OVERLORD~王の帰還~ (海野入鹿)
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転移 寝物語

 ある日絵本が語ります

 古い古いお話です

 ある日、ある時、ある街に、光に包まれながら六人の神様が降りたちました

 六人の神様は言いました

 光の子らよ、もう何も心配する事は無い

 邪悪なる神は我らが煉獄の地に封じて来たと

 人々は喜び神様に感謝しました

 そして八人の欲深き王が現れました

 八人の欲深き王は罪と言われるありとあらゆる事を行いました

 人々は嘆き悲しみます

 だが八人の欲深き王は言います

 我らを止める事が出来る者など皆無だと

 それが出来る煉獄の王は此処には居ないと

 そして非道の限りを尽しました

 人々は涙を流して言いました

 なぜ煉獄の王は我らを助けてはくれないのかと

 誰が語ったお話なのかは解りません

 誰が書き記した物語なのか解りません

 嘘なのか

 本当なのか

 それは誰にも解りません

 しかし吟遊詩人は唄います

 キラキラと輝く長い金色の髪と全てを見抜く金色の瞳を持ち、空に浮かぶ虹の糸で織られたドレスを纏って暗闇の中を走る光を従えてかの者は有る

 これは昔の物語

 それは未来の物語

 そして歯車は回り出す

 ゆっくりゆっくり回ります

 二つの歯車は近づいて

 そして歯車は重なり合う

 もうすぐカチッと音がする

 終りが訪れ、始まりが産声を挙げる

 それはたぶんもう少し

 死者の王が目覚めるまでの僅かな時間

 そして二人は踊り出す

 へたくそな笑顔を浮かべながら

 不器用にステップを踏みながら

 二人はワルツを踊ります

 愛しき子らと世界を巻き込みながら

 愛の音で踊ります

 友との絆で踊ります

 そしてその後もう一つ

 二人は踊り続けます

 絶望か

 それとも希望か

 それはあなたの選択次第

 それは世界の選択次第

 あなたは何を望むのでしょう

 世界は何を望むのでしょう

 二人は何も知りません

 ふたりはただ踊ります

 あなたの為に

 友のために

 世界のために

 そして世界は歪みだす

 世界は誰の為にある

 あなたの為にあるのでしょうか

 二人の為にあるのでしょうか

 世界はクルクル回り出す

 ふたりはクルクル回り出す。

 これから先のお話は神様でも知らぬ事

 そう言って絵本は口を閉じた




 夜の帳が落ちた山間の村で姉は妹に本を読み聞かせていた。
 妹はベッドの中で眠気を忘れて姉の語る物語に聞き入っている。
 姉が一行一行ゆっくりと読み上げるお話に妹は一つ一つ質問を口にする。
 その都度姉は答えが解らない質問に困った様に「さあ」と首を傾げ返事をしていた。
 誰が最初に語ったのか解らないお話。
 誰が書いたのか解らない絵本。
 でもその本は古くから読み聞かされ続けていた。
 姉も幼い頃によくこうやって寝物語として母に読んで貰っていた。
 そして妹と同じ質問をしていた。
 あの時の母も自分と同じ顔をしていたのだろう。
 そう思うとなぜだか可笑しくなり、自然と姉の顔に微笑みが浮かぶ。
 その表情を見て安心したのだろうか、口を尖らせていた妹も同じように笑顔を浮かべ姉に問いかけた。

「ねえ、お姉ちゃん。王様は何て名前なの?」

 問われた姉は一息吐く様に押し黙ると唇に指を一本立て「内緒だよ」と念を押すとこう言った。

「王様の名前はね………………ビクトーリア・F・ホーエンハイム」

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玉座

 DMMORPG,仮想世界で現実にいるかの如く遊べる体感型ゲーム。数多あるDMMORPGの中でユーザーの自由度とその拡張性の幅広さでナンバーワンの人気を博したタイトル

≪YGGDRASIL≫

 発売から十二年経った現在、その幕が引かれようとしていた。

「結局誰も来なかったな……」

 悲しむ様に、当然と納得していたかの様にその者は呟いた。
 金と紫の糸で装飾された、豪華な漆黒のアカデミックガウンを纏った骸骨がそこには居た。種族、死の支配者オーバーロードでありこの場所、ナザリック地下大墳墓をホームとする、ギルド アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスター、プレイヤーネーム モモンガ。
 ナザリック地下大墳墓、第十階層にある玉座の間にある王座に座り、その空っぽの瞳で自分達の作り上げた物を見つめていた。視線の先には天井から吊下げられた自分の物を含む四十一枚の旗がある。
 その旗を一枚一枚見つめながら、それに刻まれた紋章越しにかつての仲間達を思い出していた。


『最後に皆で集まりませんか? 玉座の間でお待ちしています』


 ギルドのメンバー達に充てた最後のメールだった。モモンガはそれに縋りたかった。決して皆忘れてなどいないのだと。
 だが、それは無残にも破られる結果となった。
 現在午後十時三十分、誰からもメールの返事は帰って来てはいない。その寂しさ、悔しさ、そして虚しさから逃げる様に、モモンガは自分の座っている王座の横に視線を向ける。
 そこには今、自分が座っている物よりも数段豪華な王座があった。そして、視線はゆっくりと自分の背後へと向けられる。目の前には、巨大なギルドのエンブレムを染め抜いた旗があった。しかし、モモンガの瞳にはその旗は映ってはいない。
 モモンガが見つめていたのはその向こう、旗に隠されている物だった。旗越しにソレを見つめていた。
 虚ろな何も無いその空洞の瞳は、ソレから視線を逸らす事は無い。幾つもの思い出がモモンガに押し寄せて来る。楽しい思い出を、寂しさ、虚しさを振り払う様に思い返していたその時、ポーンとメールの着信の音がした。
 モモンガは慌ててメールを開く。そこには簡潔にこう書かれていた。


 これよりナザリック地下大墳墓に侵攻を開始する。


 この文字を見た瞬間、モモンガのプレイヤー鈴木悟の心臓がトクンと跳ねた。
 差出人は?こんな文言を送りつけて来る人物など解りきっているはずなのだが、違っていたらと言う僅かな不安から焦って差出人を確認した。
 そこには待ち焦がれていた人物の名前があった。


 ビクトーリア・F・ホーエンハイム

「ビッチさん」

 そう呟く言葉には嬉しさと、安堵があった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「なんか物足りない。そう思わないモモンガさん」

 そう言ったのは種族バードマンであるペロロンチーノだった。
 ギルド アインズ・ウール・ゴウン、当時はナインズ・オウン・ゴールと言う名だったが、見事ここ地下大墳墓を攻略し自分達のホームとして改築作業をしている時の出来事だ。
 ギルドマスターであるモモンガが「どう言う事です?」と言う問いに介して彼はこう言った。

「ここは、地下大墳墓の第十階層。つまりは最終目的地な訳じゃない」

 この言葉に、場に居合わせた者達全員が肯定の意を告げる。

「それってつまりラスボスがいる場所でしょ」

「ええ、そうです」

 皆を代表してモモンガが答えた。

「そこにさー、ラスボスがいるだけって。ねえ」

「何が言いたいの。はっきり言いなさい、この愚弟」

 要領を得ない物言いに、ピンク色の肉棒が言葉を挟む。
 ピンク色の肉棒、種族ローパーのぶくぶく茶釜。
 ペロロンチーノの実姉である。

「なんて言ったら良いのかなー。つまりはラスボスであるモモンガさんが倒された時にここは攻略されたってことでしょ」

「ま、まあそうですね」

 モモンガは肯定の意を告げる。
 自分がギルドの長なのだから必然的にそうなる。
 ギルド長が倒され、ギルド武器が破壊されれば、そのギルドの敗北が決まる。

「でもさー、何か悔しいじゃない。それだけだと」

「つまり何かドッキリを仕掛けたいと?」

 銀色の騎士甲冑を着たたっち・みーが答えた。

「そう! そう言う事!」

 我が意を得たりと言った感じでペロロンチーノは愉快げに返す。
 しかしそうは言ってもどんなドッキリを?そんな事を皆が考えている中一人のキャラクターが声を挙げる。
 タコの様な容姿をした種族ブレイン・イーター タブラ・スマラグディナ。

「こう言うのはどうだろう。ここは地下大墳墓、つまりは墓だ」

 その言葉に皆頷き肯定の意を告げる。

「しかし、実際はある人物の復活の為に創られた場所だった」

「その人物って?」

 ぶくぶく茶釜がふよふよと動きながら問う。

「神様、とか?」

「「神様?」」

 全員の声がかさなった。
 その驚きを含んだ声色に気を良くしたのか、タブラ・スマラグディナの声は一段大きくなり、楽しげな物になって行く。

「そう神様。それも異形種の神様。遙かな昔に消滅した異形種の神様を再び現世に降臨、復活させる為の場所がここ地下大墳墓」

 タブラ・スマラグディナのぶっ飛んだ発言に皆賛成の意を告げた。
 皆の楽しげな空気は自然とナザリック地下大墳墓を包んで行く。

「それで具体的はどうします?」

 言うモモンガの問いかけに、タブラ・スマラグディナは少し考える様にフリーズした後

「そうだねぇ、玉座を二つにするってのは?」

 そんな事を提案した。

「玉座を二つ、ですか」

「そう、モモンガさんの玉座よりも豪華なヤツを。それから……そうだ! ギルドの特大フラッグの後ろに肖像画を隠すとか」

 この発言に一番先に乗って来たのはぶくぶく茶釜だった。

「なるほど! 誰かが攻略に成功してヤッターって喜んでる時に肖像画がバサーって現れる、そんで誰? って」

 形を変えながら、ノリノリで悪だくみを披露するぶくぶく茶釜の意見に、さらなる悪戯を加える者が続く。

「いやいや姉ちゃん、そこまでやるんならあらかじめBBSとかで神様ねつ造しなきゃ」

 皆この提案に参加し、あーでも無いこーでも無いと意見を突き合わせる。
 モモンガは楽しく、頼もしいこの悪ガキ達の悪戯会議を微笑ましく眺めていた。
 しかし此処でモモンガにある疑問が生まれた。

「あの皆さん、肖像画の神様ってどんな姿にするんです?」

 この問いに皆がキョトンとしたようにフリーズすると、一斉に声を挙げた。
 その姿は、落とし穴に落ちた友人を笑うかの様な楽しさがあった。
 そして、全員の声が一人の人物の名を高らかに宣言する。

「「ビッチさんしかいないでしょう!」」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ビッチさん。
 キャラクター名、ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
 金色の長い髪と金色の瞳をした、ロココ調ドレスをまとった見目麗しい女性型のキャラクターで、ロールプレイに寄ったキャラ構成かと思われがちだが、実際はかなりの戦闘寄りのガチビルドと言われている。キャラクターメイク、装備などにかなりのお金を突っ込んでいるらしく、種族、武器等は一目では判別出来ない程。
 鎧などは全てドレスのグラフィックに置き換えられ、武器は全てフラッグポール、つまりは旗の付いた棒に置き換えられていた。
 種族は雷獣と本人は言っているが噂によると特殊クエストの攻略に成功し何らかの神となっているらしい。
 そして一番の特徴は種族の一つであるアンドロギュノスを取っていることだった。
 この種族は男女どちらの武具、武器、装飾品を付けられると言うメリットの代わりに全習得種族のレベルアップには、倍の経験値が必要になると言う種族である。
 YGGDRASIL発売当初は、今のように多数のクリエイトツールが発売されていなかった為、わりと重宝された種族だったが、今の課金しだいで何でも出来る状況ではただプレイを縛る種族でしか無くなっている。
 しかし、彼女がこの種族を上書きせずに取り続けている事が、彼女の種族の何かに起因しているのではと噂された事もあった。
 彼女はギルド、アインズ・ウール・ゴウンには所属していないが、ギルドに身を置く者達にとって、とても大切で思い出深い人物だった。
 ギルドの前身である、最初の九人と呼ばれる以前に行動を共にしていた人物であり、その後は、悪名高い情報提供系のクラン” 魔女の夜明け”の中心であった人物。
 お騒がせ集団としても、超がつく程の有名な集団で、ナザリック地下大墳墓千五百人大進行と呼ばれた、人間種によるナザリック総攻撃の音頭を獲ったのもこのクランだった。
 常々ナザリックは私の遊園地だ!と公言してやまない人物で、グレンデラ沼地でアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとの邂逅が何度も目撃され、示し合わせた大虐殺だったのではと一時BBSでは騒がれていた。
 ギルドメンバーが、少しずつ減って行く中でも残ったメンバーに合わせたちょっかいを度々掛けるなど、何かにつけサプライズを仕掛ける様な人物だった。
 このちょっかいは定期的に行われ、その行為は、YGGDRASILに関わるプレイヤー達を飽きさせないかの様にも映っていた。
 それはモモンガ一人になっても続けられ、孤独の中にあったモモンガにとっては唯一の心の拠り所となっていた。
 また、YGGDRASIL上でもかなりの古参プレイヤーで、その緻密に練られた馬鹿騒ぎゆえ一時は運営側の人間では無いかと疑われた事もあった。
 そんな彼女がYGGDRASIL最後の日に寄こしたメール、『これよりナザリック地下大墳墓に侵攻を開始する』は、湿っぽく暗く落ち込んでいたモモンガの気持ちを晴らすには十分な内容であった。
 玉座の間にて、この騒がしくも優しい客人にどう言った歓迎をしてやろうかとモモンガは一人思案する。
 そんな折、視界の隅に一人の女性の姿が映った。
 純白のドレスを纏い、妖艶な笑みを浮かべ、夜の闇を思い浮かべる黒髪はつややかに腰まで届いていた。しかし、左右のこめかみから山羊を思わせる太い角が曲がりながら前へと突き出し、腰の辺りからは黒く染まった天使の羽が広がっている。
 その姿は女神の様にも取れるが、彼女もまた異形の者だった。
 ナザリック地下大墳墓階層守護者統括アルベド、ナザリック地下大墳墓を守るNPCの頂点に立つ者。
 その姿を見つめながらモモンガはかつてメンバーの一人が言っていた事を思い出した。

「モモンガさん、アルベドは神の妃なんだよ」

 そう言っていたのは、アルベドの創造主であったタブラ・スマラグディナだった。
 モモンガは眼前にコンソールを出すとアルベドの設定を表示する。

「うわ」

 画面には溢れ出す程の文字が映し出される。

「そう言えばタブラさん設定魔だっけ」

 そう呟きながらカーソルを下へ下へと持って行く。そして最後の行にたどり着いた。
 そこにはこう書かれていた。

『ビッチを愛している』

 モモンガはため息を一つ吐くと手に持ったギルドの象徴、ギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをかざす。

「アクセス」

 その言葉に反応し、画面上にカーソルが現れた。
 BSキーでビッチと言う文字を消し、こう書き変える。


『ビクトーリア・F・ホーエンハイムを愛している』


 書き換えたは良いが、モモンガには何か腑に落ちなかった。
 何かこうもう一捻り。
 そう思ったモモンガに、ある悪戯心が生まれる。
 そしてこう書き加えた。


『ビクトーリア・F・ホーエンハイムを病的に愛している』



5/10改稿致しました。


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侵攻

 一仕事を終えたモモンガは本格的に歓迎の方法を思案する事にした。

「うーん。一応は俺って魔王な訳だし……」

 そう言うとおもむろに立ち上がりモモンガは両手を広げ声高らかに言葉を発する。

「ビクトーリア・F・ホーエンハイムよ、我が物となれ。さすれば世界の半分を……」

 そこまで言って思い出した。

「あ、あの人、俺達の神様だっけ」

 そう呟き再び玉座に座り、コンソールを開き幾つかのページを表示して行く。何かヒントでも探す様に。幾度か立ったり座ったりを繰り返した後

「とりあえず歓迎は大勢の方が良いよな」

 そう言ってコンソールにナザリック地下大墳墓のマップとPOPモンスター以外のNPCの一覧表を出す。

「えーと、第一~第三階層の守護者シャルティアとバンパイアブライド……」

 などと呟きながら各階層守護者と主だったNPC達にチェックを入れて行く。

「よし、これで全部だな」

 そう言って実行を選択した。
 ほんの一瞬の静寂の後、ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間は異形の者達で溢れ返った。

「そうだよ、やっぱりお出迎えは全員でだよな」

 満足げにそう言うモモンガだったが、ここで彼本来の中二病がうずき出して来た。演説ってしてみようかな。そう思ったら止まらなかった。
 わざとらしく荒々しげにローブを揺らしギルド武器を頭上に掲げモモンガは大声で僕達に語りかける。

「皆の者よ! 我が愛する下僕達よ! 今宵、この時、我らアインズ・ウール・ゴウンは目的を達成する! 我らが神が! 我らが愛が! 憎っくき光の神によって封じられてから幾万の月日が流れた! 我らアインズ・ウール・ゴウンは光の神によってかけられた四十の封印を見つけ出しそれを撃破する事に成功した! 封印一つにつき一人、我らアインズ・ウール・ゴウンの仲間達は、至高の四十人達はその身を持って封印を破壊し戻らぬ者となった。だが、だがだ! 今宵、この時、我らの神は復活する! 見よ!神の姿を! 見よナザリック地下大墳墓の真実を!」

 そう言うと ギルド武器を大きく振るう。その瞬間モモンガの背後にあった巨大なギルドフラッグが音を立てて落ちた。そしてそこには巨大な肖像画が掲げられていた。
 黄金の髪と黄金の瞳を持ちこの世の者とは思えないまさに美その物と言った人物の肖像画が。

「我が下僕達よ、しかと見よ! この方こそが我らが神! 全ての異形の母! そして………………全ての善なる者の敵! 煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイム様である!」

 言いきった、気持ち良かった、その場の思いつきにしては上手くまとまった、心地よい疲れと共に再び玉座に腰かけようとするモモンガだった。
 だがその瞬間

「「ウォォォォォォォォォォォォォ」」

 有り得ない大歓声がその場から挙がった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「さてと、参るといたしますか」

 そう呟くと石段を一歩一歩確かめる様に登って行く。
 この者ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
 金色の髪と金色の瞳を持ちロココ調ドレスで着飾った成人女性の姿をしていた。
 石段を一歩一歩登るたびに、腰までの長さの髪は優雅に揺れ、その豊かな双球はたゆんたゆんと揺れ動く。
 微妙な動きに対してのグラフィックの追従、その為に大金をかけキャラクターのデータ量を増やし続けた結果が此処にあった。
 YGGDRASILと言うゲームの中でビクトーリア・F・ホーエンハイムと言うプレイヤーはそこそこに有名な存在であった。彼女の存在は年月によって様々な変貌を見せる。最初に彼女の名がゲーム内で語られた時は雷を纏った獣人としてだった。その二年後、再び彼女の名が表舞台で囁かれた。その時はWeb詩人、情報屋、魔女、様々な言葉で彼女の存在は語られていた。
 しかしここ数年の彼女の二つ名は煉獄の王。
 それを聞きかじった見た事もないPKに追われる事も数知れず。
 不審に思った彼女は自身のギルドのメンバーに相談するも笑顔のアイコンを出されるだけで何も教えてはくれなかった。友であったギルド アインズ・ウール・ゴウンのメンバーに聞いても冷や汗アイコンを提示されるだけだった。最後の頼みの綱と思い普段は見ないBBSを覗いた瞬間、驚きと疑問の渦が捲き上る。それは何故か?
 その理由とは知らない間に自分が神様になっていたからである。投稿者の名前を一つ一つ確認して行く内にこんな事をしでかした連中が判明して来た。一大叙事詩とも取れる異形の神 煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムの伝説を 語っていたのは旧知の連中の名ばかりであったから。
 その内容はこうだった



 遙かな昔、地上は楽園であった。
 神達は様々な生き物を創造しそれらの者達は楽園で幸せに暮らしていた。
 時は流れ多種多様な種族へと別れた生き物達は自然に光と闇へと別れて行った。
 光を宿す者達は美しく可憐に、闇を宿す者達は醜くなって行った。
 光に属する神達は醜い闇の者達を嫌い楽園から追放しようとした。
 しかし最も光に近い雷の神は異形の者を追放するのに反対した。
 彼らの姿もまた神々のそうあれと言う意識によってだと。
 だが光の神達はそれを理解しようとしなかった。
 そして戦争が起こった。
 結果闇の者達は破れ地中深くに追いやられ、雷の神は精神と体を分けられ、さらに体を幾つかの断片に分けられこの世界のどこかに封印された。



 そんな内容の叙事詩が永遠とも取れる程の文字を使ってBBSには書かれていた。
 ビクトーリア・F・ホーエンハイムは知らない間に神様の精神体にされていたのだった。そこには尾ひれが付き様々なトンでも情報も書き込まれている。
 たとえば彼女のHPを0にすれば運営側から特別なクエストへのカギが貰えるや、彼女こそが新たなる世界への扉である、などと言った真に受けるほうがどうにかしていると言った情報まであった。

「まったく、思いだすと腹が立つったら……ありゃしない!」

 そう呟きながらビクトーリアはフラッグポールをブンッと横に薙ぐ。この攻撃によって眼前のモンスター二匹が砂粒の様な光を残して消えて行く。それを確認しポールを肩に担ぐ戦闘時におけるデフォルトのポーズを取ると正面にある下り階段に視線を向けた。

「現在地下三階。解せないわね~。階層守護者も居ない、POPするのは30Lv以下のモンスターばっかり。舐められてる? それとも………………歓迎、してくれているのかな? アインズ・ウール・ゴウンの皆様。いえ………………モモンガさん」

 そう言ってドレスの裾を揺らしながら階段を降りて行くビクトーリアの表情は一切の変化を現さないが僅かに微笑んで見えた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 第四階層、地底湖。
 第五階層、氷河。
 第六階層、ジャングル。
 第七階層、溶岩。
 第八階層、荒野。
 一つ、また一つと広大なマップによって創られた階層を下って行く。しかしどの階層も第一~第三階層と変わらない状況だった。変化があるとすれば、POPするモンスターのレベルが若干上がった程度。

「う~ん。これはこれは、本格的に防御システムを切っているわね。最後だから玉座の間で雌雄を決しようって事かしら? 四十一対一、いや、今は四対一か。それはそれで………………素敵ね」

 呟きながら歩みは下へ。
 第九階層を超え最終、第十階層へ。

「大理石の床と左右に居並ぶレメゲトン、だったかな。ソロモンの七十二柱に守られし玉座の間。冥府の魔王の居城に相応しき場所」

 遠くに見える巨大なドアを見つめながら芝居がかった言葉と共にゆっくりとビクトーリアは歩を進める。玉座の間前室、大広間も半分ほど歩いただろうか、ビクトーリアは足元と体の正面に僅かな違和感を感じた。
 そして………………

「ふぎゃ!」

 盛大に転んだ。

「え? 何? 一体……」

 周りをキョロキョロと見渡し誰も居ない事を確認し、やっと自分が自分のスカートの裾を踏んで転んだ事に気づく。そして体の正面に感じる重さに。

「何が起こった?」

 両腕で体をさすりながらその違和感に背筋が寒くなって行く。
 太ももからでん部へ、そして豊に実った胸へ

「うんっ!」

 胸の先端を掌がかすった瞬間、自身の口から艶を秘めた声が漏れる。その声に驚いたのか左手で口元を押さえるとシステムメニューを立ち上げる。
 しかし何も起きなかった。
 操作はいつも通り、通常なら眼前にステータス、マップ、などの情報が表示されるのだが、今は何も起きなかった。時間の確認、とっさに思いついたのがそれだった。いつもの習慣でシステムメニュー上に時計を表示するのを怠っていた事を今さらながらに後悔した。
 アイテムボックス!とっさにビクトーリアはそう思う。その瞬間、目の前の空間が歪む、それはまるで水面に小石を投げた時の様だった。恐る恐るその中へ手を入れてみる。心の中で思う物は何の変哲も無いアイテム。キャラクターのアクセサリーにでもと買った懐中時計。
 波紋の中に突っ込んだ右手に僅かな感触が浮かんだ。ビクトーリアは慌ててそれを掴みながら手を引き抜く。その右手には鈍く銀色の輝きを放つ懐中時計が握られていた。
 慌てて焦りながら何度もの失敗を繰り返しようやく蓋を開く。
 示されていた時間は……零時二分。

「どう……言う……事?」

 混乱の中、やっとの事でそれだけの言葉を吐き出した。
 それと時を同じくして前方にある大扉の中から声が聞こえて来た。知っている声だった。何度も何度も聞いた声だった。
 ビクトーリアは縋る様に大扉へと近づいて行く。声はだんだんと大きくなり何を言っているのか聞き取れる様になって行った。
 ビクトーリアは扉に手を掛けようと右手を伸ばす。あと少しで手が届く。だがその指は直前で止まった。

「我が下僕達よ、しかと見よ! この方こそが我らが神! 全ての異形の母! そして………………全ての善なる者の敵! 煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイム様である!」

 聞こえて来たのは友からの神様紹介の言葉だった。
 そして一瞬遅れて

「「ウォォォォォォォォォォォォォ」」

 大歓声が響き渡った。ビクトーリアの背がビクリと跳ねる。今、ビクトーリアの全身を支配している感情は恐怖だった。
 ナザリック大墳墓に大歓声を挙げられる人員など存在しない。ならばあの声は一体誰の声なのだろうか。逃げだしたい、しかし今自分が逃げ出したら扉の向こうに居るモモンガはどうなってしまうのだろうか?
 自分はモモンガを捨てて逃げ出して良いのだろうか?
 あの、寂しがり屋で意地っ張りな死の支配者を残して。
 ビクトーリアの頭に過去の光景が浮かんでは消える。
 その光景はアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーのアカウントが消えた事を知った時のモモンガの姿だった。笑いながら自分にメッセージを飛ばして来た時の痛々しい声だった。そしてYGGDRASILを辞めていったアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達がビクトーリアに残した最後の言葉

「モモンガさんをお願いします」

 ビクトーリアは立ち上がりフラッグポールを握り直すと背筋を正し大扉を開けた。

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怨嗟

 勢い良く、力強くビクトーリアは両大扉を開け放った。そこに見えた光景は、おびただしい数の異形の者達だった。足が震いだしそうになり、冷や汗が豊かな胸の谷間を滑り落ちて行く。
 ビクトーリアは必死で先ほど聞いたモモンガの言葉を思い返していた。そして何度も何度も心の中で反芻し一歩を踏み出した。威風堂々と、モモンガが言う通り神と見える様に。奥歯をギュッと噛み締め威厳に満ちた表情をしよう。優雅に気品に満ちる様にゆっくりと異形がひしめく道を歩こう。
 大扉が開かれた瞬間、その音と空気の震えに反応しナザリック地下大墳墓玉座の間に集まったNPC達は全員振り向き戦闘態勢をとった。
 それは力なきLV1の一般メイドも同様に。
 そして全てのNPC達は息を飲んだ。
 今、自分達の前に現れた人物は先ほど自分達の絶対的支配者が神と呼んだ人物と瓜二つだったからだ。
 ビクトーリアは歩を進める。進む先は少しずつ少しずつ左右に分かれて行き道を作った。踏鞴を踏む様に後ずさりながら。
 ゆっくりとゆっくりとドレスの裾を揺らしながら歩く。背筋を曲げぬ様に気を付けながら。ただ一点、前方に居るモモンガを見つめて。
 緊張がビクトーリアの身体を支配する中、気が付けばNPC達は左右に分かれ道を造っていた。
 緊張が緩みそうになる。威厳と気品、そんな言葉を何回も何回も繰り返し自分に言い聞かせ必死に折れそうになる精神とビクトーリアは戦っていた。
 気が付けば、異形な者達の道も半分程過ぎていた。だがこれからが本番だとビクトーリアの瞳に映る者達は無言で語る。
 今まで歩いて来た道の左右に居た者達はほとんどが姿形では個人を判別出来ない者達だった。それはNPCとはいえそれほどのリソースを割かれていない者達だろうとビクトーリアは判断する。
 しかしここからは違う。一人一人が個性を持っている。それはつまりギルド アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達が何かしら深く製作に関わっている物と容易に想像できたからだ。
 メイド達の間を過ぎる、悪魔達の間を過ぎた、あともう少し。ばらばらな鎧の様な物を着けたメイド服を着こんだ者達の横を通り過ぎる、あれが戦闘メイド プレアデスなのだろう。小柄なダークエルフの横を通り過ぎる、アウラにマーレ、ぶくぶく茶釜の愛しい娘達。ボールガウンに身を包んだ小柄な少女が横に並ぶ、真祖シャルティア・ブラッド・フォールン。
 彼女らの視線がビクトーリアに突き刺さる。その視線は敵意で満ちていた。
 後少し、後少しで玉座に続く階段に。そう思った瞬間、行く手を塞がれた。
 赤いスーツを着込み宝石の様な瞳をメガネで隠し、茨の様な尻尾を持つ悪魔、第七階層守護者デミウルゴス。冷気を漂わせる巨体に四本の腕を持つ蟲王、ヴァーミンロード、第五階層守護者コキュートス。
 その二人がビクトーリアの前に立ちはだかる。
 言葉にはしないが二人が漂わせる雰囲気はこう言っていた。

 絶対的支配者(モモンガ)の元へは行かせない。

 ビクトーリアは足を止め二人を見上げた。ビクトーリアに比べ前に立つ二人の身長が高い為、必然的にこう言う図式になる。ビクトーリアとデミウルゴスの視線が交錯する。その視線からは明らかな殺意がビクトーリアには感じられた。コキュートスの意思は解らないが発する気迫からは敵意が滲み出ている。何故此処までなのか、ビクトーリアには解らなかった。
 じっとデミウルゴスの瞳を見続けながらもモモンガへとメッセージを飛ばしてみる。頭の中で書いた手紙を紙飛行機にして飛ばすイメージ。望んだだけでアイテムボックスが出現した事を鑑みそれを試してみる事にした。

『モモンガさん、聞こえます』

『え? ビ、ビッチさんですか』

 ビクトーリアは安堵した。
 繋がって良かったと。

『一体どうなっているんですか?』

 ビクトーリアが話すよりも先にモモンガが質問を口にした。

『私にも解りません。何故にこうまで私が怨まれているのか。外敵と言うだけのレベルではありませんね、これは』

『え、怨み? NPCが? 俺には一体?』

『モモンガさん、先ほど演説を聞かせて頂きましたが、最初から教えて頂けますか?』

モモンガは『はい』と返事を返すと簡潔に演説の内容を説明した。

『成程、解りました。それはさぞかし私が憎いでしょうね』

『え?』

 ビクトーリアは納得した様だったが、モモンガには何を言っているのかがさっぱり解らなかった。
 ビクトーリアはゆっくりとまばたきをし、二人を睨みつける様に仰ぎ見る。その瞬間、ビクトーリアの瞳孔は爬虫類を思わせる様な縦型に変化した。

「妾を誰と心得る、その場を開けよナザリックの階層守護者よ」

 いつものビクトーリアの声よりも一段低い声で告げる。それは底冷えするほどの冷たく平坦な声だった。しかし二人の階層守護者はピクリとも動かない。
 この光景に一番あせっているのはモモンガだった。なぜNPCであるデミウルゴス、コキュートスがビクトーリアの前を塞いでいるのか、そしてビクトーリアは怨みと言った、それもNPC相手に。

「ほう、動かぬか……妾も舐められた物よ。ならばその首を落とし進むまでよ」

 ビクトーリアはそう言ってニヤリと笑う。その微笑みは邪悪で遙か高みから見降ろす絶対者の笑み。
 それに呼応する様にその瞬間場の空気が一瞬のうちに凍りついた。デミウルゴス、コキュートス、そして場に居る全ての僕から殺気が吹き出したからだ。
 何故こうなったのか解らないが居ても立っても居られずにモモンガは声を出した。

「鎮まれ! デミウルゴス、コキュートスよ、道を開けよ」

 絶対的支配者の言葉に二人は顔を見合わせると、今までの膠着は何だったのかと言う様にデミウルゴス、コキュートスは左右に分かれ道を作る。二人の心の内は知る由もないのだが。
 その間をビクトーリアはゆっくりと歩きながら玉座への階段を登って行く。壇上でモモンガが両手を広げビクトーリアを出迎えていた。
 その右手にビクトーリアは懐中時計を握らせると子声で囁く。

「モモンガさん、暫くの間私が注意を惹きます。その間にそれを確認して下さい」

 そう言うとビクトーリアはモモンガの隣でNPC達と向き合い口を開く。

「皆の者大義であった。妾が煉獄の王 ビクトーリア・F・ホーエンハイムである! 此処に居る瞑府が王モモンガを除く四十人が妾に命を捧げ、妾はその血肉を食らいこの地に舞い戻った」

 ビクトーリアの発した言葉に場のNPCはざわめき、敵意をあらわにし、モモンガは二重の意味で絶句した。

『ビッチさん!』

『モモンガさん。解りましたか?』

『はい。ですがゲームが延長された可能性は?』

『それは無いです。私はビクトーリアの心臓の鼓動を感じています』

 メッセージで交わされる会話。
 アンデットであるモモンガには解らなかったかも知れないが肉体を持っているビクトーリアには解った、解ってしまった。これが現実だと言う可能性を。
 仮にゲームが延長、または新たなゲームが始まったとしよう。だがそこに、心臓の鼓動や流れる冷や汗の感覚を盛り込んで一体何になると言うのだ。

『それにビッチさん、血肉を食らいって、何を言っているんです!』

『これはモモンガさんが言った事ですよ。至高の四十人達は私の為に封印を破壊し戻らぬ者となったと』

『そ、それは……』

 言い淀むモモンガを余所にビクトーリアはNPC達に向け言葉を続ける。

「妾は此処に蘇り、妾の心は此処にある。そして……妾の身体は至高の四十人が血肉でできておる。ナザリック全ての僕達よ、妾は誓おう此の身、此の力、妾の全てを掛けて汝らを守ると。全ての脅威から、全ての災厄から」

 この演説に場に居るNPC達は自然と片膝を付き礼を取る。だが、ビクトーリアの視線は居並ぶ異形の者達の先頭にいる者達に注がれていた。
 その者達は形的には礼を尽くしていても、そこからは怒り、憎しみ、怨み、殺意があふれ出ていた。各階層守護者、戦闘メイド達である。
 自分達の創造主の血肉を食らい、自分達から奪った者が代わりに自分達を守ると言っている、それはまるで出来の悪い冗談だった。

『ビッチさん。なんで皆の事を?』

『ああ言えば少なくともモモンガさんへ敵意が向く事は無いでしょ』

『だから何で!』

『だってモモンガさん、あなた……彼らを殺せないでしょ』

『な!』

『モモンガさん、気づいていないんですね。彼ら、NPC達は明確な意思を持って生きています』

『そんな!』

『本当です。先ほどデミウルゴスの瞳から明確な殺意を頂きましたから。そんな彼らから襲われたら、反撃できますか』

 ビクトーリアからの冷静な分析にモモンガは言葉を失う。何かを言わなければと苦悶するモモンガの視線が白い影によって塞がれた。

「皆の者、顔を上げなさい」

 背筋を伸ばし、つややかな黒髪を垂らし、女神の如し容姿を持った女性。
 守護者統括 アルベドが二人の前に立つ。

「我らが絶対的支配者モモンガ様の御言葉通り、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様が至高の四十人様の……お……お力によりこの地に再誕なされました。しかしそのお力は完全には戻ってはおられず、しばしの休養が必要」

 アルベドはそこまで言うと視線を背後に向けると

「モモンガ様、ビクトーリア様、ご自愛を」

 その言葉を受けモモンガはビクトーリアを自室へと誘う。ビクトーリアも精神的にギリギリの状態であった事とこの場からの脱出の機会を得た事でそれを了承する。
 モモンガはビクトーリアの肩に手を掛けると転移の呪文を発動した。
 去り際、ビクトーリアはアルベドの自分と同じ黄金の瞳を見つめ

「ありがとう」

 その一言を残し二人の姿は玉座の間から消えた。
 二人が消えた空間を黙って見つめるアルベドの瞳から涙が一粒こぼれた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 支配者二人が消えた玉座の間では階層守護者、戦闘メイド達だけが残り顔を突き合わせていた。

「アルベド! 一体どう言う気ですか!」

 デミウルゴスが激昂し守護統括アルベドに喰ってかかる。

「何かおかしな事でもあったかしらデミウルゴス」

 アルベドは何事も無かった様に涼しい顔で向き合う。

「あのような、我らの創造主の血肉を食らって蘇って来たような化け物に対してのあなたの行動の事です」

「化け物……」

 アルベドの眉がピクンと跳ねた。

「そうです! 何故に我らが創造主が、あの様な化け物の為に命を散らさなければならないのです! それほどまでにアレに価値があるとでもいうのですか!」

 アルベドはデミウルゴスの言葉を受け周りに居る者達へと視線を向ける。その表情は暗く憎しみが溢れだしていた。
 アルベドは一言「解りました」と呟くと皆に声を掛ける。

「第一~第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン」

「な、なんでありんす」

「あなたはどう思っているの?」

 アルベドの問いにシャルティアの瞳はスッと細く淀み

「首を引きちぎっても心が晴れる事はありんせん」

 この答えにアルベドは一言「そう」と呟くと次の者へと視線を移す。

「第五階層守護者コキュートス、あなたは?」

「アノ者ガ我ガ創造主ガ命ヲ賭ケル程ノ強者カドウカ」

「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ、同じくマーレ・ベロ・フィオーレ。」

 名前を呼ばれるがダークエルフの双子は目に涙を浮かべ話す事が出来なかった。

「ナザリック大墳墓執事セバス・チャン」

「あの方がそうするべきだと判断したのなら」

「プレアデス副リーダー ユリ・アルファ」

「ぼ、いえ、私には判断しかねます」

「プレアデス ルプスレギナ・ベータ」

「気に入らないっすねぇ~」

「プレアデス ナーベラル・ガンマ」

「ウジ虫以下の存在です」

「プレアデス CZ2128・Δ、シズ・デルタ」

「解らない、でも神様だから……」

「プレアデス ソリュシャン・イプシロン」

「神様とはどんな味なのでしょうか」

「プレアデス エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ」

「パクパク」

 アルベドは一通り意見を聞くと皆に背を向け大扉に歩きながら

「そう、解ったわ。モモンガ様には私からそう伝えます」

 そう言葉を残し玉座の間から姿を消した。
 誰も気づかなかったがその顔には涙と怒りが溢れていた。



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策謀

 ドスン!
 ナザリック地下大墳墓第九階層に地響きと共に破裂音が響く。

「化け物ですって……あのお優しい、美しく慈悲の化身の様なビクトーリア様が化け物? 至高の四十人の血肉を貪った化け物? ナザリックを捨て私達を捨て……モモンガ様を悲しませたあの者達に劣る存在? 何も知らないくせに。玉座に座りながら何度も、何度も、何度も悲しい声で別れをおしゃっていたモモンガ様を知らないくせに。どれだけモモンガ様がビクトーリア様に救われたかも知らないくせに!」

 そう言ってアルベドは何度目か解らぬほど壁に拳を叩きつけた。ハアハアと息を乱しながらやっとと言った感で拳を引き息を整える。
 そして

「大丈夫ですビクトーリア様。誰が知らずともこのアルベドは知っています。あなたの愛を……愛していますビクトーリアさま。いえ、ビッチ様」

 アルベドは蕩けた様な表情で呟いた。それは甘い夢を見ている様に。
 そのアルベドについさっき自分達の支配者が語った言葉が蘇る。

 “私の物となれビクトーリア・F・ホーエンハイムよ……”

 ゆっくりと蕩けた様なアルベドの表情が平坦な物に変化していった。

「誰にも渡さないわ。…………そう、誰にも。たとえモモンガ様にも渡しはいたしませんわ。くふ、くふ、くふふ」

 そう言うとアルベドはふらふらと歩き出す。
 その姿はまるで幽鬼のようであり、ぶつぶつと

「ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、ビッチ様、………………」

 と呟く声が木霊した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間。
 最初にアルベドが去りそれを皮切りにそれぞれの者達はそれぞれの持ち場へと戻っていった。
 今この場所に残っているのは第六階層守護者アウラとマーレ、そしてプレアデスのユリ・アルファの三名だけであった。未だに涙を流し続ける二人をユリはなだめていた。優しく言葉を掛け何とかユリはなだめようと必死になって話しかける。
 そんな中唐突にマーレが口を開いた。

「ぐすっ、お姉ちゃん。ビクトーリア様ってあのビッチさんなのかなぁ?」

「う、うん。たぶん…………」

 二人のこの言葉に驚いたのはユリだった。
 ユリ自身もビクトーリアの名前を聞いた時に同じ疑問を持っていたからだった。
 恐らくこの疑問を持つ事が出来うる者はナザリックNPCの中でも三人の他にはメイド長ペストーニャ・ワンコだけだろう。その理由はこの四人の創造主がギルド内で三人しかいない女性メンバーだった事が起因する。他の男性メンバーとは違いこの三人、ぶくぶく茶釜、餡ころもっちもち、やまいこは定期的に第六階層に集まり自分達が創造したNPCとお茶会をしていたからだった。
 その場所で良く話題に出ていたのがビッチさんと言う名前だった。仕事が忙しくなり、なかなかIN出来なくなった事に後ろめたさを覚えていた三人は事ある毎にモモンガを外に連れ出していたビクトーリアに感謝していた。
 その時の会話を三人は覚えていたのだった。

「でも、そうだとするとホントなのかな?」

 マーレが改めて疑問を口にする。

「うん、私もちょっと信じられないかな。茶釜様がおっしゃってたビッチさんは優しくて思いやりのある方だったから」

 このアウラの意見にはユリも同感だった。自分の創造主であるやまいこが信頼する人物が友の血肉を食らうのだろうか。自分が生き返る為に友を殺すのだろうか。
 ユリは自分の内にあった考えを思い切って打ち明けてみた。

「アウラ様、マーレ様、一度モモンガ様にお聞きしては見ませんか?」

「「モモンガ様に?」」

 二人から同じように返事が来た。

「それに先ほどのデミウルゴス様とアルベド様の会話、なんだかアルベド様の様子がおかしくて」

 ユリは先程の二人の会話の違和感を覚えていた。それを踏まえての提案だった。アウラはその言葉を受け一度大きく頷くと

「じゃあ、後で尋ねてみよっか」

 そう言って三人は連れ立って玉座の間を出て行った。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 第九階層にある自室に転移したモモンガとビクトーリアはぐったりと伏せっていた。モモンガは大きめのソファーにどっかりと腰を下ろし、ビクトーリアはベッドに倒れ込んでいる。

「しかし……ホントに現実なんですかね」

 そう呟いたのはモモンガだ。

「それは間違いないと思いますよ。モモンガさんと出会う前に私一度転んだんですが痛みありましたもん」

「成程、痛みですか………………」

 モモンガはそこまで言って言い淀む。

「どうしましたモモンガさん?」

 問われたモモンガはどう答えようか逡巡したが意を決して口を開いた。

「あのー、ビッチさん」

「何です?」

「スカートがはだけて、その、下着が丸見えです」

 そう、現在ビクトーリアの豪華なドレスは盛大にめくれ、豪華なレースと刺繍が施された恐らくシルクであろう下着と、そこから伸びる白く扇情的な太ももが丸見えだった。

「そうですか」

 そっけない言葉を返しながらビクトーリアはもぞもぞとスカートを直す。その姿は優雅とか気品などと言った物とは180度違う物だった。一言で言うならば、だらしのない娘がそこに居た。

「でもこれでYGGDRASIL、もしくはYGGDRASILⅡと言う線は完全に消えましたね」

「ええ、下着を見せるなんて欲情を誘う行為は出来ませんでしたから」

 そこでお互いの言葉が途切れる。
 だが最初に沈黙を破ったのはモモンガだった。

「これからどうします?」

「そうですねー。まあ、私の好感度がヘルヘイムまで落ちているのは解っているので、モモンガさんの好感度調査とかじゃ無いですか?どう動くにしろ誰が味方なのか知らなければ動けませんから」

「そうですねー」

 モモンガは気だるげな声で返事を返す。しかしそんなモモンガも急に姿勢を正し座り直すと

「それにしてもビッチさん、何で全部の罪を背負う様な事を?」

「そう言う訳でも無いんですけど、先ほども言いましたけどモモンガさんは戦えないでしょ?」

 問われたビクトーリアは依然ベッドに寝転んだまま答えた。

「それはそうですが、周りにいたのは100LvNPC達ですよ」

「まあそうですね~。いざとなったらアレを使えば逃げる事ぐらいはと」

「ああ、あれですか。まあそれは確かに……」

 これからどうすれば良いのかと回らぬ頭で考え込んでいたいた時、ガバリと勢い良くビクトーリアが起き上がった。

「どうしたんですビッチさん!」

 一体何があったのか、モモンガは慌てて問いかける。だがその答えは……

「モモンガさん……胸がつぶれて呼吸が出来ませんでした」

「はあ? だったら仰向きに寝れば良いでしょうに」

「そうですね」

 そう言ってビクトーリアは仰向けに寝転んだ。その瞬間、先ほどよりもさらに勢いよく起き上った。

「どうしました!」

「胸が左右に引っ張られて……すっごく痛い」

 たわわな乳房を持ち上げながらビクトーリアは涙目になっていた。モモンガにとっては心配のし損である。

「………………何やってんだあんたは!」

「うるさい骸骨! 巨乳なめんな! 骨には解らん痛みなんだぞ!」

「そんなもんリアルでも知らんわ!」

 ギャーギャーと言い合う骨と美女。そこには魔王としての威厳も神としての神々しさも何も無かった。ストレスの為か二人のじゃれ合いは次第に過激になって行く。ドッタンバッタンと大きな音を立てながら取っ組み合いは続けられ向き合いながらのこう着状態となった時、おもむろに部屋の扉が開かれた。

「モモンガ様、大変不敬とは存じておりますが、幾らお呼びしてもお返事が無いため失礼させて頂きます」

 礼儀正しい言葉と共に守護者統括アルベドが入室して来た。モモンガの自室へと一歩を踏み入れた瞬間、アルベドの表情は固まった。眼前に繰り広げられている光景、両の腕で豊かな乳房を守る様に抱きしめているビクトーリアと、両の掌を開きニギニギとさせているモモンガ。
 簡単に言えば死の支配者にセクハラをされている女神。そんな光景が目の前にはあった。

「アルベド?」
「ア、 アルベド?」

 キョトンとする神、動揺する死の支配者。

「モ、モモンガ様、それは……」

「ア、 アルベド! こ、これは、これは違うぞ!」

 此処からのアルベドの行動は早かった。

「ビッチ様、ビッチ様」と呟きながらクラウチングスタートの様に駆け出すとビクトーリアの背後を取りその豊かな乳房をむんずと揉みしだく。

「ビッチ様、ああ、ビッチ様、素敵です、感動です。この柔らかさ、この重さ。まさに、まさに………………」

 その言葉にモモンガは慌てふためいた、それほどまでに素敵な物なのかと。

「ア、アルベドよ! そんなになのか! それほどの物なのか!」

「はいモモンガ様、これぞ至高の逸品! 素敵です! ああ、掌がとろけてしまいそうです……ビッチ様、ビッチ様、愛しています、愛しています、愛しています! くふーーーー!」

 アルベドはもはや自我を失い胸をまさぐるだけの装備と化し、モモンガは混乱と常識を逸した眼前の光景に飲み込まれその骨ばった、いや、骨の掌をニギニギさせながらビクトーリアににじり寄る。
 ビクトーリアの全身を恐怖とは違う何かが支配する。いや、正確にいえば恐怖に分類される物なのだろうが、死や危険に対する物とは全く別種の貞操の危機と言う物だ。
 ビクトーリアはひとえにテンパッテいた。頭の中がグルグルと回る。何も考える事が出来なかった。出来る事はたった一つだけ。

「お、お前ら、いい加減にしろーーーー!」

 バチンと言う破裂音がした瞬間ビクトーリアの身体が発行し稲光をあげる。その光が収まった場には満足そうな笑顔を浮かべる守護者統括と、ブスブスと煙をあげる死の支配者が横たわっていた。



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衝突

 モモンガはナザリック地下大墳墓第九階層、通称円卓の間でブツブツと愚痴めいた言葉を呟きながらぐったりと頭を垂れていた。

「はぁー、解ってはいたけど、ビッチさんへの好感度は凄い事になってるなぁ。何とかなりそうなのはコキュートスぐらいか……。それにしても悪い事したな、最初は冗談から始まった事なんだよなー」

 自分達の過去の行いを悔むモモンガだったが、部屋の扉をノックする音で現実への帰還を果たす。

「うむ。入れ」

 魔王ロールで入室を許可する。

「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ」

「同じくマーレ・ベロ・フィオーレ」

「「入ります」」

 緊張した双子の声が響いた後、軽い音を立て扉が開き二人は姿を見せる。
 今モモンガが何をしているかと言う事をまずは説明すべきだろう。
 現在モモンガは円卓の間で新入社員の面接宜しく僕達を一人ずつ呼び寄せ自分とビクトーリアの好感度調査を行っている最中である。
 最初は第六階層に皆を集め、一度にすませてしまおうと思っていたモモンガだが、細心の注意を払うべきと言うビクトーリアの助言を受け、一人ずつの応対とした。
 最初に結果を話してしまえば、結果は想像の通りだったと言う事だ。モモンガへの好感度はストップ高と言ってもいい程の物で、方やビクオーリアについては語るのも悲しい程の散散たる物でだった。
 そして最後に呼び出されたのが、先ほど部屋へ入って来たアウラとマーレである。
 モモンガは二人に腰かける様促すと、レモンの入ったグラスに水を入れ差し出した。

「モ、モモンガ様!」

 アウラはモモンガの行動に驚き声を上げ、マーレは口元に手をやりながら言葉を失った。

「どうした二人とも? 冷たいうちに飲むと言い」

 モモンガが笑顔?でそう促すと二人は元気よく返事を返しグラスに口を付ける。水を飲み終え二人が一息付いたのを確認すると、モモンガは口を開いた。

「アウラ、そしてマーレ。私は二人にとってどう言う存在だ」

「お優しく、偉大な御方です」

 アウラは元気よく答える。

「すっごく優しい方だと思います」

 マーレは緊張からか若干小声だが迷いなく答えた。
 ここまでは今までの僕達と同じ。本題はここからだった。

「ではもう一つ質問だ。ビッチさん。いや、ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う人物はどうだ?」

 モモンガにとってこの質問は非常に悲しい物だった。自分達の冗談から始まり、自分の作り話で大切な友を非情な立場に追いやってしまったのだから。重い気持ちで双子の言葉をモモンガは待った。
 アウラとマーレの方はお互いに目を合わせると、何かを確認する様に一度頷き口を開く。モモンガに質問して見ると言う絶好の機会が今訪れているのだ。アウラとマーレは、思い切って先程のユリとの話の中で出て来た案件を聞いてみる事にした。

「モ、モモンガ様、ビクトーリア様は茶釜様がおっしゃっていたビッチさんなのでしょうか?」

 アウラが代表して口を開く。
 この問いにモモンガは何故そんな事を?と疑問に思いながらも素直に答える事にした。

「そうだ。私達がビッチさんと呼ぶ者はビクトーリア・F・ホーエンハイム唯一人だ」

 この答えに二人は声には出さなかったがその表情は「やっぱり」と言った物だった。

「では、ではモモンガ様、なぜビクトーリア様は至高の御方達を、茶釜様を殺したんですか! 茶釜様、餡ころもっちもち様、やまいこ様は、その、楽しそうに、まるですごく、すごく感謝している様にあの方のお話をなさっていました。そんな方が何で! 何で茶釜様達を……」

 アウラは涙を隠すこと無くモモンガに詰め寄る。隣ではマーレも目に涙を貯めている本当の事を話すべきなのか、モモンガは困惑する。本当の事を話せば、少なくともビクトーリアへの風当たりは少しは緩和される。
 だが、至高の四十人はお前達よりも別の物(リアル)を選んだと言ったらどうなるんだろうか?お前達は捨てられたのだと言ったらどうなるんだろうか?
 彼ら、彼女らはもうお人形さんでは無いのだ。単なる拠点防御用の駒では無いのだ。
 自らの意志を持って動く事が出来る者達なのだから。そんな自分達の子供を悲しませる様な行為を進んでしたのなら、自分はビクトーリアに見捨てられるだろう。
 いや、最初の九人と呼ばれる前からずっと見守って来てくれた恩人から、アインズ・ウール・ゴウンと言うギルドは見捨てられるだろう。二度とビクトーリアを友と呼ぶ事が出来ないだろう。だからモモンガは嘘を吐き通す事を決めた。ただ努力だけはして行こうとも思う。あの照れ屋で優しい友人と共に歩んで行く為に。
 モモンガはそう決意をし口を開いた。

「アウラ、マーレよ、ビクトーリアさんの言う事は真実だ。だが少々誇張的でもある」

「「誇張、ですか?」」

 二人の声が重なる。
 モモンガは一度大きく頷くと

「そうだ、ビクトーリアさんの身体を封じた封印はYGGDRASILには無かった。それはお前達の居る世界の外、リアルと呼ばれる世界にあった。その世界はお前達の知っている至高の四十一人の姿、つまりはお前達が今見ているこのモモンガの姿では行けぬ場所にあった。そこで我らは一行を案じた。別の入れ物を用意し私以外の至高の四十人はリアルへと旅立ち封印を破る事にしたのだ」

 アウラとマーレの喉がゴクリと鳴った。

「しかし封印を見つける事が出来たが、それは非常に悪意に満ちた物だった。その封印はsyain と呼ばれる物で、そこから誰かが脱出に成功してもその中に誰かが入らなければ災厄が起こると言うものだった」

「「syain」」

 二人の額に汗が滲む。

「モモンガ様、syainを空にするとどのような災厄が?」

 アウラが質問を口にする。
 モモンガは顎に手をやると一泊置いて答える。

「各々、syain一つに対して一つの社会が破滅の危機に陥る。つまりは四十の社会が、四十の世界が破滅の危機を迎える」

「「!」」

「その為に皆は、ビクトーリアさんの身体の一部と引き換えにsyainへと身を捧げたのだ」

「で、では茶釜様達は……」

「生きていると言う事だ。だが、次元の壁は壊れ世界に帰還は不可能となった」

「それではビクトーリア様の言った血肉を食らったと言う言葉は……」

「自分が犠牲の上に成り立っていると言う意味だ」

 モモンガの言葉にアウラは言葉を失いマーレは茫然としていた。
 しばしの沈黙の後やっとの事でアウラは口から言葉を吐き出す。

「それほどまでにビクトーリア様は必要な方なのですか?」

「必要だ」

 モモンガははっきりとした言葉でそう言い切った。
 恐らくこれはアウラが言っている事とは意味が違うのだろう。だが、モモンガにとってビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う人物は何よりも必要な人だった。
 誰も居なくなったナザリック地下大墳墓と言う場所で、何も語る事は無いNPC達との日々の中で、ただギルドとナザリック地下大墳墓を守る為に、維持をする為にすごしていた日々の中、連絡をくれ続けていたのは、冒険に誘い続けてくれていたのは、話し相手になってくれていたのは、笑いかけてくれていたのは、彼女一人だけだったのだから。
 だから断言できる。
 だから断言する。

「アウラ、マーレよ、あの方は、あの御方は、ナザリック地下大墳墓が王、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムである」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 モモンガが僕達と面接モドキを実行している同時間、ビクトーリアは執務室と呼ばれる部屋で遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)をいじっていた。

「こうかな? それとも……こう!」

 両手と上半身を使ってアレコレと試すその姿はお世辞にも上品とは言えず、まるでタコ踊りを踊っているようだった。
 そんな呑気に踊る彼女の背後から声がかかる。

「ビクトーリア様」

「なにかな?」

 背後から声をかける人物、それはナザリック地下大墳墓執事セバス・チャン。

「私が背後に居てあなた様は襲われるとは思わないのですか?」

「襲いたければ襲えば良い。私はそれだけの事をしたのだから」

 セバスの問いにビクトーリアは飄々と返した。まるで何の危機感も感じていない様に。セバスと言うNPCがそんな事を決してしないと知っているかの様に。
 その言葉を最後にビクトーリアの動きが止まり金色の瞳、その瞳孔が爬虫類を思わせる形に変わり遠隔視の鏡をじっと見つめる。急激な雰囲気の変化にセバスは疑問を持ちビクトーリアの背中越しに遠隔視の鏡を覗き見た。

「祭り、ですかな?」

 セバスは素直に見たままを口に出す。
 二人が見つめる遠隔視の鏡には小さな集落の中を走り回る人間達が写しだされていた。
 ビクトーリアはセバスの問いに小さな笑みをこぼすと

「違う。これは虐殺だ」

 小さな声で呟いた。
 セバスはコホンと咳払いを一つ吐くと

「いかがなされますか?」

 平坦な声で問いかける。
 その声には何の感情も込められておらず、ただ指示を待つ人形の様だった。

「セバス」

 凍える様な声色で自分の名前を呼びながらビクトーリアが振り返る。その姿は先ほどまでの気の抜けた様な姿では無く、遙か上位から見降ろす支配者の物だった。
 その爬虫類を思わせる黄金の瞳に射抜かれたセバスは身動きが取れなかった。いや、本能的とでも言えば良いのだろうか、セバスの中の何かが動いてはいけないと判断していた。

「セバスよ、お前がそれを言うのか? アレを見てナザリック地下大墳墓の誰でも無いお前が、お前の口が言うのか」

 そう言うとビクトーリアはアイテムボックスを開くとスクロールを一枚取り出し展開させる。その瞬間ビクトーリアの前に闇が浮かんだ。ゲートの魔法を発動させたのだ。
 その闇に向けビクトーリアが一歩を踏み出そうとしたその時。
 まさにその時

「御一人では危のう御座います。このセバス・チャン御供を務めさせて頂きます」

 そう言って胸に手を当て執事然とした礼をする。その言葉、その仕草を見たビクトーリアは嬉しそうに、心から喜びを表す様に

「許す。やはり彼の魂は君と有る様だ」

 そう言って微笑みを向けた。
 そして二人は闇へと歩み出した。

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カルネ村 危機

 普段なら、夜鳥の鳴き声と漆黒が支配する夜の森を、二人の少女が走っていた。一人の少女が、自分より小さな女の子の手を引いて。姉妹なのだろうか、顔立ち、髪の色などに似た物を感じる。
 姉であろう少女は、ハアハアと荒い息を吐きながら、妹の手を絶対に離さないと言わんばかりに強く握りしめ、懸命に走る。妹は、少しでも姉に負担をかけまいと、必死で足を前に出し付いて行く。

『ハアハア、息が苦しい、喉が張り付く、心臓の鼓動が鼓膜を破りそう』

 心の中では弱音を吐いても、妹の前では吐く事は出来ない。後ろを振り返り妹に瘦せ我慢でしか無い笑顔を見せた。それがいけなかったのだろうか、不意に見えた姉の笑顔に、妹の気が一瞬緩んだ。それは、ほんの一瞬だった。その瞬間、妹の足は木の根に捕らわれた。そして、姉と共に地面に打ち付けられる。
 その瞬間、本能なのかはたまた無意識での事なのか、姉は妹を抱きしめ、地面に倒れ込んだ。すぐに体を起こそうと姉はもがくが、痛みの為か、上手く動いてはくれなかった。
 気だけが早る中、後方、自分達が来た方向から、硬い、金属が擦れる音が近付いて来る。ガシャガシャと騒がしい音が、次第にゆっくりになり、大きくなって行く。そして、音が止まった。
 姉は視線を後方へと向ける。そこには………………絶望があった。

「はっ! やっと追いついたぜ。まったく逃げ足の速い」

 中心の男が息を切らせながら呟く。

「頭にきて殺ってしまうなよ。楽しまなきゃ損なんだからな」

 右側の男が下卑た笑いを浮かべながら言う。

「俺は小せえのを頂くぜ。おもちゃとしては良い塩梅だ」

 左側の男が狂気を含んだ瞳で話す。
 鎧を着込み、剣を手にした三つの絶望が絶対的な弱者を嗤う。
 ズリズリと姉は妹を抱き抱え、少しでも遠くへと這いずって行く。しかしその行動は何の意味も見出さない。姉妹が一生懸命這いずった距離など、大人の一歩にも満たないのだから。
 ジリジリと男達が近寄って来た。「嫌、嫌」と姉は呟きながら這いずって行くが、男達の手は姉妹に伸びる。

「いやーーーーー!」

 姉は地面を掴み眼前に迫る男達に向け土を投げつけた。

「うぇ。ぺっぺっ。てめえ」

 土は中央の男の顔にかかり、一歩後ろに下がった。ただそれだけだった。
 反抗された事に激高した男が腕を振りかぶる。その腕には剣が握られていた。
 振り下ろされればそこで終わり。姉は、せめて妹だけでもと抱きしめた。強く強く目を瞑り、それ以上に強く妹を抱きしめる。
 だが痛みは襲っては来なかった。代わりに、生暖かい何かが自分達に降り注いでいるのを感じた。。
 姉はゆっくりと閉じられていた瞳を開いていく。
 その瞳には、背後から延びる白金の棒と、頭頂部の代わりに赤い液体を噴出する、人だった物があった。自分に降りかかっていた物が、目の前でまき散らされている物なのだと、姉はやっと理解した。
 そして、恐る恐る背後を振り返ってみる。そこには闇があった。木々達が創る闇よりもなお暗い漆黒が。
 そこから白金の棒が突き出ていた。いや、ゆっくりだが前へと進んでいた。ゆっくりゆっくりと、白金の棒は前へと進む。その後には黄金に輝くガントレットが現れ、同じく黄金のグリーブが、そして最後には人の姿が現れた。
 黄金色に輝く髪をなびかせながら、赤いドレスを纏った人物が。
 その人物は、一歩一歩確認する様に姉妹の横を通り過ぎると、残った二人の男と向き合い、棒を横に薙いだ。ブンッ!と言う空気の切れる音と共に、狂気を含んだ瞳をしていた男の上半身がかき消える。
 一瞬の出来事だった。姉は何が起きたのか解らず、赤いドレスだけが眼に映る。
 その時、少し離れた場所からドスンと言う衝撃音とベチャリと言う破裂音が聞こえてきた。
 ここで姉は初めて理解する。男の上半身は消えたのでは無かった。切断され、弾き飛ばされたのだと。
 圧倒的な力、理不尽などの言葉が陳腐に感じるほどの力の差。これを言葉にするとすれば、運命かもしれない。今、目の前にいる人物と出会わない運命は幸せ、出合ってしまったのは不幸。その者は只そこにあり、それだけである様に。
 姉の身体を、先ほど感じた死への恐怖以上の感覚が支配する。
 歯はかみ合わず、いつの間にか、自分の下半身を生暖かい液体が濡らしているのに気づく。
 最後に残った男は、転びそうになりながら数歩後ろに下がると、踵を返し全速力でこの場からの脱出を図っていた。見る見る内に男の身体が小さくなって行く。赤いドレスを着た者は、持っていた棒を地面に突き刺すとパチンと指を鳴らす。
 姉はその時初めて気が付いた。棒はただの棒では無く、先端に青い旗が揺らめいていた。それはフラッグポールと呼ばれる物だった。
 赤いドレスを着た者の上空がグニャリと歪み、ストンと地面に突き刺さる様に同じフラッグポールが出現した。先ほどの物と全く同じ、いや僅かな違いしか無い物だった。僅かな相違点、それは旗の色が赤だった事。
 赤いドレスを着た者は、赤い旗の付いたフラッグポールを掴み取ると、まるでペンを回す様に指先で遊びそれを投擲した。投擲と言う仰々しい言葉を使ってはいるが、実際には片手で軽く投げた様にしか見えなかった。しかし、指から離れたフラッグポールはバチバチと小さな音を立て、うっすらと光の帯を纏いながら、信じられないスピードで男に迫って行く。そして、フラッグポールはまるで抵抗など無い様に、男を貫通し爆発を起こした。ボンッ!と言う破裂音と周囲を照らす明かり、そして僅かな地響きを残して男の姿は地上から消えた。
 姉妹はただボーゼンとそれを受け入れる事しか出来なかった。そこには恐怖も絶望も無く、ただ赤いドレスを見つめていた。そしてその時

「大丈夫ですか?」

 背後から低く優しい声が聞こえた。



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蹂躙

「大丈夫ですか?」

 姉は声の主を見る。そこには、田舎の村には似つかわしくない、執事服を着こんだ老人がいた。髪は白く、蓄えた口髭も同様に真白だ。猛禽類を思わせるその瞳は、彫りの深い顔立ちに刻まれる皺によって緩和され温厚に見える。
 執事服の老人は姉の肩に手をやると、先ほどの言葉をもう一度二人に掛けた

「大丈夫ですか?」

 その問いかけに、姉は我に帰った様に慌てて返事を返す。

「は、はい。ありがとうございます。あの、お名前は? あ! 失礼しました。私はエンリ、エンリ・エモットです。この子は妹のネム」

 そう言ってエンリは頭を下げる。恐怖の残滓で固まっていたネムも、姉に習ってちょこんと頭を下げた。執事服の老人は、その行動を微笑ましく見つめながら、優しい笑みを浮かべると

「私はセバス・チャン。セバスと呼んで下さい」

「は、はい。セバス様」

 弱々しいながらも、ハッキリと返事を返したエンリは、視線を赤いドレスの者へ向ける。無言だが瞳は有言に「あの方は?」と尋ねていた。それに気付いたセバスは、同様に赤いドレスの者へと視線を向ける。
 その者はセバス達に背を向け、硬い表情で、自らが殺害した者達の骸を見ていた。
 赤いドレスの者、ビクトーリアは思考の中にいた。自分とモモンガは、想像以上にやっかいな現状に立たされているのでは無いか、と目の前の物が語っていたからだった。
 最初ビクトーリアは、この件を装備などから見て中級プレイヤーによる下級、新前プレイヤーに対しての集団PKでは無いかと推理した。
 しかし実際は違っていた。自分の倒した者の骸が、一向に消える気配が無いのだ。
 それに、YGGDRASIL内では、キャラクターの四肢の切断などのグラフィックは用意されてはいない。R-18、つまりは性的表現ばかりでなく、過度な残虐的な表現も規制されていたからだ。キャラクターでは血しぶき程度で、体の一部欠損などは、ほんの一部の大型モンスターに限られていた。しかし、目の前の物体は何時まで経っても消える事は無く、血の匂いを漂わせている。
 今までビクトーリアは、ゲームが現実になったのでは?と考えていたのだが、それは呑気すぎた。現状はもっと深刻で、もっと思慮深く行動をしないと破滅ルートへ一直線と言う結果が待っているだろう。
 しかし止まっても居られない。ビクトーリアは現状を打開し、なおかつ、この状況での戦士と思われる者達の強さを確認するべきと判断した。
 そう決めたのなら一刻も早く行動を開始するべきだ、との考えに至ったビクトーリアは振り返る。

「セバス。その者達の保護、及び警護は任せる。妾は村へと赴く。後は頼むぞ」

 そう言うと、返事も聞かずにビクトーリアは前へと歩を進めた。セバスは去って行くビクトーリアの背を、その猛禽類の様な瞳で見つめながらはっきりと「は!」と了承の返事を返す。その姿に自身の創造主の姿を重ねながら。
 エンリとネムは言葉が出なかった。振り返った赤いドレスの者は美しかった。自分の知る、どんな美辞麗句を重ねても表現できない美しさがあった。
 暫く呆けていたエンリだがやっとと言う感じでセバスに問いかける。

「あの方は?」

 この問いにセバスは表情を引き締め

「あの御方はビクトーリア様。ビクトーリア・F・ホーエンハイム様。」

 彼女の名前を聞き、エンリは、いやネムも目を見開く。
 そして呟く様に

「………………煉獄の王」

 この呟きに、今度はセバスが驚愕した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 やっとの事で新入社員面接、もとい、好感度調査を終えたモモンガは、ビクトーリアが居る執務室を訪れていた。愚痴を聞いて貰おうとモモンガはドアを開けたが、そこには誰一人居なかった。
 疑問に思いビクトーリアへとメッセージを飛ばしてみる。しかし返事は無かった。
 急ぎアルベド、ユリ、そしてメイド長のペストーニャ・ワンコにメッセージを飛ばし、ビクトーリアの捜索の指示を出す。時間にして約十分、返事が返って来た。結果は発見出来ず。
 この事にモモンガは慌てた。執務室をウロウロと徘徊しある事を思い出す。この部屋にはもう一人執事が、セバスが居た事を。
 慌てながらメッセージを飛ばそうとしたモモンガの眼に、机の上に置きっぱなしになっていた遠隔視の鏡が映る。
 そこに映し出されていた物は、戦士らしき者達を蹂躙するビクトーリアの姿だった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 優雅に、だが足早にビクトーリアは村へと急ぐ。
 木々が薄れ、地面がはっきり解る様になると家屋が見えて来た。それと同時に、鎧を着込んだ者達と地に伏せる者達も見える。
 鎧を着込んだ者達は楽しげに、しかし狂気を含んだ声を挙げ、地に伏せる者達はすでに者では無くなっていた。
 近づけば近づくほど、その場の異常性が顕になって行く ある者は骸に剣を差し続け、ある者は血まみれの女を犯し続けていた。周りの者もそれを咎める事もせず、逆にあおる様に騒ぎ立てる。
 ビクトーリアはゆっくりと、しかし注目を集める様にその者達に近づきフラッグポールを振るう。一振りで一人、もしくは二人の胴を、首を跳ね、血しぶきが舞い散る中それがレッドカーペットであるとでも言う様にビクトーリアは進む。
 ビクトーリアの前には生者と混乱が広がり、後には死と静寂が付き従う。
 まるで、スキップを踏むかの様に相手に近づき、ダンスを踊るかの様に命を奪う。一言も言葉を発する事も無く、その顔には何の表情も浮かんではいない。それが当たり前であるかの様にフラッグポールを振るい、命を刈り取っていった。
 そんな舞踊を踊り続ける中、ビクトーリアの意識は後方へと向けられる。ズシンズシンと地を鳴らしながら何者かが近付いて来たのだ。
 ビクトーリアは、本能的にそれが人では無い何かだと確信した。
 そして、それが姿を現す。白骨化した巨大な身体に鎧を着込みうねった剣、フランベルジュとタワーシールドを装備した者。
 アンデッド、死の騎士(デス・ナイト)。

「デス・ナイト?」

 ビクトーリアは、そう呟くと動きを止め指を弾く。先ほどと同じように上空が歪み、一本のフラッグポールが出現した。しかし、先ほどとは違い旗の色は現在使っている物と同じ青だった。だが、旗の刺繍は現在使っている物よりも少しだけ豪華に見える。
 ビクトーリアは、それを掴むとデス・ナイトへ向け走り出す。
 フラッグポールからは、バチバチと言う音と湧きあがる様な光の線が見てとれた。恐らくは何らかの魔法属性の武器であると思われる。
 ビクトーリアの顔にうっすらと微笑みが浮かぶ、まるで戦いを楽しんでいる様に。
 デス・ナイトの直前で、土煙りを上げながら停止するとフラッグポールを横に薙ぐ。
 その瞬間

「待ったー!」

 上空から声が響いた。

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絶望

「待ったー!」

 その声に反応しフラッグポールをあと数センチと言う所で止めたビクトーリアは空を仰ぎ見た。
 そこには漆黒のアカデミックガウンを纏い焦った様に右手を付き出す死の支配者の姿があった。

「あれ、モモンガさん?」

 モモンガは地面に降りるとゆっくりとビクトーリアに近づくと

「何やってんだアンタは!部屋に居ないと思ったらこんな所で好き勝手暴れて心配する方の事を少しは考えて……」

 怒りの感情を顕にしていたモモンガが急に押し黙る。

「どうしました?」

「いえ、精神が沈静化された様で」

この言葉にビクトーリアは首を捻りながら

「どう言う事です?」

「アンデッドの基本特殊にある精神作用無効化の影響で感情が一定以上になると強制的に沈静化されるらしいんですよ」

「それって心が種族に引っ張られているって事ですか?」

「恐らくは。実際そこに転がっている肉塊を見ても何も感じませんし。ビッチさんもそうじゃないですか?」

 モモンガは言葉にはしないが「これだけ殺しても何も感じ無いでしょ」と告げていた。

「それにビッチさんが此処を助けようとした根っこも、此処が農村のせいかも知れませんし」

 その言葉にビクトーリアは成程と頷くと、表情を引き締め先ほど起きた事柄を語り出す。

「モモンガさん、悪い情報があります。どうやら此処はゲームが現実になった世界では無く、別の世界の可能性が……」

 モモンガは顎に手をやると一瞬の沈黙の後

「やはりそうですか。あれを見た時からそうでは無いかと」

 そう言ってビクトーリアの殺害現場を指差す。
 モモンガもビクトーリアと同じ物に違和感を覚え同じ結論へと辿りついた様だ。

「ええ。ナザリックの防衛に関しても一度考えた方が良いかと」

「そうですね」

 そこまで言うとビクトーリアは申し訳なさそうな表情をし

「モモンガさん、勝手な行動と我がままを言っているのは百も承知でお願いします。この村を助けるのを見逃してもらえませんか」

 そいって頭を下げる。
 モモンガはため息をひとつ吐くと

「誰かが困っていたら、助けるのは当たり前」

「は?」

「セバスが俺に言った言葉ですよ」

「セバスが?」

「ええ。たっちさんの子供であるお前がその言葉を忘れたかって叱られたと言っていましたよ。それがとても嬉しかったとも」

「はあ」

 セバスの抑揚のない物言いについカッとなって言ってしまった。
 その時の事を思い出しビクトーリアの顔は赤く染まる。

「まあ良いでしょう。情報の蒐集も大事な事ですから。ナザリックの事はデミウルゴスにメッセージを飛ばしておきます。でも後でちゃんと罰を受けて下さい」

「デミウルゴス? アルベドでは無くてですか?」

「アルベドの方が良いですか?」

 声色からでしか判断出来ないが、モモンガは楽しそうにそう言う。
 表情が有ったならニヤニヤと笑いながら言っているのだろう。
 大変な事になってもいいですか?と。

「ありがとう」

 ビクトーリアは二重の意味でモモンガに対してお礼の言葉を口にする。
 二人はそこで会話を終了しビクトーリアは再び駆け出し、モモンガはデス・ナイトに指示を飛ばした。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 村の中央広場では村を襲った部隊の中心人物達が慌てふためき混乱の中にいた。
 その理由は遠くから聞こえて来る声とも咆哮とも取れる音のせいだった。
 その声はデス・ナイトの挙げる声だったのだが彼らはそれを知らないのだから。
 もっとも知っていた方が幸せだっただろうが。
 なぜならこれから起きる恐怖が支配する演目に参加せずにいられたのだから。
 部隊長であるベリュースは部下であるロンデスに指示と言う名の罵倒を浴びせ続けており、それに耐えながらロンデスは偵察を言いつけた同僚のエリオンの帰りを今か今かと待っていた。
 しかし何時まで待ってもエリオンは帰ってこず、痺れを切らしたベリュースからの言いつけによりロンデスが偵察に出ようと駆け出した時それは起こった。
 嫌な事から逃げ出す様にロンデスが駆け出した瞬間、何かが自分めがけて突進して来たのだ。
 もみ合う様に一緒に転がり、起き上がりながらそれを確認する。
 ロンデスは驚愕し声を出す事を忘れた。
 それは何故か?
 それは自分の同僚であるエリオンの上半身だったからだった。
 まだピクピクと動くそれを見つめ、ロンデスの身体は混乱と恐怖に支配されて行った。
 まずは胴体を一刀の下に切断、または引きちぎるほどの者がおり、なおかつそれを凄まじいスピードで投げる事が出来る者であると言う事。
 そんな事を出来る者がいるのか?と聞かれればロンデスはYESと答える事は出来る。
 しかしそれは英雄譚に名を連ねる者達や神人と呼ばれるその英雄に先祖返りをおこしたイレギュラー中のイレギュラー達だった。
 自分の内から湧きあがる恐怖と必死に戦いながらやっとの事で起き上がったロンデスの眼に人影が映る。
 それは長い棒を持った赤いドレスを纏った女性の姿だった。
 闇の中からゆっくりとこちらへと歩いて来る。
 うっすらと見えるその姿は神の信徒であるロンデスには天使に見えた。
 しかしそうは見えない者達がいるのは当たり前の事で、いきなり出現した怪しげな女に剣を向けた。
 殺意と剣を向けた瞬間女の姿はかき消え再び目に映った時には既に眼前で、手に持った棒を横に薙いでいた。
 まさに一瞬の出来事とはこの事を言うのだろう。
 ロンデスの眼に女が映った瞬間自分の横を何かが通り過ぎて行った。
 それが今、剣を抜いた者の頭部だったと気付いた時、ロンデスの意識は飛びそうになった。
 何とか意識を繋ぎとめたロンデスは気が付いた。
 気付いてしまったと言った方が正しいのかも知れない。
 先ほど自分の同僚を屠った者、英雄や神人にしか出来ないと思っていた芸当が出来る者が今、目の前に敵としてある事に。
 そしてロンデスは新たな絶望も発見してしまった。
 そしてロンデスは生まれて初めて神を呪った。
 目の前の絶大なる絶望の後ろにもう一つ絶望の姿がある事に。
 赤いドレスを纏った絶望の後ろには巨大な白骨化した戦士が従者の様に従っていたのだった。

「デ、デス・ナイト!」

 ロンデスは思わずそう叫んだ。
 伝説の中で語られるアンデッドの騎士。
 人に話せば鼻で笑われる程のあり得ない存在。
 しかし目の前にいるモンスターの名を聞かれればそう答えざるを得なかった。



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決着

 二つの絶望を前にして出来る事など何も無かった。
 ロンデスの膝はガクガクと笑い出す。
 少しでも気を抜けば失禁しそうな恐怖が精神を削って行く。
 その恐怖が、絶望が、一歩一歩ゆっくりと自分に迫って来た。
 体中に冷や汗が溢れ、喉はからからに乾き、頭痛と耳鳴りが襲って来る。
 気が付けば目の前には赤いドレスの裾が優雅に揺れていた。
 ロンデスの視線は本人の意思とは裏腹にそのドレスを上へ上へと登って行く。
 見たくは無かった、知りたくは無かった、信じたくは無かった、そして目を瞑る事もしたく無かった。
 見た事、知った事、信じた事で絶望の未来は真実に変わり、目を瞑った事で終わりを受け入れてしまう。

「助けて、助けて、助けて……」

 ロンデスの口からはその言葉が無意識のうちに溢れだしていた。
 助けを求める声が天に届いたのだろうか、赤いドレスの女は何もせずに、まるでロンデスの事が見えていないかの様に横を通り過ぎて行った。
 ロンデスは全ての神経を聴覚に集中する。
 ゆっくりと遠ざかって行く絶望の足音を聞き逃さない様に。
 どんどんと足音は小さくなって行く。
 ロンデスは安堵した。
 周りに目をやれば、自分と同じような仲間達が数人いた。
 その者達と目が合うと自然と笑みが漏れる。
 助かったと。
 だが、絶望の波は簡単には引いてはくれなかった。
 ビクトーリアはゆっくりと振り向くと指をパチンと鳴らす。
 それが合図となって今まで停止していたデス・ナイトが動きだした。
 ドスンドスンと地面を揺らしながらロンデス達との距離を詰め、タワーシールドを振るう。
 その強大な力はロンデス達を、いや人と言う種をまるで群がる羽虫の様に跳ねのけた。
 ビクトーリアはそれを何の感情も浮かべず、至極興味がなさそうに見つめると指をこめかみへと持って行った。

『モモンガさん聞こえますか?』

『ええ。どうしましたビッチさん』

 ビクトーリアは上空で待機しているモモンガにメッセージを飛ばす。

『これはダメです』

『何がです?』

『弱すぎです。モモンガさんの言い付け通り無力化して捕らえようと思っても一撃で死んじゃいます』

『うーん。それでも何人かは生かして捕えてほしいんですよ。ちなみに任せますって言ったらどうします?』

『低位階魔法一発ぶち込んで……ですかねぇ』

『千尋の谷ですか?』

 モモンガは呆れ気味に言う。

『そう言う訳でも無いんですが……。魔法の実験もしたいかなーと』

『成程。そう言う事なら許可します』

『感謝します。それとモモンガさん、下に降りて来る時は変装して下さいね』

 そう言ってメッセージを終了し視線を前方へ向ける。
 そこには部隊長であるベリュースを守る様に数人の兵士が束になっていた。
 ビクトーリアはゆっくりと波打つ様に右手を上げると力ある言葉を紡ぐ。

「ライトニング」

 ライトニング(電撃)、第三位階に属する魔法である。
 右手から放たれた稲光は一直線に相手へと走って行く。
 稲光は中心付近に居た兵士一人を貫きブスブスと煙を立たせ絶命させた。
 此処までの結果はYGGDRASILの時と変わらない。
 しかし事はこれでは終わらなかった。
 周囲に居た兵士達も同時にバタバタと倒れ痙攣し出したのだ。
 この結果に満足したビクトーリアは僅かに口角を上げた。
 此処が現実だと確信した時ビクトーリアにはある疑問が生まれた。
 YGGDRASIL、つまりはゲーム内での魔法と言う物は範囲であったり火球や光の筋に当たり判定が存在していた。
 まあそれはこの世界でもそうなのだが、ファイアーボールなどが自分の横を通り過ぎていっても当たっていなければ何のダメージを食らう事は無い。
 しかしそれがリアルで起きた場合はどうなのだろうか?と言うのがビクトーリアの疑問だ。
 自分のすぐ傍を何千度と言う火球が通り過ぎて無事でいられるのだろうか?
 熱を発する暖房器具ですら手を近づけすぎれば直接触らなくても火傷をする。
 ならば火球や氷の矢などが近くを通る、または近くに着弾した場合はどうなのだろうか。
 結果はビクトーリアの想像通りの結果となって現れた。
 着弾したライトニングの魔法は被弾した人物の周りにも電撃をまき散らせていたのだ。
 それほど大きな範囲では無いだろうが確かに周りにも影響を及ぼしている。
 自分の考えが正しかった事に喜ぶビクトーリアは小さくガッツポーズを作る。
 だが、握った指先に違和感を覚えマジマジと指先に視線を向けた。
 指先は黒く汚れていた。
 ビクトーリアは最初、魔法での怪我か?火傷か?と疑ったが指を擦りつけてみると黒い汚れは消えていった。
 さらさらと砂の様に。
 指に付着した物が何なのかを理解したビクトーリアは先ほどよりもさらに口角を上げ喜びを露にした。
 その時ビクトーリアの耳に短い間隔の足音が聞こえた。
 音の聞こえる方角へ視線を向ける。
 そこにはガシャガシャとみっともなく鎧を鳴らしながら逃げて行く人影が見えた。
 人影との距離はまあまあ有る。
 直線状に人影は居る。
 ならばやる事は一つ。
 理解した事を試して見よう。
 ビクトーリアは直立のまま力ある言葉を紡ぐ

「ライトニング」

 その直後に腕を下から上へと勢いよく振るった。
 バチバチと言う破裂音が響き稲光が地面を這う様に人影を追う。
 しかしそれだけでは無かった。
 稲光を追う様に黒いカーテンが波打ちながら走る。
 そしてその黒いカーテンは人影の右腕を切断した。
 勢いのまま右腕は舞い、残された側からは紅い物が勢いよく噴き出した。
 この結果にビクトーリアは満面の笑みを浮かべ人影へと歩を進める。
 いつもと同じように優雅にゆっくりと人影に近づいて行く。
 途中で人影が落とした物を拾いそこへと到着した。
 そこでは左手で右手があったであろう場所を抑え転げ回る鎧を着込んだ男がいた。
 ビクトーリアは男の腹を蹴りあげると胸を踏みつける。

「ギャーギャーと五月蠅いのう、少しは黙らぬか」

 踏みつけられ息が詰まったのか、それとも痛みで頭が可笑しくなったのか、男は騒ぐのを止めた。
 しかし今度は「腕が、腕が……」と呟き続ける。
 ビクトーリアはため息を一つ吐くと、極上の笑みを浮かべ

「ほーら、妾が拾ってきてやったぞ」

 そう言って拾った右腕を投げ捨てる。
 まるで魚に餌を与える様に。

「キサマ、名は?」

 ビクトーリアは質問するが、男は答えない。
 いや、男は自分から離れて行った右腕をじっと見つめ答える事が出来なかった。
 だが、ビクトーリアにとってそんな事はどうでもいい事だった。
 大事なのは自分の質問に答えなかったと言う事。

「何じゃ、そんなに生き別れになったソレが不憫か? なら友を作ってやろう。友は良きものだからな」

 そう言うと至極楽しそうに左腕を胸元辺りまで上げると三度力ある言葉を紡ぐ

「ライトニング」

 掌から地面へ向け稲光が走る。
 それと同時に地面から黒いカーテンが登って来た。
 その黒いカーテンは男の左腕を切断した。
 それはギロチンの様だった。
 下から上へと登る逆ギロチンと言った物だった。
 男は口をパクパクさせるだけでもはや言葉が出なかった。
 そんな状態の男に興味の失せたビクトーリアは

「もう良い」

 そう言って男の喉めがけてフラッグポールを突立てた。
 それが部隊長ベリュースと言う男の最後だった。



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疑念

 ベリュースの喉にフラッグポールを突立てたまま一息ついていたビクトーリアの背後から、弱々しい声が聞こえた。
 ゆっくりと振り返ると、血と土で汚れた服を着た老人が近寄って来ていた。

「あ、あの、あなた様は?」

 そう言う老人の遙か後にはベリュース達によって集められたこの村の住人とおぼしき人達が見える。
 ビクトーリアはこの老人が村の顔役なのだろうと推測した。

「妾か? 妾は単なる通りすがりの者」

 ビクトーリアの答えはそっけない物だった。
 その時、ビクトーリアの形の良いお尻に何かがドスンとぶつかる。
 首を傾げながらその方向へと視線を向けると、森で見かけた姉妹の妹が張り付いていた。
 小さな手で必死にビクトーリアのスカートを掴み、しがみ付いている。
 村長は顔面蒼白で妹を引き離そうとするが、妹は何かを呟きながら離れようとはしなかった。
 ビクトーリアは手で村長の行動を制止すると妹の頭へと手を伸ばす。
 柔らかな髪の感触を楽しむ様に優しく頭をなでながら妹に声をかけてみる。

「幼子よ、もう脅えんでも良い。」

 そう言われても妹は首を横に振り離れようとはしない。
 はて困ったとビクトーリアが思案していると、姉を伴いセバスが近寄って来た。
 そして妹を見つけたとたん脱兎の如く走り出し、村長同様に顔を青くして姉は妹を離そうとする。
 ビクトーリアは先ほどと同様、姉を制止すると妹の脇に手を差し込み抱き上げた。
 妹と視線が合わさる位置まで持ち上げると

「幼子よ、名は?」

「ネ、ネム」

 妹、ネムは小さな声で答える。
 それを聞き、ビクトーリアはニッコリと優雅に微笑むと

「ネムか。……良き名じゃ」

 そう言うとネムをしっかりと抱きしめた。
 自分の心臓の鼓動を聞かせる様に。
 そうしながら視線を村長に向け

「そなたらはアレの捕縛と死者の埋葬。それから……このゴミの始末を」

 指を指しながら指示を出す。
 アレとは失神しているロンデス達を指し、死者とは村人達、そしてゴミはそこらかしこに転がっているベリュース達を指していた。
 しかし村長は頷くものの行動を開始しようとはしなかった。
 これに疑問を抱いたビクトーリアは周りを見渡す。
 そしてそれが視界に映る。
 ポツンと寂しげに立っているデス・ナイトが。
 ビクトーリアは声には出さなかったが「ああ」と呟き、空に向って手招きをした。
 村長も姉も不思議そうに上空を見上げるが、そこにある物を見つけるや表情が一変する。
 そこには夜空よりも暗い、漆黒のカーテンが揺らめいていた。
 いや、目を凝らせばそれが人だと言う事が解って来る。
 漆黒のアカデミックガウンを纏った何者かが空中に浮遊していた。
 村長も姉、エンリも魔法と言う物は知っていた。
 だが、空を飛ぶ魔法を使う者など長年生きて来た村長ですら出会った事が無かった。
 まだ年若いエンリなどもっての他だ。
 ポカンとただ空を見つめる事しか二人は、いや、この場に居る者達は出来なかった。
 じっとその人物を見つめていると、それが少しずつ大きくなって来るのが解った。
 僅かな時間の後。それは自分達の前へと降り立つ。

「初めまして。私はアインズ・ウール・ゴウン。旅の魔法詠唱者(マジック・キャスター)です」

 礼儀正しくモモンガ、いや、アインズは語りかけるが、返事は帰っては来なかった。

「あれ?」

 アインズは首を傾げながらビクトーリアに視線を向けた。
 二人の視線が交差した瞬間………………ビクトーリアは顔を背ける。
 結果、アインズと視線を交わしているのは、何か不思議な動物を見る様な目をしたネムだった。
 そしてビクトーリアの身体は小刻みに揺れている。
 まるで笑いを堪えるかの様に。
 アインズは不思議に思っているのだが、実際には当たり前の対応だった。
 正体不明な大男が両手に厳ついガントレットを嵌め、泣いている様な、怒っている様な何とも表現しずらい仮面をつけて、なおかつそんな男が丁寧に挨拶をして来るのである。
 それも自分達が命の危機にあった直後に。
 目の前で多くの命がたった一人に蹂躙される現場を見せられた後に。
 返事を返せと言う方が酷である。
 だが、この中で空気を読まずに発言が出来る者が一人だけいる。
 その人物が、やっとの事で口を開く。

「そ、その仮面が怪しすぎるからですよ。嫉妬マスクさん」

 ビクトーリアが笑いを堪えながらもアドバイスを送る。
 嫉妬マスク、正式名称は嫉妬する者たちのマスク。
 十二月二十四日、クリスマスイブの十九時から二十二時までの間に二時間以上ログインしていると強制的に手に入ってしまうアイテムであり、本当の意味での呪いのアイテム。
 いや、呪い、怨み、妬みと言った負の感情が込められたアイテムである。
 見た目からして怪しげな人物が、怪しげな仮面を着けての登場ならば、反応はこんな物だとビクトーリアは言う。

「変装して来いって言った……」

 文句の一つでも返してやろうとアインズは口を開いたが、ビクトーリアの姿を見たとたん言葉を失った。

「どうかしましたか?」

「ビ、ビッチさん。………………いつの間に子供を産んだんです?」

 言葉を言い終わった瞬間、アインズの視界が揺れた。
 ビクトーリアの右ストレートがアインズの顔面、いや嫉妬マスクの顔面を捉えたのだ。
 しかしそこは呪いのアイテム、頑丈さならピカイチの物だった。
 近接戦闘向きの職業を多く取っているビクトーリアに殴られても持ちこたえたのだから。
 壊す事も捨てる事も出来ないとは、呪詛が詰まったアイテムとは良く言った物である。

「失礼な。失敬です。これは私の子では無いです。セバスも何か言ってあげなさい。」

 無茶振りと言ってもいい程の振りでセバスに助けを求める。
 しかしセバスもセバスで、エンリと手を繋ぎながら空いた手で鬚を撫でながら

「微笑ましい光景で御座います、ビクトーリア様」

 そう言って腰を折る。
 ビクトーリアはため息を一つ吐くと村長と向き合い

「こちらの者達は私の連れだ。心配の必要は何も無い」

 そう言って村長の疑心暗鬼を解こうと試みるが、完全には不可能だった。

「皆様は何故に我らの村をお助け下さったのじゃろうか?」

 村長のこの言葉でアインズもビクトーリアも成程と頷きあう。
 この人達は信じられないのだろうと。
 何の見返りも無く、鎧を着込み、剣を持った者達から誰かを救おうと思う者などいるのか?と。
 それも旅人が、である。
 それならば、とアインズは口を開く。
 納得出来ないのであれば、納得良く理由を付けてやればいいのだと。
 アインズはコホンと咳払いを一つすると

「なに、我々とて無償で……」

 そこまで言った時、ビクトーリアが一歩前に出た。
 そして

「幼子が襲われていたのだ。助けるのが当たり前であろう。そなた達は只のおまけよ、気のする程でもあるまい」

 そう言ってネムに向けビクトーリアは微笑むのだった。



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回想

 事後処理は淡々と進みアインズは村長宅で情報の確認を行っていた。
 そしてビクトーリアはその場には居ない。
 最初はビクトーリアもこの場に参加するつもりでいたのだが、ネムが離れてはくれず、姉のエンリを伴って葬儀の場へ出席していた。
 アインズの情報収集もつつがなく終え、村長に礼を言い外に出る。
 そこにはセバスが直立不動で待機していた。
 そして隣には、体育座りで待機するデス・ナイトの姿が。

「お疲れ様で御座います。モモンガ様」

 セバスから労わりの言葉が発せられる。

「アインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼べ」

「は」

 セバスは簡潔に返事を返すが、「しかし」と言葉を続ける。

「しかしアインズ様、何故お名前を変えられたので御座いますか?」

 セバスの疑問は当然の事だった。
 それを理解しているアインズは一つ一つ順を追って説明する。

「まずは、此処が我々の居た世界では無いと言う事だ」

 この言葉にセバスは沈黙のまま頷きで返す。

「これは私達が異世界へと転移した事を示している。そして今の村長の話でそれは真実だと確認出来た」

「成程。しかし、それとお名前を変えられる事の繋がりが、わたくしには……」

 言い淀むセバスに、アインズは慌てるなと言う様に右手を上げると、話を先に進める。

「この転移が我々ナザリックだけの物なのか、それとも他に転移してきている者達が居るのか解らない状況で、我らの情報を完全に隠ぺいするのは愚策と判断した」

 セバスはアインズの話す言葉を一言も聞きもらすまいと耳を澄ませている。

「もし転移してきている者達が居た場合、我々は何者かも解らない存在に対して防衛手段を構築しなければならない。しかし、それが何者か解っていれば最善の策が取れる。だからこそ私はアインズ・ウール・ゴウンを名乗ったのだ」

「成程。お話は解りますが、お名前を変える事とどう繋がるのでしょうか?」

「うむ。まずはモモンガと言う一プレイヤーの名よりも、ギルドとしてのアインズ・ウール・ゴウンの名の方が情報としては解りやすいと言う事。そして二つ目は個人の名前を出してしまうと、我らが何名居るのかを相手に教える事になるからだ」

 セバスは目を瞑ると

「流石はアインズ様。深いお考え、私共には到底至る事は出来ませぬ」

 この最上級の世辞にアインズの機嫌はこれでもかと高まって行く。
 上機嫌のアインズを前にして、セバスは疑問に思っていた事を聞いてみる事にした。

「アインズ様。不敬だとは思いますが質問をよろしいでしょうか」

「許す」

「ビクトーリア様は、何故これほどまでにこの村に固執するのでしょうか?」

 この問いにアインズは押し黙る。
 その事を自分の口から話しても良いのだろうかと言う疑問からだ。
 だが、話す事でビクトーリアを囲い込んでいる敵意を少しでも薄める事が出来るかも知れない。
 可能性はほんの僅かな、分の悪い賭けだったが、アインズはあえて手を打ってみる事にした。

「それはビッチさんの種族から来る物と思われる」

「種族?」

「うむ。ビッチさんの種族は、荒ぶる神として知られている物だが、もう一面では農耕の神でもあるのだ」

 アインズは敢えて種族名をぼかして語る。
 それは、もしビクトーリアが何か窮地に陥った時に切り札となる物だったからだ。
 セバスもそこの所を追及する事無く、納得の意を示している。
 そして二つ目の疑問を口にする。

「しかし、何故私はビクトーリア様の中に、我が創造主であるたっち・みー様の面影をあれほど感じるのでしょうか?」

 アインズは一度頷くと、星が煌く空を見上げ

「それは恐らく時間なのだろう。思い出と言っても良いかもしれん」

「時間、思い出で御座いましょうか?」

「我ら四十一人の中で、ビッチさんと最も長い時間を共有していたのは、たっちさんだからな」

 懐かしむ様に話すアインズの口調は優しげな物だった。

「我らアインズ・ウール・ゴウンの歴史は、あの二人が出会った事で始まっているのだ」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ビクトーリアとたっち・みー、二人の出会いはYGGDRASILと言うゲームの黎明期まで遡る。
 二人とも強さを求めるプレイヤーであり、ソロで活動するプレイヤーだった。
 ある時は経験値の為にモンスターを狩り、ある時は技術向上の為、プレイヤー同士での戦闘を行っていた。
 そして、そんな二人が出会うのは必然だった。
 何度も何度も戦いながら、二人は技術を、力を付けていった。
 そして、たっち・みーはワールドチャンピオンへと駆け上がっていった。
 一方のビクトーリアは力の証明と言わんばかりに、数々の難関クエストへの挑戦を繰り返していた。
 そんな時にYGGDRASIL内で流行し出したのが、人間種プレイヤーによる異形種プレイヤー狩りだった。
 そして二人は異形種プレイヤー達の救済を開始する。
 なんの見返りを求めない二人の周りには一人、また一人と仲間が集まって行った。
 そしてそれがアインズ・ウール・ゴウンと呼ばれるギルドへと発展して行く事になる。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「何故ビクトーリア様はアインズ・ウール・ゴウンに入る事は無かったのでしょうか?」

 セバスがポツリと呟いた。
 それは質問などでは無く、ただ、ただ疑問を口に出しただけの様に見てとれた。
 アインズも答える訳では無く、ただ呟く様に

「あの人は、あの神は自由を愛する神だからな。もしかしたら、アインズ・ウール・ゴウンもあの神から見て、子供達の秘密基地遊びの様な微笑ましい物だったのかも知れない」

 だからこそ見守り続けてくれたのかもとアインズは語る。
 物想いにふけっていたアインズとセバスの下に、何者かが足早に近寄って来た。
 今までの優しさを纏った様な雰囲気を、セバスは一瞬にして警戒を強めた物へと変化させた。
 守る様にアインズの前に出ると、セバスはその声を挙げる。

「止まりなさい! 何事ですかな?」

 問われたのは村の若者であった。
 その者は息を切らせながら悪報を口にする。

「む、村の近くに、先ほどの者達と同じ様な鎧を着た者達が迫って来ています」

 その報を聞いたアインズとセバスは視線を合わせると村の入口方向へと歩を進めた。



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考察

 村の入口に向け歩みを進めるアインズとセバスに、報告を受け急いで駆けて来た村長が合流していた。
 村長は不安を隠そうともせず、アインズに話しかける。

「アインズ殿、一体何者なのでしょうか?」

 この問いかけに対してアインズは首を横に振るのみで何も答えなかった。
 今、アインズの頭の中を支配しているのは、今後のナザリックでの対応策の事だったからだ。
 先ほどの村長との会話の中で、この村の近隣には三つの大きな国家が存在するのが解った。
 この村、カルネ村から見て北にはリ・エスティーゼ王国、バハルス帝国が存在し、南にはスレイン法国が位置する。
 ナザリックが今、どこの位置にあるのかは不明だが、もしこの村の近くに転移していたとすると、ナザリックは三つの大国に包囲された形となってしまう。
 相手の情勢、戦力がまだ不明な今の状態では、取りあえず敵対は避けたいと言うのがアインズの本音だった。
 鎧を着た者達とは王国か、帝国か、法国か、どんな対応が望ましいのだろうかと、頭の中でシィミュレートしていたアインズの視線の先に件の者達の姿が映る。
 先発隊なのだろうか、人数は五名程で馬に跨り、それぞれバラバラな装備を纏っていた。
 まるで取り急ぎ装備を整えて出発して来た様に見える。
 アインズは僅かに進む速さを緩和させると、時間を掛けながら男達を観察した。
 一人、また一人と視線に収める中で、一人の男が眼に留る。
 短く刈り込まれた頭髪に、顎髭を生やした男。
 目の前の男達の中で、その男だけが一歩抜きん出ている様に見えた。
 アインズはこの男が隊長、もしくはそれに準じた者だろうと推測する。
 したがって、他の者達には目もくれず、一直線に男の下へと歩を進めた。

「何用ですかな?」

 鎧を着た者達に対して、先ほどまでの記憶がフラッシュバックしたのか緊張で言葉が上手く出てこない村長に代わりアインズが男に対して問いかける。

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ……」

 男、ガゼフがそこまで名乗った時、上空からアインズとガゼフの間に何かが落下して来た。
 それはドスンと言う音と土煙を上げ、二人の間に突き刺さった。
 土煙が徐々に晴れて行くと、それの正体もぼんやりと判明してくる。
 それは、アインズにとっては見知った物であり、ガゼフにとっては初めて目にする物だった。
 アインズが、それがフラッグポールだと認識した瞬間、背後から不機嫌そうな声が聞こえた。

「喋らんで良い。相手にする必要も無ければ、何かに答えてやる必要すら無い」

 そう言いながら、声の主は近づいて来た。
 苛立ちをまき散らせながら。

「何処の誰かは知らぬが……いや、王国戦士長だったか? 他人の家にずかずかと土足で入り込んできて何様のつもりか」

 この言葉に、ガゼフと共に来た者たちは一斉に腰の剣に手をかけた。

「剣を抜くよりも、先に馬から降りるのが礼儀と言うておるのだ」

 ビクトーリアは苛立ちを隠す事もせず、フラッグポールを引き抜くと先端をガゼフへと向ける。
 一触即発、アインズにはその言葉しか浮かんでこなかった。
 だが、アインズの考えは覆る事になる。
 良い方の意味で。

「こ、これは申し訳ない。先ほども言ったが私はガゼフ・ストロノーフ。王国戦士長の名を頂いて居る者」

 急いで馬を下り、腰を折る。
 共に来た者達には僅かに動揺が広がるが、順にガゼフ同様馬を降り、腰を折った。
 戦士達のこの行動にビクトーリアは軽く拍手をすると

「良く出来ました。仮にも王国の名を頂く者が礼も出来ねば国王の顔に泥を塗る事と覚えよ。例えそれが敵であってもな」

 そう言ってビクトーリアは、興味が失せたと言わんばかりにアインズの隣で視線を遠くへと向けた。

「それで……この村で一体何が?」

 そう言ってガゼフは辺りをぐるっと見渡す。
 そこには何も無く、ただ平らな土地が広がっているだけだ。
 だが、注意して見てみれば、その地面のいたる所に黒いしみが点在している。
 ガゼフとて数々の戦場を生き抜いてきた男、それが何かはすぐに理解出来た。
 そして僅かに香る鉄の様な臭い。
 それがこの場所で、先ほどまで戦闘が行われていたと有言に語っていた。
 ガゼフはおおよその予想は出来ていた、だからこそ当事者達から聞きたかったのだ。
 アインズの仮面に包まれた双眸を無言のまま、ガゼフは見つめる。
 その時、今まで沈黙していた村長がおずおずと口を開いた。
 そしてゆっくりとだが、丁寧にこれまでの経緯をガゼフに語る。
 一つ、一つ、事実が明るみになって行く。
 話が進めば進むほど、ガゼフの顔はこわばって行った。

「成程。ならば、相手は法国、もしくは帝国……」

 ガゼフはそう呟くが、その言葉には異議が出される。

「そうかのぅ。彼奴等の鎧はヌシと同じような物に見えたが?」

 ビクトーリアだった。
 アインズの考えも同様であったらしく、言葉を遮らず沈黙を守る。
 この言葉にガゼフは戦士長としての立場から冷静に反論を開始した。

「確かに仰る事はごもっとも。だが、それが正しいならば、我々は、いや、王国は只の間抜けな集団になってしまいますな」

「ほう」

 冷静な言葉遣いにビクトーリアは感嘆の意を表す。

「成程、成程。だが、あえて矛盾を突く……と言う事は?」

「それこそ面倒と言う物でしょう」

「そうよな。やはり相手は法国か、帝国か……」

 会話の内容が一歩進んではまた戻る。
 その事に痺れを切らしたのかアインズが口を開いた。

「戦士長殿はどうお思いで?」

「ガゼフで結構。私の判断からすると、恐らくは法国だと」

 この発言にビクトーリアとアインズは「ほう」と相槌を返すに留める。
 いっその事捕虜を尋問でもして見るかとビクトーリアは思案するが、真実の確認が面倒だと言う感情もわき出して来る。
 その時、村の外から何者かが馬を駆って来るのが眼に入った。
 ビクトーリアがガゼフに合図を送る。
 背後を確認したガゼフは慌ててその馬の下へ駆け寄り、二言、三言、言葉を交わすと再び元の場所へと戻って来る。
 そして

「何者かが部隊を率いてこの村に進軍中との事だ」

 簡潔に告げた。
 アインズは表情こそ解らないが、面倒な事になったとゲンナリしている様に見える。
 だがビクトーリアはニヤリと笑みを浮かべ

「馬鹿が勝手に喰いついた」

 そう楽しそうに呟いた。


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出陣

一部、加筆致しました。


 何者かが近付いて来ている。
 だが、その何者かが誰なのか解らない。
 ガゼフにとっても、アインズ達にとっても。
 では、自分達を狙って誰かが軍を動かした。
 そう言う理由ならば、ガゼフにもアインズ達にも思い当たる節はある。
 しかし、あるからと言って、それが誰で何の目的かまでは解らない。
 ならば、この村が目当てなのだろうか?
 現実問題として、この村には何の価値も無いだろう。
 せいぜい遠征中の小休止につかえるくらいだ。
 消去法で行けば目当てはガゼフかアインズ達のどちらかに絞られる。

「…………」

 ガゼフが口を開くが、第一声で躊躇した。
 アインズは一瞬不思議に思ったが自分がまだ名乗っていない事に気づく。

「アインズ・ウール・ゴウン。旅の魔法詠唱者ですよ、戦士長殿」

「ではアインズ殿、そちらには何か心当たりは?」

 心当たりなら腐るほどある。
 だがそれはこの世界では無い場所での事だ。
 万が一に自分達と同じように転移して来たプレイヤーがいたとしても、自分達、もしくはナザリックの所在がバレルのが早すぎる。
 視線を横に向けるとビクトーリアが一度頷いた。
 自分と同じ考えに至ったと教えていた。
 だからアインズはこう返す。

「我々では無いでしょう。我々は旅の者、それ以前もずっと魔道の研究に時間を取られ、あまり人とは接していませんので。心当たりの方ならば戦士長殿の方が御有りでしょう」

 この言葉を受けたガゼフは顎髭を摩りながらしばし思いを巡らせた後

「そうですか……ならば、目的はやはり私なのでしょうな」

 そう言って詰まらなさそうな笑みを浮かべた。
 だが、時は待ってはくれない。
 実際に敵と思われる一団が迫って来ているのだから。
 部隊の全貌は未だ不明。
 ガゼフは一考を案じる事にした。

「アインズ殿。どうだろうか、我々に雇われてみないか?」

 先程の村長の話を聞く限り、この村を襲った敵はかなりの人数が居た物と推測された。
 ならば、それをたった二人で片付けた者達を味方に引き入れない手は無い。
 だが、この行動は不発に終わる。
 アインズが丁重に断ろうと口を開いた瞬間、隣から怒りの声が響く。

「馬鹿者!」

 あまりの怒声にガゼフの顔は若干引き攣っていた。
 ビクトーリアはズカズカとガゼフに近寄ると、ガゼフの胸に人差し指を突き付け不満を爆発させる。

「貴様は妾の話を聞いておったのか。貴様は何者じゃ! 戦士長と言う肩書は只の飾りか! 貴様達は何の為に存在しておる! 国王の為か! 貴族の為か! 違うじゃろう! 貴様らは国の為に存在しておるはず……違うか!」

「う、うむ。貴殿の言う通りだ……」

 ガゼフはたじろぎながら何とか答える。
 ビクトーリアのあまりの剣幕に一緒に居る他の戦士達も口を挟む事が出来ないでいた。

「ではガゼフ・ストロノーフ。国とは何ぞや」

「く、国?」

 ガゼフは言い淀む。
 国とは君主が治める場であり、また、土地である。
 しかし、本当にそうなのだろうか?
 目の前の婦人の怒りの源はそこなのだろうか?
 ガゼフは記憶を辿り、答えを探す。
 五年前、十年前、記憶を辿って行く。
 国とは何か、何故自分は戦士になろうと思ったのか。
 自分が戦士になろうと、憧れた時まで遡った時ガゼフには答えが見えた気がした。

「国とは………………民だ」

 ビクトーリアは納得がいったのか怒りを収め笑顔を浮かべる。

「そう、国とは民である。民がいなければ、国王だろうが貴族だろうが何の意味を見出す事は出来ぬ」

 ビクトーリアは、そこで一度言葉を切ると、ガゼフの後ろに控えている者達へと視線を向ける。

「だが、そなたらは守れなんだ。この村は蹂躙された……。そなたらが遅れたせいで無辜の民は殺され、守るべき民は悲しみの底へと沈んでいった」

 ビクトーリアの辛辣な言葉に、兵士達の表情は怒りとも悲しみとも取れる物に代わって行く。
 だが、ビクトーリアの言葉は終わらない。

「無念は尽きぬだろう。だが、本当に無念なのは、本当に悲しいのは誰なのかを知れ。そなたらは、もう解っているはず。」

 此処で一旦言葉を切り、ガゼフを含めた全員の顔を見つめた。
 その表情は先ほどとは少し違って見えた。
 怒りとも悲しみとも取れる表情は同じなのだが、そこから向けられる敵意は、今はビクトーリアには向いていない様に感じる。

「しかし! 悲しみは終わってはいない! 今、まさに今! 再びこの地を、そなたらが守るべき民を! 悲しみの底へと導こうとする者達が迫っているのだ!」

 両手を高々と上げると、まるで戦士達の君主であるかの様に言葉を続けた。

「だからこそ、そなた達自身の手で守らねばならぬ。この国に住まう全ての者達の信頼を胸に受け、その脅威を屠るはそなた達の使命。さあ、行くがいい。勇敢なる者達よ!」

 ビクトーリアの言葉が終わった瞬間、その場に居た戦士達は剣を抜き雄叫びを挙げる。

「「うぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 ガゼフは内心驚いていた。
 この場に居る者達は少なくとも一度は戦を共にした者達だった。
 だが、ここまで高揚感を、戦意を高らかにした姿は見た事が無かったからだ。
 正直恐怖を覚える程だった。
 目の前に居る貴族の令嬢の様な女性は、言葉だけで男達を死地へと送りこむ事が出来る者なのだから。
 そんな事は露程も知らないビクトーリアは、満足そうに頷くと背後にアイテムボックスを開き、そこから革袋を取り出した。
 その革袋をガゼフに渡し

「その中の物を皆に。幸運のアミュレットだ」

 言われてガゼフは中の物を取り出し、その場に居る者達に一つずつ渡して行く。
 四角いガラスで出来た掌に収まるほどの物だった。
 アインズの目にもそれは見えた。
 だがアインズは首を捻るのみだった。
 ビクトーリアが配ったアイテムは幸運、つまりはluckのステータスが上がる様な代物では無いからだった。
 ビクトーリアの真意が解らない。
 だが、今その事を問いただす時でない事もアインズは理解していた。
 アミュレットを受け取った者達は口々に「女神の守りだ」と言いながらそれを懐にしまっていった。
 ガゼフは乗馬の指示を下した後、ビクトーリアに一礼すると

「あなたの名は?」

「妾の名はビクトーリア。行け武士達(もののふたち)よ、大義を示せ」

「感謝する。アインズ殿、ビクトーリア殿。何卒この村を」

 その言葉を最後にガゼフ達は戦場へと駆け出した。
 その姿を満足げに見つめた後、ビクトーリアは踵を返しながら村長に声をかける。

「村長、戦が始まるやもしれぬ。村人を一ヶ所に」

 この言葉を聞いた村長は一目散に走って行く。
 村長との距離が離れたのを確認したアインズは疑問を問いただす事にした。

「流石は情報操作による人心掌握はお手の物ですね。それからビッチさん、あのアミュレットって……」

「ええ、そうですよ。モモンガさんのご想像通りの物です」

「アインズと呼んで下さい。アインズ・ウール・ゴウンと名乗る事にしましたから」

 そう言ったアインズの顔を、仮面をビクトーリアは一睨みすると

「いやです。拒否します。ですがまあ、表向きはそう呼んであげましょう、モモンガさん。さて、彼らは妾の期待に答えられる者達か否や………………」

 そう言って村長の向かった先へとゆっくりと歩みを進めた。


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願い

 戦士達が戦場へと向かった後、村人達は速やかに村長の家に集められた。
 村長と共に立つアインズとビクトーリアから状況を説明され、一時はパニックに陥った村人達だが、今は何とか落ち着きを取り戻しつつあった。
 アインズは村長と共に今後の事についての話を詰めている。
 周囲にナザリックのモンスター達を潜ませると言う案をアインズは提案したのだが、それはビクトーリアによって止められた。
 現状アインズはデス・ナイトを召喚し使役している。
 これはビクトーリアが葬儀の場で蒐集した情報によると、およそ一般の魔術師が到達出来るレベルを遙かに超えている事が解った。
 そして、デス・ナイトが伝説級のモンスターである事も。
 そんな伝説を具現化出来る者が、さらに伝説を上乗せしたらどうなるのだろうか?
 答えは二つしか無い、そしてそこから湧きあがる感情も二つしか無い。
 隷属か敵対、羨望か嫉妬である。
 YGGDRASIL時代でもそうだった。
 強大なギルド、アインズ・ウール・ゴウンに対して敵対の立場を取っていたプレイヤー達はどうしただろうか?
 結果があのナザリック地下大墳墓千五百人大行進である。
 まあその音頭を取ったのはビクトーリア達なのだが、いくら情報操作、いや、情報提供系のクランだとしても、火種の無い所では火を熾す事は出来ないのだから。
 だからビクトーリアは慎重策を取った。
 そしてもう一つの懸案、ビクトーリアにはこちらの方が重要だった。
 それは、アインズ、いや、モモンガのイメージを恐怖で固める事を避ける為であった。
 この密談とも言える会議に参加していたセバスは、こっそりとビクトーリアにある質問をしていた。
 それは先ごろアインズにした質問と同じ物だった。
 何故、ここまでこの村を守るのか?
 アインズの答えはビクトーリアの種族から来る物だと言った。
 だが、ビクトーリア本人の答えは全く別の物だった。

 “モモンガさんを孤独にさせない為に必要な事”

 そうデス・ナイトと戯れるネムを見つめながら呟いた。
 恐怖が支配する部屋の中に視線を向けながらセバスは困惑する。
 この村を救う事が、何故自分達の絶対的支配者を孤独にしない事に繋がるのか。
 ましてや、アインズは孤独なのでは無い。
 自分達、ナザリックのNPC達が居るのだから。
 セバスの胸中に不安と疑念が渦巻いて行く。
 もしかしたら、ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う者は、自分達からアインズを奪う者では無いかと考えてしまう。
 そう考えながらセバスは視線でビクトーリアを探した。
 だが、その姿はこの場には居なかった。
 セバスはアインズの元に近づき、ビクトーリアの所在を質問して見た。
 恐恐としながら、「お前が知る必要は無い」と言われる事も覚悟しつつ尋ねるとアインズは不快感など一切無く居場所を教えてくれた。
 確認したい事があるから外に居ると。
 セバスは執事然とした礼を取るとビクトーリアの下へ行く許可を申し出る。
 それもまたあっさりと許可された。
 外の警戒をすると言う事を含めて。
 セバスは戸口で村人達に対して一度腰を折ると、屋外へと踏み出した。
 さて、目当ての人物はと視線を巡らせると、お目当ての人物はあっさりと見つかった。
 村長の家の前に広がる畑、その境界の柵に腰掛けながら、手元にある何かを凝視していた。
 セバスはゆっくりと近づくと良く通る低い声で、決して不敬に当たらない様に声をかける。

「ビクトーリア様」

 声で気が付いたのか、はたまたすでに知っていたのか、ビクトーリアは自然に返事を返して来た。

「ビクトーリア様は此処で何を?」

 セバスの問いかけに対して、ビクトーリアは手に持つ遠隔視の鏡を見せつつ

「戦況の確認、かな。彼らがどこまでやれるのか。敵がどんな者達なのか」

「成程」

「だけど……そんな事を聞きに来たのでは無いのでしょ?」

 セバスの表情が一瞬ひきつった。
 一体どこまで見抜いているのだろうと。
 しかしこれは好都合でもあった。
 セバスは腹の中にある疑問をぶつけて見ようと覚悟を決める。

「ビクトーリア様。ビクトーリア様は先ほどこの村を救う事が、アインズ様を救う事だとおっしゃいましたが……」

「そうだ。それが何か?」

「ですが孤独にさせないとは一体?」

「そのままの意味だ」

「恐れながら、アインズ様には我々が、ナザリックの僕達が居ります。決して孤独になど……」

「無理だな。お前達では無理だ。いや、今のお前達と言い直しておこうか」

 ビクトーリアの言葉はセバスには理解出来ない物だった。
 体の奥から憎しみと殺意が湧き出して来る。
 自分の創造主を奪い、今、たった一人残ってくれた絶対的支配者をも奪おうとする者に対して。
 だが、ビクトーリアの表情には何の変化も無かった。
 ただ、ただじっと遠隔視の鏡を見つめるだけだった。
 セバスは右の拳にゆっくりと力を集中させていった。
 何時でも目の前の化け物を屠る事が出来る様に。
 だが、そんな事知った事かとでも言う様にビクトーリアが語りかけて来た。

「セバス、君はモモンガさんが雪が黒いと言ったら、どう答える?」

 この行動は、セバスに取っては虚を突かれる格好になったが、何とか平静を装いつつ返事を返す。

「アインズ様が仰っているのです、雪は黒いと返すべきでは?」

「だからダメなんだ」

「何故です」

「今の君達は人形だ。創造主にそうあれと創られた喋る人形に過ぎない。そしてそれはアインズの中からモモンガさんを消し去って行く。君達は自分自身で、君達の言う慈悲深き御方を消し去って行くんだ」

「あなたに何が解る! 我が創造主の血肉を食らった、我らから至高の御方達を奪ったあなたが!」

 セバスの感情が爆発した。
 僅かにでも、その背に自身の創造主を重ねて来たがゆえに、それは激しい物となった。
 だが、ビクトーリアの態度は変わらず柔らかいままだった。
 まるで駄々をこねる幼子を優しく諭す母の様でもあった。

「君達は依存しすぎている。全てをモモンガさんに委ね過ぎている。恐らく……いや、決して君達はモモンガさんに対して反論など出来ないだろ?」

「当然のこと!」

「そこがダメなんだ。良いかいセバス、敬愛と心酔は似ている様で全く違う物なんだ。君達はモモンガさんを完璧な支配者だと思っているかも知れないが、それは間違っている事なんだ」

「……」

 ビクトーリアの言葉にセバスは何も言う事が出来なかった。
 いや、セバスには理解出来なかった。
 アインズが完璧では無い?
 それがNPCとして創られたセバスには理解出来なかった。
 自分達を創造し、支配者として君臨した者達が完璧な者では無い。
 これを瞬時に理解しろと言うのは少々可哀そうだと言う事をビクトーリアも気づいていた。
 だから言葉を続ける。

「いいかい、セバス。モモンガさんが完璧な人物だったのなら、何故アインズ・ウール・ゴウンなるギルドは創られたんだい? 何故彼ら四十一人は集って行動していたんだい? 人には、いや、どんな種族にも長所と短所がある様に個人にもそれは有る。その短所を補う為に群れるんだ。モモンガさんは完璧な存在では無い。だからこそ、その短所を君達が補って行くんだ。失敗する事もある、でも、それで良いんだ。その時は私が全力を掛けて守ろう。忘れないでおくれ愛しき子らよ、君達を見捨てず、最後まで残った心優しき支配者はアインズ・ウール・ゴウンでは無く…………モモンガさんだと言う事を。そして支えてあげてくれ、何時か私が消えてもモモンガさんが消えない様に」

 セバスの右手からは力が抜けていた。
 自分の創造主が何故自分の身を捧げたのか、その一旦が理解出来た様な気がしたからだった。
 セバスは主従の関係では無く、ビクトーリアと言う人物に興味を引かれた。
 ナザリックでも無く、アインズ・ウール・ゴウンでも無く、モモンガを守れと言う神に。
 そうだから、こう言う方だから自分の創造主は、と思えてしまう。
 そして最後の言葉が刺を産んだ。

「ビクトーリア様……消えてしまうとは?」

 言葉を言いながら体が震えていた。
 忠誠心からでは無い、何かの感情がセバスを支配して行った。
 だが、ビクトーリアは姿勢を崩さず飄々と

「言葉のあやだ」

 そう言ってほほ笑んでいた。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 カルネ村での光景を遙か彼方、ナザリックの地から覗き見ている者達がいた。
 アルベド、ユリ・アルファ、ペストーニャ・ワンコの三名だ。
 アインズからビクトーリア捜索の命を受けた三人が執務室に残された遠隔視の鏡で今までの光景を見守っていた。
 ユリとペストーニャの顔は驚きと驚愕を現していた。
 まあ、ペストーニャの顔は犬そのもなので表情を読み取るのは至難の業なのだが。

「やはり、ビクトーリア様は……」

 そう呟いたユリに、ペストーニャも同意する。

「私達が知らない何かがビクトーリア様と至高の方々との間にはある様ですね」

「くふーー! ビッチさまー!」

 真剣な顔で心情を語る二名とは違い、アルベドは恋する乙女のそれだった。

「………………わん」


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開戦

「いかがですか?」

 しばしの間沈黙を守っていたセバスが口を開く。

「何がかな?」

 何に対しての質問なのか解りきっているのだろうに、ビクトーリアはおどけた様に言葉を返した。

「戦況の事で御座います」

「歩が悪いね。八、二、と言った所かな」

 悲しむ訳でも焦る訳でも無く淡々とした口調でビクトーリアは告げる。

「戦士達の剣撃に対して相手は魔法詠唱者……相性は最悪ですな」

「そうだね。近接戦に持ち込めれば……」

「出来ますか?」

「無理そうだね。でも、私が見たいのはそこじゃ無い」




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ガゼフ達が赴いた戦場、そこは死地であった。
 純然たる戦士達で構成されたガゼフ達は、最初の一歩ですでに躓いていたのだった。
 スレイン法国、陽光聖典。
 それがガゼフ達の敵の名だった。
 遙か昔にスレイン法国に降り立ったと言う、六人の神に由来する六色聖典と呼ばれる秘密部隊の一つである。
 法国による非合法な活動を一手に引き受ける部隊であるが故、その姿は法国に生きる人間にも噂レベルでしか知る者は居ない。
 そしてその中の一つ、陽光聖典は特殊工作部隊の中で最も戦闘行為が多い部隊ではあるが、それを構成する人員は驚くほど少なかった。
 予備兵も合わせて約百人少々と言う物だ。
 だがこの人数の少なさが陽光聖典の優秀さを表してもいた。
 陽光聖典に入隊する最低条件、それは第三位階の魔法が唱えられる神官戦士でなければいけないと言う事だ。
 第三位階の魔法とは、およそ人間が到達できる最高の階位魔法であり、それが唱えられる者はエリート中のエリートである。
 そんな連中が、ガゼフを除けば何の特殊能力を持つ事も無い只の戦士達の前に立ちはだかったのだ。
 もうこれは戦闘行為なのでは無く、只の虐殺、蹂躙と言ってもいい物だった。
 だが、目の前の敵が陽光聖典だけだったならば、もしかしたら、万に一つ、億に一つでも突破口があったかも知れなかった。
 しかし敵はそれだけではなかった。
 目の前に展開する陽光聖典の戦士達の上に絶望と言って良い物が浮遊していたからだ。
 炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)、天使と呼ばれるモンスターがそこにいた。
 レベルとしては下級に位置するモンスターだが、普通の人間にとっては、おおよそ相手が出来る代物では無い。
 それが数十体、上空に待機していた。
 陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインは、眼前に迫りくる土煙りを見つめながらニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
 その土煙りを上げ迫り来る者達の先頭に目当ての人物、ガゼフ・ストロノーフを見つけるとニグンはすぐさま攻撃の指示を出す。
 流石と言うべきか、陽光聖典は良く調練された部隊だった。
 ニグンの号令が終わるか否や、部隊員二十数名とそれに召喚された炎の上位天使達から無数の魔法の矢が放たれる。
 空に向けて放たれた魔法の矢は、まるで豪雨の様にガゼフ達に降り注いだ。
 勝負はたったそれだけで決してしまったかの様に見えた。
 ガゼフ達、戦士だけで無くその馬までもが地に伏せる格好になっていた。
 しかし、ガゼフ達戦士団は傷こそ負っているものの死者は皆無だった。
 乗っていた馬は全て絶命しているのにも関わらず。
 これはビクトーリアが渡したアミュレットの効果なのだが、この場に居る者達は、まだ誰も気づかずにいた。

「お前達、無事か?」

 ガゼフは後ろに居る仲間達に声をかける。
 その声に弱々しいがはっきりした返事が返って来た。

「どうやら俺達は、とんでもない者達を相手にしなければならぬ様だ。お前達、俺が時間を稼ぐ、走れる者はこの戦場から離脱しろ」

 何とか一人でも多く生き残ってほしい、そう願いを込めてガゼフは命令を告げた。
 だが、部下達の答えはそうでは無かった。

「隊長、我らは一度失敗しております。ここで逃げて何が王国兵士ですか!」

「そうです隊長! あの姫さんも言っていたでは無いですか! 此処で引いたら我らは国民に顔向けが出来なくなります!」

 部下達は口々に、此処が戦いの時と叫ぶ。
 この声を聞きガゼフの顔には笑いが浮かんできた。

「どいつもこいつも。行くぞ! 俺が道を切り開く、キサマらは一人でも多くの術者を討て!」

「「オオーーーーー!」」

 戦士団は立ち上がり陽光聖典へ向け駆け出した。
 しかし陽光聖典も甘くは無い、第二派、第三派と魔法の矢を打ち込んで来る。
 ガゼフは先頭に立ち、自らの全力で魔法の矢を打ち払う。

「武技、能力向上! 流水加速!」

 武技、この世界に存在するゲームに例えるならスキルの様な存在。
 ガゼフは能力向上で身体能力を底上げし、流水加速で精神と攻撃速度を速め魔法の矢を打ち払う。
 だが、これだけでは終わらない。

「武技、即応反射」

 剣を振るい終わった瞬間、即応反射を発動し再度剣を振るう態勢に持って行く。
 そして上空に向け

「六光連斬!」

 とっておきを爆発させる。
 六光連斬、一度に六つの斬撃を繰り出すガゼフの持つ最終奥義。
 死兵と見紛う兵士達、ニグンの精神は徐々にじれったさを感じていた。

「炎の上位天使を前へ! 一気に彼奴の首を取れ!」

 号令一過、炎の上位天使はその手に光剣を出現させ、ガゼフめがけて突貫を開始した。

「一人で相手にするな!」

 ガゼフは絶えず一対ニ以上で炎の上位天使に対応する様に激を飛ばす。

「即応反射、流水加速、急所感知、………………四光連斬!」

 周囲に居た炎の上位天使三体を巻き込む様にガゼフの斬撃が走る。
 二体の炎の上位天使が光の砂へと変わる。

「即応反射!ウォラァァァ!」

 残りの一体の腹部めがけ剣を横に薙ぐ。
 だが、ガゼフの斬撃は炎の上位天使の防御力で革一枚の所で防がれる。
 しかしそんな事は予測済みだと言う様に、ガゼフは剣に力を込めて行く。
 ゆっくりとだが刃は喰い込んで行き、炎の上位天使は光の砂と消えた。
 だが、戦いは終わってはいない。
 目の前の絶望は消えてはくれず、逆に増えていた。
 炎の上位天使を倒しても、すぐに再召喚され数は一向に減って行かない。
 それにも増して不味いのは、武技の連続使用によりガゼフ自身の精神も体力も限界に近付いていた。
 後ろを振り返れば、仲間の半数が地に伏せっている。
 生きているのかも今の状態では判別は不可能。
 もし、この状況を覆せる手段があるとするならば、敵のリーダーの首を取り、戦場を混乱に導く事だろう。
 しかし、前衛に炎の上位天使、中衛に陽光聖典、これを突破しなければ大将と思われる者には到達は出来ない。
 ガゼフは悟った、これは負け戦なのだと。
 だが、一人でも多く部下を撤退させねばいけない。
 ガゼフはその事を最優先とし行動を開始する。

「スレイン法国と言う場所は、随分と小物ばかりを飼っているのだな」

 この安い挑発で敵司令官の足が一歩前に出るのが見えた。

「これだけの人数をもってしても、私一人殺せないのだからな。これはお笑いか何かか?」

「殺せ―! 全ての天使をガゼフ一人に集中しろ!」

 ニグン・グリッド・ルーインは激昂する。
 エリートばかりがそろえられた六色聖典であって、その中でもリーダーにまで上り詰めた男だ。
 プライドの高さも窺い知れると言う物だろう。
 全ての炎の上位天使がガゼフに向け攻撃を開始する。
 剣を突き立て、魔法の矢を穿つ。
 ガゼフは最後を覚悟した。
 自分の戦いはこれまでだと。
 願わくば一人でも多く仲間が生き残ってくれることを望みながら。
 これで終わり、その言葉がガゼフの脳裏に浮かんだ瞬間、耳を劈く雷鳴と共に二匹の龍が空を駆けた。




アニメの中でガゼフと天使のつばぜり合いのシーンを見て、魔法の矢も弾けるのでは?と思いシーンに反映してみました。


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参戦

「こちらはどの様に?」

「そちらは……草原が広がっておりますが」

 アインズは板に描かれた簡略的な地図の上で、指を走らせながら村長らと脱出経路の確認作業をしていた。
 しかし、この地、カルネ村は街道に点在するごく普通の村であり、守るに難く攻めるに易い構造だ。
 南北を貫く街道と、西に平原、東に森林と言う構造は、逃亡にはお世辞にも適しては無く、森に身を潜めるやり方でも、モンスターや野生の獣達からの襲撃を考えなくてはいけない。
 結論から言えば、このカルネ村と言う場所は、力ある守護者か強固な防衛施設などが無ければ、いとも簡単に落ちる場所だと言う事だ。
 アインズはため息しか出なかった。
 ナザリックと言う物を隠しながら、ましてや自分の実力も隠さねばならない。
 そして、一番アインズを悩ましているのが、この世界の魔法詠唱者の実力が解らない事だった。
 デス・ナイトが、伝説級のモンスターだと言うこの世界、恐らく魔法自体もあまり高い位階までは使用されてはいないだろうと考察は出来る。
 出来るのだが、それが第五位階なのか、第三位階なのかが解らない。
 村長や近くに居た男衆に聞いても、彼らの魔法知識はサッパリだった。
 アインズは机を指で叩きながらどうした物かと思いを巡らせる。
 一度ビクトーリアとすり合わせを行うかとアインズが腰を上げたその時、まさにその時、昼間と見紛う閃光と大地を揺るがす程の轟音が響いた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ガゼフ・ストロノーフが死を覚悟した瞬間、周りは昼の明るさと激しい衝撃に包まれた。
 光で眩んだその瞳をゆっくりと開き、周りを確認する。
 眼前に陽光聖典は居た。
 だが、上空を舞っていた炎の上位天使はその姿を金の砂粒へと変えていた。

「何だ? 魔法……なのか?」

 今起こった事象はガゼフにとって理解を超える出来事だった。
 ガゼフだけで無く陽光聖典側でも同様であったらしく皆凍った様に固まっていた。
 そんな異常な混乱の中、ガゼフ達の後から拍手の音が戦場に木霊する。
 小さな、草を踏み締める音が徐々にだが近付いて来るのも解る。
 パチパチと拍手をしながら戦士達の横をすり抜けガゼフの隣まで来ると、その者は振り向いた。
 何時着替えたのか、先程の赤を基調としたドレスでは無く、緑を基調としたドレス姿のビクトーリアが、満足そうな笑顔を浮かべながら戦士達と向き合った。

「戦士達よ、先ほどの非礼を詫びよう。貴殿らは真の意味で、この国の守護者である。」

 ビクトーリアは戦士達から視線を外すとガゼフと目を合わせた。

「戦士長殿も。お疲れであろう、後は妾に任せるが良い。セバス!」

「は!」

「負傷者の方々を後方へ」

「承知いたしました」

 ビクトーリアの登場によって、ガゼフの思考はさらなる混乱に陥った。
 そもそもガゼフにはビクトーリアの話している意味が解らなかった。
 ビクトーリアが言う事を要約すれば、自分達戦士団全員よりも、彼女の方が強いと言っている事になる。
 そんな事があるのだろうか、確かに女性でも強い者達は存在する。
 冒険者として最強の称号、アダマンタイトを冠する蒼の薔薇などがその代表的存在だ。
 しかしそんな彼女達でも、たった一人で陽光聖典の連中と、次々と召喚される炎の上位天使を相手に出来るのか?答えは否だろう。
 だが、目の前の女性、見た目には貴族の令嬢にしか見えない者がそれをやると言うのだ。
 確かに、この女性の志は尊敬に値する物だろう。
 彼女の演説で、兵士達の士気は上がった事は間違いない。
 だが、これはどんな冗談なのだろう。
 そこに考えが行きついた時、一つの答えが導き出された。
 この女性はパトロンか何かなのだろうと。
 魔法詠唱者だって人である以上生活がある。
 こんな辺境の村まで執事を連れて来る様な人物だ、多分、あのアインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者の研究成果を、自分の事の様に自慢しているのだろう。
 そう結論づけたガゼフは、視線を動かしアインズを探す。
 しかし、いや当然そこにはアインズの姿は無い。
 そして、隣に居たビクトーリアの姿も無かった。
 ガゼフは慌てて振り向く、そこにはゆっくりと陽光聖典へと歩を進めるビクトーリアの姿があった。
 ビクトーリアは戦士団と陽光聖典の中間程の位置で立ち止まると、スカートを摘み令嬢然と腰を折る。

「初めましてスレイン法国の者達よ。此度の戦、見せて貰うた。この戦で王国戦士達は、妾の期待以上の輝きと、その有り様を見せてくれた。貢には報いてやらねばならぬ。よって妾はこの者達の味方をしようと思う。怨むな、とは言わぬ。痛みは一瞬じゃ、覚悟せい」

 ビクトーリアは無防備な姿勢で死を宣告した。
 陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインは、この滑稽な演説を披露する道化師を見つめながら、笑いが込み上げて来ていた。
 すでに死に体の王国戦士団と共に、目の前の女は戦うと言っているのだ。
 これが笑わずに済ませられるだろうか。
 ニグンは部隊の前に出ると、ビクトーリアを嘲う様に口を開く。

「これはこれは、笑わせてくれる。どこのお嬢様か知らんが、冗談はお父上にでも披露していたらどうかな?」

「冗談、か。ヌシらの様な脆弱な者達が勝てるとでも? 先程の天使の消失は見たのであろう?」

「ふははは! どんな手段を使ったのかは知らぬが、無駄な事だったな。お前達、天使を召喚しろ」

 ニグンの号令一過、再び天使が召喚される。

「どうだ! 死に体の戦士団とキサマの様な女一人で、この軍勢を倒せるとでも言うのか!」

「戦士団? ウヌは何を言っている。遊ぶのは妾一人よ、そんな事も解せぬか……それに、そんな小鳥では妾は倒せんよ」

 ビクトーリアは、ニヤリと相手を馬鹿にする様な笑みを浮かべた。

「ほう。痛みは一瞬、だったか。あの女へ攻撃を集中しろ! 布切れ一片すら残すな!」

 ニグンの檄が飛ぶ。
 その直後、炎の上位天使達が一斉にビクトーリア目がけ飛来した。
 事象を目の当たりにして、慌ててガゼフは飛び出そうとするが、その行動はセバスによって止められる。
 迫り来る炎の上位天使達を前に、恐れる訳でも無く、慌てる素振りすらせず、ビクトーリアは力有る言葉を口にした。

「ワイデンマジック(魔法効果範囲拡大化)、エレクトロ・スフィア(電撃球)」

 ビクトーリアの身体を包みこむ様に出現した雷球は、一気にその範囲を増し、炎の上位天使達を巻き込んだ。




ビクトーリア・F・ホーエンハイム

種族
 アンドロギュノス  Lv 1
 雷獣(らいじゅう) Lv15
 雷侯(らいこう)   Lv10
 鳴神(なるかみ)   Lv 5
 ??         Lv 1
 ※種族特性・風属性魔法へのLvブースト


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地獄

 膨れ上がった光は破裂音を残して霧散し、上空からは金色の砂粒が降り注ぐ。
 これを見て、この光景を見せられて戦場にいる者達はやっと気付いた。気付かされたと言っても良い。
 今、自分の目の前に居る者は、圧倒的強者だと言う事に。
 驚きなのか、恐怖からなのか、誰も口を開く者はいなかった。その戦場に相応しくない静寂が支配する中、唯一人何とか言葉を絞り出す事に成功した者がいた。陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインだ。

「なんだ……何だこれは? だ、誰だ! 誰なんだ! 貴様は誰なんだ!」

 呟く様に発せられた言葉は徐々に大きくなり、最後には恫喝の様であったが、ビクトーリアにとっては何の効果も無かった。
 そして「ふむ」と一つ呟くと声を挙げる。

「妾はビクトーリア。ビクトーリア・F・ホーエンハイム。以後、御見知りおきを」

 ビクトーリアは嘲る様に、また茶化す様に名乗りをあげる。
 それを聞いた瞬間、ニグンは膝から崩れ堕ちた。そして、ぶつぶつと呟く様に

「嘘だ。嘘だ。嘘だ。………………」

 それだけを繰り返しながら、ビクトーリアだけを見つめ続けた。ニグンの虚ろな眼差しは、ビクトーリアの一つ一つを確認する様にその瞳に映す。
 流れる様な黄金の髪、人では有り得ない金色の瞳、素材が何か解らない鈍い光沢のドレス、そして、先ほどの雷の魔法。

「……煉獄の王。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム」

 ニグンはポツリと呟く。
 その言葉は伝染病の様に陽光聖典内へと広がって行った。そして一人、また一人と膝を着き戦意を失って行く。
 そんな光景を王国戦士団は茫然とした状態で眺めて居た。ガゼフに至っては何が起こっているのかすら理解の外にあった。

「何がどうなっているんだ? スレイン法国の奴らから戦意が消えたが……」

 ガゼフの言葉に、横に居た戦士団の一人が答える。

「隊長はご存じ無いのですか? 煉獄の王のお話を」

「煉獄の王?」

「スレイン法国に降り立ったと言う六大神が、六人がかりでも封印がやっとと言う神であり……」

「であり? まだ何かあるのか」

「あの八欲王が恐れた唯一の者」

「何だと……では俺達は、神話を目撃していると言うのか」

 煉獄の王のお伽話を語った戦士も、ガゼフの問いに目を伏せ「恐らく」と答えるのが精一杯だった。
 六大神への信仰が薄い王国戦士でもこのあり様だ、信仰が厚いスレイン法国の民だったらどうなのだろう? それは陽光聖典の者達を見れば、一目瞭然だった。
 煉獄の王のお伽話はスレイン法国に生を受けた者なら、子供の頃に誰もが聞くお話である。
 それこそ親が子を叱る時「そんな事をしていると、煉獄の王に攫われるぞ!」と言われるくらいメジャーな名前であった。
 その人物、いや神が目の前に居るのだ。嘘だと、騙りだと言い張る事も出来るだろう、しかし先ほどの二つの魔法、数多の天使を一撃で、一瞬で消滅させた事実がそれを許さない。もう認めるしか無いのだ、今、目の前に居るのは、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムなのだと。

「煉獄の王よ」

「………………………なにかな?」

「も、申し訳ありません!」

 ニグンはビクトーリアの名を呼ぶが、ビクトーリアの返事が遅れた為、機嫌を損ねたと思い額を地面に擦り着ける。だが、それは勘違いだ。ビクトーリアの返事が遅れた理由は、何故異世界であろうこの地で、自分を知っている者が居るのかと言う驚きからだった。
 驚きから素の言葉遣いが出てしまう程に。
 しかし驚いてばかりもいられない、彼らが自分に対して何らかの恐怖を持っているのなら都合がいい、聞きたい事を全て聞き出そうとビクトーリアは頭を切り替える。何故自分の名を知っているのか?と言う事を聞きたいのは勿論なのだが、まずはコレからだろう。

「うぬら、スレイン法国の者で間違い無いな?」

 この問いにニグンは黙って頭を縦に振る。

「名は?」

「スレイン法国、陽光聖典リーダー、ニグン・グリッド・ルーインであります」

「ニグン、か。カルネ村への襲撃、うぬらのしでかした事で良いな?」

「は、はい。ですが!」

ニグンは何か言い訳を付け加え様とするが、ビクトーリアの視線で止められる。

「目的は?」

「も、目的……」

 ニグンは驚愕した、目の前の神はスレイン法国の目論見など関係無く、ただ村を襲ったからと言う理由だけで力を振るったのだ。改めて理解した、これが神と言う物なのだと。
 自分の気分で力を振るう、気に入った者は助け、気に入らない者は滅ぼす。神とはそう言う者で、信仰とは只のご機嫌取りにしか過ぎなかったのだと。

「は、はは、はは」

 ニグンから乾いた笑いが漏れだす。
 ビクトーリアは気でも触れたか?と眉をひそめるが、ニグンはポツリポツリと懺悔を始めた。スレイン法国の為、六大神の教えに従い、それが正しい事と信じ、国の暗部として手を汚して来たと。そして最後にこう言った。

「神よ。煉獄の王よ、私を裁いて欲しい」

 周りを見れば、陽光聖典皆が頭を下げている。どうやら満場一致の意見の様だ。
 しかし此の案件、ビクトーリアに取ってはどうでも良い事だった。ハッキリ言えば面倒臭かった。かと言って、飽きた、もう帰って良い、などとは言えない。
 此処で放り投げてしまったら、エンリやネムの怒りや恨みはどうなる?一様王国戦士団も被害を受けた、馬も死んだ。
 さてどうすべきか、ビクトーリアは必死に落とし所を探す。そして閃いた。コイツら自身で責任を取って貰おうと。
 もしかしたら、甘い処置なのかも知れない、しかし、スレイン法国と言う国がどれほどの規模かも解らない現状で、無暗に「じゃあ、死ね」は下策と判断しての事だった。
 ビクトーリアは両手を大きく広げると力強く言葉を紡ぐ。

「従属たる天よ、無慈悲な雨を降らせ、レインメーカー」

 言葉に反応する様に上空に波紋が浮かび、剣が十振り程落下し地面に突き刺さる。
 別にビクトーリアは、特別な事をした訳では無い。只単純にアイテムボックスを開いただけだった。それらしい呪文めいた何の意味も無い言葉を呟きながら。
 だが、陽光聖典からどよめきが起こる。空から剣が降って来たのだ、もしこれが自分達の上で展開されていたなら、それだけで終わっていたかも知れない。それ以前に先ほどの魔法の事もある。
 陽光聖典は改めて目の前の者がどれほどの化け物なのかを知った。自分達の常識など通じぬ相手なのだと。
 だからこそ神なのだと。
 そして知る事になる、神は無慈悲だと。

「うぬら、その右手を妾に捧げよ」

 ビクトーリアは短く言い切った。簡潔に言えばこうだ、自分で右腕を切断しろと。それで許してやる、と。
 ニグンは覚悟を決め剣を右脇に挟み込む。後は肉を割いて行くだけ。だが、柄を握る左手は震えだし力が入らない。
 それは仕方が無い事だろう。自分で自分の右腕を切断するのだ、平然と出来る者などいない。
 しかしビクトーリアは詰まらなそうに口を開く。

「早ようせい。」

 右足でタンタンとリズミカルに地面を鳴らしながら、いかにも退屈だと態度で表しながらニグンを急がせる。
 だが、ニグンは震えるだけで何も出来ない。
 ビクトーリアはため息を一つ吐くと、優しげな微笑みを浮かべニグンの肩に手を置いた。
 その微笑みからニグンは許しが出たのだと思った。腕を切断する覚悟を見せた事で許しが出たのだと。ニグンはビクトーリアに対し恐怖で引き攣りながらも笑顔を返す。
 その瞬間、右の視界を何かが横切った。黒いカーテンの様な物が。
 それを認識した直後に激痛と紅い液体が吹き出した。
 何て事は無い、焦れたビクトーリアがニグンの腕を切断したのだ。
 村での戦いで発見した現象、雷の、電気の力を利用し地中の砂鉄を刃物の様に扱う術を使って。
 長距離での使用や、威力ある物を作り出すには魔法の力が必要になるが、腕一本程度、それも直に触れている状態なら、ビクトーリアのパッシブスキル、帯電の利用で使用出来る事を学んでいた。
 ビクトーリアはゆっくりと陽光聖典の者達の中を歩き、肩に手を触れて行く。
 通り過ぎた後には、切断された右腕と、あふれ出す真っ赤な血液、そして……悲鳴が響いていた。そこは地獄と言って良い場所へと姿を変えて行った。
 ガゼフ達はその光景を見つめながら、足が震え、喉がカラカラに乾くのを感じていた。恐怖に飲まれていたのだ。
 次々と腕が切断されて行く陽光聖典、しかし、ガゼフ達が最も恐怖したのはビクトーリアの表情だった。
 狂気に震える訳でも無く、残酷に微笑む訳でも無く、無表情で、何の感情も浮かべる事無く、さも当然とその地獄を作り出しているビクトーリアに恐怖したのだった。
 自分達は一体どんな存在に助けられたのか?
 隣で沈黙を守る老人は一体どんな力を秘めているのか。そして、アインズ・ウール・ゴウンと言う魔法詠唱者。
 最早、一兵士であるガゼフ達の想像の範疇を超えていた。
 ビクトーリアが陽光聖典の者達の中を通り過ぎた時、つまり全員の右腕が本体と別れを告げたまさにその瞬間、ガラスが割れる様な音をさせながら、空が砕けた。



今話から、段落構成を変えました。
前話までの修正は、カルネ村編が終了後行いたいと思います。


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希望

今話は、メッセージの魔法が多様されているため、会話文が多めです。


「ビッチさん!」

 空が砕けた事を認識した瞬間、アインズからメッセージが飛び込んで来た。

「モモンガさん、今のは?」

「アインズでお願いします」

「……で、アインズ、今のは?」

 名前を訂正され不機嫌になったのか、ビクトーリアはぶっきらぼうに答える。その事にアインズは違和感を覚えるが、今はそれどころでは無いので話を先に進める事にした。

「今、ビッチさん達は監視されてます」

「どう言う事?」

「俺が張った対情報系魔法の防壁が発動しました。さっきの現象はその為です」

「なるほど」

 そこで一旦アインズとのメッセージを終了し、視線を陽光聖典へと持って行く。そこには憔悴しきった表情の男達が項垂れている光景が広がっていた。
 傷口はライト・ヒーリングによって塞がれているが、腕は再生してはいない。これはライト・ヒーリングが低位階の回復魔法と言うのもあるが、ビクトーリアの職業(クラス)、カースドナイトの特性に依る物も起因している。
 痛みは無いのだが、損失感は拭えぬ様で、皆一様に左手で右肩を押さえている。それは隊長であるニグンも同様だった。
 しかし、陽光聖典の行動はビクトーリアの不機嫌さを増すだけだった。

「うぬら、何を暗い顔をしておる。うぬらに命を奪われた者達は、そんな顔すら出来ぬ。それが解っていて、妾の前でそのような顔をしておるのか? それとも………………本国に信用されておらぬのが悲しいのか?」

 ビクトーリアの言葉が終わった瞬間、ニグンの瞳が見開いた。表情から察するに、信じられないのだろう。
 ビクトーリアはため息を一つ吐くと、説明する様に口を開く。

「先ほど、空が割れたのをうぬらも見たであろう。あれは対情報系魔法の類でな、何者かがいかがわしい行為をしようとすると、ああなる訳だな」

「いかがわしい行為?」

「覗きはいかがわしい行為じゃろ」

 この言葉に、ニグンは成程と納得するが、慌てて頭を切り替える。

「煉獄の王よ、我が国が覗き見、いや、我らを見張っていると言う事は真実なのですか?」

「消去法で行けば……な。王国戦士団を王国が監視する理由は無いであろう。此処が敵地なら解らんでも無いが、此処は王国の領地。監視する理由なぞ作戦の失敗か脱走兵の確認ぐらいしか思い浮かばん。しかし、そんな物は後で幾らでも捏造出来るからな、意味は無いじゃろ」

 ここで一旦ビクトーリアは言葉を切ると、ぐるりと回りを見回した後話を再開した。

「後残る可能性は……この村を監視して何をする? 作物の生育状況の確認か? 村人の夜の営みか? これも意味無かろう」

「はあ、まあ」

「最後は妾達じゃが、妾達は只の旅人なのでな、監視される云われは……」

 ここまで言ったビクトーリアの美麗な眉がピクンと跳ねた。
 掌をニグンの前に出し、暫し待てとジェスチャーで示すと、陽光聖典と戦士団の中間地点まで移動し、メッセージの魔法を発動する。

『アルベド~』

『はい! はい! ビッチ様! ビッチ様! ビッチ様ー! アルベドで御座います! 妻のアルベドで御座います! あ・な・た』

 メッセージの魔法を繋げた瞬間、コレだった。何がどうなってこうなっているのかサッパリ不明だが、アルベドのテンションはとてつもなく高かった。
 ビクトーリアは何故に?と疑問に思うが、下手に付き合うととんでもない事に進行しそうなので放置を選択し、用事を優先する事にした。

『アルベド、ちょっとした質問なんだけど……』

『はいぃ! 何時でも準備は整っておりますわ。どんな時でもバッチコイです!』

 何がバッチコイなのか、後でアインズに確認しようと思いながら、ビクトーリアは話を続ける。

『それでね、今そっちで監視系の魔法って使っている?』

『え? あ、はい。遠隔視の鏡を使っておりますが?』

『あー、そう。了解、了解。通信おわ……』

『ビッチ様!』

 ビクトーリアがメッセージの魔法を終了しようとした瞬間、喰い気味でアルベドの悲痛な叫びが放たれた。

『どうしたの』

『そちらへ行っても……』

『ダメ』

『くすん。では、では……』

『帰ったらいっぱい相手してあげるから』

『あ・い・て?………………本当で御座いますか!』

『ほんと、ほんと』

『では、お帰りお待ちしております。………………………よっしゃーーー!』

 この会話を最後にビクトーリアはメッセージの魔法を終了させた。
 だが、魔法を解除しても、指はこめかみに当てたままだ。それは、全身を襲う寒気と、何か大切な物を失った喪失感から来る物だった。
 何を亡くした?と問われても、何も失ってなどいない。だが、何か大変な過ちを犯してしまった様に感じて仕方が無かった。多分、悪い予感と言う物だろう。それも最大級の。
 心地よくも無い疲れを引きずりながら、ビクトーリアは次の相手へとメッセージを飛ばす。

『アインズ、聞こえる?』

『どうしました?』

 ビクトーリアの呼びかけに対して、すぐに返事が返って来た。

『今、アルベドに連絡を取ったのだが、遠隔視の鏡を使っていたらしい。さっきの防壁が発動したのは、ソッチと言う可能性は?』

『それは無いと思います』

『その心は?』

『俺が魔法を展開させたのは、王国戦士団が来た辺りからですから』

『それが何か関係が?』

『デミウルゴスに連絡を取った時、アルベドから要請があったら、全軍率いて行くって事でしたから』

『なるほど。その頃から見てたって訳ね』

『そう言う事ですね』

 これで現状の整理が付いたと、魔法を終了し、陽光聖典の下へ向かった。たった二十歩程の距離なのだが、近づいて行くたびに陽光聖典達の顔色が青ざめて行くのが見てとれた。まあ恐怖の対象が近付いて来るのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
 ビクトーリアは、ニグンの前に立つと、ビシッ!と指をさしながら宣言する。

「ニグンよ、現状の確認は滞りなく終了した。行くぞ、案内せい」

「は?」

 ビクトーリアの要求に対して、ニグンは間抜けな返事で返した。

「じゃから、スレイン法国へ案内せい」

 ニグンはやっと言葉の意味を理解した。理解はしたが、案内などしたくは無い。行きたいなら行けば良いし、案内なら他の者に頼んで欲しい
 ハッキリ言って、こんな神話級の化け物と何日も一緒に居るなど、自分の神経が持つ自信がニグンにはなかった。
 体中からねっとりした油汗が吹き出して来る。断れば何をされるか解らない。だが了承も出来ない。答えを見失ったニグンは沈黙を守る他選択肢は無かった。
 その時、自分の頭が何かでポンポンと叩かれている事に気づく。ゆっくりと視線を上げ、その物体を確認する。それは魔法のスクロールだった。

「これは……」

「魔法のスクロールじゃろ」

「それは解りますが」

 ニグンの煮え切らない態度に、ビクトーリアの少ない忍耐力はすぐに限界を迎える。

「早よう展開せい。妾は法国へは行った事が無きゆえ、うぬが導け、早よ導け、とっとと導け」

 そう言いながら右足はタンタンとリズムを刻む。ニグンはこの光景を見た事があった。自分が腕を切り落とすのを躊躇っていた時だ。あの後はどうなった?思い出すのもおぞましい阿鼻叫喚の地獄が待っていた。
 だからニグンは素直にスクロールを受け取ると、それを展開する。目の前に漆黒の闇が姿を現した。
 ビクトーリアはアインズへとメッセージを繋げ、事後を任せると告げ、ニグンと共に闇へと消えた。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ゲートを通りビクトーリア達が出現した場所は、思っていた景色とは少々違う所だった。
 床も壁も天井でさえも石で囲まれた所に転移門は現れ、てっきり屋外に開かれると思い込んでいたビクトーリアは少々拍子抜けしていた。

「少し肌寒いのう。ここは地下か何かかえ?」

「は、はい」

 ビクトーリア達が転移した場所、そこは聖典本部のかなり重要な場所であった。
 何故此処に転移門が開いたのか、それはニグンの助けを求める心が導いた結果である。ニグンが知る上で、この煉獄の王を倒せるかも知れない唯一の人物が居る場所が此処だった。つまりニグンはビクトーリアを罠にはめたのだ。
 か細い希望を抱いて。
 それは今、現実となった。

「なに、やってるの?」

 その声と共にビクトーリアの喉元に刃が触れた。


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対決

 首筋に感じる冷たい感覚を、気にする素振りを見せずにビクトーリアは振り向く。
 そこには十代半ばと思われる少女の姿があった。その肌は白磁とも言えるほどに白く透通り、長く伸びた髪は奇怪な事に左右で色が分かれている。右側は光を反射しキラキラと輝く銀色をしており、左側は全てを飲み込む様な漆黒。そして、その瞳はまるで図った様に髪とは逆の虹彩で彩られていた。
 身に纏うのは、まるで拘束衣の様な色気の無い物で、手に持つ凶器は十字架を思わせる様な、巨大な鎌である。
 ビクトーリアはじっくりと舐める様に少女を観測し、興味深そうに口を開く。

「娘、いきなりコレとは、無粋なヤツじゃの」

 そう言ってそっと鎌の柄を掴んだ。

「そう?」

 少女は短く呟くと握る鎌に力を込める。
 薄く微笑みを浮かべながら相対する二人からは、見た目からは想像出来ない程のプレッシャーが感じられた。そんな緊張感の中、少女は僅かな違和感を感じ始めていた。自身の得物である鎌が、まるで空中で固定されたかの様に微動だにしないのだ。
 少女の動揺は徐々に大きくなって行く。
 自分が生まれて二百年余り、自分より強い者には出会った事が無かった少女は、今の状態が理解出来ていなかった。そして、その動揺は焦りに変って行く。

「あ、あなた、何者?」

 そしてポツリとそんな言葉が漏れる。
 この問いかけに、ビクトーリアはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、掴んだ柄に力を込め

「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが常識じゃろ」

 言って少女を壁に叩きつけた。
 ドカン!と言う衝撃音と、立ち上る土煙の中、少女は石壁を突き破りその姿を消した。
 この光景を目の当たりにし、ニグンは改めて驚愕した。ビクトーリアが圧倒的な強者だと言う事は解っている。しかし、相手の少女とて神人と呼ばれる存在だ。
 六大神の血を引き、信じられない程の確立の中生まれた先祖返りの突然変異。それが彼女、漆黒聖典番外席次、絶死絶命。
 法国最強の存在であり、負けを知らない者であった。そんな存在が、軽々と壁へと投げつけられた現状を見てニグンはやっと過ちを悟ったのだった。
 ニグンが再びビクトーリアへと視線を向けると、番外席次の開けた穴へ向かう所だった。
 壁に開けられた穴を抜けると、そこには別世界が広がっていた。
 全てが石造りなのは同じなのだが、先ほどの通路と比べると、いや、比べるまでも無い広い空間がそこには広がっていた。円形劇場とでも言ったら良いのか、すり鉢状になったその場所は、外側から八段階に中央に向け窪んでおり、その四段目に番外席次が倒れ伏していた。
 痛みの為か、ゆっくりと番外席次は身体を起こして行く。だが、その瞳はしっかりとビクトーリアを敵と見据えていた。
 それに呼応するように、ビクトーリアは青い旗のフラッグポールを取り出す。
 二人は武器を片手にゆっくりと相手に向け歩き出し、その速度を徐々に上げて行った。走る速度になり、最後には地面を蹴り、跳ねると言い表した方が正しい程のスピードで二人は邂逅する。
 番外席次の鎌と、ビクトーリアのフラッグポールが空中で激突する。
 御互いの刃が合わさった瞬間、音を上げたのはビクトーリアのフラッグポールだった。
 ビクトーリアは切断されたフラッグポールを見つめ、ニヤリと愉快げに笑みを漏らした。

「小娘。うぬのその鎌、なかなかの物らしいの」

ビクトーリアの問いかけに、番外席次は優越感に浸りながら楽しげに返す。

「そう? あなたが弱いだけじゃない? あーあ、せっかく負けが味わえると思ったのに」

「ほう。愉快な事を言う小娘じゃ」

 番外席次の挑発とも取れる発言に、ビクトーリアの瞳が爬虫類を思わせる物へと変化した。
 パチンと指を鳴らし、新たなフラッグポールを出現させる。それは今までとは比べ物にならない程、豪華な旗が揺らめく物だった。地面に突き刺さるソレは、そこにあるだけで空気を震わせ、今までの物とは格が違うと無言の内に語っていた。
 ビクトーリアはゆっくりとソレに手を伸ばしブンッ!と一振りさせる。
 それが第二ラウンドの開始のゴングになった。
 再度、跳ねる様に駆け出し中央で二人は激突する。先程の録画VTRを見る様な光景であったが、今回負けたのは番外席次の方だった。ビクトーリアの一撃を、何とか鎌で受けたが、その力任せとでも言える攻撃を受け切る事が出来ず、壁へと叩きつけられ、ドスン!と言う本日二度目の衝撃音が鳴り響く。
 この光景をビクトーリアは目を細めながら見つめていた。

「得物は無事……か。身体の方も、装備品も無事。と言う事は伝説級(レジェンド)もしくは、神器(ゴッズ)。そしてあの小娘……面白い。妾達の脅威となるか、それとも」

 そう呟くと、一気に番外席次との距離を詰め、そして、フラッグポールを上から一気に振り下ろす。この攻撃を番外席次は何とか柄で防ぐが、またしても威力を殺し切れず膝を着いた。だが、攻撃の手は休まる事無く続けられる。
 番外席次はもはや防戦一方となっていた。
 どれほどの攻撃が繰り返されただろうか、ビクトーリアが距離を取り、攻撃が止んだ。番外席次は疑問に思う傍ら、ほっと息を吐いた。
 だが、この直後に放たれた言葉は番外席次にとって、いや、スレイン法国にとっても屈辱的で恐ろしい物だった。

「小娘、キサマ弱いのう」

「!」

 番外席次の目が見開かれる。スレイン法国、いや、人間種最強の自分が弱い?そんなはずは無い。もしそうだったのなら、自分は何の為に存在して来たのだ?誰からも愛されず、誰とも向き合う事無く、ただ二百年と言う時間を生きて来たのか?そう思った瞬間、番外席次の感情が爆発した。

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 構えも、型も無く、ただ手に持つ鎌を振りかざし、番外席次はビクトーリアへ突進して行った。二人の距離が縮まる。もう少しで目の前のペテン師に手が届く。この憎いヤツを殺す事が出来る。
 番外席次が勝ちを意識した瞬間、自身の腹部に激しい衝撃を感じた。そして気付いた時には、またもや地面に倒れていたのは自分の方だった。
 何が起こった?
 答えは簡単であった。
 突進して来た番外席次の腹部に、カウンターでビクトーリアの蹴りが入ったのだ。これでもう勝負は決まった様な物だった。番外席次は蹲りながらカハッ、カハッと息をつまらせている。
 しかし、戦う者の本能なのか鎌を杖代わりにして何とか身体を起こす。やっとの事で番外席次は立ち上がるが、その瞬間、ビクトーリアによって足を払われた。そして本日何度目かに地に這いつくばる事になる。
 これは負けを知らぬ番外席次にとっては屈辱以外の何でも無かった。
 何度も何度も立ち上がっては転ばされる。
 どれほどの同じやり取りが繰り返されただろうか、地に伏せる番外席次には、もう立ち上がる気力が残されていなかった。それどころか、整った愛らしいその顔を涙で濡らし、その表情には悔しさが滲んでいた。
 それでもビクトーリアは番外席次に立てと言葉を突きつける。そして何もせず、ただ一点に番外席次を見つめ自分の力で立ち上がるのを待っていた。
 もう一度、何とかそう決意し番外席次は腕の力だけで上半身を持ち上げる。
 その時、横から声がした。

「王よ、煉獄の王よ、どうか、どうか御慈悲を」

 視線を向けると、ニグンが地に這いつくばり、頭を擦りつけていた。番外席次は訳が解らなくなっていた。何故にこの男はこの様な行動を取っているのだろうか?一体何の為に?そして誰の為に?

「ほう。この娘は、うぬがその様な行動をとるに足る者か?」

「解りません。昨日まで、いや、先ほどまでは只の同僚と言う意識しかありませんでした」

「では、何故に?」

「解りません。しかし王の御言葉を借りれば、この者には戦う者の輝きがあったのではありませぬか? あの王国戦士達の様な」

「言うではないか」

 そう呟くとビクトーリアは番外席次の脇に手を差し込むと、抱きしめる様に起き上がらせる。
 ビクトーリアに体を預ける形になった番外席次は、味わった事の無い感触に戸惑っていた。
 人の身体の柔らかな感触に、その暖かな体温に、そして……自分に向けられた優しい微笑みに。



ビクトーリアのフラッグポールですが

青 ハルバート
赤 ロングスピア

となっております。
他の色はまたいずれ。


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慈愛

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「おお……さ……ま?」

 番外席次は、ビクトーリアの胸に身体を預けながらポツリと呟いた。しかし、その呟きに返事は無かった。
 ビクトーリアは、返事の代わりに両手で番外席次の頭を掴むと、髪をワシャワシャと搔雑ぜる様に弄ぶ。番外席次も、それを心地よく受け入れていた。
 方やビクトーリアは、指に程良い刺激を味わいながらも、胸に湧き上がるもやもやに頭を悩ませていた。
 そのもやもやの正体、それは煉獄の王と言う名であった。天井を見上げながら、呟く様に言葉を漏らす。

「ニグンよ。うぬは何故に妾を煉獄の王と呼ぶ?」

 この問いにニグンは言葉に詰まった。何故に?そう言われても王は王なのだ。
 法国の国宝書庫に存在すると言う、六大神が残した聖辞典に記されている神。
 遙か昔から、口伝で伝えられたと言う吟遊詩人の詩に登場する荒ぶる者。
 何時書かれたのかは解らないが、子供達が読む英雄物語(ヒロイック・サーガ)の魔王。
 それが、雷を伴い現れる者、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム。
 ニグンの思考はグルグルと回り、何を言って良いのか解らず言葉が出てこなかった。そんな状態のニグンに、ビクトーリアは再度言葉をかける。だが、そこには苛立ちも怒りもなかった。
 ただ単に興味からの質問だと、その雰囲気で理解出来る。

「うぬは、妾の名をどこで知った?」

 ニグンは、質問の意味がやっと理解出来た。これならば答える事が出来る。

「私の場合は……幼い頃に母に読んでもらった絵本でした」

 ニグンが母と言った時、番外席次の身体がピクンと反応したが、ビクトーリアは構わず髪を弄びながら、ニグンとの会話を続行する。

「うぬの場合は母と言ったが、他にも有るのか?」

「はあ、英雄物語であったり、旅の吟遊詩人の詩であったりと、王の御名前は広く伝わっております」

「何故じゃ?」

「何故と申しますと?」

 ニグンの問いかけに、今度はビクトーリアは言葉に詰まった。さて、どう言ったら良い物か。
 ビクトーリアは、ナザリックの事やアインズとの関係をあやふやにした状態で、ある程度の情報を流して見る事にした。

「妾は別の世界から来た。その妾の事を、何故うぬの世界は知っておる」

 この発言にニグンの表情がひきつった。
 書籍や詩(サーガ)によって、煉獄の王は、煉獄と言う地に封じられていると言う事は知っていた。その煉獄の地が、異世界だとは思っても居なかったのだ。
 しかし、良く考えて見れば、それも一理ある考察なのだった。
 六大神がかつて居たとされる場所。それは天界と言われる場所だと法国は伝えている。
 天の国とはどこにある?それは空にあると言われている。この言葉の空とは?人が決して行けぬ場所。死後の世界。神々の国。そして此処とは異なる世界。そして煉獄の王はその異世界から来たと言う。
 ニグンは驚きと共に、何故か喜びが湧きあがって来ていた。それは信仰心と言える物であり、圧倒的な強者との邂逅による興奮からであった。その喜びを隠す事無く、ニグンは再び口を開く。

「伝承では、このスレイン法国に降り立った六大神が、王の名を告げたと伝わっております。」

 ビクトーリアは「ふむ」と相槌を打つが、ニグンの言葉に少し違和感を覚える。何故ニグンは信仰の対象である六大神に対して、様、などの敬称を付けなかったのかと言う事だ。神、と言うのが敬称であるのならば、別にそれで良いのだが、こう言う場合、六大神様と言うのがビクトーリアには普通に感じたからだ。だが、それはビクトーリアにとっての違和感であり、ニグンが良ければそれで良いのだろう。
 其処に突っ込みを入れるのは、ハッキリ言ってメンドクサイ。番外席次をいじっていた方がよっぽど有意義に感じる。
 しかし、ビクトーリアの違和感は的を得た物だった。スレイン法国に生を受けてから、ずっと信仰してきた六大神への思いが、ニグンの中からすっかりと抜け落ちてしまっていたのだ。
 その理由は明確だった。圧倒的な強者によってもたらされた恐怖と、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムと言う、生きた伝説を前にして、教義と言い伝えの中でしか存在しない六大神と言う存在が、吹き飛んでしまったからだ。結果、ニグンは、煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイムを信仰する信者と化していた。
 そんな事は露ほども知らずに、番外席次をいじりながら、ビクトーリアは思考の海に浸っていた。
 自分の事を語ったと言う六大神、その者達が神として崇められているスレイン法国、これは思わぬ拾い物をしたかも知れないとビクトーリアは思う。自分達の転移に関する情報が、この国には眠っている可能性があると。
 そんな時、ビクトーリアは指に違和感を感じた。
 人の形状として決して存在しない感触。番外席次の髪の中に鋭利な角を感じたのだ。
 その瞬間、あれほど身を任せていた番外席次が跳ね起きビクトーリアから距離を取る。
 そればかりか、愛らしい瞳を見開き、両の手を側頭部にあて悲鳴をあげた。

「いやーーー!」

 足取りは踏鞴を踏み、頭を左右にブンブンと振りながらゆっくりと後退して行く。その姿は、まるで恐怖から逃げる様だった。いや、実際にそうなのだろう。
 ビクトーリアの頭脳は、この一瞬の出来事が理解出来なかった。
 しかし、隣に控えるニグンには解っていた。何故に番外席次がこれほどの脅えを示すのか。ニグンは片膝を付いた姿勢で、静かにビクトーリアに語り出した。

「王よ、我が王よ、私の言葉をお聞き下さい」

 ビクトーリアは頷きでこれを許可する。
 しかし、視線は番外席次からは外さない。

「かの者は、ハーフエルフに御座います」

「ハーフエルフ……」

 そして、ニグンは語り出した。
 スレイン法国の闇を、この世界の常識と言う闇を。
 昔、スレイン法国に六大神の血を引く女性が居た。しかし、近隣にあるエルフの国の王は、その女性をさらい、鎖で拘束をし無理やり孕ませた。その結果生まれたのが、番外席次、絶死絶命。
 そしてもう一つ。

「王よ、僅かな国家を除き、エルフなどの亜人は……奴隷として扱われております」

「何?」

 ビクトーリアの視線が、番外席次からニグンへと移動した。
 その瞳孔は、爬虫類を思わせる物に変化する。

「あの者は、自分の出自を、自分の種族を恥じ、自らその耳を切り落としたと……。エルフの耳を切り落とす行為は……」

 此処まで言ってニグンは言葉に詰まる。此の先を伝えて良いのかと。恐らく伝えた瞬間に、スレイン法国と言う国家は終わりを迎えるのではないかとニグンは想像出来た。
 しかし、ニグンの葛藤はすぐに霧散した。滅びるのなら、それが運命なのだと。煉獄の王が、神がそれを決めたのなら、と。
 そう決意して、ニグンは言葉を続けた。

「奴隷の証で御座います」

「それを知っていて、娘は……」

「自分がハーフエルフと知られるのが、恐ろしかったのでしょう」

「生まれてからずっと、その思いを?」

「恐らくは」

 この会話を最後に、ビクトーリアは再び視線を番外席次に向ける。
 ブルブルと震えながら蹲る番外席次、そして、急激にその様態を変えた。カハッ、カハッ、と息が詰まるような声を出し、震えが痙攣の様に変わる。
 ビクトーリアは、急ぎ番外席次へと駆け寄り、その身体を強く抱きしめる。
 しかし、依然息は詰まり、痙攣は続く。

「落ち着け! この場にうぬの敵はおらぬ! うぬを恥ずかしめる者などおらぬ! 見よ! 妾の……私の目を見ろ! 私がいる! お前の恐れる者は、全て私が屠ってやる! 私がお前を守ってやる! 恐れるな! 私の全てでお前を守ってやる!」

 ビクトーリアは、焦りにも似た口調で番外席次に語りかけ、一層力強く抱き締める。暫くそうしていると、ゆっくりとゆっくりと番外席次の呼吸は穏やかな物へと変化していった。
 そして、涙に濡れるその瞳で、まっすぐにビクトーリアを見ていた。
 ビクトーリアは優しく微笑むと、番外席次の髪をゆっくりと、その髪を撫でる。何度も、何度も。もう大丈夫だと、何も怖くは無いと、言い聞かせる様に何度も撫でた。
 ビクトーリアは、この少女をほっては置けなかった。
 この少女は………………あまりにもモモンガに似ていた。そして、自分にも。幼い頃から、縋る者はだれ一人存在せず、周りに人は居るものの、心はいつも孤独を感じていた。
 その孤独の中、唯一自分を救っていたのは、モモンガや自分は、YGGDRASILであり、この少女にとっては、恐らく強さ、なのだろう。
 そんな少女だからこそ、助けずには、抱きしめずにはいられなかった。
 ビクトーリアは、その豊かな胸に番外席次を抱きながら、右手でアイテムボックスを探る。
 そして、一つのアイテムを取り出した。細かい装飾が入ったガラスの小瓶に、赤い液体が入った物、ポーションと呼ばれる回復アイテム。
 それを、ゆっくりと番外席次の口元に近づけて行く。
 番外席次は、一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐにポーションを口にした。コクン、コクンと少しずつ飲みほして行く。
 全てを飲み干した時、番外席次の側頭部には、特徴的な長いエルフの耳があった。
 ビクトーリアは、確認する様に、愛しむ様に、悪戯をする様に、番外席次の耳を撫でる。
 そして……愛らしい、少女の笑みで番外席次、絶死絶命は、それからもたらさせる安堵を感じていた。




あと三話ほどで、カルネ村編は終了となります。


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戯れ

今話は、コメディよりの回となっております。


「平気か?」

 ビクトーリアの問いに、番外席次は首を縦に振る事で答えた。目には生気が戻り、僅かに疲れが見えるが、表情も自然な物に見える。
 もう大丈夫だと確信したビクトーリアは、次の行動へと移るべくその場で立ち上がった。その行動を、追いかけようと番外席次も追従するが、若干まだ力が入らないのか膝立ちの状態でポスンとビクトーリアに寄りかかる。しかし、場所が悪かった、いや、番外席次にとっては良かったと言える。
 まさに今日、彼女は当たりを引き当てた。
 番外席次の頭部は、その愛らしい頬は、ビクトーリアの足の付け根あたり、つまりは股間部にすっぽりと収まった。

「はうっ」

 ビクトーリアから奇妙な声が漏れる。そして、番外席次も微妙な表情を浮かべた。そして、何かを確認する様に、番外席次は顔を左右に振る。それは愛おしい物に頬ずりする様に見えた。
 しかし、場所が問題である。
 人の股間部に頬ずりする、これは乙女のする行動では無い。しかし、番外席次はそれを続け、首を捻る。

「……陽光聖典」

 番外席次はニグンに声をかけた。これは、ニグンにとっても意外だったのか、どもった様に返事を返した。
 しかし、驚きはこれでは終わらなかった。番外席次の爆弾発言は投下される。

「なんか、ぐにぐにした物がある。この感触は私には無い物。ニョッキみたいに柔らかい。これは何?」

 そう言って番外席次は、より一層強く股間部に頬を擦りつける。問われたニグンも、番外席次の質問の意味が解らず首を捻るばかりだ。
 それよりもニグンの視線は、ビクトーリアに注がれる。ニグンにとってビクトーリアとは、崇拝の対象であり、恐怖の具現者なのだ。それが今は、頬を赤く染めながら、番外席次と戯れている。

「おおさま、おおさま、これは何? これ、これ」

 ニグンからの返答は諦め、番外席次は本人から聞き出す事にした。

「や、止めんか! こ、これ、止めよ!」

「ぐにぐにぐにぐに、これは何?」

 ビクトーリアは、必死に番外席次を引き離そうとするが、番外席次もLv90オーバーの強兵、簡単には離れない。その間も、番外席次はビクトーリアの股間部に頬ずりを続ける。

「わかったから! 答えるから!」

「うんうん。ぐにぐに。これは何?」

「じゃから、まずは止めよ!」

「拒否。ぐにぐにぐにぐに」

「………………止めんかー!」

 怒りの言葉と共に、バチンと雷が跳ね、番外席次の頭頂部に拳が振り落とされた。ハァハァと息を荒げるビクトーリア、番外席次はその場で突っ伏す様に蹲った。

「ま、まったく。何と言う小娘じゃ、少しは恥じらいと言う物をわきまえんか。」

 注意を促すビクトーリアだが、その頬は羞恥で赤く染まり、両手は股間部をガードする様に前で重ねられ、その腰は若干引かれている。最早、王の威厳とか、強者の態度とかそんな物は微塵も無かった。ビクトーリアの脳内に、番外席次はどこぞの守護者統括と並ぶ危険人物として記憶された。
 そしてビクトーリアは、片足を若干引き、いつでも逃走出来る状態を保ちながら口を開く。

「娘よ。こ、これは……アレじゃよ」

「アレ?」

「そうじゃ、アレじゃ」

「アレって何?」

「言うなれば、………………せ、せいしょく」

「せいしょく?」

「あーもう!」

ビクトーリアは髪を掻き上げると、真実を口にする。

「妾は、両性具有じゃ! したがって、アレはアレじゃ!」

 ビクトーリアのこの言葉に反応する様に、番外席次はゆっくりと顔を上げると、その艶やかな唇をニィッと上げ、邪悪な笑みを浮かべる。

「両性……具有。………………だーりん。だーりーん!」

 叫びながら番外席次はビクトーリアへ向け突撃を開始した。スレイン法国の国宝が眠る地で、緊張感の無い追いかけっこが始まる。

「だーりん! 子作り!」

「なに! いったい、なに!」

「こっずっくり! こっずっくり!」

 番外席次の秘めた思いは、自身の持てる全ての能力を解放しビクトーリアへと迫る。
 ビクトーリアは、番外席次の右腕を取ると、払い腰の要領で地面に叩きつける。ドスン!と言う音をたて、またしても番外席次は地面に寝転がる事になった。
 番外席次と視線が交差する。だが、此処で予想外の出来事が起きた。ビクトーリアを見つめる瞳から、涙が溢れて来たのだ。それは、先ほど見せた悔しさの涙では無い。
 その真意は番外席次の口から語られた。

「だーりんは私の事が嫌い?」

 ビクトーリアはがっくりと膝を付く。そして、こう誓った。この娘に、もう少しまともな恋愛観を叩きこもうと。そして、こんな歪な教育をしたスレイン法国上層部に、文句を言ってやろうと。
 番外席次を立たせながら、ビクトーリアはニグンに視線を向ける。

「ニグン、案内せえ」

「は?」

 あまりの突然の発言に、ニグンは付いて行けず間抜けな返事が口から洩れた。だが、それ以前に「何処へ?」と言う疑問がニグンの頭をよぎる。

「じゃから、案内せえ」

 声から推測すると、非常にいらついた感じを受け取るのだが、目の前で起こっている事象を見れば、ニグンは安心して恐怖の大王と会話が出来る。それは何故か?その理由は、真面目に話を進めようとする煉獄の王に対して、事もあろうか横から番外席次がちょっかいを出している為である。
 ビクトーリアが、自分から目線を外しているのをいい事に、お尻やら、胸やらを指で突いているのだった。その度に手で払われ続けているのだが、負けずに?何度も繰り返している。
 それはそれは楽しそうに。

「じゃから、ふん! ニグンよ、ふん! 妾を、ふん! 此処の、責任者の、ふん! 下へ、ふん! 案内せい。ふん!」

 此の頻度で番外席次は悪戯を続けている。
 だが、言いたい事は解った。残るはその理由だけだ。

「王よ、何用で最高神官長に?」

 ニグンの問いにビクトーリアは「それはのう」と呟くと、後を振り向き番外席次に一撃を入れると

「この国について、一言言いたい事があっての」

 と、いかにも憤慨した態度で言い切った。




爆弾を抱えた煉獄の王。



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法国

逆転不可能裁判

検事、ビクトーリア入廷します。


「……酷い目にあった」

 ニグンを先頭に、スレイン法国の最奥へ向かうビクトーリアの表情は、酷く疲れ切った物だった。しかし、その原因である番外席次の表情は、非常に晴れ晴れした物である。ビクトーリアの腕に自信の腕を回し、しな垂れかかりながら満面の笑みで隣を歩く。だが、この一行で一番疲れているのは、一番泣きたいのは、一番酷い目にあっているのは、間違いなくニグンであろう。
 そんな一行の前に、厚く重苦しい扉が現れた。これがスレイン法国の最奥、法国裏側の最高意思決定所。
 ニグンはうやうやしくその扉を開けた。だが、その敬意は法国でも六大神でも無く別の者に向けられている。
 ガチャリと言う小さな音を立て、扉が開かれる。その僅かな隙間から、冷たい空気と、少しカビ臭い香りが辺りを満たした。
 ニグンは一人で先に部屋に入り、魔法の光と呼ばれるマジックアイテムで内部を照らす。しかし、法国で使用されている魔法の光の光量は小さく、部屋の中をぼんやりと照らすに留まっていた。
 その仄暗い明かりでも、この部屋の状況はありありと解った。それは、この部屋には極端に物が少なかったからだ。部屋の中心に半円形の机があり、それを囲む様に椅子が十一脚。そして一段高くなった上座には、その他の椅子よりも一段豪華な椅子が一脚と、何かの儀式か調印にでも使用するのだろうか、椅子と机の中ほどの場所に高さ一メートル、程の石の台がある。そして、豪華な椅子の後ろにぼんやりと浮かぶステンドグラス。それだけだった。
 書類を入れておく書棚や、資料を管理する書棚などは何も無かった。
 この場は、会議と決定のみをする場なのだろうとビクトーリアは推測する。
 ニグンは豪華な椅子へとビクトーリアに着席を促すと、目的の人物を呼び出す為に部屋を後にした。ビクトーリアは、その椅子にどっかりと腰を降ろす。そして足を組み、舐める様に部屋の中を観察する。時折、番外席次に声をかけ、細かい事を確認しながら、スレイン法国と言う物を頭の中で組み立てて行く。
 どれほどの間そんなやり取りを続けただろうか、扉をノックする音が聞こえ、ニグンが戻って来た。
 扉を開き誰かを中へと招き入れる。その人物を見て、番外席次はサディスティックな笑みを浮かべるが、ビクトーリアの反応は淡々とした物だった。
 この部屋へ招かれた人物、それはスレイン法国の最高位に座す者、最高神官長。
 最高神官長は部屋の中で、自分が座る場所に腰を降ろしたビクトーリアと、何故か此処に居る番外席次を見つめながら怪訝な表情でニグンに言葉をかける。

「陽光聖典隊長、これは何の遊びだ? 伝説を見つけたと言うから此処まで来たのだが」

 その言葉にニグンは「ごもっとも」とだけ答え、最高神官長をビクトーリアの前まで誘導した。そして一礼すると、表情を引き締め最高神官長に対し口を開く。

「最高神官長、あなたの目の前の御方がお解りですかな?」

 そう言うニグンの言葉には、スレイン法国と言う国にも、最高神官長と言う肩書にも、一切の礼は無かった。あえて言うならば、真実を知らぬ哀れな者に教えを授ける聖職者のそれだった。有る意味ニグンは、全くブレてはいないとも言える。信仰の対象が変わっただけで。
 最高神官長は、ニグンに恫喝する様な視線を向けながら口を開く。

「知らぬ。知らぬな。陽光聖典隊長、君は私に何をさせたいんだ?」

「言ったはずですが? 私は伝説と出会った、と。そして、真の信仰を見つけたと」

「確かに。しかし、この娘が伝説と言うのか? そうであるのならば、君は一度心を癒すべきだ。」

 ビクトーリアに対しての、無礼とも取れる発言にニグンの顔色が変わる。しかし、次の行動はビクトーリアの言葉によって止められた。

「よい。妾はビクトーリア。うぬがこの国を治める者と見てよいのか?」

「どこの娘かは知らぬが……キサマが座っている椅子が如何なる物か解っているのか?」

 質問を質問で返す様な最高神官長の言葉を、ビクトーリアはいとも楽しげな表情で聞いている。

「これか? この椅子が如何なる物か、………………粗悪品じゃな。クッションは悪いし背もたれも立ち過ぎておる。最高神官長とやら、この椅子を選んだ者を此処に呼べ。妾直々に説教してやる。有り難い説教をな」

 そう言ってカラカラと笑った。
 最早、この会話は探り合いや心理戦などでは無かった。只の安い挑発だ。
 普段の最高神官長ならば、これを上手くかわしていただろう。だが、この場は異常過ぎた。
 国の最奥、選ばれた者しか足を踏み入れる事が許されない場所に、若い女が堂々と入り込み、裏の玉座と言っても良い椅子に腰を降ろしている。そればかりか、スレイン法国の最高機密である、漆黒聖典番外席次、絶死絶命が横に立っている。何も知らずに見れば、王と従者にも見えた。そんな状況だからこそ、最高神官長は対応を間違えた。興奮からビクトーリアの出したヒントに気づかずに。

「娘。キサマの頭は相当病んでおる様だな。生きては帰れんぞ!」

 怒りの言葉と共に、最高神官長は前にあった石造りの調印台を両手で叩いた。
 その瞬間、最高神官長の手首に痛みが走る。最高神官長には、何が起こったのか解らなかった。それほどのスピードでの出来事であった。
 最高神官長は、茫然とする意識の中で、痛みの発生元を確認する。目線の先には、調印台に固定された自分の両腕があった。石の調印台に、突き刺さる様に伸びた鉄の手錠によって。

「どうじゃ? 妾からの贈り物は?」

 ビクトーリアは最高神官長に顔を近づけ、ニヤリと笑う。
 一体ビクトーリアは何をしたのか?答えは単純にして明快であった。最高神官長が怒りと共に、調印台に両手を叩きつけた瞬間、背後の椅子の頭頂部にあった飾りを引きちぎり、それを叩きつけたのだった。
 最高神官長は必死に拘束から逃れようともがくが、深く打ち込まれた金具はびくともしない。
 ビクトーリアはそれを見、満足そうに頷くと、番外席次に声をかける。

「小娘、うぬは少し外に出ておれ。これから起こる事を見ん方が良きゆえな」

 この言葉に、番外席次は可愛らしく頬を府膨らませると異議を唱える。
 この抗議があまりにもだった為、仕方無くビクトーリアは同席を認めた。
 ビクトーリアは調印台の前に立ち、最高神官長に対し「さて」と議題を提出する。

「さて。これから始まる催しは、うぬの罪を数えるものじゃ」

「つ、罪だと! スレイン法国の最高神官長として、そんな物は無い!」

「ふむふむ、なるほど。では最初の罪じゃ。ニグンよ、うぬは誰の命で村を襲った?」

 この問いに、ニグンは腰を折ってからハッキリとした言葉で発言した。

「今回の任務は、最高神官長直々の命で御座いました」

「だそうじゃ」

 そう言って邪悪な笑みを浮かべ、拳を最高神官長の右の小指めがけて振り下ろす。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 部屋に悲鳴が響く。見れば、最高神官長の右小指は紙の様にぺらぺらにつぶれていた。

「次の質問じゃ。襲った村の数は?」

「二つで御座います。一つ目の村の住人は、全員が死亡。村は焼き払いました」

「なるほど。では罪としては、一つ目の村での殺害と放火。そして、あの村での殺害、じゃな」

 言って最高神官長の薬指、中指、人差し指を潰す。最高神官長は悲鳴を上げ続けるが、ビクトーリアは構わず話を続ける。

「では次じゃ。村への襲撃の目的は何じゃ?」

「リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの殺害で御座います」

「なるほど。ちなみにニグンよ、人を殺す事は良き事かえ?」

「いいえ、それは罪で御座います」

「そうじゃな」

 返事と共に、右親指に向け拳を振り降ろす

「ちなみに、あの村で妾達や戦士団と会わなんだらどうなっておった?」

「村を全滅させ、次の村へと向かえとの命令でした」

「ひどい話じゃ」

 言って左の親指に向け拳を振り降ろす。

「しかし、何故に戦士長を殺害しようとしたのじゃ?」

「はい。王国内の軋轢を生むためであります」

「それはどう言う事じゃろうか? 妾に解る様に説明してはもらえぬか?」

「王国には王制派と貴族派が居りまして、貴族派はどちらかと言えば、スレイン法国寄りの考えを持つ者達で御座います」

「そう言う事か。王国を分裂させ、あわよくば傀儡として使おうと」

「左様で」

「最高神官長、それは内政干渉じゃなぁ。他国のうぬが、ましてや、神の言葉を伝える神官のする事では無いな」

 最高神官長の左人差し指が潰される。

「それでは最高神官長、うぬ自身への問いじゃ。何故に小娘はこんな場所におる」

 ビクトーリアの問いに、この場に居る全員が息を飲んだ。名を出された番外席次など、口を開けたり閉めたりしながら、あっけに取られていた。
 痛みの為言葉が出ない最高神官長に対して、その髪を掴み自分の方へと向かせると、再度同じ質問をする。
 最高神官長は、痛みで朦朧としながらやっとの事で言葉を返す。

「あの者は、スレイン法国の最高機密にして人類の守り手……外に出ればドラゴン・ロードの怒りを買う恐れが……」

「ふうん、それから?」

 それから?それ以外に何があるのだろうか?機密が漏れる、もし命を落とす事があったら、人類は守り手を失う。そして、ドラゴン・ロードに存在がバレれば、スレイン法国と言う国が消滅してしまう。
 それが、目の前の女には解らいと言う。最高神官長は、なんて馬鹿な者なのかと思う。だが、そうでは無かった。
 それがビクトーリアの口から発せられた瞬間、この場の全員に再び衝撃が走る。

「小娘一人に全てを背負わせなければならない者など、滅べばいいのじゃよ。ドラゴンごときから、自国の民一人を守る事が出来ん国など、滅んで当然じゃ。これは、罪が重いのう」

 言って左の掌へ向け、拳を振り降ろす。その衝撃は凄まじく、最高神官長の左手ごと、調印台を粉砕した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 衝撃で拘束具も飛び、最高神官長は床を転げ回る。
 そして、何とか言葉を絞り出す。

「誰だ! 誰なんだ! キサマ! もしかして神人か!」

「神人? 何を言うておるのじゃか。妾はビクトーリアじゃと言うたであろう。」

 ビクトーリアは涼しい顔でそう言うが、最高神官長はまだ気付けずにいた。
 その時、ニグンが代表する様に口を開いた。

「最高神官長。この御方はビクトーリア・F・ホーエンハイム様。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様で御座います」

 ニグンの言葉を聞き、最高神官長の顔色はどんどん白くなって行く。喉の渇きが増大し、体中からねっとりとした汗が噴き出すのを感じる。
 真実なのか?と言う頭に、嘘だと答える心。
 これはスレイン法国、いや、六大神、もしくは四大神でも良い、それを信仰する者達には決して認められぬ出来事なのだ。自らの全てを捧げた神々が、力の限りを尽くしても封印が精いっぱいの者が目の前に居るのだ。
 ニグンとは違い、最高神官長と言う立場から六大神の事は良く知っていた。知っていると言っても、直接の事柄では無い。識っていると言い変えた方が適切であろう。
 番外席次が守る宝物澱、そこに眠る法国の秘宝、六大神の残した武具に触れる機会があった、と言う事だ。
 それを直に見、そして触れた事がある最高神官長には解る、この世界のどんな物でも傷つける事さえ不可能だったその武具を纏った六大神と、一人で戦い死ななかった者。それがどれほど危険な存在か。
 最高神官長は、恐る恐るニグンに声をかける。

「陽光聖典隊長よ、真実か? 真実なのか?」

 この問いに、ニグンは今までの出来事を語った。カルネ村での一件を、天使の集団を一瞬で屠った事を。
 最高神官長はがっくりと膝を付く。もう信じるしか無かった。

「王よ、どうか私を御裁き下さい。ですが、何卒、法国の民を御救い下さいますよう」

 最高神官長は命を差し出す覚悟を決めた。
 だが、ビクトーリアの返事は奇妙な物だった。

「困ったのう。うぬの命なぞ、妾はいらん」

「は?」

「は? では無い。償いがしたいなら、殺めた者達にせえ。妾から言う事は、二つの願いと一つの提案だけじゃな」

 こうしてスレイン法国の最奥で起こった亡国の危機は去って行った。
 最高神官長は、すぐさま法国の最高会議を開き、被害にあった者達への救済を決めた。もちろん犯人が自分達だとは隠してだが。
 ニグンはスレイン法国に残り、最高神官長付きの次官となった。これは煉獄の王との橋渡しをするための処置であった。
 ビクトーリアに関しては、最高神官長止めの最高機密とされ、外部には一切漏らさない事が決定する。
 そして、スレイン法国最高機密、漆黒聖典番外席次、神人、絶死絶命は………………スレイン法国から姿を消した。



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終結

 スレイン法国の最奥、その地下通路をビクトーリア、番外席次、ニグンの三人が歩いていた。次からの転移に向け、そのポイントへと向かう為に。
 転移到着点は、あのすり鉢状になった円形劇場の中心点と決めた。
 その道行きでビクトーリアは、ニグンに細かい指示を与える。

「ニグンよ、うぬの右腕、暫くの間再生は利かぬはず。じゃからな、一日に一回治癒魔法をかけ、再生したら連絡をよこせ。」

 この指示に対し、ニグンは不思議そうな表情で説明を求めて来た。

「それなのぅ、妾のクラスの一つが関係していての、それの、まあ、呪いみたいなものじゃな。妾の攻撃を受けた者は、一定時間、回復や解呪が出来なくなるのじゃよ」

「の、呪い!」

「まあ、そう驚くな。死に至る物では………………無い」

「王よ、その間は……」

「重傷の場合、治癒が利かねば死に至るであろう。」

 この答えに納得したのか、ニグンは成程と合意する。若干震えてはいたが。
 その後、日報?の提出や、六大神に関わる物の精査、六色聖典の同行の報告などを言いつけ指示は終わる。
 そして一行は目的の場所へとたどり着き、ビクトーリアはゲートのスクロールを展開した。目の前に暗闇が広がる。ビクトーリアは、一度ニグンに視線を向けた後、暗闇に向け歩みを進めた。暗闇がビクトーリアの身体を飲み込んで行く。番外席次もそれに続く。二人の姿が闇に飲まれ、暗闇が消滅した。
 その瞬間、ニグンは腰が抜けた様にその場で座り込み、大きなため息を吐いたのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 暗闇を抜けると、懐かしの、と言う程でも無いが、カルネ村外れの平原が広がっていた。そこには、大きく分けて二つのグループが出来ていた。王国戦士団とカルネ村の男衆と言うグループと、項垂れながら腰を下ろしている、スレイン法国陽光聖典の者たちだ。
 ビクトーリアは視線を巡らせる。
 陽光聖典の傍らには、セバスが付いており、監視の任についていた。
 そして、お目当ての人物は、村人達と共にいた。その人物の下へと、ビクトーリアはゆっくりと歩き出す。漆黒の、夜の闇を写し取ったかの様なアカデミックガウンを纏った者の所へ。

「ただいま、アインズ」

「ビッチさん」

 平然を保つ様な言葉遣いだが、どこかほっとした様な響きがその声から感じられた。

「どうでした? 村の人達はアレで勘弁してくれましたか?」

 ビクトーリアの言うアレ、とは陽光聖典達の右腕を指していた。

「ええ、まあ」

「普通はそうじゃな」

「ですが、戦士団から状況を聞いて、それほどの恐怖を味わったのならと」

 アインズの言葉に、ビクトーリアは空を見上げながら言葉を紡ぐ。
 それは誰かに語りかける様でありながら、独白の様にも取れた。

「さようか。彼らは、強き者なのじゃな」

「ええ。そうかも、いや、そうですね」

 ビクトーリアは、視線を空から大地に戻し、仕切り直しだとばかりに口を開く。

「皆の者、向こうとは話が付いた。何かしらの謝罪が来る筈じゃ。済まぬがそれで手打ちとしてはくれぬか?あ奴らも、国に命じられて行ったのじゃ。気が済まぬと言うのなら…………妾がスレイン法国を焦土と化そう」

 物騒な物言いを交えながら、ビクトーリアは再度確認の言葉を口にする。これは、カルネ村の住人だけでは無く、王国戦士団にも向けられていた。
 その意図にすぐに気付いたのは、ガゼフ・ストロノーフ。

「兵士は国の意思には逆らえん。我らはそれで良い。それに……彼らの、あの姿を見てはな」

 そう言って、何かを含んだ笑みを漏らす。含まれた物は、恐らく憐みなのだろう。陽光聖典の者たちへの、そしてスレイン法国に対しての。
 続いて導かれる様に、カルネ村村長の言葉が続く。

「私らも戦士長様と同じ。殺された者達への悲しみや、法国に対しての恨みは消えはせんだろうが、もう戦は御免じゃ」

 二人の言葉に対して、ビクトーリアは、まるで礼を言う様に一度腰を折ると陽光聖典達の下へと向かう。
 陽光聖典達の下には、見張りとしてセバスと、何故か番外席次がいた。
 近寄って来るビクトーリアに対して、セバスは腰を折り礼を示し、方や番外席次は、嬉しそうに抱きついて行く。
 陽光聖典達の前にビクトーリアは立つと、腰にぶら下がる番外席次を気にも留めず、目の前の者達に話しかける。

「うぬら、話は付いた。もう帰っても良いぞ。と言うか帰れ。」

 この言葉に、陽光聖典達の反応は、言葉にするならポカンだった。
 帰れ?どうやって?歩いて?この体で?陽光聖典達の中に、疑問と言う名の恐怖が広がって行く。もし、意見を言って機嫌を損ねたら、自分達は一体どんな目にあわされるのか。目の前に居るのは、真の意味で恐怖と暴力の体現者なのだから。だから、何も言えなかった。只、沈黙を守る他無かった。
 暫しの沈黙の後、陽光聖典達の一人が口を開く。その者は、陽光聖典の副リーダーの地位にある者らしい。

「煉獄の王、申し訳無いが、我らの体力を思うと、すぐに出立は難しいと考えられる。今暫くの猶予を」

 その顔からは、必死さが滲み出ており、自らの命と引き換えに、何とか願いを聞いて貰おうと言う意思が見えた。しかし、ビクトーリアからは、願いの受託は得られなかった。
 その代わりに、残酷な未来を知らされる。

「困ったのう。妾は別に良いのじゃが……うぬら、このままじゃとちぃいと不味い事になるぞ」

「不味い事、でしょうか?」

「そうじゃ。うぬは頭が固いのぅ。まず、此処は何処じゃ? 今は何とか納得しておるが、明日になれば気が変わるかも知れぬ。そしたらうぬら、殺されるぞ」

「?」

「解らぬ、と言った顔じゃな。この村の者を屠ったのは誰じゃ?」

 陽光聖典達の顔色が一気に青ざめる。
 しかし、ビクトーリアの未来予告は終わらない。

「そして、ここは王国の領地。早よう逃げんと、うぬら捕虜として捕まるぞ。その先どうなるかは知らぬがな」

 そう言ったビクトーリアの表情は、すこぶる楽しげだった。
 だが、陽光聖典達にも事情がある。体力は立つ事がやっとと言った感で、気力に至っては、天使の召喚と、ビクトーリアから与えられた恐怖でギリギリだ。ここに残る事も出来ず、だからと言って国に帰るほどの余力も無い。
 陽光聖典達は、またもや沈黙するしか無かった。その姿を見つめるビクトーリアから、ため息が漏れる。陽光聖典達からは、恐怖の声が漏れるが、実際にはそうでは無かった。
 ビクトーリアは、どこかにメッセージを飛ばした後、アインズに向かって手招きをする。それに気づき、アインズはゆっくりと近づいて来た。

「アインズ、ゲートの魔法を」

「は?」

 ビクトーリアのリクエストに対し、アインズは素っ頓狂な声を出す。

「コイツら帰すから、ゲートの魔法、お願い」

「いやいや、ビッチさん。無理です」

「なんで?」

「俺、スレイン法国知りませんよ」

 アインズの答えに、今度はビクトーリアがキョトンとした表情をする。その後、「チッ!」と言う舌打ちと共に、うっかりミスを隠すとばかりに考えるポーズを取る。そして、おもむろに空中に浮かんだ歪みに手を入れると、一つのアイテムを取り出す。

「ほい」

 短い声と共に、乱雑にそれをアインズへと手渡す。

「これは?」

「魔封じの水晶。それに魔法込めて」

「どうしたんです?」

「もらった」

「誰に?」

「ニグン」

「誰です?」

「陽光聖典隊長」

「え? あんた……向こうで何やって来た」

 アインズが、怒気を強めて問いかける。だが、相手はビクトーリア、のらりくらりと言葉遊びの様にはぐらかす。それでもアインズの追及は止まず、最後はビクトーリアが折れる形となった。
 水晶に魔法を込める事を条件に。

「……で、裁判めいた事を致しまして、向こうの偉い人にこう言う事はダメですよ、とコンコンと説いた訳」

「それで?」

「まぁ、向こうも解ってくれて、罪滅ぼしに援助やら何やらをすると」

「それを条件に手打ちと?」

「そう言う事」

 アインズは、ビクトーリアを見つめながら考えを巡らせる。コイツは絶対に何かヤバい事をしでかして来ている、と。だが、思慮深さでは自分よりも上だと言う事もしっている。
 ビクトーリアが、今、話さないと言う事は、今は知るべき時では無いと言う事なのだろう。それを解っていたから、アインズはこれ以上の追及を止めた。
 しかし、一つだけ確認しなければならない事があった。

「解りました。しかし、一つだけ」

「なにかな?」

「ビッチさんの腰に張り付いているのは、誰です?」

 この問いに、ビクトーリアは、腰に抱きつきニコニコと笑顔を浮かべる番外次席に視線を移す。
 一瞬の間の後、再びアインズと向き合いながら

「スレイン法国からの研修生……かな?」

 ニコリと少女の様な笑みで誤魔化した。

「はぁ。細かい事は後で詳しく教えて下さい。皆にはビッチさんのNPCって言う事にしておきますから」

「ありがと」

 そう言ってアインズは、魔封じの水晶を受け取るとゲートの魔法を込める。込め終わった水晶は、ビクトーリアに返還され、魔法が発動された。陽光聖典達の前に、転移門が開く。それを前に、陽光聖典達に向け、ビクトーリアが口を開く。

「ほれ、さっさと帰れ。これをくぐれば懐かしき法国じゃ。ニグンにも連絡済じゃからな」

 そう言われても、喜んで転移門をくぐる者などいない。だからと言って、拒否すれば目の前の恐怖の大王に何をされるか分かった物では無い。前門の狼に後門の虎、それどころか右門には村人からの殺意、左門からは王国の捕虜。どれを選ぶかと聞かれれば、選択肢は一つしか無い。
 法国へと帰る道だ。
 陽光聖典達はゆっくりと立ち上がると、転移門へと入って行った。全員がくぐり終え、転移門が霧散する。
 それを確認したアインズとビクトーリアからため息が漏れる。
 大変な一日だったと。
 だが、まだ一日は終わってはいない。
 ナザリックでの事後処理が待っているのだ。
 アインズにビクトーリア、そしてセバス、番外席次の四人は、村長の家に赴き、今後の事を確認し、ナザリックへと帰還した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 四人?は無事転移に成功し、ナザリック地下大墳墓表層階に居た。
 そこには連絡を受け、出迎えに来たアルベド、ユリ、ペストーニャの姿があった。
 ユリ、ペストーニャは目をつむり、礼儀正しく腰を折っているが、一人、違和感を醸し出している者がいた。
 アルベドだ。
 一件他の二人と同じ様に見えるのだが、艶やかなその髪の隙間から垣間見える表情は、単に異常性が滲み出ていた。星を封じ込めた様な黄金の瞳は、ドロリと濁り、艶やかなその唇は、大きく歪み、また、呼吸は荒く頬は紅潮している。そして、腰から生える濡羽色の翼は、時折ピクンピクンと痙攣を起こしていた。
 つまるところ発情中なのである。
 ビクトーリアは幸せであった。この場にアインズが居なければ、その身にどんな仕打ちが襲って来たか。
 そんなアルベドの仕草にアインズは首を捻るが、疑問の解決は後回しとし、ユリとペストーニャに声をかける。

「ユリ・アルファ、ペストーニャ・ワンコよ」

「「はっ、モモンガ様」」

「お前達は第六階層にある星青の館(せいせいのやかた)を識っているか?」

 星青の館、第六階層の森の中に佇む洋館の名である。
 第六階層の自然群や空をデザインしたギルドメンバー、ブループラネットが、疑似でも自然の中で暮らしたいと願い建造された場所である。
 時折、ギルドの女性陣&彼女達の創ったNPC達のお茶会場所としても貸し出されており、当然その女性陣を創造者に持つ二人は、その存在、位置を把握していた。

「はい。存じ上げております。」

 この問いには、ユリが代表として答えた。
 その返答にアインズは、短く相槌を打つと、番外席次の肩を押す。

「紹介しよう。この者はビッチさん、いや、ビクトーリアのNPCだ。暫しの間、ナザリックで預かる事となった。
自らの同僚と思い接するのだ。」

「「畏まりました」」

「そこでだ。二人にはこの娘を星青の館まで案内を頼む」

「「畏まりました」」

 この言葉を聞いて、番外席次は不安げにビクトーリアに視線を向けるが、返された微笑みに頷き二人と共にこの場を後にした。そして、それを追う様に、残された者達も目的の場所へと歩を進める。




~ナザリック地下大墳墓 第十階層 玉座の間~

 水晶から削り出された、キラキラと光を乱反射する玉座にアインズはどっかりと腰を下ろし、集まった者達を見つめる。
 そこには、守護者統括アルベド、各階層守護者、執事セバス、そしてプレアデス、一般メイド。至高の四十一人から名前を付けられた、全NPCが集合していた。

「まず初めに、今回の行動について詫びよう。そして、伝える事がある。私は名を変えた。これより私を呼ぶ時は、アインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼ぶが良い」

 この発言にNPC 達は声をそろえ

「「アインズ・ウール・ゴウン万歳! アインズ・ウール・ゴウン万歳! アインズ・ウール・ゴウン万歳!」

 声高らかに賛辞する。

 アインズは右手を僅かに挙げ、これを沈めると次の議題へと話を進める。
 デミウルゴスからの、ナザリック地下大墳墓周辺の様子や、各階層の防御レベルの報告。そして、ナザリックの隠ぺいに関する指示。まずは最初の一歩、と言うべき事柄を終え、アインズは最後の議案を提示する。

「皆の者、聞け。私は常々罪には罰を、功には褒美をと思っている。それは、どんな地位にある者にも適用される。それが………………神であってもだ! ……ビクトーリア・F・ホーエンハイム、入れ」

 玉座の間の大扉がゆっくりと開き、ビクトーリアが入室する。
 背筋を伸ばし、笑みを浮かべ、静かに歩を進めた。アインズの五メートル程前で、その歩みは止まる。

「さてビクトーリアよ、今回のお前の身勝手な行動は、ナザリックを窮地に陥らせる可能性があった。従って私は、ギルドマスターとしてお前を捌かねばならぬ。解るか?」

「ええ。理解している」

 言葉は静かに交わされるが、辺りを支配する静寂に、徐々に緊張感が混ざって行く。

「そうか。では罰を言い渡す。ビクトーリア・F・ホーエンハイム、その力を封じ、第六階層星青の館での謹慎を持って罰とする。ホールド オブ グレイプニル!」

 その言葉と共に、ビクトーリアの足もとに魔方陣が出現し、そこから現れた鎖が蛇の様にビクトーリアを捕縛した。ホールド オブ グレイプニル、伝説級(レジェンド)に分類され、各ボスと呼ばれる物以外は、一定時間行動不能にする効果を持っているアイテムである。
 完全に自由を奪われ、ビクトーリアは地に伏せる。
 それを見た瞬間、駆け出す者がいた。セバスである。
 だが、その行動はコキュートス、シャルティアによって防がれた。右肩をコキュートス、左肩をシャルティアが押さえつけ、セバスを膝まづかせる。
 だが、それでもセバスの憤りは収まらなかった。セバスの眼には、自身の創造主が拘束されている様に見えたのだ。セバスは、セバス・チャンと言うNPCはハッキリとビクトーリアの中にたっち・みーを感じていた。
だからこそ許せなかった。
 そして、理解出来なかった。
 正しい行為を行ったビクトーリアが、何故罰を受けなければならないのかを。

「アインズ様! 何故です!」

 セバスは呼びかけるが、アインズは沈黙で答える。
 代わりにデミウルゴスが口を開く。

「何を言っているんだね、セバス。アレはこの、至高の方々が御造りになったナザリックに害を与える物だよ。そんな化け物は鎖に繋いでおくのが一番じゃないか」

「な、何を言っているのかは、あなたの方ですデミウルゴス! ビクトーリア様は、此のナザリックの神! その御方を拘束するなど!」

 僕二人の言い争いを、静かに見つめるアインズの耳に、ギリッと言う歯を噛む様な音が聞こえた。その音を立てた人物は容易に推測出来る。アインズは囁く様な声で、その者に言葉をかける。

「アルベド、耐えよ」

「………………は」

 アルベドを抑えたアインズは、皆に向け言葉を放つ。

「鎮まれ!」

 その言葉で、場の喧騒は一気に静けさを取り戻す。

「セバス、お前にも罰を与える。ビクトーリアと共に、星青の館での謹慎だ。私は外を確認に行く。デミウルゴス、着き従え」

「はっ」

 その言葉を最後に、アインズは玉座の間から姿を消す。他のNPC達も徐々に持ち場へと帰って行った。残されたのは、アルベド、セバス、ユリ、ペストーニャ、そしてビクトーリア。
 鎖に縛られるビクトーリアを前にセバスはひざまづく。

「申し訳ありません、ビクトーリア様」

 その声は震え、まるで涙を流している様だった。

「良い。セバス、モモンガさんを憎まないでおくれ。妾を守るには、これしか無かったのだから。悲しい思いをさせたね。ごめんね。そして……ありがとう」



長かったカルネ村編も今話で終了。
次話からは漆黒の戦士編に突入します。
モモンガさんが主役です。
ビッチさんは裏でいろいろ。
では。


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漆黒の戦士 王の望み

 満天の星空。
 漆黒の中に点在する輝き。
 その小さな光は、人々の命の輝きを映しとったかの様だった。
 その、魂魄の安息の場に、僅かに見える染みがあった。地上から見上げるその煌きに、まるで不幸を暗示する様な一点の闇。夜空を見上げるほとんどの者達は、気付かないであろうその染みは、この世界の未来を現していたのかも知れない。
 その染みの正体は、死の支配者、オーバーロード、アインズ・ウール・ゴウン。空中で、その身に纏う漆黒のアカデミックガウンを揺らしながら、世界を見つめていた。隣には変態し、カエルの様な顔と、蝙蝠の様な翼を生やしたデミウルゴスが、無言で控えている。
 アインズは、デミウルゴスの存在を気にする仕草も無く、右手を掲げた。そして、煌く星を手に入れるが如く、ゆっくりとその手を握って行った。無論、星を掴む事など出来ないのだが、右手を胸元まで戻し、その骨の拳を、親指から一本ずつ開いて行く。
 開かれた掌には、当然何もなかった。
 アインズは、小さくため息をひとつ漏らすと、誰に言うでも無く、言葉を漏らす。

「奇麗だ。夜空とは、こんなに奇麗な物だったのか。」

 そう呟くと、視線を下へと向ける。眼下には、どこまでも続く平原が広がっていた。
 アインズは思い出す。
 何時かビクトーリアが語っていた、冒険の数々を。クリエイト系のクエストを主としていた、自分達とは正反対の冒険譚を。
 YGGDRASILと言うゲームの真髄は、探究と言う言葉に尽きる。頭が可笑しいと、常々言われていた運営から投げかけられる、クエストと言う名の難問をプレイヤー達は必死で解いて来た。
 YGGDRASILに置ける難関クエストとは、ボスの強さや、ダンジョンの複雑さとかでは無かったからだ。数々発表されるクエストの、どれがどう繋がって、それに必要なアイテムは何か?それをどう作ればいいのか?などを精査しクリアして行く。それは、ストーリークエストとプレイヤーには呼ばれ、一部のプレイヤーからは、絶大な人気を誇っていた。だが、何故一部のプレイヤーからなのか、それは、ストーリークエストは非常に長い期間で行われるからだ。現に、ビクトーリアの隠し種族に関係したストーリークエストなど、約三年がかりでの物だった。そんな一面も、YGGDRASILと言うゲームにはあった。
 脳裏に浮かぶ思い出を噛み締めながら、アインズから言葉が漏れる。

「冒険、してみたいな」

 その言葉は、死の支配者では無く、プレイヤー鈴木悟の物だったのかも知れない。
 だが、アインズの発言に、素早くデミウルゴスが反応する。

「アインズ様。この地の情報が、あまり無い現状での冒険は非常に危険であります。現地調査なら、我ら僕に御言い付け下さいますよう」

 この言葉に、アインズは答える事はせず、只、世界を見つめていた。
 そして………………

「ならば、世界征服なんて良いかもな」

 そう、ポツリと呟いた。
 頭を振り、馬鹿な事だと思いながら、アインズは後方へと視線を向ける。
 そこには、ナザリック大墳墓があり、墳墓周りの地面が波打っている様に見えた。まぶたも眼球も無い目を、少し擦って見るが、やはり地面は鳴動していた。そこで、ある事に気が付いた。

「あれは、マーレの魔法か?」

「はい、アインズ様」

「そうか。全ての処置が終わった後、マーレに私の下へと来るよう言っておいてくれるか?」

「畏まりました」

 その言葉を最後に、二つの異形は闇に溶けて行った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 鎖で上半身を拘束されたまま、ビクトーリアは第六階層にある星青の館に到着する。
 ビクトーリアの後ろには、セバスが付き従い、その後にはユリ、ペストーニャが並んで歩く。
 その隊列は、最後尾を歩く性欲の権化からビクトーリアを守るかの様だった。
 いや、実際そうだった。第十階層を出た辺りから、徐々に息が上がり、時折「くふ」とか「くふふ」などと言った奇声を発し続けている破裂寸前の淫乱処女ビッチから。
 またの名をナザリック大墳墓 守護者統括アルベドから。
 生真面目な性格のセバスは、その使命感からビクトーリアを、いや、ビクトーリアの貞操を守る使命に燃えているが、後を歩く二人の心情は、うんざりだった。なにせ、執務室で遠隔視の鏡を見てからずっとこの調子なのだ。女の匂いをまき散らせながら、ブツブツと愛しい者の名前を呟くその姿は、同性から見てもドン引きの姿だった。
 そんな事など露にも気にせず、いや、実際には背中にひしひしと感じながら、ビクトーリアは扉を開き館の中へと歩を進める。
 館の中は、単に見事な物だった。
 アールデコを基調とし、柱や、階段の手すりに至るまで、非常に凝った仕上げがなされている。
 その中に、ドレスを纏ったビクトーリア、執事服のセバス、そしてメイド姿のユリとペストーニャが収まると、実に見事に絵になる光景だった。
 皆が興奮と共にその造形美に見惚れる中、別の物に注目する四つの目があった。今か、今かとタイミングを計る。
 ビクトーリアから、ゆっくりとセバス、ユリ、ペストーニャが離れる。
 もう少し、絶好の空間まで後僅か。
 そして、その時が訪れた。姿勢を低くし、絶好のタイミングで地面を蹴る。ビクトーリアの前後から影が猛スピードで駆け出した。
 そして、その影はビクトーリアの………………股間部と臀部へ突貫する。

「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 館にビクトーリアの悲鳴が響き渡る。
 ビクトーリアは、慌てて自身の下半身を確認する。その臀部には、割れ目に顔を埋める守護統括が、そして、股間部には、扉の陰で機会を伺っていた番外席次の姿が。

「ビッチ様ー、ビッチ様ー、ああ、ビッチ様ー!」

「おおさま、おおさま、ふにふにふに」

「やめんか、やめろ、やーめーろ!」

 最早、制止の声は届かなかった。
 星青の館は、いや、ビクトーリアの周りはカオスと化していた。愛おしい者の香まで愛しむ様に、二人は顔を押し付ける。

「痛い! アルベド! お尻に、つ、角が! 角がめり込んでるから! アルベド!」

 ビクトーリアは、必死で引きはがそうとするが、相手はLv100の前衛職と、Lv90オーバーの前衛職。密着状態では、さすがの近接戦闘ガチビルドであるビクトーリアでも、拘束された状態では容易な事では無かった。
 しかし、ビクトーリアは一人では無い。ここには頼もしい常識人がいた。
 取り残された様にボーゼンとしていた三人は、急ぎアルベドの引きはがしにかかる。だが、相手はアルベド、愛と言う燃料を情欲と言う力に変えて我が道を行く暴走機関車、そう簡単には行かない。それなりの時間をかけ、何とか引きはがしに成功する。
 だが、それでも名残惜しかったらしく、じりじりとビクトーリア目がけて牛歩の歩みで近づいて行く。
 ビクトーリアは、それを警戒しながらも、まずは目の前の敵の排除を優先する事にした。それも、強引な手を使って。

「小娘! いい加減にせんかー!」

 その言葉と共に、無詠唱化したエレクトロ・スフィアを首筋に打ち込んだ。
 ビクンと一つ痙攣し、番外席次はその場に崩れ堕ちた。しかしその表情は、とても満足げだった。
 一仕事終えても安心は出来ない。最強の獣が、背後に迫っているのだから。
 ビクトーリアは振り返ると、ゆっくりとした歩調でアルベドに近づいて行く。一体何が起こるのか、セバス達の顔に緊張が走る。二人の距離は徐々に縮み、ほぼゼロ距離となる。
 この後一体何が?その何とも言えない空気が部屋を支配した瞬間、ビクトーリアはアルベドの身体を、しっかりと抱きしめる。番外席次や、ネムにした様に慈愛を持ってしっかりとその身に包んだ。アルベドの表情は、発情期の獣のそれから、徐々にいつもの貞淑な物へと戻って行った。

「ビッチ様……」

「うん」

「愛しのビッチさま」

「うん、アルベド。………………甘えるのは良いけど、私の胸とお尻揉むのはやめようね。みんないるから」

「……はい」

 頬を赤らめながら、アルベドは返事を返す。しかし、それが羞恥から来る物か、ビクトーリアの注意にある、“みんながいるから”に対して、誰も居なければ好きにして良いと言う解釈からかは、アルベドのみ知る事であった。
 そんな、愛する者の感触と香りを堪能するアルベドが、真面目な声色でビクトーリアへ囁きかける。

「ビクトーリア様……」

 ビクトーリア様、ビッチ様では無く、ビクトーリア様、とアルベドは呼びかける。

「何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」



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王への涙

「何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 アルベドのこの発言に、場の空気が凍りつく。
 質問の真意を理解している者、していない者。だが、ビクトーリアの言葉に、疑問を感じていた者もこの場にはいる。しかし、この問いにおける回答は、決して表に出すべきでは無い。それが、モモンガとビクトーリアの気持ちだった。
 ビクトーリアは必死に頭を回転させ、この場を乗り切る方法を絞り出す。だがそれは容易な事では無かった。セバス、ユリ、ペストーニャには、アルベドの言った言葉が全て聞こえている。君達の聞き間違いだ、などと言う言い逃れは決して出来ない。ましてや、「何言ってんの」などと、とぼけるのも愚策だ。
 悩んだ末、ビクトーリアは暫し時間を開ける事にした。自分自身にとっても、守護者達にとっても、若干のクールダンは必要と思ったからだ。
 ビクトーリアは、拘束時間が過ぎた鎖を解くとアイテムボックスにほおりこみ、皆を見回した後、口を開く。

「皆、暫し待て。妾はこの者を寝かせて来るゆえ」

 そう言って番外席次を抱きかかえると、階段を上り、寝室と思われる部屋へと消えて行った。
 残された守護者達は、お互い顔を見合わせながら無言で時を過ごす。誰もが、先ほどの言葉の真意をアルベドに確認したい気持ちは持っていたであろう。だが、“全ての責”と言う言葉がそれを躊躇わせていた。もし、この場に シャルティアかルプスレギナ辺りが居たなら、話は早かったかも知れない。しかし、この場にはナザリックの中でも、特に慎重派、もしくは穏健派が集まっていた。だからこそ、ビクトーリアの帰りを、口を噤んで待つ、と言う選択肢を選んだのだった。
 一方、ビクトーリアは番外席次をベッドに寝かせると、アイテムボックスを掻きまわしていた。そして、やっとの事で目当ての物を探し当てる。
 アイテムボックスから取り出したそれは、何の変哲も無いアイテム。
 防御力も、特殊効果も、何も付与されてはいない衣装、いわゆるパジャマと呼ばれる物だ。クラン、魔女の夜明けで定期的に行われていた、パジャマパーティと呼ばれる情報交換会での着用が義務づけられたアイテムである。
 ビクトーリアは、番外席次の装備を手早く剝ぎとると、パジャマ片手に一息吐き、眠る少女の生まれたままの姿を見つめながら

「見事にぺったんこじゃの。下は影も見えん。エルフとはいと悲しき種族なんじゃろか? これで二百歳とは………………アウラの未来も真っ暗じゃな」

 などと、失礼極まりない感想を呟く。
 だが、いつまでも全裸で放って置くのも忍び無い。ビクトーリアは、いそいそと番外席次にパジャマを着せ、正しくベッドに寝かせる。
 布団をポンポンと軽く叩き、作業終了の合図を自己演出した瞬間、背後から冷えた声が語りかけた。

「本当にあなたは愚かだ。甘くて優しい愚か物だ」

「そうかな?」

 言葉をかけられた事に驚きもせず、ビクトーリアは振り返らず答える。
 その行為のせいなのか、それとも言葉になのか、背後の者は苛立ちを顕にしながら、言葉を続ける。

「そうです。あんな者達など放っておけば良い。誰のおかげで絶望を味合わなくて済んでいるのかも気付かない、いや、気づこうともしない輩など。あなたが恨まれて、そして傷ついてまで守る価値は無い。さらにはアレらの創造主達も。……全ての責任をあなたに! ……ビクトーリア様に押しつけた者達を救うなど、馬鹿げている! 違いますか! 違いますか! 我が創造主様っ!」

 悲痛な叫びだった。
 ただ、そうただ、ビクトーリアの身を案じての言葉だった、怒りだった。
 ビクトーリアは、ゆっくりと振り返ると声の主を抱きしめる。

「お前の言う通りかもしれない。でもね、どんなに憎まれても、どんなに傷つこうと、一人でいるよりはずっと良い。孤独の寂しさに、虚しさに、恐怖に比べればずっと良い。モモンガさんは私の傍に居てくれた。私の話し相手になってくれた。私に笑いかけてくれた。私には、それで十分なんだよ。許しておくれ、我が愛しき子。怨まないでおくれ、彼らを」

 抱きしめられた腕から逃げる様に離れると、「あなたは、本当に愚かだ」と言う言葉を残し、その者はビクトーリアの影へと沈んで行った。
 暫しの間、自身の影を見つめていたビクトーリアだが、気を取りなすかの様に、自分の頬を両手で叩き、守護者達の元へと歩き出した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「ふむ、待たせのう」

 そう言って、二階へ上がった時と同じ笑顔でビクトーリアは戻って来た。
 その顔を見た守護者達は、一様にほっとした表情を浮かべた。
 階段を下り終り、一階に降り立ったビクトーリアは、守護者達に落ち着ける場所は?と問いかける。腰を下ろせる場所として食堂などが候補に挙がったが、不敬であると却下され、場所は書斎に決まった。
 扉を開き、入ったそこは、見事に書斎と言う場所を現した場所だった。
 一番奥に重い色合いの、――年月を育んだマホガニーだろうか――机に、柔らかなクッションの椅子。扉の右側には一対二脚の椅子と三人掛けのソファー、そしてテーブルが一つ。壁際には机と同じ素材で出来た本棚が並び、そこには古びた本が並ぶ。
 ビクトーリアは、感心しながら椅子に腰かける。守護者達に着席を進めるが、それはやんわりと断られた。
 机に置いた手で頬杖を付きながら、ビクトーリアは、さてと再開の合図を送る。
 これを理解したアルベドは、先ほどとは違い、落ち着いたトーンで語り始める。

「では、僭越ながら。……何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 改めて疑問を口にする。だが、クールダウンの時間を置いた事で、ビクトーリアも冷静さを取り戻していた。

「責、か。しかしアルベド、妾は何の責も負ってはおらぬが?」

 努めて冷静にビクトーリアは言葉を返す。
 が、これがいけなかった。抑圧されていたアルベドの感情が、一気に吹き出したのだ。

「それは嘘です! ビクトーリア様は、私達を捨てこの地を去った――」

「アルベド!」

 アルベドの言葉を遮り、ビクトーリアの激しい檄が飛ぶ。しかし、アルベドの激情も納まりはしない。追及しようとするアルベドに、それを妨げるビクトーリア。諦めないアルベドに、遂にビクトーリアが折れる形になった。
 そのためにビクトーリアは、セバス、ユリ、ペストーニャに退室を命じる。三人は怪訝な表情を見せるが、ナザリック地下大墳墓の最高機密に関わる、と言うビクトーリアの言葉に、渋々、と言った感で書斎を出て行った。

「して、アルベド。うぬの質問なのじゃが……」

「演技は御止め下さい」

 この言葉にため息を突きつつ、再び口を開く。

「そうだね。君は知っているんだろうね。じゃあ答えよう。何がしりたいのかな?」

「先ほどと同じです。何故、ビクトーリア様は全ての責を御一人で背負われるのですか?」

 再度ため息を吐いたビクトーリアは、虚空に手を伸ばし、アイテムボックスから木箱を取り出した。オーク材だろうか、木目のはっきりした木地に茶色いニスが塗られた様な木箱だ。
 アルベドは、その木箱をマジマジと見つめる。その瞬間、アルベドの瞳が見開かれた。その木箱の上部には……アインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれていた。
 ビクトーリアは、木箱を机の上に置くと、ゆっくりとその蓋を開けて行く。蓋は蝶番で固定されており、アルベドの側が開かれて行く。そして、その中身を視認した瞬間、驚きの声と共に、再びアルベドの瞳が見開かれた。
 箱の中に収納されていた物は、血を思わせる紅玉をはめ込まれた指輪、リング オブ アインズ・ウール・ゴウンだった。
 しかも、その数三十七個。
 ビクトーリアは指輪を前に、アルベドに向け話始める。

「アルベド、君はアカウントと言う言葉を識っているかい?」

「はい、ビクトーリア様。モモ、いえ、アインズ様から聞いた事があります。」

「モモンガ様で良い。ここには二人しか居ないから」

「はい」

 此処で一度首を縦に振り、ビクトーリアは話を進める。

「アカウントとは、リアルと呼ばれる世界と、私達が元居た世界を繋ぐ物だ。」

 アルベドは黙って頷く事で、ビクトーリアに話の続きを促す。

「彼ら三十七人は、YGGDRASILを去る時、つまりはアカウントを消す時に、私の元を訪れ、指輪とあるメッセージを残して行ったんだ。」

「メッセージ、で御座いますか?」

「うん。モモンガさんをよろしくと」

 アルベドは、その整った顔に、驚きを刻む。そして、それ以上の安堵も湧き上がって来ていた。やはり、この人は、自分の愛したビクトーリア・F・ホーエンハイムは、至高の四十人に対して何もしてはいなかったのだと。
 それどころか、呪いと言ってもいい程の重責を背負わされていたのだと。
 アルベドは、必死に冷静さを保ちながらビクトーリアと対峙する。

「ビクトーリア様、それを我ら僕達に公表されては」

「ダメだ。それはダメだよ」

 自分を諌めるビクトーリアの言葉は優しく、それでいて悲しげだった。

「捨てられるなんて事は悲しい事だ。知らなければ知らない方が良い。出来れば君にも知らずに居て欲しかった」

「その事はモモンガ様も?」

「いや、知らない。これは私と、この地を、いや、YGGDRASILを去った彼らしか知らない」

「では!」

 アルベドの声が非難する様な物に変わる。
 だが、対するビクトーリアの声色は同様に優しい物だ。

「今までずっと頑張って来たんだ。これ以上彼に重荷を背負わせたくは無い。」

 隣で見て来た君にはわかるだろ、とビクトーリアはアルベドに問いかける。
 そして

「一人は寂しいものだよ」

 と、付け加えた。
 アルベドは湧きあがる涙を抑え、片膝を付くと頭を下げる。

「ナザリック地下大墳墓 守護者統括アルベド。煉獄の王ビクトーリア・F・ホーエンハイム様に生涯の愛と忠誠を」

 そのまま部屋に沈黙が流れる。

「御許しを」

 そう言ったアルベドの言葉には、慟哭が含まれている様に感じられた。顔を上げ、必死に見つめて来るアルベドに、ビクトーリアは最大限の威厳をもって

「許す。妾と共に歩め」

 そう言葉を贈る。
 その後、ビクトーリアからの疲れたと言う言葉で、この場はお開きとなった。
 最後にアルベドから、「では、また明日」と言う言葉にビクトーリアも「また明日」と砕けた言葉で返した。その時のアルベドの表情は、とても嬉しそうだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 書斎を出たアルベドの前には、セバス、ユリ、ペストーニャの姿があった。
 だが、アルベドは何も言わず、館を後にする。その行動をユリ、ペストーニャは慌てて後を追う。セバスは僅か躊躇するが、事の重大さを思い後を追った。
 館を出て五十メートル程だろうか、アルベドが急に膝を付く様に倒れ込んだ。
 何が起こったのか解らず、三人はアルベドに駆け寄った。ユリとペストーニャが左右から、セバスが背後から様子をうかがう。
 三人の眼に映った姿は、両目から大粒の涙を流しながら、地面を握りしめ、ビクトーリアの名を連呼するアルベドの姿だった。



次話は、モモンガさんの出立準備と、お供の面接。
そしてちょこっとガゼフさんのお話の予定。


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王の脅威

おっさん同士の会話が、思ったよりも長くなった為、分割しました。
モモンガさんのターンは次話で。


 カルネ村の事件から数日後、ガゼフ達王国戦士団は、城砦都市エ・ランテルに滞在していた。
 国命である国内を荒らす賊の討伐は、無事完遂された。だが、被害調査と言う点で王国領の一番東のこの街まで足を運んでいた。
 一応王国への報告として、部隊の中で馬の扱いが上手い物を三人ほど選び、新たにこの城砦都市で購入した馬に乗せ出発させている。一方、エ・ランテルに残った者達は、著しく体力が低下している者は、宿で休養となり、動ける者は、物資の調達などの任に付いている。
 隊長であるガゼフは、どの任にもついてはおらず、一人、この都市の魔術師組合を訪ねていた。
 扉を開け、屋内へと足を踏み入れると、薄暗い明かりの先に受付が見えた。ガゼフは、そこに見える受付嬢とおぼしき年配の女性に、驚かさない様に静かに、且つ丁寧に声をかける。

「失礼。私は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。組合長殿は御居でで?」

 この言葉を聞いた瞬間、受付の女性は頬を引きつらせる。だが、話しかけられた事に驚いたのでは無い、男が口にした名前に驚いたのだ。しかし、そこは熟練の者、すぐに立ち上がると、ガゼフに一礼し階段を上がって行った。室内をあれこれと見ていると、先ほどの女性が戻って来た。ガゼフの前に立ち、礼儀正しく腰を折ると

「ガゼフ・ストロノーフ様、おまたせ致しました。当組合長テオ・ラケシル、歓迎するとの事です。三階の右の部屋で御座います。」

 そう言って再び腰を折る。
 ガゼフは丁寧に礼を言うと、階段を上り、目当ての部屋へと向かう。目的の部屋のドアを開けると、奥にある執務机にほっそりした神経質そうな眼をした男が座っていた。その者は、ガゼフの姿を見ると立ち上がり、両手を広げると言う芝居がかった仕草で歓待の意を告げた。

「これは、これは、戦士長殿。私は魔術師組合 組合長テオ・ラケシルと申します。今日は一体何用で?」

 ラケシルの挨拶に対し、ガゼフも自分の階級と名と、急な来訪を詫びる言葉を告げる。
 御互いの挨拶も終り、ラケシルはソファーに座る様に進める。二人ともが着席し、一息ついてから、ガゼフは本題を切り出した。

「ラケシル殿、まずはこれを見てほしい」

 そう言って懐から、ガラスの様な物で出来たアミュレットを取り出す。
 それを受け取ったラケシルは、一様に全体を眺めた後、口を開く。

「只のアミュレットに見えますが?」

「ええ。ここからの話は内密にお願いしたいのだが……」

 この問いに、ラケシルは頷きで返す。
 了承を確認したガゼフは、カルネ村での戦闘の一部始終をラケシルに話して聞かせた。話し始めの頃のラケシルの表情は、興味程度だったが、後半に行くにつれ真剣な物に変わって行った。

「つまりガゼフ殿は、これにどんな魔法が掛かっているか知りたいと?」

「そう言う事です」

「解りました」

 そう言うとラケシルは、アミュレットをテーブルに置き、両手を近づけて行く。

「付与魔法探知(ディテクト・エンチャント)」

 そして力強い言葉を紡ぐ。
 僅かの後、ラケシルの顔は大量の汗で濡れて行く。同時に目を見開き、驚愕の表情でガゼフを見つめた。

「ガゼフ殿……こ、これは………………」

 それ以上言葉が出なかった。
 ラケシルの慌てぶりを目の前にし、ガゼフの心にも焦りの感情が湧きあがる。一体ラケシルは、何を感じ取ったのだろうか?

「ガゼフ殿……これを身に付けていた者らは、全員無事、と言う事でしたな」

「ええ。重症、軽傷の違いはあれど」

「その者らのアミュレットは?」

「砂のように砕けておりました」

 もちろん、自分の物も、とガゼフは付け加える。
 今、ガゼフが持ち込んでいるアミュレットは、隊員達に配った時に、偶然袋の中に残った物だ。

「ガゼフ殿の部隊は、何名程で?」

 脈絡のない質問に、首を捻りながらもガゼフは答える。

「なるほど。その、三十数名の隊員達全てにコレを?」

「ええ」

 この答えに、ラケシルの表情はさらに曇る。

「ラケシル殿、一体それにはどんな魔法が掛かっているのです?」

 ガゼフはとうとう我慢できずに本題を口にした。
 だが、ラケシルの口は重い。まるで、認めたくは無い、いや、認められない何かが、そこにはある様に見える。
 ラケシルは、水差しからコップへと水を注ぎ、それを一息で飲み干すと、やっとの事で口を開く。

「ガゼフ殿。このアミュレットに込められた魔法は………………致命的な一撃を一度だけ無効にする魔法だよ」

 手を机に叩きつける、バンッ!と言う音を響かせ、ガゼフはラケシルに詰め寄る。その表情からは、驚きと、焦りと、畏怖が込められていた。

「では……これは」

「うむ、王国の秘宝、守護の鎧(ガーディアン)と同じ効果を持つアイテムだ」

 使いきりのアイテムだが、と付け加えるが、ガゼフの耳には届かない。それはそうだろう、国家の秘宝と位置づけられている為、装着主のガゼフでさえおいそれと身に付ける事が出来ない程の物が、使いきりと言え、ゴロゴロと現れたのだ。
 煉獄の王と言う言葉が、ガゼフの中で恐怖へと変わって行く。
 だが、ラケシルの口からは、別の見解が発せられた。

「確かにその者、煉獄の王は脅威でしょう。ですが、……私としては、隣に居た魔法詠唱者の方に恐怖を感じますが」

「どう言う事でしょうか?」

 ガゼフはラケシルの意図が解らず、説明を求める。

「真にその者が、伝承にある煉獄の王なのだとしたら、それは想像以上の化け物と言う事になります。何しろ四大神様が、総出でも封印がやっとの者ですから」

「ええ」

「しかしガゼフ殿、良く考えて見て下さい。話からすると、その者は煉獄の王と仲が良く見えたと言っていましたね」

「ええ、友人の様な関係に見えました」

「それですよ。どうやってそんな化け物の友になるのです? どんな人物なら煉獄の王と肩を並べられるのです? そう考えると、その魔法詠唱者も底が知れないと私は思いますが」

 ラケシルの言う通りだった。
 最初に村を襲っていた、陽光聖典の先発隊、そして陽光聖典の本体を、煉獄の王は一人で圧倒した。
 その現場の片方に居合わせた自分達は、その姿に恐怖した。しかし、あの魔法詠唱者、アインズ・ウール・ゴウンはどうだったろう。
 ガゼフは改めて思い出して見る。一つ一つの場面を記憶の限り遡る。
 ガゼフの背中を、じっとりとした嫌な汗が流れ落ちて行く。二人の会話、態度、思い起こせば起こす程、異常性が際立って来た。二人の間に流れていた雰囲気、それはあまりにも普通過ぎた。親しい友の様に、長年切磋琢磨して来た戦友の様に。
 彼が煉獄の王に、特別目を掛けられているのならばそれで良い。最も危険なのは、そうで無かった場合だ。彼が、アインズ・ウール・ゴウンが、煉獄の王と肩を並べる者と言う危険性だ。そうであった場合、王国は、いや、世界は、扱いを間違えれば終末へと導きかねない爆弾を二つも抱える事になる。
 ガゼフは、ラケシルに自分の考えを話すと、今後の情報交換を密にする事を確約し、魔術師組合を後にした。



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王の喧噪

「冒険がしたいです」

 星青の館の書斎で、ニグンから上がってくる報告書に目を通していたビクトーリアの前に、予告なしに突然現れた骨の第一声がこれだった。

「何を言っているんですか、モモンガさん」

 マジックアイテムである、赤いフレームの解析眼鏡を掛けたビクトーリアは、書類から目を離さずに言葉を返す。

「辛いんです!」

「そうですか」

 アインズの必死の訴えに、ビクトーリアは涼しげに返答を返す。
 まるで、別な物に集中しているかの様に。いや、実際そうだった。ニグンからの報告書は、実に有意義な情報が細かく書かれていたからだ。貨幣価値から、国同士の繋がり、特殊な職業、もちろんスレイン法国内の細かな情報も記されている。
 その情報の精査に夢中なため、今アインズの存在は邪魔でしかなかった。
 しかし、そんなうわの空での返事を繰り返していれば、真剣に相談しに来た者の怒りを買うのは当然の結果だ。

「ビッチさん! 真面目に聞いて下さいよ!」

 アインズには珍しく、大声で異議申し立てをする。
 ビクトーリアは、大きくため息を吐くと、眼鏡を外しアインズと向き合う。

「それで?」

「辛いんです。毎日、毎日、メイド達がですね、俺の世話を何でもしようとするんですよ。」

「はあ」

「それでですね、自分でやるからって言うと、……この世の終わりみたいな顔をするんですよ」

「ケッ!」

 ビクトーリアは、アインズの話を聞いた瞬間、毒づく様に舌打ちをする。

「ケッ! って何です。ケッ! って」

「はあ? 沢山の女の子にお世話されて困ってます? はあ? 死ね! あ、死んでるか」

 アインズの、リア充モテ話に憤慨したビクトーリアは、暴言で返す。

「そんな事言わずに聞いて下さいよ!」

 アインズから、悲痛な叫びが漏れだした。
 ビクトーリアは再びため息を吐くと、アインズへと視線を向け、話を聞く態勢をとる。それが嬉しかったのか、アインズはいそいそと椅子を持ってきて着席した。
 そして、すぐさま濁流の様に心情を吐露する。
 メイド達の一件もそうだが、やれシャルティアがくっ付いて来るとか、僕達の自分に対しての忠誠度が怖いだとか、一人になれないとか、そのせいで気を抜く事が出来ないとか、最早これは、相談では無く、愚痴だった。
 話を聞いているビクトーリアにだって愚痴はある。
 ナザリックの僕達の信頼が皆無であるとか、番外席次が、事あるごとに子作りを要求してくるとか、何故か毎晩ベッドが湿り気を帯びているとか、だが、この場ではアインズの話を、黙って右から左に聞き流す事に専念する。
 荒れた河川と化していたアインズの心は、何度かの沈静化と愚痴を吐き出す事で、一応の安息を得られた様だった。あらかた吐き出したアインズに、ビクトーリアは真意を聞き出す事にする。
 アインズは何がしたいのかと。

「冒険がしたいです」

 これがアインズの望みだった。本音は外へ出て、一人の時間が欲しいと言う所だろうが、あえてそこをツッコム様な事はしない。
 ビクトーリアは、眼鏡を掛けると、机の上に広がった書類の中から、一枚の羊皮紙を取り出す。

「それではこう言うのはどうでしょう。この世界には、冒険者と言う職業があるそうですが?」

「マジですか?」

「はい、マジです」

 この提案に、アインズは掌をワキワキと握ったり開いたりしながら、考えを巡らせていた。しかし、この行動を見るに、どうやら乗り気の様だ。

「行ってもいいんですかね?」

 アインズは、不意にこんな言葉を口にする。
 意味を訳せば、ナザリックから外に出てもいいのか?と言う意味だろう。

「一人では不味いでしょうね。守護者達が許しませんよ」

 この言葉に、アインズはがっくりと頭を垂れる。その姿に、ビクトーリアは、本日三度目のため息を吐くとこう切り出した。

「まず、最初の条件ですが、人の街へと行く訳ですよね」

「ええ」

「ならば、人に近い姿をした者が適切です」

 ここまで話すと、二人は適合する者達をピックアップして行く。

「それから第二の条件ですが、見ず知らずの人達の中で暮らす訳ですから、礼儀正しい者、ですね」

「そうですねぇ。トラブルはなるべく避けたいですし」

 そう言ってアインズは、僕達の顔を一人一人思い出してみる。しかし、どうにもピンとこなかった。何と言うか、こう、癖が強すぎるのだ。
 それはそれとして、御供として考えるに、まずは、階層守護者は外さねばならない。ナザリックの防衛を考えるならば、当然の結果だ。
 では次は、執事であるセバスだ。しかし、彼は現在謹慎中の身であり、今後別の任務に付ける予定があるため却下となる。
 ならば、プレアデスはどうだろう。すでに除外となっているのは、シズとエントマだった。シズの場合は、彼女自身がナザリックの防衛に関わっているため除外されている。そして、エントマは、彼女の愛らしい容姿の問題で除外された。無表情だと言って通すにも程がある、と。
 その他のメンバーの中で、まずは、長姉であるユリ。性格的にも、礼儀的にも何の問題も無いが、人前でポロリする可能性があるため除外となる。
 続いては、ルプスレギナ。アインズの感想としては、なかなか良いのでは、と言う感想だ。
 そして、ナーベラル。転移後、御側付きとして、よく身近にいるのだが、礼儀的な面から見ても、高評価を与えても良いとアインズは考える。
 最後にソリュシャン。全く問題が無さそうだが、はたして金髪縦ロールな髪形と言う、見た目豪華な冒険者が居るかどうかが不明なため、現実的には保留である。

「ビッチさん、俺的には、ルプスレギナかナーベラルが良いと思うんですが?」

 と言うアインズの発言に、ビクトーリアは首を縦に振り、肯定の意を表しながらも、一つの疑問を口にする。

「モモンガさんは、冒険者になって何がしたいんです? やはり、魔法詠唱者ですか?」

 この問いに、アインズは一瞬言葉を失うが、暫しの沈黙の後、ゆっくりとだが、自分の気持ちを正直に打ち明ける。

「俺は……。俺は戦士になってみたいんですよ」

「成程。それであれば、先ほどの二人はうってつけですね」

 そう言ってビクトーリアは、指を二本立てると言葉を続ける。

「それでどっちにします? 魔法詠唱者か? 神官戦士か?」

 二択を提示され、アインズは真剣に悩んだ。
 その結果、回復、蘇生等の神聖魔法は、スレイン法国との繋がりを邪推される恐れがあるため、遠距離での攻撃をアインズは選択した。

「やっぱり、戦士と魔法詠唱者の二人連れって、かっこ良いじゃないですか」

 は、アインズの弁。だが、この選択を後ほど後悔する事になるとは、今のアインズには想像出来なかった。
 話が一段落した所で、ビクトーリアが口を開く。

「現地協力者として、小娘をあてがってもいいんですけどね」

「ああ、あのスレイン法国の?」

「ええ、ですが、ちと問題が」

「あの娘にですか?一体どんな?」

「常識がね、無いの」

 ビクトーリアの言葉を聞いた瞬間、アインズの顎がカクンとずれた。
 常識が無い。それはどう言う事だろう。もしかして、あの少女は法国の姫か何かなのか?そんな疑問が、アインズの頭の中をグルグルと回る。
 そして、いや、やはりと言うかアインズは少女、番外席次が何者であるのかの説明を求めた。
 最初は戸惑っていたが、話し始めればスラスラとビクトーリアは、番外席次について、自身の知る限りの情報を開示する。

 曰く、神人と言われる者である事。

 曰く、法国の最終兵器である事。

 曰く、人類の守り手である事。

 曰く、何かすっごいドラゴンに、存在を知られると、都市が一つ滅ぶらしい事。

 全てをさらけ出し、まあ、こんな物か、とビクトーリアは踏ん反り返る。話し終わって満足した様だった。
 だが、アインズの反応は

「何やってんだ、あんたはぁぁぁぁぁぁ! この駄巨乳ビッチが! 死ね! 脳筋教師に腹パンされて、死ね!」

「な・ん・だ・と。うぉら! ボッチ骸骨! 言うに事かいて何て言い草だ! お前こそ、鳥に掘られながら埋葬されろ!」

「「お前の様なヤツは、ロリータピンクに説教されて、悶え死ね!」

 御互いを罵倒しながら、最後に口にした言葉は同じ物だった。
 そして、同時に

「「それは……嫌だなぁ」」

 と、言葉を漏らし、疲れ切った顔をした。




次話からやっと、エ・ランテル


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王の思考

エ・ランテルまで行けませんでした。
今話も書斎でお話の回です。


 ナザリック地下大墳墓 第六階層、星青の館内にある書斎でビクトーリアは椅子に座り、一冊の本に目を通していた。机の上には、羊皮紙の束と共に、もう何冊か書籍が積まれている。パラパラと紙を捲る音だけが支配するその部屋には、二人の人物がいた。
 一人はビクトーリア、そしてもう一人は、ナザリック地下大墳墓、守護者統括アルベドだ。
 活字に視線を落とすビクトーリアの姿を、アルベドはうっとりと見つめていたが、本を閉じ一息吐いた頃合いで、その艶やかな口を開く。

「ビッチ様。熱心に目を通されていましたが、その書籍に何か重要な情報が?」

 この問いかけに、チラリとアルベドに視線を向け、手に持った本を差し出した。それを素直に受け取ったアルベドは、静かに、ゆっくりとページを開いて行く。開かれたそのページには、僅かな文字と思われる物と、一面に絵が描かれていた。
 いわゆる一般的に、絵本と言われる物だ。
 開かれたページには、一体のスケルトンと、五人の光で包まれた人の姿が描かれていた。次のページには、その六人が人々に囲まれている絵があった。三ページ目には、天から降りて来る光輝く女性と、泣き叫ぶ人々が。
そして、最後のページには……スケルトンと、五人の光で包まれた人が、天から降りて来る光輝く女性を槍で突き刺している姿が。
 アルベドは首を捻ると、ビクトーリアに詳細を問う。だが、ビクトーリアは言葉を発する事はせず、掛けていた眼鏡を差し出した。解析眼鏡を掛け、アルベドはもう一度絵本に視線を移す。今回は、解析眼鏡のおかげで、文字を読み取る事が出来た。
 そして、読み進める内に、アルベドの表情は緊張に満ちて行く。

「ビッチ様。これは?」

「うん。それはスレイン法国で、普通に流通している絵本だ。そんで、これが活字だけの物、こっちが法典」

 そう言って、二冊の本を指差す。アルベドは、慌ててその二冊を手に取ると、ざっと目を通す。
 活字を読み取るその表情は、緊張した物から、うっとりとした妖艶な物へと変化していった。

「さすがは煉獄の王ビッチ様。異世界でも御名が轟いていらっしゃるのですね」

 そう言うアルベドは、どこか誇らしげだった。だが、ビクトーリアの次の言葉によって、その表情は一変する。

「私の成した事で、名が残っているのなら誇る事も出来るけど、これは非常に不味い事態だよ。」

「不味い事態、ですか?」

「そう。煉獄の王、と言う名を残したとされる六大神、もしくは八欲王。後、十三英雄とかも入れておこうか。これらの者達は、どこで私の名を知った? 私達がこの世界に転移して来たのは、つい先日だぞ。それなのに、昔から我が名はこの世界にあった。六百年も昔から。」

「そ、それは、ビッチ様の偉大なる……」

「違うな。この謎の答えは一つしか無いだろう」

 言葉を遮られたアルベドは、キョトンとした表情で目をパチクリさせているが、ビクトーリアは構わず言葉を続ける。

「彼らは恐らく、私やモモンガさんと同じ存在だ。そして、転移したこの世界で、私の名を口にした」

「ですが、その者達がそうであったとして、何故ビッチ様の御名前を? やはり、ビッチ様が偉大だからでは無いでしょうか?」

 アルベドの酔っているかの様な、上げ感想にビクトーリアはクスリと自虐的な笑みを見せると、こう続ける。

「恐らくは語感だろうね。」

「語感?」

「そう、語感。YGGDRASIL内で最強のプレイヤーは、ワールドチャンピオンだ。たっちさんがそうだね」

「はい」

「ならば、それを現地の人に聞いて見よう。Come on 小娘!」

 ビクトーリアはおもむろに立ち上がると、呼び声と共に指を弾く。その瞬間、ドアが勢いよく開かれ、何者かが猛スピードで進入して来た。アルベドが警戒態勢をとるが、それは瞬時に解除される。
 ビクトーリアの横で、笑顔を見せるその者は、全く邪気を感じさせなかったからだ。
 少女、番外席次は、アルベドと向き合うと丁寧に腰を折り

「おはようございます。おおさまのお嫁さん―――」

 その瞬間、アルベドからドス黒い何かが吹き出した。

「ビクトーリア様、そのゴミ……、その娘をしばしお借りしてもよろしいでしょうか? ……よろしいでしょうか?」

 確かに聞こえたゴミ、と言う言葉と、にっこりとほほ笑むアルベドから感じる黒いオーラに気押され、ビクトーリアは首を縦に振る。アルベドは、番外席次の首根っこをむんずと掴み、まるで大型の猫を運ぶ様に、引きずりながら部屋を出て行った。ビクトーリアは、番外席次の無事を願いながらも、この状況は、絶対絶命ならぬ、彼女の名が示す通り、絶死絶命だ、と不謹慎な考えを浮かべる。
 時間にして約十分、二人が帰って来た。それはもう、にこやかな笑顔で。「アルベド様の髪は奇麗ですねぇ」「そんなあなたの耳も愛らしいわ」などと女子トークを交えながら。
 一体、空白の十分間に何が起こったのだろうか?
 確認したい気持ちは十二分に有るのだが、先ほどのドス黒いオーラがそれを躊躇わせる。
 しかし、確実に解った事がある。それは、アルベドの視線。ビクトーリアの股間部を凝視しながら、唇を湿らせる様に舌が蠢く。そう、ビクトーリアは完全に狙われていると言う事だ。
 何とかこの状況を回避するために、頭脳をフル回転させる。しかし……何も良い案は思いつかなかった。アルベド一人なら、何とかなったかもしれない。しかし、此処にはもう一匹の淫獣、番外席次がいるのだ。
 二人の雰囲気からして、何らかの同盟が成ったと思って間違いは無い。
 では、ビクトーリアに出来る事は?

「は、はい! 仲直りした様でたいへんよろしい。では、話を戻そう」

 強引に軌道修正する事だった。
 そう言った物のビクトーリアの心中は半信半疑だ。普段ならば、こちらの言う事を真面目に聞いてくれる二人だが、淫獣化している場合の暴走度は身を持って知っている。ドキドキしながら二人の返事を待つことしか、今のビクトーリアには出来なかった。
 はたして結果は?

「了解しました、ビッチ様」

「はーい、おおさま」

 なんとか綱渡りは成功した。
 ビクトーリアは安堵の溜息を突きながら、話を再開する。

「では小娘、これから妾の言う事に、素直に反応せえ」

 番外席次は、この意味不明の言葉に、首を傾げながらも了承する。

「実はのう、妾はワールドチャンピオンに勝利した事があるのじゃ」

「ええっ!」

 ビクトーリアの言葉に、驚きの声が重なる。だが、これはアルベドの発した物だった。
 対象となる番外席次の反応はと言うと、無反応だ。まるで興味が無い様に。
 これを確認したビクトーリアは、満足げに一度頷くと、次の言葉を口にする。

「もう一つ秘密の話じゃ。妾はな、冥界の王にも勝利した事があるのじゃ」

「「ええっ!」」

 今度の言葉には、アルベドと共に、番外席次も反応を示す。してやったりと何度も頷きながら、実験結果の総括であるとアルベドに視線を向ける。

「な。言った通りじゃろ」

「一体どう言う事なのでしょうか?」

 結果に満足するビクトーリアと、真偽の説明を求めるアルベド。
 ビクトーリアは、天井を見上げながら持論をぽつぽつと語り出す。

「恐らくは、六大神……彼らの転移場所は人々の目に付く場所だったのじゃろう。そして、人々との邂逅の中、此処が異世界と知って不安になり、口から出た言葉が煉獄の王、そして封印」

「ですが、何故ビッチ様の御名前を? それに、倒した、では無く封印、と?」

 アルベドが根源の疑問を口にする。
 そもそもこれが疑問の始まりなのだ。
 だが、ビクトーリアの浮かべる表情は、苦笑いを伴ったあきれ顔だった。

「ハッタリじゃ。誇張と言ってもよいな。ワールドチャンピオンと言う言葉よりも、煉獄の王と言う言葉の方が派手じゃ。それに加えて、言葉が重く聞こえる。封印も同様じゃな。倒したよりも、難しげに聞こえるからの。小娘の反応が良い例じゃな」

「成程。しかし――」

 アルベドの言いたい事は解る。なぜ、煉獄の王と言う名が、此処まで恐れられているかの説明がついてはいないからだ。

「それはのう、彼奴等が神格化されたからじゃよ」

「神格化? でしょうか」

「そう。月日が経つにすれ、彼らは神になった。そして、神々が封印した者は、神々でも封印がやっとの者に変化した」

「では、八欲王や十三英雄の話は?」

「尾ひれじゃな」

「成程。ビッチ様はそれを知るために――」

「違う。妾が調べておったのは、敵の存在についてじゃ」

「敵、でございますか?」

 ビクトーリアの発言に、アルベドは緊張気味に声を絞り出す。それは、まるで失念していた事を指摘された様だった。

「そう。妾達、プレイヤーを打倒できる者。そなたら100Lv NPCに匹敵する者。YGGDRASIL製のアイテム。ギルド武器。最後に……ワールドアイテムの存在」

 そこで一旦言葉を止め、表情を柔らかい物に変えつつ、ビクトーリアは言葉を続ける。

「今回の精査では、あまり有益な情報は得る事が出来んかったが、一つ希望を見つける事は出来た。」

 満足げに言うビクトーリアに、アルベドは首を傾げる。それを見たビクトーリアは、絵本の一ページ目を指で叩きつつ

「アンデッドが、人々に受け入れられる可能性を見つけた」



作中で、ビッチさんがワールドチャンピオンとかに勝利したとか言っていますが、反応を見るための嘘ですので、誤解なされない様お願いします。

ビッチさんの強さは、良くて上の下。
もしくは、中の上、と言ったところです。


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王の仕事

 城塞都市エ・ランテル。
 リ・エスティーゼ王国の領地であり、バハルス帝国とスレイン法国の国境に位置する都市である。その立地故の物なのか、この都市は三重の城壁で囲まれていた。
 外界と隔てる第一の壁。その内側は王国軍の駐屯地や資材倉庫が並び、第二の壁の内側には、市民の生活の場である街が広がる。そして、中央の壁の内側は、行政区などが収まっている。簡単にだがこれが、城塞都市エ・ランテルの全貌だ。
 その第二の壁の内側、昼時の喧騒が鳴り響くエ・ランテルの街を、二人の人物が人混みをすり抜けながら歩いていた。
 一人は女性。艶やかな黒髪をポニーテールに結い、涼しげな切れ長の瞳には、黒縁の眼鏡が良く似合っていた。もう一人は男性であろうか、疑問形なのは、この者の容姿からである。真黒な、まるで夜の闇を想像させるフルプレート(全身鎧)で性別の判断が難しい物になっていた。だが、およそ二メートルに届くであろうその長身と、大きな歩幅が、この人物が男性であると物語る。
 その正体は、モモンガことアインズ・ウール・ゴウンと、戦闘メイドプレアデスが一人、ナーベラル・ガンマ。
 賑わう街を嫌う様に、二人は裏道へと姿を消した。表通りから数メートル裏道に入った所で、鎧姿の男は口を開く。

「ナーベよ、その眼鏡はどうした?」

 この問いに、ナーベと呼ばれた女性は両手で頬を覆いながら

「似合いませんか? アインズ様」

「モモンだ! いや、似合ってはいるが、一体どうした?」

「はい。出発前にアルベド様から。そしてコレを」

 そう言ってナーベは、懐から小さな羊皮紙を差し出す。モモンはそれを受け取ると、静かに目を通して行った。そこにはこれからの行動指針が簡潔に記されている。まずは、物を買い取ってくれる店へと向かえとの事だった。
 モモンは、まるで子供のお使いだなと思いながらも、この指示に素直に従う事にする。
 大通りに戻り、軒先に店を出している商人達から情報を得、二人は何とか目当ての店を見つける事が出来た。店のドアの前に立つモモンであったが、ふとよぎった疑問を口にする。

「ナーベよ、お前は一体何を売るつもりなのだ?」

「はい、アイン――」

「モモンだ!」

「はい、モモン様……」

「モモンだ!」

「すいません、モモンさ――ん」

「モモンさーん、か。まあ良い。それでお前は一体何を売るつもりなのだ?」

 ここ何日かで、すでに定番になりつつある、名前の訂正と言う寸劇を終え、やっとの事で二回目の質問をモモンは口にする。
 問われたナーベは、懐から布で包まれた物を差し出した。モモンはそれを受け取ると、ゆっくりと布を開いて行く。姿を現したそれは、見覚えのある物だった。鈍く銀色に輝くそれは、あの日、この世界に転移した日に見た物だ。あの時ビクトーリアが差し出した懐中時計が、そこにあった。
 それを見た瞬間、モモンはこの一件の首謀者を理解した。

「ビッチさん」

 懐中時計を握りしめ、モモンは静かに呟くと、手にしたそれをナーベに返す。そして、手を振り早く行ってこいと指示を出す。ナーベは、モモンのこの行動に、怒られた時の様に僅かな緊張を醸し出すが、素直に従い先程の店へと消えて行く。
 モモンは、その姿が見えなくなると、ヘルムで覆われた頭部を、壁に叩きつけた。ガンッ!と言う音を立て、壁と頭部は相対する。かなりの衝撃があったと思われる音だった。
 だが、モモンの口から吐き出された言葉は、痛みを伴う言葉でも、憎しみを含む物でも無かった。

「ビッチさん。………………なんであなたは此処までしてくれるんだ」

 どこか悲しみと申し訳無さを感じさせる物だった。
 そうして、後悔の念に打ちひしがれているモモンの所に、ナーベが帰って来た。そして、手に持つ袋を誇らしげにモモンへと差し出す。袋はその大きさに似合わず、モモンの手にズッシリとした重さをもたらす。

「ナーベよ。いくらになった?」

「はい、モモンさん……金貨二十五枚、だそうです」

「金貨二十五枚、か」

 モモンの肯定とも否定とも取れる物言いに、ナーベの表情が一気に曇る。自分は何か重大な失態を犯したのではないかと言う、不安がナーベを襲う。だが、それは杞憂なのだ。モモン、いやアインズとしては、ビクトーリアが持たせてくれたあの懐中時計を最高の額で売却したかった。そして、その売却金額は金貨二十五枚。それがアインズには、高いか安いかの判断が付かなかった為の微妙な対応だった。
 ここで悩んでいても仕方が無いと、モモンはナーベを伴い冒険者組合へと歩を向ける。だが、頭の中は懐中時計の金額の事で一杯だった。僅かではあるが、これまでに蒐集した情報を思い返して見る。
 カルネ村の村長は何と言っていたか?
 ビクトーリアが、法国から得た情報はどうであったか?
 確か……三人家族が慎ましくだが、一年暮らせる額は……金貨十枚ほどだったはず。ならば、金貨二十五枚は悪くは無いのではないかとモモンは思い至る。もし、ぼったくられていたのなら、それが解った段階であの店の主人には報いを受けて貰えば良い。そんな黒い思いを頭の片隅に描きながら、考えを閉めるアインズだった。
 モモン達の当初の目的である、冒険者組合での登録は、つつが無く終り、次の目的場所である宿へと場面は移る。
 ウエスタンドアを左右に開き、立ち入ったそこは、お世辞にも上品とは言えない物だった。確かに、冒険者などと言う荒くれ者達がたむろする場所としてはそうなのかも知れないが、此処はあまりにも酷過ぎだ。体臭が匂って来そうな男達が、まだ日が高いと言うのに、ほぼ泥酔状態で突っ伏している光景。それが、何人も居る状態がこの空間には広がっていた。
 モモンは確信する。この場を早く離れなければ、間違いなく面倒に巻き込まれる、と。足早にチェックインカウンター、いわゆる店の親父に金を支払い二人部屋を取った。支払が金貨であった為、非常に迷惑がられたが、モモンは両替の手間が無くなったとほくそ笑むに留まる。
 そして、いざ部屋へと向かおうとした時、問題が発生した。先程の男達の中を通らねば、部屋へと続く階段には辿りつけないからだ。モモンは覚悟を決め、最初の一歩を踏み出す。しかし、その行動は三歩で妨げられる事になった。
 階段へ向け歩きだした時に、最初に目に入るテーブル。そこに座る男が、大きく足を出し、モモン達の進路を妨害したのだ。そればかりか、下卑た笑みを浮かべながら、ナーベをいやらしい目で見つめていた。
 モモンにとって、いや、アインズにとってナーベラル達NPCは、友人の子供の様な物だ、そんな存在を、そんな目で見ればどう言う気分になるか。その時、欝憤を募らせるモモンの脳裏に、出発前に言われたビクトーリアの言葉が蘇る。

 モモンガさん、行動はなるべく温厚に。でも……やる時は徹底的にですよ。怨む事もバカバカしくなるレベルで。

 成程、そうだった。目の前の者達が、自分に対してこう言う態度を取るのは、全て自分達を、ひいてはアインズ・ウール・ゴウンを舐めているからだ。成らば、思い知らせてやるまでだ。この名を世界に轟かせる第一歩として。
 モモンは身を屈めると、目の前にあった短い脚をむんずと掴み、店内に向け放り投げる。投げられた男は、まるで重さを感じず居並ぶテーブル達へと突撃して行った。
 モモンはナーベに視線を向けると、無言で待機を命じ、投げた男へと近づいて行った。
 そして、男の胸倉を掴むと、低く静かな声で語りかける。

「私達が何だと? 私の連れに何をしろと? 言う事だけは聞いてやる。さあ、話すがいい」

 だが、男は息が詰まり言葉が発する事が出来ない。それが解っていながらも、モモンの苛立ちは収まらなかった。暴れに暴れ、それは数分間続く。精神抑制も何度もかかったが、それ以上の感情が後から後から湧き続け、あまり意味を成してはいなかった。
 やっとの事で落ち着きを取り戻したモモンに、店の店主が近付く。

「御客さん、困るよ」

 そう言って店をぐるりと見渡す。そこは、もう店では無く廃墟と言った方が適切な様に破壊されていた。

「それで? 私にどうしろと言うのだ。まさか……修理費を払えなどとは言わんよな」

 ドスの利いた声だった。
 店主は何も言えず、ただ額から汗を流すだけだ。だが、モモンも鬼では無い、ここで妥協案を提示する。

「私としても、少々やり過ぎた、とは思っている。だから、これから私達の仕事の報酬の中から、一定の額を毎度そちらに渡そうではないか? どうだ」

 この提案と先ほどの実力を鑑み、店主は渋々了承する。
 やっとひと段落、そう思ったモモンだが事はまだ終わってはいなかった。



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