市丸ギン 神殺鎗が最強だと信じている (神谷佑都)
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神殺鎗の能力

「見したる。いくで。今度は手加減なしや」

 

 市丸ギン。元三番隊隊長を務めていた男が、斬魂刀を構える。反逆の大罪人である藍染惣右介のもと、黒崎一護へとその凶刃を向けていた。

 

「卍解 神殺鎗(かみしにのやり)」

 

 市丸ギン自身から霊圧が爆発的に膨れ上がる。もともと彼の斬魂刀である「神鎗」の特性を知っていた黒崎一護は、間合いの外からとはいえ、最大の警戒心で相対する。それでも、市丸ギンが脇差ほどしかない短刀を振るうと、空座町を模した町並みの高い建造物が一瞬のうちに真っ二つとなっていた。伸縮の特性を有する神殺鎗は、その圧倒的な霊圧をのせた刃で黒崎一護へと斬り込んだ。

 

「……っ」

 

 気味の悪い子やと称した笑みを崩し、市丸ギンは目の前の光景に少々驚かされたようだ。黒崎一護もまた、自身の有する卍解「天鎖残月」である黒刀で対抗する。少しでも判断を間違えれば、首を持って行かれたであろう一撃を見事に押し留めたのである。

 

「何驚いてんだよ。同じ卍解で止められねぇわけねけだろ」

 

 黒崎一護はお返しとばかりに剣戟を振るう。大きく刀の間合いから繰り出す攻撃を市丸ギンに向けて放出した。あっさり止められたことで、わずかばかりに市丸ギンも反応が遅れたようだ。細く鋭利な眼を見開きながら、致命傷だけは避ける。再び市丸ギンは黒崎一護を称する。傷を負い、赤い血を流しながらも、まだまだ余裕を見せつける。裂けるように口元で弧を描いた。

 

「何や、やっぱり、気味の悪い子や」

 

 

 間合いの外からであれば、黒崎一護は冷静に対処する。難儀なことだと市丸ギンは戦い方を一考する。ただ闇雲に放つのではなく、隙を生じさせようと距離を詰めることにした。考えてみれば、黒崎一護とも卍解の特性が非常に似ている。他の隊長たちのように大規模な卍解の形を成していない。朽木白哉に言わせれば、非常に矮小な卍解同士である。

 

(お互い戦い慣れているか……)

 

 ならばと、逆に短い間合いで切り結び、隙を生じさせることにした。だが、意外にもこれにもついてくる。そして、神殺鎗が折れるのではないかという軽口にも付き合えるほど、黒崎一護にも余裕があるようだ。

 

 市丸ギンもより深く笑みを浮かべる。ならばこれならどうだろう。攻守が素早く入れ替わることは戦いの中ではよくある。だが、間合いが素早く入れ変わるならどうだろうか。

 

 後退して距離を取る。その瞬間に神殺鎗の能力で刀身を伸ばして刺突を繰り出す。そのまま、刀を振り下して斬撃への第二撃を加えた。黒崎一護は対応しただけでなく、むしろ反撃の隙を狙い、逆に間合いを詰めてきた。黒刀をしっかりと神殺鎗で防ぎ、一度仕切り直しとなるが、黒崎一護は何と神殺鎗の能力に気が付いた。

 神殺鎗の能力。それは、間合いの外からでも攻撃ができる13キロというリーチでもなく、ビルを一瞬で真っ二つにする攻撃力でもなく、即座に伸び縮みする伸縮の速さだと、黒崎一護が見抜いた。

 

「教えといてあげる。今の五百倍や」

「……!?」

 

 神殺鎗の伸縮の速さは音速をも超えると市丸ギンは主張する。能力を見抜いたところで勝ちの目はない。当然である。神殺鎗の能力で恐ろしいのは伸縮の速さではないのだから。

 

 

 黒崎一護と市丸ギンの戦いは続く。余裕がある市丸ギンと違い、黒崎一護は攻めあぐねていた。伸縮の速さが恐ろしいと考えるとしても、圧倒的にリーチに差があるのも厳しい。黒崎一護は一度、ビルを真っ二つにした瓦礫に一旦身を潜め、作戦を考える時間を設ける。

 

「何や。かくれんぼか。享楽隊長みたいなことするんやね」

 

 姿の見えなくなった黒崎一護を探すため、市丸ギンは落ち着いた様子で周りを見回した。

 

「うるせーってんだ。こっちは作戦会議中だ」

「でもまぁ無駄や」

「……っ!?」

 

 二人が戦った形跡で、瓦礫が周りには散らばっている。黒崎一護がどこに潜んでいるかなど、ただ見回しただけでは分からないはずだが、市丸ギンは正確に黒崎一護が潜む瓦礫に向けて神殺鎗を向けた。伸びた刀身は瓦礫であろうと粉々に砕いてしまう。本来の神殺鎗の威力に加え、瞬時に伸びるスピードが上乗せされているためだろう。いや、それよりもなぜ居場所を見抜かれたかである。

 

「ちっ……」

 

 黒崎一護が舌を打つ。獲物を狙う殺気に感付いたため、何とか難を逃れたようだ。

 

「何で分かったんだ」

「そんなん簡単や。君の震えるような呼吸が聞こえたからや」

「なんっ……だと」

 

 黒崎一護がぎりっと歯噛みして市丸ギンを睨む。呼吸が聞こえたわけがない。というより、俺がビビってるわけねぇと怒りを露わにしたのだ。

 

「嘘や。そんなんこの距離で聞こえるわけないやろ。ボクの神殺鎗、どれくらい伸びるか言ったん覚えてる?」

「……覚えてねぇ」

「嘘ばっかり。しゃぁない、もう一度言うで。13キロや」

「……」

「けどよ~く考えてみたら、そんな距離にいる相手、ボクには見えへん。声も聞こえへん。……仕留めたかどうかも分からへん」

「……何が言いてーんだ?」

 

 改めて敵に自分の卍解の能力を言う必要性が分からない。黒崎一護は、これにも何が意味があるのかと慎重に警戒心を強めていた。

 

「死神は皆、霊圧知覚っていうんを持ってるんや。霊圧だけで相手だったりいろんなもんを感覚として認識することができる。これがあれば、たとえ見えない相手でも戦うことができるんや」

「……まさか……」

 

 市丸ギンの言わんとしていることを察する黒崎一護は、目を見開いて驚愕する。

 

「ボクの霊圧知覚も、13キロや。たとえどこに逃げても、ボクからは逃げられへんで」



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元三番隊隊長の能力

「くそっ!」

 

 神殺鎗が襲う。黒崎一護はかろうじてその攻撃から逃れる。何て能力だ。じゃあ、半径13キロ以内だったら、全部あいつの手の内ってことじゃねぇか。

 黒崎一護は、神殺鎗の恐ろしさが伸縮の速さだけではないことに焦りを感じる。見えないところでも感知できるとなると、全く隙がない。逆にそれは、市丸ギンに死角がないともいえる。

 

 神殺鎗をギリギリで避わして攻撃に転じる。またもや受け止められてしまったが、黒崎一護はチャンスを見出そうと、頭を回転させた。動じるな。残月のおっさんも言っていた。退けば老いるぞ。臆せば死ぬぞ。

 

 一瞬の隙を狙って刺突が飛んでくる市丸ギンを相手に、それこそ一瞬でも気が抜けない。黒崎一護は自分を奮い立たせた。と同時に、少なからず付け入る隙を黒崎一護は見出そうとしていた。

 

(奴の卍解は確かにやっかいだが、切っ先にさえ集中していれば……)

 

 どこかでカウンターを企む黒崎一護だが、その策略をあざ笑うかのように、黒崎一護の眼には光り輝く六本の鎗が映った。

 

「なっ……」

「縛道の六十一、六杖光牢(りくじょうこうりょう)」

「がっ……くそっ……」

 

 市丸ギンの指先から放たれる鬼道。朽木白哉が得意とする鬼道であった。

 

「鬼道使えたのかよっ……」

「ボクも隊長やっててんから、もしかしたら使えるかもとは思わんかったん?」

 

 市丸ギンの言う通りだと黒崎一護は自分の甘い考えに歯噛みした。六杖光牢は動きを封じる鬼道だ。超スピードを身に付ける天鎖残月にとっては天敵であり、間合いをものともしない神殺鎗とは相性の良い鬼道だった。

 

「少しはやるかと思ったけどこんなもんか。最後はあっけないけど、これで終いやね」

 

 市丸ギンが鬼道を使役したほうとは違う右手の斬魂刀を、黒崎一護に刃先を向ける手前、黒崎一護は最後の力を振り絞り、一瞬だけ仮面を出して六杖光牢を打ち砕いた。

 

「へぇ、抜け出したんや。上手なもんや。けど、それえらく体には負担かかってるみたいやで」

「はぁ……はぁ……、うるせーよ」

 

 出した仮面をすぐに消すことで、体の消耗を最低限に抑える。だが、市丸ギンを斃すには、やはり仮面の力を借りなければ勝てないと黒崎一護は悟る。せめて市丸ギンの隙を作らなければ……。

 

「月牙……」

「無駄や。やめとき」

「てんっ……な、なんだ……?」

 

 市丸ギンに言われてやめたわけじゃない。黒崎一護は間違いなく月牙天衝を放とうとした。だというのに、斬月から放つために集約させた霊圧が消えてしまったのだ。

 

「いったい、どうなってんだっ……」

「だから言うたやろ。やめときって」

「てめぇが何かしたのかっ」

「人聞き悪いで。まぁ、君がその技使えんかったのは、確かにボクのせいなんやけど」

「くそっ、いったい何したんだ」

 

 黒崎一護は飛び出す。まだ高校生で未熟なゆえ、感情のままに飛び出したのもあるが、月牙天衝を封じられたとあっては、市丸ギンのように間合いの外からの攻撃手段がない。黒崎一護は距離を詰めて、白兵戦を挑むしかなかった。

 市丸ギンも、縮めた神殺鎗でこれに応じた。

 

「ずっと気付かへんかったん? 分かってたから、その月牙を撃たんねやとばっかり思うてたんやけど」

「こっちは何したってきいてんだ」

 

 かつて兕丹坊の腕を切り落とした時のように、黒崎一護は市丸ギンに臆することなく立ち向かう。

 

「これがボクの神殺鎗の能力や。13キロにいるうちは、ボク以外は皆、霊圧を封じられる」

「何……だと……」

「実際きいてもピンとけぇへんやろ。つまり、君は今、月牙も鬼道も使えない状態にあるんや。けどその超スピードは霊圧とは関係ないから使える。安心しいや」

「くそっ」

 

 神殺鎗の基本攻撃である刺突が黒崎一護を襲う。超スピードは卍解の能力として確かに機能している。だからこそ、かろうじて神殺鎗に何とか対応できている。

 分が悪い。逃げるわけにはいかないが、一旦立て直さなければ。

 

「"滲み出す混濁の紋章"、"不遜なる狂気の器"、"湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き・眠りを妨げる"、"爬行する鉄の王女"……」

「なっ……」

「"絶えず自壊する泥の人形"、"結合せよ"、"反発せよ"、"地に満ち……」

「させねぇ!?」

 

 月牙天衝が使えなくても虚化は使える。藍染惣右介が使っていた九十番の鬼道。黒崎一護が詠唱で判断がつくはずもないが、周りの空間を黒く沈んだ闇が覆い始めるのを目にして察知する。これはかつて、藍染惣右介が七番隊隊長、狛村左陣に向けた使用した“黒棺”である。

 

 虚化して瞬時に市丸ギンに刃を向けた。詠唱をやめ、黒崎一護の攻撃を止めることに切り替えると、黒く濁った空間は徐々に融解してその姿を顕現することはなかった。

 

「この……」

 

 仮面の奥に潜む黒い眼が、まっすぐに市丸ギンを射抜く。まるで射殺すように突き刺さる視線を浴びて、市丸ギンはその鋭利な碧き眼を僅かに見開いた。

 

「あかんなぁ。やっぱり、愛染隊長のようにはうまくいけへんなぁ」

 

 藍染惣右介は扱いが難しい九十番を詠唱破棄で使用していた。だが、不適に笑うこの蛇のような男もまた、底が知れない。神殺鎗の真の能力が“毒”であることが判明するのは、この男が愛する者のために、藍染惣右介へと反旗を翻すのが最初のことである。



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