ありふれた転生で世界救済 (妄創)
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“運命の環の中で”
ありふれた月曜日


 どうも初めまして。妄創と申します。
 
 二次創作を書くのは初めてなので、不馴れなところもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。

 不定期更新ですが、頑張ります。


 ぁあ、ご意見ご要望お待ちしておりますので、コメントやらでお願いしますね?


 

 

 

 月曜日というのはどうしてこんなにも憂鬱なのだろうか?前日が日曜日で休日のせいだ。つまり、世界を七日間で創った神様が悪い。

 

 

 そんな理論もクソもない、どうしようもない理由で勝手に神様を恨む蓮ヶ谷(はすがや)レンジ。

 

 この地球の世界では善悪に関係なく超越存在(神様)が不在なので、祈ろうが文句を言ようが奇跡も天罰も起きない。もしも、何か起きたにしても全ては運の悪い自然現象でしかないのだ。

 

 つまり、金曜日の夜から徹夜して土曜日の昼間から惰眠を謳歌し、そのお陰で生活習慣が乱れて日曜日に夜更かしする羽目になり挙げ句の果て、月曜日の朝寝坊したのは全てレンジ一個人の責任なので神様のせいにするのは、責任転嫁と現実逃避でしかない。

 

 なので、別段レンジは神という存在を毛嫌いしている訳ではない。かと言って現存する何れかの宗教に信者でもないのだが、彼は実物(・・)を知っている為に信仰は出来なかった。

 

 

 前世で、かつて彼が生まれた世界を司った十三柱の神の内一柱を残して、神殺しという禁忌の大偉業を為し遂げたレンジは神───超越存在の醜い部分を熟知していた。

 

 そして、今生でこの地球のそれも争い事とはほぼ無縁の日本にいるのは、その偉業に対する報酬だからだ。生死を境を幾度と無く彷徨きながら為した偉業の報酬として彼が望んだものは、ただ安らかで平和に暮らせる人生だった。

 

 まぁ、この地球での暮らしは彼が望んだものとは少し違ったのだが。

 

 

 転生して蓮ヶ谷家の長男として再誕した英雄はレンジと名付けられてすくすく成長していき、今や高校生だった。

 

 つまり、学生のとっての朝寝坊とは遅刻であり、遅刻とは成績表にダイレクトで数値化される悪評である。通学路を全力で走りながらレンジは溜め息を漏らすのだった。

 

 

 前を走っていた一人の生徒が滑り込むように正門を潜りる姿をレンジは拝見して自身もそれに習って滑り込みセーフで登校を終える。遅刻した生徒を指導する為に待ち構えていた教頭が一瞬悔しそうな顔をしたので、お返しに一瞬だけドヤ顔をレンジは見せてやった。その時、教頭の額に青筋が浮かんだのは言うまでもない。

 

 

 寝坊した事に対する憤慨を教頭への侮辱で清算したレンジは気分がフラットな状態で教室に入った。むしろ、若干ながら機嫌がいい。やはり、単純にからかうなら若い子(クラスメイト)よりも年上の大人(同世代)くらいが丁度良い。

 

 しかし、気分の良いまま教室に入ると、いつもの事ながら不愉快な光景がそこにはあった。

 

「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 実に、くだらない光景だ。たった一人の生徒を寄ってたかってイジめる四人の生徒と、それを見て見ぬふりどころか同調して眺めるクラスメイト達。

 その主犯格の四人組は檜山大介(ひやまだいすけ)という生徒を筆頭にして日課のように特定の生徒一人に絡んでいく。それに必ずっといって着いていくのが斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)の三人だ。

 

 レンジはなんだが、この四人衆を言動を見ていると前世であった小悪党な冒険者達を思い出してしまう。いや、それは最終的には勇敢に殉職した彼らに失礼か。彼らには絶対強者に堂々と歯向かう意志などないのだから。俺はお前らを忘れないぞレオナード、チャーリー、ブラッド、そしてジョージ。

 

 そう思えば、檜山達の言動は彼らとは全く似ていない。むしろ、共通点など無いに等しいのだが……?

 

 

 まあ、過去の思い出にひたるのはまた今度だ。今はイジめられている彼、南雲ハジメを助けるべきだろう。

 

「それがどうかしたのか? っていうか、俺も徹夜でゲームしてたんだけど? それ、俺にも言ってる訳?」

「え? ……やべっ、レンジ!」

「なんだよ、人を化け物みたいに……」

 

 檜山の背後からレンジが話しかけると、彼は大いに慌てだした。だが、それも仕方ない。以前もイジられたハジメの事をレンジが助けた事があったのだが、その際に檜山は腹いせに標的をレンジに変えたのだ。

 

 しかし、相手が悪かった。姑息かつ古典的なイジメはレンジに何故か一切通用せず、人目のない場所に呼び出してもレンジの、レンジによる、レンジのための『平和的』解決によって見事に返り討ちにされる始末。

 

 まぁ、レンジは十二回にも及ぶ神殺しの偉業達成者。日本の学生四人程度が考え付くような手段で貶める事など不可能である。まあ、そんな事は知らないからこそチャレンジして、圧倒的な力でねじ伏せられたのだが。

 

 

 完全に動揺して返す言葉も無さそうな彼らに、視線だけで解散をレンジは命じる。すると、檜山達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。このような力関係なので仕返しや意趣返しをする事は至って簡単だが、レンジはそれを望まない。いや、やってはいけない。

 

 あくまでも、ハジメの為に大人としてやってやれるのは目の前で起きている事を解決してやる事だけなのだ。仮に、仕返しや意趣返しをするならそれはハジメ本人がやるべき事だし、また根本的解決も本人でなければ出来ない事だ。

 

 

 神殺しは誰でも出来るのに、イジメを無くすのは本人にしか出来ないなんて、この世界は世知辛いものだなぁっとレンジは思うのだが、神殺しは誰にでも出来るの事ではない勿論。挑戦ならできるかも知れないが。

 

「ごめん、レンジ君。ありがとう助かったよ」

 

 小者四人衆が去った後、ハジメはしっかりとレンジにお礼をする。

 

「別にいいよ。ただ俺の席の周りでは勘弁だけどね」

 

 レンジの席はハジメの右斜め後ろである為、ハジメの席の周りで集まられると非常に邪魔くさいのだ。あくまでも、ついでだよっという体でハジメの感謝の言葉を躱す。

 

 本当の所はただの建て前なのだがあまりにも頼りにされてもハジメの為にならないので、素っ気なくしておく必要があるのだ。別に、レンジはハジメが嫌いな訳ではない。

 

 むしろ、その逆だったりする。何せ、ハジメの両親は前世には無かったオタク文化の最前線に立つ御仁だ。文化の最前線、それはつまり人類の文明の最前線という事である。そう、そこは人類の叡知の最先端。人類の進化を左右する運命の担い手が立つ場所なのだ!

 

 人類っというか、全生物の未来を担い神々と激戦を繰り広げたっという過去を持つレンジは、同じく担い手としてハジメの御両親を深く共感し、尊敬している。きっと、今この時でさえ神の試練(締め切り)挑んで(追われて)いるのだろう。

 

 そして、そんな尊敬すべき二人の子息がハジメだ。しかも、その二人の才能を確りと受け継いで産まれてきたのか、即戦力として共闘(バイト)しているらしい。

 

 そんな英雄の素質を持つハジメだからこそ、その辛く厳しい運命の先駆者として気に掛けているのだ。だが、数多くの子供達が同じ空間で過ごす学校で、いくら素質があるとはいえ子供一人を贔屓する訳にもいかないので、このくらいの距離感がベストなのだろうっと、レンジは一人で納得している。

 

 現に、集団生活に於いて特別扱いを受ける者は孤立するのだ。それは、皮肉な事にもハジメ自身が生き証人になっている。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒がハジメの下に歩み寄り、ハジメだけ(・・)に朝の挨拶をする。どうやら、彼女はレンジの事など最初から眼中に無いらしい。そんな彼女はこのクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外である。そして、その事がハジメへのイジメ、この事態の原因だったりするのだが、彼女は何も気が付いていない。

 

 ハジメの悩み根源とも言える彼女は、白崎香織(しらさきかおり)。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女である。つまりはビックネームであり、その支持者が多い。

 

 別に、支持者が多いのは大変結構だが、その支持者達は彼女自身の行動に大きく影響するをされるのだ。故に、潜在的な恋心をハジメに抱いて彼を気に掛けるのは個人の自由だが、そのせいでハジメがクラスから孤立しているのは頂けない。

 

 上に立つ者は周囲に与える影響力を考慮して言動を行わなければならないのだ。これは、秀でた者の務めであり責任である。それは秀でた事の代償なのだ。それが無意識であろうと、支持者達には関係ない。支持者はそれが上位者にとって正しい事だと思ってやる確信犯なのだから。

 

 レンジが前世で神殺しの末に、仲間達によって討たれたように、上位者とは諸刃の存在なのだ。まぁ、この日本では余程悪徳な事をしなければ命の危険はないとは思うが。

 

 それに、いつも微笑の絶えない彼女は非常に面倒見がよく、それに見合う責任感も持ち合わせているので大丈夫だろう。ただ、ハジメの事に関しては少し盲目的で、ハジメの周囲で起きている事にピントが合っていない様子だ。いや、事実その通りだからハジメがクラスメイトから目の敵にされてしまっている。

 

 どんな世界でも恋は盲目なのかねぇ~っと前世の記憶と香織の事を照らし合わせてみるレンジだが、何故か神の中でも最悪の一柱であった愛と美の女神である恋愛神ラヴァリアの事を思い出したので、そっと記憶を閉じる。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

 殺気にも近い眼光がハジメに殺到する中、彼は引き吊りながらも挨拶を返した。近くにいたレンジが一瞬厳戒体制になる死線の中で。彼ハジメも中々に肝が据わっているっと思う。やはり、御両親の血を濃く受け継いでいるのか。

 

 だが、趣味の為に色々なモノを捨てているハジメでは中々会話が……ハジメは助けを求めてレンジに視線を配るが彼は気が付かないふりでスルー。

 

 勿論、ハジメの手助けをしてやる事は可能だが、それは必ずハジメ自身のしっぺ返しされてしまう。彼女はあくまでハジメと話したい訳であり、レンジが如何に話題を振ろうと必ずハジメを交ぜてくる。そうなれば、三人仲良く会話していたっとクラスメイト達は認識して、ハジメは体育館裏なんかに強制連行されてしまうだろう。

 

 それでは、本末転倒なのでここは何もしてやらないのが彼と、ついでに彼女にとっては良いのだろう。

 鈍感ではないが謙虚故に好意に気が付かない少年と、純粋な想い故に恋心だと自分でも気が付かない少女。

 

 そんな二人の恋路を、いい歳の大人が邪魔する訳のは不粋だろう。

 

 それに、そんな事とは別に状況を動かしてくれる人達がやってきてくれるだろう。そう例えば、

 

「南雲君、蓮ヶ谷君。おはよう。南雲君は毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 三人の中で唯一ハジメとレンジに朝の挨拶をした女子生徒は八重樫雫(やえがししずく)。彼女は香織の親友と呼べる存在だ。艶やかな黒髪で作られたポニーテールがトレードマークで、可愛らしい顔立ちの中に凛とした表情があり、女性的なカッコイイ良さっというモノを感じられる美人タイプの女性である。

 

 さらに、八重樫流という剣術を受け継ぐ血脈ゆえの剣術の腕で、小学生の頃から公式戦や大会では負けなしの猛者っという一面も持つ。

 

 秀でた容姿と優れた剣術から、スポーツ雑誌や新聞に取り上げられた事が多々ある。ある意味、全国的ビックネームなのだ。そんな彼女はいい性格をしているこゆぅ~い後輩達から熱い視線で「お姉様」とよく呼ばれている。

 

 そして次に、完全に臭いセリフで香織のみに声を掛けたのが天之河光輝(あまのがわこうき)っという男子生徒。如何にも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

 

 日本人にしては珍しい綺麗な茶髪と柔らかさと力強さが調和した優しげな瞳、百八十センチメートル近い高身長に引き締まった筋肉。誰にだって優しく接しようとし、少し問題があるくらい正義感も強い。

 

 小学生の頃から雫の実家が経営する八重樫道場の門下生で、雫と同じく全国で活躍できる腕前だ。学校内にはダース単位で惚れている女子生徒がいるそうだが、いつも一緒にいる雫や香織に気後れして告白に至っていない子というか、出来ない子は多いようだ。

 しかし、それでも隙を狙って月二回以上は学校に関係なく告白を受けるというのだから筋金入りのモテ男なのだろう。

 

 そんな光輝をレンジは見ていると、前世で殺し合った勇者を思い出す。その勇者は均一と善悪の神、裁定神カルデナスによってレンジを殺す為に勇者に仕立て上げられた悲運な少年であった。その思い込みにも近い正義感が光輝と勇者の最大の共通点であり、最悪の共通点だろう。

 

 

 それはさておき、最後に投げやり気味な言動の男子生徒は坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)といい、光輝の大の親友である。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような明るい瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き体格の良さ。そして、案の定というか見た目に反さずに細かい事は気にしない脳筋である。

 

 龍太郎は努力とか熱血とか根性とか男らしさ(?)みたいなのが大好物な人物らしく、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうな人間は嫌いなタイプだ。現に今も、ハジメを一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。

 

 まぁ、レンジも同じ事をされているのだが、子供から無視されるなんて我が儘な子の子守りをして、ちょっと反感を食らったような気分だ。つまり、肩を竦める程度の気しか起きない。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「おはよ、雫。それから、光輝と龍太郎もおはよ」

 

 雫達に挨拶を返して、ハジメが一人苦笑いする。相変わらず、クラスメイトの槍の如き視線に串刺しにされているようだ。いや、「てめぇ、何勝手に八重樫さんと話してんだ? アァ!?」という旨の矢文だろうか?

 

 ある意味、言葉よりも明瞭な視線がグサグサとハジメに突き刺さる。針の筵と化したハジメをレンジは幻視してしまった。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? 何時までも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 光輝がハジメに忠告する。光輝の目にもやはり、ハジメは香織の厚意を無碍にする不真面目な生徒として映っているようだ。ハジメの家庭環境を知らなければ、誰の目にもそう写ってしまうので仕方ないっと言えば、仕方ないとしか言えないのだが。

 

 事情を知らなかった最初はレンジでさえ、不良息子だと思っていた。しかし、実際は自分の夢の為に他を切り捨てる覚悟を持った強い子供だった訳だ。

 

 その夢が現実的でない事ならまだしも、その夢まで道のりを彼は確りとした足取りで歩んでいる。それにその道を共に歩んでいる両親も居るのだ。何も心配は要らないだろう。

 

 それが文化開拓だろうと大丈夫な筈だ。何せ、人という生き物は死ぬ気でやれば神だって殺せるのだから。

 

 まぁ、分野が違い過ぎるというか何というか……。

 

「君も君もだよ、蓮ヶ谷。君は席が近いんだからちゃんと彼の事を見てやらないと──」

 

 香織が彼を構うのは駄目で俺は良いのかっと思うが、口には出さないでおく。大人が子供をイジめるものではないし、同じ八重樫流の情けだ。

 

 そう、レンジも幼い頃から八重樫家の道場に通っている。日本で生まれた独特な剣術に興味があったからだ。つまり、雫と光輝とは幼馴染みとまではいかなくともかなりの古馴染みだ。

 

 ちなみに、日本武術という特異な技に興味があっただけなので、公式戦には一切出ていない。神殺しの大英雄がスポーツを本気でやる子供達に混ざるのは、何か違う感じがしたのだ。

 

 

 旧知の仲だから、レンジならばハジメを変えられるっと思ったのか、燻る嫉妬心があったのかは分からないが、光輝はレンジにも注意を促した。

 

 だがしかし、ここで爆弾を落とす者が現れた。それは、渦中の人物である白崎香織だ。

 

「? 光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

 流石、香織さんやってくれる。これぞ、爆弾。これぞ、香織クオリティー。

 

 教室内が騒然としたのは言うまでもない。

 

 

 




 


 最初なので、長文になってしまいました。すみません。6,000文字を少し超えたくらいだったと思います。

 基本的には原作沿いで、南雲ハジメの心理描写がカットされてオリ主の心理描写が代入される感じです。

 なれてくれば、オリジナル展開も入れたいですねぇ~(笑

 あと、ハーメルンの機能にかなり疎いです。チラシの裏って何ぞや?



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そして、異世界へ

 今日中になんとか2話目の投稿にこぎ着けました!

 そして、今回も6000文字を超える駄文という暴挙!?
 マジすいませぇーーーん!!!


 

 

 

 香織お手製の爆弾発言で一時教室が騒然としたが、始業チャイムが鳴ったところでそれも収束する事になり、いつものように授業が進行していく。

 

 件のハジメはやはり大物というか、直ぐに居眠りを始めてしまう。どうやらまともに授業を受けるつもりはないらしい。

 

 いくら卒業できるだけの単位があろうと、勉強とは学べる内に学んでおいた方がいい。一見役に立ちそうにない知識でも、人徳を深める役には立つのだ。

 

 勉強とは単に学力を上げるものではなく、数多ある知識から博学を学び、自身の人としての価値を養うものであるのだ。

 

 だから、レンジはわざわざノートを二冊用意して、一冊はハジメ用に黒板の内容を丸写し、黒板には書かれない教師の言葉も事細かに纏めて書いておく。

 

 ハジメ用のノートに凝るあまり、自分用ノートがざらになる事もあるが、ハジメにノート渡す前に携帯端末で写真取りすればいいので大した問題ではない。逆に凝る分、自分の勉強の為になる。

 

 まぁ、寝ているハジメの為にそんな事をしているのも、ハジメがクラスメイトに良く思われない理由の一つではあるのだが……。

 

 そもそも、レンジも何だかんだでビックネームの一人だ。白崎香織、八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎の四人のビックネームに次、いや同等で蓮ヶ谷レンジもビックネームである。

 

 日本人らしい漆のような黒髪に、包容感の中に強い力を宿す黒い双眸。身長百七十八センチという高身長に細く締め付けられた柔軟な筋肉。さらに、何処か浮世離れした落ち着きのある性格。

 

 学力も学校内、いや県内トップクラス。更には、剣道では非公式ながら光輝に圧勝し、雫すらも危なげ無く倒すほどの腕前。本人からすれば、神を殺せる程なのだから負けたら大問題だが。むしろ、神を殺したという自負があるのだからこの平和な世界の誰にも負けてはならないのだ。

 

 さて、そんな天之河光輝と甲乙付けがたい蓮ヶ谷レンジに人気がない筈もなく、女子から圧倒的な人気を獲得している。

 

 だが、誰にも告白された事はない。そのあまりの凄さに女子達が震えてしまって、告白の言葉を詰まらせているからだ。

 

 むしろ、レンジに話し掛けられて普通に会話が成立するのはこのクラスでは香織と雫、それからあと二人くらいだろう。

 

 前世の年齢も含めれば、もう五十近くなる筈のレンジが周囲が自分に向ける感情やその状態に気が付かない訳もなく、ある意味では手を焼いている。何せ、レンジに好意を寄せる大部分の女性は彼の三分の一しか生きていない子供なのだから。

 

 レンジは残念ながらロリコンではないし、今生なら親と子供くらいの年齢差だが、前世だと祖父と孫くらいの年齢差になってしまう。そんな歳の差だとロリータ・シンドローム通り越して、ペドフィリアの領域である。

 

 そんな妙に生々しい恋愛事情は一旦隅に置いて、白崎香織が主な原因で蓮ヶ谷レンジが副次的な要因となり南雲イジメが起きている訳だ。

 

 この状況を打破するにはかなりの努力が必要だが、そこはハジメのやる気でカバーすれば良いっとレンジは思っているので、これ以上事態を悪化させないように然り気無く力を貸すだけだ。当人のハジメは解決する気は無いようではあるが……。

 

 

 午前中の最後の授業が終わり、昼休憩を迎える教室がにわかにざわめく。それと同時に居眠り常習犯ハジメが意識を覚醒させる。

 

 彼は突っ伏していた体をもぞもぞと起こして、颯爽と十秒で必要な栄養価をチャージできる定番のゼリーを口に咥える。

 

──じゅるるる、きゅぽん! 

 

 そしてレンジも同じく商品を一気に飲み干していた。十秒どころか、五秒飯。なんと恐ろしい肺活量か。

 

──ぎゅるるる、ぽぉんっ!

 

「おはよ、ハジメさんや。これ、午前中のノートね」

 

 前日はかなりの苦戦を強いられたのか、約四時間眠ってもまだ少し眠そうなハジメにノートを渡す。

 

「……レンジ君。いつもごめん」

 

「そこは『ありがとう』じゃないか?」

 

「うん。そうだね、有難う」

 

 レンジとの短い会話を済ませるとハジメは内心「しまった」と呻いた。月曜日ということもあり少し寝ぼけ過ぎていたようだ。いつもなら香織達と関わる前に教室を出て目立たない場所で昼寝というのが定番なのだが、流石に二日の徹夜は地味に効いていたらしい。

 

 そうこうしている内に、女神降臨である。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

 

 不穏な空気が徐々に教室に立ち込める中、ハジメが心の内で悲鳴を上げているのをレンジは確かに感じ取った。ま、だからと言って助けたりはしないのだが。

 

 しかし、ここで簡単に観念するようなハジメでは今頃は連れションに強制同行させられている。彼は必死の抵抗を試みた。

 

「あ~、誘ってくれて有難う、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 そう言って、中身を吸い取られて干からびたミイラのようなお昼のパッケージをヒラヒラと見せる。だが残念、それは地雷だ。

 

 女神の前ではその程度の抵抗など障壁どころか、全くもって意味をなさない。むしろ、致命的な追撃がくるだけだ。

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」

 (……ハジメェ。骨は拾ってあげるよ)

 

 刻一刻とクラスメイトからの圧力が増していくのに比例して、ハジメが流す冷や汗の量も加速していく。

 

 自爆だとしても少し可哀想だと思い、レンジが助けてやろうとした時、珍しく別の角度から救世主が現れた。なんと意外な事にそれは光輝達だった。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織さん。しかし、若干天然が入っている女神様には、光輝のお得意のイケメンスマイルやギザギザなセリフも効果はあまりないようだ。

 

「え? 何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

 これまた、香織クオリティーの為せる技か。まさかの素で聞き返すという暴挙。思わず、レンジは雫と同時に「ブフッ」と吹き出してしまった。危なかった、十秒飯さんが胃袋から奇跡の生還をするところであった。

 

 何やら、光輝が苦笑い混じりにあれこれ話しているが、香織クオリティーの反動が強すぎてレンジの耳には全く入ってこない。

 

 そんな事より、学校のビックネーム五人に囲まれて、尚且クラスメイトから持続的刺される眼光でハジメは生きた心地していなかっただろう。

 

 その時、レンジがほんの少しハジメの座る椅子の脚を蹴る。ハジメはレンジと顔を合わせずともその意味を確りと咀嚼して、これを機に退散するべく腰を上げようとしたところで……凍りついた。

 

 ハジメの目の前、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様、俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 

 そんな中、レンジは一人冷静に前世の経験からこの魔法陣が強制度の高い転移魔法を発動するものだと看破する。

 

 転生した今も、肉体はともかくその魂魄はそのままなので、身体にかなりの負担と数分の時間さえあれば、割りと簡単に対抗術式で効力を無効できる。更に、転移魔法使用者に手痛いしっぺ返しを食らわせる事も可能なのだが、残念な事にもう時間がない。

 

 まだ転移こそ始まっていないものの、もう転移魔法の術式が完成してしまっている。既に、転移する為のエネルギーをチャージしている最終段階なので、今から対抗術式を宛がえても意味がない。相手は中々に魔法の腕に長けた術者なのだろう。

 

 レンジが魔法陣に対する処理を諦めて放置していると、その魔法陣は魔力を徐々に溜めているのか輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。自分の足元まで異常が迫って来たことで硬直から解放された生徒達が悲鳴を上げる。未だ教室にいた担任の愛子先生(二十五歳)が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのはほぼ同時。

 

 数秒か、数分か、閃光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び正常な状態を取り戻した時、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままで、そこにいた筈の人間だけがどこにも居なかった。

 

 この事件は後日、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いにお茶の間を沸かせるのだが、ここでは割愛とさせてもらおう。

 

 

 

 目に焼き付いた残光が晴れると、レンジの目には巨大な壁画が飛び込んできた。

 

 縦横十メートルくらいの巨大な芸術品なのだが、そこに描かれていたモノはレンジの機嫌を損ねるようなものだった。

 

 別段、大きさを除いてしまえば大した事のない壁画だ。後光を浴びる金髪の中性的な顔立ちの人物と、草原や湖、山脈などの大自然をが背景として描かれている神秘的で美しい壁画。

 

 人目で分かった。この大自然を擁護するように両手を広げて描かれる人物が、神であるっという事が。そして、前世からの経験則でこのような描かれ方をされている神にはまともなモノは一柱とて存在しなかった。

 

 つまり、何の神かは知らないが、これに描かれている人物が最低の糞野郎だという事は直ぐに理解できた。

 

 せっかく、平和を求めて地球に転生したのに、異世界に呼び出されてクソ神の顔を拝見する事になるとは……。もしかしたら、最悪この地で十三回目の神殺しを決行する羽目になるかも知れない。

 

 そんな事を思い、レンジは一人溜め息を吐き出す。

 

 

 周囲を見渡すと、どうやら自分達が巨大な空間に居る事が分かった。周囲は質の良い大理石で囲まれており、支柱となる巨大な柱には細かな装飾が施されている。

 

 どうやら、壁画の神の為に建てられた大聖堂あるいは神殿のような施設のようだ。

 

 レンジ達転移者はそこの最奥にある台座のようなものの上にいるようで、少し周囲を見下ろすような感じになっている。

 

 レンジの視界の隅でハジメが何やら周囲を観察しているようだったが、似たような結論に至るであろうから取り敢えず放置しておく。その間に、教室にいた者全員が無事に転移しているか確認を行う。……何人かは未だ放心しているが、全員居るようだ。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 ん? 今、あいつ、ランゴ○タって言った?

 

 台座の周囲を囲んでいた法衣集団の中でも、服装の派手さが一回りと二回りも違うご老体が一歩前に出て名乗り出したのだが、レンジは首を傾げただけだった。

 

 いや、絶対ランゴス○って……。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 ラン○スタもとい、イシュタル・ランゴバルドによて異世界へと転移させられたレンジ達は、十メートル以上の長さがあるテーブルが複数台並べられた大広間へと通された。

 

 広間は調度品や芸術品が多く飾られており、その数と品質の傾向から大広間が晩餐会などで使用する場所だというが伺える。上座下座で言えば、担任である畑山愛子(二十五歳)と光輝達四人組が上座近くに席を取り、その後ろは取り巻き順に適当に座っている。ハジメは最後の方である。

 

 レンジ? 彼は上座から逃げるように、ハジメの隣に座ったよ。香織さんに何故か恨めしい視線を送られたが、軽々とスルーした。

 

 

 ここに案内されるまで、クラスメイトが騒ぎを起こさなかったのはイシュタルが事情を説明するっと言ったり、カリスマレベルMAXの光輝やレンジが皆を落ち着かせたからだ。

 

 流石のレンジも、この事態で傍観を決め込むほどの鬼のような教育方針は掲げていない。子供の光輝だけに任せるのは些か不安だったので、自分も動いたのだがどうやら大丈夫だったようだ。

 

 むしろ、レンジが皆を落ち着かせようと行動したところ、一部の女子生徒が腰砕けになるという事件が起きていたのだが……彼は気が付かないふりをした。

 

 まぁ、そんなお陰で無事に移動ができたのだが、自分よりも仕事のできる光輝とレンジに一人の成人女性がほんのりと涙を流したのは秘密だ。

 

 全員が着席するとその時を見計らっていたのか、カートを押しながらメイド達が入室。なんと、生メイドである! 地球の某聖地に蔓延るなんちゃってメイドや海外のいるような小太りした家政婦擬きではない。正真正銘、男子の夢を体現してくれている美女美少女で構成されたザ・メイドである!

 

 こんな異常事態にも関わらず、クラスの男子達の大半は熱い視線でメイドさん達を凝視している。……それを見た女子達に、氷河期の到来を予感させるような視線を送られているのを気が付かずに。

 

 そして、隣のハジメも傍に来て飲み物を置いてくれたメイドを見つめて───ないで、さっと姿勢を正した。何故か背筋に悪寒を感じたからだ。チラリと悪寒を感じた方に視線を移すと、満面の笑みの香織さんが居た。ジッとハジメを見ている。そう、ハジメだけを見ている。ハジメというその一点を。ハジメは何も見なかった事にした。

 

 メイドさんの登場でクラスメイトの大半がギスギスした雰囲気(大半は男子のせい)の中、レンジは平然としていた。

 

 何せ、美女美少女メイド集団は元々前世で見ているし、『英雄色を好む』という言葉の通り前世譲りで美女美少女に限らず女性から好意を寄せられていた。まぁ、その中の一人しか彼は愛さなかったが。

 

 それ故に、レンジは一人だけメイドが登場しても身動き一つしなかった。

 

 それに少しムッとしたのか、レンジの所に飲み物を配給に来たメイドさんが、ムニィっと然り気無く本当に自然の動きの中でレンジの二の腕に胸を押し当てた。

 

 メイドさんに女子の鋭い眼光が!

 

 しかし、レンジはこれと言って反応がない……ように思われたのだがレンジは一言だけ発した。

 

 

「───なにか?」

「ッ!!!」

 

 たった一声の短い言葉。しかし、振り向き様のそれはあまりにも美しい声。鴬の囀ずりよりも美しく、朝露よりも透き通った魅惑の声音。

 

 聞く者の心にいつまでも木霊し、至福の余韻を残す官能的な美声だった。

 

 思わず、メイドさんの腰が砕けそうになる。だが、メイドさんもプロだ! ここで折れる訳にはいかな──

 

「──君、大丈夫?」

 

 飲み物を置いて退散しようと、メイドさんの手が引っ込む前に、レンジがその手を優しく包んだ。

 

「……ひゃあい」

 

 メイドさんの腰が砕けた!

 メイドさんはメロメロだ!

 メイドさんは目の前が真っ暗になった!

 

 薔薇色に頬を染めてその場にへたれ込むメイドさん。レンジは他のメイドに声を掛ける。

 

「彼女を休ませてあげてくれないか? きっと、疲れているんだろう」

 

 腰砕けにされたメイドさんは二名のメイドさんに抱き上げられて救出された。そして、そのまま大広間から脱出。

 

 レンジは──勝った! っと心の中で勝利を称えた。一体何の勝負だったのだろうか?

 

 そして、レンジはその場の皆から凝視されている事に気が付いた。男子からは一種の尊敬の眼差し、女子からはまるで何かを懇願するような眼差しであった。

 

 レンジはハジメに習い、気が付かないふりをした。

 

「ゴホンッ! ……さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 一つの咳払いと共に、教皇イシュタルが話を始めた。その時、レンジは確かに感じ取った。イシュタルの視線が自分に向いていた事に。そして、それが危険物を観察するかのようなものだったという事を。

 

 ラ○ゴスタめっ。中々に切れ者らしいな

 

 そうして、イシュタルの話が始まったのだがその内容がなんというか、実にファンタジーでテンプレートでどうしようもなく身勝手なものだった。

 

 それには思わず、神殺し英雄も長い溜め息を吐き出さずにはいられなかった。

 

 

 




 できれば、今夜中にもう1話っ。

 唸れ、俺の左脳!荒ぶれ、俺の右脳!


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ろくでもない奴だろう(確信

 本日3話目もなんとかなりました~

 あぁ、奇跡的だっ。
 


 

 

 

 異世界トータスにある宗教、聖教教会の教皇イシュタル・ランゴバルドの話は長ったらしいので簡単に要約すると、

 

 敵対種族が強すぎてもう手に終えません。殲滅して下さい、エヒト様の名の下に。

 

 という事をだとレンジは解釈した。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 唯一神エヒト。まあ、ろくでもない神である事は間違いない。だってそりゃ、自分の世界の為に他の世界、しかも上位世界にわざわざ介入してくる程だ。

 

 本当に善良な神ならば、そんな事に労力は使わずに、自分の世界の中で神の使徒を作る筈だ。コスパ的にそちらの方が断然いい。

 

 世界通しを繋げる穴を作るよりも、現地の一個人に神託や加護を授けた方が確実である。この事はその経験からレンジは大変良く知っている。

 

 それなのに、わざわざ異世界の者を使うっという事は、神エヒトはどうやらゲーム好きなのだろう。そして、そんなゲームが好きな神様にはやはりまともな奴は居ない。

 

 まあ、まだ他の神と争っていないだけ幾分かは増しかっとレンジは思う。神対神では、その過程で起こる被害が尋常ではない。二柱の眷属種が絶滅するまで戦争するのだから。

 

 しかし、かく言うレンジも神殺しの際には、いくつかの種族を滅ぼしている。敵対する神の眷属種とは、ほぼ全てが狂信者である為、対立は回避できない定めなのだ。

 

 それでも、レンジは滅ぼした種族よりも救った種族の方が遥かに多い。……最後には救った全ての種族に裏切られるのだが。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」

 

 話を聞き終えて、ぷりぷりと怒りだす愛子先生(二十五歳)。今年で二十五歳の社会科教師で、悲しいかな百五十センチという低身長にしかも童顔。しかし、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のために何処へでもっと走り回り、それでいつでも一生懸命で、でも大概が空回りしてしまう残念さのギャップ萌えに人気の秘訣である立派な大人だ。可愛いとか言って頭撫でてやるな、泣くぞこの人。

 

 生徒達からは“愛ちゃん”と愛称で呼ばれており、とても親しまれているのだが、当の本人はそう呼ばれると何故か直ぐに怒りだす。何でも、理想の教師像は威厳ある教師だとか。レンジは無理だと思うっとは、絶対に言わない。絶対にだ。

 

 今も生徒達の為に怒り、ウガーと立ち上がってくれた。まぁ当の生徒達からは「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちで見られているのだが……。

 

 しかし、そんなムードも続くイシュタルの言葉で掻き消される。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 静寂がその場を支配した。皆、その真実を受け止めたくなかったのだろう。だが、残念な事に現状では不可能である。

 

 それはレンジでも同じ事。前世ならばともかく、今の身体機能では魔法の使用もままならないのだ。世界間を移動する大魔法なんて使用できる筈もない。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生がその事実に押し潰されてストンと椅子に腰を落とす。そしてついに、周りの生徒達が口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! 何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになり始める生徒達だが、レンジは落ち着いたものだった。

 別に、今の段階では帰還が不可能なだけであり、身体を確りと作り直して、万全の状態にすればエヒトとかいうゴミクズのような神に頼らずとも転移魔法で帰れる。

 

 まぁ、その魔法という術式を構成するには魔力と魔法を司る神、魔術神アンブロトの力を執行する必要があるので、神通力に耐えうる肉体が必要となるので、かなり月日を要する事になるだろう。

 

 レンジの今の肉体には、かつての程の力は宿っていない。だが、その魂魄は別だ。前世で神を殺した事で獲得した十二柱分の神通力と、十二個の神格がその魂には宿っている。

 

 均一と善悪の神である裁定神カルデナス。

 生命と繁栄の神である蘇生神アライフラ。

 死滅と疫病の神である死病神ベイングラ。

 戦いと狩りの神である武闘神バルトロス。

 魔力と魔法の神である魔術神アンブロト。

 太陽と蒼天の神である鳳凰神フレアデス。

 満月と星空の神である月光神ルナトリア。

 大地と火炎の神である地脈神グランドル。

 海域と寒波の神である海流神アクエリア。

 音楽と調和の神である芸術神ハルモニア。

 遊戯と混沌の神である狂宴神ケイリオス。

 愛憎と美徳の神である恋愛神ラヴァリア。

 運命と循環の神である因果神フェイロト。

 

 レンジはこの十三柱の内一柱のみを残して、あとは全て斃した。

 

 最初の一柱目であった芸術神(ハルモニア)と、蘇生神(アライフラ)死病神(ベイングラ)には特に手を焼かされた。

 

 それはともかく、レンジの魂魄はある意味、十三分の十二が神であると言っても差し支えない。そんな強大なモノが人体に宿っているだけでも奇跡の中の奇跡なのに、その力を無理に使おうとするのだから体に負担が掛からない筈がない。

 

 一応、力の一パーセント以下の執行ならば、無視できる程度の負担で済むだろうが、その程度の出力では地球に帰還する事は難しい。

 

 チャレンジはできるが、時空の狭間に取り残されて体にひしゃげたり引き千切れたりするのが目に見えている。最悪、そんな状態でもレンジは蘇生神(アライフラ)の力があるので生き残れるが、他の仲間はそうはいかないのでやる気は毛頭ない。

 

 隣に座るハジメにふと目を配ると、彼も他の生徒よりは幾分か落ち着いていた。やはり、大物だなっとレンジは改めて思う。

 

「……ハジメ。誰に聞かれるかも分からないし、小声で少し話そう」

「……うん。分かった」

 

 正直、ハジメと話したからと言って解決できる事はないのだが、落ち着きのある人間と情報交換ないし意見交換するのは大切だ。

 

「……○ンゴスタ、いやごめん。イシュタル・ランゴス○、いや違うな」

「イシュタル・ランゴバルド?」

「そう。それだよ、南雲くんっ。……そのランゴ○タについて、どう思ってる?」

「……。……ラン○スタについては、弱い敵だけど通常の倒し方だと剥ぎ取りがほとんど出来ないから、素材が貴重ってイメージかな? 体液とか、膿汁とか。……イシュタルさんについては、何だが不気味って感じだよね」

 

 どうやら、ハジメもイシュタル・ランゴバルドの異常な信仰心に気が付いているようだ。

 

 今も、狼狽して怯えている生徒達に声を掛ける訳でもなく、静かに侮蔑しながら見下ろしてくるだけだ。今までの言動から察するに「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」と疑問を抱いているのだろう。

 

 やはり、神がクソだとその信者達もクソなのだなあっとレンジは思う。ラフレシアに集まる蠅か、貴様らは。

 

「……レンジ君は、この状況どう思ってるの?」

 

 どう思っている。何と答えていいのか悩む質問だ。

 

 レンジの前世をしているならば、素直に今の心情を話す事も出来ただろう。「エヒトまじクソ死ね。俺の傷の報酬返しやがれバッキャロー」と。

 

 せっかく手にした平和に過ごせる第二の人生だった筈なのに、まさかの異世界転移。しかも、相手は大嫌いなクソ神だ。

 

 割りとマジで神殺しを決行したくなるが、その気はない。大した理由もなく神殺しはするべきではないのだ。

 

 神を殺せば、その神通力と神格が殺した者へと譲渡される。それは強大無比な力となるが、同時に責務も背負う事になるのだ。

 

 世界そのものを管理する、という他のものとは比べ物にもならない巨大な十字架を背負う事となる。

 

 レンジもかつてはそれを背負ったのだが、それを認めようとしない者達、つまりはその世界の全種族に敵対されて命を落とす事となった。守った守ろうとした全ての者に裏切られた訳だ。

 

 その強大無比な力もそうだが、課せられる十字架はさらに厄介なものなのだ。……まぁ、今のレンジのように残った神に全ての押し付けるのも有りだが。

 

 しかし、それには押し付けてもその権限を悪用せず、確りと世界を管理できる人物で無ければならない。でなければ、次はその者が命を狙われる事になる。

 

 そういう意味では、因果神(フェイロト)は条件に一致する唯一の神であった。何せ、かの神が司るのは、運命と循環。流れを保つことこそ、彼の至福のなのだから。

 

 そんなレンジの前世の経緯も、神殺しという禁忌破りの対価も知らないハジメに、今レンジが思っている事を素直に話しても変人扱いされるのがオチだ。

 

 だが、レンジはある種の本心を話す事にした。

 

「……正直、本当は良く分からない。どうすれば皆にとって最善か、今は良く分からない」

 

 皆にとっての最善?そんな事は分かっている。全員で、誰一人欠ける事欠く、無事に日本に帰る事だ。

 

 その為に“どう行動したら良いのか”が分からないのだ。

 

 正直な話、転生者である自分が彼等の人生に於いて特異点になってしまっている事は自覚している。

 

 それは転生した当初から危惧していた事だっし、転生させてくれた因果神(フェイロト)も言っていた事だ。

 

 ──「君の運命力、因果律は少し強すぎる。君は例え、どんな世界へと行こうとその世界の歴史や人物にとって、特異点に成りうる存在だ」

 

 十二柱もの神を殺せば、もはや運命の神すらも干渉を許されない運命力を有するらしい。

 

 だから、ある意味このハジメ達の人生もレンジという転生者のせいで“if”のようなものに書き変わってしまっているのかも知れない。

 

 それはレンジとしては、とても悲しい事なのだ。子供達には笑顔で自由に生きてほしい。何かに縛られずに自由意思の下、様々な事を学び感じ取り、大人へとなってほしいのだ。

 

 神のまやかしを信じるのではなく、本当の自分自身が信じたいモノを信じられる人間になってほしい。そうすれば、前世で起きたような悲劇の数々は起きなかった筈なのだから。

 

 本来、自由意思で歩む筈だった道を、自分(レンジ)の登場で歪めてほしくはない。故に、出来る限り表立った干渉をレンジは避けているのだ。

 

 それは今回の異世界転移でも変わらない。どうやら勇者として招かれたのは天之河光輝である。ならば、自分はあまり力を使うべきでは無いのでは?

 

 もし、自分が勇者として呼ばれていたのならば、蓮ヶ谷レンジの運命として受け止めて魔王暗殺でも神殺しでも請け負うことは構わないが、これは彼等の運命なのだ。

 

 どうにも深く干渉するような事は、してはいけない気がするのだ。

 

 だから、蓮ヶ谷レンジとして何処までやっていいのか、何処まで動いて良いのか分からない。

 

「……それは、僕も同じだよレンジ君」

「え?」

「今、この現状に対して何が最善なのかは分からない。僕達は確かにイシュタルさんからこの世界の事を聞いたけど、何処まで正しくて何が間違っているか、なんて事はちっとも分からない。だから、どうしてすれば最善かなんて僕にも分からないし、誰にも分からないんだよ。でも、僕達は何かしなくちゃいけない。分からない事だらけで大変良くだけど、慎重に一歩ずつ踏み出さなきゃいけないんだ」

 

 ハジメが出したそれは、答えとしては不出来なものだった。

 

 ただ、自分も分からない。っと言っただけの話だ。でも、そうだ。誰にも分からないのだ。

 

 レンジが居る居ないの“if”の世界の事など、この世の誰にも分からない。だからそう、彼が言うように一歩ずつ確かめなければいけない。

 

 彼らも自分も今を生きているのだ。立ち止まる事は許されない。例え、“if”の世界だろうとも今を必死に生きなければいけないのだ。

 

 生きて、生きて、生きて、そしてまた生きて。生き続けなければ。それは、それだけは“if”だろうが、そうじゃなかろうが変わる事のない命の価値であり責務だ。

 

「……そう、だね。決断する事を恐れてはいけないね」

「うん。きっと、このトータスは僕達にとってとても厳しい世界になると思う。けど、精一杯できる事をやらなくちゃね」

 

 まさか、こんな大切な事を子供に思い出させられるとは、自分にも焼きが回ったものだ。

 

 そう、全ての結果を背負うと決めて、俺は禁忌を犯し偉業を成し遂げたのだ。その記憶を受け継いで生きる限り、その決意と責務は忘れてはいけない。

 

 取り敢えず、最優先は皆の安全。次が、皆一緒に帰る事だ。必ず、皆を家に返す。

 

 

 パニックが収まらない皆を見かねてか、光輝が今日一番のカリスマ性を発揮して、皆をまとめてあげた。

 

 実に不思議な事に、彼に鼓舞されたクラスメイトは皆が戦う意志を見せた。レンジはそのことに少しばかりの不安を抱くのだが、今から水を差す訳にもいかない。

 

「──なら、大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 いや、一個人じゃあ無理だろっとレンジは思ったのだが、貴方は一人で十二柱の神殺してますよね?

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 気が付けば、ビックフォーのメンバーが一つに纏まっていた。まあ、いつもの事ではあるのだが。

 

 しかし、それだけではなく彼らは何やらレンジの方に視線をやる。それに釣られて他の者達もレンジに視線を……。

 

「……はあ~、まぁ乗り掛かった船──というより乗せられた船だけど、俺も最後までやるよ」

 

 必要とあらば、“神殺し”までやってやる。覚悟しろ、クソ神エヒト。そして、後悔しろ。俺を呼び出した事を。

 

 久しく、本当に久しく、英雄の心に闘争心が芽生えた。かつて程の苛烈さは無いものの、その炎は弱まる事を知らず、徐々にその勢いを増していく。

 

 彼が再び神殺しを行うのも、そう遠くない内にかも知れない。

 

 そんな戦う事を決めた光輝と、心の内で新たな決意と共に立ち上がったレンジをイシュタル・ランゴバルドが注意深く観察している。どうやら、この二人がこの集団の中でも強い発言力と影響力を持っている事を見抜いているようである。

 

 その事に唯一気が付いたハジメは、油断ならない人物だと、頭の中の要注意人物リストにイシュタルを書き加えるのだった。

 

 

 




 
 そして、今回も6000文字超えの長文となりました。

 読むにたえない駄文ですが、お付き合い下さい。

 あと、誤字脱字がありましたら、是非教えて下さい!時間の合間をぬって修正していきますので。
 


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英雄のステータス

 
 急いで書いたので、誤字脱字が酷いかも知れません!ごめんなさい。
 


 

 

 

 戦う事を決意したならば、戦う術を学ばなければならない。

 

 クラスメイトはともかく、レンジには全く必要ないようにも思える。だが、勿論レンジも強制参加だ。

 

 と言っても、レンジは前世から受け継ぐ戦闘経験を生かす為の身体が出来上がっていないので、戦術や戦略は別として肉体のトレーニングが必須である。

 

 正拳突き一万回すれば良いのかな?感謝を込めながら?誰に?神様は絶対ないな。

 

 

 勿論、身体が出来ていないのに、そんな正拳突き一万回などという頭の悪い事はしない。持続は力なりっというがそういう事ではないし、正拳突きで使う筋肉などたかが知れている。

 

 異世界で正拳突きの達人になる気はない。それ、正拳突き一万回なら今でも出来る。

 

 しかし、最悪の場合レンジ一人で筋トレや型の練習なんて事態になるかも知れない。クラスの皆は勿論訓練の相手にならないだろう(雫は大分食らい付いてくるだろうが)し、このトータスに生きる人達はどのくらい強いのだろうか?

 

 (神との戦いどころか、魔族に苦戦して異世界人喚ぶくらいだしなぁ)

 

 レンジは深い溜め息を吐き出すのだった。

 

 

 そんなこちらの事情を把握していたのか、聖教教会は訓練施設としての役割を、教会の本山のある神山の麓に位置するハイリヒ王国っという国に一任したらしい。

 

 教会からの頼みを断れない時点で、王国の方が立場が下。つまり、国王より教皇の方が権力がある。そして、教皇の上にいるのが、マジゴミクソ野郎こと神エヒト。

 

 ……エヒトの手の内にいるこの状況、レンジは大変ご立腹だった。この右手は、エヒトを殴る為にあるんじゃないか? とりま、ご尊顔を拝する事がございましたら、つまらないものですが右ストレートにてご挨拶させて頂きます。いや、感謝の(・・・)正拳突き一万回かな?

 

 

 トータスの勇者一団となったレンジ達は聖教教会の正面門に案内された。善は急げっと言わんばかりに早速下山してハイリヒ王国へと赴くためだ。

 

 聖教教会の本殿は神山の頂上にあったらしく、凱旋門のよう華やかかつ、少し仰々しい門を通ると、外の世界には良質な絨毯が敷かれているかのようなと雲海が広がっていた。

 

 高所ではあるが高山病などの症状は出ていないし、息苦しさも特に感じる事はなかった。おそらく、何かしろの魔法で酸素供給などをしているのだろう。っと考えているレンジの横で、ハジメやクラスメイト達は、太陽の光を反射してキラキラと煌めく雲海と透き通るような青空という雄大な景色に呆然と見蕩れた。

 

 神々の住まう所は、どこも静寂と神秘性そして、ノスタルジックな場所だった。故に、このような景色は見慣れている。それに比べる訳ではないが、鳳凰神(フレアデス)の神界も同じようなところだった。

 

 さて、何を自慢に思っているのか分からないが得意気な顔したイシュタルに促されて先に進んでいくと、何やら柵に囲まれている円形の大きな白い台座があった。

 

 皆が台座に乗せられる。台座には巨大な魔法陣が刻まれていたので、読み解こうレンジは観察するのだが、その前にやはりお得意気な顔のイシュタルが、呪文を唱えはじめた。……ちがうんだよなぁ、そうじゃねえんだよなあ。ま、ラン○スタだから仕方ないっと自分を無理矢理納得させるレンジ。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん、“天道”」

 

 詠唱の完結と共に、魔法陣が発光。そして、そこに刻まれた通りの効力を発揮したのか、まるでロープウェイのように滑らかに台座が地上へ移動する。

 

 この台座は正しく魔法版ロープウェイなのだろう。そこは転移魔法組み込んでおくのが定石では? っと前世の感覚で思い、レンジは密かに嘆息を洩らす。

 

 しかし、ある意味初めて見る“魔法”という現状に他の生徒達がキャッキャッと騒いでいた。雲海に突入する頃には大騒ぎだ。

 

 どうしよいもない原始的、それも初歩段階にある魔法にキャッキャッする同級生を見て、レンジはなんだか凄く年寄りになった気分だった。だが、事実その通りだ。

 

 やがて、雲海の中を抜けて地上がその姿を現した。眼下ある大きな国、いや正しくは王都だろう人口密集地が見える。あれが、ハイリヒ王国の王都。一応は栄えているようで良かった。

 

 レンジの乗る台座はそのまま王都の空を飛び、王宮と空中回廊で繋がっている高い塔の中へと入っていった。

 

 その時、ハジメは皮肉げに素晴らしい演出だと笑っていた。雲海を抜け天より降りたる“神の使徒”という構図そのままであったからだ。ハジメ達のことだけでなく、聖教信者が教会関係者を神聖視するのも心理的な状況を生み出しているのだろう。

 

 逆にレンジは、そんな事は全く考えておらず、別の事で、ある結論に至っていた。

 

 神エヒト。お前……、純血な神ではないな?

 

 レンジと異世界転移したのは、エヒト。これはイシュタルが言っていた事だ。つまり、イシュタル含め教会関係者は、教室に現れた魔法陣とは無関係。

 

 魔法発動の隠蔽もされていないあのざらな魔法陣。あれは本来、神が使うような代物ではない。というか、本物の神という存在は概ね、魔術陣など使わない。

 

 神という超越存在は、無詠唱で自身の司る摂理を操作する。そして、異世界から人を喚ぶ程度ならば、担当する摂理の管轄外だろうが、神通力で召喚出来てしまうものだ。

 

 しかし、神エヒトはわざわざ手間の掛かる魔法という手段を選んだ。これはつまり、自身の神通力と神格が下位のものだという事を晒しているだけだ。

 

 だが、このエヒトという神は自分の恥を晒すような性格ではないだろう。聖教教会の大聖堂の装飾や、イシュタル・ランゴバルドの話から推測するに、自尊心に溢れたタイプの筈だ。

 

 ならば、考え付く答えは、神エヒトは神通力と神格を持っていない。魔法に秀でただけの超越存在。神というより、亜神である。

 

 恐らくは、強力な魔法力を持ち、死から逃れ続ける最高位魔術師だろう。

 

 この答えに至った理由は他にも、この台座に刻まれている魔法陣の術式系体と、教室に現れた魔法陣の術式系体が酷似していたからだ。

 

 教室の魔法陣がトータスにおける魔法の完全な形で、台座の魔法陣はその劣化版だ。勿論、二つの魔法陣が直接的な互換関係にある訳ではない。

 

 もはや、全くの別もの。しかし、魔法陣に使われてかある魔法文字や、組まれた術式の法則は共通点が多かった。

 

 それに、レンジの魂の一部──魔術神(アンブロト)がそうだっと言っている。

 

 全く、俺の前で神を騙るとは、中々いい度胸してるよ、亜神エヒト。

 

 

 王宮に到着すると休む暇もなく、王族やらなんやの国に深く関わる方々との謁見と、そして晩餐会が開かれた。

 

 周りにいる騎士やメイド、そして異世界の料理に忙しそうに目を移すクラスメイト達。この時もやはりレンジは落ち着いていた。異世界の料理には少し目を配ったが、前世と少し似たり寄ったりだったのですぐに興味も無くなったが。

 

 仕切りに光輝達に歩み寄るイシュタル(プレイヤー這いよるラ○ゴスタ)や、香織に何やら熱心に話し掛ける王子(十歳の初恋、がんばれ少年)。そして、メイドさんによるレンジへのアタック(腰砕けのメイドさんが大量に……)。

 

 まあ、悪い雰囲気の晩餐会ではなかった。夜、割り当てられた部屋にメイドさんが強襲しに来なければ。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 始めに、集まった生徒達にステータスプレートと呼ばれる十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られる事になった。

 

 割りと貴重品であるということを、騎士団長メルド・ロギンスが簡単に説明してくれる。

 

 得意気な武器は槍だろうか? ロギンスロギンス、ロンギヌスなのだし……。

 

 一国の騎士団長が訓練に付きっきりで、職務の方は大丈夫なのだろうかっと思うが、勇者一団を生半可な者に任す訳にもいかないらしい。

 

 というか、メルド団長本人が「むしろ面倒な雑事を副長に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていた。もしや、それが目的……取り敢えず、副長さんには御冥福を申し上げる。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に、その単語を光輝が鸚鵡返しする。レンジは、馬鹿を見た気分になった。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 え~なるほど、と感嘆の頷きを洩らす生徒達。そして、言われたままに針を指先にチョンと指して、浮かんできた血の滴を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いき、ステータスプルートに変化が現れた。

 

 どうやら、各々のステータスが表示されたようだった。レンジも同じように……。

 

===============================

蓮ヶ谷レンジ 17歳 男 レベル:1

天職:魔法剣士

筋力:150

体力:150

耐性:150

敏捷:150

魔力:150

魔耐:150

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性[+超硬]・複合魔法・外界術式[+高速構築][+術式隠蔽]・剣術[+剣聖]・弓術[+一矢入魂][+高速射撃]・剛力[+豪腕]・縮地[+転歩]・先読[+既視感覚]・高速魔力回復[+魔力貯蓄]・気配感知[+周辺感知]・魔力感知[+魔力捕捉]・魔力操作[+魔法干渉]・限界突破[+覇潰][+臨界突破]・神通解放[+神格権能][+神界顕現]・言語理解

==============================

 

 ……レンジはそっとステータスプレートを懐にしまった。きっと、疲れているんだっと自分を納得させる。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に“レベル”があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやらレベル制のゲームのようにレベルが上がるとステータスが上がるっという仕組みでもないらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後で、お前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 メルド団長の言葉から推測すると、この世界はゲームのように敵を倒せば、経験値が貰えてそれが一定値貯まれば、レベルアップするよう理はないらしい。地球と同じく、地道な努力で腕を磨かなければいけないようだ。

 

「次に“天職”ってのがあるだろう? それは言うなれば“才能”だ。末尾にある“技能”と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 生産職を持つ者はこのクラスには、というか上位世界である地球から転移した者ならば居ないだろう。トータスの人と比べて、その潜在能力には数倍から数十倍の差があるっという話であるし。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 なるほど、つまりレンジは十五倍高いのか。ならば、勇者である光輝は二十倍くらいだろうか?

 

 その時、メルド団長の呼び掛けに答えようと、光輝が丁度ステータスの報告しに向かうところだった。果たして、そのステータスは……

 

============================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==============================

 

 レンジは空を仰いだ。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

 団長の称賛に照れたのか、わざとらしく頭を掻く光輝。ちなみにだが、団長のレベルは62でステータス平均は300前後。ハイリヒ王国は勿論の事、この世界でもトップレベルの強さだという。

 

 しかし、それを光輝はレベル1で三分の一程に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜く事も可能だろう。

 

 それを、同じくレベル1で半分食い込む俺って、何者?……あ、神殺しの大英雄だったわ。

 

 メルド団長の話から考えるに、本来ならば肉体自体は勇者に並ぶか、それ以下なのでないか?

 

 しかし、レンジの魂魄がそれを補うどころか、勇者スペックを超えさせているのだろう。

 

 レンジの前世の世界では、魔力はその者の身体と魂魄から発していたのだ。きっと、その魂魄から発せられる魔力が異世界トータスに来てから、此方の世界の法則に乗っ取り、肉体のスペックをカバーしはじめたのではないだろうか?

 

 まぁ、各ステータスの事が高いのは別に問題じゃないだろう。問題は、技能が全て勇者の上位互換であり、尚且つ前世の世界での力が技能として表示された事だ。

 

 外界術式や、それに付随する高速構築と術式隠蔽。そして、ある意味もっともまずい神通解放、神格権能、神界顕現の三つ。

 

 これは何とかしなければならない。まあ、手段はあるが、時間がない。

 

 ステータスプレートの文字を弄くるくらいなら、外界術式で何とかなるだろうし、最悪は『狂宴神(ケイリオス)の左手』を使えばいい。

 

 ケイリオスは全て混ぜ合わせる混沌の神であると同時に、規律正しいゲームを作る遊戯の神であった。つまり、彼の神の神格は『世の理を再構築力する』力とも言えたのだ。

 

 ケイリオスは混沌を支配する時は右手を、遊戯をする時は左手を使った。それゆえ、このゲームのような世界のシステムに干渉するならば、彼の左手こそ相応しい。

 

 右手使ったらぶっ壊れるぞ。確実に。

 

 だが、その神の左手も簡単に使えるものではないし、外界術式で書き換えるのにも時間が掛かる。なんとか、時間を稼ぐ必要が……、ハジメのところにメルド団長が向かった。

 

「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 おや?地球人なのに、生産職? これは稀少だ。

 

 そして、今だっ! 術式展開、魔法陣に介入開始っ!!

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 檜山大介が実に憎たらしくニヤニヤとハジメを煽っている。普段ならば庇ってやるが、今は保身を優先するレンジ。

 

 うおぉぉぉっ、魔法陣改竄、開始ィ!

 

「さぁ、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

 そうだっ! やらなきゃ分からないんだぞ! ハジメ、良いこと言った!!

 

 あと、檜山。てめぇは後でお仕置きだ。

 

 ハジメから投げやりに渡されたステータスプレートを檜山が見ると、腹を抱えて笑い出した。

 

「ぶっはははっ~、何だこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

 

 次々に他の生徒達が笑いだす中、女神香織が憤然とし動きだそうとするが、その前にウガーと何処か可愛らしいが、私怒っていますみたいな声を発する人がいた。愛子先生(二十五歳)だ!

 

「こらー! 何を笑っているんですか! 仲間を笑うなんて先生許しませんよ! ええ、先生は絶対許しません! 早くプレートを南雲君に返しなさい!」

 

 小さな体で精一杯の怒りを表現しようとする愛子先生(二十五歳)。その姿に毒気を抜かれたのか、ようやくプレートがハジメに返される。

 

 それと、ほぼ同時にレンジの改竄作業も無事に終了した。ヤバそうな技能を全て非表示にする事が出来たのだ。

 

 さて、ハジメのフォローをするかっとハジメのところへ……

 

「南雲君、気にすることはありませんよ! 先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。南雲君は一人じゃありませんからね!」

 

 愛子先生(二十五歳)がハジメを励ますように、肩をポンポンっ。どうやら、大丈夫そうだ。よかっ──

 

 「ほらっ」と愛子先生は自分のステータスを見せてあげた。

 

 ハジメが膝から崩れ落ちるのに、それほど時間は掛からなかった。

 

 ハ、ハジメェー!

 

 保身の代償は、あまりにも無慈悲である。

 

 

 




 
 こいつ、7000文字を超えているのか?

 もう、ずっとこのくらいの文字数なんじゃないか?

 いや、きっと何処かで短くなる筈……


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英雄と訓練

 
 なんとか、本日2話目です。
 


 

 

 

 このトータスという異世界に来てから早二週間。レンジは英雄としての頭角を完全に露にしていた。

 

 訓練相手の騎士団の団員が全く持って、相手にならない。まぁ当然と言えば当然だ。神殺しの英雄から意図も容易く一本取れる筈もない。

 

 だが、やはり騎士団の団長であるメルド・ロギンスは中々の強者であった。トータスのトップも侮れないもだ。

 

 あと、クラスメイトで言うならば、予想通り八重樫雫がかなり食い付いてくるし、前回の反省点なども確りと把握して自らの剣を磨いている。

 

 恐らくは天之河光輝、八重樫雫、そしてメルド・ロギンスの三人パーティーで同時に戦えば、レンジも手を抜く事は出来ないかも知れない。まあ、訓練での話で実際に殺し会うならば、三人同時でもレンジに掠り傷すら与えられずに、その頭と胴体がおさらばするだろう。

 

 ちなみに、坂上龍太郎とレンジの場合だと、そもそもの武器の射程も違うので、全くお話にならない。

 

 やはり、危惧していた通りにレンジにはあまり訓練の意味が無かった。今は騎士十人を相手に取り、訓練をしてやっている。二週間にして主旨が逆転してしまっていた。

 

「デアァアアっ!」

「セエェェイっ!」

「ハアァァァっ!」

 

「はい、ご苦労様です」

 

 三方向から同時に攻めてくる攻撃を軽くいなしてから、その場でくるりっと回転斬りを行う。足首のスナップと脚力から生まれる力が、腰へと渡り背筋によって更に力をまして、両腕から手元の剣とその鞘に放出された。

 

 「ぐぁあああっ!」と、ほぼ同時に全身鎧姿の男三人が宙へと踊り出された。

 

「くっ。バケモノめ!」

「こ、こいつ人間じゃない!?」

「強すぎる。だが、ここで引くわけには!」

「ここは任せて、先に行けっ」

「どうやら本気を出す時が来たか……」

「………くっ、俺の右手がっ!」

「──我、目覚めたり」

 

 残りの騎士達に言われたい放題……というか、ケツの二名は大丈夫だろうか? もちろん頭の話だ。

 

 やる気があるのかないのか、よく分からない騎士達をジト目でレンジは凝視した。……こいつら。

 

「……来ないなら、俺から行きますよ?」

 

 少し睨むように視線を送ると、彼は肩をビクッとさせて青い顔になった。そして、蜘蛛の子のように逃げていく。

 

 レンジの額に青筋が僅かに浮かぶ。そして、彼は笑顔を浮かべる。

 

「……なるほど。そういう事なら、敵に背中を向けたらどうなるのか、教えてあげようか。──待てやテメェら!!」

 

 このあと滅茶苦茶レンジに追いかけられた。そして、滅茶苦茶メルド団長に怒られた。

 

 以後、この騎士達は絶望的な場面に出くわすと「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」とめちゃんこ叫ぶようになったという。

 

 

 あえて、逃げ出した騎士達をフルマラソン並みに追い回した挙げ句、メルド団長に引き渡したレンジは良い仕事をしたっと言わんばかりに、訓練場の隅で小休止を取っていた。

 

 その時、ごほごほっと突然咳き込む。すぐに口元を右手で押さえるのだが、噎せるように更に数回咳き込む。

 

「蓮ヶ谷君、大丈夫? 随分咳き込むわね?」

 

 気が付けば、雫が背中を擦ってくれていた。

 

「ゴフッ、ゴホン。……ぁあ、大丈夫だよ」

「本当に? もし、あれだったら香織に……」

「いや、いいよ。ありがとう、雫」

 

 口元を拭き取るように右手を話して、雫に得意の仄かな美笑をみせるレンジ。だが、雫は少し見とれる程度だ。古馴染みなので効果は薄く、腰砕けにしてやる事は出来ない。

 

 まあ、なったらなったで面倒なので助かるのだが。

 

「ちょいと大声出しながらフルマラソンしたのが、喉に効いただけだろうし。香織も訓練中だ、わざわざ中断させてまで回復魔法使ってもらうのは、ね」

「……うーん、まあそうなんだけど。何か引っかかるわねぇ? って何でフルマラソン!?」

 

 流石古馴染み。中々に鋭い。そして、ナイスなツッコミだ。

 

 そんな事を思いながら左手でポケットから取り出したハンカチで、綺麗に右手の平を拭き取る。

 

「……あら、赤色」

「ん? それがどうかした?」

「だって、あまり赤色の物持たないじゃない。珍しいのね」

「あぁ、これね。メイドさんにハンカチが欲しいって言ったら、この色を渡されてね」

 

 実際は嘘である。赤色のハンカチを所望したのだ。

 

「ところでさぁ雫」

「何? 改まって……」

「いや、ちょっとだけ見えたんだけど。ほんの少し前に、ハジメを檜山達が引っ張っていって、今その後ろを香織が追い掛けていったんだけど……」

「……はぁ、ちょっと行ってくるわ」

 

 この世界に来てから妙に態度がでかくなった檜山達。手にした大きな力のせいで少し調子に乗っているのだろう。

 

 何せ、一週間前にはレンジに喧嘩を仕掛けてきたくらいだ。しかも、正々堂々と真正面から。その誠意は実に手厚く返させて貰った。

 

 少しは大人しくなったと思ったが、どうやら仕置きがまだ足らないとみた。しかし、今は行けない為、代わりに雫を行かせたのだ。

 

 雫の後ろ姿を少しだけ見送って、レンジは訓練場から出て、施設の裏へと回る。そして、そこで膝から崩れる。

 

「ごぱっ、ごほごほっがはっ!」

 

 四つん這いになった状態で盛大に吐血する。吐き出された血は多く、すぐに真っ赤な水溜まりができた。

 

 一頻り血を吐き出し、それが治まるとレンジはパチィンと指を鳴らす。

 

 すると、音もなく彼の後ろにメイド、いやあれは“よく訓練された”メイドさんだ!

 ともかく、よく訓練されたメイドさんが現れてレンジに完璧な角度で一礼。

 

「悪い。汚してしまった」

「はい。すぐに掃除致します」

 

 よく訓練されたメイドさんは再び一礼。そして、次の瞬間には一体何処から取り出したのか、モップとバケツがその手に持たれていた!

 

 レンジは掃除の邪魔になるし、訓練時間に訓練場に居ないのは流石に不味いので、その場を立ち去る事にする。

 

 その時、メイドさんにすれ違いざまに──

 

「いつもごめんね」

 

 労いの意味を込めてナデナデしておく。

 

 …おや!? よく訓練されたメイドさんのようすが…!

 

「……全ては、貴方(マスター)のためにっ」

 

 ブンブンとまるで槍術のように、モップを片手で高速回転させて構えるメイドさん。

 

 おめでとう! よく訓練されたメイドさんは“すごくよく訓練された”メイドさんにしんかした!

 

 その槍捌き、いやモップ捌きに気合い入ってるなぁっと感心しながらレンジは訓練場へと戻っていった。

 

 

 訓練場に戻ると、案の定というか何というか、服だけやけにボロくなったハジメが居た。檜山達にやられた後に香織が回復魔法を施したのだろう。

 

「いいようにやられたのか、ハジメ?」

「あ、レンジ君。……別にそういう訳じゃないよ」

 

 笑顔で誤魔化すハジメだが、レンジは檜山達に連れて行かれるのを見ていたので、通用する筈もない。

 

 だが、ここで本当はイジメられたんだろう? と確信を突くのはよろしくない。ハジメだって男の子だ。黙っていても、やはり悔しい思いはあるだろう。

 

 ならば、何かあれば助けてやるとか、出来ることがあるなら言ってくれっなんて同情したような事を言うべきではない。

 

 本当に言ってやるべき事は、本当にしてやるべき事は……。

 

「うん、そうなんだ。じゃあ、俺と訓練すっぞ」

「へ?」

 

 強くなれるよう、めちゃんこ訓練してやるだけだ。そう、めちゃんこな。

 

 魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよという事だ。まあ、本当に最善なのは釣り方を考えさせる事だが。

 

 まあ、訓練なので剣の振り方なんて嫌でもわかるし、戦い方だって自分で考えられるだろう。がんばれ、ハジメ。

 

 

 訓練終了まで、滅茶苦茶ハジメをシゴキ倒した。そのシゴキようと言えば、檜山すら若干同情するレベルだったのだが、同情するより自分の心配をした方がいい。何せ、これでハジメが強くなったら、まず仕返しされるのは自分なのだから。

 

 訓練の時間が終われば、いつもならば夕食まで自由時間となるのだが今日は何故だが、メルド団長の野太い声で引き留められた。何やら、重要なお知らせがあるようだ。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意したが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れるってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散! あと、レンジお前はこっち来いっ」

 

 団長は伝える事だけ伝えて、直ぐに訓練場から出ようとするので、少しざわつくクラスメイトを余所にレンジはその後を追う。

 

 というか、まさかのご指名に「もしや、昼間のフルマラソンの件では?」と心当たりのあるレンジ。結構騒いだような気もするので、王族から何か文句が来たのだろうか?

 

「すまない。君にどうしても確認したい事があるんだ」

「あ、フルマラソンの件ですね。はい俺です、俺がやりました。すいません」

「いや、その事じゃないんだ。むしろ、部下の不甲斐ない姿を見せてしまった、すまん」

 

 メルド団長とレンジは何故だかお互いに頭を下げる事になった。どうやら、フルマラソンは関係ないらしい。はて? では一体何だろうか。

 

 メルド団長は普段から怖い顔をしているオッサンなのに、その上今は顰めっ面までしてその怖さを次の次元へと昇華させていた。余程の悩み事でもあるかのようだ。

 

 そして、意を決して口を開いた。

 

「君は人を──人間を殺せるか?」

 

 何が聞きたいのか、何を気にしているのか、レンジにはその言葉に宿るメルド団長の意志を感じなくとも理解出来た。

 

 人を殺す覚悟。同族殺しという禁忌を犯す心構えがあるかっという事だろう。

 

 明日の大迷宮遠征を前に、メルド団長も魔族との交戦が始まる事を予感しているのだろう。その魔族は見た目が大して人間と変わらないという話だし、同族殺しの罪悪に囚われる事を危惧してくれているのだろう。

 

 その事をレンジに聞いてくるのは、やはり勇者一団の中で最も強いからだろう。戦場では勇者である光輝以上に、全体の士気に関わる人物である。

 

 そんなレンジが、禁忌破りの重圧に押し潰されないか、心配なんだろう。

 

 だが、前世のレンジは人間どころか、同族の宗教国家二つ程滅ぼし、一つの人種を全滅し、更には亜人族のいくつかの種族も絶滅させている。文字通り、根絶やしにして種の存続を断ち切ったのだ。

 

 今さら、罪悪感がないか、なんて心配されてもそんな感情はとうに麻痺し、極限まですり減っている。

 

 故に答えは、無い。のだが、正直にそう答えて信じてもらえるだろうか? 信じてくれても、殺人鬼やサイコパスのように見られないだろうか?

 

 どう答えたものか?

 レンジの出した答えは……

 

「必要なら殺す事やその後の事は忌避しません」

「……そうか」

「ただ、誰にも死んでほしくないし、誰も殺したくはありません」

「そうか。わかった」

 

 神様は別ですが。という言葉は頑張って飲み込んだ。

 

 すまなかったな。今日はもう休んでくれっという言葉を残してメルド団長は去っていった。

 

 あれが最善の答えだったかは、分からない。でも、口に出した言葉は戻せない。メルド団長が言葉の中にある意味を理解してくれた事を祈るだけだ。

 

 ──敵は必ず殺す。身内は死んでも守る。

 

 かつて、神殺しの際に立てた誓いだ。必殺と死守の誓約。これは一度たりとも破らなかった。敵は全員殺したし、仲間は命掛けで助けようとした。

 

 神を相手にするのに、よくもまあこんな誓いを立てたものだ。まあ、お陰で狂宴神(ケイリオス)を殺す事が出来たのだ。

 

「命を掛けても、助けられない奴も居るんだけどなぁ」

 

 そして、命掛けて救っても、必ず報われる訳ではない。命を救った者に、背中から刺される事もある。

 

 流石に、死病神(ベイングラ)の小太刀で刺す事は無かったんじゃないかと思うのだが……。

 

 それはさておき、明日はオルクス大迷宮という場所に遠足に行くらしい。それなりの準備をしなければ。まあ、軽めの情報収集だが。

 

 レンジがパチィンと指を鳴らす。そして、また音もなく“すごくよく訓練された”メイドさんが現れた。どういう原理なのかは、レンジにもよく分からない。

 

「お呼びでしょうか、我主(マイマスター)

「明日、オルなんだっけ? オルカ? オクラ? まあ、オルカラ(・・)だがオクラカ(・・・)大迷宮に遠征に行くらしいんだけど」

「耳にしております。オルクス大迷宮への実戦訓練ですね」

 

 そう、海洋生物とか食用植物なんかには一切関わりのない名前のオルクス大迷宮だ。中々、レンジは名前の覚えが悪いのかも知れない。

 

 それとも、年寄りの弊害だろうか。まあ、オクラからイクラに変更されなかっただけ、良しとしよう。

 

「そこって、どんな所なの?」

「では、説明させて頂きます。まず、オルクス大迷宮とはこのトータスに存在する七大迷宮の一つであります。全百階層から構成されていると思われる大迷宮で、その階層が深くなるにつれて強力な魔物が出現という特徴があります。その為、オルクス大迷宮は冒険者や傭兵の腕試しや、新兵の訓練に非常に人気がある迷宮の一つでもありますね」

「なるほど。ちなみに、最高到達階層は?」

「百年以上前の記録になりますが、六十五階層だったと記憶しております」

 

 三分の二も攻略出来ていないらしい。そんなに難易度が高いのだろうか? ならば、自分達は明日何処まで潜らされるのか。

 

「明日はどのくらいまで潜ると思う?」

「……腕試しの線引きでは二十階層を越えれば一流。四十階層で超一流。是非、四十階層までっ」

 

 私のマスターならへっちゃらですっと目で語ってきたメイドさん。忠誠心メーターが振り切ってしまっているようだ。

 

 というか、質問の答えではなく願望で返してくる辺り、何とも言えない感慨を抱かずには居られないレンジ。

 

 だが、しかしまあ、どうせそんな所に潜るのならば、折角の機会だ。記録を更新してみたいっと思うのは、男の子だからだろうか?

 

 思わず、好戦的な笑みを浮かべるレンジに、メイドさんが思わず見惚れてしまう。

 

「ぽっ」

 

 なんだ、ぽって。ぽっ、て。ユーモアがあるメイドだ。

 

「ありがとうね」

「………」

 

 取り合えず、聞きたいことは聞けたのでお礼を言うと、何やら熱っぽい視線で此方に求めてくるメイドさん。

 

 おっと。

 使者という立場で、主に求めてごとをするなど……

 

「君は、悪い子だね」

「……~ッ!」

 

 レンジは少し強引にメイドを抱き寄せて、その頭をナデナデしてやる。一気にゆでダコのように赤く染まるメイドさん。

 

 数秒撫でてやり解放すると、生まれたての子羊のようにプルプルしていた。なんか、可愛かった。

 

 “すごくよく訓練された”メイドさんは、逃げたした。

 おめでとう! すごくよく訓練されたメイドさんは“ものすごくよく訓練された”メイドさんにしんかした!

 

 そんなテロップがレンジの脳内に流れていた。

 

 

 




 
 今回は5000文字を超えて、6000文字に届かない程度でした。


 コメント・感想をして下さった皆様ありがとうございます。この場を借りて、再度お礼申し上げたす。

 お気に入り登録の方もありがとうございます。嬉しいですし、何より励みになります。

 ページ数もまだまだで、中身もつたないものですが、精進していきたいと思いますので、末永くお付き合い下さい。
 


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奈落の英雄

 
 や、やらかした感!


 

 

 

 レンジは浮遊感を感じていた。

 

 視界の広がるのは、単純な暗闇。振り返って見れば、もうすぐ見えなくなってしまうであろう小さな光。

 

 レンジは今まさに、奈落へと向かって落ちている。何故、このような事になったか説明すると長いので簡潔的に纏めると……

 

 光輝と檜山、それからベヒモスが悪い。一番悪いのは檜山とか言うクソガキだ。

 

 

 事の始まりは、オルクス大迷宮に進軍を始めて二十階層にたどり着きもうすぐ二十一階層そうへと進もうとしている時だった。

 

 恐怖で怯えた(実際は違うのだが)仲間を思わんばかりに、勇者こと天之河光輝が放った大技(洞窟内で使う技ではない)。

 

 それを受けた迷宮の壁の一部が崩れ落ち、中から女性の心を虜にする宝石(グランツ鉱石)が現れたのだ。

 

 勿論、クラスの女子達は宝石にうっとりとした。そして、何を思ったのか(大体の理由は察する事ができるが)、檜山がメルド団長の静止も聞かずにグランツ鉱石を取りにいった。

 

 ところが、どっこい。そのグランツ鉱石は転移魔法が仕掛けられた罠だったのだ。そうとも知らずに、檜山はグランツ鉱石に触れてしまい、皆を巻き込んで転移トラップを発動させてしまう。

 

 そして、転移した先で最強クラスの魔物であるベヒモスと退治。さらに、後ろからも湧き出し続けるモンスター。

 

 でも、ここで頼れるヒーロー光輝君が沸き出るモンスターを切り開き道を作る。

 

 さらに、グッドアイディアでハジメがベヒモスの動きを止める。そして、限界ギリギリまでベヒモスを拘束しつづけて、最終的にはクラスの皆がベヒモスへ向けて魔法の一斉射撃。

 

 やったー! と思ったのも束の間。なんと、ベヒモスに殺到する魔法郡の中から一発だけ誤射があったのか、ハジメに直撃してしまう(確りとガードはしていたようだが)。

 

 なんてこった!ハジメが深い崖へ落ちちまったぜ。泣き叫び崩れ落ちる香織。悔しげな顔を浮かべる光輝とメルド団長。ここで、ニヤリと笑う檜山。

 

 

 そして、英雄は決断した。

 

 敵は必ず殺す。身内は死んでも守る。

 

 必殺死守の誓約をレンジは再びその心に宿し、誰に止められる前に、ハジメの背中を追って奈落へと飛び込んだ。

 

 そう、後にハジメが豹変し魔王となって這い上がる奈落へ、レンジは再び英雄となるため、その誓いを果たすために足を踏み込んだ。

 

 

 まぁつまり、全て檜山のせいだ。

 

 

 起きてしまった事はどうしよもないので置いて、レンジが今もっとも恐れるのは、ハジメの落下死だ。もう結構な時間、落下体験をしている。

 

 ハジメのステータスは確か現段階ではオール12という洒落にならない低さだったので、どうにか減速しなければ間違いなく死ねる高さだ。

 

 最悪、死んでしまっても『蘇生神(アライフラ)の心臓』を使えば、普通に生き返らせる事が可能ではあるが、レンジの体に掛かる負担が馬鹿にならない。

 

 アライフラが司ったのは、生命と繁栄。命を生み出し、命無きものに命を与え、あらゆるものを繁栄・成長させる神。

 

 その蘇生神の神格があれば、死者に再び命を与える完全な死者蘇生が可能となる。命のみならず、繁栄も司るので、一瞬でその体を最適な状態に戻し維持する事だって可能だ。

 

 むしろ、肉体の最適化やその状態を維持するのが本質ではなく、繁栄が本質なので無限に成長させ続けるのが本来の性質なのだが。

 

 実は、その性質ゆえ、その神格を手にしているだけで、レンジに様々な恩恵を与えている。傷が治るのが某不死身の分隊長並みに早かったり、筋肉酷使のあとの超回復の効率が異常に良かったりっと、肉体的な面での恩恵である。

 

 ある意味では、転生後の器が大英雄の魂魄という強大無比な力に耐えていたのも、ひとえにこの恩恵のお陰だったのだろう。

 

 しかし、その奇跡的な肉体と魂魄の均衡はトータスに来てから崩れてしまったのだ。どうやら、急激に力を付けたのが駄目だったらしい。

 

 単純に強靭な肉体を作っても、均衡が保たれる訳ではない。むしろ、両方の釣り合いが取れていたから均衡していたのだ。そりゃ、片方だけ強くしたり大きくしたら、その均衡は崩れるだろう。

 

 だが、時間が立てば肉体に魂魄が徐々に馴染んでくる。吐血や、全身に走る激痛なんかは一時的なものだ。

 

 話が大分逸れてしまったが、要するに例えハジメが死んでしまっても蘇生させれば済むので、対して心配する必要はない。

 

 だが、その代償はレンジの命である可能性が高い。それに、命を直接与えるのは神の所業である。つまりは、神になるっという事。

 

 まあ、だから何? 程度でその必要があるのならば、レンジは神の所業に手を出すし、その領域にも足を踏み込むだろう。例え、自分の命が燃え尽きようとも。

 

 それが、彼の誓った“必殺と死守”の誓約なのだから。

 

 

「だから、ハジメ死んでも構わない。──ただ、身体は置いてけよ?」

 

 

 暗闇の中で、その先へ落ちているであろう少年の無事を祈って、レンジはうっすら不敵な笑みを浮かべた。

 

 そして、崖の壁から吹き出していた水鉄砲に呑まれた。

 

 ──ぎゃあああああっ! こんなの聞いてねー。

 

 勢いよく吹き出す水鉄砲を空中で耐えきれる筈もなく、レンジはあっさりと吹き飛ばされる。

 

 しかし、飛ばされた先にも水鉄砲がっ! また吹き飛ばされた!

 

 ──ぎゃあああああっ! 何かいっぱい吹き出し口あるー。

 

 

 まるで間欠泉の如く水が吹き出す発射口は、いっぱいあった!

 

 激しい水流の力に為す術もなく揉みくちゃにされながら、ピタゴラス○イッチの要領でどんどん奈落へと流されていくレンジ。

 

 このくらいの水流、海流神(アクエリア)を使えばどうにでもなるが、神の力の大安売りはするべきではない。

 

 結局、レンジに出来る事は無かったので、そっと意識を手放した。というか、この水流の中で居眠りをこいた。

 

 

 

 

 

 ザァーと降り頻る水の音が、徐々にレンジの意識を覚醒させていった。暗闇に沈んでいた視界が明確になり、四肢の感覚も戻る。

 

 一番強く感じたのは、冷たさだ。どうやら、浅い地底湖のような所に浮いているらしい。

 

 レンジは直ぐに立ち上がり、体を暖めるために外界術式で魔術を構築する。別に、トータスの魔法でも構わないのだが、やはり慣れ親しんだ前世の技を選んでしまう。

 

 特に詠唱もなく魔術が発動して、一瞬レンジの体が仄かな青い光に包まれた。

 

 前世で、生活魔法なんて呼ばれて広く普及していた極一般的な魔術だ。周囲の環境に合わせて適切な効果を自動的に付与してくれる環境適正化の魔術『ネイチャーレジスト』、の上位互換『グレーターレジスト』。

 

 魔力の消費を無視すれば、宇宙空間やマリアナ海溝、北極でも生存が可能だ。その場合は、また別の魔術を使った方が魔力消費の効率は良いが。

 

 

 周囲の環境とレンジの状態を解析して、それに適用できるように、発動した魔術は適切な力を執行した。

 

 レンジの体が一瞬の内に暖まり、服に染み込んでいた水分も一瞬で気化した。乾いていない洗濯物をそのまま着れる便利な魔術だ(注意、そういう用途の術ではありません)。

 

「……さて、ハジメは何処に落ちたのか?」

 

 周囲にハジメらしき人物は見当たらないし、彼の所持品らしき残留物もない。恐らく、ハジメも水鉄砲に揉まれて何処か別の所に落ちたのだろう。

 

 手っ取り早くハジメを見付けるため、技能の周辺感知と魔力感知を同時に発動する。すると、かなり強い魔力を持つ魔物がうじゃうじゃ居る事が分かった。

 

 ほとんどがベヒモスクラスであり、唯一一匹更に強大な魔力を感じる。そんな中、一つだけやけに反応が弱い個体があった。

 

 悲しいかな、ハジメである。

 

 正直、ここの魔物はハジメの手に負えるレベルを遥かに凌駕している。早く合流してやりたいのだが、道が直通ではないし、道中魔物が居るしっていうか、レンジの方へと向かってきている。

 

 そして、レンジの前に一匹のウサギが現れた。レンジと目を合わせて、ぴこんとウサミミを動かしている姿は愛らしいものだ。

 

 その大きさが中型犬ほどもあり、やけに後ろ足が発達していて、皮膚表面に露出した大動脈のような真っ赤な線をドクンドクンと脈動させていなければ。正直、可愛いどころか、くそ気持ち悪い。

 

 げんなりした顔のレンジを、ウサギ擬きは敵だと判断したようで、独特のファイティングポーズを取った。シュッシュッ! と挑発するように素振りの脚撃を空中に打ち込む。

 

 しかし、それはかなりの威力が込められていたのか、余波の力がレンジの体を叩きつけて、髪がぶはぁと浮いた。

 

「……獲物、久し振りにそう言える奴に出会ったかなぁ」

 

 獲物、つまりは敵だ。それは必ず殺さなければならない。

 

 レンジは腰に帯刀していた剣を抜き取る。それは柄から剣先まで、まるで削り出して作ったように同一の金属でできた無骨な黒剣だ。

 

 これはハイリヒ王国の所蔵していたアーティファクトの一つで、その力は“不毀”というただ一つ。その刃は壊れず欠けず。

 

 ある意味では、理想の武器と言える。しかし、クラスメイトの誰も欲しがらなかった。もっと、魔法の道具的な効果を彼らは期待していたらしい。

 

 しかし、無いというなら、付けてしまえばいい。そう、逆に考えるんだ。

 

 レンジは不壊の黒剣の腹をそっと撫でながら呟く。

 

「……摂理を燃やせ【獄炎(ヘルズフレイム)】」

 

 付与魔術【獄炎】。それは通常の炎のような物理的な反応は起こさない。

 

 獄炎が燃やすのは、その物体にある概念そのもの。例え、不燃物だろうが破壊不可能という概念を持っていようが、全てを灰に変える概念の炎である。

 

 まあ、燃えにくくはなるのだが。だから、この黒剣を選んだ訳だし。

 

 この魔術は、前世でレンジが作ったオリジナルの魔術だ。神殺しに大変役立った。例えば、鳳凰神(フレアデス)の創った第二の太陽を燃やすのだったり、恋愛神(ラヴァリア)の美しいっという概念を持った顔を燃やすのにだったりだ。

 

 他にも何柱はこの魔術の被害者であるが、ここでは割愛させてもらう。誰も聞きたくないだろう、不死身の眷属種を燃やされて泣きわめく神の話とか、自分の芸術を焼き払われて放心する神の話とか。

 

 それはさておき、黒い炎で刀身が燃えあがる剣を見て、動物の本能がなせる技か、ウサギさんは体をビクンとさせると、逃げ出した。

 

 その高い脚力の出せる全力を使い、足元を爆ぜさせて必死に逃げた。

 

 しかし、レンジを前に敵を向けたのが運の尽き。英雄、いや死神はそう易々と逃がしてはくれない。

 

「一撃にて、堕ちよ『神滅崩哮斬』」

 

 英雄の大技が放たれた。それは神を殺す為に磨きあげた剣術が、魔法の領域にまで達した魔法剣。

 

 神ですら直撃すればただでは済まされない、極撃の一振り。

 

 ズガガガガガーッと洞窟を広げながら、放たれた斬撃は哀れなウサギさんを二つに割断して、付与された獄炎が灰へと変えた。

 

 そして、レンジは吐血する。洞窟内で扱う技でもないし、今の体で使っていいような技でもない。割りと、馬鹿をする英雄である。

 

 無茶をしても、蘇生神(アライフラ)の力のお陰で直ぐに体調は戻るのだが、あまり体を酷使するものではない。

 

「ごほっ……、あぁ早くハジメのところに……ハジメの霊圧が消えた…?」

 

 いや、元々の霊圧など感じて、いやレンジならば魂魄の存在も感知できなくはないが、そんな事はしていない。

 

 しかし、レンジが感知していた筈の、ハジメの魔力が雲隠れした。何やら近くに最強クラスの魔物が居たようだが、道無き道をどんどんと切り開いて突き進み、そのまま反応が無くなった。

 

 一瞬、レンジをしても驚くほど濃厚な魔力の塊を感知したのだが、一体なんだろうか?

 

 だが、ハジメの方に関しては予想が出来る。運悪く、この階層の最強の魔物に出会したのだろう。そして、錬成師の力で洞窟の壁を掘り進み難を凌いだ。

 

 魔力が感知出来なくなったのは、おそらく掘った穴を埋めて密室状態になったからだ。

 

 レンジの周辺感知は万能の力ではないので、ある程度空間同時が繋がっていないと感知出来ない。家の中などは感知出来るが、ハジメのように錬成で塞がれてしまうと感知出来なくなってしまうのだ。

 

 ちゃんと、酸素を確保出来ているのか心配だ。

 

 もしくは、魔力切れになるまで錬成を酷使したか。しかし、冷静なハジメなら……いや、最強クラスの魔物と対峙したのだ。ただの日本の高校生が冷静でいられるとは思えない。

 

「何にせよ、早く合流しよう」

 

 

 

 

 ハジメが掘り進めた穴を発見し中に入ると、痛ましい姿になったハジメが転がっていた。

 

 腕が、左腕がどこにも無かった。そのことにレンジは唇を噛む。

 

 どうやら、魔力を枯渇させて気を失ったようだ。

 

「……これが魔力の正体か」

 

 レンジが感知していた膨大な魔力の正体が分かった。

 

「……魔力の結晶か」

 

 トータスで神結晶と呼ばれるものは、レンジの前世の世界には多々あった。まぁ一般に普及する程の価値ではなかったが、国家予算を空にすれば買えるレベルだ。

 

 神結晶から流れ落ちる高濃度の魔力の雫が、上手いこと天井を這ってながれて、ハジメの真上で滴っている。

 

 これのお陰で、ハジメは生き長らえたらしい。腕を切断されれば出血もさることながら、激痛によるショックで死ぬことも珍しくない。

 

「……お前は運が良いし、割りと図太い神経してるのかもな」

 

 レンジにはハジメの左腕の欠損を治す事もできたが、それはやはり蘇生神(アライフラ)の神格を使用する必要がある。

 

 つまり、今は治してやる事はできない。もちろん、死守の誓いの事は破るつもりはないが、左腕がない=死には結び付かないので、自身が死ぬ可能性がある神格の使用は行わない。

 

 というか、今はハジメの体の傷よりも、心の傷をどうするかだ。絶対絶命の状態に陥り、片腕も失ってしまったのだ。心に傷を負わない訳がない。

 

 しかし、それを癒してやる事はレンジには……。出来ちゃうから少し困る。

 

 強引な手で、という注意書きが入るが可能だ。レンジも代償を払う必要が出てくるし、時間も掛かる。

 

 だが、やるしかない。彼の心を殺す訳にはいかない。死守を誓ったのだから。

 

 レンジは、神の力を使う事を決意した。

 

 ──神通門、解放。神格にアクセス。

 ──『芸術神(ハルモニア)の声帯』を選択。

 

 

「──さぁ、ハジメ。俺は君を死なせないぞ? 死にたいなんて言わせないからな。──“生きろ、生きろ、生きて足掻いて、また生きろ。その命ある限り、生きて生きて生き続けろ。生きることを許可しよう。死ぬことは許されない”」

 

 音楽と調和の神ハルモニア。かの神の力は実に強大だった。

 

 調和を司る事で誰とでも心を通わせ、音楽で言葉を聞かせる力を持った神。これだけ聞けば、危険の無さそうな神だ。

 

 しかし、使い方によっては、生きる者と死せる者全てを支配する力であった。

 

 ハルモニアには、強制的に魂魄に語りかけ、直接魂魄に命令を下す事が出来たのだ。いくら、魔術で精神汚染を防ごうとしても、それは調和。調和事態に害はないので防ぐ事はおろか、感知すら出来ない。

 

 そして、全ての者の心を響かせる美声。逆らえる者など居なかった。

 

 そんな神を殺したレンジでさえ、逆らう事は出来なかったのだから。だが、レンジは完全なる無心になる事でそれを看破してみせた。

 

 無心に状態から放つ究極の一撃で、その喉を切り裂いたのだ。一番始めに殺した神であり、類を見ない強敵であったっと言える。

 

 そんな不可避の絶対命令権を持つ神の力を使い、レンジは命令を下したのだ。

 

 衰弱しきったり魂魄や、拒絶状態にある者には効果が無さそうなだが、調和の力がそれを打ち消すのだ。

 

 レンジのように無心、いや無意識下で相手を殺しに掛かるように成らなければ、芸術神の権能は防げない。

 

「……お休み、ハジメ。目が……覚めたら、少し話を──」

 

 レンジはそのまま気を失った。

 

 神格を使用した事で、レンジの肉体は崩壊を始めていた。しかし、肉体はそれを本能的に回避する為、気絶したレンジの意思とは関係無しに、神格にアクセスを行った。

 

 崩壊する身体。それを癒す『蘇生神(アライフラ)の心臓』。崩壊と再生が、幾度となくレンジの身体で行われる。

 

 そして、それはハジメの精神も同じ事だった。もう死にたいっと思う事を禁止されたその心は、何れある答えに辿り着く。

 

 そして、その答えが彼の生き方を左右し、彼はこう呼ばれる様になる。──『奈落の魔王』と。

 

 

 




 
 まさかの迷宮前夜カット&迷宮内事件を大幅カットぉぉぉ。

 すいません。許してくだしい。
 全部、檜山君が悪いんです。はい。
 
※修正しました。


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豹変する魔王、回帰する英雄

 
 ハジメ君の心理描写が原作と変わらない……。


 

 

 

 ハジメの精神は酷く衰弱していた。

 

 オルクス大迷宮の奈落に落ちて、自分ではどうしようもないような魔物に囲まれて、左腕を失い救援も来ない。

 

 もういっそ死んでしまいたいっと思う気持ちふつふつと湧いてきた。

 

 だが、その気持ちは何処からか聞こえてきた“生きろ”という優しげな言葉で蓋をされた。

 

「誰!?」

 

 魔力を極限まで消費し気を失っていたハジメが一気に意識を覚醒させた。

 

 朦朧とした意識の中、確かに思った死にたいという気持ち。そして、頭に響いた“生きろ”というその言葉。

 

 その言葉を聞いた瞬間、衰弱していた筈の精神が一気に活力を取り戻した。まるで、生を渇望するように。

 

 しかし、そんな変化は些細な事に過ぎない。ハジメは確かに聞いたのだ。誰かの声を。

 

 この奈落の底に自分以外の人間が居る。その事実がハジメにとっては何よりの希望だった。

 

 誰だっていい、助けて。誰か、助けて!

 

 そう思い勢いよく立ち上がった時、グニャ、と思いっきりレンジの背中を踏んだ。「あ、やべっ」、と予期せぬ事故にハジメはそんな顔を作った。

 

 すぐに退いて謝ろうした時、気が付いた。レンジがちっとも反応しない事を。そして、レンジを周辺に血溜まりが出来ていた事を。

 

「……し、死んでる!?」

 

 いや、よく見れば息をしているようだ。時々、吐血して蒸せている様だが、確りと生きている。

 

 ならば、すぐに緊急手当てをしなければ! って自分の左腕があああっ!

 

 少し慌てるハジメだが、すぐに自分の怪我が治っている事に気が付く。

 

 レンジが治療してくれたのでは? と思うが、レンジが治癒魔法を使った事をハジメは見たことが無かった為、違うっと判断。だが、実際は使えるし、神の心臓を宿しているくらいだ。

 

 レンジで無ければ、一体なぜ?

 

 傷の癒えた理由を探そうと周囲を見回して、ハジメはようやく神結晶の存在に気が付く。

 

 青白く輝くクリスタルの美しさに息を呑むが、それも束の間。ハジメはお得意の錬成で即興で器を作ると、神結晶から染み出ている雫を汲み取った。

 

 直ぐにレンジの体を起こして、半ば無理矢理飲ませる。あっ! 少し間違えて鼻に!?

 

 ゴクゴクゴ──、ッ! ゴバッ、ゴバッ!?

 

 気管に入ってしまったのか、血を混じらせながら咳き込むレンジだが、ハジメはもう行っちゃれ、の精神で神水をレンジの体に注ぎ込む。

 

 はい! 一気! 一気! 一気!

 ゲホっ! ゴボゴボゴボ………

 

 紅い泡を吹きながら溺れるレンジ。しかし、処置的には間違っていなかったのか、それを気にレンジの出血が止まった。

 

 フゥ……、とハジメは一息着いたのだが、危うくレンジは溺死するところであった。まさか、知らないところで殺されかけるとは、無意識下のレンジは知るよしもない。

 

 レンジの内臓出血が原因だと思われる吐血は止まったが、目を覚ます気配が全くない。

 

 この奈落では自分の強さでは出来る事はないだろうと諦めて、レンジの起床を待つ事にした。

 

 だが、それは飢餓と孤独、そして左腕の幻肢痛との戦いの始まりだった。あと、時折吐血を再発するレンジの看病もしなくてはいけなかった。

 

 十日間。水だけは辛かった。──のちの魔王はそう語った。断食はアカンね。

 

 

 ピークの波があるとはいえ、次に襲いかかる時には必ず前よりも大きくなる空腹感。絶え間なく襲ってくる存在しない左腕の激しい痛み。そして、再発を繰り返すレンジの吐血。

 時々、孤独を誤魔化す為にレンジに腹パンしたり、プロレス技を掛けたりした三日間。

 

 しかし、それでも誤魔化すきれないモノがハジメの精神を蝕む。

 

 時折、死ぬことを望むも、レンジが掛けた呪いの言葉によって、直ぐさま生に縋りつく。

 

 矛盾した思考回路を延々とぐるぐる回り続ける。日を追うごとに、その思考回路は歪な形へと変わり始め、彼の心を確実に侵食していった。

 

 そして、八日目辺りから目に見えて精神に異常が現れ始めたのだ。ぐるぐると死と生という矛盾した事を願いながら、地獄の苦痛が過ぎ去るのを待ってながら、レンジに神水を与えるだけだったハジメの心に、ふつふつと煮えたぎるものが湧き上がってきたのだ。

 

(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

(神は理不尽に誘拐した……)

(クラスメイトは僕を裏切った……)

(ウサギは僕を見下した……)

(アイツは僕を喰った……)

 

 次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。白紙のキャンパスに黒インクが落ちたように、ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚されていく。

 

 誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、そして“その命ある限り、生き続けろ。死ぬことは許されない”という言葉が焼き付きハジメの精神構造を変化させる。

 

(どうして誰も助けてくれない……)

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

(どうやって生きればいい?)

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

(死ぬ? 嫌だ。それは許されない)

 

 九日目にして、ハジメの思考は現状の打開する方法を考えていた。

 

 激しい苦痛からの解放を強く望む心が、沸き上がってくる怒りや憎しみといった感情を不要なものとし、意図も簡単に切り捨てた。

 

 余計なものは全て切り捨てて、その余白ですらこの状況を打破する方法を考える。いくら憤怒や憎悪を抱こうとも現状は解決できない。

 

 この命ある限り、生きなくてはならないのだから。

 

俺は(・・)何を望んでる?)

(俺は勿論“生”を望んでる。)

(それを邪魔するのは誰だ?)

(邪魔するのは敵だ)

(敵とは何だ?)

(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)

(では俺は何をすべきだ?)

(俺が生きる為にするべきは?)

(俺は、俺は……)

 

 十日目。

 

 ついに、魔王は目覚めた。

 

 

 今、ハジメの心には憤怒も憎悪も存在しなかった。。神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……自分を守ると言った誰かの笑顔も……全てはどうでもいいこと。自分の生存には不必要なモノ。

 

 今のハジメに必要なのは、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のような意志。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くように打たれた刃。

 

 すなわち……

 

( 殺す )

 

 悪意も敵意も憎しみも必要ない。そんなものは、何も要らない。

 

 ただ生きる為に敵から生存権を奪う為に殺す。敵を滅殺するという純粋な、殺意。

 

 自分の生存を脅かす者は全て敵。そして敵は、

 

(殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、)

 

 まさに、生存の為の“必殺”の誓い。

 

 存命必殺の誓いを立てたハジメ。なら、次にするべきは、この飢餓感の脱出だ。つまり……、

 

( 殺して喰らってやる )

 

 ついに、魔王が目覚め、彼は生きる為に殺す“存命必殺”の誓いを立てた。

 

 しかし、それは彼が強くなった事を意味しない。魔王はまだ、最弱のハジメのままだ。今、この状況からすぐに強くなる方法、敵を殺す手段。

 

 魔王は目をギラギラと光らせながら、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。歪んだ口元からは犬歯がギラリと覗かせている。のちに、この獰猛な笑顔が、彼が魔王と呼ばれる所以となるのだが、今の彼がそれを知っている筈もない。

 

 魔王は十日間掛けて、その精神を豹変させて目覚めた。そして、横で未だ静かに眠る英雄の目覚めも近かった。こちらも十日間かけて、ようやく肉体が出来上がってきたのだ。

 

 ハジメが神水を文字通りに、死にかけるほど飲ませてくれたお陰だろう。

 

 蘇生神(アライフラ)の力は無意識下で発動し、さらにレンジの魂魄から最盛期の記録を読み取り、その肉体に上書きしたのだ。蘇生神の繁栄を司る力が機能したお陰だ。

 

 しかし、二つの肉体情報の統合などそう短時間で出来る事ではない。だが、数多の神格を持つレンジならば話は別だ。

 

 そこへ更にハジメが神水を飲ませた事で、神の心臓との相乗効果で十日間という短い間で、肉体の再構築に漕ぎ着けた。

 

 あと数時間もしない内にレンジは目覚めるのだが、そんな事情を知らないハジメはさくっと錬成でいくつか道具を作って、何処かへ行ってしまった。

 

 ……腹ぺこ魔王様は薄情である。

 

 

 のちの魔王に置いていかれた英雄は、洞窟を反響してきた微かな悲鳴を聞いて目覚めた。

 

 その瞳は、日本人らしい黒い(まなこ)ではなく、黄金の瞳への変化していた。

 

 レンジは周囲を見渡すが、ハジメの姿は見当たらなかったので、すぐに周囲感知と魔力感知を併用して使用する。

 

 どうやら、少し離れたところにハジメは居るのだが、何やら魔力の反応がおかしい。何かしらの異常事態だ。

 

「……不味いな。──神通門、解放(リンク・スタート)

 

 一瞬、レンジの髪の毛の色が抜け落ちた。しかし、それはほんの僅かな時間でしかなく、瞬きをする間にはいつもの漆のような黒髪に戻っていた。

 

 その現状は、彼が神通力を使い、神格を使用した証。

 

 今回は、武闘神バルトロスと地脈神グランドルの力を執行する。

 

 『武闘神(バルトロス)の脊髄』は、身体機能と反射神経を高次の機能へと昇華させ、さらに過去現在未来という時間概念に関係なく全ての武術体系を使用する事ができる。

 

 『地脈神(グランドル)の巨脚』は、地形や地上環境の操作を可能とし、虚無から金属や鉱物の生産を可能とする。

 

 つまりは、神の脊髄で運動能力をあげて、神の足道を均して進むわけだ。まさしく、神力の無駄使い。

 

 普段ならこんな事に、負担の掛かる神の力は使ったりしないが、ハジメのピンチだ。出し惜しみは許されない。

 

「……あぁ、なるほど」

 

 そして、レンジは気が付いた。

 

 神通力と神格を使用した時の感覚が、懐かしかった。忘れもしない、前世の身体の感覚だ。

 

 例え、転生しようと、この身体が変わろうと、この感覚は忘れない。自分が犯した罪と、それを償う罰の感覚なのだから。

 

 帰ってきた。そう、レンジは思った。奈落に落ちて、英雄は本来のカタチヘ回帰する。

 

 まだ、少し違和感があるが、扱う出力を上げなければ問題ない。一パーセント未満の力だが、十分過ぎる力だ。

 

 そして、レンジは加速した。初速でマッハを超える、殺人的な加速。ハジメの下には十秒も掛からずに辿り着いた。

 

 しかし、そこにいたハジメは何やら様子がおかしい。うつ伏せに倒れて体をビクンビクンと痙攣させている。

 

 異常はそれだけでなく、髪の毛の色が抜け落ちて、真っ白に染まる。体格も一回り大きくなって、今は確認できないが服の下では、まるでここの魔物のように皮膚表面に紅い線が走っていく。

 

 ハジメに化けた魔物なんじゃないか? と疑いを掛けるレンジだが魔力の反応から、どうにも本人らしい。

 

「……ハジメ、か?」

「……じゃなきゃ、何に見える?」

 

 レンジの呟きに、完全に変化が終わったハジメがムクッと顔を上げて答えた。

 

 何に見える? と言われても……。強いて言うなら、魔物だろうか。それか……

 

「……白い幽鬼」

「死んでねぇよ。というか、白?」

「あぁ、髪の毛が白くなってるよ」

 

 レンジに言われて、自分の髪の毛が白くなっていることに気が付いたハジメ。大変驚いた様子だったが、それよりも骨格レベルで体格が良くなった事を驚いた方がいい。

 

「……何したのさ?」

「いや、魔物の肉を食った」

 

 そう言って自分で倒した狼擬きに指を差すハジメ。

 

 なんと! この奈落の魔物をハジメが一人で倒すなんて!

 

「……食っちゃ駄目でしょうに」

「知ってたさ。でも、食わない訳にはいかなかった」

 

 悔しそうな顔をするハジメに、レンジは苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ま、まぁ、生きてるんだから良しとしよう」

「そうだな。“生きなければ”ならないんだから」

 

 その言葉に、レンジの顔に影が差す。一人の少年に、辛い事をさせてしまった罪悪感からだ。

 

 本当なら、自分が守ってやるべきだったのに、しくじった。悔恨の念がレンジの心に芽生える。

 

 そんなレンジの心境は知らず、ハジメは自分の服をぴらっと捲って身体を確認してみる。

 

「うわぁ、き、気持ち悪いな。何か魔物にでもなった気分だ。……洒落になんねぇな。そうだ、ステータスプレートは……」

 

 存在をすっかり忘れていたステータスプルートを取り出して、今のステータスを確認する。この体について何か、分かることがあるかも知れない。

 

 レンジも興味があるのか、横からプルートを盗み見る。

 

==================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:100

体力:300

耐性:100

敏捷:200

魔力:300

魔耐:300

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

==================================

 

「「……なんでやねん」」

 

 二人のツッコミが完全にシンクロした。

 

 

 




 
 ハジメ君とレンジ君の再開。
 二人の情報交換なんかは、次の話ですね。

 眠気に襲われながら書いたので、誤字脱字が多いかも知れません。申し訳ないです。
 


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英雄と魔王、ドンナーとフルミネ

 
 お気に入り数が100を越えたした!
 皆様、大変ありがとうございます!!

 どうぞ、引き続きお楽しみ下さい!

 


 

 

 

「ところで、なんでレンジがここに居るんだ?」

 

 大変不味そうに、魔物の肉を頬張るハジメ。何やら手元で錬成しながら食事するという、お行儀の悪さ。余程、お腹が空いているのだろう。

 

 十日間断食状態だったので、当然と言えば当然かも知れないが。

 

 レンジも腹が減っている。と思いきや、そうでもない。神の、繁栄を司る力が妙なところでも作用しているのか、不思議と空腹感は感じなかった。

 

 しかし、何れは腹も減るだろう。そうなれば、食べ物はハジメが食べているような魔物の無くしかない。

 

 魔物の肉は猛毒。の筈なのだが、どうやら回復力の高い何かと同時に摂取することで、身体の崩壊と回復が行われ、筋肉の超回復に近い状態が生まれるらしい。まぁ、身体の崩壊に追いつくような即時性ある回復物なんて神水くらいしかないのだが。

 

 さらに、魔物の扱う固有魔法も技能として習得できるらしい。一体、どういう仕組みなのか?

 

 食べると肉体強化に繋がる魔物肉。レンジは出来れば遠慮したい。前世の偉業のお陰で、魂魄のほとんどが神なのに、今世では肉体の魔物化とか、ちょっと人外すぎる。

 

 もう、人間である場所を探すのが困難になってしまいそうだ。まぁ腹が減れば食べるしかないのだが。

 

「助けてやろうと思ってな。まぁ結局、助けてやれなかったけどさ」

 

 チラリと、今はないハジメの左腕に目をやるレンジ。それに気が付いたハジメはあっけらかんとしていた。

 

「ん? 確かに、今の状況で五体満足じゃないのは手厳しい。だが、それを補う何かを作ればいいだけだろ? だがら、左腕のことはどうでもいい。先ずは、生きる残る事が第一。嘆くのはその後でいい」

「言い切るなぁ」

「生きていれば、何とかなる。生やせる魔法があるかも知れないし、最悪錬成の力で義手でも作るさ」

 

 望むのならば、『蘇生神(アライフラ)の心臓』を使って新しい腕を生やしてやるのだが、ハジメ本人はどうやら義手を作る気満々らしい。

 

 それに肉体は前世の肉体のそれにほぼ上書きされるカタチで復活したレンジだが、それは神通力や神格を扱う際の反動が無くなったという訳ではない。

 

 やはり、出力を一パーセント以上に上げると、身体の崩壊がまた始まる。他者の部位欠損を治すのは、蘇生神の力一パーセント未満では不可能な為、出来ればやりたくなかったのだが、ハジメは左腕の事に感じてドライだった。

 

「じゃあ、今作ってるのは義手か?」

「いや、コイツは──銃だ」

 

 丁度出来上がったリボルバー式弾拳銃を見せるハジメ。ドンナー、と命名される魔王の相棒だ。

 

「ドンナー?……確かに、ドイツ語で『雷』だったか?」

「あぁ、そうだ」

 

 ──ドパッ!

 

 ハジメの唐突な試し撃ちに耳がキーンとして、顔を顰めるレンジ。しかし、それは本人も同じだったようだ。

 

 ドンナーから放たれた大口径の弾丸は、洞窟の壁を大きく抉りとる。いくら、大口径のリボルバーでもあり得ない威力にレンジが驚く。

 

「す、すげぇー!」

「“纏雷”で電磁加速させてる小型レールガンなのさ」

「なるほど、考えたな。少し見せてくれ」

 

 上機嫌なのかどや顔のハジメさんに、ドンナーを貸してぇ、と頼むと案の定嬉々として貸したくれた。

 

 やはり、自分の作った物を誰かに褒められるたり、感心されたりするのは嬉しい事なんだろう。

 

 レンジはドンナーを受け取ると、かぽっ、と回転シリンダーを取り外して、中の弾丸を観察する。

 

 正直言って、ドンナー本体の構造にレンジは興味はない。レンジは銃の構造だけならば、大体のものなら知っている。むしろ、地球の科学兵器については多くの知識がある。

 

 前世にないモノだったので、片っ端から調べ尽くしたからだ。一応、平和な世界である地球に転生したのだが、前世の癖か、元々そういう趣味があったのか、地球の戦争の事や科学兵器、武術体系等を調べつくしたのだ。インターネット、て素晴らしいー。

 

 だがら、比較的構造が簡単なドンナー本体には興味がなく、レンジに興味を湧かせたのは、弾丸の方である。

 

 黒色火薬もないのにどうやって? はっ!? 燃焼石!!

 

 地脈神(グランドル)の力を宿すレンジには、大地に関するモノならば、異世界のものだろうが、その概要が理解する事ができる。つまりは、ハジメの鉱物鑑定がレンジにもできる。

 

 更に言えば、地理を書き換えるようなレベルで出来るし、錬成師では出来ない虚無からの鉱物生成が出来るのだ。十二神の力は万能である。

 

「……なるほど、燃焼石か。考えたな」

「ああ。だが、数が少ない。それに、製作にはかなり精密さが求められる」

「そうかっ、暴発の可能性があるのか」

 

 一応、今の火薬力ならば問題ないが……、と付け加えるハジメ。

 

 しかし、これからハジメのメインアームズの一つになるので、ドンナーの弾丸の大量生産が困難なのは問題がある。

 

 レンジも“必殺と死守”の誓約を立てているが、“死んでも守る”誓いであって、“絶対守る”誓いでない。

 

 最低限、というか自分の身は自分で守るのが基本だ。本人達ではどうしようもない時だけ、レンジが助け守るのだ。仮に、自分が死んでしまおうとも。

 

 しかし、それは死にかけるまでレンジが助けないっということを意味している訳ではない。

 

「ハジメ」

「ん?なんだ」

 

 レンジはドンナーを元に戻すしてハジメに返すと、今までになく真剣な顔付きになる。

 

「……正直、このドンナーがあればお前は自分自身と──多分、幾人ばかりかの人を守れるだろう」

「ああ、そのために作った訳だしな。そうならないと、困る。他の奴は知らんけどな」

「──俺はきっと不要だったんだな。いや、存在する必要が無かったんだなぁ」

「? どういう意味だ?」

 

 地球、そしてトータス。この二つの世界に、蓮ヶ谷レンジという転生者は不要だったし、“同名の誰か”も存在しなかったのだろう。

 

 きっと、ハジメなら芸術神(ハルモニア)の力を使わずとも、生きる決意をし、このドンナーを作り上げて、奈落から這い上がっていただろう。

 

「俺は、お前を、助けない」

「あ?」

「──方がいいんだろうか?」

「いや、居るんだから助けろボケ」

「ア、ハイ」

 

 訳分からん事言ってやがるみたいな顔をするハジメに、コクコクと素直に頷くしかないレンジ。

 

 まあ、もう結構関わってしまったし、今さら干渉するのを止めるのは、何という嫌だ。それに、この地獄のような奈落を脱出するなら、大人の一人、引率してやらなければ。

 

「……なら、もう自重しないでやるか」

「え? お前、自重なんて初めからしてないだろ? 何だよ、初期ステータスオール150って」

「………」

 

 知らない間に根に持たれていたようだ。

 

「……まぁ、それは置いとけ。俺は、今から、自重しません」

「お、おう」

「多分、聞きたい事が出てくるだろうが、今は脱出が最優先。詳しい事は後で落ち着いた時に話すから、今は気にせず脱出の事を考えてくれ」

「……わかった」

 

 魔王から了承を取る英雄。ふっと、「魔王よ、世界の半分で仲間にしてやる」という台詞が脳裏に浮かんできたが、不要なのですぐに振り払う。

 

 ともかく、もう自重しないでハジメを助ける。いや、ハジメと供にここを出る。

 

 もう迷うのは、やめう。彼は決心した。もう、子供じゃない。

 ならば、同じ大人として肩を並べて歩こうじゃないか。

 

「──神通門、解放(リンク・スタート)

 

 パッとやって、テェイィ!

 

 レンジは地脈神の神格を使って、ドンナーの弾丸を大量生産! 地面からズズズズズゥと盛り上がるように弾丸が湧いてくる。

 

「うわぁ!? 気持ち悪っ」

 

 なんというか、地面からボコボコと弾丸が出てくる様は、マンホールから大量のヤツ()が出てくるようだった。

 

「……というか、複製したのか?」

「そうだ。──あぁ、何も聞くな。今は脱出の事を考えるんだ。長話にもなるから、時間のある時にな」

「……そうだな。“レンジなら”仕方ないか」

 

 少し刺のある言い方だったが、レンジは気にしないでおく。あとで、ゼッテー仕返ししてやるっ。

 

「しっかし、アレだな」

「何か問題か?」

「どうやって、持ち運ぶ?」

 

 もはや、小山のようにせり上がった弾丸にハジメは苦笑するのだが、レンジは真顔で……

 

「ポケットに入れろよ」

「は? 入り切る訳──」

「お前のズボンにはポケットは“二つ”あんだろ?」

「いや、確かにポケットは二つのあるがどう──」

「いいから、はよ詰めんかいっ!」

「ヤーさんかよ……」

 

 ハジメはポケットがパンパンになるまで弾丸を詰めたが、やはりというか当然というか、弾丸の山はちっとも小さくならない。

 

「残った弾で射撃練習な」

「……この量を、か?」

「そりゃそうだろ。いくら強力な銃でも、当たんなきゃ意味ないだろ?」

 

 ニッコリ笑うレンジ。

 

 このあと、滅茶苦茶射撃練習した。

 

 

 

 レンジの創った弾丸を射ち切るのに、ハジメは三日という時間を要した。

 

 左腕がなくリロードに時間が掛かるのに、数千発の弾を三日で射ち切るのはどうかと思うが、ハジメはやりきった。

 

 レンジの方はその三日、魔物狩りに奮闘し、ハジメと共に魔物肉を食いながら過ごした。その時、魔物肉を摂取した事で、体に激痛が走ったのだが……神の心臓を屈服させるには、その程度の毒では足らないらしい。

 

 レンジもハジメのようにステータスに変化があるか確かめたかったのだが、ご生憎様な事にステータスプレートがない。

 

 無くした訳ではなく、奈落へ飛び込む前に、安否が分かるように雫に無理矢理持たせた。プレートが更新され続ける限り、生きているという証なるからだ。

 

 しかし、ステータスプレートが無くても技能くらいから試せる。ハジメが食べた魔物と同じ魔物を食べて、ハジメが使えるようになった技能をレンジも使えるか試したのだ。

 

 結果として、問題なく使う事ができた。そこでハジメはレンジにも銃を作る事にした。

 

 レンジ一人でも、地脈神(グランドル)の力があれば出来るのでは? と思うかも知れないが、大規模な地殻変動や金属鉱物の生成が専門なので、細かい物を造るのは苦手なのだ。その割、既存のモノを複製するのは用意に出来るっという矛盾があるのだが。

 

 それはさておき、レンジの為に作られたのはドンナーのようなリボルバー式拳銃ではなく、一般的な自動拳銃だ。

 

 その構造といい見た目といい、イタリアの拳銃である“ベレッタ”シリーズの『ベレッタ90-Two』に大変良く似ている。実際に機能は多くが異なっている。小型レールガンと化している時点で完全に別物と言えるが。

 

 自動拳銃にした理由だが、一つはレンジが構造を知っていたから。さらには、ハジメとは違い両腕が健在なので弾倉の抜き差しが可能だから。

 

 左腕がないハジメでは、中折れ式(トップブレイク)のリボルバーがリロードがしやすいのだ。

 

 左腕が生えるなり、自在に稼働する義手を装着するなりすれば自動拳銃に乗り換えるかも知れないが、その可能性は低い。

 

 何せ、ドンナーでのリロード回数は、既に数千回に及んでいる。完全に慣れてしまった。

 

 あと、自動拳銃を作った理由と言えば、男の子二人の遊び心だろうか?

 

「……で、これの名前はどうするんだ?」

「随分急だね、ハジメさんよ。製作者が付けたいものじゃないのか?」

「いや、それを使うのは基本的にレンジだけだしな。俺はもう“ドンナー”ていう相棒が居るからな」

 

 腰から太腿に固定されるように着付けられたホルスターの中に眠る相棒をポンポンと叩くハジメ。

 

「そっか。……じゃあ、『フルミネ』かな?」

「フルミネ? 日本語か?」

 

 日本の名刀正宗的な考えてかと思うハジメだが、残念違うぞ。

 

「いや、日本語じゃないよ。モデルがイタリアの拳銃だからね、イタリア語だ」

「へぇー、なんて意味なんだ?」

「……『電気が走る』なんて意味らしいが、要はドンナーと同じ、『雷』さ」

「なるほど、な」

「ドンナーとは、“姉妹”銃だしな。いや、“兄弟”銃って言った方が良いのかな?」

「まぁ、男同士だしな。そっちの方がしっくりする」

 

 ハハハっ! と二人して笑うハジメとレンジ。

 

 ちなみに、レンジは射撃練習の必要はなかった。恐らく、技能にある弓術のお陰だろう。

 

「さて、ハジメの射撃精度もかなり上がったし、出口でも探そうか」

「あんだけ射たされれば嫌でもな」

 

 ハジメのジト目をサッと回避するレンジ。悪いとは微塵にも思っていないらしい。

 

「けど、悪いレンジ。その前にやる事がある」

 

 そう言ってチラリと自分の無き左腕を見詰める。

 

「……あいよ。一人でヤるんだろ? 待ってるから言ってこい」

「すまねぇ。──待ってろ、熊公!」

 

 一人、過去の自分との決別に行くハジメ。

 

 

 しばらくして、洞窟にハジメの絶叫が響く。どうやら、熊の肉を食べて、また体に変化があったようだ。

 

 さて、新生南雲ハジメにご機嫌でも伺いにまいりますか、とレンジはハジメの元に足を運ぶのだった。

 

 

 




 
 また、誤字脱字が多いかも知れません。申し訳ない。

 言い訳するなら、揺れる車内でスマホ使って書いてる
、からなんですが読者様方には関係ないですよね……。

 善処できるよう頑張ります。

 


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英雄達の不在

 
 今回はオリキャラが混じったクラスメイトの話です。

 忘れないであげてほしい、彼の事を。
 そう彼の名は──な、なんだっけ?

 


 

 

 

 時を遡り、ハジメが精神の再構築を、レンジが肉体を再構築していた頃の話だ。

 

 奈落へ落ちたハジメの件で、錯乱状態へ陥り意識を奪われていた白崎香織が、五日ぶりに目覚めた。

 

 その事はクラスメイトにすぐに伝わり、皆が香織のところへお見舞いに行く少し前、いち早くその情報を手に入れた庄司愛美(しょうじまなみ)

 

 手ぶらで香織のお見舞いへ行くのは気が引けたので、王宮の厨房を借りて胃に優しいお粥を作る。

 

 ……良い匂いだ。正直、自分でも上々の出来だと思う。しかし、色が緑色なのは何故だろう?

 

 普通のお米(タイ米に似た穀物)を使い、ハイリヒ王国の高級地鶏(孔雀擬き)をベースに出汁を取り作った鶏粥。同じく高級地鶏を煮込み柔らかくなったむね肉と、滋養強壮に良いと聞いたハーブを少々加えてあるが、真緑になるような量は入れていない。

 

 この鶏粥、大丈夫だろうか?

 

 少し、ほんの少しだけ心配なった愛美は、出来上がった緑の鶏粥を小皿に少量盛り付ける。試食用のスプーンを持って一旦厨房から離れる。

 

 ……無いとは思うが、間違って盗み食いでもされないようにトラップを仕掛けておく。庄司愛美の天職は、狩猟師。罠を仕掛けたりするのは、得意分野だ。

 

 厨房を出ると、檜山大介が丁度よく厨房前を通り過ぎる所だった。どうやら、彼も香織の所へ行くらしい。

 

 しかし、檜山を今の香織に会わせるのはよろしくない。両者ともに。何せ、ハジメが奈落へと落下する間接的な原因は彼にあるのだから。

 

「ちょっと、檜山」

「……ん? あぁ、庄司か。今から香織の──」

「あ~、それなんだけどさぁ、やめといた方が良いよ。少なくとも今は」

 

 一応、クラスの仲間だ。お節介くらいは焼いてやろう、と愛美は檜山に忠告してやる。

 

 やめておけっと言われた檜山は一瞬、ムッとした顔をしたがすぐに顰めっ面になった。

 

「別に、会うなっとは言わないけど、最後の方が良いと思う」

「……そ、そうだな」

「大好きな香織ちゃんに会えなくて悲しいねー」

「な、なっ、バ、馬鹿! うるっせぇよ!!」

 

 図星だったのか、赤面する檜山。忙しい奴である。

 

 うるさいのは、お前だよ。その言葉は飲み込んでおく愛美。代わりに、緑の鶏粥を檜山に渡す。

 

「な、なんだよ。この魔界の食べも──」

「あ?」

「あ、何でもないです」

 

 言っては言えない事を口にしかけた檜山は、とても女の子とは思えないドスの聞いた声で、萎縮した。

 

「トータスの食材で作った鶏粥。香織にって思ったんだけど、ちょいと食べてみてよ」

「実験台かよ」

「香織の為だよ? ほら、ズズっと」

「か、香織の為か……、良しっ」

 

 檜山大介、チョロい男である。

 

 緑の鶏粥を本当にズズズと掻き込むように食べる檜山。

 

「……う、美味い…!」

「そ。問題ないみたいね」

 

 空になった器をヒョイと檜山から奪う愛美。「頃合いが良くなったら、呼びに言ってあげるから部屋で待ってなよー」と言い残して、そのまま厨房へ戻る。

 

 さて、香織に鶏粥を……。と思った時、仕掛けたトラップが発動している事に気が付いた。

 

「──ッ! 一体誰が!?」

 

 抜かった! まさか、王宮で盗み食いをする不届き者が本当に居るとは。

 

 発動したトラップ(鶏粥の半径六十センチ以内に入ると、大量のフォークが飛んでくるワイヤートラップ) の残骸(フォーク)が、キッチンカウンター(金属製)に突き刺さっている。

 

 しかし、不思議な事に引っ掛かったと思われる人物は見当たらないし(厨房には愛美一人(・・)だけ)、鶏粥も手が付けられた痕跡はない。

 

 薬や何かの混入物が入れられた訳でもないようだ。では、一体何が……、いやよく見ればフォークが少し不自然な形に刺さっている?

 

「た、助けてぇ~」

「……この声ッ、遠藤君!?」

 

 お わ か り い た だ け た だ ろ う か ? という台詞が非常によく似合う、遠藤浩介(えんどうこうすけ)がフォークによってキッチンカウンターに張り付けられていた。

 

 世界一影が薄い男、浩介だ。結構な頻度で自動ドアが反応しない、浩介君だ。もはや、電子光学の分野でさえ存在があやふやなら浩介さんだ。

 

 そして、庄司愛美が極秘裏に所属する、とある組織の監視対象でもある。いや、存在薄すぎて監視どころではないのだが。

 

 と言っても、異世界トータスに来てしまったので、その監視もする意味も無くなってしまった。

 

「なにしてんの、遠藤君。まさかとは思いますけど、盗み食い?」

「イデデっ、ちげぇーよ!」

「じゃあ、どういう訳よ。言っておきますけど、盗み食いは例え、お母さんの作る家庭料理でも彼女の作る手料理でも奥さんの作る愛妻弁当だろうと、万死に値するのよ? もし、仮に貴方が、“香織”の為に私が作った鶏粥を盗み食いしようとしたのなら、舌と歯を抜き取ってその口に舌を歯で縫い止めてあげるわ」

「こわっ、めっちゃ怖っ!? 盗み食いの罪の重さ、あまく見てた!!」

 

 取り合えず、脅してみてから事情聴衆をする愛美だったが、どうにも盗み食いではないらしい。

 

 浩介も香織が目覚めたと聞き、見舞いに行こうとしていたらしい。しかし、愛美と同じく、見舞い品がないのはどうかと思い、五日ぶりに目覚めた香織の為に口にしやすい食べ物を探しに厨房へ来たらしい。

 

 そこで、何やら物珍しい緑の鶏粥があったので近付いたら……

 

「……私のトラップに引っ掛かった、と?」

「そうです! 盗み食いなんてしません! しようとも思いません!」

「そ。ならいいわ」

 

 罪が晴れたので、浩介を張り付けにしているフォークを抜いてやる。

 

「……酷い目にあった…」

「好奇心は猫をも殺す、よ」

 

 早く香織にお粥を持っていってあげようと、お皿を持ち上げた時、それは起きた。

 

「あれ? 浩介??」

 

 突然、浩介の気配が消えた。いや、突然という浩介から目を離してお粥の方を向いてから、浩介が居なくなった。

 

 もう、香織のところへ向かったのだろ──

 

「……目の前にいるんだけど」

「あっ。ごめん」

 

 これが浩介が生まれ持った能力。一旦目を離せば、もう見付ける事は出来ない!

 

 とある組織では彼の事を書類で、

 

===============================

 アブノーマルティ No.171 [存在しない男]

 カテゴリー【人型超常】 警戒レベル【グリーン】

 

 概要

 

 絶対、ヤツを見失うな!

 

===============================

 

 と記録している。

 

 しかし、組織のほとんどの構成員がこの書類の存在を忘れている。

 

 彼女、庄司愛美は覚えているが、勿論この情報は外部に漏らしていない。

 

 若くして優秀なエージェントである彼女は、機密保持はしっかりと守るのだ。……観察対象をしょっちゅう見失うが。

 

 

 

 緑の鶏粥を持って愛美は一人で、香織の部屋へと向かった。……正確には一人ではないのだが。

 

 トレーを持っているため、両手が塞がっているので、一緒に来ていた浩介がドアを開けてくれるのだが、彼の存在は無意識の中へと追いやられ、ドアが自然に開くことに疑問すら感じない

 

 予測はしていたが、彼女の部屋にはすでに先客がいた。

 

 学校の五大ビックネームこと、ビックファイブのメンバーである天之河光輝と八重樫雫に坂上龍太郎だ。香織もビックファイブのメンバーであるし、基本的にこの四人でいる事が多いので、予測するのは難しくない。

 

 次に、ロリ元気っ子のこと、谷口鈴。クラスのムードメイカーでマスコットキャラ的な人気があるし、香織達とも仲が良い。

 そして、その鈴と親友であるメガネっ娘の中村恵里。少し控えめで自閉気味な気もする図書室に居そうな女の子だ。

 

「こんにちはー。そこのお寝坊娘さんや、お粥をお一つ、いかが?」

「あ、愛美ちゃん。ありがとう」

「まなっち、さっすがー! 気が利くねー、オカンだねー」

「ちょ、ちょっと、鈴!」

「やめてよ、スズりん。オカンは雫だけで十分でしょ?」

「……どういう意味かしら、庄司さん?」

 

 軽い挨拶と共に皆の輪に入っていく愛美だが、何故か雫に対しては少し刺があった。

 

 雫と愛美がニコリと笑顔で睨み合う。

 

(((女子、こわぁぁぁ)))

 

 光輝、龍太郎、浩介の三人は思わず口を閉じたままだった。ちなみに、浩介も挨拶はしたのだが……、察してあげてほしい。

 

 色の事は全く気にせずに、パクパクと鶏粥を食べていく香織。やはり、睡眠中だったとはいえ五日間ご飯を食べていなかったので、腹ペコのようだ。

 

 しかし、その横で「アンタ、これ何入れたのよ?」「は? 別に特別なものは入れてませんけどぉ?」「何言っているのかしら? 何かおかしなもの入れなきゃこんな色にならないでしょ?」「入れてねぇーよ。んな事思うのはテメェの心が汚れてっからだろ?」「何ですって!? この阿婆擦れっ!」「誰が阿婆擦れかっ! この清楚系ビッチ!!」という旨の会話をしている雫と愛美。

 

 二人の仲が大変よろしいのは、ある一人の男の存在に起因する。

 

 その人物とは、雫とは剣術を共に習う古馴染みである浮世離れした少年だ。

 

 光輝達四人組と合わせて、ビックファイブと呼ばれる件の少年は、光輝と同等あるいはそれ以上にモテる。活発に行動を起こす光輝を太陽と言うなれば、物静かだが確かな包容力を持つその人は月と称されるほどだ。

 

 学校の二大王子、対なる二つの片割れ。そして今はここには居ないその少年は、蓮ヶ谷レンジである。

 

 光輝かレンジかのどちらか、あるいは両方に恋心を抱く女子はクラスの中にも多い。いや、大半がそうだ。

 

 その女子の内一人が、庄司愛美だ。

 

 とある組織から渡されている、対“存在しない男”観測器材なんかを横領して、レンジの隠し撮り写真集なんか自作してしまうくらいには、夢中になっている。

 

 もし、組織の物品を横領している事の言い訳をするなら、「こんなんで“存在しない男”が観測できるかっ! でも、性能は良いので改良の余地があると思い、試験使用しました」と言ったところか。

 

 そんなストーカーチックな彼女は、レンジと古馴染みである雫に敵意を向けている。

 

 まず、共通の事をしているのが気に入らない。

 次に、気安く下の名前で呼んでいるのが気に入らない。

 更に、彼と長々と会話をしているのが、すこぶる気に入らない。

 

 組織の力を使って存在を消してやろうかっ! と冗談混じりに思うくらいには、気に入らない。

 

 対する雫も、愛美の事を毛嫌いしている。レンジに恋心を抱き、彼と仲の良い自分にちょっかいを掛けてくるのが気に入らないのは勿論だが、何よりレンジの前で猫を被っている彼女を見ると、心がむしゃくしゃするのだ。

 

 そして、察しが良いレンジがそんな事気にせずに、優しげな美笑を彼女に向けている事が、すこぶるむしゃくしゃする。

 

 ……なんだか、似た者同士のよう気がする。

 

 香織は鶏粥を掻き込みながら、雫と愛美の平常運行の喧嘩(?)姿を見て、そんな事を思っていた。……でも、君もそのうち、そういう恋敵(ライバル)が出来るんやで?

 

 久々の食事を終えて、「ご馳走さま!」と両手を合わせる香織。そして、少し前に雫と話した事を皆にも話す。

 

「みんな、私のお話を聞いて下さい。私ね、ハジメくんを探しに行こうと思うの」

 

 光輝が口を開こうとしたが、雫から肘打ちの脇腹に受けて、黙っ……悶絶した。

 

「うん。わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって言うのは。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、そう信じたいの」

「カオリン……」

「香織さん……」

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのことを。……だから、みんな」

 

 香織はその場で皆に深く頭を下げる。

 

「お願いです。力を貸してください」

 

 雫は元より、他の皆も、そこには異を唱える者は居なかった。

 

「……俺も行くぜ」

「「「「「あ、遠藤くん……」」」」」

 

 少年は心が折れた。

 

「……というか、レンジ君の事知ってる?」

 

 何故、ハジメを助けに自主的飛び込んだレンジの事が含まれていなかったので、念のため確認してみる愛美。

 

「え? 蓮ヶ谷くんがどうかしたの?」

 

 眠っている最中も、起きた時も、ほとんど香織から離れなかった雫を、愛美がジト目で睨みつける。

 

 今回は流石の雫でも分が悪い。何せ、自分が伝えるべき事だったのだ。彼女は逃れるようなそっぽを向いた。

 

「香織ちゃん、気絶させられちゃったから知らないだろうけどね。“……俺、行ってくるよ。必ず、ハジメを助けて戻ってくる”ってレンジ君も飛び込んで行ったんだよね」

「えええええ!?」

 

 友達のまさかの行為に、大変驚く香織。まあ、クラス最強のステータスを誇る男が、まさか飛び込んでいったとは夢にも思うまい。

 

「だから、ハジメ君は生きてると思うよ、レンジ君と一緒に。……貴女とそう思うでしょ、雫?」

「……ええ。貴女と同じ考えなのは癪だけれど、レンジ君はそんな弱い男じゃないわ。必ず、ハジメ君と戻ってくるわ」

 

 それは香織にとって、嬉しい朗報だった。

 

 彼は最強と共に居る。生きている。絶対に。

 きっと、二人で這い上がってくるのだろう。

 

「なら早く迎えにいって、“お帰りなさい”って言ってあげなくちゃ……」

 

 少年少女達は、決意する。二人を必ず迎えにいくと。

 

 それは真逆の立場になって叶うのだが、まだ少し先の話だ。

 

 

 




 
 コメント・感想、心よりお待ちしております。
 別に短くても構いませんので。

 出来れば、誹謗中傷は遠慮して頂きたいですが、真っ当な内容であれば、改善点として真摯に受け止めて参ります。

 やっぱり、何も無いより何か有った方が良いものです。
 まぁ、無理に書いて頂く必要はありません。ちょっと気が向いたら、「仕方ない。アドバイスしてやるか」程度のお気持ちで十分ですので。

 もし、遠慮して躊躇っている方が居りましたら、ぜひ気にせずに書いてください。

 長々と申し訳ありませんでした。

 


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比肩する二人

 
 すいません。いつは、お昼頃の投稿なのに。

 今日は仕事が忙しく、執筆している時間がなくて間に合いませんでした。申し訳ないです。

 


 

 

 

 時は戻り、オルクス大迷宮の奈落。

 

 ハジメが因縁の敵を倒し喰らってから、すぐにレンジとしたの階層へと降りていった。

 

 ハジメが射撃練習に明け暮れた三日間の間に、レンジは奈落の第一階層を調べ尽くしていた。

 

 しかし、下の階層へと繋がる道は発見できたものの、上層に戻る道は無かった。

 

 地脈神の力で上に繋がる道を無理矢理作ることも実行したのだが、どうやら何だかの魔法的ロジックで地形を大規模に変更出来ないようロックが掛かっていた。

 

 おそらく、この奈落全体に概念として付与された強力な魔法。一パーセント未満の神の力では、どうする事も出来ずにレンジは溜め息を吐き出すのだった。

 

 さて、奈落第二階層へと降り立ったハジメとレンジだったが、

 

 

 そこであった魔物は、第一階層よりも更に強力だった。しかし、ドンナーとフルミネの前ではただの肉塊でし無かった。

 

 だが、ハジメはそこで、英雄の一つの顔を知る事になる。

 

 それは、第二階層で初めてであった魔物、体長二メートル程の灰色トカゲを発見した時の事だ。そのトカゲは天井に張り付き、金色の瞳でハジメとレンジを睨んでいた。

 

 このトカゲ、目から放っ閃光で相手を石化させる能力があったのだが……

 

 

「……“その目で俺を見下ろすな”」

 

 レンジがそう呟いた。その時の声音は美しかった。趣味とバイトの関係上、様々な声優の声を耳にするハジメですら、断トツで美しいと思える美声。

 

 だが、心が、その魂が、その声を危険だと判断したのだ。

 

 事実それは正しかったのかも知れない。二人を見下ろしていた灰色のトカゲは、突如として異変が襲った。その黄金の目がいきなり弾けたのだ。

 

 ドンナーやフルミネが火を吹いた訳ではない。ごく自然に、ただそうであるかのように、自ら弾けた。

 

 そして、地面に叩きつけられた。そこへ、フルミネから弾丸が放たれた。

 

 ハジメは思わず、レンジの表情を見たのだが……。

 

 彼には似合わない、憤怒と殺意の念がそこにはありありと浮かんでいた。

 

 しかし、その表情はすぐに消えて、いつもの神秘的な顔立ちになっていた。

 

「さあ、ハジメどんどん進んでいこう」

 

 少し、ほんの少し、ハジメは彼の声を聞くのが恐ろしくなった。

 

 

 

 一方、当の本人であるレンジは、ちょっぴり後悔した。

 

 いくら、大嫌いな神と同じく黄金の眼で同じように見下ろされたっと言っても、芸術神(ハルモニア)の力を使う必要性はなかった。

 

 お陰で、ハジメが少し警戒気味だ。あんまりいい雰囲気ではない。

 

 しかし、道中現れた、羽を散弾銃のように飛ばすフクロウの、その羽根をハジメと連帯して撃ち落としていく間に、そんな悪い雰囲気も薄れていった。

 

 やはり、命を預けた仲だ。そんな些細な事は、戦闘の最中に消えてしまう。でなくては、この奈落を生き延びる事は、できない。

 

「いやー、ハジメも大分リロードが速くなったな」

「何千回リロードしたと思ってやがるバカヤロウ」

「……」

 

 スゥ、と顔を逸らすレンジ。いや、あれはハジメの為だ。仕返しとかじゃない。ただ純粋にハジメの為にやったのだ。

 

「そう、俺は悪くない」

「ほほぅ。なら、レンジもやってみるか?」

「丁重にお断り申し上げます」

 

 そんな会話をしながら、次の階層へ。

 

 次の階層は、何やら真っ黒な沼のようになっていて……、実は黒い液体はタール状になった可燃性鉱物で、武装と一部の技能を封印されてしまい、沼を泳ぐサメに大いに苦戦した。まぁ、その習性が間抜けなくらい単純だったので、後半は楽ではあった。

 

 しかし、その個体数が尋常ではなく、最終的にはレンジがブチ切れて『地脈神(グランドル)の巨脚』を使って、タール状になっていたフラン鉱石を無理矢理固めてしまった。

 

 やっぱり、レンジの事が少しだけ恐ろしく思うハジメ。

 

 その他の階層でも厄介な環境や、強力な魔物がうじゃうじゃと出てきたか、環境攻撃は外界術式や神の力で悉く捩じ伏せ、魔物達はドンナー・フルミネの餌食となり、二人に美味しく頂かれた(大体は不味かった)。

 

 虹色の毒カエル(神経毒)が、それなり~に美味しかった事に、二人はある意味悔しい思いをした。

 

 そして、何より、トレントモドキがヤバかった。あの魔物は最大の強敵だったと言える。

 

 お陰様で、攻略を忘れて殲滅してしまったくらいだ。その枝に実る果実欲しさに。

 

 さて、途中で目的を忘れて暴走したり、ハジメが暴走したり、レンジが暴走したりで……、ようやく辿り着いた五十階層。

 

「……この場所がオルクス大迷宮と同じ百層構造なら、何かしらあるな」

「はははっ、運命の出会いとかかハジメ?」

「そんなお気楽なイベントで済むなら、それでもいいさ」

 

 そう笑い話をする彼等は、五十階層にある異質な空間に来ていた。

 

 突き当りにあるやけに空けた空間。そこには高さ三メートルはある装飾の為された両開き扉があった。そして、扉の両脇には一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるような形で作られていた。

 

 奈落では、自然環境が変わる階層は多くあったが、このような人工物が現れたのは初めてだった。

 

 ようやく、現れた変化に期待と警戒心を宿すハジメ。その様子を横で見ていたレンジはついつい“大きくなったものだ”的な年配の保護者っぽい事を考えていた。いや、ある意味そうなのだが。

 

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

「……まぁ、あんまり期待は出来なそうだな。今までの感じだと」

 

 その通りだと思い、ハジメは好戦的な顔付きで目をギラギラとさせる。

 

「あぁ、その通りだ。でも俺は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

 

 それのハジメの誓いをレンジが聞いたのは、ここに来てが初めてだった。ハジメの“生きる”と“帰る”という強い意志の現れだ。

 

 ──殺す。……殺してやる。彼女を苦しめ奴を。彼女の敵を。俺の母の敵は、俺の敵。敵は殺す。邪魔するヤツも皆に敵だ! 絶対に殺してやる!!

 

 そのハジメの言葉を聞いて、ふと思い出したかつての自分の言葉。必殺の誓約の言葉だ。

 

 過去の自分と、ハジメの姿が重なった。かつて成りたかった、母が聞かせてくれた“理想の英雄”ではなく、道を外した“血生臭い英雄”に堕ちてしまった自分と。

 

 ──……何かを決意するのは、素晴らしいことだ。強い意志を宿すのは、生きる者の義務だ。……でも、だからと言って、俺のように道を外す必要はない。

 

 ああ、支えてやらなければ。かつての自分と同じ道筋を歩もうとする彼を。ハジメには、あんな人生を歩む必要はない。

 

「……ハジメ」

「ん? どうかしたのか?」

「ここは丁度いい区切りの場所だ。誓いを立てよう」

「誓い?」

「ああ。帰るまでの、“必殺と死守”の誓約」

「必殺と死守?」

「敵は必ず殺す、仲間は死んでも守るって誓いだ。俺がお前を、お前が俺を、死んでも守る。そして、敵は一切手を抜かずに、必ず殺す。お前の敵でも、俺の敵でも」

「ハッ! 良いじゃないか、気に入った!!」

 

 ハジメとレンジはお互いにドンナーとフルミネを抜き取る。お互いの腕を絡ませ、互いの相棒の撃鉄を額に当てる。

 

「「お前は俺が守る。死を恐れずに。お前の敵は、共通の敵。そして、敵は必ず殺す。──この意志に掛けて」」

 

 少しの沈黙の後、二人は腕を解く。しかし、唐突にハジメが苦笑いを浮かべる。

 

「……と言っても、俺の方が足を引っ張るだろうけどな」

「そりゃ、まぁ、な? お互い様さ。少しずつでも追い付いてこい」

「ああ、勿論そのつもりだ。あと、誓いを立てたんだ。ここが終わったら話してくれよ、例の件」

「──あぁ。全部、話すよ」

 

 穏やかな声で了承するレンジ。ハジメもそれに満足したのか、ニヤリと笑って返す。

 

「じゃあ行くぞ、相棒!」

「鬼が出るか蛇が出るか。顔、拝みに居ますかっ」

 

 そうして二人が一歩踏み出した時──

 

 オォォオオオオオオ!!

 

 扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ動き出したのだ。壁と同化していた灰色の肌はいつの間か、暗緑色へと変色している。

 

 ドパァンッ!

 ドパァンッ!

 

 しかし、そこまでだった。二体のサイクロプスの頭が同時に爆ぜたのだ。

 

 右側をハジメが、左側をレンジが。無慈悲にもドンナー・フルミネが怒りの火を吹いた。カッコ良く決めたのに、出鼻を挫かれた事に対する怒りではないと思いたい。

 

 あまり余る威力で頭を吹き飛ばされた二体のサイクロプス。大量の脳髄が散乱しているが、今さらそんなものに反応するような二人ではない。

 

 一応、門番的な役割を持っていであろうし、ハジメとレンジは美味しく頂いた。

 

 食べ尽くしたサイクロプスから拳くらいの大きさの魔石を回収し、両開き扉の装飾しては不自然な窪みがあったので、捩じ込んでみた。

 

 普通に嵌まった。ガチャリ。そして、扉のロックが外れたようだり

 

 代表して、ハジメが扉をすこーしだけ開いてみた。顔を覗かせるには丁度いい幅である。

 

 そして──、

 

「……だれ?」

 

 レンジが扉を閉めた。

 運命の邂逅は先延ばしになったようだ。

 

「レ、レンジ?」

「ハジメ。あれはお前にはまだ早い。健全な少年のままで居てくれ」

「はぁ?」

 

 ハジメは確認出来なかったようだが、レンジには確認する事が出来た。部屋の中に居たのは……

 

「真っ裸の女の子だ」

 

 正しくは、下半身が鉱石のようなモノに埋まっていたが。

 

「お、おう、そうか」

「しかも、十二、三歳くらいだ」

「なるほど?」

「……手を……出すなよ?」

「俺を何だと思ってやがる」

 

 もの凄く真剣な顔でそんな冗談を言うレンジに、呆れ顔を浮かべるハジメ。

 

「それに、不自然だろ?」

「………確かにな」

「邪悪な気配は無かったが、こんな所に居る辺り、人間じゃあない」

「魔物か?」

「いや。ああいうタイプの敵は一柱で十分だ」

「???」

 

 何やら不機嫌そうな顔をするレンジに、事情を知らないハジメは首を傾げることしか出来なかった。

 

 中にいる人物を見たレンジだが、中に居たのは絶世の美少女であった。それは間違いない。

 

 しかし、その絶世の美しさが、レンジが最も嫌う神である恋愛神(ラヴァリア)を思い起こさせたのだ。

 

 もし仮に、もう一度ラヴァリアと殺し会う機会が与えられたのならば、次は奴の全てを獄炎(ヘルズフレイム)で灰にしてやる。

 

 そんな、最も憎い神を思わせる程に美しい少女に、レンジは警戒心を抱く。

 

「まあ良い。……例えお前がロリコンでも、誓いは違わない」

「誰がロリコンだ、このバカヤロウ」

 

 

 




 
 ユエちゃんは次回です。

 あと、レンジがユエの事を警戒しているのは、ハジメ君とユエちゃんの関係を崩したくなかったからです。
 まぁ、多少変わってくるとは思いますが。

 今日は21時くらいにも、もう一話投稿すると思います。もしかしら、多少時間が擦れかも知れませんが。

 それから、明日は仕事が休みなので……。
 今日の夜からガンバるゾイっ! なんつって。
 


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奈落の吸血姫

 
 すいません遅れましたぁぁぁ!!

 ユエちゃん登場です。
 そして、序盤にハジメにレンジの長い説教がありましす。

 凄く長いので、台詞の鉤括弧ごとに改行を行いました。見易いかな?っと思いまして。

 読み飛ばしり、読み流して頂いても大丈夫です。
 


 

 

 

 ハジメとレンジが再び扉を開けて、ずこずこと中へ入っていく。

 

 すると、やはり、というか当然というか、要注意人物が話し掛けてくる。

 

「……お願い! ……助けて……」

「「嫌です」」

 

 二人ともドライだ。

 

 部屋を軽く見回してみるが、どうやらこの少女の封印以外は何も無さそうである。

 

「ど、どうして……何でもする……だから……」

「ん?今何でもするって言ったよねぇ?」

「やめろ、バカヤロウッ」

 

 少女の一言に、反射的に有名な台詞で反応するレンジに、反射的にツッコミをいれるハジメ。二人は仲の良い相棒なのだ。

 

「いや、でも言わなきゃダメだろ?」

「ダメじゃねぇーよ、ダメじゃ。むしろ、反応すんのがアウトだわっ!」

「でも……、何でもしてくれるってよ?ハジメさん的にはポイント高いんじゃない?」

「……あのさ、俺をロリコン扱いするの、やめねぇーか?マジで」

「……エッチ…」

「根源のお前は黙ってろ」

 

 やはり、手厳しいハジメさん。美少女の「……エッチ…」発言にもドライに返す。

 

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対にヤバイって。見たところ、封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうにもない。という訳で……」

「次の奴に頼んでくれ、うちのロリコンは──腹ァ!!」

 

 ハジメはストレートをレンジの鳩尾に叩き込んだ。常人どころか、超人でも洒落にならない威力だが、生憎と彼は十二の神を殺して力を奪った大英雄──神人だ。

 

 胸骨が折れて肺に突き刺さり、ついでに幾つかの内蔵系統がヤられても死にはしない。滅茶苦茶痛いけど、『蘇生神(アライフラ)の心臓』のお陰ですぐに元通りだ。

 

 客観的にみれば全て正論なハジメの答えに、あっさり断られた少女はもう泣きそうな表情で必死に声を張り上げた。

 

「ちがう! ケホッ……私、悪くない!」

 

 悶え苦しむレンジの回復を待つハジメには、取り繕う島は無かった。

 

 だが、しかし。

 

「裏切られただけ!」

 

 もう話をする気は無かった。

 

 だが、彼女の叫びが、閉ざしてしまう前に少年の心を開かせた。

 

(何やってんだかな、俺)

 

 それがどんな戯れ言を言おうと、話をするつもりは毛頭無かった。奈落の底の底に厳重に封印されているのような奴だ。それ相応の理由が付いて回る筈である。レンジは邪悪な存在ではないっと確信していたようだが、同時に警戒するように注意を促してきた(ふざけていたが)。

 

 だが、“裏切られた”──その言葉にここまで心を揺さぶられようとは、誰が予想できただろうか。あの事件の事はもうどうでもいい筈なのに。この奈落という場所を生き抜く為には不要な怒りや憎しみは切り捨てた。

 

 それでも、心は揺さぶられた。やはり、無意識下では今も捨てきれていないというのか? あるいは、同じ境遇に同情してしまっただけか……。

 

 切り捨てたモノの残滓が心にこびりついている。ハジメは大いに葛藤する。

 

 これは駄目だ。切り捨てたのだ。“生きる”ために捨てなければならない。修羅にならなくては、ここでは生き延び──

 

 ぽんっ。

 

 優しい感触を肩で感じるハジメ。気が付けば、右肩をレンジに優しく撫でられていた。

 

「──良いんだよ、ハジメ。悩まなくて、良いんだ。今、君がやりたい事をやって。確かに、“生きる”事は重要だ。……でも、どうして生きる事が重要なのか、考えた事はあるかい?」

 

 いつも以上に美しい声で、そして美笑で問い掛けてくるレンジ。

 

「生きる事の、意味か?」

 

「そうだよ。“生きているからには、生き続けなくてはいけない”。これは、ただ生きていれば良いって意味じゃないんだ。ただ生きているのと、ただ死んでいるのは対して変わりがない。ただ消費と生産があるだけの違いしかない。──そんな寂しい生き方はしなくて、良いんだよ」

 

「寂しい生き方、なのか? ただ生きている事は、寂しい事なのか?」

 

「ああ、寂しい。もの凄くだ。消費と生産とは同率だ。どちらか一方が上回る事なんてない。そして命も有限だ。どんなに生き続けようが、それには限りがある。終わりは必ず来るものだからね。……でも、ただ消費と生産を繰り返す命を終えた時、何が残る?」

 

「……遺産、とか?」

 

「ははは、随分現金な答えだ。確かに、そうだね。遺産は残る。でも、君の意志は? その志しは? ……そう言った君個人の、本当に個人のモノは何も残らないんだよ。ただ消費と生産を繰り返す人生では。……それは凄く悲しいことだ。精一杯生きて、足掻いて、そして死んでも何も残らない。財産や土地、遺産は残るかも知れないけど……それは君の死の付属品。そして、他人が君の生と引き換えに得る血に濡れた銀貨なのさ」

 

「俺の死の付属品? 血に濡れた銀貨?」

 

「そう。君は忘れて去られる。君が生きていく間で思った事も、幸せに過ごした時間も、君が生き抜こうとした意志さえも。全てが、ただの消費と生産で終わる」

 

「……だ……やだっ。……そんなのは嫌だっ!」

 

「そうだろう? なら、誰かに意志を伝えなければならない。継いでもらわなければならない。──それを、自分が生きる事と、それを脅かす敵を殺す事しか出来なかった君には出来るかい? 答えは、“いいえ”だ。絶対に出来はしない。今の君では、出来はしない。生きる事と殺す事しか出来ていない君には、ね」

 

「どうすれば良い! どうすれば、俺は──」

 

「簡単な事だよ。生きる事と殺す事で、消費と生産をしているなら、助ければ良い」

 

「……助ける?」

 

「そうだよ。自分以外の誰かを助けてあげるんだ。守ってあげるんだ。君の手に入れた力で、これから手に入れる力でも 」

 

「俺の力で? 助ける? 守る?」

 

「そうだよ。その為の“必殺と死守”の誓約だ。──先ずは自分自身がその命を全うできるように、敵は必ず殺す。そして、自分自身の命が尽きようともその意志を生かし続けるために、仲間は死んでも守る。そういう誓いだ」

 

「……なら、レンジが居れば別に──」

 

「それは、違う。違うんだよ、相棒──いや、南雲ハジメ。俺とお前は対等じゃない。お前は、俺よりずっと弱い。──そんなお前の意志じゃ、俺の中には、俺の心には残らない! ただの何れは忘れてしまう記憶でかないんだ! だから、今のお前では何も残せない。寂しい生き方のまま、終わってしまう」

 

「じゃあ! どうすれば良い!? どうしたら良いんだよ!?」

 

「──対等な、誰かを助けろ。対等な人こそが、一番理解してくれる。上位の者でも、下位の者でもダメだ。もっとも、君を理解してくれる人を助けて、守ってあげるんだ。そして、意志を伝えろ、受け継がせろ」

 

 そこで、チラっと少女に目を合わせるレンジ。あまりにも美しく影がないような儚いがある美形と、目があった少女はほんのりと頬を紅く染める

 

 どうやら、自分に何かさせたいようだっと感付く少女だが“何を”とまでは分からない。だが、口を挟むような時ではないのは、流石に理解出来る。

 

「ハジメ、君は裏切られた。だから、これ以上誰かを信じる事は難しいだろう。しかし、信用無しには対等な関係とは、築けない。──でも、少しだけ話を聞いてあげても良いだろう? 同じ境遇の彼女からなら。話を聞いてから、君が決めるんだ。──君自身の意志で、助けるか、見捨てるか」

 

「……ああ、わかったよ」

 

 そこでレンジは少女にウィンクをして見せる。彼女はすぐにその意図に気が付き……

 

「……お願い…します……話を、聞いて下さい……」

「分かったよ。で、裏切られたと言ったな? だがそれは、お前が封印された理由はなっていない。普通、裏切るのなら、再帰出来ないよう殺してしまうのが妥当だならな。もし仮に、お前の話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

 

 “話を聞いて”“いいよ”という主旨の言葉のキャッチボールをした筈なのに、自分から質問しちゃうハジメさん。これが、のちに魔王と呼ばれる所以の一つかも知れない。

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 ポツリポツリと自分の身に起きた事を話す吸血姫。

 

 その話を聞きながらハジメは呻いた。レンジも自分の境遇と少しばかり似ていて、渋い顔付きになってしまう。中々に波乱万丈というか、散々な人生である。

 

 だが、いくつかの気になるワードに、自分の気持ちに蓋をしながらハジメが尋ねる。

 

「お前、どっかの王国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないって、なんでだ?」

「……勝手に治る。怪我してもすぐに治る。首落とされてもその内に治る」

 

 ハジメは、そういう奴なら俺と知ってるな、と隣にいるレンジにジト目を向ける。

 

 確かに、レンジも全く同じような回復能力を有しているが、流石に首は無理だ。いや、前世ならば可能だっただろうが今世は今のところ不可能だと思われる。確認していないので分からないし、確認したくもない。

 

「ほ~、それは凄いな。……もしかして、それが“すごい力”ってヤツ?」

「ち、ちがう!」

 

 不死身の力にあまり感心がないハジメの様子に、少女はこのままではマズい! と慌てて弁明する。

 

「魔力、直接操れる! ……陣もいらない!」

 

 それは、ハジメも出来る。肉体の半魔物化による恩恵の一つだ。身体強化や錬成などの魔力を使う技能に関しては、詠唱も魔法陣も必要としていない。

 

 だが、それでもハジメは魔法適正ゼロ。魔力を直接操る事は可能でも、魔法を実際に扱うには巨大な魔法陣が必要な事に変わりはなく、依然として碌に魔法が使えない。

 

 だが、この娘は高い魔法適正があるので、数多ある魔法を詠唱や陣無しに扱う、という反則的な力を秘めているだろう。タイムラグ無しの魔法連射、さらには不死身に近い回復能力。これはもはや、勇者のチートスペックすら凌駕しているだろう。

 

「……助けて……」

 

 でも、居るんだよなぁ。同じ感じで完全上位互換の奴が……、とハジメが思うのも仕方無い。

 

 何せ、こちらには神の力を秘めたる大英雄様がいらっしゃるのだから。元より、勇者スペックを鼻で笑うほどのチート、いやバグの化身が。

 

 その事には当の本人であるレンジも気付いており、冷や汗を流しながら苦笑をありありと浮かべている。

 

 しかし、ハジメの出した結論は意外にも……

 

「……悪い、レンジ。こいつの事……助ける事した」

 

 そう言って、彼女を捕らえている立方体に手を置いた。

 

 そして、もう何も迷わずに、錬成をはじめる。ハジメの深紅の魔力が放電するかのように、立方体に走る。

 

 だが、いつものようにすんなりと錬成が出来ない。イメージ通りに変形する筈の立方体は、まるでハジメの力に抵抗するかの如く、錬成を弾いた。

 

 しかし、全く錬成が通じない訳ではないようだ。緩やかに、少しずつにではあるが、少女を封印している立方体は形を変えはじめている。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺から!」

 

 ハジメはどんどんと湯水の如く立方体へ魔力を注ぎ込む。そのあまりの魔力量に部屋全体が、ハジメの深紅の魔力に照らしだされていく。

 

「……さて、お前に決めさせた訳だし──俺も少し力を貸そう」

 

 レンジが錬成最中のハジメの手に、そっと自分の片手を重ねる。その時、ハジメは、神と触れ合った。

 

 地脈神(グランドル)の力と、ハジメの力が合わさる。

 

 次の瞬間、立方体は一瞬にしてドロッと流れ落ちた。少女に掛けられていた枷が今ようやく外された。

 

「……ありがとう」

 

 痩せ衰えた体で何とか自重を支えて彼女はお礼を述べる。

 

 途中からレンジの助けがあったものの、ハジメも短い間で魔力を大量に消耗したので、ゼハーゼハーと肩で呼吸をしている。

 

 レンジは……レンジは完全に保護者目線で二人に暖かな笑顔を作っていた。消耗した気配は一切ない。

 

「……名前、なに?」

 

 唐突に、彼女がハジメとレンジに問い掛けてくる。二人に向けるその顔が少し赤みを帯びているのは何故だろうか?

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。こっちが、レンジ。蓮ヶ谷レンジ」

 

 優しげな表情を仄かに浮かべたレンジが、無言ながらも指をヒラヒラさせて挨拶する。彼女の顔の赤みがほんの少し増した気がする。

 

「お前の名前は?」

 

 彼女は「ハジメ、ハジメ。レンジ、レンジ」と、大切なものを、忘れてはいけないものを心に刻みこむように繰り返し呟いた。そして、問われていた自分の名前を口にしようと思った、ところで止まった。

 

 代わりに、何やら思い直したようにハジメとレンジにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

「──よし、相棒。任せるよ」

「おいコラ、何に逃げてんだレンジ」

 

 そればっかりは了承出来ないレンジ。

 

 彼女のために、良い名前は思い付きそうとない。何せ、彼女の容姿から連想されるのは大体が神様関連だ。

 

 大嫌いな奴に関連する名前なんて付けたくない。

 

「もう、前の名前はいらない。……二人の付けた名前がいい」

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

 だが、彼女の言わんことも分からないではないハジメ。おそらく、ハジメのように新しい自分へとなりたいのだろう。その一歩が新しい名前なのだろう。

 

 少女は期待に満ちた目をハジメ、とレンジに向けている。勘弁してくれっと思うレンジだが、ここで降りることも出来ないだろう。

 

 何とか、良い名前を捻り出そうと努力するも中々出てこない。何柱かの神(女神)が脳裏で、呼んだ? とひょっこり顔を出してくるのが、非常に鬱陶しい。

 

「“ユエ”なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で“月”を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前の金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

 確りとした理由がある名前に、少女がパチパチと瞬きする。ついでに、レンジも。

 

 ハジメの野郎、難易度を上げてきただと……!?

 

 これには基本的に無表情な彼女も、どことなく嬉しそうな仄かな表情を浮かべる。

 

 そして、目をキラキラさせながらレンジの方を向くのだから困ったものだ。

 

「……わかったよ。じゃあ、俺からは家名を与えよう。“ルージュロリエ”だ」

 

 レンジは新たな家名を彼女に与えながら、未だ素っ裸だった彼女に、自分の上着を掛ける。

 

「……ルージュロリエ……ユエ・ルージュロリエ。……私は今日からユエ、ユエ・ルージュロリエ。二人ともありがとう」

 

 ちなみにだが、フランス語でそれぞれ、ルージュは赤をロリエは月桂樹を意味する。

 

「──上、か」

 

 あまりにも唐突だった。

 

 レンジはいきなり腰に据え付けたホルダーからフルミネを抜き取ると……、

 

 ドドドドドハァンっ!

 

 天井へと連続射撃を行う。これが凄い事に、まるで弓道の継ぎ矢の如く、すべての弾が前の弾を押し出すように同じ場所へ着弾していた。

 

 しかし、それだけではない。レンジの扱うフルミネの弾丸は、彼の手によって付与術式が付けられている。その効果は──

 

「──爆ぜろ」

 

 爆裂術式『炸裂の種(シード・バースト)』。小さな爆発を起こす程度の弱い魔術だが、同じ術式に相乗効果をもたらす。その相乗効果の力は、爆発力を二乗して上乗せるほどだ。

 

 つまりだ。そんな魔術が付与された弾丸を同じところへ五発も撃ち込めば……

 

 ドコォォォォン!!

 

 大爆発は不可避である。

 

 

 




 
 お疲れ様です。
 ひさびさに良い文字数いきました。

 誤字脱字がありましたら、報告お願いします。
 


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仲間になりたそうにこちらをみている!

 
 思った以上に書くのに時間が掛かっていました。
 


 

 

 

 ぺちーん! と天井から勢いよく落ちてきたのは、サソリ型の魔物だ。

 

 ただし、尾っぽが二本あるし、前肢となるハサミも二本ではなく四本だ。しかも、左右一つずつハサミが異様に大きく成長しており、まるで盾を構えているように見える。

 

 そして、瀕死の状態らしい。レンジの魔法の爆発力は並みではない。

 

 さらに言わせるならば、ここで追撃を止めるようなレンジでもない。こんな生ぬるい事しかしない男だったのならば、神などただの一柱も殺せない。

 

 レンジは素早くタクティカルリロード。フルミネの装弾数は12+1発であり、まだマガジンの中には七発の弾丸が込められている。

 

「シュッ!」

 

 短い掛け声と共に、そのマガジンをサソリ擬きに投げつけて……

 

 ドバンっ!

 

 ドゴオォォォォォオン!!

 

 周囲は爆炎に包まれた。先程より遥かに大きい爆発だ。まあ、威力を二乗して上乗せする爆発魔術だ。当たり前と言えば、当たり前である。

 

 そのあまり余る威力に、体重の軽いユエが吹き飛ばされそうになるのを、ハジメが抱き抱え身を呈して守るほどの大火力。

 

 もちろん、そんな爆発に生物が耐えうる訳もなく、サソリ型の魔物はそのまま死に絶えた。大爪の盾は片方が吹き飛び壁に突き刺さっており、尻尾の片方も木端微塵。多肢も損傷が激しい。

 

 ハジメが思わず同情してしまう程、呆気ない死に様、痛々しい死骸である。

 

 きっと、ユエの封印を守るための最後の砦として用意された魔物だろうに、その使命を全うする暇もなく殺られるとは……。

 

「………ん、ハジメ」

「どうしたんだ、ユエ?」

アレ(・・)はハジメと同じ人間ですか?」

「……限り無く可能は低いが、人間……だと思う」

「あのさ、君達? 聞こえてるよ?」

 

 ユエのまさかの質問。そして、それを曖昧かつ嬉しくない答えで返すハジメ。そんな二人の様子に、もう人間であるところがほとんどないレンジが苦笑する。

 

 ハジメがレンジの事を人間だと断言出来ないのは無理もないだろう。ここまで来る道中、あまりにも人外の力を使いすぎている。やはり、一パーセントの出力でも神の力は、神の力である。

 

「……まぁ、それは置いといて、な。このサソリ擬き、皮膚に金属が含まれているみたいだな」

「なに? 金属だって?」

 

 ハジメはすぐに鉱物鑑定を行う。シュタル鉱石はという金属で、魔力との親和性が高く、魔力を込めるとそれに比例して硬度が増していく特殊な鉱石

 

 おそらく、爆発の衝撃はこの鉱物の防御力を貫通して、内部のモノを破壊したのだろう。

 

「……よし! 作るぞ!!」

「ハジメ? 何を??」

「あぁ、スイッチ入ったか。……長くなるヤツだ」

 

 ハジメの職人魂に火がついた。新しい金属の発見でインスピレーションが浮かんだらしい。

 

 こうなるとハジメは納得するまで、作業が終わらないのをレンジは知っている。芸術神(ハルモニア)の力に何故か対抗出来てしまうくらいには、ハジメは作業を中断しない。

 

 

 

 

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「……マナー違反」

 

 サソリ肉を齧りながら、ハジメがガチャガチャと作業を続ける中、それをながめるしか無かったユエとレンジ。まぁ、ユエは楽しそうに見ていたが。

 

 しかし、レンジは暇だったので、本人についていろいろ聞いてみたのだ。その結果、すでに三百歳を越えているらしい。そこで、ハジメのマナーのなっていない言葉が飛んだ。

 

 いやしかし、まさか転生者レンジよりも歳上だったとは。これからは、“ルージュロリエさん”と呼んだ方がいいだろうか? あ、レンジがユエに睨まれた。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。“再生”で歳もとらない……」

 

 レンジは前世にも、吸血鬼という種族が存在した。蘇生神アライフラによって創造された不死の一族であった。

 

 しかし、ユエの場合は少し違うようだ。当時、彼女だけが先祖返りをして、十二歳にして不老不死になったようだ。

 

 その不老不死も、どうやら魔力の直接操作や“自動再生”の固有魔法に由来するらしいので、魔力が枯渇している時に、致命傷を食らえば普通に死んでしまうらしい。

 

 その事に、少しだけ胸を撫で下ろすレンジ。

 

 それはレンジの前世の世界で居た吸血鬼とは違う特徴だ。レンジが過去であった吸血鬼は、その存在の規定として、不老不死という概念を有していた。

 

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

「……わからない。でも……」

 

 残念ながら、封印されていたユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないという。しかし、申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

 

 その単語にレンジがビクッと反応する。まさか、いやまさかな……。

 

 一方ハジメは、聞き慣れない上に、何とも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を転じる。ハジメの作業をジッと見ていたユエも合わせて視線を上げると、コクリと頷き続きを話し出した。

 

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

 ──それは、違う!

 

 レンジは叫びそうなったその言葉を必死で呑み込んだ。“絶対に違う”、そう核心があった。

 

 神があのエヒトならば、その反逆者は、反逆者ではない。この世界の希望だった筈だ。

 

 恐らく、亜神エヒトによって歴史や記録、その他を多くのものが隠蔽、改竄、捏造されて貶められた過去の英雄達なのだろう。

 

 レンジは、ただギュッと握り拳を作る。

 

 さて、ユエ曰く、神代に神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】も勿論その一つとの事で、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない。神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことか」

 

 ならば、行かなくては。そう思うレンジ。

 そこへ行けば、地上への脱出口もある事は間違いないだろうし、彼等の遺していったモノもあるだろう。それをこの手に取り、受け継いでやりたい。

 

 彼等が本当に反逆者だったか。それとも、人類の希望だったのか。もし、自分の予想が外れていても構わない。

 

 ただ、本当に、本当に彼等が……英雄だったのならば、少しだけ力を貸してやろう。同業者のよしみだ。

 

 見えてきた可能性に頬が緩むハジメと、少しやることが増えそうなレンジ。再び、視線を手元に戻し作業に戻る。ユエの視線もハジメの手元に戻る。ジーと見ている。

 

「……そんなに面白いか?」

 

 ちなみに今、レンジは胡座をかいて座っている。そして、その膝上にユエが座っている。時々、レンジの手を小さな手でニギニギしたりする事はあったが、目線は必ずハジメの事を納めていた。

 

 そんなに見ていて面白いのだろうか? と疑問に思うハジメだが、レンジの“察しろよ”という目線には気が付かなかった。

 

 レンジの足の限界も近い。

 

「……ハジメとレンジは、どうしてここにいる?」

 

 今度はユエが質問をする番のようだ。当然の疑問だろう。ここは奈落の底であり、正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいることが間違っているような人外魔境。

 

 ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。むしろ、何故食おうと思ったのか。あと、左腕はどうしたのか。そもそもハジメもレンジも人間なのか。レンジが使い、ハジメも持っている武器は一体なんなのか。

 

 ポツリポツリと、しかし途切れることなく続く質問に律儀に答えていくハジメ。時々、レンジからの捕捉が入る。

 

 仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、レンジだけが助け飛び込んできたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、神水(ハジメの中ではポーション)のこと、故郷の兵器にヒントに現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

 

 「何だ?」と手元から視線を上げてみると、レンジの膝のいえで、ハラハラと涙を流すユエが居た。レンジは頭をナデナデしており、ハジメはギョッとなって思わず手を伸ばして、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうした?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

 

 どうやら、ハジメのために泣いてくれたらしい。心の優しい少女である。

 

「気にするなよ。もうクラスメイトの事は割りかしどうでもいいんだ。そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

「まぁ、そうだな。あと、ちなみにで教えておくけど、お前撃ち落としたの、檜山な」

「……実にサラッと言いやがるな…」

「だってどうでも良いんでしょ?」

 

 魔力感知と魔力捕捉の技能があるレンジは、クラスメイト全員の魔力を識別する事が可能だ。あの時、ハジメの方に飛んでいった火球が檜山のものなのは分かっていた。

 

 ハジメは自分が助けに行けばそれで良かった。逆に、自分の不在中にクラスメイトがギクシャクするのは嫌だったので、檜山の事は誰にも言わずに、ハジメの後を追ったのだ。

 

 しかし、ハジメが地球に帰るときは、クラスメイトも一緒だろう。今は、自分とレンジの二人で帰る事しか考えていないようだが、一緒に帰す。

 

 ハジメが嫌がろうと、それはレンジが許さない。帰る時は一緒だ。その時、他の仲間にも疑心感をハジメが感じないように、犯人を教えておく。レンジの布石は完璧だ(自画自賛)。

 

「……帰るの?」

 

 それは、故郷に帰るっと聞いてユエが漏らした一言。

 

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

「……そう」

 

 ユエはとても沈んだ表情で顔を俯かせてしまった。そして、悲しみにくれた声で呟く。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「……」

 

 そんなユエの様子に、ハジメはカリカリと自分の頭を掻いた。

 

 別に、ハジメは鈍感というわけではない。勿論、まだ十七歳の子供なので、相手の感情を察する力ではレンジに負けるが、ユエが自分達の中に新たな居場所を求めているということは薄々ではあるが理解していた。新しい名前を願ったのもそういうことだ。だからこそ、ハジメ達が元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということであり、また孤独な響か続くのだとユエは悲しんでいるのだろう。

 

 ハジメはチラリとレンジに目を合わせる。彼の黄金に染まってしまった瞳には、“君の意志で選択しろ”と行っているようだった。

 

 そうならば、もうハジメは悩まない。自分の思った事を口に出すだけだ。

 

「あ~、何ならユエも来るか?」

「え?」

 

 ハジメのその提案に驚いたユエは目を見開き思わず聞き返してしまう。涙で潤んだ紅い瞳にマジマジと見つめられ、何となく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

 

「いや、だからさ、俺達の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺もレンジも、いや特にレンジ、主にレンジだな。まぁ、似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

「やかましいわ」

 

 一人の少女の行く末を決める大事な場面なのに、レンジは思わずツッコんでしまった。

 

 しばらくの間、呆然としていたユエだが、ついに理解が追いついたのか、おずおずとハジメに、そしてレンジにも、「いいの?」と尋ねる。しかし、その瞳には隠しきれない期待の色が見てとれる。

 

「あぁ、良いとも。相棒も、だろ?」

 

 一応、拒否はしないであろうレンジに確認を取ってみるが、やはりというか当然というか、彼はいつもどおりの優しい微笑みを浮かべている。

 

「構わないとも。ハジメには悲しい人生を送ってほしくないし、何よりお前一人に決めさせた事だ。それは、俺が決めた事でもある。最後まで共に行こう」

「……ん。ハジメも、レンジも、ありがとう」

 

 ユエは満面の笑みで、二人にお礼を言う。

 

 レンジはハジメがその決断をしてくれた事を、とても嬉しく思った。まだまだ、先は長いがハジメは少なくとも、最悪の人生を送ることはないだろう。

 

 ユエも、自分とハジメにかなり好意を抱いているようだが、自分とハジメに向けるそれは、違う意味合いの好意だ。

 

 強いていうなら、レンジに向けてくるものは、尊敬や憧れ。ハジメの話の中に出てきた、レンジの力の凄さによるものだ。

 対してハジメに向けられた好意は、まだ花咲かぬ恋心か。レンジが下手なちょっかいを掛けずに今の関係を維持すれば、そう遠くない内に花を咲かすだろう。

 

 ──あぁ、それがいい。二人の恋の花。きっとそれは、美しい花なんだろうな。

 

 そう遠くない未来、結ばれた二人が手を繋ぎ、笑顔で歩く素顔を、レンジは強く望んで脳裏に幻視する。

 

 そこには、彼自身の姿は何処にもなかった。

 

 

 





 そして、サソリ即爆殺! ハジメの出番がぁぁぁ! そして、レンジの前世の話までいかないという……。

 誤字脱字ありましたは、ご報告よろしくお願いします。
 


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ありふれた神話

 
 すいません。かなりテキトーです。

 なんか書いてたのが、消えてしまって。書き直したんですが、もう絶望感にやられてしまって……。

 すごいテキトーです。ほんっとに、申し訳ない。


 

 

 

「……レンジは偉い!」

「随分と唐突だね、ユエ」

 

 自分の膝の上に座る少女に、唐突に誉められてたレンジは苦笑いを浮かべる。

 

 いや、恐らくハジメのためにわざわざ奈落へ落ちたことや、ここまでハジメを引っ張ってきたことへの称賛なのだろう。

 

「……ハジメを、いっぱいいっぱい助けてる……お陰で私も助かった……!」

「う~ん、どうだろうね。俺は基本的に手助けばかりだがらね。……俺が居なくても、多分ハジメならここまで辿り着けたと思うよ?」

「やけに自己評価が低いじゃねぇか、ええ?」

 

 何故かキレ気味のハジメ。

 

「いやいや、本当にそう思ってるよ? 実際、このフルミネや、弾だって作ったのは、他の誰でもないハジメだ」

 

 レンジは神の力という強力なカードを持っている。それを差し引いてても、多くの技能と高いステータスに前世から受け継ぐ魔術がある。

 

 しかし、どの力もこの奈落では力不足だった。

 

 いや、神の力は強大無比であったが、身体にリスク無しに発揮できる力は一パーセント。それに、長時間や連続使用、併用も身体に負担が掛かるため出来ない。

 

 ステータスもいくら高かったとはいえ、奈落の魔物と真正面から太刀打ち出来るものではなかっただろうし、技能や魔術も体力や魔力を消費するので、何れは使えなくなる。神を殺すための武術も、体力が無くなれば満足に扱うことは出来ない。

 

 わりと、レンジとてピンチだった訳だ。勿論、前世と全く同じ身体だったり、何一つ下手なミスをしなければ、奈落の攻略はレンジにとって難しい事ではないだろう。

 

 しかし、勿論前世の身体ではないし(似せられて再構築されてはいるが)、何一つとしてミスしない事は不可能だ。神の力で窮地を抜け出そうとも、いつか必ずツケが回ってくる。

 

 だがら、逆に助けたのがハジメで良かった。彼の発想が無ければ、ここまで来れなかった可能性は大いにあり得る。

 

 引き金一つで生き物を殺すのには十分すぎる程の威力を誇る現代兵器擬き、ドンナーとフルミネ。

 

 フルミネが無ければ、レンジもここまで余裕はなかっただろう。そういう意味では……

 

「……ハジメには、すごく助けられたよ。俺は彼を助ける事ができなかったけどね」

 

 何処にもない彼の左腕を見詰めるレンジ。もしかしたら、本人以上に悔やんでいるのかも知れない。

 

「これは気にしていないっと言っただろ?」

「ああ、そうだったね」

 

 本人が気にしていない事で、ぐちぐち言うのはお門違いだ。

 

「そんな事より、俺が気にしてるのは、お前のワケわからん力だ。何なんだ、アレは?」

「……ん。……レンジも、ハジメと同じ“ガクセー”だった。……なのに、一人だけ物凄く強い。どうして?」

 

 どうやら、話すと約束していた事を守る時が来たようだ。想定外の人物が加わったが、なに気にする必要はないだろう。

 

 さて、何処から話そうか……。いや、先ずは結論を言ってしまおう。その方が、ハジメなんかは理解しやすそうだ。

 

 どうせなら、しっかりと二人の顔を見て話して起きたかったので、作業を終えているハジメにユエを渡す。今度はハジメの膝の上に座るユエは、とてもご機嫌そうだ。

 

「ハジメなら分かると思うが、結論から言うと……」

「「結論から言うと……?」」

 

「俺は、“転生者”なんだ。何処にでもいるような、ありふれたね」

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 とある世界の創世記では、原初と継承を司る神が居た。その神の名は、起源神エアルスト。

 

 彼の神は、虚無の中にまずは光を創造した。しかし、虚無では光を置く場所が無かったので、空という空間を創造した。

 

 そして、空に光を置いた。なんか違う……、と思ったので起源の神は光を燃え上がる炎のように創り変えた。そうすると、光は太陽になった。

 

 出来上がった太陽を空に飾ってみたところ、眷属神が生まれた。非常に鬱陶しいっと起源神(エアルスト)は思ったが、何かの役には立つだろうと、鳳凰神フレアデスと名付けた。

 

 次に、彼の神は自身が降り立つ為に、大地を作った。それはただ何もない平坦な大地だった。そこへ、足つぼのマッサージがしたいと、谷や丘を創る。さらに、横になった時に枕が欲しいと、巨大な山脈を創る。しかし、中々納得いくものが出来ずに、次々と創り足していく。

 

 何とか出来た。試しに寝てみると、大地は冷たかった。かの神は激怒した。こんな所で寝られるかっ、と。大地の底を火炎で満たし、地表を下から暖める事した。

 

 すると、また眷属神が誕生した。また名前付けか、と面倒がりながらも、地脈神グランドルと名を与えた。

 

 そして、しばらくすると、太陽と地熱の熱さにぶちギレた。何なのこの熱さ! 怒りに任せて冷風を起こし、掻いた汗を流すため、大量の水を天から降らした。

 

 起源の神の汗を流した水は、山々を伝い下へ下へと流れていく。途中にある起伏や窪みで川や池、湖が出来た。まだまだ余りある水はいずれ平坦な大地に溜まり、海となった。

 

 すると、また眷属神が生まれた。直接関わっていない海から出来た神に、起源神(エアルスト)は大変驚き、さらには可愛がった。この時に冷風を渡し、海流神アクエリアと名付けた。

 

 冷風を貰い喜んだ海流神アクエリアは、その力で寒波を起こして、空中にあった太陽を吹き飛ばしてしまった。

 

 これに気分を概した鳳凰神フレアデスが、海の水を捕まえて雲に変えてしまう。しかし、あまりの量に取り零して、それが雨となり大地降り注ぎ、山から流れて川となり大地の起伏や窪み流れ込み、やがて巨大な運河や湖なんかが出来た。この事に、地脈神グランドルがカチンッとした。

 

 対して、海流神アクエリアは奪われた水を回収すべく、冷気を雲に当てて凍らせる。その冷たさには鳳凰神フレアデスも堪らず、雲を落としてしまう。それがまた大地に……。

 

 地脈神グランドルがキレた。すると、山々が爆発してモクモクと黒煙が空に上がり、舞い落ちる灰が海を汚染した。

 

 そこでついに、起源神エアルストが怒った。

 三柱に善悪について説き、それぞれの力を奪い、均一になるよう再分配した。その時、新たな眷属神が生まれた。大事な時に邪魔くさっ、と思ったが裁定神カルデナスと名付けて、仲裁役として置いておく。

 

 さて、空海大地が三柱の喧嘩により死んでしまった。すると、その中心に一人の神が立っていた。なんか禍々しいオーラを纏っている。死病神ベイングラと呼ばれ、皆から恐れられた。

 

 そして、太陽が何処かへいってしまった真っ暗な空に、起源神エアルストは再び太陽を創ったのだが、丁度良く鳳凰神フレアデスが太陽を見付けてきた時だった。

 

 不要になった太陽を月に創り直して、太陽の反対側に飾る。こうして、昼と夜の概念ができた。

 

 月しかない夜は寂しかったので、星を飾り付けてみると、また神が生まれた。月光神ルナトリアと名付けておく。

 

 さて、三柱の神々はようやく自分達の担当するモノを甦らせ、再び元の状態に戻すと、死病神ベイングラに手を引かれ知らない神がやって来た。

 

 起源の神が、え? 彼女? と聞くと慌てたように、違う! と叫ぶ死病神ベイングラ。連れてこられた神はその反応に不満そうにしている。吹き飛べリア充が! と思いながら、蘇生神アライフラと名付けた。

 

 その時、二柱の愛と彼の神の憎しみから、また神が生まれた。癪だが、恋愛神ラヴァリアと呼ぶことにした。

 

 さて、良く見るともう一柱知らん顔の神がいた。どうせ、喧嘩した時にでも生まれたのだろうっと武闘神バルトロスと名付けた。

 

 それぞれの神が、起源神エアルストの創造の真似をしていろいろなモノを創っている最中、魔力と魔法が生まれた。偶然の産物だった。

 

 そして、新しい神も生まれた。名前は、魔術神アンブロトにしておいた。

 

 初めて、自分達で神を創った神々は、祝いだ祝いだ! と大はしゃぎ。遊び尽くしの宴が一年間もの間続いたのだが、いつの間にか知らない神二柱も混じってた。芸術神ハルモニアと狂宴神ケイリオスと呼ばれ、宴会には外せない神になった。

 

 しかし、また神達が仕事を疎かにしたため、大変な事に。

 

 そろそろいい加減にしろと、起源の神は怒り神々に運命と循環を与えた。その時、新しく神が現れたので因果神フェイロトと名付けて管理者として置いておいた。

 

 それからしばらくは何事もなく時間が流れ、もう大丈夫かと思い、この地を去った。いい休暇だったと、自分が本来管理する世界へと戻ってしまった。

 

 起源神エアルストが居なくなると、神々は親の真似をするように自分達の眷属を作ろうとした。因果神フェイロトは参加せずにいた。お前ら仕事しろぉぉぉ。

 

 しかし、皆で創った初めての眷属は、失敗作だった。

 

 形こそ似ているものの、神のような力は一切持っていない貧弱な存在。

 

 初めての眷属が失敗に終わった事に、神々はそれぞれ激怒し、責任転嫁の末に決別して、各々で眷属を創り出しはじめた。

 

 最初の眷属──ヒトは何も与えられずに、捨てられた。ただ創られて存在のみがある彼女は一人涙を流した。

 

 それを因果神フェイロトが見かねて、名前を名付けた。その名は、オラトリア。神人オラトリア。

 

 オラトリアと名前を貰った彼女は、行く宛もなく延々と世界を渡り歩いた。

 

 生死の概念がなく、ただ存在している彼女は、数百年数千年と世界を放浪とした。

 

 そして、様々な生き物にであった。自分とは違う、神から何かを与えられ生きている眷属種達だ。

 

 彼等について思うことはないか? と聞かれればあると答えるしかないオラトリアだったが、彼女は彼等と友好的に何世紀も混じりあった。

 

 時に神と同じように崇められたり、時に悪魔だ魔女だと恐れられたり、ある時は迫害に合い滅多刺しされたり。

 

 だが、彼女は生きてはおらず存在しているだけなので、死ぬ事はなかった。耐え難い激痛には襲われるが、死にはしなかった。

 

 それでも、オラトリアは誰か傷付けようとはし無かったし、逃げ出そうともし無かった。ただ、同じ眷属、仲間として彼等と仲良くしたかった。

 

 彼等と、生きたかった。ただ同じ命として終わりたかった。

 生きて死ぬこと。それは彼女には贅沢な願い。叶うことのない願い。

 

 だがら、せめて誰かの心の中で生きたかった。自分が直接見て感じた事や思った事を伝え、その人の心に自分の意志を残す。

 

 そして、その意志に強い共感を抱いてくれた誰かが、また誰かにその意志を伝える。誰かの中で生き繋ぐ。

 

 自分の意志を継いだ人が死ねば、その意志も死ぬ。つまり、自分も死ぬ事ができる。死に続ける事ができるのだ。

 

 それが、彼女にとっての命であり、生き方。きっと誰かに聞かれれば笑われてしまうような事だろう。

 

 それでも、彼等と生きたいと思ったし、共に死にたいと思っている。

 

 叶えられない夢に、届かないとしりながらも、ひたすらに手を伸ばす。

 

 それでいいじゃないか。それも、生き方の一つ、死に方の一つ。自分の在り方なのだ。

 

 

 ──そして、伸ばした手を、掴んでくれる少年とオラトリアは出会う。

 

 まさしく、偶然の出会いだった。

 ちょっと、高級食材の黄金トリュフを取りに山へ出掛けた時だ。

 

 山の奥地に一人の少年、いや男児が居た。まともな服は着ておらず、毛皮を巻き付けただけの四歳くらいの男の子。

 

 なにやら、真っ赤なリンゴを口に加えて、初めて見た! と言わんばかりにオラトリアを凝視する男児。

 

 その反応から孤児か何かだろうと思ったオラトリア。街の孤児院に届けた方が良いだろうと近寄った瞬間、息を呑んだ。

 

 山の獣達がいきなり現れたかと思うと、男児を守るように囲い、オラトリアに立ち向かうように威嚇してきたのだ。

 

「?」

 

 しばらく、獣達はオラトリアを威嚇して、敵意が無いこと、何より困ったように男児が首を傾げるの見ると、まるで怒られた子供のように四散していった。その時、何故か野ウサギに蹴りを入れられたオラトリア……。あれは、完全に蹴りだった。強いていうなら、舌打ち付きだった。

 

『……君、お名前は?』

 

 オラトリアには、通常の発声はできない。芸術神ハルモニアから汚ない声だ、と喋る事を禁じられたからだ。

 

 だが、オラトリアはこれでも始まりの眷属。神に及ばないとはいえ、その力は他の眷属からすれば絶大なモノである。

 

 それゆえ、魔術で音を出して会話する事くらいは造作もない。

 

「………?」

 

 普段は動物の声くらいしか聞かないであろう男児は、その独特な音の言葉に首を傾げる。幸いにも、驚いて逃げ出したりしないので良かった。

 

 しかし、首を傾げるばかりで、話をする気配はない。

 

 それもその筈、この男児は今のいままで、どこの言語も聞いた事はないのだから。

 

『……話せないのかしら?』

「? ……?」

 

 この後、オラトリアは男児を自宅へと連れ帰り、少年の育ての親となって、共に暮らすようになる。

 

 それは十年と少しくらいの時間だったが、彼女の人生で最高の思い出となっただろう。

 

 これは、とある世界の神話の創世記にして、生物誕生の歴史の中で、切り捨てられた少女への救済の物語。

 

 そして、ありふれた神話の終わり。

 

 捨てられた眷属が拾った男の子は成長し、神をも殺す。

 のちの歴史で、彼は“神殺しの英雄”と呼ばれる。

 

 

 




 
 正直、いらねぇーよそんな話! て思ってる読者様も多いですよ。

 でも、書きたくなってしまったので。

 次回も引き続き、レンジ君の前世の話です。

 いらねぇーよ、と思っている読者様には申し訳ない気持ちでいっぱいです。ほんとすいません。


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ありふれた英雄

 
 またまた、テキトーに書いております。


 

 

 

 のちの英雄が、捨てられた眷属である神人オラトリアと出会い、共に過ごしはじめて十年と少し。

 

 男児は少年へと成長し、今や十五歳くらい。今は、オラトリアに貰った“アルリム”という名を名乗っている。

 

 アルリムの成長速度、いや学習能力は恐ろしく、オラトリアが溜め込んだ数千年の知識を全て吸収している。親の顔を見てみたいものだが、彼は孤児。今は、オラトリアが母親だ。

 

 この少年を拾ってから、言語や文字を教えるのに苦労したが、一つ理解すると連鎖的に自分で理解していくので、それも初めだけ。

 言語や文字を教えた後は、オラトリアが今まで経験してきた出来事を毎日話して過ごした。

 

 いつも真っ直ぐに此方の目を見て話を聞いて、自分なりにいろんな事を考えてコロコロと表情を変える少年を見ていて、彼女は楽しかった。

 

 一つ不安いや、不満があるとすれば……我が儘を全く言わない事だろうか。

 

 アルリムを拾ってから十年ちょっと。アルリムは何一つ我が儘は言わなかったし、何かを嫌がり愚図るような事もなかった。

 

 ただ、与えられたものを嬉々としてこなして、どんどん自分の力へと変えていく。勉強も嫌がらないのでいろんな事を教えていたら、気が付いたら創世記に神々の使っていた魔法を教えていたくらいだ。

 

 何処か、おかしな子供ではあった筈なのが、そんな事より自分にいつまでも笑顔を向けて、自分に何かを求めて寄ってくるアルリムを見ていると、そんな事はどうでも良くなっていた。

 

 そして、気が付けば、十年以上の月日が流れ、今の時代で成人とされる歳である、十五歳にまでアルリムは成長していた。

 

 歴史の勉強や、自己流の術式の構築、肉体鍛練を積み重ねて少年へと成長した彼は、中々に魅力的な男性になったと思う。

 

 そう、思う、だけなのだ。アルリムがいくら魅力的になろうとも、そこに恋愛感情などはオラトリアには芽生えない。

 

 育ての親で子供して見ているから、という親心があるからではない。恋愛神ラヴァリアから、その感情を与えられていないからだ。

 

 同族といえる眷属種達に、同族愛を感じる事はある。だが、一個人として一個人を愛する事は出来ない。それを理解することはできるのだが、共感することはできない。

 

 故に、アルリムにも教えてあげる事ができない。オラトリアがアルリムに教えられる愛とは、慈愛でしかない。大切な一個人を作る、という事は教えられない。それが、悔しい。

 

「母さん、どうしたの? また、何か渋い顔してるよ?」

 

 どうやら、眉間に皺がよっていたらしい。いくつかの羊皮紙に必死に何かを書いていたアルリムに心配されてしまった。

 

『……あら、アルリム。ごめんなさいね、小皺が増えちゃうかしら?』

「歳取れないから、心配ないんじゃあ……」

『気分の問題です』

「ア、ハイ」

 

 まぁ、こんな穏やかな暮らしを子供と出来るのだからいいか。と一人で納得してしまうオラトリア。

 

 本当なら、もう成人の彼に世界を旅させていろんな所へ、自分自身の目で学びに生かせた方がアルリムの為なのだろう。

 

 そうなれば、恋人の一人二人連れて帰ってくるだろう。そしてたら、言ってやりたいのだ。「家の息子にちょっかい出してんじゃねえー、阿婆擦れども!」と。

 

『……そう言えば、アルリム』

「なんだい、母さん?」

『貴方の言っていた、“何でも燃やせる”魔法の術式はどうなったのかしら?』

「あぁ、コレね。今、丁度出来たところだよ」

 

 なにやら、羊皮紙に書き込んでいたのは、術式の理論と魔法陣らしい。精密かつ繊細な魔法陣と、それに対する大量の書き込みがされている。

 

 正直、この術式を使える者は、この世に一人しかいないだろう。知識が足りな過ぎる者には勿論使えないし、オラトリアにも使えない。

 

 ごく当たり前に、自然と、いや世界そのものと調和しているアルリムにしか使えない。この魔法の使うには、世界の理に触れる事が条件とされるのだ。

 

 まあ、世界の理を燃やす魔法など、一体誰が何のために使おうと思うのかは分からないが。

 

 いや、使ってもらいたい人物なら、一人居る。永久の時に、存在し続ける一人の少女なら。

 

「まぁ、魔力消費悪すぎるから、使えないけどね」

 

 ダメだこりゃ、と首を振るアルリム。いや、実用性がないだけで、扱うこと事態は可能だ。

 

 魔力を使いきって倒れる可能性は大だが。

 

『……これなら、私も…』

「何か言った?」

『な、何でもないわ』

 

 何処かそわそわしている母親に首を傾げるアルリム。

 

 まさか、子供に自分の存在を燃やして終わらせてくれ、などと言える筈もない。だが、もし仮に口に出せば、これまでの事を考えるに彼なら了承してくれるかも知れない。

 

 母親がそんな思いを抱いているとは知らず、アルリムは自分の組み立てた術式が改善できないものか、考えに耽るのだった。

 

 

 

 

 

 しかし、幸せな日々は唐突に終わりを告げる。

 

 ここ数年いや、実際は数百年前から水面下で起きていた神々の争いが、ついに本格的起こったのだ。

 

 と言っても、神同士の直接対決ではなく、眷属種同士の潰し合いだ。しかし、それは大きな戦争だった。

 

 普人族と魔人族の戦争だった。さらには、吸血鬼と獣人族も争いをはじめた。それどころか、世界中の全ての眷属種が相対する種族と水面下ながら衝突し合っていた。

 

 その影響は、アルリムとオラトリアにもあった。

 

 近郊諸国からの、徴兵命令がアルリムの下へ来たのだ。さらにも、オラトリアにも別の召集命令が来ていた。

 

 女性に送られてくるような物だ、どのような内容かは察するに難しくない。

 

 オラトリアはこの命令に、アルリムが素直に従うと思っていた。だが、実際は違った。

 

 初めて、出会って初めて、アルリムが激昂した。

 

「ふざけているのか! なんだ、この内容は!? 母さんを馬鹿にしているのかっ!」

 

 しかも、自分の為に。オラトリアは胸にグッと込み上げてくる熱いものを感じた。

 

 しかし、アルリムを落ち着かせなければ。初めて激怒するのだ、感情の昂りでとんでもない事をしてしまうかも知れない。近郊諸国の王族殺しとか。いや、本当にやりかねないし、出来てしまう実力もあるのだから困る。

 

『もう落ち着きなさい!』

「でも、母さんっ、これは……!」

『大丈夫よ、私の事は。少しの間、身を隠せば良いだけだもの』

「……ッ。でも……! ……いや……うん。大声出してごめんなさい」

 

 なんとか、自分自身に折り合いをつけたアルリムが、激昂した事に素直に謝る。

 

 本当に、素直な子だなぁ、そう思う。そして、どうてだろうか? ただただ、愛らしく思える。

 

 もう子供扱いされるのはもう嫌な歳だろうけど、オラトリアはアルリムの頭をどうしても撫でたくなってしまい、スゥと手を伸ばし──

 

 

 伸ばしたその時、それはやってきた。

 

 何故このタイミングだったのか、何故今日この日だったのか。誰にも分からない。いや、大した理由はないのだろう。

 

 本当に、ただの偶然だったのだろう。

 

「──いやはや、まさかまだ存在していたとは、な?我等の最初の眷属よ」

 

 その人物は美しい声音の持ち主で、輝かしい金髪を腰まで伸ばした長髪の男。着ている服がいくつもの極彩色をベチャベチャに塗りたくったような奇抜なもの、というユーモアのある人物である。

 

『……うそ、どうして……?』

 

 その人物の登場に、驚愕を隠しきれないオラトリア。

 

 一方、アルリムは全く見覚えのない人物だった為、はて? どちら様? と首を傾げている。

 

「……何だ?その会話の方法は?──ぁあ、汚ならしい声だったから、我が禁じたのだったなぁ」

 

 その言葉を聞いて、アルリムが牙を剥いて襲い掛かった。

 

 コイツ! コイツが、母さんの声を奪った!

 ──芸術神ハルモニア!!

 

 攻撃術式を即座に展開して襲い掛かるが、ハルモニアは全く動じた様子も無く……

 

「──コバエ如きが、“動き回るな”」

 

「ッ! なんだ!?」

 

 ガクンっと、アルリムの体から力が抜けて、その場に崩れ落ちて動かなくなった。どうにもこうにも、体を動かす事は出来ず、喋る事と首を動かすくらいが精一杯だ。

 

「“煩い”。羽音もたてるな」

 

 そして、喋る事すら出来なくなった。

 

『……何の、ご用があっていらっしゃったのですか? 神、ハルモニア様』

「そうだなぁ。強いていうならば、なにやら他の神々が地上で煩くなったので、我も少し覗いてみたのだ。そしたら、懐かしい我が作品を見付けたのでな。……まったく、改めて見ても不出来なモノだな、貴様は」

 

 ギシッ! とアルリムの体が力む。何? とそれにハルモニアが反応するが、それ以上は何も起こらず興味を失って、やがて視線をオラトリアに戻す。

 

「──さて、わざわざこうして降りてきたのだ。不出来なモノは壊しておくか……」

『……え?』

「“死ね”」

『ウッ!……──ァァアァアアアアッ!!』

 

 突然、オラトリアは全身を絶え間無い激痛に犯された。それだけではない、言い様のない恐怖が彼女の精神を蝕み、悪寒が全身を駆け巡った。

 

「貴様には、生死は存在しない。故に、我には殺す事は出来ぬ。代わりに、永遠に死の痛みと恐怖、そして冷たさを味わい、その魂を破壊されるがいい!」

 

 その時、ドンッ! とアルリムが腕を地面に突いた。神によって動きを封じられているのにも関わらず、無理矢理動かしたせいでブチブチと身体が中から崩壊していく。

 

 勿論、内部から身体が壊れ、激痛がアルリムを襲っている。しかし、そんな事はどうでもいい。自分の身体はどうなっても構わない。

 

 母さんを、母さんを助けなければっ!

 

 その意志だけで、彼は神の力に抗う。

 しかし、神とは無慈悲だ。腕を突くのが精一杯、身体を起こす事は出来そうにもない。

 

「ほほぅ、本気ではないとはいえ、我が力に歯向かうとは。中々に面白いモノを飼っているな? 何、顔もかなりの美形ではないか。ラヴァリアに取られる前に我が──」

『やめなさいっ!くぅ、……アルリムに、手を出す事はっぐうぅ、私が許さない!!』

 

 それは母の純粋な叫び。我が子への無類の愛情の表れ。

 

 それを見たハルモニアは……ニヤリと笑う。

 

「……なるほど。こういう劇も悪くない」

 

 そして、今にも立ち上がりそうなアルリムの頭をポンポンっと叩く。

 

「──さぁ、見せてもらおうか。最愛の母の死に際に、最愛の息子がどう母を救うのか」

 

 フハハッ、と笑い声を上げてハルモニアの姿が、宙へと溶け込み消える。

 

 その瞬間、アルリムの身体が自由を取り戻す。すぐに苦しむ母の下への駆け寄る。

 

「母さん! 大丈夫!? しっかりして!」

 

 すぐに、回復作用のある魔法を施すが、オラトリアの容態はまったく良くならない。

 

 一体何をされたのか、今のアルリムには分からなかった。

 

『ッ!……ぅ……大丈夫よ、アルリム』

「何処が!? 全然、大丈夫じゃないだろ!」

 

『大丈夫よ。……もう、治らないから』

 

 アルリムの身体が硬直した。すぅーと体から熱が逃げていく。しかし、心臓はバクバクと忙しなく動き続けていく。

 

「やめてよ、母さん……こんな時に、悪い冗談なんてさ」

『ッ、ふぅー……私は、悪い冗談なんて言わない、でしよ?』

「……嘘だ。……嘘に決まってるっ」

『嘘、じゃないわ……ハルモニアの言葉、は絶対。、……私には生死の概念はなく、ただ存在するだけのモノだった』

「やめて、母さん……今、新しい術を考えるから、だから」

『ダメよ。例え、出来たとしても、死とは取り除いていいものではないのよ? 神様でもない限りね』

 

 この世界には、死を取り除く方法がいくつか存在する。基本的には神頼みになるのだが、確かにある。

 

 しかし、それは神のみ許された領域だ。アルリムが踏み込んでいい場所ではないし、母親としてあんな神々の仲間入りなどさせたくなかった。

 

「どうして! 母さんは何も悪くないのに!? 全部あいつだ、あいつ──ハルモニアが悪いのに!!」

『そうかもね。でもね……ッ……生死に誰かのせい、なんてないのよ?』

 

 ただ、ちょっとだけ関わったてだけの話よ、と彼女はアルリムを説得する。

 

 このような事になっても神を恨まないのは、彼女の慈悲の心あってこそだろう。

 

「……。……どうすれば、いい? 母さんを、救えるの?」

『……そうね。もう、この死の痛みから、私が解放されるには──存在を消されるしかないわ。そして、それが出来るのは、貴方だけよアルリム』

「……何でも燃やせる魔法」

『、……そうよ』

 

 違う。こんな為に。こんな事の為に。

 こんな事の為に創った魔法じゃない!

 

 母さんを、殺して(消して)しまう為に、創ったんじゃないのに!

 

 泣け叫びたかった。母親を救えない能無しの自分に、あの神をどうにも出来なかった無力な自分に、悔しい思いが一杯で、どうしようもなくて、ボロボロと涙を流す。

 

 けど、死を与えられた母親が泣いていない以上、自分が泣くわけにはいかない。アルリムはギュッと歯を食いしばる。

 

「分かったよ、母さん」

『……ありがとう。貴方のお陰で私は死ぬ事が出来る。ようやく、夢にまで生と死を迎える事ができる。本当に、ありがとう。愛しい愛しい我が子よ。私を救って(・・・)くれて、ありがとう……』

 

 ポッと、彼女の体に青い炎が灯った。アルリムの魔法の炎だ。

 

 概念を、理を燃やす炎。それは優しくオラトリアの身体を包み込みながら、徐々にその存在を滅していく。

 

 熱くはなかった。ただただ、心地の良い熱さを彼女は最後まで感じていた。

 

 

 

 

 

 白い灰になってしまったオラトリアを、それでもアルリムは握り締めていた。母の、最愛の家族の死を嘆き、そこから一歩たりとも動けずにいる。

 

 オラトリアはもう一つ、アルリムに教えてあげられていない事があった。それが、死別。

 

 それは、アルリムとってとても重要な事だったのだが、彼女はもう逝ってしまった。

 

 もし、オラトリアが彼にもっと死について、多くの事を教えられていたら、彼はもっと別の道を歩んでいたのかも知れない。

 

 神々とその数多の眷属種を殺した血に濡れた英雄ではなく、もっと美しいそれこそお伽噺に出てくるような勇者になっていただろう。

 

 誰も殺さずに、創世記から続いていた神々の怠惰と戦争に終止符を打った勇者に。

 

 しかし、もうそんな未来はあり得ない。

 

 

 ──殺す。……殺してやる。彼女を苦しめ奴を。彼女の敵を。俺の母の敵は、俺の敵。敵は殺す。邪魔するヤツも皆に敵だ! 絶対に殺してやる!!

 

 英雄の優しかった心は黒く染まり、青い炎が黒くなる。

 

 とある世界の英雄は、復讐者として神殺しの道へと突き進む。優しい少年は、もう居ないのだろうか?

 

 

 




 
 上手く心理描写とか書ききれませんでした。

 ただ、神様はクソ野郎! と思って頂ければ……。


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ありふれた最後

 
 またまたテキトーにやっております。

 誤字脱字ありましたら、申し訳ないです。
 ご報告のほど、お願い事します。

 次回から、ていうか、次回一気に奈落編終了するかもです。


 

 

 

「──そして、ついに最後の一柱であるカルデナスを倒して、俺は十二の神殺しを終えたんだよ」

 

 あまり詳細には過程は話さなかったが、十分過ぎるほど内容が分かるように、レンジは自分の前世で成し遂げた偉業、いや犯した禁忌を語り尽くした。

 

 すると、どうだろうか。

 

 ユエは完全に涙を流して泣き、ハジメも目元をゴシゴシしているではないか。

 

「……グスッ……壮絶な、人生だった……」

「……ああ、まさか……そんな前世が」

 

 レンジの思っていた反応とは、少し違った。もっと、こう、怖がられたりするものかと思っていたのだ。

 

 復讐の為に始まった、神殺し。しかも、その延長線にある者達も殺したのだ。あの世界にいた八十億の生命の内、三十億以上をこの手に掛けている。

 

 ただでさえ、神殺しという禁忌を犯しているのに、その足掛かりの為に数多の眷属を絶滅させている。ただの大量虐殺者であると思われても仕方ない。

 

「……怖がらないんだな」

「? ……怖がる、なんで?」

 

 ユエは首を傾げて聞き返してきた。まるで怖がる要素が思い当たらないようだ。

 

「俺は、直接復讐に関係無い者も殺してるんだよ?それも、一人や二人じゃない」

 

 いや、もしかしたらそれがどういう者達だったか、それを伝えれば彼女も恐怖を抱くかも知れない。

 

 やはり言うべきか、と口を開こうとした時、それを止めたのはハジメの言葉だった。

 

「始まりは復讐だったかも知れないが、お前はちゃんと皆を救ったよ。ガキの俺が、そっちの世界の事情を知らない俺が聞いてても分かる。お前は、レンジは、立派な英雄だったよ」

 

 それはハジメの本心。同情から、気休めからの言葉ではない。ユエもハジメに同調するようにコクコクと頷きている。

 

 その姿に心からレンジは、ありがとう、と思った。そして、彼はの心は救われ──ない。

 

 まだ、レンジの前世は、“アルリム”の人生は終わってはいない。人生の続きを、その最期を言わなくてはならない。

 

「さて、ここまでの話は“アルリム”の英雄譚だ。次は──」

「いや、待て待て。ちょっと、待てよ」

「え? むしろ、ここからの話も重要なんだけど……」

「マジかよ。どんだけ濃い人生なんだよ……」

 

 途方にくれる浪人のような声を出すハジメ。ユエもまさか続きがあろうとは思わず、目をパチクリさせている。

 

 別に、二人がレンジの前世の話に飽きた訳ではない。しかし、十二柱の神殺しに続いて、さらに重要な事があるとは思わなかった。

 

 壮絶な前世につい、神殺しを終えてハッピーエンドだとばかり思っていたのだ。だが、そんなのはお伽噺での話だ。偉業を為そうが、禁忌を犯そうが、死ぬまで人生は続く。

 

「ハジメ、ユエ。俺を英雄だと言ってくれて、ありがとうな。……けど、前世の人達はそうは思わなかったんだよ」

「──ッ」

「何?」

 

 そうは思わなかった。そこ言葉を聞いた時、ユエは背中に冷たいものを感じた。ハジメは首を傾げただけだったが、ユエの中には、まさかまさか、という思いが沸き上がってくる。

 

 レンジはいつもの微笑みを浮かべたまま、次の言葉を紡いでいく。

 

「──俺はさ。その三ヶ月後に裏切られる。……生き残った全ての人達に」

 

 再び、ユエの瞳からポロポロとおおつぶの涙が零れ落ちる。察してしまった。彼の死因を、英雄の最後の姿を──。

 

 英雄は禁忌を犯して偉業を成し遂げた。そして、最後には、化け物と呼ばれる。

 

「その日は祝典が開かれる筈だったんだ。神々の支配から解放された祝いがね。でも、祝砲は放たれなかった。代わりに、出席者から無数の魔法が飛んできたよ」

 

 それはあまりにも唐突だった。関係諸国の王族や重鎮達、獣人族の長とその一団。他にもエルフやドワーフ達。まだまだ数多くの者達がそこには居合わせていた。

 

 それなのに、誰一人としてアルリムに攻撃しない者は居なかった。それは共に神殺しの旅へを歩んだ仲間達も、最愛の婚約者も。誰もかも、アルリムに攻撃を行った。

 

「まぁ、訳が分からないまま、成されるがままだったよ。神を殺し過ぎて、もう自分が神みたいな超越存在になっていたから、魔法攻撃自体は大した事はなかったんだけど……どう手に入れたのか『死病神(ベイングラ)の小太刀』を持ってた奴が居てね』

 

 “死病神(ベイングラ)の小太刀”。それは地球で言うならば、死神の持つ大鎌(デスサイズ)である。

 

 切り付けた全ての存在に“死”という概念そのものを付与する、絶対死のナイフ。

 

 そこでユエが話に口を挟む。例えそんな神の武器でも、当時のレンジ“アルリム”ならば何とかなったのでは?

 

「……どうにか、どうにか……ならなかった?」

「うん、どうにかはなったんじゃないかな。でも、しなかった」

 

 どうにか出来たが、どうにもしなかった。レンジはそう語る。“死”から逃れる術は、二つある。

 

 同じ、死病神ベイングラの力で取り消すか、あるいは相対する蘇生神アライフラの力で掻き消すか。

 

 どちらもアルリムならば可能だったが、彼はそのどちらも選ばなかった。

 

「俺は、神のようにはなりたく無かったからね。一人の人間として精一杯生きて、そして最後には死ぬ……母と同じように」

 

 しかし、既にアルリムは神の端くれのようなもの、如何に“死”という概念が付与されたとしても、その場でポックリ逝ってしまう訳でも無かった。

 

「──そう易々と死ねない存在に成ってしまっていたし、どうやって小太刀を手に入れたのかも気になっていたから、俺はそこから再び世界を回って、神々の聖遺物なんかを回収した」

 

 しかし、それは短い旅であった。途中、命を狙う刺客に襲われる事も多かったが、全て軽くあしらってササッと回収して回ったからだ。しかし、約九ヶ月は時間が必要だった。

 

 そして、裏切らはれた一年後。

 

「──一年後、今度こそ、神々からの解放を祝う宴が開かれた。俺抜きで全員が集まっていたよ」

「なるほど。それを機に裏切り者達を皆殺しにしたんだな? 流石だわ」

「ん! レンジはすごい!!」

 

 そこで口を挟むのがハジメクオリティー。そして、同調するのがユエクオリティー。なんとも仲の睦まじいことで。

 

 そんな様子に微笑みを深めるレンジは、いいや違うよっとハジメの予測を否定する。

 

「──俺はその日は終わり(死に)に行ったんだよ。皆が確りと俺の死を確認できるよう、集まる日にね」

 

 いつもの優しい美笑でそう語る彼の顔には、ほんの少しだけ黒いモノが宿っていた。

 

 それは、怒りや悲しみではない。それをハジメは悟った。レンジに生き方を諭されたハジメだからこそ、理解することができた。

 

 生産と消費で終わる人生。

 

 英雄の偉業は、人々の恐怖で清算され後には何も残らない。いや、残ってはいるのだろう。神殺しの英雄ではなく、神喰らいの化け物として。

 

 英雄の意志も英雄の物語も、彼の生き方は後世へと正しく残らない。人々の恐怖で、その全てが悪意あるものへと改竄され、間違った形で残り受け継がれていく。

 

 間違いなく、英雄だった筈なのに。間違いなく、救いだだった筈なのに。彼は、間違いなく化け物として見られた。

 

「どうせ死ぬなら、愛した人に殺されたかった。だからってのもあるんだけどね。……彼女には、悪い事をしたよ」

 

 結局、その日は祝典にはならず、英雄(化け物)の首が落ちた断罪の日に変わった。

 

 彼の断頭を担ったのは、彼の婚約者。それをさせてしまった事をレンジは悔いている。まさか、愛した人にそんな事をさせるとは……。

 

 

「肉体が死ねば魂魄が抜け落ちて、輪廻転生の循環に加わる。煉獄の炎で記憶が焼かれ、魂の外郭して焼き付く。そして、また新しい肉体に宿り生まれる……筈だったんだけど。……その循環を司るフェイロトが、俺に言ってきたんだ。傷の報酬をあげよう……ってね」

 

 そして、英雄の答えは“平和に生きたい”。

 

 母のように優しいままでありたかった。

 けど、それは出来なかった。

 その意志を誰かに伝える事も出来なかった。

 

 だから、もう一度生きたかった。

 

 戦いなんてない平和な世界で、誰にでも優しい生き方をしてみたい。でも、誰かの歩み生き方を歪めたくもない。

 

 矛盾した二つの思いに苦しみながら、アルリムはレンジとして新たな生を受け取った。

 

「──これが、蓮ヶ谷レンジの経緯かなぁ」

 

 簡略化されているものの、その全てを聞いたハジメとユエ。二人の顔は暗い。

 

 そして、ハジメには一つの疑問が浮かぶ。その疑問はどうしても聞かなければいけない。ハジメ自身の為にも、知らなければならない。

 

「……どうして、裏切り者を、敵を殺さなかったんだ?」

 

 もっともな質問だ。レンジの前世であるアルリムの時にも、“必殺と死守”の誓約を立てている。

 

 しかも、それを生涯破った事はないというのだ。だが、最後は裏切り者、強いては敵を殺していない。矛盾が生じている。

 

 そして、今世に於いてもレンジはハジメと、“必殺と死守”の誓約を立てている。ハジメは、これも破られてしまうのでは? と危惧しているのだ。

 

「ああ、それか。簡単な話さ」

「簡単な話?」

 

 おいおい、まさかテキトーな理由で破った訳じゃないよな? と警戒心を強めるハジメ。まあ、そんな言われ方をすれば仕方ないものか。

 

「裏切り者と表現したけど、説明するにあたっての便宜上の言葉さ。彼らは俺の仲間だよ」

「……殺されたのに?」

 

 今度はユエが問い質す。

 

 ユエは裏切られて、この奈落に囚われた身だった。裏切り者を仲間なんて、到底思えない。しかし、同じような状況にあったレンジは、裏切り者を仲間だという。

 

 何故なのか、彼女が疑問に思わない筈がない。

 

「俺の“死”はさ、仲間の総意だったんだよ。俺の余りの力に、俺の余りの徹底っぷりに、仲間達は恐れてしまったんだ。神々が居なくなったあと、俺の怒りは何処へ向くんだろう? 力の矛先は誰に向けられるんだろ? ってね」

 

 自分達を支配していた神々を殺す力。しかも、その最初の動機は復讐だ。

 

 歴史を振り替えれば、英雄の母オラトリアを傷付けたのは、神だけではない。自分達もだ。

 

 なら、次は自分達だ。

 

 恐らく、そう思って生き残った者達は自分に攻撃したのだろうっとレンジは考えいる。

 

「俺自身の存在が、仲間を脅かした。それは即ち敵だ。そして、仲間の敵は俺の敵だ。仲間は死んでも(・・・・)守る。敵は必ず(・・)殺す。」

 

 英雄は誓いを破らなかった。

 

 ハジメとユエは、何とかその言葉に納得した。本当はいろいろ言いたいが、もう終わってしまった話だし、ハジメの危惧する裏切りも、レンジはしていない事がわかった。

 

 それでいい。それでいいっと、納得してやることしか二人には出来ない。

 

 神殺しという禁忌の代償は、ハジメとユエが思っていた以上に、重たいものであった。

 

 

 しかし、それでも英雄は隣で微笑んでみせる。彼らに同じ悲しい人生を歩かせない為に。

 

 

 

 





 お気に入りが、300を越えー、
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 感想・コメント・ご指摘・ご意見も頂いております。

 誠にありがとうございます。
 今後ともによろしくお願いいたします。


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英雄達の不在 2

 
 白状します。……嘘を、付きました。
 奈落編終わらないです。しかも、奈落編は関係ないです。

 私の書きたかった話を書いただけです。執筆する時間も少なかったので、めっちゃ短いです。でも、書きたかったので、書きました。

 反省しています。けど、後悔はしておりません。


 

 

 

 それは丁度、ハジメとレンジがサソリ擬きを爆殺し(犯人はレンジ)、ユエを加えて親睦を深めていた時。

 

 そして、天之河光輝率いる勇者御一行が、オルクス大迷宮にてベヒモスと因縁の戦いをしている時。

 

 ハイリヒ王国の王宮内を、ありふれたメイドが目的地へと向かって歩を進めていた。

 

 彼女は王宮に遣える、ありふれたメイドの一人。皆と同じ制服(戦闘服)を着て、皆と同じように洗濯や配膳などを行うメイド。

 

 さて、そんなメイドの一人が向かうのは、今は使われていない個室の一つ。彼女はその部屋の前に立つと、ドアノブには手を掛けずに、蝶番に仕掛けられた極小のワイヤーを指で弾く。

 

 ──ピンピン、ピィンッ。

 

 すると、ガチャリと内部なら鍵が外される。しかし、メイドはすぐに入らずに、何故か扉の前で一礼をしてから入室した。

 

 ちなみに、これをしないで扉を開けたり、間違えたりすると音速で無数のフォークとナイフが飛んできて死ぬ。

 

 そして、内側から鍵が開いた、あるいはトラップが解除されたのなら先客が居るのは当たり前。まあ、個室なのでそう広くはない空間に、三十人程のメイド軍団が居るのはどうかと思うが。

 

「同志よ」

「「「「「同志よ」」」」」

 

 同じ空間にいるメイド達……いや同志というべきだろうか? ともかく、彼女達は挨拶を交わす。

 

「やほっ。少し遅かったね。何かあったの?」

「申し訳ありません、アデプタス・ウェナトル」

 

 一人だけメイド服を着ていない人物が、入室してきたメイドに遅れた理由を聞く。ちなみにだが、アデプタス・ウェナトルは本名ではない。本名は蝶番の仕掛けと、呼び名から悟ってあげてほしい。

 

「大した理由では御座いません。ニオファイトどもを蹴散らして参りました」

「ほほぅ。……どうでしたか? 我々『ロートゥス・エクェス』に相応しい者は居ましたか?」

 

 そう質問するのは、一人だけやけにスカートの丈が短いメイド服を着用するリーダー格らしき女中。彼女は……“ものすごくよく訓練された”メイドさんだ!

 

 

「申し訳ございまん、アデプタス・フィデリス。どれもそれも、普通を抜け出せない、ありふれたメイド達でしたわ」

「いえ、貴女が謝る事ではないわ。列に加わりなさい」

 

 スゥと頭を“ものすごくよく訓練された”メイドさんに下げて、メイドはメイド軍団の列へと加わる。

 

「じゃ始めましょ。第……何回かはもう忘れたけど、『ロートゥス・エクェス』定例会議」

「あぁ、またあのお方の話を…!」「この時間の為に、メイドをしている私がいるわ」「私たちの知らない、至高の方の一面をまた知れるのね」「長かったわ。ここに来るまで幾人のメイドを蹴散らしたか…」「あの子達の分まで、私は話を聞かなきゃ」

 

 この『ロートゥス・エクェス』は簡単に述べるなら、蓮ヶ谷レンジのファン倶楽部である。

 

 アデプタス・ウェナトルと“ものすごくよく訓練された”メイドさんによって、規律正しく純粋にレンジへの想いを積もらせるメイド軍団の集まりなのだ!

 

「ふふふ。今日は特別に、レンジ君の寝顔シリーズコレクションよ! ──さぁ見なさい! 授業中うっかりうたた寝してしまう、レンジ君の横顔をっ」

 

 ──キャーっ!

 

 とメイド達の黄色い声が部屋の中を飛び交う。広さのあまりない部屋なので反響してかなり煩いのだが、彼女達は全く気にしない。というか、もう意識の外側の出来事なのだろう。

 

 次々に隠し撮りされたレンジの寝顔(主に横顔)の写真を出すストーカー系狩人娘。ほとんどの写真が授業風景の中で撮られており、お前は授業中に何やっとる、と思うのだが、大変嫌らしい事に彼女の成績は学年上位圏内だ。

 

 この部屋の()主が、仲間達に自分の秘密と過去を話している時、メイド軍団も彼の過去を知るのだった。

 

 ただ過去の意味合いが違うだけ。

 

 

 




 
 ほらね、短いでしょう?
 これで終わりです。

 さて、解説……というか言い訳というか、説明を致します。

 まず、アデプタス・ウェナトルの件ですが、ウェナトルとは『ウェーナートル』というラテン語が元になっています。

 意味は、猟師や狩人。ハンターとかイェーガーとか、分かりやすいのでも良かったのですが、“アデプタス”がラテン語なので、そちらに合わせた形となりました。

 “アデプタス”がどういう意味かは、どうぞググって下さい。そのままの引用になりますので、すぐに分かると思います。

 次は、アデプタス・フィデリス。こちらは文章中にて、“ものすごくよく訓練された”メイドさんである事はバラしてしまいましたが、フィデリスもラテン語である『フィデーリス』から。意味は、信者。

 そして、メイド軍団の秘密結社『ロートゥス・エクェス』は、“蓮の騎士団”という意味のラテン語です。

 さて、この説明を読まずに何人の方が理解できたでしょうか? 私の予想は……0人です。私のとんでも思考回路を読み解ける人なんて居ないでしょう……。クソみたいな思考回路、発想力で申し訳ないです。

 ところで、急に話が変わるのですが……実は“ものすごくよく訓練された”メイドさんなんですが、名前を募集したいと思います。
 いや、自分で考えろやとか怖い顔しないで下さいよ……?
 いい名前がなかなか浮かんでこないので、読者様から募集する事に致しました。次回の登場は少し後になる予定なので、もし宜しければいい名前を御教授頂ければ嬉しいです。

 長文になってしまい、申し訳ございません。
 よろしければ、次話もお楽しみ下さい。


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攻略の最後に

 
 吹っ飛びました。そして少し短いです。

 


 

 

 

 オルクス大迷宮の奈落の底、の底の底。レンジは一人で三角座り(体育座り)擬きをしながら、第百階層へと繋がる扉の前に居る。

 

 仲間とはぐれた訳でも、捨てられた訳でもない。ただ、置いていかれただけだ。

 

 ここに辿り着くまでに様々な階層があり、いろいろな苦難に直面してきた。特に、ハジメに発砲したあとのユエの機嫌の悪さ。あれは、英雄をもってしても難しい難題であった、と言えざるをえない。

 

 さて、時々ハジメとレンジの仲の良さに嫉妬するユエや、ドンナーとフルミネの敵の即殺で活躍できないユエや、先攻して魔法を使いまくり魔力切れしたユエなどいろいろと不憫な思いをしたユエだったが、ここでその全てを払拭する出来事が起こる。

 

 ようやく辿り着いた百階層の入り口にて、ハジメはレンジにこう提案したのだ。

 

「ここは、俺と“ユエ”に任せてくれないか?」

 

 どうやら、ユエが封印されていた部屋にいたサソリ擬きを、レンジが即刻爆殺した事を受けての発言らしい。

 

 ハジメとしては、どうしてもレンジと対等である事を望んでいるようである。十二柱の神殺しの英雄と、本当の意味で肩を並べるには、今のハジメではあらゆる面で足りないことが多すぎる。

 

 しかし、それは経験を積めば、人生を歩んでいけば、いずれは追い付ける者だとハジメ信じている。だが、それは一人ではきっと出来ないだろう。

 

 でも、「レンジは最強。でも、ハジメと私は……弱い。けど、二人なら最強になれるっ。……ハジメと私の二人で、最強になる。──そして、レンジも合わせて三人で無敵!」と言ってくれたユエと一緒ならっと。

 

 その最初の一歩として、ユエと二人で百階層で待ち構えているであろうボスと戦いたいのだ。

 

 ユエはユエで、好意を寄せるハジメと折角二人っきりになれるチャンスに歓喜した。

 

 ハジメもレンジも、どちらの事も好きなユエだが、二人に向けている好意の意味合いが異なる。ハジメに向けるのは異性としての好意で、レンジに向けているのは尊敬としての好意だ。

 

 最初はレンジに異性としての意識を向ける事も少なくなかったが、少しユエのことを子供扱いするし、レンジは一人でも最強だったので、ハジメと一緒にフォローされる事ばかりだった。

 

 そうすると、少しずつ異性としての意識が尊敬の眼差しへと変わっていた。その代わりに、肩を並べてともに 戦うハジメへと向ける意識が、より明確なり深まっていく。

 

 言ってしまえば、ユエにとってハジメは恋心を向ける男であり、レンジは尊敬するお兄ちゃんなのだ。

 

 大好きなハジメと二人っきりになるチャンスであり、尊敬する兄に自分の力を示すチャンスでもある。

 

 そんな二人の心情など察するに難しくないレンジは、代表としてハジメに……

 

「そんなにロリと個室でイチャつきたいかっ! このロリコンめっ」

 

 少し肩の力を抜いてやる事にしたのだ。何もそんなに力む事はない。気楽に行きなさいよ、という英雄からの気遣いである。

 

 まあ、その代償は大きかった。なんだかんだで、既にハジメも人外。その膂力から放たれるボディブローは、正しく殺人級の威力。レンジで無ければ死んでいる。

 

 そのお陰で体育座り(三角座り)のように腹を抱えて地面に座り込むようになっている。ぅーぅーっ、と呻き声をあげながら右にゴロゴロ、左にゴロゴロ。

 

 ハジメは英雄の気遣いに肩の力が抜けたが、その意気込みは一層と深まり、ユエはこれが終わったらハジメを食べると誓った。

 

 さて、そんな経緯で扉の前に、ボッチ待機しているレンジ。一応、ピンチになれば迷わず呼べっと言っているので、大事には至らないだろう。即死でもしない限りは。

 

 そして、ハジメとユエがレンジを置いてボスの部屋に入ってから五分、十分、十五分を過ぎた頃。

 

「レンジ! 助けて、ハジメがっ!」

 

 ガチャリと扉が中から開き、ユエからの救援要請。

 

 レンジは立ち上がるのと同時に疾走する。弾け飛ぶが如き勢いで、中で倒れているハジメへと近付く。

 

 その時、部屋の中に魔法陣が浮かびあがり、カッ! と光ると、六頭を持つヘビの魔物が出現した。まるで神話の怪物ヒュドラのようである。

 

「……ッ、嘘! また……」

 

 ユエの狼狽した声から察するに、このヒュドラがボスだったのだろう。

 

 ヒュドラはレンジを補足すると、その六つの頭全てから……

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 と大音響の咆哮を放つ。しかし、レンジの意識はハジメの容態にしかなく、その咆哮を聞くと──

 

「“黙って隅で大人しくしとけ”っ!」

 

 ヒュドラはいそいその隅の方へ移動して、丸くなって冬眠中のように動かなくなった。

 

 その様に、ユエはポカーンと口を開けてしまう。まさか、自分とハジメが苦戦した敵を言葉だけで完封しようとは、夢にも思わなかっただろう。

 

 煩い邪魔者を黙らせたレンジは、意識の戻らないハジメの容態を確認する。どうやら、血を失い過ぎたのと、毒を受けたのが原因のようだ。

 

 ユエが神水をガブガブと飲ませたようだが、余程強力な毒なのか、効果が薄い模様。しかし、それでも神水。ゆっくりとは回復している。

 

 このまま放って置いても問題ないが、悲痛に顔を歪ませる少女の顔など見ていたくないので、レンジはさらっと神の力を使う。

 

「──神通門、解放(リンク・スタート)

 

 使うのは、レンジ自身と度々お世話になっている『蘇生神(アライフラ)の心臓』。

 

 レンジは自分の手首を少し切ると、その切り口をハジメの口に押し当てる。

 

 傷口から吹き出る血が、ハジメの口を介して体内へと取り込まれていく。普通の状態で手首を切るのは自殺行為であるし、傷口を口に押し当てるのも、他人の血を飲むのも衛生面で非常によろしくない。現代医師がこの行為を見れば、意図が分からず顔を顰めるどころか激怒するだろう。

 

 しかし、レンジがハジメに与えているのは神の血だ。現代科学や医療の領域を遥かに超えた神秘の代物。ハジメは今、蘇生神の恩恵を受けているのだ。

 

 実際にレンジが与えた血は少量だ。レンジ自身も蘇生神の力を受けているので傷の治りは早いし、手首に付けた傷もそう深くはない。

 

「よし。これで大丈夫だ」

 

 ハジメの体を犯していた毒は完全に消え、神の血の力で失った血液も戻ったはずだ。だが、本人の体力は別。こればっかりは睡眠で回復してもらうしかない。

 

「……ん。でも、起きない」

「それは本人の気力の問題だから、その内に目を覚ますよ」

 

 今にも泣き出しそうなユエの頭を優しく撫でるレンジ。そこには、彼の母が持っていた慈愛が、確かに宿っている。

 

 しかし、彼は母親のように全てのモノにそれを向ける事は出来ない。

 

「……ハジメを抱えて、先に行けるかい?」

「……え? ……う、うん。大丈夫だ……」

 

 レンジのその言葉に、何か黒いヌメっとしたモノが含まれていたことに、ユエは敏感に気が付く。

 

 しかし、それをこの場で聞く訳にもいかず、ハジメをなんとか背負い、奥へと進む扉へと向かった。

 

 扉を開くとそこには、反逆者の住居と思わしき空間が広がっている。中に踏み出し、レンジにも来るよう呼び掛けようと振り返った時……

 

「──ッ!!」

 

 レンジのその顔を見てしまった。

 

 部屋の角で丸くなって動かないヒュドラに向けたその笑みを。決して、いつものような美笑ではない。

 

 あれはダメだ。あの顔は直視してはいけない、見続けてはいけないっとユエは思い、すぐに視線からレンジの姿を外す。

 

 そして、レンジはヒュドラと戦うのだろうと、何も言わずに扉を閉めた。

 

 戦闘時にたまに、というかちょくちょくハジメが作る好戦的な笑みとは違う。あれは、強いて分類するのならば、“ゲス顔”だ。

 

 いつもの慈愛の美笑ではない、諧謔心で命を弄ぶ狂人の笑顔。命をものとも思わない、いや命を玩具としてしか見ていないあの瞳。

 

 下種だ。下種以外に言葉に表しようのない、怪物的な悪意が宿っていた。

 

 ユエは理解できてしまった。レンジの前世アルリムを裏切った者達の気持ちが。彼等は見てきたのだろう。神々での戦いで同じ顔をするアルリム(レンジ)を。

 

 しかも、当時は全盛期。彼が纏う神威は今の比にならなかった筈だ。もし仮に、そんな奴の敵意が此方に向いたのなら?

 

 十二柱分の神通力と十二柱の神格を自在に操り、そして誰よりも知識と経験持ち、命を玩具のように弄ぶ敵。想像もしたくない。

 

 わかってしまった。理解できてしまった。だが、ユエには共感は出来なかった。何せ、それでも彼女にとっては、尊敬する兄だ。

 

 ユエ自身と自分の好きなハジメを守ってくれて、いろいろな事に気を使ってくれる心優しいお兄ちゃんなのだ。

 

 起きもしないもしもの事のために、裏切ることなんてユエには出来ない。ハジメだってそうだろう。

 

「……さぁ、ヘビ野郎。ハジメを瀕死に追いやり、ユエを悲しませた報いは、受けてもらうぞ?」

 

 本当にそれをやったヒュドラは既に死んでいるのだが、これは八つ当たりだ。別の個体だろうと、どうでもいい。

 

 怒れる英雄はフルミネを右手に、黒剣を左手に構える。

 

 

 レンジがユエ達と合流したのは、約一時間後となる。その時には、いつもの美笑をユエに向けていた。

 

 

 




 
 なんかシリアス(ホントに?)な流れがあるので、次回からはコメディっぽく、したいなぁーとか、ネタとかいれたいなぁーとか、思っていますが多分作者には無理。

 次回で奈落から脱出します。多分。

 


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解放者の遺物

 
 ( ´・ω・)⊃旦 そ……。
 


 

 

 

 未だ眠りつくハジメをユエに任せて、レンジは反逆者の住居内部を探索していた。

 

 住居内のいくつかの部屋は魔法的な仕掛けでロックされていたので、ハジメが目覚めてから一緒に探索しようと無視しておく。

 

 途中、ベッドの設置された寝室らしき部屋を発見したので、ハジメをそこへ運び、ユエも待機させておく。

 

 その際レンジは、ハジメの目覚めを待つ少女に「しばらく戻ってこないから、ごゆっくり」と言うのを忘れない。言葉の意味を理解したユエの頬が赤く染まっていた。

 

 再び住居の探索に戻るレンジ。まるで探し物をするのように、扉の開く部屋を調べている。いや、事実探し物をしているのだ。

 

 ここに残されているであろう反逆者の遺物を。

 

 開かない部屋を外界魔術を使って開ける事は可能だが、開く部屋に扉を開ける為のなんらかの手段が用意されている筈である。

 

 もし、それが無いようなら、ここの反逆者は本当に質の悪い糞野郎である。まさか、奈落をクリアしてきたのに、何もないなんて。

 

 しかし、レンジの予想通りの結果となる。

 

 それは住居の三階。三階には一部屋しかないく、扉を開けると、そこには直径七、八メートルの魔法陣が部屋の中央に刻まれていた。このトータスで見てきた中で、もっと精緻で繊細な魔法陣である。その技のきめ細かさには、一種の芸術性すら感じる事が出来るだろう。

 

「──神通門・解放(リンク・スタート)

 

 魔法陣を読み解く為、レンジは迷うことなく『魔術神(アンブロト)の脳髄』を使用する。

 

 神の脳による魔法陣の解読は、秒読みを始める前に終わってしまう。どうやら、この魔法陣は簡単に言うと、記録再生と魔法強制習得の効果を持つらしい。

 

 そうと分かれば魔法陣は後回しだ。レンジには他にどうしてもやっておきたい……いや、やらなければならない事があった。

 

 それはその魔法陣の向こう側。豪奢な椅子に座った人影、反逆者の骸にしなければいけない事。

 

 その遺体は細胞の腐敗どころ、既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された上等な外套を羽織っている。椅子にもたれるように俯いた姿勢から、最後の瞬間をこの場所で待っていたのだろう。

 

 レンジは魔法陣を踏まないように避けて歩き、白骨化している反逆者の元へと行き着く。そして俯いたままの彼、または彼女の肩に片手をポンッと優しく置いた。

 

「お疲れ様でした。アナタの来世が良きものである事を、切に願っています」

 

 同じ偉業を果たそうと、道半ばで朽ちた同胞に、レンジはそう優しく告げる。

 

 レンジはそのまま、そっと遺体を持ち上げて床に寝かしてあげる。次は魔法陣に踏み込んでみる。

 

 それが終わり次第墓を作ってやろうと思いながら、レンジは目の前に表れた青年を見ながら思う。どうやら、男性だったようだ。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

 

 魔法陣に記録再生効果によって写し出された青年は、オスカー・オルクスと名乗ってみせる。まあ、記録映像を投射しているのだから当たり前である。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これは唯の記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

 そうして、オスカー・オルクスは真実を語り出した。

 

 内容を簡単に纏めてみると、筋書きはレンジの予想通りのものだった。

 

 オスカー・オルクスが語る真実、それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

 神エヒトはどうやら、レンジの前世の世界中に居た神々にも劣らぬくらいの屑のようだった。

 

 神代の少しあとに、エヒトは各種族に別の種族を“神敵”であると認識させ、戦争遊戯を行っていたらしい。それも、数百年という長い期間で。いや、現に今も行っているのだろう。もはや、千年は越えているのではないだろうか。

 

 しかし、当時その神エヒトの悪行に終止符を打たんと、立ち上がる者達が居た。それが、今まさに反逆者と呼ばれる者達で、その時は“解放者”と呼ばれていたらしい。

 

 だが、結局のところ“解放者”達は神エヒトと戦うことすら出来ずに、敗北する事となった。神殺しを決行する前に神エヒトに感付かれ、“神敵”に堕とされ“反逆者”に堕とはれた。

 

 神の敵となった彼ら“解放者”は守りたかった者達に相次いで討たれていき、最終的には中心メンバーである七人のみが生き残る。オスカー・オルクスのその一人。

 

 生き残った七人は、神エヒトを討つことはもはや不可能であると悟り、世界各地にバラバラに散っていった。しかし、それはただ逃げたっという事ではない。

 

 彼らは後世に神殺し意志を託す為、各々で迷宮を創り潜伏することにしたのだ。別々の場所、別々の試練を用意し、それを突破した強者のみに自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを切に願い。

 

 しかし、少なくともオスカーの存命中に、そのような者は現れなかったのだろう。現れていたのなら、このようなメッセージは残すまい。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 レンジは英雄で神殺しで、ハジメを救い、彼とそしてユエと元の世界に帰る為に此処に居る。だから、順当に事が進めば、神殺しをする必要はない。

 

 いや、順当に進むからこそ、神エヒトと合間見える事となるのだろう。その時は……

 

「貴方達の分まで、神を殺しましょう」

 

 レンジはそう言って、映像の最後に微笑むオスカー・オルクスに一礼する。

 

 映像の終了とほぼ同時に、レンジの脳に何やら刻み込まれるような感覚があった。それは常人には、酷い頭痛のように感じられるだろうが、レンジは神殺しの際には魂魄そのものに彼らの力を刻み込まれたので、大した事は無かった。むしろ、え? これだけ? みたいな感じだった。

 

 さて、レンジの脳に直接書き込まれる形で宿った力は、トータス神代に於ける古代の魔法。現在ではとっくの昔に失伝しており、俗に“神代魔法”と呼ばれているものだ。

 

 そして、レンジは記憶の中のあの転移魔法と、この神代魔法はどうやら同じ部類、というかあの転移魔法も神代魔法の類いである事を『魔術神(アンブロト)の脳髄』の力で知る。

 

「……やっぱり、エヒトは亜神か……」

 

 亜神。レンジの前世の世界では、肉体を捨て切れない超越存在だったり、長きに渡り生きて信仰から神格に近しいモノを取得した者の事である。

 

 神になれない半端者や、神域に片足突っ込んだ者っという人達も居た。ちなみに、レンジ(アルリム)も英雄と称される前は、そう呼ばれていた。

 

「……確か、聖アルヴ族だったか? 神域に片足踏み込んだ体を捨て切れない半端者……だったかなぁ」

 

 これもちなみにの話だが、聖アルヴ族は高次魔法生物と呼ばれる保有魔力量と魔法技術に長けた種族だった。見た目は、日本ファンタジーに出てくる美形華奢長耳のエルフである。魔術神(アンブロト)の眷属種であり、レンジ(アルリム)の神殺しの末に、絶滅危惧種となっている。

 

 それはさておき、レンジが手に入れた神代魔法は“生成魔法”。なんと、魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ。

 

 素晴らしい。まさしく、ハジメの為にある様な、夢の魔法だ。

 

 だが、レンジには不要だったりする。何せ、前世の魔法、今の名称は外界魔術であるがそれには、付与術式という応用術があり、鉱物を問わずに魔術効果を物体に付与出来る。

 

 レンジが奈落に落ちて早々に行った『獄炎(ヘルズ・フレイム)』なんかがその類いだ。

 

 勿論、通常の術式を付与術式に変換する必要があるので求められる技術力は桁違いになるし、消費魔力も遥かに多い。しかも、効果は永続せず、付与術式と共に込めた魔力量で持続時間が左右されてしまう。まあ、レンジには何一つとして問題にはなり得ないのだが。

 

 前世では、知識や技術を創世記末から生きていた母オラトリアから学んで、神殺しの為に鍛練を重ね保有魔力量を増やしていた。そして、今世では前世の力を受け継いでいる。しかも、保有魔力限界を突破して魔力を蓄積出来る技能“魔力貯蓄”を取得しているし、“高速魔力回復”もあるのでこうしている今もレンジは物凄い勢いで魔力を溜めている。

 

 その事から、あまり生成魔法はレンジには必要無かった。そう彼は思っていたのだが……

 

「……いや、待てよ。永続的に付与出来るのなら、地脈神の力と併用すれば……」

 

 レンジはその頭で幻視した。魔法効果が地理レベルで付与された大地を──。怖くなったので、考えるのをやめた。

 

 いや、確かに大地そのものがアーティファクトに成るなど、恐怖以外の何物でもない。

 

「さて、そろそろオスカーの墓を作るか……」

 

 そう思い、部屋を出ようとした時……

 

 ──アババババババアバババ

 

 まるで電流を流されたようなユエの声が聞こえた。どうやら、ハジメが目覚めたのだろう。

 

 お墓は少し先延ばしになります、とオスカーに頭を下げて、ハジメとユエが寝ている寝室に向かう。

 

 そして、そこには全裸のハジメと全裸のユエが抱き合う姿があった。

 

「! 違う待て! これは──」

「おはよう、ハジメ。上に面白いものがあったんだ。ハジメにとっておきのモノだ。見に行こう」

 

 あまりにも普通に、全く動揺もせず普段の、失望して批判する事もなく、レンジはいつも通りの美笑をハジメに向ける。

 

「?!」

 

 ハジメの予想では、激しくロリコンと罵られると思ったのだが……レンジは気にも描けていない様子。一体どういう事か。

 

 そればかりか、寝室のクローゼットからハジメの為に洋服を取り出し、ユエにもカッターシャツを着せてあげる。

 

「な、なに……? どういう、事だ……? ま、まさか、お前っ!!」

「……ったく。ハジメみたいな、勘のいいガキは嫌いだよ」

 

 ニタァ……と笑うレンジ。ハジメの額からツゥーと汗が顔を伝う。

 

「……そうさ。こうなると知りながら、ユエを差し向けたのは、このぼ──」

「死にさらせぇーッ!!!」

「グハッ!」

 

 魔力でわざわざ強化までした渾身の右ストレートが、レンジの腹部を穿つ。あまりの威力に体が跳ね上がり、天井へと激突した。ハジメとユエの二人を幸せにする代償は、大きかったのである。

 

 その後、ハジメとユエも神代魔法をゲット。二回も再生される同じオスカー・オルクスにレンジは苦笑いを思わず浮かべてしまった。

 

 彼等がここから再び帰還への道のりを歩むのは、二ヶ月後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 ~~~おまけ1(?) お風呂~~~

 

 

 

「ハジメ、ここには風呂があるんだよ」

「マジか。日本人の血が騒ぐな」

「あぁ、男同士裸の付き合いと行こうか」

「私も混ぜて」

「ユエちゃん、ハジメと二人で入っていいよ」

「おいコラ、サラリと逃げるな英雄」

 

 

 

 ~~~おまけ2(?) 血の味~~~

 

 

 

「そういえば、ユエってレンジの血は飲まないのか?」

「……はっ! 飲んだこと無かった……」

「忘れてたのかよ……」

「ちょっと貰ってくる!」

 

「ん~? 俺の血が飲みたいの?」

「ん。ダメ?」

「別に構わないけど……多分そんなハジメと変わらないと思うよ」

「頂きます」かぷっ、ちゅーちゅー

 

「どうだ、ユエ?」

「おっ、ハジメ。お前の差し金か……」

「……ん。ご馳走さま」

「で、レンジの血の味は……?」

「ハジメのとも違う至高の味……極上の嗜好品。まるで、最高級ワインみたい……嗜好品だから、ご褒美の時に所望する」チラッ

「ア、ハイ」

 

 

 

 ~~~おまけ3(?) 嫉妬? ~~~

 

 

 

「あれ? 何か急に殺意が……」

「香織!? 背後に般若が見え──私も急に胃がムカムカするわ? まるで庄司さんと話している時みたいな……」

 

 

 




 
 じ、次回、『空飛ぶウサミミ(仮)』



 一週間でここまで来たのかぁ


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空飛ぶウサミミ

 
 お昼に更新待っていた読者様には申し訳ない。めっちゃ忙しかったんです。



 

 

 

 驚愕だった。

 その様は、十二柱の神殺しの英雄であるレンジをもってしても、そう思える圧倒的な意志の硬さ。

 

 何度拒まれるようと、何度足蹴にされようと。その度その度に、諦めずに何度でも向かってくる。

 

 もういっそ、逆に何がしたいのかよく分からない。これは、これは一体何がしたいのか。もしかして、そういうプレイがお好みなのか!? と言いたくなる程のしつこさ。いや、執念なのかも知れない。

 

 あまりに必死過ぎるその形相は一周回って、混沌(カオス)のような存在である。

 

 這い寄るカオスの化身シア・ハウリア。これが彼女との初邂逅時にレンジが抱いた第一印象である。

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 ハジメ、ユエ、レンジの三人は奈落の最深部にある解放者オスカー・オルクスの隠れ家に住み着いていた。そこは言ってしまえば、ほのぼの系箱庭である。

 

 疑似太陽があり昼夜の時間帯を演出して、畑や小川、そして緑が多い。自給自足には何も困らないような場所である。

 オスカー・オルクスの残した楽園。そこは、奈落の果てにあるっという皮肉が実によく効いている。

 

 そんな楽園に、三人は二ヶ月間も滞在していた。主に、ハジメ事情で。

 

 一つは、無くなった左腕の件。オスカーの住居で義手を見付けたのだ。それの調整に手間取った事。

 さらに、ヒュドラとの闘いで右目を蒸発させてしまっている。しかし、オスカーの義手に施されている技術を応用し、義眼『魔眼石』を製作した。その際、レンジも開発に携わったので、『神眼石』とも言えるのだが……。

 

 そして、最後に義眼や義眼を使用しての戦闘による最終調整や、ガンマンとしての腕を磨いていた。相手はレンジだったのだが、最後には悔しそうな顔をするハジメを見れば結果は言わずとも分かるだろう。

 

 レンジ自身もハジメの作る現代兵器擬きを複製したり、その消耗品を複製したりと何気に忙しかった。レンジ曰く、『宝物庫』なるアイテムを見付けたハジメが悪い。

 

 そこに更に、ハジメとの模擬戦や、ガン=カタの伝授。さらには、ユエにも外界魔術を教えていた。

 

 何故レンジがガン=カタなんて知っているんだっと思うのだが、某アクション映画を観賞したからではない。『武闘神(バルトロス)の脊髄』の力である。

 

 身体機能と反射神経を高次の機能へと昇華させ、さらに過去現在未来という時間概念に関係なく全ての武術体系を使用する事ができるっという反則的な力で、レンジは未来の完成されたガン=カタを習得したのだ。それをハジメに伝授する。

 

 ちなみに、『武闘神(バルトロス)の脊髄』の力の副次的なものとして、各武術体系の開祖や歴代後継者が分かるのだが、ガン=カタの開祖は南雲ハジメだったりする。

 

 未来のハジメによって完全な武術体系となった技が、レンジによってさらに研ぎ澄まされ、今のハジメへと伝授される。タイムパラドックス感が否めない。

 

 まあ、むしろレンジとしては、直系の弟子にして二代目になる“ミュウ”という人物が凄く気になるのだが……。

 

 それはさておき、以上の事から楽園で過ごした二ヶ月間は中々に忙しかった。それこそ、ハジメとユエの夜の営みが気にならないくらいには。

 

 そんな毎日から解放されたのは、勿論出発の日だ。レンジは思ったのだ、大量生産は一人でやるもんじゃないっと。工場の生産ラインは偉大である。

 

 

 さて、出発の当日、予め目をつけていた、外へと出る魔法陣に足を踏み込むと、出た先は再び洞窟だった。

 

「なんでやねん」

 

 どうやら普通に外に出れると思っていたハジメが、落胆ながら虚空へとツッコミを入れている。

 

「まさかとは思うがハジメ……」

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「あ、ああ、そうか。確かにな。反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないか」

 

 正しくその通りである。それくらいの警戒心が無ければ、解放者は七人を残すことなく討たれていただろう。

 

 二ヶ月の間に平和ボケしたのか、地上への帰還に対する期待からか、少しハジメは気が緩んでいたようだ。

 

 ハジメはそんな自身を戒めて、気を入れ直す。しかし、というかやはりと言うか、洞窟を進む足し取りは何処か軽いものがある。それはユエも同じことだ。

 

 まぁ仕方ないか、と思うレンジ。ハジメにとっては数ヶ月、ユエのとっては数百年待ちに望んだ外の世界である。気が踊る気持ちも分からなくはない。逆に、そんな二人の分までレンジは警戒を怠らない。

 

 いつ何時、何が起きてもすぐに対応できるように、フルミネに右手を置いている。

 

 しかし、隠し通路にまでトラップや試練はないようですんなりと外に出られた。まぁ、谷の底であるのか、絶壁に前を塞がれていたが。

 

 だが、待望の外である事には何ら変わりない。ハジメとユエはその体で地上に帰還したことを精一杯に喜んだ。

 

「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっーー!!」

 

 

 そこはライセン大峡谷。ここでは発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまう。魔法使いには鬼門の地である。

 

「……さて、御二人さん。ご帰還の感激に浸っているところ申し訳ないけど……敵さん達のお出ましだっ」

 

 その土地の特性の割りには魔物が多いのが、なんとも意地が悪い。ハジメ達はすでに魔物に囲まれていた。

 

 だが、そんな事はハジメとレンジの前では関係ない。

 

 義手によって二丁持ちが可能となったハジメは、ごく自然な動きで、ドンナー・シュラークを撃ち放つ。放たれた弾丸は願いを違わず命中。

 

 レンジもフルミネを発砲。しかし、ハジメとは違い全く持って別の所に……当たって跳弾して命中した。何故、跳弾なんてさせたのか。

 

 その様子にハジメがジト目でレンジを見つめる。レンジはその視線から逃れるように顔を背けると、

 

「……気分と気持ちの問題だ」

 

 どうにも、やりたかっただけらしい。

 

 さて、ここライセン大峡谷では、ユエの出番は──お休みだ。奈落で頑張ってくれたし、ここは魔法使いには鬼門。適材適所でそういうことにした。

 

 ちなみに、言い出しっぺがハジメであり、彼の言葉を理解しつつも少し納得いかなかったユエは拗ねてしまった。

 

 そのせいか、ユエはハジメから離れてレンジの方に寄ってくる。どうやら、兄に甘えるようだ。

 

 ハジメとレンジは素早くアイコンタクト。視線だけの会話で、今後に悪影響がないようにユエの好きにさせる事に決定する。

 

 しかし、ハジメよりも、やや近接戦を好むレンジは動きが激しい。近くにユエが居ても気にせず自由に戦える方法それは……

 

「……で、肩車になったのか?」

「まぁ、そうだね。視界に困らないし、肩車なら激しく動いても大丈夫だ」

 

 普通の、ごく一般の方々は確実に大丈夫ではないのだが、生憎この中には人外しか存在しない。

 

「……ん。でも、後ろを向いたらぶっ飛ばす」

「「………」」

 

 それはそうだ。信頼を置く人でもやって良い事と悪い事は存在する。まあ、忠告されずともレンジはそのような事はしないのだが……ユエさんの声が怖かったので頷いておいた。

 

 さて、結局のところ、ユエがレンジに肩車されていたのは一時間しないくらいの時間だ。

 

 理由は、このライセン大峡谷は歩いて移動するには長すぎた。途中で乗り物に乗り換える事になり、ハジメの宝物庫から取り出したお手製のバイクに乗る。

 

 三人でサンドイッチで乗るには、スペースが無さ過ぎるのでサイドカーが取り付けられた。サイドカーに座るのはレンジである。

 

 誰も何も言わなかったが、共通認識でハジメとレンジが共にバイクシートに乗る事は却下される。

 

 少しだけ機嫌が良くなったユエと運転手のハジメがバイク本体に乗り、レンジは一人でサイドカーに座る。これが最善の形なのだ。

 

 ちなみにだが、バイクはハジメの力作。エンジンの仕組みは知らなかったので、魔力による直接操作で車輪関係機構を動かす仕組みになっている。その恩恵で駆動音は電気自動車のように静かである。

 

 しかし、ハジメはロマンでエンジンの音を付けたかった。……のだが、そこで現れる天才レンジ君。もう、前世に無かった物は何でも知っていると言わんばかりに、エンジンの構造も知っていた。

 

 だが、その時は既に魔力駆動二輪は完成していたし、エンジンを作っても燃料が無ければ意味はないし、ガソリンの変わりになるモノを探そうにもエンジンはそれなりに精密な機構であるので、下手なモノは入れられなかった。

 

 作り直しは検討されず、レンジの付与術式でエンジンの駆動音に似た音がなる魔術(オリジナル)が付けられた。レンジも男の子、ロマンという言葉には共感できる。

 

 という訳で、エンジンキーやエンジンセルの駆動音、勿論エンジン音、さらにマフラーから上がる白煙など様々なモノが再現されている。しかし、全てのモノが実際に走行には一切の関係性も持たない無駄なオプションである。さらに、その無駄なオプションのオン・オフを切り替えられる騒音隠蔽機能(サイレント・マナーモード)も付いている。創世記からの術式技術と神の脳髄と神代の魔法が惜しみ無く使われたエセバイクなのだ。

 

 そのエセバイクの完成に、男の子二人は大変喜んだ。それをユエにジト目で見られていたのだが、二人の意識の外での出来事だ。

 

 勿論、単純にロマン機能だけでなく、実用的な機能も付いている。悪路を錬成して難なく走行を可能にする車輪など。

 

 さて、話を戻して、とんでもエセバイク(+サイドカー)で悪路をものともせずに快走していると、それが見えた。

 

 恐竜である。いや、別に珍しいとは思わなかった。奈落の底にも、恐竜擬きが出てくる階層があったからだ。

 

 大峡谷で出会ったのは、二頭を持つティラノサウルスである。ダブルヘッドティラノモドキ、と呼ぶべきだろう。

 

 そのティラノモドキは此方に向かってきている。いや、ティラノモドキの前を走る女の子を追い掛けて此方に向かってきているようだ。

 

 その少女、頭なら何か生えていた。しかも二本ある。此方に向かって走って……ピョンピョン跳ねてくる。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 何か、必死だなぁっと何故か英雄は余裕そうである。ハジメもユエも面倒くさそうな表情を作るだけ。

 

 しかし、この少女こそ、英雄レンジをも驚かす意志の持ち主なのだ。

 

 その少女は、後にステータスのみならばレンジと同等にまで至るバグの権現にして、這い寄る混沌(カオス)の化身シア・ハウリアである。

 

「あ、飛んだぁ」

「ウサミミだな」

「……面白い」

 

 ティラノモドキの攻撃の余波で、ギャグのように空高く上がる彼女を見て、そんな未来に気付く者は居ない。少なくとも、この三人には不可能である。

 

 

 

 




 
 一瞬だけのシアちゃんでした。

 次回から本格にシアちゃんが出てきます。


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英雄とウサミミ

 
 ………、………。

 ──ヨシ。誰も居ないな?

 今の内に………そっと。


 

 

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い! 受け止めて~~!」

 

 奇跡的にティラノモドキの攻撃が外れ、変わりに余波の力で空高く飛ばされたウサミミ少女。

 

 されど、彼女に飛行能力などある筈もなく、放物線の頂点に達してしまえば、あとは落ちてしまう以外なにも出来ない。

 

 しかし、慈悲の概念などほぼ奈落に置いてきた挙げ句、残りは全てユエに注ぎ込んでいるハジメには、正直あの少女の事などどうでもいいので、知らぬ顔でスゥーっと車体をバックさせる。

 

 だが、そんなハジメと違い、レンジは優しい心を持っている。甘くはないが、優しい心を。

 

 レンジはサイドカーから飛び降りると、地面に落下する前に、そのウサミミを掴み取る。

 

「きゃぁああああ、はっ! ありがとうございます

! でも、貴方ではなく、あちらの白髪の方に頼んだんですけどね!」

 

 めっちゃ失礼である。いっそ、清々しいくらい失礼なウサギだった。

 

 しかし、レンジはいつもの美笑。相変わらずの美しい笑顔を少女に向けて、そっと地面に降ろしてあげる。なんと言うか、大人の余裕だ。

 

「知るかよ。なんで見ず知らずの他人を助けなきゃならん」

「はぁー!? あ、貴方それでも人ですかー! 良心とか無いんですか!」

「んなもん奈落に捨ててきた」

「なんですかそれ!」

 

 失礼なウサギはレンジを蚊帳の外に、ハジメに向かって難癖を付けはじめた。本当に、失礼なウサギである。

 

 ユエも、義兄であるレンジを無視した挙げ句ハジメに難癖を付ける姿に、相当イラッときていらっしゃる。

 

「………このクソウサギ……」

 

 ポロッと、そんな事を呟いたユエに……ポンッと頭に手を起き、そのまま撫でてやるレンジ。

 

 思わず洩らしていた言葉をお兄ちゃんに諌められる形になったユエは、恥ずかしさからほんのり頬を赤く染める。

 

「貴女も仲間ですよね? 何とか言ってあげて下さいよ!! こんな超絶可愛い美少女が助けを求めているんですよ!?」

 

 自分で超絶可愛いとか言う辺りどうかと思うが事実、ウサミミ少女は美少女の分類に入る……と思われる。今まで逃げ続けてきたのか、ズタボロで非常に貧相な格好をしているので、イマイチ確信が得られないのだ。

 

 しかし、そんな事よりも、だ。またである。また、レンジの事を無視したのである。どう見ても、レンジも仲間の筈なのに。それを無視してユエのみに申し立てる辺り……ユエの怒りボルテージが振り切れそうである。

 

 が、ついさっき、というか今も兄に頭をナデナデされて諌められているので、怒りで感情が爆発する事は無かった。流石はレンジ、出来る男である。これを見越してのナデナデであったのだ。

 

 けれども、ユエの機嫌が悪い事に変わりはない。そればっかりはレンジにはどうしようも出来ない。

 

「……黙れ、クソウサギ…」

 

 今のユエさんは苛烈だ。

 

 ハジメもユエにはご機嫌でいて欲しいので、頬っぺたをムニムニ。レンジは相変わらずナデナデ。

 

 ムニムニ、ナデナデ、ムニムニ、ナデナデ、ムニナデ……

 

 ユエの表情が少し和らい……

 

「何和んでいるんですかー!」

 

 ビキィ……

 

 ウサギの一言に鬼の表情へと──

 

 しかし、それが何だかの行動へと変わることは無かった。

 

 グルルルゥアァアアアアーッ!!

 

 今の今まで大人しかったティラノモドキが雄叫びと共に突進してきたのだ。

 

「ひえぇ~、お助けぇ!」

 

 素早くハジメの足にすがりつくウサミミ少女。あくまで他力本願でハジメ(・・・)を頼るらしい。

 

「くそっ、擦れつけやがって」

 

 ハジメがドンナーを構えようとした時、レンジが待ったを掛ける。

 

「待ってくれ、ハジメ」

「? どうかしたのか?」

「ヒュドラの時も思ったんだけださぁ、一つの体に幾つもの頭って悲しいよな。──だから、その悲しみから解放してやろうか」

 

 ニヤリと英雄が笑った。あの時のゲス顔である。まあ、あの時よりは大分、というか比較にならない程の普通のゲス顔だが。

 

 ユエは勿論の事、ハジメもレンジのその表情には別段特別な感情は湧かない。ハジメも奈落でユエと出会う前から、レンジのゲス顔は幾度となく見ているからだ。

 

 ただ一人、ウサミミを生やした少女だけがビクッと震えていた。

 

「──神通門、解放(リンク・スタート)

 

 狂気を含む笑顔で英雄は超常の奇跡を、神の力をこの世界に顕現させた。

 

 ──ドゴオォオオオオォォォン!!!

 

 此方に向かって突進してくるダブルヘッドティラノモドキの足元から、ハジメをしても目視で確認が難しい速度で剣山が隆起した。

 

 いや、剣山ではない。巨大な刃である。フランベルジュのように波打ち、マグマが血液のように流れる巨大な刃が、大峡谷の地表を突き破って生えてきたのだ。

 

 それは『地脈神(グランドル)竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)』と呼ばれる神器である。レンジはそれのほんの一部部分だけを召喚したのだ。

 

 地脈神の神器『竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)』は惑星を切り裂く為の神造兵器である。ほんの一部をであろうと、ライセン大峡谷の底から神山の頂上くらいの大きさはある。長い割には横幅や厚みがあまりないのは、切り裂く為の形状だからだ。

 

 そんな物に真下から突き刺されたダブルヘッドティラノモドキは、勿論左右に真っ二つである。確かに、一つの体に一つの頭である。半身であるし、完全に絶命しているが。

 

「これぞ地形攻撃だな」

「いや、もう地形関係ねぇー。こんな事も出来るのかよ……」

「……ん。やっぱり、レンジはすごい」

「ヒェェェー」

 

 ───チョロロロ……。

 

 ハジメの足にすがり付いていた少女が失禁していた。

 

 まあ、無理もない事だろう。まさか自分が散々蔑ろにしていた少年(レンジ)が、これほどまでの力を持っていようとは思うまい。

 

「……テメェ、引っかけやがったな?」

 

 ハジメの額に青筋が浮かぶ。どうやら、失禁した挙げ句にハジメの足も濡らしてしまったらしい。

 

 しかし、ここでも誰よりも早く動くレンジ。英雄の仕事は些細な気遣い、ヘイト管理なのだ。

 

「嘘だろ、ハジメ。まさか……お漏らしプレイを──」

「フンッ!!」

「ぐぼぉおおおっ!!」

 

 ハジメの左腕から放たれるボディブロー。義手のギミックであるショットガンシェルの発砲で生まれる推進力まで利用した、今現在できるハジメの全力の拳。

 

 それをいつも通り、腹で受け止めて吹き飛んで『竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)』に叩き付けられるレンジ。予想外にハジメのボディブローが成長してる!? と戦闘力が上がったことを褒めるべきか、それとも嘆くべきなのか分からないまま、レンジは地面へと落下する。

 

 その際ついでに『竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)』を回収しておく事を忘れない。惑星を別つ巨剣は光の粒子になり宙に四散して消える。

 

「はぁー……ったく、レンジは優しいな」

「ん。……優しすぎる」

「イテテ……そう、かな?」

 

 奈落で共に戦ったハジメとユエは、レンジの気遣いを看破して、優しすぎる彼に溜め息を吐く。

 

 しかし、レンジの気遣いはまだ終わらない。

 

 何故か口を金魚か何かのようにパクパクさせて硬直しているウサミミ少女をハジメの足から退かして、少女のアレでアレしてしまっている足に外界魔術を掛ける。

 

「磨きあげろ、『お掃除好きの恵風精霊(クレンリネス・フローラー)』」

 

 この魔術は、謂わば魔術版洗濯機(?)である。洗濯脱水は勿論の事、完全乾燥も行った上に衣服のシワや解れも直してくれる、前世の生活魔法である。あと、良い香りが着く。

 

 まあ、世間一般に普及していた魔法の魔改造バージョンなので、オラトリアかレンジ(アルリム)しか使えなかった(というか知らなかった)。そして現在は、ユエが全力で習得しようとしている魔術である。

 

 さて、一瞬でハジメのズボンと足が綺麗になり、ついでにウサミミ少女にも同じ魔術を掛けてあげる。まさしく、優しすぎるレンジである。

 

 レンジのお陰でキレイになったウサミミ少女は未だにパクパクしている。一気にいろいろな事を目の当たりにして、脳の処理が追い付かないのだろう。

 

 だが、しかしというかやはりというか……

 

「先程は助けて頂きありがとうございましたっ、私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますですっ、 取り敢えず私の仲間も助けてくださいっ!」

 

 めちゃくちゃ片言だった。体をカクカクブルブルさせながら物凄く棒読みで、めちゃくちゃ図々しくもお願いしてくる。

 

 しかも、それをハジメに言って、レンジとは目を合わせようともしない。

 

 ここで遂に、ハジメがキレた。

 彼のアイアンクローが素早くウサミミの生えた頭を捕獲する。

 

「おい、お前いい加減にしろよ? いつまで俺の仲間を無視してやがる、あ?」

 

 ユエもゲシゲシッ! とウサミミ少女に蹴りを入れる始末。

 

 レンジは、自分の為に彼らが怒ってくれた事を本当に有り難く思い、そして……

 

「ハジメ、アイアンクローで持ち上げるのはダメっ! 首絞まってるから、首ぃ! あとユエちゃんも、そこは蹴っちゃあかん!!」

 

 英雄の受難は続く。前世でも、今世でも。

 しかし、今は前世とは違い、暖かな気持ちが英雄の心を満たしていた。

 

 

 

 さて、ハジメのアイアンクローで意識が遠退きかけたウザウサギ、いや超絶失礼なクソウサギからの話を聞き(レンジが二人を何とか納得させた)、それをまとめてみると……

 

 どうやら、帝国──ヘルシャー帝国なる国に追われているらしい。なんでも帝国は、兎人族をどうしても奴隷にしたいようで、彼女の一族を追っているらしい。

 

 ちなみに、ヘルシャー帝国は人間の国である。完全実力主義で、実力さえあれば国のトップにでもなれる。

 

 そう、人間の国から追われているのに、同じ人間に助けを求めるウサミミ少女。きっと頭が悪──追われてきた恐怖で頭がおかしくなって、ハジメ達に助けを求めたのだろう。

 

 しかし、アイアンクローを食らい、ユエにも蹴られても、お願いしてくる辺り……どうにも意志は硬いらしい。

 

 あくまで、ハジメとユエに助けを求め、レンジは無視。まあ、凶悪なゲス顔とあの力を見れば、事情を知らなければ誰だってそういう反応をするだろう。言わば、前世の人々と同じ反応だ。

 

 それがハジメとユエを怒らせる原因なのだが、彼女は気付く筈もない。しかし、レンジ本人が気にしていないので、ハジメとユエも怒るに怒れない状況。

 

 だが、レンジは他の原因もあるのでは? と思っている。どうにもこのウサミミ、まだ話していない事があるようなのだ。

 

 しかし、あまり話したくないのか、言おうとしない。レンジは仕方なく、神の声を使うことにする。

 

「まだ話してない事があるんだろう? ほら“話してごらん”?」

 

 ウサミミ少女はあっさりゲロった。当たり前である。神の力に逆らう術など持っている訳ないのだから。

 

 曰く、彼女は本来兎人族が持つ筈のない魔力を持って産まれてきた突然変異らしい。それ故に固有魔法が使えるらしい。

 

 それが『未来視』。文字通り、未来の出来事を見る事ができるらしく。彼女は、ハジメとユエの二人(・・)に守られる未来を見たらしい。他にも幾人かの仲間人物は居たが……。

 

「……俺だけが、居なかった、と?」

「はい、そうなんです。『未来視』はあくまでも、無数にある未来の中で、今現在の状況から起こりうる確率が最も大きいものを見る魔法なので、下手に行動すると未来が変わっちゃうんです……」

 

 だから、未来に出てこなかったレンジを必要に無視したのだと、少女は語る。

 

 それに、ハジメとユエの二人は絶句する。

 

「……そっか。──なら、仕方ないね」

 

 だが、レンジはいつも通りだった。変わらぬ美笑を浮かべ、最善を尽くそうとしたウサミミ少女の頭を撫でてあげる。

 

 

 未来、英雄は居ない。それは、本当になのだろうか?

 ハジメとユエは、一抹の不安を確かに覚えた。

 

 

 

 




 
 シアちゃんがとんでもなく失礼な奴に!?

 しかし、彼女からすれば自身と一族の運命を左右する場面。未来に居なかったレンジに関わろうしなかったことは、当然の事だと思うんですよねー。

 ゲス顔見ちゃったし。

 


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英雄達の不在 3

 
 風邪を引いてしまいました。風邪を怠慢感と間接痛が……
 しかし、仕事は休めず、忙しい。辛い。

 だが、小説は書く。正直勢い任せに書いてしまいました。


 

 

 

 

「ちょっと、やめてもらっていい?」

 

 ある日の早朝、サムライガールこと八重樫雫は、庄司愛美のことを大物だと思った。

 

 なんと、ヘルシャー帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーの手を払い退けたのだ。

 

 昨日、勇者召喚のあったハイリヒ王国へ訪問しに来ていた皇帝ガハルド。ちなみにそこで、勇者光輝との模擬戦で護衛の一人に化けて、彼を殺しにかかるという問題を起こしてる。

 

 そして、今日の早朝は何を思ったか、訓練施設に足を運び、日課の朝練をしていた八重樫雫と鉢合わせ。その意識の高さと剣の筋の良さに惚れて求婚……というか、愛人になれと誘った。

 

 しかしというか勿論、雫本人は丁寧お断りしたのだが……皇帝陛下が、本当に~? ともう一声。

 

 その場面を、皇帝と同じく何故か訓練施設に来ていた庄司愛美が、雫の肩に乗る皇帝の手を払ったのだ。

 

 パチィンッ! となかなかに良い音が訓練施設に響く。皇帝は驚いた顔だった。

 

「……なるほど、お前もなかなか良い眼をしてやがる」

「気持ち悪いわ。それともその劣情まみれの眼差しで私を孕ませるつもり? とんだゲスね、気持ち悪いわ」

 

 おぉう、そこまで言うか一国の主に、と思う雫。というか、どうしていつもは嫌な事ばかり言う彼女がそこまで味方に付くのか、分からない。

 

「フハハハッ! 言うじゃねぇーか! お前、名前は?」

「……はい? なぜ、貴方のような発情した猿に名前を教えなくちゃいけないの? 意味不明。例え、教える理由があろうと教えませんけど」

 

 完全なる拒絶の意志。しかも、その言い様と来たら……聞いていた雫が思わず溜め息を吐くほどである。

 

 言われた本人であるガハルドも、ここまで酷い言われようは今まで体験した事がないのか、ポカーンっと口を開いたままだ。

 

「あら? 口なんか開きっぱなしにして、どうしたのかしら? ぁあ、鳥の糞の投下待ちなのね。帝国にはまとな食べ物も無いのね、可愛そ──いえ、いい気味ねぇ」

 

 どこぞのウサギよりも失礼で、何処かの反逆者並にウザい。

 

 すると、皇帝はやはりプルプル震え出した。流石に怒ったのだろうと雫が焦るが……

 

「──フハハッ、フッハハハー! 良いぞ、貴様! その物言い気に入った!!」

 

 どうやら、真っ向から自分に畏れなく文句を言う姿がお気に召したようである。

 

「気持ち悪っ……ドMかよオメェは? “ピー”野郎が。“ピー”と“ピー”を引き抜いて、オメェの“ピー”にブチ込んでやろうか?」

 

 庄司愛美はキレると、すこぶる口が悪くなる。あまりの言いように雫が青ざめ、流石の皇帝も内股になった。

 

「お、おう。こりゃ、想像以上だ……」

「す、すみません。彼女は口が悪いので……」

 

 頬を引き吊らせながら謝罪する雫。

 

 しかし、そんな彼女の脇腹を肘で軽く小突く愛美。

 

「ちょっと、なに謝ってるの? 貴女も言ってやりなさいよ。この“ピー”野郎って」

 

 それは女の子が口にするような言葉ではないので、雫は意地でも言わんと首を横に振るう。

 

 雫にそのような暴言を吐かれず、密かにホッと胸を撫で下ろす皇帝陛下。

 

「ま、まあいい。貴様を気に入ったのは、本当だ。俺に二言はねぇーからな。お前もいずれ、雫と共に俺の愛人に──」

「大変申し訳ありませんが、そのご要望が叶うことは未来永劫、来世だろうとパラレルワールドであろうと御座いません。……あぁ、ただ唯一貴方の空想の世界なら叶うかも知れませんね。──独りで“ピー”ってろ、この“ピー──ング!? んぐ!」

 

 途中でパッと愛美の口を両手で覆う雫。そのまま目線で、早く行って下さいっとガハルドに伝える。

 

 ガハルドは神妙な顔立ちで頷き、訓練施設をあとにするのだった。

 

 ──ガハルド・D・ヘルシャーはにげだした!

 

「──んぐぅ! ぷはーっ! ちょっと何すんのよ!?」

 

 ガハルドが居なくなり、雫が愛美から手を離すと、雫の予想した通り、愛美の口から出たのは文句である。

 

「はぁー。……貴方ね、相手は一応、一国の主なのよ? 同盟国の皇帝よ?? 一歩間違えれば……いえ、もう国際問題よ……」

 

 トホホ……、と溜め息を吐く雫に、この女どんだけ心配性なん? とまるで珍獣を見るような目で彼女を見る愛美。

 

「……私の為にやったんでしょうけ──」

「はぁ? アンタのためぇ??」

 

 すごい……馬鹿にされた、と雫はしっかりと感じ取り、イラッとする。額に一つ青筋が……。

 

「ま、そ。……本当は貴方のためではないのだけれども! そういう事にしましょうか。ええ、しましょうとも! 貴方のための国際問題。そう、国際問題よ! 響きが良いわねー国際問題ってー」

 

 大袈裟に身ぶり手振りをつけて煽ってくる愛美に、イライライライラっと怒りを溜めていく雫。

 

「あっ、怒った? ねぇ、怒った? 清楚系ビッチの雫は怒っちゃったのかなぁ~?」

「……いい度胸ね、貴女」

 

 怒りのボルテージがMAXになった雫は、その手を腰に差していた訓練用の剣に置いた。そのまま、居合いの構えに……

 

 居合いの構えに入った。そして、愛美も居合いの射程圏内。しかし、居合いは放てなかった。

 

 クラスの仲間だからとか、冷静な状態に戻ったからなどではない。日頃の鍛練の成果で、構えを取った瞬間に神経が研ぎ澄まされて見えたのだ。

 

 彼女と自分の間に、居合い斬りを阻むように張られた極細の鋼線が。それも無数に設置されている。

 

 いや、これらの鋼線は居合い斬りの障害にはなり得ない。雫ほどの腕前があれば、威力と速度は若干落ちるが鋼線を切り裂いて決定打になりうる斬撃をすることは可能だ。

 

 しかし、庄司愛美は“狩猟師”である。罠と隠蔽行動、それから探敵に優れた天職を持っている。つまり、これらの全ての鋼線は、ワイヤー罠なのだ。

 

 鋼線に少しでも振動が加われば、鋼線が撓んでしまいそれが仕掛けを動かすスイッチとなる。恐らく、居合い斬りの速度を越えた何だかの攻撃で、先に決定打を食らうのは雫である。

 

 雫はほんの少しだけ、鞘から訓練用の剣を抜く。訓練用のなので、刃は潰されているが十分強力な鈍器であるし、刀身にも銀色の輝きがある。その刀身を鏡のように利用して背後を確認をする。

 

 雫の後ろにも無数の針金が。勿論、左右にもある。そして……

 

「勿論、上にもあるわよ?」

 

 この狩人娘には、抜かりなど一つとしてない。そして、何一つとしてミスも無いだろうと雫は予想を付ける。この時すでに、八重樫雫は詰んでいる。

 

 そもそも、八重樫雫と庄司愛美のステータスの総合値はほぼ同じ。さらに、元々の戦闘能力もほぼ同じ。まあ雫は知らない事だが、実は愛美は秘密結社のエージェントなので戦闘訓練は幼い頃から、それこそ雫と同じ、或いはそれ以上に行っている。

 

 有事の際には監視対象の破壊・抹殺が求められるので、エージェントには必須のものだったのだ。

 

 二人の素の実力は拮抗している。しかし、そこに罠が加わるとなると、圧倒的に雫が不利となる。

 

「……いつの間に…?」

「貴女が大人しく私に煽られている間に、よ?」

 

 そう、大袈裟な身ぶり手振りをしていた時だ。既にその時には、愛美の布石が置かれていたのだ。

 

「ま~あ~、折角朝から訓練しに来たんだし? お互い一人稽古よりも相手が居た方が良いでしょ? 掛かって来なさい。私より弱い(・・)、し・ず・く・ちゃん♪」

 

 そう言い残すと愛美は逃げるように施設内の訓練場の方へと走っていく。

 

「………やってやるわ!」

 

 闘志を燃やす雫が彼女に追い付き、訓練場に着いたのはもう少し後こと。しかし、その時には訓練場もトラップだらけだったりしたのだが……またそれは別のお話に。

 

 …………あと、ちなみに実はもう一人この場に居合わせていた人物が居たのだが、誰しもその存在には気が付く事が無かった。……浩介は独りで泣いた。

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

「え!? クーリア、やめてしまうんですかっ?」

 

 ヘルシャー帝国の皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが狩人娘から罵声を受けていたのと、ほぼ同時刻のこと。

 

 ハイリヒ王国の第一王女であるリリアーナ・S・B・ハイリヒは驚愕の声を洩らしていた。

 

「いえ。長期休暇で御座いますよ、リリアーナ王女」

「あ、そうなんですね。ビックリしちゃいましたよー。いきなり『お暇を頂きます』なんて……メイド長の貴女居なくなったらトホホ……」

 

 ハイリヒ王国の王宮メイド長クーリア・リベリオは、この度個人の理由から休暇をもらう事になった。既に国王と王妃の許可は得ているので、王女であるリリアーナにも挨拶に来たのだ。

 

「……しかし、寂しくなってしまいますねへリーナ」

「そうでございまね、リリアーナ様。……しかし、今生の別れではございません。長い休暇──里帰りだと思ってしまえば良いのです」

「ヘリーナの言う通りで御座いますリリアーナ王女。すぐにお戻り致しますので」

「……まぁ、確かにそうですね。早く帰って来て下さいよ? あと、出来ればお土産もお願いしますね?」

 

 欲張りな王女様である。将来肥えてしまいそうだ。

 

「ええ。今一度の別れではありますが、お元気でリリアーナ王女。ヘリーナ、後の事は頼みましたよ? いろいろと(・・・・・)

 

 何か含みのある言葉だったが、自身の部屋から退室していくクーリアをリリアーナは見送ることしか出来なかった。……何せ、王女という立場上すこぶる忙しいからである。将来はワーカーホリックになってしまいそうだ。

 

 さて、部屋から出たメイド長ことクーリアは旅に出る支度を始める。と言っても、私室として与えられた部屋から荷物を宝物庫(・・・)へと移すだけなので、大した手間も時間も掛からないが。

 

 私物の無くなった部屋を一通り掃除してから出ていく。借り物を綺麗にして返すのは、道徳の基本中の基本である。

 

 部屋から出て、さっさと王宮からも出てしまおうと思っていた彼女は、王宮の中庭にてある人物を見付けた。なんで中庭なんかに行ったんだ、と思うが王宮の構造上の問題である。

 

 その人物とは、勇者の一団の一人園部優花(そのべゆうか)である。

 

 中庭に一人で座り、大きな溜め息を吐く彼女の姿はそれなりに目立つ。まるで、難儀な恋をする乙女のようにも思える。

 

 そんか姿に思わず興味を引かれて、クーリアは彼女に話し掛けてしまった。

 

「……恋の悩み、でしょうか?」

「わあっ!?」

「申し訳ありません。急に話し掛けてしまって、驚かせてしまいましたね」

「い、いえ。こちらこそ大きな声を……」

 

 いきなり話し掛けられた優花は大変驚いた様子だったが、話しかけてきたのがメイド服の女性だと見ると落ち着きを取り戻す。

 

「──それで、恋の悩み、なのでしょうか?」

「え!? いや、違います!!」

「ふむ。図星ですね」

 

 何故かグイグイくるメイドのクーリアさん。やはり、女の子だから恋話には敏感なのだろうか。

 

「な、なな、何でそうなる!?」

「貴女のため息、その反応、その初々しさ……正しく男を知らぬ少女のようでしたから」

「お、男を知らないって、それって……どういう?」

「文字通りの意味ではありませんよ? 深い、それは深い男女の仲のことです」

 

 何を想像したのか、優花の顔が一気に真っ赤に染まる。

 

「──あぁ、良いですね。若々しく初々しい処女の花の顔です」

「しょしょしょ、処女っ!?」

「さぁ、恋の迷宮に迷える子羊さん。私と恋話しましょう」

 

 優花は物凄く動揺しながらも冷静に、あぁ面倒な人に捕まったなぁ、と思っていた。

 

 これが、彼女とクーリアの、いや園部優花と“ものすごくよく訓練された”メイドさんの初邂逅であった。

 

 後にこの二人は、とってもそれはとーっても深い関係になるのだが、その話は少し未来の事。その時に語るとしよう。

 

 

 

 





 メイドさんの名前が決定。
 これからも“ものすごくよく訓練された”メイドさんをよろしくお願いします。

 そして、次話はこの続きから始まるかと……。


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英雄達の不在 4

 ギリギリ間に合った!

 やっぱり風邪は辛い!

 たぶん、誤字脱字がぁぁぁ


 

 

 

 

「さぁ、気持ちを楽にして下さい。悩み事とは時に打ち明けるもの。しかも恋の悩みならば尚更ですよ?」

「……いや…だから、その……恋という訳では」

「なら、その殿方を誰かに盗られても?」

「──それはイヤっ!」

 

 あ。 と咄嗟に優花の口から飛び出した本心。

 

 その言葉にクーリアはニコニコといい笑顔を浮かべる。

 

「別に、その殿方の名前を出す必要はございません。貴女が好きになった殿方の特徴と、貴女が殿方に向ける想い、殿方が貴女に今現在向けているであろう想い。そして、今後その殿方とどうなりたいのか……ゆっくりで構いませんので、話して楽になりましょう」

「えぇー。これ、本当に言わなきゃダメな奴……?」

「勿論で御座います。もし言わないのであれば、『ロートゥス・エクェス』のメイドネットワークの総力をあげて調べさせて頂きます」

「な、何よ、それ……?」

 

 優花は聞いたことのない名前に首を傾げる。

 

 当たり前である。『ロートゥス・エクェス』はハイリヒ王国に蔓延る、メイドによる、レンジのための、メイドの秘密結社なのだから。

 

「別に大した事のない、小さなローカルコミュニティですよ。三百人程度のありふれたメイドの集まりです」

「なにそれこわい」

 

 確かに、そんなコミュニティがあったら、怖い。むしろ、そのようなコミュニティが蔓延るハイリヒ王国は大丈夫なのだろうか。

 

 オラ、早く吐いて楽になっちまえよ! と視線で脅してくるクーリアに仕方なく、優花は折れることにした。

 

 断じて、話したかった訳ではない。もやもやとする想いを打ち払いたいとか、この想いに共感して欲しいとか、断じて思ってはいなかったのだ!

 

「……はぁ、わかったわよ」

「そうです、それで良いんです。さぁ、その初々しき乙女心を打ち明けるのですっ」

 

 うわ~本当に面倒な人に捕まってしまったー、そんな事を思いながら優花は彼……蓮ヶ谷レンジとの出会いをポツリポツリと語りはじめた。

 

 勿論恥ずかしかったので、レンジの名は伏せることにしたが。

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

 園部優花の実家は洋食レストランを営んでいる。別に、どこぞの会社の重役や政府機関のお偉いさんのような富裕層が足を運び入れるような高級店ではない。

 

 どこの街にでもあるような、地元に根付いた個人営業のレストランだ。所謂、隠れた名店という奴である。

 

 その名前は『ウィステリア』。店内は派手過ぎず、かといって味気な無さすぎず。落ち着いた雰囲気の中に微かな気品さを感じられる。

 

 その日、当時中学三年生だったレンジがウィステリアに入店したのは、実に偶然だった。

 

 親の仕事柄の理由で取ってある英国誌と、市立の図書館から幾つか借りている著書を持って、視界に入ったレストランに入っただけの事である。

 

 本来なら、図書館で読み終えて借りずに帰ってしまうのだが、今日は休日という事もあってか来館してくる人が多かった。

 

 しかも、何故か子供や年配の方が多かったので、若い自分が居座るのは悪いなっと思って、珍しく本を借りて出てきたのだ。

 

 しかし、わざわざ家に持ち帰って読むと、返しにまた出掛けるのが二度手間なので、何処か空いている店に入ろうとしていたところにウィステリアが見えた。

 

 そんな偶然だった。ありふれた偶然ではあるが、そこから始まる人間関係もある。

 

 先程も述べたが、その日は休日。勿論同じく当時中学三年生で学校が休みだった優花は、両親の営むこの店の手伝いをしていた。昼間ピークを過ぎてアイドルタイムに入る時間になり、一息つくところ。

 

 さて、裏方の仕事をしますか、とカウンターの後ろに下がりかけたところで、チャリンチャリンと来客の知らせが聞こえた。

 

 アイドルタイムに来店するお客さんは大体が、食事目的ではなく、奥様方のお茶会の集まりでコーヒーくらいしか頼まない軽いオーダー。そう気張る必要はないのだが……

 

 入店してきたレンジを見て、優花は気張った。

 

 それには主な理由が二つ。一つは、レンジのルックスの良さ。少し長めに切り揃えられた艶のある黒髪、強い眼光の中に確かな包容力のある瞳、そして女顔ともいえる綺麗な中性的な顔立ち。身長も高く、体格も悪くない。悪くないどころか、鍛え上げ締め上げた見事な逆三角形である。

 

 そして二つ目は……自分と同じ学生であるという事。学生とはよく食べるものだ。しかも、男子ならば当然の事。さらに、レンジのその体格的に、かなり食べてそして運動して体作りをしていると見受けられる。

 

 平気な顔してペロリと何人前も……なんて事もあるかも知れない。故に、昼間終わりで弛んでいた気持ちを優花はもう一度引き締めた。

 

「いらっしゃいませ」

「あ、どうも。一人何だけど、大丈夫ですか?」

「はい。空いている席へどうぞ」

 

 もう店内に残っているお客さんはほぼ居ない。なので、わざわざ席まで案内する必要性はない。

 

 レンジはニッコリと、ありがとう、と言い残すして店内を一目見回して、一番近い席……ではなく、数少ない二人用の席へと座った。

 

 普通、社会人ではない学生それも中学生ならば、何も考えずに一番近い席へ座っただろう。自分あるいは自分達が何人なのか気にせずに、その席は何人席なのか考えずに、座ってしまうものだろう。

 

 しかし、見た目は子供、中身はおっさん。レンジはちゃんとTPOを弁えている。

 

 まあそんな事をしらない優花は、おぉ礼儀正しいというか常識人というか……、と感心していた。

 

 さて、二人席に座ったレンジは迷うことなくメニューを開く。数ページあるのだが目をやるのは最後の方のページ、ドリンク関係が記載されているところである。

 

「……コーヒーかぁ…」

 

 実はレンジ、これまでちゃんとしたコーヒーを飲んだ事が無かった。前世の世界にはそもそもコーヒーという飲み物は無かった。茶はあったのだが、豆を焙煎し挽くという発想はなかったのである。

 

 まあ、地球でも、現代のようや焙煎した豆から抽出したコーヒーが登場したのは十三世紀頃と言われており、茶や酒と比べると実は歴史は浅かったりする。

 

 だが、前世に無かった物珍しいモノにレンジが手を出さない筈もなく、缶コーヒーならば飲んだ事はある。しかし、店で出てくるようなちゃんとした代物には手を付けていなかった。

 

 始めてくる店で飲む、初めての物。それも悪くはないっとレンジはコーヒーを頼むことにする。

 

 テーブルに置かれている呼び出しベルをチリンッと鳴らす。ちゃんと店員さんが分かるように、されど他のお客さんの注意を無駄に引かない程度に手を上げておく。

 

 今時珍しい電子化されていないアナログなベルだ。これで遊ぶ若い子もそう少なくないだろう、とレンジは店員さん達の普段の苦労に苦笑いを浮かべる。

 

「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」

「うん。ホットコーヒーを一杯、お願いします」

「はい、畏まりました。少々お待ち下さい」

 

 レンジの所に接客しに来たのは、勿論優花である。彼女は慣れた感じで、レンジとの対応を済ませて厨房にオーダーを通しに行く。

 

 同い年くらいなのに、そのキリッと働く彼女の姿にレンジは感心しながら、英国誌を開く。勿論、英国の新聞なので英語の文体がびっしりと印刷されている。

 

 見る人が見る人なら、解読不能の暗号のようにも見えるだろう。だが、レンジはそういう人ではないので問題ないし、英国誌をかなりのスペースで読んでいく彼の姿が、その英語力の高さを示している。

 

 黒髪黒眼の男の子が英国誌を日本人離れした速度で読んでいく姿は何処か、いやかなり浮世離れしている。

 

 そりゃそうである。見た目が完全に日本人なのに、英国の速読家と張り合う速度で読んでいるのだから。

 

 だが、その姿は浮世離れしているのと同時にかなり絵になるものだった。それには注文のコーヒーを運んで来た優花も、一瞬時を忘れて見惚れてしまう。

 

 しかし、それも僅かな時間だけ。優花も一応は働く者の身。働いている時にはちゃんとそういう切り替えが出来ている……はず。

 

「お待たせしました。ホットコーヒーです」

「──ん、ありがとう」

 

 コーヒーの到着に、一旦英国誌を読むのを止めて、それを受け取るレンジ。

 

 めっちゃ丁寧~っとか、英国誌とかナンチャッテ風ラッピングでしか見たことないっとか思いながら優花はさっとレンジの座る席から離れた。

 

 しかし、その興味は既にレンジに向いていたのか、視線だけが彼から離れない。一目で好感の持てるルックスや、同世代の男子にはない余裕のある大人っぽさや、絵になる浮世離れした姿が、ゆっくりとではあるが徐々にそして確実に、彼女の心を惹き付けていく。

 

 対してレンジは前世由来で研ぎ澄まされている感覚で、優花から視線が向けられている事に気付く。だが、悪意や害意は含んでいない、むしろ好奇の色を感じたので、まぁいいかっと無視する事にした。

 

 そして、冷める前に一口くらい飲まないと失礼だな、と思ってコーヒーに口を付け……そして、硬直した。

 

 それを見た優花は、あっちゃ~っと内心で彼の不幸を嘆く。ウィステリアのホットコーヒーを含めてブレンドコーヒーは、全て優花の父親のオリジナルである。

 

 そのウィステリアのオリジナルブレンドとは、所謂大人の味であり、香りも酸味もコクも、そしてアフターテイストつまりは口当たりの余韻も、子供の味覚には酷なものなる。

 

 それをミルクも砂糖も無しに飲めば……正に口の中は地獄だ。やれやれ、と思いながら、すぐに口直しに甘い飲み物でも注文するだろうっとスタンバる優花。

 

 しかし、残念な事だが……レンジはその程度の事に屈するような男ではない。むしろ……

 

「──あぁ美味い」

 

 彼はその味がしっかりと分かる人である。

 

 思わず洩らしたその言葉は小さくて優花には届かなかったのだが、よくお客さんが言ってくれるその言葉は直接聞かずとも、口のその動きだけで理解できる。

 

 思わずキョトンとしてしまった。そして、すごく嬉しくなった。同世代でも、父の味に、父の努力に、純粋に美味しいと言ってくれる人が居たことが、彼女にはどうしようもなく嬉しかったのだ。

 

 レンジはそのコーヒーの味を大変気に入ったようで、ほんのりと笑みを作り、もう一口飲むと再び英国誌の続きを読み始める。

 

 次のお客さんが来るまで、優花はレンジから視線を逸らせずにいたことは、無意識だったのか本人でも気が付いていない。しかし、暇な時間帯になっても娘が裏方に来ないのはどうしたことか? と何かあったのでは、と不安になった両親が顔を出したのだが、頬をうっすら紅くして一人の少年を見詰める娘の姿に……ニコニコしながら無言で奥へと戻っていく。

 

 もし仮に、この際に優花が振り返り両親と顔を合わせていたのなら、彼女の両親はサムズアップして奥へと消えたのだろう。

 

 そうなれば、彼女は羞恥心に悶えて両親に八つ当たり、そしてその想いも一時の気の迷いとなり、彼に向けられる想いは、単なる憧れの人やアイドルなどに向けられるソレになったのかも知れない。

 

 しかし、それは起きなかった。アイドルタイムの事や、その時間に終わらせておきたい事、両親の気配や視線など忘れてしまうくらい、もう彼女は彼に惹き付けられていた。

 

 そして、これから先も。

 

「ご馳走さまでした。コーヒー、凄く美味しかったですって是非伝えて下さい」

「はいっ、ありがとうございます。またのご来店お待ちしております」

「ええ、そうさせてもらいます。ここのコーヒー、凄く気に入ってしまったので」

 

 英国誌や借りてきた書物を読み終えたレンジは料金の精算をささっと済ませて、そんな挨拶……いや約束をして店を出ていった。

 

 優花はご機嫌でそろそろアイドルタイムも終わり、徐々に忙しくなっていく厨房へと入っていく。そこで何故かニコニコと笑顔を浮かべる両親と対面した。

 

「……な、なに? どうかしたの??」

「ううん、別に」

「そうね、ただ恋かなぁって」

 

 はっ? 恋?? なんのこっちゃい、と思った優花だったが、脳裏というか思考いっぱいにレンジの事が浮かび……

 

「こ、恋ちゃうし!」

 

 まったく説得力ない事を叫ぶのだった。

 

 

 ところで、彼がまた来店するという約束を守ったのか、というとむしろ常連になったくらいだ。土日の必ずどちかは来るくらい頻度で。

 

 それは受験シーズンの受験勉強が忙しくなる時でも変わらず、休みの日は勉強しに来ていた。その時、同じ高校を受験する事を察した優花は、一緒に勉強しませんか? と恐る恐る申し出てみたり、ドキドキしながら連絡先を交換してみたり、と実に青春していた。

 

 そんな優花の両親は、彼女の受験勉強か、それともその恋を応援したいのか、勉強中の二人にコーヒーを出して上げたりとかいろいろと気を使ってあげた。勿論、優花は両親のそんな働きに羞恥心に悶えたようだが、何故だろう?

 

 レンジもレンジで、ご厚意に甘えるばかりには行かないっと次回来る時には菓子折りを持参したりと、なかなかの良識人っぷりを見せたりしている。

 

 そして、翌年の春も優花の前に進まない恋は続く。

 

 なんとか同じ高校に入学したが、クラスは別々になってしまい、ちょっと意気消沈の優花。でも、休み時間の廊下ですれ違った時には挨拶をして世間話の一つやふたつをする。合同授業でも、たまに席を然り気無く隣にしたりと、相変わらず甘酸っぱい青春が続いていた。

 

 しかし、初々しい恋の物語だけで終わらないのが、甘酸っぱい青春というものである。

 

 レンジを慕う他の女子生徒から、優花はやっかみを受ける事になった。女子生徒グループから散々酷い事を言われ、あることないこと噂するぞっと脅されたり、両親やその仕事を馬鹿にされた。

 

 凄く悔しかった。ボロボロと泣いてしまう程に、辛くて悲しくて悔しかった。何も言い返せない事や、あの人なら解決してくれるとか、まあ私なんかじゃ釣り合わないよねなんて、思ってしまう自分のことがどうしようもなく恨めしい。

 

 気が付けば、飛び出してその場から逃げ出していた。そして、誰もいない体育館の裏でしゃがみこみ、泣きはらした。

 

 延々と泣き続けて、気が付けば授業の一つを半ばサボっているような状況。目元は真っ赤でヒリヒリと痛むが、このままサボるのは良くないっと立ち上がり、校舎へ戻ろうとした時……彼が居た。

 

「……え?」

「どうして、ここに? って顔してるね」

「う、うん。だって」

「授業始まってるのに?」

「うん」

 

 泣きはらした後だからか、かなかな上手く言葉を紡げない彼女に変わって、レンジがその言葉を代弁してくれた。

 

 そんな彼に優花は、あぁ全部お見通しなんだろうなぁ~っと何処か呆れたような嬉しいような気持ちが湧いてくる。

 

「泣きながら走って行く君が見えたからね」

「で、でも、授業が──」

「そんなものはどうだっていい。君が泣いていることに比べれば、どうでもいいよ」

 

 そう言い放つレンジの表情はいつに無く真面目なものだった。それを本心から言っている事が、やや混乱状態にある優花にもヒシヒシと伝わってくる。

 

「それが俺が原因なら尚更だよ。もし()()()()なら、助けを求めるまで待っていたり、最悪の場合にならないように手を回すけど、俺自身が原因なら話は別だ」

 

 “他の誰か”、これは天之河光輝とか無意識というか無自覚に問題を起こす輩を示していたのだが、優花はそれが自分以外の誰か、だと捉えた。まあ、やや混乱状態の時に惚れている人物からこんな事を言われたら、誰だってそういう認識になるだろう。

 

 ぽわぁ~、と優花の頬が赤くなっていく。あれ、なんか間違った? とレンジは一瞬思ったりした。ある意味、大正解。

 

 しかし、優花はまだ恋人ではない彼には情けない姿を見せたくないという意地があった。それと同時に、なにさ! 釣り合わないなら釣り合うように自分磨きしてやるっ! と奮闘心に燃えはじめたのだ。

 

 目元は腫れて赤いままだし顔も真っ赤だが、彼女は胸を張ってレンジの言葉に対抗した。

 

「いいえ、大丈夫よ。……それにこれは私の問題。だから、私が納得するまで私自身の手でなんとかするわっ」

 

 確かな決意に満ちた言葉だった。

 

 レンジとして、イレギュラーな自分のせいで起きた、本来の歴史にはないイレギュラーなことの筈なので、何としても自分自身の手で修正したかったのだが……彼女の意志を無下に出来るほど、レンジは冷たい人間ではなかった。

 

「……はぁ~、わかったよ。でも、どうにも出来なかったら言ってよね?」

「……そうね、どうしようもなかったら、お願いするわ」

 

 けど、優花は最後までお願いしなかった。目標は彼の隣に立つ事。その前段階の障壁に躓くようでは、隣に立つなんて到底叶わないし、彼に迷惑ばかり掛けるのは嫌だったから。

 

 しかし、まあなんというか、本人の頑張りもあってか、翌年にあがる前には優花へのやっかみは無くなっていた。むしろ、他の女子(例の子達も含め)にレンジの貴重な話を聞けると、重宝されお友達が凄く増えた。そう、凄くだ。

 

 さて、本当にレンジが何もしなかったのか、というと……優花と仲良くなった女の子は必ず前日レンジと昼御飯を一緒に食べていたっという目撃情報がある、とだけ述べておこう。

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

 

「──まぁ、そんな感じだから、こ、恋とかそんなんじゃないです」

「いや、どのあたりからそう思えと?」

 

 この子は、難儀なというか、素直になれない恋愛をしてるなぁー善きかな善きかなっと優花の甘酸っぱい青春を堪能するメイドさん。

 

 ちなみに、その相手がレンジだと言うことは、看破されていたりするのだが、それを指摘するほどクーリアは性格悪くない。某狩人娘ならやりかねないが……。

 

 

 

 




 申し訳ない、作者に恋愛の話は書けない!
 本当にすまない……


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英雄の憂いとウサミミ

 今回は短いです。あまり思いつかなかったので……。

 あと、御本家様のシアちゃんが大好きな皆様、大変申し訳ありません! こんな失礼な娘になってしまって……

 けど、ご安心を。この失礼さはオリ主のみにしか致しませんので。それに後々、オリ主とも普通に接するようになります。


 

 

 

 

 未来を見るウサミミ少女から伝えられた、英雄の不在。それは、現在もっとも起こりうる可能性の高い未来。

 

 その事実に、ハジメとユエは狼狽し、一抹の不安を覚える。

 

 だが当の本人であるレンジはまったく気にする様子もなかった。というのも、不在の原因を推測していたからだ。幾つか浮かぶ推測の中で、特に可能性が高いのは、三つ。

 

 一つ、そもそもレンジの運命力が強すぎて予知されない。これは、転生前に神から言われて転生後も周囲とあまり深く接してこなかった理由でもある。運命や循環を司る神ですら、予測不可能な運命力・因果率なのだ。一匹のウサミミの持つ魔力で、その未来を見ることは到底叶わないだろう。

 

 二つ目は、一つ目と似たり寄ったりな理由になってしまうが、レンジ自身が転生者という特殊な存在だったり、その魂魄に十三柱の神の力を宿す超越存在だったりするからだろう。神の行動パターンの一手一手先を読める魔法があれば、前世の世界で神殺しはかなりの余裕が生まれていただろう。無論、そんなもの無かったから大苦戦したのだが。

 

 最後の一つは実にテキトーではあるが、単純にその時その場にレンジが居なかったから。この先、常にレンジがハジメとユエの側に居る訳ではない。まあ基本的には一緒に行動するだろうが、別行動の方が都合が良い時もある。シアが見たのがたまたまその時だっただけかも知れない。

 

 レンジ自身が思い付くのは、このくらいだ。自分の実力的に、余程強力な不意討ちでも受けない限り死なないだろうから、途中でリタイアするなんて事はないだろう。

 

 ハジメとユエと意見の相違から離別する事もないだろう。他の者には分からないが、三人が奈落で築き上げた絆は相当なものだ。それこそ、竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)でも無ければ、切り崩すことは敵わない。

 

 勿論、可能性が0なんてことはない。しかし、例としてあげるのも馬鹿馬鹿しいものだし、遥かに確率の高いものがあるのだ。心配する必要はないだろう。

 

 だから、レンジが気になる事があるとすれば、それはその時その場に居た他の仲間達の事だ。

 

「……シアちゃん、その未来に居た他の仲間達の事、何かわかる?」

「は、はひ! 確か、銀色の翼を持った天使みたいな女の子と、あとここら辺では見ない服をきた色っぽいお姉さんでした、です!」

 

 返事を噛んだ理由は分かる。だがなぜ、語尾を言い直した。そんな丁寧語を使わなかったくらいで、怒るようなレンジではないのに。

 

 いや、余程ビビっていらっしゃるのだろう。

 

「そんなに怖がらなくていいよ。別に怒ったりしてないから」

「ほほ、本当ですか……?」

 

 チラリとハジメとユエにも、この人本当に怒ってない? と目で問い掛けるシア。

 

 それに、ハジメは応答する気がないのか知らん顔。ユエは、兄貴が怒ってねぇーて言ってんだから、怒ってねぇーだろっ! と怒りの形相。

 

 そんな二人にいろいろな感情が湧き上がるレンジは苦笑いを浮かべる。

 

「わ、分かりました! ここは、ハジメさんとユエさんと信じて、怒っていないっというその言葉、信じてあげましょうっ!」

 

 私偉いっと言わんばかりドヤ顔で胸を張り出すシア。なぜ、そんな死に急ぐような事をしたのだろうか、この超失礼ウザウサギは……。

 

 彼女を修羅が二体……鬼のような表情でジッと見詰めている。そして、再び……

 

「おぉい、ハジメだから首ィ! あと、ユエちゃんも蹴ったらダメっ、デリケートなところだから特に!!」

 

 

 

 

 

「お~、すごいすごい、凄いですぅ~! これ、もの凄く速いじゃないですか!! これならすぐに仲間のところへ行けますよっ」

「はいはい、危ないから落ち着いてね。……今度こそ引きずり回されるよ?」

 

 サイドカーから身を乗り出すようにして、流れていく風景に大興奮のシア。現在、シアはレンジと同じサイドカーに乗っている。

 

 結局、ハジメ一行はシアを助けることにした。レンジのまさかの助けてやりたいっという願いと、ユエが言った実に納得できる理由からである。

 

 同行が許可され喜びのあまり飛び跳ねまくるシア。その勢いのままハジメとユエとシートに座ろうとして、ハジメに叩き落とされた。曰く、「なんでわざわざこっち乗るんだよ、サイドカー行けウザウサギ」っとの事。

 

 何としてもハジメと友好関係を築きたくて相乗り胸当てというハニートラップなんかを決行しようと思っていたようだが、目論見だけで終わってしまった。ショボくれてレンジと一緒にサイドカーに乗る。……レンジの顔を見て、はぁ~……っと溜め息を吐く姿は、実に失礼極まりなかった。

 

 しかし、怒る様子のないレンジ。この男の懐の広さは、いや深さはマリアナ海溝よりも深いのではないだろうか?

 

 流石に、レンジの優しすぎる対応に疑問を覚えたハジメは、何か良からぬ異常が? と思いチラチラとレンジを観察するのだが……特に変わった様子はない。

 

 ──いや、待て。コイツっ、まさか!?

 

 ハジメさんは気が付いた。レンジの目線がずっとシアのウサミミに釘付けだったことに!

 

 英雄は、ウサミミフェチ、あるいらバニーガールフェチなのだろうか!?

 

 なんとも言えぬ疑惑を勝手に付けられるレンジ。そんな事より、付けた張本人のハジメは戦慄していた。まさか自分の相棒にそんな性癖があろうとは、思いもしなかった。

 

 しかし、まだ決め付けるには早い。ここは意を決して本人から直接聞こうと思った。なに、レンジも怒ったり恥ずかしがったりしないだろう。別に、ウサミミフェチもバニーガールフェチも変態チック、あるいはアブノーマルな性癖という訳でもないのだし。

 

 バイク初体験のシアがいい感じに興奮し、自分の世界に入って周りの言葉が耳に入ってこなくなった時を見計らい、ハジメはレンジに問う。

 

「……なぁ、相棒……」

「どうしたんだ、ハジメ?」

「……ウサミミ、フェチなのか?」

「はい?」

 

 急に何の話? っとレンジの頭の上に疑問符が浮かぶ。しかし、ハジメはその反応を照れ隠しだと思い……

 

「あ、すまない。やっぱり、秘密にしておきたい事もあるよな……」

「おい止めろ、その分かってますみたいな顔すんな。止めろ今すぐにっ。……ユエちゃんもだよ?」

 

 ハジメとユエは、いやいやちゃんと分かってるよ? みたいなとても優しい目をしていた。

 

 一方、レンジは何故いきなりウサミミフェチ呼ばわりされたのか考える。そもそも、こちらの世界トータスに来てからウサミミと関わったのは二回。

 

 一回目は奈落の第一階層。あそこの魔物に脚撃ウサギが居た。なかなかいい蹴りを放つ可愛いヤツだった、という記憶が甦る。

 

 二回目は目の前のシア。神様もビックリするレベルの超失礼な残念ウザウサギだ。

 

 はて、この二つとの関わりで、何かウサミミフェチと呼ばれる由縁になるような事したかなぁ? とレンジは考えるのだが……特には思い当たらない。

 

 脚撃ウサギはほぼ容赦なくぶった切ったし、シアだって……シアだって……あ。そういう事、とレンジはその可能性に至った。

 

「……もしかして、俺が少しシアに優しいからか?」

「ああ、優しいどころか──」

「──ん。むしろ、優し過ぎる」

 

 少しムッとした顔でレンジを批難するように、言葉を繋ぐユエ。どうやら、妹君は少し嫉妬しているようだ。

 

 それにクスッとレンジは笑い、優しくユエを撫でる。ユエはその手にすがるように首を伸ばし、気持ち良さげに目を細める。まるで猫のように。

 

「……別に、ウサミミフェチって訳じゃないんだよ。ただ、前世由来で思うことがあってね」

「前世で、か?」

 

 前世のレンジ、つまりはアルリムの英雄譚はハジメもユエも勿論知っている。それがかなりコンパクトに纏められているものだということも。

 

 恐らく、話さなかった部分に由来する理由なのだろう。一体どんな話なのか、ハジメとユエは興味を持った。

 

「……まぁ大した話でもないんだけどさぁ……『ウサミミ狩りのアルリム』って呼ばれる原因にもなったんだけど」

「「何したのさ!?」」

「いや、地脈神(グランドル)を誘き出す為に、眷属種の兎人族のウサミミを二千ほど、刈り取った」

「「ウサミミ狩りぃ……」」

「まぁ、眷族種ていうのは勘違いで地脈神(グランドル)は結局出てこなかったんだけど」

「「えぇ……」」

「一応、迷惑掛けたからウサミミは返して、ちゃんと縫い付けて傷も治したけど、奴らのうち何部族かは戦争じゃー! って向かってきたから普通にぶち殺して、被害がこれ以上広がらないように、見せしめとしてウサミミは天日干しにしておいた」

「「……」」

「っていうかつての失敗があるから、その、なんだろうか……罪滅ぼし的な? 過去の憂いから優しくしてあげようかと……」

「……そうか。そうしてくれ」

「……ん。ふぁいと」

 

 その時、流れ行き消えていく景色を楽しんでいたシアが体をビクッ! と震わせてペタンと急に座った。微妙にレンジから距離を置いており……

 

「なんか、今ものすごい寒気がしました! 皆さんは感じませんでしたか?」

「「「……いや」」」

「そうですかぁ、気のせいでしょうか? ──はっ! まさか家族の虫の知らせ!?」

 

 何やら焦り出すシアだったが、ハジメとユエはそんな彼女に同情と、そして優しい気持ちが宿った視線を送る事しか出来なかった。

 

 まさか、別世界の同胞を何部族か潰した男と同行しているとは、夢にも思わなかっただろう。

 

 

 




 今回も楽しんで頂けたでしょうか? そうだと嬉しいです。

 そして、お気に入り数500突破! 本当にありがとうございます。本当は数日前に500は既に突破していたのですが、私体調を崩してしまい俺をお礼を言いそびれていました。

 今まで登録して頂いていた方、つい最近登録して頂いた方、どちらの方々にも多大なる感謝を感じております。誠にありがとうございます。

これからも頑張りますので、どうかよろしくお願いします。


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ウサミミ狩りの英雄

 
 遅くなりました。すいません。

 そして、また短いです。


 

 

 

 バイクの上でハジメとユエがイチャイチャし、サイドカーから身を乗り出して混ざろうとするシア。だが、シアの目論見が成功することはなく、必ずハジメに纏雷アババされるか、ユエに蹴り戻されている。

 

 どうやら、二人はシアがレンジに対する認識を改めない限り、仲良くするつもりはないらしい。と言っても、認識を改めて、はいそうですか、と人が変わったように仲良くなる訳ではない。

 

 まあ、ハジメとユエが拒絶するその理由にシアは、いまいち気が付いていないようである。彼女が二人と打ち解ける日は来るのだろうか……。

 

 アババや蹴りでサイドカーに戻るところか、サイドカーから落っこちそうになるシアを支えてあげるのは、共にサイドカーに乗るレンジ。

 

 なんというか、気のいい近所のおじさんや娘に甘い父親のようである。……時折、というかほほ常に視線がシアの頭の上で揺れ動くウサミミに向いていなければ。

 

 さて、毎度毎度ハジメとユエに突撃していくシアだが、ハジメにアイアンクローや纏雷アババされたり、ユエに蹴られたりまた蹴られたりしても、ものの数秒でまた元気に特攻するという意外なタフネスさを見せてくる。

 

 ゾンビだろうか? 超失礼な残念ウザゾンビウサギとか嫌すぎるっとハジメはこっそり思うのだが、レンジはむしろそのタフネスと諦めない意志の強さに感心していた。

 

 方向性は全く持って違うが、かつての自分と同じくらい硬い意志だろう。いや、場合によっては超えているかも知れない。……いや、超えてもらっては大変困る。このウサギはお友達欲しさに、あるいはお友達の為に神の軍勢に喧嘩を売る、なんて事をしてしまうかも知れない。

 

 揺れるウサミミを見ながら思い浮かんだ自らの妄想に、レンジは苦笑を浮かべる事しかできなかった。

 

 

 

 どんな悪路でも錬成でスイスイと走り、疑似エンジン・マフラー音を響かせて、疑似白煙の尾を引きながら魔力駆動二輪シュタイフを走らせること数分。

 

 時々、魔物が襲ってくる事もあったが、敵意を向けた瞬間には弾丸に頭を吹き飛ばされて絶命していく。ドンナー・シュラークとフルミネ恐るべし。

 

 さて、そうしていると前方にピョコンとウサミミが見えた。まあ、見えたのは文字通り人外の視力を持つレンジだけだったが、確かにウサミミだけが岩影から見えている。

 

 もう少し近付けば、ハジメやユエでも発見できるが、元々兎人族は隠密が得意なので、多少発見しにくいようである。

 

 だが、レンジはもはや視界に兎人族が居なくても、近くに居れば直感的に分かるのだ。そのウサウサしたウサミミがあれば。ウサミミ狩りの異名は伊達ではない。

 

「ハジメ、前方1800だっ! 隠蔽のウサミミが八十本!!」

「え? 隠蔽のウサミミ八十本?? どういう事だ!」

「……ん、レンジが言いたいのはたぶん……ウザウサギの仲間がこの先に四十人居るって事……」

「流石、ユエ。レンジの翻訳係だな」

「きっと、私の仲間ですっ、助けてください!」

 

 レンジの遠回しな言い方にハジメが困惑し、すぐにユエが翻訳する。流石、奈落チーム。培ってきた絆の強さが違う。

 

 レンジはサイドカーから立ち上がると……

 

「どうやら、魔物に襲われているみたいだから、先攻しに行くっ!」

「えっちょっ、おまっ──」

 

 それはユエからの翻訳を聞いて、急ぐかっとシュタイフをフルスロットルにした時だった。

 

 レンジは先攻宣言と共に、サイドカーから飛び降りていた。レンジもシュタイフの最高速度には勝てないと思っていたハジメは制止しようとしたのだが……

 

「器を超えよ、『神体昇華(フィジカル・バースト)』ッ!」

 

 英雄がまた、人外の片鱗を見せた。

 

 外界魔術『神体昇華(フィジカル・バースト)』は、神と渡り合う為にアルリム(レンジ)が創った魔術の一つ。物理攻撃と肉体耐久力で神とほぼ互角になる為に考案された、失敗作である。

 

 いや、まるで使えない失敗作ではないのだが、この魔術だけで神と互角になれる筈もなかった。

 

 それでも、この魔術の効果は超絶無比。肉体を持つ超越存在、つまりは神獣や使徒天使などとなら渡り合う事も不可能ではない。

 

 まあ、何にせよレンジの望む効力が得られる程の魔術ではなかったので、失敗作である。

 

 しかし、この魔術で強化されたレンジの初速は、優に音を置き去りにする。つまり、ハジメの制止の声が聞こえる前に、レンジは既にその場から消えていた。

 

 ──待ってろよ、ウサミミ! 俺が駆逐しゲフンゲフン、助けてやる!!

 

 一瞬過去の出来事が脳裏に過るレンジであったが救済の決意を胸に、英雄は地面を踏み締め……そして、跳んだ。

 

 超加速からの超跳躍。ドゴォン! っと地面を破壊し塵埃を巻き上げて跳びあがるその様は、空高く砲弾を撃ち上げる迫撃砲である。

 

 砲弾と化したレンジはその狙い違わず、ウサミミ達を襲っていたワイバーンによく似た翼竜型の魔物に直撃した。

 

 魔物に直撃した程度ではレンジの持つ運動エネルギーは無くならず、そのまま魔物の体を貫通する。

 

 血と臓物で体を汚しながらレンジは、ついでにっと言わんばかりに魔物の体から腸を引きずり出す。それで素早く投げ縄を作ると、別の個体(ワイバーン)にほーいっと投げ付けて、見事に首に絡め付かせた。そして、そのまま……

 

 他のワイバーン擬きを巻き込むように、全力で振り回した。

 

 ──ゴキンっ!

 ───スパパパパンッ!

 ────ブチィン!!

 

「……あり?」

 

 ワイバーンは一周しか回せなかった。途中で千切れてしまったのだ。まあ、魔物の腸ぐらいでは、魔術で強化されたレンジの腕力に耐える事が出来る筈もない。

 

 しかし、全六匹居たワイバーン擬き達は、砲弾(レンジ)での貫通による死、振り回された衝撃による骨髄損傷に死、鈍器(ワイバーン)による撲殺×4で全て片付いた。

 

 まあ、上出来か? と思いながらレンジは重力の力に負けて、みるみる地上へと落ちていく。普通ならば着地の際に五点着地で衝撃を緩和するのだが、レンジには必要なかったりする。

 

 ハジメ達の乗るシュタイフもかなり近くまで来ているが、先に兎人族に挨拶しておこうと思い、レンジが隠れているつもりであろう彼らに近付くと……

 

「「「「「「ぎゃあああ! 悪魔だー!?」」」」」」

 

 魅惑的にウサミミをうっさうっささせながら、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

 ウサミミ狩りの英雄は、おや? 何故だろう?? と首を傾げるが、すぐに血塗れなのが悪いのかと思い魔術で綺麗にする。血の汚れだって綺麗サッパリ、『お掃除好きの恵風精霊(クレンリネス・フローラー)』は万能なのだ!

 

 さて、染み一つ無くなった訳だが、何故かウサミミ達との距離が縮まらない。レンジが近付くと、その分逃げてしまう。むしろ、近付く素振りだけで逃げてしまう。

 

 その様子が、シアの失礼さと重なる。レンジは少しムキになって……

 

 「なるほど……よろしい! 鬼ごっこを御所望とな! では、僭越ながらウサミミが唯一無い私が鬼役を務めさせて頂こう! さて、鬼ごっこのルールは知っているかなぁ、諸君! そうっ、鬼役に捕まると、鬼の仲間にされてしまうんだ! つまり、そのウサミミ……」

 

 ───どうなるか、わかるな?

 

 英雄はゲス顔でニンマリと笑う。ウサミミ狩り……、降臨。

 

 このあと、ハウリア族は死ぬほど追い掛けられた。

 

 

 




 
 そろそろ、レンジの原作介入が本格化して、改変が増えてくるかも知れません。




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“歪みはじめた運命の環”
英雄と帝国


 思い付いたので、やってしまった。

 しかも、かなり話をはしょった。

 申し訳ねえ……。


 

 

 

 ヘルシャー帝国、帝国軍参謀本部。

 

 今現在、レンジはその参謀本部の高官専用会議室で、帝国軍上層部の指揮官と顔合わせをしていた。

 

 会議室にある椅子の数は二十一で、現在は空席は五席ある。レンジはその五席の何れかに就くことになる。

 

 ヘルシャー帝国は実力至上主義であり、それは国民や貴族、さらには皇族もそうである。つまりは、スラムのゴミ溜めから皇帝になる事も可能である。

 

 それは、政府機関や軍隊でも変わりなく、実力=権力・発言力・決定権である。特に、力を求められる軍ではそれを手っ取り早く表すために、階級と席次が使われている。

 

 要するに、五つの空席は軍内の二十一位以内であり、そこに着くという事は軍内外、つまりは帝国全土に置いて最高クラスの権力・発言力・決定権を有するという事である。

 

 そして、現在の空席五つは、最高位席次である第一席次から五席次までである。

 

 なぜ、上位席が全員空席なのか? その答えは簡単。というか、会議室のほぼ全員がレンジに酷く怯えている事を見れば明白である。

 

 そもそも、ワイバーン擬き──翼竜型の魔物ハイベリア六頭を始末した後、ウサミミ狩りの英雄として再降臨したレンジが、何故か彼らを狙っていた帝国、それも最上位層に組み込まれようとしているのか。

 

 理由はこうだ。

 シュタイフで追い付いてきたハジメとユエ、そしてシア。レンジは若干暴走状態のところをユエの魔法“嵐帝”で吹き飛ばされて落ちてきたところに、ハジメのフルパワーボディブローでようやく正気に戻った。

 

 なまはげのようにハウリア達を追うレンジに姿には、流石のハジメとユエも、やれやれだぜっと言わずにはいられなかった。

 

 さて、シアの一族と合流を済ませてたのだが、ここで事件発生。またしても、シアがヤラかした。レンジには何も言わずに、ハジメとユエにお礼を……それに見習いハウリアの皆さんもハジメとユエだけにお礼を言ったのだ。

 

 相変わらず、レンジは気にしないっというか、ウサミミ狩りとして最降臨してしまった事にショックを受け、未来の暗殺者が使う卿モードの解除後のようになっていた。かなりショックだったらしい。あとは、ボディブローのせいか。

 

 そんな事からレンジ自身は気にしない、というか気に出来るような状態でもなかったのだが、やはりハジメとユエが憤慨。

 

 ハウリア族は魔物から助けられたが、ドンナー・シュラークから放たれる非殺傷弾(ゴム擬き製)の餌食となった。

 

 お仕置きが終わったところで、ハウリア族を連れて移動していたのだが……運が悪いことに帝国兵一個小隊と鉢合わせてしまった。帝国兵達とハジメ一行、どちらが運が悪いのかは言わなくても分かるだろう。

 

 帝国兵の敵対宣言でハジメがドンナー・シュラークを撃つ──より早く、またまたレンジがプッツンした。帝国兵の言葉の中に、ユエに対する侮蔑が含まれていたからだ。

 

 それを口にした小隊長は神の声で、自分の首を自分で締め上げ苦しみながら死んだ。残りの帝国兵は、ドンナー・シュラークとフルミネが頭を炸裂させて、戦闘は終了。

 

 最後に一人だけとなった帝国兵から、捕らえた兎人族が帝国に送られた事を知り、レンジは一人行動を提案した。ちなみに、帝国兵さんは情報と引き換えに天国への片道切符を差し上げた。

 

 ハジメとユエは特にその提案を断ろうっという考えはなく、むしろレンジの兄貴が居なくても大丈夫! という姿を見せたくて奮起するのだが、それは別のお話。

 

「さて、でもどうした方が良いものか……」

 

 さて、ハジメ達と珍しく別行動になったレンジだが、ハウリア族をどうやって救うのか、迷っていた。

 

 いや、帝国に喧嘩を吹っ掛けるのは、彼のポリシーに反する。帝国全てがレンジの敵ではないし、潜在的な敵対組織っという訳でもない。

 

 隠密での救出は難しい。いや、暗殺や施設破壊なら可能だが、救い出した者を大人数連れて動くとなると、何処かしらで綻びが生じるのは当たり前。

 

 ──短期で彼らを連れ戻す方法。

 

 一か八か、レンジは賭けてみる事にした。

 

 ──パチィンっ!

 

 久々に鳴らすフィンガースナップ。そして、またレンジでも気付かぬ間に背後に現れるメイド。“すごくよく訓練された”メイドさんこと、クーリア・リベリオである

 

「大変お久しぶりでございます、我主(マイマスター)。この不肖のメイド、マスターに再び呼ばれる事を求めてしまいました」

 

 従者がその主に望み事をしてはならない。これは、“すごくよく訓練された”メイドさんにとって絶対の規律であったのだが、どうやら待ち望んでしまったらしい。

 

 クーリアにとってそれは主への不敬。罪悪から頭を深々と下げる彼女。

 

 しかしまあ、レンジがそんな事で怒る筈もない。だが、彼女が信念と埃を持ってその矜持を抱いていたのなら、それは尊重すべき、いやされるべきなのだ。だから、彼が言うのは……

 

「これで、二回目だね。……君はやっぱり、悪い子だ」

 

 そう言って優しく頭を撫でてやる。

 

「……はい。不肖ではありますが、貴方様だけのメイドでございます。どうか、見捨てないで頂けると幸いにございます」

「俺こそ、君に見捨てられないよう頑張るよ」

 

 英雄とメイドが再会した。些細な事だったかも知れないが、ヘルシャー帝国の歴史が変わる一つの原因……というかほぼ根源であったのだ。

 

 再会の挨拶もそこそこに、レンジは彼女を一か八かで呼んだ理由である、ハウリア救出方法について意見を求めた。

 

 異世界人の自分より、現地の人で博学的である彼女が適任だと思ったのだ。そんな彼女が出した答えとは……

 

「──ならば、皇帝になってみては如何でしょうか?」

 

 実力至上主義の帝国は、それが侵略者だろうとなんだろうと、実力があれば皇帝になれる。ただし、自国民だろうと他国民だろう、力が無ければ最底辺まで堕ちるだけ。

 

 故に、レンジでもヘルシャー帝国の皇帝になる事が可能ではある。しかし、皇帝の座に就いてしまえば義務が生じるのだが……

 

「やりたい事だけやって、あとは旧皇帝に丸投げ……任せればいいのです、皇帝陛下」

 

 すでにこの時には、クーリアの中ではレンジは皇帝だったらしい。

 

 他にもいろいろ問題があったのだ、クーリアの回答はなかなかに現実味のあるもので、仕方なくレンジは帝国を乗っ取る事にした。

 

 さて、ならばやることは実態は簡単で、現皇帝であるガハルド・D・ヘルシャーを屈服させれば良いだけだったので、さくっと会いに行った。

 

 その際、帝国への入国事態は普通に済ませ、王城には正面から「皇帝になりにきましたー」っと宣戦布告。駐屯中の兵士達をボコボコにして、ガハルドに会いに行った。

 

 その時、ガハルドは何やら軍事会議の真っ最中だったのだが、レンジとの決闘に笑いながら受けてくれた。

 

 そんでもって、ガハルドはボコボコにされた。

 

 この決闘事態と決闘の結果に納得出来なかった軍の上層部が、レンジを殺害すべく動いた……動いたのだが、上位席次の五人が死亡する形となり、さらに神の声によって鎮圧された。

 

 ガハルドにはそのまま皇帝の座に座ってもらい、レンジは皇帝よりも更に上の席、上皇を設けてそこに就任。

 

 そして、上皇特権を執行して、国内にいる兎人族を解放させた。勿論、反抗する貴族やら商会やらがあったが神の声で……神の力の大安売りだった。

 

「チィ! やりたい放題だなっ」

「いや悪いねぇ~、ガハルド君」

 

 この時、英雄はかなり悪どい顔をしていたとか、いなかったとか。

 

 ともあれ、一国のあり方を変えてしまったレンジ。お陰で帝国は混乱に満ちていた。流石、そんな混乱状態を無視するレンジもなく、帝国各地に回って対処に当たっていた。

 

 そんな重労働(神の力の酷使)のお陰で、血ヘドを吐き出したり、数時間意識がぶっ飛んだりしていたのだが、優秀極まりないクーリアがレンジの気絶最中にサクッと解決してしまった。

 

 そして、最後にヘルシャー帝国軍部の掌握に入ったのだ。軍部はトップ五人を失い、皇帝ガハルドと上皇レンジの二人から、「とりあえず、いつも通りに働け」っと言われて放置されていたのだが、五日目にしてようやく上皇より新たな命令があった。

 

 簡単に言うと、富国強兵を掲げたのである。

 

 いや、帝国は前から富国強兵を掲げていたが、それは個々の競争によってであり、要は足の引っ張り合いだったのだ。

 

 それでは咲く花も咲かなくなってしまうと、それら改正すべくレンジは軍部の上層部にのめり込む事にした……という経緯で冒頭へと至った訳である。

 

 実に滅茶苦茶なやり方だが、すべてはメイドさんが悪い。ちなみに、現在彼女は皇帝より上の権力者となったレンジに近寄ってくる薄汚いハエ共を叩き落としている最中だったりする。上皇としてのレンジとお近づきに成りたければ、ハジメ達を経由するか、メイド軍団を経由するかの二択しかない。

 

 まあ、そんな事は知らないレンジは上皇として、ハウリア族の解放と、再度隷属化させる事を禁じた以外は、皇帝ガハルドに好きにさせて、今は軍部の最高司令官になっている。

 

 まさか、上皇としての自分に、すでに三百人以上の側室(候補)が居るとは思うまい。ちなみに、正室は未定である。

 

 それはさておき、レンジが軍部の最高司令官に就任すると、やはり反対の声が上がり、暴力的な手段で阻止しようとした数名の者達が殉職した。

 

「見せしめに裸で吊るしておくべきだっただろうか?」

「マスター、汚物は吊るしてはなりません。すぐに排除するのがベストでございます」

「頼むから、そう極端な事はしないでくれ! 優秀な奴らだったんだぞっ!」

 

 殉職者の事もあってか、軍上層部はレンジの最高司令官就任を認めた。裏で、ガハルドが滅茶苦茶頑張っていた事をレンジは知らない……ふりをしていた。

 

 さて、軍の最高権力者になったレンジだが、いきなり軍の規律を変えるような事はしなかった。そんな事をすれば、軍からクーデターが起きるは簡単に予想出来たからだ。神の力も使いすぎて体調を悪くしたので、使うことはせず、仕方なく兵士二千人を対象に試験的な改善軍法の下、働かせた。

 

 つまり、それはそれは滅茶苦茶訓練した。ハイリヒ王国での訓練とは比較にならない程に訓練した。

 

 朝叩き起こして牛乳飲ませて、体操させて訓練させて、シャワーを浴びさせ牛乳飲ませ、朝飯食わせて訓練させて、座学させながら牛乳飲ませて、訓練させて訓練させて昼飯食わして体操させて、訓練させて軍事演習させて牛乳飲ませて訓練させて訓練させて、夜飯食わせて夜行演習させて、シャワーを浴びさせ牛乳飲まし、強制的に寝かせる。

 

 確かそんな感じだった筈だ。レンジ自身途中から意識がなく、幾つかの過程をぶっ飛ばして訓練させ続けたり、眠らぬ夜行演習させ続けたり、あと牛乳飲ませ続けたり、したのだが……彼の記憶には全くない。

 

 ちょっと超人を量産しようとした結果だった、とだけ言っておこう。ちなみに、その時のレンジの顔は例のゲス顔だったのだが、それを惚れ惚れと見つめるメイドの姿があったのは……軍部の皆さんが知っている。

 

 さて、レンジの特殊訓練を受けた二千人の兵士は、まあ逞しく成長した。今では自主的に牛乳飲みながら体操と訓練をする程だ。まるで呪われたように。

 

 そして、その強さも凄まじく一人で一個小隊の密集陣形(ファランクス)なら突破、そして壊滅させることが出来る。

 

 しかし、彼らの真価は、個々の強さではなく……ハジメとレンジと同じく“必殺と死守”の誓いによる、断固な連帯力である。

 

 一人一人が狂戦士のように敵と戦い必ず殺す。誰かが負傷すれば必ず助け、変わりに次の者が敵を殺す。傷が癒えればまた敵を殺しにいく。まるで、狼の群れのように。

 

 彼らは、“ウルフヘズナル”。そう呼ばれるようになった。

 

「流石、我主(マイマスター)。十日間でここまでの事を成すとは……」

「なんだろう……凄い乗せられた感が……」

 

 

 

 



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義兄と義妹の対立

 囚われていたハウリア族達の再会。

 その時、ハジメとレンジは……?

 そして、シアが仲間入り……?


 

 

 

「「いや、なんだそれは」」

 

 ハジメは、黒光りする執行の鎧に身を包む百の兵士を見て。

 レンジは、温厚平和主義だったハウリア達の完全武装を見て。

 

 お互いに、呆れたように呟くのだった。

 

 ハジメとユエ、それからシアとは十日ぶりの再会となるのだが、実際は技能の念話で連絡を取り合っていたので、ある程度はお互いの状況を把握していた筈だった。

 

 まさか、帝国を支配して最強軍隊を作っていたり、ハウリア族を生粋の戦闘民族に魔改造していたとは、互いに思っていなかったが……。

 

 今日この日に合流した理由は、帝国全土に散らばっていた兎人族を全員が集め終わり、輸送の準備が整ったからだ。感動の家族、仲間との再開はハジメのお陰で、かなりカオスな事になってしまったが……。

 

 ───こんなの俺の家族じゃねぇー!

 ───うわっ、うわっ! なんて恥ずかしい奴らだ!

 ───お前とはもう縁を切るからな! 正気じゃねぇ!

 

 そんな声が時々、いや頻繁に聞こえてくる。ハジメとレンジは耳にそっと蓋をした。

 

「……あー、ところでレンジ」

「何だい? 新しい問題かな?」

「いやー、問題…っちゃあ問題なんだが……、シアも連れていく事になった」

「……何で? いや、理由は大体わかるけど、なんで??」

 

 どうやらレンジは、ちょっと怒ってらっしゃるらしい。

 

「お、おう。いや、悪い……」

「……ん。私が悪い。賭けをして負けてしまった」

「賭け?」

 

 どうやら、ユエの話によると、ハウリア族地獄のブートキャンプ十日間で、シアがユエに傷を一つでも付けられたら、ハジメを説得して一緒に連れていって貰えるよう計らうっという約束をしたらしい。

 

 結果、その賭けをシアは意志の力で乗り越えたらしい。

 

 何でも、身体強化すれば素のハジメとほぼ同じ筋力とか……化け物か?

 

「そうなんだ」

「……だから連れて言ってあげて欲しい」

「うん、却下」

「……え?」

 

 ちょっとお兄ちゃん? ユエ、何言ってるか、分からないよ? みたいな感じにキョトンと首を傾げるユエ。

 

 シアも、まさか幾ら無視しても優しかったレンジに断られるとは思っていなかったので、下顎が外れて取れてしまいそうなほど口を開けて驚いている。

 

「ななな、何でですかー!?」

「……ん。シアは頑張った連れていく」

「いや、ハジメとユエより弱いのに連れていく訳ないでしょう? これから挑む大迷宮は基本的に、奈落と同等かそれ以上なのに、二人より弱いシアを連れていく訳にはいかない」

 

 ごもっとも、正しく正論である。しかし、ユエは食い下がらない。

 

「……それは大丈夫。シアにはまだ伸びしろがある。まだまだ強くなる!」

「ゆ、ユエさんっ」

 

 あくまで、シアを庇うユエ。その姿に思わずシアがうるうる。

 

「未来の話をしているんじゃない。今現在弱い事が問題なんだ。今すぐ強くなれ、少なくとも無強化のハジメを超えてみせろ」

 

 その時、いつも優しいはずのレンジは全く優しくなかった。いや、甘くなかった。

 

「「っ!」」

 

 今すぐ、無強化とはいえハジメを超えることは、シアには難しい。はっきり言うなら絶望的である。

 

 魔力を全て注ぐ全力で、ハジメの素に勝てないのだ。

 

「……おい、レンジ……どうしたんだよ? いつに無く厳しいじゃないか??」

 

 いつもの優しさから予想できない厳しさに、ハジメがつい口を挟む。もしかしたら、何か不測の事態が起きているのかも知れない。

 

「ん。ハジメもっと言ってあげて。レンジ、意地悪」

「そうです! 意地悪ですっ」

 

 ……超失礼ウサギは黙りなさいっと思うハジメ。とりあえず、後でシアにはレンジに謝罪させよう、と心に誓う。

 

「……はっきり言うが……俺は今、“神通力”と“神格”が使えない」

「……は?」「……え?」

「神通力? 神格? なんです、ソレ?」

「力を酷使し過ぎたんだ。しばらくの間は使いたくても使えない。魂魄のレベルでロックが掛かってるからな。……だから、ハジメとユエ、お前達の事も満足に守れはしない。その上、自衛もできないようなウサミミは連れていけない」

 

 帝国改変での神力酷使で、レンジは体に重度の負荷が掛かり、本能的に神通力と神格に使用制限が掛けられてしまった。

 

 神格を所有しているだけで効果のある微弱なものなら常時発動しているが、本来の力はしばらくは引き出せないだろう。

 

 それと、外界魔術の威力や効力も落ちた。はやり肉体的な負荷が大きいだけでなく、外界魔術の根源たる魂も消耗したらしい。

 

「じ、自分の身くらい自分で守れますよ!」

「ん。シアはそんなに弱くないっ」

 

 ここでハジメは、はて? と思う。

 

 ユエとシアが言う通り、今のシアでも奈落の魔物を倒せなくとも、自衛程度なら問題ないっとハジメも思ったからだ。

 

 ハジメにも分かる事だ。英雄であるレンジが分からない筈がない。

 

 では、一体何故……まさか、ハジメはその可能性に至った。これは言わば言うならば、ユエに対する親離れならぬ、兄離れをさせる為かもしれい。

 

 シアが見た未来で不在の英雄。そして、今回の神力酷使による弱体化という代償。

 

 レンジも未来を見ているのか? 自分の居ない未来の為に、ユエに対して布石を置こうとしているのか?

 

 ハジメの思考はその答えに至り、三人の会話を邪魔しないように、レンジに念話をしようとしたが……

 

「そうかい。なら、証明してもらおうか?」

 

 その言葉に遮られてしまう。レンジの挑発。

 

「ん。望むところ」「望むところです!」

 

 ユエとシアはその挑発に乗ってしまったのだった。

 

 ハジメは一人焦った。非常に不味い状況である。ここは仲裁に入るべきだろうか? と妙なところで昔みたいに悩む自分が腹立たしく思う。

 

 これは、仲間割れの原因になりかねないし、レンジもユエが兄離れ出来てしまえば……なんというか、気が緩んでしまうっと、そう焦りを感じた時、

 

(──ハジメ、大丈夫だよ)

 

 頭に響く優しい声。正体は勿論、レンジである。

 

(お前が思っているような事にはならないし、させない。約束しただろ? “必殺と死守”の誓いは忘れないし、破らない)

(……あぁ、そうだったな)

(だけど、そこにシアは入ってない。……お前はどうしても優先的にユエを守るだろう絶対に。っていうか、そうじゃなきゃ俺がお前をぶちのめす)

(お、おう、当たり前だろ?)

(そうだ、それでいい。シアは俺が守ればいいんだが、誓約があるし、それに今は弱体化してる。正直、三人同時に全員守るのは難しい)

 

 あくまでも、三人を無傷(・・)で守るのは、という意味深だったりする。

 

(だから、少なくとも一人で奈落の魔物と対等、あるいはそれ以上の実力が欲しい。そして、ユエとの連帯も)

(どうして、ユエなんだ?)

(え? だって今の弱い俺でも実力が全く追い付かないだろうし、ハジメも結局ユエとの連帯ばっかりだろ?)

(……その通りです)

(だから、ユエとの連帯を鍛えたい。ユエは近接は苦手だけど、中・長距離での殲滅力は俺に次ぐ。シアが盾役になれば、中々いいコンビネーションが出来ると思うんだよ。それに、ユエと連帯していれば二人とも仲良くなるし、そうすればお前も──いや、こりゃ余計なお節介だな、忘れてくれ)

(なるほど……)

 

 最後に何やら気になる事を言われたハジメだが、言われた通りに聞かなかった事する。

 

「……そうと決まれば、決闘だな。ユエとシア、二人で掛かってきなさい」

「ん? レンジは一人なの?」

「それは舐めてま──はっ! まさか、ハジメさんとタッグを!?」

「ッ! ……ハジメ、今まで黙っていたのはそういう事……」

「いや、それは酷い言い掛かりだぞユエ」

 

 ジト目でユエに睨まれて、すぐに弁解するハジメ。

 

 しかしまあ、流石にユエとシアの二人に対して、弱体化しているレンジ一人では、少しハンデが効き過ぎている気がする。

 

 それは皆が思う事なので……、レンジはパチィンと指を鳴らす。

 

「じゃあ、俺はクーリアとタッグを組もう」

「マスターの思うがままに」

 

 音も光も、全く何の異変も起こさず、気が付けばレンジの斜め後ろに控えていたメイドさん。そんな謎過ぎるメイドに三人は……

 

「「「え? 誰??」」」

 

 そんな様子の三人に“ものすごくよく訓練された”メイドさんは、とても素敵にカーテシーをして見せる。

 

「皆様、お初御目にかかります。私は、レンジ・ハスガヤ様の忠実なる従僕、クーリア・リベリオと申す者にございます。以後、お見知り置きを」

 

 ミニスカートのメイド服に、ハジメがこっそりガッツポーズ。

 

「レンジ、いつの間にこんな女を」

「ふわぁ~、メイドさんですぅ」

「……あ。ハイリヒ王国のメイドか」

 

 ハジメは王宮で何度か見た事があったのを思い出した。流石は、メイド服フェチである。

 

「……でも、その人戦えるの?」

「ええ、私のハンマーでぺしゃんこになりそうな……」

 

 二人の心配した様子に、クーリアがクスッと笑う。ユエとシアは、自分達の見た目から弱いと判断されたのだろうっと思い、忠告しようと……

 

「……おい、ユエ、ウザウサギ」

「? どうかしたの、ハジメ?」

「ウザウサギって……名前で読んで下さいよぉ」

 

 ゴクリッとハジメが息を呑み込む。

 ハジメの右目、義眼である魔眼石には恐ろしいものが映っていた。

 

 魔力の濁流。とても一人の人間に制御出切るとは思えない、圧倒的な魔力量。それも全属性が混じり合う魔力だ。正しく、魔力の濁流と呼べる代物を、クーリア・リベリオから見てとったのだ。

 

 ちなみに、技能のお陰で魔力を蓄積できるレンジの魔力量は更に相当なモノなのだが、常に隠蔽系の外界魔術で隠しているし、その魔術でさえ技能で隠蔽されている為、ハジメの魔眼石では捉えることは出来ない。

 

 もし、その蓄積された膨大な魔力を見たら……多分白目を剥くだろう。

 

「この人、魔力量が尋常じゃない……。俺よりも高いぞ?」

「「ッ!」」

 

 それを聞いた二人がビクッと肩を震わせる。ユエよりもハジメの方が魔力量は遥かに多い。才能は比べるまでもなく、ハジメの方が低いが。

 

 そのハジメより魔力量が多い、このメイドは一体……。

 

 その言葉に、スゥっと目を細くしてハジメを観察するクーリア。ハジメはまるで、体を切り開かれて内部を見られているような気分になる。

 

「……なるほど、ハジメ様もそれなりの魔力量をお持ちのようですね。……まぁ適性の方は非常に残念ですが」

「やかましいはっ」

「ステータス、いくつなの?」

 

 少し恐る恐るといった様子で聞くユエに、はい? とメイドが首を傾げる。

 

「教える義理はないと──」

「クーリア」

 

 彼女の頭に自然にレンジの手が置かれる。そして、自然にそのまま頭を撫でる。その様子にユエは少し複雑な心境になった。

 

 ほんのりと赤く染まるクーリアは、ゴホンっと咳払いをして、自らの言葉を言い直す。

 

「──失礼致しました。ステータスの魔力だけお教え致しましょう。約25,000でございます」

 

 ハジメがもうすぐ15,000、ユエは未だ9,000台なのだ。魔力量だけで言えば、絶望的な格差がある。

 

 このクーリア・リベリオとは一体、何者なのか?

 

 だが、幾ら魔力量が多くとも、魔力を直接操作できる分、ユエの方が攻撃速度では勝る筈、勝ち目がない訳ではない。むしろ、短期戦ならユエが圧倒的に有利なのだ。

 

「まぁ、今すぐここで戦うのもありだが、少し時間を設けるか。……二日後でいいか?」

「……ん。構わない」

「上等です!」

 

 こうして、初めての兄妹喧嘩……いや決闘の約束がなされた。

 

 

 

 




 
 次回は、ユエ、シアvsレンジ、クーリア。

 バグウサギ、英雄を超えていけっ。

 あと、読者の皆様で兄弟姉妹の居る方は、喧嘩はほどほどに。


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完全上位互換

 
 吸血鬼、失礼ウサギvs英雄、メイドさん
 


 

 

 

 

 シアの運命を掛けた決闘は、二日後。

 

 この二日間で、如何にシアと情報を共有するかが、勝敗を分かつ。ユエはそう思い、みっちりシアにレンジの情報を与えた。

 

 勿論、前世の話とかは教えていない。戦闘スタイルや得意戦術などの戦闘面での話である。だが、神の力についてはハッキリと教えておく。

 

 いつ、力の制限が解けるか分からないし、力の一部やを微弱に発動している神格が存在にしている事をユエは知っている。それに、あの英雄の事だ。力の制限など、意志の力でどうにか出来てしまうかも知れない。

 

 まあ、体に負担が掛かるので流石に今回の決闘ではやらないだろうが。それでも、隠し玉を持っている、あるいは用意するのが、蓮ヶ谷レンジという英雄だ。

 

「ふぇ~、す、凄いんですね、レンジさんって……」

「シアはその凄い人にぞんざいな態度を取ってた。自覚ある?」

「ひえ~、絶対私ヤられちゃいますよ! お助けぇ~っ」

 

 それに付け加え、ユエは知りうる外界魔術の全てをシアに教えておくのも忘れない。外界魔術はかなり強力な魔法だ。トータスの魔法より、かなりっというかユエにも扱えないくらいには難易度が高く、洗練された魔法である。

 

 ある効力では、神代魔法に近しい領域のものもある程だ。まあ、大体そのレベルの魔法は、レンジ(アルリム)の魔改造バージョンなのだが……。

 

 ともかく、レンジについて教える事は多い。シアはかなり混乱しやがらも、なんとか「まぁレンジさんなら仕方ないか……」と諦めたような呆れたような感じで、なんとか覚える事ができた。

 

「レンジは凄い魔法を沢山知ってる。それも、異世界の魔法で、しっかり理解して、改良してる」

「と、トータスの魔法でも難しいのに……異世界の魔法を改良なんて……」

「ん。私もまだ、“生活魔術”っていう非攻撃性の魔術しか習得してない」

「レンジさんってもう一体、何なんですかね?」

「……英雄」

「なるほど、そう来ましたか」

 

 さて、英雄レンジの他にも注意すべき相手が居るのだが、ユエは正直なところ気にしていなかった。

 

 幾ら魔力量が多くとも、所詮はメイド。戦う術など知る筈もないだろうし、出来たとしても護身術くらいのモノだろう。魔法戦でも自分の高速魔法展開に追い付けるとは思わなかったのだ。

 

 しかし、これらの予想は外れ、ユエはクーリアに大変苦しめられる事になる。

 

 

 一方、レンジとクーリアは特に情報交換する事もなく、ただ一つだけ……

 

「ユエは、魔力操作が出来るから魔法の詠唱は一切ないよ」

「マスターと肩を並べてある者の一人。であるのならば、そのくらいは出来て当たり前でございます」

「……想定内とはね」

「それに、吸血鬼の姫君の事は存じております」

「そうなの? それは、驚いた……」

「私の一族は……歴史だけは古いですからね……」

 

 その言葉には、何やら重たい思いが含まれていたのをレンジは相変わらずの敏感さで気が付いた。

 

 だが、無理に聞き出す必要はないっと判断したのと、人には簡単に踏み込んではいけない過去がある事を重々承知していたので、本人がその気になった時に聞くことにした。

 

「……クーリア、俺からは何も聞かないよ。ただ、話したくなったら、いつでも話してくれ」

「お気遣い頂き感謝します」

「……別に。困っている女の子が居るのを知っているのに、何も話されていないからという理由で、問題から逃げているだけだよ。……だから、雫を助けてやれなかったのさ」

「……雫? それは、八重樫雫様のことでしょうか?」

「………」

「失礼致しました」

 

 何も答えないレンジに、クーリアはごく自然に頭を下げる。クーリアはあくまで、レンジのメイドでありたいようだ。

 

「……さて、決闘のステージを完成させてしまおうか」

「はい、我主(マイマスター)

 

 こんな話をしながら二人は、ウルフヘズナル五百人と、ハジメとその配下であるハウリア族四十人で、二日後に予定されている決闘の闘技場を作っている。

 

 ハジメが錬成師で大変助かっている。

 建物の基礎となる土台や枠組みをハウリア族とウルフヘズナルで切り出してきた木材を使い、そこへハジメが錬成で大理石(のようなモノ)を張り付けて、コロッセオのようなモノがドンドンと完成に近付いていく。

 

 ウルフヘズナルは、つまりはレンジに滅茶苦茶シゴかれた帝国兵。ハウリア族とは対立するのでは? とハジメとレンジは危惧していたのだが、そんな事が起きることはなかった。

 

 ハウリア族は、レンジの直属部隊であるウルフヘズナルの強さと鋼の精神、そして連帯力に感銘を受けたのだ。

 

 ウルフヘズナルは、ハジメによって強靭な意志を持ち、種族的な特徴でもあった超温厚平和主義を克服して、真の戦士なった彼らを讃えた。

 

 そんな双方の最初の挨拶では……

 

「俺はハウリア族の族長──深淵蠢動の闇狩鬼カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアだっ!」

「私はウルフヘズナルの隊長──暗黒餓狼の屍喰鬼バルトロメティス・クリノクロア・ローデライ・ベルセリアだっ!」

「………」

「………」

「「……貴様、できるな…!」」

 

 ハジメとレンジが転げ回った。そりゃもう全力で。

 

 

 それはさておき、二日後。見事なコロッセオが完成した。筋力と人数にモノをいわせ、資材を休むこと無く運んできたウルフヘズナルと、そんな彼等の護衛役を担い十分職務を果たしたハウリア族のお陰だ。

 

 まあ、錬成ができるのがハジメしか居なかったために、彼はかなりの重労働をしなければならなかった。

 

 しかし、仲間達の晴れ舞台である。怠けも手抜きもせず、全力で円形闘技場を作ったハジメ。お陰で、本物のコロッセオ以上のモノが……。

 

 さて、円形闘技場は、その名の通りの建造物だ。円形の決闘場を囲む形で、客席が設けられている。

 

 今回四人が戦う決闘場は、直径百メートルとした。実際の広さは最もあるのだが、観客席などの周囲に及ぶ被害を想定して、敢えて広さを制限したのだ。

 

 決闘のルールは至ってシンプル。場外へ地面に体が着いたら敗北。あるいは気絶するか、無いとは思うが敗北を認めるか……。勝利条件は無論、以上の事を相手にさせたら、である。

 

 さて、既に観客席にはハウリア族とそれ以外の兎人族に、ウルフヘズナルも五百人ほどが居るのだが、席にはまだまだ余裕がある。

 

 ハジメは闘技場の東西南北に作られた特別観客席におり、ハジメが放つドンナーの発砲音が、決闘開始の合図である。

 

 ユエとシア、そしてレンジとクーリアも既に決闘場内に入っており、両者ともに睨みを利かせている。

 

「ぜ、絶対負けませんよー!」

「ん。今日は負けないっ」

 

「……俺がシアちゃんで」

「では私はユエ様ですね」

 

 ハジメは、シアを連れていくのが、まさかここまで大事になるとは……、と半ば呆れていたが、スチャッとドンナーを天に構える。

 

「……それじゃあ、行くぞー」

 

 ──ドパンッ!

 

 開戦を知らせる銃声が響く。ちなみに、赤い狼煙をあげる特殊弾だったりするのだが、ハジメとレンジの趣味が高じた結果である。

 

 それはさておき、開始の合図と共にユエは最上級魔法である『蒼天』でレンジとクーリアを吹き飛ばすないし、怯ませようとする。

 

 その隙に、シアのハジメ印ハンマー“ドリュッケン”で場外まで一気に弾き飛ばすっという作戦だ。

 

 ユエとシアが二人に最も勝目の高い短期決戦型の戦い……になる筈だった。

 

 しかし、それは初手から脆く崩れ落ちる。

 

 ユエが“蒼天”を発動させるより速く、クーリアの姿が消えたのだ。そして、黒いナイフを振りかざした姿勢のメイドが、ユエの目の前に現れた。

 

「ッ!」

「えいっ」

 

 魔法はキャンセルし、無造作ではあるが致命傷になりかねないナイフを何とか回避するユエ。

 

(速い! いや、たぶん魔法。じゃあ彼女も魔力操作を?)

 

 クーリアは詠唱を一切し無かった。それなのに、音もなく目の前に現れるのは、恐らく転移魔法。それはユエも使えない、今は失われた神代の魔法である筈だ。

 

「ユエさん!?」

「! シア、ダメ!」

 

 突然起きた予想外の展開。シアにとって師匠であるユエの失敗は、彼女を動揺させるのには十分過ぎる要因であった。

 

 その隙を彼が、神殺しの英雄が黙って見ている筈はない。

 

 ──ドゴォ!

 

 という地面を蹴り出す推進力の音と共に、レンジがシアに急接近。

 

「あ! ──くぅッ!!!」

 

 接触の寸で気が付くシア。防御などする事も出来ずにレンジの跳び膝蹴りを直撃。

 

「うん。思ってたより、上手いな」

 

 防御こそ出来なかったものの、あの僅かな間で魔力ので肉体強化をして決定打をなんとか防いだシア。肉体強化に関しては、天才的な才能があるようだ。

 

「シア、大丈夫?」

「ゆ、油断しましたっ。けど、もう大丈夫です!」

 

 二十メートル近く吹き飛ばされたシアだが、すぐに起き上がるとドリュッケンを構え直す。そして、今度はシアが突撃、

 

「行きますよぉ!」

「させません」

 

 ヒュン! と突進はじめたシアの目の前にユエが現れた。

 

「え! ユエさん!?」

「な、なんで?」

 

 突然の転移現象。シアはなんとか自分の見に掛かる推進力を殺して、ユエとの衝突を避けるのだが……

 

「お二人さん、余所見とは余裕だねー」

 

 既にレンジが再び接近していた。

 

 シアは咄嗟にユエを突き飛ばして、ドリュッケンでレンジの拳を受けた。ドリュッケンという鉄塊を盾にしたの上で、シアは油断無くがっしりと構える。

 

 本気も本気のガード。でも、それは破られた。

 

 ガキンッ!

 

 というドリュッケン内部のギミックが壊れる音と共に、レンジのアッパーで宙高く吹き飛ばされる。

 

「ギャグマンガか何かじゃないんですよぉ~~~!」

「なんで、知っているんだ……」

 

 キラーンッ……と青空のお星様になるシア。

 

「……くっ、“嵐帝”!」

「お返し致します、“嵐帝”」

 

 ユエが魔法を放つが、全く同じ魔法で即時に相殺させるクーリア。そして、ユエの次の魔法の発動前に、背後に転移する。

 

「ていっ」

「うぅ!」

 

 黒いナイフがユエの背中を捉える。ズバッ! と傷口が付けられ、鮮血が飛ぶ。人間なら致命傷であるが、魔力さえあればすぐに治るユエには大した傷にはならない。

 

 ならないのだが……

 

「ッ!……魔力が!」

 

 切り付けられた瞬間、体から魔力がごっそりと四散した。あの黒いナイフは不味い! とすぐに彼女から離れるが、メイドからは逃げられない!

 

 転移、転移、転移、転移転移転移転移転移っとどこまでも追い掛け続けてくるのだ。笑顔で。

 

 ナイフの正体は、ユエを封印していたブロックである。全く同じ物という訳ではなく、同じ鉱物で出来ているという訳だ。魔力を吸収し分散させる力を持つ特殊な鉱物なのだ。

 

 魔力量では最初から負けているのに、相手は同じ魔力操作まで使え、さらには魔力を消費させるナイフ型のアーティファクトまで保有している。

 

 ユエとクーリアの相性は正しく、最悪。

 

 そして、それはシアとレンジでも同じ事。むしろ、こちらの方が遥かに悪い。

 

 強化特化とドリュッケンの内部ギミックが攻撃手段のシアに対してレンジは、強化シアを上回る身体能力を元々有しており、付け焼き刃ではない正統武術に精通している。それにまだ一度もトータスの魔法も外界魔術も、ましてやフルミネも使っていない。

 

 素の身体能力の一撃だけで、ドリュッケンの内部機関が破壊され、強化シアにも打ち勝つステータスを誇る。これほど、シアにとって相性の悪い相手が居るだろうか。……いや、レンジが相手なら、誰だって相性は最悪なのだろう。それが、神殺しの英雄の実力なのだ。

 

 ちなみに、ドリュッケンを一撃で破壊された事に観客席でハジメが地味にヘコんでいた。

 

「もうちょっと、粘って頂けませんか? 貴女が倒れてしまうと、私はやることが無くなってしまうのですよ? そう、ぶっちゃけ暇になってしまうのですよ」

「こ、このっ!」

「やあっ」

「──ッう!」

 

 一体誰からな指導を受けたような毒舌でユエを煽り、冷静さを無くしさせていくメイド。単調な転移攻撃にも関わらず、ユエは反撃どころか回避すら儘ならない。

 

 短期戦という作戦が崩れ、自分達の完全上位互換と言える二人に、手も足も出ないユエとシア。

 

 特に、メイドであるクーリア・リベリオの実力を見誤っていた。このメイド、間違いなく人類最強クラスの実力者。でなければ、魔力が25,000などという馬鹿げた数値に到達する筈がない。

 

「やあーーーっ!」

「やっぱり、そのハンマー──ドリュッケンの扱い方も付け焼き刃だなぁー。完全に武器の重量にものを言わせただけで、足腰や体幹がダメダメだね」

「───うそ?!」

 

 ドリュッケンの超重量で空中落下攻撃、つまりはメテオをレンジに食らわせようとしたシア。

 

 その一撃を片手軽々と止めてみせるレンジは、シアの攻撃に辛口な評価をする。

 

「……まぁ十日間で急ピッチに仕上げた訳だし、当たり前か。そう思うと、シアちゃんはステータスと武術のお化けだねー」

 

 ちょっとシアについて感心しながら、片手で支えていたドリュッケンを地面に半ばめり込むように叩き付ける。そして、それを引っこ抜こうとしたシアを蹴り飛ばす。

 

「そらっ」

「ガハッ!」

 

 ボスンッ! という音と共にシアは吹き飛び、丁度延長線上に居たクーリアのところへ……

 

「せいっ」

「ぐべっ」

「きゃっ」

 

 クーリアはシアを掴むと、ユエの後ろに転移。転移した時にはすでに、背負い投げ直前の姿勢になっており、ユエが回避するより早く、彼女のシアを叩き付ける。

 

 柔道の試合ではないので、クーリアはパッと手を離してしまう。投げられた勢いのまま、ユエとシアの二人はゴロゴロと転がっていく。

 

 揉みくちゃになってようやく止まったところでユエとシアは……

 

「「……強い」」

 

 こちらが連帯なんてさせて貰えないほど、個人としての力に差があり過ぎる。連帯攻撃が出来たとしても、歯が立つ気がしない。

 

 勝ち目は0。……いや、試合には勝てるけど、勝負には負けてしまうだろう。

 

 試合としては、場外に出せばいいのだからまだ勝機はある。けど、それを狙うという事は、実力が劣っているのを認めるのと同じである。少なくとも、ユエとシアの二人はそう思っている。

 

 どうしても、実力で勝ちに行きたいのだ。二人の実力で。

 

 それにシアは折れない。その思いの丈は、目の前に立つ英雄と同じ。……いや、今この時限りではそれすら超えているのではないだろうか。

 

 そして、ユエとて折れる訳にはいかない。シアが折れていないのだ。先輩であり師匠である自分が、シアよりも先に折れられる筈がない。

 

 実力では到底及ばない。でも、この気持ちなら、この思いの丈なら、この揺るがぬ意志の強さなら……負けない。負けられない。

 

「……やれやれだね」

 

 折れるどころか、さらに強さを増していく二人の闘志に、レンジは嘆息する。かつての自分もああだったのかな? と思いを馳せながら。

 

 

 

 




 戦闘描写は苦手なんです。ごめんなさい。
 でも、それも次回まで……の筈です。

 次は、意志でバグるウサギと、神殺しの英雄降臨……かな?

 


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ウサミミ少女の奇跡

 
 昨日は更新無くて申し訳ないです。
 データが消えて立ち直れなかったんです。

 


 

 

 

 もし、奇跡なんてモノがあるとすれば、正しく彼女は奇跡を起こしたのだろう。その天性の才能と揺るがぬ意志の強さで。

 

 レンジはそう思わずにはいられなかった。

 

 シア・ハウリア。兎人族の少女。獣の特性を持つ亜人族ではあるが、身体能力は人並み。唯一、優れていると言えば、気配を隠すのが上手いこと。

 

 それが、トータスの兎人族達。レンジ(アルリム)の世界では、獣人族の一部と認識されており、身体能力もそれなりに高く、肉体強化関連の魔法を使えるそれなりに強い種族だった。

 

 比べるまでもなく、かつての世界の兎人族の方が強いのだが……今、シア・ハウリアはその壁を超えようとしている。

 

 というか、すでに魔法強化無しの素の身体能力なら超えている。種族の特徴を、シア・ハウリアは超越しているのだ。

 

 もとより、トータスの兎人族や、その他一部の亜人族は魔力を持たない。これは遺伝の問題なので、どうやっても魔力を持つことは出来ないし、魔法も使う事はできない。

 

 だが、シア・ハウリアは突然変異の為か、本来ない筈の魔力を持って生まれてきた。そして、未来を知ることの出来る“未来視”という固有魔法も所持している。

 

 それに付け加え、強化魔法に対する絶対的な適性。その強化倍率はレンジですら驚きの声を漏らすほど。

 

 そして、何よりも、その意志の力が、決して折れぬ心が、彼女の持つ力を最大限に引き上げている。

 

「行きますっ!」

「はいよ~」

 

 そう、最大限の力なのだが、まだまだレンジは及ばない。素のレンジのステータスは、推測ではあるが各能力が軒並み20,000前後。しかし、シアは最大強化時でも、

約12,000。

 

 シアの強化時でも約8,000の差があるのだ。しかも、最大強化であるので、現状これ以上の強化は望めない。

 

 付け焼き刃の体術では、当然武闘神(バルトロス)を倒したレンジに勝てる訳はないし、隠し玉的なドリュッケンのギミックは使う前に破壊された。

 

「少し遠心力に頼りすぎかなぁー。もっと体を柔らかくしてエネルギーを移動させたり、体幹鍛えてドリュッケンごと体重移動したり、足の親指で力んだりしよーか? 体を上手く使わないとね」

「は、はい! ──ってアレ? なんか主旨変わってませんか?」

 

 決闘の筈が、段々シアへの稽古に変わっていたのに、シアが気が付いたようだ。それに対して、レンジはニッコリと微笑む。

 

 正直なところ、レンジはシアを置いていくつもりはない。すでに、最大強化時では無強化のハジメをほんの少しではあるが、超えている。

 

 レンジの想像以上にクーリアが強くて、ユエとの連帯力は見れていないが、開幕での一言や咄嗟にユエを庇う行動を見れば、信頼度が高いのは分かる。

 

 シアに対して問題はない。ユエも問題はない。

 

 今も、レンジとシアの周りで、クーリアとドンパチドンパチピチューンっと魔法戦を繰り広げているが、世界一の魔法使いであるユエだ。そう簡単には破れないだろう。

 

「私に攻撃を当てたければ、その三倍の弾幕数は撃ってこいっ」

「……むぅ、生意気っ」

「私にダメージを与えたければ、その三倍の魔力量を込めてこいっ」

「……魔力のお化けっ!」

 

 ハジメとレンジの耳に付くような、気になる台詞でユエを煽りたくるクーリア。

 

 当てるのに、通常の三倍の数の魔法。当たったにしろ、通常の三倍の威力で無ければ、ノーダメージ。しかも、大体の魔法は相殺されるし、時々黒いナイフで魔法を切り裂いてくるのだ。何なんだろう、あのメイドは。

 

 まあ、三百年前は居なかった格上の魔法使いとの戦闘は、ユエにとっては良い経験になるだろう。

 

「……はぁ、はぁ」

「……どうやら、大部分魔力が減っているようですね」

「くっ! “嵐帝”!!」

「やあっせいっとうっ」

 

 今までのテキトーなナイフ術が嘘のような、目にも止まらぬ太刀筋で、最上級魔法を切り捨てるメイドさん。どうやら、武術の方もかなりの腕前らしい。

 

「い、今の三太刀見えましたか、レンジさん?」

「え? 六回だぞ??」

「ふえぇぇぇ、このメイドさん、ヤバいです! 絶対ただ者じゃないですよ! きっと特別に訓練された暗殺者か何かですよ!?」

「……いや、むしろシアちゃんに割りと余裕がある事に、俺は驚きのなんだけど……?」

「え? 余裕なんて無いですよ? ただ一瞬横目でチラッと……」

「それで、三太刀見れれば大したもんだね……」

 

 こんな会話をしつつも、二人は攻防を続けているのだ。レンジはシアくらいの相手なら、視覚に頼らず聴覚だけでも対応出来るので、ユエとクーリアの様子を伺う事は余裕だが、まさかシアが横目で確認しているとは思わなかった。

 

 まあ、太刀筋が見えなくとも、戦闘中にでも一瞬だけなら視線をずらして周囲を見る事は出来る。出来るというか、ある局面に於いては勝敗を分ける大切な要素である。

 

 それを手加減しているとはいえ、レンジと戦いながら出来るのは、すごい事である。

 

 いや、初めは出来ていなかった。だが、このウサギ、今は出来ている。この決闘の中で、レンジとの高速戦闘の中で、さらに実力をつけている。

 

 さらに、ほんの少しずつではあるが、肉体強化の効率が高くなっていく。最上強化を少しずつ超えているのだ。

 

「……本当に限界を超えてきてるなぁ」

「え? 何か言いましたか?」

「ああ、いや。……ただの残念ウサギだなぁーって」

「ひ、酷いです!」

 

 恐らくだがシアは今、技能の壁を超えて派生技能を習得しようとしている。これはシア本来の天才的適性のお陰か、それてもレンジの影響力か、あるいはその両方か。

 

「何にせよ、面白いウサミミだっ」

「うわっ! 急にペース上げないで下さいよ!」

「むしろ、それに驚いた程度で普通に対応してくるお前は反射神経がおかしいと思うんだ。頭の病院に行ってこいっ」

「きゃぁあああ! またギャグマンガみたいに~~~!」

「……マジかよ。もうさっきよりも防御上手くなってるのか……全く飛ばせねえ」

 

 前のように、キラーンっ! とまでいかないが確かに吹き飛ばされるシアに、英雄は呆れたように呟く。

 

「では、貴方もお仲間と御一緒にどうぞ」

「え? ──あっ」

「あっ、ユエさん」

 

 クーリアは素早く転移魔法でユエをシアにぶつかる様に送り込む。同時に、仕切り直しの意味を込めて、自分はレンジの横に転移。

 

 しかし、シアは空中で体を回転させて姿勢を直すと、実に余裕の動きでユエをキャッチしていた。

 

「……マスター」

「何だい?」

「あのウサミミは、本気ではなかったのでしょうか?」

「……いや、急成長したんだよ」

「なるほど、天才っという奴ですね」

 

 ユエを片手に抱き、ドリュッケンの重量を利用して垂直落下、そして着地寸前でドリュッケンを振るった反動でフワッと着地するシアに、メイドさんは呆れ顔を浮かべる。

 

「……ユエさん、試したい事があるんですけど……」

「ん? どうしたの?」

「今なら出来る気がするんです。それが出来れば、レンジさんをギャフンと言わせられます」

 

 ハジメ式ボディブローだろうか? とユエは思うのだが、ドリュッケンのギミックが壊れている今、シアにはあの威力を再現する事は出来ないだろう。

 

「出来る?」

「はい! やってみせます! だから時間稼ぎをお願いしてもいいですか?」

「わかった」

 

 さて、ここから第二ラウンド。取り合えず、ユエは時間稼ぎを、

 

「その必要はないよ。クーリア、彼女と外へ」

「畏まりました、我主(マイマスター)

 

 クーリアはレンジの言葉に従い、ユエと共に場外へと転移した。二人ともしっかりと場外への地面に足を着いていた。

 

「──ッ! やられた……」

「お疲れ様でした」

 

 まさかの一瞬で場外へ転移させられるとは思っていなかったユエが悔しそうな顔をするが、クーリアは洗礼されたお辞儀するだけだった。

 

「では、ハジメ様の所へ転移いたします」

「ん。お願い」

 

 そうユエが口にした時には、ハジメの膝の上に居た。

 

「お疲れ様、ユエ」

「ん、ハジメ」

「どうだった?」

「強い。凄く強かった。……何も出来なかった」

 

 ギュッと握られた拳と今にも溢れ落ちそうなほど潤む瞳。ハジメはそっと、握られた拳を包む。

 

「確かに、あのメイドさん強いな。多分、神代魔法の類いを幾つか覚えてるんだろう」

「ん。転移魔法は間違いない」

「……あの魔法で帰れるかな?」

「多分無理。レンジが知らない筈ないし、知っていればとっくに帰ってる」

「だよなぁ。……やっぱり、無理か」

「他の神代魔法と合わせれば、帰れるかも」

「まぁ、地球から喚び出したんだ。帰れない筈はない。……もっと強くなって、残りの大迷宮もクリアしに行こう」

「……うんっ」

 

 さて、ハジメとユエがイチャイチャはじめる前、ユエとクーリアが退場した時。

 

「え、ええ!? そんなのありですかぁ!?」

「まぁ、ルール上では問題はないね」

 

 納得出来るかどうかは別だが、皆で決めたルールだ。問題は特にない。心情以外では。

 

「まぁやりたい事があるんでしょ? 待っててあげるから、気が済むまでどうぞ」

「なんて言って、攻撃して来ませんか?」

「そこまで人畜ド畜生じゃないよ」

「ホント~ですか~?」

「……」

「何で今、目を逸らしたんですか!? え? してきませんよね? してこないですよね!?」

 

 かつての自分、前世の時なら余裕でやっていたレンジ。思わず、視線を逸らしてしまった。

 

「大丈夫大丈夫、大丈夫だよ。……だが、あまりウサミミを動かないでくれないか?」

「ひえぇぇ、ウサミミ狩りですぅ!」

 

 ハウリア族を追い掛けまわした件でウサミミ狩りの異名は洒落になっていない。というか、前世では本当にウサミミ狩りをしたので、洒落も何もなくただの事実なのだが……。

 

「やめろ、ウサミミを手で隠さないでくれ。……逆に血が滾る」

 

 彼のウサミミへの執着は完全に病の域である。これも、血に染まった英雄の残酷な運命という訳か。

 

「も、もう、ヤられる前にヤれですぅ!」

「さぁ来い! 限界を超えてみせろ!!」

 

「きっと詰めの甘い術式になりますけど、無礼講でお願いしますっ──健全なる精神は健全なる身体に宿る。ならば頑強なる意志もまた、頑強なる身体に宿るっ。この意志は神に至り超えゆくモノなり。ならば、この肉体も精神・意志・魂と共に、神の領域に踏み込み超えてゆくモノ!」

 

「……まさか……、おいおい冗談だろ……?」

 

「今こそ、それを証明せよ! 器を超えよ、『神体昇華(フィジカル・バースト)』っ!」

 

 十二日前、一度だけ見た外界魔術をシアは使ってみせた。ユエでも生活魔術しか習得していないのに、難易度が跳ね上がる肉体強化系の、それも英雄(アルリム)魔改造術式(アレンジバージョン)を。

 

 ウサミミ少女は、バクの化身となり、超える。英雄を。

 

 

 

 




 

 多分、ご本家様のシアちゃんより強いんじゃ……いや気のせいですね。そんな訳ないそんな訳ない。

 でも、一つだけ。私はシアちゃんが好きだ。


 あと、お気に入り、600になりました! しおりも、200越えました!
 登録して頂いた方、しおりを挟んで頂いた方、本当にありがとうございます!

 


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奇跡の行く末

 
 今回短いです。インスピレーションが湧かなかった……。

 


 

 

 

 

 シア・ハウリアは奇跡を起こした。いや、その意志の力で勝ち取った。シアが発動させた神の領域に踏み出す肉体強化魔術『神体昇華(フィジカル・バースト)』。

 

 だが、勿論というか当たり前というか、レンジのように使いこなしてはいない。

 

 術式の構成が実に甘かった。魔力消費は激しく、強化量も消費の割りには高くない。それでも、レンジの素のステータスである20,000にギリギリ追い付いている。

 

「……これは驚いたよ。まさか、不完全だけど発動まで漕ぎ着けるとはね……」

「……っ、本当はもっと、上手くなってから、使いたかったんですけどね」

「やっぱり、体への負担が大きいか……」

 

 幾ら無類の才能があろうと、この世界トータスとは違う世界の魔法。それにもトータスより遥かに上位に位置する世界である。

 

 奇跡を勝ち取ろうとも、何かしらの代償は払わなくてはならない。今、シアに掛かっている負担は、レンジの神格使用時とほぼ同等のモノ。

 

 吐血などはしていないのものの長時間使い続ければ、内部が体が壊れていく。制限時間は……

 

「……だいたい、三分ですかね…」

「お前は地球の超人か何かかよ……」

 

 ぶっつけ本番にしてはかなり上々、というか文句無しである。

 

「さて、シアちゃんにはあんまり時間が無いみたいだし、そろそろやり──」

「──せいっ!」

「──ごフッ!」

 

 シアの不意の一撃っ。

 上昇した筋力にものを言わせた重たい一撃である。

 

 まるで発砲された弾丸のような加速で、見事にレンジの不意をつき、横っ腹にドリュッケンを叩き込む事に成功。

 

 まさかの不意の一撃にレンジは為す術もなく、吹き飛ばされる。しかし、彼は英雄である。この程度の一撃でやられる男ではない。

 

 吹き飛ばされるつつも、空中でぐるりと器用に体を回転させて、推進力を回転力に変換して勢いを殺す。

 

 だが、シアはそれを想定しており、レンジの足が地面に着く頃には……

 

「──ッ!」

「──スタンプですぅ!」

「──あぶねぇー!」

 

 顔面を粉砕する気満々で放たれたドリュッケンの一撃を紙一重で回避する。目標をうしなったドリュッケンはバキンッ! と激しい音を立てて地面を破壊する。

 

「まだまだですぅ!」

「死ぬっ!」

 

 ──ビュォンッ!! と空を切るドリュッケン。当たればひとたまりもない致死の一撃を、レンジは一歩下がって避けていく。

 

「ワン・ツー! ワン・ツー! ワン・ツー!」

「なんか楽しんでるっ!?」

 

 左右に勢いよくドリュッケンを振り回しながら近寄ってくるシア。正直、対処する気になれば何とでもなるのだが、あまりにも清々しくスイングするので止めちゃいけない気がするレンジ。

 

「まだまだぁ!」

「クソッ!」

 

 防戦一方に持ち込まれているレンジだが、何処かその顔は楽しそうである。

 

 気分の高揚や血行の促進がレンジの反射神経に最大限の力を発揮させ、シアの攻撃を次々と躱していく。

 

 だが、今この瞬間もシアは成長している。ドリュッケンを振るうごとに次の一撃が鋭くなっていく。ゆっくりとではあるが、確実にレンジの体を捉えようとている。

 

 しているのだが、シアの顔色は優れなかった。遅すぎる。遅すぎるのだ。三分間というタイムリミットでは、ドリュッケンをレンジに当てる事は出来ない。

 

 より速く、より正確に。そうは思っているのだが彼女の体からは魔力と共に力がどんどんと抜けていく。限界が近いようだ。

 

 しかし、ここまで来たのなら最後までやりきりたい。例え体を壊す事になろうとも。

 

「こんな所で終われません! 器を超え──」

「それは駄目だ」

 

 ──ドズンッ!

 

「──ッう!」

 

 まさかの『神体昇華(フィジカル・バースト)』の二重掛けをしようとしたところで、レンジの恐ろしく速い手刀がシアの首に入れられる。

 

 衝撃が首を伝い脳を揺らす。振り回していたドリュッケンを支える事が出来ず、シアはハンマーの重さで倒れてしまう。

 

「ただでさえ不安定かつ不完全な術式なんだよ? 二重掛けなんてしてしまったら、体への負担どころか死んでしまうよ」

「……それ、でも……、勝ちたいんですっ。……私も皆さんと、一緒にっ」

 

 ドリュッケンを支えにガクガクと震える脚をなんとか立たせようとするシア。その姿には、十二日前の他力本願な脆弱な少女は何処にもいない。

 

「なら、余計にでしょ? 怪我人は連れていけない。それに、二重掛けしても俺には勝てないこと、分かってるでしょ?」

「……ッ、はい……」

 

 

 今のシアが『神体昇華(フィジカル・バースト)』を二重掛けしても、レンジには勝てない。

 

 レンジが同じく『神体昇華(フィジカル・バースト)』で肉体を強化してしまえば、最大強化時のシアのステータスはあっさり超えてしまう。

 

 別に、この決闘のルールでレンジに対して、フルミネも魔術の使用も禁じていない。まあ、フルミネを使う際は非殺傷弾を使用する事になっている。

 

 今まで、使う必要が無かったから使っていないだけで、特に何の制限も掛けられていない。

 

 例え、ステータスが同等になろうと、ドリュッケンがあろうと、シアはレンジには追い付けない。ドリュッケンの一撃を叩き込んだとしても、それは完全に防御されて防がれた上で反撃をされていただろう。

 

 忘れないでほしい。彼は、蓮ヶ谷レンジは英雄なのだ。それも十二の神を殺した大英雄。その神の中には、時間軸に関係無く全ての武術を極めていた神も存在する。

 

 レンジはそんな神々に勝利してきたのだ。身体能力が同じだろうが相手が武器を持っていようが自分が弱体化していようが、十二日前に戦う事を決意した天才程度に負けはしない。

 

 いや、負ける事は許されない。自分の殺した神々と、それらに苦しめられた人々の思いを軽視させない為にも、英雄は負ける事を許されない。

 

 彼女の意志の強さも、実力や伸びしろもレンジは認めるだろう。しかし、自分に勝つことだけは認めない。

 

「君がどんなに努力して力をつけて技術を磨こうとも、絶対に俺には勝たせない。悪いけど、これは俺の意地だ。これを譲る気はない、絶対に」

「……絶対に、連れていってもらえないんですか……」

「いや、着いて来ても良いけど?」

「え?」

「え?」

 

 あれ? 何か会話が噛み合ってない? と思うレンジとシアだが、それは観客席に居るハジメとユエも同じだった。

 

「だって、この決闘に勝たないと連れていかないって……」

「言ってないよ、そんな事?」

「え?」

「俺が言ったのは、『少なくとも無強化のハジメを超えてみせろ』、だよ。それをユエちゃんとシアちゃんが納得しなかったから決闘したんでしょ?」

「あっ」

「そして、君はハジメを超えるどころか、一部の分野ではユエちゃんも超えてみせた。条件は十分満たしている」

「……あぁっ」

「これで勝てないから連れていかないなんて言う程、俺は酷な人間じゃないよ」

 

 気が付けばシアの瞳からボロボロと、涙が零れ落ちていた。

 

「っ、着いて言っても良いんですかっ!」

「良いよ。でも、後ろに隠れるように着いてくる事は許さない。君は強いし、その意志も何者にも折れないだろう。だから、ハジメとユエの隣を歩いてあげてほしい。彼らと一緒に、素晴らしい人生を歩んでくれ……約束してくれるかい?」

「も、もちろんです!」

「なら、一緒に行こう。歓迎するよ」

 

 未だ立ち上がれないシアに回復魔術を掛けて、その手を取るレンジ。こうして、シア・ハウリアが仲間になった。

 

 レンジは嬉し泣きでボロボロと涙を流すシアの涙を拭ってあげる。その時、シアがレンジの言葉で引っ掛かった事について聞いてきた。

 

「……あの、ハジメさんとユエさんの隣? レンジさんは──」

 

 レンジさんは含まれていないんですか? と聞こうとしたシアに、レンジは不敵な笑みを浮かべる。

 

「思い上がるなよ、ウサミミ? 偉業を為していないお前達が俺の隣に立てる訳ないだろう?」

 

 十二柱の神殺しを知らないシアには、その言葉に込められた思いはまったく分からなかった。

 

 

 

 




 
 さて、先週まで毎日の様に更新していましたが、これからは2~3日に一回くらいになりそうです。

 理由が気になる方は、活動報告をご覧下さい。大した理由はない、作者の我が儘なので……。

 そんな訳で、次回の更新は水曜日以降になると思います。どうかお許し下さい。

 これからも、『ありふれた転生で世界救済』をお楽しみ下さい。


 


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ウザすぎる同業者

 

 一ヶ月に及ぶ休載、大変申し訳ありませんでした。

 帰って参りました。不定期更新になりますが、またどうぞよろしくお願いします。

 久々の執筆の為、つたない文章、低い語彙力に、誤字脱字が目立つかも知れません。
 


 

 

 

 ミレディ・ライセン。

 

 彼女は解放者の一人であり、唯一存命していた人物でもある。レンジからすれば、神殺しを夢見た同業者と言える存在だ。

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 だが、何と言うかべきか……、ゴーレムに憑依してまで存命するミレディは、すごくウザかった。

 

「「……」」

「ほれ、みろ。こんなこったろうと思ったよ」

「まぁ、そうだよね」

 

 ハジメ一行は、なんやかんやでライセン大峡谷にある解放者の迷宮を攻略していた。というか、したのだ。

 

 最後の試練として、何らかの魔法で存命してゴーレム化していたミレディ本人と死闘を繰り広げ、見事に打ち破ったのだ。

 

 その際に、ミレディが“最後の時”を感動的な演出を見せて消滅したのだが……、まあご覧の通りピンピンしている。

 

 言葉もないユエとシア。ハジメとレンジは予想がついていたので、ハジメはウンザリした表情を浮かべており、レンジは苦笑する他なかった。

 

 ハジメもレンジも、ミレディの本質を攻略の道中で看破していた。この迷宮のトラップの嫌らしさや、ウザい文章の数々は、本当にまともで真面目な人間では発想に至らないレベル。

 

 レンジでさえ、呆れてしまうくらいである。

 

 他にも、最後のボスを存命してまで担ったのに、たった一度きりの挑戦者に撃退されたら終わり、なんて事になった次の挑戦者には試練が無くなってしまう。

 

 なので、男二人は、ミレディ・ゴーレムを最終試練で破壊してもミレディ本人は死なないっという予想が出来ていた。

 

 さて、黙り込んで顔を俯かせるユエとシアに、元凶の張本人が非常に陽気な感じで話し掛ける。

 

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ~? もっと驚いてもいいんだよぉ~? あっ、それとも驚きすぎても言葉が出ないとか? だったら、ドッキリ大成功ぉ~だね☆」

 

 ユエがシアがぼそりと呟くように質問する。

 

「……さっきのは?」

「ん~? さっき? あぁ、もしかして消えちゃったと思った? ないな~い! そんなことあるわけないよぉ~!」

「でも、光が登って消えていきましたよね?」

「ふふふ、中々よかったでしょう? あの“演出”! やだ、ミレディちゃん役者の才能まであるなんて! 恐ろしい子!」

 

 相手をおちょくってテンション上がりまくりなミレディ。これが同業者の末期なのか……? とレンジは悲しみに満ちた顔を作る。

 

 お調子者ミレディにユエとシアがブチギレて暫くの間、ドタバタ、ドカンバキッ、いやぁーなど悲鳴やら破壊音が聞こえてきたが、ハジメとレンジはその一切を無視して、この部屋の観察に努める。

 

 部屋は全体的に白く清潔感はあるが、何処か物寂しい。それは、これ言って特筆するようなモノが無いからである。この部屋にあるのは、中央の床に刻まれた魔法陣と壁の一部になっている扉だけ。その扉の向こうには、ミレディの住処が広がっているのだろう。

 

 ハジメとレンジは、当然のように魔法陣へと歩み寄って勝手に調べ始める。それを見たミレディが慌てて二人の下へやって来る。その後ろから、無表情の吸血姫とウサミミがドドドドッと効果音を背負いながら迫って来ている。

 

「君達ぃ~勝手にいじっちゃダメよぉ。ていうか、お仲間でしょ! 無視してないで止めようよぉ!」

 

 文句、というか注意しながらミレディは二人の背後へと回り込み、怒れる二人の般若に対する壁とする。

 

「……ハジメ、レンジどいて、そいつ殺せない」

「退いて下さい。ハジメさん、レンジさん。そいつは殺ります。今、ここで」

「まさか、そのネタをこのタイミング聞くとは思わなかった。っていうかいい加減遊んでないでやる事やるぞ」

「そうだ、そうだ、真面目にやれぇ!」

 

 ハジメの背後から煽りミレディが顔面を義手でアイアンクロー。頭部からメキィメキィという音が鳴り、ゴーレムの顔が心なしか、悲痛な表情になっている。

 

「このまま愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」

「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ─“メキメキィメキィ”─了解であります! 直ぐに渡すであります! だからストープ! これ以上は、ホントに壊れちゃう!」

 

 ジタバタともがいて取り乱すミレディ。このまま壊れては堪らぬ、と潔く魔法陣を起動させた。

 

 それを確認するとハジメ達は魔法陣の中へと入る。今回は前置き無しに直接脳に神代魔法の知識や使用方法が刻まれていくようだった。ハジメとユエ、そしてレンジは経験済みなので無反応だったのだが、唯一初めてのシアはビクンッと体を跳ねさせる。

 

 数秒で知識の刷り込みは終わり、あっさりとハジメ達はミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れた。

 

「これは……やっぱり重力操作の魔法か」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね…って言いたいところだけど、君とウサギちゃんは適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

「けど、そこの子は……少しおかしくない?」

 

 いきなりミレディに凝視されたレンジ。

 

「……何か?」

「いやいやいや、何かじゃないでしょ!? 君ィ、神代魔法を超える魔法を持ってるでしょ!」

 

 腐っても解放者、という訳か、ミレディ・ライセンはレンジの内包している力に気が付いたようだった。

 

 重力魔法、おそらくは星や大地に関する魔法であるのだが、ご生憎様とレンジはそれらを司り支配する地脈神グランドルの力を有しているのだ。

 

 元々、地図の書き換えが必要なレベルでの地形の変化や、地殻の操作は御手の物。勿論、重力も操れた。

 

 ただし、前世の話である。1%の力ではそこまでの大規模な事は出来ないし、今は制限が……

 

「……ぉ? 解けたな」

 

 どうやら、重力魔法の取得により、星に関する事柄を司る神格の制限が解除されたらしい。

 

 地脈神グランドルは勿論の事、鳳凰神フレアデスと月光神ルナトリアの力まで解放されている。

 

 さらには、2%までの使用が可能となった。流石、神代魔法。前世の世界からすれば、下位世界の魔法だが神代というだけの事はある。

 

「………ミレディ・ライセン、君に話したい事がある」

「え? 急にどうしたの? はっ! まさか愛の告白──」

「ふんっ!」

 

 ドゴッ! とレンジの張り手がミレディを襲った。ミレディはその場で錐揉みして、ペタッと腰を落とした。

 

「ミレディさん……いやライセンさん、ふざけないで人の話は聞こうか?」

「はい、ごめんなざい……」

 

 ミレディは理解した。この人、冗談の通じないタイプだと。

 

 ハジメ、ユエ、シアの三人も彼の張り手には驚かされた。迷宮中のウザい文を読んでも別段いつもと変わらぬ様子だったのに、いつも以上に厳しい……というか優しくない。

 

 実はフラストレーションが溜まっていたのだろうか?

 

 いや、人格破綻者ばかりの神々を相手にしてきた英雄があの程度のちゃちな文字でイライラする筈がない。彼から言わせれば、ミレディの文章は子供の悪ふざけ程度のものである。

 

 しかし、ミレディご本人には厳しめな対応である。まあ、これは単に遥か昔に精神が熟成しているのにも関わらず、真面目に話を聞こうとしなかったからだ。

 

 基本的にレンジは、子供には優しい。が、相手が自分の総合年齢と同等あるいはそれ以上になると、まあ厳しくなる。

 

 ちなみに、その考えでいくとユエも年上なのだが、彼女の場合は約三百年もの間、暗闇の中に閉じ込められていた為か、精神が成長するどころか若干退行しているので、子供という認識である。

 

「シアちゃんも仲間入りしたし、ここで話しておこうと思う」

「レンジ、良いのか?」

「……大丈夫?」

 

 ハジメとユエはその話が何か心当たりがある。というか、何の話か確信しているので、レンジの事を重んじてしまう。

 

 シアは勿論知らないので、はて? と傾げながらも、自分の知らない仲間の事を知れる機会である事を察知して心を少し踊らせる。

 

 ミレディは……再びふざけようとした雰囲気を醸し出していたので、レンジからありがたくも拳骨を頂いた。

 

「……俺の過去と、力の秘密を話すよ」

 

 レンジの力、というトータスのは全く異なる魔法については、シアも不思議に思っていたところである。それに一度だけ見た、あの超巨大な剣山『竜脈峰剣(ティエラ・クラテル)』について。

 

「俺の、前世の話をしよう」

 

 前世。

 

 その言葉に、シアはゴクリと生唾を呑み込む。

 

 ミレディはおどけて、「この子、頭大丈夫?」みたいに頭をツンツンとしていたので、ハジメからボディブローを頂戴するのだった。

 

 

 




 

 しばらくは、今回のような文字少な目のリハビリ回が続くかと思います。

 あと、大分話をはしょりました。唐突すぎて、混乱した読者様も多いかと思います。大変申し訳ないです。


 


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