東方仮面ライダーパラドクス GAME IS ANOTHER STAGE (桐生 勇太)
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幻想入りしたウイルス達
第1話:ゲームオーバー詐欺


はい、どうも。

「仮面ライダーエグゼイド THE GAME IS NEXT STAGE」が一段落して、外伝のこの話を進めていきます。

記念すべき3回目の新作執筆!

つたない文章ですが、どうかご容赦ください。


 俺の名前はパラドクス。

 

死んだ存在だ。

 

元居た世界でゲムデウスと戦い、敗けた。

 

完璧な決着。

 

 【GAME OVER】

 

その音を確かに聞いた。

 

だったら自分は死んでいるはずだ。

 

だが………………これは、どう考えても、なあ………

 

「あ、気が付きましたか?」

 

「………ん………」

 

 ………………生きてんじゃん。

 

「俺の覚悟…………………何だったんだ………」

 

 死ぬ思いで、死を覚悟して、戦った。結果敗けて、それでもいいと笑って言えた。

なのに生きてる。正直驚いた。

 

「まあ………生きているのは悪くない………」

 

 一人で物思いにふけっていると、傍らの少女が「あの…?」と聞いてくる。

 

「ああ、悪い。気を失ってたみたいだな。ありがとう。あんたは?」

 

「わたしは、東風谷早苗(こちやさなえ)と言います!」

 

 そうそうないであろう名前。妙に澄んだ空気。しっかりしたつくりの和室。雰囲気的にここは寺か神社か………

 

俺はどこまで遠い田舎に飛ばされたんだ?

 

「いい名前だな。………じゃあ、ここは何県のあたりか教えてもらえるか?」

 

「………………やっぱり」

 

 なにが「やっぱり」なのか、今の会話の中のどこにやっぱりの要素があったのかがまるで分らなかった。

 

「やっぱりあなたは、先日の「星降り」の人ですね」

 

「星………降り?」

 

 この後から聞いた話を、まとめて整理しようと思う。

 

まず、ここは日本ではない。「幻想郷」と呼ばれている外界から隔絶された場所?であり、「博麗大結界」というもので覆われている。

 

科学技術ではなく、魔法や妖術など、俺が元居た場所では存在しなかった不思議な力が多くあるらしい。

 

そして、「星降り」という言葉………どうやら事件。ここで言うなら「異変」だそうだが………

 

 ある何でもない夜。幻想郷の住民がいつもの通りにそこそこの問題を起こし、そこそこ静かに日常を過ごしていると、異変が起きた。

 

 初めは誰も大事に見なかったそうだ。

 

夜空に流れた一筋の流星。美しく黄金に輝くそれを見て、誰もが喜んだ。

 

願いをかける者。ただ見入る者。そんな人々の喜ぶ姿を眺めて喜ぶ者。

 

しかし、事態は急変した。

 

それ(・・)は流星などではなかったのだ。

 

宇宙にあるようで、本当は上空60kmほどに。

 

真横に向かって流れているようで、本当は斜め下に向かって。

 

流星に見えて、本当は光線で。

 

光線は………恐らくゲムデウスの神の息吹(デウス・ブレス)だろう。

 

光線が博麗大結界を貫き、完全に破壊した。

 

外界からの隔離手段がなくなり、一時的な大混乱が発生。

 

誤って外の世界に出てしまった者。逆に外から迷い込んでしまった者。

 

幻想郷は混沌となったそうだ。

 

ようやく収拾がついたのは、その2日後。

 

現在その原因となった光の正体とその原因を巫女、魔法使い、神、妖怪問わず全力で捜索中とのことだった。

 

「なんというか、まあ………………俺じゃん、それ」

 

 仮定でしかないが、神の息吹(デウス・ブレス)の強力すぎる威力のせいで空間がゆがんだか、それとも俺が神の息吹(デウス・ブレス)に飲み込まれたままここまで一緒に飛んできたのか……

 

正確なことは分からない。

 

だが、1つだけ言えることがある。

 

永夢………悪い。俺、しばらくお前と会えそうにないわ。

 

 




お読みいただきありがとうございました。


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第2話:階段ころりん竜戦士

言い忘れていましたが、ヒロインは三人。
主人公は四人です。


………………空中に瞬間移動した経験はあるだろうか?

 

ないだろう。

 

俺も今までなかった。

 

急な浮遊感とともに、意識を取り戻した。

 

「死んだはずの自分がなぜ」「ここはどこだ」

 

そう考えるよりも先に、固い地面と体が衝突した。

 

 苦痛。

 

回転する景色と、幾たびも体のいたるところを覆う痛みの濁流。

 

階段だ。

 

よりによって階段の真上に落っこちたらしい。

 

繰り返す痛み。

 

何とか止まろうと体を動かそうとするが、疲労やゲムデウスとの戦いの痛みで体が全くいうことを聞かない。

 

勢いは衰えず、むしろ早まりながら、

 

階段を転がり続ける。

 

怪人体ではどうということはない程度の衝撃だが、人間態だとそうもいかない。

 

徐々に、俺はまたしても意識を失っていった………

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 ………………かすかに、感じる。

 

慌ただしげな足音。

 

その足音に合わせ、カチャカチャとなる食器の音。

 

そして、鼻腔をくすぐる料理の匂い。

 

米に、焼肉。匂いからして生姜焼き。

 

味噌汁と、漬物の匂い。

 

この感じだとたぶん生姜焼きの皿には一緒にキャベツかレタスが………

 

かつて感染した女の記憶が、馬鹿な思考を呼び覚ました。

 

目を開け、体をゆっくりと起こす。

 

こういう風な構造と雰囲気の部屋を、「ワシツ」と呼ぶのだったか。閉じられた障子が日の光を受け、ほんのりと部屋を明るくしている。

 

布団から完全に出て、その場で立ってみる。

 

疲労はあらかた消えていた。しかし、完全とは言えない。

 

差しあたって、俺を此処まで運び込んだ相手に礼を……と思い、障子を開けて部屋から出た。

 

………だが、タイミングが些か悪かった。

 

「うお…!」

 

「みょん!?」

 

 出た瞬間、廊下で料理を運んでいた少女にぶつかってしまった。

 

………………なんだ、今の奇怪な叫び声は………?

 

 とっさに宙を舞うお盆を取り押さえ、さらに飛んだ皿をお盆でキャッチする。。

 

多少盛り付けがずれたが、上手くキャッチできた。

 

「すまない、大丈夫か?」

 

 目の前で大道芸擬きのようなことをした俺を見て面食らっている少女に話しかけた。

 

小柄な、白髪の少女。白いシャツに青緑色のベストで、胸元には黒い蝶ネクタイを付けている。

 

「は、はぁ………いつの間にお目覚めで?」

 

 質問を質問で返すなと言いたいが、相手は多分恩人。ここは話を合わせるのが筋だろう。

 

「ついさっきだ。外の様子を見ようとしたら、おま…君が来た。料理が崩れたな。すまない」

 

 そう言って料理を差し出すと、困惑しながらも受け取ってくれた。

 

「いえ、………お元気になられてよかったです。丸一日寝てましたから、心配しました」

 

 丸一日………そんなに寝ていたのか。道理で外が明るいままなわけだ。

 

「朝ごはん、食べますよね!?どうぞ、こちらです!」

 

「え、い、いや、俺は………」そこまで言いかけ、口をつぐんだ。好意を無下にするのはいかがなものか、と。

 

「………………ありがたく、頂こう」

 

 これでいい。はずだ。

出された料理はありがたく頂き、残さない。

それもまた礼儀の一つと行っていいだろう。

 

「幽々子様!目を覚ましましたよ!それと、お食事にしましょう!」

 

 障子を開け放ち、少女が叫ぶ。部屋の奥に、誰かが座っている。様と呼んでいるということは、主従関係なのだろうか?

 

「楽しみだわぁ、妖夢、今日のご飯は何かしら?………それと、あなたの話も聞きたいわね、お侍さん?」

 

 ピンク髪のミディアムヘアーに水色と白の着物に同じ水色の帽子に白い三角の形をした布がついていて、どことなく幽霊のような見てくれだ。

 

そして、その女は俺の………師、海帝から授かった「蓬莱海・真打」を膝の上にのせ、妖艶な微笑みを向けてきた。




主人公は、後二人。


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第3話:それぞれ生活開始

遅くなって申し訳ありません。今日まで忙しかったといいたいですが、言い訳は無しで行きましょう。

ということで最新話です。


 パラド視点

 

「ともかく、俺は一時でも早く帰りたい。介抱してもらったお礼をするべきなのも分かってるが、それでも俺は急いで戻らなくちゃならないんだ」

 

 念のためまだ休めと言う東風谷に俺は元の世界に戻る方法を聞いていた。

だが、何度質問をしても彼女は言いにくそうに口をつぐむだけだった。

 

「残念だけど、それは無理さね。悪いことは言わない。しばらくここでゆっくりしていきな」

 

「あ…神奈子さま!」

 

 障子を開けて青紫色の髪をしたセミロングの女性が入ってきた。名前は加奈子と言うらしい。

 

「帰れないだって? ちょっと待て!ここは外界から隔離された場所なんだろ!?なら出る方法は絶対にあるはずだ!大異変の時に多くの出入りがあったはずだ!」

 

「落ち着きな。正確に言えば、外界へ出る方法は「あったけどもう無くなった」のさ。残念だけどね」

 

「何?」

 

 加奈子と呼ばれた女はしばらくばつが悪そうに目をそらし、やがてしっかりと俺のみを見て話を始めた。

 

「ここ幻想郷は、外界から結界で隔離された場所。それは分かってるね?だから、まずアンタには博麗大結界を超えられないのさ。紫がいれば話は別だったけど………」

 

「紫?それは誰だ?」

 

「『境界を操る程度の能力』を有する、ここの賢者さ。先の大異変じゃいろいろ尽力してたみたいだけど、今は永遠亭にいるよ。意識不明でね」

 

 外の世界に帰るための方法。それは、すでに不可能だということを、俺は理解していなかった。

 

「意識………不明?」

 

「ああ。原因はこっちに知らされていないから何とも言えないけれど、それだけは分かってるのさ。永遠亭ってのは病院みたいなもんさ。面会謝絶で会うこともできない」

 

「帰れ………ない………のか」

 

 もう会うことはできないのだろうか。そうでなくとも、少しでも変えるのが遅れるということは、Re:ゲムデウスとの戦いの結果を知ることも先延ばしになるということだ。もしかすると、もう永夢は死んでいるかもしれない。それとも、まだ戦っているかもしれない。それが分からないまま、いつまで………

 

「悪いことは言わないよ、しばらくうちでゆっくりしていきな。好きな時に出て行っていい。まあその分掃除やら家事手伝いはしてもらうけどね?」

 

「………………ああ、悪い。………………しばらく……世話になる」

 

 俺はやっとの思いでそれだけ言い、その場に座り込んだ。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ねえ、お食事もいいけれど、先に貴方の話を聞きたいわ。いいでしょう?お侍さん?」

 

 目の前にいる女から感じるのは、疑心、そして警戒心。漏れ出ているというより、隠そうともしていない。

 

「ああ………俺も知りたいことが多い。話そう。………座っても?」

 

「どうぞ、お掛けになって?………妖夢、悪いけれど外してちょうだい」

 

 場の空気を感じ、妖夢が一つ頭を下げて部屋を出た。俺は逆に一礼して部屋に入り、幽々子と呼ばれた女の前に座り込んだ。無論正座だ。

 

「安座でいいわ」

 

「………失礼する」

 

 言われるがままに足を崩し、話す準備を整え、こっちから先に口を開いた。

 

「先ずは俺をここで介抱してもらったことに感謝する。無論、あの白髪の少女にも追って礼はするつもりだ。俺は竜戦士………いや、「剣帝竜戦士」ゲラファイトだ。それで、俺は何を話せばいい?」

 

「ずいぶん大仰な称号ね。自称?」

 

「いや、師から賜った通り名だ。師の名は「剣帝武士:海帝」と言う」

 

 信じたのか、それとも信じていないのか。彼女は一言「そう」とだけ言った。

 

「私は西行寺幽々子。死を操る程度の能力をもつ、ここ白玉楼の主よ」

 

「死を操る………?」

 

 嘘だと思いたいが、冗談を言っているようではない。もし本当だとしたら、とんでもなく理不尽な能力だ。

 

「これからあなたに質問をするわ。正直に答えなさい。解答法は肯定、否定、不明の三つ。言い訳等を言うのは禁止。何か質問はあるかしら?」

 

「………一応聞くが、俺が正直に言おうが言うまいが、そちらには確認の手段がない………ように思うのだが」

 

「あら、相手が嘘を言っているかどうかぐらいは分かるわ。では質問よ。貴方は先の大異変、大結界崩壊の原因かしら?」

 

「分からない」

 

「ふむ、では異変と言う言葉は知っているかしら?」

 

「分からない」

 

「貴方がここに来た理由は?」

 

「分からない」

 

「質問を変えるわ。貴方は何故かここにきてしまったの?」

 

「そうだ」

 

「それについて心当たりはあるかしら」

 

「………いいや」

 

「元居た場所で気を失った。もしくは死ぬような目に合った?」

 

「ああ」

 

「貴方は死んだ?」

 

「そうだ……そのはずだ」

 

「自分が死んだ確信はある?」

 

「ある」

 

「死んだ原因は分かっているの?」

 

「ああ」

 

「事故とかかしら?」

 

「いいや」

 

「誰かに殺された?」

 

「いいや」

 

「自殺?」

 

「そうだ」

 

「人生に悲観して?」

 

「違う」

 

「目的があっての事?」

 

「そうだ」

 

「もしかして、その自殺は戦いの中で起こったりした?」

 

「そうだ」

 

「命を犠牲にして出す大技………だったりする?」

 

「当たりだ」

 

「そしてあなたは死んだ?」

 

「そうだ」

 

「それで気が付いたらここに?」

 

「ああ」

 

「なるほどね………」

 

 質問を切り、彼女は顎に手を当てて目を瞑った。暫くそのまま動かず、2分は経過しただろうか。不意に小声で「仕方ないわね」と言い、目を開いた。

 

「西行寺幽々子は、貴方を白玉楼の客人として迎えます。理由は三つ。行く当てがなさそうなあなたへの同情、あなたへの興味。そしてまだあなたと言う存在がわからないから、念のため目の届く場所に置いておきたい。それが理由よ」

 

「ずいぶん自分の考えをあっさりばらまくんだな?」

 

 言うのも無駄たと薄々分かっているが、それでも聞かずにいられない。理由を全部言う必要はないだろう。

 

「私もあなたに嘘が通じるとは思えないからね。ぶっちゃけちゃった方が気が楽だわ」

 

「………正直言って、有り難い。だが、客人としてではなく、使用人としてここで働かせてくれ。助けられた上に客扱いではこっちの顔がない」

 

 何でもしてもらうわけにはいかない。こっちからも多少なりとも恩返しができるはずだ。

幸いかつて感染していた女は家事ができた。簡単な掃除洗濯炊事はできるはずだ。

 

 こうして、この日を境に俺は白玉楼の使用人の仲間入りをした。




お読みいただきありがとうございました。


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グラファイト編
第4話:大食いの化け物・西行寺幽々子


今回も、と言うかしばらくグラファイト視点が続きます。


「じゃあ、今日からあなたは妖夢の後輩ね。しっかり働いてもらうわ」

 

「ああ………よろしく頼む」

 

「妖夢!食事にしましょう!彼が手伝ってくれるわ」

 

 手伝うも何も、すでに三人前の料理が用意されているではないかと突っ込みたいところだが、ひょっとしたら後出しのくだものや運び終えていない御櫃の類でも運べということだろうかと思い直し、障子を開けて先ほどの妖夢と呼ばれた少女を探すと、またしても目の前に立っていた。

 

「さあ、行きましょうグラファイトさん!やることが盛りだくさんですよ!」

 

「お、おう………」

 

 見たところ、ここまで大きな屋敷のわりに、どうやら住んでいるのは二人だけのようだ。この庭や屋敷内の備品の手入れ、掃除を勘定に入れれば、確かにやるべきことはいくらでもありそうだ。

………それにしても………

 

「さっきの話、盗み聞きしていたな?」

 

「みょん!? そ、そんなこと、ありませんよ!」

 

「ならなぜ俺の名前を知ってる。まだ名乗った覚えはないぞ」

 

「そ、それは先ほど幽々子様が大きな声で……」

 

「「彼が手伝ってくれる」としか言っていなかった。俺の名を知るには、俺が最初に名乗った時、つまりお前の主と俺が二人きりで話しているときに盗み聞きする以外にはない」

 

「うう………すみません。ちょっとだけ、聞いてしまいました………」

 

「俺は別に構わないが、下がれといわれたのに会話を盗み聞きしてしまっては、後でバレたら面倒なことになるだろう?」

 

「はい………」

 

 別にここまで叱るほどでもないとは思うが、本当に聞いてはいけない会話に首を突っ込まれても困るからな………

 

「さて、で、俺は何を手伝えばいいんだ?」

 

「はい、調理は私がするので、グラファイトさんは厨房の外に置いてある材料を私の隣にドンドン積んでください!」

 

 言われたとおりに裏口に回ってみるが、屋敷の壁を覆うようにダンボールの箱が積み上げられており、どれがどれだかわからない。

 

「どれを運べばいいんだ?」

 

「右端から順番にお願いします!」

 

「………………全部でどれくらい運べばいい?」

 

「外にあるの全部、お願いします!」

 

 中型のトラック1台分ほどもあるダンボールを、運ぶ、運ぶ、運ぶ………

積み込み作業のアルバイトでもやっている気分になりながら、とにかく無心で運び続ける。

 

(三人しかいないのになぜこんな大量の食材の必要が……?いや、俺が気付かなかっただけで実は4~50人ほど使用人がいるのやも………いやいや、ならばなぜ調理担当があの娘一人なのだ)

 

 途中で不要な事を考えつつも、半分ほどを運んだあたりで妖夢が「料理を運びますよ!」と声をかけてきた。畳半分ほどの大きさの非常識な皿を差し出され、嫌な予感がするが、指示通りに先ほどの幽々子の部屋へ料理を運びこんだ。

 

「ありがと。そこに置いておいて頂戴」

 

 自分を救ってくれた恩人の屋敷の主、こんな恩知らずなことを言ってはいけないが、そこには餓鬼のように明らかに自身の体積以上の食材を口に放り込む幽々子の姿があった。

 

 大食いフードファイターですら裸足で逃げ出しそうな勢いで食べている。

ふと気が付くと、先ほどまでてんこ盛りになっていたはずの俺が運んできた超う大皿の料理が半分以下に………ッ!? い、一瞬で料理が消えた………?

 

「空いた皿を片付けて頂戴」

 

「あ、ああ………」

 

 今見ている光景を、到底現実とは受け入れがたい。自分は、本当はまだ目覚めてなどおらず、白昼夢かはたまた明晰夢、それとも悪夢?もしやすると地獄の垣間見でもしている気分になりながら、とにかく皿を積みに積んで部屋を後にする。

 

 厨房に戻ると、妖夢はまだ料理を続けていた。

信じられん………あの女、まだ食う気か!

 

 しばらく料理を運び、ひと段落すればまた食材が入った段ボールの厨房への積み込み作業。そして料理運び………繰り返し続け、とうとう外の塀を覆い尽くすほど積み上げられていた料理がなくなる直前と言うタイミングで、遂に「ご馳走様!」という声が屋敷に響いた。

 

「お疲れ様です!グラファイトさん!」

 

「あ、ああ………………失礼だが、その………いつもこれぐらいの量を?」

 

 毎日三食これが続くとなると並ではない。しかも今回おれがやったのは運搬作業のみ。

折れる気は毛頭ないが、それでも少々めまいを起こしそうだ。

 

「いえ、普段はここまでは………ただ、週に一度のたくさん食べたい日が今日だっただけです」

 

「そ、それは………良かった………」

 

「普段は、この半分です」

 

 半分……………と言うとつまり………

 

「軽トラ丸々一台分………………………」

 

 なんという量か。元々傷が完全に癒えていないことも手伝ってか、めまいを覚えた俺はふらふらとその場に沈み込んだ。

 

「さ、私達のご飯にしましょう!」

 

 ………………すっかり忘れていたな。




お読みいただきありがとうございました。


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第5話:竜戦士の鍛錬

 食事を終え、何もやることがなくなりぼうっと座り込んでいたが、不意に後ろから刀が振り下ろされた。もっとも、刀と言っても鞘に納められた状態だから危険もクソも無いが反射的に横にずれて回避する。

 

「あらびっくり。妖夢ならうまくいくのに……」

 

「主殿、何用か」

 

 悪戯っぽく頬を膨らませて憤慨する幽々子に何か用があったのか聞くと、ひどく驚いた顔をされた。

 

「………? 何か?」

 

「固いのは嫌いだし、幽々子でいいわ」

 

「む………しかし、俺は今は使用人。適切な言葉を…」

 

「そんなに硬くならなくていいってば。使用人なら、もう家族の一員も同然だわ」

 

 そんなものでよいのかと首をひねるが刀を置いた幽々子はふわりとどこかへ………って

 

「浮いた!?」

 

 よもや飛べるとは思っておらず、情けなくも大声が出る。

俺が飛ばされたこの世界は、本当に不思議な場所だ。どうみても、普通の人間にしか見えないが…

 

「………考えても、意味はない……か。それにしても、この刀………」

 

 師より賜った刀、「蓬莱海・真打」幽々子が俺から取り上げていたものだ。武器を相手に返却したということは、一応は信用されているということか。刀を腰に差し、中庭へ出て砂利の上におもむろに正座し、目を閉じる。

 

 瞼の裏、師とかつて戦っていた記憶を頼りに、空想上の師を目の前に作り出す。

空想の師が形になったタイミングで、瞼を開く。目の前に変わらずあり続ける、師の胸像。

 

立ち上がって向かい合い、まずは軽い礼を。三歩前へ歩を進め、刀を互いに抜いて蹲踞。どちらともなく立ち上がり、実戦形式の稽古が始まる。

 

 師、海帝が行った最初の攻撃は、種も仕掛けもない真正面からの面打ち。

 

普通なら刀で受け止める所だが、付き合うつもりはない。大きく後ろへ飛び、刀の制空権の外へ飛び出す。無論、師もそれを黙って見過ごすことはない。再び大きく前へ出、再び面打ち。

次は横に飛ぶ。これ以上後ろに不必要に下がれば、壁に追い込まれる可能性も十分にある。

右、左、右斜め前と、円を描く形で回避を続ける。最小限の移動距離を維持すれば、避けるだけならたやすい。問題は、何処まで避け続けられるか。

 

俺は慌ただしく足をばたつかせながら無様に右へ左へ動くしか能がないが、師は見事なすり足の重心移動によって最低限の運動量かつ動きで俺に面を打ち続ける。

 

30分程回避をつづけ、僅かな息切れと共に体に熱がこもり始め、高揚感と心地よい疲労感が体にわき始める。この時が、最もよく動けるタイミングだ。

 

体の筋肉のほとんどがほぐれ、温まり始める。楽しいと感じるようになる。

 

そう。基本的に、この瞬間が最も危険な瞬間だ。

 

動けるようになればこそ、相手の動きに慣れてこそ、少しの油断と、多少は甘い行動をとってもいいかと言う馬鹿げた思考を期せずして許してしまうことになる。

 

「ッ!」

 

不用心に横回避をし過ぎたツケがとうとうやってきた。早くに避けようとするあまり、反復横跳びのような飛び回避を選んだのは失策だった。

 

軽すぎる砂利がブレーキをかけながら着地しようとする俺を支えきれず、横滑りする。

 

体勢をほんの一瞬崩し、踏みとどまったその瞬間に振り下ろされる、不可避の面打ち。

 

もう避ける選択はない。刀を横に持ち、振り下ろされる刀を受ける意外に出来ることがなくなった。

 

受けたくなかった。絶対に。

 

瞬間、腕に訪れる確かな痺れの予感。高速で振り下ろされた刀の勢いを止めんと、体がこわばり岩のように硬直する。迫りくる刀を無事跳ね返すことに成功するが、問題はここからだ。

 

跳ね返された刀の後方に飛ぶ勢いを、自身の刀を引く力として利用し、コンマ00の時間で繰り出される二撃目、薙ぎ払いの胴打ち。

 

師の得意技。やっていることは基本中の基本、面打ち→胴狙いのセットプレーだが、その完成度と極限までそぎ落とされた一切の無駄のなさにより、必殺の連携になりうる。

 

面を受け止めた体勢を利用し、曲げた足を一気に延ばして跳躍する。

 

俺の胴に滑り込まんとする白刃が、跳躍の気配を察知して急停止。すぐさま斜めの状態の刀を真正面に整え、中空の俺を串刺しにせんと突きをくリ出してきた。

 

横に刀を薙ぎ払い、突きをはじくことで何とか着地に成功する。

 

ドシャリとやかましい音を立てて着地し、再び続きをしようと前に目を向けるが、師はすでに消えていた。

 

「………まあ………当然か」

 

 実は、この勝負、途中で決まっていた。面打ちからの胴への攻撃を俺は飛んで避けたが、それは本来ならばあり得ない(・・・・・)ことだからだ。本当なら、俺には飛ぶほどの余裕はない。振り下ろされる刀を受け止めた際の体の硬直は、そこからすぐに飛べるほど生易しいものではない。

想像故に、重さや衝撃まで再現できなかったのだ。

 

結果として本来どうすることもできないはずの攻撃と言う事実から目をそらし、浅ましくも空に逃げ込んだ俺にあきれてしまったのだろうか。

 

先ほどまであれほどはっきりと想像できていた師の姿は、もうどこにもなかった。さしずめ、「今日はここまで」と言ったところか。

 

「………………少し休むか」

 

 集中を解き、ため息を漏らしながらふと目を屋敷のように向けると、俺の事を食い入るように見つめて微動だにしない少女、妖夢の姿があった。

 

「………もしかすると、庭でこういった鍛錬を行うのは問題か?」

 

 俺が気付いたことにようやく気づいたのだろうか。

飛び上がらんばかりの勢いで驚いたように後退し、一言だけ、

 

「お、お邪魔しました~~!!」

 

とだけ叫んで屋敷の奥の方に引っ込んでしまった。

 

「………何だ?」

 

 そんなに変なことをしていただろうか。よもや、俺に見とれていたわけでもあるまいに。




お読みいただきありがとうございました。


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第6話:少女と竜戦士

 屋敷の奥に逃げ込んだ妖夢を追うべきか放っておくべきか首をひねっていると、不意に上空から声が降りてきた。

 

「素敵な演武だったわ。もうおしまいなのかしら?」

 

「いつから居た?」

 

「貴方が足を取られて転んだあたりよ」

 

「狸が。初めから見ていたろう」

 

 何のために武器を渡したのかと思っていたが、やはり俺の稽古を盗み見るためか。

 

「あらあら、もしかしてバレてたのかしら? もしかして、妖夢の事も?」

 

「お前があまりにも堂々と見てきたせいで、あの小娘には気づかなかった」

 

 力量でも推し量ろうしたと言うのか。何はともあれ稽古は見せつけるための物ではなく自分の研磨のためにある。走り込みや腕立てもやろうと思っていたが、見世物になるつもりは毛頭ない。

 

刀を鞘に納め、屋敷の奥に引っ込もうとすると、肩口にそっと幽々子の手が添えられた。

 

「気を悪くしたかしら、ごめんなさいね。悪気はないのよ、ただ………」

 

「理由があるのなら、何よりも先に言え。見学や観察でもしている気だったのかもしれんが、ただ見ているだけでは盗み見と同じだ」

 

「明日、私が貴方を呼んだらまたここにきて頂戴。それまでは屋敷の奥の奥、私の部屋にいてほしいの」

 

「どういうことだ?」

 

 隠れていろ、ということか。だが、俺は今はここの使用人の一員。時が来るまで隠れていて、合図があったら出てこいなど、まるでパーティーのゲストではないか。

 

「いつもはここで妖夢が修行してるのよ。今日は貴方が先にやったけど、明日は妖夢にやらせてあげて頂戴」

 

「それは分かった。だが、ならばなぜ俺はお前の合図に合わせてここに来る必要性がある?」

 

「あの子、修行に熱中すると周りが見えなくなるのよ。………あの子の修行を、見てあげてほしいの」

 

「俺は人に物を教えられるほど一人前ではない。俺もまだ修行中の身だ。その要望には応じかねる」

 

 剣帝竜戦士、などと言えば聞こえはいいが、結局のところ刀を持って一週間足らずの素人だ。そんな俺が弟子を取るようなことなど、冗談抜きで50年早い。

 

「アドバイスだけでもいいの。………ね、お願い」

 

「………………恩人の主の頼み……か………仕方ない。………だが、ろくでもないことを口走るやもしれん。それこそ、「お前に剣は扱えない」だの「才能が無いから無駄だ。やめてしまえ」と言う可能性もある。それでもいいか」

 

「いいわ。どんなことでも、正しいことなら、きっとあの子にとって良いこととなるはずよ」

 

「分かった。では明日、あの小娘の修行を見よう。俺がどんなに情け容赦のないことを言っても、文句は受け付けない。だが、絶対に得る者があるよう、心がけよう」




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第7話:届かぬ目標

 あの後、ぎくしゃくしている妖夢と共に夕食を作り、次の日の早朝、俺は幽々子の部屋にいた。

 

「あの子いつも朝早くから修行してるの。そろそろ始まるはずよ」

 

 だそうだ。「ちょっと様子を見てくるわ」と言って、部屋から出て行ってしまった。

部屋で一人、瞑想をしているとパタパタと足音が響き、幽々子が襖を開けた。

 

「始まったわ。きて頂戴」

 

 言われるがままに幽々子の後をついていくと、妖夢は昨日俺が稽古をしていた場所とほぼ同じ位置で修行を行っていた。二本の刀を懸命に振り回し、突き、薙ぎ払っている。

 

普段は何だか頼りなそうに見えていた目はキリッとし、遥か彼方、距離ではなく、思い出の中にある何かを追いかけていることがうかがえる。………俺と同じだな。

 

「我流………ではないようだが、もとは誰かの………?」

 

「あの子に剣術を教えたのは、あの子の祖父………先代庭師の、魂魄妖忌よ。ある時あの子に後を継がせてどこかへ行ってしまって………それから、ずっとあの子は祖父の面影に追いつこうとしているのよ」

 

 幽々子の言葉を聞きながら、俺はじぃっと妖夢を………彼女を、見ていた。

 

一目見ればわかる。

 

その有り余る剣の才能が。

 

一目見ればわかる。

 

どれほど長い時間、努力を続け、邁進してきたかが。

 

一目見ればわかる。

 

その努力が、どれだけ時間の無駄だったかが(・・・・・・・・・・・・・・)

 

一目見ればわかる。

 

本当は一本だったはずの道。それをどこまで遠回りしてきたか(・・・・・・・・)

 

いたいけな少女が歩むにはあまりにも過酷で、無謀すぎた歩みを間近に感じ取り、俺の目から意図せず、涙が溢れた。

 

「………昨日、あの子に言われたの。「幽々子様、あの人、とんでもなく凄い剣士です」って………あなたからの言葉なら、あの子も素直に飲むはずよ」

 

「………………分かった」

 

 乱暴に涙をぬぐい、裸足で庭へと降り立った。一歩ずつ、静かに歩んで近づく。

 

上り始めた朝日が妖夢の刀や汗を照らし、美しく輝いているような錯覚を受けた。

 

刀を薙ぎ払い、反転した妖夢と、目が合った。

 

「あ………」

 

「………………いい………動きだった………」

 

「あ…ありがとうございます………」

 

 何を、言えばいいのか、俺は………分かっている。

どこまでも、残酷な知らせ。

………恨まれるだろうか?

………………それとも………

 

「お前の…主から……幽々子から、聞いた……祖父のような剣士に、………なりたいのだな」

 

「!は、はい!私、祖父のような立派な剣士になりたいです!………昨日は不躾に見てしまってすみません。グラファイトさんも、素晴らしい剣士だと思います………」

 

 そこで、妖夢は一旦口をつぐみ、そして俺に問いかけた。

 

「わ、私は………祖父のような、剣士に、なれると………いつか、祖父と並んで立てるような剣士になれると思いますか………?」

 

 その言葉は、きっとこの少女が常に疑問に思っていたこと。そして、身近に同じように剣を扱うものがいなかったため、誰にも聞けなかったこと。

俺は、自分なりに精一杯考え出した答えを、彼女に差し出した。

 

「………………それは無理だ………………お前がどれほど努力を積んでも………………お前は祖父のようになれはしない」




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第8話:残酷な事実

 絶望的な言葉を投げられた妖夢は、しばらく口を開いては閉じて、と繰り返していたが、やがて震える声で言葉を紡いだ。

 

「わ、私………もっともっと、一生懸命………頑張ります………ま、毎日………空いている時間を、全部、全部使います………頑張ります………だから………!」

 

「お前の努力が不足しているわけではない。努力ではどうにもならんのだ」

 

「そん………な………」

 

 被せられるように俺に否定の言葉を投げかけられ、妖夢はとうとう俯いてしまった。そして暫くして、また顔を上げて言葉をつづけた。

 

「どれほどの時間が必要でも、構いません。わ、私、半人半霊なんです………普通の人よりもずっと長生きで………100年でも、200年でも………」

 

「例えお前が死ぬ直前まで刀を振り続けても、最期の瞬間、薄れゆく意識の中で、お前は「すべて無駄だった」と、「祖父に近づくことなどできなかった」と思い知ることになる。………そうなりたいのか」

 

「わ、私には………何が足りないんですか? さ、才能なんて………ど、努力でどうにでもして見せます………! どうにもならないなんて、そんなわけ………!」

 

「お前に才能がないわけではない。お前の祖父とはあったことが無いから比べることはできないが、俺個人から言わせればお前の才能は一級品だ」

 

「………じゃ、じゃあ………どう、して……………?」

 

 

「お前は………女だ」

 

 その一言を口にしたのとほぼ同時に、妖夢はビクリと体を強張らせた。

 

「女だから………刀を扱えないと? 女には………強くなることなど、出来ないというのですか………!?」

 

「いや………………そうだ。絶対に、お前にできはしない。お前は………女だ」

 

「ち………が……う……………私………は………」

 

 本当は、もっと違う意味で言ったのだが、どうやら俺が男尊女卑をしていると勘違いしたようだ。初めはすぐに否定しようとしたが、この後の事を考えてあえて肯定することにした。

 

「違うというなら、俺を倒して証明しろ。自分より弱い者の意見など、価値がないと………初めに言っておくが俺はまだこの刀を手にしてからひと月も経っていない。元は別の武器を扱っていたが変えた。今は素人同然だ………そんな初心者の俺に負けたら、捨てろ」

 

「すて……る………?」

 

「俺と出会うまでの、以前のお前が歩んできた、積み重ねてきたもの全て、全て捨てろ」

 

 そこまで言うと、妖夢の目に光が宿った。目の前のこの男さえ倒せれば、自分の未来を証明できると考えたのだろう。

 

「刀を抜け。かかってこい………哀れだが、お前のすべてを俺は否定する」

 

「………!」

 

 瞬間、妖夢が二本の刀を抜き、大きく後ろへ飛びのいた。

長刀と短刀の二本を構え、先ほどの悲し気な表情などどこへ行ったのやら、静かな表情で俺を見据えている。

 

「………長刀の方に……若干重心が持って行かれているようだが………」

 

「………これが、祖父のいつもやっていた型でした」

 

「……フ…そうか………だからお前は成長できんのだ」

 

 俺がそう言い終わるや否や、俺の懐の中へひとっ飛びで潜り込んできた。

 

「お爺様が間違っているというのですか!!」

 

 懐に潜り込んでからのすくい上げる軌道の斬撃。

体を半身にし、最小限の動きで躱す。

純粋な速度で言えば、今まで出会った中でも最速だ。だが………

 

「速いことには速い………が、直線的で正直すぎる。速いだけでは、俺は斬れんぞ」

 

 こちらからすぐに斬りかかることはせず、淡々と言葉を続ける。

今妖夢に必要なのは、否定だ。やり方を根本から間違えていることを、最優先で伝えねばならない。

 

「まだまだ!!」

 

 二本の刀を振りかざし、妖夢が俺へと突進する。

俺は適切な距離を妖夢から取り、後ろへ少しずつ下がりながら妖夢の長刀の斬撃のみを叩き落とす。

 

「適切な立ち回りをして、短刀が届かぬ間合いを保てば、二刀流などさして一刀流と変わらん………いや、むしろ………」

 

 妖夢が振り下ろした長刀を再び振り上げようとした瞬間、鞘にしまった状態の俺の刀を妖夢の手首に軽くぶつける。

力を込めていただけに、方向を変更する一瞬の脱力に合わせた一撃。

 

「小手有り………だ。片手で支えるため、両手で一本の刀を支えて持つよりも遥かに安定性がない………おまけに」

 

妖夢が長刀を取り落し、地面に落ちる直前に、蓬莱刀を右手に持った俺が開いた左手で妖夢の長刀を奪った。

 

「こうして奪われる危険性もあるわけだ………さぁ……どうする? 地の利は互角、体術はお前、技量はどうやら俺、間合いの有利も………この場合は俺だな」

 

「くっ………!」

 

 短刀のみとなった妖夢は短刀を真正面に持ち、剣道の基本、中段の構えを取った。

 

「今度は俺から攻めるぞ………防御してみろ」

 

 鞘に入ったままの蓬莱刀を真っ直ぐに構え、妖夢の肩口を狙って一気に突き出す。

妖夢は斜めに短刀を薙ぎ払い、俺の突きをはじいて防御した。………だが………

 

「愚直に防御する奴があるか。お前は一刀、俺は二刀。お前が防御した隙に、もう一方で攻撃ができるんだぞ。………まずは避け、そして二撃目を防げ」

 

 妖夢の首付近に長刀を揺らし、「いつでも斬れる」と挑発をする。

妖夢は悔しそうに唇をかみしめ、真後ろへ下がって距離を保ち、再び構えて見せた。

 

「お前が下がってどうする?短刀しかないお前では俺の間合いの外から攻撃はできない。逃げずにちゃんと攻めて来い」

 

「くっ………分かっています! ………し、しかし………」

 

「何だお前、まさか今まで「自分が二刀流で相手が一刀流」を前提で鍛錬してきたから、「自分が一刀流で相手が二刀流」の時の対処がわからないとでも言う気か?」

 

 俺がまさかと思い質問を投げかけると、妖夢は何も言い返さずに俯いた。

 

「本気か………? 分かったもういい。受け取れ」

 

 仕方なく俺は妖夢から奪った長刀を地面に突き刺し、背を向けて8メートルほど刺した位置から距離を取った。

 

「抜け。それを抜いてお前が構えなおしたら、再開だ」

 

「ふ、ふざけないで下さい!!!!」

 

「言っておくが、大真面目だ。刀を抜け。抜けないというのなら、お前の放棄と見なす。俺の勝ちだ」

 

「………ッ!」

 

 大いに不満あり。と言う表情で妖夢は俺の言葉に従い、地面に突き刺さった自分の長刀を抜いた。そして、並々ならぬ気迫を発しながら構えを取った。

 

「何か………よほど自身がある技を出すつもりのようだが………」

 

「スペル発動………【人智剣「天女返し」】」

 

 妖夢は構えたままその場から動かない。かなりの溜めが必要なようだ。

 

「この技は………ここ、幻想郷で最速と言われている鴉天狗に「目で追えない程の速度」と言わせた私の最速の技です………これで………」

 

「決着、と言うわけか………いいだろう、来るがいい」

 

 やることは変わらない。海帝の剣技を防いだ時と、まるで同じように。

刀を腰に差し、居合の構えを取って俺は、ゆっくりと目をつむった。

速さで適わぬのなら気配で感じ取る。動く瞬間の起こりさえ逃さなければ、必殺技も子供のチャンバラと大して違いはない。

何より、いい意味でも悪い意味でも妖夢は少々素直が過ぎる。

ここまで意を発するのなら、間違えようもない。

 

………………………………ッ!動いた!!

 

瞬時に前へと駆け、目を開くこともなく刀を一気に抜刀する。

走りながら腰をひねり、最速の抜刀術を発動。抜き去った刀のちょうど先端に何かがぶつかり、妖夢の呆然とした声が響いた。

 

「嘘………」

 

 目を開くと同時に、妖夢の長刀と短刀両方が俺の目の前の足元に落下した。

 

「さて………刀を拾え。今度は………俺がお前に技を見せる番だ」

 

 放心状態の妖夢に刀を押し付けると、ようやくもう一度構えて見せた。

だが、先ほどまでの気迫はどこにもない。ただ茫然と、構えているだけだ。

 

「防いで見せろ………お前の速さとは比べるべくもないほど鈍重な技だが、俺の師の技だ」

 

 妖夢はその表情こそ伺うことができなかったものの、「せめて防御くらいは」という思いは伝わってきた。

 

「行くぞ………セイッ!!!」

 

 種も仕掛けもない、真正面からの面打ち。妖夢は二本の刀を交差して構え、俺の一撃目を受け止めた。重い衝撃を支えんと、妖夢の体が完全に硬直する。

俺にもまた、防がれたために反動で刀が撥ねる。

その撥ねる力を利用し、一気に刀を引いて不可避の第二撃目。胴打ち。

妖夢の体に触れるその直前に刀を急停止させると、妖夢の身体から力が抜け、妖夢はその場にへたり込んでとうとう泣き出した。

 

「………決着………だな………仕方ないことだ……人には、向き、不向きと言うものがある………」

 

 




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第9話:別の道へ

 さめざめと涙を流す妖夢の前で膝をつき、努めて優しく肩に触れる。妖夢はゆっくりと顔を上げた。

 

「お前には才能がある。………これから、その才能を正しく伸ばせばいい」

 

「で、でも………私、今までも一生懸命やってきたんです………なのに、グラファイトさんの足元にも及びませんでした………」

 

「努力の仕方を間違えていただけだ。もしお前の祖父がこの場にいれば、俺と同じことを思ったはずだ………そこも含めて、教えられる限り、俺が教えよう」

 

 妖夢の腕を取り、半ば強引に立ち上がらせて歩かせる。庭の端にある腰ほどの大きさの岩がある場所まで連れて行った。

刀を抜き、その大岩を二つに分断した。

 

「力量的にはお前にも同じことができるはずだ………やってみろ」

 

「は、はぁ………」

 

 刀を抜いて前へ進もうとする妖夢の手を掴んで引っ張った。

 

「あ、あの…?」

 

「違う。俺がいた位置と同じ場所から動くな。そうすれば、さっきの俺の言っていた言葉が分かる」

 

 妖夢は多少納得いっていないような表情をしながらも、素直に俺の言葉に従って刀を抜いたが、すぐにどうにもならない事態に直面していたことに気付いたようだ。

 

「あの………岩に刀が届きません………」

 

 どうしろと言うのだ、と言う表情を浮かべる妖夢の目線を無視し、妖夢の若干後ろから刀を振り下ろして二つに割れた岩をさらに四つに分断した。

 

「俺は届くぞ」

 

 ……………何が言いたいんだこいつは、と言う視線を感じる………

 

「あー、ゴホン、これが、さっきお前に言った「努力ではどうにもならん事」だ。自分の祖父と並ぼうとするお前は、これに似る」

 

「こ、これに………ですか?」

 

「先ほど、俺はお前に「女だから無理」と言ったな。あの言葉は、「女は男に比べて劣っている」と言う意味ではない。男に出来る事、女にできる事がそれぞれあると言う意味だ」

 

「それぞれ、ですか………」

 

「例えば、俺とお前では、腕を含めての刀のリーチ、足の幅や筋肉の密度、体格が異なる。筋肉や骨密度くらいなら変えようがあるが、身長や体格の差を埋めることは実質的に不可能だ」

 

 こういってはなんだが、妖夢の体格はお世辞にも恵まれているとはいいがたい。

小柄でいて華奢な彼女では、残念ながらどうしても無理なものが生まれてくる。

 

「俺の勝手な予想だが、お前の祖父は恐らく身長は1間(約180cm)より少し大きいくらいで、筋骨隆々な方だったのではないか?」

 

「す、すごい! 当たってます! でも、どうして………」

 

「お前が構えた時、聞いただろう?「長刀の方に、若干重心が持って行かれているようだが」と、そしてお前はこう答えた。「これが、祖父のいつもやっていた型でした」とな。なら答えは簡単だ。お前の祖父は、お前に扱えない長刀を支えられるほど力があり、かつそれを生かせるほど良い体格を持っていたということになる」

 

「すごい………たったあれだけで、そこまで………」

 

 つまり、自分の体に合う筋量、構えを体得できれば、妖夢の伸びしろは無限大ともいえるわけだ。だが、それは………

 

「ハッキリ言って、お前がやっていた構えは、お前の物ではない。あれは、お前の祖父の物だ。自分に合う構え、戦い方を極めれば、お前の祖父を超えることも不可能ではないと思う」

 

「じゃ、じゃあ………!」

 

「だが………それは、お前の今まで行ってきたもの、全てを変えねばならない。微妙な型の違い、呼吸、構え、足の曲げ方。戦闘スタイルに至るまで………全てを完全に変えれば、お前は素晴らしく強くなるだろうが………それは、お前の祖父が行っていたものと、全く別の物になる。お前の祖父の剣術とはまるで別の剣術。妖夢流とでも言おうか………それでもいいか?」

 

「そ………それは………」

 

 すぐに、決断しろと言うのは……さすがに酷か。妖夢の頭を優し気に撫で、我ながら不器用ながらも微笑んで見せた。

 

「すぐに答えは出さなくていい………ただ、これだけは覚えておけ………お前には、未来がある。………その未来にしっかりと走り出せば、きっといつかまた出会った時、お前の祖父も喜ぶと、俺は思う。………………すっかり日が昇ってしまったな。さあ、朝食にしようか」

 

「は、はい………………あ、あの!」

 

 声をかけられ、俺は振り向いた。妖夢の目はまた輝きを取り戻していた。キラキラと星がちりばめられた瞳が、俺をしっかりと見つめる。

 

「今日から、よろしくお願いします! 師匠!!!」

 

「………お前の師は、お前の祖父だ………俺はあくまで、アドバイス程度しかできんぞ。悪いが、俺自身弟子を取ったことなどないし、そもそも修行中の身だ。………だが、朝食が終われば、ビシバシいくぞ。覚悟しろ」

 

「は、ハイ!!!」

 

 結局弟子を取ったような状態になってしまったな………だが、ここまで大口を叩いたからには、俺自身もしっかりと一人前にならねばな………わが師、海帝殿………貴方の剣に対する流儀と誇り、それは俺の中で生きている………それを、俺はうまくまた次へ繋げられるだろうか………?




お読みいただきありがとうございました。


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第10話:充実した日々と、妖夢の異変

 すみません。切りどころが分からず、今回は約7000字といつもの3~4倍くらいの文字数になってしまいました。
 長いですが、そこんところよろしくお願いします。


 あれから一週間が経った。

 

 妖夢は、経験がなく物を教えることに慣れていない俺のつたない指導にも全力で応えている。根が真面目なのだろう。俺自身も素直に努力を重ねる彼女の姿に煽られ、ついつい気合が入りすぎてしまう。

 

 日が昇るより2時間ほど前、にわかに空がうっすらと白く染まる時。俺はいつもその時間に起き、一度全裸になって厨房裏の井戸から汲み上げた冷水を頭からかぶって一日の始まりの気合を入れ、すぐに服を着て妖夢の部屋へと向かう。

 

「起きろ、妖夢。稽古を始めるぞ………って………起きていたのか」

 

 妖夢は既に起床しており、自分の布団をたたんでいる真っ最中だった。

 

「いえ、今起きました。支度をして、すぐに庭へ向かいますので…」

 

「分かった。先に行っているぞ」

 

 初日に起こした時は「まだ日も登ってませんよ!?」と驚かれたが、最近はすぐに起きて行動が始められるようになった。いい傾向だ。

 

庭で準備運動をしていると、妖夢が庭へ飛び出してきた。

 

「すみません! 遅れました!」

 

「いや、いい。この時間からなら十分だ。………さて、今日は基礎体力を向上させることに重点を置く。刀は一旦置いておけ」

 

「はい!」

 

 ハキハキと素直に言うことを聞くから、こちらとしても指導のし甲斐があると言うものだ。屋敷の縁側に刀を置いた妖夢が戻ると、俺は今日の稽古の内容を伝え始める。

 

「昨日も言ったが、お前の細腕では接近戦での打ち合いになった時に力負けしてしまう。そこで、それを補う力が必要だ。お前に最も適しているのは、やはりフットワークと持久力だと思う。出来る限り早く、細かく相手の周囲を動くことで自分なりのスタイルを目指せ」

 

「はい!」

 

「そのため、まずは走り込みから行う。幸い、ここ白玉楼の階段はバカ長い。階段ダッシュを上り下りの往復2周行う。自主的に初めから終わりまでの時間を数えておけ。それが終われば次は5分間の休憩をはさみ、反復横跳び10分間を6セットだ。俺はもう準備運動は終わっているから先に行く。準備運動が済み次第、お前も合流しろ」

 

「はい!」

 

 果てが見えないほどの階段。少なくとも20km以上はあるだろう。これを出来る限り高速で往復する。

 

20分程走り続けると、ようやく最終段が見えてきた。石の階段を下りきり、足の裏が地面と触れた瞬間にすぐ反転する。次は登り。足を踏み外すと落ちかねない下りと違い、上りはただ単にきついだけだから気が楽だ。まあ、もっとも………

 

「上が霞んで見えんな………」

 

 この果てがないように見える階段を上りきって、さらにそこからもう一往復。

普通の人間であれば、往復どころか片道だけで心が挫けそうな内容だが、幸い俺も妖夢も並ではない。

中腹あたりまで登っていくと、上から妖夢が降りてきた。すれ違いざまに、一応注意を挟んでおく。

 

「飛ばさずに一段一段丁寧に降りろ。そうした方が効率もいいし、何よりも足を細かく動かせるようになる」

 

「はい!」

 

 しかし………速いな、妖夢の奴。次に降りる頃には追い付かれそうだ。やはり、間合いをつぶす脚力やフットワークの軽さに関しては天性のものがありそうだ。

 

「………ペースを上げるか」

 

 一応俺は妖夢のアドバイザーを買って出た身。あっさり追いつかれたら面子も何も無くなる。先ほどよりもより大きく両手を振り、より足を上げる。

一気に速度を上げた影響で、体に風を切る感覚がより強く感じられるようになった。

頬をくすぐりながら抜けていく風が心地いい。

 

 速度を上げたおかげか、5分弱ほどで最上段までたどり着いた。

これならば追いつかれる心配も無いかと高をくくり、余裕で反転すると………

見下ろす限り見下ろして、かなり下の方、豆粒ほどの大きさに見える妖夢がこちらへ向かってものすごいスピードで駆けあがってきていた。

 

「な………何と言うスピードだ………!」

 

 冗談じゃない。階段の真ん中ほどですれ違ってから、まだほんの5分しかたっていないはずだ。

片道約20kmほどと考えて、締めて30kmを5分で走破したと言うのか。

 

「くっ………!」

 

 可能な限りの最速で走り出す。下らんプライドかもしれんが、ここであっさり追い抜かれるのは絶対に避けたい。

 

 全速力で走り続けるが、最上段まで一気にのぼり、馬鹿げた速度で駆け下りてくる妖夢の気配が後ろに迫ってきているのがわかる。

真横に妖夢の気配が並んだと思った、その瞬間、妖夢の気配がぐんと遠くへ離れていった。

 

「抜か………れた………? ………いや、妖夢の気配は後方………」

 

 恐る恐る振り返ると、バテてしまったのか、先ほどまでの半分以下のスピードまでに落ちた妖夢が息を荒くしてあえいでいた。思わず足を止め、妖夢の方向へと逆走する。

 

「大丈夫か?」

 

「は………はい……ハァ…ハァ……何とかグラファイトさんに追いつこうと頑張ったんですけど…ハァ………体力が………持ちませんでした………ハァ…ハァ……」

 

「自分のペースで走ればいい。まずはゴールまで足を止めないことから始めろ。良いな?」

 

「はい………ハァ…ハァ………すみません………」

 

「今は、取りあえず歩いてでもいいから完走を目指せ。俺は先に行くぞ」

 

「はぃ………」

 

 消え入りそうな声を出し、早歩きほどの速度で妖夢が進みだしたのを確認して俺は走り出した。

………自分のペースで走れなんて偉そうなことを言ったが、俺自身のペース配分もメチャクチャだったことは、妖夢には秘密にしておこう。

 

 再び階段を下りきってまた昇っていると、普通の人間のランニングほどの速度で駆け下りている妖夢とすれ違った。

 

 ………回復力も並ではないな………あの様子だと、小走り程度の速度なら一昼夜ほど動き回れそうだ。………後は、全力での動きをどこまで持続できるかだ。

 

一足先にゴールし、柔軟体操をしていると妖夢が昇ってきた。立ち上がって次の指示を飛ばす。

 

「十分間の休憩だ。すぐに運動を辞めると負荷がかかるから、軽い早歩きを1~2分ほどしておけ。柔軟体操が終われば、座って休んでいろ。俺は反復横跳び用に線を引いておく」

 

「はひぃ………」

 

 今にも倒れそうな様子の妖夢を置いて、手ごろな棒を使って庭にガリガリと線を引く。本来こういった美しい和式の庭の地面をいじくるのは気が引けるが、残念ながらテープも練習に丁度よさそうな板の間もない。後でしっかり綺麗に元に戻すからと心の中で言い訳をしつつ、三本の線を引いた。

 

「よし………時間にはまだ早いが、先に妖夢に説明だけしておくか」

 

「抜重………ですか?」

 

「そうだ。古武術によく使用される移動法で、地面を「蹴る」のではなく「倒れる」力を使って無駄なく移動するための技術だ」

 

 簡単に説明すると、肩幅に足を開いた状態から普通のサイドステップを行う際に、大抵の人間は地面を蹴って移動する。

右側に行くのならば左足で地を蹴り、左に行くなら右足で、と言った具合だ。

 

 しかし、この移動法にはかなりの無駄が存在する。

それは、「足で地を蹴る時間」と「その蹴った力が体に伝わるまでの時間」と言う二動作が必要不可欠なのだ。

 この二つの無駄を省く手段が、前述した「倒れる」と言う動作になる。

右側に移動する際、右足を一気に持ち上げると、二本の足で体を支えていたために必然的に体は右に向かって傾き、倒れそうになる。この動作の事を「足を抜く」と称す。

その倒れる力を利用し、また一瞬だけ右足で支えては右足を浮かせて移動する。

動きやすくするためにも、当然右足は後ろに軽く下げる程度に、反時計回りの円を描きながら移動するのが理想だ。

 こうすることで、最初手から「地を蹴る」→「力が体に伝わる」→「移動開始」の手順をすっ飛ばし、「足を抜くことで移動開始」と言う一つの挙動で動くことができる技術だ。

 

「そんな兵法が………! それをすれば、高速で動けるんですね!」

 

「いや、普通に横飛びをするのと大して変わらん」

 

「あれ?」

 

「このやり方は、最初の動作が「若干早くなる」のと「移動するのにたいして体力を使わない」と言う二点だけだ。だが、互角の力量の相手と戦う際、その「ほんの少し速い動き」と「ほんの少しケチった体力」で差が付く。覚えておいて損はない」

 

 いくら地味でも、基本中の基本でも、極めれば開けるものがある。

先ずは基本やちょっとしたテクニックからやっていけば、極めた基礎が応用を行う時により完璧なものへと導くだろう。

 

「基本の素振りや型、基礎体力と同じだ。基本を手を抜かずにやった者が最終的に真の強者になる。一からお前のすべてを見直すぞ」

 

 妖夢に簡単な抜重のやり方を説明し、反復横跳びを行った。

新しい初動を教えたために始めこそたどたどしかったが、やがてスムーズに速く動けていた。やはりと言うべきか、踏み込みや間合いの掌握、短~中距離の高速移動は天才的なセンスだ。

 

 もっとも、最後のラスト2セットほどにへばり始めてしまったが。

………継続的な走り込みを毎回メニューに取り込んでみるか。

 

「よし、早朝稽古はここまでだ。ここからはお前が俺に指示をくれ」

 

「はい。ではこれから、いつもの通り幽々子様の朝食を作ります。幽々子様のお食事が済み次第、私たちの朝食を開始します。食べ終わったら、幽々子様と私たちの分の食器を洗って、それからお庭の手入れ、お屋敷の廊下を雑巾がけし、最後に小物類を磨きます。終わるころにはお昼なので、幽々子様の昼食、私達の食事、食器洗いを済ませれば、あとは自由時間となります」

 

「分かった。では午後からも稽古を入れよう。昼食を取った1時間後に開始だ。午後には実践方式の稽古を行う」

 

「はい!」

 

 使用人としては妖夢が俺の先輩であり上司、しかし剣術では俺が指導役兼監督役。何とも奇妙なことだ。

 

そして、午後の稽古を、日が暮れるまで行い、夜の幽々子の食事を作り、俺たちも食事を済ませて就寝。そして、日が昇るよりも早く、再び早朝の稽古を始める。

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「妖夢、稽古を………」

 

「おはようございます! 支度はもう済んでますので、行きましょう!」

 

「………徐々に早いな」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「昨日は足腰を酷使しすぎたから、今日は腕立て、腹筋、体幹トレーニングを重点的に………」

 

「はい!」

 

「腕立ての一番きついポイント、腕を曲げきる中間で20秒停止しろ。その腕立てを50回だ」

 

「は、はいぃぃ………」

 

「よし、では次、腹筋の………って、大丈夫か? 50は多すぎたか………少し休め。10分間の休憩にする」

 

「………うひぃ……………」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「グラファイトさん、どんどん食材を運びこんでください!」

 

「あ、ああ………この大量の食材、つまり今日は………」

 

「週に一度の大食い日です!」

 

「………午後の稽古を少し削るぞ。これは………時間がかかりそうだ」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「そういえばグラファイトさんってお庭のお手入れ、手慣れているようですけど………」

 

「ああ………一応、ガーデニングの経験はあるような無いようなものだからな………もっとも、和式ではなく洋式だが………」

 

「なんだか意外ですね~」

 

「そ………そうだな………」(もっとも、俺が感染していた女の記憶だよりだが…)

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「刀の構え、やって見せろ」

 

「こ、こうでしょうか………?」

 

「そうだな………もう少し腰を下ろしてみろ。踏み込み具合は変わるか?」

 

「あ、少し速度に乗りやすいです」

 

「ならばそれに合わせて構えを………」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「前への移動は早くなったが、左右への移動速度が落ちたな………また構えを見直してみるか」

 

「う~ん、もうちょっと私の足が長ければ助かるんですけどね~」

 

「足の長さか………待てよ、大股に足を開いて開いた足を抜重として利用すれば………」

 

「あ、初速が乗るおかげで速く左右にも動けます!」

 

「うん………よし、これで行こう」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「さて………水浴びの水も乾ききった。妖夢を呼びに行くか………」

 

「グラファイトさん、おはようございます!」

 

「おお、とうとうここまで来たか………」

 

 最近、妖夢が俺に合わせようとしてかどんどん起きる時間が早くなっている。

朝一の行水を見られては困るし、明日はいつもより少し早めに起きるか………

 

 などと考えていたが、甘かった。

 

「グラファイトさん、おは………!!!!!!!!」

 

「ん?」

 

 いつもより30分程早く起きて行水を行っていたが、それでも足りなかったようだ。幸い背を向けている体勢だったが、少なくとも全裸の男の背中を見られたことになる。

 

「………目汚しをしたな………すまん、一日の気合を入れるために、毎朝ここで水浴びをしていたのだ………って、妖夢?」

 

 妖夢は顔を真っ赤にしながらしばらく棒立ちしていたが、やがてそのまま糸が切れたように倒れこんだ。

 

「お、おい! 妖夢!? 大丈夫か!?」

 

 結局妖夢は目を回してしまい、朝の稽古は中止となった。

 

昼の少し前に目を覚ました妖夢は恐縮していたが、妙なものを見せてしまったのは俺の方だから気にするなと言い、そのまま午後の稽古は行うことにした………のだが

 

 

「長刀と短刀、それぞれには長所、短所がある。長刀はリーチが長く、一撃が重い分小回りが利きにくい。短刀は小回りが利き、連撃を比較的安価に繰り出せるが一撃の重さとリーチに欠ける。この二つの……………? おい? 妖夢、聞いているか?」

 

「…………………」

 

「おい! 聞いてるのか!!?」

 

「みょん!? は、はい! 済みません! も、もう一度お願いします!」

 

 妖夢は、ぼーっとすることが急に増えた。こちらの話を聞いていなかったり、よそ見をしていて怪我をしそうになるなど危なっかしい面も見え始めた。

 

本人は何もないなどと言っているが、何もないとは思えない。しかも………

 

「妖夢、起きろ。朝だ。稽古をするぞ」

 

「ううん………むにゃむにゃ………」

 

「………………」

 

 前まで少しでも早く稽古を始められるようにと早起きに精を出していたのに、今では毎日寝坊する体たらく。しかも、こっちが揺さぶってもなかなか起きない。

 

「………遅い………」

 

 階段の走り込み。初めのうちは順調に記録が伸び、ゴールまでの時間が短縮されていたのだが、最近は記録が壊滅的だ。前までは俺がゴールした後の10分以内には必ず終えていたのだが、今回は俺がゴールしてからかれこれ30分。一向に昇ってくる気配がない。

 

「途中でトラブルでも起きたか………? 降りてみるか」

 

 階段を下り始めてから10分。一向に妖夢が昇ってくる気配がない。よもや、階段から滑り落ちて大怪我でもしたのではないかと焦り始め、大股で階段を駆け下りていると、中腹あたりで階段の端にうずくまっている妖夢の姿がぼんやりと見え始めた。

 

 やはり何かあったのか、俺はさらに少しでも速く向かおうと強く階段を蹴ったが、近づき続けていると途中でとんでもないことに気付いた。

 

 妖夢は、階段の脇に生えている花を摘み取っていじくっているではないか。

 

「妖夢!! 何やってる!!!!!」

 

「へ? ぐ、グラファイトさん!? あ、あの………これは………」

 

「あまりにも遅いから心配して来てみれば、お花摘みとはな………!」

 

「す………済みません! ごめんなさい!!」

 

 妖夢は涙ながらに必死で謝罪し続けていたが、こんな調子が続いてしまっては稽古がまるで進まない。

 

「………もう今日の稽古は終わりだ。午後も中止にする。………明日も、一日休んでいろ」

 

「…! そっそんな!? だ、大丈夫です! もうさぼったりはしません! で、ですから…!」

 

「どうもここ数日、お前は稽古に身が入っていないようだ。俺も少し稽古に根を詰め過ぎたかもしれん………今日明日は、ゆっくり自室で休んでいろ」

 

「ま、待ってください! グラファイトさ………」

 

「いい。何も言うな。………話は終わりだ。少し早いが………朝食にしよう」

 

「そ、そんな………」

 

 考えてみれば、俺も最近妖夢にかかりきりで自分の修行が疎かになっていたかもしれん。いい機会だ。今日明日は、自分の稽古に取り組むとしよう。




お読みいただきありがとうございました。


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第11話:妖夢の苦悩:1

今回は妖夢の視点で進みます。


妖夢視点

 

 最近、私はグラファイトさんに剣術を習っています。グラファイトさんは、あの日、私に仰っていたように私の剣術を一から見直して下さいました。

 

 グラファイトさんの剣術に対する熱意はとてつもないものがあり、前日に「明日から早朝稽古を始める。時間になったら起こしに行くぞ」と言われ、普段から日の出とともに起床してお稽古をしていたので、呼ばれる時間にはすでに全部の準備を済ませてしまおうなどと画策したのですが………

 

「朝だ。起きろ、妖夢。稽古を始めるぞ」

 

「ふにゃ?」

 

 なんと、お稽古が始まるのは日の出よりもはるかに先でした。初日は思わず「まだ日も登ってませんよ!?」と叫んでしまいましたが、最近は徐々に早起きにも慣れてきました。

 

 日の出よりも早く起床し、今日こそはグラファイトさんよりも早くお庭へと思いお布団をたたんでいると、外側の廊下からグラファイトさんが顔を出しました。

 

「妖夢。稽古を始めるぞ………って………起きていたのか」

 

 ………早い。これでもずいぶん早く起きているのですけど………どんなに早起きしても私よりはるかに先にグラファイトさんの支度が済んでいます。

 

「支度をして、すぐに庭へ向かいますので…」

 

「分かった。先に庭へ行っているぞ」

 

 結局グラファイトさんはさっさと先にお庭へ行ってしまいました。

うう…グラファイトさんって、ひょっとして睡眠が必要ない妖怪だったりするのでしょうか…

 

 ぱっぱと布団を襖に放り込み、簡単に寝ぐせを直してお庭に飛び出すとすでにグラファイトさんは準備運動を終えているようでした。

 

「すみません! 遅れました!」

 

「いや、いい。この時間からなら十分だ。………さて、今日は基礎体力を向上させることに重点を置く。刀は一旦置いておけ」

 

「はい!」

 

 言われてみれば、今日はグラファイトさんは刀を帯刀していません。縁側へ慌てて戻り、長刀の楼観剣と短刀の白楼剣をそれぞれ並べて置き、すぐにグラファイトさんのところに戻った。

 

「昨日も言ったが、お前の細腕では接近戦での打ち合いになった時に力負けしてしまう。そこで、それを補う力が必要だ。お前に最も適しているのは、やはりフットワークと持久力だと思う。出来る限り早く、細かく相手の周囲を動くことで自分なりのスタイルを目指せ」

 

「はい!」

 

「そのため、まずは走り込みから行う。幸い、ここ白玉楼の階段はバカ長い。階段ダッシュを上り下りの往復2周行う。自主的に初めから終わりまでの時間を数えておけ。それが終われば次は5分間の休憩をはさみ、反復横跳び10分間を6セットだ。俺はもう準備運動は終わっているから先に行く。準備運動が済み次第、お前も合流しろ」

 

「はい!」

 

 威勢よく返事をしたのはよいものの、ここの階段を?往復2周?と「え、本当にやる気ですか?」と聞く暇もなくグラファイトさんはさっさと階段を駆け下りて行ってしまいました。

 

もし降りてる途中に転んだらあるいは最終段まで一気に転がり落ちる可能性も………と恐怖しつつ、準備運動を終えて小走り程度の速度で駆け下りていくと、徐々に急な下り階段の進み方に慣れ始め、徐々に速度を追り上げていきました。

 

「う~ん、すっごく気持ちいい!」

 

 風を切るような速さで進み続け、とにかく高速で降りてみようと何段も飛ばしながら降りていると、下からグラファイトさんが上がってきて私にアドバイスしてくださいました。

 

「飛ばさずに一段一段丁寧に降りろ。そうした方が効率もいいし、何よりも足を細かく動かせるようになる」

 

「はい!」

 

 あまりに大股でドタドタと駆け下りていたせいか、私を見た時のグラファイトさんが少し驚いていたような気がします………恥ずかしい。

 

 一段一段に気を使って、足の上げ幅を最小限にして駆け下り、最終段までついてすぐにまた駆け上がりました。

 

 少し疲れ始めてしまいましたが、これくらいならまだまだ平気だと思い、下げるどころかペースをぐんぐん繰り上げて駆け上がっていると、最上段について反転したグラファイトさんを見つけました。

 

(おりょ、ひょっとして抜ける?)

 

と思い、走り続けているとグラファイトさんが急加速。尋常じゃない速度で駆け下りていきます。

 

「は、速………でも、追いつけないほどじゃない…!」

 

 こっちもさらに加速し、グラファイトさんの方へ迫ります。あと少しで追いつけるかとも思ったのですが、疲労が頂点に達してしまい意志に反して足が止まってしまいました。

 

「大丈夫か?」

 

 いつの間に戻ってきていたのでしょうか。グラファイトさんが心配そうな表情でこちらを覗き込んでいました。

 

「は………はい……ハァ…ハァ……何とかグラファイトさんに追いつこうと頑張ったんですけど…ハァ………体力が………持ちませんでした………ハァ…ハァ……」

 

「自分のペースで走ればいい。まずはゴールまで足を止めないことから始めろ。良いな?」

 

「はい………ハァ…ハァ………すみません………」

 

「今は、取りあえず歩いてでもいいから完走を目指せ。俺は先に行くぞ」

 

「はぃ………」

 

 グラファイトさんは再び走り出し、見る見るうちに小さくなってゆきました。

本気で走ったのに、巡航ペースで走っているグラファイトさんに追いつけなかった………

 

グラファイトさんは、やっぱりすごいです。

 

 そう思い、ゆっくり歩いていると徐々に体力も回復して、私は再び走り出しました。




お読みいただきありがとうございました。


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第12話:妖夢の苦悩:2

私はとても大切なことを皆さんにお伝えしていませんでした。


小説のタイトルを分かりやすいように変えました。


妖夢視点

 

「十分間の休憩だ。すぐに運動を辞めると負荷がかかるから、軽い早歩きを1~2分ほどしておけ。柔軟体操が終われば、座って休んでいろ。俺は反復横跳び用に線を引いておく」

 

「はひぃ………」

 

 ………倒れてしまいたい………横になれるのなら、これ以上動かなくてよいなら、地面でも構わない。そんな私の気配を察してか、グラファイトさんから的確な指示が飛んできました。

 

心の中で通常の10倍ほどに感じる長い長い1分を数え、万感の思いでその場に倒れこんでいると、「休憩終了にはまだ早いが、先に説明だけするから来い」というお呼びの声が………

 

 何でそんなに生き生き動けるんですか………

 

「先ほど説明したように反復横跳びを行うが、通常のやり方ではなく、今回は抜重を使った反復横跳びを行う」

 

「抜重………ですか?」

 

 聞いたことのないものですが、道具か何かでしょうか?

 

「そうだ。古武術によく使用される移動法で、地面を「蹴る」のではなく「倒れる」力を使って無駄なく移動するための技術だ」

 

「そんな兵法が………! それをすれば、高速で動けるんですね!」

 

「いや、普通に横飛びをするのと大して変わらん」

 

「あれ?」

 

「このやり方は、最初の動作が「若干早くなる」のと「移動するのにたいして体力を使わない」と言う二点だけだ。だが、互角の力量の相手と戦う際、その「ほんの少し速い動き」と「ほんの少しケチった体力」で差が付く。覚えておいて損はない。………こういったものは、基本の素振りや型、基礎体力と同じだ。基本を手を抜かずにやった者が最終的に真の強者になる。一からお前のすべてを見直すぞ」

 

 なるほど………千里の道も一歩から、歩くのならば歩法から。と言うわけですね。基礎の基礎を見直して、最終的な実践と言う名の千里の果て(ゴール)に備えるというわけですね!

 

 グラファイトさんから簡単な抜重のやり方を説明していただき、反復横跳びの試練を行いました。

 

 最期の2セット当たりで体力の限界が見え始め、へばり始めた私にグラファイトさんから「後は2セット。たったの20分だ。頑張れ」と言う優しい鬼畜なお言葉を励みに、何とか最後までやり遂げました。

 

 搾れるだけ絞られた私が膝をついてヒィヒィ言っていると、ぼーっとした耳に

 

「………継続的な走り込みを毎回メニューに取り込んでみるか」

 

 と言うそら恐ろしいグラファイトさんのつぶやきを聞いたような気がしましたが、きっと気のせいです。そうでないと………私………半人半霊なのに…………完全な………幽霊に………

 

 そのまま30分ほど放置され、体力が戻ってきたあたりで早朝のお稽古が終わりました。

 

「よし、早朝稽古はここまでだ。ここからはお前が俺に指示をくれ」

 

「はい。ではこれから、いつもの通り幽々子様の朝食を作ります。幽々子様のお食事が済み次第、私たちの朝食を開始します。食べ終わったら、幽々子様と私たちの分の食器を洗って、それからお庭の手入れ、お屋敷の廊下を雑巾がけし、最後に小物類を磨きます。終わるころにはお昼なので、幽々子様の昼食、私達の食事、食器洗いを済ませれば、あとは自由時間となります」

 

「分かった。では午後からも稽古を入れよう。昼食を取った1時間後に開始だ。午後には実践方式の稽古を行う」

 

「はい!」

 

 ここからは、私がグラファイトさんにお教えする側です。

一生懸命私の剣術を指南していただいているのですから、私もグラファイトさんが一人前の使用人さんに慣れるように一生懸命ご指導しますよ!

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「妖夢、稽古を………」

 

「おはようございます! 支度はもう済んでますので、行きましょう!」

 

「………徐々に早いな」

 

 グラファイトさんは「朝起きるのが早くなった」と喜んでいますが、一生懸命早起きしているのに、毎回先に起きているグラファイトさんの方が100倍くらい偉い気がするのですが……

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「昨日は足腰を酷使しすぎたから、今日は腕立て、腹筋、体幹トレーニングを重点的に………」

 

「はい!」

 

 がくがく言っている膝が破裂するのではないかと怯えていましたが、今日は上半身を鍛えるそうです。心からほっとしつつ、意気揚々とお稽古を始めましたが………

 

「腕立ての一番きついポイント、腕を曲げきる中間で20秒停止しろ。その腕立てを50回だ」

 

「は、はいぃぃ………」

 

 地獄でした。なんですかこれ、最初手の段階で「腰を上げ過ぎだ」とか「反動や勢いをつけるな。ゆっくり、自分の力だけでやれ」といろいろ手直しをされた時点で「あれ? ひょっとして腕立てって私が思ってる以上にハード?」とは思っていましたが………まさか、さらに負荷追加とは………

 

「よし、では次、腹筋の………って、大丈夫か? 50は多すぎたか………少し休め。10分間の休憩にする」

 

「………うひぃ……………」

 

 ああ、あ…もう……なにも、考えられない………意識が……とお…く………に…

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「刀の構え、やって見せろ」

 

「こ、こうでしょうか………?」

 

 自分の構えをいつも通りに行ってみると、グラファイトさんは私の構えを自分でも取ってみたりしていろいろ考え、指示を出しました。

 

「そうだな………もう少し腰を下ろしてみろ。踏み込み具合は変わるか?」

 

「あ、少し速度に乗りやすいです」

 

「ならばそれに合わせて構えを………」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「前への移動は早くなったが、左右への移動速度が落ちたな………また構えを見直してみるか」

 

 腰を落とした分、前のめりの体勢になったまではよかったのですが、今度は別の問題が。やはり、さらに良い変化を生み出すというのは、難しいですね………

 

「う~ん、もうちょっと私の足が長ければ助かるんですけどね~」

 

「足の長さか………待てよ、大股に足を開いて開いた足を抜重として利用すれば………」

 

「あ、初速が乗るおかげで速く左右にも動けます!」

 

「うん………よし、これで行こう」

 

 こうして、新しい私の基本の構えが決まりました。

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「ん………ん! お稽古の時間!」

 

 お布団から飛び起きて、てきぱきとお布団を畳んでしまい、廊下にに飛び出すとグラファイトさんはまだ来ていませんでした。

 

「こ、これは………ひょっとして、速・早起き達成!?」

 

 グラファイトさんのお部屋に行ってみると、すでにグラファイトさんはお部屋から出ていたようです。

 

「………な~んだ。この感じだと、もっと早くから起きてたみたい………」

 

 しかし、はて…それでは、肝心のグラファイトさんは、今どこに? と思い、ぐるっと白玉楼を回っているとグラファイトさんを見つけました。

 

「グラファイトさん、おはようございます!」

 

「おお、とうとうここまで来たか………」

 

 こんなところで、何をしているのでしょう……? 心なしか、髪が濡れているような…汗でしょうか………! ひょっとして、私に内緒の秘密の特訓とかでしょうか!? こ、これは何としても明日はめちゃめちゃに早起きしてその特訓に混ぜさせていただきましょう!

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

 そして、次の日の朝。

 

目を覚ました私は、お布団も畳まずにお部屋から飛び出し、昨日グラファイトさんを見つけた場所へと急ぎました。さあ、何をやっているのか見せてもらいますよ、グラファイトさん!

 

「グラファイトさん、おは………!!!!!!!!」

 

「ん?」

 

 グラファイトさんは、何も着ていませんでした。

俗にいう、全裸、と言う状態です。お、男の人の裸、お爺ちゃん以外で初めて………

 

あ、あれ? なんだか、体が熱い………頭も、ぐらぐらする………

 

 なんだか………気が………遠く………

 

「お、おい! 妖夢!? 大丈夫か!?」

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「ん………んぅ?………あ……」

 

「………起きたか…………」

 

 気が付くと、私はお布団の中にいて、グラファイトさんがお布団の横に座り込んで私を見ていました。

 

「す、済みません……! 今日のお稽古が………」

 

 障子から漏れ出る光の光量が、完全に日が昇りきってしまっていることを伝える。午前中のお稽古が、丸々吹き飛んでしまったということだ。

 

「す、すぐにお食事の準備を…!」

 

「いや、俺がもう作っておいた。気にせず、今は休め」

 

「す………すみません………グラファイトさんに…私、ご迷惑を…!」

 

「妙なものを見せてしまったのは俺の方だ。気にしなくていい。午後の稽古は……どうする? やめておくか?」

 

「い、いえ! やります! やらせてください!」

 

「そうか…分かった。無理はするなよ。今から食事を運んでくるから、それを食べてもう一時間横になったら稽古をするぞ」

 

「はい」

 

 この時の私は気づいていませんでした。そう、この後、私は原因不明の不調に苦しめられることになるのです。




お読みいただきありがとうございました。


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第13話:妖夢の苦悩:3

 午後のお稽古の最中、グラファイトさんの説明を聞いていると、不意に脳裏に明け方に見たグラファイトさんのあの後ろ姿を思い出してしまいました。

 

「長刀と短刀、それぞれには長所、短所がある。長刀はリーチが長く、一撃が重い分小回りが利きにくい。短刀は小回りが利き、連撃を………」

 

 ………グラファイトさん………体に傷がたくさんあったな………引き締まった筋肉………肩幅も起きかったし……ここに来る前は、どんな相手と戦っていたんだろう………

 

「おい!聞いてるのか!!!?」

 

「みょん!? は、はい! 済みません! も、もう一度お願いします!」

 

 し、しまった…ぼーっとしちゃってた………

ま、まずい………グラファイトさん、ものすっごい睨んでる………

集中しなくちゃ…!

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「はぁ………今日は全然集中出来なかったな………」

 

 結局、あの後三回ほどグラファイトさんに怒鳴られてしまいました……何か言いたげにしていた時のことも考えると、多分本当は5~6程集中できない時があったみたいでした。

 

「朝のお稽古もあるし、もう寝よう………」

 

 お布団を敷いて、目を閉じる。いつもならすぐに眠れるのに、なんだか不思議です。初めてグラファイトさんにあった日の事や、私に剣術を教えてくれると約束して下さったこと、優しく微笑みかけてくれた時のことが何故か次々と浮かんできて………

 

 しかも、決まって最後にはグラファイトさんのあの裸の後ろ姿が………

 

「もう………寝られない……どうしちゃったんだろう…私………」

 

 男の人の裸なんて、昔お爺ちゃんとお風呂に入った時に何度も見たのに………

どうして、グラファイトさんのばかり………

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

「うぅ、ん………もう朝………? ………って、朝…!?」

 

 暖かくて、優しい朝日が私のお部屋を柔らかく照らして………って、もう日が昇ってる!?

 

「…ようやく起きたか」

 

「わああ! グラファイトさん!!?」

 

 や、やってしまった………多分、日の強さからして1~2時間の寝坊。お、怒られる…

 

「………はぁ…支度しろ、できるだけ早く。すぐに稽古を始めるぞ」

 

 大きなため息をついて、グラファイトさんは部屋から出て行ってしまいました。お、怒られるより辛い………

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

 結局、ろくに朝のお稽古ができないまま、幽々子様の朝食のお時間になってしまい、お稽古は実質的な中止。お掃除も一人でやっていたころよりグラファイトさんが来てくれたおかげで速くに終わるようになりましたし、部屋でのんびりの時間ができてしまいました。

 

 前までならグラファイトさんに朝のお稽古で気になったことを質問したり、構えの型の相談などの時間だったのですが、何だか気まずくて………

 

「はぁ~~~~~~~~~~~~」

 

「………」

 

「ふぅ~~~~~~~~~~~~」

 

「………どうしたの? 妖夢ちゃん、ため息ばかりついちゃって」

 

「あ…幽々子様………いらしてたのですか?」

 

「あら、最初からいたわよ。………何か悩みでもあるのかしら?」

 

 せっかくと思い、幽々子様に最近集中ができなかったり、すぐに寝付くけなくなったことを話しました。

 

始めの頃は「疲労のせいかしら?」とか「何か不満があったりするのかも」と真面目に聞いてくださっていたのに、終わりの頃になると、何だか幽々子様がにこにこし始めました。しかもやたら「あらあら」とか「まあまあ」とかとっても上機嫌です。

 

「………あの、幽々子様? 一応私本気で悩んで相談させていただいているのですが?」

 

「うふふ………まさか、あの妖夢ちゃんが色を知るなんて………なんだか嬉しいわぁ」

 

「………あの? 色とは、何でしょうか?」

 

 幽々子様は、「あら、知らないの?」と言い、私にそっと小さな声で耳打ちしました。

 

「………恋心、よ」

 

「みょ、みょみょみょみょみょみょん!!!!? な、何ですかいきなり!?」

 

「あら、だって彼の事を考えてぼうっとして、彼の事を考えて寝付けなくて、しかもその症状が出始めたのは彼の裸の後ろ姿を見た日からなら、もう確定じゃない。いいわね~恋愛、青春だわ~。 うふふっ、妖夢、私、応援してあげちゃう!」

 

 こ、こ、こい、恋、恋心………これが、そうなのでしょうか………?

嗚呼、余計なことを聞いてしまったかもしれません。だってこれから午後のお稽古もあるのに、こんな状態では、まともにグラファイトさんに顔を見れる自信がありません………

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

 その日の午後のお稽古は、結局ダメダメでした。そして次の日の朝のお稽古の最中、私は階段の走り込みをしていました。

階段の途中で、ふと端のところに一輪の花が咲いていました。

 

………そういえば、どこかで聞いたことあるな。………確か、花びらを一枚一枚とっていって………最後に残った時の言葉が正解って………

 

 走り込みの最中だったのですが、ほんのちょっとなら大丈夫かな?と思い、その場にしゃがんで花占いを始めてしまいました。

 

「えぇと……最初は、私の気持ちを………好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…………あ………最後の一枚………す、好き………」

 

 結果は、好き。

 

「ま、まぁ、好きにもいろいろあるし? 尊敬とか、お友達としてとか………じゃあ、グラファイトさんは………どうなんだろう………?」

 

 思わず次の花に手を伸ばし、再び、

 

「好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…好き…嫌い…す」

 

「妖夢!! 何やってる!!!!!」

 

 突然の怒号。一瞬体が委縮し、恐る恐る声の方に目線を向けると…完全に怒り心頭のグラファイトさんがいました。

 

「へ? ぐ、グラファイトさん!? あ、あの………これは………」

 

「あまりにも遅いから心配して来てみれば、お花摘みとはな………!」

 

「す………済みません! ごめんなさい!!」

 

 グラファイトさんは一生懸命教えてくださっているのに、当の私が花いじりをしてさぼっていたのでは苦労も泡そのものだ。涙ながらに謝ると、グラファイトさんは小さな声で「別に怒ってなどいない。心配しただけだ」と言いました。

 

 恐縮していると、グラファイトさんは目を閉じて数秒考えこんだ後、目を開いていいました。

 

「………もう今日の稽古は終わりだ。午後も中止にする。………明日も、一日休んでいろ」

 

「…! そっそんな!? だ、大丈夫です! もうさぼったりはしません! で、ですから…!」

 

「どうもここ数日、お前は稽古に身が入っていないようだ。俺も少し稽古に根を詰め過ぎたかもしれん………今日明日は、ゆっくり自室で休んでいろ」

 

「ま、待ってください! グラファイトさ………」

 

「いい。何も言うな。………話は終わりだ。少し早いが………朝食にしよう」

 

「そ、そんな………」

 

 あぁ、あ………最悪です………考えられる限りで、最低の結末………

何とか弁明しようともしましたが、結局、グラファイトさんは私の話を聞いてはくれませんでした。




お読みいただきありがとうございました。


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第14話:挑戦者

 グラファイト視点

 

 妖夢に暇を出してから一日が過ぎ、今日は久しぶりの一人きりでの稽古だ。

 

「妖夢は………いないな。よし………………培養」

 

Infection!(インフェクション ) Let's game!(レッツゲーム) Bad game!(バッドゲーム) Dead game! (デッドゲーム)What your name?(ワッチャネーム)

The Bugster!(ザ・バグスター)

 

「………………久しぶりだな」

 

 変身したのは、本当に久しぶりだ。

ゲムデウスとの戦いでボロボロになった俺の体。

 

この一週間、ちょくちょく無理はしたが、傷も、疲労も癒えた。

 

そろそろ、修行するにしても怪人態でやったほうがいいだろう。

 

人間態も悪くないが、やはり筋力、耐久力、持久力共にケタが違う。

 

「フフ………妖夢が俺のこんな姿を見たら…卒倒するかもしれんな」

 

 構えを取り、腰を置きく沈めながらエネルギーを刀身に送り込み、勢いをつけて刀を抜剣する。

 

「紅蓮!爆竜剣!!」

 

 炎を纏った斬撃が大気を焼き焦がす。

前に使っていたファングと違い、やはり火力が心許ない。

かつての主力武器よりも切れ味が高いおかげで威力はむしろ上がっているが、肝心の炎がこれではおまけ以下だ。ただ単にエフェクトが派手な刀ではだめだ。

 

かつての、俺の紅蓮爆竜剣。

 

炎を纏った刀身から吹き出す、火で形作られた荒れ狂う火竜が相手の周りを飛び回り、やがて大きな爆発を起こす超大技。必要に応じて刀身のみに炎を纏わせ、近接攻撃のみにすることも、また火竜としてではなく火球として炎を発射することも可能な、いろいろと応用が利く技だったが…

 

「しょぼい火力、火球も火竜も出せない。………これでは、ただの表面に油を塗りたくって火をつけただけの刀と同じだ。やはり、まだ俺はこの刀を使いこなせていない………」

 

 ………………刀に合わせて俺が歩み寄るべきか、それとも俺が刀の手綱を引いて従わせるべきか………この刀が望む道を、俺が正確にくみ取らねば、真の俺の剣術は完成しない。

 

「妖夢、お前の意見も………って」

 

 振り返っても、妖夢の姿がない。

いや、そもそもいるわけがないのだ。2日休めと言ったのは俺自身なのに、ふっと忘れているはずのない妖夢に話を振ってしまった。

 

「ここ何日も共に励んでいたからな………」

 

 いつ何時でも、共にいるような気になってしまう。

そんな詮無き事を考えていても仕方ないと、頭を振って再び集中しようとした時、不意に誰かの気配を感じ、俺は慌てて変身を解除した。

 

「あの………グラファイトさん…」

 

 来たのは妖夢だ。やはり稽古に参加させてくれともいうつもりだろうか。まあ、邪険に扱う意味もなし。普通に応対しよう。

 

「どうかしたか?」

 

「それが………グラファイトさんに、ぜひお会いしたいという方が………」

 

「客人? 俺にか? 俺は来たばかりで、ここらの地域に知り合いなんていないぞ?」

 

 妖夢にそう聞き返すと、妖夢も困ったように「はあ…どこかでグラファイトさんの事を知ったらしくて…」とだけ答えた。

 

「たかが新米使用人に会いたがる者もいるわけがなかろうに…」

 

「そんな新米使用人の方が、『生命の二刀流』と名高い白玉楼の魂魄妖夢さんを打倒したのですから、当然貴方に手合わせをお願いしたい方はたくさんいますよ」

 

 屋敷の角から声が響いた。

声のした方向を見ると、そこには山伏風の帽子(頭襟)を頭に乗せた短髪白髪の少女が立っていた。

服装は、白色の明るい袖貫が付いた巫女服のような上着を着ており、下半身は裾に赤白の飾りのついた黒いスカート、靴は………これは驚いた、高下駄か。

 

………………ん? 頭の帽子の横についているものは………耳?

 

「犬耳………コスプレ………?」

 

「白狼天狗です」

 

「む、これは失礼、つい思ったことが口から………って、天狗!?」

 

 いるものなのか、天狗って………しかし、普通の天狗か烏天狗くらいしか知らなかった…

 

「ま、まあ、疑問に思うのは後に回そう。それで、俺と立ち会いたい………ということで間違いないか?」

 

「はい、相違ありません」

 

 まあ、なんだか不思議な格好をしているが、いちいち突っ込んでも意味がないだろう。突っ込むと言えば、妖夢の周りをフヨフヨと漂っている白い魂のようなものの突っ込みも未消化だしな。

 

「俺は、来るもの拒まず、構わんが………立ち会う前にいくつか聞きたいことがある。………そちらは俺の事を知っているようだが、失礼だが俺は知らん。まず、名を聞いても?」

 

「確かに、失礼いたしました。名は、犬走椛、と申します。天狗の山の見回りを任されている白狼天狗です」

 

「これは、丁寧に、どうも………俺は、東国統一にして唯一無二剣帝武士、剣帝流戦術(けんていりゅういくさじゅつ)の開祖、海帝の不詳の弟子、今は二代目の剣帝の名を師から賜っている、剣帝竜戦士、グラファイトだ」

 

「剣帝………また大仰な名ですね」

 

「フ………俺はそうではないが、わが師はその大仰な名とやらに負けぬほどの志士だった。今は俺が剣帝の名に泥を塗らぬようにと邁進する日々だ」

 

 まあ、俺自身も「剣帝」の名にふさわしいほどになったなどと傲慢になる気はない。

ひとつ、今回はこの少女と戦い、先代剣帝の力の100万分の1でも覚えて帰ってもらおうか。




お読みいただきありがとうございました。


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第15話:白狼天狗との勝負

最近タイトル詐欺を働いている気になってきました。

………………

………

……

…グラファイトの出番しかねぇ!(注:この作品は【東方仮面ライダーパラドクス GAME IS ANOTHER STAGE】と言う作品です。グラファイトはサブであり、決して主人公ではありません。)


_人人人人人人人人人_

> グラファイト視点 <

 ̄YYYYYYYYYYYYYY ̄ 

 

「ほかに質問がなければ、始めたいのですが」

 

「あー…最後の質問だ。どこで俺の情報を?」

 

 実際、これが一番の謎だ。俺は基本的に白玉楼の外へは出ない。つまり、白玉楼の中から情報が漏れる以外に外から俺を知る手段はない。幽々子はいつも屋敷にいるし、妖夢は自分の敗北を誰かれ構わず吹聴するような奴じゃない。となると、こっそり覗き見た奴がいて、それを広めているとしか考えられないのだ。

 

「ええと………実は私の上司の烏天狗、射命丸様と言うのですが、個人でここ幻想郷のブン屋(新聞屋)をしておりまして………これです」

 

 犬走が出した新聞。名前は「文々。新聞」その嫌にペラペラ(四面しかない。普通の新聞は30面が平均)新聞の一面にでかでかと張り出されている膝をつく妖夢と見下ろしている俺の写真。背景には白玉楼の屋敷の縁側が写りこんでいる。斜め上から取った物だろうか。よく見れば写真の下の部分に変な影が映りこんでいる。撮影下手か。

 

 見出しには「白玉楼の二刀流の庭師、大敗 突如現れた謎の剣客は妖夢氏に対し「お前に剣は無理」と発言」とこれまた大きな文字で書かれている。

 

「これは………何と言うべきか………」

 

 裏面に軽く目を通すが、経済情勢や活躍している人物のコラム、事件の記事、お天気情報、今話題の番組や店等の基本的な情報が欠落しており、個人のやらかしの記事の数が尋常じゃない量を占めている。かつて俺が感染していた女の記憶とは似ても似つかない内容。

 

「新聞と言うより………ゴシップ誌………? しかも無許可で記事に………」

 

「それにつきましては、部下である私から謝罪を………」

 

「いや………こういうことは、書いた本人をとっ捕まえてやった方がいい。お前が謝る必要はない」

 

 真実であるから「デタラメゴシップ誌」とまでは言わないが、しかしやっていいことと悪いことがある。

 

「手合わせが済んだら、お前の上司とやらに一言文句を言わせてもらうぞ」

 

「それは………もう、私からもお願いします………」

 

「………どうやら、お前も苦労しているようだな………」

 

 なんとなしに双方から流れる哀愁。これから立ち会う者同士とは思えないな。

 

「まあ、この際、それは後回しだ…では………早速始めようか。妖夢、下がってくれ」

 

「はい………」

 

 不安そうな妖夢に離れてもらい、犬走と向き合って少し距離を開ける。

 

「さて………立ち合いと言うのならば、きちんと最初の礼節をせねばならん………」

 

 殺し合いならば礼もへったくれも無いが、挑戦されて始める立ち合いならば話は別だ。目線は前に固定しつつ、軽く頭を下げて礼。続いて帯刀した刀を抜いてその場に蹲踞。

 

「ええとすみません、こういった道場的な礼法には疎いもので…」

 

 俺の動きを見よう見真似し、犬走が武器を取り出した。

右手に少し小ぶりな太刀、左手には………紅葉の柄が入った白い盾。

 

(………片手剣術か………厄介だな)

 

 守りの質が高い場合、永遠に待たれると勝ち目が薄くなる。

上手く相手の防御と攻撃を同時にすり抜ける必要があるな………

 

「では、よろしくお願いします」

 

「ああ………」

 

 両方同時に立ち上がり、武器を構えてにらみ合う。

 

俺は背筋を伸ばし、基本的な中段の構え。犬走は腰を置きく沈め、刀はだらりと下げ、盾を真正面に構えてじりじりと距離を詰めてくる。

 

当然だが、防御主体の構えだ。この圧を俺がどうかいくぐるかで勝敗が分かれそうだな。

 

 取りあえず、俺は時計回りに大きく弧を描きながら後退する。

 

相手から攻めて来るのに期待したいところだが、そんなに都合のいいことがあるはずもない。このまま下がり続けても、残念だが事態はよくならないだろう。

 

ここは後隙が少ない技で牽制し出方を見極めようと判断し、前へ詰めようと体を正面に傾けた瞬間

 

「ッ!」

 

 犬走が肉迫し、俺に向かってつっかけてきた。こいつ…俺が動くのを待っていたな。

 

前へ進むことしか考えておらず、迎え撃つことを考えていなかっただけに体の反応が遅れる。

 

 今から刀を持ちあげて振り下ろすのは流石に間に合わない。

 

この場で出せる最速の技。正面への突き。

 

 頭が悪いというかなんというか、技を出してから気付いた。

 

突きは………不味い。

 

 突きとは、基本的に真正面の3~40cmの範囲に武器を突き出す技。

 

突きの弱点は主に三つ。

 

まず、正面に向かって長い金属の棒を突き出すため、横からの力。すなわち弾かれた時に剣先に重心が引っ張られるため、体崩しされやすいこと。

 

二つ目。突きとはそもそも腕の肘から先の先端操作および押し引きの強弱で高速の連撃と少ない後隙が可能になる。槍の名手も腰を下ろし、万全の状態で槍を突き出すからこそ高速の連撃が可能になるのだ。

万全でない体勢から出していい技ではない。

 

最後の三つ目、剣同士や槍同士の場合、刀を振り下ろす線の攻撃であるなら防御されやすいが、突き出す点の攻撃では攻撃そのものの範囲が小さいため、防御しにくい強力な技として活用できる。

つまり、線で攻撃する対刀や対槍に有効なのであって、面の防御、つまり盾相手に気軽に振っていい技ではない。大体どの場所に点の攻撃が来るかさえ分かれば、より広範囲の面での防御がたやすくなる。

 

「はッ!!」

 

 そんな今更手遅れなことを考えながら、突き出した刀が犬走の盾に弾かれて宙を舞うのを俺は見つめた。

 

想定内。待っていましたと言わんばかりの良い掛け声と的確な防御。すぐに横薙ぎの切り払いが飛んで来ることを予感し、足裏に力を込める。

 

「ふッ!」

 

 空を舞う愛刀を取り戻さんと大きく跳躍。

 

直前まで俺がいた場所を犬走の白刃が通り過ぎていく。

 

 重力に惹かれ孤を描きながら落下する刀の柄を正確に掴み、取り戻す。

 

「…グッ!」

 

 もう体勢を整えたと言うのか。背後に犬走の気配。

 

空中ではとっさに避けることができず、刀を背に背負う形での防御。直後に感じる袈裟懸けの軌道で迫る刃。

 

少し背に刃が食い込んだが、両断されるよりマシだ。

 

 しかし刀を振った体勢からどうやって跳躍をと思いつつ着地するが、犬走が降りてくる気配が全くない。

 

「………ん?」

 

 何故落ちてこないと訝しみながら顔を上げて見ると、浮いてる。

 

「お前も飛べるのか………」

 

 幽々子といい犬走といい、この世界の住人は、誰でも飛べるのか?

 

「…? 妖夢さんも飛べるはずですが?」

 

 ………誰でも飛べるのか。知らなかったぞ、妖夢。

 

上空から攻めてこられるのを警戒していたが、犬走はすぐに降りてきた。俺の土俵に付き合うということか………

 

小さな声で「気を使わせてしまったな」と謝罪し、どちらともなく再び構えなおした。

 

「いえ、貴方が地上での剣術に秀でているなら、それを超えてこそですから」

 

「…なるほどな」

 

 ………さて、下手に後ろに下がって間合いを取るのは悪手のようだな。

………小技で攻めるか………

 

「…行くぞ!」

 

 軽く犬走の体を掠る程度に、踏み込み過ぎないようにフェイントを交えて刀を振るう。

 

フェイントの攻撃は無視。要所要所の本命の攻撃のみを正確に叩き落とされる。

 

………やはり、盾が厄介だな。受け専門の道具があるだけで、守りと攻めの両立性がケタ違いだ。

 

攻撃を盾で払いのけ、反撃は刀で。

 

攻防のバランスがいい。妖夢の二刀流や俺の一刀流のように受けよりも回避や攻めを主体に置くのとは戦闘した時の安定感がまるで違う。

 

盾を攻略しなければ、相手に攻撃ができない。

 

しかし、盾の攻略を考えすぎると、相手の刀の反撃が捌けない。

 

………不味い、剣での突破口が見えん………

 

 何とか隙を見つけようとあくせくしていると不意に犬走が俺に向かって体当たりをしてきた。

 

「うおっ!?」

 

 思わず正面に刀を構え、突進してくる犬走を受け止めた。

 

直後に響くガキンと言う金属音。俺が前に出した刀に盾を正面に構えた犬走が自分事盾と一緒に体当たりをしてきたのだ。

 

盾での体当たりを、俺は刀で防いだ………ということは…

 

「…! しまっ」

 

 ほぼゼロ距離まで近づいた盾。その盾の死角に隠された犬走の刀。

 

慌てて真後ろへ全力で飛びのく。

 

あ………危なかった……もう少しで両断されるところだった。

 

………片手剣に対する認識を間違えていた……あれは、守る専門と攻める専門の一人一役の武器ではない。盾で自身を守りながら相手に体当たりすることで可能な、間合いの掌握と体当たりによる体崩しと死角作り。盾でも攻撃が可能、無論刀での防御も可能。

 

………あれは、攻防両立武器ではない。攻防表裏一体の武器だ。

 

攻めて良し、守って良し、攻めつつ守るもよし、守りつつ攻めるもよし。

 

厄介だ。この上なく。

 

攻防の両方の水準が高く、また待ってよし、攻めて良し……ある種、片手剣とは二刀流剣術の理想形なのやもしれん。

 

「………ッ! いざっ!!!」

 

 追い込まれた状況だからこそ、虚を捨てて立ち向かわねばならぬ。

 

師がかつて使っていた技。そして、俺があの日妖夢に見せた技。

 

種も仕掛けもない、真正面からの面打ち。犬走は俺の正面から振り下ろされる刀を右手に持った刀で防いだ。重い衝撃を支えんと、犬走の体が一瞬硬直する。

俺の刀もまた、防がれたことで発生した反動で刀が撥ね返る。

その撥ねる力を自身の刀を引く力に変え、一気に刀を引いて二撃目の胴打ちを繰り出す。

横から犬走の胴へ滑り込まんとする俺の刀に、突き出された犬走の盾が激突する。

 

盾に防がれ停止した俺の刀を、犬走の刀が上へ弾き飛ばす。

 

俺は後ろへ大きく飛びのき、犬走の後方に俺の刀が落下した。かなり遠くからだったが今カメラの音がしたな………庭の端にある木からか?

 

「武器が無くなれば続行は不可能です。………決着ですね」

 

「………まだ、お前は俺の生殺与奪を手にしていない。決着はついていない」

 

「詭弁ですね。貴方に刀は取らせません。貴方が私を回り込んで刀を取ろうとするのを防ぐだけで負けはありません。決着です」

 

 ………確かに、愛刀を失い、俺の剣術は完全に死んだ。絶体絶命のピンチとはまさにこのような状況を指すのだろう。

 

「………ぐ、グラファイトさん………!」

 

 声のした方を見ると、心配そうな表情で俺を見つめる妖夢と目が合った。

 

俺は言葉に出さず、ただ優しく微笑んで見せた。

 

安心しろ、俺はそう簡単に負けはしないと、言葉に出さずに妖夢にそう伝えた。

 

「さて………犬走、ここからお前に戦術の神髄をお見せしよう」

 

「……この状況を打破する一手が、あるというのですか…? 剣を失なったこの状況から?」




お読みいただきありがとうございました。


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第16話:無限の戦術

 俺にとっての戦術(いくさじゅつ)とは

 

全てを使うこと。

 

(いくさ)とは、互いの全存在を賭けた生き残り戦。

 

生き残ったほうが勝ち。

それを念頭に置くならば………

 

「剣が無くなれば敗け………? 剣術(刀のみの闘争)など、不自由な肩書でしかない。俺にとっての闘争とは………」

 

 生き残ること。

 

どんな状況に陥っても、

どれだけ大怪我をしようとも、

生きている限り、戦いはまだ続く。

 

「まだ続けるぞ………」

 

 かつて、自分の力では絶対に関わない相手に立ち向かったことがある。

 

自身の全存在を賭けた攻撃をしても、命を絶てぬ相手。

 

その相手に、俺は言った。

 

「武士道は、死ぬことと見つけたり」と。

 

あの言葉が間違っているとは思わない。

 

だが、絶対な正解と奢ることもできない。

 

誰かを生かすため、己の命を使うこと。

 

その過程で生きれるのならば、絶対に生き残ること。

 

勝利を信じて、最後の最後まで。

 

………死ぬまで、戦いを続けること。

 

それが、最終的に生き残る手段だ。

 

 両の掌を握りこみ、顎の位置まで肘を上げる。

俺の構えは、拳法の構え。

 

「まさか………当身技………!?」

 

「かつての合戦の世では、ありふれた技術。それを用いて、お前を倒して見せよう」

 

 かつての戦国時代。

槍、弓、太刀、火縄銃、苦無、薙刀、脇差、………

 

 そして、大戦の世。

鉄砲、銃剣、手榴弾、爆弾、戦闘機、軍艦、戦車………

 

 人は武器を用いて戦う。

そんな戦争の真っ最中、アクシデントが起きる。

武器を取られた、失った。

そんな武器を失った時に、最後に残される人体最後の武器。

 それは、己の肉体。

 

 柔術という格闘技がある。

かつての合戦時代、武器を失った兵法者が使った格闘術。

相手に組み付き、関節をへし折り、首を踏みつけ、無力化する当身の技術。

 

「俺は………わが師、先代剣帝が剣術以外で戦っている姿を見たことがない」

 

 だから、これは、あるいは師が求めた道から外れるのかもしれない。

だがそれでも、歩みは止めない。師にとっての戦術とは、剣術。それのみだったのかもしれない。そうでなかったかもしれない。それは今や俺には分からない。

 

ならば、俺はどれだけ追い込まれようとも勝ち目を探す。それこそが、俺の戦術。俺の歩む道。

 

俺にとっての戦術は、生き残るための手段。

戦い続ける限り、まだ負けてはいない。

 

「来い………ここからは、剣帝竜戦士の戦術を見せてやる」

 

「………素手で、私に勝つつもりですか………本気で?」

 

 ………確かに、普通に考えれば正気の沙汰ではない。刀と素手で戦う。

一撃でも食らえば、重大な事件になりうる攻撃に対し、明らかに威力と間合いで劣る身一つでなどと………普通(・・)なら、恐怖ですくみ上るだろう。

だが、掠っただけで即死亡が確定するかつての師との戦いに比べれば、何と安全な事か(・・・・・・・)

 

恐怖などない。この道を、進のみ。

 

………それに、あの片手剣術に有利を取る方法も見つけた。

 

あとはそれを実践で爆発させるだけだ。

 

「じゃあ……俺から行くぞ」

 

 重心を落とし、抜重を使って限りなく最速で加速して犬走へ詰め寄る。

 

本当に武器持ち相手に突っかかってくるとは思っていなかったのだろう。一瞬犬走の体が緊張と驚きで少しだけ強張った。

 

しかし、気持ちを切り替える心の強さも流石と言ったところか。即座に反応し、刀を振り上げて俺の体を切り裂かんと迫ってくる。

 

…だが、刀の先端を弾き飛ばすことは難しくても、動いている根本をとらえるだけなら簡単だ。振り下ろした犬走の手首を掴み、まずは刀を封じる。

 

そして、刀の間合いが死ぬ範囲まで近づく。

 

間合いの有利は、武器によって異なる。

 

長さで言うなら、

 

銃、そして弓、苦無、投石、薙刀、槍、太刀、小刀、ナイフ、素手の順番と言ったところだ。

 

つまり、銃を持っていた方が100m以上離れた位置から剣術の達人に勝負を仕掛けた時、、どちらが有利かは言うまでもないだろう。

 

 では逆に、ガンマンと剣術の達人が半径1mほどの円の中で戦う場合どうだろうか。ガンマンがホルダーから銃を抜き、ハンマーを起こして引き金を引いて発射。

剣術、主に居合切りの達人であれば、恐らくガンマンがホルダーに触れた瞬間に胴体を切り裂くだろう。

接近戦では、刀に有利が傾く。

 

要は自分の長所を活かす間合いを取れば、上にあげた武器全てはそれぞれ他の武器に対し十分に有利を取れる可能性があるわけだ。

 

銃なら50~200mの間合い。

弓なら50~100mの間合い。

苦無なら25~50mの間合い。

投石なら5~25mの間合い。

薙刀なら3~5mの間合い。

槍なら2~3mの間合い。

太刀なら1~2mの間合い。

小刀なら60cmから1mの間合い。

ナイフなら50~60cmの間合い。

素手なら0~腕の先端、足の先端まで。

 

 この場合に俺の間合いで、犬走の間合いの外側。

 

刀が最も効力を発揮する間合いは、腕を伸ばし、刀を振り下ろす動作があってこそ。逆に考えれば、体と刀身の中間、つまり刀を支える腕の場所も間合いの外側となる。間合いを完全に潰す位置取り。

 

そう。刀を振るう初動を止められるほどの近距離。

0~1mの間合い。刀の真正面のみ。

 

「間合いの利は死んだ。そして武器の利もな」

 

 盾も同じ。自分に対し正面からくる攻撃を止めるための物。

目の前で張り付いてくる相手を遠ざける手段としては使えない。

 

「くっ…!」

 

 犬走は下がろうとする。俺はそれに追いすがる。

こうなると今度は逆だ。俺は犬走を追いかけるだけでいい。

この距離で剣術による攻撃は絶無。

 

空に逃げることもできない。何故なら、飛んでしまえば俺は犬走の下を潜って刀を拾って仕切りなおせばいいだけだからだ。結果的に武器を奪ったせいで、逆に自分の行動選択が狭まっている。

 

 とある高名な格闘家が言った言葉。「武器を持った相手は危険ではない」と。理由を聞かれて曰く、「武器しか使わぬから」剣術を使うなら、剣術のみを旨としている相手なら、逆に使うのは武器のみ。

 

武器の間合いが死ぬ範囲で、武器しか使えぬ相手に負ける道理はない。

 

そして、俺が使うのは戦術。

 

 しびれを切らした犬走が低く浮遊し、高速で俺から距離を取った。

 

戦術とは、かつての兵法者が使うもの。

 

馬上術、剣術、弓術、武芸百般、やれぬことなどない。

 

そして、戦の場と道場ではまるで変るものがある。

 

足場。すなわち地面。

 

板の間で、平らで、足が引っかかる者なんて何もない。何も落ちていない。

 

それとは一線を画すこの場。

 

戦の場では、卑怯すら許される。

 

生き残るため、自分の全存在を賭けるからだ。

 

賢さ、力、勇気、速さ、果ては悪知恵に至るまで。

 

崖上から強襲しようが、兵糧攻めにしようが、それこそ主君を裏切ろうが、勝った方が生き残る。

 

 間合いを取りなおし、刀を振り上げた犬走の顔面に何かが衝突した。

 

砂だ。

 

俺が蹴り上げた白玉楼の庭に敷き詰められていた大量の砂利が、犬走の顔面に大量に降り注いだ。

 

「きゃあ!」

 

 急に視界が塞がれて犬走がたたらを踏む。

 

開いた間合いを再度詰め、後ろに回り込んで尻尾をむんずと掴み、思いきり後方へ引っ張る。

 

「きゃわぁ!?」

 

 情けない悲鳴を上げ、倒れまいと前に必死で体重をかけたその瞬間、今度は不意に尻尾から手を放し、バランスを崩したところに左の足を足払い。

 

軸足が右足だけになり、しかも前に体重をかけていたために犬走の体が前へとつんのめる。

 

すかさずもう一度正面に回り込み、つんのめった上半身に体を滑り込ませ、右腕を肘にのせ、犬走の体を自分の腰に乗せて一気に投げ飛ばす。

 

一本背負い。またシャッター音がしたな…大体どこにいるのか掴めてきたぞ。

 

背中から地面に衝突し、一瞬肺から空気が消え、軽い呼吸困難になる。

 

動きが止まったその瞬間に盾を持つ左腕に十字固めの体勢を取り、小声で「折るぞ」と声をかけた。

 

瞬間、危険を察知した犬走が右手に持った刀を放し、折られまいと左腕の手首をしっかりと掴んだ。

 

「………ウソだ」

 

「へ?」

 

 狙いは放した犬走の刀。

両足で器用に挟んで持ち上げ、空いた腕で刀を掴んで犬走の首筋に押し付けた。

 

「………生殺与奪、我にあり………まだやるか?」

 

「………………ま、参りました………」

最後にまたシャッター音が連続で響く。前には気づかれなかったから油断しているんだろうが、あれだけ連射したら気付かないわけがないだろう。馬鹿め。




今回は完全に作者の趣味が出ましたね。
武器対素手って………いいよね。

お読みいただきありがとうございました。


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第17話:制裁

※注意※

今回の小説内容には、性描写を連想させるような不快なセリフ、言葉遣いが混入している(かも)しれません。閲覧の際には、十分なご注意をお願いいたします。



グラファイト視点

 

「剣術では俺の完敗だ。………よくこんなバカげた取り組みに付き合ってくれたな」

 

 実際問題、あのまま犬走が退いて、「何と言おうが剣術で勝ったこちらの勝利」と言ってしまえば俺の敗北は動かなかった。

 

素手で戦いを続けるなどと明らかに無謀な宣言に付き合ったばかりに結果的に負けることになったのだ。

 

「いえ……相手の秀でた物を超えてこその勝利ですから。あのまま戦っていてよかったです。武器術とはまた別の、素晴らしい技術を体験できました」

 

「そうか………それは何よりだ。………遅くなってしまったな。せっかくだ、泊って行け。屋敷の主には俺から頼んでおく」

 

 気が付けば、いつの間にか日は傾き、夕日が淡く沈み始めている。剣術の話もしたいし、どうせなら泊っていってもらおう。

 

「いえ、それは流石に………」

 

「いや、この際言うが、まだ帰ってもらっては困る。………厄介な天狗を捕まえるためにもな

 

 小声で最大の目的をつぶやくと、犬走は「あ…」と納得したように声を漏らし、「そう言うことでしたらお世話になります」と少し大きな声を出した。

 

妖夢に「お前の刀とあと手のひらほどの石、そして手ごろな棒を持ってきてくれ」と頼むと、何かよく分かっていないようだったが「はぁ…?」と駆けだしていった。

 

「どうやって捕まえるつもりですか?」

 

「なあに………向こうから来てもらうまでだ」

 

 妖夢が持ってきた棒を受け取り、犬走には先に屋敷に入っておくように促す。

 

「妖夢、すまんが持ってきてくれたその石を上に放ってくれ。放り投げたらすぐに刀を抜いて準備しろ」

 

「え?……はい。じゃあ…いきます! えいっ!」

 

 妖夢が上に投げた石が重力に引かれ、吸い込まれるように落下する。

 

目の前を石が通り過ぎようとしたその瞬間、庭の木々の中の一本にしっかりと狙いを定め、勢いよく棒を振って石を打ち出した。

 

 葉に覆われた木の中に吸い込まれる石。

 

直後に響く何かが割れる音と、同時に轟く「あや~~!!!!?」と言う悲鳴。

 

「ホームラン、と言ったところか」

 

 直前まで何をさせられているのか分かっていなかった妖夢は小さな声で「あ、なるほど」とつぶやいた。

 

木から人間のシルエットをしたものが転がり落ち、そしてすぐに立ち上がってこっちに走ってくる。

 

 どうやら件の文屋は女だったようだ。

セミロングの黒髪で頭には赤い山伏風の帽子、服装は黒いフリルの付いたミニスカートと白いフォーマルな半袖シャツ。足には………底が高くなっているから、下駄?………いや………だが靴にも見える………何とも中途ハンパな履物だ。

 烏天狗と言う名だけあって、真っ黒な羽が背から突き出している。不意に、脳裏を手羽先がよぎった……………腹が減ったな。

 

「ちょっとぉ! なんてことするんですか! このカメラ、取材用の一点モノなんですよぉ!高いんですよぉ!?弁償物ですよ……って………」

 

 マシンガントークを始めたその女に刀を抜いて威圧すると、声がぴたりと止まった。逃げようと後ずさるが、察しのいい妖夢がすでに刀を抜いて背後に回り込んでいた。

 

「文屋の烏天狗、射命丸文だな………?」

 

「は、はぁ………」

 

「………敷地内に不法侵入」

 

「うへっ」

 

「無許可で撮影」

 

「げげっ」

 

「肖像権の侵害」

 

「んぎっ」

 

「並びにプライバシーの侵害」

 

「ひぎぃっ」

 

「しかもそれを記事にして拡散」

 

「アヘェ…」

 

「そこに正座しろ。首を落とす」

 

「ひょえぇっ!」

 

 流石に本気で首を飛ばす気はないが、こういう輩は徹底的ににやったほうがいい。

見過ごせば見過ごすほど悪化して無法化するのは目に見えてる。

 

「く、首を斬られる前に質問っ!どうやって気づいたのでしょ~か!?」

 

「お前の部下が持ってきた新聞の写真だ。斜め上からの角度、しかも写真の下部に影が映りこんでいた。あれは木の上に昇って撮ったからだ。下部の影は撮影が不得手だったことが理由ではなく、木の枝と葉に隠れながら撮ったせいで枝か葉のどちらかが写りこんだから。当たりだろう?」

 

「うぐっ……お、お見事です………し、しかし、それだけでは私がどこから撮影したか分からないはずです!」

 

「写真の中に屋敷の縁側が映っていた。あれで大体どこから撮影していたかを考えた。写真の場所もちょうどこの場所だからな、なら、同じ場所に来る可能性が高いと踏んでいた。

極めつけは、シャッターの音だ。どれだけ抑えても、戦っている最中と決着の瞬間にカシッという音が聞こえた。前回は気づかなかったが、気を付けて感覚を研ぎ澄ませば見つけるのはたやすい。カメラを壊したのも、破壊すれば怒ると思ってな。やってみたら案の定釣れた」

 

「おおぅ………つ、釣られてしまいました………」

 

 悔しそうにうなだれる天狗。まったく、こんなことをしているから商売道具を壊される羽目になるんだぞ………

 

「妖夢、先に厨房に行っておいてくれ。後から俺も行く」

 

「はい…グラファイトさん、私が前に言った幻想郷最速の天狗とは、この文さんです。くれぐれも気を付けてくださいね」

 

「ああ、分かっている…」

 

 小声でそれとなく注意し、妖夢は屋敷に引っ込んでいった。

 

「うう、う………カメラは失いましたが、この射命丸文、こんなことでへこたれはしませんよ! せめて取材だけでもお願いします!!!」

 

「断る」

 

「そこを何とか! お代官様!!!」

 

「却下」

 

「お大臣様!そこを曲げて!!!」

 

「はぁ……一言だけだぞ」

 

「いよっ大統領!!!」

 

 ………調子のいい奴だな、こいつ。

 

……………………………そうだ、良いことを考えたぞ。

 

「しかし、その前に………流石に破壊するのはやりすぎたかもしれんな。カメラを見せて見ろ。直せるやもしれん」

 

「え!? 本当ですか!!? ぜひお願いします!!!」

 

「ああ………なるほど………一眼レフタイプ………使っているのは思った通りフィルム式か………表のレンズが砕け、ストロボも脱落しているな………」

 

 本当は直す気などさらさら無いが、手渡されたカメラを手の中で弄び、いじる雰囲気を出す。

 

「な、直せそうでしょうか………?」

 

「直すわけがないだろう、バカめ」

 

「ヘ?」

 

 直後、カメラのフタを力任せにこじ開け、中のフィルムを取り出して思いっきり引っ張り夕日に当てた。

 

「ぎょええぇぇぇ!!!!!!!!?」

 

 『感光』と呼ばれる現象。光を色分けして小さなドットで形成するデジタルカメラとは違い、フィルムカメラの場合はフィルムに光を焼き付けることによって肉眼の視界とだいたい同じ理屈で景色や人物を記録する。つまり、フィルム本体を直接光にさらした場合、フィルムが光に反応し撮った写真が全部真っ黒、もしくは真っ白に染まってしまうのだ。

 

ほんの少しフタを開けて光をカメラ内に入れるのを、0.1~2秒やっただけでも現像した写真がオレンジ色に染まるのは日常茶飯事。

 

フィルム本体を直接取り出したということは、つまりこれまで撮った写真が全部吹き飛んだということだ。

 

「な………な………なんて……こ………と………が………」

 

 絶望に喘ぐ天狗の眼前に、先ほどカメラを手渡された時に天狗のポケットからこっそりスッていたものを取り出して見せる。

 

「これはなんだ?」

 

「あ………取材のメモ帳………?」

 

「成程、よし、紅蓮爆竜剣………っと」

 

「あんぎゃああぁぁ!!!!!!!!?」

 

 メモ帳を炎を纏わせた愛刀で叩き切る。慈悲はない。

 

メモ帳は一瞬にしてめらめらと燃え上がり、やがて燃え尽きた。

 

「も……燃え尽きた………真っ白な………灰に………ここ数週間の秘蔵の特ダネ………全部………」

 

「さて………制裁は済んだ、俺も厨房に向かうか」

 

 すっきりしたし、夕食の支度をせねばと屋敷の中に引っ込もうとすると、いつの間にか復活していた天狗が俺の裾を掴んだ。

 

「こ、この際他のネタやカメラは諦めましょう………ですが、せめて一言だけでも取材を!このままでは私、骨折り損のくたびれ儲けですよう!」

 

 ………そうだった、そういえば勢いで言ったものの確かに「一言だけ」と取材の約束をしてしまっていたな………

 

「………よし、分かった。一言だけ、くれてやる。一度しか言わないからよく聞いておけ」

 

「……!はいっ! それでは、お願いしますっ!!!!」

 

 天狗は嬉しそうに涙ぐみながら俺を見つめる。俺はとびっきりの笑顔を作りながら裾をつまむ天狗の手をそっと引きはがし、引き戸を掴んで準備が完了するとその一言を放った。

 

「消え失せろ、このパパラッチ」

 

 それだけ言うと、愕然とした表情の天狗が言葉を発するより先にぴしゃりと戸を占めた。

 

「騙された~~!!! 訴訟~~~~!!!!!」と大きな声が響くが、無視。

せいぜい、骨折り損のくたびれ損を味わうがいい。

 

 数日後、写真が付いていない一面に【実録!ぐう畜剣客】という記事が載るのだが、まだそれは先の話だ。




お読みいただきありがとうございました。


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第18話:おバカな竜戦士(脳筋ではない)

今回はギャグ描写が多めです。

箸休めの一環としてお楽しみください


 グラファイト視点

 

「…そうだ、厨房に行く前に幽々子に犬走を泊める許可を取らねば」

 

 1使用人の独断で止まる許可を出してしまったことを注意されるかもしれんが、まあ幽々子は結構緩いところがある。大丈夫だろう、と思っていたが………

 

「いや、良いのよ?別に、空いているお部屋ならうちは沢山あるし?お布団も、お食事も全然問題ないわ。私に先に断らずに独断で泊める許可を出したこともね?泊めること自体には何も問題ないわ。………ただ、その相手が………」

 

 割ときっちり怒られてしまった………しかし、相手に問題があるということは、女が問題?………いやいや、妖夢も女だろう。……ひょっとして、幽々子は天狗と不仲なのだろうか?

 

「すまない………だが、いくら強いとはいえこんな遅くに女性を一人で帰路につかせるのも問題だろう?」

 

「女の子だから問題なのよ………妖夢は何て言っていたの?」

 

「む…? 妖夢? ……特に何も言っていなかったが………」

 

「そう………分かったわ。そう言うことなら、私も何も言わないわ」

 

 何故ここで妖夢(屋敷の使用人)の名が出る?幽々子(屋敷の主人)の許可が必須なのは分かるが………!まさか、俺が知らなかっただけで主従は逆!?……なわけないか。

 

「まったくあの娘の気も知らないで………」

 

 む?妖夢の気?………ああ、なるほど、天狗と不仲なのは妖夢の方だったのか。通りで、幽々子が妖夢の事を気にかけるわけだ。これは妖夢に悪いことをしてしまったな。

 

「成程………その通りだな。妖夢の気持ちが分かっていなかった。これは妖夢に悪いことをしたな………」

 

「いや、貴方妖夢の(あなたが好きだという)気持ち、分かってないでしょう」

 

「む、失礼だな…流石にあそこまで言われれば人の(何かを嫌う)気持ちに鈍い俺でも気づくぞ」

 

「え?ホント?ホントに分かってる?妖夢の(あなたが好きだという)気持ちに気付いたの?」

 

「ああ、幽々子のおかげで妖夢の(天狗が嫌いな)気持ちに気付けた。礼を言うぞ。………まあ俺も(あの烏天狗のせいで天狗と言う種に偏見を持ちかけたし)妖夢が抱く(天狗が嫌いな)気持ちと近い思いを持っているしな」

 

「あらやだ、急展開」

 

「早速妖夢に(謝罪を)伝えねばな………」

 

「そうねぇ、(告白は)早く伝えたほうがいいわよねぇ」

 

「よし、善は急げだ。すぐに(謝罪を)伝えに行くとしよう」

 

「そうねぇ、気持ちは早いうちに伝えたほうがいいものねぇ。きっと妖夢、(あなたからの告白だし)喜ぶわ」

 

「フフ…たったそれだけ(苦手な気持ちに気付かなかったことの謝罪で)喜ばれるとは、どういう奴だと思われていたのやらな…まあ、これに関しては鈍い俺が悪いか」

 

「そうよぉ、貴方全然気づかないんだもの。まいっちゃうわ」

 

 幽々子の部屋から出て、妖夢のいる厨房へと向かう。

一足先に厨房へ行っていた妖夢は既に夕食の支度を始めているようだ。

 

「妖夢………」

 

「あ、グラファイトさん………」

 

 ………よく考えてみれば、昨日妖夢に暇を出したせいで互いに少しギクシャクしていたのを忘れていたな………まあ、少し話し掛けるくらいなら問題はないか。

 

「妖夢、お前の気持ち、幽々子から聞いたぞ」

 

「は、はぁ…そうですか………って、ええええぇぇぇ!!!!!?」

 

「すまない、鈍感だな、俺は」

 

「いやいやいやいや!!! そ、そんなことより、ゆ、幽々子様が、なぜ………?」

 

「どうも、なかなか俺に(天狗が苦手な)思いを伝えられないお前を気遣っての事だったようだが」

 

「そ、それは………そうですけどぉ………」

 

「いや、しかし全く気が付かなかった。………妖夢は………天狗が苦手だったのだな」

 

「は、はい! 私、グラファイトさんが一人でお稽古をしていらした所を見たあの日から………って」

 

「ん?」

 

「へ?」

 

 ………? なんだ? 話がかみ合わないような………?

 

「………妖夢は天狗が苦手なのだろう?」

 

「………あの、何処情報ですか?そのデマ………」

 

 ………あれ、おかしいな………?

 

「幽々子に、「女の子の天狗を泊めるなんて、妖夢の気持ちをまるで考えていない」と言うようなことを言われたのだが………?妖夢が天狗を苦手としている、ということではないのか?」

 

「……………………………………」

 

 ……なんだ? 何故妖夢は「orz」という体勢になったのだ?

まさか、気づいたつもりだったが、見当違いだったということか?

 

「すまん、ひょっとして、何か俺は勘違いをしていたようだな………」

 

「い、いえ………何と言うか、もうそういうことでいいです………」

 

「む? そうか?」

 

 ………しかし、分からん、それでは、一体どういうことなのだ?

 

その後、すっかり無言で作業する妖夢の気持ちを何とか理解しようと頭を捻り、

 

「…そうだ!天狗ではなく、白狼が苦手ということか?」

 

 と聞いてみたが、

 

「もう何でもいいです………」

 

 と返されてしまった。

それでもめげずに何とか思考を巡らせ、辿り着いた極地の答え。

 

「………分かった!逆に白狼天狗が好きすぎて正気を保てなくなる!とかか?」

 

「すみません、お料理に集中しているので………」

 

 手応えナシ。

しかし、諦めるわけにはいかない。必死に考え続ければ、いつか相手の気持ちにたどり着けるはずだ。

 

「………………実は、オオカミのアレルギーがある………とか?」

 

「グラファイトさん、無駄口を叩いている暇があるならお料理を運んでくださいませんかね?」

 

 ………怒らせてしまったようだ………言外に「もういいから厨房から出ていけ」と言われてしまった………

はぁ………どうやら、俺は人の気持ちを理解する能力が壊滅しているらしい………自分なりにいろいろ思考してみたが、外しまくった挙句にあきれていた相手を激怒させてしまうとは、何たる不覚………

 

料理を部屋に運びこんだ際、幽々子に「上手く妖夢の気持ちを汲み取れず、怒らせてしまった」と伝えると、幽々子は

 

「あらら、もしかしてガツガツ行って引かれちゃったのかしら………まあでも、二人とも同じ思いであることは確かなんだし、焦らず少しずつ話し合っていけばいいわ」

 

と言われた。………確かに、言われてみれば「これが答えか!?」と思ったものを後先の考え無しにガツガツ言い過ぎた気もする………もっと冷静に話し合えばよかったかもしれんな。

 

 その後、料理が出そろい夕食が始まると、妖夢が幽々子に何か耳打ちをしていた。

恐らく厨房でのことを伝えたのだろう、幽々子がこちらをゴミでも見るかのような目で睨んできている………

小さく動いた幽々子の唇が、音を発さずに「超鈍感大馬鹿男…」と言っていたのは見逃さなかった。

こ、これからはもう少し相手の気持ちを慮れるようになれるようにも精進せねばな………




お読みいただきありがとうございました。

グラファイトェ………鈍感スギィ!

最初に答えにたどり着いてるよ!女性を泊めるのが問題なんだよ!


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第19話:正体を見せて

グラファイト視点

 

 夕食もいくらか食べ進み、ふと思い出した疑問が口をついて出た。

 

「しかし………この世界では、幽々子といい、妖夢といい、誰でも空を飛べるのだな。うらやましい話だ」

 

「「「え?」」」

 

 ………驚かれるとは思わなかった。いや、現在俺がこの世界で出会った住人の飛行可能率は100%だぞ。その証拠に天狗のあの烏天狗や白狼天狗の犬走はともかく、普通の人間の幽々子と妖夢も飛べるではないか。

そのことを話すと、幽々子と妖夢はお互いにか顔を見合わせて「妖夢、言ってなかったの?」「幽々子様がお伝えしていたものとばかり…」と話し始めた。

 

「私の種族は亡霊よ」

 

「わ、私は半人半霊…人間と幽霊のハーフです」

 

「………………えぇ……」

 

 妖夢の半人半霊もだいぶ突っ込みがいがあるが、幽々子………まさか亡霊だったとは…

 

「大食いの………死人………」

 

「あら、何だか私煽られてる?」

 

 俺はすっかり忘れていたが、そういえばどこかで妖夢の種族の事を聞いたような気がする(8話参照)………たしかあの時は、妖夢が努力の仕方を間違えていることを伝えるのに必死だったな。

すっかり頭から抜け落ちていた。

 

「ここ幻想郷では、人里に住んでいる普通の人々以外の種族は、大体全員が飛行可能です………でも、グラファイトさんが飛べないのは、意外でした………」

 

「そうよねぇ、妖夢。「竜」戦士何て二つ名なのに、空も飛べないなんて………」

 

 ………うぐっ……い、今のはなかなか効いた………

 

「わ、悪かったな。竜なのに飛べなくて………っということは、俺も別にバグスターであることを隠す必要もないのか……?」

 

「あら、あなたが人間じゃないことぐらい、みんな知ってるわよ?」

 

 ………え? バレてる?

 

「何驚いた顔してるのよ……うちの妖夢に剣術で勝てて、白狼天狗を体術で抑え込める人間なんているわけないでしょうが」

 

「あ~~…よく考えればそうだな」

 

「お聞きするタイミングがなかったのですが、結局グラファイトさんは何の種族なのでしょう?」

 

「えぇと………一応、人間にも感染できるように変異したコンピューターウイルスだったはず………種族は、バグスターウイルス?だと思う」

 

 人間かと思って介抱したら人外でした。なんてことでは、恩人である妖夢や幽々子が腰を抜かすだろうと思って黙っていたが、何ともはや、俺も含めこの屋敷に人間が一人もいなかったとはな。

 

「この幻想郷だと、大抵の力を持った人妖は何かしらの能力があるの。貴方の能力は何かある?」

 

「そうだな………俺の場合は………身体強化? 身体変異? 変身能力? といったところだと思うが………」

 

「あ、私は【剣術を扱う程度の能力】です」

 

「私は【死を操る程度の能力】よ」

 

「私は【千里先まで見通す程度の能力】です」

 

 ………妖夢の剣術能力と犬走の千里眼は置いておくとして………幽々子の【死を操る程度の能力】って………「程度」と行っていい能力か…?」

 

「それで? 結局貴方の能力はどいう言うものなの? 見せられるなら見せて頂戴」

 

「お、おう………じゃあ行くぞ、【培養】」

 

 懐からバグヴァイザーを取り出して起動する。

………考えてみれば、誰かに見せびらかすような変身はこれが初めてだな。

 

Infection!(インフェクション ) Let's game!(レッツゲーム) Bad game!(バッドゲーム) Dead game! (デッドゲーム)What your name?(ワッチャネーム)

The Bugster!(ザ・バグスター)

 

 俺、グラファイトバグスターの進化体、元の緑から炎の力を莫大に底上げし、紅蓮の炎の力を得たグレングラファイト。竜を思わせる体中にトゲが生え、体色は赤。

 

「あらら………完全に人外と一目でわかるのも珍しいわね………その状態だと、どう変わるの?」

 

「俺の人間態………普段の状態をレベル1とすると、変身した状態のレベルは99+αと言ったところか。筋力、耐久力、持久力、脚力が尋常じゃないほど上がる………後、この状態なら扱える炎の絶対量も上がる」

 

「やだ、単純計算で99倍以上!?」

 

 ……そう単純な考え方でもないのだが………まあ、そう言うことでいいか。

 

「これってつまり………私とのお稽古は、気を使われていたということですか…?」

 

「私との先ほどの手合わせも………手を抜かれていたことになりますね」

 

「む、いや…剣術や格闘技の腕そのものは変動しないし、人間態で走る10kmの負荷は怪人体の300kmの負荷と同じ。稽古の事はより効率を目指した結果だし、立ち合いも技量で勝てなければ世話は無いからな。決して手を抜いていたわけではない」

 

 これは事実だ。確かに人間態と怪人態では戦闘力に天と地ほどの差があるが、別段それでいて技術面には大きな変動はない。妖夢との稽古も、犬走との立ち合いも俺は全力でやった。そこに一点の疑問も曇りもない。

 

「第一、それを言ったら犬走だって極力飛ばないように気を使っていただろう?」

 

「それは、そうですが………」

 

 こういう忖度を手抜きと勘違いされるのは正直業腹だ。

互いに死力を尽くした戦いそのものを汚す行為にもなりかねない。

 

「お前は全力でかかってきた。俺はそれに全霊で迎え撃った。それでいいではないか」

 

「そう………そうですね」

 

 犬走の疑問はこれで収まったようだ………ひとまずこれで良し。

 

「お前にも隠し事をしていたな。すまない、妖夢」

 

「い、いえ………そんな………」

 

「だが、隠しはしても、騙そうとしていたわけではない。人間を介抱したと思ったら化け物でした、では驚かせることになると思ってな。言い出せなかった」

 

「い、いえ………私も、初めてお会いした時にいきなり半人半霊と言っては驚かせてしまうと思ってすぐ言いませんでしたし………」

 

 なるほど、お互いに遠慮した結果おかしなことになったということか。

それにしても、この世界ではどうやら俺の事を隠す必要もなさそうだな。俺のような種族はいなくとも、聞いたところ普通の人間よりも人外の方がこの世界には多いらしい。

 

「グラファイトさん………たまにでいいので、できれば、私も妖夢さんのように教えていただくことはできませんか…?」

 

「………妖夢から頼まれて教えているわけではない。俺が妖夢の助けになりたいと思ったからこそ、俺から指南役を買って出ただけだ。………それに、犬走、お前の剣術は俺や妖夢の純粋な刀のみを用いた取り組みとはまた少しずれた場所にある道だ。方向違いの俺がお前に教えることはできない。………それに、妖夢は自分の進むべき道が揺れていた。だがお前は自分に合った戦い方をもう体得している。俺からお前に教えられることは何もない。…………すまないな」

 

「……………いえ、急にこんなことをお願いして………申し訳ありません」

 

「いや………俺も、力になれなくて済まないな………そうだ、妖夢、明日の稽古は朝はやらないことにする。背中の治療に専念させてくれ。………二日ぶりだ。気を抜くなよ?」

 

「は、はい!!」

 

 多少ゆっくりもさせたし、これで明日には妖夢の調子が本調子に戻っているといいのだが………

 

 何事もなくその日は夕食を食べ終えて就寝し、次の日の朝に犬走は帰っていった。

俺は傷を治すのに集中するため、いつもの時間に起きたものの朝の稽古をせずに屋敷の縁側で座禅をしていた。

 

………昨日は、良い戦いができた………この世界、幻想郷と言ったか、この世界には、妖夢や犬走のほかにも武器術に長けたものがいるのだろうか?

 

………まあ、あのいけ好かない文屋が新聞で俺の情報を広めてしまったようだし、腕に覚えがあるのならそう遠くないうちに向こうから挑戦してくることもあるやもしれん。今考えても仕方ないことだ。

 

幽々子、妖夢と共に三人で朝食を取り、いつもの通りに屋敷の掃除。

 

正午になり、昼食を食べ、妖夢と午後の稽古について打ち合わせをしている時………

 

「妖夢は一日半ぶりに稽古をするのだから、準備体操を念入りにな。今日から………!」

 

 相手は屋敷の外。しかしわかる。とんでもなく大きな力を持った相手が白玉楼の階段を上って近づいて来る………!

 

「………あれ、グラファイトさん、どうかしました?」

 

「………すまん、妖夢、午後の稽古は中止だ」

 

「え? あ、ちょ、グラファイトさん!?」

 

 食べかけの昼食を残して、引き戸を開けて庭へと出ていく俺を慌てた様子の妖夢が追いかけてくる。

 

「………何か、とんでもない奴が来ている。妖夢、万が一があれば、幽々子を守れ」

 

「………! わ、分かりました………!」

 

 庭を通り過ぎ、階段へと向かっていると向こう側から優男が歩いてきた。

 

「…え? この人………?」

 

「……! あの、失礼ですが、烏天狗の記事であなたを拝見いたしました。私は、人里の剣道場で子供達に指南をしているものです。急な訪問で失礼ですが、ぜひ私と立ち会っていただけないでしょうか?」

 

 妖夢が困難している。ただの人間相手の気配を俺が過剰に反応したと思っているのだろう。………だが違う。

 

「………下がっていろ」

 

「……わ、分かりました………グラファイトさんが感じた相手…この人、ということですね」

 

「おお、有難うございます、では早速………」

 

「あんたもだ。下がっていろ。妖夢、この人を頼む。裏口から避難させてやってくれ」

 

「「………え?」」

 

 二人して驚いた表情をしている………やはり気づいていないか。

俺が感じていた相手は、まだ階段を上っている最中だ。

そして、遠くに見える階段から、その相手がぬっと顔を出した。

 

「………久しいな、竜戦士………いや、今は剣帝竜戦士か………」

 

「あ………また、人?………!? う、嘘………」

 

 普通の人間かと思っていた妖夢が驚きの声をあげた。

 

「な………何という………」

 

 人里から来た男も驚きを隠せないようだ。

仕方なかろう。あの規格外の大きさは、すぐに慣れるものではない………

 

2mと40cmちょいという、およそそうそうは見ないであろうという規格外のサイズ。

服装に頓着がないのか、元居た世界でもジャージを着ていた。

黒色で白い筋が入っているとしか言いようがない、何の特徴も面白みもない服。

長くだらしなく伸ばされた黒髪の間からのぞく、こちらを射すくめるような闇赤色の瞳が印象的だ。

 

その後ろに妖夢と同じ白髪の女が立っている。

白髪のロングヘアーに深紅の瞳、髪には白地に赤の入った大きなリボンが一つと、毛先に小さなリボンを複数つけている。上は白のカッターシャツで、下は赤いもんぺのようなズボンをサスペンダーで吊っており、その各所には護符が貼られている。………こっちは、特徴と面白みの塊のような服だな。

 

女の方も気になるが、今はこの巨大すぎる相手だ。

 

「お前とまた会うことになるとは、正直思っていなかったぞ………お前も、幻想郷に迷い込んでいたのだな。………ベイオウルフ」

 

「貴様もな。………よもや、こんなところで蛮勇を振るっていたとは………」

 

「あ、あの………グラファイトさん、この方と、お知り合いなのですか?」

 

「ああ………一対一でやり合ったことはないが、もともと俺がいた世界の敵だ」

 

 ゲーム、【タドルクエスト】のラスボスバグスター、《魔王》ベイオウルフ………

 

これはまた、とんでもない相手が来たな………

 

 




お読みいただきありがとうございました。

ベイオウルフって誰?
となってしまった方も多いと思うので、軽く説明すると、私が別に執筆している小説の仮面ライダーエグゼイド THE GAME IS NEXT STAGEに登場する敵キャラクターで、仮面ライダーブレイブが使っていたタドルクエストガシャットの元となったRPGゲーム、「タドルクエスト」のラスボスの「魔王」のバグスターです。

原作の仮面ライダーエグゼイドでは、魔法使いのアランブラバグスターが登場していました。

私の小説では、「アランブラはタドルクエストの途中に出てくる中ボス的な立ち位置であり、タドルクエストのゲームのラスボスは別に存在する」という二次設定をもとに作られたキャラクターとなっています。

より詳しく、「ちゃんと」知りたい方はぜひ「仮面ライダーエグゼイド THE GAME IS NEXT STAGE」https://syosetu.org/novel/132984/
をお読みください!



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第20話:剣帝vs魔王

グラファイト視点

 

「………それで、ここに何の用だ? かつての世界で戦った者同士、旧交を温めようというわけでもあるまい」

 

「新聞からの情報だが、貴様が自らの事を【剣帝流戦術の使い手】などとロクでもない大嘘を吹聴しているとあってな………」

 

「嘘ではない。俺は………」

 

「ほざけ。貴様が師と呼ぶ海帝は我の、バグスター連合の大隊長。貴様とは敵同士だろう。刀を持っている以上、弟子として認められたのかもしれんが、貴様が海帝の戦術にまともに触れたことは一度もない。違うか?」

 

「それは、そうだが………だが俺は、自分なりにいろいろな戦術、立ち回りを組み込んで俺なりの剣帝流戦術を完成させるつもりだ。嘘を吹聴しているつもりはない」

 

「元のは知らんけど、なんかやってみたらそれっぽいのができました。だから同じ戦術ってことでいいんじゃね? とでも言う気か? ふざけるのも大概にしろ」

 

「おいおい、ウルフ…流石に言い過ぎじゃないか? アタシから見るに、相手さんはそんなに不誠実な奴には見えないぞ?」

 

 正しくはあるものの、あまりにもあんまりな物言いにベイオウルフと共にここに来た女性がベイオウルフを静止しようとした。

 

「口を挟むな、妹紅。これは、海帝の上司である我と奴の問題だ。この場で我と奴に物言いができるのは、同じく我と奴だけだ」

 

「俺は俺なりに強くなる。剣帝の名に恥じぬように………俺がお前に言えるのは、これだけだ」

 

「口だけで解決する気などさらさらないこと、貴様自身がよく分かっているだろう? 強くなる? 完成させる? 口だけで虚勢を吐くなら餓鬼でもできる。………証明しろ………培養」

 

Infection!(インフェクション) Shit game!(シットゲーム) Bad game! (バッドゲーム) Dead game!(デッドゲーム) Fuck game!(ファックゲーム)

I'm a Bugstar!(アイムアバグスター)

 

 ベイオウルフの変身が完了した。人里から来た男はあまりの出来事に失神し、妖夢も思わず後ずさりするほどの恐怖状態になる。

 

無理もないだろう。2m40cmと言うただでさえ馬鹿げた大きさの相手が、変身が終わるとさらにフザけた5m越えの大きさになれば、誰だって驚くに決まっている。

 

 通常とは違うラスボスバグスターの中でも、特に異質。

超規格外の大きさを誇る、魔王。

 

頭にそびえる天を貫かんばかりの捻じれた二本の角。

 

暗い赤紫を基調にし、要所要所に澄んだ水色をちりばめたヘルムや鎧。

 

爛々と輝く真っ赤な瞳。

 

丸太を思わせる雄大でかつ、力強さを思わせる両足。

 

万力のような絶対的な力を連想させる、両の腕。

 

魔王の象徴とでも言おうか。所々が破れた、かなりの年季を彷彿とさせる漆黒のマント。

 

そして、最後に武器。超巨大な、両刃型の西洋刀。刃渡りは8m。持ち主よりも長い。一般的に大きな刀は相手を切るというより押しつぶす方に力を使うなまくら作りだが、ベイオウルフの持つ剣は、非常に薄くカミソリのような刀身に流麗で緻密な細工が施され、十字の部分に大きなサファイアをあしらっている。持ち主の大きな巨躯を持ち、豪傑な魔王と相反するような気品あふれる剣。

 

 西洋の大貴族が道楽で作った物と言われても信じられそうだ。

そんな芸術品とも見れる剣を鷲掴みにして片手で軽々と持ち上げて見せるその姿。まさしく【王家の剣と絶対王者】と題された一枚の絵のようだ。

 

「………さあ、貴様の戦術とやらで、我に地を舐めさせてみせろ。出来ぬというならここで死ね」

 

「………分かった。この勝負、受けて立つ………俺の覚悟、それをお前に見せてやる! 培養!!」

 

Infection!(インフェクション ) Let's game!(レッツゲーム) Bad game!(バッドゲーム) Dead game! (デッドゲーム)What your name?(ワッチャネーム)

The Bugster!(ザ・バグスター)

 

 爆炎を上げながら怪人態へと変身。変身した状態で戦うのは本当に久しぶりだ。

自分を奮い立たせるために地面を大きく踏みつけると、斜め後ろにいた妖夢が悲鳴を上げながら転んだ。

 

「む!? すまん、大丈夫か妖夢?」

 

「い、いえ……平気です………!! グラファイトさっ

 

「ん? ・・ッ!!」

 

 妖夢の方に一瞬気を取られた瞬間、嫌な予感がしてその場から飛び退く。

直前まで俺が立っていた場所にベイオウルフの刀が振り下ろされ、まるで隕石が墜ちたかのような衝撃が起き、砂利や砂が大量に舞った。

 

「もう始まっているぞ。何をよそ見している」

 

「………確かに、変身した時点で開始も同義か………いいだろう!」

 

 刀を抜いて構えを取り、妖夢と反対の方向へ距離を取る。

あの長いリーチの刀を振り回されたら、誰が巻き込まれるか分かったもんじゃない。

 

「退いてるだけでは勝利は無いぞ!!!」

 

 地を踏みぬき、地面を蹴散らしながら巨体が飛び掛かってくる。

力任せに再び振り下ろされる刀。

振り下ろした位置にまるで時限爆弾が置いてあったかのような衝撃が発生し、またしても砂利や砂が宙を舞う。

 

「………凄い衝撃だな………」

 

 奴の身長は5mと少し。身長≒両腕を広げた長さと考えると腕の長さが2m程。ちょうど真ん中を掴んでいる柄の持ち手が1m近く。剣の先端までの長さが8m。足の長さは平均的には身長の45%程。この場合は2m25cmくらいか。つまり飛び掛かることを考えると、一息(一歩)で詰められる間合いが3m強。

 つまり、簡単な計算で2+0.5+8+3

奴の最大の間合いはしめて13.5mになる。

 

 馬鹿げているにもほどがある。

槍や薙刀よりも遥かに遠い。投擲武器を使うべき間合いが通常とは………

 

「どうした!? かかって来い!」

 

 再び怒号と共にベイオウルフが再接近。今度は刀を横薙ぎに振りかぶる。

下半身が両断されるのを防ぐため、真上へと跳躍した瞬間、刀を振り回す右手とは別に何も持っていないがら空きの左腕に捕まれた。

 

「さあ…どうする………?」

 

 大きめのフィギュアにでもなった気分だ。胴体を鷲掴みにされ、ベイオウルフの巨大な指先が俺の筋肉にやすやすと食い込む。

 

「ぐぅ……ゴホッ!ゴホッ!!」

 

 体が一回りほど圧縮され、咳となって体から空気が抜ける。

負けた腹いせにコントローラーでも投げ飛ばすかのように力の限り地面に叩きつけられる。

 

体がバラバラになったと間違えるほどの衝撃と痛みが走り抜け、体が半分ほど地面に埋まる。おぼろげな視界に、地にうずもれた俺を踏みつぶさんとベイオウルフが足を上げているのが見えた。

 

あの巨体に踏みつけられたら死ぬ。

 

 麻痺する体を叱咤し、転がるようにして回避する。

 

立ち上がったその瞬間、再び横薙ぎの軌道でベイオウルフが剣を振る。

腰を大きく落とし、刀を縦に構えて防御の姿勢を作る。

 

ベイオウルフの剣が俺の刀と衝突し、勢いに負けて俺は大きく吹き飛んだ。

 

発射された砲弾もかくやと言う速度と勢いのまま、白玉楼の塀に激突する。

塀の真ん中ほどまでめり込み、身動きが取れなくなる。塀の上部に備え付けられた瓦がガラガラと落下し、俺の視界を一瞬ふさぐ。

 

 その落下する瓦を蹴散らし、ベイオウルフからの追加の前蹴りが俺を突く。

塀を突き抜け、森の中へ転がり込んだ俺を追いかけてきたベイオウルフがもう一度持ち上げ、屋敷に向かって投げ飛ばした。

 

 飛ぶことができず、ろくに体が動かない俺の身体は何の抵抗もできずに吸い込まれるように白玉楼に飛び込み、屋敷の引き戸を貫き、障子を破り、机を割り、屋敷の壁や柱すらも突き抜け、畳をばらばらにして床板にめり込んでようやく止まった。

 

「ぐ………ハァ………ハァ………」

 

 グルグルと回る視界、靄がかかった思考。浅い呼吸、動かない身体………

ろくに回らない脳で、ベイオウルフの剣を防御しようとし、そのまま吹き飛ばされた時の事を思い出す………

 

………防御がまるで通用しなかった。

 

………………間合い、勢い、力。全てで負けている………………

 

………………刀では、勝てない………………

 

 あの巨体が相手では、面や小手、胴も狙えない。

 

………当身だ。組み付くところまでいかずとも、あそこまで長い腕ならゼロ距離で戦えばまだ勝機はある。

 

「グラファイトさん!」

 

「妖夢………? 何故ここに………?」

 

 投げ飛ばされた俺を心配したのだろうか、妖夢が俺を助け起こす。何かきらきらした物が光った気がして良く見て見ると、妖夢は泣いていた。

 

「グラファイトさん…このままじゃ死んじゃいます………降参しましょう…!」

 

「妖夢………」

 

 ここで降参、か………だが、ここで俺が折れれば俺は嘘をついたことになる。俺が求めた、俺が憧れた師の力は、この世で一番強い。そんな存在になると誓った。そうなるとベイオウルフに啖呵を切った。

そして、自分もいつか師の元へ行く。そして、超えて見せる。

だから、まだ諦めるわけにはいかない。

 

「妖夢………」

 

 それに何より、妖夢のため…今日まで俺の指導に全力で付いてきてくれたこの健気な弟子のため、師である俺がこんなところで倒れるわけにはいかない。

 

「妖夢………これを………お前に持っていてほしい…俺が、師から授かった愛刀だ」

 

 蓬莱海・真打を妖夢に渡した。

妖夢は何か言いたげだったが、一つ頷いて抱きしめるようにして俺の刀を受け取った。

 

「妖夢………俺から目を離すな。………愛しい弟子が見守っている。それだけで俺は二倍も三倍も強くなれる………俺を見ていてくれ」

 

「………! はい…!」

 

 妖夢は少し照れたのか顔を赤くし、少しだけ微笑んだ。

震える足にむち打ち、自力で立ち上がる。

 

足を引きずりながらも庭へと出ると、庭の中央で腕を組んで仁王立ちしたベイオウルフと目が合った。

 

「………待たせてしまったな………」

 

「フン……妹紅が屋敷内で暴れるなと喚くからな…待ってもらった礼が言いたいのなら、こいつに言え」

 

「引き留めてくれていたようだな、申し訳ない」

 

 素直に謝罪し、深く妹紅と呼ばれた女性に頭を下げる。女性は小さく「気にすんな」とだけ返事をした。

 

「さて………武器がないようだが………?」

 

「………ここからは、素手で行かせてもらう」

 

「ほぉ………当身技か」

 

 腕が長ければ長いほど、懐に飛び込めさえすれば勝機はあるはず。ここは、当身で正解のはずだ。

拳を握りこみ、肘を顎の位置まで上げて拳法の構えを取る。

 

俺の刀と奴の剣では有利は奴にあったが、俺の拳が相手ではどうなるか。

 

「………いくぞっ!! ぬぅえい!!!」

 

 真正面に振り下ろされる剣、斜めに走ることで回避しながらベイオウルフの懐に潜り込む。

股の下を潜り、後ろに回り込んで左の足首に連続でキックを叩き込む。

 

「…チッ…」

 

 舌打ちをしながらベイオウルフが反転するが、俺もベイオウルフの回転に合わせて同じように回る。この背後の有利、簡単に手放すつもりはない。

 

 ………やはり、脚力や肩の力で移動や攻撃の速度そのものは早いが、大きいゆえに動きの起こりがよく見える。それさえ見逃さなければ、あの巨大な剣は脅威ではない。

 

何より、剣で切ることにこだわりすぎている。

攻撃を仕掛けてくる対象が一つだけなら、躱すのはたやすい。

 

力任せの単純な攻撃なら、未熟な俺でも見切れる。

 

隙を見計らい、膝に思い切り体当たりをする。

 

体勢を崩したベイオウルフが膝をついたタイミングを見計らい、正面に回って下腹部に拳の雨を降らせる。

 

「グッ…! おのれ……!」

 

 ベイオウルフが正面に回った俺を斬ろうと剣を振り下ろそうとした。

 

「…! そこ!」

 

 剣を振り下ろしきる直前に拳に握りこんでいた砂を頭上に振り撒き、ベイオウルフの顔面に浴びせる。

一瞬視界が封殺されたベイオウルフが剣を振り下ろしきる直前に動きを止めた。

 

「今だっ!!」

 

 遠心力と体重を乗せた最強の蹴り技。後ろ回し蹴りをベイオウルフの剣を持つ右腕の手首にぶつける。

手放された剣は少し遠くに飛んだ。

 

視界を見失い、武器の利も失ったベイオウルフの左腕が俺に掴みかかろうと迫ってくる。

 

「………この時を待っていた!」

 

 俺の身長はベイオウルフの半分以下。だから、どんなに高い部分を狙ってもせいぜいが太ももから腰までしか狙えない。

だが、膝をつき、前に背を曲げ、俺を掴むために体を前に傾けるこの瞬間、

ベイオウルフの頭が俺の制空権に触れる。

 

腰を捻る、回し蹴りのハイキック。

 

ベイオウルフの顎を的確にとらえた。

 

大きくなっても弱点は変わらない。顎が揺さぶられれば、脳も揺れる。

 

力が抜けた巨体がぐらりとバランスを失い、砂埃を上げながら倒れこんだ。

 

「………手応えあり………」

 

「やった! グラファイトさん!」

 

 妖夢の喜びに満ちた声が聞こえる。

 

声のする方向に振り向こうとしたその瞬間、

 

不意に視界が反転した。

 

「………フム、まともに顎を叩かれたのは初めてだぞ。一瞬眩んだ………が、完全に気絶するほどではないな」

 

 直後に理解する。起き上がったベイオウルフが俺の足を掴んで持ち上げたのだ。

渾身の蹴り………数瞬昏倒させるのが限界だと…!?

 

「意外と善戦したな………どれグラファイト、我から貴様に、武術の限界を見せてやろう」

 

 




お読みいただきありがとうございました。


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第21話:武が死ぬ領域

 グラファイト視点

 

「武術の………限界?」

 

「そうだ。小手先の技術、努力を踏みにじる、「力」本来の「姿」を見せてやる」

 

 そう言うと、ベイオウルフは俺を放し、素早く受け身を取り着地して後ろへ飛び退いた俺を見据えた。

 

「時にグラファイトよ、貴様は、「最強の武術」とは何だと思う?」

 

「最強の………武術?」

 

 そんなもの、があるというのか? もしそんなものがあるのなら、他の武術が存在することなどできないはずだろう。

 

「柔術、ムエタイ、中国拳法、空手道、ブラックダンス、相撲、柔道、ボクシング、合気道、剣道、槍道、銃兵法………どれも武術、相手と戦い、倒す、あるいは殺す手段のうちの一つ。そしてそれらすべてが超一流の武道と呼べる………そしてどの武道の出身者も、口をそろえて「俺の武道が最強」と言って見せる。………では、これらの中での最強は?

長い歴史に包まれた中国拳法?

大柄な戦士達が集う閉鎖された国技、相撲?

人を殴ることのみに特化したボクシング?

武器と当身両方を納める柔術?

寝技と組み付きに生涯を捧ぐ柔道?

相手の力を無力化する合気道?

一つの武器を極める剣道?あるいは槍道?

最強が一つあるならば、他の連中の最強論争は全て嘘となる。………さぁ、お前の答えはなんだ?」

 

「最強の……………武術………………! まさかっ!」

 

「何が言いたいか分かったようだな。そう。我の答えは………「全て、嘘」だ」

 

 こ、こいつ………な、何ということを………!

 

「武道とは………武術とは………術とは………「誰か」が使うもの………所詮、道具だ。それだけでは、何の価値もない。使い手によって強くもなるし使い物にならんザコにもなる。地に落ちた刀と同じ。それだけでは、守る力も、壊す力も発揮できん。「最強の存在」が使えば、それすなわち「どの武術でも最強になれる」と同義。

そうだな………例えば、体格によくよく恵まれ、動きも速く、丸一日動き回れる体力もあり、強靭な肉体。剛力を発揮でき、何より、相手の命を奪い、踏みにじることに何の抵抗もないならば、さて………どの格闘技、武術、武器術を使っても最強になれると思わんか?」

 

「お前………何が言いたい!」

 

 俺の身体から怒気が炎となって吹き荒れる。こいつの言葉を、これ以上聞きたくない。

 

「技術も、英知も、個が放つ究極の才能を前にしては塵同然。最強の存在こそ、武道を最強たらしめる存在。貴様の師とて、別段刀でなくとも槍なり薙刀なり、それこそ銃なり、何を使っていても強かった。そう思わんか? 必要なのは、技でも小手先の策でも、ましてや努力でもない。強き事。ただそれだけだ! そして………我、最強の肉体持つ者、我、究極の力持つ者、我!魔王なり!!」

 

「お前………! 武を………! 俺や、妖夢、そして多くの偉大な先人達が歩んだ道を……否定する気か!!!」

 

「我の言葉を否定したいなら、我を倒せ。何の価値もない、貴様の武で!!!!」

 

「………良いだろう! ベイオウルフ!お前を倒す!!!」

 

 素手のまま、ベイオウルフへと詰め寄る。

武術を根底から見下し、何も考えずに力押しで勝とうとするこいつには、絶対に負けるわけにはいかない。俺が、必ず勝つ!

 

「ゼロ距離なら我の長い腕が不利と見たか! 合理的だ……さて、その子細工、我にどこまで通じるか見せてもらうぞ!」

 

 直後に、俺の真横の地面に大きな衝撃が発生した。

ベイオウルフが拳を振り下ろしたのだ。

 

「フム………確かに、懐に入られると当てずらいな………ならば、当たるまで振り下ろすまで!」

 

 まるで削岩機か高速のプレス機。

本能のまま振り下ろされる右腕、左腕、右腕。

単調………ではあるものの、まさしくその法則性は本能としか言いようがない。

滅多やたらと適当に振り下ろされる、規則性もへったくれもない拳の雨。

まるで、崖の上から無数に降り注ぐ岩石を避けるような難度。

 

これがもし、俺とベイオウルフが同じ体格だったらこんなデタラメは通用しないだろう。

 

だが、奴の体は俺の2.5倍以上。重さは1t近くになるだろう。

そんな相手が振り下ろす、破壊の威力のみを求めて全力で振り下ろす拳。

一撃を受けただけで死んでもおかしくはない。

しかも、威力はもちろん範囲が通常のそれと遥かに異なる。

受け止めることはもちろん、投げることもできない…!

 

 避けているだけではどうしようもないと思っていたその瞬間、目の前に巨大な丸太のようなものが迫り、俺はその丸太にぶつかって吹っ飛んだ。

 

「我が拳だけで攻めると思ったか?」

 

 ベイオウルフの声で理解する。

蹴飛ばされたのか、俺は。

 

サッカーボールでも蹴るようなただ高威力なだけの大ぶりな蹴りを避け損ねた。

かつて食らったパラドの必殺の蹴り技などとは比べ物にならないほどの威力。種も仕掛けもない、ただの前蹴りで。

 

「………フン………ようやく呑み込めたようだな………この世の武術全て、飽くまで対人間を想定して作られている。剣道の面、小手、胴は我には届かぬ位置にあるし、固め技、決め技や組み付いての投げなどもこの巨体に掛けるのは現実的ではない………第一、裸締めも、貴様が両腕を思い切り広げても首を絞めるには我の首は太すぎる………これが、武術が通用しない領域。武術の限界だ。

貴様がどれだけ努力しても、勝つことなどできはしない。貴様の戦術のいずれも、我を仕留めることは叶わん」

 

「まだ……だ………! 武術は人が使うものと言ったな………ならば、武術に限界はない………! 武術を扱う者が限界を超えた時、武もまた限界を超える………!」

 

「ほぅ………いいだろう、では超えて見せろ。この………武術などまるで関係ない、人外が扱う理不尽そのものの力を!!【クダケチール(極大複合呪文)】!!!!!!」

 

 ゲーム「タドルクエスト」の魔王と大魔導士のみが扱うことのできる究極の複合呪文。麻痺属性の雷や氷属性の冷気、炎属性の焔がまとめて一つに複合した巨大な魔法陣が俺の頭上に広がった。

 

 危険なことを知っているのか、妹紅と呼ばれていた女性が「おい!やりすぎだ!ウルフ!!」と怒鳴ったが、当のベイオウルフは

 

「魔王と戦士の一騎打ち………!手出し、口出しは無用!!!」

 

「くそっ……!」

 

 足にすべての力を込めて魔法陣から逃れようと全力で横跳びをする。

魔法陣から逃れられるギリギリまで飛んだ瞬間、不意に俺の勢いが消滅した。

そして感じる、自分の足への違和感。

 

「なっ…!?」

 

 足に何かが引っかかっている………?

 

首を回し、自分の足に視線を向けると、俺の足をガッチリと掴むベイオウルフと目が合った。

 

「お、お前………心中でもする気か!?」

 

「………もう一つ、理不尽を教えてやろう………これは、ゲームの理不尽だ……「自分の攻撃で傷つく敵キャラはまずいない」よく覚えて置け」

 

 その直後、まぶしい光と体を走り抜ける冷気、熱気、痺れ、痛み。

俺の体は度重なる傷で、ほとんど動かせない。

 

ボロ雑巾のようになり、その場に倒れこむ。

意識が……遠のく………体中……が………重い………

 

「これが………武の、そして貴様の限界だ………我は本能に従い暴れるだけ。だが、それだけで貴様を圧倒できる。これが才能の差。それに何より、よく見ろ。我の手足を。長く、大きく、頑丈で力強い………これならば、下手な技術は不要、遠心力をかけ、力任せに振り回すことが、最も効率よく我の生まれ持った体の才能を活かすことができる………我は考えに考え抜き、より強さを欲したからこそ、本能に従うことこそが最上と知った。我を何も考えていない馬鹿と同じに見たのが、貴様の敗因だ」

 

 ………なるほど………な………才能の…上に………あぐら……を……かく………のでは…なく……生まれ……もった………才……能を……信じ……才…能……に……「身を委ねる」…ことで………生まれる……力………そして……自負心………認識……を……間違え……て……いた………努力………しない…………のでは……なく………努力………して……技……から………身…を……引き剥がしたのか………

 

「さて………立ち上がってこなければ、我の勝利だが………」

 

「まだ………俺…は……生きている………続……ける…ぞ…!」

 

 まだ………勝負は……ついていない……

遠のく意識を呼び起こし、感覚の消えた足を引きずって立ち上がる。

 

息の根がある限り、まだ勝負はついていない。まだ負けていない。

 

「まだやる気か…よし………では、貴様が気絶するまで付き合ってやろう」

 

 ベイオウルフが大きく腰を下ろし、砲丸投げのように腕を思い切り後ろに引いた。

全体重を乗せる、それ以外に当てやすさや避けにくさをまるで考慮していない、威力のみを求めた溜め。

 

 俺は、防御の体勢も作れず、まともにその拳を受けることになった。

 

大きく吹っ飛び、庭の砂をまき散らしながら5~6m程転がって回転が止まる。俺はピクリとも動けない。

ベイオウルフが悠々と歩みを寄せ、俺の頭を掴んで強引に直立させた。

 

「立つのも億劫だろう…? 手伝ってやる………それで? まだやるか?」

 

「………ぁぁ」

 

「よし………動くことなどできんだろうが、動くなよ」

 

 再び俺は殴られた。今度は気合で体を動かし、腕を十字にクロスさせて胸をガードしたが、さっきと何ら変わらない。大きく吹っ飛び、また俺は転がった。

 

………まるで…防御した場所が………急所になったかのような………防御が……まるで意味をなさない………

これが………武術が………通用しない…領域………

 

「どうだ? まだやるか?」

 

「………………来い………」

 

 例えどれほどボロボロにされても、心までは決して負けない。

最後の最期まで、俺は降参などする気はない。

 

………それに、何より、こんな偉大な漢と勝負ができた。それだけでも素晴らしいことではないか。

 

 今度は踏みつけられた。

硬い砂地を圧縮し、俺の体が地面にめり込む。

 

もう一度、踏みつけられる。

 

もう一度、

 

もう一度。

 

もう一度。

 

「さぁ、まだやるか?」

 

「………………まだだ………」

 

「………良いだろう。では、文字通り死ね」

 

 いつの間に持っていたのか、大きな大剣をベイオウルフが持っていた。

刃渡りは3m程。あの両刃剣と比べていくらか小さい。

 

「脇差(主力武器ではない、万が一本命の刀を失った際に使う予備の小さい刀)だ………お前の「剣帝」を、ここで終わらせてやる」

 

 そう言いながら、ベイオウルフは俺の右肩のすこし下、右の二の腕に大剣の切っ先を突き刺した。

 

「ここがどこだか分るか………?」

 

「………………」

 

「ここに、貴様が自分の拳を握りこむための腱がある………もう少し剣を押し込めば、腱が斬れて貴様はもう二度と「握る」動作ができなくなる………貴様は拳を作れなくなるし、ましてや、剣を持つなどとてもとても………さぁ、どうする?」

 

「………右腕が使えないなら………………左腕一本でやるさ………」

 

「そうか………よし」

 

 痛みはない。何かが腕に押し付けられているという、漠然とした感覚。

次いでやってくる、痛みとも違う燃えるような熱さと、別れの時に感じる物悲しい冷たさ。

 

「………さて、それならば左腕は切り落すとするか」

 

 ベイオウルフが大剣を振りかぶった瞬間、急に俺とベイオウルフの間に誰かの影が割り込んだ。

 

「………妖夢………!」

 

「これ以上は………見ていられません!」

 

「見るに耐えないなら失せろ。小娘。これはこいつと我の勝負だ。他者の口だしも手出しも無用」

 

「妖夢………よせ……下がっていろ………!」

 

「だめ……ぜ、絶対………私、逃げません!」

 

「邪魔な………!」

 

 妖夢を掴んで投げ飛ばそうと手を伸ばしたベイオウルフに対し、妖夢は伸ばされたベイオウルフの指の爪と指先の間に長刀を突き刺した。

 

ベイオウルフは手を引っ込め、傷ついた指をじぃっと見つめた。

 

「ほぅ………攻撃してきたということは……我とやる、ということか………良かろう」

 

「なっ!?…よ、よせ……!ベイオウルフ………!妖夢に手を出すな……!」

 

「《黄河は水溜りを叱りはしない》という格言があるが………我の考えは違う。歯向かう者は、蟻であろうと全力で殺す。それ故の【魔王】よ」

 

 ベイオウルフの腕から雷が放出され、妖夢に向かって飛来した。

妖夢は刀で受け止めたが、そのまま電流が刃を伝い、妖夢に感電する。

 

「きゃあああ!」

 

「妖…夢!」

 

「愛弟子すら守れん…これが貴様の求めた剣帝の姿か?………所詮貴様は、海帝の遺志も、誇りも、何一つ受け継ぐことなどできん………そこで愛弟子が死ぬ瞬間を見ていろ!!!!」

 

「や………めろ………! やめろォォォォ!!!!

 

 何故俺の体が動いたか、分からない。

 

しかし、俺の体が動いたことは紛れもない事実だ。

 

いったい、どこにこんな力が残っていたというのか。

 

地面を割りながら跳ね起き、妖夢とベイオウルフの間に割り込む。

 

ベイオウルフに背を向け、妖夢の小さな、細い体をしっかりと抱き締めた。

 

直後に背中を駆け抜ける、嫌な感触。

 

体を切り裂き、刃が体内を通り抜けるのを感じた。

 

「ぬぅ………! あの状態、あの体勢から、ここまで速く動くとは……!」

 

「妖夢………無事………か………?」

 

「ぐ………グラファイトさん! 血が……!」

 

 言われなくとも分かる。背中がバッサリ切られたのだろう。背中から鎖骨にかけてパックリ開いてるのをこの目で見た。9割真っ二つ、と言ったところか。

 

「死してなお、愛するものを守る。か………どうやら、しっかり海帝から受け継いでいたようだな、グラファイト」

 

「………当り前だ………俺は、二代目、【剣帝】だ………! たとえ負けても………それだけは……誰にも否定はさせない………!!」

 

 意識が遠のく………今度は、どんなに自身を叱咤しても意識を引き戻せそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうだ………せめて、最期に………………

 

ベイオウルフに言われて気付いたこの想いを……………伝えねば………

 

 

 

 

 

 

 

 

「妖夢………妖夢、お前に、言いたいことがある」

 

「ぐ、グラファイトさん………放してください…! 傷の手当てをしなくちゃ……!」

 

「聞いてくれ………妖夢………」

 

 力を込め、ぎゅっと腕の中の妖夢の存在を確かめるように強く抱く。

 

苦しいかもしれないが、今くらいは許してくれよ…?

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は………妖夢、お前の事を………一人の女性として、愛おしいと思っているらしい………」

 

「………え………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奈落へ落ちるように、体から力が抜ける。

 

目を開けていられなくなり、思考も消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、全て、真っ暗になった。




お読みいただきありがとうございました。

大切な説明が欠けていましたが、ベイオウルフも主人公キャラの内の一人です。



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第22話:記憶「も」ころりん竜戦士

題名から分かる通り、今日はギャグ回です。


グラファイト視点

 

「………………ん………」

 

 いつの間に寝ていたのだろう。

額の上にのせられていた濡れた手ぬぐいを外して布団から上体を起こし、ぼんやりする思考のまま目の前の大きな影を見つめた。

 

「………起きたか」

 

 影が動いた。立ち上がり、より大きくなって迫ってくる。

より正確に言えば、相手は俺の視線の真後ろにいる。部屋の灯篭の明かりの影が壁に映っていたのだ。

 

「ベイオウルフ………そうか、俺は………」

 

 負けた、のか………

 

「貴様が気を失ってから8時間ほど経った。一度貴様を我のバグヴァイザーⅡに入れたから傷は消えているが、ダメージそのものは消えてはいない。しばらくひどく痛むぞ」

 

 掛け布団をどかそうと左腕で引っ張ると、掛け布団の上に乗っていた右腕に振動が伝わり、酷い痛みに襲われた。思わず呻きながら右腕を抑えて倒れこむと、今度は背中に激痛が発生して身悶える。

 

「ぐぁ………! ………くはぁ! はぁ………背中、いつ切られた?」

 

 左腕の酷い痛みや体中を覆う鈍痛はともかく、斜めに真っすぐの背中の激痛がいつやられた物か思い出せない。

最後の瞬間に見た、左腕に剣が突き立てられた瞬間、俺は地面に埋まっていたはずだが………

 

「なんだ、貴様覚えていないのか?」

 

「………?」

 

「貴様の腕に我が剣を突き立て後、貴様の弟子が割り込んできたではないか。我が排除しようとしたら、貴様が我の攻撃に割り込んで来た………のだが、どうやら完全に頭から飛んだようだな」

 

「………なにも………思い出せない………俺が覚えている最後の記憶は、お前が俺の腕に剣を突き立てたところで最後だ」

 

 ベイオウルフは俺の言葉を聞くと、「とんでもなく失礼な男だ………あれだけの事を言っておいて「忘れた」の一言で吹き飛ばすとはな」と小声で言っていた。

………ひょっとして、俺は何かとんでもない大口をベイオウルフに叩いたのだろうか?

 

「まあ、いい………少し待っていろ………おい小娘、白湯を持ってこい」

 

 廊下に出たベイオウルフが誰かに声をかけた。

同時に聞こえてくる、かつて聞いたことがないほど大音量の怒声。

 

「貴方にお出しするものなんか一つもありません!!!!!」

 

 ………妖夢の声だ。今はあの音量ですらもこの体に響く。

 

「勘違いするな。我が飲むわけではない………目を覚ましたグラファイトの事だが………っておい!」

 

 慌てた様子のベイオウルフの声。そして、スパァンと大変景気のいい音で開かれる襖。

胸の中に飛び込んでくる、小柄な少女。

 

「よ、妖夢か………すまない、心配をかけたようだな………」

 

「ぐ、グラファイトさんが………もう、目覚めないかと思って………私…!」

 

 妖夢が涙ながらに必死に言葉を紡ぐ。まあ、あれだけめちゃめちゃにされていたらそれは心配もするか。

………しかし………なんだ……その…何だか妖夢がずいぶんくっついてくるな。気のせいだろうが、何だか妖夢が徐々に俺の口に近づいてきているような気もするし………いつのまにこんなに距離が近くなったのだったか?

 

「あ~………小娘、ちょっとこっちに来い」

 

 いつの間にか後ろに来ていたベイオウルフが妖夢の襟をつかんで引きずるようにして妖夢を運んでいく。

 

「ちょ!ちょっとぉ!何するんですか!!放してください!!!」

 

「黙ってついてこい。奴の事で貴様に話がある………まったく、なぜ我が子守りのまねごとを……!」

 

「な…なんなんだ? 一体…」

 

 ………数分後、さめざめと涙を流しながら、妖夢がお盆に乗せた白湯を持ってきた。

 

「………おい、ベイオウルフ、お前、妖夢に何を言った!?」

 

 泣かすとはよほどの事ではないかと若干不機嫌な声になりつつもベイオウルフを問いただすと、

 

「別に………貴様が自分の言ったことをきれいさっぱりどこかに落としてしまったと伝えただけだ」

 

と言われた。

 

「……それは、俺が妖夢に言ったことか? それとも、何か誓いのようなものを言ったのか?」

 

純粋な疑問で言ったのだが、横にいた妖夢が床に突っ伏して大声で泣き始めてしまった。

 

「な!? よ、妖夢!? お、俺は何と言ったのだ!? 教えて…ムグッ」

 

「それ以上言うな。貴様、泣いている奴にさらに追い討ちをかけてどうする気だ」

 

 ………やはり妖夢に対して何か言ったようだな………しかしわからない、俺は何と言ったのだったか………約束? 誓い? ………それとも………?

 

「ベイオウルフ、お前は俺の言ったことを聞いていたか?聞いていたのなら教えてくれ」

 

「誰が言うか。自分でもう一度あの小娘に言って見せろ」

 

「そう言われても、覚えていないものは仕方ないだろう!」

 

 あまりにも理不尽な言いように思わず抗議すると、それを聞いていた妖夢がさらに大きな声で泣き叫んだ。

 

「よ、妖夢………すまない、どうやら俺はお前に何か言ったのだろうが、俺はそのことを全く覚えていない………た、多分、こんなに簡単に忘れてしまうということは、きっと大したことではなかったのだろう!そう言うことで、何を言ったかは知らんが忘れてくれ! それが一番いい!」

 

 自分なりに考えた精一杯のフォロー。だが、効果がないどころか、妖夢はさらに大きな声で泣き続けるばかりだ。

 

「………………こいつ、よくもそんな無情なことが言えるな………いや、忘れたからこそ、か………」

 

 あ、あのベイオウルフが本気で妖夢を哀れんでいる………

 

くそ! 一体どれだけ下手なことを言ったのだ! 俺は!?




ああああああグラファイトォォォ!!!

何で忘れちゃうのおおぉぉ!?

………………………ふぅ、

お読みいただきありがとうございました。


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第23話:師の先を目指せ

今回でグラファイト編は終了です。

次回からまたパラド編を行います………が、ちゃんとしたものを書くためにちょっと長考する可能性が高いです。

いくら長くても一週間で次話投稿ができると思いますが、上手くいけば2~3日で続きが出せるはずです。

どうぞ、パラド編も楽しみにしていただければ幸いです。

追記:そのうちベイオウルフ編も出します。
たぶんこちらは短めで、妹紅との出会い~グラファイト発見までで一区切りだと思います。


グラファイト視点

 

「………それで、なぜまだここに居るんだ?」

 

「…む? 我か?」

 

 いやいや、お前以外居ないだろう。妖夢にあそこまで「歓迎しませんよ」オーラを飛ばされているのになぜまだここにいるのかが謎だ。

 息の根こそ止められなかったが俺の負けは明白だし、これ以上奴がここに居る理由がない。

 

「………貴様に伝えておくべきことがある………それを貴様が知るにふさわしいかどうかを確かめさせてもらった………貴様の先と、貴様の師、海帝についてだ……」

 

「………! まさかっ!? 海帝もこの世界に!?」

 

「残念だが、恐らくそれは無い………貴様がどうかは知らんが、ここに来れたのは死ぬときに何か大きな衝撃に見舞われた奴だけだ………我は自分で自分に故意に自爆の魔法を放った……貴様は?」

 

「………大技を出して………その代償で体が塵になって………」

 

「なら決まりだな。海帝は死んだ。あいつのゲームのルール、「一度でも攻撃を受ければゲームオーバー」は絶対だ。恐らく、我も貴様も自身に死ぬほどの衝撃や負荷をかけた結果としてここに飛んだのだろう。残念だが………」

 

「………………」

 

 師は死んだ。それを見送りもしたし、何度も飲み込んだ。

しかし一瞬でもまた会えるかもと淡い期待を抱き、それが打ち砕かれればこんなにも深い絶望が体を包む。やはり、俺も本当の意味で師の死を受け入れることができていなかったのだな…

 

「貴様の師、海帝には貴様以外に弟子が三人いた。一人はゲームの設定上の弟子、カイデン、そして実際に剣術を叩き込まれた、タドルファンタジーのラスボスバグスター、勇者ディーノ、最後に、基本の剣術を教わった後に海帝と立ち会い、勝利して免許を皆伝したObiパラドクスの三人だ」

 

「そうか…! 勇者ディーノも海帝の弟子だったのか…知らなかったな………」

 

「仮面ライダーたちと戦うことを決め、それぞれのラスボスバグスターは全員が修行に励んだ時期があった。ディーノは剣術を鍛え、ソル(ハイパー無敵のラスボス、ハイパー無敵ソルティ)は格闘術、そのほかのガルーダ(爆走バイクのラスボス)やキッド(ドレミファビートのラスボス)は自分にしかない特殊な能力を極めた………当然、貴様の師も自分を鍛え、様々な技を開発していた…」

 

 知らなかった連合の事実。考えてみれば当然だが、なるほど、元から何の修行もせずにあれほどの剣技が使えるわけがないか。てっきり先天的にゲームのラスボスとして備わったものかと思っていた…

 

「そして、貴様の師は自身の集大成の技、『奥義』の開発に取り掛かった…これにはObiやディーノ、そして我も武器を持っているという理由でかなり付き合わされたな」

 

「!!! ………まさか………お前、その奥義、知っているのか………?」

 

 聞きたい。その技を、そして何より、使えるようになりたい。

俺の剣帝流の戦術をより完成に導けるし、何より初めて聞く師の技。基本的な剣術のみで戦っているところしか見たことがなかったから、応用の技を俺は何一つ知らない。

 

それを知れば、間違いなく俺の修練の幅は間違いなく大革新するはずだ。

 

「………奥義の名は………『流氷』という名だ。どういう理屈でどういう技になるかは多分奴の頭にあったのだろうが………だが、海帝は結局奥義を開眼することはなかった………」

 

「何!? 何が起きたというのだ…! ま、まさか………その途中で俺が海帝と戦ったから………?」

 

 まさか、俺が海帝と最後に戦った時、あの時が奥義完成の直前だったとしたら…

 

「いや………貴様は関係ない………貴様は、「ギリギリチャンバラ」と言うゲームをやったことはあるか?」

 

「………? いや………無いが………」

 

「ゲーム「ギリギリチャンバラ」のラスボスは剣帝武士海帝………これは当然知っているな………ゲームの展開では、破門した元弟子のカイデンを打ち取った主人公に興味を持った海帝が主人公に決闘を申し込むことで最終ステージに移行する………

そして海帝をプレイヤーが倒し、最後のエンディングテーマと共にムービーが流れ、海帝が「素晴らしい腕前であった。わしの刀を受け取れ。そなたこそ、刀の未来を担う者…」と言って画面が暗転し、ゲームクリアになる……つまり、元々奥義は存在しないのだ。海帝が自分で開発しようとした奥義………完成間近、もしくは完成していたのかもしれんが………結局奴がその技を披露することはなかった………」

 

「そ、それは、何故………?」

 

「海帝は我らラスボスバグスターの中で唯一、「元のゲームで老人だったキャラクター」なのだ。我々はほとんど同じタイミングに生まれ、人間と似たような短い幼少期をへて、そして成体へ成長し、ある一定のボーダーラインにたどり着くと急速な体の成長が止まった………そのボーダーライン、何かわかるか?」

 

「一定以上………まさかっ!?」

 

「気付いたか…そう、ボーダーラインは「原作ゲームに年齢が追いつくまで」だ。つまり、海帝の若い時代………全盛期は二週間と持たずに過ぎ去った。それまでの二週間で叩き上げた技が、海帝が貴様と戦う時に使っていた基本の技………そして、最終奥義の完成に間に合わず、先に海帝の体が老いた。結局海帝が目指した奥義は完成することなく泡沫の夢として消えたわけだ…」

 

 ………そうだったのか………

ラスボスバグスター…全員が同じタイミングに生まれていたにもかかわらず、中年程のガルーダや老体の海帝達が年齢に開きがあった理由………

原作のゲームに追いつくまで………か………

 

「ベイオウルフ、お前やハイパー無敵ソルティが若々しいにもかかわらず、海帝のみが老いていた理由………今更知ることになるとはな」

 

「不思議なものだ。我やソル、キッド、ガルーダは年齢が原作に近づくほどに強くなっていったというのに………海帝だけが、日を追うごとに弱く、ひと時ごとに脆く、一瞬ごとに儚くなっていった………」

 

「………そんなに弱った相手に対し………俺は………」

 

「奥義は、闇に消えた………だが、知っている可能性がある奴が、まだ残っているかもしれん」

 

「何…!? 居るのか!?」

 

「Obiだ。あいつは海帝を下し、免許皆伝した身………あるいは、奥義のヒント、もしくは奥義そのものを知っている可能性がある」

 

 そうだ………いつだったか、奴と戦った時に言っていた。「お前は愛刀を託されたが、俺もお前と同じように託されている」と。

 

「Obiパラドクスと融合したパラドか………俺と同じように、この世界に来ている可能性もあるか………」

 

「………む? Obiパラドクスと融合したパラドクス? Obiが取り込んだのではないのか?」

 

「…! そう……だったな………ベイオウルフ、お前に俺からも話がある………大事な事だ」

 

 俺は、ゆっくりと深呼吸をして話を始めようとした。

何かを察した妖夢が部屋から出ていこうとしたが、「これは俺自身の話でもある」と言い、妖夢を引き止めた。

 

 そして、俺は………

 

向こうの世界で俺が見た全ての物、

 

戦争の結末、

 

バグスター連合のバグスター全員の死を、たどたどしいながらも伝えた。

 

 

「………そうか………我が守るべき者は、もう消えた後か………」

 

「う、ウルフ………」

 

 同席していた藤原妹紅と言う女が遠慮がちにベイオウルフの背を撫でた。動揺しながら、どもりながらも「平気だ」とベイオウルフは答えたが………

 

「そうだ、ベイオウルフ………お前は、自分たちがどうやって世に現れたか知っているか?」

 

「………いや………考えもしなかったな………」

 

 個人的に、この話をするのはつらい。

何より、仲間が全員死んだということを聞かされた後にさらにとんでもない話をするのだ。まともに受け入れッれないかもしれんが………

 

だが、これは言わなくてはならない事実。

 

ベイオウルフに、ラスボスバグスターは元人間の蛮野天十郎と言う男が仮面ライダー達との戦闘データを取るために作った存在だったことを伝えた。

 

 科学での説明が難解な心によって引き起こされる急激な成長を理解するため、あえて人間と同じように 弱者(ソシャゲバグスター ) 強者(ラスボスバグスター )、一般人と仮面ライダーの図と同じになるように意図して作られていたことも。

 

万が一ラスボスバグスター側が勝利してしまってはライダー達のデータが取れなくなるからと、ラスボスバグスター達の体内には爆弾がつけられていて、恐らくベイオウルフは最後にブレイブ達と戦っていた時に作動したこと、本当はエグゼイドとハイパー無敵ソルティの戦いではエグゼイドは負けていたはずだが、最後の瞬間に爆弾が作動してハイパー無敵ソルティが死んだこと…

 

戦争の勝者が、初めから決められていた出来レースだったことを伝えた。

 

そして何より、守るべき仲間を失い、失意のどん底に落ちたObiパラドクスはパラドに自分の記憶や力を預け、パラドと融合して取り込まれたこと………つまり、有り体に言えば孤独に絶望して自殺したと伝えた。

 

どれだけもがこうとも、例え正義のために戦っていても、団結していても、勝者は、初めから仮面ライダー側と言う筋書きだったことは、俺も初めて聞いた時は驚いた。

 

ベイオウルフにも、この話は大きなショックになるだろう。

 

「………飲み込む時間をくれ」

 

 そう譫言のように呟き、ベイオウルフは襖をあけて出ていった。

 

無理もないか。自分たちがただ仮面ライダーに倒されるためだけに作られた存在だったなど、簡単に受け入れられるはずがない。

 

哀れなのは奴らだが、こちらも命を賭けて対等に戦っていたつもりだった。

こっちの安全と勝利が100%完全に約束されていることも知らずに戦っていたと考えると、滑稽なのはむしろ俺達の側とも言えるしな。

 

 俺が不慮の事故で師であった海帝に勝ったのも、「運も実力のうち」と海帝は言っていたが、それも仕組まれたものだったのかもしれない………

何度も考えたが、未だに答えが出ない………

まあ、つまり考えても答えが出ないということだ。

 

 不意に襖を通して、庭からベイオウルフの悲し気な咆哮が響いた。

その声を聴き、座っていた藤原妹紅が立ち上がって庭へと出ていった。

 

「あの………グラファイトさん………グラファイトさんの話に出ていた海帝さん………グラファイトさんのお師匠様のお話、もっと聞かせてくれませんか…?」

 

 まあ、当然妖夢は気になるだろうな。

なんせ、俺が扱う剣帝流の開祖だ。

 

「ああ………いいだろう………」

 

 かつて、共に話し、言葉を交わしたのは恐らく一時間にも満たない程度の付き合いだったこと。

 

実際に立ち会ったのはたったの三度しかないこと。

 

それでも、戦うたびに刀を通じて語り合い、想いや誇りに触れていつしか尊敬していたこと。

 

最後に、海帝との決着も、話さねばな………

 

「………最後に海帝と戦った時………力やスピードでは俺が海帝を超えていた………あの時の俺は、てっきり自分が強くなったと勘違いしていたが………本当は俺の力量はさして変わらず、海帝が日々衰えていた」

 

「自分の技術や力が消えていく感覚って………一体どんな感じなのでしょう………」

 

 妖夢が少し暗い表情でぽつりと呟いた。

俺も同じ思いだ。

 培ってきたもの、丹念に練り上げ、積み上げ続けたものが見る見るうちに崩れ去る悲劇、なにより、それを止める手立てがないという無情。

 

 海帝の絶望はどれほど深かったのだろうか………

 

そして何より恐ろしいのが、いつしか俺や妖夢もそうなるということ。

ベイオウルフの言う通り、術は結局道具ともいえる。幾度も時が経ち続ければ、いつしか別れの時が来る。技術も人も、それは変わらない。

 

「………決着は、唐突だった。俺は力やスピードでは海帝に勝っていたが、技術で負けていた………その差を埋めようと、俺は自分の必殺技、【紅蓮爆龍剣】を発動した。その時の武器………ファング…両剣の武器の切っ先で突きを繰り出した………

海帝は、俺の攻撃を弾くでもかき消すでもなく、受け止めようとした。刀を横一文字に構え、俺の突き技と衝突した………

あの時、俺は負けを確信した。全力で突き出した技の後隙は直ぐに反撃から逃れられるようなものではない…殺されると………思った」

 

 ………だが、事実として………それは起こらなかった。

俺が恐らく一生忘れることのできない、苦い記憶。

 

「突き出した俺のファングが真っ二つに裂けて………そのまま海帝に突き刺さった………防がれていたはずの攻撃、それが………海帝の刀のあまりの切れ味のせいで、逆に持ち主である海帝から命を奪う結果になった………負けていたはずの戦い、生き残ったのは………俺だった」

 

 得られるはずのない勝利が、いきなり、求めてもいないのに転がり込んできたときのあの手に残る嫌な感触、今でも鮮明に思い出す。

 

 懸命に、命のやり取りをして対等に戦ったからこそ、あんなふざけた決着は訪れてほしくはなかった。

 

本当なら、死んでいたのは俺のはず………しかも、俺の勝った原因は、「自分の武器の方が相手より脆かったから」という禄でもないものだった。

 

「本当なら………死んでいたのは俺だった。だが俺はいやしくも生き残り………刀を海帝から受け継いで、今は半ば勝手に弟子を名乗らせてもらっている。

………俺と師の話は………まあ、大体こんなところだ」

 

 俺も俺で辛い記憶………

しかし、これはあくまで俺が一方的に悲しんでいるだけだ。

最期の瞬間………海帝は笑っていた。

あれほど武士として悲しい終わりはなかったはずなのに、

 

力を失い、最後の決着すら、実力での決着ではなかった。

 

それでも、刀を継いだ俺の姿を見て、満足げに微笑んでいた。

 

あの笑顔に報いるためにも………

 

俺はまだまだ強くならなければならない。

 

「だから、俺は師の扱う技術のほとんどを知らない。基本的な剣術やら組手の技術は本から得た知識の方が多いし、何より型に関しては完璧に我流だ。だから妖夢、お前に教えているときも俺が持っている技術よりも、お前が元から持っている技術を伸ばす方に力を込めたつもりだ」

 

 これも事実だ。俺はあくまでまだ刀を持ってからひと月も過ぎていない程度。いうなればほとんど初心者だ。「こんな奴が指南役では不安だろう?」と冗談めかして呟くと妖夢は

 

「いえ! 私はグラファイトさんがいいんです!」

 

 と元気な返事が返ってきた。

なんだか嬉しい限りだな………

 

…! そうか………俺が妖夢の稽古に付き合う本当の理由、

妖夢を助けたいと思ったことも嘘ではないが、それ以上の理由、

 

俺は、海帝とこういう師弟のような関係になりたかったのだな………

 

「フ………我ながら、気付くのが遅いというか………そうだ、妖夢、明日、俺は人里に行こうと思う。後から幽々子にも話すが、明日お前は一人で仕事をすることになるが………いいか}

 

「え? 一日くらいなら構いませんけど………何をしに行かれるんですか?」

 

「そうだな………ベイオウルフの話を聞いて、あいつもここに居るのではと思ってな………」

 

「あいつ………ですか?」

 

 俺、ベイオウルフ、そして、もう一人、死んだと思っていた奴がいる………そして、俺はあいつが死んだところをこの目で確かめてはいない。

 

だから………あるいは、この世界に俺と同じように来ているかもしれないのだ。

 

「俺の親友………パラドを探してみようと思う」

 

 Obiパラドクスと融合したパラド………ベイオウルフの言った通りなら、海帝の奥義について知っている可能性が高いからな。




お読みいただきありがとうございました。

グラファイトの師匠、海帝との物語は毎度どうも仮面ライダーエグゼイド THE GAME IS NEXT STAGEhttps://syosetu.org/novel/132984/
に描かれています。(ある程度必要な情報は本作で説明が済んでいるので、読まなくても全然OKです)

※Obiパラドクスについて
こちらに関してはパラド編でもう少し詳しく説明を挟もうと思っているので、今理解できずとも全然大丈夫です。今はまだもう一人のパラド、(もう一人の影の自分)のような簡単な認識で大丈夫です。


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パラド編
第24話:雑用開始


※悲報※
読者の皆様、作者の大学で自宅学習期間が始まってしまいました。これにより、小説の更新が不定期更新になりそうです。

いくら遅くても週に一度は投稿したいと考えていますが、下手をすれば2~3週になるかも………頑張ります。


 パラド視点

 

 座り込んだまま暫く自分なりに思考を巡らせ、辿り着いた答えは、結局「永夢を信じるしかない」と言う答えだった。

 すぐにでも帰るべき。それは分かってる。だけど、それができない。そこはもうどうしようもない。

そして何より、Re:ゲムデウスの力や侵略具合を考えてみるに、たとえ今すぐ帰る手段があって、元の世界に帰ったとしてももう決着はついた後だろう。なら、今すぐ慌てて帰る意味はたいしてない。

 永夢がRe:ゲムデウスを倒したことを信じて、地道に帰る努力をすべきだ。

 

「まあ………ここでなるようになっていくしかねぇよな。仕方ねぇ」

 

 そうと決まれば、やることは一つだ。

介抱してもらったうえに、ここで世話になる。それなら当然、世話になる分だけ掃除なり雑用なりをするべきなのは言うまでもない。

 東風谷に何をすればいいのか聞くと、「では神社の裏にある薪割場で薪割りをお願いします!」と言われ、東風谷に案内されて神社の裏に向かい、薪割場に連れていかれ、簡単に原木置き場の説明と薪小屋の割った薪の積み込み方を教えられた。

 

「基本的な説明は終わりです。薪割りをする時に割り方のコツも簡単に説明するので…えーっと…ちょっと待っていてください」

 

 と言われても、割るくらいなら普通に出来るし、第一何を待てばいいのか………

 

まあ、待っているのも暇だし、ちゃっちゃとやるか。

 

「さーて…あ、どんぐらい割ればいいのか聞き忘れた」

 

 まあいいや、適当に近くの荷車を引いて原木置き場に行き、適当にポンポンと原木を積み込んで薪割り場に戻る。

 

 木でできたでっけぇ薪割り台の上に原木を乗せ、さて早速と思いあたりを見回すが…

 

「………斧がねぇな」

 

 いやいや、おかしいだろ。

必需品だろ、どう考えても。

 

 割る道具がない割り場とかギャグかよ。

どうやらどれだけあたりを見回しても道具がなさそうなので、諦めて素手で手刀を作りバシバシ割り始める。

 怪人態にならずとも人間をはるかに超えている。過去の死んだ怪人、仮面ライダーの力を継承したからこその力だが、継承した力の使い方が薪割りってどうよそれ、と自分で自分に心の中で疑問に思い始めてきた。

 

でもまあ、悪いことに使ってるわけじゃなし、別にいいか。

 

「…台要らねぇな、これ」

 

 作業の途中から台に乗せて割るのすら面倒臭くなり、原木を両手で掴んでちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。

 

「もう半分ってとこか……」

 

 やっぱりちぎったほうが早いなコレ。取りあえず荷車に乗せた分を全部ちぎったら、一旦全部薪小屋にぶち込んでそれからどれだけ割ればいいのか聞きに行こうと思っていると、誰かがこっちに駆けてくる気配がした。

 

「お待たせしました! 斧ありましたよ………って」

 

「………あー……待ってろってそういう意味ね。悪い。斧要らねぇ」

 

 なるほど、あの「待ってろ」は、「(道具を持ってくるまで)待ってろ」と言う意味だったのか。

いや、普通に考えて当たり前か。手で木を引き裂く奴なんているわけないよな。

 

「とっても力持ちだったんですね…もう十分なので、今日使う分以外は薪小屋に積み込んじゃいましょう!」

 

「おう」

 

 ひとまとめにして薪小屋に入れる分だけ荷車に乗せ、残りは薪棚に乗っける。

東風谷に言われるがままに隙間の間隔を適切に開けながら薪を積み上げ、取りあえず薪割りは終わり。

 

「次は何すればいいんだ?」

 

「それでは、廊下の雑巾がけをお願いします!」

 

 木でできたバケツ…いや桶か。それと使い古されたザ・ボロ切れのような雑巾を手渡され、そのまま廊下の雑巾がけ開始。

本当はさっきの薪割りも雑巾がけも手を使わずともできるが、さすがにそこまでやったら本気で驚かれるだろうし、自重するか。

 

 たまに自分の上着のヒモを踏んでコケかけるが、その都度ササっと体勢を立て直してすいすい雑巾がけをしていると、不意に廊下の角から現れた相手にぶつかりかけた。

 

「おわっ悪い………って、お前誰?」

 

「えっと…ここの居候みたいなもんだけど…お手伝いさん?」

 

 角から出てきた相手は、片側だけおさげにして前に垂らしたウェービーな金髪ロングが特徴的で、リボンのついた黒い色のつばの広い三角帽を被った、黒系の服に白いエプロンな服装の女だった。

 

 なぜ俺がお手伝いさんだと判断したのかと言うと、その女は右手に箒を持っていたからだ。エプロン+箒とくれば、脳裏に浮かぶのは掃除のおばちゃんだけだ。

 

「いや、客だ。早苗がどこに居るか知らないか?」

 

「東風谷? え~と、さっきはここにいたけど…」

 

 参ったな、ここの建物の構造も知らないんじゃ、下手に案内することもできない。どうしたものかと困っていると、「お掃除は順調ですか?」と反対側から東風谷が来てくれた。

 

「助かった、東風谷、お客さんが来てるぞ」

 

「あ、魔理沙さんお久しぶりです。今日はどうしたんですか?」

 

「ああ、お前の奇跡を借りたくてな………」

 

 いやいや、「奇跡を借りる」ってどういう状況………何やら非科学的な話が始まってるみたいだが、まあ神社あるあるのお祓いみたいなものだろう。俺は黙々と雑巾がけをするだけよ…

 

 どたどたと廊下を駆けていると、不意にまた東風谷に声をかけられた。

 

「あ、パラドさん、魔理沙さんを見かけませんでしたか?」

 

「え? さっきの客? 見て無いけど……」

 

 どうやら奇跡の儀式? が終わった後にどこかへ行ったらしい。

 

「そうですか…もうお帰りになったのでしょうか…?」

 

「う~ん、でも俺はずっとグルグル廊下を回ってたし、普通にここから出るなら廊下ですれ違うはずだから、まだ中にいるんじゃないのか?」

 

 二人で頭上に「?」を出して首をかしげていると、不意に真横の襖が開いて先ほどの「魔理沙」と呼ばれていた女が出てきた。

 

「あれ? 魔理沙さん、どうしてそこのお部屋に?」

 

「ん? いやちょっとな…それより、ありがとな早苗。おかげできっとうまくいくはずだぜ!」

 

 それだけ言うと、魔理沙は箒にまたがって…! と、飛んだ………!!

 

「うふふ、私も飛べますよ? ここでは、常識にとらわれてはいけないのですっ!」

 

 よほど顔に出ていたのだろうか、驚愕していたのが悟られたらしい。っというより、東風谷も飛べるのか………

 

「…ま、まあ今はいいや…それで、雑巾がけは終わった。次は何をすればいい?」

 

「う~ん、もうあらかたやってほしいものはしていただきましたし…最初のお部屋でお休みしてください!」

 

 一瞬なんだもう終わりかとも思ったが、よく考えてみれば雑巾がけも薪割りもバリバリの肉体労働。普通なら二つ連続でやれば休憩が出るのも当然か。

 

 そう言うことなら遠慮なくと思い、最初に目が覚めた部屋に戻ろうとしたが…

 

「俺はどの部屋にいたっけ?」

 

 どれも同じ襖。おかげでどれがどの部屋だかわからない。

 

「あ、そうですよね。慣れるまで時間がありませんでしたし…え~と、このお部屋です!」

 

 東風谷が覚えていてくれて助かったな………ん? ここ、さっき魔理沙って女が出てきた場所じゃないか。どうやらさっきの女は迷ってたんだな。

 

部屋に入ってしばらく横になって、ぼけ~っとしていたが、やはり元の世界の事ばかりが脳裏をめぐる。

 

何の気なしにポケットに手を突っ込んでゲーマドライバーを取り出そうとするが………

 

「………ん?………………あれ?」

 

 無い。

 

………いやいやいや、そんなはずないでしょ。

 

………………………

 

無い。

 

………いやいやいやいやいやいやいやシャレになんないから、それ。

 

ポケットをひっくり返し、パーカーを脱ぎ、念のため布団もひっくり返して部屋中見て見たが、

 

無い。

 

「ひょっとしてゲーマドライバーは向こうの世界に置いてけぼりか……?だとしたら…」

 

 最悪だ。いやまあ、別にこっちじゃ戦う用事もなし。困るほどでもないが…

………でも、なあ………

 

「あー! もうやめやめ! 無いものはない!仕方ない!諦める!」

 

 これはもう無いということで納得するしかない。「無いものは無いなりに」と言う言葉もあるくらいだ。

 

そうして自分に必死にい聞かせてると、部屋の外から東風谷の「あー!!」という悲鳴が聞こえてきた。

 

「どうした?」

 

「あ、パラドさん…お仕事が済んだパラドさんにお茶とおせんべいを出そうと思ったんですけど…魔理沙さんが持って行っちゃったみたいです…」

 

「なんだ、あの女つまみ食いの常習者なのか?」

 

 そんな卑しい奴いるかよ。客として訪ねておいて勝手に菓子全部食って帰るとか… もはやただのコソ泥じゃないか。

 

「つまみ食いで済めばいいんですけど…魔理沙さん、珍しいものを見かけたらついつい持って行っちゃう人ですから………」

 

………!

 

「お、おい、東風谷、えっと、その、なんていえばいいんだ…あの、ちっちゃいヤカンくらいの大きさで、ごつごつしてて、蛍光グリーンの素地に蛍光ピンクのレバー、出っ張った持ち手がついてるやつなんだが…知らないか? 俺のなんだ」

 

 ゲーマドライバー、改めてやると説明がめちゃムズイ。あの見た目を完璧に説明できる奴がいるなら、ぜひ一度見て見たいくらいだ。拙い説明で通じるか不安だったが、東風谷は「グリーン…ピンク…」と小声でぶつぶつ呟いた後、パッと顔を上げた。

 

「ああ、あれですね! それなら、パラドさんを寝かせていたお布団の枕元に置いておきましたよ!」

 

 ………あのコソ泥女………! やりやがった………!!!

 

「東風谷! あいつ、どっちの方に行った!?」

 

「え!? もしかして…!」

 

「早く! どっちに行った!?」

 

「え、えっと、お家に行くとおっしゃってたから…こっちの方です!」

 

「サンキュ!」

 

 言われた方向に走り出す。

後ろから「今から走っても追いつけませんよ!」と東風谷の声が飛んだが、問題ない。

 

「大丈夫だ………俺も飛べる」

 

 背中から過去の怪人の体の一部。アンクと言う名のグリードの極彩色に輝く羽が突き出した。当たりに紙吹雪のように赤色の羽が舞い散る。

 

「………………」

 

 静かに目をつむり、風を、音を、匂いを、空気の僅かな揺れの残滓を探す………

 

「………見つけた!!」

 

 気配を感じた瞬間、一気に上昇し、風を切り裂きながら飛翔する。

興味本位でやったのかも知らんが、ただで済むと思うなよ………!

 

 




お読みいただきありがとうございました。


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第25話:大異変

お久しぶりです。遅れに遅れて申し訳ありません。


 パラド視点

 

「………早いな。まだ見えてこない」

 

 最速ではないものの、全力で飛んでもなかなか後ろ姿が見えてこない。

 

だが、気配は変わらずにこの先だ。

 

 そこに向かって飛び続ければ………!

 

「見えた…良し。【クロック・アップ】」

 

 体から高速移動を可能とする「タキオン」という粒子を発し、自分以外のあらゆるものの動きがゆっくりになったような錯覚を受ける。無論、本当は俺が加速しているのだ。

 

 落下する雨粒が止まって見えるほどの加速。

 

 仮面ライダーに変身せずとも、空が飛べて、さらにふざけた超加速もできる。おまけに、さらにその状態から「超加速」や「スタートアップ」と別の加速法を重ね掛けができるのだからもはやチートだ。

 

………いや、本来使えないはずの故人の能力が使えるのは、むしろ「バグ」か。

 

 さあ、姿が見えたなら、後は追いつくだけだ。

 

全身にさらに力を込め、速度を乗せようとしたその瞬間、斜め前を何かが通り抜けた。

 

「あ?」

 

 通り抜けた、ということは、俺よりも速いということになる。

 

 いや、速い。なんてもんじゃない。そんじょそこらの弾丸なんぞよりも遥かに速くなったのに、一瞬で追い抜かれた。

 

 その何かは、俺と同じように人間の体に翼が生えていた。翼の色は黒。

その相手は、急に停止し、何かを俺に向けた。その直後、光が瞬く。

 

「ッ!!………?」

 

 攻撃かと一瞬身構えたが、ただの光………と言うより、あれはカメラだ。

 

音より速く飛んでて、カメラ持ち? 何でそんなに化け物じみた奴がカメラなんて俗世的なものを…

 

「あやや~………身構えないで下さいよぅ…ぶれちゃいました」

 

「……誰だ? お前」

 

「う~ん、名乗れば怒られそうですし……誰でしょうねぇ?」

 

 それだけ言って、その相手は逃げ出そうとする。羽を広げ、トップスピードのなるその瞬間にこちらも加速。

 

 かつて仮面ライダー555に変身していた男、乾巧の変身形態のうちの一つ。「アクセルフォーム」10秒間のみの、移動速度1000倍のブースト。

 

先ほどまでこっちよりはるかに速く飛んでいた存在、それが移動するよりもはるかに速く動いた。

 

「いきなり盗撮しておいて逃げんじゃねぇよ。ストーカーか?オイ」

 

「これは……ちょっと、いえかなり驚きましたねぇ…一応私、幻想郷最速の天狗ですよ?」

 

「最速………ねぇ。確かに俺のいた世界じゃ、追いつける奴なんていなそうだ。トップスピードは俺以上みたいだしな」

 

 本当はナスカドーパントって奴の「超加速」や相手の体の動きを阻害する「重加速」、上位互換の「超重加速」も使えるけどそれは言わない。

 

「…で? 誰だお前?」

 

「ただの文屋ですよぅ。お写真を撮ったのを怒ってらっしゃるのなら、記事にはしませんからぁ」

 

「なぜそこで写真のデータを消すと言えないんだお前」

 

 わけわからん奴だが、敵意は特にはなさそうだ。無視でいいだろう。

 

「それよりも、だ…箒女………じゃなくて、黒い三角帽子被って、金髪でエプロン、箒に乗ってるやつ見なかったか? こっちの方向を飛んでたはずなんだ」

 

「ああ、魔理沙さんですね。いや~………追うのは今はやめといたほうがいいと思いますよ?」

 

「どういう意味…ッ!?」

 

 いきなり少し遠くで発生した光と、あちこちに飛びちる光弾。な、なんだ!?戦いでも始まったのか?

 

「あちゃ~…どうやら霊夢さんと衝突したみたいですねぇ」

 

「霊夢…いや、誰でもいいや。そいつと箒女が戦ってるってことか?」

 

「まあでも「弾幕ごっこ」ですし? 流石に魔理沙さんがお昼寝している霊夢さんの顔に落書きしたからと言って、攻撃力を備えた殺人用弾幕なんて使うはずが………」

 

 その直後、こっちに向かって飛んできた流れ弾が大樹にぶつかり、根にごっそりと大穴があいた。

 

「………これが「ごっこ」ってんなら、ずいぶんハタ迷惑な話だな?」

 

「………………これは………止めに入ったほうが良いかもしれませんねぇ」

 

 これでもしもドライバーが壊れでもしたらシャレにならないなと思いつつ、文屋を置いて加速して争いが繰り広げられている中心部分へ近づく。

 

「このっ……なんで当たらないのよ!」

 

「へっへーん! 今の私は早苗の奇跡で守られてるからお前の攻撃は食らわないぜ!」

 

「上等…奇跡ですら回避不能になるまで追い込んでやるわよ!」

 

 あたりに飛び散る光の弾、弾、弾。立体系の弾幕ゲーはあまり経験は無いが、規則性がある分本物の銃の乱射に比べてはるかに避けやすい。徐々に中心に近づくと、件の箒女と赤い巫女服を着た巫女を見つけた。

 

「頭に来たわよ………死を覚悟しなさい! 魔理沙!!!ラストワード【夢想天生】」

 

「うげっ!? それはずるいぜ霊夢!」

 

 ………後から聞いた話だが、この時の二人、巫女と箒女は通常なら捕まえられるような相手ではなかったらしい。片や【夢想天生】と言う技でありとあらゆるものから浮くことで完全なる無敵状態となる巫女と、奇跡の力に保護された箒女。どちらも…よりいうなら前者が特に「絶対的な力」としてこの世界で認知されるものであり、不可侵。まさしく世界の秩序と言っても過言ではないものだったらしい。

 

「らしい」と言うのはつまりその………この時の俺は相手の能力なんて理解してなかったから………

 

「ああ、いったんお前ら落ちつけって。事情はよく分かんねえけど俺はこの箒女に盗まれたものがるんだ。悪いけど俺優先じゃダメか?」

 

 両方の襟を掴み、空中でぶらんと持ち上げる。

 

相手の能力をガン無視するという壊れた能力。どうやらこの世界には強い存在には大抵何かしらの能力「程度の能力」があるらしく、俺はその能力を無視できるみたいだ。

 

余りの出来事に固まる巫女と箒女。衝撃的すぎてカメラで撮影するところまで思考が働かない文屋。俺を追って遅れて到着し、事の重大さに気が付いた東風谷。

 

………なんだかまたロクでもないことになりそうだ………




お読みいただきありがとうございました。


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第26話:引きこもり決定

 パラド視点

 

「いいですかパラドさん、この幻想郷はですね………」

 

「いや……もう何べんも聞いたし、そろそろ…な?」

 

「いいえ、パラドさんは分かってないです。そもそも…」

 

 あの後、箒女からドライバーを取り返した俺を引きずるように連れ帰った東風谷。帰ってから一気に始まったお説教タイム。この世界の仕組みを何度も何度も繰り返し繰り返し叩き込まれた。

 

1:ここは幻想郷と言う場所。外の世界では人の天下であるが、幻想郷では妖怪の天下となっている。

 

2:この幻想郷は博麗大結界と言う結界があり、外の世界と幻想郷の行き来をほとんど不可能にしている。幻想郷の内部で妖怪が権勢を保っていられるのはこの結界のおかげらしい。

 

3:そしてその結界を管理している存在が「博麗の巫女」つまりさっき俺が摘まみ上げた紅白巫女らしい。

 

4:博麗の巫女は結界の維持に必要な役職であると同時に、ここ幻想郷のバランスを保つ存在でもあるらしい。その巫女が持っている能力「空を飛ぶ程度の能力」とはありとあらゆるものから宙に浮き無敵になる能力らしく、巫女を最強たらしめている能力らしい。その巫女が最強で、人側にも妖怪側にもはっきりとはつかない中立的立場だからこそバランスが保たれているらしい。

 

5:そして、そんな幻想郷の秩序その物と言える存在を最強たらしめている能力を、いとも簡単に俺が触って(破って)しまった、と。

 

「永夢のムテキと戦わせたらどっちが勝つのかなぁ………両方とも時間制限なさそうだし………」

 

「………パラドさん?」

 

「んあ、聞いてるぞ」

 

 いや、言わないけどもう何べんも聞いたしさ。いい加減暗記したからもういいよ。100%好意で教えられてるんだろうから文句言えないけど、もう真面目に耳にタコができた。

 

「ならいいですけど………じゃあ、しばらく外出は禁止です」

 

「え、なんで!?」

 

「やっぱり聞いてないじゃないですか! いいですかパラドさん、パラドさんは異常に力が強かったり、いきなり綺麗な羽が生えたりして常識にとらわれてはいけないにしても非常識だなと思ってましたけど、この場合は次元が違うんです! 幻想郷で最速や最剛はばらけていても、ルール無用で戦った時の最強は、唯一絶対一人を指すと決まってるんです。パラドさんはまだ「どっち」かなんて決められませんよね?」

 

 同じ話ばかりだろうと思って途中から聞き流していたけど、かなり大切なことを話されていたみたいだ。まあちゃんと聞いてなかったから、「どっち」が何を指すのかが分からんのだが。

答えようがない問いに俺が視線を明後日の方向に向けて考えるふりをすると、東風谷が一つため息をついた。なぜ何も考えていないと分かる。読心術か。

 

「この幻想郷には普通の人以外にもいろいろな種類の妖怪・神・天人・幽霊の類が居ます。そして少数ではありますがその中には「人外たち」ではなく「人外の中で一種のみ」の天下を望む存在もいます。ですから………」

 

「………中立的立場で均衡を保ってた巫女を倒せる可能性がある俺が出てきたせいで、情勢が揺れる?」

 

「その通りです。多分パラドさんがどの派閥についても幻想郷のバランスは崩壊します」

 

 めんどくさっ! 核問題かよ! しかもその中心が俺って………

あまりの面倒くささに思わずその場に大の字になって足をばたつかせていると、子供のように暴れる俺を見かねた東風谷が俺の右手を引っ張って無理やり起き上がらせた。

 

「とにかく! 霊夢さんや魔理沙さん、当然文さんにも口止めをしておいたので現段階では大丈夫です! 普段はネタに貪欲な文さんも「今回に関しては私の手に余りますねぇ」と言ってましたし!」

 

「知らねぇよぉ。大体能力どうこう言われても分かんねぇし。第一「程度」ってなんだ? 無敵能力って程度って言うか?」

 

「パラドさんの「程度の能力を無効にする程度の能力?」の存在は秘匿にするべきです! 不用意に外出されてパラドさんの能力が広まるのが一番困るので、外出は控えてください!」

 

 帰る方法が現段階で無い場所に飛ばされて、他の手を探そうにも外出禁止。情報だけでも探りたいが、下手な行動をしたら最悪この世界(幻想郷)がひっくり返る………詰んだ。

 

「最悪なんですけど………って言うか、俺が自分で「俺は中立派だ!」と天下の往来で叫べばそれでOKとかない?」

 

「無理だと思いますよ? しつこく勧誘したら怒って追い返す霊夢さんと比べてパラドさんはずっと話が通じそうですし。仮にやっても今度は勧誘地獄…」

 

「壁ブチ破って「シンブンイカガッスカ」ってか?」

 

「そんな恐ろしい新聞勧誘知りませんよ…」

 

 流石の俺でも一晩中ギャーギャー言われればブチ切れる自信はあるが、それでなくともアピールしてくる連中は東風谷の言う通りにごまんと来るだろう。にしてもこれ、家事手伝い以外にやることが何もないごくつぶしになる予感が………

 

「俺の存在を秘匿にするのは分かったけどさ、どう考えてもここの神社に負担になるだろ。追い出した方がよくないか?」

 

「そんな薄情な事しませんよ。負担でないと言えばウソですけど、パラドさんが出ていった結果トラブルが起きて? パラドさんの能力が明るみに出て? 大パニックになるのが目に見えてますし。ただでさえ前の「博麗大結界崩壊異変」で皆さんピリピリしてるのに…」

 

 でも言われてみればそれもそうか。外で万が一俺が妖怪に絡まれて喧嘩になったり、そうでなくとも妖怪同士のトラブルに俺が巻き込まれない保証なんてないもんな。

暇でしょうがなくなりそうだけど、飲み込むしかないか。

 

「悪い。超迷惑かける。よろしくな、東風谷………いや、早苗」

 

 頭を乱暴に掻きながら頭を下げると、早苗は「やっと名前で呼んでくれましたね」と呟いて笑った。

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。神奈子様と諏訪子様にも伝えておきますね」

 

「ああ、よろしく(あれ、何か引っかかるな…)」

 

 ぺこりと行儀よくお辞儀をして出ていった早苗を見送って数瞬立った後になって、ようやく違和感の正体に気が付いた。

 

「………諏訪子って誰よ?」

 

 この世界に棲む上で最低限の常識は叩き込まれたが、この神社で厄介になる上での知識に欠けているのを改めて実感させてもらった。

 

 




お読みいただきありがとうございました。


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第27話:それは誰かが見た見果てた夢

知ってるかな…
夢っていうのは呪いと同じなんだ。 
途中で挫折した者はずっと呪われたまま…らしい。
あなたの、罪は重い。


「人間のせいだ………!」

 

誰もいない野原、木の下に一人男が跪いていた。

男は右手に携帯を、左手には真っ白な羽と灰を握っていた。

 

「人間ども………!」

 

男は自分の中に生まれた激情を抑えきれずに何度も何度も首を振った。その姿はさながら、癇癪を起して唸る馬のようだった。

 

「奴らが……奴らが長田さんを!!!!!」

 

激情の正体は、憤怒か、それとも絶望か………

 

――――――――――――

殺せ……殺せ……人間を殺せ………

――――――――――――

 

不思議な声が、男の心の底から湧き上がる。

 

 ほんの一瞬、男の身体が変化した。

その体は灰色で、まるで握りしめた灰の色が男の身体に移ったかのようだった。

額の骨が隆起し、角の形に固まっていく。

角を生やした人型の馬。ホースオルフェノクの身体が浮かび上がる。

 

糸が消えたかのように男は倒れ込み、そのまま気を失った。


 

 パラド視点

 

「ああああああああああ!」

 

 布団を吹き飛ばして俺は飛び起きた。

昨日俺は、早苗たちに厄介になることが決まって世話になるうえでの必要な挨拶を済ませ、そのまま夜になって寝たんだが…

何かとんでもない夢を見ていた気がする………いや、夢と断ずるにはあまりにも生々しい物。夢の中で触れた絶望は紛れもなく本物であり、自分が想像できる水準をはるかに超えていた。

 

 寝汗を大量にかいたせいで服がべっとりと肌に張り付いて気持ち悪い。

荒い呼吸を整えながら乱暴に襖を開けて外に出る。

 

 裸足で庭に出て数歩歩いた段階であることに気が付き、俺はその場に座り込んだ。

 

「なんで庭に出たんだ………俺」

 

 誰かを探しに行かなければ、と言う感情だったか、それとも何者かに復讐しようという、そんな思いなのか、衝動に駆られて外に出たせいもあって自分が何で外に出たのかを忘れてしまった。

 直前まで見ていた夢の内容を思い出そうとし、すぐにすべて忘れたことに気が付く。我ながら意味不明の極みだ。

 

 しかもどういうことなのか、胸の中に激情だけが残り続けている。やり場のない思いを飲み下せず、手で触れるものすべて砕きたい衝動にかられた。

破壊衝動と言えば怒りだろう。そう結論付けてむかつきを抑え込もうとするがなかなかうまくいかない。反動とでも言おうか。抑えようとすればするほど激情が体を満たしていく。

 

(ほら、怒ってるんだろう? 怒りに任せて暴れたって解決なんかしないんだ。意味ない。落ち着けって………な?)

 

 必死に自分に言い聞かせるが、それでもむかつきは収まらない。しかも次第にそれは胸の中にくすぶる思いではなくなり、実際に胸に穴が開くような痛みを感じた。これは本物の痛みじゃない。幻覚だ。確か医学でファントム・ペイン(幻肢痛)と言うんだったか。あれは無いはずの四肢の痛みを感じるものだったが、俺の場合は四肢じゃなくて胸、しかも胸は普通にあるはずなのに。

 

 胸の痛みがまるで炎のように広がり、体中を覆う。とてもじゃないが立っていられなくなるほどの激痛に覆われ、その場に跪いた。痛い、いたい、イタイ………

 

「何なんだ………クソが……!」

 

「……パラドさん?」

 

 声のした方に顔を向けると、早苗が立っていた。もう覚えていないが、風に揺れる早苗の長い髪の毛のシルエットが誰かと重なった。

 

多分俺は酷い顔をしているだろう。怒りに震える顔。しかも早苗の顔を見た時に探そうとしていた誰かを見つけて安堵した気持ちとは別に、心の中で声がした。

 

――――――――――――

殺せ……殺せ……人間を殺せ………

――――――――――――

 誰かの声だったのか、それとも自分の声なのか。それすらわからなかったが、自分の激情を早苗にぶつけようとちらとでも思ったのは間違いのない事実だ。怖がられるか………そう思った。

 

「パラドさん………」

 

 早苗の顔が歪む。いきなり睨まれたら、そりゃあ誰だって怯えるだろう。当然だ。

 俺は早苗の顔を見切れなかった。1日程度の付き合いだがそれでも、誰かから恐怖の感情を抱かれるのはつらい。自分の今までの経験上そんなことは1度もなかったが、それでも何故か拒絶された時の絶望は理解していた。1度も経験したことがなくても、俺は何故かその絶望が手に取るように分かった。

 

「………どうして、パラドさんは泣いてるんですか?」

 

「え………?」

 

何滴も何滴も、雫が頬を伝って地面へと吸い込まれていく。

――――俺は泣いていた。

激情の正体が悲しみであることを自覚した瞬間、体の痛みがふっと消えた。

 

――――――――――――

 

 暫く泣いてから俺は落ち着きを取り戻した。涙を見せてしまったのがこっぱずかしく、また申し訳なくもあり俺は頭を掻いて早苗に頭を下げた。

 

「悪いな、驚かせたよな」

 

 外出を控えろと言われていた男が勝手に外へ飛び出し、庭でうずくまって泣いていたら驚くどころかドン引かれてもおかしくない。なのに早苗は自分でも何故泣いているのか分かっていない俺の手を握ってくれて、落ち着きを取り戻すまで待っていてくれた。

 

「いえ………平気です。いきなりおかしな所に迷い込んで、帰ることもできないのでは不安にもなりますよね」

 

 本当はそうじゃない。それで泣くのもダサいと言えばそうだが、原因はもっとカッコ悪いものだ。わざわざ言うまでもないかと一瞬思ったが、すぐに思い直した。

 

「いや、違うんだ早苗。俺が泣いていた理由は………」

 

 本気で心配してくれて、慰めてくれた早苗に嘘をつくのはいくらなんでもあり得ない。我ながらどうしようもないとは思いつつも、これが性分。引かれてもいい。

流石に面と向かって話す勇気は持ち合わせていなかったから視線は外したが、拙いながらも説明した。

 

「夢を見たんだ。多分………とても嫌な夢。誰かが見果てた夢。どんな顔だったかは分からないけど、夢の中で誰かが怒ってた。そう思った」

 

「その人は…どうして怒っていたんでしょうか?」

 

「今はもう分からない。誰かの「せい」なのか、そいつ自身の「せい」なのか…多分何かあったんだろうけど忘れちまった。ただ、そいつの思いと言うか、想いと言うか…痛みかな。それが目を覚ましてからも俺の中に残った」

 

 どんな夢だったのか、完璧に内容を忘れたにもかかわらず、それでも夢の中の誰かが感じた絶望は残った。どこへ持って行けばいいのか分からない思い。何にぶつければいいのか分からない想い。そんな痛みが俺の胸の中に燻った。噴火するかのように痛みは溢れ、痛みに正しい向き合い方をしなかったせいで痛みは出口を求め、体中に散った。

痛みの原因は忘れても、体中が焼け付き、灰になるかのような痛みは今でも鮮明に思い出せる。多分あの痛みは、夢の中の誰かが味わった痛みなんだ。

 

「最初は痛みを抑え込もうとしてた。「外に出したって減らないぜ」って…怒ったって意味ないって言い聞かせたけど、より激しくなって立っていられなくなった………痛みの正体は、怒りじゃなかったんだ。それに気が付いてなかった」

 

「だから、倒れていたんですね………」

 

「早苗に言われて気付いた。ああ、あの人は悲しかったんだって。それが分かった途端に痛みが消えて…涙が止まらなくなった。………ダサいよな。たかが夢でこんなに取り乱すなんて」

 

「? そんなことありませんよ」

 

 早苗は、心底不思議そうに俺を見つめた。真っすぐ向けられる早苗の瞳の中の俺と、目が合った。そのまま俺は、俺から目を離さずにじぃっと見つめ続けた。

(ありもしないものに怯えるなんて、臆病者のすることだろう?)

瞳の中に映る俺は、まるで「当然だ」と言いたげに一つ頷いて見せた。同時に早苗がパチリと瞬きをして、次に早苗の目が開いた時にはもう誰も映っていなかった。

 

「知ってますか? 夢と言うのは、記憶の整理と定着らしいんです。だから…パラドさんが見た夢は、きっととっても大切なこと………たかが夢だなんて思いませんよ」

 

 そう言って、柔らかく早苗は微笑んだ。その姿を見ていると、何だかいろいろ考えすぎてぐちゃぐちゃになっていた自分がバカらしく思えてくるから、我ながら単純だなと思う。

溜め息を吐き、軽くなった身体を再確認して背筋を伸ばした。

 

「大切な事………か………そうだね。忘れないようにしなくちゃ」

 

 もう覚えていない記憶。俺ではない誰かの記憶。

きっと、俺が取り込んだ誰かの記憶。その過去を消して忘れないように。それでも忘れてしまったのなら、せめてあの悲しみや、痛みだけでも忘れないように。

そうして噛み締めるように早苗の言葉を反芻すると、なぜか早苗が酷く驚いたような表情で固まった。

 

「ん? どうした早苗?」

 

「今………何だか、パラドさんが別の人に見えた気がしました。とっても寂しそうで…どこか遠くを見ているような人………がいた気がして………」

 

「…? まあ何でもいいけど…ありがとな早苗。気が楽になった」

 

 なんのことを言っているかは分からないが、それでもいい。早苗のおかげで気が楽になったし、何より胸の痛みも消えた。早苗のおかげでいろいろなものが分かったような気がする。きっと早苗が見た「別の人」にも、大切な意味があるんだろう。だから、絶対に忘れたりしない。

 

「いつかは帰る………それは変わらない………でも、ここで過ごしたことは絶対に忘れない」

 

 いずれここから離れる。それでもここにいた事実は変わらない。早苗が俺の心を教えてくれたこと。だから…ここに来てよかったと思う。

ここにきてまだまだ日が浅いのに、もう俺はここが気に入ったらしい…いや、

 

「じゃあ、朝飯食うか。手伝うぞ」

 

「はい!それじゃあ、今日もよろしくお願いします!」

 

 ここが気に入ったと言うより、早苗の事が気に入ったのかもな。




おい知ってるか、夢を持つとな、時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなる…らしいぜ。
俺には夢が無い、でもな、夢を守る事はできる。


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第28話:それは誰かが抱いた吐き出せぬ怒り

パラド視点

 

「えんやらどっこいせと言いたい気分だが、果たして本当にえんやらどっこいせと掛け声を言う肉体労働者はいるのだろうか」

 

 くだらんことを考えながら薪割りで割った薪を薪小屋に積み込む。まだ二回しかやったことは無いが、原木用意→割る→積む→まとめて運ぶだけの単純作業。なれるとかじゃなく元々簡単な作業だ。全体の大まかな動きさえ抑えられれば手慣れたものよ。

 

 わざわざ一束ずつ手で運びこむのも面倒なので、掴んでポイポイと景気よく投げ込む。初めは通りかかった早苗に怒られたが、投げ込んだ薪の束が完璧に積み上げられていたのを見て納得していた。たとえブン投げても綺麗に入りゃいいんですよ。本棚に本を投げ入れたら怒られるが、多分本も本棚も傷まないように、かつ騒音もしないように投げ込めれば怒る奴はおるまいて。

 

「さーて、あとは掃除と…」

 

 次の仕事にとりかかろうと準備を始めていると、急に背中に誰かがおぶさってきた。

 

「うわ~い」

 

「仕事中だ。降りろバカ」

 

 乱暴に背中に張り付いた相手を振り下ろそうと身をよじるが、離れる気配がまるでない。驚いた話だよな。こんな面倒くさい親戚の子供みたいな奴が、ここに祭られてる神なんだぜ?

 

「降りろって諏訪子。後で遊んでやるからさ」

 

「おおう、早苗だって様付けするのに出会って二日目の君はもう呼び捨てかい? 若さは恐ろしいね~」

 

「神だ何だというならもうちょっとそれらしくしてくれ。悪いけど俺の地元にも自称神で何かと突っかかってきた奴いたし対応は雑になるぞ」

 

「自称神と本物の祭神を同列に扱うとはやるね~」

 

 そうぼやきながら俺の背中から降りた女、洩矢諏訪子。髪型は金髪のショートボブ。服は青と白を基調とした………なんて服だっけか、「壺装束」だったか。んで足には白のニーソックス。頭にはなにゆえかカエルのような目がついた市女笠をかぶっている。

 

「知ってるか? 外の世界にはゲムデウスっていう全能の神がいてな、俺はそいつと2回戦って1回倒したことあるんだぜ? 我神殺しぞ、恐れよ」

 

「1回勝って1回負けなら五分じゃない? と言うか、勝った方の1回はどうやって勝ったのさ?」

 

弱点属性(ワクチン)の攻撃を使って死の特攻をしてだな」

 

「その1回引き分けじゃん?」

 

「ものの見方は人それぞれだからな!」

 

「0勝1敗1分けだよ。認めよ?」

 

「うるせー お前を背に乗せたまま壁にもたれて休憩(つぶ)しちゃうぞ」

 

「鬼じゃん?」

 

「ウイルスじゃん?」

 

 下らない軽口を繰り返し、諏訪子を引きはがしてポイっと放り投げた。常識的に考えて少女を投げ飛ばすなんてクソ野郎もいいところの所業だが、投げられた諏訪子はクルクルと空中で回転して、神社の屋根にきれいに着地した。

 

「少女を投げ飛ばすのは感心しないぞ~?」

 

「お前今さっき自分を神だって言ったじゃねぇか」

 

「その理屈で考えても神を投げ飛ばすのはもっと良くないと思うよ?」

 

「神(自称)を空中にカチあげてタコ殴りにしたことあるから大丈夫。投げるなんて今更だ」

 

「最低じゃん?」

 

「あの時は神側が悪いことしてたからセーフ」

 

「アウトじゃん?」

 

「今考えると人道的に俺も神(自称)もアウトだったからセーフ」

 

「ツーアウトって知ってる?」

 

「マイナスにマイナスかけるとプラスになるんだぞ。知らんのか」

 

「マイナス+マイナスじゃん?」

 

「うるせー」

 

「あ、逃げた」

 

 諏訪子はいいやつだけど、フレンドリーすぎて逆に対応が分からん。友達みたいに軽い感じでいいのかね………まあ、もうすでに友達とくっちゃべってるような会話だったか。

柱に抱き着き、するすると滑って諏訪子が地面に降りた。そのままとてとてと歩いて神社の部屋の中に飛び込む。

 

「冗談の訂正しておくけど、俺が倒したゲムデウスって奴は「神的な存在」ってだけでホントの神じゃないぞ」

 

「そんなのどーでもいいよ。ただ…」

 

 その直後、直前までニコニコ笑っていた諏訪子がすっと目を細め、少女な見た目にまるで似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべた。

 

「キミが神サマと正面きって戦えるくらい強いのは嘘じゃないんでしょ?」

 

 膨れ上がった諏訪子の威圧がこちらに飛んで、庭で砂利をつついていた鳩やら森の奥にいた小鳥がバッと空へ飛び立った。

当然俺は無視して箒を拾い上げて、神社の参道に積もった落ち葉を掃き始める。

 

「ちょっと~無視はないんじゃない?」

 

「知るか。挑発にいちいち乗ってやるほど俺は面倒見がよくねぇだけだ」

 

 多分昔の俺だったらビビッて明後日の方に走り去ってただろうけど、威圧の中に本物の殺気が無いんじゃいちいち反応する意味なんてない。そんないたずらにいちいちリアクションを返すなんて面倒だ。よって無視。

 

「ケンカは早苗に止められてんだ。遊びたいなら他あたりな」

 

「ちぇ~」

 

 追加でぶーすか文句を言っているみたいだけどもう無視でいいや。

洩矢諏訪子は、ここ守矢神社に祭られている「本当の」祭神らしい。

表向きにはもう一人いる八坂神奈子が祭神の一柱という扱いらしい。

なんでやろね。隠す意味ある?

まあその辺の構成はよくわからんし。あんまり部外者が首を突っ込む問題でもないな。

 

 無心になって落ち葉を掃いていると、いつの間にやら諏訪子が箒を持って俺と一緒に掃除していた。

 

「神様がやることじゃないだろうに。俺がやるから神棚でふんぞり返ってろよ」

 

「まぁまぁ、神様が住み家である神社をきれいに保つためにお掃除するのもいいでしょ? ただ君を見ているのも暇だしね」

 

 (だったら神社の中にでも引っ込んでろよ)と視線を向けてみるが、諏訪子は鼻歌を歌いながら落ち葉を掃くのに夢中で無視される。ため息を一つこぼすと、諏訪子が顔をあげてにっこりと笑った。

 

「今早苗は中で仕事中だからね。君に何かトラブルが起きた時のために私はここにいるからね」

 

「………そりゃどーも」

 

「…くひひ、今朝はうちの早苗とお楽しみでしたね?」

 

「! うっせ!」

 

 早苗はいいやつなんだが、よもや今朝のことを全部神奈子と諏訪子にばらすとは思わなかった。 なんでもいつ取り乱すかわからない俺を一人にしておくのは良くないと判断したらしく、常にだれかがそばにいるように配慮したらしい。 ただ………

 

「パラドさんは泣いて取り乱していて、とっても辛そうでした! 神奈子様、諏訪子様、パラドさんを一人にしないようにお手伝いしてください!」

 

 ………よもや泣きじゃくって早苗の手に縋りついたことまでしゃべるとは思わなんだ。恥ずかしすぎだろ………無自覚な鬼………いや、優しい鬼畜と呼ぼう。

 

「まあまあ気にしない。大の男が、プ…泣いたからって…クププ…笑うような薄情者は…プププ…この神社には一人もいないからね」

 

「そうだな。神は人じゃないもんな! 早苗は笑ってなかったしな!」

 

 ばつの悪さをごまかすために落ち葉掃きに集中して作業をすると、異常なまでに早く終わった。一か所に集めた落ち葉はどうすればいいのかとぼんやり考えていると、諏訪子が箒を落ち葉の山にぶっ刺した。

 

「おい、お前まさか………」

 

「1回やってみたかったんだよね~ そりゃあ!」

 

 諏訪子が箒を一気に持ち上げて振り回す。箒に引っ付いた落ち葉が持ち上がり、大量の落ち葉が宙を舞った。

 

「おま………やり直しじゃねー………か………」

 

 呆れながら宙を舞う落ち葉を見つめていると、不意に何かに似ているな、と思った。

 

(まるで………風に揺られる羽みたいだ)

 

 俺の視界が、急に暗転した。

 


 

「おぉい! 木場!」

 

誰もいない野原、男が一人、誰かを探して視線を巡らせている。

男は視線の先にある木、より正確に言えばその木の根元にあるものに気が付いて走り出した。

 

木の根元には真っ白な灰、大量の純白の羽、そして赤い携帯電話が落ちていた。

 

「これは………まさか………」

 

拾い上げた携帯電話を見つめ、男は茫然とつぶやいた。

携帯電話の持ち主は、男が探していた木場と言う者の持ち物ではない。

それでも、男はその赤い携帯電話の持ち主に心当たりがあった。

 

男は携帯電話をポケットにしまうと、男の友人のもとへ向かって歩き出した。

 

男は何を考えているのだろうか………

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

新宿駅へ向かった男は、駅前の街灯にもたれかかって座り込んでいる友人を見つけた。

その友人は、男が見つけた携帯電話の持ち主、長田結花とデートをする約束をしていた。

明らかにおかしい。遅刻にしても何時間も遅れるのは異常なはず。

普通ならすっぽかされたと怒って帰ってもおかしくないのに、男の友人は長田結花を信じて待ち続けていた。

 

男は友人のそばに立ち、友人の肩をゆすった。

友人は自分が寝ていたことに気が付くと、誰かに起こされたことにも同時に気が付いて顔をあげた。

 

「結花さん! あ…たっくん………」

 

待ちわびた相手が来たのだと喜んでいた顔が、悲しげにゆがむのを見て、男も悲痛な思いに身を裂かれそうになった。だがここで自分が悲しんではいけないことを。男はちゃんと知っていた。

本当につらいのはだれか、男は理解していた。

 

「ごめん……つい寝込んじゃった………そろそろ、帰った方がいいよね…うん………」

 

友人はばつが悪そうに立ち上がり、諦めたようにそう言った。

そうなのだ。どれだけ待っても、長田結花が来ることはない。帰るのが一番の選択肢だ。

男は友人と共に歩き出す。一緒に住む、クリーニング屋に向かって。

 

「結花さん…来てくれなかった…初めてのデートだったのに…」

 

帰り道、友人はそうこぼした。

恋焦がれた人との初めてのデート。

昔からメル友としてお互いの名前すら知らなかったのに、道端で出会った、初恋の相手の正体はそのメル友だったという奇跡的な出会い。

初めてのデートに来てくれなかった、ではなく、これなくなったと言うことを男は友人に伝えたかったが、その言葉を飲み込んだ。

 

「やっぱおれ、振られちゃったみたい!」

 

そんなことはない

そう男は叫びそうになり、唇を少し震わせた。

長田結花はお前が好きだった。

来てくれないんじゃない。

これなくなったんだ。

彼女はもう、この世にはいないんだ。

 

そう、叫びそうになった。

だが男は口をつぐみ、黙って聞いていた。

 

「それ」を伝えても、何の救いにもならないことを男は分かっていたからだ。

だから何も言わない。何も言えない。

 

男は口をつぐみ、黙って友人の後を追った。

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

「ほらじゃんじゃん食べてよ! おれの奢りだからさ!」

 

レストランのテラスのテーブルに乗せられた大量の料理を、友人が勢いよく食べている。やけ食い…と言うにはあまりにも爽やかに、また友人は気丈に振る舞い、笑顔で料理を口に運んでいた。

 

「いいよ、無理しなくて…って言うかあたしと巧で奢っちゃおうかな! ね、巧」

 

友人の体面に座る、男の隣に座る女が、そう気づかわし気に話す。

出来る限り場を明るく保とうと努力していることは、誰の目を見ても明らかだった。

 

「…ああ」

 

普段なら男は、「なんで俺が奢らなくちゃいけないんだよ」と大声をあげて糾弾するが、力なく頷いた。それがむしろ、友人が自分が気づかわれていることを痛感することになることも知らずに。

 

「もういいって! そんなに気を使ってくれなくてもさ。おれ別に気にしてないからさ。結花さんのこと」

 

そんなはずないだろう

そう男は叫びそうになり、唇を少し震わせた。

お前みたいな優しい奴が、本気で人を好きにならないはずがないだろう。

そんなにすぐ立ち直れるほど、半端に好きになったわけがない。

馬鹿にするな。お前が悲しんでいることなんて、バレバレだ。

 

そう、叫びそうになった。

だが男は口をつぐみ、黙って聞いていた。

 

「それ」を伝えても、何の救いにもならないことを男は分かっていたからだ。

だから何も言わない。何も言えない。

 

男は口をつぐみ、黙って料理を口へ運んだ。

 

「結花さんには結花さんの、気持ちとか事情があったんだろうし」

 

事情、か。

気持ち、か。

相手が悪いなんて、これっぽっちも思わないんだなと、男は思った。

何時間も待ちぼうけを食らって、

待ちつかれて眠ってしまうほど待たされて、

それでも会うことはできなかったのに、

「しかたない」ことだったと信じて、相手の文句なんか一言も言わない。

男は、友人のことを、世界一優しい男だと信じた。

 

「たとえ二度と会えなくても、結花さんなら、きっと幸せになれるだろうし」

 

男は視線を外した。

それ以上聞いていられなかった。

幸せになっていると信じさせることが、友人の最後の希望だと知っているからだ。

だから、何も言うことはできない。

 

「それにほら見てよ! 結花さんだっておれのこと応援してくれてるよ。おれの夢がかなうように………」

 

最後に送られてきたメールを二人に見せ、友人は幸せそうに笑った。

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

「啓太郎………」

 

帰り道、長田結花からの最後のメールを読んでいた友人………菊池啓太郎の瞳から、涙があふれた。啓太郎の涙に気が付いた女は、悲し気に顔をゆがめ、ぼそりと啓太郎の名をつぶやいた。

 

(ごめん、啓太郎…俺彼女のこと、助けてやれなかった…ごめん…ごめんな)

 

男は、心の中でただ啓太郎に謝罪した。

無力な自分を恥じ、伝えられないもどかしさを全身にたぎらせ、ただ心の中で謝罪を続けた。

 

自分の無力を嘆くという憤怒を宿す自分の腕から灰が零れ落ちたことに、仮面ライダー555は気が付いていない。

 


 

「………さん………………パラ………さん………パラドさん!」

 

 不意に意識が覚醒し、目が覚めた。いつの間にか気を失っていたのか、神社の部屋に寝かされていて、早苗に肩をゆすられていたみたいだ。

 

「パラドさん…よかった…気が付いたみたいですね」

 

「あ、ああ………………」

 

 何か、見ていた気がする。気を失っていた時に。

仰向けの状態で右の掌が見えるように腕を持ち上げ、手のひらをじっと見つめた。

どれだけ見つめても、こすっても、手のひらから灰が落ちることはなかった。

 

「パラドさん…?」

 

「んあいや、何でもない」

 

 慌てて上体を起こし、何でもないとアピールするために軽く手をひらひらさせて見せたが、早苗はまだ心配そうだ。

 

「諏訪子様がいきなりパラドさんを背負ってお部屋に入ってきて、パラドさんがいきなり倒れたと伺って………」

 

「心配、させたよな、悪い………」

 

 困ったことに、気を失っていた間に何を見ていたのかまたしても忘れた。諏訪子にも迷惑かけたみたいだな………にしても、俺は何で気を失ったんだっけ?

 

「パラドさん……何かまた見たりしたんですか?」

 

「ああ、そのことだけど………」

 

 自分の感じた想いを口にしようとしたが、すぐに口をつぐんでしまった。

(また早苗に頼るのか? おかしなものを見るたびに早苗に頼って、頼りきりで、それでいいのか?)

 

「……パラドさん?」

 

「…! あ~いや、今度は特に何にも見てねぇよ。悪いな、なんか心配かけて」

 

 これでいい。

俺はどう転んでも最後には元居た世界に帰らなくちゃいけないんだ。おかしなものを見るたびに早苗に頼っていたら、いつまでも向こうに帰れない。今ここにいる間に、俺が自分で解決しなくちゃいけないんだ。

 

「そう…ですか……じゃあ、念のためにもうしばらく横になっていてください」

 

「おう、悪いな。少し横になったら、また仕事再開するからさ」

 

 早苗はぺこりと行儀よく頭を下げ、部屋から出ていった。

うまくごまかせたかなと思っていたが、早苗は俺が嘘をついていたことを察していたらしい。

 

そして次の日、神社にやや癖のあるボブの薄紫色をした髪の毛で、フリルの多くついたゆったりとした水色の服装をしていて、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカートの少女がやってきた。

触手みたいな複数のコードで繋がれている目玉が印象的な少女は、早苗にお願いされてやってきたらしい。




お読みいただきありがとうございました。


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第29話:それは誰かが送った別れの言葉



※今回は若干内容がショッキングです。苦手な人はあるいは読み飛ばした方が…※


パラド視点

 

「パラドさん、明日はパラドさんに会ってほしい方がいるのですが、よろしいですか?」

 

 俺が倒れた後の夜、夕食中に早苗から出た言葉がそれだ。突然の来客、しかも俺に。よくわからなかったけど断る理由もなし、OKと返事を返したが………

 

「結局誰なんだ? その明日来るって奴」

 

「心配しなくても大丈夫ですよパラドさん! 変な方ではありませんから!」

 

 これだよ。

なんでか知らんが何度聞いても何も情報を出してくれない。唯一分かる情報は、変な奴ではないということだけ。………これだけ問いただしても情報がそれだけって、それはそれで変じゃね?

そしてそんなことを疑問に思って悩んでいても、結局明日には会うから関係ないようなもんなんだけどね。

 

「それで、パラドさんはその後大丈夫なんですか?」

 

「ああ、今朝倒れた後は健康そのものだし、心配することないぜ」

 

「………そうですか」

 

 目を伏せながら悲しそうな顔をする早苗を見て、やっぱり心配かけたよなぁと猛省することしかできない。寝ている間に1回。落ち葉が舞うのを見て1回。それぞれバラバラのタイミングに見る何かの記憶。何が引き金になるかがわかんないのと、誰のどんな記憶だったのか目が覚めてからすぐ忘れるってのが一番ネックだよなやっぱり。

多分、俺がかつて取り込んだ誰かの魂の記憶なんだろうけど、自分で自分の中にある記憶をほじくり返そうとしても何にも思い出せないんだよな、これが。

まあ俗にいう「何を忘れたんだか忘れた」ってやつだ。何かを見たことは分かってる。何かを忘れたことも分かってる。それが思い出せない、と。

 

「何がトリガーになるかわからんから困るな………っとと、あちち………」

 

 ちゃぶ台に乗せられた料理の一つ、味噌汁を飲もうとしたら舌が驚いた。冷まそうとしばらくフーフーしてから少し唇を触れてみたが、煮えたぎるような熱さに変化はない。

 

「…? パラドさん、どうかしましたか?」

 

 何だこれ、こんなに熱いもん人間の食うもんかよと疑問に思いつつ5分ほど味噌汁と格闘していると本気で困惑した顔の早苗が俺に聞いてきた。

 

「いや、なかなか熱くてさ………手こずってる」

 

「………? 昨日のお夕食もお味噌汁でしたけど、普通に飲んでましたよね?」

 

 それを聞いて驚いた。

そういやそうだったな、昨日は普通に飲めてた。今お椀の中になみなみと注がれている味噌汁は湯気こそ上げていないもののマグマ級の熱さを秘めている。

ところがどっこい、昨日の俺はもうもうと湯気が上がる味噌汁をうまいうまいと飲んでいた。

不思議だな~と思いつつ上の空で味噌汁をグビッと飲み込み、直後に俺は死を覚悟した。こんな熱いもの飲んだら、死ぬ。味噌汁が口の中に滑り込み、のどを伝って体内に入り込んだ。

顔をしかめ、味噌汁を睨みつけながら俺は一つつぶやいた。

 

「ぬっる」

 

 人肌ほどにまでぬるくなった味噌汁をグイッと全部飲み込み、早苗に頼んで熱々の味噌汁のお代わりをついでもらった。

 

 湯気がもうもうと上がる熱々の味噌汁は、出汁と味噌の分量が絶妙でうまかった。

 

夕食を終え、早苗の食器洗いを手伝ってから自分の部屋に戻り、今朝起きたことを起こい出して布団をじっと見つめた。

 

「…また明日の朝にああなるなんてことないよな………?」

 

 何が原因かわからない以上、考えても仕方無いことなんだがそれでも不安だ。………考えてみれば、昼に俺が落ち葉掃きをしていた時、落ち葉が何かとダブったんだったっけ………ひょっとして、誰かの魂に強烈に張り付いてる記憶の情景に俺が近づいた状態になることでトリガーになったりしてるのか?

だとしたら回避手段は皆無と言っていい。何がきっかけになるかわからないうえに、日常のちょっとした場面ですら起きるんだったら………

 

「………まあ、悩んでも仕方ないか。覚悟を決めて寝てみよう」

 

 見る可能性大いにあり。見ない可能性もあり。

じゃああーだこーだ悩んでも意味はない。見た時は自分で自分の感情に対処。見なかったらラッキー。軽く考えすぎだけど多分長考しても答えは変わらないんだよね。

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

「あ、パラドさんおはようございます!」

 

「おう、おはよ~」

 

 結論、何にも見なかった。

何か見たことを忘れている可能性もあるけど、今までの二回は見たことは覚えてるけど見た内容を覚えられていない状態だったし、見たことまで忘れたことはないからから多分違うだろうな。

一回見た記憶は二度は見ないのかもしれないし、あの時寝ている間に俺が何かしら寝返りなり寝ぼけてなり何かトリガーになるようなことをやった可能性もあるしな。

 

まあパニックになるようなこともなかったし、よかったよかった。

 

朝飯を食べて昼になって掃除して、昼飯を食べて諏訪子を手慰みに作ったオセロでコテンパンにしていると早苗に呼び出された。

 

「角とられっから負けんだよ。もう一回やるか?」

 

「んぐぐ…もう一回!」

 

「パラドさん、お客さんが………古明地さとりさんが来ましたよ」

 

「んあ、そうか。じゃあ悪いな諏訪子、また後でな」

 

 部屋から出て廊下に立つ早苗と合流した。早苗は神奈子をオセロに誘いに行った諏訪子をほほえましそうに見送る。

 

「諏訪子様楽しそうですね…パラドさんの地元にあった遊びがすごく気に入ったみたいです」

 

「よえーけどな。今んとこ俺の30連勝中」

 

「強いんですねパラドさん…」

 

「一応向こうでは「天才」と呼ばれてたからな」

 

 今ではもう昔の話だ。

永夢の身体にバグスターウイルスとして感染していたころ、よくゲームの大会で優勝して天才ゲーマーって呼ばれてたっけ。最近は全然ゲームなんかやってなかったし、いくらか弱くなった自覚はあるが、それでもゲームをやり始めてから一日程度の相手に負けるほど腕は落ちちゃいない。

 

早苗に奥の部屋に案内されて、部屋の中で待ってろと言われたので座って待つこと1分そこいら。

 

不意にふすまが開いて、早苗が先に部屋に入ってきた。後に続いて、やや癖のあるボブの薄紫色をした髪の毛で、フリルの多くついたゆったりとした水色の服装をしていて、下は膝くらいまでのピンクのセミロングスカートの少女がやってきた。

 

「パラドさん、こちら、地底にある「地霊殿」の主の古明地さとりさんです!」

 

「おう………俺はパラド、よろしく…ん?」

 

 入ってきた少女、古明地さとりは、俺の顔を見た瞬間に顔を真っ青にして固まった。いきなり驚愕されて困惑した俺はどうしたものかと居心地の悪い思いになった瞬間、古明地がいきなりその場にしりもちをついた。

 

「ひっ……やあぁ!」

 

「え!? さとりさん!?」

 

「うお!? ちょ、大丈夫か!?」

 

 人の顔見てしりもちをついて怖がるとか失礼すぎないかと思いつつも、心配なことに変わりはない。慌てているだけの早苗をどけて、肩を揺さぶって顔を覗き込もうとした瞬間、俺と顔をあげた古明地の目が合った。

 

「ひっ…!」

 

 目が合った瞬間に古明地の目に恐怖が浮かぶ。今度はなんだと思った瞬間、古明地の掌から大量の光弾が発生し、一気に俺に向かって飛んだ。

よける間もなく、まともに食らって吹っ飛んだ俺は壁を突き破り、隣の部屋の壁に衝突して停止した。

 

「痛てて…何なんだよ、いきなり………」

 

 幸い大きく吹っ飛ばされたものの大した大怪我はせず、壁にもたれかかってへたり込んだだけで済んだ。

 

「ん………?」

 

 自分の座っている態勢に、違和感を覚えた。

……………!

そうだ、俺は……………………わた、し…は………

 

こうやって何かにもたれかかって、死んだことがある。

 


 

「………馬鹿な女。死になさい…今ここで」

 

 木にもたれかかりながら息を荒く吐く少女に、誰かが声をかけた。長い黒髪の女が蔑むような視線を向けながらエビのような姿の怪人、ロブスターオルフェノクへと変貌した。

少女は抗おうと体に力を込めたが、一瞬体がぼやけただけで少女の身体には何も起こらなかった。

 

「変身………できない………!」

 

「どうやらオルフェノクの力を失ったようね」

 

 死が、少女の身に近づいている。少女は目をつむり、怪物である、オルフェノクである自分を愛してくれた人間の青年を思い浮かべた。

まるで、青年との思い出のすべてを魂に刷り込むように………

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 命の灯が消えかける少女は、木の幹にもたれながら座り、最期に最愛の相手へメールを打っていた。伝えたいことがたくさんあった。彼が楽しみにしていたデートに行くことができない謝罪、彼と出会えたことへの感謝。そして彼の夢を応援したい思い。残されたわずかな時間を使い少女はメールを打つ。

 

――――――――――――――――

――――――――

――――

――

 

ごめんなさい、啓太郎さん

 

私、今日行けそうにもありません。

 

私も、啓太郎さんと普通のデートがしてみたかったな。みんながしてるみたいに。

 

お茶を飲んだり、映画を見たり、散歩したり。

 

私、幸せでした。啓太郎さんに出会えて。

 

どうか、啓太郎さんの夢がかないますように。

 

世界中の、洗濯物を真っ白にして

 

そして、世界中のみんなが、幸せになりますように。

 

――

――――

――――――――

――――――――――――――――

 

最期にメールを送信し、少女…長田結花はゆっくりと目を閉じた。

死への恐怖は、結花にはなかった。

殺されたことへの怒りも、私にはなかった。

 

私の身体が徐々に崩れ、宙へ灰と羽が躍る。

 

あぁ………啓太郎さん………

 

――――――――――――――――

 

――――――――

 

――――

 

――

 

 嘘だ………こんなこと、あっていいはずが無い。

 

これが事実なら、()の、木場()の思いはどこへ行くと言うのか。

 

「ごめん、啓太郎…俺彼女のこと、助けてやれなかった…ごめん…ごめんな」

 

「人間のせいだ………! 奴らが……奴らが長田さんを!!!!!」

 

 乾巧()の仲間に起きた悲劇は、間違いから起きたものだったというのか。

 

「オルフェノクなんて滅べばいいんだよ一人残らず!………この俺もな」

 

 木場勇治()の絶望は、あれはまやかしだったとでもいうのか。

 

「だから一生懸命生きてんだよ…人間を守るために!」

 

「守る価値のないものを…守っても仕方ない!」

 

 二人(僕たち・俺たち)の対立は、いったい何のためにあったというのか。

 

「また…会えるか?」

 

「君が人間を捨てるなら…友として。 人間であり続けるなら、敵として」

 

「俺は人間を捨てたりはしない。何があってもな」

 

 一体、何のための絶望だったのだ。

何のために?

誰がために?

何の意味があって?

 

 無いと言うのか、何も。

 

そんな、そんな馬鹿な話があるものか。

 

嘘だ。

 

こんな記憶、まやかしだ。

 

あっていいはずがない。こんなこと。

 

長田結花(私・彼女・長田さん)が死んだとき………木場勇治(木場さん・木場・僕)は彼女が人間に殺されたと思い、人に絶望した。

 

しかし、長田結花(私・彼女・長田さん)を殺したのはオルフェノクだった。

 

乾巧(乾さん・俺・彼)も、このことは知らなかった。

 

三人が三人なりに見た絶望の記憶が、俺の中に入り込んだせいで一つに混ざった。

 

見えてはいけない部分が見えた。

 

知ってはいけ無いことだった。

 

こんな………こんな………

 

ああ、あ…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ああ                                ああああああああああ       あああああああああああああああ                 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ     あ      あああああああああああああ    あああああああああ   ああ                                         あああああああああああああああああああ     ああああああああああああああああああああああああああああああああああ   あああああああああああああああああああああああ     あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ        あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ                                                              ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ                                 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ                              ああああああああああああああああああああああああ      ああああああああああああああああああああああああああああああ                   あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ     ああああああああああああああああああああああああああああああああ      ああああああああああああああああああああああああああ

 


 

「………さん………………パラ………さん………パラドさん!」

 

「があぁ! はぁ! はぁ!」

 

 胸が苦しい。体が燃える。痛い。痛い。痛い痛い痛い。頭が砕けそうだ。

 

「パラドさん! しっかりしてください!」

 

 だれかの、こえが、きこえる、でも、あれ、あれは、だれの、こえだっけ

 

「ああ、あ……ぎぃっやああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 体中を覆う鈍痛。もはやどこが痛いのかすらわからない。体中の至る所に爪を立ててかきむしり、自分の髪の毛を掴めるだけ掴んで力任せに引きちぎった。

 

「ぐ、ぶげ………げえぇぇぇぇぇぇぇ!!がぁ!げほょ!!!!おごゅ!!!!ぅがゃ!!!」

 

 腹の中のものがすべて逆流して口から噴出した。水たまりのように畳に広がった吐しゃ物のど真ん中に何度も何度も吐き続けながら頭を打ち付ける。畳が吹き飛び、床が割れ、額が割れても何度もやめられずに頭を振り続けた。

床を割ったせいで打ち付けられず、ただ頭を振り下ろすばかりだが、それでもどうしてもめられない。頭をぶっ壊さないと、俺の頭がおかしくなりそうだ。

 

「パラドさん! やめてください! 落ち着いて! こっちを見て!!」

 

「ぎ、がぁ………ああ!」

 

――――――――――――

殺せ……殺せ……人間を殺せ………

――――――――――――

 

 ダレカノ コエガ キコエル シタガワナクチャ

 

 コロセ コロセ ニンゲン コロセ メノマエニ オンナガ イル

 

 チョウハツノ オンナガ コッチヲミテル ダレカニ ニテル オマエ オマエ シッテルゾ

 

 オマエ オマエ ヨクモ オサダサンヲ コロシタナ

 

 オマエ オマエ ユルサ ユルサナイゾ

 

 オマエ オマエ オマエモ オマエモ コロシテ コロシテヤル

 

――――――――――――

よせ! やめろ! 木場!!!

――――――――――――

 

「あ、がぁう!!!!」

 

 早苗の首元まで伸ばしかけていた右腕を左手で掴んで止め、逃がさないように手首に噛みついた。砕けた床板からのぞく五寸釘を左手でつかみ、暴れ狂う右手に何度も何度も突き立てる。

それでも暴れ狂う右手は止まらない。釘を突き刺した穴から青い焔が瞬き、肩の付け根から指先までがまるで切り落とされたトカゲの尻尾みたいにのたうち回り、何度も何度も跳ね回る。

 

「止まれ! 止まれ! 止まれ!! 俺は、俺はもう、誰かを傷つけるのなんざ嫌なんだよ!!!!!!! 止ま、れぇ!!」

 

 穴だらけになった右腕から感覚が消え、腕を持ち上げられず所存無さげに指が畳を何度も何度も引っ掻く。恨めし気にもがく右腕は、やがて少し震えて止まった。

 

「よかっ た…さ、なえ……………」

 

 これで誰かを傷つけることはない。

安心した俺は、そのままゆっくりと床に身を預け、すぅすぅと寝息を立てた。

 




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第30話:初めましてをしましょう

 早苗視点

 

「お力になれず、おまけに神社で暴れてしまい…申し訳ありません、早苗さん」

 

「いえ、気にしては、いませんから………」

 

 さとりさんがそう言って頭を下げる。むしろ気を使わせてしまってこちらが恐縮して頭を下げると、さとりさんは「心は私の専門分野なのですが…あんなに取り乱してしまうなんて」とうなだれた。

 

 さとりさん………古明地さとりさんは、俗にいう「さとり」妖怪。心を読む妖怪さんです。パラドさんが何かを悩んでいてそれを隠していたことは察していたので、第三の目を用いて相手の表層意識を見ることができるさとりさんならあるいは、と思ったのですが………

 

「それで………どうでしたか? パラドさんの心は」

 

「………あんな心は、初めてです。普通、心は一個の生命に対し一つまで…と相場が決まっているのですが」

 

 さとりさんによると、パラドさんの心を読もうとして第三の目を発動したが、見れなかったとのことです………他の、数多の心にさえぎられて。

 

「他者の心………魂を体に定着させるのがあの方の能力なのか、それとも悪霊のようにあの方に魂が張り付いているのか………それすらも判別できず………気が付いた時には、アレを遠ざけたいい一心で、思わず、攻撃をしてしまい………」

 

「そ、そんなに………さとりさんから見て、恐ろしいものだったのでしょうか?」

 

「ふつうは一つの物が異常に多くある………早苗さんは首が、あるいは目玉がなん十個も異常に多くある者を見て、少しでも不快に思うなら、おそらく先ほどの私の恐怖の片鱗だけでも理解できるかと」

 

 さとりさんはぼそりと「あんなモノ、二度と見たくない」と呟きました。普通の心がどんなものかが理解できるさとりさんには、パラドさんの心の異常さが普通以上に分かってしまったみたいです。

 

「あの…どれくらいの魂が…パラドさんの魂にくっついていたかは、わかりませんか? 大体でいいので………」

 

「………20と少し………くらいだったと思います。すみません、アレをもう一度見て正確な数を数える勇気は、私には………」

 

「いえ…どうも、ありがとうございました」

 

 さとりさんは変える支度を済ませ、神社の外に出た時に思い出したように振り返り、私に一言だけ言いました。

 

「私があの人の心をのぞこうとしたとき、見つめた先で、数多の魂に見つめ返されました………あれが、自分の心を見られる感覚なのでしょうか」

 

 さとりさんを見送って、眠ってしまったパラドさんを運び込んだお部屋に行くと、お部屋のふすまが開いていて、縁側に人影が腰を下ろしています。

 

「パラドさん、まだあんまり動いては………」

 

「ん…」

 

 首を回し、振り向いた人はパラドさんではありませんでした。

 

黒いコート、紺色のジーンズを履いていて、髪の毛はやや癖のある茶髪。どことなく不機嫌そうにもけだるそうにも見える表情をしていて、少しとがった切れ目の目に見つめられます。

 

「あ………えっと、あなたは………?」

 

「巧………乾巧」

 

 今回は、乾さん………つまり、そう言うことなんでしょう。

乾さんの横に腰を下ろし、分かっていながらも、分かり切った質問をつい飛ばしてしまいます。

 

「あの………パラドさんは?」

 

「寝てる」

 

「そう………ですか」

 

 また、眠ってしまいましたか。まあ、乾さんが出ている時点でもう察していましたが。今回も、また解決できずに失敗してしまったということでしょう。

 

「あんた、なんだってこいつにかまうんだ?」

 

「はい?」

 

「面倒だろ、どう考えても」

 

「ああ………だって、一度仲良くなってしまいましたし………パラドさんを、助けてあげたいんです」

 

「あんたのこと、忘れられてもか」

 

「これが初めてじゃありませんし………また仲良くなって見せます!」

 

「…そうか」

 

 ぶっきらぼうに呟くと、乾さんはごろんと仰向けに横になり、空をジィッと見つめてしまいました。話し合いは終わり、と言う意思表示なんでしょうけど、今回こそ聞きたいことがあるんです。

 

「乾さんがどういう方かは大体予想がつくので聞きませんが、今回パラドさんが見たものを、教えていただけませんか?」

 

「ダメだ」

 

「またそれですか………前の方もそうでしたし………教えていただかないと、こっちもどうしていいのか分かりませんよ。教えてください」

 

「俺だけの問題じゃないし、大体俺は死んでんだ。生きてるあいつから聞き出せよ」

 

「パラドさんは言ってくれないんですよ………そのせいで、何度もやり直しです。前回はアンクさんでしたし、その前は信彦さん………初めての音也さんの時なんて大変だったんですよ? 神奈子様を口説き始めちゃうし………………驚きましたよ。いつの間にかパラドさんが消えてて、見たことない男の人がお部屋にいて………皆さん、パラドさんの心を、教えてくれない………」

 

 パラドさんが何を見たのか、それさえ教えてもらえれば、進めるうえで手掛かりになるかもしれないのに………どうして皆さん教えてくれないんでしょうか………

 

「他人に教えたって意味がない。自分のことは自分で何とかするべきだ………ってのは建前で、俺も、誰も、言う勇気がないんだ。怖くて言えないんだ」

 

「………それが、皆さんが言ってくれない理由………ですか」

 

 そう聞き返すと、乾さんは「そうだ」とだけ答えて目を閉じてしまいました。パラドさんも、それは同じなのでしょう………でも、これではいつまでたっても同じことの繰り返しです。次は多少強引にでも………

そんなことを考えていると、不意に乾さんが跳ね起き、こっちに顔を向けました。

 

「え? え? どうしたんですか?」

 

「あいつが起きる。準備しろ」

 

「え!? もうですか!?」

 

 早い、いつもならまるまる1日はこのままなのに、今回はとっても早いみたいです。

慌てふためく私をしり目に、乾さんは自分の掌をのぞき込みました。音もなく、真っ白な灰が乾さんの掌から零れ落ちます。

乾さんの身体が完全に灰になり、風に乗ってお部屋の中に吸い込まれるように入っていきます。慌てて追いかけ、お部屋の襖を開けると、パラドさんが横になっていました。

 

 これで、もう5回目。

 

パラドさんは、何かの拍子にパラドさんの魂と一緒にパラドさんの体に入っている他の人の魂さんの記憶を思い出します。

 

よほど怖いのか、悲しい記憶なのかは私には分かりませんが、何度か記憶を思い出して、パラドさんが許容できる量を超えた時、パラドさんは発狂に近い状態になり、しばらくの間パラドさんの魂は他の人の魂さんに体をランダムに明け渡し、眠ってしまいます。

 

パラドさんの魂が眠っている間は、そのランダムに選ばれた他の魂さんがパラドさんの身体をその魂さんの生前の姿に変え、ある程度好きに行動します。

 

しばらくするとパラドさんの記憶から許容できなかった記憶………思い出した過去の他の人の記憶と、それまでの間の自分の行動すべてを完全に忘れた状態で目を覚まします。

 

つまり………パラドさんは、私や諏訪子様、神奈子様達と過ごした全ての時間を忘れてしまいます。

 

 横になり、お布団の中に入っていたパラドさんの目がぱっちりと開きました。

 

「あ、気が付きましたか?」

 

 もう、何度この最初の声掛けをしたでしょうか。私とあなたの初めまして。

 

「………ん………」

 

 眠そうに眼をこすり、パラドさんが体を持ち上げて一つつぶやきます。

 

「俺の覚悟…………………何だったんだ………まあ………生きているのは悪くない………」

 

 いつもの通り、パラドさんは何か一生懸命考え始めてしまいました。狙いすましたタイミングで、「あの?」と声をかけると、パラドさんがはっとしてこちらを見直しました。

 

「ああ、悪い。気を失ってたみたいだな。ありがとう。あんたは?」

 

「わたしは、東風谷早苗と言います!」

 

 あなたにする、6回目の自己紹介。初めまして、パラドさん。

 

「いい名前だな。………じゃあ、ここは何県のあたりか教えてもらえるか?」

 

「………………やっぱり」

 

 パラドさんは、何が「やっぱり」なのかわからずに首をひねってしまいました。「やっぱり(また忘れてしまったんですね)」でも大丈夫です。ここでやっぱりと口を滑らせて言っても、フォローは完璧に考えていますから。

 

「やっぱりあなたは、先日の「星降り」の人ですね」

 

 星降り

それは、幻想郷に起きた大異変。博麗大結界が破られて、幻想郷が大混乱になったあの事件。パラドさん、あなたがここに来た日。

 

また初めましてになってしまいましたが、パラドさんを私は助けたいです。パラドさんとは2~3日づつくらいしか一緒にいたことがありませんけど、それでもパラドさんは優しい、素敵な人だって私は覚えています。

 

だから、もう一度、初めましてをしましょう。

 

 この幻想郷の説明を済ませて、パラドさんに帰るまで行くところがないだろうしここでお世話をしますと話すと、パラドさんは「世話になりっぱなしは悪いし、雑用くらいはさせてくれ」と言いました。本当に変わりませんね、パラドさん。

 

「じゃあ………世話になる。よろしくな東風谷」

 

「………はい、よろしく、お願いします………」

 

 また………私のことを早苗と呼んでくださいね、パラドさん。




※今までのシーンで読み返すとおかしな点※

0:初手の段階から早苗がやたらパラドに親し気。グラファイト編の妖夢の場合は親しくなるためのとっかかりがあったが、パラド編にはそれが無い。

1:パラドが初めてやるはずの雑務の呑み込みがやたら早い。初見のはずの雑巾がけもまるで何度もやったことがあるかのような対応。

2:パラドが素手で薪を裂いていた時、早苗が全く驚いていない。幻想郷の住民なら素手で木を裂く位は珍しくはないが、それでも最初に斧を探していたあたり、最初の段階で斧が必要と判断した過去があったから。早苗は過去の体験をなぞっているのが分かる。

3:パラドの表情を読むのが得意な早苗。1日そこらの付き合いではあの勘の良さは異常。しばらく付き合いがない限りは。

4:早苗の「やっと名前で呼んでくれましたね」今回の周期では魔理沙の泥棒トラブルがあったため、今までと比べて呼び捨てのタイミングが遅れたからこの言葉が出た。

5:パラドの「………諏訪子って誰よ?」と言う言葉。早苗の神社に住むうえでの説明に漏れがあったことを表している。何度も繰り返しているせいで、説明したか否かを失念したようだ。もしくは、魔理沙の泥棒トラブルが無ければいつもはこの段階ですでに諏訪子がパラドと会っていたのかもしれない。

6:パラドが夢を見て神社から飛び出した今回の周回での1回目の記憶覚醒時、狙いすましたかのように早苗が登場し、見事なカウンセリングでパラドを立て直した。早苗はある程度は記憶に混乱するパラドの対処法が分かっている。

7:早苗の「何かまた見たりしたんですか?」と言う言葉。この時の段階では早苗が本来知りえる情報は「パラドが夢で何かを見た」のみであり、「時々誰かの記憶を垣間見る」ではないはず。雑用中に眠って夢を見るとは考えにくいため、何度もパラドの相手をしている早苗はもう「時々誰かの記憶を垣間見る」ことを熟知しているからこそこの言葉が出た。

8:パラドの「何も見なかった」と言う嘘を早苗が見破り、早苗に呼ばれてさとりが来たこと。これまでの周回でもパラドは1回目以降は自分で何とかしようと早苗に「何も見なかった」と嘘をつくようになっており、強硬手段として心を読めるさとりを呼び出すことになった。残念ながら、結果は芳しくなかったようだ。


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第31話:1番最初の初めまして

※時間軸がこの小説内の第1話以前に遡っています。混乱してしまうかもしれませんが、どうぞご混乱ください※


 

 

 早苗視点

 

 博麗大結界が崩壊して、一時的に幻想郷全体が大混乱になってから収拾がつくまで、私や霊夢さんに魔理沙さん、諏訪子様や神奈子様など様々な方々が異変の混乱を収めることに尽力し、3日ほど続いた混乱がようやく収まった次の日、ごはんのお使いに行こうと買い物かごやお財布の準備と確認をしていると、神社の手水舎(身を清めるための手水の場が用意されている所)の方から何か大きなものがぶつかった音がしました。

 

 何事かと手水舎に向かうと、手水舎の屋根に見慣れない影が…近づいてみると、屋根に人が突き刺さっているようでした。

 

「…! 大変! 神奈子様! 諏訪子様ー!」

 

 慌ててその人を…男の人でした。屋根から引っこ抜き、神社の奥のお部屋に連れて行って寝かせました。

 

「早苗…この男、体が所々焼け焦げてる。あの結界を破った熱線と関係がありそうじゃないか。異変にかかわりがあるなら、守矢の手柄になるね」

 

「それに信じられないくらい強そうだね~ どうやら人じゃなさそうだよ」

 

 神奈子様も諏訪子様も口調は軽いけれど、顔は真剣そのものでした。失礼とは思いつつも横に寝かせた男の人のポケットや服の中を調べさせていただき、危険な武器の類は持っていないだろうと、話し合っていると、不意に男の人が目を覚ましました。

 

「ん………」

 

「おや、目が覚めたみたいだね。あんた、こっちが見えるかい?」

 

「んぁ? ………どこだここ」

 

「ちょっと、聞いているのかい?」

 

 男の人は目を覚ますとすぐに立ち上がり、あたりを見回しました。神奈子様が前に出て、男の人に再度話しかけます。

 

「ああ、悪い… 俺は………気を失ってたみたいだな」

 

「…あんた、ここがどこだか知ってるかい?」

 

 男の人はきょとんとした顔で、「寺か神社?」と答え、神奈子様は続けて「ここら一体全部の呼び名だよ」と聞きます。すると男の人は、「日本だろ?」と答えました。

 

「「幻想郷」と答えられない…確定さね…あんた、外からここへ来たね。異変の首謀者かい?」

 

「は?は? 何?」

 

「悪いけど動いたら承知しないよ。いくつか聞きたいことが――って」

 

「嘘、消えた!?」

 

 いつの間にか目の前にいた男の人がいなくなっていて、気が付くと後ろの障子が全開になっています。一瞬で出ていったの!?

 

あまりの早技に驚いていると神奈子様が一言だけ「諏訪子」と呟くと諏訪子さまが「はいはーい」と元気よく返事を返しました。同時に地面が震え、大きな地震が起こり始めました。

諏訪子様の「坤を創造する程度の能力」です。坤とは地を意味していて、岩石、土、水、植物、マグマなどを無から創造、操作出来るという強力な能力です。神社の外から「おわっ」と驚いたような声が聞こえ、外に出てみると神社の庭園に大きなすり鉢状の穴が開いていて、その中心にさっきの男の人が落っこちていました。

 

「何だこりゃ、地面に落とし穴?」

 

「悪いけど、逃がさないよ~ おとなしく捕まってくれる?」

 

「そんなこと言われてもな。俺にも俺の事情があるんだ…よっと!」

 

 4~5mほどの穴からひとっ飛びで飛び出してまた 逃げようとした男の人の目の前に、今度は雷が落ちました。男の人は今度は驚愕に顔を見開いて、こっちを振り返ってきます。

 

「次はあんたの頭に雷落っことすよ…そこから動くな」

 

 そう言って神奈子様がすごみます。いつの間にか豪雨が降り始めていて、これは神奈子様の「乾を創造する程度の能力」です。乾は天を表し、どこまでが可能かは私も知りませんが風雨を操るの程度は造作も無いと聞いています。

男の人は「何なんだよマジで!」と天を仰ぎ見てから、何かをぶつぶつと呟き始めました。

 

「ん~と、雷は確か高い空に昇っていく氷の粒と、地面に向かって降りていく氷の粒がぶつかり合うことで静電気が発生して、雲の中にどんどん電気がたまっていくんだよな。 そして雲はためられなくなった電気を地面に向かってにがそうとする時に雷が発生する、と………」

 

「…? なにぶつくさ言ってんのさ?」

 

「電気は電荷の移動や相互作用によって発生して、導体へと流れるから………ああ悪い、ちょっと考え事してたよ。いつでもいいぜ」

 

「はッ…言うじゃないかい!」

 

 神奈子様が腕を振り上げると、再び雷が落ち、男の人に落下しました。しかし雷は男の人に触れる直前に枝分かれし、地面の亀裂の中に吸い込まれるようにして消えてしまいました。

 

「なっ…なにが…」

 

「電気は導体に流れやすいってよく言うだろ? だからちょっと小細工して、電流の道を記してやっただけだよ。まあ原子核の電子の動きを止めて雷本体をかき消してもよかったけどな」

 

 男の人は「理系がいて良かった良かった」とけらけら笑っていますが、こっちは意味が分かりません。男の人が手を高く上げると、雨がやんで雲が一気に消えていきました。

 

「天気のいたずらはもうできないぜ。どうする?」

 

 男の人が頭の後ろで腕を組んで余裕そうにしていると、今度は地面が割れてマグマが噴出しました。男の人の上に降り注ぎそうになったマグマは、男の人がちらりと見ると一気に固まり、火成岩になって粉々に砕け散ってしまいました。

 

「温度を変えて固めりゃあマグマなんて結局岩だ。 なんか勘違いしてるみたいだが、俺はあんたらが話す首謀者どうのこうのは知らねぇよ。 落ち着いて話してくれるんなら俺も逃げないし抵抗しないけど、どうする?」

 

 神奈子様は少しの間顎に手を当てて考え、すぐに「よし、分かった」と言って神社に戻ってゆきました。

 

「あ、あの………貴方は、いったい?」

 

 諏訪子様も神奈子様も本物の神様です。それなのに、お二人の能力を完全に押さえつけてしまうなんて………

 

「俺はパラド。バグスターウイルスだ」

 

 これが、私がパラドさんと初めて会った、一番最初の初めまして。




ここからは少々早苗視点での過去編が入ります。

お読みいただきありがとうございました。


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第32話:掴めない人

お久しぶりです。今回は話し合いがメインですが、楽しんでいただけたら幸いです。


 早苗視点

 

「んで、その結界とやらがぶっ飛んで、外の世界がどうたらこうたらの大混乱が起きて? ようやく収まって一息ついてたら俺が落ちてきた、と………」

 

 男の人………もとい、パラドさんは「超怪しいなぁ、俺」と言ってヘラヘラと笑っています。

 

「つまり、あんたは外の世界から来てはいるけど、異変には無関係ってことかい?」

 

「ん~あるなしで言えばあるとしか言えないな。川の上流から人間が流れてきたとして、そいつに「お前が流れてきたのは川と関係あるか?」って聞かれたら大体誰でも返事はYESだと思うぞ」

 

「つまり、関係はあるけど主犯でも元凶でもない、と」

 

 神奈子様が言葉を返すと、パラドさんは「そうそう」と何度もうなずきます。ですが、この人が神奈子様や諏訪子様と言った神様と同等もしくはそれ以上の力を持っているのは明白で、油断できません。じぃっと見つめていると、パラドさんはむずがゆそうに肩を揺らし「そんなににらむなって、早苗ちゃん」と馴れ馴れしく肩に手を置こうとしてきます。

 

「貴方の力が外の世界でどれほどのものかまでは分かりませんが、少なくともここ幻想郷では明らかに上位種に食い込む次元の強さなんです。だから、貴方が結界を破った可能性もまだ捨てきれません。にわかに信じるのは難しいです」

 

「まあ我ながら規格外だからなぁ、俺。 でもさっきから言ってる破られただの壊されただの言ってる「ハクレー大結界」ってのはなんなんだ?そう簡単に壊れちまうようなヤワな結界だったら、こんなに騒ぎにはならないよな? 意外と偉大なもんだったり?」

 

 それを聞くと、神奈子様は「あたしも概要くらいしか知らないんだけどね」と前置きして、話し始めました。

 

「博麗大結界は、幻想郷全体を覆う巨大な結界で、外の世界と幻想郷の行き来をほぼ不可能にしているのさ。ただし、結界と言っても蓋や壁みたいに覆ってるわけじゃなくて、なんて言うか、進もうとしても気付いたら元の場所に戻っている的なやつで…」

 

「んああ、道を一本でも間違えたら入り口に戻される迷いの森的な奴か」

 

「ただ…それは意志を持って進んでいる存在の進みを妨害する役目しかもっていない。つまり…」

 

 神奈子様がそこまで言うと、パラドさんは「なるほど」と一つ頷き、疲れたように天井を見つめてため息をつきました。

 

「逆にいえば意志を持たない太陽の光だの、雨だの、隕石だの、レーザーだの………そのレーザーに巻き込まれて一緒に吹っ飛ばされてきたような俺だのは通しちまう、と」

 

 そこまで言ってから、パラドさんは「ん?」と眉間にしわを寄せ、過ぎに「あん?」と気の抜けたような声をあげました。

 

「ちょい待ち、結界に直接の防護機能が無いなら、レーザー(デウス・ブレス)で壊れようがないだろ。結界崩壊で異変起きたって、その話が成り立たないぞ」

 

「いや………まあ、ミラクルと言うか、不運と言うか………」

 

 なんと言えばいいのか、と頭を悩ませる神奈子様。確かに、あれは不幸中の不幸でしたからね…幻想郷に住んでいいるほとんどの方々も、口をそろえて「いや、流石にそれはできすぎてる」とおっしゃってましたし。

 

「神奈子様、私が言います。博麗大結界を維持している博麗神社、そこが件の光線の着弾地点です」

 

「いや、流石にそれはできすぎてる」

 

「言うと思いましたよ。もう…」

 

「ミラクル過ぎるだろ。え? マジで? そんなことあるのか? 神社吹っ飛んじゃったの?」

 

「いえ、無事です」

 

「………どゆこと?」

 

 パラドさんはいよいよ混乱した様子で、悩んだ風もなく呆然と天井を見つめています。思考を捨てましたね。この人。

 

 実際は神社そのものに直接的な力はなく、結界の維持に必要なのは博麗の巫女と博麗神社周辺の木々となっていて、神社そのものは乱暴に言ってしまえば箱に過ぎないのですが、このことを丁寧に説明しても結局「直接の力がない神社とか無益過ぎない?」とさらなる混乱を招いてしまいました。

 

「………なんだかよくわからないけど、神社は無事で、そこに住んでた人も無事。代わりに周りの木々の一部が吹っ飛んだ。それで一時的に結界がダウンした…ってことか」

 

「そうなりますね。…それで、パラドさん、あなたは本当に今回の異変の元凶ではないんですね?」

 

「しつこいな。何度も言ってるだろ? 俺は後部座席で寝てた(レーザーで飛ばされて来た)だけ。轢き逃げ(結界破壊)の責任なら、運転してたやつ(撃った張本人)に言ってくれ」

 

「元凶ではない…その証明はできますか?」

 

「本当に俺が結界を破ったor破る力を持ってるかって話か? 逆に聞くけどさ、中肉中背の男がいたとして、そいつが「俺かなずち(泳げないこと)なんですよ」と言ったとするよ。そいつに「本当に泳げないと証明できますか?」と聞いてどう証明させるわけ? 川に突き落として溺れさせても故意に浮かんでこなかった可能性もあるよ?」

 

「………確かに、不毛な質問でしたね」

 

「だから、【結界を破るほどの力はあるかもしれないし、無いかもしれない。そもそも破ろうとも思わないし、事実破ってもいない。そしてその証明は俺が結界を破らなきゃできないが、破ろうとも思わないし、破れるほどの力があるかどうかも分からない】俺が言えるのはここまでだな」

 

 神奈子様はつまらなそうに欠伸をし、「フワついた弁明さね」とだけ言って立ち上がり、部屋から出ていこうとします。

 

「え…神奈子様、よろしいのですか?」

 

「顔を合わせてみて、悪意だの敵意だのは感じなかった。嘘をついてる感じもね。まあ…よほど意を隠すのが達者って可能性もあるが、無害って判定でよさそうかねぇ」

 

 神奈子様がそう言うのなら…と自分を納得させ、「俺、もう行っていいのか?」と聞くパラドさんに簡単に謝罪とお別れの言葉を済ませ、外まで軽くお見送りをしました。

 

「行かせちゃってよかったの? 神奈子」

 

「諏訪子、あんたの危惧も分かるけどあれくらいならいてもおかしくない程度の戦力さね。能力特価で、純粋な力が無いと考えるならよりいてもおかしくないさ。あれ以上引き留めても何も新しい情報は入りそうにないしね。さあ、早苗、夕餉(夜ご飯の意)にしようか」

 

「わかりました! 腕によりをかけさせていただきます!」

 

 なんだが多少バタバタもしましたが、これで一応いつもと同じの日常が返ってきました。奥のお台所に行ってお鍋を引っ張り出していると、急に大きな揺れが神社の庭から響きました。

 

慌てて向かうと、地面に巨大なクレーターのようなものができていてもうもうと土煙が上がっています。あまりのことに呆然としていると、土煙が不意に霧散して中からパラドさんが顔をのぞかせました。

 

「痛って~な………急に何なんだよ、お前!」

 

 明らかに不機嫌な様子のパラドさんが大声で叫びます。一体どういうことかとパラドさんが睨んでいる方向に視線を向けて、再び私は茫然としてしまいました。

 

「ゆ………勇儀さん!?」

 

 そこには、楽しそうに肩をほぐしながら凶悪な笑みを浮かべる星熊勇儀さんが立っていました。




お読みいただきありがとうございました。

博麗神社ェ………

※星熊勇儀と言うキャラクターについては、次回のお話で詳しく書きます。


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