転生者と転生猫の納豆食べたい (家葉 テイク)
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食文化は意外と難しい──Eat_Hard.

「納豆が食べたい……」

 

 ある日の放課後。

 自室に戻って来るなり勉強をしていたはずのミサキが、突如として机に突っ伏した。

 来週頭の中間テストに向けて頑張らねばと息巻いていた矢先の出来事だったので、俺は少々意外な気持ちになって、丸まっていた頭を持ち上げてミサキの方を見た。

 

「なんだなんだ、またホームシックか?」

「そういうのじゃないけど…………」

 

 声をかけてやると、ミサキは椅子をくるりと回して、ベッドの上で丸まっていた俺の方へ身体を向ける。む……しまった、ミサキに勉強をサボる口実を与えてしまった。

 

「納豆が……なんか食べたいなって……」

「ミサキ、現実逃避してないでちゃんと勉強しないとダメだぞ。この間の詠唱の小テストの点数が悪かったこと、俺は知ってるからな」

「それは分かってるよぉ!」

 

 ミサキは喚きながら俺の丸まっているベッドの上へと飛び込んでくる。うわっ!

 

「……逃げないでよ」

「いきなり飛びかかられたら逃げるに決まってるだろ」

 

 咄嗟に跳び上がった俺は、机の上にすたっと着地してそう言い返した。

 

「大体だな、納豆が食べたいって言ったって無茶ってものだろう。忘れたのか? ここ異世界。日本列島なし。だいぶ前に分かってたことだろうに」

「でも……でも!」

 

 さっさと勉強モードに頭を切り替えさせようとそう言った俺だったが、対するミサキの方は、理想を押し潰そうと現実を目の前に並べ立てられても決して立ち向かう意思を捨てない的な光を瞳に宿しながら反駁する。お前それ、暴走する魔獣の群れとか数多の策謀を企てる魔術テロリストとかを目の前にやるヤツだろ……。

 

「この世界には私やタマ以外にも転生者がいるんだよ……それも遥か昔から……! それならどこかしらに納豆を真似した文化がどこかに根付いていてもおかしくない。探しに行こうよ、日本文化の残滓を……!」

「テスト期間中」

 

 とはいえ、ミサキの瞳がいかに輝かしいからといってテスト期間中に納豆探しの旅を認可するようではウェアルフィア家のお嬢様のお目付け役は務まらない。俺は一言でそんな希望をばっさりと切り捨ててやる。

 

「確かに、俺だって納豆は食べたいけどな……」

「なら……!」

「だが!」

 

 すぐさま縋ろうとベッドから起き上がったミサキを威嚇するように前足で机をシタッ! と叩きながら、俺はミサキの言葉を遮った。

 

「当然、納豆が食べたいと思った過去の俺は調べた……納豆という日本文化の跡を調べたさ……」

「…………そ、それって……」

 

 ごくり、と。

 ミサキは俺の言葉に、思わず固唾を呑んだ。そんなミサキに、俺はこくりと頷いてみせた。確かに今の俺は猫型魔獣(シャパルー)の身だ。だが魔獣ってけっこう頑丈な身体をしてるからチョコ(的なもの)も食べられるし玉ねぎ(的なもの)も食えるのである。味覚もそこそこ発達してるから納豆だって多分おいしく食べられるのである。

 なら食べたいと思うのが人情というものだろう(魔獣だけど)。だから俺は、魔獣なりに色々調べてみたのだ。そしてその結果、俺は突き止めた。

 

 日本文化の跡は、()()()()()

 

 豆──大豆に酷似した穀物を品種改良し用いた食文化は、確かに根付いていた。

 

「『聖属魔法』の大家、ヤンマーダム領。『大陸』南部、『遮熱山脈(カーテン)』の北にある地方都市だが──知っているか?」

「知らない……」

 

 首を横に振るミサキに、俺は『だろうな』と思う。

 この知識は例の『紅灼令嬢』のお部屋で読ませてもらった蔵書で知ったものだからな。あの人三年だから、二年のミサキは知らなくて当然だ。

 とはいえ、そんな種あり豆知識の種をわざわざさらす必要もないので俺は素知らぬ顔で雑学披露体勢を継続する。

 

「ヤンマーダムっていうのはヤンマー豆の原産地でな……無論ヤンマー豆の調理法も多岐にわたるんだが」

「まずそのヤンマー豆が何なのかも知らない……」

 

 ミサキはそう言って項垂れる。まぁそうだろう。元の世界で言ったらガラムマサラの原材料並の知名度しかないからな。ちなみに俺はガラムマサラがどんなものなのかすらあんまり分からんし、原材料なんか全然分からん。つまりその程度の知名度しかないということだ。

 ネットのある時代ならともかく、この世界にはまだそういう便利アイテムはないからな。ソースがしっかりしている情報源が図書館くらいしかない世界では、ヤンマー豆の存在すら知らなくてもおかしくない。

 

「ヤンマー豆っていうのは、その名の通り豆のお仲間だ」

「そこは流石に分かるけど……」

「話は最後まで聞く。前世の世界にあったマメ科の植物がどんなもんだったか、俺はもう覚えてないんだが……ヤンマー豆はつる植物の一種で、もともとは密林の中にあったそうだ」

「へ~……」

 

 あんまり興味なさそうに相槌を打つミサキに、これこのまま豆の話してもあんまり食いつかないなと思ったので次なる話題を切り出すことにする。

 

「これをヤンマーダムの初代領主が持ち帰って栽培・品種改良したのがヤンマー豆ってことだな。向こうじゃ『始祖の豆』とか『シソ豆』って呼ばれてるらしいけど」

「豆なのにシソなの?」

「別にシソみたいな風味がするわけじゃないらしいけどな」

 

 と言うと、ミサキはそれがツボに入ったらしく、声を殺して笑う。クソみたいなツボしてるなお前……。

 ちなみにコイツが笑うときのクセなんだが、声を上げて笑うのが苦手らしくツボに入ると俯いてくつくつと笑うんだよな。ちょっと不気味なので直した方がいいと思うんだが、こういうのって言い方を間違えるとすごくヘコみそうだからなんか言うタイミングがつかめないでいる。でもクロウに言われたら一か月くらい引きずりそうだしいつかは言わないとなぁ……。

 

「んで、そのヤンマー豆はそんな感じで向こうの領民にはすごく親しまれているんだが……不思議なことに、ヤンマー豆をそのまま使った料理は殆どないんだよ」

「え……なんで? 皆ゆで豆しか食べてないってこと……?」

「んにゃ。向こうじゃヤンマー豆は調()()()()()()しか、殆ど使われないんだ」

「あっ、なるほど」

 

 言ってみれば唐辛子みたいなもの。唐辛子は単品で食うことなんて殆どないからな。まぁ、ヤンマー豆は唐辛子みたいに辛かったりしないが。

 

「そしてその『殆ど』の例外に、あるんだよ……『納豆』みたいなものが」

「あるんじゃん……! 納豆的なもの……! あるんじゃん……!」

「その名前が──『ヤンマー粥』だったとしても、か?」

 

 そう言った瞬間、いきり立ちかけたミサキが一瞬完全停止した。

 そんなミサキに畳みかけるように、俺は続ける。

 

「ヤンマー粥はヤンマーダムの伝統的な病人食でな。ヤンマー豆を麦藁と一緒に蒸して、そのあと蒸したヤンマー豆だけを取り出して潰して発酵させたものらしい」

「え……!? それ殆ど納豆じゃない……?」

「違うのだ……」

 

 希望を見出したミサキに、俺は沈痛な面持ちで答える。ヒアリングしてみたところ、例の『紅灼令嬢』はこう言っていたのだ。

 

「ヤンマー粥はスープのような液状で、味はほんのり甘いらしい。粘つきなんてなく、どっちかというとミルクのような味わいなんだそうだ……」

 

 考えてみれば当然の話だ。病人食なんだから、納豆みたいにねばっとしてて匂いもすごい食べ物が定着するはずがない。

 

「そうなんだ……じゃあ納豆とは違うね……。あれかな、甘酒みたいな感じなのかな……」

「そうかもなぁ……」

 

 つまり、納豆に関する情報は得られなかったということ。

 納豆って欧米人だとかなり好みが分かれるって話を聞いたことがあるし、ここ人種的には基本ヨーロッパ系っぽいし、納豆を作った転生者がいても口に合う人が少なくて文化として定着しなかった……みたいなこともありそうなんだよな。

 俺も、最初にヤンマー粥の存在を知ったときはぬか喜びだったショックも相俟ってかなりがっかりしたものだ。

 

「はぁ……」

 

 そんな当時の落胆を思い出した俺は、当時の俺と同じように落胆したミサキとほぼ同時に、ため息を吐く。

 

 ……。

 ただまぁ、これでミサキもだいぶクールダウンしただろう。あとは気を取り直してテスト勉強に取り組むだけ、

 

「あ、タマ。なんか話してたら甘酒飲みたくなってきちゃった。そのヤンマー粥について詳しく聞いてもいい……?」

「テスト期間中」

 

 そして、第二ラウンドが始まった。




・タマ
現代日本から猫型魔獣『シャパルー』に転生した畜生道サバイバー。

・ミサキ
本名ミーシャ=ウェアルフィア。ミサキは前世での名前。
一四歳の王立魔法学園中等部二年生。

・この短編
もともと『畜生道から』というタイトルで練っていたオリジナル作品のキャラを流用している。


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