とある科学の歪曲時計【凍結】 (割り箸戦隊)
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幻想御手①

【学園都市】

東京都西部を切り拓いて作られたこの都市は、超能力の開発が学校のカリキュラムに組み込まれており、230万人の人口の八割を占める学生達が日々、頭の開発に励む科学の街。

だったはずなのだが。

 

「なあ、博士」

「なんだね久遠君」

 

夏の日差しが照りつけるビルの屋上で久遠と呼ばれた少年、久遠永聖(くどうえいせい)は気だるい口調を隠そうともせず、博士に語りかける。

 

「なんか、化け物みたいなの出てきちゃってんだけど」

「うむ」

「あれ、なんなの」

 

「博士」と彼が呼ぶ相手はここにはいない。

不良生徒のように座り込む久遠の隣に、行儀よく座っている「機械の犬」に搭載された通信機能を使って彼らは会話していた。

 

「先ほどから私も考察はしているのだが、現時点での情報では『幻想御手(レベルアッパー)』が製作者の意図を越えて暴走し、擬似的な『虚数学区』のようになっている。ということくらいしかわからんな」

 

一般的には「虚数学区」とは能力者が無自覚に発するAIM拡散力場の集合体のことを指す都市伝説だが、博士はそれが実在していることが前提で語る。

久遠も大して気にする事なく、博士の発言を聞き流す。

 

「最初は楽な任務だと思ったんだけどなぁ」

 

もともとは「幻想御手」とか呼ばれている違法ツールを作成し、悪用している科学者を戦闘要員の久遠がぶちのめして、後始末は他の構成員に丸投げする。

いつも通りの楽な任務だったのだ。

 

能力開発を受けていない科学者相手に、久遠の所属する暗部組織【メンバー】が当てられる時点で嫌な予感はしていたので、警備員(アンチスキル)がこちらの情報規制より前に出動したり、「幻想御手」作成者の木山春生(きやまはるみ)が能力者でもないのに能力を使い警備員に応戦し、さらには学園都市では理論上不可能とされている【多重能力者(デュアルスキル)】の真似事をしだした時でも、久遠は予想の範囲内だと真面目に任務を遂行するつもりでいた。

 

しかし、久遠が木山春生に接触する前に【第三位】が木山と戦闘を開始し、劣勢に追いやられた木山が頭を押さえて苦しみ出した後、木山の頭から巨大な胎児みたいな化け物が現れる。

そんな常識にケンカを売っているとしか思えない光景に、やる気をなくした久遠は座り込み、博士と無駄話をしながら【第三位】の戦闘を観戦し始めたのだ。

 

学園都市の闇、暗部にどっぷり浸かった久遠は人も物も数えきれないほど()()()きたが、あんな化け物みたいなファンタジーな存在と戦ったことは無い。

【第三位】の攻撃を受けながらも再生し、より醜い姿に変化していく化け物を現実逃避しながら眺め、これまでの経緯を回想していた久遠だったが、大きく溜め息をついた後。

ゆっくりと立ち上がり、()()()()()()

このまま【第三位】に任せて傍観したい所だが、あの化け物が向かっている先に、何があるのか分かっている以上は放置もできない。

 

「む、介入する気かね」

 

思考に没頭していたのか、少し遅れて博士が久遠が動き出したことに気が付く。

 

「あの化け物、『原子力実験炉』に向かってるみたいだからさぁ」

 

まるで透明な階段を歩いているように空を歩く久遠は、緊張感のない軽い口調で。

 

「始末してくるわ」

 

言った瞬間、久遠の身体は博士のモニター越しの視界から消えた。

 

 

 

 

学園都市の能力開発では能力者の「強度(レベル)」を六段階に分けている。

 

無能力者(レベル0)

低能力者(レベル1)

異能力者(レベル2)

強能力者(レベル3)

大能力者(レベル4)

超能力者(レベル5)

 

学園都市に住む能力者達の六割が所謂おちこぼれである無能力者(レベル0)に分類され、強度(レベル)が上がるほど分類される人は希少になっていく。

そして、最高位である超能力者(レベル5)に至っては学園都市でも八人しか認められていない。

その中でも【第一位】から【第八位】まで序列が付けられ、一般的な能力者と比べてあまりに別格な超能力者(レベル5)達の能力には、それぞれ固有の能力名が付けられている。

 

 

 

 

 

「なっ」

「ちょっ」

 

結果として、久遠の先制攻撃で化け物は消し飛んだ。

【第三位】の攻撃を何度受けても再生していたので、一撃でケリが付くとは思っていなかったのだが。

再生の限界まで追い詰められていたのだろうか。と思案しながら周囲を見渡す。

 

目を見開きこちらを見る今回のターゲットの木山春生。

そして、唖然とした表情でこちらを見る少女。

能力開発の名門校、常盤台中学の制服に身を包んだ彼女もまた、八人の超能力者(レベル5)の一人。

 

序列【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】御坂美琴。

 

彼女らの視点では超高速で久遠が現れると同時に、胎児の化け物が消し飛んだように見えるはずなので、驚くのは無理もない。

だが、学園都市で最も強い電撃使い(エレクトロマスター)である御坂の、平凡な能力者みたいな反応を疑問に思う。

つい先ほどまで彼女の能力を遠目に眺めていたが、【超電磁砲】は応用力、火力、速度に優れた超能力者(レベル5)に分類されるに相応しい能力だった。

彼女の実力が本物だったからこそ、久遠と博士は仕事を放棄して怠けていたのだ。

 

それ故に、他の超能力者(レベル5)達のように、傍若無人で人格破綻した変人なのだろうと勝手に想像していたが、彼女はまともで普通の感性を持った少女なのだろうか。

よく見ると、彼女の制服はボロボロになっていた。

遠目で見ている限りでは余裕で遊んでいるのだと思っていたが、案外苦戦していたのかもしれない。

 

獲物を横取りした形になってしまった以上、そのまま御坂に戦闘を仕掛けられる事も想定していたがその心配はなさそうだった。

 

「なんだか、大変なことになってたみたいだけど。二人とも大丈夫?」

 

とりあえず久遠は、自分が出来る最大限の優しい声と笑顔を使って二人に接触することにした。

明るく染められた頭髪、耳には黒いピアス。

名門校であるはずの長点上機学園の夏期制服を着崩した、不良生徒にしか見えない久遠だが、今の自分を真面目な優等生だと思っているので、口調と見た目が一致していないおかしなことになっている。

 

「な、なんなのよアンタ」

 

突然乱入してきた久遠に聞きたいことはいくつもあるが、とりあえず素性を問いただすつもりで。

御坂は戸惑いながら言葉を発した。

 

「ただの一般人。キミは元気そうだけど、お姉さんの方は立てますか?」

 

久遠が即答し、座り込んだ木山に手を差し出す。

そもそも彼女が地面に座り込んでいるのは、先ほど彼が化け物に攻撃を仕掛けた際に生じた衝撃によるものなのだが。

それを感じさせない白々しい演技だった。

 

「………すまない」

 

素直に手を借りて立ち上がった木山は、それなりに身体を痛めているみたいだったが、立って移動することは出来そうだ。

今回の依頼内容は木山春生の無力化と拘束だが、警備員が出動してしまった以上は連れ去っても面倒が増えるだけなので、警備員の到着を待って彼女が拘束されるのを確認するのが最善だろう。

学園都市の暗部にかかれば、()()()()()()()()()()

 

化け物が現れてからは「幻想御手」の効果と思われる能力の使用も出来なくなったようだが、一応警戒しながら様子をうかがっていると彼女の方から話しかけられた。

 

「君は、そうか。まさかこの最終局面で本命に会えるとはね」

 

木山とは間違いなく初対面なのだが、久遠のことを知っているかのような発言に眉をひそめる。

暗部組織の【メンバー】に所属してからは学園都市の情報をまとめたデータベースである「書庫(バンク)」の久遠永聖の項目は、閲覧規制がかかっているはず。

名前と能力名くらいしか閲覧出来ないはずなのだが、どこかから情報が漏れてしまっているのだろうか。

 

「【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】。君が幻想御手のネットワークに組み込まれていれば、直接あの子達を()()()()()目覚めさせることも可能だったというのに」

 

木山の言葉の内容は半分も理解できなかったが、木山はある程度久遠の能力【歪曲時計(ワールドクロック)】を把握しているらしい。

少し驚いたが、別に誰にも知られていない謎の能力という訳でも無いし、問題は無いかと思い直す。

 

思い直して、こちらを怪訝な表情で見つめる御坂と目が合ってしまった。

そして久遠は、やっぱり面倒なことになりそうだ。と溜め息を吐いた。

 

 

 



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幻想御手②

警備員(アンチスキル)」とは、志願した学園都市の教師陣による治安維持組織であり、学園都市の外の警察のような存在である。

今回、木山が引き起こした「幻想御手(レベルアッパー)事件」は約一万人の犠牲者が昏睡状態に陥った大事件であり、容疑者を確保する際に能力を使って抵抗した木山に多数の警備員たちが撃破され、近隣の構造物がまるで戦争が起こったかのような有り様になってしまった。

そんな事件現場となってしまった場所に、容疑者の木山と一緒に留まっていた御坂と久遠があっさりと帰宅を許される訳もなく、事情聴取の為この場に残されていた。

久遠はそもそも「幻想御手」の事件の詳細を【メンバー】の仲介役から知らされておらず、話せる情報など無かったのだが、それを伝える相手である警備員達が忙しなく現場の被害確認の為に走り回っているので、ひたすら待たされているという訳である。

顔を見られただけならこの場から立ち去る選択肢もあるが、昼間の仕事では「スキルアウト(武装無能力集団)」避けに長点上機の制服を着ている為、逃げた所で後から呼び出されるだけだろう。

 

「ところで、お姉様。こちらの殿方はどなたですの?」

 

少し前に、久遠と御坂の待機していた場所に突撃してきたツインテールの「風紀委員(ジャッジメント)」が今さらになって久遠の存在に気が付いたらしい。

先ほどまで、御坂を心配するあまりなのか暴走している様に見えた彼女だったが、ようやく正気を取り戻した様だ。

木山に人質として扱われていた、花を頭に飾りつけた風紀委員に帰宅を促すと、久遠と御坂を交互に見ながら聞いてきた。

 

「ただの一般人の【第四位】らしいわよ」

 

御坂に問い掛られた時の適当な返答に、余計な一言を混ぜて答えられてしまった。

当然、【第四位】の部分に反応するツインテールにとりあえず自己紹介することにする。

 

「初めまして。俺は長点上機学園の一年、久遠永聖。よろしく」

 

爽やかな笑顔で挨拶してみたが、ツインテールはこちらを怪しい者を見るような目で見つめてきた。

 

「長点上機に超能力者(レベル5)が入学したという噂は耳にしたことがありますが、こちらの殿方が?」

「多分、間違いないわよ。能力はよく分からなかったけど」

「その超能力者(レベル5)の貴方が、どうしてここにいますの?」

 

久遠は、一度も超能力者(レベル5)であることを認めていないのだが、彼女達の中ではもう確定情報になってしまっているらしい。

所属している暗部組織に依頼があったので、出動してきました。なんて正直に答える訳にもいかず、即興で薄っぺらい理由を述べる事にする。

 

「近くを散歩してたんだけど、原子力実験炉によく分からない化け物が向かってるのが見えたから。それを阻止しようとしただけだよ」

 

下手に言い訳するよりもマシだと思って簡潔に理由を作ってみたが、疑わしい者を見るような目が二人分になってしまった。

もう少し捻った回答をするべきだったのかもしれない。

 

「こっちもいくつか聞きたい事があるんだけど、いいかな」

 

本当は全く興味ないが、ずっと質問され続けるのも疲れそうなので、今度はこちらから質問をする事にした。

 

 

 

久遠永聖は学園都市で「置き去り(チャイルドエラー)」と呼ばれる、捨て子のような存在である。

朧気ながら残っている記憶では父親は居らず、母親がいたような気がするが、もう顔も声もろくに覚えてはいない。

学園都市に捨てられ能力開発された後、彼と同じ様な境遇の置き去り達と一緒に研究所に通いながら寂れた施設で生活をしていたが、しばらくすると彼だけが特別扱いされ、研究所の個室に寝泊まりするようになる。

一緒に暮らした置き去り達(なかまたち)と離れるのはそれなりに悲しかったが、生活水準の高い暮らしをさせて貰える上に、研究者達は彼にとても優しかったので、文句を言ったりはしなかった。

 

研究所に寝泊まりをするのも慣れてきた頃になると、彼は色々なことに気が付いていく。

 

研究者達が優しく接しているのは彼に対してだけで、他の置き去り達には冷たく接していること。

 

研究所の中で彼と他の置き去り達が接触しないように、能力開発の予定を調整されていること。

 

彼の開発された能力は、超能力者(レベル5)と呼ばれる存在に近づいているらしいということ。

 

この研究所が、彼の能力を向上する為だけに存在していること。

 

 

 

そして、研究所に通ってくる置き去り達(なかまたち)を見かけることが()()()()()()()()()()

 

 

 

もしも、彼が賢い子供だったなら、異変に気が付いて置き去り達と逃げることが出来たのかも知れない。

 

もしも、彼が強い子供だったなら、研究者達に反抗し、置き去り達を救うことが出来たのかも知れない。

 

しかし、愚かで臆病な(おれ)は何もしなかったので。

 

彼が超能力者(レベル5)に到達した時、かつて一緒に暮らした置き去り達(なかまたち)は一人も生き残ってはいなかった。

 

 

 

中学に入学する歳になって研究所暮らしも終わり、彼は一人暮らしを始めることになる。

相変わらず研究所に通う必要はあったが、能力研究の高額な報償金に、中学生が生活するには過剰なほど豪奢な設備の住居を借り、高位能力者が集まる名門の中学校に入学する。

とても置き去り(チャイルドエラー)とは思えない贅沢で輝かしい暮らしを始めた彼だったが、彼の性格は歪みきってしまっていた。

 

学園都市の置き去り達がどんな目にあっているのかも知らずに、くだらない事で一喜一憂するクラスメイト達。

 

どうして、コイツらはこんなに楽しそうにしているのか。

 

どうして、(おれ)はこんな所にいるのか。

 

彼は何をするのでも無く、学校に通い続ける。

 

(おれ)はどこで間違えたのかと、どうすれば良かったのかと何度も何度も繰り返し考えながら。

 

彼は何をするのでも無く、研究所に通い続ける。

 

(おれ)はどうしてこんな思いをしないといけないのか。置き去り達(なかまたち)を犠牲にした能力(チカラ)なんて望んでなんかいなかったのに。

 

彼は何もすること無く、無気力に日々を過ごしていく。

 

 

 

そんな生活を何ヵ月か続けたある日、彼は学校の帰り道で謎の老人に出会う。

学園都市の暗部組織【メンバー】のリーダー。

「博士」と呼ばれているらしい謎の老人は、彼を構成員として勧誘したいと言ってきた。

相も変わらず無気力な彼は、当然のように誘いを一蹴し立ち去ろうとするが、博士は彼の全てを見透かしているかのように語り出す。

 

 

 

「私が過去に囚われることを止めたのは、十四歳の夏だった」

 

 

 

未熟な若者を導くように、ゆっくりと紡がれる博士の言葉に、彼は足を止めてしまう。

 

 

 

「過去への執着は中々断ち切れないものなのだ。私も過去に愛した芸術を完全に捨てることが出来なくて、悩んでいたことがあるのだよ」

 

 

 

今の彼には何もない。やりたいことも、成し遂げたいことも。

 

 

 

「だが、気付いてしまえば呆気ないものでね。私はそれ以降、過去に囚われることは無くなったのだ」

 

 

 

彼はいつの間にか、博士の言葉に引き込まれていた。

 

 

 

「時に、久遠君」

 

 

 

この老人は何を言うつもりなのか。

 

この老人は(おれ)の何を見透かしているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は、かつての置き去り達(なかまたち)の顔を覚えているかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

久遠()は記憶を思い返し、自分が()()()()()()()()()()()()、ことに気が付いて。

 

全部が終わってしまったことに気が付いて。

 

(おれ)が歪みきってしまったことに気が付いて。

 

 

久しぶりに、心の底から声を出して笑ったのだった。

 

 

 

 

 

久遠は、事情聴取を終えると携帯端末で会話をしながら帰路についていた。

あの後、御坂美琴(みさかみこと)とツインテールの少女白井黒子(しらいくろこ)と自己紹介やら、事件の情報交換やらをしたのだが、途中から余りに興味が無さすぎて適当に返事をしながら話を聞き流した為、どんな話をしたのかほとんど覚えていない。

木山の目的の、実験動物にされて植物状態になっている置き去り達の事で協力して欲しいと頼まれたりもしたが「俺の能力の限界を越えている」と適当な理屈を並べてお断りさせて貰った。

 

「って感じで、ずっと電話もできなくてさぁ」

「災難でしたね」

 

愚痴を並べる久遠に、【メンバー】の構成員の一人である査楽(さらく)が苦笑混じりに言う。

警備員達が木山を確保した後、裏からの手回しはもう一人の構成員である「馬場(ばば)」が遂行するらしいので、暇している査楽に愚痴のついでに今回の顛末を説明しているのだが、こうして言葉にしてみると何とも滑稽な話である。

 

「格好つけて助太刀したのに、余計なお世話だったんだって」

 

自分で喋っていて可笑しくなったのか笑いながら久遠は言った。

御坂達から聞いた話によると無限に再生してる様に見えた化け物は、「幻想御手」のアンインストールによって再生を封じられており、あとは核を破壊するだけという状態だったそうなのだ。

御坂が核を破壊する為に攻撃を仕掛けようとする、まさにその瞬間に久遠が介入したらしい。

自分のあまりの空気の読めなさに、聞いたその場で笑ってしまった。

 

「原子力実験炉の目前まで追い詰められていたようですし、仕方ないと思いますよ」

 

査楽も形の上では久遠を擁護するが、声は半笑いである。

ある程度、今回の顛末を語り終わると二人の会話は自然と雑談に移っていく。

暗部組織と言っても常に任務を遂行している訳ではないのだ。

 

「なんか最近、面白い噂とかないの?」

「久遠君の面白い噂は、世間では面白い噂では無いですけどね」

「査楽もこの前はテンション上がってたじゃん。『常盤台狩り(レディハンター)』を狩った時に」

「あれは可愛い娘がいたからですよ」

「査楽ってちょっとロリコン気味な所あるよな」

 

若者らしい中身の無い会話を続ける二人だったが、住居であるマンションが見える距離まで来て、久遠は会話を終わらせようとする。

 

「もう部屋着くから、切るわ」

「了解です。明日、『17拠点』寄ります?」

 

査楽の言う『17拠点』とは【メンバー】の所有する施設の1つなのだが、博士以外の構成員の所属する学校から近いせいで久遠達の溜まり場になってしまったマンションの一室のことだったりする。

 

「女の子から誘いがあったらそっち優先するけど。なんで?」

「馬場君が見せたい物があるとかで」

「わかった。覚えてたらな」

 

今度こそ通話を切って、久遠は自分の部屋に向かった。

いつものように暗い暗い道を歩いて。

 

 

 

 

 

久遠は、自分を捨ててくれた両親に感謝していた。

この学園都市は能力(チカラ)で全てが手に入るから。

 

久遠は、学園都市が大好きだった。

俺を超能力者(レベル5)にしてくれたから。

 

久遠は、自分の能力を盲信していた。

なんでも壊せる【歪曲時計(さいきょうのチカラ)】だったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市の闇に囚われた(おれ)はもう居ない。

 

(おれ)は学園都市の闇になってしまったのだ。

 

 



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幻想御手③

歪曲時計(ワールドクロック)】は時間を操作する超能力である。

久遠永聖(くどうえいせい)の身体から数センチ以内、または直接触れている物の時間を操る。超能力者(レベル5)の【第4位】。

学園都市に住む230万人の中でも限りなく頂点に近いその能力(チカラ)を、今日も彼は遊び半分で振り回していた。

 

「せっかくオマエに教えてやろうと思ったのに」

「そんな怒んなよ、馬場ちゃん」

 

結局、馬場達との約束を破って「17拠点」に顔を出さなかった久遠は翌日の夜、【メンバー】の任務に駆り出されていた。

学園都市外部の敵対勢力に技術を売り渡し、私腹を肥やした反逆者達の殲滅。

しかも、類似組織への警告とする為に、惨たらしく殺して欲しいという追加注文付きである。

久遠の虐殺としか言えない一方的な蹂躙に、泣き叫びながら半狂乱で逃げ出す彼らは確かに、仲介役の言っていた通り見せしめにはちょうど良かったのかもしれない。

一人一人を()()()()()()()()()()()、機械の犬を通して馬場と会話を続ける。

 

「先週、お持ち帰りした霧ヶ丘のお姉さんから連絡来ちゃってさぁ。急にまた会いたいって言うから、断れなくて」

「オマエは毎日そんな感じだろ。先に誘ったんだからこっちを優先しろよ」

 

仲間が生きたまま千切られる光景に反逆者達は阿鼻叫喚していたが、うるさい奴から順番に殺していったお陰で、後は気絶してる奴と諦めてすすり泣く奴しか残っていない。

一番近くに居た奴に手を伸ばすと、そいつも恒例になっている命乞いを始めた。

 

 

 

「お、オレ達が悪かった、だっ、だから、お願い、だ、ユルし、テ」

 

 

 

「コイツもこんなに反省してるしさぁ。馬場ちゃんも水に流してやれよ」

「ふざけんな」

 

 

血色の鍋をぶちまけたような部屋でまた一人。

本日の任務完了まで、あと五分。

 

 

 

 

 

「おつかれさぁーん」

 

気の抜けるような挨拶と同時に、久遠は学園都市の第十八学区にある「17拠点」と名付けられたマンションの一室に入る。

先に到着していた小太りな少年、馬場はイライラしながら言い放った。

 

「遅い。こんなにかかる距離じゃなかっただろ」

「差し入れ買って来たんだよ。そんなイライラすんなって」

 

久遠は買ってきた「差し入れ」を見せながら笑う。

彼が手に持っている紙袋を見て、馬場の怒りで真っ赤な顔が青くなる。

 

「オマエ、よくこんなの食う気になるな」

「馬場ってハンバーガー嫌いだっけ?」

 

先ほどまで、久遠が人間を素手でミンチにする映像をリアルタイムで見せ付けられていたのだ。

暗部に所属してそれなりに時間が経つ馬場だが、しばらく肉は食べたくない。

本気で意味がわかってなさそうな久遠に、呆れの目を向けていた馬場だったが、この精神異常者に何を言った所で無駄だと諦めた。

 

「イヤ、今は食欲がないだけだ」

 

そのやり取りだけで、何があったのか大体察した査楽が苦笑いする。

査楽の任務は久遠から逃げた奴らの追い討ちだったので、反逆者達の末路は知らなかったが、馬場が気分を害するほどに酷い有り様だったようだ。

 

「馬場君、それで見せたい物とは何なんですか?」

「また博士の新しい発明品貰ったとかだろ、どーせ」

 

久遠が茶々を入れたので、馬場の額に血管が浮かぶが、気を取り直して話出す。

 

「『幻想御手(レベルアッパー)事件』のオマケで手に入ったんだけど」

「俺の活躍でハッピーエンドで終わったあの事件がどうかしたのか?」

 

馬場は久遠に真面目に聞くように睨むが、久遠は素知らぬ顔でハンバーガーを食べている。

 

 

 

 

 

「あの時、下部組織の連中に木山の住処をあさらせてたんだけど、面白い物が見つかってね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「変態かよ」

「僕は変態じゃない」

 

馬場は再び激昂するが、久遠は相変わらずハンバーガーに夢中な様で全く意に介さない。

馬場が食べなかった分のハンバーガーに手を伸ばし、心底どうでも良さそうだった。

 

「馬場君が面白いと言うほどの物があったのはわかりましたが、よく持ち出せましたね」

 

学園都市統括理事長の直轄部隊、暗部組織【メンバー】

言葉だけ見ると、もの凄い権力を持っているように聞こえるが実際にはただの便利屋であり、機密情報を全て知っている訳ではない。

馬場の言う「面白い物」が重要な機密なら、こんな三人の溜まり場に持って来られる訳がないのだ。

 

「ただの研究者の木山が何故、ここまでの物を持っていたのかは分からない。けど、二人も興味はあると思うよ」

 

そう言いながら馬場はメモリーチップらしき物を見せ付ける

 

「僕が回収する前に、木山の所持品に手を着けた奴はいないはずだ」

 

下部組織のボンクラどもを除いてだけど、と言いながら。

馬場は慣れた手つきでチップを嵌め込み、学園都市最先端の情報端末を起動させる。

 

「今までの、ちんけな噂話なんかとは比べ物にならない情報なのは間違いない」

 

馬場は勿体ぶりながら久遠を見る。

 

「久遠、オマエに最初に見せたかったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画】

 

 

 

 

 

 

 

「おい、マジかよ」

 

久遠は子供の頃のように顔を輝かせた。

 

 

 

 

 

学園都市の空に浮かぶ世界最高のスーパーコンピュータ。樹形図の設計図(ツリーダイアグラム)による演算の結果、学園都市に存在する超能力者(レベル5)の八人の中で、【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)】だけが【絶対能力者(レベル6)】に到達できることが判明した。

 

一方通行(アクセラレータ)】に通常の時間割り(カリキュラム)を250年分組み込む事で【絶対能力者(レベル6)】に辿り着く。

 

超能力者(レベル5)である【歪曲時計(ワールドクロック)】を使用し250年を短縮、あるいは【一方通行(アクセラレータ)】を250年延命させる事で解決を図るが、短縮では【一方通行(アクセラレータ)】の寿命が問題となり、延命では時間割り(カリキュラム)も巻き戻ってしまう為、【歪曲時計(ワールドクロック)】では不可能と判断し「250年法」を凍結。

 

他の手段として、実戦における能力の向上をこちらで操ることで【絶対能力者(レベル6)】を目指すことにする。

【樹形図の設計図】に再度演算させた結果、超能力者(レベル5)の【超電磁砲(レールガン)】を128回殺害する事で【絶対能力者(レベル6)】に進化することが判明。

 

しかし、【超電磁砲(レールガン)】を128人用意する事は出来ない。

 

よって【超電磁砲(レールガン)】の劣化クローンである【妹達(シスターズ)】を使用し、2万体を殺害させる事で【絶対能力者進化(レベル6シフト)計画】とする。

 

 

 

 

 

馬場はいつもの暇潰しの延長のつもりだった。

自身の抜け目ない情報収集能力を自慢するついでに、三人で盛り上がる為に持ってきた。

査楽は最初からガセネタだと思っており、信じてはいなかった。

それでも、今までの「非合法実験の噂」の中でトップクラスの醜悪で悪趣味な話に感心していた。

 

そして、久遠は。

 

 

 

「すっげぇじゃんか、馬場ちゃん」

 

 

 

馬場に見せられた画面を前にしばらく黙りこんでいた彼は、手に持っていたハンバーガーを取り落とした事を気にもせず、ただひたすら楽しそうに笑った後で、そう言った。

 

「木山が俺の能力の詳細を知ってたみたいだったのも」

 

「計画から外された俺が、研究所に通わなくても良くなったのも、暗部に堕ちたのも」

 

「【第三位】が【超電磁砲(レールガン)】で【第四位】が【歪曲時計(ワールドクロック)】なのも」

 

一人でひたすら喋る久遠に、馬場も査楽も口を挟めない。

声も口調も、いつもの久遠とかわりないが何かに違和感を感じた為だ。

 

「ぜんぶが、ぜーんぶ、つじつまが合っちゃうじゃん」

 

久遠はずっと笑っていた。

 

「まさかなぁ」

 

二人の違和感の正体は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この俺を踏み台にしようとする奴がいるなんて」

 

 

 

目だけがドス黒い憎悪に染まっていた。

 

 

 



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絶対能力進化計画①

学園都市の【第一位】【一方通行(アクセラレータ)】について、久遠が知っている事はそこまで多くない。

この世界の、ありとあらゆる「ベクトル」を操作する、学園都市の頂点とされた存在。

学園都市最高の演算処理能力を誇る、人格破綻者。

 

一方通行(アクセラレータ)】にご執心の「()()」に聞けばもっと詳しい話を教えて貰えるだろうが、今の所はそこまでする気はない。

 

久遠は自分の能力(チカラ)、【歪曲時計(ワールドクロック)】に絶対の自信を持っているので【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)】と戦闘になったとしても、ある程度は勝負になると予想していた。

しかし、久遠より格上かも知れないあの先輩が、【一方通行(アクセラレータ)】との直接戦闘を避けていることから、久遠が敗北する可能性の方が高いのかもしれないとも思う。

 

直接戦闘は避けるべきなのか。しかし、久遠を差し置いて【絶対能力者(レベル6)】に到達するのは絶対に許せない。

 

実験を凍結させる手段はいくつかある。しかし、問題もあった。

 

おそらく、【絶対能力者進化計画】は学園都市上層部に容認された、または主導で行われている実験である。

暗部に属する久遠が学園都市上層部の意思に反することは、「裏切り」になってしまうのだ。

久遠は自分が裏切った後の展開を想像する。

学園都市の刺客達をあらかた皆殺しにした後で、派遣されて来た先輩に始末される光景が頭に浮かび、それを考えるのをやめた。

 

「ちょっと。アンタ、聞いてる?」

 

あの日、馬場があのメモリーチップを入手出来たのは、あいつが優秀だからではない。

ただの研究者の木山春生が調べられた情報なのだ。

ある程度の実験関係者には知られた情報であり、久遠達がそれを知った所で大したことはないと思っているのか。

あるいは、()()()()()()()()()()()()()と気にもしていないからなのか。

 

つまり、問題は【一方通行(アクセラレータ)】ではなく、学園都市の上層部。

 

反逆は間違いなく、個人では難しい。

しかし、【メンバー】の仲間である馬場も査楽も、学園都市上層部と久遠永聖を天秤に掛けたら上層部につくに決まっている。

 

「ねぇ、返事しなさいよ」

 

やはりここは、先輩と協力するのが一番良さそうに思えてきた。

久遠も彼も、【一方通行(アクセラレータ)】が目障りなのは共通している。

さらに二人で組めば、学園都市の上層部が送ってくる刺客など相手にもならないだろう。

 

「ねぇって、なんでガン無視してんのよっ」

 

そこまで考えて、最後に先輩に合った時のことを回想する。

あれは確か、「常盤台狩り」の時だったはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

常盤台狩り(レディハンター)」を名乗る高位能力者が居るらしい。

そんな噂を聞いた、「久遠」「査楽」「馬場」の三人。

彼らは噂の真偽を確かめる為に立ち上がり、みんなの力を合わせて、馬場が一人で情報収集した。

 

久遠は「学園都市の闇の人体実験」系の噂が好みなので、正直乗り気ではなかったのだが、いつもクールな査楽が珍しく乗り気だったので付き合うことにしたのだった。

 

みんなの力を合わせたお陰で、馬場は一人で【常盤台狩り】の犯人を特定した。

 

みんなの力を合わせて久遠が犯人を確保し、拘束する。

警備員に引き渡した三人はみんなに称賛されて、学園都市に平和が訪れたのだった。

 

()()()()()()()「どうせならさぁ、可愛い娘が狙われてる所を助けて正義の味方ごっこしようぜ」と言う人格破綻者(くどう)の悪辣極まりない意見が通ってしまい、【常盤台狩り】の監視生活を始めることになる。

 

「コイツは生意気そうだし、いい気味だね」

 

「もうちょっと、胸がデカかったらなぁ」

 

「この娘はちょっと派手すぎますね」

 

今日も今日とて「ヒロイン」の選別を行う三人。

「常盤台狩り」の魔の手が少女達を襲う映像をまるで、映画か何かかのように観賞する彼らは、「常盤台狩り」と大差ない外道であった。

しかし、残念ながら本人達に自覚はない。

 

「この娘、可愛いくないですか⁉」

 

何件かの暴行事件をスルーした彼らだったが、査楽がついに好みの相手を見つけたらしい。

その頃には「常盤台狩り」ブームに飽きていた久遠と馬場は、協力プレイしていたゲーム画面から監視カメラの映像に視線を移す。

画面を覗くと黒髪ロングの清楚そうなお嬢様が映っていた。

 

「へぇ、査楽はこーゆー娘がタイプなんだ」

「向かうなら位置情報出すけど、どうする?」

 

興味がなさそうな二人とは対照的に、即答で「行きます‼」と興奮気味に向かう査楽。

久遠と馬場は顔を見合わせ、一応どうなるのかを確認する。

査楽はレベル3の【空間移動能力者(テレポーター)】で、相手の背後に回る暗殺がメインの戦闘スタイルのはずだが、流石に一般人に負ける事はないだろう。

 

しばらくして、「常盤台狩り」視点の画面に移った査楽は、戦闘開始し、間もなくあっさりと敗北する。

今になって考えると「常盤台狩り」は「幻想御手(レベルアッパー)」の効果を使って能力を強化していたのだが、「幻想御手」の事を知らなかった久遠は一般人にやられた査楽の無様な姿に爆笑した。

 

「今日の査楽はさあ、本っ当に面白いなぁ」

 

仲間の査楽が「常盤台狩り」に追い討ちをかけられているのを見て、笑い過ぎて涙目になっている久遠。

査楽が劣勢になってから笑いっぱなしである。

流石に見かねた馬場が、呆れ顔で言った。

 

「そろそろ、助けに行ってやれよ」

 

 

 

久遠が現場に到着した三分後。

 

念動能力(テレキネシス)】らしき「常盤台狩り」は地面に頭をつけて気絶していた。

今回は任務ではなくプライベートなお遊びの為、殺したりはしていない。

むしろ久遠としては、かなり笑わしてもらったのでこのまま無罪放免にしてやりたいくらいだ。

査楽が近くでボロ雑巾みたいになってるのを見てしまい、また笑いそうになるが「正義の意思(メンタルジャスティス)」で我慢する。

あんまり見ないようにしよう、後から録画で見れるんだし。そんなことを考えながら被害者の方を向いた。

 

「常盤台狩り」に痛めつけられて、あちこちに擦り傷を作っている常盤台の制服を着た少女。

助けにきた査楽が瞬殺された時は、絶望したような顔をしていた彼女だが、今はじっと久遠を見つめている。

 

「大丈夫?」

 

目が合ってしまったので優しく笑いながら、少女に話しかける。

 

久遠はお嬢様っぽい相手には、この優しい少年の演技を良く使用する。

仲間内では「似合わな過ぎて気色悪い」と称賛されているのだが、余り長い時間使用すると久遠本人が飽きて止めてしまうのが欠点だった。

 

「は、はいっ」

 

頬を染めて答える彼女を見て、久遠は思った。

これは後で、査楽の反応が面倒くさそうだと。

 

 

 

常盤台の少女を「学舎の園」と呼ばれる、お嬢様学校が共同運営する区画まで送る。

中は男子禁制の場所だが、何度も女の子を送迎してきたので手慣れた物だった。

被害者の彼女に何度もお礼を言われたが、久遠の本性を知ったらどんな反応をするんだろうか。

 

そして久遠は「17拠点」に戻る事なく、近場のファーストフード店に入る。

馬場に回収された査楽に会いたくなかった為である。

注文したハンバーガーを席に持って行き、腹を満たす。

今日はこのまま帰って寝ようかな、そんなことを考えながら。

先ほどから携帯端末には何度も査楽から連絡が来ており、そろそろ鬱陶しくなってきた。

もう着信拒否するか。画面を見ながら考えていた所でテーブルの向かい側に誰かが座って来たのに気付く。

店内は相席が必要なほど人があふれているようには思えず、座った人物の方を見る。

 

「よう、久しぶりだな」

 

久遠よりも明るく染められた髪に、長身の二枚目の男。その声や表情からは何やら風格のような物も感じる。

ホストみたいな格好のこの男と久遠は知り合いだった。

 

「先輩じゃん。ほんとーに久々だね」

 

 

 

垣根帝督(かきねていとく)

 

久遠がこの学園都市で唯一「先輩」として扱っている彼は。

 

八人の超能力者(レベル5)の【第二位】【未元物質(ダークマター)】。

 

久遠が過去に唯一、全力で戦闘して勝てなかった相手でもある。

 

 

なんの変哲もないファーストフード店で、【第二位】と【第四位】が向かい合う。

二人の関係は今のところ友好的ではあるのだが、もしもケンカでもしよう物なら周囲一帯が更地になりかねない。

店内にそんな爆発物があるとは知らず、周囲は楽しげに談笑していた。

何も知らない彼らから見ると、不良少年の二人が会話しているようにしか見えない為、仕方のないことなのだが。

 

「先輩って、この辺に住んでるんだっけ」

「いや、用があってな。その帰りだ」

 

久しぶりの再開に久遠は少しテンションが上がる。

垣根帝督。彼は久遠より二つ年上で、学校こそ違うがまさしく「先輩」なのだ。

 

同じ置き去り(チャイルドエラー)で。

同じ超能力者(レベル5)で。

チームこそ違うが暗部組織の【スクール】に所属している。

 

共通点の多かった二人は初対面の時こそ()()()()()が、それ以降はなんやかんやあって、部活の先輩後輩みたいなノリで接していた。

ちなみに、久遠が先輩として扱っているのは学園都市の中でも、垣根だけである。

 

「お前の方こそ、この辺じゃねぇだろ。長点上機は十八学区のハズだぜ」

「学舎の園に行ってたからさぁ」

「飽きねえな、お前も」

 

付き合いもそれなりに長いので、勘違いをさせてしまったらしい。

別に自分がなんと思われようと気にしない久遠だが、今回は確か「正義の味方」になっていたハズだ。

ならばと誤解を解くべく話し出す。

 

「誤解だって、今回は人助けだから」

「ハッ、信用ならねぇな」

「本当にそうなんだって。拠点に多分、美少女を助けたシーンの映像も残ってる」

「どんな流れでそうなるんだよ」

 

垣根は呆れた顔を浮かべた。

その後、久遠は詳細を説明し、垣根は最終的には馬鹿にしたような笑い見せた。

 

二人はどちらも闇の住人で、人を殺すのを何とも思わない。

利害が一致しなければ、お互いを排除するのも躊躇わない。

だが、今の二人にそんな殺伐とした雰囲気はなかった。

 

そう、周囲に友人だと思われるくらいには。

 

 

 

 

 

垣根のことを思い出したついでに「あの時の査楽」を思いだして久遠は笑いそうになる。

現在、久遠が居る場所は第七学区のファミレス。

 

馬場に、「絶対能力進化計画」を知らされた後。

「17拠点」から自宅に帰って来た久遠は携帯端末に御坂美琴から連絡があることに気が付いた。

文面がすでに面倒くさそうな内容で、正直行きたくなかった久遠だったが、「絶対能力進化計画」を潰すのに御坂の力が必要になる可能性もある為、こうして呼び出しに応じてあげたのだ。

 

 

 

「あァーもぉーッ、無視すんなァァー‼‼」

 

 

 

どうして、コイツはいきなり怒鳴り出したのだろうか。

どうして、学園都市は平和にならないのだろうか。

 

「店の中では静かにしろよな」

 

久遠は人差し指を口に当て、御坂を咎める様に言う。

とりあえず、ここは大人の対応をしなくてはならない。この手の店は騒ぎ過ぎると追い出されてしまう。

 

 

 

「ア、ン、タ、がッ、悪いんでしょォがぁァー‼‼」

 

 

 

このままでは痴話喧嘩のように思われるかもしれない。

周囲はとっくに二人を白い目で見ていたので、久遠は諦めて他人のフリをすることにした。

冷静にアイスコーヒーを喉に流し込みながら外の景色を眺める。

眺めて、真夏の日差しが眩しくてすぐにやめた。

 

「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので」

 

やってきたウェイトレスのお姉さんは、狂犬のように吠える御坂に話しかけたくなかったのだろう。

久遠の方を真っ直ぐ見ながらそう言った。

 

超能力者(レベル5)は隠しても隠し切れない人格破綻者の集まり。

これを最初に言い出した奴はきっと今の久遠と同じ気分だったに違いない。

人格破綻者どもの八人の中で一人。きっと俺だけがまともな常識人で、最後の砦なのだ。

 

 

 

「本当に俺以外の超能力者(レベル5)は、みーんな頭イカれてんなぁ」

 

 

 

御坂美琴はまた吠えた。

 

 

 

 



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絶対能力進化計画②

第七学区のファミレスで待ち合わせた二人。

 

先に席に着いていた美琴が少し遅れてやってきた彼に文句を言って、彼が軽く謝罪する。

彼の注文したアイスコーヒーをウェイトレスが持って来るまでの間、美琴は本題には入らずに世間話を振ってみることにした。

上っ面だけの会話になると思っていた予想は外され、二人の会話は想像以上に弾む。

 

常盤台中学校と長点上機学園は中学校と高等学校でありながら、学園都市ではライバル校のように扱われている。

レベル3以上が入学する最低条件の常盤台と、一芸に特化した人材を集めた長点上機。それぞれの校風は正反対と言ってもいいが、能力使用の許された体育祭である【大覇星祭(だいはせいさい)】で両校は毎年激しい首位争いをしていた。

 

そんな各校のエースとも言われている二人は、以外にも仲良く会話をしていたのだが、彼が届いたアイスコーヒーで喉を潤して、美琴が本題に入る為に話しかけた時にそれは始まった。

 

 

 

 

 

二十分。

 

 

 

 

二十分である。

美琴の目の前の少年は二十分もの間、彼女を無視し続けていた。

最初は目を開けたまま気絶してるんじゃないかと思ったりしたが、瞬きはしているし、呼吸もしている。美琴はずっと声をかけ続けているのだが、流石に周囲の目が気になってきてしまう。

そして、一度気になってしまうと周囲の人達の話を勝手に耳が拾ってしまい。

 

 

 

「結局、一人で喋ってるあの常盤台の女は何してる訳?」

「彼氏にフラれたけど、納得いってない。とかー?」

「超修羅場って奴ですね。初めて見ましたが」

 

 

 

そんな周りの完全な勘違いに。

 

目の前でフリーズしてる変人に。

 

美琴はキレた。

 

 

 

 

 

何度も話かけているのに、少年に無視されて怒ってしまった少女。

 

こう聞くとなにやら、可愛げのある光景を想像する人もいるかもしれない。

しかし、少女こと御坂美琴のキレっぷりはそんな可愛らしい物ではなかった。

 

ファミレスを追い出された二人は会話をすることなく、近場の噴水広場のような所に移動する。

カップルや女友達のグループが楽しげに談笑している憩いの場で、ブチギレた美琴とダルそうな彼は完全に浮いていた。

美琴は腕を組み身体から漏れ出た電気をパチパチと発し、彼を鬼のような顔で睨み付ける。

しばらくは美琴をなだめようとした彼だったが、お侘びとして何かを奢ることになり、彼女の命令で近くで営業していたクレープ屋の行列に並ぶ事になったのであった。

 

面倒くさそうに行列に並ぶ彼を見ながら、御坂美琴は回想する。

 

やっぱり「噂」なんて当てにはならない。

長点上機学園の超能力者(レベル5)、久遠永聖は世間知らずのお嬢様が通う名門校、常盤台中学でそれなりに「噂」になっている殿()()だった。

 

「紳士的で優しい素敵な殿方」だとか。

 

「弱き者、困っている者を助ける人格者」だとか。

 

「物語の王子様のような御方」だとか。

 

常盤台のお嬢様の感性が、世間と若干ズレている事は理解しているので話半分に聞いていたが、実際の王子様とやらは「コレ」である。

 

初めて出会ったのは「幻想御手(レベルアッパー)」事件。

木山の「幻想御手」が暴走し生まれた化け物、「幻想猛獣(AIM バースト)」との戦闘中。

何度も再生する「幻想猛獣」をギリギリの所で停止させた最終局面。

あとは、美琴の最大火力を叩き込む。そう思って視線を「幻想猛獣」に向けた時、すでに()()()()()()()状態の少年がそこにいた。

「幻想猛獣」が消し飛び、忘れていたかのように遅れてきた衝撃波と爆音が美琴達に襲いかかる。

離れて見ていた木山が腰を地面に着けるほどのそれを、なんとか耐えて彼の方を見る。

彼はやる気の感じられない様子でゆっくりと周囲を見回し、美琴と木山の方を見ると、不良少年みたいな見た目と反して優しい声をかけてきたのだった。

 

木山が警備員に拘束された後、彼女の発言が美琴の頭の中にずっと残っていた。

 

「君も私や彼と同じ、限りなく絶望に近い運命を背負っていると言うことだ」

 

意味はわからなかったが、美琴の知らない何かを木山は知っているらしい。

考えてもわからないので、とりあえず後回しにするべきなのはわかっている。が、どうしても気になってしまう。

他のことを考えよう。そして美琴と一緒に、警備員の事情聴取を待っている少年の方を見る。

 

腕を組んで警備員の車両に身体を預ける少年。木山によると彼が「噂」の久遠永聖らしい。

 

長点上機の超能力者(レベル5)。【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)

 

名門校の制服を「知ったことか」と言わんばかりに着崩したその少年は、髪も染めている上に耳には黒いピアスまで着けている。

容姿こそ整っているが、どこからどうみてもスキルアウトと同類の不良生徒で、美琴は「これのどこが王子様なのよ」と常盤台のお嬢様の感性を疑ってしまう。

口調や物腰こそ優しかったが、戦闘中にいきなり乱入してきたことや、周囲への影響を考えない能力行使に、隠しきれない変人っぷりが透けて見える気がした。

 

彼も何かを考えているのか、どこかを黙って見つめながら静かに佇んでいる。

そういえば木山が彼を「本命」とか呼んでいたなと思いながら話しかけようとして、空間移動してきた黒子に抱き付かれ、しばらくお預けとなってしまうのだった。

 

 

 

クレープ屋から戻ってきた彼は、買ってきたクレープを美琴に渡すと面倒くさそうに切り出した。

 

「もう、喋っても大丈夫?」

「アンタがきちんと謝罪したらね」

「何回も謝ったじゃんか、俺も悪かったって」

「“アンタも”じゃなくて、“アンタが”でしょーがッ」

 

目の前の変人は未だに自分の非を認めていなかった。

また頭に血が昇りそうになる美琴だったが、なんとか我慢する。

今日の会話の流れで、そんなに気を使って話さなくてもいいと美琴がカマをかけると、彼は即効で擬態を解いた。

黒子が美琴に突撃してきた後。黒子を交えて会話していた時からずっと違和感を感じていたが、こんな人格破綻した人格が現れるとは流石に予想外過ぎる。

とりあえず、二人は近くのベンチに移動することになり、クレープを食べながら会話を続ける。

 

「それよりさぁ、話の続きしよーぜ」

「アンタ、本当にいい性格してるわね」

「うん。それで、確か俺の能力の話だったっけ」

「聞こえてたんじゃないっ、アンタ本当にぃッ」

 

またしてもヒートアップしそうになる美琴。

それを不思議そうに見る彼。

これ以上、この話を続けるとまた美琴が爆発すると察した彼は、嫌そうに自分から話し出す。

 

「自分の能力って、あんまり人に話したくないんだよなぁ」

「アンタの説明が足りてないのが悪いのっ」

 

美琴が今回、この変人を呼び出した理由。

木山の目的だった、植物人間になってしまった置き去り達の恢復(かいふく)

木山は彼の能力【歪曲時計(ワールドクロック)】によってそれが成せると確信しているようだった。

 

木山が警備員に連行された後。責任感が強く、性根の優しい少女である美琴は彼に協力を要請する。

それは、美琴にとって今回の事件は完全なるハッピーエンドではなかったから。

幻想御手の使用者達の生活こそ元に戻っているが、木山はしばらく表に出られないし、木山の生徒の置き去り達は寝たきりのまま。

それを変えられるのは、目の前の彼だと美琴は思っていた。

突然、事件に乱入してきた彼。まるで運命か何かのように都合良く、木山の生徒達を恢復させる手段を持っているらしい。

 

しかし、現実の彼は「能力の限界を越えている」の一点張り。

試そうとする気もなく、無理だと確信しているように美琴には思えた。

木山と彼のどちらの言い分が正しいのか分からなかった御坂は、能力を悪用し「書庫(バンク)」への不正アクセスという強行手段に出る。

そして、妙に厳重な閲覧規制を突破し、久遠永聖の能力、【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を知った。

 

学園都市唯一の時間操作能力。

有効範囲は自身と周囲の数センチ、そして直接接触した物を操る。

範囲内の時間を歪曲する(ずらす)ことを可能とする能力。

時間加速、時間停止。そして、時間逆行。

 

書庫に記載された様々なスペックを見る限りでは、木山の言っていた通り生徒達を寝たきりになる前まで「巻き戻せる」ように思える。

と言うか、美琴は【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を見て、何故このチート能力が自分より序列が下なのかわからなかったし、【第四位】がコレなら【第一位】と【第二位】はどんな化け物なんだと戦慄した。

 

ともかく、これは「巻き戻せる」と確信した美琴は久遠を呼び出すことにする。

呼び出しの文面は簡単に省略すると「アンタ、嘘ついたでしょ。ちょっとツラ貸しなさい」といった内容で。ちなみにその脅迫のような文面を見た時、彼は顔をしかめた。

 

「何で俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】の詳細を知ってんのかは聞かないけどさぁ」

 

美琴に問い詰められた彼はしぶしぶ話し出した。

本当に嫌そうに話す彼は、クレープを一息に食べきるとベンチから立ち上がりどこかに向かう。

 

「ちょっと、どこ行く気よ」

「説明する道具を取ってくるだけだって」

 

彼はそう言いながら自動販売機に向かって行き、ジュースを二つ購入して戻ってきた。

片方を投げ渡され、美琴は反射的にお礼を言う。

彼はジュースを一気に飲み干すと、空き缶を見せながら言った。

 

「時間逆行にはいくつか制限がある」

 

真面目な彼の顔を見て、美琴は静かに聞くことにした。

 

「まず、一つ目。時間が経過しているほど、つまり巻き戻す時間が長いほど演算に時間がかかる。何千年、何万年とか経過している物は俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】では巻き戻せない」

 

予想の範囲内。

つまり、発掘された古代遺産を当時の時間に戻すような、無茶苦茶な時間逆行は出来ないと言うこと。

しかし、今回は関係ないはずだ。木山の巻き戻したい時間はせいぜい数年前のはず。

 

「そして、問題は二つ目。俺の理解できない物、演算に組み込めない物は巻き戻せない」

 

そう言いながら、彼は能力を行使したのだろう。

手に持っていた空き缶が新品同然に巻き戻っていた。

美琴は彼の言っていた意味が分からず、続きを促すように彼を見る。

彼は美琴を見ていなかった。巻き戻したジュースの缶を手で弄びながら、何もないはずの場所を見ている彼は言う。

 

 

 

「【歪曲時計(おれ)】は人間の()ってヤツを巻き戻すことが出来ないんだ」

 

 

 

急に出てきた「オカルト」な単語に、美琴は一瞬思考を停止していたが、彼が言った発言に絶対に許せない部分があった為、声をあらげる。

 

「アンタッ、木山の生徒達はもう死んでるって言ってんのッ⁉」

 

彼は何を考えているか分からない無色の瞳で美琴を見る。

その瞳に飲まれ、黙ってしまった美琴に彼は言った。

 

「どうして、俺がソレを巻き戻せないと知っているのかだけど」

 

彼の声は何の感情も込もってないように感じる。

 

「何年か前にやらされたんだ。()()()()()()()実験」

 

彼の話の続きを聞いてはならない。美琴の脳がそう言っているような気がした。

そうだ、木山が言っていたではないか。限りなく絶望に近い運命を背負っているのは。

 

「結果は全ての検体で失敗。死体は何故か、どの時間に巻き戻しても、植物人間のような状態まで戻ってから目覚めることはなく、戸籍上で死亡扱いだった検体はその後、全て処分された」

 

木山も美琴も。

そして彼も。

 

「木山の生徒達が、この先の未来で目覚める可能性があるのなら、俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】はきっと巻き戻せる」

 

「でも、目覚める可能性がなかったなら、俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】が死亡を確認してしまうかもしれない」

 

「部外者の俺達がやることじゃないでしょ。これは木山がやるべきことだ」

 

彼の考え方が正しいのかは、美琴にはわからない。

ただ美琴にわかったのは、他人に強制的にやらせるような行為ではないことだけだ。

とりあえず今、美琴がするべきことは。

 

「ゴメン、ちょっと考えが足りなかったかも」

 

「俺はどうでもいいよ。木山の生徒達には会ったこともないし」

 

彼は本当に興味が無さそうに言った。

思えば、「幻想御手」事件で美琴は木山の記憶を見たことがあった。

だから木山に感情移入し過ぎていたのかも知れない。

 

木山が彼の話を聞いたらどんなことを思うのだろうか。

それとも、いや、それでも木山は。

 

「多分だけどさぁ、木山は知ってたと思うよ」

 

美琴の考えを見透かすように彼は言った。

 

()()()()()()()()()()()()から巻き戻せると思ったんだろうね」

 

そうだったらいいな。と美琴は思い。

そうなったらいいな。と美琴は思う。

 

そして、久遠永聖の「噂」はあながち全てが間違いではないのかもしれないと、ほんの少しだけ思った。

 

 

 

あの後、ちょっと重い空気になってしまった二人は日が暮れだした学園都市を歩いていた。

常盤台の寮の門限に何故か詳しかった彼が、美琴を送ると言い出した為、二人で寮に向かうことになったのだ。

美琴にとっても誰かと話していたい気分だったので丁度いい。

何でもない雑談をしていると、寮の近くまでたどり着く。

最後に美琴は気になったことを聞くことにした。

言いたくないなら言わなくていい。そう前置きした上で。

 

「どうして、木山の考えてることがわかったの?」

 

彼は美琴よりも木山のことがわかっているような口ぶりだったから。

『魂』と言われているモノの巻き戻しが不可能なことを、木山が知っていると考えているみたいだったから。

 

「もうほとんど覚えてないんだけど、(おれ)がそうだった気がするからさ」

 

彼は笑ってそう言った。

美琴もつられて笑って、二人は別れた。

 

美琴は寮の部屋につき、いつもの日常に戻っていく。

黒子が待っていて、他愛のない話をして。夜になったら夢の中へ。

いつものように。

 

 

 

そして彼は。

 

 

 

久遠はいつものように、暗い路地の闇に消えて行く。

そう、闇の中に、いつものように。

 

 

 




「魂」について、少し表現を遠回しにしました。
感想のご指摘から自分なりに考えた結果、確かに科学の街で連呼するワードではないかなと思いましたので。


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暗部日誌①

これは過去の記録。

 

(おれ)が闇に堕ちてから。

 

闇の住人になった頃の物語。

 

 

 

学園都市の第十九学区。

「寂れた学区」なんて揶揄される、学園都市では珍しい廃墟や使われていない施設の集まる場所。

そんな夜の寂れた区画に配置された、【メンバー】の構成員の二人。

任務の内容はこれまた珍しく、他の暗部組織との共同で行っていた。

仲介役曰く「鬼ごっこ」らしい今回の任務は、学園都市にとって都合の悪いことを知ってしまったターゲット達を「鬼の二人」が処刑する。

本来ならば【メンバー】にしろ、今回組むことになっている【スクール】にしろ単独で行える任務なのだが、どちらの組織も欠員が出ている状態の為、確実性を取って共同任務になったらしい。

 

ターゲットの能力者は六人。中でも目を引くのは。

 

レベル4の【透視能力(クレアボイアンス)】他人の瞳をレンズに遠くの物を見ることが可能。

レベル4の【発火能力(パイロキネシス)】文字通り、炎を生み出す能力者。

 

あたりだろうか。

この六人が手を組んで、何を探ったのかは開示されなかったが、そんなことはどうでもいいかと馬場は思考する。

ターゲット達は逃走に能力を使っているらしく、こんな寂れた学区まで逃げ込むことに成功したみたいだが、その強運もこれまでだろう。

博士に預けられた機械の犬。【T:GD(タイプ:グレートデーン)】を使ってターゲット達の位置を探る。

 

捜索の途中で、近くに佇む「新入り」の方をちらりと伺う。

たん。たん。と足先を苛立たし気に打ち付けながら夜の廃墟を睨む、馬場と同級生らしい少年。

博士が勧誘に成功した超能力者(レベル5)。【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖。

この「新入り」は【メンバー】に入って一ヶ月もたってないが、その身に宿る悪魔のような能力は何度も目にすることがあった。

それは冷酷な馬場でさえ、敵対した奴らに同情したくなるほどに。

そんな今回の「鬼役」の一人の久遠だが、よほど今回の任務が気に入らないらしい。

仲介役から【スクール】と合同で行うと言われた時にキレて、通信モニターを素手でバラバラに壊していたくらいだ。

頼むから、真面目に任務を遂行してくれと言いたい。

でもやっぱり無理なんだろうなとも思う。

 

こんな悪魔の手綱を握れる奴なんて、きっとこの世にいないから。

 

 

 

 

 

久遠永聖は苛立っていた。原因は仲介役の放った一言。

 

「今回は鬼役が二人いる」

 

自分が「鬼」扱いされるのは別に気にしないし、どうでもいい。ただ、「自分と同格の奴がいる」ような発言は認められなかった。

 

【第二位】の【未元物質(ダークマター)

 

もし、今回の任務で遭遇することがあったら、そいつを殺そう。

そう決めた久遠は歩き出す。ここで待っていても何の意味もない。

久遠は馬場(無能力者)のことなんて戦力として数えていないし、居ても邪魔になるだけだと思っていた。

 

「お、おい。どこ行くつもりだよ」

「適当に探す。もしお前が見つけたら、俺に連絡したらいい」

 

久遠は無能力者に適当に返事をしながら耳のピアスを指差す。

博士に渡されたこの黒いピアスは、どんな仕組みか知らないが【歪曲時計(ワールドクロック)】の発動時でも使える唯一の通信手段だった。

 

夜の人気の無い区画。

当てもなく歩いている久遠は、ここ最近のことを考える。

暗部組織【メンバー】の構成員になってから、生活は一変していた。

研究所に通う必要もないし、学校にも通っていない。任務は毎日ある訳でも無いので、暇な時間が増えた。

どうせ暇ならと、今まで触れたことのなかった物に触れる日々。

博士に貰った黒いピアスに合わせて、髪を染めてみたり。流行りの音楽を聴いてみたり。今まで興味の無かったことも段々と吸収していった。

学園都市は面白い。今の久遠は心の底からそう思っていた。

もしも、あの帰り道で博士に出会わなければ、久遠は気付けずに生涯を終えていたかもしれない。

死ぬまで過去に囚われて、何も楽しむことが出来ずに朽ちていく。それがどんなに愚かなことか、当時の久遠にはわからなかったのだ。

ここに来るまで色々あったが、これから久遠は自分の為だけに生きると決めた。

そして、だからこそ絶対に【歪曲時計(ワールドクロック)】は最強でなくてはならない。久遠が好きに生きる為に。

 

 

 

「見つけた」

 

 

 

久遠が見つけたのは男の二人組。

「鬼」なら一人で行動するはず。

固まって行動していることから、恐らく任務のターゲットになっている奴だろう。

()()()()()()()()と、頭にバンダナを着けた奴。

 

時間を加速し、速攻でケリをつける。久遠の今回の本命は別にいる。

 

獲物は【第二位】の【未元物質(ダークマター)】なのだ。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

共同任務なんて初めての癖に、久遠はあんまり仲介役の話を聞いていなかった。

だから、こんな頭の悪い勘違いで【第四位】と【第二位】は激突することになってしまう。

 

 

 

 

 

 

歪曲時計(ワールドクロック)】は有効範囲内の時間を歪曲する(ずらす)能力である。

久遠の視点では加速を発動した後、()()()()()()()()()

 

「スローモーションになった世界」で、自分一人が普通に行動することが出来るのだ。

とりあえずは、近くにいたホスト野郎に狙いを定め。久遠は殴りつけた。

自分の感覚ではただ殴りつけただけなのに「スローモーションの世界」は大げさ過ぎる反応を見せてくれる。

音速を越える速度で久遠が動いているかのように空気が弾け、殴りつけた時の余波だけでバンダナ野郎が吹き飛ぶ。

 

もう終わりか。久遠はそう思って加速を解除し、周囲を見渡す。

久遠は「スローモーションの世界」が自分の【歪曲時計(ワールドクロック)】で崩壊するのを見るのが好きだった。

たったの一撃で崩壊した周囲を声を出さずに笑っていると、何故か人の声が聞こえてきた。

 

「痛ってぇな」

 

ホスト野郎が吹き飛んで行った方向から、歩いてくる人影が見える。そいつはこちらを悪魔の様な顔で睨んでいた。

久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】で攻撃したのにも関わらず、大きな損傷は見当たらない。

 

「テメェは生かして帰さねぇぞ、クソガキ」

「死ぬのはお前の方だ、俺がぶっ殺してやるよ」

 

簡単に頭に血がのぼった久遠は、安い挑発に即効で乗る。

勘違いしていたみたいだが、今のを防いだってことはこいつが本命の【未元物質(ダークマター)】なのか。

 

またしても久遠は加速し、今度は空を上っていく。

歪曲時計(ワールドクロック)】の有効範囲は久遠の身体から数センチ。それだけあれば足裏の空間を停止させ、擬似的な足場にすることが出来る。

加速した世界でホスト野郎の頭上、十数メートルに到達すると足場の停止を解除した。

蹴りの姿勢で真下に自然落下する久遠。これで終わるならそれでいいし、防ぐならその方法を見せて貰う。

 

隕石でも落ちたかのように地面に深い穴が開き、周囲に大きなひび割れが広がる。

 

ホスト野郎の身体に久遠の蹴りは届いていない。奴の背中から出てきた六枚の()()()のような物に受け止められた。

 

なんだコレ。

と久遠が思った瞬間、自分のAIM拡散力場が「未来」の身体の損傷を伝えて来た。

意識するより速く自分の全周囲に停止をかける。

 

しかし、不可解なことが起こる。停止して干渉出来ないはずの久遠が奴の白い翼に薙ぎ払われた。

近くのビルを貫通し、今度は久遠が吹き飛ばされる。

吹き飛ばされてビルに叩き付けられたことによるダメージは無い。つまり、停止は発動出来ている。

まるで奴の白い翼だけが、停止を無視したような。

 

隣の路地まで吹き飛ばされた久遠は、白い翼でズタズタにされた身体を部分的に逆行させる。

部分逆行はAIM拡散力場の「現在」と「過去」の情報を参照しないと使用出来ない。

なので身体全体を逆行させる方が演算は速いが、奴の白い翼が停止を貫通して来たことを()()()しまっては意味がない。

停止が出来るようになってからしばらく無かった、物理的な痛みには驚かされたが、これですべて巻き戻った。

 

どうやって攻略するか。いつの間にか久遠は【未元物質(ダークマター)】を互角の相手と認めていた。

超能力者(レベル5)の序列は能力研究の応用が生み出す利益が基準。

等と言われているが、そんなの関係なく【未元物質(ダークマター)】は【歪曲時計(ワールドクロック)】に並びかねない反則(チート)能力なのかも知れない。

 

久遠が考えている間に、ホスト野郎は此方に()()()()()

その余裕綽々な態度が燗に障る。

 

「よう、様子を見に来てやったぜ。クソガキ」

「ありがと。じゃあ、そろそろ死んで詫びろよな」

 

加速でホスト野郎を蹴り飛ばす。またしても、奴の白い翼に阻まれるがそれでいい。距離が取りたかっただけだから。

 

ホスト野郎は多分、勘違いをしている。こちらに白い翼を防ぐ手段は無いと。

確かに白い翼には停止が通用しない。いや違うか。おそらく、白い翼は()()()()()()()()()()()()が、それだけだ。

 

久遠永聖が無自覚に発するAIM拡散力場の効果、久遠の身体の「過去」「現在」「未来」を観測する能力が生きている以上、白い翼の攻撃は察知出来る。防御ではなく回避してしまえばいいだけのこと。

もし身体が損傷しても、演算能力が残っている限り逆行できる。

 

それに、ホスト野郎の本体は久遠の加速に反応出来てない。白い翼が自動(オート)で防御、迎撃しているだけ

白い翼から距離をとって、遠距離攻撃で様子見するか。

視線を動かし、加速して投げつける物を探す。

 

まず、久遠がやるべきことは。

 

またしても「未来」からの警告が届き、久遠はビルの影に飛び込むように回避する。

さっきまで久遠がいた場所を「光線」としか表現しようがない、訳のわからない攻撃が通過して、周囲を破壊し尽くした。

歪曲時計(ワールドクロック)】の加速中に「通常」のような速度の攻撃をしてくるなんて「常識外れすぎる」。

この光線もあの白い翼の能力なのか。 

 

あちらのが遠距離戦が有利なら、無理に合わせて遠距離攻撃する意味はない。

でも、だとしたら俺はどうすればいい。

 

久遠は【未元物質(ダークマター)】に遭遇する前、【第二位】を珍しい物質を操る能力だと思っていたが、停止を抜けて来たのだからやはり、「久遠が理解できない力」を操る能力なのだろうか。

先ほどから奴の能力は全くもって「普通じゃない」。

 

そこまで考えて、久遠が取るべき選択肢は二つ。

 

一つ目は、【未元物質(ダークマター)】を理解すること。

 

しかし、そもそも理解することなんて可能なのだろうか。

 

二つ目は、【未元物質(ダークマター)】の自動防御を物理で突破すること。

 

もう既に、二撃入れたが相手の損傷は軽微。

果たして、本当に突破できるのか。

 

 

またしても、「未来」からの警告。

 

 

やるしかないかと覚悟を決めた久遠は「二つ目」を選択する。

 

限界まで加速した一撃を叩き込む。その為に空を走り出す。

さっきまで久遠が居た場所は何をどうやったらそうなるのか、爆発して炎上している。

 

ホスト野郎は空高く、久遠を見下ろしている。

それに追い付いて、追い越して。

 

つい最近まで、戦闘なんてすることが無い一般人であった久遠は、無意識の内に能力に制限を掛けていた。

その制限を解除する。「最後の良心」と言う名の制限を。

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の被害なんて知ったことか。俺は自分が良ければいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの生死なんて気にもならない。俺が負けるくらいなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の全力の【歪曲時計(ワールドクロック)】で。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、第十九学区は「寂れた学区」から「崩壊した学区」になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬場は頭に包帯を巻きながら、下部組織の人間が運転するキャンピングカーで移動していた。

 

今回は本当に死ぬかと思った。

 

久遠が何故か【スクール】の超能力者(レベル5)と戦闘を開始した時に、馬場は既に学区外に避難することにしたのだが、途中で馬場の乗っていた車は奴らの戦闘の衝撃で吹き飛ばされた。

なんとか怪我だけで済んだが、もう少し判断が遅れて居たら他の連中みたいになっていただろう。

 

他の連中。

今回のターゲットや下部組織などの現場に残っていた奴らは、【歪曲時計(ワールドクロック)】と【未元物質(ダークマター)】を除いて全員、戦闘の余波に巻き込まれて死んだそうだ。

そんな戦略兵器を使った戦争みたいな戦闘をしていた癖に、爆心地にいた二人はお互いに怪我こそしていたものの五体満足だったようで。

第十九学区の崩壊後もしばらく戦い続けた二人だったが、引き分けでお互いに手を打つことにでもしたのだろうか。

戻ってきた久遠は、何でもなかったかの様に「無傷に巻き戻っていて」さっさと帰宅して行った。

元からあの辺りは廃墟だらけだったこともあって、大した処罰もないらしい。

もしかしたら、【メンバー】と【スクール】の仲介役が、二人を制御出来なかったとして自分自身が処罰されない様に、必死で庇ったのかもしれない。

 

「馬場君」

 

キャンピングカーに取り付けられたモニターに博士が映る。

いつもの形式的な挨拶を交わした後、博士が話しだす。

 

「今回はすまなかったね。まあ、この様な結果になりそうだと予想はしていたが」

 

ニヤリと笑う博士に、馬場は懇願した。

 

「博士、もっと離れた距離から、例えば学区外の安全地帯から【T:GD】を操作できるように改良して欲しいのですが」

 

 

「なんと」

 

 

 

 

 

 

 

「その発想は無かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは過去の記録。

 

 

 

歪曲時計(ワールドクロック)】が唯一、戦闘で引き分けた話。

 

 

 

天狗(おれ)の鼻が折れた話。

 

 

 

 




今までサブタイトルを適当に付けすぎた感。
いつか修正するかも。


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絶対能力進化計画③

突然だが、弓箭猟虎(ゆみやらっこ)はボッチである。

 

彼女は、暗部組織【スクール】に所属しながら、「学舎の園」にあるお嬢様学校の一つ「枝垂桜学院(しだれざくらがくいん)」に通っている。

彼女の物静かで敵を作らない温厚な性格から、学園内では比較的好かれている方ではあるのだが、根が生真面目な性格なので暗部の任務を優先し、人付き合いの機会をことごとく逃していた。

 

故に、彼女はボッチなのである。

 

そんな彼女に今日、友人を作るチャンスが訪れていた。

夏休みに突入し暗部の任務以外に予定のなかった彼女に、お誘いがかかったのだ。

話かけてきた二人は、彼女のクラスメイト。

 

「弓箭さま。もしご予定がなかったら、少しお願いごとをしてもよろしいでしょうか」

「わたくし達、『学舎の園』のお外に出かける予定なのですが」

「実は、ご一緒する殿方が弓箭さまに会いたいと仰っているのです」

 

弓箭さまもご一緒しませんか。と続いた彼女達からのお誘い。

急な展開に彼女は動揺するが、どうにか返事をすることができた。

断るなんて考えもしなかったので、もちろん返事は一つしか無い。

 

「わ、わわわたくしとで、よよ、よければよろこんで」

 

かなりセリフを噛んだ彼女だったが、意思は伝わったらしい。

「では、まいりましょうか」と言いながら歩き出す二人に、舞い上がり、ワクワクしながら着いていく。

彼女は幸せの絶頂にいた。

 

そう、この時はまだ。

 

 

 

 

 

そして、「学舎の園」の外に向かう三人。

道中の他愛ない雑談に、彼女は動揺しながらも返事をする。相変わらず幸せの絶頂にいた彼女だったが、そういえばと思い返す。

弓箭猟虎に会いたいと言う「殿方」とは誰なのだろうか。

彼女は、自慢では無いがボッチの中のボッチである。知り会いの男など【スクール】に所属する「垣根」と「誉望(よぼう)」、後は名前も知らない下部組織の人間くらいのものだ。

全員が全員、学園都市の闇の人間で猟虎のクラスメイトと知り合いになるような人達では無い。

彼女はわからないまま、目的の場所にたどり着く。

猟虎と先ほどから話している二人によると、今回の目的地は第十六学区のショッピングモールにある、海外ブランドの洋服店らしいのだが。

クラスメイトの内の一人がショッピングモールの入り口で立っていた「殿方」を見つけたらしい。

 

「あっ、あちらにいらっしゃいます。お待たせしてしまったでしょうか」

「そうかもしれません。早く、お声をおかけしましょう」

 

その「殿方」の方向に、お上品ながらも少し急いだように歩き出す二人の視線の先を見て、彼女は一瞬動きが止まってしまった。

 

「申し訳ございません。お待たせさせてしまいましたでしょうか」

「いやいや、俺もさっきついた所だから気にしないでよ」

 

カジュアルな服装に身を包んだその少年は、確かに猟虎の知り合いだった。

優しい声と笑顔で擬態した人格破綻者。

 

【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖。

 

猟虎の所属する【スクール】のリーダー、垣根帝督に匹敵する。暗部の悪魔がそこにいた。

 

 

 

今回、彼が同行する事になった切っ掛けは、猟虎のクラスメイトの一人が頼んだかららしい。

何でも、ショッピングモールの案内をしてくれるのだとか。

猟虎はボッチ生活で鍛えた、否。暗部生活で鍛えた気配遮断をしているつもりだったが、真っ先にクラスメイトが槍玉にあげてきた。

 

「そういえば、久遠さまは弓箭さまに御用があると仰っていましたが」

「ちょっとね、弓箭さんと()()()()()の『先輩』と連絡がとりたくて」

「まあ、そうだったのですか」

「あの、もしかして、その、その御方は女性の方なのでしょうか」

「いや、男だよ。ちょっと事情があって連絡できなくなっちゃったんだ」

「そうですか。いえ、あの、き、気になっただけなのですが」

 

目の前の少年が、暗部組織の構成員だなんて知りもしないクラスメイトの二人は、和やかに会話をしている。

とりあえず、久遠はこの場で揉め事を起こす気は無いらしい。

と言うか何だかラブコメみたいな会話まで聞こえる。

 

久遠はこちらに違和感しか感じない、爽やかな笑顔を向けてきた。

 

「それで、弓箭さん。()()()()()()()()()()()()()

 

その目を見て察する。多分、拒絶なんて許して貰えない。

逆らったら始末されてもおかしくない。

 

「は、はい」

 

弓箭猟虎は頷くしかなかった。

今回だけは、学友からのお誘いを断れば良かったと思いながら。

 

「ありがとう。とりあえず、先輩の居場所を教えて欲しいんだ」

 

何も知らないクラスメイトの二人には見えないのだろう。

この悪魔の様な少年。彼の笑顔の裏側は。

 

 

 

 

 

第三学区にあるホテルのスイートルーム。

垣根のお気に入りの拠点を聞いた久遠は、弓箭達との買い物を終えるとそこに向かった。

久遠は垣根の連絡先を普通に知っているが、超能力者(レベル5)の携帯端末なんて仲介役が()()()()()()()()()()()

だから【スクール】の構成員で唯一、素性を把握していた弓箭に接触する為に、彼女のクラスメイトと会った時「弓箭に用事があるけど連絡手段が無い」と仄めかしておいたのだ。

無駄に時間は浪費してしまったがこれでいい。

まだ、絶対能力進化計画をどうやって潰すか決めていない久遠だが、念には念を入れるべきだろう。

 

そしてたどり着いた【スクール】の拠点。

弓箭が事前に連絡していたのか、迎えの男が立っているのが見えた。

最悪、侵入しなくてはならないと思っていたので有難く案内して貰おう。

 

「こっちだ」

 

迎えの男。「誉望(よぼう)」と名乗る男に連れられて、エレベーターを昇る。特にコイツに用事は無いと、久遠は話し掛けもしなかった。

二人は無言のまま、【スクール】の拠点となっている部屋へたどり着く。外観も高級そうに見えたが、部屋の中もかなりの高級感を漂わせている。

久遠達の私物に溢れた「17拠点」とは全然違うな。なんて思いながら、誉望に指で示されたソファーに腰をおろす。どうやら垣根はいないみたいだ。

 

周囲を見ると、丸椅子に座ってじっとこちらを見ていた女と目があった。

金髪の、ホステス嬢みたいな女。

初めてみる顔だが、【心理定規(メジャーハート)】と垣根が呼んでいる構成員だろうか。

とりあえず、久遠は話し掛けて見る事にした。

 

「先輩は?」

「彼なら遅れて来ると思うわ」

「そっか。じゃ、待たせて貰うわ」

「ええ。お好きにどうぞ」

 

彼女は薄く笑うと携帯端末を弄り出す。

柱に背を預けた誉望も黙ったまま。

久遠も暇だったので、横になってソファーで寝る事にした。

昨日はあまり眠れなかったのだ。

 

 

 

 

 

コイツが【第四位】の【歪曲時計(ワールドクロック)】か。

誉望はソファーで寝転んだ久遠を見ながらそう思った。

【第四位】の事は垣根から聞いていたが、その印象が化け物過ぎて実際に会ったコイツのイメージとは一致しない。

過去にコイツは【未元物質(ダークマター)】垣根帝督と引き分けた事があるらしい。

誉望が知る限り、学園都市最強の能力者である垣根帝督と、である。

学園都市でたった一人の時間操作系能力者。

垣根曰く、【歪曲時計(ワールドクロック)】は超高速、超火力、超防御、超再生に未来察知。

化け物の中の化け物。

そして実際に戦闘になった時は、両者が飽きるまで、周囲を巻き込んだ攻撃をし合う事になったとも言っていた。

 

そんな男がいきなり拠点を訪れると猟虎に聞いた時、誉望は正直に言って萎縮した。

いったい、ウチのリーダーに何の話があると言うのか。

 

しばらく待っているうちに、一度寮に戻った猟虎が合流し、ようやく待ち人が帰ってくる。

自らの拠点に帰って来た垣根は、ソファーで熟睡している久遠を見つけると眉をひそめて言い放った。

 

「おい誉望、そいつ起こせ」

 

正直、関わりたくないが指名されては仕方ない。

誉望はしぶしぶ久遠のほうに向かう。頼むから問題は起こさないでくれよと願いながら。

 

 

 

 

 

垣根が帰って来たのを知らされて、久遠は目を覚ました。

敵地ど真ん中と言ってもいい場所で寝ていたのに、まったく萎縮した様子はない。

欠伸を隠そうともせずに、眠そうにしている久遠。

対面のソファーに座った垣根が呆れながら言った。

 

「お前、本当にいい度胸してんな」

「昨日、遊び過ぎちゃって、眠かったからさぁ」

「で、なんの用だ。今は遊びじゃねぇんだろ」

 

弓箭が用意してくれたコーヒーを飲みながら、久遠は言った。

自分の周囲を囲む【スクール】の構成員なんて気にもとめてない。

 

「先輩、『絶対能力進化計画』って知ってる?」

「あぁ、それがなんだ」

「知ってたんだ。俺、それぶっ潰そうと思っててさぁ」

 

久遠は笑いながら言った。まるで日常会話の様な気軽さで。

絶対能力進化計画の名前を聞いて、少し不機嫌になる垣根を恐れる事もなく、久遠は続ける。

 

「なぁ、俺と組んでよ」

「ハッ、そういうことかよ。お断りだ」

 

予想外の返答に久遠はピタリと停止する。

垣根は【一方通行(アクセラレータ)】を排除したがっていると思っていたのだが。違うのだろうか。

垣根はやれやれといった感じで久遠を見ながら、馬鹿にするように言った。

 

「お前は何もわかってねぇな」

 

久遠には、ほんの些細な欠点があった。

それは他の人に聞かせれば「そんな些細な事。欠点なんかじゃないよ」と言われるような、小さな小さな事なのだが、彼は自分に厳しく聖人の様な精神を持っていたので、それを自分の欠点だと思っていた。

それは「自分が真面目に話している時に馬鹿にされると、その相手が死ぬまで痛めつけたくなる」というちょっとした癖で、直そうと思ってもなかなか直せない。

今回も同様で、目の前の人格破綻者の心ない一言に、久遠は額に血管を浮かばせるがなんとか我慢しようとしていた。

久遠は自身の欠点も飲み込む。器の大きい男だったから。

なんとか表面を取り繕い、久遠は言う。

 

「わかってないって、何が」

「そのままだ。『絶対能力進化計画』を中止に追い込んだ所で、意味はない」

 

垣根は忌々しい物を語るように言う。

 

「『第一候補(メインプラン)』が【一方通行(アクセラレータ)】である事は変わらねぇだろ」

 

吐き捨てるように紡がれる垣根の言葉に、久遠はさらにイラつく。

垣根は日頃から【一方通行(アクセラレータ)】を意識した発言や行動をしている癖に、もうすでに諦めているように感じたからだ。

 

「俺と組んでも【一方通行(アクセラレータ)】には敵わないって言いたいのかよ」

「違ぇよ。アレイスターの『プラン』を崩すにはそれじゃ足りてないって言ってんだ」

 

学園都市統括理事会長。アレイスター=クロウリー。

久遠の所属する暗部組織【メンバー】の直属の上司に当たる存在。

学園都市の第七学区、「窓のないビル」を根城にしていると言われる、学園都市の創立者。

 

「『プラン』ねぇ、俺は少なくとも【メンバー】に与えられる任務でそれらしい匂いを感じたことは無いけど」

 

垣根はアレイスターが個人で何かを企んでると思っているようだが、久遠はそれを感じた事はなかった。

上層部が決めた「方針」ならばともかく、アレイスターが個人的に何かを企んでるとは思えない。

 

「アレイスターは多岐に渡る『プラン』を同時進行で進めてやがる。その内の一つでしかない絶対能力進化計画を潰そうと無駄だ」

「問題は『第一候補(メインプラン)』が【一方通行(アクセラレータ)】で、俺もお前も奴の進める『プラン』のスペアでしか無いこと」

「【一方通行(アクセラレータ)】を殺して満足してたらアレイスターに良いように使い潰されるだけだ」

 

垣根は淡々と語り出す。

垣根の【未元物質(ダークマター)】がアレイスターの進める『プラン』のスペアだというのはともかく、久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】も何かのスペアだと垣根は思っているみたいだ。

 

いや、それはさぁ。

 

 

 

「俺が誰の踏み台だって言うんだよ」

 

 

 

完全に怒気を現した久遠の身体から制御を外れた能力が漏れ出す。 

彼の周囲の空間が歪んだように見えるそれに【スクール】の構成員は怯えるが、垣根は全く気にせずに言い放つ。

 

「俺はそれを把握する為に動いてる。お前と違ってな」

 

垣根はこちらを真っ直ぐ見つめて宣言した。

 

「俺はアレイスターとの直接交渉権を手に入れる。『裏技』を使って好きにやると決めた」

「久遠、お前も利用されるだけなのは気に入らねぇんだろ」

 

だから、と垣根は続けた。

 

「逆だ。お前が俺の計画に乗れ」

 

垣根は、久遠が今まで見た事がない真剣な眼差しでこちらを見ていた。

 

気持ちを落ち着ける為に目を瞑り、少し考える。

確かに、垣根の言う通り少々、短絡的ではあったかもしれない。

気に入らないからぶっ壊す。今まではそれが通用したが、垣根はそれでは駄目だと言う。

アレイスターの「プラン」。この俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】が「スペア」。

それが本当なら、確かに【一方通行(アクセラレータ)】よりも気に入らない。

俺達、超能力者(レベル5)実験動物(モルモット)にする奴。

アレイスター=クロウリー。

 

きっとまだ、「絶対能力進化計画」の完遂までは余裕がある。

二万体のクローンがどこまで削られたのかすら、久遠は把握していないが、垣根が対応していない以上、時間はまだ残されているのだろう。

 

今の久遠は調査不足、思慮不足。

とにかく情報が欲しい。垣根が持っているものが。

それが無くては考えられない。

だから、これがいい。

 

 

 

「いーよ。もっと詳しく教えてくれるならね」

 

 

 



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反逆同盟①

あれから一夜が過ぎ、久遠の現在居る場所は『17拠点』。

 

「こちらも確定情報は少ない。元々、お前の勧誘は計画実行の寸前にする予定だった」

 

「お前はそのまま【メンバー】に所属していろ。アレイスターの情報はいくら有っても困らないからな」

 

「これからは、情報を共有して行動する。反逆を察知されるなよ」

 

結局、垣根帝督の計画に協力するのではなく、「同盟」を組むことになった久遠は、【スクール】の拠点を去ってからも、アレイスターの「プラン」について考えていた。

垣根が確信している「プラン」の存在について、情報交換した後も久遠は半信半疑といった所だ。

まず、目的も何をしてるのかもハッキリしないし、見えてこない。

真実だとしても、入口も出口も存在しない「窓のないビル」に引きこもった奴をどうやって探ったらいいのやら。

 

久遠側の要求の「『妹達』の残機が百体を下回ったら、二人がかりで【一方通行(アクセラレータ)】を始末する」が通らなかったら前言撤回もあり得たが、そこは了承して貰えた。

 

垣根側の要求、「【スクール】が反逆した後、【メンバー】の任務として垣根帝督と敵対しない」も別に問題ない。上層部に一回の任務放棄くらいで切られるほど超能力者(レベル5)の価値は低く無いだろう。

 

それに、お互いに別の暗部組織に居るだけあって有益な情報交換ではあった。

垣根は暗部組織【ブロック】を知らなかったし、久遠は【アイテム】を知らなかった。

 

そして、二万人の「妹達」。残機は一万と三十二体。

 

他には二つの組織が今まで受けた任務の詳細。

【スクール】の連中は「幻想御手」事件で現れた化け物、「幻想猛獣」を知らなかったのだ。

垣根は虚数学区の化け物、「幻想猛獣」に異常なほど興味を見せ、これに【メンバー】が当てられたのは必ず理由があると考えているようだった。

 

垣根が「プラン」を確信した理由は教えて貰えなかった。

ただ、一言だけ。

 

「アレイスターは学園都市の出来事を知り過ぎている」

 

そう言って、それ以降は何も。

久遠が自分で気付けと言う事なのだろうか。

 

垣根が気にしていた「幻想御手」事件だが、確かにおかしなことはいくつもある。

暗部の仕事なんてそんな物かもしれないが、それを並べると少し異常だ。

 

まず、木山が犯人だと特定される時間と、【メンバー】に任務が与えられるまでの時間がおかしい。

犯人の特定が遅過ぎるのもそうだが、警備員に情報操作が間に合わないほどギリギリのタイミングでの依頼なんて中々無い。

学園都市の能力者が一万人も昏睡させられておいてのこの拙さ。

そこまで後手に回るほど、上層部は無能じゃない。

 

次に、【第三位】【超電磁砲(レールガン)】御坂美琴。

事件の功労者の一人で、巻き込まれた一般人。

しかし、木山の住居から「妹達」「絶対能力進化計画」の情報が発見された。

それに、久遠は上に報告していないが、二人の別れ際の会話から木山の「幻想御手」制作時から間接的に縁が繋がっていた可能性がある。

 

そして、「幻想猛獣」。

あの時はファンタジーな化け物の登場に現実逃避していたが、そもそも「一万人の能力者のAIM拡散力場」の暴走がどうしてあんな見た目なのか。

出来損ないの胎児のような、天使のような。

「虚数学区」はアレが居るようなおかしな場所なのか。アレがそもそもおかしいのか。

 

それに、原子力実験炉に向かう化け物に久遠が自分から向かうまでの間、アレイスターの指示を受けている筈の「仲介役」は、一度も久遠達に連絡して来なかった。

任務遂行を急かす事も無く。

 

超電磁砲(レールガン)】に何かを対峙させたかったのか。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】に何かを観察させたかったのか。

 

もしくは、両方なのか。

考え過ぎかも知れないが、そうして近づいて行くしかない。

 

なんにせよ、調べる事はたくさんある。

「窓のないビル」、「幻想猛獣」、「虚数学区」、現時点でもよくわからないことがこんなにだ。

 

馬場を巻き込むか否か。きっと馬場の情報収集能力は役に立つ。

久遠の反逆を悟られない範囲でなら可能性だろうか。

 

一息ついて思考を切り替える。

馬場が「17拠点」に顔を出すならそろそろだ。

いつもの久遠に戻らなくては。

 

 

 

 

 

「遅っせぇなぁ」

 

久遠はイライラしていた。馬場はいつもなら居る時間なのだが、来る気配はない。

あの腹の贅肉を肥やすことが趣味の性根の曲がった男は、以外にも人付き合いが得意だった。

いいとこのお坊ちゃんを気取った仮面を被り、ごく普通の高校に通う馬場は、友達もそれなりにいた。

馬場の癖に何処かに遊びに行っているのだろうか。

人格を偽ってまで他人に媚びる、あいつの生き方を日頃から久遠はクソだと思っていたが、今日こそは本当にあきれ果てた。

外面だけの仮面を被って手に入れた友好にいったい何の価値があるというのだろうか。

 

本当に大切な物はそんな下らない物じゃないんだ。

みんなに本当の自分を見せてみろよ。

そこから初めて「本当の自分」が始まるんだから。

 

久遠はそんなことをつらつらと査楽に語る。

 

「久遠君にだけは言われたくないと思いますが」

「俺はこっちが偽物の人格だからさぁ」

 

ソファーにだらしなく寝転びながらくつろぐ久遠と、何かのアイドル雑誌を読んでいる査楽。

 

「もう、今日は来ないかなぁ、あの小太り」

「かもしれませんね」

「よし、なんかイタズラしようぜ」

 

久遠は悪い笑顔を浮かべて立ち上がる。

 

「僕は遠慮しときます。後が怖いので」

「あいつ、本当に性格悪いからなぁ」

 

完全に自分を棚に上げる久遠は、馬場の私物が溢れる場所へ歩き出す。

オタク趣味全開の馬場のコレクション。

略して「ババコレ」の中でもケースに大切に保管された美少女フィギュアを見つけた久遠は、雑にそれを握りしめながらソファーに戻ってくる。

 

 

 

「【歪曲時計(ワールドクロック)】でこいつを五百歳くらいにしてやろう」

 

 

 

 

「めちゃくちゃキレると思いますよ」

「馬場が来ないから、俺はもっとキレてるんだ」

 

久遠は能力を悪用したイタズラを躊躇なく実行する。

そこで部屋のドアが空き。

 

「二人ともいるんだ。珍しっておぉォォォぉい‼やめろォォ‼」

「馬場ちゃん、遅っそいじゃんか」

「久遠テメェェッ‼戻せッ‼速く戻しやがれッ‼‼」

 

久遠は急に真面目な顔で言った。

 

「頼みがあるんだ。馬場」

「いいからッ‼速く戻せよッ‼」

「話を聞いてくれ。そんな場合じゃないんだ」

 

久遠はフィギュアを投げ捨てて。

 

 

 

 

 

「俺達は、ずっと騙されていたんだよ。この学園都市に」

 

 

 

 

 

シリアスな雰囲気でそう呟いた。

 

 

 

 

 

その後、久遠は、馬場がキレて疲れて黙るまで【歪曲時計(ワールドクロック)】を使わなかったので、外はすっかり日がくれていた。

 

「久遠、二度と僕のコレクションに触らないと誓え」

「てかさぁ、フィギュアなんか集めるのやめたらいいじゃん」

「人の趣味はそれぞれだと思いますが」

 

一息ついて定位置に収まった三人は話し出す。

 

「そんな些細なイタズラを引きずんなよな」

「お前は本当の本当に人格が歪んでるな」

 

こういった久遠の能力を使用したイタズラは、今日に始まった話では無いのだが、今回のフィギュアは馬場の逆鱗だったらしい。

 

「やるならケースの外の奴にしろ」

 

そう言って馬場は別のフィギュアを投げてきた。

久遠には違いがよくわからないが、並々ならぬ拘りを感じたので一応返事をしてやることにする。

 

「わかった、わかった。今回は俺にも悪い所はあったけどさぁ」

「悪いのはお前だけなんだよッ」

「まったく、こんな人形の何がいいんだか」

 

そう言って馬場が投げてきたフィギュアを眺める。

スカートを捲ったりしてみるが、久遠は生身の人間のが絶対いいとしか思えなかった。

 

「で、話なんだけどな」

 

久遠はまた、シリアスな雰囲気を作り出す。

 

「馬場ちゃんに調べて欲しいことがあるんだよ」

 

馬場がこちらを見る。

 

さて、なにから調べて誤魔化すか。

 

 

 

 

 

「『窓のないビル』の行き方」

 

 

 

 

 

まずは、アレイスター=クロウリー。

お前が一番不気味だよな。

 

 

 



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反逆同盟②

暗部組織【メンバー】の上司に当たる。

学園都市統括理事長。アレイスター=クロウリーの根城。

それが、「窓のないビル」。

 

「オマエ、何をするつもりなんだよ」

 

久遠の発言に馬場も真剣な顔になる。

決して、何の事情も無しに探りを入れるような場所ではない。

 

「言っただろ。俺達は騙されてたって」

 

久遠は、今まで馬場が見たことのない目をしていた。

真剣な「覚悟を決めた男」の目。

 

「アレイスター=クロウリーは俺達が想像しているような奴じゃなかったんだ」

 

そこまで言って久遠は二人を順に見る。まるで二人の「覚悟」を試すように。

馬場と査楽は唾を飲み込み、ただただ久遠を見ることしか出来ない。

久遠は忌々しいことを語るように、ゆっくりと語り出す。

 

 

 

「アレイスターは美少女だ。それもとびっきりのな」

 

 

 

二人は死んだ魚のような目で久遠を見つめ返した。

 

 

 

 

 

馬場に調査を依頼した次の日、久遠は街に出る事にした。

 

「アレイスター美少女説」は久遠が即興で考えたネタだったのだが、調べてみると学園都市の「噂」に何故か同じ内容の噂があり、馬場達はすんなり久遠の動機に納得した。

「みんなで行くんだ。『窓のないビル』に」とかなんとか。

予想外の展開過ぎて、久遠が逆に戸惑ってしまった。

 

「アレイスター美少女説」を最初に提唱した奴は、頭がおかしい。

 

そして、妙にテンションが高い査楽と、真剣に情報収集する馬場にドン引きした久遠はソファーで睡眠をとることにする。

二人は夜通し調査をしていたみたいだが、昼前に久遠が起きた時は疲れて眠っているようだった。

話相手もいないし、久遠は昨日から何も食べてない。

そんなこんなで一人で街に出た久遠だったのだが、暗部生活の癖でついつい裏路地のような場所ばかり通ってしまい。

 

「なんだろ、これ」

 

久遠が裏路地で見つけた物、これは「マネーカード」だろうか。

手の届く位置に置いてあったソレをなんとなく手に取り、眺めながら路地から出る。

明るい場所で確認すると五千円分らしいそのカード。

 

「まぁ、こんな小銭はどうでもいいか」

 

ゴミでも捨てるようにカードを投げ捨てて、久遠はその場を立ち去ろうとする。

とりあえず、何かを食べよう。昼時だし、そんなことを考えていると。

 

「あッ、あぁーーーッッ」

 

急に女の叫び声が聞こえて反射的に振り返ると、何故か叫んだ女はこちらを見ていた。

 

「あなた、今、このカードをっ」

 

久遠を興奮気味に見つめる、黒髪ロングの少女。

突然すぎて何も返事ができない久遠に、彼女はこう言った。

 

「もしかしてっ、噂の『カードの神様』なんですかっ?」

 

意味がわからないが、一つだけわかることがある。

 

 

 

こいつは変人だ。

 

 

 

 

 

あれから場所を変えて、第七学区のファミレスに到着した久遠は腹を満たす為、さっさと注文を済ませた。

話の流れでついてきた変人の少女と一緒に。

 

「いやぁ、まさか御坂さん達が言ってた超能力者(レベル5)の人だったなんて。すっごい偶然ですよね」

 

佐天涙子(さてんるいこ)と名乗るこの少女は、御坂美琴の知り合いらしかった。

久遠はとりあえず「カードの神様」なんて意味のわからない称号を獲得した覚えは無いので、興奮する彼女の話を聞いてみる事にした。

さっき拾ったマネーカードをバラまいている狂人のことらしい。

否定して立ち去ろうとしたのだが、向こうが名前を名乗って来たので久遠も名乗り返すと、またしても佐天は驚き叫び出したのだ。

 

「御坂が俺のことをなんて言ってたかは知らないけどさぁ、そんなに驚くようなことか?」

「だってだって。幻想御手の犯人と超能力者(レベル5)二人で戦ったって。御坂さんから聞いてたんですよっ」

「俺はあの時、人間と戦闘した覚えはないけどね」

 

なんだかやたらとグイグイくるタイプの少女で、久遠はいつもの爽やかな人格を作る暇が無い。

久遠と仲良くなる女の子は、基本的に受け身の性格なことが多いのでちょっと新鮮ではあるが。

 

「久遠さんはどんな能力なんですか?能力名は?」

「ものすっごい強い能力だよ。続きはもう少し大きくなってからな」

「えー。教えてくれないんですかぁ」

 

ブーたれる佐天にはぐらかす久遠。

反応がいちいち怖いもの知らずで遠慮が無く、会話していて楽しいタイプだった。

まるで垣根や、馬場達と話しているような。

 

「てかさぁ、さっきは聞かなかったけど。マネーカード集めてんの?」

「あ、はいっ、宝探ししてるんですっ」

 

宝探し。あんな大した額じゃないマネーカードが宝らしい。

何故、他の人間は久遠のように高潔に生きられないのだろうか。

 

「浅ましいよな、人間って生き物はさ」

「あれ?ひょっとしてバカにされてます?私」

「キミは、キミだけの自分で居ればいいんだ」

「うーむ。やっぱりバカにされてるような」

 

久遠が適当に言ったことに何故か真剣に悩みだす佐天。

しばらく考えていたが、何かに思い当たったのかハッとする。

 

「そうだっ」

「どうしたんだ、急に。頭は大丈夫なのか?」

「久遠さん、この後空いてますか?」

 

邪気の無い笑顔を向けられ、久遠は考え込む。

馬場と査楽はしばらく寝ているだろうし、今日は元々予定はない。

 

「まぁ、空いてるかな」

「じゃあ、ちょっと付き合ってくださいっ」

「いーよ。何するのか知らないけど」

 

ウエイトレスのお姉さんが、二人が注文した料理を運んで来たのでそれに手をつける。

注文の際、久遠の奢りだと言ったら容赦なく高いメニューを選んでいた佐天が目を輝かせていた。

 

 

 

 

 

食事を済ませた二人は、再び街に出ていた。

すたすたと歩く佐天は裏路地へ向かって行く。

「付いてきてくださいっ」と言われた久遠はしばらくは大人しく付いて行ったが、目の前の光景にそろそろ突っ込んだ方がいいんだろうか。

 

「何をやってるんだ、お前は」

「え?何って、見たとおりですけど」

 

犬のように地面に這いつくばった佐天は不思議そうに言ってくる。

久遠が訳がわからず混乱していると。

 

「さっき言ったじゃないですか。宝探しですっ」

「佐天、お前」

 

久遠は呆れたように佐天を見た。

まさか、こんなに必死で探しているんだとは思わなかったからだ。

 

「久遠さんも一緒にやりましょうよ」

「俺はいいや、金には困ってないから」

 

即答するが、なにやら佐天が悪巧みをするような顔でこちらを見ていた。

なんなんだこいつは。

 

「へぇー。そうなんですか」

 

嫌な予感がする。

 

「御坂さんは、沢山見つけてくれたけど」

 

御坂美琴は一応、本当に一応ではあるが、書類上では常盤台のお嬢様に分類される事もあるのに、こいつにはそんなの関係ないらしい。

もし、こいつの自由さに強度があるのなら、レベル6くらいありそうだ。

 

「まぁ、『序列』がありますもんね超能力者(レベル5)って」

「何がいいたいんだ」

「久遠さんより御坂さんのが格上なんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

「笑わせんなよ」

 

久遠の悪い癖の一つ。それは安い挑発でも。

 

 

 

 

 

「やってやるよ。御坂なんかよりも大量にな」

 

簡単に、買い叩いてしまうのだ。

 

 

 

 

あれから、久遠も一緒になってマネーカードを探すはめになったのだが、御坂の集めた分を越えた所で、佐天が「次に行きましょう」とか言い出した。

久遠は本気で嫌そうな顔で言う。

 

「もう、宝探しはしたくないんだけど」

「次に行く所は違いますよ」

「なら、いいけどさぁ」

 

佐天はまたしてもすたすたと歩き出す。

こいつは本当に自由過ぎる。

いったい、どういう教育を受けているんだろうか。

 

「次は何処に向かってんの?」

「私の友達のところですっ」

「友達か。ちょくちょく話してた『初春』って子?」

「はい。多分、風紀委員の支部に居ると思うんですけど」

 

つまり、風紀委員の支部が目的地らしい。

正義の名を冠する者達の仕事場。

久遠は自首する凶悪犯の心境になっていた。

 

「マネーカード盗難の犯人として自首するのか」

「あはははっ、違いまーすっ」

 

佐天は笑うが、隣に居る奴が暗部の戦闘員だと知っても笑っていられるのだろうか。

少し考えたが、こいつのことを考える時間が勿体ない。という結論に達する。

 

「でも、なんで友達のところに行くの?」

「初春が、久遠さんにお礼を言いたいって言ってたんです」

「変わった友達だね。会ったこともない奴にお礼が言いたいなんて」

「変わってるのは久遠さんの方だと思いますけど」

 

何故か呆れたような顔をする佐天。

意味がわからなかった久遠は、自分の周囲には変人しかいないことを嘆いていた。

結局、いつの世も、常識人は苦労人なのだ。

 

「ここですっ」

 

やっと着いた風紀委員「117支部」。

佐天は容赦なく扉を空けると大きな声で叫んだ。

 

「初っ春ぅーっ‼お客さん連れて来たよっ」

「佐天さんもお客さんですけど、あ、あれっ」

 

パソコンの前のイスから振り向く少女。

頭に花を飾り着けた奇抜なファッション。

果たしてこいつは正気なのだろうか。いや、間違いない。

 

 

 

こいつも変人だ。

 

 

 

「あの、『幻想御手』事件の時はご協力ありがとうございました」

「御坂だけで大丈夫だったらしいけど」

「それでも、万が一という事もありましたので」

 

頭に花を飾り着けた奇抜な変人。初春飾利(ういはるかざり)は内面はわりとまともな少女だった。

久遠は、自分以外で久しぶりに会った常識人に少し感激を隠せない。

 

「お前は正気らしいな」

「ど、どういう意味ですか?」

「久遠さん、あんまり初春を困らせないで下さいよ」

 

しばらく話していると、長点上機の制服を着たメガネが奥の部屋から現れた。

そして、胸が大きなメガネは厳しい表情でこちらを見る。

 

「あなた達、騒がしいわよ。此処は遊び場じゃない、って久遠君」

 

誰だこいつは。

 

久遠のことを知ってるみたいだが、長点上機学園では素の人格で通しているので、面倒なことになるかもしれない。

 

「あなた、何で此処に居るの。まさかウチの後輩に手を出すつもりじゃないでしょうね」

「いったい誰なんだろうか」

「本当にッ、生意気な後輩ね。相変わらずッ」

 

巨乳のメガネは急にキレだした。

それにしても、こんなおっぱいメガネと何処かで知り合っていただろうか。

しかし、胸を揺らしながら怒鳴り散らす牛乳メガネに見覚えはない。

しばらく考えていた久遠だが、やれやれとばかりに態度で表し佐天に言うことにした。

正直、あんまり長居はしたくない。

 

「なぁ。俺、今日はもう帰っていい?」

「えー。もうちょっと遊んで行ってくださいよー」

 

 

 

 

 

「此処は遊び場じゃ無いって言ってるでしょッ」

 

結局、二人とも追い出されたので雑談しながら佐天の寮に向かう。

一応、帰りは送ると久遠が言い出した為だ。

夕暮れになった街を二人で歩く。

そろそろ寮に着く辺りまで来て、佐天がこちらを見つめて来た。

イタズラっぽく笑いながら佐天は言う。

 

「今日は楽しかったです」

「話してばっかりだったけどな」

「それでも楽しかったです。久遠先輩、話しやすいし」

 

「先輩」と言われて少し動きが止まる。

中学校をほとんど出席していない久遠は、現在高校一年生。

今まで「先輩」なんて呼ばれたことが無かったから。

 

「まぁ、俺も楽しかったかな」

 

佐天に向かって自然に笑いかける。

なんだかこいつは自分の天敵なような気がする。

 

 

 

 

手を振る佐天に別れを告げて。久遠はまた、いつもの路地裏に入って行く。

しばらく歩くと、何も無いように見える暗闇に向けて声をかけた。

 

「待たせたな。もー出てきて大丈夫だよ」

 

久遠の声と同時に、暗闇から一人の女が現れた。

【スクール】の構成員、弓箭猟虎。

弓箭は今後、垣根と久遠の伝言役をやらされると聞いている。垣根から何か言われたのだろうか。

彼女はこちらに濁った瞳を向けて、低い声で話し出す。

 

 

 

 

「本当に性格が悪いですね。わざと見せつけてたんですか」

 

薄暗い路地裏に、ぼっちの声が木霊した。

 

 

 

 




最後がなんかふわふわしてたんでちょっと追記しました。


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反逆同盟③

第三学区。

学園都市の外部、来客用の施設が集まるエリア。

そんな学区にあるそのホテルは、学園都市最大のイベントとも言える「大覇星祭」の開催中では観光客や生徒達の親族で溢れ返るのだが、今日は客もほとんど見当たらず、経営が成り立っているのか心配になるほどだった。

そんな経営問題を抱えたホテルを救うべく、久遠と垣根は立ち上がり、定期報告の場として利用してあげることになったのだ。

それぞれ二人は別の部屋を借り、時間をずらしてチェックインする。

こんな定期報告会を二人はあれから、何度か行っていた。

 

そして現在、先にチェックインした久遠は、携帯端末で暇潰しをしながら垣根の来訪を待っているという訳である。

それなりに格調の高そうな部屋で、ベッドにだらしなく身体を寝かせてダラダラしていると、部屋をノックもせずに開け放つ音が聞こえてくる。

 

「ノックくらいしろよな」

「時間の無駄だろ。部屋にお前が居るのはわかってんだ」

 

人格破綻者の理論は久遠にはわからないが、間違いなくこちらが正論であることはわかった。

前回、逆に垣根の待つ部屋にノックせずに入って行ったことを除けば、であるが。

 

「本当に常識が無いよなぁ。能力と一緒かよ」

「無駄話は後にしろ。まずは情報交換からだ」

 

垣根にバッサリと話を切られ、久遠は溜め息をついた。

 

「やれやれ。大人になってから後悔すんなよ」

「『幻想御手(レベルアッパー)』製作者の研究データだったな」

「ここにあるよ。ウチの情報担当のチップを逆行して復元してきた」

 

かつて馬場が持ち出した木山のデータチップ。

『絶対能力進化実験』、『妹達』の他にも『幻想御手』本体のデータやら、アンインストール用のプログラム。作成資料など。

馬場はコピーして持ち出した証拠を消す為にデータを消去していたが、【歪曲時計(ワールドクロック)】にそんなお粗末な証拠隠滅など意味はない。

垣根は自前の情報端末でデータを確認すると、速読で目を通していく。

 

「伊達に研究者は名乗ってねぇな」

「『幻想御手』なんて上層部の連中はとっくに対策済だと思うけど」

「それは当然だが、構想と発想がぶっ飛んでやがる」

「確かに『幻想猛獣(AIMバースト)』は現実を疑ったけどさぁ、『幻想御手』の暴走なんて木山は絶対想定して無いでしょ」

「それでも、だ。『幻想猛獣』は俺達の選択肢を増やした」

 

垣根は木山を称賛するが、久遠は任務中の想定外に振り回されっぱなしだった為、絶対に賛同はしたくない。

 

「『幻想猛獣』は間違いなくアレイスターの『プラン』に絡んでる。いや、絡んでしまった。が正しいな」

「『プラン』は一本道では無い、だが最終的に収束する。と」

「そうだ。ただの暴走事故なら、【メンバー】をあのタイミングで出動させねぇだろ」

 

アレイスターの「プラン」が垣根の予想通りだとするなら、久遠と垣根の同盟も意味が無いような気がしてくる。

「何をしても利用される」と言っているのだから。

そんな奴と駆け引きするなんて面倒すぎる。

 

「まずは、『プラン』を把握し、対策する。一つでも理解できたなら進展だ」

「『幻想猛獣』の何がアレイスターの狙いだと思ってるんだ?」

「学園都市全能力者達のAIM拡散力場を利用した兵器、もしくはシステム」

「うげぇ、一万人であんな化け物なんだぜ。能力者全員とか想像もしたく無いね」

 

垣根はしばらく考えた後でこちらを見た。

 

「木山の本命は【歪曲時計(ワールドクロック)】だったらしいな」

「あー。なんか、『逆行』が使いたかったらしいよ」

「なら、『幻想猛獣』にお前が取り込まれねぇように【メンバー】に依頼が行った可能性もあるな」

「『幻想猛獣』が【歪曲時計(ワールドクロック)】を取り込むとなんかあんのかねぇ」

「逆にアレイスターの『プラン』側が盗られたくねぇのか。いや、超能力者(レベル5)の演算能力は渡せないってだけかもな」

 

垣根はまた、考え込んでしまう。 

とりあえず、今の段階で全貌を掴むのは難しいだろう。

久遠は話を切り替える。

 

「そっちはどうなったんだ。アレイスターの監視方法の把握と特定」

「学園都市を監視する人工衛星と監視カメラの類は前に話したな」

「数は多いが精度はそこまででは無いって話ならね」

「そうだ、『死角』がある。それはあまり進展してねぇんだが」

 

垣根はそこまで話すと少し時間を空ける。

久遠が飲み込む時間を作るように。

 

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が破壊されているのを確認した」

「は?」

「誉望に統括理事会を探らせてたんだが、その時たまたま手に入れた情報だ。狙いとは関係ねぇが報告しとく」

「それマジで言ってんのかよ」

「俺も誤情報だと思ってたが、真実だ。信じられねぇだろうがな」

 

真剣な垣根の顔を見て、久遠は愕然とする。

つい今朝、「樹形図の設計者」の天気予知を聞いたばかりだったからだ。

つまり、上層部の連中は事実を隠蔽してるということになる。

 

「予想外の話だな」

 

久遠はしばらく呆然とした後で、ふと気になったことを話に出す。

 

「そう言えば。もっと予想外な『噂』を聞いたんだけど」

「ここでは確定情報のやり取りが優先だが、まあいい、なんだ」

「【一方通行(アクセラレータ)】が負けたって話」

「おい、どういうことだ」

 

今度は垣根が驚く。まあ、久遠も聞いた時は驚いたが。

 

 

 

 

 

 

「それも無能力者(レベル0)に」

 

垣根は今度こそ黙りこんだ。

 

 

 

 

 

その後、垣根は情報端末で学園都市の『噂』サイトのようなページを開き、その記事を読んでいく。

先ほど二人が話していた内容と比べると精度の低い物ではあったものの、それなりに有名な『噂』になっている為に情報の量自体はかなり多かった。

しばらくすると垣根は笑いだし、久遠に語りかけた。

 

「かなり愉快な噂じゃねぇか」

「俺も最初は爆笑したけどさぁ、やっぱりガセだよな」

「ガセの他になんかあんのか」

 

垣根は全く信じておらず、笑い話としか思って無いらしい。

久遠は『噂』を聞いたときに思ったことを話すことにした。

 

「無能力者は無いとしてもさ。一方通行(アクセラレータ)と相性のいい能力者ならあり得るかと思ったんだ」

「そんな奴存在しねぇよ。あのクソ野郎とまともな戦いになる能力は【未元物質(ダークマター)】だけだ」

 

ナチュラルに【歪曲時計(ワールドクロック)】を外されて額に血管が浮かぶが、密談中に暴れて騒ぎになってしまっては馬鹿馬鹿しい。

世界(ワールド)のように広い心で見逃してやろう。

 

「俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】じゃあるまいしな」

「お前の能力はむしろ相性悪いだろ。ワンパターンじゃねぇか」

 

即答され更に血管が増える。

こいつ、一回しかまともに戦ったこと無い癖に。

 

「【歪曲時計(ワールドクロック)】には隠された能力があるんだ。先輩なんかには計り切れない最強の能力が、な」

「ハッ、言ってろよ」

 

嘲笑う人格破綻者をぶちのめしたくなってきたが、俺は世界(ワールド)なので我慢する。

今、話したいことはそんな話じゃないのだ。

 

「【第八位】なら()()()()()()()()()()()()()だと思ったんだよ」

「あの原石か」

 

【原石】。

能力開発されずに、自然に能力を発現した者。

通常の能力の枠組みから外れた能力を持った異端者達。

【第八位】は超能力者(レベル5)にして原石という希少種だった。

 

「確かに、通常の法則には当てはまらねぇかもしれねぇが」

「それに目撃者が居るなら、何の能力かわからないと思うんだよなぁ。研究者共が匙を投げるくらいだし、噂の無能力者扱いはそのせいなのかも」

「それで【一方通行(アクセラレータ)】が敗北したのは事実って言いてぇのか」

「正直、調べる価値はあるかなって思ってる」

 

仮に一方通行(アクセラレータ)が敗北したとして、絶対能力進化実験に影響はあるのか、勝利して『プラン』を崩した者は誰なのかは調べて損はないはずだ。

今後、久遠達も『プラン』崩しをするのなら、成功者の行動は知っておくべきな気がする。

 

「俺は調べる価値は無いと思うが、お前に任せる。好きにやればいい」

「まぁ、それより先に『窓のないビル』を調べたいけどね」

「そっちの進展はどうだ」

 

『窓のないビル』。馬場達に任せっきりだったが、『噂』レベルの話しか集まっていなかった。

 

『窓のないビル』に侵入する方法は無い。

 

『窓のないビル』には何も居ない。

 

『窓のないビル』は虚数学区にある。

 

そんな『噂』ばかりで何も有益な情報は無さそうに見えたが、一つだけ侵入する「手段」が書かれた『噂』があった。

 

『窓のないビル』には「案内人」が存在する。

 

「案内人」が人なのか、物なのか、特定の手段なのか。

具体的なことはわからなかったが、調べるならこの「案内人」だろう。

 

「『案内人』っていう侵入方法があるらしい」

「普通に考えれば【空間移動能力者(テレポーター)】あたりなんだろうが、特定出来そうなのかよ」

「【空間移動(テレポート)】はレア能力だからリストはすぐに出るけどさぁ」

 

久遠はお手上げだというように手を上げてこう言った。

 

「そもそも、『窓のないビル』に行こうとする奴なんて俺達以外にいるのかねぇ」  

 

それはつまり、「案内人」が居たとしても、その仕事を目撃するタイミングなんてあるのだろうか、ということ。

正直、八方塞がりもいいところだ。

 

 

 

 

 

しばらく、確定情報ではない今後の方針などを話し合う。

 

垣根は引き続き、アレイスターの監視方法の把握。

どんな物か予想は付いてきたが、調べる機器が問題らしい。

 

久遠は引き続き『窓のないビル』を調べたかったが、垣根から別の調査を依頼された。進展が無さそうなので切り替えろとのこと。

依頼は【メンバー】の仲介役との接触。

つまりはアレイスターと直接やり取りをしている者。

久遠が所属している間にも何度か首が変わっているが、今は女の仲介役だった。

正直、気乗りしないが、確かに手詰まりの情報収集よりもこちらを遂行するべきなのだろうか。

他の気になることは空いた時間や馬場達に回せばいいか。

 

 

 

二人の話合いも終わり、時計を見るとかなり時間が経っている。

久遠は大きく伸びをしながら立ち上がった。

 

「もう遅いし、終わりでいいよね」

「そうだな、次も弓箭を向かわせる」

「あんまりパシリにしてやんなよ」

 

久遠が弓箭を庇うように言う。

誉望はどんな扱いをされてもヘラヘラしてるのでなんとも思わないが、弓箭はなんかじめじめしてて可哀想な時があるのだ。

久遠もその要因の一つなのだが、残念ながら彼には自覚はなかった。

 

「他の構成員は調査に使えるが、弓箭は向いてないからしかたねぇだろ」

「先輩なんだから教えてやれよ。手取り足取りさぁ」

「俺は、節操なしのお前と違って女は選ぶタイプだ」

「失礼な。俺も選んでるって」

 

急に意味のわからないことを言いだした垣根に呆れた目を向ける。

何故か垣根も呆れた目を向けて来たので、呆れた目が向かい合ってしまった。

 

「おい、それならその袋はなんなんだよ」

「これ?」

 

久遠はそう言って情報交換の間、テーブルの上にずっと置いてあったクッキーの袋を手に取る。

市販の物ではなく、手作りらしきそのクッキー。

 

「これはそういうアレじゃないって」

 

久遠は笑いながら手を振った。

 

 

 

 

 

 

「なんか、これくれた娘の友達が、彼氏にクッキー作りたいって言ったらしくて、ついでに作ってくれたんだって」

 

 

 

 

 

 

 




情報戦で後手後手に回るの巻。


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反逆同盟④

沈黙。

 

その会議では話し合いではなく、「沈黙」が支配していた。

沈黙の原因は、ホワイトボードに貼られた八人の個人情報。

通常であれば入手困難なその情報を彼らが所持しているのは、この会議の「とある議題」が「学園都市の上層部」からの依頼だからに他ならない。

しかし、いつまでも黙っていても仕方がない。この会議の参加者達は、話し合いを進めなくてはならないのはわかっているのだが、この議題に入ってから誰一人として発言することが出来ていなかった。

 

「本当に、例の案が通ってしまったんですか」

 

会議の参加者の一人が頭を抱えて呟く。まるで信じられないことを確認するように。

そしてそれは別の参加者に肯定され、またしても沈黙が支配する。

 

「わかってないんだ、上層部の連中は」

 

何かに耐えるように黙っていた、また別の参加者が声を出す。憤るように、これから待ち受ける自分達の運命を嘆くように。

 

「『アイツら』はッ、隠しても隠しきれない、人格破綻者の集まりなんだぞッ」

 

耐えきれなくなった参加者の一人が叫び出す。

それを見て、それまで黙っていた会議の議長が落ち着かせるように発言した。

 

「やめるんだ。『方針』が決まった以上は、我々はそれに従うしかない」

 

そう、それが我々に課せられた任務なのだから。

 

議長の言葉に口を挟める者はいない。沈黙する会議の参加者たちは、それぞれ「覚悟」を決めるような顔になる。

彼らは学園都市の最大イベント、大覇星祭の実行委員会。

今回、「上層部」から与えられた依頼は。

 

全世界に配信される大覇星祭の「選手宣誓」を学園都市トップクラスの能力者に行ってもらうこと。つまりそれは。

 

超能力者(レベル5)達に選手宣誓を依頼すること」

 

沈黙の会議室で実行委員会の面々はそれぞれ自身の記憶を思い返していた。

超能力者(レベル5)達の、信じられない異常な『噂』の数々を。

 

 

 

 

 

久遠永聖は担任の教師に、長点上機学園の応接間に呼び出されていた。

なんでも、久遠と話をしたいと言っている奴が来訪しているのだとか。

 

中学校をほとんど欠勤していた。いや、戸籍を置いているだけだった久遠だが、意外にも長点上機学園には自ら望んで進学している。

学校に行かない日々が暇で退屈だったことや、よく遊ぶ女の子達と話を合わせる為という自分勝手極まりない理由の進学希望だったのだが、それだけで学園都市唯一の時間操作能力者を認めないほど、長点上機は愚かでは無い。

一芸に特化した能力者を集める長点上機にとって、【歪曲時計(ワールドクロック)】は他校に渡したくない能力だったのだ。

 

そんな流れで長点上機学園の生徒となった久遠だが、真面目に学校生活を送るような性格では無いので、今回も呼び出しなんて無視する予定だった。

しかし、校内で久遠と仲良くしている女の子達を呼び出し係にするという教師の悪辣な策略によって、こうして応接間に向かわされているという訳だ。

面倒臭さ全開の久遠は嫌そうな顔を隠すこと無く話し出す。

 

「本当にめんどくさいなぁ、やっぱりどっかに遊びに行こーよ」

「永聖にしか頼めないことらしいから。そんなこと言わないの」

 

年上の女の子に窘められ、久遠は曖昧に返事をする。

この年上の女の子はやたらと久遠のことを弟みたいに扱うのだ。

胸が大きくて、顔が可愛く無かったら絶対に従わないのに。なんてことを考えながら、ダラダラと歩く。

 

「先生が大覇星祭の実行委員の人だって言ってたし、大事な話よ。きっと」

「能力使用の制限とかじゃないかな。永聖君の能力って周囲の被害も凄いし」

「さっすが超能力者(レベル5)ってカンジよね。直接、委員会が会いにくるなんてさー」

 

勝手に盛り上がる三人の女の子達を眺めながら、久遠は考えに没頭することにした。

本来なら久遠は、こんなことをしている場合では無いのだ。

あれから、久遠と垣根の同盟はアレイスターに出し抜かれ続けていた。

垣根は想定の範囲内と冷静にことを進めているが、久遠は見えてこないアレイスターの『プラン』の全貌に、少し心境の変化があった。

最近では、二人の話し合いでも方針や意見が別れ、険悪な雰囲気になってしまうこともあるほどだった。

 

「永聖君、着いたよ」

「またボーっとして。最近、考え事多くない?」

 

思考中に、応接間まで辿り着いたらしい。

嫌そうに応接間の前に行こうとする久遠を年上の女の子が呼び止めた。

 

「一応、お客様なんだから。身嗜みは整えないとダメよ」

「どうせ大した用じゃないって。適当に話つけるからさぁ」

 

そんなかしこまる様な客じゃ無いと主張するが、却下された。

カッターシャツのボタンを半分も使用することなく、長袖を肘まで捲り、黒色のシャツとネックレスを見せつける様な久遠のファッションは認められないらしい。

 

「これで大丈夫かな。髪とかピアスで真面目には見えないけど」

「あはははっ。久遠がちゃんと制服着てるの初めてみたー」

 

年上の女の子に身嗜みを整えられ、さらに嫌そうな顔になる久遠。

今日の夜は、この彼女ヅラする年上の女の子を使ってストレス発散することにしよう。そうしよう。

勝手にそう決めた久遠は、応接間の扉をノックもせずに開けて入って行った。

 

 

 

 

 

長点上機の応接間。

名門校らしく格調の高い雰囲気の部屋に入ってきた不良生徒。

久遠を知らない人が見れば、指導室では済まされないような大きな問題を起こして指導でもされるのかと思われるだろう。

担任と校長。そして実行委員会の人間が待つテーブルに向かって真っ直ぐ歩き、ソファーに乱暴に座る。

 

「君が、久遠永聖君だね。初めまして、僕は」

 

久遠の許可無く、勝手に話し出す実行委員の言葉をソファーに座ったままテーブルに足を叩きつけて遮る。

テーブルの上に置かれたお茶が飛び散り、他の三人を濡らすが、能力を使用した久遠にかかることはない。

テーブルに足を乗せたまま、実行委員を無視して担任と校長に話しかける。

 

「俺を呼びつけるなんていい度胸してんなぁ。お前ら」

「す、すまん久遠君」

「は、話を聞いてくれればわかる。上層部だ、じ、上層部が悪いんだ」

 

担任と校長はこんな展開になることを予想していたので、即効で上層部を売りながら、必死で謝る。

実行委員は、普通の生徒と教師では有り得ないはずの上下関係を目撃してしまい、眩暈がしてきた。

 

「知ったことか。なぁ、誠意を見せろよ」

 

完全なる暴君に屈した担任と校長は、ソファーを立ち上がると床に正座する。

久遠が到着する前、実行委員と三人で話をしていた時は厳格な大人の雰囲気を見せていたのだが、そんな物は捨てさってしまったらしい。

 

その後、久遠は謝罪する担任と校長に満足したのか、次は実行委員に目を向けた。

 

「で、お前は俺になんの用があんの?」

 

興味のカケラも無い冷めた久遠の瞳を見て、実行委員は畏縮してしまう。

この依頼をした後、自分は無事で居られるのだろうか。

謝罪した姿勢から微動だにしない大人の二人は、この暴君から自分を庇ってくれるのだろうか。

何でもないです。すみませんでした。

そう言いたくなるのを必死で堪え、鋼の意思で実行委員としての仕事を全うする。

 

 

 

 

 

「じ、実は、大覇星祭の選手宣誓を」

 

 

 

 

 

この実行委員は、この後。

下らない理由で呼び出されてキレた久遠の殺意と恐喝に屈し、精神的なトラウマを負ってしまう。

超能力者(レベル5)にまともな奴はいない。

会議室に帰って来た後、その実行委員はそれしか言わなかった。

 

 

 

 

 

その日の深夜、久遠の自室。

第十八学区にあるマンションの一室でベランダから外を眺めながら、久遠は一人で佇んでいた。

連れ込んだ年上の女の子は疲れて眠ってしまった為、話しかけてくる相手もいない。

ここ最近の久遠は一人になると、アレイスターの薄気味悪い『プラン』にひたすら考えさせられていた。

ずっと後手に回り続けているのだ。まるで、手のひらの上で踊らされているみたいに。

 

一方通行(アクセラレータ)】の敗北。

最初は久遠も垣根も半信半疑だったあの『噂』。

これが真実だったのも驚いたが、その後の展開はそれ以上に驚いた。

【第一位】の敗北など関係無く「絶対能力進化計画」は続くものだと思っていたのに、まさかの「実験凍結」。

さらに、一万人近く残っている筈の「妹達」はどこの機関に預けたのか、一切不明。

そして、凍結させた「噂の対戦相手」も何処の誰かもわからない。

 

全くもって異常なほどの情報規制。

 

「絶対能力進化計画」は『プラン』の中核に違いないと思っていただけに、予想外にもほどがある。

垣根はまだ裏があり、この中に『プラン』に必要な「パーツ」がある筈と言っていた。

【第一位】が『プラン』から降りたように見えるのに【第二位】の垣根に何も接触や変化が無いのが理由らしい。

「噂の対戦相手」か「妹達」か。それともまだ別のやり方で「第一位」を利用するのか。

 

絶対能力進化計画が目障りで行動開始した久遠にとっては、目的が無くなってしまったに等しい。

それなら、『プラン』の内容次第では反逆する意味も無い。

 

そんな久遠の甘ったれた消極的な考えと、積極的に目的を果たそうとする垣根の意見の違いはもう決定的だった。

 

現状の生活に満足出来ず、反逆するのが目的の垣根。

 

現状の生活に不満は無く、現状維持するのが目的の久遠。

 

久遠は『プラン』を崩す熱意が薄れてしまい。正直な話、情報収集にも身が入っていなかった。

 

「案内人」については。

【メンバー】と【スクール】が同時に別の依頼に駆り出された日、久遠達が【案内人】候補者の一人として監視していた結標淡希(むすじめあわき)の行方がわからなくなった。

空間移動(テレポート)系の能力者の中で最も能力強度が強そうという単純な理由だった為、そこまで厳重に監視していた訳でも無いのだが、在学している霧ヶ丘女学院にも顔を出さないことから、何か重要な機密に触れて始末されてしまったのだろうか。

 

「仲介役」もそうだ。

接触するのが目的だったが、今は通話で探りを入れるだけに終わっている。

あちらが久遠を警戒しているのは明らかで、すでに久遠達の企みが筒抜けなのではないかとすら思えてくるほど。

 

それに、垣根が探っているアレイスターの監視方法。

垣根の予想では学園都市中に監視用の超小型精密機械をばらまいているそうだが、それが真実なら、久遠達の反逆の意思など筒抜けの筈だ。

その目視出来ない機械を、確認し閲覧する為に「超微粒物体干渉吸着式マニピュレーター」。通称「ピンセット」を捜索しているらしいが、誤情報ばかりで中々進展はしていないとのこと。

 

どれもこれも、進展しない。

やはり垣根の予想が正しくて、【反逆同盟】は筒抜けなのか。

それなら『プラン』の把握は出来ないのではないか。

 

でも、『プラン』は把握したい。

何を企んでいるのか、久遠はまた踏み台扱いされるのか。

 

そんなことを考えながら、久遠は少し前の記憶を辿る。

馬場に、「絶対能力進化計画」を見せられたあの日。

情報端末の液晶画面に書かれた一文。

 

 

 

 

 

超電磁砲(レールガン)】を128人用意することは()()()()

 

 

 

 

 

そう。「絶対能力進化計画」の提唱者は。

木原幻生(きはらげんせい)は知っていたのだ。

 

 

 

 

 

【人体蘇生実験】

 

 

 

 

 

これもあのクソ野郎の実験だったから。

 

 

 

 

 

「さあ、実験を始めよう」

久遠の頭の中で、木原幻生の声が木霊した。

 

 

 



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大覇星祭①

【大覇星祭】

学園都市の全生徒が学校単位で参加する、能力使用の解禁された超大規模な運動会。

そんな大覇星祭の開会式では超能力者(レベル5)による「選手宣誓」が行われていた。

 

「なんだ、アレ」

 

久遠はその様子をビルの壁面モニターで見ながら呟く。

今の久遠の服装は、長点上機の長袖ジャージの体操服。

開会式をサボっている時に偶然見かけたそのモニターでは、信じられない光景が広がっていた。

 

【第八位】の【原石】削板軍覇(そぎいたぐんは)

 

超能力者(レベル5)二人の選手宣誓が始まった当初は、可愛い女の子の【第六位】【心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈(しょくほうみさき)ばかり見ていた久遠だったが、段々とおかしな発言をしていく削板に嫌でも目が行ってしまい。最終的に「削板の背後が虹を纏って爆発」するのを現実逃避しながら眺めることになったのだった。

 

何がどうなっているのか、意味不明の能力。

垣根の【未元物質(ダークマター)】もそうだが、常識って言葉をもっと大切にしていただきたい。

他の人に言わせれば【歪曲時計(ワールドクロック)】も似たような物なのだが、久遠はそのことは完全に棚にあげていた。

 

今、見てしまったことは忘れよう。

【第六位】の中学生離れした可愛らしさ以外は。

そんなことを考えながら、久遠はモニターの前を後にした。

 

 

 

 

 

 

開会式から数時間後。

競技の合間に学園都市内を移動中、たまたま馬場の姿を見つけたので軽く挨拶したのだが、お互いに次の競技まで時間が空いていたので暇潰しに雑談することになっていた。

自販機で購入したスポーツドリンクを片手に、昼間から路地裏で暗部の話をする二人。

 

「こんな大会中に、任務入ったんだ」

「面倒だけどな。ちょうど次の競技は常盤台と対戦なんだよ」

「御坂が相手かぁ、大丈夫なのかよ」

 

馬場に与えられた任務。

【第三位】【超電磁砲(レールガン)】の無力化。

つまり、『不殺』のオーダー。

普通に考えたら馬場じゃ無理だと思うが、何か策があるそうで。通用するかはともかく、見せ物としては面白いかもしれない。

 

「『不殺』じゃなかったらオマエに依頼したんだろうけどな」

「何が目的なのかねぇ。統括理事長様は」

「さあな。最近のオマエは『上』に探りを入れすぎだ」

 

馬場から少し厳しい声で警告される。

つい最近も「仲介役」を探るため、馬場に書庫を調べさせたばかりだったからだ。

仲介役の女が連絡手段の一つとして利用している、液体金属らしき物を操作する能力。おそらく、強度はレベル4。

何人かに絞りこむことはできたが、「案内人」特定の時もそこまで調べて、結局は無駄になっている。

 

「もう、やめようかな。時間の無駄な気がしてきてさぁ」

 

反射的に、つい久遠の本音がこぼれた。

『プラン』のことを忘れて、普通の久遠として過ごしたい。

暗部組織の戦闘員と一般の高校生としての生活。

これが壊されないなら、それで良いと思ってしまう。

馬場が、久遠らしくない雰囲気を気遣ったのか、話題を変えてくる。

 

「逆に、久遠の方には任務来てないんだな」

「今のところはね。来るような気がしてきたけど」

 

【メンバー】の二人に依頼が来ている以上、久遠にも何か任務が課せられるのかもしれない。

それに口には出さなかったが、久遠は馬場が失敗するような気がしていた。

馬場がどんな内容の勝負であれ、御坂に勝てるとは思えない。

 

「そういえば、査楽から連絡来てるか」

「さっきね、査楽も可哀想に。ずーっと缶詰めらしいよ」

「それが任務だろ。仕方ないさ」

 

ちょくちょく連絡が来るが、イベント参加を許されずに何かの工場で待機させられているらしい。

査楽はイベント事とか好きなタイプなので、久遠は少し同情していた。

ジュースを飲みきり、伸びをしながら久遠が言った。

 

「そろそろ行くかぁ。次の競技はめちゃくちゃダルいけど」

「ん、長点上機は次の競技はなんなんだよ」

「クラスの奴が、『棒倒し』の二回戦目だって言ってた」

「はぁ?オマエの能力なら瞬殺だろ」

 

馬場は怪訝そうな顔で久遠を見る。

久遠の能力なら空を走って、棒を蹴り倒すだけで終了だ。

下手したら、走った時の余波で棒が倒れかねない。

手加減は難しいのかもしれないが、「めちゃくちゃダルい」程ではないはずなのに。

そう思って久遠を見ると、嫌なことを思い出したような顔をしていた。

 

「その相手がさぁ、【第八位】の所属してる高校なんだよ」

 

久遠は、空になったジュースの缶を巡回する掃除ロボの前に落としてそう言った。

 

 

 

 

 

「棒倒し」

一般的には、自陣の棒を倒されないように防衛しながら、敵陣の棒を攻撃し倒す競技のことである。

ただでさえ荒っぽい競技なのだが、能力使用の解禁された学園都市の棒倒しは一般的な棒倒しよりもさらに荒々しく、見ている者達が大変盛り上がる、大覇星祭の人気競技の一つ。

そんな競技に久遠がエントリーされた理由は単純で、クラスメイトの「久遠よりも、人と棒を蹂躙するのに適した人材なんている訳が無い」と言う推薦が多数の賛成票を集めたからだった。

 

一回戦は、開始から数秒も経たずに久遠一人でゲームセット。

このまま、全戦全勝間違いない。と思われた長点上機の棒倒しチームだったのだが、二回戦の相手は想像以上の強敵だった。

 

様々なスポーツ競技で常勝する、学園都市の名門校。

在籍する能力者達の能力強度や、日頃の体育に重きを置いたカリキュラム。

そんなことよりも、この学校には絶対的な強者たる要素があった。

 

【第八位】の削板軍覇。

 

「序列」こそ最下位に甘んじている彼だが、それは学園都市の研究機関でも解析できない未知の能力が、序列の基準に影響を与えているだけだ。

「能力研究の応用が生み出す利益」が序列の基準で無かったならば、削板軍覇は学園都市の頂点にも立てる素質を持つ。

同じ学校に在籍する生徒達は、削板のことをそんな風に思っていた。

 

尊敬。信頼。友情。

 

そんな、真っ直ぐな気持ちしか向けられない存在。

それが学友達から見た、削板軍覇と言う男であった。

 

そんな削板は現在、自陣の棒を守る為に準備している学友達を背に一人で仁王立ちしていた。

険しい顔で腕を組み、真っ直ぐに長点上機のチームの「とある人物」を見据える削板。

肩に羽織った体操ジャージ。太陽を思わせる模様の描かれた白地のシャツ。そして額には真っ白の鉢巻き。

熱血漢と言う言葉は今の彼の為にあると言っても過言では無いのかもしれない。

いつもと違う、削板の雰囲気にチームも自然と引き締まっていく。

 

 

 

そんな削板率いるチームの対面、長点上機のチームはわりと落ち着いた雰囲気が流れていた。

理由は単純で、久遠のやる気の無い通常通りの態度が、逆にチームの勝利を確信させたからだ。

 

暴力。蹂躙。制圧。

 

長点上機の暴君。

容姿の優れた女の子には人格を偽っている彼だが、それ以外の生徒達の久遠永聖のイメージはこれに尽きる。

気に入らないものはぶっ壊す。他人のことなど気にもしない。

そんな暴君は、削板とはまさに正反対の存在だった。

 

長点上機のジャージを着ているものの、染め上げた頭髪に黒いピアス。

完全なる不良生徒の久遠は、応援に来ている観客席の女の子達と楽しげに談笑していた。

 

削板の視線の先は久遠に向けられているのだが、気付いていないのかずっと無視する形になっている。

流石にそろそろ気付いてやれよ。そう思ったクラスメイトが、久遠に声をかけることにした。

 

「久遠君、なんか相手チームの人がずっと見てるけど」

「え、何を?」

「久遠君の方を」

 

急に声をかけられた久遠が反応し、クラスメイトの視線の先を追う。

そして、削板の凄みのある瞳と久遠の冷めた瞳が交差した。

 

「面倒なタイプだなぁ、本当に」

 

面倒臭そうに言うと、久遠は応援に来てくれた娘達に断り、削板の方へ歩き出す。

長点上機のチームの面々は、超能力者(レベル5)の二人の間に立ちたくないのだろう。まるでモーセのように人波が避けていく。

久遠がチームメイト達の前に出る場所まで来ると、削板が話しかけてきた。

 

「おまえが、久遠(クドー)だな」

「あぁ、なんか用でもあんのかよ」

 

憤るような声の削板と冷めきった声の久遠。

 

「俺は削板軍覇。おまえにはちょっと用があってな」

「だからさぁ、なんなんだよ」

「おまえの『噂』は聞いてる。俺が根性入れ直してやるよ」

 

真っ直ぐな削板の瞳と何の色も無い久遠の瞳。

 

「へぇ、俺に勝つ気なのか。お前」

「勝負は気合いだ。おまえじゃ相手にならねぇよ」

「いい度胸してんなぁ」

 

無色だった久遠の瞳に色が付く。憤怒に染まった瞳。

ナメられて怒気を撒き散らす久遠に、削板は笑った。

 

「ハッ、良い気迫出すじゃねぇか。なあ、サシでやろーぜッ」

 

久遠の周囲の空間が禍々しく歪んでいき。

削板も何か得体の知れないオーラを纏い始める。

 

明らかに喧嘩腰の超能力者(レベル5)二人に、それぞれのチームメイトは嫌な予感が止まらない。

こいつら、本気で戦闘する気なのでは。そう思った両チームは自陣の棒に集まり、能力で防御を固める。

巻き込まれたら死ねる。両チームはまったく同じことを考えていた。

 

 

 

スタジアムに、試合開始の笛が鳴る。

大覇星祭の競技では各校の有識者による解説と実況が行われるのだが、解説者も実況者も含めて、開始直後は誰も喋らなかった。

 

それは、二人の超能力者(レベル5)の出方がわからなかったからだ。

 

開始位置から少し歩いて向き合った二人。

久遠は削板が決めたルールを確認する。

流石にこの場所で「なんでもあり」で戦っては、無関係な観客達が死体の山になるだけだ。

 

「一撃ずつ、交互に攻撃し合う。それはいいけどさぁ、先攻は?」

「おまえでいい。ただ、相手を吹き飛ばす方向は、誰も居ない所を選べ」

 

ルールは試合前の確認通り。そして、先攻は久遠らしい。

じゃあこの方向にする。と久遠が指を差すと、その先にいた観客達が慌てて逃げ出す。

 

「一発で死ぬなよ。お前は散々痛めつけるって決めたんだからさぁ」

「全力で来い。本物の根性を見せてやるッ」

 

悪魔の様に笑う久遠が【歪曲時計(ワールドクロック)】を行使する。

周囲の観客が見たのは、すでに拳を振り切った久遠と、ありえない勢いで吹き飛んで行く削板。

そして、遅れてくる破裂音と衝撃波。

スタジアムの端まで殴り飛ばされた削板だったが、地面を削りながら踏ん張り、なんとか敷地内で停止する。

 

「大丈夫かよ。大げさな野郎だなぁ」

 

久遠は心底楽しそうに笑いながら削板を見る。

削板の身体は擦り傷や打撲は見受けられたが、行動不能にはほど遠い。

 

「やるな。次は俺の番だ」

 

削板はその場でジャンプして、久遠の前に着地した。

そして、何やら攻撃の構えを取り出す。

AIM拡散力場の「未来」からの警告。

久遠の周囲に停止をかけるとそれも無くなる。

やはり停止を無視して通過するようなデタラメは【未元物質(ダークマター)】くらいなのだろう。

 

久遠の()()()()()()()()()()()()()()()でもなければそんなことはあり得ないのだ。

 

能力発動の原理は不明でも、結果が通常の時間軸の衝撃波なのだから。

当然、停止で防げるはずだ。

 

 

 

「すごいパーンチ‼」

 

 

 

気の抜けるような叫び声をあげて削板が殴りかかってくるが、やはり停止に干渉することは出来ない。

久遠の周辺を破壊するだけに終わった。

 

この程度の威力なら、久遠の演算処理能力を越えることはない。

もしも連打されたら、いずれは処理の限界を越えて破られるだろうが、「一撃づつ、交代で攻撃する」ルールがある。

ルールを決めたのは削板だが、提案された時に久遠は内心で笑いが止まらなかった。このルールでは圧倒的に久遠が有利なのだから。

 

確かに削板は【第八位】とは思えない強力な能力者だが、今回はワンサイドゲームで終わるだろう。

 

「そんな程度で、『時間停止』は破れないんだよ」

 

久遠は驚愕する削板を見ながら教えてやることにした。

今の削板の現状、これからの未来を。

 

 

 

 

 

「俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】に、お前は一方的に蹂躙されるんだ」

 

 

 

 

 

ノーモーションから放たれたように見える久遠の攻撃に、削板はスタジアムの場外まで殴り飛ばされた。

 

 

 

 

 

解説席と実況席の二人は、異常すぎる目の前の光景に呆然としていた。

解説に呼ばれた女性が呆れながら解説を開始する。

 

「私は『棒倒し』の解説に来たはずなのだけど」

「いや、その、熱い展開ではあります。学生同士のぶつかり合い、これぞ青春です‼」

 

やる気のない解説を乗せる為に、実況は必死でフォローを入れる。

目の前の光景が「棒倒し」ではなく「公開処刑」のように見えるのは実況も同じだが、仕事は仕事だ。

この場を盛り上げるのが実況者なのだ。

 

「【第八位】の攻撃はすべて【第四位】の『停止』に防がれている。反対に【第四位】の攻撃を【第八位】は受けるしかない。ただのリンチにしかみえないけど」

「でも、削板軍覇君も奮闘していますっ‼何度も吹き飛ばされながらも、諦めていません‼」

「そもそも、どちらも『棒』を完全に無視しているのが異常だけど」

 

すでに、周囲の観客は観戦を諦めて避難していた。

スタジアムは半壊状態で、修繕するより建て直したほうが安そうな有り様。

他の競技の参加者達は、棒を囲みながら二人の戦闘に怯えている。

普通なら競技中止間違いないのだが、何故か上層部から中止の指示が来ないのが現状。

いや、そもそもこの二人を止めれる奴なんているのだろうか。

そこまで考えて、実況は破れかぶれにこう叫んだ。

 

「これぞ、大覇星祭と言える、頂上決戦ですっ‼」

「これ、確か二回戦目だけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつ、しぶといな。

 

久遠はまだ向かってくる削板を見ながらそう思った。

これで十六回目の久遠の攻撃が終わった。

すでに削板はボロボロなのだが、真っ直ぐ久遠に向かってくる。

防御力も異常だが、再生速度も異常過ぎる。

超能力者と言うよりも、どこかの少年誌で連載されている、バトルマンガのキャラクターのような能力。

久遠の前まで来た削板に、笑いながら声をかける。

 

「無様だなぁ、お前。自分からケンカ売っといてさ」

「想像以上だったぜ、クドー。だが、俺はまだ負けてねぇッ」

 

振りかぶって攻撃してくる削板を停止が阻む。

もう久遠は、この一連の流れに飽きていた。

また久遠が攻撃を返して、また削板が吹き飛ぶ。

削板が戻ってくるまでの時間が退屈で、暇で、煩わしい。

 

そこで久遠は、思い出したように敵陣の棒を見つめる。怯えた敵チームの連中の顔を見て、名案が浮かんだ。

 

そうだ。削板をあそこに殴り飛ばそう。

そうすれば、久遠の勝利で、チームも勝利。ゲームセット。

 

今まで、削板の決めたルールに従っていたのがおかしいくらいだ。

敵チームの連中がどうなろうと久遠の知ったことじゃない。

 

「どこ見てんだ、クドー」

 

いつの間にか戻って来ていた削板に、教えてあげよう。

この名案を。

だって、削板と学友との最後のお別れになるかもしれないんだし。

 

「飽きてきたからさぁ、お前をあそこにぶっ飛ばそうと思って」

 

あそこに。と言って敵チームの連中を指差す。

久遠の発言を聞いた敵陣は悲鳴と懇願に包まれた。

 

やめてくれ。許してくれ。こちらの負けでいいから。

 

そんな声を聞いて久遠は笑いが止まらなくなる。

こいつらは、久遠と削板が「ゲーム」を始める前は削板の勝利を信じているみたいだったのに。

今ではすっかり考えが変わってしまったらしい。

それがおかしくて、面白くて、最高に愉快だった。

 

 

 

「おい」

 

 

 

削板が静かに言葉を発した。

下を向いていて、削板の顔は窺えない。

 

 

 

「アイツらは、俺を信じて任せてくれたんだ」

 

 

 

そのまま削板は腰を落とす。

今日、何度も、何度も見てきた。削板の攻撃態勢。

 

 

 

 

 

「それを、笑い者にするんじゃねぇッ。構えろ、クドーッ‼」

 

 

 

 

 

馬鹿が。

 

キレたらなんとかなるとでも思っているのか。

停止を発動した瞬間、「未来」からの警告が消える。

次の反撃で、本当に敵陣の方向にぶっ飛ばしてやろう。

 

 

 

 

 

「超ッ……すごいッ、パァァァンチ‼」

 

 

 

 

 

そして、停止を突き破った削板の拳が、始めて久遠を殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

スタジアムの反対側に吹き飛ばされた久遠は、自身の身体を確認する。

 

周囲の停止を破られた後、削板の拳は確かに久遠にとどいていた。

停止をかけ直したことで、吹き飛ばされたことによるダメージは防げたものの、殴られたダメージはそれなりに酷い。

 

殴られた箇所は顔面。

 

折れた鼻からは血が滴り、歯も二本、へし折られた。

頭がふらつき、部分逆行にいつも以上に時間がかかる。

 

削板の攻撃は防げると『未来』から観測されたはずなのに。

確かに、停止を発動した瞬間、久遠の身体が損傷する『未来』は無くなっていた。

なら、何故こんな結果になるんだ。

 

まるで。

 

 

 

 

 

まるで、()()()()()()なんて馬鹿げた真似をしたみたいな。

 

 

 

 

 

部分逆行が終わり、久遠は立ち上がる。

 

ふつふつと、怒りよりも殺意が芽生えてくる。

 

殺気を撒き散らしながら、歩き出す。

 

 

 

「死ねよ」

 

 

 

久遠は、加速し、走り出す。

削板は真っ直ぐこちらを見ていた。

敵陣に殴り飛ばしてやる。削板も他の連中も死ねばいい。

 

 

 

久遠は【歪曲時計(ワールドクロック)】で加速し全力で殴りつけた。

 

 

 

そして、削板もそれに渾身の一撃で応戦し。

 

 

 

両者の拳が衝突し、その衝撃で両陣の棒がはじけ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

実況解説の席では、もう今期の大覇星祭では使用できないだろうスタジアムを上から眺めながら、とりあえずのまとめに入っていた。

果たして、この様子が普通に放送されているのだろうか。実況は疑問だったが、とりあえず仕事をこなす。

 

試合会場では、救急車で運ばれる予定だった削板が搬送を拒否して、久遠の方へ向かって行く。

 

「【第八位】のがダメージが大きいみたいね。試合は引き分けだけど」

「途中で久遠永聖君も怪我をしたように見えたんですが、大丈夫なのでしょうか」

「『逆行』したみたいだし、大丈夫に見えるけど」

 

久遠と削板は一言、二言。言葉を交わすとそれぞれ反対方向に歩いていった。

どちらも絶対に相容れない奴と出会ったかのようなしかめっ面である。

 

「これは、ぶつかり合った二人がお互いを認め合ったのでしょうか」

 

 

 

「彼らの顔を見るに、絶対に違うと思うけど」

 

 

 



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大覇星祭②

彼が生活している研究所。

 

「置き去りの仲間達と会いたい」

 

そう言っても、研究者達は許可してくれることは無かった。

 

「キミが超能力者(レベル5)になってからね」

 

これが研究者達の口癖で、彼は超能力者(レベル5)になるまで、いつもいつも、我慢をしていた。

研究者達の態度から、彼の中に疑いが生まれ始めた頃。

 

彼の能力は超能力者(レベル5)に到達する。

 

彼はさっそく、仲間達との再開を頼み込んだ。

研究者達は優しく頷いて、初めて許可をしてくれる。

 

良かった。許可してくれた。杞憂だったんだ。

 

先を行く研究者に、彼は慌てて付いていく。

 

彼が近付くことを許されなかった区画。

暗くて、静かで、冷たい区画。

突き当たった部屋の中で、彼は仲間達と再開する。

 

 

 

「可哀想でしょう?」

 

 

 

震えて、膝をついた彼に、いつも通りに研究者が語りかける。

 

 

 

「この子達は【世界時計(ワールドクロック)】の為にこうなったの」

 

 

 

動かなくなった仲間達を見たくなくて。

床にうずくまる彼に、研究者は笑顔で語りかける。

 

 

 

「だから、『巻き戻して』あげないとね」

 

 

 

彼が【歪曲時計(ワールドクロック)】になる前は。

絶対、巻き戻せるって信じていたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大覇星祭の観客達で大混雑している街中。

 

「いや、いくら何でもやりすぎよっ」

 

御坂美琴はそんな路上の真ん中で、ビルの壁面モニターに突っ込んだ。

ツンツン頭の少年との微妙な関係を、佐天と初春と母親の三人に追及された美琴。

それを誤魔化す為に指し示した、知人の参加する「競技」の映像はもはや「競技」では無かった。

超能力者(レベル5)二人による、「ケンカ」いや、「戦闘」と言った方が適切なその中継映像。

最初はその様子を呆れて見ていたが、最後の決着の時。知人こと、久遠永聖の表情は、完全に殺意に満たされていた。

 

変人なのはわかっていたが、ここまでぶっ飛んだ奴だっただろうか。

美琴は、周囲の反応が気になり見渡してみることにする。

大半の観戦者は驚愕して黙りこんでいたが、少し離れた所にいる常盤台の体操服を着た少女達は何やら様子が違っていた。

上品ながらも興奮気味に壁面モニターを見る彼女達は、アイドルのライブ映像でも見ているような雰囲気で。

 

「久遠様、お優しいですわ。団体戦でご学友を守られているのですね」

「そのようです、あの真剣な表情。凛々しいですわ」

「わたくしも応援に行きたかったのですが」

「残念ですが、競技が重なってしまいましたから。仕方がありません」

「えぇ、そうですわね。わたくしたちも競技に参りましょうか」

 

その会話に、美琴は突っ込み所が多すぎてフリーズしてしまう。

アレの何処をどう見たらそんな解釈になるのか。

美琴は立ち去っていく上級生らしき常盤台の少女達を眺め、「学舎の園」のお嬢様の世間とのズレっぷりに呆れる。

 

「あ、あはは。久遠さんって、あんなに強かったんだ」

 

佐天が顔をひきつらせながら、呟くように言う。

隣の初春はまだ硬直から抜け出せないようで、モニターを呆然と見上げて動かない。

 

「ていうか、ママはあの子とお友達な美琴ちゃんが心配なんだけど」

 

美琴の母親。

御坂美鈴(みさかみすず)が困ったように美琴を見る。

美琴は一瞬、何と言うか迷ってしまう。

友達を否定するか。いやでも、誤魔化す為に利用しといてそれは。

いや、それでも、いくらなんでもあの中継映像は酷すぎる。

そんな風に迷っている美琴に、美鈴が言った。

 

「あの子、完全に不良(ヤンキー)じゃない。美琴ちゃんもグレちゃったの?」

「んな訳ないでしょうがッ‼」

 

美琴は結局、全力で叫んで否定した。

 

 

 

 

 

結局、三人から逃げ出す事を選択した美琴は次の競技へ向かう。

次の競技は「バルーンハンター」。

この競技は三十人で一つのチームとなり、それぞれ風船のついたヘルメットを装置する。

そして、相手チームと専用の玉で風船を割り合う、サバイバルゲームのような競技である。

これに美琴は参加する予定だったのだが、何故か自分のクローンである「妹達」の一人がすでに参加者になっていた。

 

細かい経緯はわからないが、とりあえず「妹達」を応援することにした美琴は、同じ顔を隠すためにお面を被り、競技を見守る。

そして、競技終了後。奮闘した「妹達」に少し声をかけて、美琴は走り出す。

あと少しで、昼食の時間だからだ。

 

母との集合場所に向かう途中で、見知った顔を見つける。

長点上機のジャージに身を包んだ少年。

さっき、美琴が母親に不良扱いされた原因の知人。久遠永聖。

ベンチに腰かけながら、対面のビルに設置された中継モニターを見ている彼は、美琴と目が合うと何故か驚いたような顔になる。

 

「な、なによ」

「いや、なんでもない」

 

美琴は立ち止まって聞いてみるが、はぐらかされた。

こいつは変人なので、美琴の考えつきもしない意味不明な理由があるのかもしれない。

久遠は座ったまま、美琴に話しかけてくる。

 

「競技見てたよ。御坂って、あんな弱かったんだな」

「はあぁッ⁉」

 

そこで、彼がモニターで見ていた競技を察する。

美琴として参加した「妹達」がなにやら誤解を招いているようだ。

こいつも美琴とクローンの違いに気づいてないらしい。

 

「あ、あれは、て、手加減ってヤツでっ」

「最後に必死で逃げ回る姿は、かなり笑えたけどさぁ」

 

久遠はニヤニヤ笑いながら、美琴をからかってくる。

完全に悪意しかない久遠の発言に怒りをぶつけたくなるが、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

美琴も久遠に言いたいことがあるのだ。我慢して、反撃をしなくては。

逆に、今度は美琴がからかうような口調で。

 

「アンタの競技なんか、暴れてるだけじゃない。能力の微調整とかできないワケ?」

「できるけど、めんどいしさぁ」

 

即答で返されて美琴は唖然としてしまう。

こいつみたいな奴しかいないから、超能力者(レベル5)は人格破綻した変人の集まりだと言われるのだ。

 

美琴の知る他の超能力者(レベル5)達。

 

【第六位】【心理掌握(メンタルアウト)

美琴の同級生で常盤台の中学生。食蜂操祈。

能力も性格も、とびっきりのゲス。

年齢と胸囲を偽装している疑惑まである。

 

【第五位】【原子崩し(メルトダウナー)

過去に一度交戦しただけだが、人に躊躇いなく殺人ビームみたいな攻撃をしてくる闇の住人。

 

【第一位】【一方通行(アクセラレータ)

二万人の美琴のクローンを「無敵になるため」なんて理由で犠牲にしようとしていた。白髪の狂人。

 

久遠永聖は、この中では比較的まともな印象だったが、やはりこいつも同類ということか。

 

「アンタねぇ、もう少し周りの人のことを考えなさいよ」

「御坂も大概だろ。キレて店内で放電してたじゃんか」

「うっ、あ、あれはアンタが悪いって言ってるでしょッ」

 

こいつはまだ矯正できるかもしれない。

少なくとも上の三人と違って美琴と対立したりはしていないし。

そう思って注意するつもりが、痛いところを突かれてしまって。

結局のところ、うやむやになってしまった。

母との約束の時間もあるし、今回は見逃してやろう。

久遠に別れを告げて、美琴はまた走り出す。

それを見送りながらつぶやいた久遠の言葉は、美琴には聞こえていなかった。

 

 

 

「やっぱ、失敗してるよなぁ。これは」

 

 

 

 

 

 

 

昼食の時間。

大覇星祭の開催中はファミレスなどの飲食店に、弁当などの持ち込みが許可される。

学生ばかりの学園都市で、生徒と保護者が同時に昼食を食べようと思ったら、昼食の場所があふれてしまうからだ。

そんな、家族連れで一杯になっている学園都市の街を、置き去りの久遠は一人で歩いていた。

 

こんな賑やかな場所で、一人で食事なんて気まずい真似はしたくない。

だが、いつも仲良くしている女の子達は当然、久しぶりに会った家族とランチタイム中。

となれば、家族なんて居ない闇の住人達を誘うのがいいのだが、馬場と査楽は任務の関係で無理。

垣根に至っては大覇星祭に参加すらせず、休暇中。

 

そして少し考えて、彼女に声をかけてみたのだが、あっさりと了承して貰えたのだ。

そして今、その彼女との待ち合わせの場所に向かっているという訳である。

第十八学区にある洋食レストラン。

大通りから少し外れたその店なら、なんとか席は確保できるだろう。

そう思って指定したその待ち合わせ場所で、先に到着していた彼女は久遠を待っているようだった。

 

彼女は席に座って、暇そうにメニューを眺めている。

そして、久遠が来たことに気づいて顔を輝かせた。

 

「ちょっと遅くなった。悪いな」

「いえ、そこまで待ってませんよ」

 

弓箭猟虎(ゆみやらっこ)

垣根と久遠の伝言係をやらされている彼女。最初の頃は久遠を警戒し、怯えていた彼女だったが、あれから普通に会話をするくらいの仲にはなっていた。

 

伝言を伝えに来るたびに、久遠が誰かと遊んでいる所を目撃し、不機嫌になる弓箭。

ぼっちな彼女に、何度もぶつぶつと文句を言われるので、逆に彼女に話しかけることにしたのだ。

それが最近は、弓箭の方から近付いてくることが多く、それなりに付き合うことも多くなった。

何故か彼女は、久遠の居場所がわかっているかのように待ち構えていたりするのだ。

軽く挨拶を交わした後で、メニューをみてから注文をする。

レストラン内はあふれるほどでは無いにしても家族連れが多く、それを見渡しながら久遠が言う。

 

「こういう『家族』って雰囲気は、やっぱり慣れないなぁ」

「そうですか?わたくしは羨ましいですが」

「なんかよくわかんないしさぁ、気持ち悪いじゃん」

 

本気で理解不能だといった顔をしている久遠に向かって、優しく笑いながら弓箭は言う。

 

「誰かを好きになったことが無いから、わからないんですよ」

 

なにやら上から目線の弓箭。

実際に学年は上ではあるのだが、最初に接触した頃の小動物のような彼女を知っているだけに、納得はできない。

 

「てことはさぁ、弓箭は好きな人いるんだ」

 

仕返ししてやろう。そう思って、からかうことにした。

弓箭が慌てて否定する姿を想像し、悪い笑顔を浮かべる。

だが、何故か彼女は頬を染めながら、こちらを見つめていた。

そして彼女は、ゆっくりと小声でささやいた。

 

 

 

「わからないですか?」

 

 

 

久遠に聞いて来るということは、そういうことなのだろうか。

何度か、こんなやりとりをしたことのあった久遠は、適当に返事をすることにした。

 

「さぁ、言わないとわかんないと思うよ」

 

興味の無さそうな一言。これで、この話は終わるはず。

垣根の部下である弓箭に手を出して、面倒なことになるのは御免だった。

そんな予想は外れ、弓箭は光の消えた瞳で久遠を見てきた。

 

 

 

「貴方ですよ」

 

 

 

これまで久遠が感じた事のない、背筋が冷えるような感覚。

「未来」は何も異常はない。

ならこれは、いったいなんなのだろうか。

 

「えっと」

「それで、お願いがあります」

 

初めて感じる感覚に、久遠が珍しく言葉に詰まってしまう。

そんな久遠を、いとおしそうに見ながら弓箭が続けた。

 

 

 

「女の子に手当たり次第に手を出す癖、直してくれませんか」

 

 

 

弓箭の瞳は、今までの久遠の人生で見たことの無い色だった。

じっと彼女の瞳を見ながら、久遠は黙って彼女の言葉を待つことにする。

 

「それで嫌いになったりはしません。知ってて好きになったんですから」

 

「でも、貴方が他の女といると思うと、どんどん嫌な気持ちが貯まっていくんです」

 

「だから、直してくれませんか」

 

ひたすら一人で話し続ける弓箭を見て、久遠は何を言うべきか考える。

とりあえず、久遠の選択が地雷を踏んだのはわかった。

弓箭は、今まで久遠が付き合ってきた女の子とは明らかに違うタイプ。

今まで、ちょっとした嫉妬やらを向けられることはあっても、こんなドス黒い嫉妬、独占欲を向けられたことはない。

それが何だか可愛らしくて、面白い。この状態を維持したくなってくる。

なんと返事をしたら良いのだろうか。やっぱり、反応が面白そうなヤツがいい。

 

 

 

「考えとくよ」

 

 

 

弓箭はひどく不満そうな顔をしていた。

そんな彼女を見て、久遠は楽しそうに笑った。

 

 

 

注文が届いたので、久遠はさっそく食べ始める。

弓箭はあれから一言も喋らず、食事も無視して久遠を見つめ続けていた。

半分くらい食べた後、まだ黙ったままの弓箭に聞いてみる。

 

「それ、食べないの?」

「ちゃんと約束してくれませんか」

 

質問したら、即答で催促が返ってきた。

せっかく誘ったのに、会話がまったく通じないのもつまらない。

 

「考えとくって言ったじゃん」

「ちゃんと約束してくれませんか」

 

まるでロボットと会話している気分になり、笑ってしまった。

この状態で、垣根の伝言とか伝えてくれるんだろうか。

 

「先輩に伝言があるんだけどさ」

「なら、約束してくれませんか」

 

駄目らしい。

このままでは、垣根に怒られるような気がしてきた。

どうしたら納得してくれるか。

 

「約束するメリットがないしなぁ」

「どうしても、約束してくれないなら」

 

ここで、停滞していた会話が動き出す。

弓箭が何を言うのか気になったので、続きを待ってみることにした。

彼女は完全に闇の住人の空気になっていて。

 

「貴方に近付く女を、狩りますよ」

「今日の弓箭は、本当に面白いなぁ」

 

久遠はまた笑顔になる。

こんな風に脅迫されるなんて、生まれて初めての経験だった。

弓箭の好きにやらせてあげたい。

でも、自分の周りに誰もいなくなってしまうのも、それはそれで困るかもしれない。

 

「ちょっとずつ、努力してみるよ」

 

しぶしぶ、弓箭は納得してくれた。

今日の昼食はいつもより美味しく感じた。

 

 

 

昼食を終えて、街に出る。

まだ午後の競技には時間があったので、腹ごなしに散歩することになった。

どこも相変わらず混雑していて、人であふれている。

弓箭が、静かなところに行きたいと言い出したので閉め切られたビルの屋上を目指す。

鍵を「逆行」で突破し、進入に成功。

大覇星祭の夜間はパレードが行われるので、こういう穴場になる場所は大体把握していた。

 

そして二人きりになった途端に、弓箭に口づけされる。

少し驚いたが、黙って受け入れてあげることにした。

夢中で舌を絡めてくる彼女だったが、しばらくして満足したのか解放される。

妖艶な笑みを浮かべながら、暗く笑って言ってきた。

 

「これで、いつでも追跡(トラッキング)できます」

 

よくわからないが、意味のある行動なのだろうか。

まぁ、久遠に危害を加えることなんて、絶対に不可能なので構わないが。

さっきの不意討ちにしても、害があるなら「未来」に警告されたはずだし。

 

「弓箭がまさか、こんな風になるなんてなぁ」

「名前で呼ばれたいです」

 

久遠の話を遮って、またしても要求してくる弓箭。

媚びる感じはなく、もし断ったら何かされそうな予感がする。

断る理由もないし、呼んであげよう。

 

「じゃあ、次から猟虎って呼ぶよ」

「ふふっ」

 

彼女は影のある笑顔を浮かべた。

これはこれで可愛らしい。

次の競技の時間まで、猟虎の相手をして暇潰しをしよう。

 

 

 

 

 

機嫌の良くなった猟虎と別れ、競技に向かいながら考える。

馬場の任務失敗を「中介役」に伝えるべきだろうか。

何を勘違いしたのかわからないが、御坂に会う前に、馬場は任務に成功したと言っていた。

 

「まぁ、いいか」

 

そんなに熱心に任務をこなす性格でもないし。

なにより、その連絡の流れで久遠に依頼してくるかもしれない。

今日はフリーで大覇星祭を楽しみたいし。

 

次の競技は、借り物競争だったはず。

クラスメイトが「周囲を脅迫して強奪できるから、久遠に適正がある」と言っていた。

なにを持ってこいと言われるのか、想像しながら競技場へ向かう。

 

 

 

初めて参加したが、大覇星祭も悪くないな。

そんな風に思いながら。

 

 

 

 




弓箭のくだりがいきなり過ぎるのが気になってきたけど、どうしたらいいのか自分でもわかりません。
女の子を登場させると、いつもなんか変な内容になってしまう。


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大覇星祭③

大覇星祭、二日目。

 

あなたが、人の信頼を蔑むのは、あなたに信頼に値する人がいないから。

 

「クソがっ」

 

それを認めて、自分から歩み寄る姿勢を見せなければ。

 

「クソっ、クソがぁぁっ‼」

 

誰も、助けに来てはくれませんよ。

 

「小娘がッ、僕を見下しやがってえええぇぇッ‼」

 

 

 

 

 

大覇星祭一日目から一夜過ぎて、馬場に与えられた追加任務。

 

「絶対能力進化計画」凍結後。情報流出するも、居所が不明だった『妹達』の捜索と確保。

機械の犬を走らせて、かき集めた情報を回収する段階になって、邪魔立てする愚かな能力者達。

 

御坂美琴の手下、常盤台のゴミクズ共。

 

まず、レベル4の【空力使い(エアロハンド)】の少女を策略によって撃破。

 

次に、乱入してきたレベル3の少女二人と戦闘を開始。

しかし、博士に借りた機械の犬には数の限りがあった。

苦戦してしまい、すべてを使い尽くした後で、平手打ちと見下しきった言葉を浴びせられる。

 

そして馬場は、安全な場所まで必死で走って撤退することになってしまう。

 

馬場一人に対して、少女達が三人。

無能力者に対して、能力者が三人。

 

こいつらが調子に乗っているのは、こちらが容赦しているからに過ぎない。

そう、暗部組織【メンバー】が、一般人に手心を加えているからに過ぎないのだ。

 

完全に激昂している馬場は、「中介役」の話を無視することに決めた。

 

「デモデモ、今回は『不殺』だからねっ。『幻想御手』事件で、御坂美琴と顔見知りになっちゃってる『久遠』くんは使えないんだっ」

 

しかし昨日、馬場は御坂美琴を行動不能にしてある。

それが確定情報になるまで久遠は使えないと言われたが、博士が作成した特殊なナノデバイスを打ち込んだと、馬場は確信してる。

今回の任務は『妹達』の捜索と確保。

戦闘要員の久遠が出る仕事では無いが、もう関係ない。

アイツらが言ったんじゃないか。仲間に歩み寄れと。

 

馬場は邪悪に笑う。

 

ああ、歩み寄ってやるとも。

 

「自分の言ったことを後悔させてやる」

 

馬場は携帯端末をズボンのポケットから取り出す。

久遠の連絡先なんて履歴のそこらじゅうにあるのだ。

すぐにそれを表示して、笑みを深めた。

二人のゴミクズの方向を振り返り、威嚇するように叫ぶ。

 

 

 

「オマエらは【歪曲時計(ワールドクロック)】を敵に回したんだッ。超能力者(レベル5)の【第四位】をなッ‼」

 

 

 

「へぇ。アンタ、面白いこと言うのね」

 

少女の声。

怒りを抑えるような、静かな声。

馬場は慌てて振り返り、愕然とした。

 

常盤台の体操服。昨日、競技中に見たその顔。

手には博士の「機械の蚊」、【T:MQ(タイプ・モスキート)】。

最初にレベル4のゴミクズに、探知機として張り付けたヤツを逆探知されたのか。

そしてなによりも、全身がバチバチと放電するほどの怒りを表す能力規模。

 

【第三位】の【超電磁砲(レールガン)】御坂美琴。

 

どうして、何故、ここにいるんだ。

昨日、確かに、行動不能にしたはずなのに。

確かに【T:MQ】でナノデバイスを打ち込んだはずなのに。

 

「ば、馬鹿な。な、ななんでッ」

「アンタには聞きたいことが山ほどあるけど、全部答えて貰うわよ」

 

馬場が痛みで気を失うまでの間、彼女は馬場から情報を引き出し続けた。

美琴にいつもの優しい面影は無い。

 

 

 

大切な仲間達を傷つけられた、私のせいで。

私の考えが甘かったから。

 

 

 

僅かに潤んだ瞳に、誰かに向けた怒りをにじませながら。

美琴は敵対者に当たり散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗部組織【メンバー】の「中介役」。

警策看取(こうざくみとり)はビルの屋上に腰かけて座っていた。

 

「アーア。まいったなーコレは」

 

警策を取り巻く状況は、最悪の一言。

 

御坂美琴の無力化は失敗。

さらには、敵対者は御坂美琴ではなく食蜂操祈(しょくほうみさき)だった。

いや、どちらも敵に回したと言ってもいい。

【第三位】と【第六位】を同時に相手しなくてはならない。

こちらも【メンバー】と【猟犬部隊(ハウンドドッグ)】を使役しているが、それもいつまでもつか。

 

警策は、【メンバー】から見た「裏切り者」なのだ。

統括理事会長。アレイスター=クロウリーの直轄部隊を、個人的に使役している。権力と立場を利用した「裏切り者」。

だからこそ早急に、ことを進めなければならないのに。

 

昨日言われた、協力者の言葉を思い出す。

「君は何故、久遠君を使わないのかね?」

あの老人。木原幻生の意見はもっともだ。

 

御坂美琴と顔見知りだから使えない、()()()()()()()()()()()()

 

歪曲時計(ワールドクロック)】の「全体逆行」は対象の記憶をも奪う。

木原幻生がかつて「人体蘇生実験」で調べた彼の能力の詳細は、警策も目を通していた。

つまり、御坂美琴を半殺しにして、行動不能の彼女を、こちらと敵対する前の時間まで「全体逆行」するだけでカタはつく。

 

しかし、警策は全てを理解した上で、久遠に依頼をしなかった。

多分、彼は「木原幻生」を憎んでいるだろうから。

そんな憎んでいる相手に、彼を騙して協力させるような真似を、警策は。

 

「久遠くんは、巻き込みたくなかったケド」

 

警策は空を見ながら、陰鬱な表情で呟いた。

 

歪曲時計(ワールドクロック)】久遠永聖。「人体蘇生実験」の被験者。

木原幻生から渡された実験記録には全てが記されていた。

 

十数名の友人を奪われて、取り戻そうと足掻いた彼の、過去の記録。

 

それを見た警策は、どうしても自分と彼を重ねてしまうのだ。

 

親友(ドリー)を奪われて、学園都市の上層部への復讐を誓った、警策と。

 

久遠も統括理事会長に復讐する気なのだろうか。

最近の彼の行動を、警策は「裏切り」の準備を整えているように感じていた。

偽りの「中介役」を演じる警策に、探りを入れているような会話。

彼を監視している警策に見せる、統括理事会長を探るような行動。

 

警策の協力相手が、木原幻生でなかったなら。

おそらく警策は、久遠と協力できたのに。

二人できっと、手を取り、助け合えたのに。

そこまで考えて、警策は笑みを浮かべた。暗くて、濁った瞳のままで。

 

 

 

 

 

「デモ、しょうがないよねっ。一緒に死んでもらうからね、久遠くん」

 

 

 

 

 

警策は陰鬱に笑ったまま、立ち上がる。

もう、久遠に依頼の連絡はしてある。

そろそろ、【メンバー】は警策の裏切りに気が付くかもしれない。

リーダーの「博士」は、警策が「中介役」になってから、ずっとこちらを疑っていたのだから。

 

だから、仕方ないのだ。

 

久遠と【メンバー】の連中が連絡を取れないようにしなくては。

近辺には妨害電波を撒く予定だが、あの博士特注の「ピアス」は万が一がありえる。

 

いや、これはきっと、最期に彼と合う為の言い訳かな。

 

そんな風に思いながら。警策は、彼と待ち合わせた場所へ歩き出す。

何もない、歪んだ空を見上げながら。

 

 

 

 

 

「最期なんだし、許してくれるよね。ドリー」

 

 

 

 

 

 

 

 

大覇星祭、二日目の朝。

 

久遠は自室のベッドで惰眠をむさぼっていた。

昨夜のナイトパレードを見に行ったのだが、猟虎がパレードが終わってからもずっと引っ付いて離さないせいで、帰るのが遅くなってしまったからだ。

欠伸をしながら時計を見ると、かなり寝過ごしているみたいだ。

 

「競技、何個か終わってるなぁ。これは」

 

携帯端末を開くと、着信履歴が嫌になるくらい表示されていた。

 

クラスメイト。どうでもいい。

猟虎。なんでこんな朝早い時間に、履歴が残ってるんだこいつは。

馬場。なんかあったんだろうか、どうでもいいけど。

 

下から眺めていたが、寝ぼけた頭がとある文字を拾う。

 

「中介役」。着信は数十分前。

 

久遠にもついに任務が回ってきたらしい。

こちらから電話しようとして、やっぱりやめた。

眠気覚ましに、シャワーを浴びてからにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

第二学区のビルの屋上。「中介役」に指定された場所。

久遠がついた時にはすでに、待ってる人影が一人。

 

こいつが「中介役」なのか。

 

改造したナース服のような格好に、黒髪のツインテール。

濁った瞳の少女。

馬場に貰ったリストには居なかった奴だ。

馬場が調べ漏れなんて単純なミスをするとは思えないし、なにか裏があるな、コイツも。

 

「遅れたかな。はじめましてだなぁ、『中介役』ちゃん」

「イヤ、ダイジョブだよっ。はじめまして、久遠くん」

 

女の口調はいつもの電話で聞くのと同じ。

多分、「中介役」はこいつで確定だろう。

久遠はやっと会えた「中介役」に、笑みを浮かべた。

 

「じゃ、依頼の確認するけど」

「エエット、ある施設の侵入阻止でー。対象は御坂美琴で、『不殺』でお願いっ」

「死んでないなら何してもいいの?」

「ソーソー、あとは、食蜂操祈もいると思うケド、そっちも死んでないなら何をしてもダイジョブだって。無視してもいいよっ」

 

軽い口調で、お互いに任務の確認を行う。

これは電話越しの時と変わらない。

 

「ソレトー、【猟犬部隊】が先行して準備してるケド、殺しちゃダメだよっ」

「そいつは約束できないなぁ」

「モー、イジメ格好悪いよっ」

「何をしてても、俺は格好いいと思うよ」

 

なんだか、話してる内に彼女は楽しそうな雰囲気になっている気がする。

警戒されてると思っていたが、久遠の勘違いだったんだろうか。

 

「アトは、荷物をお預かりしたいんだよねっ」

「荷物って?」

「ダッテ、御坂美琴は金属製品は操れちゃうしー」

「あぁ、そういうことね」

 

相手がわかってるんだから、対策しろと言ってるらしい。

 

「必要ないよ、二人とも一瞬で手足をちぎってやるからさぁ」

「アノー、話聞いてた?ショック死しちゃったら失敗になるんダケド」

「運が悪かったということで、諦めてくれよな」

「アーモー、絶対ダメっ。今回は失敗は許されないんだよっ」

 

表面上は楽しげに会話しているが、久遠は内心で任務の裏を考察する。

絶対に失敗したくないのは本当みたいだ。

久遠がふざけて任務をしようとした時の動揺がいつもより大きい。

それに、ターゲットの超能力者(レベル5)を二人同時に相手する可能性もあるらしい。

しかも、破壊の代名詞【歪曲時計(ワールドクロック)】に時間稼ぎ、防衛みたいな依頼内容。

そして、何より「中介役」が直接、顔を見せるなんて初めてのこと。

 

久しぶりに、垣根に報告する価値のありそうな任務だ。

とりあえず、「中介役」の指示に従ってやろう。

今回は、ちゃんと参加して情報を集めるべきだ。

 

「わかった、わかった。後でちゃんと返せよ」

 

そう言って、所持品を手渡す。

財布と携帯端末。

今は、体操服のジャージ姿なのでこれだけだ。

 

「アトアト、耳につけてるピアスもねっ」

「あー忘れてた」

 

博士の黒いピアスも外して手渡す。

これで大丈夫だろう。「中介役」も満足そうに頷いていた。

 

 

 

さて。

 

 

 

 

 

我らがアレイスター=クロウリー様は今回、何を企んでいるのやら。

 

 

 

 

 



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制限時計①

制限時計編は美琴視点です。


大覇星祭の一日目に、「妹達」の一人が行方不明になっていた。

美琴がそのことを知ったのは二日目の早朝。

それを友人に知らされて、美琴は捜索を開始することにした。

そして、能力で各所の監視カメラにハッキングを行った所、何者かに「妹達」がさらわれていることが判明する。

 

美琴が最初に疑ったのは「食蜂操祈」。

 

それは、捜索中に出会った人達は明らかに「記憶」に齟齬があったからだ。

話が合わない人達。矛盾。欠落。捏造。

 

食蜂の能力は、人の精神を操作する能力。

【第六位】の【心理掌握(メンタルアウト)】。

 

同じ中学に通う相手だが、美琴と食蜂の関係はお世辞にも良好とは言えない。

 

性根がまっすぐで、さっぱりした性格の美琴。

性根が曲がっていて、ひねくれた性格の食蜂。

 

二人は入学当初からお互いが気に入らず、これまでずっと険悪な関係を続けていた。

美琴への嫌がらせで、「妹達」に危害を加えるつもりなのだろうか。

最初の内は、流石に食蜂でもそこまでするとは思えなかった。

しかし、美琴を取り巻く状況はどんどん悪化していく。

 

まずは、食蜂の派閥メンバーの監視。

彼女達から敵意は感じなかったが、それでも自由な行動は奪われてしまう。

それならば美琴も仲間達に頼ろうと思い、黒子達と接触する。

 

そこで、次の問題が発覚した。

 

それは、美琴の仲間達への記憶操作。

佐天涙子。初春飾利。そして美琴のルームメイト、白井黒子。

彼女達は美琴との思い出を全て奪われ、「他人」になってしまっていた。

 

今回の食蜂の行為は、いつものイタズラでは済まされない。

だが、美琴は打つ手が無くなってしまう。

 

そんな時に、一緒に競技に参加していた友人の一人。

婚后光子(こんごうみつこ)が、美琴の様子がおかしいことに気付く。

美琴が状況を説明すると、婚后は「妹達」の捜索に協力してくれることになった。

婚后を巻き込むのに抵抗が無かった訳ではない、だが他に頼れる相手なんていない。

美琴は婚后を信じて待ち、食蜂の派閥メンバーの相手を続ける。

 

その結果が、美琴の考えの甘さが、さらに最悪の事態を招く。

 

しばらくした後、婚后は救急車で運ばれてきた。

たまたま病院の近くにいなかったら、事態に気付くことすらできなかったかもしれない。

打撲、擦り傷などの怪我に、謎の発熱。

婚后の搬送に付き添っていた、「他人の佐天さん」に現在の状況を説明してもらう。

婚后は謎の男に暴行を受け、さらには、今も二人の友人がその男と戦っている。

婚后の髪についていた「機械の蚊」を逆探知し、現場に向かう。

食蜂の派閥メンバーを恫喝し、怒りを隠すことなく。

 

おそらく、相手は「素人」ではない。

佐天から聞かされた、奴らが所有する高性能ロボット達。

決して、一般人が手に入れられるような代物ではない。

美琴がかつて対峙したことのある、学園都市の「暗部」の奴ら。

今回の相手も、そうに違いない。そんな奴らを食蜂が雇っているなんて。

 

その時は、婚后を暴行した男の叫びを聞くまでは、美琴はそう思っていた。

 

「オマエらは【歪曲時計(ワールドクロック)】を敵に回したんだッ。超能力者(レベル5)の【第四位】をなッ‼」

 

そう、その時までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、アンタなりに気をつかったってこと?」

「さあねぇ」

 

移動するトラックの荷台の中。

食蜂と合流した美琴は、お互いの情報を交換する。

 

食蜂は「妹達」を保護していただけだった。

理由は教えて貰えなかったが、「妹達」を狙う連中から守る為らしい。

 

黒子達の記憶を奪ったのも、彼女達を巻き込まない為だと言う。

そのやり方や、考え方は気に入らないが、食蜂操祈は敵ではなかった。

そして「妹達」を狙う敵の親玉は、「木原幻生」という研究者。

 

木原幻生。

「絶対能力進化計画」の提唱者。

美琴にとっての最悪の記憶。学園都市の闇の実験。

それを考えた狂人が、また何かを企んでいるらしい。

 

そして、今からそれを阻止する為に、二人で幻生を確保しに行くことになっていた。

幻生の狙いは、おそらく「ミサカネットワーク」だ。

「妹達」全員の脳波と発電能力で形成された、共有のネットワーク。

現在は食蜂の能力でプロテクトをかけているらしいが、それでも安心は出来ない。

 

「幻生は『ミサカネット』で何をしようとしてるのよ?」

「さぁ。ただ、ろくでもないことを考えてるのは間違いないわぁ」

 

食蜂も幻生の目的まではわかっていないらしい。

美琴が考えに没頭していると、食蜂がのんびり話しかけてきた。

 

「それにぃー、問題はそれだけじゃないのよねぇ」

 

食蜂は髪の毛を触りながらこちらを見ている。

 

「末端の構成員の記憶を覗いたらぁ、雇われの『暗部』に、超能力者(レベル5)がいるのがわかったのよぉ」

 

それを聞いて、美琴は拳を強く握りしめた。

あの男。ロボットを操る奴からも、その情報は手に入れている。

追い詰められたあの男の嘘だと思いたかったが、やはり本当にそうなのだろうか。

 

「そいつが誰かわかってるの?」

 

美琴は食蜂の情報も聞くことにした。

もしここで、違う名前が出てくるなら。アイツを信じてやりたい。

でも、それが一致するようなら。その時は。

 

 

 

 

「【歪曲時計(ワールドクロック)】」

 

 

 

 

美琴は悔しそうに下を向いて、怒りをこらえながら言う。

 

「確かなんでしょうね」

「えぇ」

 

いつものふざけた様子は無い。真顔の即答。

 

「昨日までは彼、普通に競技に参加してたみたいだからぁ。そのまま出て来ないで欲しかったんだけどぉー」

「今日は、参加してないらしいわね。アイツ」

 

一緒に行動していた、食蜂の派閥メンバー達が言っていた。

彼女達は何故か、彼の競技スケジュールを把握していたのだ。

残念そうにしながら「今日も彼の応援に行きたかったのに」と。

 

「まぁ、御坂さんがまだ遭遇してないなら、依頼を蹴ってる可能性もあるけどねぇー」

「だといいけど」

 

そうであって欲しいが、甘い考えは捨てるべきだ。

今日だけで、美琴は何度も後悔したんだから。

 

 

 

 

 

 

 

第十九学区で開かれる「国際能力研究者会議」の会議場。

木原幻生が居るという情報のあった場所。

 

そこで美琴と食蜂が確保した幻生は、偽物の影武者だった。

施設の中に侵入した二人に「暗部」の連中が何も接触して来なかったのは、守る必要が無いからだったようだ。

 

本物の幻生が居る場所は、行方不明だった「妹達」が保護されている施設。

食蜂の能力研究である「エクステリア計画」の研究施設らしい。

今度は、食蜂の能力で普通乗用車の運転手を操作し、研究施設へ向かう。

食蜂に先ほどまでの余裕は無く、焦ったように叫んだ。

 

「まずいわぁ、時間を掛けすぎてるッ」

「本当に幻生はその研究施設に居るの?また騙されてる可能性は?」

「わからないわぁ。でも、あそこに二人がそろったら手出しが出来ないのよぉ」

 

食蜂は手袋を噛みながら、美琴を見た。

 

「仮に御坂さんが【歪曲時計(ワールドクロック)】を押さえれるにしてもぉー。時間を稼がれて、幻生に何かされる可能性があるしぃ」

「どういう意味よ?」

「【歪曲時計(ワールドクロック)】が護衛をする前に、幻生を確保する必要があったってことよぉ」

「さっきまでは、合流してる可能性が無かったってこと?」

「そうよぉ、その為に御坂さんに疑いの目を向けさせてたってワケ」

 

つまり、美琴に「暗部」の連中の目を向けさせて。

その間に、食蜂一人で幻生を確保するつもりだったらしい。

結局、美琴は食蜂の所に乗り込んで合流したが、速攻で幻生を確保すれば問題は無かったということなのだろうか。

 

その後、事故による渋滞などのトラブルもあったが、なんとか研究施設の近くまで来ることができた。

 

美琴は、これから対峙するだろう彼を思い出し、戦闘のシミュレーションをする。

おそらく、食蜂は戦力にはならない。

きっと食蜂もそれがわかっているから、彼との敵対を避けていたのだ。

 

そして美琴自身も、勝率は高くないだろう。

彼の【歪曲時計(ワールドクロック)】は、まさに戦闘に特化した能力だ。当然のように攻防ともにハイスペック。

美琴の【超電磁砲(レールガン)】と違って多様性こそないが、それ以外の戦闘スペックは、すべてにおいてこちらが劣っている。

 

時間操作系能力、【歪曲時計(ワールドクロック)】。

【第八位】との戦闘で、彼が見せた能力だけでも圧巻だ。

 

超防御の「時間停止」。

停止した時間に干渉することは出来ない。

それは美琴の【超電磁砲(レールガン)】も例外ではない。

【第八位】が最後の最後に突破していたが、それまで十回以上、超能力者(レベル5)の攻撃を防ぎきった。

彼の演算処理を越える攻撃以外は、すべてが無効。

 

超再生の「時間逆行」。

彼は時間を巻き戻せる。

【第八位】が時間停止を破った先に、それは立ちふさがった。

ありえないくらいに堅牢な防御の先に、完全回復が待っている。

疲労も、怪我も、すべてを巻き戻す。圧倒的な反則能力。

 

超攻撃の「時間加速」。

加速した攻撃は全てを破壊する。

美琴の視点からは、攻撃の開始と攻撃の終了が同時に見えるほどの超高速。

音が遅れて聞こえてくるのは、「音速を越えているから」。

【第八位】への最後の攻撃が最大加速なのか。さらに上があるのか。

 

これ以外にも隠された秘密や、見せていない手札があるのだろう。

美琴からしたら【第一位】の【一方通行(アクセラレータ)】と大差ない。

学園都市の頂点を争う超能力。

 

戦闘になったとして、彼に勝つことができるのか。

もし勝機があるとするなら、美琴への「不殺」の指示があるかどうかだ。

「暗部」の連中に美琴を殺害する気があるなら、もっと早く彼が派遣されているはず。

それこそ昨日、大覇星祭で会った後にでも。いつでも出来たはずだ。

 

あのロボット男の吐いた情報をどこまで信頼していいかわからないが、「暗部」の依頼内容は御坂美琴の無力化。

つまり美琴を「不殺」で行動不能にする、だったらしい。

それが今も変わっていないなら。

 

 

 

そこまで考えていた時。

 

 

 

美琴の視界が回り。

 

 

 

身体が遠心力でシートに押さえつけられ。

 

 

 

車両が車道から飛び出し。

 

 

 

ビルの壁面に叩きつけられた。

 

 

 

鉄がひしゃげ、高速でぶつかる爆音。車両のガラスが割れて、派手に飛び散る。

車両は完全に停止し、車内で美琴と食蜂がもみくちゃになっていた。

運転手は気絶してしまったようで、ハンドルにもたれ掛かって動かない。

しばらく、ショックと衝撃で動けなかったが、なんとか立ち直る。

美琴は動くのに問題はない。食蜂も鈍い動きだが動いている。

二人の怪我はそこまで酷くない。

おそらく、そうなるように「微調整」されたから。

歪んだ車両のドアを開けて、二人は外へ出る。

 

 

 

「ッッ、やってくれたわねッ」

「ぃぃっッたぁ。んもぅ、乱暴力が高いんだからぁッ」

 

 

 

車両を横合いから蹴り飛ばした人物がゆっくりと近付いてくる。

美琴達が一番、出会いたくなかった人物。

長点上機のジャージに、染められた頭髪の不良生徒。

そして、場違いな爽やかな笑顔に、優しい声。

 

 

 

「なんだか凄い勢いで飛んで行ったけど。二人とも怪我は無い?」

 

 

 

【第四位】【歪曲時計(ワールドクロック)】の久遠永聖。

 

 

 

「大丈夫ならさ、俺と遊んで行って欲しいんだ」

 

 

 

偽りの人格で、まるでいつも通りのように。

 

 

 




胸が小さくて、ビリビリしてる美琴。
胸が大きくて、キラキラしてる食蜂。

これを入れたかったけど、シリアスなんでやめました。


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制限時計②

第二学区。

目的地の、木原幻生がいる研究施設から少し離れた路上。

事故を起こして大破した乗用車の近くに、男女が三人。

 

 

 

「アンタ、自分が何してるかわかってんの?」

 

静かに激昂する、御坂美琴。

 

 

 

「そんなにイライラすんなよ。大したことしてないだろ」

 

すぐに擬態を解いた、久遠永聖。

 

 

 

「もぉー。レディの扱いがなってないゾ☆」

 

口調はふざけながらも、瞳は真剣な食蜂操祈。

 

 

 

学園都市の頂点の八人。超能力者(レベル5)の三人が向かい合う。

【第三位】【第四位】【第六位】

それぞれ立場や、性別、性格の異なる三人。

 

「ふざけんじゃないわよ、あんな奴らと手を組んでッ‼」

「うん」

「婚后さん達を傷つけてッ、私を騙してたんじゃないッ‼」

「そっかぁ」

 

怒鳴り散らす美琴をみて、久遠は笑い出した。

本当に楽しそうで、邪悪な笑顔。

 

 

 

「その反応は面白いなぁ」

 

 

 

美琴の顔を興味深そうに見る久遠の態度に、怒りがさらにふつふつと沸いてくる。

 

こいつは何も理解していない。

 

自分が悪事を働いていることも。

久遠を友人だと思っている人達を、裏切るような真似をしていることも。

学園都市の闇を、肯定するような組織に所属していることも。

 

 

 

「絶対に許さないわ、アンタのこと」

 

 

 

美琴の怒りに合わせて、段々と放電される電流が増していく。

 

もうこれ以上、こいつとの会話は意味がない。

勝てるかどうかなんて考えは、もう頭に無くなった。

こいつの能力に遠慮はいらない、改心するまで痛め付ける。美琴の全力全開の【超電磁砲(レールガン)】で。

婚后さん達の前まで引きずって行って、何度でも謝らせてやる。

 

怒りを増していく美琴と対照的に、食蜂が媚びを売るような声を出した。

 

「えっとぉ、久遠さん。お願いがあるんだけどぉー」

「いいよ、言ってみなよ」

「私ぃ、戦闘力に自信がないからぁー」

「可愛いんだからさ。戦闘力なんて気にすんなって」

「もちろん気にしてないわぁ。だからぁ見逃して欲しいなぁー」

 

食蜂が話しかけている間も、じっと久遠を睨み付ける。

久遠が食蜂を見逃すならそれでいい。

木原幻生を任せられるし。何より、邪魔者がいない方が全力で戦える。

久遠は悩むように食蜂を見つめている。

 

「んー、どうしようかな。超能力者(レベル5)を二人同時ってのは楽しそうだけど」

「私みたいなぁー、か弱い女の子にそんな酷いことする気なのぉ」

「まぁ、いいか。御坂が全力でやってくれるみたいだし」

「やったぁ☆じゃあ御坂さん、頑張ってねぇー」

 

食蜂はついでとばかりにリモコンを向けて、【心理掌握(メンタルアウト)】で運転手を逃がす。

そして、美琴に視線を合わせてきた。

口調とは裏腹に真剣な表情。美琴がそれに頷いて、食蜂が走り出す。

 

久遠はそれを黙って見送り、しばらく両者が沈黙する。

そして、食蜂が巻き込まれない距離まで離れると、久遠と美琴が戦闘態勢になった。

 

 

 

「んじゃ、始めるか」

「えぇ、後悔させてやるわッ」

 

美琴が言ったと同時に、砂鉄が久遠を中心に竜巻のように襲いかかる。

美琴の磁力操作。久遠と食蜂が会話している時に準備していた、砂鉄の竜巻。

卑怯だなんて言わせない。先に不意討ちをしてきたのは久遠の方だ。

しかし、これで終わるとは思えない。美琴は久遠の周囲を回るように走り出す。

 

身体の周囲を停止しているのだろう。久遠は悠々と竜巻から歩いて出てきた。

周囲を停止している時に、本体が移動したらどうなるか。

【第八位】との戦闘で、吹き飛ばされながら停止を使っているように見えたことから予想はしていたが、本体に合わせて停止した空間をついて来させることも可能なようだ。

 

 

 

「でも、アンタの能力じゃ空間把握はできないわよねっ」

 

 

 

砂鉄の竜巻は久遠を追尾し、時折、砂鉄を分解して雨のように降らす。

美琴は走りながら電撃を飛ばし、位置を特定させないようにする。

 

美琴にできる【歪曲時計(ワールドクロック)】の攻略方法。

久遠が加速して攻撃をする相手。つまり、美琴の位置がわからないようにする。

そして、その状態で攻撃を続けて、停止の演算処理を削る。

 

久遠が、美琴を殺害できないからこそできる攻略方法。

視界が悪い状態では、久遠はどうしても一手遅れてしまうのだ。

美琴が自分の攻撃で死ぬことが無いか、確認してからでないと攻撃できない。

つまり【第八位】にやっていたような、加速に任せた超速攻は封じられている。

 

「不殺」が解除されているなら通用しなかったが、速攻して来ないことが証明になった。

今の久遠は、行動制限付きの【制限時計(リミットクロック)】。

これなら美琴にも勝機は十分あるだろう。

 

一方通行(アクセラレータ)】の反射と違って、【歪曲時計(ワールドクロック)】の停止には限界がある。

このまま削りきれるなら、それでいい。

それが無理でも、美琴の超電磁砲(レールガン)なら。

超電磁砲(レールガン)を何発連続で当てれば停止を突破できるかはわからないが、この状態を維持して放つチャンスを待てばいい。

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

美琴がそう思った時、足下の地面が吹き飛び身体が宙に浮く。

そのまま吹き飛ばされて、近くのビルに叩きつけられた。

 

「いっッ、ぐっ、なに、がッ」

 

背中を打ち付けて、呼吸が乱れる。

まっすぐ立つことができず前屈みになりながら、さっきまで美琴がいた方向を見た。

砂鉄の竜巻は吹き飛ばされて制御ができなくなり、視界が回復したその場所は隕石でも落ちたかのような大穴ができている。

 

 

 

「御坂もやるなぁ、結構強いじゃん」

 

 

 

大穴の中心から、当然のように無傷の久遠が現れる。

そして、なんでもない日常会話のように笑って話しかけてきた。

会話をするということは、美琴に久遠の声を届かせている。つまり停止を解除しているということ。

今の久遠は、停止の防御を使ってない。美琴の攻撃チャンス。

それがわかっているのに、美琴の身体は痛みで動かなかった。

身体のダメージが回復する時間を稼がなくてはならない。

 

「な、なにを、したのよ」

「何って、()()()()()()だけだよ」

 

つまり、余波。

攻撃の余波でこの威力。

久遠自身がダメージを受けないからこそできる、自分を巻き込んだ攻撃手段。

 

「御坂の能力は防御が薄いよなぁ」

 

憐れんだようにいいながら、久遠はゆっくりと近付いてくる。

とりあえず、今は距離をとらなくては。

久遠に触れられたら、美琴の身体が時間操作の対象になってしまう。

 

「アンタの、能力がっ、おかしい、のよ」

「もっとおかしい能力の奴らいるしさぁ。俺の【歪曲時計(ワールドクロック)】は強いだけだと思うけど」

 

会話に付き合いながら、久遠との距離を測る。

不意討ちで攻撃して、その隙に一旦距離をとろう。

 

「てかさぁ、御坂は」

「っッ、くらいなさいッ」

 

久遠の会話中に、超電磁砲を射ち放つ。

 

御坂美琴の必殺技。能力名にもなっている超電磁砲。

 

周囲を蹂躙しながら、電磁誘導されたコインが突き進んで行く。

そして美琴はその結果を見ずに、磁力操作で離れたビルの壁面に飛びついた。

 

 

 

「油断してるアンタが悪いんだから」

 

 

 

不意討ちできたはず。でも、油断はしない。

停止が無くても、逆行の再生がある。

壁面から降りて、砂鉄を集めながら久遠の様子をうかがう。

余波で巻き上がった砂煙を見た所、超電磁砲は貫通していない。停止で受け止められたのか。

その砂煙から現れた久遠は、またしても無傷。やはり超電磁砲は停止に阻まれていた。

 

 

 

「お前さぁ、人の話は最後まで聞けよな」

 

 

 

久遠は、美琴を呆れたように見つめてくる。

超電磁砲の不意討ちに、驚いた様子すらない。

 

 

 

「お仕置きだな。美琴ちゃんは」

 

 

 

久遠はふざけたように言いながら、その場で空手のように蹴りの素振りをする。

それだけで、周囲の空気が荒れ狂った。

襲いかかってくる爆風。

美琴も、操作していた砂鉄も吹き飛ばされてしまう。

周囲の金属を含んだ瓦礫を使って、飛んでくる障害物から身を守る。

そして、磁力操作で身体を浮かせて落下の衝撃を殺す。

 

なんとか美琴のダメージは軽減できた。だが。

 

 

 

「な、なんでよっ」

 

 

 

久遠の戦闘中の対応は明らかにおかしい。

最初の砂鉄の竜巻。この時は、戦闘中は常に周囲を停止しているのだと思っていた。

しかし停止を解除していた時の、不意討ちの超電磁砲。

久遠は美琴の攻撃を予測している様子は無かったのに、当然のように阻まれた。

しかも、驚きすらしていないように見える。

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()ような。

 

「時間加速」、「時間停止」、「時間逆行」。

どれも、敵の攻撃を察知できるような能力では無いはずなのに。

隠された能力なのか、美琴がなにか見落としているのか。

砂煙の中、考えながら美琴は走り出す。

同じ場所に止まっていたら、すぐに勝負を決められる。

移動しながら、美琴の位置を把握されないようにしなければならない。

磁力操作した瓦礫を雨のように降らしながら、久遠の方を見る。

彼はやる気が無さそうに周囲を見渡していた。

二人の視線は合わない。彼は美琴を捉えてはいない。

 

美琴は焦ったように小声で呟く。

 

 

 

「どうすればっ」

 

 

 

久遠の停止を抜く方法がわからない。

 

立ち止まって超電磁砲を連打する。

いや、駄目だ。止まったら加速の餌食になるだけ。

やるなら、久遠の動きも止めなくてはならない。

 

少しずつ停止の演算処理を削る。

さっき失敗した。もう久遠は「微調整」が終わってる。

視界を確保しながら、美琴を殺さない程度の攻撃を逆算されている。

美琴の耐久力と、防御性能は既に把握されてしまった。

 

油断した久遠に不意討ちをする。

やりたくない方法だったが、勝手に久遠が油断してくれている。

だが、どんな方法かわからないが美琴の攻撃は察知されてしまう。

 

「超電磁砲の連打」以外はすべて失敗している。

だが、この方法も特攻のようなもの。避けられた後の、加速による反撃が目に見えている。

 

なら、走りながら超電磁砲を連打してみるか。

乱戦になったら本体の速度が速い久遠のが圧倒的に有利だが、それ以外にできる手段がない。

 

久遠の位置を再度確認しようとして、さっきまで彼がいた場所を見る。

彼はそこにはいなかった。なら、彼は何処に。

 

美琴のAIM拡散力場、電磁波による空間把握をする能力。

それが美琴に近付いていた物体を察知する。

 

既に、()()()()()()()()()()久遠に足払いをされた。

 

もう、見つかっていた。

 

宙に飛ばされながら電撃で反撃を行うが、停止は当然のように電撃を一蹴する。

久遠に払われた足は完全に骨が折れていて、もう走ることは出来そうにない。

 

「ぐッ、ぃっ、っうッ」

 

地面に叩きつけられて転がった美琴は、痛みで涙目になりながら久遠を睨み付ける。

久遠はその様子をつまらなそうに見ながら、ゆっくり近づいてきた。

 

「そろそろ降参だよな。『全体逆行』で巻き戻してやるから、安心しろよ」

「あ、アンタ、こん、なッ」

 

痛みを堪えて言葉を発する。

もう、敗北してしまった。でも、このまま久遠の行為を認める訳にはいかない。

巻き戻されたら多分、この記憶も消されてしまう。

 

「こんなッ、こんなことして、なんになるのよッ」

「えっと、意味がわかんないんだけど」

「雇われてるだけならっ、もう、辞めなさいよッ」

「そんなこと言われてもなぁ」

 

久遠は困ったような顔をして、考えだす。

彼は、「絶対能力進化計画」の時に美琴が会った「暗部」の奴らとは違うはずなのだ。

 

佐天さんや初春さんからも、何度か遊んだことがあると聞いていた。

美琴と黒子も、街で会ったら普通に仲良く会話するような関係だ。

他にも美琴の周りには久遠に好意的な知り合いがたくさんいる。

 

理由もなく、「暗部」に所属しているだけなら。

 

まだ、こちらに戻ってくる気があるなら。

 

婚后さん達に謝らせて、美琴が許してやる気になったら。

 

 

 

そのときは。

 

 

 

「悪いけど、俺は【メンバー】だからさ」

 

 

 

久遠は諦めたように笑ってそう言った。

そして、美琴に手を伸ばして。

 

 

 

 

 

 

 

 

食蜂操祈の能力研究。「エクステリア計画」の研究施設。

 

美琴に【歪曲時計(ワールドクロック)】を任せて、先行した操祈は協力者の傭兵と電話で会話していた。

 

操祈の【心理掌握(メンタルアウト)】を誰でも行使することを可能とする「外装代脳(エクステリア)」。

幻生はこれを使って、操祈の【心理掌握(メンタルアウト)】を悪用するつもりだと思っていたが、予想が外れているのか。

普通に使用するには、数日かけて「登録」する必要がある「外装代脳」は持ち出された訳でも無く、異常はない。

 

妨害電波を潜り抜けて傭兵と会話を続ける操祈だったが、その途中で突然、尋常でない頭痛に襲われ座り込んでしまう。

電話先でも何かが起こったらしく、通話先から操祈達が敵対している老人の声が聞こえてきた。

 

 

 

「やあ、食蜂君」

 

 

 

木原幻生。

幻生は「幻想御手(レベルアッパー)」の仕組みを利用し、「外装代脳」を乗っ取ってきたのだ。

そして、「妹達」にかけていた保護プロテクトを解除され「ミサカネットワーク」にウイルスを撃ち込まれてしまう。

自身の脳とリンクする「外装代脳」を乗っ取られ、痛みにうずくまる操祈の耳に、幻生の呟きが聞こえてきた。

 

 

「さぁ、実験を始めよう」

 

 

 

木原幻生は、暴走する「ミサカネットワーク」を眺めながら。

とても正気とは思えない顔をして。

 

 

 

「御坂君は天上の意思(レベル6)に辿り着けるかな」

 

 

 




戦闘回は本当に自分の才能の無さを実感しますね。
オリ主を強く設定し過ぎたからかな。


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天上雷神①

何が起こっているのかはわからない。

 

何が始まっているのかもわからない。

 

ただ久遠にわかるのは、普通じゃないことが進行している。ということだけ。

 

 

 

「今回は、御坂が『実験動物(モルモット)』ってことか」

 

 

 

久遠が全体逆行の為に、御坂に手を伸ばしたと同時。

曇った空から、黒い稲妻のようなものが御坂に襲いかかった。

 

突然のことに硬直する久遠の目の前で、御坂は「何か」に変化する。

御坂だった「何か」は頭から二つの曲がった角を生やし、全身は白く染まり、身体の周りに光の帯のようなものを浮遊させていた。

 

そして現在、警戒して後方へ跳んだ久遠のことなど見向きもせずに、地面に降りた「何か」は静止している。

 

「で、俺は何をしたらいいんだ。これ」

 

久遠の任務は「御坂美琴」の無力化。

この目の前の「雷神」みたいな化け物は「御坂美琴」に含まれるのだろうか。

それとも放置するのが正しくて、今回の任務は終了でいいのか。

「仲介役」に携帯端末を預けたせいで、確認を取ることもできない。

 

「御坂ぁー、聞こえるかぁ。お前、化け物みたいになってるぞー」

 

とりあえず呼びかけてみたが、反応はない。

それなりに大きい声で叫んだが届かないとなると、意識がないのだろうか。

 

 

 

 

思考しながら観察していると、「雷神」に動きがあった。

 

バチバチと「雷神」の周囲を浮遊する光の帯が帯電して

 

遠方に見えていた「()()()()()()」に、雷の束のようなものが集まり。

 

ビルの数倍の太さもある雷の束が、「窓のないビル」を蹂躙した。

 

 

 

しかし、その蹂躙を「窓のないビル」は無傷で防ぎきる。

 

 

 

突然の、意味のわからない光景。

もう、どこから突っ込めばいいのかもわからない。

 

あの、ありえない規模の「雷の束」はなんなんだ。

なんで急に「窓のないビル」を攻撃してるんだ。

どうして「窓のないビル」はあれを受けても無傷なんだ。

 

あまりに異常すぎる展開に、久遠は笑いだす。

こいつは間違いない。

久遠が想像もつかない事態に巻き込まれたらしい。

 

「まさか、アレイスターがドM野郎だったとはなぁ」

 

学園都市は「科学の街」で「超能力開発」を研究している。

いったい誰だ、そんな嘘をついた奴は。

急に化け物が現れて、そいつの攻撃を無傷で抑える建造物。

 

こんな展開を予想出来る奴は、本物の狂人しかいないだろう。

 

久遠が笑い続けていると、「未来」からの警告。いや、違和感。

周囲に停止をかければ、それも消える。

「雷神」が久遠に攻撃してくるつもりなのだろうか。

それなら、どんな攻撃をしてくるのかじっくり見てやろう。

そう思って、久遠は黙って待ってみることにした。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

しばらく待ったが、「雷神」が攻撃してくる様子はない。

だったら、なんだ。さっきの違和感は。

まさか、新手でも居るのだろうか。周囲を見渡し捜索してみる。

少し時間がかかったが、高い位置の窓ガラス越しに人影が見えるのに気がついた。

 

人影の正体は【第六位】【心理掌握(メンタルアウト)】の食蜂操祈。

 

どうやら御坂との戦闘中に、防衛していた研究施設の近くまで来ていたらしい。

こちらにリモコンを向けながら、身ぶり手振りで何かを伝えてくる食蜂。

学友の御坂が実験動物扱いされてるのに、食蜂はパントマイムで遊んでいるようだ。

そんなものを見せたくて、わざわざ久遠の「未来」に干渉してきたのか。

わりとまともな奴だと思っていたが、あいつも立派な人格破綻者の一人ということなのだろう。

 

呆れて溜め息をつきながら、「雷神」に視線を戻す。

あんな変人に構ってる暇はない。

久遠はこれからどう動くか決めなくてはならないのだ。

 

久遠が選べる選択肢は三つ。

攻撃するか、逆行させるか。放置するか。その三択。

 

任務終了と主張するなら攻撃。

あの「雷神」の正体がわかるかもしれない。

久遠の【歪曲時計(ワールドクロック)】なら、あっさり消し飛ばす可能性もあるが。

 

任務続行だと主張するなら逆行。

御坂美琴の記憶と「雷神」を奪う。

もしかしたら「プラン」の妨害ができるかもしれない。

いや、こんな単純な思いつきで「プラン」は崩れたりはしないか。

 

どちらでも主張できるのが放置。

今回の任務の裏をより深く理解できるかもしれない。

だが、あの化け物を放置することがそもそも危険な気もする。

今の所は久遠に被害を加える気はないらしいが、これからの保証はない。

 

 

 

「雷神」はずっと「窓のないビル」を見つめて立ちつくしている。

 

 

 

黙々と思考する久遠だったが、結論は出そうにない。

何が起こっているのか、わかっていないのだから当然なのだが。

 

「雷神」を見つめていると。ふと、先ほどの御坂の表情が脳裏をよぎった。

骨折の痛みに涙目になりながら、久遠に叫んでいた御坂の表情。

信じていた者に裏切られた、そんな顔。

 

いやいや。

 

「そんなタイプじゃないんだけどなぁ。俺は」

 

つい、反射的に呟く。

久遠永聖はそんな甘ったれた性格じゃない。

 

自分がよければそれでいい。他人なんて気にもならない。

 

それがいつもの久遠なのだ。

なら今、御坂の表情を思い出したのは何故なのか。

久遠には、どれだけ考えてもわかりそうもなかった。

 

このままだと、御坂は実験動物(モルモット)として使い潰されるだろう。

学園都市の闇の中で、そんな光景は飽きるほど見てきた。

 

どうせ、何をするか決まらないのなら。

それなら、この感情に身を任せてもいいのだろうか。

 

 

 

「逆行だな。御坂が助かる可能性が高いのは」

 

 

 

あれだけ悩んでいた癖に、あっさり選択は決まってしまった。

なら、さっさと巻き戻そう。「雷神」が久遠を意識する前に。

 

「雷神」に向かって、久遠の動きは加速する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い地下の暗闇。

研究施設から少し離れた地下水道。

乱入してきた風紀委員、白井黒子から身を隠す為に潜んでいる場所。

警策看取は、情報端末の映像を見ながら呟いた。

 

「フーン。ソッカ、そういう意地悪するんだ。久遠くんは」

 

御坂美琴の磁力操作で壊されている可能性の高かった飛行カメラは、かろうじて生きているようで。

状況を確認するだけのはずだったそのモニターには、看取にとって許しがたいものが映っていた。

 

看取の予定では、久遠永聖は撤退しているはずだったのに。

御坂美琴が「窓のないビル」を攻撃するのは、久遠にとっても都合が良いはず。

彼なら撤退して、様子を見ると思っていたのに。

 

それなのに。

 

御坂と向かい合う、久遠の表情。

真剣で、覚悟を決めたような。看取の知らない表情。

 

 

 

「私のコトは助けてくれないのに、美琴ちゃんは助けちゃうんだ」

 

 

 

看取の胸に、ドス黒い何かが貯まっていくのがわかる。

ドロドロしてて、消化できない嫌な気持ちが。

 

警策看取がたくさん、たくさんつらい思いをして。やっと願いが叶いそうなのに。

彼はそれを邪魔する気なのだ。

御坂美琴がちょっとつらい思いをしたら、利用されたら。

あんな真剣な表情で助けようとする癖に。

 

でも、今の御坂美琴は看取の復讐の道具。生け贄の人形。

 

それを彼に教えてあげないと。わからせてあげないと。

看取は嫌らしく笑いながら、御坂美琴の思考を「外装代脳」で誘導する。

 

御坂美琴に、久遠永聖を敵対者として認識させる。

 

「ヒッドーイ。久遠くんは、美琴ちゃんを助けようとしてくれてるのにっ」

 

自分の言葉に声を出して笑ってしまった。

誘導完了。彼に助けて貰うなんて絶対許さない。

 

 

 

「全部、久遠くんが悪いんだからね」

 

看取は濁った瞳で、拗ねたように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雷神」から逃げるように距離を置いた久遠は、言葉を吐き捨てた。

 

「クソが、一気に強くなり過ぎだろッ」

 

御坂に近付いた途端に「未来」からの警告。

停止をかけても、その警告は消えなかった。

無傷で退避するのには成功したが、そのまま逆行しようと触れていたら必ず負傷していただろう。

 

まずは近付く前に、調べる必要がある。

久遠の停止が、どれだけ耐えられるのか。

そして、みせてこなかった「雷神」の攻撃の種類と手札。

 

本体の御坂に影響のあるような、過剰な攻撃はなるべくしたくない。

久遠が少し迷った隙に「雷神」は完全に戦闘モードに入っていた。

 

大量の瓦礫を浮かべ、久遠と「雷神」の周りを囲んでリングのように周回させて。

「雷神」の身体からは、人間の身長よりも太い電撃の塊が伸び。

「雷神」を中心に地面がどんどん砂鉄に入れ替わり黒くなっていく。

 

「停止を抜かれたら即死するかもなぁ。これは」

 

呟きながら、加速して走り出す。

まずは瓦礫をなんとかしよう。蹴り飛ばしてやればいい。

「雷神」を視界に入れながら、瓦礫を蹴り飛ばす。周囲の瓦礫は予想よりも吹き飛ばなかった。

磁力が強すぎるのか。一旦リングの外に出て、外から破壊していく方が良さそうだ。

そう思ってリングの外を見て、絶句した。

 

 

 

「は?」

 

 

 

砂鉄の壁。

 

余所見していた一瞬の内に、瓦礫の外側は砂鉄の壁に囲われていた。

その壁は真っ黒。先の見えない蹂躙の壁。唖然としていると、あっという間に頭上も覆われる。

まるで砂鉄のドーム。久遠は完全に包囲されてしまった。

微弱に振動する砂鉄は御坂も使用してきたが、物量と速度が違い過ぎる。

触れた者をチェーンソーのように蹂躙する。あの技の上位互換。

 

「これ、俺でも結構ヤバいんじゃ」

 

空に立って壁を見つめる久遠に「未来」からの警告。

停止で消えたが、油断は出来ない。

連続攻撃で停止が抜かれて、対処が追い付かなくなる可能性もある。

 

「雷神」はこちらをじっと見ていた。

 

久遠に襲いかかってくるのは電撃の塊。それが七つ。

触手のようにこちらに伸びてくる電撃の塊を避けながら、「雷神」に向かって加速する。

護りに使用していた電撃の塊を攻撃に使ってるなら、本体が手薄になってるはず。

 

攻撃を、避けて、避けてたどり着いた「雷神」の前。

護りの瓦礫を蹴散らして、砂鉄を蹴散らす。

久遠の「未来」に異常はない。

 

「手こずらせやがって」

 

「雷神」の胸に触れて、逆行を行使する。

触れている間にも「雷神」の電撃が久遠を襲うが、停止がそれを阻んでくれる。

 

 

 

「あれ、全然」

 

 

 

「未来」からの警告。

引き返してきた電撃の塊。次は抜かれるらしい。

慌てて「雷神」から距離をとって、攻撃を避けながら退避する。

 

逆行は発動しなかった。久遠にとって初めての感覚。

垣根の【未元物質(ダークマター)】とは違う。

操作不能なのではなくて。

あれはまるで、御坂の身体以外も操作する必要があるような。

 

「御坂の身体が、何かの干渉を受けてるのか」

 

操作しようとした時の感覚から、予測した答え。

干渉する「何か」が逆行を拒絶してきたように思える。

しかし、御坂の身体に干渉する「何か」を逆算する必要があるのなら、さらに長くて厳しい戦闘になるだろう。

 

御坂が死なないラインで痛めつければ、「雷神」の動きを鈍らせれるだろうか。

そうすれば、落ち着いて逆算できるかもしれない。

 

 

 

「仕方ないな。御坂ごとボコボコにするしかないか」

 

 

 

年下の女子中学生を痛めつけることを真顔で即決した久遠は、さっそく「雷神」に向かって加速して行く。

一瞬で目の前に到着した久遠は磁力操作の護りを蹴散らし、「雷神」の本体を殴りつける。

 

「無駄なんだよ、そんな抵抗はさぁ」

 

久遠の攻撃を電撃が迎撃するが、停止が防ぎきる。

 

「雷神」は浮遊したまま吹き飛んでいった。思ってたより手応えはない。

だが、浮いたまま静止して、真下を見つめている。

これで行動停止したのだろうか。

 

 

 

「よし、巻き戻してみるか」

 

 

 

また加速で距離を詰めて、「雷神」の胸に触れる。

御坂に干渉する「何か」を逆算しながら、久遠は御坂に話しかけることにした。

当然、停止で声は届かないのだが。

それでも、久遠の思いが届いて、御坂は意識を取り戻すかもしれない。

今回くらいは、そんな奇跡があったっていいはずだ。

 

 

 

 

 

「なぁ、御坂」

 

 

 

 

 

これが、意味のない行為なのはわかってる。

でも、ただ黙っているのも、なんだか違うような気がしていた。

 

 

 

 

 

「お前は本当に胸が小さいな」

 

 

 

 

 

やはり反応は無い。

御坂を心配する、久遠の真摯な思いは届かなかった。

久遠はやるせない悔しさに、手をきつく握りしめて耐える。

 

 

 

「牛乳をもっと飲んだ方がいい。お前がいつもイライラしてるのも、きっとカルシウムが足りてないから」

 

 

 

久遠は届かぬ思いのつらさを誤魔化すように、笑って語りかけた。

思い返せば、久遠と御坂の関係はいつもこんな気楽な感じだったのだ。

 

 

 

「御坂はもう少し、普段の生活とか習慣を改めた方がいいと思うんだ」

 

 

 

久遠の本音が口からこぼれる。

それは、御坂の星の数ほどある欠点の一つ。

それをふざけたように言って、久遠は宣言した。

 

 

 

 

 

「俺が全部、巻き戻してやるよ。そんなお前の日常をさ」

 

 

 

 

 

久遠が語り終えると、「雷神」に反応があった。

ありえないとわかっていても、期待する心は止められない。

 

もしかして。

もしかしたら。

 

そんなご都合主義があっていいのだろうか。

まだ久遠の逆算は終わってないのに。

御坂に、この真っ直ぐな思いが届いただなんて。

 

 

 

久遠は御坂に爽やかな笑顔を向ける。

 

 

 

ハッピーエンド。

いつだって、みんなはそれを望んでいたのだ。

 

 

 

 

 

「雷神」の周囲の光の帯が絡み合って羽のように変化し。

 

二つの角が合体して一つの大きな角になった。

 

そして、頭の上には「第三の目」らしきもの。

 

【第二形態】

 

さらなる進化をした「雷神」が、こちらに指を向けてきた。

 

 

 

いや、待ってくれ。

 

 

 

「ちょっと、待っ」

 

 

 

これはヤバい。

「未来」からの警告が、止まらな、

 

光の帯に薙ぎ払われて。

久遠の身体が、砂鉄の壁を突き破って吹き飛ばされた。

 

 

 




書ききれそうにない裏設定なんですが。

アステカの女魔術師は久遠がいるので「メンバー」入りはしてません。
彼女が守っていた工場は査楽が担当。
侵入した佐天さんはロリコン気味の査楽が逃がしました。
その時、看取は久遠との会話に夢中だったので佐天さんに気づいていません。
査楽が佐天さんに任務内容を話さなかったので、上条は御坂のピンチを知らず介入なし。

何個かは後から説明するかもしれませんが、とりあえず。




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