今年のバレンタインは (こつめ)
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今年のバレンタインは

 作った。作ってしまった。去年作った時には、もう作らないと決めていたのに。こんなことをするなんて、絶対に私らしくなんて無いのに。ラッピングまで済んだそれを見ながら、後悔が渦巻く。本当になんで作ってしまったんだろう。

 バレンタインのチョコレートなんて。

 別に、渡さないといけない理由なんて無い。こんなイベント、竜の魔女である私には似付かわしくないのだし。

 だからこれはそう、気まぐれだ。気まぐれ。まさか今年もチョコレートを貰えるなんて思ってないであろう彼の驚く間抜け面を見たいだけだ。

 決して、こういう機会じゃないと感謝を伝えられないからとか、他の女と差を付けられなくないからとか、そもそもバレンタインというイベントをしたかったとかでは、ない。それはもう断じて。

 とにかく、作ってしまった以上渡すしかない。そう決意を固めて、私は彼の部屋へと向かった。

 

 

 

 彼の部屋のドアの前に立ち、深呼吸を1つする。別にただチョコレートを渡すだけなので、緊張とかしてる訳じゃないけど、なんとなく。

 そして意を決して、私は扉を開いた。

 しかし、部屋には誰も居なかった。この時間なら大体いつも部屋に居るはずだけど、今日に限ってどこかへ行っているらしい。私の覚悟を返せ。

 仕方ないから探しに行くか、と思ったところで、サイドテーブルに置かれたいくつもの包みが目に入った。

 彼がチョコレートをいくつも貰うのは知っていたけれど、改めてそれを実感した。

 そして同時に、私の決意も揺らいでいった。

 彼にとっては、私からのチョコレートなんて、たくさんの中の1つに過ぎなくて。私なんかから貰ったところで、何にも思われないのかもしれなくて。

 やっぱり渡すのは無しにしよう。

 そう思い直して部屋を出ようとしたところで、扉が開いた。

「あ、ジャンヌ、ここに居たんだ! 探してたんだよ!」

 入ってきた彼は、両手にいくつも包みを抱えていた。やっぱり少し、胸が痛む。

「探してた、とは? 一体私に何の用です?」

「これ、渡そうと思って」

 手に持っていた荷物を置き、その中の1つを私に渡してきた。

「……これは?」

「えっと……逆チョコ、みたいな。……こういうの初めて作ったから、あんまり美味しくないかもだけど」

 少し照れた様子で彼が言った。

「……ありがとう……ございます」

 落ち着きなさい私、彼は別に私の為だけにこれを作った訳じゃないに決まってるんだから、勘違いしないで。

「あ、それジャンヌの分しか作らなかったから、みんなにはナイショでね」

 ええ大丈夫です、分かっています、これはきっと上手くいかなかったから私の分だけなのでしょう、そうに決まっています、というかそうじゃないと私の心臓が保たない!

「そ、そう。ふーん。……そ、そう言えば私からもアンタにプレゼントがあるんだけど」

「え? プレゼント?」

 疑問を浮かべる彼に、後ろ手に持っていたチョコレートを押し付ける。

「偶然、チョコレートが手に入って、それを今偶々持ってたから、あげる。……あれよ、貸しを作りたく無かったの!」

 彼は驚いた顔で渡されたチョコレートを見た。

「……ホントにいいの?」

「いいって言ってるでしょ!」

 私がそう言うと、彼は笑顔を浮かべた。

「ジャンヌからは貰えないかと思ってたからさ……。……ありがとう、嬉しい」

 分かっていますとも、ええ、彼はきっと他の女にも同じことを言ってるに決まってる、だからそんなに喜ぶな私!

「せ、精々味わって食べなさい!」

 これ以上は保たないと判断した私は、急いで彼の部屋を後にした。

 

 

 

 自分の部屋に戻った私は、彼から貰ったチョコレートを食べることにした。丁寧に施されたラッピングを外す。中身は小さな球形をしている、所謂トリュフチョコレートだった。

 その1つを摘んで、口にする。

 甘い。

 そして。

 

『ありがとう、嬉しい』

 

 何故だか顔が熱くなるのは、ウィスキーか何かが入っていたからだ。決して彼の笑顔が過ぎるからとかではない。本当に。



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