竜と少年R15ver (神座(カムクラ))
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第壱話 歯車は廻る

 
 
 この小説は私が執筆しているモンハンR18小説「竜と少年」のLow effect versionです。ごく一部の演出を抑えていますがストーリーは同じなので生々しい表現や性描写が苦手な方、18歳未満の方はこちらをご覧ください。


 

 

 

 「ほらユタ、トーマ、離れるんじゃないぞ。もうじきナルガクルガの巣だ。」

 

 ある夫婦ハンターが子供に狩りを見せるため、2人の息子を連れている。兄の名はトーマ。12歳で両親と同じハンターを夢見ている勇敢で優しい兄だった。その6歳年下のユタはお世辞にも勇敢とは言えないが優しく、また幼いながらあらゆる武器の扱いの才能を見せていて家族や村の期待の星だ。父カヤックと母カンナは念を押すように

 

 「もうすぐだ…村のみんなには内緒だぞ?」

 

 「ギルドにもね。特別だから。」

 

 ハンターは狩猟許可区域外のモンスターを狩ってはいけない。それは鋼の掟。これには重大な理由があるのだが、そのハンターたちは息子たちに勇姿を見せるため本来は入ってはならない区域に入り、目的のナルガクルガの巣へと向かっていた。

 

 「あった…今は留守か…?」

 

 「待って、中に何かいる…」

 

 巣の中には小さな黒い塊を見つけたユタが

 

 「ナルガクルガの赤ちゃんだー!」

 

 と言えばトーマも覗いて

 

 「ほんとだ。意外と可愛いな。」

 

 子供達にとってつぶらな瞳の迅竜の仔は可愛いだけなのだが、ハンターの両親にとっては違ったらしく、カヤックはホクホク顔で妻に言った。

 

 「これは良い。連れて帰ってある程度育てて傷をあまりつけずに殺せば良い素材になる。トーマの装備にしてやるのも良いかもな。いや、生きたまま売ればかなりの金になるかもしれない。」

 

 「なら早く連れて帰りましょう。」

 

 ギッギッと鳴き声を上げる幼体のナルガクルガに麻酔弾を撃ち込もうと母カンナが銃口を向け…

 

 「ちょっと待ってよ!可哀想だよ!」

 

 その非道な行動を止めようとユタが母のボウガンを引っ張る。すると父が止めさせ

 

 「ユタ、俺たちはハンターだ。そして竜は獲物だ。竜に情けなんてかける必要はない。それにこいつで装備を作れば兄さんのためになるんだぞ。」

 

 と言って退かせる。

 

 「でも…」

 

 ──よくも私の子を!──

 

 「えっ?」

 

 「なんだ、どうした──」

 

 ハッとユタが母の方を向くと、音を立てずに近づいていた2つの紅い残光が、我が子に一番近いカンナを引き裂いた。

 

 「カンナぁぁ!!」

 

 「母さぁぁん!!」

 

 ギャオオォォン!!!

 

 「くそぉっ!」

 

 カヤックは大剣を振りかざすがナルガクルガはいとも簡単に交わし我が子に覆い被さるように立つと棘を飛ばした。なんとか誰も被弾しなかったが、ここでカヤックは子供たちの存在を思いだして一先ず逃げることを選択する。

 

 「逃げるぞ!」

 

 煙玉を投げ子供たちの手を取ろうとしたとき、母を殺したナルガクルガにユタはこう叫んだ。

 

 「逃げて!子供を連れて逃げて!そうじゃないと大勢の人が殺しに来る!だから───」

 

 ユタが次に気がついた時には家の物置の椅子に縛り付けられていた。言うまでもなく父の逆鱗に触れたのである。

 

 「何故あんなことを言った。」

 

 「だって子供を守っただ──」

 

 手加減のない平手打ちが飛ぶ。

 

 「この人でなしがっ!母さんが殺されたのは正しいと言うのか!!」

 

 「でも…でも…父さんだって兄さんが殺されそうになったら同じことを───」

 

 「黙れ!人様と本能だけで生きてる畜生を同じにするな!!」

 

 その後何日か虐待された後兄トーマが止めに入って事は終結したものの、住んでいた村には親不孝者として知れ渡った上ユタに竜と意思疏通する力があると分かればもはや人間として扱われなくなった。ただ一人、兄だけは違い、ユタに本を買ってやったり遊んでやったり森に連れていってやったりと、大切な弟をとても可愛がっている。

 

 その4年後、父カヤックは皮肉にもナルガクルガ狩猟依頼に失敗し帰らぬ人となり、トーマはこれを期にある決断をしたのだった。

 

 「なぁユタ、話があるんだが、引っ越しをしないか?」

 

 「引っ越し?」

 

 「この村を出るんだ。もう目星はついてる。ユクモ村ってところだ。ほら温泉で有名な、龍の凄む村だ。」

 

 「うん、知ってる。」

 

 「あそこならきっとお前も暮らしやすいだろう。なんたって村の奥の霊峰ってところにアマツマガツチとミラボレアスっていう古龍が住んでいて、毎年お祭りしてるようなところだ。信じない人も多いけど俺の知り合いはその古龍から貰ったっていう鱗をみせてもらった。」

 

 「そうなんだ…でも兄さんは良いの?」

 

 「あぁ。大事な弟を人間扱いしない村に用はないさ。もう話はつけてある。知り合いの守人が護衛として来てくれるってよ。」

 

 守人とは、ギルドが自然の理に反した狩猟をしていないか監視するための組織、ハンターの逆である『ガーディアンズギルド』通称竜の守人のことである。守人たちは、密猟者の取り締まりの他に、ギルドに寄せられた依頼が正統かどうかを判断する。違反すれば一国の王でさえ罰せらる権限をもった。

 

 この制度は初めはなかなか受け入れられなかったが、あるとき現れた『幻月の守人』と呼ばれる守人の奮闘により徐々に世に受け入れられ、今では国家組織として国から承認・支援されつつ国の権力から独立している。

 

 2千年近く前、人が竜を根絶やしにしようとして大戦争になって生命のバランスが大きく乱れてしまい、それを正すため当時の龍王だった真祖龍が人間とその文明をことごとく滅ぼした。しかしあくまで平衡を保つのが目的だったため、当時のシュレイド王やハンターズギルドマスターに『人間と竜が本当の意味で共存できる世界を望む』と言い残した。その時の反省、そして真祖龍の言葉を実現するために設立されたのが竜の守人だった。

 

 「それにお前、竜医者になりたいんだろ?ユクモ村には優秀な竜医者もいるらしいし、貴重な資料もたくさんあるって話だからお前にはピッタリじゃないか?」

 

 「うん…ありがとう兄さん。」

 

 こうして兄弟は旅だった。その道中。

 

 「この辺りで休みましょう。

 

 案内人のその一言で湿地林の真ん中で休憩。ユタは護衛の守人、ラーザとそのオトモアイルーと一緒に何か採取出来るものはないかと探していた。

 

 「あ!これ落陽草だ!花も咲いてるから生命の大粉塵が作れる。」

 

 「作れるのか?」

 

 「出来ます。」

 

 上位ハンターでも苦戦する調合なのだがあっさりとやってのけたのでラーザは感心する。

 

 「すごいな。生命の大粉塵なんて実物は初めて見た。」

 

 「まだあるかもしれないから探しましょう!」

 

 そうしてしばらく辺りを探していたとき

 

 ──いやだ…死にたくない──

 

 「あっ…」

 

 「どうした?」

 

 ──だれか…──

 

 「聞こえる…」

 

 「何がだ?俺には何も聞こえないが。」

 

 「竜が助けてって言ってる…」

 

 「竜!?お前竜の声が聞けるのか!?」

 

 「うん…」

 

 ──死にたくないよぉ…お母さぁん…──

 

 「そんなに遠くない!」

 

 「なら行ってみよう。」

 

 「信じてくれるんですか?」

 

 「あぁ。そいつはきっと声渡し(こわわたし)だ。ごく稀に人間にもいるらしい。案内しろ。ここは狩猟許可区域じゃないから密猟者かもしれない。おい、レン!」

 

 「ニャ!」

 

 「お前は戻って伝えてこい!」

 

 「分かったニャ!」

 

 声を頼りに探すと見つけたのは全長350cmぐらい(内半分以上は尻尾だが)の幼体のナルガクルガ。あちこち怪我をしている。

 

 「こんな真っ白なナルガクルガは初めて見た…4、5歳ぐらいか?」

 

 小さいなりに弱々しく威嚇をするが、ユタは動じず優しく話しかけた。

 

 「大丈夫、襲ったりしないよ。どうしたの?」

 

 驚いて威嚇をやめ、ユタにだけ聞こえる声でいった。

 

 "人間に襲われた!お父さんもどうなったか分からないし、お母さんが大変なの!助けて!お母さんが死んじゃう!"

 

 

  その偶然の出逢いは奇跡という名の運命。   

 

 

 

 ────────4年前─────────

 

 

 

 極ナルガクルガ。純白の毛に覆われ、目の周りや刃翼、尾などには紅の模様があり、全身に淡い光と微かな気流を纏う特殊な種族。任意の至近空間を真空にすることができる力を持ち、その古龍を凌駕するほどの力から遥か昔より龍王の下僕として仕えてきた一族でもある。そしてその血を受け継ぐ1匹の雌の極ナルガクルガは今まさに臨月を迎えようとしていた。

 

 "痛むか…?"

 

 "あぁ…せめてお前が……側にいてくれれば…"

 

 話しかけたのは不幸にももうすぐこの世に生を受けるこの仔の父親。だが互いに触れるどころか1度も顔を合わせたことがなかった。

 

 

 ───さらに2年前───

 

 

 雌の極ナルガクルガ、カラはいつも通り若き龍王である祖龍ミラボレアスへ獲物を献上するため狩りに出ていた。その日は気分で少し遠くへ出かけていたのだが、突然、大勢の人間に襲われ、あと一歩のところで捕らえられてしまった。人間に劣る彼女ではないのだが、流石に何百もの軍勢には勝てなかった。気がついたときには立ったままの姿勢で固定され、どこかに閉じ込められていた。

 

 彼女は王の下僕として人語を話すことが出来たが、口は与えられる肉が食べられるギリギリまでしか開けられず、交渉することも出来ない。傷が癒えてしばらくしてから人間たちの目的を、身をもって知ることとなった。

 

 「よし、抜け。」

 

 「グ…グウゥ…!」

 

 鱗を引き抜かれたり、自慢の刃翼に何度も金属の塊を打ち付けられて折り取られたり。自分はエサという材料を稀少で強力な素材に変える道具として扱われるのだと絶望したとき、

 

 "おい…聞こえるか…?"

 

 隣の牢から聞こえてきたそれはナルガクルガ系統のみが使える超高音、低音域の鳴き声。同族だという証拠だった。

 

 "聞こえる…お前は…?ここはどこなんだ…?"

 

 "おぉ…会話をしたのはいつぶりだろう……"

 

 聞けば彼は朧月(おぼろづき)のナルガクルガ、俗に言う希少種で、かなり前からここに囚われているらしい。自分のことも話すと

 

 "王の下僕…!そなたのような竜まで捕らえてしまうとは人間とはなんと……いやどうでもいいな。私の名はユミト。そなたの名は?"

 

 "私はカラだ。"

 

 "カラ…この鳴き声で話せるのはそなただけ。普通の声では人間からの罰が待っているからな…話し相手になってくれないか?私はもう…今にも気が狂いそうなのだ…"

 

 "むしろ私からお願いするよ…"

 

 それからは彼らは定期的に素材を「採取」され、その度に互いに励まし合っていた。だがある日、人間たちは奇妙な行動に出た。

 

 "なぁカラ…"

 

 "なんだ?"

 

 "そなた最近…胎に何か入れられてないか…?"

 

 "……あぁやはりお前の…"

 

 "気づいていたか。"

 

 "生憎、ご多分に漏れず鼻は利くんでね。…私にお前との仔を産ませて取れる鱗を増やすつもりか…全くなんて残酷なことを…"

 

 "すまない…雄である私にも何も出来ない…"

 

 "お前は悪くないさ。どうせ私の一族は宿しにくいんだ。"

 

 だが現実は牙を剥いた。普通のナルガクルガでも胎生であるため妊娠率は低く十数年に1度仔を産めば良い方であるのに、捕らえられておよそ1年で腹の奥底が脈を打ち始めた時は絶望した。自分は不幸になる仔を産まねばならぬという事実。なんとか、なんとかこの仔だけでも。そう思った彼女はふと肉片をみて思い付いた。期待はしていなかったが、藁にもすがる想いで肉片を噛みほぐし、汚いがなんとか読める文字を書いた。

 

 ──話をさせろ──

 

 世話係はそれを見たとき、状況が呑み込めなかったのかしばらくカラとその肉文字を交互にみて、別に急かしてもいないのに慌ててその場を去ると、いくらかの紙とインクを持って帰ってきた。カラの目の前でインクで紙に書く光景を見せると恐る恐る差し出してきたので、慎重に、こう書いた。

 

 

 ───私はお前たちの言葉がわかるし、お前たちの目的も理解している。産まれたばかりの仔竜は親と離ればなれになると死んでしまう。少なくとも授乳が終わるまでは一緒にいさせてくれ。そして、どうか私と同じ目に合わせないでくれ。私はどんなとがめも受ける。だから頼む。不幸になる仔など産みたくない。自由にしろと言っても無駄だということはわかっている。だからせめて酷い目に合わせないでくれ。私達も生きてるんだ。私達にも心があるんだ───

 

 

 世話係の驚きぶりは相当なものだったが、当然だろう。ただの物として見ていなかった存在が、その悲痛な願いを伝えてきたのだから。落ち着いて、しばらく姿を消して、再び戻ってくると

 

 「拘束を緩めてやる。それと、お前が書いた内容の大方は上も認めた。だがもちろん採取はさせてもらう。他になんかあったらまた書け。」

 

 その日から立ったり寝そべったり、横たわったりはできるようになった。少なくとも産んですぐに引き離されることはないという安心感はあるものの、やはり激しい罪悪感はこれっぽっちも消すことができなかった。

 

 "聞いてもいいか…?子供のこと"

 

 "あぁ"

 

 "その…どんな感じだ?"

 

 "最近動き始めた。なんだろうね、罪深いことをしているというのに、無性に嬉しくなってしまう…所詮は本能か…でも正直不安だ。直接交わった訳でもなく、酷い扱いを受けると決まった仔…中途半端に一緒にいるより、さっさと引き離してくれた方が楽かもねぇ…"

 

 "そうか…"

 

 何もできないユミトは『それでも少しの間だけでも愛した方が良い』など言えるはずがなかった。普通の雄ならそんなに気遣うことはないだろうし、触れたこともないのに勝手に自分の仔を宿した雌やその仔を気遣おうとも思わないだろうが、正確には5年もの間独りで苦しみ続けた彼にとってカラやその子供は希望の光であり、生きる糧であり、かけがえのない存在だった。

 

 

 そしてカラの腹は大きく膨らみ、今に至る。

 

 

 「ウグゥ……グ…グギギ…」

 

 「そら頑張れ。」

 

 破水して数分、世話係の応援が気に障るが一応腰を擦ってくれているので我慢する。

 

 "カラ…すまない…頑張ってくれ…"

 

 "お前は優しいね…グ…今更謝るのは止めておくれよ…私よりもずっと長く苦しんだ、優しいお前との仔だ…産めて光栄だよ…グゥゥ……"

 

 鱗を抜かれる痛みなど虫が停まるに等しいと思えるほどの激痛の波。だが力をいれて、痛みのピークが訪れる度に我が子が少しずつ移動しているのを感じると、不思議な元気が湧いてくる。そして

 

 「ク……キ……キャウ…キャウッ…!」

 

 "カラ…!産まれたのか…!"

 

 "あぁ…なんとか…"

 

 拘束されているので、事前に伝えていた通りに世話係が仔の膜を破り、へその緒を千切るとそれを合図に我が子が産声を上げる。親切にもカラの目の前に置いてくれたので拘束が許す限り口を開けて舐めた。

 

 (私の子…)

 

 その後も打ち合わせ通り世話係はその子の体を拭き、排出された胎盤を始末してから子供とカラを少し洗った。子供が乳を飲んでいると

 

 "カラ…その…なんといったら良いか…"

 

 "何も要らないよ。励ましてくれただけで十分だ。"

 

 それからしばらく経ち、娘はすくすくと成長してあっという間に乳離れの時期がやって来る。不本意にできた子ではあったが、いざ育てると本当に可愛くて人間たちからの拷問も楽に耐えられるようになり、ユミトに娘の様子を聞かせるのが日課になった。

 しかし楽しい時間も終わり。約束の時間が来て無理矢理引き剥がされ泣き叫ぶ望まぬ子から目をそらし、忘れようとする。よほど大きな声で鳴いているのか見えない別の場所に連れていかれても声が聞こえて、こっちまで泣きそうになった。

 

 "カラ…"

 

 "今はそっとしておいてくれ…"

 

 が、不意に鳴き声が大きくなったと思うと世話係が娘をつれて戻ってきた。

 

 「今日は返す。上に掛け合ってやるよ。」

 

 するとその翌日

 

 「許可が出た。当分は一緒にいられる。感謝しな。」

 

 

 

 "ユミト…あいつは変な人間だよ…"

 

 "だがまぁ…良かったな。"

 

 "あぁ…そうだ、名前を付けてやらないか?"

 

 相談の結果、娘を"レナ"と名付け、出来る限りの範囲で愛した。

 それからまた時が経ち

 

 "母さぁん…!"

 

 "レナ…"

 

 鱗を数枚剥がされて涙声ですり寄る娘。

 

 "どうしてこんなに痛いことされるの?私、「外」に行ってみたい…"

 

 "ごめんよ…レナ…"

 

 この頃、ユミトから返事が来なくなり、話しかけられることもなくなった。長年の苦痛がついにその精神に牙を向き始めたのだ。自分やこの子もやがてそうなってしまうのかと思うと、カラはレナを宿してしまった自分を呪った。

 

 

 

 〇〇〇

 

 

 

 "……?"

 

 それは混濁した意識の中で、ふと気がついた異変だった。

 

 (何だ…?この音…)

 

 恐らく迅竜にしか聞き取れないであろう音。その正体に気づいた瞬間、消えかけていた心が燃え上がった。

 

 (そうかこれか!これが壊れかけている!)

 

 全身に力がみなぎるのをユミトは感じた。長い間ユミトが苦痛で身をよじろうとしていた時の負荷が積み重なり、数年の時を経て壊れ始めている音だった。ふとユミトは隣でカラと、娘の声を聞いた。

 

 (そうか…もう話せるのか…とすると私はかなりの間意識を…クク…こんな私でも…まだできることがあるかもしれない…)

 

 それから毎日、ユミトは力を込めて鎖を引っ張り続けた。その間、敢えて親子に話しかけることはしなかった。そんな暇があれば休み、拘束を破ろうと思ったからだ。少しずつ手応えを感じ、

 

 (これなら…)

 

 己の刃翼の修復が終わり、もうすぐで折り取られるであろう時期を見計らって渾身の力で腕を引っ張った。直後、ビシビシッという音が響き、甲高い音と共に根本から千切れた。

 

 (しめた…!)

 

 自由になった右腕の鋭い刃翼で残っていた尻尾の鎖を叩き斬ると檻をぶち破った。

 

 "カラ!レナ!起きろ!今出すぞ!"

 

 "何───"

 

 初めてその純白の姿を捉えるとその檻も破壊し、娘を抱きたいという衝動を抑えてカラの拘束を千切った。

 

 "いくぞ!"

 

 満身創痍の体で外を目指していると、カラが見回りの1人を押さえつけると人語で問いかけた。

 

 「出口はどこだ。」

 

 言わなければ殺す、というように腕を軽く振り上げると人語を話したことさえ気に留めず震える手で指をさした。すぐに信用はせず男を口にくわえてその方向へ向かうと一行は格子に隔たれた門にたどり着く。ユミトが叩くが壊れなかったのでカラは男を放し

 

 "私がやる。この子を。"

 

 困惑したレナを預けるとその場で3回まわって勢いをつけ、ユミトとは比べ物にならないほどの速度で一撃。火花が散り、金属の格子の一部が折れる。それを数回繰り返してついに脱出口を確保すると、とにかくその場から離れようとするが破裂音が響き、咄嗟に飛び退くと何かが高速で通りすぎた。

 

 (ボウガンか…!)

 

 ハッと建物の上部を見ればバリスタもある。王の下僕として人間が使う武器についての知識も備えていた。

 

 "ユミト!まずは走れ!今すぐ飛んではかえって危ない!"

 

 ナルガクルガは飛行能力にはあまり長けていない。飛行中はかなりのスピードを出せるが、浮遊し滑空するまで時間がかかる。その間にバリスタで撃たれれば終わりだ。幸い建物は森に囲まれていたのでそこを目指す。ジグザグに移動して弾を避けているとユミトが方向転換。

 

 "ユミト…!?"

 

 "逃げてくれ!娘を頼む…!"

 

 後ろからは既に人間が迫ってきていたのだ。ユミトは返事を待たずに迎え撃った。

 

 "絶対追いかけてこい!"

 

 そう叫ぶと森の入り、走り続けた。

 

 "ハァ…ハァ…"

 

 "お母さん大丈夫?"

 

 "あぁ…今日はこのあたりで休もう。"

 

 数時間走り続けて疲れきったカラは見つけた川で水を飲んでから死んだように眠った。

 翌朝起きるとレナを背にしがみつかせて鎖をぶら下げながら飛び続け、途中で狩りをしてようやく落ち着いた。レナは初めての外なので、もう旅行気分である。虫と遊び疲れて休む我が子を抱いて、ユミトへ心からの感謝の祈りを捧げてその日を終える。その後もあてなく飛び続けてもう逃れたかと思っていたときだった。

 

 (囲まれたな…)

 

 2日後、眠っているカラがその気配に気づいたときには遅かった。普段ならもっと早く気づくだろうが、疲労ゆえに深く眠りすぎていたのだ。

 

 カンッ…ドォォン!!

 

 「ギャッ!!」

 

 "母さん…!"

 

 何かが弾かれるような音と爆発音。刹那、右足に激痛が走り、見れば貫通はしていないが穴が開いている。

 近年開発された新型の武器の小型火砲、通称石火矢である。小型化した大砲のようなもので、大人の腕ほどの太さ、長さ1mの金属をベースにした銃身からは金属のつぶてが発射される。火薬は樽爆弾と同じものを使用しているため反動がかなり大きいが、ボウガンよりも遥かに威力が高い。

 今のところ1発限りかつ装填に時間がかかり、また反動が大きいため精度が低く実戦に向いているとは言えないが、不幸にもまだ鱗が再生しきっていなかったその足に命中したのでそれだけでカラのナルガクルガとしての戦闘力を根こそぎ奪ったと言える。だがカラは普通の竜ではない。痛みを堪えてレナを自分の下に移動させると身震いした。

 

 「グォォォォ…!!」

 

 カラの上に巨大な真空空間とそれによって無数の真空刃が発生。さらにそこへ流れ込む空気による凄まじい気流の流れによって周囲に迫っていた人間は皆その空間へ吸い込まれて鎌鼬(カマイタチ)の海の餌食となった。ただの赤い液体として飛び散った人間だったものを見回し、他に敵がいないことを確認すると

 

 "よし…行こう。"

 

 "お母さん…今の…"

 

 "私ら極の名を持つ一族の特別な技だ。"

 

 "そうじゃなくて脚…"

 

 "あぁ…平気だ。行こう。"

 

 が、脚を動かそうとしてゾッとした。痛み以外の感覚がない。

 

 "お母さん…"

 

 "やられたね…大丈夫。さぁ。"

 

 傷を舐めるレナを促し、右足を引きずりながらその場を離れる。しばらく歩いていると

 

 "ウ…ウグゥ……"

 

 "お母さん…もう休もうよ…お母さんが…"

 

 "だめだ。あの人間のことだ。今も私たちにせまってきているだろう。"

 

 "でも血が…"

 

 (確かに出血が止まらない。それに何だこの痛み。まるで脚の内側からえぐられているような感覚だ…)

 

 "ねぇ…?休もう……?"

 

 "…分かった。"

 

 その日は休み、出血も止まったので翌日また歩き出す。踏ん張りが効かず飛ぶのは無理だった。

 

 "ねぇねぇ、この森、綺麗だね!"

 

 "そうだね。"

 

 "この間の森と違って明るいし、川の流れも早いし、木の葉っぱの色が綺麗!あの葉っぱお母さんの目のこれみたいに赤い!段差が多いのは大変だけど……"

 

 無邪気な娘をみて気が楽になる。

 

 "そういえばレイム様の住む森も美しい月の見える、色とりどりの綺麗な森だとおっしゃっていたな…フフッ……まさか、な。"

 

 "どうしたの?"

 

 "いやなんでもない。独り言だ。"

 

 レイム。かつて人と竜の争いを紅龍、煌黒龍共に食い止めたという真祖龍。真の力を持つ祖龍でありながら早々と養子に王座を譲り、ユクモ村という人間の集落から少し離れた霊峰に番と住み、今も人と竜の関係改善に尽力しているという。そんなことを考えていると以前より増した痛みが襲ってきた。

 

 "グ……グゥゥ……"

 

 "お母さん…!"

 

 "くそ…何だこの傷は…"

 

 止血していたはずの傷口から再び血が流れ始め、いよいよカラから命を奪っていく。それだけではない。化膿し始めたその傷から毒素が広がり、全身が気だるく頭痛もしてきた。元々疲労困憊だったカラはついに

 

 "レナ…私はここで休む。先に進んでてくれ。"

 

 "いや!やっと出れたのに!"

 

 "レナ、大丈夫。母さんは強い。お前は先に行っていてくれ。運が良ければ良い人間に見つけてもらえるかもしれない。そうすればホルド様のところに戻れるかもしれない…レナ、もし同族に会ったら助けを求めるんだ。同族なら極の私たちを絶対に助けてくれる。そうしたらここの場所を教えて助けに来ておくれ。"

 

 "……分かった。"

 

 "レナ!"

 

 "な、何?"

 

 "母さんはお前を心から愛しているよ。"

 

 走り去る娘の背中を見つめ、星となったであろう娘の父親に祈る。自分は血の匂いを振り撒いているのだから、鳥竜ならまだしも大型の竜に見付かってしまえば危うい。可能性が無いわけではないが、レナにいったのは自分を置いていかせるための嘘だった。もちろん、仔竜で、しかも今までずっと閉じ込められた場所にいたレナが生き延びていくのは難しい。それでも共倒れするよりはましだと思っての苦渋の決断だった。

 

 〇〇〇

 

 あてもなく、救世主との奇跡の遭遇を目指して幼い極迅竜は森を進む。なんとなく母はもう助からないのではないかと、そんな気がして悲しげに鳴くレナ。ふと足音と荒い息を聞き付けて、その方向を向こうとした瞬間、ガブッとなにかに噛まれてパニックになる。鳥竜種、ドスジャギイに見つかったのだ。しかしこの個体は群れから独り立ちしてしばらく経った若いもので、手下を持っていなかったのは幸い、やみくもに暴れると刃翼の先が相手の目に突き刺さり、レナを放して逃げた。

 

 (危なかった…)

 

 痛みに呻きながら森を進もうとするが今の恐怖で動けなくなってしまった。

 

 (死にたくない…誰か…助けて…お母さん…)

 

 再び別のなにかが近づいてくる音が聞こえ、心臓が破裂せんばかりに動く。少しすると木々の間から人間が2人現れた。

 

 『ナルガ…クルガ?』

 

 (え…?)

 

 不思議な感覚だった。2人のうち、小さい、若い方の言うことだけ理解できたのだ。

 

 『大丈夫。襲ったりしないよ。傷を治してあげるからおいで。』

 

 小さい人間が優しくそう話しかけるとレナは威嚇をやめ、反射的に訴えた。

 

 "お願い助けて!お母さんが死んじゃう!"

 

 その人間こそ、ユタとラーザだった。

 

 「お母さんもいて、死んじゃいそうだって!行かなきゃ!」

 

 ユタはレナに向き直り

 

 『案内して!』

 

 

 

 全てはこの出逢いから始まった。一人の少年と一匹の竜の歯車は今噛み合い、廻り始める…

 

             




 

 
 極ナルガクルガはモンスターハンターフロンティアの極み駆けるナルガクルガのことです。



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【日記】獄中にて芽吹いた命

 番外編です。某ホラーアクションゲームのような日記形式でお楽しみください。番外編だけど重要な描写があったり…


 

 

 ある国の、ある学者見習いの記録

 

 

 *******************

 

 

 ホルド暦5年

 

 今まで俺は"例の計画"で集まった鱗やら甲殻やらの仕分けをやらされていたが、今日から捕獲したやつの"手入れ"と"採取"をする管理係に昇格した!それも上の連中が苦労して手に入れたナルガクルガ希少種の"手入れ"をさせてもらえるらしい。今まで地道に、真面目にやってきた甲斐があった。給料もだいぶ上がったし、シュレイドから出稼ぎにきた価値はあったようだな。記念して今日から記録をつけることにした。といっても毎日単調だからな。文章も苦手だし、なんか変化があったときに書くとしよう。とりあえず今回はこれで終わりだ。

 

 

 ********************

 

 

 管理係1日目

 

 すげぇな。姿形は通常種より大きいくらいだがなんとも言えない綺麗な色をしている。おまけに刃翼が鋭くて油断したらこっちが怪我しそうだ。もっと反抗的かと思ったが、ここに来て2年というだけあって近づいても反応しねぇ。時々唯一動かせる首を捻って水を飲んで、肉を目の前に置くとただ食べるって感じだ。試しに鱗を何枚か引き抜くとさすがに唸った。まぁでもそれだけだ。体も立ったままの姿勢でガチガチに鎖で縛ってあるし口も半分くらいしか開かないようにしてあるし、状態も問題ない。それにしてもあの鱗、一枚くらいくれたりしないかな。紙みてぇに軽くてバカみてぇに堅くて綺麗な鱗。誰かに送ったら喜ぶだろうな。

 

 

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 管理係20日目

 

 今日は十分育った刃翼の採取だったんだが、うっかり触っただけで怪我しちまったよ。ついてねぇ。それもそうだがこの刃翼とにかく堅い。専用のハンマーを何十回何百回打ってやっと折れた。あれも暴れようとしてたが勿論ムダだ。

 

 

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 管理係27日目

 

 全く、何であんなことしなきゃならなかったんだ。今日はいつものあいつの…精液採取。何でも湿地帯で雌のナルガクルガ亜種を見つけたそうで、近々そいつを捕獲してあいつとの子を作らして採取量を増やすんだと。勿論拘束を解く訳にゃいかないから人工交配を試みるらしい。そのための精液採取だがねぇ…いやなんの、でかすぎるし出しまくるしで思わず笑っちまったよ。あれも鱗抜くときより反応したんじゃねぇの?

 

 

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 管理係35日目

 

 どうやら雌の捕獲に失敗して殺したらしい。素直にハンターに頼めば良いのに。まぁ、代わりはたくさんいるだろうからそのうち成功すんだろ。

 

 俺はこの仕事に慣れてきた。1枚の鱗を砕いて剥がし、その下の皮膚と周りの鱗との段差を利用してその鱗を用具で挟んで全力で引っ張る。結構な労働だが抜けたときは快感だぜ。フンの掃除は面倒だけどな。

 

 

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 管理係192日目

 

 おいおいマジかよ。伝承にあった「極み駆ける」ナルガクルガを見つけたって上が騒いでた。どうやら雌らしく近々軍を出動させるらしい。こりゃあ運が良ければ"伝説種"にお目にかかれるぞ!俺はシュレイド人だが軍の健闘を祈るぜ!

 

 

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 管理係221日目

 

 やった!やったぞ!捕獲用精鋭部隊500のうち483が殺られたらしいが捕獲に成功したらしい!しかもだ!俺がそいつの"手入れ"も担当することになったんだ!給料も倍だ!明後日ここに来るから早速採取だ。楽しみだな!

 

 

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 管理係223日目

 

 すげぇ真っ白だった!雄の希少種の方より大きいし、なんかこう…特別な感じがするな!でも傷が酷いから採取はお預けだ。いやー、俺って本当に運がいいな!

 

 

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 管理係244日目

 

 ようやく今日採取したんだが…信じられねぇ。あのでっかい刃翼、先はあんなに薄いのに堅すぎる。それにすごく軽い。もうハンマーで打つのも慣れたハズなのに豆がいくつもできちまったよ。ハンマーもボコボコになっちまったし…これを剣とかにしたら最強だな。そうそう、これはなんでも妙な力を持っているとかで、毎日薬を餌に混ぜ込まないといけないんだ。面倒だが仕方ない。それと明日から種付けが始まる。これとあれの子、どんな素材が採取出来るか楽しみだ。たくさん産まれたら俺にも鱗何枚かくれないかな。

 

 

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 管理係245日目

 

 今日は尻尾を採取してから種付けだ。まず雄の精液を特注のデカイ木製のピストン容器に出させて、温かいうちに雌のほうに入れる。雌の反応が面白かったな。訳が分からないって焦ってるみたいだった。まぁすぐ慣れんだろ。これから使えなくなるまでたくさん作るんだから。

 

 

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 管理係315日目

 

 あれから2ヶ月経つが、毎日種付けしてるのに出来る気配がねぇ。胎生の竜が子供を産みにくいのは知ってるが、もう人工交配慣れちまったぞ…。全く、他のやつが管理しているジンオウガはそんなに経たずに孕んでもう腹も大きくなってきてるってのに。薬の影響でもあんじゃないのか?

 

 

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 ホルド歴6年、管理係366日目

 

 祝!昇格から1年!と、祝いたいところだがそうもいかねぇな。産まれたばっかのジンオウガの子が死んじまったらしい。ちゃんと子ジンオウガの檻には干し草が敷き詰めてあったってのに。気温も十分なハズだ。聞くところによると親ジンオウガから苦労して採った乳に見向きもせず、ピストン容器で無理矢理飲ませていたんだがどんどん弱って、鳴かなくなって、代わりに親がうるさくなってきたから親の檻に入れてみたらそのまま寄り添って寝た、と思ったら死んでたらしい。うちは大丈夫なのか?

 

 

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 管理係375日目

 

 ヤバイ。親ジンオウガも死んじまった。原因不明。子供の後追い…とか?まさかな。人じゃあるまいし。子供がいなくなったら次の子供を作るって偉い学者も言ってただろうが。あ、そうそう。薬は止めることになった。やっぱダメだったんじゃん。

 

 

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 管理係443日目

 

 よっしゃ!遂に雌の白ナルガが孕んだぞ!いつもなら睨んで暴れようとするのに妙にしょげた顔してるから調べてみたんだ。以降採取は雄の希少種からだけにして餌も増やす。俺の給料ももっと上がるぞ!ジンオウガの二の舞にはしない。

 

 

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 管理係516日目

 

 信じられねぇ…夢を見てるみたいだ。あいつが、雌ナルガが餌をグチャグチャ何やってるのかと思ったら文字を書いたんだ。肉を食いほぐしてミミズみたいにして、でも確かに「話をさせてくれ」って書いてあった。試しにインクと紙を目の前に置いて、俺が指にインクを付けて線を引いたのを見せたらあいつ、自分の上(クチバシ)の先にインクを付けて、汚かったし紙も所々破れたけど文字を書いたんだ。ほんと、自分のほっぺたを3回も殴ったよ。何て言ってきたか書き写しておこう。

 

 「お前たちの目的は理解している。産まれたばかりの仔竜は親と離ればなれになると死んでしまう。少なくとも授乳が終わるまでは一緒にいさせてくれ。そして、どうか私と同じ目に合わせないでくれ。どんなとがめも受ける。だから頼む。不幸になる仔など産みたくない。自由にしろと言っても無駄だということはわかっている。だからせめて酷い目に合わせないでくれ。私達も生きてるんだ。私達にも心があるんだ。」

 

 …だってさ。まぁジンオウガの件もあったし、上の許可も下りたからとりあえず母子一緒にっていうのは承諾した。それと、今まで立ったままの姿勢でガチガチに固定してたのを弛めて立ったり寝そべったり横になったりくらいは出来るようにしてやった。貴重な仔だ。俺達も産んでもらわないと困る。目的は採取だから同じ目には合うがな。気の毒だが。

 

 

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 管理係706日目

 

 あいつの腹もだいぶ大きくなって、撫でてみたら胎動した。なんと言うかこう…変な気分だ。あいつは孕んでから随分おとなしくなって、元気がなく見えた。死にはしないだろうな?

 

 

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 ホルド歴7年、2月07日、管理係768日目

 

 監視係の報告で急いで行ったらすでに破水していた。俺は慌てて後ろ脚や腰、尻尾の拘束をさらに弛めてやった。あいつが随分苦しそうに鳴き声をあげるからこっちまで力が入っちまったよ。1時間半か2時間くらいで同じ"伝説種"の雌のナルガクルガが産まれて、俺はあいつの言う通り膜を剥いでへその緒を切って、体を拭いてやった。しばらくしたら鼻を鳴らしながらあいつの下腹部にある乳首に吸い付いて…まぁ、それなりに可愛かったよ。あいつは…うっとりしてたな。

 

 

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 管理係841日目

 

 乳離れしたようだから仔ナルガを引き離すことにした。親ナルガは諦めてるのか何もしなかったが仔ナルガはまぁ暴れるわ暴れるわ。やっとのことで離れた檻に入れて固定してたんだがずーっとギャアギャア鳴いて、おまけに涙まで流しやがった。ジンオウガの時も最初はずっと鳴いてたらしいってのを思い出して今日のところは元に戻してやった。あいつも驚いた顔してた。今更かもしれないが意外と表情豊かだな。後で上司に言ったら二の舞になるよりはましだってことで、ある程度拘束した上で、採取の時以外は一緒にしてやれるようになった。感謝してほしいぜ。

 

 

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 管理係877日目

 

 仔ナルガの試験採取をやった。毛はさすが手触り最高だが鱗の強度はやっぱりまだまだだ。運用出来るようになるのはまだ先だな。散々泣き叫んで、戻してやると親ナルガにキューキュー鳴きながらスリスリしてた。親の方も大事そうに舐めてたよ。

 

 

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 ホルド歴8年元旦、管理係1096日目

 

 祝!二周年!そして2度目の試験採取。前よりも強度が上がっているし、力も強くなった。今は後ろ脚に鎖を繋いでるだけだが全身縛るのもそう遠くないかもな…。

 

 

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 ホルド歴9年、管理係1494日目

 

 何てこった!雄の希少種ナルガが鎖を引きちぎって檻を破壊しやがった。採取から少し経って自分の刃翼が元に戻るのを見計らったんだ!それだけじゃねぇ。顔合わせもしていない、お互い存在を知ってるかも分からないはずの雌ナルガとその子供の檻と鎖も破壊したんだ!そして見張りや見回り兵を何人か殺して脱走しやがった!ありえねぇ!みんな逃げちまうなんて!同族のよしみなのか!?ナルガ共は群れないはずだぞ!?交尾もさせてないのに自分の子供と相手の雌だってわかったのか!?分からねぇ…会ってもいない雌のためにディアブロスだってちぎれない鎖を何本も…。それとも野生ってそんなもんなのか?でもそれをいうならリオレウスとリオレイア、テオ・テスカトルとナナ・テスカトリを除いて群れない竜の雄と雌は出会って交尾して別れるんじゃないのか?分からねぇ…あり得なさすぎる。

 

 それにもうひとつ、あいつらが外に出て、ここの見張り達に砲撃されてるときに雄ナルガが雌と子を先に行かせるようなことをしたんだ。

 

 雌ナルガがあんなことを伝えるならもしかしたら雄も字が書けないだけで…?心もあるんだってそういうことなのか?でも初対面のやつを…愛せるのか?

 

 

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 管理係1497日目、最後の記録

 

 脱走の原因は、どうやら雄ナルガを拘束していた鎖の固定具が弱くなっていたらしい。きっと採取する度に痛みで力を入れて抵抗しようとしてたのが功を成したんだろう。当然、俺の責任だ。上司は、相手が相手だし、今追跡中だからもう一度チャンスをやると言ってくれたがちょうど故郷が恋しくなってきたし、そんな気分じゃないから辞めることにした。

 

 あいつらが逃げるとき、俺と鉢合わせして、俺、雄ナルガに殺されそうになったんだが雌ナルガが鳴いたら攻撃がギリギリで止まったんだ。そして俺なんか見てないとでも言うように行っちまった。なんだよ。子供と一緒にさせたお礼とでも言いたいのかよ。

 

 …ここだけの話、実は俺、仔ナルガがもう少し成長したら母子ナルガだけは逃がしてやろうかってほんのちょっと考えたこともあった。朧月のナルガクルガと極み駆けるナルガクルガ…野生だし、雌雄だし、子供もいるし。()()()追われてるけど逃げ切って幸せになってくれよな。

 

 

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 このナルガクルガ達が不思議な人間の少年に出逢うのはもう少し先のことだった。



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第弐話 めぐりめぐって

 
 番外編である【日記】を更新してから半年以上経ってしまいました(歯車が廻った瞬間止まってしまった…)。もう存在を忘れてしまっている方も多いかと(笑)

 期間が空いたこともあって表現が微妙に違ったりしていますが、今後この弐話を基準に展開していくと思います。ただし壱話は壱話で完成しているので修正は予定していません。

 それではお待たせいたしました。短めで、しかしぎっちり詰まった弐話です。
 
 


 

 

 「まさか本当に声渡しを持つ人間がいるなんてな……」

 

 小さな白いナルガクルガを追う少年の後に続きながら、守人のラーザは呟いた。竜人族にはごく少数存在しており、それは血筋で受け継がれるため探そうと思えば見つけることができる上、ユクモ村の村長も声渡しを持っているので比較的身近である。しかし声渡しを持つ人間は神格化されるほど数が少ない。

 

 そうこう考えているとユタの声で我にかえった。

 

 「あれだ!」

 

 ハンターでなくとも釘付けになってしまうような、そんな神々しいオーラと美しさはぐったりとしていても健全だった。純白の、立派なナルガクルガは辛そうに息をしていた。

 

 まず目に飛び込んできたのは鎖。それでラーザの目付きも変わる。

 

 「傷を手当てしないと…そうだ、大粉塵が───」

 

 ユタがそう言って粉塵を取り出そうとしたので慌てて止める。いくら声渡しがあるとはいえ前触れもなく竜に近づくのは危険だろうし、明らかに人間に虐待されていたと思われる竜なら尚更だ。加えてラーザは傷口に違和感を感じた。

 

 そんな中、仔竜が親に鳴くと親は驚いて目を覚まし、人間達を見たのでユタが声をかける。

 

 「助けに来たんだよ!」

 

 「助け……?」

 

 「うわっ!?しゃべった!?」

 

 思わぬ応答にユタとラーザは文字通り飛び上がって驚いた。そしてその反応を見て、親のナルガクルガも気がつく。

 

 「お前達、どうやってこの子と…?」

 

 ほへー、と見つめるユタを置いて、動揺しながらもラーザが答える。

 

 「この子にはたぶん、声渡しがあるんだ。」

 

 「声渡し…!人間でそれを持つものがいるとは驚きだ…どうりで……それより…お前、お前のその身なり、守人か?」

 

 「あ、あぁ。じ、じゃあお前はやっぱり…塔の…?」

 

 守人だという答えにナルガクルガは安堵したようなため息をついた。

 

 「そうだ。ホルド様……龍王祖龍ミラボレアスの下僕だ。…それより足を診てくれないか、私の知らない武器で撃たれて以来おかしい。」

 

 ラーザが血まみれの足を診ている間、ユタは相変わらずポカンとしていた。

 

 「人間みたい…」

 

 「ん?言葉か?下僕の半分は人語と竜人族語を話せる。その方が便利だ。この子はまだ無理だが。この子に応えてくれて、礼を言う。」

 

 「あ…はい…」

 

 案外元気そうだったがラーザは深刻そうな顔で傷をみていた。

 

 「ユタ、回復薬Gを何個か飲ませてやってくれ。粉塵は使うなよ。」

 

 「どうしてですか?」

 

 「…これはたぶん、石火矢だろう。足の骨の中にまだ礫が残ってる。今大粉塵で傷を塞ぐと礫を取り出せなくなる。だから今は止血だけだ。」

 

 指示通り回復Gを5瓶飲ませてから他の傷に薬草を塗るのを手伝った。ひとしきり終わった頃には仔竜は疲れて眠り、ユタも疲労を感じてその場に座った。

 

 「……よし、これで鎖も全部外れた。」

 

 ナルガクルガはやっと重りから解放されて身震いし、その時の傷の痛みで軽く呻く。それで仔竜は目を覚まして鳴き声を上げた。それを聞いた親は困ったような唸り声を出す。

 

 「…なんて?」

 

 ラーザがユタに聞くと、ユタは少し考えてから答えた。

 

 「たぶん、お腹が減ったってことだと思います。」

 

 「思う?そう言ってるんじゃないのか?」

 

 ううむ、とユタはまた少し考える。

 

 「何て言うか、言葉じゃなくて、そんな感じで伝わってくるんです。」

 

 そう言いながら先程狩ったケルビの肉片の包みを取りだして油紙を外すと仔ナルの目が分かりやすく輝く。

 

 「あげる。」

 

 差し出された肉を嬉しそうに目を細めながら咀嚼して、飲み込むとユタの手に頬擦りして甘えた。それを見たラーザもユタが持っていた物より大きな肉塊を取りだす。

 

 「お前も食うか?」

 

 「…良いのか?」

 

 「出血も多いし、食べられるなら食べた方が良いだろう。」

 

 「…………すまない。」

 

 親のナルガクルガも受け取り、ユタ達は携帯食糧を食べる。

 

 「雲行き怪しいな。」

 

 唐突にラーザがそう言って、仔ナルガ以外は空を見る。今にも降りだしそうな分厚い雲が月や星を隠したが、幸い近くに雷光虫がいたので夜になっても仄かな明かりは保たれていた。

 

 「それで、どうしてお前達がこんなところにいるんだ?」

 

 ナルガクルガが自分達がつい最近まで捕らわれていて生きた素材として扱われていたことを話すとラーザの顔は空に負けないくらい曇る。

 

 「極の一族を生け捕りにするなんて……」

 

 「かなりの数の人間だった。多くは倒したが、私の身がもたなかった。何年か捕まって、その間にこの子が生まれて、逃げてきた。」

 

 「かなりの数、か……」

 

 本音は今すぐにでも村へ行き、そこを通してギルド本部に伝えたいところだが生憎そういう状況ではない。極の種族とはいえ塔を離れればただの1匹の竜に過ぎず、当然自然の掟にも従わなければならないのだ。本来ならそうすべきなのかもしれないが、相当大きな組織、ひょっとすれば国が関わっているかもしれないと考えると人語を話す彼女らは貴重な情報源になる。個人的感情も含めて今ここに放置したくはなかった。

 

 「うぅん?なに?」

 

 仔ナルガがユタに鳴いて、ユタが耳を傾ける。

 

 「どうしたユタ。」

 

 「多分、名前を聞かれたんだと思います。…ユタだよ。ユ、タ。」

 

 「ウ……ア……?」

 

 仔ナルガが発音を真似して、辺りに和やかな空気が流れる。ラーザも自己紹介するが発音が難しかったらしく、何度か言おうとして失敗し、笑われてギュルルッと不機嫌そうな声を出した。

 

 「そういえば、私はまだ名乗っていなかったな。私達にも名がある。私はカラ。この子はレナだ。…まだ自分でも言えないがな。」 

 

 「名前もあるんだ…よろしくね。」

 

 レナの頭をわしゃわしゃと撫でると嬉しげな声を出し、ユタに飛び付いて顔を舐める。

 

 "こら、あまり羽目を外すんじゃないよ。人間はすぐに傷つくんだから。"

 

 鳴き声でそう注意しながら欠伸をした。ずっと緊張状態だったがためか、今頃になって傷の痛みや疲労が降りかかってくる。もちろん人間二人に、しかも片方は子供なのに、彼らの存在に完全に安心した訳ではない。それでもようやく解放されたような、そんな気持ちだった。

 

 レナは早速ユタが気に入ったようで、押し倒されたユタの上にのし掛かって彼に撫でてもらったり彼の顔を舐めたりと甘えている内にそのまま寝てしまった。

 

 「ユタ、大丈夫か?」

 

 ラーザに心配されて、下敷きになったまま大丈夫だというとその声でレナがトロンと眼を開ける。母親が短く鳴けば寝惚けているのか黙ったまま母のもとへ行き、腕の中に入ってまた眠った。カラもいとおしそうに我が子を舐めて、睡魔に身を委ねる。

 

 「随分肝が据わってるな。その年でこんな風に竜と接するなんて。それもナルガクルガ。」

 

 「…しゃべったし、仔竜だし。」

 

 「すぐにでも守人に入ってもらいたいもんだ。」

 

 軽く笑って、人間たちも寝る準備を整え横になった。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 

 最初に気がついたのは、やはりナルガクルガのカラだった。敵は近い。警戒の声を出して娘を起こすと人間達にも声をかける。

 

 「なんだ…どうした?」

 

 しばらくその正体は分からなかったが、ラーザが太刀を構える中、ユタが異変に気づく。

 

 「雷光虫が……」

 

 周囲を照らしていた雷光虫が一斉に森の中へ飛んでいく。その方向から重い足音が聞こえ、やがて碧色の光が浮かび上がった。

 

 「あれってジンオウガ…!」

 

 「まてユタ。野生の竜にとって私たちは餌だ。私がやる。みんな私の下に。」

 

 話しかけようとしたユタを制しつつ体を震わせて気流を纏うが前のように力がうまく練られないことに気がついた。疲労と出血の影響が大きいらしく、このままでは技が不完全になってしまうかもしれない。とはいえ脚をやられているので動き回ることは不可能な上踏ん張りが効かないので尻尾の毒棘を飛ばしても上手くコントロールできないだろう。

 

 不安げな声を上げるレナを抱き寄せるユタ達に気をやりつつカラが思案している間にラーザは肥やし玉の準備をする。ようやく姿を現した渓流の王者をみて思わず笑ってしまった。

 

 「参ったな…こりゃ疑いの余地もなくG級だ。」

 

 雷狼竜は鼻が良いため肥やし玉は効果的な反面、その場では撤退しても後々怒って襲ってくる、ということもあり得る。

 

 とはいえ他に手段はなく、後のことを考えている暇はない、と顔めがけて肥やし玉を投げた────

 

 「まずいっ!」

 

 雷狼竜にとってはビー玉くらいの大きさのはずの肥やし玉は見事に避けられ、遠吠えのような咆哮と共に雷狼竜の周りを雷光虫が包みレナがいよいよ怯えた声を出してユタにしがみついた。

 

 タンッとカラが尻尾で地面を叩きつつ棘を逆立てて一か八か棘を撃とうとしたとき、全身の毛を逆撫でされるような感覚が走る。

 

 辺りは雷狼竜の光に眩しいほど照らされていたので、空の分厚い雲にぽっかり穴が空いたのはよく見えた。刹那、甲高く、体の芯まで軋むような大音響の咆哮響く。翼のないその龍は泳いでいるかのように宙に浮かんで雷狼竜を見つめた。

 

 「うっ……」

 

 一瞬、頭を揺さぶらる感覚の後、深い女性の声が響いた。

 

 ──去りなさい…獲物が欲しければ後で(わたくし)が届けます…──

 

 雷狼竜は唸りながら少し後ずさりをすると向きを変えて森の中へ走り去っていった。それを見届けた龍は残った者達の方を向く。落ち着いた、知性の輝きのある瞳に見つめられると逃げようとも戦おうとも思えずその視線に捕らえられる。

 

 ──すぐに迎えがきます…また会いましょう…──

 

 ブワッと風が起きると龍は垂直に高度を上げて雲の中へ消えてしまった。

 

 「あれは嵐龍……それもあれは……」

 

 龍がいた方向に釘付けになりながらカラが呟いた。

 

 「ラーザ、お前達はどこへ向かっていたんだ。ここはどこだ。」

 

 「…ここは渓流の狩猟禁止区域。俺達はこの先にあるユクモ村に向かっている。あのアマツマガツチも、村で祀られている個体だろう。信じる人は少ないが、決まった日に村に降りてくるらしい。」

 

 カラは目を真ん丸に見開く。人間が龍を信仰しているということに驚いた訳ではない。興奮気味に口を開こうとしたとき、またもや草むらが音を立てる。

 

 「やぁ、」

 

 黒衣を羽織った、17、8のあどけない人間の青年がいつの間にか一行に近づいていた。

 

 「迎えに来たよ。まずは…その脚をなんとかしようか。」

 

 答えられないでいる一行をよそにカラへ近づく青年。ユタが彼の紅瞳に黒い縦筋が入っていることに気がついた時、ユタの視界が真っ白になってなにも分からなくなってしまった。

 

 

 

 ◯◯◯

 

  

 

 

 気がつくとユタは空を飛んでいた。慌てて起き上がると自分は何かに乗って飛んでいるのだと気づく。そして自分を乗せている白い龍の紅眼をみて、再び何も分からなくなった。

 

 「う……ん……」

 

 「お、気がついたかな?」

 

 眼を開けるとぼんやり視界が開けてきて、小さな白いナルガクルガに顔を舐められていることに気づいた。ユタが眼を開けたので嬉しげに鳴くと、何かに頷いて場所を開ける。そして先程の青年がユタを除き込んだ。

 

 「だいぶ顔色良くなったね。大丈夫?疲れたのかな。」

 

 「あれ…僕は…?」

 

 「突然気絶して、もう、2時間くらい経った。みんなはもう寝てる。この子は起きてたけど。」

 

 辺りを見回せばいつの間にテントを張ったのか、自分はその中にいた。

 

 「あ…そういえば…カラの脚は?」

 

 「とりあえず礫を取り除いた。ただ、傷の化膿が進んでて壊死してたから周りの肉を削り取った。恐らく右後ろ脚はもう使い物にならないだろう。」 

 

 「そんな…」

 

 「ま、命があっただけ、逃げられただけましだよ。」

 

 確かにその通りではあるけれど、ユタの気持ちは軽くならなかった。心配する声を出すレナを撫でながら視線を青年に戻す。

 

 「あの、そういえば名前を───」

 

 「あぁ…僕はツェル。幻月の守人って呼ばれてる。よろしくね、ユタ君。」

 

 「げ、幻月の守人って、あの……?」

 

 「多分その幻月の守人だと思う。」

 

 驚いたユタに、ツェルと名乗る青年は微笑する。

 

 「さ、もう休みな。竜車が到着するまではここを動けないから。」

 

 見張りはしておくからね、というとテントから出ていった。

 

 「確かに疲れたな…そういえばレナはお母さんの所にいなくて良いの?」

 

 そう聞くと、どうやらカラの方からテントの中で寝ろと言われたらしい。きっとまた敵が襲ってきたときに、レナが標的にならないよう隠したかったのだろう。それじゃあ一緒に寝ようかと言ってユタが横になるとレナも眼を閉じ、あっという間に寝息をたてはじめたので本当は無理して起きていたのだと分かる。

 

 「なんだか、すごいことになっちゃったな。」

 

 でも今それを考えてもどうにもならない。夢で見た龍はなんなのかは気になったが、一先ず明日に備えることにした。

 

 

 

           次回、「龍の棲む村」



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参話 龍の凄む村

 
 連載開始時とは方針を変え、1話ごとの文字数を減らして話数を増やそうと思っています。とはいえ超亀々更新……1年って早いね!
 
 生存報告を兼ねた参話です。


  

 

 所々に小川が流れる明るい森を、短い列が進んでいく。先頭は黒衣を羽織った青年、後ろに少年、ガーグァ5匹が引く竜車、それに純白のナルガクルガの親子が乗り、竜の守人が最後尾を歩いていた。

 

 

 「そろそろ着くよ。」

 

 

 時間は正午前。観光客等の目もあるため、ユタとラーザは村の正面から、ツェルはナルガクルガを乗せた竜車と村の裏の農場へ向かった。

 

 

 「人、多いんですね。」

  

 

 「有名な村だからな。温泉でも、その他でも。」

 

 

 ちゃんとした道に出ると、ハンターや運び屋の竜車等が村まで連なっている。それについていくと大きな宿屋が見えて、独特な匂いも漂ってくる。

 

 大きな門をくぐると並んでいるたくさんの屋体に目を奪われつつ、ユタはラーザに連れられ村の階段を上りながら奥へ。

 

 

 「あぁ、ラーザ様とユタ君ですね?お待ちしておりました。お話はトーマ様やツェル様から聞いております。ようこそユクモ村へ。わたくしが村長です。」

 

 

 着物を着た白髪混じりの竜人族の女性は椅子から立ち上がって歩み寄る。

 

 

 「お部屋を用意してあります。ご案内しましょう。あなたのお兄様もお待ちです。」

 

 

 家がまだできていないためそれまでは宿暮らし。村長の後に着いて階段を上り、立派な宿屋の中へ。

 

 

 「荷物を置いて落ち着いたら是非大浴場に行かれてみてください。入浴の仕方などで不明なことがあれば番台アイルーに訊けばお分かりになるでしょう。あぁ、それと、ここに来るまでに大きな卵のようなオブジェがあるお店をご覧になりましたか?」

 

 

 ラーザはあまり周りを見ていなかったので気づかなかったが、ユタはうなずく。

 

 

 「あのお店にいけばユクモ村名産の温泉卵を買うことができます。他のお店でおまけの無料券を貰えばお一人にひとつサービスしてくれます。」

 

 

 これは宿から、と村長は袖から卵が描かれた小さな四角い麻の券を3枚取り出してユタに渡す。後で兄弟で食べたらどうだ、とラーザに言われて頷くユタ。しかしユタの興味は他にあった。

 

 

 「あの、あのナルガクルガ達のことは…」

  

 

 「ご心配なさらず、この村に竜が住み着くのには慣れております。」

 

 

 「慣れてるって……じゃあよく竜がこの村に巣を作るんですか?」

 

 

 村長は上品に笑い、懐かしそうに話し始めた。

 

 

 「いいえ、そんなことはありませんよ。今から219年前、この村の専属ハンターだった少年が雪山で依頼実行中に遭難した際、幻獣と呼ばれし古龍と出逢ってこの村に連れてきてから色々なことがありましてね…」

 

 

 「古龍が住んでたんですか…!?」

 

 

 「ええ。時が経った故お伽噺のような扱いになっていますが、事実です。あのときのことはよく覚えています。」

 

 

 「えっ……」

 

 

 「ユタ、竜人族は俺たち人間の何倍も生きるんだ。」

 

 

 「そういうことです。あぁちょうど良いところに。」

 

 

 村長は廊下の壁に掛けられていた掛け軸を指した。そこには渋い色で幻獣と思われる角の生えた白馬のような生き物と少年が描かれ、その後ろにはセルレギオス、空には先日出逢った古龍ともう一匹、ユタがどこかで見たことのある気がする白龍が描かれていた。またラーザは先日あった龍のことを思い出した。

 

 

 「そういえばここに来る途中にジンオウガに襲われて………」

 

 

 ラーザの言葉に村長は手のひらを口に当てて驚くそぶりを見せる。

 

 

 「まぁ、それは大変でしたこと。守人様がお相手に?」

 

 

 「それが古龍に助けられたんです。この絵によく似た古龍に。これはやはり嵐龍なのですか。」

 

 

 ラーザが絵の龍を指すと村長は頷いた。

 

 

 「ユイ様に会われたのですね。道理で……」

 

 

 「その"ユイサマ"もここに?」

 

 

 「いいえ。ここ渓流の奥地に霊峰と呼ばれる地があります。我々がユイと呼

ぶ嵐龍アマツマガツチはそこにお住まいです。あなたもここで暮らすのならいずれまた会うことになるかもしれません。」

 

 

 三度階段をのぼって廊下を進み、扉をいくつか過ぎたところで止まる。

 

 

 「トーマ様、いらっしゃいますか。」

 

 

 村長がノックしてからそう言うと少しして扉が開いた。

 

 

 「兄さん。」

 

 

 「ユタ。無事に着いたか。それでその……ナルガクルガを見つけたんだって?」

 

 

 ユタは頷いた。

 

 

 「今はツェルっていう人が農場に連れてってくれてる。」

 

 

 野生の竜を保護して世話をしようとしているユタに兄トーマは戸惑い気味だったが、それ以上はなにも言わずにユタに荷物を置かせた。

 

 守人ラーザや村長とはここで別れて2人は勧められた温泉へと行ってみる。

 

 

 「ニャ、温泉は初めてかニャ?」

 

 

 番台猫の説明を聞いてから貸出し用お風呂セットを手に湯船へ。この時間はまだあまり人がいなかった。

 

 

 「見かけねぇ顔だな。兄ちゃんたち兄弟か?」

 

 

 体を洗い終えて広い湯船に浸かり景色を眺めていると妙齢のハンターらしき男に話しかけられてトーマが答える。

 

 

 「俺は今朝、弟はさっきこの村に着きました。引っ越してきたんです。」

 

 

 リーエンと名乗るハンターはユクモ村の専属ハンターらしい。

 

 

 「ここの温泉は特別。なんたって霊峰には雨神様がいて、その雨の水も地面に染み込んでいずれ温泉になるんだ。浸かってるだけで絶好調だ。にしても兄ちゃん良い体だな、ハンターか?坊主も顔の割に締まってんじゃねぇか。歳いくつだ。」

 

 

 「俺は16で……」

 

 

 「11歳です。」

 

 

 その後は前住んでいた村のことだの好きなモンスターは何だの話をして、ユタがのぼせそうになったので温泉を出た。リーエンは気前よく2人にドリンクを奢ると森に出かけると言って2人と別れる。ユタとトーマは農場にいるナルガクルガ達の様子を見に行くことにした。

 

 途中何人かに場所を聞きながら着くと、ちょうど村に向かっていたツェルと合う。

 

 

 「やぁふたりとも。ナルガクルガ達は大丈夫。ギルドの方にも連絡送っておいたから。」

 

 

 「ありがとうございます。」

 

 

 それじゃあまた今度、とツェルは村の方へ向かう。2人はそれを見送ってから農場に建てられていた大きな屋根の下にいるナルガクルガの様子を見に行った。

 

 

 「こんなナルガクルガがいるなんて…」

  

 

 純白のナルガクルガを見て呟くトーマ。彼女らは寝ていたが親竜はピクリと耳を動かして瞼を開けた。

 

 

 「あ…大丈夫?」

 

 

 「あぁ、なんとかな。」

 

 

 村に来てちゃんとした治療を受けたナルガクルガのカラは幾分元気を取り戻したようだった。

 

 

 「お前がユタの兄か?弟を巻き込んですまなかった。」

 

 

 「いや別に……」

 

  

 ユタから聞いていたとはいえ人語を操る竜に違和感を隠せない。カラはカラでそんな扱いに慣れているのか気にすることもなく欠伸をした。

 

 

 「起こしてごめん。ゆっくり休んで。」

 

 

 ユタはその場を後にしトーマもそれに続く。

 

 

 「ねぇ兄さん、さっき村長に温泉卵無料券貰ったんだ。食べながら散歩しようよ。この村のこともっと知りたいし。」

 

 

 「あぁ…それが良いな。」

 

 

 二人の兄弟は活気溢れる屋台通りの人混みへ溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 "おかえりなさい。彼らはどうでしたか、ツェル。"

 

 

 "君にそう呼ばれるのは慣れないなぁ………そうだね、まだ少ししか見てないから分からないけど、あの兄弟、ふたりとも何かを抱えてるってことは分かった。あと、ユタ君はハンターには向いてないね。今言えるのはこれくらいかな……"

 

 

 "もう行くのですか。"

 

 

 "悪いね…しばらくはここにいれそうにない。ギルドにカラとレナのこととか例の人間達のこととかの報告書を書かないといけないし、ユタ君への推薦状を作らないと。"

 

 

 "あの子を守人に。確かにそちらの方が合っているかもしれないですね。"

 

 

 "その方が安全だしね。さてと、まぁでも夜には戻ってくるから。後でね、ユイ。"

 

 

 

 

         次回「竜の守人」へ続く。




 
 
 
 ご閲覧ありがとうございました。感想等いただけると飛んで喜びます。お気に入り数が予想以上で嬉しいプレッシャーを感じつつ、これからもコツコツ頑張ります。
 
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第肆話 竜の守人

 
 前回の更新から……5ヶ月以上!?と、時の流れって早いですねぇ(汗)


 

 

 かつて、人と竜は幾度となく戦争を起こし、そのたびに双方と大地は甚大な被害を受けた。そしてどの時代の戦争も、あるとき、嘘のように鎮まってしまう。

 

 そして今からおよそ2千年前、決して自ら人に姿を見せることがなかった「神」が人間の長を呼び、何故歴史上定期的に起きている戦争が突然終わるのか、その理由を見せつけた。

 

 人間の長はその時の反省を後世に残すべく、ハンターズギルドやそれに関わる者達が行き過ぎた行動をしないよう監視する組織を作った…

 

 

「……それが僕たち竜の守人。」

 

 

「それで…」

 

 

 ツェルに呼び出されたユタは、その守人の見習いにならないかと誘われたのだった。

 

 

「君の持っているその力はハンターには不向きだ。竜の感情を感じ取れる君の心に大きな負荷がかかるだろう。もちろん守人が竜を狩ることもなくはないけどそこは基本ハンター任せだし…全ての竜に通用する訳ではないとしても君の能力は重宝されるだろうし、考えてくれないかな。」

 

 

 ユタの力があれば保護したい竜をなだめたりするのにはとても役に立つだろう。けれども実際に竜を保護するという事例は少なく、守人の仕事の大部分は監視。守人になれば当然そういう仕事もやることになる訳で。

 

 

「でもそれ、密猟者の取り締まりとかもあるんですよね。」

 

 

 一緒に聞いていたユタの兄、トーマは弟が守人になることにやや否定気味だった。ツェルは彼の言いたいことを察して頷く。

 

 

「確かに現行犯で捕らえることもあるし、もちろんそれなりの危険もある。ただ戦闘が起きるような現場の仕事は元々ギルドナイトの仕事だから、守人は裏方中心なんだ。」

 

 

 自分みたいな例外も少なからずいるけれど、と言ってユタに丸めた羊皮紙を渡した。

 

 

「推薦状。それがあればすぐ手続きできるから、あとは自分で決めて。それじゃあ僕は仕事があるから。」

 

 

 ツェルは去り、ユタも羊皮紙をしまった。

 

 

「ユタ、村長からジャギィの群れを追い払ってくれって頼まれてるんだが、お前も来るか?」

 

 

 守人の話題を変えたい、という意図はユタにも伝わった。

 

 

「行く。でもレナのブラシしてからで良い?」

 

 

「分かった。」

 

 

 幼いナルガクルガのブラシはユタの日課。やや古いが上質な竹櫛を他の村人に譲ってもらって以来は毎日レナの柔らかな毛を梳いてやっている。

 

 

「かゆいところはないですかー?」

 

 

 ユタの膝の上に顎を乗せていたレナはご機嫌な声を上げる。

 

 

「ユタ、森へ行くのか。」

 

 

 舎の中でじっとしていた白いナルガクルガが唐突に声をかけた。

 

 

「そうだよ。カラも来る?きっと見ただけでジャギィ達逃げるだろうな。」

 

 

「いや……」

 

 

 レナが起き上がって、同行したいとユタに頬擦りして甘え、カラが否定の声を出すと不機嫌そうに唸った。

 

 

「ひとりで行くのか?」

 

 

「兄さんと一緒に行く。」

 

 

「そうか。」

 

 

 寝そべっていたナルガクルガは首を起こして遠くを見た。

 

 

「あまり遠くに行かない方が良い。気配がある。」

 

 

「わかった。気をつけるよ。」

 

 

 毛繕いを終えると兄と合流。この辺りの地域には不慣れということで、専属ハンターのリーエンも同行してくれることになった。

 

 

「おー、やるなぁ。」

 

 

 ユタがライトボウガン「ハンターライフル」でジャギィの足元に威嚇射撃をして追い払い、兄トーマは大剣で難なくジャギィ達を両断していった。その様子に感心しつつ、いつでも加勢できるようリーエンもハンマーを構えていた。

 

 

「いなくなってきたね、兄さん。」

 

 

「あぁ。ドスジャギィがいなくて良かった。はぐれたのか?」

 

 

「いや、数からして"長無し"の群れだったんだろう。おっ…」

 

 

 帰り道、リーエンが人差し指を口に当ててから河の向こう側を指差す。大きく鮮やかな桃色のヒレを携えたトカゲと狐を合わせたような竜が水の中をじっと見つめていた。

 

 

「タマミツネだ。ここはあいつの餌場で、時々来て豪快に魚を丸呑みしてるんだ。あいつは賢いぞ、ほら…」

 

 

 不意にタマミツネは目を逸らして近くにあった大きめの石を咥えると水面に突き出ている岩に向かって、首をしならせて思い切り石を叩きつけた。ガツッ、という音がユタ達のところまで響き、石は粉々に砕け、タマミツネは嬉しそうにヒレをピコピコ動かすと水面を啄むようにして魚を捕らえ丸呑みにした。

 

 

「あぁやって石を叩きつけるとその振動で近くにいる魚が気絶して浮いてくる。あいつはそれを学習したんだ。人間だと小魚を浮かせるのが精一杯だが…見ての通りの威力だから大型魚も浮いてくる。ここは流れがゆっくりだから浮いた魚も流されにくいし、格好の餌場ってことだな。」

 

 

 こういう光景は見ていて飽きない。しばらくの間タマミツネの食事を黙って観察し、まんぞくげに一声鳴いて去って行くとユタが口を開いた。

 

 

「はじめて見た…すごく綺麗な竜だ…」

 

 

「あいつは雄だろうがな。」

 

 

 リーエンの言葉にユタが驚いて顔を上げた。

 

 

「そうなんですか!?」

 

 

「大きくて綺麗なヒレは雄の証。雌はもっと小さくて地味らしい。雌はもっと山奥にいて、俺も見たことがないんだ。それとあんな狩り方をするのも珍しいみたいで、噂を聞いて観察しに来た研究者の護衛をやったこともある。」

 

 

「討伐依頼とかは出されないんですか?」

 

 

 トーマの質問に、リーエンは頷く。

 

 

「被害がないからな。あいつも河のこっち側には来ない。」 

 

 

 そして一行が村へ向かおうとしていると、大きな音がこだまする。

 

 

「あっち…2番エリアの方かな…?」

 

 

「あぁ…見に行った方が良さそうだな。」

 

 

 方向転換し、崖のエリアへ走って向かう。あったのはドスジャギイの死骸と、その犯人であろうドボルベルクだった。

 

 

「おおっとこいつはお前達には荷が重いな。悪いが村に戻って応援を……」

 

 

「跳んだ!」

 

 

「避けろ!」

 

 

 トーマの一言でリーエンは言葉を切ってそう叫ぶと一同は散り散りになってドボルベルクの落下地点から抜ける。リーエンとトーマは慣れているので問題はなかったが、ユタは緊急回避に失敗。受け身を取れず派手に転がってしまった。

 

 

「ユタッ!」

 

 

「いって……」

 

 

 転がった方向が崖の方だったことが一番の失敗だった。衝撃から復帰したドボルベルクは1番近いユタの方を向く。

 

 即座にリーエンがドボルベルクの気を逸らさせるためにハンマーで殴りかかるが巨大なコブ付き尻尾であしらわれ、ドボルベルクはユタの方に突進した。

 

 接触するまで1秒もない。ユタの頭が真っ白になる。後ろは崖。…でも切り立った絶壁、というわけでもない。ユタは反射的に飛び降りた。

 

 ドボルベルクは手前で止まり、ユタは被弾を免れたは良いものの、急勾配をなす術なく滑落していった。1番下が川だったのは不幸中の幸い、しばらく流されたあと、自力で泳いで川辺に上がった。

 

 

「どこだ…ここ……」

 

 

 最早見当もつかない。とにかく濡れた服を乾かさなければと着ていたものを全て脱いで、衣を纏めてどこか身を置ける場所はないかと川沿いを歩く。しかし洞穴のような所は見つからず、下流に行くとしだいに周囲は開けてくる。開けた川は先程のタマミツネのように大小様々な生き物が訪れるので避けたいところ。しかし川沿いにいた方が見つけられ易いと考えたユタはそれ以上進まず、腰を下ろして衣服を伸ばして置いた。

 

 

「火…起こさなきゃ…」

 

 

 ユタは近くの木の枝などを拾ったり折ったりして集め、また葉を重ねて皿のようにする。そして無事だったポーチの中から弾を取り出し、ハンターナイフでその弾を解体して火薬を葉の上に出した。

 

 湿気っていたので陽光で乾かしてから火薬と葉の上に木の枝を立てて両手でグリグリと回しながら擦った。

 

 すぐに火花が散り、そして燃えはじめたのでそれを用意していた枝の上に移して焚き火を起こした。

 

 

「……はぁ。」

 

 

 服を乾かしている間、ユタはただ座ってため息をついた。難しい依頼でもなく、すぐに村に戻る予定だったので道具はあまり持ってきていない。食料を探すため、火はそのままに周囲を探索することにしたのだった。

 

 

 

 一方ユクモ村ではトーマが事を知らせ、たまたま村に居合わせたハンターも含めた捜索隊が組まれ狩猟許可区域外に向かった。しかし日没が近づいても痕跡すら見つけられなかったので野宿し、次の朝、夜明けと共に再開することにした。

 

 

「これだけか……」

 

 

 黄昏時、集めた食材はキノコ数種類と少しの木苺。アオキノコや特産キノコの他になんとドスマツタケを見つけて少し気分が上がったが、状況は良くないままだ。キノコ達をみてまたため息をつくと、焼くためにナイフで二つに切り分け枝に刺した。

 

 

「釣り道具持ってくればよかったなぁ…」

 

 

 川を見ながらそう言って、思い出した。靴を脱ぎ、裾をまくって川に入る。途中で手頃な石を拾い、川の真ん中にあった岩に向かって思いっきり投げた。

 

 ………。

 

 特に何も起こらなかったので2回目。

 

 ………。

 

 やはり何も起こらなかったので首を傾げる。日が暮れかけているので川の中は見えないが、魚が隠れるにはうってつけの場所のはずだ。一旦川から出ると大きな重い石を両手で持ってきて、大きく振りかぶって叩きつける。するとようやく数匹の魚が浮き上がってきたので素早く両手に1匹ずつ掴んで川から上がった。

 

 

「あれこの魚、屋台で売ってなかったっけ。」

 

 

 口先から尻尾の付け根までに黄緑色のラインが入った中くらいの魚。焼き魚として売っているのを見たことが、というかつい最近食べた。

 

 血抜きして口から枝を刺してキノコと一緒に焼く。それなりに豪華な夕食に、ここが渓流で良かったとつくづく思うユタ。束の間の休息をとっていたが、一難さってまた一難とはこのことか、遠くで雷の音のようなものが聞こえはじめた。

 

 もしかしてあの嵐龍が助けに来てくれたのかとも思って空を見上げたが違う。下弦の月が浮かび趣のある夜空には所々雲があるものの、以前のような分厚い雲ではない。

 

 

「こっちに来ないといいな……」

 

 

 大きめの木の下で体育座りになりじっとする。あっという間に月は隠れ、暗い空に紫色の稲妻が走る。昼間とは違って夜の稲妻はとてもはっきり見え、ユタの不安を煽る。洞穴に入りたいところだが無闇にうろつくのは危険な上、この天気では先客がいる可能性があるので仕方ない。森の中にひとりぼっち、加えて雷。

 

 

「兄さん……」

 

 

 今頃はもう寝ているだろうか、いや薬の調合をしているかもしれない。そういえばレナは雷が苦手だと言っていた。幼い上に音に敏感な種族なのだから当然だ。きっと今も震えながら母親に抱かれているだろう。そういえば、幼い頃の自分も雷の日は母に抱かれていた気がする。

 

 

「もしこの辺りで道を見失った時、そして雨のない、不自然な雷が鳴っていたら、その稲妻の先へ行くと良いでしょう。」

 

 

 ふと、ユタはいつしか村長が言っていたことを思い出して空を見る。さっきまで雷が鳴るような天気ではなかった。それに鳴り始めてから結構な時間が経っているのに雨が降る気配はない。

 

 ゆっくりとユタは立ち上がった。見上げた空に走る稲妻は、その全てが同じ方向に走っていた。

 

 

「崖だ……これ以上は行けない…」

 

 

 岩の壁にぶつかってしまった。迂回するには深い森を通らなければならない。

 

 

「あれ……」

 

 

 稲妻が普通の稲妻になっている。今までのが偶然だとはとても思えないので、もしかしたら近くに洞穴があるのかもしれないと稲光を頼りに岩の壁に沿って歩く。バチ…と大雷光虫が鳴らしそうな音が背後からして振り返ると視界が真っ白になって赤い光が2つ浮かんだ。

 

 

「うあ゛っ!!」

 

 

 あまりにも驚いて尻餅をつく。心臓が早鐘を打ち、呼吸が詰まった。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 

 浮かんでいた赤い光は瞳だった。その全身が白く発光していたので目が慣れず、赤い瞳が浮かんで見えたのだ。

 

 

「馬……?」

  

 

 まさしく白いそれだった。が、蒼い角が生えたそれを、ユタは見たことがあった。

 

 

「幻獣キリン…絵に描いてあった古龍……!」

 

 

 発光している真っ白なたてがみ、ほんのり青みがかった体に群青色の横縞模様。蹄のような足、龍の鱗のような体皮。どこからどう見ても、旅館にいくつも飾られている絵にあった異端の古龍、キリンだった。

 

 

「き、君が案内してくれるの…?」

 

 

 幻獣は静かにユタを見つめるだけで、反応はない。神々しい姿にユタも落ち着いてくる。

 

 

「雷は君が鳴らしてくれたの…?」

 

 

 なんの反応もなく、感情も読み取れない。何もいなかったはずの背後に前触れも気配もなく突然現れ、しかし本当に目の前に実体があるのかどうかもわからないようなその様は神々しいと同時に不気味でもあった。

 

 幻獣はユタに体の横を向け、脚を折りたたんで座った。

 

 

「…乗っていいの?」

 

 

 やはり反応は無く、ユタは恐る恐る手を伸ばしてその背に触れてみる。幻獣は微動だにしない。たてがみは柔らかく、背中は暖かかった。

 

 そっと跨って腰を下ろすと幻獣は立ち上がって軽く(いなな)く。ユタの手足が一瞬痺れ、意思とは関係なく力が入って幻獣の背にしがみついた。

 

 

「わっ…」

 

 

 体が浮く感覚。中々の高さがある岩壁を平地であるかのような軽い足取りで、たったの2歩で登ってしまうとそのまま森の中を駆けた。かなりのスピードだ。この幻獣と一緒に雷そのものにでもなってしまったかのようで、目をほとんど開けられないくらいの風に晒されたユタは幻獣のたてがみに顔を埋めて、その幻獣に首飾りのようなものが着けられていることに気がついた。たてがみに埋もれているので良く見えないが、確かに細かい金属の鎖のようなものが首にかかっていた。

 

 幻獣が少しずつスピードを落として、やがて止まる。すると手足の力が抜けて幻獣がまた座ったのでユタは背中から降りた。目の前の木々の間から明かりが見える。

 

 

「焚き火だ…!あれっ……」

 

 

 後ろを振り返ると幻獣は跡形もなく消えていた。けれど手を見ればほのかに光るたてがみが数本付いていたのでやはり現実だったのだ。そして焚き火を囲んでいたのは自分を探している者達だった。

 

 

「いやぁ良かった。みんな心配していたぞ。」

 

 

「ごめんな…閃光玉を投げるべきだった…いやそもそもあとが聞こえた時点で村に帰すべきだった。俺の判断ミスだ。」

 

 

 捜索隊に参加していたリーエンと守人のラーザが駆け寄り、他の人やアイルーも良かった、と口々に言った。

 

 

「雷鳴ってて良かったな。でなきゃ夜行性モンスターの腹の中かもしれなかったぞ。」

 

 

 幻獣の背にしがみついていたのがこたえたのか手足は鉛のように重くなっていて、テントの中に寝そべるとすぐに深い眠りに落ちた。

 

 翌朝、一同はユタが起きてくるのを待ってから村に向けて出発。昨夜数人が先に村へ戻って伝えていたのでトーマや村長が迎えた。

 

 

「兄さん!」

 

 

 兄弟はどちらからともなく抱き合った。村中の人がユタを迎えようとしていたが、余計なお節介だと察して静かに日常に戻っていった。

 

 

「怪我は…?」

 

 

「少し…大したことないよ。」

 

 

「そっか…」

 

 

「村長にお礼言ってくる。」

 

 

「そうだな。旅行に来ていたハンターとか全員に声をかけてくれたんだ。済んだらあの2匹に顔出してやれよ。特にレナのやつ、一晩中鳴いてたぞ。うるさくて眠れないのなんの。」

 

 

 2人は吹き出して離れ、トーマはナルガクルガ達にユタが帰ったことを伝えに、ユタは村長の元へ向かった。

 

 

「なるほど…」

 

 

「それと、タマミツネにも助けられました。」

 

 

「泡狐竜に?」

 

 

「魚を獲っているところを偶然見かけてたんです。真似して、獲れました。」

 

 

「あぁ、あの賢い子のことですか。村でも有名でしてね、わざわざ見に行く方もいらっしゃるの。私たちが最も賢いというわけではない…他にも竜から学べることはたくさんあるのですよ。あの子が意図して見せた訳でもないのに"助けられた"と言えるあなたはきっと将来立派な大人になれるでしょうね。」

 

 

 ユタは子供らしく素直に照れた。

 

 

「それと幻獣の件ですが、はい。あなた以外にも、時折迷われる方はおります。そしてその方の中には白い角の生えた馬に会った、とか龍に道案内された、とおっしゃる方がおります。…このあたりは、ギルド上層では聖域と呼ばれておりまして、」

 

 

「聖域?」

 

 

「はい。異端な生き物達が奇妙なほど調和している地なのです…あなたもなにか強いものをお持ちのようですし、きっとまた巡り逢えますよ。」

 

 

 村長と別れて農場に向かうと案の定、小さなナルガクルガに飛びつかれてそのまま倒れた。

 

 

「わぁレナ、ただいま……わかった、わかったから!」

 

 

 んんるるるぅんんるるるぅ、と鳴きながらこれでもかとユタに頬擦りして、彼が解放されるまで10分かかった。

 

 ちなみに、夜中ずっと鳴いていたのかと聞いたところ、夜はちゃんと寝ていたという返答が返ってきたので独り笑ったユタだった。

 

 そして

 

 

「兄さん、僕、守人になるよ。」

 

 

 騒動から2日後、そう宣言するとトーマは反対することなく頷いた。

 

 

「わかった。そうと決めたんたら応援するよ。ん!なら今日の夕飯は奮発するかぁ!ユタの門出祝いだ。」

 

 

「いやまだあの手紙出してないし…早くない?」

 

 

「いやいや、そう決めたんなら守人になったも同然だろ。だってお前、竜が考えてること分かるんだぜ?きっと引っ張りだこになるぞ。」

 

 

 仲良くじゃれ合いながら屋台通りに向かう兄弟。それを黒衣を着た竜人族の青年が遠目に見ていた。

 

 

「へぇ、あれがユタくん……思ったより平々凡々な子だねぇ。でもまぁ、ナルガクルガ連れてくる時点で普通とは言い難いかぁ……可哀想に、きっと当分は穏やかに暮らせないだろうねぇ……ま、また今度、直接話せる時を楽しみにしてるよ。ながーい付き合いになるんじゃないの?よろしくねぇ。」

 

 

 

                   つづく。

 




 
 
 更新ペース上げたいなぁ(願望)


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第伍話 戯れ

 更新がクソ遅い理由が知りたい方は活動報告をご覧ください。


 

 

 広く見開けた、流れが穏やかな川原のススキ野原で、小さな白いナルガクルガが王様カナブンを追いかけていた。何度か飛びついては避けられ、飛んで逃げられると悔しそうに尻尾をピタピタと地面に叩きつける。

 

 

「あはは、惜しい惜しい。」

 

 

 飛んでいった方向を睨みつけながらブフッと鼻を鳴らすレナを宥めるように撫でるユタ。この1人と1匹だけでは心配なので狩人のリーエンも同行していた。

 

 

「ユタ、そろそろ戻ろう。氷が溶けてきてる。」

 

 

 ついでに獲った食用の魚はベリオロスの凍結袋を利用して作られた氷に浸されているが、温暖な気候なので長くは持たない。

 

 ユタは返事をしながらまだ不満そうなレナを引きずるように方向転換させて村へ向かう。相変わらず色んなハンターや観光客で賑わうユクモ村も、半年に一度の祭りの日である今日は一段と活気付いていた。

 

 

「お前は初めてだな。兄ちゃんと楽しんでこい。」

 

 

 リーエンはそう言って小さな革袋をユタに渡して彼はハンター仲間の元へ。革袋には1000ゼニーが入っていた。

 

 

「それがありゃ腹一杯食えるな。後でお礼を言わないと。」

 

 

「うん。行こう兄さん。」

 

 

 ナルガクルガ達は農場の奥の竜舎でいつも通り。ユタとトーマはいつもより多い露店を行ったり来たりしながら食べ歩いたり、奇面族の店でユタがトーマにタマミツネを模したお面を買ってもらったりと満喫する。

 

 

「ねぇ君、もしかしてユタくん?」

 

 

 呼ばれて振り向くと、きちんとした身なりの男が笑みを浮かべながら手を差し出した。

 

 

「どうも、突然すまないね。私は龍暦院の研究員の1人だ。君の噂を聞いて、有給をもらって飛んできたんだ。よろしく。あぁ君はご兄弟かな?」

 

 

 左胸に刻まれた龍暦院の紋章。村長やギルドはなるべく噂が広まらないように配慮はしているものの、古龍並みにお目にかかれないようなナルガクルガを連れてきたとなればもはや不可抗力。これまでも沢山の研究者や物好きな観光客が彼らの元を訪ねた。

 

 

「是非話が聞きたいと思っていたんだが、まさか今日が祭りの日だったとは。明日、出直した方が良いかな?」

 

 

「それでも構わないけど、ユタが良いなら、今でも。」

 

 

「うん、良いよ。龍暦院の人は初めてだから僕も話を聞いてみたいし。」

 

 

 イカ飯の良い匂いが漂ってきたので、まずその店に行こうとユタとトーマは歩き、そして研究員がついて来ていないことに気がついて後ろを振り向く。研究員は棒立ちしていた。

 

 

「やっほー、良い夜だねぇユタくん。」

 

 

 男の後ろから、見知らぬ竜人族の青年がひょっこり顔を出す。

 

 

「ユタ…知り合いか?」

 

 

「いや……」

 

 

 ユタよりも少し髪が長く、もみ上げが風になびいている青年は、村長と鍛治職人くらいしか竜人族を知らないユタにも彼が美形であることが分かる。中性的で温厚そうな、わかりやすい好青年だ。

 

 

「初めまして。お邪魔しちゃってごめんねぇ。でも俺が先約なんだぁ。ね?おにーさん。」

 

 

 対する研究員は冷や汗をかいて微動だにしなかった。そんな研究員の肩にアゴを乗せ、片手で彼の頬を撫でる。

 

 

「大丈夫だって、俺、年齢性別種族関係なく楽しくやれるから。さ、そんなに緊張しないで、早く裏に行こう?それとも…みんなに見られる方が好きなのかな?」

 

 

「お前…一体……」

 

 

「でも俺、公衆の面前でヤる趣味ないんだよなぁ、ましてや子供の前で噴き上げちゃうのはねぇ?ちょっとこの子達にはまだ早すぎるよねぇ?」

 

 

 そう言って竜人族の青年は、立ち尽くしているユタとトーマに目をやりながら男の頬すれすれまで顔を近づけ、彼にしか聞こえないくらいの大きさで囁いた。

 

 

「それに、せっかくのお祭りが君の汚い悲鳴と血で台無しになっちゃうからねぇ…秘めゴトは秘めゴトらしく秘めゴトしないとね…?俺は責めるのが好きだからねぇ…覚悟してねお兄さん…」

 

 

「あ、あの…あなたは…?」

 

 

 ユタの一言で、竜人族の青年はにっこり笑った。

 

 

「あぁごめんごめん、ほんとは君に用があるんだけど、俺ちょーっとこのおにーさんと遊んでくるからまた後でね。ほんじゃあ、ラーザによろしく。」

 

 

 そのままの格好で道を外れていく2人。ユタは、竜人族の手に何か光るものを見たような気がした。

 

 

「ラーザさんを知ってるのか…?どの道報告した方が良さそうだな。」

 

 

「うん。確か宿屋の近くにいるって言ってたよ。」

 

 

 警備任務にあたっているラーザを探しに2人は村長が経営する大きな宿屋の方へ向かい、客の案内をしていた村長に彼の居場所を教えてもらうと先程起きたことを話した。

 

 

「それは穏やかじゃないな。」

 

 

「それでラーザさんによろしくって…」

 

 

「竜人の知り合いがいないわけじゃないが…若くて、しかも危なげな奴…」

 

 

「黒い旅衣を来た、兄さんくらいの歳に見える竜人族でした。フード被ってたし暗かったから合ってるかわからないけど、多分白髪です。」

 

 

 ラーザは目を瞑って考える。ユタに用があり、自分を知っている人物。守人だろうか。

 

 

「あっいたいた〜」

 

 

 噂をすればなんとやら、例の竜人族が雰囲気をぶち壊して現れた。

 

 

「ラーザによろしくって言えばここに来ると思ったんだぁ。」

 

 

 黒い歪な指輪がはめられている手でフードを取る。やはり金髪の、そして温厚そうだがどこか不穏なオーラを出している竜人の青年。先程は男の影と暗闇に隠れていたが、布に包まれた対竜用の大きな武器を背中に背負っていた。 

 

 

「お前…ハンターにしちゃ変な格好だな。」

 

 

 ラーザの言葉にニヤリと笑いながら、旅衣の内側から筒状に丸められた羊皮紙を取り出してラーザに差し出す。

 

 

「えーっと、まぁ色々書いてあるけど、とりあえずユタくんは守人見習いに、ラーザはユタくんの師匠になりまーす。あとナルガクルガの件はハンターズギルドからの許可も取れたってことかな。ちゃーんと可愛がってあげてねぇ。」

 

 

「で、お前は。」

 

 

「あぁ俺?気にしなくていいよ。ただのお目付け役だから。例えばユタくんが、ナルガクルガを連れて村を襲撃しまーす!みたいなことにならない限りケンカにはならないから安心して。…ふふ、俺は薄暮の守人。君らの監視役だ。…そんなに怖い顔しないで、仲良くしようねぇ。それじゃ、俺は遊びの続きをしてくるから、またねぇ。」

 

 

 呼び止めようとしたラーザに構うことなく背を向け、スーッと人混みに消えていく。その時彼の背にあったのは、太刀でもハンマーでもアックス系でもない不気味な大鎌だった。

 

 うーん、とラーザは頭の後ろをかいた。

 

 

「厄介な奴に目をつけられちまったな。」

 

 

「薄暮の守人ってことは結構すごい人?」

 

 

「間違ってはないけど、あの薄暮ってのは正式な称号じゃない。正式な二つ名を持ってるのは幻月の守人だけだ。あいつは…俺も会うのは初めてだが黒い噂は俺たちの間にも、ハンターの間にも広まってる。」

 

 

「黒い噂?」

 

 

「ハンターズギルドや各国と繋がってる。そして俺たちやギルドナイトには開示されていない理由で内外問わず身柄を拘束したり諜報活動したりしてる奴だ。あいつと面と向かって合う時は終わりってことで、誰かがそれを夜の始まりに喩えて薄暮って呼んだのが始まり。そしたらそれを気に入って自分から名乗るようになったんだと。」

 

 

 ラーザはため息をつきながら羊皮紙の上から下までに目を通す。

 

 

「見習いっつってもまずは勉強からだな。あとはあのナルガクルガ、特に小さい方の世話。正式に守人になるには上位飛竜を1人で狩れるくらいの実力と、色んな知識が必要だからな。」

 

 

 それを聞いてユタは少し驚いた。

 

 

「守人なのに竜を狩るんですか?」

 

 

「そりゃ、基本的に狩猟はハンター任せだが、別に守人だからって竜を一切傷つけないってわけじゃない。あくまでも生態系を守るって意味だ。調査のために捕獲したり、緊急時にハンターの代わりになったりすることもそれなりにある。さっきのあいつだって、でっかい鎌背負ってただろ?」

 

 

 それともやっぱりやめるか?と言われてユタは首を横に振る。初めは竜医者になるつもりでこの村に来たわけだが、よくよく考えてみれば竜医者の主な配属先は研究所か闘技場。捕獲されたモンスターの手当てと体調管理をするのが主な仕事で、厳密に言えば竜を助けるわけではない。

 

 

「まずは村の書庫にあるモンスター図鑑を読み漁ることだ。特にナルガクルガの部分な。まぁ善は急げと言うが…今日は祭りを楽しんでこい。まだ始まったばかりだ。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「し、知らない…俺は雇われただけだって!」

 

 

「そんな嘘は通用しない。でも良いよ。まだまだ始まったばかりだし、すぐいっちゃったら俺も萎えちゃうからねぇ。」

 

 

「うっ…嘘じゃない…!」

 

 

「じゃあこの龍暦院の紋章はどこで手に入れたの?盗まれた記録はないのに見たところ本物なんだよねぇ、でもメンバーのリストに君の名前は載ってない…」

 

 

「は、配属されたばかりなんだ!だから…」

 

 

「配属されたばかりなのにもう有給取れるの?すごいねぇよっぽど優秀なんだね。ちなみに10年前から今日までに、どこの誰がいつ龍暦院入りしたか纏めたリストもあるんだけど、君はどこに載ってるのかな?」

 

 

「ち、違う…嘘じゃない……!」

 

 

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ!逝かせたら意味ないからね。じゃあ…そうだ!俺彫刻やったことがあるんだ。時間食うけどこれが結構楽しくてねぇ。自分用の彫刻刀も持ち歩いてるんだ。だから俺と出会った記念に、君の背中にさっき教えてくれた本名がどうか分からない君の名前を彫ってあげる!あ、ついでに俺の異名も追加したげるよ!」

 

 

「こ、この…気狂(きちが)いめ…!こんな事してただで済むと…ま、まて、本気か?待てってーーー」

 

 

「わぁ、お兄さん綺麗な背中だねぇ。彫った後に火で(あぶ)ってすぐに冷やせば良い作品になりそうだねぇ。じゃ、始めるねぇ。"わたしはインチキ研究者の……"、こらこら身をよじろうとしないの。縛ってるとはいえ綺麗に彫れないじゃん。あとうるさい。私の前世はティガレックスです、って追加してあげるよ。」

 

 

 

 ○○○

 

 

 

「あ、レナ、まだ起きてた。」

 

 

 夜遅くなり、祭りを後にして農場の様子を見にきたユタの元に小さなナルガクルガが駆け寄る。良い匂いがするらしく鼻を鳴らして彼の服を嗅いだ。

 

 

「あはは…僕を食べないでよ?」

 

 

 レナは彼をじっと見つめ、押し倒して顔をこれでもかと舐めた。

 

 

「アババ…降参、こうさーん。」

 

 

 レナの拘束から抜け出して、ふぅ、と一息つく。

 

 

「明日から忙しくなりそうなんだ。勉強しないといけないし、多分モンスターを相手にする訓練もしないといけないみたいだし…」

 

 

 それなら私がいる、とどこか得意そうな顔をする。確かに、将来はナルガクルガマスターになれるかもしれない。

 

 

「レナはいつまでここにいられるのかなぁ。」

 

 

 やはり竜は自然の中で生きている方が良い。それにこのナルガクルガは一時的に保護しているわけであってペットではない。ふとそう思って思わず溢すと、レナが不満げに鼻を鳴らした

 

 

「なんでって、レナだっていつか独り立ちするんだし。ここに住むわけにはいかないでしょ?」

 

 

 レナはもう一度彼に飛びかかって押し倒すと、顔をフイッと背けて彼に体重をかける。幼体なので大して重くないがユタを組み伏せるには十分だった。

 

 

「ちょっ、レナ、どうしたの。」

 

 

 何を伝えることもなく、欠伸をして瞼を閉じる。

 

 

「え?ここで寝るの?ダメだよ、明日身体中痛くなっちゃう。…ねぇ、ちょっと、レナってば。」

 

 

 その後、母親に回収されるまでユタを離すことはなかった。



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第陸話 役者

 

 祭りの名残も消えた頃、ユタとトーマはいつも通り朝の森にでかけてタケノコやキノコなどを採りにいく。守人の見習いとして勉強や鍛錬するのももちろんだが、村の一員として貢献することも大事なことだ。

 

 

「あー…おっも……兄さんちょっと待って…」

 

 

「欲張りすぎたな。」

 

 

 背負ったカゴには山菜やらタケノコ、今日家で使う薪などが詰まっている。まずは村長に山菜を納品向かった、その途中。

 

 

「ニャー…Aちょっと待つのニャ…」

 

 

「Nは荷物多すぎなのニャ!どんだけ火薬とその材料詰め込んだら気が済むのニャ?現地調達すれば良い話だニャ。せめてガーグァ便を使うべきだったニャ。」

 

 

 狐のお面を被ったアイルー(?)が2匹、その片方が身長の倍ほどある大きさの荷物を背負っている。さらに、その荷物を後ろから支える黄色に黒い斑点模様のあるアイルーと、最後尾には彼らより頭ひとつ分身長が高い大柄なアイルーが続いていた。

 

 

「あんなアイルーこの村にいたっけ…?」

 

 

 そう思いつつ村長に山菜を届け、謝礼のお金と幾らかの野菜を受け取って自宅に戻ると荷物を置いて、今度は農場へ。

 

 

「お待たせ。」

 

 

 竜舎にいる2匹の竜に声をかけて河端まで移動させる。水浴びの時間だ。カラはともかく、レナにとってはまだ川が深いので水に浸かっている母竜の隣でユタが洗ってやっていた。

 

 どうせいつも水浸しになるので湯浴みシリーズをこのためだけに余分に用意している。おけに水を一杯に入れて、レナの背中の上からかけてやると気持ちよさそうに目をつぶって身体を震わせた。さながらロアルドロスである。

 

 正直、浅いところなら入っても大丈夫なような気がするが、こうして水をかけられることが好きらしいレナは毎日これを要求してくる。

 

 

「わぁっ、ちょっ、舐めないでくすぐったい!」

 

 

 わなわなと腕を震わせながら桶を掲げてレナに追加の水をかけようとしていたところで脇腹を舐められて思わず身をよじり、そのままよろけて尻餅をつく。

 

 レナが面白がって裸の彼の腹や背中を舐めまわしたのでゾゾゾッという感触に悶えた。

 

 

「やめないか、ユタが泥まみれになる。」

 

 

 母竜の一声で小さな白いナルガクルガはしぶしぶユタから離れ、大人しくユタにタオルで拭かれた。2匹は竜舎に戻り、ユタも砂だらけになった身体を洗っていると突然誰かに背後から抱きしめられて心臓が跳ね上がった。

 

 

「やっほー、今日はいい天気だから水浴びにはもってこいだねぇ!」

 

 

 数日前の祭りで現れた竜人族の青年だ。研究員らしき人にしていたように背中を丸めてユタの肩に顎を乗せる。

 

 

「な、なんですか…」

 

 

「君に用があってねぇ。まぁ半分頼み事なんだけど。楽しんでいるところ悪いけど、身体拭いて服着て来てくれる?おれ農場の出口で待ってるから。」

 

 

 彼はユタを離すと何事もなかったかのようにスッと農場を出ていく。

 

 

「…濡れてない。川の中入ってきてたのに。」

 

 

 彼は黒い旅衣や靴から水滴ひとつ垂らさなかった。もうその程度で驚くユタではなかったが。

 

 少ししてユタが彼の前に向かうと、彼は吊り目をキュッとさせて微笑む。

 

 

「…お待たせ、しました。えっと…」

 

 

「ハクちゃんって呼んでくれて良いよー!薄暮だからねぇー、あと敬語。おれ、歳下に敬語なんて使わせてたらみんながみんな敬語になっちゃうからね。」

 

 

 見た目は兄と同じくらいだが、竜人族なので数倍以上は生きているのだろう。

 

 

「そ、それで、用って、」

 

 

「あぁ、こっち。」

 

 

 そこにいるようでいないような彼は、あの祭りの日のように観光客や村人の間をスイスイ進んでいくので油断すると見失いそうになる。

 

 ユタの家を通り過ぎ、他の村人の家が並ぶ道を歩き続け、そのはずれに行くと見慣れない円形のテントのような建物が3つ見えてくる。

 

 

「あれはゲルって言ってね、遊牧民とかが使うんだ。おれたち色んなところに行くからあれがあると便利なんだ〜。」

 

 

「…つまり仲間ってことですか。」

 

 

「ま、そういう感じ。あー、いたいた。」

 

 

 彼が指さしたのはテントの前にいる、紺色の装衣を着た1匹のアイルー。黄色の毛並みにに焦げ茶のマダラ模様があって、耳の裏側は黒と白の模様がある。先程いた猫一行の内の1匹だ。

 

 

「あの子なんだけど、新入りだから経験積ませるためにもユタ君に面倒見てもらおうと思ってね。」

 

 

「オトモってことですか。」

 

 

「そうそう。…そんな顔しないでよ、やましい気持ちはないって。おーい、」

 

 

 アイルーは三角形の耳をピクリと動かして顔をこちらに向けると走ってきた。

 

 

「ニャ!ご主人!そちらが僕の留学先にゃ?」

 

 

「そうそう。…ユタくん、この子がおれの御使(みつか)いのR。」

 

 

「御使い?オトモじゃなくて?」

 

 

「おれはハンターじゃないからね。それに、一緒に行動してるときの方が少ないからから”お供”じゃ合わないと思って御使いって呼ぶことにしたんだ。なんか良いでしょ?御使い。まぁ役に立つと思うよ。他の御使い達もしばらくこの村にいるから頼って。君の専属はこの子だけだから、報酬が発生するかもしれないけど。それじゃ、R、あとはよろしく。」

 

 

「ちょっ、もう行くんですか?まだ…」

 

 

「ごめんねぇ、おれ忙しいから。またこんどゆーっくり遊ぼうねぇ。」

 

 

「えぇ…」

 

 

 そして彼は、またスーッと村の中に消えていった。

 

 

「仕方ないにゃ。あぁいうお方にゃ。気にしたらダメにゃ。…今日から君がご主人にゃね。ボクは御使いR、よろしくにゃ。」

 

 

「う、うん…え、でも給料とかどうしよう…」

 

 

「にゃ、ユタさんからの給料はいらないのにゃ。あくまで留学だからにゃ。」

 

 

「あ、そう…ところで普通の名前ってないの?流石に御使いRって…」

 

 

「にゃー…まぁこれからしばらくはユタさん専属のオトモだからにゃ。ボクはラク。ちょっと前までカムラの里にいて、ご主人にスカウトされて御使いになったにゃ。」

 

 

「そっか…よろしくね。」

 

 

「んにゃ。じゃあ他の御使いの紹介もするにゃ。まだみんなテントにいるにゃ。」

 

 

 そう言ってラクはユタを手招きすると早速テントの一つに入っていく。最初のテントにはあの大柄な茶白アイルーがいた。

 

 

「御使いMさんだにゃ。」

 

 

「よろしくニャ。」

 

 

 厳つい見た目で、アイルーとしての原形は保っているものの筋骨隆々だ。

 

 テントの中には金づちや分厚い金属の板などが整頓されて置いてあり、加工屋の工房のようである。

 

 

「Mさんはボクと同じカムラ出身にゃ。あのおっきな盾を使うにゃ。」

 

 

 ラクは御使いMの後ろに立てかけられている正三角形の金属板を六角形になるよう互い違いに2枚重ねて造られた、分厚い盾を指差す。大きさはユタより少し小さいくらいで、御使いMの身長とほぼ同じである。

 

 

「でかい…あんなの持てるの?」

 

 

「見ての通りニャ。」

 

 

 御使いMは片腕で掲げてみせる。

 

 

「特注カムラ製の盾ニャ!グラビモスの熱線だって防げるニャ。モンスターのブレスに困ったらオイラを呼ぶと良いニャァ。」

 

 

「よ、よろしく…」

 

 

 個性が強すぎるアイルーにたじろくユタそっちのけでラクは彼を別のテントに引っ張っていく。次に入ったテントには薄い木の板や怪しげな粉が入った瓶などが並んでいたが、肝心なアイルーの姿が見えない。

 

 

「…あれ、Nさんいないにゃ。仕方ないにゃ、先にこっちにゃ。」

 

 

「どんな人…じゃないどんなアイルーなの?」

 

 

「残念、Nさんはメラルーにゃ。しかも白い毛がない黒猫さんにゃ。火の国に行った時、たまたまご主人や他の御使いがいない時に炎龍が襲来したそうなのにゃ。…そうにゃ、テオ・テスカトルにゃ。で、たまたま居合わせた御使いNさんが特製の爆弾で追い払った、ってNさんが言ってたにゃ。本当かどうかはわからないけど、でも僕もNさんに地雷の作り方を教わったのにゃ。」

 

 

「そ、そう…」

 

 

 なら最後のテントには一体どんな化け猫がいるのかと恐る恐る足を踏み入れる。瓶やらタルやら様々な植物が植えられた植木鉢が整頓されて置いてあるテントの奥で、狐の面と傘を被り、白を基調としてふり袖や袂に紅の模様がある着物のような装束を着たアイルーらしきアイルーが何やら粉を調合していた。

 

 

「Aさん、Nさんは知らないかにゃ?」

 

 

「さっきどこかに行ったニャ。どうせいつもみたいに火薬草とかを探しに行ったんだろうニャ。…うニャ。君がユタ君かニャ。御使いAだニャ。」

 

 

 そう言ってAはお面と傘を脱ぐ。紺色の縞模様がある青色の毛並みの、至って普通のアイルーだったのでユタは内心ほっとした。さっきの御使いMが濃すぎただけなのかもしれない。

 

 

「よろしくね。」

 

 

「うニャ。」

 

 

「Aさんの薬はとってもよく効くにゃ。ボクのシャボン玉の原液も、Aさんに教わった通りの調合に変えたら効果が上がったのにゃ。」

 

 

「シャボン玉?」

 

 

「薬液をシャボン玉にして浮かせるにゃ。割って液体を浴びれば傷の応急処置ができるのにゃー。カムラのネコ秘伝技のひとつにゃ。」

 

 

「Rは御使いとしてはまだまだだけどニャ、頑張り屋だから長い目で見てやってほしいニャ。」

 

 

 ラクの態度を見る限り、さっきの御使いMよりも頭が上がらないらしい。師匠的な存在なのかなと思いつつ、御使いAと別れる。

 

 

「うにゃー、Nさんはどこに行ったにゃ…森に行っちゃったかにゃ…」

 

 

「探しにいく?ちょうど、さっき兄さんがツタの葉が足りないって言ってたし、肉もちょっと欲しいからそのついでに。兄さん今日は加工屋と打ち合わせがあるらしくて今は一緒に来れないんだ。」

 

 

「うにゃ!オトモするにゃ!」

 

 

「じゃあその前にレナ達のご飯があるから、その後でね。」

 

 

「例のにゃルガクルガかにゃ?ボクもみてみたいのにゃー。」

 

 

「もちろん良いよ。こっち。」

 

 

 ラクを連れて農場へ。譲り受けたオトモとはいえ、アイルーを連れて歩くとなんだか一人前になった気分になる。

 

 氷結晶冷蔵庫からケルビの肉を取り出して農場へ向かえばいつも通り小さなナルガクルガが飛びついてユタの手から肉を奪い取り、咀嚼しながら見慣れないアイルーを興味深げに見つめて首を傾げた。

 

 

「にゃあ。ボクはごはんじゃないにゃ。…思ってたより小さいしおとなしいんだにゃあ。そういえば、親はどこにゃ?」

 

 

「あぁ、レナのお母さんのごはんは2日に1回くらいなんだ。そのかわり大人のアプトノス1頭分食べるから、調達するのが大変なんだよね。」

 

 

 厳密に言うと、アプトノス1頭分くらいの肉を2日間かけて食べる。

 

 

「森から帰ったら食べカスの掃除しないと。」

 

 

「にゃー、大変だにゃー。Mさんとかに頼めば喜んで手伝ってくれると思うにゃ。」

 

 

「流石に悪いよ…」

 

 

 握りこぶし程度の肉塊を3つ与えてもう終わりだよ、と言うと竜舎へ戻っていく。

 

 

「さ、僕らも準備しようか。…そういえば君のテント、なかったみたいだけど…」

 

 

「僕のテントはユタさんの家の裏にあるにゃ。」

 

 

「はや…」

 

 

 ユタは家に戻ると扱い易いよう改良したライトボウガン「ハンターライフル」と弾薬をいくらかを持って、いつの間にか建てられていた円形テントに向かうと黒色の忍装束を着てリュックを背負ったラクが出てくる。

 

 

「服も変えたの?」

 

 

「うにゃ。さっきのは普段着にゃ。」

 

 

「似合ってるよ。じゃあ行こうか。」

 

 

 ライトボウガンを背負って、オトモを連れて森へ。気分はすっかりハンターだ。ツタの葉をいくらか採取してから、ナルガクルガ達の餌を調達するため茂みからガーグァの群れを狙う。

 

 

「にゃ、ナルガクルガに食べさせるなら、頭狙った方が良いにゃ?」

 

 

「そうだけど、さすがにガーグァの頭を撃つのは難しいかな…ブルファンゴとかならまだなんとかなるけど…」

 

 

 ユタがそう言うと、ラクはブーメランを取り出した。

 

 

「いけるの?」

 

 

「任せるにゃ。」

 

 

 ラクは茂みから出てソロソロとガーグァに近づくと、ちょうどこちらに尻を向けた個体に向かって全身でブーメランを投げる。距離は約40メートル。緩やかな弧を描いたブーメランが見事ガーグァの頭に命中、するところでガーグァが虫を啄むために頭を下げる。

 

 ブーメランは虚しくフォンフォンと鳴りながらどこかへ飛んでいき、頭上を何かが通過していったことに気づいたガーグァは一目散に逃げ出した。

 

 つられて他のガーグァ達も逃げ出し、ユタが1発撃ったが外れ、ラクは何もいなくなったところに落ちていたブーメランを黙って拾い上げた。

 

 

「ま、まぁ、今のは運が悪かっただけだよ。」

 

 

「…反則にゃ。なんてタイミングで頭下げるにゃ。千里眼でもついてるのかにゃ?」

 

 

 その後はしばらくあたりを探し回り、運良くブルファンゴを発見する。

 

 

「僕がやるにゃ。」

 

 

 正面から近づくと魚型のネコ用剥ぎ取りナイフを首に突き立てて返り血を浴びながら息の根を止める。ユタは生唾を飲んだ。

 

 

「お、おみごと…」

 

 

 ブルファンゴの毛皮はなかなか刃が通らないくらい丈夫なのに、やはり鍛治で有名なカムラの里製ナイフは違うのか、それともネコがすごいのか。ユタは前者であることを祈った。

 

 

「お待たせにゃ。」

 

 

 川で返り血を洗い、ブルファンゴを解体してポーチに詰め込む。

 

 

「ブルファンゴって皮が厚いくて1発じゃ仕留められなくて反撃されちゃうから普段はあんまり狙わないんだ。助かったよ。」

 

 

「うにゃ。ドスファンゴくらいまでなら朝飯前にゃ!朝飯といえば、ボク今日まだ何も食べてないにゃ…」

 

 

 荷物整理で忙しかったらしい。

 

 

「美味しい魚あるよ。温泉卵も。」

 

 

「にゃ、ほんとかにゃ!温泉卵は食べたことないのにゃ。楽しみにゃ〜。」

 

 

「あとねー、タケノコの炊き込みご飯とか。今朝採れた新鮮なタケノコが…どうしたの?」

 

 

 ラクが聞き耳を立てていた。

 

 

「大きい足音が向かってくるにゃ。肉の匂いに釣られたにゃ?」

 

 

「逃げよう。」

 

 

 急いで荷物をまとめて村の方へ小走りで向かうと、ラクとユタをジャギィ達が追い越していく。

 

 

「まずいにゃ!ドボルベルクだにゃ!しかもなんかすごい怒ってるにゃ!」

 

 

 バキバキと枝を折りながらこちらに向かって猛突進する尾槌竜。

 

 

「もしかしてこないだの…!」

 

 

 角が少しかけている。撃退されたドボルベルクが戻ってきたのだろうか。

 

 

「オトモダチだったのかにゃ!?」

 

 

「いや違う!!ねぇちょっと!僕ら村に帰りたいだけだから!」

 

 

 そう言っても反応はない。通じていないのだろうか。意思疎通ができる条件がいまいちわからなかった。

 

 

「ユタさんそのまま走るにゃ!」

 

 

 ラクは立ち止まってリュックから携帯シビレ罠を取り出して、ドボルベルクの目の前で設置する。拘束されたドボルベルクは怒りの吠え声を上げた。

 

 

「止まっちゃダメにゃ!ドボルベルク相手じゃすぐ壊れちゃうにゃ!」

 

 

「いや、今のうちにこやし玉を…!」

 

 

「ダメにゃ!こんなんじゃもっと怒らせるだけにゃ!」

 

 

 木の根や地面のくぼみにつまずかないよう気をつけながら岩壁に挟まれた道を走る。動けるようになったドボルベルクとの距離は縮まってきている。

 

 …と、岩壁の直角カーブを曲がったら、御使いAと同じ狐のお面と傘を着けて白と淡桃の装束を着たアイルーが目に飛び込んでくる。

 

 …アイルーは自分より大きなタルを頭上に掲げていた。

 

 

「そこを退くニャ。」

 

 

 ラクにグイッと手を引っ張られるまま脇に避け、そのままうつ伏せに転んだ。その直後に空気が振動し、強い光と熱を感じて思わず顔を背ける。

 

 ドボルベルクの苦悶に満ちた咆哮が響く。

 

 

「火薬を抑えた爆弾にしてやったのに、逃げないなんて往生際が悪いニャ。」

 

 

 振り向くと、アイルーは背中に携えていた藍色の棍棒のようなものを構える。先端は球体になっていて、赤橙色に光る固体ではない何かに覆われていた。

 

 

 ドボルベルクが尻尾を高く上げてアイルーを叩き潰そうとする。振り下ろされる前にアイルーはドボルベルクの足元に潜り込んで、その棍棒で脚を殴る。

 

 ドボルベルクは少しよろけて、この小さい相手を尻尾の餌食にするのは難しいと判断し、今度は轢き殺そうと頭を下げて突進の体制になる。

 

 しかし突然爆発音が聞こえるとドボルベルクは巨大な図体を地面に叩きつけられた。

 

 …さっき殴られた片足が無惨なことになっている。

 

 

「そういえば、コブは珍味らしいニャ。この期に試してみるかニャ。」

 

 

 そう言って、もがくドボルベルクの頭に向かって棍棒を振り下ろす。見た目以上の衝撃だったらしくドボルベルクが一瞬大人しくなる。アイルーは独特な形の鞘に棍棒の先端をしまうとドボルベルクに背を向けた。

 

 殴られた箇所に赤い何かがついていることにユタは気づいた。

 

 

「爆破は正義ニャ。」

 

 

 ボンッ、とドボルベルクの頭が爆発して角の破片が飛び散り、ドボルベルクは大きく痙攣し、やがて動かなくなった。

 

 

「にゃ…助かったにゃ…Nさん…」

 

 

「Nさん…じゃあこのアイルーが御使いN…」

 

 

 頭が弾けたドボルベルクを背景にして悠々と歩いてくるアイルーからはお面越しでも独特なオーラを放っていた。

 

 

「すごいね…確か上位クラスだってリーエンさんが…」

 

 

「爆弾は正義ニャ。」

 

 

「えっ?」

 

 

「すなわち爆破は正義なのニャ。」

 

 

「えーっと、たしかにすごい威力だったけど、」

 

 

 御使いNはまるで聞こえていないかのようにラクに向き直る。

 

 

「R、」

 

 

「にゃ、はい…」

 

 

「観測隊の情報、見なかったのかニャ?注意報が出ていたはずニャ。大型モンスターはいつ出現するかわからないニャ。もう昼ニャ。朝の情報なんてあてにならないニャ。」

 

 

「うっ…」

 

 

「ハンターでもない子供を、注意報が出ているかどうかの確認もせずに森に連れてくるなんて、オトモとしてあってはならないのニャ。仮にあのドボルベルクを独りで倒せる腕があっても、ニャ。」

 

 

 ラクは何も言い返せずにうつむいた。

 

 

「それに、村に向かって真っ直ぐ逃げるなんて他の人が巻き込まれたらどうするニャ。まったく、オトモの自覚が足りないニャ。」

 

 

 そう言って御使いNは地面に転がっていた自分のリュックを背負う。

 

 

「ほら、村に戻ってコイツのことを報告するニャ。」

 

 

「う、うん…」

 

 

 しょげているラクの手を引っ張って、御使いNと一緒に村へ向かう。

 

 

「それにしても、よく僕達の場所がわかったね。」

 

 

 本当はずっと影から見ていたのではと思うほどタイミングが良かった。お陰で命拾いしたのだが。

 

 

「この辺りの地形は把握してるニャ。それで先回りしたニャ。」

 

 

「でもなんであんなに怒ってたんだろ…僕を見てからじゃなくて、最初から怒ってたし。」

 

 

 御使いNが唐突に立ち止まる。

 

 

「勘の良い子供は嫌いだニャ。」

 

 

「えっ?」

 

 

「冗談ニャ。まぁ、ちょっと起爆実験してたら刺激しちゃったみたいだニャ。でもボクが村を出るときはもう注意報出てたから、あわよくばおびきだして撃退しようと思ってたところだったのニャ。まさかユタ君が森に入ってるとは思わなかったしニャ。」

 

 

「ごめんなさいにゃ…」

 

 

「僕も確認してなかったから…ラクのせいじゃないよ。」

 

 

「その通りニャ。オトモに苦労ばっかりかけるのも悪いニャ。ところで、お代はサシミウオ1匹で手を打ってやるニャ。」

 

 

「えっ、」

 

 

「爆弾の材料費ニャ。むしろまけてやってるほうニャ。」

 

 

「そ、そう…まぁいいけど……ところであのタル爆弾だけど、組み立てから僕達のところに来たの?そのリュックには入りそうにないし…」

 

 

「答えは神とネコのみぞ知る、ニャ。生も良いけど今日は焼き魚にしようかニャー。」

 

 

 それならみんなで昼ご飯を食べようかということになり、ラクも元気を取り戻して何を食べるかという話で盛り上がりながら村へ戻る。

 

 

「お〜、仲良さそうじゃん。良かった良かった。」

 

 

 宿の屋根の上で黒衣の竜人の青年があぐらをかきながら少年とネコ2匹を眺める。

 

 

「ご主人、」

 

 

 その隣に、御使いA、Nと同じ傘と面をつけ、藍色の装束を着たアイルーがよじ登ってくる。

 

 

「言われた奴らを拘束した。誰にも見られてないニャ。」

 

 

「おっ、サンキュー。じゃ、俺も仕事の時間だね。」

 

 

 どっこいしょ、と立ち上がる。

 

 

「やれやれ、これでようやく役者が揃った。舞台の幕開けってとこかな?」

 

 

「オチが楽しみだニャ。」

 

 

 

 つづく



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