私がモテないのはどう考えても私が悪い (あるけみーあ)
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1話

気軽にどうぞ
取りあえず7話まで読んでくれたら嬉しいです。
そこまでで1話なので


 

黒木智子、現在29才。

 

 

いま痛ましいものを想像したやつ、ちょっと後で屋上な。

しかし中学高校と......とにかく、私の過去を知っている人がいたら、先頭の文面にはかとない絶望を感じるのは致し方ないのかもしれない。

まことに遺憾ではあるが、だ。

そんな風に思えてしまうほど私の中学、高校......つまるところ私の青春時代はそれはそれは悲惨なものであった。

たちが悪いのは、別に最近更に深刻化しているいじめの問題が介入していたとか、家庭に不和があったとかではないこと。

 

幸いにも私の周りの人たちは皆、それこそ驚くほどにいい人に溢れていたのだ。

 

お父さんやお母さんは勿論、弟にも今思えば死にたくなるほどの迷惑をかけた。アイツにはいまだに頭が上がらない。

親友のゆうちゃんは、なんというか、正直女神である。

彼女がいなければ私はほんとにもっとどうしようも無いことになっていたのではなかろうか。神の采配に感謝である。

まぁそれ以外にもクラスメートであったり、先生にしても、それこそ近くのコンビニの店員さんに至るまで、私の周りには理不尽な悪人というのはほとんどいなかったのだ。

 

正直、今になって思うが、当時私が明確ないじめにあってなかったのは奇跡的であった。

 

思い返せばあのころの私はいろいろなことを周りのせいにして、差し伸べられていたたくさんの手に気づいてはいなかった。

 

 

 

え?

 

偉そうにいってるけど今のお前はどうなんだって?

 

 

 

いや、まぁ正直胸張って昔の自分を説教できるような立場ではないと思っている。

一時期引きこもりみたいになって家族には迷惑かけたしニート一直線で家族崩壊しそう......ってこのあたりのことはいいか。

 

とにかく、凄まじいまでの迷惑を両親にや周りの人にかけながらも、今は高校の教師をやってる。

 

ははっ。

 

いや、過去の私を知る人たちはみんなそんな反応をするんだ。正直私自身が信じられん。

これでも教師4年目で、そろそろ新米というレッテルが取れそうになってるところだ。

ちょいちょい事件もあったが、幸いにもほかの教師人生にないような障害にぶつからずにすんでる。

 

お前にモノが教えられるのかって?

 

いや、そう思われるのも致し方ないかもしれないがこれでも勉強だけは人並み少し上ぐらいにやってたんだ。

もう普通に人と会話もできるしって当たり前か。とにかく、教え子たちにも勘違いでなければそこそこ慕われてる、はず。

 

授業は下手ではないが、特別分かりやすいわけでもないということで今後要勉強であるが。

そんなわけであんな私でも、今は何とか人並みに生きている。

 

 

あ、ちなみに今でも乙女ゲー信者ではあるし、たまにイベントにも......まぁ、そんな感じ。

 

 

私は日々、周りの人への感謝を忘れないようにして生きてる。

 

 

すごいカッコいい事いってるように聞こえるけど、そうしないといけないほど本当にいろんな人に迷惑かけて、支えてもらって、ここにいるのだから。

 

もし私が両親ならこんな子供のことをかわいがってやれたとは思えない。

もし私が親友だったなら......ってそもそも友人にすらならなかっただろう。

そういうことなんだ。

 

つまるところ今の生活に私は大満足なわけだが、それでもふと後悔してしまうことがある。

 

あの青春時代。

 

まさしく灰色の青春時代。

いや、こんな言い方はずるいな。

私が灰色にしてしまったあの青春時代を。

ほんの少しでも私が周りの好意(日常的なね)に気づいていたらなら、それだけでぜんぜん違った道を歩くことができたんじゃないか。

あと少し勇気を持って人と接していれば、友達もできたのではないだろうか。もっとも一番の親友の座はもはや固定席ではあるんだけど。

 

学校の教師として、今も生徒たちを見ているからか余計にそう思うのだろう。

 

付け加えるならば、清潔さや容姿にももっと気を使うべきだった。

この年になってクマはもうとっくに無いが(仕事で徹夜ときは別だが)、それ以外のハリやら何やらも......って何を言ってるんだろう。

あぁそれにあの人にお礼をいえなかったとか、謝りたいとか。そんな細かいものまでいい始めるととにかく後悔せずにはいられない。

そんなもろもろが心にふと浮かんでくる。

 

何度もいうように私は現状に何の不満もないし(向上心は失わないでいたいが)、その現状が自分の力だけで到底得られたものでないことを知ってる。

それでも頭を掠める。

 

朝ごはんのパンを齧ったとき。

休み時間に生徒と話したとき。

教頭の悪口を同僚と面白おかしく話したとき。

夜寝るとき。

 

 

あぁ、もう一度あの頃をやり直せたらな......なんて。

 

 

 




誰だこいつ


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2話

ふと、意識が覚醒した。

 

 

朝いつものように目が覚めた、というのとはどこか具合が違う。

なんというか、それにしては意識が一気に覚醒してしまって、あの特有のけだるさが無い。

しばらくフリーズしていたが、目の前の物体にそうもしていられなくなる。

 

あっアアアアああああーーーーーーーあっ、あああああああ

 

 

男が、イケメンの男が、喘いでいる。

 

 

え、あれ、昨日私普通に寝たよな。

事務の残業と採点もろもろがあって、帰宅したら風呂だけ入ってすぐに寝てしまったはずだ。

というか休みの日以外は翌日に響くからとこういうアレはしていないはずなのだが......寝落ちしたのか?

勿論私の前で実際に裸のイケメンが喘いでいたのではない。いや、そうだったら下ネタの通じる女性として有名な私も流石に通報である。イケメンでも。

いまだに艶やかな声を上げてるのは目の前のデスクトップパソコンだ。

真っ暗な部屋の中、爛々とディスプレイが光っている。

なんかまだ夢を見ているような気分だが、取りあえずウィンドウを消し、部屋の電気をつけようとして......

 

「え」

 

ようやく、意識が覚醒してからずっとまとわりついていた違和感の正体に気がつく。

 

「ここ、どこ......だ?」

 

そう口にするも、その疑問が間違っていることにすでに私は気づいていた。

私はこの場所を知ってる。

というか、ほんの数年前から一人暮らししているあのアパートの一室よりも馴染み深い場所なのだ。気づかないはずが無い。

目の前のディスクトップも、今何気なく触ったキーボードも、横にあるベッドも、壁に貼り付けられたポスターも、そして壁につられた学生服も......。

この空間にある何もかもが私にとって馴染み深いものであった。

 

「......ここ、私の部屋だ」

 

意識せずとも漏れた声に、自分はますます困惑するしかなかい。

 

 

この家はいまでも両親が住んでいて、連休のときなんかは帰ることもある。

アパートからは電車で一時間程度の場所であり、やはり実家に帰ってきた記憶など無い。

そしてなにより、この目の前に鎮座しているディスクトップパソコンは記憶が正しければもう十年近く前にお亡くなりになっているはずなのだ。

あのポスターもいつかは思い出せないがすでに手元には無いものだし、なにより制服はどこにあるのか見当もつかない。

恐らく、たんすの奥深くに安置されているはずだ。

つまりこの部屋にはあるはず無いものがいくつも存在している。

 

 

少し気味が悪くなったところで、ベッドの上に転がっているスマホが目に入る。

そしてそのスマホもやっぱり今や骨董品となっているはずの機種で、自分が確か学生時代に愛用していたものだった。

恐る恐る電源をつけ、やはりロックがかかっている。

番号など覚えているはずが無い。

が、お目当てのものはロックの解除などする必要は無いのだ。待機画面の中央に時間と。

......そう、時間と年月日が記されているのだから。

 

 

午前2時45分

 

 

ここまではいい。

しかしその下。

時刻よりも小さな時で表示されている年月日が、私の目を捉えてはなさなかった。

 

「え、これ......ちょ、ちょっとまて、冗談でしょ......いやいや」

 

そんな意味の無いことをつぶやいて天井を仰ぐ。

 

 

 

そこに表示された数字の羅列は、ちょうど私がいた時代の、そう、だいたい14年前を指し示していた。

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------------------

 

 

 

 

何度も夢だと思った。

というかいたずらでは無いにしろ、何かの間違いと確信していた。

その確信は、こっそりと覗いた隣の部屋ですぐさま崩れた。

中学生の弟が。

あの目つきは若干悪いが実はとてもやさしい弟が。

ベッドの上で熟睡していた。

 

これは、もう否定できない。

 

私の部屋の家具なら、なんとでもなるかもしれない。

大掛かりなドッキリだとして、いやありえないけれども、説明はつく。

だが、だがしかし。

人を若返らせることができる技術は私が生きていた時代にも当然あるはずが無く。

 

そして目の前で眠る弟はまぎれもなく中学生の男の子であった。

 

「おお......ぅ」

 

頭の中で情報を整理し切れない。

そんなうめき声を上げるしかなかった。

弟の部屋を覗いたそのままの足で両親の部屋にも突撃したが、その結果はもはや語るまでも無いだろう。

お年寄り、というにはまだ少し早いが、私が結婚しないことに愚痴をこぼし、孫をゆすっていたあの老夫婦はそこにはいなかったのだ。

 

極めつけは頭を冷やそうと向かった洗面所で、鏡に映る自分を見てしまったときだった。

 

ぼさぼさ髪の毛、よれたTシャツ、そしてなにより、目のしたのひどいクマ。

在りし日の、苦い思い出しかない自分の姿がそこには映っていた。

どうやら、ここらが観念時のようだ。

 

認めなければならない。

 

どんだけありえないと喚いても、自分の頬をびんたして転げまわってみても、夢は覚めないし誰かが説明してくれるわけでもない。

 

認めなければならない。

 

 

 

私は、黒木智子は、14年の時を遡り、高校一年生になってしまったのだと。

 

 

 



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3話

朝、私は頭からシャワーをかぶっていた。

 

恐らく人類初のタイムスリップを成功(?)させた私は昨夜、結局そのまま眠ってしまった。

いろいろ衝撃的過ぎて、とてもうまく頭が働かなかったのだ。それまでディスプレイにかじりついていたのだろう。目もちかちかしてまもなく寝ることができた。

まだ私は完全に認めたわけではないが、これはどうも夢とかそういった幻想夢想の類ではないとも確信し始めていた。

朝の目覚めは当たり前のように起こり、そして当たり前のように元に戻ってなんかいなかったし、今肌を流れていく湯の感覚もどうにもリアルすぎる。

 

「これはホントに、まじで覚悟決めないといけないかな......」

 

そんな呟きも水音にとけて消え、しかし私は決してネガティブになっているわけではなかった。

朝起きて、やはり戻っていないことに呆然とし、心もようやく落ち着いてきてふと思ったのだ。

 

これは、チャンスなのだと。

 

よくよく考えれば智子、お前は何度も過去に戻れたらなんて夢想していたじゃないか、と。

あの後悔を、この後悔を、どの後悔も、もう一度やり直せる機会が与えられたのではないか。

 

両親にあれほど心労を負わせることも無く、弟にあれほどに迷惑をかけることなく、親友にもっと誠実でいられたのではないかという後悔を。

あの子や、あの子や、あの娘や、あの娘と、友達にだってなれたのではないかという後悔を。

 

「私は、やり直せるのかもしれない」

 

今一度呟いて、それはなんだかすばらしいことのように思えた。

私本来の人生は、それはもう恵まれたものだった。

正直私一人ではそれはそれは悲惨かつ凄惨なものになっただろうが、多くの人のおかげですばらしいものだったと自信を持っていえるまでになった。

それでも、どうせもう一度やり直すことができるなら、きっとそれはもっと素晴らしいものになるはずだ。

未来に戻る方法なんて浮かぶわけも無く、その方法を探すなんて想像もつかない。

きっとその方法があったとしても、それは未来の私に起こったことがそうだったように唐突で、理解し得ないものなのだ。

それならば、私は次こそ、ひとつでも後悔を少なくできるように生きてみるのはどうだろうか。

 

知らず知らずのうちにこぶしを握りこんでいた。

 

「......よっし」

 

ぱちんと頬をはたいて鏡を見つめる。鏡の中の自分は、先ほどより幾ばくか気合の入ったいい顔をしていた。

シャワーのおかげで血色はよくなりクマもうすれている。

汗臭かったからという理由でシャワーを浴びたが、これは思わぬ効果だ。

 

もっとも、今日からは夜の12時には寝るようにするつもりだが。

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------

 

 

 

丁寧に髪を洗い、リンスも丁寧につけて(このあたりは30手前の女性の努力といったところか)洗い流す。

終わった後は洗面所でしっかりと乾かした。もちろんドライヤーを使ってだ。

それだけのことで、お母さんは驚いて台所から洗面所までやってきた。

 

「ちょっと智子、あんたどうしたの?」

「え、なにが?」

「朝はいっつもギリギリまで寝てるじゃない。それがいきなりシャワーなんてして、それにドライヤーも......なんか悩みでもあるの?」

 

そういって本当に心配そうに眉をひそめる。

 

おい私。

おいこの頃の私。

お前、どう考えても駄目だろおい。おい。

せめて最低限の努力をしろよ。

朝に汗流してドライヤーで髪の毛乾かすという行為で心配される女子高生ってどうなんだおい。

 

過去の自分のあんまりといえばあんまりな状態に突っ込みを入れていると、お母さんが黙っていた私の何を勘違いしたのかにんまりとした。

 

「あ!もしかして......好きな子でもできたの?」

 

「いや違うけど」

 

即答で否定したが、お母さんはまーまー照れちゃって、とそのまま台所へ戻っていってしまった。

はぁと小さくため息をついて櫛で髪の毛を梳かす。

お母さんはいつもそうだ。私が教師になってから飲み会やそういった集まりに参加するだけでいろいろ勘ぐってくる。

心配してくれているのも分かるがそこはもうちょっとふんわりと放っておいてほしい部分もある。

弟の智貴は朝練で私が起きた頃に既に登校しているとの事。

正直最初、どんな顔をして会えばよかったか分からなかったので少しほっとしている。

この頃の兄弟仲がどんな感じだったかあまり覚えていないが、なんか凄い迷惑かけてたのは覚えている。(というか常に迷惑かけていた)

あ、お母さんとも最初どんな顔してあえばいいのかわからなかったが、完全に取り越し苦労であった。

普通に、本当に自然に会話が始まった。内心若いなぁーとか思っていたが、まったく気づいていなかったようである。

そうそう、ちなみに今は高校一年生の五月の半ば、つまるところ私は高校三年間をほとんど丸々やり直すことになりそうだ。

どうせなら入学からなら友達も作りやすかったのに、なんてことを思わなくも無かったがそんな贅沢は言うまい。

 

 

朝食を食べているとあることが気になりだした。

 

鬱陶しい。

非常に鬱陶しい。

私の視界をさえぎり、ものを食べていると一緒に口に入りそうになる。

そう、この非常に長い前髪である。

いや、長さ自体はいい。横に流すなどすれば問題ないし、多少鬱陶しくともそういう髪型は存在する。

ただこの量はいただけない。シャワーとドライヤー効果でかなり綺麗に収まっているが、それでも多い。

こういうのは一度気になりだすとどうしようもなく気になる。

何度も手で振り払っていると見かねたお母さんに美容院へ行くよう言われた。

渡りに船とばかりに了承すると、また驚かれた。

 

「智子、ホントにどうしたの?前は前髪を切るのも美容院に行くのもあんなに嫌がってたのに?」

 

先ほど以上に真剣で心配げなその表情に、そしてそんな顔をさせているかつての私にげんなりした。

 

いや、だから美容院に行って心配される女子高生って何なんだ。

私は自分の記憶がアレでもだいぶ美化されていたことに気づいて戦慄した。

 

 

高校生の私っていったい......。

 

 

 

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

 

制服に着替えて鏡に映る自分を見る。

 

女子高生としてここまで校則通りに制服をかっちり着ているのはどうかと思いながら、まぁ今日学校でほかの生徒でも見て参考にしてみるかと考える。

すっかり艶々とはいえあまりにも無造作な髪型なので、目立たない黒いピン止めで前髪を留める。

 

「うん。よしよし」

 

なんかナルシストみたいな発言だが、正直まだ自分の姿だと認識できていない故なので許してほしい。

私の自分像はいまだ30台目前のあの私で止まっているのだ。慣れるにはもう少しかかるだろう。

 

「いってきまーす」

 

お母さんのいってらっしゃいを背に、私はついに学校へ登校することになる。

私の第二の高校生活がついに幕を開けるのだ。

 

 

 

あれ、学校ってこっちだっけ......あれ

 

 

 



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4話

正直、非常に危なかった。

 

 

駅で同じ制服の娘を見つけられていなかったら詰んでたな、これは

三十路一歩手前の記憶力というものを私は過信していたようだ(悪い方向に)

大体の位置は分かってるんだけど......

迷って遅刻なんてとても言い訳でいえそうに無いし、道行く人に聞いてもよかったけれど、制服着てるのに学校の場所を聞くってのもおかしな話しだ。

さて、周りに同級生と思しき生徒たちも増え始め、ここからならもう道も分かる。

 

しかし......

分かってはいたけど本当に誰にも声かけられない......いや、本当に分かってたんだけどね。

どうやら時間移動ではなく他の世界線にわたってきたとかそんなことはなさそうだ。

もし仮にそうだとしても、相も変わらず黒木智子はボッチ道をひた走っているらしい。

幸いなのかどうなのか、とうとう校門にいたるまで一度も声をかけられることなくきてしまった。

 

これがボッチクオリティだったなぁそういえば。なんか懐かしいなー。

 

 

しかし。

 

しかしだ。

 

今の私はあの頃の、このままあきらめてしまう黒木智子15歳ではない。

曲がりなりにも三十路近くまで人生を送り、更に最後の5,6年は普通に社会で生きてきたのだ。

というか最後の4年間なんて教師ですよ教師。

周りにいるのみんな私の生徒みたいなもんだ(違う)

......と、そうなふうになるのかなぁと思っていたが、どうやら実際は違うみたい。

どうも精神はかなりこの体のほうに引っ張られているようで、自分が同級生として高校生たちの中に混じるのに何の違和感も無かった。

制服をきるのにも何の抵抗も無かったし、今こうして学内にいるのも当たり前のように感じる。

これは憎らしいことに、私の体が高校生の頃からほとんど成長しなかったのも影響してるみたいだ。胸はちょっとは大きくなった、はずだ。はずだ。

 

そんなことは置いておいて私は自分のクラスの下駄箱へと足を運んだ。

10組という非常に分かりやすい数字で幸いだった。なんとなく下駄箱の位置も覚えてるし、あとは名前順でいける。

時間もまだ少し早いので生徒の数も少なく、何個か確かめていくと無事自分のものと思しき上靴を発見することに成功。

そのときふと、近くで足音が聞こえた。

振り返ると恐らくクラスメイトであろう女の子がこちらに向かって歩いてきている。

ピンク色のセーターに二つくくりの髪の毛。私ほどではないが小柄で、そして可愛らしい顔立ちをしている。

 

あー。

えっと何だっけ。名前。

あああああああああ、出てきそう、ね、ね.....

とまぁそんな風に考えていると、当然目が合うので軽く挨拶する。

 

「おはよう」

 

「え、あ、おはよう!」

 

(恐らく私のことだから)初めて話しかけたので一瞬間が空いたものの、にっこり笑顔で返してくれた。

このままじっと見ているわけにも行かないので、私は軽く笑みを返してからさっと自分の教室へと向かう。

そして、

 

お、おおおおおおお

 

当然、心の中は全然平静ではなかった。

いや、話しかけたときは全然平気だったんだけれども。

しかしその後、笑顔で返してくれたことになんだか感動してしまったのだ。

 

やっぱり私がハリネズミ状態だっただけで、周りはこんなにも暖かかったということを再認識した。

というか可愛い!可愛いあの娘!初めての挨拶にあんなふうに返してくれるなんて、なんていい娘なんだ!

なんか少し変なスイッチが入ってしまったが、いい。もうコレだけで今日一日の分のノルマ達成で全然オッケー!

そしてそんなこと考えているとき、脳裏によみがえる記憶。

 

 

---------どうせ男の子としか考えてないバカだし----------

---------せいぜいカス同士でベタな青春でも送ってくださいよ-----------

 

あ、私あの娘のこと事あるごとにクソビッチって罵ってたっけ......

 

 

あ、やばい。

 

罪悪感で死にそう。

なに抜かしとんねん私。

ハリネズミどころじゃねぇ、チョ○ラータレベルのゲス野郎だよ。

 

そんな風にかつての自分のとどまることを知らない自己嫌悪にがっつりへこみながら教室へたどり着いた。

特に緊張することなくドアを開けると、もう数人の生徒たちがいくつかのグループに分かれて談笑していた。

当然ながら一人で突っ伏している子や(寝てるフリではなくたぶんホントに寝てる)、本を読んでる子もいる。

ドアの開いた音で一瞬こちらに視線が集まったので、小さく挨拶する。

何人かが目や口で挨拶を返してくれたりしつつ談笑に戻り、そしてそのまま教室はまた元の空気に戻った。

 

 

あぁ。

こんな簡単なことなんだよな。

当時の私にはこれが凄く難しいことだった。

ドアを開けた瞬間自分に集まる目線が、まるで自分を責め立てているような気がして、できるだけ音をたてないように入ったり、わざわざほかの人が入るのを待っていたりと色々したもんだ。

なんだか変な気持ちだ。

なんでこんなことができなかったのか、なんて大人目線でいえる気持ちと、それが私にとって凄く難しかったんだという共感の気持ちが共存している。

 

目が合ったときだけ簡単に挨拶し、自分の席までたどり着き座る。(主人公席だったという変な覚え方をしていた)

ここからいきなり話しかけるのはちょっとなぁ、とも思ったし、靴箱での出来事でもう結構胸がいっぱいだったので、今日はゆっくりしていよう。

二ヶ月もボッチやってるんだから、いまさら急ぐ必要も無いのだ。

機会があれば簡単に話しかけることはできるし、イベントもあればそれだけで親友は無理でも、話して楽しい友達を作ることができる。

本当の友達とか、そんな風に難しく考えることは無いのだ。

話して楽しければそれでいいし、そりゃあ人間関係面倒なこともあるけれど、人生なんて多分そんな面倒そこらじゅうに溢れてる。

あぁ、こんな風に考えることが少しでもあの頃の私にできていれば......って今か。

私は鞄から小説を取り出してホームルームまで時間をつぶすことにした。

少し遅れて教室に入ってきた下駄箱の女の子がこちらを一瞬伺ったが、私が読書体制に入ってるのを見てそのまま席についてしまった。

これはちょっと失敗だったかな?と思ったが、それこそこれからいくらでも機会はあるだろうと考え直す。

 

今読んでいるのは、今朝のうちに差し替えた普通のファンタジーモノである。

というか高校一年生の私、よく学校であんな小説読めたな。

 

その勇気があれば人に話しかけるくらい余裕な気がするんだけど......

 

そこは考えないことにした。

 

 




モブの名前が分からない件。書きにくいぜ!!

ピンクセーターがひなって名前だっけ。



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5話

 

さて、今日は体育も無く授業を聞いているとすぐに昼休みになった。

 

ちなみに授業はアレだ、つよくてニューゲーム状態だった。

英語の授業で一度だけ当てられたがそこは元教師。たとえ担当教科でなくとも余裕である。大卒なめんな。

和訳で即答したためか、続けてもう一文の訳もさせられたが高一の英文ならまだまだ余裕である。

 

圧倒的単語量、圧倒的解答力。我が軍は圧倒的ではないか!

 

ふふ、関係代名詞もまだ使えこなせない君たちとは違うのだよ。

よろしいの一言で私は着席して英語の教科書を読み進める。周りから微妙に視線を感じたが、多分気のせいだろう。

 

 

そんなこんなで昼休み、流石にいきなり誰かに誘われるなんてことも無く、昼食は一人で食べ終える。手作り弁当の味がしみるぜ。

教室を見回してみると一人飯も何人かいるのでそこまで気にすることも無いだろう。

昨日の晩も遅くに就寝し朝も早かったので結構な睡魔が襲い掛かってきたが、ここで突っ伏すのもなんなのでボーっと教室を眺めていた。

主人公席とはよく言ったもので、他人に気兼ねすることなく空を眺め暖かい陽気を堪能できるこの席はある意味教室の一等席だ。

 

授業が始まる20分前くらいになった頃、私の席のすぐ横の女子グループがなにやら授業の予習を始めた。

教科は英語......って今回はWritingか。

一日に英語が二時間とは英語嫌いにとっては地獄だなー。

でも結局英語を話せる人なんて一握りにしかならないんだから、もっとListeningやSpeakingに力を入れるべきだってのはあながち間違っていないのかも。

そんなことをボーっと考えているとふと机を囲んでいた一人の娘と目が合う。いやまぁ私がぼんやり眺めていたからなんだけど。

 

「えっと黒木さんだっけ」

「え、うん。そうだけど。どうしたの?」

 

いきなり話しかけられるとは思わなかった。

 

「黒木さんって英語得意なんでしょ?コレどうやった?」

 

ちょっと押しの強そうなタイプの(多分そのグループのリーダー的な)娘だけど、今回は渡りに船だ。周りの娘達も問題集のほうに目がいっていて入りやすい。

すぐ横なので席を立って覗き込むだけで良かった。さっとそのページを見せてもらって安堵する。

あぁコレね。私はWritingはあまり得意ではなかったからちょっと不安だったが、良くある定型で英訳できる文章だった。

その場でサラッと英訳を言うと「ちょ、ちょっと待って!」と言いながら周りの娘が皆自分のノートに写し始める。

中学レベルとはいわないけどそんなに難しい問題でもないんだけどなー。

もう中間テスト近いのにこの子達大丈夫か?

気づいていなかったが、このとき私はすっかり教師モードに入っていた。なんてったって昨日のこの時間には受験生に向かって教鞭を振っていたのだから。

聞いてもいないのに、その文章を解説する。

 

「ほら、この文章。日本語だと面倒くさい言い回しだけど、英訳するならこの言い換えで十分だよ?

 それにそこの関係代名詞はすぐ前の単語にかかってるんじゃなくて......そうそう先行詞はこっちのchildrenだから......」

 

そんなことを言ってると「じゃあここは?」なんて他の問題も聞いてくる。教師として生徒の質問に答えるのは実は結構好きなのだ。

そういう意味で私は教師と言う職業が向いていたのだろう。教えを請うよりは教えるほうが好きなタイプだった。

機嫌よく質問に答えていく。

というか途中から勝手に解説までしてそのページの問題のほとんどを解いてしまった。

残った最後の数問は「じゃあコレもできるよね。これと、これの組み合わせだから、同じようにできるよ」と、締めくくる。

全部といてしまっては教師としては名折れである。教えたことを一度は考え直してほしいのだ。

 

と、そこまでやって周りから視線を感じる。

教えていた女の子達だ。

あ、ちょっと調子乗りすぎたかな?と我に返り、苦笑いであわてて付け加えようとして。

 

「あ、ちょっと偉そうに「黒木さんってやっぱり勉強できる人だったんだ!」......え?」

 

「私、今初めて英語と分かり合えたような気がしてるんだけど!」

 

周りからも口々に凄い凄いと褒められる。

うお、なんだこれ。なんだこれ!なんか昔してた妄想みたいになってるんだけど!?

自身の妄想の痛さに顔を赤くしていると、どうも照れてると勘違いしてくれたみたいだ。

 

「ちょー分かりやすかった!先生みたい!」

いや、先生だったんだけどね。昨日まで。

「あー中間テスト。諦めてたけど光明が見えてきたー」

やっぱり諦めてたんかい。

「いやーでもホント助かったよー!また聞いてもいい?」

 

最初に声をかけてくれた娘がそう言ってきたので、笑顔で了承すると軽く抱きついて喜んでくれた。体格の小さい私は埋もれてしまいそうになったが。

 

ちょうどその時、チャイムが鳴って英語の先生が教室に入ってくる。

「席に着けー」という声とともに、生徒達は皆自分の席に戻っていった。

そのときに教えてた娘達が「ホントありがと、またねー」といってそれぞれの席に戻っていく。嵐のようだったな。

私も自分の席に戻り、そして平静を装いながら教科書と問題集を取り出す。

ふぅーとため息をつき、

 

よっしゃあ!

 

内心では後方かかえ込み2回宙返り2回半ひねり下りしていた。

しゅたっ!と着地し、周りのギャラリーが大拍手。

審査員達もみな10点!10点!10点!と札を上げていく。

やりました私。私凄い。自分で自分を褒めてあげたい。

 

まさかたったの半日でここまでいけるとは自分でも思っていなかった。

喝采をあげていると、先生があの娘達を指名する。

どうやら今日当たることが分かっていたようで、だからこそ昼休みに集まって予習していたのだろう。

まぁ高校一年生から完璧に予習しろとは言わないが、これを機にもう少し勉強してほしいな。

なんて、そんなことを教師目線で考えている間も彼女達は自信満々に解答していき、先生もいくらか上機嫌に授業を進めている。

その中の一人がこちらを向いてVサインを送ってきたので小さなVサインとともに微笑み返しておいた。

 

これが学力チートか。

 

そう呟いた私は、三十路手前にしてまだ結構アレなのかもしれない。

体に引っ張られてるだけだと思いたいな......

 

 

 




教師とかズル過ぎ!
ちなみにもこっちは理系です


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6話

その後の休み時間、教えた子達の何人かにお礼を言われたりしたが、以降は今まで通り本を読んだりして時間をつぶして一日が終わった。

学生時代は無理をして読んでいる部分があったが、案外私はこういうスタイルがあっているのかもしれない。

そして教室から出るときに何人かに「またね」と声をかけられたのは凄まじい進歩と言っていいのではないだろうか。

 

校門の所で担任が一人一人に声をかけている。

教師になって思ったが、この人は教師として尊敬に値する人物である。変に熱血でなく、自然な笑顔で生徒と接することのできるというのは、簡単そうに見えてなかなか難しいのだ。

 

「黒木、気をつけて帰れよ」

「はい、さよなら先生」

 

自然に笑顔でそう帰すと、先生が少し驚いた顔をして。しかしすぐに笑顔に戻って

「ん、じゃあな」

と返してくれた。

 

 

 

そのまま駅のほうまで歩いていき、美容院へ向かう。

メールで来ていたのだが、お母さんが午前中のうちに予約を入れてくれていたみたいだ。

いつもお母さんが利用しているところらしいが、実は未来で私も何度かお世話になったところなので場所はばっちりである。

あまり時間に余裕が無いので早足で歩き、何とか間に合った。お母さんちょっと時間早いよ!

うちの娘にかぎって放課後に予定があるはず無い、というボッチの娘を持った母特有の現象に凹む。

お母さんごめんね。智子がんばるよ。

 

受付の人に名前を言い、しばらくすると美容師さんがきて案内してくれる。奇遇にも、彼はその「何度か」で私の髪の毛を切ってくれた人だった。

一番最初の時にきょどりまくって凄い恥ずかしい失態をみせたことが苦い思い出として残っているけど、その後も笑顔で接してくれた良い人なのは間違いない。

 

「初めてですね。どんなふうにします?」

「前髪を目にかかるくらいまで短くして、全体的に梳いて欲しいです。あー......あとはお任せで」

「分かりました。じゃあシャンプーしますねー」

 

その後も散髪はつつがなく進んだ。

本当ならこの前髪はこの後数年このままで、私の視界をさえぎり続けていく予定で。それが目の前でなくなっていくのが、変わっていく未来を暗示しているような気がした。

もう一度シャンプーし、髪の毛を乾かされたとき、鏡に映る私はすっかり整えられている。

前髪も短くなったといってもまだ普通よりは長く、後ろ髪もほとんど長さは変わっていないが、全体的にすっきりと軽くなっていた。

髪をとかされて外していた黒いピンで前髪の半分を留めると、今まで隠れていたほうの目もしっかりと良く見える。

 

「よくお似合いですよ」

「あはは、有難うございます」

 

カラーリングは取りあえず保留にしておいて、やはりこの人の散髪の腕はこの頃から良かったみたいだ。

私の要望どおりで、全体的に明るい印象になって満足である。

 

有難うございましたーという店員さんたちの声を背に外に出ると、世界が広がったように思えた。

先日まで同じように前髪は短かったはずなのに、妙な感動とともに空を見上げる。

 

「なんかうまくいきそうな気がする」

 

小さく笑って弾んだ足取りのまま、私は帰路に着いた。

 

 

 

---------------------------------------------------------------

 

 

「ただいまー」

 

で、家に帰ると玄関には既に智貴の靴があった。

そういえば中学はもうテスト週間か。

それなのに朝練があるとはなかなか厳しい部活だったんだなーといまさらながらに気づいて、いまさらそんなことに気づく私って.....と微妙に凹む。

 

「おかえりなさいー......ってあら、あんた」

 

少し遅れてお母さんが玄関にきて、私を見て目を丸くする。フッ、その反応にはもうなれたぜ......

どこか悟った様な気分でやさぐれていたが、お母さんが余りに嬉しそうにしているのよしとする。

 

「ホントに良く似合ってるじゃない!......ホントにお母さん心配だったの。

 あんた何歳になってもお洒落しないどころか身だしなみにも気を使わないし、いつになったら......」

 

そのままお説教が始まってしまったが、本当に心配させてしまっていたことを知っているから殊勝な態度で聞くことにする。

だってこの数年後にひと悶着あった後、しっかり身だしなみを整えてお化粧したときに私はお母さんに泣かれたのだ。いや、もうホントに申し訳なくて申し訳なくて。

 

「でも本当に良かったわ。これならきっとその男の子もイチコロね」

 

でも結局その方向にもっていってしまうのはやっぱりといったところか。勘弁してください。

長年の経験からいくら言い募っても無駄だと思い、苦笑いでそれでも一言否定はしておく。

 

 

私服に着替えて部屋に戻り、改めてその懐かしい品々をひとつずつ見ていく。因みに家では後ろ髪を一つにまとめている。

取りあえずデスクトップパソコンを起動させ、待ち時間に机の引き出しや押入れの中も簡単に見ていく。

......結果、これ以上なく顔が引きつることとなった。

趣味は変わっていないはずなのに、その在りようが凄まじい。

というかこんなもんそこら辺にほっとくなよ!

正直人様にお見せできないようなものが大量に出てきて、急遽部屋の整理が始まった。

持ってるのは良い。未来の自分も少なからずこういったものを保有していたが、コレはない。

15歳という若さでこれほどの業の深さをもつ自分に戦慄しつつ、取りあえずアレなものを一つのダンボールの中に収納していく。

二つのダンボールがいっぱいになった所で取りあえず一応の応急処置ができた。

おかげで本棚はスカスカになってしまったが、他の本でカモフラージュだ。ポスターは......もう知らん。

そんな風に簡単な整理を終えた頃にはパソコンもすっかり立ち上がっていて、そのデスクトップ画面にまた吹いた。

昨晩はよく見ていなかったが、いきなり乙女ゲーのショートカットがいくつも鎮座している。題名がアレな奴も普通にあった。

学園モノっぽいのはまだしも『俺様生徒会長と奴隷な私』ってどうなんだ。しっかりしろ私。

学校で読んでいた本といい、学生時代の私は実は勇者だったのではないか。なんて変なことを思いながら、次はドライブ内を整理していく。

一般ドライブとアレなドライブを分けて、他人の前でパソコンを使える状態にしていく作業が終わる頃にはすっかり日が沈んでいた。

 

タイミングよく下からお母さんがご飯ができたと呼んでいる。

 

さぁ、実は地味に避けていた弟、智貴との再開の時間だ。

今、彼との関係がどんな状態なのか覚えていない分怖いぜ。

しかし同じ家に住んでいる以上先伸ばすわけにも行かず、私は連行される罪人のような気分で階段を下りていった。

 

 

 

 




次回やっと弟君登場。
これでようやく時系列がはっきりしますな。


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7話

ここから本格的に1~4巻のネタバレがでてくるので注意です
あ、後感想有難うございます。さっき気づきました。励みになります


弟、智貴との邂逅はやはりすんなりと行われた。

 

食卓につくと既に食べ始めていて、テレビを見ている。

わざわざこちらから話しかける事もないかと思い、私も静かに食卓についた。

というのも、いま弟との関係がどんな状態かも分からないのに、積極的に動くのはデンジャー過ぎる。

いや、積極的に動くと危険な姉弟関係ってなんやねんって感じだが、私が100パーセント混じりけなく全面的に悪いのでなんもいえねぇ。

だってだってこの頃の私といえば弟に対してトチ狂ったことばっかしてた気がするんだ......

 

「いただきます」

 

席について夜ご飯を食べていると、ふと対面から智貴の視線を感じた。あ、胃が痛い。

なんというか、目線の種類として「マジかこいつ」みたいな感じだ。なんでそういう目線を向けてくるのかは分からない。

お母さんのいる食卓で聞くわけにもいかず気づいていないフリをしていると、そのお母さんが地雷を踏み込んだ。

 

「あ、智貴も気づいた?智子可愛くなったでしょ」

 

ちょっ、弟に何聞いてんの!?

咽そうになったのを何とか抑えて平静を保ったままテレビ画面に視線を固定する。当然目に映る映像から何の情報も得てはいない。

テレビ画面で陽気に笑うアイドルに理不尽な怒りを抱きつつ完全無関係を貫き通す。

 

「あ......あぁ。うん。ま、前よりすっきりしたんじゃね?」

 

目をそらしながら弟は視線をテレビに戻す。

お、お、おおおおおおおおおおおおお

な、なんか大丈夫そうだ!

お母さんはまだ何か言ってるけど簡単に相槌だけして放置しておく。

正直冷や汗だらだらで、さっきから食べてるものの味が分からねぇ。

その後どうにか話題をシフトさせることに成功したが、結局私の胃の痛みが収まることはなかった。

明日胃薬買いにいこ......

 

ご飯を食べ終えて、私はそのまま風呂に直行。

弟の第一回目の遭遇は直接の会話なしとなり、なんとかこのままやり過ごせるのではないかと、そんな甘い考え持ったのが間違いだったのだろう。

俗に言うところのフラグがたったって奴だ。

風呂から上がり、ドライヤーで乾かした後十分に髪の毛の手入れをした私は、階段を上がったところで見事そのフラグを回収した。

 

「「あ」」

 

丁度トイレから出てきた弟とのバッティング。

完全に油断していた私は頭が真っ白になり小さく口を開けてフリーズした。

ど、ど、どうしよ......何かしゃべらないと。そうは思うが言葉が出てこない。ぽかんとしている私をおいて弟はすぐに復帰した。

そしてガシガシと頭をかくと、「あー、もう分かった。さっさと終わらせてくれよ」と、なぜか観念したように私を自分の部屋に招きいれた。なぜ!?

当然心当たりなどない私は何も考えられないままベッドに座った智貴のまえに座る。これが後のナチュラル正座である。

 

......。

......。

......。

 

あれ!?

私からなんか話しかけないといけないのかコレ!?

完全に待ちの体制に入っていた私が無言の空間に耐え切れなくなってきたところで智貴が動いてくれた。

 

「......はぁー。わかった。ねーちゃんが本気なのは良く分かった」

 

え、何が分かったの?お姉ちゃん本気でわかんないんだけど?

そんなふうに混乱している私を置いて弟は話を進めていく。

 

「あー、確かに、少なくとも、前のアレよりは努力の方向性も間違ってないんじゃねーの。俺は良くわかんねぇけど、たぶん」

 

つーか弟に分かるわけねぇだろ。なんてぼやきながら智貴は続けた。

努力の方向性って何だ。

でも基本的にこの頃の私は全力で後ろ向きに努力していた気がする。

そんなことだけ確信を持てるのがつらい。

しかし次の智貴の言葉に流石に黙って聞いているわけにはいかなくなった。

 

「一ヶ月......は分かんねぇけど、その調子でがんばればその内彼氏ぐらいできるんじゃね?それまでなら、まぁ付き合っ「ちょいまって」......なんだよ」

 

待って。

 

待ってくれ。

ホント待って。なんか思い出してきたぞ。

確か高校生になった頃、何を血迷ったか弟で他人と話す練習してた気がする。

 

--------弟、トークしよう----------

--------だからリハビリの為、毎日一時間私と会話して----------

--------彼氏ができるまで---------

--------いやたぶん一ヶ月くらいあれば--------

--------お姉ちゃんってかわいい?--------

 

あ、思い出した。

完全に思い出したわ。

死にたいわ。

ほんま死にたいわ。

心折れそうだわ。

弟に何言ってんだ私。

なんて嘆いている場合ではない。怪訝そうな顔をしている弟を待たせるわけにはいかない。

 

「あ、あの智貴さん.....私が他人と話す練習とかトチ狂ったこと始めたのっていつでしたっけ......」

 

「(なぜ敬語!?)トチ狂ったって......昨日からじゃねーの?」

 

弟の顔が引きつり、完全にかわいそうなものを見るような目になっている。

しかし私は内心ほっと幾ばくか安堵していた。

まだ二日目だったということは、前向きに考えればまだ傷は浅いということだ。

いや、死んでいたけど溺死でなく刺殺だったくらいの違いだが。

それでも、他人と話せないから練習台に忙しい弟を使うという痛すぎる行動も、何とか初回だけでとめることができたと考えればいいのだ!

 

ふぅーと小さく私は息を吐き、いまだに何ともいえない表情をしている弟の前で正座を整えた。

そして両手を丁寧に前につき、頭を床にこすりつける。

 

「......本当に、申し訳ございませんでした」

 

そこには夜、弟の部屋で、弟に、全力土下座している姉の姿があった。

 

 

 

------------------------------------------------------

 

 

 

それから暫く、全力で私の土下座を止めようとする弟と私の攻防が続くことのなったが、「あ、これ逆に迷惑になってるんじゃ」と気づいた私が土下座をやめたことで無事、終結を迎えた。

なんか迷惑をかけてしまったが、謝ってる途中に色々思い出してきてもう申し訳なさがナイアガラのごとくだったのだ。

お互い息を整え、しばらくまた無言タイムになり、今回も智貴がさきに口を開いてくれた。

 

「......分かった。もう十分分かったから土下座するのはやめてくれ」

 

疲れたように言う智貴に私はまた感動する。

あぁ、なんていい子なんだ。

さっきもなんか私に彼氏ができるまで付き合うとか何とか言ってたし。

私がこの子の立場だったら、姉とか関係なくボコってるぞ。いや冗談抜きで。ぼっこぼこやぞ。

とにかく、気を取り直して最後にお礼を言おう。このままいても邪魔になるだろうし。

 

「ありがとう......あ、そういえばテスト期間中だっけ。何かわかんないとこあったらすぐ聞いて。何でも教えてあげるから!」

「お、おぅ......」

 

その時、私の脳をある記憶が掠めた。こ、これは......言っておかないと

 

「あ!で、でも願書出すのはお母さんにやってもらうか自分でやったほうが良いかもしれない!!いや、も、勿論私でも、もう一度チャンスを頂けるのなら、この命に変えてでも届ける所存ではあるけれども!!」

「お、おおぅ......」

 

「あーでもでも、そもそも県外の高校受ける必要ないから!お姉ちゃん恥ずかしくないお姉ちゃんになるから!!!」

「お、おおおぅ......」

 

「それじゃ!なんか困ったことがあったら何でもいってね。私にできることなら何でもするから!!!」

 

智貴は完全にひいているが、私は取りあえず言いたいことが言えて少しすっきりした。

この言葉に嘘はない。

本気で私はコレくらい思ってる。正直、一時は智貴に死ねといわれたら死んでもいいくらいの心意気だった。勿論今はそんなことはないが、この感謝の気持ちだけは誰にも負けないぐらいの心意気だ。

ポカンとしている智貴をおいて部屋を出る。

そうだ。

そうだった。

この時代に来て、今まで私は自分のことばかり考えていたけど、これは同時に誰かの為に生きるチャンスでもあるのだ。

確かに私の記憶は私の歩んだ道のものであって、それを今に重ねる気はない。

でも、この報いたいという気持ちは、決して間違いではないはずだ。

自己犠牲なんてものじゃない。これはいうなれば愛。今まで私を支えてくれた人たちへの愛で、私はできているのだ!!

 

「私は、私はやってやる!!!」

 

私は大きくうなずいて、決意新たにこれからの人生に思いを馳せるのだった。

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

「......ねーちゃんが、壊れた......」

 

 

 

 




これで取りあえず第一章的な部分が終わりましたわー
ヤンデレではないですご心配なく。
因みに逆行してきた時点は、弟を会話の練習台にした夜でした
(原作一巻喪2参照)
願書云々はもっと新しい巻ですな。


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8話

決意も新たにしたわけだが、別にそれで急に何かが変わるわけでもない。

一日一日を大切に生きていこうとは思うが、急ぐ必要はないのだ。

智貴に土下座してから何日か経ち(正直ちょっとやりすぎた。反省はしている)、しばらく様子がおかしかった智貴も大分元に戻ってきた。

 

「あ、おはよ!」

「......おはよ」

 

こんな具合に普通に挨拶も返してくれる。(あの翌日は何故か心配されたり、その後も微妙に避けられてた。泣きたい)

結局勉強の質問をしにきてはくれなかったけど、案外ホントに分からないところがなかったのかもしれない。

学力だけは当時も私のほうが上だった気がするが、この弟は結構マメな性格なので、早目からやっていたのかもしれない。

学校生活のほうも今のところ順風満帆といって良いだろう。

あの一件から教えた娘達とそこそこ仲良くなり、その話を聞いた他のグループの子にも質問されて仲良くなる機会ができたりとすばらしい連鎖が起こっている。

我が校がそれなりの進学校であることと、中間テストが近づいていることが私に味方してくれたのだ。便利に使われてるだけだったとしても、今はそれで十分である。

更に!クラス内で「勉強できる奴」の地位をより強固なものとした私は、今や休み時間に一人で本を読んでいても何の違和感もないのだ。

 

「もこっち先生ヘルプ!!」

 

まぁこんな感じで、今日もホームルーム前に本を読んでいた私の元に、そんな子達の一人がノート片手にやってきた。

この「もこっち先生」という奇怪な呼び方は何故か一部の女子から勉強を見て欲しいときに使われるようになった。

奇遇にも我が人生最大最高の親友、マイラブリーエンジェルゆうちゃんが私につけてくれたあだ名がそのまま入ってるって事で実はちょっと気に入ってる。

勿論初めて聞いたときは「なにそれ!?」ってなったけどね。

というか私がともちゃんと呼ばれることは永久になさそうだ。何故だ。

 

「その呼び方......まぁいいけど。どうしたの?」

「一時間目のこの問題!私たぶん当たるんだけど分かんないの!しかもこの問題集解答ついてないし......」

 

力尽きたようにまだ来ていない前の人の席に座る。

 

「ちょっと見てみるね......あぁこれちょっと複雑だよね。でも慣れれば簡単だよ。まずは......」

 

範囲の変化する二次関数の問題だった。流石一応進学校、この時期にしてはかなり進んでいる。

私はルーズリーフを取り出して図を描きながらその子に解説していく。

こういう問題は場合分けして一つずつ丁寧に見ればそれほど難しくはない。その子も最後には順序さえ間違えなければ簡単に解けると分かったようだ。

 

「で、ここまで場合分けできたら後は簡単でしょ?」

「......お、おおお凄い!さすがもこっち先生!伊達に先生名乗ってないね!」

「いや、私が名乗ってるわけじゃないんだけど......」

「でもこんなに分かりやすいなんてホントに先生みたい......これで関数問題は完璧?」

 

地味に核心を突いた一言に一瞬ドキッとしつつ、やっぱり個人に教えるほうが簡単なんだなぁーとか関係ないことを私は思う。

授業をして、受けている生徒全員に教えるのはなかなか難しいのだ。

 

「うーん。これから三次関数とかもっと次数の高い関数になると色々面倒にはなるけど、基本的な考え方は一緒だよ。だから完璧、かな?」

そういって笑いかけると、なんかちょっとその女の子がキラキラした目でこっちを見ている。

「......うん。私も、もこっち先生に教えてもらえれば完璧かも。本当にありがとう!」

 

そう言って自分の席に戻っていってしまった。あぁ、もうちょっと他のことも話したかったのに。

うーん。何か最後ちょっと反応悪かったなぁ。偉そうにしすぎたかも......反省反省。

 

 

まぁそんな感じに、時にヘルプを求めてきた女の子に勉強を教えてそのまま談笑し、普段は本を読んで時間をつぶすという学校生活を送っている。

最近は読んでいる本もハードカバーの探偵小説だったりと、正直ちょっとヴィジュアル考えたりして我ながらイタいのだが、これがなかなか面白い。

数ページ読んでるうちにもうどっぷりである。

すっかり読書好き優等生キャラが定着し、こちらから無理に話しかける必要がなくなったのも喜ばしい。根はぐいぐいいくタイプじゃないから。

そんな風に日々が過ぎ、そろそろ中間テストの準備期間に差し掛かろうというとき、私の携帯電話がなった。

 

残念ながら何故かメルアド交換の流れにならず、まだこの携帯に入っている電話番号は限られている。

訛らない様にやっていた問題集を横に置き(ヤンデレ男子言葉攻めCDを聞いていたのはご愛嬌だ)、画面も見ずに電話に出ると

 

『あー、もこっち久しぶりー』

 

やわらかい、のんびりとした声が聞こえた。

こ、これは!

ゆうちゃん、マイラブリーエンジェルゆうちゃんじゃないか!!ゆうちゃん!!大好き!!

はっ、私はいったい何を!

受話器の向こうから『あれ?もこっちー』と呼ぶ声が聞こえる。早く出なければ!

 

「も、もしもしゆうちゃん!久しぶり!」

『うん。卒業式以来だねー。どう学校はー』

「う、うん、そこそこうまくやってるよ!」

 

でもゆうちゃんが辞めてっていうなら辞めるよ!なんてバカなことを考えながら即答する。

ゆうちゃんがそんなこと望むはずがないし、そんなこと言ったら怒られるだろうけど。

 

『そっかー。あのさー明日暇ー?』

「全然大丈夫だよ!」

 

ゆうちゃんのためなら大抵大丈夫になるよ!今回はホントに何もないけど。

 

『じゃあ明日遊ばない?』

「勿論いいよ!」

『じゃあ駅前のカフェで一時に』

「うん。分かった!」

 

じゃあねーもこっち、そう言って電話が切れる。私はきっと満面の笑みでベッドに倒れこんだ。

あぁ......ゆうちゃん。

優しくて思いやりがあって容姿も上の上。私の最高の友達......

未来でも何度私の心を救ってくれたか分からない。でもそのことを抜きにしても掛け値なしの良い娘だ。

漢字で書くと優、名は体を表すとはまさにこのこと。

そうか、よく考えると今なら高校生のゆうちゃんに会えるのか。あーゆうちゃん、早く会いたいなぁ。

 

明日よ早く来い。

結局その日は遠足前の小学生みたいに暫く眠ることができなかった。

 

 

 

 




三十路もこっちの優ちゃんへの好感度は天元突破で振り切れてる(百合ではないが)

コレだけのためにガールズラブの警告タグ入れるべきか悩む


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9話

ゆうちゃんとお出かけ編終了
ながい


 

翌日。

 

駅前のカフェに約束の時間の30分も前に到着していた私は気合の入った格好をしていた。

髪の毛もいつも以上に念入りに手入れし、何時も通り前髪の一部をピンで留める。

リボンのついたワンピースの上にデニム生地の薄手のカーディガン、靴にはちょっと可愛いサンダル。最後に白い帽子をかぶり完成。

先週デパートで有り金の半分を使って揃えた外行き用の夏装備である。いや、マジで夏服Tシャツしかなかったから。

ワンピースはリボンのせいで少し子供っぽいけど、私の体型と身長からしてセクシーさを求めるのは首都高速を逆走する行為に等しい。

自分で言ってて泣けるぜ。

この一着だけしかもっていない現状だが、一応は取り繕えているだろう。お金もないのでしばらくはこの一着で凌ぐ。

ただこの買い物袋がお母さんに見つかったときはなかなかに悲惨だった。

どのように悲惨だったかはご想像にお任せするが、お古のアクセサリーと化粧道具一式押し付けられた。というか次の日には半分くらい新品になっていて戦慄した。お母さん、これ結構高かっただろうに......お化粧は結局しなかったが、香水だけはありがたく使わせてもらう。ほんの少しだけ。

 

今日家を出るときも何度デートを疑われたことか分からない。というかお母さんはいくら否定しても取り合ってくれなかった。

確かに今日の私は(したことないけど)デート以上に気合入れてるが、それはゆうちゃんに会うが故だ。

だから弟よ、そんな誰だお前みたいな目で見ないで欲しい。明日にはいつものお姉ちゃんにもどってるから。

 

 

 

さて、流石に早く着すぎたかと腕時計を見る。

 

まだ涼しい時期なので持ってきた本を読んでいれば苦ではないが、もう20分はたちっぱで地味に足がしんどい。

それになんか変に視線を感じる。ずっと立ってるのはそろそろ変かな......

久々に妄想でもするかーなんてそんな駄目人間まっしぐらな事を考えていると、「あっ、もこっちー」というふんわりとした声が聞こえてきた。

ゆうちゃんだ。

 

「ごめん、待った?」

「ううん全然。今来たとこ!ホントに久しぶりゆうちゃん!」

 

そういって思わずゆうちゃんの両手を握る。ゆうちゃんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑って握り返してくれた。

ただ一瞬だけ、私を見てほんの少し寂しそうな顔をしたのは気のせいだろうか?

いや、気のせいなはずがない。なんと言ってもこの私がゆうちゃんの表情の変化を見逃すはずがない。

 

「うん、ひさしぶりだねー、入ろうか?」

 

カフェに入っていくゆうちゃんの後を着いて行く。

あぁ、良い匂いがする。ゆうちゃんの匂いが......

 

「もこっち?何頼むの?」

 

おおっと危ない危ない。うっかり持ってかれるところだった。

なんというか私はゆうちゃんの前だと色んなスペックが14年前に戻ってしまう気がする。

 

「ゆ、ゆうちゃんは何頼んだの?」

「私はモカフラペチーノ」

「じゃあ私は......ブラックコーヒーで」

 

なんか自然と格好つけてしまった。

でも今はもうブラックコーヒーを無理することなく飲める。残業のお供としてよく飲んでたし。

お互い向かい合って席につくとゆうちゃんの顔が良く見える。ふんわりした髪の毛が可愛らしくて、服も良く似合っている。

でもその表情はやっぱりどこか寂しげだった。

なんで!?誰だゆうちゃんにこんな顔させてるのは!まさか......彼氏?

 

「もこっちも......やっぱり変わったね。凄く、可愛くなった」

 

私が名前も知らぬゆうちゃんの彼氏を呪い殺そうとしていると、ゆうちゃんが突然そんなことを言い出した。

いきなりの発言に驚いた。

ゆうちゃんに可愛くなったといわれて嬉しくないわけがない。しかし今回に限っては私は違うことに衝撃を受けていた。

ゆうちゃんの言葉は本心からのものだろう、しかしその寂しげな表情の理由が分かってしまった。

 

そして、かつての自分が、実はこんな所で少しでもゆうちゃんの助けになれていたことに気づいて嬉しかった。

ならばこの場面、このゆうちゃんを元気付けてあげる役を他の誰かに譲ってやるもんか。絶対やらねー。

私は帽子を脱いでせっかくセットした髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜた後、軽く手櫛で整える。

ポカンとしてこっちを見ていたゆうちゃんにニヤッと笑った。

 

「ねーゆうちゃん、ゆうちゃんってまだアニメとか見てるの?」

「え?」

「私の高校って全然こういう話できる人いなくてさー、ホント嫌になるよ!」

 

私はそこまで言ってブラックコーヒーを半分くらいまで一気に流し込んだ。

 

「だから今日、ゆうちゃんと会うの凄く楽しみだったんだ!」

 

隣の席の人がこっちを振り向くぐらいの声で言ってやった。

ちょっと恥ずかしいけど、そんなことは些細な問題。

ゆうちゃんの顔を見ると、どこかびっくりしたような顔をしていて、でもすぐに満面の笑みになった。

 

「うん、わたしもだよもこっちー。こっちもそういう話できる人全然いないのー!今なんか面白いのやってる?」

「今期は萌え豚用のアニメしかやってないよ」

「そうなの?」

「今は規制激しいから日常系のアニメしかできないんだって」

「それより今面白いのは----------------」

 

そうやって私の話を聞いてくれるゆうちゃんの顔に、もうさっきみたいな寂しさはなかった。

 

 

 

---------------------------------------------------------

 

 

 

「やっぱりもこっちといると楽しいなー」

 

それから結構長い間はなし、二人の飲み物も空っぽになってそろそろ出るかなーなんて思っていた頃、ゆうちゃんが唐突に言った。

その言葉自体は凄く嬉しいのだが、やっぱりどこか影がある。

さっきのとは別件みたいだが、原因は分からない。

さっきから記憶を探っているのだが、この後もゆうちゃんとは何度も会うし、いまいちはっきりと覚えていないのだ。

唯一印象に残っていることはこの頃のゆうちゃんには彼氏がいたということ。それだけだ。

 

「ずっと中学生のままならよかったのになー」

「......」

 

なんと。

 

ゆうちゃんもこんな風に言うことがあったんだ。

過去に縋っていた私にあんなふうに諭してくれたゆうちゃんにも。

ならばこそ、今度は私の番だ。私は席を立って不思議そうにこちらを見ているゆうちゃんに言った。

 

「あのさーゆうちゃん......」

「うん?」

 

 

-----------------------------------------------------

 

 

 

「わー、ゲーセンとか久しぶりー」

 

というわけで、私はゆうちゃんを連れてゲームセンターにやってきた。

ガチャガチャうるさい音も私は結構好きで、後ろを歩いてるゆうちゃんもなかなか楽しそうだ。

 

「あっ、これもこっちの得意なやつじゃん。やってやって!」

 

そう言ってゆうちゃんが指差したゲームは私がかつて極めたリズムゲーだった。

うわーまじか。ブランク5年以上あるけど大丈夫かな.....しかしこの瞳を裏切るわけにいかない!

もともとまくってるカーディガンを更に捲り上げて両手を解す。

 

「しばらく(マジで)やってないからなー。いやーレベル40とか(結構ホントに)無理だよー」

 

そういいながらコインを投入して、

 

 

うおおおおおおお命を燃やせぇえええええええええええええええええええああああああああああああああ

 

 

パパパパパパパパンッパパパッパパパパパパパンパパパパパパパパッパパパパパパパパパパパパパッパパパパン

 

 

「はぁ、ゲホゴホッ、はぁーはぁーうぇ......全然、はぁー全っ然だよーーーゴホッ」ふしーふしー

「落ちついてからでいいよ」

 

画面にひかるパーフェクトの文字。

私はやったのだ。

文字通り命を削る勢いでゆうちゃんの期待にこたえたのだった。

いやーなんか今まで能力上がってても落ちてるって事なかったから、ホントしんどかった......

 

その後は特にそういうこともなく、私はゆうちゃんと楽しくゲームセンターで遊ぶことができた。

 

しかし結局最後まで、ゆうちゃんにちらつく影をなくすことはできない。

空も夕暮れに染まり、もう帰らなければならない時間。どこかしこりの残るまま、別れの場所についてしまう。

 

「あー楽しかった。また遊ぼうね、もこっち」

「うん」

 

じゃあねー、と踵を返していってしまうゆうちゃんに、私は思わず声をかけた。

何を言いたいのかはまだ、ちゃんとまとまってなんかいない。多分、ずっとまとまらないだろう。

それでもこのまま帰すような、後味の悪いことはできない。

 

「......ねぇゆうちゃん」

「ん?どうしたのもこっち?」

 

夕日を背負うゆうちゃんはホントに女神のように可愛く幻想的に見えた。

私とゆうちゃんの間の距離はたったの3メートル。

その光景が、私のはるか未来の記憶に重なる。

あぁ、あの時と、立場は逆だったなーなんて思った。

そのうち口から勝手に言葉が溢れてきた。

 

「私もさ、年をとっていくのと同じ速さで、面倒なこととか、思い通りにならないこととか、自分を邪魔するものだけがたくさん増えてる気がして、嫌になったことがあるんだ」

 

どこか変な言葉のはずなのに、ゆうちゃんは黙って話を聞いてくれている。

ぎゅっと自分のワンピースの端を握って続けた。

 

「でも、それと同じくらい、自分の味方も実はいて、それに、置いて行っちゃったと思ってた過去も、しっかり自分の後ろをついて、背中を押してくれてることに気付いた」

 

自分はいきなり何を言ってるのだろう。

なんか無償に恥ずかしくなってきて、それでもゆうちゃんから目はそらさなかった。

 

「そこでようやくプラマイゼロ。後は自分が踏み出すだけでプラスになるんだって」

 

そう言って最後に私の背中を押してくれたのはゆうちゃん、貴女なんだ。

目の前のゆうちゃんが、あの日のゆうちゃんに重なって、私に笑いかけた気がした。

 

 

 

-------------------------------------------------------

 

 

 

言い終わって、私は顔がこれ以上ないほど熱くてたまらなかった。

つい俯いてしまう。

な、何いってるんだろ......ってこれゆうちゃんからしたら完全に変な子じゃね!?

というか、ホントお前何様だよ。セリフもほとんどゆうちゃんの丸パクリだし......

穴があったら入りたい状態の私だったが、そのときふわっと、あたたかいものに包まれた。

 

ゆうちゃんだ。

 

今私はゆうちゃんに抱きしめられてる。

 

「ありがとう、もこっち。やっぱりもこっちには適わないなー」

 

そういうゆうちゃんの声はさっきより晴れ晴れとしているような気がした。

 

「私、実はちょっと悩み事があったんだけど、そんなことどうでも良くなっちゃった」

 

そう言って耳の横でゆうちゃんが小さく笑った。

私は嬉しさでいっぱいになって、しかしまだ少しだけ罪悪感が残っていた。

私がこのセリフを使うの良かったのか。正解だったのか。分からない。でもゆうちゃんが元気になってくれるなら、たぶん間違ってはいなかった。

 

「......それなら、良かった」

 

 

 

 

大きく手を振って遠ざかっていくゆうちゃんにこっちも大きく手を振って分かれる。

お互いの姿が見えなくなって、私はこの時代でもやっぱりゆうちゃんはゆうちゃんだなぁなんて思って帰路に着いた。

その胸には確かな充足感で満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

--------------------------------------------------------

 

 

 

なお、家に帰ってから記憶が完全復活し、語ってしまった自分に悶える事になったのはこれまた完全にご愛嬌である。

 

 

 




ゆうちゃんがほんとに彼氏だけのことで悩んでいたのかは分からんけど
次からはまた軽く短くしたいなー


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