十三世界でただ一人 (来海杏)
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ソロモンの日

嫌に冷えた様に感じるこの場所はいつ来ても私を不安にさせる、多分、死体を冷やすための収納スペースから漏れ出た冷気がこの部屋全体に溢れているんだろうけど。大人でもこれだけ寒いのに彼は大丈夫なのだろうか?

 

「ん、ナツメ、メモ」

 

 

切り開かれた頭蓋骨から小さな指を抜きシンプルに要望だけを伝える彼に行きしなに買ったメモ帳を手渡す、白衣で指を拭きどこにでもある様なそれに彼は使いこまれた万年筆でスラスラと何かを書き込む。

 

「なんか見えた?」

 

サイズの合わない白衣、瓶底みたいな伊達眼鏡、小さな身体。懐から煙草を取り出した私を睨みつける瞳は綺麗な空色で、歳に似合わない振る舞いで煙草を指差す彼に私は煙草を懐に戻した。ここは禁煙だ、覚えてはいるがどうにも耐えられないのだ。

 

 

「車のナンバーがいくつか、後はそれっぽい人の顔も幾つか見えたから似顔絵屋も呼んどいて」

 

 

それと毎回言ってるけどここは禁煙だ、そう言って椅子に乗ったままクルクルと回り私の懐から精いっぱい身体を伸ばして煙草を抜く。爪の間にピンク色の何かが挟まっている、細い肩、ちゃんとご飯は食べさせている筈なのにどこも酷く儚げで、私はわざと少しだけ身体を後ろに下げた。

 

 

バランスを崩して倒れ込む様に私にもたれ掛かってくる彼を抱き留める、ほらやっぱり、軽すぎる。

 

「早く終わらせて何か美味しいもの食べに行こっか?」

 

子供らしい暖かさを感じながら彼の背中越しに煙草に火をつける

 

「ソロモンは何食べたい?」

 

小さな手が私を抱きしめ返す。

 

「……煙草臭い」

 

煙から逃げる様に私の胸に顔をうずめて苛立たしげにそう言うけれど、赤らむ頬は全く隠せていなくて、私は彼が寒さに負けない様に強く抱きしめなおした。

 

 

「……ハンバーグ、ハンバーグ食べたい」

 

 

「ん、わかった、お店探しとくから」

 

 

小さな手で私を押し返す、座り直し再度頭蓋骨に手を入れる彼からは小さな鼻歌が聞こえた。

 

死体安置所に無機質なベルが鳴り響く、

 

「ごめん、ちょっと電話出てくるから」

 

小さく「ん」とだけ声が返ってきて私は嫌に狭く長い階段を踏み出した。

 

――――――――

 

「あー、めんどくさっ」

 

死体安置所の中から出る度嫌に日差しが目にクる、寒暖の差で身体にゾワゾワと背中に寒気が走るし妙に気分が悪い。

 

一番最悪なのはここに来るたびにコイツから電話が来ることだ。

 

「調子はどうだ?俺は朝からサイコーだ、星座占いで一位でな」

 

要件だけを話してくれない?出来るだけ不機嫌に聞こえる様にそう言い火種ごと落としてしまった煙草に再度火をつける。

 

「とりあえずこっちとしては車番が三つに関連のありそうな顔が何人か出ましたんで、似顔絵屋を呼んどいてください」

 

出来るだけ早く宜しく、ここ寒いから嫌いなんです。

 

「ひゃっひゃっひゃ、了解だナツメちゃん」

 

電話越しから聞こえて来るダミ声にゾワゾワとまた肌が泡立つ。反吐が出る、悪寒をかき消す様にできるだけ深く煙を吸い込んだ。

 

「んじゃ、ここからが本題だナツメちゃん」

 

ソロモンの調子はどうだ?

 

分かってたよ、だからクソムカつく。

 

「定期報告は毎週提出してる筈ですが」

 

わざと不機嫌に出していたはずの声が意識しても抑揚のないもの切り替わってしまう、怒りのせいだ、理解しているが我慢できない。

 

 

私の役割はソロモンの監視兼整備、整備、整備だ。

 

ソロモンは物じゃない。

 

 

「そう怒るなよナツメちゃぁーん、給料貰ってんだろ?報告書以外の事聞かせて欲しい訳よ?」

 

慣れた調子で脅す声

 

「……この後ハンバーグ食べに行きます、彼はハンバーグが好きみたいで」

 

クソが

 

「……ひゃっひゃっひゃ、了解だナツメちゃん、今日の所はそれでいい、だけどな」

 

【彼】じゃねぇ、【ソロモン】だ、勘違いすんじゃねぇぞ?

 

携帯を地面に叩きつけそうになり耐えきれず通話を切った。

 

 

 

熱すぎるぐらいの彼の体温が酷く恋しい

 

「しょーもな、クッソしょーもなーーーー!!!」

 

新しい煙草に火をつけ改めて地下への階段を歩きだした。

 

 

 

 

あっちゃー、ごめん

 

無人タクシーを呼び出し向かった2メーター程回った距離にある肉料理の専門店、適当に調べた結果ネット上で評判の良いここに来たは良かったが。

 

「……ナツメ、定休日ぐらいちゃんと調べといてよ」

 

ごっめんてー、丁度いい高さにある頭をわさわさと撫でると寒そうに鼻を啜る音が聞こえてきて、寒くないように謝りながらギュッと抱きしめる。

 

「ご飯どうしよっか?」

 

まったく、ナツメは適当だ、そう言って私の手をギュッと握り占める彼を痛いぐらいに強く、冬の全てから遮る様に強く、ギュッとギュッと抱きしめなおす。

 

「ハンバーグ、あたしが作ろうか?」

 

 

「作れたんだ?料理」

 

抱きしめられたまま赤らむ頬で見上げて来るその瞳は寒さのせいなんだろうか、少し潤んでいて。伊達眼鏡を外し白衣も脱いだその姿で真っすぐに見つめられると空色と長いまつ毛が嫌に目についた。

 

 

「作れるんだなこれが、料理」

 

 

もこもことした白のマフラーに冷えた手を入れると冷たさに彼が楽しそうに悲鳴を上げる。

 

 

恐ろしい事に私は今、幸せだった。



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デットマンズ

誰か助けてくれなんて少し前の俺なら腹の底から笑ってたんだろうけれど、そのツケが周って来たのかも知れない、笑う代わりに今俺は腹の底から叫んでいた。

 

「誰かッ!!誰かッ助けてぇぇぇ!!」

 

ポイントは2つだ

 

①この物語は俺達の死から始まる

②この物語はハッピーエンドで終わる。

 

②に関しては俺達の努力次第だが、その点も含めて俺は絶対にハッピーエンドで終わらせるつもりだ、あぁ非常に嫌だがそろそろ来るぞ。明け方より少し前、疎らに人が居るだけの繁華街、逃げ込んだ路地、ビルの隙間に差し込む月光を背に誰かが俺にナイフを振り下ろす、キラリと反射した月光は見てるだけで冷たそうで、だからソイツが俺の喉に滑り込んできた時、予想通り冷たかった事に俺は少しだけ驚いたんだ。

 

そのまんまかよ!

 

後は大体予想通り道路にドウと倒れ込みそこからは頭の中が大洪水、熱い苦しい痛い息ができない誰か、誰か、誰か、誰か助け

 

思い出しながら書いてて楽しいもんじゃ無いしこの辺で、要するに俺は死んだ。

 

 

一人目 釘宮 錠

 

 

次に意識を取り戻した時、俺は嫌に高そうな部屋の中に居た、説明としては落第かもしれないがそうとしか言いようが無い、俺の部屋が4つは入りそうな広さに加え、ビリヤード台まで置かれている(おまけににキッチンまで!チグハグな部屋!)親父に鍛えられた目利きは俺の寝かされて居たソファーは間違いなく本革のよく手入れされた高級品だと示していたし中央に置かれた大きな円卓は確かイギリス国内限定生産の職人の手作業で作られたものだ。

 

意識を取り戻した俺は次にゆっくりとソファーから身を起こし周囲を見渡した。

 

人種がバラバラ(ここで言う人種ってのは生き方って意味だ、ダンサー風の女の子からすげー鍛えられた体つきの男まで色々、一人はおそらく両脚の膝から下が無い)の連中が同じようにソファーで眠りについていた。

 

 

俺含め全員で7人「おはようございます、アナタも目が覚めたのですか?」

 

うおぉぉっっ!?!t

 

死ぬ程驚いた、どうやら俺含め全員で8人、死ぬ程?死ぬ程?そこで俺は思い出した、月光と冷たさ、そして、俺は。

 

奇声を上げながら首元を抑える、穴は空いて無いし息も出来るし血は吹き出しても居ない、??何故?深呼吸だ、深呼吸、夜を思い出せ、俺達の時間、夜を思い出すんだ。

 

「飲んで下さい、僕ら皆死人みたいに身体が冷えてますから、少しは暖まりますよ?」

 

先に目覚めていた男がティーカップを差し出してくる、比喩表現なのかジョークなのか、自分自身の最期の記憶を思い出せばどちらにしたって死人みたいに、なんて最低で笑えなかったが俺はありがたく頂くことにした。

 

「もしかして、アナタも死んだ記憶をお持ちで?」

 

メガネ越しでも分かる無遠慮な瞳はブチのめしてやりたくなったがそうもいかない(必要以上に敵を作るな、親父の言葉、最期は背中から撃たれて死んだ)状況が分かる前から敵対する必要は無い。

 

 

「何だテメェこの野郎」

 

失敗だった、余裕が気に喰わない。

 

 

コイツ、普通は自分が死んだってのに落ち着いて茶なんか飲めねぇ、普通じゃねぇって事だ

 

1秒程で脳内に後付の理由を作るがそれは確かにそうだと思った、言い訳にしちゃ筋が通ってる。

 

珍しくまともな思考を働かせて居たがそこで皆が目覚め始めた、呻くヤツ、悲鳴をあげて膝を抱えてソファに小さく縮み込まるヤツ、誰かにすぐに駆け寄るヤツ、ただ身体の調子を確かめるみたいにコキコキと首を鳴らしストレッチを始めるヤツ。部屋は心地良い暖かさなのに皆が酷く震えていてそれで理解った、多分ここに居る全員が。

 

 

「ねぇ、私達皆死んだの?」

 

一人が立ち上がり話し出す、腹から出てるよく通る声、伸びた背筋、全員の視線を受けそれでも気圧されて無い。イヤに目立つ女だ(安全、それに中々の美人)

 

 

「多分な」

 

さっきまで全身の調子を確かめていた坊主頭の男が答える(鍛えられた身体、視線の運び方、要注意)

 

 

「待って、でも、私達生きてる」

 

ダンサー風の髪を編み込んだ女が震えの治まらない声で話す(安全、怯えてる)

 

 

「えぇ多分そうね、ねぇ?ショウゴ、凄く寒いの、暖房の温度を上げてもらえない?」

 

おそらくヤツがショウゴなのだろう、メガネの男が立ち上がる、確かコイツは起きてすぐ脚のない女に駆け寄っていた(注意、俺たちから絶対に視線を外さない、何時でも女と俺達の間に飛び出せるようにしている)

 

「使って下さい、皆さんより少し早く目が覚めて部屋の中を調べていたんです」

 

何故かキッチンの戸棚にブランケットがありました、そう言ってあの怪しい男がショウゴ?にブランケットを手渡し、女がありがとうと柔らかく微笑む

 

 

さぁ、一体何があったんだ?いや、何があったかは間違いない、だから、問題は俺達が震えてられる事だ。

 

「お茶が足りなくなってしまいますね」

 

何時の間に背後に周ったのか楽しげに耳元に囁いて来るお茶男を裏拳で振り払うが上半身を反らすだけで避けられた(キメェ、要注意)

 

「あの、自己紹介しません?お互いに」

 

して悪いことは無い筈ですし、ね?

 

視線を外したくなる位にエロい女が至極真っ当な事を言っている(もはや暴力だ、これはこれで要注意なのか?)普通の言葉ですらエロいってどういう事なんだ?じゃあ、言い出しっぺの私からいきますね?そう言ってエロい女が立ち上がり話し出す。

 

「私は西園寺アンナ、片仮名で書いてアンナで、今年で18才になります、趣味は推理小説を読むことで」

 

死因は多分、溺死です。そこに居る従兄弟も一緒の筈です。

 

何かヤベェ事も言ってる気がするがまぁどうでも良い(エロい)

 

お茶男が楽しそうに話し出す

「えぇ、僕も溺死の筈ですよ、僕は西園寺ガイ、片仮名で書いてガイ、そこに居る従姉妹と同じで今年18才になります、趣味は、そうですね?アンナの助手でしょうか?」

 

俺は酷い衝撃を受けて居た、コイツあの過剰なエロさを前に自然体で喋れてる(偉大な才能だ)

 

俺は聞かなきゃいけない事を聞いた。

「落ち着いてるんだな、アンタ等」

ほんとに聞いておくべき事だった。

 

「だって、ワクワクしません?(するでしょ?)」

 

少なくともコイツ等がイカれてることは理解った、俺は黙り込んだ。

 

「イカれてるぜ、アンタ等」

 

まっすぐな男だ、俺は頭の中で坊主頭の注意を引き下げた。

 

「俺は猩々原敬、猿とかそういう意味のショウジョウに野原のハラ、敬うのケイ、俺も今年で18だ、趣味はそうだな、トレーニングだろうか。死因は多分落下死、よく分からん内に空から落とされて死んだ」

 

自分の右拳を見つめながら淡々と話す猩々原にダンサー風の女がキレた。

 

「ちょっと待って!!なんで皆んな平気でいられる訳?!私達死んだかもしれないんだよ!!?」

 

この子もまっすぐだ、ヒステリックだが

 

「あぁ、恐らくそうだろう俺達は死んだ、違うな、他は知らんが俺は死んだ」

 

「次は負けない、俺が殺す」

 

前言撤回、コイツは要注意だ、コイツは、いや、コイツもイカれてる。

 

 

「そう、じゃあ皆自分が死んだ記憶があるってのは間違いないのね

?」

 

イヤに目立つ女が話し出す、よく分からないな?服装はそう高いものじゃないがよく手入れされてる、センスが良いが多分畳み方が雑なんだろう、一人暮らしだな、しかも最近始めた。忙しそうだな、洗い方は調べたか教わったが、畳み方は何故だ?

 

「私は満夜海月、満ちる夜に海の月でミチヤクラゲ、私も今年で18才、すごい偶然だよね」

 

「クラゲって、本気か?」

猩々原が鼻で笑うように問う。

 

「あー!!、鼻で笑うって酷い!でも鋭いね猩々原くん、私ちょっとだけ舞台とか映画に出てて、役者なんだ」

 

だからくらげは芸名なの、休業中なんだけどね、そういって満夜は人好きのするウィンクを猩々原にする(要注意だ、本能に従うことにする)

 

 

「はい、じゃー次はアナタの番」

 

そう言って元気一杯って笑顔で満夜が俺を指名する、そうだ、スッキした、空元気かサイコだろ、自分が死んだって時にこれは、この感じは。

 

コイツはよく出来た偽物だ

 

 

「ねぇ、貴女の死因と本名は?」

 

ブランケットの女が満夜を見つめる、淀んだ瞳に口元だけの笑顔、満夜と微笑み合えばまるで怪獣大決戦だ。

 

「そっか、そうだよね、ごめん」

 

本名は満夜椿、お花のツバキで椿、死因はね、誰かが私を刺したの、ナイフで何度も、何度も、あの熱さ、そして冷たさ、最期に苦しさ

 

「良い勉強になったよ」

 

そう言って満夜はもとの笑顔に戻った(コイツもイカれてる、要注意だ)

 

「おかしいよ、私達」

 

ダンサー風の女は誰にも見付からないようにでもしてるみたいソファの上で出来るだけ小さくなっている、俺は最初彼女が話出したんだと気付かなかった。

 

「皆んな、声が落ち着き過ぎてる、まるで、こんなの、こんなの」

 

「誰も死んで無いみたい、か?」

 

詰まって居た彼女の言葉を俺が引き継ぐと彼女は、痙攣でもしているみたいに細かく、何度も頷いた。

 

「えぇ、そう、私にはそれが怖い」

 

だって、私はあの時確かに死んだから

 

そうだ、そうだよな、そこが問題だ、なにせ俺も自分自身疑う余地が無いぐらいに死んだのだ。

 

「アンタ、名前は?」

怪訝な表情をする彼女に俺は思った通りに伝えた。

 

「アンタはまともだよ、俺にはそう見える」

 

「ありがとう……私は景、漁火景」ケイって呼んで。

 

彼女はまともだ、助かった。俺は彼女に右手を差し出し握手をしようとした。

 

「貴女の死因と年齢も教えて頂けますか?イサリビさん??」

 

お茶野郎の声に驚き、自分の死に様を思い出したのかケイはソファに隠れるように深く座る。彼女はまた心に閉じ籠ってしまった、白くなるまでギュッと抱え込んだ膝、また激しくなった震え、俺はなんだかとっても気に喰わなかった。

 

「おい、お前モテないだろ?」

 

「えぇ、その通りです、素晴らしい名推理ですね、何故そう思ったのか理由を聞かせて頂いても??」

お茶野郎の顔を見る、ニヤケ面だ、なんだかとっても気に喰わない。

 

「何が楽しい」

いえ、特には?

「笑ってるぜアンタ」

そうですか?

「そうだ」

腹が立ちます?

「かなり」

 

まだニヤケてやがる

 

「テメェおちつけよ、殺すぞ」

落ち着けも殺すぞも両方よく言われます。

「何が楽しい」

いえ?得には??

「お前やっぱりモテないだろ?」

 

 

落ち着いてきた、俺はカッとなって悪かったなと言い、自分のソファにに戻るふりをしてエロい女(誰だっけ?そう、あれだ、アンナだ)に中身が入ったティーカップをワザとゆっくり投げつけた。

 

狙い通りお茶野郎がアンナをかばう、(お茶野郎は辞めだ、コイツは糞だ、性根が糞だ)糞の背中にかかる紅茶、中身は冷めてるから熱で怪我させてやる事は出来ないのが残念だ、この糞を野放しにするならイトコだろうが同罪だ、取り敢えず一旦死刑で。後の事は後で考えよう。

 

二人纏めて頭を砕いてやるつもりで糞の後頭部目掛けて蹴りを放「ストップだ」

 

誰かが俺の蹴りを片手で掴むように受け止める。誰だ?そうだ、猩々原

 

「良い蹴りだ、だから止めた、コイツは俺も気に喰わないが、その蹴りで後頭部は軽い怪我じゃ済まないぞ」

 

???

「そうか、で??」

 

フウーとハアーの中間ぐらいのため息を猩々原がつく

「やめとけよ」

「なんでだよ?取り敢えず脚離せよ」

「もう暴れないか?」

「大丈夫だ、俺は落ち着いてる」

「もう暴れないなら離す」

「猩々原だっけか?アンタごとブチのめすかもしれねえとは思わない訳?」

 

「無理だ、お前はやらないよ」

「なんでだよ」

「イサリビさんが怯えてるからだ」

 

 

その言葉に俺は慌てて彼女の方を振り向く。酷く怯えた瞳。

 

参ったな

 

そう思うと同時に俺の身体はふわりと浮いて(多分猩々原が投げた)元々自分が座っていたソファーにふわりと座らされた。

 

「大丈夫か?あんたら、確かガイとアンナだったかな?」

 

猩々原は190はありそうな背を窮屈に折りたたんで西園寺達に目線を合わせる。

 

「正直、俺はアンタ等が何か気持ち悪いし嫌いだ。特にガイだったか、さっきのはお前が悪いと俺は思う。だが、アイツもやり過ぎだ、お互い一度ゼロにして落ち着かないか?」

 

ニヤケ面は消え、イトコだかを背中で庇いながらヤツがゆっくりと頷く。

 

「あんたも、それでいいか?」

 

「俺はニヤケ面が消えたのを見れて充分だ、満足した」

 

ソファの背もたれに身体を預け、天井を眺めながら親指を立て俺は猩々原に同意を示す。

 

あぁ、そうだ、自己紹介な

 

「俺は、釘宮錠、五寸釘のクギに宮殿のミヤ、錠前のジョウで釘宮錠、俺も今年で18才、多分ここに居る全員がそうだ、趣味は観察、死因はそこに居る元役者と一緒だよ」

 

ナイフだ、これでいいか?頭を上げ周囲を見回す、異論は無さそうだった。

 

 

「アンタ等は?とっとと済ませようぜ」

 

おれはメガネとブランケットに話を振る、自己紹介よね、立って話した方が良いかしら?ブランケットの女、両脚の膝から下がない女が絶好調なジョークを飛ばしクスクスと笑っている。俺はどこが笑えるのか分からなくて周囲を見渡した、幸いな事に猩々原も同じ表情をしている(正気じゃねぇって顔)そこで、何だか酷く疲れている事に気付いた。

 

うんざりだった。

 

部屋の端に行って少し眠りたい、歩いて行こうとした俺の手を誰かが引き止める。

 

「ねぇ、ジョウって、カッコいいね」

 

響きの事ね?音が良い、イサリビさんだった、少し眠気が飛ぶ。

 

「ありがとう、イサリビもかなりクールな響きだと思うよ?」

 

ありがとう、彼女はそう言って、俺達は奇跡的な事に笑い合う事が出来た。

 

「悪い、さっきは、アイツにイラッとして、俺、結構育ち悪いんだ、多分、言い訳にはならないけど」

 

「んー、確かに、言い訳にはならないかな。……けどまあ、私も似たようなもんかも、ねぇ?タバコ持ってない?」

 

偶々、偶然、奇っ怪な事に俺は未成年だが上着の内ポケットには封の切れたラッキーストライクとライターが入っており、俺はすぐさまこの奇跡を彼女と分かち合う事に決めた

 

「俺も分けて貰っていいか?」

 

「猩々原?」

意外なヤツだ、俺はもちろん寛大に彼にもタバコを分け火をつけてやる。丁度灰皿に良さそうな皿がキッチンにあった。

 

「驚いたな、猩々原、アンタはこういうのやらない人かと思ってた」

 

「似たような勘違いは良くされるよ、意外だろ?チャームポイントなのさ」

 

それに、正直うんざりだ、どいつもこいつも隠すつもりも無い。何を?とは俺もイサリビさんも聞こうとはしなかった、多分、俺達は同じものに疲れていた。

 

「意外と笑うと幼い顔になるよな」今日よりもっと後、猩々原に俺が言ったんだ、ヤツは酷くキュートにハニかんだ(ここだけの秘密な?)それからまた別の日には俺はイサリビさんに「無理に優しい声を出そうとするとアンタは悪人声になる、そのまま喋った方が人を安心させるよ」優しい声だから、と言われ死ぬ程顔が紅くなったり。イサリビさんの作ったサンプリングを聞いて男二人で何故だが泣いてしまったり。

 

 

 

三人とも死ぬ程疲れていたが、ここがそういうものの最初だった。

 

俺は聞くべきことを聞いた

「イサリビさん、何で死んだのか聞いても良いかい?」

多分、聞かなくても良いことだった

 

俺達はペアになってる、西園寺達が溺死ペア、イカれブランケットは何で死んだか知らないが多分メガネとペア、俺はあの休業中の役者とペア。余りもので合わせるなら彼女は何処かから突き落とされて死んだんだ。

 

 

「そう、そうよね、私もそこの彼と一緒、クラブの帰りにどっかから落とされて死んだ」

 

あの時見た月は忘れられそうもない

 

そう言って彼女は、震える手でタバコを灰皿(の代役)に押し付けた。

 

もう一本吸うかと彼女に目で確認する

 

「ありがとう、貰うわ」

その余りに堂々たる吸いっぷりに猩々原が眉を上げるようにして驚く。

 

「あのさ、イサリビさんっての、止めてくれない?」

 

なんかムズムズするからさ、サリーって呼んで、彼女はそう言い死人にしては爽やかな笑顔で俺に微笑んだ。

 

 

「良いのか?死人仲間にしたって俺は悪い死人かもしれないぜ?」

気を許し過ぎじゃないか?これは聞くべきことだし言うべきことだ。

 

「分かるんだよ、昔から耳が良いからさ、声を聞けば分かる」

 

その言葉に俺は少しだけ笑いそうになって、やっぱり気が変わって心から笑った。

 

「ありがとう、素直に嬉しいよ」

 

なあ、ぬっと猩々原が顔を突き出す。

 

「俺、邪魔ならあっちに戻ろうか??」

 

 

「「いや、良いよ、大丈夫」」

 

そうか、と猩々原は長くなった灰を灰皿(の代役)に落とした。

 

「ハイ、私も混ぜて」

 

声の方を向けば、どうやらアチラの方は終わったらしい、海月が指先をヒラヒラさせながら楽しげに歩いてくる(要注意、要注意だぞこの女は)

 

俺はゲッ、と言う顔をし、猩々原はよう、と片手を上げ、イサリビ(サリーは中々勇気の要る呼び名だろ、呼ぶのにな?)は俺と猩々原(殆ど猩々原)の影に隠れた。

 

「あれ?私嫌われる様な事したっけ?」

イサリビの態度が全てだ、聞けば分かると言った彼女が聞いて怯えている、暴れた俺でもその気になればこの場の全員を素手で殺してのけそうな猩々原でもない、この女をだ

 

炭鉱のカナリア(直感を信じろ、親父の口癖)(俺達みたいな人種は直感を信じなきゃいけない)(軍人、船乗り、犯罪者、俺達みたいなのは人一倍自分自身と直感を信じるんだ)(ジョー、分かるだろ?)(ジョー)

 

「ジョウ君?」

(親父は背中から撃たれて死んだ)

 

「あぁ、悪い、なんだっけ?」

イサリビが俺を呼んでる

「いや、ジョウって凄くカッコいい名前だから、ジョウ君って呼んでもかなって?」

違った海月か、マズイぞ頭の調子が悪くなってきた。

「んー、ダメ」

「ダメ?」

「上目遣いが素晴らしいがダメ」

「どうしてもダメ?」

「ダメったらダメ」

 

イサリビと猩々原がギリギリアウトって顔で俺を見てる、大丈夫、大丈夫だ。そう言う意味で笑顔で親指を立てる、不思議とアウト色が深まる。

「向こうは何だか楽しく無くって、仲間に入れてよー」

「タバコ吸う?」

「吸わないけどお仕事で吸う人の煙には馴れてるから気にしないよ?」

「吸わないんならダメ」

「じゃあ、吸ってみる」

「ダメダメダメ、そんなのダメ、吸っちゃダメ」

「じゃあ吸わないから仲間に入れてよ」

「ダメ」

「じゃあ吸っちゃう、タバコ吸っちゃうよ私」

「人質作戦とは卑怯な」

「どうする?ジョウ君のせいで私お婆ちゃんになる前に死んじゃうよ?」

「それはダメだろ」

猩々原が焦った顔で口を挟む

「おのれ猩々原裏切ったな」

脳の調子が悪い、熱で焼き切れそうだ

 

「裏切ったつもりは無いがお婆ちゃんになる前に死ぬのはなんかダメだろ、言葉のパワーが強過ぎる」

 

言われると確かになんとも言えない物悲しさがある。困った俺は円卓の上の黒猫を見るがしゃなりと尻尾を振るだけだ。役立たずだな

 

堪え切れ無かったと言う感じでイサリビが吹き出しケラケラと笑う、涙が出る迄泣いちゃってまぁ、こっちまで嬉しくなっちゃうじゃないの。

 

「何なの?3人とも面白過ぎ、いいじゃんジョウ君、優しい響きだよ?」

「待て待て、なんだこの俺がヤなやつみたいな感じ、後ジョウは良いけど君付けは止めてくれ」

「え、じゃあジョウって呼ぶね?」

「オメェに言ってねぇよこの毒くらげ」

「ひっどい!感電させてやる!」

 

あ、またイサリビがウケた、今度は猩々原も

 

「さっきも言ったけど、私漁火景、ジョウと一緒だと素敵な声が出るんだねアンタ」

「俺は猩々原敬だ、よろしく」

「私もさっき言ったけど、満夜海月、二人ともよろしく」

 

二人と順繰りに握手を交わした海月が勝ち誇った様に腕を組む、なんたるドヤ顔!!教科書にのせたい!

 

「さぁどうするジョウ君、後は君だけだよ!」

 

分かった、参った、降参、ニーハオズドラーズドヴィチェ。確かに俺も楽しかった、俺は降参の意思表示に両手を上げ肩を竦める(大丈夫だ、カナリアは楽しそうに鳴いてる、俺は直感を信じる)。

 

「分かったよ、仲良くしよう。ただし条件が一つと質問が一つある」

「なにー?スリーサイズは秘密だよ?ジョウ君のエッチ」

「黙れ貧乳くらげ、呼び方はジョウで良いから君付けは止めてくれ、ムズムズして発作が起きて死にそうになる」

貧乳呼ばわりにローキックを3発くらう、右ふくらはぎにイサリビ、左ふくらはぎにくらげ、最後に右ももに猩々原(一番効いた、プルプルしてきた)

 

「で、だ」

 

あの猫って最初から居たか?

 

俺が円卓を指差すと3人が弾かれた様に振り向き、それにつられ8人全員が同じ方向を向く

 

 

『良かった、やっと気付いてもらえたよ』

 

天使の様な声で黒猫が喋る、しゃなりと尻尾を振り、やっとこさ俺達は自分の身に何が起きたのかを知る

 

 



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サクラサク

サクラの声は丹下桜で


「で?今回はどういう良い訳を聞かせてくれる訳?」

 

ペットショップが半壊、乗用車5台が爆発炎上、犯人逮捕のためだと市民に説明するのは市長の仕事で、その市長が納得する様説明するのが私の仕事なの。

 

消火活動も終わらぬ店舗を背景に身動ぎ一つせず一人と一匹?一体?が説教を受けていた。

 

「じゃ、喋っていいわよ」

 

説教をするヒスパニック系のむしゃぶりつきたくなる様な女がこの街の次元犯罪調査課課長。アリッサ・アドソン

 

「……犯人達は全員逮捕しました」

 

当たり前よ!と怒鳴られ不貞腐れた顔をしている若い男がサク・ケイジ

 

そして、もう一人。

 

 

「ごめんなさい、私のせいです」

 

白い体毛に桃色の、いや、少し白の混じった桜色の四つの瞳。ケイの膝より少し大きいぐらいのサイズの蜘蛛が第五次元出身の捜査官サクラ。詳しい者ならハエトリグモにその姿が似ていることに気付いただろうが、そんなことは些事である。

 

彼等二人は次元犯罪調査局の検挙率第一位にして、逮捕時に発生する被害総額第一位のバディであった。

 

 

 

ーーーーー

同所、3時間前

 

 

 

薄暗く暖かく調整された倉庫の中、髭面のメキシカン男が蜘蛛に話し掛けている。

 

「セニョリータ、君の雇い主が決まりそうだ」

 

 

優しげなその声の相手、人間など簡単に殺せる大きさの女郎蜘蛛が答えた。

 

「本当ですか?良かった、これで弟たちに楽をさせてやれます」

 

異界間で違いはあれど基本的に貨幣やそれに準ずる概念はある、だが、珍しい事に女郎蜘蛛、この次元の人間には発音出来ない名前を持つ彼女の暮らす第五次元は深い森と魔術を基にした物理法則の次元であり物々交換を主としていた、長く続いた戦乱の中で両親は死に、侵食する資本主義により森の管理者としての地位は何の意味も無いものとなり。生活に困った結果

 

今はただ弟たちの為、変態に奴隷同然で買われるのを待つ身であった。

 

「あぁ、優しそうなヤツだよ、アンタの事を伝えたらとても喜んでた」

 

酷いことはされないさ、給料も弾んでくれるだろう。そう言う男の耳に、部屋に入ってきたスキンヘッドの年若いメキシカンが耳打ちする。

 

来客だ、ちょっと待っててくれよぅ

 

 

そう言って消えた男の背中を見送り、彼女は小さな木彫りのトーテムを背中の鞄からとり出した。故郷を離れるとき弟たちがくれた蜘蛛を模したお守り。二度と会えないだろう弟たちと自分繋ぐ最後の絆、思い出。

 

 

「……お姉ちゃん頑張るからね」

 

ひどく凶暴なその爪が優しくトーテムを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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冒涜的な冒頭

優しく指を包み込む感触に身悶えを抑えながら私は更に力を込めた、ジタバタと動いていた身体からは今にも逃げ出しそうな躍動感は失われ、目からは光が消えている。

 

「大丈夫?元気ないよ?なんか悲しい事でもあった?」

 

私に話してみろってー、勿論返事はない。正直もう死んだと思う、だけれど思うだけじゃダメだ。

 

もっともっともっともっともっと

私は肩から腕から指先から、思いが伝わるようにと思いながら締め続けた。

「とっどけーえッっ、私の愛ぃぃぃ」

 

どちらかと言えば憎んでいたけれど。

 

私はそのまま締めて締めて締め続けて、最初にグチャリと、次にぽきりと可愛い音がしてやっと彼は死んだのだなぁと、指を離したのだった。

 

 

後はまぁ、何時も通りになるはずだった。

「お嬢様、ドタバタと物音が聞こえましたが大丈夫ですか?」

ほんと、厄介な人。

 

我が家に古くから勤めているメイド長はなんでも見つけるのが得意だ。私の隠し事は何でも見つけ出してしまう。コッソリ食べようと思ったケーキも、悪い点を取った学校のテストも、割ってしまった綺麗なお皿も、見つけ出して私をコッテリと怒った後一緒に謝ってくれるのだ。

 

ほんと、厄介な人。

 

「まぁ、お嬢様!なんてことを!」

誰か!すぐに誰か来てください!誰か!

 

今日はすぐには寝れそうに無い、あれだけ大きな声で叫ばれてはじきに誰か人が来るだろう、だけどまぁ時間はある。私は人を呼ぼうとするメイド長を後ろから引きずり倒すと馬乗りになった。優しく指を包み込む感触はどうにも好きになれそうにはなかった。

 

ーーーーー

 

遂に一人になってしまった。

 

中東の石油精製プラント開発の現場を見せる為に父に連れてこられた異国は煌びやかな輝きと嗅いだ事の無い香りに溢れ、当時小学生だった私の心を熱くそして深く虜にした。今思えば夏休みに父親らしい事をしてやれない事への父なりの気遣いだったのかも知れないが効果は絶大だ。人並み以上に頭も良く、人生の目標に悩んでいた僕が立派な貝原の跡取りになろうと、父や祖父やそのまた祖父の様に世界を舞台に戦う立派な男になろうと心に決めたのだから。

 

事の始まりはヒュルヒュルと間抜けな音だった。次にばーんっと目の前の護衛の車が爆発、三人の護衛と運転をしていた父の秘書が死んだ。本当なら今日は休みだったのを息子が来るからと秘書に懐いていた僕の為に父が無理を言って連れて来ていた秘書。

 

僕のせいで死んだ。

 

もう一度ヒュルヒュルと音がして、今度は僕達の乗っている車が横転した、要人用の装甲車でなければ同じ様に爆発していただろう、あるいは見越していたのか。砂の中から男達が立ち上がりこちらに走って来るのが見える、僕達は赤子の様に必死に車の中から這い出すと盾にして隠れた。運転手と助手席の男がライフルを撃つが効果は無い、僅かに男達の足を止めるだけだ。

 

「大丈夫だ、おとうさんが付いてるからな!」

必ず助かる、力強く抱きしめた父の言葉に僕は何も返さなかった。

 

まず運転手の頭が吹き飛んだ、助手席の男が良く分からない言葉で父に捲し立てる、辛うじてスナイパーという単語だけが僕には聞き取れた。契約破棄か悪態か、何かしらの言葉を父に言うと助手席の男は逃げる様に駆け出して七歩目で頭を吹き飛ばされた。

僅かに悩んだ父もライフルを手に取ると男達に撃とうと立ち上がり、一発も撃てずに頭が弾け飛ぶ。

遂に一人になった。

男達の足音は少しずつ、しかし着実に進んで来ている。

 

 



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「博士、貴方のそれは愛ではないのですか?」

私には夢があります。

私には夢がありますか?

私には夢がありました。


拝啓 サイレンス様



イギリス ロンドン 裏路地

 

 

逃げてばかりの人生だった。

 

息が上がって来たのを感じる、最低だもっと普段からスポーツでもすれば良かった。人通りの無い路地裏、そんなことを考えていたら段差につまづいて転ぶ、何に使ったかもわからない注射器にコンドームやタバコの吸い殻。最低だ、地面についた手のひらを白衣で何度も拭った。

 

 

『大丈夫ですか博士?』

 

 

白衣の下、Yシャツの胸ポケットに入れた彼女が心配そうに僕に声を掛ける。あぁ、ごめんよガラテア、マイクと発声モジュールしかついていないその身体で転んだりなんてされたら怖かったろうに。ごめん、最低だ僕は。

 

 

「大丈夫だよガラテア、ちょっと転んだだけだ」

 

何もかも問題無いさ、出来るだけ明るい声でそう言うと僕はまた走り出した。逃げてばかりの人生だった。今度は彼女に真実を告げる事から逃げている。

 

 

最低だ。

 

 

ーーーーー

 

 

生まれはアメリカのボストンだった、母は一流の弁護士で年に百万ドル以上も稼ぐ様な敏腕だったがパートナーには恵まれなかった。着々と歳を取っていくなか母はどうしても子供が欲しいと考えて行くようになる。しかし仕事は楽しく、今更パートナーとの面倒な信頼関係の構築に時間は描けてられない、考えに考え、そして思い付いた。

 

精子バンクからノーベル賞候補にまで輝いた男のDNAを買い取ったのだ

 

 

そうして生まれたのが僕だ。

 

 

 

母の願いは概ね叶えられた、賢い息子に時たま家に帰って母らしいことをする自分、仕事と女の幸せを両立させた自分。誤算があるとすれば子供は産みさえすれば済むものでは無いと言う事だろうか?

 

ほぼ毎日家には帰って来ない母、毎朝10時に来て19時に帰るナニーのサマンサだけが友達だった。

 

僕は母にもっとこっちを見て欲しかった、気を引きたかった。テストで満点を取ろうが仕事、飛び級で上の学年になろうが仕事、時たま帰って来た時だけ母は僕を甘やかしたが、クリスマスのプレゼントに欲しかったのは郵送された500ドルとこれで好きなものを買いなさいと言うクリスマスカードではなく母のハグだった、二人で囲う夕食の食卓だった。

 

もっと馬鹿なら人生も楽だったろうに。僕は辛い現実から逃げた、馬鹿ならもっと選択肢もあっただろうが、僕には酒やタバコやドラックにセックス、そして暴力やテレビゲームは全く魅力的では無かった。

 

勉強だ、勉強だけが僕を救ってくれる、必死に勉強して賢くなればいずれ儘ならない現実の方から膝を折り僕に頭を垂れるだろう、と

 

僕はローティーンの殆どを勉強に費やし、同い年の子供がXB●xや下らないテレビのお騒がせセレブの追っかけに必死になっている頃には大学の研究室でAIの研究を行って居た、自慢じゃないがね。

 

 

そして母は

 

母は仕事で関わったIT関係企業のCEOと結婚しその間に新たに子供をもうけていた。

 

 

僕は用済みだと、つまりはそう言う事。

 

 

 

寝る間を惜しんで研究に励んだ、不規則な生活に不健康な食事で身長や体重は思ったよりも成長しなかったし、若くして右側頭部の髪の毛はほぼ全て白髪になったがこれはきっとDNAの都合もあることだろう。そんなことには構いもしなかった。僕は愛を

 

 

愛を作り出したかったのだ、消して裏切らない愛、無尽蔵で無償で、ただ愛すべき対照その一人だけを見つめ続ける愛。

 

 

 

世界が与えてくれないのなら、自分自身の手で作り出すまでだ。

 

その力が僕にはあった



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転生したらアウトレイジみたいな世界なんやが?

 

大阪市内、ぱっと見普通の一軒家、ところがやで?蓋を開けてみればびっくり!!中にはギッチリ詰まったヤクザの詰め合わせがぁ~!?お歳暮かなー?

 

 

 

ここは関西最大の指定暴力団四代目桐ケ谷組の直系である染井組の組長、染井蓮二の数あるマイホームのひとつ

 

 

 

え?なんでそんなとこにおるかって??蓮二さんはやな?どえらいヤクザやねんけど、俺の育ての親でもあるっちゅう話やねんなこれが。

 

 

 

 

 

……ハァ、アカン。謎の説明口調で目の前に迫る湯気から現実逃避しとったが、そうもいかんわな。分かってる分かってる、俺はこの目前に迫るアツアツのおでん(大根3口サイズ)を何とかせないかんのや。

 

 

 

「あかんって!!ねえさんそれは無理やって!!無理!!無理!!」

 

「やっかましいねんゲン!!男やったら腹キメてガッといき!ガッと!!」

 

 

 

いやねえさん入らんて、ガッと行ったら喉ガバガバなるわ

 

 

 

今俺に向かって熱々のおでんをアーンしようとしているこのエライ別嬪な女の子は蓮二さんの実の孫で俺のお世話係でもある染井吉乃さん。俺は尊敬と敬意を込めてねえさんと呼んでる。

 

 

 

え?蓮二さん?俺の後ろでうっきうきで俺の事羽交い絞めにしとるよ??(怒)

 

 

 

「ゲン!せや!!ガッといけ!ガッと!!」

 

 

 

 

 

いややもう、間近でイケオジが…蓮二さん…そない笑わんといて…笑うたび落ち着いたええ匂いがするぅぅぅ

 

 

 

なんやねんもう、マ〇カーで負けたぐらいで殺意高すぎるやろ罰ゲームが。というか若い衆も言われた通りに確り用意せんでええねん…、普通なんやかんやちょっと温めで用意するやろがい!ほいでまたええ匂いするし!!腕上げたっすねタツさぁぁん!!!(部屋住みの若い衆筆頭、22歳。実家のペットはポメラニアン)

 

 

 

「ほら!アタシがあーんしたってるねんで?ん?なんや?嫌なんか?お?嫌なんか?」

 

 

 

あかん、ねえさんちょっとGOKUDOUモード入り出してるやん、この人切れると舌の巻き方半端無いから怖いねん。目つき土佐犬みたいになるし…。

 

 

 

「えぇぇいっ!!南無三!!」

 

 

 

 

 

オゴブッ、ッツアァァァァ!!!

 

 

 

ブェッ

 

 

 

 

 

あ、回想入りまーす、ブェッ

 

ーーーーー

 

 

 

人間人生は一度きりや、そんなもん難しゅう考える事でもない。ところがやで?【例外の無い法則は無い】とか何とか昔の偉い先生は言わはった。

 

 

 

流石先生、頭ええのう、おい。

 

 

 

最初に自分の頭の中が面倒臭い事になってると気付いたのは5歳の誕生日や、我ながらよう覚えとる。ちょーーっとばかし素行面には問題のあるお袋やったがその日は悪いもんでもキメとったんか珍しく俺に誕生日ケーキを作ってくれたんや、初めてのケーキ!色と見た目はとんでもなく悪かったがそんなもん関係あらへん!気持ちが嬉しかった

 

 

 

一緒に歌ったハッピバースデートゥユーに、吹き消した蝋燭の香り、切り分けられたケーキに噛り付いた時のあの味!!

 

 

 

マァァァァッズ!!!!

 

 

 

思えばこの頃からリアクションばっか取っとる

 

 

 

 

 

ま、とりあえずそんときは頭がチカチカするほどの不味さに俺は危うく気を失いかけてな、そこで思い出したんや。自分が、正確に言うなら自分の原材料が何か、ちゅうのをな。

 

 

 

俗に言う前世の記憶の話はここでは話とう無い、大して長生きもせん内に死んでもうたからなぁ!!アッハッハッハ!!ヒャーッ!!!

 

 

 

笑えるかぁッボケェ!!喉イワすわ!!

 

(イワす:壊すまたは故障させる)

 

 

 

 

 

後はまぁ、別に珍しい話でもない。男が出来たお袋が俺を置いて逃げ出し、頭が良いのか打算が効いたのか。子供の父親役を押し付けたのが関西最大のヤクザの大親分、染井蓮二やったっちゅう訳

 

 

 

 

 

蓮二さんが迎えに来た日?忘れる訳あらへんがな

 

 

 

「よう、坊主、お前の母ちゃんおるか?」

 

 

 

この時俺は4日間米粒一つ食うてなくてやな、指先一つ動かせんへんかったし喉もカラカラ。自分はまた死ぬんやとそんな事ばっか考えとって、次は幸せになりたいなぁと、そんな感じやった。だからまぁ聞こえるかどうかも分からへんかすれ声で俺は答えたんや

 

 

 

 

 

おらへん、母ちゃん帰ってこうへんねん

 

 

 

「そうか、ほなええわ。おう、お前ウチ来るか?」

 

 

 

 

 

俺は死にとう無かった、残った力全部で何度も何度も頷いて、大声で泣きたいのに声も涙も全然出てこーへん。はぁー神様仏様染井様、碌でもない人生二回も送らせといて俺をちゃあんと救ってくれたんはヤクザだけやった。

 

 

 

笑ろとき、笑ろとき、ここ笑うとこやから。

 

 

 

 

 

 

 

長い事入院して、出てきたときには俺は書類上あの人の子供っちゅうことになっとった。怖かったで?何で俺なんかの為にここまで?実はホンマに親父なんちゃうかなって、アホな事を考えたりもした。

 

 

 

でやな、この家に初めて来たときや。

 

 

 

 

 

「あんたがゲンか??」

 

ちっちゃいながらにキッツい顔した美人がやで?両手を腰に当てたりなんかして俺の方を睨んでくるんや、怖いのなんのって。でもまぁ、俺は俯きながら何とか答えたんや。

 

 

 

「はい、きょうからおせわになります。むこうじまゲンです」

 

 

 

そしたら、ねえさん、どないしたと思う??

 

 

 

ぎゅうーって俺の事抱きしめたんや、アタシの方が半年ぶん年上やから、って、思いっきり甘えて来るようにと言われた俺はやな。もうね、突然の事に大号泣よ。

 

 

 

笑え笑え(笑)笑うな!シバクぞ!!(怒)

 

 

 

けどまあ、そん時決めたんよ。

 

 

 

 

 

ヤクザに警察鬼悪魔、何が掛かって来ようがこの人らは守ろう、絶対に幸せにならなあかん人らやって。

 

 

 

 

 

何をしたらええか、目標が出来たんよ。

 

 



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TS 練習 ハリポタ

「アルゴン兄さん、これはどうかな?」

 

 

 

目の前でドレスを着たドラコが楽しそうにくるりと回りこちらを見る、どちらかと言うと爬虫類似のその面持ちが赤らむ様はナルシッサ小母様やルシウス小父様なら垂涎の光景だが生憎こちらはタダの従者である。僕の前でだけデレる、なんて素敵に聞こえるかもしれないが純血の社交界で矢面に立たされるのは立場の弱い僕なのだ(何故ドラコは貴様にだけ!何でドラコは!なんで、付き合ってられないがそうもいかないのが狭い世界の悪いところだ)そもそも今日買いに来たドレスも入学記念のパーティー用の物だ

 

 

 

 

 

「ドラコ様、貴女はもう間もなくホグワーツに通いルシウス小父様の様に立派な魔法使いを目指さねばならないのです、私を兄さんと呼ぶのはお止め下さい」

 

 

 

幼い時から一緒だったのだ冷たく当たるのは辛いものがあるがそれ以上に優先せねばならない道理がある。それに

 

 

 

彼女の様な美少女が一個人と仲良くなりすぎるのは余計な誤解を招く

 

 

 

「ごめんなさい、気を付けます」

 

「謝る事もこれからは禁止です、貴女は私の主人であり私は貴方の従者なのですから」

 

「…もう、アルゴンに…アルゴンの前でくらい気を抜いても良いじゃない」

 

「なりません、人目がありますから」

 

 

 

 

 

ぷぅと膨れる彼女に腰を曲げ耳元で小さく囁く

 

 

 

「二人きりでしたら今まで通りでかまいませんので、なんとか慣れてくださいドラコお嬢様」

 

 

 

花が咲いたようにパッと笑顔になると彼女は両手を腰に当て立場と生まれにふさわしい態度で俺に問いかける

 

 

 

「ふむ、おいアルゴン、正直に答えろ。このドレスをどう思う?僕に似合っているか?」

 

その調子です、そう言って微笑みながら俺は正直に答える。正直にって言われたからね、うん

 

 

 

「とてもよくお似合いです、ただ、お嬢様は髪色や瞳の色が落ち着いておりますのでもう少し派手な色味でも問題ないかと」

 

 

 

「あんまり派手すぎると子供っぽくならないか?」

 

「えぇ、度が過ぎれば品がありませんが、適度ならばより美しくなります」

 

「それに、」

 

 

 

そこで言葉を区切りまた彼女の耳に囁く様に口元を近づける。

 

 

 

もう少し派手な方が私の好みです

 

 

 

顔を赤らめたドラコお嬢様に俺は柔らかく微笑んだ、なんせほら、正直にって言われたからね。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

俺は14年前、聖28一族の末席に居たバレンタイン家に生まれた

 

 

 

居た、過去形だ。俺が生まれて暫くの事だ、おれの母親は生来夢見がちな人物だったらしいのだが、ある日愚かな事にマグルの青年に恋をしたのだ。

 

 

 

海岸沿いの海の見える土地、偶々立ち入ったマグルを迷わせる各種の魔法が掛かった森。

 

 

 

母は海岸に貝殻を取りに行っていて、父は名前を呼んではいけない例のあの人とおぞましい仕事に出ていた。私はただ、車が故障したという彼に親切にする母を屋敷の窓から遠く眺めていた。

 

 

 

 

 

一体私に何ができたというのだ、悪にひた走る父に、あんな人になってはいけないと私の目を見つめこの屋敷に火をつけ逃げ去ろうという母。何度も何度も母とマグルは逢瀬を重ね、遂にそれが父にバレたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚えているのは、マグルの青年の悲鳴、魔法で首を切り落とされた父の死体に、紅蓮に燃え盛る屋敷と高笑いする母。父は婿養子だ、代々純血としての受け継がれた血の素養を持ち立場相応の高度に魔法族的な教育を受けた母に、高々小間使いとして悪の道に落ちたぐらいで勝利できる筈も無かった。

 

 

 

父の死体を切り裂き、その肉片を豚に変え、豚を切り裂き、その肉片を鶏に変え、鶏を切り裂き、その肉片を蠅に変え、悪霊の火で燃やし尽くす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人がもうこの世に居ないのなら、何の意味もないわ」

 

アルゴン、一緒に行ってくれるわよね?

 

 

 

母は俺を一切見ていなかった、何処か遠くか、あるいは彼女にとって近い場所に居るマグル青年の幻影に恋する瞳を向けていた。

 

 

 

 

 

あれ以来、俺は女の子の恋する瞳というものが苦手だ。あそこまで精神が腐り落ちようとも恋により瞳だけがキラキラと輝く。

 

 

 

それはどんな魔法よりもたちが悪い



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真剣勝負と「愛してる」を三回以上

 

 

神様、どうか12秒だけ世界を止めてくれ。時計の針が1周するまでなんて贅沢は言わないから。彼女の笑顔を覚えてたいんだ、俺にその時間をくれよ。

 

 

 

あいしてるわ

 

 

 

彼女が口の動きだけで告げたそれに俺はピアノで答える

 

 

 

「俺もだよ」

 

 

 

面と向かってに君に言う勇気なんてないから、こんなやり方しかできないが。

 

 

 

 

 

君に稼げと言われた5分

 

 

 

「……後悔すんなよばーか」

 

 

 

胸の奥で暴れる凶暴な愛が、鍵盤越しに世界に飛び出す。

 

 

 

「世界で一番愛してるぜ」

 

 

 

二階のVIP席で彼女が暴れているのが見える、やっちまえ、負けるな

 

 

 

俺に出来るのはピアノを弾くことぐらい。

 

 

 

 

 

最後の一人に彼女がブレーンバスターを決めるのを見て俺は演奏を止める、今日は皆さま俺の惚気をご清聴頂きどうもありがとうございますってな。

 

 

 

胸の前でひらひらと右手を二回まわし、左手は腰へ当てる

 

 

 

会場を包む拍手に包まれながら俺は出口まで全力で駆け抜けた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

3日前、何時も通りに突然彼女に呼び出された俺は不審者丸出しのツラをぶら下げて彼女の通う日本で一番有名な全寮制の女子校の前にバイクで来ていた。ここに着くまでにゲートを二つ、身体検査を二回。都心を少し外れているとは言えどうかしてるとしか表現のしようのない敷地面積に、俺は高校入学から半年でバイクの免許を取った(彼女の両親の署名付きの推薦状がなければここに来るだけで月に行くより長い時間が掛かる事だろう)

 

 

 

「遅いわ」

 

 

 

校門から出てきた彼女がふくれっ面で俺に言う。

 

 

 

「正気かよ、学校が終わってすぐ来たんだけど」

 

 

 

連絡をしたのは昼よ?ずっと待ってたのに。そう言って彼女は慣れた調子でサイドバックからヘルメットを取り出し被る

 

 

 

「それで?お嬢様、本日はどこに向かえばよろしいんで?」

 

 

 

彼女に呼び出される時はいつも足替わりとトラブルがセットだ、子供の時から変わらぬそれを嫌がりもせず続ける自分をどうかしてると思いながら彼女に問いかけた。

 

 

 

「ん、ここ」

 

 

 

そう言って地図アプリを起動したスマホを差し出す彼女にあいよと返し俺はワザと深くアクセルを回した。

 

 

 

ちょ、ちょっとーッ!!

 

 

 

日頃を考えればこれぐらいの悪戯は許される、だろ?

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

彼女と俺との出会いは5歳の頃、その頃彼女は今の自由奔放なお姫様姿からは想像もつかない程病弱で、俺は暇つぶしにでもなるようにとお姫様にあてがわれたお人形、ってのが口と頭の悪い連中からよく言われた嫌味で。

 

 

 

そう、そうだ、お姫様。彼女の両親は石油やミサイルから電子レンジまで取り扱う様な日本最大のグループ企業の総裁で、彼女はお金が一番の現代社会において日本どころか世界で何番目かに大きい王国のお姫様だ。

 

 

 

現代のお姫様、上級国民ってのかな?なんでそんなラノベの登場人物みたいな幼馴染が居るかというと完全にたまたま。

 

 

 

 

 

俺の親父は探偵だった、と言ってもそんなにご立派なもんじゃ無い、警察官僚崩れの私立探偵。その親父がだ、何かの事件の折に彼女と彼女両親の命を助けた。それが俺と彼女の運命だとか、関わる切っ掛けだとか、そう言うもの。もっと詳しく聞かせてくれと親父にせがんだが機密情報が多すぎるらしい、詳しい話は聞かせちゃくれなかった。

 

 

 

 

 

まぁ話を戻すとして、こっからが俺と親父の苦労の始まりだ。

 

 

 

ただの私立探偵だった親父は、大層な肩書とともに王国に召し抱えられてグループ内の不祥事や不穏分子の処理のため世界中を奔走することになったし(今は北アフリカで現地のエネルギー関連会社の日本人役員の不正を調査しているらしい、この前絵葉書と変なお面が届いた)俺はというと親父に憧れたのを切っ掛けに様々なトラブルに首を突っ込みたがる様になった彼女の見張り兼ボディーガードの為に青春の全てを捧げるハメになった。

 

 

 

 

 

こんなのも悪くないと思う自分に酔ってたらもう17歳だ、初めて彼女と出会ったあの時から10年以上が経とうとしていた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「ねぇ?ちゃんと聞いてる?」

 

 

 

昔の事に意識を向けているとサイズに対して20倍ぐらいの値段設定がされているバーガーを食べながら彼女が話しかけて来る。彼女に案内された半地下のバーガーショップ、夜にはバーもやるのか店主の背中の棚には酒瓶が並べられている。アー、ちょっと待ってくれよ?

 

 

 

「何かさ、ガラ悪くない?ココ」

 

 

 

「そうかな?」

 

 

 

「そう思うね、心底」

 

 

 

週に3回は用もなく呼び出されてる以上彼女に何かが近づいたとも思えないがその辺りも仕事の範疇だろう、月に一度彼女のお母さんから「何時も貴方のお父様に無理を言ってごめんなさい、あの子をよろしくね」とお小遣いと称し学生に対して冗談じゃ済まない金額が送られてくるのだ。初めて貰った時、要りませんと言ったがその時に待っていたのは至る所で行われる忖度、王国が俺を守っている。そんな感覚に心の底から感じたものは恐怖だ

 

 

 

圧倒的な善意に殺される

 

 

 

それが中学生の時だ、以来おれは世間知らずでデジタル音痴の女王様の為、お姫様の様子を時々手紙に書いて送っている。

 

 

 

 

 

「デートにピッタリだって、クラスの子が」

 

私達、結構有名なのよ?お姫様と不良学生の不純異性交遊って、皆心底お嬢様って訳じゃないけどね。中には本当に素行の良く無い人もいて、そう言う人からこのお店を教えて貰ったの。

 

 

 

「ごめんなさい、お母様に色々言われてるのは知ってるけど」

 

 

 

結構便利なのよ?皆ラブロマンスが好きみたいで話しかけてくれるの、そう言いながら彼女は俺の口元に付け合わせのポテトを差し出してくる。

 

 

 

挑発的な彼女の瞳

 

「もしかして、不安にさせた?」

 

 

 

 

 

「……不良って、俺かよ」

 

 

 

そ、貴方。

 

 

 

ポテトは湿気ったにしては旨かったがやっぱり値段分の価値は無かったと思う

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

彼女の話というのは要するとパーティーに出席するからその時のパートナーになってくれというもので

 

 

 

 

 

今まで振り回されてきた中では比較的よくあるものだ、彼女は日本で上から数えた方が早いような有力者の娘なのだ。出たいパーティーや出なければいけないパーティーも多い(未だに俺には理解出来ない)余程しっかりしたパーティーなら不届きな連中は居ないが、上級国民の子供達が主催者とはいえ今回は学生がメインのイベントなのだ。彼女に顔を覚えてもらう以上の目的で近づく阿呆もいる。

 

 

 

自由意志なら構いやしないが、そうじゃない連中に関しての最後の一線が俺だ。

 

 

 

王様がそうと求めれば、ただの人間など一族郎党一瞬で消える。

 

 

 

 

 

都内のパーティー会場、元はアートギャラリーか何かだったのを様々な悪党や起業家連中が改装し続けた、そんな建物の怪物みたいな場所で100人近くがクラシックをベースにしたサンプリングに身を委ね踊る。周囲に飾られた絵画が正気か?お前らと、それを見守っていた

 

 

 

「あぁー、……帰っていいか」

 

 

 

「通ると思う?」

 

 

 

俺の幼馴染は人使いが荒い、耳元で喋らないと碌に会話も出来ない様なこの状況で俺は彼女に問いかける。

 

 

 

「じゃ、今回の目的を教えてくれよ、まさか単に俺とデートがしたかったって訳じゃないだろ?」

 

 

 

「そのまさかよ、愛してるわ」

 

 

 

「俺もだ、最高のデートをありがとよ、愛してる」

 

 

 

冗談めかしたその言葉に少しだけ赤くなった、顔がバレない室内の暗さがありがたい。

 

 

 

ップ、と彼女が吹き出す、そんな顔まで可愛いんだからズルいぜ。

 

 

 

「今の、結構好きよ」

 

そう言って彼女は悪戯気な表情で語り出した。

 

 

 

 

 

見える?あのVIP席にいる女の子、そう言って彼女が指さした先にはジャージの上着に制服らしきスカートを穿いた女が慣れない様子で座り、いかにも成金や阿呆な政治家の二代目ですと言った風のツラの良い男達に囲われて何事かを囁かれている。

 

 

 

「彼女がどうした?」

 

 

 

この後良からぬ目に合うかもしれないが、それは俺達には関係ない話だ。

 

 

 

「貴方の言いたいことは分かるけどそうじゃないの」

 

 

 

 

 

彼女は新進気鋭の画家でね、SNSを中心に世界中から評価を受けてるの、画家にしては珍しいことに生きてる間にね。

 

 

 

「ほら、これ彼女のフォロワー、米国国防長官に日本のアイドル、あとわー」

 

アルピニスト!?わお、すごい

 

 

 

そう、でね?元々は曾おじいさんが凄い芸術家だったのを切っ掛けに評価されていた一族だったんだけどね?最近はその遺伝子上の才能も枯れ気味みたいで一族も遺産を食いつぶすばかりだったのよ。その中で生まれたのが

 

 

 

「……彼女って訳か」

 

 

 

 

 

そう、ご名答、そして今彼女に良くない連中が近づいている

 

 

 

 

 

「あぁー。必要な事は何となく見えて来たが、そうなると俺は担当が違うんじゃないか?」

 

 

 

俺達にはあと二人の幼馴染が居る、チームメイトだと少しニュアンスが違うし、兵隊や駒だと情緒がなさすぎる。お姫様と三人の親衛隊。それぞれ得意なことがあるが俺の担当はバカ騒ぎとハッタリだ。

 

 

 

「んふふふ、今日貴方にやって欲しいのはね?」

 

 

 

この会場全員の視線を集めてほしいの

 

 

 

5分間

 

 

 

 

 

……ンハ、ンハハハ、正気かよ?

 

 

 

 

 

「出来ない?」

 

 

 

その聞き方は最低だ

 

 

 

「お嬢さん、アンタ最低だ」

 

 

 

そうね、愛してるわ

 

 

 

「俺もだよ、愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

様々な改装を受け続けた名残か、会場の片隅には一体いつから整備されていないか分かったもんじゃない様なホコリを被ったグランドピアノが置かれている。

 

 

 

 

 

鍵盤を叩けば音の出ている感覚、耳を寄せ調律を確認すればそこまで狂ってもいない

 

 

 

「なんだよ、お前、ガッツあんだな」

 

 

 

 

 

幸運とピアノのガッツに敬意を、我らの無慈悲なお姫様に愛を。

 

 

 

 

 

俺は音響関係の電源コードを抜き音楽を強制的に止め、DJのとぼけた顔に中指を立てる。暗い中でサングラスかけてんじゃねぇマヌケ。

 

 

 

沈黙がチャンスだ。ざわつくより早くアルコールや煙草やもっと良くないものにやられた連中の脳に飛び切りの愛を流し込む。

 

 

 

 

 

飛び切りスイングしたラブソングにしよう、彼女への愛で世界を揺らしてやる。

 

 

 

掛かってこい、掛かってこい!掛かってこい!!

 

 

 

 

 

俺に掴みかかろうとしたDJが足を止める、音楽に体を揺らしていた連中はマヌケ面を徐々にニヤケさせる。

 

 

 

 

 

良いだろ?聞いてくれ、俺の惚気

 

 

 

5分どころか2時間だって聞かせてやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

遠いVIP席に彼女の姿が見えて、彼女は例の画家と二人で俺の方を見ている。いい笑顔だ、ズルいぜ。

 

 

 

 

 

あぁ、神様どうか12秒だけ世界を止めてくれ

 

 



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夜に溶けたい①

まだ学生だった頃の話だ、必死になって皆に好かれようとしてお調子者や優等生を器用に演じていた僕は、その日、進路指導のプリントを生活指導室に運び込んで置くように言われ(断れる筈も無い、誰かから嫌われたり、優等生を辞めると言う事はその当時僕の中で父と同じになると言う事と同義だった)、普段は絶対に入ることの無い生活指導室に入った。

 

 

 

 

 

そうすると、黒猫が居た

 

 

 

机に座り酷く退屈そうに筆記用具を弄びながら窓の外の部活動を眺めている。彼女だ 、これが彼女との初めての出逢いだった。

 

 

 

 

 

「アンタさー、苦しく無いの?」

 

 

 

遠慮の無い視線を此方に向け、、彼女から掛けられた最初の言葉。

 

 

 

一瞬何の事かと思ったが、何時も笑顔で居る様にと、腹立たしい事があっても決して怒りに身を任せてはいけないと養父母に言い聞かせられていた僕は困った時は取り敢えず曖昧に笑うようにしていて。

 

 

 

「……ぁ、あぁ、大丈夫、そんなに重くないよ」

 

 

 

無い頭を捻って考え、プリントを持ったまま突っ立ってる事を言っているのだと思い、彼女に見とれていた事がバレない様にそう言い返した。

 

 

 

これが僕から掛けた最初の言葉、 今思い出すと酷く恥ずかしい。

 

 

 

 

 

彼女は、ん?と言う表情をした後に急に吹き出して、僕は訳がわからずに困惑してしまって。笑う姿も綺麗だった事をよく覚えて居る。

 

 

 

 

 

クビだよ、首の話、何時も一番上のボタンまで留めてんじゃん、苦しく無いの?ゲラゲラと笑いながらそう言う、艶やかな黒毛に夕陽が反射して眩しくて、彼女の毛並みは僕の沈み込む様な黒とは違って酷く魅力的な光を持って居て。

 

 

 

僕は、訳もなく彼女から顔を背けた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「じゃあ今日の授業はこれまで、さっき言った所テストに出るからな??ちゃんと予習しろよー?」

 

 

 

教職に就いて今年で2年目、学園を出て大学に進学し、大型猫科肉食獣の生理学を専門に学んでいた僕は片手間で取得していた教員免許で中学校の理科の先生になった。

 

 

 

 

 

理想や夢や何かしら格好良い事を言えれば良いのだが、実際は就職活動に失敗し学生時代のコネで滑り込んだだけで、肩書きも臨時教諭、しかも産休に入った元の先生の代打だから期間限定だ(育児休暇のお陰で2年目に入ることが出来た)。

 

 

 

ほんじゃねーセンセ! 分かりやすかったよー!落ち込まないで! クラネコ先生宿題多すぎ! 先生! センセ! セーンセ!

 

 

 

「……いや、落ち込んではいないんだけどなぁ」

 

 

 

声を掛けて来る生徒達に愛想よく返事をしながら教室を出ていくのを見送り終わると、自然とそんな独り言が溢れた。

 

 

 

昔捕った杵柄と言うかなんと言うか、有り難いことにそれなりに(働き易い程度)生徒達には好かれていて、今の所大きな問題も起こさずに過ごせている。ただ紆余曲折経た結果ある程度落ち着いた性格は活発な時期の生徒達の目には暗く写るようで

 

 

 

「クラネコ先生」

 

 

 

暗い猫だからクラネコ(ジャガーなんだが猫科だしまぁいいかなと思っている、後ろに付いた 先生 の二文字が僕の中での最後の砦だ)そんな子供らしい渾名を、空気に溶かす様に呼ぶ声に振り向く。

 

 

 

 

 

先生、嘘ついてるでしょまた。

 

 

 

 

 

子供らしい根拠の無い確信を持って僕にそう言うこの子は、僕の苦手な黒猫で、他とは違う対応をしない様に気を付けないといけない。

 

 

 

「ん?何の事だい?僕は先生で、さっきのは授業なんだから嘘何かつかないさ」

 

 

 

彼女は1年生の時に副担任の中年オス教諭とソウイウ関係(そう説明されたからこの表現はおかしくない筈だ、どういう関係か大体は分かる)になり、学校は問題にしない代わりにとオス教諭を遠くに転勤させた。

 

 

 

問題は彼女の親だ、自分達の娘が30間近のオスとそう言う関係になったと言うのに、電話越しに学校にお任せしますと怒鳴り付けるばかりで学校に直接来ようともせず転校もさせて居ない。

 

 

 

余り考え込むような事でも無い、所詮期間限定の身分だ。そう自分に言い聞かせ暗い気持ちを心の奥の方に押し込んで彼女に頬笑み掛ける。

 

 

 

 

 

やっぱり嘘ついてる。

 

 

 

「嘘って?何がだい?」

 

 

 

 

 

先生、楽しくも無いのに笑ってる。

 

 

 

 

 

知った口をといい掛けて、慌てて顔をを揉む様にして笑顔を張り付け直した。ホントに、ホントにホントにホントに、絶対口には出さないが。

 

 

 

変に感のいいメスも、黒猫も、面倒くさいガキも大嫌いだ。

 

 

 

厄介な事に目の前のこいつは黒猫で、変に感のいいメスで、おまけに面倒くさいガキだ。

 

 

 

とっとと出てって来れと、そんな思いを込めて僕は曖昧に笑った。

 

 



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夜に溶けたい②

「傷付いたからって誰かを傷付けて良い理由にはならない」

 

 

 

夜中の2時過ぎ、ウチの生徒が警察に補導されたと宿直の警備員に連絡が入りあれやこれやの職員室内の政治を経て僕に彼女を迎えに行く仕事が回ってきた。

 

 

 

どういう意味?

 

 

 

つぶらな瞳で彼女が此方を見上げてくる、歳のわりには大人びた格好をしているがまだまだ子供だ。ホントならこんな時間に出歩いてたら親が心配してたり、探し回ったり、そう言う、そんな思考に没入し掛けて深く息を吸う

 

 

 

「……所詮は期間限定の仕事か」

 

 

 

 

 

明日の朝が早いのに起こされた事への怒りや、職員室内の政治何て言う下らない物への怒り、どうしようも無い彼女の両親への怒り。全てを呑み込んで彼女を見つめる。

 

 

 

 

 

「皆苦しいんだ、生きるって、生きてるってそう言う事なんだよ」

 

 

 

……そんなの知らないよ、私は私以外じゃないし、それに、それに!!

 

 

 

「ストップ」

 

 

 

そっと彼女の頭に手を置きクルクルとしたつむじを人差し指でトントンと優しく叩く。

 

 

 

彼女の、あの子の好きだった動き、こうすると何時もあの子はくすぐったそうに笑った。

 

 

 

 

 

触らないでッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

強く払い除けられた手はあの子と彼女は決して同じでは無いのだと言う事と、……そんなことをここまでしないと感じる事すら出来ない僕の無神経さを証明していた。

 

 

 

 

 

「悪かったよ、昔の知り合いに似ててね」

 

 

 

 

 

……知り合いって誰?

 

 

 

怪訝な顔で、でもおそるおそるって目で彼女が聞く。安物の腕時計で時間を確認すればもう間もなく朝の4時になろうかと言う所であった。

 

 

 

 

 

「真面目に学校通って、しばらく悪させずにマトモに生きられたら教えてあげるよ、今日はもう眠すぎる」

 

 

 

とりあえずタクシーを捕まえて彼女を送らないと、そう思い幹線道路に向かい歩いて行く。

 

 

 

覚悟は決めたが気分は沈んだまま、徐々に夜は白んでいく。クソったれだ、クソばかりだ、こんな世の中滅んじまえ。安い呪詛を頭の中で吐いたところで重苦しい現実も寝不足の頭も変わりはしない。

 

 

 

 

 

そっ

 

 

 

 

 

気付かれたくない見たいに、怯える様に彼女が俺の左手を掴んだ。

 

 

 

 

 

「……クラネコ先生、歩くの早いよ」

 

 

 

「あ?あぁ、ごめんね、気を付けるよ」

 

 

 

初めて彼女の目を真っ直ぐに見た気がする、僕は曖昧に笑おうとして、頬が引きつるのを感じた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

「君の嫌な噂ばかりを聞くんだ」

 

 

 

生徒指導室で知り合って以来、彼女の方から何度も話し掛けられ、いつの間にやら彼女に勉強を教える位の中にはなっていた。

 

 

 

 

 

彼女と仲良くなれば自然と聞こえてくる話もあって、やれ学園の外で歳上のオスを相手に楽しげにホテルの中に入って行ったとか、やれ裏市に普段から出入りしているとか、酷い話だと肉食でワルの彼氏の為に草食の親父を誘きだして売り飛ばして居るなんて話もあった。

 

 

 

 

 

見ない振り、聞こえない振り、知らない振り

 

 

 

何度も頭の中で繰り返した

 

 

 

見ない振り、聞こえない振り、知らない振り

 

 

 

 

 

父が家庭の中で傍若無人な王として君臨していた頃繰り返していた言葉、処世術

 

 

 

でも限界だった、処世術の結果、僕は独りになっている。母も妹も失って、その上彼女まで失う事を想像したら泣きそうになる。

 

 

 

 

 

どうやら、なんと言うか僕は

 

 

 

夜眠れなくなる位には彼女の事が大切だった。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、未熟で気高い17歳の僕は彼女に向き合う覚悟を決めきれ無いまま、水が零れ落ちる様にその時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

それは彼女に頼まれて勉強を教えて居た時だった。場所は図書室、彼女は悪い意味で有名だったから、なんでこんな所にコイツが?って顔で皆が彼女を見ていた

 

 

 

なんでも無い顔で彼女に勉強を教えて、彼女の笑顔に頬が熱くなって、彼女と手が当たって鼓動で胸が痛くなって、彼女の匂いに少しだけ興奮して

 

 

 

そうして窓から夕陽が差し込む様になって来た頃、僕は震える声で彼女に言ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「君が傷付くと僕は悲しい」

 

 

 

 

 

しまった、やらかした。そうすぐに思った

 

 

 

 

 

氷よりも尚冷たい目、生き物が死んでその魂が抜ける瞬間の目、彼女の魅力的な黒の毛並には不思議と似合うそんな目を彼女はしていて。

 

 

 

現実逃避だった

 

 

 

「アンタ何様よ?」

 

 

 

しまった、やらかした。僕はまたすぐにそう思った

 

 

 

世界が止まる、呼吸の仕方を忘れそうになる。彼女は酷く怒っていた

 

 



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カスプリ×ロックピッカー

 

近未来、謎の科学者Dr.Xによって生み出された人造超人レプリカ。カースドプリズンの力を解析し更にミーティアスの欠片を培養、その二つを合わせる事により生まれたレプリカは、ミーティアスと同等の力を持ちながら倒したヒーローやヴィランの力を吸収し、無限に成長していく特殊能力を持つ。

 

 

 

「僕はレプリカなんかじゃない、僕こそがホンモノだ僕がホンモノなんだ!」

 

 

 

超人達の淘汰のため善悪を問わず襲いかかって来るレプリカに未来のヒーロー・ヴィランは為すすべも無く倒れていく。

 

 

 

生き残ったのはたった一人。

 

 

 

超人パワーを持たないヒーロー、ロックピッカー

 

 

 

「行けっ!ヤツを倒せるのはアイツ等しかいない!」

 

 

 

多くの犠牲を払い、まだ試作段階であったタイムマシンを起動し彼女は過去に跳ぶ。この世界を救うたった一つの方法、過去に戻ってカースドプリズンとミーティアスの死の運命を変える為だ。

 

 

 

「今度は私の番です、おじ様」

 

 

 

 

 

小さく呟いたその声はワームホール中に吸い込まれ、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

タイムマシンを破壊し吸収、時を越える能力を得たレプリカもロックピッカーの後を追いワームホールで過去に跳ぶ

 

 

 

「なんだァ?テメェ」

 

 

 

「僕はホンモノだよ、ホンモノのヒーローでホンモノのヴィランだ」

 

 

 

跳んだ先はカースドプリズンが宿敵と戦って居る真っ最中の街、突如光と共に現れミーティアスを吹き飛ばした相手に「気に食わねぇ」と戦いを仕掛けるが、ミーティアスとカースドプリズンは互いが互いの脚を引っ張ってしまい、戦いの末敗れてしまう。

 

 

 

これ迄かと思われた瞬間、レプリカに突っ込むモンスターサイズのアメリカ的なトラック。

 

 

 

ロックピッカーが作った僅かな隙を見逃さず、ミーティアスはカースドプリズンを連れその場から逃げ出すのだった。

 

 

 

「このインチキヒーロー、おじ様に変な事をしたら許しませんからね」

 

 

 

ミーティアスは何とか無事であったもののカースドプリズンは力を奪われ記憶を失ってしまう。

 

 

 

「俺は……僕は誰だ?」

 

 

 

失意の中ただの男になったカースドプリズンは栗きんとん好きの幼女とその母親の親子に拾われる。

 

 

 

初めて知る人の暖かさ、優しさ。

 

 

 

「貴方は貴方よ、名前や記憶なんて関係ない、優しくて素晴らしい人」

 

 

 

時にロックピッカーやミーティアスを交えながら平和な日々を送る中、レプリカの魔の手が親子に伸びる。

 

 

 

「気に食わないんだよねぇ、見逃してやろうと思ってたのに、ニセモノで弱くて悪党で人間ですら無いくせに」

 

 

 

 

 

 

 

「戦ってはダメですおじ様!逃げて!幸せになって下さい!」

 

 

 

「逃げるんだ!お前には大事な人達が出来たんだろ!」

 

 

 

防戦一方のミーティアスとロックピッカーに背を向けて、家族となった三人で走り出すがカースドプリズンの脚が止まる。

 

 

 

 

 

「おじちゃん、どうしたの?」

 

 

 

「ごめんね、僕はいけない」

 

栗きんとん幼女の頭を撫でながら男は言う

 

 

 

泣き出す幼女をそっと抱き締め、母親の額に優しく口づけをして平和と幸せに背を向け走り出す。

 

 

 

「僕は…僕は!…俺は!!!」

 

 

 

 

 

プリズンブレイク!!!

 

 

 

人の姿に形を変えていた鎧を脱ぎ去り

 

 

 

蒼の流星と、緋の凶星が並び立つ。

 

 



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人類は滅ぼす、俺が決めた

二種類の生き物が居た

 

 

 

片方は遠い宇宙で生まれ人類と同じ様な道を辿り知恵を得て少しずつ少しずつ知恵を育てていった別の人類、地球人類には発せぬ呼び名の彼ら。

 

 

 

ハナカマキリに似た昆虫を祖先に持つ彼らは人類と似たり寄ったりの歴史を送るが、歴史の中で着々と知性を磨き、ある日、自分自身の身体をある波に変換する科学技術に至る。

 

 

 

波となれば他者と他者が完全な合一を果たす、真に理解をしあうことが出来ると信じた彼らは被験者二人を波にする実験を行った。被験者二人の交じり合う意識、激しい拒絶感、他者の意識の何と汚い事か、悪意と苦痛に満ちたことか。共鳴する苦悶絶望悪意殺意悲しみ苦しみ。

 

 

 

合一を果たしながらも流れ込んでくる他者の苦痛はその技術が未完成である事の確かな証拠であったがそれを研究者に伝えるより早く被験体であった二人は狂った、彼らの文明において美しく聡明な男女の恋人同士であった。

 

 

 

合一の結果生まれた他者を滅ぼさねばならぬという焦燥感を抱えた波、波に変換した存在を元に戻す技術は存在していたがそれには波の側からの協力が必要不可欠だ。それに対し波は自身の波長を自在に変調させ巧みに彼らを滅ぼしていく。先ずは一瞬の内に研究所が消えた、次に研究所のあった街が消えた、その次に州が、その次に国が。そこで初めて彼らは波の存在に気付き戦争を始めたが、彼らの人類より遥か先の科学力を持ってしても波を僅かに跳ね返す事が出来るのみ。

 

 

 

 

 

その僅かな抵抗でさえ始めるまでの準備に多大な時間が掛かり、ようやく彼らが僅かばかりの安息の地を得たのは彼らの7割近くが塵となった後だった。

 

 

 

 

 

正体すら分からぬ敵にこのまま抵抗すら出来ず自分たちは滅ぼされるのか、彼らは考える。何かを探さねば、何か、何か無いのか、そうして長い時間探し続けた。そして消えてしまった多くの記録、その中から自分達を救うかもしれない技術を見つけたのだ。

 

 

 

波により大地は死に絶え緑や虫の声は途絶えた、雨は汚染され海には魚たちの死骸が浮く。彼らには時間が無かった。そうしてまた長い時間を掛けやっと彼らは僅かに残った資料からその技術を作り出すことに成功する。

 

 

 

 

 

生き残った全ての彼らはその技術に身を任せる、小さな男の子は近所の女の子に恋をしていた、妊婦は子供を産むかどうか夫と話し合い勇気を振り絞ってこんな世界でも産むのだと決めた。老人は残ろうとして若者に止められ背負われながら感謝に涙する、心を病んでいた男はたまたま隣に立っていた長く病気を患っていた女をデートに誘い二人は手を繋ぐ。ある家族の父親は妻と子供をずっと一緒だと抱きしめ、孤独な者には誰かが寄り添い声を掛けた。

 

 

 

そして、スイッチが彼らの大統領により押される。

 

 

 

彼らが僅かに残った資料から見付けた技術、それは人間を波に変えるというものだった

 

 

 

彼らは自分が何と戦っていたのかすら理解して居なかった

 

 

 

 

 

 

 

そうして、彼らの星には死んだ大地と汚染された海、僅かな深海生物だけが残った。

 

 

 

 

 

 

 

合一を果たした彼らには他者を滅ぼさねばという使命だけが残っている、だがもうこの星に自分達以外の一定以上の知能を有した存在は居ない。だが、他者を滅ぼさねば、自分以外が存在する事など絶対に許してはならないのに、どうすれば

 

 

 

 

 

 

 

そこで彼らは気付く、自分達以外が発する周期的な波。夜空の星々

 

 

 

 

 

無限の宇宙を目掛け彼らは同心円を広げていく様に羽ばたく、あの光の中に他者が居るかは分からない、だが他者は滅ぼさねばならない。

 

 

 

こうして、間違った確信を持った焦燥感が全宇宙に広がっていった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

もう片方は?

 

 

 

地球上の大阪市、深夜3時の南港にある倉庫で死に掛けている男だ。

 

 

 

殴りつけられ晴れ上がった瞼に切り落とされた両耳、剥がされた爪と割られた膝。夜が明けるまでに彼は大きな金網に針金で縛りつけられ大阪湾に沈む、絶対にここから生きて出る事は無い。金網なのは腹を確りと割けば網目からガスが抜け死体が浮きあがってこないからだ。彼を縛り付けた男が最初にとても丁寧に彼に説明した。

 

 

 

今彼が何もされず座って居られるのは自分の娘に手を出した愚か者が死ぬ姿をこの目に焼き付けたいと、娘とともにこちらに向かっているボスを彼を取り囲む4人の男達が待っているからだ。

 

 

 

彼は神戸坂口組系列城崔会構成員、城嶋コウジ。

 

 

 

3次団体でありながら僅かな機会を手繰り寄せ、まだ高校生である神戸坂口組組長の娘を口説き落とし。妊娠させた挙句逃げることにすら失敗した愚か者であった。



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日本でラスアス①

 

ゲームならムービーシーン

 

空が真っ赤だった。

 

 

 

あの日、悲鳴があちこちから聞こえてきて目が覚めた俺は怖くて布団の中で丸まってた。悲鳴をあげないように隣で眠る妹の手を強く握る、確かめたことは無いが多分妹も、アリサも起きてたと思う。妹の手は震えていた。

 

 

 

勢いよく開いた襖の向こうに親父の影が見えて酷く安心したのを覚えている、親父は俺達に急いで上着を着せた後、山の方に住んでたバァちゃんを迎えに行くと言い家を出て行った。

 

 

 

俺には二言だけ、船に隠れてろ、妹の手を絶体に話すな。

 

 

 

父親から息子への最後の言葉にしてはドライかも知れないが、あの時は誰もが死ぬなんて思っちゃいなかったし。死ぬより酷い状況になるなんて考えても居なかった。

 

 

 

 

 

大丈夫、大丈夫だアリサ

 

 

 

 

 

何度も繰り返した、そこらじゅうで悲鳴が聞こえ火事で空が真っ赤に染まっている。手を離さない様に親父はアリサの手と俺の手を手拭いで結んだ。

 

 

 

漁師だった親父が馬鹿力で結んだせいでその時のアザが今でも俺とアリサの手には残ってる。

 

 

 

 

 

大丈夫だ、大丈夫だよアリサ

 

 

 

俺は狂った様に繰返していた。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

中国地方 日本皇軍 海軍管理島 伊五七零番

 

東側海岸係留桟橋 クルーザー内

 

 

 

 

 

「おにーちゃーん居るのー?ちょーっと困った事になったのぉー」

 

 

 

 

 

愛すべき妹の声に二日酔いで寝惚けた頭がうっすらと覚醒する、仕事終わりにバカとの打ち上げに付き合った結果深夜の(朝の?)4時まで呑み明かし、酷く傷む頭で時計を確認すれば時間はまだ昼の12時を僅かに過ぎた程度で。

 

 

 

俺に言わせれば非常識の範囲に入る時間だった。

 

 

 

「アァー、アリサ、勘弁してくれよ二日酔いで死にそうなんだよ」

 

 

 

殺したって死なないでしょお兄ちゃんは、開けるわよ?

 

 

 

 

 

カーテンを閉じて遮って居た日の光が扉から差し込み顔を照らす、あぁ愛しい妹よ、この世でたった二人の家族になった妹を親父や母さんの分まで愛そうと彼女の望みを聞きまくった結果彼女はちょっとばかし、アレな人間になってしまった。

 

 

 

ほんとに、何処で間違えたのか

 

 

 

……まぁ、深く関わらないなら妹は素晴らしい人間だ

 

 

 

母さんに似た神話じみた美貌と親父に似た肝っ玉のデカさ。自由に生きて自由に死んでいく奔放な精神。

 

 

 

ただ、問題の方も大きくてだな

 

 

 

その、まぁ、なんと言うか

 

 

 

 

 

「ちょーっと、困った事になったのお兄ちゃん」

 

 

 

 

 

両手を頭の後ろで組んで露出の多いドレスを着たアリサが入ってくる、後ろで時代錯誤に黒のスーツを着た男が頭に拳銃を突き付けて居るのが見える。

 

 

 

助けて、お兄ちゃん。ウィンクしながら俺にそう言った妹は、その、少しばかり下半身も奔放で。

 

 

 

兄の贔屓目で見たとしてもちょっとばかし、なんと言うか。

 

 

 

アバズレであった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

美貌と人間的魅力を武器にして色々な(本当に色々な)人間と下半身を起点とした問題を起こしてきた妹は困った時には兄を頼ると言う悪い癖がある。

 

 

 

妹は銃を突き付けられたまま椅子に座らされ、俺はトランクス一丁で両手を後ろ手に結束バンドで縛られている、二日酔いの寝起きには少しばかりハードだ。

 

 

 

 

 

「アリサ、悪いんだけどコーヒー入れてくんないか?」

 

 

 

 

 

立ち上がろうとしたアリサを手で押し留めカチャリと側頭部に拳銃を突き付ける。

 

 

 

「ナメてんのか?」

 

 

 

驚いた、喋れたらしい

 

 

 

「驚いた、喋れたんだな」

 

 

 

 

 

妹が可笑しそうにクスクス笑い、その様に顔を赤くし表情を失った男が銃底で妹を殴り付ける。思わず立ちあがりかけた俺に男が勝ち誇った顔で銃口を向けた。

 

 

 

「ジョークは俺も好きだが妹の為にならないぞ?」

 

 

 

三流以下の脅し文句、決めた、どんな事情であれ妹に手をあげたコイツは歯の全てと鼻をへし折って海に沈める。

 

 

 

蟹の餌だ

 

 

 

 

 

 

 

「わかったよ、話を聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

妹の奔放さへの復讐ならもっと話は簡単だ、肝心要の妹の身柄は押さえてるんだ、俺の寝込みや夜道を襲って妹の前で拷問するなりして俺とアリサの死体を見せしめに街道に晒せば良い。

 

 

 

 

 

それをしないって事はそれなりの理由がある筈だ。

 

 

 

 

 

ピクリと男の眉が動く

 

「とっとと連れてけよ、用があるんだろ?」

 

 

 

 

 

顔を覚える為に男の顔をジッと見る。

 

 

 

こう見えて物覚えは良い方だ。



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日本でラスアス②

あの日の話だ、当初は感染者の隔離と情報封鎖で対応を行っていた日本政府は感染の拡大に対処が追い付かなくなっていた。 らしい

 

 

 

いや、知らねぇよ?当時はやっと学校に通い始める様な歳だったんだ、又聞きだ。

 

 

 

 

 

んーでだ、それでも偉いもんでパニックやら暴動やらは起きなかったらしいが警察や自衛隊は元人間に対処する方法なんて無かったし(撃ち殺しゃ良かったのによ)当時の政治家達もどうしたもんかとメェーメェー鳴くばかり。

 

 

 

それでもなんとか耐えてちゃ居たが限界が来た。

 

 

 

ホントかどうかは知らない、何せこの話を俺にしたオッサンは根性無しの自称元カツドウカ?で皆からホラ吹き扱いされてた。

 

 

 

ある日の事さ、警察官の一人がヤツラと間違えて子供を撃ち殺した。

 

 

 

らしい。大事な所だ

 

 

 

 

 

 

 

そっからはあれよあれよのあらよっと、あっという間だ。

 

 

 

どっかの誰かが日本は俺達を殺す気だと大ボラを吹き、吹いた本人も予期しないぐらいに火が燃え上がり、色々な事が出来なくなって、ヤツラに辛うじて対処していた連中は身動きが取れなくなり、そして。

 

 

 

こんな世界になった。

 

 

 

ーーーーー

 

中国地方 日本皇軍 海軍管理島 伊五七零番

 

第零七資材運搬用道路上

 

 

 

 

 

あの後、俺とアリサは妙にテラついた黒い車の後ろに乗せられ何処へ行くとも知れないドライブに連れ出されていた。

 

 

 

運転席にはさっきの男、船の中でアリサも俺と同じ様に両手を縛られ座らされているが慣れたものなのか楽しそうに昨日行った海軍のパーティーの話をしてる。ヤギの肉が美味しかっただの、シャンパンを飲んだだの。

 

 

 

 

 

「アリサ、お前なぁ、ちょっとは兄貴を巻き込んだ反省とか無いのか?」

 

 

 

こっちは寝起きにトランクス一丁で連れて来られたのだ、身体の中の酒を抜きにトイレに行く暇も無かった。

 

 

 

「お兄ちゃん、ソレ毎回言ってて嫌にならない訳?」

 

 

 

 

 

「毎回言いたくなる様な状況で巻き込んで来るなって事だよ、俺の恰好見えてるか?」

 

 

 

クソッ、腹が冷えて来た。

 

 

 

 

 

「オイ!アンタ!便所に寄ってくれ!それぐらいは良いだろ?俺の小便掃除するハメになるぞ!」

 

 

 

「サイッてぇー」と、ジトッとした目でアリサが俺の方を見てくる。ウルセェ!トランクス一丁なんだよ!聞こえる様に舌打ちをして運転席の男がバックミラー越しに俺を見た。

 

 

 

「暖房をつける、我慢しろ」

 

 

 

驚いた、この車暖房がついてるらしい。

 

 

 

「そう言う段階じゃねぇんだってぇ、わっかんねぇかなぁ?折角の良いシート、汚したく無いだろ?」

 

 

 

重力を感じさせない緩やかさで車が止まった、ごねた甲斐がある

 

 

 

「……見える所でしろよ、お前が見えなくなったら妹を殺すからな」

 

 

 

「あいよ」

 

 

 

拳銃を構えて俺を脅す男へ軽やかにそう返し俺はスタスタと街道の端へ歩く。

 

 

 

 

 

さーて、ここからどうするか

 

 



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エースコンバット×IS①

レアメタルの鉱脈、油田、戦争と貧困、飢餓

 

 

 

それが、俺達の生まれた国だった。

 

 

 

 

 

ISが生まれてから世の中はおかしくなった、簡単に多くの男達がそんなことを口にするが実際被害を被った身としてはそう手短に済ませられる話じゃない。

 

 

 

6才で両親を亡くした俺は叔父に育てられた、車の整備士だったが実状は何でも屋で、口癖は「戦争なんて馬鹿者どもにさせておけ」父親と弟は戦死し、義理の妹は武装勢力に拐われ行方知れずで、母親は風邪で死んだ、そんな叔父。

 

 

 

叔父さんの母親、要するに俺の祖母は、ちょっとした薬が有れば助かったらしい。一番近いまともな機能を残した病院で100キロ向こうで 、その間の地域で3つの武装勢力が衝突を繰り広げていて。そう言う事を抜きにすれば簡単な病気、ちょっとした薬。

 

 

 

叔父は祖母を助けようとした、助けようとしたんだ。

 

 

 

だから俺は結果が全て何て平気な顔で言えるやつが好きじゃない。

 

 

 

 

 

俺は叔父から多くの事を教わった、家族らしい会話は殆ど無かったが街中の人から何でも屋として頼られて居た叔父の仕事を手伝う内に覚えた、教わった、教えてくれた、言葉は俺と叔父の間には不要だった。

 

 

 

車や発電機、自衛用の銃やガンポッドの整備、工業用パワーアーマーの整備。

 

 

 

何時も叔父と向き合うのは機械越しだった。

 

 

 

機械油にまみれた真っ黒な手が俺の目指すべき姿で、汚れたツナギの背中が俺のヒーローで。だから俺が軍に入ると言った時、叔父が酷く落胆した表情をしたことを覚えている。

 

 

 

俺はまだ16だ、軍人なんて馬鹿げたモノになる気は無かった、だが軍人になればその家族は優先的に軍病院で治療を受ける事が出来る。

 

 

 

叔父は癌だった。

 

 

 

 

 

「死なないでくれよ」

 

人は死ぬもんだ、誰だってな

 

 

 

 

 

それっきり、何も言われないまま俺は軍に入った。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

俺は25になった、戦車の整備に戦闘機の整備、何でもやったしやらされたがその分腕も鍛えられた。叔父に教わった何でも屋としての技術、お陰で俺の呼び名は「ボウズ」から「整備隊隊長」に変わっていた。

 

 

 

叔父は、叔父はよく戦った。見舞いに行こうとする俺に対して

 

 

 

「男なら選んだ仕事に責任を持て、俺の見舞いなんか何時だって出来る」

 

 

 

電話越しに静かにそう言い、一人前になるまでは会いに来るなと俺を押し留めた叔父。

 

 

 

俺のヒーローからの言葉だ、俺は死に物狂いで勉強した。

 

 

 

結果俺は軍を抜けるタイミングを見失い。

 

叔父は祖母の隣で眠りにつき。

 

 

 

ISがこの国に来た。

 

 

 

 

 

 

 

世界一の超大国が提示した、紛争への介入と軍備増強案の受け入れを前提としたISコアの供与

 

 

 

この国で取れるレアメタルの一部がISを作る上で必ず必要となるものであり。また紛争介入と言う言い訳を使えば他の国より比較的交渉しやすいこの国が連中の目に止まったらしい。

 

 

 

言葉にすれば簡単に聞こえるが、深海1000メートル以上の深さでしか本来採掘されないはずのそれが向こう100年分は地上で見付かったのだ、新たな鉱脈を深海から探しだすよりは紛争を止める方が軍産複合体には簡単に見えたのだろう。

 

 

 

 

 

初めてソレの整備を任された時、俺は震えた。既存の兵器の全てを越える超兵器、コイツを落とそうと思ったら戦術レベルの話じゃほぼ無理だろう、軍全体を動かす様な戦略レベルの話が必要になる。

 

 

 

説明書は不親切な日本語で、プログラムや細かい機械に関してもまたゼロから勉強のし直しだ。

 

 

 

何でも屋の腕の見せ所だった。



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エースコンバット×IS②

キング

 

アラスカ条約?たった21の国が批准しただけの条約が何の役に立つって言うんだ?

 

 

 

本来陸上で見つかる筈のない鉱脈、文字通りの宝の山は各国軍産複合体から果ては小国の軍事政権までを呼び寄せ、今じゃこの国の戦場は外人の傭兵連中や小銭を稼ごうって武器商人の方が多い有り様だ。悲しい事に俺もそう言う戦場を食い物にする一人だった。

 

 

 

キャパを志していた若かりし日々よ、今なら言える

 

 

 

「カメラじゃ世界は変わらない」

 

 

 

 

 

トラックの荷台、キャビンと言うには乗り心地の悪すぎる其処で煙草を吹かしながら俺はそう呟いた、荷台に相席している傭兵部隊との橋渡し役の現地人が振り向く

 

 

 

聞こえちまったか

 

 

 

何となくバツが悪くて俺は荷台の縁にもたれて空を仰ぐ。

 

 

 

豊かな天然資源を有する国だった、それだけでは言い表せない程の素晴らしい国だった。様々な国の神話にも登場する森や湖、一時は世界遺産の候補にもなった遺跡群、そして豊富な地下資源。

 

 

 

 

 

「変わりますよ、きっと変わります」

 

 

 

 

 

綺麗な英語で俺に語りかけたその声に一瞬誰が言ったのか戸惑うが荷台には二人きりだ、俺は何と返せば良かったのか分からなかった、夢の見すぎと鼻で笑えば良かったのか。

 

 

 

それは、俺の青春を捧げた夢だ

 

 

 

結局俺は空に昇って行く煙を眺めたまま何も言えなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

政府軍の航空基地に間借りしている傭兵部隊、ここに来たのは偉く強いIS乗りが居ると聞いたからだった。情報源のジャーナリスト仲間は世界の滅亡を熱心に願って居る上にヘロイン中毒だったが、ヤツのISに掛ける情熱は本物だ。ヤツはISこそが世界を滅ぼす鍵になると信じていた。実際、俺は複数の情報源を当たり、偉く強いIS乗りの話がホラじゃない確証を得ている。

 

 

 

大空の帝王、最強の機体。キングと呼ばれているヤツがここに居る。

 

 

 

 

 

きっと金になる絵面が撮れる筈だ

 

 

 

 

 

アラスカ条約を批准していない国に籍を置く警備会社、その実体がどうであれそこに所属するこの傭兵部隊にISがあることは違法ではない。その警備会社の株式の実に80%以上を超大国の軍産複合体、そのどれかしらの企業が所持しているとしてもだ。

 

 

 

 

 

「行きましょう、この基地の司令官とは話がつきました」

 

 

 

応接室の様な場所に仏頂面で案内されそのまま1時間程一人で待っていると基地司令官との交渉に出ていた現地人が帰ってきた。

 

 

 

事前に渡していた幾らかの金銭に更なる上乗せを司令官は要求して来たが微々たる物だ、俺は快く支払うと言った。命の値段と考えれば安いものだ

 

 

 

そう言えばコイツの名前はなんだったか。

 

 

 

「なぁ、アンタ、名前はなんだったかな?すまない」

 

 

 

偉く複雑な発音の現地語は俺には覚えきれそうも無く、そんな思いが顔に出たのか男はトムと呼んで下さいとそう言う、コードネーム、007みたいなモノだと、この国の外の人には僕の名前は覚え辛いだろうからと。

 

 

 

「ありがとう、トム」

 

 

 

助かるよ、心の底から俺はそう言った。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

基地の一室に、最初とはうって変わってニコニコとしながら案内された俺は荷物を置くとそのまま傭兵部隊のいる第三格納庫へと向かう。滑走路を横断しながら俺を先導するトムは平気な顔をしているがこの国は妙に湿度が高い、ジットリとシャツが肌に貼り付いた。

 

 

 

遠巻きにでも見えていたバカでかい格納庫が間近に迫って来たときだ。現地人の少女がヨタヨタと麻の籠をもって格納庫の中に入って行くのが見えた。

 

 

 

彼女がこちらを振り向く、綺麗な青い瞳だ、それが分かるくらいにはお互いの距離は近い。

 

 

 

「あの」

 

 

 

トムが声を掛けようとし、そして同時に俺がカメラを構えシャッターを切ろうとした時には彼女は猫の様にサッと、それでもどこかヨタヨタとしながら格納庫の中に逃げてしまって居た。

 

 

 

脚を怪我して居るのか?それにあの瞳の色、そうだ、ダークブルー。宇宙に近い空の色

 

 

 

 

 

トムが妙に西洋的に肩を竦めまた歩き始める、撮影した写真を確認するとブレた画像に線を引く様に、僅かにダークブルーが写っていた。

 

 

 

 



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エースコンバット×IS③

チョッパー&ミュージシャン

 

私は間違って居たのだろうか?

 

 

 

12歳の夏に始まった内戦は未だ終わらず、武装勢力との形ばかりの停戦も大国の介入と共に崩れさった。今はまだ軍事物資の支援を主とした形で済んでいるが、それも何時まで続くだろうか、ズルズルと引き伸ばされる軍産複合体同士の代理戦争に戦時しか知らない子供達が増えていく。

 

 

 

もしこの内戦が終わったとしても銃の撃ち方しか教えられていない子供達に私は仕事を与える事が出来るのだろうか。

 

 

 

逃げ出したくなる現実、恥と後悔から自分自身を終わらせてしまいたくなるが私が責任を果たさぬまま死ねば誰もこの様な立場の後を継ごうとはしないだろう。

 

 

 

 

 

この国の首相として、私は責任を果たさねばならない。

 

 

 

 

 

超大国の軍産複合体、彼らからの圧力を拒んだ所で他の武装勢力と彼らが手を結ぶのは明らかだった。武装勢力のいずれかがこの内戦の勝者となれば後にあるものは弾圧と虐殺だ、清廉潔白を以て国民に支持されこの立場についたが私は現実に屈して彼等の支援を受け入れる他無かった。

 

 

 

それが他の国の軍産複合体や有象無象の介入を招くと分かっていてもだ。

 

 

 

結果、この国以外で生まれた人間がこの国の為に戦い、この国で死んでいく異常な事態を招いている。彼等が戦闘中に死んでもそれは戦死ではない、事前契約に基づき彼等、あるいは彼女等は業務中の事故死として処理される。

 

 

 

兵士として扱われず、障害を負おうとも充分な保証も受けられず、ジュネーブ条約の適用すらされない傭兵達、私達がこの内戦に勝利しようとも彼等はこの国の公的記録には残され無い。彼等の派遣元の企業に何枚かの記録が残るだけだ。

 

 

 

そう言う契約で私はこの国に彼等を招き入れた。

 

 

 

私は間違って居たのだろうか?この国の内側で収まっていた死の嵐にこの国以外の人間を巻き込んだだけなのだろうか?

 

 

 

 

 

私は責任を果たさねばならない、だが

 

 

 

誰に?

 

 

 

どうやって?

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

最近首都で流行っている歌がある、いや首都に限らず国中か

 

 

 

ラジオの海賊放送で取り上げられたそれは娯楽の少ない状況下の国民達の間で爆発的に流行し、今ではこの国の反戦の象徴となっている。

 

 

 

戦争なんて下らない、俺達の歌を聴けと

 

 

 

 

 

歌い始める前にその男達が言う言葉は今や反戦家達のスローガンだ、私はこの言葉に、この男達に希望を見出だしている。

 

 

 

 

 

私だけでは無い、今やこの国にとって男達は希望だった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

俺とアレィーラゥは戦場跡で、外人どもの小競合いの跡地で出会った

 

 

 

馬鹿みたいに外人どもが張り合って逆に戦力は拮抗したらしくて、俺にはよくわかんないんだけどニィちゃんが言うにはそうらしい。けどそれでもヤツら猫のケンカ見たいに急に小競合い始めてはやめてを繰返して、結局それに巻き込まれてこの国の皆が迷惑してる、傭兵って最低だ

 

 

 

俺とアレィーラウはそう言う小競合いの跡地から珍しいモンを拾って武器商人に売ってお金を稼いでたんだ。

 

 

 

 

 

とうちゃんとかぁちゃんが死んでからニィちゃんは傭兵や武器商人や時折いるそれ以外の物好きな外人を相手にこの国の案内とかをしてお金を稼いでた。

 

 

 

この稼ぎを始める前、俺だけニィちゃんに助けて貰うばっかりで何にも返せないのがイヤだったからこの稼ぎ思い付いた時はもしかして俺は世界一の天才なんじゃないかと思ったね。

 

 

 

こんな凄いこと思い付くの俺だけだぞ!って、だからアレィーラウと跡地で初めて会ったとき俺は叫び出しそうになったよ。

 

 

 

幽霊だ!

 

 

 

 

 

でも、幽霊がホントに居るなら悪くないかもしれない。とうちゃんとかぁちゃんにあの日何があったか聞くんだ。

 

 

 

 

 

とうちゃんとカァちゃんは俺とニィちゃんの誕生日プレゼントを買いに行った帰りに傭兵達の検問に捕まったらしい、其処で横暴な傭兵達を相手にとうちゃんは勇敢に戦って死んだんだってニィちゃんは言ってた。

 

 

 

 

 

でも、ニィちゃんはとうちゃんとかぁちゃんの死体を俺に絶対に見せようとはしなかったし、あの日以来ニィちゃんはめったに笑わなくなった。

 

 

 

……傭兵ってやっぱり、最低だ。

 

 

 

 

 

 

 

それでも俺達は生きなきゃなんない、だからいつも見たいに跡地にアレィーラウと何かを探しに行ったら、アイツ等が居たんだ。

 

 

 

 

 

満月の夜、スクラップの山の上で真っ赤な月を背にしたシルエットがいきなり俺達に話し掛けて来た。全裸の男二人、ドッグタグの男と珍しい色のサングラスの男。

 

 

 

「おーい!助かったぜ!」

 

 

 

良いとこに居てくれたぜ少年!妙に親しみを感じさせるドッグタグの男が俺に話し掛けて来て、俺は慌てて背後にアレィーラウを庇った、アレィーラウは女の子だから、悪い傭兵から何をしても逃がしてやるつもりだった。

 

 

 

 

 

「なぁ少年よぅ?このままじゃ風邪引きそうでよ」

 

 

 

 

 

どっかから、服ぅ持ってきてくんないか?二人分

 

 

 

顔の前で両手を合わせ俺達に必死に頼み込むドッグタグの男に、俺は何だか警戒するのも馬鹿馬鹿しくなって。

 

 

 

ちょっと待ってな、そう言って家にとうちゃんの服を二着取りに帰ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが多分、全部の最初だ。

 

 

 

傭兵達の救国神話、俺達の国の新しい神話

 

 

 

その始まり

 

 

 

最っ低で馬鹿話ばかりしていた彼等が俺達の国を救ってくれたんだ。



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エースコンバット×IS④

キング : 彼女達の王国

 

予想と大きく違っていたと言うべきか、いや充分に予想は出来たことなんだが。

 

 

 

凄腕のIS乗り、キングを擁する傭兵部隊。彼等の、いや、今となってはこの認識も間違いか。彼女等の駐屯地に脚を踏み入れた印象を一言で言うなら

 

 

 

「……なんと言うか、大学の女子寮を思い出すね」

 

 

 

 

 

ゲンナリとした俺の表情に、横に立つトムが苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

女性特有の魅力的な匂いは、機械油や俺自身の汗の匂いと混じり合い酷く俺の気力を衰えさせるし、楽しげにおしゃべりを続けながらチラチラこちらを見る視線は俺を妙に落ち着かない気持ちにさせた。床に散乱した超大国の女性向け雑誌やお菓子の袋を見て誰が此処を空軍基地内の格納庫にあるブリーフィングルームだと判断できるだろうか。

 

 

 

 

 

確かにこの傭兵部隊はISのみで構成された実験的編成と言う話だったがまさか誰も男が居ないとは思わなかった、いやパイロット以外も込みでと言う意味でだが。

 

 

 

バカでかい格納庫の中は整備中のラファール・リヴァイヴ3機が吊り下げられており、その他にもIS用の補給物資や換装用の兵器類が置かれているがそれでも酷くスペースが余っていた。

 

 

 

残りの空間を女性らしい丁寧さでパーティションで区切り自分達の為の部屋にしているのだろう【アリサの部屋】そんな文句と一緒に四つ葉のクローバーがペンキで書かれた鉄板がパーティションから吊り下げられて居るのが見えた。

 

 

 

 

 

「こちらが以前お前達に話した、この基地を取材したいとおっしゃっているジャーナリストのアラン・バーンズさんと現地ガイドだ、顔を覚えておけよ」

 

 

 

スーツを着たアジア系の女が俺の紹介を始める、おしゃべりがヒソヒソ話に変わっただけで彼女達は話を辞めるつもりは無い様だ。学生じゃなくなってから随分と経っている筈だが、沢山の美女や美少女がこちらを見ている状況はどう頑張っても落ち着けそうにない。

 

 

 

「皆さん、あー、アラン・バーンズと言います。よろしく、暫くはこの基地に滞在する予定ですのでその間に詳しく内戦やこの部隊について取材をするつもりです」

 

 

 

聞いたぁー?詳しくだってサァー?そんなヤジと共にキャーキャーと冷やかされ堪らず今度は俺自身が苦笑いを浮かべた。高校の教師にでもなった気分だ、それも女子高の。

 

 

 

普通はこうは行かない

 

 

 

内戦の国や紛争地帯で傭兵連中や平和維持部隊なんかに同行するときは形ばかりのプレスと顔合わせがあるだけで、カメラ越しに戦争を見張る俺達ジャーナリストは邪魔物扱いされる。

 

 

 

失せろ、俺達は生き残るのに必死なんだ。

 

 

 

俺は何時もそう言う視線に晒されてきた。

 

 

 

 

 

ハイハイと彼女達の一人が手をあげ、円滑な広報活動の為にと自己紹介をし会おうと言い出す、それを見て顔をしかめながらもアジア系の女が頷いた。

 

 

 

彼女はガーネット、この部隊の二番機でムードメーカー。これからの取材で俺は彼女の朗らかさや人当たりの良さに随分と助けられる事になる。

 

 

 

そして彼女に頷いたアジア系の女が、リー・バンデラス

 

 

 

本当の名前かは結局わからず仕舞いだったが

 

 

 

全て終わった後の印象を言うなら、流れる様に出てくる罵倒とキレのある指揮から考えて何処かの軍隊でそれなりの地位についていた経験があったのではと思う、それにパイロット達が少しでも人間らしくあれる様に努力する人だった。

 

 

 

肩書きとしては戦闘中のパイロット達のサポートをするために警備会社から送られて来たオペレーター、実質的なこの部隊の指揮官にあたる人物だ。俺は此処から蹴り出され無いよう彼女に精一杯気に入られなければならない。

 

 

 

そうして、俺が彼女達の自己紹介を聞いて居るとブリーフィングルームの扉が開いた。

 

 

 

扉を空け、誰かに手を貸すダークブルーの少女。

 

 

 

 

 

ISのパイロットなら女の筈だ、キングじゃなくてクイーンが正しい筈だろ?

 

 

 

そんな疑問を抱いては居たが、なるほど実際に会ってみれば彼女をキングと呼ぶ理由がわかった。

 

 

 

バカでかい山と言うよりは何処か柔らかさのある、海や大空の様な絶対さを放つ少女。まだ精々ハイティーンと言った所の年齢でありながら言葉使いや居住まいを正してしまうそんなオーラを表してキングと呼んでいるのだろう。

 

 

 

空の絶対王者、恐らくだが今この国で最強のパイロット。

 

 

 

先程迄おしゃべりを続けていた全員が立ち上り彼女に敬礼を送る、苦々しい顔のリー氏、楽しげにそんなリー氏とキングを見るガーネット。

 

 

 

「よしてくれ、敬礼は要らんよ」

 

 

 

男のような言葉使いでそう言う彼女に、俺はやっと呼吸を止めていた事に気付いた。

 

 

 

彼女がキングだ、第一印象と共に俺は確信した



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エースコンバット×IS⑤

何でも屋 : 白鯨

 

 

 

この国の軍事勢力は国外勢力の影響を受けた結果として併合やら同盟やらを繰り返し、大きく二つに纏まった。

 

 

 

先ず第一に、範囲は小規模だが海沿いの首都や国内全域をカバーする電波塔を押さえている政府軍。そして第二に俺達とは別の国外勢力に援助を受け、開発済みの油田や例のレアメタル鉱山を押さえている反政府軍。

 

 

 

まぁ、妥当といえば妥当な流れと言うか。我ながら他人行儀な言い方だとは思うが。

 

 

 

軍の一部と国内右派団体が結託し武装蜂起した反政府軍は当初すぐに鎮圧されると思われていたが、前代の首相アレナィ・イルサと主な閣僚陣が爆弾テロにより死亡、政治的混乱により反政府軍への軍の対応が遅れ、その間に山脈を要塞化されそこに連中の本拠を作られるに至り情勢は拮抗、今の泥沼の内戦に至った。

 

 

 

そもそもこの国における基盤が違うのだ、レアメタルと言う甘い汁目当てのその他大勢が生き残れる筈もない、求心力と言うのは金銭と同じくらい重要な要素だ。

 

 

 

聞こえの良い言葉だけでは腹が減る、金だけあっても心が腐る

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、生きてる限り腹が減る。

 

これから、どうしたもんか?。

 

 

 

 

 

 

 

今日付けで俺は軍を抜けた、しかるべき手続きで退職した訳ではなく柵をちょいとばかし乗り越えて。

 

 

 

乗り越えてと言うのは比喩表現で実際の所はフェンスと鉄条網を幾つか切った訳だが。まぁそんな事は良い、要する所の脱走で、晴れて今日から脱走兵であった。

 

 

 

 

 

基地から盗み出してきたサイドカー付きのバイク、燃料は満タンだ。遠くを流れる月明かりに照らされた山脈、ハンドルに吊り下げたラジオから海賊放送のロックが流れてくる。フェイスオブザコイン、センスの良い曲だ。

 

 

 

サイドカーの中には愛用の工具一式と申し訳ばかりの拳銃が一丁。水と食料も有るが二日持てば良い方だろう。

 

 

 

「どうしたもんか」

 

 

 

そう言葉にして、俺は月を見上げた。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

軍産複合体から新たな支援として送られてくる軍事兵器【モビーディック】

 

 

 

 

 

ISが空を飛ぶために使用しているPICを解析して得た技術で作られた重巡航機、空母機能すら備えた空飛ぶ要塞、白鯨の名に恥じぬその巨体の整備長としての辞令を受けたのが今朝だ。

 

 

 

首都にある軍本部、本来なら俺の階級でこんなところに呼ばれる筈も無いのだが有名になりすぎたのか。そんな事を考えながら殆ど着る機会も無く真新しいままの制服に袖を通し、少しばかり誇らしげな気持ちで足を踏み入れた自分を殴ってやりたい。

 

 

 

 

 

 

 

お偉いさんに渡された鯨の概要書、対空ミサイル類をメインとした対空近接防御システム類や、簡易的ながらPICやシールドバリアーすら備えたその機体と通常兵器と連動したIS傭兵部隊が居れば簡単に反政府軍に奪われた国土を取り返せるだろう。

 

 

 

 

 

つまり、戦争が終わる?

 

 

 

 

 

薄暗い部屋の中で顔を上げた俺を軍のお偉いさんは苦々しげな表情で見ていた。放り投げるように渡された国家機密と赤字で判が押された薄い冊子、そこに書かれていた内容は頭の狂った連中の纏めたISに関する研究結果で

 

 

 

 

 

要するに、現在の科学の限界として人が乗らなきゃISは動かないし、それに関連した各種機能も発動しないと言う事だ。

 

 

 

 

 

白鯨、その説明書には重巡航機と書かれているだけでISから得た機能についてその手の事は一切書かれて居なかった。どういう事だ?これは

 

 

 

 

 

「貴官の腕は聞いて居る、ISの簡易整備マニュアルの製作や各基地毎の予備パーツのデータベース化による情報共有によって我が軍は多いに効率化が図られた、その腕を見込んでここまで情報を明かすのだ、これは、反政府軍から国土を奪い返す大きなチャンスなのだ」

 

 

 

「それが奴等にとって違法な人体実験の成果を試すだけの物に過ぎなくともな」

 

 

 

それは、つまり

 

 

 

「拒否権は無い、元隊に戻り転属に備えつつ整備マニュアルの作成にあたれ」

 

 

 

 

 

俺の内心を察したのか、タイミング良くお偉いさんは何処かへ消え、俺は一言も発さぬまま軍本部を後にした。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

今、バイクを駆る俺の懐にはデータの中から見付け出した白鯨の弱点を纏めたUSBが入っている。暗号化すらされていないそのデータをどうしたものか、誰に渡したものか。

 

 

 

「どうしたものか」

 

 

 

俺の戸惑いが、月下の荒野に溶けて行く



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真面目に書いた文芸

「子供の頃、正義の味方になりたかったんですよ」

 

僕のそんな独り言に上司、と言うかパートナーであるアサミさんはファインダーを覗きながらも困った様な、迷惑がっている様な顔をする。

 

時間は午後十一時、二週間もの間僕らの睡眠時間を削ってくれた男がやっと女の部屋へと入って行く。

 

自宅からの尾行調査に始まり、勤務先の女性達の洗い出し、新しい女性が現れる度に自宅までの尾行調査で住所を割り出し、お昼はどんなお店で外食をしコンビニの店員にはどんな態度で接し帰り道にどんな風に不倫相手と接触するのか、何を二人で買いどんなお酒が好きでどんな風に彼は不倫相手に笑いかけるのか。全てを写真に収める

 

二週間もあれば僕らにお金に厭目はつけないと泣きながら依頼してきた依頼人よりも僕らの方が彼に詳しくなる。家の外の事に限ればであるが

 

 

「なんなの?急に、そう言う面倒臭い話する子だったっけ?」

 

一頻り写真を撮り終えたのだろう、彼女は愛用のリクガメの様にゴツいノートパソコンとカメラを繋ぎ、中の画像データの選別に入る。

 

耳にかけた髪は良く手入れされているが色気は無い、僕らの様な職業に限って言えば不潔であるより清潔である方が目立たないと言うのはマナーやモラルと言うよりも実利に乗っ取った選択だ、僕も始めて買ったブランド物の時計とスーツは経費で落ちる類いの調査の為のツールで、要はなんとも有り難みの無い物なのであった。

 

 

「なんとなく、そう言う日なんだと思います」

 

このまま黙っているのも悪くは無いが彼等が出てくるまでこの軽自動車の中で亀の様にまんじりともせずに待機し無ければならないのだ。そうして彼等が晴れやかか、或いは愛に溢れた表情で出てきた所を撮影し初めて法律上素晴らしくケチの付けようの無い証拠となる。

 

それに、二人共眠って仕舞う事の無い様にと言う現実的な利点もある。

 

画像データの選別が終ったのだろう、調査報告書の作成にカチャカチャと途切れ無い音を立てながらアサミさんが答える。

 

「私もあるよ、なりたかったもの」

 

僕は部屋のドアから目を離さない様にしながら彼女に聞く、男と女が部屋に入ってからついていた灯りが消えた。

 

「なんだったんです?なりたかったもの」

 

お嫁さん?ケーキ職人にお花屋さん?色々あるだろうが今の彼女は僕とそう変わらない歳で探偵事務所を一人で切り盛りしている、そんな女性の子供の頃の夢が気にならないと言えば嘘になる。

 

「キャパ」

えっ?呆けた顔で彼女の方を向いた僕にアサミさんは画面から目を上げ照れた様な、少し拗ねた様な顔をする。

「ロバート・キャパ。別に、変じゃ無いでしょ」

 

ほら、調査対象から目を離さない。そんな言葉に僕は慌てて視線を戻した。

 

 

もう二年間程前になるだろうか、シングルマザーが一人でやっている探偵事務所があるんだけど、アンタ暇ならそこでバイトしてみない??

 

そんな事を軽い調子で僕に言ってきた彼女は丁度最後のお客さんを送り出した所で、僕はチビチビと舐めるように呑んでいたジンのロックが丁度無くなろうかと言う所であった。

 

「探偵って、あの探偵?」

最初に思い浮かべたのはフィリップ・マーロウで次が大泉洋。映画で観る以外に大して接点も無い職業だ、それぐらいに貧相なイメージしか持ち合わせて居なかった。

 

「そう、あの探偵」

 

愛想の良い仮面を剥がし気だるげにそう言いながら自分の分の水割りを慣れた手付きで作っていく。その手がピアニストの手だったと言っても今や誰も信じはしないだろう、彼女はとても素晴らしいピアニストだった。

 

「やってみる?バイト」

 

「やるよ、面白そうだ」

 

 

高校を出て直ぐに始めた制服稼業も四年で辞めた、辞める折色々と面倒臭い目に遭えば流れ者程気楽な生き方は無いのだと気付きもする。

 

流れているのか流されているのか、何だかんだと青春と言えたあの日々から七年が過ぎている。

 

「しっかし、珍しいね。君から僕に仕事を紹介するだなんて」

 

不真面目な僕の生き方に呆れた顔をしながらも話は聞いてくれる、僕達はそれぐらいの距離感だった様な、いや、それも勝手な思い込みだろうか?人付き合いと言うものに僕はとんと才能が無い。

 

「それはほら、もうアンタがフラフラ生きる様になって二年でしょ?何時までも風船だか笹舟みたいな生き方してる訳には行かないんだからマトモな仕事紹介してやろうと思ってさ」

 

それに、とそこで言葉を切った彼女は僕のグラスにお代わりを注ぐ。そうか、もうすぐ彼女の命日か。

 

舐めるように口をつけたジンは妙に咽に染みて「やるよ」やる、と僕は何度も繰り返したのだった。

 

 

 



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ミステリーの一場面

ミステリー小説の一場面

 

あにさま?兄様

 

「更華さん私は来海重悟ではないんですよ」

 

構いませんとも、例え兄様が兄様でなくともどうしようもなく兄様は兄様なのですから。だから、であらば、それならば

 

「全てはどうしようもない程取るに足らない些事でしか無いのです、兄様」

 

 

 

じぃと此方を見つめる彼女、瞳の色が薄い緑色なのだとそんな所で私は初めて気づきました。

 

 

 

「兄様、貴方はお義母様の事をハッキリと死んだと申しました」

 

「私はそんな事を言いましたかね?更華さん」

 

「えぇ間違い無く」

 

「偉く自信のある言い方だ」

 

「ありますとも、兄様の事でしたら赤子の時分から全て知っていますし理解しております」

 

「少し前に出会ったばかりでしょう僕らは」

 

「そうでしたっけ?」

 

「そうですとも、それに私の方が年上です」

 

うふふ、ともあれ

 

「兄様は言いました、であらば問題は死体の処理です。お義父様は大層使用人達から嫌われて居たとの事ですから使用人達の力を借りたとも考えにくいでしょう、金銭でもって口を封じるには事業に失敗した後ですから色々不都合があります、更にはです、お義父様は生まれつき脚が悪く杖が手放せなかったと言いますしお独りで成人女性の死体を処理するのは不可能と考えて問題ないでしょう」

 

 

 

であらば、であらばぁー?

 

 

 

何と表現すれば良いのでしょうか、酷く熱の籠った視線で私を見詰める薄緑。グツグツと音が聞こえてきそうなそれは一体何が込められて居るのか、山の向こうへと夕日が沈もうとしていました。

 

 

 

しん、と日が完全に隠れるとともに青と紫を混ぜたような薄暗さに部屋が包まれます、私はもう裁かれるだけでした、俎上の鯉と言っても良いでしょう。なのにそこで彼女は急に口を噤むのです、そうしてただゆっくりと私の胸を立てた指で押すのです。

 

 

 

「ただ兄様の力になりたいだけなんです」

 

 

 

赤らんだ柔らかそうな頬が拗ねた様に尖らせた唇に引っ張られている、上目遣いで私を見詰める潤んだ瞳は僅かに揺れていて。

 

 

 

「兄様?兄様は悪くありません」

 

 

 

私は正直であるという選択をしました。甘かった、間違いだった

 

 

 

「…抗えなかった」

 

 

 

「お義父様にですか?現実にですか?」

 

 

 

どちらに?現実だろう、あの時点で父が逮捕されていれば事業を整理し使用人や従業員にしかるべき金銭を渡す事すら出来なかった筈だ。

 

 

 

「…抗えなかったんだ」

 

 

 

吐き出した心に耐え切れず私は膝を突きました、どうしろと言うんですか、どうしたら良かったんですか?

 

 

 

「えぇ、そうです兄様、些事はどうあれ貴方は抗えなかった。それでいいじゃ無いですか?」

 

 

 

何もかも心配しないで下さい、私が隠してしまいますから。私が兄様の生涯を良きものにしてのけますから、だから

 

 

 

「兄様はただ、兄様であれば良いのです」

 

 

 

そうして慈愛に満ちた表情で彼女は私の頭を包み込む様に抱きしめるのです、私のような罪人がどうしてそれに抗えるでしょうか、そうして彼女の胸に縋りつき涙を流そうとした時、ふと私は考えてしまったのです。彼女の言う所の兄様では無い私は一体どうなるのか、彼女は私を一体どうするつもりなのか。

 

 

 

私はどう足掻いても来海重悟ではありませんから、来海重悟になれと求めて来る彼女の願いには絶対に応える事が出来ません。そんな簡単な事すら失念してしまう程、私は狼狽しておりました。

 

 

 

「更華さん?私は来海重悟ではありません、来海重悟では無いんです」

 

 

 

 

 

彼女の手が私の後頭部と首に伸び、再度私の顔を自身の腹部へ押し付けるようにして視線を遮ります。

 

 

 

 

 

あにさま?あにさまがあにさまで無い事などどうでも良い事なのです、私はあにさまを愛していて、それは私にとってはとっても大事で大事で大事な事なのに、なのにあにさまは私があにさまを愛せる筈が無いと言うから、私が伽藍洞で人の心など判る筈も無い等と酷い事を仰るから、私の事を捨てたり何てするから、私にはあにさましか無いのに、私はあにさまの事だけを考えて毎日を生きているのに、そんな事は、そんな事は、そんな事は

 

 

 

「そんなことは絶対に許してはならない事なのです、私が人間であるために、私が人間である事を取り戻す為に」

 

 

 

ぎりぎりと彼女の手が私の首と頭を締め付けます、一体彼女の人形の様な身体のどこからこんな力が出て来るのか、こうも愛らしい人がここまで憎悪の込められた声を出す事が出来るのか、誰が、誰が、こんなにも彼女を傷付けたのか。

 

 

 

私は自身の哀れで矮小な人生すら忘れ、彼女小さな身体をぎゅうと抱きしめ返したのでした。彼女の殺意や呪詛や、それに類する【の様なもの】全てから彼女の、更華さんの身体を遮る様に精一杯抱きしめ返したのでした。無駄でした

 

 

 

 

 

一体どこの世界に頭の中から逃げる方法があるというのでしょうか。

 

 

 

 



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なろう系

ある日高校時代にタイムリープした俺はお笑いであの子を救うと決めた。

 

【ある日突然】なんて言葉に続くのは困る事が殆どだと思う。

 

 

 

ある日突然

 

「父親が本当は男が好きだとカミングアウトしたら?」

 

「いや、困るよ?困るけどそこは応援しようよ」

 

「新しい人生を?」

 

「新しい人生を」

 

「…新しい人生なぁ」

 

 

 

ある日突然

 

「え、俺かよ!?」

 

「お前だろー」

 

「アンタでしょー、何逃げてんのよ」

 

「逃げてへんわ!えっと、ある日突然?サイヤ人になってたら、とか?」

 

「お、悩むねそれ」

 

「何?サイヤ人って、漫画?」

 

「はぁ!?ドラゴンボール知らねえの!?」

 

「出たそう言うの、だからアンタ不良なのに微妙にモテないのよ」

 

「あー、何か言いたい事は分かるかも」

 

「なんでやねん、…え、え、マジ?」

 

「「そう言う所だな」」

 

 

 

ある日突然

 

「じゃあ、アタシの番ね?」

 

「そう言う事だな」

 

「精々面白いの期待してるわ」

 

「童貞ヤンキーは黙っててよ」

 

「アァ!?童貞ちゃうわ!?」

 

「シモに逃げるのはなぁ、評価出来ないよぉ?」

 

「確かにちょっと今のは逃げたわね、んじゃあ、」

 

 

 

ある日突然、お笑いで天下を取るって幼馴染が言い出したら、とか?

 

 

 

「最高じゃん?」

 

「ドン引きやろ」

 

 

 

 

 

「ナハハ、実際どうでした?そこんところの感想的なの」

 

 

 

 

 

んふふふ

 

 

 

「そこんところは勝って来てからね」

 

「マジ?」

 

「マジ」

 

「よっしゃ気合出て来たわ」

 

「噛んだら殺す」

 

「お前こそってもんですよ、後頭部ブーメラン農園か何かですか?」

 

「茂らせてこうじゃないの、男だったら豊作目指そうやないの」

 

「茂らせちゃダメでしょ、定期的に刈り取ってかないと上向き辛くなるぜ?」

 

「上手い事言うやんけ、なんか俺もやる気出て来たわ」

 

 

 

「じゃ、お二人さん、アタシ観客席で見てるから」

 

 

 

「あいよー」

 

「動画撮っといて、後で反省会するわ」

 

「お、いいねそれ、俺んち?」

 

「うちこいよ、お袋が会いたがっとったわ」

 

「オッケー」

 

 

 

んじゃ、まぁ行きましょうか

 

 

 

ーーーーーー

 

ある日突然、高校時代にタイムスリップしたら?

 

 

 

なんて言われても困ると思う。

 

 

 

だってそうでしょ、年齢は?肉体は?今のニコチンとアルコールの合わせ技で出来上がった不摂生丸出しの肉体で過去に戻ったって大変だ、どうすんの?過去の自分に会いに行って

 

 

 

「俺は未来から来たお前だ!」

 

 

 

なーんて言う訳?ヤバイだろう色々、何事も無く通報されるだけで済むならまだ良い、三食昼寝付きの夢の生活がその後待ち受けているからね。鉄格子の隙間から見る青空もさぞかし目に染みる事だろう。

 

 

 

 

 

まぁ、今回は幸いそうじゃなかった(今回は、なんて言い方してるけどタイムスリップなんて経験したのは初めてだ)

 

 

 

目を覚ましたら見覚えのある天井に匂い、辺りを見渡せば学生時代の実家の光景が記憶のままに広がっている。あぁ懐かしい我が家、高校を卒業してすぐにもう二度と地元には帰らないと制服を着る類の仕事に就いたのに目の前にそのままの姿で出て来るとこんなにも懐かしい。

 

 

 

最初俺はこれが夢だと思っていた、いや、まぁ今も夢の可能性を否定は出来て居ないんだが、そう言うレベルの話ではなくもっと、こう、シンプルな意味での夢。

 

 

 

何故かって言えば最後の記憶の中にある俺は酷く酒に酔っていて、オマケにどれだけ吸い続けても身体に合っちゃくれない煙草を吸った後に酸欠気味の脳味噌に任せて気を失うみたいに眠りについていた筈で、部屋の中なんかもう最悪よ、適当に袋に詰められた弁当のごみに灰皿代わりのビールの空き缶。人が来る予定も誰かを部屋に呼ぶほど他人様と親しくなる予定もないもんだからお構いなしだ。

 

 

 

そんなもんで、俺はこれを夢だと思って居た訳だ。奇跡だとか偶然だとかその手のモノがこの身に降り掛かる程立派な人生じゃあなかったから。

 

 

 

でも、もしだ。もしこれが神様だとか悪魔だとかそう言う感じの連中が起こしたサービス的なあれだったんだとしたら。

 

 

 

そんな事を考えながら俺は部屋にある唯一の時計を見る(記憶の通りの場所にあった)

 

 

 

朝の七時二十九分、そろそろだ。奔放で自由の塊みたいな振る舞いで生きてるのに彼女は何時も時間にだけは正確だったから。

 

 

 

 

 

十、九、八、七

 

 

 

一体一秒に何回鼓動する気だ俺の心臓、これが夢なら寝てる間に死んじまう。

 

 

 

 

 

三、ニ、一、

 

 

 

 

 

 

 

…ダメか、流石に。夢だからってそこまで都合良く「わッ!!!」

 

 

 

「ウオァァァッ!!?!?」

 

 

 

「何?びっくりさせようと思ったんだけど、いくら何でもびっくりしすぎじゃない?」

 

 

 

あぁ、神様、仏か?それとも彼女は自分で命を絶ったから地獄の悪魔かもしれない。記憶の通りの彼女がそこに立っていて、俺は、良い夢だなぁと思いながら彼女を抱きしめる。全力でそこに彼女は居るのだと確認するように何度も何度もぎゅうと力を込めて彼女を抱きしめる。

 

 

 

彼女は俺の幼馴染で、タコが食べられなくて、犬好きで、煙草の煙が苦手で、兄弟の事が大好きで、高校二年生の夏の夜、自分で命を絶った二度と会えない筈の人だった。

 

 

 

彼女の瞳を見詰める、見慣れた色に香り、体温。十年近くたった筈なのに忘れられない記憶の通りのそれが俺の心に溢れかえる。

 

 

 

「会いたかったッ、ずっと会いたかったッ!」

 

「へぇ!?…なんていうか」

 

 

 

 

 

「おっす、昨日ぶり?」

 

 

 

片手をひょいと上げてそんな事を言う彼女に、俺はえづくまで泣き続けた。

 

 

 

 



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訳ありおっさんと訳あり少女

仕事で死に掛けた。

 

色々と、それだけ言われても何にも言えないよと、本当に色々な人に言われたが。こればかりはどうしようもないと言うか、多分死に掛けたって言う経験の中でも特上のその、死に掛けた?と言う経験は俺から人と繋がろうとか色々な言葉として心の内を吐きだそうと言う気力や選択肢も抜き去っていて。いや正確に言うなら拭い去ったと言うか、感覚的には【喰い去った】とでも言うのが一番近いのだけれど。

 

ともあれ

 

殆ど何も説明せず死に掛けた事と疲れた事を淡々と伝える俺に、多くの人間らしい付き合いをしていた筈の友人とも知人とも言い難い連中は同情的な表情だとか哀れんだ顔だけを残して、酷い時には表情と同じような言葉も一緒に残して消えて行った。「暫くそっとしておいてあげよう」だとか、「なんでもいいからこまめに連絡をくれ」だとか、「また連絡するからな」だとか

 

だとかだとかだとか。

 

スマートフォンを捨てれば俺の人生からそのまま跡形も無く消えて行く連中とそんな連中の言葉。

 

酷く疲れていた。

 

 

どうしようか?精々10分か15分の短い船旅、瀬戸内海の落ち着いた波は民間用のフェリーに乗ると本当に僅かにしか感じられなくなって。その微弱さが何とも太平洋の荒々しい嵐の荒れた夜を逆に思い起こさせて俺を酷く憂鬱にさせる、どうしようか?実家は既に誰も居なくなって久しいがそれでも田舎らしくある程度の土地の広さがある筈だ、そこで農業でも初めてみようか?あるいわ、あるいわなんだ?

 

何もない。

 

取り合えずスマートフォンを投げ捨てようかと僅かな衣服と本が一冊に最低限の日用品が詰まったバックパックからそれを取り出す。人の気配が無い甲板、スマートフォンを握り締め鍛え抜いた体に任せ弓の様に身体中で振りかぶる。

 

「どっかに消えちまえ何もかも忌々しいッ!!」

 

腹の底か出て来た言葉に乗せて一秒でも早く見えない所に消してしまおうとして、忌々しい着信音が鳴り響き身体に染み付いた習性で反射的に動きを止めてしまう。行き場のない苛立ちを飲み込み、これで最後だと画面を確認して

 

「ハァ…、もしもし」

「仕事辞めたらしいな?暇だろ」

 

ちょっとな?仕事手伝えよ

 

「…疲れてんだよ」

「働いてないのにか?」

切るぞ、そう言って耳元からスマートフォンを離すがそれでも聞こえて来る程のボリュームで制止の声が響く

「まてまてまて!悪かった!冗談が過ぎたよ俺が悪かった!」

ハァ…

「…もう、色々と疲れてんだよ」

「…聞いてるよ、それこそ色々とな、だけどお前は俺に借りがある筈だろ?東ザンバールの山奥、忘れたか?」

「……」

「お前が何を思おうが何を願おうが何したかろうが勝手だがな?お前は俺に返さなきゃならない訳だ。左足と左目の分、仕事を受けてくれるなら指の何本かに関してはサービスしといてやるよ」

 

…。

 

……。

 

………。

 

「…合法な仕事か?」

「当たり前だろ?合法も合法、政府公認の御用仕事だぜ??」

心底愉快そうなそんな返事が返って来て、俺は忌々しいスマートフォンとオサラバする事はもう暫く難しそうだと諦めて甲板のベンチに座る。

「内容は?簡単で良い、詳しくは直接聞く」

何時の間にか本島のフェリー埠頭が見えて来て、そこに見慣れた杖を突いた男の姿を見付け思わず渋面を浮かべる。

 

おいおい、そんな面ァしてくれるなよ?久々のコンビ復活だ喜べよ。

 

「あぁ、で、仕事の内容だっけか?」

 

子守だ

 

「は?」

内容が分からず反射的に聞き返す

「だァーから、子守りだよ!」

 

こ!も!!り!!!

 

 

 

 

ーーーーーー

和歌山県南部 明日華学園 第四寮 日曜日 11時39分

 

「卵と鶏どっちが先だ!」

また徹夜で何か俺には理解も出来ない様な作業をしていたのか、瓶底眼鏡に白衣の少女がキッチンに立つ俺に寝ぼけ眼でそんな事を問いかけて来る、と言うか喚いてくる。

 

「卵が先だろうが鶏が先だろうが今日の昼ごはんは親子丼だ、あと実験に使った白衣は脱げ」

 

食卓に彼女の分の親子丼と味噌汁、簡単なほうれん草のお浸しを置くと脇目も振らず親子丼を掻き込みだしたので致し方無く俺はムームーと嫌がる彼女の抗議を無視しながら白衣を脱がせていく(何の実験をやっているかは知らないが単純に洗っていないのか薬品でも付いているのか非常に汚く、不衛生と言うか事と次第によってはシンプルに危険なのだ)器用に食事の手を止めずに片方ずつ袖から手を抜いてのける彼女に呆れ半分で俺は問いかけた。

 

「まだ気になるか?卵と鶏」

ムームーと首を横に振る彼女に俺はよろしい、と冷たい麦茶を入れてやる。

「大浴場、行くんなら明日一日改装だから今日中に行けよ。寮の風呂は17時からだから腹いっぱい食ったら一回寝てろ」

ムームーと頷く彼女を確認し俺は小汚い白衣を専用の洗い物入れにぶち込み、そろそろ起き出す連中の事を考える。

 

「ヤぁバい!!遅刻だ!終わった死んだ!」

バタバタと跳ねるように階段を駆け下りてくる二人目の少女に俺は夜の練習の前に食べる分と親子丼を詰めた分の二つの弁当箱を渡す。

「走れば間に合う、こっちが夜の部活練習の前に食う分でこっちは昼飯の親子丼を漏れないように詰めといたから向こうに着いたら食え」

それからこれ、魔法瓶に味噌汁詰めといたから。そう言って用意していた分二人目の少女のカバンに詰めると彼女は心底驚いたような嬉しい様な腹が立った様な顔で俺を見つめてきて

 

 

「なんだ?部活頑張れ」

 

「だ!」

「だ?」

「だったら起こしてよ!!!!」

「仕事の範疇外だ、良いのか?俺に怒ってる間に昼飯食う時間が無くなるぞ?」

 

うわもうサイテー大っ嫌い!!お弁当ありがとう大好き!!

 

そう言ってバタバタ子犬だか兎が跳ねる様に駆け抜けていく二人目を見送り、小さな口と身体でどうやってそんなに早く詰め込めるのかどうやら既に食べ終わったらしい一人目の食器を下げる。

 

「おかわりは?」

「大丈夫だ、少し寝る」

 

腹も膨れてもう眠気も限界に近いのだろう、眠そうに瞼をごしごしと擦る一人目に俺は少し匂うから今日はちゃんと風呂に入れと強めの口調で言うと、分かった、君が言うなら今日はちゃんと風呂に入る事にしようと言いながら一人目はフラフラと地下室に消えていった。

 

これで大体何時ものメンツは処理できた筈だ。

 

 

 

さて、今日はあと誰が寮に居たのだったか。

 

 

「ねぇ」

 

後ろから唐突に話しかけられ反射的に殴り飛ばしかける。

 

 

「ダメだよぉ、君ぃ、恐怖心が隠れて無いよー?」

厄介な、八番目が何故ここに居る。

「私はどこにでも居るし、居たい場所に居る、それが何か問題?」

拳が空を切り、真後ろから掛けられた筈の声の主が何時の間にかキッチンに立ち親子丼を味見している。

 

「勝手に能力を使うな、あと俺の頭の中で考えて居る事に勝手に答えるな」

鬱陶しい

「能力に関しては謝ろう、でも鬱陶しいは酷くない?」

「謝るつもりは無い、正直な感想だ」

「より酷いな君は」

「お前自身の怠慢だ、人の心が分かるならお前は誰かの為になる事が分かるだろうに」

 

なのに彼女はチシャ猫の如く

 

「不思議の国のアリスは嫌いだ」

「知ったこっちゃないね、俺の頭の中だ。勝手に覗いてる癖に被害者ぶるなよ」

親子丼食うか?

「食べるー」

能力を使うとお腹が減るとかあるのだろうか?俺は親子丼を温め直す為にコンロに火を着ける。

 

「お腹が減るとかは無いよー、でもたまたまお腹は減ってるし君の料理はとても美味しい、何と言うか、心が籠ってると言うのかな?誰かが僕の為に作ってくれた料理って感じがするんだ」

 

食卓に腰掛けながら八番目の彼女そんな事を楽しそうに俺に言う、料理について褒められる事は気分が良い、俺の料理の始まりは今は亡き母であった。

「お母さん、料理上手だったのかい?」

思考より早く俺は前の仕事で先輩から習った摺り足をベースにした縮地を使い彼女の喉に包丁を向け逃げられない様に彼女の髪を掴む。俺には理解すら出来ない数学的な空論に基づく彼女の能力は他人と接触している間は発動する事が出来ないと知っている。

 

 

「俺の母さんについて二度と聞くな」

出来るか?俺は読まれている事を分かった上で彼女に敢えて言葉で聞く

「聞こうとすることが罪なの?」

「少し違う、お前の能力が罪なんだ。ホントならそんな何の役にも立たない力は使わずにお前は俺に大事な事を問いかける段階まで進むべきなんだ」

殺すと言うその意思のまま髪を放し、空いた手で喉を力の限りに締め上げる。彼女の喉に力を籠めれば彼女の声帯が圧迫され少し低い声が出る、ここから先は彼女には未体験であればいいなと思う。全て、全て彼女に覗き見られてると分かった上で俺は彼女に対して正直に考える。

「初めてじゃないね、殺意の処女は両親だった」

 

哀れみ、必要かと考え要らないと考え直す、自分と世界の誤差に対して冷静で居られなかったコイツが悪い。

 

「親子丼食うか?」

「食べるよ」

俺は喉と包丁を手放し、熱されたフライパンで丁度良い音を立てる親子丼の具の部分をどん丼ぶり皿に盛る。

 

「わうかった」

???分かった??わぅ??あぁ、悪かったか、なんでも良いけど飯を食いながら喋るな八番目。

「ンぐ、はぁ、八番目じゃない。北大路君子だ」

「脳内だよ、俺の自由だ」

「正論だ、黙って頂く事にしよう」

 

そうして、掻き込みだす八番目に俺は黙って味噌汁と麦茶を入れてやる。

「後誰が居たっけな??」

こうなれば聞く方が早い。

「私以外では君が言う所の六番目だな、二十秒後に部屋から出て来る」

便利だな、流石

「都合のいい女って感じか?」

「スマホよりは役に立つな」

 

原始人め、そんな言葉を残し八番目が丼ぶりと共に何処かに消える。

「…洗い物は戻せよ」

米が乾燥すると大変なんだけれど

 

「おはよう、もうコンニチハ、かな?」

柔らかに微笑みながら伸びをする彼女に思考を切り替える。

「こんにちは、だろうな。今日の昼ごはんは親子丼だ」

喰うか?そう問いながら俺は親子丼を丼ぶりに盛る、なんとも、彼女はここに居る十二人の中で一番苦手だ。

「おねがいするよ、君の料理は好きだ」

「俺も、料理を褒められるのは好きだ」

テロリストの脳天を打ち抜いて勲章を貰うよりやりがいを感じる。

「なぁ」

そっと、一歩ずつわざとらしく足音を立てて歩き六番目が俺の肩に触れる。

「昨日、夜に出動があったんだ。疲れててね仕事が落ち着いてからでいい、マッサージして貰えないだろうか?」

仕事の範疇外だろうが、充分にお礼はさせて貰うよ?

「御免だな」

「何ゆえ?」

「仕事の範疇外だからだ」

自称異世界の女騎士で、自称魔法が使えて、自称世界を救った英雄で。そんな事を全て抜きにしても俺は赴任時に彼女が戦車砲に量産品のスウェット姿で耐えて素手のまま戦車をバラバラにしてのける映像を見たのだ。

 

そうだ、見た、俺は彼女がここにぶち込まれるだけの理由がある生き物だと知っている、生き物である事に安堵し生き物であるからこそ殺せる事に感謝している

 

「頼むよ」

今まで考えて居た小さな思考が全て、俺の袖を掴み眉をへの字にした彼女の一言で消し飛ぶ。

「死ぬのはごめんだ」

「私は君を殺さない」

「君は戦車砲やヘリの対地ミサイル相手ですら無傷で立っていた」

「私の戦闘力と私の人格は別の話だ、それに、あんなものは簡単な呪文の複合展開でしかない」

「この世界に呪文なんてものはない、訳の分からない事を言うな」

「本当に無いなら発動もしない、君達は見付けて居ないだけなんだ」

六番目の顔が近い、彼女は俺の左頬の火傷跡を見詰め、火傷跡を優しく撫でて来る。

 

「顔が近い、手が冷たい、俺には未成年と盛る趣味は無い、離れてくれ」

「君が私に盛る事は長期的な作戦目標の一つだ、しかしだな?今日は寝ぼけて下着を上下別の物にしている気がして来た、確認してくれないか?」

「馬鹿言うな、下着が上下違ったら俺は恐らく君に気を使い機会をまた別の日に移す」

「私としては何時でもウェルカムなのだが?」

「自己解決以上の満足感に関しては完璧さで得るしか無いと思っている」

「本心か?」

「強がりだ」

「良い強がりだ」

 

そう言って彼女は優しく俺に口づけしもう一度火傷跡に触れる。

 

「これで君は未成年に対して淫行を働いた訳だ」

「この寮に監視カメラの類は無い」

「つまり?」

「君らを処理しても適当に言い訳を並べれば済む」

 

スーツ姿の連中は俺の書いた報告書と上官の承認の判子しか見やしない。

 

「マッサージだろうが何だろうがやってやる、だが今は」

キッチン、彼女のつむじの匂いを嗅げる距離まで身体を密着させて俺はコンロ下の収納スペースに仕込んだ九ミリ拳銃を後ろ手に取り出し彼女の顎に押し付ける。

 

「その弾丸で私は死ねるだろうか?」

「結果はさておき君が死んだ方が良いと思って俺は引き金を引くぞ」

「何にそんなに怯えて居るんだ?」

馬鹿な事を聞く

「その気になったら素手で俺の事を引き裂ける生き物が俺に触れられる距離に居るんだ」

 

虎やライオン、下手をすれば恐竜みたいな生き物を目の前にしてはしゃげるのはバカかマヌケのどちらかだ。ここは動物園でもなんでもないのだ、俺を守ってくれる檻も鉄格子もスーツも装甲も隔壁も無い。

 

「私はただの女の子だよ」

「過分に控えめな表現と言わざるを得ないな」

「臆病だな、それなりに、自分の容姿には自信があったんだが」

「中身の話をしてるんだ」

もう一度俺に口づけしようとする六番目の動きを封じるべくもう一度ごりごりと

銃口を押し付けた。

「動くな、管理番号六番。貴様は黙って昼飯を食って訓練して果たすべき義務を果たせ」

「私にはサリーナと言う」

「黙れ、貴様は日本政府の保証があってやっとこの世界での人権を保障されている事を忘れるな」

 

「君の不安を少しでも減らしたいだけなんだ」

「余計なお世話だ、必要なら専門家に頼むさ」

 

五番目が部屋から出て来る

 

「おはよー」

「「おはよう」」

 

五番目は俺と抱き合う様な距離に居る六番目に怪訝な顔をした後、俺の方を向いて聞いてくる。

「出直そうか?」

「「大丈夫だ」」

 

 

 

「一緒に食べようか」

妙に照れた様な感を出しながら六番目が離れ食卓に着く。止めろ、髪の乱れを直すな、意味深にこっちに視線を送るな、頬を赤らめるな、何かあった空気感を出すな。

「今温め直すよ」

俺は六番目の視線を無視してキッチンに9ミリを置きコンロの火を着ける、八番目のヤツめ、こうなる事を分かっていて五番目が居る事を黙って居たな。

「ねぇ、それ、本物?」

五番目の言葉を無視して俺は親子丼を盛る。

 

「まさか、おもちゃだよ」

「そうだ、おもちゃだ」

 

妙にシンクロする俺達に五番目は怪訝な顔をする。分かった、それに関しては聞かないけどさ、不満を隠そうともしない子供らしさに俺は苦笑が漏れ、それにまた五番目は頬を膨らませて不満を表す。まあいい

 

「じゃ、早く食べちまってくれ、宿題やったか?」

やったよ、そう言いながら目を逸らす。これはやって無いな、十二人の中で最年少である五番目はまだ小学生で、他の子どもは知らないがこの子は年相応に嘘が下手だ。

 

「勉強を見て貰うと良い、ソイツは一日暇の筈だ」

先ほどの腹いせに六番目に話を振る。

「構わないさ、お昼を食べたら早速取り掛かろう」

ウィンクして来やがった、クソ、余裕だな。

「ねぇ、二人は付き合ってるの?」

 

キッチンに味噌汁を入れに行って背を向けると後ろからそんな囁き声が聞こえて来る。おい、聞こえてるっての

 

「まだだ、中々心を開いてくれなくてな」

「管理人さん、性格クラいもんね」

 

「おぉい!聞こえてるぞ!」

 

味噌汁を二つ持って振り返れば楽し気に額を寄せていた二人が楽し気に舌を出す。

 

「ほら、ゆっくり食べろよ」

「「はぁーい」」

 

と楽し気に二人で食べ始める二人に念のため俺は言っておく事にする。

「まだじゃないし俺は今後もこいつと付き合う様な事は無い」

「だそうだ」

「気長に付き合ってあげて」

そう言って妙に洋風に肩を竦める五番目の頭を乱暴に撫でる、生意気な子だ。キャーと楽し気に悲鳴を上げる彼女の毛の細い柔らかな感触を楽しむ。

 

「タバコ吸ってくる」

 

何人か面倒な子はいるが総体として悪くない仕事だ、煙草の匂いが嫌いだとかあんまり吸い過ぎない様にとか言われるが無視する、小うるせぇ、俺の寿命も身体も俺のもんだ、食堂にある勝手口の鍵を空け外に出る。

 

悪くない景色、悪くない空気、エプロンのポケットに入れていた煙草ケースから1本取り出し街並みを眺めながら煙草に火を着ける。鷹と星条旗の刻印されたケースは射撃訓練の成績で賭けをして沖縄の連中から手に入れた物だ。

 

「悪くない朝だ」

 

本当に?もちろん嘘だ、俺の仕事は彼女達の健康管理兼監視、必要に応じて処分までが許可されている。ふざけた話だ、アイツと結んだ半年間の契約、十何枚かの書類にサインして知れた事(あるいわ巻き込まれた事)は、ここに集められた女の子達は人類の敵と戦うため集められた存在であると言う事、そして全員が自由にさせては人類に有害だと判断されるだけの何かしらの事件や事故を起こしていると言う事。

 

見せられた資料はどれも災害やテロと呼んでも差し支えない規模の被害報告書であり、彼女達が思いのままにその力を揮った時どんな状況を作り出す事が可能かを表していた。

 

ふざけた話だ、何処までも、何処までも何処までも何処までも。

 

ただの女の子達だと言う自身の認識を煙を一吸いする毎にかき消す、怒りを共有しあい感情の暴走とも言えるそれでお互いを殺し合う日曜のショッピングモール、学校内で爆発する爆弾、火薬や薬品の類は使われて居なかったというがその実、警察ではそれに使われた技術が一体どんなものなのか理解する事も出来なかっただけだ(爆弾は小規模でありながら硝子化現象すら引き起こしていたという)

 

自警団を気取り街中の反社会的勢力を襲撃し続けた者は結果として街中に抗争を引き起こしその被害者は単純な死傷者に限らなければ四桁を越える、たった一人で街一つを戦場に変え小国ながら軍隊すら制圧してのけた者。自称魔法少女だと言う5番目の彼女は人類の敵との戦闘で巨大なビルを倒壊させ、何の道具も使わずに科学兵器と生物兵器の両方を生成してのけた。

 

 

ふざけた話だ、何処までも何処までも。

 

 

 

俺の仕事はそんな彼女達に首輪をつけ(あるいは俺自身が首輪となり)充分に日本国、ひいては人類が謎の敵対者達と戦える力を蓄えるまでの時間稼ぎを行う事である。

 

 

ーーーーーー

管理番号六番 インタビューログA14

 

「どうしてこんな事をしたのかって?」

「待って?アナタ専門のカウンセラーなんでしょ?それなのに口から出て来るのがそんな言葉な訳?」

 

「…ははァ、面白い、アンタの娘があそこに居た訳ね?」

「やめておいた方が良いよ?そんな計画が成功する筈が無い」

「そんなに怯えないでよ、ん?成功する筈が無い何て分かってる?ハハハ、そういうのは開き直りってぇのよ」

 

「アンタは私のせいにして怒り狂っているけどどうしてあの時娘のそばに居なかったのか、都合よく忘れるつもり?ハハハハハ、そんなの許す訳ないでしょ?」

 

「アンタは娘の事なんか放って置いて浮気相手とホテルで、御大層な時間を過ごしてた訳じゃない?どうして?なのにどうして私に都合よく被害者ヅラして怒りを向けられる訳?」

 

 

「あぁ…、言葉は要らないわ、喋らないで鬱陶しい」

 

「アンタは、人と向き合うのが怖かったのね?何度も何度も私みたいな患者と話をする内自分の精神がマトモか分からなくなってきていた、んで、セックスに逃げた訳だ、子供も奥さんも投げ出して金と女に逃げといて、大事なものを奪われたから復讐?どっか頭腐ってんじゃないの??」

 

「私がどうこうするより早く、アンタは捨てたの、あの子も、アンタの奥さんも、皆自分で捨てたのよ、それなのにどうして被害者ヅラ出来る」

 

「…人間のこれだけは理解できない」

 

「あぁ、その顔、思い出したわ。アンタの娘、あの日アンタへのプレゼントを買おうとしてたのよ?母親にも内緒で、アンタとお母さんがまた仲良く出来る様にって」

 

「酷く怯えてたけどあの子は何度も殴られながら必死にアンタに助けを求めてた」

「アンタの奥さんはね?周り中サルみたいな顔して殺し合う中必死に子供の名前を呼んでたわ。喜ぶと良い、アンタの奥さんは死ぬ瞬間まで子供の事を必死に考えてたわ。アンタの事は少しも考えちゃ居なかった」

 

 

「分かる?そろそろ理解できた?」

「その鞄に入った安物のナイフで喉首掻っ切るべきなのが私とアンタとホントはどっちなのか」

 

「アンタは私に怒るだけの立派な人生を送って来たつもり?別れ際にアンタが奥さんに吐いた言葉、思い出せないならここで言って上げようか?」

 

「アンタの子供は聞いてたみたいよ?どうやら、それでもパパの事が大好きだった見たい」

 

「アンタとアンタの家族は本当は幸せになれる筈だった、アンタの娘は幸せな人生を送れる筈だった。その全部をアンタが台無しにしたの」

「ねぇ、アンタ」

 

 

「何様よ?」

 

 

 

 

インタビュー終了。

 

補足としてこのインタビュー中カウンセラーに関しては一言も声を発しておらず。黙ったまま部屋を出た。

 

三日後、カウンセラーの自宅にて原因不明の火災が発生、焼死体が発見され歯型からカウンセラー本人である事が確認された。

 

 

 

 



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ファンタジー武器商人

つい先ほどまで続いていた戦闘は終わり、今は残党の掃討に入っている。悲鳴に命乞い、金属同士がぶつかり合う音、ゴーレムの関節が軋む音、死霊達が上げる呻き声、靴底がザリザリと地面を削る音、鼻につく血の匂いは何度嗅いでも酷く吐き気を催す。人の中身の血や糞の匂いで穢れた空気は肺に入ると自然現象やら人体の構造に任せて口から出て来て俺のかじかんだ手を温める。

 

 

「どう思うね?」

「どうとは?将軍」

枯れ木の様な身体に穏やかに細められた目、30年も教会の地下牢の閉じ込められていた伝説の異教徒の将軍とはとても思えない(油断しちゃあならない、この人は私を暗殺しに来た屈強な兵士三人を素手で引き裂いてのけた)

「気付いているだろう?彼らが使っている武器」

「えぇ、私が売った物だ、次回からは少し値段に色を付けねばなりませんね」

 

装備の損耗、精神的苦痛、行動が遅れた結果失われる得られた筈の利益、人員に関しては…、お、総員異常なし、遠巻きに眺めていたらこちらの視線に気づいた様で護衛隊の隊長が合図を送ってくる。

 

「ま、言いだせばキリはありませんがそこらへんは飲み込みましょうか」

「ふむ、それだけか」

「えぇ、私達、軍人でも殺し屋でもありませんから」

 

まぁ、大体考えて居る事は分かりますよ

「親から遺産を受け継いだだけの御用商人の三代目、しかも両親から商人としての教育を受けるまもなく孤児となった餓鬼、そんな餓鬼が吐いた言葉に見合った覚悟があるのか試そうとしたって所ですかね」

 

実際はもう少し酷かった、俺を僧院にぶち込もうとしハゲタカの様に父が1から拡げていった事業を啄む父の元側近達、退職金にしては額の大きすぎたそれらを取り返すのにここまで時間が掛かった。

 

びゅうと風が吹く、恐ろしく標高の高い山(何て名前だったか、忘れた。後で先輩に聞こう)そこから吹き降ろす風は山の万年雪に冷やされて酷く冷たく乾いている。雪に白く化粧されただけの荒野、荒野荒野荒野。こんな所で死にたくは無かっただろうに、襲撃なんか仕掛けるから

 

「はっはっは、覚悟に関しては疑っては居なかったがな、それと人間の生き死にと言うのはまた別だ」

 

「なるほど、でしたら大丈夫ですよ。人の生き死にも商品の内です」

 

私が呟くように続けた言葉に被さる様に先輩の操縦するゴーレムが地面に深く穴を掘る轟音が響く、北の連邦に近いこの土地は夜には気温が氷点下近くまで下がるのだ、地面は凍り人間の力ではとてもではないが何十人もの人間の死体を埋めるだけの穴は掘れそうもない。私の言葉で彼を納得させる事が出来たのか、絶えず微笑んでいる様な表情でいる老人からは読み取れ無かった。

 

「なるほど、了解したオーナー、出過ぎた真似を許してくれ」

「構いませんよ、書類上は奴隷となっておりますが実質的には貴方は私の軍事顧問と言った所ですから」

 

 

見渡す限りの白色に嫌気がさして来た。ここは寒すぎる、皇都から最新式の魔法と科学のハイブリット技術を採用した鉄道で一週間と言った距離だろうか、早く学園に帰りたい。

 

「早く帰りたかったんですけどね」

「商売事は分からんが、難しそうか?」

「時間と賄賂が増えそうだ、第二皇女との約束にも遅れるかもしれない」

 

あぁ、死霊達を指揮棒でも振るかの様に指先で操る彼女を見つめる。あぁ、あぁ、あぁぁ、愛しの魔女、私の魔女、素晴らしき死霊術師アンナ。

 

アンナが私に手を振る、それに私は手を振り返す

 

「だけどまぁ、考えすぎても過ぎたものはどうしようもない。将軍、とりあえず列車で待っていましょうか」

 

また、乾いた冷たい風が吹きすさぶ。

 

「そうしよう、老体にこの寒さ堪える」

「チャイを入れましょう、最近練習しているんですよ」

 

そう言った私にそれは将軍が楽しみだと答え、私達は列車の中へと入る。

 

五両編成の個人用魔道機関車、皆好き勝手な名前で呼んでいるが私は単に専用車としか呼んでは居ない、将軍は指揮車両と呼んでいたかな。どこからそんな発想が出て来るんだか、流石としか言いようが無い。

 

二重構造の窓と赤の派閥の魔女による研究を基にした暖房設備は俺の鍛え方の足りない身体と将軍の老体を温める。

 

俺の部屋兼用の専用車両でチャイを入れながら何となく窓の外を眺める。

 

「うむ、美味しい、いい淹れ方だ何処で習ったんだい?」

「企業秘密と言う事でここは一つ」

「はっはっは、分かったよ」

 

所で

 

「オーナー、君、人生何回目だ?」

「…驚いたな、将軍はそこまで見通されますか」

2回目です、そう答えた私に今度は将軍が驚いた顔をする。

「これに関してはたまたまだよ、昔祖母から聞いたことがあったんだ」

 

魔女と言うのは扱う魔法ごとに派閥で別れて居ても目的自体はこの世の根本原理の追求なのだと、中でも何か研究に関して役立つものでもあったのか、祖母が子供の頃に一人だけ黒の魔女が小さな村の外れのに住み着いた事があったそうだ。

 

「まぁ、アンナの様な二つ名を持つほどの魔女では無かったそうだが」

「それ、本人の前ではあまり言わない様にしておいて下さい、本人は不本意だそうです」

「偉大なる死?」

「単なる実験の失敗だそうです」

「素晴らしき死霊術師」

「何だったかな、大工の家を誉めず釘の打ち方だけを褒められる様なもの、だそうです」

 

「なるほど、気を付ける事としよう」

 

…まぁ、まぁだ、詳細は省くとして、その魔女と祖母は仲が良かったらしくてね。少しだけ研究目的とでも言うべきものを教えて貰ったんだ、どうにも子供向けに砕かれた内容だったそれは要約するとこんな内容でな。

 

「魂魄とは一体何で構成されているのか、ですよね?」

「ふむ、やはりか、アンナだな?」

「えぇ、僕も細かい事は未だに理解出来ては居ませんが、手品の種は彼女の魔法です」

と言っても、前回の彼女の、と付けねば正確ではありませんが。

 

生まれ死んで行く魂魄はその死後どうやって消えていくのか、そもそも消えていくのか?我々の魂魄はどのような過程を持って作られ、この体に定着するのか。

 

「死霊術などと言うのはその研究の過程で得られる余禄の様なものであって、そればかりに注目するから誰も彼女達が本来求めるものの神髄に気付かない、私に掛けられた魔法は体系として呪術に近い魂魄に刻み付けられる様な形の物らしくてですね。死んで何処かに回収される魂魄は時間的な制約を受けるのか、もしその、仮に【場】と呼ばれるそこに時間的な制約が無いならば【場】ではなく私の魂魄自体に干渉する事で私自身にもう一度生まれ直す事が出来るのではないか?」

 

とか何とか

 

「殆どカケに近い理論だったそうですが私達はそれに勝ったんです」

「なるほど、自分で聞いておいて難だが想像以上の話だな」

「えぇ、今のところ知っているのはアリスと私、そしてたった今聞いた将軍だけです」

 

と言うか、信じるんですか?

 

 

「正直に言えば、そこまで信じては居ない、と言うより私には真偽がどうあれ関係ないと言った所か」

「もしその魔法を使えば今度は敗戦する事無くあなたの故郷を守り抜く事が出来るかもしれませんよ?」

 

達観し、枯れた様な年相応のその態度に勝手に彼に復讐者としての共感を抱いていた私は少々では収まらない無礼な質問を将軍にする。

 

「そうかもしれん、だがあの戦争を凌いだとて疫病に周辺諸国との領土争い王家の跡継ぎを巡る後継者争いが私の考える限り確実に起きていただろう、仮にそれらを凌いだとしても永遠に生きてあの国を守り続ける事は出来ない」

 

出来たとてする気はないがね、オーナー。君とアンナのいう所の魂魄の休養が必要になる。

 

「意外かもしれないがね、疲れるものだよ?英雄で居るというのは」

妻の死に目にも立ち会えなかった。

 

……

 

「すみません、勝手に腹を立て無礼な質問をしました」

私は心の底から頭を下げる、年相応で、何処までも沈み込んでいく様な彼の悲しみに私は不用意に触れてしまった。

 

「構わないさ、君のそう言う若さは私を懐かしい気持ちにしてくれる」

 

 

嫌いじゃないと、要するにそう言う事だ

 

 

 



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超能力青少年

イエーガー7  漣 幸一(さざなみこういち)

 

魂を何処かに置いてきた。

 

中東に二度、欧州へ駐在武官として一度、東南アジアへ三度。それなりに優秀な兵士であった筈だが一度のミスと何度も繰り返す後悔にいつの間にやら俺に残ったのは心の中に空いた穴の様なものだけだった。

 

魂の穴だ、埋めようもない、戻しようもない大きな穴だ。

 

「クソつまらない」

スクリーンの中では落ち目の俳優がただひたすらに殺人鬼から逃げ回っているだけの衝動的な脚本と80年代風の演技が合わさり僅か40分の長さでありながら観客席に地獄を生み出している。

【つまらない小説を最後まで読む事を勇気と言うらしいですよ、きっと映画に関しても同じことが言えるんじゃないでしょうか?】

隣に座った少女が俺の言葉に反応しそんな事を言う。

「聞いたことの無い言葉だ、何でそんな事知ってるんだ?」

【昔、ある人に聞いたんです】

嘘をつけよ

「ほんとは今思いついたんだろ?」

【いいえ、ほんとに聞いたんですって】

 

そんなはずが無い、何故ならば彼女は俺の妄想の産物で医者は彼女の存在をもって俺をイカレてると判断したのだから。俺はクソ程つまらない映画から目を離し彼女の方を見る。スクリーンの中では往年の名アクション俳優が殺人鬼相手にショットガンをぶっ放し殺人鬼の割れた頭からエイリアンらしき何かの顔が新しく生えて来ている。

 

「君は俺の妄想だ、俺の知らない事を君が知ってる筈が無い」

【そう言う細かい事を気にするからモテないんですよ】

 

思わぬクリーンヒットに俺は思わず黙り込んだ、いやちょっと待てよそれはまた違う話だろうに、俺はしかめっ面でまたスクリーンの方を見る。俺の妄想のクセしてコイツはどんどん口が悪くなる。

 

【すいません、図星を突きましたかね?】

「好きに言ってろ、全く」

 

俺以外に観客が居ない館内で暗闇に紛れる様に周囲を敵が取り囲む、敵、そう敵だ。長らく勤め上げた前の仕事を辞める際に

 

「おい、ポップコーン食うか?」

スクリーンの中では殺人鬼に生えたエイリアン頭がクリオネの様に裂け、ヒロイン役の若い女の腹に喰らいついている、これはあと10分かそこらで収拾がつけれるのだろうか?おれはスクリーンの方を向いたまま周囲の連中に話しかけるが誰も答えようとはせずただ黙って俺に銃口を向ける。

 

「そうか、誰もいらないか」

 

掌にポップコーンを乗せ手首を叩く、そこそこに綺麗な放物線を描き口元に入ると口の中に安っぽいキャラメルの味が広がった。

 

「何でそんなにも怒り散らしてるんだ??君たちはさぁ!!!不思議でたまらない、一体何が不満だというんだ?こんなにも素晴らしい映画だと言うのに!!」

 

【さっきと言ってる事変わってませんか?】

「うるさいなぁ!!分かったクソだよ実際この映画は!!特大のクソだ!けど素晴らしいクソだよ!!」

 

急に興奮しだした俺の様子にガチャガチャと周囲の銃口が一斉にこちらを向く、何て言うんだっけこう言う時?そうだ、そうそう

 

「判断が遅い」

【微妙に間違ってません?】

 

精神干渉には意外に繊細な過程が存在する、そいつの精神に干渉するには一時的にそいつの考えてる事にダイヤルを合わせなければならない、人間何を考えてるのかなんて通常は分かりはしない。念仏唱えてる坊主だろうがコカイン決めてるロックスターだろうが人間の思考はとてもじゃないが当てようがない訳だ。

 

【不本意ですがおっしゃる通りと申すほかありませんね】

「逆転の発想だよな、発想の転換?」

【どちらでも、完了しました。どうします?】

 

彼女に出会ってから使える様になったこの能力は(使い方まで彼女が懇切丁寧に説明してくれた)…正直使えねぇ。

 

【貸してるだけだと言うのを忘れないでくださいよ?】

何時でも取り上げていいのだぞと暗に言い彼女は俺の正面に回って下から見上げるように睨みつけて来る。ハハハ、若いな

「そりゃ困る、無きゃ無いで何だか勿体無い」

乱暴に頭を撫でればしっかりと彼女の体温と毛髪の手触りを感じる、医者が妄想だと言うんなら妄想なんだろう、上等だ、これが妄想だっていうのなら妄想で構わない。映画の中で見たことの無い指揮者を真似してタクトの様に指を振り上げてみれば今の今まで俺達を殺そうとしていた筈の人間が気を付けの姿勢で綺麗に半長靴の音を揃える。

 

「ハハハ、爽快だな」

 

思考の空白、思考の押し付け、1秒に何度も変化する金庫の鍵だろうが番号をこちらが決めれるなら後は何の問題も有りはしない。半年前から気になっていた映画が外れだろうが大して気になりもしない。

 

【どうしますか?】

「安全に街の外まで送って貰おうじゃないか、見たい映画は見終わった所だ」

【また外れでしたね】

「次があるさ」

 

細かい命令は彼女を通さないと未だに上手く行かないのが残念な所であるが。

 

「今日の晩御飯は何にする?」

【また外食ですか?】

「ハハハ、俺が料理出来る人間に見えるか?」

【ハァー、私が作りますよ】

「嘘つけよ、出来ないだろ?」

【出来ますよ、こう見えて料理上手なんです】

「嘘つけって、君は俺の妄想の筈だろ?」

でなければ色々説明がつけようが色々あるのだが、医者が彼女は俺の妄想だと言うんだから彼女は俺の妄想なのだ。そう決めた

 

周囲を俺を殺そうとした特殊部隊の連中に守らせ俺達は悠々と映画館を出ていく、元々アート寄りのネットの片隅でしか見付けられない様な映画を好んで上映する様な小劇場なのだ、俺達を殺そうと考えた時に抑えるべき人数も配置するべき場所も事前に調べてある。

 

それに予想が間違ってても残機は軽く20はある。ほら早速

 

【4人意識が飛びました恐らく重症、死んでは居ません。狙撃手が二人に、なんでしょうこれ?】

「この匂いはC4だな、今じゃレトロの部類にも入る様なトラップだ」

「配置は?」

【事前に想像してた通りです】

「ハハハ、入れ食いだ、連中情報共有されて無いらしい、組織間の横の付き合いってのは重要だな」

【何の映画で見たんですか?】

「経験則だよ」

 

おかげさまで俺は東南アジアの山奥で死に掛け、仲間達は生きたまま生皮剥がされ焼き殺された。

 

【経験則】

「そう、経験即だよ」

 

奴らにも教えてやろう。

 

 

確認の取れた配置に加えて予想しうる配置、その全てから見える位置に一人送り込み意識を取り戻させる。勿論身体の自由は効かない状態にした上でだ、泣き叫ぶ同僚、映画みたいだろ?勝手に動く身体が脳天を吹き飛ばすべく拳銃をコメカミに突き付ける。奴らは怒りに心を支配される。

 

大漁大漁、鍵は空いた

 

【確認できました、強い怒りに何人かは恐怖】

「コントロールは取れたか?」

【全員、民間人は見えて聞こえた範囲ですが】

 

よし

 

「帰ろう、重症の連中は民間人に運ばせて死ななない様に治療を受けさせてくれ」

【トラップは?】

「仕掛けたヤツを見付けられないか?頭の中から設置場所を引き出してくれ」

【あー、見つけました】

「その情報を適当に誰か一人にコピーして先導させてくれ、あと念のため他のヤツの脳味噌も確認してくれ、情報の共有がされてないとしても噂ぐらいは聞いてるかもしれない、情報が分断されてたら厄介だ、記憶の中の会話に限らず視覚情報も頼む」

【えー、人使い荒くないですか?】

「俺の脳味噌に住んでるんだ、家賃代わりだ」

【この上料理までさせると?終わりました、取り越し苦労でしたね】

「俺は外食で構わないんだけどねぇ、了解、流石だ、足が吹き飛ばされるよりは良いさ」

 

干渉して支配した脳味噌を使った高速演算、俺なんかは脳味噌あっての精神だと思っているが彼女に掛かれば精神から始まり脳味噌をパソコンだかスマホだかに変えてしまう。

 

「悪魔的だな、全く」

【何がです?】

「言わない、君は怒ると長い」

 

大体想像は付きますけどね、そう言ってリスの様に膨れる彼女の頬を指でつつく。むにむにとした頬、空気が抜ける度に彼女は楽しそうにまた膨らませる。

 

「皿うどんにしよう」

【はいー?】

「皿うどん、今日の晩御飯」

 

好物なんだよ、皿うどん。

 

【ムフフフフ、分かりました】

「俺も手伝うよ」

【ムフフフフ、はーい】

 

妄想の中で俺は悪魔と契約した様だ、おかげで毎日こんなにも平和で幸せで。

 

「アー、そうだ」

「そうだよな」

【どうしたんですか漣さん?】

「そうだ、アー」

「しまったなー、俺なー」

【漣さん?立って、立って漣さん!!】

「なんで忘れちまってたんだろう」「一瞬でも幸せなんて思っちまったんだろう」「なんで俺こんな風になっちまったんだろう」【漣さん!!】「畜生、俺は、畜生ダメだもう、畜生俺は一体どうしたかったんだ」「なんでこんな」「畜生」

「アァー、アァァァァァァァァァ!!!!!」【あぁもう、しょうがないなぁ】「アァァッ、ァァァァァ」

 

「落ち着きなさい、漣幸一」

暖かい、何かに包まれている、暖かい、柔らかい何か

「落ち着きました?漣さん」

優しくポンポンと背中を叩くそのリズムに、遠い記憶の何処かで聞いたハミング。

「覗いたのか?俺の記憶」

 

「全部じゃありません、誓って」

「俺の妄想だろ君は、誓う神なんて居ないだろうに」

「神様に何て誓いませんよ」

「じゃあ何に」

彼女の鼓動に耳を傾ける、柔らかな良い音だ。そうだ昔仕事中にナイフで対象の胸を刺した時心臓の鼓動が刃を伝【ダメですよ】なんだっけ、まぁいいや

 

「ちゃんとお薬飲みました?」

「俺は壊れちゃいない、壊れちゃいないんだ」

「んもー、じゃあ漣さん?」

 

優しく俺を呼ぶ声に俺は彼女の顔を見上げる、額に落ちる柔らかな口づけ。

 

 

「私から離れちゃ駄目ですよ絶対、一生、永遠に、ずっと、ずっとずっと」

まじかに彼女の顔を眺めて、そこで初めて彼女の瞳が左右で若干違う事に

「…目の色、微妙に違うんだな茶色でも濃淡っていうのか、ともかく微妙に違う」

 

「な、なんです??急に」

赤らんだ頬が色白の肌に良く映える

「なんでもないよ、行こう」

もう大丈夫だ、そう言って立ち上がり歩き出す。

【大丈夫ならよかったです、行きましょうか】

手を繋いで歩き出す、俺の妄想は手まで暖かいんだから大したものだ。

 

あぁー、後な。一生はちょっと怖ぇぇよ

【んにゃー!!】

イッテ!!ローキックは止めろローキックは!!!

 

 

 

管理番号007

イエーガー7 精神干渉能力:夜海原の歌姫(アドリアーナ F 07)

 

漣 幸一 元特殊作戦群 零課第五班 外部工作(国外暗殺業務)担当

       現無職

 

 

 

 

 

 

 



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魔女のヤツ1

とっ散らかってた


「お祖母ちゃん!」

 

 

 

 大陸の西、帝国と王国の国境近くの森の中、暖かな日差しが降り注ぎ小鳥たちが楽し気に囀る小さな広場にその家はあった。

 

 

 

ぱたぱたと子犬の様に跳ねながら少女が祖母を呼び家の中に駆け込んでいく。

 

 

 

「はいはい、シンシア、走ると危ないわよ?」

 

 

 

 古いドルイドの魔法だろう、何かを鍋で煮ていた老女が嬉し気に玄関の少女に振り返り微笑みながらそんな言葉を掛ける。

 

 瞳の中には幸福と慈愛が溢れ、この世の全ての祝福がこの暴れん坊の孫娘に降り注げばいいのにと願っている、少女は、シンシアはそんな祖母の愛を全身に感じ、それに応える様に祖母を愛していた。

 

 

 

「隣村のジョニーさん!薬が効いたみたい!お祖母ちゃんにありがとうだって!!」

 

 

 

 シンシアの両親は早くに死に、それ以来、緑の派閥に属する魔女である祖母のもとで暮らしていた。

 

 

 

「そう、それは良かった、孫娘が生まれたばかりだって言うからね、元気で居ないとね」

 

 

 

「やっぱりお祖母ちゃんって凄ぅっごい魔女だわ!!」

 

 

 

嬉しくてたまらない様子で、叫ぶ様にシンシアはそう言った。

 

 

 

 本当にすごい、誇らしくてたまらない。シンシアはそんな事を考えながら楽し気に祖母のかき混ぜる鍋を覗き込んだ。

 

 実際、シンシアの祖母は素晴らしい魔女であった。緑の魔女の派閥に所属するドルイドとして9歳の頃から80年近く人々と自然の間に立ち多くの人々を癒して生きて来たのだ、その年月と経験は並大抵のものでは無い。

 

 

 

ずいぶん前、シンシアは若く、何だかとっても高そうなローブを着た魔女が祖母に話を聞くため家を訪ねて来たのを見た(しかもその魔女は跪いて祖母の手に口づけをした!!)

 

 

 

だから、シンシアにとって、祖母は唯一残された家族で、自慢のお祖母ちゃんで、大好きな人で、最高の師匠であった。

 

 

 

「……ねぇお祖母ちゃん?」

 

 

 

「なぁに?」

 

 

 

優しく答えるその声も、鍋をかき混ぜ続けるシワシワのその手も、祖母から香る緑の青々しい香りや、たまに香る枯れ木の様な香りも、シンシアは全てが大好きだった。

 

 

 

「昔の冒険の話を聞かせて?」

 

 

 

シンシアは祖母が話す昔話が大好きだった、九色の魔女の派閥が協力しあい悪い魔女王を倒したおとぎ話。

 

 

 

「良いわよ?何が聞きたい?」

 

 

 

「黒の魔女とお祖母ちゃんの話!!」

 

 

 

おとぎ話の黒の魔女、寂しがりで悲しがり、臆病で泣き虫な彼女がシンシアは祖母の次に大好きだった。

 

 

 

 

 

「いいわよ、シンシアは本当に彼女が大好きね?」

 

 

 

「うん!!だって!!」

 

 

 

こんなに優しい魔女、彼女とお祖母ちゃん以外には居ないもの!!



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ロボ×異世界×フルダイブ1

話がとっ散らかってる、題材に対して作風が暗い、おもろ無い


いつも通りだ、いつも通り、何てこと無い。

 

 

 

 

 

通信を通して彼女のハミングが聞こえる、なんて曲だったか。

 

 

 

 

 

「クイーン、集中してくれ」

 

 

 

 

 

僕の呼びかけにクイーンがはぁい、と柔らかに答えた、各機、準備は良いか?いつも通りの手順でそう、僕は仲間達に呼びかける。

 

 

 

 

 

 

 

「何てことないさ、何てこと無い」

 

 

 

 

 

 

 

こちらからの音声入力を切り、僕は仲間達に聞こえない様に呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 何時だって出撃の前は緊張する、だって、僕達はこれから戦争をするのだ、戦争だぞ?戦争、ゲームの中とはいえ普通緊張すると言うか、ハミングなんか出来てしまうクイーンはもう、一種の天才と言うかちょっとアレと言うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう時は何時も無線を通して聞こえる仲間達の声に集中する、ヒトの気も知らず皆好き勝手喋っちゃってまぁって、そういう気分にもなるんだけど、同じぐらい勇気とか暖かいモノをくれる、そういうの、本人達には言わないけど。

 

 

 

 

 

 

 

無線の向こう、クイーンのハミングが最近流行り始めたアイドルのものだとブルが言い、それに反応してカールがあの曲いいよねとクイーンに話しかける、それにクイーンが同調して、ドーベルが日本の音楽がダメだとかやっぱり洋楽が最高だとか言って。

 

 

 

 

 

 

 

「はい皆、そろそろ集中ね、点呼取るよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 特別な呼び方をし合おうとクイーンが決めたあだ名と言うか、ドーベルが言うにはこういうのタックネームって言うらしいんだけど、兎も角、今後もこういうイベントに参加するなら必要だからと彼女が決めた僕達の中だけの名前、僕達の女王様に貰った特別なそれで仲間達は準備の完了を告げていく。

 

 

 

 

 

ただ

 

 

 

 

 

僕達は皆クイーンの事が大好きで、同じぐらいお互いの事が大好きだったけど、一つだけ問題があって。

 

 

 

 

 

 

 

「クラン名がわんわん王国って、もうちょっとなんかあったよなぁこれ」

 

 

 

俺が小さく呟いた声が聞こえたらしくクイーンが抗議の声を上げる。

 

 

 

 

 

「ちょっとぉ、レティ?」

 

 

 

 

 

「わんわん王国、ブルドックⅣ、レディ」

 

レトリバー、やっぱダサいよなクランの名前。

 

 

 

 

 

「同じくレディ、ドーベルⅢ」

 

やっぱり?やっぱダサいよねこれ?

 

 

 

 

 

 

 

「みんな良いよって言ったじゃん!ねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「カールⅡ、レディ」

 

 

 

……クイーン、私は好きだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢だ、この夢を見る時、俺はいつもこの辺りで夢だともう気付いていて、夢の中ぐらい自由にさせてくれよと思いながら、それでも皆と一緒に居たくて、昔みたいに話しがしたくて、ぎゅっと、胸が苦しくなって。

 

 

 

 

 

 

 

そうして、僕は目が覚めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと目を開ける、心臓はまだバクバクと音を立てて居て、窓の外では雨が降っている。

 

 

 

 

 

枕の横に置かれたスマホを確認すると充電が残り僅かである事と17時を示していて、幾つか連絡が入っていた。

 

 

 

 

 

小遣い稼ぎの為の動画編集の依頼が一件、妹から一件、後は切り抜き動画の為に追いかけて居る配信者のライブ配信が始まったと、そう言う連絡で計五件。

 

 

 

 

 

 妹からの連絡を確認すると今日は帰るのが遅くなるから先にご飯を食べておいてくれと、母さんには言って無いから口裏を合わせてくれと言う内容で、僕はただ了解とだけ妹に返信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、この時間なら母さんもどこかに出掛けて居るだろう、そんな事を考えながらゆっくりと呼吸して僕は心拍数を整えた。

 

 

 

 

 

 窓の外の雨音に集中する、大丈夫だ、大丈夫、何てこと無い、必死に繰り返し唱えてそれでどうにか自分を保つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……冬は嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 寒いし乾燥するしロクな事が無い、静電気は痛くてビックリするしすぐ暗くなるし、何より、彼女の命日がやって来るから、僕は冬が嫌いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりとベッドから起き上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 気力に欠ける身体を何とか動かして立ち上がる、暖房もつけずに居たから部屋の中は酷く冷えて居て、スウェットにTシャツしか着てない僕には酷く寒い。

 

 

 

 

 

殆ど物の無い部屋、ベッドに机、中身の殆どない本棚には通信制高校の為の教科書が幾つか入っているだけで、趣味のものと言えば一つだけ、ずっと昔に仲間達から貰って捨てられなかった本が一冊あるだけだ。

 

 

 

 

 

僕達の冒険が製本されたリプレイ本、クイーンが許可を出して有志達がインタビューや取材の基に作ったそれ。

 

 

 

 

 

見て居るのも辛かったから背表紙を壁に向けたそれを視界に入れない様にしながら、僕は本棚の上に置かれた箱からそれを取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フルダイブ用のヘッドセットにパッケージの草臥れた箱に入ったゲーム。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルトリア・キングダムオンライン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今流行っているらしい、動画編集や切り抜き動画の為にはどうしても幾つかの動画サイトを漁る必要があって、そうしているとどうにも世間はこの、世界で唯一のフルダイブゲームに夢中になって居るのだと言うのが嫌でも目に入る。

 

 

 

 

 

僕らがやっていた頃はこんなに世間には受け入れられて居なくて、そもそもフルダイブ技術自体に懐疑的であったからプレイヤーの中に未成年は少なくて、だから当時子どもだった僕や仲間は自然と集まる様になったと言うのもあるんだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「……どうでも良いさ、何てことない、何てことない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎も角、今日は彼女の命日で、彼女はゲームの中にお墓を作ってと、私を思い出す時はそこに来てと言っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

だから僕は彼女の命日にはゲームの中へお墓参りに行く様にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ご飯、作っとかないと」

 

 

 

 

 

 

 

 細かな理論は分からないが、このゲームと言うか、フルダイブ自体が体力を使う行為だし、向こうで食事を摂っても現実の僕には何の影響も、いい意味でも悪い意味でも与えないのだ。

 

 

 

 

 

それに妹も帰りが遅くなるとは言え食事は家でするそうだし、疲れた体で帰って来る母さんの為にも作っておかないといけない、僕だけがずっと家に居るのだ、それ位の事はしておかないと。

 

 

 

 

 

 

 

「何にしようかな?」

 

 

 

 

 

 

 

細かい事は冷蔵庫の中身を確認してからにしよう。

 

 

 

 

 

今日の献立は何にしようかと考えて居ると何とか心と体に力が湧いて来るのを感じて、僕は机の上にフルダイブセットを置いて、キッチンへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチン、冷蔵庫の中にはロング缶のビールが二本に豆腐とひき肉とほうれん草、残り僅かの合わせ味噌に少しだけ余ったキャベツがあった。

 

 

 

 

 

壁と冷蔵庫の間の棚には母さんが晩酌の為に買ったのか小分けの鰹節と各種の調味料に小麦粉が、豆腐も鰹節も多分晩酌に合わせて母さんが食べようとしてたんだろうな。

 

 

 

 

 

豆腐と鰹節を使っても良いか連絡を入れるとすぐに母さんから不思議な動物のスタンプでOKと返事が来た。

 

 

 

 

 

「なんだこれ?」

 

 

 

 

 

マヌルネコらしい、我が母ながらに不思議なセンス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ともあれだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お米を研いで三合炊く、そうしてお米が炊けるまでの間に僕は他の料理へと取り掛かった。

 

 

 

 

 

ほうれん草はお浸しに、半分程豆腐を使ってひき肉を嵩増ししてハンバーグを作り、申し訳程度に鰹節で出汁を取りながら一緒にキャベツに火を入れて、味噌の残りを使い切り余った豆腐を入れお味噌汁に。

 

 

 

 

 

そうしていると白米を炊けて、炊けた内の半分程を予熱を取って冷凍する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし」

 

 

 

 

 

 

 

やるべきことはやった、写真を撮って家族用の連絡グループに挙げると既読が二件付く、僕はそれを確認してお米を凍らせてある事、使用した食材を共有して食事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食べ終わり食器洗いを済ませるとリビングの壁に掛かった時計は19時30分を示していた。

 

 

 

 

 

出来るだけ昔の仲間達には会いたく無かったから、時間としては丁度いい。

 

 

 

 

 

時折ブルから送られてくる仲間達の近況、ブルは受験勉強で忙しく、僕とブルより幾つか年下だったカールは全寮制の女子高に入りゲームの出来る時間が限られている、そしてドーベルは両親の都合で海外に引っ越して日本の僕とは時差がある。

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと息を吐く、行こう、行かないと、何てこと無いさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は自分の部屋に戻り、鍵を掛けてフルダイブの準備を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ロボ×異世界×フルダイブ2

 

 

 

風が吹いている。

 

 

豊かに実った黄金色の畑の中で僕はただ立って居て、じっくりと風を感じている。

 

 

何でなのかとか、そう言うものは一切分からないけど、だけど、僕は何時もこの瞬間溢れだす程に満足している。もっと言えば満足と言うか、正確に言葉に出来るなら僕はこの瞬間、ものすごい達成感を感じているのだ。

 

 

 

やった!やったんだ!僕はやったんだ!

 

 

 

頬や、身体や、全身を撫でる風の感覚だけが僕の頭か心か、そういうものの中に残って

 

 

ただ、影の様な風の感覚だけを、風の反響だけを身体に感じているのだ。

 

 

 

 

 

フルダイブの瞬間は、何時も不思議なイメージが頭の中に流れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

 それが何故生まれるかと言われると何時も説明に困ると言うか、ゲームのロード中に流れるヤツ?とか、個人によってかなり違うので難しいのだけれど、彼女は僕のイメージに黄金の波と名前を付けてくれた。

 

 

 

 

 

沢山の植物、多分、麦か何か。

 

 

 

 

 

そんなものが地平線まで豊かに実をつけていて、僕は畑の様な場所に立ってただじっくりと風を感じている。

 

 

 

 

 

 

 

クイーン、君はどんな景色を見て居たんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

そもそも景色だったのか、人によっては音楽や歌みたいなものが聞こえたり、犬の様なものを撫でて居る感覚がする、なんて人もいるらしいから。

 

 

 

 

 

何であれ、彼女が感じていたそれがいいものであります様にと、彼女の事を考えながらゆっくりと目を開けて。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでやっと僕はログインが完了した、無事にアルトリア大陸に着いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲームシステムとして僕らプレイヤーは各々が設定した地点で目を覚ます。それって言うのはかなり柔軟に設定出来るもので、ベッドの上に設定したり、機体の操縦席に設定したり、人によっては洞窟の中なんてやつもいるらしい。

 

 

 

そして、そうすると小さな塩梅ではあるが簡単な安全領域みたいなものが設定されたりもするから、まぁ大体の人間は操縦席の中を自分のリスポーン地点に設定する訳なんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お城!お城だよ!皆で自分の部屋とか作っちゃえるよ!?

 

 

 

 

 

見て見て!噴水あるよ!すっごー!!

 

 

 

 

 

皆で一緒に晩御飯食べたりさ!作戦会議とかやっちゃおうよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ不便だよこれ、クイーン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埃の積もった部屋の中、もういない彼女の名前を呼びながら天蓋付きのベッドから起き上がる。クイーンは顔を見て話す事に拘ったし、僕達も別にそれを嫌がらなかった、多分、みんな寂しかったんだと思う、けれどやっぱり、そういうものを抜きにして考えるとここはもう、本当に不便で仕方ない。ゲームの拠点としてなら攻めにくく守りやすく旨味が無いと言う三拍子で優秀なのだろうが、住むには一切向いていないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寒いんだよなぁ、冬がさぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにせ、クエストの報酬で貰ったこのお城は大陸の平均と比べるとずっと小さいものではあるのだけれど、それだってたった四人で整備するには余りにも大きなものだし、NPCを雇ってどうにかしようにもそれはそれで不便な場所にあるせいで、小まめにログインしないと労働の管理みたいなものが行き届かなかったりする。

 

 

 

それに、裏手を大きな山脈が囲って居て、正面には大きな湖があるものだから冬はとてつもなく寒いのだ、当然雪が降るし、一度降り出したら山脈に冷やされた風と冷えた湖のせいで春の中頃まで居残り続けるもので、そうなって来るとNPCの商人も容易にはここまで来ることは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当にどうしようもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が一番どうしようも無いと言えばだ、一番このお城を愛していたクイーンが居なくなってみても、今度は彼女との思い出がそこらじゅうにあってしまって、もうここから離れられなくなっていたと言う事で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クランの解散時に管理をどうしようと言う話にはなったが、不思議と放っておけば良いとか近くの貴族NPCなりに売り飛ばしてしまおうとか、そう言う話は出なかった。

 

 

 

結局、細かい仕事の好きなブルが管理の表を作ったりして皆で何とか掃除をして回している、僕は彼らと会う勇気も無いのに、そう言う約束は大事に思って守ったりしてしまっているのだ。

 

 

 

 

 

そう言う所が、自分でもみっともないと思えたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこかで花を買わないとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分で自分の気を逸らそうとして、独り言を呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このお城と言うのは多分、山脈の向こうにあった帝国が海に対しての守りとか、監視塔みたいなつもりで作ったのだと思う。

 

 

 

背後に少し距離を開けて山脈があって、正面には大きな湖があってそれを迂回しながらじゃないと正面に辿り着けない、標高としてそこそこ高い位置にあるものだから海の様子はここから少し登った所にある監視塔に行けば一望出来る。

 

 

 

 

 

「そりゃあ住みやすさとかは考えちゃいないよな」

 

 

 

 

 

兎も角、花を買うにも野に咲いてる様なものは冬のこの辺りには無い。湖を越えた、それよりもずっと向こうにある小規模な港町に行けば魔法で作ったようなものが幾つか手に入るだろうから、そいつを買って、彼女のお墓に向かうしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えながら歩き続けていると格納庫に着き、整備の足りて居ないせいで妙にギシギシと音を立てる分厚い木製押し開ける。どこかのタイミングで扉の整備をするか、メモの一つでも残しておかないといけないなと、格納庫の中へ階段を下りて行く。

 

 

 

 

 

かんかんと鉄か何かで出来た階段が音を立てる。

 

 

 

 

 

 それにしても、改めて考えるとこの城は妙な構造である、上から見ると開いたUの形と言うか、丸いVの様な形をしていて、屋上に機体を配置してくださいと言わんばかりにUだかVだかの先頭の部分には銃座の様なものが作られていたりする。

 

 

 

 

 

それにだ、一応三階建てのお城ではあるのだが一階と二階はそのほとんどが吹き抜けの形で格納庫を作っており、お陰様で寒い中でこんな妙に長くて急な階段を下らないといけない訳だから面倒でしょうがないのだ。

 

 

 

 

 

そうして降りていってもだ、あるのはせいぜい簡素な寝室と妙に広いキッチン併設の食堂、それから会議室とクイーンが呼んでいた縦に長い部屋が一部屋あるだけ。

 

 

 

 

 

「一応お城って話で貰ったけど、やっぱここ兵隊の詰め所かなんかだよな?」

 

 

 

 

 

良い様に使われたのかもな、まぁ良いさ、帝国は滅んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 兎も角、格納庫には僕の機体があって、そういうものを使っても三時間位は掛かる所に街があって、そしてその近所に彼女のお墓があるのだ。

 

 

 

 

 

「久しぶりに散歩しようか、相棒」

 

 

 

 

 

 薄暗い格納庫の中、黒のカモフラージュ用コートに包まれた僕の機体だけが誰かの呼び掛けを待つように片膝を着きうなだれて居る。

 

 

 

動くだけの必要最低限の部品だけを付けた相棒の姿は一見すると黒いコートをフードまで被った骸骨の様で。

 

 

 

 

 

そう言う姿が今の自分の有り様と重なった。

 

 

 

 

 

「悪いな、お前も付き合わせちゃって」

 

 

 

 

 

 

 

 名前はお互いもう無い、昔の装備は使う気にも捨てる気にもなれなくて、インベントリの中にしまい込んで居る、誤魔化しているのだ、捨てられないから誤魔化している。

 

 

 

 

 

皆はどうしているのだろうか?

 

 

 

 不思議なもので、管理の当番が各々月に一度、四人で当番を回しているから年に三回位は回って来るのだが、そう言うタイミングを抜きにしても格納庫には皆の機体が有ったり無かったりする。

 

 

 

当番なら皆、リスポーン地点を兼ねた機体をここに置いておくのが便利が良いと思うのだが、それにしたってそうでない時にもたまには置いてあったりもするから、何となく皆クイーンを思い出したい時にはここに来るのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

もう皆自分で拠点だとか所属の様なものを作っているそうだから、多分そう言う事なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体に近づくと機体の側が僕の体温だか魔力だかを検知し自動でアイドリング状態になる、ゲーム上のフレーバーとしてはそんな感じの理屈だったか。

 

 

 

アイドリング状態特有の緩んだ弦が弾かれる様なヴーンヴーンと言う音があたりに響く、思考が逸れても身体は覚えて居るもので、機体から自動で差し出された掌に乗って胸の真ん中、空いた操縦席まで持ち上げられぼーっとそこへ飛び込んだ。

 

 

 

全周モニターが起動し、幾つかの起動シークエンスと点検の為に必要な動作がモニター写る。久しぶりの起動なので省略せず、五段階の認証に合わせてラジオ体操の様なそれを行っていく、手首と指に始まり全身の関節部分を動かしながら機能と操作の再確認。

 

 

 

 

 

良かった、特に怪しい所は無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機体の構造はそれぞれなのだ、例えば魔法で動いたり燃料で動いたりと違えば、操作法まで違ったやつもあって。

 

 

 

身体の動きをそのままトレースして本人の格闘センスで戦ったりだとか、機械とかロボットだのと言うよりは殆ど鉄で出来た恐竜だかドラゴンだかと言った風情のものも有ったりもして。

 

 

 

珍しいものだとAIみたいなものと意思疎通が取れて自分で育てないといけない機体まであるらしい、このゲームは妙に機体に関しては自由度が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち上がり、格納庫の扉をゆっくりと開ける。

 

 

 

 

 

強大な両開きの扉が名も無き相棒のエンジンが唸るに合わせてゴゴゴと開いていく。

 

 

 

どうにも扉の動きが悪い、やはり、掃除やら簡単な日曜大工の様な事をやったとて人が住んで小まめに手入れをしないとどうしても家と言うものは悪くなっていくのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また意識が逸れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉が開く、そうして僕はお城の外に出て、そうすると城の周囲の名も分からぬ針葉樹から魔物と野生動物の中間の様な鳥たちが飛び立って。

 

 

 

僕はモニターに表示されたそれを目安に北の、海岸沿いの街に向かって歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界には現実と言うものと比べて時差がある。

 

 

 

 

 

例えば僕がフルダイブしたのは二十二時である訳なのだけれど、こっちに来れば色々と役に立たなかったりする。

 

 

 

月に関してはまぁ、暦の読み方が違うからまぁ良いとして、問題としては時間が違うと言うか、大体8時間ほど現実より先に時間が進んでいるのだ。

 

 

 

 

 

 さらに不思議な所として、ログインしていない間の時間は大体三倍程の時間で進んでいるらしくて、これはもう、現実とログイン中の人間の間をどういう風に処理しているのか、どうすれば計算出来るのかも良く分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 具体的には、僕達が魔王討伐をやったのは三年前なのだけれど、こっちの世界では色々な不思議の嚙み合わせで十年経っていて、これは他のプレイヤー達の行動と不思議な調整が働いたその上で確定した十年だからどうしようも無かったりして。

 

 

 

 

 

そういうところがあるものだからネット上の冷静な連中などはやはりこのゲームを人体実験と言うのだけれど、だが、ゲーム上で死んだとしても幾つか日にちが空いて蘇るものだから、結局、現代人と言うものは問題の無いものとしてこのゲームに飛び込んで来たりする訳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深々とした雪交じりの針葉樹の森が続く、濃緑に白が重なった景色はどうしても考え込んでしまう僕の思考を冷静にさせて、操縦席の扉を開くとこの世界の冷え切った空気のお陰で、脳の中に溜まっている様な不健康な思考が吹き飛ばされて行った。

 

 

 

 

 

風を感じながら歩いていると、機体の足が雪に隠れた段差で滑り操縦席から落ちかける。

 

 

 

 

 

「うおぉっ」

 

 

 

 

 

僕の異常を感知して緊急で操縦席が閉まる、危ない、こんな所で死んでたら間抜けすぎる。

 

 

 

 

 

 シートベルトの重要性なんかを考えながら改めてしっかりと操縦席に座り直す、モニターには機体の音に反応して遠く、種類の分からぬ鳥か何かが集団で飛び立って行く姿が見えて。

 

 

 

 

 

「ごめん、驚かした」

 

 

 

そう言う、自分でも不思議なほど柔らかい声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、参ったなぁ、こんなにボロボロだったっけ?」

 

 

 

 

 

 道と言うのは人間が通らないとすぐにダメになるものなんだな、とそんな事を考えながら歩いていく。

 

 

 

 

 

まぁ、どこかでふんわり聞いただけの知識なのだけれど、それってコンクリートみたいなものでちゃんとやった道路でそうなのだから、当然、こういう中世?みたいな、ちょっと昔の世界だともっとすぐにダメになってしまう。

 

 

 

 

 

一応モニター上にはこの辺りの地図が表示されて居て、お城から線を引くみたいに今までの道のりが書き込まれているから現在地が分かるのだけれど、それを踏まえた上で道の状態が最悪なのだ、どうしようも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「去年はここまで酷く無かった筈なんだけどなぁ?」

 

 

 

元々荒れて居たから判断が難しいのだが、一年でここまで一気に荒れるものなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余りに状態の悪い道にモニターへ警告が表示される、音声は切ってあっても目に付く赤色で表示されるものだから鬱陶しくてしょうがない。

 

 

 

人間でも危ない状況なのだ、そこへ機体ってどうしようも無く重いモノで通ろうと言うのだから仕方が無いとは思うが。

 

 

 

 

 

「この分だと夕方になるかもな」

 

 

 

 

 

急ごうにもこの機体は動けるだけの最低限の状態なのだ、ブースターは取り外していて歩いて行く他ないし、細かなものまで含めると操縦席用のヒーターまで外している。

 

 

 

 

 

「寒い、ヒーター外したのは不味かったかも」

 

 

 

 

 

 現実のどういう所や国をモチーフにしているか分からないが、日が沈むと一体どれぐらいの温度になるのだったか。

 

 

 

 

 

「凍死は嫌だなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

兎も角、急ぐことにする、最低限である以上ラジエーターなんかも大した性能では無い、熱に注意しないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ロボ×異世界×フルダイブ3

大陸の名をアルトリアと言う、名の由来としては大陸を発見した王であり冒険者であった男の名前だとかそんな感じらしいのだけれど。

 

 

 

とはいえ、そんなもの一代貴族の二男坊には関係ない話だ。 

 

 

 

 

 

「なーんともなぁ!」

 

 

 

 

 

突然大声を出した俺に漁船の先頭で網を引いているオジキが俺の方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい!!なぁに遊んでんだボン!!網引き手伝えオメェ!」 

 

 

 

「オジキぃ、俺ってば一応貴族な訳よぉ?」 

 

 

 

「じゃかしゃあ!!船に乗ったら俺に従えアホンダラぁ!!」

 

 

 

 

 

ひでぇなぁオイオイ、ぶつくさと文句を言いながらも起き上がってみれば手は動く。

 

 

 

 

 

 元々帝都の中央で騎士をしていた親父は真面目さと、真面目さを活かした鍛錬が生み出す実力が良い所と言うか、まぁ真面目さのせいで出世にはとことん縁が無かった人間だったが、まぁなんだ、それはそれでなんとか家族五人幸せに暮らしてた訳だ。

 

 

 

 寒さに震えた事は無いが俺だってだなぁ、こう、空腹をどうにかするために畑仕事やら内職やら散々やってだな?その上で剣とか振りまくったり色んな所に顔出したりしてさ。

 

  

 

まぁなんだ、まともにさ、俺も帝国の為に働こうって、そう言う元気な時期はあった訳よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話が変わるのは俺が二十歳になった頃だろうか?俺は帝国の東軍で伝令兵としてあちこちへ馬やら小さな機体やら酷い時は自前の足で走り回ってった訳なんだけど。

 

 

 

そんな中よ?親父は魔王討伐で来訪者と一緒にいい感じの活躍をしたらしくって俺の親父は勇者たちからこの辺り一帯の代行管理を任されてさ。

 

 

 

 

 

 いや、さらっと言ったけどだいぶ凄い事なんだぜ?魔王討伐ってのは。

 

 

 

どれぐらい凄いかって言うとその、なんだ、まぁ、やべぇのよ。

 

 

 

 

 

 いやごめん、知らねえわ、だってさぁ?帝国軍に入って一年しない内に魔王が死んで、後は色んな土地の復興支援と言うか、その為の馬車やら機体の手配やら道路の整備やらやって、そんでそれが落ち着いて来た頃に皇帝の暗殺に始まって幾つかの派閥に分かれてさ?んで後は状況が分かる前に権力者連中を来訪者が各個撃破だぜ??

 

 

 

 

 

分かる訳ねぇっての、なんでもいいけどさ。

 

 

 

なんだ、まぁ、俺の一族は何にしろラッキーだった訳。

 

 

 

 

 

だってさぁ、中央の乱なんて生き残りより死んだ人間の方が多いのよ?親父がどういうか知らないけど俺に言わせれば関わらないのが吉って話。

 

 

 

 

 

 まっ、なんだ?帝国は滅んだ、んで、俺達は生きてる、そう言う事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「引けーっ!オラぁ!引けーっ!!!」

 

 

 

 

 

 不安定な漁船の上で腰を落とす、腕だけでも腰だけでもダメだ、確りと腰を落として重力と筋肉を合わせた力で網を引いて行く。

 

 

 

 

 

網が上がり始めて少しずつ網に掛かった魚の姿が見えて来る。

 

 

 

 

 

 こういう北の果てに居れば世の中の流れみたいなものにはどんどん疎くなる訳だけどさ、それでも、難民なんかに話を聞くに世間がどうにも戦乱に乱れて居る事ぐらいは分かったりはする。

 

 

 

しかも中央の乱は帝国の滅亡って結果に落ち着いたが、その後の領土分割の会談は一切決まらず結局、緩衝地帯と言う事で、今も緩く戦争を続けて居る始末だ。

 

 

 

十年もそう言う事が続けば、どうしようも無く難民ってものが生まれるもので、最近は東西の海からボロ船で移民が流れて来るだけじゃなくどれだけ追い詰められたのか南の山脈を越えて難民が流れて来る事もあって。

 

 

 

 そう言う連中に話を聞いてみるとどうだ、世の中はどんどんおかしくなって居て、極端な噂をばかりを聞く様になっちまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 多少は安定しているが厳密に身分を決めて少しでも身分が上の連中に逆らうとその場で殺して良い宗教国家やら、金じゃなく戦争の為に集まったって傭兵集団の寄り合いやら。

 

 

 

酷い話だと道を歩いているだけで何もかもを奪われて家畜みたいに扱われる無法者の国も生まれて居るらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言う意味じゃあこの辺りに住み着いた俺達は運がいいと言うか、この辺りは冬から夏の手前まで雪が残って機体や人間の歩みを押しとどめるし、機体を使って南の山脈を越えようと思ったら戦争に使える様な機体は専用の装備が要る。

 

 

 

しかも、そう言うものを使って来てもここまで来たら親父とその下で鍛えてる連中がおかしな事をする前にバラしちまって北海の魚達の漁礁や餌にしちまう訳で。

 

 

 

 

 

 

 

この土地は暮らしづらいが、それを踏まえた上で俺達はどうにか、何とか必死に生きて居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しっかしどうにも雲行きが可笑しくなってきたのが、ここ三か月の話だ。

 

 

 

例年、この辺りは雪は降るもののそこまで深くは降らないし、酷い時だって何日もしつこく降り続いたりもしない。

 

 

 

だけど、その時は不可思議な事に二週間程雪が降り続いていた。

 

 

 

 

 

 町の人間だってそう言う天気の荒れ方になって来ると街にいる親父の部下が機体で雪を掻いたり、少しずつでも人力で雪を掻かざる負えない。

 

 

 

けどそんな風に工夫しても機体自体が充分な数を確保出来ている訳では無いから、町の守りに甘い所が出て来るし。そう言う、力仕事に向いている世代が雪かきばかりに使われたら魚や狩りに食料を頼ったこの街はどうしようもなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何より辛かったのが雪に冷やされて海に氷が張る事だった。

 

 

 

 どこか暖かい所と海流が繋がっている訳では無いから、この街の海は少しでも変な事があると氷が張っちまって、辛うじてここまでやって来てくれる商人連中の船から港を閉ざしちまう。

 

 

 

しかもそうなると、何処が割れるか分からない氷を人力や機体で割る訳にもいかないから暖かくなって氷や雪の溶けるのを待つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あー、あと個人的に雪の厄介な所としてはだな、そう言う氷の上にさらに雪が降り積もって、ちょっとした晴れ間でも少しも溶けないぐらい固まっちまってどうにもならなくなるとさ?

 

 

 

たまにだけど、行けると思って氷の上を歩いてきたのか水平線の辺りに難民たちが見えるんだよなぁ、声が届く様な距離でも無いし、やっとの思いで必死にやって来てやっとこっちの街が見えたからあきらめないしで。

 

 

 

 

 

 

 

そんなのが無理して必死に氷の上を歩いている内にスッて姿が消えちまうんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言うの、見張りについてるとどうしても目に入ってさ、たまに網で上がるんだよ、大体は底の方の流れでどっかに流れるんだけど、何でか不思議とさ、ちょっとした子供が遊ぶような人形とか、大したものじゃないんだけど誰かの愛の言葉が掘られた指輪とかそんなのばっかり上がって来て。

 

 

 

 

 

 

 

そう言う日が続くと今日みたいにどうしようもなく凹んじまってさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言うのずっと考え込んでる訳にもいかねぇから、今日みたいにゆっくりとした海の流れとか見た感じの氷の塩梅とかをオジキが判断して、イケる!って決めた日は気分転換に一緒に漁に出る訳。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 網が完全に上りきった、そうすると思ったより沢山魚が掛かって居て、春までは無理だが領民皆で我慢すれば二週間ぐらいは何とかなりそうな量の魚が掛かってて、俺なんかはそう言うの見て、何となく安直にまぁ何とかなりそうだなとか考えちゃう性質だからさ。

 

 

 

   

 

暗い気分も晴れて来るってもんなのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど正直、気分に任せて落ち込んでる場合じゃないと言うか、問題とか悪い事ってのはどうしようも無く重なるもんで、

 

 

 

 最初はこの街の新人猟師が見掛けた所からなんだけど、猟師って言ってもどうしてもこの辺りは人間の手が出せる範囲が限られててだな。

 

 

 

狩れる野生動物が居なくならない様に師匠連中と一緒に狩りに出て修行する連中以外は山菜取りだとかをメインにやってる訳だ。

 

 

 

 

 

そう言う連中の一人が見ちまったらしい。

 

 

 

 

 

南の山脈の端の辺り、ドラゴンが飛んでたんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 網に掛かった魚が跳ねて小さな飛沫を飛ばす、寝転んだ頬にそれを感じて、少しだけ上体を起こした後、船員たちが魚を網から外す作業に取り掛かったのを見て俺はまた横になり目を瞑る。

 

 

 

「ボン、おい、ボンって、またオジキに叱られぜ?ボン」

 

 

 

そう言って膝を揺する声に俺はただ手を払って寝かしてくれと気だるげに返事をする。

 

 

 

 

 

寝かしといてやれ。

 

 

 

 

 

 

 

オジキの声が聞こえて膝を揺する声が止まる、俺はもう、どうにでもなれと言う気持ちで改めて投げ出す様に寝返りを打つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 参っちゃうよなぁ、ドラゴンだぜ?親父たち自警団は結構頑張ってる方だけどそれがマジなら自警団なんかじゃどうしようも無い。

 

 

 

ドラゴンって言うのはもう、アホ丸出しに聞こえるけど人間とは違うんだ。そりゃそうだろって?いやいや、そう言うぼんやりしたレベルの違いじゃないのよ。

 

 

 

  

 

 俺には見た事も感じた事も無いが、この世界に溢れている魔法ってヤツをドラゴンみたいな完全な魔法寄りの生き物は呼吸と一緒に吸い込んで魔法使いよりずっと洗練されたやり口で自分の力に変える事が出来るんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軍時代の受け売りだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 んでだなぁ、そう言う取り込んだもののちゃんとした発露って言うのがドラゴンのブレスであったり生半可な機体じゃどうしようも無い程硬い鱗の守りに現れる訳で、そう言う力の前では幾らちゃんと訓練してようが親父とその部下じゃ足りないんだな。

 

 

 

なんせ使ってる機体が皇帝から拝領した当時でも二世代前のものばかりだし、かき集めたって精々八体かそこらしか居ない。

 

 

 

 

 

 

 

あー、終わった、マジで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とはいえ諦める訳にもいかない、いかに次男坊とは言え俺だってもうこの街に住んで十年になるのだ、漁船の甲板を通して波の揺れや海面の氷をカチ割る音を聞きながら思考を走らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、そう、手が無い訳でも無い。

 

 

 

 

 

 

 

①来訪者に依頼を出して何とかしてもらうとか?

 

 

 

 

 

 

 

いやまぁ、好きにすれば良いが来訪者は戦乱が始まって十年まともにこの辺りで見かけた事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②めちゃめちゃイカした作戦を立ててどうにかドラゴンを討伐するとか?

 

 

 

仮に俺の脳味噌が驚く程の速度で回転したとして、いや、無しだわ。夢想で無双して何になる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③ドラゴンが悪さをするとは限らないだろ。

 

 

 

予算も人手も足りて居ないから殆ど手を付けてないが、山脈には一応関所と山の向こうに繋がる道があるんだ、それに畑に向いた平野が少なく冬の長いこの町じゃ山からの恵みが絶たれたら冗談じゃなく天気次第で餓死者が出かねない。

 

 

 

言っちゃあれだが存在が悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと目を開ける、視界は灰色の寒々とした空で覆われていて、全身がとことんまで冷えているのにどうしようもなく頭の中だけが熱を持って居て。

 

 

 

「どうすりゃいいんだ、俺はさぁ」

 

 

 

こう言うものは簡単に答えが出ない、だったら日常の必要と言うやつをまずやって行くしかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 色々と考え込む内にゴンッっと、氷を割るのとは違う木材同士がぶつかる柔らかい音がして、船が港に着いたのだと分かる。

 

 

 

「乗せて貰ってさ!悪いねオジキ!」 

 

 

 

そう言って振り返らず港に跳ねる様に降りる、そうすると聞こえた様な聞こえない様な音量で

 

 

 

 

 

「考え過ぎるなよ」

 

 

 

と言われた様な気がして、俺は振り返らずに軽く手を振って別れの挨拶をして、町を覆う外壁にある自警団の詰め所まで駆けて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

港町から遠く、白の混じった針葉樹林の森に紛れる様にして機体に乗った五人の女の子達が歩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アカリさぁ、カイロ持ってない?マジで寒すぎるよぉ、絶対今僕ブスだ!もう最悪!見ないでリスナー!」

 

 

 

【可愛いよ】

 

【いつも通り可愛いよ】

 

【いつもより可愛いよ】

 

【無敵だよ】

 

 

 

「適当過ぎだわーリスナー、あといつもより可愛いって言ったヤツブロックな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーカイロ持ってないなー、あとダイダイ、アンタは何時もブスだから気にしなくていいから」 

 

 

 

「はぁ!?殺す!」

 

 

 

 

 

【でた姉弟ゲンカ】

 

【姉弟てぇ】

 

【たまにガチの殺し合いになるよな】

 

【そこが良いんだ若いの】

 

 

 

 

 

 ダイダイと呼ばれた少女の機体、空色の狼を模した四足のそれがアカリと呼ばれた少女の機体に体当たりをする。

 

 

 

 

 

『イタぁ!?ちょっとアカリちゃん!!巻き込まないで下さいよ!』

 

 

 

体当たりを受けよろけたアカリと呼ばれた少女の機体が自身の搭乗者に声を掛けて。

 

 

 

 

 

【トバリ、貴女は何時も私を幸福します、美しい人愛してる】

 

【これがAIってホントすげぇよな】

 

【君も今すぐアルトリアオンラインを始めてAI娘のパパになろう!】

 

【闇へ帰れ狂人共】

 

 

 

 

 

「トバリ、五月蠅い。トバリも五月蠅いしトバリが喋るとコメント欄も五月蠅い」

 

 

 

『えぇ!?アカリちゃん性格ヘドロ過ぎません!?僕パートナーですよね!?相棒ですよねぇ!?』

 

 

 

 

 

驚いた様子もそのまま、トバリと呼ばれた機体が大袈裟リアクションを取る。

 

 

 

 

 

そんな主従のやり取りにダイダイと呼ばれた少女がもっと言ってやれ!クソ姉を叩きのめせー!と囃し立てて。

 

 

 

 

 

 

 

その少し後ろ 

 

 

 

 

 

「……ほんと有り得ない」

 

 

 

刀らしきものを佩いた群青色の甲冑の機体、そのパイロットからそんな声が漏れて。

 

 

 

 

 

「まぁまぁキュウちゃん、姉弟仲良しで良い事だよぉ?ね?」

 

 

 

その横の白一色で作られた重装甲の機体からそんな風に声を掛けられる。

 

 

 

 

 

【見てるだけで寒い景色なのに元気】

 

【実家の犬を思い出す】

 

【犬扱いは草】

 

【犬は草】

 

 

 

ミュウは甘すぎるよ、とそんな言葉が甲冑の機体の少女から返って来る中、四人の先頭を行く様にして一体の機体がゆっくりと、雪で埋まった道なき道に歩みを進めていた。

 

 

 

 

 

 滑らかな曲線を多用したサンライトイエローの機体、その周囲には道を切り開く様に本体と同じ色をした細長い八面体の結晶が飛び回っており、結晶がひゅんひゅんと通り過ぎる度に森の木々がバキバキと音を立てて雪の上に倒れる。

 

 

 

 

 

「あっれー??おっかしぃなぁこっちなんだけどなぁ??」

 

 

 

 

 

【おっ?凍死か?】

 

【地図が表示されてても迷子になる、これが座長クオリティ】

 

【かまくら作るなら上に換気用の穴開けな】

 

【かまくら(機体サイズ)】

 

【プレイヤーだけ入ればいいだろ笑】

 

 

 

 先導している筈のリーダーがそう言う事を言ったものだから溜まらず後続の四人は黙り込んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

『私達、今日はここで凍死ですかねぇ?嫌だなぁ、皆死んじゃうと私だけ居残りで寂しいんですよぉ?』

 

 

 

「大丈夫だよトバリ、最悪ダイダイを殺してその内臓で暖を取るから」

 

 

 

「やってみろクズ姉、その時は正当防衛だ、顔を重点的にぶん殴る」

 

 

 

 

 

 

 

「呆れた、なんでアタシこんなの奴らと一緒に居るんだろう?」

 

 

 

「まぁまぁ、ね?そう言わず楽しんでいこうよ」

 

 

 

 

 

 

 

そう言う視線に先頭の機体はパイロットの気持ちを反映すように身じろぎをして。

 

 

 

「あッ!!!あった!!ほらぁやっぱあったちゃんとあったよ!皆!」

 

 

 

そう言って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして駆け出して、海岸沿いを歩いて森の中を抜けて来た果て、切り立った崖の下に港町が見えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、リスナーさん達!何とか凍死は免れそうですよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【おぉ!おめです!】

 

【おめ!】

 

【祝 ¥500】

 

【北の果てやんこんな所で何すんの?】

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、良い事聞いてくれましたね、実はここ、現在空白地帯になってまして」

 

 

 

 

 

私達、この町を足掛かりに世界征服を始めようと考えてるんです!!

 

 

 

 



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ロボ×異世界×フルダイブ4

灰色の空の上、港町に迫る影があった。

 

 

 

 

 

最初に見つけたのは街の外壁、その上に建てられた監視塔で見張りについていた自警団の若者で、ドラゴンが山の方から下ってきている事は聞いていたからそれの影だろうと。

 

 

 

だが、どうにもおかしい。

 

 

 

 

 

余りにも数が多いのだ、それに、細かい所は話に聞いただけだがどうにも影が小さい気がする。

 

 

 

 

 

「ドラゴン、ドラゴンだよな?……アッ、やべ」

 

 

 

 

 

思い出した様に慌てて走り出した若者によって警鐘が鳴らされ、外壁に併設された格納庫から次々と機体が発進したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蝸牛を模した機体、その殻に横座りに乗る形で置いて居た相棒を殻を揺らさない様に地面に降り立たせる。

 

 

 

 

 

「すみませーん!助かりましたー!」

 

 

 

 操縦席を開けて感謝を伝えると聞こえたのだろう、チカチカと発光信号でどういたしましてと返答が来る。

 

 

 

道中、森を抜けた所で偶然港町に行く予定の商人と出会い乗せて貰う事が出来たのだ、そのおかげでどうにかそれなりに早く街に着けた。

 

 

 

 

 

 舗装路やその土地に合わせてチューニングを行った機体ならまだしも、森や雪なんかの悪路は人型よりも蝸牛やダンゴ虫みたいな虫型の方が移動は速く、乗せて貰わなければ夕方、日没近くまで時間が掛かって居た事だろう。

 

 

 

「運が良かったな、相棒」

 

 

 

 

 

応える訳も無いのに声を掛け、コンソールを撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、商人とは荷卸しを手伝う約束をしているのだ。港町を囲う様に作られた半円型の外壁、その中央に開けられた大門に向かって蝸牛の商人と共に機体を進め、門を開けて貰うべく門番に対し操縦席を開いた所で。

 

 

 

敵襲を告げる警鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「うぇっ!?ちょっ、何で!?」

 

 

 

 

 

 

 

 僕の動揺が通じてしまったのか驚愕に任せて蝸牛の商人を振り返る、そうすると商人の方も動揺しているのか蝸牛の眼がチカチカと発光を繰り返して毒々しい色合いを周囲に振りまいて居て。

 

 

 

 

 

ミュートにしていた筈のアラートが操縦席に鳴り響く、機能を越えたそれは馴染みは無いがよくよく知って居て。

 

 

 

 

 

「緊急クエストって、よりにもよって今日かよ!」

 

 

 

 

 

このゲームにも一応はあるらしい運営からのそれが、ワイバーンの襲来を告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 門を開けて商人を町の中に避難させ、そうして改めて状況を確認する。

 

 

 

 

 

 操縦席を開き目視でワイバーンを見る、さてどうしようか?無視する訳にはいかない、この町の丘の上には彼女のお墓があるのだ。

 

 

 

殆ど素体だけの状態でワイバーンと戦えるだろうか?長年連れ添った愛機なのだ、素体のレベルはかなり高いし、やって出来ない事はあるまい。

 

 

 

 

 

試しに機体のギアを上げ、コンソールの数値を確認する。

 

 

 

 

 

「前言撤回、終わりだこれ」

 

 

 

 

 

 機体のコンディションは控えめにいってクソ、少しギアを上げるだけで放熱が追い付かなくなっている、これなら立って居るだけで焚火みたいに燃え出すだろう。

 

 

 

どうしよう?

 

 

 

 

 

 インベントリの中の装備を出したとしてもこのゲームの妙に不親切な所として取り付けは人力でやるしかないのだ、難しい作業ではないが最低でも一時間は掛かるだろう。

 

 

 

ワイバーンとの距離を考えるにどう考えても間に合わない。

 

 

 

 

 

とりあえず、どうにか簡単に準備の出来る所として機体用のインベントリから武器だけを取り出す。

 

 

 

 

 

「……なんだっけこれ??」

 

 

 

武器と言うよりは鉄塊とか工業用の鉄板と言われた方がまだしも納得出来る大剣。

 

 

 

 

 

 

 

 装備の類は彼女と一緒に使っていたもの以外は売れる全てを売り払ったから、一番のもの以外残っているのはプレイヤーメイドの武器だけで、更に言うなら全く売り物にならなかった類のそれで。

 

 

 

登録上の名前が

 

 

 

「鉄板Aって、なんだこれ?他はなんか無かったか?」

 

 

 

 

 

どう考えても現状の機体に扱える武器では無い、もっとまともなものは無いかとボックス式で十三に分かれているインベントリの中を確認していくが出て来るのは精々人間用の回復薬や携行用の食料ぐらい。

 

 

 

 

 

「いよいよ本格的に終わりか?これ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、まぁ……手はあるが」

 

 

 

 

 

 

 

そうだ、手はある。

 

 

 

 

 

問題はそれを使う勇気が僕の中に有るかどうかと言う事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来れば使いたくない」

 

 

 

 

 

 とは言え戦闘自体が久しぶりなのだ、なにか運よく方法を思いつくかもしれない、僕は何とかなるだろうとワイバーンの記憶を思い出す。

 

 

 

確か、ドラゴンと一緒に現れる類のコバンザメ的なヤツで素材としても難易度としても今一だった筈、なんだ?と言う事は近くにドラゴンが居るのか??

 

 

 

それから、それから、それから、何だっけ??

 

 

 

 

 

「なんだったっけなぁ?カールが好きだったんだけどなぁ、こう言う話」

 

 

 

 

 

 彼女はファンタジーが好きで、同じぐらい生き物の生態だとかそういうものが好きだったからたまに異様に熱を持って早口に話し出したんだが。

 

 

 

「聞き流してたんだよなぁ、ダメだ思いつかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

ワイバーンが目視で見える距離まで迫ってきている、ここに来るまでもう幾らも無いだろう。

 

 

 

 

 

「…出来る所までやるしかない」

 

 

 

 

 

ダメだったらその時は諦めて使うさ。

 

 

 

 

 

「もっとちゃんとカールの話を真面目に聞いておけばよかったな」

 

 

 

大剣を構える、使えるか?現状の出力だけでは無理、遠心力を使えば振るぐらいの事は出来るだろう。

 

 

 

 

 

「細かい所は分かんないけど、ブレス系の攻撃は無かった筈、それに降りて来たら飛びあがるのは時間が掛かるんだよな確か?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モグラたたきの時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギアを上げ大剣を肩で担ぐ、大した速度は出ないがこれで少しは走れる様になった、振り下ろす形でなら最初の一撃は多少はまともなモノになるだろう。

 

 

 

 

 

そうして、やってやるさと一歩踏み出した所で。

 

 

 

 

 

 

 

「オァー!!行くよー!劇団ぐりしゃ!ファイトー!」

 

 

 

 

 

そんな声に思わず機体の動きを止める。

 

 

 

 

 

 

 

「……プレイヤーか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の東側の山肌から滑る様にして五機の機体が降りて来る、これなら何とか町を守れるかも知れない。

 

 

 

デフォルト機能である近距離通信によって五人の先頭に立って滑り降りて来ているサンライトイエローを基調にした機体に話しかける。

 

 

 

 

 

「そっちの五人、協力して対応しないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初心者なのか?通信入れた先頭の機体が驚いた様に肩を跳ねさせて、俺はこっちだと示す様に手を振った。

 

 

 

 

 

「……ガイコツさん?」

 

 

 

 

 

どうみても悪役じゃないか?とかセンス悪くない?なんて声も通信を通して聞こえて来て、たまらず俺は通信の範囲を全体に広げ彼女達に声を掛ける。

 

 

 

「見た目に関しては今は気にしないでくれ!このままじゃ町がやられてしまう!力を貸して欲しいんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなりに捻った事でも言えれば良かったのだけれど、そもそも戦闘以前に人間と話をするのが久しぶりなのだ、裏返りかけた声でどうにも必死になって呼びかけると子供みたいな内容になってしまった。

 

 

 

 

 

そう言う必死さが通じたのかも知れない、当然です!と言う声と共に彼女達は街を守る様に広がってワイバーンを待ち構えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「正直に言ってくれ、ワイバーンと戦った経験は?」

 

 

 

全員と話しても面倒なだけだ、彼女達のリーダーらしきサンライトイエローの彼女にだけ絞って再度通信を繋ぎ、話しかける。

 

 

 

「ありません!お兄さんはありますか!」

 

 

 

 

 

「それなりにあるけど今は戦える装備じゃないんだ、実質的に引退していたと言うか、エンジョイ勢みたいなものだったから、ある程度アドバイスは出来ると思うから前衛はアテにさせて貰って良いかい?」

 

 

 

 

 

ハイ!サンライトイエローの彼女が元気よく答える声と共に、刀を腰に下げた群青色の機体が居合の要領で斬撃をワイバーンに飛ばす。

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ、珍しいな」

 

 

 

 

 

 このゲームにはスキルが色々あるが、その中でもあの手の現実の格闘技なり剣術なりから始まっているスキルを獲得するのは大変なのだ。

 

 

 

飛ぶ斬撃で言うなら、前提条件としてまず身体の延長線上として機体が本体の動きをトレースする操縦方式を選んだ上、この世界で居合術を使い機体のスキルとして開花させなければならないのだ。

 

 

 

このゲーム、そんな事をするぐらいなら機体用の射撃装備を積んだ方が早い。

 

 

 

 

 

そう言う意味でも珍しいし、もう少し言うならちゃんと戦闘に使えるレベルでものにしていて、ちゃんとカッコいいと言うのも珍しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現状まだ少しワイバーンの群れは遠く、遠距離系の武装が無い俺には出来る事が無い、自警団の機体は町の中に入って避難誘導と迎撃に当たってくれているから、精々ワイバーンの気を引くぐらいしか選択肢が無いのだ

 

 

 

 

 

俺は鉄板Aを地面に突き刺し、ガンガンとそれを叩いて外部スピーカーから大声を出した。

 

 

 

 

 

「うぉー!!こっちだ!こっちにこい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 それを真似て何人かの機体が同じように声を出し、この段階で攻撃出来るものは様々な手段で攻撃する。

 

 

 

白の重装備機体は大盾にメイスを叩き付け、合間合間にリキャストタイムが切れた魔法系列のスキルをワイバーンに撃ち込む。

 

 

 

 

 

「うわー!こっちだよー!」

 

 

 

 

 

白を基調にした機体の色合いに盾に描かれた赤い十字、信仰系のヒーラー機体が使う初期装備だろう、鍛えればそれなりに長く使えるものだからそう悪いものでは無い。

 

 

 

 

 

『うおー死ねよやー!』

 

 

 

 

 

同じ様にワイバーンに向かってインベントリから取り出したライフルを撃ち込んでいるのは何だ?AI式の機体だろうか?正直判断するのは難しいが機体の顔面部分が液晶になって居て顔文字が表示されている、ああいう手の込んだ事をするのは大体AIを育て切ったプレイヤーが多かった気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌がらせの様に遠距離から攻撃したり音を立てた効果があったのだろう、そもそも大した数では無いが幾らかが恐らく巣に向かって逃げ帰る。

 

 

 

だが、傷を負った個体は怒りに任せてこちらに急降下して攻撃を仕掛けて来ていて、そういう個体の興奮に引っ張られたのか大多数の個体は金切り声をあげ円を描く様に飛んでこちらを威嚇している。

 

 

 

 

 

「……不味いな」

 

 

 

 

 

「何がですか?」

 

 

 

 

 

通信が繋いだままだったか、まぁ良い。

 

 

 

 

 

「攻撃してこない、ドラゴンを呼んでいるのかも知れない」

 

 

 

「ドラゴンですか!?取れ高!!」

 

 

 

「??多分、今の感じだとドラゴンの相手は無理だ、全滅する」

 

 

 

 

 

そしたら町の住人は皆殺しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 別にしょうがないとは思うが、どうにも無線の向こうの彼女の声には緊張感が無い、ゲームなんだしそういうものだとは思うが、僕はそう言う訳には行かないのだ。

 

 

 

ここには、彼女のお墓がある。

 

 

 

 

 

「…奥の手を使うしか無いか?」

 

 

 

通信を切り小さく呟く、急降下して来たワイバーンにタイミングを合わせ鉄板Aを振り下ろして打ち返すと、鉄板の重さでワイバーンは真っ二つに裂けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンと言うのは魔法に依ったデザインとしてかなり高度な知能と戦闘能力がある、彼女達はそれなりに戦闘に慣れて居るがそもそも勝てない事をベースに調整されている様な敵なのだ。

 

 

 

 

 

「…こんな事なら装備、つけときゃよかったかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 出来るだけ小さな動きで対応しているがどんどんと機体は熱を持っていて、徐々に機体は危険な領域近くまで温まっている。

 

 

 

だとしても止まる訳には行かず、手を止めずに鉄板Aでワイバーンを打ち返し続けた。諦めて良い様な気もしてくる、だけど、彼女はこの世界を愛していたから。

 

 

 

 

 

「だったら僕も、頑張るんだ」

 

 

 

 

 

 他の機体も戦っている。だが、頭上のワイバーンを落とそうと撃ち込まれる射撃や斬撃は、どうにも決定打に欠ける精度で三つ撃って一つぐらいの割合でしか当たって居ない。

 

 

 

早くしないと、これはドラゴンが来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっ、言ってる場合じゃなさそう!アレ!撃ち落とした方が良いんですよね!?」

 

 

 

 サンライトイエローの機体から通信が入り、反射的にあぁ!!何とかしてくれ!!と叫ぶ。機体の熱はもう完全に危険な領域に入った、このままだと爆死だ。

 

 

 

「じゃあ、お気に入りだけど使っちゃいますね」

 

 

 

 

 

通信の向こうからそんな声が聞こえて来て、何となく視界の端で捉えて居たサンライトイエローの機体、その背中から花が開くみたいに水晶の様な物質が広がったのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘だろ」

 

 

 

 

 

 

 

 プレイヤー達が各々好き勝手に呼んでいる無線式飛行遠隔攻撃ユニット、正式名称は忘れたが彼女は、クイーンはそれを用途によって雨粒とか子犬だとか好きに呼んでいた。

 

 

 

まさか、彼女以外に好き好んでゴミ装備を使う人間が居たとは。

 

 

 

 

 

 

 

サンライトイエローの水晶が成長を続け、雪の結晶の様な形を機体の背中に作り出す。

 

 

 

 

 

「いきます!」

 

 

 

そうして掛け声に合わせて水晶が粉々に砕け、無数の雪の結晶に分かれたそれが上空の群れへと飛び立って行きズタズタにそれを引き裂いて。

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

うおぉ

 

 

 

うおぉぉ!

 

 

 

 

 

うおおおおお!!!!!

 

 

 

「逃げろー!!!!!!」

 

 

 

 

 

もう少し細かく切れば良いものを、二等分か三等分されただけの軽自動車サイズの爬虫類の肉片が地上へと降り注いて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は遠隔操作中で動けなくなっているサンライトイエローの機体を担ぎ上げ外壁から離れた森の中へと走る、少しでも木々が肉片を防いでくれると良いんだが。

 

 

 

 

 

兎も角、僕達はそうして肉片の第一波が来ると同時に雪の中に飛び込んで。

 

 

 

 

 

 

 

ジュウジュウと機体の熱で降り積もった雪が解ける音を聞きながら、妙に気の抜けた音と共にモニターに表示が写るの見たのだった。

 

 

 

 

 

 



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