Fate/EXTRA Order (神凪颯)
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第1節「月の勝利者」

1年ぶりの投稿になります。神凪颯です。
以前作ってたお話ですが、改めて原作をプレイし直してから、そのうち書き直そうかと考えてます。
今回の話は第1話となりますが、基本的には原作のFGO遵守となってます。
多少は変えますけどネ



世界が燃えている。

土地は焼け、空は燃え、星の瞬きさえ見ることは叶わない。

暗雲の中、燃える炎だけが辺り(せかい)を照らしている。

 

瓦礫に埋もれ、その人類史の終焉を迎えようとしているその中でも……私は(きみは)……

 

 

ーーーーー目が覚めた。

ーーーーー欠けた(ユメ)を見ていたようだ。

 

 

目を覚ますと見知らぬ天井だった。

どうやら床に倒れて寝ていたようだ。

いや、知らないわけじゃない。見慣れてないだけだと思い返す。

 

状況を思い返してみよう。

 

名前は……岸波白野(キシナミハクノ)

ここは……どこだっただろうか。

 

あぁ…そうだった。

ここは、「人理継続保証機関フィニス・カルデア」だ

 

簡単なシミュレーターを受けたあと急な眠気で倒れてしまっていた。

その前は……

 

 

 

太陽系最古の遺物。量子コンピュータによる巨大な演算装置。ムーンセル・オートマトン

そこではその時代における魔術師(ウィザード)達が己が願いを叶えるために、その戦いに挑んだ。

岸波白野もその魔術師の1人であった。

月に招かれた128人の魔術師は、それぞれがマスターとなり、パートナーであるサーヴァントを用いてトーナメント式に勝ち上がっていくバトル方式の聖杯戦争。

 

サーヴァントは、人類史おいて伝承などから語り継がれた者、または過去において偉業を成し遂げた「英雄」を7つのクラスに当てはめて使役する最高位の使い魔のことだ。

クラスは剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)に分けられてそれぞれがクラスにある能力を持っている。

 

そこで俺…岸波白野はサーヴァント……うまく思い出せない…が、そのサーヴァントと共に聖杯戦争を乗り越え、熾天の檻に辿り着いたことで聖杯戦争の勝者となり、願いを叶えることとなった。

 

過去のあらゆる情報を記録として持ち続けるムーンセルの内部で、俺は自分の過去について知ることになった。

自分の過去、どのようにして月に来たのか、魔術師にどうしてなったのか…そして、地上の俺の肉体の全てもーーー

 

そして、聖杯戦争の勝者には、ムーンセルで自分の願いを入力する権利が与えられる。

願いなんて決まっている。

「2度と、聖杯戦争をしないこと」

それをムーンセルに入力しようとした。

 

しかしーーーーー

 

ムーンセルはその願いを受け入れる前に、ムーンセルは地上の…いや、過去の西暦における異常を観測した。

 

月の聖杯戦争が行われる西暦2030年よりも過去、西暦2015年の地球上における人類史が焼却され、2016年以降の人理が継続出来なくなるという。

人理が焼却されたままだとどうなるのか。

それは、今岸波白野が生きている時代そのものが消えてしまうことになる。

 

そうなってしまうと、今までサーヴァントと培ってきた絆、ここに至るまでに闘ってきたマスターやサーヴァントの想いまでもが消えてしまう。

サーヴァントとの記憶が曖昧でも、ここまで勝ち残ってきたサーヴァントとの記憶は身体が覚えている。

 

ーーーそれでも、やはり君は戦うのか

 

欠片のような声が聞こえた気がした。

闘うしかない。

岸波白野に出来るのは、いつだって前に進むことだけだ。

今は共に闘う(サーヴァント)がなくても…岸波白野にはいつだって前に進める脚がある…!

 

眠りかけた意識が再び覚醒される。

身体に再び力が戻ってくる。

 

ムーンセルは地上の観察を続けるために、古いムーンセルの最後の記録にある最後のマスターを西暦2015年に送り出した。

 

 

 

 

 

……そうだった…あのあと一瞬のような出来事だったから、自分に何が起きたのか混乱してしまったようだ。

 

身体を起こす。周囲を見回すが自分以外誰もいない。どうやら2015年の地上において、岸波白野の身体は正常に動くようだ。

おそらく、ムーンセルが今動く最適な肉体を選定し、岸波白野としてこの時代に送ってくれたのだろう。

久しぶりの(初めての)地上の重力や空気を実感する。

 

 

「おや、まだこんなところに候補生が残っていたとはね」

 

声をかけられ顔をあげると、長い髪を肩まで伸ばし緑色のスーツを着込んだ男性が話しかけてきた。

 

えっと…

 

「おっと、これは失礼した。私はレフ・ライノール。このカルデアで技術顧問をしているものだ」

 

その細い目からは彼の考えを読むことはできないが、その柔らかな物腰はきっと善人なのであろうと思わせる。

 

「君は…ふむ…岸波白野君か…最後のマスター候補生だね?

早くしないと、所長の説明会に遅刻してしまうよ?」

 

首からぶら下げていた入館証兼名札を見て彼は言った。

説明会…たしかにそのような話があった。人理焼却が実証されてしまう前に、それを解決するために、この時代におけるマスター適正という数値が高い者をマスター候補生と呼び、このカルデアに集結させて事態を解決するという…そのための説明会が司令室で今からやるらしい。

 

少しばかり身体の重さは抜けないが、管制室に急ごう。

 

 

 

 

 

 

 

 

管制室の重い自動ドアが開く。

中は厳粛な空気に包まれ、今の状況がとても切迫しているという気概が伝わってくる。

 

しかし、どうやら俺はここにたどり着くのは遅かったかもしれない。

 

「…っ!そこのあなた!この私がせっかく説明するというのに、遅刻してくるなんてどういうつもり!?」

 

扉を開けるなり怒られてしまった。

銀髪をなびかせた女性が苛立つような足音を立てつつ強引に引っ張るように俺の入館証をチェックする。

 

「岸波白野…あぁ、48人目のマスター候補生ね。

こんな一般人に聞かせる説明なんてありません!

即刻立ち去りなさい!」

 

あらぬ罵声を受けながら管制室を追い出されてしまった。

無理やり中に入るのも良くない。それこそ、今の人になにをされるかわかったものではない。

仕方ない。ここはーーー

 

 

「はーい、入ってま…ってええっ!?誰だい君は!

ここは空き部屋だぞ!僕のサボり場だぞ!?」

 

マスター候補生には1人1部屋マイルームが与えられる。

事前にもらっていたマイルームの部屋のドアを開けた途端、この仕打ちである。

部屋の奥のベッドの上で、オレンジの髪をポニーテールに束ねた男性がノートパソコンを構えながらこちらに驚いていた。

カルデアは…いや、月もこんな感じだったかもしれない。

 

 

 

 

「なるほど…事情はわかったよ。突然大声を出してすまなかったね。」

 

落ち着きを取り戻したようで、彼は自らをロマニ・アーキマンと名乗り、わざわざこちらに来客用の椅子を出してコーヒーまでいれてくれた。

 

「一応、医療班のトップでね。みんなには、ドクターや、Dr.ロマン、なんて呼ばれてるよ。

僕は気に入っていてね、浪漫(ロマン)なんてとてもいい響きだろう?」

 

思わず笑みがこぼれる。このDr.ロマンという人物はわりと気さくな人なのかもしれない。

 

「ところで、君も災難だったね?

ここにいるということは所長の逆鱗に触れてしまったのだろう?」

 

所長…さっきの女性のことだろうか

 

「そう。カルデアの現所長にして、時計塔の天文科であるアニムスフィア家の当主、オルガマリー・アニムスフィア。彼女が今のカルデアのトップさ。

所長はとても気難しい人でね、まぁ運がなかったと思うしかないね。」

 

運がなかった…そう言われてしまえばそこまでだが、それ以上は何も言えることは無かった。

だけど、なんの説明も受けることができなかった。このままでは、人類史焼却を防ぐためになにをすればいいのかすらわからない。

 

「そうか…説明を受ける前に追い出されちゃったんだね…それじゃあ、代わりに僕が説明するよ。」

 

 

それからロマニは今現在のカルデアに起きていること。管制室に設置されている擬似天体型観測装置や、近未来観測レンズなど、また、日本の地方都市において2004年までに観測されなかった歴史の歪みー特異点ーについてなど、そのためにレイシフトという擬似量子変換によりタイムスリップに近い形で特異点を修復する、というものだ。

 

「そのために、時計塔の優秀な魔術師や、マスター適性の高い一般人をかき集めて、ようやく48人のマスターを揃えられたということさ。」

 

なるほど…

自分はその寄せ集め枠に入った一般人ということなのどろう。

月の聖杯戦争においても、とても優秀なウィザードだったとは言えない。

それならば、一般人枠で入れられる方が、凡人である岸波白野にとっては負荷にはならないだろう。

 

それから少しばかり、ロマニと簡単な話をした。

なにもない。ただ食べてるお菓子が以前日本に旅行した時に好物になったとか、コーヒーの豆の僅かなこだわりとか、そんな傍からみれば、取るに足らないような話だった。

 

ふと、通信の呼び出し音が鳴った。

 

『ロマニ、管制室に来てくれないか。』

 

それはレフからロマニに対しての通信だった。

ロマニは簡単に「やぁレフ、どうしたんだい?」と返すと

 

『これからレイシフトを行うのだが、Aチーム以下何人かが精神的に不調を起こしてる可能性がある。

君、今は医務室だろう?そこからなら2分あれば来られるはずだ。頼んだよ。』

 

そこで通信は切れた。

ちなみにここは医務室ではなく、岸波白野のマイルームである。

とても2分で管制室までいける距離ではない。

 

「あはは…ま、仕方ないさ。僕はそれなりに階級のあるメンバーだからね、少しくらい遅れても構わないさ。」

 

それは無責任なのでは…

 

しかしロマニは気にすることなく部屋のドアを開けようとした。

 

途端ーーー

 

 

激しい地響きのような音が聞こえた。

 

『緊急警報。緊急警報。管制室にて火災発生。正面ゲート封鎖。緊急ゲートより職員は直ちに避難してください。繰り返しますーーー』

 

火災…!?

ということは、今の地響きは爆弾かなにかだろうか。

 

「か、火災だって!?

すぐに向かわなくては…!岸波君!僕は管制室に行く!君はすぐに避難してくれ!」

 

早口に伝えるなりロマンは出ていってしまった。

緊急を伝えるサイレンなどの音が、事態の深刻さを教えてくれる。

自分はーーー

 

 

 

「き、岸波君!なんでついてきたんだ!?」

 

ロマニの後を追いかけてきたらやはり言われてしまった。

当然の叱責ではあるが、岸波白野はそれを見殺しにすることはできない。

なぜなら、一般人枠として参加したのなら、それこそ自分は名も無き一般人の代表なのだ。管制室にはレイシフト待ちのマスター候補生がたくさんいたはずだ。それを見捨てていけるはずがなかった。

 

 

 

 

 

そこはまさに地獄だった。

管制室のドアを開くと、崩れた瓦礫の山や炎が重なっていて、もはやそこに人が生きている可能性はないに等しかった。

死ーーー

死だけがそこにあった。生物の存在を許さず、生物の介入を許さないその空間は、地獄と呼ぶにふさわしいものだった。

 

「くっ…なんでことだ…管制室のコントロールは…!」

 

ロマニは管制室を出て、その真上にあるコントロールルームへと走る。

自分はそのまま、生存者が1人でもいてほしいと願いながら歩を進め奥に入っていく。

 

「岸波君…!?」

 

ロマニが制止するよう呼び止めるが、それは些細なことだ。

まだ誰かいるかもしれない。可能性は低くても、今の自分に出来ることはこれしかないのだから。

 

管制室の中央付近に来る頃には火の手が大きくなり、退路はほとんど立たれてしまった。

瓦礫も多く視界は悪い。

 

ーーー忘れるな。地獄からわたし(あなた)は生まれた

 

そんなことを、聞いたことがあったかもしれない。

ここまで生存者は見ていない。

地面に横たわる者。瓦礫に埋められてしまった者。レイシフト前のコフィンに入れられて危篤状態の者。

 

今、ここに生者と呼べるものはなかった。

 

『管制室ゲート封鎖します』

 

火の手を止めるためだろう。出口がなくなってしまった。ロマニではなく、プログラムの自動処理かもしれない。

つまり、岸波白野はこの部屋から出る術を失ってしまった。

 

これもまた運命なのだろうーーー

 

志半ばにして倒れるには、あまりにも呆気なさすぎる。いや、人間の命というのはそれこそ呆気ないものだろう。それは月で何回も見てきた。だけど、呆気ない命でも、浅ましくても生きようとするから人の命は尊いのだ。

 

ーーー(キミ)はここで終わるのか

 

ーーーいや、まだ終われない

 

 

手の甲が疼く。そこにはかつて見た、サーヴァントとの絆の証。

令呪が浮かんでいた。

月の海をサーヴァントと共に歩き、マスターである証として刻まれたモノ。

 

こういう時、呼べば来てくれるだろうか

 

そういう思考が頭をよぎる。令呪ならば通常不可能な奇跡も起こすことが出来るであろう。

令呪の使い方なら知っている。

だが、この生者の存在を許さない空間が、岸波白野から酸素を奪い、その叫びを奪っていた。

もはや意識を保つことさえ難しい。

 

 

 

『管制室内の生体反応検索ーーー承認。

マスター候補生No.48、岸波白野をマスターとしてレイシフトを行います。

座標、1月30日2004年日本、冬木……

アンサモンプログラム始動…

レイシフト起動します…』

 

 

「マ……ター…ッ…スタ…!」

 

声が聞こえたような気がした。懐かしく、でも今まで傍にいたようなその声は…

 

薄れゆく意識の中、自分に向かって伸ばされる小さな手に手を伸ばしていくーーー

 

 

 

特異点F

炎上汚染都市 冬木




読んでいただきありがとうございます。
ご意見ご感想ご自由にお願いします。
暴言とかは、勘弁してくださいね


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第2節「炎上汚染都市 冬木」

第2話です。
1話を読んでくださった方、ありがとうございます。
お気づきかと思いますが、この作品、マシュは出ませんのであしからず。
マシュファンの方はごめんなさいm(_ _)m
あくまでこれは、EXTRA基準のFGOです。
また感想をくださった捌咫烏(2代目)様ありがとうございます。


2004年1月30日ーーー

日本冬木市において、歴史上秘密裏に行われた魔術儀式が存在する。

 

その名も、聖杯戦争ーーー

 

あらゆる願いを叶えるという万能の願望器である聖杯を求めて、7人の魔術師と7騎のサーヴァントによるバトルロワイヤルである。

 

ある世界線においては過去に5回行われているが、その事象はこの観測宇宙には存在しない。

 

この街で行われた聖杯戦争は、2004年の1度きりである。

バトルロワイヤルは決着し、1組のマスターとサーヴァントが、その願望器に願いを叶えた。

聖杯は、その願望器としての役目を果たしたのであった。

 

 

「ーーー私は、大金が欲しい。施設を運用するための電力を集めるため、そのための大金が欲しい。

君に願いはないのか?

聖杯戦争の勝者の特権だ。君にはひとつ、自由に願いを叶える権利がある。」

 

「願い……私の願いはーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー微睡む意識は覚醒する

ーーーーー欠けた(ユメ)を見ていたようだ

 

 

 

目を覚ますと、そこは一面に広がる焼け続ける街並みだった。

ヒトの機能を失い、ただ燃え続ける街並みは1つの地獄とも思えた。

だが、ここはさっきまでのカルデアの管制室とは異なるようだ。

ならばここはーーー

 

がしゃん

 

聞きなれない音が聞こえた。

気づけば、ボロボロの剣や槍を携えた骸骨の兵隊に取り囲まれていた。

明らかに敵意を向けられている。

 

だが、サーヴァントを持たない自分には戦う術がない。

ここは逃げるしか…!

 

しかし、ぞろぞろと数が増える骸骨兵に対し生身で突破することは不可能に近い。

じりじりと距離を詰められていく。

 

このままこんなところでやられるものかーーー!

 

心が叫んでいても、実際には身体が簡単に答えてくれない。

目の前に迫る死という概念が迫っているからだ。

 

 

 

「馬鹿者!そなたの剣を忘れたか?

座して讃えよ!しかして聴き惚れるがよい!

そして叫ぶのだマスターよ!

そなたの剣の名を……!!」

 

 

荒れた土地に響く、美しい声だった。

自分はその声を知っている。

何度も隣で岸波白野を支え、共に闘ってきた彼女のことを…

欠けた記憶が埋まっていく感覚だった。

今ならわかる。知っている。思い出せる。

岸波白野は声を振り絞り叫ぶ。

かけがえのない大切なその名はーーー

 

 

来てくれ・・・セイバー!!

 

 

右手の令呪に熱が帯びるーーー

瞬間ーーー

 

自分の周囲を取り囲むようにいた骸骨兵はその形を保つことなく吹き飛ばされ眼前には1輪の薔薇が舞い降りる。

その顔を、その姿を覚えている。

 

セイバー―――――剣の英霊である彼女は何度も岸波白野を窮地から救ってくれた。

そんな大切なことを今まで忘れてしまったことを恥じ入りながらも素直にお礼を言った。

 

ありがとうセイバー、君のおかげで助かった。

 

「まったくだ奏者(マスター)よ。だが、1つ我慢ならないことがある。

そなたがムーンセルから消えたことを知り、別の世界に飛んでしまったことまではまだよい…しかし、しかしだ…!

余のことまで忘れてしまうとはどういうことだ奏者よ!!」

 

泣きそうな顔をして頬を赤くしながらセイバーが詰め寄ってくる。

それについては申し訳ないと思う。

いまではしっかりと思い出せるのに、さっきまで記憶になかなか出てこなかったことが不思議なくらいだ。

 

「うむ、たがこうして余が奏者と再び相見えることができただけでもよしとしよう。

まずは、この雑魚どもを蹴散らさねばならんからなっ!」

 

骸骨兵達がまた現れてくる。倒してもキリがなさそうな程にーーー。

 

セイバーが赤い大剣を携え様子を伺っている。

 

「奏者よ、指揮を任せるが、戦い方は覚えているな?」

 

こちらを振り向くことなくセイバーは尋ねてくる。それだけ岸波白野のことを信頼しているのだろう。

もちろん忘れてないと答える。

月でセイバーと共に過ごした時間はかけがえのないものであり、もう忘れてはいけないものだとしっかり認識している。

しかしひとつ問題がーーー

 

 

 

 

 

 

骸骨兵を倒しセイバーは軽やかな足取りでこちらに来る。

浮かない顔をしているのは、やはり自分と同じことを考えているのかもしれない。

 

「奏者よ。尋ねるが・・・余のレベルが初期値に戻っているのはなぜだ・・・!?」

 

その通りだ・・・それは自分にもわからない。

セイバーの戦い方やスキルは覚えているのに、全体的にレベルが初期値に下がっていて戦闘ひとつにも苦労してしまう。

 

「うむ・・・不便であるが仕方ない。なにせ奏者はいつもピンチ、大抵ピンチ、ピンチが常なマスターだから・・・致し方あるまい」

 

褒められてるのか貶されてるのかはよくわからないが、一緒に戦ってくれるなら力強い。

 

 

 

 

「きゃぁああああ!!!!」

 

 

 

燃え盛る街に突然悲鳴が響いた。

自分以外にもまだ人がいたのか!

 

今のは女性の叫び声だ。骸骨兵に襲われているのかもしれない。

 

「これは只事ではないな・・・ゆくぞ、奏者よ!」

 

セイバーに手を引かれ、サーヴァントの人並外れた運動力で周囲の骸骨兵を振り切り悲鳴の主のところまで駆け抜けていく。

 

人の脚力の何倍もあるサーヴァントの疾走は、その悲鳴の主の元にたどり着くのに時間はあまりかからなかった。

少し開けた場所にでると、その女性は骸骨兵に囲まれて今にも襲われそうになって体を震わせて座り込んでいた。必死に抵抗はしたようだが、あまり効果がなかったのかもしれない。

 

「助けるぞ、奏者よ」

 

もちろんだ。

セイバーにそう返すとその真紅の大剣を下段に構え骸骨兵に突進していく。

 

まず骸骨兵2体の間に身体を潜らせると通り過ぎ間際に真紅の大剣で一閃。骸骨兵の身体は半分となり消滅する。その剣戟に迷いはなく、レベルが下がっていようとも彼女は岸波白野のサーヴァントとしてあることに誇りを持っているようだ。

 

そして地を蹴ると座り込んでいる女性の上を跳び反対側の骸骨兵を上から叩きふせると左右にステップするように動き残りの骸骨兵を蹴散らしてしまった。

 

ひとまず骸骨兵を撃退したところで、その襲われていた女性に声をかけるために近寄る。

 

大丈夫・・・?

・・・って、どこかで見たような・・・

 

長い銀髪をまとめて威厳のありそうな服装のこの女性。

カルデア所長のオルガマリー・アニムスフィアその人だった。

 

「あ、あなた・・・!あの時の一般人候補生じゃないの・・・!

こんなところでなにをしているの?

レフは!?ほかのマスター候補生はどうなったの!?」

 

助けたのにこの仕打ちである。

いきなり詰め寄られてしまったが、まずは落ち着いて欲しい。

 

「そうだ。まずは落ち着くのだ、そこの女よ。

うむ、よく見ると、なかなかに余の好みな顔であるな。

その仏頂面でなければもっとよいのだが?」

 

「っ!まさか、サーヴァント・・・!?

あなた、サーヴァントと契約したっていうの!?

あなたみたいな一般人がどうしてこんなサーヴァントと契約できるのよ!

どんな横暴働いたってわけ!?」

 

誤解だ。誤解にも程がある。というより、この言われようこそ横暴だ。

自分にだって、どうしてセイバーを呼び出せたのかさえよくわかっていないのだから。

 

「ふっ・・・余の奏者だからなっ。

いつだって余がその声に応えるのは当然であろう?」

 

セイバー、話をややこしくしないでほしい。

 

「は?岸波、あなたそれってどういう・・・」

 

「っ!伏せろ!」

 

突然セイバーが前に出るとその剣を振るい何かを弾き落とした。

これは・・・剣?矢のように細いようだけど・・・

 

「おのれ、不意撃ちとは卑怯な!

姿を見せるがいい!」

 

しかしセイバーの声に反応するものはなかった。それでも矢は何度もこちらに狙い降り注いでくる。

セイバーは自分と所長を守るためにその攻撃を捌いてるのに精一杯でこちら側から手を出すことはできないでいた。

そしてセイバーのレベルがまだ低かったことが災いした。

飛んでくる矢を捌ききれずに後に通してしまった。

その矢はまっすぐ岸波白野の眼前に・・・

 

「っ!奏者ーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その矢が岸波白野に当たることはなかった。

矢先が触れる寸前、突如燃え尽きたのだ。

これは並の魔術師ではなく、おそらくサーヴァントのものだ

 

「よぉ、危ねぇとこだったな坊主。」

 

飄々とした声がした。この声には聞き覚えがある。

確か・・・

 

「ここは奴の射程だ。離れるぞ」

 

えっ、ちょっ・・・!

 

いきなり小脇に抱えられてその場を素早く離脱する。

 

「ま、待つのだ貴様!余の奏者をどこへ連れていく!?」

 

セイバーは慌てて所長を担ぐと「ちょっと・・・!」と慌てるような声をあげるもセイバーはそれを無視して自分を連れ去ったサーヴァントを追いかけていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくすると襲撃が止み、そこで自分を抱えていたサーヴァントは足を止めた。

 

「よぉ、無事だったみてぇだな坊主」

 

蒼いフードを被っていて表情はよくわからないがこのサーヴァントは自分の身を案じているようだった。

 

ありがとう。よくわからないけど助かった。

 

「礼なんざいらねぇよ。さっきの奴が気に食わなかったんでな。どうもお前さん、あいつらと敵対してるようだし、ちょいと加勢してやったまでよ。」

 

するとそこで後から追いかけてきたセイバーと無事合流した。

自分の身を第1に案じてくれるセイバーは本当に頼もしい。

頼もしいのだから、泣きそうな顔をしないで欲しい・・・

 

「とにかく無事でよかった、奏者よ・・・

ところで、そこのフードの男よ。貴様、ここのサーヴァントであろう?」

 

「ん?まぁな。」

 

「まったく・・・一体どうなっているの?

おそらくここは冬木で間違いないのだろうけど、あなたはこの冬木の聖杯戦争に参加していたサーヴァントで間違いないのね?」

 

混乱から落ち着いた所長が入ってきた。

やっぱりここは冬木の街だったようだ。

1度も訪れたことのない街だったからわからなかったが、意識を失う直前、レイシフトを行うというアナウンスが聞こえたことから、岸波白野とオルガマリー所長はレイシフトしてこの特異点である冬木に来てしまったのだろう。

しかし、あの地獄のような管制室の中で、所長が無事だったのが驚きだ。

 

「一応俺はキャスターのサーヴァントだ。真名は・・・まぁ、伏せさせてもらうぜ」

 

フードを脱いで顔を見せてくれた。クラスは違えどその風貌には見覚えがある。

整った顔立ちに蒼い髪、内なる焔を宿すような燃える瞳、そして赤枝の騎士である証のイヤリング。

月の聖杯戦争で召喚された遠坂凛(トオサカリン)のサーヴァント、ランサーだ。

真名はクーフーリン。アルスター伝説におけるケルトの大英雄である。

 

確かに彼は師匠スカサハに譲り受けた刺し穿つ死棘の槍(ゲイボルク)の他にルーン魔術を習得していたという伝承もあったはずだ。

今の彼の霊衣は月での出で立ちとは大きく異なりいかにも魔術師らしい姿になっている。

サーヴァントによっては、複数クラスに該当する場合そのどちらかの側面を持つクラスで召喚される。だから今回は槍術を扱うランサーではなく、ルーン魔術を扱うキャスターとして喚ばれたのだろう。

例えば、ギリシャ神話の大英雄ヘラクレスは、発狂することが多く狂化の側面が多いためバーサーカーとして召喚されることもれば、様々な武具を使いこなす側面も持っていることからアーチャーやランサーで召喚される可能性も存在する。

 

そしてそのことはセイバーも気づいているようで・・・

 

「ほほぅ?貴様、此度はキャスターでの現界か。

なるほど、自慢の槍が振るえなくてさぞ不服と見えるぞ?」

 

「てめぇ・・・気にしてることをベラベラと・・・」

 

「そんなことより、今ここがどうなっているのか説明してもらえる?」

 

イラついたように所長が間に割って入る。

 

「んなこたぁわかってる。それよりも先にアンタらだ。アンタらの話を先に聞かせろ。話はそれからだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カルデアねぇ。

なるほど、アンタらの事情は分かった。

ってことは、ここの本来の様子(あるべきすがた)は知ってるんだな?」

 

ラプラス(使い魔)による観測では、2004年の冬木において特殊な魔術儀式...聖杯戦争が行われていたと確認されているわ。」

 

聖杯戦争ーーー月ではムーンセルによって集められた128人のマスターとそれぞれのサーヴァントと組み、最後に残った者があらゆる願いを叶える万能の願望器である月の聖杯を求めて争うものだ。

だが、この地上においての聖杯戦争は...

 

「7人のマスターがサーヴァントを使役して争いあい、最後に残った者が所有者のどんな願いもを叶えるという万能の願望器「聖杯」を手にするという...それが聖杯戦争だ」

 

そうだったのか...

どうやらセイバーはすでにこの時代における基本知識は持ち合わせているようだ。

サーヴァントは召喚された場合、その時代で生活する際に必要な知識を聖杯から与えられる。

セイバーも、岸波白野に召喚された際に地上の聖杯戦争に関する知識を与えられたのかもしれない。

 

「あぁ。だが、俺たちが行っていた聖杯戦争は、いつの間にかまったく別のものにすり替わっていた。

街は一夜にして火の海に覆われ、サーヴァントだけを残して人間は消え去った。」

 

重々しい顔つきでラン...キャスターは語る。

しかし、通常マスターとサーヴァントは一心同体のようなものだ。

マスターが消えればサーヴァントはマスターからの魔力を得られずに消滅してしまうはずだ。

サーヴァントはマスターからの魔力供給なしには現界できないのだ。

それは、月でも地上でも同じはずだ。

 

つまり、キャスターのマスターはまだ生きてーーー

 

「いや、それはない。俺のマスターも例外なく消えた。確かに消えたんだが、今の俺は何か別のモノに繋ぎ止められてるって感じだな。

けどそんな中、真っ先に再開したのはセイバーのやつだ。

奴さん、水を得た魚のみてぇに暴れだしてよ。

次々にサーヴァントを倒していきやがった。

残ってんのは俺だけだ。」

 

この状況で聖杯戦争を再開した。

冬木の街からマスターを含めた人間がいなくなってしまったのなら、セイバーのマスターも例外ではないはずだ。

それでも戦いをやめない理由ーーー

そのセイバーが何の英雄かはわからないが、それだけ聖杯にかける願いが大きいのだろう。

 

「だが、セイバーに倒されたサーヴァントは、真っ黒い泥に汚染されてヤツの手駒になった。

俺以外のサーヴァントは全員そうでな、アンタらと合流する前にライダーとアサシンは倒した。

泥でなんとか形を保ってるだけの骸だったな。

そんでさっきの遠距離攻撃は間違いなくアーチャーだろう。」

 

アーチャーからの攻撃ならば、あの攻撃方法もうなずける。

遠距離からの狙撃や奇襲が主な戦い方だったのだから。あの緑衣のアーチャーがそうであったように。

そして現在残っているサーヴァントは5騎。

キャスターを除いて4騎になる。

 

ということは、そのすべてを突破することができれば...

 

「そいつは間違ってねぇが、1つ違う。

最悪倒すのはセイバーだけでいい。

ヤツが真っ先に起き上がったってことは半分黒幕はアイツのはずさ。

そのセイバーを倒しさえすればこの聖杯戦争は終わる。」

 

元凶となってしまったサーヴァント。それさえ倒せば事態は解決する。

しかし、他のサーヴァントがセイバーの駒になってしまったのならば、こちらを襲撃してくる可能性もあるはずだ。

なにより、先ほどのアーチャーがそうなのだから。

 

「あぁ。だからセイバーのとこに行くまでに邪魔が入るはずだ。

だが、バーサーカーに関しては心配しなくていい。

なんでかはわからねぇが、こっちから手を出さない限りは攻撃して来ないからよ。」

 

キャスターの言うことが真実ならば、バーサーカーと戦わないで済むのならばありがたい。

こちらはまだろくにレベルも上げられていないのに、これからサーヴァントと連戦になるのだ。

戦うのならばなるべく少ない方がいいだろう。

 

「なに、気にするでないぞ奏者よ。

万事余に任せておくがよい!」

 

 

セイバーは胸を張って答えてくれる。

今までの戦いがピンチの中で戦ってきたことの1つの信頼なのかもしれない。

 

「それはいいのだけど、いい加減教えてくれないかしら?」

 

「む?それは余のことか?」

 

「当然でしょ?あなたは一体どこの誰なの!?

冬木のサーヴァントでもない、岸波に召喚されたサーヴァントだっていうのならば、その素性を明かしなさい!」

 

所長が自分とセイバーを半ば睨みつけている。

無理もない。素性のわからないサーヴァントとそれを使役する岸波白野。

だが、ここで別世界から来た月のウィザードだと言ったところで信じてもらえるはずがない。

下手に自分のことを話すことは控えよう。

 

セイバーはというと...少しだけ神妙な面持ちをしたのち、こちらを振り返り視線を送ってくる。

あれは自分に確認をとっているのだ。

「真名を明かしても構わないか」と。

 

もちろんと頷いてセイバーの目を見る。

互いの意思確認はこれだけで事足りる。

それだけ岸波白野は彼女を信頼してるのだから。

 

「ふむ。あまり気は乗らぬが、尋ねられたからには答えてやるのが皇帝たる余の務め。

 

よいか!

余こそは至高の芸術にして名器、オリンピアの華!

奏者たる岸波白野のサーヴァントにして余が誇るは我が故郷華のローマ!

我が名はネロ!

ローマ帝国第5代皇帝ーーー

ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスである!!」

 

ネロ・クラウディウスーーー

古代ローマ帝国にその名を残す第5代皇帝

あらゆる快楽、あらゆる芸術を湯水のように楽しんだ皇帝の名。

宗教を弾圧し、帝政ローマの根幹にあたる元老院制度を解体しようとし、皇帝である前に芸術家として放蕩しーーー

その報いとして

反乱によって皇帝の座から退き、逃亡の最中

自らの命を絶ったという

暴君ネロ

 

それがセイバーの真名である。

初めてその名をセイバーから告げられたのは月の聖杯戦争5回戦だった。

あのときのセイバーも自分に真名を告げることをギリギリまでためらっていた。

それは、仕方のないことだと思う。

自分のパートナーが、暴君として後世に語られた存在であることで、拒絶されるのではないかという考えがセイバーにあったからだ。

 

そして今もまた、こうして真名を明かすことに少なからず怯えていることが、あの小さな背中から伝わってくる。

それを感じることが出来たのは、自分がマスターだったからだろう。

 

「そう...ネロ・クラウディウス...それじゃ真名を伏せたるのは当然ね...

でも、それがあなたの真名ならば構わないわ。

不安要素の1つが消えるだけなのだから。」

 

所長は意外にもあっさりと受け入れた。

セイバー...ネロは反英雄としての側面をもつ可能性があるサーヴァントだ。

それが近くにいるのならむしろ岸波白野のことをさらに敵視するのかと思っていたのだが...

 

「いいじゃねぇか。

こんな壊れた聖杯戦争なんざ、暴君サマの暴れっぷりでなくなっちまった方が逆にスッキリするもんさ。

そうだろ?お嬢ちゃん?」

 

「勘違いしないでもらえる?

今は一刻を争う状況なの。真名がなんであれ、それを利用するのが私たちなのよ。」

 

どうやら、ネロが真名を明かすことが重要で、真名如何はあまり見られていなかったようだ。

 

「奏者よ...余の真名に対する反応が些か薄いのだが...」

 

それに関しては...すまない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、キャスターのサーヴァント。

改めて訊きます。

私たちの目的・利害は一致しています。

ならば我々に協力しなさい。

いいですね?」

 

唐突に所長はそう話を切り出した。

事態を解決するためとはいえ、いくらなんでも乱暴すぎるのではーーー

 

「いい?

これは人間の義務であり権利。

そしてこの状況下において最善だということを。」

 

特異点解決による人理修復。それこそがカルデアの使命であり、今なすべきことだ。

選択の余地はなく、考えている時間もない。

今まさに人理崩壊が迫っているのだから。

 

そればらば、岸波白野ができることはひとつしかない。

元々そのつもりで月から来たのだから。

 

「ま、その通りだな。

よろしく頼むぜ」

 

キャスターは簡潔にそう答え、視線を冬木の奥にある山、円蔵山を見据える。

 

「そんじゃ、戦力も増えたんだ。

セイバーの根城に殴り込みにでも行くか。

それに特異点とやらになった原因があるとしたら、あそこ以外ありえない。」

 

キャスターの杖。ドルイドの神秘を持つ杖を持ち歩き始める。

 

「この土地の心臓部...大聖杯だ」

 

 




第2話終了です
ありがとうございました。
ご意見ご感想、誤字脱字の指摘などお待ちしております。


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第3節「薔薇の皇帝」

第3話です。
評価をくれた方、感想をくださった方、お気に入りに入れてくださった方、なにより、この作品を読んでくれた皆様に感謝を申し上げます。


冬木市にある大聖杯は、冬木にある山、円蔵山の中腹にある洞窟の奥深くにあるらしい。

地上における魔術は秘匿することが義務であり、聖杯はその最たるものなので、こうして人目につかないとところに隠されているのはむしろ当然なのかもしれない。

 

その円蔵山へ向かう道をキャスターに案内してもらい、その方向に向かっている。

 

どこも壊れた街並み、廃墟と呼ぶにふさわしく、人が生活していたという雰囲気はまるでない。

 

「ここもかつては華の如く、とは言わないが・・・人の営みで盛り上がっていたのだろうな。」

 

それがネロの感想だった。

民を愛し、民のために動いていた皇帝として、思うところはあるのかもしれない。

 

もしかしたら、岸波白野が地上にいた頃、そういうありふれた生活を送っていたのかもしれない。

 

それから少し歩いた時、空気が変わった。

 

いや、変わったというよりはーーー

 

「気をつけな。来やがったぞ。」

 

それはとても純粋な殺意だった。

雑念がなく、ほかの目的は持たず、ただ目標とする相手に対する純粋な殺意。

その殺意が明確に自分たちに向けられているとはっきりと認識した時ーーー

 

「っ!」

 

ネロは突然現れた鎖のような杭を前に出てその剣で打ち落とした。

弾かれた杭は地面に突き刺さる。

 

「ようやく姿を現しやがったなてめぇ。ランサーのサーヴァント・・・!」

 

キャスターがその相手を睨みつける。

その相手、ランサーは自分たちの前に実体化して現れる。

黒いフードを深々と被っているため顔はわからないが、大きく開いた胸元と体格から女性のサーヴァントであることはわかる。

 

「キャスターのサーヴァント。

なぜ貴様は侵入者の肩を持つのです?」

 

口元をにやりとさせながら、しかしその殺気は衰えることなく問いかけてくる。

 

「たりめぇだろ。

てめぇらと組むより、こっちと組んでる方が都合がいいからさ。」

 

「そうですか。

ならば、ここで消えなさい・・・!」

 

ランサーがその槍を構える。

細く長く、その先は半円を描くように曲がっている。

あれは鎌、だろうか。

 

「ゆくぞ奏者よ。我らの力を見せてやろうではないかっ」

 

「応よ!坊主、アンタを仮契約だがマスターとして認めてやる。指揮は頼むぜ!」

 

ネロとキャスターが前に出る。

2体同時使役は初めて・・・のはずだ。

なぜそこの記憶が曖昧なのかはわからないが、少なくともネロは岸波白野の信頼するサーヴァントだ。

戦い方はわかっている。

 

所長もサーヴァントの戦いに巻き込まれないよう後に退る。

状況を確認しよう。

相手はランサー。

宝具や真名は不明。

どのような戦い方をするのか、その手を読むことができない。

あの手に持つ長い槍の他に、先程攻撃に使った鎖付き杭がある。

まだ地面に刺さったままだが、あれも拘束か牽制に使ってくる可能性がある。

 

こちらのサーヴァントはセイバーのネロと、キャスタークーフーリン。

セイバーは前衛で接近戦で戦ってもらい、後方からの狙撃、支援をルーン魔術で行ってもらう。

 

地上に来て、実質初めてのサーヴァント戦。

負けるわけにはいかない・・・!

 

 

 

Sword or Death

 

 

 

ランサーがにたりと笑うとその長身を蛇のような素早い動きでまっすぐマスターである自分を狙ってくる。

それをさせまいとセイバーが間に入り剣と槍の鍔迫り合いが始まる。

その隙を見てキャスターが空中に「F」の文字を刻むと瞬時に炎が燃え上がる。

ルーン魔術の火の魔術だ。

ランサーはその高い敏捷性を生かし、燃える直前に後退する。

後退し着地した瞬間を狙うようにセイバーが剣を延ばし突きの姿勢に入るがそれさえも見越していたかのようにランサーは簡単に回避する。

そしてセイバーは完全にランサーに背中を向けている状態になってしまった。

 

まずい、キャスター・・・!

 

自分が指揮するのとほぼ同時にキャスターは駆け出し木製の魔術杖で振り下ろされるランサーの鎌槍を防ぐ。

 

キャスターの杖ってそんなに頑丈なのか・・・

 

しかし、キャスターの筋力はE。

簡単にランサーに押されてしまうが、ネロが態勢を立て直すには充分な時間だった。

ネロはその小柄を活かしランサーの死角となるキャスターの背後から跳び上がりそのままランサーへと斬りかかる。

 

ランサーはその攻撃を躱しきれず咄嗟に左腕でガードした。

決まり手にはならなかったが、ダメージは与えられたようだ。

 

「ふっ」

 

しかし2対1だというのにランサーの余裕の笑みは消えることはなかった。

状況をみればランサーの劣勢。それでも余裕が消えないということは・・・まさか、宝具!

 

一瞬・・・ほんのわずかな一瞬、ランサーの持つ槍に強い魔力が込められると、それをネロとキャスターを薙ぎ払うような一撃を繰り出していた。

 

咄嗟のことで指示が間に合わなかった・・・

これは明らかな自分のミスだ。

ここまで戦闘経験が劣ってしまっていたというのか・・・

 

「悔やむでない、奏者よ!

余は無事であるぞ!」

 

ネロはかろうじて回避していた。

否、正確には腕や脚に数箇所切り傷が出来ている。

真名解放されてないとはいえ宝具の一撃だ。

致命傷にならなかっただけでも良しとしよう。

キャスターもネロほどではないが横薙ぎの風圧でダメージを受けてしまっている。

 

「ふっ・・・よく躱しましたね。

この槍は"不死殺しの刃"

これに抉られた霊基(からだ)はどんな奇跡であっても治癒することは出来ない。」

 

ランサーが自ら宝具の話をする。

あれは泥に汚染されて暴走しているからではない。

余裕の表れだった。

 

不死殺しといえばいくつかの伝承を持った武具は存在する。

しかし、鎌のような槍の形といえばその数は絞られてくるはずだ。

加えて、ランサーのあの高い敏捷性はサーヴァントとしての動きではあるが、あれは動物の如き速さだ。

身体をくねらせて蛇のような動きとくれば、あの宝具や真名は自ずと明らかとなる。

 

ランサーはその敏捷を活かして素早くその身体を動かすとネロの背後に回り込み斬りかかる。

ネロはそれにしっかりと対応し剣で防ぎ抗戦していく。

 

「口が過ぎるぞランサー!

それでは貴様の真名を語っているようなものだ!」

 

ネロがランサーの槍を弾きその合間を縫うようにキャスターのルーン魔術による攻撃が繰り出される。

 

しかし、どうしても肝心の決まり手にはなりえなかった。

レベルで劣るネロには、どうしても火力が足りない。

コードキャストが使えれば、マスターとしてもっとサポートすることができるのに・・・

 

「岸波・・・岸波!」

 

はっとして気づく。さっきから所長が自分に声をかけていた。

 

「あなたが着ているその服。言いそびれたけど魔術礼装よ。

サーヴァントが戦う時に有利になる効果を持っているわ。

それを使いなさい。」

 

魔術礼装!?

この制服、魔術礼装だったのか・・・!

完全に盲点だった。

月の聖杯戦争では、アリーナや購買で所得した魔術礼装を装備し、それに付加されているコードキャストを使用することで、サーヴァントを補助してきた。

地上においても、この魔術礼装なら同様のサポートが出来るかもしれない。

 

「あなたが着ているそれは魔術礼装「カルデア制服」。

付加されている魔術は3つ。

「瞬間強化」「緊急回避」「応急手当」の3種類よ

効果はその名前の通りだから、マスターならしっかりサポートしなさい・・・!」

 

所長が説明しているのか怒っているのかわからないが、

なんとなくイラついてるのはわかる。

サーヴァントとの戦いに自分が何も出来ないのが歯痒いのだろう。

それは自分だって同じだ。

だけど、この魔術礼装があるなら、この状況を変えられるかもしれない!

 

ネロとキャスター、そしてランサーは一進一退の攻防を繰り返している。

ランサーの実力は本物だった。

だが、ここで終わらせないとーーー

 

礼装:カルデア制服「瞬間強化」

 

ネロの筋力を大幅に上昇させる。

ネロはその効果を受けると口元をにやりとさせながらこの状況が変わるであろうことを察知し、一気に踏み込みランサーに斬りかかる。

しかし、その攻撃は、手元に引き寄せられていた鎖突き杭で防がれてしまった。

 

それが、通常の攻撃だったならばーーー

 

今のネロの筋力は大幅にアップされている。

鎖は断ち切れ、ついにランサーに攻撃が当たる。

 

「そら、大仕掛けだ!」

 

キャスターの魔術で周囲を炎の柱が立ち並び退路を塞ぐとネロが正面から剣を構えて突き進む。

 

「愚かな。」

 

ランサーは正面から来るネロをその鎌に魔力を込め、宝具級の一撃を放つ。

 

岸波白野はその瞬間を見逃さない。

 

礼装:カルデア制服「緊急回避」

 

ランサーから放たれた攻撃はネロに当たることはなく、素通りしていった。

 

「うむ!

うむうむうむ!

さすがは奏者よ!見事な采配であるぞっ!

やはり余と奏者はイケイケなのだっ!」

 

ネロの喜びの声とともに、ランサーの懐に迫る。

 

今だ!魔力をネロに回す・・・!()()()を使え!

 

「おのれ・・・異邦者がぁぁ!!」

 

「天幕よ、落ちよ!

華散る天幕(ロサ・イクトゥス)」!!」

 

ランサーの恨みの溢れる声を裂き、大きく振りかぶるその一閃で、ランサーに決め手となる一撃を与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霊基に大きくダメージを受けたランサーはその姿を保つことができず、膝から崩れ落ちその肉体は消滅しようとしている。

聖杯戦争における、勝者と敗者の構図は、月も地上も変わらない。

 

「不死殺しの刃、首を狩る鎌の形状とくれば、その槍の名はハルペー。

英雄ペルセウスがとある女怪を倒すために用いられた宝具だという。」

 

消えゆくランサーを見ながらネロは語る。

女怪殺しの宝具ハルペー。

ギリシャ神話において英雄ペルセウスが形なき島に追われた3人の女神の末妹を討伐するために、神々から与えられた神具のひとつ。

不死性を持つ魔物の生命を断つとも言われ、その武器が使われたのはその戦いが最初で最後だと言われる。

 

だが、伝承ではペルセウスは男性だったはずだ。

それなら、ハルペーにまつわる英雄は、()()()()()()()()()()()()()()()となる。

ハルペーを用いるペルセウスに討伐されたギリシャ神話の女怪といえば1人しか居ない。

 

ゴルゴン3姉妹の末妹。神々の嫉妬と罰で形なき島に追われ、姉のステンノ、エウリュアレと共に過ごし、姉たちとは違い唯一成長する呪いをかけられた女神。

島に来た勇者たちを石に変え、最後は怪物ゴルゴーンに反転し最愛の姉たちも手にかけたという反英雄。

その真名は・・・「メドゥーサ」

それがランサーの真名だった。

 

「哀れなものだ。燃え上がるその愛は、その愛する姉たちをも燃やし尽くしてしまったのだろうな・・・」

 

ネロのあの表情は・・・同情、なのだろうか。

 

セイバーのその言葉を受け、ランサーは最後に今までとは少し違う、柔らかな笑みをこぼしながらその姿は消滅した。

 

これで、残るサーヴァントはアーチャーとセイバーだけだ。

 

ところでセイバー、傷の具合は?

このまま負傷したままでは・・・

 

「問題ない。ランサーが消滅したことで不治の傷も些か回復したからな。

サーヴァントの自然治癒はなかなかなものだぞ?」

 

サーヴァントは人間とは違い、マスターからの魔力供給でダメージを回復することができる。

自分とネロの魔力のパスはしっかりと繋がっているため、ネロの傷の治りもはやかった。

それなら安心だ。

 

少し休んだら先に急ごうーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大聖杯を目指して移動していると、突然電子音が鳴った。

それがカルデアで支給された自分の通信機だと気づいたとき、通信を開始した。

 

『よかった!やっと繋がった!

こちらはカルデア管制室だ。

岸波くん、そこにいるのかい?』

 

カルデアに残っていたロマニの声だ。

よかった。彼は無事だったようだ。

 

『あの後なんとかね。

君の方こそ・・・』

 

「ちょっとロマニ!?なんであなたがそこにいるの!?

レフはどうしたのレフは!」

 

『えええっ!?し、所長!?

生きてたんですか!?』

 

所長が間に割って入りさすがのロマニも驚いている。

確かに、あの地獄のような管制室の中で生き延びていたのだ。しかも無傷で。

それならば、このように驚いていも仕方ない。

自分だって驚いたのだから。

 

『だ、だって、レイシフト適性もマスター適性もなかったのに、あの状況の中よく無事で・・・』

 

レイシフト適性とマスター適性がない・・・?

マスター適性がないのはなんとなくわかっていた。

所長というポジションにいながら、前線に立つこともなければ、そのサーヴァントも確認できないのならば、もしかしたらと・・・

しかし、レイシフト適性がないというのは・・・

 

「そんなことはいいから!

レフを早く出しなさい!」

 

『・・・レフ教授は、管制室でレイシフトの指揮をとっていました。

あの爆発は管制室が発生源ですので、その中心にいた以上、生存は絶望的かと・・・』

 

それは、岸波白野もなんとなくわかっていたことだ。

自分があの地獄のような光景を目の当たりにしていて、所長どころかレフさえも生き残っていたのならば、もしかするとと考えたが・・・

それは、希望的観測でしかなかった。

 

『加えて、現在生き残っているカルデアの正規スタッフは20人にも満たない。

ボクより上の階級の生存者がいないため、今はボクが作戦指揮を任されています。』

 

「じゃあ他の適正者たちは!?」

 

『岸波くんを除いた47名全員が危篤状態です。

医療器具も足りず、全員を助けることは・・・』

 

「ふざけないで!

すぐに凍結保存に移行しなさい!

蘇生方法は後回し、死なせないことが最優先よ!」

 

地面を足踏みしながら所長は憤慨する。

肉体の冷凍保存・・・岸波白野はそれを知らない訳ではない。

 

それに、所長のあの焦りは、人の命がかかっているという責任をどうにかしようというものに見えた。

所長はまだ若い女性だ。

47人の生命を背負って生きていけるほど強いひとではないのかもしれない。

いや、きっとーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なるほど。状況は確認しました。

こちらはレイシフト設備の復旧を急ぎます。

通信はまだ不安定だけど、緊急事態になったら遠慮なく連絡を。』

 

ロマニからの通信は今もまだ続いている。

このあたりはまだ通信感度がいいのだろう。

でも今、所長は確かに小さい声で言っていた。

 

ーーーだれも助けてくれない

 

その心から振り絞ったような声をしっかりと聞いたのは、おそらく自分だけだっただろう。

だが、岸波白野にそこに踏み入るつもりはなかった。

元々助けが来ることは不明なこの特異点。キャスターやネロが助けてくれたことこそが奇跡に近い。

だから自分は、彼女に対してなにか言葉をかけることができなかった。

 

『ところで岸波くん、君には令呪が宿り、サーヴァントとのパスが確認できるけど、君はもしかしてサーヴァントと契約したのかい?』

 

もちろんだと返事する。

岸波白野にとっては大切なサーヴァントだ。

 

「うむ、ロマンとやら。

余こそが奏者のサーヴァント、ネロ・クラウディウスであるっ

此度はセイバーのクラスにて現界しておる。

よろしく頼むぞ?」

 

胸を張ってそれこそ褒めてと言わんばかりにネロは威張っていた。

ちなみにこの通信装置、音声のみである。

映像はこちら側からは確認できていない。

 

『ネロ・クラウディウスだって・・・!?

ローマの皇帝って、かなりの大物じゃないかっ!

今はまだレベルが低いようだけど、そのサーヴァントの潜在能力はすごい・・・。

岸波くんはよほどサーヴァントに恵まれてるのかもしれないね。』

 

「当然だなっ。

なにせ、余の奏者なのだから当然であろう?」

 

『真名がわかっているということは・・・もしかして宝具も?』

 

大丈夫だ。それもしっかりと把握している。

宝具は英霊の持つ伝承や偉業を元にしたスキルであり、その英雄が英霊の座に記されるほどの何を成したのかを表している。

同時に、宝具の解放というのは英霊そのものの真名を教えているのと同じである。

聖杯戦争において基本真名は隠すものである。

もし真名がバレてしまった場合、その英霊の弱点なども伝承通りのため、有名な英雄ほど弱点が多かったりするためだ。

 

「ところでキャスター?

あなた、そろそろ真名は名乗ったらどうなの?」

 

「絶対に言わねぇ」

 

所長の問いに即答されてしまった。

クーフーリン本人からすれば、ランサーのときならば堂々と名乗りたかったのだろうが、今の彼はキャスターだ。本人もあまり乗り気ではないようで、魔術戦は苦手なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如通信装置がノイズまみれになり反応がなくなった。

 

瞬間ーーー

 

空からまた剣を模した矢の攻撃が開始された。

アーチャーに発見されたようだ。

 

「移動するぞ!」

 

キャスターが所長を抱える。所長は悲鳴をあげながらも彼はそれを無視してその場を移動する。

 

「ゆくぞ奏者、捕まれっ!」

 

自分もネロに抱えられてキャスターの後を追う。

矢が放たれてる場所もわからないが、その射撃が止まるや否や上空からの殺気。

ネロは自分をうしろに降ろし上空から飛来する敵、アーチャーの二振りの双剣と自らの大剣で応戦する。

 

岸波白野はその姿に見覚えがある。

これはどの記憶なのかも自分でははっきりとわからない。

敵で戦った気もすれば、共にサーヴァントとしてアリーナを駆け抜けた記憶も存在する。

だが、今はその記憶に混乱している場合ではない。

二刀使いのアーチャー。

真名は・・・無銘の英霊だった、はずだ。

 

凄まじい殺気のアーチャーはネロに剣を押し返されて回転しながら地面に降り立つ。

 

「珍しく表に出てきたな。

セイバーの傍にいなくていいのかい、信奉者さんよ。」

 

「信奉者になった覚えはないがね。

だが、つまらん来客を追い返す程度の仕事はするさ。」

 

泥に汚染されて黒く歪んでしまっているが、あれは間違いなく岸波白野が知っているアーチャーだった。

自分の記憶は、はっきりと思い出せるところもあれば、ひどく曖昧なところもある。

月の聖杯戦争、ネロと共に駆け抜けたことは事実だ。

しかしそれと同時に、自分の傍にはネロではない別のサーヴァントがいた気がする。

 

ふと、一瞬記憶にノイズが奔る。

 

月の聖杯戦争。何回戦かはわからないが、その決着がつき、自分は敗者として地に伏している。

その傍らには赤い外套のアーチャー。

ムーンセルによる敗者の死の壁の向こうにいる勝者・・・真紅の薔薇のようなセイバーと共にたち、こちらに涙を流しながらその勝利を悔やむ、岸波白野自身の顔だった。

ならば、この記憶を持つ自分は一体ーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああもうっ!

次から次へと!」

 

所長の苛立ちの声で現実に戻る。

所長自身の魔術でアーチャーに攻撃を行うも、あっさりと弾かれてしまった。やはり通常の魔術ではサーヴァント相手には無意味なのだろう。

 

「お前らは先に行きな。

こいつは俺が引き受ける。」

 

キャスターが前に出る。

まさか、1人で相手するつもりなのか?

 

「こいつとは少しばかり因縁があるんでね。

わりぃがやらせてもらうぜ。」

 

キャスターの決意は本物だった。

ならば、サーヴァントとしての矜恃を見せる彼に、自分たちは考えている時間はない。

ありがとうキャスター。後で必ず合流しよう。

 

「応よ。セイバーの野郎にがつんとお見舞してやれっ」

 

アーチャーが自分たちを逃すまいと接近してくるが、キャスターはそれを防ぐ。

戦闘がどうなるのか気になるが、キャスターが足止めしてくれている今がチャンスだ。

 

時間もあまり残されてない。大聖杯に急ごう。

 




第3話終了です。
本当は最後まで行くつもりだったのですが、文章量がこれの倍になりそうだったので次回に持ち越しです。
次回で冬木篇完結です。


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第4節「EXTRA Order」

第4話です。
今回で冬木篇完結です。
キャラ同士の違和感もおると思いますが、目を瞑ってもらえると助かります。


大聖杯への洞窟は、山の中腹くらいにあった。

その洞窟は街からは見えづらい位置にあり、魔術の隠匿としては完璧とも言える。

洞窟の中に足を踏み入れると、洞窟の中らしい少し冷たく、しかしどこか張り詰めた空気を感じる。

この洞窟は、半分天然、半分人工で作られたものであり、地元の魔術師たちが長い時間をかけて作ってきたのだという。

 

しばらく進んで洞窟の奥深くに入っていくと、()()はあった。

 

冬木の中にあり、この特異点たらしめているもの。

 

ーーー大聖杯だ。

 

この奥には、恐らくセイバーが待ち構えている。

セイバーの真名、それはアーチャーと交戦する少し前に、キャスターから聞いていた。

 

星に鍛えられた聖剣。

人々の願いを込めた最強の幻想(ラストファンタズム)

その名も約束された勝利の剣(エクスカリバー)

その聖剣の光を見たものは、嫌でもその真名に行き着く。

ブリテンの紅き竜と呼ばれたアーサー王。

アーサー王伝説に名高い、円卓を束ねた高潔な騎士王その人だ。

 

アーサー王。

アルトリウス・ペンドラゴンは若き日に選定の剣を抜き、滅びに向かうブリテンを復興するために奮迅した人だ。

エクスカリバーは、アーサー王の持つ剣の二振り目である。

アーサー王が王になって10年と少ししたころ、「王は人の心がわからない」と告げ騎士は円卓から去り始め、ランスロット卿と王妃ギネヴィアとの不貞が露見し、ローマへの遠征中、モードレッド卿率いる反乱軍との戦いで、カムランの丘にてその命を落とした騎士王。

 

またその魂は死後、全て遠き理想郷(アヴァロン)へと送られ、ブリテンが再び危機に迫られた時、アヴァロンからその魂は蘇り、ブリテンを救済すると言われる蘇る騎士、復活する英雄などとも呼ばれ、今も尚語り継がれる伝説だ。

 

自分たちは、その騎士王にこれから挑まなければならない。

生半可な覚悟では、返り討ちに会うのは必定だ。

覚悟を決めなくてはいけない。

かの騎士王を打倒すること。

ネロと共に特異点の解決へと導くことを・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

洞窟の最奥にたどり着くと、そこは今まで歩いてきた通路とは比較にならないくらいの広さだった。

そしてこの広間の中央に禍々しい光が見える。

きっとあれが大聖杯だ。

そしてその前、大聖杯を護るように黒く輝く聖剣を構え、王者の風格を放つ人物が1人

圧倒的な殺意と魔力量。

間違いない、セイバーのサーヴァント、アーサー王だ。

 

泥の汚染でその姿は黒く歪んでしまっているが、その風格は間違いなく騎士王に相応しいものだった。

 

「ほほぅ、貴様がアーサー王だな?

王ともあろう者が、殺風景な洞穴で防人に徹するとはな?

それに貴様・・・その面で顔は見えぬが、なかなかの美形だな?」

 

「黙れ。」

 

あのセイバーにあっさりと返されてしまった。

セイバーは黒いバイザーのようなものをつけていて表情は伺うことは出来ないが、ネロの言葉に呆れているのは同情する。

ネロ・・・こんな時までそんな審美眼を使わなくても・・・

だけど、あのセイバーの体格・・・男性にしては華奢なような・・・

 

「奏者、あのセイバー女だぞ?」

 

事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

男として語り継がれた英雄が実は女性だったとは・・・

 

「うむ、であるならば余の好みの美少女に違いあるまいっ

セイバーよ、そなたさえよければ、余のハレムに加えてやってもよいぞ?」

 

「くだらん。

そのような戯れ言を宣うために来たのであれば、消えるがいい。」

 

「ふむ、やはり穏便に済ませるつもりであったが、勧誘は失敗であったか。

ならば、仕方あるまい。

残念だが、貴様を倒してこの特異点とやらを解決してやろうぞ・・・!」

 

セイバーがその聖剣を持ち、ネロも自身の大剣を携えると自分たちを巻き込まないようにと前へ出て距離を取る。

 

2人の剣の英霊が睨み合う。

これが冬木での最後の戦いだ。

失敗は許されない。

 

「来い、名も知れぬサーヴァント。

この聖剣の前に消えるがいい。」

 

「ゆくぞセイバー。

余の情熱が聖剣さえも上回ることを見せてくれる・・・!」

 

 

 

 

Sword or Death

 

 

 

 

相手はセイバー。

聖杯戦争において最優と言われるクラスで攻防共に優れている。

アーサー王はまだ神秘が残るブリテンの王なら、対魔力スキルも高いはずだ。

岸波白野には魔術礼装「カルデア制服」があるが、1度使うと次に同じコードキャストが使えるまでにタイムラグが発生する。

つまり、1戦闘につき1度しか使えないと思っていい。

問題はセイバーとネロのレベルの差が大きいことだ。

戦い方やスキルを把握してるとはいえ、ネロのステータスは月にいた頃よりも大きく下がっている。

その隙を突かれないよう、自分がマスターとしてサポートしなくてはならない。

 

セイバーはその聖剣を大きく振りかぶると、まだ距離があるにも関わらずそれを振り下ろす。

すると黒い魔力と斬撃の複合攻撃が一直線にネロを目掛けて放たれる。

 

まずい、GUARDだ!

 

「ふんっ!」

 

剣を横にして前方に構え、その斬撃を防ぐ。

衝撃は凄まじいものだが、ダメージはあまり入っていないようだ。

 

「飛ぶ斬撃ときたか。

ふむ、とても面白い・・・だがそんな技・・・

()()()()()()()()()

 

・・・へ?

いや、ネロは斬撃を飛ばすスキルを持っていない。

仮に戦う場所が新しくなって新スキルを身につけたとしても、それならステータス情報でマスターである岸波白野自身が知らないのはおかしい。

 

しかしネロは自身の魔力を剣に乗せると、セイバーと同じように剣を構え、振り下ろす。

すると赤い魔力と斬撃の乗った複合攻撃がセイバーに放たれるが、簡単に弾かれてしまった。

だが、威力は少しあったようで、セイバーが1歩後に下がる。

 

ネロに今のような攻撃ができるスキルは持っていない。

しかし、それを可能にしてしまう彼女のスキルが1つだけ存在する。

 

スキル「皇帝特権EX」

 

本人が持ちえないスキルでも、このスキルを持つ者が宣言すれば、短期間だが宣言したスキルが獲得されるというルール無用の強力スキル。

例えば、造船技術がなくても、本人が造船技術があると宣言すれば、造船技師も脱帽の船を作り上げてしまう。

一流女優並の演技力があると宣言すれば、どこの舞台にでも立つことが出来る演技力を獲得する。

そうーーーそれがクイズ大会の司会のためだけでも。

 

ネロが勝ち誇るようににやりと笑う。

むしろその表情はドヤ顔に近い。

 

しかしそれがセイバーの怒りに触れたのだろう。

剣を降ろすと回り込むようにネロの懐に迫る。

ネロはそれに正面から入り、セイバーに応戦する。

幾度の鍔迫り合いをしつつ、飛ぶ斬撃を繰り出せば、ネロもそれに対応して打ち消し合う。

そうして上手く躱すことで、レベルの差を埋めていた。

 

そしてセイバーが1度距離をとるとその聖剣を下段に構える。

すると、その聖剣は異常なまでの魔力と黒い光を放ちながらその力を溜め込んでいる。

間違いない、宝具だ。

 

「卑王鉄槌。

極光は反転する・・・光を呑め・・・!」

 

ネロ!ここは耐えてくれ、GUARDだ!

防御の構えを取る。

この一撃を耐えてくれれば・・・

 

「奏者よ。」

 

ネロが視線だけをこちらに向けてくる。

 

「余は、そなたを信じているぞ。」

 

岸波白野の中で、覚悟が決まった瞬間だった。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒い聖剣の光はネロを飲み込んだ。

しかし、その姿はボロボロになりながらも健在だった。

ネロの紅い舞踏服が台無しになってしまったが、今は気にしていられない。

 

「くっ・・・程度があろう」

 

剣を杖にしながらネロは立ち上がる。

その姿は勇ましく、痛々しいものだった。

 

礼装:カルデア制服「応急手当」

 

ネロの傷を少しでも回復させる。

これで少しは動けるはずだ。

すまないネロ・・・君にここまで痛い思いを・・・

 

「案ずるでない、奏者よ。

余は、この通り動けるのだからなっ」

 

そうだ、まだ終わってない。

必勝ではないが、わずかでも活路を見出すことが出来ることが1つだけある。

ネロの宝具だ。

 

セイバーは再び宝具の第2射の構えをとる。

確実に止めを刺すつもりだ。

 

卑王鉄槌(ヴォーティガーン)

誉れだ。

我が極光に飲まれるがいい・・・

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!!」

 

2度目の黒き極光はネロを包みこむことはなかった。

 

礼装:カルデア制服「緊急回避」

 

次の相手の手を必ず回避するコードキャストにより、ネロは2度目の聖剣の攻撃を回避してみせた。

 

「余は楽しいっ!」

 

宝具の光の遥か上を跳びながらセイバーに向かって真っ直ぐ剣を振り下ろす。

セイバーは宝具後で動きが取れずその一撃を受けてしまう。

その黒い鎧に大きくヒビが入りながら後に後退し、次の手を打つつもりだが、セイバーに次のターンは渡さない。

このまま畳み掛ける!

 

礼装:カルデア制服「瞬間強化」

 

これで筋力が上昇したはずだ。岸波白野に出来ることは、あと一つだけ・・・

ネロ、魔力をすべて使う!

宝具の開帳を・・・!!

 

 

 

 

 

「あぁ・・・万雷の喝采が聴こえる・・・

在りし日の光景(オリンピア・プラウデーレ)が・・・」

 

 

 

 

 

ネロの持つ赤い大剣「原初の火(アエストゥス・エウトゥス)」は彼女が皇帝時代、演劇の演目の1つとして臣下に造らせたという説がある。

デザインをすべて担当し、イメージは、彼女自身の燃え盛る情熱を表しているという。

それを地面に刺し、彼女は高らかに叫ぶ。

 

天国と地獄(レグナム・カエロラム・エト・ジェヘナ)

築かれよ我が摩天!

ここに至高の光を示せ!」

 

世界が変革する。

否、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「出でよ!

招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)!!」

 

その剣から広がるように黄金の劇場が建設される。

それは、己の願望を達成させる絶対皇帝圏。

生前の彼女が自ら設計し、ローマに建築させた劇場「ドムス・アウレア」を魔力によって顕現させたもの。

この空間において、その主であるネロの許可なく相手は十全な力を発揮することは出来ない。

この美しく煌びやかな劇場は、生前のネロの情熱が多く込められている。

 

「これは・・・なんて綺麗な・・・」

 

所長が思わず感嘆の声を洩らす。

それは誰の目から見ても、とても美しいものだった。

 

かつて黄金劇場は、ネロが考案した演劇や歌唱などを披露するため、国民を招き行ったという。

しかし、彼女は最初から最後まで、引いてはアンコールをさせるまでこの劇場から人を出すことは許さず、すべての出入口を封鎖して、来るもの拒まず、しかして返さぬという行いをした。

この劇場はそれを再現したものであり、1度入れば解除されるまで外に出ることは叶わない。

 

そしてそれは相手のセイバーも同様だった。

ステータスを強制的に下げられ、対魔力では防ぐことは出来ない。

 

ネロは剣を水平に構えセイバーに奔る。

その動きはとても鮮やかで、そこから紡がれる剣の詩篇は薔薇の皇帝に相応しい、堂々かつ美しい一閃であった。

 

童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネロの放った一撃はセイバーの身体に大きなダメージを与えた。

その身体は霊基を大きく損傷したようで、これ以上の戦闘は不可能であった。

黄金劇場はその役目を終えて、再び大聖杯の前に戻る。

 

「なんだ、終わっちまったってか?」

 

自分たちが来た道を追ってキャスターが来た。

かなりボロボロだが、アーチャーを倒したようだ。

よかった。もしここでアーチャーにも攻め込まれていたら打つ手がなかったからだ。

 

「うむ、奏者の采配は素晴らしかった。」

 

そんなことはない。

ネロが頑張ったおかげだ。

こんな未だに至らないマスターを信じてくれる、彼女に心から感謝したい。

 

「うむ、もっと褒めるがよいっ」

 

得意そうに胸を張る。

やっぱりネロには適わないな。

 

「そうか・・・私の剣が敗れるか。」

 

投げやりのような、諦めたような顔をしてセイバーは立ち上がる。

致命傷のはずなのにまだ動けるのか・・・!?

 

だが、セイバーからその剣が抜かれることは2度となかった。

 

 

 

 

「まったく、聖杯を与えられながらこの時代を維持しようなどと・・・

余計な手間を取らせてくれる。」

 

 

 

 

 

セイバーの背後からその胸を貫いた腕の主がそう言った。

とてつもなく冷たく、だが聞き覚えのある声。

 

「・・・貴様はーーー」

 

その次の言葉が続く前にセイバーは消滅した。

もとより瀕死の身、あれ以上のダメージは即消滅だったのだ。

消滅したセイバーの背後に立つ人物。

緑のスーツを身にまとい、際立つ長髪をなびかせるその男は、カルデアにいたレフ・ライノールその人だった。

 

なぜ、レフがこんなところに・・・

 

そんな疑問よりも先に思うところがある。

 

あれは、誰だ・・・?

 

見た目はレフその人だ。だが、雰囲気がまるで違う。

カルデアでは一度しか言葉をかわさなかったが、あの温厚な人があそこまで冷たく人を見下すような表情になるだろうか。

 

「レフ!

あなた生きて・・・!!」

 

涙ながらに所長が駆け出す。

ずっと彼女の心の支えになっていたのだろう。

冬木に来てから何度もその場にいないレフに助けを乞うていた。

 

だけど、ダメだ。

本能がそう告げる。所長をレフに合わせてはいけないと。

そしてそれは、ネロやキャスターも感じ取っていた。

 

「待ちな。

てめぇ、何だ?」

 

キャスターが所長の肩を掴みレフに駆け寄るのを食い止める。

よかった。キャスターが見てくれるなら安心だ。

 

「奏者も下がれ。

あれはもはや、人間や魔術師とも呼べるものではないな。」

 

ネロも前に出て自分を庇うように立っている。

 

「セイバーが消えた今、君の出番は終わりのはずだ、キャスター」

 

レフが手を開くと、そこには小さな器のようなものがあった。

あれはもしかして、この世界の聖杯、なのだろうか。

 

「げっ、強制帰還!ここでかよ・・・」

 

キャスターの身体が消え始める。

キャスター・・・

彼はもとより冬木の聖杯に呼ばれたサーヴァントだ。

原因だったセイバーが消えたことにより、この特異点は解決されたと考えていい。

ならば、彼がいずれ消えてしまうことの道理であった。

 

「坊主、セイバー。

俺らサーヴァントなんてのは所詮こんなもんでしめーよ。

喚ばれたその時に役に立ててもその先に進んでいけるのは今を生きてるお前らだけだ。

だけど、忘れるなよ航海者。

どんな嵐の中でも掻き消える事のない輝く星々の存在を。

それは、果ての宇宙を照らす標だ。

それによ坊主、てめーはあの時、俺のマスター・・・あの嬢ちゃんを任せられると見込んだ男だ。

お前さんならやれるってわかってるからよ。」

 

兄貴らしくさっぱりとした顔で言ってくれる。

ん・・・?

も、もしかしてキャスター!最初から・・・!

 

「たりめーよ。

じゃなきゃ坊主と手を組む気なんてなかったからな。

お前は信用に足るマスターだった。

なかなかよかったぜ?」

 

「うむ。余の奏者だからな。当然であろう?

では、また逢おうぞ。

森の賢者、アイルランドの光の神子よ。」

 

「応よ。」

 

キャスターはにっと笑いながら消滅した。

最後まで気持ちのいい兄貴肌の英雄だった。

まさか月の記憶があることは想定外だったが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフ!

・・・レフ!!」

 

キャスターが消えた今、所長を止められる者はいなかった。

彼女は涙を浮かべ、縋るようにレフに駆け寄る。

 

「良かった・・・あなたが居なくなったら私・・・

この先どうやってカルデアを守ればいいかわからなかった!」

 

「やぁオルガ

元気そうで何よりだ。大変だったね。」

 

レフは淡々と答えている。

その言葉に、感情というものはひとつもなかった。

あえてあるとするならば、あれは、怒りだ。

純粋で、単純な怒りだ。

 

「えぇ、そうなのレフ!

予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった!

でもいいの、あなたがいればなんとかなるわよね?

だって今までそうだったもの・・・今回だって!」

 

ひとつだけ、岸波白野はわかったことがある。

所長がレフに対するあの態度、友人や家族でもなければ、同じ職場の同僚に対するものでもない。

 

あれは・・・心酔ともいうべき、依存だった。

オルガマリー所長は、レフ・ライノールという人間がいないと、生きていけないというレベルまで陥っている状態だった。

若い彼女のことだ。1人で組織の長にまでなるには、心が疲れきっていたと考えられるのは容易だ。

その心に付け入り、簡単に自分のモノとしてしまう。

そんな魔性のような人物が、かつていた・・・ような気がする。

 

「あぁ、本当に・・・

予想外の事ばかりで頭にくる。

 

中でも君だよ、オルガ」

 

とても冷たく、人を人として見ていない彼の瞳がそう告げた。

 

「爆弾は君のすぐ近くに設置したというのに、まさかこうしてまた顔を合わせることになるなんて。」

 

彼は言った。

自分がカルデアを爆破したのだと。

あの地獄のような光景を作ったのは彼自身なのだと。

あの空間に生者と呼べる人はいなかった。

否、いても、数秒先に死が待っている。そんな状態の人もいたかもしれない。

 

「トリスメギストスは御丁寧にも、命尽きる数秒前の君の残留思念を拾い上げ、一緒にレイシフトさせてしまったのだろう。

レイシフト適性のない君の肉体では転移できないはずだからね。」

 

所長がレイシフトできた理由。

それは肉体のない、意識のみの転移だった。

帰る肉体のないマスター。

それには身に覚えがある。

あの小さな、幼いマスターや・・・それこそ、岸波白野の存在のような・・・

 

「だが、せっかくだ。

生涯をカルデアに捧げた君のために、今のカルデアがどうなっているのか見せてあげよう。」

 

レフはその手にある聖杯のようなものを掲げると、宙に大きな切れ目が開いた。

その中には、管制室。

カルデアの管制室と繋がっていた。

それは映像ではなく、現実に冬木とカルデアが空間として繋がっていた。

 

「さぁ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。

あれがお前達の愚行の末路だ。」

 

「カルデアスが、真っ赤に・・・」

 

ロマニの話では、あのカルデアスは実際の地球の模式図であるという。

ならば、地球上が真っ赤に染まるということは、地球全土は今、あのような状態に陥っているということだ。

所長は目を見開き、そのカルデアスを力なく眺めていた。

天体科のアニムスフィアということは、彼女の一族は、このカルデアスと深い関わりがあったはずだ。

真っ赤に染まる地球。彼女たちはそれが見たかったわけではないはずだ。

 

「哀れな小娘に私からの慈悲だ。

最後に望みを叶えてやろう。

君の宝物とやらに触れるといい。」

 

所長の身体が浮かび上がり、カルデアスに近づけられていく。

聖杯なのか、魔術なのかはわからない。

だが、地球のモデル図を組み上げる高度な魔術だ。

生身で無事なはずがない。

 

「や、やめて・・・お願い・・・

高密度の情報体よ?

次元が異なる領域なのよ?」

 

「そう。

人間が触れれば分子レベルで分解されるブラックホールだ。

遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ。」

 

「いや・・・助けて、誰か助けて!

私、こんなところで死にたくない!

だってまだ褒められてない!

誰も私を認めてくれていないじゃない!

誰も私を評価してくれなかった!

みんな、私を嫌っていた・・・

生まれてからずっと、ただの1度も・・・

誰にも認めてもらえなかったのに・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奏者よ、わかっているな?」

 

もちろんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空間が繋がったカルデアに、カルデアスに所長が引き寄せられていく。

それはレフが所長を亡き者にするためということは、はじめからわかっていた。

それだけはさせてはいけない。

彼女は言った。

 

ーーー誰も助けてくれない

 

それは、誰も彼女を見ようとしなかった。

あのレフに依存している彼女は、その依存先(レフ)さえ失った。

そして、今まさに所長は言った。

 

ーーー誰も相手にしてくれない。

ーーー誰も評価してくれない。

 

それは、きっと違う。

人は生きる時、どうしても他者からの目線、評価、意識を感じてしまうのは当然のことだ。

彼女はそれで肩身の狭い想いをしてきたのだろう。

それが、所長としての責務なら尚のことだ。

 

だけど、岸波白野はそれは違うと断言する。

彼女は諦めることをしなかったからだ。

自分は所長のことをまったく知らない。

だが、この冬木における彼女は、怯えながらも精一杯前に進もうとしていた。

生きるために必死に足掻いた。

仮に他人の評価をするとしたのならば、それだけで充分なはずだ。

 

だからこそ、岸波白野は断言出来る。

 

"自分の価値"を最後に決めるのは、自分自身の気持ちのはずだ!

 

だけど、所長は最後まで自分自身を信じ切ることができなかった。

他者からの信頼、評価を最優先にした。

そんな結末は絶対にいけない。

 

自分の評価は、最後は自分で決める。

どういう生き方をして、どう生涯を終えるか。

自分の最期に自分の人生を振り返って、いい人生だったと笑えることが、人生のはずだ。

 

後悔はない。

岸波白野は残る魔力を右手の令呪に込める。

 

 

 

 

岸波白野の名において、令呪を以て命ず。

セイバー!所長を助けろ!!

 

「任せよ!!」

 

令呪ーーー。

聖杯戦争において、サーヴァントとマスターを結ぶ証。

3画しかないそれは、サーヴァントへの絶対命令権。

マスターからサーヴァントへ無理やり命令を聞かせることもあれば、ステータスのブーストも可能だ。

そしてその効果は、()()()()()()()()()()()()()()()()ほど効果が増す。

 

ネロは地を蹴ると宙を翔ける。

令呪のバックアップによるブーストの恩恵だった。

流星の如く駆け抜ける紅い薔薇は、カルデアスに引き込まれる寸前の所長の手を、確かに掴んだ。

そのまま所長を抱き抱えると空間の裂け目の外まで翔んだネロは洞窟の壁を足場にして蹴りだし、こちらへと戻ってきた。

 

大丈夫。所長は無事だ。

 

「き、岸波・・・なんで、あなたが・・・」

 

死なせてはいけないと思った。

無念のなか、助けたくても助けられなかった人を見てきた。

どのような事があっても、その結果を受け入れなければならないことも知っている。

それが誰かの救いになったのかはわからない。

だからこそ、岸波白野は自分にできる限りのことをした。

自分がしたことを受け入れられるようにと。

 

令呪を1つ消費した。そんなことはどうでもよかった。

目の前で、この手が届くのに助けられないのは見たくなかった。だからそうした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり・・・お前が1番の不愉快の対象だ。岸波白野。」

 

冷ややかな目で、先程よりも怒りのこもった声でレフが告げる。

ネロに降ろしてもらい所長も呼吸が落ち着く。

もうレフに駆け寄ったりはしないはずだ。

 

「48人目のマスター候補生。ただの一般人に過ぎない君が、なぜそのサーヴァントを使役し、令呪までもを使いこなし、セイバーを退けたのか・・・」

 

それは岸波白野にもよくわかっていない。

ただ、今の状況は自分たちの世界に関わることで、それを防ぐために自分はひたすら前に進んできた。それだけなのだ。

 

「カルデアで君の書類に目を通した時、あぁ、あれはよくできた履歴だと思ったよ。

まさか、()()()()()()()()()()とはなぁ!」

 

・・・!?

なぜ、それを・・・

自分はその書類とやらを書いた記憶はない。

おそらく、ムーンセルが事前に用意したものだろう。

情報の塊であるムーンセルが、岸波白野の素性を書くことは容易のはずだし、未来の世界の月の情報を記録するはずはない。

 

「無論、はじめから知っていたわけではない。

最初は私も、君をただの一般人だと思っていたさ。

あの方がそう仰るまでな・・・!

あの方は全てを見通す目を持っている。

それさえあれば、岸波白野、お前の素性など簡単に割り出せる。」

 

あの方・・・?彼は何を言っている。

 

「改めて自己紹介しよう。

私はレフ・ライノール・フラウロス!

貴様たち人類を処理するために遣わされた2015年担当者だ。」

 

人類の処理・・・それこそが、ムーンセルが記録したこの時代の終末・・・・

 

「オルガ、お前達は未来が観測できなくなり、その未来が消失したなどとほざいていたが・・・

未来は消失したのではない、焼却されたのだ。

結末は確定した。

お前達人類はこの時点で滅んでいる。

カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外の世界はこの冬木と同じ末路を迎えているだろう。

 

もっとも、カルデア内の時間が2016年を過ぎればそれまでだがね。」

 

『ーーー外部との連絡が取れないのは、通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手がいなかったのですね。』

 

いつの間にか通信は回復していて、そこからロマニの通信が流れてくる。

それを聞いて、その通りだと彼は続ける。

 

「もはや誰もこの結末を変えられない。

なぜなら、これは人類史による人類の否定だからだ。

お前達は進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのでもない。

 

自らの無意味さに!

自らの無能さ故に!

 

我らの王の寵愛を失ったが故に!

 

過去も現在も未来も、なんの価値もない紙くずのように跡形もなく燃え尽きるのさ!」

 

「戯れ言を・・・誰の許しを得てそのような妄言を語るか!」

 

ネロがレフに睨みをきかせる。

華やかに舞い、その結果による滅びなら彼女も良しとするだろう。しかし、理不尽な焼却による滅びは、我慢ならないものなのだろう。

 

「黙れ、サーヴァント風情が。

だが、お前は理解出来るだろう?岸波白野。」

 

自分が、理解出来るだと・・・

出来るはずがない。彼は人々の歩んだ歴史を無意味なものだと切り捨てようとしている。

少なくとも、それを許してはおけない。

 

だが、それより先に地面が大きく揺れる。

洞窟の岩盤は崩壊し、今にも崩れかかっている。

 

「私はそろそろお暇するとしよう。

さらばだ、哀れな最後の人類。

いや、ここに人類と呼べるものはいないだろうがね。」

 

そう告げると彼は忽然と姿を消した。

最後の言葉は皮肉と受け取ろう。

自分はしっかりと人間だし、所長は生きている。

それよりも、今はここから脱出しなくてはーーー。

 

「ロマニ!急いでレイシフトしなさい!」

 

『とっくに始めてます!

でも、時空の歪みの方がはやい!

3人とも、とにかく意味消失に耐えるんだ!

意識を強く持ってくれれば、こちらでいくらでもサルベージできる!』

 

地面は大きく揺れ、洞窟は崩落する。

その空間だった場所には、生物は存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー以上が、カルデアの現状だ。

所長は危篤状態のまま、緊急医療カプセルからは動かせない、死んでないのが奇跡だよ。

岸波くんが助けてくれたおかげだね。

今は彼と彼の魔術回路の回復が終わったら、改めてブリーフィングをしようと思う。」

 

レイシフトから無事にカルデアに帰還した岸波白野は同時に意識を失った。

サーヴァントの召喚、サーヴァント戦、令呪の使用を短時間に行った彼は魔術回路がボロボロだった。

彼のサーヴァント、ネロ・クラウディウスはマイルームで眠る岸波白野の傍らに寄り添い、報告に来たロマニからその話を聞いた。

 

オルガマリーの身体は危篤状態。全身火傷を背負っており、五体満足なのが奇跡だという。

しかし、彼女はあと数秒後に死を迎える身体だったことは変わりない。あの冬木の場でカルデアスに引き込まれていたら、それこそ、死は確定していた。

岸波白野の決断が、彼女の運命を変えたと言っていいだろう。

 

「ところで、えと・・・ネロ皇帝。

さっきのレフが言っていた、岸波くんが月から来たというのは、本当なのかい?」

 

「そうだな・・・奏者の許しがないから詳しくは言えぬが、彼奴が言っていたことは事実だ。

我がマスターは、この時代の人間ではないからな。」

 

「にわかに信じられないことだけど、わかった。

詳しいことは、彼が目覚めてから聞くとするよ。

今はゆっくり休んでもらわないとね。」

 

「うむ。気遣い感謝するぞ、ドクター。」

 

ロマニは岸波白野のマイルームを後にする。

その入口の隣で、1人人物が待っていた。

 

「なかなかに面白いコンビだね、あのふたり。」

 

肩まで伸びる髪をゆらしてその人物はロマニと向き合う。

その出で立ちは人間ではなく、サーヴァントだった。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ。

過去に実在したと言われる人物で、あらゆる方面に精通した万能の天才だと言われる。

それがこのサーヴァントの真名だった。

 

「しかし彼は英雄でもなければちゃんとした魔術師でもない。さらに言ってしまうとこの時代の人間ですらない。

だけど、あのネロ公と彼は、互いにとても信頼しあっている。ただのマスターとサーヴァントと言いきれる関係ではないほどにね。

どうだいロマニ、君の目から見て、2人は信用に足ると思えるかい?」

 

「・・・僕は、そんな2人を信じたい。

いや、信じている。

所長を助けると言った彼の目は、まっすぐ前を見つめる人類の可能性を見た。

たとえ違う世界の人間だったとしても、そう考えて行動出来る人間はなかなかいない。

だからこそ僕は、彼らに協力しようと思う。」

 

「君がそう思うなら私も付き合おうとも。

そのついでに、ひとつ助言をしよう。

彼らに、そんな顔はするんじゃないよ?

ロマニ・アーキマン」

 

ロマニの顔は、普段の明るい彼とは対照的に暗く沈んだ顔をしていた。

 

「あぁ、わかってるよレオナルド。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、生還おめでとう、岸波くん。」

 

あれから数時間、目を覚ました自分はネロと共にブリーフィングルームへと呼ばれた。

ロマニは硬い表情のまま、カルデアの現状を伝えてくれる。

 

「なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。

そのことに、心からの感謝を送るよ。」

 

ロマニは深く頭を下げる。

自分は、岸波白野は自分が出来ることをしたまでに過ぎない。

謙遜と言われるのか、自意識過剰なのかはわからない。

それでも、凡人である自分は、それこそ、キャスターや所長、ネロの力がなくては解決することなどできなかった。

 

「たしかにカルデアは大打撃を受けた。

だがまだ終わってはいない。

所長は今集中治療で動くことはできないけど、岸波くんが助けてくれたおかけで一命は取り留めた。

だけど、事態は急を要する。

所長の回復を待っている時間はないんだ。」

 

所長を助けることはできた。

そのことは自分がこの戦いでできた、ひとつの決断だった。

しかし、元々所長の身体は死の目の前にいた。回復するにしても、時間は膨大にかかるだろう。

 

「カルデアスの状況を見るに、レフの言葉は真実だろう。

おそらく、人類は既に滅びている。

外に出ていた職員の生存も確認出来ない。

カルデアの外は死の世界だ。」

 

管制室や、冬木で見たあの状態。

それが今、この施設の外も同じ状態だという。

ここは今、地球上、世界から取り残されたたった一つの生存地帯。

しかし、自分たちはこの状況をなんとしても突破しなければならない。

 

「これを見て欲しい。」

 

ワクテカ画面ならぬモニターに世界地図が映し出される。

そこにはいくつかの渦のようなものが見え、うちひとつは光の点のようになって輝いている。

 

「カルデアスが映し出す過去の地球に冬木のものとは比べ物にならないくらいの時空の乱れ・・・すなわち、特異点が確認された。

それも、複数の。

今のところ解析が済み、特定ができている特異点は1つ。

西暦1431年、フランスのオルレアン。」

 

人類のターニングポイントとしてその時代に起きた出来事といえばひとつしかない。

フランス百年戦争。

フランスの王位継承について争った有名な戦争のひとつだ。

もしそのような大きな歴史が改変されてしまっていたらーーー

 

「そう、よく過去を変えれば未来が変わる、なんていうけど、少しばかりの改ざんでは未来は変わらない。

しかし、実際に人類史は終焉を迎えてしまった。

なら、考えられる可能性はひとつだけ。」

 

そう・・・人類が歴史を歩む中で過去というのは、現在に至るまでを証明するための足跡。

その中でも人類史に点在していた、今の人類の有り様を決定づける究極のターニングポイント。

それが崩壊してしまったのだとしたら、人類の歴史は成立しないことになってしまう。

 

「結論を言おう。岸波白野。

サーヴァント、ネロ・クラウディウス。

今このカルデアで唯一レイシフトできる君たちに、これらの特異点に向かい歴史を正しい形へと戻して欲しい。

それが、人類を救う唯一の手段だ。」

 

岸波白野は目覚めて、ネロに状況を聞いた。

目覚めるなり泣き付かれて大変だったが、彼女には申し訳ないと思う。

ロマニには自分がムーンセルという月から来たマスターであるということを話した。

月が聖杯であること、岸波白野は未来から来た存在で、現在には存在しない人物であること。

そして、自分はマスターである人物であると。

 

当然彼は色々驚いていた。しかし、事実として受け入れてくれた。

自分たちを協力してくれると言ってくれた。

それならば、それしか手段がないと、他にどうすることも出来ないのであれば、岸波白野ができることは決まっている。

否、自分は最初からそれしかできないのだから。

 

「岸波くん、これは今の状況で強制に近いとは理解している。

けど、所長が動けない今、現トップの僕は、唯一のマスターとしての君に問わなくてはならない。

 

君に、人類の未来を背負い戦う覚悟はあるかい?」

 

覚悟はきっとあった。でなければ、このカルデアには来なかったはずだ。

それに自分は、月の聖杯戦争の勝者として、すでに127人のマスターの意思を背負っている。いや、本当は・・・対戦したマスターだけでも辛いものがある。

でも、振り向いて、結果を受け入れ、自分に託した友のためにも、この人理焼却は防がなければならない。

 

それに、今更背負うものが増えたところで、岸波白野にできることは、いつだって前に進むことだけだ。

自惚れてはならない。

かつて誰かが言った。

人は最初から諦めていると。

 

なら、諦めながらも、挫折しながらも、足があるのならば、前に進む。それだけだ。

 

だからこそいえる。

それこそ、自分たちで、この状況を突破しよう。

岸波白野は未熟なマスターだ。誰かに支えてもらわなければろくに戦うこともできない。

だから、ネロだけでなく、カルデアスタッフ全員の協力が必要なんだ。

 

「ありがとう。

その言葉で、僕達の運命は決定した。

これよりカルデアは現所長、オルガマリー・アニムスフィアが予定している通り、人理継続の尊命全うする。

これは、カルデア最後にして原初の使命。

人理守護指定グランドオーダー。

いや、今回は特例中の特例事項により、仮称エクストラオーダーとして、魔術世界における最高位の使命を以て、我々は未来を取り戻す・・・!」

 

月の異邦者と最後の人類による人理修復が始まる。

 

 

 

特異点F

炎上汚染都市 冬木

 

定礎復元




前回の倍近くありましたが、読んでいただきありがとうございます。
次回はオルレアン前の箸休め回です。


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第5節「英霊召喚」

第5話です。
今回は突拍子のない展開と、かなりのご都合主義で展開されることをあらかじめ了承ください。


英霊召喚システム「フェイト」

 

そう呼ばれる施設、もとい装置がカルデア内に存在するという。

カルデアの電力をフル稼働して、新たな英霊を召喚するという。

聖杯戦争は通常マスター1人に対してサーヴァント1体だが、この装置により、サーヴァントからの魔力供給をカルデアの電力で代用することでマスターの負担を減らし、1人で何体ものサーヴァントが使役できるということだ。

 

1人で複数のサーヴァントを使役するのは、聖杯戦争を経験しているマスターでも、難しいものがあるだろう。

 

ではなぜ今この話をするか?

簡単なことだ。

この召喚ルームに岸波白野は呼ばれてしまったからだ。

 

「突然ごめんね、岸波くん。

我々にはどうしても戦力が足りないんだ。

今のカルデアもそうだし、これから特異点を解決するにあたり、冬木のように協力してくれるサーヴァントがいるとも限らない。それなら、戦力は多い方がいいと思う。

それにね、今この召喚システムは2体のサーヴァントを呼び出せるだけの電力が溜まってるんだ。

君に召喚をお願いしたいんだけどいいかな?」

 

もちろんだと答える。

しかし、地上の聖杯戦争は、英霊の召喚にはその英霊に関する触媒がないと召喚できないのでは・・・

 

「それに関しては仕方ないね。

触媒なしで召喚することは出来る。

でもこのシステムで呼び出される英霊は基本的にランダムで、自分で選ぶことが出来ないんだ。

何かしらの触媒があれば、その英霊を呼び出すことができるんだけどね。」

 

英霊の召喚に必要な触媒。

それは、その英雄に関連する聖遺物と呼ばれるアイテムのことだ。

例えば、アーサー王なら、本人に関連する聖剣や、その逸話のもの。

円卓の騎士ならば、その円卓に関連するアイテム。

円卓のテーブルの破片などがあれば円卓の騎士を呼ぶことができる。

 

では、ネロはどうして召喚されたのだろうか?

召喚触媒はなかったのだが・・・

 

「決まっているであろう?奏者よ。

余を呼び出すのに、触媒など要らぬ。

なぜなら、うむ。

奏者と余の縁こそが触媒となってるのだからなっ」

 

「それだ!」

 

突然ロマニが叫ぶ。

それって・・・どれ?

 

「岸波くんは未来の世界で聖杯戦争を体験していて、かつ記憶も保持されている。

それならば、君が聖杯戦争で出会ったサーヴァントと少なからず縁があるんじゃないのかな?」

 

月の聖杯戦争で戦ったサーヴァント。

海賊のライダーや緑衣のアーチャーのような対戦したサーヴァントは少なからず、岸波白野と対戦したという縁があるだろう。

だが、どうしても所々に記憶の欠損がある。

この身は1度ムーンセルに分解された身。

その際に記憶をどこかに置いてきてしまったようだ。

この記憶もどうにかしなければ・・・

 

「ほうほう、その記憶が触媒になってくれるのなら、こちらとしては大変結構。」

 

「む、貴様は・・・」

 

「私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。

気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ。」

 

「な、なんと・・・!

あのダ・ヴィンチがこのような姿だったとは・・・!」

 

そういえば、カルデアにはすでに召喚されているサーヴァントがいるという。

それがこのレオナルド・ダ・ヴィンチ。

クラスはキャスターだ。

 

しかし、歴史に記されているレオナルド・ダ・ヴィンチといえば、あの自画像のお爺さんの印象がとても強いが、もしかしてあのアーサー王のように実は女性だったとか言うのだろうか。

 

「ん?

私の本体はそりゃあの自画像で間違いないさ。

でも、ほら、サーヴァントとして召喚されるなら、万能の天才たる私は美しくいないといけないだろう?

モナ・リザなんて、私の求める美そのものだからねぇ」

 

つまりこの人、自分で生み出したモナ・リザが美人だからそのモナ・リザを自分の体に模して現界したというのか・・・

なんて・・・アレな人なんだ。

 

「うむ!

美しさを求めるその姿勢、褒めて遣わすぞ?」

 

そして認めちゃったよこの皇帝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

召喚ルームの端に別の小さな召喚台が見える。

英霊を召喚するようなものではなさそうだが、これは一体・・・

 

「それかい?

それはマスターやサーヴァントに付属することの出来る概念礼装を生み出すものなのさ。

サーヴァントやマスターの記憶や縁、それらを媒介にして概念礼装とすることで、君たちをサポートしてくれるんだ。」

 

つまりはステータス補正が付くということだ。

むしろ英霊を呼ぶより基礎ステータスの補正の方が早くないだろうか?

 

「岸波くんが言うならしかたないかな。

じゃあ、まずはそれを一度やってみようか。

そっちの方が、英霊を呼ぶより電力が少なくて済むしね。」

 

概念礼装は省エネだった。

 

「よし、では始めよう。」

 

概念礼装を創り出すのにはとくに触媒は必要なく、自分やネロがその場にいればいいのだという。

 

召喚の炉心が光輝き、ひとつの概念礼装が築かれる。

 

 

 

その瞬間ーーー

 

一瞬、瞬きに等しいその瞬間時間が停止した。

 

 

 

 

『はーい☆

終焉する人類の皆さんこんにちはー☆

グレートスイートな頼れるラスボス系後輩です♪

 

え?どうして私がいるのかですって?

ムーンセルだって一大事なんですから、そりゃあもう私だって復活させられるわけなんですよ?

そして奇跡的に編纂事象に存在する哀れなセンパイに頼れる後輩からささやかなプレゼントです、受け取ってください♪

 

中身はなんと〜?

そう!サルベージしたセンパイの月の記憶ですっ!

ご丁寧に裏側の記憶や、記録宇宙で見つけたセンパイの月の可能性の記憶も同梱のバリューセット!

 

センパイったら一度ムーンセルに溶けちゃってるんですもの、ポロポロと記憶なくすのもいけないんですよ〜?

いやぁ、私もまさかセンパイが月を離れて地上の人類なんかまで助けようとしてしまうなんて考えてもいませんでした。

あまりの人の良さに、さすがの私もドン引きです。

 

せっかく久しぶりにセンパイの顔が見られると思っていたのに、こうして時間を停止させてそちらの時間に干渉しないとコンタクトもとれないなんてなんて不便なんでしょう。

 

ですけど、安心してください?

またすぐに会えますから・・・だから、私のことも、忘れないでくださいね、先輩。』

 

 

 

 

一瞬時間が止まった中で何が起きたのかわからなかった。

でも、わかることがあった。

岸波白野の記憶が完全に復活してる。自身が体験した記憶以外の記憶も何故かある。

月の裏側の記憶まで丁寧に取り戻されている。

 

それにさっきのーーー

夕焼けの校舎がとても似合う彼女は・・・

彼女のことを岸波白野は知っている。

戻された記憶、その中のひとつに、彼女はとても大切な人だったという認識がある。

 

「奏者よ、泣いているのか?」

 

ネロが自分を気遣ってその時に気付いた。

マスターとして彼女と繋がっている以上、おそらく自分と同じ体験をしているはずだ。

ネロもおそらく、月での記憶が全て戻っている。

 

気が付いたら自分は涙を流していた。

手が届きそうだったもの。だけど差し伸べた手は空を切り、届くことはなかったあの時の彼女のことを・・・

あぁ、どうして忘れてしまっていたのだろうか。

 

それはいつか消え去るはずの記憶。

あってはならない月の裏側の話。

1人の、純粋な恋の話ーーー

 

 

 

 

 

「うーん、一応概念礼装は摘出されたみたいだね。」

 

ロマニが摘出された礼装を持ってくる。

これは、腕章だろうか。

そこには大きく「会長」と書かれている。

 

あぁ・・・なんてものを寄越してくれるんだ、彼女は・・・

 

『・・・ありがとう。充実した活動でした。

 勝手な話ですが、次期生徒会長は貴方にお任せしますね。』

 

そういう風に自分に託してくれたことも、あった。

 

あの金髪の王は、岸波白野を信じたように。

この腕章は、月の裏側での自分のなした事を雄弁に語るようだ。

 

ならば、この腕章はその岸波白野へ彼女や彼らからの餞別と受け取ろう。

 

「マスター用の概念礼装だけど、ステータスは・・・え、相手のスキルに合わせて発動すると高確率でスタンって・・・な、なんだこの強力な礼装は!僕はしらないぞ!?」

 

次の特異点探索は波乱がありそうだと思いながら、ロマニからその腕章を受け取る。

 

うーん・・・カルデア制服は白地だから黒い腕章は少しだけ違和感が・・・

 

「うんうん、そういう前衛的なファッションもいいと思うよ?」

 

ダ・ヴィンチちゃん、それはフォローになっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、気を取り直して準備もできたし、始めてもらっていいかな?」

 

礼装や記憶のひと騒動があった後、召喚の準備は改めて整った。

記憶が戻ったことは、このあとロマニに報告しよう。

彼らが準備を進めてきたのならば、それを今止めてしまうのは違う気がする。

そういえば、召喚する際に呪文とかの詠唱は必要なのだろうか。

 

「それについては問題ない。

全ての術式はこのシステムに組み込まれているから、岸波くんは召喚陣に魔力を流してもらうだけで召喚できるんだ。」

 

聖杯戦争も便利になったものだと思いながらも、月の聖杯戦争もムーンセルがサーヴァントを用意するのでなんとも言えない。

 

「じゃあ、始めようか。岸波くん。」

 

ロマニがコンソールを動かし、召喚システム「フェイト」の炉心が動き始める。

次第にそれは高速に回転していき、自分はそこに自身の魔力を送り込む。

この魔力が触媒となり、サーヴァントを引き寄せる。

 

「な、なんだこの数値は・・・

初めての召喚でこんなことが有り得るのか!」

 

ロマニが驚いているが何が起きているのかはよくわからない。

というより、先程の腕章と言い、サプライズがすごすぎないか。

それにわかるとすれば、魔力を流してからシステムの回転する炉心が虹色の光を帯びているということしか・・・

 

「すごい!これは間違いなく最高位のサーヴァントを引き当てるぞ・・・!」

 

自分が出会ったサーヴァントの中で、最高位のサーヴァント・・・どの英霊も並外れたものだったので、思い当たるものが多すぎる。

 

やがて炉心は大きな光を放ち、召喚されるサーヴァントのセイントグラフが映し出される。

そのクラスはキャスターだった。

 

 

 

 

「来た来た来た!

ご主人様からのご指名来たー!!!

お待ちしておりましたー☆」

 

 

 

 

召喚ルームに姦しい声が響く。

あぁ、このシリアスを壊しに来る声は・・・

 

霊基が安定し、その姿が構築されていく。

胸を大きく露出させて崩した着物を着こなし、明るい桃色の髪に狐の耳と尻尾。

そしてこの、被っているのが猫なのかなんなのかわからない声は・・・

 

 

 

 

「雨天決行!

花も嵐も踏み越えて、ご主人様への愛に一直線!

この身は黄帝陵墓の守護者にして、崑侖よりの運気を導く陰の気脈!金色の陽光弾く水面の鏡!

 

自他共に認めるご主人様の良妻サーヴァント、キャスター、玉藻の前!ここに罷りこしましたー!

 

・・・あ、あれ?もしかしてわたくし、空気読めてない感じですか?」

 

 

 

 

 

玉藻の前といえば、日本において有名な英霊だ。

 

日本の平安時代末期に、鳥羽上皇に仕えたと言われる絶世の美女であり、白面金毛九尾の狐が化けたものであるとも言われた。日本三大化生の一角。

 

玉藻の前の正体は、アマテラス(天照大神)から分かれた御魂・神の表情の一つである。

 

鳥羽上皇が病に倒れた際、原因を調べた陰陽師、安倍某によって「人間ではない」ことが発覚。宮中から追い払われる結果となる。その後、朝廷の討伐軍と那須野の地で激突。一度目は8万からなる軍勢を退けたが二度目の戦いで敗北し、その骸は「殺生石」と呼ばれる毒を放つ石になったと言われる。

 

そう、即ち彼女は英霊であるにも関わらず、神霊級のサーヴァントであるということになる。

 

「あぁ、やっぱり!

凛々しいお姿とそのイケ魂!

やはりわたくしのご主人様ですねーっ☆」

 

「帰れキャス狐!

よりにもよって召喚されるのが貴様だと?

そんな色目で余の奏者を誑かそうなどと・・・そうはさせんぞ!」

 

「はぁ?なんです?セイバーさん。

わたくしとご主人様との逢瀬を邪魔しないでいただけます?

ほらほらご主人様、こんなサブサーヴァントはほっておいてわたくしとマイルームという名の新居で新しい生活を・・・ぎゃん!」

 

つい手が出てしまった・・・

とりあえず落ち着こう。

 

 

 

 

「な、なるほど・・・・つまり、玉藻さんは、以前岸波くんが月での聖杯戦争で召喚したかもしれないサーヴァント、なんだね?」

 

「かもしれないではありませんっ

わたくしはご主人様のイケ魂による魂の叫び!

いえ、愛の告白をこの身に仰せつかりまして参上したのならば、月の表側、引いては裏側までご一緒し、愛の四畳半で慎ましやかに暮らしていたはずなのです!」

 

半分合っているから困る。

玉藻が話してる内容は、言い方はあれど、いくつか合っている。

岸波白野はこのキャスターを召喚し、聖杯戦争を共に戦った。

これも先程の出来事・・・彼女が言っていた記録宇宙に存在する岸波白野なのだろう。

キャスターがこうして消されるべき記憶の月の裏側の出来事を覚えていることは、そういうことなのだろう。

 

正直、1度に色々なことが起こりすぎて頭が痛くなる。

なぜなら、ネロと玉藻が先程から何度も睨み合っているからだ。

 

「キャス狐、そなたも大変だな?

そうして妄言を吐いて奏者を困らせるのはいい加減にするがいい。

それに、サブサーヴァントは貴様であろう?

3回戦だか4回戦あたりで奏者を色香で惑わそうとしたのを余は知っているぞ?」

 

「あれはあの時の汚魂マスターのせいです。

わたくしの運命の相手はご主人様以外いないんです!

あと、わたくし忘れていませんからね?

熾天の檻への階段でセイバーさんがわたくしを後ろから騙し討ちで突き落としたことも。」

 

「・・・な、なーんのことだキャス狐。

もとよりそれはメインたる余の務め、サブのキャス狐の出番は終わりで当然であろう?」

 

あぁ・・・後ろから「納得いかねぇぇぇぇぇ!!!」と怨嗟の声が聞こえたけどやっぱりそうだったのか。

 

とりあえず2人が喧嘩していて収集が着きそうにない。仕方ない。

鉄拳制裁!喧嘩両成敗!

 

「ぐはっ!」

「みこーん!?」

 

「い、痛いぞ奏者!なにをする!」

 

「ご、ご主人様?いたいけな良妻になにをなさるのですか!」

 

2人とも、それぞれが岸波白野と共に戦った記憶があって、張り合いたくなるような気持ちもわかる。

でも、今はカルデアで共に戦う仲間なんだ。

ネロも玉藻も、2人ともとても頼りになるサーヴァントだということは、そのマスターの自分が1番よくわかっている。

ならばこそ、メインだのサブだの関係ない。

岸波白野にとっては2人とも立派なメインサーヴァントだ。

 

「奏者・・・」

「ご主人様・・・」

 

・・・どうだろう、わかってもらえただろうか。

 

「う、うむ。

奏者にそこまで言われるのであれば、余とて引き下がらなければならぬな。」

 

「あぁ・・・さすがご主人様です。

なんてイケ魂・・・この玉藻、感服致しました・・・っ!」

 

よかった。なんとか理解してもらえたようだ。

 

「さ、さすがは岸波くんだ・・・こんな状況なのに丸く収めてしまうなんて。」

 

「うんうん、この天才もさすがにびっくりだねぇ。

おっと、カルデアで修羅場は勘弁してもらいたいかな。

騒がしいのは構わないけどね?」

 

そんなつもりはないけど、そうはならないと思う。

一緒に戦う仲間なのに修羅場は勘弁してもらいたい。

月でも・・・喧嘩してたような気もする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ岸波くん、残り1騎、召喚してみようか。」

 

頷いて再び召喚の準備をする。

次に自分に召喚されるサーヴァントはどのような人物なのだろうか。

やはり、月で知り合ったサーヴァントの誰かになるはずだが。

 

「奏者よ、次はキャス狐のような女怪ではなく美少女を頼むぞ!」

 

「ご主人様?おわかりかと思いますけど、くれぐれも召喚なされる方にはご注意くださいませ?

なぜって?ご主人様にこれ以上邪魔な虫を寄せ付けるわけにはいきませんから♪」

 

あー・・・とりあえず喧嘩しないで落ち着いてほしい。

召喚するサーヴァントはこちらで選ぶことはできないのだ。

自分の声に応えてくれるサーヴァントだからこそ、ネロや玉藻のような信頼出来るサーヴァントが喚ぶことができるのだから。

 

「と、とりあえずやろうか?」

 

ネロと玉藻の一触即発状態に冷や汗をかきながらロマニは聞いてくるが、自分も気持ちはとりあけず決まってるので、召喚をしてしまおう。

 

炉心に電力がそそがれて回転を始める。

そこに自分の魔力を流していくと炉心が金色に輝いて大きな光を放つと、そこに現れたセイントグラフはアーチャーだった。

 

霊基が登録され、その姿が現れる。

背が高く、鍛え上げられた肉体。

赤い外套に身を包み、白髪をオールバックにした青年だった。

 

 

 

 

「サーヴァント、アーチャー。

召喚に従い参上した。

私のことは無銘と呼んでくれ。

あえて名乗るのであれば、そうだな・・・エミヤ、と呼んでくれたまえ。

とにかく、よろしく頼むぞ、マスター。」

 

召喚されたのは赤い外套のアーチャーだった。

 

あぁ、彼のことも覚えている。というよりは知っている。

共に月の聖杯戦争で戦った月の可能性のひとつ。

アリーナやつきの裏側を共にしたパートナーだ。

霊長の守護者としてサーヴァントになった名もなき一般人の代表者。

生前は魔術師だったらしく、投影魔術を用いて遠近両用の戦いに長けるアーチャーのサーヴァント。

理想に焦がれ、その理想にかつて裏切られた人物。

今の彼は、正義の味方の志は今も持ち続けているのだろうか。

月の裏側を経験している自分にとっては、彼の活躍は正しく正義の味方だったと思っている。

 

「ほう?ほうほうほう。

そこなアーチャーよ、貴様、先の戦いで奏者を殺しにかかったことを覚えてないとは言わせんぞ?」

 

「みこっ!そうなんですか?

ご主人様お怪我はありませんか?

ちょっとアーチャーさん!ご主人様に何があったら座に還っても呪いますからね・・・!」

 

「すまないが、私にその記憶はない。

記録で後で閲覧させてもらえるなら確認するが・・・そうか、それならば、その時の私が失礼した。

今はきっちり、このマスターのサーヴァントだ。

期待に応えられるよう努力しよう。」

 

たしかに冬木の地では黒くなった彼に襲われてしまったが・・・

よかった・・・とにかく彼は仲間のようだ。

ところでアーチャー・・・いや、エミヤ、君は、岸波白野と共に戦場をかけたことを覚えているだろうか。

 

「もちろんだとも。

それは記憶している。通常、座から召喚されるサーヴァントに記憶が引き継がれることは無いが、召喚の際に、どうやら記憶を付与されたらしくてな。

些か混乱はしているよ。

なにせ、君と共に聖杯戦争を戦い抜いた記憶もあれば、君と対戦して敗れた記憶も存在するのだからね。

その時のマスターは・・・ふ、さて、誰だったかな。」

 

自嘲気味に、でもどこか懐かしむような声で彼は自分を見ている。

やはり、以前脳裏に浮かんだ光景ーーー

彼とともに敗者として地に伏せたあの記憶は本当だったのだ。

そう、その記憶の主はーーー

 

「ほほぅ、さすがにそれは余も知らなかったな。」

 

「わたくしもでございます。

まさかご主人様が他の方とも契約されていることがあっただなんて・・・およよ、わたくしだけではなかったのですね。」

 

なんというか・・・うん、騒ぎだけは起こさないでくれ。

 

「い、色々事情があるみたいだけど、強力なサーヴァントが2騎も来てくれたんだ!

戦力としてはとても心強いよ!」

 

ロマニが喜んでいる。

これから先、解決していく特異点は不安もあるだろう。

だけど、この3人のサーヴァントとならうまく行けると思う。

喧嘩しそうになるのが玉に瑕だが、岸波白野に不安はなかった。

 

「では、改めてよろしく頼むよ玉藻さん、エミヤくん。

僕はロマニ・アーキマン。」

 

「私はレオナルド・ダ・ヴィンチだ。

気軽にダ・ヴィンチちゃんと呼びたまえ?

うーん、エミヤくんはなかなかのハンサム顔だね?」

 

「おやおや、高名なダ・ヴィンチ女史からそのように言われるとはね。

何分至らない英霊だ。

これもマスターのためと思い、尽力させてもらうよ。」

 

「うん、よろしいっ。」

 

「えーと、いいかな?

とりあえず、僕達は第1の特異点、オルレアンへのレイシフトを開始する。

今日のところは休んでもらって、準備が出来次第、出発しよう。」

 

了解だと頷く。

これより岸波白野とセイバーのネロ、キャスターの玉藻、アーチャーのエミヤの3人で特異点に向かうことになる。

波乱はありそうだが、自分にそれを躊躇うことも、後ろに戻ることも出来ない。

常に足元は崖っぷちで、引き下がることはできないのだから。

 

それと、月の記憶が完全に戻ったということを、このあとロマニたちに伝えなければならない。

自分にとって開示出来る情報は、なるべく伝えないといけない。

これから共に戦う仲間として、共有出来る情報は多い方がいい。

 

ロマニに話したら、マイルームへ戻ろう。

 

 

 

 

 

マイルームへの通路を歩く。

ロマニやダ・ヴィンチちゃんに記憶が戻ったことを伝えたところ、まずは驚かれた。

どうやらあの声は自分にだけしか聞こえなかったようだからだ。それは信じてもらえるかはわからなかった。

でも、それよりも2人とも自分に記憶が戻ったことを喜んでくれたことだ。

 

やはり、記憶が戻ったことで戦力になるサーヴァントとの縁が回復するからだろうか。

 

「それは違うよ。

記憶というのは、その人がどういう人生を歩んだかを示す道しるべなんだ。

だから、記憶が欠落していた岸波くんは、その道しるべが見えにくい状態だったと僕は思う。

 

でも、今の君は記憶がはっきりと戻って、しかも全ての可能性を備えた君は、今とても自身に満ち溢れている。

召喚ルームに入る前と後で顔つきが大きく変わっているのがその証拠さ。

うん、君のバイタルもとても向上しているし、やる気に満ち溢れているその姿は、僕達も励まされるよ。

だからこそ、一緒に頑張ろう!」

 

それが話したあとのロマニの感想だった。

それをダ・ヴィンチちゃんが少し冷やかしていたが、とてもいいことを言っていたと思う。

少なくとも、岸波白野は信用され、最後のマスターとして託されている。

ならば、岸波白野はそれに向かっていくだけだ。

 

 

 

 

 

 

マイルームに入り、支給されているベッドに横になろうとする。

 

「そ、奏者よ。今日は余が労ってやろう。

うむ、具体的に言うと膝枕をしてやるので余の膝に頭を置くと良いぞ?」

 

「ご主人様?

本日はわたくしとの久しぶりのめぐり逢いなんですし?

もふもふしていきませんか?具体的にはこの尻尾を枕にしていただいで・・・♪」

 

ゆっくりと休めそうにない。

でも、今日だけはーーー

 

「ひゃっ!ご、ご主人様?そ、そんなに勢いよく尻尾をもふられると心の準備というものがですねっ?」

 

すまない。だがここはモフる。

なんと言おうと自分はMO☆FU☆RU

 

「あー!ずるいぞキャス狐!余の目の前で奏者とイチャつくなどと!」

 

「こ、これも正妻の特権ですから☆」

 

「生娘みたいに顔を真っ赤にして、なーにが正妻だ!」

 

大丈夫、ネロのこともちゃんと考えている。

玉藻の尻尾にモフりながら膝枕してもらう。

 

「そ、奏者・・・!

うむ!それでよいのだぞ?

まぁ、キャス狐の尻尾で奏者の寝顔が見られんのが残念だが・・・ま、まぁ余は?寛大だから?それくらいは見逃してやるけどなっ」

 

「セイバーさんだって生娘みたいに顔真っ赤じゃないですか。」

 

「余はよいのだ!なにせ皇帝だからなっ」

 

「うわぁ、皇帝もなにもありませんよ、そのザマ。」

 

「マスター、夜食にと軽食を持ってきたが・・・やれやれ、君たち、マスターは疲れているんだ。ゆっくり休ませてやろうという気持ちはないのかね?」

 

エミヤ・・・いないと思ったら夜食を作ってくれたのか。

なんだろう、すごくいい匂いがする。

 

「みこっ!

エミヤさんが何気にポイント稼ぎですか!?

小姑みたいなバトラーのサーヴァントの癖して・・・

ご主人様?わたくしもお料理教室に通った腕前を披露する時がきっとできますので、今しばらくお待ちくださいな?」

 

「余だって、できるぞ!

・・・たぶん。」

 

うん、それは楽しみにしている。

なんだろう・・・

あぁ、安心した・・・

そんな気がする。

とても賑やかで、落ち着いていて、今が世界の危機の真っ只中にいることなんて忘れてしまいそうになる。

 

「ゆっくりと休みたまえ、マスター。

明日からは激務だ。

つかの間のひと時が、それを感受できる今がとても幸福なのだからな。」

 

「うむ。余も言おうと思ったことだ。

何はともあれ、今は休め。

奏者の働きっぷりには、余も期待している。

余たちがいれば、敗北などありえぬからなっ

奏者ならば、人理修復など簡単なはずだ!」

 

「良妻英霊のわたくしとしましては、ご主人様とぬくぬくとマイルーム生活を送りたいところですが、人理焼却されてしまっては、それも叶わぬ夢・・・なればこそ、ご主人様を信頼するわたくしたちを信じてくださいまし?

この身はサーヴァントである前に、ご主人様と共にすると決めた有志なのですから。

ですから、ご主人様が不穏に思うことはなにもありません。」

 

ありがとう。

そう簡単な言葉しか思いつかなかった。

岸波白野は至らないマスターだ。

聖杯戦争を勝ち抜いたとはいえ、それでも仲間や、なによりサーヴァントが隣にいてくれたことだ。

不安がないといえば嘘になる。

でも、心から信頼することのできるサーヴァントがこうして共にいてくれるのならば、岸波白野は恐れることなく戦うことが出来る。

 

だから、今はこの虚構のような束の間の幸福を、その時が目を覚ましても欠けることがないようにと祈りながら、ゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、ネロさん?

そろそろ膝枕代わっていただけませんか?

わたくしもご主人様の寝顔を拝見したいのですが・・・」

 

「なにを言う。

そなたは今モフられる枕としてその役目を果たしてるではないか。

奏者の寝顔は余の特権だ。貴様にはやらん。」

 

「むむ、その顔に一発ばーんとやってやりたいですが、ご主人様のお休みを邪魔するわけにもいきませんし、我慢して差し上げます。」

 

「ふふん、わかればよいのだ。」

 

「ーーー君たち、喧嘩するのは構わないが、いい加減休んだらどうだね。」




第5話終了です。
かなり突拍子もないようなご都合主義な展開で申し訳ありませんでした。
白野のメインサーヴァントは基本この3人で行きますのでよろしくお願いします。
次回からオルレアンです。


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第6節「オルレアンの聖女」

第6話です。
オリジナル展開につき、元の話から大きく外れてしまうことをご容赦ください。
また、感想のところでいくつか質問を頂きましたので、この場を借りてまとめて返させていただきます。

・英雄王は召喚しないのか?
英雄王を初期段階で召喚してしまいますと、ほぼ彼一人でいいところまで行ってしまうので、バランスを保つためにもしばらくは味方としての出番はありません。

・記憶はどこまであるの?
岸波白野は現在、EXTELLA直前の記憶まで持っています。
設定上、ムーンセルが再編される前なので、まだレガリアなどのアイテムは作られていません。
第1節でも簡単に言っていますが、ムーンセルはまだ古いままなので、学士殿などのサーヴァントも召喚されてません。
ですので、白野は現在、EXTRA、CCC、EXTELLA/ZEROまでの聖杯戦争を体験していることになります。

それでは前置きが長くなりましたが、今回からオルレアンです。
よろしくお願いします。


1人の少女が、道を歩いていく。

周囲には、その歩いていく彼女を見つめる者達。

悲しむ者、憐れむ者、嘲笑する者、尊ぶ者。

老若男女多種多様に渡り、その人を眺めていた。

歩く彼女は真っ白の服を来て、少し冷える寒空の下裸足で歩いている。

その両腕には手錠で繋がれており、まるで囚人のようだった。

 

否、彼女は今、囚人として大衆に見せしめとされているのだ。

彼女はとある戦争の一将として戦場に出た。

神からの啓示を受け、故郷を飛び出し、その神の言葉を信じて国を解放するために戦った。

 

しかし、彼女を待っていたのは、救った国からの裏切りだった。

その国のとある司祭は、彼女のことを異端だ、魔女だと断罪し、その身を火刑に処すことを決定した。

彼女の行いは、無為に終わったのだろうか。

それはなかった。聖処女と呼ばれた彼女は天啓のまま、己の信じる神のために、国のためにと立ち上がった。

その事に悔いはなく、後悔はしなかった。

 

見せしめとして磔にされるその直前、彼女は自分を見回す人に頼み込んだ。

 

「誰かーーー誰か十字架を持っていませんか?」

 

それは神に対する祈りだった。

それは彼女の身が助かることではない。

あえて言うならそれはひとつの感謝だった。

このような結末を迎えようとも、神は自分に天啓を与えてくれたことに感謝していた。

磔台に登る直前、彼女に一人の少女が小さな十字架を渡してくれる。

彼女はその少女に微笑みかけ、静かにお礼を言う。

 

やがて磔にされ、彼女のその身は炎に焼かれていく。

しかし、彼女に恐怖はなかった。

故郷を捨てた時から、彼女は神に祈り、自分を捧げてきたのだから。

 

「主よ、この身を委ねますーーー」

 

彼女の名前はジャンヌ・ダルク。

その生涯を神と、その為に生きてきたオルレアンの聖女と言われた彼女の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その3日後、教会にて。

 

「ふん、やはり国を揺るがした罪人を処刑するのは気分がいい。」

 

ふくよかな身体を椅子にに預け、その男はワインを飲んでいた。

晴れて国を揺るがした女の存在を消すことができたのだと愉悦に浸っている。

彼はピエール・コーション司祭。

この国、基この地域一帯の宗教の司祭だ。

そして、ジャンヌを糾弾したのも彼である。

 

その時ドアをノックする音が聞こえた。

男が答える前にドアが開き、1人の人物が入ってきた。

今日は客人の予定はなかったはずだと思いながら、その人物に目を向けると、彼は目を見開いた。

有り得るはずがないと。

 

「お久しぶりです。

えぇ、とてもお会いしとうございました!

ピエール・コーション司祭!

あなたの顔をこのジャンヌ・ダルク、1日だって忘れたことはありません!」

 

にやりと笑いながら彼を見るその人物は、先日火刑にしたはずのジャンヌ・ダルクだった。

 

「ば、ばかな・・・ばかなばかなばかな!

お、おおあおお前はジャンヌ・ダルク!?

ありえない!ありえるはずがない!!

三日前に死んだはずだ!殺したはずだ!じーーー」

 

「地獄に堕ちたはずだ、と?

かもしれませんね、司教。」

 

死者は蘇らない。それは、どの世界に置いても共通することである。

世の宗教によってその解釈は様々だが、彼が信仰する宗教ではその主を除けば死者は蘇ることはない。

それは、信仰を重ねた彼は理解している。

死者は主に導かれるものなのだと。

なればこそ、先日その命を落としたジャンヌ・ダルクがここにいることはあってはならなかった。

彼女は真っ黒な鎧に身を包み、その冷えきった肌と目が司祭にありえないものなのだと認識させる。

戦場を駆けていた時の彼女の出で立ちと大きく異なるからだ。

 

「あ、悪夢だ・・・!

悪夢以外の何があるというのだ・・・!!!」

 

「さぁ、どうします?司教。

あなたが異端だと糾弾したジャンヌ・ダルクがここにいるのですよ?

十字架を握り、天に祈りを捧げなくてもよろしいのですか?

私を罵り、嘲笑い、踏みつけ、蹂躙しなくてもよいのですか?

勇敢な獅子のように吼えなくてよいのですか?

さぁ。さぁ。さぁ!」

 

彼女は司祭にどんどん迫っていく。

くすんだ金髪をなびかせて、光のないその目とそれこそ魔女のような人を嘲笑うかのようなその顔は聖女と呼ばれた人間とは程遠いものだった。

司祭は椅子から崩れ落ち、身体をガタガタと震わせている。

 

「たーーー」

 

「た?」

 

「たす、けて

助けてください・・・!!

なんでもします。

助けてください、お願いします!!」

 

彼は小鹿のように身体を震わせ、ボロボロと泣きながら彼女に救いを懇願する。

しかし、神に信仰を持ち、祈りを捧げてきた彼が、人に救いを求めることはあってはならない姿だった。

 

「は、ははは、あはははは!!

助けてください?助けてくださいですって!

私を嗤い、私を縛り、私を焼いたこの司祭が!

あれだけ取るに足らないと!

私は虫のように殺されるのだと、慈愛に満ちた眼差しで語った司教様が!命乞いをするなんて!

あぁ、悲しみで泣いてしまいそう。

だってそれでは何も救われない。」

 

彼女は、憎しみの篭った目で見ながらその司祭を蹴り飛ばし、教会の壁に叩きつける。

 

「そんな紙のような信仰では天の主には届かない。

そんな羽のような信念では大地は芽吹かない。

神に縋ることすら忘れ、魔女へ貶めた私に命乞いをするなど、信者の風上にもおけません。

 

わかりますか?司祭。

あなたは今、自らを異端者と証言してしまったのです。

 

だから私は悲しくて悲しくてーーー

もう気が狂いそうなくらい笑ってしまいそう!

 

ほら、思い出してください司祭様。

異端をどういうふうに処すか、あなたは知っているでしょう?」

 

それは聖女さながらの、慈愛に満ちた笑みだった。

そして、その刑が何かを彼は知っている。

数日前に執り行った刑こそが、この国において異端を貶める刑にほかならない。

火刑だ。

 

「い、嫌だ・・・いや、だ・・・!!

たす、けて・・・誰か助けて・・・!!」

 

「残念。救いは品切れです。

この時代にはまだ免罪符はありませんし。

さぁ、私と同じように、足元から始めましょうか。」

 

座り込み、震える身体で泣く彼の足元に火が灯る。

それが少しずつ大きくなり彼の身体を下から上へと焼いていく。

 

「私が聖なる焔で焼かれたならばーーー

お前は地獄の業火でその身を焦がすがいい。」

 

火の手は一気に回り、司祭の体を焼いていく。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

聖女ジャンヌ・ダルクを処刑した司祭は、その3日後に自身が焼かれることになった。

 

彼の身体は服の塵ひとつ残さずこの世から消え去った。

 

ジャンヌの私刑が終わった頃、教会のドアが開く。

 

「終わりましたかな、ジャンヌ」

 

「えぇ、塵一つ残さずにね。

ごめんなさいジル。大切な時なのに時間を無駄にしてしまって。」

 

「何を仰る。これも全て意義のある鉄槌ゆえ。

ほかの生き残りはどうされます?」

 

「そうですね。

いちいち尋問するのも面倒です。

先程召喚した彼らにやらせましょう。」

 

彼女は高らかに叫ぶ。

その場にはいない自分の下僕に向けて。

 

「喜びなさい、我が卑しい猟犬(サーヴァント)たちよ!

生き残った聖職者たちは貴方達のものです。

それらの行いは、マスターである私、ジャンヌ・ダルクが全て許します。

魂を喰らいなさい。

肉を噛み千切りなさい。

湯水のように血を啜りなさい。

だって我々は正しく悪魔としてこの世に喚ばれたのですから!

 

私からの命令はただ一つ。

この国を、フランスをこの世から一掃する。

刈り取るように蹂躙なさい。

まずはいと懐かしきオルレアンを。

そして地に蔓延した春の沃地を荒野に帰す。

老若男女の区別なく、異教信徒の区別なく、

あらゆる者を平等に殺しなさい。

 

それがマスターとして、貴方たちに送る唯一の命令です。

 

この世界の裁定者(ルーラー)として、審判を下します。

主の愛を証明できなかった人類に存在価値はありません。

――――恐ろしいまでに有罪です。

人類はみな、善人であれ悪人であれ平等である。

故にすべて殺しなさい。

ただの一人も、逃がすことは許されない。」

 

「おお!おおお!

なんという力強さ!

偽りのない真理なのか!!

これこそ救国の聖女!

神を肯定し、人々を許す聖女に他ならないっっっっ!!」

 

ジャンヌの傍らに立つジルと呼ばれた男は狂乱に目を見開き、涙を流しながら叫ぶ。

 

「帰ってきた・・・私の光が・・・

貴女は本当に蘇ったのですね、ジャンヌ!

では私も元帥として今一度奮い立ちましょう!

まずは証を・・・我ら軍団の旗が必要ですな!

 

ジャンヌ、何を旗印に掲げましょう。

悪魔でしょうか、それとも―――」

 

「それでは、”竜”にしましょう。

偶然か必然か、此度の召喚は竜に縁近い者が多い。

災禍の象徴たる邪竜を以て、我々はこの世界を徹底的に灼き尽くすのです。」

 

2人は教会を出る。

その前には教会の大きさを超える巨大な竜が待ち構えていた。

彼女が従える邪竜だ。

 

「ああ。ついでにもう1つ命令です。

笑いましょう、()()()()()()()()()()

 

ふ・・・ふふ。

あは、あはは・・・あははははははは!!!

 

愉しい!愉しいわ、ジル!

こんなに愉しいのは、生まれてはじめて!」

 

「ええ―――ええ、そうでしょうとも。

それが正しい。それでよいのです。

人々に担ぎ上げられ、人々の旗にされ、

人々に利用され、人々に見捨てられた―――

 

だからこそ貴女は正しい。この地上の誰が、何が。

貴女のその本心を、裁くことが出来るのでしょう・・・?」

 

その後、街で5つの幽鬼が動いた。

町を破壊し、人を殺していく。

春の訪れを待つフランスの地は一刻を待つことなく地獄へと変貌した。

そして彼女は言った。人を裁き人を殺めることが愉しいのだと。

それが彼女、かつて聖女と呼ばれたジャンヌ・ダルクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一眠りを終えて目を覚ます。

体調に問題はないらしい。

すぐに管制室に行かないとーーー

 

「ご主人様。昨夜はお楽しみでしたね♡」

 

言葉よりも先にグーが出た。

玉藻はまさかの添い寝をしていた。

昨夜は尻尾を枕にしていたのでこうされていてはなんとも言えないのも事実だが・・・

もちろんそんな事実はない。

このピンク狐は油断すると何をしてくるかわからないのが困ったところだ。

 

「みこーん!痛いですご主人様!

ちょっとした寝起きドッキリじゃないですか!」

 

ネロを縛って床に転がしておいてドッキリで済むものではないだろう・・・すごい形相で睨んでいるぞ。

ネロに縛られた縄を解く。

 

「おのれ玉藻!

狐の分際で狩人を縛るとは何事か!

しかも奏者に寝起きドッキリとか余もやりたかった!」

 

え、怒るとこそこなのか。

 

「いいじゃないですか。

この前までネロさんの独り占めだったんですし?

わたくしだってご主人様とイチャイチャしたいのです。」

 

「余が独り占めするのは当然であろう!

なにせ、余の奏者なのだからな!」

 

「貴女のではありません、わたくしたちのご主人様です!

あさイチからご主人様を困らせるのはやめて頂けます?

ご主人様もこう申しておりますもの。」

 

いえ、お構いなく。

 

「奏者は余のものと言ったら余のものだ!

他の誰にもやらん!

であろう?奏者よ!」

 

いえ、ほんとお構いなく。

 

「いい加減にしないか君たち!

夜通し喧嘩しているとは私も予想外だ。

マスターはこれから特異点探索だと言うのに、君たちはいつまでそうしているつもりなのかね?」

 

ドアを開くなりおかんの喝が入る。

もうこの人に仲裁任せていいのではないだろうか。

 

「黙れエミヤ。

余とこいつはいい加減決着をつけねばならぬと思っていたところだ。」

 

「そうです。

もう少々お待ち頂けます?

ちょーっと呪う程度なので?」

 

「ーーー放っておこうマスター。

朝食の準備はできている。

食堂で頂くとしよう。」

 

そうしよう。

この2人は1度思いっきりぶつかってもいいのではないだろうかと思う。

でもとりあえず、無理だけはしないように。

これから特異点探索なのにHP尽きて動けないだけは勘弁してもらいたい。

 

部屋を出ると割と本気の殴り合う音が聞こえたが、今だけは聞こえないふりをすることを許して欲しい。

 

サーヴァントはサーヴァントにしかわからない世界があるかもしれない。きっと、たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

「やるではないか玉藻。

うむ、今だけは貴様を認めてやらんこともないぞ?」

 

「いやもうほんと、セイバークラスと殴り合いだなんて金輪際御免こうむるのですけど、ネロさんは認めて差し上げてもよろしいかと?」

 

2人ともボロボロになりながらも管制室に来たかと思うとなぜか打ち解けあっていた。

なんだろう。河原で殴り合う不良みたいなものだろうか。

サーヴァントの自然治癒で回復が早いとはいえ、2人のそんな姿は見ていられなかった。

なけなしの資金で購買で購入したサーヴァント用回復アイテムを2人に使う。

ちなみにこの資金はカルデアに訪れた時に渡された前金のようなものだ。

念の為にと買っておいたアイテムをここで使うことになるとは。

 

「ま、まさかこのようなところでポーションを使われることになるとは・・・

アイテムは浪費してこそだと思うのは皇帝たる余なのであるが、ここで使われるとちと心が痛む。」

 

「申し訳ありませんご主人様。

わたくしがいながらこのような無駄遣いをさせてしまって・・・」

 

資金の心配はしなくていい。

2人が傷ついてる姿を見てることの方が自分にとっては辛い。

それに、自分のできることで元気になってくれるのなら、自分は喜んでやろう。

 

「奏者、感謝するぞ。」

 

「ありがとうございます、ご主人様。」

 

「まったく・・・これに懲りたのならば、あまり喧嘩はしないでくれたまえ。」

 

エミヤもやれやれと肩をすくめる。

昨日も喧嘩の仲裁に入ったらしいし、彼にも迷惑をかける。

 

「やっと全員そろったみたいだね。

ブリーフィング始めたいんだけどいいかな?」

 

ロマニが顔を出す。

時間がかかって申し訳なかった。

こちらの準備は出来ているのでいつでも大丈夫だ。

 

「よし、じゃあ準備に取り掛かろう。

今回向かうのは西暦1431年のフランス、オルレアンだ。

この時代は人類のターニングポイントである、百年戦争があった時代だ。

君たちはこの時代にレイシフトし、その特異点の起点となっている原因を排除してもらいたい。」

 

大雑把にいえば、やることは冬木と変わらない。

ただ、昔の時代に遡れば遡るほど、神秘の色は強くなる。

冬木よりも危険は増すかもしれない。

 

「その通り。だから岸波くん、君にはこれを渡しておくよ。」

 

手のひらより2回りくらい大きな円盤のようなものが渡される。

これは一体ーーー

 

「それは擬似召喚フィールド発生装置で、その土地の霊脈の強い部分に設置するとカルデアからの支援が受けやすくなるものなんだ。

だからこれから特異点に行ったら、まずは霊脈のポイントを探してほしい。

そしたら通信もしやすくなるし、ある程度の物資を渡すことも出来る。」

 

なるほど。

孤立無援よりよほどマシになる。

わかったと頷いてそれを持つ。

 

「簡単なブリーフィングは以上だ。

実際オルレアンが今どうなっているのかは現地に行ってみないとわからない。

敵が接近してるかどうかも、岸波くんを中心とした観測しか得られない以上、行き当たりばったりになってしまうことには目を瞑ってほしい。」

 

わかっている。自分としては支援してもらえるだけでとても心強い。

 

「よし、じゃあコフィンに入ってくれるかい?

冬木の時は不安定なレイシフトだったけど、コフィンなら確実なレイシフトを保証するよ。」

 

一人用のコフィン。なにかのカプセルのようだと思い中に入る。

サーヴァントたちはどうするのだろうか。

 

「霊体である彼らは、岸波くんのレイシフトと同時に自動的に転送される。

君と同じ場所に召喚されるはずだから、安心していいよ。」

 

なるほど、と頷きコフィンに入るとそのドアが閉まる。

 

「コフィンと言ったか・・・まるで棺桶だな。」

 

ネロが小言で言っていたが、既にコフィンの壁の外なのでよく聞こえなかった。

目を閉じて意識を強く持つ。

 

「よし、では第1特異点、オルレアンへのレイシフトを開始する!」

 

ロマニがコンソールを動かしてレイシフを開始させる。

 

『アンサモンプログラムスタート。

全行程完了。

第1特異点、実証を開始します。』

 

アナウンスと共に、岸波白野の精神と肉体は過去へ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると見渡す限りの平原地帯だった。

風は春の訪れを待つような少し肌寒いものであったが、天気は悪くない。

 

大きく呼吸して地上の空気を感じている。

自然に生きるというのはこういうことなのかもしれない。

 

気づくとネロ、玉藻、エミヤの3人も無事オルレアンにレイシフトされてくる。

特に問題なく行われたようだ。

 

「ほほう、この穏やかな地は、我がローマを彷彿とさせるな。」

 

「まったくいい天気ですこと。

せっかくでしたら、お弁当をお持ちするべきでしたねぇ?

ご主人様とピクニック・・・キャー!考えただけでもワクワクします!」

 

「特異点と言うからには荒廃している荒野を想像したのだが・・・なんとも穏やかな場所なんだ・・・数キロ先に街が確認出来るが、ここが特異点とはとても思えないな。」

 

冷静に状況を分析しているのがエミヤだけだった。

たしかに冬木が完全に瓦礫の街になっていたので、ここもそうなってるのではないかと思ったが、オルレアンはそうではないようだ。

 

とりあえずまずは霊脈のポイントを探さなければならないのだが、自分にはどこが霊脈のポイントなよかがわからない。

そもそも霊脈というのは、その土地の地脈、魔力の流れを表す航路のようなものだ。

そしてそれが最も集まりやすい場所のことを霊脈という。

しかし、岸波白野にそれを感知することは出来ない。

 

すると腕につけておる通信機がなり、カルデアにいるロマニとの連絡がついた。

 

『よかった。無事レイシフトできたようだね。

霊脈のポイントなんだが、申し訳ない。

そこからは随分離れたポイントにあるようだ。』

 

ならば仕方ない。

むしろ探索なども含めて自由に動けるのならば霊脈探しも捗るというものだ。

それに、エミヤの話によると数キロ先に街があるようだから、そこで現地の人に話を聞いてみるのもいいかもしれない。

 

『そうだね。大切なのは情報だ。

なるべく多くの情報を貰えるよう頑張らないとね。』

 

その通りだ。戦いにおいて相手のことをよく知ることから始まる。

戦うにはその情報、分析が必須になる。

まずは、あの街に向かおうーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでご主人様、そちらの発生装置、重たくありませんか?よろしければ、わたくしがお持ち致しますが・・・」

 

手に持っている擬似召喚フィールド発生装置について玉藻が聞いてくる。

とくに重たくもないし、片手で持てるから大丈夫だと伝えるが・・・

 

「あ、いえ、ここは良妻としてご主人様には余計な負担をかけたくないと思いまして。」

 

そこまで言われてしまったらここで渡さないのも悪い気がしてしまう。

ありがとうと礼を言って装置を渡す。

もしかしたらキャスターである彼女の方が、霊脈などは探しやすいのかもしれない。

 

「ところで奏者よ、こう、平原ばかりというのはいささか飽きてくるのだが・・・」

 

それは仕方が無いことだ。

といっても自分はとくに飽きているわけではない。

アリーナの中を散々走り回っていたし、こうして3人ものサーヴァントと共に一緒に探索が出来るのならば、それだけでも価値はある。

それに目的地としては、外観が見えてきた街に行き、現地の人に話を聞いて情報を集めなくてはならない。

やることはたくさんある。

 

だが、街に着く少し前、ロマニから通信が入った。

 

『大変だ!今君たちのところに強い敵性反応が来ている!

注意して!』

 

特に何も感じないが、恐らくサーヴァントかなにかが迫ってきているのだろうか。

 

「下がれマスター。どうやらお出ましのようだ。」

 

エミヤが前に出て空から来る敵に標的を定める。

あれは、まさか・・・

 

飛竜(ワイバーン)だ!

生物の中でも幻想種に位置するクラスのものだ!

なぜこんなところに!?』

 

ワイバーンといえば、よく物語などで目にする腕が翼の鋭い爪を持つ空を飛ぶ竜だ。

西暦も1400年を越えて既に地上から神秘がほとんど失われているとはいえ、フランスにはこの時代幻想種が存在していたのだろうか。

 

『そんなはずはない。

この時代のフランスは既に人のものだ。幻想種は存在していない。

そのワイバーンはこの特異点だからこそ存在出来る生物だ。

だからと言っても、ワイバーンはとても獰猛だ。ここで倒してしまおう。』

 

了解した。

たしかに、現地の人にも危害が及ぶかもしれないし、なにより、あのワイバーンはこちらを見据え既に餌にしようと決めていると見える。

ならば、迎撃しないわけにはいかない。

 

「マスター。すまないが、これは私に任せてもらえないかね?」

 

背中越しにエミヤが語りかけてくる。

それは構わないけど、こちらは3人いるのにわざわざ1人でやる必要はーーー

 

「たしかにそれはないかもしれん。だが、久方ぶりの召喚でこれが初陣なのだからね。

折角だ。改めて君に指揮をしてもらい、改めてこちらの実力を把握する必要があると思うのだが、どうかね?」

 

わかった。

エミヤがそこまで言うのなら任せよう。

 

「ほう、エミヤよ。貴様の実力とやらを見せてもらうぞ?」

 

「くれぐれもご主人様のご迷惑にならないでくださいましね?」

 

「承知している。

全力で応えようとも。

準備は出来ているな?行くぞ、マスター!」

 

状況を確認する。

敵はワイバーン1体。

大きさは軽く3mはあるが、問題ない。

あの大きな爪で攻撃してくるだろう。

 

エミヤは投影魔術による遠近両用の戦い方が出来る。

問題は指示のタイミングだが、ワイバーンの攻撃の特性上、近・中距離戦がメインとなるだろう。

これがエミヤの初陣だ。

マスターとしてしっかりサポートしなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

ワイバーンが咆哮をあげながら突進してくる。

こちらの予想通り、やはり接近戦が主体なのだろう。

エミヤは投影魔術により二振りの夫婦剣を投影する。

名を干将(かんしょう)莫耶(ばくや)と言い、中国のとある鍛冶が作ったという双剣。

白黒の陰陽を表しており、白が干将、黒が莫耶。

名前はそれぞれの名であり、互いに引き合う性質を持つ。

 

エミヤはワイバーンの爪の攻撃を片手で受け流しながら空いた手でワイバーンの足元から切りつける。

ワイバーンは細かい挙動はできないようで、爪による攻撃も大雑把だった。エミヤはそれを軽々と回避していく。

あまり戦いを長引かせるのも良くない。

エミヤ、スキルを使え!

 

「了解した。マスター。」

 

彼は持っている双剣を左右に投げる。

投げた剣は回転しながら大きく広がっていく。が、その剣は吸い寄せられるようにお互いに引き合うかのごとくワイバーンに向けて飛んでいく。

 

干将莫耶の引き合う性質はここにある。投擲してもそのまま引き合うように合わさる。それが夫婦剣と呼ばれる所以でもある。

そしてこれは、エミヤ独特の投影魔術によるもの。

彼の投影は自身の内にある世界にある剣を取り出して投影する。

通常の投影魔術は作り出しても長時間の保持は出来ないが、エミヤの場合はそのイメージが崩れない限りは長時間の運用が可能である。

そして干将莫耶は、投影する魔力量のコストの面からみてもとても彼と相性がよく、いくつでも量産することが出来る。

 

一振り目の干将莫耶を投げ放ったあと、再び干将莫耶を投影、そして同じく投擲する。

計4本の剣がワイバーンを囲むように回転しながら迫っていく。逃げ場はない。

そしてさらに三振り目の干将莫耶を投影し、エミヤはワイバーンに駆ける。

6本からなる剣の投擲による包囲と正面からの剣技、逃げる場所はなく対抗するには正面からぶつかるしかないこの英霊の絶技。

 

鶴翼三連(かくよくさんれん)!」

 

その刃はワイバーンを切り裂き、その命を断つ。

その場でワイバーンは絶命し、地に堕ちる。

その亡骸は消滅し消えていく。

この時代のものではないので、亡骸はその時代には残らないというのが、後のロマニの意見である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、もう少し手応えがあると思ったのだがね。」

 

スキルの使用も特に苦であったわけもなく、彼の初陣は終わった。

投影していた剣が消えると彼は不満なのか満足なのかもよくわからない表情でこちらに戻る。

 

「ほほう?貴様、アーチャーのくせに剣を使うのだな?

弓はどうした弓は。」

 

「生憎と、私は普通の英霊とは多少異なるのでね。

クラス通りの戦い方は望めないと思ってくれ。」

 

皮肉混じりにエミヤは答える。

クラス通りの戦い方をしないサーヴァントは何人かいる。

その辺彼は気にしていないと思っていたのだが・・・

それに玉藻だって、呪相と言いながら筋力依存の攻撃をしていたような・・・

 

「ご主人様、今時物理で殴ることも出来ないようではキャスターとしては時代遅れなのですよ?」

 

キャスターって流行りとかあったのか。

英霊の座はどうなっているのだろうか。

どこで形成されているかわからないサーヴァントコミュニティが少し気になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

ワイバーンを撃退した後、ようやく街までたどり着いた。そんなに大きい街ではないようだが、見張りの人がいるわけでもなく、散歩の途中で立ち寄るかのように自然と街に足を踏み入れる。

最初に感じたのは違和感だった。

 

この時代のフランスの建造物は芸術的だとか、穏やかな気候に合う外観が似合うとか、それ以前に、胸を圧迫するような違和感がある。

違和感というよりは、プレッシャーなのだろうか。

 

そしてその圧迫感は街の中心まで来た時にはっきりした。

人が誰もいない。

否、岸波白野は目をそらしていた。

この街は既に死の街に変わり果ていた。

たしかに人は誰もいない。

なぜなら、生者が1人も存在しないのだから。

地面に広がる血の跡、横たわる遺体。

 

だが、これは現実だった。

恐らくこの街に住む人々は全員何者かによって殺害されている。

先程のワイバーンの仕業なのだろうか。

1体ならもともかく、群れのように現れて襲われたのならわからなくもない。

それにしては、街が外観を保ちすぎなよではないだろうか。

ワイバーンの攻撃はとても大雑把だった。

あの大雑把な攻撃で建物を破壊しないで人だけを殺すことは可能なのか。

 

「たしかにひどい有様だな。

だが奏者よ、これは、先程の飛竜の手によるものでないな。」

 

「はい。微かですが、魔力の残滓が見られます。

どうやら敵さんはサーヴァントのようですね。

魔力の痕跡を隠すつもりもないようですし?」

 

「魂喰いにしてはやりすぎだな。

通常の聖杯戦争では、能力の低いサーヴァントは一般人の魂を喰らうことで力を増すことができるが、なにも殺す必要まではない。ならばこれは、ただの殺戮。

それこそ、自らの趣味、もしくはマスターの命令に準じているかのようなものだ。」

 

この世界におけるサーヴァント。

それがこの惨状を引き起こしたのならば、早めに倒さないとまた被害が増えてしまう。

 

『岸波くん!すぐに離れて!

サーヴァントの反応だ!』

 

ロマニから突然の通信が入るのとほぼ同時に身が震えるほどの殺気を感じる。

その直後自分に向かって真っ直ぐに飛んでくる槍をネロが間に入り弾く。

槍の持ち主は肩までかかる銀色の長髪をいかにもおじさまと呼べるような人だった。

しかし、彼の今の動きは、明らかにサーヴァントだ。

 

「貴様、いきなり奏者を狙うとは何事か!

名を名乗れ!その首落としてくれる!」

 

「バーサーク・ランサー

名をヴラド三世。」

 

 

ヴラド三世。ワラキア公国の王であり、当時最強の軍事力を誇っていたオスマン帝国の侵攻を幾たびも退けた大英雄。

かつて船を山に登らせるという奇策を使い、三重防壁に囲まれた東ローマ帝国を滅ぼしたメフメト二世ですら、敵兵を平然と串刺しにして見せつけた悪魔には手も足も出なかった。

 

やがて彼は東欧においては英雄として、西欧においては悪逆の存在として認識されていたが、そこまでであれば小国の英雄として世界には知られることなく消えたのであろう。

 

しかし、アイルランドの作家ブラム・ストーカーが書いた「ドラキュラ」のモデルとされたことでその知名度は爆発的に広まった。

ただし、それはメフメト二世を撃退した小国の英雄としてではなく、「ドラキュラ」に登場する災厄の吸血鬼、ドラキュラ伯爵としてであったが。

 

そんな伝承で伝えられた彼が、ランサーとして現界している。串刺し公と呼ばれたその所以からか、槍を持つのはわかる話だ。

だが、バーサークということは、狂化の属性が追加されていると考えていい。

バーサーカーではなく、他クラスに無理やり狂化をかけて体良く理性を奪わせるという英雄の尊厳を無視するやり方が彼らを召喚している者ならば、許すことは出来ない。

 

「お気をつけくださいませ、ご主人様。

まだひとつ、隠れております。

えぇ、わかりますとも。隠しきれない。いえ、隠すつもりもありませんね、この血の香り・・・」

 

ランサーとは逆方向に玉藻が睨みを聞かせる。

 

「その身の隠し方、アサシンとお見受け致します。

気配遮断による気配は消せても、その身体に付いた血の匂いまでは消えていませんよ。

いえ、それよりもまず・・・そんな外道の血の匂い、わたくしのご主人様に向けないでくださいます?」

 

「あら、構わないと思わなくて?

だって、あなた達も、結局は私にその血を献上するのだから。」

 

真っ白な肌に仮面を付けた女性が物陰から出てくる。

スラリとしたスタイルでその仮面の下は美人であると連想させる。

 

「彼が名乗ったのだし、私も名乗らせてもらいます。

はじめまして、異邦のマスターとそのサーヴァント。

私はバーサーク・アサシン

真名は・・・カーミラ。」

 

カーミラ。その名は通名であり、その本名はエリザベート・バートリー。

ハンガリー家の名家、ドラゴンの歯を紋章とするバートリ家に生まれ、生涯に渡り領地の若い少女の血を浴び続け若く美しくあることに取り憑かれた女性。

最期は明かりの届かない牢獄に閉じ込められてその命を終えたという実在した人物。

だが、岸波白野が知っているエリザベートとは容姿が著しく異なる。

自分が知っているのエリザベートは少女の姿をしていた。

ならばあの姿は恐らく少女のエリザベートが成長した姿。

吸血鬼カーミラとして伝承に恐れられた人物そのものが現れている。

 

なればこそ、月の裏で出会ったエリザとカーミラを同一視してはならない。

伝承通りの人物として現れたのならば、その残虐性はエリザよりも吸血婦人に相応しいものなのだろう。

 

「さぁ、あなた達の血を頂きましょうか。

あ、そこの無骨な男の血はいりませんのでランサーに譲ります。」

 

「さぁ、串刺しの時間だよ。」

 

敵のランサーとアサシンに挟まれている。

気づけばワイバーンが何体もこちらに集まっていて、あのワイバーンがあちら側なのならば、こちらは完全に包囲されてしまった。

はっきり言ってピンチである。

どうにかしてこの包囲を突破して、街を出なくてはならない。

 

「マスター、はっきり言って今の我々に勝ち目はない。

私でよければ殿を務めても構わないが?」

 

それは出来ない。自分のサーヴァントを置いて逃げることは岸波白野の選択肢には存在しない。

やるとするならば・・・

 

「一点突破だな。わかっているぞ奏者よ。」

 

「わたくしと致しましては、そうですね・・・あのいけ好かないお嬢様に一撃入れてやりたいところですが、仕方ありません。

ここは撤退の後、体勢を立て直すのが良策かと。」

 

その通りだ。

だからこそ、一人もかけることなくここを突破しなければならない。

 

「あら、逃げられると思っていて?

私たちから逃げることなど不可能です。

ここで散りなさい。」

 

「血に塗れた我が人生をここに捧げようぞ。」

 

「全ては幻想の内、けれど少女はこの箱に――」

 

まずい、これは間違いなくーーー

 

「宝具がくるぞ!全力で防ぐ、魔力を回せ!」

 

「ご主人様、ネロさん、わたくしの後ろへ。

全力でお守り致します・・・!」

 

エミヤと玉藻が前に出てそれぞれのサーヴァントから放たれようとされる宝具を防ぐために前に出るが、恐らく間に合わない。それが、本能で告げていた。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

「ぶっちゃけ、私の主戦力です。」

 

幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)

血濡れ王鬼(カズィクル・ベイ)

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

「呪層・黒天洞!」

 

地面から現れる大量の槍と、巨大な拷問器具、アイアン・メイデンによる同時攻撃。

両方とも正面からの攻撃しか防ぐことの出来ないエミヤのアイアスと玉藻の黒天洞では防ぎきることが出来ない。

万事休す、そう思った。

今の状況を覆すことは出来ないのだとーーー

 

 

 

 

 

 

「我が旗よ。我が同胞を守りたまえーーー」

 

 

 

 

 

 

ひらりと1人の人物が自分たちの前に降り立つ。

その身長よりも大きな旗を前に構えるその姿はとても美しく堂々としていた。誰なのかはわからないが、綺麗な金髪をなびかせて、紫を主体とした鎧と凛とした立ち居振る舞いから女性であることがわかる。

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)

 

その旗から放たれる光により、ランサーとアサシンの宝具はこちらに届く前にまるで壁に阻まれてるかのようにして止まる。

自分が状況を飲み込む前に先に動いたのはエミヤだった。

 

「撤退だ、マスター!」

 

すぐさま自分を抱えるとサーヴァントの素早い脚力で敵サーヴァントやワイバーンの包囲の少ないところを見つけそこに駆け込む。

ワイバーンがそれをは阻むように来るが、ネロがワイバーンを斬り伏せることで道を開き、その後に玉藻と先程の女性も付いてくる。

 

ランサーとアサシンがこちらを追ってきている。

すぐに追いつかれる訳では無いが、このまま逃げ続けるのも限界がある。

頼む玉藻!スキルを使って足止めをしてくれ!

 

「かしこまりました、ご主人様!」

 

懐から御札を数枚取り出すとそれを追ってくるサーヴァントに向かい投げ放つ。

 

「氷天よ、砕け!」

 

呪相・氷天。

魔力によるスキルで氷の柱が形成され、その中にランサーとアサシンを封じ込める。

狂化されているせいで回避する判断が遅れていたことが幸いし、氷の中に閉じ込めることが出来た。

しかし、長時間足止めできる訳では無いので、今のうちに距離を稼がなければならない。

今のうちに遠くへ逃げよう。

 

 

 

 

 

 

 

街から離れたところに大きな森を見つけた。

そこに身を隠してなんとかやり過ごすことが出来た。

ワイバーンやサーヴァントがこちらに追ってきている様子はない。

エミヤに降ろしてもらい、倒木に腰をかける。

なんとか逃げきれたのだとほっとしたところで、自分たちは改めて確認しなければならないことがある。

 

先程自分たちを助けてくれた女性についてだ。

彼女は自分たちから少し離れたところに立ち、少し申し訳なさそうな顔をしている。

 

「ふむ。一先ず、余の奏者の窮地を救ったことは感謝せねばなるまいな。

それに貴様、よく見るとなかなか可愛らしい顔をしている。余の好みに合致するが、それよりもまずは聞かねばならぬことがある。

そなた、さてはサーヴァントだな?やつらの仲間か?

でなければ、ここで名を名乗り、身の潔白を明かすが良い。」

 

「・・・はい。私はたしかにサーヴァントです。

しかし、先程のサーヴァントたちとは敵対関係にあります。

あなた達を助けたのは、主の導きがあり、いずれ訪れる来訪者であることがわかっていたからです。」

 

皇帝の威厳のあるネロの言葉にも臆することなく、光の宿る綺麗な瞳で真っ直ぐこちらを見る彼女は教えてくれる。

つまり、一応敵ではないということだけはわかる。

主からの導きということは、彼女は何かしらの信仰に繋がりのある英霊ということだろう。

 

 

 

 

 

「ーーーあ、申し遅れました。

私はジャンヌ・ダルク。

此度は裁定者(ルーラー)のクラスにて召喚されました。

星の観測者のみなさん、お逢い出来て、本当によかった・・・!」

 




第6話でした。
オリジナルとだいぶ展開が異なるので読んでいて違和感は大きかったと思いますが、あくまで別世界の出来事として大目に見ていただけるようみなさまの広い心に期待しております。


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第7節「竜の剣士」

第7話です。
今回は少し短めなのと、内容があまり進んでいないかもしれませんが、そこは流してくれるとありがたいです。


森の中をしばらく進み、地盤が安定しているところで岸波白野は休むことにした。

偶然か否か、この森の中は霊脈が多少安定しているということもあり、玉藻に渡しておる擬似召喚フィールド発生装置を置いてロマニの指示通りに展開してもらった。

カシャンと何度か変形する音がすると、もらった時よりもさらに大きな円を描いて安定した。

どうやらここから補給物資などが転送できるようになるらしい。

しかし、マスターである自分は基本的に特異点を修復しない限りカルデアに戻ることはできないようだ。

サーヴァントをこちらに送ることは可能らしいが、カルデアで待機しているサーヴァントがダ・ヴィンチちゃんだけならば、カルデアでロマニに協力してもっている方が安全かもしれない。

 

森の中を移動する際、先の街で交戦したランサーやアサシンと敵対するというサーヴァント、ジャンヌ・ダルクから今の特異点の現状を聞いた。

 

まずここは、生きていた時代の彼女が亡くなってから3日しか経っていないということ。

それにより、彼女はまだサーヴァントになったばかりでレベルが高い訳では無い。

そして、もう一人のジャンヌ・ダルクと名乗るサーヴァントが5人のサーヴァントを召喚し、無辜の人々を殺害しているという。

実際、ジャンヌのレベルが低いのは、もう一人のジャンヌの方が先に召喚されたため、力の大半を持っていかれてしまっているためだと考えられる。

そのため、彼女が本来持ち得るサーヴァントとしての能力がほとんど使えなくなってしまっている。

 

もう一人のジャンヌに召喚されたサーヴァントは全て狂化が施されており、元々持っていた矜恃などはほとんど消されている。

 

また、空にはワイバーンがたくさん飛んでいるが、あれはもう一人のジャンヌと、それに従うジル・ド・レェという人物が召喚した邪竜の影響で連続的に召喚されているらしい。

なので、ワイバーンをいくら倒したところで、大元の邪竜を倒さない限り、ワイバーンの出現は止まらない。

 

そして彼女以外にも、もう一人のジャンヌに対抗しているサーヴァントが何騎か召喚されているらしいが、まだ確認ができていないらしい。

話だけ聞いたところによると、この森から離れた別の街に、竜殺しの異名を持つサーヴァントが戦っていたらしいが、深手を負い動けなくなってしまったという。

 

わかっているのは以上のことだ。

彼らに敵対している者がいるのならば、そのサーヴァントたちに協力を仰ぎたいが、上手くいくのだろうか。

ランサーとアサシンだけでも自分たちでは手一杯だった。

経験の差と言われても仕方ないが、今こちらには味方として協力してくれるジャンヌ・ダルクがいる。

彼女の力は今の自分たちにはすごく頼りになる。

是非とも共に戦ってほしい。

 

「はい。私も是非、岸波さんのお力になれるのならば、喜んで・・・!」

 

彼女は明るく答えてくれる。

あぁ、この明るい笑顔について行ったフランスの人達の気持ちは少しわかる気がする。

ジャンヌの透き通ったそれこそ聖女と呼ばれるに相応しい笑顔は、見るものを引きつける魅力がある。

 

「む、ちょーっとジャンヌさん?

わたくしのご主人様に色目使わないで頂けます!?」

 

「わ、私ですか?

あ、いえ、岸波さんにそのようなつもりは・・・」

 

「奏者も奏者だ!デレデレするでない!」

 

え、いや、そんなつもりはなかったのだけど・・・

自分がなにか気に触るようなことをしてしまったのならば申し訳ないとは思うのだが・・・

 

「まったく、玉藻といい、ジャンヌといい、余の奏者なのだからな。

奏者は余だけを見ていれば良いのだ。」

 

「んもぅ、なんなんです?このおバカ皇帝は。

わたくしのご主人様であると言っていますのに。」

 

「えと・・・とても仲睦まじいのですね?」

 

「うわ、なんですかこの聖女サマは。

そうやってキラキラオーラとか出してもご主人様に色目使ってるのバレてるんですからね!」

 

「そ、そんなつもりはありません・・・!」

 

とりあえず、みんな仲良くして欲しい。

少なくともジャンヌに至っては先程会って状況を教えてくれたのだ。

ここの地理には詳しいと思うし、仲間として行動してもらえればとても頼りになることは確かだ。

むしろ協力してもらいたい。

 

「あ、はい。

それはもちろん喜んで努めさせていただきます。

これ以上フランスの地を戦場にするわけにはいきませんから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、痴話喧嘩は終わったのかね?

あまりマスターを悩ませないであげたまえ。」

 

周囲の探索に出ていたエミヤが戻ってきた。

彼はやれやれと肩を竦めながらネロたちを見ている。

 

「今日はもう少しで日没だ。

探索はここまでにして、野宿にしようか、マスター。」

 

夜動いても何が起きるのかわからない。

むしろ敵からすれば奇襲し放題である。

それならば、下手に動かないでここで休むのもありだろう。

 

「ま、まことか?テルマエは?ベッドは?」

 

「ありませんよそんなの。」

 

「な、なんと・・・」

 

「サーヴァントは基本休息は必要ない。

眠るのはマスターだけだ。君は見回りにでもでたらどうだ?

たまにはサーヴァントらしく働いたらどうかね。」

 

「余は奏者のサーヴァントだ。それだけでしっかりとサーヴァントらしいと言えるはずだが?」

 

「それでは自宅警備でお城に閉じこもってるメル友の刑部姫ちゃんと変わりませんね。

あの人、ネットとお供え物のピザさえあれば一生引きこもっていられますから。」

 

「ニートではないわぁ!」

 

ネロの叫びが森にこだまして日が暮れていく。

 

 

 

 

 

 

「あら?あらあらあら?とても楽しそうな声が聞こえますのね?」

 

「うーん、僕としては少し騒音に聞こえるけどねマリア。

ああいうのは近づかないのが1番だよ?」

 

「あら、アマデウス以上の変人なんてそんなにいませんわ?」

 

火を焚きながらエミヤが料理を準備しているときにその声は聞こえた。

茂みの中から顔を出したその2人で、1人は赤いドレスに身を包んだ華やかな華やかな少女であり、もうひとりは奇抜な衣装を着ている男性だ。

このような場所に似合わないどころか、もしかしたらこの国の人ではないのかもしれないと思った。

 

「こんにちは。

ヴィヴ・ラ・フランス♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽やかに挨拶をしてきたその女性は自らをサーヴァント、マリー・アントワネットと名乗り自分たちと合流することになった。なんでも、マスターのいないはぐれサーヴァントというらしい。

特異点におけるサーヴァントの大半は、このようにマスターが存在せず、特異点だからこそ喚ばれたと思われるサーヴァントが存在するらしい。

召喚したのが、聖杯なのか、それとも別の何かなのかはわからない。

彼女の素性を知るやいなやネロが真っ先にマリーに対して飛び出していった。

美少女好きとはいえ節操無さすぎなのではないだろうか・・・

 

もぅ一人、そのマリーの傍らに立つ奇抜な衣装に身を包んだ男性は、自らをアマデウスと名乗った。

アマデウスで考えられる英雄の名前が思いつかなかったが、ネロはすぐにわかったらしい。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

音楽家として世界的に有名な天才の中の天才。

数多くの音楽を世に残したが、病によってこの世を去った音楽家。

芸術の天才と誇るネロだからこそすぐにわかったのかもしれない。

 

 

少なくともこの2人は自分たちの味方として共に戦ってくれるという。

敵の戦力はまだ未知数で、こちらには経験が不足している。

サーヴァントが1騎増えるだけでも大きな戦力となるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

日は沈みあたりは夜の静寂に包まれる。

地上で初めての夜だ。

森の木々の隙間から星空が見える。

月の中でも見ることはできたが、あれはムーンセルによる映像のようなもので本物ではなかった。

だが、フランスの地で見るこの星空は、紛れもない本物で思わず寝ることを忘れて見入ってしまう。

そして少し視線を動かすと、空の中で一際輝くものがある。

月だ。

月を見ると懐かしむというのは日本にあるとある物語のようだが、事実体感時間では地上よりも月の方が過ごしていた時間が長かったのだ。そう思ってしまっても仕方ない。

 

「眠れないのですか?岸波さん。」

 

横になりながら空を見上げているとジャンヌが話しかけてきた。

別段眠れない訳では無いが、綺麗な星空を眺めていたいと思ったのだ。

 

エミヤと玉藻が周りを見張っていて、ネロは一緒にいたはずなのだが、どうやら居眠りしてしまっている。

なんだかんだで疲れているのは、みんな同じなのだ。

ゆったりと体を起こしてジャンヌを見る。

月明かりに照らされる彼女の姿は思わず魅入るほど綺麗だった。

 

「なるほど、フランスの星空は私も好きです。

こうして広い星を見ることで、自分は1人の人間だったのだと考えることができます。」

 

彼女はフランスで聖処女として重いものを背負わされていた。

周囲からの重圧などもあったに違いない。

 

「私はそれを苦だと感じたことはありません。

それも全て、主のためだったのですから。

ですけど、もう一人の私・・・黒いジャンヌ・ダルクは違う。

人々に復讐を誓い、そのためにサーヴァントを使役しているのですから。

最初に私が街に入った時、私は竜の魔女だと恐れられて村を追い出されてしまいました。

事実、空を飛ぶワイバーンを使役しているのが黒い私ですし、彼女と私の見た目は同じです。

区別してくれという方が難しいのかも知れません。」

 

自分たちはまだその黒いジャンヌに遭遇はしていない。

しかし、特異点として成立するためには大きな歪みが必要になる。

それこそが、死したはずのジャンヌの復活。

これに間違いないだろう。

いずれその黒いジャンヌや、そのサーヴァントたちと改めて対決しなくてはならない。果たして、岸波白野にそれを成せるだろうか。

もちろん、それを達成しなくてはならないことはわかっている。

なんの力のない自分は、サーヴァントたちの協力がないと先に進むことすら出来ない。

 

「私は、岸波さんのしていることは素晴らしいと思います。

切羽詰まっていて、後がないというのはわかります。ですけど、その中でも立ち向かうと決めた志は、岸波さんにしかない誇っていいものだと思いますよ。」

 

ありがとう。

と素直に返す。

あのジャンヌ・ダルクにここまで言われてしまったのなら、自分が頑張らないわけには行かない。

信じて共に戦ってくれる仲間たちのためにも、岸波白野に立ち止まる余裕はないのだ。

 

そう決心を固めていると、急に疲れが押し寄せてきた。

時間はわからないが、遅い時間なのだろう。

ジャンヌにお礼を言って改めて瞼を閉じる。

ゆっくりと寝て、明日に備えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明るい陽射しと鳥の鳴き声に目を覚ます。

今日も綺麗な青空が見えるいい天気だった。

エミヤの話によると、寝ている間に腹を空かせたオオカミなどの襲撃があったらしいが、特に問題なく撃退したそうだ。

居眠りしていたネロは玉藻にこっぴどく怒られている。

流石に悪かったとこちらをチラチラ見ているが、隣にいてくれたことで少し安心して眠ることができたと思うと、自分にはネロを責めることができなかった。

 

身支度を整えて森を出る。

今日の目的は少なくとも別の街にいると思われる竜殺しのサーヴァントを見つけることだ。

どの英霊かはわからないが、ワイバーンや、サーヴァントと戦うにも戦力は多い方がいい。

敵のサーヴァントに見つかる前に出会えればいいのだが・・・

 

「ところでジャンヌよ。そなた、昨晩奏者と何を話していたのだ?」

 

「なっ・・・!まさか、わたくしたちが席を離れているあいだにご主人様にちょっかいを・・・!」

 

「ち、違います!

私はただ、岸波さんが眠れていなさそうだったので少しお話しただけで・・・!」

 

「NOoooo!

ご主人様との蜜月トークだなんて許しません!」

 

「ぐぬぬ・・・おのれ余が眠ってしまったあとにそのようなことを・・・!

奏者!この女に誑かされたか!」

 

どうしてこうなった。

自分はただ、ジャンヌと当たり障りのない話をしていただけであって、そう言われる謂れは・・・

 

「まさかとは思いますけどジャンヌさん?ご主人様に気があるとか、ありませんよねぇ?」

 

「そ、それは・・・」

 

なぜ赤くなる。

なぜ目をそらす。

ジャンヌ、お願いだ。とりあえず言葉を濁らせることだけはやめてほしい。

そこのサーヴァント2人がなんかすごい目付きで睨んでいるのだ。

 

「・・・マスター、好意を持たれるのは構わんが、はっきりしないといずれ刺されるぞ。」

 

なぜだろう・・・エミヤの言葉がすごく心に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に入ると、そこは街と言うよりはほぼ廃墟だった。

家は崩れ、かつての営みは過去のものとなっている。

この惨状もワイバーンやサーヴァントたちの仕業なのだろう。

ここに竜殺しと呼ばれるサーヴァントがいる可能性があるとのことだが・・・

 

「奏者よ、魔力の気配がするぞ。」

 

「えぇ、こうも垂れ流す暴力的な魔力と言いましょうか。

これはサーヴァントクラス・・・えぇ、感じますとも

昨日のとはまた違うモノ・・・面倒ですねぇ。」

 

昨日とは違うサーヴァント。ランサーやアサシンとは別に召喚されたサーヴァントなのだろう。

例の竜殺しのサーヴァントは近くにいるのだろうか。

 

『岸波くん、おそらくそのサーヴァントは今、敵サーヴァントと交戦中だ!

その街の中心に反応がある!』

 

ロマニからの通信を受け、その場所へと向かう。

そこには、瓦礫の山となった街中で争う3騎のサーヴァントだった。

肩まで伸びる無造作な長髪で大きな大剣を振るう男性騎士と、それを相手取る華奢な体格の剣士、それとその背後から大剣を持つ男性騎士を狙撃する獣耳を生やした弓兵。

状況は2対1と完全に男性騎士が不利に立たされていた。

体にはアーチャーから受けたと思われる矢が刺さっており、地面には彼のものと思わせる血痕がいくつも存在する。

あの押されている剣士が竜殺しのサーヴァントだろう。

 

そのあとの行動は早かった。

ネロが相手のセイバーの剣を受け止め、エミヤがアーチャーの矢を同じく投影した矢で弾き落とす。

玉藻とジャンヌはその剣士を庇うように前に出る。

 

「そうか・・・お前達がマスターの言う異邦者か。」

 

敵のアーチャーがそう呟くのと同時に自分に対して矢が放たれる。

エミヤがすぐさまそれを干将・莫耶で弾くとアーチャーに剣を投擲し戦闘を開始する。

それと同時に敵のセイバーとネロの剣の鍔迫り合いが起きている。

問答無用とばかりに攻撃を仕掛けてくるあたり、黒いジャンヌが召喚したサーヴァントで間違いないだろう。

 

「加勢か・・・すまない、俺は戦えそうにない・・・」

 

竜殺しのセイバーが苦悶の表情を浮かべながら謝罪する。

こちらとしては助けなければいけなかったので謝られる理由がない。

岸波白野は助けたくて助けたくて助けたのだ。

相手のサーヴァントの情報もわからない以上、長い間交戦するのは危険だ。

早いうちに撤退しなければならない。

ネロがセイバーを突き飛ばし、エミヤが牽制しながら後ろに下がってくる。

よし、このまま撤退をーーー

 

 

 

 

 

「あら、どこに行こうというのですか?」

 

 

 

 

 

突如、巨大な魔力と共にそれは現れた。

街を覆い尽くすような巨大な影、ワイバーンとは違う竜種。

幻想種の中でも最高位に位置するその生物の名は・・・

『馬鹿な、ドラゴンだって・・・!?

そんなものまで存在するのか!?』

モニターを介してのロマニの叫びが聞こえる。

ドラゴンなら聞いたことはある。

様々な創作物に用いられる英雄と戦うことで有名な4本の脚を持ち空を飛ぶ竜だ。

しかし、この竜は街を覆い尽くしそうなくらい巨大だった。

 

そしてそのドラゴンの上、頭部に位置する所に人の姿をした者がいる。

くすんだ金髪に青白い肌、黒一色の鎧で身を包み、こちらを見下ろす女性。こちらにいるジャンヌ・ダルクと瓜二つの人物。あれが、黒いジャンヌなのだろう。

 

「話には聞いていたけれど、思っていたよりちっぽけなんですね。

わざわざジャンヌ・ダルクの抜け殻まで引き連れて・・・」

 

にたりと顔を歪ませながら黒いジャンヌはこちらを見下ろしている。

なんというか、性格が真逆過ぎて正直戸惑ってしまう。

しかし、抜け殻・・・こちらのジャンヌは力の大半を黒いジャンヌに持っていかれてしまっているので力量では負けてしまうかもしれないが、抜け殻なんてことはない。

このジャンヌ・ダルクは1人のサーヴァントとしてここに立っている。

力が弱くても、己を持って立つことができるのならば、それは抜け殻ではなく、1人の生きている生物だ。

それを間違ってはいけない。

 

「まぁいいです。

何を言おうと、あなた達はここで滅びるのですから。

我が名はジャンヌ・ダルク!

そして我が眷属である邪竜ファヴニールよ。この者達を蹂躙しなさい。」

 

巨大な龍が吼える。

空気は震え大気の魔力は濃度を増して行く。

負傷している龍殺しのセイバーがいる状態でドラゴンとサーヴァントに囲まれつつある状況で突破するのは難しい。

この場撤退しながら1騎だけでもサーヴァントを仕留める。

あの黒いジャンヌを倒すことが出来ればいいのだろうが、ドラゴンを突破できない以上勝機はない。

 

だがそれよりも先に、敵のアーチャーによる矢の雨が降り注ぐ。

こちらの撤退を察知したのだろう。

鋭い矢の雨が降り注ぐ中、エミヤがアイアスを使うことでその攻撃を防いでくれている。

だがその無防備な所に敵のセイバーが襲いかかる。

それをネロが牽制しつつ一定の距離を取る。

いつくかの剣戟をしながらも、戦場を離脱した。

 

 

 

瓦礫となった街から逃げ切ったものの、他に行く宛もなく、再び霊脈の整っている森へ逃げ込むことになった。

レベルで負ける自分たちは、敵のサーヴァントに囲まれてしまうと打つ手がなくなってしまう。

 

だが、負けただけではない。

傷を負ってしまってはいるが、竜殺しの剣士ジークフリートの協力を取り付けることが出来た。

 

ジークフリートといえば、邪竜討伐の伝説で有名だ。

彼のような竜の討伐の逸話がある英霊ならば、黒いジャンヌが率いる竜にも対抗出来るかもしれない。

 

「すまない。

俺はこの通り深手を負って満足に戦えない。」

 

こちらとしてはいてくれるだけでも有難い。

元々戦力不足なパーティなのだから、仲間として協力してくれるだけでこれ以上のことはないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖人?その聖人とやらが、竜からの傷を治せると?」

 

「えぇ。その聖人もサーヴァントとして召喚されているはずですので、その方ならば、ジークフリートさんの傷を癒せるはずです。」

 

ジャンヌからの情報で、ジークフリートの負った邪竜からの傷は、通常の治癒魔術ではどうすることも出来ず、聖人の加護による治癒によって回復できるという。

 

それなら次の目標は、このオルレアンのどこかに居るという聖人を探しだし、ジークフリートの治療を行う。

そして可能な限り、敵のサーヴァントは単独の時に撃破しよう。

 

ーーー敵は強い。今の岸波白野にはそれに対抗するには時間がかかる。




第7話終了です
次回はサーヴァント戦が多くなると思います。
次回の投稿に感覚が空きますが、ゆっくりとお待ちください。


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