ナザリック・ディフェンス (犬畜生提督)
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第一章
発見


原作7巻終了時点あたりです。



「金が、()()()()()、だと?」

「はい。そのようです」

 

――ナザリック地下大墳墓、第10階層、玉座の間。大墳墓の(あるじ)ことアインズは、守護統括者アルベドから、あるプロジェクトに関する報告を受けていた。

 

そのプロジェクトとは、先日のナザリックへの侵入者に関連したものである。ナザリックの頭脳たるアルベドとデミウルゴスが発案した「とある計画」により、帝国から数十人の愚かなワーカーをあえて呼び込み、その身の全てをナザリックの(にえ)としたのは、つい先刻のこと。現在はその一連の顛末(てんまつ)、防衛設備の稼働状況、かかった経費等についてまとめたものを、アルベドがアインズへ報告している最中であった。

 

「『金』とは、ナザリックの運営資金、つまりユグドラシル通貨のことで間違いないな?」

「はい。本来であれば、シモベの召喚や防衛設備の使用などで差し引かれるはずの口座のものです」

「ふむ……妙だな」

 

ギルド:アインズ・ウール・ゴウンでは、拠点の運営経費等で差っ引かれる用の「口座」を作って管理している。ここには、特に何もなければ、放っておいてもあと千年はゆうにナザリックが維持できるだけの資金がプールされている。

 

もちろん、その背後にある「ギルド共有資金」は、それと比較にならないほど莫大だ。ギルドメンバー41人の幾年にも渡る蓄積は伊達(だて)ではない。しかし、アインズはその資金に手をつける気はなかった。そこには、引退したメンバーの全資金が上乗せされている。アインズの中ではそれらは、「みんなが戻ってくるまで預かっている」状態なのだ。

 

そのため、ナザリックの金の出入りは全て、このフロントの口座で(まかな)われている。ここにはアインズ……いや、モモンガが、ユグドラシル晩年にソロで稼いだ資金が大量に投入されている。(せん)だってシャルティアの復活に使った金貨5億枚も、実質アインズの稼ぎからの拠出(きょしゅつ)である。

 

そのプールは、異世界転移後は目減(めべ)りする一方であった。そう、つい先ほどまでは――。

 

アインズは報告書の収支に目を通しつつ、マスターソースのコンソールを開く。ゲームの名残からか、本来なら金庫に収まりきらないほど膨大な枚数の金貨は、通帳のような無味乾燥な数値として表示される。もちろん、やろうと思えば、アイテムストレージのようにいつでも金貨として取り出すことができるが。

 

「……これは……驚きだな……」

 

そこに表れた数字は、確かに一連の侵入劇の前よりも増えていた。いくつかの課金トラップが発動したにも関わらずだ。

 

……いや、増えていた、などという軽いものではない。かなり悪くない収入だ。具体的には、先日のゲヘナで王都から奪った物資を、仮に全てエクスチェンジボックスに投げ込んだとしても、これに届くかどうか、といったところだ。

 

こちらの世界に転移した今現在、ユグドラシル通貨の獲得方法は非常に限られている。その最も有力なものが、エクスチェンジボックスだ。これならば、どんなものでも放り込めば勝手に資金になってくれる。ただし、その換金効率は(いちじる)しく悪い。調査の結果そのことが分かった時、アインズは大いに落胆し、思い悩んだ。どうすれば今後安定した収入を得られるか? アンデッドを使って、麦や芋のようなものを大量生産して放り込むか? それとも、鉱山を掘って、鉱石を片っ端から運び入れるか……?

 

……しかし、それらよりももっと優れた回答が、もしかしたら今目の前にぶら下がっているのかもしれない。

 

「アルベドよ、此度(こたび)の発見、もしかすると、この報告書の最たる成果かもしれんぞ」

「そうなのですかっ!?」

 

表情を持たないアインズの、しかしどこか興奮を抑えたような声に、アルベドの背中の羽がフサッと揺らめく。アルベドには分かる。愛しの我が君が喜んでおられる。ただ一つ、本来の自分の計画にはない、全く偶然の発見だったことだけは不本意といえば不本意だが、アインズの役に立てたことに比べれば、そんなのは些細(ささい)なことのように思えた。

 

「アルベド! この資金が増えた原因について早急に調査したい。優先事項だ。頼めるか?」

「はい! お任せ下さい、アインズ様!」

 

ナザリック地下大墳墓の新たな運営方針が一つ、誕生しようとしていた――。

 




実験するぞ実験するぞ実験するぞ


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調査

<前回のあらすじ>

えっ、お金出るの!?
じゃあ実験する!



エ・ランテルの事件記録には、こう記されている――

 

王都からエ・ランテルヘ向かっていたはずのモーブ商会の商隊は、その往路の途中で忽然と姿を消した。目撃証言はなく、おそらく道中の魔物(モンスター)か盗賊にでも襲われたのだろう、というのが大方の見解だった。モーブ商会は捜索に当たったが、馬車も、積荷も、護衛の死体も、それどころか、何者かが争った痕跡すらも、何一つ発見できなかったという。

 

また、これは誰の報告にも上がらなかったことだが、エ・ランテル近郊のとある街道を縄張りにする盗賊の一味と、ゴブリン・オーガ混成の一味が、こちらも同時期に人知れず姿を消していた。

 

 

 

 

「ふむ、どうやらここまでのようだね。コキュートス、もう構わないよ」

「ソウカ、ワカッタ。死体ハ後デ運バセヨウ。……シカシ、ナント歯ゴタエノナイ……」

 

デミウルゴスとコキュートスが和やかに話している先には、身軽な盗賊風の男が3人()()()()()()

 

彼らは先ほどまで、わけも分からないまま、謎のダンジョンを駆け回っていた。自分がどこにいるかも分からず、世にもおぞましい魔物(モンスター)の群れに襲われ、やむなく奥へ奥へと追い立てられた結果、どのような理屈でか、限度を超えた極寒のフロアに辿り着いてしまい、身動きが取れなくなってしまった。そして今まさに、氷の魔獣の一息で氷漬けにされてしまったところだ。

 

「より下層に辿り着いた結果、資金がどう増えるのか実験したかったのだが……。転移なしだと第5階層の気候を越えられるニンゲンはいないようだね。非常に残念だよ」

「本来デアレバ入口ニスラ辿リ着ケヌヨウナ弱者ガ、栄エアルナザリックノ第5階層マデ拝見デキタコトニ、感謝シテホシイモノダ」

「いやはや、まったくだね。苦労したよ。ここまで殺さずに誘導するのは」

 

――と、そこへ〈伝言(メッセージ)〉が入る。

 

『デミウルゴス、第6階層の実験は終わったよ』

「そうかい。ご苦労、アウラ。マーレにもよろしく」

『んー、この前の奴らのほうがまだ歯ごたえあったなー。今度の奴らは怯えてばっかでさー、がっかりだよ』

「ニンゲンなどそんなものだよ。私の第7階層に転移させた連中など、その場で消し炭になったとも」

『そっかー。んじゃ報告まとめるから、また後でね、デミウルゴス』

「ええ。後ほど」

 

 

 

 

「――以上が報告になります、アインズ様」

「そうか。よくやってくれた。感謝する、守護者達よ」

「そんな! もったいなきお言葉!」

 

玉座の間にて、アルベドを筆頭に、集まった守護者一斉に臣下の礼を取る。アインズは報告を一通り聞き、やっぱりな、と思った。

 

(タワーディフェンスだこれ……)

 

どのような仕組みでそうなっているのかは分からない。しかし、どうやら、自分の拠点で侵入者を撃退すると、それに応じて金が入ってくるシステムになっているらしい。

 

その仕組みを詳細に確かめるべく、アルベドとデミウルゴスが実験計画を立て、その「被験体(サンプル)」として王国の人間と魔物(モンスター)を拉致してきた。ほんの3種族、しかも全員レベル10以下ではあるが、異なるレベル、職業、種族を使った対照実験である。

 

実験の結果得たルールは、以下の通り――

 

・侵入者がナザリックの奥へ入れば入るほど、収入が発生する

・侵入者のレベルが高ければ高いほど、収入は増加する

・侵入者の殺害でボーナス

・侵入者の捕獲、あるいは撃退でボーナス。捕獲は殺害の5割、撃退は2割

・侵入者を操る、または気絶させて運ぶ等をした場合「捕獲した」と判断され、以後の収入は一度ナザリックから脱出させない限り発生しない

・侵入者を転移で下層に飛ばすと、補正がかかって収入の伸びが悪くなる

・侵入者の種族、職業、装備品等による収入の差異はない

 

「ふむ……なるほどな……」

(大きく稼ごうと思ったら、高レベルの侵入者を下層まで引き込まないといけないわけか……)

 

アインズは苦悶の表情(見えないが)を浮かべる。正直、愚か者共にこのナザリックに土足で踏み込んで欲しくはないという想いがある。以前にワーカーを招き入れたときも、必要なことだとは分かっていても、強い不快感があった。できればもうこんな作戦は取るまいとすら思っていたところだ。それがなぜ、そう時を経ずにまたこんなことになっているのか……?

 

それは、そんなアインズの生理的嫌悪感を差し引いてもなお、ユグドラシル通貨が入るというメリットが余りあったからだ。今のところ、これより良い資金獲得のプランがない。

 

もしこれで相応の収入が見込めるとなれば、今後のナザリックの運営方針も変わってくる。貧乏性なアインズは転移後、課金設備や傭兵モンスター、錬成アイテムなどを極力節約してきた。しかし、もしこれらを遠慮なく使うことができるようになれば、それはナザリックの強化に繋がり、充分な恩恵となる。それに、考えたくはないが、またシャルティアの復活のような臨時の支出が必要になる時が来ないとも限らない。いざというときのための蓄えは必要だ。

 

「……気が進まんが、やむを得んか……」

「……やはり、アインズ様もそうお考えでしたか……」

「ん?」

 

どうにかいい方法考えなきゃなー、程度にポロっとこぼしたアインズの呟きに、訳知り顔で反応した者がいた。そう、救いの神、デミウルゴスである(悪魔だが)。あ、これ最高のパターンだ。アインズは咄嗟にそう思った。

 

「ほう……流石だなデミウルゴス、早々にそこまで思い至るとは」

「ありがとうございます。アインズ様の深遠なるお考えに及ぶべくもありませんが、やはりそうするのが最善かと」

「? どういうことですか? デミウルゴスさん」

 

マーレがおどおどしながら問いかける。ナイスアシストだ。アインズは心の中で親指を立てた。

 

「アインズ様はこうお考えなのだよ――」

 

デミウルゴスは語り出す。アインズが「なるほど!」と思わず唸る、画期的な資金調達プランを――

 




アインズ様、ここまで何もしてません。
優秀な部下がいて助かるなぁ……。


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遺跡

<前回のあらすじ>

デミえもん「お任せ下さいアインズ様。う~ふ~ふ~ふ~」



「これはっ……これは、すばらしいな!」

「ラケシル、少し落ち着かないか!」

 

エ・ランテル冒険者組合の組合長室。組合長、プルトン・アインザックと魔術師組合長テオ・ラケシルは、応接室のテーブルを挟んで座り、そのテーブルに乗ったものを見つめていた。

 

そこには、ミスリル製のダガー、ミスリル製のヘルム、そして、第三位階魔法、〈火球(ファイヤーボール)〉のスクロールが置かれていた。

 

「これだけの逸品が無造作に転がっていたというのか……。何なのだその遺跡とやらは?」

「なあアインザック、俺達も行ってみないか? 宝が掘り尽くされてしまう前に……」

「ラケシル落ち着け。お互い冒険者は引退した身だろう? ここは組合長として、冒険者達の探索を取り仕切るのが我々の役目ではないか」

「むう、そうだが……」

 

まあ、気持ちは分かる。かく言うアインザックも、とっくに枯れたと思っていた冒険心が心の奥底で(うず)いているのだから……。

 

 

 

 

――時は数日ほど前に遡る。

 

城塞都市エ・ランテルから南に伸びる街道沿いには、見渡す限りの草原の丘が広がっている。遠くに山脈が見える他は、膝から上まである雑草が街道の外で一面生い茂っている。ゴブリンのような小柄な魔物なら草叢(くさむら)に潜んで近づくことも可能なため、街道を移動する者には、それなりの緊張を強いられる。ましてや、わざわざ街道を外れて草原を突っ切る者などおるまい。……そんな場所である。

 

その日、そこを通ったとある荷馬車は、草原の向こうで煙が立ち(のぼ)るのを見た。一行は、「何かあったのだろうか?」と不審に思った。そして、護衛を務めていた冒険者のうちの野伏(レンジャー)が、「様子を見てくる」と言って煙の根本まで向かったのだった。

 

――そして、「それ」を発見した。

 

それは、何の変哲もない草原の途中にぽっかりと空いた、地面の下へと続く穴だった。ご丁寧に穴の下まで石の階段がかっちりと組まれており、そしてその先には、不自然なほどに重厚で装飾豊かな扉があった。明らかな人工物である。盗賊のアジトか、はたまた亜人種の(ねぐら)か……?

 

明らかに自分一人の手に余ると判断した野伏(レンジャー)は、その位置情報を持ち帰り、エ・ランテル冒険者組合に報告した。

 

後日、冒険者組合主導で調査隊が組まれ、その謎の人工物の探索が始まった。何しろ場所はエ・ランテル南門を抜けてほんの数時間のところだ。都市の住民に害なすものが住み着いていては厄介だ。藪蛇(やぶへび)となることを懸念しながらも、調査隊は万全を期してその穴ぐらへ向かった。

 

入口と思われる重厚そうな扉は、予想に反して手で押すだけで簡単に開いた。そしてその奥には、ブロック作りのしっかりした通路と、それを照らす〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉が続いていた。地下なのにも関わらず空気は不自然なくらい澄んでおり、微かに吹き込む風が、その先の構造物の広大さを予感させた。四方のブロックや燭台からは、カビや経年劣化といった、年季を伺わせるものを一切感じない。何らかの魔法の力が働いているのだろうか?

 

しばらく進むと、少し大きな空間に出た。そして、その向こうの通路から、ガシャガシャと足音が向かってくる。冒険者達はその不器用な音をよく心得ていた。スケルトンだ。

 

この調査隊はそれなりに腕が立つ。冒険者組合公認の先遣隊として、難度を決める役割を担っているからだ。今回の一団も白金(プラチナ)級を先頭に、(ゴールド)級をサポート、(シルバー)級をバックアップとして付けている。スケルトンなど何ということもない。楽々と蹴散らし、いったん広間での安全を確保する。

 

「お、おい、あれ……」

 

と、一人がその広間の端っこに落ちているものを発見した。短剣と、兜と、巻物だ。宝箱などではなく、あまりに雑に置かれていたそれは、見る者が見れば判る。ミスリル製だ。サビどころか汚れの一つもなく、鈍い輝きを放っている。

 

「マジかよ!? すげえ!」

 

ミスリル製の武具と言えば、エ・ランテルで手に入るほぼ最高級品だ。農民上がりの冒険者風情に手が出せるものではない。一同が思わぬ戦利品に沸き立つ。そんな中、別の冒険者が壁に文字の書かれたプレートを発見する。そこには、()()()()こう書かれていた。

 

『ランテの遺跡を発見せし者よ。我らは故あってここから離れることができぬ。ここより外のお前たちに危害を加えぬことを約束しよう。だから即刻に立ち去れ。もし我らが財宝を狙ってここより進むというのであれば、しかるべき報いを覚悟せよ』

 

冒険者達がその意味を噛み砕いていると、先の通路から不吉な音が近づいてきた。ガシャガシャと鳴るこれはスケルトンだ。しかし、暗がりから顔を出したのはそれだけではない。悪霊犬(バーゲスト)腐肉漁り(ガスト)、おまけに疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)まで引き連れている。数は多いが、通路が狭いため数の利は薄い。白金(プラチナ)級なら対処できるだろう、しかし、(ゴールド)級以下にはやや荷が重い。

 

ここは撤退すべきだ。なに、すぐ戻ってこられる。それより、今得られた情報を持ち帰ることが優先だ。そう判断した一同は白金(プラチナ)級を殿(しんがり)にして無難に引き上げ、エ・ランテルの城壁内へととんぼ返りしたのだった。

 

――こうして、「ランテの遺跡探索」は、冒険者組合預かりとなった。

 

 

 

 

「アインザック、組合が取り仕切ると言っても、盗掘まがいの連中は勝手に入っていくのではないか?」

「そうだな。今やもう遺跡の情報は冒険者達の間で広まっている。今さら組合が我が物顔で『許可なき探索を禁止』などとお触れを出すわけにもいかないだろうな」

「中の宝も、我々が規則を作ったところで、見つけた者がこっそり懐に入れるだけだろう」

「その通りだ。だから、下手な制約はしない。誰でも好きなように入って、好きなように宝を持ち帰ってもらえばいい。我々はそれをサポートする」

「ほう、サポートか。情報提供などか?」

「そうだな。情報提供者には謝礼を払い、冒険者で共有しよう。差し当たって内部の構造やモンスター、得た宝などだな」

「探索者は情報を出し渋るのではないか? 自ら体を張って得たものだろう?」

「同じダンジョンなんだ。その者が情報提供しなくとも、どうせすぐに他の者が同じ情報を得る。独占などできんさ。だったら、手っ取り早く情報を売って、金と名を得る方が良いと考えるものだろう?」

「そううまくいくかね?」

「そう持っていくのが我々の仕事だよラケシル。うまく情報が共有できれば、冒険者全体としてリスクを減らすことができる」

「俺としては、未知のスクロールやマジックアイテムが拝めれば何でもいいがね」

「もちろん、その仕事も回すさ。発掘品の鑑定を頼むことになるだろうな」

「おお! 燃えてきたぞ!」

「お前という奴は……。ああ、発掘品の売却の仲介も必要になるかもしれんな。貴族や商人が興味を持つかもしれん。忙しくなるぞ!」

「……やっぱり俺も潜りたい!」

「……諦めろ」

 

 

 

 

アインザックとプルトンのそんな皮算用は、幸運にもその通りの運びとなった。

 

ダンジョン「ランテの遺跡」は多くの冒険者によって更に開拓され、オリハルコンの武具すら発掘されるようになった。これは王都の最高級品に匹敵する。他にも、筋力を僅かに上げるガントレット、魔力を僅かに上げる指輪なども発見され、市場を大いに賑わせた。これらの貴重な品々が、地面に無造作に置かれていたり、場合によってはアンデッドからドロップしたりするのだ。こんなに美味しい狩場はない。

 

魔法のスクロールは生憎(あいにく)と第三位階までしか見つからなかったが、それでもミスリル級以下の冒険者には、いざという時の切り札となりうる。ランテの遺跡産のスクロールは一般の羊皮紙と少し違う変わった質感だったが、それこそが品質保証であるとでも言わんばかりに、商人や冒険者たちの間で高値で取引された。

 

遺跡内の魔物(モンスター)は奥へ進めば進むほどに強くなり、全く終点が見えない。しかし奇妙なことに、ここの魔物(モンスター)達は冒険者達が逃げると追ってこないという習性を持つ。これに気を良くした冒険者たちは、安全に実戦経験を得る絶好の狩場だとばかりに、今日も果敢に遺跡に立ち向かうのであった。

 

かくして、「ランテの遺跡探索」は、エ・ランテルの冒険者にとって定番のクエストとなったのである。

 

 

 

 

(……それにしても、遺跡のプレートに書いてあるという警告、ひっかかるな。王国民に宛てたものだろうか? あれではまるで、『財宝があるから奪いに来い』と言っているようなものではないか……)

 

アインザックはふと、そんなことを思った。

 

(そもそも、なぜ我々はあんなに近くにある遺跡を、つい最近まで見つけることができなかったのだ? 本当にあそこに以前からあったのか?)

 

一度疑問に思うと、次から次へと不信感が湧き上がってくる

 

(それと、『エ・ランテル』の目と鼻の先に『ランテの遺跡』か……名前が似ているが偶然か? もしや何者かが……いや、考えすぎか。わざわざこんな安直な名前つけるはずがないものな)

 

そんなとりとめのないことを考えながら、しかしアインザックの思考は、目の前の、思わず一目惚れで買い叩いてしまった「ランテの遺跡産」オリハルコンの短剣に吸い取られていった。

 




ランテの遺跡、一体何者なんだ……!?


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提案

<前回のあらすじ>

突如現れたランテの遺跡とは一体……?



「――つまりだね、金ヅル用の侵入経路を作ってしまえばいいのだよ、このナザリックに」

 

デミウルゴスが指をピンと立ててそう説明する。

 

「……ソレハ、マタ同ジヨウニ、侵入者ヲナザリックニ追イ込ムトイウコトカ?」

「少し違うよコキュートス。ネズミ達はナザリックのごく一部を、ナザリックと知らずに、謎のダンジョンとして彷徨い歩くのさ」

「んん? ちょっとよくわかんないな。ちゃんとわかるように説明してよ」

 

アインズは心の中でアウラの頭を撫でる。でかした。そしてデミウルゴスさん今です。説明しておやんなさい。

 

「じゃあ順を追って話そう。まず、我々は資金を稼ぐために、侵入者をナザリックに呼び込む必要がある。これはいいね?」

「うん」

(うん)

 

生徒同士ハモった。

 

 

「だけど、ナザリックの情報を外部に漏らす訳にはいかない。それがたとえ脆弱なニンゲン相手であってもね」

「そんなの、さっきみたいに(さら)ってきて全員殺せばいいじゃん。情報が漏れる心配なんてないし」

「残念だけど、この方法はとても非効率なんだ。毎回こんな手間暇を掛けるわけにもいかない」

 

(……だよなあ。非効率だよなあ。俺もそこまでは考えたんだけど……)

 

「それに、汚らわしいエサ共にナザリックを好き勝手に荒らし回られるのも、我々守護者として看過できない」

「でありんすよねぇ。私もさっきの実験で、私の階層を通り過ぎるゴミ共を何度殺したい衝動に駆られたことか……」

 

(……よかった。その感覚が自分だけじゃなくて……)

 

「だったらさ、ナザリック以外の場所使おうよ! あたしが作った偽ナザリックなんてどう?」

「残念だけどねアウラ、ナザリック内でないと資金が増えないのだよ。よそで勝手に作ったダンジョンでは駄目らしい」

「ちぇー。残念だなー……」

「ナザリックハ特別、トイウコトカ」

「まさにその通り。至高の御方のおわすこのナザリックこそが、唯一無二の存在ということだね」

 

(あ~……すまん。それたぶん「ギルド拠点じゃないとダメ」とかの平凡な理由だと思う……)

 

「じゃあ、結局またあいつらをここに呼び込むしかないの?」

「そこで提案なんだがね、ナザリックの内部に、隔離区画を作ってしまうのはどうだろう? そうすれば、ネズミ共はその中で走り回って、勝手に金を稼いでくれる、というわけさ」

「なるほど! 狭いところに閉じ込めて、一気に殺すんでありんすね。それは楽しそうだぇ」

「残念だけど、殺さないよ」

「……は?」

 

シャルティアの顔がみるみる険しくなる。

 

「デミウルゴス、殺さないとはどういうことでありんす? まさかナザリックに土足で踏み入ったゴミどもを、生かして帰すとでも……?」

「そのまさかさ」

 

ビキッと、シャルティアから奇妙な音が聞こえる。

 

「落ち着きなさいシャルティア」

「アルベド! 貴女もデミウルゴスに賛成でありんすの!?」

「ふぅ……。シャルティア、気持ちはわかるわ。私だって殺せるものなら殺したい。でもね、そうすると、侵入者が一人もいなくなってしまうの」

「流石ですねアルベド。その通りです」

「ダニ共なんて潰してもいくらでも湧いてくるでしょぉが!?」

「分かってないわねシャルティア。いい? 未知のダンジョンに自分から入ろうとする愚か者なんて、本当にごく僅かなの。せいぜい、金目のものに目がくらんだ、ごく一部のニンゲンくらいのものよ。加えて高レベルの美味しいエサともなると、もう本当に一握りしかいないの」

 

(……あぁ~、そっかぁ~。ユグドラシルだとみんなその「愚か者」だけど、現実の人間はそんなわけないよなぁ……。死んだらリスポーンできないし。こいつは盲点だった……)

アインズはこっそり、自分がゲーム脳だったことを反省した。

 

「考えてもみたまえ。『ダンジョンに向かった部隊が誰一人帰ってこなかった』なんて事態になったら、次の部隊が来るのはいつになると思うね?」

「そ、そんなの、無理矢理連れてくれば……」

「それだと手間がかかると言ったでしょう? 最上なのは、それなりのレベルのエサどもが、撃退されながらも何度も勝手に、そう、『自動的に』、再挑戦しに来ることなの」

「フム、向コウカラ再ビ立チ向カッテクルノカ。ソレハ悪クナイナ」

「その通り。金の卵を産む鶏がいるのなら、産ませ続ければいい。もともと数が少ないから、潰して肉にしてしまうのは勿体無いと思うね」

「それは、そうでありんすが……」

「こう考えたらいい。ネズミどもは我らがナザリックの糧となっているとも知らず、我々が作った檻の中を、餌を求めてウロウロしているのさ。そう考えると可愛いものだろう?」

「う、う~ん……」

 

(お、シャルティアが説き伏せられそうだ。僕も納得しました。ありがとうございます先生方)

 

「で、でも、生かして帰したら、その、情報を持ってかれるんじゃ……」

「うん、いいところに気がつくね、マーレ。そこで最初の話だ。侵入者には、ナザリックではない、どこか別のダンジョンを攻略していると思わせるのだよ」

「そ、そんなことが、できるんですか?」

「例えば、どこか全く別の場所から、ナザリックの隔離エリアへ、気付かずに転移している、とかね」

 

(……なるほど、着想は貰った。感謝するぞデミウルゴス。……さて、ここからはこの古参プレイヤーの出番だろう。そろそろ俺も活躍しないとな)

 

「うむ、流石だなデミウルゴス。確かに、冒険者にどこかのダンジョンを攻略するつもりでナザリックに転移させる方法はある」

「おお! やはり、私の考えもアインズ様の掌の上でしたか」

 

まるで答え合わせで「正解」と言われた生徒のように、嬉しそうな表情を見せるデミウルゴス。実際は逆なのだが。

 

「私の持つマジックアイテムに、2地点間を固定で行き来できる転移装置がある。エフェクトを調整し、幾つか仕掛けを施せば、転移したと気づかれることはないだろう。また、ナザリックには転移阻害を掛けてあるが、調整して、それを設置した座標だけは通れるようにすることも可能だ」

「な、なるほど! さすがですアインズ様」

 

続けてアインズは、持ちうる「ユグドラシル的な」知識から案を出す。これはアインズの得意分野だ。

 

「危険を避けるため、転移元には看破能力の高いシモベを隠して配置し、全員のレベルとビルドをチェックさせよう。そして、容易に対処できる弱者のみであることを確認した後、転移を発動することとする。なにせナザリック本陣への転移だからな。リスクの低い、確実に(にえ)となる相手に限定したい。転移の仕組みを看破できる者がいても厄介だしな。もしその過程で強者を発見したら、そちらの調査を優先する。危険な相手が来たと判断したら、転移装置ごと全てご破産にしてもいい」

 

アインズは警戒していた。もしかするとユグドラシルプレイヤー、またはそれに準ずる強者が紛れ込んでくるかもしれない。用心するに越したことはない。他のプレイヤー相手にナザリックへの直通路を晒すという、かなり高いリスクを背負い込んだ形ではあるが、一方でこちらが先にプレイヤーを見つけることができれば、それは逆に大きなアドバンテージとなる。

 

「なるほど! 弱者を引き寄せつつ、強者を探し出す二重の作戦、ということですね? 流石はアインズ様!」

「うむ」

 

(うん。思い付きの割には上手くいった)

 

「隔離エリアと言ったか……非常に良い案だ。しかし、アリアドネの件もある。玉座へ繋がる道は通さなければならない。侵入者を自由に泳がせる範囲を決め、その先からは防衛ラインを三重に配置し、強いシモベを配置して絶対に通らせないようにするのだ。また、ナザリック下層深くまで活動範囲を伸ばすのは、収入の伸びに比べてリスクが高い。第1~3階層のみを使うことにする。シャルティア、お前の領域の一部を占有する形になるが問題はないか?」

「アインズ様のお頼みとあらば、もちろんでありんす」

「感謝しよう。第1~3階層の迷宮は通路の封鎖と開放が比較的容易だ。侵入者の経路をこちらでコントロールすることができるだろう。仕掛けと自動湧き(P O P)する手駒の配置を相手のレベルに合わせて調整し、あくまで『またリベンジしたくなる』強さで撃退するのだ」

 

そもそも、ぬるく撃退するのが目的なら、ナザリック本来の防衛機構がネタバレすることはない。本稼働させたら凶悪すぎて誰一人残らないからだ。

 

「それと、私と仲間達で試行錯誤した内装データや装飾品が幾つかある。偽装のダンジョンとして、ナザリックとは別のデザインを検討しよう」

 

(でもこっちのセンスよく分からんからなぁ……。誰かに任せるか。そういえば、内装の中にファンシー風デザインとかあったな。メルヘンダンジョン……いやいやいや)

アインズは心の中でかぶりを振った。

 

「……あとは、侵入者をおびき寄せるエサだな。侵入者にとっての財宝は、私から提供しよう」

「そんな!? アインズ様のお手持ちを下賤な侵入者に与えるなど……!」

「あ~、すまん。私のというか、厳密には、我ら41人の……そう、ゴミ山……のようなものだ」

 

ギルド:アインズ・ウール・ゴウンには、ギルメンが「ゴミ箱」と呼ぶ共有ストレージがある。要するに「俺もういらないから誰でも好きなの取ってっていいよ」的なものであり、メンバーそれぞれがアイテム整理をした残りを好き勝手に放り込むためのものである。

 

そこには、ドロップ定番品としてポロポロ手に入るような、データクリスタルが埋め込まれる前の汎用装備や低位のマジックアイテムが、とんでもない量蓄積されている。レベル30を超える頃にはもう二度と使用することはなく、売っても二束三文――そんなゴミ装備、ゴミアイテムが、数千個単位でダブついているのだ。宝物殿のアイテムであれば、弱いものでも何かしらレアリティーがあり、コレクター魂を刺激するものだが、こちらは正真正銘のゴミである。これなら放出しても惜しくはない。アインズの冒険者モモンとしての経験から、こちらの世界で重宝されるレベルのアイテムは把握している。それっぽいゴミアイテムを適当に見繕って、侵入者用ダンジョンにばら撒いてやればいいだろう。

 

 

 

 

「――とまあ、決めるべきことはこんなところか」

 

守護者達の「人間どもにやるくらいなら私に……」的なお願いをどうにか(なだ)めすかし、幾つか決め事を擦り合わせたアインズは、早速次の目標を決める。

 

転移ポイントはエ・ランテル近郊に決定した。あそこの冒険者達ならば動向が把握しやすいし、場合によってはモモンで誘導できる。

 

「よし! では、これより、エ・ランテルの近くに偽りの遺跡……そうだな、『ランテの遺跡』を作成する! シモベ達よ、取りかかれ!」

「はっ!!」

 

……どれくらい稼げるだろうか? とりあえずこのダンジョンを軌道に乗せて確かめてみよう。悪くないようなら、第二、第三の「遺跡」を各地に作るのもいいかもしれないな。……なんてことを、アインズは思うのだった。

 




……とまあ、ここまでがこの二次創作の大まかな設定になります。
捏造が多いですがご容赦下さい。


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日常

<前回のあらすじ>

ダンジョン(偽)できました~。



「これは、どうなされたのだ?」

 

城塞都市エ・ランテルの昼下がり、広場の一角に冒険者達が集まっているのを見かけたモモンは、顔見知りのミスリル級冒険者チーム“虹”のリーダーに声を掛けた。

 

「あっ、モモン殿。奇遇ですね。お会い出来て光栄です」

「モックナック殿、お互い冒険者同士、固っ苦しいのはやめにしようではないか。それで、この騒ぎは?」

「……恐縮です。えっと、今日の午前から例の遺跡に潜ってた連中が今しがた戻ってきたんですが、なんでも、珍しく犠牲者が出たそうでして……」

「ほう……例の遺跡というと、『ランテの遺跡』だな。比較的安全だと聞いていたが、どういういきさつなのだ?」

「その、死んだのは(シルバー)級冒険者のシヴォフラーグという奴なのですが、ちょうど今その仲間から事情を聞いているところです」

 

モモンはその輪の中心に目を向ける。

 

「俺達は……あの遺跡の主を怒らせちまった……」

 

おそらくその犠牲者のチームのリーダーであろう、傷だらけの冒険者が、青い顔でポツポツと語り出した。

 

「最初はいつも通りだったんだ……。いつも通り、遺跡に入って意気揚々と宝探しをした。あの遺跡の奴ら、ヤバくなったら逃げちまえば追ってこないからさ、俺達は調子に乗って、奥へ奥へと進んだんだ。その先に宝を見つけたんだけどさ、そこに食屍鬼(グール)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)のグループが控えてて、俺達は戦闘になった。近距離と遠距離、両面からの攻撃がかなり厄介でな、俺達は宝を拾うのを諦めて撤退しようって雰囲気になったんだ……」

 

神殿から応急処置に来た神官、冒険者組合から事情を聞きに来た職員、そして多くの冒険者の野次馬の前で、男はその時の状況を訥々(とつとつ)と説明する。

 

「撤退用に隊列を整えてる時に、シヴォフラーグが悔し紛れに思わず悪態をついたんだ。『このクソッタレのアンデッド野郎共! 財宝よこしやがれ! ここの主は性格捻じ曲がってやがるぜ! バケモンの後ろに隠れやがって臆病もんが! 財宝抱えて出てこい! 土下座して全部差し出せ!』って……。そしたら……」

 

語り手はブルッと体を震わせる。

 

「……明らかに、周りのアンデッド達の雰囲気が変わった。……今なら分かる。あれは……憎悪だ。あいつら、急に動きが良くなりやがって、俺達の退路に回り込みやがった。完全に虚をつかれたよ。今までそんな動きしたことなかったのに……」

 

当時の状況を思い出しているのだろう。かなり顔色が悪く、息も荒い。

 

「俺達は死に物狂いで血路を開いた。ただ、シヴォフラーグの奴だけは集中攻撃を受けてな……。どうにか奴の身体を引っ張り込んで、背負って一目散に逃げ戻った。……ひとしきり距離を取って、後で見てみたら、シヴォフラーグの奴、息してなかった……。体のあちこちに矢を受けて、首筋は噛み切られて酸で溶かされてた……」

 

「…………」

 

冒険者達は、その様子を思い浮かべて顔を(しか)める。下手したら明日は我が身だ。だからこそ、今ここでしっかりと情報を取っておかなければならない。

 

「間違いねえ! あの遺跡の『主』って奴は、俺らの話をどっかで聞いてやがるんだ! きっとはじめから全部見てやがるんだ! 俺達はあの手下のアンデッド共に、本気を出されずに遊ばれてるだけなんだ! なんてこった! 畜生!」

 

モックナックはゾクリを身を震わせる。今や“虹”も、ランテの遺跡のリピーターだ。これまでも随分稼がせてもらった。しかし、もしもそれが逐一観察されているとしたら……? 「遺跡の主」とやらの、掌の上の出来事だとしたら……?

 

「……ふむ。そう考えるのは早計なのではないか?」

 

突如、透き通るような声が突き刺さった。口を出したのは、“漆黒”の英雄、アダマンタイト級のモモンである。

 

「モ、モモン殿……!?」

 

周囲の視線が漆黒の鎧に集まる。モモンは小さく「オホン」と咳払いし、こう続ける――

 

「低位のアンデッドは言葉を発しないし、一見するとただ殺戮の本能に従っているだけに見えるかもしれん。しかし、実は人語を解するものも多いのだよ。特に、何か大きな存在に使役されているものはな」

 

その場の全員が耳を傾ける。エ・ランテルの冒険者は墓地で発生するアンデッドには縁があるが、何者かに使役された存在については知識が薄い。

 

「使役されたアンデッドやモンスターは、総じて主への忠誠が異常に高い。その『動きが変わった』というアンデッドも、主を侮辱されたと理解して激昂したのではないか? 主の命令ではなく、自らの意志で……」

 

周りがザワザワと沸き立つ。

 

「そ、そんな……モモン殿、あいつらが俺達の言葉を理解していると……?」

「ああ、立派な遺跡を守護する者達なのだろう? ならば十分に有り得る」

「奴らが普段手加減しているとみられることについては……?」

「おそらく、その主に『できれば殺さずに追い返せ』とでも命令されているのだろう。案外、慈悲深い主かもしれんぞ」

 

「…………」

う~ん、と、冒険者達は唸る。アンデッドを使役する主が慈悲深い、という話には、どうもいまいちピンとこない。

 

「……いや、もしかすると、その主はもういないのかもしれん。主が亡くなっても部下だけが忠実に役目を守る、というのは、遺跡にはよくあることだ」

「……なぜ、そう思われるのですか?」

「お前達はその遺跡から宝を持ち帰っているのだろう? しかし、それに対してはアンデッド達が激怒したことはない。相違ないか?」

「はい。その通りです」

「もしその主がお前達を見ているのであれば、宝が持ち去られるのを黙って見送るなどということはしないだろう。おそらく、主は見てなどいないのだ。そして、アンデッド達はおそらく、『宝を守れ』という命令を受けていないのだ。あるいは、『宝』そのものを認識できないか……」

 

「…………」

そんなこと、ありえるのだろうか? ……しかし、偉大なる英雄モモンのことだ。もしかしたら、これまでにもそういう遺跡を見てきたのかもしれない。

 

「……つまり、あの遺跡の主は既に亡く、中のアンデッドは半ば自動で『追い返す』ために動くのみで、財宝はこれまで通り取り放題、と……?」

「あくまで私見だが、その可能性は高い」

 

冒険者達は一斉にホッとする。そして、安心すると同時に、ならば遠慮はいらないな、と、チリっと物欲が疼く。

 

「……ただ、どうやら主への侮辱の言葉は理解できるようだ。下手なことを言うのは止めておいた方がいいだろうな。なんなら、主を褒め称えておけば、逃げるときくらいは案外すんなりと逃がしてくれるかもしれんぞ?」

 

ははは、と冗談めいた空気が流れる。

 

「モモン殿はその……遺跡探索はなさらないのですか?」

 

モックナックが少し前から抱いていた疑問を投げかける。

 

「ふむ……正直、あまり魅力を感じないな」

 

それはそうかもしれない。遺跡の発掘品は確かに素晴らしいが、モモンの見事なグレートソードと全身鎧(フルプレートメイル)に比べれば、数段劣るような気がした。

 

「私はそれよりも、困っている者達を助ける依頼を優先したい」

 

これぞまさに英雄。冒険者達はその(まばゆ)いばかりの勇姿を目に焼き付けた。と同時に、浅ましいとは知りつつも、遺跡発掘組はこっそりと胸を撫で下ろした。危ない危ない、貴重な遺跡が一息で踏破されるところだった……。

 

「……聞きたいことは聞けた。シヴォフラーグ殿のことは残念だったな。勇敢に戦った冒険者の同士に対し、お悔やみ申し上げる。……ではな」

 

そう言うと、赤いマントを優雅に翻し、モモンは去っていった。

 

「……シヴォフラーグ、良かったな。あの憧れのモモン殿が声を掛けてくれたぞ。……ああ、なんてこった……お前、遺跡でうまく稼げたら、冒険者稼業から足を洗うつもりだったのにな……。そんで、今の彼女と結婚して、小さな店を開く、とか息巻いてたっけな……。……畜生……畜生……ッ」

 

誰もがモモンの後ろ姿に見とれている中、その(シルバー)級級冒険者チームリーダーは空を仰ぎ、震える声でそう呟いた。

 

 

 

 

――後日談。

 

半ば冗談と思われていたが、遺跡内のアンデッドは本当に、主を褒め称えると、逃げる隙を作ってくれることが分かった。以後、遺跡の入口では、これから侵入する遺跡の主に感謝の祈りを捧げるのが冒険者の習わしとなった。……もっとも、その「主」とやらの顔はおろか名前すら、誰一人知らないのだが……。

 

たまたま立ち寄ったという、少し変わった(メイド風?)修道服を着た赤毛の修道女(クレリック)は、そんな彼らを見て――

 

「あっははは! ニンゲンってホンット可愛いっすね! もう最高!」

 

……と、豪快に笑い転げていたそうだが、やはり神殿勢力のアンデッド観とは相容れないものだっただろうか……?

 

なお、その時に馬鹿にされたと感じた冒険者グループは、その修道女(クレリック)に下卑た感じに難癖をつけて草原の向こうへ連れ立って行き、少ししたあと、半裸になって戻ってきた。そして、何故かその時のことについては、(かたく)なに黙して一切語ろうとしない。……よもや、善良な冒険者としてあるまじき暴挙に出たのではないか? その女、ものすごい美人だったし。なんとうらやまけしからん。……いや、流石にこれは下世話な邪推というものだろう。

 

……というか、戻ってきた時の格好、半裸というか、あれではまるで、装備を身体ごと切って、身体だけまたくっつけたような……。

 




モモン殿は何でも知ってるでござるな~。


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疑問

<前回のあらすじ>

ランテの遺跡は裏表のない素敵なダンジョンです(キリッ)



「階層守護者一同、そしてプレアデス一同、御身の前に」

 

玉座の間にて、ザッと一斉に臣下の礼を取る異形の者達。

 

「……うむ。よく来てくれた。面を上げよ」

 

支配者ロールも板についちゃったなー、と、少し悲哀を感じるアインズ。

 

「皆の甲斐あって、侵入者用の偽ダンジョンは軌道に乗った。素晴らしい出来だ。お前達の尽力の全てに、心から感謝しよう」

 

バッと再び頭を垂れて、一同が歓喜に身を震わせる。身に余る光栄に。

 

「特にシャルティア。第1~3階層守護者に加え、隔離エリアの監督責任者を立派に務め上げているな。見事だぞ」

「とっ、とんでもありんせん! 以前の失態を払拭(ふっしょく)する機会を頂いたアインズ様には、感謝の言葉もありんせん。未だ不慣れな身でご迷惑をお掛けしていんすが、必ずやお役に立ってみせんす!」

「うむ。今後も期待しているぞ」

「はいっ!」

 

シャルティアは気迫に満ちている。どうやらあの時のことをまだ引きずっているらしい。……とはいえ、あれ以降、彼女をほぼ内勤、兼〈転移門(ゲート)〉係にしたのは、アインズの至らなさによるところが大きい。なんとか汚名を(そそ)ぐ機会を与えてやりたい。

 

「それとシズ。ダンジョン内の仕掛けと配置の調整を一手に引き受けてくれているな。本当に助かっている」

「…………アインズ様に、仕事、頂けて、シズ、嬉しい」

 

シズは独特の間と口調で返答するが、それを不敬と思う者はナザリックにいない。シズは無表情に、けれどもどことなく嬉しそうに、少しだけ前髪を揺らす。

 

シズはある意味、ナザリック全ギミックのマスターキーであることに加え、装備が特殊だ。そのため、外の存在と接触するような仕事はなかなか任せられなかった。それがアインズには若干心苦しかったが、しかし、ここに来てようやく見事な(はま)り役を見つけることができた。シズはその脅威の処理能力でダンジョン内の全ての動きを把握し、宝の配置や自動湧き(P O P)アンデッドへの指示等をそつなくこなしている。……時々、いい働きをした配下に「ご褒美」として一円シールを貼ったりしているらしいが、まあご愛嬌だろう。

 

「……さて、この調子で進めていきたいところだが、どうしても一つ、気になることがあってな……」

 

アインズの威圧感がほんの少し弱まったような気がして、守護者達が不思議に思う。

 

「……まず始めに言っておきたい。この、『侵入者をナザリック内の偽装ダンジョンに引き込む』という案を決定したのは私だ。ナザリックの金策のために、私が必要と思い、私が判断を下した。すべての責任は私にある。それは覚えていてほしい」

 

……なぜ、そんなことを仰るのだろう? もとより全てはアインズ様のものなのに……。

 

「その上で()こう。正直に答えてほしい。お前達はその……不満を抱えてはいないか? 侵入者を招き入れ、あまつさえ生きて帰していることに。お前達の創造主達41人の城に、金のためだけに蟻を這い回らせていることに……」

 

「…………」

その言葉でデミウルゴスは、先ほどの言葉の意味を察した。我が主は、配下の隠れた不満を吐き出させたいのだ。そして、それをアインズ自身に向けさせたいのだ。不満の矛先が、作戦立案したデミウルゴス、統括者アルベド、そして他の作戦実行者に向かないように……。

 

あまりの慈悲深さに、デミウルゴス、そして同じことに勘付いたアルベドとセバス、他数名が肩を震わせる。……これではいけない。ここでは、主の意を汲み、その気遣いに何も言わぬことこそ忠義。

 

「……して、どう思っている? 遠慮せずに聞かせてもらえないか?」

 

守護者一同、プレアデス一同が、ほんの少しの間、互いの顔を見合わせる。そして、皆の意を得たとばかりに、守護者統括のアルベドが代表として口火を切る。

 

「アインズ様。無礼を承知で、正直に申し上げさせていただきます。もしご不快と思うのでしたら、どうぞ(ただ)ちに自害をお命じ下さい」

 

そんな、アインズには絶対にできないこと言う。

 

「……うむ。続けよ」

 

アインズは喉をゴクリと鳴らす。審判の時だとばかりに。

 

「確かに、薄汚いゴミどもにこのナザリックを這い回られることには、強い不快感があります」

「…………」

 

(…………だよなぁ……。やっぱり、渋々従ってはいるけど、裏ではストレスが溜まってたり……)

 

「――ですが」

「ん?」

 

アルベドは続ける。

 

「……あれは、そう、この偽装ダンジョンを作るきっかけとなった、最初のワーカー共を殲滅(せんめつ)した折のことです。あれらのゴミを全て殺害ないし生け捕りにした時、私の胸の中には……何と言いましょうか、得も言われぬ『達成感』のようなものがありました」

 

「――え?」

 

予想外の回答に、アインズは面食らう。

 

「なにかこう……()すべきことを()したかのような、自分の使命を果たしたかのような……、そんな充足感があったことを覚えております。これはどうやら、守護者一同、いえ、ナザリックのシモベ一同、同じものを感じたようです」

 

「…………」

どういうことだろう? アインズは考えを巡らす。

 

「今日まで、偽装ダンジョンに多くの侵入者がありましたが、侵入されたこと自体に不快感はあるものの、想定以下の低レベルエリアで全てあっけなく撃退できていることに、なにか不快感以上の『誇らしさ』のようなものを感じております」

 

「ふ……む」

アインズは、これはもしや……と思う。

 

(……NPCとしての「本能」、か……?)

 

拠点用NPCとは本来、拠点の外に出るどころか、決められた持ち場を離れることすらせず、与えられた役割を忠実にこなすような存在である。戦闘系なら侵入者の迎撃が基本だ。それこそが彼らの作り出された理由であり、使命であり、存在意義でもある。

 

一方で、その時以外は特にやることがなく、普段は宝の持ち腐れとばかりにじっと待機している。……まあ、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンほどの凝り性の集まりともなると、時折ギルメン達にあちこち連れ回されて、愛でられたり、外装をいじられたり、自慢げに仲間に紹介されたり、一緒にお茶会したりしていたが……。

 

(もしかして、侵入者が来た方が、みんな喜ぶ……のか?)

 

そう言えば、以前にそんな感じのことをコキュートスが(こぼ)していたのを耳にしたような気がする。

 

「アインズ様、我らナザリックを守護する者にとって、無上の(よろこ)びは二つです。ひとつは、至高の御方の矛となって敵を(ほふ)ること。そしてもうひとつは、至高の御身の盾となって死ぬことです」

 

(…………マジか)

元人間、しかも、忠誠心とも騎士道精神とも縁遠い環境で育ったアインズには理解できない感覚である。社畜根性なら分かるのだが……。

 

「侵入者に破壊されて朽ちゆくスケルトンですら、最後に満足そうな顔を浮かべて逝きます。アインズ様のために戦って死ねて良かったと……」

「えぇ……」

 

アインズ様ドン引きである。

 

「……お前達は、私に侵入者の相手を任されたりすると、その……嬉しかったりする……のか?」

「アインズ様のご命令であれば、どんなものでもご褒美ですが、侵入者の対処となると、いつもより少し力が入ってしまうかもしれません。殺せないとなるとかなり残念ですが……」

「……そうか。分かった」

 

アインズは天を仰ぐ。ちょっと考え方見直さなきゃな、と。その一方で、この性質をなんとか、褒美とか部下達のケアに使えないだろうか、なんて打算的なことも、ちょっと考えるのだった。

 

(……それにしても、やっぱり一番聞きたいことは()けなかったな……)

 

……お前達の創造主なら、どう思うだろうか? ……だなんて。

 




ご都合主義で、「意外とみんなノリノリである」ということにさせて下さい。


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報告

<前回のあらすじ>

侵入者ヨ来イ、ト願ッテシマウノハ、不敬ダロウカ……?



「アインズ様、こちらが、今までの侵入者をまとめた報告になりんす」

「うむ、ご苦労だった、シャルティア。感謝する」

「ああ、勿体なきお言葉!」

 

アインズは報告書を受け取る。最近、直接報告の機会が増えたシャルティアはやけに嬉しそうだ。脇にはソリュシャンが控えている。今はシャルティアの補佐に当てている。意外と気の合う組み合わせらしい。

 

アインズはまず要約部分を確認する。報告書は非常によくまとまっている。どこを見れば全体像が把握できるか、詳細を追うにはどうドリルダウンしていけばいいかが、一発で分かる。

 

「シャルティア、実に読みやすい報告書だ。素晴らしいぞ!」

「あぁ、ありがたき言葉でありんす! ……くっふふふ……やった……やりんした……!」

 

小さく抑えつつも全身で喜びを表すシャルティア。それをなんか生暖かい目で見守るソリュシャン。

 

アインズは知っている。シャルティアが方方駆け回って、資料のまとめ方について指南を受けていたことを。アインズとしては、多少(つたな)かろうと「シャルティアらしい」と許容する気満々だったし、事実、最初のうちはそんな感じだった。しかし、意外にもシャルティアの報告書作成スキルは、営業職・鈴木悟が太鼓判を押す出来にまで成長していた。シャルティア自身の努力と、守護者やメイド達の献身的な協力が透けて見えるようだ。主として誇らしい気持ちになる。

 

報告によれば、これまでの侵入者は合計246名。うち冒険者が177名、どこぞの貴族の私兵が24名、残りは所属が明確でないワーカーや盗賊など。チーム数にすると50チームほど。すべてエ・ランテルまたは近郊の人間種である。

 

(思ったより少ないな。やはりデミウルゴスの提案を実行してよかった。これを全部ダンジョン内で殺したら、おそらくエ・ランテルの冒険者組合は跡形もなくなる)

 

これらの侵入者のリピーター率はとても高い。そのため、のべ侵入者数は(ゆう)に1,000人を超す。これに伴う収入は――

 

(ホックホクだよ♪ ホックホク♪)

 

小卒サラリーマン鈴木悟の残滓が顔を出すくらいの高収入だった。このペースなら、ヌルヌル君や三吉君を日替わり使い捨て召喚に換えても全然痛くないくらいだ。……もうすっかり愛着が湧いてるのでやらないが。

 

……とはいえ、アインズの懐事情的には、アルベドの提案で作った、仲間捜索用の「最強のチーム」に使った分の支出が痛く、その補填にはまだ遠く及ばない。加えて、また新たに何体か傭兵モンスターを作る予定もある。差し当たっては、諜報系の仕事を任せられる上位モンスターの拡充だろうか。今後かなり入り用になってくると思われる。もっと稼がねば……。

 

「遺跡」用の宝の選別は、今のところ悪くないようだ。あくまで侵入者に「もう一稼ぎ」と思わせるような価値にするのが肝要だ。「売ったら一生遊んで暮らせる宝」など配置したら、そのまま冒険者を引退されかねない。このあたりの現地庶民の感覚はナザリックの面々にはあまり頼れないので、アインズの勘が物を言う。

 

今までの死者は4名。ほぼ不慮の事故と言っていい。自動湧き(P O P)アンデッドなのでそんなに制御は効かないかと思ったが、驚くほど忠実に任務をこなしてくれている。これには感謝だ。

 

(あれらに褒美を……いや、考えるのはやめておこう。数が多すぎる……)

 

アインズは、報告書を眺める自分をやや緊張した面持ちで見つめる二人に質問する。

 

「死体は有効活用しているか?」

「もちろんでありんす。シモベ達で仲良く分けあっていんす」

「そうか。数が少なくてすまんな。不公平感が出るのではないか?」

「何を仰りますアインズ様! ご褒美を下賜されたことに(よろこ)びこそすれ、不公平などと……」

「……そうか、感謝する。そのうちシャルティアやソリュシャンが気に入りそうな褒美も手配したいところだな。侵入者の中にはなかなかいなさそうなのが心惜しいが……」

「とんでもございません! そのお気持ちだけでも天に昇る心地です」

 

アインズのどこまでも深い慈悲に感極まる二人。美しい主従劇だが、褒美の中身は美女とか無垢な子供とかだ。

 

「遺跡」入口に配置した看破能力特化のシモベは、良い仕事をしてくれている。が、今のところ役不足としか言えないような侵入者しかいない。下はレベル3から、上はレベル20程度まで。

 

(でも「レベル15チーム用エリア」すらまだ誰一人越えてないんだよなぁ……。ユグドラシル基準なら越えてもおかしくないんだけど、やっぱりビルドが下手なのかな? 攻略Wikiとかないもんな……)

 

ダンジョン内には、5レベル刻みで「レベル50チーム用エリア」まで用意してある。しかし、想定では、()()()()()これらが全て踏破されることはない。これらを踏破しうるような、レベル50以上の侵入者が現れれば、それは入口で早期発見した時点で()()()()することになる。

 

レベル50を(しきい)値とした理由は、ちょくちょく外にお使いに出しているプレアデスを「傷付けることができる存在」に当たるからだ。これに該当するこちらの世界の存在は、今のところ判明した限りでは、既に(たお)した魔樹ザイトルクワエ、それと、“蒼の薔薇”のイビルアイくらいか……。

 

(アレは、いつかエントマへのお土産にくれてやらんとな……!)

 

あの時のことを思い出し、チリチリと怒りを(くすぶ)らせるアインズ。

 

あの小娘はアダマンタイト級冒険者という分かりやすいところにいたが、いつどこに同じような強者が潜んでいるとも限らない。(いと)し子を守るためにも、油断は禁物だ。

 

それ以外の弱者に対しても、入口でのレベルチェックとダンジョン内でのパフォーマンスとで、何か不自然な差異がないかについてチェックさせている。

 

「レベルの割に妙に強かったり、レベルの伸びが著しかったりする者はいたか?」

「いえ、今のところ、想定内、もしくは想定以下の戦闘しかできないものばかりです」

「そうか……。変わった者がいれば報告せよ。生まれながらの異能(タレント)や強力な武技を持っているかもしれん」

「お任せくださいでありんす」

 

ダンジョンの運用がある程度安定した今、アインズはちょっとばかり欲目を出していた。……そう、レアモノ探しである。

 

未知の装備、未知の武技、未知のスキル、未知の現地魔法、そして、未知の生まれながらの異能(タレント)。これらを把握し、隙あらば自らの手中に収めておきたい。ンフィーレアのようなぶっ壊れ性能が他にないとも限らない。このナザリックのお膝元でなら、それらの発見と確保は容易だ。いつでも「行方不明」にできる。

 

つまり、この偽装ダンジョンは、弱者を踊らせての資金獲得、強者をおびき寄せることでの早期発見と対処、そして、レアモノ漁り、という、三重においしいプランになっているのである。まあ、後者二つは運頼みだが。

 

(凡人だけでつまらんな~。そろそろ誰か面白い奴来ないかな~?)

 

……とりあえずアインズは、数多(あまた)の古典文学に(なら)い、フラグを立ててみた。

 

――と、次の瞬間、本日のアインズ当番のメイドから声がかかった。フラグの力ってすごい。

 

「アインズ様、失礼します。マーレ様がお目通りを願っております」

「……通すがよい」

 

マーレがメイドの開けた扉からひょこっと顔を出し、おずおずと入ってくる。

 

「あ、あの、アインズ様、カッツェ平野への兵の準備が整いました。馬車も、用意できてます。いつでも行けます」

「……ああ、うむ。わかった。すぐ行こう」

 

……そうだった。フラグとかアホな事やってる前に、まずはそっちを片付けないとな。

 




……はい、そうです。
実はダンジョン運営はあくまで副業の一つ。
「本業」のほうは、ほぼ原作通りに進行してたりします。
つまり、次回にはもうエ・ランテルは……。

前回に引き続き、なんかほぼ設定回、溜め回で申し訳ナス……。


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変遷

<前回のあらすじ>

稼ぐぜ稼ぐぜ! あ、その前に山羊ぶっぱなしてくる。



――ランテの遺跡の来訪者は、その日、ゼロ人だった。

 

その日は、都市エ・ランテルに魔王が君臨した日。あの大虐殺を引き起こした異形の魔王、魔導王アインズ・ウール・ゴウンが魔導国を建国した日。住民の何割かが家財を抱えて、我先にと逃げ出した日。残った者達が建物に篭り、門戸の隙間から息を潜めて様子を窺った日。……そして、漆黒の戦士モモンが、民の安寧と引き換えに魔導王の軍門に(くだ)った日――。

 

それから数日。ランテの遺跡への訪問者は、ゼロから少しずつその数を取り戻していった。住民達が城門を抜けて行き来しても、危害を加えられないと分かったからだ。凶悪な骸骨の騎士の横を卑屈に怯えながら通り抜ける冒険者の心境は、いかばかりか……。

 

そしてさらに1ヶ月後。ランテの遺跡訪問者数は、エ・ランテルが譲渡される前の4割程度にまで回復していた。ただし、冒険者の総数は元の2~3割ほどにまで激減している。冒険者は比較的フットワークが軽い職業だ。何か「特別な理由」でもない限り、わざわざこんなアンデッドの都市に留まることなどしないだろう。

 

残った冒険者にとって、遺跡の発掘は命綱だ。なにせ、他に仕事がない。近隣の魔物(モンスター)退治の依頼はすっかり影を潜めている。護衛の仕事は最初こそ多かったが、依頼主がそれを無意味と悟るのにそう時間は掛からなかった。今や冒険者は、遺跡の発掘品で食い繋ぐか、諦めて転職するかの二択だった。なお、転職先には、スラムのゴロツキという選択肢はもはやない。その代わり、元スラムの住民と共に開拓村へ入植する、というものならある。

 

人々が死への恐怖と生への希望との間で困惑を繰り返す、激動の魔都エ・ランテル。これは、そんな都市の、ある一日のことである――。

 

 

 

 

「魔導王陛下、再びお会い出来て光栄です」

「うむ。また邪魔するぞ」

 

エ・ランテル冒険者組合の応接室。未だ謎多き魔導国の支配者は、組合長プルトン・アインザックの元を訪れていた。護衛の天使が神々しさを(たた)えて舞っている。

 

「その……陛下、バハルス帝国の属国化、おめでとうございます」

「ん? ……ああ、その……うむ」

「…………」

「…………」

 

何故か二人とも、どこか手探りのやりとりをする。

 

魔導王がアインザックに冒険者の新しい形を提案したのが数週間前。そして、同じく魔導王が、帝都アーウィンタールの闘技場にて武王を(くだ)したのがほんの数日前。その一部始終に付き従ったアインザックにとっては、目を回すような体験の連続だった。

 

最初はただ恐怖した。底知れぬ力を持ったその人外の魔王に。次に驚愕した。思いもよらぬほど理性的で、人の立場に立った、その物腰に。そして、次第に尊敬と、もしかしたら親近感も抱いていたのかもしれない。共に冒険者達の未来を憂う、新しい制度への開拓者の同志として。

 

「アインザック、その……な。その件に関しては、今はあまり触れないでくれると嬉しい……」

「は、はぃ……」

 

アインザックは何だか妙に腰が引けている。

 

(あっれぇ~? こいつとは結構仲良くなったと思うんだけどなぁ~……)

 

そう、ここに来て、アインザックはまた分からなくなった。武王と戦って冒険者を勧誘する、これは分かる。まさか圧勝するとは思わなかったが、まだ計画通りの内容だ。……だが、なぜその流れで、あの鮮血帝が属国化を申し入れたのだ? ただの試合ではなかったのか? 魔導王は見えないところで一体何をしたのか? ……もしかして自分は、魔導王に騙されているのではないか? 冒険者も闘技場も全部建前で、魔導王の何かとてつもなく大きな仕掛けに、利用されているだけなんじゃないだろうか?

 

かつては魔導王のその理知的な振る舞いに安堵したアインザックだったが、今はその智謀の深さが底知れなくて恐ろしい。二人の心の距離は、武王と闘う前よりも大きく離れていた。

 

「オホン……それで、今日はどういったご用件でしょう、魔導王陛下?」

 

腐っても冒険者組合長だ。アインザックは営業スマイルで本題を促す。

 

「うむ、今日はだな。あー……と。そう、モモンから聞いた話なのだが――」

 

「ほう! モモン殿から!?」

 

良かった。あの英雄が間に入っていれば安心だ。

 

「なんでも、この近くに『ランテの遺跡』とかいうものがあるらしいな」

「あぁ……その件ですか……」

 

知ってしまったか……、とアインザックは心の中で溜息をついた。

 

「エ・ランテルの冒険者で『ランテの遺跡』について知らぬ者はおりません。ここから南の城門を抜けて、少し進んだところに――」

「いや、詳細についてはモモンから聞いている」

「……そうですか。それでその……やはり、支配されるのですか?」

「お前は私を何だと思っているのだ?」

 

帝国をその手に収めた、野望の覇王です、とは言えない。

 

「……失礼しました。しかし陛下、ランテの遺跡は陛下の領土と言って差し(つか)えない位置。そして陛下ならば、攻略など容易いはず。遺跡を全て(あば)いて、財宝を根こそぎ回収してしまう、というお話では……?」

 

エ・ランテル冒険者の頼みの綱もここまでか……。アインザックは半ば諦め気味にそう問いかける。

 

「……いや、それも悪くはないが、どうせなら、冒険者向けに有効活用してしまってはどうかと思ってな」

「……詳しく、お聞かせ願えますか?」

 

アインザックは気を取り直して姿勢を正す。これはもしかすると、首の皮一つ繋がったかもしれない。

 

「以前にも言ったであろう? 冒険者向けの訓練施設を作ると。実戦形式のダンジョンを作るのもいいかもしれない、と」

「まさか……」

「そう、そのまさかだ。既にあるものなら、そのまま使ってしまえばいいではないか」

「…………」

 

確かに、ダンジョン製作の計画を話していたが、破格の初期投資が必要になると言っていた。……なるほど、おあつらえ向きなのかもしれない。

 

「聞くところによると、駆け出しの冒険者でも挑戦できるくらい、安全なところらしいしな」

「ええ、確かに。中のアンデッドは、『主』に祈ると逃してくれるそうです。『主』というものが何者なのかは存じ上げませんが……」

「であれば、丁度良いではないか」

「……ただ、不明な部分が多すぎます。遺跡を守るアンデッドは奥へ行くほど強くなり、その先はまだ誰も到達したことがないのです」

「ますます良いではないか。ここの冒険者達の目に光があった理由が分かったぞ。前人未到の地を目指す、彼らは正しく『冒険者』なのだな」

「…………」

 

実際のところ、金目のもの目当ての盗掘なのだが、そう言われると悪い気はしない。

 

「そこでだ、冒険者達のその遺跡の探索を、我が魔導国は全面的にバックアップしようではないか」

「なんと!? それは本当ですか!?」

 

アインザックが思わず身を乗り出す。

 

「ああ。言ったであろう? 私は冒険者を育てたいのだ。『ランテの遺跡』に挑む冒険者には、私の方から便宜を図ってやろう。具体的な内容については、後で詰める」

 

渡りに船、とはこのことだ。……いや、しかし、そうなると……。

 

「その……発掘品の所有権に関しましては……」

「もちろん、取り上げたりなどしない。発見した者で好きにすると良い」

 

さも当然のように、魔導王は宣言した。

 

「なんと寛大な! 感謝致します!」

「構わん。私の興味を惹くようなものはなさそうだしな」

「……確かに、私も発掘品の一つを持っており、一番の宝物だったのですが、陛下にあの素晴らしい短剣を頂いてからは、それももはや色褪せて見えます」

 

魔導王に褒美として与えられた、青く透き通るような短剣は、かの王国の至宝、剃刀の刃(レイザーエッジ)にすら届きうるのではないか、と思ってしまうほどの切れ味を誇っていた。

 

「発掘品を所有しているのか? 良ければで構わないが、もし今ここにあるのなら、それを見せてはくれないか?」

「はい、ございます。少々お待ちください」

 

アインザックは一旦組合長室に行き、引き出しからオリハルコンの短剣を取り出して持って来た。そこにあった理由は、冒険者組合がお通夜(つや)状態だった時、よく眺めて無聊(ぶりょう)を慰めていたからだ。

 

「ど、どうぞ」

「うむ」

 

(うやうや)しく差し出される短剣を、魔導王はヒョイとつまむ。

 

「……そう言えば、柄のところの意匠が少しだけ、陛下に頂いた短剣と似ている気がしますね。もしや、遺跡の文明と何か関係が……?」

「……いや、私もそれが作られた背景については詳しくないのでな……」

「そうですか……」

 

同じゲームだからな、とアインズは心の中で呟いた。

(しかし、改めて見るとショボいなー……。こいつはこんなのでも大事にしてたわけか……)

 

「……いかがですか?」

「あー……うむ、そうだな……。見たところ、魔化は施されていないようだが……」

「ええ。私は引退した身ですし、コレクションとしてはこのままで十分です。魔化には費用が掛かりますから……」

「発掘品は皆、魔化されていないのか?」

「武具に関しては、ほとんどがそのようです」

「ふむ……。実はな、今ちょうどこの魔化について興味を持っているところでな。もしかすると、冒険者に何かしらのサービスを提供できるかもしれん」

「おお、それは素晴らしい! ……ですが、相場通りの費用ですと、なかなか一介の冒険者には手が出せないのが現状かと……」

「なるほど費用面か。それも何とかなるかもしれん。……いや、これはまだ検討段階だな。確約はできん。無駄話とでも思ってほしい」

「は、はい……」

 

アインザックは、アインズから返された短剣の刀身を、何とはなしに眺める。一体この御方の引き出しはどれほどあるのか……。

 

「遺跡探索の支援の件、詳細を詰めるのはまた後日としよう。今日のところはこれにて。一応、冒険者達にも伝えておいてくれ。魔導国は、ランテの遺跡の探索を応援すると」

「はい! きっと皆喜びます」

 

アインザックは破顔した。やはりこの御方についていこう。仮に何かの謀略に巻き込まれているのだとしても、そんなのもう知ったことか。どうせこの御方の前であがいたところでどうにもならん。ならいっそのこと、諦めて甘い夢を見させてもらえればいいじゃないか。

 

「あ、そう言えば、ひとつだけお聞かせ下さい。実は冒険者達がかなり気にしていたのですが、その……遺跡内でアンデッドを倒してしまっているのですが、宜しいのですか?」

「ん? ああ、以前にも言ったであろう? 同じアンデッドだからと言って、同族意識があるわけではない。私と無関係の……プフッ……ゴホン、無関係のアンデッドをお前達が倒したところで、私は何も気にせんよ」

 

良かった。早く冒険者達に伝えなくては。皆結構おっかなびっくりだったからな。……それにしても、骸骨の体でもむせたりするんだな。アインザックはそんなどうでもいいことを思った。

 

 

 

 

――数週間後、ランテの遺跡の周りには、幾つものテントが立ち並んでいた。

 

串焼きの焼ける良い匂いが漂い、売り子の呼び込みの声が響き、「魔導王陛下万歳!」と陽気に叫びながら肩を組んで酒を酌み交わす荒っぽい男達もいた。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導王が「とりあえず」と言って貸し与えたものは、ほんの三種類――

 

ひとつは、どこかの賢者が開発したという、湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)とほぼ同じ物。取っ手を(ひね)れば、筒の先から、そのまま飲めるほど綺麗な水がいくらでも出てくる。これが百個。

 

もうひとつは、少し火で(あぶ)るだけで長時間高熱を発し続ける石。(かまど)に設置して料理に火を通すのにも、焚き火のようにして暖を取るのにも使える。これがあれば(まき)要らずである。これも百個。

 

そして最後は、外敵からもトラブルからも身を守る、24時間の万全の警備体制である。

 

遺跡発掘のバックアップと言うからには、てっきり遺跡に一緒に入って戦ってくれる強力な助っ人か何かを提供してくれるのではないかと期待していたが――

 

『それでは意味がないであろう? 私は遺跡を踏破したいのではなく、お前達冒険者を育て、自らの力で「冒険」させたいのだ』

 

と、至極もっともなことを言われた。どうやら遺跡探索そのものに関しては一切手を出さない方針らしい。あの遺跡入り口に控えている骸骨の騎士(デス・ナイト)1体だけでも、潜れば前人未到の奥部まで到達できそうなものを……。

 

……とはいえ、この過酷な世界において、水と燃料が安定して手に入り、なおかつ外敵に(おびや)かされない、とくれば、それだけで「人が住める」ことを意味する。これだけでも非常に貴重な土地となる。大陸全土を見渡せば、それに該当する地域のなんと少ないことか……。

 

安全かつ快適と分かれば、現地の商売人は(したた)かであった。あっという間に、冒険者達のあぶく銭を狙った屋台や露店ができ、彼らを盛りたてる酒場ができ、寝床と湯浴(ゆあ)みを提供する宿屋ができた。

 

さらには、各種の便宜を図る冒険者組合の出張所、スピード鑑定を行う魔術師組合出張所、治療を行う神殿出張所も作られた。神殿勢力は「傷ついた者を治療しているだけです」と、ビジネスライクな回答だけを寄越している。どうやら、遺跡、アンデッド、魔導王のいずれについても、教義との()り合わせに関しては沈黙を守る構えのようだ。

 

また、「冒険者相手」ならでは、ということで、ポーション等各種消耗品の販売、スクロールやマジックアイテムの売買、武具の展示や修理の出張鍛冶なども進出した。本来であれば、こんな草原のど真ん中で高価な物品の取引などできない。しかし、強盗、恫喝(どうかつ)、スリや詐欺といった一切の犯罪については誰一人気にせず、皆平気で大金と貴重品とのやり取りをしている。この場所で不埒(ふらち)な悪行を(くわだ)てる(やから)などいない。誰もあの、今は向こうで彫像のようにじっとしている骸骨の騎士(デス・ナイト)巨躯(きょく)が、雄叫(おたけ)びを上げながら向かってくるところなど見たくはないからだ。これはエ・ランテルの住民全てについても同じことが言える。魔導国の国民は、次第にではあるが、防犯意識に関しては緩くなっていた。

 

――ともかくこうして、エ・ランテルから少し南、何もなかったはずのただの草原に、遺跡と冒険者の集落が誕生したのである。

 

……ちなみに、ここにさらに亜人種まで混ざって、もっと騒がしいことになるのは、もう少し先のことである。

 




魔導王陛下は冒険者みんなのことを考えてくれてるんDA☆

いきなり原作10巻終わりまで飛びました。時間の流れが早いっす。
アインザックとのやりとりは、アインズ様がデミえもんから逃げるようにドワーフ国へ旅立つちょい前の時点ですね。
原作の流れに滑り込ませるの楽しいなぁ。


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第二章
薔薇


<前回のあらすじ>

魔導国は繁栄しました。



リ・エスティーぜ王国王都、ロ・レンテ城のとある一室。そこでは現在、その部屋の主、王国第三王女、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフと、その「友人」、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ、そしてティナの3人が、優雅に紅茶を(たしな)んでいた。

 

「……ひまー……」

 

……約一名、それほど優雅でもなかった。ティナは間延びした声でそう吐き出すと、ぐてーっとテーブルの上に頬を押し付ける。もちろんわざとだ。自らの意志を示す、とてもわかりやすいポーズである。

 

「最近の行動パターン、孤児院か、ここか、宿屋ばっかし。退屈……」

「しょうがないじゃないティナ、今は依頼も入ってないし……」

 

ラキュースが(さと)すように言う。

 

王国に3つ――いや、今は数が減って2つか――しかない、アダマンタイト級冒険者の一つ、“蒼の薔薇”。その活動形態は、他の冒険者とはだいぶ違う。

 

まず、他の冒険者でもできるような依頼は受けない。最高位のアダマンタイト級が受けるべき案件は、他の誰にも任せることのできない、危険度の極めて高い案件ばかりだ。そして、そんな案件が舞い込んでくるということは、それがそのまま、国難と言えるような緊急度の高い状況下にあること意味する。そんな時に万が一、「ごめんなさい、荷物運び(ポーター)の仕事で王都を離れてます。かしこ」……なんてことになったら、目も当てられない。

 

それと彼女らは、アダマンタイト級にふさわしい依頼額でなければ依頼は請け負わない。これは、冒険者の(はん)を示すためである。その地位にふさわしい額で、ふさわしい仕事を受ける。それが正しく守られてこそ、ランク分けされた冒険者という仕組みの秩序が保てるのだ。

 

「魔導国の偵察任務は?」

「つっぱねたわよ、あんなもん」

 

そんな栄えあるアダマンタイト級チームに対して、「あの魔導国をどうにかしてくれないか?」という依頼が、一部の貴族達から出たらしい。

 

……そう、この呑気(のんき)な最高位冒険者とは裏腹に、この国の指導者達は今まさに混迷を極めていた。(せん)途轍(とてつ)もない大虐殺による損害で、誰も彼もが先行きを全く見通せない状態に陥っていた。

 

その苛立ちもあるのだろう。一部の貴族は冒険者達を駆り出そうとした。本来は国家間の政治に冒険者を使うのは御法度(ごはっと)だが、()()()相手となれば、()()()()()()()()()()()()()。「むしろこれはお前らの領分だろう、()()()()()()()()()()()()()」……なんて暴言まで出た。無論、そんな子供の癇癪(かんしゃく)のような無茶振りなど黙殺されたが……。

 

「ガガーランとティアもだいたい勘を取り戻したらしいし、そろそろ営業再開してもさー……」

「……そうね。当人達は『まだ本調子じゃない』って言ってたけど……」

 

そう、あの大悪魔、ヤルダバオトに殺された二人は、生き返った後のリハビリをほぼ果たした。“蒼の薔薇”は最近になってようやく、実質の休業状態から抜け出そうとしていたのだった。つまり――

 

「なんかしよーよー鬼リーダー。体(なま)っちゃうよー」

 

……意図せぬ休暇を、持て余していた。

 

「その呼び方やめて。……でもそうね、依頼はないけど、そろそろどこかで連携のブランクを解消しておきたいところね」

「そう、それそれ! 近場で魔物(モンスター)狩りとか」

「……うーん、それなら……依頼じゃなければ……いや、でも……」

「退屈退屈~」

 

駄々っ子のようなティア――もちろんわざとふざけているだけだが――に、ラキュースが答えあぐねていると、それまでの二人のやり取りをニコニコと聞いていたラナーが、思い出したとばかりにポンと手のひらを合わせて話に入る。

 

「そうそう! 退屈(しの)ぎに、と言うのもなんですけど、ついこの間、冒険者の方達の間で流れる面白い(うわさ)、というものを耳にしたんですよ! 聞かれます?」

「ラナー。ええ、是非」

 

ようやくまともなお茶の話題が来た。とりあえず、ティナの退屈攻撃から抜け出せるのなら何でもいい。……とばかりに、ラキュースは話に飛びつく。我らが王女様は、(たの)しそうに話し出した。

 

「お二人は、この王都から西へ馬で半日ほどの距離に、小さな岩山の洞窟があるのをご存知ですか?」

「岩山の洞窟? ……もしかして、だいぶ前に盗賊団が根城にしてた?」

「ええ、たぶんそれです」

 

もう何年も前になるが、確かにそのあたりに天然の洞窟があり、わりと大きめの盗賊団が住み着いていたことがあった。しかし、あまりにも王都に近く「害あり」と判断されたため、王国正規軍による討伐隊が組まれ、全滅させられたと記憶している。それ以降は話を聞かないので、その洞窟はおそらく今も無人のままだろう。

 

「その洞窟に、隠し扉が見つかったんだそうです」

「え?」

「ほう」

 

二人が軽く興味をそそられる。

 

「もしかして、隠し扉の向こうには、盗賊団の隠し財宝が?」

「いえ、それが……隠し扉の向こうは、更に奥まで洞窟が続いていて、途中にアンデッドまで湧いてたんだそうです」

 

これは予想外の展開、とばかりに、二人は顔を見合わせる。

 

「盗賊達がアンデッドと仲良く暮らしてたとも思えませんし、当時捕えた盗賊達からも、隠し扉のお話は一切出てませんでした。おそらく、その隠し通路は、盗賊達が住み着くずっと前からあって、後から来た彼らは、それに気付くことができなかっただけではないかと……」

「……随分と間抜けな話」

 

ティナは軽く鼻で(わら)った。盗賊のくせに、自分の住処(すみか)の隠し扉に気づかないなんて……。

 

「それでですね、その話を聞きつけた冒険者の何人かが、しっかりと装備を整えて、隠し扉の奥へ進んでみたんだそうです」

「へぇ……」

 

そう言えば、最近は休業中なこともあり、冒険者組合に顔を出すことを怠っていた。タイムリーな情報を拾い損ねたな……、とティナは反省した。

 

「……でも、最初のうちはアンデッドも弱かったんですが、奥へ行くほど強いのが出てきて、結局奥まで辿り着けずに逃げ帰ったんだとか……」

「ふぅん。どのくらい強かったのかしら?」

 

ガガーランが聞いたら興味を持つかな、なんてラキュースは思った。

 

「ただ、その前に途中の道で面白いものを拾ったらしくて……。なんだか異国風の、変わった形の短剣だそうです。魔法で鑑定したところによると、名前は確か……“コダチ”、でしたっけ?」

小太刀(こだち)!?」

 

ティナが珍しく大きめの反応をする。

 

「ティナ、知ってるの?」

「……イジャニーヤにも伝わる、細身の刃物。切れ味はとても良い」

「イジャニーヤって……。もしかして、暗殺用?」

「確かに暗殺に便利。でも、それ専用というわけでもない。イジャニーヤ特有というわけでもなくて、遠い南方の国から流れてくることもある、とも言われてる。というか、実はよく分かってない……」

「ふーん……。それが王都の西の洞窟に? なんだか怪しいわね……」

「実は、イジャニーヤの起源についてもよくわかってない。でも、そこを調べたら、何かヒントが(つか)めるかも……」

 

……どうやらティナは興味を引かれたらしい。

 

「それにしても、『隠し扉の向こうに未知の洞窟が……』なんて、まるで絵本の冒険物語のようですよね! ロマンがあって、私ちょっとドキドキしちゃいます!」

 

無邪気な顔でそんなことを言うラナー。それに、ピクッ、と、ラキュースが反応した。

 

「物語の定番ですと、その奥には、ドラゴンに守られた財宝の数々とかあったりするんですよね」

 

……再び、ラキュースがピクピクッと反応した。

 

「あ、それか、伝説の剣が刺さってて、選ばれし者だけが抜いて勇者になれる、とか」

 

「ティナ!」

「な、なにっ!?」

 

急に名前を呼ばれたティナは、ラキュースの剣幕に面食らう。

 

「さっきの退屈だって話、やっぱりそろそろリハビリすべきだと思うわ」

「お、おぅ……」

 

ティナは若干引いていた。……が、まあ、ラキュースが何を思い立ったかは分かる。それなりの付き合いだ。それにティナも、このままこの流れに乗っかってもいいかと考えている。

 

「すぐに“蒼の薔薇”メンバー全員で、今後の活動に向けて作戦会議を開こうと思うの。いいわね?」

「おーけー、鬼ボス」

「ラナー、悪いんだけど、孤児院の『ボランティア』、メンバー一同ちょっとだけ休むことになるかもしれないけど、いい?」

「え、ええ。もともとこちらから無理を言っている身ですし。……そんなことより、無茶しないで、無事に帰ってきてくださいね」

 

場を和ませる小咄(こばなし)のつもりが、どうやら予期せぬ方向へ友人を駆り立ててしまったらしい。これで何かあったらどうしよう、と不安顔になった心優しき王女を安心させるように、ラキュースが強い笑みを返す。

 

「ありがとう、ラナー。もちろんよ。じゃあ失礼するわ。お茶、ご馳走様」

 

そう言うやいなや、ラキュースはティナを引っ掴んで足早に退出した。

 

 

 

 

「…………」

 

部屋に静寂が戻る。

 

「…………」

 

二人がお茶を飲んでいた、空のカップを見下ろすラナーの目には、何の感情も浮かんでいなかった。

 




新しい古代の遺跡だよ~(錯乱)


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侵攻

<前回のあらすじ>

(ささや)くのよ……私の中の中二病(ゴースト)が……。



「…………こう」

 

洞窟の突き当たり。ティアは横にある出っ張りを用心深く掴み、反時計回りに(ねじ)りながら、グッと押し込む。すると、出っ張りは「ガコン」と回転しながら沈み込み、代わりに前方の行き止まりの壁が「ゴゴゴ……」と左に開いた。

 

「……どうやら情報通りのようね」

 

アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”は、王都の冒険者組合で得た情報を元に、王都西の洞窟の隠し扉を操作していた。

 

隠し扉は一定時間過ぎるとまた閉まるが、反対側にも同じような仕掛けがあり、閉じ込められる心配はないらしい。一応、ティナが先に入って、そっちの方も確認する。

 

「しかし、こりゃあ……予想以上だな」

 

ガガーランが、開いた空間の先を見て、唾を飲み込む。隠し扉の向こうは、雰囲気がガラッと変わっていた。そこまではただの岩の洞穴だったのに、その先の床は平らで、左右は白っぽい土壁。暗褐色の木の枠組みが、規則的に並んでアクセントを付けている。そこに等間隔にランタンが配置され、通路全体を〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉による暖色系の(あか)りが照らしている。空気は若干土の匂いを含んで湿っているが、有害なものは感知されない。気温は、いかにも装備を着込んで動き回る探索者にうってつけ、とばかりに、やや涼しげである。

 

「随分としっかりした造りだな。いつ作られたものだ?」

 

イビルアイが(いぶか)しむ。

 

「……わからないけど、とりあえず崩落(ほうらく)の心配はなさそうね。進んでみましょう。みんないいわね?」

 

ラキュースが音頭を取り、先に入って安全確認を済ませていたティナの元へ、他の全員で慎重に扉をくぐる。

 

「っ!?」

 

と、そのとき、イビルアイが奇妙な抵抗を覚えた。

 

(この感覚には覚えがある。これと同じものを、つい最近感じたはずだ。あれは確か……そうだ、あの時、大悪魔ヤルダバオトの放った、ある一つの魔法、あの感覚……)

 

当時の恐怖まで思い出して、イビルアイが気付かれないように小さく震える。

 

「ラキュース、気をつけてくれ。この中、転移阻害の効果が掛かっている」

「えっ?」

 

一同が緊張気味にイビルアイの方を振り返る。もともと転移なんてイビルアイ自身以外はできないので、転移阻害などなくとも、いざ撤退となれば、どのみち皆でバタバタ逃走することになるのだが、ここが()()()()()()()()()()()()()()()、という情報は見逃せない。

 

「……そう。どうやら、ただの洞窟ではないようね」

 

ラキュースが警戒レベルを引き上げる。

 

「……おい、見な。確かにこりゃ妙だぜ。ただの洞窟じゃねえ」

 

そう言いながら、ガガーランは刺突戦槌(ウォーピック)の尖った部分を、横の土壁にガリガリと(こす)り付ける。普通ならポロポロと崩れそうなところだが、壁には傷一つ付かない。木目の部分も同様だ。なにか魔法の力が働いていることは明白だ。

 

「……みんな、用心していきましょ」

 

チーム一同は、歩を進めていく。そうほどなくして、通路の向こうからガシャガシャと音が聞こえてくる。

 

「始めはスケルトン。たとえ倒しても、次に来る時はまた湧いてくる……か。これも情報通り」

 

全員、慣れた手つきで武器を構える。この調子ならどうやら、情報がある地点までは(とどこお)りなく進めそうだ。

 

…………。

 

あっさりとスケルトンを退治して景気を付けた“蒼の薔薇”は、それでも慎重に進んでいく。心のどこかで、なにか人智の及ばぬものに対する、不気味さのようなものを感じながら……。

 

 

 

 

「こっちは仕留めたぜ。そっちは?」

「余裕」

「……それにしても、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)まで出てくるなんてね。それも複数……」

「あれも洞窟の主じゃなかった。意外……」

 

死者の大魔法使い(エルダーリッチ)2体を仕留め、安全確認をして一旦集まる“蒼の薔薇”一行。他の冒険者達の到達地点はとうに乗り越え、もはや情報のない奥地にまで到達していた。しかし、まだまだ先は見えない。

 

「ここまでの戦利品は?」

「手甲、反り返った短剣、あと指輪、薬瓶、なんか模様の描かれた紙……。どれも鑑定が必要」

「……なんだか変わったものばかりね」

 

手に入ったアイテムの幾つかは……なんと言うか、異国情緒に(あふ)れていた。

 

「あ、あと刀と弓。持ち運びが厄介だから置いてきたやつ。帰りに忘れずに拾う」

「刀、か。ブレイン・アングラウスが使っていたものと同じ種類の武器だな。かなり貴重らしいぞ」

「アイツ、ここに連れてくれば喜ぶんじゃねえか?」

「そうね。彼が戦士長を継ぐつもりなら、剃刀の刃(レイザーエッジ)の使い手になるんでしょうけど、その座は誰かに譲るつもりらしいし……」

 

なんとなく休憩ムードになった一行は、現状確認のため情報を交わしつつ、水と行動食を取り出して各々(おのおの)口にする。手慣れた冒険者の所作だ。

 

「ティア、そのヘンテコな紙、あのキモ蟲メイドが魔法使う時に使ってたやつに似てねえか?」

「……似てると言えば似てるけど、たぶん関係ない」

「ガガーラン、お前ちょっとトラウマになってないか?」

「な、なってねえよ!」

 

ガガーランは強がっている。……まあ無理もない。印象に強く残っているのは当然だ。なにせ、殺される前に真っ当に戦った強敵なのだから。

 

「……やはりこの洞窟、妙だな」

 

イビルアイがぼそっと呟く。

 

「妙って、そりゃ妙だろ。何から何まで」

「そうじゃないガガーラン。妙と言ったのは、作為的、と言ったらいいのか……。どこか()()()()()()んだ」

「イビルアイに同感。ここのアンデッド達は、動きが綺麗過ぎる。アンデッドはもっと、生者にがむしゃらに襲いかかるもの」

「うん、ティナ良いこと言った。動きに統制が感じられる。これはまるで――」

 

――兵士のようだ、と。

 

「つまり、指揮を取ってる奴がいるってことか?」

「〈不死者創造(クリエイト・アンデッド)〉みたいに、作って使役してる感じ?」

「この数をか?」

 

これらを操る存在がいるとしたら、それはもう正に、軍隊を持つに等しい。

 

「大量のアンデッドを召喚して使役する魔法ならあるぞ。英雄の更に上の領域だがな」

 

そんな中、イビルアイは平然と言い放つ。

 

「しかし、仮にそうだとすると、別の疑問が出てくる。あれらのアンデッドを自由に動かせる存在がいたとすると、行動があまりに不自然だ。()()()()()()()()()()()()()

「うん」

「そうか? 奴ら結構イイ仕事してたぜ」

「ガガーラン、例えばお前が……そうだな、仮に、この洞窟の主だったとして、侵入者を殺したいとする。お前ならどうする?」

「んなもん、コイツでぶん殴る」

 

ガガーランが刺突戦槌(ウォーピック)を掲げる。

 

「脳筋」

「あぁ!?」

「確実に殺すためなら、普通、奥に引き込んで、退路を断って、罠にかける」

「そうだ。軍隊と軍隊のぶつかり合いじゃあるまいし、弱い駒から順に当てて削る、なんて律儀な真似はしない」

「これじゃまるで、『いつでも逃げて下さい』と言っているようなもの」

「ありがてえ話じゃねえか」

「ガガーランお前……。……いや、でも、そうだな……そう考えるほうがしっくり来るか……」

 

イビルアイがう~んと(うな)る。

 

「おそらくだが、このアンデッド達は、何らかのマジックアイテム、もしくはこの洞窟そのものの魔法的な仕掛けにより、半自動的に動いていると見るのが妥当だろう。そしてその目的は、侵入者を確実に殺すことではなく、単に侵入者が来たら迎撃する、という単純なもの。弱い敵から順に配置しているのは、この洞窟を設計した者の『逃げるなら逃げろ』という配慮、ということか……」

 

イビルアイが推論を述べた。

 

「大盤振る舞いのダンジョン」

「都合良すぎ」

 

ティナとティアが、やはり当然と思える感想を伝える。

 

「……そう……やはり、そういうことなのね……」

 

さっきから深刻な顔で無言を貫いていたラキュースが、ここに来て、なにやら独り言のようにブツブツと(つぶや)く。

 

「つまりこれは……『試練』、ということね……。私が『そこ』へ至るための……。そして、その先にいるのはおそらく、『あの方々』……。私に『奴』を倒せと……そのための異能(ちから)を授けるために……。この私を、待っているのね……。幾星霜の時を越えて……」

 

ラキュースは、我を忘れたかのように虚空(こくう)に向けて語りかけている。その意味はわからない。水神の神官戦士としての信仰に関わるものだろうか?

 

「ラキュース、何か心当たりがあるのか?」

 

イビルアイが心配顔で尋ねる。

 

「……今は、私の口から言えることは何もないわ。いずれ分かるわ……いずれね……。ふふ……」

 

ラキュースは、まるで何かを悟ったかのように、そんな意味ありげな言葉を差し向けた。なんだろう……なにかぞわぞわする……。

 

このダンジョンに入ってからというもの、どうも時々ラキュースの様子がおかしい。やはりここには何かがあるようだ。メンバー一同は、更に気を引き締めて進むことを決意した。

 




いざ進めや調理場(キッチン)~♪


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接戦

<前回のあらすじ>

お邪魔するわよ~。



「オオォォオオォッ!!」

「んなろぉっ! 〈要塞〉!!」

 

「ギィンッ!」と、ガガーランは刺突戦槌(ウォーピック)、“鉄砕き(フェルアイアン)”で、フランベルジュの剣戟(けんげき)(かろ)うじて受け止める。対するは骸骨の騎士。

 

洞窟を進んだ先の少し広い空間。前人未到の深層を進む“蒼の薔薇”に、まるでボスのように立ちはだかったのは、波打つ剣と巨大なタワーシールドを装備し、赤黒く脈打つような邪悪なオーラを(まと)った、巨体のアンデッド。その強さは、これまでの敵とは比べ物にならない。彼女達は素早く強敵1体向けのフォーメーションを取り、これに挑んだ。

 

こういう時、ガガーランは“蒼の薔薇”の盾役(タンク)となる。敵の真正面に立ち、注意を引き付け、味方の攻撃の機会を作る。しかし――

 

「っ!? ふっ!!」

 

(わず)かな前動作で繰り出された横薙(よこな)ぎの一閃を、ガガーランは刺突戦槌(ウォーピック)を立てて(つか)で受けて止める。いい武器でなければ(つか)ごと持っていかれていた。

 

「っ()ねえな……」

 

神官戦士であるラキュースからの強化魔法(バフ)を受け、魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるイビルアイから敵への弱体化魔法(デバフ)が決まり、なおかつ武技を発動してすら、ガガーランは圧倒されかけていた。このままでは、そう遠くないうちに押し潰される。

 

……しかし、こちらには強みがある。そう、1対5という強みが。

 

「射出!!」

 

ラキュースが浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を打ち出す。本来なら、骸骨の騎士に真正面から撃ち込んでも、あの巨大な盾であっさり防がれるであろう。しかしラキュースは、骸骨の騎士がガガーランに向けて剣を振るおうとする隙を狙い、そこに滑り込ませるようにして刃を通す。斬撃ダメージなので骸骨(スケルトン)系相手には若干効果が下がるが、注意を()らすという恩恵は大きい。

 

「こっちも隙アリ!」

 

機会を(うかが)っているのはティナも同様。骸骨の騎士の横から回り込み、奴がガガーランに注意を向けた隙を狙って、聖属性を付加したモーニングスターを叩き込む。この武器は今回のアンデッド対策に用意したものだ。ティナの本来の武装は生き物の暗殺に特化しているため、アンデッドとは相性が悪い。

 

「おまけ!」

 

ヒットアンドアウェイで離れ際、ティナが武器を投擲(とうてき)する。投げたのはこの洞窟で見つかった、変わった形状の投擲(とうてき)用刃物で、“スリケン”と言うらしい。ティナはなぜか早々に使いこなしていた。

 

「ガガーラン少し下がって(バック)! 爆炎陣!!」

 

骸骨の騎士が踏み込んだちょうどその位置から爆発が起こり、炎が吹き上がる。それはそのまま敵その巨体を包み込んだ。ガガーランはティアとの阿吽(あうん)の呼吸で効果範囲から飛び退()いている。

 

忍術で作り出した炎はすぐに晴れる。しかし、骸骨の騎士は健在。アンデッドのわりに、弱点のはずのあの炎でも致命傷とはいかなかったらしい。しかし、ダメージはそれなりにあったのだろう。骸骨の騎士は、死角にいるティアへ憎悪の視線を向ける。

 

「ナイスだぜティア! ガラ空きだデカブツ! オラァ! 〈剛撃〉!!」

 

その機を逃さず、今度はガガーランが“鉄砕き(フェルアイアン)”を叩き付ける。

 

ガガーランが守りに徹することで、敵の隙を突いて3人が攻撃する。敵の注意が3人のどれかに向いたところで、ガガーランが攻撃を加えてまた注意を引き戻す。敵は強い。誰かに攻撃を集中されたら、すぐに落とされる。そんな綱渡りの戦いである。しかし、アダマンタイト級チームの名に恥じない、彼女らの流れるような連携は、その綱渡りを可能とした。そして、力量的に上のはずの骸骨の騎士を効果的に翻弄(ほんろう)していた。敵の硬い防御の隙間から、じわじわと負のエネルギーを削っていく手応えがある。この勢いなら勝てる。

 

「一斉攻撃! 今!!」

 

ラキュースの号令と同時に、今度は4人で同時に攻撃を叩き込む。骸骨の騎士は、一番危険と判断したガガーランの刺突戦槌(ウォーピック)を真正面から防ぐ。そしてその代償として、他3人からの攻撃を無防備に受ける。

 

「オオオァァァアアアア!!」

 

おそらく()れたのだろう。骸骨の騎士は怒りに雄叫(おたけ)びを上げ、「何はともあれ目の前の邪魔な筋肉だ」とばかりに、防御を捨て、巨大なフランベルジュを大上段に振り上げる。

 

――しかし、それこそが“蒼の薔薇”の狙いだ。

 

「ティナ、今よ!」

「不動金剛盾の術!」

「来いやオラァ! 〈要塞〉!!」

 

防御ごと叩き潰すつもりで、恐るべき勢いで振り下ろされた剣は、しかしまず七色の盾に阻まれる。即席のガラス質の盾は砕けたが、剣は勢いを殺された後、その先で硬質な「ギィィィン」という音に阻まれる。ティナの忍術の支援を受けて、ガガーランが受けきったのだ。そしてすかさず――

 

「不動金縛りの術!」

 

ティアが骸骨の騎士の巨躯(きょく)を、剣を振り下ろした姿勢のまま縫い付ける。

 

「イビルアイ、お願い!」

「みんなよくやった! とっておきのをくれてやる! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)水晶騎士槍(クリスタルランス)〉!!」

 

その背後、完全な死角から、魔法の水晶の槍が飛来する。それは骸骨の騎士のひときわ太い背骨を正確に貫いた。

 

骸骨の騎士は「ビクンッ」と大きく痙攣(けいれん)したあと、沈黙した。

 

「……ふぃ~、やばかったぁ……。やったなイビルアイ! 美味しいとこ持っていきやがってこのヤロウ!」

 

「…………」

「…………」

 

ガガーランの「(ひと)仕事終えた!」といった感じの軽口に、いつもなら乗っかるはずのティアとティナ。しかし、元イジャニーヤの二人は油断しない。

 

「ガガーランまだ早い。コイツまだ――」

「オオオァァァォォォオオオ!!」

「っ!?」

 

突然暴れ出した骸骨の騎士は、面食らったガガーランよりも、最後に致命傷を与えたイビルアイに対象(ターゲット)を絞ったらしく、後ろを振り向く。そこへ――

 

「みんな退()きなさいっ! 超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォォオ!!」

 

ラキュースが縦に振り下ろした“魔剣キリネイラム”から、漆黒の奔流(ほんりゅう)が骸骨の騎士の身体へ到達し、爆発を起こす。吹き荒れる無属性エネルギーは、骸骨の騎士から最後の負のエネルギーを刈り尽くし、大きな骸骨の騎士は、灰になって消滅した。

 

 

 

 

「ガガーラン、おつかれ」

「よくやった脳筋」

「このくらい余裕だぜ!」

 

ガガーランとティア、ティナが陽気に拳を交わし合う。

 

「どうやらブランクはないようだな。いい動きだったぞお前達」

 

イビルアイが、小さな体でそんな偉そうな言葉を吐く。しかし、これがイビルアイのポジションだ。

 

イビルアイは、先ほどの連携のようなものにはあまり積極的には関わらない。力量差がありすぎて、どうしてもバランスが(かたよ)ってしまうからだ。とあるいきさつから、この弱小パーティー――イビルアイ視点でだが――に入った彼女のポジションは、単独遊撃部隊である。時に切り込み隊長として、相手の力量を真っ先に測り、時に殿(しんがり)として、味方の逃走を幇助(ほうじょ)する。そして、数百年分の豊富な知識と経験を元に、彼女らにアドバイスを与える。いつの間にかそんな指南役のようなポジションに落ち着いたが、イビルアイなりに皆対等な仲間として大事に思っている。それはメンバーからイビルアイへについても同様だ。

 

(何が起ころうと、私が守る! あの時のようにはさせない!)

 

それがイビルアイの決意である。

 

なお、先ほどの死闘も、実はイビルアイ単体でも別に勝てた。これについては分かってても誰も何も言わない。

 

……ところで、そんな中、ラキュースはちょっと酔いしれていた。

 

(き、気持ちいい……)

 

強敵を大技で仕留められた(よろこ)びに、じ~んと打ち震えていた。どこか遠くで「魔力の無駄遣い……」と思った何者かがいたことは、ここにいる誰もが知らない。

 

「それにしても、あんなすげえ大物初めて見たぜ! なんてアンデッドか知ってるかイビルアイ?」

「……死の騎士(デス・ナイト)だ」

「……は?」

「え?」

「……マジ?」

「うそ……」

 

4人は一斉に唖然(あぜん)として、イビルアイを見つめる。

 

死の騎士(デス・ナイト)って、あの……?」

「ああ、魔導王とやらの、アレだ」

「…………」

 

一同は絶句する。話には聞いていた。死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれる、途轍(とてつ)もなく強いアンデッドのことを。かの魔導王アインズ・ウール・ゴウンが、先の戦争で引き連れていたという。そして今もなお、魔導国となったエ・ランテルには、同じものが闊歩(かっぽ)しているという……。

 

「嘘だろ……? こんなに強いのかよ……」

 

強い強いと言われていても、一兵卒から見た話だろ、と(たか)(くく)っていたガガーランは青褪(あおざ)める。まさかアダマンタイト級全員でかかって、1体がやっとだとは……。

 

「あんなのが……何百体も……?」

 

……そう、ウヨウヨいるらしいのだ。もはや太刀打ちできるどころの話ではない。

 

「あ~もうどうなってやがんだこの世の中は!? 大悪魔は出るわガイコツ魔王は出るわ! 聞いたこともねえ極悪魔法に見たこともねえ桁違いの召喚魔物(モンスター)! かと思や、俺らじゃ足元にも及ばねえ大英雄も出てくるし、おまけにこの謎の洞窟だ! 王国はもっと平和だったはずだろ!?」

 

ガガーランが頭をガシガシと掻きながらそんな愚痴を垂れる。「人類の守り手」アダマンタイト級冒険者も、これでは形無(かたな)しだ。

 

「そういえば、エ・ランテルにも謎の遺跡が見つかったらしい。そっちも中の敵が強くて、誰も奥まで辿り着けてないとか」

「うん。そんな情報あった。今はもう行けないけど……」

 

さすがに魔導国のお膝元では無理がある。人の行き来は普通にできるという(うわさ)だが、かと言って“蒼の薔薇”が訪ねては大事(おおごと)になるだろう。

 

「確かに、ここ最近は異常だ。こんなこと、ここ数十年、いや、百年単位でなかった……」

 

イビルアイが実感を込めて言う。彼女が言うと真実味がある。しかし、どことなく興奮が見え隠れするのは、その「異常」の中に、大英雄モモンが入っているからか……。

 

「……因果が集結してる。やはり、『時は来た』、ということね」

 

ラキュースは、“魔剣キリネイラム”を地面につき立て、風に髪をなびかせながら遠くを見つめていた。風どっから来た?

 

 

 

 

「なんにしても、さっきのヤツがこの洞窟のボスで間違いないだろ! んじゃあお宝でも拝みに行くとするか!」

 

ガガーランは陽気に全員を(うなが)す。

 

「まだ分からない。油断大敵」

 

一応ティアが釘を刺すが、緊張感が(やわ)らいでいるのは否めない。

 

「……いよいよね。いよいよ『その時』が来るのね」

 

ラキュースも乗り気だ(?)。一同は先の通路を進む。

 

狭い通路を抜けると、その先には大きな空間が広がっていた。天井は洞窟の中と思えないほど高く、上手く扱えば〈飛行(フライ)〉さえ戦術に組み込めそうだ。

 

その中央。そこに――

 

「ヨク来タナ。待ッテイタゾ」

 

声は、少女のよう。しかし、硬質な、底冷えのするような殺気を孕んでいる。姿は、一見して小柄。しかし、全身が闇のように黒く、おまけにぼんやりと黒い(もや)までかかっている。輪郭(りんかく)すらぼやけており、姿形(すがたかたち)がはっきりとしない。そんな……

 

――正体不明の、何かが、いた。

 




次、ナザリック視点に変わります。


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応対

<前回のあらすじ>

「ラスボスを倒したと思ったら真ラスボス」は基本。



「アインズ様。“薔薇”が掛かりました」

 

ナザリック地下大墳墓の執務室。脇にアルベドを控えさせ、アインズはデミウルゴスから報告を受け取っていた。

 

「そうか。思ったより早かったな」

「ええ。きっと、風の(うわさ)でも耳にして、興味を持ったのでしょう。ふふ……」

 

デミウルゴスがなんだか意味深な笑みを浮かべる。アインズに「お主も悪よのぉ越後屋」とでも言って欲しそうな顔だ。残念だが、お代官様はその中身をよく知らないのだ……。

 

事の起こりは、もう少し前になる。「ランテの遺跡」がいい感じに平常運転で落ち着いてしまったので、そろそろそのノウハウを生かして、偽ダンジョン第二号でも作るか、という運びとなった。アインズは例の「ゴミ箱」ストレージの一覧を「所持数降順ソート」にして眺めながら、「今度はちょっと『和のテイスト』でも混ぜてみるか」なんて思いつきを実行していた。最終的に、和というか、東洋的(オリエンタル)民族的(エスニック)なのも幾分混ざったが、まあ謎の遺跡っぽくていいんじゃないか、程度のノリである。

 

ちなみに、今回は遺跡の名前は付けていない。冒険者達が勝手に名付けるのを期待する。

 

偽ダンジョン二号店の顧客は、王都の冒険者達だ。しかし、ここで気がかりが一つ出てくる。アダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”である。もうひとつのアダマンタイト級チーム“朱の雫”ならば、別に()()()()で構わない。しかし、“蒼の薔薇”がダンジョンに来たら、()()()()が必要だ。連中には借りもある。できるなら後手に回らず、ちゃんと()()()()()()()()

 

そんなわけで、王都にダンジョンを作り、その入り方を(うわさ)として流布(るふ)した時点から、“蒼の薔薇”の動向は監視させるようにしていた。監視役に影の悪魔(シャドウ・デーモン)では若干荷が重いので、ハンゾウを(つか)わせるというVIP待遇だ。連中がダンジョンに何らかの反応を示すまで気長に待つつもりだった。しかし、予想外に早い食いつきだったようだ。

 

「あの様子ですとおそらく、明日中(あすじゅう)に準備を整えて王都を()ち、近くでキャンプして、明後日(みょうごにち)には『王都西の洞窟』の探索に入るかと」

「そうか。報告ご苦労、デミウルゴス。少し遅くなったが、これでエントマの望みは叶えてやれそうだな」

 

エントマには、あのイビルアイという小娘の声を与えるという約束をしていた。あの時、瀕死になってまで頑張ってくれたエントマ。喜んでくれればいいが……。

 

「アインズ様、その件ですが、ひとつ提案がございます」

 

デミウルゴスが眼鏡をクイッと持ち上げる。

 

「ほう。聞こうじゃないか」

 

基本的にアインズは、デミウルゴスとアルベドに対しては、ほぼ完全にイエスマンだ。そりゃそうだろう。アインズより遥かに優れた頭脳が、ナザリックのためだけを思ってあれこれ思案してくれているのだ。「おまかせ」した方が良い結果を生むに決まっている。

 

「“蒼の薔薇”への雪辱、エントマ自身に果たさせてみてはいかがでしょう?」

「……ふむ」

「エントマは戦闘メイド。敗北は相当(こた)えたことでしょう。ここはやはり、自分自身の手で復讐を果たしてこそ、汚辱を(そそ)げるというもの。エントマにとっても、それが何にも(まさ)る褒美となりましょう」

「……なるほど」

 

一理あるな、とアインズは思った。リベンジマッチというわけか、なかなか面白そうではないか、とも。

 

「……その代わりと言っては何ですが、このデミウルゴス、“蒼の薔薇”を生かして帰すことを提案致します」

「…………ん?」

 

アインズがピタッと止まる。

 

「……デミウルゴス、もしか……オホン……。“蒼の薔薇”は、お前の計画にとって必要か?」

「必ずしも、というわけではありませんが、あれらは、いたらいたで使い道はあります。例の王女の友人で、アダマンタイト級冒険者。ニンゲンの中の強者。その利用価値は高いかと。どう思います? アルベド」

「ええ。私もそう思うわデミウルゴス。アインズ様、あれはゴミの中でも使える方です。羊を追う犬のようにして使えるかと。もちろん、いないならいないで構いませんが」

「……そ、そうか……」

 

少しの間、沈黙が降りる。

 

(や、やっべぇぇ~~!! 完全に何も考えずに殺す気だったぁぁぁぁ~~~~!!!!)

 

アインズは大いにテンパった。精神安定化が数回起こるほど。

 

そういえば、“蒼の薔薇”の処遇については誰とも話していなかった。しかし、冷静に考えれば、あの連中は王国にとっての重要人物だ。そして、アルベドは今、王国を都合よく踊らせるべく暗躍している。デミウルゴスも計画に関わっているだろう。“蒼の薔薇”という王国冒険者チームは、アインズがこの二人に何の断りもなく勝手に殺していい存在ではないのだ。

 

(なんてこった……)

 

アインズの脳内に、かつての会社員時代の苦い思い出が蘇る。あれは……そう、得意先に追加で商材を売り込むための企画書を作っていた時のことだった。上司のちょっとした思いつきの発言が、なぜか先方に伝わってしまい、それがいたく気に入られてしまった。そのせいで、その話に辻褄(つじつま)を合わせるべく、商材をもっと根本から練り直す必要に迫られたのだ。残業続きでようやく新しい企画書を完成させて上司に見せた時、あのクソ上司「俺、そんなこと言ったっけ?」とかほざきやがった。あの時は、テメエが吐いた証拠の議事録を100部プリントアウトしてその口に突っ込んでやろうかと思ったものだ。

 

……まあつまり、何が言いたいのかというと、部下が必死こいて立てた計画を、無能な上司の一突きで滅茶苦茶にすることなどあってはならない、ということだ。ナザリックはホワイト企業。理想の上司を目指すのだアインズ!

 

「……う、うむ。なかなか悪くない提案だ。生かして利用するという考え方、嫌いではないぞ。殺してしまっては、使えるものも使えなくなるからな」

 

アインズは、先ほどまでの自分を思いっきり棚に上げて、そんなことをのたまう。

 

「……しかし、そのままでは先ほどの話と噛み合わないな。エントマは既に顔を見られている。“蒼の薔薇”とエントマを引き合わせた(のち)に生きて帰しては、繋がりがばれてしまうではないか」

 

アインズは純粋に疑問を口にする。しかし、「そう(おっしゃ)ると思って」とばかりに、デミウルゴスは用意していた「回答」を述べる。

 

「そこでですが、こういう余興はいかがでしょう? ――――」

 

……………………。

 

「なるほどなるほど! 面白いな。しかし、まずはエントマ本人の意志を確認しないとな。呼んできてもらえるか?」

 

 

 

 

「アインズ様。プレイアデスが一人、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ、御身の前に」

 

それから数分と待たずして、エントマは執務室に出頭し、臣下の礼を取った。エントマ特有の少し間延びしたような口調は、真面目な時は幾分か()りを(ひそ)める。なお、今のエントマの声は、以前の侵入者の女から取ったものだ。

 

「よく来たなエントマ。今日は折り入ってお前に話があるのだ」

「はい。ご用命とあらば、いかようにも」

「“蒼の薔薇”のイビルアイ、覚えているか?」

 

ギチィ、と奇妙な音が室内に響く。その名前は、自分に屈辱を与えた(にっく)き敵の名前だ。同時に、敗北という形でナザリックに泥を塗ってしまった、自らの罪の名前だ。

 

「……もちろんです、アインズ様。贖罪(しょくざい)の許しをいただけるというのであれば、今すぐにでもこの命――」

「待て待て。そういう話ではない」

 

こういうのホントやめてほしい。うちの子に多いんです。……とアインズは心の中で愚痴った。

 

「実はな、おそらく明後日(みょうごにち)、あの連中が偽ダンジョンにやって来る」

「!!」

 

エントマがピクッと大きく反応する。

 

「エントマ、対処してみるか?」

「ア、アインズ様……」

 

エントマは目に見えて動揺していた。身体のあちこちから、カシャカシャと小さく甲殻を擦り合わせるような音が聞こえる。

 

「ん? 言いたいことがありそうだな。申してみよ」

「アインズ様。可能であれば、私も戦いたく存じます。ですが、私は一度失態を演じた身。それでも、再戦の機会をお許しいただけるのですかぁ?」

 

エントマが、自分の力不足を心底悔やむように、血を吐くような悲壮な声で問いかける。

 

「エントマよ、お前は大きな勘違いをしている」

「……え?」

「お前があの時敗北した理由は単純だ。不幸な遭遇戦だったからだ。手の読めない相手、数の不利、属性や相性の不利……。そんな中、お前はよく戦ってくれたと思う。お前の健闘を誇りに思う」

「……アインズ様ぁ……」

 

エントマが感極まる。早い早い。

 

……そう、アインズはよく知っているのだ。遭遇戦の怖さと理不尽さを。アインズ自身、今まで数え切れないほどの敗北を(きっ)してきたのだから。その無念も、そして、「あの時ああだったら……」という後の祭りの反省も、その蓄積全てが今のアインズを形作っている。だからこそ――

 

「逆に言えば、だ。相手を知り、準備を整えた状態ならば、お前が、確実に、余裕で、勝てる!」

 

アインズは力強く区切って言う。その姿は、歴戦のプレイヤー殺し(P K)上級者のそれだった。

 

「エントマ――」

 

アインズは立ち上がると、ゆっくりと歩いてエントマに近づき、ポンと肩に手を置く。

 

「――お前を、勝たせてやろう」

 

「――――」

 

エントマがブルブルと震える。

 

「アインズ様ぁ! 私、勝ちたいですぅ! 何卒(なにとぞ)何卒(なにとぞ)!!」

 

エントマが伏して願う。おそらく今まで、自らの手で復讐を果たせないことに、諦めつつも()方無(かたな)い思いを抱いていたのであろう。あの小娘の声を褒美として願い出たのも、結局はその叶えられない願いからの妥協の産物にすぎない。しかし、いざ自分が手を下せると分かれば、エントマの熱意は凄まじかった。

 

「良し。その返事、受け取った。では計画を始めよう」

 




アインズ様のうっかりもキリッも、全てが尊い。


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作戦

<前回のあらすじ>

俺が勝たせてやんよ!(プロポーズ)



「アルベド、あとでシズに連絡して“蒼の薔薇”用にダンジョンを調整させておいてくれ」

「はい、承りました。細かなご要望はございますか? 必要ならば追い込みますが……」

「基本は普段通りで構わん。ただ、レベル30……は、荷が重いな。レベル25チーム用エリアまで当たらせて、それより上は引かせておけ。途中で撤退されてはかなわん」

「はい。では、レベル25チーム用エリアを抜けたところで、エントマと会敵(かいてき)、という流れですね」

「うむ。……いや、待てよ。その前に、死の騎士(デス・ナイト)1体とくらいは戦ってもらうか。あれは防御は固いが攻撃は弱い。良いウォームアップになるだろう。私も連中の戦闘の様子を見たいしな。まあ、イビルアイがサクッと片付けてしまうかもしれんが……」

「畏まりました。ではそのように……」

 

 

 

 

「さて、まずエントマの装備だが――」

 

アインズはエントマの姿を見回す。和風メイド服というこだわりの逸品だ。某氏曰く、会心作であるとのことだ。

 

「エントマよ、お前のその装備は、創造主である源次郎さんが、お前のために用意したもの。お前の特性に合わせて、その効果が最大限引き出されるように設計されている」

「はいっ!」

 

エントマが嬉しそうに返事する。やはり創造主の話となると食いつきが違う。

 

「このナザリックには、私の仲間たちが作った神器級(ゴッズ)アイテムが幾つか保管されているが、装備可能だからといってそれに無理矢理換装したところで、お前の性能と噛み合わない可能性の方が高いだろう」

 

ユグドラシルとはそういうところだ。万能の装備など存在しない。あくまで自分の強みを活かす、あるいは弱点を補うよう、選んでカスタマイズするのが基本だ。

 

「よって、大幅な装備変更はしない」

「はい。了解ですぅ」

 

勝手にデザインを変えるのも忍びないしな、とアインズは付け加える。エントマも誇らしそうだ。

 

「ただし、補助効果のある指輪2つ分だけは換えさせてもらうぞ。これは最低限必要だ」

 

「装備枠」という概念は、この世界でも生きているらしい。同じ指輪スロットに、マジックアイテムを重ねて付けることはできない。アインズのように課金していなければ、左右の手に1つずつだ。

 

外す指輪は、ひとつは支援系魔法詠唱時の効果増大、もうひとつは精神系魔法への耐性強化だ。源次郎が装備させたのだろうか。汎用的で手堅いチョイスだが、今回の戦闘に限って言えば、外してもさほど影響はない。

 

「さて、エントマ。お前に装備してもらう指輪のひとつは、これだ。大地系属性への強い耐性を与える伝説級(レジェンド)アイテムだ。第七位階以下程度の魔法など、ダメージをほぼゼロにできる。これがあれば、あのイビルアイの攻撃魔法のほとんどを無力化できるだろう」

 

……そう、これが「相手を知る」ということだ。属性特化のエレメンタリストなぞ、結局タネが割れてしまえば対処は容易(たやす)い。

 

ユグドラシルを長くやっていれば、多種多様な敵への対応を強いられる。ナザリックには、あのクソ運営が出す癖の強いボスに合わせてわざわざ用意した、()()()()()が、そのクエストの数だけ保管されているのだ。基本属性系統への対処など、初歩の初歩でしかない。渡した指輪も実は、100レベルプレイヤーが束になってかかるような水晶系のボス対策に、過去に使用したものである。イビルアイ相手にはオーバースペックも良いところだ。

 

なお、大地系属性には宝石、酸、毒、重力も含まれる。実質イビルアイの攻撃手段のほとんどを封じる形だ。

 

「エントマ、これの良いところはな、奴の魔法が『無効』ではなく、ほぼ『ダメージゼロ』になるところだ。この意味はわかるか?」

「はい。『効いてるフリ』ができる、ということですね?」

「その通りだ」

 

エントマの答えに、アインズは満足そうに頷く。

 

かつてのアインズとシャルティアとの戦いは、守護者やプレイアデスの間では語り草となっている。もちろんシャルティアを(おとし)めるつもりはなく、そこは気を遣っているのだが、単純に至高の御方の戦術の巧みさを褒め称えているのだ。その中でも、相手に欺瞞(ぎまん)情報を掴ませるということの大切さは、ちゃんと伝わっているようだ。

 

「“蒼の薔薇”の情報は既に一通り調べさせている。……有名人とは因果なものだな。装備品はもちろん、今まで人前で使った魔法や特殊技術(スキル)までもが丸裸だ。もっとも、まだ明かされていない隠し球はあると思って警戒しなくてはならないが……」

 

そう言いつつ、アインズは報告書の一つを取り出して、エントマに手渡す。

 

「それによると、イビルアイで大地系魔法の他に気をつけなければならないのは、第五位階魔法の〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉だな。大地系が効かないと知られれば、こちらにシフトして連発してくる可能性が高い。まあ軽減はしてやるが、お前は少なくとも、『他の魔法よりも地属性が効く』と誤認させて、無駄撃ちを誘発する必要がある。できそうか?」

「もちろんです! やってみせます!」

 

エントマが元気に答える。というか――

 

「アインズ様、先ほど『軽減』と(おっしゃ)いましたが、それはもうひとつの指輪で?」

「いや。私の魔法でだな」

「え?」

 

予想外の回答に、エントマの動きが、はたと止まる。

 

「エントマ、戦いの直前になったら、私がお前に、ありったけの強化魔法(バフ)をかけてやるつもりだ」

「え? ア、アインズ様御自(おんみずか)らですかぁ!?」

「もちろんだとも」

「ふぁっ!?」

 

意外すぎる展開に、エントマが何やら大変なことになっていた。身体のあちこちがわちゃわちゃしている。大丈夫なのかそれ?

 

「私も本来はお前と同じ、後衛の支援系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。これでもなかなかのものだぞ。今回は私自身は魔力残量を気にしなくていいからな。〈時間延長化(エクステンドマジック)〉を加えて、都合30……いや、40種類以上か、たっぷりとお前に注ぎ込んでやろう。かつて仲間達を支えてきた我が力、存分に味わうがいい」

「ふ、ふわあぁぁ~~!!?」

 

エントマがなんだか地面からちょっと浮いてる。え、それ〈飛行(フライ)〉じゃないよね、どうなってんのそれ?

 

一方で、向こうで「ガタッ」と音がした。アインズが振り向くと、アルベドがわなわなと震えていた。

 

「あ、アインズ様! 私にも……その、強化魔法を……!」

「……アルベド。お前の何を、いつ強化するというのだ……?」

 

アインズが呆れたように言う。

 

「くっ!? わ、私、今から侵入者の排除に行ってきます! ですから!」

「落ち着け! オーバーキル過ぎるわ!」

「でしたら弱体化魔法ですね!? さあどうぞ!」

「落ち着けぇっ!!」

 

……アルベドは放置しよう。何やら向こうでブツブツと作戦を考えているのが怖いが……。

 

「……さて、エントマ。その指輪と私の魔法支援、それだけでお前は充分楽に勝てる。他にも巻物(スクロール)や消耗品等、必要なものがあれば用意しよう。その上でお前に頼みがあるのだが……」

「? なんなりと」

 

ここにきて「頼み」と言われたことに首を傾げながら、メイドとしての礼を取る。

 

「“蒼の薔薇”を全員、生かして帰してやってほしい」

「……畏まりました」

 

エントマが苦もなくペコリと頭を下げる。……忠誠心が高いというのも困りものだ。これでは、本人の意志が、アインズの一言で全て塗り替えられてしまうではないか……。

 

「まあ聞くのだエントマよ。私は『頼み』と言ったぞ。盲目的に従わせるのは本意ではない。事情を話すから、その上でお前の正直な感想を聞かせてほしい」

 

そう前置きし、アインズは“蒼の薔薇”が今後の計画の役に立つこと、殺しては勿体無いことを説明する。

 

「――そういうわけで、なるべく生かしておきたいのだが……」

「……アインズ様、でしたら、私をこの任からお外し下さい。私はあれらとは面識があります。計画の妨げになるわけには参りません」

 

エントマは、この執務室に来てからついさっきまでの悲喜(ひき)交交(こもごも)をそのまま投げ捨てるように、事もなげに言い放った。……本当に、この忠誠心には困ったものだ……。

 

「そこでだなエントマ。私はお前に、正体を隠して、連中を追い払うことを頼みたい」

「……え?」

 

エントマがようやく困惑の表情を見せた。

 

「実は、お前の正体を隠す方法があるのだ。この指輪を付けてみるが良い」

 

エントマがまた別の指輪を受け取り、指に()める。するとその瞬間、全身が黒く染まり、黒い(もや)が吹き出した。

 

「アインズ様、これは……?」

「それは“黒衣(くろご)の指輪”と言ってな、装備した者の正体を分からなくするものだ」

 

黒衣(くろご)の指輪”。これを装備すると、対象は輪郭のぼやけたシルエット状になり、(もや)のエフェクトも付く。ユグドラシルでは、情報ウィンドウに表示されるプレイヤー名や所属ギルドまで黒塗りになるという、なかなかに凝った仕様だ。正体を隠す専用のマジックアイテムである。

 

……しかし、実のところ、レベル80以上ならたいてい用意している程度の看破系の魔法や特殊技術(スキル)で、簡単に剥がれてしまったりする。そのため、レベル100プレイヤー相手に闇討ちPKなどまず不可能、という、結局は微妙系のネタアイテムというオチが付く。ただ、これのせいで一時、低レベルプレイヤーへの辻斬りPKが横行し、用心棒を雇い入れての剥がし&晒し祭りが、あったとかなかったとか……。

 

アインズもさっき「あれ? 見た目変わらないな」と思ってはたと気づき、自身の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の〈魔法的視力強化/透明看破〉を切って、正常に動作していることを確認した。

 

(ふむ……これがフレーバーテキストの『認識阻害』というやつか。面白いな)

 

ユグドラシルでは再現できなかった感覚が、この世界では再現されているらしい。真っ黒な状態のエントマを見ていると、頭が少しぼんやりして、その大まかな姿でさえなぜか印象に残らない。アインズは特殊技術(スキル)のオン・オフを切り替えつつ、エントマを興味深そうに眺めた。そして、エントマが少し困ったようにもじもじとしたところではっと我に返り、視線を切った。

 

「オホン……デミウルゴス、説明してやってくれるか?」

「お任せを」

 

今回の作戦の提案者であるデミウルゴスが引き継いで、幾つか細かな説明を加える。

 

「――まとめますと、エントマ、あなたがこの任務に就くにあたって、『縛り条件』が二つあります。ひとつは、“蒼の薔薇”を殺さないこと。もうひとつは、“蒼の薔薇”に正体を悟られないこと。よろしいですか?」

「はい」

「その指輪を付けるのはもちろんのこと、以前使ったものと同じ……いえ、正確には、()()()()()()特殊技術(スキル)を使ってはいけません。どうですか?」

「……んぅ~……できます! お任せ下さいぃ!」

「良い返事です」

 

既にエントマの中では戦術を立てているらしい。デミウルゴスも満足そうだ。

 

「あ~と、エントマ、正体をバラすなとは言ったがな――」

 

一応、アインズは一言付け加える。

 

「思わぬ事故で、勘付かれてしまうこともあるかもしれない。お前の能力や手腕に関係なく、偶然というのは起こりうるものだからな。万一、連中に気づかれてしまったら、その時は作戦を『皆殺し』に変更する。たとえ連中が死んでも、代わりのプランならいくらでもあるからな。私はどっちに転ぼうが構わんぞ」

 

ここまでの流れを全部ひっくり返すようで悪いが、もし仮にこの計画が失敗してもエントマが落ち込まないように、アインズは一応の保険をかけておいた。これはアレだ。「何かあっても俺がケツを持ってやる。とりあえずお前のやれるところまでやってみろ」という「理想の上司」像だ。

 

……ちなみに、アインズは代わりのプランどころか、メインのプランすら知らない。大丈夫、いざとなっても、あの優秀な二人ならきっと何とかしてくれる。……あれ? これむしろ最低の上司じゃね……? ……そんなアインズの葛藤(かっとう)は続く……。

 

「アインズ様、ご安心下さい! このエントマ、必ず成功させてご覧に入れます!」

「うむ、期待しているぞ。その……すまないな。成功した場合、お前に約束した、あの娘の声をやることはできんが……」

「いいえぇ! それ以上のものをいただいております! 必ずや、このご恩に報いてみせます!」

 

ええ子や、とアインズは温かな気持ちになった。

 

ああ、それと最後に――

 

「大事なことを言い忘れていたな。前回お前を苦しめた、あのイビルアイのオリジナル魔法。名前は確か……〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉、とか言ったな……」

「っ…………」

 

エントマがキュッと身を固くする。おそらくトラウマなのだろう。天敵魔法だしな。

 

「はっきりと言おう。それを防ぐ手立てはない」

「……分かっております」

 

ユグドラシルにおいて、種族特性というのは強固なものだ。それは装備や魔法で安易にカバーできるものではない。アインズ自身、スケルトンメイジ系の特性として炎、神聖、そして打撃という弱点があり、多少細工したところで、そのうちの一つを軽減できるくらいが関の山だ。

 

「私の支援魔法による能力底上げで、相対的に脅威を減らすことはできるかもしれんが、何より、アレを食らった時点で、お前の種族がバレてしまう。そうなると、連中が何か勘付くことは明白だろうな」

「はい」

 

その通りだ。そしてそれは「作戦失敗」を意味する。

 

従って、言えることはただ一つ――

 

「だから、絶対に食らうな」

 

 

 

 

作戦説明が終わり、一旦第7階層に戻ったデミウルゴスは――

 

(アインズ様。このデミウルゴス、少しでもご期待に沿うことができたでしょうか?)

 

――自らを(かえり)みていた。

 

(私の提案した内容など、当然アインズ様は見越しておられただろう。あの“蒼の薔薇”を生かしつつも、エントマの屈辱を晴らし、我らシモベの溜飲(りゅういん)を下げるための策。おそらく、あの偽ダンジョンを作った時から……いや、もっと以前から……。しかし、アインズ様は御自(おんみずか)らそれをお命じになるのではなく、配下である我々から案として上がってくることを望んでおられた。……本当に、どこまでも聡明で、慈悲深きお方よ……)

 

……人知れず涙する最上位悪魔(アーチデヴィル)がいたことを、アインズは知らない。

 




さあ、捏造とオリジナル設定いっぱいですよ~!
ここが受け入れられるかどうかで分かれると思います。
よろしければそのあたり、ご感想お聞かせ下さい。


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会敵

<前回のあらすじ>

バフみ。



「ヨク来タナ。待ッテイタゾ」

 

王都西にある洞窟の深部、人の知られざる領域にて――

 

「サア、死ヌ気デカカッテコイ」

 

――“蒼の薔薇”は、正体不明の存在と対峙(たいじ)していた。

 

小柄な()()と、少女のような声。しかしその全身は漆黒に染まり、その声色は殺意に満ちている。

 

華麗なるアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のリーダーことラキュースは、正義を重んじる。たとえ相手が人間でなかろうと、会話ができるのであれば、まずは平和的交渉を試みるのが彼女の信条だ。

 

「あなたが、この洞窟の主かしら? 勝手に入ったことは謝るわ。けれど、ここは私達人間が縄張りとする地。人間として見過ごすわけにはいかない。もしよければ、ここが()()()()()、あなたが()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私達に聞かせてはもらえないかしら?」

 

貴族の令嬢らしく、ラキュースは(りん)と澄んだ声で威厳を持って問いかける。……が、なぜだろう? 今にも「ほらね、怖くない。ね? 怯えていただけなんだよね?」とでも言い出しかねない、妙にあったかい雰囲気を(まと)っているのは……。

 

「…………」

 

「その存在」は、ラキュースの質問に一切答えることなく無言で立ちすくみ、剣呑な雰囲気でこちらを凝視している。明らかに話し合いに応じる構えではない。

 

「おい、貴様! 何者だ!? その黒い姿……見たことはないが、お前は()()()()種族なのか? それとも、正体を隠しているのか?」

 

イビルアイが強者の雰囲気を(まと)い、高圧的な態度で詰問する。この場の優位は自分たちの方にこそある。何しろ、奴は今まさにこの棲家(すみか)の奥底まで入り込まれ、後がないのだから……。

 

「…………」

 

……無言。しかし――

 

「なっ!? くっ……!」

 

「ごおっ」と、その黒い姿から凄まじい殺気が膨れ上がる。圧倒的な敵意が叩きつけられ、一同が身を(すく)ませる。

 

黒い存在の両手が、すうっと「()」の字に伸びた。あれは、鎌のような武器だろうか。全てが黒いため、どこまでが手で、どこからが鎌の(つか)かすら分からない。

 

「おいラキュース、どうやら話し合いに応じる気はなさそうだぜ。野郎、最初のセリフ以外もうウンともスンとも言いやがらねえ」

「向こうは完全にやる気。殺気がガチ」

「残念。美少女のお出迎えなら良かったのに……」

 

ガガーラン、ティナ、ティアはそう言うと、武器を構えた。ラキュースは「ふぅ……」とやるせなさそうに溜息をつくと、気持ちを切り替えたのか、キッと()を目で射抜く。

 

「総員、戦闘態勢!! 強敵1! たぶん近接戦闘型! 方針はさっきと同じ! かかれ!!」

 

一同は散開する。

 

「まずは私から開幕と行こうか! 〈飛行(フライ)〉!」

 

イビルアイは空間の広さを生かし、空戦を選択する。

 

「さっきの死の騎士(デス・ナイト)より弱いなんて言うなよ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

空中から滑空するように高速接近し、爆撃機のように水晶の欠片を放出する。

 

敵は鎌を持ったまま両手で顔をかばい、そのまま多くの(つぶて)をその身に受けた。魔法で作った結晶はすぐさま消え去る。並の生き物なら、この時点で穴だらけの身体から血を吹き出して倒れるはずだ。しかし、やはりそんなに弱いはずがない。奴は持ちこたえていた。全身が黒いので、どのくらいの傷を与えたのかもよくわからない。

 

黒い存在がかばっていたその両腕を下ろした時には、既にガガーランが目の前まで肉薄し、刺突戦槌(ウォーピック)を振りかぶっていた。

 

「ォォオオオ! 〈剛撃〉!」

 

武技によりスピードの倍加した振り下ろし。しかし――

 

「…………」

 

スッと、黒い影は最小の動きでそれをすり抜けた。そして、まるで力の入っていないような振りで、鎌を一閃する。

 

「ぐっ……!」

 

それは鋭く、ガガーランの踏み込みの足に一筋の傷を作った。

 

と、黒い敵の右後方から――

 

「シッ! 不動金縛りの術!」

 

ティナが“スリケン”を投じると同時に、忍術を発動する。これが決まれば、敵は避けることすらできずに刃物の餌食となる。

 

しかし――

 

「…………」

 

金縛りをかけたのにも関わらず、敵は首だけをひょいと曲げてスリケンを避けると、お返しに何かを投擲(とうてき)する。それは意趣返しとばかりに黒くて平べったい、謎の物体だった。ティナの投擲(とうてき)速度よりも速く、正確に眉間を狙う。

 

「っ!?」

 

ティナがギリギリで身体を反らして避けられたのは、経験と勘によるものか……。

 

「なら、こっち!」

 

今度は敵の左斜め後ろから、ティアが網を投じる。しかし、網は敵にかかることなく、パサリと落ちる。

 

「…………」

 

黒い敵はティアに向き直り、先ほどと同じく、()()()()をティアにも投げつける。

 

「おぉぅっ!!」

 

既に見て心構えのできていたティアは、どうにか避ける。……それにしても、鎌を持っている手でそのまま投擲(とうてき)を行うとは、並大抵の技術ではない。黒くてよくわからないが。

 

「これならどうだ!? 〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉!!」

 

やや上空、敵の死角から、イビルアイが得意のオリジナル魔法をかける。しかし、それは効果を発揮しない。

 

「くそっ、だめだ!! 行動阻害耐性あり! 弱体化不可!」

 

イビルアイがすかさず叫んで全員に伝える。行動阻害のみならず、負のエネルギーによるダメージと数々の状態異常を引き起こす、イビルアイの最強のカードの一つ〈砂の領域・対個(サンドフィールド・ワン)〉。これを抵抗(レジスト)された以上、もはや搦手(からめて)による弱体化は不可能と見ていい。

 

「〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉」

 

ラキュースがガガーランをやや後退させ、足を手早く治癒する。人間は万全かそうでないかで出せるパフォーマンスが全然違う。ラキュースは続いて強化魔法(バフ)の詠唱に入る。長期戦になる構えだ。

 

「…………」

 

敵は無言でじっとしている。現在はガガーラン、ティナ、ティアで三角形(トライアングル)状に囲んでいる布陣となっている。支援役のラキュースはガガーランの後ろ。イビルアイは空中にて臨機応変。この完璧な包囲陣形に対し、黒い存在は、今のところ自分から積極的に仕掛けてくる様子はない。しかし、じっとこちらの様子を観察しているような、何か底知れない不気味さを感じる。

 

「……コイツ、やっぱ似てやがんな。なあティア」

「……確かに」

 

……そう、似ているのだ。小柄ながらに異常な底力を持っているところも、行動阻害や弱体化魔法(デバフ)が効かないところも、死角に回り込んだはずなのに完璧に対応される視野の広さも、そして、向けられる殺気の種類も……。実際に剣を交える戦士職には、戦う相手に対する、何かそういう「気付き」みたいなものがある。

 

「なあお前、キモ蟲メイドだろ!? 王都で俺と戦った」

「…………」

 

無反応。

 

「ご主人様はどうしたよ? ヤルダバオトってやつ」

「…………」

「黒くてわかんねえけどそれメイド服だろ? あのくっそ(かて)ぇの」

「…………」

「なんかしゃべれや! 女の声してたけど、アレだろ? “口唇蟲(こうしんちゅう)”っつったっけか。本当の声聞かせてくれよ。俺、お前のダミ声好きだぜ」

「…………」

 

ガガーランは手当たり次第にカマをかけてみる。が、全て無反応。

 

「ガガーラン、さすがに見当違いだ」

「けどよぉ……」

 

イビルアイが(いさ)めるが、ガガーランは不審がっているようだ。まあ、気持ちは分かる。あれほど強い存在とは、そうそう出会うものではない。おまけにどちらも王都近辺だ。このレベルの魔物が他にもゴロゴロといられては、たまったものではない。だが――

 

「こいつはあの蟲メイドより攻撃手段は少ないが、近接戦での基礎能力は多分上だぞ」

 

ガガーランとティアは蟲メイドと死闘を繰り広げたせいで印象が強いのかも知れないが、イビルアイは知っている。ヤルダバオトの配下には、あれと同じくらいの強さのメイドがもう4人いた。それに、イビルアイはその長い人生の中で、それなりの数の強者に出遭ってきている。おそらく、世の中いるところにはいるのだ。人間の生活圏が狭いだけで。

 

「でも、正体を隠しているのは怪しい」

「む……」

 

確かに、それは一理ある。あの黒いのが元から「そういう生き物」でないとしたら、特殊技術(スキル)かマジックアイテムにより、正体を隠している、ということになる。

 

(だとすると、何のために……?)

 

仮に、もしもあれが、正体を隠した()()蟲メイドだとしたら、この洞窟はもしや、大悪魔ヤルダバオトの(ねぐら)……?

 

(馬鹿な!?)

 

そこまで考えて、イビルアイの背筋にはぞぞぞっと何かが這い上がる。

 

(……まさかとは思うが……いや、そんな……。……確かめなければ……!)

 

そして、もしもそれが真実なら、何としてでも無事にここから生還して、この事実を伝えなければならない。王国全土に、そして、あの大悪魔と互角に戦える唯一の存在、英雄モモン様に……!

 

「なあイビルアイ。もしヤツの正体が蟲メイドなら、『アレ』が効くんじゃないか?」

「……ああ、そうだな」

 

そうだ。確かめる方法はあるのだ。

 

「…………!」

 

突如、それまで静かだった黒い存在に動きがあった。ユラリ、と左右に揺れたかと思うと、例の()()()()を、2つ同時にイビルアイに向けて放つ。

 

「くっ……〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 

地上でならともかく、空中では瞬時の制動が効かない。イビルアイはやむなく魔力で盾を生み出し、跳ね返す。「ガインッ!」という、異様に固くて重い衝撃音が響いた。まともに食らっては危ない。

 

(まさか、こいつ、今の話を聞いていた……? 本当に奴の正体はあの蟲メイドで、話を聞いて危機感を抱いたのか? ……いや、あるいは単純に、身に覚えのない無駄話で戦闘を中断されて、痺れを切らしただけの可能性もある、か。……やはり、ここはひとつ、確かめるしかないな……)

 

イビルアイが身を守りながらそう考えている隙に、敵はシュッとかき消えていた。

 

「ティナ! 後ろ!!」

 

遠くにいたお陰で動きを追えていたラキュースが叫ぶ。黒い存在は恐るべき速さで地を滑るように移動し、自分を囲んでいた三角形の一角、ティナの背後へ逆に回り込んだのだ。

 

「くっ!」

 

繰り出される高速の鎌を短剣で辛うじて受けきったティナは、そのまま体当たりでふき飛ばされる。黒い敵はそのまま包囲を抜け出して後退した……かと思うと、そのままUターンし、今度はティアに襲いかかる。

 

「なめるなっ!」

 

黒い2つの鎌を、同じく2振りの短剣で迎え撃つティア。しかし、2刀を受け止めた瞬間に強烈な蹴りをくらい、ガガーランのところまでふっ飛ばされる。

 

「ふぐっ!」

「うおっ!?」

 

ティナとティアがふっ飛ばされた先は、ラキュースとガガーランのいる位置。つまり、今は4人とも固まった位置にいる。イビルアイは空中で後退し、4人と敵との間に割って入れる位置で牽制している。これを狙っていたとばかりに、黒い存在はスッと右手の鎌を掲げた。その瞬間――

 

ゴオォッ! っと、炎が吹き出した。洞窟が瞬時に煌々と照らされる。洞窟の薄暗さに慣れた一同の目に、唐突に増した光量が襲いかかり、視界が一瞬真っ白に染まった。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

あまりにも予想外な攻撃に即座に対応できず、炎に巻かれる面々。どうにかゴロゴロと地面を転がって抜け出し、手持ちの回復手段で手早く火傷(やけど)を癒していく。

 

「やられた……。魔法が使えるなんて……」

 

黒い存在は、炎に照らされてもなお暗いその姿で、その場を動かず、そんな4人の踊る様子をぼんやりと見つめていた。

 

……そう、ぼんやりと見つめていた。

 

(バカめ! 隙だらけだ!!)

 

炎の餌食になるのを唯一回避していたイビルアイが、低空飛行で回り込み、潜り込むようにしてその横顔に殺到する。そして――

 

「くらえっ! 〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉!!」

「!!?」

 

――白い霧が、その黒い身体を覆った。

 




蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉:エントマの天敵魔法。食らうと死ぬ(蒼薔薇が)。


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死戦

<前回のあらすじ>

お願い死なないで“蒼の薔薇”! あんたが今ここで倒れたら、アインズ様との約束はどうなっちゃうの? 隠蔽の効果はまだ残ってる。ここでバレなきゃ、生きて帰れるんだから!



「くらえっ! 〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉!!」

「!!?」

 

二百年前、イビルアイが蟲の魔神向けに開発したという、オリジナルの殺虫魔法が炸裂した。白い(もや)が、敵のその黒い身体を包み込む――

 

「!……!」

 

最初、黒い影は、驚いて身構えている様子だった。

 

「…………?」

 

次に、不思議そうな仕草で、自らを覆う白い(もや)を見つめていた。

 

「…………」

 

しまいには、(わずら)わしそうに両手でパッパッと払おうとしていた。

 

手で扇いだ程度では魔法の霧は晴れない。相変わらずまとわりついたままである。しかし、魔法の効果時間自体がほどなくして切れ、白い(もや)はスゥッと立ち消えになった。

 

「…………」

 

その一部始終を、イビルアイは見ていた。炎から抜け出して治癒中のガガーランも、ティアも、ティナも、ラキュースも、全員が見ていた。……状況は明らかだ。先ほどのイビルアイの魔法は、相手に何の痛痒(つうよう)も与えていない。

 

「…………」

 

黒い存在が、不意打ちで魔法を食らわせたイビルアイをジロリと睨み、右手の鎌を掲げた。その仕草には見覚えがある。

 

「っ!? 回避!」

 

次の瞬間、ゴオッと炎が吹き上がった。今度は効果の中心にいたイビルアイも少し焦げたが、残り4人も軽く(あぶ)られる程度でどうにか回避する。一度見たからこその対応だ。

 

「イビルアイ、すまねえな。勘違いだったみたいだ」

「なに、私も気になったからな」

 

結局魔力を無駄にしただけだったが、まあ、疑念を晴らすための必要経費とでも思うことにしよう。イビルアイはむしろ、あのヤルダバオトとの繋がりという、身の毛もよだつような連想を断ち切れたことに、心のどこかで安堵(あんど)しながら、気持ちを切り替えることにした。

 

「しかし、そうなると厄介だぞ。あいつには弱点がない。その上、蟲メイドより強い」

「あーあ。とんだ復帰戦だなオイ」

「違いない」

 

ガガーランとティアがそんな軽口を叩く。さあ、仕切り直しだ。

 

 

 

 

『「絶対に食らうな」、とは言ったがな、エントマ』

 

アインズの話には、続きがあった。

 

『食らうのを恐れて全力で逃げていては、それはそれで正体をバラしているようなもの。これも先ほどの欺瞞(ぎまん)情報と同じだ。疑われるのなら、晴らしてしまえばいい。「実際に魔法を受けたが何も効果がなかった」、というところを見せてやるのだ。そうすれば、向こうはもう二度と撃ってこない』

 

……そう、全ては戦術のうちだった。

 

まずはじめの仕掛けは、符術〈轟炎符〉。〈爆散符〉とは異なり、純粋な炎ダメージを与えるものだ。これは同時に相手の目をくらませ、炎への対処に集中させ、エントマ自身から注意を離す目的がある。

 

次にエントマがしたことは、幻を作り出す特殊技術(スキル)の使用。自分と重ねるように、寸分違わぬ真っ黒な自分の幻影を作り出した。

 

それと同時に、エントマはある一つの巻物(スクロール)を使用した。その中身は、第九位階魔法〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉。“蒼の薔薇”にとっては神代(かみよ)の魔法。連中ごときには決して看破されることはなく、それ故に、たとえ必中魔法であっても対象選択(ターゲティング)されることはない。

 

不可知化したエントマは幻影から離れ、〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉の効果範囲外から幻影を操って、さも「なにこれ?」的な演技をさせる。これをしっかりと“蒼の薔薇”全員の目に焼き付けさせる。

 

あとは〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉の効果終了を待った後、幻影の動きに合わせて再度〈轟炎符〉を放ち、その隙に幻影に重なるようにして全てを解除。元の状態に入れ替わる、というカラクリだ。

 

もちろん、ここまでお膳立てしておきながら、イビルアイが〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉を撃ってこない可能性も、幻影に別の攻撃をされてタネがバレてしまう可能性もあった。しかし、アインズにより全能力と全知覚を強化されたエントマは、“蒼の薔薇”の()()を見通していた。会話内容、目配せ、位置取り、連携……その全てだ。実力が一段上の者にしかできない、戦局全体の俯瞰(ふかん)とコントール。……そう、イビルアイは〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉を()()()()()()()()()()()()()()()。まさに疑惑を晴らす絶好のチャンスを、()()()()()()()

 

ここまで全ての布石も、第九位階魔法の巻物(スクロール)という貴重品の使用も、全てがこの「〈蟲殺し(ヴァーミンベイン)〉無効」という、たった一つのささやかな欺瞞(ぎまん)情報を掴ませるため。この戦いの背後にあるアインズの知恵とエントマの努力を、“蒼の薔薇”が知ることは、もはやない。

 

 

 

 

「〈酸の飛沫(アシッド・スプラッシュ)〉!」

 

イビルアイの酸の攻撃を避けた黒い存在に合わせるように、ガガーランが待ち構えて刺突戦槌(ウォーピック)を振るう。

 

「ふん!」

 

それはあっさりとかわされる。しかし、想定済みだ。

 

「砕けや!」

 

“鉄砕き”の特殊効果が発動する。この洞窟の地面は不思議な効果で砕けなかったが、地属性の衝撃は同心円状に広がった。

 

「…………」

 

黒い存在はほんの少しバランスを崩す。それを狙っていたとばかりに、背後からティナが短剣を振り下ろした。

 

「…………」

 

しかし、そんな崩れた体勢からすら、黒い存在はその短剣をかわしざま、鎌を一閃する。その瞬間、ティナの短剣を握った右手首は宙を舞った。

 

「っ!」

 

ティナは素早く距離を取ると、左手で懐から第二位階魔法〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉相当の高級ポーションを取り出し、切れた右腕に振りかける。遠くにボトッと落ちた右手は消滅し、代わりに、ぼたぼたと血を流していたティナの右腕は生え戻った。ここまで(うめ)き声一つ上げないのは、さすが元イジャニーヤと言ったところか……。

 

ティナがそうしている間にも、戦局は動いていた。

 

「射出!」

 

ラキュースが“浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)”を4本撃ち出し、カバーに入る。しかし――

 

「…………」

 

カカカカンッと、4本の剣のうち3本は、鎌によって強く弾かれ、大きな円軌道を取ってラキュースの元へ戻っていった。そしてもう1本は――

 

「ぐっ……」

 

背後で隙を突くつもりだったティアの右肩口に突き刺さっていた。これを狙って弾いたのか。超級の技術だ。

 

「〈水晶の短剣(クリスタルダガー)〉!」

 

ティアが回復する間、今度はイビルアイがカバーに入る。短剣はかなりの速度で黒い存在の背中に突き立った。

 

「…………」

 

さすがに効いたのか、黒い影は身をかがめて膝を折る。そこへ――

 

「ここだっ! くらえっ!」

 

ガガーランの十八番(おはこ)、怒涛の連続攻撃が襲いかかる。ラキュースの強化魔法(バフ)により、速度も筋力も増した、必殺の連撃。

 

「…………」

 

……それを、黒い影はヒョイヒョイとかわし、時には先端に鎌を引っ掛けて()()()。背中に短剣が刺さった状態とは思えない。明らかにあの蟲メイド以上の身のこなしだ。ガガーランに焦りが見えた頃、黒い存在は連撃の狙った一つと交差し、すり抜けざまにカウンター気味に鎌を一閃する。

 

「ぁ……ぁ……っ」

 

それは、ガガーランの右の首筋を裂いた。ガガーランは頸動脈(けいどうみゃく)から激しく吹き出す血を手で抑えながら、よろよろと後ずさる。

 

「ガガーラン! しっかりしろ!」

 

ティナがガガーランを後ろに引きずり倒すと、手早くポーションを振りかける。

 

「す、すまねえ……。けど……くそっ……」

 

ガガーランは今の数合(すうごう)で察した。奴は自分が(かな)う相手ではない。おそらく、さっきの自分の得意技を100回食らわせたところで、100回同じ結果に終わるだろう。それほどまでに敵との力量差は歴然としていた。

 

「超技! 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォォオ!!」

 

仲間が続々と返り討ちに合う中、今しかないと思い、ラキュースは“魔剣キリネイラム”の効果を発動する。派手な衝撃波が、黒い存在へ殺到する。

 

「…………」

 

「カィンッ!」と、妙に軽い音がした。見ると、黒い存在の左手には、鎌ではなく、真っ黒なカイトシールドのようなものが掲げられており、ラキュースが放った無属性エネルギーの奔流は、あっさりとそれに受け止められていた。

 

「そ、そんなっ!? 闇の力を秘めし、私の超技が……っ!」

 

ラキュースは驚愕している。そもそも、あんな盾をどこから出したのだ? いくら黒くてよく分からないとはいえ、大きさ的にその身に収納するスペースなどなかったはずだが……。

 

「…………」

 

お返し、とばかりに、黒い影はラキュースに向けて何かを投擲(とうてき)した。あの平べったいやつか、と思ったら今度は違う。今度は(こぶし)より一回り大きくて質量のありそうな、黒い塊だ。

 

「ぐぅっ!」

 

剛速球と言っていいその塊を、ラキュースは“浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)”と魔剣の腹で受け止める。しかし、あまりのその重さに勢いを殺せず、そのまま後ろへ吹っ飛ぶ。

 

そこへ、時間差でもう1球、腹に飛んできた。

 

「ぐふぅっ!?」

 

ラキュースの鎧、“無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)”がひしゃげそうなほどの力が加わり、鎧越しに内臓を突き抜けるような衝撃が走る。

 

「ぐぅぅ……」

 

ラキュースが(うめ)きながら、ヨタヨタとポーションを取り出して(あお)る。

 

ラキュースは思った。このままではまずい、と。メンバーは事あるごとに深刻なダメージを負い、回復アイテムは恐ろしい勢いで消え、治癒役(ヒーラー)としての自分の魔力ももう残り少ない。万が一、回復手段が尽きた状態で誰かが致命傷を負ったら、この洞窟から脱出する前に息絶えてしまうだろう。そして何より、これだけこっちは消耗しておきながら、未だにイビルアイ以外の誰一人として、あの黒い存在に有効なダメージを与えられていない……。

 

(判断が遅れたわ……!)

 

リーダーとしてそれを後悔する。しかし、まだ遅くはない。まだ誰も死んでいないのだから。

 

「総員、撤退! アレは無理!!」

 

そう声を張り上げた時には、ティアが脇腹を切り裂かれていた。イビルアイが素早くティアを回収し、ポーションを傷口にかけつつラキュースの元まで後退する。他のメンバーも集まった。あとは、もと来た通路まで全力で走るだけだ。

 

……しかし、黒い存在は確実にこちらを見て、逃すまいと殺気を放っている。

 

イビルアイが、4人の前に真っ直ぐに立ち――

 

「……お前達は足手まといだ。先に行け。私がなんとかする」

 

――敵を(にら)みつけながらそう言った。

 

「イビルアイ……」

 

彼女ならそう言うだろうということは、メンバー全員が分かっていた。そして、悔しいが、それが最善だということも……。

 

「お願い。ほんの少しでいいから時間を稼いで。それからすぐに逃げて。待ってるから」

「ああ、わかっている」

 

イビルアイが決意の目で4人の前に立ちはだかる。

 

「お前なぞ私一人で充分だ! くらえ! 〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉!」

 

イビルアイが電撃を放つ。これならばあのカイトシールドを貫通し、本体にもダメージを与えることができる。

 

「…………」

 

龍の如き閃きが通り過ぎ、一瞬奴の動きが止まったが、さほど効いていないようだ。魔法の選択を誤ったか。……しかし、今一瞬あのカイトシールド自体が「ビクッ」と跳ねたような……。いや、きっとあの黒い(もや)のせいで見間違えたのだろう。

 

イビルアイが仲間の逃げ道とは逆方向から接近を試みると、黒い存在はイビルアイに向き直り、さきほどのあの黒い塊を放った。イビルアイは〈飛行(フライ)〉の速度を増して旋回し、その射線を避ける。しかし、その黒い塊は突如としてブーメランのように変形すると、まるで意志を持ったかのように軌道を曲げて、イビルアイの腹部に衝突した。

 

「ぐっ! ……くそっ」

 

思わぬダメージにイビルアイは歯噛みする。……しかし、これで時間は稼げた。メンバー4人が通路口でこちらを見て「コクン」と頷き、その向こうへ駆けていったのを確認した。あとは自分も逃げるだけだ。

 

……その時、通路口の左右に、輝く魔法陣が出現した。何かが召喚されてくる……。

 

一体は、トレンチコートに笑い顔の仮面を身に着け、指先がメスになっている細身のアンデッド。もう一体は、包帯の巻かれた身体に(かぎ)を突き刺したような、屈強なアンデッド。

 

細身のアンデッドの方は4人を追い、肉厚なアンデッドの方は通路口に立ち塞がった。

 

「ふん……。私達を分断した、というわけか……」

 

イビルアイは、内心焦りつつも、あくまで不遜な態度を崩さずにそう言い捨て、黒い影に向き直った。

 




私はイビルアイ。伝説にすら(うた)われる女。
敵がどれほど強大だとしても――それでも戦アヘェ!?


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絶望

<前回のあらすじ>

ここは私に任せて先に行け! なあに、後ですぐ追いつくからよ……。



「〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 

水晶の障壁が展開し、「ガインッガインッ!」と重い衝突音を奏でる。イビルアイはその間に小さく息をつき、次に備えて詠唱を始めた。

 

(まず)いな……)

 

状況は(かんば)しくない。洞窟の奥、その主らしき黒い存在と、孤立無援となったイビルアイ。一対一で戦っているのだが、まだ数分しか経っていないはずなのに、数時間のように感じる。

 

敵の戦法は単純だ。イビルアイが〈飛行(フライ)〉で空中に逃げれば、あの回避の難しい投擲物(とうてきぶつ)が正確に急所を穿(うが)ってくる。さりとて地上に降りて体捌(たいさば)きで避けようとすれば、今度は本体が恐ろしい速度で向かってくる。空中戦で距離を取るタイプの魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるイビルアイにとっては、安全地帯を潰された形だ。

 

「いい加減くたばれ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!」

 

水晶の欠片(かけら)が黒い影に飛びかかる。相手はその密集部を身体を(よじ)って(かわ)すが、端の一部を食らってよろめいた。黒い存在は身軽さを優先したかったのか、いつの間にかカイトシールドを手放し、両手に鎌を持つスタイルに戻っていた。

 

(馬鹿な奴め、この回避の難しい水晶の散弾から身を守る(すべ)を、自ら捨てるとは)

 

イビルアイのこの場における攻撃手段は、(もっぱ)ら〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉である。至近距離で集中してダメージを与えることもあれば、離れた位置からワイドレンジで放つこともできる。仲間の巻き添えの心配がない今、イビルアイはこの得意魔法を心置きなく振るっていた。

 

(しかし……)

 

黒い存在の様子を確認しながら、イビルアイは焦りを抱く。自分の魔法は今までそれなりに命中し、ダメージを与えてきたはずだ。相手の様子からも、その手応えがある。なのに、奴の動きに衰えが見られない。本来であれば、そろそろこのあたりで相手の動きに精彩を欠き、形勢が傾くはずなのだが……。

 

(異様に打たれ強いのか、それともまさか、自動回復のような手段を持っているのか……?)

 

それは恐ろしい想像だ。これまでのダメージの蓄積が、無意味になるということなのだから。

 

(見通しが甘かった……。これは作戦失敗だ……)

 

そう。イビルアイは、最初のうちは自分の魔法攻撃の手応えが大きかったため、ゴリ押せば(たお)せると踏んでしまったのだ。〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉で身を固め、〈損傷移行(トランスロケーション・ダメージ)〉で肉体ダメージを抑え、小技で誘導しつつ〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉でダメージを与える。魔力を出し惜しみせず、殺し切る方向へ舵を切ってしまった。

 

しかし、イビルアイの戦闘経験はつい今しがた、冷たい計算結果を返した。すなわち、このまま魔力を使い切るまで戦っても、奴を(たお)し切れない。魔力の切れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)など、ただのサンドバッグだ。イビルアイは体術でもそこらの有象無象に負けない自信があったが、それが目の前のこの化物相手に何になるというのだ?

 

(やはり撤退だ。まだ魔力に余裕があるうちに何としてでも……なにっ!?)

 

イビルアイがそう決めたと同時に、黒い存在が猛攻を仕掛けてきた。黒い物を幾つも投げ放ち、炎の魔法を使い、逃げ道を塞いだ上で接近して鎌を振るう。それは懸命に致命傷を避けて守りに入ったイビルアイに、幾つもの軽傷を負わせた。

 

(こいつ……まさか……()()()()()()()? 私の魔力残量が……。()()()()()()()()()()()()()()が……っ)

 

あまりのタイミングに、イビルアイが思わずそんな馬鹿げたことを考えてしまうほどだった。

 

「くそ! 離れろ! 〈結晶散弾(シャード・バックショット)〉!」

 

至近距離からの魔法の投射を牽制(けんせい)に、ようやく距離を取ることに成功する。そして、やむを得ないとばかりに秘蔵のポーションを取り出し、隙を見せないようにと、瓶ごと自身で叩き割って中身を身体に吸わせた。

 

「…………」

 

黒い存在は、その様子をじっと見ていた。その姿はまるで、「まだ回復手段があるのか。あと何回分あるのか」と観察しているかのようだ。イビルアイはゾクッと体を震わせた。

 

残念ながら、この「イビルアイにだけ効く貴重なポーション」はこれ1本のみだ。あの王都での激戦後、またいざという時のためにと苦労して用意していたのだが、まさかこんなところで使う羽目になるとは思わなかった。再度入手するには、また昔の伝手(つて)を頼らなければならない。……もっともそれも、ここを無事に抜け出せたらの話だが……。

 

……………………

…………

……………………

 

「くっ……ぐっ! ……随分と元気じゃないか」

 

……それからは、防戦一方だった。どうにかして逃げ延びる算段を整えたいイビルアイと、まるでそれを見越したかのように余裕を与えない黒い存在。魔力も体力も減り続け、そして……

 

(もうこれしかない! おそらくこれが、最後のチャンス……!)

 

イビルアイが、最後の賭けに出ることを決意した。転移魔法は阻害されている。退却先の通路は一つのみ。そしてその通路口には、1体の包帯だらけのアンデッドが立ち塞がっている。一対一ならどうということもないだろうが、このままでは、あのミイラ男をどうにかするために黒い存在から背を向けた時点で、バッサリといかれるだろう。

 

(まずは、残りの魔力のほとんどを費やして、至近距離で奴に魔法をぶつける。そして、奴が(ひる)んだ隙に反転し、〈飛行(フライ)〉で全力で出口へ向かう。あの包帯男は、フェイントでも何でも掛けて、どうにかしてすり抜ける!)

 

あまりにもか細い糸だが、これを手繰(たぐ)り寄せるしかもう手はない。覚悟は決めた。

 

「おい黒いの! なかなかやるでないか! こうなったら、私の究極奥義でお前を葬ってやる! 食らうがいい!」

 

咄嗟(とっさ)に出たブラフのあまりの陳腐さに、自分自身泣きそうになる。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)〉!!」

 

至近距離から放たれる、一際(ひときわ)大きい水晶の弾雨(だんう)。それを――

 

「なっ!!?」

「…………」

 

――真正面から食らい、全身に被弾しながらもなお(ひる)まず、真っ直ぐに突き抜けてくる恐怖の存在の姿。それが、逃げるためにすっかり背を向けてしまっていたイビルアイの横目に、はっきりと映った。

 

(見透かされていたっ!? これまでか……っ!)

 

イビルアイは死を覚悟した。次の瞬間、おそらくあの鋭い鎌は自分の胴体を両断するであろう。

 

しかし――

 

「ぐぶっ!?」

 

――予想に反して背中に振り下ろされたのは、鋭利な刃物の一閃ではなく、鈍器のような衝撃。そのままイビルアイは地面にべしゃっと叩きつけられた。

 

もはや魔力も体力も尽きたとばかりに、ピクリとも動かないイビルアイ。

 

「…………」

 

黒い存在は、その喉笛を左手でガッと掴むと、喉輪攻(のどわぜ)めの要領でそのまま上に持ち上げた。黒い存在の体躯(たいく)は小さいが、イビルアイも同じくらい小さい。高く掲げるとイビルアイの足が浮くことになる。

 

「ぐっ……」

 

イビルアイが(うめ)く。彼女はもともと呼吸不要なため、首を絞められても窒息死することはないが。

 

「…………」

 

黒い存在はそのまま躊躇うことなく、右手に持った鎌をスッと引き、イビルアイの左腕を落とした。

 

「……っ!」

 

イビルアイの痛覚は、常人よりもだいぶ鈍い。しかし、四肢の欠損という事実は少なからず彼女に動揺を与え、これからすぐ先の、絶望という名の行く末を予感させた。

 

……そのせいだろうか? 切れた左腕が()()()()()()()……なんてことにまで、思考が回らなかったのは。

 

「…………」

 

黒い存在は一瞬「ピクッ」としたかと思うと、左手でイビルアイの喉を締め上げたまま、右手の鎌で彼女の仮面を弾き飛ばし、フードを外させた。

 

白い(かんばせ)(あら)わになり、金色の髪がふわっと広がる。

 

顔立ちは、体格と同じく、12歳前後の少女のそれ。しかし、まだあどけなさの残るその瞳は(あか)く輝き、苦しそうに食いしばった歯の中からは、長く伸びた犬歯が顔をのぞかせていた。

 

「…………」

 

黒い存在は、そのままイビルアイの頭を右手で掴み、ぐいっと顔を上へ向かせた。そして、しばらくそのまま静止した。

 

(……何なのだ? 何をしているのだこいつは? 殺すならさっさと殺せ……)

 

そんな、イビルアイの心中にある、諦観(ていかん)の叫びを無視したまま――。

 

 

========

 

 

「間違いありんせん。アレは吸血鬼(ヴァンパイア)。しかもニンゲンから()()()やつでありんすぇ」

「そうか。そこまで分かるのか。さすがは真祖(トゥルーヴァンパイア)だな、シャルティア」

「光栄ですアインズ様。どのようなことでもご質問下さいまし」

 

ナザリック地下大墳墓、第2階層。死蝋玄室(しろうげんしつ)のすぐ近くにできた、ダンジョンのモニタリングと調整を行う部屋で、アインズは()()()()()()()()。いつもの守護者達とプレアデスの面々に……。

 

『私が監督するのはもちろんのこと、ダンジョン管理者のシズ、階層守護者のシャルティアは、どのみち何かあったときのためにモニタしている予定だが、折角だから皆で鑑賞会とでも洒落込まないか? 部屋はあまり広くないが、手の空いている者は、レクリエーションがてら立ち寄るがいい』

 

……と、アインズが以前のスパリゾートのノリでそう言ってしまったのが運の尽き。ガルガンチュアを除く階層守護者とプレアデスは、速やかに当日の全ての予定を前倒しで完遂し、代役と緊急連絡手段を抜かりなく手配し、時間ぴったりに全員馳せ参じてしまった。そんなわけで、全員で“蒼の薔薇”が偽ダンジョンに侵入して以降の様子を見世物にしつつ、頃合いを見てエントマを送り出していたというわけだ。

 

……なお、エントマに強化魔法(バフ)を掛けるときに一悶着あったことは、ここでは伏しておく。

 

「あー……お前達、もっと砕けて良いのだぞ? これはちょっとした余興のようなもので、仕事ではないからな。気楽に楽しんでくれると嬉しい」

「アインズ様、私どもの楽しみは、アインズ様を楽しませることにこそあります。エントマの働きにはご満足でしょうか?」

「もちろん、エントマは素晴らしい働きをしているとも。ユリ」

 

そういうことではないんだけどなー、とアインズは心の中で苦笑した。

 

現在この部屋では、皆がやたらアインズを気にかけてくれることを除けば、全員ゆったりとカウチに座り、目の前の机にはポップコーンとポテトチップスとコーラ、もしくは、食事の趣味が違う者は各自おやつとドリンクを持ち寄っている。これはアインズの「ポップコーンでもつまみながら、のんびりと楽しんだらどうだ?」の一言に、守護者達が「それはいかなる至高の御方のお(たわむ)れですか?」と食いついた結果だ。副料理長まで巻き込んで、あれよあれよという間にここまでお膳立てが整った。恐るべしナザリック。

 

ルプスレギナが嬉しそうにポテトチップスをパリパリと(かじ)り、アウラがポップコーンをつまみつつ画面にコメントし、マーレがなんだか肩身狭そうにチューっとコーラをすする。デミウルゴス、コキュートス、ナーベラル、ソリュシャンは「あそこは自分ならこうする」などの戦術に関する議論を交わし、ユリはシズと昨今のダンジョン事情について情報のやりとりをしつつ、全員に気を配っている。ヴィクティムはふよふよと間を漂っている。そしてアルベドとシャルティアは、アインズの両隣にぴったりと寄り添っている。

 

(……まあ、これはこれで、みんな楽しんでいるようだしいいか……)

 

アインズはそう思うことにした。ここで「支払いは済ませといたから、あとは皆で楽しんでくれ」と言ってそっと去るのが理想の上司というものだが、さすがにそれは目的が違う。

 

「それで、アインズ様、いかがなさいますか? 予定を変更して、アレを捕えて、知っていることを全て吐かせることもできますが……」

「ふむ……」

 

話が逸れるところだったのを、アルベドが引き戻す。スクリーンでは、仮面を取ったイビルアイが苦悶の表情を浮かべていた。

 

「確かに興味があるな。転生した吸血鬼(ヴァンパイア)……なかなかレアではないか。それに、見た目通りの年齢とは限らんだろうしな」

 

アインズは考えた。ただ少し強いだけの人間の子供なら、別に聞くことなど何もない。しかし、あの小娘は何らかの手段で自らの種族を変え、おまけに何十年、何百年と人間の社会に溶け込んでいた可能性が高い。ならば、役に立つ知識の一つや二つは持っていよう。

 

……ちなみに、先ほどアインズが「興味がある」と言った瞬間に、アルベドとシャルティアの表情がスッと消えたことには、アインズは気づいていない。

 

「……しかし、吸血鬼(ヴァンパイア)となると厄介だな。おそらく精神作用系の魔法は効くまい」

「そうでありんすねえ」

 

人間であれば、〈支配(ドミネート)〉等で操って全て吐かせた後、〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉で尋問の記憶ごと消去して、何事もなかったかのように帰す、などという裏技も可能だ。既にそのコツは人体実験で掴んでいる。しかし、それが効かないとなると、情報を得ることと生きて帰すことを両立するのは難しい。

 

アインズがしばし悩んでいた、ちょうどその時――

 

 

========

 

 

「ぐ…………」

 

この黒い存在に首を締め上げられ、頭を掴まれながら、イビルアイの置かれた状況はそのまま停滞していた。イビルアイはアンデッドだ。窒息死も、切られた腕からの失血死もしない。しかし、それでこのままとは、何たる拷問か……。

 

(……ああ、そういえば、死を覚悟したことが、つい最近もあったな……)

 

思わず、走馬灯のような記憶まで浮かび上がってしまう。

 

思い出されるのは、まず大悪魔ヤルダバオト。その圧倒的な力を身に感じたイビルアイはあの時、確実に訪れる死を予感したのだ。けれども、その予感は果たされなかった。偉大なる大英雄が、その身を挺して救ってくれたからだ。

 

(……こんな時に何を考えているのだ私は……!? ……ああ、でも……)

 

……女々しいことは分かっている。みっともないことは重々承知だ。伝説の“国堕(くにお)とし”が、何てザマだ。……けれど、最期くらいいいじゃないか。この未熟な外見に見合った、愚かで少女趣味な夢を見たって。そう、もしも――

 

――もしも、この光景をあの方が見ていたら、また私を救ってくれるだろうか? こんな自分の姿を目にすれば、きっと矢のように飛んできて、風のように救ってくれることだろう。二本のグレートソードを軽々と操り、漆黒の鎧に赤いマントをたなびかせて……。今度はお姫様抱っこがいいな。あんな脇に抱えられるんじゃなくて……。あぁ……

 

「……もも……ん……さ……ま……」

 

……なんと情けない。250年の時を越えて生きた魔女の最期の言葉が、惚れた男の名前だとは……。

 

 

========

 

 

「…………」

 

なぜか、鑑賞会場には微妙な雰囲気が立ち込めていた。

 

女性陣は、こういうことには鋭い。一瞬で全てを察した。ただし、その反応は一様に「たかが吸血鬼(ヴァンパイア)のなりそこない風情が、烏滸(おこ)がましい」という嘲笑だった。特にナーベラルの侮蔑は一段強い。

 

「……ほう……くっくっく……。さすがはアインズ様……。そういうことですか……」

 

デミウルゴスは、それはもう嬉しそうに(わら)った。悪魔にとって、人間の心の機微(きび)はご馳走(ちそう)だ。それを見抜くのも、そして、利用するのも……。

 

……よく分かってなかったのは、少年と蟲王(ヴァーミンロード)、それと――

 

(なんだ、また土壇場で強者が助けに来てくれるとでも期待しているのか? まったく、人間とは度し難いな。あ、吸血鬼(ヴァンパイア)だった……)

 

――至高の御方だけであった。

 




圧迫面接(違


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敗潰

<前回のあらすじ>

エントマ「獲ったどー!」
アルベド「処す? 処す?」



「エントマ、()()()()()

 

アインズが短く〈伝言(メッセージ)〉を飛ばした。

 

 

========

 

 

「…………」

 

黒い影は、イビルアイの喉と頭を掴んだまま、(おもむ)ろに自分の顔の間近まで引き寄せた。

 

「く……」

 

イビルアイには、もはや抵抗できるだけの力はない。黒い存在の体格は、自分と同じくらいだ。しかしなぜか、「喰われる」と思った。

 

黒い存在はそのまま、顔と顔が触れる直前まで近づき――

 

「イツデモ来イ。マタ、遊ンデヤル」

 

――そう、告げた。

 

真っ黒で見通せないが、その表情はどこか、ニイィと酷薄に嘲笑(わら)っているように、イビルアイには感じられた。

 

黒い存在は、そのままイビルアイをポイッと投げ捨てた。彼女はドサッと地面に無様に横たわる。

 

「ぐっ……き、貴様……っ」

 

黒い存在は、まるで興味を失ったとばかりに、地面にへたばった敗者から背を向けた。背中に突き刺さる恨みの視線すらまるで意に介さず、そのままポテポテと歩き、ある一箇所まで行くと、クルッと向きを変え、通路口を向いてピタッと停まった。

 

……その姿には、見覚えがある。

 

『ヨク来タナ。待ッテイタゾ。サア、死ヌ気デカカッテコイ』

 

……それは、“蒼の薔薇”が最初にこの広間を訪れた時と、全く同じ光景だ。黒い存在は、今までの自分達の激戦など、まるではじめから存在していなかったかのように、来る前と寸分変わらぬ姿でそこに(たたず)んでいた。

 

「……お……お前は……どこまで……っ!」

 

それは、激戦の末に敗れ、一度は死を覚悟したイビルアイへの、この上ない侮辱であった。

 

怒りに震えつつ、どうにか立ち上がるイビルアイ。しかし、黒い存在はもう顔を向けることすらしない。……分かっていた。このままおめおめと逃げ去るしかないということを。通路口を塞いでいたミイラ男は、いつの間にか消えていた。まるで「さっさと去れ」とでも言わんばかりに。

 

イビルアイは、黒い存在をきっちりと視界の中心に収めつつ、後ずさるようにして、ヨロヨロと脱出口へ向かった。しかし、その間も黒い存在は微動だにしない。無駄に警戒している自分が、ひどく惨めに思えた。

 

イビルアイは、よろけながらようやく通路口まで辿り着くと、キッと黒い存在を睨みつけ――

 

「絶対に……殺してやる……っ!」

 

――そう吐き捨て、通路の向こうへ消えていった……。

 

 

 

 

「アインズ様、(よろ)しかったんですかえ?」

 

シャルティアが不思議そうに尋ねた。

 

「構わん。連中の底は知れた。あの程度の者、その気になれば、どこにいようといつでも(さら)ってこれる。そうだな、アルベド」

「もちろんですアインズ様。一言お命じいただければ、数刻と待たず、誰にも気づかれることなく拉致してご覧に入れます」

「……そういうことだ」

「なるほど! さすがはアインズ様!」

 

そう、今ここでどうこうする必要など全くないのだ。アインズは当初の計画通り、エントマの見事な白星を(ねぎら)うことを優先した。それに――

 

「以前にも言ったであろう? 潰してしまっては、使えるものも使えなくなる。あれらは、必要となる時まで泳がせておこう。なあ、デミウルゴス」

 

アインズは失敗の教訓を活かし、「これでいいですよね?」的な意味でデミウルゴスに水を向けた。それに対し、デミウルゴスは――

 

「まさに、その通りかと。くくく……」

 

――我が意を得たり、とばかりに、満面の笑みを浮かべていた。……というか、喜び過ぎなのでは?

 

「……しかし、あれだけ追い詰めたのに関わらず、事前調査を(くつがえ)すような切り札など何もなかったな。あの様子なら、再び挑戦しに来ても、通常運用のレベル50チーム用エリアまで踏破することなどできんだろう。シズ、また来た時は、基本その対応でいいぞ。一応、大地系に耐性のあるものを混ぜておけ」

「……了解、しました」

 

アインズはシズにそう告げた。……しかし、あれで王国最高か。表立った王国民に関しては安泰だな、などと思いながら……。

 

「それと、エントマを含め、次の機会に連中の対処をしたいという者がいれば、早めに申し出るが良い。相談に乗ろう」

 

皆の反応から、なんとなくこれ部下のストレス発散になるんじゃないかと思い始めたアインズは、ふとそんなことを言ってみた。

 

「でしたら私が!」

「わらわもでありんす!」

「えっ!? ずるい! あたしも!」

 

……意外と好評だった。

 

「あ~……。階層守護者はオーバースペックだと思うのだが、お前達、加減はできるのか?」

「楽勝です!」

「弱体化魔法をかけて下さい! いっぱいかけて下さいアインズ様!」

 

正直、嫌な予感しかしない……。

 

「か、考えておこう……」

 

アインズは明日の自分に丸投げすることにした。

 

「お前達も見たと思うが、連中のチームワークはなかなか参考になる。弱いながらも持てる手札を駆使し、お互いに得手不得手をカバーし合う。あの連携はなかなかのものだ。弱者だからといって一笑に付すのではなく、強者である自分達にも活かせるところがないか、各自しっかりと学んでほしい。なあコキュートス」

「ハイ、オッシャル通リカト」

 

既にこの手の話については一家言あるコキュートスは、ウムウムと頷いていた。

 

「……さて、固い話は以上だ。一仕事終えたエントマを迎え入れて、このままちょっとしたパーティーでも続けようではないか」

 

アインズがそう陽気な声で締めくくった。つられるように、一同の顔が(ほころ)ぶ。

 

「ところで、エントマを褒めてやりたいのだが、なにかよい褒美はないか?」

「アインズ様、エントマにとっては、この勝利こそが何よりの褒美。ただ、運動の後で空腹ではあるかと。あの細腕一本では物足りないことでしょう」

「なるほど。さすがはよく分かっているなソリュシャン」

「でしたら、私の方から、活きの良い人間を1体進呈しましょうか?」

「ん? 死体ではなく? 影響のない人間がすぐに手配できるのか、デミウルゴス」

「ええ。1頭や2頭潰したところで、経営には全く影響ありませんので……」

「? そうか。なら、(よろ)しく頼む」

「お任せを。すぐに運んで参ります」

 

 

 

 

ヨタヨタと、洞窟内をイビルアイは歩いていた。

 

「…………いつでも……来い……だと……?」

 

左腕がなく、バランスが悪い。回復アイテムはもうないが、吸血鬼(ヴァンパイア)は種族特性として、時間経過と共に負のエネルギーが自動回復し、切れた左腕もやがて再生される。しかし、満足な回復まではまだまだ時間がかかる。全身を倦怠感が襲い、時折足がもつれて千鳥足のようになった。

 

「……また、遊んでやる、だと……!?」

 

そんなイビルアイの心中に渦巻くのは、憤怒であった。

 

死闘だった。“蒼の薔薇”の5人全員、持ちうる最善の手を尽くした。チームフルメンバーでの1対5。完璧な連携が取れていた。……にも関わらず、それでなお(ろく)に相手にダメージを与えられず、むしろこちらが即死一歩手前だった。結局他の4人を必死で逃がし、ただ一人、死力を尽くして立ち向かった。魔力と体力の尽きるまで、あらゆる手段を講じた。……その上での敗北だ。これでも死を覚悟したつもりだ。みっともない走馬灯を見るほどに……。

 

……それを、「遊び」、と言ったのだ。

 

イビルアイはギリッと歯を噛みしめる。イビルアイとて、敗北の味は知っている。直近では、大悪魔ヤルダバオト。あの時は、悔しいとか以前に、あまりにも圧倒的な差に、種族としての違いを見せつけられた。……まあ、だったらそれに肉薄した英雄モモンは何なのかと言われそうだが……。

 

それから更に(さかのぼ)ると、古い知人であるリグリット。今にして思えば、あの時は何というか……愛のある敗北だった。あくまで今振り返って比較してみればだが、随分とまあ清々しい負け方、()められ方をしたものだ。思えばあれがきっかけで“蒼の薔薇”に加入したのだった。

 

しかし、今回の敗北はなぜか、今までと比較にならないほど、猛烈に悔しかった。決して届かない圧倒的戦力差ゆえの絶望ではない。自分が努力していれば、あるいは届いたかも知れない力量(レベル)だと思う。……だったら、なぜ努力をしてこなかったのか? この身体になってからの250年、自分は一体何をしてきたのか? 強者であることに胡座(あぐら)をかき、人間基準でいう“逸脱者”としてふんぞり返り、斜に構えていただけなのではないか……?

 

今はただ、そんな自分が情けない。思わず目の端がじわりと熱くなる。

 

滲んだ視界の先から、見知った4つの影が駆けつけてくるのが分かった。

 

(みんな……無事だったか……。よかった……)

 

……違う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()事実、ここまでの復路で、アンデッドの1体にすら遭遇していない。どうやら本当に遊ばれていただけらしい。自分達は()()()()()()()だけだ。その気になれば、いつでも全滅されられるというのに……。

 

(……結局、私は、守れてなどいなかった……!)

 

緊張の糸が解け、イビルアイがゆっくりと倒れ込む。薄れゆく意識の中で、無残な自分の身体をふわりと抱え込む、守るべきだったはずの4人の仲間の温もりを感じながら……。

 

――目覚めた彼女は、果たして失意から立ち直れるだろうか?

 




負けたッ! 第3部完!


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第三章
帝都


<前回のあらすじ>

王大人「“蒼の薔薇”、死亡確認!」



『愚かな侵入者よ! ここは譲らんぞ! 〈電撃(ライトニング)〉!』

「やっべ! 〈回避〉!」

 

軽業師(フェンサー)を修めているフェッケヤンは、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の電撃を武技を使ってどうにか(かわ)した。低位の電撃系魔法は速いが直線的だ。放たれる瞬間の予備動作さえ分かれば、回避自体は可能だ。

 

「ふっ!」

 

ミミーニャが弓を引き、特殊技術(スキル)で2本の矢を飛ばす。それらは死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に命中し、煙を上げる。(やじり)は純銀製だ。少々お高いがアンデッドに特効がある。

 

『ぐ……〈火球(ファイヤーボール)〉!』

「うわっちっ!」

 

飛んできた火の玉を、ミミーニャは間一髪横っ飛びで回避する。

 

「ぬうんっ!」

 

その隙に、ドヴァービクが聖別されたメイスを振るう。それが死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の防御の薄い脇腹にめり込む。

 

『くそ! まだだ! 〈火球(ファイヤーボール)〉!』

「ぐおぉっ!」

 

ドヴァービクは至近距離からの火の直撃にやられてゴロゴロと転がる。しかし、それほど致命的ではない。このメンバー全員は、今回の戦いの前に一通りの魔法防御をほどこしているからだ。〈火属性防御(プロテクションエナジー・ファイヤー)〉、〈電気属性防御(プロテクションエナジー・エレクトリシティ)〉、〈対悪防御(アンチイービル・プロテクション)〉などだ。加えて前衛職には、〈下級筋力増大(レッサー・ストレングス)〉、〈下級敏捷力増大(レッサー・デクスタリティ)〉もかけている。そう、この戦闘は遭遇戦ではない。あらかじめ死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と戦うと知っていたからこその事前準備だ。

 

「〈聖なる光線(ホーリーレイ)〉!」

 

今度は魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるマルシェからの対アンデッド特効魔法が突き刺さる。

 

『煩わしい! 〈電撃(ライトニング)〉!』

()っ!」

 

電撃を受けて、マルシェが片膝をつく。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の恐ろしいところは、その魔法の連射性能にある。もとより魔法とは回避が困難なものだ。魔法そのものを封じるか、ダメージ軽減の備えがないと厳しい。

 

しかしながら、この4対1という多勢に無勢の状況は、相手の体力の低さという弱点を突く形となった。結果――

 

「これで終わりだっ! 〈双剣斬撃〉!」

 

3人による交互の攻撃の合間に後ろに回り込んだフェッケヤンは、2本の剣により死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の首を刈り取った。

 

ゴトリ、と、敗者の首は無残に地面に落ち、頭を失った本体は倒れ込む。そして、断面から凄まじい勢いで最期の負のエネルギーを消失させてゆく……。

 

しかし、首だけとなったそのアンデッドの顔は、消滅の間際、渾身の叫びを発した。

 

『おのれ! (にっく)き侵入者どもめ! 取らせはせんぞ! 我らが守りし四秘宝! 「どんな強大なアンデッドをも消滅させる剣」! 「死の騎士(デス・ナイト)の軍勢すら意のままに操る宝玉」! 「どんな呪いも解く短杖(ワンド)」! ……あ、あと、「ハゲを治す薬」!』

 

断末魔の形相でそう叫び、その死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は消えていった……。

 

 

 

 

「――以上が、お、私達が体験したことです」

 

バハルス帝国帝都アーウィンタール、その皇城の謁見の間で、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、深く目を閉じ、眉間に手を当てていた……。

 

「…………」

 

ワーカーチーム“ブフォッサイド”のリーダー、フェッケヤンは、何一つ覚えのない皇城での礼儀作法に戸惑いながら、どうにか皇帝陛下へ自らの経験談を語っていた。……それにしても、場違いも良いところだ。4人ともワーカーなりに身なりを整えて一張羅を着込んで来てはいるが、その精一杯頑張った姿がむしろ痛々しい。

 

……そもそも、こんなことになった事の発端は、わりとしょうもない依頼だった――。

 

『帝都の地下水路から妙な(うめ)き声がする。原因を調べてほしい』

 

……という、もはや便利屋以外の何物でもない依頼を受けて、メンバーは糊口(ここう)(しの)ぐためやむなし、と嫌々ながらも調査を開始した。ところが、調査の結果驚くべきことに、地下水路の一角には死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が住み着いていたのだ。

 

一同は準備を整え、これをどうにか討伐したところ、先ほどのような意味不明な辞世の句を聞くこととなった、といういきさつだ。まあ一応、依頼主に事の顛末(てんまつ)を報告しつつ、自分達も話のタネにと酒場で吹聴して回っていたところ、ある日突然、皇帝の使者を名乗る役人がやってきた。それで「皇帝が直に会って話を聞くことを望んでいる」などと眉唾なことを言われ、見たこともない豪華な馬車に乗せられて、あっという間に今に至るのである。現皇帝は「鮮血帝」の二つ名にふさわしく苛烈で実利主義だとは聞いていたが、まさかここまで破天荒だとは……と、“ブフォッサイド”の一行も面食らっていた。

 

「……すまないが、もう一度言ってくれるか? 特にその、四秘宝とやらのところを」

「アッハイ」

 

半ば挙動不審で、フェッケヤンは再度記憶をなぞる。

 

「えっと……確かこう言ったんです。『取らせはせんぞ! 我らが守りし四秘宝! 「どんな強大なアンデッドをも消滅させる剣」! 「死の騎士(デス・ナイト)の軍勢すら意のままに操る宝玉」! 「どんな呪いも解く短杖(ワンド)」! ……あ、あと、「ハゲを治す薬」!』」

 

「……………………」

 

ジルクニフは額に手を当てて、眉間の皺を更に深くした。

 

「……情報提供ご苦労だった。褒美を取らすから、もう帰っていいぞ」

「は、はぁ……」

 

機嫌の悪そうな皇帝の言葉に怯えつつ、どうにも腑に落ちないフェッケヤンは、そんな気の抜けた返事を返してしまう。それがまたジルクニフを不機嫌にさせる。

 

「おい、客人がお帰りだ。案内してやれ」

「ハッ」

「えっ? あ……」

 

近衛兵を促してとっとと退散させる。正直、さっきの四秘宝とやらの話で「……あ、あと」の部分まできっちり繰り返したのにはイラッとした。ぶっちゃけもう顔も見たくない。だいたいなんだ、そのうっかり発言で無礼討ちされそうな地雷ヅラは。名前ふざけてんのか殺すぞ。

 

「……ふぅ」

 

ジルクニフは椅子に沈み込むと、深い溜息をついた。

 

彼の現在の立場は、魔導国属国であるバハルス帝国を預かる元首でしかない。しかし、そのまま「帝国」の「皇帝」を名乗り、在位し続けることは許された。まるで、そんな人間の国の些事など意に介さないとばかりに……。

 

(馬鹿にしてるのか、あの骨!!)

 

思わず心の中で悪態をついた。

 

「あの噂、本当に出処(でどころ)あったんですかい」

 

傍らに控えていた帝国三騎士――以前は四騎士だった――の一人、「雷光」のバジウッド・ペシュメルは、呑気にそう言った。

 

「まあ、実際にただの噂話だけでは済まん調査結果も出ているしな」

 

ジルクニフがそう返す。

 

「……と、言いますと?」

「騎士達に、例の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が出た辺りを調べさせた。すると、そこから地下へと続く隠し階段が見つかって、その下は未知の大迷宮が広がっていたそうだ。アンデッド付きでな……」

「へっ?」

 

バジウッドが間抜けな声を発する。

 

「ほ、本当ですか陛下? しかし、そんなこと、今まで誰も……」

 

三騎士のもう一人、「激風」のニンブル・アーク・デイル・アノックは、信じられないという表情を見せた。

 

「そうだ。帝都の民も誰一人として知らなかった。普通に考えてありえん」

 

帝国の歴史は浅く、建国から200年も経っていない。この帝都についても、魔神が暴れた後の更地に実質一から建設したようなものであり、都市計画の図面もしっかりと保管されている。当然ながら、そこにそのような地下迷宮の情報など存在しない。もしそんなものがはじめからあれば、地下水路を建設する時に気づかないわけがない。そもそも――

 

「我々の足元に地下迷宮だと? アンデッドが蔓延(はびこ)っているだと? 馬鹿も休み休み言え! ゴホン……と、なるな」

 

少しだけ気持ちが入り過ぎたジルクニフは、軽く咳払いして調子を取り戻す。

 

「で、でも、現にあるんですわよね、迷宮が! でしたら、その四秘宝とやらも……」

 

思わず焦り気味に口を挟んだのは、三騎士の最後の一人、「重爆」のレイナース・ロックブルズである。

 

「レイナース、お前がなぜ必死なのか分かるぞ。少しは隠せ」

「今更隠すことなどありませんわ。だって――」

「まあ聞け」

 

ジルクニフはレイナースを皇帝の威厳で(さえぎ)る。

 

「レイナース、ひとつ良い事を教えてやろう。他人を思い通りに動かすための、一番効果的な方法は何だと思う? それはな、そいつが一番欲しいものを、一番欲しい時にぶら下げてやることだ」

「ぅ…………」

 

色々と思い当たるところがありすぎるレイナースは、思わず沈黙する。

 

「……つまり陛下は、こう思われているわけですね? その四秘宝とやらも、よく分かりませんが迷宮とやらも、あの魔導王陛下のわ……お戯れである、と」

「……それしか考えられんだろう。何だこの……魔導王陛下に危険が及びそうなラインナップは」

 

ニンブルは、「罠」と言いかけて言い直した。返すジルクニフは、本音である「自分に都合の良すぎるラインナップ」を言い換えた。

 

……実のところ、今となってはこの謁見の間にいる全員が、帝都皇城は魔導王の配下の者に監視されていると踏んでいる。この会話もきっと聞かれているはずだ。不用意な言葉には注意だ。叛意(はんい)は重罪、悪口陰口は御法度(ごはっと)である。

 

……かと言って、何もしなければいいというものではない。自分達が優秀であることを証明してみせなくてはならない。「無能なニンゲンどもめ。お前ら全員の首を、我が直属の配下にすげ替えてくれる」……などと言い渡されないためにも……。

 

「陛下。他はともかく、3番目の『どんな呪いも解く短杖(ワンド)』というのは、危険ではありませんわ。探す価値があるのではありませんこと?」

「ふ……(わら)にも(すが)る思い、というやつだな。そんな調子だと、相手の思うつぼだぞレイナース」

 

もともとレイナースはそのあたり明け透けだったが、帝国が属国化してからというもの、随分と露骨に吹っ切れた気がする。だからこそ、ジルクニフは()(いさ)めた。

 

「……にしても陛下、この帝都の地下に迷宮を作るなんてこたあ、いかに魔導王陛下であってもできますかね? 俺らの真下ですぜ。んなとこでカンコン建設してたってんですかね? 一体いつから?」

「む……」

 

バジウッドの言葉に少し詰まる。それについては、ジルクニフも疑問に思っていた。調査隊の話によると、地下のそれは大迷宮とも呼ぶべき奥深さであると推測できるらしい。基本石造りの素材は、不思議な魔法の力で加工の年代すら読めず、ところどころに精緻な装飾まで施されているそうだ。

 

そんなものを短期間で、地上の誰にも気づかれることなく作ることなどできるだろうか? 何かを創造するというのは、破壊するのとはまるでわけが違う。人手が要り、時間が要り、資材が要り、道具が要り、頻繁な運び入れと運び出しが要る。それを誰にも気づかれずに成し遂げることなど、人間の常識では不可能だ。

 

(あのナザリック地下大墳墓にいた異形どもと、アインズ・ウール・ゴウンのとんでもなく高度な未知の魔法があれば、可能なのだろうか?)

 

ジルクニフ思案する。こういうとき、今までならフールーダが相談に乗ってくれた。だが、あの爺は帝国が属国化するやいなや、魔導王に弟子入りしたことを(はばか)らず公言し、しれっと研究を続けている。全くもって腹立たしい。なまじ帝国最強であるがゆえに、(ちゅう)することなど叶わぬところが余計に。

 

「陛下、もし仮に、ですよ? その迷宮と四秘宝とやらが、魔導王陛下と全く関係なく、もとからこの帝都地下に眠っていたのだとしたら……?」

 

ニンブルが仮定の話を持ち出す。

 

「…………」

 

ジルクニフは、ありえないと思いつつも想像してみた。

 

この帝都の地下には、どういう仕組みでか誰にも知られることなく、本当に秘宝が眠っていた、と仮定しよう。それは、ともすればあの死の騎士(デス・ナイト)軍団の支配権を奪い、そしてあの不死の王、アインズ・ウール・ゴウンを滅することができたかも知れない、究極の対魔導国用兵器だ。このようなこと、ただの偶然などでは説明がつかない。それはあたかも、神がこの未来を完璧に見越して、人類のために(あつら)えたかのような奇跡……。しかし、だとすると、皇帝ジルクニフは――人類は、それを手にするどころか存在に気付くことすらなく、今こうして後塵(こうじん)を拝している、ということになる。

 

(なんだそれは? どんな神のいたずらだ!? あれか、私の信心が足りなかったとでも言うのか?)

 

確かにジルクニフは、今まで信仰などという益体(やくたい)のないものに頼らず、自らの力で人事を尽くしてきた。しかし、その結果の神の采配がこれでは、あんまりではないか。

 

(……いや、待てよ? 今からでも遅くはない……か)

 

……そうだ。属国と成り果て、奴に(こうべ)を垂れている今だからこそ、あの魔導王の油断を誘えるのではないか? よく物語にもあるではないか。圧倒的な力を持った魔物を、味方のふりをして気持ちよく酒に酔わせ、討ち取ったという逸話が。我ら帝国がどうにかして先んじてその秘宝を手にし、機会を窺って、その神の剣とやらをあの澄ました骨野郎の喉笛に……!

 

……と、そこまで考えて、ジルクニフは(かぶり)を振った。

 

(……馬鹿か私は。何を考えているのだ。こんなもの、ただの願望から出た妄想だ。そもそも、この話も奴に筒抜けなはずではないか……)

 

ジルクニフは再度「ふぅ」と小さく溜息をつき――

 

「いずれにせよ、その内容が魔導王陛下を(おびや)かす要素を含むのなら、我らの忠誠を示すためにも、素直に報告すべきであろう。その死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の話と地下迷宮の調査結果をまとめて、魔導国に報告するとしよう」

 

――現状で最善と思われる対応、すなわち安全策を取ることを決めた。

 

(夢を見るのはよせジルクニフ。どうせ奴の悪趣味な悪戯(いたずら)に決まっている。狙いはこちらの叛心(はんしん)を揺さぶることか? だとしたら浅はかだぞアインズ・ウール・ゴウン。あまり人間を舐めてくれるな!)

 

希望を捨てたジルクニフは、冷静だった。

 

……しかし、本人の意志とは無関係に、一度浮かんでしまった「もしかしたら……」という想いは、後ろ髪の先で静かに(くすぶ)り続けるのだった……。

 

なお、4番目の秘宝について言及した者は誰もいない。

 




?「茶番だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

ごめんなさいごめんなさい。
違うんですアンチ・ヘイトとかじゃないんです。
オリキャラ考えるのが苦手なだけなんです。
フォーサイト大好きなんで2Pキャラとして使いたかっただけなんです……。


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会談

<前回のあらすじ>

ハゲが治るよ! やったねジルちゃん!



(おもて)を上げたまえ」

 

蛙のような異形の化物の言葉に従い、ジルクニフは顔を上げる。そこには、絶対なる不死の王、アインズ・ウール・ゴウンが鎮座していた。そう、ここは魔の震源地。ナザリック地下大墳墓、玉座の間である。

 

先ほどの蛙の化物の名は確か、デミウルゴスと言った。最初にここで遭った時には、奴の言葉に部下達は無理矢理膝をつかされた。しかし、今回はその言葉には強制力を乗せなかったらしい。

 

(「自らの意志で礼を示せ」、ということか……)

 

ジルクニフは腹に力を入れる。立ち向かうために。

 

此度(こたび)はお招き頂き感謝致します。偉大なる我らが王、アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下」

「……よく来てくれた。ジルクニフ殿」

 

皇帝からの敬意を込めた礼に対し、骸骨の王は鷹揚(おうよう)に手を振った。

 

「ジルクニフ殿。いくら貴殿の国が我が魔導国の傘下に入ったからと言って、私は奴隷の主のように振る舞うつもりはない。お互い国を治める者同士、分かり合えることもあろう。仲良くやっていこうではないか。私のことは気軽にアインズと呼ぶが良い」

 

――白々しい。どの(つら)を下げてほざくか、と心の中で歯を食いしばりながら――。

 

「……畏まりました。ならば、私のことはジルとでもお呼び下さい。アインズ様」

「……うむ。感謝するよ。ジル」

 

そういえば皇帝に即位してからというもの、敬語なぞついぞ使っていなかったな、などと思いながら、ジルクニフはアインズの顔を潰さない落とし所として「様」を付けた。国としての上下関係を(わきま)えつつ、礼を失しないように。けれども同時に友好を示し、信頼を勝ち取る腹づもりで。

 

(……しかし、今、奴の声がどことなく寂しげに聞こえたが、気のせいか? ……うん、気のせいだな。あの魔王にそんな感情あるはずがない)

 

「空の旅はどうだったかね?」

「それはもう、快適でした。貴重な経験をさせていただきました。感謝致します」

 

澄ました顔でそう答えるジルクニフに、後ろのに控える三騎士は、見えないように何とも言えない表情を浮かべた。そう、彼らは今回、帝都からここまでドラゴンに乗せられて、わずか半日足らずでやって来たのだ。まさかドラゴンの背に乗って飛び立つなどという御伽噺(おとぎばなし)を、この身で体験できるとは思わなかった。当のドラゴンに聞いたところによると、元はアゼルリシア山脈に強者として君臨していた霜の竜(フロスト・ドラゴン)であり、今はアインズに力で従っているという。

 

(人類が忌避(きひ)していた山脈の竜王ですら、奴の手にかかればペット扱いか……)

 

なお、ジルクニフは最初はおっかなびっくりだったが、慣れてくると子供のように興奮し、竜の背から身を乗り出して部下をハラハラさせていた。おそらく皇帝陛下も、日々の重圧に耐えかねて、ストレスの捌け口を求めていたのだろう。……と、部下たちはそう好意的に解釈することにした。先ほどの騎士達の微妙な視線は、ジルクニフがついさっきまでのはしゃぎっぷりを今完璧に隠しおおせているからだ。

 

「大使ロウネ・ヴァミリネン。一旦ジルの列に加わるが良い」

「はっ」

 

少し違う位置に控えていた人間が、ジルクニフの傍まで行って膝を折る。

 

「彼はなかなかに優秀なようだな。私の部下が褒めていたぞ。良き部下を持ったな、ジル」

「光栄に存じます」

 

帝国の優秀な秘書官であるロウネは、最初にナザリックに滞在した縁もあり、属国化後はしばらく大使として魔導国に派遣されていた。その間も帝国情報部とは頻繁に情報をやり取りをしており、お陰である程度の内情がジルクニフの耳に入ってきている。……といっても、ナザリック地下大墳墓内に関しては、下手に出歩けなかったため分かっていることは少なく、主にエ・ランテルの現在の統治状況や民の扱いが多くのウェイトを占めるが。

 

(ロウネ……随分と変わり果てたな……)

 

そんなロウネだが、ジルクニフの元にいた時はもっとこう、帝国のためにとその身を尖らせる、愛国心溢れる有能な政務官だった。しかし、現在はジルクニフの見知った時よりも今は幾分かふっくらとしており、妙に肌ツヤが良い。そして、まるで何かを悟ったかのような深い眼差しと、まるで野心の欠片(かけら)もなくなったような温和な雰囲気を漂わせている。

 

(……やはり、洗脳されたと見て間違いないな。気の毒なことをした……)

 

ジルクニフは元部下にそっと黙祷(もくとう)を捧げた。まあ、彼からもたらされた情報は今のところ裏を取っても嘘はなさそうなので、今後も活用させてもらおう。

 

「今後の大使及び領事に関しては、我が部下と擦り合わせをしてほしい。頼んだぞ、アルベド、デミウルゴス」

「はい」

「承知しました」

 

玉座の脇に控えていた、目を(みは)るような美しい悪魔と、蛙の化物が応答した。ロウネの話によると、あの二者ですら、帝国を容易に滅ぼせるほどの力と、ロウネを軽く手玉に取るほどの知恵を持っているらしい。もうわけがわからない。

 

「ところで、私が貸し与えた部下の方は役に立っているかね? ジル」

「はい。大いに助かっております、アインズ様」

 

ジルクニフが貸し与えられている部下というのは、総勢20名の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)のことだ。……いや、彼は間近で見比べたことがないから分からないが、カッツェ平野で野良の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)と戦った経験のある騎士によると、見た目が少し違うらしい。近親種、あるいは上位種であるかもしれないとのことだ。違いなど分からないので、とりあえず死者の大魔法使い(エルダーリッチ)ということにするが……。

 

帝国の属国化に当たって作業も増えるだろうということで、手伝いにと魔導王が寄越したのだが、当初は阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄だった……。

 

「魔導国の属国になる」……などという唐突な話にピンとこなかった皇城務めの官吏(かんり)達も、奴らを見た瞬間、「帝国は滅んだ……」と心から悟ったという。何しろ、生者を憎むというアンデッド、その決して人類と相容れない存在の、おまけに一般兵程度では太刀打ちできない上位種の集団が、帝国の(まつりごと)の要である皇城を悠々と闊歩(かっぽ)しているのだ。事情の分かっているジルクニフ本人でさえ、自分の居城が、いやそれどころか、人類の領域が(けが)されていくような、吐き気のするようなおぞましさを感じていた。他の者に至っては、逃げ出す者、失神する者、(ひざまず)いて神に祈る者など様々で、実に如何(いかん)ともし難い混乱の坩堝(るつぼ)と化していた。ジルクニフ直近の騎士達が随伴していたせいか、錯乱した者が刃を向けなかったのが、幸いと言えば幸いか……。

 

――しかし、この死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の集団は、その後にジルクニフ達の常識を覆す動きを見せることになった。

 

まず、その口調は流暢にして理知に富み、物腰も柔らかい。ジルクニフや国の重鎮に対しては「派遣先の国」としての礼を(わきま)え、海千山千の貴族達に対しても非の打ち所のない対応をしてみせた。もはや見た目以外は優秀な人間と何ら変わらない。

 

外見に関しても、どういうわけかその身体から()()()が垂れたり腐り落ちたりすることはなく、むしろ綺麗好きで整頓好きという、謎すぎる性格まで披露した。そして、これもどういうわけかわからないが、匂いは全くしなかった。どちらかと言えば、人間の方が体臭やら香水やらで臭いくらいだ。

 

そんな彼らであるが、助っ人として入るやいなや、八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍を見せた。帳簿に記す数字は正確にして迅速。届けられた文書は宛先・重要度・機密度に応じて一次精査の後、申し送り事項があれば添えて然るべき部署へ渡す。自らが委任された裁量の限りであれば、丁寧な書面をしたためて対応する、など。とどめは「このやり方は非効率だ」と、業務や組織割りの改善案にまで口を差し挟んでみせた。

 

魔導国への従属に関する細やかな諸々(もろもろ)の取り決めに関しても、ジルクニフは帝国の首脳陣を集め、どこかに穴はないかと目を皿のようにして精読させたが、結局のところ、あの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達がまとめ上げたものを、ほぼ訂正することなくそのまま承諾する形となった。はじめは意気込んでいた皇帝肝煎(きもい)りの部下達が、こぞって煮え切らないような表情を浮かべていたのが印象的だった。

 

魔導王はそのまま続けて言った。

 

「我が部下達はまだしばらくは駐留させておくつもりだ。その間は、事務要員として好きに使ってくれて構わんぞ」

 

……そう、属国化のゴタゴタがある程度落ち着いた今でも、あのアンデッド達はまだいるのだ。帝国の政務を担う戦力として……。

 

この世界において、公務ができる人材というのは貴重である。なぜなら、必要な教養を得る機会が一般市民には存在しないからだ。教育などという制度は平民にはない。読み書き算盤(そろばん)(たしな)む民もいるにはいるが、それは彼らが自らの生活のために必要に応じて習得したものであり、最低限、かつ()()ぎだらけの代物である。農民の子は畑の耕し方を学び、物売りの子は物売りのノウハウを学ぶ。しかし、生涯それしか生きる(すべ)を知らない、なんてのが普通だ。一応、職人を目指す者のための徒弟制度、兵を目指す者のための訓練所、魔法の才能を伸ばすための魔法学校等が平民に対して門戸を開いてるが、それらにしても、生涯身を捧げる専門職の下積みでしかない。

 

では、事務、それも政務レベルのものができるような技能を誰が習得できるのかというと、これはもう、お抱えの教育係をつけられるような貴族の子女くらいしかいない。よって、皇帝がいくら実力至上主義を掲げていようと、宮仕えの役人は当然のごとく貴族階級が占めているのである。

 

その上で、鮮血帝は先の大粛清によって無能な貴族達を取り潰したため、腐敗は大幅に減った反面、人材不足には四苦八苦していた。加えて、生き残った優秀な貴族であっても、上流階級同士の繋がりには、善悪も好悪も一概につけ難い、持ちつ持たれつの関係を持つ部分が多々あり、鮮血帝をして強硬にそれらを断ち切るわけにはいかなかった。役人達にはそれぞれ、背負って立つ家のしがらみというのがあるのである。

 

そこへ来て、あの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達はどうだろう? 「人間の都合など知ったことか」とばかりに、その判断基準は公平無私にして理路整然。ある意味、公務員に求められる資質そのものを地で行く連中であった。その結果、一部貴族は「いままで通っていたことが通らなくなった」ことに血の涙を流したが、全体で見れば帝国はより風通しが良くなったと言える。国益全体で見ても、短期的には改変のため落ち込むだろうが、長期的に見れば上昇するとの見通しだ。

 

加えて、あのアンデッドどもは睡眠・食事不要なのである。魔導王の取り決めで「休息」、「休暇」と呼ばれる制度があるらしく、彼らはそれを忠実に守り、交代で「仕事をしてはいけない」時間を作ってはいるらしい。しかし、それ以外は基本、不眠不休の働き詰めである。これが恐ろしい。朝一で役人達が職場に入ると、その日やる予定だった書類が全て完成した状態で積まれていたりするのである。もう遠い目でお茶を(すす)るしかない。

 

……さて、そんな感じで帝都に静かに浸透したアンデッド達。理性的であり、仕事ができ、情に流されず、懐柔にも賄賂にも応じない。圧力や脅しなどもってのほか。おまけに24時間臨戦態勢。とくれば――

 

「……ええ、本当に優秀な方々ですよ。うちの官吏(かんり)達が自信を()くすほどに……」

「ははは。それはすまないな」

 

ジルクニフは半ば冗談として皮肉を混ぜたが、実は全く笑い事ではない。帝国の文官達は、実力相応に自らの仕事に誇りを持って業務に当たっている。皇帝寄りすぐりの役人達は、彼らの受け持つ裏方仕事こそが帝国の屋台骨を支えていると信じて疑わず、そして、自分達こそがそれをこなせる数少ないエリートであると自負している。それがこのザマである。プライドがへし折られても仕方がない。

 

魔導王直々の派遣ということで、この外様(とざま)()()達を邪険に扱うこともできず、どこで聞かれているとも知れないので、陰口一つ叩けない。そもそも、向こうはその気になれば、自分どころかこの皇城の重鎮全員を燃やし尽くせるのだ。もはや死んだ魚のような眼で承認のサインを(つづ)る機械と化したり、荷物をまとめて領地に引きこもったりする文官がいたとしても、そんな彼らを責めるのは酷というものだろう。

 

「ただまあ、ゆくゆくはああいった者達も有償の派遣制度に切り替えるつもりだ。心しておくが良い」

「はい。心得ております、アインズ様」

 

(まあ、今まで無償で働いてくれただけでも御の字だが……)

 

「そうそう、あれらが気に入ったのなら、以前に話していた各種アンデッドのレンタルも検討しておいてくれたまえ」

 

(やはりそれが狙いか!)

ジルクニフは(ほぞ)を噛んだ。

 

帝国情報部は、エ・ランテル及びその近隣で魔導国が行っていることを知っている。アンデッドの有効利用だ。街の警邏(けいら)に荷運び、単純労働の肩代わりなどに比類なき力を発揮しているという。また、最近はアンデッドだけではなく、亜人や異形種も働いていると聞く。

 

都市エ・ランテルは、アインズ・ウール・ゴウンによる占領とも呼べる状態によって、半ば強制的にその状況に置かれたが、奴が帝国にも同様のシステムを構築しようと考えるのは自然なことだ。しかも、今度はどうやら、より狡猾に、友好的かつ平和裏に……。

 

(間違いない。あの死者の大魔法使い(エルダーリッチ)達は「尖兵(せんぺい)」だ。私を含む帝国のトップから、意識改革を起こすための……)

 

ジルクニフの考えはこうだ。奴はまず、帝国の頂点からアンデッドを浸透させる手段を選んだのだ。人類と意思疎通ができるどころか、高度な業務までやってのけるアンデッドを皇城に配置することで、最初は帝国の首脳陣からアンデッドに対する先入観を取り払った。そして、共に業務に携わる中で、アンデッドに対する恐怖と嫌悪のイメージを払拭し、ゆっくりと信頼と実績を勝ち取っていった。そうして、アンデッドの有用性を証明してみせたのだ。

 

(役人への洗脳が済んだら、次は平民へ、というわけか……)

 

魔導王の狙いはおそらく、トップダウンによる改革だ。皇帝がアンデッドを利用すると言えば、臣下も是と言うしかない。領主がやると言えば、領民は従うしかない。まず上に認めさせ、下々の者は上の決定を信じて従い……いつの間にか、帝国全土に使役用アンデッドが跋扈(ばっこ)している、という仕掛けに違いない。

 

(……では、もしそうなったとして、それの一体何が(まず)いのか……?)

 

はっきり言って、アインズの目論見に乗ったとしても、アンデッドの利用価値は果てしなく高い。一度は帝国も考案したことのあるアイデアだ。絶対服従のアンデッドを安価かつ大量に供給することができれば、帝国の抱える多くの問題は雲散霧消(うんさんむしょう)する。生産力の拡大、流通の易化、不毛地の新規開拓、治安維持、国防……。帝国の国力は、かつて地上のどの人間の王も成し得なかったほどに増大するであろう。正直、(よだれ)が出るほど欲しい。

 

(考えろ……何が(まず)い……?)

 

ジルクニフの思考は、更にその先へ向かう。

 

アンデッドによりもたらされる平和と繁栄。……しかし、それらは全て、あのアインズ・ウール・ゴウンが手綱(たづな)を握っているからこその、偽りの安寧だ。帝国の全ての臣民の命運は、奴の手の中に委ねられることになる。例えば、アンデッドが全土に浸透したタイミングで、奴が貸し付けの相場を釣り上げたとしても、国民は黙って従うしかなくなるだろう。それがたとえどんなに法外で、圧政と呼ぶべきものであったとしても……。

 

あるいは、魔導王がある日突然「飽きた」とばかりに手のひらを返し、全てのアンデッドを豹変させて、殺戮(さつりく)に興じるかもしれない。全ては奴の胸三寸。あの人外の魔王の心中など、余人の(あずか)り知るところではない。ただ、王国軍を相手にあんな大虐殺を繰り広げておいて顔色一つ変えない奴のことだ。おそらく人間に対する良心など持ち合わせてはいまい。

 

(それと、重要な懸念がもう一つある……)

 

仮に、奴が未来永劫、帝国にとっての善王として振る舞い、帝国を繁栄に導いたとしよう。その時、帝国臣民は『魔導王アインズ・ウール・ゴウン』のことを、どう思うだろうか?

 

『人智の及ばぬ力で、富と繁栄をもたらす存在』……人はそれを、何と呼ぶか? ジルクニフは知っている。いや、誰もが知っている。言うまでもない。

 

(――『神』、だ。このままいけば、アインズ・ウール・ゴウンは、人類の『神』として君臨する。それも、10年もしないうちに……)

 

……それがジルクニフの見立てだ。おそらく、四大神が(かす)むほどの存在になるだろう。何せ、現実にこの世に存在して力を振るう「生き神様」なのだから(生きてはいないが)。

 

そうなってしまっては、もはや立ち向かうどころの話ではない。崇拝する対象に刃を向ける者などいようはずもない。おそらくその頃には、帝国国民は環境にすっかり慣れて堕落し、アンデッドなしではもはや畑仕事一つ覚束(おぼつか)ないところまで魔導王に依存しているであろう。そして、バハルス帝国の皇帝の座なぞ、奴に比べればもはやそこらの中間管理職程度にまで成り下がっていることだろう。そんな者が反旗を(ひるがえ)したところで、真っ先に自国民に討たれるのがオチだ。人類は永遠に、奴を(しい)するための牙すら抜かれるのだ。

 

(手遅れになる前に手を打たなければ! どうにかアンデッドの浸透を遅らせ、その間に可及的速やかに奴を滅ぼす手段を……! しかし、今更どんな手があるというのだ? あるものと言えば――)

 

「そうそう、話は変わるが、お前の方から面白い報告が上がっていたな。なんでも、帝都の地下に大迷宮が見つかった、とか」

「っ!」

 

まるで思考を読んだかのようなタイミングでのアインズの横槍に、思わずジルクニフの心臓が跳ね上がった。決して表に出しはしないが。

 

「ジル、よければ詳しく聞かせてもらえないか?」

 




ジル「これから人という種族の存続をかけた戦いに入る。
   未来を守る戦いだ。
   全身全霊をかけんほぉっ!?」


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舌戦

<前回のあらすじ>

アインズ「兄ちゃんアンデッド契約せえへん? 三ヶ月でええから」
ジル「間に合ってるんで」



「……さて、帝都の地下に見つかったという大迷宮について詳細を聞きたいところだが……む、少し待て」

 

骸骨の王は突然ピタッと止まると、スッと右手で「待て」のジェスチャーをして静止した。〈伝言(メッセージ)〉か何かだろうか?

 

「……ふむ、緊急の連絡が入った。ジル、済まないが、ほんの少しだけ中座するので、そのまま待機していてほしい。すぐに戻る」

「はっ、畏まりました」

 

それを無礼と思うわけにはいかない。向こうは上位者だ。その間にこちらは言うべきことをまとめさせてもらおう。と、ジルクニフはこの中断を有効活用する(したた)かさを発揮した。

 

魔導王は玉座に腰掛けたまま、フッと消えた。

 

(なるほど、転移の魔法か)

 

(あるじ)無き状態でも、奴の部下達は一歩も動かずに待機していている。ジルクニフ達も(ひざまず)いたままだ。少し居心地の悪い空気が一同の周りを吹き抜ける。

 

しかし、長いように思えたそれは、実のところ1分にも満たなかった。フッと、まるで巻き戻したかのように、玉座にその主の姿が再び浮かび上がった。

 

「待たせたな! さあ、その大迷宮とやらについて語るが良い!」

 

魔導王は、悪びれもせずに右の手のひらをバッとジルクニフの方に向け、話を促した。その仕草はどことなく少し大げさに見えた。

 

「承知しました、アインズ様。最初は、今を(さかのぼ)ること数日前になりますが――」

 

……………………

…………

……………………

 

「――という次第で、そこより先のアンデッド達が強大であったため、現時点では大迷宮の全貌を把握することなく、それ以上の探索を中断している状態となっております」

 

ジルクニフは口頭で淀みなく状況を伝えた。今までこの手の報告は受ける側だったが、立場が変わっても難なくこなせるあたり、彼の優秀さが(うかが)える。

 

「ほうほう。なかなかに興味深い話だ。四秘宝に大迷宮、なかなかに心躍る話ではないか」

 

魔導王は前向きな反応を返した。

 

「……アインズ様は、それらについて何か心当たりはございませんか?」

 

っていうかお前の仕込みとちゃうんか? ……とは()けないので、ジルクニフはまずは軽くジャブを放つ。

 

「私が? なぜ? お前達の住む都市の中のことだろう?」

 

アインズはごく自然に、不思議そうな反応を返した。……つまり、もしこれが奴の仕込みであったならば、(しら)を切り通すつもりだ、ということになる。

 

「……いえ、その四秘宝と呼ばれるもののうちの二つが、その……アインズ様の警戒に足るべきアイテムのようですので、何か因縁があるのでは、と推察した次第ですが……」

「ふむ。その二つというのは確か、『どんな強大なアンデッドをも消滅させる剣』と『死の騎士(デス・ナイト)の軍勢すら意のままに操る宝玉』、だったかな?」

「はい」

 

さあ、どんな反応を返すのか? ジルクニフは固唾を呑んで見守った。

 

「ふふふ……。確かに興味があるな。実在するならば、是非とも手に取って確かめたいものだ」

 

アインズは、まるで脅威と感じていないかのように、(たの)しげな含み笑いを漏らした。

 

「私は珍しいものに目がなくてな。帝国にも何かめぼしいマジックアイテムはないか? ものによっては、どこよりも良い条件で買い取るぞ」

「……い、いえ。アインズ様の御目(おめ)(かな)うようなものはないかと……」

 

あってもくれてやるものか、と思いつつ、ジルクニフは誘導するために話を戻す。

 

「アインズ様、その四秘宝というものが気になるのでしたら、ご自身で取りには行かれないのですか?」

 

……これは、今のジルクニフができうる、渾身の右ストレートだ。要するに、あれらが推察通りアインズの仕込みなら、「テメーがやったんだろがテメーで後始末せえや! 誰がそんな見え見えの罠に引っかかるか骨野郎!」、という想いが込められているのだ。

 

(さあ、どう出る? アインズ・ウール・ゴウン!)

ジルクニフは身構えた。

 

「ん? いいのか? 帝都の地下にあるのだろう? お前達の財産ではないのか?」

「いえ、今まで誰一人知らなかったのです。誰のものということもないでしょう。アインズ様がお手にされても問題はないかと」

 

(どうだ!? 突っ返してやったぞ!)

ジルクニフは静かにほくそ笑む。

 

「ほう! それはありがたいな! お前達ニンゲンが住む街の中ということで遠慮するつもりだったのだが、皇帝の許可が出たとあれば問題はないな」

 

(……これは、芝居なのだろうか?)

おかしい。何だか嫌な予感がする……。

 

「お言葉に甘えて、早速準備をさせてもらおう。報告では強力なアンデッドが蔓延(はびこ)る大迷宮とのことだが、中にいるものは全て殲滅して、宝は根こそぎ回収して我が物とする、ということで、問題はないな?」

「……ええ」

 

ジルクニフに少し迷いが生じる。

(……何だ? 何を見落としている? 配下でないアンデッドに対しては同族意識がないとは聞いていたので、そっちは問題ないだろうが……)

 

「ふむ、地下か……面倒だな……。我が魔法で一気に片してしまうか。地上にも多少影響があるかもしれんが、まあ大したことにはならんだろう」

「…………は?」

 

(……待て。今、何と言った? この骨)

「魔法で」……「一気に」……「片す」? ……嫌な予感が際限なく膨らむ。ジルクニフはアインズの魔法の引き出しを知らない。唯一知っている強力な魔法は「()()」だけだ。さる筋から、アレは「十年の一度の大魔法」だと聞いてはいるが、それを鵜呑みにできるほど楽観的ではない。

 

「アインズ様、お待ち下さい」

「ん? どうしたアルベド」

 

玉座のすぐ横、角と羽の生えた美女から「待った」がかかった。あの女悪魔は「意外と人間に対して良識派」とロウネからは聞いている。

 

(いいぞでかした! ダメ出ししてやれ王妃!)

ジルクニフは祈った。

 

「アインズ様の魔法は強力すぎますから、下手をすると、宝やそれに至る仕掛けごと消滅させてしまう恐れがあるかと……」

 

(……あーそっちの心配かー……。消滅ってなんだよ消滅って……)

やはり悪魔は悪魔、ということか……。

 

「ふむ。それもそうか……。しかし、かと言って、中の迷宮を(ねずみ)のように這い回るのは私の性に合わんな」

「ええ。もちろん、アインズ様にそのようなお手を(わずら)わせるわけには参りません。そこでですが、マーレに任せてみてはいかがでしょう?」

 

(…………マーレ?)

その名はよく覚えている。最初に帝国にドラゴンに乗ってやってきた、闇妖精(ダークエルフ)の双子の妹のほうだ。あの時は、杖をただ一突きしただけで皇城前に局地的な大地震を引き起こし、帝国の最精鋭100人以上を一瞬でミンチに変えたのだった……。

 

「おお、その手があったか! 確かに、地盤ごと引き上げるのが手っ取り早いな」

 

(『その手があったか』じゃねえよ!)

ジルクニフが声にならない悲鳴を上げる。

 

「はい。マーレならば、蟻の巣の標本のように綺麗に掘り起こしてくれるでしょう。あとは宝を(つま)むだけです」

「それは、なかなか楽しそうだな。ふふふ」

「ええ、まったく。ふふふ」

 

ま――

「待って頂きたい!!」

 

思わずジルクニフは叫んだ。

 

「ん? どうかしたかね? ジル」

 

アインズは首を傾げた。決して可愛くはない。

 

「そ……その、陛下、その場合、地上の民は……?」

 

ジルクニフはモゴモゴと遠慮げに問いかける。呼び方も思わず「陛下」に戻ってしまった。

 

「……ああ、そうか。ニンゲンとはその程度で死ぬのだったな。まあ、その時だけ避難させておけばよかろう」

「……土地や、建物は?」

「ん? 壊れたら直せばよいではないか」

「……………………」

 

(……ダメだこの骸骨)

さも当然のように「俺、何かおかしなこと言ってる?」といった自然体で返答している。側近たちも「それで?」といった表情だ。

 

この人外の連中に人間の常識は通じない。価値観が違いすぎる。おそらく、人間にとっての虫と同じ感覚だ。邪魔だからちょっと巣壊すよ、ほっといてもどうせお前らまた勝手に作るじゃん、みたいなノリだきっと。

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。帝国の長としてお願い申し上げます。何卒(なにとぞ)、帝都の民の命と財産を壊さぬ形で、お願いできませんでしょうか?」

 

ジルクニフが声を張り上げた。皇帝には皇帝の挟持(きょうじ)がある。

 

「む? 改まったかと思えば、変わった願いをするものだな、ジル」

 

(変わってるのはお前だ!)

思わず頭を抱えてジタバタしたくなった。

 

「アインズ様、少し宜しいでしょうか?」

 

と、横から蛙の悪魔が割り込んできた。

 

「ん? 何だデミウルゴス?」

「ニンゲンという生き物は、我々が思うよりもずっと脆弱な生き物です。中には、雨露(あめつゆ)がしのげないだけで変調をきたす個体も多いとか……」

 

(そう! それ!)

ジルクニフは心の中で指を差した。

(あの蛙、なかなか良い奴じゃないか!)

 

「我々が当たり前のように使う魔法や特殊技術(スキル)であっても、帝都で放てば、ニンゲン達が全滅してしまうかもしれません」

「ふむ、そんなものか。加減が難しいな」

「ええ。ですから、我々は下手に手出しをせず、ニンゲンの都のことはニンゲンにやらせるのが一番かと」

「なるほどな」

 

助かった。蛙悪魔のお陰で、最悪の事態は(まぬが)れそうな気配だ。

 

「ジルクニフ殿」

「はっ」

 

その蛙から、今度はジルクニフに言葉が向けられる。

 

「我々が迷宮を掘るのと、君達が探索するのと、どっちがいいと思うね?」

 

(……どんな二択だ蛙野郎)

やっぱり悪魔は悪魔だ。

 

「……我々が探索致します」

 

それしか選択肢はなかった。

 

「君のところで、その秘宝とやらは発見できそうかね?」

「……成功は確約できかねますが、ご命令とあらば精一杯尽くさせて頂きます」

 

……とりあえず、こう答えるしかないだろう。妙な気まぐれを起こされないためにも。

 




ンナ↑インズ様、実はノリノリです。

あ、会談はまだ続きます。
まだムチしかないからね。
アメがないと毛根死んじゃうからね……。


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光明

<前回のあらすじ>

まずうちさぁ……ダンジョンあんだけど……潜ってかない?(威圧)



「……我々で調査させて頂きます」

 

ジルクニフは、諦めと共にそう吐き出した。

 

「そうかね。それは助かる。ああ、そういえば君のところは優秀な騎士が揃っているのだったね。丁度良い。期待しているよ」

「……はい」

 

ジルクニフは思い出していた。まだ属国化の取り決めをまとめていた頃、この蛙の悪魔がロウネを経由して寄越した回答のことを――。

 

『うん? 軍隊の解散? いいや、結構だよ。なに? 指揮権の委譲? ははは、面白い冗談だね。いらないよそんなもの。今まで通り、君達は君達の裁量で、軍隊でも何でも好きに持ったら良い。国と王を守る白銀の騎士達……実に美しいじゃないか。心ゆくまで揃えたまえ。ただし、君達から他国へ攻め入るのは許可しない。その代わり、他所(よそ)の国がちょっかいをかけてきた場合は、我々魔導国が対処しよう。アインズ様の()()に手を出したらどうなるか、しっかりとその身に教え込んでやらないとね。ああ、それと、国内での治安維持に関しては、君達も知っての通り、我々は高品質のサービスを格安で提供する用意がある。いつでも言ってくれたまえ。……栄光ある帝国の騎士達に、仕事が残っていればいいがね……』

 

――今思い返しても、舐めくさった扱いに(はらわた)が煮えくり返る思いだ。

 

しかし、実際問題、統率力に名高いバハルス帝国の騎士団は、瓦解(がかい)の危機にあった。あの大虐殺の直後から急増した帝国騎士団からの脱退希望者は、属国化してから更に加速し、新兵の応募も著しく減少した。

 

だが実のところ、これはある意味、今の帝国にとっては好都合だったりする。何しろ、本当に騎士の仕事がなくなってしまいそうなのだ。

 

長年続いたリ・エスティーゼ王国との(いさか)いは終わった。まさかこの()に及んで帝国に再び兵を差し向けるほど、王国も愚かではあるまい。王国軍にはもう、自国内で守りを固め、憐れにも震えて祈るしか手はないのだ。

 

帝国国内に目を向けてみても、もともと少なかった野盗の(たぐい)は、今やすっかり鳴りを潜めている。街道や辺境の村等ではまだ魔物に襲われる脅威があるが、ジルクニフがひとつ契約のサインを交わすだけで、魔導国があっという間に一掃してしまうような気がする。

 

そして何より、今となっては、たとえ最終戦争(アーマゲドン)のごとく帝国全土で徴兵して軍事に全振りしたとしても到底(かな)わない化物共が、帝国の頭を抑えているのである。今ここに、帝国にとっての軍隊の必要性は(うしな)われたのだ……。

 

しかし、さすがのジルクニフにも、全ての軍隊を解散させるなどという思い切った決断はできない。魔導国に全て委ねて無防備を晒すほどに、あの化物どもを信じるわけにはいかないのだ。たとえ魔導国の手勢に比べて案山子(かかし)以下の存在だとしても、ジルクニフは人間の騎士に守ってもらいたい。欲を言ってしまえば、国庫を無駄に圧迫しない程度の縮小規模になって構わないから、忠誠心も練度もモチベーションも高い帝国騎士には残っていてほしい。

 

魔導国は、そんな国内事情をまるで完全に見越したかのように、絶妙な朝貢の取り決めを提示してきた。属国となったバハルス帝国が宗主国である魔導国に毎年納める金額は、大まかに言って、大虐殺前の国家予算における軍事費の半分程度。……つまり、実質必要のなくなった軍備を半分以下に縮小すれば、帝国国民は何ら腹を痛めることなく、それまで通りの生活を維持できてしまうのだ。事ここに至っては、むしろ依願退職者を募りたいくらいだ。

 

これは、はっきり言って異例の措置である。国際法やら人道的配慮やらが存在しないこの世界においては、強者は弱者に対して何をしても良いというのが常識である。敗者は真っ当に生きる権利すら奪われるのが世の常。こんな生っちょろい併呑など、人類の歴史の中で見たことも聞いたこともない。……まあ、その唯一の例外が、つい最近の都市エ・ランテルの占拠であり、その統治の様子を見たからこそ、ジルクニフも手心(てごころ)を期待して魔導国の軍門に(くだ)ったわけであるが……。

 

「そうだったな。ジル、お前のところの兵達の事情は把握している。仕事が割り振れて何よりだ。私は別に結果を急いではいないからな。騎士達の暇つぶしがてら、のんびりと迷宮攻略でも楽しんだら良いと思うぞ」

「……ありがとう……ございます」

 

(……どんな皮肉だ)

ジルクニフはギリッと奥歯を噛みしめる。

 

「そうそう、専業兵を辞めたい者が身の振り方について困っているのなら、力になるぞ。既に知っていると思うが、魔導国は新たな時代の冒険者を募っている。腕に自信のある者、剣で身を立てていく気概のある者を歓迎しよう。それとは別に、我が国はエ・ランテル近郊の辺境の村を開拓した実績がある。例のアンデッドのサービスとセットになるが、こちらも退職した騎士の受け皿になると思うぞ。検討してくれたまえ」

「……はい、感謝致します、アインズ様……」

 

ジルクニフは若干返答に窮した。……まさか、帝国軍隊をボロボロにした張本人が、その転職のサポートまで手配してくれるとは畏れ入る。しかもその内容が妙案なのが、またジルクニフをモヤモヤさせる。全てがこの怪物の思惑通りに進んでいるような気がしてならない。

 

「ふむ……それにしても、だ。ただ一方的に宝の探索を押し付けるのは、少々心苦しいな」

 

そういう人並みの感性はあるのか、とジルクニフは変なところで感心した。

 

「……いえ、陛下とて、危険なアイテムを野放しにしていては心安らかならぬことでしょう。帝国の総力を挙げて探索してみせましょう」

 

(これで満足なのだろう?)

秘宝が仕込みかどうかは結局わからないままだが、帝都の民を人質に取る気なら、はじめから素直にそうすればよいのだ、とジルクニフは心の中で毒づく。

 

「……ん? ジル、お前はひとつ勘違いをしているぞ」

「……と、(おっしゃ)いますと?」

「私がその秘宝の力を恐れて回収しようとしている……お前はそう考えているようだが、私はそんな心配は全くしていない」

「そう、なのですか?」

「剣だか宝玉だか知らんが、お前達ニンゲンの秘宝ごときで、この身が傷つくわけがなかろう」

 

くっくっく、と、魔導王の周囲の側近ですら、(あざけ)るような含み笑いを浮かべる。

 

「これは、失礼致しました……」

 

(ん? 何だかよく分からなくなってきた……。元からこいつらのでっち上げではないのか? 架空の弱点武器を餌にして、謀反人(むほんにん)を釣り上げる作戦だと思っていたのだが……。こいつは何を考えている? 我々人間に何をさせたいのだ? 目的がさっぱり読めない……)

 

「ふむ……私がその程度の存在だと思われるのは不愉快だな。良い機会だ。ひとつ褒美を思いついたぞ」

 

アインズが言う。

 

「もし、その『どんな強大なアンデッドをも消滅させる剣』が見つかったら、我が身で試してやろうではないか」

 

「…………は?」

「アインズ様!!?」

 

ジルクニフの抜けた反応に被せる形で、アルベドと呼ばれた女悪魔が過剰に反応した。想定外だったのだろうか?

 

「いや、ただ『試す』だけではつまらんな……。おお、そうだ! あの武王の時のように、またちょっとした興行(こうぎょう)に手を貸すのも悪くない。次もまた、私が単騎で戦ってやろうではないか。その、『私を殺せるかもしれない剣』を装備した何者かと。ついでに宝玉も合わせたほうが良いかね?」

「な……は……え?」

 

予想を遥かに超えた展開に、ジルクニフは面食らう。……が、慌てて(かぶり)を振り、どうにか平静を取り戻す。

 

「……その……本気なのですか? ご冗談ではなく?」

「私は冗談は好きだが、こういう(たわむ)れも好きだぞ。お前も見ていたであろう?」

「……武王の時、ですか……。確かにあれはお見事でした。しかし、アインズ様は余裕だったのでは?」

 

あの最後の瞬間がどうしてもジルクニフの頭から離れない。武王の渾身の連打を全身に受け、にも関わらず微塵(みじん)も揺らがず平然としていた、骸骨の化物の姿が……。途中まで良い勝負だと思っていたのに、自分の総大将としての「強さを見る目」を粉々に砕かれた気分だった。

 

「いや、そうでもないぞ。あの武王との勝負は、なかなかに心沸き立つものがあった。私は最後に武王に()われた時以外は、わざと攻撃が通るようにハンデを背負っていたのでな。やはり命のやり取りというのは(たの)しいものだ」

「…………」

 

未だにどういう仕組みかは分からないが、どうやらアインズはあの時「ハンデ」を背負い、その間は見た目通りダメージを受けていたらしい。それでなくとも、「魔法を使わない」という縛り条件を承諾していたことは、闘技場の興行主であるオスクから聞いていたが……。

 

(……そうか……この骨は、「遊び」でわざと命を危険に晒すことがあるのか……)

 

ジルクニフの胸の奥底に、(わず)かに鈍い光が(とも)る。

 

「もう一度あの娯楽を味わえるというのであれば、またこの身を危険に晒すことも悪くない」

 

不死の王は、愉快そうにそう言った。

 

「いけませんアインズ様!!」

 

アルベドが、今までにない強さで主君を(たしな)める。

 

「どうかお(たわむ)れもほどほどになさって下さい! アインズ様ほどのお方がニンゲンごときに遅れを取ることがないことは百も承知ですが、万が一アインズ様にもしものことがあれば、我らシモベ一同、慚愧(ざんき)に堪えません!」

「そうですアインズ様! 我々ナザリックの存在は、アインズ様なしでは生きていることなどできません。どうかご自愛ください! 我ら一同の願いです!」

 

左右に控えていたアルベドとデミウルゴスが懇願する。その剣幕は、あまりにも真に迫っていた。

 

「……そうか。お前達の忠義に感謝するぞ。しかし、お前達も知っていよう。私も随分と長くこの世界に居すぎた。飽きるほどにな。私にとっては、生と死すらただの状態に過ぎぬ。浮世(うきよ)(いたずら)に我が身を()すこともまた、泡沫(うたかた)の余興なのだ。あまり私の(たの)しみを奪ってくれるな」

「アインズ様……。アインズ様がいつか黄泉路(よみじ)へ旅立つ時は、必ずや我々もお供致します」

「うむ。いずれはそれも、悪くないかも知れぬな。皆で()くのも……」

「…………」

 

玉座の周りが何だかしんみりしている。……しかし、その下座の様相は全く違う。

 

(何ということだ! 今日得た情報は宝の山ではないか! 滅ぼせる……滅ぼせるぞ! ナザリックを!)

 

ジルクニフは、一切表情に出さずに激しく興奮するという離れ業をやってのけていた。その頭脳はここ一番に高速に回転し、状況を整理していた。

 

(まず一つ、奴は……アインズ・ウール・ゴウンはおそらく、人間のように生に執着していない)

 

“超越者”とはそういうものなのだろうか? 奴は絶対的な強さを持ちながら、あえてその身を刃に晒し、自分の生死をチップにして賭けることすらある、ということらしい。……まあ、人間でも人生にスリルを求める人種は確かに居るので、その気持ちは分からないでもない。戦闘狂も分かる。軍を率いていれば(まれ)に見るゆえ。「生き飽きる」という感覚は、ちょっと人間には分からないが……。

 

(これはチャンスだ! というか、これ以外に考えられない!)

 

おそらくあの武王との闘いの最後で見せた通り、奴に手傷を負わせるのは、普通であれば不可能だろう。しかし、武王戦の前半のような「ハンデ」を負った状態――奴が慢心し、わざと自分を弱めて巫山戯(ふざけ)る、油断しきった状態――であれば、奴を葬り去ることも可能かもしれない。

 

(次に、もし首尾よくアインズ・ウール・ゴウンを(たお)すことが出来れば、奴の配下は自然崩壊する)

 

あの王にしてこの配下ありとでも言えば良いのか、奴らは人間には及びもつかない忠義心、あるいは生死観を持っているらしい。この情報は大きい。狙うはただ一点、王の首のみで良いというわけだ。全く絵にならなかった逆襲計画が、手の中でゆっくりと形を成していくのを感じる。

 

もしかしたら、魔導王の殺害後、激昂(げきこう)した配下達から苛烈な報復を受けるかも知れないが、それを(しの)ぎきれば、生き残った人間で未来を紡ぐことができる。ジルクニフは一時はあのナザリックの化物同士の離反を考えていたが、今こうして状況を整理してみると、あの忠義心の高さこそが利用すべき最高の自壊装置と言える。

 

(全員まとめて、地獄の底まで舞い戻るがいい……)

 

そんな暗い呪詛(じゅそ)がジルクニフの胸中に渦巻く中、不死の王が語り掛ける。

 

「ジルよ。私は悠久の時を過ごす絶対者ゆえ、この身を焦がす刺激を求めている。私は強者が好きだ。この身に降りかかる困難を愛している」

 

魔導王が、まるでオペラ歌手のように手を広げる。黒い後光まで背負ったその姿は、まさしく魔王そのものだ。

 

「ジル、私の無聊(ぶりょう)を慰める手伝いをして欲しい。お前の帝国の、最も鋭い刃を用意するが良い。その私を(おびや)かすという、『剣』と『宝玉』を(たずさ)えた、誰よりも屈強な戦士をな。その時私は、この玉座を降り、一介の兵として尋常に勝負してやろう」

「……なんと……」

「私を楽しませてくれ。吉報を待つぞ」

「はっ!」

 

ジルクニフは、力強く返答した。

 

……これは、遊戯(ゲーム)だ。不死の王と、帝国との。しかし、その強者ゆえの増上慢(ぞうじょうまん)こそが命取りだ。奴には、時には優雅に狐狩りを楽しむ馬上の貴族ですら、思わぬ事故で命を落とすこともあるということを教えてやろう。吟遊詩人の奏でる英雄物語(サーガ)のように、傲慢なる邪神のその首を、脆弱なる人間が落としてくれる!

 

ジルクニフは唐突に、今までずっと背が曲がっていたような感覚を覚え、改めて背筋をスッと伸ばした。やはり皇帝とはこうでなくてはな、などと思いながら……。

 

「む! 再び緊急の連絡が入った。少し失礼する。ではな!」

 

突然アインズがそう言うと、玉座に座ったままバサッとローブを(ひるがえ)し、スッと闇に消えた。

 

一同がやや呆気(あっけ)にとられる中、ほんの数十秒程度で、不死の王は再び姿を現す。

 

「…………度々(たびたび)すまないな。ああその、さっきの仕草は、その、少し急いでいてな……」

 

よく分からないが、どうやら緊急の問題とやらは解決したようだ。魔導王は今は落ち着き払って、玉座に静かに構えている。

 

「……む? ジル、少し顔色が良くなったか?」

「い、いえ!」

 

自分の敵愾心(てきがいしん)を見透かされたようで、思わず少し目を泳がせてしまう。

 

「いや、先ほどよりもだいぶ調子が戻ったようで安心した。うむ。今の顔のほうが好ましいぞ。やはり人間、そうでなくてはな!」

「…………」

 

(……やはり食えぬ……この骸骨……)

奴は、ジルクニフの叛心(はんしん)を読み取り、その上でそれを(ゆる)したのだ。それこそがニンゲンの正しい姿なのだと。()()()()()()()()()()()()、と。あの朗らかな声の、なんと挑発的なことか……!

 

(……お望み通り、やってやろうではないか……!)

ジルクニフも対抗すべく「ニコリ」と笑みを返した。瞳の奥底にある闘志を、わざと見せつけるようにして……。

 

「まあ、ともかくまとめると、だ。大迷宮の探索は、ジル、お前に一任する」

「拝命致しました、アインズ様」

「……とはいえ、基本的に私は干渉しない。お前たちの好きに探索したらいい。迷宮用に部隊を編成するも良し、冒険者やワーカーを雇い入れるも良し、だ」

「はい」

「期日も設けん。私の気は長い。無理せず励め」

「はい」

「宝についても、今のところ例の秘宝二つしか私は興味がない。他は好きにせよ」

「はい」

 

ピクッと、レイナースの肩が上がった。

 

「一応、拾得物等の情報はまとめて報告してもらうが、一方的に取り上げたりしないから安心せよ。私の興味を引く品があれば、それ相応の対価をもって持ち主と交渉に当たらせてもらおう」

「はい」

「その他、迷宮の構成や遭遇した敵、攻略上の問題点やトラブル等を含め、定期的に報告書を提出してもらう。よいな?」

「了解しました」

 

ようは何のことはない。定期報告さえ欠かさなければ、成果を気にせず好きに探索せよというお達しだ。非常に手ぬるい。

 

「そうそう。迷宮と言えばな、実は我がエ・ランテルの領内にも謎の遺跡があるのだ。せっかくなので、冒険者に探索させて修練に役立てている。機会があれば調べてみると良い。何なら視察も受け付けるぞ。色々と参考になることもあるかもしれんしな」

「はい。覚えておきます」

 

(そう言えば、そんな遺跡の話があったな……)

重要度が低かったので後回しにしていた報告を、ジルクニフは思い出した。

 

「しかし、お前達ニンゲンの世界には、なかなかに面白いものがあるのだな。実に興味深いぞ」

「い、いえ……」

 

少なくとも、帝国や王国の民が作ったのではないと思うのだが……。

 

……しかし、もしこの二つの遺跡が魔導王と無関係に存在していたとするなら、案外、身近な人類の領域には、得体の知れないものが数多く隠されているものかもしれない。思えば、今まで帝国は、街を造り、耕作地を整え、兵を鍛え……と、民の暮らしのために目先のことにばかりに終始していた気がする。だが、もしかしたら今もまだ帝国領地のどこかに、あの魔導国に対抗できるような、人類の反撃の牙が隠されているかもしれないのだ。

 

(今からでも調査隊を結成すべきか? それとも、冒険者組合にでも依頼するか? ……ん? 冒険者……?)

 

……もしかしたら、と、ジルクニフは思う。もしかしたら、帝国がずっと以前から冒険者の支援を行い、育てて「冒険」させていれば、今頃こんなことにはなっていなかったのではないか?

 

(あの魔導王の(げん)が、正しかったとでも言うのか……?)

 

奴の闘技場での演説……。あれと同じことを人類が実行してこなかったから、今こうして奴に遅れを取っているのだろうか? だとしたら、まるで悪夢のような皮肉ではないか……。

 

(……「冒険者を育てる」、か……。考えもしなかったな。まさかこういう意図が含まれていたとは……。アインズ・ウール・ゴウン、一体どこまで先を行くか……!?)

 

改めて、その智謀に恐れおののくジルクニフであった。

 

「さて、せっかく探索と報告を依頼するのだから、例の勝負とは別に、それに見合った対価を渡したいところだが……」

 

その智謀の王が、またひとつ案を出す。こういうところは律儀(りちぎ)らしい。まるで商人のようだ。絶対者として頭ごなしに命じれば良いものを。いや、これも策略のうちか……?

 

「まずは、そうだな……。実は今、我が魔導国ではドワーフのルーン工匠達を抱えているのだが、彼らのルーン武具の試作品を提供しよう。迷宮探索に役立ててくれたまえ」

 

(くそっ! 猛烈に手が早いな!)

ジルクニフは、闘技場のオスクから、「アインズはドワーフのルーン武器に興味を持っている」との情報を掴んでいた。実は帝国でも交渉を有利に進めるため、ドワーフに渡りを付けようかと画策していたところだったのだが、まさか一歩も動かぬうちに獲物を()(さら)われていたとは……。

 

「できれば、それらのルーン武具を使用した感想も聞かせてほしい。良い点は宣伝として、悪い点や追加の要望は改善点として役立たせてもらおう」

 

本当に商人みたいだ。王がなぜそんなことまでしているのか? やはりこの骸骨、全く底が知れない。

 

「その他、細かいことは後で部下達で詰めてもらおう。とりあえず、大迷宮についてはこんなところで良いかな?」

「はい。問題ありません」

「うむ。それはよかった……」

 

ふぅ、と、アインズはまるで人間が一息つくような仕草をした。これも奴の交渉術のひとつなのだろうか? 妙に自然なのが小賢(こざか)しい。

 

「……では、次の話に移ろう。アルベド」

「はい。では――」

 

……………………

…………

……………………

 

――玉座での会談は、こうして(とどこお)りなく終わった。

 




アインズ?「来いよジル。剣と玉拾ってかかってこい」
ジル「へへへへ……誰がテメーなんか……テメーなんか恐かねぇ!! ヤローブッコロシテヤラァ!!」


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会食

<前回のあらすじ>

ジル「ああ、闘技場の遊戯(ゲーム)でもいいが――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」



――その後の玉座での会談は、アルベドの取り仕切りのもと、(とどこお)りなく進んでいった。

 

……と言っても、(ほとん)どの内容は既に書面にて確認が済んでいる。ここでは面と向かって合意を取るのが主な作業だ。難しいことなど何もない。

 

(しかし、それにしても……)

 

先ほどより、この場の最上位者である魔導王アインズは、時々「ああ……」とか「うむ……」とか重々しく頷くだけで、全く口を挟まない。ジルクニフが皇帝として報告を受ける時は、不明瞭な点については問いかけ、追加の情報が欲しければ調査を指示し、思いついた妙案があれば提示し、時には不完全な報告にダメ出しをする、など、要所要所で口うるさくするのが常であった。自分とは随分と違うな、とジルクニフは思う。

 

(それだけ配下を信用しているということなのか、それとも、言わずとも全てを把握しているということなのか……)

 

こんなところでも、王としての器の違いを見せつけられるとは……、と、若干の敗北感を(いだ)くジルクニフであった……。

 

 

 

 

会談の後は、簡単な立食会を(もよお)すという取り計らいがあったのだが、ここでまたしても、ジルクニフは敗北感を味わうことになる。

 

「これは……なんと素晴らしい……」

 

会場を見たジルクニフは、はじめから世辞を言うつもりだったとはいえ、思わず素の声が入ってしまった。

 

きらびやかなシャンデリアを吊り下げた高い天井の下には、磨き抜かれた大理石の床。壁には、誰かは知らないが高名な画家の作と思しき名画が掛かり、ほぅと溜息をつかせる。細工の凝った柱時計、掛けられた宝飾剣と紋章盾、静かに存在を主張する白磁の壺、絶妙な位置で空間を整える観葉植物……。会場の全ての調和が、高い次元で保たれている。

 

そこに、後から運び入れたとは思えない重厚なテーブルが規則的に置かれていた。テーブルには純白のクロスが掛けられ、更にその上には、銀食器であるか疑わしいほどの高貴な輝きを放つ、精緻(せいち)な装飾を施された器たち。そして、その上に盛られるは、彩りも鮮やかな料理の数々。鶏も豚も牛も魚もある。生に見えるものもあれば、魔法の作用でか、今も出来立てのように湯気を上げているものもある。その幾つかは、今まで皇城で(ぜい)を尽くしてきたはずのジルクニフでさえ、見ただけでは味の想像もつかない。

 

(いいか、ここで出されている料理は全部、人間の食べられるものだ。決して()()()などない。信じろジルクニフ!)

 

……とりあえず、そこだけはきっちりと自己暗示をかけておいた。

 

「さあ、固い話はもう終わった。バハルス帝国の盟友諸君。あとはゆっくりと楽しんでいってくれたまえ。では、乾杯!」

 

魔導王がそう音頭を取ると、全員が手に持った、やや背の高い透き通ったグラスを掲げる。その中身は、発泡する淡い桃色の食前酒だ。

 

「……美味い……」

 

各所から、隠し切れぬ感嘆の声が漏れる。絹のような上品さで喉を通り抜ける、爽快な甘味と酸味。それが全て胃の()に落ちた時、不思議と体中の疲れが抜け、活力が満ち、食欲が湧いてくるような気がした。

 

感嘆の声は、時を経るごとに加速していく。礼装の騎士達は、最初の品を緊張しながら取り皿に取り、恐る恐る口にした。そしてすぐさま、驚きに目を(みは)った。

 

「……うま」

 

口の中で弾ける食感。弾力があるのに柔らかく歯で噛み切れる肉。溢れる肉汁……。自分達が普段食する家畜の肉や狩猟肉(ジビエ)と同じとは到底思えない、人間のために神様が用意したかのような生き物の肉の味がした。野菜も青臭さが全く無く、摘み立てのような新鮮なシャキシャキ感と、やはり知っている品種とは根本的に異なるような、ほのかな甘味が感じられる。更に加えて、各料理の味付けに使われている調味料や、備え付けのポットにて供される各種のソースが、異次元の高みへと味を引き立てている。その多くは全く未知のもので、一体どの素材をどう調理したらその味を再現できるか、その糸口すら掴めない。

 

(畜生……美味いな……)

 

ジルクニフも、苦々しく賞賛を送る。また部下達の求心力が下がってしまうではないか……。しかし、たかが食ごときでこの皇帝ジルクニフの牙城を崩せると思うな! あ、そっちのも下さい。

 

「カクテルです。いかがですか?」

「……いただこう」

「こちら、お取りしましょうか?」

「……うむ、頼む」

 

会場では、見目麗(みめうるわ)しきメイド達が、鮮やかな足運びで給仕を行っている。その仕事は完璧で、パッと見回してみても、テーブルの上に空いたグラスどころか、水滴一つ落ちていない。

 

騎士達の何人かは色目を使っている。しかし、残念ながら()()()()()()だ。メイド達はどれだけ熱視線を浴びても、その端正な顔の眉ひとつ反応しない。がっくりと肩を落とす部下達が多数……。

 

ここにいる騎士達は皆、ジルクニフ直近の精鋭達だ。まあ、この前闇妖精(ダークエルフ)の引き起こした局地地震の被害のせいで、つい最近繰り上がった者達も居るが……。彼らにはこうした状況にも備えてもらうため、社交界での常識を叩き込んである。この場がどういうバランスの上に成り立っているかも、各員当然分かっているはずだ。たかが下働きのメイド相手とはいえ、ここで問題を起こしたら、その首を差し出しても収まりがつかなくなる恐れがある。さすがに粉をかけるような馬鹿な真似をする奴などいないだろう。

 

……若干名、外見上は澄ました顔でマナーを守りつつも異様なスピードで次々と料理を口に運ぶ者や、メイドの背中を鼻息荒く目で追う者がいたりするが、まあ大丈夫だろう。……大丈夫だよな? とりあえず顔覚えとくからな。

 

それはそうと、向こうでロウネが「相変わらず美味い」といった表情で、特に驚いたところもなく、悠々と食事を楽しんでいる。あいつやっぱちょっと太ったな。とりあえず深い意味はないが、あいつもあとで小突いておこう。

 

 

 

 

アインズは立食会の間、会場の奥でゆったりと椅子に座って配下の者達と談笑していた。玉座ほどではないが、これも見事な上位者の椅子だ。

 

アインズはもとより飲食不可なので、下手にテーブルに交じることもない。そもそも、これは社交パーティーでも何でもなく、ただの食事会である。コネのために顔を繋げておく相手も、家の格付けのためにドロドロした心理戦を繰り広げる相手もいない。人間達が(はぐく)んできた貴族社会の手練手管は、魔導国相手にはまるで意味を成さない。

 

……とはいえ、挨拶くらいは必要だろう。ジルクニフは三騎士に付き従うよう声をかけ、近くにいたメイドに空いたグラスと取り皿を渡すと、再び「むん」と気合を入れて、奥の一角へ向かった。

 

「アインズ様、この度はこのようなおもてなし、心より感謝致します」

「やあジル。なに、気にするな。先ほどは長々と(ひざまず)かせてしまっていたからな。その配慮と思ってもらえればいい」

「ご高配、痛み入ります」

「私には存在しないから分からないが、ニンゲンは疲労も空腹も感じるのだろう? 難儀(なんぎ)なものだな。私もうっかり忘れないように留意せねばなるまい」

「…………」

 

ジルクニフはどう反応していいものか迷い、曖昧(あいまい)な笑みを浮かべた。なお、アインズのこの言葉はわりと本音である。自分を含め、身の回りが人外すぎるため、最近感覚が麻痺してしまっている。気をつけねば……。

 

「食事は楽しんでいるかね?」

「はい。これほど見事な料理の数々、感動を禁じ得ません」

「そうかね。料理を担当した者にも伝えておくよ」

「宜しくお伝え下さい。私のところの料理人にも、是非ともご指南頂きたいくらいです」

「ははは。考えておこう」

 

ただのお世辞と社交辞令であることは分かっているが、一応ジルクニフは心の中で小さくガッツポーズを取った。

 

「……しかし、これほど(ぜい)を尽くした料理の数々、何とも恐縮してしまいますね」

 

たかが属国相手に……と続いたはずの部分は()えて言わない。意図だけ(ほの)めかす。

 

「ん? そんな大層なものでもないぞ。我がナザリックでは、これが普通だ」

「そうなのですか!?」

「うむ。気に入ったのなら、次の報告に来る機会にでも、また振る舞ってやろう」

「ありがとうございます、アインズ様」

 

(軽く探りを入れたつもりが、棚ぼたになってしまった。……奴め、表情は読めないが、見栄を張っている様子はないな。どうやら本当のことらしい)

(「これが普通」というのはちょっと見栄だが、こいつらがこれから稼いでくれる額に比べたら微々たるものだからな。まあ、お礼の意味も込めて、このくらいはサービスしてやろう)

 

……お互いの小さな思惑が交差していた。

 

「アインズ様、既にご存知でしょうが、改めてご紹介させて頂きます。こちらが我が帝国が誇る三騎士、『雷光』のバジウッド・ペシュメル、『激風』のニンブル・アーク・デイル・アノック、そして『重爆』のレイナース・ロックブルズです」

 

後ろに控える三人が、直立して右手の拳を胸に当て、騎士の礼を取る。

 

「帝国が誇る」の部分に強烈な自虐が入っている気もするが、さすがに紹介しないわけにはいかないだろう。現在、個としては帝国最強の戦力である三人を紹介する。なお、当然であるが、「前は四騎士だったけど一人は貴方の部下に殺されました」とは、さすがに口に出さない。

 

「ふむ……。確かに三人とも見たことがあるな。そちらの二人は、最初に我がナザリックでジルと会った時にも後ろに控えていた者達だな。それとそっちの彼は、カッツェ平野での戦争で私と行動を共にしたのだったかな?」

「はっ! 覚えて頂き、光栄です!」

 

ビシッと硬い声で答えるニンブルの顔色は悪い。当時の惨状を思い出してのことか……。

 

「そういえば、アインズ様。闘技場のオスクから聞いたのですが、そのカッツェ平野の戦争で、アインズ様が使われた魔法は、何でも十年に一度の大魔法であったとか……?」

 

ジルクニフが、ここぞとばかりに機を逃さず確認を取る。

 

「さすが、耳が早いな。その通りだ。ジル、お前のたっての願いということで、私の最大の魔法を使わせてもらった。威力は期待通りだったかね?」

「いえ、むしろ期待以上でした……」

「そうか。満足してもらえたようで何よりだ」

 

完全に隠しきれず、つい若干引きつった笑みを浮かべてしまうジルクニフ。それに対し、気持ちよさそうにうんうんと頷くアインズ。

 

「それで、その……もうあの魔法は……?」

「ん? ああ、そうだ。一度撃ってしまった以上、向こう十年は()()同じ魔法が撃てん。それを覚えておいてもらえると嬉しいな」

「……そのような希少な魔法を使ってくださり、心より感謝致します……」

 

色々と腹に据えかねるところはあるが、ジルクニフはもう過去を振り返らない。それよりも、今得た情報を活かすことを考える。ただで転んでやるものか。

 

(……あれ、大丈夫かな……?)

 

一方で、アインズは少し不安を覚えていた。実は、先ほどの偽情報はまだ守護者達には話していなかったので、今ここで伝わったことになる。そもそもこんな嘘を流した理由は、別のプレイヤーに同じ超位魔法〈黒い仔山羊(イア・シュブニグラス)〉を使われて首謀者を押し付けられては困るという、かなり単純かつ短慮なものだったりする。

 

(せめて事前に相談しておけばよかったか? 部下にホウレンソウとか言ってる本人がこれでは……)

 

……などと思いながら、チラッと横目でデミウルゴスを見やると、ばっちりと目が合った。

 

デミウルゴスからは「ニィ」と凄い笑みを返された。

 

(うーん……。たぶん幻滅はされてない。でもこれ絶対また悪い方向へ勘違いされてる……)

 

アインズは頭を抱えたくなった。

 

「ゴウン魔導王陛下、少しお願いがあるんですが」

 

突然、三騎士の一人、バジウッドが話しかけてきた。

 

「うん? どうした?」

「この度の素晴らしい料理に感動しました。もし余るんでしたら、部下一同で包んで持って帰って構いませんかね? お……私も、妻たちに持っていってやりたいんで……」

「おい、バジウッド!」

 

ジルクニフが強く(たしな)める。いくら自分に対してこういう性格を許容していたとはいえ、魔導王に対して見せるべき態度ではない。実際、アルベドの視線が冷たくなっている。

 

「も、申し訳ありませんアインズ様! この男、粗野な物の言い方しか知らないものでして……」

 

ジルクニフが冷や汗をかきながら必死でフォローする。

 

……実は何気に、その姿がアインズの心を打ったりしていた。ついでに言うと、バジウッドの「妻たち」というキーワードにもアインズは動揺したりしていた。

 

「よいよい。話は聞いているぞジル。お前が身分を問わず、剣の腕のみを頼りに、優れた戦士を雇っていることを。私もそういうところは見習わなくてはいけないな」

 

アインズは軽快にそう言う。嫌味だろうか? いや、不機嫌な様子はないようだが……。

 

「部下がとんだご無礼を……」

「よいと言ったぞジル。この三人とも、自らの実力で今の地位を勝ち取ったのだろう? ならば誇るが良い。私はそういう者が好きだ」

 

アインズが寛大な言葉を述べる。

 

「ただ、今のその程度の力量で、胡座(あぐら)をかいているようでは困るな。これからも精進(しょうじん)せよ。私を倒すのだろう?」

「め、滅相もない!」

 

クククと笑いながらアインズが言うと、三人は蒼い顔でブンブンと首を横に振った。

 

「おっと、料理のことだったな。余り物などではなく、ちゃんとした土産を持たせてやるから安心しろ。〈保存(プリザベイション)〉を掛けたやつをな」

「よ、宜しいんですかい!?」

「なに、こちらも世話になるわけだからな。この程度で遠慮することはない」

「ありがとうございます!」

 

世話になる、というほどの何かがあっただろうか? 引き受けたことと言えば、あの任務とも呼べない迷宮探索の依頼くらいだが……。と、ジルクニフは心の中で首を(ひね)っていた。

 

(……ところで、さっきから気になっていたのだが……)

 

――と、アインズは、目を合わせないようにしながら思う。

 

(あっちの女騎士が、顔に広がった(うみ)を見せつけるようにして見つめてくるのはなぜだろうか? 以前見た時は、もっと顔を隠すようにしていた気がするのだが……)

 

と、アインズは困惑していた。だが――

 

(この元営業・鈴木悟を見くびってもらっては困るな。社会人の心得その一、相手の身体的特徴を(あげつら)うべからず!)

 

社会人の常識として、相手の見た目で態度を変えるなど言語道断。外見ではなく、あくまでその人となりを尊厳せねば。それに、人には触れてほしくないコンプレックスなどいくらでもあるものだ。それが女性の顔ともなれば、なおのこと絶対に話題に出してはならない。ハラスメント、ダメ。ゼッタイ。

 

アインズはそんな優しさを発揮していたのだが――

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下」

「うん? 何かね?」

 

(自分から話しかけてきたー!?)

若干動揺するアインズ。

 

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

 

そう言いつつ、レイナースはわざわざ見えるように顔の右半分をハンカチで(ぬぐ)う。そのハンカチは(うみ)から出た汁を吸い、黄色くねちゃっとなっていた。

 

(「お見苦しいところを」って、お前見せつけてんじゃん……)

「…………」

アインズは無言を通した。

 

「その、以前にとある魔物(モンスター)の強力な呪いを受けてしまいまして、それ以来、このような顔になってしまったのです」

「……そうか、大変だな……」

「……はい」

「…………」

「…………」

 

微妙な空気にいい加減痺れを切らしたのは、レイナースの方だった。

 

「ゴウン魔導王陛下。偉大なる陛下のお力を見込んで、恥を承知で一つうかがわせて下さい。私はこの呪いを解く(すべ)を探しております。陛下ほどの偉大な御方であればと見込んで、お尋ね申し上げます。もし、この解呪の方法にお心当たりがございましたら、何卒(なにとぞ)この惨めな私めに、希望をお与え下さいませんでしょうか?」

「…………ふむ……」

 

(あー、そういうことね……。……そういえば、『四秘宝』とかの設定はデミウルゴス達にお任せしてしまったけど、解呪のアイテムもあったな。何か関係がありそうだ……)

ここは何もしないのが得策、とアインズは判断した。

 

「呪いか……。であれば、我が力であれば、それを解くのは容易(たやす)い」

「な、なんと! では……」

 

レイナースの目が輝く。

 

「しかし、だ。レイナース・ロックブルズ。お前はその対価として、何を支払う?」

 

まずは軽く圧迫面接してみる。

 

「我が身を捧げまひゅっ!?」

 

普通に即答された。なお、最後にレイナースの語尾が乱れたのは、何か物凄い悪寒が背筋を駆け抜けたからだ。ジルクニフが横から睨みつけているが、そっちではない、もっと別のところからだ。というか、ジルクニフはこの際どうでもいい。

 

「……お前は帝国最強の騎士の一人なのだろう? それを捨てて、私に仕えるというのか?」

「もとより、エル=ニクス殿下とはそのような付き合いの身。ゴウン陛下の恩情を(たまわ)れば、このレイナース・ロックブルズ、喜んで陛下の元に()せ参じましょう」

 

それを現雇い主の真横で言い放つとは、見上げた根性だ……。

 

(……要するに、条件が良ければホイホイ引き抜かれるってことだよね。はい減点1)

人事部長アインズは、なかなかに辛辣(しんらつ)だった。

 

「お前は、そうだな……例えば、私の死の騎士(デス・ナイト)よりも良い働きができるのか?」

「そ、それは……」

「なんなら、今すぐそれを証明して見せても良いぞ。戦ってみるか?」

「ぅ…………」

 

さすがにレイナースには何も言えない。

 

「……まあ、そういうことだ。今はせいぜい、帝国の(もと)で腕を磨くがいい。聞けば、迷宮の四秘宝にも呪いを解くアイテムが有るというではないか。自己研鑽(けんさん)と腕試しも兼ねて、まずはそれを狙ってみてはどうだ? もしそれが手に入らなくても、お前が相応の実力を身に付けたのならば、目をかけてやろう」

「…………はい、そうさせて頂きます」

 

レイナースは、希望と落胆とが()い交ぜになったような感情を抱えたまま、引き下がることにした。

 

(意外とジルも、部下のことで苦労してるんだな……)

アインズの好感度が勝手に上がった。

 

 

 

 

「今日のこの後はどうするかね、ジル? このまま泊まっていっても歓迎するが……」

「……いえ、早急に取りまとめたい件がありますので、本日はこれにてお(いとま)させて頂きます」

「そうか、残念だ。帰路もまたドラゴンで良いかね?」

「はい。是非に!」

「では、またの会合を楽しみにしよう。達者でな、ジル」

「はい。アインズ様も……お元気で……」

 

――こうして、バハルス帝国の一行はナザリックを後にした。

 




ちょっとした閑話のつもりだったのに、いつの間にか丸々一話分に……。

次回は帝国恒例、各陣営の反省と総括の会の予定です。


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思惑

<前回のあらすじ>

持ち帰り! そういうのもあるのか。



「アルベド、デミウルゴス、そしてパンドラズ・アクター。先程のバハルス帝国とのやり取り、実に見事であった。感謝するぞ三人とも」

 

アインズが今回の功労者である三人を鷹揚(おうよう)(ねぎら)う。

 

「もったいなきお言葉!」

「お役に立てて光栄です」

「んアインズ様のためならば!」

 

「う、うむ……」

この真っ直ぐな忠誠心には、毎回なぜかちょっと罪悪感が湧く。

 

「アインズ様。むしろ此度(こたび)は、私達の願いを聞き入れて全てをお任せ頂き、感謝の言葉もありません。我々の働きは、満足の行くものでしたでしょうか?」

「もちろんだとも。これ以上無いと言って良い」

「あぁ……何とお優しいお言葉……」

 

そうなのだ。実はあの『大迷宮』まわりの一連の茶番劇は、彼らの申し出によって計画されたことなのだ。何でもデミウルゴス曰く――

 

『あの帝国皇帝を力ではなく叡智にて(くだ)した手腕……まさに至高の一手と呼ぶべき神業! このデミウルゴス、驚嘆致しました! しかし、このままアインズ様に全て委ねてしまっては、我らシモベ一同、立つ瀬がありません。ここは何卒(なにとぞ)、後のことは我らにお任せくださいませんでしょうか? アインズ様はどうかそのお手を(わずら)わせることなく、我らの働きを見守っていて下さい。必ずや、アインズ様のシモベに恥じぬ成果を上げてご覧に入れます!』

 

――だそうだ。

 

妙に前のめりで迫られてしまったので思わず「お、おう……」と承諾してしまったが、そもそもアインズの頭の中は最初からノープランだ。正直、これ以上の幸運はないとばかりに渡りに船である。超笑顔で「良きに計らえ」と言って全て誤魔化してしまおう……となった。

 

……こうして、「何とかしてアインズ様に良いとこ見せたい」ナザリックの三つの頭脳は、集まって顔を突き合わせた。そして、『帝都地下大迷宮』、『四秘宝』、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の仕込み、それと先程の交渉の筋書きと、全て立案してプロジェクトとしてまとめ上げたのだった。そして現在、そのお披露目はめでたく山場を越えたのである。

 

「今回の結果により、帝国は強制されるのではなく、あくまで自発的に粉骨砕身(ふんこつさいしん)、ダンジョン攻略に(いそ)しむことになるでしょう」

「帝国に残っていたゴミのような戦力も、消すのではなく有効活用し、なおかつ今後も育てていくことになります」

「それに加えて、帝国のニンゲンには目に見える形で希望を提示し、不安の()け口を提供するという効果も見込めます」

 

最初に褒めたことで自信を取り戻したのか、三人はややドヤ顔気味に今回のメリットを総括した。アインズはカパッと口を開け――

 

「素晴らしい……素晴らしいぞ! やはりお前達は私の誇りだ!」

 

――若干大げさに褒めた。いやほんとに、アインズには無理だったから。

 

「おぉ……」

 

三人が歓喜にブルブルと身を震わせ、涙すら流した。

 

(いやー最初はどうなることかと思ったけど、結局は綺麗にまとまったな!)

 

アインズは軽くさっきのことを振り返る。もちろんアインズは、パンドラズ・アクターと交代してからも玉座でのやり取りを見守っていた。最初のうちはかなり威圧的で、ただでさえあまり良くなかったジルクニフの顔色が更に蒼くなるのが見て取れ、アインズは見ていて内心ハラハラしていた。しかし話が進むにつれて、ジルクニフも悪いことばかりではないと悟ったのか、顔つきが徐々に気色良くなっていた。最後のあの、お互い商談が綺麗にまとまった時のような、晴れやかな笑顔が忘れられない。パーフェクトコミュニケーションだ。

 

(……しかし、これで俺も、「長生きしてて」「無常観漂う」「戦闘狂(バトルマニア)」、か……)

 

一応そこは事前に確認を受けてオーケーを出したが、これからはそういうキャラも固めていかないといけない。……まあもっとも、「長生き」の部分は既定路線だったし、最近は前衛の真似事も楽しくなってきたところだ。一番の問題は、何と言うかこう……人生経験的な貫禄が出るかどうかだが……。

 

なお、当然であるが、『四秘宝』などというものははじめから存在しない。その設定はあくまで、バハルス帝国のダンジョン探索者を引き寄せるための餌である。まあ、似たような機能を持つマジックアイテムなら、低位から高位まで幾つか揃っているので、場合によってはプランを変更して、()()()()()()も良いが……。え? ハゲを治す薬? あるよ。たぶんね……(小声)

 

「……それにしてもお前達、ジルのあの性格について、よく見抜いていたな」

 

アインズは、ふと感じた疑問を投げかけてみる。

 

「何を(おっしゃ)いますかアインズ様。アインズ様であれば最初から全てお見通しだったはず」

「……まあ、私は、な。しかし、そうそう気付くものでもないと思うが……」

「おお、やはり……さすがはアインズ様……。もとより我々の案は、アインズ様のあの至高の一手を踏襲したものに過ぎません。やはりまず、アインズ様のお導きあってのことかと……」

「いやいや、私は関係ないと思うぞ。全てお前達の成果だ」

「なんとお優しい! さすがはち……アインズ様。我ら一同、今後もアインズ様のご慈悲に報いるべく、誠心誠意尽くさせて頂きます!」

「……う、うむ。今後も期待しているぞ」

 

何言ってもベタ褒めが返ってくるのがやりきれない。

 

(あとパンドラズ・アクター。お前さっき「父上」って言おうとしたろ。絶対人前で言うなよ!)

 

……しかし、本当に皆よく知っていたものだ。

 

(ジルが、闘技場好きだってことを……)

 

アインズに(ふん)するパンドラズ・アクターが「自ら闘う」と申し出た時、ジルクニフが随分と嬉しそうに目をキラキラさせだしたのを覚えている。あれで調子を取り戻すのだから、よほど試合観戦が好きなのだろうな、とアインズは思った。

 

取引先の相手に趣味を合わせるのは、営業の常套手段である。アインズもかつては得意先との話を円滑にするため、触れたこともない釣り(仮想)の知識を仕入れたり、好きでもないスポーツチームの(にわか)ファンになったりしたものだ。あの人間をゴミとしか思わない部下達が、過去の自分と同じような努力を成したかと思うと、アインズは感動を禁じ得ない。

 

(そう言えば、ジル一押(いちお)しの武王を俺が奪ってしまったのだったな。あれだけ熱狂的に応援してたのに、悪いことをした……)

 

お詫びに今度自分が闘技場に出てやろうかとも思ったが、先程までの話の流れだと、アインズは今、ディフェンディングチャンピオン、もしくはラスボスの座に就いていることになる。残念ながら気軽に出場することは出来なくなってしまった。

 

(しかも俺の場合、どうあがいても「魔王 vs. 帝国の英雄」というポジションだしな。悪役(ヒール)として場を盛り上げるのも悪くはないが、たまにはアウェイでなくホームの応援を受けたいものだ……。ジルとも同じ陣営になったことだし、できれば次は俺のことも少しは応援してくれると嬉しいのだが……)

 

……などと考えていた。まあそもそも、このままだと四秘宝は見つからず、その対戦カード自体が成立しないのだが……。

 

(ふむ……「パンとサーカス」と言うし、ジルのためにも、闘技場を盛り立てるというのは悪くないな。またゴ・ギンの奴を武王として復帰させるか? それとも、俺がモモンで参加する……のはちと難しいか。なら、別キャラを作るという手も……。いや、待てよ。創造したアンデッドを出場させて、パフォーマンスを見せつけて売り込む、なんてのはどうだ? はたまた、育てた冒険者を活躍させて宣伝するという手も……。おお! 夢が広がるな!)

 

アインズの思考がどんどん無軌道になっていく中――

 

(あの不遜な皇帝(ゴミ)が心中に抱える、アインズ様を呪い殺さんばかりの憎悪と、その恨みを晴らすための小細工の数々。それを逆手に取るなんて、ああ、アインズ様……なんて素敵……)

(私なら不敬で殺しているところですが、なんという器の大きさ……。あれもアインズ様のお力の一端なのでしょう。私も少しでも近づけるよう、より一層努力せねば……)

(父上、この息子にだけは分かりますよ。脆弱なニンゲンにおかけになるその慈悲深さ。父上は自らに向けられるその悪意ですら、受けて止めて(いつく)しんでおられるのですね……)

 

――全員が、明後日の方向へ向いていた。

 

 

 

 

――帝国魔法省地下。そこには、最近新たに改装され、『書庫』とプレートが掲げられた、小さな部屋がある。

 

その部屋はもともと、囚人を収容するための牢獄であった。それもただの囚人ではない。強力で凶悪な魔法詠唱者(マジック・キャスター)を想定したものだ。

 

この世界には、道具などなくても身一つで、しかも手足を拘束された状態ですら、平気で牢を破る存在がいる。凄腕の盗賊(シーフ)修行僧(モンク)なんかも該当するが、それよりも厄介なのは魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。魔法には対魔法の備えがないと、その身を完全に束縛することはかなわない。

 

ここはかつて、その「備え」をするに相応(ふさわ)しいほど扱いが厄介で、しかも「殺すにはもったいない」ほど高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を閉じ込めておくための監獄だったのである。……まあもっとも、歴代でここに入れられた者は数えるほどしかいなかったが……。

 

しかし、最近になってこの部屋は、その機能を活かしつつも、目的を大きく変えた。今この部屋から出さないのは「囚人」ではなく「情報」。この部屋に入るのは「罪人」ではなく「皇帝」。……そう、この場所こそが、皇帝ジルクニフが()()()をするために設けた、機能万全の堅牢な密室なのである。

 

部屋の出入り口は、〈火球(ファイヤーボール)〉にすら耐える重厚な扉が一つのみ。壁、天井、床の全てが石で敷き詰められており、部屋自体が地下にあるため窓もない。通気口すら塞いでおり、代わりに部屋の隅には新鮮な空気を生み出すマジックアイテムが置かれている。中央には密談を交わすためのテーブルと椅子が置かれ、〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉の燭台(しょくだい)がぼんやりと照らしている。周囲には「書庫で調べ物をしていますよ」という体裁(ていさい)を保つため、古い書物が収まった本棚が設置されている。

 

帝国魔法省が誇る優秀な魔法詠唱者(マジック・キャスター)は、第四位階魔法までをも使いこなす。部屋の周りは、彼らによって各種の情報対策が施されている。侵入者であれば、たとえ不可視化の魔法を使っていたとしても見破る〈警報(アラーム)〉の強化版が張り巡らされ、盗聴を防ぐ防音魔法が施され、扉を固める衛兵には眠りや魅了など各種状態異常に対する守りが与えられている。まあさすがに、ジルクニフがあの蛙の悪魔の支配に逆らえた国宝級マジックアイテムとまではいかないが……。ともかくこの『書庫』は、魔法省が考えに考え抜いた、蟻一匹口笛一吹き通さない空間なのである。

 

――そこに、明かりに照らされた顔が三つ……。

 

「……よくもまあ飽きもせず、毎回こんな牢獄に来られたものだ」

「私の上官殿も諦めが悪いもので……」

「いや全く、往生際が悪い奴もいたものだな。今度叱っておいてやろうか?」

「はい。部下を(いたわ)ってやるよう、宜しくお伝え下さい」

 

この減らず口を叩く男は、ロウネに並ぶ実力を持つ秘書官で、最近のジルクニフのお気に入りだ。近頃はなかなか言うようになった。

 

残りの一人はニンブルである。彼も貴族で優秀な頭脳を持っているので話に混じることはあるが、本分は護衛だ。

 

「さて、無駄話は()して、さっさと本題に入ろう。迷宮の探索状況はどうなっている?」

 

実利主義を地で行くジルクニフは、簡潔かつ円滑な流れを求める。

 

「はい。魔導王から借用したドワーフのルーン武具で多少進展はありましたが、まだ先は遠く、『四秘宝』の尻尾すら掴めません」

「そうか……。時間を掛ければいけそうか?」

「迷宮内部に関する情報は着実に蓄積されています。あとは探索要員の熟練度次第です。この先伸びることを期待しましょう」

「先は長そうだな」

「攻略自体は確実に進んでいます。焦らず行きましょう。それと、ルーン武具に関して幾つか要望が上がっています」

「どんどん遠慮なく報告してやれ。奴を困らせられたらむしろ本望だ」

「はい。ではそのように」

 

……報告はこんな感じで小気味よく進んだ。切りの良いところまで進んだところで――

 

「……ところで、陛下は本当に『四秘宝』はあるとお思いなのですか? 以前は確か、全て()()()()()だと(おっしゃ)っていましたが……」

 

――秘書官が、かねてより感じていた疑問を投げかけた。この点に関するジルクニフの見解が、ナザリック地下大墳墓へ出頭した前後で明らかに違っていると感じたからだ。

 

「ああ、確かに最初は私もそう思っていた。しかし、今となっては違う。奴がそうしようとする意図に全く見当がつかんのだ」

 

ジルクニフは当初、「大迷宮」から「四秘宝」まで、全てが()だと思っていた。魔導王を殺す武器を必死に探す自分達をどこかで監視し、最高のタイミングでその企みを暴き、大義名分のもと、自分達を(ちゅう)する計画なのだと……。

 

しかし考えてみると、あの絶対者がそんな迂遠(うえん)な手を使う理由がない。人間がそういった謀略を張り巡らせるのは、周りの支持や兵の士気といったものをコントロールし、少しでも自分に有利で安全な立場を作るためだ。あの魔導王にそんなものは必要ない。それに奴は、「お前達ニンゲンが四秘宝を探し出し、私を殺してみよ」とまで言ってのけたのだ。むしろかかってこいとばかりに……。

 

そうまでしておきながら、もし仮にその「四秘宝」が、連中が自分で用意したただのガラクタだったとしたら? あるいはそもそも、「四秘宝」など存在しなかったとしたら……?

 

(それこそ意味不明だ。人間に意味もなく迷宮内を彷徨(うろつ)かせて、何の(えき)があるというのだ……?)

 

……という論理に(はま)る。

 

「私達を観察して、楽しんでるとか?」

「…………」

 

冗談交じりの秘書官の発言に、一瞬ジルクニフの頭の中に、木や石で迷路を作り、(ねずみ)を走らせて喜んでいる子供達の情景が思い浮かんだ。

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

ジルクニフは頭を振ってしょうもないイメージを消し去った。アインズ・ウール・ゴウンという存在はもっとこう、計算高く利益に基づいて策を巡らせる、謀略の魔王のはずだ。

 

「そんな結論に達するくらいなら、あの大迷宮も四秘宝も、()()()()()()()()()()()()、と考えるほうが自然だと思うぞ」

 

……結局は、それが推論の終着点だった。

 

「確かに、そうですね……。しかし、魔導国の()()()()でないのでしたら、連中が中の物をさほど欲しがっていないのが不思議ですが……」

「……ああ、お前はまだあの大墳墓に行ったことがなかったのだったな。あれは桁が違うぞ。帝国の財が全てゴミに見える」

「おっかないですね……」

 

おそらく、四秘宝に興味を示したことについても、「その大言壮語に興味がある」といったところだろう。得意気にジルクニフが見せに行ったら「ふん、ゴミか」とか言い放つ腹積(はらづ)もりに違いない。めっちゃタチ悪い。

 

「まあ、そういうことでしたら、希望を持って前向きに探索を続けさせて頂きますよ。幸い騎士達の士気も少しは上向いてきましたしね」

「ああ、騎士達はここしばらく、己の存在意義について悩んでいたからな……」

 

ある意味、騎士達に任務(ミッション)が与えられたことは僥倖(ぎょうこう)であると言える。もしやそれが狙いか……と思ったが、やはり奴にとって何のメリットも見つからない。

 

「ともかく、迷宮探索はこの調子で進めてくれ。頼むぞ」

「了解しました」

「それと、今回は大事な話がある。その秘宝が見つかった()の話だ」

「……ほう……」

 

ジルクニフが、この完全密室の中であってなお、声を潜める。秘書官もついつられて声を落とした。

 

「……例の、魔導王が一騎討ちを受けるという話ですか?」

「そうだ。我々は秘宝と共に、その力を最大限引き出すことのできる戦士を探している」

「帝国最強の戦士というと、アノック殿を含む三騎士が真っ先に候補に上がりますが……」

 

チラッと見ると、ニンブルが緊張に口元を引き締めている。

 

「……やってくれるか? ニンブル」

「帝国のためならば!」

 

蒼い顔をしながら、それでもニンブルは皇帝の頼みに是と答える。三騎士の中で最も、というか唯一、忠義の何たるかを知る男の姿だった。

 

「お前の覚悟、しかと見届けたぞ。……しかし現実問題、お前は今から努力したとして、あの武王の域に届くと思うか?」

「それは……」

 

ニンブルが口篭(くちごも)る。

 

「酷なことを言うようだが、私は三騎士を含め、我が国の騎士の誰一人としてあの強さには達しないと思う」

「…………」

 

それは正鵠(せいこく)を射ている。あの魔導王が倒した武王ゴ・ギンとは、それほど規格外の王者だったのだ。

 

「……であれば、どのようにお考えで?」

 

秘書官が問う。他ならぬジルクニフがこの話題を振ったのだ。ここで終わりのはずがない。

 

「ひとつ、心当たりがある」

「それは?」

「冒険者だ。それも、“銀糸鳥”よりも、あの王国の“蒼の薔薇”よりも強い、アダマンタイト級の中のアダマンタイト級……」

「それは、まさか……」

「そう。“漆黒”のモモンだ」

 

ひゅうっと、一同が息を呑む音が聞こえる。

 

「……しかし、そのモモンは……」

「うむ。彼は今、魔導王の傘下にいる。しかし、その経緯(いきさつ)は知っていよう。彼奴(かやつ)はエ・ランテルの民を人質に取られ、やむなく付き従っているに過ぎない。であれば、もしも魔導王を討つことのできる絶好の機会があれば、必ずや飛びついてくるはずだ」

「……なるほど」

 

その当時のやりとりによれば、漆黒の戦士モモンは、被害を気にせず全力で立ち向かえば、二対一の状況でも魔導王を殺せたとのことだ。そんな英雄が「どんな強大なアンデッドをも消滅させる剣」と「死の騎士(デス・ナイト)の軍勢すら意のままに操る宝玉」を(たずさ)えて奴と対峙するというのだ。これで勝てないはずがない。加えて、それほどの腕なら、魔導王を討ち果たした後、あの凶悪そうな異形の配下達ですら退けることができるだろう。考えれば考えるほど、これほどの適任はいない。

 

「では早速、使者を送りましょう」

「まあ待て」

 

迅速に事を進めようとする優秀な秘書官を、ジルクニフは一旦呼び止める。

 

「いいか、このことを、アインズ・ウール・ゴウンに知られてはならない」

「……隠密に、ということですか?」

 

秘書官が難しい顔をする。

 

「そうだ。さしものアインズの奴も、漆黒の英雄と戦うと分かれば、約束を反故(ほご)にしてでも逃亡するか、事前に何か卑怯な対策を講じるかしかねん。奴には闘技場に立つその瞬間まで、帝国三騎士の誰かと戦うと思わせ、油断させておく必要がある」

「むむ……確かに」

「急がなくていい。秘宝を探り当てるまでにはまだ時間がある。魔導国の監視の目に引っかからないように、慎重かつ確実に事をなすのだ。いいな?」

 

ジルクニフは強く念を押した。

 

「……あの闘技場での密談の情報が漏洩(ろうえい)していたことを考えると、困難の一言に尽きます。ですが、細心の注意を払って進めます」

「頼んだぞ! 今度こそ、人類の未来をかけた最後の賭けになる」

「はい! この命に代えましても、必ずや漆黒の英雄モモンを連れて参ります!」

 

薄暗い部屋の中、三人は顔を見合わせ、力強く(うなず)き合った。

 

燭台(しょくだい)からジルクニフを挟んで反対側、本棚に伸びた影は「ニタリ」と笑っていた……。

 

 

 

 

蛇足ではあるが、これよりしばらく後、皇帝ジルクニフと漆黒の英雄モモンは邂逅(かいこう)を果たし、隠れて密に情報を交わし合うような、とても友好的な関係を築くことになる。……が、それはまた、別のお話。

 

 

 

 

「……ところで、四秘宝のことで何か……そう、何か新たに分かったことはないか? その……下らないことでも良いぞ」

「いえ、特にありません」

「そうか……」

「…………」

「……なんだ?」

「……い、いえ……」

「…………」

「…………」

 




これが……頭脳戦……!


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騎士

<前回のあらすじ>

きっと魔導王が殺せる。そう、モモンならね。



「おはようございますわ! さあ、今日も張り切って行きますわよ!」

 

起床ラッパの(ごと)く朝っぱらから開口一番、レイナースは元気にそう告げた。

 

「うへぇ……お前は元気だなぁ……」

「おはようございます、レイナース。まずはお茶でもどうぞ」

 

帝国騎士の詰め所の一角、最近はほぼ彼らの定位置となったテーブル。そこに陣取ったバジウッドは気怠(けだる)そうに返事を返し、ニンブルはやり手の執事のようにお茶を出した。

 

「ありがとうニンブル、いただくわ。バジウッド、顔を洗ってシャッキリなさい。今日は例の分岐の左側ですわよ。絶対あっちに何かあります! 私の勘が告げてますわ!」

「お前この間もそんなこと言って行き止まりにぶち当たったじゃねえか……」

「それはそれ! これはこれ!」

 

レイナースのテンションが妙に高い。おそらく、今朝起きて頭の中で探索プランを立てているうちに変なスイッチが入ったのだろう。彼女は若干興奮気味に今日の予定を()かす。

 

現在、この三騎士の間にはもう「~殿」をつけるような固っ苦しさはない。背中を預け合う戦友同士のような、同じチーム特有の気安さが漂っている。

 

「この間の戦利品にがっかりでしたわ。あんなに仰々(ぎょうぎょう)しい装飾の短杖(ワンド)だったのに、持ち主の魔力をちょっと底上げするだけの効果だなんて……」

「あれでも充分に優れた逸品との鑑定結果だったのですが……」

「レイナースお前、その短杖(ワンド)系にやたら反応する癖、なんとかしてくれよ……」

「次こそ……次こそ本物を探し当てますわ!」

 

このレイナースの空回りっぷりも、バジウッドやニンブルがそれをやれやれと受け流す感じも、最近ではよく見かける光景だった。

 

『帝都地下大迷宮』――それが、今の三騎士を……いや、今帝都に居る全ての「腕に覚えあり」と自負する者を捉えて離さない、話題の中心となっている舞台の名である。

 

その入口は、帝都内のとある地下水路の一角にあり、今では帝国軍がその出入りを監視・管理している。

 

帝国軍人は訓練も兼ねて、この迷宮を定期的に探索することを任務として命じられている。中の通路はあまり広くないため、大勢で軍隊を作って押しかけても、逆に身動きが取れなくなってしまう。そのため、数名程度のチームを組み、危なくなったらチームごとにまとまって撤退することを念頭に、ローテーションを組んで迷宮に「潜る」形が最善と判断された。

 

この方法の最大の問題点は、どのような仕組みかは不明だが、迷宮内では倒したはずのアンデッドが再び湧き出すまでのインターバルがとても短いため、後発組が先行したチームの恩恵に預かることが難しい、ということである。つまりは実質、動きやすい人数と役割分担でメンバーを固めて連携を強化し、チームごとに成長し、自力で奥に進んでいくしかないのである。

 

――それは()しくも、「冒険者」の在り方と酷似(こくじ)していた。

 

なお、帝国の取り決めにより、迷宮内で拾得したアイテムは、原則としてそのチームのものとされる。ただし、所有権を得る前に必ず迷宮出口で全て提出し、詳細な調査を受けることが義務付けられている。迷宮から戻るとまず、帝国魔法省と魔術師組合の合同でアイテムの鑑定が行われ、その結果が記録される。その後は、鑑定料として多少は徴収するが、アイテム自体は鑑定結果を添えてチームへ返却される。あるいは、望むのであれば、アイテムは帝国の財として貰い受け、鑑定結果による適正価格から手数料を引いた金額を報酬として支払う――まあ要するに、その場での買い取りも受け付けている。

 

拾得物を報告もせずにちょろまかすことは重罪だと言い含めてあるが、わざわざそんな無意味なリスクを冒す馬鹿はいない。見せたら取り上げられるわけでもなく、むしろその価値をその場で調べてくれるというのだ。みんな喜々として目を輝かせながら鑑定結果を待つ。

 

迷宮から掘り出されるアイテムは、武器や防具の類に関しては、魔導国から貸与されたルーン武具を超えるほどのものはまだ見つかっていない。しかし、売ればかなり懐が温まるような上等なものが多い。各種マジックアイテムに関しても良質なものが多く、売却するか、それとも次の探索のために引き取るか、なかなか悩ましいところである。なお、適正価格は鑑定後に提示されるので、個人で引き取る者はそのぶん他のチームメンバーにきっちり(おご)らなければならない。チームワークは信頼が第一。金銭トラブルが自己解決できないチームに未来はない。

 

迷宮からは巻物(スクロール)も比較的多く見つかる。第一、第二位階のものが多いが、たまに第三位階魔法のものまで出るのだから驚きだ。強力な魔法はいざという時の切り札となるため、次の探索に備えて売らずに使用可能な者に持たせておくことが多い。なお、この巻物(スクロール)の質感は、あのエ・ランテルにある『ランテの遺跡』から発掘したものときわめて似通っていることが分かった。これにより、この大陸にはかつて広域に渡り、謎の超古代文明が栄えており、迷宮と遺跡のどちらもその名残(なごり)である、という学説がまことしやかに(ささや)かれている。

 

ちなみに、『帝都地下大迷宮』は帝国軍が完全占拠しているわけではなく、今では申請すれば誰でも挑むことができる。そのため、近年帝国でも活気を取り戻しつつある冒険者や、一攫千金(いっかくせんきん)を狙うワーカー達も、意気揚々と立ち向かっていたりする。加えて、少し先の話になるが、迷宮上層の詳細な調査が完了したら、帝都の新兵や魔法学校の生徒にそこで「実地訓練」を積ませることも計画しているらしい。最近見つかったこの足元の大迷宮は、帝都の民の生活に決して少なくない影響を与えているようだ。それが良いことなのか悪いことなのかは、今後の迷宮と帝都民との関わり方に掛かってくるのだろうが……。

 

「私も冒険者になろうかしら……?」

 

唐突にレイナースがそんな事を言う。

 

「何を馬鹿なことを……」

 

ニンブルが呆れ声を出す。

 

「私、国の雑用とかほっといて、ずっと潜っていたいのだけれど……」

「私は付き合いませんよ」

「やめとけやめとけ。給料出ねえぞ。あと、その借りもんのルーン武具も没収だし、ポーションの支給もねえ」

「う……それは……確かに痛いですわね……」

 

三騎士は迷宮探索にあたり、はっきり言って帝国で最高の待遇を与えられている。皇帝絡みの外せない任務を除けば、迷宮には最優先で潜らせてもらえるし、貸与されたドワーフからのルーン武具は最高級のもの。ポーション等各種消耗品も必要経費として支給されている。

 

この高待遇の裏には、彼らこそが『四秘宝』に辿り着く最有力候補だという期待が込められている。実際、未踏破領域を突き進むのはほぼこのチームであり、それによってもたらされる情報により後続の者達は大いに助けられている。

 

「……にしてもよお、俺達のチームって、バランス悪くねえ?」

 

バジウッドが、たった三人のチームの残り二人を見渡しながら言う。

 

「仕方ありませんよ。我々について来れる力量のある者がいませんから」

野伏(レンジャー)特殊技術(スキル)持ったヤツと魔法詠唱者(マジック・キャスター)、あと治癒役(ヒーラー)くらいは欲しいもんだがな……」

「探してはいるんですけどね。ついてきてくれる高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)は希少ですし……。あ、でも、レイナースは神官(プリースト)を修めていませんでしたっけ?」

「信仰系魔法なんてからっきしですわ。そう言うニンブルも司教(ビショップ)の資格を有しているのではなくて?」

「いえ、さすがに回復魔法までは……」

「まあ、ポーションガブ飲みしてればいいんじゃありませんの。どうせタダで支給されますし……」

「…………」

 

身も蓋もないレイナースの言葉に、ニンブルがちょっとジト目になる。

 

「……コホン。確かに、戦力増強はしたいところですわね。支援(サポート)役がいれば探索も(はかど)るでしょうし……」

 

レイナースは小さく咳払いをして、同意を示した。ところが――

 

「……あー……わりい。言い出しっぺの俺が言うのもなんだけどよ、やっぱ俺このまんまでいいわ」

 

――バジウッドがいきなり手のひらを返した。不思議そうな顔の二人に、彼はこう言う。

 

「ぶっちゃけ言わせてもらうけどよ、俺はさ、秘宝なんて見つかんなきゃ良いって思ってんだよ」

「なっ!?」

「…………」

 

ニンブルが唖然(あぜん)とし、レイナースがジロリとバジウッドを睥睨(へいげい)する。

 

「怖ぇよレイナース。(にら)むな(にら)むな。お前のお目当ての『呪いを解く短杖(ワンド)』のことじゃねえよ。『剣』と『宝玉』のことな」

「それなら、まあ……」

 

レイナースがあっさりと引き下がる。相変わらず欲望一直線だ。

 

「なぜです? 事によっては皇帝陛下への背信と取ることも――」

「相変わらず(かて)ぇなニンブルは」

 

ニンブルの(げん)を、バジウッドが(さえぎ)る。

 

「もし仮に剣と宝玉が揃ったとするわな。そしたら魔導王と闘技場で対戦するの、多分俺らのうちの誰かだぜ」

「…………」

 

ニンブルは何も言わない。あのジルクニフとの密談の内容は極秘だ。知る人は少なければ少ないほど良い。

 

「私は絶対やりませんわよ」

 

レイナースが早々に突っぱねる。まあ予想通りだ。

 

「俺ぁよ。陛下のことは尊敬してるし、恩義もある。いざとなったら、盾になって死んでもいい。けどよ、無駄死にはご免だ」

 

バジウッドには分かっているのだ。あの闘技場での身のこなし……。魔導王は魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありながら自分を超えていた。武王にもガゼフ・ストロノーフにも及ばない自分が勝てるわけがない、と。

 

「……いえ。まだ、秘宝の性能次第では分かりませんよ? もし本当にあの死の騎士(デス・ナイト)を何十体も従えることができれば、いかに魔導王と言えど、単騎ではひとたまりもないでしょう。それに秘宝の剣にしても、一振りしただけで魔導王を消滅させられるほどの威力かもしれませんし……」

 

ニンブルが希望的観測を語る。

 

「あら、結構考えてますのね。これは観戦するのが楽しみですわ。まあ、失敗して死んでも、きっと魔導王なら生き返らせてくれますわよ」

 

レイナースが呑気にお茶を傾けながら傍観を決め込む。

 

「あー……いや、すまん。そうじゃねえんだ。俺が言いたいのはもっと根本的な話。本当に魔導王が死んじまっても良いのかってことだよ」

「…………」

「…………」

 

思わぬ返答に、二人は顔を見合わせる。(いぶか)しげな二つの視線を顔面に受けながら、バジウッドは言った。

 

「ウチのカミさんズがな、言うんだよ。『最近は何でもかんでも安く買えて助かる』って……」

「……は?」

 

何の話だ? という顔の二人。

 

昨夜(ゆうべ)のメシなんかよ、スープに野菜がゴロゴロ入ってんだよ。塩も香辛料(スパイス)もケチらず入っててな、おまけに腸詰め(ヴルスト)まで付いててよ、ありゃあ美味かった。葡萄酒(ワイン)もちびっと良いのになってたし。俺、『おいおい今日は誰の何の記念日だったっけか? やっべ覚えてねぇ……』とか焦っちまったよ」

「…………」

 

二人にもようやくバジウッドの言いたいことが飲み込めてきた。どうやら帝都の、いや、もしかしたら帝国中の景気は、今かなり上向いているようだ。

 

魔導王アインズ・ウール・ゴウンが君臨してからというもの、実質経済封鎖状態だった都市エ・ランテル。ところが、帝国が魔導国の傘下に入ってほどなくして、かの都市との物流は再開された。それはあたかも、酒樽(さかだる)の底の栓を開けたかの(ごと)しだったという……。

 

最初に帝都にやってきたのは、何台もの荷馬車。……しかし、荷を()いていたのは、ただの馬ではなかった。以前にあのカッツェ平野の戦いに赴いていた兵士は、その輓馬(ばんば)を一目見て卒倒したという。――そう、かの伝説の魔獣、魂喰らい(ソウルイーター)である。

 

当然ながら、そんな荷馬車を襲う(やから)などいようはずもない。護衛などはじめからおらず、積荷(つみに)は食料品から希少な品まで満載。馬用の水や飼料にスペースを取られるなどということもない。(こぼ)れるほどに積載されたその重量を魔獣は歯牙にも掛けず、たった一頭で普通の馬の倍以上の速度を維持したまま、不眠不休で歩み続ける。魔獣自身はもっと速度を上げることができるが、そうすると、強引に取り付けた馬具や荷車本体、そして乗っている御者(ぎょしゃ)が危ない。

 

この()を借り入れたエ・ランテルの商人はもうすっかり慣れたもので、24時間働かせられるのをいいことに、道なりに荷を()かせ続けたまま、御者(ぎょしゃ)台で軽く食事を摂ったり、交代で睡眠を取ったりと、商人らしい効率化を図っている。魔獣には知性があり、人語を解し、指示を与えてやればその通りに行動する。道なりに進むだけなら放っておいても構わない。街を離れれば人工の灯りなど一つとしてなく、夜は月明かりがなければランタンでは足元すら覚束(おぼつか)ないような世界。にも関わらず、夜通し道を()くなどという自殺行為がまかり通るのは、この()()くらいである。

 

彼ら――バルド・ロフーレ率いる、今やエ・ランテル一の商会――は、商機を逃さぬ先見性と、アンデッドすら恐れぬ()()の良さで、あっという間にエ・ランテルと各都市とを繋ぐ物流の大動脈を席巻(せっけん)していた。後に模倣者(もほうしゃ)が出ることで、「牛耳(ぎゅうじ)る」とまではいかなかったが、彼らが両国の経済発展に寄与した功績はとてつもなく大きい。

 

……そんな裏事情はともかくとして、そんなわけで、今日も帝都の市場は(にぎ)わっているのである。

 

「俺ぁよ、帝国が属国になるって聞いた最初の時、最悪、国民全員ガイコツにされちまうんじゃねえかって思ったこともあったよ」

「……ええ、わかります」

 

バジウッドの冗談とも本気とも取れるトーンに、ニンブルも同じトーンで返す。

 

「ところがフタを開けてみりゃどうだ。良い意味で何も変わんねえ。まあ城のほうはちょっとバタバタしてたけどよ。酒場じゃ相変わらずバカどもがクダ巻いてやがるし、村で()れたもんを売りに来てるばあさんとか、地方との出入りもひっきりなしだ。たぶん帝都の外じゃ、みんないつも通り畑仕事してるんだろうな。国が支配されたってのに、平和なもんだ」

「こうしてのんびりお茶を飲んでいる私達が言うセリフではありませんわ」

 

レイナースが澄まし顔で茶々を入れる。彼女ももちろんバジウッドの言いたいことは分かっている。人々の生活は続いている。(むくろ)の王を(いただ)いているというのに、不自然なほどに自然に……。

 

「あのやべえ()にしてもよ、俺はこの前、街のガキどもがどんだけ近付けるか度胸試ししてたのを見たぜ。なんだありゃ。あれがアンデッドか? 魔獣か? 今までの常識と違いすぎるだろ」

 

……いや、人の営みは、少しずつ変化しているのかもしれない。あのアンデッドの魔獣を、恐怖ではなく好奇……いや、()()の目で観察していた商人や貴族は、間違いなくいたのだから。

 

「今の帝都の(にぎ)わいがあの魔導王のお陰ってんならよ、大したもんだと思うぜ。俺はウチんとこの皇帝陛下はすげえやり手だとは思うけどさ、さすがにあんなふうに人間じゃ用意できねえもんポンポン出されたら(かな)わねえわ」

「……それは……そうですけど……」

 

ニンブルも反論しようとして口をモゴモゴさせる。

 

「あの魔導王が死んで国民の生活が逆戻りした、なんてことになった日にゃ、皇帝陛下もキツいだろうな……」

「…………」

 

バジウッドもニンブルも、何とも言えない表情で少し黙り込む。民とは目先の生活しか見えないものだ。皇帝がいくら国民の末永(すえなが)い安寧を想ってその手を血に染めたのだとしても、それで恨みを買うのでは報われない。

 

「……で、結局バジウッドはどうしたいんですの? 命令されても魔導王とは戦わない、と?」

 

レイナースが核心をついた質問をする。

 

「……どうもしねえよ。命令されたら戦うし、されなきゃ戦わねえ」

 

バジウッドが茶を一口(すす)り、ふぅと溜息を付きながらそう言う。

 

「俺はたださ、こうやって陛下を護衛しつつ、たまに迷宮に潜る生活が結構気に入ってんだ。目的のもんが早々に見つかって探索終了ってのは、ちょっともったいねえなって思っただけさ」

「…………」

 

彼は二人を見回しながら続ける。

 

「俺は剣の腕だけの人間だからよ、迷宮で腕試しってのはわりと楽しい。ちょっとした小遣い稼ぎにもなるし、何より、殺す相手が人間じゃないってのも悪くねえ。恨みを買わねえからな。……ま、なんかあったときのためにウチのヤツら用に金は溜めつつ、できればこの状態が長く続けばいいとは思ってるよ」

 

……バジウッドはそう言って、少しニヒルに笑った。

 

「不真面目ですわね」

「それ、皇帝陛下には言わないでくださいよ」

 

……(とが)めつつも、どこか賛同してしまう二人だった。意外と誰もが探索を楽しんでいるようだ。

 

「さて、じゃあ今日もはりきって短杖(ワンド)探し、行きますわよ!」

「おい目的」

「ブレませんね貴女(あなた)は……」

 

帝都の空は青い。今日も迷宮日和だ。地下なので天気は関係ないが。

 




わりといい感じに愉快なトリオです。脳筋チームですけど。

更新再開します。詳細は活動報告にて。


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幕間

<前回のあらすじ>

三匹が斬る!(斬らない)



「ようガレム! やっぱりここにおったか!」

「おう、よう来たなゴン坊! まあ一杯やってけ」

 

カルネ村の最近増築された建物の中で、既にエールを傾けていたガレムがゴンドを席に呼ぶ。

 

カルネ村にはもともと宿のような、余所者(よそもの)に飲食と寝床を提供できるような施設はない。しかし、ついこの前移住してきた山小人(ドワーフ)は、あっさりと飲食用の施設と設備一式を作ってしまった。そして、一日の仕事終わりにはほぼ必ず満足そうに飲んだくれている。ここはそんな場所である。

 

「魔導王陛下から、武器の改善要求書を(たまわ)ってきたぞい」

「まあ待てゴン坊。今日はもう店仕舞(みせじま)いじゃ。固っ苦しい話は酒の席でするもんではないぞ」

「むぅ……」

 

すっかりオフモードでカラカラ笑うガレムに、ゴンドは不満げな声を上げる。

 

「お前さんは本当によく働くのう。もうちょい肩の力を抜け。先は長いぞ」

「そうは言うがな。儂のできることと言ったらこういう使いっ走りや雑用くらいのもんじゃ。儂にはルーンの才能がないでな。手伝わせてもらえるだけありがたいと思わんとな」

「お前さんは役に立っとるよ。儂らは熱が入ると手前の作業にしか目が行かんくなるからの。他の細々(こまごま)したことをやってくれる奴がいてほんに助かっとる」

「そうか。そう言ってくれると嬉しいがの……」

 

ゴンドが少し寂しげに笑った。

 

「ホレ飲め。そしたら、酒の(さかな)程度の話なら聞いてやるわい」

「儂は酒はあまり好きではないんじゃが……」

「そんなだからゴン坊はゴン坊のままなんじゃ」

「なんじゃそれは……」

 

ゴンドは仕方なく、酸っぱいエールを一杯付き合う。以前に魔導王が振る舞った酒には遠く及ぶべくもないが、とりあえず安いので、何樽も買い込んで村の専用の小屋(これも造った)に保管し、カパカパ飲んでいる定番の麦酒だ。

 

「んで、また厄介な要求でも来たかの?」

 

ガレムが約束通り、仕事気質(かたぎ)なゴンドを軽く促してやる。

 

「うむ。今度はの、神聖属性以外の魔化をしたものが欲しいらしい」

「はぁ!?」

 

思わずガレムが()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 

「どういう風の吹き回しじゃ? アレじゃろ、帝国のやつじゃろ? 今まで散々っぱら神聖武器を欲しがっとったじゃないか。儂らが何本作ったと思っとる。神聖属性のルーン刻むのが得意な奴らが軒並(のきな)みへばっとったぞ」

「……いや、それがの……連中が潜っとる迷宮は最初アンデッドばかりだったんじゃが、奥に行くと魔法生物とかも出てくるようになったらしい。特に『天使』っちゅうのが厄介での、対アンデッドに用意した神聖武器が逆に効かないんじゃと」

「……ほぅ、なるほどの。なかなか意地の悪い迷宮じゃ」

 

ガレムはうぅんと(うな)る。もしも迷宮の設計者というものが存在するならば、おそらく意図的なものだろう。属性対策したところを狙い撃ちというわけだ。加えて、探索者にとって予備武器等の所持品が多くなるということは、それだけで探索に不利な要素となる。帝国兵は新人に荷物運搬係(ポーター)をさせるなどでどうにか対処しているらしいが……。

 

「その天使とやら、神聖無効じゃからといって普通の武器も効かんらしくての、ミスリルに神聖以外の属性を付加した、上等の魔法武器が欲しいんじゃと」

「神聖以外なら何でもええのか?」

「リクエストが一番多かったのは、雷属性じゃの。追加効果であるとええらしい」

「ほう……儂らに雷属性を頼むか……」

 

ガレムがニヤリと笑う。

 

「任せとけ。フェオ・ジュラでクアゴア相手に使っとったやつよりええのを(こしら)えてやろう。少しは成長の証を見せんとな」

 

そう言って、木製のビアジョッキに残ったエールをグビグビと喉に流し込んだ。

 

「しかし、ちと間が悪いの。雷じゃと一番得意な奴が今『ランテの遺跡村』に出張しとる。次の交代要員は儂じゃ。……うむ、やむを得まい。ちと早いが、交代してやるかの」

 

現在、「ランテの遺跡村」にはこのドワーフ達の鍛冶出張所があり、交代で出向しつつ、修理や魔化等のサービスを提供している。もちろんアインズの指示によるものだ。なお、村からは魂喰らい(ソウルイーター)便(びん)が一日一回は出ているため、往来はきわめて容易である。

 

ガレムが魚のフライをつつきながら――

 

「無念じゃの。これで川魚のフライは当分お預けか……」

 

――若干名残(なごり)惜しそうにそう言う。

 

「そうでもないぞ。最近は街の方でも蜥蜴人(リザードマン)の連中が魚を(おろ)しとるらしい。家畜のように魚を育てるのが上手くいっとるらしいでの」

「ほう! それは朗報じゃ! やはり魚のフライは欠かせん」

 

そう息巻きつつ、フォークでザクッと皿の上のフライを突き刺して頬張る。

 

「あとこのタルタルソースな!」

「それは向こうにはないと思うがの……」

「なに!? それはいかん。任せておけ! 儂が広めといてやる」

「お前さん、作り方は知っとるのか?」

「おう。この前習ったわ。鶏卵と玉ねぎ、あと酢があれば、なんとか作ってみせるわい」

「ガレム、お主、こっちに来てから随分と食通(グルメ)になったの。いらん才能を垣間見た気がするわい……」

「食の世界は広いぞゴン坊。昔のどこぞの亜人の賢者がレシピを広めとったらしいが、是非天国の本人に礼の一つでも言いたいもんじゃ」

 

何やら妙な熱弁を振るうガレム。そして若干引き気味なゴンド。

 

「……しにても、蜥蜴人(リザードマン)が人間の街で魚売り、のぉ……」

「エ・ランテルは別に人間の街というわけでもないぞい」

 

ゴンドの小さなツッコミはスルーして、ガレムは感慨深げな息を吐く。酒臭かったのか、ゴンドは少し顔を離した。

 

「連中、商売なんぞしてどうするつもりじゃ? 金なぞ集めて喜ぶわけでもあるまい」

「おう。本人達に聞いたんじゃがの、最近は連中の間でオムレツがブームらしい。魚の次は鶏を育てるとか言うての、鶏と、その餌になる穀物を仕入れつつ、飼育方法を熱心に習っとるそうじゃ」

「うはははは。なんとも面白い話じゃの! 蜥蜴人(リザードマン)が人間の食い物に感化されるか!」

 

ガレムが赤ら顔で愉快そうに笑いながら、おかわりの魚のフライに下品なくらいドバっとタルタルソースを乗せる。しかしゴンドは呆れ顔で返す。

 

「何を言うとる。儂らも大して変わらんではないか。その川魚の揚げ物なぞ、フェオ・ジュラにおった時に食ったためしがあるか?」

 

そう言いつつ、眼の前の皿を指差す。ガレムは少し考えて、「おお」とばかりに手をポンと打つ。

 

「なるほどなるほど。確かにの。儂らが穴ぐらから這い出してこうして魚を食うとるのも、まあ似たようなもんじゃったな」

 

昼間の外の日の光はまだ眩しくて慣れんがな、と少しおどけて付け加える。

 

「いかんの、連中を下に見ては。魔導国の流儀に反するわい」

「まあ山小人(わしら)にせよ蜥蜴人(リザードマン)にせよ、こんな変化が起こるのも、魔導国の……魔導王陛下の庇護下だからであろうよ」

 

ゴンドが遠い目をして言う。あの御方は今頃また何をしでかしておられるのやら、などと思いを馳せながら……。

 

そう。本来は他の種との共存などありえないことだ。山小人(ドワーフ)が鉱山の地下に住まうのも、蜥蜴人(リザードマン)が沼地に村を築くのも、それが彼らが外敵から脅かされずに種を存続させる最適の住処(すみか)だからだ。そうやって棲み分けを行い、それぞれの領域(テリトリー)の内で衣食住を(まかな)うのが本来の姿だ。生態学における「ニッチ」というやつである。

 

しかし、絶対的強者が上に立ち、()()()()(いさか)いを禁じた瞬間、その前提は(くつがえ)される。こんな事ができるのは、知る限りでは評議国と魔導国くらいのものだ。

 

「……そのうち蜥蜴人(リザードマン)の食生活がもっと変わって、『山小人(ドワーフ)の肉がブーム』とか言いださんじゃろうな……」

「安心せえ。むしろ逆のことが起こっとるよ。儂らを食うとったような連中が、魔導国(ここ)では代替案を模索しとるらしいぞ」

 

もともと人間や山小人(ドワーフ)は、食用に量を揃える用途には向かない。身が少ないわりに、子を一人作るのに1年、まるまる太らせるのに10年以上かかるのだ。やはり生産力という観点からすれば、弱くて小賢しい人間種が考えついたような、豚、鶏、牛、羊等の畜産に軍配が上がる。もちろん、鶏は卵を、牛は乳を、羊は毛を取るのと併用だ。そういった、きわめて経済的でドライな事情からも、知性有る幾多の種との「食」という観点からの共存共栄は、比較的上手くいきそうな気配である。

 

「ほんに魔導王陛下は偉大じゃの! ほれゴン坊、陛下に乾杯するぞ。お主も感謝の心があるなら付き合え」

「む、むぅ……それを言われると弱いの……」

 

ゴンドは渋々と追加されたジョッキを手に取る。

 

「陛下と魔導国の栄光を祝って、乾杯!」

「乾杯!」

 

……世は()べて事も無し、なカルネ村の夜であった。

 

 

 

 

それは、清貧を絵に描いたような聖堂だった。偶像も、宗教画も、華美な装飾も存在しない。けれども、その威容は(おごそ)かで神聖な威圧感を放ち、不心得(ふこころえ)な異教徒には畏怖(いふ)を、そして敬虔(けいけん)な信徒にはある種の誇りと自信を与えてくれる。(よい)の口になると、随分と控え目な〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉がそのあちらこちらをポゥと照らし、さらに幽玄(ゆうげん)な風景を造り上げている。

 

そのさらに奥、ちょっとした作業を行うための、やはりひどく簡素な一室にて、ある男は密偵からの報告を受けていた。

 

「こちらが件の『ランテの遺跡』産と言われる武具やマジックアイテムの数々です。普通に帝国の行商人を装って買い付けることができましたので、予算の範囲でなるべく種類を揃えて参りました」

「ご苦労だった。ふむ……」

 

(ねぎら)いの言葉も早々に、彼の両の目は机の上に広げられた品物の数々に釘付けになる。

 

はっきり言って、彼が目を(みは)るほどの逸品ではない。彼が全盛期の頃は、これらよりも遥かに優れた武具の数々を貸与され、その身に余る光栄に負けないよう、自らもそれに相応(ふさわ)しい働きをしてきた。そうして()()()()()()()()()として愚直に戦い続け15年、気がつけばこの国の神官長に納まっていた。そんな彼からすれば、これらの品は大したことはない。

 

しかし――

 

(……ああ、やはり……)

 

彼は静かに目を閉じた。そうしてしばし思索に(ふけ)る。

 

やはり、分かるのだ。分かってしまうのだ。彼ほどに、()()()()()()()()()()()に身を包んで戦場を駆け抜けた人間は、そういないだろうから。

 

「次の会議には、これらを持っていくとしよう」

 

彼――元・漆黒聖典隊員にして現・土の神官長、レイモン・ザーグ・ローランサンは、自らの予定を呟いた。

 

……世は()べて事も無し、とはいかない、スレイン法国の夜であった。

 




どこかの異世界と扉が繋がってる気がしますが、きっと気のせいです
オムライス。オオモリ。オムレツ。3コ。モチカエリ

とりあえず第三章(帝国編)はこれにて一旦締めです
帝都はしばらく裏でスローライフ迷宮探索の日々が続いていくと思って下さい
ジル君とモモン殿との邂逅は、気が向いたら外伝的に挟むかもです

次、法国編に突入します
あ、あらかじめ一言通知させて下さい
本作の残酷描写控えめのほのぼの作品っぷりを気に入っていただけている読者様
ごめんなさい


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第四章
探針


<前回のあらすじ>

ヨーショクのねこや? 知らない子ですね……。



「……シャルティア様、()()()()人間が二人、侵入してきました。ご確認下さい」

「ふうん。()()()?」

「『()()()()()()()()()、です」

「モニターを回してちょうだい、シズ」

「はい」

 

ナザリック大墳墓第2階層。いつものようにダンジョンをモニタリングしていたシズは、素早く異状を見つけると、階層守護者であるシャルティアへと報告した。

 

「これ? この二人組?」

「はい」

 

モニタ越し、シャルティアが人差し指をちょんちょんと指す先には、つい先ほど『ランテの遺跡』の入口をくぐり抜けた影が二つ映っていた。

 

「なんだかボロそうだぇ……」

 

その二人組は、遺跡に入る前から、亜麻色(あまいろ)のマントを頭からすっぽりと(かぶ)り、顔さえよく見えないほどに全身を包んでいた。マントはマジックアイテムではないことを示すかのごとく、汚れや(ほつ)れがところどころに目立ち、そのせいか、装備もろくに揃えられないような、見窄(みすぼ)らしい貧乏冒険者のような印象を抱かせる。しかし――

 

「アレは偽装、とのことです」

 

ランテの遺跡入り口に潜伏している看破系のシモベは、容易にその隠れたステータスを読み取っていた。あのボロマントの下には、他の侵入者を突き放すほどの価値の装備が隠されている。……そして同様に、当人たちの力量(レベル)も。

 

「強いの? どれくらい?」

「……たぶん、“青の薔薇”全員と戦って、良い勝負をするくらい……」

「へぇ……面白そうね」

 

言葉のわりにそんなに面白くなさそうな表情でシャルティアは言う。……まあ確かに、彼女の食指が動くような敵ではないが。

 

しかし事実、今映っている連中は他の冒険者達よりも頭一つ分飛び抜けている。侵入者の中では異質な存在だ。なるほど、シズが報告に来るわけだ。

 

「あれらは今回が初めてでありんすの?」

「はい。上の『村』では浮いていました」

 

『ランテの遺跡村』では、冒険者同士は顔馴染(かおなじ)みであることがほとんどだ。余所者(よそもの)はとても目立つ。……とはいえ、新参者は定期的に入ってくるので、初々しい感じであれば、不審がられるどころか、むしろ可愛がってもらえるはずなのだが……。

 

「……組合では、チーム名“白”の、『ニー』と『ヨン』という名前で、登録していました。帝国領の片田舎出身で、成りたての銅級(カッパー)と、自己紹介していたようです」

「ふぅん……」

 

……なんだろう? 人の名前をとやかく言う気はないが、なんだかすっごい雑な気がする……。

 

そうこうしているうちに、二人の冒険者は低レベルの雑魚を倒しながら奥へ奥へと踏み入っていく。その戦闘の様子は、最小限の動作にして最短時間の討伐。明確な力量(レベル)差が感じられる。

 

しばらく淡々と進む二人だったが、もう他の冒険者がうろつけないような奥部まで辿り着いたことを認識すると、ようやく動き辛そうに被っていたボロマントを外した。

 

「……へー……。刺突剣使いと信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)、ってところのようね」

 

「ニー」は見た感じ、小柄な直接攻撃型(アタッカー)の男性。緑系の身軽な服装に、白黒の変わった縞模様のレイピアに似た刺突剣を持ち、素早さとトリッキーな動きで敵を翻弄するタイプのようだ。髪は栗色で、顔立ちからはやや意地の悪そうな、食わせ物な印象を受ける。

 

「ヨン」の方は、いかにも神官職といった見た目の女性。深緑色を基調としたローブとフードを(まと)い、穏やかで涼しげな顔に金色の髪を(なび)かせ、小さな杖を振るう。後方支援、回復役(ヒーラー)、それと対アンデッドの魔法攻撃役を兼ねているようだ。

 

なるほど、小回りがきく前衛と信仰系の後衛とは、このダンジョンに限って言えば、二人だけのチームであれば悪くない構成だ。

 

人目を(はばか)らずに戦えるようになったからか、そこからの二人の動きはかなり良くなった。他の冒険者が到達できない「レベル20チーム用エリア」を楽々と踏破していく。

 

「ふぅん……確かに、悪くないようでありんすね」

 

以前は小物同士の小競り合いなど歯牙(しが)にも掛けなかったシャルティア。しかし、彼女もここ最近は色々なことを勤勉に吸収し、「1ミリと3ミリ」とは行かなくても、「10ミリと30ミリ」程度の見分けはつけられるようになった。彼女なりの成長の一歩と言えよう。

 

「この侵入者、目的が……他の人間と違う、と推測します」

 

シズがシャルティアにそう伝える。「ランテの遺跡」に入る冒険者の目的は、主に貴重なアイテムの発掘だ。しかし、この二人にはそういった盗掘根性的な雰囲気が見当たらない。むしろ、何らかの確固たる意志を持って、この遺跡の本質を解き明かすかのように、真っ直ぐに最奥(さいおう)へと向かっていくような印象を受ける。

 

「……確かに、怪しいでありんすね」

 

戦力的には小物なので、シャルティアもあまり乗り気ではないが、これは至高の御方に(たまわ)った大切な任務だ。まるで自らに言い聞かせるようにそう呟き、気合を入れ直す。

 

「……いかが、致しますか?」

 

シズがそう尋ねる。ここで言う「いかが」とは、何を指すのか?

 

もちろん、報告をすることは確定だ。アインズからは、伝えることの大切さについて強く念を押されている。決して(おろそ)かにできない。……しかし、かと言って、この場でアインズに〈伝言(メッセージ)〉を繋げるような緊急事態、というわけではない。まずは簡潔な第一報をしたためてアルベドに渡し、彼女のほうで他の報告書と合わせて処理してもらって、適切なタイミングでアインズに伝えてもらうのがベストだろう。当面の報告はそれで問題ない。しかし、ここでシズが問いかけたのはおそらく、もうひとつ別のこと……。

 

「アインズ様に用意していただいた『アレ』を使うか、でありんすね?」

 

シャルティアの確認に、シズはコクンと首を縦に振る。

 

――「アレ」とは、一口に言ってしまえば、「呪いのアイテム」だ。

 

ベースは他のドロップアイテムと変わらない普通の武具等なのだが、そこにはニグレドの協力を得て、魔法と特殊技術(スキル)を組み合わせた情報系の罠が幾つも掛けられている。厳密には「呪い」ではないが、仕掛けられた側からすればそれに等しい。()わば「トロイの木馬」とも言うべき、アインズ・ウール・ゴウン謹製(きんせい)の情報収集系スパイツールである。

 

これを仕掛けた側はそのアイテムを所持した者を中心に、その周囲に常時〈千里眼(クレアボヤンス)〉や〈盗聴(タッピング)〉を発動することができ、〈物体発見(ロケート・オブジェクト)〉に似た位置情報の追跡や、〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉や〈魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉等と同等の装備者のステータスを確認することができる。仕掛けられた方にとっては致命的な情報流出と言える。

 

……しかし、実のところ、これらはそこまで破格ではない。実はこのアイテムは低位の〈道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)〉ならすり抜けられるが、〈道具上位鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)〉や上位の探知系魔法には引っかかってしまう。「なんでもアリ」のユグドラシルでも、さすがに盗聴盗撮合戦になるのは(まず)いと踏んだのか、これより隠蔽(いんぺい)効果の優れたトロイの木馬は作れない。

 

アインズやニグレドが腐心したのは、むしろ逆探知対策の方だ。アイテムに掛けられた魔法や特殊技術(スキル)は、自身の存在が察知された瞬間に、全ての痕跡を引き連れて消滅するように仕組んである。実は正味の情報取得系魔法よりも、こちらの方が高度かつ手間が掛かっていたりする。

 

はっきり言ってしまうが、ユグドラシルプレイヤーでこんなものに引っかかる馬鹿はいない。完全鑑定もせずにアイテムを装備するなどという愚行に対する洗礼は、レベル20以上のプレイヤーならとっくに受けているはずのものである。この「トロイの木馬」が成立するのはせいぜい、ごく限定された条件……例えば、イベント攻略中や混戦中、拾ったアイテムを鑑定する暇がないような連中にこっそり混ぜ込むとか、内通者にわざと持たせて会議に参加させるとかだ。さらに付け加えると、この常時発動型情報系の「呪い」は、そのアイテムをインベントリに格納してしまうと効果を発揮しない。ますます、こんなものを身に着けたまま放置するプレイヤーなどいないのである。

 

……しかし面白いことに、実はこれらの事実は現在のナザリックにとって、きわめて都合の良い方向へと働く。何しろ、現地人にはインベントリなどというものは存在しないのだ。その上、この罠を何者かが探知した時点で、イコールそこらの現地人ではありえない能力を発揮したということになる。つまり、相手がそこらの小物冒険者ならば容易に情報を取得でき、一方でプレイヤーやそれに準じる強者であれば、監視が途切れることそのものが得難(えがた)い情報になる、ということだ。

 

アインズはこれらの「呪いのアイテム」をあらかじめ幾つか用意しており、気になる侵入者が現れた際には「拾わせる」ように指示している。その後は、図書館にいるシモベ達が24時間体制で監視を継続しつつ記録をとる手はずである。特に監視が途切れる直前の情報は最重要だ。言ってしまえば決定的瞬間を撮るドライブレコーダーのようなものだ。

 

今のシャルティアの悩みは、それをあの二人相手に使うべきかどうか、という点だろう。彼女は敬愛する至高の御方の言葉を反芻(はんすう)する。

 

(アインズ様は以前こう(おっしゃ)いんした。『何でもかんでも私に指示を仰げば良いというものではない。何がナザリックの為になるのか自ら考え、行動してみるが良い。お前達が主体性を持って行動してくれることが、私にとっては何よりの喜びだ』と……)

 

そうだ。ここは「偽ダンジョン」の管理を任されているシャルティアが自ら決めるべき場面なのだ。……しかし、シャルティアは以前の失敗のせいか、少し臆病になっていた。何とはなしに、〈伝言(メッセージ)〉を発動する。その相手は――

 

「チビすけ、相談がありんす。今時間いい?」

『何さシャルティア? 藪から棒に』

 

シャルティアが、若干辿々(たどたど)しくも現状を伝える。アウラは渋々といった感じで全て聞き届ける。

 

『あたしはその気になる連中、調べるべきだと思うけど? んーでも、あたしよりも、シズの意見はどうなのさ? 侵入者のことは一番詳しいと思うんだけど』

「あ……」

 

失念していた。シズとは普段あまり()()の話をしないせいか、一緒に考えるということが頭から抜け落ちていた。

 

「シズ、目の前のぬしを差し置いて申し訳ありんせん」

「いえ……」

「それで、シズならどうするのがベストだと?」

「……やるべき……かと判断します。アインズ様は、『まだ作っただけでテストしていないので、早いうちにまずは手頃なので実験してほしい』……と(おっしゃ)っていました」

「それは最高の情報ね!」

『シズがオッケーなら間違いないね。んじゃそれでいこう』

「ええ。チビすけ、ぬしにも感謝するでありんす」

『チビチビ言うな! ……しっかし、シャルティアがあたしに相談、ねぇ……』

 

伝言(メッセージ)〉の向こうでニヤニヤしている闇妖精(ダークエルフ)の様子が何となく伝わる。

 

「あ、あたっ、わらわは別に、チビに助けを求めたわけではありんせん! もともとやるつもりだったけど、ぬしならどうするかなーと気に掛けてやっただけでありんす!」

『へーそうなんだぁーふーん』

「ぐっ……」

 

シャルティアが言葉を詰まらせる。どうも山小人(ドワーフ)の国での(ひと)仕事以来、アウラには頭が上がらない。シャルティア本人は絶対に認めたがらないだろうが、先ほど思わず〈伝言(メッセージ)〉を飛ばしてしまったのも、アウラのことを無意識に「適切なアドバイスをくれる相談相手」として認識していたからに他ならない。

 

『まー困ったことがあったらまた言いに来なよ。お姉ちゃんが相談に乗ったげるからさ』

「誰がお姉ちゃんだこのチビ!!」

 

そう吐き捨てて、やや乱暴に〈伝言(メッセージ)〉を切った。

 

もしこの場面にアインズがいたら、遠き日の姉弟の面影を思い浮かべて歓喜したことであろう。あと、もしこの場面をペロロンチーノ本人が見たとしたら、姉妹劇に身悶えつつも最終的に「ツンデレGJ!」とか言って親指を立てたに違いない。

 

「……コホン。そういうわけで、シズ」

「はい」

 

シャルティアは、少しバツが悪そうに気を取り直す。

 

「連中に『アレ』を拾わせなんし。()()は……そうね、せっかくだから、レイピアと杖にしましょう。連中が今装備してるのよりもほんの少し上等のやつがあったわよね?」

「はい、ございます」

 

シャルティアが底意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「それを……そうね、連中がギリギリ倒せる感じの『ちゅうぼす』に持たせて、当たらせるでありんす。ある程度ボロボロになれば、そのドロップした戦利品を抱えて撤退するはずだから」

「了解、しました」

 

シズは指示通りに、作戦に迅速に取り掛かった。

 

……余談ではあるが、シャルティア達にとっては至高の御方々のお言葉は時々難解であるが、日々の勉強会の成果により、ある程度は使いこなせるようになっている。

 

もうひとつ余談であるが、今回拾わせるアイテムはそこまで貴重でないものの、ちゃんとデータクリスタルが埋め込まれたものであり、他の「偽ダンジョン用捨てアイテム」とは破格の差がある。そのため、「事が終わったら、可能であれば回収するように」とのお触れが出ている。アインズ様の貧乏性ここに極まれりである。

 

「さーて、連中は何者なのかしらねー?」

 

モニタの向こう、必死で「中ボス」と戦う二人組を、シャルティアはぼんやりと眺めながら呟く。やはり所詮(しょせん)弱者は弱者なので、あまり気の乗った呟きではないが……。

 

――シャルティアは覚えていない。彼女がこの相手と、過去に既に出会っていたことを……。

 




ニー「“漆黒”じゃねえよ! “白”だっつってんだろ!」
ヨン「第四席次? はて? なんのことだかわかりませんね……」

アインズ「お前ら、ネーミングセンスないな……」


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