んだ。

 

ごずっ!!!!

ずりずりずりー…

ぱたん

 

…………。

 

「いっ……たあああーいっ!!

顔中いたい!!」

「ちょっと、何なのよコレ!?」

「……ッッ!!」

 

三人とも、目茶苦茶痛そうね。かくいうあたしも目茶苦茶痛い。

 

「なんで水がなくなって…」

 

そう。イリヤが言う通り、あたしたちは水のないコンクリの床に顔面から突っ込み、そのまま慣性の法則で滑っていったのだ。これで痛くないわけがない。クロエなんて、×2だし。

 

治癒(リカバリィ)

 

こっそり治癒魔法をかけとくあたし。

しかし異常はそれだけではなかった。

自分たちが今いるところを含めて、その一部を水没させているビル群。なんだかどこかで見たような。

そして上下逆さまに漂う建築物。そちらもビルが多いけど、公共施設っぽいものや、大きな時計台なんかもある。しかもこちらも、一部を水没させている。一体どーなってんだ?

さらには巨大な岩が漂っていたりもする。

 

「えっと、どゆこと?」

 

混迷をきわめたイリヤが呟いた。

 

 

 

 

 

イリヤと美遊は魔法少女に転身し、空から周りの様子を伺う。

一方のあたしとクロエは、ビルの屋上を飛び移りながら、周辺の偵察をしている。

……なんで翔封界で上空を行かないか。実はクロエにかけた術が解けたあと、二人で行動することを条件に学校の制服を投影してもらったのだ。

で、あたしの翔封界、総重量と速度と高度の総和が術者の力量に比例する。つまりクロエを抱えた状態だと、高度をあげればスピードが出ないしスピード出すなら水面近くを飛ばなきゃなんない、というわけだ。

そして今、あたしがどういう状態かというと、クロエに背負われていた。

だって仕方ないじゃない! あたしにはビルを飛び移るなんて、出来ないんだからっ!

 

「いやー、リナが全面的に頼るなんて珍しいわー」

 

ニヤニヤしながら言うんじゃない! ……まったく、もう。

はぁ、イリヤと美遊はきちんとやってるのかしら?

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたしはミユと一緒に上空、……てより空中かな? そこを飛び回りながら辺りを見て回ってた。

 

「うわー、広いね。

いったい何なのかな、ここ。鏡面界に似た雰囲気だけど…」

「ううん。実数境界の格子模様がないし、構造物もデタラメ。鏡面界とはまた違う、凄く曖昧な空間…」

 

う〜ん、こんなメンドーな事をするっていえば。

 

「めちゃくちゃな事態にはもう慣れっこだけど、今回のはちょっと突拍子もなさ過ぎじゃない、ルビー?」

『おっと、わたしを犯人扱いですか、イリヤさん?

残念ながら、今回わたしは関与しておりませんよ。巻き込まれた、あわれな迷子ちゃんです』

 

えっ、そうなの? てっきりルビーが犯人かと。っていうか。

 

「それじゃ、どうするの?」

『さーて、どうしましょう?』

 

なっ。巻き込まれたのに楽しんでない!?

 

『犯人を探しましょう』

 

そう言ったのはサファイアだった。

 

『この空間は人為的なものと思われます。

見たところ、複数の空間が相似性を無視して融合しています。どこかの世界で多次元方向に移動、あるいは膨張展開する何かが起こったと考えるのが自然かと』

『まー、次元創成の失敗あたりが原因でしょうね。ねじれ位置の世界が、いくつか巻き込まれた感じです。

たまにあるんですよね、こういうのー。迷惑な話です』

 

……???

 

「えーと、子供にもわかる言葉で話してほしいのですが…?」

『つまるところ、ここから脱出したかったら、どこかにいる犯人さんをサーチ&デストロればいいってわけです』

「犯人かぁ…」

 

んー、無駄だと思うけど、ダメ元、かな? わたしたちは近くに浮かぶ、比較的大きめの岩の上に降りて。

 

「とりあえず呼んでみる?」

 

これで出てきてくれれば話は早く済むんだし、やるだけやってみよう!

……考えてみれば、これがフラグになってたんだろうなー。

 

「おーい、犯人さー……ん?」

 

後ろから強烈な気配がして、ゆっくりと振り返ると。

 

グルルル……

 

ええと? なんだか有名RPGのデーモン系モンスターみたいのが、わんさかいるんだけど…?

 

ガアアアア!!

 

モンスターが一斉にほえると、全てのモンスターの前に10本前後の火の矢が現れた。

 

『あれはリナさまが使われていた、フレア・アローでは…!?』

『さすがにAクラスの魔術障壁でも、あれだけの物理的熱量は危険ですっ!』

「と、とりあえず…ッ!!」

 

オオオオ…!!

 

モンスターたちのフレア・アローが一気に襲いかかってきた!

 

「散開!!!」

 

わたしたちは左右に跳んでそれをかわしたっ!

 

「ミユ!」

「わかってる!」

 

二人とも、ステッキに魔力を集めて。

 

斬撃(シュナイデン)!!」

放射(シュート)!!」

 

わたしとミユの攻撃が、それぞれのモンスターに直撃して消滅させたけど。

 

「……一匹づつじゃ、焼け石に水だね」

「うん…」

 

そう。わたしたちの前には、岩の上を埋め尽くさんばかりのモンスターの群れ!

うーん、こうなりゃ一旦逃げようか?

そのとき。

 

「いくよ、レイジングハート」

 

上空から、わたしの知らない声が聞こえた。

上を見上げると二つの人影が。そのうちの一人が、杖に魔力を集めて構えている。

 

「なにか、来る!」

「ディバイン……バスター!!!」

 

強力な魔力砲がモンスターたちの()()()()()()消滅させた。それだけでも驚きだけど、次に聞こえてきた言葉の方が、私たちにとっては驚きだった。

 

「次、()()()()()!」

 

え…。リナちゃん?

 

『黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの…』

「こ、これって…」

「ドラグ・スレイブ!?」

 

上空で詠唱する呪文に、わたしとミユは、ただ呆然とするしかなかった。

モンスターたちは、わたしたちより上空の二人の方が危険だと思ったのか、空に向かってフレア・アロー飛ばしていく。でも。

 

ばしゅうぅぅ…

 

命中しそうなものはすべて、最初の攻撃をした子が防いでいる。

 

『……我と汝が力もて

等しく滅びを与えんことを!』

 

そんな中、呪文の詠唱が終わって。

 

「竜破斬[ドラグ・スレイブ]!!」

 

破滅をもたらす赤い絶望が、残りのモンスターたちすべてを消滅させた。

 

「えっと、大丈夫なの?」

 

変わった形の杖を持ったツインテールの、多分わたしと同じか少し下くらいの女の子が、わたしたちの前に降り立ち尋ねてきた。

 

「出力は調整したつもりだけど…」

 

こ、これは…。

 

「本物だ。本物の魔法少女だ…」

 

わたしたちみたいな、なんちゃってなんかじゃない! これはリナじゃなくてもテンションあがるッ!!

……って、そういえば。

タイミングを見計らったかのように、遅れて降りてきたのは。

 

「あなたたち、大丈夫? 巻き込まれたりしなかった?」

 

わたしたちの知る人物と、顔も声もまったく一緒で。

 

「「リナ!?」」

「……へ? どうしてあたしの名前を?」

 

わたしたちに名前を呼ばれ、まの抜けた顔で驚くのはまさしく、リナその人でした。




今回のサブタイトル
神坂一「スレイヤーズ」呪文の一節から

というわけでついに始まりました、「ドラまた☆リナ × リリカルすれいや〜ず」、タカヒロオーさんとのコラボです。
原作プリヤの「リリなの × プリヤ」が元になってますが、原作よりも複雑な状況になってます。まえがきはTVシリーズのなのはを意識して書いてみましたが、あの雰囲気はやっぱり難しいですね。
そして今回、アイツが出ます。Gに似たあの男です。一体どういう活躍を、するのか、しないのか。出番はまだ先ですが、乞うご期待です。

次回「魔法少女リリカルなのは」
リリカル、マジカル、(小説)がんばります!(作者)


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魔法少女リリカルなのは

何気に伏線回収してたり。


≪リナside≫

クロエと共に探索を始めて十数分。

 

「ほんと、おかしな空間よねー」

 

探索に飽きはじめたクロエが独り言のような、話しかけるような、曖昧な口調で呟いた。

いちおー、あたしに話しかけてる前提で言葉を返す。

 

「何て言うか、これと似た雰囲気の空間なら体験したことあるわよ」

「え? そうなの?」

「ええ。向こう、スィーフィード世界でね」

 

そう。この空間は、魔族が創った亜空間に何となく似ているのだ。もちろん似てるだけで同じとも思えないんだけど、なんだか引っ掛かるのよねー。

と、雑談をしながら進むうちに、何やら妙な気配を感じた。そう、誰かが戦っているような…。

 

どおおぉぉ…ん

 

いや、マジで戦ってる!?

 

「クロエ!」

「わかってる!」

 

クロエはスピードをあげて爆発音のした方へ進む。しばらく行くと上空に、翼を生やした無数の、って、あれ羽根つきのレッサーデーモンじゃない! なんであんなものが!?

 

「リナ! 囲まれながら戦ってる人がいる!」

 

言ってクロエが指差す方を見てみると…。いた!

確かにレッサーデーモンに囲まれて戦う、一組の男女の姿が…、え? ちょっと待って!?

金髪をツインテールにして黒い衣装を身に纏った、10才くらいの女の子。手にはハルバードを思わせる武器が、大鎌のような光刃を創り出している。

その衣装には見覚えがあるし、その子の見た目も()()()()()()()()()()()()()()()()っていうイメージそのまんま。

もう一人の少年も10才前後で、ブラウン罹った金髪の少し女の子っぽい顔立ち。額には鉢金、衣装は和服っぽい感じ、……陣羽織を纏った戦国武将風のいでたちで、手には光の刃を生み出す剣が握られていた。ナリはそうでもないけどその顔は、やはりある少年を彷彿とさせる。

しかし、あの剣ってまるで…。

と、その時。大分近づいたからか、二人の話し声が聞こえてきた。

 

「今から広範囲の術を使うから気をつけて」

「わかった」

 

少女の言葉に少年が承諾をする。その声も、あたしが知るものによく似てる。

 

「サンダーレイジ!!」

 

少女が放った雷撃が彼女を中心とした広範囲を襲い、レッサーデーモンの半数以上を塵へと還した。しかし残ったデーモンたちが、再び二人へ襲いかかろうとする。

 

「クロエ」

「わかった」

 

クロエは頷き。

 

投影開始(トレースオン)!」

 

投影した捻れた矢を弓につがえ、

 

偽・偽・螺旋剣(カラドボルグⅢ)!」

 

敵の群れの真ん中へ射た。

 

「ばかね! 避けなさいっ!!」

 

クロエの放った言葉に気がつき、上空の二人は慌てて逃げる。

矢はレッサーデーモンの一匹に命中する、その直前に。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

どぐおぉぉぉん!!!

 

クロエの掛け声とともに矢は大爆発を起こし、多くのデーモンたちを巻き込んだ。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。あらかじめ聞いてはいたけど、コレほどの威力とは。

神秘を秘めた武具に込められた魔力を、起爆剤として炸裂させる使い捨ての技。投影品をいくらでも造り出せる、アーチャー(クロエ)だからこその技でもある。

 

「クロエ…」

 

あたしはクロエの耳元に口を寄せて指示を出す。軽く頷くのを確認して、呪文の詠唱を始めた。

一方クロエは、一旦その身を屈め。

 

だんっ!

 

敵に向かって力強く跳躍する。

敵に近づく中、()()()二人の驚く顔が視界を掠めるけど、今は目の前の敵!

 

烈閃牙条(ディスラッシュ)!」

 

射程範囲に入った瞬間、あたしは術を発動させる。精神にダメージを与える数条の光の槍がデーモンたちに命中、消滅させた。

 

投影(トレース)…」

 

クロエは敵のさらに上に、複数の刀剣類を投影し、そのまま落下させた。

名もない、それでも神秘を秘めた魔剣、聖剣が敵に突き刺さり、その数を減らしていく。

 

「サンダーレイジっ!!」

 

さらに少女の、二回目の広範囲雷撃魔法攻撃で、残りを一桁にまで減らし。

 

「ハアッ!!」

 

少年が振るう剣によって、最後の一匹までもが消滅した。

その勇姿を見届けなから落下していくあたしたち。このままだと、水面に叩きつけられるけど。

 

浮遊(レビテーション)

 

唱えた術で落下は止まり、そのままゆっくりと近くのビルの屋上に移動して降り立つ。

それを追いかけるように、二人の魔導師もあたしのすぐ近くに降り立った。

うん、この二人ってやっぱり…。

 

「「リナ…?」」

 

はい!?

 

「ちょっと、あなたたち! なんでリナのこと、知ってんのよ!?」

「いや、なんでって言われても…」

 

少年が言い淀んでいる、そのとき。

 

『……リナ、聞こえる!?』

 

更衣室に行ったときに念のために持ってきた[遠話球(テレフォン・オーブ)]から、イリヤの声が聞こえてきた。

 

「聞こえるわよ。どうしたの、イリヤ」

 

遠話球をつまみ、口許まで持ってきて返事を返す。

 

『リナ、本物の魔法少女! 本物の魔法少女がいたんだよ!!』

『イリヤ。それじゃあリナも訳がわからないよ』

 

途中で美遊が割り込んできた。

 

『リナ。こっちはわたしたち以外の、二人の魔法少女と遭遇した。そのうちの一人が、その…』

「どうしたの、美遊?」

 

なんだ、美遊が言いあぐねてる?

 

『……リナ、なんだけど』

 

はあっ!? 魔法少女の一人があたし? すると。

 

『ええっ! そっちにもリナちゃんがいるの!?』

 

おそらく、ルビーかサファイアが拾ったその声。それは、あたしがよく知る、魔砲少女の声。

 

「イリヤ、美遊! 最初のビルで落ち合いましょう!!」

『えっ、リナ?』

『どうしたの?』

 

イリヤと美遊があたしのテンションの異常さに思わず尋ねてきたけど、そんなことよりあたしは、彼女に会いたい。

 

「とにかく急いで、二人とも!!」

『『う、うん!』』

 

あたしは二人を急かしてから通信を切った。

 

「クロエ、イリヤたちと落ち合うわよ。

あなたたちもそれでいいわね?」

 

二人も念話で、状況は理解してるはずだ。

 

「いい、けど、その…」

 

少女がなにやら言い淀む。ん、なんだ?

すると少年の方が代わりに。

 

「いつまで、おんぶしてるのかなって…」

 

……んなあああ! ()()やってもうたッ!!

 

「ちょっと、余計なこと言わないでよ。せっかくリナと密着できてウハウハなのに」

 

クロエ、アンタそんな邪な気持ちで!? どうりでときどき、手の位置が変なとこに…!

 

「え、キミたちってそういう仲なのかい!?」

「とーぜん!」

「んなわきゃあるかーッ!!」

 

すっぱーん!

 

スリッパでクロエの頭をひっぱたき、あたしはその背中から飛び降りる。

 

「ってか、なんでスリッパまで投影して…?」

「いや、リナといえばスリッパって思ったら、つい…」

 

頭を押さえながら言うクロエ。って、なにその、眼鏡が本体みたいな扱い!? あたしの本体、スリッパ!?

 

「うん。確かに、リナっていえばスリッパ」

 

ぐはっ! 金髪美少女からも言われたッ!!

 

「やめなよ。そんな、リナがスリッパみたいな言い方」

 

おお、あたしの味方をして…。

 

「第一リナは、『破壊と食欲の魔王』に決まってるじゃないか!」

 

……あたしに味方などいなかった。

 

「……えーと、そういえば自己紹介がまだだったわね?

わたしはクロエ。クロエ・フォン・アインツベルン、一応魔術師になるのかしら。わたしのことはクロって呼んでね」

 

クロエは話を反らして自己紹介を始めた。でも、気を遣ってくれるんなら、もう少し早くしてほしかったなー。

 

「あ…、わたしはフェイト・テスタロッサ。時空管理局の嘱託魔導師をしています」

 

……ん?

 

「ぼくは逢魔・S・ユーノ。元々は管理世界の出身だけど、今は地球の海鳴市で暮らしてるんだ」

 

……おや?

 

「じくうかんりきょく? かんりせかい?」

 

フェイト・テスタロッサ。逢魔・S・ユーノ。そして、もう一人のあたし(リナ)

 

「それって一体…」

「あ、そっか」

 

あたしはクロエの言葉を断ち切る形で声をあげた。

 

「リナ、何かわかったの?」

「ん、多分だけど。

……あ、あたしも自己紹介しないとね。あたしは稲葉リナ。剣士にして天才魔道士よ」

 

前世と同じ自己紹介をする。まあ、おそらくは二人とも、そんなことはわかってるんだろうけど。

 

「さ、みんなと合流しましょ? 話はそのときにね」

 

言ってあたしはウィンクをした。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

リナの指示通り、わたしたちは最初のビルの屋上へと戻ってきた。そこにはまだ、リナたちの姿はない。

 

「リナたちはまだ、来てないね」

 

屋上に降りたミユがわたしに言った。

 

「あの、イリヤさん。そちらにもリナちゃんが、いるんですよね?」

 

ツインテの方の魔法少女、高町なのはちゃんが尋ねてきた。

 

「そんなに畏まらなくていいよ。こっちの方が年上っていっても、ひとつふたつしか違わないんだし」

 

さっき、リナに連絡をとる前に、わたしたちは軽く自己紹介をした。

高町なのはちゃんは聖祥大附属小学校に通う三年生で、もうすぐ進級するらしい。

最初聞いたとき、

 

---あれ? もうすぐ夏休みだよね?

---え、もうすぐ春休みじゃ…。

 

みたいな感じになったけど、ルビーが言うには、

 

---わたしたちとなのはさんたちが来た場所とでは、時間軸にズレがあるんでしょうねー。

 

ってことみたい。ただ、何か含み笑いをしてたのが気になるけど。

……と、

 

「それじゃああなたたちのことは、[イリヤ][美遊]って呼び捨てにしてもいい?」

 

そう言ったのは逢魔リナちゃん。なのはちゃんと同じく聖祥大附属小学校の三年生。なのはちゃんとは五歳の時からの親友なんだって。

見た目はわたしが知ってるリナと瓜二つ。ちょっと背が低い気がする事と、リナじゃ絶対着ないような魔法少女のコスチューム姿だってところが、違いっていえば違いかな?

 

「そ、それじゃわたしは、[イリヤちゃん][美遊ちゃん]って呼んでも、いいのかな?」

「うん、いいよ。その方が仲良くなれた気がするし」

「わたしも、イリヤがそれでいいならかまわない」

 

わたしの返答に、ミユもOKしてくれた。うん、やっぱり持つべきモノは友達だよね!

そんなことを話していると、空からこっちに近づいてくる人影が。

ようやく到着したか。そう思った瞬間、リナが突然スピードを上げて屋上に降り立ち。

 

「ホンモノだーッ!!」

 

そう言って、いきなりなのはちゃんに抱きついた。

 

「え? え!? なんなの!!?」

 

当然ながらなのはちゃんは、目を白黒させてる。ちなみに、男の子に抱えられながら到着したクロは、鬼の形相になってた。

 

「ちょっとリナ、いきなり何してんの!?」

 

わたしが注意を促そうとすると、興奮した声でリナが言った。

 

「だってホンモノよ? ホンモノのリリカルなのは!!」

「はぇ? リリカルなのは?」

 

リナは何を言って、っていうか、なんでなのはちゃんの名前を…。

 

「!!

リリカルなのは!?」

 

ミユが何かに気づいたのか、声を張る。

 

「ミユ、なにか知ってるの?」

 

わたしの言葉にミユはこくりと頷き。

 

「【魔法少女リリカルなのは】は、リナが借りてたDVDのタイトル…」

 

ミユは自分で言いながら、それでも信じられないという顔をしてる。そしてわたしも、ミユの言葉の意味に思い当たる。

 

「あ、レンタルDVDショップでの…」

「そうよ! この子は【魔法少女リリカルなのは】の主人公、高町なのはよ!!」

 

そうか。だからリナのテンションが異常に高く、……って、アニメの主人公!?

 

「ちょっと、それってどういうことなのーッ!?」

 

わたしの叫び声は、このおかしな世界の空へと消えていきました。




今回のサブタイトル
都築真紀「魔法少女リリカルなのは」から

というわけで、短編に出てきた魔法少女もののタイトル、実は伏線だったんですねー。ちなみに「リリすれ」とのコラボが無理だったときは、「プリティサミー」か、自分が書いてる他の魔法少女モノ にするつもりでした(笑)。
いやー、しかし久しぶりに出せましたよ。魔法少女でおかしなテンションになるリナ。なのはでこの調子だと、もしモモに出会ったら卒倒するのでは? なんて思ったりもしますが、リナには悪いけどさすがに書きません。

次回「ヒロインズ・ファンタジア」
リリカル、マジカル
「頑張りますっ!」
「恥ずかしげもなくっ!?」
(by 稲葉リナ & 逢魔リナ)


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ヒロインズ・ファンタジア

逢魔リナ「ん? なに体育座りしてんの?」

稲葉リナ「いくらテンション上がってたとはいえ、前回の締めのセリフ、ノリノリで言ったのが恥ずかしくて…」

逢魔リナ「こっちのあたしは難儀な性格ねぇ」

イリヤ「……」(カチリ)

ルビー(ヘンなスイッチがはいりましたねー)


≪なのはside≫

わたし、高町なのは。聖祥大附属小学校の3年生です。

クリスマスに起きた破滅の聖夜も、みんなの力を合わせて無事に解決。はやてちゃんのリハビリも順調に進んでいます。

そして3月も中旬に入った頃。

 

「ねぇ、春休みにみんなでどっか行かない?」

 

そう言ってきたのはアリサちゃん。

 

「そうだね。はやてちゃんも随分元気になったし」

 

すずかちゃんも前向きな意見を言ってくる。だけど。

 

「ゆうてもわたし、まだ自由に歩き回れるほどやないからなぁ」

 

うん、そうなんだよね。登下校ができるようになったっていっても、遠出ができるほどじゃないみたい。

 

「仕方ないよ。はやての筋力低下は病気やケガじゃないんだから」

「そうよねー。そっちならシャマルさんが何とかしちゃうんだろうけど。長年の麻痺のせいで落ちた、足の筋力だものね。地道な努力しかないでしょ」

 

ユーノくんやリナちゃんが言ったとおり、わたしたちが手伝えることってほとんどないの。

そのあとも、脱線もしつつ色々相談をしてたら、授業開始の予鈴が鳴った。

 

「もう、埒があかないわねぇ。それじゃあ日曜日にみんなで集まって、春休みの計画を立てるってことでどうよ?」

「あ、それならウチ、使ってもらってええよ?」

 

リナちゃんの提案にはやてちゃんが場所の提供を申し出た。もちろんO.K.なの。

 

「そんなことしなくても念話で相談すればいいのに」

 

ヴィータちゃん、野暮なことは言いっこなしだよ? みんなで日曜日に会う口実が欲しいだけなんだから。

 

 

 

 

 

そして日曜日。リナちゃんとユーノくん、それにフェイトちゃんが一旦翠屋(うち)に集合、お母さんからシュークリームが入った箱と紅茶が入った魔法瓶を受け取って、いざ、はやてちゃんちへ出発。

……したのはいいんだけど。

 

「やあ、始めまして。なのはちゃんとフェイトちゃんだよね?

俺の名前は如月秀美(ひでよし)

 

そこには右目の下のホクロが特徴の、きれいな顔をした男の子が立っていた。ただ、この人からは変な魔力を感じる。

なんだろう。すごく久しぶりな気がするの。

クリスマスが過ぎてからしばらく、転生者さんは現れなかったから、もう打ち止めだと思ってたのに。

 

「これから一緒にお茶でもしない?」

 

えっと、これって私が生まれる前に使われてた、ナンパのセリフだよね? 前にテレビで見た気がする。

うん、とりあえず。

 

「「ごめんなさい」」

 

あ、フェイトちゃんとハモっちゃった。

 

「なっ!? オレの[愛の黒子]が効かないだと!?」

 

やっぱり何かの魔法を使ってたんだ。

 

「はいはい。あたしたちはこれから出かけるとこだから、出直して…」

「うるさい! 外野は黙ってろ!!」

 

転生者さん、それってリナちゃんを怒らせるのに充分だよ。まあ、助ける義理もないけど。

 

「ほう、文句があるなら聞こうじゃないか」

「待ってよ、リナ…姉さん。気持ちはわかるけど」

 

ユーノくんが()()止めに入るけど。

 

「……リナ!?

そういえばその声にその赤毛、何よりそのささやかな胸は…」

「おいこら、ちょっと待て」

 

まだ小学生なんだから、ささやかなのが普通だと思うんだけど。

 

「ヘコ胸微小女(びしょうじょ)魔道士のリナ=インバース!?」

「「「「ヘコ胸?」」」」

 

わたしたちは思わず聞き返した。

 

「凹んだ胸」

 

あ、転生者さん終わった。

リナちゃんがセットアップして、転生者さんにステッキを向けながら言った。

 

「……よぅし、いい度胸だ! さあ、歯ぁ食いしばれぇ!!」

「ひゃあっ!? REVOLUTIONと同じ反応!!」

 

REVOLUTIONって何?

 

「ってか、町中で魔法は、……て、結界!?」

「そんなの、あなたが接触してきた直後にユーノくんが展開してたの」

「きみ、今まで気づかなかったの?」

「魔導師としては三流」

 

わたしたちが散々なことを言ったあと。

 

「てなわけで、覚悟はいい?」

「リナちゃん。非殺傷設定は?」

「ああ、忘れてわ。ありがと、なのは」

「ひぃぃぃやあぁぁ!」

 

もちろんリナちゃんが、非殺傷設定忘れるわけがないの。ただの脅しに決まってる。

 

「そんじゃあまあ、景気づけに…!

火炎球[ファイヤー・ボール]!!」

 

ぢゅごおぉん!

 

「ひでぶっ!」

 

派手な爆炎とともに、リナちゃんのお仕置き(うさばらし)が始まった。……ところで、ひでぶってなに?

 

「炎の矢[フレア・アロー]!」

「うわらばっ!」

「炎の槍[フレア・ランス]!」

「たらばっ!」

 

かにさん!?

転生者さんのうめき声に、思わずツッコミを入れちゃった。

とにかくそんな烈しいリナちゃんの攻撃で、辺りを爆煙が覆っている。そして煙が晴れたとき、そこには…。

 

「なによ、これ…」

 

わたしたちの知らない風景が広がってました。

 

 

 

 

 

「なんだかここ、なのはとフェイトが模擬戦したフィールドに似てるわね」

 

うん。リナちゃんが言うとおり、水面からたくさんのビルが建ってる姿は、わたしとフェイトちゃんが戦ったあの場所に似てる。だけどここがあそこと違うのは、空を見ればすぐにわかる。

巨大な岩が漂い、さらに上には逆さまになった建物が並んでた。

 

「……やっぱり、管理局と連絡が取れないや」

「母さんたちとも繋がらない」

「はやてたちも無理ね」

 

わたしたちはさっきから、念話でみんなに呼びかけてるんだけど、誰とも連絡がとれないの。わたしもさっきから、アリサちゃんとすずかちゃんに念話で話しかけてるけど、どっちからも返事が返ってこない。

 

「仕方がないわね。こうなったら二手に分かれて探索しましょ。

あたしとユーノ、なのはとフェイトに分かれて…」

「待って、リナ。わたし、ユーノと組んでみたい」

 

…………。

 

「「「ええっ!?」」」

 

フェイトちゃん!?

なんだか意外な人から、意外な意見が出たの!

 

「わたし、なのはとはよく組んでるし、リナとは嘱託魔導師の試験の時に模擬戦をしたけど、ユーノとはそのどちらも経験してないから、その…」

「なるほど。

確かに、お互いの戦い方を把握しておいた方が、いざという時に連携がとりやすいね」

 

あ、そういうことかぁ。まさかフェイトちゃんまでユーノくんのことを、なんて心配しちゃった。

でも、確かにユーノくんの戦い方、前とは結構違うし、一度組んでみた方がいいのかも。

 

「……まあ、確かに、そういうことなら」

 

もう。別にデートってワケじゃないんだから、そんなに拗ねなくっても…。

 

「別に拗ねちゃいないわよ!

とにかく! あたしとなのは、ユーノとフェイトで探索するってことでいいわね」

 

リナちゃんの言葉に、わたしたちは頷いた。

でもこの時、まさかあんなのがここにいるなんて、わたしたちは思ってもいなかったんだ。

 

 

 

 

 

わたしとリナちゃんが探索を開始して数分後。

 

「リナちゃん、まだ拗ねてるの?」

「だから別に拗ねちゃあ…」

「でも、冥王にさらわれたガウリイさんを心配するシルフィールさんには、もやもやしてたんだよね?」

「ちょ、なのは!? 前世(むかし)の話を持ち出すのは反則でしょ!」

 

顔を赤くしたリナちゃんが言い返してくる。うん、リナちゃん可愛いよ。

 

「~~~~」

 

リナちゃん、とうとう黙っちゃった。でも、女の子してるリナちゃんを見てると、微笑ましくなってくるの。

こんな他愛もないやり取りをしていたら。

 

『犯人さー……ん?』

 

どこかから、誰かを呼ぶ声が聞こえてきたの。いったいどこから…。

 

「なのは! あの大きな岩の上…、てかアレって!?」

 

リナちゃんが指さした方向を見ると、とんでもない状況にわたしは言葉を失った。

巨大な岩の上には二つの人影と、その正面にずらりと並ぶ大量のレッサーデーモンの群れ。でも、なんであんなの(レッサーデーモン)が!?

レッサーデーモンが一斉に放った炎の矢を、人影は左右に分かれて避けきった。さらに二人は、斬擊と砲撃で一体ずつデーモンを倒した。もしかして、あの二人も魔導師なの?

ううん、今はとにかく、あの二人を助けないと!

 

「いくよ、レイジングハート」

 

わたしはレイジングハートをカノンモードにして構える。

 

「ディバイン……バスター!!!」

 

出力を抑えた砲撃が、半数くらいのデーモンを消滅させた。

 

「次、リナちゃん!」

「O.K.

『黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの

時の流れに埋もれし

偉大な汝の名において

我ここに闇に誓わん……』」

 

リナちゃんの呪文詠唱のさなか、残ったデーモンたちがこっちめがけて炎の矢を飛ばしてきたので、わたしはリナちゃんの前に出て、それを防ぐことに専念した。

 

「『我らが前に立ち塞がりし

すべての愚かなるものに

我と汝が力もて

等しく滅びを与えんことを!』」

 

リナちゃんの詠唱が終わって。

 

「竜破斬[ドラグ・スレイブ]!!!」

 

放たれた赫い闇によってデーモンたちは一掃された。

 

「えっと、大丈夫なの?

出力は調節したつもりだけど…」

 

わたしは二人の前に降りたって、尋ねてみる。すると。

 

「本物だ。本物の魔法少女だ…」

 

……魔法少女に、本物とか偽物ってあるのかな?

そんなことを考えてると、リナちゃんがわたしの隣に降りたつ。

 

「あなたたち、大丈夫? 巻き込まれたりしなかった?」

 

リナちゃんが尋ねると、予想外の答えが返ってきた。

 

「「リナ!?」」

「……へ? どうしてあたしの名前を?」

 

ほんとに、なんで?

 

 

 

 

 

わたしはどう話を切り出したらいいのか思い悩む。多分他の三人も、同じ思いだと思う。それを断ち切ったのは。

 

『まったく。みなさん、なにだんまり決め込んでるんですかー。せっかく魔法少女同士の邂逅が叶ったんですから、ここはキャッキャ、ウフフと自己紹介を繰り広げる場面ですよー?』

 

銀髪の子のデバイス……じゃないよね。魔法のステッキが自己紹介するよう促した。

 

「まあ、確かに、そのヘンテコステッキの言う通りね」

『ヘンテコとはひどいですねー。ルビーちゃんは最高位の魔術礼装なんですからー』

 

魔法のステッキ、ルビーちゃん? がリナちゃんの発言に文句を言ってるけど、なぜかリナちゃんの方が正しいような気がするの。

 

「えっと、うん。確かに、ルビーの言うとおりだね。

それじゃあわたしから。

わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。穂群原学園初等部の5年生です。

みんなからはイリヤって呼ばれてます」

「……美遊・エーデルフェルト。イリヤのクラスメイトで親友、です」

 

美遊さんは少しぶっきらぼうだけど、イリヤさんの親友って言ったときは少し照れた表情になって可愛いの。

それじゃあ今度は、こっちの番だね。

 

「わたし、高町なのは。聖祥大付属小学校の3年生です」

「あたしは逢魔リナ。なのはのクラスメイトで、五歳の頃からの親友よ」

「あの、イリヤさんたちは、どうしてここに?」

 

わたしたちは、あんな訳のわかんない状況でここに来たけど、イリヤさんたちはどうだったんだろう。

 

「うーん、どうしてって言われても、(すい)……、体育の授業中に気がついたらここにいたから。

そう言うなのはちゃんたちは、どうだったの?」

「え? ええと、わたしたちは進級前にお出かけするから、その相談でお友達のおうちに行く途中に色々あって、気がついたらここに…」

 

さすがに、リナちゃんのお仕置きは言えないの。

……あれ、何だろう。二人の様子がおかしい?

 

「ええと、あれ、もうすぐ夏休みだよね?」

「え、もうすぐ春休みじゃ…」

 

えっと、あれ? どういうこと??

 

『わたしたちとなのはさんたちが来た場所とでは、時間軸にズレがあるんでしょうねー』

 

時間軸のズレ…。つまり、わたしたちかイリヤさんたちのどっちかが、未来から来たってことかな?

……なんだかルビーちゃんが、含み笑いしてるのが気になるけど。

 

「ところで、二人はなんであたしの名前を?」

「え、……あーっ、そうだっ! 向こうに連絡入れないとッ!」

 

ひゃあっ!? ……あー、びっくりしたの。

でも、そうだ。レッサーデーモンなんかが大量にいるような場所なんだ。フェイトちゃんたちに連絡とった方がいいよね。

 

「フェイトちゃん、ユーノくん。聞こえる?」

「あなたたち無事なの?」

 

リナちゃんも一緒に呼びかける。

 

『なのは、リナ。こっちは羽根つきのレッサーデーモンに襲われたけど、何とか平気』

 

やっぱり向こうにも…。

 

『途中で助けてくれた人がいて、助かったよ』

 

あれ? それってもしかして、イリヤさんたちが連絡とってる人たち、かな?

 

『ただ、そのうちの一人が…』

 

ほえ? どうしたの?

 

『もうひとりの、リナなんだ』

「ええっ! そっちにもリナちゃんがいるの!?」

 

わたしは思わず、大きな声を出してしまった。

 

『今、なのはの声が聞こえたよ』

 

あうう~、恥ずかしい。

 

「どうやら、みんなで落ち合うことになりそうだね。

それに関しては、こっちにいるリナに任せることにするよ。なんだかもう、話がまとまってるみたいだし」

「わかったわ。それじゃあ気をつけて」

『姉さんとなのはも』

 

んー。ユーノくん、気を遣ってくれるのはうれしいけど、そこはリナちゃんだけでいいんだよ?

リナちゃんはこういうの、気にしないと思うけど、特別扱いされたらやっぱり嬉しいと思うんだけどな。

 

 

 

わたしたちが待ち合わせ場所にやって来た、少しあと。こっちに近づいてくるフェイトちゃんたちの姿が見えた。と、そう思った瞬間、一人だけスピードを上げて着地。そして。

 

「ホンモノだーっ!!」

 

そう言ってわたしに抱きついてきたのは、もうひとりのリナちゃん。えっと、これってどういう状況?

こっちのリナちゃんの話によると、わたしは本物の「リリカルなのは」らしい。そして、あることに気付いた美遊ちゃんが言ったのは。

 

「【魔法少女リリカルなのは】は、リナが借りてたDVDのタイトル…」

「あ、レンタルDVDショップでの…」

「そうよ。この子は【魔法少女リリカルなのは】の主人公、高町なのはよ!」

 

わたしは驚きよりも、むしろ納得していた。だってそういう存在が、わたしのスグ近くにいるから。

…………。

 

「ところで、いつまで抱きついてるのかな?」

 

さっきから、イリヤちゃんに似た褐色の肌の子の視線が痛いんだけど。

 

「んー、もう少し~」

「えぇい! いい加減にせんかーいっ!!」

 

すっぱぁん!!

 

リナちゃんが振るうスリッパの乾いた音が、この空間に響き渡りました。

 

「やっぱり、リナといえばスリッパね」

「うん。リナっていえばスリッパだね」

 

なんだか褐色の肌の子とフェイトちゃんが、意気投合してる気がするの……。




今回のサブタイトル
PSPゲーム「ヒーローズファンタジア」から

今回、いいタイトルが浮かばなかったのでテキトーです。ユーノがいるけど「ヒロインズ」ということで。

今回、なのは側の経緯をちょろっとやろうと思ったら、トリップするまででかなり文字数を使ってしまい(主に転生者のせい)、開き直って前回の引きまで書いたら、大幅に文字数を超過したという間抜けっぷりです。
因みに転生者の特典は【Fate/ZERO】のディルムッドのものですが、なぜか仕様が【Fate/Grand Order】のCランクになっていたため、なのはたちには効果がありませんでした。転生の(女)神は意地悪です。

次回「星空のむこうの国」
見てくんないと
突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!!」
(by イリヤ)


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星空のむこうの国

今回、それぞれのキャラクターが二人のリナの区別化を図ってます。


≪稲葉リナside≫

……ううみゅぅ、頭が痛い。まさか自分からツッコミ入れられるとは、思ってもいなかったわ。おかげで正気を取り戻せたけど。

 

「えーと、なのは()()()。とりあえずごめんね?」

 

あたしが謝ると、なのはちゃんは慌てて首を横に振る。

 

「いいえ! リナちゃ……リナさんも、悪気があったわけじゃありませんから」

 

ううん、やっぱりなのはちゃんは、いい子だねぇ。

しかしなのはちゃん、どうやら敬称であたしと向こうのあたしを区別するみたいね。

 

「そんなっ。そっちのあたしとは親友なんでしょっ!

あたしのことも『リナちゃん』って呼んでほしいのっ」

 

胸の前で手を組み、なのはちゃんに懇願してみたり。

 

「あの、それ、ふざけてますよね?」

 

あ、やっぱしバレたか。

 

「まあ、今のは冗談だけど、敬語は使わなくていいわよ。歳だって、そんなに離れてるわけでもないんだし」

 

そう言うとなのはちゃんは、少し驚いた表情を見せた。

 

「イリヤちゃんもさっき、似たこと言ってたの」

 

へえ、イリヤが。

 

びっ!

 

「ふえっ? なに?」

 

あたしのサムズアップの意味がわからず、イリヤが戸惑った顔をしている。まあ、それも仕方のないこと。イリヤはただ、自分が思ったことを言っただけなんだろうから。

こういう状況下で他人(ひと)と信頼関係を築くことが、どれほど重要なことか。無意識のうちにそれができてしまうのは、それがイリヤの才能ってことなんだろう。

クロエとのことだって、あたしがいなくても、きっと仲良くなっていたと思う。あたしはただ、裁定者の真似事をしてただけだ。

……もちろん、自分がしたことが無駄だったとは、思っちゃいないけど。

 

「リナ? なに、ボーッとしてんのよ」

 

気がつけば、あたしの顔を覗き込むクロエの姿。いかんいかん、つい考え込んでしまった。

あたしは気持ちを切り替え、クロエに聞いた。

 

「何でもないわ。それより、クロエもかまわないでしょ?」

「ん? 敬語じゃなくてってやつ? 別にいいけど」

 

そう言ってクロエは、意味ありげな微笑みをたたえる。どうやら、あたしが考えていたことに気付いているらしい。

言っとくけど、なのはちゃんとは思惑関係なく、ふつーに仲良くなりたい。我ながらこじらせてる気がするけど、ホントにそう思ってんだから仕方がない。

 

ぽん

 

肩に手を置かれて振り向けば、そこにはもうひとりのあたし。

 

ふっ

 

「やめろーっ! 哀れんだ眼差しであたしに微笑むなーッ!!」

 

 

 

 

≪逢魔リナside≫

いやー、趣味は違えどやっぱりあたし。どうやら魔女っ子アニメが好きらしいってわかれば、アニメの主人公と仲良くなりたいのはすぐに気付いた。

あたしはミーハーじゃないけど、オタク心理はよくわかるし。

 

「はあ…、はあ…」

 

どーやら落ち着いたみたいね。

 

「アンタねぇ、自分をからかって面白い?」

「とっても♪」

 

むしろ自分をからかうなんて、普通じゃできないしね。

 

「……まあ、いいわ。

それよりも、みんなでもう一度自己紹介した方がいいんじゃない? それに確認したいこともあるし」

 

ふむ、確かに。あたしはあの黒い子を知らないし、イリヤたちはユーノやフェイトのことを知らないわけだから。

 

「あと、デバイスの紹介もしてもらってないし」

 

あー、そういやこっちも、イリヤたちに紹介してなかったわね。

 

「了解、まずはそれでいきましょう。

てなわけでユーノ、長い話になると思うから結界をお願い」

「もう、ようやく話しかけたと思ったら、いきなりお願い事かい?」

 

などと軽く愚痴をこぼしつつも、しっかり結界を張ってくれるのだからありがたい。

 

「「それじゃ、全員集合!」」

 

あたしたちの号令に、わらわらと集まる互いのメンバー。

しかしこうしてみてみると、結構な人数がいるなぁ。お互い4人ずつの計8人、……いや、インテリジェントデバイスとステッキを入れれば14人(?)か。

 

「さて、改めて自己紹介と行きたいとこだけど、イリヤ組となのは組、どっちから行くか…」

「悩むことじゃないよ、リナちゃん。イリヤちゃんたちの方が年上なんだし、そっちからお願いした方がいいと思うんだ」

 

確かに、なのはの意見が順当なものの考え方だろう。

 

「そうね。それじゃあそちらからお願いできる? 今回はステッキたちも含めて、ね」

 

みんなが頷く。

 

「そ、それじゃ、わたしから。

わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。穂群原学園初等部の5年生。みんなからはイリヤって呼ばれてます。()()に騙されて、魔法少女をやってます」

『これ呼ばわりはひどいですねー。ルビーちゃんは最高位の魔術礼装ですよー、と、それじゃあわたしの番ですね。

わたしはカレイドステッキのマジカルルビー、いわゆる魔法のステッキです。わたしのことは気軽に、「ルビーちゃん」と呼んでくださいねー』

 

なるほど。コイツは信用できないタイプだわ。胡散臭さが滲み出ている。

 

「わたしは、イリヤの親友の美遊・エーデルフェルト。イリヤと一緒に魔法少女をしています」

『私は美遊さまのステッキで、マジカルサファイアと申します。姉のルビー共々お願いいたします』

 

このパートナーは、多くを語らないタイプみたいね。美遊はちょっと、フェイトに雰囲気が似てるかもしんない。

 

「……わたしは、クロエ・フォン・アインツベルン。クロでいいわ」

 

そこでクロは、向こうのリナをチラリと見る。リナが軽く頷いたのを確認すると、彼女は再び口を開いた。

 

「詳しい説明は省くけど、わたしはイリヤから分離した、もうひとりのイリヤよ」

 

な、それは何というか。クロが躊躇ったのも理解できる。

……ん? まさか、黒いイリヤだからクロとか?

 

「さて、あたしの番ね。

あたしは稲葉リナ。剣士にして天才魔道士よ。

そっちのみんなもわかってるとは思うけど、前世は異世界の魔道士、リナ=インバースよ」

 

やっぱり。前世(そこ)は同じかぁ。

さてと。今度はこちらのターンね。

 

 

 

 

≪稲葉リナside≫

あたしたちの紹介を終えて、次はいよいよなのはちゃんたちの番である。

 

「えっと、それじゃわたしから。

わたし、高町なのは。聖祥大附属小学校の3年生です。ある事件がきっかけで、魔法少女をやってます」

 

それって、ジュエルシード回収からのP.T.事件でいいのよね? あとで確認しとこ。

 

『わたしはなのはのデバイス[レイジングハート・オリヴィアナ]。デバイスは魔法の補助システムと考えてください』

 

おおう。いきなりアニメとの違いが出たわね。日本語で会話してるし、何より名前が[レイジングハート・エクセリオン]じゃないときた。

 

「わたしはフェイト・テスタロッサ。なのはのクラスメイトですが、時空管理局の嘱託魔導師をしています」

 

むう…、フェイトちゃんの名前が、やっぱり気になるわね。

 

『私は[バルディッシュ・ヘキサ]、マスター・フェイトのデバイスです』

 

こちらも日本語での会話で、[アサルト]ではなく[ヘキサ]か。どうやらこちらのデバイスは、日本語がデフォルトみたいね。

 

「ぼくは逢魔・S・ユーノ。なのはたちとは別の世界出身だけど、今は逢魔家に養子に入って、地球で暮らしてるんだ」

 

なるほどね。だから[ユーノ・スクライア]じゃないんだ。

 

『私は[ゴルンノヴァ]…。とある世界の、魔王の武器の異相体です』

「え、ゴルンノヴァって、光の剣!?」

「それに、魔王の武器って…」

 

イリヤと美遊が驚くのも当然だろう。あたしもさっきの戦闘で、もしかしたらとは思ったけど、さすがに驚きを隠せない。

 

「どうやらあなたたちも、少しは知識があるみたいね。

さてと。あたしは逢魔リナ。フェイトと同じく、学校に通いながら嘱託魔導師もしているわ。

苗字でもわかると思うけど、ユーノとは義理の姉弟よ。

そしてそっちのあたしと同じく、前世は異世界の魔道士、リナ=インバースよ」

 

うーん、わかってても、やっぱりヘンな気分ね。つまりは[スィーフィード世界]の[並行世界]ってことになるんだろうけど、もうなにがなんやら、ね。

 

『ふっふっふっ……。

キタキタキタキター!!!!』

「な、なに!?」

『このコラボが始まってから苦節4話目! ようやくあたしにセリフが回って来たわっ!! 作者、許すまじっ!!!』

 

コラボって、このデバイスは一体…!?

 

『ほほう。状況を弁えずメタ発言をぶっ放すとは、なかなか、一廉ならぬ方とお見受けします』

 

ルビーはなんか、シンパシー感じてるみたいだし。

 

『あら、アンタ見る目があるじゃない。

あたしは[ナイトメアハート・ルシフェリア]。またの名を…』

「L様」

『そう、小説のあとがきで、あの手この手で作者を、……って、違うわぁっ!! いや、違わないけどっ!!』

 

向こうのリナ、……逢魔さんが呟いた一言に、ツッコミを入れるデバイス(ナイトメアハート)

なんだろ、この寸劇。

 

『と・に・か・く! あたしのまたの名は[金色の魔王]よっ!』

 

…………なん、だと!?

 

「[金色の魔王]って、[ロード・オブ・ナイトメア]!?」

「混沌の海、そしてこちらの世界における、[根源]と同質の存在」

 

イリヤと美遊が驚愕の表情で、逢魔さんのデバイスを見つめる。

 

「でもノリツッコミって、ずいぶん軽い性格してるんですけど?」

 

確かに、クロエの言うとおりね。なんだかイメージと、ずいぶん違うよーな。

 

「だって、L様だよ?」

「うん。L様だよね」

「L様だから当たり前だね」

「結論。L様だから」

 

いや、だからL様って…。

 

「L様は、ライトノベル【スレイヤーズ!】のあとがきに登場する[金色の魔王]そのものであり、分身でもある存在よ。性格は、まあ、ご覧の通りってことで」

「ちょっと、なんで[金色の魔王]がラノベに出てんのよ!?」

 

スィーフィード世界の創造主が、なんで小説のあとがきに?

 

「【スレイヤーズ!】って、リナちゃん…、リナ=インバースが主役のファンタジー小説だよ」

 

あたしが主役!? なんでそんな…、いや、リリなのの世界があるんだし、充分あり得るのか?

 

「リナ、主人公だって。すごいじゃない」

「からかうんじゃないわよ、クロエ」

 

あたし自身に主役である自覚がないのだ。はっきり言って、戸惑いの方が強いくらいである。

 

「あの、それよりも、さっきリナが言ってた気付いたことってなんだい?」

 

ユーノがあたしに尋ねる。

 

「それって、わたしたちがアニメの登場人物ってことじゃないの?」

 

フェイトちゃんの意見は、半分正解で半分不正解である。

 

「あたしが気付いたことはね、あなたたちがアニメのリリカルなのはの登場人物じゃないってことよ」

「「「え?」」」

 

なのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノが驚きの声を上げる。そりゃそうだろう。何しろ、さっきまでのあたしの会話を根底から覆しているのだから。

もっとも逢魔さんは、このことを予測していたみたいだけど。

 

「色々と違いはあるんだけど、一番の決め手はそっちの世界に逢魔さん(あたし)がいるってことよ」

「あ、そうか。もし【マジカル☆ブシドームサシ】の中にわたし(イリヤ)がいたら、明らかにおかしいもんね」

 

うん、そうなんだけど。たとえが如何にもイリヤらしい。

 

「まあ、そんなわけで、あたしがアニメの方を知ってる分、その差異から、いざというときの行動で齟齬を来さないとも限らないわ。

だから、あたしがこれからアニメの内容を説明するから、あとでまとめて違いをチェックしてほしいのよ」

「そうね。こちらとしても、その方がありがたいわ」

 

あたしの意見に逢魔さんが賛同し、他の子たちも頷く。それを確認したあたしは、リリカルなのは、それも劇場版の方を話し始めた。

理由は、なのはちゃんとフェイトちゃんのバリアジャケットが劇場版のデザインに近かったから、そちらで起こったことも劇場版寄りなのでは、と思ったから。

あたしはその内容を、事細かに説明をした。

 

 

 

 

≪フェイトside≫

リナ、さんが話した内容はわたしにとって、なかなか衝撃的なものだった。彼ら、彼女らが関わらないだけで、こうも変わってしまうものなのか。

何よりも衝撃を受けたのは、母さんたちのこと。アニメ…、物語とはいえ、そちらのわたしはどんな想いを抱いたんだろう。

……想い? ううん、違う。それは、そっちのわたしが[夜天の書]に取り込まれた世界が、その全てを現してる。

わたしが気になったのは、()()()()悲しみだ。

 

『フェイトちゃん、大丈夫?』

 

わたしの様子が気になったんだろう。なのはが念話で語りかけてきた。

大丈夫だよ、なのは。心配しないで。

 

「……とまあ、大体こんな感じなんだけど」

 

リナさんは話し終えると、こちらへと視線を移した。

? ……なんだろう。

 

「実は最初の自己紹介のときから、フェイトちゃんに関しては予想してたことがあんのよ」

 

え、予想?

 

「それを言う前に、ひとつ聞いときたいんだけど。

[闇の…]、ううん。[夜天の書]事件はもう終わってるのよね?」

「ええ。解決してからもう、3ヶ月近く経ってるわ」

 

リナがリナさんの質問に答えた。

 

「うーん。じゃあ、やっぱりそうなのか?」

 

やっぱり?

 

「ひょっとしてだけど、フェイトちゃんのお母さん…、プレシアさんって、生きてるんじゃない?」

 

……え? どうしてわかったの?




今回のサブタイトル
小林弘利「星空のむこうの国」から

いやー、スランプって怖いですねぇ。話の流れは決まってるのに、どうやってそこに持ってくのかが出てこない。
というわけで、遅れてすみませんでしたっ!

次回「ドラまた」
リリカル、マジカル…
「お・し・お・き・よーッ!」
どぎゅるるる…
「ぐはぁぁぁ…!!」
(by 電動ドリルを持ったL様の手 & 作者)


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ドラまた

すみません。またもや遅れました。


≪ユーノside≫

リナの発言に、フェイトが驚きの表情浮をかべている。それはそうだ。プレシアさんとアリシアがあんな結末を迎えたと聞かされたばかりなのに、当のリナはこっちのプレシアさんが生きているって言ってるんだ。正直ぼくも驚いてる。

 

「もっと言えば、二人のわだかまりっていうか、確執も解消されてるんじゃないの?」

「リナ、さん。どうして…」

 

フェイトは疑問を最後まで言うことができない。

 

「それはね、あなたの名前が『フェイト・テスタロッサ』だったからよ」

 

フェイトの名前? それに一体どういう関係が。

 

「正確な時期はわかんないけど、アニメだと[夜天の書]事件のあと、フェイトはリンディさんの養子になって『フェイト・T・ハラオウン』になってるのよ」

「「「「ええっ!?」」」」

 

ぼくたちは一斉に声を上げた。お互いに察しあってる姉さんも、さすがにこれは予想してなかったみたいだ。

 

「え、リンディさんが義母さんで、クロノがお義兄さん!?」

「フェイトには、そうなる可能性があったってワケねー」

「えええ!?」

 

あー、テンパってるテンパってる。まあ、リンディさんとクロノも優しい人たちだから、フェイトが不幸になるようなこともないと思うけど、やっぱり本当の家族と仲良く暮らせる方がいい。だからアニメの世界とは違っても、この世界も間違いじゃないはずだ。

 

「じゃあ、両方の世界を合わせれば、フェイトちゃんにはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいることになるんだね」

「えええ!?」

 

さっきと同じ反応だけど、今度はなのはのちょっとした発言に、顔を上気させている。これは、完全に夢想状態だね。まあ、めったに見られないものが見られたんだし、眼福ってことで。

……ん?

 

「どうしたんだい、リナ。ヘンな顔をして」

「ちょ、ヘンなって…。いや、それこそヘンなこと聞くけど、今お姉ちゃんって言わなかった?」

「え、言ってたけど。……あ、そうか。リナはここまでは予想出来なかったんだね」

 

でも確かに、フェイトの名前からじゃそこまでは読み取れないかな。

 

「ねえ、それってまさか…」

「ああ。フェイトのお姉さん、アリシアは生きてる、いや、生き返ってるよ」

「ちょっと、死者を甦らせるなんて、一体どうやったのよ!?」

 

確かに死んだ人を甦らせるなんて、普通に考えればあり得ないことだと思う。でも、それを説明するには…。

 

「それは、順を追って説明した方がいいわね」

「んみゅ、確かに」

 

姉さんの意見にリナが頷いた。

それにしてもこれからする話を聞いたら、さらにビックリするだろうなあ。

 

 

 

 

≪稲葉リナside≫

 

こほん!

 

逢魔さんが一つ咳をして、説明を始める。

 

「さて、稲葉さんの話との違いだけど、ユーノを預けた動物病院が、ジュエルシードのモンスターに襲われるとこまでは大体同じね」

 

うむ、まあ、そこはなのはが魔法に出会うところだから、それほど変わることはないと思ってたけど。

 

「違うのは、そこであたしも介入したってこと。そのときユーノから受け取ったデバイスはL様じゃなくて。

ゼルガディスソウル。ゼルを宿したデバイスよ」

「ゼル!?」

 

ゼルがデバイスに!? なんでそんなことが…。

 

「えっと、ゼディルガス? ってリナのカードの…」

「バカね、イリヤ。ゼルディガスよ」

「二人とも違う。ゼルガディスだよ」

「「……」」

「わ、わたし、ちゃんとゼルガディスって言ったよ!」

「わたしだって言ったわよ!?」

 

なんかイリヤたちが、懐かしいやり取りしてるのは無視するとして。

 

「今、ゼルがカードとか…?」

「それはあとでね? じゃないと話が進まないし」

 

あたしの返答に頷き。

 

「それもそうね。それじゃ続けるけど。

そのあとあたしとなのはは、ヌクヌクって子猫とくおんって狐、ってか妖狐を使い魔にしてるわ」

 

久遠って確か、元になったアダルトゲームに出てきたキャラだっけ? さすがにそこは、ネットの知識だけど。

 

「ヌクヌクって、万猫!?」

 

何? 万猫って。あとでイリヤに聞いておこう。

 

「ええと、それから、クロノが介入してきたときにアリサとすずかに見られてて、二人も魔法少女になったりとか」

 

それって、アニメしか見てないから詳しくないけど、INNOCENTってやつじゃ?

 

「「「雀花(スズカ)!?」」」

 

あ、三人はそっちに食いついたか。

 

「言っとくけど、並行世界の彼女じゃないからね?」

 

すずかは腐女子じゃないし。……ないよね?

 

「なんかそっちの『すずか』も気になるけど。……じゃなくて!

アースラではあたしの前世を話したことで、すずかから【スレイヤーズ!】のことを聞かされて、その作者がいるからスィーフィード界の術が使えることが解ったのよ。因みに今は、L様がバックアップしてるのが大きいわね」

『そうよ。あたしの力がなけりゃ、この空間でスィーフィード式の術は発動しないもの』

 

なるほど。そういう意味では、あたしと似た感じなのね。

 

「そしてフェイトが、ジュエルシード覚醒のために術を放つとこだけど。

放ったのは覇王雷撃陣[ダイナスト・ブラス]だったのよ!」

「えっ!?」

 

あたしは思わず、フェイトちゃんを見る。すると彼女は恭しく頷いた。

 

「実はその頃、プレシアさんはデバイスに身体を乗っ取られていてね。そのデバイスの人格が……」

 

逢魔さんは、ものすごく嫌そうな顔をして。

 

白蛇(サーペント)のナーガ、よ」

 

ぶふぅっ!?

 

あたしは思わず吹き出した。いや、よりにもよってアイツが!?

 

「そして、時の庭園でナーガと対峙したんだけど、そのときのぶつかり合いが原因で次元震が発生、その影響でアリシアのエレメント体…、魂が目覚めたの」

 

ようやくアリシアのくだりか。しかし偶然とはいえ、アリシアの魂が目覚めるなんてね。

 

「そして、アリシアの蘇生の話を持ち出したのがゼル。ゼルは[白輝の聖母]の力を借りた術によってアリシアの蘇生を成功させたわ」

『なお蘇生の条件は、甦るべき身体があることと、その魂が身体の近くにあることですね』

 

レイジングハートが補足説明をする。ってか、なんでアンタが?

 

「それからなのはとフェイトのラストバトルは、時の庭園のあと。星光収束斬[スターライト・ブレイカー]は、あたしが教えた混沌の言語[カオス・ワーズ]をなのはが組み立てて作り上げた、[白輝の聖母]の力を借りた(じゅつ)よ」

「そのあと術の構成を弄ったら、結界破壊まで付いちゃったの」

 

なにそれ。なんか凶悪度がさらに増してない!?

 

「まああとは、ユーノが逢魔家(うち)の養子になるって話以外は、稲葉さんの言う劇場版のラストに似た感じかしらね。関わった人数はダンチだけど」

 

なんだろう? 映画1作目だけですごい疲れたんだけど。

 

「そのあと、何故かやたらと現れる転生者の内のひとり、……名前忘れた。そいつから、転生特典のデバイス[ゴルンノヴァ]を譲り受けたわ」

 

転生者に特典って、そんなのがゴロゴロいる世界って一体。譲り受けた経緯は、まあ、逢魔さん(あたし)が関わってるんだ。聞かないでおこう。

 

「そしてA's編だけど、こっちはもっとすごいわよ。何しろ、フェイトたちが海鳴にやって来た日、10月上旬には無印? メンバーの誰かと、ヴォルゲンリッターのメンバーやはやてが出会ってるんだもの」

 

へ? 出会うの早すぎない?

 

「しかも、ボルケンはひとり増えて5人。その最後の1人がアメリア」

 

な、アメリアまで!?

 

「ついでに教えといたげるけど、ナーガはアメリアのお姉さんで、フルネームはグレイシア=ウル=ナーガ=セイルーンよ」

 

ちょっと? あの二人が姉妹!?

いや、確かに殺しても死ななそうなところは、あの子の頑丈さに通じるものがあるけど…。

 

「まあ、その辺は置いといて」

 

投げっぱなしかい!? あたしもよくやるけどっ!

 

「ユーノが捨て子だったり、拾われた赤ん坊の時から所持してたデバイスのひとつがL様、[ナイトメアハート]だったり」

 

ユーノ、結構重いな!?

 

「守護騎士を騙って、魔力蒐集するヤツが現れたり」

 

ずいぶんオリジナル展開になってきたわね。

 

「その内のひとり、シエラってのがドゥールゴーファ使ったり」

「って、ちょっと待ったぁ!!

シエラにドゥールゴーファって、まさか、黒幕の正体は!?」

「魔王の腹心のひとり、覇王[ダイナスト]よ」

 

まぢか?

 

「あとは…、なんか色々ありすぎてこんがらがってくるわね。もう、重要なポイントだけでいい?」

「うん。あたしも内心、ツッコミ疲れたから」

 

実際、よくパニクらないと思う。

 

「OK。

それじゃまず、こっちの世界にはゼロスも来ているわ。目的は[写本]の処分。ただしまだ見つかってないわ。

次にL様とレイジングハートだけど、古代ベルカ神話の神、[金色の魔王]ルシフェリアと[白輝の聖母]オリヴィアナ姉妹の人格がその正体よ」

 

な!? もしかしてそのふたつ、ロストロギアなんじゃ。口には出さんけど。

 

「あ、これも大事ね。シエラの支配によってリニスが敵として現れたわ。色々あって、取り戻すことに成功したけど」

 

リニスが!? でも、本来ならいないはずの家族が戻ってきたんだ。よかったわね、フェイトちゃん。

 

「それから[夜天の書]の改変プログラムの正体は、赤眼の魔王[ルビー・アイ]。シャヴラニグドゥ・ナハトよ」

 

おいこら。リナ=インバース(あたしたち)は何度、あいつらと戦わにゃならんのだ?

 

「アメリアがホリー・アップしたのは、関係ないとして…」

 

え、赤ずきんチャチャ!? なにそれ、すごく気になるんだけど!

 

「あとは…、ユーノが実は、ガウリイの転生体だったってことね」

 

あたしは、この話で一番の衝撃を受けた。

ゆっくりと、ユーノに視線を向ける。

 

「……記憶はあるよ。人格はぼくのままだけど」

 

少しだけ、ズルいと思ってしまうあたし。

自分にとっての彼でないのはわかってるんだけど、逢魔さんのことを羨ましいと思ってしまう。我ながら未練がましいなぁ。

 

「稲葉さん、大丈夫?」

「……ん、問題ないわ」

 

あたしは気持ちを切り替えて答えた。

 

「そう。それじゃあ最後に。リィンフォースは消滅させずに済んだわ。L様のおかげでね」

 

それは、はやても大事な家族を失わずにすんでよかったわね。

 

「L様、グッジョブ!」

『んっんっ! もっと褒めてくれてもいいのよ?』

『ルシフェ姉さん、その調子に乗るところは改めた方がいいですよ?』

『それがあたしのいいところっ!』

『……』

 

あたしが言うのもなんだけど、レイジングハートもねーちゃんには苦労してるみたいね。

 

「それで、あたしの話は役に立った?」

「……そうね。むしろアニメのなのはたちより、安心して背中を預けられるってのはわかったわ」

 

別に、アニメのなのはたちが頼りないと言ってるわけではない。ただ、アニメよりも厳しい状況で、アニメよりもより良い結果を導いてきたのだ。これは信頼するには充分すぎるだろう。

 

「どうやら納得がいったみたいだね。それじゃあ結界を解くよ?」

 

ユーノに言われた瞬間、急激に嫌な予感が膨れあがる。同じ感覚を得たのだろう、逢魔さんと視線が合う。

 

「みんな伏せて!」

 

結界が解かれた瞬間、念話で指示を出されたのであろう、なのはちゃんが叫んだ。あたしたちふたりは背中合わせに立ち、

 

「「風魔咆裂弾[ボム・ディ・ウイン]!!」」

 

同じ術を同時に放つ。

相乗効果による暴風を上回る爆風によって、周りにいたレッサーデーモンたちを吹き飛ばした。

そう、あたしたちはレッサーデーモンに取り囲まれていたのだ。

 

「ディバイン・バスター!!」

 

一条の光が上空(そら)を穿つ。

 

「今のうちに上空へ!」

 

なのはちゃんの言葉に、あたしは慌てて翔封界(レイ・ウイング)を唱えて飛び立つ。他のみんなも飛び立って…。()()()

 

「クロエ!!」

 

バカか、あたしは! クロエは空を飛べないじゃない!

とって返し、クロエのそばに降りたあたしは、風の結界を弱めて…。

 

どぐわぁぁん!

 

激しい衝撃によって弾き飛ばされた! しまった、炎の矢を喰らったか!?

弱めた結界では、炎の矢の威力を相殺しきれなかったようだ。

 

「リナ!」

 

クロエがあたしの元に駆け寄ろうとするが、レッサーデーモンに阻まれ応戦する。それは上空のイリヤたちも同じだった。

 

パアァァァ……

 

突然、屋上の中央に魔法陣が浮かび上がる。

……! この魔法陣は!?

 

グガァァァァ!!

 

大きな雄叫びをあげて現れたのは…!

 

魔王(デイモス)……(ドラゴン)!」

 

まずい! あたしは吹き飛ばされた衝撃で、まだ身体を動かすことが出来ない。対する魔王竜は、身体は小さめだけど、人ひとりを踏み潰すのは訳ない。

こちらを見た魔王竜は、ゆっくりと近付き、あたしを踏みつけんと足を上げ。

そのとき。

魔王竜はわずかにバランスを崩し。

あたしを超えた先に足をつき、さらに二歩進んで立ち止まる。

……たす、かった?

 

「リナ、大丈夫!?」

 

投影品の射出でデーモンたちを倒し、駆けつけたクロエがあたしに肩を貸して立ち上がらせてくれる。むぅ、助けに来たはずなのに、助けられる羽目になるとは。

そのとき。上空から聞こえた、ユーノの声。あたしは一生忘れることはないだろう。

 

「……ホントに、ドラまただ」




今回のサブタイトル
「スレイヤーズ」リナの代名詞的な二つ名から

今回、話の構成でかなり苦労しました。途中で逢魔リナが、説明を重要なポイントだけにした理由、自分も同じです。
思考がこんがらがったままグダグダと書いていたら、タイトル回収出来ない思いましたから。

次回「時計塔」
見てくんないと
「鶴翼三連!!」
(by クロエ)


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時計塔

最近、隔週化している。


≪美遊side≫

「ホントに、ドラまただ」

 

ユーノがぽつりと呟いたひと言。意味はよくわからないけど、いい意味ではないことはすぐにわかった。

何しろ、その対象であるリナが顔を赤くして、ワナワナと身を震わしているのだから。

 

「……よ、よ・く・も! あたしに恥をかかせてくれたわねッ!!

ユーノ、チェーンバインド!!

クロエはあたしへのつゆ払いをおねがい!」

「は、はいっ!」

「わかったわ!」

 

リナの剣幕に、ユーノは思わず敬語で返事をする。クロにはふつうの指示だったため、ふつうの返事を返していた。

 

「なのは、イリヤ! 稲葉さんはアレを使う気だから、あとのサポートに行って!」

「あ、うん!」

「わかったの!」

 

逢魔さんが、イリヤとなのはさんに指示を出す。確かに、あんな場所であんな術を使ったら、ビルが耐えきれずに崩壊するかもしれない。いや、バーサーカー戦の時と違い、約束された勝利の剣(エクスカリバー)の前方への後押しがない分、爆発の余波で吹き飛ばされる可能性だってある。

普段のリナならそこら辺も考えて行動するはずだけど、よほど頭にきたんだろう。冷静さを欠いているようだ。

 

黄昏よりも昏きもの

血の流れより紅きもの…

 

リナが呪文の詠唱を始める。そんな彼女の元に殺到するレッサーデーモンたちを、クロが迎撃していく。

デイモス・ドラゴンも反撃しようと試みているものの、ユーノの拘束魔術によって身動きがとれない。

……あれって、バーサーカーを押さえ込んだ術より強力なんじゃあ…。

そんな中、イリヤとなのはさんがリナの後ろに回り込み近づいていく。

 

……我と汝が力もて

等しく滅びを与えんことを!

 

そして術の詠唱が終わり。

 

竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!」

 

ズガゴワァァァン!!!

 

リナが解き放った術によって、ドラゴンは跡形もなく消し飛んだ。

しかし、その爆風によって吹き飛ばされそうになるふたり。そんなリナをなのはさんが、クロをイリヤが受け止める。

 

『イリヤさん、ビルが傾き始めてます!』

『なのは、早急に離脱を!』

 

ルビーとレイジングハートの警告に、慌ててビルから離れていく。とりあえずリナとクロが無事でよかった。

イリヤたちがこちらへ帰ってくるのを、わたしたちがアシストする。

そして。到着したリナに、逢魔さんが声をかける。

 

「こういう状況だから多くは言わないけど。言いたいことは、わかるわね?」

 

そう、未だにデーモンたちに囲まれた状況で、わたし、フェイトさん、ユーノの三人で対応している。

それでも、逢魔さんが言いたいことは理解できるので、わたしたちは黙って敵を殲滅させていく。

 

「ん…」

 

リナは軽く頷き、クロに向き直る。

 

「ごめん、クロエ。あたしが見境なしに大技使ったせいで、クロエにまで危険な目に遭わせて。

それにイリヤとなのはちゃんにまで迷惑をかけて、悪かったわね」

 

二人を抱えている、イリヤとなのはさんにも謝るリナ。その様子を見て、軽く息を吐く逢魔さん。そして。

 

「稲葉さんについてはこれでいいとして。

ユーノ! アンタのあのセリフが原因だってのは、忘れんじゃないわよ!」

 

逢魔さんはユーノに釘を刺す。

 

「……うん、ごめん」

 

どうやらユーノは、本気で反省しているようだ。

それにしても……。

 

「ねえ、結局ドラまたってなんなのよ?」

 

わたしと同じ疑問を口にしたのはクロだった。

リナは困ったような表情で、それに答えた。

 

「……ドラまたリナは前世での二つ名のひとつで、『ドラゴンもまたいで通るリナ=インバース』の略よ」

 

……それって、「猫もまたいで通る」みたいな意味だよね? 確かに、あんまり嬉しくはないかも。

 

「さて、と。おしゃべりはここまでにして、そろそろ戦いに戻りましょうか。いつまでも三人に任せっぱなしってわけにもいかないしね」

 

逢魔さんがそう宣言すると同時に、みんなに緊張感が奔る。それなら。

 

「リナとクロはこっちに来て! 私が魔力で足場を作るから、二人はその上に!」

 

飛翔の術を使うと戦えないリナと、そもそも飛べないクロをわたしが引き受ける形をとる。

 

「ありがと、美遊」

「ミユの愛情が伝わってくるようだわ」

 

クロがおどけた調子で言った。

 

『美遊さま。クロさまの足下だけ術を解除されてはいかがでしょう』

「考慮に価する」

「ちょ、ちょっと、冗談よね!?」

 

慌てた様子のクロに、わたしは言う。

 

「うん、冗談。でも、あまりふざけすぎるようなら、本当にやる」

「……りょーかい。場を弁えることにするわ」

 

……ふざけないとは言わないんだ。

 

「こら、そこ! くっちゃべってる暇があるなら、やることやれーっ!」

「「「了解!」」」

 

逢魔さんの怒号に答えるわたしたち。やっぱりどちらのリナも、怒らせると怖い。

 

「そーいや、カードについてはまだ、説明してなかったわね」

 

そう言ってリナはクラスカードを取り出し。

 

「あたしたちが使うクラスカードは、一枚につきひとりの英霊と繋がってる。

ただ、あたしが持つ三枚は、他のカードとは少しだけ毛色の違う英霊と繋がってるの。

例えばこの、セイバーのカードは…」

 

みんなに聞こえるよう大きめの声で説明していたリナは、セイバーのカードを前に突き出し、あの短い呪を唱えた。

 

夢幻召喚(インストール)!!」

 

瞬間、リナの姿が秘密を語ってくれたときに見せたあの姿になる。

 

「な、その姿って…」

 

逢魔さんが驚きの声を上げる。それはそうだろう。今のリナの姿は、彼女たち(リナ=インバース)の前世のパートナーのそれのはずだから。

リナは手にした剣の刀身を外す。

 

「光よ!」

 

ゴルンノヴァが光の刃を生み出し、それをリナが射出、イリヤの後ろから迫っていたデーモンを討ち取る。

 

「やるわね、リナ。こりゃ、わたしも負けてらんないわ」

 

言ってクロも、投影した剣を矢に変換、敵の密集した場所に放つ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

炸裂した魔力に巻き込まれて、数体のデーモンが屠られる。

もちろんその間、その様子をただ眺めていたわけじゃない。

 

速射(シュート)!」

 

魔力砲の連弾で、デーモン数体を倒す。

とにかく今は、一刻も早くこの状況を何とかしたい。でないと、ふたりは…。

 

 

 

 

≪クロエside≫

わたしたちは次々と、レッサーデーモンたちを倒していく。

でも、それにしてもきりが無い。さすがにドラゴンはもう現れないけど、空もビルの屋上も、レッサーデーモンの群れ、群れ、群れ!

……実を言うと、そろそろ魔力がやばい。いい加減魔力供給をしたいとこなんだけど、さすがにこの状況じゃ無理よね。

ふと、リナの様子を見ると、かなり疲れた様子だ。

でも、仕方ないか。ドラグ・スレイブ使ったあとにカードを夢幻召喚した上、宝具まで発動させてんだから。

能力の割に魔力消費は少ないみたいだけど、あんなに打ち出してたら限界も早いはず。

 

「リナ。ムチャしすぎだよ」

「美遊…、うん、ごめん」

 

ミユの指摘に、素直に謝るリナ。

……うーん? なんからしくないわね。

 

「リナ? もしかしてさっきのこと、まだ気に病んでるんじゃ…」

「くっ!? そうよ、悪い!?」

 

……これは、ちょっと意外ね。リナってもっと、気持ちの切り替えが上手だと思ってたけど。

これって、それだけわたしを気にかけてくれてるって考えて、いいのかしら? それならそれで、ちょっと嬉しいけど、でも。

 

「ねえ、今のあなた、イリヤと変わんないわよ?

ウジウジしてるなんて、リナらしくないわ」

 

わたしが発破をかけると、リナは一瞬驚いた顔をしてからため息を吐く。そしてカードを解除(アンインストール)して。

 

「そうね。ちょっと、あたしらしくなかったわね。

てなわけで、攻撃の手を弛めずにみんな集合!」

 

リナがみんなを集めた。

 

「リナ、どうしたの?」

 

イリヤの疑問は、羞恥心と共に氷解することになる。

 

「イリヤはクロエに魔力供給をおねがい。クロエの魔力はカツカツのはずだから」

「なっ!?!?」

 

イリヤは顔を真っ赤にしてテンパってる。うん、じっくりねっとり魔力供給してやろっと。

 

「みんなはその間、ふたりを守ってて。

で、そのあとはルビーを使って、あたしへの魔力供給ね」

「な、な、な……!!!」

 

リナ、結構鬼のような所業ね。イリヤの転身解いたら…。ま、わたしには関係ないか。それにこっちの方がリナらしいし。

それじゃ、まあ…♪

 

「じゃあイリヤ、おねがいね♡」

「うえぇ、ホントにやるの? こんなところで…」

「別にしなくてもいいけど、このままだとわたし、消えちゃうなー」

「くっ、うう…。でも、みんなの前で……」

 

隙アリ!

 

ちゅぱ!

 

「んんーーーーー!?!?」

「「「「ええッ!?」」」」

 

うん、やっぱり魔導師組のみんなが驚いてる。よぉし、もっと見せつけてやれ!

 

ちゅっ、ちゅぱ

ぴちょり

ぬるっ

れろれろ

 

「ん、んん……」

 

んー、イリヤってば、感じてる? ふふ、心は嫌がってても身体は正直ね。って、わたしはエロ親父か!?

 

「う、うみゅう…」

「え、え、なん、なの…?」

「……!!!」

「お、女の子同士でなんて、乱れすぎだよ!?」

 

む、小3にはさすがに、ディープ(フレンチ)キスは刺激が強すぎたか。ユーノもミミみたいなこと言ってるし、このくらいにしときましょ。

みんな手が止まって、リナとミユだけで応戦してるし。

 

 

 

 

 

「うう…、わたし、何か悪いことした?」

 

そう言って泣き崩れているイリヤの、今の姿はスクール水着(スク水)

現在リナが、ルビーを使って魔力の供給をおこなってるけど、その間はイリヤの転身を解かなくてはならない。

けれどわたしたちは、ここに来る直前まで水泳の授業を受けていたわけで。結果、今のイリヤの出来上がり、というわけだ。

さすがに今回は、みんなの戦闘の手は止まっていないけど、時々イリヤの姿をチロチロ見てたりする。これは見事な羞恥プレイだ。

 

「イリヤ、ありがと。もういいわよ」

 

そう言われて差し出されたルビーを引ったくるように受け取って、イリヤは急いで転身する。

 

『イヤー、イリヤさんから、進んで転身する日が来ようとは』

「こんな場所じゃ、水着姿よりこっちのが絶対マシだもん」

 

まー、そりゃそうか。

 

「それでリナだったら…」

穂群原小(ホムショー)の制服って、可愛いわよねー」

「ん、了解」

 

どっちも断固拒否、と。

 

「それで。戦況を立て直すとして、このあとどう動くか、なんだけど」

 

そう。魔力の補給が出来たとはいえ、わたしとリナが動けないのは変わらない。そのくせレッサーデーモンは、倒しても倒しても、あとからどんどん湧いて出る。まるで夏場のGだ。

 

「あの、ひとつ気になったことがあるんだけど」

 

そう発言したのはフェイト。

 

「あの一角だけ、デーモンたちがいないんだ」

 

フェイトはデーモンを屠りながら指さす。そこにあるのはあの、逆さになった時計台。

 

「本当だ。あの時計塔の周りにだけ、デーモンたちがいないの」

 

……時計塔!? それってまさか!

リナが指で目頭を押している。どうやらわたしと同じことを思ったらしい。

 

「ルビー、サファイア…!」

 

ドスの利いた声で、ふたつのステッキの名前を呼ぶリナ。

 

「アンタら、あそこが魔術協会の総本山、時計塔だって知ってて黙ってたわねッ!」

 

そう。わたしは、おそらくリナも、時計台と認識していたから気づけなかったけど、なのはが時計塔と言ったおかげで、その呪縛から解き放たれたってわけだ。

 

『あの、私は姉さんから口止めを…』

「ルビー?」

『いやですねー。あそこが原因だという確証がなかったから、ルビーちゃんは黙ってただけですってばー』

 

うわっ、コイツ! いけしゃあしゃあと!!

 

「……まあ、いいわ。

それで、あそこに黒幕がいるって見ていいわけ?」

『ええ、おそらくは。ですがあの様子を見る限り、塔の周りには強力な結界が張り巡らされているとみて、間違いなさそうですねー』

『それなら、うってつけがいるじゃない』

 

L様の言葉にハッとして、みんなの視線がひとりにそそがれる。

 

「……うん、わかった。いくよ、レイジングハート!」

『はい、なのは』

 

なのははレイジングハートを変型させて構え。

 

「…常世を守りし白輝の聖母よ…」

 

呪文を唱え始める。確かに、リナが詠唱につかうカオス・ワーズってのに似てるわね。

 

「…我と汝が力以て 全てを撃ち抜く閃光となれ!」

 

これは、さっきまでの魔力の残滓がなのはの元に集まってる!? これって、魔力を集めて再利用する術なの!?

 

「星光集束斬・改[スターライト・ブレイカー]!!」

 

強力な魔力の砲撃は結界を突き破り、塔の頂部を破壊した。

そこから、ふたつの人影が落下していく様子が見えた。

 

「出てきた! ……犯人!?」

「犯人…、って、ええええ!? あれがーーー!?」

 

イリヤがビックリするのも仕方ない。何しろ落下しているのは、取っ組み合いのケンカをしているリンとルヴィアなんだから。

 

『アレの意識を奪ってください! それでこの空間は閉じるはず、なんですが…』

 

ん? なんか歯切れが悪い…?

構わずイリヤはぶっ込んでいき。

 

「一撃卒倒! ハリセンモード!!

反省しなさい!!!」

 

ズパパァン!!

 

ルビーから生えたハリセンで、ふたりの意識を刈り取った。

 

 

 

 

 

ふたりを回収すると、なぜかデーモンたちが姿を消した。わたしたちは大岩の上に、気を失ったふたりを連れてきたんだけど。

 

「……何にも起きないわね」

 

わたしはつぶやいた。そう、レッサーデーモンが消えた以外、なんの変化も起こさない。

 

『これは、嫌な予感が当たってしまったようですねー』

 

嫌な予感?

 

『本来、不安定であるはずのこの空間に、次元振動のような反応が一切ないんですよ。

どの世界線のお二人かは存じませんが、このような次元干渉の域まで達したのはたいしたものだとは思います。ただ、ここまで安定させるのは、このお二人には無理ではないかと』

 

なるほど、ね。……というかこのふたり、並行世界のリンとルヴィアなのね。

 

「ということは、やっぱり」

「そういうことになるわね」

 

ん? ふたりのリナ?

 

「「どこかで見てるんでしょ? 出てきなさいよ、この『パシリ魔族』!」」

「いやーお二人とも、パシリ魔族は非道いですよ」

 

そう言って突然、その男は現れた。




今回のサブタイトル
Fateシリーズ魔術協会の総本山から

今回の冒頭、それと前回の終わり部分は、TVスレイヤーズ(無印)第1話のパロディです。
年下で並行世界の自分に咎められるリナ。ちょっとシュールですね。
そして、ついに登場のあの男。リナに「パシリ魔族」と呼ばれてる段階で、どこの誰かはわかりますね。

次回「写本」
リリカル、マジカル…
「秘密です♪」
「うん、意味分かんないから」
「てか、『リリすれ』でやってるから、それ」
(by ??? & 稲葉リナ & 逢魔リナ)


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写本

AATM入りました~♪


≪third person≫

稲葉リナと逢魔リナ、ふたりのリナが呼びかけた途端、その男は突如現れた。

黒い神官服を着て錫杖を持った、黒髪おかっぱ頭の青年。人の良さそうな笑顔をたたえてはいるものの、どこかつかみ所の無い雰囲気を醸し出している。

 

「それにしても、こんなところで出会うことになるとは思ってもいませんでしたよ。ねえ、リナさん」

 

彼の言葉に、ふたりは嘆息し。

 

「「まったく。やっぱりいたわね、ゼロス/名薗森寛!!」」

 

…………。

 

「……って、名薗森って誰!?」

 

逢魔リナのセリフに、思わずツッコミを入れる稲葉リナ。

 

「それは、そちらの(逢魔)リナさんの世界にいる僕の偽名ですね?」

「ちょっと、アンタ知ってるの!?」

 

まさか知ってるとは思わなかった逢魔リナが、思わず聞き返した。それに対してゼロスは、表情を崩すこともなく答える。

 

「ええ。あのお方を介して、逢魔リナさん、そして稲葉リナさんの様子は存じてますから」

 

あのお方。それが何を示しているのか、ふたりは即座に理解した。

 

「L様?」

『あたしが教えたわけじゃないよ。ただ、他の世界線のあたしも根底では繋がってるからね』

 

L様の説明に、成る程とうなずく。虚無の根底って? とも思ったが、そこをツッコむと脱線しそうな気がするのでやめる。

 

「それにしても僕がいるって、よくわかりましたね」

魔王竜(デイモス・ドラゴン)があたしをまたいだからよ」

「リ、リナ、ちょっと待って! イマイチ話が見えないんだけど!

いきなりこの人が現れたこととか!

ドラゴンがまたいだから、この人のことがわかったとか!

ていうか、ゼロスってリナが話してた、スィーフィード世界の魔族の人!?」

 

頭が混乱したイリヤが捲したてながら、稲葉リナに尋ねた。

 

「あー、ごめん。そういやまだ、紹介してなかったわね。

コイツはゼロス。今、イリヤが言ったとおり、スィーフィード世界の高位魔族、魔王の腹心である獣王(グレーター・ビースト)[ゼラス=メタリオム]が創った獣神官(プリースト)よ。

魔族ってのは精神世界面(アストラル・サイド)に身を置く精神生命体なの。それ故に空間を渡って、いきなり現れたりもするのよ。

……そうね。クロエが使う転移魔術みたいなものかな」

「ふえぇ…」

 

稲葉リナの説明にイリヤは驚くばかりである。

 

「……それで、魔王竜がまたいでゼロスのことを知った理由なんだけど」

 

言って稲葉リナは、再びゼロスを見る。

 

「確か以前にも、こんな感じのことがあったわね」

「おや、そうでしたか?」

「しらばっくれてんじゃないわよ!

アテッサで!

アストラル・サイドからの攻撃が途中で消えたり、アメリアが反射させた光線系攻撃が敵に当たったり、敵が放った雷系の広範囲魔法があたしたちの誰にも当たらなかったりしたでしょ!

あれ全部がアンタの仕業だったのは、しっかり覚えてるんですからねっ!」

「そういえばあのドラゴン、リナを踏みつけようとしたときにバランスを崩してたわね」

 

あの場で、もっとも稲葉リナの近くにいたクロエが、思い出すように言った。

 

「そう。その時、ゼロスのことが頭をよぎったのよ」

「もちろん、それを伺ってたあたしもね」

 

逢魔リナも同調する。

 

「ええと、リナちゃん。その、アテッサの話、わたしは知らないよ?」

「わたしも」

 

なのはとフェイトが言う。それを聞いたユーノが、あっ、という表情になって言った。

 

「そうか。ふたりは知らなかったんだね。

アテッサの事件は、長編15巻よりあとの出来事なんだ」

 

【スレイヤーズ!】長編、すなわち本編は、このときはまだ15巻で完結、特別編として書かれた16巻は発表されていなかったのだ。

 

「ともかく。レッサーデーモンがウヨウヨしていたあの状況であんな偶然が起きたんだから、あなたのことを疑ってみたくもなるってもんよ」

「別に、僕が彼らやドラゴンを召喚したわけじゃありませんよ?」

「んなこたぁわかってるわよ」

 

稲葉リナは、左手を腰に当て言い返す。

 

「あなたがアレを召喚したなら、あたしを助ける意味なんてないもの」

「まあ、その通りなんですけどね」

 

ゼロスも、悪びれもせずに言い返す。

 

「それで? 実際のところ、なんでゼロスがここにいるわけ?

もしかしていつもの『秘密』ってやつ?」

「いえ、僕はいつもの仕事で、ここに来ただけですよ」

「いつもの…って、まさか!?」

「ここにあるっていうの!?」

 

ゼロスのいつもの仕事を知るふたりのリナが、声を上げて驚く。

 

『リナさま。一体何に驚かれているのですか』

『一体ここに、何があるって言うんですかー?』

 

サファイアとルビーの疑問に、逢魔リナが口を開く。

 

「ゼロスが言うことが本当なら、この世界にはあらゆる世界の知識が詰まった魔道書、異界黙示録(クレアバイブル)、その[写本]があるわ。

あたしの世界のゼロスも、その理由でスィーフィード界からやって来たのよ」

 

逢魔リナの説明に、なるほどと答える2本のステッキ。

 

「……うーん?」

 

その様子を見て、腕を組み唸る少女がひとり。なのはだ。

 

「どうしたの、なのは。唸り声なんかあげてさ」

 

ユーノが尋ねると、なのはは頬を掻きなが答えた。

 

「さっきからあのステッキの声を聞いてると、なんだか頭に引っかかるものがあって…」

「そう?」

 

特に深く考えもしなかったユーノには、今イチピンときてはいなかった。

 

「……さて、それで? 本当に[写本]はあるの、ゼロス!」

 

逢魔リナがゼロスに詰め寄る。

 

「そうですねぇ。

でもまずは、その前に…」

 

そう言ったゼロスが指をパチンと鳴らす。すると。

 

「う…」

「うう…ん」

 

今まで気を失っていた凛とルヴィアが、目を覚まし始めた。

 

「……え、これって?」

「どう、なってますの?」

 

自分たちを取り巻く異常事態に、凛とルヴィアは一瞬混乱してしまう。

 

(……え、今の声って)

 

なのはは何かに気づいたものの、口には出さない。

 

「……あら、あなたたちは、イリヤと美遊?」

「えっ!? リンさん、わたしたちのこと、知ってるの!?」

「おふたりは、わたしたちとは別の世界のおふたりですよ、ね?」

 

凛の意外な発言に、イリヤと美遊は驚きを隠せない。そんなふたりに、逆に目を丸くして答える凛。

 

「ええと、ふたりはたまたま並行世界から紛れ込んで、喫茶店でアルバイトしてたわ…よ……ね?」

「うぇえ!? そんなのしたことないよぅ!」

「小学生の労働は一部を除いて、労働基準法に抵触している」

 

相変わらず、無駄に知識の多い美遊である。

 

『ふむ…。どうやらそちらの凛さんたちは、我々とは別の世界線の我々と接触したことがあるようですねー』

『おそらく私たちと、ごく近い世界線の私たちだったのではないかと思われます』

「あー、つまり、また並行世界ってわけね」

 

クロエが額に手を当てながら言った。

 

「なん、ですって!?」

(ワタクシ)たちはいつの間にか、第二魔法の域に…!」

『なにを言ってるんですかねー、この薄らトンカチたちは。おふたりにそんな技能、あるわけ無いじゃないですかー』

『次元創成の失敗で、ねじれ位置に存在する世界を巻き込んだに過ぎません。おふたりはもう少し、現実を直視するべきかと』

「わかってるわよ、コンチクショー!」

「少しは夢を見させてくださいまし!」

 

わかっていたこととはいえ、現実をたたきつけられたふたりは絶叫した。

 

「えーと、そろそろよろしいですか?」

 

ゼロスが頬を掻き、少し困った顔をしながら言う。

 

「……あんた、誰よ」

「僕はゼロスといいます。ご覧のとおり、どこにでもいる謎の神官ですよ」

(((謎の神官なんてそうそういないから!)))

 

イリヤ、美遊、クロエは心の内で、思い切りツッコミを入れた。

 

「それではミスタ・ゼロス。(ワタクシ)たちにどういった用がおありなのですか?」

「はい。まずお聞きしますが、あなた方がこの空間を創り上げた張本人で間違いありませんね?」

「ええ」

「相違ありませんわ」

 

ゼロスの質問を肯定するふたり。ゼロスは頷き話を続ける。

 

「ではそのために、何らか資料から知識を得たのではありませんか?」

「……さあ、何の事かしら?」

(ワタクシ)たちは存じませんわ」

「凛さん、ルヴィアさん!」

 

すっとぼけようとするふたりに、稲葉リナが慌てて声をかける。

 

「あんたは?」

「あたしは稲葉リナ。……って、あたしのことはどうでもいいわ。

それよりも、ゼロスの質問には素直に答えた方がいいわよ。特に、アンタたちが持つ資料に関しては」

「なにを言って…」

「例えば!」

 

凛の言葉を遮り、強く言い返す。

 

「ふたりは数百、数千のドラゴンの群れを壊滅させることは出来る?」

「それは…、さすがに(ワタクシ)でも不可能ですわ。なら当然、ミス・トオサカにも不可能ですわね」

「……そうね。さすがに、高位の幻想種を倒せるほどの力は持ち合わせていないわ。つまり、ルヴィアにも無理ってことね」

「なんですって!」

「なによ、あんたが先に言ってきたんでしょ!?」

「アイツには出来るわ…」

 

ぴくり

 

ぼそりと呟く稲葉リナに、反応するふたり。

 

「ゼロスは異世界の魔族と呼ばれてる存在(モノ)。その力は、数千に及ぶドラゴンたちを一撃で壊滅状態に追いやったほどよ。

ついた二つ名は[ドラゴンスレイヤー]ゼロス…」

「いやですねー、リナさん。そんな大層な二つ名は好みじゃないって、以前にも言ったじゃないですか」

 

真剣な話をする稲葉リナに、茶々を入れるゼロス。もしかすると本当に好みではないのかも知れないが、それを鵜呑みにできる相手ではない。

しかし、凛やルヴィアにはそんなことはどうでもよく、むしろ気になったのは。

 

「あなた、否定はしないのですね…」

 

そう、二つ名を嫌がっているだけで、今までの話を否定しないという事実。

 

「ゼロス。もしも凛さんたちがずうっとしらばっくれてたら、どうするつもり?」

「そうですね…」

 

ゼロスは軽く考えるそぶりをして。

 

「まあ、おふたりを殺してから、その資料を確認するでしょうね」

 

こともなく言うゼロスに、ふたりのリナを除く全員が戦慄する。

イリヤたち、凛たちは純粋に、初めて接触するゼロスという存在に。

なのはたちは小説のみの知識で、夜天の書事件から今までの間には見せていなかった本性に対して、あらためて。

 

「……あーもう、わかったわよ!

確かに私たちは、特殊な文字で書かれた文献から知識を得たわよ!」

「そうですか。ではその知識とは、世界の根源に関わるものではありませんか?」

((なっ、それって…!))

 

その知識に心当たりがある、ふたりのリナが驚愕する。

 

「そう、ですが…。なぜその事を?」

 

ルヴィアのその疑問には答えず。

 

「どうやら僕の求めていたものに、間違いないようですね。

すみませんが、その資料を僕に譲ってはくれませんか?」

「な、……くっ」

 

凛が言い返そうとするが、ゼロスが一瞬だけ放った殺気に気圧されてしまう。

 

(なんなのよ、コイツ。この殺気、サーヴァントの比じゃ無いじゃない…!)

 

そうは言いつつも、心を折られずに踏みとどまっている凛の精神力もなかなかのものである。

 

「……わかったわよ」

 

言って凛は、服の裾から手を突っ込み、巻物(スクロール)を取り出しゼロスに投げ渡す。

 

「ありがとうございます。さて…」

 

ゼロスが中身を確認するために、巻物を広げると。

 

「「ゼロス。それ、あたしたちにも見せてくんない?」」

 

ふたりのリナが尋ねた。

 

「そうですねぇ。まあ、おふたりになら特に問題は無いでしょう」

 

ゼロスからの許しを得たふたりは、それぞれゼロスの左右からのぞき込むように見る。そこにはスィーフィード世界の文字で、こう書かれていた。

 

---全ての闇の母、魔族たちの真の王、在りし日の姿に帰るを望み続けるもの

闇より暗き存在、夜より深きもの

混沌の海にたゆたいし金色、全き虚ろ……

 

「やっぱり…」

「これって、()()()()()()()よね」

 

そう、その書は[金色の魔王]について書かれたものだった。ただしそれは、かつて()()=()()()()()()()ディルス王国で聞いた不完全なもの。

 

「ええ。かつてディルスに存在した[写本]から、さらに書き写されたものです。

とはいえこれは、[写本]と何ら変わらないもの。というわけでこれは…」

 

ボフッ

 

巻物は突然燃え上がり、あっという間に炭へと変えてしまう。

 

「「ああ!」」

 

凛とルヴィアが声をあげる。それはそうだ。大事な資料が燃やされてしまったのだから。

 

「嘆くことはありませんよ。あの資料に書かれていたことには間違いがありまして。

つまり、それを基にしたあなた方の実験は成功しないということです」

「「な…!?」」

 

ゼロスのセリフに、開いた口が塞がらないふたり。

その様子を見て、稲葉リナは嘆息し。

 

「とりあえずこれで、アンタの当初の目的は達成できたってわけね。そ…」

「あのー…」

 

稲葉リナが話を続けようとした、その時。なのはがおずおずと言葉を投げかけた。

 

「少し、確認したいことがあるの」

 

そう言うなのはの表情は、とても真剣なものだった。




今回のサブタイトル
「スレイヤーズ」シリーズ ゼロスの捜し物(笑)から

というわけで、ゼロス登場です。
前々回の魔王竜の件はこういう訳です。アテッサネタはどうしようか悩んだんですが、結局入れました。

凛とルヴィアの補足。彼女たちはAATM(略称。詳しくはネットで調べてください)という型月公式作品のふたり。並行世界のイリヤのアルバイトの話は2巻に収録されてますが、そういうことがあったんだ程度で充分です。

物語最後の方のなのはは、かなり真剣な表情をしていますが、確認したいことはくだらないことです。

次回「妖夢 蠢く」
見てくんないと、
「「ガンド!」」
(by 凛 & ルヴィア)


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妖夢 蠢く

遅くなりましたが更新です。


≪稲葉リナside≫

「少し、確認したいことがあるの」

 

なのはちゃんは真剣な表情(かお)で言った。

なのはちゃんに一体なにが…?

 

「凛さん、でしたよね?」

「えっ、私!? そ、そうだけど…」

 

戸惑いながらも、凛さんが答える。

 

「あの、すみませんが、関西弁で何か喋ってもらえませんか?」

 

……………………は?

 

「え? は? えっと、関西弁?」

「あ、いきなりそんなこと言われても、なにを言えばいいかわかりませんよね。

それじゃあ、『わたしは人様に迷惑をかけてまで生きとうない』って言ってみてください」

 

えっ、そのセリフって、……あ!?

 

「なんか、結構重いセリフね。まあ、いいわ。

ええと、『わたしは人様に迷惑をかけてまで生きとうない』…?」

「「「はやて!?」」」

 

逢魔さん、フェイトちゃん、ユーノが驚きの声を上げる。かく言うあたしも、驚いてはいるのだが。

ただ、少し前、あたしが宝石の護符(ジュエルズ・タリスマン)を作り始めたころ。凛さんのセリフを聞いて何か引っかかるものを感じたことがあったけど、原因はこれだったのだ。

あの時はキツめの関西弁だったから、直接は結びつかなかったけど。おかげで驚きは最小限に抑えられている。

 

「ええと、よくわからないけど、私の声があんたたちの知り合いと似てるってこと?」

「ええ。友達のはやての声にそっくりなのよ」

「うん、とてもよく似てる」

「ぼくもビックリしたよ」

 

まあ、予備知識が無けりゃそうなるだろう。一方のイリヤと美遊、クロエはサッパリという顔をしている。

仕方がない。今度もう一回なのはを借りて、みんなに見せてあげよ。

 

「あの、それで、もうひとつ引っかかってたこともわかったの」

 

ん? もうひとつ?

 

「美遊ちゃんが持ってるサファイアちゃんの声が、忍さんの声にそっくりなの!」

「忍さん!?」

 

今度は思わず声を上げてしまった。そうかぁ、忍さんかぁ。

 

「ちょっとリナ。忍って誰よ?」

「月村忍さんはなのはちゃんたちの友達、月村すずかのお姉さんで、なのはちゃんのお兄さん、高町恭也さんの恋人よ」

 

クロエの疑問に答えるあたし。

しかし、忍さんは盲点だったなー。TVでも出番は少ないし、映画版なんか出番なしだったものね。

 

『サファイアちゃんの声とそっくりな方ですかー』

『なんだか、複雑な気分です』

 

お。サファイアが少し照れてる? これはちょっと珍しいかも。

でも、そう言われてみると、クロエやルヴィアさんと似た声のキャラたちもいたわね。StrikerS以降のキャラだから、今のなのはちゃんたちは知らないはずだけど。

……って、こっちの方で話が盛り上がっちゃってるけど、ゼロスに聞きたいことがまだあるんだった。

 

「えーと、ゼロス。ちょっと間が抜けちゃったけど、アンタまだ、何か目的があるんじゃないの?」

「あっ、そうよ! なのはの発言ですっかり忘れてたわ」

 

あ、やっぱり逢魔さんも同じこと思ってたんだ。

 

「何だか本当に間が抜けた会話になっちゃいましたねぇ。別にいいんですけど。

さて、他の目的と言うことですが、確かにありますよ」

 

コイツ、いけしゃあしゃあと言いやがった。

 

「ゼロス。アンタ、なに隠してんのよ?

あたしの転生についてもひっくるめて、キリキリ吐いてもらいましょうか!?」

 

あたしの剣幕に、ゼロスは頬を掻き。

 

「あー、何だか勘違いしてるみたいですね」

 

……は? 勘違い?

 

「同じ魔王(ルビー・アイ)様が治める世界でも、僕はお二人とは別の、所謂並行世界からやって来たんですよ」

「別の、世界?」

 

あたしに軽く頷き、ゼロスは言葉を続ける。

 

「はい。一応、稲葉リナさんの転生の経緯は知っています。しかし、それぞれ思惑がありますからね。その理由を僕が語るわけにもいきません」

 

むぅ。ゼロスのことだからこれ以上尋ねても、「秘密です」でかわされるのがオチだろう。

……まあ、仕方がない。ならば。

 

「それじゃあ当初のとおり、アンタの目的について聞かせてもらいましょうか!?」

「そうですね。いくつかありますが…」

 

いくつもあるんかい。

 

「とりあえず、彼らに出てきてもらった方がいいでしょう」

 

へ? 彼ら?

あたしが思考を巡らせる間もなく。

スッと、奴らは姿を現した。

これは、あたしにも予想外だった。

 

 

 

 

≪逢魔リナside≫

これは、あたしにも予想外だった。

あたしたちから少し距離をとって現れたのは、三匹の魔族。それも、中位以上の。

いや、レッサーデーモンたちが現れた時点で、魔族が裏で糸を引いてるのは予測できてたんだけど、まさか三匹も現れるとは思ってなかったのだ。

 

「ゼロス。なぜ我々の邪魔をする」

 

三匹の内の真ん中に立つ、ブラウンの短髪で厳つい顔の、騎士風の男が口を開く。……どうでもいいけど、まさか何たら将軍なんて肩書きはないでしょうね?

 

「いえいえ、本来なら邪魔なんて、する気もありませんでしたよ。

ただ、あなたたちが今なさろうとしていることは、僕たちが進めている計画にも悪影響がありまして。出来れば、やめて頂けたらありがたいのですが。

どうですか、ディルギアさん」

 

ぶふうぅぅっ!!

 

あたしは思わず吹き出した。見れば稲葉さんも同様、なのはたちもなんとも言えない表情をしている。

当のディルギアは訝しみ、ゼロスは知ってか知らずか涼しい顔、イリヤたちはキョトンとしている。

しかしディルギアって、よりにもよってあの、下ネタ獣人と同じ名前とは。せっかくのシリアスが台無しである。

 

「んー、ちょっと質問!」

 

なぁっ、クロ!? アンタ、空気を読みなさいよ!

……いや、もしかしてわざとか? 稲葉さんも涼しい顔してるし。

 

「なんでしょうか、クロエさん」

「この空間がいまだに安定、ううん、()()()()()()()、どっちの仕業なのかしら?」

 

膨張してる!? ちょ、L様?

 

『クロエの言うとおり、確かに空間の膨張がみられるね。

このままいけば、あたしたちの世界…、いや、様々な世界が完全に取り込まれていくだろうね』

「そうよ。リンとルヴィアがね、術式が断たれたはずなのに、世界の膨張が止まらないって言ったの。

もし、術式を奪ってそんなことが出来るとすれば…」

「魔族しかいないって訳ね」

 

なるほど。すでに創成されている空間なら、魔族のキャパシティをもってすれば拡張も不可能ではないんだろう。

しかしそうなると、それを行っているのは…。

 

「ディルギア、アンタたちの仕業でしょう?」

 

ズビシッと指差し言ってのけるあたしに、ディルギアは興味深げな表情を浮かべ、口を開く。

 

「人間、なぜそう思う」

「ゼロスは()()()()()()からよ」

 

そう。嘘()つかないのだ、ゼロスは。ただそれが真実全てではなく、むしろ間違った方へ解釈するように誘導しているだけで。

 

「ゼロスは言ったわ。レッサーデーモンや魔王竜(デイモス・ドラゴン)を呼んだのは自分じゃないって。なら、それをしたのはアンタたちってことになるんだけど…」

「わざわざそんなことしてまで、あたしたちを排除しようって理由も、空間拡張の障害になりかねないから、って考えればしっくりといくのよ」

 

稲葉さんが、あたしのセリフを引き継いで言う。

 

『念のためで、リナを襲ってたヤツ(ガーヴ)だっていたしねー』

 

いや、アンタが言うか!?

 

「くっ、ははは……! 面白いぞ、人間! わずかな情報から、よくそこまで想像できるものだ。

……貴様ら、何者だ?」

「……逢魔リナ」

「稲葉リナよ」

 

あたしたちが名乗ると、ディルギアは軽く考えるそぶりを見せ。

 

「貴様ら、リナ=インバースと関わりがあるのか?」

「……あたしたちの、前世の名前よ」

「並行世界の同一人物よ、あたしたちは」

 

あたしたちが答えると、今までひと言も喋らなかった二匹の魔族がピクリと反応を示す。

 

「リナ=インバース…」

「あり得ないはずのまさかを、何度も成し遂げた人間か…」

 

黒い槍を担いだ青い髪の青年風と、胸元の開いた白いワンピースを着た、長い赤毛の美女風、二匹の魔族が興味深げにあたしたちを見る。はっきり言って嬉しくない。

 

「まさかこんなところで、因縁と相まみえるたぁな」

 

は? 因縁?

 

「分からないって表情(かお)ね。

私たちはね、魔竜王(カオス・ドラゴン)様の元配下。もっと言えば、竜将軍(ジェネラル)ラーシャート様の部下になるわ」

「「な…!」」

 

あたしたちは言葉に詰まる。

 

「ああ、もちろん仇討ち、なんてつもりはねぇぜ。

だがよ、俺たちゃあ興味が湧いちまってな。

魔王様のお一人を倒し、魔竜王様に手傷を負わせ、ラーシャート様を打ち破り、冥王様が滅ぶきっかけをつくった…」

「そしてシェーラ様を討ち、我らが今の主、覇王様を退けた人間。さらにはもう一人の魔王様をも討ち取ったのだ。興味を引かぬ訳がなかろう」

 

むぅう、確かに魔族側からすれば、あたしは特異な人間に映るんだろうけど、別にあたしひとりで倒したわけじゃないし。

 

「さて、ディルギアさん。話も尽きないようですが、そろそろ先程の返事を聞かせてはもらえませんか」

 

ゼロスがディルギアに話しかける。先程の返事…、この空間への干渉を続けるかどうか。

もしやめてくれるなら、この空間は維持が出来なくなり、おそらくあたしたちは帰る手段を手に入れる。

でも、さっきの話の流れからすると…。

 

「聞くまでもなかろう。答えは否、だ」

 

やっぱりか。しかしディルギアたちの表情は堅い。

そりゃそうだろう。三匹まとめてだろうと、ゼロス相手じゃ勝ち目なんてほとんどない。はっきり言って、無謀なことに挑んでいるのだ。

 

「そうですか。なら、仕方ありませんね。

というわけでみなさん、あとはよろしくお願いしますよ」

「「………………は?」」

「ほら、格下相手とはいえ、三人を相手にするのは面倒くさいじゃないですか」

 

いや、それ、アンタの仕事でしょーが!

 

「何よりディルギアさんたちは、リナさんたちと闘いたがっておられるようですし、ここはお譲りする、ということで」

「いらん気の回し方するんじゃないぃっ!」

「アンタは厄介事、押しつけてるだけでしょ!?」

 

あたしたちのツッコミも、どこ吹く風のゼロス。

 

(われ)が言うのもなんだが、よいのかゼロス。この人間どもを殺してしまっても…」

 

さすがにディルギアも、ゼロスの言動に戸惑っているようだ。

 

「ええ、構いませんよ。それに…。

リナさんたちにはこれくらいの敵、倒してもらわなくてはなりませんから」

 

え、それって…。

 

「ふむ、まあよいか」

「ああ、人間相手に心躍ることになるたぁな!」

「さあ、あなたたちの絶望、たっぷりと味わわせてちょうだい」

 

あたしが考えをまとめるよりも先に、三匹は戦闘態勢へと入った。

ええい、仕方がない。今は目の前の敵をどうにかしないと!




今回のサブタイトル
神坂一「ロストユニバース」2巻タイトルから

はい、またもや遅れてしまいました。すみません。
なのはのやり取りが終わった途端、筆が進まなくなったという。

今回の中の人ネタですが、サファイアの中の人、前任者が忍の中の人だったんですが、お亡くなりになられた人のネタなのでどうしようかとも思ったものの、結局使ってしまいました。

次回「導かれし力を束ね」
リリカル、マジカル
「頑張ります!」
「ようやく本家が登場だね」
「おおお! ホンモノだぁ!!」
(by なのは & ユーノ & 稲葉リナ)


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導かれし力を束ね

今回は視点が、目まぐるしく変わります。


≪イリヤside≫

ゼロスさんとディルギアさんたちの交渉が決裂して、何故かわたしたちが闘うことになってしまった。

原因は、わたしたちに丸投げしたゼロスさん。

あなたはライダー戦の時のリンさんですか!? なんて思ったけど、ここにいるリンさんが混乱するかもしれないのでやめました。

 

『イリヤさん、何一人語りしてるんですかー?』

「ちょっと、ルビー! 勝手に人の心理(モノローグ)読まないでよ!?」

『いえいえ、読むも何も、イリヤさんの思考はわかりやすいですからー』

 

むう、まったく失礼な。

 

「ほら、ふたりとも。気を抜いてんじゃないの!」

 

そう言って窘めるリンさんは、わたしが知ってるリンさんと変わりがなくって。

ちょっとだけ、安心した。

 

「イリヤ、美遊! あなたたちは凛さん、ルヴィアさんと女魔族の相手して! クロエはあたしたちと、ディルギアの相手をお願い!」

「なのはたちは青髪魔族をお願い! あたしは稲葉さんと、ディルギアに当たるわ!」

 

リナとリナちゃんの指示。

 

「ふぅん、わたしの相手はあんたたち…」

 

そう言って歩み寄ってくる、女魔族の人。

 

「まあここは、お前たちに合わせて名のっておこうかしら。

私は覇王(ダイナスト)[グラウシェラー]様配下、ルビーよ」

 

はぇ!?

 

『おやまあ、わたしと同じ名前ですかー』

馬鹿ステッキ(こんなの)と同じ名前だなんて、ご愁傷様ね」

 

……えーと、リンさん? それって煽ってない?

 

「それって私を挑発してるのかしら?

それくらい気にはならないけど…」

 

ルビーさん、……なんか変な感じだなぁ。とにかく魔族の人は、怒るというより、むしろ楽しそうな顔をして。

 

「せっかくだから、のってあげるわ!」

 

そう言って襲いかかってきた!

 

 

 

 

≪なのはside≫

リナちゃんの指示を聞いた槍を持った魔族が、首をコキコキ鳴らしながらこっちへ近づいてくる。魔族なのに、結構律儀なの。

……というか、魔族って関節無いよね。何で音がするの?

 

「やれやれ、リナ=インバースと闘え(やれ)ると思ったのに、こいつらの相手かよ」

 

落胆を隠そうともしない魔族に。

 

「なめないで。わたしたちはリナと一緒に、[闇の書]に封印されていた赤眼の魔王の残滓、[シャブラニグドゥ・ナハト]を倒したんだから」

 

バルディッシュを前に突き出しながら、フェイトちゃんが啖呵をきった。

……うん、そうだよ。リナちゃんだって、決してひとりで闘ってたわけじゃないんだ。だから。

 

「わたしたち、人間の力を侮らないで!」

 

わたしも、精一杯の啖呵をきる。

 

「それに、今の姉さんは逢魔リナ。リナ=インバースじゃないよ」

 

ゴルンノヴァを構えながら、ユーノくんが言った。

 

「……ふっ。貴様ら、よく吠えた!

いいだろう。覇王(ダイナスト)様配下、クランが相手してやる!」

 

槍の魔族、クランが構えたかと思うと、一足跳びにわたしたちの間合いに踏み込んできた!

 

 

 

 

≪クロエside≫

「どうやら、二人とも始めたようだな」

 

剣を構えたディルギアが、周りの様子をうかがいながら言う。

 

「我らには、多く語る必要もないだろう。

……ゆくぞ!」

 

ガギィッ!

 

その瞬間、神速ともいえるスピードでわたしへと斬りかかってきた!

わたしは、投影した白黒陰陽の夫婦剣、[干将][莫耶]を交差させて、その剣撃を受け止める。

 

「「クロエ/クロ!!」」

「ほう、この攻撃を受け止めるか」

 

ディルギアは、軽い驚きを含んだ声で言った。

 

「戦いにおいて、相手の弱点を突くのは定石でしょ?」

 

言ってわたしは、剣を弾きながら後ろへと下がり。

 

「もっともわたしは、弱点であるつもりは無いんだけど!」

 

干将・莫耶を投擲。回転しながら飛ぶそれをディルギアが弾き、わたしは再び投影した夫婦剣を投げ、ディルギアはそれも弾く。しかし互いに引き合う二対の夫婦剣は弧を描き、再びディルギアへと向かっていく。

三対目の夫婦剣を投影したわたしは跳躍して、ディルギアへと双剣を閃かす。

多方向からの同時攻[鶴翼三連]。わたしの依り代となっているクラスカード[アーチャー]、その英霊の絶技。

しかしディルギアは、飛んでくる剣になど目もくれず、自身の剣で下からわたしをなぎ払おうとした。その瞬間、わたしはそれを転移でかわし、ディルギアの後ろから切りつけ---。

次の瞬間、目の前の標的は消え失せ、真後ろに生まれる殺気。

---不味い!

攻撃態勢に入った今からでは、相手の攻撃をかわすことは…!

 

 

 

 

≪美遊side≫

「ちょっと、あの黒いイリヤ、アーチャーと同じ能力じゃない!」

 

凛さんがクロの投影魔術を見て騒いでいる。

確かに、クロの能力はアーチャーのものだけど、今は…。

 

「あら、私を相手に、ずいぶん余裕だこと」

「……くぅっ!?」

 

女魔族が放った魔力弾が、凛さんを襲う。凛さんは直前で身体をひねりかわそうとするが、胸の下あたりを軽くかすっていく。

 

「ッこの!

Anfang(セット)---! 爆炎弾三連!!」

 

3つの宝石を投げて、女魔族を爆炎に巻き込むが、傷一つ負わずに姿を現す。そこへ。

 

Zeichen(サイン)---! 爆炎弾五連!!」

 

ルヴィアさんが、さらに5つの宝石で爆炎に包む。けれど結果は変わらない。

 

『うーん、相手は精神生命体。炎のような物理干渉による力では、ダメージを与えることは難しいようですねー』

「「なあっ!?」」

 

ルビーの説明に、驚きの声をあげるふたり。

 

「精神生命体だなんて、聞いてませんわよ!?」

 

え、…あ。そういえば、凛さんとルヴィアさんはリナが説明したときには、まだ気を失っていたんだった。

 

「あら、連絡不行き届き? 全然ダメじゃないの。それじゃあ私は……」

「全力の散弾ッ!!」

 

女魔族が話している中、イリヤが複数の魔力弾を放つ。女魔族へと集中して降り注いだそれが爆煙をあげ…。

 

「不意を突いての攻撃ね。いい考えだけど、わたしを傷つけるには、些か魔力不足ね」

 

女魔族の声が聞こえる。

 

「やっぱり、あなたたちごときじゃ……!?」

 

煙が晴れて、女魔族の言葉が途切れた。おそらくわたしを見て、言葉を失ったのだろう。

何しろ、わたしの目の前の中空には攻撃用の魔力を充填(チャージ)した魔法陣が4つ、浮かびあがっているのだから。

 

「魔力4倍チャージ……!」

 

()()()()()()()()()()()()、無駄になんかしない!

 

全力砲射(シュート)!!」

 

 

 

 

≪フェイトside≫

「極天一刀・真雲切!」

 

……っぎん!

 

わたしたちの間合いに飛び込んできた、魔族クランにいち早く反応したのはユーノだった。

彼は目にも止まらぬ速さでクランの懐まで入り込み、剣を一閃させる。だけどクランも、槍の柄の部分を盾にしてその斬擊を防いでみせる。

 

「驚いたぜ、ボウズ。俺の踏み込みに反応するとはな!

……それにその武器、まさか[光の剣]か!?」

「ぼくこそ。今までで最高の真雲切を受けきるなんて。

その槍はもしかして、あなたが生み出した魔族じゃないのか?」

 

クランとユーノは互いにニヤリと笑い、同時に距離をとる。

そこへすかさず。

 

「ディバインシューター!」

「フォトンランサー!」

 

なのはとわたしが攻撃を仕掛けた。けど。

 

「ふん!」

 

クランが槍を一振りすると、わたしたちの攻撃が霧散してしまった。

 

「まだまだ…!」

『なのは、ダメ!』

「!?」

 

カートリッジシステムを使おうとしたなのはを、わたしは念話で止めた。

 

『わたしたちは今、カートリッジの持ち合わせが少ない。もし使うのなら、確実にダメージを与えられる状況じゃないと…』

『! ……そうだね』

 

納得したなのはは、クランにアクセルシューターを放ったけれど、それもまた蹴散らされる。

その隙を突き、ザンバーモードに移行したバルディッシュを横薙ぎに振り抜く。

しかしクランは身を低くしながら突進、槍をわたしに向けて突いてくる。

わたしはバルディッシュを切り返して槍を叩き、何とか切っ先を逸らしながら横へと避けた。

それを追走する形でユーノがゴルンノヴァを振るうその瞬間、クランの姿がかき消え、一瞬ののちにユーノの後ろに現れる。その右手には魔力塊が…!

 

 

 

 

≪逢魔リナside≫

クロの背後に現れたディルギアが、剣を振り下ろそうとする。そこへ。

 

「獣王牙操弾[ゼラス・ブリッド]!」

 

あたしが放った術は、クロをかわしながらディルギアへと向かう。

ディルギアは剣の軌道を変え、魔力弾を弾いた。

しかし甘い! この術は効果が続く限り、術者が操作し攻撃を続けることが出来るのだ!

方向を転換して、再びディルギアへと向かう魔力弾。それに合わせて。

 

螺光衝霊弾(フェルザレード)!」

「くっ!」

 

稲葉さんが術を放ち、ディルギアを同時に襲う。これはさすがにマズいと思ったのか、大きく後ろに飛んでかわし。

 

ずがががぁっ!!

 

複数の魔力弾を放ち、獣王牙操弾を相殺した。さすがにそう簡単にはいかないか。

 

「そうか…」

 

クロはそう呟くと。

 

投影開始(トレースオン)

 

弓と矢を出現させて。

 

赤原猟犬(フルンディング)!」

 

ディルギアへ射た。ディルギアは面倒くさそうに矢を弾く。が、矢は方向を変え、再びディルギアに襲いかかる。

そうか。自動追尾の矢か!

ならば今のうちに、と地面に手をつき増幅呪文、続いて扱う術の呪文を唱える。

すると、あたしの意図を察した稲葉さんが呪文を唱え始めた。

ディルギアはさっきと同じように、矢に向かって魔力弾を叩き込んだ、そのタイミングで。

 

「魔皇霊斬[アストラル・ヴァイン]!」

 

大地(巨大な岩だけど)に切れ味を増す呪文をかけ、

 

地撃衝雷(ダグ・ハウト)!」

 

稲葉さんが、複数の岩の錐を発生させる。

 

「ぬおぉ!?」

 

予想外の攻撃だったのだろう、ディルギアは慌てて回避をするが。

 

ざす!

 

「ぐぅ!」

 

錐のひとつに左腕が吹き飛ばされ、空に溶けるように消滅する。

 

「やって、くれるな!」

 

ディルギアは左腕を再生して、再び剣を構えた。

やっぱりこのくらいのダメージじゃ、倒れてくんないか。

……ん? なんか稲葉さんが、ブツブツと…。

 

「……試してみるか」

 

そう呟くと、稲葉さんが呪文を唱え始める。……って、これって!?

 

地精道(ベフィス・ブリング)!」

 

稲葉さんが発動させた術によって、ディルギアの足下に穴が出来る。が、ディルギアは宙に浮かびなんともない。

魔族相手にこのての術は、ほとんど意味をなさない。それくらい、稲葉さんだってわかっているはずなのだが?

 

地精道(この術)が使えた。……ってことは、この巨大な岩は、大地と同義ってことよね」

 

確かに言われてみれば。

 

「なにを喋っている!」

 

ディルギアは剣を振りかぶりながら、稲葉さんの間合いに踏み込もうとしうて。

 

「うるさいわよ!」

 

言って、青白く輝く小さな硝子玉を数個投げつけた。ディルギアはそれを気にせずに向かってくるが、硝子玉に触れた瞬間。

 

ばしゅっ!

 

「な!?」

 

硝子玉が砕け青白い閃光が放たれる。

今のは烈閃槍の光? もしかしてルークの、物に魔法の効果を込める技の応用か!?

 

「クロエ、時間稼ぎお願い!

逢魔さん、ちょっと聞いてほしいことがあんだけど」

 

そう言って稲葉さんが話したことは、あたしには驚きのことだった。

 

「……どお?」

「んむ、やってみる価値はあるかも」

 

あたしも見てみたいし。

 

「ありがと。それじゃクロエと交代、お願いね」

 

まったく、我ながら人使いが荒いんだから。

 

 

 

 

≪凛side≫

美遊が放った魔力砲を喰らったルビー。あんな攻撃を受けたら、さすがに…。

 

「……ふふ、今のは結構効いたよ」

 

なっ、あれでも倒れないの!?

爆煙が晴れたそこには、全身をボロボロにしながらも平然と立つルビーの姿があった。

 

「まさか銀髪の攻撃も囮だったとはね。人間の、しかも子供だと思って油断しすぎたわ」

 

そう言っている間にも、ボロボロだった身体はあっという間に元の、傷一つない姿に戻っていく。

 

「さて。あなたたちには、とっておきのお返しをしなくちゃ…。

ねぇ!!」

 

! 不味い!!

ルビーが4つの魔力球を作り上げる。私の見立てが確かなら、それはさっきの美遊の攻撃と同等。くうっ、完全に遊ばれてる!?

しかし、そこで動いたのはイリヤ。

 

「クラスカード[ランサー]、限定展開(インクルード)!」

 

以前出会った方の美遊が使っていたのと同じ、カードを使った宝具の擬似展開。美遊が使っていたのはセイバーの[約束された勝利の剣]だったけど、今回イリヤが展開したのはランサーの[刺し穿つ死棘の槍]。

心臓を貫く必中の槍だけど、実は別の効果をもたらす使い方もある。それは。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!」

 

この槍の投擲使用。命中するまで追いかけ続ける、必中の槍となるのだ。

イリヤが放った槍はルビーの腹を穿ち貫く。

 

「がはぁ」

 

魔力球は消え、ルビーが片膝をつく。

 

「おのれぇ…!」

 

怒りを滲ませ睨みつけてきた、その時。

 

『みんな! 大技の準備をしながらリナのトコに集合よ!』

 

(ステッキの)ルビーとサファイアから、クロの声が聞こえた。

 

 

 

 

≪ユーノside≫

ぼくが剣を一閃させようとしたその時、クランの姿が消え、後ろから殺気と魔力を感じた。

ぼくは、踏み込んだ右足を軸に回転しながら、ゴルンノヴァを横薙ぎに振り抜く。

 

ザシュッ!

 

「ガアァッ!?」

 

光の刃はクランの腹を深く裂いた。

バランスを崩しながらも、ぼくは後ろへ飛び退き。

 

「アクセルシューター!」

「プラズマランサー!」

 

なのはとフェイトが放った魔法が、クランに命中する。

 

「おおおお…!」

 

クランは雄叫びをあげ、こちらを睨みつける。

 

「てめぇら…!」

 

槍を支えにして立つクラン。かなり効いているみたいだ。

と、その時。

 

『みんな! 大技の準備しながらこっち来て!』

 

姉さんが念話でこんなことを伝えてきた。

 

 

 

 

≪ルヴィアside≫

クロエの指示のもと、(ワタクシ)たちはミス・イナバの元へと向かいます。追加の指示として、相手をしていた魔族(ルビー)をディルギアと合流するよう誘導しながら、ということでしたから、三人まとめて一掃しようということですわね。

美遊(ミユ)はすでに、[セイバー]のカードを限定展開しています。

実は(ワタクシ)、元の世界で限定展開するところを見ているらしいのですが、あちらの世界のマジカルステッキ(ルビー)に操られていた為に、その時の記憶がないのですわ。

全く、ミス・トオサカが言うとおり、あれは本当に馬鹿ステッキですわね。

……話が逸れましたわね。(ワタクシ)たちがわざと右へ、左へと移動しながらミス・イナバの元へ近づいてゆくと、クロエが声をかけてきました。

 

「イリヤ! これ、リナからよ!」

 

そう言って、1枚のカードをイリヤスフィールへと投げてよこします。

 

「クラスカード[()()()()]、限定展開(インクルード)!」

 

飛んできたカードを確認もせず、彼女は走りながら限定展開しました。その手には、変わった意匠の剣。

その刃を外し、

 

「光よ!」

 

そのかけ声と共に、光の刃が形成されます。それを見ただけでも、途轍もない力を秘めた宝具だということが判りますわ。

そして(ワタクシ)たちは、ミス・イナバの元へと辿り着き…!?

なんですの? 光の刃が増幅されてますわ!?

……まさか、魔力の増幅!? ミス・イナバの狙いはこれでしたの!?

 

「みんな、『せーの』でいくわよっ!」

「リナさん、それ、わたしのセリフなの!?」

 

ミス・イナバのセリフに、ナノハが訳のわからないことをおっしゃってますが、今は無視ですわ。

(ワタクシ)たちはそれぞれに、攻撃態勢に入り、

 

「せーの!」

 

ミス・イナバのかけ声と共に、その力を開放させ…。




今回のサブタイトル
TV「スレイヤーズTRY」神魔融合魔法の一節から

今回、結構長めになりました。
色々書きたいことはありますが、とりあえず補足。
凛は元の世界では、第五次聖杯戦争の参加者でアーチャーのマスター。ただしAATMでは真名は知らない模様(作中未記載)。
他の英霊の宝具についても知っているが、おそらくアサシンのみ例外(アサ次郎か呪腕さんなので)。
因みに、AATM時空に元からいるイリヤもマスター。
以上、元の作品に詳しくない人向けの補足でした。

一応最後の部分は次回、稲葉リナ目線で詳しくやる予定です。

次回「勝利はあたしたちのためにあるっ!」
見てくんないと、
「「暴れちゃうぞ!」」
「「やめて」なの」
(by Wリナ & イリヤ& なのは)


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勝利はあたしたちのためにあるっ!

長いことお待たせしました。


≪稲葉リナside≫

逢魔さんとクロエに、これからあたしがやろうとしていることを伝えると、二人とも興味を示してくれた。クロエなんか、

 

「まだこんな隠し球があったの」

 

なんて言ってきた。

あたしはクロエに遠話球(テレフォン・オーブ)と、[セイバー]のクラスカードを手渡す。

 

「あたしが合図を送ったら、みんなにここへ集まるように伝えて。なのはちゃんたちへは、逢魔さんに頼んであるから」

「ふぅん。……で、このカードは?」

 

クロエが人差し指と中指でカードを挟み、あたしにちらつかせる。

 

「限定展開すると、しばらくはそのカードが使えないでしょ? どちらかがカードを使ったあとなら渡したげて。

二人ともだったら、アンタに任せるわ」

「そーいうこと。OK、わかったわ」

 

そう言ってクロエは胸元にカードを差し込む。……って、なんかエロいぞ。何でこの子は、一事が万事こうなんだ?

いや、今はそんなこと考えてる場合じゃないわね。

 

「それからクロエ、もうひとつ頼みたいことがあるんだけど…」

 

クロエにあることを頼んだあと、あたしは戦闘をふたりに任せて、これから行うことの準備を始める。

まずやるべき事は、呪文の詠唱。あたしが目的としていることに呪文は必要ないのだけど、そこに至るためには魔法の力が必要なのだ。何しろ、あたしにはエルフの眼は無いのだから。

だからあたしは、術によって一時的にエルフが見えるモノを見る(すべ)を手に入れた。

もちろんこれが本当に、エルフが見ているものなのかは分からないけれど。

 

全ての命を育みし

母なる無限のこの大地…

 

イリヤたちは…、美遊が魔力砲の一斉射撃か。セイバー戦の時にルヴィアさんがやってたヤツね。

 

空と大地を渡りしものよ

優しき流れ たゆとう水よ…

 

なのはちゃんたちは、……おお、ユーノが空間渡りをした魔族を、身体を独楽のように回転させて上手いこと斬ったわ。ディルスの城内でガウリイがやってたヤツみたいね。

 

夜の静寂(しじま)を照らすもの

輝き燃える 赤き炎よ…

 

クロエはいつもの双剣で切り込みながらディルギアを牽制し、クロエが離れた瞬間に逢魔さんが術を叩き込む。

さすがに逢魔さんは、あたしと闘い方の癖が似てるんだろう。クロエがしっかり合わせてるみたいだ。

 

空と大地を渡りしものよ

永久(とわ)を吹き過ぎ行く風よ…

 

魔族たちはディルギアを除き、あたしの行動を気にする様子もなかった。

ディルギアは、まあ、気にされるだろうと腹を括ってはいたし、仕方がないだろう。

 

全ての心の源に

汝ら全ての力を集え…

 

……この呪文は、地水火風に精神を加えた五つの属性の力を借りたもの。

とはいえ、4大精霊の力を精神へと集約させているので、制御自体はさほど難しいものでは無い。

 

我が力 我が身となりて

世界を映す力となれ!

 

しかしこの術は、大きなリスクも伴う。それは…。

 

精霊映視呪(マナ・スキャニング)

 

ズキィッ!

 

術の発動と同時に襲う、激しい頭痛。

術によって視覚のみならず、その他の感覚までもが拡張される。その膨大な情報量に、脳へ激しい負荷がかかっているのだ。

今の未成熟な身体で、後遺症を気にせずに使えるのは、精々10秒程度。しかも数日は、同じ術を使わないという条件付きで、だ。

まあ、とはいえ、今からすることはそれだけの時間があれば充分なのだけど。

あたしはクロエに頼み投影してもらった数本の小刀を投擲、地面へ突き刺していく。それにより、地や大気を流れる魔力の流れが変わり、ひとつの陣が形成される。

 

---前世で(かつて)。旅の途中で出会ったエルフがいた。

ゼフィーリア領にあるアテッサで知り合った彼女は、あたしたちと共にその街で起きた事件を解決したのだが、その折彼女が使って見せたのがアイテムの配置による魔法陣の作成。特に魔力増幅の陣は、あたしも強く興味をもった。

だけど、それを習得するには、いくつかの問題点があった。

まずは使用するアイテム。種類ではなく、性質の組合せってことらしいんだけど、それを人間の魔導師が見極めるのには、けっこぉな手間がかかる。

次に陣の形成。人間が図形によって陣を形成するのとは違い、アイテムの配置によって形成する陣は魔力の流れが見えないと機能しているのかが判らない。

詳しい説明は省くが、その問題をクリアしたのが、今回のやり方である。

あたしが作り上げた陣の中にいれば、魔力が増幅されて術の威力が跳ね上がるのだ。生憎と今回は、あまり大きな陣を敷けなかったけど、これでも充分な威力上昇が望めるはず!

 

「クロエ、チェンジ!」

 

かけ声と共にあたしは結界を飛び出し、入れ替わりでクロエが結界の中へ引っ込む。

 

「覇王氷河烈[ダイナスト・ブレス]!」

 

それに合わせて逢魔さんが術を放つが、ディルギアはバックステップでかわしながら、魔力を込めた剣でそれを叩き切る。

 

「ガッ!?」

 

ディルギアが短い悲鳴をあげた。あたしが魔皇霊斬(アストラル・ヴァイン)を纏わせた小刀を投げたのだ。

まさか魔王の腹心の術が囮だとは、思いもしなかったのだろう。さらに。

 

覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」

 

あたしは唱えていた方の術を発動させた。

あらかじめ魔力を込めておける魔皇霊斬(この術)で時間を稼ぎ、本命の術を叩き込む!

 

「があぁぁぁぁぁっ!!」

 

気合いと共に魔力の雷は弾かれたものの、相殺しきれずにダメージは受けているようだ。

 

「っかはぁ! くっ、小賢しい、真似を…!」

「あたしたちが生き残るためだもの」

 

あたしはそう、ディルギアに切り返した。

 

 

 

 

≪third person≫

クロエからの通信を受けたイリヤたちは、踵を返して一斉に走り出す。

イリヤからの一撃を食らい冷静さを失っているルビーは、闇雲にその後を追う。

 

限定展開(インクルード)!」

 

走りながら美遊は、「セイバー」のカードを限定展開、[約束された勝利の剣]に魔力を乗せていく。

 

砲撃(フォイア)!」

「「ガンド!!」」

 

イリヤの砲撃に魔術師ふたりのガンドがルビーを襲うが、彼女はそれには目もくれずに魔力弾を放ってくる。

 

『何だか、アッサリと追いかけてきますねー』

「油断は禁物ですわ」

「そうよ。移動の目的を悟らせるわけにはいかないのよ。そのための牽制なんだから」

 

呆れた声で言うルビー(ステッキ)に、ルヴィアと凛が釘を刺す。

だが、そのステッキのマスターはそんなこと聞いてはいない。何故なら。

 

(うう、どうしよう。大技の準備って言っても、ランサーのカード使っちゃったし。あとは、斬擊をフルパワーで撃つくらいしか…)

 

火力不足で悩んでいたからだ。

下らないことと言うなかれ。火力不足による戦力低下は、イリヤ自身結構気にしてはいた。

それでも普段は、色々と機転を利かせて戦ってきたが、今回指示された火力頼みの攻撃となると、さすがにコンプレックスを感じざるを得ないのだ。

そんな、ややブルーになったイリヤに救いの手が。

 

「イリヤ! これ、リナからよ!」

 

クロエが、稲葉リナから渡されたカードを、イリヤに向かって投げたのだ。

イリヤは瞬時に結論を導いた。クロエが持つ、過程をすっとばして結果を導く、などという能力など無くても問題なかった。

リナが持つ3枚のカードの内、高火力が望めるものは1枚だけ。ましてやリナの親友であるイリヤには、彼女が何のカ-ドを託したのかなど考えるまでもないことだ。

 

「クラスカード[セイバー]、限定展開(インクルード)!」

 

イリヤは飛来するカードにステッキ(ルビー)を当て、その力の一端を解放した。

 

 

 

 

 

『みんな! 大技の準備しながらこっち来て!』

 

逢魔リナからの念話が届き、なのはたちは魔法で牽制しながら走り出す。

 

『今度は、遠慮はいらないよね?』

 

そう念話で語ったなのはは、装填していたカートリッジ6発全てを充填、「星光集束斬[スターライト・ブレイカー]」の詠唱を始める。

フェイトはといえば、ミッドチルダ式ではなくスィーフィード式の術、[カオスワーズ]を唱え始めた。

スィーフィード式に適性がないフェイトにとって、このタイプの術は魔力消費が激しく向いてはいないのだが…。

 

(リナさんに、わたしの大技を見てもらいたい。……少しくらいワガママを言っても、いいよね?)

 

フェイトにしては珍しいワガママだった。

 

(それにこの術は、なのはの[星光集束斬[スターライト・ブレイカー]]と同じ、わたしが、わたしたちの模擬戦のために編みだしたもの。わたしとなのはの、絆の術だから…!)

 

……取り敢えず、術開発のための知恵を授けてくれたナーガへの感謝が無いのは、ここだけの秘密である。

 

 

 

 

 

イリヤたち、なのはたちがリナたちと交戦するディルギアの後ろで交錯する。

 

「なに!?」

 

ディルギアが一瞬、後ろに気を取られ。

 

「なっ!」

「こりゃあ…」

 

怒りで冷静でなかったルビーとクランは、ここに来てようやく誘導されていたことに気づいた。が。

 

「「ガンド!!」」

「光よ、穿て!」

 

凛、ルヴィアのガンドがクランに、ユーノが射出した光刃がルビーに、予想外からの攻撃にふたりの魔族はダメージを喰らう。

その隙に稲葉リナが張った結界へと向かうが、ディルギアが魔力弾を、最後尾を行く凛、ルヴィアに向かって放つ。しかし。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 

クロエが4弁の花を思わせる光の盾を投影し、その攻撃を防いだ。

結界へ入ると、みんなの魔力が増幅される。特に光の刃を形成している光の剣及びゴルンノヴァは、非常に判りやすい。

 

「みんな、『せーの』でいくわよっ!」

「リナさん、それ、わたしのセリフなの!?」

 

リナのセリフになのはが突っ込むが、今は言い合ってる時間などない。なのははすぐに気持ちを切り替えた。

 

「いくよ! これがわたしの全力全開!!

星光[スターライト]…」

「覇王[ダイナスト]…」

「光よ…」

 

なのはたちが構えれば、当然イリヤたちも。

 

「[光の剣]、わたしのありったけの魔力、持ってって!」

約束された(エクス)…」

偽・偽・(カラド)…」

 

持てる力を全開に。

 

「せーのっ!」

 

稲葉リナのかけ声と共に。

 

「集束斬[ブレイカー]!!」

「雷光炮[ファランクス]!!」

「穿てぇっ!!」

「いっけえぇッ!!」

勝利の剣(カリバー)ッ!!」

螺旋剣(ボルグⅢ)!!」

 

どぐうぉぁあ……んん!!!

 

()()()絶叫が木霊し、集中砲火を受けたその場に、盛大な爆煙が上がる。

吹き荒れる爆風が治まり、煙が晴れた爆心地には魔族の姿もなく。

 

「……やったの?」

 

美遊が、ぽつりと呟く。と。

 

「ミユッ、それ、フラグだからッッ!」

 

イリヤが激しくツッコミを入れるが、しかしそのツッコミが入れられる事こそが、緊張が途切れたことを示している。

不意に、後ろから強烈な殺気が膨れ上がり。

 

「魔竜烈火咆[ガーヴ・フレア]!!」

「ぐおぉ!?」

 

逢魔リナが放った魔竜王(滅びた者)の術が、不意討ちを狙っていたディルギアを襲った。

そこへ間髪を入れずに、稲葉リナがディルギアの懐へと入り込み、唱えていた術を発動させる!

 

魔王剣(ルビーアイ・ブレード)ッ!!」

 

ざん!

 

生み出された赫き刃が、ディルギアの左肩から袈裟懸けに切り裂いた。

 

「な、ぜ…、魔竜王、様…の……」

 

それがディルギアの、最後の言葉。ディルギアは空に溶けるように消滅していった。




今回のサブタイトル
TVアニメ「スレイヤーズ」OP セリフ部分から

改めまして、大変長らくお待たせいたしました。
言い訳させてもらいますと、この話を執筆中に不意に「あ、惰性で書いてる」と思い、のままじゃ書けなくなるような気がしたので、しばらくクールダウンをしていました。とは言っても、他の作品は書いてましたが。

そしてもうひとつ謝罪が。前回のあとがきでリナ目線とか書きましたが、結果、三人称になりました。すみません。
いや、イリヤやフェイトの心の声も書きたかったもので。

さて。構成をミスらなければ、あと2話でこのコラボも終わりの予定です。取り敢えずあと2話、気を引き締めていきたいと思います。

次回「この素晴らしい出会いに祝福を!」
リリカル、マジカル
「ほら、頑張りなさい!」
「サボるようでしたら、ガンドをお見舞いしますわよッ!」
「は、はいッ!」
(by 凛 & ルヴィア & 作者)


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この素晴らしい出会いに祝福を!

今回は長いです。


≪third person≫

「な、ぜ…、魔竜王、様…の……」

 

そう言葉を残し消えていったディルギア。

 

「元魔竜王配下のあなたへ、滅びた魔竜王の術。滅びるあなたへの、せめてもの(はなむけ)よ」

 

逢魔リナは、さっきまでディルギアのいた、今はその痕跡すらない空間に向かって言った。

 

「そうよ。ねえ、逢魔さん。どうして滅んだ魔族の術が使えんのよ?」

「あーそれね…」

 

逢魔リナは頭の後ろを掻きながら。

 

「向こうじゃ【スレイヤーズ!】の作者がいるから、滅んでても滅んでないのと同じってゆーか…」

『キャラクターは作者の分身ってヤツね。

つまり。作者が厨二魂を忘れない限り、やがて【スレイヤーズ!】は復活、あたしの活躍の場も増えるって寸法よッ!』

「どーいう理屈よ?」

 

L様の暴走トークに突っ込む稲葉リナ。

 

『……オリヴィアナさま。お互い姉には苦労いたしますね』

『そうですね、サファイアさん』

 

……何だか、カレイドステッキとデバイスの妹組が意気投合していたり。

 

「ち、ちょっと、なんかグダグダ話してるけど、後のふたりが襲ってきたりって事は…」

 

そんな状況で、イリヤが心配そうに尋ねるが。

 

「ああ、それは多分ないわね。奇襲かけるなら、複数人同時に仕掛けた方が効果的だし、それがないって事は、後の二匹はさっきの集中砲火で倒してるって事でしょ」

「実際にそれやられてたら、対処しきれなかったでしょうしね。

ま、二匹に関して言えば、ディルギアが逃げるために犠牲にしたってトコじゃない? あとは、あいつらが何でこんなことしたのか、だけど。

……そのへんひっくるめて、どうなのゼロス?」

 

逢魔リナが話を振ると再び、ゼロスが突然現れた。

 

「やれやれ、リナさん。僕を検索代わりに使うのは、やめて頂けませんか?」

「いーじゃない、別に。どうせアンタの目的だって、まだ残ってんでしょ?」

「いえ、そうなんですけどね」

 

逢魔リナの言いように、嘆息しつつも肯定をする。

 

「ディルギアさんたちに関しては、おふたりのお察しの通りです。

まあ、散々空間に逃げ込んでからの攻撃を見せておいて、今更リナさんたちの不意を突けると思っている段階で、勝敗は決してましたけど」

 

なかなか辛辣な意見を述べるゼロス。

 

(わたし、全然読めてなかったんですけど!?)

 

リナたちと一緒に戦っていたクロエが、内心臍を噛む。

 

「目的に関しては、完全に取り込まれた世界なら、この空間の維持をやめたときに一緒に消滅するのではないかという、いわば実験ですね」

「それでは(ワタクシ)たちは、その片棒を担がされたと言うことですの!?」

「そういうことになりますね」

「「……」」

 

ゼロスが肯定したことでルヴィア、そして凛が押し黙った。

 

「ふむ。それで?

アンタの他の目的ってのは何なの? 何だかあたしたちの力量を見たかったみたいだけど…」

 

逢魔リナが先程感じた疑問をぶつけた。

 

「そうですねえ。お話ししてもよろしいですが、その前にフェイトさんを気にかけてさしあげた方がよろしいかと」

「えっ、フェイト!?」

「あ…」

 

逢魔リナが慌ててフェイトを見る。その顔には、深い疲労の色が見て取れた。

 

「え、フェイトちゃん、どうかしたの?」

 

イリヤが驚いて尋ねる。それに答えたのは逢魔リナ。

 

「この子、スィーフィード式の適性がないのに覇王[ダイナスト]の術を使ったもんだから、魔力の殆どを使い切っちゃったのよ。

フェイト。確かに大技使うようには言ったけど、ちょっとはっちゃけすぎよ?」

「うん、ごめん…」

 

フェイトは言い訳もせず、素直に謝った。

 

「イリヤ」

「うえぇぇ、まさか、またあの姿になれと!?」

 

稲葉リナのひと言で、全てを察するイリヤ。しかし。

 

「それなら、サファイアを使えばいい」

 

そう言いながら、美遊が転身を解く。

 

「ねえ、美遊ちゃん。その格好、恥ずかしくないの?」

 

スク水姿になった美遊に、ちょっと戸惑った感じのなのはが問う。

 

「ちょっと恥ずかしいけど、イリヤのためならこれくらい、どうって事ない」

(と、尊いッ…!)

 

自分のためにここまでしてくれる美遊を、イリヤは尊敬と畏敬の念で見つめていた。

 

「問題は、別体系の魔術師…、魔導師相手でも魔力供給が出来るのか、だけど…」

『それならおそらく大丈夫でしょう。別体系を扱うリナさまにも、問題なく魔力供給を行えましたから。

むしろ、供給をスムーズに行うためのゲスト承認ですが、一時的にこちらの魔法少女の姿になってもらった方が効率がよいのですが、構いませんか?』

 

サファイアがフェイトに尋ねる。

 

「別に、構わないよ」

 

そう言ってバリアジャケットを解除するフェイト。そして近くまで来たサファイアの柄を掴む。

 

『むむっ、これは…』

「ん? どうしたの、ルビー?」

『何やら、面白愉快な予感がしますよー!』

「へっ…?」

 

ルビーの予感は、すぐに現実のものとなる。

 

多元転身(プリズムトランス)

「え…」

 

演出なしの転身。それが完了したとき、フェイトが身に纏っていたのは。

 

「「「「「スクール水着!?」」」」」

『おほー! 思ったとおりの珍事件に発展しましたよー!』

 

そう。フェイトは、胸に[ふぇいと]と書かれたスク水という、とてもアレな姿になっていた。

 

「サファイア…?」

『美遊さま、誤解です! 私は手っ取り早く、並行世界の可能性から、魔法少女の衣装をダウンロードしただけです!』

 

さすがに美遊から嫌われたくなかったらしく、慌てて言い訳をする。

 

「こんなの、魔法少女の衣装じゃないやい」

 

やや拗ねたように言う稲葉リナ。

 

「……あー、ええと、サファイアが言ってること、多分本当だから」

「フェイトちゃんと最初に会ったとき、その格好だったの」

「確か、ナーガさんに乗っ取られたプレシアさんが選んだ衣装だった、ハズ…」

 

さすがに逢魔リナたち三人がフォローに入る。更にルビーが。

 

『おそらく未だに、その衣装で魔法少女をしているフェイトさんの世界っていうのがあるんでしょうねー』

 

と、結論を述べたものの、当のフェイトにとってなんの慰めにもなっていなかった。

 

「まあ、フェイトには我慢してもらって、このまま話を進めましょ」

「ええっ!?」

 

無慈悲にもクロエが、話の進行を促す。

 

「……ってなわけで、ゼロス! いい加減、アンタの目的について話してもらいましょうか!?」

 

逢魔リナがゼロスに詰め寄った。

 

「ええ、いいですよ。ただ、先程も言いましたが、目的もいくつかありまして。それぞれの目的が微妙に絡み合っていたりするんです。

というわけで、取り敢えず差し障りのないところからいきましょうか」

 

そう言うとゼロスは手にした錫杖で、空間に小さな円を描くように振るう。するとそこから、紙の手提げ袋と水筒が現れた。

 

「あっ、それは…!」

「これは、なのはさんの持ち物でよろしいんですよね?」

「そ、そうなの!」

 

そう答えたなのははゼロスから荷物を受け取ると、慌てて紙袋の中を確認する。袋の中にはお持ち帰り用のケーキの箱が入っており、フタを開けると中には、シュークリームが詰められていた。

 

「よかったぁ」

 

なのはは安堵のため息を吐く。

 

「なのはさんたちの世界とこの空間、その狭間に引っかかっていたので回収しておいたんですよ」

 

と、こともなげに言うゼロス。

 

「ちょっとゼロス。アンタが人間(ひと)のためになることをするなんて、どういう風の吹き回しよ!?」

「人は助け合って生きるものだって、昔から言うじゃないですか?」

 

逢魔リナの質問に、ゼロスは飄々と答える。しかし。

 

「アンタ、人じゃないでしょうが」

「はい。というわけで、今回のこれはただの気まぐれです」

「相変わらず、人を食った性格してるわね」

「いやですねえ。人間なんて食べたりしませんよ。負の感情はいただきますが」

「あー言えばこー言うんだから」

 

逢魔リナはため息を吐いた。

ゼロスは一端間を取り。

 

「さて。話を戻しますが、おふたりの力量を見ていた理由ですけど、ぶっちゃけ、それぞれの世界での騒動は、まだ終わってはいません」

「……そうなの?」

「まあこっちは、これからが本番の気がしてたし」

 

逢魔リナが半疑問で聞き返したのに、稲葉リナは当然のように返す。むしろイリヤが「ええっ!?」とか騒いで、美遊が顔色を変えたりしている。

 

「そうですね…。稲葉リナさんの世界では、そのカードが関わった事件が、あとふたつみっつ起きるはずです。

一方逢魔リナさんの世界では、リナさんの転生によって世界の壁に揺らぎが生じています。まだなんとも言えないレベルですが、場合によってはそれを原因とした異変が起きる可能性があります」

 

さらりと、とんでもないことを言うゼロス。しかしクロエは、ちょっと考える素振りを見せてから聞く。

 

「でも貴方は、どちらの世界のリナとも関わりがないんでしょう? ならどうして、ふたりの力を見る必要があるのかしら?」

「そう、それなんですが。実はこちらでは、我が獣王様と海王様との共同で、とある計画が進められています」

「計画? なによそれ」

 

クロエが聞き返すと、ゼロスは口に人差し指を当て。

 

「それは、秘密です」

 

お茶目に言う。

 

「あれ? これって、前にリナが…」

「あれはコイツの真似をしたのよ。

それでゼロス。その計画がどうしたっての?」

 

イリヤの疑問に答えてから、ゼロスに話の続きを促す。

 

「この計画は、時空レベルで行われているものでして。

逢魔リナさんの揺らぎ、そして稲葉リナさんも()()()とのパスが繋がっていることで、こちらと絡んでくる可能性があります。その時はお手伝いいただくかもしれないので、おふたりの戦いを拝見させていただきました」

「ちょっと、あたしたちに手伝えって…!」

「なんで魔族の計画を手伝わなきゃなんないのよ!?」

 

ふたりのリナが反発するが、ゼロスは態度を崩すこともなく言う。

 

「安心してください。リナさんの力をお借りするときは、人類にとっても危機に陥ってる状況でしょうから」

「「なによ、それ」」

「それももちろん、秘密です」

 

ハモらせたリナたちに、またもやゼロスは韜晦する。

 

「……ただ、逢魔リナさん側は向こうとの兼ね合いがあるので、こちらの意向どおりにはいかないと思いますが」

「兼ね合い?」

 

逢魔リナが尋ねると、ゼロスは首を縦に振り。

 

「あちらの僕は揺らぎについてある程度の確証が持てたら、リナさんに先程の話をしようと思っているようですが、大きな影響が出るのは更に先になるはずです。

ですが、稲葉リナさんと接触したことによって、それがかなり早まる可能性があります」

「えっ!?」

「先程の僕の意見はそれを踏まえたものなのですが、それではあちらの僕の思惑に齟齬を生じてしまうでしょう?

こちらとしてはどうでもいいことなんですが、異相体とはいえ、やはり自分の邪魔はしたくありませんから」

 

自分勝手な理由を述べ、ニッコリ笑うゼロス。

 

「ちょっと待って。どうしてリナさんと接触すると、リナちゃんの揺らぎに影響するの?」

 

なのはの疑問に答えたのは、稲葉リナだった。

 

「ゼロスが言ってたでしょう? あたしはあの方と繋がってるって」

「ちょ、それってまさか…」

 

逢魔リナがうわずった声で言い、稲葉リナが深く頷く。

 

「あたしのいたスィーフィード世界の、[金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)]とのパスよ。

……あ、暴走することはまずないから安心して」

 

緊張感を漂わせるなのはたちを、落ち着かせるように言う。ゼロスは顔をしかめているが、そんなことなど気にせず話を続ける稲葉リナ。

 

「とにかく。そんなあたしと、L様がいる逢魔さん、こんなふたりが接触すりゃ、空間の揺らぎに大きく影響してもおかしくないでしょ?」

『異なる時空の、混沌の海同士が接触するんだ。それはもう揺らぎじゃなく、共振によるうねりだね』

 

リナの説明を補足するようにL様が言った。

 

「ちょっとL様、何とかならないの!?」

『一応、あたしの力で繋がりを断つことは可能だけど、ひとつ問題があるんだよ』

「問題?」

「記憶、ですね?」

 

ゼロスが言う。

 

「ここでの記憶もまた、繋がりのひとつです。それを何とかしなければ、影響を完全に抑えることは出来ません」

「それって、記憶の消去、書き換え、封印のいずれかを施すしかないって事かな?」

「な!? なに言ってんのよ、ユーノ!」

「そんなのダメなの!」

「どんな記憶だって、忘れていいことなんてないよ!!」

 

ユーノの発言に3人は異をとなえる。と、その時。

 

パンパン!

 

「あんたたち、少しは落ち着きなさい」

 

手を叩き、それこそ落ち着いた声で凛は言った。

 

「まだ重要な情報を得ていないでしょう?

ゼロス、だったわね。その異変が早まると、何か問題があるの?」

 

凛が尋ねると、ゼロスは笑顔で言った。

 

「実はその異変で、ある存在が復活する可能性があるのですが、それが早まった場合、まだ成長途中の逢魔リナさんたちでは太刀打ちできずに、世界は滅びへと向かうでしょうね」

「さらりと凄いこと言うわね。

じゃあ聞くけど、彼女たちが成長すれば、それを倒すことが出来るのかしら」

「……可能性はある、とだけ言っておきましょう」

 

ゼロスの言に深く頷いて、凛は稲葉リナたちへと向き。

 

「……てわけだけど。この記憶を大事に取っておくか、これを代償に未来への可能性を手にするか。

私が介入できるのはここまで。どちらを選ぶか、決めるのはあなたたちよ」

 

そう告げる。それに、最初に答えたのは。

 

「ぼくは、封印なら受けてもいいと思う」

「「「ユーノ(くん)!?」」」

 

彼の発言に驚きを露わにする3人。

 

「時空への影響を抑えるためには強固な封印が必要だけど、それでも。

記憶そのものは、ぼくたちの心の中に残るんだ。

だからこれが、ぼくの妥協案だよ」

「……まったく。そんなこと言われちゃ、反論も出来ないじゃないの」

 

逢魔リナが苦笑いで言うと、それに続いて。

 

「……そう、だね。それに封印なら、何かの拍子に解けるかもしれないの」

「……わかったよ。多分それが最善の方法だと思うから」

 

なのはとフェイトも納得してくれた。

 

「さて、そうなると誰が記憶封鎖をするか、ですが…」

『あたしやヴィヴィ、ゴルンノヴァ、バルディッシュは、自分自身で封鎖するから問題ないよ』

『私たちはデバイスなので、自身への記憶・記録の封印は問題ありません』

 

L様とレイジングハートが答える。

 

「となると、あと4名ですね」

『それならサファイアちゃんの、洗脳電波デバイスを使いましょう!』

「何!? その怪しげなツールはーッ!?」

 

イリヤが絶叫する中、魔力供給を終了させたサファイアが説明を始める。

 

『私の洗脳電波を使えば、記憶の消去・書き換えは勿論、封鎖も可能です。

ただし、1回の使用につき、知能指数が1下がりますが…』

「それ、何気にヒドくない!?」

 

イリヤはすっかりツッコミ要員と化してる。

 

「……まあ、数値の1なんて誤差のレベルだし、その案で妥協しとくわ。

ゼロスでも出来そうだけど、なんか信用なんないから」

「はははは……」

 

ゼロスは爽やかに笑っていた。

 

 

 

 

 

その後、サファイアの洗脳電波デバイスを受ける4人。

今回は、元の世界への時空移動の際に記憶封鎖が発動するよう、催眠暗示という形をとった、というのはサファイアの言。

大師父の創った礼装だから、効果に関しては問題ない、と凛とルヴィアも太鼓判を押している。

 

「ところで、どうしたら元の世界に帰れるの?」

「ああ、それならあそこですよ」

 

なのはの疑問に、ゼロスは錫杖で時計塔を指し示して答えた。すると、破壊された時計塔の頂部から光があふれ出す。

 

「僕が行っていた空間の維持をやめたので、元の世界への路が開いたんです」

『あそこに入ればそれぞれの世界に戻れるはずですよ』

普段はおちゃらけていても、さすがは第二魔法を元に創られた礼装だけあって、並行世界ではないものの空間的な事に関しては、結構当てになるようだ。

 

「イリヤちゃん、美遊ちゃん、ふたりと友達になれて良かった」

 

なのはがふたりに言う。

イリヤはびくりとして美遊を見るが、特になにも言わないと言うことは友達と思っているか、空気を読んだかのどちらかだと思うことにした。

 

「……」

 

なのはが沈黙を続けている。そんな彼女を、イリヤは引き寄せ抱きしめる。

 

「ふえぇ、イリヤちゃん!?」

 

なのはが戸惑いの声を上げる中、イリヤは言う。

 

「たとえなのはちゃんの記憶が無くなっても、わたしはずうっと憶えてる。わたしが憶えている限り、わたしとなのはちゃんは友達だから」

「!! イリヤ、ちゃん…!」

 

なのはの声は震えている。しかし泣いてる気配は感じられない。

 

(なのはちゃんは強い子だなぁ)

 

我慢しきれずに涙を浮かべながら、そう思うイリヤだった。

イリヤは気づかれないようにそっと涙を拭いながら、なのはから身体を離す。

 

「なのはちゃん、()()()!」

「! うん…、またね!」

 

イリヤの言葉に込められた思いに、なのはは笑顔で返した。

 

 

 

 

 

「まったく、イリヤってば男前なんだから♪」

「男前って…」

 

クロエの発言に、ユーノは呆れた顔で言う。

 

「でも、イリヤって凄いね。泣くのをこらえてたなのはを笑顔にしちゃった」

「……悔しいけど、イリヤのそんなところは見習いたいものね」

 

クロエは苦笑いをしながら応えた。

 

「みんな。積もる話もあるだろうけど、そろそろ帰らないと、この空間ごとあたしたちも消滅しちゃうわよ」

 

稲葉リナの説明に周りを見れば、確かに遠くの方から空間が崩壊しているのが見て取れた。

 

「まあ、それならそれで面白いものが見られて、僕としては一向に構わないんですけどね」

「うるさい黙れ、このどっち付かずのコウモリ魔族」

 

逢魔リナがゼロスの発言を一蹴する。

 

「それじゃイリヤは凛さんを、美遊はルヴィアさんをお願い。

すまないけど逢魔さんはクロエをお願い。あたしは普通の飛翔界(レイ・ウイング)しか使えないから」

「りょーかい」

 

逢魔リナは親指を立て(サムズアップし)て答えた。

 

 

 

時空の路の近くまでやって来た一同。そのとき。

 

『『みんな/みなさん』』

 

L様とレイジングハートが声をかけた。因みにクロエが遠話球(テレフォン・オーブ)を起動させているので、イリヤたちにもL様の声は聞こえた。

 

『あたしたちはもう、お別れしなきゃならない』

『なので、古代ベルカ神話の神でもある私たちから、福音を授けたいと思います』

 

説明を聞いていなかった凛から、

 

「えっ、そうなの!?」

 

なんて反応があったが、それに関してはみんな無視を決め込む。

L様とレイジングハートは声を合わせ、謳うように告げた。

 

『『この異空の地で出会えたことはまさに奇跡。この素晴らしい出会いに祝福を!』』

 

と。




今回のサブタイトル
暁なつめ「この素晴らしい世界に祝福を!」から

イヤー、今回は長くなってしまいました。
ついつい浮かんだネタをぶっ込んだら7,000字超えとか。これでも少しカットしてるので、そのままだったら8,000字行ってたかも。
なお、次回、シリーズ最終話は打って変わって短めの予定。……とか言いつつ、長くなったらどうしよう。

次回「日常」
見てくんないと、
「「「「「「暴れちゃうぞっ!!」」」」」」
(by イリヤメンバー一同)


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日常

コラボ最終回です。


≪遠坂凛side≫

「……てな事があったのよ」

 

ここはとある喫茶店、[アーネンエルベ]。交錯する並行世界の中心に位置する[魔法の箱]。

そこで、[時計塔]で起きた事件を語り終えた私、遠坂凛は、ティーカップに残った紅茶をくいっと飲み干す。

 

「……なかなか、貴重な体験をしたみたいだな」

 

疲れた表情で答えたのは衛宮士郎。正義の味方を目指す魔術使いだ。

 

「まあ、魔術の実験は大失敗だったわけだけどね」

 

私はそうぼやいた。

 

「でもわたしも、リナって子と仲良しの、そっちのわたしたちに会ってみたかったかな?」

「うん。大変興味深い」

 

そんな意見を述べたのは、並行世界からやって来たふたりの少女、イリヤと美遊。彼女たちはイリヤの兄、そちらの世界の士郎に誕生日のプレゼントを買うための資金を得るため、アーネンエルベ(ここ)でバイトをしている。

 

「……って、あんたたち、何でまだバイトしてんのよ? 必要な資金なんて、もう貯まったでしょう!?」

 

そう指摘すると、ふたりは苦笑いを浮かべた。

 

「えーと、実は店長さんから、売り上げがあがったからもうしばらくお願いしたいと言われちゃって」

「あの店長は問題があると思う」

 

……ああ。まあ、そういうところを気にしない人ではあるわね。

あ、そういえば。

 

「ところであんたたちの世界のクロエ、だったわよね? 見たことないんだけど」

 

この子たちも似たような歴史を辿ってるのなら、あの黒いイリヤもいるはず、よね?

 

『あー、クロさんなら、「お金を持ってるのに働くなんてバカらしー」とか言ってましたよー?』

「え?」

『クロ様は一時期、ルヴィア様の預かりでしたので、お小遣いとしてポンと大金を…』

 

まったくあのバカは! 何でもかんでも、お金持ち目線で物事を進めるんじゃないわよ!

……あれ、でも。

 

「それじゃあ、何で美遊はバイトしてんの?」

 

この子も、向こうのルヴィアのとこにいるのよね?

 

「わたしは、イリヤに頼まれたから」

 

わぁ、この子、ホントにいい子だ。

 

「「ホント、イリヤと仲良くしてやって(くれ)!」」

 

これに関しては、士郎と私は同意見だ。と。

 

バン!

カランカラン…!

 

「イリヤ、ミユ、遊びに来たわよー!」

「ヤッホー」

 

入り口の扉が勢いよく開けられ、ふたりのトラブルメーカーが現れた。

 

「うわっ、また来たッ!」

「何よ。またとは失礼ね」

 

いや、気持ちはよくわかる。

 

「いらっしゃいませ、イリヤスフィールさん。アルクェイドさん」

 

そう。現れたのは、こっちの世界のイリヤとアーパー真祖様。

やれやれ。また騒がしくなるわね。

私は、フゥ、とひとつため息を吐いた。

 

 

 

≪なのはside≫

……あ、あれ?

なんだろう。今一瞬、記憶が飛んだような気がしたの。ええと、たしか…。

わたしは辺りを見渡して、思い出す。

そうだ。私たちははやてちゃんの家へ向かう途中、この転生者さん…、たしか、如月秀美(ひでよし)くん、だっけ? 彼が声をかけてきて、ごめんなさいしたあとリナちゃんを怒らせて。

それでお約束どおり、リナちゃんの魔法攻撃を受けて、今、地面に寝転がってるの。

頭を軽く振ったリナちゃんは、……?

なんだろう。今のリナちゃんの動き、ちょっと違和感を感じたんだけど。

……まあ、いいや。リナちゃんはしゃがみ込むと、ステッキを使って転生者さんをツンツンと突っつく。すると転生者さんは薄らと目を開けて。

 

「ねーねー、このまんまあたしの魔法の餌食になるのと、もう二度とチョッカイを出さないの、どっちがいい?」

 

リナちゃんが問いかけると、転生者さんは目を見開いてガバッと起きあがり。

 

「もう二度と手を出そうとしたりしませんから、どうか、命ばかりはぁぁぁっ!!」

 

それはもう、見事な土下座をしたの。

でも命ばかりはって、人聞きが悪い。いくらリナちゃんでも、そんなことはしないと思うの。

 

「……わかった。それじゃあさっさと、どっかに行ってちょうだい」

「……へ?」

「ほらっ! 駆け足っ!!」

「ひぃえぇぇ! すいませんでしたぁ!!」

 

転生者さんは謝りながら駆け足で去っていった。

 

「まったく、まだあんなのがいるなんてね」

 

リナちゃんはぼやきながら、バリアジャケットを解除する。

 

「姉さん、お疲れさま」

「別に疲れちゃあいないわよ」

 

ユーノくんのねぎらいの言葉に、軽口で返すリナちゃん。それが様になってるから凄いと思うの。

 

「ねえ。時間も食ってしまったし、急いだ方がいいんじゃないかな」

 

フェイトちゃんが、時計を気にしながら口を開いた。そうだ。確かにみんなを待たせちゃまずいの。

 

「確かにフェイトの言うとおりね。そんじゃ急ぎましょうか!」

 

リナちゃんが声を張りあげて言った。うん、ようやく日常に戻った気がするの。

……? ようやく? わたし、なに言ってるんだろ??

まあ、いっか。

わたしはみんなの後を追うように、一歩を踏み出した。

 

 

 

≪イリヤside≫

ざっぱあぁぁん!!

 

わたしたちは一斉に、水中から飛び出した。そして。

 

ドン!

ごろごろごろ…

がっしゃあん!

 

タイムを計っていたタイガとミミを巻き込んで転がっていき、プールサイドの柵に激突した。

 

「げ…、元気よすぎよ、4人とも…」

「お、お星さまが、ぐ~るぐる~…」

 

あう~、ふたりには悪いことしちゃったなぁ。不可抗力だけど。……と?

 

「……っていうか、25メートル11秒フラット!?」

「藤村先生、こっちもですっ!!」

「ちょ、これ、世界狙えんベよ!?」

 

うーん。このタイムは参考になんないよね?

 

「よかった。あの空間に落ちてから、ほとんど時間差ないみたい」

 

ミユの考察に、わたしも安堵する。

 

「でも、せっかくの勝負が引き分けか。残念だわぁ。イリヤの奢りでアイス食べようと思ったのに」

 

いや、クロ? 奢りは負けた人だからね? わたしで確定してるわけじゃないからね!?

チラリとリナを見ると、ホッと胸を撫で下ろしてるのが覗えた。

 

『(まあ、一番分が悪かったのはリナさんですからねー)』

 

こっそりと話すルビーに、わたしは相づちを打った。

 

フゥ…

 

ひとつ息を吐いて、わたしは腰を下ろす。

……なんだかデタラメでトンデモナイ体験だったなぁ。でも、なのはちゃんたちと出会えてよかった。

なのはちゃんたちがわたしたちのことを憶えてないのは寂しいけど、わたしは何があっても忘れないからね。

 

「イリヤ。なのはたちのことを思い出してたの?」

 

リナが尋ねてきた。なのはちゃんの呼び方が、呼び捨てに戻ってる。

そりゃそうか。あれってリナちゃんの呼び方と区別するためにやってたんだもんね。

 

「うん。また、会えるといいなぁって」

「……ん、そうだね」

 

リナは空を見上げながら言った。つられてわたしも見上げる。

 

「オイコラ、イリスケにリナっち! おめーらいつの間に、あんな速くなりやがった!」

 

うあ。気分台無し。龍子が絡んできた。

……でも、ま、これがわたしの日常だもんね。

 

「えへへー、そんなのナイショだよ!」

「あーっ、ずりーぞ!」

 

わたしはそんなこと言いながら立ち上がると、みんなの所へ歩いて行った。

 

 

 

 

≪third person≫

とある場所に建てられた一軒家。古びてはいるもののおしゃれな邸宅である。ただし、数年前に起きた災害のため、その一部が破損しているが。

その邸宅の一室で、黒い神官服を纏った青年がふたりの女性に話を聞かせている。青年の正体は、獣神官(プリースト)ゼロス。

話の聞き手は、共に17~8。ひとりは黒髪ロング、もうひとりは赤毛のポニーテールで、ふたりともスレンダー体型である。

 

「……とまあ、そんなことがありまして」

 

ゼロスは亜空間内で起きたことを、()()()説明し終えた。

 

「ふぅん…」

 

黒髪の少女は腕を組み、軽く頷いてからゼロスに尋ねる。

 

「それで、あんたらの計画には支障はないのね?」

「はい。しかし以前にもお聞きしましたが、よろしいのですか? 我々魔族に力を貸すなんて」

 

人間が、滅びを望む魔族に力を貸す。普通では考えられないことをする少女ふたりに、さすがに戸惑いを感じるゼロス。

すると、今まで黙っていた赤毛の少女が、あきれ顔で言った。

 

「アンタねぇ、散々あたしらを巻き込んどいて、今更でしょうが。

ま、あたしたちは、あんたらの最終目的だけはきっちり阻止させてもらうけどね」

 

ゼロスに敵対的な発言をする赤毛の少女。普通に考えれば悪手以外の何物でもない。

しかしゼロスは、笑顔で言った。

 

「まあ、貴女なら、それくらいのことは考えていると思いましたけど。

……それでは、貴女はどうなんですか?」

 

そう言って黒髪の少女を見る。

 

「私は、アイツらの考えが気に入らない。

僅かな犠牲で多くの人々を救う。

……確かに、犠牲の上に成り立つ平和ってのは存在するわ。でもアイツらのは、平和のために犠牲は当たり前ってヤツじゃない。そんなの、私は認めない!

……確かにあんたらの計画が成功したら、この世界は滅びるんでしょうね。

だけど私は、彼女を信じてるから」

 

そう言って赤毛の少女を見る。

 

「……ありがと」

 

赤毛の少女は、ニコリと笑った。

 

「わかりました。それではおふたりは、今までどおりということで」

 

そう言うとゼロスは、空間にすうっと消えていった。

 

 

 

彼、彼女らの会話が意味するもの。それが分かるのは、まだ先のことである。




今回のサブタイトル
あらゐけいいち「日常」から

というわけで、コラボ終了です。
いやー、長かった。原作は1話分の長さしかないのに、かかった話数は12話。TVだったら1クールです。
まあ、内容をこねくり回してますから仕方ないですが。
そして今回のラスト、ゼロスくんのパートは、当然ながら伏線です。締めの文で書いたとおり、それが回収されるのはまだ先の事ですが。
さて。次回ですが、シナリオ形式で振り返る座談会です。裏話もあります。本編とは関係ないので、読み飛ばしても大丈夫です。

次回「Re:ZEROから始まる座談会」
リリカル、マジカル、
「「「「「「「「さようならー!」」」」」」」」
(by リリすれメンバー一同)


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なかがき・1
Re:ZEROから始まる座談会


今回と次回は、読み飛ばして頂いて構いません。


メタ空間へ…

イリヤ「えっ、なに? なんなの、これはーッ!?」

 

美遊「『リリすれ』とのコラボがようやく終わったから、おさらいの意味も兼ねて『無印』から振り返るってことみたい」

 

イリヤ「なに? そのメタ展開!?」

 

クロ「ホント。普通なら[NEXT/2wei]が終わってからやるもんじゃない?」

 

ルビー「いえいえ、[NEXT/2wei]はアニメではなく原作の展開をするみたいなので、座談会をはさみたくなかったみたいですよー?」

 

サファイア「作者自身が話の整理をしたかったというのもあるようです」

 

リナ「それでこのメタ空間、……って、『スレイヤーズ』あとがきのパクりじゃない」

 

ルビー「作者としては、あかほり作品の座談会のイメージみたいですけど、ここはオマージュということにしておきましょう」

 

 

 

 

無印編

ルビー「というわけで無印編ですが…」

 

クロ「ちょっと、何であなたが仕切ってんのよ」

 

ルビー「この手の進行役は、物語の解説キャラがやるのがお約束ですからー」

 

サファイア「安心してください。姉さんが暴走しそうになったら、私が止めますので」

 

リナ「息の根を?」

 

ルビー「リナさん!?」

 

サファイア「このようなことを言われたくなければ、真面目にやってください」

 

ルビー「はいはい、判りましたよー。

……それでは改めまして、無印編ですけど。はっきり言って最初の2話は、リナ=インバースの転生物語って感じでしたねー」

 

リナ「まあ、定番っちゃ定番よね」

 

イリヤ「憑依転生ものの二次小説ってだいたい、3話目か4話目くらいから本編に入るのが多いのかな?」

 

ルビー「オリ主だともっと掘り下げてるものも多いみたいですねー」

 

クロ「リナがキャラ立ちすぎてるから、あんまり掘り下げる必要がなかったんじゃない?」

 

リナ「伊達に昭和から令和までをまたいでないわよ」

 

美遊「あの、物語上はまだ平成…」

 

リナ「細かいことは言いっこなし! どうせ本編には反映されないんだから!」

 

ルビー「まあそれは、この手の座談会のお約束ですからねー。

さて、話を戻しますけど、3話目にしていよいよ本編突入ですね。実は作者さん、凛さんについてちょっとこだわった表現をしてます」

 

イリヤ「こだわった表現?」

 

美遊「ひょっとして、リナのモノローグでの、凛さんの髪型の表現?」

 

リナ「へっ?」

 

ルビー「その通りです。原作を含めて一般にはツインテ表記なんですけど、こちらでは左右のサイドアップと表現されてます。

どうやら、髪を下ろした状態を残したまま左右に纏めているので、このようにしたようですねー」

 

クロ「なんか無駄にこだわってるわねー」

 

リナ「逆になのはちゃんは、ぱっと見サイドアップのツインテって事になるわね」

 

ルビー「魔法少女オタクは黙っててくださーい。

まあ、そんなこだわりはあるものの、ここからしばらくは、大体原作と同じ流れで進んでいきますね」

 

サファイア「所々リナさまの介入はありますが、それによって大筋から離れることはありませんでした」

 

ルビー「その流れに変化が生じ始めたのが、セイバー戦ですね」

 

イリヤ「そうだよ。原作ではミユがセイバーを引きつけて、わたしがリンさんたちを救出する手筈だったけど」

 

リナ「あたしがセイバー…、アーサー王に当たったからね。そもそも原作での選択肢3番も、こちらではあらかじめ相談してあったし」

 

ルビー「で、一旦流れが戻って、凛さん、ルヴィアさんがセイバーさんの宝具に飲み込まれて、イリヤさんの封印が解け…」

 

クロ「目覚めたわたしが[アーチャー]のカードを夢幻召喚(インストール)したのよね」

 

リナ「そして再びあたしが介入して、最後は竜破斬(ドラグ・スレイブ)で勝利! ってなったわけね」

 

ルビー「待ってください。リナさん、大事なシーンが抜けてますよ」

 

リナ「大事なシーン?」

 

ルビー「そのイリヤさんが別のイリヤさん…、今のクロさんだと見抜いたじゃないですか」

 

クロ「アレが、リナに惚れるきっかけだったんだからね!」

 

リナ「しまったぁぁっ! アレがフラグだったのかぁぁぁ!!」

 

イリヤ「あっ、そう言えばわたし、本編でまだその話聞いてないよ?」

 

クロ「わたしは今更だし、別に教えて構わないんだけど。要はどこで教えるかよね」

 

リナ「それこそ今更感があるし。ま、その辺は作者が何とかするでしょ」

 

ルビー「見事に丸投げしましたね。

それでは話を続けますよー? 次はイリヤさんが美遊さんと裸の付き合いをする回ですねー」

 

イリヤ「ルビー! 言い方がッ!」

 

リナ「いや、パンイチで美遊に抱きついてたのは事実だし?」

 

美遊「さすがにアレは、今でもどうかと思う」

 

イリヤ「ぐぬぬ…」

 

ルビー「ただ、あそこら辺はクラスメイトさんたちに目撃されるまでは、大幅にカットされてますね。理由は原作と全然変わらないからです。

強いて挙げれば、私がサファイアちゃんから見せられた映像が少し違うことと、イリヤさんのカードの英霊の討伐数が、ホントに0だってトコくらいですかねー?」

 

イリヤ「ぐはぁ!?」

 

リナ「ま、まあ、あの話はイリヤの秘密の一端を知るってヤツだし」

 

クロ「それと、次回からのオリジナル回への引きになってるってトコかしらね」

 

ルビー「そうです! いよいよリナさんの、オリジナルクラスカード回収回ですよッ!」

 

サファイア「この回は、リナさんと私がメインとなる話でした」

 

リナ「本編でも言ってたけど、あの頃はまだ、前世のことを知られるのが怖かったからね。そういう意味では、ルビーとサファイアは信用してたから」

 

イリヤ「え、ルビーも?」

 

リナ「性格はアレだけど、口の堅さは問題ないって思ってたわよ?」

 

クロ「アレでしょ? 弱みを握っても、口が軽くちゃ脅しになんないっていう」

 

リナ「そうそう! そーいう意味でも信用は出来たってわけ。信頼は出来ないけど」

 

サファイア「姉さんは、関係ないところでは口が軽いですから」

 

ルビー「……自業自得だとは理解してますけど、ひどい言いようですねー。

……ええと、ともかくようやくこれで、リナさんがカードを手にするわけですが、いわゆる【スレイヤーズ】ファンのためのスペシャル回的な意味もありますね」

 

リナ「そう言や原作のアメリアは、のちの短編や16巻でアニメの口調に引っ張られてたけど、こっちは第1部の口調のまんまだったわね」

 

ルビー「そこも作者さんの、強い思い入れだったようですよ?」

 

クロ「あっ、そうそう。これも言っとかないとね。

学校の屋上でのやり取りで、リナのカードを拾いながら疑問に思ってるのは、わたしだから」

 

イリヤ「例の、過程をすっとばして結果だけ導くってやつ?」

 

クロ「まあね。さすがに、結論までは導き出せなかったけど」

 

ルビー「さて、そしてガウリイさんとの再会ですが、ここはさらっと流しましょう」

 

イリヤ「えっ、どうして!?」

 

ルビー「だってそれは、私がリナさんをいじり倒すために掴んだ、せっかくのネタですからねー」

 

リナ「……ちっ!」

 

イリヤ「ちょっと、なんか余計気になるんだけど!?」

 

ルビー「仕方ないですねー。どうしてもと言うなら、座談会が終わってから小説の方を読んでください」

 

イリヤ「わかった、そうする、……って、この情報本編に持ち越せないんだけどー!?」

 

ルビー「そしてアサシン戦ですが…」

 

イリヤ「無視したッ!?」

 

ルビー「リナさんを強制不参加させたのは、同行されるとイリヤさん脱落寸前イベントが無くなるから、というのが理由だったみたいですよ?」

 

イリヤ「……ん? どゆこと?」

 

美遊「あの段階でリナは、今回の敵がアサシンかバーサーカーだと当たりをつけてた。

もし同行したら、イリヤがダガーに掠ったときに毒を警戒して、毒消しの術を使っていたと思う。

その場合、たとえ完全に消し去れなかったとしても、あそこまで酷い状況にはなっていなかった公算が高い」

 

イリヤ「そ、そう…」

 

ルビー「というわけで、イベントは滞りなく進んだわけですが、これまたリナさんが介入したため、イリヤさんの心の在り様が原作と変わっていくきっかけになりました」

 

リナ「具体的にどう変わったかというと、……イリヤはクロエの事、どう思ってる?」

 

イリヤ「えっ? うーんと、妹、って言うとまた言い争いになるから…、わたしの傍に居て欲しい、大事な家族だね」

 

クロ「なっ、ちょっと、イリヤ!?」

 

リナ「とまあ、3期くらいにならないと明確にならない心境に、もうすでに達している、と」

 

ルビー「これはイリヤさんに、原作よりも考える、という特性が付加された結果ですね」

 

イリヤ「わたし、原作より成長してるんだ!?」

 

ルビー「これは、作品を見比べることが出来る第三者視点でないと分からないことですから」

 

クロ「つまり、宝石翁には分かるってわけね」

 

ルビー「まー、あのジジイなら分かるでしょうねー。

……さて、いよいよ最後のカード、バーサーカー戦です。

ここでは、他の二次でも見受けられるように原作介入キャラ、この話ではリナさんが、美遊さんと共に鏡面界に残りました」

 

リナ「そして、あたしと美遊の夢幻召喚、初お披露目になるわね」

 

イリヤ「えっ、そうだったの!?」

 

サファイア「イリヤさまが到着されたときには、既におふたりは魔力切れで、強制解除されてましたから」

 

リナ「ちなみに、あたしはこの段階で、カード7枚のうち3枚の英霊の正体は気づいたことになるわね。

……いや、1枚は推定か」

 

ルビー「バーサーカーは確証がありませんからね-」

 

イリヤ「えーと、1枚はセイバー、アーサー王として、もう1枚は?」

 

クロ「バカねー。もう1枚は[刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)]の使い手、ランサー、クー・フーリンよ。

……まあ、日本じゃケルト神話ってマイナーだから仕方ないけど」

 

リナ「師匠のスカサハの可能性もあるけど、まあクー・フーリンの方が妥当よね。

ついでに言うと、ライダーとキャスターは情報不足、アサッシン…、こっちじゃアサシンか。それに関しては見てすらいない。アーチャーは、ネタバレになるけど未来の英霊だから知るよしもない、ってトコね」

 

ルビー「話を戻しますが、バーサーカーの倒し方、原作どおりの多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を使った[約束された勝利の剣(エクス・カリバー)]に、限定展開した[光の剣]に[竜破斬(ドラグ・スレイブ)]を乗せた[竜破斬剣(ドラグ・スレイブ・ソード)]の同時攻撃。何だかかけ声に、『せーの!』って入れたくなるシチュエーションですねー」

 

リナ「しまった! その手があったか!!」

 

イリヤ・美遊「?」

 

ルビー「あー、要するに、【リリカルなのは】でのなのはさんのセリフのマネですよ」

 

イリヤ「あ、あれってそうだったんだ」

 

ルビー「まあともかくも、バーサーカーを倒した後は、ほぼ原作どおりでクライマックスですね」

 

リナ「無印編は導入だけあって、オリジナル回以外は原作に近かったわね」

 

すぺしゃる編

ルビー「さて、すぺしゃる編ですが、1話完結形式、所謂短編集ですね」

 

イリヤ「1話目がリナの生態に迫るヤツだね」

 

リナ「おいこら。あたしゃ珍獣か!?」

 

美遊「コラボの、ひとつ目の伏線が張られた話だね」

 

ルビー「ちなみにネタ自体は、それより前から使ってますね」

 

クロ「イリヤを通して見てたけど、体育座りして恥ずかしがるリナは、イリヤじゃなくても弄りたくなるわね」

 

ルビー「人目がなければ私だって、弄り倒してた自信がありますよ」

 

イリヤ「あー、ルビーだからなー」

 

ルビー「あと、美々さんが原作より早く落ち…、いえ、腐り始めてますね。ソウルジェムが」

 

リナ「そこは【まどマギ】ネタなのね」

 

美遊「次は、リナが魔術工房を持つ話だね」

 

リナ「これは、後のマジックアイテム出すために必要な話よ」

 

クロ「遠話球(テレフォン・オーブ)、何気に活躍してるもんね」

 

ルビー「そして、コラボふたつ目の伏線が張られていましたね」

 

リナ「とは言っても、凛さん=はやては、Fate×なのは二次の様式美みたいなもんだから」

 

イリヤ「要するにお約束だね」

 

リナ「3話目は、あたしと桜ねーちゃんの話、って言うより、桜ねーちゃんの過去話だね」

 

ルビー「リナさんが介入したお陰で、献身系美少女こと桜さんの闇が大分改善されたとか」

 

リナ「根が深いから、完全には払拭できないけどね」

 

クロ「聞いた話だと【Fate/ZERO】同様の、R18が付くような仕打ちがあったみたいよ?」

 

リナ「え、そうなの? 知らなかった…」

 

クロ「分からない人は、[アダルト]、[蟲]でイメージし…」

 

リナ「せんでいいッ!!」

 

ルビー「えーと、クロさん? そういうのってルビーちゃんの専門分野だと思うんですけどー?」

 

イリヤ「ルビー。突っ込まれることを競わなくっていいから…」

 

クロ「わたし、ルビーと競ってないんだけど。……まあいいわ。

4話目は3本の話を載せた、超短編ね」

 

美遊「ひとつ目が、士郎さんと藤村先生の話」

 

リナ「ふたつ目が、あたしと華憐先生の話」

 

イリヤ「みっつ目が、わたしとルビーの話で、これだけ原作ありだね」

 

ルビー「ちなみに、このみっつの話は全て、同じ日の出来事だそうです」

 

リナ「そしてネタものからシリアスまで、伏線張ってるわね。華憐先生は一部回収してるけど」

 

ルビー「回収と言うより、新たな謎をぶっ込んでるだけな気がしますけどねー」

 

リナ「ってなわけで、次は[NEXT/2wei]編前半になるんだけど、それは次回ね」

 

イリヤ「えっ、これ、続くの!?」

 

サファイア「この作者に、現在終了している分迄の振り返りを、1回分に纏める能力は無いと思われます」

 

クロ「サファイアも結構、毒吐くわねぇ」

 

美遊「でも、正論だと思う」




今回のサブタイトル
長月達平「Re:ゼロから始める異世界生活」から

と言うわけで、座談会形式の振り返りです。80年代から90年代初頭のアニメであった、総集編みたいなモンですね。
そして座談会は、次回へ続くという暴挙。因みに、サブタイに出てる人物は登場しませんので、悪しからず。と言うわけで。

次回「まだ続くの!? 魔砲少女現る」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!(久しぶり)


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まだ続くの!? 魔砲少女現る

座談会後編です。


ルビー「お待たせしましたー。雑談後半戦でーす」

 

イリヤ「雑談!?」

 

クロ「間違っちゃいないけどね」

 

リナ「ちなみにサブタイトルがああだけど、なのはたちがここに来たりはしないから」

 

美遊「コラボ編までやるっていう意思表示だね」

 

ルビー「と言うわけで、NEXT/2wei編、いきますよー?」

 

 

 

 

NEXT/2wei前編

ルビー「まずは導入ですが、大体原作と同じですねー。そして、遅刻しそうになって転身しますが…、改めて言います! 作者のせいで、せっかくの新コスお披露目が台無しですよー!?」

 

イリヤ「あー、例のメタ発言ね。この空間でなら、言いたいことは判るんだけどねー」

 

美遊「でも実は、元々原作にあったメタ発言に被せた高度なテクニック」

 

サファイア「……姉さんの場合は、ただ文句が言いたかっただけな気もしますが」

 

リナ「まあ、そんなこんながあって、イリヤたちは原作どおり凛さんたちに拉致られるわけだけど、そこら辺は原作と同じだからバッサリとカット。で、あたしがもうひとりのイリヤ、クロエと出会うんだけど」

 

クロ「リナとのファーストキスはおなかにきました」

 

リナ「あたしが膝入れたからねー」

 

ルビー「その後、クロさんの襲撃にクロさん補完…、じゃなくて捕獲計画、そして痛覚共有の呪い[死痛の隷属]と行き、ついに士郎さんと美遊さんの邂逅と相成るわけです」

 

リナ「そういやあの時、なんで士郎さんの脇腹にブロー決めちゃったんだろ?」

 

イリヤ「サー、ナンデデショウネー」

 

リナ「?」

 

ルビー「翌日には学校で、クロさんのキス魔事件。このときのイリヤさんの対応が、原作とは違いましたね」

 

イリヤ「原作だと、クロの言ったことを今イチ理解してないけど、わたしは、自分が判る範囲で受け入れた」

 

美遊「ルヴィアさんのところでも、クロの意見を否定しなかった」

 

リナ「うんうん。イリヤが成長してくれて、あたしゃ嬉しいよ」

 

ルビー「ちびま■子ちゃんですか!?」

 

リナ「とまあ冗談はさておき、イリヤは原作よりもクロエに歩み寄ってるわけだけど、その煽りを食ったのが美遊ね」

 

クロ「ドッジボールの時のミユのセリフは、ちょっとキツかったかな」

 

美遊「あ、あの時はごめん」

 

サファイア「美遊さまの憤りは妥当なものです。それだけの事をしたのだと、クロさまは認識すべきです」

 

リナ「はい、ストップ! それはここで話す事じゃないでしょ」

 

ルビー「そうですねー。今は振り返りの時間ですよー?」

 

サファイア「……すみません、姉さん。私の方が暴走してしまいました」

 

イリヤ「え、えーと。気を取り直して続きだけど。

華憐先生、……は飛ばして次はオリジナル回だったよね?」

 

リナ「士郎さん周りの恋愛事情と、凛さんと桜ねーちゃんの関係ね。一部次回に持ち越してるけど」

 

クロ「その持ち越した話で、わたしはイリヤと決裂、家を飛び出した」

 

美遊「翌日、呼び出されたわたしは、クロと対峙するけど」

 

サファイア「原作とは違い、クロさまの話に心乱されることはありませんでした」

 

イリヤ「一方わたしはリナとルビーのお陰で、どうしてクロが怒ったのかを自分で気づくことができた」

 

リナ「そして救難信号を受けたあたしたちは美遊と合流、なんやかんやあってアイリさん登場」

 

ルビー「で、大体原作どおりの展開があって落着、と思いきや、リナさんの秘密大公開となりましたー」

 

リナ「とは言っても、原作【スレイヤーズ】の話と、今まで小出しにされてた謎を話しただけ。

その後、アイリさんのところに行って、聖杯戦争について聞いたりもしたけど」

 

イリヤ「え、そうなの?」

 

リナ「んみゅ。そのうち、次の説明会もあると思うけど、あくまでイリヤたちに隠れてこっそりと、だから」

 

ルビー「こうして怒濤の数日間が終わり、ほっこり日常回ですねー」

 

クロ「最初が姉妹戦争ね」

 

イリヤ「リナのお陰でヒドいことにはならなかったけど、原作だととんでもないことしてたんでしょ?」

 

ルビー「はい。アレは、マンガかアニメで確認してもらった方がいいでしょうねー」

 

イリヤ「ええっ、メチャクチャ気になるんですけどー!?」

 

美遊「イリヤ。知らない方がいいこともあるんだよ?」

 

リナ「結末も、原作よりいい感じになってたわね。最後、セラさんに叱られてたけど」

 

ルビー「そして次が、続・姉妹戦争[料理編]ですねー」

 

クロ「これはリナの介入で、原作でのフラグがことごとくへし折られていく話よね」

 

リナ「フリ■クだけは、阻止できなかったのが悔やまれるなぁ」

 

イリヤ「それよりも! ゲストキャラの方だよ!」

 

美遊「星見ミリィ。この世界に於いてのミレニアム=フェリア=ノクターン。【スレイヤーズ】と同じ原作者が書いたSF作品【ロストユニバース】のヒロイン」

 

ルビー「いやー、明らかに作者の悪ノリですねー」

 

 

 

 

コラボ編

リナ「キタキタキター!」

 

イリヤ「リナ!?」

 

リナ「長い振り返りを経て、ようやく! リリすれコラボまで漕ぎ着けたわ!!」

 

クロ「なんかリナが、L様みたいになってんだけど!?」

 

リナ「さあ、あたしの魔法少女愛を…」

 

美遊「……完全に暴走してる」

 

イリヤ「……ルビー」

 

ルビー「はいは~い。

多元転身(プリズムトランス)!」

 

イリヤ「一撃卒倒! ハリセンモード!!」

 

SE:スッパァァァン!

 

リナ「わぴゃっ!」

 

イリヤ「ふう…、静かになったわ」

 

美遊「リ、リナ!?」

 

サファイア「返事がありません。ただの屍のようです」

 

クロ「暴走したリナが、ここまでウザいとは思わなかったわ」

 

ルビー「さあ、リナさんが目覚める前に、少しでも進めちゃいましょう」

 

イリヤ「ええと、それじゃあまず、導入部分だけど」

 

美遊「原作と同じなのに、結果が変わってる」

 

ルビー「これは、バタフライエフェクトですねー」

 

サファイア「こちらと向こう、……なのはさんたちの世界の両方に、本来では存在しなかった人物が介入。そのために次元創成の失敗を引き起こしたおふたりも、それに該当する世界線へとシフトされ、原作とは違った形へ展開していったものと思われます」

 

クロ「……ごめん。さすがに理解しづらいわ」

 

ルビー「噛み砕いて言えば、両方の世界それぞれにリナさんが介入したために、原作における、リナさんがいなかった状況とは歴史の流れが変わりました。

しかし、大きな流れから見た場合、歴史というものはさほど変わらないものです。このふたつ、いえ、みっつの世界の関わった事件そのものは、起きるべくして起きたものなのでしょう。

ただし、私たちとなのはさんの世界に変化が起きたように、原因を作った凛さんたちの世界も、本来関わったのとは違う世界になっていた、と考えられるわけです」

 

イリヤ「それにしたって、結構変わってない?

原作だと、わたしとミユ、そしてなのはちゃんとフェイトちゃんだったのが、ふたりのリナとクロ、ユーノくんがプラスされてるんだから」

 

美遊「魔物も、ジュエルシードのクリーチャーっポイものだったのが、レッサーデーモンの群になってる」

 

クロ「ゼロスや他の魔族だって出てるし、異界黙示録(クレアバイブル)の写本、の写本も関係してって、思いっきり【スレイヤーズ】のノリじゃない」

 

ルビー「当初、ゼロスさん以外の魔族はディルギアさんだけの予定だったみたいですよー?

ただ、魔族一体だけだと我々が過剰戦力になるので、慌てて二体増やしたとかー」

 

イリヤ「それで、[ルビー]なんていい加減な名前に…」

 

クロ「クランもそうよ。あいつ、青い髪の槍使いであの口調って、おもいきりクー・フーリンがモデルだからね。で、[クランの猛犬]でクラン」

 

美遊「それ、仕えてた家の名前…」

 

ルビー「一応補足しておきますが、ルビーさんのモデルは、リナ=インバースさんが倒したマゼンダさんで、マゼンダ→赤紫色→青(クラン)を除いて赤→ルビーという発想みたいです」

 

美遊「何? その、『風が吹けば桶屋が儲かる』的な発想は」

 

リナ「うう…ん」

 

クロ「あ、気がついた」

 

ルビー「意外と早かったですねー」

 

リナ「はっ! なのはの話は!?」

 

美遊「幸か不幸か、まだ終わってない」

 

リナ「よっしゃ! なら、あたしが解説を…」

 

イリヤ「するのはいいけど、暴走したら遠慮なく止めさせてもらうからね?」

 

リナ「おう!? り、了解。

それじゃまず、コラボ先の【リリすれ】こと【リリカルすれいや~ず】だけど。作中でも語られていたとおり、アニメのリリなのとは随分と内容が違っているわ。特に、NEXT/A's編では著しいわね」

 

ルビー「作中では表記されていませんが、なのはさんたちの衣装も、劇場版の衣装にハードシェル装甲ですからねー」

 

リナ「魔力の蒐集する偽守護騎士たちは、どっちかってゆーとTV版に近いけどね。それだって別に、リーゼアリアとリーゼロッテじゃないし」

 

美遊「リナ。さっきからイリヤがビクリとしてる」

 

リナ「イリヤ?」

 

イリヤ「いやー、守護騎士って聞いたら【ラムネ&40】思い出しちゃって」

 

リナ「アニメネタかいっ!」

 

ルビー「というか、よくそんな古いアニメ知ってましたね!?」

 

イリヤ「あ、それだけじゃなくて、リーゼロッテってのが…」

 

リナ「あー、そういやリズさん、リーゼリットと名前が似てるもんね。ってか、もしかしたら発音違いなだけかも。美遊、そこんとこどうなの?」

 

美遊「作者の知識不足で、わたしには判らない」

 

サファイア「美遊さま!?」

 

クロ「ミユまでメタ発言とは…!」

 

リナ「え、えーと、話を戻そうか。

次は、なのはとフェイトの魔法についてだけど。

星光集束斬[スターライト・ブレイカー]と覇王雷光炮[ダイナスト・ファランクス]、この術に関しては、なのはは逢魔さんから混沌の言語(カオスワーズ)の知識を、フェイトはナーガから混沌の言語(カオスワーズ)にプラスして、術の構成について教わりながら完成させた術ね。

因みに星光集束斬・改の方は、チートレベルの結界でもない限り、殆どが破れるんじゃないかしら?」

 

ルビー「魔法少女(MS)力53万は、伊達じゃあありませんねー」

 

イリヤ「ん? 何? その魔法少女(MS)力って」

 

ルビー「魔法少女のあれやこれやを総合して割り出した、魔法少女の値ですよー。なのはさんの値は、イリヤさんを1万MS力とした場合ですねー」

 

リナ「うみゅ。強さだけでなく、魅力や人の良さなんかを全部ひっくるめたら、そんくらいはいってそうね」

 

イリヤ「リナ!?」

 

クロ「アラ、イリヤ。なのはチャンに嫉妬しちゃったのかしらー?」

 

ルビー「実はMS力は、元々原作にあったネタです。53万MS力というのもそうですが、あのなのはさんだと、さらに数値が高そうな気がしますねー。

因みにフェイトさんは、原作においては測定不能でした」

 

リナ「得てして、ライバルキャラの方が人気が出たりするからねぇ。特に大きいオトモダチからは。

美遊も気をつけなさいよー?」

 

美遊「? よくわからないけど、わかった」

 

リナ「えーと、あとは…、魔族関係も説明しとかないとね」

 

クロ「クランとルビーが付け足しキャラだとか、名前の由来は話したわよ?」

 

リナ「りょーかい。なら、バックボーンについて話しましょうか。

あの三匹は、魔竜王ガーヴの将軍ラーシャートの、その配下だったわけだけど、魔竜王が倒されてその部下は冥王の配下となったわ」

 

イリヤ「覇王じゃなくって?」

 

リナ「ん。冥王は5人の腹心の中でも、取り纏める立場だった、みたいだから。

で、冥王が以前話したポカで滅んじゃったから、当時大きな計画を進めていた覇王の配下になった、って事らしいわ」

 

クロ「なんか歯切れが悪いわねー」

 

リナ「仕方ないじゃない。当時関わった事件と、今回ディルギアたちが話してたことからの推測なんだから」

 

ルビー「このメタ空間でも、そこら辺は我々にはオープンになりませんからー」

 

リナ「さて、他には何か…」

 

美遊「あの、最後にL様とオリヴィアナが授けた福音って、なんの効果が」

 

リナ「あー、アレは作者も深く考えてなかったみたいだけど、感想欄で質問されてたわ。その回答によると、危機に陥ったときに幸運値が10%アップするみたいね。

因みに、L様の福音に効果があるのかは不明だって」

 

イリヤ「え、L様…」

 

 

 

 

超ウラ話

クロ「なによ、この、超ウラ話って?」

 

ルビー「まー、アレです。作者さんの下らないネタやなんかを、白日の下に晒してしまおうかと」

 

リナ「おおう。まさに小説のあとがき座談会のノリね!」

 

ルビー「と言うわけで、まずは美々さんからですねー」

 

イリヤ「ファ? ミミ?」

 

美遊「……誰?」

 

イリヤ・クロ・リナ「いや、いい加減覚えてあげて!?」

 

ルビー「とまあ、美遊さんからは忘却の彼方に追いやられてしまう美々さんですが、セリフ周りでひとつだけ、ワザと変えてあるところがあります」

 

サファイア「そこは、変更後も違和感がなく、むしろしっくりといく上に、おそらく原作読者の方も気にしていないと思われるところです」

 

リナ「いや、そんなの、あたしらに判るわけないじゃないの」

 

ルビー「美遊さんの呼び方ですよ」

 

美遊「え、わたし?」

 

サファイア「美々さまは美遊さまのことを『美遊ちゃん』と呼んでいますが、原作では『美遊さん』と呼んでいます」

 

リナ「そんな細かいとこ、判るかあぁっ!!」

 

ルビー「次はリナさんのカードの色と、それに関連して誕生日についてですね」

 

リナ(ぎくぅ!)

 

ルビー「イリヤさん。リナさんのカードの色は?」

 

イリヤ「え? えっと、ピンクっぽい色」

 

ルビー「では美遊さん。7月28日の誕生花で、秋の七草にも含まれているものは?」

 

美遊「なでしこ。……あ」

 

クロ「ちょっと、なにが言いたいのよ」

 

美遊「なでしこの英名は、ピンク」

 

クロ「ん? ピンクにまつわるモノがふたつ?」

 

ルビー「そのとおり! リナさんの前世、リナ=インバースさんが魔道士協会から授かったディグリー…」

 

リナ「ルビー! それ以上は…!!」

 

クロ「投影開始(トレースオン)

 

リナ「な…、拘束帯!?」

 

イリヤ「ナイス、クロ!」

 

リナ「くっ、美遊!?」

 

美遊「……」

 

リナ「目を逸らされたっ!?」

 

ルビー「さて、邪魔がいなくなったので続けますが、魔道士協会から授かった称号の服(ディグリー・ローブ)とその色ですが、かわいいフリルの付いたピンクのローブだったそうです。

魔道士協会では称号の色で、魔道士を呼ぶこともあります。従ってリナさんは、通称[ピンクのリナ]!」

 

クロ「うわっ、まるで風俗嬢ね?」

 

リナ(うう…、だから知られたくなかったのよ…)

 

美遊「ええと、リナ? わたしはかわいいと思うよ?」

 

リナ「ごめん、美遊。その優しさが、余計にあたしの心を傷付けてるの…」

 

ルビー「リナさんはほっといて、次行きましょー」

 

イリヤ「ひどっ!?」

 

ルビー「お次は、こっそり直したミスについてですねー」

 

リナ「……へっ、ミス?」

 

ルビー「はい。リナさんが皆さんに混沌の海について話されたとき、以前考察したのは私だと言ってますが、実際考察したのはルビーちゃんではなく、サファイアちゃんですから」

 

サファイア「その後、作者が考察シーンを姉さんのセリフにこっそりと差し替えました」

 

ルビー「作者さんは姑息ですねー」

 

 

 

 

そして本編へ…

ルビー「さて、言いたいことも粗方言い終わりましたし、そろそろお開きにしましょうかねー」

 

イリヤ「かなりすっ飛ばしてたから、細かい説明が出来なかったのが心残りだけど」

 

クロ「まあ、あとがきもとい、なかがき座談会にしては、説明してた方じゃない? 前後編になるくらいだし」

 

美遊「後編はすでに、6千字を超えてる」

 

サファイア「まあ、作者にしては頑張った方ですね」

 

ルビー「そんなわけで皆さん、これからも【Fate/Kaleid caster ドラまた☆リナ】、ヨロシクお願いしますよー」

 

クロ「やー、終わった終わった。ねえ、帰りにスイーツ食べてかない?」

 

イリヤ「あ、それならいいお店見つけたんだ。翠屋っていうお店」

 

美遊「イリヤが行くなら、わたしも…」

 

 遠ざかっていく三人

 

リナ「え、ちょっと待って。あたし、このままにしてくつもり!?

こんなの、作者や部下Sにする仕打ちじゃないのっ!

いいから、この拘束帯解きなさーいっ!!

……っていうか、翠屋って、翠屋ってー!!?」

 

---幕




今回のサブタイトル
TVアニメ「NG騎士ラムネ&40」サブタイトルから

いやー、なかがき座談会、こんなに長くなるとは思いもしませんでした。
後半部分でリナの扱いがぞんざいになったのは、唯一のスレイヤーズキャラ故の呪いでしょうか。

次回「異世界の魔道士物語」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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NEXT/2wei(ツヴァイ)!編 hertz(ヘルツ)
異世界の魔道士物語


スレイヤーズ新刊、発売日決定!


≪?side≫

晴れ渡った暖かな陽気の中、あたしは一人、大きな森の中を通る街道を歩いていた。最初の目的地は、既に視界に入っている。

 

「……十年ぶり、かしらね」

 

その街を目にして、あたしは小さく呟いた。

この十年の間にも、色々と旅をして回ったりもしたが、不思議とこの街にはやってくる機会が無かった。

街の中に入るとあたしは、あるお店をめざして道を行く。そしてそこは、今も存在していた。

 

銀の木の葉亭(シルバーリーフ・イン)

 

あたしはお店の扉を開け、中へと踏み入る。

 

「いらっしゃい…、ん? あなたはまさか…」

「久しぶりね、マクライルさん」

 

右手を軽く挙げ、挨拶をするあたし。

 

「ああ、やっぱりリナさんでしたか」

 

マクライルさんが、あたしの名を口にする。

そう。あたしはリナ。リナ=インバース。

……いや、正確には違うけど、魔道士協会(しごと)では今もそう名のっている。

 

「本当に久しぶりですね。

それで、今日はどうしてこちらに?」

「うん、ちょっと尋ねたいことがあって来たんだけど…。

でもまずは、定食五人前ね!」

 

マクライルさんの疑問に答える前にあたしは、昼食を頼みながらウインクをして見せた。

 

 

 

 

 

「……それで、尋ねたいこととは?」

 

あたしが食事を済ませたのを見計らって、マクライルさんが口を開く。

口許をナプキンで拭き取ると、あたしは真剣な表情を向ける。

 

「マクライルさん。アライナがどこに住んでるか知ってる?」

「アライナさん、ですか?」

 

予想外の名前を聞いたからだろう。その表情に驚きの色を浮かべていた。

アライナは十年前、ここで起きた事件を解決へと導いた人物の一人だ。

……いや、訂正をしよう。彼女は人間ではなく、エルフだ。

 

「アライナに、ちょっと用事があってね」

 

そう告げると、マクライルさんは少し困った顔をして。

 

「生憎と、エルフたちがどこで暮らしてるのかは判りませんね」

 

やっぱり、マクライルさんにも話してないか。

 

「ですが数日前に、当のアライナさんがいらっしゃいまして」

 

をや?

 

「他のエルフの里にお遣いに行くついでに立ち寄った、と言ってましたよ」

 

他の、エルフの里!?

 

「それで、その里が何処にあるかは聞いたの!?」

「ええ。もちろん、おおまかな場所ですが」

「それでもいいから教えてっ!」

 

気がつけば。あたしはマクライルさんの胸ぐらを掴んで、前後に思いっきり揺さぶっていた。

 

 

 

 

 

あたしは再び街道を行く。マクライルさんから教えてもらった、エルフの里。そこには心当たりがあった。

もちろん、あたしにもそこの所在は判らないのだが、何とか出来る自信はある。

……が、しかし今は。

 

「おう。有り金全部置いていけ!」

 

複数の、ムサい男たちに囲まれてのこのセリフ。いやー、久しぶりだわー。

 

「……おい、聞いてんのか!」

 

感慨に耽っているあたしに、苛立たし気に怒鳴りつける男。おそらくコイツらの…、盗賊のお頭だろう。

 

「あ-、聞いてるわよ。あたしに吹っ飛ばされたくないから、有り金全部置いてってくれるって話よね?」

「オイコラ、てめぇ! どこをどうしたらそんな話に…」

爆裂陣(メガ・ブランド)

 

ズドゴォ!

 

あたしの周囲を、盗賊たちを巻き込みながら土砂が盛大に噴き上げた。

 

「……て、てめぇ。いきなり、何しやがる!」

 

お? お頭(推定)の意識は刈り取れなかったか。いやしかし、盗賊が何ほざいてんだか。

 

「なんか、盗賊いぢめなんて久し振りだから、つい感極まっちゃって」

 

そんなことを答えると、お頭(推定)が顔色を変えた。

 

「ま、まさかお前は、[盗賊殺し(ロバ-ズ・キラー)]の、リナ=インバース…!?」

 

おやまあ、その二つ名も久し振りね。

ハッキリ言って今でも、この手の二つ名は気に入らないのだが、あたしも成長したのだろう。このくらいは笑ってやり過ごせるようにはなっている。

 

「うん。他にも、[ドラまた]とか[魔王の食べ残し]とか、色々言われてるわねー」

「ひいっ、い、言われてみれば、聞いていたとおりの特徴…」

 

ぴくり

 

「……特徴?」

「チビで胸なし」

「なにをぉぉぉ!!

爆煙舞(バースト・ロンド)!!」

「のはあぁぁ!?」

 

あたしの攻撃を食らい、今度こそお頭(推定)の意識を刈り取った。

追記。身体的特徴(特に胸)は、今でも禁句である。

……ふん。昔よりは、ちょっとは成長したんだい。

 

 

 

 

 

そんなこんながありまして、やって来ましたガイリア・シティ。

途中の街で聞き込みはしたけど、アライナらしき人、じゃなくてエルフの目撃情報は殆どなかった。ということは、わざわざ街を迂回していったって事になるけど。

……あの子、どんだけ人見知りなのよ!?

とまあ、そんな些細なことは置いといて。あたしはこの先に進む前に、ある人物に会うことにした。

 

「これはまた、懐かしい顔だ」

「お久しぶりです。アルス将軍」

「元、だよ」

 

自嘲気味に言うこの人物は、アルス元将軍。

かつて。ディルス王国の先王にある者を引き合わせたがために、王宮内に高位魔族を引き入れ、国を混乱へと導く事件があった。そのある者と引き合わせたのが、当時赤騎士団の将軍だったこの人である。

とは言っても、悪い人じゃないのだ。王様と引き合わせたのだって、よかれと思ってやったこと。

ただ、その、何というか、人を見る目が無かったのだ。

 

「して、今日はどのような要件でここに参られたのかな?」

「実はこの先、カタート山脈の麓まで行きたいんだけど」

「カタート山脈の?」

 

アルス元将軍は驚きの眼差しを向ける。

まあ、そりゃそうだろう。カタート山脈と言えば、七つに裂かれた魔王の内の一体、通称[北の魔王]が封印されている地だ。

 

「まさか、[北の魔王]と対峙する気では…」

「それこそまさかよ。

そりゃ降りかかる火の粉は振り払うけど、わざわざ自分から危ない橋を渡ったりはしないわ。あたしは、正義の味方じゃないんだから」

 

あたしの返事を聞いた元将軍は、安堵のため息を吐き。

 

「ならよいが…。しかし、ならば何故、あの様なところに?」

 

ふむ。確かに、その疑問はもっともだ。なのであたしは、簡潔に説明をする。

 

「向こう側に、知り合いのエルフがいるのよ。その子に用事があってね」

「なるほど。エルフの里に向かうのか」

「そ。それで、ちょっとお願いがあって…」

 

言ってあたしは、それを口に出した。

 

 

 

 

 

カタート山脈の麓。ガイリア・シティからは大分離れた森の中まで来たあたし。そんな中でもここは、少し開けた場所となっている。

うん。ここなら申し分ないだろう。

確認を終えたあたしは、呪文を唱え。

 

竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!」

 

上空に向けて竜破斬を放つ。

これでよし。あとは、しばらく待てば…。

 

バサッ!

 

少し休憩する程度ののち、大きな羽音とともに、待ち望んでいた者が姿を現した。

黄金竜(ゴールデン・ドラゴン)

あたしは以前、カタート山脈(ここ)にある『竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)』へと来たことがある。そこに棲まう彼らなら、竜破斬に反応してくれると思ったのだ。

ただしそれだと、ディルスの兵たちも騒ぎ出すので、あらかじめアルス元将軍に言付けをしておいた、というわけだ。

……それにしても、まさか。

 

『やはりお主だったか』

 

そこに現れた黄金竜は、一般的な者よりも一回りは大きかった。

黄金竜が一声あげると、その身体は光に包まれ、人の姿へと変えていく。その姿は、金髪の美形中年男性。

 

「久しいな、人間の娘よ」

「お久しぶりです、ミルガズィアさん。でも、さすがにもう、娘って歳じゃないですよ」

 

彼はミルガズィアさん。竜たちの峰(ドラゴンズ・ピーク)に暮らす黄金竜たちの長老である。まさか、ミルガズィアさん(長老)自らやってくるとは、思ってなかったけど。

 

「それもそうか。……それで、人間よ。何の用があってここへ来た?」

 

真顔で尋ねるミルガズィアさん。一見取っつきにくそうだけど、冗談言うときもこの表情である。

 

「厚かましいお願いなのですが、エルフの里へと連れていってはもらえないでしょうか?」

「エルフの里、だと?」

「はい。実は…」

 

あたしはミルガズィアさんに、簡単な説明をする。

 

「なるほど」

「あの、駄目でしょうか?」

「いや、駄目ということはない。しかし…」

「しかし?」

「わざわざ里へ行くまでもないだろう」

 

ミルガズィアさんの言葉を聞き返す、迄もなく。

 

「見つけましたわ! 誰ですの、この様な場所であんな攻撃魔法を放つのは!

……って、あなたは! それに、ミルガズィアおじさま!?」

 

……あー、そうか。エルフの里も近いなら、とーぜんこんな展開になる可能性もあるわな。

 

「久し振りね、偏食エルフメフィ」

「ええ、久し振りって、さらっと悪口を言った!?」

 

いやー、相変わらずからかい甲斐のある子だわー。

彼女はメンフィス=ラインソード。ミルガズィアさん共々、私と一緒に高位魔族と戦ったこともあるエルフの()だ。

 

「まったく。それであなたは…」

『えっ、リナ…!?』

 

その声は、メフィの後ろから聞こえた。とは言っても、それは肉声ではなく、レグルス盤という遠話を可能とする魔法の道具(マジック・アイテム)を通した声。つまりは。

 

「ようやく会えたわね。アライナ」

 

とうとう彼女に追いついたのだ。

 

 

 

 

 

『魔力増幅の結界、ですか?』

 

そう。あたしがわざわざ、遠出してまでアライナに会いに来た理由。それは、彼女が創る魔力増幅の結界をこの目で見るため。

 

「けれど、人間である貴女がエルフの結界を見たところで、理解が出来るとは思えないのですけれども」

 

まあ、メフィの言うことも判る。アレは本来、人間には認識できない領域のモノだから。

 

「ま、その辺のことはちゃんと考えてあるから。

それで、アライナ。お願いできる?」

『構わないけど…』

 

未だ要領を得ていないアライナが、曖昧な返事を返す。

 

「異郷のエルフよ。この人間と共に戦ったことがあるのなら、この者が普通の人間の魔道士の枠に収まらないのは判るだろう。ならば…」

 

そこまで言ったところで、ミルガズィアさんの言葉が途切れた。何しろ、先程までそこにいたアライナの姿が、消え失せていたのだから。

 

「おじさま、あそこ」

 

メフィが指差すところを見れば、大きな木の後ろに隠れるアライナの姿が。

 

『……し、知らない(ひと)に、声をかけられた』

 

アライナ、相変わらずだね…。

 

 

 

 

 

「そう言えば、あの金髪の剣士の方は一緒じゃありませんの? 貴女が腰に下げているのは、あの剣のようですけど」

 

アライナが魔力増幅の陣を形成している中、メフィがあたしに尋ねてきた。

ホントのことを言えば、ガウリイと二人旅、なんてのも良かったんだけどねぇ。

 

「ガウリイは、子守りのためにお留守番。()()は、用心のために借りたのよ」

「ああ、そうだったの…」

 

しばしの沈黙。そして。

 

「ええーっ!? 貴女、結婚して、その上子供まで!?」

『えぇぇぇ!?』

「な、なんと…!」

 

いや、アンタら。そこまで驚くことないじゃない。

アライナが陣を布いてる最中だから大目に見るけど、じゃなかったら爆裂陣(メガ・ブランド)いってたわよ? ……って、ミルガズィアさんやメフィには効果ないと思うけど。

それでも気を取り直したアライナは、引き続き陣を布き始め、そして。

 

『リナ、完成しましたよ?』

「ありがと、アライナ」

 

お礼を言ってからあたしは、アライナが布いた陣を見る。うん。やっぱり人間には、これが結界には見えやしない。

 

「それで人間よ。これからどうするのだ」

「こう、するのよ!」

 

ミルガズィアさんの疑問に答え、あたしは呪文を唱え始める。

 

「む、この術式は…」

 

どーやら、あたしがなにをするつもりなのか、判ったようだ。

そしてあたしは、[力ある言葉]を口にする。

 

精霊映視呪(マナ・スキャニング)!」

 

 

 

 

≪リナside≫

そこであたしは、目を覚ました。

あたしはリナ。稲葉リナ。

よし。どうやら頭は正常に働いてるようだ。

それにしても、随分と懐かしい夢を見た。前世の、あたしが魔力増幅の結界陣を憶えたときのものだ。

理由は判ってる。昨日、あの不思議な空間で、精霊映視呪(マナ・スキャニング)を唱えたのが切っ掛けとみて間違いない。

脳への負担がかかるあの術、思い入れのある出来事と結びついた術でもあるので、当時の記憶が呼び起こされたんだろう。

 

PiPiPi、PiPiPi…

 

そこまで思考したところで、目覚まし時計のアラームが鳴り出した。

……よし、思考を切り替えよう。過去に思いを馳せるのはいい。でも、過去にとらわれてはダメだ。

あたしはカーテンを開けると、背筋をめいいっぱい伸ばし。

 

「今日も一日、がんばろー!」

 

気合いを入れて、ベッドから降りた。

 

 

 

 

≪third person≫

冬木の街を歩く、一人の人物。男物の黒いジャケットとズボン、ネクタイに身を包んだ女性。左肩に背負う長い筒が異彩を放つ。

そんな彼女はふと立ち止まると、ズボンのポケットから紙切れを1枚取りだし、確認するかのように呟く。

 

「まずは代行者と接触して、意見を伺った方がいいですね」

 

そう言うと紙切れをポケットに仕舞い、女性は再び歩き出した。




今回のサブタイトル
アニメ「異世界の聖機師物語」から

というわけで、いつもとは少し、毛色の違う話でした。
因みにリナ(=インバース)たちはあの後、偶然現れた複数の高位魔族に対して、メフィがゼナファ・アーマーを発動、白い巨人に驚き浮き足立った所をリナが獣王牙操弾(ゼラス・ブリッド)で一体を屠り、その間にミルガズィアが他の魔族を殲滅。その流れでアライナが、ザナッファーについて確認するため、それに詳しいエルフ(メフィ)に会いにここに来たことが判る、という展開です。書く気はありませんが。
そして、ついにあの人が登場です。戦闘シーンのことを考えると、既に気が滅入ってきます。

次回「執行者襲来」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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執行者襲来

投稿遅れてすみません。


≪third person≫

柳洞寺が建つ円蔵山。参道である長い階段の途中から林へと分け入り、獣道をしばらく進んだところにある洞窟。その最奥の開けたところ、『大空洞』と呼ばれるところに高校生くらいの少女がいた。

この冬木の地の管理者(セカンドオーナー)、魔術師の遠坂凛だ。

 

「---Anfang(セット)

Beantworten Sie die Forderung des Abgeordneten(管理者の名において要請する)…」

 

凛は、大きく広げた羊皮紙に宝石をかざし、さらに呪を紡いでいく。

 

「……Abschrift(転写)

 

最後にそう告げると共に、手にしていた宝石を羊皮紙の上に落とす。すると魔力が弾け、焦げ跡となって、羊皮紙に地脈を写し撮った。そして。

 

「これって、嘘でしょ…」

 

あることに気づき、愕然とする。

 

「まさか、終わってなかったっていうの…?」

 

 

 

 

≪リナside≫

あたしは今、工房で遠話球(テレフォン・オーブ)の制作をしている。

あの亜空間内での戦いでも役に立ったので、あたしたち全員が所持した方が良いと思ったのだ。特に凛さんは、携帯電話の扱いも心許ないので必須だと思うし。

そして何より。

これはただの勘だけど、あたしたちの運命(Fate)に関わる戦いが近づいてる。そんな気がするのだ。

 

---俺は、運命なんて信じちゃいねえ…

---もしも「これは運命で決められたことなんだ」なんて言われりゃあ、鼻で笑って抜け道を探す…

 

かつて、そんなことを言った彼を思い出す。あたしは軽く笑い、思う。

あたしは、運命を否定する気はない。だけど。運命に身を任せる気などこれっぽっちも無い。

もしも「これは運命で決められたことなんだ」なんて言われたなら、あたしは全力で撥ね返す。

今ならハッキリと言える。ルーク、これがあたしの答えだよ?

 

 

 

 

 

あたしは魔道技術で作り上げた硝子玉に、こちらの魔術に置き換えた術式を表す魔法陣を転写していた。

因みにこの遠話球は、こちらの術式に置き換えている関係で、魔術師にも同じ物を再現可能なハズだ。

ハズというのは、実際魔術師に作ってもらってないからなのだが、ルビーとサファイアが情報をインストールして使用できるのだから、この推測は正しいと見て間違いないだろう。

凛さんに聞いた話だと、魔術の世界にも特許というものがあるみたいなので、そのうち特許申請しとこうか?

そんなことを考えていると。

 

ズゴゥン…!

 

衝撃音と共に、天井部分が細かく振動する。……そう、天井部分が。

この工房が地下にあることを考えれば、地中での異変ではなく、地中への振動が伝わりにくい地上部で何かがあったって考えた方がいいってこと。

……なんだかイヤな予感がする。

あたしは階段を上ると、そっと扉を開け、物音を立てないように部屋から出る。そして大広間へ向かうと。

 

ドンッ!

ドガアァァッ!!

 

オーギュストさんが美形の男の人に殴り飛ばされ、壁に激突するところだった。

 

「オーギュスト!!」

 

男と対峙していたルヴィアさんが、振り返り叫ぶ。

ハッキリ言ってあたしも叫ぶところだったけど、ルヴィアさんのお陰で踏みとどまることができた。

しかしながら、あのただ者ではない雰囲気を身に纏ったオーギュストさんを、こうも容易く倒すとは、あの男…の人……は?

……もしかしてあの人、女の人?

男物のジャケットに身を包んでるけど、胸は筋肉とは違った膨らみ、腰の辺りはきゅっと括れてる。

実は美形男子ではなく、美人女子だった!?

あいや、ままよ! 今はそんなことに思考を割いてる場合じゃない。とにかくルヴィアさんに加勢をするべきか?

そこまで考え、ふと視線を移すとそこには。

謎の女性のその後ろ、外に面した壁の一部が崩れ落ち、そこから中を覗き見る凛さんの姿があった。

凛さんの方もあたしのことに気がつき、視線が合うと首を左右に振ってから、口許に人差し指を当てた。どうやら黙ってやり過ごせってことみたいだ。

あたしは右手の親指と人差し指でマルを作り、了解の意思を示す。

 

「しかし、些か拍子抜けですね」

 

その女性は言った。

 

「貴女にはゼルレッチ卿から特殊魔術礼装を渡されたと聞いたのですが。

使わないのですか? それとも、使えないのですか?」

 

この女性(ひと)、ルビーやサファイアのことを知ってる? それにゼルレッチ卿って…。もしかして、魔術協会の関係者!?

 

「……フン! 『必要ない』が正解ですわ!」

 

その瞬間、ルヴィアさんの周囲に、魔力を纏った色とりどりの宝石が舞い上がる。

 

「なるほど、エーデルフェルト家の娘は誇り高い。

ですが私に言わせれば、それは…」

 

女性は両手に拳を作り、顔の前に持ってきて。

 

「ただの奢りです」

 

キッパリと言う。

次の瞬間、ルヴィアさんが一斉に宝石を射出、女性は迎え撃たんと右拳を振り上げ、凛さんが壁の穴から飛び出した!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「あれー? なんともないね…」

 

わたしはエーデルフェルト邸の、門戸の格子越しに中を見ながら言った。

わたしがここに来た理由。それは部屋で宿題をしながら、海で着る水着について話してたとき、ルヴィアさん()から変な音と振動があったから。

でも、実際に来てみると、お屋敷は何の異常もなかった。アレって、勘違いだったのかな?

 

「この家には認識阻害の結界が張られているから、外からじゃわからないわ。

中で何か起こっても、普通は外の人間に気づかれることはないの」

 

魔術に疎いわたしに、クロが説明してくれた。

 

「じゃあ、さっきのは…」

『想定以上の「何か」が起きた、ということでしょうか』

 

わたしの呟きに答えるルビー。わたしもクロも、返す言葉がない。

 

「……開けるよ」

 

意を決した表情で、クロが門の戸をゆっくりと押し開ける。

そして、わたしたちの視界に入ったのは。

倒壊したお屋敷からこちらへ歩いてくる人物の姿。

男物の黒っぽいジャケットを着た、赤紫色の短い髪の女の人。両手には黒い手袋をはめている。

 

「……侵入者の警告音が鳴りませんね。

見たところ子供のようですが、貴女たちも関係者のようだ」

 

素人のわたしでもわかるほどの鋭い殺気。この人は…。

 

「援軍だとしたら、一足遅い」

 

敵だ!

 

ダンッ!

 

女の人が地面を蹴って、こっちに襲いかかってくる!

クロが、いつもの黒と白の一対の剣を投影して、打ち出された拳を防いだ。

わたしも応戦しなくちゃ!

 

「ルビー、転身を!」

 

でも。

 

「……ルビー?」

 

ルビーは何の反応もしないで、わたしのすぐ横に浮いているだけ。……ううん、なんだか、動揺してる?

その間にも連続で繰り出されるパンチを、クロは剣の腹で止めたりいなしたりを繰り返してる。

 

「こいつ…!」

 

クロが僅かな隙を突いて剣を振るったけど、左手で刃の部分を鷲掴みに止め、右拳を突き出す。

クロはそれを足の裏で受けながら、その勢いを利用して後方へ飛び退く。

 

カカカカッ!

 

人の背丈よりも大きな剣を複数本、女の人の前に突き立てた。その剣を破壊したその時には、遠く離れたクロが弓に矢を番えていた。

 

「バイバイ」

 

そう言って放たれた矢は、女の人めがけて一直線に飛んでいく。だけど。

 

「その戦法は、()()()()()()

 

矢をつかみ取った!?

 

「返しましょう」

 

女の人はその矢を、クロめがけて投擲し(なげ)返した!

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

 

ドグオォン!

 

「クロ!!」

 

矢を爆発させて直撃は防いだけど、クロはその爆風に吹き飛ばされる。

 

「ルビー、どうしちゃったの!? 早く転身してクロを助けなきゃ!! ……ねえってば!?」

五芒星(ペンタグラム)に鳥の羽。

どうやらそれが、ゼルレッチ卿の特殊魔術礼装のようですね」

 

どきり

 

心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

「なぜ貴女が持っているのかはわかりませんが、抵抗をしなければ身の安全を約束しましょう」

「あなたは、いったい…」

 

でも、わたしの疑問に答えたのは、女の人ではなくって。

 

『彼女の名前は、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

私たちがやってきたカードの回収任務、その前任者です』

「前任者、…って?」

 

ルビーの説明に、わたしは聞き返した。

 

『不思議に思ったことはありませんか?

私たちが回収任務を始めた時、最初から手元に二枚のカードがあったでしょう? 「アーチャー」と「ランサー」…』

 

そういえば…、ってまさか!?

 

『それを仕留めたのが彼女です』

 

ルビーは、とんでもない爆弾を落とした。

 

 

 

 

≪バゼットside≫

「そう、カード回収の任務は私が請け負っていました。

ですが、二枚目を回収したところでゼルレッチ卿が介入、任を外されました」

 

特に問題もなく任務をこなしていたことを考えると、少々忌々しくも思う。

 

『任務は凛さんとルヴィアさんが正式に引き継いだはず。なぜ今になって、貴女が出てくるのですか?』

 

特殊魔術礼装の疑問ももっともだ。とはいえ、私にも詳しい理由までは分からない。ただ。

 

「上の方でパワーゲームがあったということです」

 

そう。私はただ、その任務を遂行するだけだ。

 

「……すでにこの屋敷から、四枚のカードを回収しました。しかし、足りません」

 

私は少女を見据える。

 

「残りのカード持っているのなら渡しなさい」

 

少女の瞳を見つめ。

 

「抵抗するならば強制的に回収を…!?」

 

私は振り向きながら、右拳を振り抜く。

 

ガギイィッ!

 

()()()陰陽の双剣で攻撃を防ぎながら、後方へと吹き飛んだ。

 

「貴女、無事だったのですね」

 

そこにいたのは、先程爆風で吹き飛ばされた少女。どうやらわざと爆風に乗り、ダメージを軽減させていたらしい。

 

「まったく、完全に意表を突いたはずなのに」

「ええ。あの少女の瞳に映る貴女に気づかなければ、対応が間に合わなかったでしょう」

 

そう。誰に促されるわけでもなく、自らの意思で闘いに参加しようとしたその少女。そうでなければ、わざわざ彼女の顔を見据えたり、あまつさえ目を合わせての会話などしなかっただろう。どうやら運も、こちらに味方してくれるようだ。

 

「どうしますか。運にも見放され、実力もこちらが上。

もう一度言います。残りのカード持っているのなら渡しなさい。抵抗をしなければ身の安全を約束しましょう」

「残念だけど、わたしのカードはあげたくてもあげられないのよ。それに…」

 

ぞくり

 

悪寒を感じ振り向くと、その先には。

 

「わたしには諦めの悪い妹がいるからね…!」

 

特殊魔術礼装によって転身した少女がそこにいた。




今回のサブタイトル
OVA「天地無用!魎皇鬼」サブタイトルから

イリヤはクロに促される前に、自発的に闘おうとしています。クロはやられていません。ふたりとも、原作よりも成長しています。それが徒になって、クロの奇襲は見破られましたが。

次回「少女戦記」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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少女戦記

クロとイリヤ、初めての共同作業。


≪イリヤside≫

「抵抗するならば強制的に回収を…!?」

 

カード回収の前任者、バゼットさんは言葉を途中で止めて振り返り、右拳を振るう。それは不意討ちを狙っていたクロへと向かい。

 

ガギイィッ!

 

クロは陰陽の双剣で攻撃を防ぎながら、後方へと吹き飛んだ。

 

「……ルビー、転身お願い」

『イリヤさん! 今の見たでしょう? 正直言って今のイリヤさんに勝算はありません!

彼女の目的がカードだというのなら、素直に渡すのが…』

「ルビー!!」

 

わたしはルビーの言葉を遮る。

 

「言いたいことがたくさんあるけど、今は時間が無いからひとつだけ。

あの人は確かにとんでもない強さだけど、それでもクロは戦ってる。だったら、わたしも戦わなくちゃいけないんだ。

だって、この力を使って、大事な人を守るって決めたから! 大事な人たちを見捨てて、前になんか進めないってわかったから!!」

 

最後のカード回収の時にわたしが誓った、そしてクロとケンカ別れしたときに、リナのお陰で再認識することができた、そんな大切な想い。

今でこそ、力の多くはクロが持っていってるけど、それでも想いは変わらなくて。

 

『……そうでしたね。それが今のイリヤさんの原動力でしたね』

 

ステッキ姿になったルビーの柄を掴み、わたしは変身をした。

 

 

 

 

 

再びわたしを見たバゼットさんが、口を開く。

 

「アーチャーの力を使う少女に、ゼルレッチ卿の礼装を使う一般人。事態は協会の認識以上に、混沌としているようですね」

 

おとーさんとママは一般人じゃないけど。もちろんそんなことは言う気もない。それにこの人は。

 

「しかしなんであれ、わたしの仕事は変わりません。

……さあ、始めましょうか」

 

やっぱりこの人はプロだ。受けた仕事は遂行する人だった。

 

砲射(フォイア)!!」

 

まずはわたしが砲撃を放つ。でもバゼットさんはそれを左手で弾く。

 

散弾(ショット)!!」

 

すかさず、範囲を集中させた散弾を放つと、バゼットさんはクロスアームブロックでそれに耐える。

その背後からクロが踏み込み、右手に持つ白い方の剣を突き立てようとして。

 

ざっ!

 

バゼットさんはわたしから見て右に避けた。その瞬間、遮る物が無くなった散弾がクロに襲いかかる!

 

「チィッ!」

 

クロは双剣で魔力弾を弾きながら、バゼットさんとは反対方向へ飛び退いた。

そして魔力弾(たま)が途切れた瞬間、バゼットさんがクロに襲いかかろうとして。

 

斬擊(シュナイデン)!!」

 

わたしが放った斬擊を、しかし彼女は右手で鷲掴むようにして地面に叩きつけた! なんてデタラメな…!

そんな一瞬の思考の無駄を、彼女は見逃さなかった。バゼットさんは方向転換をして、一気にわたしへと詰め寄る。

マズい!

わたしは後ろに飛び退きながら、振り抜かれた右拳をルビーの柄の部分でガードする。だけど安定しない状態だったから、わたしはそのまま吹き飛ばされてしまった。

それでも何とか両足で着地をするわたし。

攻撃がまったく通じない。この人、やっぱり強い!

……っていうか。

 

「わたしが弱いんだね! わかってたけどっ!!」

『いやー、まったくもって出力が足りてません。主人公にあるまじき弱さですね!』

 

ハッキリ言わないでッ! あと、主人公って何の事!?

そこへ、駆け寄ってきたクロが、わたしの前に背中を向けて立つ。

 

「ちょっとイリヤ! 嘆いてる暇なんてないわよ!!」

 

そ、そうだ。またわたしの悪い癖が出ちゃった。

 

『すみません、クロさん。イリヤさんに注意事項があるので、少しだけお願いします』

 

へっ?

 

「もう、仕方がないわね」

 

そう言ってクロは、ふっと笑い。

 

「ところで、別に倒してしまっても構わないんでしょ?」

 

などと、めちゃくちゃキザなことを言って。

 

ダンッ!!

 

一気にバゼットさんとの距離を詰めた。

 

『さて、めちゃくちゃあやしいフラグを立てたクロさんが心配なので、さっさと説明しちゃいましょー』

 

うあ。クロの見せ場が台無しだぁ。……いや、確かにあの発言は心配になるけどね?

 

『いいですか。彼女には宝具などのような「大技」や「切り札」は一切使わないでください。

時間が無いので詳しい説明は省きますが、究極のカウンターが来ると思っていただければいいと思います』

 

究極のカウンター…。それがどんなものかわからないけど、用心するに越したことはないよね。

 

「うん。わかったよ、ルビー」

 

わたしはルビーの言葉を胸に刻みながら、力強く頷いた。

 

 

 

 

≪リナside≫

あたしたち…、あたしに凛さん、ルヴィアさん、そしてオーギュストさんの四人は、エーデルフェルト邸の緊急用地下通路にいる。屋敷が倒壊する直前にオーギュストさんに促されて、地下通路(ここ)へと逃げ込んだのだ。

 

「……とりあえず、これでいいでしょ」

 

そう言ってあたしは、術を解除する。

実はルヴィアさん、バゼット(凛さんから聞いた)って人の攻撃でかなりの重傷、気を失った状態で、あたしが今まで治癒(リカバリィ)の術をかけていたのだ。

とはいえこの術、被術者の怪我を治す代わりに体力を消耗させるため、重症患者を疲労死させてしまいかねないというリスクもあったりする。

そんなわけで今回は、怪我のヒドい部分を応急的に治療するのにとどめた。ルヴィアさんなら大丈夫そうな気がするけど。

 

「……なんか、術のリスクに目を瞑れば、私の治癒魔術よりも効果がある気がする」

「このリスクは、目を瞑っていいもんじゃないわよ」

 

凛さんのやっかみを軽く受け流し、あたしは小さく肩をすくめてみせる。

実際前世では、治癒(リカバリィ)だけではなく復活(リザレクション)を覚えていれば救えた命も、数え切れないほど目にしてきたのだ。

 

「さてと」

 

あたしはすっくと立ちあがり、膝のホコリを払い落とす。

 

「それじゃあ、行ってくるわ」

「行くってまさか、バゼットと戦うつもり!?」

 

凛さんが悲鳴のような声をあげるが、この反応は当然予測済み。

そりゃああたしだって、あんなヤツと戦わなくて済むならそれに越したことはないんだけど。

 

「バゼットの目的は、クラスカードの回収よ。彼女が残りの3枚、見逃すと思う?」

「~~~!!」

 

初めて見たあたしが思ったのだ。あたしよりも彼女のことを知ってるであろう凛さんが、それに気づいてないはずがない。

それに、イリヤの家は目と鼻の先。いくら認識阻害の結界が張られているとはいえ、これだけドンパチやればイリヤたちが異変に気づいてしまう可能性もある。……できれば、こっちの予想は外れていてほしいのだが。

ええいっ、考えてたって埒があかない!

 

「とにかく、あたしは出来るだけのことをやってみる。凛さんとオーギュストさんはルヴィアさんをお願いね!」

 

あたしはふたりの返事も聞かずに走り出した。そして、走りながらポケットに手を突っ込み…。

 

 

 

 

≪クロエside≫

コイツ、ホントに強い! わたしの剣撃も、イリヤの砲撃・斬擊も、全て素手でいなし、あるいは打ち破ってくる。

ハッキリ言ってこんなのと戦うくらいなら、ディルギアと戦った方がよっぽど楽ってモンよ。

 

「……やれやれ、対応できないほどではありませんが、さすがにこの連携は少々うざったいですね」

「アラ、カ-ド回収の前任者さまが弱音?」

 

わたしは軽く挑発、……と言うより強がりを言ってみせる。

 

「まさか。ただ、戦い方を変える必要がある、というだけです」

 

そう言ってわたしに詰め寄り、振るってきた右拳を干将(黒い剣)で防いだ、……と思った瞬間、左へと回り込み、右足の蹴りが跳んでくる!?

慌てて莫耶(白い剣)を逆手に変え、腕に沿わせる形で防御、かと思えば、後ろから右のバックナックル…。

これは、足を止めずに前後左右、全方位からの攻撃!? おまけにこの状態じゃ、わたしが枷になってイリヤも魔力弾を飛ばすことが出来ない。

 

ピキィ!

パキンッ!

 

干将・莫耶も、さっきから何度も砕かれては破棄して投影を繰り返してるけど。

……マズい! このままじゃ捌ききれなくなるっ!

 

バキィッ!

 

彼女の渾身の左を双剣をクロスさせて防いだけど、双剣は完全に破壊。そこに出来た防御の穴に向かって、彼女は右手を振りかぶる!

投影は、……間に合わない!?

やられるっ! ……そう思った瞬間、バゼットの右腕に星形の物理防御壁が、ってイリヤ?

そうか。物理防御壁を拘束具代わりに…。やるじゃないの。

さらにバゼットの左腕も拘束し。

 

「クロっ!」

 

言われるまでもない。わたしは跳躍して、夫婦剣を同時に振り下ろし…。

 

パキィン!

 

物理防御壁が砕け。

 

どぅむっ!

 

わたしはお腹に、強烈な一撃を食らい吹っ飛んだ。

 

「クロッ!?」

 

イリヤが叫ぶけど、息が詰まって返事をすることも出来ない。

なんて迂闊なの。拘束したことに安心して、大きく隙を作ってしまうなんて。敵を仕留めるときこそ、もっとも慎重になるがセオリーだってのに!

 

「拘束が二重ならやられていました」

 

普通はアレを簡単に破れたりしないわよっ!

 

「ならっ…!」

 

イリヤは再び、物理防御壁を展開しようと思ったんだろう。けど。

 

がっ!

ズガアァッ!!

 

彼女は地面に手を突き立てると、地表の一部を捲りあげた。

ちょっと、地表で畳返しってどういう理屈よ!?

と。次の瞬間、腹部への強烈な衝撃でわたしは意識を手放してしまった。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

……痛い。痛いよ。

地面を畳返しするなんて、とんでもないことされて意識を逸らされたわたしは、バゼットさんの攻撃をお腹にまともに受けてしまった。

その激痛で、今はまともに身体を動かすことも出来ない。

クロは…、痛覚共有で気を失っちゃったみたい。ごめん、クロ。

バゼットさんが近づいてくる。このままじゃカードが…。でも、身体は思うように動かない。

バゼットさんがわたしの前で立ち止まり、ゆっくりと、太ももにあるカードホルダーへと手を伸ばして…。

 

「バム・ロッド!」

「!?」

 

突然襲いかかる炎の鞭を、バゼットさんは慌てて右拳で弾き飛ばす。だけどその先端は向きを変えて、再びバゼットさんに襲いかかった。

 

「チィッ!」

 

バゼットさんは上から拳を当て、炎の鞭の先端を地面に叩きつけて、追い打ちをかけるように拳を叩きつける。

さすがにそれには耐えきれなかったのか、炎の鞭は霧散した。

だけど、息つく暇も与えず、人影が飛び出し棒状のものでバゼットさんを強打する。

 

「まったく、好き勝手やってくれたわね」

「イリヤは、わたしが護る」

 

わたしは、かすれる声でふたりの名前を呼んだ。

 

「リナ…、ミユ…!」

 

と。




今回のサブタイトル
カルロ・ゼン「幼女戦記」から

美遊が原作よりも少しだけ早く到着。その理由は、リナのちょっとした仕草がヒントです。しかしまるで、少年マンガのような引きだな。

補足1:復活(リザレクション)は蘇生ではなく、体力を消費させずに回復を促す強力な治療魔法。スレイヤーズにそこまで詳しくない人もいるかもしれないので、念のため。

補足2:クロはディルギアを引き合いに出したが、魔族故に人間相手に本気を出せないことは知らない。
もしディルギアが本気を出せたら、いくらバゼットでも勝て…、る気がするのはきっと気のせい。

次回「破壊の女神」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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破壊の女神

お久しぶりです。


≪美遊side≫

わたしがルヴィアさんに頼まれた買い物を済ませ、帰路についていたその時。

 

『美遊、聞こえる?』

 

サファイアを通してリナの声が聞こえた。

 

「リナ?」

 

わたしが返事をすると、前置きを一切告げずに彼女は言った。

 

『エーデルフェルト邸が襲われたわ。ルヴィアさんとオーギュストさんは重傷、とくにルヴィアさんが酷いわ。凛さんは軽傷よ。

相手の名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ。魔術協会の封印指定執行者で、クラスカードを狙ってる。

イリヤとクロエも危険よ。すぐにこっちへ来て!』

 

説明の途中から、わたしは走り出していた。エーデルフェルト邸までは、もうそれ程の距離はない。それでも本当は転身したかったくらいだ。

 

『あと、彼女には宝具や大技は使わないように。

凛さんが言うには、そういったものに対して最大限に効力を発揮する攻撃を持ってるらしいから』

 

宝具や大技に…。心に留めておこう。

 

「リナ、もうすぐ、エーデルフェルト邸に着く…」

『美遊。息を整えてから、気づかれないように入ってきて。正門入ってすぐの茂みで落ち合うわよ』

「わかった」

 

そう応えて、わたしは通話を切った。

 

 

 

正門前に辿り着いたわたしは、数回深呼吸をして息を整えた後、辺りを見渡してから転身をし、門をわずかに開けて身体を滑り込ませる。

左の方から戦闘をする音が聞こえる。しかし。

 

「美遊」

 

わたしを呼ぶ声に右の茂みの奥を見ると、恐らく隠し通路の出口と思われる穴から、ひょっこりと顔を出すリナの姿が。どうやらほぼ同じタイミングだったらしい。

穴から出てきたリナはわたしの傍までやってくる。

 

「茂みに隠れながら、イリヤたちのもとに近づくわよ」

「わかった」

 

返事をしてわたしは、リナと一緒に茂みに隠れながら、戦闘が行われていると思われる場所へ近づいていった。

その時。

 

ズガアァッ!

 

激しい音にそちらを見れば、男装の女性が地表を捲り上げ、その隙にイリヤのお腹に打撃を与えているところだった。

吹き飛ばされたイリヤを見て、思わず飛び出しそうになるわたしを、リナが袖を掴み引き止める。

文句を言おうとふり向き、リナが小さく呪文を唱えていることに気がついた。そして袖を掴む手に強い力が込められている事に気がつき、リナも飛び出していきたい気持ちを押し殺していることを理解した。

リナは袖から手を離すと、指で合図を送る。意味を理解したわたしは、茂みを移動して少し離れた場所にスタンバイした。

男装の女性、恐らくリナが言っていたバゼットという人物だろう彼女が、イリヤに近づき手を伸ばす。

 

「バム・ロッド!」

 

[力あることば]だったか。リナがそれを口にすると、手のひらから現れた炎が鞭のようになって、バゼットへと襲いかかる。

バゼットはそれを弾き、殴りつけ消滅させた。

それによって生まれた隙を突く形でわたしは飛び出し、サファイアでおもいきり殴りつけた。

リナがガサリと茂みから姿を現す。

 

「まったく、好き勝手やってくれたわね」

「イリヤは、わたしが護る」

 

わたしたちはイリヤを護るため、バゼットとの間に割って入った。

 

 

 

 

 

「まったく、次から次へと想定外な事が起きる」

 

バゼットが呟くように言う。

 

「特殊魔術礼装を使う一般人がもうひとり。そして、我々が認知しない魔術を使う、魔術師の少女。

何やら事態は、協会の認識以上に混沌としているようですね」

 

彼女が言うことが本当なら、私たち以外にリナを魔道士として認識してるのは、話に聞く宝石翁、そして恐らく、代理を務めているロード・エルメロイⅡ世だけなんだろう。

 

「なら、もうひとつ想定外な事を教えてあげるわ」

 

そう言ってポケットから、三枚のクラスカードを取り出すリナ。

 

「……!

色違いのクラスカード!? しかも三枚も!」

「あ。言っとくけど、このカードの所有権はあたしにあるから。カード回収の報酬として、正式に譲渡されたもんだからね」

 

そう言うと、パスケースから取り出した折りたたまれた紙をバゼットに見せる。……リナは一体?

 

「これ、宝石翁からの委任状よ。もちろんコピーしたもんだけど」

 

ひょい、と、それをバゼットに投げて渡す。キャッチした彼女は確認しようと、その紙を広げ…。

視線が逸れた瞬間、リナは一瞬だけイリヤを見る。

ああ、そうか。リナは怪我したイリヤが少しでも回復するための、時間を稼いでいるんだ。

バゼットは静かに、書面に目を通し始めた。

 

 

 

 

≪third person≫

「……ここは?」

「目が覚めたようね」

「ここは、地下の緊急避難路です、お嬢様」

 

オーギュストの説明を聞きながら身を起こすルヴィア。その際、身体の痛みに顔をしかめる。

 

「まったく、無茶しすぎだわ。リナが治癒の術で応急手当をしてなければ、そんなもんじゃすまなかったわよ?」

「フ…、けど、いい目くらましにはなったでしょう?」

 

ルヴィアは不敵な笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、私がいることを知っててやったのね」

 

凛も苦笑いを浮かべて応える。

 

遠坂凛(トオサカリン)稲葉リナ(イナバリナ)はバゼットの元に向かったのですか?」

「ええ。イリヤたちに危害が及ぶ前に、ってね。

……まったく、私が仕掛けた布石のこと聞く前に、さっさと行っちゃうんだもの」

「そう…」

 

ルヴィアは一旦、目を瞑り。

 

「……ならば、保護者である(ワタクシ)たちも、こんなところでのんびりとは、していられませんわね」

 

そう言って立ち上がろうとして、ぐらりと身体が揺れる。治癒(リカバリィ)による副作用、体力の低下が原因である。

それを支えたのは、なんと凛であった。

 

(トオ)サ…」

「……そんなこと言われたら、同じ保護者として手を貸すしかないじゃない。

あの子たちを巻き込んだのは、私たちなんだから」

 

凛は憮然とした表情でいう。

 

「その通りですわ。この様な思考、貴女風に言えば『心の贅肉』というものなのでしょうけど、それでも…!」

「ええ、それでも!」

 

普段は犬猿の仲のふたりだが、その目的ががっちりと噛み合っている間()()は、その相性は最高と言っても差し支えがない。……もっとも、そのこと自体が極めて稀なのだが。

 

 

 

 

≪リナside≫

書面に目を通したバゼットが、あたしを見る。

 

「……確かに、ゼルレッチ卿のサインの入った正式なもののようですね。さらにロード・エルメロイⅡ世も共に署名をしている」

「そ。あたしからカードを奪った場合、このふたりを敵に回すことになる。

アンタは知らないけど、雇い主は困ったことになるでしょうねー」

 

エルメロイⅡ世がどの程度の地位にいるのかは判らないけど、ふたりの連名となると、さすがに無視は出来ないハズ。

 

「……いいでしょう。今、この場で、貴女のカードは奪いません。

……ですが、邪魔をするなら全力で対処させていただきます」

 

ちっ、もう少し悩んでくれるかと思ったんだけど、意外と結論が早い。これ以上の時間稼ぎは無理か。

 

「それじゃあ始めましょうか」

 

そう言って美遊を見ると、彼女もこくりと頷く。

 

「「夢幻召喚(インストール)!!」」

 

あたしはランサー(アメリア)、美遊はセイバー(アーサー王)を同時に夢幻召喚する。

 

「これは…!?」

「ふっ!」

 

一気にバゼットまでの距離を詰めた美遊が、裂帛の気合と共に剣を振り下ろす。

 

ガッ!!

 

バゼットは左拳で刀身の腹の部分を弾き、腰だめに構えていた右拳を打ち込もうとして…。

 

霊王結魔弾(ヴィスファランク)!」

 

魔力を拳に纏い、ふたりの間に割り込みながらそれを振り抜く!

あたしの拳とバゼットの拳がぶつかり合う!

……まさか!?

あたしたちは同時に離れる。

 

「驚きました。クラスカードの英霊を、礼装ではなく自身に宿らせたこともそうですが…。

まさか、私の拳と打ち合える英霊がいるとは思いませんでした」

「そりゃあ、こっちのセリフよ。

霊王結魔弾を乗せたアメリアの拳で、相殺しか出来ないなんてね」

 

カード回収の前任者だというのも頷けるわ。

おそらくは彼女が手に嵌めたグローブ。それに強化…、いや、硬化の魔術がかけられているのだろう。とはいえ、戦闘の技能は彼女のもの。

一方あたしたちは、夢幻召喚する事で能力は底上げされるものの、それを振るうのはあくまで自分。ハッキリ言って分が悪い。

……けど、やるしかない!

あたしとバゼットが同時に前に出る。

最初に仕掛けたのはバゼット。彼女は左拳をあたしの顔面へと振り抜いてくる。あたしはそれを右へと躱しながら、右の拳で彼女の顔を殴りにいく。彼女がそれを、上半身を軽く反らして躱しながら、右手でその拳を掴んだ。

 

雷よ(モノボルト)!」

 

バヂィ!

 

「くぅ!?」

 

拳を伝う雷撃により、その身を硬直させるバゼット。その隙に後ろに飛び退くあたしと入れ替わるように、美遊が再び距離を詰める。しかし美遊が剣を振るう前に、バゼット自身も後ろへと飛び退いた。

……あたしは、ハッキリ言って驚いてる。雷撃の呪文を受けて、これだけ動けるとは思わなかったからだ。

だが、彼女の使う術には心当たりがあった。

[ルーン魔術]

ルーン文字を組み合わせて発動させる術だ。そしてルーン文字は、あたしがいた、スィーフィード世界にも存在した。

故に。グローブに薄らと浮かんだ模様を見て、あたしはルーン魔術へと行き着いたわけだけど。向こうじゃ、ルーン文字の組合せは魔術行使の補助的なものだったのよねー。

でもこっちじゃ、文字そのものに力を宿しているようだ。それを利用して、ダメージの軽減をしているのだろう。

……ふみゅ、()()が片ついたら、詳しく調べてみるとしよう。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)!」

 

美遊は聖剣に風を纏わせ、バゼットに向かって放出する。それは魔風(ディム・ウィン)並の力を持って彼女に襲いかかる。

しかし単発で撃ち出されたそれは軌道を読みやすく、横への移動であっさりと躱された。

 

氷の矢(フリーズアロー)!」

 

続け様に放ったあたしの術も、やはり容易く避ける。だが、それでいい。

あたしは彼女が移動して出来た空間へと滑り込む。

 

「……成る程、そういうことですか」

 

バゼットはあたしを、いや、あたしの後ろを見て得心したようだ。

あたしの後ろには、気を失ったままのクロエがいる。そう。あたしはクロエを、美遊はイリヤを背にしているのだ。

あたしと美遊が、同時に動く。右手側から詰め寄る美遊が切り下ろした剣を、バゼットは再び、左手の甲で剣の腹を弾き軌道を変え、左手側のあたしが打ち出した右拳を、同じく右拳を突き出し打ち合ってくる。

あたしたちは再び距離をとる。今度はあたしがイリヤを、美遊がクロエを守る形だ。

 

「リ…ナ……」

 

イリヤがあたしに声をかける。

 

「イリヤ。今は回復に専念なさい。いざという時に、少しでも動けるように」

「!! ……うん」

 

バゼットを見据えたまま言うあたしに、イリヤは素直に答えた。

あたしたちは再びバゼットに詰め寄る。僅かに先行する美遊の横薙ぎの一閃を、一歩後ろに下がり躱すバゼット。その右足が地面に着く瞬間。

 

地精道(ベフィス・ブリング)!」

 

ぼごん!

 

「!?」

 

踏みしめるはずの地面に穴が開き、足を取られるバゼット。そんな彼女の腹部めがけ、あたしは右拳を振るう。

 

「なっ!?」

 

バゼットは後ろに倒れ込むようにして、あたしの拳を躱した。その拳はバゼットのジャケットの一部を引き裂き、ポケットにしまわれていたクラスカードを撒き散らす。

 

ドゥゴォッ!

 

「カハッ…!」

 

バゼットの膝が、あたしのお腹に食い込む。彼女は倒れ込む身体を地に着けた左手で支えながら、穴にはまった右足を跳ね上げてきたのだ。

さらには、支えていた腕一本の力で身体を起こし、その左拳であたしを殴り飛ばす。

吹っ飛ばされたあたしは地面を転がり、クロエの近くで止まった。

まったく、ムチャクチャもいいとこだわ。身体中のあちこちが悲鳴を上げまくってる。アメリアの頑丈さがなきゃ危なかったわよ。

 

「……リ…ナ?」

 

無理矢理身体を起こしていると、あたしの名前を呼ぶ声がした。

 

「クロエ?」

 

どうやら意識を取り戻したようだ。

 

「今、どう…なって…」

「喋らなくていいわ。ここは、あたしたちが何とか…」

 

そう声をかけていたその時、閃光が放たれる。慌てて振り向けば、天馬(ペガサス)に乗った美遊が上空へと駆け上がるところだった。

……そうか。あの散らばったカードの一枚、おそらくライダーのカードを夢幻召喚したんだ。

美遊があの紫女のしていたような眼帯を上にずらし、バゼットを睨む。その瞬間に、バゼットの身体は硬直した。

……天馬に、動きを封じる魔眼? ってまさか、あの英霊の正体って!?

……!?

天馬が急速に魔力を高め始めた!? まさか!!

それと呼応するように、バゼットの手元に拳よりも一回りから二回り程大きい鉄球が飛来した。

やっぱり! あの子、あたしが注意したこと無視して宝具を発動させる気ねっ!

あたしは慌ててバゼットの気を逸らせようと動き出したものの、それよりも僅かに早く。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!!」

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!」

 

美遊の宝具とバゼットの攻撃。いや、アレはただの攻撃ではない。おそらく、現代に残る数少ない宝具。

そのふたつが、たった今解き放たれた。




今回のサブタイトル
TVアニメ「魔法少女プリティサミー」から

というわけで、長らくお待たせいたしました。
言い訳させてもらえれば、今回の戦闘シーンの展開で行き詰まっていました。何しろ美遊がライダーをインストール出来ないと、例のシーンに漕ぎ着けられないので。他のカードだと、死亡ルートしかない…。いや、バーサーカーならワンチャンあるけど、バゼットとは相性悪いし。

次回「デュアル!」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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デュアル!

今回は独自解釈があります。


≪美遊side≫

リナが殴り飛ばされた瞬間、わたしの中に猛烈な怒りがこみ上げてきた。けれど、なんとかキレずに踏み止まっている。

冷静な判断を欠いて、倒せる相手ではないのが判っているから。

わたしは散らばったカードを見る。この中で、彼女に通用する切り札を持ったもの。それは…。

わたしは再び剣に風を纏わせ、それを魔力と共に斬擊として撃ち出す。そう、かつて黒化したこの英霊が放っていた様に。

バゼットは両腕を交差させて、斬擊に耐える。この攻撃に耐えられるのは驚異的ではあるけど、今はそんな思考にかまけていられない。わたしは彼女の横をすり抜けるようにしながら、一枚のカードを拾い上げ。

 

上書き(オーバーライト)夢幻召喚(インストール)!」

 

その瞬間、この英霊の記憶の一部が頭の中に流れ込む。

やっぱりそうか。この英霊はギリシャ神話に語られる三柱の女神の末妹にして、英雄ペルセウスによって倒された怪物。

そう、名も無き島の怪物メドゥーサ。それがこの英霊の正体だ。

召喚された天馬(ペガサス)に跨がり、わたしは上空へと駆け上がる。この英霊なら、例え相手が宝具に対抗できる力を持っていても、おそらく対処できるはず。

わたしは両目を覆うバイザーを上にずらして相手を見る。

[石化の魔眼・キュベレイ]

この英霊を特徴づけるモノのひとつ。

……さすがに石化は叶わなかったけど、バゼットに重圧をかけられた。動きさえ封じられれば、彼女も()()()()()()()()

わたしは天馬に光の手綱を装着し。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

宝具を開放した。

 

 

 

 

≪バゼットside≫

あの少女の視線を受けた瞬間、私に途轍もない重圧がかかった。それは魔眼による攻撃。おそらく黄金級…、いや、宝石級か。ともかく抵抗(レジスト)しきれないほど強力なものだ。

だが、これは本命ではない。あくまでそのための布石(あしどめ)。その証拠に、彼女の魔力が跳ね上がっていく。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

この瞬間を待っていた!

茂みに隠しておいた筒から魔術処理を施した鉄球が飛び出し、私の下へ飛んでくる。私は鉄球に拳を添え。

 

後より出でて先に断つもの(アンサラー)---」

 

鉄球に現れし刀身の先が、対象を捕捉する。全ては、この瞬間のため。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!」

 

私は()()()撃ち出した!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

天馬に乗ったミユの魔力が高まってる。もしかして、宝具を発動させる気?

ダメだよ、ミユ! バゼットさんに宝具を使ったら!!

ルビーが言うには、バゼットさんには究極のカウンターがあるらしい。つまり。いくら足止めが出来たとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っていうこと。

そしてルビーが、クロにお願いしてまでわたしに伝えたっていうことは、この予想は多分間違ってないはずだ。

どうしよう。今のミユに声をかけても、多分止まらないと思う。

わたしに、ふたりを止めるだけの力があったら…。

……力? 力なら、ある!

わたしは無理矢理立ち上がると、カードホルダーからカードを抜き取り、ルビーに当てる。

 

限定展開(インクルード)!」

 

姿が変わったルビーを構え、わたしはふたりを凝視する。タイミングを外すわけにはいかないから。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)!」

 

ミユが真名開放と共に、天馬ごとバゼットさんに突っ込んでいく。だけどまだだ。このタイミングじゃない。

茂みの中から飛び出した鉄球に拳を添えるバゼットさん。

……? 一瞬、首筋に血がついているのが見えたけど、今はこっちに集中しないと!

そして。

 

斬り抉る(フラガ)…」

 

ここだ!

 

突き穿つ(ゲイ)…」

 

わたしは限界まで身体をひねり上げ。

 

「……戦神の剣(ラック)!」

「……死翔の槍(ボルク)!」

 

バゼットさんと同じタイミングで、わたしは朱い魔槍を投擲した!

 

 

 

 

≪リナside≫

何が、起きたの? 美遊とバゼットは、確かに宝具を発動させていた。

美遊は天馬による突貫、バゼットはおそらく、宝具などの切り札に対してのカウンター。

凛さんが注意を促してたって事は、このカウンターが放たれれば勝ちは揺るがないタイプの攻撃なんだろう。

だけど。

バゼットが宝具を発動させたと思った次の瞬間、宝具の力を込めていたのだろう鉄球が破裂して、バゼットは慌てて回避。

一方の美遊は天馬ごと吹き飛ばされ、なんとか地面に着地と同時にライダーとセイバーのカードが排出、夢幻召喚解除(アンインストール)された。

……そして。いつの間にか立ち上がっていたイリヤの傍に、回転しながら飛んできた[刺し穿つ死棘の槍]が突き立ち、槍からはカードが排出される。

 

「まさかこの様な方法で、私の宝具が破られるとは思いませんでした」

 

バゼットが厳しい表情で言う。

 

『私もまさか、こんな現象が起きるなんて思いませんでしたよ』

「ルビー、どういうこと?」

 

ステッキの姿に戻ったルビーを手に取り、イリヤが尋ねる。

 

『彼女が使ったのは、逆光剣フラガラック。敵の切り札より後に発動しながら時間(運命)をさかのぼり、切り札発動前の敵の心臓を貫く、宝具(エース)を殺す宝具(ジョーカー)。フラガが現代まで伝えきった神代(かみよ)の魔剣です』

「そういうことか…」

 

ルビーの説明に、ようやくあたしもカラクリが判った。バゼットもあたしの呟きに興味を惹かれたらしく、黙ってこちらに視線を移す。

 

「リナ、そういうことって?」

 

イリヤの疑問に答えるために、あたしは順序立てて説明を始める。

 

「まず、フラガラックはルビーが説明したとおりとして、ゲイボルクは刺突では心臓を貫く必中の槍、投擲では心臓限定ではなくなるけど必中の槍、でいいわね?」

『はい』

 

ルビーが頷く。

 

「そしてこの槍もまた、命中したという結果が先にあって発動させる宝具。そうなんでしょう?」

『まったくその通りです』

 

うむ。ならやっぱり、間違いないだろう。

 

「つまり本来なら、フラガラックによって美遊か天馬の心臓が貫かれるという結果があったはずだけど、ゲイボルクが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

フラガは過去にさかのぼり心臓を貫くはずなのに、槍が命中してなければならず、槍はフラガに命中しなければならないのに、フラガは過去にさかのぼり心臓を貫かなければならない」

「酷い、矛盾ね…」

 

後ろからクロエが応える。

 

「そ。その結果、両方の因果的結末が反発しあい、空間干渉時のエネルギーを残したままお互いを押し返した。

フラガは鉄球へ一気に逆流したために破裂し、槍は効力を失ってカードが排出される。

一方の美遊は、宝具ふたつ分の残留エネルギーの余波で宝具の効果を相殺され、弾かれてしまったってワケよ」

 

もちろんこれは、あたしの推測でしかないのだが。だけど、破裂した鉄球といい、弾かれた(ルビー)からカードが排出された事といい、この推測はあながち間違ってもいないだろう。

 

「……もっとも今回は、イリヤが宝具の撃ち合いに介入したのが偶然功を奏したっていう、幸運によるものだけどね」

 

そう。先程の理屈でいけば、フラガラックとゲイボルクの撃ち合いだった場合、お互いの心臓を貫き合う共倒れという結末になっていたはずだ。ホント、運に恵まれた結果と言っていい。

 

ふうぅ…

 

バゼットがひとつ、大きなため息を吐く。

 

「因果逆転型の宝具同士(ゆえ)、ですか。確かに、今回の様な形ではありませんが、私の宝具の弱点として想定はしていました」

 

そう言いながら腰を屈め、落ちているカードを拾い集めていく。とはいえもちろん、攻撃を許すような隙などあるはずも無い。

バゼットは美遊が所持していたセイバー、そしてイリヤのランサーも拾い集める。

距離のあるあたしや、まだ傷の癒えないイリヤやクロエでは不意討ちも出来ず、美遊もさすがに単独で攻撃するようなマネはしない。

 

「……ですがこんな偶然、二度も起こせるものではありません。

さあ、どうします? 私と戦って、カードを取り返しますか? それとも諦めて、最後のカードを差し出しますか?」

 

そうなのだ。先程のはあくまで偶然の産物。そもそも同じシチュエーションにすら持ち込めやしないだろう。

だけど、諦めるわけにもいかない。カードを差し出すということは、クロエの命を差し出すということなんだから。

 

「リナ」

 

イリヤが左手で首の後ろを押さえながら、あたしに声をかける。……まったく、イリヤは。

 

「美遊! 大きな判断ミスの罰として、クロエの様子を見てなさい!

……サファイアも、クロエの事おねがい!」

「え…、あ! わかった!!」

『お任せください』

 

そしてあたしは右手に拳を作り、それを口許まで持ってきて数秒、考えるような仕草をして。

 

「やっぱり、このままじゃムリね。

夢幻召喚解除(アンインストール)!」

 

ランサー(アメリア)のカードを解除する。

 

「……諦めましたか」

 

そう言って、バゼットはズボンのポケットにカードを仕舞った。

 

「まさか! ただ、ちょっとした芸をお見せしようかと思ってね」

「芸…?」

 

あたしの軽口に、彼女は疑問を投げかける。それを無視してあたしはもう一枚、バーサ-カーのカードを取り出しランサーのカードと重ね、さらにその二枚に右手を重ねて。

 

「クラスカード[ランサー][バーサ-カー]…、二重(デュアル)夢幻召喚(インストール)!!」

 

二枚のカードを、同時に夢幻召喚する。

……かつてガウリイから聞いた、このカードの応用。色々と模索して見つけた使用方法である。あたしだって魔法の品…、魔術礼装を作ってばかりではないのだ。

あたしの今の姿は、アメリアの服装にゼルの岩の肌。マントはアメリアのものだけど、腰にはゼルの剣が下がっている。

更に言えば、もうひとつ宝具の開放が可能になったけど、さすがにバゼット相手に使う気はない。

 

「クラスカードの同時使用…」

「そういうこと。これが、あたしのカードのみの効果なのか、他のカードでも使えるのかは判んないけど」

 

そう言いながら剣を抜き構え。

 

だんっ!!

 

あたしは地を蹴った!

 

「……はっ!」

 

気合と共に剣を振り下ろすと、バゼットは左拳で弾き受け流しながら、右拳を顔面に向けて振り抜いてくる。あたしは左手を離し、肘でその腕を弾き上げながら二歩ほど後ろへ下がった。

すると今度はバゼットが、距離を縮めるために踏み込もうとして。

 

炎の矢(フレアアロー)!」

 

バゼットの()()()()()発動させた炎の矢を、()()()()()()()解き放つ!

 

「くっ!?」

 

さすがに死角の、しかも至近距離から放たれた攻撃は、躱すことも叶わなかったようだ。

更に直撃を受けたバゼットにあたしは、肩から入るタックルを腹へぶちかます。その衝撃に負けた彼女は、後ろへ数歩蹈鞴(たたら)を踏む。

 

「……ッ! やりますね」

 

いやいや、この攻撃に耐えられるアンタの方がとんでもないって。炎の矢は当然のことながら、ゼルの身体にアメリアの敏捷性を加えたタックルを耐えたのだ。どんだけ身体強化や魔術耐性の強化をしてんだって話よ。

……彼女なら火炎球でも耐えられそうな気がするけど、さすがに死なせちゃうと不味いしなー。

いや、前世を考えりゃ今更なのは判ってる。ただ、親が悲しむようなことはしたくないし、何よりイリヤたちの前で、そーいうのはちょっと見せらんない。

そもそも。

 

「ですが、これくらいでは私を倒すことなど出来ません。

これ以上子供を甚振るのも気が引けますが、これも仕事です。もう少しギアを上げさせてもらいますよ」

 

彼女は悪人じゃないのだ。

……戦いにくいわね。

そう思いながら、あたしは剣を構え直した。




今回のサブタイトル
アニメ「デュアル! ぱられルンルン物語」から

今回のフラガラックとゲイボルクの独自解釈ですが、実は別のプリヤ作品用に考えていたものです。その話では、ゲイボルクの代わりに[必中せし白銀の矢(イーオケアイラ)]というオリジナル宝具の予定でしたが、そちらは書くかどうかも判らないのでこちらで採用しました。
因みにこの幸運による結果は、あの福音の影響もあります。幸運値10%upは侮れません。

デュアル(DUAL)の意味は、二元的な、二重の、といった意味です。デュエルとは関係ありません(笑)。

次回「タッチ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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タッチ

ある人の見せ場が無くなった。


≪リナside≫

バゼットがあたしの懐まで踏み込む。慌てて後ろに飛び退くと同時に、バゼットの拳があたしに襲いかかってくる。

 

がぎゃあっ!

 

咄嗟に剣の平たい部分で受け止めたものの、衝撃と勢いで数メートルほど吹き飛ばされた。

彼女が言ったとおり、スピードもパワーもさっきよりワンランクアップしている。

更に追い撃ちをかけようとする彼女に、あたしは地面に手をつき。

 

地撃衝雷(ダグ・ハウト)!」

 

大地の錐がバゼットを襲う。ここで「ハッハッハァ!」なんてバーサ-カー(ゼルガディス)っぽく高笑いしたいとこだけど、さすがにそんな余裕はない。

 

どごぉ!

ずがぁ!

 

発生した錐を破壊しながら姿を現すバゼット。

……なんか、彼女こそバーサ-カーって感じがするのは気のせいだろーか?

 

氷の矢(フリーズ・アロー)!」

 

あたしが牽制に放った術はあっさりと躱され、再びこちらへ詰め寄ってくる。そんな彼女に対して剣を横に薙ぐが、太腿と肘で挟み受け止められた。が、あたしは両手を離し、右腕を畳み肘を彼女の鳩尾へ決め、……ようとしたものの、打点がずれた。一応不意は突けたのだろう、想定外の攻撃にダメージは通ったみたいだが…。

むうぅ、体術もある程度は出来るけど、所詮はある程度。元々、力も体重もないあたしには向いてないので、あくまでもしもの時、身を守る程度である。達人とまではいかないアメリアの域ですら遥かに遠い。

バゼットはお腹を軽くさすると、再び構えをとる。

 

「どうやら体術の心得もあるようですが、剣術に比べれば児戯にも等しいですね」

 

うるさい。判ってらい、そんなこと。

あたしのスタイルは、あくまで魔法剣士。体術はその場しのぎで充分なのよっ!

と、その時。

 

ビビビ…

 

一瞬、不快な音が鳴り、すぐに治まった。

 

「……今の音は?」

「……我に集いて閃光となり

深淵の闇をうち払え

霊王結魔弾(ヴィスファランク)

……さあ、何かしらね?」

 

術を発動させてから、軽口で答えるあたし。

 

「……まあ、構いません。貴女を黙らせた後、他の少女たちに聞くまでです」

 

そう言い切って、あたしへと突っ込んでくる。あたしも負けじと、バゼットへ突っ込み、魔力を纏った右拳を彼女の頭へと振るった。それを、首を傾げるようにして躱し、彼女の右拳があたしのお腹を捉える!

 

「!?」

 

バゼットの表情が、驚きのそれへと変わる。それはそうだ。この瞬間のため、ゼルの物理防御に気づかれないように振る舞っていたのだから。

 

「……我に従い閃光となり

深淵の闇をうち払え!」

「しまっ…!」

青魔烈弾破(ブラム・ブレイザー)!!」

 

至近距離から放った蒼い閃光が、バゼットを貫く。

あたしは急いで距離を置いた。術を受けた左脇腹をおさえ、僅かに気怠そうにしているということは、一応攻撃は通ったということか。

もっとも、衝撃と精神(アストラルサイド)へのダメージを少しだけで抑えてしまってるのが、ちょっとばかし悔しいけど。

……まあ、目的は果たせたし、取り敢えずあたしの出番は終わりね。

気持ちを切り替え後ろに下がると、そこに立っていたのはクロエ。まだ痛々しくはあるけど…。

 

「どうなの?」

「正直まだキツいけど。……まあ、何を狙ってんのか知らないけど、イリヤのサポートくらいなら、ね」

 

バゼットに聞こえないよう、クロエは声量を抑えて答えた。

 

「そっか。なら、後は任せるわ」

 

あたしはクロエの肩を軽く叩きながら、美遊の傍まで下がっていく。

 

「美遊、サファイア、ありがとね」

 

あたしがお礼を言うと、美遊は首を横に振り。

 

「ううん、大したことはしてないよ」

『はい。やはり特殊な存在故か、私との契約は不可能でした。治癒促進(リジェネレーション)の効果はありましたが、それでもあの程度まで回復させるのがやっとという有様です』

「そう…」

 

まあ、これは予想していた事ではある。むしろカレイドステッキの治癒が少しでも効いただけ御の字だろう。

……さて。

 

夢幻召喚解除(アンインストール)

 

あたしは転身を解除する。ハッキリ言おう。もう魔力が心許ないのだ。

知識や技能の問題ではなく、単純に魔力量が発達途上である今のあたしには、魔術礼装開発の後に夢幻召喚して戦う時間は限られている。

だからあたしは時間稼ぎをすることを決め、そのことを、考える素振りをしながら遠話球(テレフォン・オーブ)を通して話し、準備が整ったら一瞬、救援信号を発信するように指示を出しておいたってワケだ。

それに。今のふたり(イリクロ)に、任せてみたくもあった。彼女たちならバゼットに、ひと泡吹かせることが出来るんじゃないか。そう思ったのだ。

クロエがいつもの夫婦剣を投影し、向こう側ではイリヤがルビーを構えている。

次の瞬間、イリヤの物理保護壁が乱れ飛び、それを躱すバゼット。クロエは彼女の動きに合わせ、イリヤが狙いやすいよう誘導と牽制をする。

……そうか、あの魔力の壁を拘束具代わりにしようって事か!

 

「挟撃…、ですか。

ならまずは、その厄介な眼を封じる!!」

 

そう言ってバゼットは拳を地面に叩きつけ、炸弾陣(ディル・ブランド)のごとく土砂を噴き上げた。

……おそらくは、この土煙が治まるまでに、すべてが決するはずだ…!

 

 

 

 

≪third person≫

クロエが二対の夫婦剣を投擲、イリヤは魔力砲を放つ。それをバゼットは、耳を頼りに察知する。

 

(飛来物5!!

水平方向のものは魔力弾。上空4つは…)

 

バゼットを中心に引き合う四振りの剣。

 

「とっておきよ!」

 

クロエはバゼットの背後から斬りかかる。核となる英霊の絶技に転移を織り交ぜた、彼女の得意技。初見での回避は不可能に近い。

故にバゼットは、飛び交う剣を無視してクロエを迎え撃つ。

振り返りながら、クロエめがけ左拳を打ち出し。

 

がぎぃぃん!

 

そこには巨大な斧剣が壁となっていた。

 

(力が、乗らない!? さっきの術の影響か!)

 

リナが放った青魔烈弾破による精神衰弱が技のキレに影響を及ぼす。

 

ざざすっ!

 

深手にこそならないものの、四振りの剣がバゼットを切り裂く。斧剣の投影が解かれると、クロエはすでに遠く離れていた。

 

「本命はこちらですか!!」

 

バゼットは身体をひねり、右の後ろ回し蹴りで魔力弾を弾き、その時初めて、その下を併走するイリヤに気がついた。

蹴りの態勢から戻せないバゼットに近づいたイリヤは、カレイドステッキを彼女のズボンに当て。

 

限定展開(インクルード)!!!」

 

ポケット越しに限定展開を行った。

だが、バゼットも一流の執行者。次の行動は速い。

 

(どのカードを使おうと、発動前に使用者を潰せばいい!!)

 

単純にして明快な答え。イリヤに向けて拳を上から叩きつける。……だが、拳を伝う手応えに違和感を感じるバゼット。そして。

 

「いっっ……たいですね、もーーー!!!』

 

カードが排出され、その姿はイリヤからルビーへと変化す(もど)る。

 

(やられた! これは(アサシン)!!!

本物は---)

 

イリヤは足から滑り込むような体勢で、バゼットの後ろに回り込んでいた。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

ルビーを囮にして、わたしはバゼットさんの後ろに回り込むことに成功した。

ここまで来た。あとはただ、()()に触れれば…!!

 

ズキィン!

 

勢いよく立ち上がったわたしの身体に、とてつもない激痛が奔る。魔術礼装(ルビー)の加護が、無くなったから?

そんな、あと少しなのに!

我慢が出来ない痛みじゃない。一歩を踏み出すことだって可能だ。

……だけど。その一歩が遠い。きっと、わたしが一歩を踏み出すより、バゼットさんが行動を起こす方が早いはずだ。

イヤだ! 諦めたくないッ!! リナが、クロが繋いでくれたこの瞬間を、ムダにしたくないッ!!!

わたしがそう願った、その時。

 

「ディム・ウイン!」

 

わたしの後ろに移動していたリナが魔術の風を発動させて、背中からわたしを強く押し出した。

ああ、やっぱりリナは、わたしの合図に気づいてくれたんだ。

風の後押しで一歩踏み出したわたしは、バゼットさんの首の後ろに手を触れた。途端、バゼットさんを中心に、地面に魔法陣が展開されて魔力がほとばしる。

異常を感じたんだろう、バゼットさんはわたしから距離をとって、そして尋ねた。

 

「何をしたのです」

 

だけどわたしは答えない。ううん、身体が痛くて答える気力が湧かない。だけどバゼットさんはそうとらなかったみたい。

 

「答えないのならッ!」

 

そう言ってわたしに襲いかかってきて。

 

ガギイィィン

 

「これ以上イリヤには、触れさせない!!」

 

割って入った美遊がサファイアで防ぎ、弾き返す。

そして。

 

「「チェックメイト(ですわ)、バゼット」」

 

わたしの左側にはリンさん、右側にはオーギュストさんに支えられたルヴィアさんが立っていた。

 

「よがっだ…、三人(ざんにん)ども生ぎでだ…」

 

感極まったわたしは、涙目になって言った。まともな言葉になってないのも構わない。

 

「そりゃこっちのセリフよ」

 

そう言ってわたしの頭を撫でるリンさんに、とても安心感を感じる。

 

「全くですわ。しかも遠坂凛(トオサカリン)の仕込みに気がつき、(あまつさ)え発動にまで持って行くとは…」

 

ルヴィアさんが褒めてくれるけど、わたしひとりの力じゃきっと無理だった。

クロがバゼットさんの気を引き、リナが時間稼ぎとわたしの後押しをしてくれて、ミユが庇ってくれたから、わたしは今、こうしていられるんだ。

 

「仕込み…。

首筋に何らかの魔術の発動を感知。それ以降、腹部の激痛が止まらない…。

一体、何を…」

 

やっぱり。バゼットさんの首筋に、血で描かれた紋様の正体は…。

 

「[死痛の隷属]

主人(マスター)の受けた痛みを奴隷(スレイブ)にも共有させ、主人が死ねば奴隷も命を落とす。

とある貴族が用いてた、古い旧い呪いよ」

 

クロとおんなじ、痛覚共有だ!

 

 

 

 

≪リナside≫

やっぱり、凛さんの仕掛だったか。首筋に赤いものがチラッと見えたとき、屋敷の中でバゼットの後ろから凛さんが、ガンドの連射をしてたことを思い出させた。

つまり、ガンド(それ)に紛れ込ませて呪術入りの宝石も一緒に飛ばしていたのだ。

そしてイリヤが、痛めた様子のない首の後ろを押さえながらあたしの名前を呼んだことで、彼女もまた凛さんの仕掛に気づいていたのだと判った、というわけだ。

……しかし凛さん、相変わらずハッタリをかましてるなー。

クロエの時にも思ったけど、あの儀式レベルでは死を伝えるほどの強力な呪いたり得ない。……それともそう思い込ませることで、何か有利に運ぶ算段でもあるのか。

そう思ったとき、凛さんの発したセリフでその疑問も氷解した。

 

「……つまりこれで、フラガラックは使えない!!」




今回のサブタイトル
あだち充「タッチ」から

というわけで、見せ場が無くなったのはルヴィアでした。

クロには魔法少女の適性が無いということにさせていただきました。そうすれば、カレイドステッキを使って魔力供給をしない理由にもなるので。

次回「ねらわれるもの」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ねらわれるもの

洋菓子好きな、彼女が出ます。


≪凛side≫

「……つまりこれで、フラガラックは使えない!!」

 

私の言葉を聞き、バゼットが歯がみをしながら睨んできた。それを受け止めつつ、更に説明を続ける。

 

「フラガラックは相手の切り札より後に発動し、時間を遡って相手の心臓を貫く。

『切り札発動前に使用者は死んでいる』という事実を後付けでつくり、発動の事象そのものをキャンセルする魔剣…。

だけどもし、相手の死と同時にバゼットも死ぬとしたら?

『フラガラックを撃つことにより、フラガラックを撃つ前にバゼットが死ぬ』という矛盾…!! 因果の葛藤(コンフリクト)が発生する!!」

 

……って、何かしら。みんなの反応が微妙な気がするのは。

 

「それって、イリヤのフラガラック破りと似たようなもんじゃない」

「は?」

「それは、どういうことですの!?」

 

クロの発言は、私たちにとってはまさに青天の霹靂だった。そしてその説明はリナが担う。

 

「美遊が宝具をぶっ放してバゼットがフラガラックを使ったんだけど、イリヤがフラガラックに対してゲイボルクの投擲使用したのよ。

で、どちらも命中するって因果のせいで葛藤(コンフリクト)が発生、お互いを押し返して、ついでに美遊の宝具も無効化されたってワケ」

 

何よ、そのふざけた破り方。いや、私のも言えたもんじゃないけど。

 

「……まあ、因果逆転故の矛盾を逆手にとったという意味では、確かに似てますわね」

 

確かにルヴィアが言うとおりだけど。なんだか私が真似したみたいになってるんですけど。先に仕掛けたのは私なんですけど。

 

「あー…、えーと、とにかくそういう事! 術は以前採取したイリヤの血を使って、念のために宝石に込めておいたのよ」

 

何だか締まらなくなったけど、言いたいことは言ってやったわ!

……何、何なのよ。リナのあの、冷ややかな視線は!? まるで全てを見通すかのような…。

……ハッ!? そういえば彼女の前世は、130まで生きた異世界の魔道士。それじゃもしかして、「死を伝える」っていうのがブラフだって気がついてた? しかもおそらく、クロに使ったときから?

うっわ! ハズカシー!! 顔が上気してくるっ!!!

思わず、頭を抱えてうつ伏せに倒れ込みたくなる衝動を、なんとか踏み止まる。

……まあ、リナも駆け引きに長けてるようで、ここで余計なことを言う気は無いみたいだし、他のみんなも、私が跋の悪い思いをしてるだけだと解釈してるみたいで、助かってはいるが。

兎にも角にも私の羞恥は置いといて、今はこれで押し通してバゼットとの交渉に持ち込めれば…。

 

「50点ですね」

 

え…!?

 

「確かにこれで、フラガは封じられたのかもしれません。……ですが、それだけです。そんなもの、死なない程度に殴ればいい。その気になれば、自分の痛覚など無視できる」

 

何、この脳筋女は!

くっ、仕方が無い。出来れば使いたくなかったけど、最後の切り札よっ!

 

「そう。なら加点をお願いするわ!」

 

そう言って私は、大きな羊皮紙を広げてバゼットに突きつける。

 

「……それは?」

「この町の地脈図。

以前、地脈の正常化を行ってね。その経過観察のため撮った、レントゲン写真みたいなものよ。

……わかるかしら? 左下の方」

 

言われて視線を移したバゼットの表情が険しくなる。

 

「地脈の収縮点に、正方形の場…? まさか…」

「前任者ならわかるわよね。

正確には正方形ではなく立方体。虚数域からの魔力吸収…。

そう。八枚目の、リナのも入れれば十一枚目のカードよ!」

 

みんなが驚愕の表情に変わった。

 

「地脈の本幹のど真ん中。協会も探知できなかったんでしょうね。

カードの正確な場所を知っているのは私だけ。地脈を探ることが出来るのも、冬木の管理者である遠坂の者だけよ」

 

私は地脈図を折りたたみ、決めの一手を打つ。

 

「貴女の任務が『全カードの回収』だとするのなら。

コレも数に入ってるんじゃない?」

 

 

≪リナside≫

結局はそれが決定打となった。バゼット…、いや、バゼットさんは現場判断を超えた事態と判断して一時休戦、協会の指示を仰ぐそうだ。

奪われたクラスカードは、凛さんとルヴィアさんが交渉をして[キャスター][アサシン][バーサーカー]の三枚を返してもらった。

凛さんは「バゼット相手にこの結果なら充分勝ち」って言ってたが、イリヤは悔しそうにしている。かくいうあたしも悔しくはあるが、凛さんの言うことも充分に理解できた。

……だけど、気になったこともある。それは美遊が呟いた言葉。

 

「八枚目のカード…? そんなもの、あるはずがない」

 

彼女が何を思って呟いたのかは判らない。クラスカードの関係者らしいので、何かしら確証があっての言葉なんだろうけど。

……待てよ? 確か聖杯戦争に呼び出される英霊は、七騎だったはず。それ故に八枚目はあり得ない?

でも、あたしのカードの事もあるし、そもそもこのシステムを知っているのなら、美遊は聖杯戦争の関係者って事に…。

あー止め止め! 推測の域を出ないことをいくら考えたって仕様がないし、美遊に尋ねたところで答えてくんないだろう。

いざとなれば無理矢理にでも聞き出すけど、今はまだ、美遊の意思を尊重してあげたいし、ね。

 

 

 

 

 

ようやく落ち着いたあたしたちは、それぞれの家路についた。

……とはいってもルヴィアさんと美遊はここが家だし、凛さんは実家に帰るのかは知らないけど、事後処理でここに残るはずだ。イリヤとクロエは向かいの家なので、まともに家路と言えるのはあたしくらいなのだが。

 

「あっ、そういえば帰りが遅くなったみたいだけど、今回は大丈夫なの?」

 

イリヤが自宅のドアの前で振り返り、尋ねてきた。

 

「心配してくれてありがと。でも今回はメール入れたから大丈夫よ」

 

実は地下通路を移動中にメールを飛ばしたのだ。魔術師ではないオーギュストさんが、もしもの時のために携帯を使えるようにしておいたみたいだ。グッジョブ、オーギュストさん!

 

「じゃあね。イリヤ、クロエ」

「うん、じゃあね」

「リナ、気をつけてねー」

 

別れの挨拶を交わしたあたしは、ひとり歩き出した。

歩き出してから数分、小さな十字路を右に折れようとした、その時。

 

ぞわり

 

全身を泡立つような悪寒が奔る。……これは、殺気!?

慌てて気配を感じた方へと視線を移す。その方角には、1㎞ほど先に集合住宅がある。

まさか、そんな遠くから…? 確かに視覚で捉えるだけなら、高性能のスコープでもあれば数㎞先からだって観察することは可能だろう。

しかしまさか、そんな遠くから殺気を感じさせることが出来るなんて…。しかもこれ、ワザと放った殺気だ。

考えてもみてほしい。1㎞ほど離れたところからあたしに届くような殺気を放った人物が、果たして並の存在だろうか。答えは否である。

だが同時に、そんな人物があたしに気取られるような真似をするのか。これもまた否である。

なら考えられることは、あたしの観察。そして、あたしのことを試したのだろう。その証拠に、あたしがその方角を見てすぐに、あれほどの殺気がすうっと退いていったのだから。

---いったい、何だったんだろうか。

その疑問に答える者は、この場にはいなかった。

 

 

 

 

 

翌日。イリヤから、ルヴィアさんの所へ陣中見舞いに行くけど一緒に行かないか、と誘いがあった。

とりあえず陣中見舞いに対してツッコミを入れつつ、一緒に行くと返事をして、一旦衛宮家へ行くこととなった。

 

「お待たせー」

「あっ、リナ!」

「遅いわよー」

 

すでに扉の前で待っていたイリクロと挨拶を交わす。

そしてイリヤは扉を開けると。

 

「ママー、セラー、リナが来たよー」

「判ったわー」

「今行きます」

 

奥へと呼びかけ、アイリさんとセラさんが返事を返した。

そっかー、ふたりも行くのかー。んんみゅ、セラさんはいいとして、アイリさんは大丈夫なのだろうか。なんか変なこと(のたま)いそうで怖いんだけど。

 

 

 

 

 

「本当にぺしゃんこになっちゃったのねー。

あはははははは…」

「お、奥様! 笑うところではありません!」

 

うん。やっぱり空気を読むの「く」の字も無かったわ。

エーデルフェルト邸へとやって来て、アイリさんが一番最初に発したのが今のセリフである。

 

「何でも、ボイラーの爆発事故があったとか…」

 

気を取り直したセラさんが、そう言ってお見舞いの品を差し出し、美遊が受け取った。

なるほど。そういう設定で落ち着いたのか。

 

「ルヴィアさん、怪我はもう大丈夫なの?」

「おかげさまで、と言うべきかしら。

稲葉リナ(イナバリナ)の応急手当の甲斐あって、もうなんともありませんわ」

 

小声で尋ねるイリヤに答えるルヴィアさん。

おう、それこそ治癒(リカバリィ)をかけた甲斐があったってもんよ。

 

「今はあのマッシブ女にどう恩を返すか、考えるのが楽しくて楽しくて。

とりあえず屋敷の損害分を協会に請求しつつ、回り回ってヤツの負債になるよう、ネゴと根回しを…」

 

……意趣返しも程々にしとこうね、ルヴィアさん。いや、あたしも昔、よくやってたけど。

 

「そういや昨日、ミユたちはどこに泊まったの?」

「新都の方にホテルを借りてて…。しばらくはそこで寝泊まりするつもり」

 

クロエの疑問に答える美遊。さすがお金持ち、と思ったらルヴィアさんが、ホテルを一棟貸し切ろうとして断られたので株を買い占めるなどと曰っている。

何だかルヴィアさん、段々ダメな金持ちになってるような。いや、もしかしてこっちの方が本来の姿なのか?

 

「わざわざホテルなんてとらなくても、みんなウチに泊まればいいのにねぇ」

「「「「えっ!?」」」」

 

アイリさんの爆弾発言にあたしとイリヤ、セラさん、凛さんが思わず聞き返す。

いや、凛さんとルヴィアさんなんか家に泊めたら、士郎さんの貞操が危険じゃない! ……とか思ったら、凛さんは。

 

「どうぞお気遣いなく。私は実家が別にあるので大丈夫です。

ルヴィアもホテルの方が気を遣わないでしょうし…」

 

ごめん、凛さん。そうだよね。少なくとも凛さんは、こういう気遣いが出来る人だったわね。ルヴィアさんだってさすがに…。

ん? ルヴィアさん?

 

「いけません。まだ早すぎます、お義母(かあ)様!!」

 

何が!?

 

「というか、順番が逆でしてよ、お義母様ッ!!」

 

何の順番よ、何の!!?

 

「でも、本人たちの同意の上であるならば、多少本来の手順と異なっても、それは…」

「いーかげん黙りやがれ、この発情牛乳女がーーーッ!!」

 

すっぱあぁぁぁん!

 

スリッパで頭を叩く乾いた音が、敷地内に響き渡った。

くうぅ、忘れてたわ。ルヴィアさんって方向性は違うけど、アイツみたいに面倒くさい性格してるんだった。

 

---追記。美遊は一日だけ、衛宮家にお泊まりすることになりました。

 

 

 

 

 

はあぁ、疲れた。

帰り道、あたしは小さくため息を吐いた。結局あの後、あたしは凛さんと一緒に、ルヴィアさんのツッコミ要員となってしまったのだ。イリヤたちは一歩退いて、そんなあたしたちを見てたけど。

おいコラ、イリヤ! アンタはこちら寄りのキャラでしょーが! 何、ここぞとばかりに傍観決め込んでんのよ!

……なんて思いながら、暴走状態のルヴィアさんを諫めていた。これで疲れないわけがないだろう。

 

「……で? いーかげん出てきたらどうなの?」

 

昨日と同じ十字路で立ち止まり、あたしは声をかける。すると集合住宅の方へと続く道のひとつ先の角から、年齢不詳の綺麗な女性が現れた。

 

「……アンタは?」

「久宇舞弥、といいます」

「変わった名前ね。因みにどういう字を書くのかしら?」

 

あたしはおどけて尋ねてみた。すると。

 

「久しいに宇宙の宇、踊りの舞に弓偏にさんずいではない(なんじ)です」

 

うわっ、マジで答えたよ。半分以上冗談のつもりだったのに。しかもこの雰囲気からすると、聞かれたから答えただけって感じなのよね。

 

「それじゃあ舞弥さん、何の用かしら? あたし、貴女から殺気を向けられるような覚え、ないんだけど」

 

そう。それまであたしをつけてきた彼女は、あたしが十字路にさしかかったときに強烈な殺気を飛ばしてきたのだ。

 

「失礼ですが、貴女を試させていただきました。稲葉リナさん」

「なるほど。つまり…」

 

あたしは小さく呟いて。

 

烈閃槍(エルメキア・ランス)!」

 

ぼひゅっ!

 

烈閃槍を放った後方には、小さなカメラを取り付けられたネズミが一匹、気を失っていた。

 

この子(ネズミ)を使って、あたしの様子を伺ってたんでしょ?」

「気づいていましたか」

「そりゃあ、昨日のあの殺気を受けたら、少しは周りを気にかけるわよ」

 

平和な日本とはいえ、バゼットさんとあんな戦いを繰り広げたあとだ。その時の緊張が続いていたのも大きいだろう。

 

「それで、どうしてそんなことを? 多分、昨日のアレをやった人が関係してるんだろうけど」

「はい。

……彼は驚いていました。平穏な日常を過ごすローティーンの少女が、殺気に反応するだけでなく、その出所にまで当たりをつけていた、と」

 

そりゃあ前世では、切った張ったも数え切れないほど潜り抜けてきたからね。

 

「その上で再度の確認と、それをクリアしたなら…」

 

そこまで言って彼女は、ジャケットのポケットから一通の封筒を取り出し。

 

「この手紙を貴女へ届けるようにと、指示を受けました」

 

指示、ね。

 

「読み終えたら、手紙は…」

「燃やしちゃうんでしょ? ま、情報を洩らさないための常套手段ね」

 

言いながらあたしは、手紙を受け取る。

 

「では、私はこれで失礼します」

「あ、ちょっと…」

 

踵を返し、立ち去ろうとする舞弥さんを呼び止める。

 

「なんですか?」

「あ…、ごめん、何でもない」

 

振り返った舞弥さんを見て、ふと気づいてしまった。彼女に感じていた違和感の、その正体。それは、人間性が感じられないこと。

自我が希薄で、まるでスィーフィード世界のホムンクルス、主にコピーと称されていた、こちらでいうクローン人間によく似たそれのようなのだ。

彼女に何があって、そうなってしまったのかは判らない。ただ、それを聞くのは失礼なことだと思ったのだ。彼女自身は、そんなことは思わないのかもしれないが。

去って行く舞弥さんを見送った後、複雑な感情を胸に残しつつ、あたしは再び家路へとつくのだった。




今回のサブタイトル
PCゲーム「うたわれるもの」から

舞弥さん登場です。当然、彼女が渡した手紙の送り主はあの人です。
というわけで。

次回「魔術師殺し」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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魔術師殺し

プリズマ☆イリヤ、新作映画制作決定!


≪リナside≫

日曜日。あたしはイリヤたちとの買い物、……海で着るための水着選びを断り、ひとり、ある場所へと向かっていた。それはあの女性、久宇舞弥さんに渡された手紙に記されていた場所。

手紙には具体的な場所は伏せつつ、ただ住所と、そこで会って話がしたいという旨が書かれていた。もちろんひとりで来るように、という指示があり、且つ、あたしの両親についての詳細まで書かれていたのだ。

相手はあたしの周辺についても、しっかりとリサーチ済み。コレでは、言われたとおりにするっきゃない。

とーぜん、それなりの準備はしている。クラスカードはもちろんのこと、魔術礼装の黒鍵(改造済み)に遠話球(テレフォン・オーブ)、魔法を込めた硝子玉、影縛り(シャドウ・スナップ)等に使うための小刀、そして身を守るための宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)も持ってきた。

大袈裟と言うなかれ。この世界にもバケモノ級の人間がいるのは、先日のバゼットさんとの闘いが証明している。しかもあたしの見立てでは彼女、アレでまだ手加減していた。

だからこそ、油断するわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

頭の中に叩き込んだ住所の場所までやって来て、思わずあたしは、あんぐりと口を開けてしまった。

だってそこは、どう見ても武家屋敷である。なんでまた、こんなとこに…。

あと、すぐ近くに[藤村組]と書かれた屋敷もあったけど、……まさか、ね?

とりあえず、気を取り直してあたしは、その屋敷の門を潜り抜ける。すると。

 

カラカラカラ…

 

呼子(よぶこ)が鳴る音が屋敷に響いた。けれどあたしは、何かに触れたり引っかかったりなど、一切していない。おそらくは、侵入者を知らせる結界が作動した、ということなんだろう。

あたしが扉の前に立つと、何かするまでもなく。

 

ガラガラ…

 

引き戸は開かれ、舞弥さんが出迎えた。

 

「お待ちしてました。どうぞこちらへ」

 

あたしは言われるまま、彼女の後をついて行く。

……しかし、家の中に通されるとは思わなかった。てっきり、人気のない公園とか、そんな場所で会うことになるとばかり思ってたんだけど。

ううみゅ…。これだと、いざという時に逃げるのに困る。特に、玄関で靴を脱がなくてはならないのが痛い。相手も、そこら辺を考えてのこのチョイスなんだろう。なかなか厄介な…。

庭に面した廊下を通り、一枚の障子の前で舞弥さんが立ち止まる。

 

「どうぞ」

 

促されたあたしは、一度だけゆっくりと深呼吸をしたあと、意を決して障子を開けた。

そしてあたしは、またもや開いた口が塞がらなくなった。

そこにいたのは、ボサボサの黒髪に無精ひげを生やし、煙草を燻らせる、黒いスーツ姿の男性。その男性(ひと)は、あたしがよく知る人で。

 

「やあ、リナちゃん。久し振りだね」

「…………き、切嗣(きりつぐ)、さん?」

 

衛宮切嗣。イリヤのお父さんだった。

 

ばちいぃん!

 

数秒ののち、あたしは両手で挟み込むように、自分の頬を思いっきり引っぱたいた。うん、痛ひ。

けれどそれで、意識の切り替えはできた。ハッキリ言って、さっきからの予想外の出来事に、飲まれかけてたのだ。

それに、そこにいたのは切嗣さんだけではなかった。切嗣さんのさらに後ろ。立ったまま、同じように煙草、但し葉巻を燻らせる、長い黒髪で眉間に皺を寄せた男の人がいる。少なくとも、人種的な意味での日本人ではなさそうだが。

ともかく、あたしはまず切嗣さんに挨拶を返すことにした。

 

「お久しぶりです、切嗣さん」

 

そう言ってお辞儀をすると、感心するように切嗣さんはうなずく。

 

「なかなか、気持ちの切り替えが早いね」

 

そりゃそーだ。気持ちの切り替えが上手く出来なきゃ、スィーフィード(あの)世界で、130まで生きることは出来なかっただろう。……それに。

 

「切嗣さんは、そういうのの確認がしたかったんでしょ?」

 

あたしがおどけて言うと、切嗣さんは軽く笑みを浮かべ。

 

「どうやら、全てお見通しみたいだね」

 

なんて言った。とはいえ、もちろん全てではないし、切嗣さん相手に見栄を張る気もない。

 

「それは買いかぶりです。ただ、アイリさんからあたしのことを聞いて、あたしのことを試してるんだろうなーって事くらいですよ」

 

そう。おそらく切嗣さんは…。

 

「……その通りだよ。異世界の魔道士、リナ=インバースくん」

 

やっぱり。衛宮家のみんなは、士郎さんを除いてこのことを知ってるはずだから、こういうことが起きたっておかしくはないのだ。

切嗣さんにそこら辺のことをもう少し聞きたい、けどその前に。

 

「……あの」

 

あたしはもう一人の男性に声をかける。

 

「間違ってたらすみませんが、もしかして、ロード=エルメロイⅡ世ですか?」

 

今まで表情を崩さなかった彼の眉が、ピクリと動く。

 

「何故、そう思ったのかね?」

「切嗣さんがあたしの前世のことを言ったのに、あなたはなんのリアクションもとらなかった。かと言って、切嗣さんと同じ席には座らず、その背中を睨み続けているってことは、舞弥さんとは違って仲間ってわけでもない。

なら。あとは宝石翁か、代理人であるロードの可能性が高い。でもあなたは、(おきな)と呼ばれるような歳には見えないわ。だからあなたは…」

「なるほど。見事な洞察と推察だ。だが、魔術で若い姿を保っている可能性もあるのではないかね?」

 

ふぅん。まるで講師みたいね。いや、魔術協会が魔道士協会みたいに講義を行ってるなら、教鞭をとる講師がいるのも普通か。

とりあえずはその疑問に答えるとしよう。

 

「ええ、その可能性も充分に考えられるわね。

けれど人間というのは、見た目の姿に影響を受けてしまうわ。例えそれが、根源を目指す魔術師であろうとも。

ならば、あなたがキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグだとしたとき、宝石翁という二つ名が魔術師の間で定着するとは考えにくいと言える。もちろん、言う人は言うでしょうけど、どちらかと言えば少数派でしょうね」

 

そこまで推論を重ね、最後にこう締め括る。

 

「そもそもあなた、ルビーみたいな、はためーわくな性格してないし」

 

あたしの解答に意表を突かれたのか、彼は毒気を抜かれたような表情になり、やがてククク…、と笑いを噛み殺す。

 

「まさか、そのような解があるとは思わなかった。

ああ、確かに私には、あの性格を真似することは出来まい」

 

どうやら、あたしの回答は気に入っていただけたようだ。

 

「そうだ。私はロード=エルメロイⅡ世。時計塔の現代魔術科講師でもある」

 

講師っていうあたしの予想も当たってたわね。

 

「ウェイバーくんも、リナちゃんの事は気に入ったみたいだね」

 

切嗣さんが声をかけると、ロードはきつい表情になった。ただ、同時に戸惑いの気配も滲ませている。

 

「貴様も随分と丸くなったものだな、魔術師殺し」

 

ロードは皮肉を込めて言った。……魔術師殺し?

 

「君も、別の意味で[魔術師殺し]だろう?

まあいい。それよりも、リナちゃんへの説明が必要なんじゃないかな?」

「……そうだな。それで君は、何故ここに呼ばれたかはわかっているのかね?」

 

そうあたしに尋ねるロード。

ふむ。当然さっき答えた、「あたしを試すため」以外の回答を求めてるのよね。

そうね。まず切嗣さんは、ロードの事を「ウェイバー」と呼んでいる。彼がⅡ世を名乗るからには、その名を継ぐ前の本当の名前があるはず。そして「ウェイバー」が本当の名前なら、それを知ってる切嗣さんとは、軋轢があろうとも旧知の仲、ということ。

……ここからは憶測になるが、ふたりに共通したもの、それは…。

 

「アイリさんと約束してた、聖杯戦争の話、かしら?」

「正解だ」

 

やっぱり、か。

第四次聖杯戦争。アイリさんは未然に終わったって言ってたけど、それってあくまで、始まらなかったって意味でしかない。つまり、準備段階までは移行していた可能性もあるわけで。

 

「切嗣さん。ロード。おふたりは聖杯戦争の参加者だった…、ううん、参加者になるはずだったって事でいいんですか?」

 

あたしの問いに、ふたりはしばし沈黙し、ロードが切嗣さんに目配せをする。その視線には非難の色も含まれているが、それ以上に、切嗣さんに委ねる意味合いが強いように思えた。

切嗣さんがひとつ、ため息を吐く。

 

「……ああ、その認識で間違いないよ。

リナちゃんはアイリから、何処まで聞いているんだい?」

 

切嗣さんの問いに、あたしは少しだけ考え。

 

「……第四次聖杯戦争は未然に終わったって事。大聖杯と小聖杯のシステム。御三家の事。あとは七騎の英霊を召喚して戦わせる、って事かな?」

「……ということは、イリヤの事も」

「ええ。直接聞いたわけじゃないけど、アイリさんの事もね」

 

ふたりは、大聖杯に英霊の魂をくべるための器、小聖杯。それを考えると、未だに胸クソが悪くなる。

凛さんとルヴィアさんが、魔術師の中では如何に良識派なのかがわかる事例だ。

 

「そうか…。

そういえばイリヤが関わってる事件、エーデルフェルトも関係しているんだね?」

「え? エーデルフェルト、ルヴィアさんがどうかしたの?」

 

切嗣さんが魔術の世界に関わりがあるのなら、エーデルフェルト家を知っててもおかしくはない。ただ、わざわざここで名前を挙げる理由だってないはずなのだ。

 

「僕たちとは直接関わりはないんだけどね。エーデルフェルトは、第三次聖杯戦争の参加者なんだ」

 

な、エーデルフェルト家も聖杯戦争の関係者なの!? ……まさか!?

あたしがロードを見ると、彼は小さく首を横に振り言った。

 

「……あのふたりをクラスカードの回収に向かわせたのも全て、宝石翁の差し金だ。宝石翁にどのような思惑があるのか、あるいはただの偶然か…。私は関知してはいない」

 

どうやらロードも、宝石翁に深く関わりたくはないみたいだ。直接知ってるワケじゃないけど、聞いた話とルビーの性格を考えると、あたしだって関わるのはご遠慮願いたい。

 

「すまない、話が逸れてしまったね。それでリナちゃんが聞きたいことは何かな?」

「……第四次聖杯戦争で何があったのか。封印されてた方のイリヤ…、クロエを救うためなのはわかるんだけど、その結末についてはわからない。イリヤ、そしてクロエが、今をいられる理由を知りたいの。あたしはふたりの友達だから。

……それに、聖杯戦争にこそ、今、あたし達が巻き込まれてる事件を解決するヒントがある。あたしはそんな気がするのよ」

 

あたしは、切嗣さんの目を見つめ訴える。

 

「何故、そう思ったのかね?」

 

ロードは、何かを見定めるかのようにあたしを見る。

 

「……宝石翁に指示されて回収したクラスカード。あたしの物を除いて枚数は七枚。まあ、八枚目が見つかったみたいだけど、今はそれを置いといて。これって、召喚されるサーヴァントの数と同じよね?

そしてその内訳は、[セイバー][ランサー][アーチャー][ライダー][キャスター][アサシン][バーサーカー]の七騎。これっておそらく…」

「……ああ、聖杯戦争に召喚された英霊に振り分けられる、基本のクラスだ。英霊はクラスの型に嵌め、他の能力を削ぎ落とすことで、ようやく我々が召喚することが出来る様になる」

 

やっぱり、か。黒化していたとはいえ、ランサーで顕界していたアメリアの戦闘が制限されていたときに、なんとなく思ってはいたのだ。だけど、これでより、確信に変わったわ。

 

「ロードの説明のとおりなら、クラスカードはおそらく、()()聖杯戦争に使用されたアイテムよ!」

「「!!」」

 

ふたりは驚きの表情を浮かべた。

 

「亜種、聖杯戦争か…」

「亜種聖杯戦争?」

 

あたしが疑問を口にすると、切嗣さんがそれに答えてくれる。

 

「亜種聖杯戦争は、冬木の聖杯戦争を模倣したものだよ。カードを使用したものは聞いたことがないけど、確かにその可能性は否定できないな」

「それが事実ならば、リナ嬢の言うとおり冬木の聖杯戦争に、解決のためのヒントが存在するかも知れん」

 

ロードの見解に、切嗣さんは軽く頷いて。

 

「わかった、話してあげるよ。十年前の、未然に終わった『第四次聖杯戦争』の事を」

 

あたしに向かって、そう口にした。




今回のサブタイトル
衛宮切嗣の裏世界での呼び名から

というわけで、久々の更新です。何だか話がまとまらなくて、しばらく放置してました(またかい!)。
次回もまた、更新が遅れると思いますが、見捨てず待っていて下さい。

次回「Fate/ZERO -Kaleidoscope-」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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Fate/ZERO -Kaleidoscope-

大変長らくお待たせ致しました。久々の本編(過去編ですが)再開です。


≪リナside≫

切嗣さんの話によると、彼はここ、冬木で開かれるはずだった第四次聖杯戦争のためにイリヤの実家、アインツベルン家に雇われた傭兵だったそうだ。切嗣さんは[魔術師殺し]と呼ばれ裏の世界では有名だったため、アインツベルンが目をつけたらしい。

だがここで、イレギュラーが起こる。切嗣さんと、アインツベルンの聖杯でもあるアイリさんが、恋に落ちたのだ。そしてイリヤが産まれたわけだ。うん、あたしの大人な部分が、そこんとこ詳しく聞きたがってるけど、話の腰を折ってしまうので、ここはぐっと我慢する。

ともかくイリヤが産まれたことで、ふたりに迷いが生じた。何故なら、このまま聖杯戦争を行えば少なからず、アイリさんは聖杯と成って家族の許には戻れない。最悪、切嗣さんだって命を落とすかも知れない。そうしたらイリヤはひとり、アインツベルン家に残されることになるのだ。

そんな思いを抱えつつも、聖杯戦争の準備は着々と進んでいく。

 

そしてある日、とんでもない記録を目にすることになる。それは第三次聖杯戦争についてのもの。アインツベルンはこの聖杯戦争において、神を召喚するという無茶な行為に出る。[復讐者(アヴェンジャー)]というクラスで召喚されたそれは、[この世全ての悪たれ]という概念(のろい)を押し付けられた[アンリ・マユ]の紛いものの、人間の霊だった。

当然その様な者が勝ち残れるはずもなく、三日目にして敗れるのだが、彼を取り込んだ聖杯が彼が受けていた呪いを叶え、聖杯は穢れてしまったそうだ。

 

これを知った切嗣さんを失意が襲う。それは、切嗣さんの願いが叶わないことを意味していたから。

その様なことは関係なく時間は進み、アインツベルンはサーヴァント(英霊)を呼ぶための聖遺物を用意した。アーサー王の剣エクスカリバーの、その鞘だ。あとは召喚をするだけ。だけど召喚を済ませたら、もう後戻りは出来ない。

そんなおり、アイリさんは言った。アインツベルンを捨てよう、聖杯戦争は諦めよう、と。

切嗣さんはその提案を呑んだ。既に夢は断たれている。それならイリヤのために生きよう。切嗣さんはそう決断した。

 

アインツベルンからの逃亡の際、産まれてから八ヶ月間のイリヤの記憶を消し、聖剣の鞘と第三次聖杯戦争を記した記録を奪い、ふたりに賛同してくれたセラさんとリズさんを連れて日本へ向かう。拠点となったのは、今あたし達がいる武家屋敷で、手配したのは舞弥さんだ。

切嗣さんたちが冬木に来た理由は、聖杯戦争を止めるため。切嗣さんは聖杯戦争について洗い直していく。そして聖杯戦争の監視役である聖堂教会と遠坂の繋がり、遠坂と間桐の繋がりを知る。

 

切嗣さんはまず間桐のひとり、ワカメ…もとい、慎二さんの伯父、雁夜さんと連絡を取った。雁夜さんは遠坂から養子に出された桜ねーちゃんが酷いこと…、以前聞いた虐待と言っていい教育ってやつだと思うけど、それをされてる事に憤りを感じてたそうだ。

雁夜さんは切嗣さんに協力するにあたり、条件を出した。それは全ての元凶、間桐臓硯を倒すこと。これは、聖杯戦争を止めようとしている切嗣さん達にとっても、利がある事。切嗣さんはその条件を呑むことにした。

 

次に接触したのが凛さんのお父さん、遠坂時臣さん。時臣さんは最初、聖杯戦争を止めようとする切嗣さん達に腹を立てていた様だけど、聖杯が汚染されていることを資料付きで説明したら、とてもショックを受けてたみたい。切嗣さん曰く、おそらく自分もあんな表情をしてたんだろうということだ。

更に桜ねーちゃんの事と雁夜さんの事を話して、ようやく切嗣さん達に力を貸してくれることになったそうだ。

 

切嗣さんは雁夜さんに連絡をとって桜ねーちゃんとワ…慎二さんを確保、時臣さんが臓硯と対峙、外へと誘き出し、切嗣さんが特殊な弾丸で狙撃し倒した。

桜ねーちゃんと慎二さんは、雁夜さんが引き取ることで話がついたそうだ。

 

聖杯戦争が始まるのよりだいぶ前から来ていたためか、その後はしばらくの間、その他の魔術師達に動きは無かったらしい。とはいえもちろん、切嗣さんは監視の手を緩めたりはしなかった。

その間にも時臣さん、雁夜さんと相談をし、一体だけサーヴァントを召喚することになった。切嗣さんの聖遺物でアーサー王を呼ぶか、時臣さんの聖遺物でギルガメッシュ王を呼ぶかで悩んだものの、気難しそうなギルガメッシュ王よりアーサー王を呼ぶことになった。召喚されたアーサー王は、聖杯の真実を聞き激しく落胆したが、切嗣さん達の意志には賛同してくれたそうだ。

そしてある日、舞弥さんが一人の男に目を着ける。男の名前は雨生龍之介。一見ただのチャラ男だが、その正体は当時冬木で多発していた猟奇殺人事件の犯人だった。

最初はたまたま接触しただけだったようだが、偶然視界に入った彼の手の甲に、令呪の兆しが浮かびあがっていたそうだ。

---令呪。それは召喚した英霊をサーヴァントとして使役するための、三画の聖痕(絶対命令権)。それが浮かびあがっていたということは、聖杯に選ばれたマスターだということ。

本来ならば、彼は即座に処分されていたに違いない。しかし状況は、予断を許さなくしてしまう。倫敦から時計塔のロード、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがやって来たのだ。

ここで切嗣さんの陣営はミスを犯す。それは先代のエルメロイ、ケイネスへの警戒を高めたために、雨生龍之介から目を離してしまったこと。その僅かな隙に、彼はとある一家を惨殺してしまう。

それに気づいた切嗣さんが駆けつけたとき、雨生龍之介はあやふやな詠唱でサーヴァントを召喚してしまう。切嗣さんは雨生龍之介を仕留め、アーサー王が召喚直後で反応の遅れた、キャスターと思われるサーヴァントを斬り捨てた。最初の脱落したサーヴァントである。

唯一生き残った男の子から事件の記憶を消し去り、その場から立ち去ったそうだ。

 

しかし、聖杯戦争への流れは止まらない。聖堂教会の言峰綺礼という男はアサシン、ケイネスはランサーを、そして現在のロード・エルメロイⅡ世、ウェイバーさんはライダーを呼び出した。

 

ランサーを誘い出し、ランサー…、ディルムッドと戦っていたアーサー王だったけど、そこにライダーが割って入る。

ライダーの正体は征服王イスカンダル。彼はアーサー王とディルムッドを配下として勧誘したらしい。それはさすがにどうだろうと思うけど、その性格がある意味功を奏する。

イスカンダル、そしてウェイバーさんにも聖杯の説明をすると、条件付きで切嗣さん達に力を貸してくれることになったのだ。その条件は、最後の二騎となった時、アーサー王と闘うこと。

彼の本来の願いは受肉して、再び世界制覇を目指すことだったが、それが叶わぬのなら、と提案したらしい。もちろんどちらが勝とうと、聖杯は処分するという前提だ。切嗣さんは自己強制証明(セルフギアススクロール)も用い、互いの共闘関係を結んだ。

 

その後、ケイネスとも接触したものの、彼は戦いをやめる気はなかった。彼は魔術師としての箔をつけるために参加しており、むしろ聖杯戦争を止めようとしている切嗣さんを激しく罵ったそうだ。

交渉の決裂を見て、切嗣さんはケイネスと戦うことを決意した。そしてそれはケイネス側も同様で、不完全とはいえこの戦いを征することで、自らの威を示そうという意図があったのかも知れない。

 

冬木大橋の梺、未遠川縁での戦闘。

ウェイバーがケイネスに問い質す。なぜ危険な聖杯をそのままにするのか。

ケイネスは答える。魔術師とは目的のために、如何なる犠牲も厭わないものだと。

そして続けて言う。『もし聖杯戦争を止めたいのなら、私を止めて見せよ。されども己が実力を見誤るなかれ。ウェイバー・ベルベットよ、三流には三流の役割があると心せよ!』と。ケイネスは典型的な魔術師であると同時に、優れた指導者であったようだ。……性格は難があったみたいだけど。

 

アーサー王とディルムッドの激しい戦い。イスカンダルは裁定者の如く、傍観に徹する。と、突如のアサシンの襲来。百にも及ぶアサシン達。もしかするとイリヤたちが遭遇したのと同じか? そんなアサシンに包囲される。

苦虫を噛みつぶしたような顔をするケイネス。どうやら、同盟を結んでいた言峰綺礼の独断だったらしい。

しかしここでイスカンダルが動く。イスカンダルは魔術の最奥、[固有結界]を発動し、アサシン達を引き連れウェイバーさんと共に結界に消えていった。

 

戦いはアーサー王が優勢に傾く。[必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)]で傷付けられながらも、[破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)]を弾き飛ばし胴を薙ぐ。致命傷にはならなかったものの、かなり深手の傷を与えることができた。[必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)]の呪いで受けた傷は癒えないものの、槍を破壊するかディルムッドを倒せば呪いは消えるので問題はないはず、だった。

だがここで、ケイネスが令呪を二画使用し願う。『我がサーヴァントの傷を癒し、狂化を与えよ!』と。

狂化によるブーストを受け、優劣が逆転、アーサー王が防戦一方となる。切嗣さんも令呪を使おうとした、その時。突然現れたアサシンが背後から切嗣さんに襲いかかった。どうやらこのために一体残していたらしい。

不意を突かれ反応が遅れる切嗣さん。それを救ったのは、間に割って入った時臣さんだ。

けれど、その代償は大きく。時臣さんが受けたそれは、致命傷だった。

なおも攻撃を仕掛けようとし、しかし突然撤退するアサシン。次の瞬間にはイスカンダルとウェイバーさんが、固有結界から帰還した。

深手を負い、もう助からないと自覚した時臣さんは切嗣さんに、凛さんと桜ねーちゃんの未来を託して息を引き取る。戦いの姿勢を崩さず、振り返りすらしなかった切嗣さんだったが、小さく頷いた。

そんな切嗣さんが、不意にウェイバーさんを見る。そして問う。ケイネスの魔術師生命を奪う。最悪命を絶つつもりだ、と。もしそれを受け入れられないのなら、猶予を与えるから寝返ってもいいとも。

ウェイバーさんは悩むも、切嗣の元に残ることを決めた。この地で出来た、大事な人達を守りたかったがために。そして同時に、三流である事を認めざるを得なかったウェイバーさんが切嗣さんに全てを委ねた瞬間でもあった。

 

アーサー王とディルムッドの闘いとは別に始まる、切嗣さんとケイネスとの闘い。それは徐々に切嗣さんが追い詰められてゆき、しかし決め手がない状態で進められていった。やがて切嗣さんが大きな隙をつくり、それを見逃さなかったケイネスが強力な魔術を駆使して止めをさそうと()()()()()()

そう。誘われていたのはケイネスの方。強力な魔術を使うために全開にした魔術回路。その瞬間に放たれた切嗣さんの奥の手[起源弾]。それは魔術回路を切断し、滅茶苦茶につなぎ合わせてしまう。つまり魔術行使が出来なくなるという、魔術師にとっての死を意味するもの。

突然魔力供給が断たれた一瞬の混乱の隙に、アーサー王が[必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)]を砕き、ディルムッドの胴を薙いだ。地に伏すディルムッド。

 

仰向けに倒れたケイネスに近づき、負けを認めディルムッドを自害させるように告げる切嗣さん。それでも負けを認めようとしなかったケイネス。

そして次の瞬間。令呪が刻まれた腕がもぎ取られ、胸にはダークが突き立ち、ケイネスは絶命する。やったのは当然、アサシンのサーヴァント。切嗣さん達から離れて立つ、アサシン。その隣りには、神父の礼服を身に纏った男。言峰綺礼だ。

令呪が奪われたことに気づいた切嗣さんがアーサー王に、ディルムッドに止めをさすように告げようとするが時既に遅く、綺礼と再契約されたディルムッドは復活し、[破魔の紅薔薇(ゲイ・シャルグ)]を回収すると共に霊体化して、綺礼達と共に逃げ延びてしまう。

 

舞弥さんによって保護されたケイネスの婚約者は、切嗣さんの計らいでロンドンへと送り返された。念のための護衛に舞弥さんも一緒に。




今回のサブタイトル
Fate/stay nightの前日譚「Fate/ZERO」+宝石翁の別の二つ名「カレイドスコープ」から



今回はちょっとした補足を。

とんでもない記録……正史と大きく違える原因その1。リーゼリットが、資料を仕舞っていた隠し部屋の掃除のため認識阻害が薄れたところで、切嗣が偶然通りかかり発見した。

エクスカリバーの、その鞘……正史と大きく違える原因その2。正史よりも早い段階で確保した模様。

アインツベルンを捨てよう……プリヤ・ツヴァイの例のシーン。正史と大きく違えるのを決定づけた。当時のイリヤが生後八ヶ月というのも、違える原因その3であると言える。

召喚されたアーサー王……切嗣が誠意ある対応(笑)をしたため、互いの関係は悪くなく、切嗣の提案にも乗ってくれた。

特殊な弾丸……ご存知起源弾。因みに臓硯はまだ、桜に自身の本体を移してなかった模様。

キャスター……消滅の間際、「おお、ジャンヌ…」と言ったとかなんとか。

ランサーを誘い出し……聖杯戦争は始まってないので、誘い出す(おびき出す)側が逆転した模様。

狂化を与えよ……バーサーカーへのクラスチェンジではなく、FGOのバーサクサーヴァント状態。令呪でクラスチェンジ出来るのなら、クラス分けの意味がない。是非も無いネ!

切嗣さんに襲いかかった……どうやら現状の切嗣を知り、言峰の興味は薄れた模様。

寝返ってもいい……自己強制証明には「許可のない限り」と記していたため、切嗣が許可すればウェイバーがケイネスに着くことは可能。どうもこの切嗣は甘い、というか甘くなったようだ。

大事な人達……(ZERO)の老夫婦である。

一瞬の混乱の隙に……普通ならそれでも躱すなりしていたと思われるが、バーサク状態であったためにそれも適わなかった。

ケイネスの婚約者……というわけでソラウは生存してます。けれどディルムッドのせいで、おそらく現在も未だに独身。





というわけで過去編続きます。

次回「Fate/ZERO Requiem -Kaleidoscope-」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!(これも久しぶりだなぁ)


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Fate/ZERO Requiem -Kaleidoscope-

綺礼を動かすのが大変です。


≪リナside≫

「切嗣さん、ゴメン。ちょっと質問」

「ん、何かな?」

「冬木に来てから、イリヤとアイリさんの話題が出て来ないんだけど」

 

そう。切嗣さんはイリヤとアイリさん、もっと言えばセラさんリズさんとも一緒に日本へ来たはず。なのに冬木での話には、切嗣さん本人と舞弥さん以外のアインツベルン陣営は登場しないのだ。

 

「ああ…。彼女達はこことは別の都市にある、封印指定の魔術師の許に匿って貰ったんだ。アイリもイリヤも、小聖杯の機能があったからね。敗退した英霊はなんとかなる算段はあったけど、小聖杯が近くにあったらどうなるかわからないだろう?」

「あ、なるほど…」

 

ふむ、確かに。どう対処しようとしたのかは知んないけど、イリヤやアイリさんが近くにいた場合、誤って彼女達の中にある小聖杯が、敗退した英霊を取り込んでしまう可能性が十二分にある。ある程度覚悟できているだろうアイリさんはまだしも、当時赤ちゃんだったイリヤにそれは、あまりにも酷であろう。

 

「それじゃあ話を続けるよ?」

「はい。お願いします」

 

あたしが頷くと、切嗣さんは再び第四次聖杯戦争について語りだした。

 

 

 

 

 

舞弥さんが、ケイネスの婚約者とロンドンへ向かっている頃。切嗣さん達は遠坂家へと出向き、時臣さんの妻、葵さんに時臣さんの死を告げ、同時にしばらくこの街を離れるように告げる。敵陣営が何を仕掛けてくるかわからないからだ。

葵さんは気丈ではあったものの、何かの拍子に気持ちが折れてしまいそうな脆さもあった。それに気づいた切嗣さんは、雁夜さんに付き添うように促す。保護した子供たちも共にいれば、葵さんの心の支えにもなるし、僅かな間とはいえ親子三人が一緒にいられるという配慮を考えてのことでもあったらしい。

ただし、子供達には聖杯戦争の事は伏せていたそうだ。もとよりこれを、聖杯戦争の終焉にしようと臨んでいるのだ。余計なことは話さない方がいいという判断だったのだろう。

 

こうしてアインツベルン陣営には切嗣さんとウェイバーさん、そしてそれぞれのサーヴァントが残ったわけだが、その頃からウェイバーさんの様子が変わってきた。

ロード自身の補足によると、直接ではないものの切嗣さんがケイネスの死に関わったこと、ケイネスを殺したアサシンのサーヴァントとその命令を下した言峰綺礼への恨み、そして切嗣さんの提案を受け入れてしまった自身への嫌悪に苛んでいたそうだ。

そしてそれは現在も続いているらしい。最初に切嗣さんに見せた、嫌悪感とそれ以外の複雑な表情や態度はそれが原因だったようだ。

……しかし、それも仕方のないことだろう。人である以上、感情の整理(コントロール)は出来ても、それを打ち消すことはなかなか出来るものではない。ましてや彼が抱いた感情は、そのどれもが、人として抱いてもおかしくないものなのだから。

……話が逸れたが、だからといって彼が切嗣さんから離反することはなかった。自分が出した決断だというのもそうだが、聖杯に対しての危機感が彼を辛うじて冷静でいさせたのだろう。イスカンダルの存在も大きかったのかも知れない。

 

ケイネスとの闘いから三日。残る敵、言峰綺礼と二人の英霊(サーヴァント)、19人のハサン・ザッバーハの誰かとディルムッドに動きはなかった。

しかし切嗣さん達も、ただ黙って待っていたわけではない。切嗣さんはイギリスからとんぼ返りしてきた舞弥さんとともに、聖杯の降臨地の検索に当たった。そもそも聖杯戦争を終わらせようとしている彼らは、聖杯が完成せずとも、顕現した段階で破壊が出来るように目星を付けておきたかったのだ。

最初の地は柳洞寺。第二回は現在の遠坂邸。第三回は冬木教会。そして次に目されていたのは、イリヤ達が地脈の正常化を図ったという、あの大空洞だったようだが…。

しかしもう一カ所、可能性のある地を見つけ出す。そこは市役所の建設現場だった。

 

その2カ所に絞り込み、候補地の一つ、市役所の建設現場へ赴いたその先に、何と言峰達が待ち構えていた。

ランサーがライダーを襲い、その隙にアサシンがウェイバーさんを襲う。更に言峰が切嗣さんと対峙、セイバーは切嗣さんを守り、ウェイバーさんは舞弥さんの援護で何とかやり過ごすものの、英霊相手に身を守るので精一杯の状況だった。

切嗣さんは言峰に問う。聖堂教会の人間であり魔術師でもある彼に、聖杯戦争に参加する理由を。

曰く、彼は人が美しいと思うものを美しいと感じず、他者の苦痛にこそ喜びを感じる、性質が悪の人間である、と。

当初は切嗣さんが同質の人間だと思っていたようだが、すぐにそれが間違いだと気づき落胆をする。そして腹癒せとばかりに切嗣さんの邪魔をし、聖杯によってこの世界に災いを撒き散らして、人々の不幸を見て滅んでいくことを望むようになったそうだ。

 

── 下らない理由だと思うかい?

 

そう聞いてきた切嗣さんに、あたしは首を横に振る。あたしも、そんな人物を知っていたから。

生まれつき目が見えず、何としてもその目で世界を見たいと精霊魔法・白魔法・黒魔法の研究をし、聖人と呼ばれる裏では非道な実験を続け、やがてその内に眠る魔族の王にその身を乗っ取られた、そんな男(赤法師)を。

 

言峰が彼と同じとは言わないが、こちらが下らないと思えたからといって、それが彼らには耐えがたい苦痛であったのだろう事は想像に難くない。

切嗣さんも同じ考えだったのかはわからないが、言峰の本気は感じ取り、更にその願いが、穢れた聖杯と余りにも相性が良すぎることに危機感を抱いた。

切嗣さんはセイバーに言峰の足止めを命じ、タイミングを見計らって銃を撃つ。しかし言峰はそれを辛うじて躱し…。それを繰り返したある時、その後ろで舞弥さんを襲おうとしていたアサシンに、その一発が命中した。

サーヴァント…英霊の肉体は仮初めのもの。その特性上、ダメージを与える事は適わない。だが物質化しているが故、一瞬でも気を惹くことは出来る。

そして。言峰が躱した瞬間、セイバーはアサシンの元に詰めており。銃撃に、わずか一瞬意識が逸れたその時、セイバーの剣がアサシンの胴を薙いでいた。そう、言峰が銃弾を躱し続けたその時の事まで考慮した、二段構えの作戦だったのだ。

 

二体目のサーヴァントが脱落し、言峰のサーヴァントはランサー・ディルムッドひとりとなる。しかし狂化のかかった彼は強い。槍を一本失いつつも、ライダーの攻撃を捌き攻撃を返す。

騎乗せず、戦車(チャリオット)も出していないライダーはしかし、負けず劣らずの攻撃を繰り返していた。しかしそれも時間が経つごとに、徐々に圧され始める。苛烈を究める征服王、攻防においても才覚を見せるものの、それは侵略者として戦乱の中にあってこそ。一対一の、極めし者との闘いでは、長引くほどに己の不利へと転じていくようだ。それでも未だ覆せぬほどの状況に無いのは、皮肉にも、ランサーに狂化がかかっていたためだろうか。

相も変わらず切嗣さんとセイバー、更に合流した舞弥さんとも対峙する言峰は、このままでは埒があかないと言い、腕に大量に刻まれた令呪を見せつけ願う。「狂化の解除」と「身体能力の最大限上昇」を。

その瞬間、ランサーの槍捌きに切れが増し、更にスピードとパワーをもってライダーの胸を貫く。そして。

「ライダー、負けるな!」「必ず勝つって言っただろ!」「そんな奴に負けないでくれっ!」

そう叫ぶウェイバーさん。同時に三画の令呪を使いきる。令呪はサーヴァントに対する絶対命令権。故に、曖昧な命令ほどその効力は落ちる。……通常なら。しかし三画全てを使い切り、強い想いを乗せたそれは、結果を覆すだけの力を持っていた。

危険を感じたランサーが引き抜こうとした槍を、ライダーは左手で掴み、右手の剣はランサーの首を薙いでいたのだ。

 

ランサーは消滅し、ライダーが片膝をつく。ウェイバーさんが駆け寄ると、ライダーの体は徐々に光の粒子へと変わっていた。ライダーは確かに勝負には勝った。だが、霊核を破壊され、消滅する運命までは変えられなかったのだ。

ライダーはウェイバーさんに何かを語りかけ、そして消えていった。その言葉がなんだったのかはわからない。切嗣さんには聞き取れなかったそうだし、ロードは教えてはくれなかったから。

 

ともかくも、セイバーを残して四騎の英霊が脱落し。突然切嗣さんの胸元から、軋むような嫌な音が鳴り響いた。それはアインツベルンを離れる前、切嗣さんとアイリさんが密かに作り上げた、小聖杯よりも小さな、小聖杯のレプリカだった。これは理論上、三騎までの英霊の魂が納まるらしい。……いや、正しくは、その程度まで再現するのが精一杯だったそうだ。

しかし切嗣さんが対策を取るよりも早く、四騎の英霊が倒れ、小聖杯(レプリカ)の許容量を超えてしまったのだ。

しかも、時を同じくして地脈が活性化し、市役所の建設現場に大聖杯が降臨してしまう。そして砕けた小聖杯から開放された英霊の魂は、小聖杯をくべるまでもなく、近くにあった大聖杯に取り込まれてしまった。

その機を逃さず、大聖杯に触れ願う言峰。不完全ながらもその願いによって、泥のようなナニカを吹き出し始め。それが途轍もなく危険なものだと感じ取った切嗣さんは、令呪を全て使いきりセイバーに大聖杯の破壊を命じた。もとより切嗣さんの意見に賛同していたセイバーは、大聖杯に目がけて宝具を開放するが…。

開放のタイミングで言峰の邪魔が入り、攻撃は僅かに逸れ、大聖杯の完全破壊はならなかった。直後に鳴り響く二発の銃声。一発は言峰の胸を、もう一発は頭を貫き、言峰は絶命した。

 

一方の大聖杯は完全な破壊とはいかなかったものの、機能を停止させることには成功した。ただし、溢れ出した泥を押し留めることは出来ない。セイバーも、聖杯からのバックアップがなくなり、やがて座へと戻ってしまった。

切嗣さん達は、工事現場から辛うじて脱出する事が出来た。しかし溢れ出した泥は街を蹂躙していく。不幸中の幸い…、と言っていいのかわからないが、大聖杯を破壊するのが早かったためか、被害の規模は工事現場から半径1キロ前後で治まったことだろうか。

 

やがて切嗣さん達は手分けをして、生存者を探し始める。この惨状で生き残るのは、奇跡と言っていいだろう。

そして切嗣さんは、その奇跡の生存者を発見することになる。あたしはその名を聞いて驚いた。切嗣さんが発見したのはシロウという少年。そう、イリヤの兄ちゃん、士郎さんだったのだ。

 

その後士郎さんを引き取り、一年ほどこの家で暮らした後、現在の家に移り住み、イリヤと士郎さんをセラさん、リズさんに任せて、聖杯戦争に繋がりそうな事柄を潰すために、アイリさんと共に世界を飛び回っているそうだ。

 

一方ウェイバーさんは、ケイネスの姪にして義妹のライネスという人に祭り上げられ、彼女がロードを継ぐまでの繋ぎとして、エルメロイの名を引き継ぐことになったということだ。Ⅱ世と付けたのは、ウェイバーさんのせめてもの抵抗らしい。

 

 

 

 

 

「……以上が、第四次聖杯戦争で起きた出来事だよ」

 

長かった切嗣さんの話に、あたしは大きく息を吐く。

 

「未然に、とは聞いてたけど、本当に『聖杯戦争』という形式で始まらなかっただけなのね…」

 

いや、マジで関係者数名は死んでるし、一般人にも被害出てるし。

 

「……まあ、それは置いといて。気になるのは、セイバーとアサシンの事ね」

「セイバーとアサシン?」

 

聞き返す切嗣さんに、あたしは頷き返して話を続ける。

 

「イリヤ達が集めたクラスカード、セイバーはまさしく[約束された勝利の剣(エクスカリバー)]の使い手だった。そして、あたしはいなかったから聞いた話だけど、アサシンも数十人単位で現れたと言っていたわ。それっておそらく…」

「ああ、言峰が呼び出したアサシンだろうね」

 

切嗣さんの意見も同じだったようだ。

 

「つまり切嗣さんやロードが経験した[聖杯戦争]のセイバーとアサシンが、現象とはいえ呼び出されていた。

けれどこちらでは、キャスターは女だったし、ライダーも女、……というか、メドゥーサだった。そしてランサーはクー・フーリン。

ハッキリ言って関係あるのかないのか、訳わかんないわ」

 

あたしが愚痴混じりに言うと、黙って見ていたロードが口を開く。

 

「……おそらく第四次聖杯戦争と、直接は関係ないだろう。だが、間接的には関係あるかも知れん」

「……どういうことですか?」

 

聞き返すと、ロードは眉間の皺を深くしてから続きを語った。

 

「突拍子もない話だが、実在している限り可能性はある。そう踏まえて聞いて欲しいのだが…。そのカードはおそらく…」

 

そこまで口にした、その時。あたしの遠話球(テレフォン・オーブ)が鳴り響く。それに少し遅れる形で、ロードの携帯からも着信音が鳴った。

このタイミング、何か嫌な感じがする。

 

「……もしもし?」

『あっ、リナ!』

 

送信者はイリヤだった。切嗣さんが驚いた顔をしてるけど、イリヤのこの切羽詰まった感じ、そちらの方が重要だ。

 

「どうしたの、イリヤ。随分慌ててるみたいだけど」

 

イリヤを落ち着かせるため、出来るだけ軽い口調で尋ねる。

 

『ク、クロが、セイバーそっくりの女の人と、闘い始めちゃったの!』

 

…………はい?




今回のサブタイトル
「Fate/ZERO」+「Fate/Requiem」+宝石翁の別の二つ名「カレイドスコープ」から





今回も説明をば。

封印指定の魔術師……当然、人形師のあの人です。

セイバーは切嗣さんを守り……本来なら舞弥が切嗣を守り、ウェイバーの元にセイバーを付けるのが定石だが、言峰の実力が計り知れずにこの様になった。さすがトップクラスの元代行者である。
因みに切嗣は固有時制御も組み込んでいたが、さすがにリナにも秘密にしている。

そんな人物を知っていたから……スィーフィード世界の人物。赤法師レゾ。実はその魂の内に「赤眼の魔王」が眠っていた。原作1巻でリナが倒した魔王の、その核となった。

大量に刻まれた令呪……原作【ZERO】同様、父の璃正を殺し奪った、かつての敗退者から回収した令呪。裏設定として、綺礼が数日動かなかったのは、金ピカが居らず唆されなかったため、ボーダーラインを超えるかどうかで悩んでいたのが原因。

その程度まで再現するのが精一杯だった……アイリの力を借りたとはいえ、むしろそれだけ再現出来たのが凄い。

大聖杯に触れ願う言峰……ここら辺は【ZERO】よりも【stay night】寄りであった模様。なお、不完全な聖杯ではあったが言峰の願いとの相性が良すぎたために、中途半端ながらも発動をした。

二発の銃声……言峰生存ルートを完全に絶ち切った。

座へと戻って……実際は座に戻ったわけではないのだが、彼らはアーサー(アルトリア)の事情を知らないので、勝手にそう思い込んでいる。

ライネスという人……こちらでも義妹は暗躍してます。





そんなこんなで、ようやく過去(ZERO)編終了です。そして、最後のイリヤのセリフに出てきたのは、当然彼女です。というわけで。

次回「謎の少女X」
見てくんないと、暴れちゃうぞっ!


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謎の少女X

アルトリア顔の彼女ですが、謎のヒロインXがサブタイトルの元ネタではありません。


≪イリヤside≫

現在わたし達は、デパートの水着売り場でお店の人に叱られています。……っていきなり何言ってるのかわからないよね?

……そう、今日はミユ、クロ、スズカ、ナナキ、タツコ、ミミの六人と一緒に、海で着るための水着を選びに来たんだ。しかも支払いは全てエーデルフェルト(ルヴィアさん)持ち。ミユが取り出した虹色に輝くカードを使えば、お店ごとでも買えるらしい。要らないけど。

そんなワケでご厚意にありがたく甘えていざ試着、というときスズカ達がわたしにって持ってきた水着が、下から細いバンドのような布がV字状に伸びたもの。何でそんな、隠す場所が少ないモノ選んでくるのッ! ッていうか、なんでそんなのが子供水着の売り場にあんの!?

スズカ、痛くないってそういう問題じゃ…そのカメラはなに!?

 

「俺、これ買うわ」

 

なんてやってたら、タツコがほぼ紐だけのビキニ着て歩き回ってるっ!?

ミユとクロを除いたみんなでタツコを取り押さえたけど、結局お店の人に叱られた、というわけでした。

 

「大人しく粛々と水着を選ぼうね」

 

わたしの意見に賛同する、ナナキとスズカ。みんなでお嬢様風に会話しながら水着選びだ。……何だかミユが、変な目で見てる気がするけど、気にしないでおく。

そんなこんなで水着を選んでたら、突然クロがわたしの服の襟首を引っ張った。

 

「ちょっと、なに? みんなで淑女っぽく、水着選びしてたんだけど?」

「……淑女観、間違ってるわよ? ……ってそうじゃなくって!……魔力が、切れそうなのよ

 

……え?

 

「えっと、まさかそれって…」

「……補給…お願い」

 

……マジですか?

 

 

 

 

≪美々side≫

「どうなさいましたの、イリクロさん?」

「えっ? いや、その…、お、お花を摘みに行こうと思いまして」

 

那奈亀ちゃんにそう返して、イリヤちゃんとクロちゃんが階段の方へ向かっていく。その様子を見て、無性に気になったわたしは、悪いと思いながらも後を追いかけていった。

するとふたりはお手洗いには向かわずに、階段を少し降りて踊り場に立つ。一体なんだろう?

 

「……キス、するなら、早くしてよ…」

 

………………え?

 

「……ク、クロからしてよ。いつも、そうしてたじゃない…」

 

……はいいいいいっ!?

えっ? えっ!? ふたりって、そういうアレだったのオオオオッ!!

 

「大体、どうしてキスじゃないといけないの? お陰でなのはちゃん達にまで、あんなシーン見られちゃったんだから! 魔力供給なら、もっと他にも方法はあるんじゃないの!?」

 

……なのはちゃん? 誰のことだろう? それに魔力って?

 

「あの子達にはわざと見せつけたから」

「クロッ!?」

 

わ、わざとッ!?

 

「……ま、他にもあるっちゃあるんだけど。でもあなた、絶対了承しないわよ?」

 

そう言ってイリヤちゃんに耳打ちをすると。

 

「…………っ!! へ、変態っ! 変態変態変態ッッッ!!」

「……だから言ったのに」

「不潔よっ!!」

 

ク、クロちゃん、一体何を言ったの!?

 

「不潔なんて、純情ぶらないでよ。あなただって、『将来わたしもするようになるのかな』とか、思ったことあるでしょう?」

 

そ、それってつまり、愛するもの同士が組んず解れつする、アレですかーーーっ!?

 

「そもそも! 魔力供給が必要だとしても、わたしである必要はないんじゃないの!?」

「確かに他の人でもいけるけど」

 

他の人でもいけるううううッ!?

 

「どういうわけかあなたとだと、他の人より10倍は効率がいいのよ。それにあなたにはルビーがいるから、魔力の回復も早いでしょ」

 

……ルビー? それは誰?

 

「あと、あなたがしないなら、わたしは手当たり次第するわよ?」

 

手当たり次第ーーーッ!!

 

「慣れてない人は、吸い取られたショックで虚脱状態になるけど、別に死ぬわけじゃないし。わたしだって知らない人とはしたくないから、知り合いが中心になるわね。

……あ、それなら、お兄ちゃんにいっぱいしてもらおうかな」

 

なあああ! イリヤちゃんと、イリヤちゃんのお兄さんとの三つ巴ッッッ!?

 

「……ね? 選択の余地なんてないでしょ?」

「うう…、わかったわよ。でもこれは、一種の医療行為みたいなもんなんだからね。なんの感情も無く、粛々と行うこと!」

「……まあ、いいわ」

「そ、それじゃ、行くよ…」

 

ウ、ウソ! ホ、ホントにしちゃうのおおおおッ!?

 

 

 

 

 

それは、とても、とても濃厚なものでありました。

……ってクロちゃん、キスなんて挨拶みたいなもんって言ってたけど、絶対そんなレベルじゃないよ、アレッ!!

 

「……ちょ、ちょっとタンマ。も、もういいでしょ?」

「ダメ、全然足んない。もっと唾液ちょうだい」

 

唾液てーーーッ!!

 

「……ク、クロ。これ、一回したら、どれくらい持つの? 戦いとかで消費しなければ、ずっと持つんでしょ?」

「そうでもないわ。補給しなくちゃいずれ0になる。……ただ生活してるだけ、存在してるだけでも魔力は消費されていく。

……つまり、あなた無しでは生きていけないって事。いろんな奇跡が重なって、辛うじてわたしはここにいるのよ」

「奇跡…」

 

あなた無しでは生きていけないとかーーーッ!?

 

「覗き?」

 

ーーーっっっ!?!?

 

「みっ、みみみ美遊ちゃん!?」

 

美遊ちゃんは階下を覗き込んでから振り返って。

 

「彼女達の邪魔はしないで。それと、ここで見たことは忘れて」

 

そんな事言ってきた。わたしはおもいきり頷いたけど、あんなの忘れられるわけないよっ! そ、それに。

 

「み、美遊ちゃんはいいの? イリヤちゃんとクロちゃんがあんなことしてて」

「?」

「あ、ううん! 別に女の子同士じゃダメッてワケじゃなくて!」

 

むしろアリだけどッ!

 

「わたし、そういうのは美遊ちゃんとだと思ってたから…」

「……言ってる意味がわからないけど」

「えっと、だから…。平気なの?イリヤちゃんが、キ、キスしてるの…」

「クロを無条件に認めたわけじゃない。でも、向こうが事を荒立てない限り干渉しない事にしてる。

……結局は、イリヤが決めることだと思うから」

 

お、大人だーーーッ!!

ま、まさか三人が、そこまで複雑な関係だったなんて!

……お手上げです。もう、わたしがどうこう出来る案件じゃありません。わたしに出来ることは、この経験を小説に生かすことくらい…。

 

「……ところで」

「はいっ!?」

「どうしてわたし達の名前を知ってるの? あなた誰?」

 

あ…………。

 

「まだ、憶えられてなかったのおおおおおお!?」

「? 同じ学校の人?」

 

もう、わたしは、唯々泣くしかありませんでした。

 

 

 

 

 

≪third person≫

そんな感じで、美々が泣きながら、美遊は不思議そうな顔でみんなの元に戻って行き、踊り場には絶賛魔力供給中のイリヤとクロエが残された。

魔力供給が終わりに差しかかった頃。階下から足音が聞こえる。しかしふたり供、それには全く気付いていない。そして。

 

「うわっ!?」

「「!?」」

 

若い男性の驚く声。ただしそれは日本語では無かった。イリヤとクロエも、その声に反応して振り返る。

そこには士郎より少し年上くらいの、眼鏡をかけた茶髪の少年と、フードを目深に被った、イリヤ達より2、3歳ほど年上に見える、衣装から女性と思われる人物が立っていた。

 

「あわわわわ!み、見られちゃったよーーーッ!?」

 

とうの昔に、美々に覗き見されていたとは露とも知らぬイリヤが、思いきり絶叫をあげる。

 

「あ…」

 

男性が声をかけようとしてからイリヤが日本語を喋っていたことに気づいたのだろう、ハッとした表情になり、軽く咳払いをする。

 

「ええと、ごめん。ジャマをするつもりはなかったんだ。ただ彼女が、人混みがニガテだったから」

 

所々イントネーションがおかしいものの男性は、流暢な日本語で説明をした。

 

「えっ、あ、いえ! こっちこそ、こんな場所でっ! ……あ、あの…、見ました?」

「ああ、うん。そういうのには理解あるつもりだから」

「いやっ、その! あれは違くてですねッ!!」

 

イリヤが慌てて言い訳をしようとすると、クロエが背中をツンツンと(つつ)き、耳許で囁く。

 

「(どうせ見ず知らずの人なんだから、そう思わせておきなさいよ。それとも魔力供給とか、馬鹿正直に言うつもり?)」

「(ぬうう~~)」

 

クロエの意見と羞恥の狭間に悩むイリヤ。

 

「ええと…?」

 

置いてけ堀にされた男性が頬を掻き、困った表情でイリヤ達を見ている。

 

「ああっ、いえ、なんでも、ない…です……」

 

慌てながらも良い言い訳が思い浮かばず、結果クロエの案で妥協せざるをえないイリヤだった。

 

「それじゃ、ホドホドにね」

 

そう言ってイリヤ達の前を横切る男性。その後をフードの少女がついて行き。クロエの前を横切る瞬間、ポツリと呟く。

 

……living ghost…

((……え?))

 

その言葉にドキリとするふたり。その言葉の意味は、イリヤにも理解できた。

ファンタジーもののモンスターに、リビングメイルというものがある。日本語では生きた鎧だ。そこから推察すれば、リビングゴーストが生きた幽霊、即ち生き霊と導き出すのも容易いことであった。

そしてクロエは、アーチャーのクラスカードを核として顕界している、イリヤの生き霊と言える存在。それを言い当てられたのだ。驚かずにいられるわけもない。

ふたりの姿が見えなくなり、イリヤはクロエに問う。

 

「……あのふたり、何者なのかな」

 

クロエは少し考え込んでからその疑問に答えた。

 

「……わからない。でも多分、魔術師じゃないかしら」

「魔術師!?」

「ええ。しかも、わたしのあり方を見抜かれたことを考えると、おそらく死霊魔術師(ネクロマンサー)辺りだと思う」

 

しかしクロエのこの推測は、根本の部分で外れているのだった。

 

 

 

 

 

みんなの元に戻ったイリヤとクロエは、先程のふたりのことが気になりながらも水着を選び、買い物を済ませた。

そして、帰宅のためにバス停へと向かっている途中。

 

「……イリヤ、クロ。どうしたの? 何だか浮かない顔だけど」

「ああ、うんとね。実はさっき…」

 

ふたりの様子が気になった美遊が尋ねる。そんな彼女に、イリヤは踊り場での出来事を語った。

 

「……そう」

 

話を聞き終えた美遊は、少し考え込み。

 

「出来たらしばらくの間、警戒していた方がいいかも知れない。ルヴィアさん達のようなお人好しの魔術師は、例外だと思うから」

『美遊さまの仰るとおりです。魔術師は基本的に、ろくでなしの屑、の集まりですから』

 

美遊の髪の中から少しだけ姿を見せ、サファイアが言った。

 

「サファイアも言うわねー。ま、その通りだけど」

「うん。わかった」

 

クロエも自虐的な笑顔を浮かべながらに肯定し、イリヤは三人の意見に頷いた。

 

「お、バスが来てるぞ」

 

三人+1の会話に気づかない雀花が、停留所を見て声をあげる。

乗り遅れないようにと小走りをする中。

 

「(イリヤ、ミユ。なんか、早速みたい)」

 

イリヤと美遊の間、ふたりの横に並んだクロエが囁く。驚いて辺りを見渡すと、確かに離れた位置からこちらを伺う、先程のふたりの姿が目に入った。

 

「(ミユ、彼女の目的はわたし達…、いえ、わたしだと思う。だけど念のため、スズカ達についてってあげて)」

「(でも…)」

「(ミユ、わたしからもお願い。ここは、わたしとクロで何とかするよ。もしもの時は、リナを呼ぶから)」

「(……わかった)」

 

クロエとイリヤに言われ、渋々ながらも美遊は頷く。

だがここで、イリヤはひとつ、ミスを犯した。今日のイリヤには何とかすることが出来ないことに、気づいていなかったのだ。しかしそれに気づくのは、もう少し後のことである。

 

「あっ、しまった! 買い忘れがあったんだ!」

「全く、イリヤってばしょうがないわねー。ごめんみんな、先に帰っててくれる?」

 

等と、半ば寸劇染みたやり取りをするふたり。

 

「おう、みずくさいな。俺達も付き合ってやるぜ?」

 

空気を読まない割に、真っ当なことを言う龍子。

 

「わあ、気を遣ってくれるなんて、タツコは優しいな。

……だが断る

「あんたが一緒だと、オチオチ買い物も出来ないわ」

 

まさにさっきまでの事である。嘘の買い物とはいえ、イリヤとクロエが言う事ももっともだ。

 

「ほら、タッツンはジャマだってさ」

「オウッ!?」

 

那奈亀は龍子の顔面にアイアンクローを極めながら、引きずっていく。

 

「おう、じゃあな」

 

雀花も挨拶をして踵を返す。その様子を確認してから、美遊は軽く頷き後をついて行くのだった。

 

 

 

 

 

みんなが乗ったバスが出発するのを見送り、そのまましばらく待っていると。

 

「キミ達、ちょっといいかな?」

 

と、先程の男性が声をかけてきた。その隣にはフードを目深に被ったままの女性。その覗いている口許が動き、何かを喋り始め。

 

「ブシツケですまないが、彼女が、そちらのキミは生き霊だと言っているんだけど、それはホントウなのか?」

 

男性の言葉に、クロエは表情を険しくし、イリヤは落ち着きを無くす。

 

「……本当だったらどうなの?」

 

クロエの返答を男性は英訳して、女性に伝える。そのタイムラグがもどかしい。

 

「……本当なら、あるべき所に戻ってほしい。今のキミのあり方は不自然で、人に害をもたらすものだから、と言っt」

「嫌よ! わたしは願ったんだもの。『家族が欲しい』『普通の暮らしがしたい』『消えたくない』『生きていたい』……って!!」

「……その願いを言う様に、わたしはクロに願った。だからわたしは、クロのその願いに付き合わなくちゃならない。一度関わったことは、無かったことには出来ないから!」

 

クロエとイリヤが、その熱い思いを述べる。男性は一瞬たじろぐものの、すぐに女性へ通訳した。すると女性は、戸惑いの気配を浮かべてイリヤを見る。生き霊と知りながらも守ろうとするイリヤが、今一理解できなかったようだ。

 

「……それで? これで話は終わり、……ってワケじゃないんでしょう?」

「……ああ、そうだね。こんなトコロじゃ、人除けの結界もたかが知れてる。場所を変えようか」

 

男性の意見に、イリヤとクロエは頷くのだった。




今回のサブタイトル
植芝理一「謎の彼女X」から

そんな訳で、出たはいいけど名前が出ないふたりでした。
念のため。女性(少女)はⅡ世の内弟子、男性は並行世界だと聖杯大戦の参加者だった彼です。

次回「ディスコミュニケーション」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ディスコミュニケーション

彼女がいない理由は、例の伏線回収のためです。


≪イリヤside≫

バスで移動して更に徒歩でやってきた場所は、以前ミユとクロが戦ってた、海岸近くの林の中。ここなら、街の近くながらまず誰かがやってくることもないし、ちょっとした戦闘にも持って来いだからとクロがチョイスした。……いや、わたしとしては、出来れば穏便に済ませたいのだけど。

でも、移動中もあのフードのお姉さん?が、絶妙に近寄るなオーラを出しまくってたし、クロも意地になってるしで、如何ともし難い状態。間に立つわたしと眼鏡のお兄さんは、妙に気疲れしてしまったくらいだ。

 

「……さて、と。それじゃあ話を続けましょうか?」

 

そう言うクロはだけど、妙に挑発的なオーラを発散させてる。なんでわざわざ煽るような態度とるのよッ!

とにかく話し合うために、わたしは一端話の方向性を変えることにした。

 

「あっと! そういえばまだ、名前も名乗ってなかったよね!

わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルンっていいます。イリヤって呼んでください」

「ちょ、イリヤ!?」

 

クロが何か言おうとする。だけど、お兄さんが空気を読んでくれたみたいだ。

 

「ああ、そうだったね。

俺はカウレス・フォルヴェッジ。ロンドンから来たんだ」

 

ロンドン…。もしかして、リンさんやルヴィアさんがいたっていう[時計塔]の人かな?

わたしがチラリとクロを見ると、さすがに文句も言えなくなったようだ。

 

「……わたしはクロエ・フォン・アインツベルンよ」

 

ちょっと不貞腐れながら、クロは言う。すると今度はカウレスさんが、お姉さんに通訳しながら、多分自己紹介するように催促しているみたいだった。

 

「拙は、グレイ…」

 

お姉さんは渋々といった感じで短く何かを言ったけど、英語は理解できないので、どこが名前かわからない。

 

「……すみません。わたしには、なにを言ってるのかわかんないです」

「イリヤ、あんたねぇ…」

「いや、俺もなんかゴメン」

 

うう、なんかぐだぐだになっちゃったよぅ。

 

「ええと、彼女はグレイ。俺と同じ教室の、キューユー(級友)?だよ」

「……そこはクラスメイトで通じます」

 

日本は、日本語と外国語と和製英語が飛び交う世界。英語はしゃべれなくても、英単語はある程度通じるもんだ。

 

「はいはい、イリヤ。自己紹介は済んだから、こちらの話を続けるわよ」

「ク、クロ! どうして今日はこう、好戦的な態度なのよ!?」

『まったくだ。それに自己紹介は済んじゃいねえぜ!』

「「!?」」

 

突然聞こえた男の人の声。それは外套で隠された、グレイさんの手元付近から聞こえてきた。

 

「アッド!」

 

外套から出した右手には小さな鳥かごの様なものが提げられていて、その中に顔がついた立方体のものが入っている。普通ならオモチャか何かと思うとこだけど、わたしは()()とよく似た雰囲気のものを知っていた。

 

「「……魔術礼装?」」

 

そう。見た目こそ違うけど、それはルビーやサファイアと、雰囲気がよく似てるのだ。

 

「……そうか。キミ達は、魔術師だったのか」

 

カウレスさんがそう言ったけど。

 

「ブー! 残念、ハズレ。わたしは根源なんて目指してないし、イリヤも魔術に関わってるだけで、魔術師なんかじゃないわ」

「うん。いちおー魔術の才能はあるみたいだけど、知り合いの魔術師見てるとなんか思ってたのと違うし、覚えなくてもいいかなーなんて」

 

それにおとーさんとママは、わたしに魔術の世界と関わらないようにしてたみたいだし、魔法少女以外は深く関わらないでいようと思う。実際、魔法少女だけでもお腹いっぱいの状態だし。

 

『……だとよ。これで魔術の秘匿は関係なくなったわけだな』

「うるさい、アッド!」

 

ぶんぶんっ!

 

『や、やめろっ! かごを振り回すんじゃねぇッ!』

 

……なんかわかんないけど、グレイさんが急に鳥かごを振り回した。もしかしたら、結構短気なのかもしんない。

……ん? クロ?

 

「……あなた、とんでもないもの持ってるわね」

 

とんでもないもの?

 

『何だ、俺の正体がわかるのか?』

「封印のせいで完全には解析できないけど、あんたが現存する宝具だって事くらいはね」

「宝具!?」

 

つまりあのアッドって呼ばれてる魔術礼装は、[約束された勝利の剣(エクスカリバー)]や[刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)]と、……ううん。どちらかといえばバゼットさんの、[斬り抉る戦神の剣(フラガラック)]と同じって事だ。

 

『そこまで見抜けりゃ充分だ。まったく、どっかの人形師といい、どうして俺を見抜けるかねぇ』

 

その人形師って人は知んないけどクロの場合、過程をすっとばして結果を導く能力と、アーチャーの能力のお陰だと思う。

クロとアッドの会話に驚きつつも、カウレスさんはグレイさんに今の話を通訳する。するともちろんグレイさんからも、驚きの気配が感じ取れた。

 

「……まったくはこっちの方よ」

「え、クロ?」

「そんなもの持った敵意のある相手に、何もせずに待っていられるほど大人しくはないのよ!!」

「ク、クロッ!」

 

クロはアーチャーの姿になっていつもの双剣を投影し、グレイさんに斬りかかっていった! なんか、いつもより短気なんですけどッ!?

ま、まずい! とにかくクロを止めないとっ!

 

「ルビー!」

 

…………。

 

「え? ルビー?

…………ええっ、ルビーがいない!?」

 

な、何故! どうしてッ!? ……ああっ、そういえば! 魔力供給の後も、魔力を回復してもらった覚えがないッ!!

 

カンッ! キィ……ン!

 

金属のぶつかり合う音に目を向ければ、いつの間にかグレイさんの手には大きな鎌、ゲームに出てくるデスサイズってやつだと思うけど、それが握られていた。

そしてグレイさんが大きく後ろに飛び退き、被っていたフードが捲れあがる。……え?

 

「……セイバー?」

 

そう。グレイさんの顔は、鏡面界で戦ったセイバーの黒化英霊と瓜二つだった。

わたしのつぶやきが聞こえたのか、グレイさんは慌ててフードを被り直す。よくわかんないけど、グレイさんは顔を見られたくないみたいだ。

……って、冷静にそんな事考えてる場合じゃないよ! 何とかしてあのふたりを止めないと!

 

「カウレスさん! ふたりを止められませんか!?」

「いや、ムリ! ゼッタイ、ムリ!!」

 

ですよねー。うう、どうしたら…。

 

---イリヤ。ルビーがいないときの為、念の為にこれを…。

 

あ。そういえば数日前!

わたしはリナから渡されたそれを、ポケットから取り出す。普段戦ってるときのイメージで、それに魔力を流し込むと。

 

『……もしもし?』

「あっ、リナ!」

 

それ、……遠話球(テレフォン・オーブ)からリナの声が聞こえてきた。 

 

『どうしたの、イリヤ。随分慌ててるみたいだけど』

 

 軽い口調で尋ねるリナ。多分わたしを落ち着かせるためだろうけど、落ち着いてる場合じゃない!

 

「ク、クロが、セイバーそっくりの女の人と、闘い始めちゃったの!」

『……はい?』

 

うん。さすがに意味わかんないよね? 時間が惜しい中、わたしは手短に状況を説明する。

 

『……なるほど。ちょっと待ってて』

 

そう言うと通信が一端切れる。その間に辺りを見渡すと、相変わらず一進一退の戦いを繰り広げてるクロとグレイさん。そして、ケータイでどこかと連絡を取ってるカウレスさんの姿。

すると間もなく、リナから通信が入る。

 

『イリヤ。これからそっちに向かうけど、ちょっとあるものを取ってこなくちゃなんないの。でも、ま、出来るだけ急ぐから』

「ホント、急いでよ!?」

 

それだけ言うと、通信は切れてしまった。

 

 

 

 

 

クロとグレイさんの戦いは続いてる。カウレスさんが言うには、グレイさんが振るう大鎌には対悪霊特効があるらしく、それを解析したんだろうクロも、いつもより大きく躱していた。

そしてクロは、少しずつ追い詰められ始める。クロはさっきから、双剣を砕かれては投影を繰り返してる。これじゃあいくら魔力供給を行ったばかりでも、さすがに魔力が心許なくなってくるはずだ。

 

Gray(暗くて)……Rave(浮かれて)……。

Crave(望んで)……Deprave(堕落させて)……」

 

グレイさんが何か呪文のようなものを唱える。なんか、嫌な感じがする。クロは、大丈夫なの?

 

Grave(刻んで)……me(私に)……」

 

グレイさんの殺気が膨れ上がる…ッ!

……と、そこへ!

 

「やめんかい! こンのスカタンがああああああッ!!」

 

すっぱああああああん!!

 

上空から急降下してきたリナが、グレイさんの頭にスリッパストラッシュを閃かした。まるでマジカルヤッパ(ブレード)を振り抜く、マジカル☆ブシドームサシの様だ。

 

「リナ!」

 

助けに入ったリナに驚きと、少しだけ嬉しそうに声をかけるクロ。だけどリナはクロを一端睨みつけてから、それはもう爽やかな笑顔で言った。

 

「クロエ。後でじっくりO・HA・NA・SHIしましょ♡」

 

クロは一瞬で恐怖に顔を引きつらせ、青ざめる。うん。リナってば昔っから、本気で怒ったときにわざと爽やかな笑顔を作って、威圧をかけることがあったなぁ。クロもわたしの記憶を受け継いでるみたいだし、あれはかなりの恐怖だと思う。

 

「……さてと。イリヤから連絡は受けてるわ。貴女がグレイね?」

「……拙の名前を知ってるのですか?」

「……あ。やっぱ日本語は通じないか。それじゃそこの魔術礼装。グレイに通訳してあげて」

 

リナは大鎌を指さして言う。

 

『ちっ、魔術礼装使いの荒い奴だぜ』

 

アッドはそんな愚痴を言いつつも、リナの言葉を通訳してる…んだと思う。英語で話してるし、意思を持った魔術礼装っていったらルビーのイメージがあるから、何となく信用できないんだけど。

 

『……グレイが、「なんでその生き霊を庇うん

だ」、だとよ』

 

……どうやら、ちゃんと通訳してるみたいで安心した。

アッドの通訳を聞いたリナは、呆れた、といった表情でため息を吐いた。

 

「クロエはあたしの親友だからよ! She is my friend! わかる!?」

 

うん、そうだよね。リナなら、そう言ってくれると思ってた。

 

「友達…」

 

グレイさんはリナの発言に、やっぱり驚いてるみたい。グレイさんにとって、本当にあり得ないことなのかな。

 

「……貴女のことは知ってるわ。墓守である貴女にとって、クロエの様な存在は許しがたいのはわかってる」

「……え? なんでリナがコイツのこと知ってるのよ? それにコイツ、魔術師じゃないの!?」

 

クロの疑問ももっともだ。ただ、リナって時々、わたし達が知らないこと知ってるからなぁ。

 

「まあね。情報源はまだ、秘密です♡

それからあんたが、天敵ともいえる彼女の資質を無意識に感じ取って、いつも以上に好戦的なのは理解できてるわ。だからと言って、O・HA・NA・SHIをなかったことにする気はないけど」

 

ゼロスさんのマネをした後。リナからの()()宣告は撤回されず、再び青ざめるクロ。でも、今回ヤケに好戦的だったのは、そんな理由があったんだ。

 

「さて。魔術礼装…」

『アッドだ』

「アッドの通訳も済んでわかってるとは思うけど、あたしにはお互いが反目し合う理由は理解できる。でも、あたし達もクロエの事を知った上で、今の状況を受け入れてるの。それでも貴女はまだ、彼女と戦うっての?」

 

そんなリナの問いにグレイさんは。

 

「彼女は人の世を乱す存在。拙はそれを、見逃すことは出来ない」

『……だとよ』

 

僅かなタイムラグで、アッドが通訳をする。その答えを聞いたリナは、小さく溜め息をひとつする。

 

「予想はしてたけど、ホント(かたく)なな子ね」

 

呆れた笑顔を浮かべるリナはちょっと、ワガママな子供を見ている母親みたいだ。まあ、前世では結婚だってしてたんだから、おかしくはないんだけど。

 

「……とはいえ、そんな()()まで持ち出されたら、さすがに黙って見ているわけにもいかないわね」

 

セイ、ソウ…。聖なる、槍? え、もしかして、宝具の正体も知ってるの!?

 

『お前、なんでそこまで…』

「秘密、って言ったでしょ? それよりこちらも、ちょっとばかり本気出させてもらうわよ」

 

そう言ってリナは、黒鍵とクラスカードを取り出した。……って、あのカードは!?

 

「クラスカード『セイバー』、限定展開(インクルード)!」

 

そして展開された宝具は光の剣…ではなく、あの騎士の英霊の聖剣だった。




今回のサブタイトル
植芝理一「ディスコミュニケーション」から

今回、いつも以上に妙に好戦的なクロ。ちゃんと理由はありました。
リナが情報通なのは、当然ロードに聞いたからです。ただし宝具については聞いてますが、グレイのあの姿に関する経緯については聞いてません。
後、補足として。イリヤは記憶に無いだけで、人形師とは面識があります(前話参照)。

次回「聖槍使い」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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聖槍使い

今回はタイトル詐欺ですね。


≪リナside≫

墓守の少女、グレイを前にしたあたしは、黒鍵とクラスカードを取り出し。

 

「クラスカード『セイバー』、限定展開(インクルード)!」

 

宝具を展開させる。

 

『おい、その剣はまさか…!?』

「うん。選定の剣の二振り目♡」

『お茶目に言うとこかよ!?』

 

うーみゅ。ちょっとギスギスしてたから少しばかり茶目っ気を入れてみたのだが、どーやらアッドには不評だったようだ。

 

「ねえ、リナ。どうしてそのクラスカードを? それって、バゼットさんが回収してったはずなのに」

 

そう。イリヤが疑問に思ったとおり、このカードはバゼットさんが戦利品として回収していった三枚の内の一枚だ。

 

「イリヤ。寄るところがあるって言ったでしょ? バゼットさんの所に行って、一時的にあたしのセイバーのカードとトレードしたのよ」

 

あたしはロードから、グレイが持つ礼装の特性を聞いている。特に使用頻度の高い[グリム・リーパー(死神の鎌)]と呼ばれる大鎌の形態は、斬りつけた相手から魔力を吸収して使用者へと蓄える機能があるそうだ。それってハッキリ言って、[光の剣]にとっても天敵ということである。

光の刃は精神力によって形成されるが、それも魔力という形に変換しての事。武器同士がぶつかり合う度に、純度の高い魔力が吸収されていくという事なのだ。

なので切嗣さんにバゼットさんの居場所を尋ねてみたのだが、舞弥さんが彼女の寝泊まりしている場所、未遠川縁を把握していてくれたのだ。

でもって翔封界でひとっ飛び、これからバイトの面接を受けに行くというバゼットさんを運良く捕まえ、一時的なカードのトレードをしたというわけだ。

 

「……まあ、詳しい説明は省くけど、[光の剣]とあれとは相性が悪くって、この剣とあれとなら、まあマシってとこね。てか、ある意味同質の武器だから」

「!? つまり、そういう事…」

 

どうやらクロエには、あれの正体がわかった様である。

グレイの武器。その正体は、かの騎士王が携えた神が造りし聖なる槍、[最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)]だ。

詳しい話こそ聞かなかったものの、セイバー顔のグレイは、騎士王…、アーサー王と何か所縁があるのだろう。

 

「……さて、お待たせして悪かったわね」

 

そう言って剣を構えるあたし。……言っておくが、ただだらだらと話してたわけではない。これは一種の時間稼ぎである。

当初は戦闘で、どれだけ引き延ばせるかを考えてたのだが、せっかくイリヤが話を振ってくれたのでそれに乗っかった、という訳だ。

まあ、ほんの僅かではあるが、せっかく稼いだ時間だ。あっさりやられない様、気を引き締めねば。

 

「どうしても彼女を庇うというのなら、仕方ありません」

 

なにを言ったかわからないが、言いたいことはわかることを言って鎌を構えるグレイ。そして。

 

ッィイイイイン!

 

剣と大鎌、互いの刃がぶつかり合う。イリヤには適当に言ったが、いくらこの聖剣でも魔力の吸収はされているに違いない。ただ、[光の剣]の様な致命的な弱点ではないことと、同じ王が持つ聖なる武器故に、ある程度の耐性を願って選択したのだ。

実際、耐性まではわからないが、一度の鍔迫り合い程度では限定展開の強制解除の兆しは感じられない。勘だけど。

ともかくこの調子なら、今しばらくは対峙できるだろう。

 

 

 

 

 

きぃん!

がぎぃっ!

 

刃のぶつかり合う音が鳴り響く。時折、爆炎舞(バースト・ロンド)烈火陣(フレア・ビット)などを足元に炸裂させて牽制を入れつつ、かれこれ5分。それで判明したのは、グレイは戦い慣れているが強敵ではないということ。

洗練された一流の戦いには遠く及ばず、武技はあたしと同等か少し上回るかも知れないが、駆け引きという点においてはあたしに劣る。言ってしまえば素直な戦い方だ。

これらだけを見れば、あたしの方が手練手管でやり込める自信はあるのだが。

しかし問題は、やはりあの大鎌。伊達に主要武器として使っているわけではない、その間合いもしっかり把握しているのだろう、あたしの剣の間合いをとらせてくれない。更には例の機能も相まって、あたし自身が無意識に、いつもより大きく躱してしまう。

そもそもあたしは時間稼ぎがメインで、彼女を倒す気などこれっぽっちも無い。そんな消極的な理由のため、どうしてもやや後手に回ってしまうのだ。

とはいえそろそろ、限定展開が解除されてもおかしくない時間だ。このままだと、ちとやばいのだが…。

そんな事を考えたとき。まさにそれがフラグであったかの様に、クラスカードが排出されて黒鍵に戻ってしまった。って、マズッ!

グレイは大鎌を勢いよく振り下ろす!

 

「「リナッ!?」」

 

イリヤとクロエの声が重なる。

……くっ、嘗めんな!

 

ぎぎゃああっ!

 

「な…」

 

グレイが驚愕の声を上げる。

あたしは即座に黒鍵へ魔力を通し、刃を成して大鎌の刃をいなしたのだ。強化されているとはいえ、さすがに黒鍵の刃程度では大鎌の攻撃には耐えきれずに砕け散ったが、自身の身を守ることには成功したのだ。

そして。

 

ゴウン…!!

 

そんな音を響かせて。

 

ドシャン!

ギャルルル!

 

自動車がジャンプしながら突っ込んでくる。

 

ギャギャギャッ

ドォン!!

 

そして、ブレーキ音の直後に木にぶつかり停車するその光景は、僅か1ヶ月ほど前に見たそれとほぼ同じであった。

しかしあの白いベンツェ、せっかく修理したのに、またもや修理工場行きか。

 

「あれ、ドアが開かないわね」

 

そう言って、バンッ!とドアを蹴り開け現れたのは、当然の如く。

 

「やっぱりママ…」

「さすがにもう、驚かないからね!?」

 

と言いつつ、少し驚いてるでしょ、イリヤ?

一方のグレイは、あたしにスリッパで(はた)かれた時ですら理不尽な表情をしてただけだったが、今回はさすがに呆気にとられているようだ。更には。

 

「……全く、マダムの運転は、私の寿命を縮めかねん」

 

そうぼやきながら助手席側から現れたのは、かのロード・エルメロイⅡ世。

 

「え、師匠!?」

 

目を見開き驚くグレイ。その声に反応したロードは、軽く衣服を整えてから口を開く。

 

「レディ、とりあえずはその武器を納めてくれないかね?」

「し、しかし師匠…」

「そちらの少女達は、私の知人の関係者だ。何より、あの男とこちらのマダムを敵に回したくはない」

 

何を話してるのかはわからないものの、眉間の皺を深くし、冷や汗をかきながらやや俯きがちに語る彼の姿に、納得のいかない表情ながらも大鎌を掌サイズの立方体に納めるグレイ。どうやらあの立方体が、アッドの普段の姿のようだ。

と、そこへ眼鏡の青年が、ベンツェの突っ込んできた方向から駆けてきた。多分この人が…。

 

「うわっ、凄いことになってるな」

「あ、カウレスさん」

「そういや、いつの間にか姿消してたわね」

 

うん、やっぱりロードが言ってた人だ。しかし、姿消してたはひどい。通りに出て、ロード達が来たときの誘導に当たってただけなのだが。まあアイリさんの事だから、ロードがカウレスさんを視認した途端、スピードも緩めず突っ込んで行ってこうなったってトコだろう。

 

「あなたがロードの仰っていたカウレスさんですね?」

「え、ああ。という事は、キミが先生が言ってた天才()()()だね?」

 

どうやらロード、あたしのことは魔術師として説明したようだ。まあ時間のない中、細かな説明するわけにもいかなかったんだろうけど。

 

「まあ、そんなとこです。それより…」

 

言ってあたしは、ちらりとグレイを見る。

 

「大丈夫。先生に任せておけば問題ないよ」

「そう願いたいですね」

 

その為の、時間稼ぎだったのだから。

アイリさんも一緒だけど、まあ、大丈夫だろう。というか、それこそそう願いたい。

 

 

 

 

≪third person≫

「師匠、どういうことですか?」

 

グレイが当惑しつつも、恨みがましくエルメロイⅡ世に尋ねる。

 

「言っただろう。あの少女達は、私の知人の関係者だと」

「わたしがその知人のひとりよ」

 

アイリが横から口を挟む。

 

「イリヤちゃんもクロちゃんも、大切なわたしの娘だし、リナちゃんはその大切なお友達。だから、もしあの子達に危害を及ぼすつもりなら…」

 

そこで一端言葉を句切ると、すっと真面目な表情に変わり。

 

「誰であろうと絶対に容赦しません」

 

その瞬間、グレイの背筋に悪寒が走る。魔術師としてはさして強くもないアイリだが、それでもその殺気は、グレイに危機感を感じさせるに足るものだった。

だがそれも一瞬のこと。アイリから発せられた殺気は霧散して消える。

 

「……なんて言ってみたけど、クロちゃんに対しては後ろめたいことがあるの。()()()は魔術師として対応していたから優しい言葉もかけてあげなかったけど、あの子に仕出かした行いについては、ちゃんと向き合いたいのよ」

 

イリヤ達に聖杯戦争について話したときのこと、そしてアインツベルンから逃亡する前に、イリヤ(クロエ)の記憶を封じたことを思い出しながらアイリは語った。

 

「ですが、あのクロエという少女は…」

「落ち着くんだ、グレイ。あの少女の今後については、ある程度の方策が立っているそうだ」

 

逸るグレイを落ち着け、アイリに続きを促す。

 

「わたしの古い知り合いに頼めば、クロちゃんの事は何とかなると思うのよ。ただ、対価が問題なのだけど」

「……ああ、彼女に頼むのか。なるほど、確かに方法としては悪くない」

 

エルメロイⅡ世も、アイリの発言に思い当たるものがあったのか、妙に納得顔である。

 

「でしょう? 雛型のデータも、十年前のものから現在のものを割り出せるみたいだし、ある程度の調整も利くようだし。……対価については、リナちゃん次第かしら?」

「リナ嬢を人身御供にするつもりか?」

 

口調は批難染みているが、表情は至って冷静である。

 

「まさか。娘の大切なお友達を、人身御供になんてしません。リナちゃんには、彼女の魔術の知識をあの人への対価にしてもらいたいの。もちろん彼女の意思を最優先にするし、説明だってちゃんとするわ」

「確かに。リナ嬢の魔術の知識は、対価としては申し分ないだろう」

 

先程から何か違和感を感じていたグレイは、この受け答えを見て、ふと思う。

 

(師匠にしては、返答が稚拙な気がする?)

 

そう。魔術の解体などという、とんでもないことをやってのける彼にしては、ありきたりな返答ばかりな気がしたのだ。

しかも、「リナの魔術知識は、対価たり得る」という認識があるのに、アイリの発言に対して「人身御供」などと言っている。エルメロイⅡ世ならば、必要な情報を有しておきながら、アイリの言葉の意味を読み取れないとは考えにくい。

そして、ようやく気がついた。

 

「……演劇?」

 

そう呟くと。

 

「あら、バレちゃった?」

「師匠!」

 

あっけらかんと言うアイリ。それを聞いてグレイは、少し怒った顔でエルメロイⅡ世に詰め寄る。

 

「どうしてこんな回りくどいことを!?」

「では尋ねるが、君はこれらの説明を素直に聞き入れられるだけの、心のゆとりはあったのかね?」

「それは…」

 

言葉に詰まるグレイ。

 

「些か冷静さを欠いた君には、第三者視点から見てもらうことで納得してもらおうと、芝居を打たせてもらったのだよ」

「言っておくけど、さっきまでの会話は演技だったけど、言ってたことは全部本当よ?」

 

アイリが補足を挟む。

 

「……グレイちゃん。ウェイバーくんから話は聞いているわ」

 

突然話を変えたアイリはそう言うと、グレイの前まで歩み寄り、目深に被ったフードを除ける。

 

「あ…」

 

慌てるグレイに、しかしアイリは済まなそうな表情になり、言葉を続ける。

 

「グレイちゃんがこうなってしまったのも、主人が騎士王を召喚してしまったからなのでしょう?」

 

その言葉にハッとなるグレイ。

 

「本当に、ごめんなさい」

 

謝りながらアイリは、優しくグレイを抱きしめる。

 

「……いいえ」

 

否定でも肯定でもない、ただ純粋に、グレイに迷惑をかけた事への謝罪。それは、エルメロイⅡ世が彼女の顔を忌む事で得られる喜びとは、また違った嬉しさであった。

 

 

 

 

 

「ふみゅ。よーわからんけど、どうやら上手く収まったみたいね」

 

グレイを抱きしめるアイリの姿と、その行為に笑みを浮かべるグレイを見て、リナがそう結論づける。

実際、リナが言う「よーわからん」は、その言葉が指している部分は違うものの大体正解である。エルメロイⅡ世とアイリとの寸劇からいきなり話を変えての謝罪に、展開に追いつけなかったグレイがやや混乱して、済し崩し的に()()()()()()()()というのが実情だからだ。エルメロイⅡ世のお陰というより、ある意味アイリのお陰である。

その事実に気づいているのか、エルメロイⅡ世はやや機嫌を損ねているようだが。

 

「ええと、リナ。これで一件落着でいいのかな?」

「ま、わだかまりやら何やらは残るかもしんないけど、とりあえずの解決は見たってトコでしょ」

「よかったぁ」

 

リナの説明に安堵するイリヤ。しかし。

 

「まだ問題は残ってるわよ」

 

そう言ったのはクロエ。

 

「どうしてリナがグレイについて知ってたのか、とか、ママと一緒に来たあの男は誰なのか、とか、謎が残ったままじゃない」

「あ、そうだよ! どうしてリナはあの聖槍?の事知ってたの!?」

 

ふたりの質問に、リナは一瞬面倒くさそうに顔を歪める。イリヤは「ちっ、憶えてたか、とか思ってんだろうなー」などと考えたが、口には出さないでいる。

 

「……まあ、ある程度予想はついてるとは思うけど、ここに来る前にあの人から事前に情報を得てたのよ」

 

エルメロイⅡ世を一瞥して、そう説明する。

 

「あたしがみんなと水着を買いに行かなかった理由も、彼に会うためよ」

 

さすがに切嗣の事は内密にするリナ。

 

「で、彼の正体は、倫敦(ロンドン)にある魔術協会、その金字塔である[時計塔]のロード、エルメロイⅡ世その人よ」

「「ええ~ッ!?」」

 

さすがにクロエですら驚く事実。もちろん時計塔の関係者だとは思っていたが、ロード自らの登場は予想外だったのだ。

 

「え、という事は、リンさんやルヴィアさんの…」

「先生みたいね。詳しくは知んないけど」

 

リナが憶測混じりで答える。因みにこの世界(ドラまた☆リナ)のルヴィアは、今回のクラスカードの一件で日本に来るより前に、某世界線と同じ[剥離城アドラ]の事件も経験している。本来よりもだいぶ前倒しだが、まあ、原作(stay night)とは色々と条件の違う世界線なので、そういう事で納得していただきたい。

閑話休題。

 

「それで、彼がアイリさんと一緒にいた理由だけど、前に聞いた[未然に防いだ聖杯戦争]での関係者で、旧知の仲だったからね。イリヤとカウレスさんの連絡を受けて、冬木に詳しいアイリさんに連れて来てもらったってワケよ」

「ふええ…。ママと時計塔の偉い人が知り合い…」

 

自分の親の意外な交友関係に、イリヤは少しばかり呆け気味になる。一方のクロエは、少しばかり考え込み。

 

「……それじゃあ最後に。リナとロードは、一体なんの話をしていたの?」

 

核心とも言うべき事を聞く。

 

「……残念だけど、現段階では秘密よ。そういう約束での話だったから。ただ、もしも必要に迫られたときには話してもいいことになってるわ」

 

今回はゼロスの真似をするでもなく、至って真面目に返答をするリナ。それだけに、リナはどれだけ問い質されても話すことはないだろうと、ふたりは理解するのだった。




今回のサブタイトル
植芝理一「夢使い」から

というわけで、植芝理一作品のサブタイトルモチーフ三連発でした。いや、「謎の少女X」のあとがき執筆中に次話タイトル考えてたとき、「次も植芝作品の【ディスコミュニケーション】でいーじゃん。あ、その次、【夢使い】ももじれるじゃん」となって、タイトルの三部作みたいになってしまいました。……まあ、○○使いってタイトルの作品、他にもありますけど。
因みにタイトル詐欺になったのは、戦闘シーンを大幅カットしたためです。いや、下手に戦闘シーン書くと、マジでグレイが抜錨しかねなかったので(自分がさせたかったとも言う)、さすがに自重しました。

……前話の途中から、カウレスのセリフが無いのに気づいてた人、どれだけいるんだろーか。たまに主要キャラを出し忘れてることもあるけど、今回は狙ってやってます。
一方、アッドのセリフが前半に少ししかないのは、話が長くなるから(笑)。

補足。ロードがグレイの顔を忌むのは、あの顔を見ると切嗣を思い出し、その流れで、自分の判断が遠因ながらもケイネスの死に関わった事を突きつけられ、やるせなくなるから。事件簿の彼より面倒くさい理由ですが、元々面倒くさい奴なので問題はないかと。

次回「予想推理」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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予想推理

ようやく、一段落です。


≪リナside≫

クロエとグレイのいざこざに、ひとまずの落着がついた後。あたし達は徒歩で、ある場所に向かっている。因みにアイリさんの運転する自動車への同乗は、全員同意でご辞退した。

いやまあ、あんな運転見せられた後に同乗する気はおきんわな。イリヤとクロエが気絶してた時には、仕方なく同乗したけど。でもって、帰りの運転はちゃんとしてたけど。それはそれ、これはこれである。

 

 

 

 

 

そして到着したのはエーデルフェルト邸。遅ればせながら、冬木の管理者(セカンドオーナー)への挨拶及び、教え子の様子を見に来たというわけだ。でもってあたしやイリヤ達は、クロエとグレイのいざこざの顛末を説明するために一緒にやって来たのだ。

ついでに言うと向かいのイリヤの家では、セラさんが何やらわめいている声が聞こえるが、ここは聞かなかった事にしとこう。イリヤとクロエも、既にそう決めこんでるよーだし。

そんな、どーでもいいような事を考えながら、オーギュストさんと先に帰宅していた美遊に部屋へ通してもらい、そして。

 

「「な、ロード!?」」

 

凛さんとルヴィアさん、ふたりが口を揃えてその敬称を呼ぶ。

 

「『な』とは、随分な物の言い様だな」

「!! し、失礼しました!」

「あまりにも突然の来訪だったもので、つい取り乱してしまいました」

 

凛さんとルヴィアさんが謝り、取り繕っている。

 

「そ、それに…」

 

そう言ってこちらを見る凛さん。

 

「あたしはロードと密談してたから」

「密談て…」

「そういう事は普通、内密にするものではなくって?」

 

うん。ふつーはその通りである。だがしかし。

 

「この状況で気の利いた言い訳なんて、考えるだけ無駄でしょ? どうせ調べられたら密談のことはバレるだろうし、どのみち内容は話す気なんてないし。

だったら、言っても構わないことは先に言っちゃった方が気も楽ってもんよ」

 

ついでに、先にこう言っておけば下手に詮索される可能性も減り、切嗣さんの事まで気づかれる可能性は更に減る、というのもある。

 

「まったく、らしいっちゃらしいけど」

「まあ、それはそれとして。イリヤスフィールとクロエは、なぜ一緒に?」

 

ルヴィアさんはイリヤ達に視線を移し尋ねる。

 

「えっと、ミユからも聞いてると思うけど、クロが狙われてて。その相手が実は、エルメロイさんの弟子のグレイさんだったの」

「はぁ!?」

 

素っ頓狂な声を上げ、ロードの傍らに立つグレイを見る凛さん。

 

「……レディ、済まないがⅡ世を付けてくれないか?」

「あ、はい…」

 

……どうやらロード、先代ロード・エルメロイに思うところがあるようだ。まあ、先代曰く、ウェイバーさん()は凡庸な魔術師との事なので、偉大な先代を敬ってなんだろう。

 

 

 

 

 

さて。という訳で、オーギュストさんの給仕が済んだ所で始まった説明会。

あたしとロードの事は、先程も言ったとおりの完全黙秘。ただし状況によっては開示すると言ってはおいた。

そして一方のイリヤ達。百貨店(デパート)の階段での魔力供給からグレイとカウレスさんとの出会い。そして場所を移動しての戦闘までを、イリヤがメインで、所々をクロエとカウレスさんが補足を入れる形で行われた。

途中、何故かルビーがいなかったことをイリヤが言ったら、凛さんとルヴィアさんは激しく慌ててたが。そしてロードは、報告には無かったとふたりを一瞥したりもしてたが、あたしの見立てではロードも宝石翁も既に、カレイドステッキがイリヤと美遊の手に渡っていると把握してるのではないかと思っている。というか宝石翁が気づいてて、その流れでロードも知ってるけど、状況を楽しんでいる宝石翁に口止めされてた、といった辺りだろう。ルビーの性格から判断してだが。

 

「……なるほど、ね」

「そういう事でしたの」

 

イリヤが語り終え、ふたりは納得した様だ。因みに魔術礼装としてのアッドの事は話してあるが、それが現存する宝具である事は話していない。道すがらでロードに口止めされたためだ。……なんだかルヴィアさんは、アッドの事を以前から知ってたみたいだけど。

 

「そういえば、どうしてお二人はあそこにいたんですか? エルメロイⅡ世さんが密談してるからなのはわかるけど、グレイさんは人混みが苦手だって話してたし…」

 

イリヤが思い出した様に尋ねる。ふむ。確かにそれは気になるわね。

 

「ああ、それは先生から買い物を頼まれて…」

「……まさかそれ、[大戦略]?」

 

……ん? それってもしかして、家庭用ゲームの[アドミラブル大戦略]の事? そーいやこないだ、十年ぶりの新作の発売だって、何かで見たよーな?

何やら気まずい顔で咳払いをするロード。どうやら凛さんの推察は的を射ていた様だ。ロードって、実はゲーマー?

 

「でもそんなの、わざわざ頼まなくたって、後からでも手に入るんじゃない? 中古だったら価格だって安いし」

 

そんな事をクロエが言うと。

 

「そこはそれ。初回ゲンテイ版がどうしても欲しかったらしいんだ。発売日から数日経ってたから望みは薄かったけど、運良くひとつだけ残ってたよ」

 

いわゆるコレクターズアイテムってやつね。あたしも限定って言葉には弱いとこあるし、わからんではない。

あと、中古で出回る量が少なく、且つ需要が多ければ、逆に値が釣り上がる場合もある。そこを理解していないとは、クロエもまだまだね。

 

「まさか先生、公費の私的利用を…!?」

 

凛さんのツッコミに、ロードの眉間の皺が深くなる。

 

「君は何を言っているのかね。確かにカウレスへの頼み事は私的なものだが、あくまで私財を投じての事だ。

それにその様なことをしたら、法政科が絡んできて鬱陶しいからな」

 

法政科? 時計塔の部門みたいだけど…。

 

「法政科って、神秘の秘匿に絡んでもいませんよ?」

「……事ある毎に、私にやたらと絡む者がいるんだよ」

「ああ、あの方ですわね」

 

疲れた口調のロードに、納得顔のルヴィアさん。どうやら彼女も、ロードが言う人物に心当たりがあるようだ。

 

「……すまない。少し醜態を晒してしまった様だ」

「いえ、こちらこそ、先生を疑ってしまってすみませんでした」

 

お互いが謝罪をし、どうやらこの場は収まったみたいだ。

 

 

 

 

 

「……さて、これで大凡(おおよそ)の説明は終わったな。何か質問はあるかね?」

(わたくし)は特にありませんわ」

「私もありません」

 

ルヴィアさんと凛さんの答えに、ロードは軽く頷く。

 

「わかった。それでは用事も残っているので、そろそろ失礼させてもらおう」

「大したおもてなしも出来ず、すみませんでした」

 

ルヴィアさんが軽く謝罪をすると。

 

「なに…、大ゲンカの果てに時計塔の講堂を破壊し、地下七階・八階を吹き抜けにしたお前達が何か仕出かしてないか、確認の意味もあったからな」

「「ぐはぁっ!?」」

 

ロードの、嫌味混じりのセリフが飛び、凛さんとルヴィアさんは呻き声を上げた。というか、そんな事件があったのか。……もしかして二人の任務って、その懲罰的な理由だったのでは? だとしたらそれは、自業自得というやつだろう。

……むゆぅ、しかしあたしも、自称ライバルとはそんな感じだったし、将来的にそんな相手が現れないとも限らない。こんな事にならないよう、心に留めておくとしよう。

 

 

 

 

 

ロード一行と共に、あたしとイリクロもエーデルフェルト邸を後にする。向かいの家に入っていく二人にさよならした後、我が家へと向かっているのだが、何故かロード達もついて来ていた。

 

「……あの、何か御用ですか?」

 

さすがに沈黙が堪らなくなって、尋ねるあたし。

 

「君との話が途中だったのを思い出してな」

 

……話?

 

「ええっと、なんの話でしたっけ?」

「クラスカードの英霊の話だよ」

 

あ。そういえばロードが、何か話そうとしたタイミングで、イリヤから連絡が入ったんだった。

 

「クラスカードの英霊はセイバーとアサシン以外は、ロードが経験した戦いに召喚された英霊とは違っていた。それでロードは、おそらく第四次聖杯戦争と直接は関係ないと答えつつ、間接的には関係してるかも知れないって言ったんですよね?」

 

旧衛宮邸でのやり取りを思い出しながら、あたしは尋ねる。

 

「ああ。あの時にも言った通り、突拍子も無い話ではあるが」

 

そう前置きをして、ロードは話を続けた。

 

「宝石翁が回収を命じたクラスカード。そしてカードと繋がった英霊。彼らは、また別の聖杯戦争に関わっていたのだと思う」

「別…って、ロードが仰っていた[亜種聖杯戦争]の事ですか?」

 

この話が出たときの、切嗣さんとロードの苦り切った顔は記憶に新しい。しかしロードが言わんとすることは、また違っていた。

 

「いや、そうではない。……そもそも、[亜種聖杯戦争]が思い浮かんだときに、違和感は感じていたのだ」

「違和感…ですか?」

「うむ。[亜種聖杯戦争]はあくまでも、冬木の聖杯戦争の模倣でしかない。その様な儀式で、()()と同じ規模の聖杯戦争が成立すると思うかね?」

「あ…」

 

確かに、その通りだ。システムそのものを移動させたか、あるいはそのシステムを全く同じレベルで再構築させたのならともかく、模倣、即ち真似ただけで、そんな事は無理な話である。

 

「[亜種聖杯戦争]においての英霊召喚は、精々が三騎といったところだ。だがクラスカードの場合、カードを介しているとはいえ七騎全てが出揃っている」

「はい。つまり絶対とは言わないものの、[亜種聖杯戦争]に使われたアイテムである可能性は無い、と?」

「そういう事だ」

 

ううううみゅぅぅぅ。なんだか振り出しどころか、後退してしまった様な。……いや、待てよ? 確かあの時。

 

「そういえばロード、『実在している限り可能性はある』とか言ってましたね? あれってどういう意味なんですか?」

 

そう。「突拍子も無い」考えであるものの、何かが「実在している」ために、その「突拍子も無い」考えもあり得るという事か。

 

「そのカードは、全く別の術式による聖杯戦争に使われたものだと思う」

「別の術式の!?」

 

思わず声を荒げてしまう。しかし同時に、すんなりと受け容れられる推測でもある。

 

「しかしそういった情報どころか痕跡すら、魔術協会…いや、おそらく聖堂教会も掴んでいないだろう。これはこれでおかしな話ではあるが、あるピースをはめ込むと、僅かな可能性ながらある仮説が成り立つのだ」

 

ピース?

 

「レディ、クラスカードが存在していたのはどこか、憶えているか?」

「え? えっと、高校の校庭に…、ってそうじゃなくて、まさか鏡面界の事!?」

「その通り」

 

鏡面界。凛さん曰く、鏡合わせの世界。正しくは鏡合わせのように連なる世界の、その鏡像。即ちそれは…。

 

「鏡面界とは、隣り合わせた世界の狭間に存在する虚像の世界。そこに存在したクラスカードとはおそらく、()()()()()聖杯戦争に使用されたものではないか、ということだ」

「並行世界…!」

 

そうか。第二魔法が存在している限り、並行世界の存在もまた確実。そもそもあたし達も、おそらく遠い並行世界の存在にあたる、なのは達に会っているのだ。ならば、クラスカードが並行世界のアイテムであっても、何らおかしいことはない。

 

「あくまでも予想・推測、もしくは虚構の類いでしかないが。魔術世界ではワイダニット(動機)に重きを置くが、それすらもわからん現時点では、推理とすら呼べぬ程度のものだ」

「いえ、充分ですよ。たとえ予想だろうが、可能性のひとつが浮かびあがったんですから。その為の備えを考えるきっかけにはなります」

 

とはいえ、まだ何をすればいいのかなんて、思い浮かびもしないのだが。それに…いや、今はまだいい。

 

「……あ、そういえば第四次との、直接ではない関わりってなんですか?」

「うむ。これもまた推測になるが、七騎の英霊を扱った聖杯システムならば、別の術式とはいえ同じ形には収束するだろう。つまり冬木の聖杯戦争と同じく、七騎を戦わせ、残ったひとりが聖杯の恩恵に与れるというもの、ということだ」

「なるほど。という事は相手を倒し、カードを集める事自体が小聖杯と同じ役割をしてるって事ですね。そして大聖杯にあたる何かにカードをくべて、根源へと接続させる」

「あくまで推測に過ぎないが」

 

推測と言うがこれが本当なら、冬木の聖杯システムに劣らぬトンデモ魔術式である。しかも推測ではあるものの、上手くやれば誰も犠牲が出ないというのが素晴らしい。

……なんてやっている間に、自宅へと辿り着いてしまった。

 

「ロード。今日はありがとうございました」

「いや、構わんよ。もう少し先だが、こちらの方に知人の家があるのでな。もののついでという訳だ」

 

ふみゅ。なんというか、変則的なツンデレみたいな反応だわ。まあ、嘘ついてるわけでもないんだろうけど。

何となくそこん所をからかいたい気分だが、弟子や生徒が見てる手前、止めといたげよう。

 

「それじゃあ、いつまで居るのかわかんないけど、良い旅を」

「ああ。君にもいい日が続く様、祈っているよ」

 

こうして挨拶を交わし、あたし達は別れるのだった。

 

 

 

 

 

そして数日が経ち。

 

「盛夏の候、皆様、いかがお過ごしでしょうか…」

 

藤村先生が何やら、真っ当なことを言っておられる。いや、カッコつけたいだけだろうけど。

 

「今、皆さんはどんな気持ちでしょうか? わたしは少し寂しくもあり、1ヶ月後が楽しみでもあります。

この夏に皆さんがどんな経験をし、何を見、何を知り、何を成すのか。

二学期、また皆さんと会えるのを楽しみにしています」

 

とはいえ、言ってることは中々立派ではある。まあ、ああ見えて、いい先生なのは確かだしね。

 

「それでは皆さん…。

夏休み開始だ、オラーーーッ!!!

 

最後まで()たなかったか、先生の大絶叫。同時にテンションの上がりすぎた龍子が倒れたりもしたが、それはともかく。

待ちに待った夏休みの開始である。

 




今回のサブタイトル
城平京「虚構推理」から

法政科の事ある毎に絡んでくる者とは当然、化野(あだしの)菱理(ひしり)です。

という訳で(どんな訳だ)、ついに、ようやく、夏休み編突入であります。

次回「夏のお嬢さん達」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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夏のお嬢さん達

登場人物、増え過ぎた。


≪third person≫

「キタキタ、キターッ!!」

 

道を走り抜けながら、雀花が叫ぶ。

 

「えっ、コレ本当にやるの!?」

「あったりめーだ! 何のためにこの間イメージトレーニングしたと思ってんだ!」

 

戸惑いながら尋ねるイリヤに、答える雀花。

 

「あたしその(くだり)、知んないけど」

 

冷静に突っ込むリナだが、水着購入時のやり取りなので致し方ない。

 

「う、海だーッ!!!」

「タ、タツコが決めゼリフ言っちゃったよ!?」

「台無しだ!」

「ええい、もう構わん! 予定通りいくぞッ!!」

 

腹を括った雀花が号令をかけ。

 

「海だ…」

 

イリヤが龍子と同じセリフを叫ぼうとした、その時。

 

きききいいいい!

ドン!

 

「ああッ! タッツンが車にッ!?」

 

跳ねられた。

 

 

 

 

 

「いやー、危なかった。イリヤ達の誕生日がタッツンの命日になるとこだったぜ」

「シャレんなってないからッ!!」

 

本当に、ギャグパートで洒落にならない展開は御免被りたい。

 

「受け身だけは天才的なタッツンで助かったよ」

 

那奈亀もそんな事を言っているが、そういう問題ではないだろう。

 

「ねぇねぇ…」

 

ここで、クロエにしては珍しく、戸惑った声で話しかけてきた。

 

「さっきの運転手、お詫びにって1万円置いてったんだけど」

「「1万円だと!?」」

 

雀花と那奈亀が聞き返す。

 

「世間じゃひと轢き1万円なのか…?」

「ウチら、タッツンでひと稼ぎ出来るんじゃ…」

 

彼女達のクズい発言。こうして人は落ちてゆくのかも知れない。

 

「アンタら、あたしとO・HA・NA・SHIしたいワケ?」

「那奈亀さん、龍子さんに怪我がなくて、本当によかったですわ」

「そうですわね、雀花さん。龍子さんにはこれからも健壮でいて貰いたいものですわね」

 

リナの脅しに、雀花と那奈亀は間違った淑女観の会話で誤魔化した。

 

「大体、世間的にもタツコ的にも、それってアウトだからねっ!」

 

龍子を守るように、後ろから抱きしめながらイリヤは言うのだった。

 

 

 

 

 

「全く、道路に飛び出すなんて危険なこと、もうやったらダメだぞ」

「怪我が無かったのは奇蹟的だな」

 

そう言ったのは、保護者として着いてきた士郎と柳洞一成。更に。

 

「これだからガキは嫌いなんだよ」

「兄さん、非道いこと言ったらダメですよ!」

 

ワカメ…もとい、間桐慎二と桜も一緒だ。

 

「イリヤイリヤ。赤毛の方がイリヤ兄なのは知ってるけど、眼鏡男子とワカメ頭、あと巨乳さんはどなた?」

「ワカメ頭!?」

 

那奈亀の疑問に過剰反応する慎二。まあ、貶されてるのだから当たり前だが。

 

「あとの二人はわたしも初めてだなー。眼鏡のお兄さんは…」

「無視すむぐぅ!?」

 

慎二は後ろから、桜に手で口を覆われた。何だか鼻も覆っている気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「失礼、挨拶が遅れた。俺は柳洞一成だ」

 

片手で拝むポーズをとり挨拶をする一成。

 

「わたしは間桐桜、こちらは兄の間桐慎二です。兄さんと衛宮先輩、柳洞先輩は同級生で、わたしはひとつ下の後輩になります」

「ああ、そうなんだ。引率するなら人数が多い方がいいし、交替で休憩も取りやすいと思って応援を頼んだんだ」

 

士郎の説明に、なるほどと頷く那奈亀。

 

「因みに、士郎さんと桜ねーちゃんは弓道部でも先輩後輩で、あたしと桜ねーちゃんは友達同士だから」

「へー…って、友達!?」

 

流れで頷きそうになった那奈亀が思わず聞き返す。もちろん他の小学生組も驚いている。

 

「そうか。俺と一成は聞いてるけど、イリヤ達は初耳だったみたいだな」

「そうだよ。ねえリナ、どうしてわたしに教えてくれなかったの!?」

「いや、隠してたわけじゃないんだけど。言う機会もなかったし、結果忘れてたみたいな?」

 

イリヤの疑問にあっけらかんと答えるリナ。全く悪びれる様子はない。

と、ここで。

 

「ブッハアアアッ! ……く、苦しかった…じゃなくて! 僕だって桜とお前の事は知ってるんだからなっ!」

 

桜の手を振りほどいた慎二が、負けじと言い募る。

 

「なんですか、兄さん。自分が頭数に入ってなくて寂しかったんですか?」

「な!? そそそそんな訳ないだろっ!」

 

わかりやすい男ではある。

 

「全く、衛宮と間桐は仲が良いな。俺も些か妬けてくるぞ?」

「っそんなんじゃねーよ!」

「俺と慎二とは、長い付き合いだからな」

「衛宮も何言ってやがる!」

「どうだ、間桐。今度、衛宮と一緒に生徒会の仕事を手伝ってはくれないか? 素行に問題があると思っていたが、強ち悪い人物でもないようだ。何より、衛宮の親友なら俺も仲良くしたい」

「何気持ち悪いこと言ってんだよ! 第一、生徒会の仕事なんてわかんねーし!」

「なんだよ。俺との共同作業はイヤなのか?」

「何、案ずるな。俺達が手取り足取り教えてやろう」

「……ちっ、そんなに言うなら、しょうがないから手伝ってやるよ」

「全く、素直じゃないな。今度お弁当作ってきてやるからさ」

「……味噌汁も付けろ」

「うむ。衛宮の味噌汁は毎日飲んでも飽きないからな」

「なんだよ。二人揃って褒め殺しか? さすがに毎日は勘弁な」

 

何だか意味深なワードを織り交ぜながら会話する三人。つい深読みをしてしまう女子達はざわついている。

 

「まさか、先輩と兄さん達がそういう仲なんて事…。そんなはずない。そんなはずない。そんなはずない…」

「桜ねーちゃん! 黒いの出てる! 黒いの出てるからッ!!」

 

陰鬱なオーラを放つ桜に、リナが突っ込む。そして。

 

「ア…、アリガトウゴザイマシターーーッ!!」

 

雀花が、何に感謝しているのかわからない叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 

みんなの元からひとり離れ、岩場へと向かうリナ。水着の上にライフジャケットを羽織り、肩からロッドケースとクーラーボックスを掛けている。

 

「ふふん。やっぱ釣りは楽しいわよね。それに今回は…」

 

実はリナ、転生してからの秘かな趣味が釣りである。何も年がら年中魔法…魔術や魔法少女、食べ物のことばかり考えているわけではないのだ。

 

「……ん?」

 

岩場を少し行くと、ルアーフィッシングをしている赤毛の少年と金髪少女の姿が見えた。

 

「……ミリィ?」

「えっ、あ、リナ!?」

 

そう。そこにいたのはクラスメイトの星見ミリィだ。そしてリナ自身は直接見知っていたわけではないが、校内の噂から、もうひとりが青川(あおがわ)(けい)と推測する。

 

「何々? ひょっとして青川くんと、釣りデートの最中?」

「違うっ! 違うからっ!!」

 

揶揄うリナに慌てるミリィ。どうも調理実習の時よりも、過剰に反応しているように見受けられた。

 

(……もしかして、本当に意識し始めたとか?)

 

にんまりと笑うリナ。しかしミリィも手札を切ってきた。

 

「それよりリナは、イリヤのお兄さんと一緒じゃなくていいの?」

 

ちょっとしたきっかけで、リナがイリヤの兄(士郎)へ無意識の恋愛感情を抱いてる事に気づいたミリィ。今日は、イリヤ達の誕生日会も兼ねて海に来ていることは知っていたので、引率に士郎も来ていると踏んでの口撃である。

 

「ちょ、士郎さんは関係ないでしょ!?」

「リナ、どうして慌ててるの?」

「えっ!?」

 

にっこり笑いながら返され、リナは戸惑う。

 

(……あれ? ホントに何慌ててんだろ?)

 

未だ士郎への想いに気づかないリナ。こういう所は前世から変わってない。

 

「おいお前ら、何じゃれ合ってんだ?」

「「じゃれ合ってないっ!」」

 

口を挟む慧に、二人は同時に突っ込んだ。

 

「まあ、いいけどよ。それで、お前が色々と有名な稲葉リナか?」

「……どう有名かは聞かないけど、おそらくその稲葉リナよ。そう言うアンタは、真偽は別としてミリィのカレシの青川慧ね?」

「ああ。ただの親戚だけどな」

 

お互い、自分に立てられた噂くらい理解している。もっとも、「ただの親戚」と言われたミリィは、物凄く複雑な表情を浮かべていたりするが。

 

「……ま、お互い余計なツッコミは無しって事で」

「だな」

 

二人は知らないが、どちらも喧嘩っ早い者同士。まさに正しい判断である。あるいは、無意識にそれを感じ取っているのかも知れない。

 

「で、話は変わるが、稲葉も釣りか?」

「ええ。あたしの趣味よ」

「ふぅん」

 

慧は軽く頷き。

 

「ミリィも釣り、特に磯釣りが趣味なんだ。今日は貴光のじいちゃんが行かれなくなって、代わりに俺が呼び出されたって訳だ」

 

等と聞いてもいないことを説明した。因みに貴光とは、ミリィの祖父で日本名を星見貴光、元の名をアルバート=ヴァン=スターゲイザーと言い、ゲイザーコンツェルンの会長である。

 

「へー、なんか意外ね」

「……リナこそ、イリヤとのアニオタ仲間か食欲魔人のイメージしかなかったけど」

「くはっ! ……うう、何だか言い返せない自分が悔しい!」

 

正確にはアニオタではなく魔法少女ものオタクだが、この場合は些細な違いである。

 

「ところでリナは餌釣り?」

「……いきなりねえ。今回は1時間前後しかやらないから、アグレッシブにルアーフィッシングだけど?」

「という事は、条件は同じってワケね」

「……はい?」

 

リナはミリィが何を言いたいのか、理解できない。

 

「リナ! 釣り勝負よっ!!」

「はああああ!?」

 

こうして、何故かいきなり釣り勝負をする羽目になるリナだった。

 

 

 

 

 

そして1時間後。

 

「びくとりぃっ!」

 

ピースサインを出しながら言うリナ。

 

「くううっ、負けたッ!」

 

両手、両膝を地面…というか岩に着け、項垂れ悔しがるミリィ。

釣果は、リナがキチヌ(キビレ)5匹に対し、ミリィが3匹。もちろんリナは、入れ食いの呪文(仮)を使わずに、だ。むしろ使っていたら、二桁は軽く超えていただろう。

 

「ま、あれね。最初にフラグ立てた段階で、勝負は着いてたって事ね」

「フラグ? ミリィのやつ、なんか言ったか?」

 

最近、フラグ立てと回収といった感じの出来事がやたら起きるため、何となく敏感になっている慧である。

 

「ほら、あたしに勝負挑んできたじゃない。悪役相手だと勝利フラグの事が多いけど、ライバル相手だと負けフラグである事が多いかんね」

「あー、なるほど…」

「納得してないで、少しは慰めてよッ!」

 

ミリィは悲痛な叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 

交替で休憩に入った士郎。ビーチパラソルの陰でしばらくボーッとしていると。

 

「やっほー、士郎さん!」

 

そう言って駆けてくるのはリナである。

 

「士郎さん、例のブツは手に入ったわよ」

「ブツ…って、なんか物騒だな」

 

少し引きながらもクーラーボックスを受け取り、フタを開けて中を確認する。

 

「お、凄いな。キチヌが5匹も。しかも結構いい型じゃないか。これなら申し分ないな」

「でしょでしょ?」

 

士郎に褒められ、リナは上機嫌だ。

 

「よし、それじゃあ早速調理場を借りて…」

「だったらあたしも…」

「いや」

 

振り向いた士郎の表情は、キリッと引き締まっている。

 

「ここは俺の、腕の見せ所だ。何人(なんぴと)たりとも邪魔はさせない!」

「お、おーけー」

 

さすがのリナも、士郎の無駄に強い圧に()されてしまった。

 

(……イリクロの言じゃないけど、無駄にカッコいいわね)

 

取りあえず、格好良さを出す場所を間違えているのは否めない。

 

「それじゃあ士郎さん、お願いします」

「ああ、任された」

 

これだけの会話を交わすと、士郎はクーラーボックスを持って立ち去っていく。リナは士郎と入れ替わるように、ビーチパラソルの陰で涼を取る。

それから数分ののち。

 

「あれ、リナちゃん? 先輩は…?」

「あ、桜ねーちゃん。士郎さんなら、あたしが釣った魚を捌いてる」

「え? えっと、それじゃあわたしもお手伝い…」

 

少しそわそわしながら、桜は立ち去ろうとする。

 

「残念だけど、誰の介入も許さないって意気込んでたから」

「そ、そう…」

 

見るからに落ち込む桜。リナは苦笑いだ。

そして、流れる沈黙。

 

「……ねえ、桜ねーちゃん。藪から棒なんだけど」

「何?」

 

聞き返す桜に、少し躊躇いながらも話を続ける。

 

「桜ねーちゃんは、凛さんの事、どう思ってる?」

「……え?」

「桜ねーちゃんと凛さんって、姉妹なんだよね?」

「!! リナちゃん、どうして…!?」

 

桜はこの上ないほどの動揺を見せる。

 

「桜ねーちゃんが養子なのは、出会ったときに聞いたよね? それでこの間、桜ねーちゃんと凛さんが鉢合わせした時に、二人とも様子がおかしかったから、凛さんにカマかけたのよ」

「そう、だったの」

 

リナの説明に納得する桜。どうやら遠坂家のうっかり体質は、彼女も知るところだったらしい。

 

「それでお節介ながらも相談に乗ろうとしたんだけど、凛さんって素直じゃないでしょ? やんわり断られちゃったの」

 

あたしも人のこと言えないけど、などと内心思いつつ、再び苦笑いを浮かべるリナ。

 

「でも、桜ねーちゃんは友達だし、凛さんはちょっとあたしと似てて、ほっとけないし。だから桜ねーちゃんに聞きたいの。凛さんと、お姉さんと仲良くしたい?」

 

尋ねるリナに、桜は顔を俯かせ。

 

「……()()()と…仲良く、したい。わたし達が姉妹だった、あの頃と同じ様に! ……でも、姉さんはリナちゃんに…」

「凛さんは関係ないわ。あたしは友達の、桜ねーちゃんの望みを叶えてあげたいだけだもの」

「リナちゃん…! あり、がとう…」

 

桜は涙を浮かべてお礼を言った。

 

「……あ、そうだ。遠坂と間桐の双家に関わるんだから、あたしの秘密のひとつも、語らなきゃフェアじゃないわね」

「リナちゃんの、秘密?」

「うん」

 

そう言うとリナは小声で何やら呟き。

 

明り(ライティング)!」

 

手のひらの上に明かりを創り出した。

 

「リナちゃん、それ…!」

「あたしは魔道士のリナ。凛さん達とは別体系の魔術使いよ」

 

リナはとても真剣な顔で言う。が、すぐに笑顔に変わり。

 

「とはいえ、桜ねーちゃんと知り合って仲良くなったのは、ただのぐーぜん。遠坂と間桐が魔術師の家系で、凛さんには既に知られてるから、桜ねーちゃんにも教えたワケだけど。……あたしにとって桜ねーちゃんは、友達以外の何ものでもないから」

「リナちゃん…。うん。いきなり魔術を使って驚いたけど、リナちゃんが魔術…魔道士だって事以前に、わたしにとっては大事なお友達だよ!」

 

桜も笑顔で返すのだった。

 

 

 

 

 

「……ところで『秘密のひとつ』って事は、リナちゃんには他にも秘密があるのかな?」

「う…。それについては、まだ心の準備が出来てないの。いつかちゃんと話すから…」

「うん。いつまでも待ってるから♡」

 

どうも今日のリナは、揶揄われる運命にあるようだ。




今回のサブタイトル
80年代アイドルソング「夏のお嬢さん」より

今回マンガ、アニメ、小説関係じゃないのは、ぱっとこれが思い浮かんでしまった事と、他にいいタイトルが思い浮かばなかったためです。

今回、久々に星見ミリィが、そして【ドラまた☆リナ】としては初めて青川慧が登場です。本当は、裏でこういう事があったと匂わせる程度のつもりだったのですが、リナが士郎への想いを自覚する切っ掛けを挟むことにしました。因みに番外編(カードキャプター編)で神名が託けを承けてた原因が、今回の勝負です。

補足説明。
キチヌ……タイ科クロダイ属の海水魚。クロダイ(チヌ)によく似ていて、ヒレに黄色味を差すことから黄色いヒレのチヌでキチヌ、別名がキヒレと呼ばれる。旬は初夏。

次回「夏色サプライズ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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夏色サプライズ

本日、訳あって二話投稿の一話目です。二本目は19時に投稿します。


≪リナside≫

「やっほー! みんなお待たせっ!」

「あ、リナ!」

「ちょっと、遅いわよ!」

 

あたしが声をかけると、イリクロがそう返してきた。穂群原小(ホムショー)の以下略も、声には出さないものの同じことを思っているのは、その表情から読み取れる。

 

「いやー、ごめんごめん。ちょっとばかし白熱しちゃって」

「別に構わんが」

「けど、リナ介が釣り好きなのは意外だったぜ」

「ホントにねー。食べ物か、魔法少女の事しか考えてないかと思ってた」

 

雀花、龍子、那奈亀の三人にそんな事言われた。美々が嗜めてるけど、苦笑いを浮かべてるって事は、あの子自身も内心ではそー思ってるに違いない。

 

「むみゅう。さっきミリィにも似た事言われたわ」

「え、ミリィ?」

「あの子も来てるの?」

 

うん? イリクロが食いついてきたけど、この二人、そこまで仲良かったっけ? ……ま、いっか。

 

「ええ。ミリィも磯釣りが趣味らしいわよ。何処ぞの赤毛の少年と来てて、釣り勝負を挑まれたってわけ」

『ほほう?』

 

何だか、美遊まで含めた全員が興味示してんだけど。

 

「ねえ、リナ。他に長い黒髪の子はいなかった?」

「長い黒髪?いんや、いたのはその二人だけだけど?」

「なんだ、つまんないわねー」

 

イリヤとクロエは何を期待してたのだろう?

 

 

 

 

 

その後、龍子を弄ったり、龍子をいじったり、龍子をいぢったりしながら、みんなとワイワイ楽しんで。

イリヤ達が雀花達と離れ、あたしが磯釣りしてたのと逆側の岩場へと移動する。もちろんあたしも一緒だ。

 

「……じゃあ、ミユは海に来るのは初めてなの?」

「海に来るのは二回目。入るのは初めて」

 

イリヤの疑問に答える美遊。ふみゅ、ひと月ちょっと前に海の話題が出てたときにも言ってたが、日本国内、しかも沿岸部にいて海に来るのが初めて…、今は二回目だけど、そういうのもなかなか珍しい。長年入院してたとかならわかるけど、今の美遊を見ても、その可能性は無いに等しいだろう。

 

「それにしても珍しいね。こんなに海に近い街に暮らしてるのに」

 

あ、イリヤもやっぱりそう思ってたか。

 

「少し前までは、……海のないところに暮らしてたから」

「え、そうだったの?」

「……小さい頃は冬木市に住んでた。父と兄と…三人で。だけど父が病死して…。それからそちらに引き取られた。冬木に帰ってきたのはつい最近」

 

……? なんだろ。なんか…。

 

「もしかして、そのお兄さんって人が…」

「……うん。士郎さん…に、よく似てる人」

 

……うん、やっぱり。美遊が話してることに嘘は無いだろう。だけど、真実全てを語ってはいない。そう。あたしがちょくちょくやってることを、模倣して話してる。そんな印象を受けるのだ。

 

「……ンディー」

 

……まあ、ゼロスみたいな間違った方向への誘導はないみたいだけど。というか、むしろ美遊にそれが出来たら、良くそこまで生長したと誉めてやりたいところだ。

 

「……スキャンディー、いか……」

 

とはいえ、誤魔化しつつもここまで語ってくれたってだけでも、大した生長である。もちろん、お互いの仲が深まったというのも大きいだろう。

もっともイリヤは、わざと踏み込まないあたしと違って踏み込めずにいるし、クロエはそんなイリヤがまどろっこしいみたいだけど。

 

「アイスキャンディー、いかっすかぁっ!!」

「「って、さっきからうるさいわね!?」」

 

あ、クロエとセリフが被った。……ってそうじゃなくて。

 

「む。貴女方は」

「バ、バゼット!?」

「また出たわねっ、バサカ女!!」

「てて、転身しなきゃっ! ルビー! ルビー!! ええっ、またいないっ!?」

 

ううみゅ。なんか、てんやわんやの三人である。まあ、気持ちはわかるが。

 

「……子供にそういう反応をされると、さすがに少し落ち込みますね。安心しなさい。ここで貴女方とやり合うつもりはありません」

「りょーかい。ま、プロであるアンタがなんの理由も無く協定を破るなんて、思っちゃいないけど」

 

というか、どう考えても別の仕事中みたいだし。

 

「……で。今のバゼットさんは、この間会ったときに言ってた、例のバイトの最中?」

 

この間というのは、一時トレードをしたカードを戻しに行ったときの事である。トレードした時にバイトの面接に行くと言ってたので、気になって尋ねていたのだ。

 

「ええ。今のわたしは、ただのアイスキャンディー屋さんです!!」

 

どどーん!と、意味もなく力説するバゼットさん。どうも彼女、本業以外のときはダメ人間っぽい気がする。

 

「先日の戦闘で発生した被害の修繕費ですが、何故か協会を素通りして、わたしに請求が来まして…。カードは止められ、路銀も尽きました」

 

どーやらあの時、ルヴィアさんが言ってたことの結果がこれらしい。

 

「ですが、大した問題ではありません。金など日雇いの仕事(バイト)で繋げばいい。その気になれば、道端の草も食べられる」

 

むぅ…。いざとなったら、あたしもそういった事するけど、それを堂々と公言できるような人間ではない。というか、そんな人にはなりたくない。……どうやら本当にこの人、普段はいろんな意味で駄目な人だったようだ。

 

「……とまあ、そんな訳ですので」

 

そう言ってクーラーボックスに手を突っ込み。

 

「一本三百円です。お買い上げありがとうございます」

 

約束された観光地価格(ボッタクリ)だとッ!? だがッ! あたしとて、前世では商売人の娘として生まれた身! このまま黙って、言い値で買ってなるものか!!

 

「フッ。確かに、真夏の海のこの暑い陽射しの中、アイスキャンディーを購入するのもやぶさかではないわ。けれどいくら観光地価格とはいえ、小学生相手にその値段は些かふっかけすぎじゃない? 適正価格の倍はするんじゃないかしら?」

「……そうなのですか? 生憎とわたしに、アイスキャンディーの相場などわかりません。何より」

 

バゼットさんは再び、キリッとした表情になり。

 

「バイトであるわたしに、商品値引きの権限はありませんっ!!」

 

……しまったああああっ! 根本的な所を見落としてたああああっ!!

 

「お買い上げ、ありがとうございます」

 

バゼットさんの再びの文句に、あたしはただ項垂れるのだった。

 

 

 

 

 

「あれ、どうしたの?」

「……なんか駄目っぽい人の押し売りにあっちゃって」

 

尋ねてきた美々に、アイスキャンディーを食べながら沈んだ声で返すイリヤ。いや、あたしも気分が沈んでるけども。

 

「よし。ではそろそろ、会場に移るぞ」

 

士郎さんに代わり、声をかける一成さん。

 

「会場? なんの?」

「ウチら疲れたから、そろそろ帰ろうと思ってんだけど」

 

をいこら。

 

「ちょっと! 今日の趣旨、忘れてないっ!?」

「(ほら、今日はイリヤちゃん達三人の誕生日で…)」

「……あーあー」

 

イリヤが心から叫び、美々に耳許で囁かれ、雀花はようやく納得した様だ。

 

「いや、ぶっちゃけ誕生会なんて、海に来る口実でしかなかったから忘れてたわ」

「そーそー」

 

いや、さすがにそれは余りにもだろ。

 

「ちょっとあんた達、ウソでもいいから『いやー、冗談冗談♡』くらいは言いなさいよ」

「いや、それも充分酷いだろ」

 

あたしの提案を、なんかワカメにツッコまれた。海産物のくせに生意気な。

 

「……あの、士郎さんは?」

 

美遊が、この場にいない士郎さんについて尋ねる。

 

「ああ。衛宮なら準備があると言って、一足先に会場へと赴いている」

 

一成さんの説明に小さく頷く美遊。

因みに士郎さんが準備していることに、あたしは一枚噛んでおり、また引率組には簡単な説明もしてある。何よりみんなが喜ぶ顔が目に見えるようだ。

 

 

 

 

 

そしてやって来たのは、一軒の海の家。……しかし、店舗の名前は聞いてなかったのだが、ここってもしかして。

 

「[海の家 がくまざわ]?」

「がくまざわって、まさか…」

 

そう。雀花、那奈亀が訝しんでいるとおり、ここの名前は[海の家 がくまざわ]である。で、がくまざわといえば…。

 

「あ、ここ、俺んちがやってる店だ」

「「ナニィーーーッ!?」」

 

……やっぱり、龍子んちのお店だったか。まあ、嶽間沢なんて珍しい苗字、そうそうあるとも思えないし。

そしてあたし達が、お店の入り口に立つと。

 

「らっしゃーい! お、なんだ、龍子じゃねえか」

 

嶽間沢凱介(がいすけ)。嶽間沢家次男。

 

「やあ。そちらはお友達かな?」

 

嶽間沢黎一(れいいち)。嶽間沢家長男。

……何だか知らんが、そんなテロップが見えた気がした。そして。

 

「衛宮さんとこの皆さんね。士郎さんは先に来てるわよ」

 

嶽間沢ステラ。龍子の母。

 

「なんだ、龍子のダチか! んじゃいっちょ、サービスしてやっか!」

 

嶽間沢豪兎(ごうと)。龍子の父。

……って、さっきからなんなのだ、これは。うーみゅ、アニメの見すぎだろうか。

 

「な、何が起きてるんだ! 知りたくもなかったタッツンちの一同が勢揃いだと!?」

「わざわざ紹介テロップ付きとか、意味がわかんねー!」

 

雀花と那奈亀が何やら喚く。というか、那奈亀にも見えたんだ。あのテロップ、何かの魔術かなんかだろーか。

 

「まるで主役級の扱いじゃないか!」

「脇役のくせに生意気だぞー!」

 

いや、マンガやアニメじゃないんだから。

 

「人は誰しも自分という物語の中で、主役を演じてるんだ」

 

嶽間沢龍子。嶽間沢家長女。

……って、龍子にまでテロップが!? あと、どーでもいいけどそれって、さ○まさしの主○公でしょ!?

 

「……いいから、早く入ろう」

 

疲れた声でツッコむイリヤだった。うん。なんかゴメン。

 

 

 

 

 

『イリヤ&クロ&美遊、お誕生日おめでとー!』

 

声を揃え、三人を祝福するあたし達。ワカメが「英語的には『イリヤ、クロ&美遊』だろ」とか呟いてるけど、野暮なことは言いっこなし! そんな事言ったらあたしだって、普段はクロエって呼んでるけど、みんなに合わせてクロって言ってるし。

 

「なんか凄いね」

「かき氷とアイス?」

「海で普通のケーキはキツいかと思ってさ。特別に作って貰ったんだ」

 

イリクロの疑問に答える士郎さん。

 

「あの、先輩。このアクアパッツァとカルパッチョってもしかして…」

「ああ、リナちゃんが釣ったキチヌを俺が調理したんだ。俺なりのお祝い料理だよ」

 

そう。大皿に盛られたこの二品。これが士郎さんがやっていた準備である。

 

「リナ、ただ趣味で釣りに行ったのかと思ってたわ」

「ふふん、クロエを出し抜けたなら御の字ね」

 

この三人の中で、知識的な頭の良さなら美遊だけど、こういったことに目聡いのはクロエだ。ハッキリ言って、あたしのこっちの趣味も知ってたイリヤの記憶を受け継いでたお陰で、変に勘ぐられずに済んだというのもある。

 

「さ、せっかくのサプライズよ。みんなで楽しくいただきましょ!」

 

 

 

 

 

士郎さんの料理やがくまざわで準備された料理を食べ、みんなで楽しくワイワイやってる中。

 

「イリヤ。誕生会って、何をするものなの?」

 

美遊がそんな事をイリヤに聞いてきた。

 

「誕生会なんだから、誕生日を祝うものでしょ?」

「誕生日って祝うようなものなの?」

『えっ?』

 

この子、何を言って…?

 

「ず、随分根本的な質問するなぁ、ミユッチは…」

「今まで祝って貰ったことないのー?」

ない

 

おおう!? 雀花と那奈亀が撃沈した! マズい! この空気、どうやって変えたらいいんだ!?

 

「ぷはぁ! ファ○タうめーッ! 世界一うめーッ!!」

 

って、ナイス龍子! まさかあんたを誉める日が来るとは、思いもしなかったけどっ!

 

「……そうだな。誕生日ってのはさ」

 

一端リセットされたところで、士郎さんが語りだした。

 

「生まれてきたことを祝福し、産んでくれたことに感謝し、今日まで生きてこれたことを確認する。そんな日なんじゃないかな」

 

士郎さん、なかなかいい事を言うわね。でも、あたしの場合は…。いや、せっかくの目出度い席だ。余計なことは考えるまい。

 

「……でもまあ、そんなに堅苦しく考えなくていいぞ。誕生日を祝われる側は、美味いものを食べて、適当に騒いで…」

 

鞄をガサゴソと漁っていた士郎さんは、可愛くラッピングされた箱を三つ取り出して。

 

「プレゼントを受け取る。やる事なんてそんなもんだよ。三人とも、お誕生日おめでとう」

 

三人に手渡した。と。

 

「なんだ、それーッ! 甘いもんかっ! 甘いもんが入ってんのかーっ!!」

「じゃかぁしゃーーーッ!!」

 

すっぱあああああん!

 

暴走する龍子の頭に、あたしのスリッパ一閃、綺麗にヒットした。全く。結果的にとはいえ珍しくいい事しても、すぐにそれを台無しにするんだから、この子は。

 

「はは…、ツッコみも程々にね」

「あ、はい」

 

士郎さんに教育的指導を受けてしまった。そんな様子を見ていた桜ねーちゃんが、あたしに尋ねる。

 

「リナちゃん。一体何処からスリッパを…?」

「そ・れ・は! 企業秘密♡」

 

いつものゼロスのマネではなく、ちょっと可愛らしく言ってみた。あたしだってそういう気分の時もあるのだ。

 

「そんなひみつのリナちゃんにも、はい」

 

そう言って士郎さんが、イリヤ達に渡したのと同じ箱をあたしへと差し出した。

 

「……え?」

「ちょっと早いけど、リナちゃんへの誕生日プレゼントだよ」

 

いや、確かにあたしの誕生日はイリヤ達と八日しか違わないけど、まさか貰えるとは思ってもいなかった。

 

「まさか引っかける側であるあたしも、同時に引っかけられる側だとは思わなかったわ」

「リナちゃんは勘がいいから、少し骨が折れたけどね」

 

むみゅうぅ。士郎さんってば嘘が苦手なくせに、なかなかやってくれるじゃない。

 

「なんだ、チビ。いつもと違って、随分としおらしい顔してんじゃないか」

「本当。リナちゃん、可愛いね」

 

ここぞとばかりに弄ってくる間桐兄妹。てか、血が繋がってないはずなのに、こういう所はよく似てらっしゃる。

 

 

 

 

 

箱の中にはブレスレットが入っていた。イリヤは五芒の星、美遊は六芒の星、クロエはハートで、あたしは五弁の花の飾りが付いた、ちょっと高そうなやつだ。

なかなかセンスがいいが、あたしを除いた三人のデザイン、何となくある共通性を見出せる。もしかしてこれって…。

 

「やるじゃない、お兄ちゃん。こういうの選ぶの苦手なイメージがあったけど、見直したわ」

「あー、実はなかなか選びきれなくて、遠坂に協力して貰ったんだ」

 

やっぱりか。五芒星がルビー、六芒星がサファイア。ハートはクロエの戦闘服の、割れたハートの様なデザインをイメージしたって所ね。なんであたしが花なのかはわかんないけど。

しげしげと自分のブレスレットを見ていると、桜ねーちゃんが覗き込んできた。

 

「リナちゃん。この花びらって桜…ううん、もっと切れ込みが多いから、ナデシコかな?」

 

なん、だと!? 言われてみれば、確かにナデシコっぽい様な。く、まさか誕生花からくるとは。しかも、一番使われたくない花だし。

とはいえ、あたしの前世の称号を知ってるわけでもないし、単なる偶然に腹を立ててもしょうがない。

 

「士郎さん、ありがと」

 

あたしは素直にお礼を述べた。

 

「あーっ、リナに先越されたッ! 」

 

イリヤが喚いているが、ぐずぐずしている方が悪い。

 

「……まあいいわ」

 

とはいえイリヤも、すぐに気を取り直した様だ。

 

「「ありがとう、お兄ちゃん。絶対大事にするよ」」

 

イリクロが声を合わせてお礼を述べ、そして美遊を促した。美遊はしばしの沈黙の後、口を開く。

 

「生まれてきたこと。

今日まで生きてこられたこと。

イリヤに会えたこと。

リナに会えたこと。

みんなに会えたこと。

士郎さんに会えたこと。

その全てに感謝します。ありがとう」

 

……笑顔、なのだろうか? どうもあたしには、裏腹な感情が隠れているように見える。おそらくは、語っていない真実の部分が関わっているのだろう。

そういった部分が読み取れない雀花達が、「重い!」とか言ってるが、ま、確かにちょっと重いわね。

そしてその騒ぎを見ているクロエは、複雑な笑顔を浮かべてる。そんな彼女の頭に手を乗せ、あたしはくしゃくしゃと軽く掻きむしった。

 

「な、ちょ、リナ!?」

「美遊に名前呼ばれなかったから、ちょっとだけ拗ねてんでしょ」

「う…、悪い?」

「うんにゃ、可愛いと思っただけ♡」

 

あたしがにっこり笑ってそう言うと、クロエはついに黙り込んでしまった。うむ、()い奴じゃ。

……そんな、まあまあいい感じだったのだが。

 

ズガガガガガガッ!!

 

突然響き始めた爆音と、かなりの振動。何事かと表に出てみると、海の家から少し離れたところで、何やら工事が始まっていた。一体どういう…って!?

 

「あら、イリヤ達じゃない」

 

凛さんにルヴィアさん!?

 

「あれは、遠坂にルヴィアじゃないか」

「こんな所で何を…?」

 

げ。士郎さんに一成さん!

 

「え、……遠坂、先輩?」

「遠坂にエーデルフェルト、何やってんだ?」

 

桜ねーちゃんにワ…慎二さん!

 

「アイスキャン…む?」

 

バゼットさんまで!

だああああっ!! この状況、一体どないせいっちゅーんじゃあっ!?




今回のサブタイトル
OAD「神のみぞ知るセカイ・4人とアイドル」OPから

イリヤが聞いてる長い黒髪の子は、外伝に出ているあの子の事です。

次回「ALCHEMY OF LOVE」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ALCHEMY OF LOVE

本日、訳あって二話投稿の二話目です。一本目を飛ばした方は、そちらをお先にお読みください。


≪リナside≫

「この様な場所で、奇偶ですね」

 

口火を切ったのはバゼットさん。

 

「バゼット!」

「なんですの、その格好はというかシェロ!」

 

凛さんは身構え、ルヴィアさんは士郎さんにも気が行っている。

 

「なんだなんだ?」

「知り合いか?」

 

士郎さんと一成さんは当然、状況が飲み込めておらず。

 

「バゼット、さん?」

「確か封印し…ゲフン!」

 

思案顔の桜ねーちゃんに、ワ…慎二さんが余計なことを言いそうになって咳払いをする。というか、慎二さんは封印指定執行者の事、知ってたんだ。

 

「ホント、突然現れるヤツね! どうする? こっちはまだ準備が…」

「落ち着きなさい。こんな大衆の面前で事を始めるほど、愚かではないでしょう。というか、シェロの面前で! というかシェロ!!」

「シェロシェロうるさいわよッ!」

 

全くその通りである。状況が状況じゃなかったら、あたしがスリッパで引っ叩いてたところだ。

と、ここで一成さんが、某落とし神の様な仕草で眼鏡の位置を直しながら、凛さん達に問いかける。

 

「お前達はここで何をしているのだ。まさかとは思うが、その怪しげな工事に関与しているのか?」

 

うむっ、なかなかに鋭い。ルヴィアさんがオホホ…と笑いながら否定をするものの、一成さんはバリケードへと近づき。

 

「では、施工主がエーデルフェルトになっているのは何故だろうな」

 

工事内容を記した看板を軽く叩きながら、問い詰めていく。

……どうでもいいけど、一成さんの話の組み立て方が、ちょっとばかしゼルに似てるわね。

 

「これ、八枚目の、……リナのも含めて十一枚目のカードを回収するための、トンネルを掘る工事」

 

みんなが言い合っている間に、美遊があたし達に説明を始めた。

 

「カードは地中深くにあるから、座標位置まで掘り進めてから鏡面界に接界(ジャンプ)するみたい」

 

なるほど。この世界を反映した世界だからこそ使える手、ってわけね。

 

「あー、いたいたイリヤズ」

「これ、なんの工事なん?」

「おおー! でっけえはたらくくるまだな!!」

 

なんてやってる間に、穂群原小(ホムショー)以下略がやってきたッ!

 

「みんなー、なんでもないよー」

「ここは危ないから、向こうで遊びましょうねー」

 

これ以上厄介事を増やしたくないのだろうイリクロが、みんなをこの場から遠ざけようとする。が!

 

「あッ! 金ドリルとツインテールッ!!」

 

那奈亀が、凛さんとルヴィアさんを指さし叫んだ。……那奈亀と凛さん、ルヴィアさん。なんかこの組み合わせ、イヤな予感がする。

 

「なんだ、知り合いか?」

 

雀花が尋ねると、那奈亀はわなわなと震えながら言った。

 

「こいつらはあたしの姉ちゃん、森山奈菜巳の恋路をぶっ壊した悪魔だーーーッ!!」

『なんですとーーーッ!?』

 

みんなが驚く中、あたしは頭を抱えていた。そっか。やっぱ奈菜巳さん絡みかー。

 

「森山奈菜巳…」

「あの、あざとい子ですわね」

「姉ちゃんをあざといとか言うなー!」

 

いや、あたしもあざといと思う。

 

「大体、カエル袋投げつけるようなヤツらに言われたくないわーッ!!」

「カエル袋ってナニ!?」

 

あたしも気になる。

 

「聞いたことあるぞ。ある女生徒が解剖用のカエルが入った袋を投げつけて、大惨事になったとか!」

 

雀花、よく知ってたな。

 

「あれ以来姉ちゃんは、カエル恐怖症になっちゃったんだ! 名前に『(ヘビ)』を持つ者が、なんたる悲劇…!」

 

それはご愁傷さま。

凛さんとルヴィアさんは、士郎さんと一成さんに窘められ、それに反論している。とはいえ、状況的に十中八九、凛さん達が悪いと思う。

 

「……大体! 元はといえば、あの子がわざとらしく衛宮くんにちょっかいをかけるから…」

「姉ちゃんの悪口言うなーッ!」

 

凛さんの言い様に、文句を言う那奈亀。

 

「『衛宮くんに』…? なあ。ナナミさんが好きな人ってもしかして、イリヤの兄貴じゃね?」

 

あ、雀花が正解引き当てた。途端に那奈亀が、「お義姉さまーッ!」とか言いながらイリヤに抱きついてるし。

しかし、この状況って…。あたしは恐る恐る桜ねーちゃんへ視線を移し。

 

「……」

 

うをっ!? 無言のまま、死んだ魚のよーな目で士郎さんを見つめる桜ねーちゃんの背後に、ドス黒いオーラが滲み出ている。怖い! 怖いからッ! しかも凛さん達や那奈亀でなく、士郎さんに感情を向けてる辺りが桜ねーちゃんらしいって言うか、なんというか…。

 

「卑劣な! 妹を使って、イリヤから落としにかかる戦略ですわね!」

 

いや。良くも悪くも、奈菜巳さんにそんな才能は無いだろう。まあ、天然でやってのけるそれも、才能ではあるが。

 

「ですが無駄なこと! イリヤスフィールとは既に、姉妹(スール)の契りを交わしています!」

「交わしてないよッ!?」

 

イリヤがツッコむ。というか、スールってどこのお嬢様学校だ。

 

「わ、わたしはイリヤと、主従契約を結んだこともあるんだからッ!」

「凛さん! どうしてそう、誤解を招きそうな言葉選びをーッ!?」

 

ちなみに主従契約って、カード回収の時の関係よね?

 

「あたしなんか、イリヤの恥ずかしー所にホクロがあるの知ってるもんねー!」

「どうして知ってるのーッ!?」

 

実はあたしも知ってたりする。

 

「みんな、破廉恥ですよ!? こうなったらわたしが先輩をお世話します!」

「こっちにもフラグ立ってたのーッ!?」

 

って、桜ねーちゃん!?

 

「いいや、女どもは信用ならん! ここは男だけの柳洞寺で面倒を見よう!」

「それはそれで別の不安がーッ!」

 

イリヤに激しく同意ッ!!

 

「アイスキャンディーいかがっすかぁ!」

「「まだいたのッ!?」」

 

最後の最後で、イリヤと共にツッコむあたし。

 

「さあ、一体どうするんですの!?」

「イリヤは誰の味方なんだ!?」

 

ルヴィアさんと那奈亀が、無理難題をイリヤに押しつける。ハッキリ言ってあたしがイリヤの立場でも、こんなの答えようがない。

 

「イリヤ!!」

「イリヤ!!」

「イリヤ!!」

「アイス!!」

 

なんか最後だけ違う気がする。ともかくも、追い詰められたイリヤはニコリと笑い。

脱兎の如く走り出した。

 

 

 

 

≪third person≫

逃げ出したイリヤをみんなが追いかける。心配する士郎以外は、私利もしくは私欲の為だが。

 

(みんな好き勝手、言いたいこと言って! 収拾つけられるわけないじゃない!

そもそも、お兄ちゃんはわたしの…!!)

 

内心で文句を言うイリヤ。するとそこに。

 

イーリーヤー…』

 

上空から聞こえてきた声が徐々に大きくなり。

 

『さんッ!!』

 

イリヤの頭に直撃したそれは、ここしばらく姿を見せなかったルビーだった。

 

「ルビー!? 今までどこに…って、今はそれどころじゃなくって!」

『できましたよ、イリヤさん! イリヤさんに依頼されてから三十三の夜を越え、熟成に熟成を重ねてついに完成したんです!

ルビーちゃん謹製! 惚れ薬ーーー!!

 

それを聞いて、イリヤは思い出した。

 

---契約する前、言ってたよね。こ、「恋の魔法」がどうたらって…

 

---た、ためしにひとつ!

 

そう。確かにそんな事を言っていた。

 

「でも、だからって、なんでこのタイミングでーーーッ!?」

『イリヤさんの誕生日に間に合わせるべく、ここ数回、出番を削ってまで最後の仕上げをしてましたー』

 

メタっぽい発言を抜きにすれば、意外とまともな理由だった。しかしイリヤは、イヤな予感が止まらない。

 

「悪いけど、その話は無かったことに…」

『という訳で、えい!』

「って、ああッ!?」

 

イリヤの制止も聞かず、ルビーは追いかけてきた士郎に注射器をブッ射した! 士郎は顔面からぶっ倒れ、一緒に追いかけて来たみんながざわめく。

 

『さあ、早く! 効果は刷り込み(インプリンティング)方式です』

「人の気持ちをオモチャにしてーーーッ!」

 

とはいえ、誘惑に負けて頼んだイリヤも悪い。そしてルビーに流されるまま、士郎に近づこうとしたが。

 

「シェロ! 大丈夫ですの!?」

 

何とルヴィアが先に介抱し始める。

 

「ル…ヴィア…」

「シェロ!」

「ルヴィアは、おっぱいが大っきいなぁ」

『……は?』

 

みんなの目が点になる。

 

「あれは質量の暴力だ。見まいと思っても、圧倒的な存在感を持つそれに自然と目が行ってしまう。たまに無防備に当てられるそれの感触は、忘れようと思っても…」

「なななナニを言ってるんですのおおおッ!?」

 

テンパったルヴィアは士郎を突き飛ばし、凛にぶち当たる。

 

「遠…坂は…」

「え゛…」

「足を出しすぎだ。スカートの短さは胸の自信のなさから来るものだろうか。だが、あの丈で完全なガード等望むべくもなく、しばしば下着が顕わになる。大腿から臀部にかけてのラインは…」

「ななな何言ってんのよコイツーーーッ!!」

 

あまりにもの羞恥に、何度も士郎を踏みつける凛。

 

「ちょっと? どうしちゃったの、お兄ちゃん!?」

「ま、まさか士郎さんが、そんな事を考えてるなんて…」

 

クロエと美遊も混乱気味だ。

 

「ル、ルビー!? どういうことなのーッ!?」

『いやー。間違えて、いつも持ち歩いてる自白剤を打ってしまったみたいです』

「ルビーッ!?」

 

イリヤが問い詰めてる間にも、更に事態は悪化していく。

 

「先輩!」

 

桜が駆け寄り、士郎を抱き起こすと。

 

「桜…は、上目遣いで話しかけるのは卑怯だ。あの眼差しとその先にある大きな胸は、男の拒否権を奪い取る。更に、甘えて腕に抱きつかれたときに芽生える劣情を抑えるのに、どれほどの…」

「せ、先輩いいいいいッ!?」

 

あまりのことに突然立ち上がり、士郎を地面に落としてしまうが、桜はそれどころでは無かった。

 

「一成は時々目つきが怖い」

「何だと!?」

「慎二はツンデレが過ぎる。あと、髪がワカメ」

「ツン…ていうか、ワカメって言うな!」

「最近の小学生は発育が…」

「ぎゃーーーッ! ウチらにまで矛先がーーーッ!!」

 

もう、ルビーの為にしっちゃかめっちゃかである。

 

「もうイヤーッ! 誰か、何とかしてーーーッ!!」

『しましょう』

 

イリヤの望みを叶えるべく、ルビーがみんなの頭上に注射器を落とす。注射を打たれたみんなは様子が変わり、急に静かになる。

 

「ちょっと、ルビー!? 何したのーッ!?」

『超強力な鎮静剤を打ちました。しばらくは涅槃(ねはん)状態になって静かですよー』

「静かすぎでしょーーーッ!?」

 

イリヤが突っ込みを入れるが、ルビーにとってはまさに絶好のチャンス。士郎の首筋に注射を打つ。そう。今度こそ正真正銘の惚れ薬である。

 

『周りは岩場、人の目はありません。さあ、イリヤさん。ロマンティックなひとときを!』

 

涅槃状態のみんなを背景に、目が虚ろな士郎がゆらゆらと近づいてくるその絵面に、ロマンがあればの話だが。

 

「お兄ちゃん、待って! 正気に戻って!!」

 

そんなイリヤの言葉も虚しく、士郎が手を伸ばし、驚いたイリヤが岩を背にして尻餅をつく。そのまま士郎は左手を岩に付けて、壁ドン状態である。

右手をイリヤの顎に当てて、くいっと引き寄せる。

 

(やだ、やだよ。こんな形でお兄ちゃんと…)

 

近づいてくる士郎の顔に、拒絶しつつも抗えないイリヤ。あわや、というその時、そのすぐ真横で成り行きを見ている美々の姿があった。

 

『あ。影が薄かったので、鎮静剤を打つの忘れてましたー』

 

ルビーのあまりにもな発言。まあ、美々の特性なので仕方がないが。

 

「イ、イリヤちゃん! クロちゃんとだけじゃなく、お兄さんとまでーーーッ!?」

「イ、イヤアアアアアッ!!」

 

ごっ!!

 

テンパったイリヤが士郎を突き飛ばし、岩に顔面から突き当たって気を失うという大惨事に。と、その時。

 

眠り(スリーピング)!」

 

力ある言葉と共に、イリヤと美々は眠りについたのだった。

 

 

 

 

≪リナside≫

「さぁて。どういうことか説明して貰いましょうか、ルビー!!」

 

あたしは腕を組み、ルビーを睨みつける。

 

『あ、あれー? そういえばリナさんの姿が見えませんでしたねー?』

「イヤな予感がしたから、後から遅れてきたのよ。で、これはどういうことなのかしら?」

 

 

しかし、あたしのその疑問に答えたのはルビーではなく。

 

『姉さんが士郎さまに、惚れ薬を投与しました』

『サ、サファイヤちゃん!?』

 

あたしはそれを聞いて無性に腹が立った。それは、薬剤による強制的な恋愛感情が理由…だけではない。士郎さんがイリヤに迫る様を見て気づいてしまったのだ。その瞬間、イリヤにヤキモチを妬いていたことに。そう。あたしは士郎さんが、好きなんだ。

以前ルビーが言っていた、士郎さんに惚れている最後のひとりはなんて事ない、あたし自身だったというわけだ。

だが、あたしはそんな感情を押し込めて、努めて冷静に話を続ける。

 

「それで、このあとどうする?」

 

ルビーではなく、サファイヤに尋ねる。

 

『それでは、わたしが姉さんのお仕置きを含めて何とかしましょう』

 

そう言うと、サファイヤの周りに電波の拡張器が現れる。あれは確か、なのは達の記憶を消すのに使った…。

 

『そ、それは洗脳電波デバイス…!』

 

あたしは慌ててサファイヤの後ろに回り込む。その瞬間、洗脳電波が放出され、みんなを巻き込むのだった。

 

 

 

 

 

そして時は経ち、バス停へと向かうあたし達。

 

「あー、疲れた」

「ホント。一時はどうなるかと…、ん? 何がどうなったんだっけ?」

 

クロエが自分の発言にキョトンとしている。

 

「何を言ってるの?」

「今日は一日、徹頭徹尾、愉快で楽しい日でしたよ?」

「ホントにねー」

 

美遊、雀花、美々が言葉を連ねる。ちょっと雀花の言い回しがいつもと違うところが、気になると言えば気になるけど。

 

「なんか一部、記憶があやふやなんだけど?」

「遊びすぎて記憶が飛んでしまったのだろう」

 

勘の良いイリヤの発言に、もっともらしくもあり馬鹿馬鹿しくもある理由を述べる一成さん。

 

「ねえ、リナちゃん。何だかわたし、不快な気分を味わった気がするんだけど」

「んー? あたしら女の子が多かったから、あれこれ世話を焼く士郎さん見てそう思ったんじゃない?」

「そう、かな」

 

桜ねーちゃんは訝しんではいるものの、それ以上深くは追求しない。

うみゅ。どうやらみんな、サファイヤの洗脳電波がきちんと効いているようだ。詳しくは見てないけど、かなりカオスと化していたようだから、本当にサファイヤ様々である。

そうだ。せっかくの三人の誕生日、イヤな出来事など無いに越したことはない。

イリヤ、クロエ、美遊。改めて、ハッピーバースデー!




今回のサブタイトル
映画「天地無用!」主題歌「ALCHEMY OF LOVE~愛の錬金術~」から

というわけで、予定調和で海編終了です。リナだけ洗脳電波デバイスを受けなかったのは、唯一冷静でいたからこそです。

次回「過去への扉」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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過去への扉

本日、稲葉リナの誕生日です。おめでとう、リナ!

リナ「あんた、このために前回、二話投稿したんかい!」


≪リナside≫

海での誕生会から8日。本日7月28日はあたしの誕生日だ。とはいえ、イリヤ達の誕生日のような盛大なお祝いをすることもなく、イリクロと美遊からはプレゼントを貰っただけ。夜には家族と一緒に外食するくらいである。

因みに。イリヤからはマジカル☆ブシドームサシのトレーデングカードゲームのキラカード(マジ嬉しい)、クロエからは1日デート券(烈火陣(フレア・ビット)で燃やした)という冗談半分からの可愛らしい財布(ピンクなのがちょっとやだ)、美遊からは誕生花であるナデシコのブローチ(他意は無いと信じたい)を貰った。まあ、色々文句も混じっちゃいるけど、やっぱり嬉しいものだ。

 

 

 

 

 

さて、それはそれとして、あたし達は今、柳洞寺へとやって来ている。実は今日、柳洞寺の境内では、小規模ながらフリーマーケットが開かれているのだ。

しかも出店料も入場料も無料なので、出店希望者の倍率は年々上昇、今年はとうとう10倍にもなり、利用スペースを増やしはしたものの最終的には抽選によって決められたそうだ。

という訳で、あたしが想像してたよりもかなり盛り上がっている。

 

「うっわあ! 思ってたよりお店もお客さんも多いね!」

「まさに、黒山の人だかりってやつね」

「わたし、こういうのは初めて…」

 

三人はそれぞれの感想を述べる。ってか、美遊ってばこういうトコにも来たことないのか。

 

「ま、とりあえず見て回りましょ。不要品販売とか、手作り商品とか、とにかくまあ色々あるから」

 

あたしが、主に美遊に向かって説明混じりで促すと、三人揃って頷いた。

そして散策し始めて僅か数分後。

 

「お、イリナズ」

「あたしとイリヤの名前、一緒にすんなあああっ! てか、また穂群原小の四神+αかっ!?」

「いや、リナも大概じゃね?」

 

と、あたしと雀花が、お互いツッコミ合いしたところで一息つく。

 

「……まあ冗談はさておき、アンタらも来てたのね。……というか、来ないわけが無いか」

「当たり前じゃねーか! ウチだって焼きそば屋台出してるぜ!」

 

なるほど。それでみんなの手には焼きそばのパックがある訳か。というか。

 

「ちょっとタツコ、海の家はどうしたの!?」

 

あたしと同じ疑問をイリヤが尋ねた。

 

「海の家は兄貴達が、こっちの屋台は親父とイリヤの兄貴がやってるぜ」

「「ええっ! お兄ちゃんが!?」」

「士郎さんが…」

 

イリヤとクロエが同時に、美遊が少し遅れて声をあげる。斯く言うあたしも驚いてるのだが。

 

「みんなは知らなかったの?」

「うん」

「お兄ちゃん、何も言ってなかったから」

 

尋ねる美々に、答えるイリクロ。

 

「それにしても龍子のとーちゃん、精力的に商売してるわね?」

 

前世の実家が商売してたこともあって、こういう態度には一目置くところがある。

 

「『せっかくの書き入れ時だから』って親父、言ってたぞ!」

 

……前言撤回。道場主の書き入れ時が飲食店収入って、全然ダメじゃない。

 

「まあ、タッツンの親だかんねー」

 

那奈亀の意見が、ある意味正解かもしんない。

……まあ、深く考えてもしょうがない。それよりも。

 

「と・こ・ろ・で! 今日はあたしの誕生日なのよねー。ま、別に深い意味はないんだけど?」

 

あたしがおどけて言うと、四人の肩がぴくりと跳ね上がる。

 

「そーいえばなんだか、お腹が空いたなー」

 

頭の後ろで両手を組み、ちらりと雀花が持つ焼きそばを見る。雀花達は一瞬怯み、諦めたかのようにため息を吐いた。

 

「しょうがねぇなあ。プレゼント代が焼きそばひとパックで済むなら安いもんだ。ほら、みんなもリナに貢いどけ」

 

雀花に促され、あたしの手には4つの焼きそばのパックが積み上げられた。

 

「まいどあり♪」

「くっ! みんな、もう一度屋台へ行くぞっ!」

 

雀花は捨て台詞っぽくない捨て台詞を吐き、みんなを引き連れ去って行った。

 

「……ええっと、リナ。それ、全部食べるの?」

「? とーぜんじゃない」

「そう…」

 

美遊は一体、何が言いたいのだろうか? そんな疑問を浮かべていると。

 

「「破壊と食欲の魔王」」

 

イリクロから、いつか聞いた二つ名を言われた。さてはクロエ、イリヤにバラしたわね? ちくしょう! 後でいぢめちゃる!

 

 

 

 

 

程なくして、美遊から驚きの眼差しを向けられながらも、あたしは4パック分の焼きそばを平らげる。言っておくが普段は抑えてるだけで、食べていいというのならまだまだ食べられるのだ。オマケに士郎さんクオリティで、普通の屋台の焼きそばよりも格段に美味い!

……って考えてみたら、この肉体はリナちゃんのモノなんだけど。どうやらリナちゃんも、結構いける方だったみたいね。

 

「ふわぁ、わたしは前から知ってたけど、ホントによく食べられるね」

「ユーノが言ってたさっきの二つ名、物凄く納得ね」

「何言ってんのよ。こんなの淑女の嗜みでしょ?」

「「「それは無い!」」」

 

あたしの意見は三人に一蹴された。納得いかん。

 

「さあ、リナの妄言は置いといて、いい加減お店巡りしましょ!」

「妄言て…」

 

クロエも結構辛辣だ。どうやらこの件に関して、あたしの味方はいないらしい。

とはいえクロエの言ってることも、もっともである。フリーマーケットに来てやったことは、雀花達と話をして、あたしが焼きそば食べただけだ。これでは確かに意味がない。

 

「ま、いいわ。それでどこ行く?」

「「「お兄ちゃん(士郎さん)の屋台」」」

 

……そうだよねー。焼きそば食べたの、あたしだけだもんねー。……なんかごめん。

 

 

 

 

 

「よっ! みんな来たな」

 

焼きそばを焼いていた士郎さんが、あたし達を見つけて声をかける。どうやら再購入しに行った雀花達から、あたし達の事を聞いてた様だ。

 

「もー、お兄ちゃん! どうして教えてくれなかったの!?」

 

頬を膨らませ怒るイリヤに、ハハハと笑いながら士郎さんは答える。

 

「いや、どうせみんなもフリマに来ると思ってたからな。驚かせようと思って黙ってたんだ」

 

まあ、そんな事だろうと思ってたけど。

 

「もう、お兄ちゃんってばお茶目なんだから」

「いや、お茶目って」

 

士郎さんはちょっとたじたじとしているが、クロエが言ったことが正しい。

 

「そ、それより、焼きそば食べるんだろ? 四人分…で、いいんだよな?」

 

士郎さんは一瞬言葉を濁した後、あたしを見る。どうやら、雀花達が再購入しに来た理由も聞いていた様だ。

 

「もちろんです」

「だよな」

 

さすが士郎さんは慣れたもんである。美遊が目を見開いて驚いているが、気にしないでおこう。

士郎さんは出来上がってパックに詰められたものではなく、焼き途中のものをちゃちゃっと仕上げてパックに詰めていく。

 

「はい、出来たてだ。リナちゃんには肉多め。誕生日だからオマケだよ」

 

おう、さすがは士郎さん。こういう事にはやたら気が利く。これが女性問題だと、どーしてあんなに朴念仁なんだろ。

 

 

 

 

 

今度はみんな仲良く焼きそばを平らげ、本格的に各お店で物色を始める。アクセサリーの部類は誕生日のプレゼントで貰ったばかりなので、それほど興味は湧かなかった。どうやら他の三人も同じらしい。

本やゲーム、後は食器や小物等、色々と見て回り、あるいは購入する。

そして敷地の中でも人通りのない、本堂の裏へと回ってみた。するとそこには。

 

「ふふふ、この場所に気づいた幸運な者達が現れたようね!」

「「「「藤村先生!?」」」」

 

そう。立ち上がったかと思うと腕を組み、強者感を出す藤村先生(冬木の虎)がそこにいたのだ!

 

「ふ、藤村先生も出店してたの!?」

「その通りよ、リナちゃん!」

「でも、どうして境内の裏に…」

「ひょっとして、ハズレくじ引いたとか?」

「イリヤちゃん、クロエちゃん。別にわたしの運が悪いとかじゃないから。わたしは敢えてここを選んだの」

「一体、なんの思惑が…」

「美遊ちゃん、わかってないわね。こういうのは隠れたところにあった方が、掘り出し物がありそうで興味が湧くじゃないの!」

 

みんなの意見にそれぞれ答える先生。てか、一見下らない理由に見えて、そこそこ的を射てはいるようだ。人間心理としては非常に正しい。けれども。

 

「さすがに目立たな過ぎない?」

「まあね。でも毎回のことだし、来た人達はみんな何か買ってくれるし。何より趣味みたいなもんだから」

 

なるほど。ま、確かに藤村先生は前に出てガンガン行くか、変なところで異常に凝るかのどっちかって感じではあるわ。

 

「さ、説明ばかりでも何だから見てって頂戴。高くても千円そこそこだから、何か買ってってくれると嬉しいかなー?」

 

ふむ、そりゃそうだ。フリマの店員と立ち話に明け暮れててもしょうがない。

さて、一体どんなものが…って。何やらひとつ、非常にあたしの気を引くものがあった。それは。

 

「何? この、虎の顔がプリントされた魔法瓶は?」

 

クロエが、あたしが気を引かれてた魔法瓶について尋ねた。

 

「ああこれ? もう十年以上も前から家にあるものなの。しばらく行方不明だったけど、この間蔵から見つかったのよ」

 

ふみゅ。しかし長いこと放置されていたにしては、ホコリが染みついたり、酸化して変色したりって様子は見られないわね?

……それに。これを見てると、なんか胸がざわついてくる。一体何だというのだ。

 

「リナ?」

「……あ、なんでもない!」

 

心配そうに尋ねるイリヤに軽く答え、顔を上げる…と? 何だか不思議そうな表情で、藤村先生があたしを見つめていた。

 

「……先生?」

「あ、ごめんねー?」

 

先生は謝るとあたしから視線を外す。こっちも一体何だというのだ。

 

「ええっと、説明の続きだけど、その魔法瓶、実はとても貴重なものなの。この品は、持ち主の願いを何でも叶える魔法の瓶。そう。これまさに、伝説の魔法瓶なの!」

 

……なんだろう。一気に胡散臭くなったのだが。というか、なんでも願いを叶えるって、まるで聖杯じゃないの。そんなもん、そこらに転がっててたまるか!

 

「なんだか急に胡散臭くなったわねー」

「クロエちゃん、そんなこと言わない!」

 

クロエのツッコミに、先生は胸の前で手を組み、イヤイヤしながら返した。

 

「……なんだかリナが、ふざけてやってるときみたい」

 

おう!? そ、そうか。あたしがわざとカワイ子ぶると、あんな感じなのか。というかイリヤには、あんな風に見えるんだ。

 

「……まあいいわ。話の種に買おうじゃないの。何より、リナが物凄く気にしてるみたいだし」

 

ありゃ。やっぱクロエにはバレてたか。

 

「ありがと。本当は千二百円だけど、わたしの可愛い生徒だし、オマケして千円でいいわ」

「さすがタイガ、太ってなくても太っ腹!」

 

調子いいなー。ま、あたしも似たようなこと言うけど。

先生は魔法瓶を新聞紙で包み、紙の手提げ袋に入れると、お金を受け取るのと引き換えにクロエに手渡した。

 

「それじゃあ次へ…」

「あ、ちょっと待って。リナちゃんとちょっと話したいことがあるの」

 

うん? あたしに話?

 

「ええと、わたし達は席を外した方がいいでしょうか?」

「うーん、そんな大した話じゃないけど、外してくれた方が有難いかな?」

 

尋ねた美遊に先生はそう返した。という事は、あたし個人に関わる話って事か。

 

「……わかりました。リナ。わたし達はリナの特訓場所で待ってる」

 

なるほど。確かにあそこなら、待ち合わせには最適だろう。

 

「了解。話が終わったらすぐに行くから」

 

あたしが答えると三人は頷いて、本堂の裏から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

「それで先生、話ってのは何ですか?」

 

あたしが尋ねると、先生は神妙な面持ちになる。藤村先生がこんな表情になるなんて珍しい。

 

「ねえ、リナちゃん。あなた、5、6年前にもここに来なかった?」

「はい?」

 

何なのだ、藪から棒に。ええと、5、6年前って事は、あたしがこの世界に転生したかしないかの時期よね? 少なくとも転生してからなら、こんなこと言われたらさすがにすぐに思い出せるだろう。だが転生前だと、いくらリナちゃんの記憶を引き継いでるとはいえ、さすがにちょっと曖昧な部分がある。

 

「ええと、もうちょっと具体的な情報がないと、なんとも言えませんが」

「そう、そうよね。実を言うと、わたしも今し方思い出したんだけど、この場所で、さっきの魔法瓶に触れて倒れた女の子がいたの」

 

どくんっ!

 

あたしの胸の鼓動が跳ね上がる。

 

「すぐに目を覚ましたんだけど、凄く調子が悪そうだったわ。その後どうなったかわからないけど、あの子、無事だったのかなって思って」

「その子が、あたしに似てた…?」

「そうなの」

 

ズキリと頭が痛む。そして、()()()()()

確かにあたし(リナちゃん)は、6年前にもこの場所へ来た。そしてさっきと同じ様に、先生から魔法瓶の説明を受け、そして瓶に触れ願ってしまった。

 

---わたし、魔法少女みたいな力を使いたい!

 

……と。そして、眠っていた魔術回路が一斉に開いてしまい…。

 

「……それ、()()()です。今、思い出しました」

「本当!? あの子、やっぱりリナちゃんだったんだ」

「はい。あの後、謎の高熱を出して入院してしまって。でも、今はこの通りです」

「そうだったの!? でも無事で、本当に良かったわ」

 

先生の言葉に、胸が痛む。本当のリナちゃんは、もう…。

 

「……それじゃあ先生、みんなが待ってるので」

「あ、引き止めちゃってゴメンね?」

「いえ」

 

あたしはそんな胸の内など一切おくびにも出さず、笑顔で返したのだった。

 

 

 

 

 

あたしの足取りは重い。まさかこんな真実を知るとは、思いもよらなかった。これもみんなタイガのせい! ……などと責任転嫁出来ればいいのだが、さすがに今回はそんな気力も出ない。

そもそもそんな魔法瓶を信じて願わなければ、こんな事…に……は………って、ちょい待ち! それってつまり、あの魔法瓶には本当に聖杯並の能力(ちから)があるって事!? それって滅茶苦茶やばいじゃないのっ!!

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「ねえ。リナ待ってる間暇だし、()()、試してみない?」

 

クロがいたずらっ子の様な表情で、そんなこと言った。

 

『イヤー、クロさんってば、なかなかのチャレンジャーですねー』

 

わたしの髪の中から飛び出したルビーがそう切り返す。うん。本物とは思ってないけど、ルビーの言うとおりだと思う。

 

「まあね。本当にそんな力があるなんて思っちゃいないけど、やっぱりこういうのって試してみたいと思わない?」

 

聖杯の力があるわたし達が言うのもなんだけどね? でもまあ、クロが言うことも理解できる。

そうなると、ルビーをとるかクロをとるかって事だけど、ハッキリ言ってわたしは、誘惑には非常に弱い。

という訳で。

 

「うん。やってみよう!」

「イリヤ…」

 

ミユが呆れた目で見てるけど、気にしたら負け!

 

「さて、そうなると何を願うかって事だけど」

「ねえ、こういうのはどうかな?」

 

わたしが思いついたことを語ると。

 

「なるほど、面白そうね」

「確かに、わたしも気になってた」

 

クロと、そしてミユまで乗り気になる。これで願い事は決まった。

わたし達は包装を解いた魔法瓶を中央に置き、胸の前で手を組んで、心の中で願い事を言う。

……段々恥ずかしくなってきた。そろそろやめようか。そんな事を思った、そんな時。

 

『待ってください! 魔力量が段々と上がっていきますよッ!?』

『これは、以前クロさまが願ったときに起こした魔術事象に匹敵しますッ!!』

 

ルビーとサファイアが騒ぎ、魔法瓶が光り輝いて。それが治まったとき、その声は聞こえた。

 

「おーっほほほほ! このわたし、白蛇(サーペント)のナーガを呼んだのは、どこの誰かしら!!」




今回のサブタイトル
神のみぞ知るセカイOAD『天理編・邂逅』主題歌「未来への扉」から

……という訳で、重い話の後、ついにアイツが来ちゃいました。

次回「スレイヤーズ☆かーにばる」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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スレイヤーズ☆かーにばる

≪リナside≫

あたしが魔法瓶の危険性に気づき、急いで特訓場所に向かっていると、突然濃密な何かをその身に感じた。

この感覚は知っている。あれは二度目に魔王と対峙した世界で感じたもの。そう。それは濃密な魔力である。どうやら既に、魔法瓶の力を解放してしまった様だ。

林を抜け、視界が開けた瞬間。()()があたしの視界に飛び込んできた。

 

「おーっほほほほ! このわたし、白蛇(サーペント)のナーガを呼んだのは、どこの誰かしら!!」

火炎球(ファイアー・ボール)!!」

 

ちゅごうん!!

 

思わず火炎球を放ったあたしは、悪くないと思ふ。

 

「え、あ…、リナ!?」

「ちょっと、どうしてアイツがいるのよっ!?」

 

イリヤのセリフを無視して叫ぶあたし。いや、マジでどうしてこうなったのかを知りたい。……いや、知りたくない?

 

「えっと、リナが時々言ってる昔の知り合いが、どんな人か知りたくって、魔法瓶にお願いしたら…」

「コイツが現れたって訳ね…」

 

まさか、あたしの普段の言動のせいでこんな事になるとは…。

 

「……ふぅん。どうやらこの瓶の力で、わたしは呼び出されたようね」

 

むくりと起きあがったナーガは、目の前にあった魔法瓶を持ち上げ、訝しげに見ながら言った。

 

「え、何コイツ、もう復活した!?」

「というか、あの爆炎で生きてるなんて…」

 

クロエと美遊が驚いてるが、こんな程度でビックリしてたら身が持たないわよ?

ふう、とひとつ、ため息を吐く。

 

「久しぶりね、ナーガ!」

「うん? この子は何を言って…って、あら? あなた、もしかしてリナ? リナ=インバースなの!?」

 

どうやら今のあたしでも、リナ=インバースとして認識された様だ。

 

「ええ、そうよ。もっとも、この世界に転生して、今は稲葉リナって名前だけど」

 

さすがに[稲葉リナ]の名を出すと、まだちょっと気分が落ち込みそうになるが、今はそんな事言ってられない。

 

「転生? 何を言っているの? 確かにここ一年ほど、会ってはいないけど」

「へっ?」

 

一年ほど会っていない? って事は、このナーガは英霊の座から召喚されたわけでなく、本人が召喚されたって事? というか、あたしが寿命で死んだ時よりも過去の存在?

 

「ルビー?」

 

さすがに推測も成り立たず、あたしとしては珍しくルビーに説明を仰いだ。

 

『そうですねー。スィーフィード世界の並行世界…、という可能性もありますが、この世界と繋がりが強いのはリナさんがいらしたスィーフィード世界でしょうから、その時間軸がズレているんじゃないでしょうかねー? 時間移動も第二魔法の範疇ですから』

 

ほう、そうだったのか。第二魔法というのも奥が深い。

 

「なるほど? つまり貴女は、わたしよりもずうっと先の未来、年老いて死んでしまったリナって事ね?」

「何よ。この人、見た目に反して頭いいじゃない」

「あら、どういう意味かしら?」

 

クロエの発言に、目を据わらせて睨みつけるナーガ。

 

「ええっと、だって…」

「あなたの格好、どうやったって悪の女幹部にしか見えないんだけど」

 

言い淀むイリヤに、ハッキリきっぱり言うクロエ。

確かにナーガの格好は、かなりアレである。黒のビキニアーマーに刺付きのショルダーガード、髑髏のネックレスに黒マントといった、悪の女幹部というか、悪の女魔道士というか、とにかくそういった格好なのだ。

そしてクロエのその意見も、前世でもあたしが通ってきた道である。そうなると当然、ナーガの返答は。

 

「あぁら、このセンスがわからないなんて、貴女達もまだまだ子供ねっ!」

 

ああ、やっぱり。言うと思った。

子供と言われたイリヤ達が納得いかないとばかりに、あたしへと視線を向ける。

 

「いや。あたしは前世で、一生かけても理解できなかったわよ?」

 

それを聞いて、ホッと胸を撫で下ろす三人。その気持ちはわかる。

 

「で。話は変わるけど、ナーガ。あんた、さっさと帰ってくんない?」

「ちょっと、そちらで勝手に呼び出しておいて、随分な言い草じゃない?」

 

むう。ナーガのくせに正論を。とはいえ、こんなのがこんな場所にいたら、トンデモない騒動を起こすのが目に見えている。

 

「そもそも、どうやってわたしを送り返す気?」

「それは、呼び出したとき同様その魔法瓶に願えば、おそらく元の世界に戻れるはず」

「って美遊!」

 

しまった! みんなに注意を促しておくべきだった! それだけの力を秘めた魔法の品(おたから)を、ナーガは今手に納めているのだ。彼女の性格からして次の一手は…!

 

風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!!」

 

[力あることば]と共にナーガを中心に風が荒れ狂い、吹き飛ばされたあたし達が身を起こしたときには既に、彼女の姿はそこにはなかった。

 

「ナーガに持ち逃げされたああああっ!!」

 

あたしは叫び、ナーガを追うべく走り出したのだった。

 

 

 

 

 

『リナ、本当にごめんなさい』

 

ナーガを捜索する中、事ある毎にオーブ越しであたしに謝る美遊。もう、何度目だろうか。

 

ハァ…

 

あたしは小さくため息を吐き、オーブを口許に持ってくる。

 

「もういいわよ、美遊。さっきから謝ってばかりじゃない」

『でも…』

「反省も大事だけど、そんなの後でも出来るでしょ。それより今やらなきゃいけないことは、急いでナーガを見つけること。違う?」

 

諭すように言うあたしに、美遊はしばらく沈黙し、そして。

 

『うん。わかった』

 

それだけ答えて通信を切った。うん。これでヨシ。

さて、ナーガの行方だが…。イリヤと美遊は上空から、あたしとクロエは地上から探索している。あたしも空は飛べるけど、機動力はイリヤ達にやや劣る事と、二人ひと組でチームを作った方が色々と都合がいいのでこうなったのだ。

 

「それでリナ。そのナーガって人、どうやって捜すワケ?」

 

街中まで出たあたしに、クロエが尋ねる。ふむ、クロエもまだまだね。

 

「そんなの簡単よ。よぉく聞き耳を立ててみて」

 

そう言ってあたしも、街中の人々の話を耳を澄まして聞いてみる。すると。

 

『おい、向こうの方で痴女が現れたらしいぞ』

『ねえ、向こうでコスプレした女の人が、高笑いしながら走ってったって!』

「……なるほどね」

 

クロエも納得してくれたようだ。ハッキリ言ってあの姿、スィーフィード世界ですらアレな格好なのだ。こっちで、あんな格好で出回ったら、注目を集めないわけがない。

あたしはオーブを通して、イリヤと美遊へ指示を飛ばす。もちろん、二人が彼女を発見するまでの間に少しでも距離を詰めるため、噂になっている方角へと移動を始める。

 

『リナ! ナーガさん、穂群原小(ホムショー)の方に向かってるよ!』

「りょーかい! 周りに人は?」

『……今は見当たらないよ』

「だったら小学校に追い込んで!」

 

そう伝えると一端オーブを口許から外し。

 

「クロエ! 凛さんとルヴィアさんに応援を頼んで!」

「わかったわ!」

 

クロエに指示して、再びオーブを口許に持ってくる。

 

「今クロエに、凛さん達を呼んでもらってるわ。イリヤ達は学校に誘導した後、ナーガの足止めをお願い。宝具以外ならどんな攻撃でも、全力でぶち当てて構わないから」

『え…』

『全力って…』

 

イリヤと美遊が戸惑ってるけど、さっきのあたしの攻撃は見てなかったのだろうか。

 

最大の斬擊(マクスィマール・シュナイデン)でも、チャージしての斉射(シュート)でも、何でも構わないわ。アイツ、そんなんじゃ死なないから」

 

というか、刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)みたいな特殊なもんじゃなきゃ、宝具クラスでも耐えられるんじゃないかと思えてしまう。さすがにそんな事は、ないとは思うけど。

 

『……わ、わかったわ』

 

いちおーは納得したみたいだけど、声が引きつってるなぁ。まあ、アレの特異性は実際に戦ってみなきゃ、わかんないからね。バゼットさんの頑強さとは、ちょっと違うからなー、アレ。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

通信を切ったわたしは、リナに言われた通り穂群原小(ホムショー)へ誘い込むために攻撃をする。ええと、リナはああ言ってたけど、さすがに強力なのは躊躇いがある。なので取りあえずは。

 

砲射(フォイア)!」

 

これだったら今のわたしなら、大したダメージを与えられないはず! ……なんか物凄く虚しくなったけど。

 

風裂球(エアロ・ボム)

 

ぼふん!

 

ああッ!弾かれた!!

 

『イリヤさん、侮ってはいけません。見てくれはどうであれ、スィーフィード世界の魔道士、しかもリナさんの知り合いなんですから』

「そ、そうか」

 

確かにリナも同じ術で、クロの攻撃を弾いてたっけ。

 

「その通り! わたしはリナの、最強最大にして最後のライバ…」

速射(シュート)!」

「ミユッ!?」

 

どどどど…!

 

「わぴゃっ!」

 

あ、可愛らしい悲鳴。……ってそうじゃなくって! ナーガさんが言い終わるのより早く、ミユが魔力の連弾を浴びせかける! ちょっと、アレって結構威力があるんじゃ…。実際ナーガさん、路面に倒れ込んでるし。

えっと、リナ? これってホントに大丈夫なの? そんな心配をしていたら。

 

「……ちょっと、痛いじゃないの!」

 

そんなこと言って、むくりと起きあがってきたって痛いだけで済んじゃうの!?

 

「何なの、この人…!?」

『リナさまの攻撃にも、すぐに復活していました。もしかして、治癒魔術(リジェネレーション)…? いえ、それにしても回復速度が異常過ぎます』

 

ミユとサファイアも困惑してる。だけどわたしは、ある意味吹っ切れた。つまりリナが言ってたのは、こういう事なんだって。というわけで。

 

散弾(ショット)!」

「なっ、氷の矢(フリーズ・アロー)!」

 

放った散弾を、複数の氷結系の魔力弾で迎撃される。スィーフィード世界の術って[カオスワーズ]とかいうのを唱えないといけないらしいのに、反撃が凄く速い。この人、やっぱり凄いんだ! ……でも!

わたしはすぐさま体を沈める。わたしのすぐ後ろにはミユが立っていて。

 

狙射(シュート)!」

 

ナーガさん目がけて魔力弾を放つ。さすがに魔術を放った直後なら、次の術の詠唱は間に合わないはず。

するとナーガさんは短い剣、……多分ダガーってやつだと思うけど、それを抜き放って魔力弾を弾き飛ばした!

え、アストラル・ヴァインを使う暇なんてないはずなのに?

 

『あれはもしかして、魔力剣ですか!? しかも美遊さんの魔力弾を弾くということは、それなりに強力な魔術礼装という事です!』

 

そうだった。ナーガさんはスィーフィード世界の住人。いわゆる剣と魔法の世界だ。だったら、さすがにありふれてるって事はないだろうけど、それでもこちらより、優れたマジックアイテムが手に入りやすい環境にはあるのかも知れない。

 

「ちょっと! 危ないわね!」

 

ナーガさんはこっちの混乱も気にせずに文句を言う。わからなくはないけど、こっちにだって言いたいことはある。

 

「それだったら、その魔法瓶をわたし達に返して、元の世界に戻ってください」

「それは嫌。あらゆる願いを叶えるマジックアイテムなんて、そうそうお目にかかれるものではないもの!」

 

ですよねー。

するとミユが、一歩前に出る。

 

「拒むなら、攻撃は止めない。リナからは全力で攻撃していいって言われてる」

 

サファイアを、ナーガさんに向けて突き出しながら言う。なんかムサシが啖呵切ってるみたいでかっこいい。

 

「あら、わたしと勝負をする気?」

 

不敵な笑みを浮かべて仁王立ちになるナーガさん。一方のミユも、サファイアを構え直す。二人の間に流れる緊迫感。

 

『(イリヤさん、今がチャンスですよ)』

「え、あ…」

 

ルビーに言われて気がつくわたし。不意討ちみたいなのは気が引けるけど、仕方がない。

わたしはひとつの硝子玉を取り出すと、ナーガさんの足元めがけて投げつけた。硝子玉がアスファルトに叩きつけられた瞬間。

 

どぐぁぁん!

 

「にょわっ!?」

 

大きな音と共に、ナーガさんを爆炎が包む。今のはリナから渡された、魔術を封じた硝子玉。封じられてたのは、さっきもリナが使ってたファイアー・ボール。

うーん、それにしても。本来よりも威力が劣るらしいけど、それでもやっぱり強力すぎる。今度があったら、もう少し威力の弱いものにしてもらおう。

 

「ちょっと、不意討ちは卑怯…」

 

起きあがったナーガさんが文句を言おうとする中、わたしは次の硝子玉を構える。リナから渡された硝子玉は、全部で三つ。残りは二つだけど、牽制するには充分だ。

案の定、ナーガさんはそれを見て顔色を変える。さすがにファイアー・ボールを何度も食らうのは嫌だったみたいだ。

そして次の瞬間、ナーガさんは突然駆け出して穂群原小(ホムショー)の門を通って敷地へと侵入した。どうやらリナからのミッションは達成できたようだ。

 

「イリヤ、まだだよ。ナーガさんの足止めをしないと」

「そうだった。行こう、ミユ」

 

いけないいけない。思わず達成感に浸ってしまった。わたしは恥ずかしさを誤魔化して、ミユと共にナーガさんを追いかける。

わたし達が追いついたとき、ナーガさんはグランドの中央に立っていた。

 

「おーっほほほほほ! まんまと誘い込まれたようね!」

「え…」

「それってどういう…」

 

まさか、わざと逃げ出したって事!?

 

「つまり、こういう事よっ!

霊呪法(ヴ=ヴライマ)

 

ナーガさんが[力あることば]を唱えると、地面が隆起して、人よりも遥かに大きな石の人形が現れた!

 

『まさか、ゴーレムの生成術ですかっ!?』

『簡単な詠唱で生成するとは、スィーフィード世界の魔術は侮れません』

 

ルビーとサファイアが驚いてるけど、わたしだって驚いてる!

 

「さあ、ゴーレム! やぁっておしまい!」

 

三悪の女ボスの様に命令を下すナーガさん! 一体、どうすれバインダー!?




今回のサブタイトル
神坂一「スレイヤーズ」+OAD「カーニバル・ファンタズム」及び「Fate/Grand Carnival」から

書いてて思った。ナーガを使ったギャグが弱い!
やっぱり神坂先生は偉大だ。

次回「スレイヤーズ☆ふぁんたずむ」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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スレイヤーズ☆ふぁんたずむ

≪イリヤside≫

「さあ、ゴーレム! やぁっておしまい!」

 

ナーガさんに指示を出されたゴーレムが。

 

『ま゛!』

 

と声をあげて突進して来た! ……と思ったら、わたし達を通り過ぎて行った? ……なんで?

 

『ふむ。どうやら曖昧な命令だったために、暴走したみたいですねー』

「なるほど…って、大変じゃない! このままじゃ校舎が!?」

 

そう思ったその時。

 

地精霊呪(ダグ・ブレイク)!」

 

その声と共にゴーレムが崩壊した。って。

 

「「リナ!」」

「お待たせ。どーやら間に合ったみたいね」

 

わたしの後ろからリナ、そしてクロが駆けつけてきたところだった。

 

「フッ。さすがはわたしのライバル! どうやら雌雄を決するときが来たようねっ! リナ=インバース!」

 

ナーガさんがマントをバサリと翻す。なんかホントに悪役っぽくてかっこいい。だけど。

 

「決するもなにも、あんた、しょっちゅうあたしに吹っ飛ばされてたじゃない」

 

うーん。なんか非道い扱いだなぁ。でもさっき、わたしやミユにも吹っ飛ばされてたし…。

 

「さあ? 何の事かしらねぇ」

 

うあ。ナーガさん、しらばっくれてる!? なんて思ってたら。

 

「……魔竜烈火咆(ガーヴ・フレア)!」

 

なっ、いきなり呪文を!? ……? 何も、起きない?

 

「あ、あら?」

「残念ね、ナーガ。魔竜烈火咆、あなたの時間帯じゃまだ使えるのかも知れないけど、時空を超えたこの世界じゃ、スィーフィード世界の魔族の力は届かないわよ」

 

あ。そういえば今の術、逢魔リナちゃんが使って、リナが驚いてたヤツだっけ。確か、もう滅んだ魔族とか何とか。

それにリナが黒魔術を使えるのは、リナが金色の魔王とパスが繋がってるからって言ってたよね。

それじゃあナーガさんは、黒魔術は使えないってことか。

 

「……ふうん、そういう事。それなら」

 

……あ。

 

「わたしもこの世界で、黒魔法が使えるようになさい!」

「ああっ! あの魔法瓶の事忘れてたぁッ!」

「ちぃっ! ホント悪知恵だけは働くんだからッ!」

 

そう言ってリナは、クラスカードを取り出した。

 

魔竜烈火咆(ガーヴ・フレア)!」

 

もう一度[力あることば]を唱えると、ナーガさんの手のひらから現れた蒼白い炎が直線的に、わたし達に向かって来た!

 

「[セイバー]限定展開(インクルード)

---光よっ!!」

 

その炎を、展開した光の剣でぶった切るリナ。なんか、身も蓋もない様な。

 

「ナーガ! 下級魔族が滅びるような術、人に向かって撃ってんじゃないわよっ!」

 

……え!?

 

「もしかして、今の食らってたら…」

『わたしの魔術障壁を最大で展開して、何とか耐えられるといったところです。あのタイミングじゃあ、きっと間に合わなかったでしょうねー』

 

怖っ! ここまで恐怖したの、黒化アサシン戦以来かも知れない。

 

「あぁら、こんな直線的な攻撃も躱せない方が悪いんじゃない? 戦いなんて、いつ死んでもおかしくない、死と隣り合わせの世界。そんな世界に首を突っ込んでいながら油断するなんて、あなた、戦いに向いてないんじゃないの?」

 

う…。

 

---遊び半分で英霊を打倒できるとでも?

---下手をしたら死ぬかもしれないって心構えは持っていてほしいな

 

わたしが魔法少女を始めた頃に、ミユやリナに言われた言葉。けれどわたしは、いまだに足を引っ張ることがある。

……確かにわたしは、戦いに向いてないのかも知れない。

 

『イリヤさん?』

「イリヤ?」

 

ルビーとミユが声をかける。リナとクロは、ただ見つめているだけだ。

 

「……それでもわたしは逃げない。一度関わったことは無かったことに出来ないんだから!」

「よく言った、イリヤ!」

「それでこそあたしの親友よ!」

 

クロとリナが誉めてくれた。……ちょっと、嬉しいかな。

 

「……そう。なら、食らいなさい!

海王槍破撃(ダルフ・ストラッシュ)! 」

「それ、リナがバーサーカーの命を削った術!!」

「のええええっ!? 」

 

ミユのセリフを聞いてわたしが慌てて避けると、リナは光の剣で、術を上空へと弾いた。術は徐々に威力を減衰させて、魔力の軌跡を残して消滅する。

 

「だからっ!黒魔法は止めろっちゅーにっ!!」

「そんな事よりリナ、その剣は何なのよ! 魔竜烈火咆といい海王槍破撃といい、普通の魔法剣の範疇を超えてるわよ!?」

 

わたしの命に関わる事を、そんな事扱いしないで欲しい。まあ、あんな強力な術を弾かれたんだから、気持ちもわからなくはないけど。

 

「魔獣ザナッファーを倒した伝説の武器、光の剣よ。あ、言っとくけどあたしのだかんね」

「光の剣…!」

 

その名を聞いて、ナーガさんが目を見張る。確かスィーフィード世界じゃ伝説の有名な武器だったらしいし、当然だよね。

そんなナーガさんは、すぐに気持ちを切り換えて。

 

「……まあいいわ。それよりも、リナも随分と甘くなったものね。昔はしょっちゅう盗賊団を壊滅させてお宝を奪いまくっていたのに。ねえ、盗賊殺し(ロバーズ・キラー)のリナ=インバース?」

 

ナーガさんの明らかな煽りに、一瞬リナの表情が硬くなる。

 

『ふーむ。どうやらリナさん、イリヤさん達に、この話はあまり聞かれたくないようですねー』

「え? でも前に、リナ自身から聞いてるよ?」

 

……そう、思ってた。だけどクロは。

 

「まったく、また考え無しで。いい? 前世のリナがいたのは、剣と魔法のファンタジー世界。そこの悪人を退治するってのがどういう意味か、よく考えてみなさい」

 

悪人を、退治する…。!? それってまさか!

 

「人を、殺した…?」

 

わたしが思ったのと同じことを、ミユが呟く。そうだ、あの時リナは言ってた。「悪人に人権はないっ!」って。

わたしがリナを見ると、なんともいえない暗い表情をしている。つまり、ミユが言ったとおりなんだ。

 

「あぁらリナ。この子達にはこの話、聞かれたくなかったのかしら?」

「それは…」

 

ナーガさんから目を逸らすリナ。

…………。

 

「そいっ!」

 

ちゅごどおん!

 

「のひゃあ!?」

 

わたしが投げつけた硝子玉が、ファイアー・ボールの爆炎をあげてナーガさんを飲み込んだ。

 

「え、イリヤ?」

「……確かにリナは、前世では人を殺してたのかも知れない。でも前世が…、ううん。過去がどうだったかなんて、わたしには関係ないよ。今のリナはリナ=インバースじゃない。わたしの大事な親友、稲葉(イナバ)リナだからっ!!」

 

倒れてるナーガさんを向きながらも、その言葉はリナへとぶつけていた。

 

「ええ、そのとおりよ」

 

クロがわたしの左側に立ち、干将・莫耶を構える。

 

「今のリナを侮辱したら、許さない」

 

ミユがわたしの右側に立ち、サファイアを構えた。

 

「イリヤ、クロエ、美遊…。ありがとう」

 

一筋だけ涙をこぼしながら、笑顔を浮かべたリナ。すると。

 

「……ほーっほほほ! いいわ、みんなまとめて相手をしてあげる!」

 

そう言って、立ち上がったナーガさんが[カオスワーズ]を唱え始めた。だけど、そこへ突然聞こえた二つの声。

 

「残念だけど、この子達の想いを無駄にするわけにはいかないのよっ!」

Zeichen(サイン)! ---見えざる鉛鎖の楔(ファオストデア・シュベーアクラフト)!!」

「リンさん、ルヴィアさん!」

 

そう。リンさんとルヴィアさんが応援に来てくれたんだ。

 

「あれって、わたしを捕獲するために使ってた(やつ)じゃない」

 

あ、そうだ。あれ、重圧をかけて動きを止めるヤツだ。

そう思ったその時、リンさんがナーガさんとの距離を詰めて拘束帯を放った!

 

「甘いわよ。……炸弾陣(ディル・ブランド)!」

 

ナーガさんが地面を吹き飛ばして、魔法陣を消滅させる。ってこれ、やり方がクロと一緒だ。だけどまだ、拘束帯が残ってる。

ナーガさんは後ろに大きく飛び退いて、時間を稼ぎながら呪文を唱え。

 

氷結弾(フリーズ・ブリッド)!」

 

[力あることば]と共に蒼い光球が放たれる。それがリンさんに向かう中、リナが割って入り。

 

火炎球(ファイアー・ボール)!」

 

いつものあの光球を放つ。するとお互いの光球が引き合い。

 

パキイイイイン

 

そんな高い音を響かせて消滅した。

 

「相互干渉…って、きゃああ!?」

 

ナーガさんがポツリと呟いたところで、拘束帯が巻きつく。よし、これで…。

 

「……火炎球(ファイアー・ボール)

 

どぐわおおん!

 

『なっ!?』

 

発動させた魔術で自爆した!? これにはみんなも、驚きの声をあげる。

 

「……ほほほ。この程度で、わたしを拘束できるとは思わないことね!」

「まさか、自分の回復力を利用して脱出するなんてね。あんたにしては、よく考えたじゃないの。……だけど」

 

そう、だけど。既にわたし達は、ナーガさんの周りをぐるりと取り囲んでいる。もちろん、魔術には充分に気をつけてだ。

 

「あ、え、えーとぉ…。

翔封界(レイ・ウイング)!」

 

あっ! 上空へ逃げたッ!?

 

「フッ。甘いですわ」

 

え?

 

ばごぉん!

 

「のぎょおっ!?」

 

逃げようとするナーガさんが、見えない壁に激突して弾き返された。

 

「あんた達と合流する前に、ルヴィアと二人がかりで校庭に結界を張っておいたのよ」

「小学校に誘い込むと聞いていたから、逃亡防止策として張らせてもらいましたの」

 

おお。なんかいつもより、出来る大人感が出てる気がするっ!

結界に激突したナーガさんは、術が解けたのか落下して…? あ、あれは!

 

「あの魔法瓶!」

「クロエッ!」

 

ナーガさんの手から離れた魔法瓶を指さして言うと、リナが素早くクロに声をかける。クロは無言のまま駆け出して。

 

投影開始(トレース・オン)!」

 

大きな虫取り網を投影して、魔法瓶を受け止めた。

 

ずどじゃあ!

 

……一方のナーガさんは、防御も取れないまま地面に激突する。あれ、普通だったら死んでもおかしくない高さだけど、ナーガさんだから大丈夫だよね?

 

「いったあぁ…。あっ! わたしの瓶、返しなさい!」

 

やっぱり無事だった。

 

「ふざけないでよ。これはわたしがお金払って買ったんだから、わたしの物よっ!」

「あら。今までわたしが手にしてたのだから、わたしの物に決まってるじゃないの」

 

うわぁ。まるで子供の理論だぁ。

 

「つまり、今はクロが手にしてるのだからクロの物って事だよね?」

「うっ!?」

 

ミユが冷静に述べると、ナーガさんが言葉を詰まらせる。なんていうか、詰めが甘いなぁ。

 

「と、とにかくそれを渡しなさいっ!」

 

そう言ってクロに襲いかかろうとした、その時。

 

「まったく、気品の欠片も感じられないわよ? ()()()()()=()()()=()()()()=()()()()()()様?」

 

そうリナが声をかけた途端、ナーガさんが身体(からだ)を硬直させる。そして、ギギギィ…と音が聞こえそうな動きで、顔だけリナへと向けた。

 

「リ、リナ? 今、なんて言ったのかしら?」

「グレイシア=ウル=ナーガ=セイルーンって言ったのよ。セイルーン王家第一王女様?」

 

リナがとても爽やかな笑顔で言う。うわぁ、これ、相当マジで怒ってるなー。最近この顔を向けられたばかりのクロが、物凄く青ざめてる。

 

「な、何を言ってるのかしら?」

「とぼけても無駄よ。こっちに来てから知り合った子に、アンタの素性は聞いてるから♡」

 

知り合った子って、並行世界のリナ自身だけどね。

 

「そんな訳だから、自称ライバルのよしみよ。ご家族の力で成敗されなさい」

 

そう言ってリナが取り出したのは、ランサーのカード。

 

「クラスカード[ランサー]、真名アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン、夢幻召喚(インストール)!」

「アメリア!?」

 

リナが、普段は言わない真名を添えて夢幻召喚した。ナーガさんは、アメリアという名前に非常に驚いてる。

そうだった。ランサーのカードの英霊は、セイルーンのお姫様のアメリアさんだった。つまりナーガさんとは、姉妹…なのかな?

 

「さあ、歯ぁ食いしばれーっ! 第一王位継承者直伝のぉ…」

「第一王位継承者ってまさか…!?」

「平和主義者クラアアアアアッシュッ!!」

 

ドゴォッ!という音を響かせて、リナの拳がナーガさんの顔面を捉えた。今回はついに、白目を剥いて気を失ったみたいだ。……って!

 

「ちょっとリナ!? 宝具使うなって言ってたの、リナじゃない!!」

「あー。じょぶじょぶ、だいじょぶ。今のは宝具と同名の、ふつーの技だから」

 

……へっ?

 

「宝具の方は、拳に魔力を込める魔術と併用するのに加えて、真名解放のためにかなりの溜めが必要なの。

それに対して、今のは悪を折檻するために、当時の第一王位継承者とその娘であるアメリアが、スペック任せにぶちかましてた技よ」

 

へー、そうなんだ。

 

「ねえ、リナ。その第一王位継承者って言うのは? それってつまり、王子様って事じゃ…」

 

ミユがそう疑問をぶつける。うん。確かにわたしも思ったけど、リナがわざわざ回りくどい言い回しをしてるって事は、多分聞かない方がいいんだと思う。

 

「……お願いぷりーず。その事には触れないで」

 

どうやら、わたしの予想は正しかったみたいだ。

 

「……それで? この壊滅的なファッションセンスの()()は、どうするのかしら?」

 

そう、リナに尋ねるリンさん。うん、そうだよね。リンさんから見ても、おかしな衣装だよね。

 

「あぁら、何を仰ってるの、遠坂凛(トオサカリン)(わたくし)の趣味とは違うけれど、とてもハイセンスではありませんか」

「「「「「ルヴィア」」さん!?」」」

『いやー、斜め上のセンスをされてるとは思ってましたが…』

「まさか、この世界にもこのセンスがわかる人物がいるとは、思ってもみなかったわ」

 

みんなが驚いてすぐ、ルビーとリナがそんなこと言った。

いやでも、ルヴィアさんは時々ナーガさんに似てるときもあるし、何か通じるものがあるのかも知んない。

 

「ま、まあ、それは置いといて」

 

リナは軌道修正のためか、そう前置きをしてからひとつ咳をして話を続ける。

 

「クロエが持ってる魔法瓶は、聖杯の様な何か。願いを叶える願望器なのよ。それで、イリヤ達が誤ってナーガを召喚しちゃったみたいだから、同じ様に願えば、送還も可能じゃないかって事」

「な!? 聖杯って、最高位の神秘じゃないの!」

「しかも、次元を超えるレベルの神秘を成し遂げるということは、本物と言っても差し支えありませんわよ!?」

 

言われてみれば、確かにトンデモアイテムだね。たかだか千円だったのに。

 

「まあ、この魔法瓶の願望器としての真偽は後にして、気を失ってる内にコイツを送り返しましょう。

……さて。この手のお約束としては、最初に願った三人に願ってもらった方がいいんじゃないかと思うんだけど」

 

リナはそう言うと、わたし達に目配せをする。……あ、そうか。もしかしたら、わたしとクロの願望器としての力も働いたかも知れないんだ。でも、リンさんとルヴィアさんにはナイショにしてるから、あんな言い方をしたんだね。

 

「O.K.! さあ、イリヤ、ミユ。始めるわよ」

 

さすがクロ、わたしより早くリナの含みを理解したみたい。

促されたわたしとミユはクロと共に、魔法瓶を取り囲んで願う。三つの心は、多分ひとつになってるはずだ。こんな迷惑さん、元の世界に帰ってくださいって。

その願いが通じたのか、ナーガさんの身体が光に包まれて、そして消えていった。

 

『いやー、ようやく落着したようですねー』

『わたしも、さすがに疲れました』

 

ルビーとサファイアも、心なしか安堵しているみたいだ。

……解決して良かった。そう思ったとき。

 

『いやー、ようやく見つけましたよー』

 

たった今聞いたのと同じ声が、明後日の方角から聞こえてきたのでした。




今回のサブタイトル
神坂一「スレイヤーズ」+OAD「カーニバル・ファンタズム」及び「Fate/kaleid liner Prisma☆Illya プリズマ☆ファンタズム」から

念のため。地精霊呪(ダグ・ブレイク)……地の精霊によって生み出された力を無効化する精霊魔術。確か【スレイヤーズすぺしゃる】の「悪役ファイト!」くらいしか出てなかったはずなので。

というわけで。ナーガも無事(?)帰還、と思ったところで、もう1話続きます。最後に出たキャラが、魔法瓶の謎に関係しています。

次回「プリズマ☆イリヤ すまっしゅ。」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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プリズマ☆イリヤ すまっしゅ。

≪リナside≫

ようやくナーガを処ぶ…送り返す事に成功した。そう思った、その時だった。

 

『いやー、ようやく見つけましたよー』

 

こんな声が聞こえてきたのは。この声としゃべり口調はよく知っているものだったが、その主は今、イリヤの手に納まっている。

まさかと思いつつも、あたしは声がした方へと視線を移し。

 

「ええっ!? ル、ルビー!?」

 

イリヤが驚くのも無理はない。何しろ、今その手にあるルビーとそっくりなステッキが、宙に浮いてそこにいるのだから。

 

「アンタ、何者!?」

 

あたしは警戒しながら、そのステッキに尋ねる。

 

『嫌ですねー。本当はもう既に、気がついてるんじゃないですかー?』

 

茶化すように答えるステッキ。確かに、ここにいる全員が、既にその正体に気づいているだろう。特に、カレイドステッキの二人(?)は。

 

「あんた、並行世界のルビーなの?」

 

代表して凛さんが尋ねると、このステッキは大仰に頷いた。

 

『はい、そのとおりです。さすが仮契約だったとはいえ、わたしの元オモ…マスター』

「今、オモチャって言おうとしたわねッ!?」

 

ううみゅ。どうやら性格も、こちらのルビーと変わらないみたいだ。

 

『ちょっと、そこのしたり顔をした貴女! ひょっとして、そちらのわたしと性格変わらないとか思いませんでしたか?』

 

ちっ、読まれたか。

 

『その表情、どうやら図星のようですねー。いいですか。わたしとそちらのわたし、明らかに違うところがあります。それは』

「それは?」

 

あたしが聞き返すと、もう一本のルビーは胸を張るようなポーズをとり。

 

『魔法少女は、ローティーンである必要がないことです』

 

…………は?

 

『おや、そちらのわたしは、ロリッ子ドゥフフじゃないんですか』

『いえいえ、もちろん最良はロリッ子ですが、凛さんみたいなちょっとばかり成長した方も許容範囲ですよ。むしろリアルロリババァでも、見た目が完全ロリなら無問題(モーマンタイ)です』

『なるほど。つまり見た目が魔法少女なら、万事O.K.と』

『そういう事です。さすがわたし、理解が早い!』

「「『理解が早い』じゃないわあああっ!!」」

 

すぱぱあああああん!!

 

あたしとクロエが同時に叫び、あたしは浮いてる方、クロエはイリヤが持ってる方のルビーをスリッパでぶっ叩いた。

 

「ちょっと、こいつらきっと人類悪よ!」

「覚醒する前に処分するべきですわね!」

 

凛さんとルヴィアさんも、よくは分からないが敵認定してるし。

 

「ま、まあまあ、リンさん、ルヴィアさん。取りあえず話を聞こ。このままじゃ進まないし」

 

イリヤがここで執りなさなければ、きっとまだ脱線したままだっただろう。

 

『それではお尋ねしますが』

「何故サファイアが仕切る?」

 

クロエが疑問を口にするが、何処からも答えは返ってこない。

 

『貴女は、見た目こそ姉さんにそっくりですが、我々とは些か異なる様に見受けられます。特にその内包する能力は、わたしと姉さんが力を合わせたそれに匹敵するのでは?』

 

……おい待て。ルビーやサファイア単体でも結構凄いのに、あれ一本で二人分だと?

 

『いやー、さすがわたしの妹というifの存在。わたしと貴女方との違いを見抜きましたか。

そう。わたしはクソジジイ…もとい創造主であるキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグによって創られた、あの世界における唯一のカレイドステッキです』

「唯一、ですって!?」

 

もう一本のルビーの説明に、驚きを隠せない凛さん。隣のルヴィアさんも驚愕している。

 

「確か、その大きな能力を制御出来るように、カレイドステッキは二本に分けられたって聞いたんだけど」

「ええ。故にカレイドの魔法少女は二人で一人だとも…」

 

能力を制御出来るように分けたって、原作版【カードキャプターさくら】の藤隆さんとエリオルくんか?

 

『なるほど。つまり貴女は、原典により近いわたしというわけですね?』

「……原典? どういうこと?」

 

美遊のその疑問に答えたのは、もう一本の…、この表現面倒くさいわね。よく見ると片側3枚づつ計6枚と思っていた羽根が、2枚が綺麗に重なって1枚に見えるので、計12枚。羽根の枚数がこちらのルビーより多いから、羽根ルビーとしておこう。

ともかく、羽根ルビーが美遊に答えた。

 

『わたしという存在が誕生した世界線、その中でも主幹となる世界線では、カレイドステッキはわたしという存在一本だけだったと思われます。つまり、ルビーというオリジナルが存在して、サファイアという妹が存在する世界が派生した、ということですね』

 

なるほど。並行世界も奥が深い。

 

「けどそれなら、二本のカレイドステッキが一本に収束した可能性もあるんじゃない?」

 

そう。逆もまた真なり。クロエが言ったことにも一理あるのだ。

 

『まあ、それも否定できませんが…。クソジジイは宝石剣製作の片手間にわたしを創った様なので、わざわざ二本創った世界線の方が派生世界と思われます。しかし片手間だなんて、まったく失礼な話ですよねー』

 

いや、片手間でこんなの創るなよ。

 

『それはそれは。しかし、サファイアちゃんがいなくて、寂しくはないんですか?』

『いやまあ、元々ひとりなのでそういうのはありませんねー。それに自分のコピー創ったり、アバターでマジカルアンバーちゃん創ったり、凛さんを操ってカレイドルビーとして暴れたりと、色々と愉しんでましたから』

「ちょっと、並行世界のわたしを操ったって…!」

 

羽根ルビーのあまりにもな発言に、凛さんが目くじらを立てる。

 

『いやー、だってわたし、【タイころ】及び【タイころアッパー】の黒幕でしたから』

「いや、言ってる意味がわかんないんだけど?」

 

あたしが言うと、やれやれといったジェスチャーで呆れられた。なんかむかつく。

 

『まあ、メタ発言はこれくらいにして、そろそろ本題に入りませんか? そちらのわたし』

『ああ、そうでしたー。つい、皆さんを揶揄うのに夢中になってしまいましたよ』

 

そんなのに夢中になるんぢゃない。あと、メタ発言って何だ、メタ発言て。

 

『では本題に入りますが、そちらの黒いイリヤさんが持っている()()()、わたしに返してはくれませんかね?』

「虎聖杯…って、この魔法瓶の事?」

 

クロエは答えて、虎聖杯と呼ばれた魔法瓶をしげしげと見る。

 

『はい。それは本来、この世界には在らざる物。わたしが時空の旅をするにあたり(くすねて)使用していた物なのです。私単体では、魔力砲ひとつ撃てないただのステッキなので。……まあ、移動中にうっかり手放して、出現時間に大幅な誤差が出てしまいましたが』

 

ふみゅ。つまりそれで虎聖杯が、十数年も前の藤村邸の蔵の中に出現したってワケね。……ってそれよりも。

 

「……おい。今心の声が漏れてたぞ?」

 

あたしが突っ込むと、ルビーが『アハー』とか笑いながら、説明、というか補足を入れた。

 

『わたしはクソジジイから、本音を隠せないような機能を後付けされてるんですよー。それでもわたしは、軽い隠し事くらいは出来ますが、あちらのわたしは、基礎能力が高い上にサファイアちゃんという抑止力がない分、基本的に隠し事が出来ないように設定されてるみたいですねー』

 

ああ、だからルビーは普段から、あえて本音を隠さぬ言動をしてるのか。

 

「フッ。どんな理由があろうと、くすねた物を自分の物とのたまうなど、言語道断ですわ!」

「いや、あんたも集めたクラスカード、掠め取ってたじゃないの」

 

ルヴィアさんのツッコみに、凛さんが更にツッコむ。

 

『うーん。でも、わたしに持たせていた方が、わたしが愉しむために、ちょっと愉快でハチャメチャな騒動が起きる程度で済みますよ?』

「いや、それだけで充分迷惑なんですけどーーーッ!?」

 

イリヤが心の底から叫ぶ。いや、まあ、ルビーの一番の被害者だから仕方ないけど。

 

『えー。でも、わたしが黒幕やってた世界では、冬木の虎が「みんなの願いが叶いますように」なんて願ったせいで、危うく世界が崩壊するところだったんですよー? しかも殆どのルートで虎聖杯、破壊されてしまって、剪定事象となる世界線でようやくゲットしたんです』

「「「「藤村先生ーーーッ!?」」」」

「いや、その願いでどうして崩壊しかけたのかが気になるんだけど」

 

あたし達が叫ぶ中、凛さんが冷静にツッコミを入れる。もちろんあたしも気になるが、[稲葉リナちゃん]や今回のナーガ召喚の例があるから、一概に切って捨てられないのだ。

 

『ちょっとばかし融通の利かない願望器なので、願いのかけ方に注意が必要ですねー。

まあ、そんなわけなので、まだわたしが管理した方がマシだと思いますよー?』

 

ぐぬう。否定したいが、まだマシな気がするのがひじょーにムカつく。

 

「うーん、いっそのこと、魔術協会か聖堂教会に引き取ってもらうとか?」

「いや、クロエの言いたいことも分かるけど、それって新たに()()が勃発する可能性があるわよ」

 

そう注意を促すと、クロエだけでなくイリヤと美遊も難しい顔になる。

 

「それじゃあいっそ、壊してなかったことにするとか?」

「でもイリヤ。あっちのルビーが残ると、途轍もなく面倒なことになると思う」

『美遊さまが仰るとおりです。姉さんが二人がかりでイリヤさまを揶揄っているのを想像されれば、よくわかるかと』

『サファイアちゃん!? ひ、ヒドい!』

 

ぬうう…。一番良いのは魔法瓶改め虎聖杯を使い、羽根ルビーをこの世界から追っ払った後に処分することだが、[聖杯]と名が付くものを処分するのを、魔術師二人が黙って見過ごすとは到底思えない。

 

「……仕方がない。こちらからの条件も突きつけた上で、向こうの条件を呑もう」

「条件…? うーん、何言うかわかんないけど、リナに全部任せるよ」

 

そう言ってイリヤが、クロエ、美遊と視線を移すと、二人も黙って頷いた。

密談を終えたあたしは羽根ルビーに向き直る。

 

「わかったわ。虎聖杯はアンタに渡したげる」

「な!? ちょっとリナ!」

「何を仰っているの!?」

「シャーラップッ!!」

 

予想通り魔術師二人が喚くが、強い口調で制止する。

 

「こんなの、利己主義者だらけの魔術師の手に渡ったら、どんないさかいが起きるかわかったもんじゃないわ。聖堂教会だって、今一信用できないし」

 

その理由の大半は、切嗣さんから聞いた第四次聖杯戦争のせいだけど。

 

「「う…」」

 

魔術師二人は言い返す言葉もなく、口を噤んでしまう。

 

「てなわけでアンタに返すけど、こちらからも幾つか条件を出させてもらうわ」

『条件…。伺いましょう』

 

彼女なりに真面目な口調で返答する。

 

「まず、虎聖杯を受け取ったら即座にこの世界から撤退すること。さすがにこれ以上、アンタとは関わり合いたくないから」

『いいでしょう。面白愉快なことは、次の世界に持ち越すことにします』

 

うむ。中々物分かりが良い。

 

「次、アンタの趣味に、虎聖杯の力は使わないこと。誰かに使わせることも含めて、ね」

『うーん。それはちょっと残念ですが、確かに壊されでもしたら大変ですので、その条件も飲みましょう』

 

よし、いい心がけだ。

 

「最後に。相手によっては加減しなさいよ? 精神崩壊レベルの弄りは、冗談じゃ済まなくなるから」

 

これは先日の海での教訓である。海から帰った後、サファイアから詳しく聞いたけど、ハッキリ言ってシャレんなんなかった。

 

『……何だか思うところがあるようですね。わかりました。心に留めておきましょう。ま、普段は自重する気はありませんけどねー』

「……そこは諦めてる」

 

まあ、素直に条件を飲んでくれただけでも御の字だろう。

 

「それじゃあクロエ、羽根ルビーに虎聖杯を」

「羽根ルビーって…。あ、枚数が多いからか」

 

どうやらすぐに理解してくれた様で、あたしは嬉しいわよ!

 

「ちょ、ちょっと待ってよリナ! もしそっちのルビーが口先だけだったら…」

『大丈夫ですよ、イリヤさん。さっきも言いましたが、向こうのわたしは本音を隠せない…言い換えれば、嘘が吐けないということですから』

「あ」

 

ルビーに言われて、イリヤも納得したみたいだ。

 

「そーいうワケだから、改めてクロエ」

「ハァ、しょうがないわね」

 

そう愚痴りながらも虎聖杯を差し出すクロエ。

 

『いやー、ありがとうございます。それでは契約に従い失礼させていただきます。じゃあ虎聖杯さん。次の世界へ、レッツラゴーですよ!』

 

レッツラゴーって…。そんな想いを抱かせながら、羽根ルビーは虎聖杯と共に消えていった。

 

「はぁ、勿体ないわね」

「あれほどの神秘、そうそうありませんのに」

 

魔術師二人の愚痴に目を逸らす、イリクロと美遊だった。

 

 

 

 

 

あたし達が校門を出たところで。

 

「それにしても、リナはせっかくの誕生日に災難だったね?」

 

イリヤがそんな事を言った。しかし。

 

「いや、そうでもないわよ」

 

あたしはそう返す。

 

「?」

 

イリヤは…ううん、クロエと美遊も思案顔になっている。

……あたしは嬉しかったのだ。三人が、ナーガに向かって見得を切って、あたしを庇ってくれた事が。人を殺したことがあると知って、それでもあたしを受け入れてくれた事が。

 

「リナ、勿体ぶってないで教えなさいよ」

「それは、秘密です!」

 

クロエにはふざけた感じで答えたけど。……こんな事、恥ずかしくて言えるかっ!

 

「ほらっ、そんな事より帰った帰った!」

「ん? リナは?」

「あたしはちょっと、人に会う用事を思い出したから」

 

イリヤの疑問にはそう言って煙に巻く。とは言え、人に会うのは本当だが。

……なんか三人とも、疑いの眼差しを向けてくるのだが。あたしってそんなに信用が無いのだろうか。

 

「……なんか隠してるっぽいけど、まあいいや」

「リナの秘密主義は今に始まったわけじゃないしね」

 

イリクロの言に、美遊も頷いてる。まあ、あたし自身、否定する気は無いけど。

 

「……じゃあまたね、リナ」

「うん。またね」

 

……こうして三人と別れ、姿が見えなくなってから校内に引き返す。校舎に入り、目的の場所まで来て扉を開く。

 

「失礼します」

 

そしてそこには、やはりというか、目的の人物が緑茶を啜りながら待ち構えていた。……あれがおそらく、クロエが言ってたリンディ茶だろう。

 

「あら。夏休み中の保健室に何の用?」

 

保健の養護教諭、折手死亜華憐先生が言った。

 

「いえ。夏休み中とはいえ、()()()()()()()()()()()()()と思いまして」

 

ニコリと笑い、あたしは言い返した。そう。あんなドンパチをしたのに、校内からは人の気配が一切しなかったのだ。校門は開いていたので、誰かがきっといるはずなのに。

 

「……ありがとうございました」

「……何の事?」

「さあ、何でしょうね」

 

それだけ言うと、あたしはクルリと踵を返し。

 

「失礼しました」

 

保健室を後にしたのだった。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

わたし達がリナと別れてすぐのこと。道の正面から、わたしと同じくらいの年で、わたしと同じ様な長い銀髪の女の子が歩いてきた。

その子はわたし達の近くまで来たとき、急に歩みを止め。

 

「……すみませんが、貴女方は小学校から出て来られたのですか?」

 

突然声をかけてきた。この歳にしては、随分と大人っぽい口調だ。

 

「う、うん。そうだけど…?」

 

わたしが答えると、少し思案して。

 

「それでは校内で、何かおかしな事は起きませんでしたか?」

 

ドキリ!と心臓の鼓動が跳ね上がる。

 

「うぇえええっ!? べ、別に何も、なかった…デスヨ?」

 

自分でも、かなり挙動不審だってわかってる。でも、これを平然と返せるくらいなら、リナ達からあんなに揶揄われたりしないだろう。

 

「……」

 

女の子が不審な目でわたしを見てる。落ち着け、イリヤ。ポーカーフェイスよ!

 

「……そうですか。すみませんでした。突然お呼び止めして」

「い、いいえ」

 

そう言って女の子は、穂群原小(ホムショー)の方へと去って行った。

 

「……あの子、何だったんだろ」

「さあ…。一般人、には思えないけど」

「でも、魔術師って感じでもないのよねー」

 

ミユとクロにもわからないんだ。

 

---少し後。あの子と深く関わる事になるけど、それはまた別(外伝)のお話、です。




今回のサブタイトル
神坂一「スレイヤーズすまっしゅ。」から

ようやく虎聖杯の事件は解決しました。
登場したもう一本のルビー(羽根ルビー)は、本人が言ってたとおり【タイころ】シリーズに出てた黒幕のルビー、そのゲームにならなかったルートで虎聖杯をゲットした可能性のルビーです。因みに、それぞれのルートの記憶は共有している設定です。
そして最後の方でイリヤ達と接触したのは、外伝シリーズの異界の天使の彼女です。虎聖杯で起きた時空の歪みを、調査しに来ました。

次回「ラットゥンガール」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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ラットゥンガール

例のお話です(笑)。


≪third person≫

「はじめは百合だったんだ」

 

イリヤの部屋を訪ねた雀花が、そんな事を言い出した。当然、それを聞いたイリヤとクロエも訳がわからない。

 

「ノートにお前らをモデルにしたキャラで、ゆりんゆりんなSS書いてたらしいんだ」

「……はい?」

「だけど、しっくりいかなかったんだろうな。そこでキャラをTSさせたら、光の速さでソウルジェムが腐って堕天。以降は坂道を転げ落ちるように腐界にハマって、泥中首まで状態。

ああでも、今はまだ一般向けの比較的ソフトなやつだから、そこは安心して欲しいんだけど。

……ってBLのどこが一般向けだってーの! 自分で言っててウケるわ、デュハハハハ!!」

「ひとりで喋ってひとりで盛り上がらないでッ! 妖しい単語だらけで訳がわからないんですけどーーーッ!!」

 

雀花の謎のテンションにイリヤが突っ込んだ。

 

「なんなのよ、一体。誰の話?」

「美々だ」

 

クロエの問いに答える雀花。

 

「ミミ?」

「ミミがどうしたってのよ」

「腐女子になった」

 

二人の疑問に再び答える雀花。

 

「「婦女子?」」

「いや、腐ってる方の腐女子」

「「腐ってる方!?」」

「まあ、わたしも腐ってんだけどな」

「「!!?」」

 

雀花の言動に、二人の思考は混迷を極める。

 

「あーもう、口で言っても埒があかねぇ!現物を見せてやるからウチに来いッ!!」

 

こうして雀花の家に行くことになった二人。ルームウェアから外出着に着替え、家から出たその時。

 

「はえぇ? リナにミユ!?」

「あ。イリヤ、クロ。それに雀花…」

「何? なんか珍しい組み合わせね?」

 

美遊とリナに、家の前でバッタリと出くわした。

 

「何だ? そっちこそ珍しいカップリングじゃんか」

「ああ、いや。私用でルヴィアさんち使わせてもらってるから、たまに美遊の買い出しを手伝ってんのよ」

 

さすがに工房の事や、製作した魔術礼装の販売については口にしない。等価交換はしっかりと出来ているので、買い出しはちょっとしたお礼、ほんの気まぐれ程度でたまに、である。

 

「ふうん。……まあいいや。それよりお前達も、私の相談に乗りやがれ!」

 

そう言って雀花は、リナの手を掴み引っ張ろうとする。

 

「な、ちょ、どういうことかわかんないけど、荷物は置いていかせてっ!」

 

こうして、リナと美遊も巻き込まれるのだった。

 

 

 

 

≪リナside≫

というわけで、あたし達が強制的に連れて来られたのは雀花の家だった。その、雀花の部屋の中には。

 

「うわぁ、凄い数の本!」

「みんな、ウチに来るのは初めてだったよな。まあ、適当なとこに座ってよ」

 

そう。畳敷きのその部屋には、扉や押し入れ以外の全ての壁に本棚が設けられ、ぎっしりと本が並べられてるのだ。雀花が言うには八割は姉のもので、雀花の部屋を書庫代わりに使われてるそうだ。

雀花に差し出された座布団に各々が座ると、彼女はようやく説明を始めた。

 

「まあ、ぶっちゃけると、わたしは腐女子ってやつで…。いわゆるBL愛好家なんだ」

 

……あたしは以前から気づいていたけど、イリクロと美遊は知らなかった…というか、言葉の意味がわかってないみたいね。雀花も、「そこから説明しないと駄目か」とか言って説明用の、いわゆる[薄い本]を物色している。

と、その時。

 

ピンポーン♪

 

というチャイム音。

 

「まずい! 美々がもう来やがった!」

 

って、美々? なんかイリヤ達との受け答えからすると、美々も何か絡んでるっぽいけど。そんなこんなでよくわからないまま、あたし達は押し入れへと放り込まれてしまった。ううみゅ。四人だとさすがに狭い。

 

『お邪魔しまーす』

 

ふすま越しに聞こえる、美々の声。イリヤ達はふすまを少しだけ開き、そっと覗き見る。イリヤは「別に変わりないみたいだけど」と言っているが、先程の雀花の話の流れだと、まさか美々…。

あと、関係ないけど、美遊は「誰?」という眼差しを向けるのをやめたげて。というか、いい加減覚えてあげて。お願いぷりーず。

 

「あのね、貸してくれた本、凄くよかったよ!」

 

そう言って、美々がカバンから取り出した[薄い本]。どうやらあたしの予想は、悪い方向に当たってしまったようだ。

 

「最初は介悪朗さまが弱気で、これリバじゃないのって思ったけど、後半の弩流布印(ドルフィン)誘い受けで焔の火が灯ったときには、もうわたし…!」

「お、おう。わかるわー…」

 

美々の圧に、あの雀花が引いている!? 因みに、言ってる意味は殆どわからん。

 

「何のこと?」

「多分BLってやつの事じゃない?」

「さっき渡された本を見れば、多分わかると思うけど」

 

イリクロと美遊がそんな会話をしている。んー、本当は止めた方がいいのかも知れないけど、理解させるにはそっちの方が手っ取り早いのも事実。まあ、雀花は初心者向けって言ってたし、美遊はわからんけどイリクロはマセてるから、多分大丈夫だろう。

クロエが転がってたライトで照らし、イリヤが本を開き、あたし達はそれを覗き込む。そこに描かれてたのは、男同士で組んず解れつしっぽりと、な場面であった。……というか、これのどこが初心者向けじゃああああッ!!

三人はしばし固まり、イリヤが本をパタンと閉じる。

 

「………………え?」

 

イリヤが訴えるような表情であたし達を見た。対してクロエは。

 

「これって平易な日本語で言うところの…。

ホモ漫画!?

「正解よ」

 

クロエの肩に片手を置き、首を横に振ってあたしは答えた。

 

「そういえば聞いたことがあるわ。BL、ボーイズラブ。それは男同士の恋愛を描いた、美しくも儚い業の世界。美しいものを愛するが故、相対的に浮き彫りになる欲にまみれた醜い感情を、半ば諦めの境地で受け入れてるのか、BL愛好家は自らを『腐女子』と自虐的に名乗る。

なお、一般的には二次創作物を[やおい]と呼んで商業BLとは別物になるが、ここでは特に区別しないものとする」

 

クロエは何たらペディアみたいな説明を並べ立てた。

 

「クロッ!? 何でそんなに詳しいのよっ!!」

「ネットで見た」

「これだからネット世代はっ!」

 

やっぱりかい。というかイリヤ、アンタもネット世代でしょーが。……まあ、そんな事よりも。

 

「ちょっともの申すけど、[やおい]の本来の意味は『ヤマ無し、オチ無し、イミ無し』だかんね。BLにそういう二次創作が多かったから、いつしかBLの別名になっただけよ」

「って、何でリナまで詳しいのっ!?」

「ネットで【リリなの】調べて、二次創作物調べてたら色々と」

「リナまでネットの毒牙にッ!!」

 

毒牙だなんて、人聞きの悪い。

 

『ちょっと皆さん、声が少々大きくなってきてますよー?』

『これ以上声が大きくなると、美々さまに気づかれる可能性が高くなるかと思われます』

「あ。アンタらいたんだ」

 

イリヤ、美遊双方の髪の中から姿を覗かせるルビーとサファイアに、あたしは思わず呟いた。

 

『なんだか扱いがひどいですねー』

『わたしも姉さんも、理由が無い限りはマスターと共に行動してますので』

 

まあ、そりゃそうか。

 

『さあ、そんな事より観察を続けましょう』

 

そう言ったルビーは、イリヤの髪の中から飛び出して、ふすまの隙間から部屋を覗き見る。それに続いてあたし達も、美々の様子を覗った。

 

「……それでね! 介悪朗様の■■■が■■になったのは、■■■が■ったからで---」

「お、おう。わかるわー…」

 

……なんだろう。言葉の意味はよくわからんが、とにかく凄い圧だ。

 

「あの優等生だったミミが、教育的配慮が必要そうな単語をあんなに…」

「なんかもう、狂戦士(バーサーカー)みたいね。あと、スズカの返事が使い回し」

 

イリヤが顔を真っ赤にしながら美々を憂い、クロエは半ば呆れてる。

……おや? そういえばさっきから、美遊が静かなんだけど?

気になって美遊を見ると、彼女は黙々と[薄い本]を読んでいた。うん。見なかったことにしよう。

 

「もう見てられない! ミミを止めなきゃ…!!」

「待ちなさい! 面白いからもうちょっとだけ…!!」

 

押し入れから飛び出そうとするイリヤと、押し留めようとするクロエ。それにあたしも巻き込まれ---。

 

どごぉっ!!

 

ふすまが外れ、美遊を除いたあたし達は部屋の中に転がり出る。あたしは俯せ、イリヤは仰向けに。クロエは丁度、あたし達を跨ぐ感じで馬乗り状態。

 

「……そ、その。そんなに汗まみれになって、押し入れの中で何…シてたの?」

「「「風評被害もいいとこだっ!!」」」

 

思考が完全にそっち方面の美々に、あたし達三人のツッコミが綺麗に被ったのだった。

 

 

 

 

 

「……てなわけで、常時バッドステータス状態な訳よ」

「ひどいよ、雀花ちゃん。イリヤちゃん達にバラすなんて…」

 

まあ、確かに非道いが、雀花の苦労もわからんではない。

その後の説明によると、BL小説を書く様になったのは最近のことらしい。だが雀花が[コミックマルシェ]、通称[コミマ]に出す同人誌に美々のBL小説をムリヤリ載せて、更にコスプレで売り子させたのが悪化させた原因らしい。取りあえず。

 

「ほぼ々々、お前のせいじゃあああああ!!」

 

すっぱああああああん!

 

「アパああ!」

 

雀花の頭を、スリッパで盛大に引っ叩いてやった。

 

「やめて! 雀花ちゃんをせめないで!」

 

おう!? 美々?

 

「小説は元々わたしの趣味だったの。雀花ちゃんはきっかけをくれただけ。ただ、わたしの魂がBLの形をしてただけなのよ」

 

うっわぁ。こいつァ重症だァ。

 

「男の人が二人でいるのとか見るだけで、ドキドキしちゃって…」

「……末期だわ」

「いやそれ、腐女子の基本スキル」

 

怖れるイリヤに突っ込む雀花。てかそれ、デフォなんかい。

 

「最近は士郎さんと一成さん、たまに慎二さんとの淫らな妄想が止まらなくてッ! もう、ノートが12冊分に!!」

「お兄ちゃんまで毒牙にーーーッ!?」

 

な、何たること!? まさかあの三人まで…って、海水浴の時の三人の会話を聞きゃ、仕方ないか。

 

「やってくれたわね。で、どっちが攻めなの?」

 

……をいこら、クロの字?

 

「士郎さんヘタレ攻めに一成さま押しかけ受け、慎二くんツンデレ受け以外に考えられないわ」

「何言ってるのミミ!?」

「なんだか既に、想像の埒外なんだけど」

 

イリヤは意味がわからず、あたしは考えるのに疲れてしまった。

 

「いい加減目を覚ましてー! 男の人同士でなんて---」

「おかしいからこその純愛なの! どうしてわかって---」

 

イリヤと美々が言い争っているが、今のあたしには止めるのも億劫である。……と。

 

「ッせぇんだよ! ガキ共があああ!!」

 

どがああああ!

 

入り口のふすまが蹴破られ登場したのは。

 

「おねぇ…」

「スズカの、お姉さん?」

 

そう。雀花の姉ちゃん。

栗原火雀(ひばり)。雀花の姉。

いつぞやの海の家の様に、そんなテロップが見えた気がした。

 

ぞわり!

 

突如感じる悪寒。あたしは、この感覚を知っている…。

 

「何、この感じ…。底の無い(うろ)の様な…」

「この感じ、あたしの知ってる上位種に似てる…」

 

クロエとあたしのセリフに、雀花はニヤリと笑う。

 

「へぇ、クロやリナも感じ取れるのか、おねぇの腐のオーラを。おねぇはわたしとは違うステージに立つ、[貴腐人]と呼ばれる上位種だ!」

 

やっぱり! 存在としては雲泥の差があるけど、その立ち位置は郷里(くに)のねえちゃんとおんなじだったかっ!!

 

「ったくよぉ。BLドラマCDを部屋のスピーカーから流してクローゼットの中から聞く、擬似覗きプレイの邪魔しやがって!!」

 

なんかもう、想像どころか存在が埒外なんですけど!?

 

「おい美々」

「は、はい!?」

「友バレした気分はどうだ?」

 

うわ、それ聞いちゃうんだ?

 

「……す、凄く恥ずかしいです。……でも、BLが好きなのは、どうしようもなくって…」

 

美々…。

 

「ふーん? で、そっちのオトモダチはどうしたいの?」

「……やっぱり普通とは思えないし、やめてほしいっていうか…」

 

……イリヤ。

 

「なら簡単な話だ。お前ら、友達やめろ」

「「へ?」」

 

イリヤと美々が素っ頓狂な声を上げる。

 

「だってさぁ、趣味が理解できないからってやめさせるなんてさ。そんな友達、こっちから願い下げだろ?」

 

言われてイリヤが一瞬、表情を曇らせる。

 

「で、でも、どう考えたっておかしいし…」

「そんな事、わたし達だってわかってんだよ」

「え…」

 

火雀さん、……何で名前がわかるのかは謎だけど、彼女の予想外の発言に驚くイリヤ。火雀さんは更に話を続ける。

 

「確かにBLは恥ずかしい趣味だ。だから隠れてやってるんじゃん」

 

美々の場合、雀花がバラしたんだけどね。

 

「親にも友達にも言えない趣味だよ。でも、好きだって気持ちは止めようがないんだ。

隠し事も無く、全て理解し合うのが友達なのか? 秘め事にまで踏み入ってくるのが友情なのか?

ハッ! くだらねぇ! 友達ならそれくらい笑い飛ばせ! それが無理なら、せめて見て見ぬ振りくらいしろってんだ!!」

 

火雀さんの啖呵にみんなが一瞬沈黙し、次の瞬間には。

 

『あはははははっ!!』

 

当の火雀さんと美遊以外が大笑いをした。

 

「な、笑うとこじゃねーだろ!?」

「だって言ってること、滅茶苦茶じゃない」

「要は『そっとしといて』って事だろ?」

 

火雀さんが文句を言うと、クロエと雀花がそう切り返した。

 

「そ、それの何が悪いっ!」

 

恥ずかしがりながら言い返す火雀さん。そんな彼女にあたしは言った。

 

「別に悪くも何ともないですよ。言ってることは筋が通ってるし、あたしもイリヤの意見には思うところがあったから。……ま、最後に締まらなかったのはご愛嬌ですね」

「お、おう。ありがと…」

 

まさか肯定されるとは思ってなかったんだろう、火雀さんが照れながらお礼を言った。

 

「……ミミ、ごめんね。わたし、ミミの気持ちを無視して自分の意見を押しつけてた」

「イリヤちゃん…」

 

むみゅ。どうやらこっちも上手く収まったみたいね。

 

「まあ、そうは言っても隠したい趣味なんでしょ? だったらミミは、もう少し抑えた方がいいんじゃない?」

「そうそう。わたしら、まだ子供なんだからさ。美々にはもっとゆっくりBLと付き合ってほしいんだよ」

 

そこはクロエと雀花に同意かな。だからあたしも、魔法少女アニメ好きを極力抑えてるわけだし。いや、たまに暴走させるけど。

 

「わたし達はようやく下り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い、BL坂をさ」

 

おいおい。どこの車田漫画だよ!

 

「あれ? そういえば男の人同士の恋愛が好きなら、BL趣味の人って彼氏いらないって思ったりするのかな?」

「おおう。ナイーブなとこ(つつ)いてきやがったな、コンニャロめ!」

 

あ。やっぱ繊細な部分なんだ、そこ。

 

「大丈夫だって。BLはあくまでファンタジー。現実の恋愛や結婚とは別モンだよ」

「喪女じゃなきゃね」

 

うむ。どうやらひと安心。さすがにBL女子の実状まではわからなかったから、そこら辺が聞けてよかったわ。

……余計なこと言った雀花が締め上げられてるけど、そこは見て見ぬフリだ。この手の暴力は、あたしもねーちゃんから受けてきた道だしね。

 

「よかった。それじゃあミミにもいつか、趣味を理解してくれる彼氏が…」

「そんな! わたし、彼氏さんなんていらないよぅ」

 

……ん? なんか嫌な予感が。

 

「……えーと、美々? まさかアンタ…」

「なんだよ。喪女一直線か?」

「その歳で独り身宣言? それって悲しすぎない?」

 

あたしのセリフに、火雀さんとクロエが割り込んできた。いや、この二人の言うとおりなら幾分マシなんだが…。しかし、あたしのその願いも虚しく。

 

「ううん。そうじゃなくてわたし…。

男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士で恋愛すべきだと思うの

 

爽やかな笑顔で美々は言った。……って、やっぱそっちかあああああいッ!!

あたし達は全員沈黙する。

 

「……あれ?」

 

美々が訝しがるなか、あたし達はアイコンタクトで意思疎通をし。

 

「ええっ! みんな、どうして逃げるのぉっ!?」

 

……あたし達が美々の趣味嗜好を受け入れるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。

そんな中、[薄い本]を読み終えた美遊は、パタンと本を閉じ。

 

「大体理解した」

「「「美遊(ミユ)うううううううッ!!?」」 」

 

腐界に片足突っ込む美遊に、あたし達は叫ぶことしか出来なかった。




今回のサブタイトル
青山剛昌「名探偵コナン」サブタイトル「ラットゥンアップル」から

というわけで、原作+アニメ版の美々回とほぼ同じですね。

さて。前回の話と今回の話の間に、外伝【星を紡ぐ武器を求める者】の最終回(予定)が入ります。そして今回の話を挟んで番外編の【CCさくらクロス】に繋がります。
なので次回の話は、時間軸的には【さくらクロス】の後になります。

次回「観布子」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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観布子

今回の話の前に番外編【カードキャプターさくら】クロスが入ります。


≪リナside≫

さくらちゃん達を元の世界へ送り返した翌々日。あたしは今、電車に揺られて他市…観布子(みふね)へと向かっている。

その理由は昨日、アイリさんからお使いを頼まれたからだ。その内容を聞いたあたしは驚きと共に、確かにあたしが出向かなければならないと思い引き受けることにしたのだった。

 

 

 

 

 

指定された駅へと着き、列車を降りる。駅の改札を出たあたしは、目的の場所の近くを通る路線バスへと乗り込んだ。

席に座り出発を待つ間、あたしは一枚のメモを取り出し、何度も確認した内容を読み返してため息を吐く。メモには目的地までの経路が記されているのだが、問題は最後の項目なのだ。

 

---目的地には人除けの結界が張られてるから、自力で探してね♡

 

……うん。途中までは丁寧に書かれていて筆跡も違うのが見てとれるので、おそらくセラさんが、切嗣さんか舞弥さんから伝えられたことをメモに書き起こしていたんだと思う。だが最後は、明らかにアイリさんの手によって書かれたものだろう。そもそも、以前とは居住地が違うとはいえここまでの範囲に絞れたのだから、魔術師なら所在を特定できてもおかしくないだろうに。

……と、心の中で何度目かの愚痴を吐いてから、不意に気がついた。

そういえばこれから会いに行く人物、今は解除されてるとはいえ元々は…。なるほど。だからなるべく情報が漏れないように配慮したのか。そしてあたしなら、自力で見つけられるだろうとも。

いつの間にか走り出したバスの窓から外の風景を眺め、諦めと共にまたひとつ、深いため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

バスを降りたあたしは、辺りをぐるりと見渡した。ぱっと見、特に怪しいものはない。だがそんな事を言ったら、イリヤの家などは極々普通の一軒家だ。つまり、必ずしも怪しい建物であるとは限らないのである。同じくごく普通の建物か、あるいは普通でなくても違和感のない建物か…。

例えばそう。ここから見える、少し離れたところに建っている、廃墟になったと思わしきビルとか。

アイリさん…いや、切嗣さんが、人除けの結界以外の情報を与えずに、ただこの場所を指定したとは考えにくい。なら、あのビルは充分に怪しいと言えるだろう。

あたしはそのビルを、取りあえずの目標に据えて歩き出した。

そしてしばらくの後。気がつけば、目標にしていたはずのビルから遠ざかっていることに気がついた。そもそもいつの間にか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

……どうやら一発で当たりを引き当てたみたいだ。だが、凛さん達が張るような簡易な人除けとは違い、かなり強力なものであるらしい。

しかし、()()()()()()()素人なあたしに、これに対抗する術が思い当たらない。結界破りが出来るような術もあたしの場合、その境界を見極められなければ効果が発揮できないものばかり。精霊映視呪(マナ・スキャニング)が使えればその境界も見極められるだろうけど、先日の[風]のカード回収の際に使ったばかりなので、さすがにまだ使うのは躊躇われる。

……ええい、面倒くさい! こうなったら!

あたしは路地裏へと入り込み、人の気配がないことを確認した上で呪文を唱える。

 

翔封界(レイ・ウィング)!」

 

[力あることば]と共に風の結界を纏い、上空へと舞い上がる。充分な高度をとったあたしは、廃ビルの屋上へと急降下した。

この手の結界は対象を弾くものではなく、対象の認識や思考など、意識下に作用するものである。なら目標を見失う前に、効果の内側まで強行突破を試みるまでだ。

事実、ある瞬間に意識の揺らぎはあったものの、それは一瞬で過ぎ去り、あたしは廃ビルの屋上に辿り着く。

風の結界を解き、屋上に足をついたその時。屋上の扉が開き、眼鏡をかけた、赤みがかった濃い茶髪の女性と、対丈の着物に革ジャンというミスマッチな着こなしの、黒髪の女性が現れた。

 

「ふむ。中々に面白い方法で結界を超えたものだな。それに、触媒も無しに飛行を実現させるとは」

 

眼鏡の女性がそう声をかけてきた。おそらく彼女がアイリさんから聞いた、そして切嗣さんが話していた、始まらなかった聖杯戦争でアイリさん達を預かっていたという人物だろう。

 

「初めまして。あたしはアイリスフィール・フォン・アインツベルンの名代として参りました、稲葉リナといいます。貴女が(くだん)の人形師ですね?」

「ああ、話は聞いているよ。推察のとおり、わたしが人形師の蒼崎橙子だ」

 

人形師…蒼崎橙子さんの話を聞き、次にあたしは隣に立つ女性へと視線を移した。

 

「……オレは式だ」

 

ぶっきらぼうに言う彼女。どうやら人付き合いは、あまり得意ではないらしい。……まあ、あたしとしては、彼女が関心を示してくれないのは非常に有難いのだが。何しろ彼女、抑えてはいるようだが、殺気を辺り一帯に振りまいているのだ。まるで前世でガウリイと戦った、某人斬りマニアを彷彿とさせて、出来ればお近づきになりたくないのである。

 

「……どうやら彼女の資質に気がついたみたいだね」

「ええ、まあ…」

 

言葉を濁し、あたしは頷いた。式さんは鼻を鳴らしそっぽを向く。

 

「まあ、本質はウサギだが」

「誰がウサギだ!」

 

橙子さんのセリフに、いきり立つ式さん。何だかんだで仲が良さそうだ。

 

「まあ、こんな所で立ち話もなんだ。ついてきなさい」

「おい、無視するな!」

 

……なるほど。構ってくれないとそれはそれで嫌なのか。確かに俗説で言うウサギっぽいかも。

 

 

 

 

 

橙子さんに通されたオフィスは。……まあ、オフィスではある。内装も廃墟のビルのままではあるが。

ともかくもあたしは腰を落ち着ける。

 

「さて、わたしの事は聞いているかな?」

「はい」

 

彼女の質問を肯定して、話を続ける。

 

「蒼崎橙子。[冠位]の称号を持つ魔術師で、本物の肉体と遜色のない…いや、それ以上の人形を造れる人形師。それ故に封印指定を受けたものの、数年前にそれも解除された。……あたしは魔術協会のゴタゴタなんて知らないし、知ろうとも思わないけど。

まあそんな訳で、ここにデザイン事務所という名目の[伽藍の堂]を開いている。……で、いいんですよね?」

「ああ、そのとおり」

 

橙子さんは軽く頷く。

 

「それで橙子さんは、あたしのことをどれだけご存知なんでしょうか?」

「そうだな…」

 

あたしが尋ねると、彼女は考える素振り…おそらくはただのポーズだろう…をして答えた。

 

「異世界からの転生者で、我々魔術師とは系統の違う魔術を扱う魔道士…と説明を受けたな」

「異世界の転生者?」

 

橙子さんの説明に式さんも目を丸くする。まあ、突拍子もないことを言ってるのだから、当然っちゃ当然だが。しかし。

 

「アイリさん、転生の事まで説明したんですか?」

 

あたしとしては、そこのところが驚きである。

 

「……まあ、依頼主の秘密は守らせてもらうよ」

「厳密にはあたしが依頼主って訳じゃないけど。でも、ま、そう願います」

 

さすがにこんなこと協会側に知れ渡ったら、封印指定を受けかねない。ハッキリ言って宝石翁とⅡ世が公にしないでいてくれるのは、マジで助かってるのだ。

 

「……ではそろそろ、商談といこうか」

「はい」

 

橙子さんの言葉に、あたしは気持ちを切り替える。

 

「依頼は、わたしに人形の素体を造ってもらいたい、ということだったな?」

「はい。その人物用に調整された、最上級の物を、ということです」

「ふむ。基本データは10年前の、イリヤスフィールのものを元に、ということだが…」

「そうです。アイリさんからは対象の毛髪と、写真を預かってます」

 

そう言ってバックパックから、ジッパー付きの小さなビニール袋に入ったクロエの髪の毛と、切嗣さん以外の家族で写った写真のクロエに印をしたものを橙子さんに手渡した。

 

「ふうん…。それで。わたしへの報酬も聞いているんだろう?」

「はい。あたしの扱う、異世界の魔術の知識ですね?」

 

そう。故にあたしが出向く必要があったのだ。

 

「とはいえ」

「……ん?」

「向こうの精霊魔術だと、こちらの魔術に落とし込むのも簡単であまり真新しいものじゃないと思います。かといって魔族…こちらの悪魔に似た存在の力を借りた黒魔術は、こちらの魔術師には使えないと思うし…」

「なるほど」

 

橙子さんには、あたしの言いたいことが伝わったようだ。要するに、あたしが教えられるものは対価としては弱いということに。

 

「それで、どうするんだ?」

 

橙子さんの問いかけに、あたしはニコリと笑う。

 

「なので、こういうものを用意しました」

 

そう言って、バックパックに仕舞っていたあるものを取り出し、テーブルの上に乗せた。

 

「……スクロール?」

「はい。開いて確認してください」

 

あたしが促すと、怖れた様子もなくスクロールを開いた。

 

「…………なっ、これは!?」

 

スクロールに書かれた内容を読み進め、驚愕する橙子さん。それはそうだろう。何しろ内容は。

 

「あたしがいた世界に伝わる[金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)]についての、あたしが知りうる限り最も正確な知識です。その内容に目を通した橙子さんになら、これが何を意味するかおわかりですよね?」

「ああ。これはこちらの世界における、[根源の渦]について書かれたものだ。もちろんこちらの[根源]と全く同じものだとは限らないが、それでも[根源]に至る足掛かりにはなり得る」

 

そう。並行世界の凛さんとルヴィアさんが[写本の写本]の知識で、不完全とはいえ世界の創成に成功しているのだ。[世界黙示録(オリジナル)]から直接得た知識で修正されたそれは、現段階で最も[混沌の海]を正しく捉えているはず。ならばより[根源]へと近づくための足掛かりとなるはずである。

……とはいえ、[冥王(ヘルマスター)]ですら認識に齟齬があったのだ。これが全て正しいとは、さすがに言えやしない。だからこそ、「あたしが知りうる限り最も正確な知識」なのだが。

 

「……これなら確かに、報酬として申し分ないな」

「それは良かった。……ですが、いくつか条件をつけさせてください」

「条件?」

 

聞き返す橙子さんに、あたしは頷き答える。

 

「その知識をしっかりと頭に叩き込んだ後は、そのスクロールを完全に消し去ること。

そしてその内容は誰にも伝えず、自分ひとりの研究に利用すること。

そして最後に、攻撃用の魔術への利用をしないこと。これに関しては、暴走させたら世界そのものが消滅してしまうので」

 

前世のあたしが扱った最強の…もしくは最凶の攻撃呪文、[重破斬(ギガ・スレイブ)]。アレの制御に失敗した場合、術者を核として[金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)]を召喚するハイリスクなものだ。しかも、あたしがスクロールに書き起こしたものはかなり正確な知識である。ハッキリ言って渡す直前まで、内心では葛藤していたくらいだ。

 

「……もしわたしが断ったら?」

「その時はそのスクロールを燃やして、商談そのものを破棄します」

「だがそうなると、この少女は躰を得られないことになるが」

「舐めないでいただけます?」

 

言って彼女を見据える。

 

()()()の技術を使えば、イリヤと同等の肉体を再現出せることも可能よ。あたしがその技術を再現させるには、時間と手間、そして費用がかかるわ。だから手っ取り早く、アイリさんの話に乗って貴女のところへ来たのよ」

 

そう。こちらで言うクローン技術と酷似した魔法技術、コピー・ホムンクルス。あたしは専門外だったけど、それでも何度か、その技術に触れる機会はあった。だからこそ、時間はかかってもその技術を再現させる自身はある。いや、この話が無かったことになれば、クロエのためにも必ず再現してみせる!

 

「……ふっ。いや、質の悪い質問だったな。わかったよ。その条件を飲もう。……いや、飲まざるを得ないか。確かに、これを公開するにはリスクが高すぎる。

攻撃呪文についても、魔術師の目的は根源を呼び出す事ではなく、根源へ至ることだからな。至る前に世界が消滅しては意味がない」

 

……アレに乗っ取られるって事は、ある意味根源に至ってるわけだけど…。うん。黙っとこ。

それはともかく。

 

「条件を飲んでもらえるのなら、こちらもお渡しします」

 

そう言ってあたしは、一冊のメモ帳を取り出して、橙子さんに手渡した。

 

「これは?」

「向こうの世界の、魔術の基礎知識を簡単にまとめたものです。こちらで言う魔術協会に当たる、魔道士協会で教わることを記しました。元々の対価が、異世界の魔術の知識ですから」

「そういう事か。しかしそれだと、対価がかなり飽和してるが」

 

ふむ。さすがに[金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)]の知識に、それを制御する近道とも言える向こうの世界の知識、特に[混沌の言語(カオスワーズ)]についても触れた内容のそれを渡したのだ。確かに超過気味かもしんない。

 

「……がめついお前にしては、随分と素直だな?」

「否定はしないが、さすがに超過が過ぎる。等価交換の範囲を大きく逸脱しているから、さすがにな」

 

……自分が思ってたよりも、魔術的価値があったみたいだ。

 

「ええと、それならその分は貸しということにしといてください。いつかあたしが別の依頼に来たときに、対価として釣り合うなら受けてもらう、ということで」

「……まあ、いいだろう」

 

橙子さんは少しだけ考え込んでから頷いた。

 

 

 

 

 

「それではお願いします」

 

来たときとは違い、出入り口から外に出たあたしは振り返り、橙子さんにお辞儀をする。

 

「ああ。極上のものを用意しよう」

 

橙子さんは煙草を燻らせながら答えた。

 

「しかし慌ただしいな。1時間も待たずに蜻蛉返りか」

「まあ、冬木と観布子は、少し遠いですから」

 

式さんに答えて、あたしは軽くため息を吐く。費用は向こう(アインツベルン)持ちとはいえ、億劫であるのには変わりがない。大事な友人のためだから、文句こそ言わないけど。

 

「それでは失礼します」

 

それに、文句を言ってもいられない。今朝、出かける前にエーデルフェルト邸へ寄ったときに言われたのだ。例の工事は終わり、安全の確認が出来次第、最終会議を開くと。

そう。最後のカード回収(戦い)は目前に迫っているのだ。結果的にとは言え今回の件は、あたしが決意を固めるのに一役買ってくれた。必ず、ひとりも欠けずに、この日常に戻って来るって。

そして、もうひとつ誓う。絶対にフラグになんかさせないからね! ……と。




今回のサブタイトル
TYPEーMOON「空の境界」舞台となる土地から

因みに最初は「伽藍の堂」としようかと思いましたが、これだと型月ファンにはさすがにバレバレなので、こちらにしました。

補足
人斬りマニア……【スレイヤーズ】2巻(アトラスの魔道士)に登場したロッドのこと。さすがに今のリナは、名前までは覚えてなかった模様。

次回「明日への勇気」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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明日への勇気

今回は、リナと両親の物語…。


≪third person≫

リナが観布子市に赴いてから三日後。安全の確認が取れたからと、全員がエーデルフェルト邸へと集まっていた。

 

「八枚目、もしくは十一枚目のカード回収作戦会議を始めるわよ」

 

メイド姿の凛が告げ、意味もなく盛り上げるためにみんなが拍手をする。それが静まってから、凛は状況を説明し始めた。

 

「浜辺のボーリング工事も終わり、地中深くにあるカードの許へ、ようやく辿り着いたわ。後はこれまで通り、鏡面界でカードを回収するだけよ」

「はーい! 先生しつもーん!」

 

手を挙げてクロエが質問を挿む。

 

「こっちはボーリング工事してあるからいいけど、鏡面界(むこう)は地面の中じゃないの?」

「あっ、言われてみれば!」

 

その質問に、はたとするイリヤ。しかし。

 

『それは大丈夫です。鏡面界は可能性を重ね合わせた状態にありますから』

「は?」

 

サファイアが説明をするが、イリヤは要領を得ていない。

 

『我々が接界(ジャンプ)する事で重ね合わせの中から相対状態を選び取るわけです。本当の意味での理解はじじいにしか不可能ですが、シュレディンガーの猫を思い浮かべればいいかと…』

 

ルビーが引き継いで説明をするが、やはりイリヤは要領を得ない。するとリナが呆れた口調で言った。

 

「アンタらの説明は専門的でわかりにくいのよ。要は第二魔法、並行世界の考え方と一緒って事でしょ。まだ確定していないあらゆる可能性の中から、ボーリング工事がされている可能性を鏡面界として固定させて、その空間に移動する。そーいう事よね?」

『……まあ、細部の微妙な違いはありますが、概ねそのとおりですね』

「……うん。まだちょっと難しいけど、何となくは理解した」

 

頭を抱えつつも、一応納得をしたイリヤ。その様子を見てリナは、うんうんとうなずく。

 

「バゼットさんはどうするんですか?」

 

美遊が尋ねると、凛が難しい顔をした。

 

「それが問題その1ね。彼女も同行することになったわ」

「「「「えっ!」」」」

 

凛の発言に小学生組が短く声を上げる。

 

「とは言っても、もちろん仲間じゃないわ。カードを手にするために戦う、競争相手ってとこね」

 

要はこの間まで、凛とルヴィアが繰り広げていたことと同じである。

 

「なら、とにかく速攻ね! ちゃっちゃとけり付けて、お先にカード、ゲットだぜ!」

「おまいはどこのサトシくんじゃ!?」

 

クロエの言い様に突っ込むリナ。

 

「事はそう簡単じゃないわ。

問題その2。カードはこれまでの比じゃないほど、魔力を吸収している。よりによって、地脈の本幹のど真ん中よ」

「ふみゅ。およそ2か月半の間、それこそ地脈が収縮するほど魔力を吸収してたのよね? 2週間かそこらであの強さだったんだから、ひょっとしたらそのクラスでの最大状態までいってるかも」

 

リナの発言で、イリヤの表情が強張った。

 

『ならばそれこそ、クロさまが仰ったとおり、一瞬で終わらせるべきでは?』

「正解よ、サファイア」

 

サファイアの発言を肯定し、リナはその先を続ける。

 

「……魔族って下級のレッサーデーモンでも、魔力量において人間では遥かに及ばない存在なの。中位にでもなれば、人間が倒せる相手ではないわ。普通ならね」

「リナ?」

 

突然話始めた内容に、思わず声をかけるイリヤ。しかしリナはそれには応えず、更に話を続けた。

 

「そんな相手と戦うコツってのがあってね? 即ち、『短期決戦、一撃必殺、不意を突く』よっ!

確かに今回の相手は、今までに無い強敵かも知れない。いいえ、間違いなくそうなるでしょうね。だからこそ、相手が何かをする前に高火力で殲滅するってのは、作戦としては非常に正しいわ」

(……問題は、その攻撃が効くのかだけど)

 

説明の後、リナは懸念を浮かべるものの、みんなに不安を与えないためにその思いを心の内に留める。

 

「リナの言うとおりよ。今回とれる戦略はただひとつ。最大火力をもって一撃で終わらせる!」

 

凛のその言葉に、一同は顔を引き締め頷くのだった。

 

 

 

 

 

会議が終わり、エーデルフェルト邸を出るとそこに、ひとりの人物が待ち構えていた。

 

「リナさん、お待ちしてました」

「な、キャナル?」

 

そう。前世のリナが居たのとはまた別の世界、[ヴォルフィード世界]の天使の分け御霊、キャナルであった。

 

「キャナルさん、どうしてここに?」

「聖名さんから、貴方方が何か大きな事件に携わるらしいと伺ったもので」

「……情報、すっかり洩れてんじゃない」

 

イリヤの疑問に答えるキャナル。そしてクロエはしっかりツッコミを入れる。

 

「ふむ。それで? 別にただの陣中見舞い…って訳でもないんでしょう?」

「……さすがリナさんですね」

 

キャナルはニコリと微笑むと、袈裟懸けに架けていたカバンから、一本の棒状の物を取り出した。

 

「こちらをリナさんにお貸しします」

「え…、ちょっと、これって!?」

 

リナが驚くのも無理はない。何しろキャナルが差し出したのは、[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]のそのレプリカだったのだから。

 

「……しばらく前から海辺の方で、途轍もない力を感じるようになりました。おそらく貴方方が持つカードと、関係したことなのでしょう。ですがその力は、並のものではありません。

……なので、少しでも戦力の足しになるのならば、と。差し出がましいかも知れませんが」

「ううん、そんなことないわ。確かにあたしのカードでも[光の剣]が使えるけど、時間制限があるし、手札は多いに超したことないもの。ありがと、キャナル」

 

リナがお礼を言うと、キャナルは首を横に振る。

 

「いえ。リナさんは1年前に神名を救ってくれた、命の恩人です。わたしとしては、これでもまだ足りないと思うくらいに恩を感じているんですよ?」

「そんな、畏まるよーなもんでもないのに」

 

苦笑いを浮かべ、そう答えるリナ。詳しい話は省くが、リナは1年前、キャナルの宿主である神名が事故に遭うのを未然に防いだのである。

 

「……神名は、そうは思ってませんよ? わたしだって、神名が生きていたからこそ、今こうしてここに居られるんです。リナさん、本当にありがとうございます」

「う、ど、どういたしまして」

 

面と向かってお礼を言われ、少し照れるリナ。その様子をイリヤとクロエは、ニマニマしながら見ている。

 

「それでは失礼します。……皆さん、無事を祈ってますよ」

 

最後にそれだけ言うと、キャナルは立ち去っていった。

 

「ねえ、リナ。1年前に何したの?」

「そうねー。私も聞きたーい」

「別に、たいしたことじゃないわよ」

 

イリクロに問われ、軽く流そうとするリナだったが、二人は尚も食らいつく。

 

「ああもう、わかった! 今度話したげるから!」

「約束だからね」

「わかったわかった」

 

辟易としながらリナは答えるのだった。

 

 

 

 

 

「……ただいま-」

「お帰り、リナ。……どうかしたの? 浮かない顔をしてるけど」

 

リナの母、サナが訝しむ。

 

「うん、ちょっと…」

 

そう答えてからリナは少し考え込み。

 

「……お母さん。お父さんが帰ってきたら、二人に話したいことがあるの」

「話したいこと? 今じゃ駄目なの?」

「うん。込み入った話だから、夕食が済んで落ち着いてからでいいから」

「……そう。わかったわ」

 

そう返事をして微笑むサナ。それを後目に、リナは自分の部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

夕食が終わり、食器も片付け、リビングには浮かない顔のリナ、優しい笑顔を称えるサナ、いつもよりも難しい顔をした一也の三人が集う。

 

「それで、話ってなんなのかしら?」

 

笑顔のまま尋ねるサナを見て、リナは胸が締めつけられるような思いになる。リナは一端視線を落とし。

 

(……言うって、決めたじゃない!)

 

意を決して顔を上げ、ともすれば逃げ出したくなる気持ちを抑え、リナは言葉を紡ぐ。

 

()()()()()()()()。あたしは、本物の稲葉リナじゃありません!」

 

その告白に驚いたのか、二人は声ひとつ上げない。構わずにリナは告白を続ける。

 

「あたしの本当の名前は、リナ=インバース。死後の世界で[稲葉リナちゃん]と会って、彼女にあなた方二人のことを託されたんです」

 

再び視線を落とし語るリナの言葉は、しっかりとしたものだった。しかしよく見れば、その肩は小刻みに震えている。

ふと。リナは、サナが立ち上がる気配を感じ、そして次の瞬間。

 

「……え?」

 

サナはリナのことを優しく抱きしめていた。

 

「……ねえ。どうして今まで黙っていたの?」

「それ、は…、二人を悲しませるのがいやで…」

「本当に?」

「え?」

 

ドキリと、心臓の鼓動が跳ね上がる。今までリナ自身がそう思っていたのだが、果たして本当にそれが理由だったのか。

 

「本当は、わたし達と赤の他人になるのが怖かったからじゃないの?」

「あ…」

 

リナの目から、涙が零れ出す。今までリナ自身が気づいていなかった気持ちに、今気づいた。自分はいつしか二人のことを、本当の両親のように慕っていたのだ、と。

 

「リナ。今のリナが何者だろうと、お前は俺達の娘だよ」

 

さっきまでの難しい顔からは想像できない程の優しい口調で語る一也。

 

「お、父さん…、お母さん…!!」

 

そしてリナは、堰を切ったように泣き出すのだった。

 

 

 

 

 

しばらくして、リナもようやく心が落ち着いた。

 

「大丈夫、リナ?」

「……うん。ありがと、お母さん」

 

お礼を述べてからふと思い、リナは尋ねる。

 

「でも、お父さんもお母さんも、どうしてそんなに落ち着いてるの?」

 

聞かれた二人は苦笑いを浮かべ。

 

「実を言うとね、随分と前からリナが別人だって気づいてたの」

 

と、とんでもない爆弾を落とした。

 

「……へ?」

 

むしろリナの方が驚き、目が点になっている。

 

「ええっ!? 一体いつから!?」

「うーん? 漠然と違和感を感じたのは、リナが意識を取り戻した後かな? もしかしてって思ったのは、1年くらい経ってからだったと思うけど」

「それって、ほぼ初めからじゃない…」

 

リナはがっくりと項垂れた。

 

「俺はサナから聞いてからだな。最初は気が触れたんじゃないかと心配したけど、注意深く見ていたら、確かに違和感を感じるようになって、今日までには俺もそう思うようになってたよ」

 

一也の話を聞き、自分の演技が大根だったのではなく、サナの勘が良すぎたのだと知り、少し的外れな安堵感を抱くリナである。しかしそれでも疑問はある。

 

「それにしたって、どうしてわかったの? 性格は、……ちょっとは違うけど、それでも[リナちゃん]とは似てると思うし、大病を患った後に性格が変わるケースだってあるから、そこまで疑問に思われるなんて思わなかったんだけど」

「そうね…」

 

サナは少しだけ考え込み、そして言った。

 

「あなたは時々大人っぽいこと言うけど、5歳にしてはマセ過ぎてたから。嵐を呼ぶ園児でも大人のマネしてるだけなのに、リナは、ね?」

「う…」

 

心当たりがありすぎて、唸ることしか出来ないリナ。

 

「……でも、最初に違和感を感じたのは、一人称ね」

「……一人称?」

「そう。()()()は自分のこと、『わたし』って言ってたけど、リナは『あたし』だったから」

「あ」

 

言われてみればと、[リナちゃん]と出会ったときのこと、そして[リナちゃん]の記憶を思い起こす。

とはいえそれは、ほんの些細なこと。最初のひと言が「わ」か「あ」の違い。普通に会話していたら聞き流してしまう程度のものだ。

 

「お母さん、結構耳聡いね」

「わたしの耳はすこぶる性能がいいから」

 

何だか自分と似た事言うなと思い、そういえば自分と[リナちゃん]は異世界の同位存在だったと思い出し、その母なら然もありなんと納得するリナ。ある意味思考が麻痺してるとも言える。

 

「でも、別人だって知ってたなら、どうして…」

 

リナが感じた最後の疑問を口にし、しかし最後まで言葉に出来ない。そんなリナに、サナは優しく微笑み言った。

 

「一也さんが言ったでしょう? 今のリナが誰だろうと、あなたはわたし達の娘だもの」

「……あたしはこれからも、二人の子供でいいの?」

「「もちろん」」

「……ありがとう」

 

再び涙腺が緩みそうになるのをぐっと堪え、笑顔で応えるリナ。

……しかし、話はこれで終わらない。

 

「……それで? 他にも話はあるんでしょう?」

 

先に切り出したのはサナだった。

 

「リナが意を決して告白したのは、そう思わせる重大な何かがあったからだろう?」

 

サナの後を継いで、一也が尋ねる。

 

(……そうか。お父さんが難しい顔してたのは、あたしの告白と、それに関連する何かを想定してたんだ。……それでも笑顔でいられるお母さんって、結構肝が据わってるなぁ)

 

そう考察してから、リナは深く息を吐き気を引き締めた。

 

「お父さん、お母さん。あたしは今夜、友達と一緒にある事件を解決しなくちゃならないの」

「……それって以前、夜に出かけていったのと同じこと?」

 

サナの言ったのは、バーサーカーのカード回収の時にリナが述べた理由のことである。

 

「うん。でも、おそらくあの時よりも危険で、下手をしたら命を落とすかも知れない」

「リナ!?」

「一也さん」

 

思わず声を上げる一也にサナは、首を横に振って制止する。とはいえ、さすがにサナから笑顔が消え失せているが。

 

「……こういう事言うと、死亡フラグだって言う人もいるけど、あたしはそうは思わない。

だってあたしは負ける気なんて無い。あたしは最後まで勝つ気で戦う。これはあたしが、リナ=インバースだったときから変わらないことだから。

……でも、それでも、人の生き死にはままならないわ。だから。迷いを吹っ切るためにも、本当の事を打ち明けたの。迷ったまま戦ったら、それこそ死亡率が高まるから。あたしには帰る場所が…ううん、帰らなきゃいけない場所がある。だから絶対に負けない!」

 

その決意は非常に固く。

 

「……わかったわ」

「サナ!?」

 

サナがかけた言葉に、一也は驚く。

 

「わたしは、リナを信じる。だから、必ず帰ってきなさい。あなたの家はここなんだから」

「うん!」

 

サナの励ましに、リナは力強く頷くのだった。

 

 

 

 

 

「クラスカードに宝石の護符(ジュエルズ・アミュレット)、黒鍵、魔術を込めた硝子玉、投擲用の短刀、遠話球(テレフォン・オーブ)、……そしてキャナルから借りた[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]。うん、全部揃ってる」

 

身に着けた物、そしてバックパックの中身を確認して、それを背負いリナは部屋を出る。玄関では両親が待ち構えていた。

 

「リナ、行くのね」

「うん」

「必ず帰って来るのよ」

「わかってる。……絶対、大丈夫だよ!」

 

サナも一緒に見たことがある、アニメの主人公のセリフを口にするリナ。するとサナは。

 

「そうね。絶対大丈夫は無敵の呪文だものね」

 

そう答えて笑顔を返した。

 

「行ってきます。お父さん、お母さん」

「いってらっしゃい。リナ」

 

ばたんと扉が閉まり。

 

「……一也さん」

 

一也の胸に顔を埋め、肩を震わせるサナであった。




今回のサブタイトル
アニメ「魔法騎士(マジックナイト)レイアース」エンディングから

因みに0時を過ぎれば翌日なので、()()()()は間違いではないです。

さて。いよいよ始まる、2wei/NEXT(hertz含む)に於いての最終決戦です。気が重い。

魔族を倒すコツは【スレイヤーズ[降魔への道標(どうひょう)]】に於いて、リナがモノローグで述べてたことです。

リナが1年前に神名を救ってますが、もし事故に遭っていたら確実に死んでおり、その後にやって来たキャナルも宿主が見つけられないまま消失してました。
因みに神名がそのタイミングで死んだ場合、水色の髪の女神様(CV・雨宮天)によって異世界転生します(笑)。

リナの両親。名前も含めて無印2話以来の登場です。まあサナさんは【しあわせのかたち】の回に、リナのモノローグ回想でセリフはありましたが。
因みにサナさん、どんな字だったか思い出せずに読み返したら、リナと同じく片仮名でした。

次回「永久(とわ)と無限をたゆたいし」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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永遠(とわ)と無限をたゆたいし

≪リナside≫

深夜0時少し前。ルヴィアさんがその財力で作り上げた地下空洞を下っていく中、あたし達は作戦の確認をすませる。それ即ち、初撃必殺である。まあ、それしか無いとも言えるのだが。

だが取りあえず、あたしはキャナルから貸してもらった[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]のレプリカによって攻撃方法の若干の変更があったため、凛さんとルヴィアさんに調整を願った。その際にルヴィアさんから、ちょっとしたアイテムの支給もあったのだが、ハッキリ言って滅茶苦茶有難かったりする。

実を言うとその変更点は、使えない公算も高かったのだ。だがそのアイテムもあれば、取りあえずはなんとかなるはずである。

そんなやり取りの末、あたし達は最下層の広い空間へと到着した。

 

「……来ませんね」

 

もう間もなく0時となる中、美遊が呟く。そう、今ここにバゼットさんの姿はない。

 

「遅刻者はほっといて、先行っちゃおうよー」

「うーん。それも止む無しかしら」

 

クロエと凛さんがそんなこと言ってるが、この手のキャラって…。

 

「あと5秒」

 

懐中時計を取り出したルヴィアさんが、カウントダウンを始める。

 

「……3」

 

その時、上の方から足音が聞こえてきた。

 

「2、1、0!」

 

だんっ!

 

0時丁度。バゼットさんがあたし達の目の前に着地した。うん、やっぱり。バゼットさんみたいな人って、何故か5分前、10分前行動じゃなくてピッタリに来たりすんのよねー。

 

「始めましょうか」

 

ルヴィアさんは懐中時計の蓋を閉じ宣言した。

 

 

 

 

 

美遊が、あたし達全員が納まる程の大きな魔法陣を形成する。

 

「配置について。接界(ジャンプ)終了と同時に攻撃を始めるわ。

……最大攻撃を放つだけの作戦だけど、もし敵からの反撃があった場合、守りの要はイリヤの物理保護壁よ。

ただし。とにかくイリヤはダメージを受けないように!」

「あ、ええと、痛覚共有? クロやバゼットさんにもダメージが入っちゃうから」

「そのとおり」

 

凛さんの注意の意味をしっかりと理解して答えるイリヤ。それが確認できて、凛さんも満足気に頷いた。もちろんあたしも、イリヤの成長が嬉しかったりするが。しかし。

 

「そんな呪い(もの)、既に解呪済みですが」

 

そんな気分を台無しにするバゼットさん。

 

「腕は良いが性格が悪いシスターに祓ってもらいました」

 

いやまあ。伝手があるなら、いつまでもほっとくわけ無いけど。

……ん? シスター? ……ひょっとして、聖堂教会? それに性格が悪いって…。そーいや、性格破綻した、謎の組織の人間がいたわねー。

そうか。彼女のことか。なるほど、彼女は聖堂教会の監視役だったってワケか。まさかこんな事がきっかけで、正体に気づくことになるとはね。

なんて事考えてる間に、「凄い呪いなんだと思ってた」なんて言うイリヤから、凛さんが視線を逸らしたりしているが。まあ、ブラフ混じりだったから仕方があるまい。

 

「ま、今更呪いなんて関係ない。これは、先にカードを手にした方が所有権を得る、その戦いよ!」

 

気持ちを切り替えた凛さんがそう締め括る。そして。

 

「……行きます!」

 

美遊が告げ。

 

接界(ジャンプ)

 

あたし達は鏡面界へと跳んだ。

 

 

 

 

 

鏡面界に着いたとき。そこには途轍もない悪意に満ち溢れていた。

 

「黒い、霧!?」

「これって、セイバーの時とおんなじ…?」

 

美遊とイリヤがそんなこと言うが。

 

「いいえ。そんなレベル、とうに越えてるわ」

 

あたしは努めて冷静に言う。こういう時、雰囲気に飲まれるのが一番マズい。

 

「惑わされないで! 敵がどんな姿だろうと、すべき事は同じですわ!」

 

そう言って駆け出したルヴィアさんは黒い霧を掻い潜り、カードの英霊に接近すると、手にしていた宝石を投げつける。

 

世界蛇の口(ヨルムンガンド)!!!」

 

ルヴィアさんの術が敵の動きを縫い止める。

 

「まずは捕縛成功! イリヤ! 美遊! チャージ20秒!」

 

凛さんの指示により、二人はステッキに魔力を充填させていく。

そう。ルヴィアさんの捕縛陣で敵の動きを封じ、その間に魔力をチャージ。そして凛さんがアゾット剣(魔術礼装)と宝石で集束し回転増幅させて放つ。まさに集束砲(ブレイカー)の様な術!

……おっといかん。リリなの的な技にちょっと興奮してしまった。

さて、あたしも手をこまねいてる場合じゃない。あたしはポケットから、二枚のクラスカードを取り出し。

 

「クラスカード[ランサー][バーサーカー]、二重夢幻召喚(デュアルインストール)!」

 

かつてバゼットさんとの戦いで見せた、二枚のカードを使った夢幻召喚。凛さんとルヴィアさんには階段を降っている間に伝えてあるので取り乱したりはしてないが、それでも驚きは隠せないようだ。

あたしは更に一枚カードを、そして黒鍵を取り出す。

 

「クラスカード[セイバー]、限定展開(インクルード)

---光よっ!」

 

[光の剣]を展開し、光の刃を編んでから、あたしは[ランサー]と[バーサーカー]の同時夢幻召喚によって使えるようになった、もうひとつの宝具を解放する。

 

 永久(とわ)と無限をたゆたいし

 全ての心の源よ

 尽きる事無き 蒼き炎よ

 我が魂の内に眠りしその力

 無限より来たりて

 裁きを今ここに!

 

崩霊裂(ラ・ティルト)!」

 

蒼白い光が[光の剣]に収束する。しかし、まだここで終わらない。

あたしはキャナルから借りた、もう一本の[光の剣]…[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]のレプリカを取り出し、同じく光の刃を編み。

 

 永久(とわ)と無限をたゆたいし

 全ての心の源よ…

 

あたしは再び[混沌の言語(カオス・ワーズ)]を唱え。

 

崩霊裂(ラ・ティルト)!」

 

二発目の崩霊裂が[烈光の剣]に収束した。それと同時に、軽い立ちくらみが襲う。やはり全盛期ほどの魔力はないか。とはいえ崩霊裂二発分なら、自分が想像してたよりも現在の魔力量は多いみたいだ。

と、そんな考察は後回し。あたしはルヴィアさんから貰った、魔力回復のための宝石を飲み込んだ、丁度その時。

 

打ち砕く雷神の指(トールハンマー)!!!」

 

凛さんから放たれた魔力砲は、敵に直撃する。しかし、まだ終わりじゃない! クロエが弓に矢を番えて構えている!

矢は、クロエが投影できる物でも最上級の武器、---約束された勝利の剣(エクスカリバー)。クロエ曰く、本物…いや、黒化セイバーの物にも劣るということだが、それでも内包する神秘は桁違いだそうだ。それを矢に改造して番えているのである。

クロエの次に攻撃を控えているあたしは、[光の剣]と[烈光の剣]を中指から小指を使って握ったまま、両手を突き出し掌側を相手に向けて、急いで次の[混沌の言語(カオス・ワーズ)]を紡ぎ始めた。

 

 黄昏よりも昏きもの

 血の流れより紅きもの

 時の流れに埋もれし

 偉大な汝の名において

 我ここに闇に誓わん…

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

あたしに知らせるためだろう。宝具の名を叫びながら矢を放つ。それが敵に着弾と同時に爆発を起こす。

 

 我らが前に立ち塞がりし

 全ての愚かなる者に

 我と汝が力もて

 等しく滅びを与えんことを!

 

竜破斬(ドラグ・スレイブ)!!!」

 

[力あることば]と共に術を解放し、更に。

 

「っっっけええええ!!」

 

二振りの剣に込められた術も解放した。放たれた三つの術は相互干渉を引き起こし、着弾と共に(しろ)い光の柱が立ち上がる。

 

かつて。魔王の五人の腹心のひとり、[冥王(ヘルマスター)]と相対したとき。巫女であるはずのシルフィールが放った竜破斬と。アメリアとゼルが同時に放った崩霊裂が相互干渉を起こし。

今まで術の発動さえ赦さなかった[冥王]は、分身を残して精神世界面へと待避したのだ。……まあ、食らっても大したダメージじゃないけどちょっとは痛いから精神世界面にばっくれた、という可能性はあるのだが。それでも、[冥王]が抑えきれないだけの威力があったのは間違いない。

 

当初あたしは[光の剣]を使い、竜破斬二発分を、二発目が無理でも[光の剣]で増幅させた[竜破斬剣(ドラグ・スレイブ・ソード)]をお見舞いしようと思っていたのだが、キャナルの申し出のお陰でこちらの方法に切り替えた、という訳である。

ハッキリ言って、この攻撃が通じなければ今のあたし達には…!?

 

「嘘、でしょ…」

 

あたしは思わず呟いた。敵の目の前にはバカでかい盾がそびえ立っていたのだ。

盾は黒化英霊が出現させたものだろう。ならば当然、敵は健在だということだ。倒せたのなら、盾は消えているはずなのだから。

だが、あたしが驚いたのはそちらではない。あたしが放った竜破斬の影響を受けなかったことだ。

竜破斬は敵の精神に直接ダメージを与え、その余波が爆発という形で物理的に作用する術だ。崩霊裂も、物理ダメージこそ無いものの、精神に直接ダメージを与えるという意味で同じだが、今回は剣から撃ち出しているので防がれてもおかしくはないだろう。

だが竜破斬は、直接対象に撃ち込んだはずなのだ。なのに防がれたであろう崩霊裂と相互干渉を起こしている。故に竜破斬も防がれたのは間違いない。間違いないのだが、まさか防がれるとは…。

 

「撤退ですわ! 戻って作戦の立て直しを…!!」

 

ルヴィアさんがそう、指示を飛ばす中。

 

「では、わたしの番ですね」

 

そう言ってバゼットさんが飛び出していく。

 

「ミユはみんなを連れて脱出して! わたしはバゼットさんを…」

 

そう言って飛び出そうとするイリヤの腕を、クロエががっしりと掴む。

 

「無駄よ! もう間に合わない。あの女は死ぬわ」

 

クロエが告げるのとほぼ同じタイミングで、バゼットさんの体に無数の剣や槍が突き立った。

 

「■、■■■■■■!!!」

 

黒化英霊が叫び声をあげると、その足許に影のように黒い泥が広がり、更に無数の剣、槍といった武器が現れる。

そんな中、バゼットさんがゆっくりと立ち上がっていく。その見た目はかなり痛々しい。あたしは彼女に撤退を告げようとして。

 

ひゅっ!

 

風を切る音がして、一振りの剣がバゼットさんの胸を貫いた! あれじゃあもう…!

……え!?

突然バゼットさんを光が覆い、その周りにルーン文字が浮かびあがる。それが治まったかと思った途端、彼女は物凄い勢いで駆け出した。って一体!?

 

「蘇生のルーン! おそらく、心臓が停止した瞬間に発動したんだわ! それこそ、宝具クラスの魔術(奇跡)を…!!」

「それじゃあ正真正銘、バーサーカー女って事ね」

 

凛さんの説明に、僅かに呆れを含んだ驚きの声でクロエが言った。まあ実際は、死の直前に身体を修復し死を回避したという事だろう。バーサーカー…おそらくヘラクレスの、本当の意味での蘇生は、魔術ではまず不可能だろうから。

バゼットさんが黒化英霊に打撃を浴びせるが、その体は黒い魔力の霧によって再生される。更に足許の泥からは、先程と同様に剣や槍が現れて襲いかかってくる。

バゼットさんに勝機があるとすれば、敵の再生速度よりも早くその体を吹き飛ばすか、直接カードを抉り出す、といった所か。

 

「でも、無理だわ」

「え、クロエ?」

 

クロエの確信めいた言葉に、アタシは思わず聞き返した。

 

「いくらバゼットが英霊じみた力を持っていても、絶対に敵いっこない」

「どういう…」

 

美遊が聞き返す言葉に、冷や汗をかきながらクロエは言う。

 

「なんの冗談って感じ。()()が何だかわかる?」

 

アレというのは当然、あの刀剣類だろう。それに、冗談で済ませられない何かがある…?

……って!?

 

「まさかアレ、全部宝具だっての!?」

『!?』

 

あたしが放った言葉に、全員が驚愕の色を浮かべた。

 

『まさか…』

『そんな、あり得ません』

 

ルビーとサファイアも信じ難いといった感じだ。もちろんあたしだって信じられない。というか、信じたくない。

そんな刀剣類の切っ先がこちらを向く!

 

「来ますわ!」

「ルビー、物理保護ッ!!」

 

イリヤが手筈通りに物理保護を展開しようとするが。

 

「そんなの効くわけないでしょ!」

 

クロエが前へ飛び出し。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

光の盾を展開した。今までもあたし達を守ってくれた4枚の盾はしかし、その果てしない剣の攻撃に、1枚、また1枚と消滅していく。

 

「駄目、保たない! ミユ、脱出して! 早くっ!!」

 

クロエが切羽詰まった声で急かし、美遊は一瞬躊躇うものの。

 

離界(ジャンプ)!』

 

鏡面界から離脱するのだった。

 

 

 

 

 

美遊が離界をしたのを知り、彼女は更にスピードを上げ黒化英霊へと接近を試みる。一方の英霊も、更に数多の刀剣を出現させて集中的に投擲をする。それでも彼女はスピードを落とす事はせず。

気が付けば振り上げた右拳の前に、三つの鉄球が。

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)!!」

 

撃ち出した三つの鉄球によって刀剣類は蹴散らされ、彼女は黒化英霊の目前に立つ。おそらくカードを抉り出すためだろう、左腕を後ろに引き…。

その彼女の眼前に現れる一本の槍。躱すことも弾くことも出来ないタイミング。

 

がぎゃん!

 

その筈だった槍が、何かによって弾かれる。彼女は何かが飛来したそこへ視界を移す。そこには赤い弓兵姿の少女、クロエの姿。

 

「まったく、世話が焼けるわね」

 

クロエが言う。

そして次の瞬間には。

 

「---!?」

 

英霊の手足が星型の物理保護壁によって拘束される。更に追い打ちで。

 

崩霊裂(ラ・ティルト)ッ!!」

 

あたしが放った崩霊裂が炸裂し、英霊を中心に蒼白い光の柱が立ち上がった。

 

「バゼットさん、お願い!!」

「……まさか子供達に助けられるとは」

 

イリヤの声を聞き、呟くように言うバゼットさん。だが生憎ながら、あたしの耳はすこぶる性能が良いので、しっかり聞こえていたりする。

……さて、あたしが放った術からもわかるとは思うが、改めて説明しておこう。今のあたしは[ランサー]と[バーサーカー]のカードを夢幻召喚したままである。さらにその手には、離界直前に魔法陣から飛び出す際、美遊から奪い取ったサファイアが握られている。でなければ、三発目の崩霊裂など撃てなかっただろう。

因みに[光の剣]と[烈光の剣]のレプリカは既に納めてある。バゼットさんが敵のすぐ近くにいては危険だし、そもそもあたし程度では、あの刀剣類の斉射を躱して近寄ることなど出来ないからだ。

 

閑話休題。

バゼットさんは腰だめに構えていた左腕を振り抜き、英霊の胸を貫く。その手にはカードが握られており。

一瞬彼女から戸惑いの気配を感じる。

……そして。カードを抉り出されても、なお抵抗する黒化英霊が放った黒い霧を避けるため、バゼットさんは大きく後ろへと飛び退いた。

 

「……セイ、……ハ、……イ」

 

!? コイツ、今なんて言った? ……[聖杯]、だとっ!?

 

---聖杯を守り通せって事だ

 

ガウリイの伝言。

 

---わたしの兄に…、似ていたもので…

 

美遊の言い訳。

 

---イリヤにはある程度の範囲で「望んだことを叶える」力があるわ

 

アイリさんの説明。

 

---クラスカードとはおそらく、並行世界の聖杯戦争に使用されたものではないか、ということだ

 

ロードの推察。

あたしの頭の中にこれらの言葉が浮かんでは消え、そして、理解し(わかっ)た。理解し(わかっ)てしまった。おそらく美遊は…。

しかし現実は、そんなあたしに考える時間を与えてはくれない。

黒化英霊が取り出した、一振りの剣。……いや、剣の様な何か。その刀身が回転を始めると、辺り一帯に風の…いや、気流の渦が発生した!

 

 

 

 

 

気が付けばあたし達は、イリヤの離界によって、誰ひとり欠けることなく元の世界に戻っていた。

 

「あんたら、バカ!? 美遊のジャンプ直前に抜け出すなんて、何考えてるのよ! リナなんて、サファイアまで奪って…。無事だったから良かったものの…!」

「無事、とも言いきれないようですわね。一体何があったんですの?」

 

物凄い剣幕で捲したてる凛さんと、冷静に問い質すルヴィアさん。それに答えたのはバゼットさんだった。

 

「地獄…いや、神話を見ました」

 

と。

 

「わかったことは2つ。あの英霊の正体は不明ですが、クラスはアーチャーです」

 

この時、あたしはさりげなく美遊の様子を覗っていたが、バゼットさんの話を聞いた彼女は意外なものを見る様な表情をした。どうやら心当たりは無い様だが、はてさて…。

 

「……そして、我々ではどう合っても勝ち目がない。もはやカードを回収するのではなく、別の解決案を模索するべきだ」

「わたしも同感ね。正直、もう戦うのは御免だわ」

 

バゼットさんの意見にクロエも同意する。

……だけど、何だか嫌な予感がする。あの底の無い様な殺気が抜けきらない。あたし達は本当に逃げ切れたのだろうか。

そんな事を考えていた、その時。

 

ぴしり

 

何かにヒビが入るような音。どうやら、あたしの不安は的中してしまった様だ。




今回のサブタイトル
「スレイヤーズ」崩霊裂(ラ・ティルト)の詠唱から

というわけで、「ランサー」と「バーサーカー」の二重夢幻召喚(デュアル・インストール)で使用できるようになった宝具の解禁です。アメリアとゼルガディスの共通呪文[崩霊裂(ラ・ティルト)]でした。
あ、因みに崩霊裂を白魔法と紹介しているサイトやブログがありますが、崩霊裂は精霊魔法です。まあ、白魔法も実は精霊魔法の一種なのですが、スィーフィード世界での定義ではそうなので。

次回「don't be discouraged」
見てくんないと、暴れちゃうぞ!


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don't be discouraged

≪リナside≫

「何? 何の音!?」

「これは一体…!?」

 

凛さんとルヴィアさんの言葉に、あたしは出来るだけ冷静に答える。

 

「そんなの、あの英霊が空間の隔たりを破ろうとしてるに決まってんじゃない」

『そんな、まさか…』

 

サファイアがあり得ないとばかりに言うが。

 

「それじゃあアンタらがやってることは何?」

『……!? そ、それは…』

 

言葉を詰まらせるサファイア。そう。彼女達はこの世界と向こうの世界、実数域と虚数域を行き来しているのだ。

 

「それに条件付きとはいえ、あたしだって前世では似た事が出来たし」

 

実数域と虚数域の境界面が物理的に作用していればだけど、と心の中で付け足す。あたしの方法はあくまで、境界面が神滅斬(ラグナ・ブレード)で切り裂ける状態ならなのだ。

 

「えっと、それってつまり…?」

 

イリヤが尋ねるが、答えがわからないってより、そうであってほしくないのが大きいだろう。あたしだって、出来れば間違っててほしいが、それはあまりにも希望的観測に過ぎる。

 

()()が追いかけてきたって事」

 

実際ひび割れる音は更に増え、大きくもなっている。

 

『ええええええっ!?』

 

あたし以外の全員が声を上げた。バゼットさんがここまで慌てるのも珍しいが、それだけのことなのだ。

 

「ちょっと、のんきに構えてる場合じゃないわよ!」

「急いで撤退を…!」

 

凛さんとルヴィアさんが言うも、時既に遅く。

 

バギャアアアアアン

 

空間の隔たりははぜ飛び、吹き荒ぶ風と共に、かの英霊が姿を現した。あまりの出来事にみんな身動きがとれない中、次の行動に移せたのは。

 

霊縛符(ラファス・シード)!!」

 

行動封じの術を発動したあたしと。

 

Zeichen(サイン)---」

 

時をほぼ同じくして、壁に仕掛けられた術を解放したルヴィアさんだ。途端に地下空間が崩落し始める。

 

「逃げますわよ! 生き埋めになるのは(アイツ)ひとりで充分ですわ!!」

「美遊!」

 

ルヴィアさんが促す中、あたしはサファイアを美遊に返し、二重夢幻召喚(デュアル・インストール)も解く。

あたしは翔封界(レイウイング)で、イリヤと転身した美遊はそれぞれに凛さんとルヴィアさんを連れて()び立ち、クロエとバゼットさんは徒歩である。……うん。なんかごめん。

……しかし。イリヤ達が何か会話してるみたいなんだけど、翔封界の風の結界と風を切る音が重なって、何を言ってるかまるでわからない。くそっ、こんな事なら遠話球(テレフォン・オーブ)、発動しとけばよかった。

そんな事を思っていると。

 

どごおおおおおお…!!!

 

結界を纏っていてもなお聞こえるほどの爆音を響かせて、ステルス戦闘機に飾りをゴテゴテと付けた様な姿の、大きな飛行物体が飛び上がっていた。ってか、いつの間にかSF展開!?

慌ててあたしは、限界まで飛行速度を上げる。もちろんイリヤ達も同様だ。

あたし達が縦穴から飛び出した直後、謎の飛行物体も物凄い勢いで飛び出してくる。なんだか、【ルパン VS(たい) 複製人間(クローン)】でロケットから逃げるルパンを思い出したじゃない!

 

「……なんて事。敵が市街地(そと)に出てしまった…!」

 

……って、そうだ。くだらないツッコミしてる場合じゃない。凛さんが言うとおり、敵が野に放たれたんだ。このままだと街にも被害が…。

 

「市街地からなるべく遠ざけたいところですが、空中にいる限り、こちらからは手出しが出来ない」

「わたしとイリヤなら飛べます」

『美遊さま、ですが…!』

「危険すぎるわ! 近付いても勝算は無いのよ!」

「宝具の投射を誘発するだけでしょうね」

「なら、海上におびき寄せるか、地面に叩き落として…」

「仮にそれが出来たとして、その後はどうするのよ。こっちの全力が一切効かなかったってのに!」

「で、でも、このまま放っといたら…」

 

うん。見事なくらいまとまらない。一通りみんなの意見を聞いて考えをまとめようと思ったけど、結局は相手とのスペックの差がネックになってしまう。さて、どうしたものか…。

 

「豚が鳴いているわ」

 

突然、そんな声がかけられた。

 

「名家の魔術師二人と執行者が、雁首揃えてピイピイと…。不様なものね」

「あ、性格破綻者」

「「って、リナ!?」」

 

あたしの呟きに突っ込むイリヤと美遊。

 

「でも、否定は出来ないんじゃない?」

「「そうだけどっ!」」

 

肯定するクロエに、二人は更に突っ込みを入れた。というか、イリヤと美遊もやっぱそう思ってんじゃない。

 

「で、何なの? この無礼な女は」

「彼女は穂群原小(ホムショー)の養護教諭…って事になってるけど、多分バゼットさんの呪いを解いた人だと思う」

「えっ?」

 

凛さんの疑問に答えると、イリヤが驚き声を上げ、その視線をバゼットさんに移す。

 

「ええ。彼女はカレン・オルテンシア。聖堂教会の所属で、此度のカード回収作業のバックアップ兼監視者です」

「監視者!? 聖堂教会が絡んでるなんて聞いてませんわ!?」

「保健の先生ってのは嘘だったの!?」

 

ルヴィアさんが喚く中、イリヤが純粋な…悪く言えばピントのずれた事を聞く。

 

「嘘というか、……趣味? 怪我をした子供を間近で見るのが楽しくって」

「……ホントにいい性格してるわ」

「何を今更」

 

華憐先生、もといカレンさんの答えにクロエが小さく呟き、あたしが突っ込む。

 

「それからルヴィアさん。バゼットさんが『シスターに祓ってもらった』って言った段階で、聖堂教会が関わってる可能性は視野に入れるべきじゃないかしら?」

「う、それは、確かに…」

 

あたしの意見に、ルヴィアさんは口篭もる。

 

「……で? 監視役がわざわざ表に出てきたって事は、何かアドバイスでもしてくれるの? 聖職者だからって『神に祈りなさい』とか言い出さないわよね?」

 

そう問いかけると、カレンさんは小さく溜息を吐き口を開いた。

 

「そうね。迷える子豚があまりにも無様だったから」

「なにおうっ!」

 

凛さんがいきり立つが、ここは当然無視。

 

(こたえ)を見つけるプロセスなんて決まっています。『観察』し、『思考』し、『行動』なさい。貴女方に出来る事なんて、それくらいでしょう?」

 

……確かに、そのとおりである。あたしもそのつもりではいたけど、どうやらあまりにもの事態に、自分が思っている以上に動転していたようだ。

 

「……街に、灯りがありません」

「あ、言われてみれば。いくら深夜過ぎだからって、街灯以外の街の灯りが見えないのはおかしいわね」

 

美遊に言われて、遅まきながらあたしも意見を述べる。

 

「正解。1キロ四方に人除けと誘眠の結界を張っているわ」

「なるほど。そーいやナーガを校庭に誘導したときも、なんか対処してたもんね」

「えっ、そうだったの!?」

 

どうやらイリヤは、ようやくあの時の状況を知ったようだ。

 

「さあ、これで人目を気にする必要はなくなりました。では、次に見るべきは? はい、そこの日焼け少女」

 

急に先生っぽいことを言って、クロエを指名するカレンさん。

 

「日焼けじゃないわよ!

ったく、あからさまな誘導が癪に障るわね。決まってるでしょ。アイツをどうするかよ」

「でも浮いてるだけで、何もしてこないよね?」

 

うむっ。確かに。

 

「少なくとも、無差別攻撃をする気はない、と?」

 

ルヴィアさんの推測にも一理あるわね。……をや?

 

「それって、あの英霊には明確な意思があるって事?」

 

あたしの疑問に、みんながハッとする。そう。今までの黒化英霊には僅かな意思の残渣が伴うことはあったが、明確な思考と呼ぶべき程の意思は感じられなかったからだ。……一番強く感じられたのがガウリイだったのは、皮肉と言えるけど。

 

「何か、相手の意思を推定できる情報は?」

 

相手の、意思を。……それってやっぱり。

 

「セイハイ…と発声していました」

 

あたしが言いあぐねている間にバゼットさんが、その単語を口にした。

 

「なんだ。ほとんど答えは出ているじゃありませんか」

 

そのセリフが切っ掛けという訳ではないだろうが、上空の船?が、狙いを定めたかのように移動を始める。

 

「一体何処へ…」

「[セイハイ]と言ったのでしょう? ならば決まっているじゃありませんか。[聖杯]の眠る地。円蔵山のはらわた、地下大空洞です」

 

地下、大空洞!? それってイリヤ達が地脈の正常化をしたり、その際にクロエが分離したっていう…。

そうか。イリヤの魔力とクラスカード、それに逆流した地脈のエネルギーだけじゃなかったんだ。切嗣さんが言ってたじゃない、聖杯降臨の候補地だったって。そんな場所だったから、イリヤの小聖杯の力に反応して、クロエの願いがあんな形で叶えられたんだ。

しかし、そんな物が眠っているって事は…。それに…。

 

「……ったく。また戦争でも引き起こす気?」

 

思わずあたしは呟いた。

 

「……このままじゃ敵を見失う! 追います!!」

「あ…」

 

どんっ!

 

あたしが引き止める間もなく、美遊は勢いよく跳び上がっていく。

 

「わたしも!」

「イリヤ!? ……く、追いかけるだけよ! わたし達が追い着くまで交戦はしない事!」

 

飛び立つイリヤに凛さんが注意を促す。が、イリヤの事だから、状況によっては自己判断で手を出しそうだ。まあ、基本的に言いつけは守る子だから、むしろその時はイリヤの判断を信じるけど。

 

「……あ、華憐先生。色々聞きたいことがあるけど」

 

むゆ?

 

「ちょっと、時間がないのよ!」

「わかってる! だからひとつだけ…!」

 

凛さんの叱咤に、イリヤはそれでも尋ねた。

 

「スカート、掃き忘れてませんか!?」

 

って、そんな事かああああいっ!? いや、気になってたけどっ!

 

「これは、ファッションです」

 

言い切ったッ!? でも、ちょっと照れてるっ!

 

「そんな事言ってる場合かああああッ!!」

 

ブチ切れた凛さんがガンドを連発して、イリヤを追い立てる。ま、こればっかりは仕方あるまい。

 

「……で? リナは追いかけないの?」

「そうですわね。貴女の事だから、一緒に追いかけると思ったのだけれど?」

 

……凛さんとルヴィアさんがそんな事を言う。……いや、確かに二人が言うとおり、本当なら追いかけて行きたいところなのだが。

 

「……[聖杯]の話題も出てきたし、さすがにもう黙ってるわけにもいかなくなったからね。[聖杯戦争]と、推測だけどその先のことを話してあげるわ」

 

 

 

 

 

円蔵山に向かうリムジンの中、あたしはアイリさん、そして切嗣さんとロードが語ってくれた話を、なるべく手短に話す。イリヤの小聖杯としての能力は名前を伏せ、アイリさんがみんなに語ったのと同じく、『ある程度の願いを叶える力』程度に留め、魔力タンクの副産物程度の認識になるように思考誘導した。まあ、この二人にどれほど通用するかはわからないけど、一応は納得した様だ。

あ、それと時臣さんや雁夜さんについては、関係者程度に留め、詳しい話は省いている。これに関しては、詳しい話は切嗣さんとロードがいずれ語ると言っていたので、そのための配慮である。

 

「まさか、その様なことが行われていたとは」

「……ねえ、リナ。お父様はそれが原因で亡くなったの?」

 

凛さんが尋ねる。もちろんあたしに教える気はないが。

 

「さあ、ね。それはあたしが答えるべき事じゃないわ。いずれ、イリヤのお父さんやロードが話してくれるでしょ。……それに、今は関係ない話だし」

「……そのとおりね。ごめん、心の贅肉だったわ」

 

浮かべていた憂いの色は消し飛び、凛さんは表情を引き締めた。

 

「それで? 聖杯戦争についてはわたしも知識としてはあるけど、ママの話だとクラスカードは無関係だったわ」

 

クロエの質問にあたしは頷く。

 

「ええ。イリヤのお父さんやロードが最初に疑ったのは、冬木の聖杯戦争を模倣した亜種聖杯戦争だったわ。けど、召喚形態が違うとはいえ、模倣程度で七騎の英霊を召喚できるとは思えない。そこでロードはこう考えたの。カードは鏡面界の、その先から来たのではないかと」

「その先…って、まさか!?」

「それは既に、魔法の域でしてよ!」

 

凛さんとルヴィアさんが驚愕する。それはそうだろう。暗に、カードが並行世界から来たと言っているのだから。

 

「……でも、それなら色々と納得は出来るわね。そう。色々と」

 

クロエが愁いを帯びた表情をしているのは、おそらく彼女を思ってのことだろう。

その直後だった。円蔵山の中腹辺りから閃光が放たれたのは。

 

 

 

 

 

リムジンが柳洞寺へ続く長い階段の近くで停車する。あたしは慌てて飛び出し。

 

「ごめん、先に行かせてもらうわ!」

 

そう断ってから風を纏い、大空洞へと向かって飛び立った。

しばらく進んでいくと…って、なんじゃこりゃあああ!

なんかよーわからん、黒い泥の巨大な渦…いや、ドームが形成されている。

と、視界の片隅に、魔力弾の軌跡が映り込んだ。よし、イリヤ達発見! そう思ってそちらに向かっていくと。……は、裸の男の子?

そこでイリヤと美遊がこちらに気づき、あたしと視線が合う。あたしは着地して風の結界を解き、二人に尋ねた。

 

「このストリーキングな男の子は誰?」

 

しかし、それに答えたのは二人のどちらかではなく。

 

「ストリーキングはひどいなぁ。丁度今から服を着るところだよ」

 

そう言って金髪男子が、何もない空間に手を突っ込んだ。

 

「……なるほど? 理由はわからんけど、コイツは2枚目のアーチャーの英霊って事ね?」

 

あの時、無数の宝具を取り出したのと同じことをこの男の子はしているのだと、あたしは判断したのだ。

 

「ふうん。中々の洞察力だね」

「そりゃどうも」

 

いつの間にか服を纏った男の子に、あたしは軽く応える。と、その時。

 

ボウッ

 

何かの力が起動したような感覚。そして。

 

「な、何? カードが脈打ってる!?」

 

()()()()()()()()が脈打ち始める。

 

「へえ。君、カード持ってたんだ。他のカードも集まってきてるみたいだし、やっぱり惹かれ合うものなのかな。ねえ、()()()()()?」

「!! 記憶が、あるの…?」

「そこらの英霊とは違うさ。僕の半身はどうしても聖杯が欲しいみたいだ。聖杯戦争の続きをするにも、君がいなくちゃ始まらない」

「……やめて」

「なにせ君は」

「これ以上口を---!?」

螺光衝霊弾(フェルザレード)!!」

 

今にも飛び出して行きそうな美遊の前に立ち、術を発動させる。しかしそれは、彼の前に張られた障壁によって防がれてしまう。

 

「驚いた。それは、()()()()()()()()世界の術だね?」

 

!? コイツ、あたしのいた世界を知ってる!?

 

「まあね。さすが目端が利くようね、()()()()()()

 

それでもあたしは冷静を装って返し、ついでに彼の正体を憶測九割で言ってみた。

世界中に、数多の財宝を集めた人物の伝承は複数あるが、有名所と言えばウルクの王ギルガメッシュに秦の始皇帝、それにシンドバッド王もこれに含まれるかも知れない。

しかし、取り出された宝具のどれもが、途轍もない神秘を纏っていた。ならば神秘の薄れた時代の可能性は、0とは言わないがかなり低いだろう。故に、ウルクの王と当たりをつけたのだが。

 

「……君、面白いね」

 

彼はニヤリと笑う。どうやら当たりを引いたみたいだ。

 

「でも、どうして君は僕の邪魔をするんだい?」

 

単純にして、奥の深い質問。

 

「そうね。人が人を助ける理由に論理的な思考は存在しないでしょう?」

「それ、工藤新一のセリフ…」

 

うるさいイリヤ。余計なツッコミはいらん。……ああ、場の空気がっ!

 

「……とまあ、冗談はさておき。あたしが持つセイバーのカードの英霊、ガウリイに言われたのよ。()()()()()()()()…ってね」

「リナ!?」

 

美遊が驚愕しあたしを見る。

 

「……でも、それは二番目の理由。あたしには、美遊が()()()()()()()()()()()()なんて関係ないわ。ただ、大切な親友だから守りたい。それだけの事よ」

「……親友、か。それなら少しはわかるかな。僕の友は守ってあげるほど弱くはなかったけど」

 

それは、伝承にあるエルキドゥの事か。

 

「だから、抵抗してくれて構わないよ。君達が何処まで抗えるかはわからないけどね」

 

尊大な態度で告げる彼…、ギルガメッシュ。とはいえ確かに、その態度に違わない強大な敵である。

 

「リナ。あなたは、……!?」

 

何か言おうとする美遊の頭に、あたしは右手を置く。

 

「美遊。あなたにはあたしやイリヤ、クロエがいる。もちろん、ルヴィアさんも。だからあなたも諦めずに、最後まで運命(Fate)に抗い続けなさい」

 

あたしが投げかけた言葉に、美遊の瞳に僅かに浮かんでいた怯えの色が消えていった。

 

「うん!」

 

力強く返した美遊の、その頭に添えた手で、かつて(ガウリイ)がそうしたように、あたしはニコリと笑い彼女の髪を軽く掻きむしるのだった。




今回のサブタイトル
アニメ「スレイヤーズTRY」EDから。
※日本語の意味は「諦めないで」

というわけで、今回はかなり飛ばし気味の展開でした。5巻の半分くらいまで消化してますからね。まあ、リナの行動で、イリヤ側をだいぶ端折ったのが効いてますが。そのかわり、イリヤの「触っちゃった」が無かったのが残念です(って自分のせい)。

次回「Front breaking」
見てくんないと、暴れちゃうぞっ!


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Front breaking

今回、【スレイヤーズ】既存の魔法に、今作オリジナルの詠唱がついてます。


≪リナside≫

「ねえ。もしかしてミユは並行世界の…?」

「!」

「ふうん。よく気がついたわね、イリヤ」

 

イリヤのセリフに美遊はびくりと肩を震わせ、あたしは感心したように答える。

 

「なのはちゃんやサクラちゃんと会ってなかったら、多分気づかなかったよ」

 

なるほど。ある意味、並行世界の存在に接していたからこそか。

 

「それと…ううん、今はいい」

 

いつもとは違い、踏み込めないのではなく踏み込まないイリヤ。おそらくだけど彼女が途中でやめた言葉は、あたしが口にしたガウリイのセリフ、それについての事だろう。

今のイリヤなら、あれが何を指してるのかわかったとしても、おかしくはないはずだから。

 

「……へえ。君達、気づいてたのか」

「ま、色んなヒントが散りばめられてたからね。決定打は、クラスカードが並行世界から来たものかも知れないって、わかったからだけど」

 

実際、それと結びつかなければ、ガウリイが言ってた[聖杯]が何を指すか、予想すらつかなかったと思うし。

 

「……クッ、ハハハハ! いいね! 君、面白いよ!」

 

……なんだろう。前世からやたら、こういう厄介なのに好かれてる気がするのだが。

 

「……うん? どうやら儀式の乗っ取りは終わったみたいだね」

 

儀式の乗っ取り? ……聖杯戦争!?

 

「散開!!」

 

皆まで言わずにかけた言葉に、イリヤと美遊、そして当然あたしも咄嗟に飛び退く。その直後には、ほんの一瞬前まで美遊が立っていた場所に、巨大な黒い左手があった。ってなんじゃこりゃ!?

いや、確かに美遊を掌中に収めようとするんじゃ無いかと思って叫びはしたけど、まさかこんなもんが現れるとは思ってもみなかったわよっ!

 

「うん。中々いい判断だ。でも」

 

!! 避けた美遊を黒い手が追いかける! けど、この天才魔道士を舐めるなよっ!!

 

風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)!!」

 

びゅごおおおっ!!

 

もとより、単発で終わるなんて思っちゃいない。あたしは攻撃阻止の目的で唱えていた術を解放する。

放たれた爆風は美遊、そしてついでにイリヤを吹き飛ばす。美遊はその風を利用し、魔力での跳躍を織り交ぜて大きく距離をとった。よし、今!

 

「光よっ!」

 

再び[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]を取り出し、黒い腕を斬り裂かんと振り下ろす!

 

がぎぎゃっ!

 

「なっ!?」

 

あたしは小さく声を漏らす。その黒い腕にはいつの間にか、一枚の盾が現れ、光の刃を防いでいたのだ。

 

「……ちいぃっ!」

 

小さく舌打ちをし、慌てて距離をとるあたし。だが、何故だかわからないが、反撃をする様子はみられない。

 

「ああ、やっぱり。受肉が半端に終わったせいかな。宝具の大半はあちら持ちみたいだ」

 

受肉? つまり肉体を得たって事? よくわからないが、あたしが到着するまでの間に半身が肉体を得たらしい。

 

「それにしても、君は本当に変わった存在だね。別の魂がその体に入り込んでいるのか」

「!?」

 

コイツ、あたしの在り方を…?

 

「しかも、異界の根源と繋がって…。ああ、そうか。君自身がシャブラニグドゥ世界の存在なんだね?」

 

そうか、コイツ。

 

「アンタ、あたしを見通したわね? いわゆる、千里眼ってやつでしょ?」

「ごめんね? 普段は抑えてるんだけど、どうしても君に興味が尽きなくてね。ああ、さすがに未来までは見ていないよ。それじゃあさすがにつまらないからね」

 

ちっ、余裕ぶって。

 

「……で? さすがにその巨大な手も、今、美遊がいるところまでは届かないみたいだけど?」

「ああ、そうだね。()()、あの位置からは移動できないようだけど…。でも、黒い僕には理性はないけど、()()()()()()()()()()?」

 

え、……あ!

 

「美遊! 逃げてっ!!」

「え…」

 

美遊が一瞬戸惑い、慌てて移動しようとするが、その時にはドーム状の結界から、数本の鎖が美遊にめがけて飛び出してきた!

 

「物理保護ッ!!」

 

イリヤが咄嗟に、複数の物理保護壁を美遊の周りに展開する。しかし。

 

ぱきゃあああああん!!

 

それらはあっさりと破壊され、美遊は鎖に絡め捕られた。

 

「ミユッ! ……斬擊(シュナイデン)ッ!」

 

斬擊で鎖を断ち切ろうとするが、傷ひとつ付けることが出来ない。なら!

 

赤竜(かみ)の戒め解き放たれし

黄昏暗き (くれない)の刃よ

 

……かつて、ひとりのトレジャーハンターが得意としたこの術。実は彼が唱えていたものとは詠唱が異なっている。彼の詠唱は幾度か聴き、あたしも実際に試してみたが、一度たりとも発動しなかったのだ。

 

我が力 我が身となりて

共に滅びの道を歩まん

 

おそらくは、彼の中で眠っていた者の力を直接引き出す呪だったのだろう。

しかしあたしには、とてもよく似た呪文の知識があった。故に。あたしは、()()()()()()()()()()()()、この術を再現して見せたのだ!

 

竜王の 魂すらも打ち砕き!

 

食らえっ!!

 

魔王剣(ルビーアイ・ブレード)ッ!!」

 

あたしは掌の中に生み出された紅き刃を、美遊を絡め捕る鎖に向かって振り下ろす!

 

ギィンッッ!

 

何!? 先程のイリヤの攻撃同様、あたしの攻撃は鎖に傷ひとつ付けることが出来ない。確かに彼が扱っていたものよりは威力が幾分落ちるものの、それでもある程度の高位魔族までだったらダメージを与えるだけの力があるというのにッ!

 

「無駄だよ。名残程度とはいえ、神性を持つ者を捕らえた僕の友(この鎖)は、その程度じゃ傷つかない」

 

くそっ! 悔しいけど、認めざるを得ない。

 

「ミユッ!!」

 

鎖がドームに向かって引っ張られ、イリヤが声を上げる。

 

「……駄目だったんだ。拒んでも、抗っても、逃げても無駄だった」

「ミユ! 諦め…」

「でも。そんなわたしに、寄り添ってくれる人のことを教えてくれた、そして、最後まで運命に抗えと言ってくれる人がいた」

 

美遊…。

 

「だから、わたしは諦めない。今はただ、サファイア(これ)をあなたに託すだけ」

 

自由になっている方の腕を伸ばし、美遊はイリヤにサファイアを手渡す。

 

「イリヤ。それとリナ。必ずわたしを助け出してね」

 

その言葉を最後に、美遊は結界の中に引きずり込まれた。

 

「ギルガメッシュ! これが美遊がいた世界の聖杯戦争だっての!?」

 

いつの間にか透明な足場を渡り、ドームの真上へと近づくギルガメッシュに、あたしは有らんばかりの声で疑問をぶつける。

 

「そう。イレギュラーが多すぎるけどね。

万能の願望器たる聖杯を降霊させるための儀式、聖杯戦争。そのために僕ら英霊までも利用しようっていうんだから、迷惑な話さ」

 

これは、アイリさん達に聞いた話と何ら変わらない情報。しかし…。

 

「それじゃあやっぱりミユも、聖杯戦争のために生まれたの?」

「『ミユも』? そうか。君も聖杯戦争の関係者なのか。ま、珍しくもない。いろんな世界、様々な時代で繰り返してきた儀式()だものね。

……でも、彼女は特別さ。彼女は聖杯戦争のために生まれたんじゃない。彼女のために聖杯戦争が創られたんだよ」

 

それは、一体…?

 

「彼女は、生まれながらに完成された聖杯だったのさ」

「……そう、いう事…か」

 

……詳しくは知らないけど、アイリさんはアインツベルンの技術によって造られた聖杯で、イリヤはおそらく、それを受け継いで誕生した存在だ。

けれど美遊は、聖杯そのものとして誕生した存在なんだろう。そしておそらくは、小聖杯であるイリヤ達とは違って…。

 

「ひとりは気がついてるみたいだけど。彼女は天然物で中身入り。オリジナルに極めて近いレアリティさ」

 

そう。美遊自身が大聖杯そのものと言って過言ではない、って事だ。

 

「人間が聖杯という機能を持ってしまったと言うより、聖杯に人間めいた人格がついてしまったのかな。いずれにせよ、あれは世界が生んだバグだ」

 

バグ、だって?

 

「「勝手なことをッ!!」」

 

あたしとイリヤのセリフが被る。しかしギルガメッシュは涼しい顔だ。

 

「怒りならこの僕じゃなく、彼女の運命か、それを利用しようとした大人達か。……あるいは理性(ぼく)を失って肥大化した、憐れなこの僕にぶつけてよ」

 

その瞬間結界が弾け飛び、中からは手足を生やした黒く巨大な魔獣が現れた。何となくだが、魔剣ドゥールゴーファの魔獣を彷彿とさせる。

おそらくは切り離された、ギルガメッシュの半身なのだろうが、まさかこうも見る影もないとは…。

 

「受肉して切り離された僕はどっちの味方でもないんだけど、こうするのが一番自然なのかな」

 

足場から、背を下にして飛び降りるギルガメッシュ。

 

「もう、この戦争は止まらない。死にたくなければカードを置いて逃げなよ」

 

彼は忠告をし、怪物の上に落ちる。ここからじゃ見上げる形なので、どうなったかまではわからないが。

 

「……何よ! 勝手な事ばっか!!

クラスカード『バーサ…』」

「イリヤッ!!!」

 

暴走しそうになるイリヤを、あたしの声が引き止める。

 

「……イリヤ。あたしは、怒るなとは言わない。だけど、こういう時だからこそ冷静に行動しなさい。美遊を、救うためにも!」

 

自身も冷静であろうと、あたしは心を落ち着けながら語った。

 

「……うん!」

 

一度深呼吸をしてから、力強く頷くイリヤ。これで、いい。

 

「うん。実にいい判断だ」

 

ギルガメッシュの声がする。やはり生きてたか。

 

「それで? 作戦はあるのかい?」

「そんなの決まってるじゃない!」

 

あたしは言うと、上空のイリヤと目を合わせて頷き合う。

 

「「正面突破!!」」

 

あたしと同時に答えたイリヤは、再びカードをルビーに触れさせ。

 

「クラスカード『バーサーカー』限定展開(インクルード)

射殺す百頭(ナインライブズ)!!

 

巨大な斧剣を魔獣ギルガメッシュに向かって落下させた。

 

 

 

 

≪イリヤside≫

「そんな劣化物(レプリカ)じゃ原典(オリジナル)には勝てないよ」

 

英霊の子が言って、その目の前に巨大な弓と矢が現れた。

 

真・射殺す百頭(ナインライブズ)!!」

 

その矢が発射されるのと同じタイミングで、わたしは次の行動をとる。

放たれた矢は九つに分かれ、それぞれの軌道で襲いかかってくる。そして。

 

ドドドォ!!

 

数本が突き刺さり、その体が無残に砕け散った。

 

「あーあ、逃げていればよかったのに」

 

英霊の子はそう言う。だけど。

 

パキイイイン

 

乾いた音と共に()()()()()()()限定展開が解けて、サファイアの姿に戻った。

()()()わたしは着地して、英霊の子の前まで一気に駆け寄り。

 

パアアアアアアン!

 

その頬に平手打ちをお見舞いする。

 

「……驚いた。あと一本ステッキがあったらまずかったかも」

 

……流石に、もう一本はいらないかな?

一瞬、羽根ルビーが思い浮かんでそんな事を考えたりもしたけど、すぐにその思いを振り払って英霊の子に尋ねる。

 

「ミユはどこ!?」

「僕の中さ」

 

……中?

 

「ちょうど中心部くらいかな? ちゃんと生きているよ。

……でも、気をつけてね? 君は今ここで死んじゃうかも知れないから」

 

それと同時に、足元から複数の武器が飛び出してくる。……だけど。

 

「あなたもね?」

 

そう言って、すうっと横に移動した。同時に。

 

螺光衝霊弾(フェルザレード)!!」

「!?」

 

リナの術が英霊の子に迫る。

 

バキャアアアアン!

 

だけど、英霊の子の目の前に現れた一枚の盾で、その術は防がれてしまった。

 

「危ない危ない。大人の僕ほどじゃないけど、どうやら慢心してたみたいだ」

「なら、慢心ついでにもう一発食らいなさい!」

「えっ、クロ!?」

 

いつの間にか現れたクロが、いつものあの捻れた矢を放つ。

 

虹霓剣(カラドボルグ)偽物(レプリカ)か。残念だけどそれくらいじゃ…」

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)!」

「!?」

 

盾に当たる直前に、クロは矢を爆発させた。

 

「転進よっ!」

 

クロが声をかけて。

 

『イリヤさん!』

『イリヤさま!』

 

そのタイミングで、ルビーとサファイアがわたしの許にやって来た。わたしはルビーを掴んで転身すると、もう片方の手でクロの手を掴み飛び立つ。因みにリナは、サファイアを掴んでからレイ・ウイングで飛び立っている。

 

「それで、あれはなんなのよ!?」

 

わたし達が着地したタイミングで、クロが尋ねる。だけどそれに答えたのは、わたしやリナじゃなくって。

 

「攻撃方法から見て、八枚目のカードの英霊でしょう」

「バゼットさん!」

「しかし、どうしてあの様な異形に…」

 

バゼットさんの疑問は当然のことだった。リナとクロだって、詳しいことは知らないはずだし。

 

「実は…」

 

わたしは話した。

 

あの英霊は、ミユと追いかけた先で宝具をひとつ落下させ、大空洞を剥き出しにした事。

あの英霊があの場所で何かを…、多分さっき言ってた術式の乗っ取りをしようとしてた事。

マズいと思ったわたしは、英霊をその儀式から押し出そうとした事。

英霊は分離して、押し出した方は子供の姿だった事。

ドーム状の泥の結界が拡張してきて、わたし達は子供の英霊を連れて待避した事。

合流したリナのセリフで、ミユが並行世界から来たことを知った事。

ミユが化け物の方の英霊に捕まった事。

英霊の子の説明で、ミユは並行世界の聖杯戦争の聖杯だったと知った事。

英霊の子が、化け物の英霊と再び融合した事。

そしてミユは、あの化け物の中にいる事。

 

アレの攻撃から逃げ回りながら、わたしはこれらの事を話し終えた。

 

「ミユがあの中に…!?」

「並行世界…。信じ難いことですが…。しかしなるほど。どうりであの翁が首を突っ込むわけだ」

 

……翁? それって、時々話題に上がる宝石翁さんのこと? そういえばその人、第二魔法…並行世界の運用、だったっけ? それの使い手だったもんね。

 

「でもどうするのよ! 助けるにしても、こんなの近づくことすら…」

「そんなのわかんないよ! でも、絶対に助ける! だってミユは言ったからッ! 『必ずわたしを助け出してね』って!!」

 

そうだ。おそらく今までのミユだったら、きっと諦めてただろう。そういう達観したところが、前からあったから。

でもあの時は、わたしを。そしてリナを頼ってくれた。だから、必ずミユは助け出すんだ!

 

「身体が大きくなると、攻撃まで大雑把になっていけない」

 

突然、英霊の子が語りだした。

 

「でもまあ、どうせだから、もっと大雑把にいこうか」

 

そう言って取り出したのは、巨大な剣。化け物の方の手が掴み取る。

 

「流石にもう、避けてとは言えないな」

 

化け物は剣を振りかぶり…。

 

『イリヤさん、薙ぎ払いが来ます! 上空へ避けてください!』

 

ルビーがそう言うけど、逃げるわけにはいかない!

 

「……ねえ、リナ。これからわたしが凄い無茶をするって言ったら、あなたは怒る?」

 

わたしの問いかけにリナは。

 

「……そうね。意味のない無茶だったら怒るでしょうね。でも、無茶をしなきゃいけない状況だったら、あたしは怒らない。ううん、怒れないわ。だってあたしも、何度もそういった無茶をしてきたから。

……だからイリヤ、思いっきり行きなさい!」

「うん!」

 

わたしは頷き、右手を伸ばす。

 

「サファイア! 力を貸して!!」

『! はい!!』

 

リナの手をすり抜け、わたしの右手に納まるサファイア。そこへ横薙ぎの一撃が迫ってきて。

 

「うそ、でしょ」

 

クロは言う。でも、これは現実だ。

英霊が振るった剣は、その途中からポッキリと折れていて。

 

ドォンッ!!

 

先端の部分が大地に突き刺さる。

 

「君は、何者だ?」

 

英霊の子が尋ねるけど、わたしはそれには答えず。

 

「友達が助けを求めてるなら…、絶対に助け出してみせるっ!!」

 

ルビーとサファイアが融合した新たな力、ツヴァイフォームの衣装をまとったわたしは、力強く高らかに宣言をした。




今回のサブタイトル
アニメ「スレイヤーズEVOLUTION-R」EDから
※意味は林原めぐみの造語で「正面突破」の意。

以前はイリヤがリナの影響で原作より成長しているとしましたが、美遊もやはりリナの影響で考え方に変化があったようです。
なので、原作同様取り込まれた美遊ですが、もうひと反撃あったります。

次回「JUST BEGUN」
見てくんないと、暴れちゃうぞっ!


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JUST BEGUN

今回、原作に無いキャラとカードが出てきます。


≪third person≫

「なんなのよ、あれ!」

「一体、何がどうなってますの!?」

 

林を抜けた辺りで、凛とルヴィアは異形の怪物を目の当たりにする。そして少し離れた大地(ばしょ)に突き刺さる巨大な剣の剣先、その天辺に立つ、いつもとは違うコスチュームのイリヤの姿も。

怪物は半ばから折れた剣を振りかぶり、イリヤは魔力砲…いや、魔力槍で応戦する。だがその出力は、クロエと分離す(わかれ)る前ですら遥かに凌駕していた。

 

「クロ! バゼット!」

 

凛の呼びかけにクロエとバゼットが振り返る。

 

「何が起きているんですの!? ミユは!?」

「リナの姿もないし。何よりあれは、イリヤなの!?」

「そうよ。2つのステッキがひとつになって、真の力発揮ってとこじゃない?」

 

クロエの説明にまさかという表情になるが、同時に羽根(並行世界の)ルビーを思い出し、その可能性にも思い至ってしまう二人であった。

 

「しかし、力の規模が大きすぎる。個人であんな魔力の行使が可能なのか!?」

 

バゼットの疑問はもっともである。今のイリヤは言ってしまえば、水道の蛇口から洪水が起きてるようなものだ。それだけ異常な現象なのである。

 

(そう。あれほどの大出力、原理的にイリヤには不可能なはず…。何らかのインチキをしている。しかも、明らかに代償がいる様なインチキを!!)

 

イリヤがツヴァイフォームになってから感じる身体中の痛みの中、クロエはそう感じていた。

そして事実、イリヤの力は代償のいるものであった。このフォームでは筋系・血管系・リンパ系・神経系の全てを、擬似的な魔術回路と強制的に誤認識させている。それらは魔術を使うほどに、摩耗させていくのだ。

しかし、それらのことをルビーから説明されても、イリヤは止まりはしない。

 

「大丈夫だよ、ルビー! こんなもの、すぐに壊してあげるから!!」

 

美遊を救うために。

イリヤが放った巨大な魔力の槍は、展開された宝具の盾をも突き破り、英霊の子…ギルガメッシュの胴に突き刺さった。

 

「……そうか。神々の盾すら貫くか」

 

ギルガメッシュは、刺さった魔力の槍を鷲掴みにし霧散させる。

 

「これなら、あるいは成るかも知れない。君は、君こそは! 僕の全力に相応しい!!」

 

そして、現れた剣を握る。それと共に吹き荒れる爆風。

 

「銘は無い。僕はただ、『エア』と呼んでいる。かつて天と地を分けた…、文字通り、世界を切り裂き創造した最古の剣さ。

世界(ゆりかご)ごと君を切り裂き、今ここに、原初の地獄を織りなそう!」

 

ギルガメッシュの話を聞き、イリヤは静かに言った。

 

「ルビー。まだ、全力じゃなかったよね?」

『!? しかしイリヤさん!』

「どっちにしろ、ここで負けたらおんなじだよ。だからお願い。筋肉も、血管も、リンパ腺も、神経も。……わたしの全部を使って!!」

 

そして。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)!!」

多元重奏飽和砲撃(クヴィンテット・フォイア)!!」

 

双方の最強の攻撃がぶつかり合った。……そのとき。

 

「美遊! 今よっ!!」

 

攻撃の死角となるギルガメッシュの後ろに、いつの間にか立っていたリナが叫ぶ。その手には、遠話球(テレフォン・オーブ)があった。

 

「何だ、せっかくの勝負に水を差す気かい? それなら容赦はしないよ?」

 

そう言ってギルガメッシュは蔵の門を開こうとする。が。

 

「何!?」

 

何故か門は開かない。

 

(……ギルガメッシュ。あなた自身が言った事よ。「名残程度とはいえ神性を持つ」って。つまり、美遊にはほんの僅かとはいえ、「聖杯」としての機能が残ってるって事!)

 

リナは[烈光の剣(ゴルンノヴァ)]のレプリカを起動させ、ギルガメッシュの許に駆け寄る。

 

(美遊自身の願いで出来たこの隙、おそらくほんの数秒程度だけど…、それで充分!!)

 

ギルガメッシュの真横に来たその時、その足元に複数の波紋が広がった。しかし、既にリナは下から掬い上げるように剣を振り、ギルガメッシュの剣[エア]を打ち上げていた。

 

翔封界(レイウイング)!」

 

今まで保留していた術を発動させ、限界までスピードを上げて離脱した直後、イリヤの[多元重奏飽和砲撃(クヴィンテット・フォイア)]が魔獣に直撃するのだった。

 

 

 

 

≪美遊side≫

暗い、昏い、闇の中。そう。それこそが、わたしが本来いた場所。全てを叶える力と引き換えに、わたしは全てを失った。望んでそう生まれたわけじゃないけど、聖杯として生まれてしまった以上、わたしの意思は関係なかった。

光を与える役割の器であるわたしに、光など必要なかったんだ。

そんなわたしに、光をくれた人達がいた。居場所をくれた人達がいた。こんなわたしでも、ちょっとだけ人間らしくなれる世界があった。そして。諦めるな、最後まで抗えと言ってくれる人がいた。

だからわたしは、もう諦めない。

 

---美遊がもう、苦しまなくていい世界になりますように

 

ふと、お兄ちゃんの言葉が思い浮かんだ。……この世界に来ても、わたしの苦悩は続いていた。でも…。

 

---優しい人達に出会って…

 

そう。優しい人達に出会えて。

 

---笑いあえる友達を作って…

 

笑いあえるだけじゃない。一緒に喜んだり、怒ったり…。時には叱ってくれたりもする、掛け替えのない友達。

 

---暖かでささやかな幸せを掴めますように

 

そんな人達が、わたしに新たな幸せを与えてくれた。たったひとつの憂いを除けば、お兄ちゃんの願いは叶えられたんだ。

……気がつけば。わたしの周りに纏わり付いていた、何かの感触は無くなっていて。身体を起こして前を向けば、ちょうど大地に降り立つ、イリヤとリナの姿が。

 

「……泣いてるとこ、初めて見た」

「あたしも」

 

……え? わたしは自分の頬に触れてみる。すると、指先に濡れた感触があった。

 

「……でも、悲しくて泣いてるわけじゃないみたいだけど、ね?」

「そうだね」

 

二人の、言うとおりだ。わたしは、嬉しくて泣いていたのだから。

 

「ミユ!」

「三人とも、大丈夫!?」

 

クレーターを下ってルヴィアさん達も集まってきた。

 

『美遊さま!』

 

イリヤが持つステッキからサファイアが分離して、わたしの許へ一目散に飛んでくる。同時にイリヤの衣装が、いつもの魔法少女のものに戻った。

 

「はう…」

 

イリヤがよろけたところを、凛さんが支える。イリヤはかなり辛そうだ。

 

「……クロ、ごめんね」

 

……ああ、そうか。痛覚共有…。

そしてイリヤはわたしの方を向き。

 

「ミユ。わたし、わかってたんだ」

「……え?」

「ミユが何か大きな秘密を抱えてるって。でも、わかってても踏み込めなかった。その秘密に触れたら、もう元の関係に戻れない気がして。

……けど、もう逃げないよ。ミユはわたしの友達だから。友達が苦しんでるなら、もうほっとかない!」

 

イリ、ヤ…!

わたしは喜びのあまり、更に涙が溢れてくる。

 

「イリヤ」

 

隣に立っていたリナが、優しい笑顔を浮かべてイリヤの頭の上に左手を置き、さっきわたしにした様に、髪を軽く掻きむしった。イリヤは困ったという表情を浮かべてはいるものの、少し照れ臭そうだ。

 

「さて、と。美遊、さっきはありがと」

 

掻きむしる手を止め、わたしに向き直ってお礼を言うリナ。これは、わたしが聖杯の力の最後の一滴(ひとしずく)を使ったことだろう。

わたしが怪物に取り込まれてから少しして、遠話球(テレフォン・オーブ)からリナの声が聞こえてきて。オーブを口許に持っていくのも大変なわたしは、なんとかオーブを取り出して、指で叩いて合図を送った。それで理解してくれたリナはYES・NOの合図を指示してから、わたしに聖杯の力で怪物…ギルガメッシュの力を封じるように指示を出したのだ。

もちろんわたしはYESの合図を送って、じっと待ち。リナの合図でわたしは願った。上手くいくかはわからなかったけど、それは杞憂で終わったみたいだ。それに。

 

「リナが、諦めずに抗えって言ってくれたからだよ。その言葉が後押ししてくれたから、わたしはわたし自身の力に賭けることが出来たんだ」

 

わたしがそう言うと、リナは恥ずかしそうにそっぽを向き、指で頬を掻く仕草をした。こういう時のリナは、少し可愛いと思う。イリヤもそんなリナにクスリと笑い。

 

「さあ、帰ろうミユ。わたし達の家に」

 

そう言って手を差し出す。わたしはその手を掴もうとして…。

突然空が光を放った。

 

 

 

 

≪リナside≫

突然、空が光る。って、まさか!? あたしは慌てて呪文を唱え。

天空(そら)から複数の雷が降り注ぐのと。

 

水片鏡(アクアカレイド)!!」

 

あたしが術を発動させたのはほぼ同時だった。

 

ずがががががあああん!!!

 

「ぐがあっ!?」

 

くうっ! 光線型の攻撃を跳ね返すこの術だが、雷ではやはり、半減させるので精一杯だったか。あたしを含めた全員が地に伏す。

そして。天空の()()()から三つの人影が下りてくる。着地したひとり、金髪ツインテのデカ乳女が、足元にあった2枚目のアーチャーのカードを踏みつけ。

 

夢幻召喚(インストール)

 

ギルガメッシュを夢幻召喚した。

その隣には、あたしと年が近い赤毛ショートを両サイドアップにした少女が、大きな槌だろうか。それを担いで立っている。やはり何かの英霊を夢幻召喚しているのだろう。

そして二人の後ろには、細身で背の高い、眼鏡をかけた男が背広姿で立っている。ハッキリ言って物凄く浮いているのだが、得も言えぬ恐怖を感じもする。

 

「え…、葛木(くずき)、先生?」

 

凛さんが呟くように言う。……って、葛木先生? 前に聞いたような…。あ! 凛さん達の、担任教師!?

しかし、葛木先生と呼ばれた男は、特になんの反応も示さない。

……いや、そんな事、今はいい。それよりも。

 

「はんっ! ようやく見つかったと思ったら、オマケがウジャウジャいるんですけどー」

「捨ておけ。今は最優先対象を回収する」

 

赤毛サイドに金髪ツインテは言いながら歩を進め。

 

「お迎えに上がりました、美遊さま」

 

美遊の前で立ち止まり、そう声をかける。……やはり、そうか。彼女達は、美遊の世界からやって来たんだ!

 

「い…、嫌ッ。戻りたく、ない…ッ!」

「その様な口が利けるようになるとは。しかし、バカンスはもうお終いです」

 

突きつけるように言う金髪ツインテ。更に赤毛サイドが。

 

ズガァッ!

 

美遊を思いきり踏みつけたッ!

 

「ミユッ!」

 

イリヤが叫び。

 

「クラスカード[ランサー]、夢幻召喚(インストール)!!」

 

あたし自身は水片鏡でダメージの何割かを反射したおかげで既に回復し、夢幻召喚して赤毛サイドに向かって駆け出した。

 

霊王結魔弾(ヴィスファランク)!」

 

拳に魔力を纏わせて殴りつけようとした、その時。

 

「……[アサシン]夢幻召喚(インストール)

 

眼鏡の男…葛木が、血のように真っ赤なカードを夢幻召喚する。……え? その姿は、まさか!?

 

「……(ヴォイド)

 

ひと言呟くと共に姿が消え、あたしの背後に殺気が奔るッ!? あたしは咄嗟に身を屈め。そのすぐ上を、黒い手が通り過ぎるッ!

あたしはそのまま転がる様にその場を離れ…。

 

どぐぁっ!

 

「がはぁっ!」

 

葛木から蹴りを叩き込まれて吹っ飛ばされた。ダメージはそこそこあるものの、それでもなんとか立ち上がる。ランサー(アメリア)のカードを夢幻召喚してたのは、不幸中の幸いだった。

……しかし、よりにもよってあんな奴のカードだなんて。

 

「……暗殺者(アサッシン)…ズーマ!」

 

そう。前世において、あたしを何度も窮地に追いやった男。しかも今の空間渡りの技は、魔族の力。つまりは。下級魔族[無貌のセイグラム]と同化した、人魔としての彼である。

 

「リ…ナ…」

 

美遊が絞り出すようにあたしの名を呼ぶ。

 

「大丈夫よ、美遊」

 

安心させるようにそう返すあたし。すると突然、葛木の様子が…?

 

「……リ、ナ! ……リナ=インバァァァァス!!!」

 

なっ、前世の名前を!? ……まさか、カード(ズーマ)の記憶が!?

 

「取り乱すな。それに、もう時間がない」

 

金髪ツインテが葛木を諌める。というか、時間がない?

 

「ホラ、()()()()だ」

 

赤毛サイドが言うのと同じくして、一帯の空間が歪み、光に覆われる。

 

「イリ、ヤ、……リナ…」

「「美遊(ミユ)ッ!?」」

 

あたしとイリヤの声が被る。しかし白い光が溢れる中、誰がどこにいるのかもわからない状態だ。

 

「ミユ! どこにいるのッ!?」

「美遊っ!」

「ミユーーーッ!!」

 

その叫び声を最後に、白い光とは裏腹にあたしの意識は暗転した。




今回のサブタイトル
アニメ「スレイヤーズEVOLUTION‐R」最終話EDから
※日本語の意味は「始まったばかり」

今回登場した例の二人に、もうひとりドールズを足しました。まあ、[アサシン]のカード含めて、当初からの予定通りではありますが。しかも、カードも使用者も暗殺者。我ながらひどい話です。



ところで。【スレイヤーズ】読者の中には、ズーマの能力に疑問を持った方もいるかもしれません。もちろんそれにも理由(というかでっち上げの設定)があります。因みにリナは、自身の思い違い(もしくは記憶違い)で、まだその事に気づいていません。



さて。次回から3回(予定)は幕間の話になります。とはいえ、今回の話から地続きの内容ですが。そしてそのあとに次の章、第三部が始まります。

次回「リナが()る、とある冬木の惨劇を」
見てくんないと、暴れちゃうぞっ!


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リナが()る、とある冬木の惨劇を

≪リナside≫

気がつくとあたしは、あちこちから炎が立ち上る、瓦礫だらけの街の中にいた。

ここはどこだろう。そう思いながら瓦礫に触れようとして。その手はすうっと、瓦礫を通り過ぎる。これって…。

念の為、何度か試してみるが、結果は変わらない。

ふみゅ。あくまで推測だが、何処かの世界を、ほんの僅かにズレた空間から覧ている状態なのだろう。

他にも、何処かの世界の記録を覧ている可能性なども考えられる。だが、それでもあたしは、前にあげた説を採りたい。もちろん根拠はある。

それは先ほど、美遊の世界からやって来た人達がいたことと、その内のひとりが「揺り戻し」と言っていたからだ。

つまり、時空の揺り戻しに巻き込まれたあたしは、時空の狭間に落っこちてしまったんだろう。これがあたしの仮説だ。

さて、そうとわかれば、次にやる事は決まっている。どうやってここを抜け出すのか、だ。とはいえ、今は何の手がかりもなければ、取っかかりもない。はてさて、どうしたものか。

そんな事を考えていると、瓦礫の向こうからひとりの少年が、よろよろと歩いてきた。あたしよりも年下の少年を見た瞬間、わかってしまった。彼は、士郎さんだって。

士郎さんはやがて力尽き、倒れてしまう。……って、これってもしかして。その推測を肯定するかのように、その人物は現れた。

衛宮切嗣。イリヤの父親にして、[魔術師殺し]の異名を持つ傭兵でもある。

切嗣さんは士郎さんを見つけ、生存を確認して救われたような笑顔を浮かべて。

 

そこで急に場面が転換した。今度は病院の一室。そのベッドの上に寝ていた士郎さんの許に、切嗣さんがやって来る。そして切嗣さんは聞いた。自分の養子になるかを。

士郎さんは切嗣さんを指さし。そして引き取られることが決まった。荷物を纏め、二人して病室を立ち去る際、切嗣さんは言った。

 

「僕はね、魔法使いなんだ」

 

と。

 

 

 

 

 

再び場面が変わる。今度は、この間切嗣さんやロードと会った、あの屋敷だ。士郎さんは、少し成長したように見える。一方の切嗣さんは、旅支度をしていた。……しかし切嗣さん、なんだか体調が悪いような気がする。

……をや? 何かがおかしい。一体…、あ!? アイリさんもイリヤも、セラさんやリズさんもいない! って事はこれ、あたしの知ってる、あの世界の過去じゃないって事!?

あたしが混乱する中、突如ポニーテールの女子高生が現れた。……って!?

 

「切嗣さん、また海外ですか?」

「ああ。すまないけど士郎を頼むよ、大河ちゃん」

 

藤村先生ぃぃぃ!? いや、藤村先生にだって女子高時代はあったろうけど、それにしたって…。

そこんとこ、もう少し詳しく知りたかったのだが、またもや場面が変わる。まったく、なんて融通の利かない。

 

今度は吹雪の中、切嗣さんが歩いている。その向かう先には西洋のお城が見え。そこへ近づこうとすると、お城から銀髪で紅い瞳を持った人達が現れて、切嗣さんを追い払おうとする。

 

「くっ…! イリヤああああっ!!」

 

え? ……ああ、そういう事か。ここは。この世界は。()()()()()()()()()()()()()()()世界なんだ。だからイリヤはアインツベルンに残され、アイリさんは小聖杯となり、顕界した穢れた大聖杯によって冬木は災害に見舞われ。

……なんて報われない世界なんだろうか。

 

 

 

 

 

そんな想いを抱いた中、また場面が変わる。そこは再び衛宮邸、その縁側だ。時間帯は夜で、空には月が浮かんでいる。あたしと同じか少し上くらいまで成長した士郎さんと、かなり老け込んだ切嗣さんは、縁側に腰かけている。……でも、切嗣さんからは、明らかな死のにおいを感じさせる。おそらくもう…。

 

「僕はね、正義の味方になりたかったんだ」

「なりたかったって、諦めたのかよ」

「正義の味方には年齢制限があるんだ」

「それじゃあ仕方ないな。仕方がないから俺がなってやるよ。正義の味方」

「……そうか。それなら安心だ…」

 

それらの会話を交わし、笑顔を浮かべたまま切嗣さんは息を引き取った。別の存在とはわかってても、親しい人のこういうシーンはやっぱりキツいものがある。

……しかしそれとは別に、こちらの切嗣さんはとんでもない事を仕出かした。これでは士郎さんに、この道を歩まなければならないと意識下に刷り込んだ様なもの。要は一種の呪いだ。こちらの士郎さんの行く末が心配である。

 

 

 

 

 

それからも何度か場面が変わり、士郎さんが高校二年の冬。見た目はすっかり、あたしの知ってる士郎さんそのものである。ただし冬なので、あたし達よりも少しだけ未来…と言いたいとこなのだが。

どうも時間軸にズレがあるようなのだ。この世界は現在、2004年の1月。あたしのいた世界よりも過去らしい。そこから考えても、向こうとは根本から違うところはありそうだ。

それはともかく。士郎さんは切嗣さんが亡くなってから、ずっとひとり暮らしをしている。藤村先生が頻繁にやって来てはいたが。それがある日を境に、少し様相が変わる。そう。例えば今。

 

「先輩。朝ですよ」

 

土蔵に隠って、いつの間にか切嗣さんから習っていたらしい魔術の訓練をしていた士郎さんは、そのまま寝てしまい。それを起こしに来る後輩の少女。

 

「あ、桜…」

 

そう。この世界の桜ねーちゃん。こっちでは衛宮家に出入りするほど親しい間柄だ。ただし恋人ではない。例によって、士郎さんの鈍感スキルのせいである。まあ、そーいうのに聡い士郎さんってのも、なんかヤだけど。

……と、話が逸れた。士郎さんは藤村先生(この世界ではなんと、高校教師で士郎さんの担任だ)と桜ねーちゃんと共に朝食を取り、学校へ…と思ったところでまた切り替わる。流石にもう慣れたけど。

 

今度は日が沈み、士郎さんがバイト終わりで帰宅している最中だった。道の反対側から歩いてくる女の子の姿が…、え?

 

「お兄ちゃん。早く呼ばないと死んじゃうよ?」

 

すれ違い様、士郎さんにそう囁いた。

銀髪に赤い瞳、それにこの声。雰囲気こそ違うが間違いない。この子は、イリヤだ。

一瞬呆気にとられたあたしは慌てて振り返るが、その時には既にその姿はなかった。

 

場面が変わった。そこはどこだかの一室。魔法陣が布かれ、数々の魔術礼装が見てとれることから、魔術師の工房なのだろう。突如、そこの扉が開き現れたのは。

 

「凛さん!?」

 

思わず声を漏らすが、当然向こうは気づかない。凛さんは複数の宝石を握りしめ、魔法陣の前に立ち呪文詠唱を始めた。

 

素に銀と鉄 礎に石と契約の大公

祖には我が大師シュバインオーグ

降り立つ風には壁を

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ

閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ) 閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度

ただ、満たされる刻を破却する

 

凛さんが唱えるこの術式、おそらく召喚術の一種だと思うのだけど。

 

告げる

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に

聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ

誓いを此処に

我は常世総ての善と成る者

我は常世総ての悪を敷く者

汝三大の言霊を纏う七天

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!

 

なっ! 所々に差異はあるものの、これってクラスカード契約時に唱える詠唱! まさかこれって、英霊召喚の…!?

そう思ったところで、また場面が変わる。

 

今度は夜の、穂群原学園高等部の校庭。士郎さんの視線の先では戦いが繰り広げられてる。片方は青いタイツの様なピッチリした衣装の槍兵。もうひとりは赤い外套の双剣使い。……いや、言い直そう。ひとりは魔槍ゲイ・ボルクの使い手クー・フーリン。もうひとりは真名不明、投影魔術使いのアーチャー。そう、クラスカードの二人だ。

そして理解する。第五次聖杯戦争が開かれようとしているのだと。

 

場面が変わる。今度は衛宮邸だ。士郎さんの制服の胸の部分に穴が開いている。一体何が、と思うと、いつか聞いた呼子の音が。やがてランサーが現れて。士郎さんを殺そうとするランサーに、なんとかやり過ごそうとする士郎さん。やがて満身創痍の士郎さんが土蔵に追いやられ。

 

「お前が七人目だったのかもな」

 

槍を構え言うランサー。その時、土蔵の中に魔法陣が輝き現れる女性。金髪碧眼の彼女は、見間違えるはずもない。セイバーの英霊、アーサー王だ。

 

「問おう。あなたが私のマスターか?」

 

なんてことだろうか。士郎さんが聖杯戦争のマスターだなんて。

 

場面が切り替わる。またもや衛宮邸の中。そこにはなんと、凛さんの姿が。凛さんが聖杯戦争について語る。やはり凛さんも、マスターのひとりらしい。

 

すぐに場面が変わり、今度は教会の中。そこにいたのは、瞳に覇気の色が無い、がたいのいい神父。彼の名は…言峰綺礼。そうか、この男が。……って言うか、こっちじゃ生き残ってたのね。

言峰は聖杯戦争について話し始める。が。第四次で聖杯に相応しくない者が触れた…って、コイツ自身じゃ? いや、こっちと同じとは限らんけど。

そして別れ際。

 

「喜べ、少年。君の願いはようやく叶う」

 

そんな事を曰った。やっぱりコイツ、切嗣さんと関わってんでしょ!?

言峰にとやかく言われながらも、帰路につく3人。……って、今回はなかなか場面移動しないわね? とか思ったら。

 

「話は終わった?」

 

という、……イリヤの声。そちらを見れば、ってバーサーカー!? まさかこっちのイリヤ、バーサーカーのマスターなの!?

 

「やっちゃえ、バーサーカー」

 

……なんかこっちのイリヤって、嗜虐的な気がする。ともかく、そんな感じで戦闘が始まり。

 

「勝てるわけないじゃない。だってバーサーカーは、ギリシャ最強の英雄なんだから」

 

どうやら以前、あたしが推測したとおりだったようだ。バーサーカーの正体は、ギリシャの大英雄ヘラクレスで間違いないだろう。

と、この戦いの行く末を見届けることも出来ずに場面は変わる。なんだ、この空間。あたしに意地悪してんじゃないでしょうね?

 

 

 

 

 

今度は穂群原高の校舎内。なんか知らんが、凛さんがガンドで士郎さんを攻撃してる。で、色々あって、突然登場する紫女…もとい、ライダーのメドゥーサ。こっちも色々あったけど、凛さんのおかげで撃退に成功する。

 

ここで場面が変わり、今度は衛宮邸。藤村先生がセイバーと剣道勝負していた。何だろうと思ったら、またもや場面が変わる、って早っ!

 

ここは、柳洞寺の境内か。そこには士郎さんと…キャスターの英霊。今の所真名不明のままだ。キャスターは魔術で動けない状態の士郎さんから、令呪を奪おうとしている。そこに現れるアーチャー。彼はキャスターを攻撃するが、結局見逃してしまう。それに反発する士郎さん。一触即発の中、場面は変わった。

 

またもや穂群原高だが、様子がおかしい。何某かの結界が作動し、先生や生徒達の生命力を奪っているようだ。士郎さんと凛さんがこれを行っているサーヴァントを探し始めるが、見つけたときには何者かに倒されたライダーが消えていくところだった。

 

場面は変わり、廃業したガソリンスタンドにいる、士郎さん達。そこで待ち伏せをし、凛さんが通りかかった男性に攻撃を仕掛ける。その相手は…、あの時美遊の世界からやって来た人物のひとり、凛さんが「葛木先生」と呼んでいたその人だ。そして現れるキャスター。そうか。キャスターのマスターと当たりをつけてたのか。

士郎さんは葛木にキャスターの行いを知っていたのかを聞き、知らなかったという。それなら、と思ったのも束の間。

 

「それが悪い事なのか」

 

という答え。彼は他人がどうだろうと関係ないと言い、

 

「私は、そこいらにいる朽ち果てた殺人鬼だよ」

 

とも言う。なるほど、あの時に感じた恐怖感はそれに起因するものだったか。しかし、殺人鬼が暗殺者のカードを使うとは、ハッキリ言ってシャレんならんわ。

実際、彼はキャスターにバフをかけて貰っているとはいえ、セイバーと凛さんを圧倒する。そんな時、士郎さんの様子が…?

 

「……投影、開始(トレースオン)!」

 

!! ……そうか。いや、そんな予感はあったのだ。魔術の訓練をしていたとき、確かに「トレースオン」と言っていた。ただ、投影魔術など行っていなかったので、偶然だろうと思っていた。いや、思おうとしていた。

しかし今、彼の両手にはアーチャーが使っていた陰陽の双剣、干将・莫耶が握られている。そう。あのアーチャーの英霊は、未来の衛宮士郎、その可能性のひとつだったんだ。

そして場面は切り替わった。

 

 

 

 

 

なんじゃこりゃ!? 場面転換すると、士郎さんとセイバー、さらに凛さんとでデートしていた。いや、朴念仁の士郎さんの事だからおそらく、買い物に付き合っただけ…と、彼自身は考えてるんだろうけど。傍から見れば両手に花で、砂糖吐かれるに違いない光景である。さっきまで憂いてたあたしの気持ち、返しやがれ。

……いかん。少し私情に走りすぎた。ともかくも三人はバスに乗り、帰宅へとつくが。そこをキャスターに襲われた。キャスターは卑怯にも、藤村先生を人質に取る。

そして。藤村先生を助けるために令呪を差し出そうとし、それを阻止するためにセイバーがキャスターに斬りかかるが、それを士郎さんが止めさせようとしたため、令呪に反応してセイバーが身動き出来なくなり、その隙を突かれる形で破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を突き立てられた。これで士郎さんとセイバーとの契約が途切れる。そのタイミングで場面が変わった。

 

今度は教会の礼拝堂。そこでは何故か、ウェディングドレスの様な姿のセイバーが魔術で拘束されている。そのすぐ近くにキャスター、そして長椅子に座る葛木。そこに現れる、凛さんとアーチャー。

凛さんがキャスターに攻撃を仕掛け、その迎撃に葛木が迫る。アーチャーがその間に立ち、次の瞬間、凛さんを殴り飛ばした。アーチャー曰く、勝ち残れる方に着くと。そして自ら破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を受けた。……しかし、アーチャーには投影魔術がある。きっと何か考えがあると思うのだが。

そう思ったところで、例によって場面が変わる。

 

 

 

 

 

これは、どこかの屋敷…いや、お城? その中と思われるところで、バーサーカーと金髪の男が相対している。バーサーカーの傍らにはイリヤの姿。

やがてバーサーカーが、イリヤを守るように前に立ち。金髪の男の周りには金色の波紋が複数現れ、刀剣類が顔を出す。

……そうか。コイツ、ギルガメッシュか!

ギルガメッシュは刀剣類を射出し、バーサーカーはそれらを弾き返しているが身体を貫かれ、やがて美遊を拘束したあの鎖に絡め取られる。ギルガメッシュは一振りの剣を取り出し、イリヤに近づいて…って、まさか!?

そのまさかを、ギルガメッシュは実行する。イリヤの両目を切り裂き、更に腹部に突き刺した!

 

「イリヤッ!!」

 

あたしは思わず叫ぶが、当然聞こえるはずもない。

 

「やめろぉっ!!」

 

え? 士郎さん?

ギルガメッシュは二階通路にいた士郎さんに刀剣類を射出して、一階に叩き落とす。そしてすぐにイリヤに向き直り、手を振り上げ…!

 

「やめてっ!!」

 

あたしの叫びも虚しく、ギルガメッシュはイリヤの心臓を抉り出す。理由は、わかってる。あれが、小聖杯の核なんだろう。だけど、こんなのって…。

そのあと、腐ったワカメが現れてなんか言っていたが、内容は頭に入ってこない。そしてギルガメッシュが立ち去って行き…。気持ちに整理がつかないままあたしは、その後を追いかける。扉をすり抜け追い着いたその時。

 

「……慎二、先に戻っていろ」

「え? それってどういう…」

「なに、少し野暮用よ」

「? よくわかかんないけど、遅くなるんじゃないぞ!」

 

ワカメはそう言って先に帰っていった。

 

「……さて雑種。(オレ)の後をつけてくるとは、なんたる不敬よ」

 

えっ!? あたしのことに気づいて…あっ! 千里眼か!!

 

「空間の狭間から覗き見とは、(オレ)も舐められたものだ」

 

そう言って金色の波紋が現れる。マズいッ!

……その時。

 

「すみませんが、その剣を納めてはくれませんか?」

 

飄々とした口調で言いながらあたしの前に現れた、ひとりの男。

 

「リナさんは、この空間に閉じ込められただけなんですよ」

「……ならば、(オレ)をつけ回した不敬を何とする?」

「あなたが手にかけた少女は、リナさんの世界では友達だった様なので、居ても立ってもいられなかったんでしょう」

 

男の言葉に、ギルガメッシュはしばし沈黙し、そして。

 

「……まあ、良い。その不敬、赦すとしよう。だが、二度は無いと思え」

 

そう言い残し、この場を立ち去っていった。

 

「いやあ、よかったですね」

 

男はあたしへと振り返り、にっこりと笑う。

 

「『よかったですね』、じゃないわあああああっ!!」

 

すっぱあああああん!

 

あたしはそいつの頭を、スリッパで思いっきり引っ叩いた。

 

「いたならさっさと出てきなさいよっ!」

「痛いじゃないですか、リナさぁん」

「物理攻撃でアンタにダメージがあるわけないでしょ! 獣神官(プリースト)ゼロス!!」

 

そう。彼はゼロス。獣王(グレーター・ビースト)ゼラス=メタリオムの神官、高位の魔族である。

 

「……ったく。で? アンタはどうしてここへ?」

「実は上からの命令で、世界の狭間に迷い込んだリナさんを回収するよう言われまして」

「ふみゅ。という事は、アンタは転生前のあたしがいた世界のゼロス、って事でいいわけ?」

「そういう事になりますね」

 

なるほど。という事は。

 

「よーし、それじゃああたしの転生に関して、キリキリ白状して貰おうか!?」

 

そうあたしが詰め寄ると、ゼロスは困ったように頬を掻き言った。

 

「僕は上からの命令に従っただけですから。転生自体はあのお方と、あなたの今いる世界の魔法使いによるものですし」

 

……は?いや、転生は金色の魔王と宝石翁によるものではないかと、推測はしていたが…。

 

「もし関係しているとすれば、並行世界の僕でしょうね。ある世界での実験に失敗したときのための、保険だとか何とか…」

 

………………なん、だと!?

 

---「まあ、一種の保険ですよ。これ以上は本当に秘密です」だって

 

---同じ魔王(ルビー・アイ)様が治める世界でも、僕はお二人とは別の、所謂並行世界からやって来たんですよ

 

---この計画は、時空レベルで行われているものでして

 

アメリアと、あの空間で会ったゼロスの言葉を思い出す。

 

「……って、あの糞プリーストがあああああっ!!!」

「……ええと、リナさん。僕はその同位存在なんですが」

「やっかましいっ! ……ったく。例によって、まんまとしてやられたわ」

 

確かに、嘘は言ってないけど。……そして。どうやらあのゼロスがアメリアに、あたしと混沌の海との繋がりを教えたらしい。つまりアイツは、美遊の世界で何かやらかそうとしているって事か。

 

「それでアンタは、あたしを美遊の世界に送る任務を押しつけられたワケね?」

「はい、そのとおりです。……ああ、ついでにもうひとりも回収していきますが」

 

もうひとり?

 

「貴女の親友イリヤスフィールさんも、別の時空世界との狭間に落ち込んでいるらしいので」

 

まぢかよ。

 

「では行きましょうか」

 

そう言って差し出された手を掴み。

 

「あー…、ヨロシクネ?」

 

我ながら気のない返事を返すのだった。




今回のサブタイトル
ラノベ「スレイヤーズ」川柳風の章タイトルから

というわけで、【UBW】ルートを覧るリナの話でした。そして以前出会ったゼロスがいつもの如く、嘘はついていないけど真実全てではない、むしろ間違った方向へ誘導していたことが判明しました。
一体あちらのゼロス…というか魔族達は、何を企んでいるのか。それはもちろん、秘密です。

次回「何よこれ? イリヤ目にする物語」
見てくんないと、暴れちゃうぞっ!


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